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恋人二年生

1 :名無飼育さん :2017/06/25(日) 22:59
前スレ 草板「恋人一年生」の続きです。
2 :名無飼育さん :2017/06/25(日) 23:00
「小田ちゃーん!!」

さくらのバイト先であるカフェに現れた優樹は、いつも以上にテンションが高かった。
恋人のさくらじゃなくても、きっと誰が見ても良いことがあったとすぐにわかるくらいに笑顔が弾けている。

「佐藤さん、静かに…」
「ごめんごめん!ねえ聞いてよ、マサさ」

さくらがこの春からバイトを始めたカフェは、閑静な住宅街にポツンとあるような小さなお店だ。
若いオーナーが一人で切り盛りをしており、大学生になったさくらも元々は客として訪れていた。
何度か通ううちにオーナーと仲良くなり、お店を手伝うようになったのだ。

落ち着いた雰囲気が人気で常連客も多い。
3 :名無飼育さん :2017/06/25(日) 23:00
とりあえず、興奮する優樹を席へ座らせる。
オーナーに休憩の許可を取り、さくらも向かい側に座った。

「じゃーん!」

優樹が嬉しそうにさくらに差し出したのは一枚の紙だった。

「…最終…審査?」
「そう!あと1個で合格だって!」
「ホントですか!すごい!!」

子供の頃からピアノやドラムなど音楽関係の習い事をしていた優樹は、最近は自分で曲を作ることにはまっていた。
数ヶ月前、優樹が大好きなガールズバンドが楽曲を公募することになり、最終審査まで進出したというのだ。

「最終審査っていつなんですか?」
「明後日!」
「明後日…」
「うん。だから映画は延期で!」
「あ、はい。大丈夫ですよ」
「ありがと!じゃ、マサ、準備あるから!」

そう言うと、優樹は来たときと同じくらいの勢いで飛び出していった。
さくらは複雑な心境でその後ろ姿を見送った。

4 :名無飼育さん :2017/06/25(日) 23:01
優樹は作った曲をいつも真っ先にさくらに聴かせてくれた。
さくらは優樹の作る曲が大好きだったし、もっとたくさんの人に聴いてほしいと思っていた。

優樹の夢はかなってほしいと心から思う。
だけど、それと同時にどんどん大きくなる不安。
優樹が遠くへ行ってしまうような、自分の元から離れてしまうような。

どんどん先へ進む優樹と比べ、自分には何もない。
普通に高校を卒業して、普通に大学へ進学して、きっと普通に就職するのだろう。
そのとき優樹はもっと遠くへ行っているかもしれない。
さくらとは違う世界で輝いているかもしれない。
そして、その隣では優樹に相応しい人が笑っているかもしれない。

こんな不安を彼に悟られるわけにはいかない。
優樹にとって今が一番大切なときだから。
だけど、もしも最終審査にも合格したら、そのときは―――――。

さくらは小さなため息と共に自分の気持ちをそっと胸にしまい込んだ。

5 :名無飼育さん :2017/06/25(日) 23:01





6 :名無飼育さん :2017/06/25(日) 23:01
今日は亜佑美のバイトが休みで、久々に二人でゆっくり過ごすことになっていた。
亜佑美の所属する劇団もちょうど公演が終わったばかりで、数日間オフらしい。

遥も高校3年生となり、大学受験のために予備校に通う日々だ。
しかし、今日だけは勉強のことは忘れてのんびりすると決めている。

何度となく訪れた亜佑美の部屋だが、未だに二人の間に進展はない。
最初のきっかけを失ったことで、二人きりでもそういう雰囲気にならないのだ。

だからと言って上手くいっていないわけでもない。
もしかしたら、亜佑美はそういうことをしたいとは思っていないのかもしれない。
遥の中では勝手にそう結論が出ていて、積極的なアクションを起こせなくなっていた。

「はい」
「ん、サンキュー」

早めの夕食を済ませると、亜佑美が食後の紅茶を入れてくれた。
6月とはいえ日が長くなり、7時台でも外はうっすらと明るい。

7 :名無飼育さん :2017/06/25(日) 23:01
今日は遥が借りてきたDVDを見る予定だ。
ベッドを背もたれに二人並んで座る。

「何借りたの?」
「んー、今日はアニメ」
「コナン?」
「違うし」
「なーんだ」
「嘘。コナンも借りたよ」

むくれたと思ったらすぐに笑顔になる亜佑美。
こんなくだらない会話が楽しいなと思う。
変わらない距離感が長続きの秘訣なのかもしれない。

遥がリモコンの再生ボタンを押そうとしたとき、亜佑美がすっと立ち上がった。

「…カーテン、閉めよっか」
「ん?眩しい?」
「…うん、まだ外明るいし」

亜佑美がカーテンを閉めた途端、部屋が薄暗くなる。

「あ、電気…」

遥の言葉が聞こえなかったらしく、亜佑美はそのまま隣に座る。

「亜佑美?」
「…このままでいい」
「え?」
「あ、ほら、え、映画館みたいだし」

暗闇で表情はわからないが、その声は少しだけ震えているような気がした。

8 :名無飼育さん :2017/06/25(日) 23:02
映画が始まると遥はすぐに画面に釘付けになった。
無意識にテーブルの上のカップに手を伸ばしたとき、亜佑美と手がぶつかってしまった。

「あ、ごめ…」

亜佑美は無言のまま、遥の手をギュッと握ってきた。
その行為に遥の鼓動が速くなる。

大切なものに触れるように、亜佑美の指先が優しくゆっくりと遥の手を撫でる。
そんなことをされて平常心が保てるわけがない。
堪らなくなって亜佑美の方を見ると、彼女は恥ずかしそうに遥の肩に頭を乗せた。
触れている部分がどんどん熱を帯びていく。

そっと顔を近付けると、亜佑美も顔を上げてそれに応えてくれた。
久しぶりのキスは初めは触れるだけで離れて、だけどまたすぐに近付いて。
優しく繰り返すたびに気持ちが昂っていく。

キスをしながらそっと二の腕に触れると、亜佑美から熱い吐息が漏れた。
一旦離れて視線を合わせる。
亜佑美は何も言わずに、遥にキスをする。

こんなに積極的な彼女は初めてで、遥は戸惑いながらもすぐに行為に夢中になる。
きっと今夜は長い夜になる、そう思った。

9 :名無飼育さん :2017/06/25(日) 23:02

プルルルルル♪
プルルルルル♪

10 :名無飼育さん :2017/06/25(日) 23:02
「…くどぅー」
「…うん」
「…電話、鳴ってる」
「…わかってる」

亜佑美と見つめ合ったまま、鳴り響く着信音を聞く。
もうこの際、電話なんてどうだっていい。
だけどなかなか鳴り止まなくて、気が散って仕方がない。

「出てよ、電話」
「…あー、もう!」

イライラして乱暴にスマホを手に取ると、ディスプレィには『佐藤優樹』の文字が浮かんでいた。
よりによって、こんなときに。
このまま切ってしまおうかと思ったが、優樹から電話が来るなんて滅多にないことだ。
しかもこんなに鳴らすなんて、よほどのことがあったのかもしれない。

「もしもし?」
「どぅー!遅いよ、早く出てよ」
「あのなあ、こっちは今…」

思わず言いかけて口ごもる。
さすがに良いところだなんて、言えるわけもない。

11 :名無飼育さん :2017/06/25(日) 23:03
「で、何の用?」
「いなくなったの!」
「へ?誰が?」

優樹は外にいるのか、雑音が多くてよく聞き取れない。

「だから」
「まーちゃん、よく聞こえな…」

―――――小田ちゃんが、いなくなった

ようやく聞き取れた言葉は、遥の浮かれた気持ちなんて吹き飛ぶくらい、衝撃的なものだった。

12 :名無飼育さん :2017/06/25(日) 23:03






13 :名無飼育さん :2017/06/25(日) 23:03
「落ち着いた?」
「…うん」

亜佑美の家に来た優樹の顔は酷いものだった。
目の下には大きな隈が出来ており、心なしかやつれているように見える。
ここに来るまでずっと走り回っていたらしく、汗だくで息も切れていた。

亜佑美が差し出した水を一気に飲み干して、ようやく落ち着いたようだ。

「いなくなったって、いつ?」
「…気付いたのは、今日」
「気付いた?」
「連絡、取ってなかったから」

優樹の話によると、ここ数日はガールズバンドの最終審査で忙しく、殆ど連絡を取っていなかったらしい。
昨日ようやく審査が終わり、優樹は最優秀賞を取ることは出来なかった。
しかし、バンドのメンバーが気に入ってくれ、アルバム曲として収録されることが決まったそうだ。
そのことをさくらに連絡したあと、全ての力を使い果たした優樹は丸一日ぐっすりと眠ってしまった。
起きてスマホを見た瞬間、飛び込んできたのは衝撃的なメッセージだった。

優樹が見せてくれた画面には二人のやり取りが残されている。

『小田ちゃん、曲気に入ってもらえたよー』

『おめでとうございます』
『佐藤さんの夢がかなって、さくらも嬉しいです』

その後、しばらく時間を置いて(どうやら優樹が寝ていたときらしい)、

『ごめんなさい。もう会えません。ごめんなさい』

14 :名無飼育さん :2017/06/25(日) 23:04
最後に残された文字に遥も亜佑美も言葉を失う。
それ以降、いくら連絡しても返信もないし、電話も繋がらないというのだ。
どうやら電源を切っているらしい。

「何したんだよ、まーちゃん」
「マサ、なんもしてない」
「何もしてないのに、会えないってそんなの…」
「なんもしてない!」

優樹は相当苛立っている。

「家には行ったの?」
「行った。いなかった」
「家族はなんて?」
「しばらく友達のところにいるって」

今まで連絡が取れないことなんてなかったのに、電源まで切っているのはよほどのことだ。
大学へ行っても「昨日から来ていない」、バイト先へ行っても「昨日から休みをとっている」とのこと。

15 :名無飼育さん :2017/06/25(日) 23:04
「もう、会えないのかな」

肩を落とす優樹を慰める言葉も見つからない。
遥から見た二人はとてもお似合いの恋人同士だった。
やんちゃな優樹をしっかりと支えるさくら。
優樹に振り回されているようでいて、実は主導権を握って優しく包み込んでいるのはさくらの方で。
きっとこのまま結婚して幸せな家庭を作るものだと、勝手にそう思っていた。
だから遥にとっても今回のさくらの行動はショックだった。

キンコン♪

沈黙が続く中、ふいに優樹のスマホが鳴る。
飛びつくように画面を覗く優樹。
何も言わない彼を遥と亜佑美はじっと見つめる。

「あかねちんからだ」
「あかねちん?」
「小田ちゃんの妹。…小田ちゃん、温泉にいるって」
「温泉!?」

『佐藤さん、お姉ちゃんの居場所がわかりました!』
『○○温泉でお姉ちゃんの幼馴染が働いていて、そこにいます。浜浦旅館です』

16 :名無飼育さん :2017/06/25(日) 23:04
緊迫した状況に似つかわしくない場所。
なんとなくさくらっぽくて少しだけホッとする。
優樹は俯いたまま、何も話そうとしない。

「何、ボーっとしてんの」

沈黙を破って立ち上がったのは亜佑美だった。
遥と優樹はポカンと彼女を見上げる。

「まだ電車あるでしょ」
「え?まさか、今から…」
「当たり前じゃん」

徐に出かける準備を始める亜佑美。
どうやら一緒に行く気らしい。

「マサ、会ってもなんて言えばいいか、わかんない」

優樹は再び俯く。
さくらに拒絶されることは初めてで、混乱しているみたいだ。
会いに行って迷惑な顔をされたら、きっともう立ち直れない。
いつかの自分がそうだったように、優樹は怯えているのだ。
遥には優樹の気持ちが痛いほどわかる。

だけど、そんなときに背中を押してくれたのは、いつも優樹だった。

17 :名無飼育さん :2017/06/25(日) 23:04
「まーちゃん、行こう」

遥も立ち上がり、優樹の手を引っ張る。

「どぅー…」
「会いに行こうよ。会ってちゃんと話そう」
「でも、マサ…」

まだ躊躇する優樹を強引に立ち上がらせる。

「会いたくないの?」
「…会いたいよ」

優樹は今にも泣きだしそうな顔で遥と亜佑美を見ている。

「行こうよ、まーちゃん」

遥の力強い言葉に優樹はようやく静かに頷いた。

18 :名無飼育さん :2017/06/25(日) 23:05
さくらがいるという温泉は電車で1時間半ほどの場所にある。
電車の中で優樹は終始無言だった。

「次の駅で乗り換えだって」
「うん」
「亜佑美、明日バイト?」
「うん、夜だけだから大丈夫」

目的地に着く頃にはきっと帰りの電車はなくなっているだろう。
それでもこのまま優樹を放っておくわけにはいかない。

優樹はずっと窓の外をボーっと眺めている。
その横顔はどことなく大人びていて、いつもの無邪気さは微塵も感じられない。
そんな優樹を見るのが辛くて、遥も窓の外に目を向ける。

電車はどんどん山の中へ入っていき、街の灯りは少しずつ消えていった。

19 :名無飼育さん :2017/06/25(日) 23:05
「浜浦旅館までお願いします」

駅前でタクシーを捕まえて行き先を告げる。
10分程で到着し、旅館の中へ入った。

「あの、小田さくらさんがこの旅館にいるって聞いたんですけど…」

フロントで尋ねると、その名前を聞いた女性が遥たちに声をかけてきた。
他の従業員とは異なる着物を着ているが、まだ若く同世代のように見える。

「小田さくらさんにご用ですか?」
「あ、はい。僕たち、小田さんの友達なんですけど。もしかして、小田ちゃんの幼馴染の方ですか?」
「はい。浜浦彩乃と申します」

彩乃はこの浜浦旅館の一人娘で若女将として修業中とのことだ。
さくらとは幼馴染の大親友で、彼氏である優樹の話もいろいろと聞いているらしい。
彩乃はさくらが宿泊している部屋まで案内してくれた。

20 :名無飼育さん :2017/06/25(日) 23:05
部屋の前、遥と亜佑美は優樹がドアを開けるのを待っている。
ここから先は優樹に任せるしかない。

優樹は両手を体の前で絡めて、何度も何度も深呼吸をしている。
その迷いの分だけさくらへの思いが詰まっているような気がして、遥まで苦しくなる。

何度目かの深呼吸の後、優樹はそっとドアを開けた。

「…佐藤さん」

中には浴衣姿のさくらが静かに座っていた。

21 :名無飼育さん :2017/06/25(日) 23:05
こじんまりとした和室だが、よく手入れされていて落ち着いた雰囲気だ。
さくらと優樹は向かい合って座っている。
なんだかお見合いのような形式だが、流れる空気はピリッとしている。

「どうして、ここがわかったんですか?」
「あかねちんが教えてくれた」
「そう、ですか…」

沈黙が続く。

「あ、お、俺たち、外にいるよ」

そう言って席を立とうとした遥をさくらが止める。

「待ってください。…お二人も一緒にいてください」
「…マサと二人は嫌ってこと?」
「…そうかもしれませんね」
「マサ、なんかした?」

優樹の問いかけにさくらは黙って首を横に振る。

「じゃあ、会えないってなんで?」
「…それは」
「嫌いになったなら、言ってよ。わけもわからず会えないなんて、そんなのわかんない!」

ヒートアップしていく優樹に対し、さくらは俯いたままだ。

22 :名無飼育さん :2017/06/25(日) 23:06
「…もういいよ」
「まーちゃん、落ち着いて」
「もう、いい。嫌いならしょうがない」
「嫌いじゃない!」

優樹が立ち上がろうとしたとき、さくらが叫んだ。

「…嫌いなわけ、ないじゃないですか。…こんなに、好きなのに…」
「じゃあ、なんで…」
「…怖い…んです」
「…マサが?」
「佐藤さんが、遠くへ行くのが…」

それからさくらは自分の思いを話し始めた。

優樹の夢を心から応援していること。
だけど、その一方で何もない自分が置いていかれるのではないかという不安。
いつか、自分の存在が優樹の足を引っ張って、優樹の邪魔をしてしまうかもしれない。

「そうなる前に…離れようって思ったんです」

遥も亜佑美も、黙ってさくらの話に耳を傾けている。
優樹の視線は机の上に向けられていて、遥からはその表情は見えない。

遥にはさくらの不安や苦しみが痛いほど理解できた。
優樹と同じように、亜佑美もまた自分の道を見つけて突き進んでいる。
だけど遥はただ漠然と受験勉強をしているだけで、行きたい大学もやりたいことも見つかっていない。
このままではいつか、亜佑美に愛想をつかされるのではないか。
そんな不安を遥もずっと抱えているのだ。

23 :名無飼育さん :2017/06/25(日) 23:06
「これ、聴いて」
「…え?」

優樹は徐に携帯音楽プレーヤーを取り出し、再生した。

「…佐藤さん、あの…」
「いいから、聴いてよ」

部屋中に音楽が流れる。
聴いたことのないその曲はどうやら優樹のオリジナルらしい。
それは、ガールズバンドの楽曲だとは思えないような、優しく温かい曲調だった。

胸いっぱいに春の温かい風景が広がっていくような、そんな曲。
聴き終える頃、さくらは涙を流していた。

24 :名無飼育さん :2017/06/25(日) 23:06
「…これ、審査の曲、ですか?」
「ううん」

優樹は照れくさそうにボソッと答える。

「小田ちゃんの曲」
「…私の?」
「ホントは一番になってから聴かせるつもりだったんだけど」
「審査で忙しいのに、どうして…。私なんかの…」
「曲作ってるとき、ずっと小田ちゃんが頭にいた」

とうとう声をあげて泣き出したさくらに優樹がそっと寄り添う。

「小田ちゃんがいるから、作れたんだよ」
「…佐藤さ…」

それ以上、二人の間に言葉はいらなかった。
抱き合う二人を残して、遥と亜佑美はそっと部屋を後にした。

25 :名無飼育さん :2017/06/25(日) 23:07





26 :名無飼育さん :2017/06/25(日) 23:07
優樹とさくらが無事に仲直りを済ませたときには、もう終電はなくなっていた。
彩乃が空いている部屋を用意してくれ、遥たちも泊まることになった。
彩乃のお勧めで温泉にまで浸からせてもらい、なんだかプチ旅行の気分だ。

シーズンオフのせいか大浴場も空いており、男風呂には遥と優樹しかいない。

「あー、やっぱ、お風呂はいーなー!」
「まーちゃん、うるさいてって」
「いーじゃん、誰もいないんだし」
「そういう問題じゃねーし」

さくらと仲直りした優樹はご機嫌だ。

「あー!いー気持ちー!」
「…ったく、いい気なもんだよ」

二人が上手くいって安心すると同時に、遥は先刻の亜佑美との時間を思い出していた。
あのとき、明らかに亜佑美の方が積極的に遥のことを求めていた。
あのまま二人きりの時間が続いていたら、きっと。

亜佑美はもう受け入れる心の準備が出来たのだろうか。
次のチャンスには少し強引になってもいいのかもしれない。

27 :名無飼育さん :2017/06/25(日) 23:07
全身が熱くなるのを感じ、他のことを考えて気を紛らわせる。

「まあ、久々にまーちゃんと寝るのも悪くないか」

遥の呟きを聞いた優樹がバシャッとお湯をかけてきた。

「何言ってんの、どぅー。マサ、小田ちゃんと寝るけど」
「へ!?」
「へってなに?どぅー、マサと寝たいの?悪いけど、そんな趣味ないし」
「そ、そんなんじゃねーし!ってか、まーちゃんが小田ちゃんとってことは…」

優樹は目の前でニヤニヤしてる。

「どぅー、まだなんだ、亜佑美と」
「なっ…」
「マサが来る前、良いところだったんでしょ」

まるで全てを悟っているかのような優樹の指摘に、遥は言葉を失う。

「邪魔しちゃった分、楽しんでねー」

無邪気に笑う優樹を見ながら、遥はやっぱり今日は長い夜になると、そう思った。

28 :名無飼育さん :2017/06/25(日) 23:08
本日は以上です。

前スレが容量いっぱいになりそうだったので、新スレを立てました。
引き続き、よろしくお願いいたします。
29 :名無飼育さん :2017/06/27(火) 23:59
更新キターーーー!!
ありがとうございます。
このもどかしい感じが何とも言えません。
某あかねちんもお喜びかと思います。
30 :名無飼育さん :2017/07/10(月) 01:35
新スレ乙です
これからどうなるのか楽しみに待ってます
31 :名無飼育さん :2017/07/16(日) 00:33
レスありがとうございます!

>>29
羽賀監督には敵いませんが、第二回アカネミー賞を取れるよう頑張りますw

>>30
二人のこれからをお楽しみいただければ幸いです。
32 :名無飼育さん :2017/07/16(日) 00:33
さくらが温泉から戻ると、部屋の中は静まり返っていた。

「…あ」

一瞬で状況を理解して優樹に近付くと、案の定彼は机を枕代わりに気持ち良さそうに眠っていた。
会ったときから気になっていた目の下の隈。
ずっと寝不足だったのだろう。
その原因にさくらがどのくらいの割合を占めていたのか。
追いかけて来てくれただけで十分なのに、それでもなお、多くのことを望んでしまう。
自分の独占欲に呆れながら、さくらは優樹の頭をそっと撫でる。

初めて出会ったときと変わらない寝顔。
あのときはまさかこんな関係になるとは思ってもいなかった。
強引でわがままで振り回されてばかりだけど、優しくて温かくて頼りがいがあって。
こんなに好きなのに離れられるわけない。

33 :名無飼育さん :2017/07/16(日) 00:33
「…ん」
「あ、ごめんなさい。起こしちゃって」
「ううん。お風呂、気持ちかった?」
「はい」

さくらが笑うと、優樹はコテンとさくらの膝の上に頭を乗せた。

「あー、やっぱ、これが一番気持ちいい」
「やっぱって、他の人で試したこと、あるんですか?」
「は?あ、あるわけないし!」
「…怪しい」
「マジでないって!ホントに!」

焦る優樹がかわいくて、さくらはさっきと同じように優樹の頭を撫でた。

「ダメですよ、小田以外にこんなことしたら」

いつだって優樹が安心して休める場所は自分のそばであってほしい。
これからはそんな独占欲も隠さずに伝えていこう。
きっと優樹は全てを受け入れてくれるから。

34 :名無飼育さん :2017/07/16(日) 00:34
「あー、小田ちゃんの匂いがするー」
「さ、佐藤さん、恥ずかしいから…」

さくらの言葉など聞かず、優樹はまるで犬のようにさくらの体の匂いを嗅いでいる。

「佐藤さん…」

優樹が腕を伸ばしてさくらの頬に触れる。
真剣な眼差しに胸が苦しくなる。

「小田ちゃんだけにしかしないこと、もっとしてもいい?」
「で、でも、声とか聞こえるかもしれないし…」
「平気だって」
「平気じゃないです!」

起き上がり、さくらにキスをする優樹。
どうやらもう止められないようだ。

「佐藤さんっ…」
「声聞こえないって、言ってた」
「い、言ってたって、誰が…」
「浜ちゃん」
「浜ちゃんて…彩乃!?」
「そう」

優樹がさくらの浴衣に手をかける。

35 :名無飼育さん :2017/07/16(日) 00:34
「いつの間にそんなこと…」
「さっき、隣の部屋の鍵もらうとき聞いた」
「そんな恥ずかしいこと聞いて…」
「あーもう、うっさいなあ」
「だって!」
「いいの?イヤなの?」

もうすでにさくらの上半身は殆ど露わになっていて、こんな状態で拒めるわけがない。
本当に優樹にはかなわない。

「イヤなわけ、ないじゃないですか…」
「知ってる」
「もう、バカ」

さくらは優樹の首に手を回す。
もっともっと夢中にさせてほしい。
二度と離れようなんて思わないように、こんな不安なんて吹き飛ばしてほしい。

36 :名無飼育さん :2017/07/16(日) 00:34
「佐藤さん」
「ん?」
「電気は消してください」
「…ちぇ」

37 :名無飼育さん :2017/07/16(日) 00:34





38 :名無飼育さん :2017/07/16(日) 00:35
遥は何度も何度も深呼吸をして、亜佑美が部屋に入ってくるのを待っていた。

「亜佑美にはマサから伝えておいたから」

遥と同じ部屋だと聞いたとき、亜佑美は一体どんな反応をしたのだろうか。
部屋に泊まったこともあるし、一緒のベッドで寝たこともある。
今さらなのかもしれないけど、今日はかなりいい雰囲気だったし。

「はあ…」
「何ため息ついてんの?」
「うわっ!」
「ったく、人を化け物みたいに。酷くない?」

いつの間にか亜佑美が部屋の中にいた。

「あ、ご、ごめん」
「…別にいいけど」

お風呂上がりの良い香りが遥の体を刺激する。

「テ、テレビでも、見ようか」
「いい」
「え?」
「疲れたから」
「あ…。そ、そっか。そうだよな。いろいろあったもんな…」

どうやら彼女にはその気はないらしい。
遥は残念なようなどこかホッとしたような気持ちで、頭を掻いた。

「…もう、寝よ?」

亜佑美はそう言うと、寝室の襖を開けた。

39 :名無飼育さん :2017/07/16(日) 00:35
仲居さんが用意してくれた二つの布団。
その距離は少し離れている。

「…どっちで寝る?」

亜佑美は答えない。

「…亜佑美?」

遥は亜佑美の様子を伺うため、彼女と向き合った。

「平気?具合悪い?」

亜佑美は静かに首を振る。
俯いたままで彼女の表情はわからない。

遥は急に不安になる。
ひょっとしたら、亜佑美はこの状況が嫌なのかもしれない。
疲れているなら一人きりで過ごす方が良いのではないか。

「あ、俺、あっちの部屋で寝るから」
「…え?」
「疲れてるだろうし、一人でゆっくり…」

40 :名無飼育さん :2017/07/16(日) 00:35
次の瞬間、亜佑美が遥の肩を叩いた。

「痛っ」
「バカ…」
「へ?」
「ホント、鈍感…」

ようやく顔を上げた亜佑美は涙を浮かべていた。

「…くどぅー、覚えてる?」
「…ん?何を?」
「『待って』って言ったこと」

忘れるはずもない。
それは遥の心にずっと残っている、一種の呪縛みたいなものだ。
亜佑美と良い雰囲気になるたびに、いつも思い出す言葉。

「…うん。だから俺、ちゃんと…」
「無理…みたい」

亜佑美はそっと遥に寄りかかってきた。
浴衣の隙間から胸元が見えそうで、遥は慌てて目を逸らす。

「無理って…何が?」
「…もう待てないみたい」

亜佑美の手が遥の背中に回る。

「…して?」

41 :名無飼育さん :2017/07/16(日) 00:35
その一言でようやく遥は気付いた。
本当にあの言葉に縛られていたのは、自分ではなく亜佑美の方だと。
振り返れば亜佑美は今まで何度となくチャンスをくれていた。
そのたびに物理的な邪魔が入ったけど、心の奥底ではホッとしている自分がいた。

彼女を傷つけたくない。
痛がることはしたくない。
上手く出来る自信もない。
何よりも二人の関係が変わる気がして怖かった。

そう、ずっと怖がっていたのは遥の方だった。
亜佑美はこんなに勇気を出してくれたのに。

遥は目の前の亜佑美をギュッと抱きしめる。
すごく華奢で壊れてしまいそうで、だけど柔らかくて温かくて。
ずっとずっとそばにいたい。
他の誰にも渡したくない。
自分だけのものにしたい。

もう遥に迷いはなかった。

42 :名無飼育さん :2017/07/16(日) 00:36
静かに横たわる亜佑美に優しく触れる。
初めての感触、初めての声、初めての表情。
亜佑美が与えてくれる一つ一つに夢中になる。

「…ん、あっ」

ゆっくりと彼女の中に入っていく。
亜佑美が痛みに耐えていることに気付いたけど、もう止めることは出来なかった。

43 :名無飼育さん :2017/07/16(日) 00:36
「…く、どぅー」
「亜佑美…」

一番深いところまで、誰も触れたことのないところまで、ようやくたどり着く。
その瞬間、そっと目を開けた亜佑美は遥の顔を見て微笑んだ。

「…ごめん、なんか、俺…」

遥の目からは自然と涙が零れていた。

「…普通、逆でしょ」
「…ん」
「かわいい」
「…うっせー」

みっともないけど、全てが愛おしい。

44 :名無飼育さん :2017/07/16(日) 00:36
「くどぅー」
「…うん」
「…待っててくれて、ありがと」

亜佑美の目からも涙が溢れる。
その涙を見ながら、遥はこの瞬間を一生忘れないと思った。

45 :名無飼育さん :2017/07/16(日) 00:37





46 :名無飼育さん :2017/07/16(日) 00:37
翌朝。
彩乃にお礼を言い、4人は旅館を後にした。
帰りの電車の中、ボックス席にそれぞれ腰掛ける。

「ふあ〜」
「もう佐藤さん、あくびばっか」
「だってしょーがないじゃん、昨日、小田ちゃんが寝かしてくれな…」
「な!それは、佐藤さんが…」
「えー?マサのせい?」
「…佐藤さんのせいです」
「ま、いっか。マサ、寝る」

優樹はさくらの肩に寄りかかり、目を瞑る。

「もう子供なんだから…。あ、ごめんなさい!…私も、寝ますね」

文句を言いながらも幸せそうなさくらは、遥と亜佑美の視線に気付き、赤面しながら言った。

47 :名無飼育さん :2017/07/16(日) 00:37
「相変わらず、仲良いな」
「ホントに」

目の前の二人を見ながら、遥と亜佑美は優しく微笑む。
なんとなく気恥ずかしくて、朝からお互いの顔をまともに見れずにいる。
何かが変わったような、何も変わらないような二人の関係。

ただ一つはっきり言えることは、昨日よりももっとずっと亜佑美を大切に思っているということだ。
全てを委ねてくれたことが素直に嬉しかった。
泣いてしまったことは情けないけど、そんな自分も亜佑美は受け入れてくれた。
大きな愛情で包み込んでくれた。

「ふぁ…」

隣の亜佑美が優樹と同じくらい大きな欠伸をした。

「寝ていいよ。起こすから」
「…ありがと」

どちらからともなく手を繋ぐ。
その温もりが昨日の記憶をより鮮明に思い起こさせる。
どうしようもなくなり、顔を近付けた遥を亜佑美が止める。

48 :名無飼育さん :2017/07/16(日) 00:37
「電車の中だよ」
「わかってるけど…」

ボックス席だし前の二人はたぶん寝てるし、周りには人はいないし、誰にも見られる心配はない。

「ダメ?」
「ダメに決まってるでしょ」
「…ちぇー」

拗ねる遥を見て亜佑美が苦笑する。

「なんかくどぅー、マサみたい」
「んだよ、それ…」

次の瞬間、遥の頬に温かい何かが触れる。

「…また今度ね」

そう言うと亜佑美は静かに目を閉じた。
残された遥は亜佑美の手の温もりを感じながら、「また今度」のことを想像しながら、一人悶々とした時間を過ごした。

49 :名無飼育さん :2017/07/16(日) 00:38
本日は以上です。
50 :名無飼育さん :2017/07/16(日) 17:06
二人が幸せそうで何よりです!幼かった二人が大人に,,,感慨深い?
51 :名無飼育さん :2017/07/17(月) 19:25
更新お疲れ様です。
羽賀監督に是非映像化をお願いしたいところですw
52 :名無飼育さん :2017/07/18(火) 09:05
更新おつです!
いつも楽しみに待ってまーす!
53 :名無飼育さん :2017/11/19(日) 21:52
レスありがとうございます。

>>50
本当に感慨深いですね。
気付いたら"奇妙なあいつ"が"俺の彼女"になってから4年も経っていました。

>>51
映像化…切に希望しますw
非公開でもいいので!

>>52
嬉しい言葉ありがとうございます!
更新の励みになります。


今回は番外編。
新キャラ?登場です。
54 :名無飼育さん :2017/11/19(日) 21:53
「えー、あの二人、付き合い始めたの?」
「そうらしいよ」
「マジー!?」

女子高生の会話なんて大半が恋の話だ。
高校2年生の横山玲奈も例外ではなく、休み時間の度にコイバナで盛り上がっている。

「だんだんフリーのイケメンが消えてくね」
「人気ダントツのハル先輩はずっと彼女いるしね」

この学校で一番人気の遥には、高校入学前から年上の彼女がいることは周知の事実だった。
それでも告白する生徒が後を絶たないのは、遥の人柄ゆえだろうか。

「でもいいじゃん、玲奈は」
「何が?」
「だって、あの加賀先輩と幼馴染なんでしょ?」
「…そうだけど」
「密かに人気あるんだよ、加賀先輩」
「えー!?」
「なんか硬派でカッコいいんだよね。この前の試合、超すごかったしさー」

加賀楓は玲奈の一つ年上で幼馴染だ。
剣道以外は全く目立たないタイプで女子とは殆ど話さない楓だが、実はずっと隠れファンがいるらしい。
玲奈からしたら寝耳に水で、放っておけない事実だ。

55 :名無飼育さん :2017/11/19(日) 21:53
「い、言っとくけど、あいつ、ただのオタクだよ?」
「えー、そうなの?」
「そうそう!家では頭ボサボサのダサいスエットでゲームばっかしてるし、アニメ好きだし、ぜったいにムッツリスケ…」
「だーれがオタクだって?」

聞き慣れた声に玲奈が振り向くと、いつの間にか楓が後ろに立っていた。

「か、かえでー!」
「ったく、人のことボロクソ言いやがって」
「な、何しに来たのよ、人の教室に!」
「これ」

楓が差し出したのは玲奈のお弁当箱だった。

「忘れただろ。おばさんから頼まれた」
「あ…」
「ま、いらねーみたいだけど」

そう言うと、楓は長い手を真上に伸ばしてお弁当箱を高く掲げた。

「い、いるし!」

玲奈は必死に手を伸ばすが、ただでさえ身長差のある二人だけに届くはずもない。

56 :名無飼育さん :2017/11/19(日) 21:53
「返してよ!」
「どーすっかな」
「バカ!意地悪!」
「届けてやったのに、そんな言い方するかよ」
「誰も頼んでないし!もういい!」

玲奈が拗ねると楓は苦笑してお弁当箱を机に置く。

「じゃな」
「…あ、かえでー」

届けてくれたお礼を言わなくてはと引き留めたものの、次の言葉が出てこない。

「ん?」
「…な、なんでもない!」
「そ、じゃ」

楓は何事もなかったかのように教室を出て行った。

「はあ、やっぱカッコいいわー、加賀先輩」
「どこが?見ての通り、意地悪じゃん!」
「えー、兄妹みたいに仲良いじゃん、羨ましいわー」

“兄妹みたい”という言葉が玲奈の心に突き刺さる。
親にも友達にも、昔からしょっちゅう言われてきた言葉だ。
だけど、玲奈はただの一度も楓を兄のようだと思ったことはない。
小さな頃からずっと、一番大切で一番好きな人だった。
今もずっとその気持ちは変わっていない。

57 :名無飼育さん :2017/11/19(日) 21:53



58 :名無飼育さん :2017/11/19(日) 21:54
「工藤さぁぁぁ〜ん!」

放課後の教室に響き渡る大きな声。
遥がうんざりしたような顔で振り向くと、玲奈が泣きべそをかきながら飛び込んできた。

「…またかよ」
「そんな冷たいこと言わないでくださいよぉ!聞いてください!」
「聞くけどさ…」

3年生の秋、遥は文化祭の実行委員長に選出された。
半ば押し付けられたようなものだが、やるからには楽しい文化祭にしたい。
文化祭まであと1週間。
高校生活最後の思い出を作るため、この1週間は予備校も休んで準備に費やすつもりだ。

「仕事、溜まってんだよ。てか、おまえもやれよ」
「わかってますけど…」

玲奈は副委員長であり、本来であればこんな雑談をしている暇はない。
しかし、目の前で困っている後輩を放っておくわけにもいかない。

「で、今度は何があったんだよ、『かえでー』と」
「な、なんでかえでーのことだってわかるんですか!?」
「おまえ、その話ばっかりじゃん」

楓は3年生だが理系コースのため、遥は殆ど面識がない。
遥が知っている情報は、剣道部の元部長で大会で入賞して表彰されたことがあることくらいだ。

59 :名無飼育さん :2017/11/19(日) 21:54
「かえでー、陰で人気あるって…」
「へー。まあ剣道強いみたいだしなあ。あ、その紙取って」
「え?これですか?」
「うん」
「はい。でも、みんなかえでーのこと何も知らないくせに…」
「そんなもんだろ、人気なんてさ。これ、清書よろしく」
「…工藤さん、話聞いてないでしょ」
「聞いてるって。あー、2年1組、出し物変えるって言ってたな。これ直さねーと」
「やっぱり聞いてない…」

「どうせ玲奈なんか…」とネガティブモード全開の玲奈を見かねて、遥は手を止める。
なんだかんだで放っておけない自分が恨めしい。

「そんなに好きなら、気持ち伝えてみれば?」
「無理無理無理無理!ぜーったい、無理!!」
「なんでよ?」
「…今の関係壊れるの、怖いんです」

玲奈の気持ちは痛いほどわかる。
亜佑美と付き合う前、遥も同じ気持ちだったからだ。
告白して振られてしまったら、今まで通りに一緒にいることは出来ない。
幼馴染であれば余計にそれが怖いのだろう。

60 :名無飼育さん :2017/11/19(日) 21:54
「もう、ヤダ…」
「ま、頑張れ」

そう言って頭をポンと叩いた遥に、玲奈は呆れた顔を向ける。

「…そういうの止めた方がいいですよ」
「へ?」
「彼女に怒られますよ」
「…マジか」

遥の脳裏に怒りに震える亜佑美の顔が浮かぶ。
すねたり怒ったり泣いたり、感情表現が豊かな彼女はいろんな顔を見せてくれる。
きっと遥にしか見せない表情もいっぱいあって、その全てをかわいいと思う。

「あーあ、ニヤニヤしちゃって。ヤダヤダ…」
「し、してねーし!」
「あーもう!かえでーのバカ!ついでに工藤さんのバカ!」
「バカってなんだよ!俺、一応先輩だぞ」

キーンコーンカーンコーン

「あ、下校のチャイム、なっちゃいましたね」
「一生終わる気がしねー…」

結局今日も殆ど作業は進まないまま、下校の時刻を迎えた。

61 :名無飼育さん :2017/11/19(日) 21:54
教室で遥と別れたあと、玲奈はいつも通り下駄箱へと向かう。
11月とはいえもうすっかり辺りは暗く、通い慣れた校舎でも気味が悪い。

「…早く帰ろ」

足早に移動する玲奈の前に突然三人の女の子が現れた。
同じ制服を着ているのでこの学校の生徒であることは間違いないが、見覚えのない顔だ。
なんだか無性に嫌な予感がする。

「あの…」
「あんたさあ、2年の横山だよね」
「…そうですけど」

敵意むき出しの態度に自然と玲奈の口調も強くなる。
たとえ相手が複数であろうと、わけもわからずに絡まれて怖がるようなタイプではない。

「やっぱ、生意気」
「なんですか、いきなり」
「さっきまで工藤君と一緒だったでしょ」

その名前を聞いた途端、玲奈は全てを察した。
この人たちは遥のファンで、仲良くしている玲奈が気に食わない。
大方そんなところだろう。

62 :名無飼育さん :2017/11/19(日) 21:55
「一緒でしたけど、文化祭実行委員なだけで…」
「そのわりにベタベタしてんじゃん」
「別に、ベタベタなんて!」
「だから生意気だって言ってんだよ!」

三人のうちの一人が玲奈の肩を強く押す。
背の低い玲奈はバランスを崩し、尻もちをついてしまう。

「…痛っ」
「あんたみたいな子は痛い目に合わないとわかんないよね」

彼女たちはどんどん玲奈との距離を詰めてくる。
勝気な玲奈だが、この状況では恐怖心が先行するのは無理もない。
助けを呼ぼうにも声が出ない。

「…か、かえ…」

63 :名無飼育さん :2017/11/19(日) 21:55
「ヨコ!」

次の瞬間、聞き慣れた声が聞こえてきた。
こんなところにいるはずがないと思いながらも、そんなふうに呼ぶのはこの世で一人しかいない。

「…かえでー?」

玲奈が顔を上げると、廊下の奥から走ってくる楓の姿が飛び込んで来た。
今まで見たことのないすごい形相だ。

「おまえら、こいつになんか用?」
「か、加賀…」
「あ、これは別に…」
「なんか用かって聞いてんだよ」
「ていうか、うちらはただ…」

ダン!

楓は近くの壁を思いきり蹴った。

「帰れよ!二度とこいつに手出すな」

その言葉に女子たちは慌てて帰っていった。

64 :名無飼育さん :2017/11/19(日) 21:55
玲奈は立ち上がろうとしたが、上手く力が入らない。
まだ体が震えている。
楓はしゃがみ込んで玲奈の顔を覗く。

「…ヨコ」
「かえでー…」
「立てるか?」

玲奈が黙って首を横に振ると、楓は少し困ったように手を差し出した。

「…ほれ」
「…うん」

楓の手に触れるのなんて何年ぶりだろう。
胸のドキドキが足の痛みをかき消していく。

楓の手は昔よりも大きくて温かくて、そして少しだけ汗ばんでいた。

65 :名無飼育さん :2017/11/19(日) 21:56
二人並んで家までの道を歩く。

「かえでー、こんな時間まで残ってたの?」
「あー、補習。一応、受験生だからな」
「あ、そっか」

あと数ヶ月で楓は高校を卒業してしまう。
そしたらきっと、もっとモテるようになって彼女とかも出来て、女子高生の玲奈なんて相手にされないかもしれない。
そうなる前に気持ちを伝えたいけど、どうしても一歩が踏み出せない。

「…おまえさあ」
「ん?」
「あのー、なんつーか、その…」
「かえでー?」

玲奈が立ち止まって顔を覗き込むと、楓は慌てて顔を逸らした。

「どうかした?」
「…だからさ、“工藤さん”とあんまり、その…仲良くしない方がいいんじゃね」
「え?なんで?」
「今日みたいなことになったら、困るだろ」
「でも、委員会だし…。それに、今日かえでーが助けてくれたから大丈夫だと思うし」

66 :名無飼育さん :2017/11/19(日) 21:56
玲奈がそう答えると、楓は空を仰ぎながら怒ったように呟いた。

「…俺がヤなんだよ」
「…え?」

最初は聞き間違いかと思った。
しかし、楓はもう一度はっきりとこう言った。

「…ヤなんだよ、おまえが仲良くすんの」

目を合わせてくれないから、楓の真意を探ることは出来ない。
どうしたって、自分の都合の良い方に解釈してしまう。

だけど、もしもそうじゃなかったら?
勝手に勘違いして自惚れて暴走して、楓の方は全然そんなつもりじゃなかったら?

そう思うとやっぱり確かめるのは怖くて、自分の気持ちを閉じ込めてしまう。

「か、かえでーって、もしかして、工藤さんのこと…」
「はあ!?んなわけねーだろ!アホか!」
「違うの?」
「違うに決まってんだろ!」

だったら、その言葉の意味を教えてほしい。
勘違いなんてしないくらい、はっきりと聞かせてほしい。

67 :名無飼育さん :2017/11/19(日) 21:56
「…かえでー?」
「なんだよ?」
「…文化祭、もうすぐ終わるから」

これが今の玲奈の精一杯の意思表示だ。
玲奈の言葉に楓はキョトンとしている。

「かえでー、鈍感」
「…どっちが鈍感だよ」
「玲奈は鈍感じゃないし」
「いや、鈍すぎるだろ。昔からトロかったし」
「それって鈍感と関係ないじゃん!」
「全部が鈍いってことだろ、そんなこともわかんねーのかよ、鈍感」
「もういい!かえでーのバカ!」

今はこの距離感が心地よくて、だから大好きなこの人と過ごす時間を大切にしたい。
いつかきっと、この気持ちが伝わる日が来ることを夢見ながら。

68 :名無飼育さん :2017/11/19(日) 21:56
本日は以上です。

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