■掲示板に戻る■ 全部 1- 101- 201- 301- 401- 最新50

恋人一年生

1 :名無飼育さん :2014/01/04(土) 01:38
bluff内「奇妙なあいつ」の続編です。
ttp://m-seek.net/test/read.cgi/mirage/1133879814/752

一部、登場人物の性別が変わっています。
苦手な方はスルーして下さい。
380 :名無飼育さん :2016/08/06(土) 23:10
「どぅー、お祭り行こう!」

それは優樹からの突然の誘いだった。

「なに、唐突に…」
「だって、夏と言えばお祭りじゃん。どうせこの夏、ずっと部活ばっかでしょ」

わけのわからないのは相変わらずだけど、確かに優樹の言うことにも一理ある。

水泳部にとっては夏が勝負。
練習に大会にと遊んでいる暇はないのだ。
しかも、この夏行われる大きな大会に、遥は初めてエントリーされた。
遥の学校の水泳部は地域でもかなりレベルが高い。
だから、1年生のときには練習試合にしか出してもらえなかった。
挫折しそうになったときもあったが、頑張っている亜佑美に触発されて、必死に
食らいついてきたのだ。
その結果、2年生の夏にようやく掴んだチャンス。
遊んでいる暇もデートをしている余裕もなかった。

381 :名無飼育さん :2016/08/06(土) 23:10
一方の亜佑美も、相変わらず演劇のバイトで忙しい日々。
お互い、電話やメールでのやりとりに終始していた。

「…んー、俺、パス」
「なんでさー?」
「練習きついもん。ヘトヘトだし」
「へー、ホントに行かないんだ」
「…なんだよ」

思わせぶりな優樹の言い方が頭に引っかかる。

「どぅー、亜佑美の浴衣姿、見なくていいんだ」
「…へ?」
「じゃあ、マサと小田ちゃんと亜佑美とで行くから。バイバイ」
「ちょ、ちょっ!待って!」
「なんだよ」
「あ、亜佑美も来るの?」
「来るよ、さっきOKもらったもん。でも、どぅーは行かないんでしょ?」
「い、行く!行くよ!行きます!!」

その夜、亜佑美に確認してみた。

『行くよ!くどぅーも来るんでしょ?楽しみだね』

そのかわいらしい返事にニヤニヤしながら、遥の頭の中は浴衣姿の亜佑美で
いっぱいだった。

382 :名無飼育さん :2016/08/06(土) 23:10
遥が待ち合わせの場所に着くと、既にさくらが来ていた。

「小田ちゃん、久しぶり」
「あ、工藤さん。お久しぶりです」

ラベンダー色の浴衣がよく似合っている。

「浴衣かわいいね。小田ちゃんのイメージにピッタリ」

さり気なく褒めると、さくらの頬が赤く染まる。

「さ、佐藤さんが着て来いってしつこいから…。私、浴衣なんて持ってなくて、
 叔母さんのおさがりで、ちょっと古くないかなって…」
「古くなんてないよ、めっちゃ似合う!」
「あ、ありがとうございます…」

さくらは真っ赤になって俯いた。

383 :名無飼育さん :2016/08/06(土) 23:11
「…なーに、小田ちゃんのこと口説いてんのさ」

いつの間にかそばにはふくれっ面の優樹が立っていた。

「べ、別に口説いてなんか…」
「あとで亜佑美に言いつけてやる」
「だから!口説いてねーし!!」

必死に言い訳する遥の背後から聞き慣れた声が響く。

「口説くって誰を?」
「あ、亜佑…」

振り向いた瞬間、遥の視線は一気に鮮やかな紺の浴衣に奪われる。
彼女と出会ってからもう何年も経つけれど、浴衣姿を見るのは初めてだ。

きっと今の自分はアホみたいに間抜けな顔をしているだろう。
そう自覚しながらも遥は彼女から目を離せなかった。

384 :名無飼育さん :2016/08/06(土) 23:11
「…くどぅー?」

亜佑美の声で我に返る。

「あ、ご、ごめん」
「ったく、見とれ過ぎだから。行こ、小田ちゃん」

まだ少しすねている優樹がさくらの手を取って先を歩く。

「あ、待ってよ、マサ。もう…」

二人の後ろ姿を見つめる亜佑美の背中。
夏らしく涼しげに纏められた髪がやけに大人っぽくて、遥をさらにドキドキ
させた。

「…くどぅー、疲れてる?」
「え?あ、いや、全然!」
「そっか。なんかいつもと違うから」
「あ、いや、なんか、久々っていうか…、その、なんつーか…」

遥の言葉に亜佑美はすっと距離を詰めてくる。

「そういえば、ゆっくり会うの、久々だね」
「…うん」

遥の部活帰りにとか、亜佑美のバイトの合間とか、特にここ数か月は忙しくて
こんなふうに対峙することも殆どなかった。

385 :名無飼育さん :2016/08/06(土) 23:11
「…浴衣、変じゃない?」
「え?」
「子供の頃以来だから、浴衣着るの」

かわいいとか似合っているとか、さくらにはあんなに簡単に言えたのに、
亜佑美には声をかけることすら出来ない。
まるで初めて恋を自覚したときのように、上手く言葉を紡げない。

「…変じゃねーし。俺らも行こう」

なんとなく亜佑美の顔を真っ直ぐ見れなくて、遥はさっと亜佑美の手を引いて
歩き出した。

386 :名無飼育さん :2016/08/06(土) 23:12
優樹とさくらに合流して、四人で屋台を見ながら歩く。
はしゃぐ優樹とそれを見守るさくら。
対して遥と亜佑美は先程の気まずさをまだ引きずっていた。
繋いでいた手もいつの間にか離れてしまっている。

「あ!綿あめだ!買ってくる!」
「…私も買ってくるね」

亜佑美は、目的の屋台へ走る優樹のあとを追っていった。

「佐藤さん、はしゃいじゃって…」

苦笑しながらも、さくらの表情はとても優しい。
変わらない二人の関係性が少しだけ羨ましい。

「まーちゃんとは、相変わらず仲良いんだ?」
「はい。…実は、私、お祭りとか殆ど来たことなくて」
「え?そうなの?」
「うち、両親が忙しかったんで…」
「そっか…」
「その話したら、佐藤さんがすぐに調べてくれて、誘ってくれたんです」

優樹の行動力の半分でも自分にあれば…。
遥の目に映るのは、優樹の隣で嬉しそうに笑っている亜佑美の姿だった。

387 :名無飼育さん :2016/08/06(土) 23:12
「ちゃんと言ってあげました?」
「へ?」
「石田さんに、浴衣かわいいって」

鋭いさくらの言葉に、遥は苦笑する。
さくらには二人の気まずさもその理由もお見通しのようだ。

「…さすが、小田ちゃん」
「きっと待ってますよ、工藤さんの一言」
「…うん」

「変じゃない」と聞いた亜佑美が欲しい言葉はなんとなくわかっている。
だけど、遥にとってはその一言が簡単なようで難しい。

388 :名無飼育さん :2016/08/06(土) 23:12
「お待たせー!はい、小田ちゃんの分」

戻ってきた優樹と亜佑美は両手に綿あめを持っていた。

「はい、くどぅー」
「あ、サンキュ…。あのさ…」
「ん?」
「…えっと、その、浴衣さ…」
「どぅー!行くよ!!」

遥の言葉は優樹の叫びによって遮られる。

「ホント、子供なんだから、マサは。…ごめん、くどぅー。なんだっけ?」
「あ、いや、なんでもない…」
「…そっか」

結局、また何も言えないまま、二人は微妙な距離感のまま、時間だけが過ぎて
いった。

389 :名無飼育さん :2016/08/06(土) 23:13
かき氷の屋台の前で、遥は思いがけない人と遭遇した。

「…どぅー?」
「え?…あ、譜久村さん」

声をかけてきたのは聖だった。
亜佑美への誕生日プレゼントを一緒に選んでもらって以来の再会だったが、
相変わらずの柔らかい雰囲気を醸し出している。
ピンクの浴衣もとてもよく似合っていた。

「久しぶりだね、どぅー」
「はい!あのときは、どうも…」
「ううん。あ、もしかして、亜佑美ちゃん?」

聖は遥の隣にいた亜佑美に気付き、優しく笑いかける。
事情を知らない亜佑美は戸惑いながらもペコリと頭を下げた。

「想像通り、かわいい彼女だね、どぅー」

聖の言葉に、遥と亜佑美は同時に顔を赤くした。

390 :名無飼育さん :2016/08/06(土) 23:13
「そ、そういえば、今日は生田さんと?」
「あ、ううん。聖ね、今…」
「譜久村さーん!お待たせしま…、いて!」

聖の名前を呼んで駆け寄ってきた美希が、遥たちの目の前で盛大に転んだ。

「野中ちゃん!大丈夫!?」
「いった…、いや、僕はだいじょ…あー!!!!」

立ち上がった美希の足元にはかき氷の残骸が広がっている。

「せっかく10分も並んで買ったのに…」
「もう、ドジなんだから…」
「…すいません」
「…あ、あの」

落ち込んでいる美希に遠慮しながら、遥が声をかける。

「あ、ごめんね、紹介するね。野中美希くん」
「初めまして!野中美希です!譜久村さんとお付き合いしてます!」
「野中ちゃん、声が大きいから…」
「す、すいません!」

391 :名無飼育さん :2016/08/06(土) 23:13
衣梨奈から里保とのことは聞いていた。
そのことはとても嬉しかったけれど、同時に思い浮かべたのは、衣梨奈のことを
見つめていた聖の横顔だった。
聖がどんな思いをしているのか心配だったから、美希の存在を知ることが出来、
遥は心から安心した。

遥が優樹やさくらを紹介すると、すぐに聖や美希とも仲良くなり、しばらくは
盛り上がっていた。

「向こうに金魚すくいとか水飴とかあったよ」
「マサ、金魚すくいやる!」
「あ、じゃあ、また」
「うん、またね、どぅー」

美希の隣で手を振る聖はとても幸せそうだった。

392 :名無飼育さん :2016/08/06(土) 23:14









393 :名無飼育さん :2016/08/06(土) 23:14
遥たちと別れたあと、美希は再び足元のかき氷に目を移す。

「やっぱり、僕、もう一度買ってきます!」
「え?もういいって…」
「ダメです!だって、譜久村さん、かき氷大好きって言ってたじゃないですか!
 ここの屋台、おいしいってみんな言ってるし、僕、まだ全然並べますから!」

駈け出そうとする美希のシャツを聖が引っ張る。

「…譜久村さん?」
「行かなくていい」
「で、でも…」
「聖をこのまま一人ぼっちにしておくわけ?」

聖はシャツを掴んだまま、美希を見つめる。

「一緒にお祭り来たんだから、ちゃんとそばにいて?」
「ふ、譜久村さん…」
「ね?」
「は、はい!!」
「だからー、声大きいってー」

394 :名無飼育さん :2016/08/06(土) 23:14









395 :名無飼育さん :2016/08/06(土) 23:15
お祭りの中心部に行くとさすがに人が多く、遥と亜佑美は優樹たちとはぐれて
しまった。
電話をしても気付かないのか、連絡が取れない。

「ったく、どこ行ったんだよ」
「これだけ人が多いとわかんないね」

金魚すくいや水飴の屋台にも姿は見当たらず、捜すうちに中心部を外れた静かな
場所に迷い込んでしまう。

草むらの中、座り込んでいる人影が目に入る。
薄暗い電灯にラベンダーの浴衣が映し出された。

「あ、いた…」

ようやく見つけた優樹とさくらは、目の前で互いの距離を縮めていく。
声をかけることも出来ぬまま、遥はその光景を静かに見つめていた。

二人の影が重なった瞬間、亜佑美が遥の手を引いて、その場から去った。

396 :名無飼育さん :2016/08/06(土) 23:15









397 :名無飼育さん :2016/08/06(土) 23:15
足音に気付き、さくらはすぐに優樹から離れる。

「今の、工藤さんと石田さんですよね。どうしよう、見られたかも…」
「べっつにいいじゃん。もうマサたちがエッチしてることも知ってるんだし」
「ま、またそういうこと…!」
「なんかどぅーたち、変な感じだったからさ」

さくらと同様、優樹も二人の気まずさに気付いていたのだ。

「仲直りのきっかけになるかもって」

優樹はそう言うと、まるでいたずらが成功した子供のような笑顔を見せた。
その笑顔にさくらはハッとする。

「もしかして佐藤さん、見られてるの知ってて、わざと…」
「ニヒヒー」

398 :名無飼育さん :2016/08/06(土) 23:15
ドキドキしていたのが自分だけみたいで、冷静な優樹が少し憎らしい。
さくらが少しだけむくれていると、優樹が向き合うように体勢を変えた。
正面から抱きしめられて、さくらの鼓動が跳ね上がる。

「小田ちゃん、我慢できなくなっちゃった?」

耳元で囁かれるセリフに体中が熱くなる。

「…そ、そんなわけ」
「…マサは我慢できないかも」
「佐藤さん…」

初めて体を重ねたあの日から、何度かそういう雰囲気になった。
しかし、高校生の二人がゆっくりと過ごせる場所は意外と少なく、なかなか
二回目のチャンスは訪れなかった。
優樹は家に家族がいても気にはしていないようだったが、さくらの方は
そうもいかない。

399 :名無飼育さん :2016/08/06(土) 23:16
「…今日」
「ん?」
「今日だったら、両親遅いし、兄も妹もお祭りでいないし…」

この状況でこんな誘いをするのはとても恥ずかしかった。
だけど、さくら自身、我慢できそうになかった。

「…うち、来ますか?」
「いいの?」

優樹の問いに、さくらは無言で頷いた。

400 :名無飼育さん :2016/08/06(土) 23:16









401 :名無飼育さん :2016/08/06(土) 23:16
遥と亜佑美は手を繋いだまま、無言で歩く。
人影は殆どなく、すれ違うのも密着しているカップルばかりで、空気が気まずい。
あんな光景を見てしまったら、自分の欲望を上手くコントロール出来なくなる。

遥が立ち止まると、亜佑美も黙ったまま俯いた。

「…あのさ」
「…うん」

手を繋いだまま、向かい合う。

「浴衣…」
「…うん」
「似合ってる」
「…それだけ?」

すねたように上目遣いで睨んでいる亜佑美がすごく愛おしくて、遥は彼女の
手を引いて自分の方に抱き寄せる。

402 :名無飼育さん :2016/08/06(土) 23:16
「…かわいい」
「…遅いし」
「ごめん」

上手く言えない分、お詫びの意味も込めて、強く強く抱きしめる。

「小田ちゃんの浴衣姿に見とれてたし」
「…見とれてねーし」
「譜久村さんにデレデレしてたし」
「…デレデレなんかしてねーし」
「くどぅーの彼女は誰なの」
「…亜佑美に決まってんじゃん」

そう告げた瞬間、亜佑美の手が背中に回される。

「…ずっとこうしてほしかった」
「え?」
「いつも励ましてくれてすごく嬉しかったけど、ギュッてしてほしかった」

それは遥にとっても同じことで、電話やメールでの一言も力にはなったけれど、
その何倍も何十倍も、今の亜佑美の温もりが心強い。
403 :名無飼育さん :2016/08/06(土) 23:17
いつも同じ気持ちでいるのに、なぜか遠慮してすれ違ってしまう。
ケンカしたり気まずくなったり、その度に少しずつ深まっていく思いを、強く
結ばれていく絆を、遥は確かに感じていた。

先を急ぐ気持ちがないわけではない。
愛おしく思うあまり、欲望が爆発しそうになることもある。

だけど、今の自分たちに一番必要なことは、たぶんそういうことじゃない。

「試合、頑張ってね」
「うん」
「応援、行くね」
「うん」
「…なかなか会えなくて、ごめんね」

突然謝る亜佑美に、遥は苦笑する。

「笑うところじゃないのに」
「ごめんごめん。なんか、俺たち、おかしくね?」

長く強く抱き合ったまま、そんな会話をしている姿はどこか滑稽だ。

404 :名無飼育さん :2016/08/06(土) 23:17
「…ツ、確かに」

他人から見たらきっとおかしくてもどかしいこの関係を大切にしたい。
遥は亜佑美から離れて、そっと彼女の肩に手を置く。

月明かりに照らされた亜佑美の笑顔はとてもきれいで、きっと自分は何度でも
彼女に見とれてしまうだろう。

405 :名無飼育さん :2016/08/06(土) 23:18
「亜佑美」
「くどぅー」

二人はゆっくりと唇を重ねた。
それはあの日のように、そっと触れるだけの優しいキスだった。

406 :名無飼育さん :2016/08/06(土) 23:19
本日は以上です。

やっぱりもうしばらくこのままの関係でいさせてください。
なかなか進展せず、申し訳ありません。
引き続き、二人を見守っていただけると幸いです。
407 :名無飼育さん :2016/08/10(水) 20:36
もどかしい2人がたまりません
これからも応援しつつ見守らせてください
そして佐藤くんがあいかわらず最強・・・w
408 :名無し飼育さん :2016/08/12(金) 23:44
更新キテター
まーさくが相変わらず仲良しだし
ふくちぇるの関係もほほえましいし
あゆどぅの意地っ張り具合も相変わらずでなにより^^
409 :名無飼育さん :2016/09/14(水) 01:06
レスありがとうございます!

>>407
もどかしい二人と反比例してどんどんすごくなる佐藤くんw
どちらも見守っていただければ幸いです。

>>408
それぞれの関係性を書くのが楽しくてたまりませんw
特に、ふくちぇるが個人的にも気に入っています。


今回は番外編。短いですが、お楽しみいただければ幸いです。
ちなみに英語は苦手なので、すいません。
410 :名無飼育さん :2016/09/14(水) 01:07
里保が留学してから数ヶ月が経った。
生来の人見知りのせいで最初は馴染めずにいた。
それでも少しずつ、ダンスの実力を認めてくれる仲間が増えていき、今では
充実した毎日を送っている。

そんな今でも、いや少し余裕が出来た今だからこそ、思い出すのは衣梨奈の
あの言葉だった。

―――――俺、待ってるけん。里保が帰ってくるの

あの日以来、衣梨奈とは連絡を取っていない。
というよりも、互いの家族を通じて連絡を取り合っていた二人は、今まで
番号もアドレスも知る必要がなかったのだ。

それでも、里保の家族に聞けば連絡先はすぐにわかるはずで、なんの音沙汰も
ないことに不安と不満が募るばかりだ。

「えりぽんのバカ…。呼んでも飛んで来ないじゃん」

きっと今頃、他の女の子と楽しそうに笑っているに違いない。
本当は確かめたかったけど、そんな勇気もなく、里保はただ目の前のダンスに
夢中になるしかなかった。

411 :名無飼育さん :2016/09/14(水) 01:08
いつものようにレッスンが終わりダンススクールの玄関を出ると、門の外に
人だかりが出来ていた。
よく見ると、先に帰宅したはずの友人たちが集まっている。

「え?なん?聞き取れん!」

聞き慣れた博多弁に里保は思わず耳を疑った。
こんなところにいるはずもないのに、勝手な期待に鼓動が速くなる。
恐る恐るその人だかりに近付く。

「オー、アイム、えり!え・り!ジャパニーズ・ボーイ!」
「え、えりぽん!」

その輪の中心にいたのは、紛れもなく衣梨奈だった。

「な、なんで…」
「里保に会いに来たっちゃん!」

言葉を失う里保に、衣梨奈はニッと笑ってそう言った。

412 :名無飼育さん :2016/09/14(水) 01:08
「へー!こんないいとこに住んどうと?」

里保はダンススクールの寮に住んでいる。
寮といっても日本のように一部屋ではなく、一人では広すぎる程の家だった。

「…そんなところにおらんで、入れば?」

大学の夏休みを利用して遊びに来たという衣梨奈は、泊まる宿すら確保せずに
身一つで訪ねてきた。
ダンススクールの場所こそ里保の家族から聞いていたらしいが、あまりの無鉄砲
ぶりに呆れてしまう。

「来る前に、連絡くれればいいのに…」
「里保の連絡先、知らんし」
「はあ…」

深いため息をつく里保を尻目に、衣梨奈はマイペースで家中を歩き回っている。

「…そんなんで、よく飛んで行くとか言えたね」
「あー、まあ、ほら、そこは愛の力って奴?」
「でも、来てくれんかった…」

寂しくて辛い夜、衣梨奈の声が聞きたいと何度願ったことか。

「里保、もしかして、会いたいって思ってたと?」
「そ、そんなんじゃない!えりぽんのことなんて、思い出しもせんかった!」
「ふーん…」

真っ赤になって否定した里保に、特に興味もなさそうに衣梨奈はテレビをつけた。
その反応に里保の疑念は深まっていく。

本当に自分のことを好きでいてくれるのか。
ここまで会いに来てくれたのは嬉しいけれど、それはただ遊びに来たかっただけ
ではないのか。

ネガティブな里保の思考はどんどんマイナス方向へと向かっていく。

413 :名無飼育さん :2016/09/14(水) 01:08
キンコン。

ふと、衣梨奈のスマホから陽気な音が鳴り響いた。

「あ」

衣梨奈は画面を確認すると、「…んー、jessica?」と呟いて里保にスマホを
向ける。

「なあ、里保。これ、なんて意味?」
「え…」

画面を覗くとそこには英単語が並んでいる。

『Let's go for a movie!』

見た瞬間、里保は自分の顔に血が上っていくのを感じた。
Jessicaはダンススクールの同僚で、玄関で衣梨奈を囲んでいたうちの一人だ。
いつの間に連絡先を交換したのだろう。

「里保?」
「…もう、知らん」

何十年も一緒にいる自分とは連絡を取らないくせに、どうして。

「えりぽんなんか、もう知らん!さっさと帰ってよ!」

414 :名無飼育さん :2016/09/14(水) 01:09
バタン!

ベッドルームのドアを乱暴に閉めると、そのままベッドに潜り込む。

「えりぽんなんか…。えりぽんなんか…」

会えた嬉しさと恥ずかしさと、そっけない態度への悲しみ、そして嫉妬。
様々な感情が里保を襲う。
ダンスレッスンの疲れもあり、里保はいつの間にか眠ってしまった。

415 :名無飼育さん :2016/09/14(水) 01:09
里保が目を覚ますと窓の外はすっかり暗くなっていた。
慌ててリビングへ向かうが、衣梨奈の姿はない。
本当に帰ってしまったのだろうか。

遠い日本からわざわざ訪ねて来てくれた衣梨奈。
本当はあの日みたいにギュッと抱きしめてほしかった。
「よく頑張っとうね」って優しく褒めてほしかった。

「…えりぽん。…っく、…えり、ぽん」

今まで、どんなに辛くても苦しくても堪えていた涙が溢れ出す。

「えりぽんっ!」
「なん?」

里保が振り返ると、そこには紙袋を抱えた衣梨奈が立っていた。

「…え、り、ぽん?」
「そうやけど。…泣いとうと?」
「か、帰っちゃったかと、おもっ…て」

衣梨奈は紙袋をソファに置くと、里保の頭をポンポンと叩いた。

「オムレツ作ろうと思って、材料買ってきたっちゃん」
「…オム、レツ?」
「そ、里保、好きっちゃろ。俺のオムレツ」

416 :名無飼育さん :2016/09/14(水) 01:09
それはずっとずっと昔の、小さい頃の記憶。
里保はいつも衣梨奈の後ろにくっついて遊んでいた。
互いの家族が急用で出かけてしまい、二人だけで留守番をした日。
お腹が空いたと泣く里保に、衣梨奈が作ってくれたのがオムレツだった。

『えりぽんのオムレツ、おいしい!』

そんな昔のことを今でも覚えていてくれたというのか。

417 :名無飼育さん :2016/09/14(水) 01:10
「今作るけん、座っとって」

衣梨奈は慣れた手つきで料理に取り掛かる。
泣いている理由を聞くこともなく、「帰れ」と怒鳴ったことを責めることもなく、
何もなかったような涼しい顔をしている。

昔から、二人の関係はずっとそうだった。
里保が何を言っても何をしても、優しい衣梨奈は怒ったりしない。
感情をむき出しにしたり、焦ったりもしない。
だから、衣梨奈から好きだと言われたときも、どこか実感が沸かなかった。

その優しさが物足りないなんて、贅沢なことだとわかっているけど。

久々に食べた衣梨奈のオムレツは、どんなご馳走よりもおいしかった。

418 :名無飼育さん :2016/09/14(水) 01:10
片付けも終わり、二人並んでソファに座る。
今日、衣梨奈はここに泊まることになるわけで、当たり前だが朝までずっと
二人きりとなる。

「はー、このソファ、気持ちいいと。さすが海外っちゃね」

わけのわからないことに感心している衣梨奈の横顔は、相変わらずクールだ。

「…えりぽん」
「ん?」
「さ、さっき、ごめん。帰れなんて、ひどいこと…」
「あー、平気よ。全然、気にしとらんし」

それが衣梨奈の優しさだということは、里保にだって十分わかっている。
わかっているけれど、どこか寂しい。

「…えりぽん」
「なん?」
「…ウチ」

言葉に詰まる里保の顔を、衣梨奈が覗き込む。
里保はまともに衣梨奈を見ることが出来ず、俯きながら少しずつ言葉を紡ぐ。

いつもいつも素直になれずに逃げてばかりいたけど、今日は素直に伝えたい。

419 :名無飼育さん :2016/09/14(水) 01:10
「…悔しい」
「ん?なん?」
「えりぽんのこと、…大好きすぎて」

恥ずかしすぎて完全に下を向いた里保だが、微動だにしない衣梨奈が気にかかり、
ふっと顔を上げる。

その瞬間、里保の目の前に飛び込んできたのは、真っ赤になって固まっている
衣梨奈の顔だった。

「…えり、ぽん?」

衣梨奈は右手で口を押えて、天を仰いでいる。

「も、もしかして、照れてる…とか?」
「べ、別に、照れとらんし」

初めて見る動揺する衣梨奈の姿に、里保は自分の心がどんどん軽くなっていく
のを感じた。

420 :名無飼育さん :2016/09/14(水) 01:11
ぎこちなく衣梨奈の肩に寄りかかると、彼は少し躊躇してからそっと里保の
手を取った。

「知っとう?」
「…ん?」
「魔法使いもさ、充電が必要なんやって」
「なにそれ」
「飛行機乗ったけんさ、もうすぐゼロになるとよ」

その言葉の意図が掴めず、少しだけ不安になった里保は衣梨奈の顔を見る。
いつになく緊張した面持ちで、衣梨奈は里保の目を真っ直ぐ見つめる。

「…ゼロになったらどうなるん?」
「もう飛べん。やけん、充電させて?」

「どうやって」と尋ねる前に、二人の唇が重なる。

「里保が、欲しい」

その衣梨奈の真剣な声に里保は全てを委ねた。

421 :名無飼育さん :2016/09/14(水) 01:12



422 :名無飼育さん :2016/09/14(水) 01:12
「…っ、ごめん、里保」
「…ん、えり、ぽん?」
「俺、優しく出来ん…」

狂おしいほど熱い眼差し。
苦しいくらいに乱れている呼吸。

余裕のかけらもない衣梨奈の姿に、求められていることを、愛されていることを
実感する。

「…いいよ」
「里保…。好きっちゃん」
「ウチも、…好き」

里保がそう言うと、衣梨奈はそっと包み込むように抱きしめてくれた。
それはさっきの言葉とは裏腹にとても優しくて温かかった。

423 :名無飼育さん :2016/09/14(水) 01:13



424 :名無飼育さん :2016/09/14(水) 01:13
翌朝。
体の気怠さと共に里保が目覚めると、隣には衣梨奈がぐっすりと眠っていた。
こんなふうに一緒に朝を迎える日が来るなんて思ってもいなかった。

そっと衣梨奈に寄り添うと、まるでそれが当たり前のように抱き寄せられる。
里保は再び目を閉じた。

425 :名無飼育さん :2016/09/14(水) 01:14
キンコン。

衣梨奈のスマホから鳴り響いたのは、昨日と同じ通知音。

「…んー、誰かいな?」

寝ぼけ眼の衣梨奈が画面を確認する。

「Anna?誰やっけ?里保、これなんて…」

衣梨奈からスマホを取り上げると、『Do you have any plans?』の文字。
昨日のJessicaといい、Annaといい、全く油断も隙もありゃしない。

「教えてあげん」
「えー。ま、いっか。それより里保」
「なに!」

すねる里保を衣梨奈が背中から抱きしめる。

「連絡先、教えて?」

そんな一言で空気を変えてしまう衣梨奈は、本当に魔法使いなのかもしれない。
衣梨奈の温もりを感じながら、里保は充電されたのは自分の方だと思った。

426 :名無飼育さん :2016/09/14(水) 01:14
本日は以上です。
427 :名無飼育さん :2016/09/14(水) 02:37
ピンポンダーッシュ!
えりぽんイケメンだわあ
428 :名無飼育さん :2016/09/15(木) 00:30
もうひと組みのもどかしい二人もついに・・・
かっこいいのにかわいい生田さんが素敵です
429 :名無飼育さん :2017/06/25(日) 23:12
レスありがとうございます。

>>427
イケメン生田さんを書くのは楽しかったです!

>>428
幼馴染なのでもっとももどかしい二人だったかもしれません。
お待たせいたしましたw

容量がいっぱいになりそうだったので、新スレを立てました。
引き続き、よろしくお願いいたします。

恋人二年生
ttp://m-seek.net/test/read.cgi/grass/1498399161/

新着レスの表示


掲示板に戻る 全部 次100 最新50

現在のスレッドサイズ:251789 byte

名前:

read.cgi ver5.27 + 0.02 (04/08/03)