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恋人一年生

1 :名無飼育さん :2014/01/04(土) 01:38
bluff内「奇妙なあいつ」の続編です。
ttp://m-seek.net/test/read.cgi/mirage/1133879814/752

一部、登場人物の性別が変わっています。
苦手な方はスルーして下さい。
100 :名無飼育さん :2014/04/26(土) 17:35
「ということで、佐藤さんと付き合うことになりました」

さくらの長い独白に、亜佑美と春菜、二人の女性陣は深いため息をつく。

「まさか、マサにそんな一面があるとはねえ。ロマンティックー」
「まーちゃん、やるじゃん。漫画の王子様みたい」

もう一人の観客である遥は不貞腐れながらその話を聞いている。
遥の知らない優樹の一面があることも、亜佑美が優樹を褒めたことも全てが
面白くない。

当の本人である優樹は携帯アプリのパズルゲームに夢中で、全く話を聞いて
いない。

101 :名無飼育さん :2014/04/26(土) 17:36
「あゆみー、この面、ムズイよ。やってー」

優樹が隣の亜佑美に携帯を渡す。
亜佑美はこのゲームが得意で、かなり上のレベルまで進んでいるらしい。
亜佑美の手元にある携帯の画面を覗き込むため、優樹の顔は彼女の胸元に
接近している。
そのことがさらに遥の苛立ちを増長させる。

そもそも、最初に亜佑美の隣に座っていたのは遥なのだ。
それを優樹が突然、

「あゆみの隣がいい〜!どぅー!あゆみの隣、座んないで!」

とわけのわからないことを言い始めたので、席を譲ってやったというのに。

ここまでなんとか怒りを抑えていた遥だが、優樹が亜佑美の膝の上に頭を
乗せたところで、ついに堪忍袋の緒が切れた。

102 :名無飼育さん :2014/04/26(土) 17:36
「まーちゃん!俺のあゆ…」
「工藤さん」

しかし、その怒りはさくらに阻まれる。
必然的に遥の隣に座っていたさくらは、すっと遥との距離を詰め、彼の口元に
手をやった。

「ここ、ソースついてましたよ」
「え、あ、ど、どうも…」

亜佑美以外の女の子の温もりに、遥は思わず顔を赤らめる。

「あー!どぅー、ずるーい!小田ちゃん、マサもソースつける!取って!」
「はいはい。じゃあ、こっちに来て下さいね」
「はーい!」

優樹の反応にさくらは満足そうに頷いた。

「小田ちゃん、なかなかの策士だわ」

春菜はボソッと呟く。

103 :名無飼育さん :2014/04/26(土) 17:36
その後、優樹とさくらの二人は映画を観に行くとのことで、店を後にした。

残された三人には気まずさが広がる。
亜佑美はさっきから一言も言葉を発さず、明らかに不機嫌そうな顔をしている。
遥は遥で、さくらの温もりと優樹への嫉妬、そして亜佑美の態度に対する戸惑い
で混乱している。

「さてと、私、バイトの面接あるから、行くね」
「え、はるなん、行っちゃうの?」
「情けない顔してないで、さっさと仲直りすれば」
「別にケンカしてるわけじゃ…」
「くどぅー」
「へ?」
「さっきまーちゃんに言おうとしたこと、あゆみんに言ってあげれば?」
「え、さっきって…」

―――――「まーちゃん!俺のあゆ…」

その言葉の続きはどうやら春菜には気付かれていたようだ。

「…うん」
「あゆみんも、素直になりなね?」
「…私は別に」
「じゃ、またね!」

104 :名無飼育さん :2014/04/26(土) 17:36
春菜が去り、二人だけが残される。
相変わらず亜佑美は怒りのオーラに満ちている。
その理由は遥にはよくわからない。

「…あのさ」
「…何?」
「なんか、怒ってる?」

わからないのなら、ストレートに聞いてみるしかない。
遥の直球に亜佑美は虚を突かれたのか、一瞬目を見開いたあと、小さく呟いた。

「デレデレしてた」
「へ?」
「小田ちゃんにソース取ってもらって、デレデレしてたでしょ」
「あ、あれは、突然触られたからビックリしただけで…」
「顔真っ赤にしちゃってさ」
「そ、そんなこと言うならそっちだってさ!」
「何よ?」
「まーちゃんとイチャイチャしてたじゃん」
「はあ?イチャイチャなんてしてないけど」
「膝枕してただろ」
「そんなの…だって、マサは弟みたいなもんだし」
「あいつだって男じゃん!」

ムキになって思わず立ち上がってしまった遥は、その自分の行動でふと冷静さを
取り戻す。

105 :名無飼育さん :2014/04/26(土) 17:37
「…ごめん」

素直に謝ると、亜佑美の表情も少し柔らかくなる。

「こっちこそ、ごめん」
「うん」
「…さっき、はるなんが言ってたけどさ」
「ん?」
「マサに言いかけたことって何?」

さっき優樹に言いかけたことは、あのときの怒りの勢いだから言えたことで、
今のこの状況で言えるようなセリフではない。

「…言わなきゃ、ダメ?」
「ダメじゃないけど、聞きたいなって」

上目遣いで見つめられると、断る理由が思い浮かばない。
一瞬だけ亜佑美の目を見て、そのあと斜め上を見ながら、遥は彼女に思いを
告げた。

「俺の…俺の亜佑美に触るなって」

亜佑美は一瞬キョトンとした顔をしたあと、頬を赤らめて嬉しそうに目を細めた。

106 :名無飼育さん :2014/04/26(土) 17:37
「…だからヤだったんだよ、言うの」
「私、くどぅーのものだったんだー。初耳ー」
「う、うっせー!」
「でも、初めてだね。名前呼んでくれたの」
「…女の名前呼び捨てとか、慣れてねーし」

だけど本当は、ずっと前からこう呼びたいと思っていた。
何度も何度も言いかけては飲み込んでいた名前。
不本意だけれど、呼ぶきっかけが出来て良かったのかもしれない。

全開の笑顔で喜んでくれる亜佑美を見ていると、遥まで幸せな気持ちになる。

107 :名無飼育さん :2014/04/26(土) 17:37
「そうだ、くどぅー。うちらも映画観に行こうよ」
「え?別にいいけどさ。何見んの?」
「もちろん、アレに決まってるでしょ!」

亜佑美が口にしたのはある人気アニメのタイトルだ。
彼女はそのアニメの大ファンだそうだ。
すでに亜佑美の中では決定らしく、携帯で上演時間を調べている。

「俺、ヤだよ、そんなのガキみたいだし」
「えー、いーじゃん。あ、あと30分で始まるって!ほら、行くよ」

立ち上がり遥を促す亜佑美。

「ちょ、俺の意見も…」

亜佑美はあっという間に店の外にいた。
遥はしぶしぶ彼女の後を追う。

結局のところ、自分は亜佑美には弱いのだと遥は密かに苦笑する。
彼女は実は結構気まぐれで、振り回されることも少なくない。

しかし、そんな関係が嫌ではなかった。

108 :名無飼育さん :2014/04/26(土) 17:37
「くどぅー、走って!」

だけど、振り回されてばかりなのも男として悔しい。
遥は彼女を追い抜いて、その手をグイッと引っ張って走り出す。

「おせーよ。…亜佑美」

振り返らなくても、亜佑美がどんな顔をしているのかなんとなくわかる。
彼女の熱が繋いだ手から伝わってくるから。

遥はその手をずっと離さなかった。
映画が終わるまで、ずっと。

109 :名無飼育さん :2014/04/26(土) 17:38
本日は以上です。
110 :名無飼育さん :2014/04/26(土) 18:17
小田ちゃんとまーちゃんのことも気になっていたので番外編で読めて嬉しいです
心がポクポクしました
111 :名無飼育さん :2014/04/27(日) 09:50
まーちゃんにぐいぐい攻められながらもしっかり手綱を握る小田ちゃん
こっちの2人の関係もいいですねぇ
112 :名無し飼育さん :2014/05/04(日) 19:20
まーさく素敵でした。
さくらちゃんの策士っぷりやまーちゃんの天真爛漫無邪気さがイメージぴったりな気がします。
最後のどぅーとあゆみんのやり取りもニヤニヤしちゃいました^^;
113 :名無飼育さん :2014/05/13(火) 00:24
レスありがとうございます!

>>110
前スレよりちょこちょこ触れてきて、自分の中でも気になってた二人ですw

>>111
現実世界でもこの二人の関係は不思議で素敵ですね!

>>112
登場人物のイメージを共有して頂けることが何より嬉しいです。
114 :名無飼育さん :2014/05/13(火) 00:24
4月になり、遥も無事に中学3年生となった。
それほど強い思い入れがあるわけでもないが、やはり最後の学年というのは感慨
深いものだ。
受験生という立場でもあるし、部活でも当然みんなを引っ張っていくポジション
になるだろう。

なんとなくセンチメンタルな思いに浸っていると、後ろから甲高い声が響いた。

「どぅー!」

言わずと知れた優樹である。
幸か不幸か、今年も彼と同じクラスになった。

「なんだよ、テンション高過ぎ」
「だって、今日、小田ちゃんと遊ぶ約束してるんだもん!」
「てか、昨日も会ってなかったっけ?」
「うん!マサたち、仲良しだからさ」

一つ年上のさくらと優樹はつい先日付き合い始めたばかりだ。
ラブラブなのも当然だが、話を聞く方の身にもなって欲しい。
こっちは週末ぐらいしか会っていないというのに。

115 :名無飼育さん :2014/05/13(火) 00:25
「え、佐藤、おまえ、彼女いんの?」

優樹の話を聞きつけたクラスメイトが興味深そうに近付いてくる。
恋愛とは無縁だった優樹の恋の話にみんな驚いている。
その相手があの『小田さくら』と知り、クラス中大騒ぎだ。
当の本人はニコニコ笑顔で周りの反応を楽しんでいる。

「そういえば、工藤も彼女いるんだよな?」
「え?あ、まあ…」

クラスメイトの関心は今度は遥に向けられる。
学校でも一、二を争うほどのモテ男なだけに、女子も興味津々だ。
次から次へと質問攻めにあい、あっという間にモーニング女学院の高校3年という
ことがバレてしまった。

「年上かあ。いいなあ」
「そうかな?」
「だって、高3ってことはさ。…なあ?」

数名の男子がニヤニヤと顔を見合わせる。
なんとなく嫌な予感がする。

116 :名無飼育さん :2014/05/13(火) 00:25
「なに変な想像してんのよ、男子!」
「高校生って盛んな時期じゃん。そりゃ、それなりにやることやってるよな」

彼らに悪気はないのかもしれない。
だけど、遥は思わずムキになって立ち上がる。

「バ、バカ言え!…あいつはそんなタイプじゃねーし!」
「いやいや、大人しそうな子ほどってよく言うじゃん。大体、高3で処女って
 ことねーだろ」

はっきりと告げられた露骨な単語に遥の中で何かが切れた。
気付けば遥はその男子に殴りかかっていた。

117 :名無飼育さん :2014/05/13(火) 00:25
「どうもすいません。うちの息子がご迷惑をおかけしまして」

遥は隣で母親が謝る姿をボーっと見ていた。
結局クラス中を巻き込んでの大乱闘となり、きっかけを作った遥の親が呼び
出されたのだ。

「いえいえ。工藤君が喧嘩するなんて珍しいですし、周りの生徒の話では相手の
 子も悪かったみたいなので。傷お大事にして下さい」

威勢よく殴りかかったものの返り討ちにあい、顔面を数発殴られた。
唇も口の中も切れて痛い。
思いきり殴ったせいで右の拳もジンジンしている。

家に着くまで母親は何も言わなかった。
理由を話したくない遥にとっては、それがありがたかった。

「ご飯は?」
「…いらねー。もう寝る」

足早に自室に入り、ドアを乱暴に閉めた。
それだけでは物足りず、ベッドの上にカバンを叩きつけ壁を殴りつける。

「いってー…」

右の拳がさらに痛くなっただけで、遥の怒りは収まらなかった。

118 :名無飼育さん :2014/05/13(火) 00:25
付き合い始めたときから気にはなっていた。
自分よりも前に付き合っていた人がいたのかどうか。
もし、いたとしたらどこまでの関係だったのか。
そこまで経験が豊富だとは思ってはいない。
しかし、時折見せる大人の表情には、自分の知らない過去の経験が反映して
いるのではないか。

考えれば考えるほど、怒りやせつなさ、やり場のない感情がこみ上げてくる。
疲れた遥はそのままベッドに潜り込み、ギュッと目を瞑った。

119 :名無飼育さん :2014/05/13(火) 00:26
どのくらいの時間が経ったのだろう。
髪を撫でる優しい温もりにそっと目を開けると、そこには亜佑美が座っていた。

「うわ!」

思わず飛び起きると、亜佑美が心配そうに口を開いた。

「大丈夫?」
「な、なんでここに…」
「マサがメールくれて。くどぅーが殴り合いの喧嘩したって。寝てたから、
 おばさんに頼んで待たせてもらったの」
「…あいつ、理由言ってた?」
「ううん。知らないって言ってた」

あの場にいた優樹が知らないはずはない。
気を利かせてくれたのだろう。
亜佑美には知られたくない理由だったから、優樹の気遣いが嬉しかった。

120 :名無飼育さん :2014/05/13(火) 00:26
「何があったの?」
「…なんでもねーよ」
「くどぅーはなんでもないのに、人のこと殴ったりしないでしょ?」

亜佑美の言葉に涙が出そうになる。
だけど、理由だけは伝えるわけにはいかない。
大切な彼女を侮辱するようなあんな言葉を聞かせたくなかった。

「ホント、なんでもねーから」

苦しそうに吐き捨てたあと、遥は再び布団に潜り込んだ。
この傷もこんな顔もこれ以上見られたくなかった。

121 :名無飼育さん :2014/05/13(火) 00:26
しばらく沈黙が続いたあと、亜佑美が布団の上から遥をつつく。

「ねー」
「…何?」
「こっち向いてよ」
「…ヤダ」
「なんで?」
「…カッコ悪いじゃん、こんな顔」

すねたような遥の声に亜佑美はくすっと笑う。

「笑うなよ」
「ごめんごめん。でも、カッコ悪くなんかないよ」
「…ホントに?」
「うん。だから、こっち向いて?」

遥が顔を出した途端、亜佑美の手がすっと伸びてくる。
傷に触れる彼女の手はいつもよりも温かくて優しい。

「痛い?」
「…うん」

遥の痛みが感染したかのように、亜佑美は泣きそうな顔をしている。
潤んだ瞳がとても綺麗だった。

自分以外にこの瞳を独占した男がいたのかどうか、知りたい。
遥はもう聞かずにはいられなかった。

122 :名無飼育さん :2014/05/13(火) 00:26
「あのさ」
「ん?」
「聞きたいことがあるんだけど」

緊張のあまり、どうしても口調が重くなってしまう。
亜佑美は不安そうに見つめている。

「…俺の前に、付き合った奴いた?」
「え?」

亜佑美の動きが止まる。
それだけでなんとなく答えはわかった。

亜佑美は遥から目を逸らしながら、静かに頷いた。

「…そっか。どんな奴?」
「どんな奴って…別に、普通の人だよ」
「同級生とか?」
「なんで、そんなこと聞くの?」
「は?気になるからに決まってんじゃん」

ぶっきらぼうな遥の口調に対抗するかのように、亜佑美の表情が硬くなる。

「…言いたくない」
「…んだよ、それ」

亜佑美は俯いたまま、黙り込んでしまった。

123 :名無飼育さん :2014/05/13(火) 00:26
「もういいよ」

遥も不貞腐れて横になり、亜佑美に背を向ける。

遥には亜佑美が話したくない理由がわからなかった。
もしかしたら、まだ未練があるのかもしれない。
自ら聞いたこととはいえ、今彼女の頭の中には他の男の顔が浮かんでいる。
自分の知らない、彼女の過去。

クラスメイトの言葉を思い出す。

―――――高3で処女ってことねーだろ。

気が狂いそうなくらい、胸が苦しい。

124 :名無飼育さん :2014/05/13(火) 00:27
彼女を滅茶苦茶にしてしまいたい。
今すぐ、無理やりにでも自分だけのものにしてしまいたい。

胸の中の歪んだ思いが溢れ出しそうになったとき、シャツを引っ張られる感覚
で我に帰った。

首だけで振り向くと、亜佑美がシャツの裾をギュッと握りしめていた。

「…お兄ちゃんの友達だったの」

彼女はポツリポツリと話し始める。

「うちによく遊びに来てて、告白されて、付き合って…」
「…お兄ちゃんて、いくつ?」
「3歳上」

亜佑美の3歳上ということは、遥にとっては6歳年上ということになる。
その事実が遥のコンプレックスを呼び覚ます。

「そいつと…」

彼女の方を向けない。

「…キスとか、した?」

自分は今、きっとすごく醜い顔をしているから。

125 :名無飼育さん :2014/05/13(火) 00:27
「…キス、したよ」

遥は自分の拳を握りしめる。
殴った右手が痛かったけれど、そんな痛みはどうでも良かった。

126 :名無飼育さん :2014/05/13(火) 00:27
「部屋で二人きりになって、いきなり肩掴まれて…」

亜佑美の声が震えている。

「でも、なんか嫌で避けようとしたら、「キスくらいいいじゃん」って」

彼女の言葉に遥は思わず体を起こした。
亜佑美はシャツを掴んだまま、話を続ける。

「そのあと、すぐに別れたよ」
「…そっか」
「あんま楽しい思い出じゃないから、言いたくなかった」

悲しそうな亜佑美の顔を見て、遥は今さらながら激しく後悔した。
彼女にかける言葉が見つからない。

「記憶喪失になったときに、忘れちゃえれば良かった…」
「亜佑美…」
「そしたら、くどぅーがファーストキスだったのに。…なーんて、ね」

亜佑美は静かに笑った。
その笑顔があまりにも寂しそうで。

遥は亜佑美の手を取り、自分の方に引き寄せる。
亜佑美は逆らわずにそれに素直に従う。
小柄な彼女はすっぽりと遥の腕の中に収まった。
こんなふうに正面から抱きしめるのは初めてだった。

127 :名無飼育さん :2014/05/13(火) 00:27
「この前、くどぅー、傷つけちゃうんじゃないかって言ってくれたでしょ?
 あれ、すごく嬉しかった」
「笑ったくせに?」
「だ、だって!…恥ずかしかったんだもん」

亜佑美の手が背中に回る。
彼女の温もりを全身で感じて、自然と鼓動が速くなる。

「ホント、嬉しかったんだよ?大切に思ってくれてるんだって」
「…そんなの、当たり前じゃん」
「…うん」

遥は大切に壊さないように、だけど力強く亜佑美を抱きしめる。
彼女の全てを独占したいと思う。
過去も今も、そして未来も。

だけど、出会っていなかった過去まではどうしようもないから。
その分、今と、そして未来を大切にしたい。

力を少し緩めると、亜佑美はゆっくりと顔を上げて遥を見つめた。
真っ赤な顔で自分を見る彼女が愛おしくて堪らない。
遥はそっと亜佑美の頬に触れ、そのまま顔を近付ける。

128 :名無飼育さん :2014/05/13(火) 00:28
「…痛っ」
「ツ…、これじゃあ、当分チューはお預けだね」
「え!?ま、マジで!?」
「あはは!嘘だよ、くどぅー、必死過ぎー」
「べ、別に必死じゃねーし!」

ムキになる遥の頬に、亜佑美はそっとキスをする。

「な…」

不意をつかれた遥は真っ赤な顔で亜佑美を見つめる。
彼女はクスッと笑って、遥の首に手を回し耳元で囁いた。

「これから、いっぱいしよーね?」

その言葉と彼女の柔らかい感触と甘い匂いにクラクラしながら、遥は返事の
代わりに三度目のキスをした。

そのキスは今までよりも少しだけ長くて、今まで以上にドキドキした。

129 :名無飼育さん :2014/05/13(火) 00:28
本日は以上です。
130 :名無飼育さん :2014/05/13(火) 21:10
甘さの中に少しの切なさ・・・ニヤニヤが止まりませんでしたw
131 :名無飼育さん :2014/05/13(火) 23:53
いつも読み終わると甘酸っぱい気持ちになります(*´Д`*)


132 :名無飼育さん :2014/05/17(土) 20:28
さり気なくいつもいい奴まーちゃん
工藤少年に癒されっぱなしです。続き期待してます。
133 :名無飼育さん :2014/06/27(金) 17:40
今日発見して一気に読んじゃいました
とても読みやすくて気持ちもほっこりしました
134 :名無飼育さん :2014/07/12(土) 18:25
レスありがとうございます。

>>130
これからももっとニヤニヤして頂けるようにw、頑張ります。

>>131
「一年生」の二人なので今後も甘酸っぱさを描けたらいいなあと思っています。

>>132
自分で思っている以上にまーちゃんのことが好きらしく、どうしてもいい奴になっちゃいますw
もちろん、実際でもとても優しい子だと思います。

>>133
一気に読んで頂き、ありがとうございます。
これからも楽しんで頂ければ幸いです。


少し短いですが、とある日の工藤さんのブログより妄想した話を。
135 :名無飼育さん :2014/07/12(土) 18:25

7月のある日。
遥と亜佑美は海へと向かう電車の中にいた。
夏休み前のため、車内はそれほど混んではいない。

136 :名無飼育さん :2014/07/12(土) 18:26

事の発端は前日の夜、電話での亜佑美の発言に遡る。

「海が見たいなあ」

まるでドラマか漫画の1コマみたいなセリフに吹き出した遥だが、彼女は至って
真剣だった。

亜佑美の所属する演劇部では、毎年秋の文化祭で劇を披露する。
今年もその文化祭に向けて猛練習の日々が続いているそうだ。
当然、夏休みはほぼ毎日その稽古に当てられる。

一方の遥にしても、夏は水泳部が最も輝く時期であり、8月の最後には引退試合が
控えている。
3年生として、エースとして、なんとしても結果を出すために、この夏は全てを
水泳に注ぎ込むつもりでいる。

そんな二人にとって、明日がこの夏唯一の休息日なのだ。

「じゃあ、見に行く?」

遥の一言に亜佑美が嬉しそうに返事をして、この日のデートの行き先が決まった。

137 :名無飼育さん :2014/07/12(土) 18:26

ここ数日、亜佑美が演技のことで悩んでいるということは知っていた。
真面目な彼女は、OGの先輩たちからの指導を上手く消化できず、苦しんでいる
ようだ。

遥には演技のことはわからない。
だから何も言ってあげられなくて、そのことが悔しかった。
せめて今日は思いきり楽しんで、元気になってほしい。

138 :名無飼育さん :2014/07/12(土) 18:27

都内から電車で1時間ほどで着く目的地は、所謂海水浴場ではなく観光地でもない
ので人気も疎らだった。
海は駅から少し離れているため、住宅街を抜けていく。

高架下のトンネルを抜けると、潮の匂いがして、目の前に海が見えた。
波は穏やかで風が気持ちいい。
この日は少し肌寒いため、水はまだ冷たかった。

「やっぱ、水冷たいね」
「ホントだ、冷てー。でも泳ぎてー!」
「別にいーよ、一人で泳いで来なよ」
「誰も泳いでねーし!水着じゃねーし!」
「じゃあ、今度はちゃんと泳ぎに来ようね」

その言葉で水着姿の彼女を想像し、遥は自分の顔が赤くなるのを感じた。
以前、亜佑美を抱きしめたときのことを思い出す。
小柄で細い亜佑美の体はきっと引き締まっているに違いない。
その透き通るような白い肌でどんな水着を身に纏うのか。
横目で亜佑美の方を見た瞬間、ちょうど彼女の鎖骨あたりに視線がいってしまい、
思わず目を逸らす。

これ以上の想像はいろいろとヤバい。


139 :名無飼育さん :2014/07/12(土) 18:27

「…て、ていうか、あんた、泳げるんだっけ?」
「はあ?泳げるよ!…ただ、ちょっと苦手なだけで」
「溺れんなよー」
「溺れないってば!でも、溺れたら助けてくれるでしょ?水泳部のエースさんが」

そう言うと亜佑美は悪戯っ子のように目を細めて笑った。
上目遣いで見つめられた遥は再び赤くなり、それを誤魔化すかのように歩き出した。

140 :名無飼育さん :2014/07/12(土) 18:27

しばらく砂浜を歩いたあと、二人は堤防に腰をかけた。
辺りは静かで波の音だけが耳に響いている。

二人の間は拳一つ分くらい空いている。
付き合ってキスもしてだいぶ距離が縮まったけど、やっぱりまだ恥ずかしさや
ドキドキは消えなくて。
一緒にいればいるほど、亜佑美のことをどんどん好きなっていく。

「くどぅー、すごい汗」
「え?あー、俺、汗っかきだから」

Tシャツの肩口で汗を拭こうとすると、亜佑美がスッとタオルを差し出した。

「はい」
「い、いーよ。これで拭くし」
「ダーメ。ちゃんと拭かないと」

亜佑美はそのまま強引に遥の汗を拭く。

「…ガキじゃねーんだからさあ」

そう言いながらも彼女の行為が嬉しかった。

141 :名無飼育さん :2014/07/12(土) 18:27

亜佑美がタオルをしまうとき、ふと鞄の中に本が入っているのが見えた。
ノートサイズのそれはどうやら台本のようだ。
遥といるときには手にはしていなかったけれど、肌身離さず持っているところが
真面目な彼女らしい。

「…劇、大変?」

その瞬間、亜佑美の顔がふっと曇る。

「…んー、まあね」
「そっか…」

自分から話題を振ったものの、やっぱり上手い言葉が見つからない。

「なんかまだ上手く役が掴めてなくて。しかも、今回歌があってね」
「歌?」
「うん、ミュージカルだから」
「へー」
「歌うと、急に気持ちが石田亜佑美に戻っちゃって、頑張れなくなっちゃうん
 だよね…」

亜佑美は一瞬だけ俯いて、だけどそのあとすぐに顔を上げた。

「けど、本番までにはなんとかする」

茶色の瞳は真っ直ぐに海だけを捉えていて、遥はその横顔に見とれてしまう。
その視線に気付いたのか、亜佑美は遥の方を見て優しく微笑んだ。
そして、少し照れくさそうに自分の思いを語り始めた。


142 :名無飼育さん :2014/07/12(土) 18:28

「私ね、卒業したら劇団に入ろうかなって思ってるんだ」

亜佑美は、遥が今まで見たことのないような表情を浮かべている。

「一緒にやろうって誘ってくれてる人がいてね。お金かかるし、バイト三昧の
 生活になっちゃうけど、いつか演劇で食べていけたらなって」

中学生の遥にはまだ先の話で、急に亜佑美のことを遠く感じてしまう。

元気になってほしいなんて思い上がりだったのかもしれない。
亜佑美はきっと自分の力で乗り越えていく。
演技にかける彼女の気持ちはそれほど強いものだ。
自分が入る余地などないほどに、きっと。

亜佑美が卒業し劇団に入り演技に夢中になっているとき、自分は何をしている
のだろうか。
そのときも亜佑美の隣にいるのは自分でありたい。
そう思ってはいるけど、彼女に相応しい男になれるかどうか自信はなかった。

143 :名無飼育さん :2014/07/12(土) 18:28

「くどぅー」

穏やかな声と共に右手に温もりが下りてくる。
まるで遥の思いを見透かしているように、亜佑美は優しく手を重ねた。

「ありがとう」
「…俺、なんもしてねーし」
「海に連れて来てくれたじゃん」
「そんなの、大したことじゃねーよ」
「今だって話聞いてくれたし」
「そんなの…」

本当はもっと笑わせて楽しませて、悩みなんて吹き飛ばしてあげたかった。
何もしてあげられない不甲斐なさに泣きそうになる。

「そばにいてね?」
「…俺で、いいの?」

こんな子供な自分で本当にいいのだろうか。

「うん。くどぅーじゃなきゃ、ヤだ」

さっきまでの大人びた亜佑美とは正反対の、駄々っ子のような口調に思わず
笑ってしまう。

「あー、笑ったなあ。真面目に言ってるのにー」
「ごめん」

膨れている亜佑美も楽しそうで、そのまま二人で顔を見合わせて笑った。


144 :名無飼育さん :2014/07/12(土) 18:28

帰りの電車。
二人はボックス席に腰掛ける。
ちょうど夕陽が差し込む時間で、窓から見える海がオレンジ色に染まっている。

なんとなく黙ったまま窓の外を見ていると、亜佑美が袖をくいっと引っ張った。

「ん?」
「着いたら起こして!」
「へ?」

亜佑美はそう言い残すと、速攻で夢の世界へと旅立った。

145 :名無飼育さん :2014/07/12(土) 18:29

「おいおい…」

よほど寝不足だったのか数分で完全に熟睡した亜佑美は、その体を遥の方に傾けて
くる。
肩にかかる柔らかい髪。
漂う甘い香りと無防備にチラつく胸元に、遥は一人でドギマギしてしまう。

それと同時に、自分の隣りで安心して眠っている亜佑美のことを、これからも
ずっと支えていきたい、そう思った。


146 :名無飼育さん :2014/07/12(土) 18:29
本日は以上です。
147 :名無飼育さん :2014/07/13(日) 12:33
読むと情景が目の前にぱあっと広がって、ときめいてしまいます。
一年生らしいかわいさにもまた、ときめきがとまりません……。
次の更新も楽しみに待ってます。
148 :名無飼育さん :2014/07/13(日) 18:26
例のブログ読んだ時に小説にして欲しいと思っていたので感動しました(笑)
ボックス席の向かいからニヤニヤしながら工藤君を見ていたいです。
149 :名無飼育さん :2014/08/17(日) 22:14
無自覚なあゆみんにドギマギする工藤君が可愛い(*´Д`*)

まーさくもどんな夏休みを送ってるのか気になります
150 :名無飼育さん :2014/09/09(火) 23:43
レスありがとうございます。

>>147
今回もときめいて頂けたら嬉しいです!

>>148
妄想ポイントはみんな一緒なのかもしれませんねw
真っ赤な顔の工藤君を見るのは楽しそうです。

>>149
まーさくの夏休みも少しだけ…楽しんで貰えたら幸いです。


151 :名無飼育さん :2014/09/09(火) 23:43
夏休みも残り僅かのとある日。
引退試合を無事に終えた遥を待ち受けていたのは、当然のことながら山ほどの
宿題であった。

そのしっかりした言動から優等生に見られがちな遥だが、はっきり言って成績は
あまり良くない。
というか、むしろ悪い方だ。
高校受験という大きな難関も気になるところではあるが、まずは目の前の宿題
から片付けることが先決だ。
しかし、一人では到底終わりそうもない。

亜佑美に教えてもらうことも考えた。
だが、亜佑美の本番はまだこれからだし、邪魔するわけにはいかない。
それに自分の頭の悪さがばれてしまうのも嫌だった。

152 :名無飼育さん :2014/09/09(火) 23:43
机の前で途方に暮れていたとき、思わぬ人から電話がきた。

「どぅー、久しぶり!」
「まーちゃん。珍しいじゃん、電話なんて」
「うん、今ね、宿題やってんだけど、どぅー、終わった?」

どうやら優樹もこれから追い込みをかけるらしい。

「終わるわけねーし」
「だよねー。どぅーさ、うちにおいでよ」
「へ?なんだよ、急に」
「一緒にやろうよ、宿題」

確かに一人では捗らない。
しかし、優樹と一緒では更に捗らないこと間違いなしだ。

「これから小田ちゃんも来るんだ。教えてもらお?」
「え?マジで?」

優樹の彼女であるさくらは成績も優秀だった。
ましてや同じ学校の卒業生だ。
きっと、同じような宿題をやってきたに違いない。

遥は大量の宿題を持ち、急いで優樹の家へと向かった。

153 :名無飼育さん :2014/09/09(火) 23:44
遥が着いたときには、優樹とさくらは既に宿題に取りかかり始めていた。

「どぅー、おっそーい!」
「これでもダッシュで来たんだぞ」
「こんにちは、工藤さん」
「あ、どうもっす。すいません、なんか俺まで」
「いえ。じゃ、早速始めましょ」

恐縮する遥にさくらは優しく微笑んだ。
真面目なさくらは二人にきちんと問題を解かせ、わからないところを教えると
いうスタイルだ。
結局自分でやることには変わりないのだが、わからない問題はすぐに教えて
もらえるので躓くことなく順調に進んでいった。

154 :名無飼育さん :2014/09/09(火) 23:44
意外にも優樹も真面目に頑張っている。

「小田ちゃーん、ここ、わかんない」
「どこですか?」
「ここの3番」
「あー、これは…」

隣同士に座っている優樹とさくらの距離はかなり近い。

「で、これをこっちに当てはめて…」
「あ!わかったー!!…答えはこうだ!」
「正解です」
「やったー!マサすごい?偉い?」
「はい。すっごく偉いです」
「ニヒヒー」

見ている方が恥ずかしくなるくらい、二人からは幸せオーラが溢れ出している。

155 :名無飼育さん :2014/09/09(火) 23:44
こうなると、遥が思い出すのはやはり亜佑美のことだ。
お互い忙しかったため、夏らしい思い出どころかまともにデートすら出来て
いない。
いつもきっかけをくれるのは亜佑美だったから、自分からは誘い辛かった。

目の前で繰り広げられるラブラブな二人のやりとりは、今の遥にはきつ過ぎる。

「よーし!数学おしまい!」
「え?もう終わったの?」
「よっゆー!あとは英語だけ」
「なんか、まーちゃん、やる気満々だな…」
「んー、だってさー」

遥の言葉を受けて、優樹はニヤニヤと怪しげな笑みを浮かべる。

「小田ちゃんと同じ学校行くんだもん」
「ええ!?」

成績優秀のさくらが進学した高校は、地域でもトップクラスの進学校だ。
とてもじゃないが、優樹が合格できるとは思えない。

156 :名無飼育さん :2014/09/09(火) 23:45
「…まーちゃん、本気で言ってんの?」
「本気も本気、大マジだよ!だって合格したら、エッチしてくれるって小田
 ちゃんが…」
「さ、佐藤さんっ!!」

優樹の口をさくらが慌てて手で塞ぐ。
しかし、遥にははっきりと聞こえてしまった。

―――――合格したら、エッチしてくれるって

「な、な、な…」
「あ、あの、工藤さん、今のは…」
「苦しーよ、小田ちゃん。って、なんで二人とも顔真っ赤なの?」

赤面する遥とさくらを前に、優樹は一人キョトンとしている。

157 :名無飼育さん :2014/09/09(火) 23:45
「佐藤さん。…そういうことは人前で言っちゃダメなんです」
「へ?そうなの?」
「そうなんです」
「そっかあ。変なのー。まあ、いいや。英語の前に少し寝よーっと」

優樹は至っていつもと同じペースでさくらの腕をくいっと掴み、自分の方に
引き寄せた。
そして、徐にさくらの膝に頭を乗せる。

「おやすみー」

さくらもそれが当たり前のように優樹の頭をそっと撫でて「おやすみなさい」と
優しく囁いた。

158 :名無飼育さん :2014/09/09(火) 23:45
残された遥は未だに状況を飲み込めずに固まっていた。
ようやくキスを済ませた自分たち、いや自分にとって、そこから先のことはまだ
考えられない。
いや、考えたことがないといったら嘘になる。
遥も健全な中学生男子だ。
いろいろな妄想で頭がいっぱいになることがある。

もっともっと亜佑美に触れたい。
彼女の全てを自分のものにしたい。

だけど、それはまだまだ先の未来のことだと思っていた。
亜佑美もそんなことを考えたことがあるのだろうか。

159 :名無飼育さん :2014/09/09(火) 23:45
ふと顔を上げると、そこには幸せそうに眠る優樹と優しく見守るさくらがいる。
二人の間には絶対的な信頼感があるような気がして、遥はそれが羨ましかった。

「…あの」
「…はい」
「さっきの話なんすけど…」

遥の問いかけにさくらの顔は再び赤くなる。

「…実はこの前、そういうことになりかけたんです」
「へ?」
「部屋でお話してたら、なんかそんな雰囲気になっちゃって。でも、私、まだ
 勇気が出なくて。それで、合格したらって約束したんです」
「ま、マジっすか…」

優樹の積極性には驚かされるばかりだ。
遥には到底真似できそうにない。

「小田先輩は、…いいんすか?」
「え?」
「いや、その、先輩って結婚してからじゃないと…みたいな、そういうタイプ
 なのかなって」

遥にとってさくらは生活福祉常任委員のイメージのままだ。
そのさくらがまさかそんな約束をするとは思ってもみなかった。
優樹の強引さに押し切られているだけなのではないだろうか。

160 :名無飼育さん :2014/09/09(火) 23:46
さくらは少し間を空けてからゆっくりと口を開いた。

「私、佐藤さんといるとちょっとだけ悪い子になるんです。学校の帰りに買い物
 したり休み時間に携帯を気にしたり…。高校生になっても、自分はそういうこと
 しないと思ってました」
「それ、まーちゃんの影響っすか?」
「はい。学校帰りは佐藤さんがお腹空かせて待ってるし、しょっちゅうメールも
 くるので」
「大変っすね…」
「でも、そんな自分が嫌じゃないんです。むしろ、結構好きだったりして。ああ、
 こんな私もいたんだって、いつも気付かされる」

優樹のことを話すさくらはとても幸せそうだ。

「工藤さんの言う通り、私ずっと、そういうことをするのは結婚してからって
 思ってました。でも、佐藤さんと出会って付き合い始めて、好きになればなる
 ほど触れたい、触れてほしいって気持ちが強くなって…。佐藤さんになら自分の
 全部を見せられるって、そう思ったんです。それに…」

さくらはそっと優樹の髪を撫でる。

「佐藤さんはきっと、私のこと大切にしてくれるから」

その思いの強さに触れて、遥はなぜだか少しだけ泣きそうになった。

161 :名無飼育さん :2014/09/09(火) 23:46
「ごめんなさい。私ばかり話しちゃって」
「あ、いや…。なんかちょっと感動しました」
「え?感動ですか?」
「はい。…変っすかね?」
「ううん。そんなことないです。工藤さんは素直な人なんですね」

さくらの真っ直ぐな視線に思わず頭をかく。
この人に褒められると不思議とすごく嬉しい。
そして、ますます素直に自分を出せる気がする。
優樹もこんな気持ちなのだろうか。

「…素直ついでに言っちゃうと、俺、今すっげー会いたいっす、あいつに」
「会ってないんですか?」
「あいつ、忙しいんで、邪魔しちゃ悪いかなって思って」
「優しいなあ、工藤さん」
「いや、そんなこと…」

遥にとってはそれは優しさじゃない。
わがままを言ったり強引なことをして嫌われたくない。
ただそれだけだ。

162 :名無飼育さん :2014/09/09(火) 23:47
「でも、女の子って強引にしてほしいってときもあるんですよ」
「へ?」
「なかなか自分からは言い出せなかったりするから」
「そんなもんなんすか?」
「はい。まあ、佐藤さんは強引過ぎるんですけどね」
「あはは。確かに」
「きっと、石田さんも工藤さんと同じ気持ちだと思いますよ」

さくらの笑顔に亜佑美の笑顔が重なる。
もう今すぐにでも会いたくて抱きしめたい。

「けど、疲れてるかもしれないし…」

だけどやっぱり踏み切れない。
しばらく会えない日が続いたから、少し弱気になっているのかもしれない。

163 :名無飼育さん :2014/09/09(火) 23:47
「人間って何かするときにきっかけが必要なんですよね」
「きっかけ…」
「そう。私と佐藤さんのきっかけが『合格したら』みたいに」

自分の背中を押してくれる何かがあれば、迷うことなく彼女に会いに行ける
のだろうか。

「だったら、こうしませんか?」
「え?」
「工藤さんは今から頑張って、6時までに宿題を終わらせるんです。それが
 出来たら、ご褒美として石田さんに会いに行っていいってことにしましょ?
 それなら工藤さんも頑張ったってことで、堂々と会いに行けますよね」

その言葉に遥の心から迷いが消えた。
目の前の宿題は、普段の遥だったら数時間で終わるものではない。
だけど、それくらい頑張れば、きっと。

亜佑美に比べたら些細な努力だけど、それでも自信を持って会える気がした。

「じゃ、あの時計で6時まで頑張りましょ」

さくらの笑顔がスタートの合図となった。

164 :名無飼育さん :2014/09/09(火) 23:47
あれから数時間。
現在、6時10分前。

遥は時計など目に入らないくらい集中していた。
残り1ページ。
これが終われば亜佑美に会える。

「終わったあー!!」

パッと机の上の時計を見ると、6時1分前だった。

「やりましたね、工藤さん!6時に間に合いましたよ」
「…どぅー、うるさーい」

遥の大声にようやく優樹が目を覚ました。

165 :名無飼育さん :2014/09/09(火) 23:47
「佐藤さんは寝過ぎです。宿題まだ残ってますよ?」
「んー、今何時?」

優樹が携帯を手に取り、時間を確認する。

「えーっと、6時…5ふ…ふが…」

そんな優樹の口をさくらが塞ぐ。
遥も自分の携帯を覗くと、確かに6時を過ぎていた。

「あの、小田先輩…」
「この時計はまだ6時前、ですよ」

さくらは彼女にしては珍しく、悪戯っ子のような笑顔を見せた。

「行ってらっしゃい、工藤さん」
「ありがとうございました!じゃあな、まーちゃん!」

遥は来たときよりの3倍くらいのスピードで飛び出した。

166 :名無飼育さん :2014/09/09(火) 23:48
バスに乗りながら、亜佑美にメールをする。

『今から会いに行く』

「会いたい」でも「会えない?」でもなく、その言葉を選んだのは無意識の
うちに自分の強い思いを伝えたかったからかもしれない。
メールを見た彼女はどんな顔をしているだろうか。
喜んでくれるだろうか、呆れてしまうだろうか。

少しの不安と、それに勝る自信を抱えながら、亜佑美の元へと向かった。

167 :名無飼育さん :2014/09/09(火) 23:48
約束の場所には既に亜佑美が待っていた。
昔、春菜に教えてもらった寮の秘密の広場だ。

「くどぅー」

久々の笑顔にホッとすると同時に心がざわつく。

「びっくりしちゃった。急に来るなんて言うから」
「…ごめん」

やっぱりどうあがいても強引にはなりきれない。
弱気でヘタレな自分が顔を出してしまう。

「謝らなくていいのに」
「え?」

亜佑美が一歩踏み出し、遥との距離を縮める。

「会いたかった」
「あゆ…」
「誰かいるのか?」

前回同様、最悪のタイミングで警備員が見回りに来た。
二人は慌てて茂みに隠れる。

168 :名無飼育さん :2014/09/09(火) 23:48
こうしてこの場所で隣同士でしゃがんでいると、あのときの記憶が鮮明に
蘇ってくる。
小指に触れるのに精一杯だったあのときと、胸のドキドキは変わらない。

だけど。

―――――きっと、石田さんも工藤さんと同じ気持ちだと思いますよ
―――――会いたかった

きっと自分と亜佑美の気持ちは同じだ。
今ならはっきりと自信を持って言い切れるような気がする。

遥は隣の彼女の腕を掴み、すっと顔を近付ける。
ゼロになった二人の距離が再び離れたあと、亜佑美が耳元で囁いた。

「…見つかったらどうすんの、バカ」

それは言葉とは裏腹にやけに嬉しそうな声だったので、遥はそのままもう一度
彼女にキスをした。

いつもよりも少しだけ強引に。

169 :名無飼育さん :2014/09/09(火) 23:48
本日は以上です。
170 :名無し飼育さん :2014/09/11(木) 19:19
青春ですね〜。

それはそうと、作者さんの心理描写、好きです。
文章のリズムも良くて、すっとストーリーが入ってきます。
次の更新を楽しみにしています。
171 :名無飼育さん :2014/09/16(火) 20:09
小田ちゃんの ちょっとだけ悪い子になっちゃう っていうくだりや
秘密の広場での2人のところ とかもう最高です(*´Д`*)

何回も読み直しちゃいます

好きです この作品
172 :名無飼育さん :2014/09/17(水) 01:04
小指の触れ合いで精一杯だったのに!
最後の台詞を言うあゆみんの顔が容易に浮かんでほわほわしました

まーちゃんとくどぅーって、2人タイプは違えどすごく素直ですよね
こちらの小説の2人の成長も楽しみにしています
173 :名無飼育さん :2014/10/05(日) 18:23
レスありがとうございます!

>>170
青春ど真ん中!ですねw
理系で上手い文章とかは書けないもんで、なるべく読みやすく、を心がけています。

>>171
小田ちゃんのそのシーンは自分でもお気に入りです。
何度も読んで頂き、嬉しいです。

>>172
自分の中で石田さんは、照れながら「バカ」を言わせたいメンバー2ですw
(不動の1はもちろん田中さんですが!)
今後も二人の成長を見守ってください。
174 :名無飼育さん :2014/10/05(日) 18:30

さて、ふと思いついたお話を下記のスレで書き始めました。

弱虫ナイト
ttp://m-seek.net/test/read.cgi/grass/1143292823/210

昔、短編用に立てたスレです。
カップリングが違うので、別スレで更新させて頂きます。
ご興味がありましたら、ご覧頂ければ幸いです。

更新ではなく、宣伝で申し訳ございません。
こちらも今まで通りマイペースで続けて参りますので、今後ともよろしくお願いいたします。

175 :名無飼育さん :2014/11/01(土) 14:22
遥、優樹、さくらの三人は並んで座り、ステージ上に大きな拍手を送っていた。
昨年同様、訪れた亜佑美の学校の文化祭。
彼女たち演劇部の劇が終わったところだ。

劇自体は吸血鬼やら不老不死やら難しい内容で理解できない部分も多かったが、
歌や演技の完成度は素人の遥たちにも十分伝わった。

今年はミュージカルなので苦戦していると聞いていた。
実際に悩んでいる姿を目の当たりにしていたが、そんな亜佑美が嘘のように
彼女の演技は素晴らしかった。
恋人の贔屓目かもしれないが、亜佑美が一番印象に残っていた、と思う。

「亜佑美、すごかったねー」
「なんか別人みたいでした」

優樹とさくらも感動したようだ。

176 :名無飼育さん :2014/11/01(土) 14:22
体育館の裏口へ行くと、演劇部の部員たちが続々と現れた。
どの部員も劇の大成功に大満足の様子だ。
特に亜佑美たち3年生にとっては最後の文化祭。
亜佑美と春菜は抱き合って涙を流していた。

「あゆみー!はるなーん!」

優樹が大声で二人を呼ぶ。
去年の文化祭でのとある事件の影響もあり、遥も優樹も部員たちの間ではちょっと
した有名人だ。

「あー!工藤君とまーちゃんだ!」
「あゆみーん!彼氏きてるよー!」

事実とはいえ、年上のお姉さんたちの勢いに遥は頬を赤らめる。
目が合った亜佑美の顔も赤くて、益々冷やかされる。
たった一年前のことがまるで嘘みたいで、柄でもなく幸せを感じる。

177 :名無飼育さん :2014/11/01(土) 14:23
「お疲れ様」

場の雰囲気を一気に変えるような、静かだけど力強い声が響いた。

「和田さん!お疲れ様です!」

一番最後に現れた少女に部員たちは続々と労いの声をかける。
彼女は真っ白い衣装を身に纏っている。
確か劇中でも主要人物の一人を演じており、高校生とは思えない大人っぽい
表情や仕草が印象的だった。

「お疲れ様、あゆみん」
「お疲れ様でした」

目の前に立つとその透明感に目を奪われそうになる。
絵に描いたような綺麗なお姉さんの出現に、遥と優樹はただただ見とれていた。

「噂の彼氏?」
「あ、はい」

亜佑美から紹介された彼女、和田彩花は演劇部の部員で現在3年生。
と言っても、二年間海外に留学していたため、本当は亜佑美たちより2歳年上
とのことだ。

178 :名無飼育さん :2014/11/01(土) 14:23
「あ、どうも。工藤遥です」

挨拶する遥を彩花はじっと見つめる。

「あ、あの…?」
「ファルス…」
「え?」
「ねえ、君。もし良かったら、私のモデルになってくれない?」
「…へ?モ、モデル?」

彩花は演劇部と美術部を兼任しており、文化祭以降は年末の絵画コンクールの
作品作りに専念するらしい。
その絵のモデルに遥を使いたいというのだ。

「君、私の中のファルスのイメージそのものなんだよね」

ファルスは今回の劇の登場人物。
彩花が演じるスノウという少女とは深い因縁がある。
そのファルスに遥が似ていると言うのだ。

「え、いや、でも俺、モデルなんてやったことねーし…」
「モデルっていってもデッサンだけだから、何時間か付き合ってくれるだけで
 いいんだけど」

彩花は亜佑美の方を向く。

「あゆみん、彼、借りてもいい?」
「え?あ…」

179 :名無飼育さん :2014/11/01(土) 14:23
戸惑う亜佑美と遥の目が合う。
無言で首を横に振る遥から目を逸らす亜佑美。

部員たちの注目が集まる中、亜佑美は笑顔で彩花に答えた。

「く、くどぅーなんかで良ければ」
「ホント?じゃあ、早速、次の日曜とかどう?デザインの期日が迫ってるの」
「日曜、ですか…?」
「うん。あ、デートとか?」

次の日曜日。
それは遥の誕生日の前日だ。
ようやく亜佑美の文化祭が終わり、久々に一日中一緒にいる約束をしていた。

「その日は俺たち…」
「い、いいですよ!大丈夫。どうぞどうぞ」

断ろうとした遥を遮ったのは亜佑美だった。

「良かった。ありがとう、あゆみん」

遥は抗議の視線を亜佑美へ送るが、彼女はその視線を無視するかのように彩花に
笑顔を向けるだけだった。
その笑顔はどことなく寂しそうに見えて、遥は何も言えなくなってしまった。

180 :名無飼育さん :2014/11/01(土) 14:23
日曜日。
遥は彩花に指定された場所へとやってきた。
そこは何人かでアトリエとして借りている部屋とのことで、今日使うのは彩花
だけらしい。

亜佑美とは終わったあとに会うことになっている。
一人じゃ可哀想だからという理由で、優樹とさくら、そして春菜とカラオケを
して待っているという。

「じゃあ、それに着替えて」
「あ、はい」

絵のモデルとはいえ女性と二人きりの空間に、遥は緊張感を隠せない。

「…あの、着替えってここで?」
「もちろん。急いでね、時間がないから」

遮るものも死角もないこの部屋で上下とも着替えるということは、彩花の前で
下着姿になるということだ。
躊躇する遥を気にも留めず、彩花は淡々とデッサンの準備をしている。
遥は仕方なく、なるべく素早くその場で着替えた。

「そこ、座って」
「はい」
「視線は窓の方。少し遠くを見る感じで」
「…こ、こうっすか?」
「そう。硬くならないで。自然にしてていいよ」

彩花の視線が遥を捉え、その手がすごい勢いで動き出す。
その鉛筆の音を聞きながら、遥は窓の向こうの綺麗な青空に目をやる。

とてもいい天気だ。
本当なら今頃は亜佑美とこの空の下、二人きりで過ごしていたはずだ。
彼女が彩花の頼みを断れなかった理由は、なんとなくわかるような気がした。
わかるからこそ、遥も文句を言わずに引き受けたのだ。

―――――早く会いたいなあ

そんなことを思いながら、遥の意識は少しずつ遠のいていった。

181 :名無飼育さん :2014/11/01(土) 14:23
気付くと外は既にオレンジ色に染まっていた。
どうやら眠ってしまったらしい。

「やべ…」

パッと体を動かすと肩からタオルケットが落ちた。
彩花がかけてくれたようだ。

「やっと起きた」

柔らかい声が耳に届く。
彩花は数時間前と同じようにキャンバスの前で鉛筆を動かしている。

「す、すいませんっ!俺、寝てました…よね?」
「うん。グッスリね」
「うわ…。ホント、すいません」

恐縮する遥に彩花は優しく微笑む。

「大丈夫。おかげで良いデッサンが描けたから」
「へ?」
「ファルスは少年のまま、年を取らないの。だから、あどけない寝顔がイメージ
 通りピッタリ」

彩花の言うことはよくわからないが、一応役に立ったようでホッとする。

182 :名無飼育さん :2014/11/01(土) 14:24
「ねえ」
「はい」
「もし不老不死になったらどうする?」

唐突な質問だ。
不老不死―――――年を取らず、死ぬこともない。
昔から人類はその四文字夢見て追い求めてきたともいわれている。

「永遠に死ぬことのない体だったらどうする?」
「…永遠にっすか?」
「そう」

彩花はなぜか寂しそうな顔をしている。
だから、遥は茶化すことも出来ず、真剣に答えを出そうとした。

誰だって年は取りたくない。
誰だって死ぬのは怖い。
もし不老不死の体を手に入れたら、きっと世界中のみんなから羨ましがられるに
違いない。

だけど。

「その、不老不死って、俺だけなんすよね?」
「うん。そうだよ。君一人」
「つまり、親とか友達とか…大事な人は先に死んじゃうってことっすよね」

家族や優樹たち、そして亜佑美の顔が目に浮かぶ。
奇しくも明日、遥はまた一つ年を取る。
そのことを祝ってくれる人たちがいる。

183 :名無飼育さん :2014/11/01(土) 14:24
「難しいことはわかんねーけど、俺は嫌っすね、不老不死」

大事な人たちと一緒に年を重ねていきたい。
同じスピードで時間が過ぎるからこそ、同じ気持ちを共有できるのだろう。

「俺だけ生き残るのなんて、冗談じゃないから」
「そうね。取り残されるのは寂しいもんね」
「…和田さん?」
「それだけ大切な人がいるってことだね。ちょっと羨ましいかな」

自らの意思とはいえ留学していた彼女は、所謂「取り残された」側の人間だ。
自分の答えはもしかしたら無神経だったかもしれない。
寂しそうに微笑む彩花に返す言葉が見つからず、遥は俯いた。

「君は優しいね」
「…そんなこと」
「そろそろ、あゆみんに返さないとね」
「和田さん…」
「今日は付き合ってくれてありがとう。あゆみんにもよろしくね」

少しだけ後ろ髪を引かれる思いで、遥はアトリエを後にした。

184 :名無飼育さん :2014/11/01(土) 14:24
亜佑美たちが待つカラオケボックスへ着いたのは6時過ぎだった。
指定された部屋へ案内されると、中には亜佑美と優樹とさくらの三人がいた。

「悪い!遅くなった!…あれ?はるなん?」
「飯窪さんはバイトに行きました。佐藤さんはこの通り、オネムの時間なので。
 石田さんは…」

さくらの言葉通り、優樹はさくらの膝枕で熟睡中だ。
そして、さくらが言葉を濁した相手は部屋の奥で俯いている。

「…あ、亜佑美?」

寝ているわけではないようだ。
恐る恐る近付く遥めがけて何かが飛んでくる。

「うわっ!」

床に落ちたそれはヘアスプレーのフタのようだ。
間一髪のところで避けた遥に対し、投げた張本人がとんでもない言葉をかける。

「拾って」

その声は今まで聞いたことのないほど低く、遥は文句を言うことがも出来ず、
素直にそれを拾う。

「…あの」
「こんな時間まで何してたの?」
「な、何って、絵のモデルを…」
「今までずっと二人っきりだったんだ」
「そうだけど…」

185 :名無飼育さん :2014/11/01(土) 14:24
遥の言葉に亜佑美の目が鋭く光る。

「良かったね。和田さんみたいな美人なお姉さんと一緒にいれて」

その刺々しいセリフにさすがの遥もカチンとくる。
そもそも許可を出したのは亜佑美なのだ。
遥はむしろ亜佑美とのデートを望んでいたというのに。

「そっちがいいって言ったんだろ」
「…言ったよ。言ったけど、こんなに長いと思わなかったもん。待ってること
 知ってたのに、なんでもっと早く来ないの?」
「しょーがねーだろ。…いろいろあんだよ」

まさか殆どの時間を寝ていたとは言えず、遥は曖昧に答える。
しかし、その答えが余計に亜佑美の怒りに火をつけてしまった。

「どうせ私のことなんか忘れて、和田さんとヘラヘラしてたんでしょ!」
「ヘラヘラなんかしてねーよ!」

本当に否定したかったのは「私のことなんか忘れて」という言葉だったのに、
遥の口から飛び出したのは後者への反論だった。

怒鳴られた亜佑美は一瞬俯いたあと、鞄を持って飛び出した。

186 :名無飼育さん :2014/11/01(土) 14:25
残されたのは遥とさくらと優樹、そしてヘアスプレーのフタだった。

「追いかけないの?」

いつの間にか起きていた優樹が問う。
いつもの遥ならすぐに追いかけていただろう。
だけど、遥自身、亜佑美に腹を立てていた。

モデルなんて面倒なことはしたくなかった。
誕生日の前日、久々のデートを潰したくなかった。
それでも引き受けたのは、相手が亜佑美の知り合いだったからだ。
断れば彼女が気まずい思いをするのではないか。
だから我慢したのだ。

さらに言えば、モデル中も亜佑美のことばかり考えていた。
それを忘れていたなんて言われるのは納得がいかない。

「工藤さん…」
「こんな時間まで、すいませんでした」

心配そうに見ているさくらに頭を下げる。

「いいえ。…でも、石田さん、ホントにずっと待ってました。佐藤さんが電話
 しようとしたら「邪魔しちゃ悪いから」って。でもずっと携帯見てて…」
「…そうっすか」
「メールくらいしても良かったんじゃない?マサたちも待ちくたびれたよ」
「…出来なかったんだよ」
「なんでさ?」
「…寝てたんだよ」
「はあ?」
「だーかーらー、寝てたの!途中で寝ちゃって気付いたら夕方だったんだよ!」

遥の言葉に優樹とさくらは顔を見合わす。

「どぅー、ださーい」
「う、うっせー!」

素直に言えばあれ程怒らせることもなかったのだろうか。
今さらながら後悔が遥に押し寄せる。

187 :名無飼育さん :2014/11/01(土) 14:25
「さっさと仲直りしなよ」
「…でも、あいつ、すっげー怒ってたし」
「怒ってたっていうか、ヤキモチでしょ。ね、小田ちゃん」
「そうですね。好きな人が他の誰かと二人きりで何時間も過ごすのは、嬉しい
 ことではないですから」
「小田ちゃんも、マサがそうだったらやきもち妬く?」
「…妬きますよ、そりゃあもちろん」
「許さない?」
「大好きだから絶対に許せません」

さくらの強い視線に、優樹は満足そうに笑顔を見せ、彼女の手をギュッと握った。
呆れるほどのバカップルっぷりだ。
亜佑美はこんな光景を見せつけられながら自分を待っていたのだろうか。
そう考えると、あんなに怒る理由もわかる気がする。

「とにかくさ、明日にはラブラブな二人にならないと」
「明日?」
「そ。誕生日じゃん、どぅーの」

確かに年に一度の誕生日をケンカしたまま過ごすのは嬉しくない。
しかし、あれだけの怒りを明日までに鎮める自信は遥にはなかった。

結局、その日はそのまま家に帰り、眠れない夜を過ごした。

188 :名無飼育さん :2014/11/01(土) 14:26
翌日。
亜佑美からの連絡はまだない。

クラスメイトからのお祝いの言葉もまるで頭に入らなかった。
事情を知っている優樹の心配そうな視線も無視して、遥は足早に帰宅した。
情けないくらい、何も手につかない。

適当に夕食を済ませ、ベッドの上で一年前の記憶を辿る。

去年のこの日、亜佑美に告白をして二人は結ばれた。
今日は誕生日であると同時に、付き合い始めた記念日でもあるのだ。

1月の亜佑美の誕生日はテーマパークで一日過ごして、その後は彼女の希望で
公園へ行った。
告白をしたあの場所で、彼女は笑顔でこう言った。

―――――毎年、お互いの誕生日はここでお祝いしようよ

あのときは恥ずかしくて流してしまったけど、あの言葉は遥の心にはっきりと
刻まれている。

もしかしたら、いや、でもまさか。

確信はない。
無駄足かもしれない。
だけど、一年に一度のこの日に後悔はしたくない。

遥はあの公園へと駈け出した。

189 :名無飼育さん :2014/11/01(土) 14:26
公園の大きなオブジェ、狭い階段をゆっくりと上がる。
中に人がいるのかどうかはわからない。
オブジェの中心に到達し中を覗き込んだ遥は、見慣れた人影を確認し息を呑む。

「亜佑美…」

名前を呼ばれた亜佑美は伏せていた顔を上げ、「遅い」と呟いた。

「…ごめん」
「あんまり寂しくさせると氷になっちゃうよ」
「…なんだよ、それ」
「私、冷え性だって言ったじゃん」

子供みたいな亜佑美の言葉に苦笑しながら、遥は彼女の隣に腰掛ける。

「もう、凍っちゃった?」
「…うん」

融かす方法はもう十分過ぎるほどわかっている。
遥が優しく肩を抱き寄せると、亜佑美は一瞬だけ躊躇して、だけどすぐに頭を
預けてきた。

「…早くあっためてよ」

その言葉で遥の理性は完全に吹き飛んだ。

190 :名無飼育さん :2014/11/01(土) 14:27
亜佑美を強く抱きしめて、そのまま強引に唇を重ねる。
いつもは触れるだけのキスだけど、今日はそれだけでは足りなかった。
遥は無我夢中で彼女を求めていく。
少しずつ深く、熱くなる。
自分の息と彼女の息が交わるたびに、どんどんどんどん鼓動が速くなる。

「…ん」

亜佑美の色っぽい吐息が遥を誘っているような気がして。
気付いたときはもう、遥の右手は亜佑美の体に触れていた。
上着の上から感じる柔らかい膨らみ。

「ちょ、ま、待っ…」

こんな状況で待てるわけがない。

「…ん、くどぅ…や、ダメ…」

亜佑美の声すらももう耳に届かない。

「ま、待ってってば…!」

次の瞬間、亜佑美に思いきり突き飛ばされ、遥の体はオブジェの壁に激突した。

191 :名無飼育さん :2014/11/01(土) 14:27
その痛みでようやく我に返ると、目の前には涙目の亜佑美がいた。

「ご、ごめん!…俺」

自分のしたことに気付き必死で謝る遥。
亜佑美は何も答えない。

「…ホント、ごめん。…嫌だったよな?」

恐る恐る問いかけると、亜佑美は俯いて大きく首を横に振る。

「ち、違うの!嫌っていうか、ヤダって言ったけど、そうじゃなくて…」
「え?」
「…じゃ、ヤダ」

固まる遥に亜佑美はもう一度はっきりと呟いた。

「ここじゃ、ヤダ」

その言葉の真意に気付いた瞬間、遥はバランスを崩し後方へよろける。
運悪くそこには滑り台があって、見事に頭から滑り落ちていく。

「くどぅー!大丈夫?キャッ!!」

ついでに亜佑美もバランスを崩し、遥の上に落ちてきた。

「うわっ!」

下が柔らかい砂場だったのは不幸中の幸いか。
二人はもつれながら砂場に倒れ込む。

並んで見上げた夜空には、いつの間にか満点の星が広がっている。

192 :名無飼育さん :2014/11/01(土) 14:27
「…きれー」
「…うん」

さっきまでのごたごたが嘘のように心が静かになる。
冷えている砂場に接する背中が冷たいとか、髪や服に砂がつくとか、そんなこと
どうでも良かった。
今この瞬間、この世界には二人だけしかいないような、そんな錯覚にさえ陥る。

「15歳、おめでとう」
「言うの、遅くね?」

すねたふりをする遥に亜佑美が笑い、静かな公園に二人の笑い声がこだまする。
一通り笑い合ったあと、ふと亜佑美が黙り込み、再び静寂が訪れる。

「…私ってめんどくさいよね」
「いきなり何だよ?」
「だって、だってさ。自分でいいって言ったのに一人で怒って、勝手に待って
 たくせに遅いって責めたり…。そういうの、めんどくさくない?」

亜佑美は亜佑美なりにいろいろと気にしていたらしい。

193 :名無飼育さん :2014/11/01(土) 14:27
「確かに、面倒かも」

遥がそう言うと、亜佑美はわかりやすくすねる。
自分で言ったくせに、やっぱり面倒だ。

だけど、それはきっと遥のことを好きでいてくれる故の言動だ。
そう思うとその面倒なところさえも愛おしく感じる。

「でもさ」

すねる彼女の手にそっと触れる。
その手はやっぱりすごく冷たくて、そのまま自分の上着のポケットに突っ込んだ。

「そういうとこも、…好きかも」
「…かも?」

割と精一杯絞り出した言葉だったが、どうやら語尾が気に入らなかったらしい。
とことん面倒で、だけど愛しい彼女のために、遥はもう一度はっきりと伝える。

194 :名無飼育さん :2014/11/01(土) 14:27
「好きだよ」

その言葉を受け、亜佑美は上体を起こし遥の体に腕を回す。
二人の距離は更に近くなる。

「私も、好き」

このまま時間が止まればいい。
けれど、時間は必ず過ぎるもので永遠なんてあり得ない。
来年も再来年もそのまた次の年もこうやって亜佑美と一緒にいたい。
亜佑美と二人ならきっと、年を取ることも楽しいだろう。

「一年って早いなあ」
「確かに」
「なんか、あっという間に年取りそう」

さっきまで思いを馳せていた亜佑美との未来。
それを口にするかしまいか、遥は躊躇する。
一緒にいたいという気持ちは本当だけど、彼女を幸せに出来る自信なんてない。
まだ子供だし、自分の将来すらわからない。

こういうときに現実的なことを考えてしまうのは、遥の真面目な性格ゆえの
ことだろう。

195 :名無飼育さん :2014/11/01(土) 14:28
星を眺めながらそんなこを考えていると、ポケットの中の亜佑美の手に力が入る。

「くどぅー」
「ん?」
「おばあちゃんになるまでよろしくね」

背中の冷たい感触と温かい亜佑美の温もり、そして同じ未来を夢見る力強い言葉。
いろいろな感触と感情が遥の心に刻まれていく。

遥にとって一生忘れられない、15歳の誕生日となった。

196 :名無飼育さん :2014/11/01(土) 14:28
本日は以上です。
197 :名無飼育さん :2014/11/01(土) 15:12
じゃあどこならいいのあゆみいいいいい
更新乙でーす
ハルくんおたおめ!
198 :名無飼育さん :2014/11/02(日) 04:16
待ってました><
そして悶絶しました><
199 :名無飼育さん :2014/11/02(日) 23:24
読んでるこちらも落下しそうなほどドキドキしました…!
そしてリアルネタ満載だったり結構前のアルバム曲の歌詞があったりと、
読めば読むほど面白いです
あちらのスレ含め引き続き首を長くしてお待ちしてます
200 :名無飼育さん :2014/12/11(木) 13:24
偶然たどり着いた者ですが昨夜寝る間も惜しんで一気に読んでしまいましたw
特に娘ヲタってわけじゃないんですがそんな自分でも知ってるような小ネタが随所に散りばめられてたり
小田ちゃん好きな自分としては嬉しくなるような番外編まであって
月並みですがいいなぁって思いました
もちろんだーどぅーも好きですw
ご迷惑でなければ又感想とか書いてもいいですか?

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