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恋人一年生

1 :名無飼育さん :2014/01/04(土) 01:38
bluff内「奇妙なあいつ」の続編です。
ttp://m-seek.net/test/read.cgi/mirage/1133879814/752

一部、登場人物の性別が変わっています。
苦手な方はスルーして下さい。
2 :名無飼育さん :2014/01/04(土) 01:39

下町の定食屋にハスキーな少年の声が響き渡る。

「3番テーブル、キスエグ二丁!」
「ハル、1番拭いたらこれ運んで!」

彼、工藤遥は中学2年生。
ここは彼の自宅であり、遥が店の手伝いをしているのには大きな理由がある。

「それ終わったら、次は出前ね」
「ったく、人使い荒…」
「はあ?なんか言った?お小遣い抜きでもいいんだよ」
「…わーったよ!」

中学生の遥は外でバイトは出来ない。
だからこうして冬休み中に家の手伝いをして、小遣いを稼いでいるのだ。
年明けに纏まったお金を手に入れるために。


3 :名無飼育さん :2014/01/04(土) 01:40

遥が二つ年上の彼女・石田亜佑美と付き合い始めてから2ヶ月が経った。
その間、二人の仲は特に進展していない。
恋人たちのメインイベントであるクリスマスも、亜佑美が仙台の実家に帰って
しまったため、一緒に過ごせなかった。
年末年始はそのまま仙台にいるので、今はプチ遠距離恋愛状態だ。

遥としてはそろそろ次のステップに進みたい。
メールや電話だけでなく、もっと恋人らしいこともしてみたい。
1月7日の彼女の誕生日はその絶好のチャンスなのだ。
生まれて初めての好きな子の誕生日は自分で稼いだお金で祝いたい。

プレゼントを渡したときの彼女の笑顔を想像してみる。
それだけで胸が高鳴る。
そして、願わくば触れるだけでなく抱きしめたい。
抱きしめるだけでなく、もっともっと、その先も。
今まで女の子に対してそんな想いを抱いたことがなかったのに、亜佑美のことを
考えるとどうしようもなく心も体もざわつく。


4 :名無飼育さん :2014/01/04(土) 01:40

「えーっと、この辺だよな。生田、生田…と」

配達先の家を探していると、ある家の前にポツンと立ち尽くしている女の子の姿を
見かけた。
大きな荷物を抱え、何やら家の中を伺っている。
見るからに怪しい。

関わらないように見ないふりをしようとした遥だが、その子の前にある表札を確認
して思わずため息をついた。
表札には『生田』の文字。
まさに遥の目的地だ。
どうも自分はこういう怪しい人と縁があるらしい。
亜佑美との出会いはもちろん遥にとって幸運だったけれど。

「あの、出前なんすけど」
「え?あ、ご、ごめんなさいっ」

女の子は慌てて後ずさりをした。
遥と同じ年くらいだろうか。
長い黒髪で切れ長の目が印象的な少女だった。


5 :名無飼育さん :2014/01/04(土) 01:40

インターフォンを押すと、間の抜けた返事と共に中から少年が現れた。
茶髪に豹柄のジャージを身にまとった、見るからにチャラいタイプだ。

「出前ってあんたがしとうと?中坊やろ?」

「はあ?まあ、そうっすけど」

初対面の相手にいきなりわけのわからないタメ口をききれ、遥はやや切れ気味に
答える。

「家の手伝い?」
「まあ」
「へー、偉いやん!」

少年はニッと笑う。
人懐っこい笑顔で、
服装さえまともならばなかなかのイケメンだ。

「あの、お金…」
「俺、生田衣梨奈、高1。おまえは?」
「工藤遥。中2っすけど、それより金…」
「中2かあ。どこの中学…って、り、里保!?」

遥の言うことをことごとくスルーした少年が突然叫び出す。
遥が振り向くと、後ろにはさっきの怪しい女の子が立っている。

「里保、会いに来てくれたと!?」
「…べ、別に、えりぽんに会いに来たわけじゃっ!」

里保と呼ばれた女の子はなぜか突然走り去った。

「ちょっと待って、里保!!!」

衣梨奈も慌てて追いかける。

「ちょっ、金!」

その場に残された遥も二人の後を追うしかなかった。


6 :名無飼育さん :2014/01/04(土) 01:41

辿り着いたのは遥が亜佑美に告白した公園だった。
そこには、ベンチで項垂れる衣梨奈がいた。
里保の姿は見当たらない。

「昔から逃げ足だけは速かったっちゃん」

あまりの衣梨奈の落ち込み様に、遥はお金のことは言い出せず隣に静かに座った。

「あいつ、幼馴染なんやけどさ」

衣梨奈はポツリポツリと里保とのことを話し出した。

逃げた女の子・鞘師里保は衣梨奈の一つ年下の中学3年生。
小さい頃からずっと一緒だった二人だが、昨年衣梨奈たち一家が引っ越すことに
なり、離れ離れになってしまった。
引っ越し前に衣梨奈は里保に告白をしたが、彼女は全く信じてくれなかったそうだ。

「なんで信じてもらえなかったんすか?」
「里保が言うには、えりぽんは誰にでも好きって言うからって」
「はあ…」
「結構マジだったんだけどなあ」
「でも、今日はわざわざ会いに来てくれたんじゃないんすか?」
「里保、こっちの高校に推薦入学が決まってて、今日は下見で親戚の家に泊まるって。
 別に俺に会いに来たわけじゃないって、はっきり言ってたし」


7 :名無飼育さん :2014/01/04(土) 01:41

再び衣梨奈がうつむいた瞬間、彼の携帯がけたたましく鳴り響いた。

「もしもし?あー、聖。なん?俺、今、めっちゃ落ちてるんだけど…。え?明日?
 あー、いいっちゃけど。うん、わかった。じゃ、10時に。…はあ」

電話の相手は女の子らしい。

「彼女っすか?」
「は?違うと!俺、里保以外の女とは付き合わん!」
「じゃあ、友達?」
「うん、バイト仲間。明日、映画付き合ってって」
「…二人で?」
「そうやけど?」

遥は軽くため息をついた。
どうやら衣梨奈にとって女の子と二人きりで映画に行くという行為は、大して特別な
意味を持っていないようだ。
しかし、遥にしてみればそれは特別な相手だし、恐らく里保にとってもそうなのだろう。

「どうしたら信じてくれるんかなあ」
「とりあえず、女と二人で出かけるの、止めたらどうっすか?」
「え?なんで?それ関係あると?」
「だって、好きな相手が他の奴と一緒だったら、なんか嫌じゃないっすか」
「だって友達やし」

やっぱり全くわかっていない。


8 :名無飼育さん :2014/01/04(土) 01:41

「さっきの子、鞘師さん、でしたっけ?あの子のこと、女として好きなんすよね?」
「もちろん、好きっちゃん!」
「じゃあ、電話の相手の子は?」
「友達として好きっちゃん!」

両者の『好き』に大きな違いは感じられない。
これでは、里保が信じられないのも無理がない。

「なあ、どうすればいいと思う?」
「うーん、ひとまず…」
「ひとまず?」
「金、払ってもらっていいっすか?」

しかし、その後結局、衣梨奈に捕まり、数時間に渡り里保に対する熱い思いを
聞かされた。
店に戻った遥は当然の如くこっぴどく叱られ、散々な一日だった。


9 :名無飼育さん :2014/01/04(土) 01:41

翌日。
遥はお皿を回収するために、再び生田家を訪れた。
昨日の話通り、衣梨奈は映画に行っていて不在で、遥はホッと胸を撫で下ろす。
今日はすぐに帰れそうだ。

帰り道、例の公園の前を通ったとき、遥はベンチに座り込んでいる女の子を発見
した。
ものすごく嫌な予感がする中、よく目をこらして見てみると、それは昨日の少女、
衣梨奈の幼馴染であり片思いの相手・里保だった。
なんだか思いつめた表情をしている。

遥は思わず頭を抱えた。
昨日の今日だし、さすがにちゃんと帰らないとどんな仕打ちが待っているかわからない。
そもそも大して知りもしない相手だし、リスクを冒してまでも声をかける義理はない。
このまま素通りしても何の問題もない。

ないはずなのだが、どうしてもその場を動けずにいた。
衣梨奈から聞かされた里保への思い、目の前にいる俯いている里保の姿。
よりにもよって、亜佑美との思い出深いこの公園での出来事に、数か月前の自分
たちの姿が重なる。
好きな人に気持ちを伝えることのせつなさ、苦しさ。
それはきっと衣梨奈も同じだろう。
それなのに、信じてもらえなかったとしたら、それはとても辛いに違いない。


10 :名無飼育さん :2014/01/04(土) 01:42

そんなことを考えているうちに、気付けば遥は里保の前に立っていた。

「あ、昨日の…」
「どうも。隣、いいっすか?」
「え?あ…」

里保の返事を待たず強引に隣に座ったものの、全くのノープランだ。
これではまるで、あの佐藤優樹のようだ。
自分らしくないなと苦笑しつつ、隣の里保の様子を伺う。
かなり警戒しているようだ。
人懐っこい衣梨奈とは正反対のタイプで、これでは誤解されてしまうのも無理
はないと感じた。

「あの…」
「あ、俺、工藤遥、中2っす」
「…えりぽんの、友達?」
「あ、いや、友達ってわけじゃないっすけど」

里保はまだ不審そうに遥を見て、そして再び下を向いた。
小動物みたいでなんだかかわいい。

『里保は自分のかわいさに気付いとらん!』

昨日、衣梨奈が力説していたことを思い出す。


11 :名無飼育さん :2014/01/04(土) 01:42

「あの、なんで生田さんのこと、信じてあげないんすか?」
「え?」
「いや、俺なんかが聞くことじゃないと思いますけど。でも、昨日、すごく落ち
 込んでたんで」
「えりぽんが?」
「はい」

里保の表情は硬く、何を考えているのかわからない。

「でも、今日はきっと女の子と出かけてるんでしょ?」
「え?なんで知って…」
「えりぽんは昔からそうだから。落ち込んだ日は外で遊ぶ。相手は大抵女の子。
 誰にでも好きって言う。言葉が軽い。格好はチャラい。ああ見えて頭はまあ
 まあいいけど。運動神経は抜群でゴルフが得意だったり、ハンドスプリングとか
 出来ちゃったり、足も速いけど。顔は悪くないし、黙ってればイケメンだと思う
 けど。意外と思いやりもあるし、子供にもおじいちゃんおばあちゃんにも動物にも
 優しいし、学校一の人気者だけど…って聞いてる?」
「てか、鞘師さん、普通に生田さんのこと好きなんじゃないすか」

遥の指摘に里保は顔を真っ赤にして反論する。

「だ、誰があんな浮かれ男…」
「素直じゃないなあ」
「好きなんかじゃない。好きなんかじゃ…」
「あのね、鞘師さん。俺、昨日初めて生田さんに会ったんすよ。しかも、キスエグ
 定食の配達で。そんな俺に対して、あの人、何時間もずっと鞘師さんのどこが好き
 かって語ってました。まあ、おかげで俺は母ちゃんにすっげー叱られたんすけど」
「え、えりぽんが…。なんて言ってた?」
「それは直接本人に聞いた方がいいんじゃないすか?あの人、軽いかもしれないけど、
 きっと本気だと思いますよ」


12 :名無飼育さん :2014/01/04(土) 01:42

長い沈黙が続く。
衣梨奈も里保もきっと思いは同じだ。
素直過ぎて伝わらない衣梨奈と、素直になれない里保。
もし、誰かの少しの後押しで上手くいくのであれば、なんとかしてあげたいと思う。
優樹と春菜が背中を押してくれたように。

遥は里保には気付かれないように、そっと携帯を手に取った。
中には昨日、無理やり衣梨奈に教えられたアドレスが入っている。

―――――気付いてくれよ。

遥は願いを込めてメールを送った。


13 :名無飼育さん :2014/01/04(土) 01:42

数十分の沈黙のあと、里保が静かに口を開いた。

「えりぽんのこと、信じてないわけじゃない」
「え?」
「嘘がつけるような人じゃないってわかってる。わかってるけど…」

里保はギュッと自分のコートの裾を掴む。
その手はとても小さくて、彼女の心細さが伝わってくる。

「けど?」
「怖い…んだと思う」
「怖いって、生田さんのことが?」

遥の問いに里保は黙って首を振った。

「…えりぽんがどっか行っちゃうのが。えりぽんすごくモテるから、きっと周り
 にはかわいい子たくさんいるだろうし。ウチなんてかわいくもないし暗いし、
 一緒にいても面白くないんじゃないかって。どうせ離れていくなら、最初から
 そばにいない方がいい」
「鞘師さん、かわいいっすよ?」
「え?」
「いや、普通に。もっと自信持った方がいいっすよ」
「え、あ、そ、そうかな?」

里保の顔がみるみるうちに真っ赤になる。
素直にかわいいと思うと同時に、思いを告げた瞬間の亜佑美の赤い顔が重なる。
無性に彼女に会いたくなった。


14 :名無飼育さん :2014/01/04(土) 01:43

「里保!」

静かな公園に大きな声が響き渡る。
その場の空気を一気に変えてしまうような独特なオーラ。
衣梨奈が猛ダッシュでベンチに向かって走ってくる。

「え、えりぽん?」
「ま、間に合ったあ…」
「遅いっすよ、生田さん」
「わりー、どぅ。メール、サンキュ」
「な、なんで?今日、遊びに行ってたんじゃ…」

汗だくの衣梨奈はすっと息を整えて里保に向き合う。

「里保がここにいるって聞いて、飛んで来た」
「飛んで来たって…」
「俺、魔法が使えるけんね。里保が呼んでたらすぐ来るし」
「よ、呼んでないし!魔法って…バカみたい」

里保の憎まれ口にも衣梨奈は表情一つ変えない。
これが二人のいつもの会話なのだろう。


15 :名無飼育さん :2014/01/04(土) 01:43

「いっつもそうやって調子のいいことばっかり言って、えりぽんの言うこと
 なんか信じらんない」
「うん、魔法を使えるっていうのは嘘。やけど、里保が呼んだらすぐ来るのは
 本当っちゃん」
「…どこにいても?」
「もちろん、どこにいても」
「…ウチが家に帰っても?」
「余裕。まあ、ちょっと時間はかかるかも知れんけど」
「…他の女の子と一緒にいても?」
「うん」

ベンチに座る里保の前に、衣梨奈はそっと跪く。
コートの裾を掴む小さな彼女の手を取り、にっこりと微笑む。
まるで舞台の一場面のようにキザな行為だが、衣梨奈がやると様になるから
不思議だ。
里保はさっきよりもさらに赤い顔で恐る恐る衣梨奈の顔を見た。

「一番大切なのは里保やけん」
「…バッカみたい」

優しく微笑む衣梨奈とそんな彼を見つめる里保。
遥の目にはとてもお似合いの二人に見えた。

「じゃ、俺、帰りますね」
「おー、どぅ、ありがとね!」
「…ありがと」

遥に向けられた里保の顔はとても穏やかで優しかった。
衣梨奈は嘘だと言っていたけど、一瞬で里保を笑顔に出来る彼はある意味魔法
使いだと遥は思った。


16 :名無飼育さん :2014/01/04(土) 01:43

その夜もまた母親から叱られた遥だが、なんだかとても晴れ晴れとした気分
だった。
大量の皿洗いと掃除から解放され、部屋に戻り携帯を見る。
いつも通り、亜佑美からメッセージが入っている。
今日あったことが書かれているだけだが、たったそれだけのことがすごく嬉しい。

遥もこの二日間のことを伝えようと画面を押したが、ふと思い直してベッドに
腰を掛けた。
衣梨奈と里保に刺激されたのか、無性に亜佑美の声が聞きたい。

「もしもし?どうしたの、なんかあった?」

亜佑美はワンコールで出てくれた。
思いが通じていたようで胸が熱くなった。

「あー、いや、なんでもないんだけど、なんかさ」
「ん?」
「なんか、電話、したくなって」
「ツ…、どうしたの?くどぅーがそんなこと言うなんて、珍しいじゃん。もしかして、
 寂しくなっちゃった?」

亜佑美が茶化すように問いかける。


17 :名無飼育さん :2014/01/04(土) 01:43

「…うん」
「え?」
「すっげー、会いたい」
「…なんか、今日のくどぅー、すっごい素直」
「ダメ?」
「ううん。すごく嬉しい」

亜佑美の言葉にますます会いたい気持ちが募る。
離れていることがこんなに辛いなんて思わなかった。
亜佑美といると今まで知らなかった自分に気付かされる。
その戸惑いや違和感がなぜかとても心地よい。

「私も、早く会いたい」

亜佑美の寂しそうな声が遥の心を揺さぶる。
もしも、自分が魔法使いだったら、今すぐ亜佑美の元へ飛んで行って抱きしめたい。
そんなこと、恥ずかしくて口にすら出来ないけど。

明日も朝から店の手伝いが待っている。
亜佑美の笑顔を思い浮かべながら、遥は静かに眠りについた。

18 :名無飼育さん :2014/01/04(土) 01:44
本日は以上です。
19 :名無飼育さん :2014/01/04(土) 23:26
作者さんのだーどぅー大好きでした!
また書いてくれて嬉しいです
惹かれあってるピンポンダッシュが目に浮かぶようだw
20 :名無飼育さん :2014/01/04(土) 23:27
すみません、あげてしまいましたorz
ごめんなさい
21 :名無飼育さん :2014/01/05(日) 02:16
物語がつづくのですね!ありがとうございます><
登場人物も増えたし…楽しみにしています。
22 :名無飼育さん :2014/01/19(日) 19:44
前スレに引き続き期待してます。
大人の階段登る二人の今後が楽しみです。
23 :名無飼育さん :2014/01/29(水) 00:39
レスありがとうございます。

>>19
生田さんも鞘師さんも書くのが楽しいです。
二人の今後がどうなるのか、自分でもわかりませんがw

>>21
まったりペースですが、もう少し物語は続く予定です。
最後まで楽しんで頂ければ幸いです。

>>22
タイトル通り、“恋人一年生”の二人の今後を描いていければと思っています。
期待に応えられるよう頑張ります。

だいぶ過ぎてしまいましたが、石田さん誕生日のお話です。
24 :名無飼育さん :2014/01/29(水) 00:40

新年最初の日曜日。
定食屋は定休日のため、遥にとっては久々の休みだ。

そこそこの金額は貯まったが、まだ亜佑美へのプレゼントを何にするかは決めて
いない。
彼女の誕生日である1月7日に二人で過ごす約束はしている。
ちょうど二人とも冬休み最終日なので、一日中一緒にいれる。
考えてみれば、まともなデートは初めてかもしれない。
遥なりにプランは立てている。
あとはプレゼントだけなのだ。

昨夜もずっと悩んでいたため、夜中まで眠れなかった。
だから今、遥は熟睡中である。

「ハルー!」

階下から母の声が聞こえるが、遥はびくともしない。
数秒後、ドタバタと階段をかけ上がる音が聞こえ、ドアが乱暴に開き、遥の上に
何者かが乗っかってきた。

「ぐ、ぐえ」

さすがにこの状況で起きない人間はいない。

「…んだよ、誰だよ、…って、い、生田さん?」
「よ!」

寝ぼけた遥の目に映ったのは衣梨奈だった。

25 :名無飼育さん :2014/01/29(水) 00:40

「で、何の用っすか?まだ7時なんすけど…」
「こないだのお礼に来たっちゃん」

悪びれもせず笑顔を見せる衣梨奈に、遥は大きなため息をついた。
彼と会うのはまだ二回目だ。
なぜ遥の家を知っているのか、なぜこんな早朝なのか、いろいろな疑問はあるが、
とりあえず今は一刻も早く眠りたい。
遥は素直に衣梨奈の話の流れに乗っかることにした。

「こないだって、鞘師さんのことっすか?」
「そうそう」
「上手くいったんすか?」
「とりあえず、信じてはもらえたと。まあ、里保の気持ちはわからんけど、
 スタートラインには立てたみたいやね」
「そうっすか。良かったっすね」

あの日の里保の言葉を思い出すと、素直に嬉しい。
しかし、今はそれどころではないのだ。

「お礼なんていいんで、早く帰って下さい。俺、久々の休みで、まだ眠…」
「やけん、今日は一日どぅに付き合ってやると」

相変わらず、人の話を全く聞かない人だ。
そもそも衣梨奈に付き合ってもらっても嬉しくもなんともない。

26 :名無飼育さん :2014/01/29(水) 00:40

「申し訳ないんすけど、遠慮し…」
「なんか欲しいもんとか、食いたいもんとかないと?」
「ないっす。それに俺、今日は大事な用事が…」
「大事な用事ってなん?デート?」
「違いますけど。まあ、似たようなもんというか…。買いに行くんすよ、彼女の
 誕生日プレゼントを」

その瞬間、衣梨奈の顔がわかりやすくパーっと輝いた。
遥は瞬時に話したことを後悔したが、もう遅かった。

「ちょうどいいっちゃん!俺が手伝ってやる!」
「いや、いいっす!」
「遠慮すんなって、お礼やけん」
「いや、遠慮とかじゃなくて…」

かなり独特の衣梨奈のセンスに任せたら、どんなプレゼントになるのか想像
するだけで恐ろしい。

「こんな時間に店空いてないし、生田さんだって女子高生の欲しいもんなんて
 わからないじゃないっすか」

遥の主張は華麗にスルーされ、衣梨奈は誰かに電話をかけ始める。

「あ、聖?今日、暇?ちょっと買い物付き合って。うん、じゃあ、11時に駅で」

電話の相手は、どうやらこの前一緒に映画へ行ったバイト仲間のようだ。

「聖はセンスいいし、きっといいもん見つかるとよ」
「はあ…」

どうやら、もう逃れようがないらしい。
しかし、女の子にアドバイスを貰えるのは心強い。
11時に待ち合わせならば、もう少し寝ることも出来るだろう。
再びベッドに潜り込んだ遥の掛け布団を衣梨奈が剥ぎ取る。

「ちょ!何するんすか!」
「何って、出かけるっちゃん。用意せんと」
「だって、駅に11時って…」
「あれは聖とやけん。俺らはこれからカラオケ」
「俺、眠…」
「今からならたっぷり3時間コースっちゃね」

結局、それから3時間たっぷり衣梨奈に付き合わされ、駅に着く頃には遥は心身
共に疲れきっていた。

27 :名無飼育さん :2014/01/29(水) 00:40

二人が駅に着くと、衣梨奈のバイト仲間である譜久村聖は静かにそこに立っていた。
静かにという表現がぴったりの上品な佇まいだ。
衣梨奈の話では亜佑美と同じ高校2年生とのことだが、とても同じ年には見えない。

「君がどぅ?よろしくね」
「あ、ど、どうも」

聖に優しく微笑まれ、遥は真っ赤な顔で返事した。

「じゃあ、聖、よろしくね」
「よろしくねって生田さん、どこ行くんすか?」
「え?だって俺が行っても意味ないっちゃろ?ゲーセンで遊んでくる。じゃ!」
「は?ちょっと!」

引き止める間もなく、衣梨奈の姿はみるみるうちに遠ざかっていく。

「もう、いっつも勝手なんだから、えりぽんは」
「…なんか、すいません」
「ん?どぅのせいじゃないよ」

その言葉と笑顔だけで優しい人だとわかるような、聖はそんな雰囲気の持ち主
だった。

「じゃあ、行こっか?」
「あ、じゃあ、お願いします」

聖の笑顔に遥は素直に頷いた。


28 :名無飼育さん :2014/01/29(水) 00:41

その後、二人は何軒もお店を回った。
聖は決して急かさず、嫌な顔の一つも見せず、じっくりと買い物に付き合って
くれた。
そのおかげで、納得のいくプレゼントを買うことが出来た。

「今日はどうもありがとうございました」
「ううん。聖も選ぶの楽しかったし。喜んでくれるといいね、亜佑美ちゃん」
「はい」

遥の脳裏に亜佑美の笑顔が浮かぶ。
彼女はきっと、どんなプレゼントでも喜んでくれるだろう。
だけど、どうせならば本当に心から喜んでくれるものをあげたい。
今自分の手元にあるものが笑顔の素になれればいい。

「どぅ、顔にやけ過ぎ」

聖に指摘され、遥は顔を赤らめる。

「ホントに好きなんだね。いいなあ、聖も彼氏欲しい」
「え?譜久村さん、彼氏いないんすか?」
「いたら、えりぽんに呼び出されてすぐ来たりしないよ」
「…あー、確かに」

聖の笑顔はどこか寂しげだった。
衣梨奈の呼び出しに応じる理由、それはただのバイト仲間というだけじゃない
のだろうか。
もし、そうだとしたら、彼女はもしかして…。

―――――俺、里保以外の女とは付き合わん!

あの日の衣梨奈の言葉が頭を巡る。
公園のベンチで俯く里保の姿と、目の前で寂しそうに笑う聖の笑顔。
二人が抱いているのは同じ思いのような気がして、胸が痛くなった。


29 :名無飼育さん :2014/01/29(水) 00:41

「聖ー!どぅー!」

遠くから手を振りながら衣梨奈が駆けてくる。
その姿を確認した聖の顔からすっと寂しさが消え、バイト仲間の顔に戻る。

「ちゃんと買えた?」
「うん。きっと喜んでくれると思うよ。ね?どぅ」
「あ、はい」
「おー、良かったやん、どぅ!あ、聖、これ」

衣梨奈はいつもと変わらぬ笑顔を見せ、手に持っていたものを聖に手渡した。

「え?何、これ?」
「可愛いストラップ見つけたっちゃん。聖に似合うと思って」
「…いいの?」
「今日のお礼」
「お礼なんていいのに…」

そう言いながらも、聖はストラップを大事に握り締めた。
遥は彼女の顔がうっすらと赤くなっていることに気付いたが、何も言わずに
その光景を見守っていた。


30 :名無飼育さん :2014/01/29(水) 00:41

聖(と一応、衣梨奈)のおかげでようやくプレゼントを買うことが出来た。
生まれて初めて自分で稼いだお金で買ったプレゼントだ。
そんなに高価なものではないけれど、少しだけ大人に近付いたような気分になった。

頭の中で十分なシミュレーションを重ねながら、遂に1月7日を迎えた。


31 :名無飼育さん :2014/01/29(水) 00:41

亜佑美の誕生日当日。
二人は郊外のとある駅で待ち合わせをした。
ここは、遊園地と動物園が合体したテーマパークの最寄駅で、遥にとっては
小さい頃から何度も来ている馴染みの場所だった。
どこへ行くかは亜佑美には話していない。
自分のよく知っている場所で、彼女をきちんとエスコートしたいと思う。

遥は待ち合わせのかなり前に駅に到着し、亜佑美のことを待っていた。
鞄の中にはこの前買ったプレゼントが入っている。
すぐにでも渡して反応を見たいところだが、とりあえずは遊ぶのが先だ。

電車が駅に到着し、たくさんの家族連れやカップルと共に亜佑美の姿が見えた。

「くどぅー!」

遥の姿を確認した亜佑美が小走りに駆けてくる。
久々に会う彼女は髪を巻いていることもあって、すごく大人っぽくてドキッと
する。

「久しぶりだね」
「お、おう」

なんとなく、まともに顔を見ることが出来ない。
会ったら最初に言おうと思っていた言葉を飲み込んで、遥はぶっきらぼうに
亜佑美を促した。

「…行こ」
「うん!」

彼女はわかりやすいくらい笑顔満開のご機嫌で、それだけで遥も嬉しかった。

32 :名無飼育さん :2014/01/29(水) 00:41

テーマパークに着くと亜佑美のテンションは更に高くなった。
動物園なんて子供っぽいかと思っていたが、亜佑美は遥の予想の斜め上を行く
勢いで全力で楽しんでいる。
案内役の遥が逆に振り回されている感じだ。

「あ、くどぅー、あそこ入る!」
「はいはい。…って走んな、おい!」

一通り動物を見たあと、亜佑美はお土産屋さんへと駆け込む。
遅れて入った遥が店内を見回すと、亜佑美はぬいぐるみ売り場の前で立っていた。
真剣に売り物を見る姿はまるで子供だ。
遥は苦笑しながら近付く。

「欲しいの?」
「うーん、どうしようかなあ。このぬいぐるみ、かわいくない?」

亜佑美が手に持っているのはホワイトタイガーのぬいぐるみ。
このテーマパークの看板的な動物だ。

「ねえ、くどぅー?」
「ん?」
「これ、ライオン?」
「はあ?」
「え、違うの?」
「いや、これどう見たってトラじゃん。さっき見ただろ、ホワイトタイガー」
「あ、そ、そうだと思った」
「プ…」
「笑わなくたっていいじゃん。くどぅーのバカ」

膨れっ面の亜佑美の前で、遥はそのぬいぐるみを手に取る。
自分でも驚くくらい、迷いのない行動だった。
レジで会計を済ませたぬいぐるみを手渡すと、亜佑美はキョトンとした顔で
遥を見つめた。
上目遣いで見つめられた遥は、思わず目をそらす。

「くどぅー?」
「やる」
「え、でも…」
「…誕生日じゃん、今日」
「あ、うん」
「次、遊園地行くぞ」

自分の行動があまりにも恥ずかしくて、遥はすぐにお店を出た。
あとからトコトコとついて来た亜佑美が遥の隣に並ぶ。

「ありがとう。大事にするね」
「…うん。かわいがってくれよな、ホワイト『ライオン』」
「ツ…、しつこいし!」

二人はじゃれ合いながら遊園地へと移動した。
遊園地では絶叫マシンに乗りまくり、更に楽しい時間を過ごした。


33 :名無飼育さん :2014/01/29(水) 00:42

ほとんどの乗り物を制覇した二人だが、唯一入っていない場所があった。
遥はその前を通らないように上手く亜佑美を誘導していたのだが、どうやら
彼女はその意図に気付いていたらしい。
そして今、その建物の前で激論が交わされている。

「入ろうよー、せっかくだもん」
「ヤだよ。絶対無理」
「怖いの?」
「…うっせーなあ。煽ってもムダだかんな。絶対に入らないから」
「誕生日なのに…」

亜佑美は寂しそうに俯く。
しかし、いかに彼女の頼みといえど、ここだけはどうしても無理なのだ。
昔からお化け屋敷というものが大の苦手なのである。
彼女の前で情けない抵抗だが、中に入って失神でもしようものなら余計に情け
ないことになる。

「…他の頼みならなんでも聞くからさ」
「ホントに?」
「うん」
「なんでも?」
「まあ、出来ることなら」
「わかった。じゃあ、いいよ」
「…お手柔らかに」
「さあ、どうでしょう」

亜佑美は不敵に笑ったあと、「行きたいところがあるんだ」と言った。


34 :名無飼育さん :2014/01/29(水) 00:42

そして今、二人はあの公園にいる。
二人が結ばれた場所であり、最近では衣梨奈や里保と過ごした場所でもある。
10月末に比べるとさすがに寒く、風が遮断されているとはいえ、オブジェの中も
冷え切っていた。

「さすがに1月は寒いなあ」
「うん」
「下、冷たくね?平気?」
「うん、平気」

こうして並んで座っていると、あの日のことを思い出す。
自分の気持ちを伝えたあの日のことを。

ずっとはしゃいでいた亜佑美だが、公園に着いてからは無口だ。
遥もプレゼントを渡すタイミングを伺い、緊張している。


35 :名無飼育さん :2014/01/29(水) 00:42

沈黙が続く中、ようやく遥が鞄からそれを取り出した。

「ん」
「え?」
「誕生日プレゼント」
「だって、さっき、ぬいぐるみ…」
「あれはおまけ。こっちが本物」

亜佑美は静かにプレゼントを開ける。
遥が選んだのはシルバーのブレスレットだった。
一般的にはそれほど高価なものではないが、それでも中学生の遥にしてはかなり
奮発したほうだ。

喜んでもらえるだろうか。
そっと彼女の表情を伺うが、暗闇でよくわからない。

「かわいい。…嬉しい」
「…誕生日おめでとう」

朝の待ち合わせから数時間、ようやく今日一番伝えたい言葉を言うことが出来た。

「ありがとう」

亜佑美は早速ブレスレットを身に付け、ずっと眺めている。


36 :名無飼育さん :2014/01/29(水) 00:42

「私ね」
「ん?」
「ホントはね、誕生日来るの、ちょっと嫌だったんだ」
「え?なんで?」
「だって、また年離れちゃうし…」

俯く亜佑美に遥は言葉を失う。
年の差なんて大したことじゃないし、すぐに追い越してやろうと思っている。
だけど現実には、今日で二人の年の差は再び離れてしまった。

もしかしたら、女の子で年上の亜佑美の方が、遥以上に年の差を気にしている
のかもしれない。

「でも、今日こうやってお祝いしてもらって、すっごく嬉しかった。やっぱり、
 誕生日っていいね」
「うん」

そう言って笑う彼女に、遥も笑顔で答えた。


37 :名無飼育さん :2014/01/29(水) 00:43

「そうだ、くどぅー、毎年、お互いの誕生日はここでお祝いしようよ」

毎年ということは来年も再来年もその先も、ずっと一緒にいたいと思ってくれて
いるということだ。
ものすごく嬉しい一言だったけれど、素直になれない遥は軽口を叩く。

「えー、さみーよ」
「ひどーい!そんなこと言う口はこうしてやる!」

亜佑美は遥の頬をつねる。

「いて!…って、おまえ、手すげー冷たい」
「だって、冷え性なんだもん。しょうがないじゃん!」
「それにしたってさあ」

亜佑美は一瞬すねたように横を向いたあと、ふと何かを思いついたように遥を
見つめた。
目が暗闇に慣れてきて亜佑美の表情がよくわかる。

「な、なんだよ?怒ってんの?」
「ううん」
「…どうかした?」
「あのね…」
「ん?」
「も一個、お願いしてもいい?」

亜佑美の表情は真剣で、遥もなんとなく目をそらせなかった。


38 :名無飼育さん :2014/01/29(水) 00:43

「な、なに?」
「手、あっためてほしいなあ、なんて…」
「…え?」
「ダ、ダメ?」
「あ、いや、いいけど。…どうやって?」
「わ、わかんない!自分で考えてよっ!」

突然の無茶ぶりに遥はしばし考え込む。
頼みをなんでも聞くという約束をした限り、その希望には出来るだけ応えたい。

「ごめんごめん。今のお願い取り消…」

痺れを切らした亜佑美の言葉を打ち消すように、遥はそっと彼女の手をとり、
自分の両手で亜佑美の手を包み込んだ。

そして、冷え切っている彼女の手に優しく息を吹きかけた。

とても華奢な亜佑美だけれど手は意外とすっと長くて、まだ数えるぐらいしか
触れたことのない彼女の手が、遥はとても好きだった。

その手をまるで宝物のように、大切に優しく温めていく。


39 :名無飼育さん :2014/01/29(水) 00:43

何度か無言でその行為を繰り返したあと、遥はそっと手を離した。
恥ずかしさのあまり、目をそらしながら問いかける。

「…あったまった?」
「うん…。顔まで熱くなっちゃった」
「…俺も」

亜佑美はあの告白の日と同じように、顔の前で手をパタパタとさせている。
そんな姿を見て、これからもずっとこの手を温めるのは自分でありたいと、
心からそう思った。


40 :名無飼育さん :2014/01/29(水) 00:44
本日は以上です。
41 :名無飼育さん :2014/01/29(水) 19:03
えりぽん罪なヤツだなぁw
そしてだーどぅーの初々しさが可愛い!
42 :名無飼育さん :2014/02/02(日) 21:54
作者さんのどぅーいしとても好きです
更新ありがとうございますm(_ _)m
43 :名無飼育さん :2014/03/19(水) 01:56
レスありがとうございます!

>>41
あくまでも『恋人一年生』な感じの初々しさを描いていければと思っています。

>>42
こちらこそ、読んで下さりありがとうございます。

ホワイトデーも過ぎてしまいましたが、バレンタインデーのお話です。
44 :名無飼育さん :2014/03/19(水) 01:57
2月14日、バレンタインデー。
年頃の男女が浮き足立つ日だ。
もちろん、遥も例外ではない。

元々整った顔立ちで注目されていた遥だが、先日水泳の大会で優勝してからは
更に人気が増し、学校でも一、二を争うモテ男となった。
彼女がのいる遥にとっては、他の女子からのチョコレートはあまり興味はないが、
貰える分には悪い気はしない。

ところで、遥の中学では校内にお菓子を持ち込むことは禁止されている。
教師の中には「バレンタインくらいは…」という寛容派もいるようだが、この
学校には教師よりももっと厄介な存在がいる。
それが、生活福祉常任委員だ。

風紀委員のような役割で、校内の規律を破る生徒に対してはとにかく厳しい。
各クラス1名ずつ選出されるのだが、毎年なりたい生徒がおらず、仕方なくくじ
引きで決めるくらい疎まれている。
特に今年の委員長はかなり堅物で、チョコレートが見つかろうものならどんな
処罰が待っているかわからない。

45 :名無飼育さん :2014/03/19(水) 01:58
しかし、そこはやはり年頃の女の子。
常任委員の目を盗んでチョコレートがあちこちで飛び交っている。
そんなこんなで、放課後には遥の鞄はチョコレートでいっぱいになっていた。

「やべー、鞄に入らねーし」

先程も1年生からチョコレートを受け取り、遂に閉まらなくなった鞄を手に途方に
暮れる遥。

「どぅー、相変わらずモッテモテだね」

そんな遥をニヤニヤしながらからかっているのは、もちろん優樹だ。

「まーちゃんだって、人のこと言えないだろ」

遥ほどではないが、優樹もかなりの数のチョコレートを貰っていた。
特に3年生から人気があるようだ。

「これ、見つかったら俺が怒られるのかなあ」
「んー、どうだろうねー?」
「そういや、うちのクラスの生活福祉常任委員って誰だっけ?」
「え?どぅー、知らないの?」
「まーちゃん、知ってんの?」
「もちろん」
「へー、誰?」
「マサだよ」
「へ!?」

そういえば、4月の委員決めのとき、誰もなりたがらないはずのこの委員に意気
揚々と挙手をした風変わりな生徒がいたことを思い出した。
あとのきはこんなに仲良くなっていなかったから覚えていなかったが、それが
優樹だったとは。

「おまえ、生活福祉常任委員って何するかわかってんの?」
「そんなの知るわけないじゃん」
「じゃあ、なんで立候補したんだよ?」
「だって、名前が格好いいじゃん!」

優樹の言葉に深くため息をつく遥だが、考えようによっては都合が良い。
どうやら怒られずに無事に帰宅できそうだ。

「それにしても、やべーな、この雪」

窓の外にはまるで北国のような雪景色が広がっている。
この街にとっては数十年ぶりの大雪の予報で、学校も全ての部活が中止となり
早く帰るように指示が出ているくらいだ。

二人は足早に校門へと向かった。

46 :名無飼育さん :2014/03/19(水) 01:58
ちなみに、亜佑美とは特に会う約束をしていない。
学校が違うので平日はなかなか会うことが出来ない上に、この大雪である。
昨日のメールでは何も言ってなかったし、貰えるとしてもたぶん週末だろう。

既に雪が積もっている校庭でハシャギまくる優樹を引きずるように学校を出る。
一つ目の角を曲がった電信柱の影に、紫色の傘をさした女の子が立っていた。

「小田ちゃん!」

『小田ちゃん』と呼ばれたその少女は静かに顔を上げ、無言でこちらへ近づいて
くる。
その名前とその顔に、遥は先程とは違う恐怖を感じた。
なぜなら、彼女こそ生活福祉常任委員会の委員長・小田さくらだったからだ。

常々、「家に帰るまでが学校です」が口癖の彼女なだけに、きっとここを通る
生徒たちの抜き打ちチェックでもしていたのだろう。
なぜ私服姿なのかはわからないが、もしかしたら寄り道禁止という校則を律儀に
守るため、一度家に帰り着替えてきたのかもしれない。

そのくらいのことは余裕でするくらい、さくらの仕事っぷりはすごいと噂なのだ。

47 :名無飼育さん :2014/03/19(水) 01:58
さくらは静かに優樹の前に立ち、じっと彼の顔を見る。

「どうしたの?小田ちゃんも雪遊び?」

先輩にも平気でタメ口をきく優樹。
さくらもそれが当たり前のように無言のまま、すっと鞄から何かを取り出した。

「これ、佐藤さんに」
「え?」

かわいらしくラッピングされている四角い箱。
それはどこからどう見ても、バレンタイン用のチョコレートにしか見えない。

「マサにくれるの?やったー!」
「はい。…佐藤さんにはいつも、委員会でお世話になっているので」

さくらは誰に対しても敬語で話すと聞いていたが、その噂は本当らしい。
いや、重要なのはそんなことではない。

色恋沙汰とは全く無縁の、超堅物で有名の、昨年のバレンタインデーには先輩
だろうが友達だろうが容赦なく摘発したことで学校中から恐れられている、あの
小田さくらが、なんと目の前でチョコレートを渡しているのだ。

しかも、その相手がこの優樹とは。

48 :名無飼育さん :2014/03/19(水) 01:59
「わーい!チョコだー!雪だー!」

雪とチョコで無邪気にはしゃぐ優樹をさくらは眩しそうに見つめている。
その表情はまるで子供を見る母のように優しく、いつもの生活福祉常任委員長の
さくらとは別人のようだった。
遥は思わず見とれてしまう。
そんな遥の視線に気付いたのか、さくらはふっと遥の方を向いて近付いてくる。
鞄やポケットにチョコを忍ばせている遥は、ギクッとして後ずさりした。

「工藤さん」
「あ、はい…って、なんで俺の名前…」
「学校内の全生徒の名前は把握しています。私は生活福祉常任委員長ですから」

さくらは少し寂しそうにそう言った。

「あの、なんで、まーちゃんにチョコを?」
「…工藤さん、私のことどう思っていますか?」
「へ?」

逆にさくらに問いかけられ、遥は焦る。
まるで怯えている心の中を見透かされているようで、思わず目を逸らした。

49 :名無飼育さん :2014/03/19(水) 01:59
「怖いですよね、私」
「あ、いや、そんな…」
「いいんです。みなさんにどう思われているか、わかっていますから。私に
 近付いてくる子なんて一人もいないし。でも…」

さくらの目は真っ直ぐに優樹を捉えている。

「佐藤さんだけは違ったんです」
「まーちゃんが?」
「小田ちゃん小田ちゃんって、ずっとひっついてきて…。いつの日か私は、佐藤
 さんと過ごす時間が楽しみになっていました」

何かを思い出したかのように微笑むさくら。
こんなふうに優しく笑う人だと初めて知った。

「まーちゃんにそのこと言わないんすか?」
「佐藤さんはまだきっとそういうの早いから。それに…」
「ん?」
「私自身が縛りたくないとおもっているんです、佐藤さんのこと。あのまま自由
 でいてほしい」

優樹に対するさくらの思いは、もしかしたら恋よりももっと深いものなのかも
しれない。

「どぅー!小田ちゃん!雪合戦しよーよ!」

一人で遊ぶことに飽きたのか、優樹が雪をぶつけてくる。

「駄目ですよ、佐藤さん。さっき言ったじゃないですか。寄り道せずにちゃんと
 帰って下さい。家に帰るまでが、学校ですから。では」

さくらは微笑みながら優樹を優しく窘め、足早に去って行った。

50 :名無飼育さん :2014/03/19(水) 01:59
「ありがとねー!小田ちゃーん!」

その『小田ちゃん』という響きで、遥はふと少し前のあるシーンを思い出した。
あれは確か、亜佑美と付き合い始めて数日後のことだ。
亜佑美とのことを報告した遥に、もうキスはしたのかと訪ねる優樹。
そして、あのとき遥はこう聞いた。

―――――まーちゃんはあんのかよ?
―――――あるよー。昨日。3年の小田ちゃん。

あのときは気が動転していて詳しく聞かなかったが、あのとき確かに優樹は
『小田ちゃんとチューをした』と言っていた。

「あ、あのさ、まーちゃん。チュ、チューの相手って、あの…小田先輩?」
「ん?そうだよ?」
「ど、どういうシチュエーションで、チュ、チューしたんだよ?」
「委員会で二人で残ってたとき、急にシーンとなったの。で、小田ちゃん見たら、
 なんとなくビビーってなって、スーって感じで、チュって」
「なにそれ、ぜんっぜん意味わかんねーし!」
「どぅもそのときがくればわかるんじゃん?」

顔色一つ変えずに答える優樹が妙に大人に思えて、遥は少しだけ寂しくなった。


51 :名無飼育さん :2014/03/19(水) 01:59
優樹と別れて家路を急ぐ。
雪はますます激しく降ってきた。
ふとポケットの中の携帯が震えて、遥は画面を覗き込む。
母からのメールだ。

『お父さんとおじさんのところへ来てるけど、電車が止まって帰れない。遅く
 なるから適当に夜ご飯食べなさい』

どうやらこの雪で交通機関は麻痺しているようだ。
歩く人影もまばらで、見慣れない真っ白な光景に急に心細さが込み上げてくる。

―――――あいつ、何してるかな。

彼女を好きになってから、彼女と付き合い始めたから、こういうときに一番に
思い浮かぶのは亜佑美の顔だ。
こんな寒い日には、冷え性の亜佑美の手はきっと冷たくなっているに違いない。
あの日のように温めてあげたい。

そんなことを考えながら、ようやく自宅へと辿り着いた遥の目に、青い傘の少女が
飛び込んできた。
先程のさくらの姿と、今まで自分が頭に思い浮かべていた笑顔が重なる。
まさか、そんなわけないと否定しながらも、遥の鼓動はどんどん高鳴っていく。

青い傘の少女が遥の方を見た。

「…遅いよ、くどぅー」

今一番会いたい彼女、亜佑美の姿がそこにあった。

52 :名無飼育さん :2014/03/19(水) 02:00
まるで吸い込まれるように彼女に近付く遥。

「な、なんでここに?」
「はい、これ」

遥の前に差し出されたそれは、明らかにバレンタインのチョコレートだった。

「…これのために、わざわざ?」
「だって、今日渡したかったから」

この雪の中、どのくらい待っていたのだろう。
チョコレートを持つ彼女の手は真っ赤だ。
受け取る瞬間に少しだけ触れると、その手は氷のように冷たくて、遥は思わず
握りしめた。

「…また冷たくなってる」
「うん」
「手袋、ないの?」
「あるけど」
「しろよ」
「だって、ちゃんと手で渡したかったし、それに…」
「ん?」

亜佑美は困ったように俯いて、遥に包まれている自らの手を見つめた。

「…また、あっためてくれるかなって」

その言葉と真っ赤な亜佑美の顔に、息が止まりそうなくらい胸が苦しくなる。

53 :名無飼育さん :2014/03/19(水) 02:00
「…あがってく?」

少しの沈黙のあと、ようやく言葉を絞り出す。
ふっと顔を上げた亜佑美は笑顔で答える。

「うん、おばさんたちにも会いたいし」
「…今、出かけてる」
「え?」
「雪で電車止まって、遅くなるって」

何も答えない亜佑美の手を引いて、遥は家の中へ入った。
雪はまだまだ止みそうにない。

54 :名無飼育さん :2014/03/19(水) 02:00
本日は以上です。
55 :名無飼育さん :2014/03/19(水) 21:52
うおおおお!!!!!!期待!
新登場メンもいい味出してますねw
56 :名無飼育さん :2014/03/19(水) 22:02
更新待ってました!
この二人は初々しくって読んでて(*´Д`)ポワワします
前から気になっていた まーさく もきた^^


57 :名無飼育さん :2014/03/20(木) 22:08
ご両親がお留守なのに女の子を連れ込むなんて///
どぅーいしもいいけどまーどぅーもさくまーもいいね!
58 :名無飼育さん :2014/03/30(日) 21:06
レスありがとうございます!

>>55
彼女は何気に自分でもお気に入りのキャラですw

>>56
お待たせしました!
今回もポワワとしてもらえたら嬉しいです。

>>57
ヘタレな遥にしては頑張りましたw


では、前回の続きです。
59 :名無飼育さん :2014/03/30(日) 21:06
勢いで誘ったもののここから先どうすればいいのか、遥は途方に暮れていた。

誰もいない家に彼女と二人きり。
このシチュエーションで平静でいられる男なんていないだろう。
当然のことながら遥もそのうちの一人で、さっきからずっとソワソワしている。
妄想だけがどんどん膨らんでいく。

どうも自分は、亜佑美のことになると冷静さを失ってしまうらしい。
いつかの文化祭で彼女が足を捻挫したときもそうだった。
日頃は年齢の割には落ち着いている方だと言われているのに。

二人はベッドを背にして隣に座っている。
その距離は狭い部屋にしては不自然に離れていて、亜佑美はその気まずさを
埋めるかのように話し続けている。

60 :名無飼育さん :2014/03/30(日) 21:07
優樹に対する対抗心のようなものがないといえば嘘になる。
付き合ってもいない、それも恋愛とはまるで縁のないような優樹がキスを経験
しているのに、自分はまだ手を繋ぐのが精一杯だ。
優樹に負けたくない、置いていかれたくない。

その一方で、こんな気持ちでそういうことをしていいのかどうか、そんな戸惑い
もあった。
亜佑美のことが好きだから、大切にしたい。

もちろん純粋に彼女とキスがしたいという気持ちもあり、遥の頭の中はパニック
状態だった。

61 :名無飼育さん :2014/03/30(日) 21:07
「くどぅー、どうかした?」

亜佑美の問いに黙り込む遥。

「…勝手に来て、怒ってる?」
「え?あ、いや、全然…。そんなふうに見える?」
「うん。すっごい難しい顔してた」

確かに遥が抱えている問題は難解で厄介だ。
亜佑美に説明しようにも、上手く伝えられそうにない。

「ごめん、私、帰るね」
「え、な、なんで?」
「だって、くどぅー、なんかつまんなそうだし」
「つ、つまんなくなんかねーよ」
「じゃあ、なんなの?さっきから黙ってばかりで、なんか変だよ」

亜佑美に追及されて言葉に詰まる。

「…また、メールするね」
「待てって!」

立ち上がる亜佑美の腕を咄嗟に掴む。
驚いて振り向いた彼女の顔は酷く怯えていて、遥はすぐにその手を離した。
こんな顔が見たいわけじゃないのに、スマートに振る舞えない自分に腹が立ち、
苛立ちが増していく。

62 :名無飼育さん :2014/03/30(日) 21:07
「ちゃんと言うから、座って」

亜佑美は黙って座ってくれた。
遥はスーッと深呼吸をし、少しずつ言葉を絞り出す。

「…まーちゃんがさ」
「マサ?」

優樹の名前が出たのが意外だったのか、亜佑美は遥を振り返り、興味深そうに
聞き返す。

「チュ、チューしたって言ってて」
「え、ええ!?誰と?」
「うちの中学の3年」
「あのマサが、意外…」
「だろ?しかも、付き合ってるわけじゃねーのに、だぞ。ありえねーし」
「それがショックで、変だったの?」
「いや、ショックというか…、ショックじゃないわけじゃねーけど、そうじゃ
なくて…」

再び言い淀む遥を亜佑美は心配そうに覗き込んだ。
皮肉にも縮まった距離に、遥は激しく動揺する。
自分の顔が赤くなっていることがよくわかって、乱暴に髪をかき乱した。

こうなったらもう、正直にぶちまけるしかない。

63 :名無飼育さん :2014/03/30(日) 21:07
「…お、俺もしたいなって、そう思って」

亜佑美の動きが止まる。
そっと隣を見ると真っ赤な顔で俯いていた。

「で、でもさ」
「…う、うん」
「そんな、対抗するみたいにするもんじゃないっていうか。も、もちろん、
あいつのことがなくても、そういう気持ちはないわけじゃないんだけど…」

もはや何を伝えたいのかわからないけれど、遥は話を続ける。

「こんな気持ちのまましたら、あんたのこと、傷つけちゃうんじゃないかって」

好きだから、すごく大切だから、少しでも不純な気持ちがあるままでしたくない。
不器用ながらも遥は懸命に思いを伝えた。

64 :名無飼育さん :2014/03/30(日) 21:08
長い沈黙を破ったのは亜佑美だった。

「ツ…」
「…って、何笑ってんだよ」
「ごめんごめん。だって、くどぅー、かわいいんだもん」
「か、かわいいって…」

バカにされたようでなんだか腹が立つ。
その一方で笑ってくれて良かったとも思う。
亜佑美の笑顔で、重苦しい雰囲気が一気に吹き飛んでいく。

「別に焦んなくてもいーじゃん。人は人、うちはうち。よく言うでしょ?」
「よく言うけどさあ。あんたってなんか昭和臭いよな」
「ひっどーい!」

今度は遥が笑う番だった。

「あー、笑ったらなんか腹減ったわ。ね、これ、食っていい!?」

遥は亜佑美から貰ったチョコレートを手に取る。

「ダ、ダメ!」
「え、なんで?」
「…あんまり上手く出来なかったし」
「そんなん、いいよ」
「ダメ。恥ずかしいから、私が帰ってから食べて」
「ん、わかった」

かわいい亜佑美の懇願に遥は苦笑しながら頷いた。

65 :名無飼育さん :2014/03/30(日) 21:08
お腹の空いた二人は一階に下り、冷蔵庫の中を確認した。
といっても、料理なんかしたことのない遥に残り物で何かを作れるような
スキルは持っていない。

亜佑美はいかにも料理得意ですみたいな顔で冷蔵庫を見ていたが、寮生活で
日頃作る機会がないらしく、「卵焼きなら…」という一言でメニューが決まった。

「ホントに作れんの?」

遥の問いかけに亜佑美はムキになって答える。

「私、やれば出来る子だし!」
「なんだよ、それ」

いちいちリアクションが大きい亜佑美をからかうのは楽しい。

「くどぅーこそ、卵焼きも作れないんじゃない?」
「はあ?あんなん焼くだけだろ。余裕だよ」

今度は遥がムキになる番だ。
結局、二人とも各々の卵焼きを作ることになった。

66 :名無飼育さん :2014/03/30(日) 21:08
二人並んで台所に立ち、それぞれ作業を開始した。
卵とボウルを前に真剣そうに立つ遥を見て、亜佑美がニヤケながら声をかける。

「卵割れる?大丈夫?」
「静かに…あ!」

遥の割った卵は殻と共にボウルに落ちていく。

「あははは!うそー、卵も割れないの?」
「割れるよ!卵ぐらい!」

遥は四苦八苦して卵の殻を取り除き、なんとなく味付けをしようやく焼く段階に
入った。
一方の亜佑美は青ネギを刻んでいく。

「ねえ、どんぐらい入れたらいいかなあ」
「んー」
「ねえ、聞いてよー」

しかし、フライパンに卵を流し入れる遥の耳には入らない。

「やべー、炒り卵になっちゃう、炒り卵になっちゃう。おーい、炒り卵になっちゃ
 ったよ」
「あれじゃない?スクランブルエッグでいいんじゃない?それか、頑張って巻くか」
「あ、巻けるかも」

苦労した甲斐があって、遥の卵焼きは見た目だけは上出来だ。

67 :名無飼育さん :2014/03/30(日) 21:09
続く亜佑美も少しずつ丁寧に卵を焼いていく。
その姿を見ながら空腹を抑えきれない遥は、背後から亜佑美を覗き込んだ。

「味見させて」
「え?熱いよ、たぶん」
「いいよ、平気」
「言ったからね、熱いよ?」
「あー」
「もう。あーん」

まるで子供のようにねだる遥の口に、亜佑美が出来立ての卵焼きを放り込む。

「あ、おいしー!」
「やったー!」

それほど広くない台所なので、二人の距離は自然に近くなる。
しかし、料理に夢中の二人はその距離間に気付いていないようだ。

こうしてなんとか料理が完成し、一緒に食卓へ運んだ。
ご飯と卵焼きというとても質素な食事だったけど、自分たちで作った料理は
格別だった。

68 :名無飼育さん :2014/03/30(日) 21:09
洗い物を済まし、再び遥の部屋へと戻る。
料理を始めた時は夕方だったのに、もう8時を回っていた。
亜佑美といると時間が進むのが早い気がする。

「…そろそろ帰らなきゃ。バスなくなっちゃうし」

さっきまですごく楽しかった反面、急激に寂しさが襲ってきた。
このままずっと一緒にいたいけど、まだ子供の遥に引き留める術はなく、黙って
俯くことしか出来なかった。

「帰ったらメールするね」
「あ、バス停まで送ってく」
「え?いいよ。寒いし暗いし、雪で危ないし」
「そんなの、あんただって危ないじゃん」
「でも私、雪道は慣れてるからさ。なんたって、東北出身ですから!」

なぜかドヤ顔で答える亜佑美に苦笑しつつ、遥はコートを手に取る。

「ねえ、ホントにいいよ。くどぅ―が風邪ひいたらヤだもん」
「ヤだ、絶対送る」
「でも…」
「送らなくて何かあったら、絶対後悔するし」

その言葉はもちろん本音だけれど、少しでも長く一緒にいたいというのが一番の
理由なのかもしれない。

バス停までの短い時間。
ほんの数分間でもそばにいたい。

69 :名無飼育さん :2014/03/30(日) 21:09
部屋中に静けさが広まる。
その沈黙は先程のような気まずいものではなく、穏やかで優しいものだった。

亜佑美の様子を伺うと向こうも同じタイミングで遥を見ていて、二人の視線が
ぶつかり合う。

高鳴る気持ちの一方て、遥は昼間の優樹の言葉を思い出していた。

―――――なんとなくビビーってなって、スーって感じで、チュって。

あのときは全くわからなかったけど、今ならなんとなくその意味が理解できる
ような気がした。

70 :名無飼育さん :2014/03/30(日) 21:10
二人はどちらからともなく顔を近付けていく。
亜佑美が静かに目を閉じる。

その今まで見たことのないような大人びた表情に吸い寄せられるように、遥は
ゆっくりと唇を重ねた。

それは本当に触れるだけの、不器用で優しいキスだった。

71 :名無飼育さん :2014/03/30(日) 21:10
本日は以上です。
72 :名無飼育さん :2014/03/31(月) 03:32
ニヤニヤ(*´Д`)ゴチソウサマー
73 :名無飼育さん :2014/03/31(月) 19:09
かわいい二人だなぁ
ちょっとずつ進んでるのがまたいいね
74 :名無飼育さん :2014/03/31(月) 22:56
ところどころ実際のエピソードを捩って入ってるのが素敵です^^
読んでてキュンキュンしました
75 :名無飼育さん :2014/04/04(金) 23:42
(*´Д`)

あーん!!どぅ!!

そして、マサのなんとなくビビーってなって、スーって感じで、チュって。
で、うんうんと頷いてしまいましたWW

続き待ってます
76 :名無飼育さん :2014/04/26(土) 17:28
レスありがとうございます。


>>72
どういたいましてw 

>>73
そうですね。一歩ずつ進んでいく姿を書ければと思っています。

>>74
現実の彼女たちから妄想させてもらってるので、今後も実際のエピソードは
ちょこちょこ入れていければと思います。

>>75
その表現は実は結構時間をかけて練ったのでw
共感して頂けて嬉しいです。


今回はちょっと番外編。
モーニング娘。の歌姫さんが主役です。
77 :名無飼育さん :2014/04/26(土) 17:29
学校に着くと満開の桜が迎えてくれた。
一昔前は桜といえば入学式のイメージだったが、最近では卒業式のこの時期に
ピークを迎えることが多い。
今年も例外ではなかった。

小田さくらは今日、中学校を卒業する。

78 :名無飼育さん :2014/04/26(土) 17:29
卒業式では代表して答辞を述べた。
生活福祉常任委員長として先生からの信頼も厚いさくらは、もちろんそつなく
大役をこなした。

式が終わると卒業生たちはグラウンドに集まり、友との最後の別れを惜しむのが
この学校の伝統だ。
そこには式に出席した在校生も姿を見せ、部活の先輩や憧れの先輩に感謝を告げて
いる。

クラスメイトと形式ばかりの写真撮影を終えたさくらは、足早に学校を後にする。
校門を出た後に一度だけ振り返り彼の姿がないことを確認し、小さくため息をつく。

―――――やっぱり、いるわけないか。

さくらが彼・佐藤優樹と初めて出会ったのも、確かこんな暖かい春の日だった。

79 :名無飼育さん :2014/04/26(土) 17:29



80 :名無飼育さん :2014/04/26(土) 17:30
中学最高学年を迎え、当たり前のように生活福祉常任委員に選出されたあの日。
さくらは最初の委員会に参加するために、会議室へ向かっていた。
なり手のいないこの委員に3年連続で所属する生徒は、さくらが初めてらしい。

校則違反の生徒を見つけたら、友達でも容赦なく摘発してきた。
徐々にさくらの周りには人が寄らなくなり、そのことで悩んだ時期もあった。
しかし、今はもう一人でいることに抵抗はない。

いつしかさくらは学校で笑顔を見せることがなくなっていた。

81 :名無飼育さん :2014/04/26(土) 17:30
会議室に入ると先客がいた。
委員会が始まる時間にはまだ早い。
一番乗りだと思っていたさくらは驚き、その生徒に近付いた。
彼は一番後ろの机に突っ伏し、気持ち良さそうに眠っている。

その寝顔はまるで子犬のようで、思わず見とれてしまう。
このままずっと見ていたい、そう思った。
さくらにとってそれは初めての感情で、その戸惑いを振り払うように彼に声を
かけた。

「あの…、起きて下さい」

男の子は気持ち良さそうに眠っていて、全く起きる気配がない。
何回か声をかけたところでさくらは一旦諦めた。
時計を見るとあと30分は時間がある。

―――――もう少しだけ寝かせておいてあげよう。

委員会中はいつも一番前の席に座るさくらだが、この日初めて一番後ろの席に
腰をかけた。
彼の寝顔をもう少しだけ見るために。

これが、優樹との出会いだった。

82 :名無飼育さん :2014/04/26(土) 17:30
周囲の期待通り、委員長に就任したさくらは、ますます取り締まりを強化した。
それと比例して彼女への反感も強くなり、委員の間でも不満が広がっていった。

毎週の委員会に集まる生徒は少しずつ減っていき、参加している生徒たちもさくらの
話は殆ど聞いていない。
そんな中、優樹だけは違った。

「小田ちゃーん!一緒に帰ろ!」

第一印象通り、まるで子犬のように人懐っこい彼は、先輩のさくらを「小田ちゃん」
と呼び、平気でタメ口をきく。

「佐藤さん。私は一応3年生なんですよ。その呼び方は止めて下さい」
「んー?だって、小田ちゃんだって佐藤さんって呼ぶじゃん?」
「それは…」

さくらは校内の全生徒を「さん」付けで呼び敬語で話す。
そのことを疎ましく思う生徒は少なくない。
わかってはいるが、それはさくらのポリシーであり、変えるつもりもない。

「小田ちゃんはそうしたいんでしょ?だから、マサも小田ちゃんって呼ぶ」

そう言うと優樹は「にひひー」と笑い、さくらの手を取り走り出した。

「ちょ、ちょっと、佐藤さん!廊下は走ら…」

人が疎らな校舎を全速力で駆け抜ける。
その日、さくらは生まれて初めて校則を破った。

83 :名無飼育さん :2014/04/26(土) 17:31
それ以来、委員会の日は必ず優樹と帰るようになっていた。
週に一度だけ、それもわずかな時間だけれど、さくらにとってはとても心地の
良い空間だった。
常に周りに目を光らせ、自身も手本となるように心がけている彼女だが、優樹と
いるときだけは何も考えず、自然体のままでいることが出来る。

「小田ちゃん」

彼にそう呼ばれる度に胸が震える自分がいる。

この感情が恋だと気付くのに時間はかからなかった。

84 :名無飼育さん :2014/04/26(土) 17:31
それは、暑い暑い夏の日の出来事だった。
もうすぐ期末テストが始まるため、夏休み前の委員会はこの日で最後となる。
そのせいか、生徒たちはみんなどこか浮ついていた。

「…えー、なので、夏休みの間の…」

相変わらず、殆どの生徒が話を聞いていない。
普段ならばそれ程気にならないさくらだが、彼女自身、今日でしばらく優樹と
会えなくなることに苛立ちを感じていた。

だから、思わず声を荒げてしまった。

「ちゃんと聞いて下さい!」

一瞬、静けさが広まった。
しかし、すぐに溜まっていた不満が爆発する。

「てかさー、こんな話し合い、意味ねーじゃん」
「だよな。小田の好きなように決めれば?その方が点数稼げるだろ」
「言えてるー」

3年生は口々に文句を言い始める。
わかってはいたことだけど、はっきりと向けられる悪意にさくらは何も言えず
ただ俯くことしか出来ない。

85 :名無飼育さん :2014/04/26(土) 17:31
ガタン!

そのとき、教室の一番後ろから大きな物音が響いた。
驚いたみんなが振り返ったその先には、倒れた机と無言で立っている優樹がいた。

優樹はすごい形相で睨みつけながら、教室全体をゆっくりと見回す。
その表情は普段のヘラヘラ顔とは違い、その場にいる全員が言葉を失う。
静かになったことを確認すると、ようやくいつものように笑顔を見せ、

「机、倒しちゃいましたー。すんません」

とおどけた。

そして、茫然と立ち尽くすさくらに向かってこう言った。

「小田先輩。続き、どぞー」

それ以降は私語をする者はおらず、休み前最後の委員会は円滑に終わった。

86 :名無飼育さん :2014/04/26(土) 17:31
みんなが帰り、教室にはさくらと優樹だけが残った。
優樹はなぜか窓の外をボーっと眺めている。
その横顔はとても綺麗で、初めて会ったあの日の寝顔と重なった。

さくらは静かに優樹に近付く。
聞きたいことがある。
さっき、机を倒したのは偶然なのか、それとも―――――。

「あの…」
「小田ちゃんってさー、好きな木は何?」
「へ?」

突然の意味不明の質問に思わず間抜けな声を出すさくら。

「…好きな木…ですか?」
「うん」
「うーん、なんだろ。梅、ですかね?」
「へー、なんで?」
「え、んー、なんでだろ。なんか、かわいそうじゃないですか?桜ばっかり
 目立って」

さくらは自分と同じ名前のその木があまり好きではなった。
桜は春の主役だ。
華やかで誰からも好かれ、圧倒的な存在感を放っている。
だけど、自分はそんな木とはまるで正反対だったから。
地味で目立たなくて誰にも好かれない。

そんな自分があの木と同じ名前なのが嫌だった。

87 :名無飼育さん :2014/04/26(土) 17:31
「…私、桜は嫌いなんです」

はっきりと声に出して呟いた瞬間、ずっと心に秘めていたコンプレックスが
広がって、さくらの目から涙が溢れ出した。
泣きたいわけじゃないのに止めることが出来ない。
そんな姿を優樹に見られたくなくて、さくらはその場から逃げようとした。

しかし、次の瞬間、腕を強く引っ張られ、さくらの体は優しい温もりに包まれた。

「さ、佐藤さ…」

優樹は無言のまま、さくらを抱きしめる手にグッと力を込めてくる。
二人の身長差は殆どなく、自然と顔が接近している。
自分の涙とか顔の熱さとか、そういうもの全てが優樹に伝わりそうで恥ずかしい。
だけど、その恥ずかしさと同じくらい、いやそれ以上に離れたくないと思った。

「だーいじょーぶだよ、小田ちゃん」
「…佐藤さん」
「今が辛くても将来ハッピーだから」

何の根拠もないはずの優樹の言葉にさくらは黙って頷いて、彼の背中に手を回す。
すごく細い優樹の体がとても頼もしく感じた。

88 :名無飼育さん :2014/04/26(土) 17:32
そんな事件があってからも二人の関係は特に変わらず、あっという間に夏が過ぎた。
受験生のさくらにとっては正念場であり、恋に現を抜かしている余裕などない。
しかし、勉強の合間にふと思い浮かぶのは優樹の笑顔だった。

相変わらず、週に一度一緒に帰るだけの二人。
卒業したらきっと終わる関係。

優樹が人懐っこい子だということはよくわかっている。
そして、とても優しい子だということも。
だから自分に向けられた優しさが特別なものなのかどうか、わからない。

それを確かめることなんて怖くて出来なかった。

89 :名無飼育さん :2014/04/26(土) 17:32
10月のとある日。
いつものように委員会のあと、二人だけが残された教室。
優樹の様子はいつもと違う。
どこか元気がない。

「佐藤さん、何かありました?」
「え?なんで?」
「なんか、元気ないから」

さくらの問いに優樹は軽く頭を掻きながら答えた。

「昨日メールがきたの。どぅーがさ、あゆみんと付き合うことになったって」

遥と亜佑美の話は散々優樹から聞かされて、さくらも密かに応援をしていた。
優樹自身も二人が上手くいくことを願っていたのに、なぜか冴えない顔をして
いる。

「…寂しい、ですか?」
「んー。よくわかんない。嬉しいんだけど、なんか嬉しくない。なんでだろ。
 なんか、どぅーが遠くなっちゃう気がして」

優樹は泣きそうな顔でさくらを見る。

90 :名無飼育さん :2014/04/26(土) 17:33
「変だよね。こんなふうに思うの」
「そんなことないですよ」
「…マサ、変じゃない?」
「うん」

さくらはそっと優樹の手をとり、優しく包み込んだ。
不安がっている優樹が安心できるように、ありったけの思いを込めて。

「それに、二人が付き合っても、佐藤さんと工藤さんの関係は変わらないと
 思いますよ」
「そうかな」
「うん。きっと変わらないです。だから大丈夫」

そう断言すると、優樹はようやく笑顔を見せてくれた。

「ありがと。小田ちゃん」

その笑顔は思わず見とれてしまうくらいかわいかった。

91 :名無飼育さん :2014/04/26(土) 17:33
目を逸らせないさくらと目を逸らさない優樹。
見つめ合う二人の間の空気が少しずつ変わっていく。
優樹がさくらの手をそっと握りしめる。

どちらが先に動いたのかはわからない。
ただ、頭の中で何かが弾けて、気付いたら二人はキスをしていた。

92 :名無飼育さん :2014/04/26(土) 17:33




93 :名無飼育さん :2014/04/26(土) 17:34
強い風が吹き、さくらの頭上で桜が舞う。
さくらは自身に舞い落ちるピンクの花びらを眩しそうに見上げる。

こんなときにまで、圧倒的な存在感を見せつける自分と同じ名前の木。
やはり、桜は嫌いだ。

「小田ちゃん、見ーっけ!」

ふいに耳に飛び込んできた聞き慣れた声と呼び方。
見慣れたシルエット。
いるはずがないと思いながら、本当は心のどこかで期待をしていた。
だけど、本当に会えるとは思っていなかった。

「…佐藤さん」

94 :名無飼育さん :2014/04/26(土) 17:34
「ヤッホータイ」

優樹はいつも通り無邪気な笑顔を見せる。
一度家に帰ったらしく、私服姿だ。

「な、なんでここに。帰ったんじゃ…」
「うん、ちゃんと一回家に帰ったよ。学校にこれ持ってくわけにいかないし」

戸惑うさくらの掌に、ポンと置かれたのはキャンディの包みだった。

「これ…」
「ホワイトデー!」
「もうだいぶ過ぎてますけど?」
「渡すの忘れちゃってさ。ニヒヒー」

再び風が吹き、さらに桜が舞い落ちる。

95 :名無飼育さん :2014/04/26(土) 17:34
「小田ちゃん、好きな木なんだっけ?」

優樹の会話は相変わらず唐突だ。
しかし、これで最後だと思うとそれすらも愛おしく感じる。

「…梅、だったと思いますけど。佐藤さんは、キンモクセイでしたっけ?」
「んー、マサね、好きな木変わったんだ」
「え?そうなんですか?何になったんですか?」
「マサが好きなのはー」

優樹はニッと笑うと、黙って頭上を指さした。
その先では満開の桜が二人を見下ろしている。

「マサが好きなのは、『さくら』」

さくらの胸がトクンと音を立てる。
そのイントネーションは木の『桜』ではなく、彼女の名前の『さくら』だった。

96 :名無飼育さん :2014/04/26(土) 17:34
「だから、小田ちゃんも好き」

優樹は相変わらず笑顔で、その真意は全くわからない。
わからないけど、いやわからないからこそ、さくらの鼓動は高鳴る一方だった。
何か言わなければと口を開こうとした瞬間、優樹がすっとその距離を縮めてきた。

「さ、佐藤さ…」

まるでそれが当たり前のように自然に、優樹はさくらを抱きしめた。
あの夏の日のように強く強く。

97 :名無飼育さん :2014/04/26(土) 17:35
「卒業してもさ、一緒に遊ぼ?」
「…私でいいんですか?」
「うん」

成長期の優樹はこの半年でグッと身長が伸びて、さくらの体はすっぽりと包み
込まれている。

「小田ちゃんがいい」
「私も、佐藤さんがいい…です」

さくらも優樹の腰に手を回す。
こんな道の真ん中で抱き合うなんて、誰かに見られるかもしれない。
だけど、それでも構わないと思った。
この温もりと優しさを逃さないように、さくらはありったけの力を込めて優樹を
抱きしめた。

98 :名無飼育さん :2014/04/26(土) 17:35
「…佐藤さん」
「んー?」
「ちょっと太りました?」
「えー!?マジで?」
「うん。なんか肉付きが良くなったような…」
「ヤバい!マサ、ダイエットする!5月7日までに39kgまで目標に頑張る!」
「え?痩せすぎですって、それ」

99 :名無飼育さん :2014/04/26(土) 17:35




100 :名無飼育さん :2014/04/26(土) 17:35
「ということで、佐藤さんと付き合うことになりました」

さくらの長い独白に、亜佑美と春菜、二人の女性陣は深いため息をつく。

「まさか、マサにそんな一面があるとはねえ。ロマンティックー」
「まーちゃん、やるじゃん。漫画の王子様みたい」

もう一人の観客である遥は不貞腐れながらその話を聞いている。
遥の知らない優樹の一面があることも、亜佑美が優樹を褒めたことも全てが
面白くない。

当の本人である優樹は携帯アプリのパズルゲームに夢中で、全く話を聞いて
いない。

101 :名無飼育さん :2014/04/26(土) 17:36
「あゆみー、この面、ムズイよ。やってー」

優樹が隣の亜佑美に携帯を渡す。
亜佑美はこのゲームが得意で、かなり上のレベルまで進んでいるらしい。
亜佑美の手元にある携帯の画面を覗き込むため、優樹の顔は彼女の胸元に
接近している。
そのことがさらに遥の苛立ちを増長させる。

そもそも、最初に亜佑美の隣に座っていたのは遥なのだ。
それを優樹が突然、

「あゆみの隣がいい〜!どぅー!あゆみの隣、座んないで!」

とわけのわからないことを言い始めたので、席を譲ってやったというのに。

ここまでなんとか怒りを抑えていた遥だが、優樹が亜佑美の膝の上に頭を
乗せたところで、ついに堪忍袋の緒が切れた。

102 :名無飼育さん :2014/04/26(土) 17:36
「まーちゃん!俺のあゆ…」
「工藤さん」

しかし、その怒りはさくらに阻まれる。
必然的に遥の隣に座っていたさくらは、すっと遥との距離を詰め、彼の口元に
手をやった。

「ここ、ソースついてましたよ」
「え、あ、ど、どうも…」

亜佑美以外の女の子の温もりに、遥は思わず顔を赤らめる。

「あー!どぅー、ずるーい!小田ちゃん、マサもソースつける!取って!」
「はいはい。じゃあ、こっちに来て下さいね」
「はーい!」

優樹の反応にさくらは満足そうに頷いた。

「小田ちゃん、なかなかの策士だわ」

春菜はボソッと呟く。

103 :名無飼育さん :2014/04/26(土) 17:36
その後、優樹とさくらの二人は映画を観に行くとのことで、店を後にした。

残された三人には気まずさが広がる。
亜佑美はさっきから一言も言葉を発さず、明らかに不機嫌そうな顔をしている。
遥は遥で、さくらの温もりと優樹への嫉妬、そして亜佑美の態度に対する戸惑い
で混乱している。

「さてと、私、バイトの面接あるから、行くね」
「え、はるなん、行っちゃうの?」
「情けない顔してないで、さっさと仲直りすれば」
「別にケンカしてるわけじゃ…」
「くどぅー」
「へ?」
「さっきまーちゃんに言おうとしたこと、あゆみんに言ってあげれば?」
「え、さっきって…」

―――――「まーちゃん!俺のあゆ…」

その言葉の続きはどうやら春菜には気付かれていたようだ。

「…うん」
「あゆみんも、素直になりなね?」
「…私は別に」
「じゃ、またね!」

104 :名無飼育さん :2014/04/26(土) 17:36
春菜が去り、二人だけが残される。
相変わらず亜佑美は怒りのオーラに満ちている。
その理由は遥にはよくわからない。

「…あのさ」
「…何?」
「なんか、怒ってる?」

わからないのなら、ストレートに聞いてみるしかない。
遥の直球に亜佑美は虚を突かれたのか、一瞬目を見開いたあと、小さく呟いた。

「デレデレしてた」
「へ?」
「小田ちゃんにソース取ってもらって、デレデレしてたでしょ」
「あ、あれは、突然触られたからビックリしただけで…」
「顔真っ赤にしちゃってさ」
「そ、そんなこと言うならそっちだってさ!」
「何よ?」
「まーちゃんとイチャイチャしてたじゃん」
「はあ?イチャイチャなんてしてないけど」
「膝枕してただろ」
「そんなの…だって、マサは弟みたいなもんだし」
「あいつだって男じゃん!」

ムキになって思わず立ち上がってしまった遥は、その自分の行動でふと冷静さを
取り戻す。

105 :名無飼育さん :2014/04/26(土) 17:37
「…ごめん」

素直に謝ると、亜佑美の表情も少し柔らかくなる。

「こっちこそ、ごめん」
「うん」
「…さっき、はるなんが言ってたけどさ」
「ん?」
「マサに言いかけたことって何?」

さっき優樹に言いかけたことは、あのときの怒りの勢いだから言えたことで、
今のこの状況で言えるようなセリフではない。

「…言わなきゃ、ダメ?」
「ダメじゃないけど、聞きたいなって」

上目遣いで見つめられると、断る理由が思い浮かばない。
一瞬だけ亜佑美の目を見て、そのあと斜め上を見ながら、遥は彼女に思いを
告げた。

「俺の…俺の亜佑美に触るなって」

亜佑美は一瞬キョトンとした顔をしたあと、頬を赤らめて嬉しそうに目を細めた。

106 :名無飼育さん :2014/04/26(土) 17:37
「…だからヤだったんだよ、言うの」
「私、くどぅーのものだったんだー。初耳ー」
「う、うっせー!」
「でも、初めてだね。名前呼んでくれたの」
「…女の名前呼び捨てとか、慣れてねーし」

だけど本当は、ずっと前からこう呼びたいと思っていた。
何度も何度も言いかけては飲み込んでいた名前。
不本意だけれど、呼ぶきっかけが出来て良かったのかもしれない。

全開の笑顔で喜んでくれる亜佑美を見ていると、遥まで幸せな気持ちになる。

107 :名無飼育さん :2014/04/26(土) 17:37
「そうだ、くどぅー。うちらも映画観に行こうよ」
「え?別にいいけどさ。何見んの?」
「もちろん、アレに決まってるでしょ!」

亜佑美が口にしたのはある人気アニメのタイトルだ。
彼女はそのアニメの大ファンだそうだ。
すでに亜佑美の中では決定らしく、携帯で上演時間を調べている。

「俺、ヤだよ、そんなのガキみたいだし」
「えー、いーじゃん。あ、あと30分で始まるって!ほら、行くよ」

立ち上がり遥を促す亜佑美。

「ちょ、俺の意見も…」

亜佑美はあっという間に店の外にいた。
遥はしぶしぶ彼女の後を追う。

結局のところ、自分は亜佑美には弱いのだと遥は密かに苦笑する。
彼女は実は結構気まぐれで、振り回されることも少なくない。

しかし、そんな関係が嫌ではなかった。

108 :名無飼育さん :2014/04/26(土) 17:37
「くどぅー、走って!」

だけど、振り回されてばかりなのも男として悔しい。
遥は彼女を追い抜いて、その手をグイッと引っ張って走り出す。

「おせーよ。…亜佑美」

振り返らなくても、亜佑美がどんな顔をしているのかなんとなくわかる。
彼女の熱が繋いだ手から伝わってくるから。

遥はその手をずっと離さなかった。
映画が終わるまで、ずっと。

109 :名無飼育さん :2014/04/26(土) 17:38
本日は以上です。
110 :名無飼育さん :2014/04/26(土) 18:17
小田ちゃんとまーちゃんのことも気になっていたので番外編で読めて嬉しいです
心がポクポクしました
111 :名無飼育さん :2014/04/27(日) 09:50
まーちゃんにぐいぐい攻められながらもしっかり手綱を握る小田ちゃん
こっちの2人の関係もいいですねぇ
112 :名無し飼育さん :2014/05/04(日) 19:20
まーさく素敵でした。
さくらちゃんの策士っぷりやまーちゃんの天真爛漫無邪気さがイメージぴったりな気がします。
最後のどぅーとあゆみんのやり取りもニヤニヤしちゃいました^^;
113 :名無飼育さん :2014/05/13(火) 00:24
レスありがとうございます!

>>110
前スレよりちょこちょこ触れてきて、自分の中でも気になってた二人ですw

>>111
現実世界でもこの二人の関係は不思議で素敵ですね!

>>112
登場人物のイメージを共有して頂けることが何より嬉しいです。
114 :名無飼育さん :2014/05/13(火) 00:24
4月になり、遥も無事に中学3年生となった。
それほど強い思い入れがあるわけでもないが、やはり最後の学年というのは感慨
深いものだ。
受験生という立場でもあるし、部活でも当然みんなを引っ張っていくポジション
になるだろう。

なんとなくセンチメンタルな思いに浸っていると、後ろから甲高い声が響いた。

「どぅー!」

言わずと知れた優樹である。
幸か不幸か、今年も彼と同じクラスになった。

「なんだよ、テンション高過ぎ」
「だって、今日、小田ちゃんと遊ぶ約束してるんだもん!」
「てか、昨日も会ってなかったっけ?」
「うん!マサたち、仲良しだからさ」

一つ年上のさくらと優樹はつい先日付き合い始めたばかりだ。
ラブラブなのも当然だが、話を聞く方の身にもなって欲しい。
こっちは週末ぐらいしか会っていないというのに。

115 :名無飼育さん :2014/05/13(火) 00:25
「え、佐藤、おまえ、彼女いんの?」

優樹の話を聞きつけたクラスメイトが興味深そうに近付いてくる。
恋愛とは無縁だった優樹の恋の話にみんな驚いている。
その相手があの『小田さくら』と知り、クラス中大騒ぎだ。
当の本人はニコニコ笑顔で周りの反応を楽しんでいる。

「そういえば、工藤も彼女いるんだよな?」
「え?あ、まあ…」

クラスメイトの関心は今度は遥に向けられる。
学校でも一、二を争うほどのモテ男なだけに、女子も興味津々だ。
次から次へと質問攻めにあい、あっという間にモーニング女学院の高校3年という
ことがバレてしまった。

「年上かあ。いいなあ」
「そうかな?」
「だって、高3ってことはさ。…なあ?」

数名の男子がニヤニヤと顔を見合わせる。
なんとなく嫌な予感がする。

116 :名無飼育さん :2014/05/13(火) 00:25
「なに変な想像してんのよ、男子!」
「高校生って盛んな時期じゃん。そりゃ、それなりにやることやってるよな」

彼らに悪気はないのかもしれない。
だけど、遥は思わずムキになって立ち上がる。

「バ、バカ言え!…あいつはそんなタイプじゃねーし!」
「いやいや、大人しそうな子ほどってよく言うじゃん。大体、高3で処女って
 ことねーだろ」

はっきりと告げられた露骨な単語に遥の中で何かが切れた。
気付けば遥はその男子に殴りかかっていた。

117 :名無飼育さん :2014/05/13(火) 00:25
「どうもすいません。うちの息子がご迷惑をおかけしまして」

遥は隣で母親が謝る姿をボーっと見ていた。
結局クラス中を巻き込んでの大乱闘となり、きっかけを作った遥の親が呼び
出されたのだ。

「いえいえ。工藤君が喧嘩するなんて珍しいですし、周りの生徒の話では相手の
 子も悪かったみたいなので。傷お大事にして下さい」

威勢よく殴りかかったものの返り討ちにあい、顔面を数発殴られた。
唇も口の中も切れて痛い。
思いきり殴ったせいで右の拳もジンジンしている。

家に着くまで母親は何も言わなかった。
理由を話したくない遥にとっては、それがありがたかった。

「ご飯は?」
「…いらねー。もう寝る」

足早に自室に入り、ドアを乱暴に閉めた。
それだけでは物足りず、ベッドの上にカバンを叩きつけ壁を殴りつける。

「いってー…」

右の拳がさらに痛くなっただけで、遥の怒りは収まらなかった。

118 :名無飼育さん :2014/05/13(火) 00:25
付き合い始めたときから気にはなっていた。
自分よりも前に付き合っていた人がいたのかどうか。
もし、いたとしたらどこまでの関係だったのか。
そこまで経験が豊富だとは思ってはいない。
しかし、時折見せる大人の表情には、自分の知らない過去の経験が反映して
いるのではないか。

考えれば考えるほど、怒りやせつなさ、やり場のない感情がこみ上げてくる。
疲れた遥はそのままベッドに潜り込み、ギュッと目を瞑った。

119 :名無飼育さん :2014/05/13(火) 00:26
どのくらいの時間が経ったのだろう。
髪を撫でる優しい温もりにそっと目を開けると、そこには亜佑美が座っていた。

「うわ!」

思わず飛び起きると、亜佑美が心配そうに口を開いた。

「大丈夫?」
「な、なんでここに…」
「マサがメールくれて。くどぅーが殴り合いの喧嘩したって。寝てたから、
 おばさんに頼んで待たせてもらったの」
「…あいつ、理由言ってた?」
「ううん。知らないって言ってた」

あの場にいた優樹が知らないはずはない。
気を利かせてくれたのだろう。
亜佑美には知られたくない理由だったから、優樹の気遣いが嬉しかった。

120 :名無飼育さん :2014/05/13(火) 00:26
「何があったの?」
「…なんでもねーよ」
「くどぅーはなんでもないのに、人のこと殴ったりしないでしょ?」

亜佑美の言葉に涙が出そうになる。
だけど、理由だけは伝えるわけにはいかない。
大切な彼女を侮辱するようなあんな言葉を聞かせたくなかった。

「ホント、なんでもねーから」

苦しそうに吐き捨てたあと、遥は再び布団に潜り込んだ。
この傷もこんな顔もこれ以上見られたくなかった。

121 :名無飼育さん :2014/05/13(火) 00:26
しばらく沈黙が続いたあと、亜佑美が布団の上から遥をつつく。

「ねー」
「…何?」
「こっち向いてよ」
「…ヤダ」
「なんで?」
「…カッコ悪いじゃん、こんな顔」

すねたような遥の声に亜佑美はくすっと笑う。

「笑うなよ」
「ごめんごめん。でも、カッコ悪くなんかないよ」
「…ホントに?」
「うん。だから、こっち向いて?」

遥が顔を出した途端、亜佑美の手がすっと伸びてくる。
傷に触れる彼女の手はいつもよりも温かくて優しい。

「痛い?」
「…うん」

遥の痛みが感染したかのように、亜佑美は泣きそうな顔をしている。
潤んだ瞳がとても綺麗だった。

自分以外にこの瞳を独占した男がいたのかどうか、知りたい。
遥はもう聞かずにはいられなかった。

122 :名無飼育さん :2014/05/13(火) 00:26
「あのさ」
「ん?」
「聞きたいことがあるんだけど」

緊張のあまり、どうしても口調が重くなってしまう。
亜佑美は不安そうに見つめている。

「…俺の前に、付き合った奴いた?」
「え?」

亜佑美の動きが止まる。
それだけでなんとなく答えはわかった。

亜佑美は遥から目を逸らしながら、静かに頷いた。

「…そっか。どんな奴?」
「どんな奴って…別に、普通の人だよ」
「同級生とか?」
「なんで、そんなこと聞くの?」
「は?気になるからに決まってんじゃん」

ぶっきらぼうな遥の口調に対抗するかのように、亜佑美の表情が硬くなる。

「…言いたくない」
「…んだよ、それ」

亜佑美は俯いたまま、黙り込んでしまった。

123 :名無飼育さん :2014/05/13(火) 00:26
「もういいよ」

遥も不貞腐れて横になり、亜佑美に背を向ける。

遥には亜佑美が話したくない理由がわからなかった。
もしかしたら、まだ未練があるのかもしれない。
自ら聞いたこととはいえ、今彼女の頭の中には他の男の顔が浮かんでいる。
自分の知らない、彼女の過去。

クラスメイトの言葉を思い出す。

―――――高3で処女ってことねーだろ。

気が狂いそうなくらい、胸が苦しい。

124 :名無飼育さん :2014/05/13(火) 00:27
彼女を滅茶苦茶にしてしまいたい。
今すぐ、無理やりにでも自分だけのものにしてしまいたい。

胸の中の歪んだ思いが溢れ出しそうになったとき、シャツを引っ張られる感覚
で我に帰った。

首だけで振り向くと、亜佑美がシャツの裾をギュッと握りしめていた。

「…お兄ちゃんの友達だったの」

彼女はポツリポツリと話し始める。

「うちによく遊びに来てて、告白されて、付き合って…」
「…お兄ちゃんて、いくつ?」
「3歳上」

亜佑美の3歳上ということは、遥にとっては6歳年上ということになる。
その事実が遥のコンプレックスを呼び覚ます。

「そいつと…」

彼女の方を向けない。

「…キスとか、した?」

自分は今、きっとすごく醜い顔をしているから。

125 :名無飼育さん :2014/05/13(火) 00:27
「…キス、したよ」

遥は自分の拳を握りしめる。
殴った右手が痛かったけれど、そんな痛みはどうでも良かった。

126 :名無飼育さん :2014/05/13(火) 00:27
「部屋で二人きりになって、いきなり肩掴まれて…」

亜佑美の声が震えている。

「でも、なんか嫌で避けようとしたら、「キスくらいいいじゃん」って」

彼女の言葉に遥は思わず体を起こした。
亜佑美はシャツを掴んだまま、話を続ける。

「そのあと、すぐに別れたよ」
「…そっか」
「あんま楽しい思い出じゃないから、言いたくなかった」

悲しそうな亜佑美の顔を見て、遥は今さらながら激しく後悔した。
彼女にかける言葉が見つからない。

「記憶喪失になったときに、忘れちゃえれば良かった…」
「亜佑美…」
「そしたら、くどぅーがファーストキスだったのに。…なーんて、ね」

亜佑美は静かに笑った。
その笑顔があまりにも寂しそうで。

遥は亜佑美の手を取り、自分の方に引き寄せる。
亜佑美は逆らわずにそれに素直に従う。
小柄な彼女はすっぽりと遥の腕の中に収まった。
こんなふうに正面から抱きしめるのは初めてだった。

127 :名無飼育さん :2014/05/13(火) 00:27
「この前、くどぅー、傷つけちゃうんじゃないかって言ってくれたでしょ?
 あれ、すごく嬉しかった」
「笑ったくせに?」
「だ、だって!…恥ずかしかったんだもん」

亜佑美の手が背中に回る。
彼女の温もりを全身で感じて、自然と鼓動が速くなる。

「ホント、嬉しかったんだよ?大切に思ってくれてるんだって」
「…そんなの、当たり前じゃん」
「…うん」

遥は大切に壊さないように、だけど力強く亜佑美を抱きしめる。
彼女の全てを独占したいと思う。
過去も今も、そして未来も。

だけど、出会っていなかった過去まではどうしようもないから。
その分、今と、そして未来を大切にしたい。

力を少し緩めると、亜佑美はゆっくりと顔を上げて遥を見つめた。
真っ赤な顔で自分を見る彼女が愛おしくて堪らない。
遥はそっと亜佑美の頬に触れ、そのまま顔を近付ける。

128 :名無飼育さん :2014/05/13(火) 00:28
「…痛っ」
「ツ…、これじゃあ、当分チューはお預けだね」
「え!?ま、マジで!?」
「あはは!嘘だよ、くどぅー、必死過ぎー」
「べ、別に必死じゃねーし!」

ムキになる遥の頬に、亜佑美はそっとキスをする。

「な…」

不意をつかれた遥は真っ赤な顔で亜佑美を見つめる。
彼女はクスッと笑って、遥の首に手を回し耳元で囁いた。

「これから、いっぱいしよーね?」

その言葉と彼女の柔らかい感触と甘い匂いにクラクラしながら、遥は返事の
代わりに三度目のキスをした。

そのキスは今までよりも少しだけ長くて、今まで以上にドキドキした。

129 :名無飼育さん :2014/05/13(火) 00:28
本日は以上です。
130 :名無飼育さん :2014/05/13(火) 21:10
甘さの中に少しの切なさ・・・ニヤニヤが止まりませんでしたw
131 :名無飼育さん :2014/05/13(火) 23:53
いつも読み終わると甘酸っぱい気持ちになります(*´Д`*)


132 :名無飼育さん :2014/05/17(土) 20:28
さり気なくいつもいい奴まーちゃん
工藤少年に癒されっぱなしです。続き期待してます。
133 :名無飼育さん :2014/06/27(金) 17:40
今日発見して一気に読んじゃいました
とても読みやすくて気持ちもほっこりしました
134 :名無飼育さん :2014/07/12(土) 18:25
レスありがとうございます。

>>130
これからももっとニヤニヤして頂けるようにw、頑張ります。

>>131
「一年生」の二人なので今後も甘酸っぱさを描けたらいいなあと思っています。

>>132
自分で思っている以上にまーちゃんのことが好きらしく、どうしてもいい奴になっちゃいますw
もちろん、実際でもとても優しい子だと思います。

>>133
一気に読んで頂き、ありがとうございます。
これからも楽しんで頂ければ幸いです。


少し短いですが、とある日の工藤さんのブログより妄想した話を。
135 :名無飼育さん :2014/07/12(土) 18:25

7月のある日。
遥と亜佑美は海へと向かう電車の中にいた。
夏休み前のため、車内はそれほど混んではいない。

136 :名無飼育さん :2014/07/12(土) 18:26

事の発端は前日の夜、電話での亜佑美の発言に遡る。

「海が見たいなあ」

まるでドラマか漫画の1コマみたいなセリフに吹き出した遥だが、彼女は至って
真剣だった。

亜佑美の所属する演劇部では、毎年秋の文化祭で劇を披露する。
今年もその文化祭に向けて猛練習の日々が続いているそうだ。
当然、夏休みはほぼ毎日その稽古に当てられる。

一方の遥にしても、夏は水泳部が最も輝く時期であり、8月の最後には引退試合が
控えている。
3年生として、エースとして、なんとしても結果を出すために、この夏は全てを
水泳に注ぎ込むつもりでいる。

そんな二人にとって、明日がこの夏唯一の休息日なのだ。

「じゃあ、見に行く?」

遥の一言に亜佑美が嬉しそうに返事をして、この日のデートの行き先が決まった。

137 :名無飼育さん :2014/07/12(土) 18:26

ここ数日、亜佑美が演技のことで悩んでいるということは知っていた。
真面目な彼女は、OGの先輩たちからの指導を上手く消化できず、苦しんでいる
ようだ。

遥には演技のことはわからない。
だから何も言ってあげられなくて、そのことが悔しかった。
せめて今日は思いきり楽しんで、元気になってほしい。

138 :名無飼育さん :2014/07/12(土) 18:27

都内から電車で1時間ほどで着く目的地は、所謂海水浴場ではなく観光地でもない
ので人気も疎らだった。
海は駅から少し離れているため、住宅街を抜けていく。

高架下のトンネルを抜けると、潮の匂いがして、目の前に海が見えた。
波は穏やかで風が気持ちいい。
この日は少し肌寒いため、水はまだ冷たかった。

「やっぱ、水冷たいね」
「ホントだ、冷てー。でも泳ぎてー!」
「別にいーよ、一人で泳いで来なよ」
「誰も泳いでねーし!水着じゃねーし!」
「じゃあ、今度はちゃんと泳ぎに来ようね」

その言葉で水着姿の彼女を想像し、遥は自分の顔が赤くなるのを感じた。
以前、亜佑美を抱きしめたときのことを思い出す。
小柄で細い亜佑美の体はきっと引き締まっているに違いない。
その透き通るような白い肌でどんな水着を身に纏うのか。
横目で亜佑美の方を見た瞬間、ちょうど彼女の鎖骨あたりに視線がいってしまい、
思わず目を逸らす。

これ以上の想像はいろいろとヤバい。


139 :名無飼育さん :2014/07/12(土) 18:27

「…て、ていうか、あんた、泳げるんだっけ?」
「はあ?泳げるよ!…ただ、ちょっと苦手なだけで」
「溺れんなよー」
「溺れないってば!でも、溺れたら助けてくれるでしょ?水泳部のエースさんが」

そう言うと亜佑美は悪戯っ子のように目を細めて笑った。
上目遣いで見つめられた遥は再び赤くなり、それを誤魔化すかのように歩き出した。

140 :名無飼育さん :2014/07/12(土) 18:27

しばらく砂浜を歩いたあと、二人は堤防に腰をかけた。
辺りは静かで波の音だけが耳に響いている。

二人の間は拳一つ分くらい空いている。
付き合ってキスもしてだいぶ距離が縮まったけど、やっぱりまだ恥ずかしさや
ドキドキは消えなくて。
一緒にいればいるほど、亜佑美のことをどんどん好きなっていく。

「くどぅー、すごい汗」
「え?あー、俺、汗っかきだから」

Tシャツの肩口で汗を拭こうとすると、亜佑美がスッとタオルを差し出した。

「はい」
「い、いーよ。これで拭くし」
「ダーメ。ちゃんと拭かないと」

亜佑美はそのまま強引に遥の汗を拭く。

「…ガキじゃねーんだからさあ」

そう言いながらも彼女の行為が嬉しかった。

141 :名無飼育さん :2014/07/12(土) 18:27

亜佑美がタオルをしまうとき、ふと鞄の中に本が入っているのが見えた。
ノートサイズのそれはどうやら台本のようだ。
遥といるときには手にはしていなかったけれど、肌身離さず持っているところが
真面目な彼女らしい。

「…劇、大変?」

その瞬間、亜佑美の顔がふっと曇る。

「…んー、まあね」
「そっか…」

自分から話題を振ったものの、やっぱり上手い言葉が見つからない。

「なんかまだ上手く役が掴めてなくて。しかも、今回歌があってね」
「歌?」
「うん、ミュージカルだから」
「へー」
「歌うと、急に気持ちが石田亜佑美に戻っちゃって、頑張れなくなっちゃうん
 だよね…」

亜佑美は一瞬だけ俯いて、だけどそのあとすぐに顔を上げた。

「けど、本番までにはなんとかする」

茶色の瞳は真っ直ぐに海だけを捉えていて、遥はその横顔に見とれてしまう。
その視線に気付いたのか、亜佑美は遥の方を見て優しく微笑んだ。
そして、少し照れくさそうに自分の思いを語り始めた。


142 :名無飼育さん :2014/07/12(土) 18:28

「私ね、卒業したら劇団に入ろうかなって思ってるんだ」

亜佑美は、遥が今まで見たことのないような表情を浮かべている。

「一緒にやろうって誘ってくれてる人がいてね。お金かかるし、バイト三昧の
 生活になっちゃうけど、いつか演劇で食べていけたらなって」

中学生の遥にはまだ先の話で、急に亜佑美のことを遠く感じてしまう。

元気になってほしいなんて思い上がりだったのかもしれない。
亜佑美はきっと自分の力で乗り越えていく。
演技にかける彼女の気持ちはそれほど強いものだ。
自分が入る余地などないほどに、きっと。

亜佑美が卒業し劇団に入り演技に夢中になっているとき、自分は何をしている
のだろうか。
そのときも亜佑美の隣にいるのは自分でありたい。
そう思ってはいるけど、彼女に相応しい男になれるかどうか自信はなかった。

143 :名無飼育さん :2014/07/12(土) 18:28

「くどぅー」

穏やかな声と共に右手に温もりが下りてくる。
まるで遥の思いを見透かしているように、亜佑美は優しく手を重ねた。

「ありがとう」
「…俺、なんもしてねーし」
「海に連れて来てくれたじゃん」
「そんなの、大したことじゃねーよ」
「今だって話聞いてくれたし」
「そんなの…」

本当はもっと笑わせて楽しませて、悩みなんて吹き飛ばしてあげたかった。
何もしてあげられない不甲斐なさに泣きそうになる。

「そばにいてね?」
「…俺で、いいの?」

こんな子供な自分で本当にいいのだろうか。

「うん。くどぅーじゃなきゃ、ヤだ」

さっきまでの大人びた亜佑美とは正反対の、駄々っ子のような口調に思わず
笑ってしまう。

「あー、笑ったなあ。真面目に言ってるのにー」
「ごめん」

膨れている亜佑美も楽しそうで、そのまま二人で顔を見合わせて笑った。


144 :名無飼育さん :2014/07/12(土) 18:28

帰りの電車。
二人はボックス席に腰掛ける。
ちょうど夕陽が差し込む時間で、窓から見える海がオレンジ色に染まっている。

なんとなく黙ったまま窓の外を見ていると、亜佑美が袖をくいっと引っ張った。

「ん?」
「着いたら起こして!」
「へ?」

亜佑美はそう言い残すと、速攻で夢の世界へと旅立った。

145 :名無飼育さん :2014/07/12(土) 18:29

「おいおい…」

よほど寝不足だったのか数分で完全に熟睡した亜佑美は、その体を遥の方に傾けて
くる。
肩にかかる柔らかい髪。
漂う甘い香りと無防備にチラつく胸元に、遥は一人でドギマギしてしまう。

それと同時に、自分の隣りで安心して眠っている亜佑美のことを、これからも
ずっと支えていきたい、そう思った。


146 :名無飼育さん :2014/07/12(土) 18:29
本日は以上です。
147 :名無飼育さん :2014/07/13(日) 12:33
読むと情景が目の前にぱあっと広がって、ときめいてしまいます。
一年生らしいかわいさにもまた、ときめきがとまりません……。
次の更新も楽しみに待ってます。
148 :名無飼育さん :2014/07/13(日) 18:26
例のブログ読んだ時に小説にして欲しいと思っていたので感動しました(笑)
ボックス席の向かいからニヤニヤしながら工藤君を見ていたいです。
149 :名無飼育さん :2014/08/17(日) 22:14
無自覚なあゆみんにドギマギする工藤君が可愛い(*´Д`*)

まーさくもどんな夏休みを送ってるのか気になります
150 :名無飼育さん :2014/09/09(火) 23:43
レスありがとうございます。

>>147
今回もときめいて頂けたら嬉しいです!

>>148
妄想ポイントはみんな一緒なのかもしれませんねw
真っ赤な顔の工藤君を見るのは楽しそうです。

>>149
まーさくの夏休みも少しだけ…楽しんで貰えたら幸いです。


151 :名無飼育さん :2014/09/09(火) 23:43
夏休みも残り僅かのとある日。
引退試合を無事に終えた遥を待ち受けていたのは、当然のことながら山ほどの
宿題であった。

そのしっかりした言動から優等生に見られがちな遥だが、はっきり言って成績は
あまり良くない。
というか、むしろ悪い方だ。
高校受験という大きな難関も気になるところではあるが、まずは目の前の宿題
から片付けることが先決だ。
しかし、一人では到底終わりそうもない。

亜佑美に教えてもらうことも考えた。
だが、亜佑美の本番はまだこれからだし、邪魔するわけにはいかない。
それに自分の頭の悪さがばれてしまうのも嫌だった。

152 :名無飼育さん :2014/09/09(火) 23:43
机の前で途方に暮れていたとき、思わぬ人から電話がきた。

「どぅー、久しぶり!」
「まーちゃん。珍しいじゃん、電話なんて」
「うん、今ね、宿題やってんだけど、どぅー、終わった?」

どうやら優樹もこれから追い込みをかけるらしい。

「終わるわけねーし」
「だよねー。どぅーさ、うちにおいでよ」
「へ?なんだよ、急に」
「一緒にやろうよ、宿題」

確かに一人では捗らない。
しかし、優樹と一緒では更に捗らないこと間違いなしだ。

「これから小田ちゃんも来るんだ。教えてもらお?」
「え?マジで?」

優樹の彼女であるさくらは成績も優秀だった。
ましてや同じ学校の卒業生だ。
きっと、同じような宿題をやってきたに違いない。

遥は大量の宿題を持ち、急いで優樹の家へと向かった。

153 :名無飼育さん :2014/09/09(火) 23:44
遥が着いたときには、優樹とさくらは既に宿題に取りかかり始めていた。

「どぅー、おっそーい!」
「これでもダッシュで来たんだぞ」
「こんにちは、工藤さん」
「あ、どうもっす。すいません、なんか俺まで」
「いえ。じゃ、早速始めましょ」

恐縮する遥にさくらは優しく微笑んだ。
真面目なさくらは二人にきちんと問題を解かせ、わからないところを教えると
いうスタイルだ。
結局自分でやることには変わりないのだが、わからない問題はすぐに教えて
もらえるので躓くことなく順調に進んでいった。

154 :名無飼育さん :2014/09/09(火) 23:44
意外にも優樹も真面目に頑張っている。

「小田ちゃーん、ここ、わかんない」
「どこですか?」
「ここの3番」
「あー、これは…」

隣同士に座っている優樹とさくらの距離はかなり近い。

「で、これをこっちに当てはめて…」
「あ!わかったー!!…答えはこうだ!」
「正解です」
「やったー!マサすごい?偉い?」
「はい。すっごく偉いです」
「ニヒヒー」

見ている方が恥ずかしくなるくらい、二人からは幸せオーラが溢れ出している。

155 :名無飼育さん :2014/09/09(火) 23:44
こうなると、遥が思い出すのはやはり亜佑美のことだ。
お互い忙しかったため、夏らしい思い出どころかまともにデートすら出来て
いない。
いつもきっかけをくれるのは亜佑美だったから、自分からは誘い辛かった。

目の前で繰り広げられるラブラブな二人のやりとりは、今の遥にはきつ過ぎる。

「よーし!数学おしまい!」
「え?もう終わったの?」
「よっゆー!あとは英語だけ」
「なんか、まーちゃん、やる気満々だな…」
「んー、だってさー」

遥の言葉を受けて、優樹はニヤニヤと怪しげな笑みを浮かべる。

「小田ちゃんと同じ学校行くんだもん」
「ええ!?」

成績優秀のさくらが進学した高校は、地域でもトップクラスの進学校だ。
とてもじゃないが、優樹が合格できるとは思えない。

156 :名無飼育さん :2014/09/09(火) 23:45
「…まーちゃん、本気で言ってんの?」
「本気も本気、大マジだよ!だって合格したら、エッチしてくれるって小田
 ちゃんが…」
「さ、佐藤さんっ!!」

優樹の口をさくらが慌てて手で塞ぐ。
しかし、遥にははっきりと聞こえてしまった。

―――――合格したら、エッチしてくれるって

「な、な、な…」
「あ、あの、工藤さん、今のは…」
「苦しーよ、小田ちゃん。って、なんで二人とも顔真っ赤なの?」

赤面する遥とさくらを前に、優樹は一人キョトンとしている。

157 :名無飼育さん :2014/09/09(火) 23:45
「佐藤さん。…そういうことは人前で言っちゃダメなんです」
「へ?そうなの?」
「そうなんです」
「そっかあ。変なのー。まあ、いいや。英語の前に少し寝よーっと」

優樹は至っていつもと同じペースでさくらの腕をくいっと掴み、自分の方に
引き寄せた。
そして、徐にさくらの膝に頭を乗せる。

「おやすみー」

さくらもそれが当たり前のように優樹の頭をそっと撫でて「おやすみなさい」と
優しく囁いた。

158 :名無飼育さん :2014/09/09(火) 23:45
残された遥は未だに状況を飲み込めずに固まっていた。
ようやくキスを済ませた自分たち、いや自分にとって、そこから先のことはまだ
考えられない。
いや、考えたことがないといったら嘘になる。
遥も健全な中学生男子だ。
いろいろな妄想で頭がいっぱいになることがある。

もっともっと亜佑美に触れたい。
彼女の全てを自分のものにしたい。

だけど、それはまだまだ先の未来のことだと思っていた。
亜佑美もそんなことを考えたことがあるのだろうか。

159 :名無飼育さん :2014/09/09(火) 23:45
ふと顔を上げると、そこには幸せそうに眠る優樹と優しく見守るさくらがいる。
二人の間には絶対的な信頼感があるような気がして、遥はそれが羨ましかった。

「…あの」
「…はい」
「さっきの話なんすけど…」

遥の問いかけにさくらの顔は再び赤くなる。

「…実はこの前、そういうことになりかけたんです」
「へ?」
「部屋でお話してたら、なんかそんな雰囲気になっちゃって。でも、私、まだ
 勇気が出なくて。それで、合格したらって約束したんです」
「ま、マジっすか…」

優樹の積極性には驚かされるばかりだ。
遥には到底真似できそうにない。

「小田先輩は、…いいんすか?」
「え?」
「いや、その、先輩って結婚してからじゃないと…みたいな、そういうタイプ
 なのかなって」

遥にとってさくらは生活福祉常任委員のイメージのままだ。
そのさくらがまさかそんな約束をするとは思ってもみなかった。
優樹の強引さに押し切られているだけなのではないだろうか。

160 :名無飼育さん :2014/09/09(火) 23:46
さくらは少し間を空けてからゆっくりと口を開いた。

「私、佐藤さんといるとちょっとだけ悪い子になるんです。学校の帰りに買い物
 したり休み時間に携帯を気にしたり…。高校生になっても、自分はそういうこと
 しないと思ってました」
「それ、まーちゃんの影響っすか?」
「はい。学校帰りは佐藤さんがお腹空かせて待ってるし、しょっちゅうメールも
 くるので」
「大変っすね…」
「でも、そんな自分が嫌じゃないんです。むしろ、結構好きだったりして。ああ、
 こんな私もいたんだって、いつも気付かされる」

優樹のことを話すさくらはとても幸せそうだ。

「工藤さんの言う通り、私ずっと、そういうことをするのは結婚してからって
 思ってました。でも、佐藤さんと出会って付き合い始めて、好きになればなる
 ほど触れたい、触れてほしいって気持ちが強くなって…。佐藤さんになら自分の
 全部を見せられるって、そう思ったんです。それに…」

さくらはそっと優樹の髪を撫でる。

「佐藤さんはきっと、私のこと大切にしてくれるから」

その思いの強さに触れて、遥はなぜだか少しだけ泣きそうになった。

161 :名無飼育さん :2014/09/09(火) 23:46
「ごめんなさい。私ばかり話しちゃって」
「あ、いや…。なんかちょっと感動しました」
「え?感動ですか?」
「はい。…変っすかね?」
「ううん。そんなことないです。工藤さんは素直な人なんですね」

さくらの真っ直ぐな視線に思わず頭をかく。
この人に褒められると不思議とすごく嬉しい。
そして、ますます素直に自分を出せる気がする。
優樹もこんな気持ちなのだろうか。

「…素直ついでに言っちゃうと、俺、今すっげー会いたいっす、あいつに」
「会ってないんですか?」
「あいつ、忙しいんで、邪魔しちゃ悪いかなって思って」
「優しいなあ、工藤さん」
「いや、そんなこと…」

遥にとってはそれは優しさじゃない。
わがままを言ったり強引なことをして嫌われたくない。
ただそれだけだ。

162 :名無飼育さん :2014/09/09(火) 23:47
「でも、女の子って強引にしてほしいってときもあるんですよ」
「へ?」
「なかなか自分からは言い出せなかったりするから」
「そんなもんなんすか?」
「はい。まあ、佐藤さんは強引過ぎるんですけどね」
「あはは。確かに」
「きっと、石田さんも工藤さんと同じ気持ちだと思いますよ」

さくらの笑顔に亜佑美の笑顔が重なる。
もう今すぐにでも会いたくて抱きしめたい。

「けど、疲れてるかもしれないし…」

だけどやっぱり踏み切れない。
しばらく会えない日が続いたから、少し弱気になっているのかもしれない。

163 :名無飼育さん :2014/09/09(火) 23:47
「人間って何かするときにきっかけが必要なんですよね」
「きっかけ…」
「そう。私と佐藤さんのきっかけが『合格したら』みたいに」

自分の背中を押してくれる何かがあれば、迷うことなく彼女に会いに行ける
のだろうか。

「だったら、こうしませんか?」
「え?」
「工藤さんは今から頑張って、6時までに宿題を終わらせるんです。それが
 出来たら、ご褒美として石田さんに会いに行っていいってことにしましょ?
 それなら工藤さんも頑張ったってことで、堂々と会いに行けますよね」

その言葉に遥の心から迷いが消えた。
目の前の宿題は、普段の遥だったら数時間で終わるものではない。
だけど、それくらい頑張れば、きっと。

亜佑美に比べたら些細な努力だけど、それでも自信を持って会える気がした。

「じゃ、あの時計で6時まで頑張りましょ」

さくらの笑顔がスタートの合図となった。

164 :名無飼育さん :2014/09/09(火) 23:47
あれから数時間。
現在、6時10分前。

遥は時計など目に入らないくらい集中していた。
残り1ページ。
これが終われば亜佑美に会える。

「終わったあー!!」

パッと机の上の時計を見ると、6時1分前だった。

「やりましたね、工藤さん!6時に間に合いましたよ」
「…どぅー、うるさーい」

遥の大声にようやく優樹が目を覚ました。

165 :名無飼育さん :2014/09/09(火) 23:47
「佐藤さんは寝過ぎです。宿題まだ残ってますよ?」
「んー、今何時?」

優樹が携帯を手に取り、時間を確認する。

「えーっと、6時…5ふ…ふが…」

そんな優樹の口をさくらが塞ぐ。
遥も自分の携帯を覗くと、確かに6時を過ぎていた。

「あの、小田先輩…」
「この時計はまだ6時前、ですよ」

さくらは彼女にしては珍しく、悪戯っ子のような笑顔を見せた。

「行ってらっしゃい、工藤さん」
「ありがとうございました!じゃあな、まーちゃん!」

遥は来たときよりの3倍くらいのスピードで飛び出した。

166 :名無飼育さん :2014/09/09(火) 23:48
バスに乗りながら、亜佑美にメールをする。

『今から会いに行く』

「会いたい」でも「会えない?」でもなく、その言葉を選んだのは無意識の
うちに自分の強い思いを伝えたかったからかもしれない。
メールを見た彼女はどんな顔をしているだろうか。
喜んでくれるだろうか、呆れてしまうだろうか。

少しの不安と、それに勝る自信を抱えながら、亜佑美の元へと向かった。

167 :名無飼育さん :2014/09/09(火) 23:48
約束の場所には既に亜佑美が待っていた。
昔、春菜に教えてもらった寮の秘密の広場だ。

「くどぅー」

久々の笑顔にホッとすると同時に心がざわつく。

「びっくりしちゃった。急に来るなんて言うから」
「…ごめん」

やっぱりどうあがいても強引にはなりきれない。
弱気でヘタレな自分が顔を出してしまう。

「謝らなくていいのに」
「え?」

亜佑美が一歩踏み出し、遥との距離を縮める。

「会いたかった」
「あゆ…」
「誰かいるのか?」

前回同様、最悪のタイミングで警備員が見回りに来た。
二人は慌てて茂みに隠れる。

168 :名無飼育さん :2014/09/09(火) 23:48
こうしてこの場所で隣同士でしゃがんでいると、あのときの記憶が鮮明に
蘇ってくる。
小指に触れるのに精一杯だったあのときと、胸のドキドキは変わらない。

だけど。

―――――きっと、石田さんも工藤さんと同じ気持ちだと思いますよ
―――――会いたかった

きっと自分と亜佑美の気持ちは同じだ。
今ならはっきりと自信を持って言い切れるような気がする。

遥は隣の彼女の腕を掴み、すっと顔を近付ける。
ゼロになった二人の距離が再び離れたあと、亜佑美が耳元で囁いた。

「…見つかったらどうすんの、バカ」

それは言葉とは裏腹にやけに嬉しそうな声だったので、遥はそのままもう一度
彼女にキスをした。

いつもよりも少しだけ強引に。

169 :名無飼育さん :2014/09/09(火) 23:48
本日は以上です。
170 :名無し飼育さん :2014/09/11(木) 19:19
青春ですね〜。

それはそうと、作者さんの心理描写、好きです。
文章のリズムも良くて、すっとストーリーが入ってきます。
次の更新を楽しみにしています。
171 :名無飼育さん :2014/09/16(火) 20:09
小田ちゃんの ちょっとだけ悪い子になっちゃう っていうくだりや
秘密の広場での2人のところ とかもう最高です(*´Д`*)

何回も読み直しちゃいます

好きです この作品
172 :名無飼育さん :2014/09/17(水) 01:04
小指の触れ合いで精一杯だったのに!
最後の台詞を言うあゆみんの顔が容易に浮かんでほわほわしました

まーちゃんとくどぅーって、2人タイプは違えどすごく素直ですよね
こちらの小説の2人の成長も楽しみにしています
173 :名無飼育さん :2014/10/05(日) 18:23
レスありがとうございます!

>>170
青春ど真ん中!ですねw
理系で上手い文章とかは書けないもんで、なるべく読みやすく、を心がけています。

>>171
小田ちゃんのそのシーンは自分でもお気に入りです。
何度も読んで頂き、嬉しいです。

>>172
自分の中で石田さんは、照れながら「バカ」を言わせたいメンバー2ですw
(不動の1はもちろん田中さんですが!)
今後も二人の成長を見守ってください。
174 :名無飼育さん :2014/10/05(日) 18:30

さて、ふと思いついたお話を下記のスレで書き始めました。

弱虫ナイト
ttp://m-seek.net/test/read.cgi/grass/1143292823/210

昔、短編用に立てたスレです。
カップリングが違うので、別スレで更新させて頂きます。
ご興味がありましたら、ご覧頂ければ幸いです。

更新ではなく、宣伝で申し訳ございません。
こちらも今まで通りマイペースで続けて参りますので、今後ともよろしくお願いいたします。

175 :名無飼育さん :2014/11/01(土) 14:22
遥、優樹、さくらの三人は並んで座り、ステージ上に大きな拍手を送っていた。
昨年同様、訪れた亜佑美の学校の文化祭。
彼女たち演劇部の劇が終わったところだ。

劇自体は吸血鬼やら不老不死やら難しい内容で理解できない部分も多かったが、
歌や演技の完成度は素人の遥たちにも十分伝わった。

今年はミュージカルなので苦戦していると聞いていた。
実際に悩んでいる姿を目の当たりにしていたが、そんな亜佑美が嘘のように
彼女の演技は素晴らしかった。
恋人の贔屓目かもしれないが、亜佑美が一番印象に残っていた、と思う。

「亜佑美、すごかったねー」
「なんか別人みたいでした」

優樹とさくらも感動したようだ。

176 :名無飼育さん :2014/11/01(土) 14:22
体育館の裏口へ行くと、演劇部の部員たちが続々と現れた。
どの部員も劇の大成功に大満足の様子だ。
特に亜佑美たち3年生にとっては最後の文化祭。
亜佑美と春菜は抱き合って涙を流していた。

「あゆみー!はるなーん!」

優樹が大声で二人を呼ぶ。
去年の文化祭でのとある事件の影響もあり、遥も優樹も部員たちの間ではちょっと
した有名人だ。

「あー!工藤君とまーちゃんだ!」
「あゆみーん!彼氏きてるよー!」

事実とはいえ、年上のお姉さんたちの勢いに遥は頬を赤らめる。
目が合った亜佑美の顔も赤くて、益々冷やかされる。
たった一年前のことがまるで嘘みたいで、柄でもなく幸せを感じる。

177 :名無飼育さん :2014/11/01(土) 14:23
「お疲れ様」

場の雰囲気を一気に変えるような、静かだけど力強い声が響いた。

「和田さん!お疲れ様です!」

一番最後に現れた少女に部員たちは続々と労いの声をかける。
彼女は真っ白い衣装を身に纏っている。
確か劇中でも主要人物の一人を演じており、高校生とは思えない大人っぽい
表情や仕草が印象的だった。

「お疲れ様、あゆみん」
「お疲れ様でした」

目の前に立つとその透明感に目を奪われそうになる。
絵に描いたような綺麗なお姉さんの出現に、遥と優樹はただただ見とれていた。

「噂の彼氏?」
「あ、はい」

亜佑美から紹介された彼女、和田彩花は演劇部の部員で現在3年生。
と言っても、二年間海外に留学していたため、本当は亜佑美たちより2歳年上
とのことだ。

178 :名無飼育さん :2014/11/01(土) 14:23
「あ、どうも。工藤遥です」

挨拶する遥を彩花はじっと見つめる。

「あ、あの…?」
「ファルス…」
「え?」
「ねえ、君。もし良かったら、私のモデルになってくれない?」
「…へ?モ、モデル?」

彩花は演劇部と美術部を兼任しており、文化祭以降は年末の絵画コンクールの
作品作りに専念するらしい。
その絵のモデルに遥を使いたいというのだ。

「君、私の中のファルスのイメージそのものなんだよね」

ファルスは今回の劇の登場人物。
彩花が演じるスノウという少女とは深い因縁がある。
そのファルスに遥が似ていると言うのだ。

「え、いや、でも俺、モデルなんてやったことねーし…」
「モデルっていってもデッサンだけだから、何時間か付き合ってくれるだけで
 いいんだけど」

彩花は亜佑美の方を向く。

「あゆみん、彼、借りてもいい?」
「え?あ…」

179 :名無飼育さん :2014/11/01(土) 14:23
戸惑う亜佑美と遥の目が合う。
無言で首を横に振る遥から目を逸らす亜佑美。

部員たちの注目が集まる中、亜佑美は笑顔で彩花に答えた。

「く、くどぅーなんかで良ければ」
「ホント?じゃあ、早速、次の日曜とかどう?デザインの期日が迫ってるの」
「日曜、ですか…?」
「うん。あ、デートとか?」

次の日曜日。
それは遥の誕生日の前日だ。
ようやく亜佑美の文化祭が終わり、久々に一日中一緒にいる約束をしていた。

「その日は俺たち…」
「い、いいですよ!大丈夫。どうぞどうぞ」

断ろうとした遥を遮ったのは亜佑美だった。

「良かった。ありがとう、あゆみん」

遥は抗議の視線を亜佑美へ送るが、彼女はその視線を無視するかのように彩花に
笑顔を向けるだけだった。
その笑顔はどことなく寂しそうに見えて、遥は何も言えなくなってしまった。

180 :名無飼育さん :2014/11/01(土) 14:23
日曜日。
遥は彩花に指定された場所へとやってきた。
そこは何人かでアトリエとして借りている部屋とのことで、今日使うのは彩花
だけらしい。

亜佑美とは終わったあとに会うことになっている。
一人じゃ可哀想だからという理由で、優樹とさくら、そして春菜とカラオケを
して待っているという。

「じゃあ、それに着替えて」
「あ、はい」

絵のモデルとはいえ女性と二人きりの空間に、遥は緊張感を隠せない。

「…あの、着替えってここで?」
「もちろん。急いでね、時間がないから」

遮るものも死角もないこの部屋で上下とも着替えるということは、彩花の前で
下着姿になるということだ。
躊躇する遥を気にも留めず、彩花は淡々とデッサンの準備をしている。
遥は仕方なく、なるべく素早くその場で着替えた。

「そこ、座って」
「はい」
「視線は窓の方。少し遠くを見る感じで」
「…こ、こうっすか?」
「そう。硬くならないで。自然にしてていいよ」

彩花の視線が遥を捉え、その手がすごい勢いで動き出す。
その鉛筆の音を聞きながら、遥は窓の向こうの綺麗な青空に目をやる。

とてもいい天気だ。
本当なら今頃は亜佑美とこの空の下、二人きりで過ごしていたはずだ。
彼女が彩花の頼みを断れなかった理由は、なんとなくわかるような気がした。
わかるからこそ、遥も文句を言わずに引き受けたのだ。

―――――早く会いたいなあ

そんなことを思いながら、遥の意識は少しずつ遠のいていった。

181 :名無飼育さん :2014/11/01(土) 14:23
気付くと外は既にオレンジ色に染まっていた。
どうやら眠ってしまったらしい。

「やべ…」

パッと体を動かすと肩からタオルケットが落ちた。
彩花がかけてくれたようだ。

「やっと起きた」

柔らかい声が耳に届く。
彩花は数時間前と同じようにキャンバスの前で鉛筆を動かしている。

「す、すいませんっ!俺、寝てました…よね?」
「うん。グッスリね」
「うわ…。ホント、すいません」

恐縮する遥に彩花は優しく微笑む。

「大丈夫。おかげで良いデッサンが描けたから」
「へ?」
「ファルスは少年のまま、年を取らないの。だから、あどけない寝顔がイメージ
 通りピッタリ」

彩花の言うことはよくわからないが、一応役に立ったようでホッとする。

182 :名無飼育さん :2014/11/01(土) 14:24
「ねえ」
「はい」
「もし不老不死になったらどうする?」

唐突な質問だ。
不老不死―――――年を取らず、死ぬこともない。
昔から人類はその四文字夢見て追い求めてきたともいわれている。

「永遠に死ぬことのない体だったらどうする?」
「…永遠にっすか?」
「そう」

彩花はなぜか寂しそうな顔をしている。
だから、遥は茶化すことも出来ず、真剣に答えを出そうとした。

誰だって年は取りたくない。
誰だって死ぬのは怖い。
もし不老不死の体を手に入れたら、きっと世界中のみんなから羨ましがられるに
違いない。

だけど。

「その、不老不死って、俺だけなんすよね?」
「うん。そうだよ。君一人」
「つまり、親とか友達とか…大事な人は先に死んじゃうってことっすよね」

家族や優樹たち、そして亜佑美の顔が目に浮かぶ。
奇しくも明日、遥はまた一つ年を取る。
そのことを祝ってくれる人たちがいる。

183 :名無飼育さん :2014/11/01(土) 14:24
「難しいことはわかんねーけど、俺は嫌っすね、不老不死」

大事な人たちと一緒に年を重ねていきたい。
同じスピードで時間が過ぎるからこそ、同じ気持ちを共有できるのだろう。

「俺だけ生き残るのなんて、冗談じゃないから」
「そうね。取り残されるのは寂しいもんね」
「…和田さん?」
「それだけ大切な人がいるってことだね。ちょっと羨ましいかな」

自らの意思とはいえ留学していた彼女は、所謂「取り残された」側の人間だ。
自分の答えはもしかしたら無神経だったかもしれない。
寂しそうに微笑む彩花に返す言葉が見つからず、遥は俯いた。

「君は優しいね」
「…そんなこと」
「そろそろ、あゆみんに返さないとね」
「和田さん…」
「今日は付き合ってくれてありがとう。あゆみんにもよろしくね」

少しだけ後ろ髪を引かれる思いで、遥はアトリエを後にした。

184 :名無飼育さん :2014/11/01(土) 14:24
亜佑美たちが待つカラオケボックスへ着いたのは6時過ぎだった。
指定された部屋へ案内されると、中には亜佑美と優樹とさくらの三人がいた。

「悪い!遅くなった!…あれ?はるなん?」
「飯窪さんはバイトに行きました。佐藤さんはこの通り、オネムの時間なので。
 石田さんは…」

さくらの言葉通り、優樹はさくらの膝枕で熟睡中だ。
そして、さくらが言葉を濁した相手は部屋の奥で俯いている。

「…あ、亜佑美?」

寝ているわけではないようだ。
恐る恐る近付く遥めがけて何かが飛んでくる。

「うわっ!」

床に落ちたそれはヘアスプレーのフタのようだ。
間一髪のところで避けた遥に対し、投げた張本人がとんでもない言葉をかける。

「拾って」

その声は今まで聞いたことのないほど低く、遥は文句を言うことがも出来ず、
素直にそれを拾う。

「…あの」
「こんな時間まで何してたの?」
「な、何って、絵のモデルを…」
「今までずっと二人っきりだったんだ」
「そうだけど…」

185 :名無飼育さん :2014/11/01(土) 14:24
遥の言葉に亜佑美の目が鋭く光る。

「良かったね。和田さんみたいな美人なお姉さんと一緒にいれて」

その刺々しいセリフにさすがの遥もカチンとくる。
そもそも許可を出したのは亜佑美なのだ。
遥はむしろ亜佑美とのデートを望んでいたというのに。

「そっちがいいって言ったんだろ」
「…言ったよ。言ったけど、こんなに長いと思わなかったもん。待ってること
 知ってたのに、なんでもっと早く来ないの?」
「しょーがねーだろ。…いろいろあんだよ」

まさか殆どの時間を寝ていたとは言えず、遥は曖昧に答える。
しかし、その答えが余計に亜佑美の怒りに火をつけてしまった。

「どうせ私のことなんか忘れて、和田さんとヘラヘラしてたんでしょ!」
「ヘラヘラなんかしてねーよ!」

本当に否定したかったのは「私のことなんか忘れて」という言葉だったのに、
遥の口から飛び出したのは後者への反論だった。

怒鳴られた亜佑美は一瞬俯いたあと、鞄を持って飛び出した。

186 :名無飼育さん :2014/11/01(土) 14:25
残されたのは遥とさくらと優樹、そしてヘアスプレーのフタだった。

「追いかけないの?」

いつの間にか起きていた優樹が問う。
いつもの遥ならすぐに追いかけていただろう。
だけど、遥自身、亜佑美に腹を立てていた。

モデルなんて面倒なことはしたくなかった。
誕生日の前日、久々のデートを潰したくなかった。
それでも引き受けたのは、相手が亜佑美の知り合いだったからだ。
断れば彼女が気まずい思いをするのではないか。
だから我慢したのだ。

さらに言えば、モデル中も亜佑美のことばかり考えていた。
それを忘れていたなんて言われるのは納得がいかない。

「工藤さん…」
「こんな時間まで、すいませんでした」

心配そうに見ているさくらに頭を下げる。

「いいえ。…でも、石田さん、ホントにずっと待ってました。佐藤さんが電話
 しようとしたら「邪魔しちゃ悪いから」って。でもずっと携帯見てて…」
「…そうっすか」
「メールくらいしても良かったんじゃない?マサたちも待ちくたびれたよ」
「…出来なかったんだよ」
「なんでさ?」
「…寝てたんだよ」
「はあ?」
「だーかーらー、寝てたの!途中で寝ちゃって気付いたら夕方だったんだよ!」

遥の言葉に優樹とさくらは顔を見合わす。

「どぅー、ださーい」
「う、うっせー!」

素直に言えばあれ程怒らせることもなかったのだろうか。
今さらながら後悔が遥に押し寄せる。

187 :名無飼育さん :2014/11/01(土) 14:25
「さっさと仲直りしなよ」
「…でも、あいつ、すっげー怒ってたし」
「怒ってたっていうか、ヤキモチでしょ。ね、小田ちゃん」
「そうですね。好きな人が他の誰かと二人きりで何時間も過ごすのは、嬉しい
 ことではないですから」
「小田ちゃんも、マサがそうだったらやきもち妬く?」
「…妬きますよ、そりゃあもちろん」
「許さない?」
「大好きだから絶対に許せません」

さくらの強い視線に、優樹は満足そうに笑顔を見せ、彼女の手をギュッと握った。
呆れるほどのバカップルっぷりだ。
亜佑美はこんな光景を見せつけられながら自分を待っていたのだろうか。
そう考えると、あんなに怒る理由もわかる気がする。

「とにかくさ、明日にはラブラブな二人にならないと」
「明日?」
「そ。誕生日じゃん、どぅーの」

確かに年に一度の誕生日をケンカしたまま過ごすのは嬉しくない。
しかし、あれだけの怒りを明日までに鎮める自信は遥にはなかった。

結局、その日はそのまま家に帰り、眠れない夜を過ごした。

188 :名無飼育さん :2014/11/01(土) 14:26
翌日。
亜佑美からの連絡はまだない。

クラスメイトからのお祝いの言葉もまるで頭に入らなかった。
事情を知っている優樹の心配そうな視線も無視して、遥は足早に帰宅した。
情けないくらい、何も手につかない。

適当に夕食を済ませ、ベッドの上で一年前の記憶を辿る。

去年のこの日、亜佑美に告白をして二人は結ばれた。
今日は誕生日であると同時に、付き合い始めた記念日でもあるのだ。

1月の亜佑美の誕生日はテーマパークで一日過ごして、その後は彼女の希望で
公園へ行った。
告白をしたあの場所で、彼女は笑顔でこう言った。

―――――毎年、お互いの誕生日はここでお祝いしようよ

あのときは恥ずかしくて流してしまったけど、あの言葉は遥の心にはっきりと
刻まれている。

もしかしたら、いや、でもまさか。

確信はない。
無駄足かもしれない。
だけど、一年に一度のこの日に後悔はしたくない。

遥はあの公園へと駈け出した。

189 :名無飼育さん :2014/11/01(土) 14:26
公園の大きなオブジェ、狭い階段をゆっくりと上がる。
中に人がいるのかどうかはわからない。
オブジェの中心に到達し中を覗き込んだ遥は、見慣れた人影を確認し息を呑む。

「亜佑美…」

名前を呼ばれた亜佑美は伏せていた顔を上げ、「遅い」と呟いた。

「…ごめん」
「あんまり寂しくさせると氷になっちゃうよ」
「…なんだよ、それ」
「私、冷え性だって言ったじゃん」

子供みたいな亜佑美の言葉に苦笑しながら、遥は彼女の隣に腰掛ける。

「もう、凍っちゃった?」
「…うん」

融かす方法はもう十分過ぎるほどわかっている。
遥が優しく肩を抱き寄せると、亜佑美は一瞬だけ躊躇して、だけどすぐに頭を
預けてきた。

「…早くあっためてよ」

その言葉で遥の理性は完全に吹き飛んだ。

190 :名無飼育さん :2014/11/01(土) 14:27
亜佑美を強く抱きしめて、そのまま強引に唇を重ねる。
いつもは触れるだけのキスだけど、今日はそれだけでは足りなかった。
遥は無我夢中で彼女を求めていく。
少しずつ深く、熱くなる。
自分の息と彼女の息が交わるたびに、どんどんどんどん鼓動が速くなる。

「…ん」

亜佑美の色っぽい吐息が遥を誘っているような気がして。
気付いたときはもう、遥の右手は亜佑美の体に触れていた。
上着の上から感じる柔らかい膨らみ。

「ちょ、ま、待っ…」

こんな状況で待てるわけがない。

「…ん、くどぅ…や、ダメ…」

亜佑美の声すらももう耳に届かない。

「ま、待ってってば…!」

次の瞬間、亜佑美に思いきり突き飛ばされ、遥の体はオブジェの壁に激突した。

191 :名無飼育さん :2014/11/01(土) 14:27
その痛みでようやく我に返ると、目の前には涙目の亜佑美がいた。

「ご、ごめん!…俺」

自分のしたことに気付き必死で謝る遥。
亜佑美は何も答えない。

「…ホント、ごめん。…嫌だったよな?」

恐る恐る問いかけると、亜佑美は俯いて大きく首を横に振る。

「ち、違うの!嫌っていうか、ヤダって言ったけど、そうじゃなくて…」
「え?」
「…じゃ、ヤダ」

固まる遥に亜佑美はもう一度はっきりと呟いた。

「ここじゃ、ヤダ」

その言葉の真意に気付いた瞬間、遥はバランスを崩し後方へよろける。
運悪くそこには滑り台があって、見事に頭から滑り落ちていく。

「くどぅー!大丈夫?キャッ!!」

ついでに亜佑美もバランスを崩し、遥の上に落ちてきた。

「うわっ!」

下が柔らかい砂場だったのは不幸中の幸いか。
二人はもつれながら砂場に倒れ込む。

並んで見上げた夜空には、いつの間にか満点の星が広がっている。

192 :名無飼育さん :2014/11/01(土) 14:27
「…きれー」
「…うん」

さっきまでのごたごたが嘘のように心が静かになる。
冷えている砂場に接する背中が冷たいとか、髪や服に砂がつくとか、そんなこと
どうでも良かった。
今この瞬間、この世界には二人だけしかいないような、そんな錯覚にさえ陥る。

「15歳、おめでとう」
「言うの、遅くね?」

すねたふりをする遥に亜佑美が笑い、静かな公園に二人の笑い声がこだまする。
一通り笑い合ったあと、ふと亜佑美が黙り込み、再び静寂が訪れる。

「…私ってめんどくさいよね」
「いきなり何だよ?」
「だって、だってさ。自分でいいって言ったのに一人で怒って、勝手に待って
 たくせに遅いって責めたり…。そういうの、めんどくさくない?」

亜佑美は亜佑美なりにいろいろと気にしていたらしい。

193 :名無飼育さん :2014/11/01(土) 14:27
「確かに、面倒かも」

遥がそう言うと、亜佑美はわかりやすくすねる。
自分で言ったくせに、やっぱり面倒だ。

だけど、それはきっと遥のことを好きでいてくれる故の言動だ。
そう思うとその面倒なところさえも愛おしく感じる。

「でもさ」

すねる彼女の手にそっと触れる。
その手はやっぱりすごく冷たくて、そのまま自分の上着のポケットに突っ込んだ。

「そういうとこも、…好きかも」
「…かも?」

割と精一杯絞り出した言葉だったが、どうやら語尾が気に入らなかったらしい。
とことん面倒で、だけど愛しい彼女のために、遥はもう一度はっきりと伝える。

194 :名無飼育さん :2014/11/01(土) 14:27
「好きだよ」

その言葉を受け、亜佑美は上体を起こし遥の体に腕を回す。
二人の距離は更に近くなる。

「私も、好き」

このまま時間が止まればいい。
けれど、時間は必ず過ぎるもので永遠なんてあり得ない。
来年も再来年もそのまた次の年もこうやって亜佑美と一緒にいたい。
亜佑美と二人ならきっと、年を取ることも楽しいだろう。

「一年って早いなあ」
「確かに」
「なんか、あっという間に年取りそう」

さっきまで思いを馳せていた亜佑美との未来。
それを口にするかしまいか、遥は躊躇する。
一緒にいたいという気持ちは本当だけど、彼女を幸せに出来る自信なんてない。
まだ子供だし、自分の将来すらわからない。

こういうときに現実的なことを考えてしまうのは、遥の真面目な性格ゆえの
ことだろう。

195 :名無飼育さん :2014/11/01(土) 14:28
星を眺めながらそんなこを考えていると、ポケットの中の亜佑美の手に力が入る。

「くどぅー」
「ん?」
「おばあちゃんになるまでよろしくね」

背中の冷たい感触と温かい亜佑美の温もり、そして同じ未来を夢見る力強い言葉。
いろいろな感触と感情が遥の心に刻まれていく。

遥にとって一生忘れられない、15歳の誕生日となった。

196 :名無飼育さん :2014/11/01(土) 14:28
本日は以上です。
197 :名無飼育さん :2014/11/01(土) 15:12
じゃあどこならいいのあゆみいいいいい
更新乙でーす
ハルくんおたおめ!
198 :名無飼育さん :2014/11/02(日) 04:16
待ってました><
そして悶絶しました><
199 :名無飼育さん :2014/11/02(日) 23:24
読んでるこちらも落下しそうなほどドキドキしました…!
そしてリアルネタ満載だったり結構前のアルバム曲の歌詞があったりと、
読めば読むほど面白いです
あちらのスレ含め引き続き首を長くしてお待ちしてます
200 :名無飼育さん :2014/12/11(木) 13:24
偶然たどり着いた者ですが昨夜寝る間も惜しんで一気に読んでしまいましたw
特に娘ヲタってわけじゃないんですがそんな自分でも知ってるような小ネタが随所に散りばめられてたり
小田ちゃん好きな自分としては嬉しくなるような番外編まであって
月並みですがいいなぁって思いました
もちろんだーどぅーも好きですw
ご迷惑でなければ又感想とか書いてもいいですか?
201 :名無飼育さん :2014/12/29(月) 16:56
レスありがとうございます!

>>197
ホント、どこならいいんでしょうねw

>>198
お待たせいたしました!

>>199
リアルネタや歌詞に気付いて頂けるのはとても嬉しいです。
これからもひっそりと入れていきたいと思います。

>>200
偶然辿り着いて頂き、光栄ですw
迷惑なんかとんでもないです。
一言のレスでも長文の感想でもすごく嬉しいので、是非お願いします!
202 :名無飼育さん :2014/12/29(月) 16:56
学校から帰るとすぐに掃除機をかけた。
隅から隅までチェックし、見られて困るものは押入れの奥底へ押し込んだ。
こんなに自分の部屋を掃除したのは生まれて初めてだ。

今日は亜佑美の通うモーニング女学院の終業式。
今夜、彼女は仙台の実家へ帰ってしまう。
つまり、今日が一緒に過ごせる今年最後の日なのだ。

―――――ここじゃ、ヤダ

あの日の彼女のセリフがずっと頭から離れない。
「ここじゃ、ヤダ」ということはつまり、「ここじゃなければ、良い」という
ことだ。
学校の成績がそんなに良くない遥にもそれくらいのことはわかる。
そして、あの場合の「ここ」は外のことを示しており、要するに部屋の中で
あれば良いということになる。

もしかしたら勝手な解釈かもしれない。
しかし、今の遥にはそれ以外の結論は導き出せなかった。

もうすぐ、亜佑美がこの部屋へやってくる。

203 :名無飼育さん :2014/12/29(月) 16:57
「ハルー、亜佑美ちゃんよー!」

母親の声が階下から響く。

「お邪魔します」
「亜佑美ちゃん、なんだか大人っぽくなったわねー」
「えー?ホントですか?」

階段を上る音が大きくなるごとに、心臓が止まりそうなくらいドキドキする。

今日、亜佑美を家に誘ったのは遥だった。
お互い学校のある日だし、新幹線の時間もあり、遠出は出来ない。
寒いし風邪気味だしとなんだかんだ理由をつけて誘ったのだが、本当の理由は
ただ一つだった。

「おまたせー」

ドアが開き、良い香りと共に亜佑美が姿を見せる。
なんとなく顔を見れず、手近にあった漫画を読むふりをした。

「ん」
「なにそれ」
「今、いいとこだから、ちょい待って」
「もう、せっかく来たのに」

亜佑美は憮然としながら荷物を置いてコートを脱ぐ。
これから実家へ帰るだけに、大きな荷物だ。

204 :名無飼育さん :2014/12/29(月) 16:57
「なんか、前より部屋、綺麗じゃない?」
「…いつも綺麗だし」
「そうかなあ。ま、いいけど。あー、疲れたー」

当然のように亜佑美は遥の隣に座った。
彼女のスカートがふわりと揺れる。
横目でチラリと見てしまい、慌てて視線を逸らした。

あくまでも漫画に集中するふりをする遥に、亜佑美は執拗にちょっかいを出す。

「ねー」
「ん」
「暇なんだけど」
「これ読めば?」
「読みたくないし」

「くどぅーのバカ」とすねる彼女に対し、遥の頭の中は超高速で回転している。
ここからどうすればいいのか、経験値のない遥にはわからなかった。
あの日は完全に勢いだけの行動であり、全く参考にならない。

そもそも、部屋に二人きりのこの状況を亜佑美はどう思っているのだろうか。
あの言葉の意味を履き違えて、自分だけが先走っているのではないだろうか。
いつも肝心なところで顔を出すのは弱気な自分だ。

すぐ隣にいるのに亜佑美までの距離がやけに遠く感じた。

205 :名無飼育さん :2014/12/29(月) 16:57
遥の態度に業を煮やしたのか、亜佑美は携帯を取り出した。
恐らく、ハマっているゲームを始めるのであろう。
そうなってからでは本格的に手遅れだ。

遥はわざと少し乱暴に漫画を置いた。

「あ、読み終わった?」
「うん」
「そんなに面白い漫画?」
「…まあな」

実際、内容は上の空で返答のしようがないで、適当にごまかす。
亜佑美もそれ以上深く追及することはなかった。

206 :名無飼育さん :2014/12/29(月) 16:57
「あ、そうだ。はい、これ」

そう言って亜佑美が鞄から取り出したのは、一見してプレゼントだとわかる
包みだった。

「今日、帰っちゃうから。ちょっと早いけどクリスマスプレゼント」
「え、マジで?見ていい?」
「もちろん!」

亜佑美はなぜかドヤ顔で笑いを堪えている。
中から出てきたのは2枚のTシャツだった。
黒地に黄色い文字で『ある意味神』と白地に黒い文字で『犯人は私です』と
書かれている。

「ちょ…なんだよ、これ」
「くどぅー、着てみて?」

遥は言われるがままに『ある意味神』Tシャツを着る。

「似合う!最高ー!」

亜佑美はベッドをバンバン叩きながら爆笑している。

「…さすが石田さん」

若干呆れ気味に包装紙を片付けようと持ち上げると、何かが床に落ちた。
どうやら中にまだ入っていたようだ。
遥は真ん中が不自然に膨らんだ封筒を拾い上げる。

「…手紙?」
「うん。あと、もう一個プレゼント。それは私が帰ってからね」
「今じゃダメなの?」
「ダーメー。今はそのTシャツを楽しんでよ。ツ…、それにしても笑えるー」
「あのなあー…」

笑いの止まらない亜佑美に抗議しようとしたとき、階下から再び母の声が聞こえた。

207 :名無飼育さん :2014/12/29(月) 16:57
「ハルー!まーちゃんが来たわよ!」
「ま、まーちゃん?」
「メリークリスマス!まーさくサンタ登場!!」

現れたのはサンタのコスプレをしたさくらと、何やら不思議な緑の衣装を身に
纏った優樹だった。

「まーちゃん、その格好…」
「ん?見ればわかるっしょ?ツリーでーす!」

呆然とする遥と亜佑美にさくらが遠慮がちに袋を渡す。

「お邪魔ですよね、ごめんなさい」
「どぅとあゆみんも早くこれつけて!」

二人に手渡されたのは、フード付きの茶色い洋服だ。
フードの先には角のようなものがついている。

「これって…」

聞かなくてもわかる。
トナカイの衣装だ。

208 :名無飼育さん :2014/12/29(月) 16:58
「はい、早く着て着て!」

優樹に急かされるまま、その衣装を身に纏う。

「なんで俺がこんな…」
「いーじゃん、クリスマスだしさ」

戸惑う遥の横で亜佑美はノリノリだ。

「あゆみ、似合うー!」
「石田さん、かわいいです」
「ホントー?イェア!」

確かにトナカイ亜佑美はかわいい。
それはもう、思わず見とれてしまうほどかわいい。
その点に関しては優樹に感謝している。
しかし、男の遥にとってこの衣装はどうにも厳しい。

「あははー!どぅー、ウケるー!」
「…く、工藤さんも似合いますよ、フフフ」
「ツ…アハハハハ!」

どう考えても似合うはずがない。

「…こんなん似合うわけねーし」

209 :名無飼育さん :2014/12/29(月) 16:58
不貞腐れる遥をなんとか宥め、みんなで写真を撮った。

「さてと、そろそろ帰りますか、佐藤さん」
「えー、もう?」
「帰って勉強しなきゃ」
「…はーい」

すっかりと忘れかけていたが、遥と優樹は受験生だ。
ましてや進学校のさくらと同じ高校を目指している優樹にとって、クリスマスも
お正月も関係ない。

さくらと同じ学校へ行くと聞き、亜佑美も目を丸くする。

「マサって、勉強できるの?」
「しっつれーだなあ、あゆみ。どぅーよりは出来るよ!」

以前の遥なら速攻で否定するところだが、実際、最近の優樹の成績はぐんぐん
伸びていた。
今回の期末テストでも学年で上位に食い込み、学校中が驚きに包まれたほどだ。
このまま頑張れば、さくらと同じ学校へ進学するのも夢ではない。

210 :名無飼育さん :2014/12/29(月) 16:58
「…あの約束、すげー力だな」

遥は優樹の耳元で小さく呟いた。
『あの約束』とはもちろん、優樹とさくらの間で交わされた、

―――――合格したら、エッチしてくれるって

というものだ。

「ま、それもあるけどさ」

優樹はニッと笑う。
亜佑美とさくらは互いの衣装のことで盛り上がって、こちらの会話は聞こえて
いないようだ。

「小田ちゃん、すぐ誤解されちゃうから」
「誤解?」
「そ。ほら、中学でもさ、ヤなこと言う奴いたじゃん」

優等生の生活福祉常任委員長。
貼られたレッテルと彼女の言動により、さくらを悪く言う生徒は少なくなかった。

「ホントは優しくてかわいいのにさ」
「うん」

実際のところ、遥も少しだけ誤解をしていた。
しかし、本当のさくらを知るにつれて、それが間違いだと気付いた。

「マサが守るんだ、小田ちゃんのこと。だから、絶対同じ学校行く」
「まーちゃん…」

優樹の笑顔はいつも通りで、だからこそ逆に強い意志が伝わってきた。
同い年なのに、優樹が一歩も二歩も先に進んでいる気がして、少し前の自分の
欲望が恥ずかしく思えた。

211 :名無飼育さん :2014/12/29(月) 16:58
二人が帰ったあと、遥は机の上の包みを渡した。

「どーぞ」

初めて自分一人で選んだプレゼントだ。
気に入ってくれるかどうか少しだけ不安だったが、中身を見た亜佑美の反応に
即座に安心する。

「ありがとう」

彼女はそれまでの爆笑が嘘みたいに、とても優しい幸せそうな笑顔を見せた。
遥からのプレゼントはネックレスだった。

「くどぅー」
「ん?」
「…これ、つけて?」

亜佑美は真っ赤な顔でネックレスを差し出す。

「う、うん…」

212 :名無飼育さん :2014/12/29(月) 16:58
遥がネックレスを受け取ると、亜佑美は背を向けて髪を前に流した。
いつも殆ど髪を下ろしている彼女のうなじを見るのは初めてだった。

もちろん、誰かにネックレスをつけるなんて経験も初めてで、震えて金具が
上手く外せない。

「ん?外れない?」
「あ、いや、平気…」

やっとの思いで金具を外し、ネックレスを亜佑美の首に回す。
コントロールの利かない手が、何度も彼女の肌に触れそうになる。
いや、むしろ触れてしまいたいのだが、それをグッと抑えて作業に徹した。

なんとか無事につけ終えた瞬間、わずかに亜佑美の肌に触れてしまい、彼女の
体がビクッと震えた。

「ご、ごめ…」
「ううん…」

亜佑美の白い肌が一瞬で赤く染まる。
耳まで赤いその後ろ姿がやけに色っぽくて、遥はそっと彼女を抱きしめた。

213 :名無飼育さん :2014/12/29(月) 16:59
いつか亜佑美を背負ったときに感じたように、自分の吐息とか腕の震えとか
顔の熱とか、もしかしたら今考えていることまで伝わってしまうかもしれない。

だけど、それでも構わないと思った。
遥が抱きしめる腕に力を込めると、亜佑美はその腕に優しく触れた。
肯定してくれているような気がして、少しだけ震えが収まる。

「亜佑美…」

名前を呼ぶと彼女は振り向き、遥の胸に体を預けた。

優しいキスは次第に、あの日のように激しくなる。
呼吸が荒くなり、まるで頭の中まで熱に侵されているようにクラクラする。
一旦顔を離すと、視界に亜佑美の潤んだ瞳が飛び込んできた。

亜佑美の手を取り、そっとベッドへと導く。
もう一度キスをして亜佑美の体に体重をかけると、彼女はそのままベッドへ
横たわった。

「…俺」

何か声をかけようと思ったが何を言えばいいのかわからない。
ただただ、目の前の彼女が欲しくて欲しくてたまらなかった。
だけど、上手く出来る自信も優しく出来る自信もない。
もしかしたら、亜佑美を傷つけてしまうかもしれない。

214 :名無飼育さん :2014/12/29(月) 16:59
「…くどぅー?」

声と共に亜佑美の手がすっと伸びてきた。
強張る頬に優しい温もりが触れる。

「平気?」
「…うん」
「…いいよ」
「え?」
「くどぅーがしたいように、…して?」

悔しいけど、やっぱり亜佑美の方がいつも少しだけ大人だ。
久々に感じる年の差に、だけど今日は素直に甘えることにする。
どんな自分もきっと彼女は受け入れてくれるから。

遥はもう何も考えず、自分の欲望に従った―――――。

215 :名無飼育さん :2014/12/29(月) 16:59
ピピピッ、ピピピッ、…。

「…なんか鳴ってる」
「…あ」

まさかのこのタイミングで鳴り響く電子音。
音の方を見ると亜佑美の携帯が震えている。

「…ごめん、アラーム」
「ア、アラーム?」
「うん、新幹線の時間。ごめん、行かなきゃ…」

申し訳なさそうに目を伏せる亜佑美に、遥は何も言えず体を起こした。
亜佑美もゆっくりと立ち上がり、コートを着る。

「…じゃあ、行くね」
「ん」

遥はベッドに座ったまま、彼女の後ろ姿を見送った。

216 :名無飼育さん :2014/12/29(月) 16:59
追いかけなければと思った。
だけど、途中で終わってしまったことが遥の足を止める。
無性に腹が立つが、何に対しての怒りなのかがわからなかった。

ふと床の上に無造作に置かれた封筒が目に入る。
先程、亜佑美がくれたものだ。

手に取って封を開くと、中からカッコいいストラップが出てきた。
あんなふざけたTシャツだけでなく、他のものも用意してくれてたことに胸が
熱くなる。

そして、同封されている手紙にはかわいらしい文字のメッセージ。

『クリスマスもお正月も一緒に過ごせなくてごめんね。
 来年はずっと一緒にいようね。
 亜佑美』

「…何やってんだ、俺」

遥はストラップと手紙を手に持って、部屋を飛び出した。

217 :名無飼育さん :2014/12/29(月) 16:59
バス停までは一本道。
すぐに亜佑美に追いついた。

「亜佑美!」
「くどぅー。どうしたの?」
「バス停まで行く」
「…うん」

少し前を歩く遥に、亜佑美は黙ってついてくる。
二人とも無言で気まずい空気が流れる。

「ごめんね」

先に口を開いたのは亜佑美だった。

「…クリスマス、一緒に過ごせなくて」

家族と離れて暮らす亜佑美にとっては、素に戻れる大切な場所だろう。
そして、亜佑美の両親も娘の帰りを待ち侘びているに違いない。
遥にだってそれくらいわかっている。
だから、子供みたいなわがままは言いたくない。
早く大人になりたい。
こんなつまらないことで悩まなくていいくらい、大人になりたい。

「…ん」
「え?」
「持つよ、それ」
「え、いいよ。そんなに重くないし」
「いいって」
「…ありがと」

半ば強引に奪うようにして亜佑美の荷物を肩にかける。
今日の自分が情けなさ過ぎるから、せめてこれくらいの格好はつけたかった。

218 :名無飼育さん :2014/12/29(月) 16:59
遥は荷物を持ち替えて、空いた右手で彼女の手を握る。

「…俺も、ごめん」
「何が?」
「…いや、なんか、いろいろ」

亜佑美と“そういうこと”をしたいと思う。
だけど、それだけが目的なわけではない。
今日はずっと欲望ばかりが空回りして、せっかく一緒にいれる大切な時間を
自ら無駄にしてしまったような気がして、後悔だけが頭を駆け巡る。

伝える言葉が上手く浮かばず、遥はもう一度謝る。

「ごめん」
「…バカ」

それは全てを包み込んでくれるような優しい声で、遥の胸にストレートに響く。

219 :名無飼育さん :2014/12/29(月) 17:00
「…ホントはね」
「ん?」
「正直、ホッとした。さっき、アラーム鳴ったとき」

亜佑美が遥の手をギュッと握る。

「イヤじゃないんだよ?イヤじゃないんだけど。やっぱり、ちょっと怖くて…」
「…うん」
「ごめんね、私の方が年上なのに」
「そんなん関係ねーよ」

年齢なんか関係なく、初めてのことはきっと誰もが不安だ。
男の遥でさえ震えていたのだから、亜佑美の方がもっと怖いに違いない。

それなのに年上だからって、無理して平気なふりをしてくれたのだろう。
そのことに気付かされた瞬間、遥はやりきれない気持ちになる。

「だから、もうちょっと待って?」
「うん、待つ」

亜佑美の恐怖心がなくなるまで、ちゃんと待とうと思う。
今すぐ大人にはなれない自分だけど、待つくらいは出来る。

「ちゃんと、待つから」
「…ありがと」

220 :名無飼育さん :2014/12/29(月) 17:00
「ちゃんと勉強してね。一応受験生なんだし」
「わかってるって」
「くどぅーが受験失敗しちゃったらさ、おばさんたちに申し訳ないもん」

亜佑美の意外な言葉に思わず足を止める。

「…そんなこと考えてたの?」
「考えてたよ。だってやっぱり年上だし、ちゃんとしなきゃって思うじゃん」

亜佑美の笑顔が優樹のそれと重なった。
二人ともちゃんと未来のことを考えている。

大人な二人に比べて子供な自分がより一層情けなく感じて、泣きそうになる。

221 :名無飼育さん :2014/12/29(月) 17:00
バス停に着く。

亜佑美が帰ってくるのは約二週間後だ。
二週間会わないことなんて今までもたくさんあったが、仙台という遠く離れた
場所にいることが寂しさに拍車をかける。

遠くの角から姿を見せたバスがどんどん近付いてくる。

次に会うときには新しい年になっている。
2015年は遥も亜佑美も新しい環境に身を置くことになる。

―――――マサが守るんだ、小田ちゃんのこと
―――――だってやっぱり年上だし、ちゃんとしなきゃって思うじゃん

きっと自分が一番子供で、先のことを考えたり、力強く宣言したりはまだまだ
出来そうにない。
だから、今自分がやるべきことを精一杯やるしかない。

「…あのさ」
「うん?」

今年の最後に亜佑美に伝えたい言葉を必死で紡ぐ。

222 :名無飼育さん :2014/12/29(月) 17:00
「俺、ちゃんとするよ」

亜佑美はキョトンとしている。
バスが止まる。

「ちゃんと勉強すっから」

ドアが開き、彼女がバスに乗り込む。

「だから、来年もよろしく!」

ドアが閉まる瞬間に叫んだ言葉はきちんと亜佑美に届いたらしく、彼女は
優しく微笑んでくれた。
それは、他の誰が聞いても普通の言葉だ。
ごくごく一般的な年末の挨拶に過ぎない。

だけど、遥にとっては亜佑美の手紙に対する返答であり、自身の決意表明だった。
その意味はきっと二人にしかわからない。

223 :名無飼育さん :2014/12/29(月) 17:00
バスの一番後ろで大きく手を振る亜佑美の姿を見送りながら、遥は願った。

来年も再来年もずっと、亜佑美と一緒にいられるようにと。

224 :名無飼育さん :2014/12/29(月) 17:05
本日は以上です。

これが今年最後の更新となります。
なかなか進展しない、しかも毎回同じような展開の話で申し訳ないですが、今年一年お付き合い頂き、
本当にありがとうございました。

これからもマイペースにまったりと続けていきたいと思っていますので、遥と亜佑美の成長を一緒に
見守って頂ければ幸いです。

来年もよろしくお願いいたします。
良いお年をお迎えください。
225 :名無飼育さん :2015/01/06(火) 18:39
明けましておめでとうございます
更新楽しみにしてます
226 :名無飼育さん :2015/01/07(水) 20:18
ついに・・・?!
と思ったけどやっぱりこの二人はこんなペースがちょうど良さそうだなぁ
長続きするドキドキ感を楽しませてもらってます
227 :名無飼育さん :2015/02/01(日) 03:30
レスありがとうございます!

>>225
遅ればせながら、あけましておめでとうございます!
まったりペースですが、今年もよろしくお願いします。

>>226
自分の中でももう少しこんな関係の二人を書きたいという思いが強く…。
卒業後に少し話が動く…かもしれませんw
228 :名無飼育さん :2015/02/01(日) 03:30
改札から現れた亜佑美の姿を見たとき、なぜかドキッとした。
もちろん久しぶりに会うという高揚感もあるが、それだけではないちょっとした
違和感。
わずか二週間会わないだけで、彼女がすごく大人に見える。

「なに?顔になんかついてる?」
「え?いや、別に…」

そういえば、去年も久々に会ったとき、そんなふうに感じた記憶がある。
だから、遥はその違和感を追及することはしなかった。

229 :名無飼育さん :2015/02/01(日) 03:31
1月7日。
遥は、誕生日当日に帰ってきた亜佑美を駅まで迎えに来た。
夕方の新幹線だったため、それほど長く一緒にはいられない。
それでも特別なその日を二人きりで祝いたくて、遥は迷わずにあの公園で過ごす
ことを決めた。

駅から公園までバスで向かう。
この時間はとても空いており、二人は一番後ろの席に並んで座った。

「あったかいね、バス」

亜佑美はそう言ってマフラーを外した。
髪がサラッと揺れて、胸元のネックレスが遥の目に飛び込んでくる。
あの日、遥がプレゼントしたものだ。
身に付けてくれている嬉しさと恥ずかしさに顔が熱くなった瞬間、遥は再び
あの違和感に襲われる。

「…あれ?」

苦労しながらつけたクリスマスの記憶と、どこか違う。
あのときよりもネックレスがよく見えるような気がする。
だけど、その理由がわからない。

230 :名無飼育さん :2015/02/01(日) 03:31
首を捻っている遥に、亜佑美がボソッと呟く。

「…鈍感」
「へ?」
「普通、気付くでしょ。10cmも短くなったのにさ」
「え、あ、…あっ!髪切ったんだ」
「くどぅー、鈍すぎ」

違和感の正体がわかり遥はすっきりとしているが、一方の亜佑美は呆れ顔だ。

「私はすぐに気付いたのになあ。くどぅーが前髪切ったこと」
「え?気付いてたの?」
「会った瞬間から気付いてましたー」
「…マジか」

10cm以上バッサリと切って肩までの長さになった亜佑美に対し、遥の前髪は
ほんのわずかな変化だ。
それでも気付いてくれたことに感動し、逆に気付けなかったことが悔しい。

231 :名無飼育さん :2015/02/01(日) 03:31
「…似合ってない?」

横を向くと、不安そうな亜佑美と目が合った。
似合っていないなんてとんでもない。
よく似合っていると思う。
むしろ髪を切る前よりもずっとずっと大人っぽく、かわいくなったと思う。

「そ、そんなことねーよ」
「じゃあ、似合ってる?」
「うん」
「ホントに?」
「ホントだって」
「嘘じゃない?」
「嘘じゃねーし」
「かわいい?」
「かわい…」

思わず素直に答えそうになってハッとする。
そんなことを面と向かって言うのはとても恥ずかしい。
ひょっとしたら、「好き」よりももっとずっとハードルが高いのかもしれない。

「やっぱり、かわいくないんだ…」
「え、いや、違うって」
「じゃあ、何?」
「何って、だから、その…」

どうやら言わないことには、彼女の気持ちは納まらないらしい。
遥は真っ赤な顔を見られないように反対側の窓を向いた。

「か、かわいい…と思います」
「ツ…、なんで敬語ー?」
「う、うっせー!」

すっかり機嫌の良くなった亜佑美は、甘えるように遥の右腕に腕を絡めた。

232 :名無飼育さん :2015/02/01(日) 03:31
「勉強してる?」
「んー、まあまあかな」
「怪しいなあ」
「ちゃんとしたって、ホントに」

実際のところ、遥にとっては生まれてから最も勉強に励んだ二週間だった。
亜佑美との約束だから、ちゃんと守ろうと思い頑張ったのだ。

優樹ほどの高いレベルの高校ではないが、遥も自分に適した志望校を決めた。
今の自分の学力よりも少しだけ高いところだ。

「受かりそう?」
「うん、たぶん」
「頑張ってね」

亜佑美の頭が肩に触れる。
その温もりがどんな言葉よりも心強かった。

233 :名無飼育さん :2015/02/01(日) 03:32
「仙台、どうだった?」
「あー、…うん」
「ん?なんかあった?」
「ちょっとね、お父さんとケンカしちゃった」

亜佑美の答えは意外なものだった。

「ケンカ?」
「うん…」

今年高校を卒業する亜佑美は、お正月に卒業後のことを家族で話し合ったそうだ。
演劇を続けることは前々から同意を得ていたが、両親は仙台の劇団に入ると
思っていたらしい。
こちらで一人暮らしをすることを伝えた途端、父から猛反対をされたのだ。

「演劇なんかどこでも出来るって言われたんだけど、やっぱり自分の入りたい
 劇団とかやりたい芝居とかもあるし」

遥も亜佑美の父親と同じで芝居の違いはわからない。
だけどもし、亜佑美が仙台に戻ることになったら、ますます会う時間が減って
しまう。
それは嫌だと素直に思う。

「…それに、くどぅーと離れるの、嫌だし」

心を読まれたみたいでドキッとする。

234 :名無飼育さん :2015/02/01(日) 03:32
「でもね、最後はお母さんが味方になってくれて、ちゃんと納得してくれた」
「…そっか」
「ホッとした?」
「ま、まあな」

遥の答えに亜佑美は満足そうに頷く。

「一人暮らし、ちょっと不安だけど」
「そうなの?」
「今までは寮だったから、同じ部屋の子もいたし。全くの一人は初めてだから」
「寂しいんだ?」
「べ、別にそうじゃないけど!」

強気な亜佑美は、だけどその反面、人一倍寂しがり屋で甘えん坊だ。
今こうして遥に寄り添っているのも、少しでも不安な気持ちを柔らげたいから
かもしれない。

もっともっと頼られる存在になりたいと思う。

「…俺が、いるじゃん」
「え?」
「なんかあったら、すぐ行くし」
「…うん」

235 :名無飼育さん :2015/02/01(日) 03:32
優しい沈黙が続く。

右腕に亜佑美の温もりを感じながら、遥は自分の中で湧き上がる衝動を必死で
抑えていた。
早くあの公園で、あのオブジェで亜佑美を抱きしめたい。
抱きしめてキスして、その先はまだちゃんと待つつもりだけど、とにかくもっと
彼女に触れたい。

こんなにバスに乗っている時間をもどかしく感じたのは初めてだった。

236 :名無飼育さん :2015/02/01(日) 03:32
ふっと腕の温もりが消え、次の瞬間、右手にそれが移った。
亜佑美の細い指が遥の指に絡まる。

「…早く着けばいいのに」

亜佑美の呟きにドキッとしながら、遥も一分一秒でもバスが早く着くようにと
本気で願った。

237 :名無飼育さん :2015/02/01(日) 03:34
本日は以上です。
短くてすいません。
髪を切った石田さんがかわいすぎて、どうしても書かずにはいられませんでした。
238 :名無飼育さん :2015/02/06(金) 11:28
アカンあゆみんが可愛いすぎてもう…
NYでのイチャイチャもごっつぁんでしたね
239 :名無飼育さん :2015/02/12(木) 01:51
リアルに想像できるだけにもうやばいです
NY、すごかったですもんね
240 :名無飼育さん :2015/05/22(金) 21:12
ふたりとも可愛くてによによ
241 :名無飼育さん :2015/06/15(月) 23:54
レスありがとうございます!

>>238
かわいい石田さんを書くことが生きがいです(大袈裟ですがw)

>>239
なんだかんだでどの映像でもリアルにいちゃついている二人ですね

>>240
もうしばらくこのかわいさを楽しんで頂ければ幸いです
242 :名無飼育さん :2015/06/15(月) 23:54
優樹の家の前で立ち尽くすこと30分。
さくらは穴が開くほど携帯の画面をじっと見つめていた。
読んでいる形跡はあるのに返信はない。
所謂、既読スルーという状態だ。

今日は高校の合格発表翌日で、昨日から優樹からの連絡はない。
受かったのであれば当然の如く喜びの電話がかかってくるはずだから、きっと
残念な結果に終わったのだろう。
遥の情報によると、優樹は学校も休んでいるようだ。

この一年間、優樹がどれだけ頑張ってきたか、さくらが一番よく知っていた。
合格できる可能性は十分にあった。
それなのに…。

243 :名無飼育さん :2015/06/15(月) 23:54
ガチャ

考え事でボーとしていると、突然目の前のドアが開いた。
馴染みのある声と顔が飛び込んでくる。

「あー!さくらちゃん!」

中から現れたのは優樹の妹だった。
優樹の受験勉強のため、何度も訪れた佐藤家。
さくらはすっかり優樹の家族とも仲良くなっていた。

「あら、さくらちゃん。いらっしゃい」
「あ、こんにちは。…あの、佐藤さんは…」
「なんかね、部屋に閉じこもってるのよ。まあ、気持ちもわかるけど…。まさか
 当日に熱出しちゃうなんてね」

優樹の母の言葉に、さくらは黙って俯く。
そう、優樹はあろうことか前日夜遅くまで頑張り過ぎて、試験当日に熱を出して
しまったのだ。
なんとか試験は受けたものの、内容も覚えてないほどフラフラだったらしい。

「おばさんたち、これから出かけるから、さくらちゃん、あがって慰めてあげて
 くれる?」
「あ、はい。お邪魔します」

244 :名無飼育さん :2015/06/15(月) 23:54
いつも騒がしい佐藤家が静まり返っている。
優樹の周りはどこでもそうだった。
彼が元気なら明るくなり、落ち込んでいれば暗くなる。
そんな優樹に何度も助けられてきたから、今度は自分が返す番だ。
さくらは深呼吸して、優樹の部屋をノックする。

もちろん、返事はない。

「…佐藤さん、入りますよ?」

ベッドの上、大きな膨らみがガサゴソと動いた。
どうやら起きているらしい。

「佐藤さん」

膨らみは動かない。

「起きてるの、バレてますよ」

さくらはベッドに近付き、布団の上にそっと手を置く。

245 :名無飼育さん :2015/06/15(月) 23:55
「…小田ちゃんのことなんか呼んでない」
「わかってますよ。勝手に来たんです」
「…帰ってよ」

相当重傷のようだ。
このままでは埒が明かないと思ったさくらは優樹から離れる。

「わかりました。帰ります」

優樹はビクッと反応したが、まだ布団から出てこない。
仕方なくさくらはドアを開けて閉める。
もちろん、ただ開け閉めしただけで部屋の中からは出なかった。

その音を聞いて、ようやく優樹が布団から現れた。
ドアの前にいるさくらと目が合い、「ず、ずるい…」と呟いた優樹の目は
真っ赤に腫れている。

想像以上の優樹の落胆ぶりに、まるで自分のことのように胸が苦しくなる。

246 :名無飼育さん :2015/06/15(月) 23:55
「…顔、最悪ですね」
「帰れって言ったのに…」
「こんな佐藤さん置いて、帰れるわけないじゃないですか」

再び優樹に近付くさくら。
優樹はまるで叱られた子供のように情けない声を出す。

「…今は小田ちゃんといたくない」
「私はそばにいたいです」

さくらは怪訝な顔を浮かべる優樹に優しく微笑む。
そんな憎まれ口を言われたぐらいで、揺らぐ仲でないことはお互いわかっている。
わかっているからこそ、優樹は苦しい思いをぶつけてくる。
それはきっと信頼の証なのだろう。
だから優樹に八つ当たりされるたび、さくらは少しだけ嬉しくなる。

247 :名無飼育さん :2015/06/15(月) 23:55
「…マサ、落ちた」
「…はい」
「でも、落ちたことよりもちゃんと出来なかったことがイヤだ」

どうやら優樹の落ち込みの原因は、落ちたという結果ではなく、実力を発揮
できなかったことにあるようだ。

「佐藤さんらしいですね」
「いつものマサなら解けたのに」
「フフ…。そうですね」
「…ムカつく」

少しずついつもの調子を取り戻していく優樹に安堵する。

248 :名無飼育さん :2015/06/15(月) 23:55
「佐藤さんの頑張りは私が一番知ってますから。それだけじゃ、不満ですか?」

優樹はわかりやすくすねた顔で、「…不満」と呟いた。
さくらは優樹を抱きしめる。

「欲張りですね、佐藤さんは」

さくらがそっとキスをする。
優樹もそれに応える。

久々のキスは少しずつ激しさを増し、『あの約束』がさくらの脳裏をよぎる。

合格したら叶える約束。
本当はもう、ずっと前からさくらの覚悟は決まっていた。

「…小田ちゃん」

優樹の顔が急に男らしくなり、さくらの心臓が高鳴る。
この人は一体いくつの顔を持っているのだろう。
そのどれもが愛おしくて、さくらはますます優樹に夢中になる。
こんな優樹を他の誰にも見せたくない。

249 :名無飼育さん :2015/06/15(月) 23:55
「マサ、合格できなかったよ?」

その質問の真意をさくらはすぐに汲み取る。

「…合格じゃなくて、頑張ったご褒美でもいいですよ」

長い沈黙が続く。
優樹は黙ったまま、じっと考え込んでいる。
さくらはいつも通り、優樹の答えをずっと待っている。
どんな答えでも受け止める、そう心に決めながら。

「…やっぱ、ダメ」
「…佐藤さん?」
「だってマサ、ダメだったんだもん。合格できなかったのに、それなのに、
 ずるいじゃん」

優樹の言葉にさくらは苦笑する。
どこまでも真っ直ぐで純粋で、こういう優樹が好きなんだと改めて思う。

250 :名無飼育さん :2015/06/15(月) 23:55
「そうだ!マサ、来年また受ける!」
「え!?」
「もっかい受ければきっと受かるし!」
「ちょ、ちょっと待ってください!それって高校行かずに一年勉強するって
 ことですか?」
「うん!決めた!」

目標が決まり、一気に元気になる優樹。
一方のさくらは動揺が隠せない。
さくらと同じ学校は落ちてしまったものの、滑り止めの学校にはちゃんと合格
しているのだ。

「さ、佐藤さん、落ち着いて!」
「落ち着いてとか言われてもこれが限界だし」

その後、なんとか優樹を宥めて、高校にはきちんと通うことを約束させた。
もう一つの大切な新しい『あの約束』は、二人だけの秘密。

251 :名無飼育さん :2015/06/15(月) 23:56
「小田ちゃん」
「はい?」

優樹はいつも通りさくらの手を引き、自分のベッドに座らせる。
お決まりの膝枕の合図も、かなり久しぶりだ。
それだけずっと張りつめていたのだろう。

頭を撫でると、優樹はすぐに眠りに落ちた。

子供みたいにかわいくて愛しくて、ずっとこのまま変わらずにいてほしいと思う。
その一方で。

「早く、約束叶えてくださいね」

寝ている優樹のおでこにそっとキスすると、彼の顔が幸せそうに緩む。
その笑顔をずっとずっと支えていきたい、さくらは心からそう思った。

252 :名無飼育さん :2015/06/15(月) 23:56






253 :名無飼育さん :2015/06/15(月) 23:56
優樹とさくらにそんなことがあった数日後の日曜日。
遥は春菜と共に亜佑美の家を訪れていた。
この春から一人暮らしを始める亜佑美に招かれたのだ。

出会ったときから寮生活だったため、彼女の部屋へ行くのは初めてだ。
二人きりでないとはいえ、緊張を隠せない。

以前より、遥の家からは少し遠い町となる。
頑張れば自転車で来れないことはないが、今日は電車での訪問となり、その
分だけ距離を感じて少しだけ寂しい。

254 :名無飼育さん :2015/06/15(月) 23:56
「お、お邪魔します」

足を踏み入れた瞬間、甘い香りが漂ってきた。
かわいらしい小物やベッドに置かれたぬいぐるみ、そして花柄のタオルに
までも自分との違いを感じ、遥は一人赤面する。

「くどぅー、意識しすぎ」

亜佑美がお茶を入れている間、春菜に突っ込まれ、遥はますます赤くなる。

「べ、別に、意識なんか…」
「安心して。私、先に帰るからさ」
「え…」

付き合い始めて一年以上経つし、二人きりも何度も経験しているし、もちろん
キスもしたし、それ以上のことになりかけたこともあるし。
それでも、彼女の部屋に二人きりというシチュエーションはまずい。

亜佑美と春菜のおしゃべりも殆ど上の空で、遥の頭はショート寸前だった。

255 :名無飼育さん :2015/06/15(月) 23:56
「…さてと、そろそろ帰るね」

夕方になり、春菜が帰り支度を始める。

「え、あ、じゃあ、俺も…」

思わずそう口にすると、春菜からじろっと睨まれた。

「何言ってんの。せっかくなんだから、くどぅーは夕飯でも作ってもらいな。
 ね?あゆみん」
「あ、うん」

ニヤニヤしながら春菜が退室し、二人きりの時間が訪れる。

「くどぅー、何食べたい?」
「え?」
「作ってあげる」
「作れんの?」

思い出すのは大雪の日。
二人で四苦八苦しながらなんとか夕飯を作ったときのこと。

「あの頃の私より成長したんだから!」

亜佑美のドヤ顔に遥の顔も綻ぶ。
同じ思い出で笑えることに幸せを感じる。

256 :名無飼育さん :2015/06/15(月) 23:56
言葉通り、テキパキと食事の支度をする亜佑美をドア越しに眺める。

もしも、このまま順調に付き合いが続いて、結婚するなんてことになったら、
こんな感じで休日を過ごすことになるのだろうか。
妄想が遥の頭の中を駆け巡る。

「何ニヤニヤしてんの?」

いつの間にか料理が完成していたらしく、亜佑美がテーブルに料理を運んできた。

「ニ、ニヤニヤなんかしてねーし」
「…変なこと考えてたんでしょ」
「なっ、ちがっ…」

どんなに否定しても、真っ赤な顔が全てを物語ってしまう。

257 :名無飼育さん :2015/06/15(月) 23:57
「早く食べよ?冷めちゃうよ」
「あ、うん…」

なんとなくぎこちない空間に居心地の悪さを感じ、とりあえずスープに口を
つける。

「あちっ…」
「大丈夫?もう、気を付けないと。はい」

亜佑美がティッシュで口元を拭いてくれた。

「あ、ありがと…」
「フーフーちましょうかー?」
「は?い、いらねーし!」

バカにしたような口ぶりにムキになって言い返すと、亜佑美は優しく微笑んだ。
その笑顔にドキッとする。
見慣れてるはずなのに、今日はいつもより柔らかいような気がして。
何もかもに戸惑ってしまう。

「おいしい?」
「…ん、うまい」
「良かった」

遥は亜佑美の顔をまともに見れなかった。

258 :名無飼育さん :2015/06/15(月) 23:57
夕食も軽く済ませ、時間だけが過ぎていく。
テレビがついてるけど、頭に入ってこないみたいだ。
すぐ触れられる距離にいるのに、手を伸ばす勇気がない。
「ちゃんと、待つから」と約束してから数ヵ月、亜佑美の心に変化はあるのか、
遥には読めなかった。

とりとめのない会話が続き、ふと携帯を見ると終電の時間が迫っている。

「…そろそろ、帰る」

そう声をかけると、亜佑美はハッとしたように遥を見たあと、何かを言いかけて
やめた。

259 :名無飼育さん :2015/06/15(月) 23:57
「…うん」
「飯うまかった。ありがと」
「…うん」
「じゃあ」

靴を履こうと亜佑美に背を向けた瞬間、後ろから引っ張られてよろけそうになる。

「うわっ、あぶね…」

振り向くと、そこには真っ赤な顔で俯く亜佑美がいて。

「…どうかした?」
「…けば」
「へ?」
「…泊まってけば?」

彼女のその言葉を聞いたとき、世界が止まったような気がした。

260 :名無飼育さん :2015/06/15(月) 23:57
自宅に連絡し、宿泊の許可を半ば強引に取りつけたあと、遥はコンビニへと
向かった。
女の子ほどではないとはいえ、男だってそれなりの準備が必要だ。
いろいろ買い揃えて亜佑美の部屋へ戻ると、彼女はお風呂を沸かしながら
待っていた。

「くどぅー、先どうぞ?」
「え?…いいの?」
「うん。普通、お客さんが先でしょ?」
「あ、じゃあ…」

お風呂の中にも亜佑美の痕跡をあちこちに感じてしまい、全くリラックス
出来なかった。

用意してくれたバスタオルでガシガシと頭を拭きながら出る。

「ドライヤー使う?」
「すぐ乾くからいい」
「そっか。楽でいいね」

亜佑美がお風呂へ向かい、遥は一人残される。

261 :名無飼育さん :2015/06/15(月) 23:57
これからどうすればいいのか。
改めて冷静に部屋を見回してみる。
当然のことだがベッドは一つしかない。
布団が天井から降りてくるようなことない限り、このベッドで二人で寝る
ことは間違いないだろう。

今まで何とか理性を保ってきた遥だが、そんな状況で我慢できる自信はない。
そもそも、恋人同士が一夜を過ごすということがどういう意味なのか、亜佑美が
知らないわけがない。
それをあえて誘ったということはつまり、準備は整ったということなのか。

亜佑美本人に聞くわけにもいかず、悶々としたまま時が流れていく。

262 :名無飼育さん :2015/06/15(月) 23:58
それにしても、女の子のお風呂は長い。
あまりにも考え過ぎたせいか、急激な眠気が遥を襲う。

亜佑美が出てくるまで少しだけと思い、ベッドの端っこに横になる。

朦朧とする意識の中、遠くの方でドライヤーの音が聞こえた気がした。
その音はまるで子守唄のように心地よく、遥の体を深い眠りへと誘っていった。

263 :名無飼育さん :2015/06/15(月) 23:58
ふと目を覚ますと視界は暗く、遥は自分が置かれた状況をすぐに理解すること
が出来なかった。
目をこすりながら顔を横に向ける。

「…あ」

絶句というのはまさにこのことだろう。
遥が目にしたのは、隣でぐっすりと眠る亜佑美の姿だった。

どう考えても、何かが起こった形跡はない。
どうやらあのまま眠ってしまったことは間違いないようだ。

遥は起き上がり頭を抱える。
もしかしなくとも、一世一代の大チャンスを逃してしまったのではないか。

視界の隅には無防備な彼女が映る。
遥が起き上がったせいで布団がめくれて、Tシャツ姿の上半身が見える。
一気に体温が上がるのを感じた。

264 :名無飼育さん :2015/06/15(月) 23:58
そっと彼女の体の横に手を置くと、ベッドがギシッと軋んだ。

「…ん」

亜佑美が寝返りをうち、遥の方へ体を向けた。
ビクッとしながらも、もう一方の手を反対側へ置く。
大きく深呼吸をして顔を近付けると、「くどぅー?」と大好きな彼女の声が
耳に入った。

寝起きだからなのか、いつもよりも甘い声だ。
遥の顔を確認すると、安心したように首に腕を絡めて抱き付いてくる。

265 :名無飼育さん :2015/06/15(月) 23:58
「あ、亜佑…」
「あったかーい」
「…うん」
「くどぅーの匂い、好き」

自分がどんな匂いなのかはわからないが、亜佑美の匂いが好きなのは遥だって
同じだ。

「…俺も」

静かに答えると亜佑美は満足そうに「エヘヘ」と笑い、そのまま目を閉じた。
まもなく、スーッという規則正しい寝息が遥の耳にかかる。

「…マジかよ」

ため息をつきながら、遥もそっと亜佑美の隣に横になる。
湧き上がった欲望を抑えることに必死で、結局朝まで寝付けなかった。

266 :名無飼育さん :2015/06/15(月) 23:58







267 :名無飼育さん :2015/06/15(月) 23:58
数日後、ファーストフード店。
ため息をつきながらテーブルに伏せる男子が二人。

「…はあ」
「つーかさ、まーちゃんはため息つく必要ねーだろ。自分で選んだんじゃん」

遥の言葉に優樹が顔を上げて睨み付ける。

「それを今後悔してんの!せっかく、小田ちゃんがその気になったのに、なんで
 マサ、カッコつけたんだろ…」

どうやら優樹は新しい約束をしてしまったことを後悔してるようだ。

「どぅーだって、次はもう確実にエッチするでしょ、あゆみんと」
「…確実じゃねーし」

先に寝てしまったのは遥ではあるが、結局亜佑美の気持ちはよくわからなかった。
むしろ、今回何もなかったことで、次回はどうやってそういう流れに持ち込めば
いいのか。

268 :名無飼育さん :2015/06/15(月) 23:59
「なんか、チャンス逃したって感じだよね、マサたち」
「だな…」

健全な10代男子である。
そういうことへの興味は尽きない。
だけど、いざというときどうすればいいのかわからないのも事実であり、まだ
早いのかもという気持ちもあった。

「練習とか出来ないし、難しいよね」
「うん」
「どぅー、練習相手になってよ」
「は、はあ!?バッカじゃねーの!」
「冗談だよ、ジョーダン。…はあ」

優樹のとんでも発言は理解できないが、練習したいという気持ちはわからない
でもない。
亜佑美を傷つけたり怖がらせることはしたくない。
遥だって初めてなのだから、そこまで相手を思いやる余裕はきっとないだろう。
だからといって、亜佑美以外の誰かとそういうことをしたいとは思わない。

269 :名無飼育さん :2015/06/15(月) 23:59
「はあ…」

二人同時にため息をつき、思わず顔を見合わせて笑った。

こんなことで悩めるのは、もしかしたら幸せな証拠なのかもしれない。
そんなことを考えながら、遥はふと窓の外に目をやる。

3月中旬、少し早い春の嵐に桜の花びらが舞う。
優樹という友と出会い、亜佑美という恋人に巡り合った中学時代。

そんな遥の中学校生活が、もうすぐ終わりを告げようとしていた。

270 :名無飼育さん :2015/06/15(月) 23:59
本日は以上です。
271 :名無飼育さん :2015/06/17(水) 10:29
素晴らしすぎる
胸がキュンキュンしました
272 :名無飼育さん :2015/06/17(水) 21:41
二組みとも応援したいような
もっとこのもどかしさを味わっていたいような・・・
そして約束気になります
273 :名無飼育さん :2015/06/20(土) 23:57
更新待ってました><
みんな少しづつ歩んでいってますね。
それにしても色々可愛すぎる。
274 :名無し飼育さん :2015/09/09(水) 15:31
更新期待してます。
275 :名無飼育さん :2015/10/18(日) 01:20
レスありがとうございます。

>>271
これからもキュンキュンしてもらえるよう頑張ります!

>>272
もどかしさを楽しみながら、引き続き応援して頂けると嬉しいです!

.>>273
本当に少しずつで申し訳ないですが、見守って頂けると嬉しいです!

>>274
長らくお待たせいたしました。
276 :名無飼育さん :2015/10/18(日) 01:20
「…ん」

彼女の甘い声が遥の五感全てを刺激する。
震える手でそっと体に触れるたびに、見たことのない彼女が現れる。

「亜佑美…」

愛しくて堪らないその名を呼ぶと、彼女は恥ずかしそうに、だけど幸せそうに
微笑んだ。

「…いいよ、くどぅー」

遥はもう何も考えず、自分の欲望に従った―――――。

277 :名無飼育さん :2015/10/18(日) 01:20
ピピピッ、ピピピッ、…。

「…うわっ!」

部屋に鳴り響く携帯のアラームが朝を告げる。
驚いて飛び起きた遥は、ベッドの上で頭を抱えた。

「また夢かよ…」

亜佑美の家に泊まったあの日から、幾度となく訪れるリアルな夢。
どれだけ欲求不満なのかと自分でも呆れてしまう。
目覚めたあとに残るのは、どうしようもない喪失感と罪悪感。

亜佑美のことをそんな目で見たくはないのに。
それなのに…。

深いため息と共に再び携帯に目を移すと、愛しい彼女からメッセージがあった。

『週末、うち来れる?』

かわいらしい文と一緒に送られていたのは、おいしそうな料理の写真だった。
最近、亜佑美は料理にはまっているらしい。
手料理を食べれるのは嬉しいのだが、亜佑美の部屋で二人きり、いつまでも進展
しない関係にモヤモヤしている自分がいた。

278 :名無飼育さん :2015/10/18(日) 01:20
この4月から始まった高校生活は至って順調だった。
友達もたくさん出来たし、水泳も続けている。

相変わらず女子からの人気は高く、入学式の翌日に最初の告白を受けた。
もちろん、丁重にお断りしたが、『見えない恋人』の存在は彼女たちにとって
リアリティがないらしく、その後も数人からしつこく誘いを受けている。

「工藤君!今日、カラオケ行こうよ?」
「あー、悪いけど、パス」
「えー、なんで?」
「前に言ったじゃん。俺、彼女いるし」
「カラオケくらいいいじゃん!」

遥も正直、それくらいならいいかなと思わなくもない。
しかし、それが亜佑美に知られたときのことを想像すると、とてもじゃないが
行く気にはなれない。
今度はヘアスプレーのフタどころではすまないかもしれないのだ。

恋人がいるというのは少しだけ窮屈だ。
だけど、それ以上にとても幸せなことで、遥の頭の中は亜佑美のことでいっぱい
だった。

279 :名無飼育さん :2015/10/18(日) 01:20
そんなこんなで週末。
遥は約束通り、亜佑美の部屋で料理が出来るのを待っていた。
毎日バイト三昧の上に、平日も土日も劇団の稽古がある亜佑美と過ごせる時間は
限られている。
今日もさっきまで稽古があったらしい。
疲れているはずなのにこうして会う時間を作ってくれることが嬉しかった。

ふと、机の上に置いてある台本が目に入る。

「これ、今度の舞台の?」

キッチンにいる亜佑美に問いかけると、「うん」と短い返事が返ってきた。
どうやら料理に集中しているようだ。

暇なので何気なく台本を手に取り、ページをめくる。
最初のページに配役が載っていた。
入団したばかりでちょい役しかもらえなかったと言っていたが、亜佑美の名前は
真ん中ら辺にあり、きちんとした役名がついている。
自分のことのように少しだけ誇らしく思う。

そのまま配役ページを眺めていたが、ある名前を見た瞬間、遥の動きが止まる。

280 :名無飼育さん :2015/10/18(日) 01:21
『鈴木 愛理』

別に鈴木なんて苗字は珍しくはない。
日本には鈴木さんはたくさんいるのだ。
きっと、劇団に入っている鈴木だって巷に溢れているだろう。

だけど、遥の胸騒ぎは止まらない。

281 :名無飼育さん :2015/10/18(日) 01:21
―――――一緒にやろうって誘ってくれる人がいてね。

見たことのない大人びた表情で夢を語っていた亜佑美。

282 :名無飼育さん :2015/10/18(日) 01:21
―――――石田も、すごい成長したね。

顔を赤らめながら嬉しそうに笑っていた亜佑美。

283 :名無飼育さん :2015/10/18(日) 01:21
―――――石田さん、鈴木先生と付き合ってるんじゃないの?

写真の中、お姫様抱っこをされている彼女の姿が鮮明に蘇った。

284 :名無飼育さん :2015/10/18(日) 01:21
「お待たせー」

亜佑美が料理を運んでくる。

「…くどぅー?どうかした?」
「これ」
「ん?」

手にした台本を見せると、亜佑美は頬を赤らめた。
その反応が遥のモヤモヤを加速させる。

「もー、勝手に見ないでよ」

それはいつもの軽口だったけど、今の遥にとっては地雷だった。

「なんで?」
「え、なんでって…なんか恥ずかしいし」
「それだけ?」
「…え?」
「見られたくない理由、他にあるんじゃねーの」

亜佑美には遥が怒っている理由がわからない。
不安そうにそばに座る彼女に、今は優しく出来そうにない。

285 :名無飼育さん :2015/10/18(日) 01:22
「劇団に誘ってくれた人って、俺の知ってる人?」

遥の問いに、亜佑美は一瞬迷った素振りを見せたあと、目を逸らして答えた。

「…知らない人だよ」
「ホントに?」
「うん」

俯きながら答える彼女が嘘をついていることは明白だった。

「鈴木先生じゃねーの?」

ハッとして顔を上げた亜佑美の表情で、遥の疑念が確信に変わった。
鈴木先生は、亜佑美の高校の演劇部に指導しにきていた教育実習生だ。
遥と知り合う前、亜佑美が憧れていた相手で、付き合っているという噂もあった。

286 :名無飼育さん :2015/10/18(日) 01:22
「なんで、嘘つくんだよ」
「べ、別に、嘘つくつもりじゃ…。くどぅー、覚えてるなんて思わなかったし、
 それに…」
「なんだよ?」
「…言ったら、気にしちゃうかなって…」

図星だったその言葉に、遥は思わずカッとなる。

「やましい気持ちがあるから、言わなかったんじゃねーの?」
「そんな気持ちない!」

亜佑美もムキになって言い返してくる。
このままじゃダメなことはわかっている。
わかっていたけど、遥は自分の感情を抑えることが出来なかった。

287 :名無飼育さん :2015/10/18(日) 01:22
「ホントはずっと好きなんだろ!あいつのこと」

怒鳴った瞬間に泣いている亜佑美に気付き、一気に後悔の念に襲われたが、
もう遅かった。

「…って。帰ってよ!」

静かな空間に亜佑美の声が響き渡る。
投げつけられた言葉は、ヘアスプレーのフタなんかよりずっと、遥の胸に
突き刺さった。

288 :名無飼育さん :2015/10/18(日) 01:22
その後数日間、当然のように亜佑美からの連絡はなく、遥からも何もしなかった。
いや、出来なかったという方が正しいかもしれない。
今までにもたくさんケンカをしてきたが、今回はそれよりも酷い状況だ。

嘘をついていた亜佑美が悪いという気持ちもある。
だけど、あんなことまで言うつもりじゃなかった。
彼女の思いを全て否定するような、あんな酷い言葉を。
どれだけ自分のことを思ってくれているかなんて、一番よくわかっているのに。

謝ろうと思うたびに、脳裏にあの写真が浮かぶ。
遥がずっと抱えてきた年下というコンプレックス。
その一因は紛れもなく、鈴木先生の存在だった。
軽々と彼女をお姫様抱っこする年上の彼。

遥だって水泳で鍛えてはいるが、もともと細身でそれ程筋力はない。
今の自分に亜佑美をお姫様抱っこする力があるかどうか。
自らの細い二の腕をさすり、遥は深いため息をついた。

289 :名無飼育さん :2015/10/18(日) 01:22
「工藤君!今日こそ、付き合ってよ!」
「…んー?」
「カラオケじゃなくて、ファミレスでいいから。ね?」

亜佑美のことで頭がいっぱいな遥は、上の空で生返事する。

「うん」
「え?いいの!?」
「…へ?」
「やったー!」

我に返ったときには後にひけない状況で今さら断ることが出来ず、遥は仕方なく
彼女と共に下校することになった。

「ねえねえ、何食べる?」
「んー…」

校門に向かう途中もボーっとしていて、女の子がさり気なく絡めてくる腕にも
気付かない。

そんな状態だから、校門に立っている彼女の存在に気付かないのも仕方なかった。

290 :名無飼育さん :2015/10/18(日) 01:23
「…くどぅー」

聞き慣れた愛しい声に耳を疑う。

「え…、なんで…」

夢じゃない、目の前に亜佑美が立っている。

「…これ、忘れていったから」

亜佑美の手には遥のキャップ。
誕生日に初めて彼女から貰ったプレゼントだ。
わざわざ届けに来てくれたことに胸が熱くなる。

291 :名無飼育さん :2015/10/18(日) 01:23
「でも、もういらないみたいだね」
「え?」

遥は忘れていたのだ。
気が動転するあまり、今の自分の状況、つまり女の子と腕を組んでいるという
ことを。

「あ、これは、違くて…」

慌てて腕を離そうとするが、彼女は余計に遥との距離を縮めてきた。

「…彼女と仲良くね」
「あ、ちょ、亜佑美!」

遥の声は亜佑美には届かなかった。

292 :名無飼育さん :2015/10/18(日) 01:24
本日は以上です。
久々の更新がこんな内容で申し訳ないです。
今後の展開を見守って頂ければ幸いです。
293 :名無飼育さん :2015/10/18(日) 21:20
待っていた甲斐がありました!
工藤君が相変わらずで愛おしいです。今後の展開に期待しています。
(もう一作の方も首を長くして待っています)
294 :名無飼育さん :2015/10/24(土) 23:54
うまくいかない二人がもどかしい・・・
295 :名無飼育さん :2015/10/25(日) 19:43
ひさびさの更新きてた…
しかし修羅場に突入していた…
くどぅーあゆみんに幸あれ!
296 :名無飼育さん :2015/11/08(日) 03:53
レスありがとうございます!

>>293
お待たせいたしました!
もう一作の方、年内には必ず完結させますので、もうしばらくお待ち頂ければと思います。

>>294
もどかしさが大好物な作者です。
すいません…!

>>295
きっと幸ある…はずです。
見守って頂ければ嬉しいです。
297 :名無飼育さん :2015/11/08(日) 03:53
走り去る亜佑美を追いかけることも出来ず、遥は結局流されるまま
ファミレスに来ていた。
クラスメイトの女子のはしゃぐ声も耳に入らない。
こんな自分と一緒にいて何が楽しいのだろう。
途切れることなく話し続ける彼女を、冷めた目で見つめていた。

追いかけられなかったのは、まだ亜佑美を許せないからなのか。
それとも、女の子と腕を組んでいたという負い目からか。
いずれにしても、追いかけることが出来なかった自分に一番腹が
立っていた。
298 :名無飼育さん :2015/11/08(日) 03:53
「あれ?どぅー?」

聞き慣れた声にハッと顔を上げると、目の前に優樹が立っていた。
その横には当たり前のようにさくらがいる。

いつも通りの人懐っこい笑顔が、一緒にいる相手を確認した瞬間、
明らかに不機嫌な顔に変わる。

「…亜佑美と一緒じゃないの?」
「…ん、まあ」
「なんで?その子、誰?」

想定外の優樹の厳しい問いかけに、遥は言葉を失う。

「ねえ、どぅー、なんとか言ったら?」
「佐藤さん、落ち着いてください」

止めに入るさくらを気にも留めず、優樹の追及は続く。
二人に亜佑美とのことを聞いてほしいと思った。
優樹ならきっと情けない自分を引きずってでも亜佑美の元へと
連れていくだろうし、さくらは優しい笑顔で背中を押してくれる
だろう。

だけど、今は素直な気持ちになれなかった。
299 :名無飼育さん :2015/11/08(日) 03:54
「…まーちゃんには関係ねーだろ」

優樹の顔を見れずに俯いた遥に、強烈な言葉が浴びせられる。

「もう知らない!どぅーなんか大っ嫌い!」

優樹の後ろ姿が亜佑美のそれと重なる。

恋人と親友を同時に怒らせてしまった。
人生最悪の日だ。

どこか人ごとのように、遥はぼんやりとそんなことを考えていた。
300 :名無飼育さん :2015/11/08(日) 03:54








301 :名無飼育さん :2015/11/08(日) 03:54
さくらは足早に歩く優樹を追いかける。
怒りなのか悲しみなのか、恐らくその両方の感情が背中から伝わって
きて、さくらまで胸が苦しくなる。
後ろから優樹の右手に触れると、少しスピードを落としてくれた。
ギュッと繋ぎ返されて、そのまま無言で並んで歩く。

遥と亜佑美に何があったのか、さくらにはわからない。
だけど、優樹が今どんな気持ちでいるかは痛いほどよくわかる。
誰よりも二人を応援していたのは優樹だったから。
302 :名無飼育さん :2015/11/08(日) 03:54
今日は優樹の家族の帰りが遅くなるとのことで、一緒に夕食を食べて
部屋でのんびりと過ごす予定だった。

「さくらちゃん、優樹のことよろしくね」

優樹の母から頼まれていたので、食べ損ねた夕食の代わりになるものを
コンビニで買って帰ることにした。
買い物をしている間も、家に着いてからも優樹は一言も発しなかった。

「これ、温めますね」

お弁当を温めている間に麦茶を入れると、優樹はそれを一気に飲み干す。

「…あー、もう!」

乱暴にコップを置く優樹を咎めつつも、さくらは内心ホッとしていた。
どうやら怒りを表に出せる段階まで進んだようだ。

「どぅーのバカ!人がせっかく心配してやってんのに!」

食事中も優樹の愚痴は止まらなかったが、一通り気持ちを吐き出して
スッキリしたようだ。
食べ終えて優樹の部屋へ移動したときには、もう怒りは収まっていた。
303 :名無飼育さん :2015/11/08(日) 03:54
「ちゃんと仲直りしてくださいね」
「…うん」

優樹はさくらの話を素直に聞き入れる。
遥が浮気や二股など出来るタイプでないことは、二人とも十分に
わかっている。
きっと何か理由があるに違いない。

「…どぅー、怒ってるかな」
「嫌いって言ったことですか?」
「うん…」

酷く落ち込んでいる優樹に、さくらは苦笑する。
怒ったり落ち込んだり、忙しい人だ。

「大丈夫ですよ」
「そうかな…」
「佐藤さんと工藤さんの仲じゃないですか」

さくらの言葉に安心したのか、優樹はようやく笑顔を見せてくれた。
これほどまでに優樹の心を翻弄する遥のことが、少しだけ羨ましい。
304 :名無飼育さん :2015/11/08(日) 03:55
「…いいなあ、工藤さん」
「え?」
「あ、な、なんでもないです」

思わず口にしてしまったさくらの言葉を優樹は聞き逃さなかった。

「小田ちゃん、どぅーになりたいの?」
「え?いや、そうじゃなくて…」
「ん?どういうこと?」

こうなっては優樹を誤魔化すのは至難の業だ。

「…羨ましいなって思ったんです」
「どぅーが?なんで?」
「…だって、佐藤さんにそんなに思ってもらえて」

伝えた瞬間、顔が熱くなるのを感じて、さくらは両手で顔を隠した。
同性の親友にまでやきもちを焼くなんて、自分で自分に呆れてしまう。

一緒にいればいるほど、優樹のことを好きになる。
そんな自分が少しだけ怖い。
これ以上好きになったら、どうなってしまうのだろうか。
305 :名無飼育さん :2015/11/08(日) 03:55
次の瞬間、顔を覆う両手ごと温もりに包み込まれる。

「佐藤さん…?」

そっと名前を呼ぶと、優樹は一旦離れてさくらの両手を掴んで下ろした。
目に飛び込んできたその顔は今までに見たことのない表情で、さくらは
その瞳に真っ直ぐ射抜かれる。

「小田ちゃん、マサ、ヤバいかも」
「え?どうしたんですか?具合悪い?大丈…」

聞き終わる前に優しくキスをされた。
具合が悪いわけではないらしい。
唇の代わりに今度はおでこ同士がくっついて、胸がキュンとなる。

「ヤバい、ちょーヤバい」

優樹はぶつぶつと呟きながら、さくらと向き合う。
306 :名無飼育さん :2015/11/08(日) 03:56
「…約束、破っていい?」

何の約束なのかは聞かなくてもすぐにわかった。
それは、さくら自身、いつも頭のどこかで意識していたことだから。

返事をしないさくらの手を握り、優樹は不安そうに、だけどどこか
強引にもう一度問いかける。

「ヤダ?」

いつもよりも甘い声。
今にも泣き出しそうに困ったように下がる眉。
今までのどんなわがままやおねだりなんか比にならないくらい、
さくらの心に響いてくる。
307 :名無飼育さん :2015/11/08(日) 03:56
「…その聞き方、ズルいですよ」

もしも「ダメ?」と聞かれたら、「今はダメ」と答えたかもしれない。
だけど、「ヤダ?」なんて聞かれたら。

「イヤなわけ、ないじゃないですか…」

好きな人と一つになることを拒むはずがない。
さくらの答えに優樹は満足そうに微笑んで、彼女の体を抱き寄せた。
308 :名無飼育さん :2015/11/08(日) 03:56








309 :名無飼育さん :2015/11/08(日) 03:56
幸せそうな寝顔にそっと触れると、優樹はまるで子供のようにさくらの
体にしがみついてきた。
さっきまであんなにさくらを翻弄していたことがまるで嘘のようだ。
だけど密着している体から直接優樹の体温が伝わってきて、さくらは
再び体の奥が熱くなるのを感じた。
310 :名無飼育さん :2015/11/08(日) 03:56

―――――…平気?

余裕のない顔をしていたくせに、それでも優樹はちゃんとさくらの体を
気遣ってくれた。

311 :名無飼育さん :2015/11/08(日) 03:57

―――――…さくら

一つになれた瞬間の、自分の名前を呼ぶそのせつなくも優しい声に、
愛されていることを実感した。

312 :名無飼育さん :2015/11/08(日) 03:57
「…好き」

もうきっとこんな思いは全部わかっていると思うけれど、それでもなお
伝えても伝えてもきりがない。
さくらは腕の中の優樹をギュッと抱きしめた。
313 :名無飼育さん :2015/11/08(日) 03:57
ガチャ

「ただいまー」

どのくらいの時間が経ったのだろう。
階下から聞こえる声でさくらはハッと目を覚まし、飛び起きる。
どうやら優樹の家族が帰ってきたようだ。

「さ、佐藤さん!起きてください!」

優樹を起こしながら急いで服を着る。
いくら家族公認の仲とはいえ、こんな姿を見られるわけにはいかない。

「佐藤さん!起きてってば!」
「んー?」
「帰ってきたんです、おばさんたち。早く服着ないと!」

焦るさくらだが、優樹は全く起きる気配がない。
314 :名無飼育さん :2015/11/08(日) 03:57
「なんで焦ってんの?」
「…なんでって、だってこんなところ見られたら…」
「別にいーじゃん」
「良くないです!」
「いいって」
「何がいいんですか!」
「だってさ」

優樹がゆっくりと体を起こし、裸の上半身がさくらの目に入る。
さっきは夢中で気付かなかったが、顔の割に筋肉質なその体に
さくらは顔を赤らめる。

「だって、マサたち、家族になるんだからさ」
「え?」

優樹の真意が掴めずに聞き返す。

「父に言われたの。家族になりたいって思う女の子とじゃなきゃ、
 エッチしちゃダメだって。だからマサ、小田ちゃんと家族になる」

優樹のそれはある意味プロポーズだ。
まさかこんな状況でそんなことを言われるとは思ってもみなかった。
315 :名無飼育さん :2015/11/08(日) 03:57
黙っているさくらに、優樹が不満そうに問いかける。

「イヤなの?小田?」

さくらは込み上げてくる涙を必死で堪えながら答える。

「イヤなわけ、ないじゃないですか…」
「ニヒヒー」

その笑顔はまるでさくらの答えを確信していたみたいで。

「佐藤さん、やっぱりズルい…」

きっといつまで経っても優樹にはかなわない。
だけどそれが自分にとっての幸せなのだとさくらは思う。
316 :名無飼育さん :2015/11/08(日) 03:58
「なにボーっとしてんの?行くよ」

いつの間にかちゃんと服を着ていた優樹が、さくらの手を引く。
ちょっと強引だけど優しくエスコートしてくれる優樹に素直に
ついていく。

二人はそのまま手を繋いで部屋を出る。

火照った顔を優樹の家族に見られるかもしれない。
繋いだ手をからかわれるかもしれない。
だけどそれでも、この手をずっと離したくない、そう思った。
317 :名無飼育さん :2015/11/08(日) 03:58
本日は以上です。
318 :名無飼育さん :2015/11/08(日) 08:23
まーちゃん一足お先に大人になっただか
319 :名無飼育さん :2015/11/08(日) 09:16
まっすぐまーと迷走どぅーどっちも頑張れ
320 :名無飼育さん :2015/11/08(日) 10:28
まーさく!まーさく!(*´Д`*)
約束ってなんだったんだろう?
あゆどぅーも気になるぅぅぅ
321 :名無飼育さん :2015/11/15(日) 02:30
レスありがとうございます!

>>318
やっぱり、まーちゃんの方が先でした。

>>319
今回は迷走どぅーくんも頑張ったと思います。

>>320
約束は…二人だけの秘密にしてやってくださいw
322 :名無飼育さん :2015/11/15(日) 02:31
亜佑美とケンカしてから、一週間が経った。
こんなに長く連絡を取らなかったのは、付き合ってから初めてだ。
メールも電話もしない、そんな状態で一週間を過ごすのは想像以上に
辛かった。
亜佑美はなんとも思っていないのだろうか。
もう呆れて、自分のことなんて見捨ててしまったのかもしれない。
あるいは、他の誰かと…。
考えれば考えるほど胸が苦しくなる。
こんな思いは、自分一人で抱えきれそうもない。
323 :名無飼育さん :2015/11/15(日) 02:31
「…で、私が呼ばれたと」

遥の話を聞いた春菜は深いため息をついた。

「頼むよ、はるなんしかいないんだよ…」
「謝ればいいじゃん、普通に」
「…それが出来ないから困ってんの」

メールをしても返信してくれないかもしれない。
電話をしても出てくれないかもしれない。
謝っても許してもらえないかもしれない。

あの日の亜佑美の後ろ姿が遥の脳裏に焼きついて離れない。
これ以上、亜佑美に拒否されたら、もう立ち直れる自信がない。

324 :名無飼育さん :2015/11/15(日) 02:31
「亜佑美から、なんか聞いてる?」
「聞いてないよ」
「…そっか」
「人に言えないくらい落ち込んでるってことじゃない?あゆみん、
 自分のこと話すの苦手だからさ」
「…そうかなあ」

こんなに悩んでいるのは自分だけで、亜佑美は意外とケロッと日常
生活を送っているのではないだろうか。

「あのさあ、くどぅーはどうしたいわけ?」
「…俺は」

遥は一旦俯き考え込んだあと、弱々しい声で答える。

「仲直り、したい…」
「だったら、謝るしかないでしょ」
「…うん」

そう、謝る以外他に手立てはないのだ。
そんなことは遥もわかっている。
わかっているけど、どうにもこうにも勇気が出ない。
325 :名無飼育さん :2015/11/15(日) 02:31
春菜はもう一度深いため息をつき、手帳から紙を取り出した。

「はい」
「…なに?」
「あゆみんの劇団の稽古場」
「え?」
「メールも電話も無理なら、直接会って話すしかないんじゃない?
 家に押しかけるなんて、くどぅーに出来るわけないし」

遥からすれば稽古場も相当ハードルが高いのだが、確かに自宅へ
行くよりはましかもしれない。

「謝る謝らないは別としてさ。会ってきなよ。会いたいんでしょ?
 あゆみんに」
「…うん」
「ま、ダメだったらそのときはまた呼んでよ。ご飯くらいは付き
 合ってあげるから」
「はるなん…」
「もちろん、くどぅーのおごりでね」
「…やっぱり」
326 :名無飼育さん :2015/11/15(日) 02:31
そんなこんなで、遥は今、稽古場の前にいる。
中に入るわけにもいかず、入口前で立ち尽くすこと約二時間。
亜佑美は一向に姿を見せない。

午後9時30分を過ぎた頃、ようやく中から人が出てきた。
稽古を終えた劇団員なのだろうか。
全員、なかなかのビジュアルだ。
遥は少し離れたところで亜佑美の姿を探すが、彼女はその集団の中に
いないようだ。

「…あれ?」

集団の中の一人が遥の方へ向かってきた。
注意されることは覚悟の上だ。

「す、すいません!俺、怪しい者じゃ…。あ…」
「やっぱり、あゆみんの…」

目の前に立っていたのは、鈴木先生だった。
327 :名無飼育さん :2015/11/15(日) 02:31
「ずっと待ってたの?呼んで来ようか?」
「あ、いや、平気っす。俺が勝手に来ただけだから…」
「あー、もしかして、ケンカ?」

返答に困り、遥は俯いた。
まさかケンカの原因である相手とこんな会話をするなんて。

「あゆみんの不調の原因は、君かあ」
「…不調?」

『あゆみん』という親しげな呼び方に少しだけカチンときたものの、
それ以上に彼女が不調という方が気になった。

「…あいつ、調子悪いんすか?」
「んー、心ここにあらずって感じだったねえ。団長に叱られて、今は
 居残りで練習してるよ」
「居残り…」

亜佑美がとても大切に、そして真剣に打ち込んでいるもの。
それが上手くいかないとしたら、きっとすごく辛いに違いない。
328 :名無飼育さん :2015/11/15(日) 02:32
「一人で居残りしてるから、行ってやれば?」

鈴木先生は優しく微笑む。

「…俺、酷いこと言っちゃって、たぶんいっぱい傷つけちゃって。
 俺なんかでいいのかなって…」

その笑顔に遥は少しだけ素直になる。

「初めてなんだよね、あんなあゆみん。オンオフの切り替え、ちゃんと
 出来る子だから。それが出来ないくらい、君とのケンカがきついって
 ことじゃないかな」
「…亜佑美」
「行ってやんなよ。今の彼女じゃ、俺たちも困るしさ」

最後は冗談っぽく、だけど力強く、鈴木先生は遥の背中を押す。

「あ、ありがとうございます。俺、行ってきます」
「あ、ちなみにこの稽古場、10時で閉まるからね。頑張れー」
329 :名無飼育さん :2015/11/15(日) 02:32
稽古場の一角、そこだけ灯りがついている場所に彼女はいた。
台本を片手にセリフの練習をしているようだ。
亜佑美は背を向けており、遥に気付いていない。
遥も声をかけることが出来ずにいる。

その立ち姿はとても綺麗で、一週間ぶりの彼女に心が震える。
勇気がなくて声がかけられないのか、それとも見とれていたからか。

何度も何度も繰り返される同じセリフ。
遥からすればそれはもう完璧なのに、亜佑美は納得いかないのだろう。
イントネーションやアクセントを変えながら、彼女の練習は続く。

いつか、二人で海へ行ったことを思い出す。
亜佑美の演劇への思いを聞いたとき、何も出来ない無力感に襲われた。
夢を叶えるために戦っている彼女を支えるどころか、足を引っ張って
いるのではないだろうか。
330 :名無飼育さん :2015/11/15(日) 02:32
―――――そばにいてね?
―――――…俺で、いいの?
―――――くどぅーじゃなきゃ、ヤだ

あのとき、亜佑美は躊躇なく答えてくれた。
あんなに酷いことを言ってしまった今でも、同じように笑ってくれる
のなら、今度こそ彼女のそばにいたい。
331 :名無飼育さん :2015/11/15(日) 02:32
「あと10分で閉館でーす!」
「うわ!」

突然のアナウンスに遥は思わず声をあげた。

「あ、す、すいません」
「早く出てくださいねー」
「はい…」

スタッフが立ち去ったあと振り向くと、亜佑美と視線がぶつかった。

言わなければならないことがたくさんある。
だけど、亜佑美の顔を見た瞬間、頭の中が真っ白になった。

溢れ出しそうな涙を必死に堪えながら、亜佑美は遥を見つめている。
その表情が全てを物語っていた。
彼女の気持ちが伝染したのか、それとも遥自身の思いなのか、胸が
苦しい。
332 :名無飼育さん :2015/11/15(日) 02:32
「…ごめん」

クラスメイトの子のこととか、優樹に叱られたこととか、鈴木先生の
こととか、いろいろとすっ飛ばして、遥はただそれだけを伝えた。

それだけしか言えなかった。

遥の言葉に亜佑美は静かに頷いてくれた。
胸のモヤモヤが少しずつ晴れていくのを感じた。

再び続く沈黙がもどかしくて、遥は一歩一歩亜佑美に近付いた。
333 :名無飼育さん :2015/11/15(日) 02:32
「…肩借りてもいい?」

目の前の彼女が小さく呟いた。
いつもならそんなこと聞かないのに、それだけ不安にさせていたことを
強く後悔する。
今は亜佑美の望むことを何でもしてあげたいと思う。

本当は強く抱きしめたかったけど、今の亜佑美は壊れてしまうような
気がして、なるだけ優しい声で返事をした。
334 :名無飼育さん :2015/11/15(日) 02:33
「おいで」
「…ツ、くどぅー、チャラ男みたーい…」

亜佑美がいつものように軽口を叩く。
やっと笑ってくれたことにホッとしながらも、だけどその声が少し
震えていることに気付いた。

右肩に寄りかかる亜佑美の手にそっと触れる。
初めて手を繋いだときみたいに、胸がキュンとする。
触れるだけで、ただそれだけのことで、こんなにも心が溢れ出す。

「…好き」

静かな部屋に亜佑美の小さな声が響く。
335 :名無飼育さん :2015/11/15(日) 02:33
「俺も」
「…ヤダ」
「え?」

亜佑美はすねた顔で拒否したあと、遥の胸に顔を預けてこう言った。

「…ちゃんと、言って?」

自分の腕の中にすっぽりとおさまっている愛しい彼女のリクエストに、
遥はありったけの思いを込めて答える。

「好きだよ」

出会ったときよりも、付き合い始めた頃よりも、今の方がずっと。
336 :名無飼育さん :2015/11/15(日) 02:33
「閉館しまーす!」
「は、はい!すぐ出ます!」

再びの閉館アナウンスに二人は慌てて稽古場を後にした。

「…見られたかな、今の」
「かもね」

お互いに顔を見合わせて笑う。
そんな些細なことだけど、すごく幸せだと思った。
337 :名無飼育さん :2015/11/15(日) 02:33
並んで夜道を歩くと、亜佑美が遥の腕に絡みついてきた。
今日の彼女はとことん甘えモードのようだ。

「ねー」
「んー?」
「…あの子、誰?」
「あの子って?」
「あの日、一緒にいた子」
「…あー」

ただのクラスメイトで何にもなかったことを説明すると、亜佑美が
遥の頬をギュッと抓る。

「い、痛い…」
「ホントに?」
「ホ、ホントだって…」
「もう腕組んだりしない」
「しないしない、絶対にしない!だから、離して…」

必死で否定する遥に満足したのか、亜佑美は手を離し、今度は指を
絡める。
338 :名無飼育さん :2015/11/15(日) 02:33
「…羨ましいなって、思った」
「え?何が?」

遥は抓られた頬をさすりながら尋ねる。

「私は、あんなふうに学校から一緒に帰ったり、制服デートなんて
 出来ないから」

寂しそうな亜佑美の声に、遥は改めて彼女を深く傷つけてしまった
ことに気付く。

学校から一緒に帰るのは無理だけど、もう一つの方は出来なくもない。

「しようよ、制服デート」
「…今着たら、コスプレになっちゃうじゃん」
「いいじゃん、別に」

卒業してまだ間もないし、亜佑美ならきっと違和感ないと思う。

「行こうよ、決まり」
「フフ、なんかくどぅー、強引ー」

文句を言いながらも亜佑美はとても嬉しそうだった。
339 :名無飼育さん :2015/11/15(日) 02:33
「そばにいてね?」

いつかと同じ亜佑美の言葉。
だけど遥は、もう「俺でいいの?」とは聞き返さなかった。
その答えは聞かなくてもわかっているから。

「そばにいるよ」

今度こそもう絶対に、繋いだこの手は、何があっても離さない。
遥は心の中で強く強くそう誓った。
340 :名無飼育さん :2015/11/15(日) 02:34





341 :名無飼育さん :2015/11/15(日) 02:34
「というわけで、無事に仲直りしました。その節はどうも…」

数日後、遥と亜佑美、そして優樹とさくらはファミレスで向かい
合わせに座っていた。
心配をかけた二人にきちんと報告しようと、遥が誘ったのだ。
残念ながら春菜はバイトで来れず、後日埋め合わせをすることを
約束させられた。

「全く、世話がやけるなあ、どぅーは」
「ごめん」
「ま、仲直りしたならいいけどさ」
「本当に心配してましたもんね、佐藤さん」
「べっつに、マサはどうでも良かったけどさあ」

素直じゃない優樹に、遥と亜佑美、そしてさくらは苦笑する。
優樹の怒りと春菜の後押しがなければ、今頃どうなっていたことか。
口には出さないが、遥は心から感謝していた。
342 :名無飼育さん :2015/11/15(日) 02:34
「何か飲みますか?」

さくらが優樹に声をかける。
優樹は当然のように空いたグラスを差し出すと、さくらは優しく
微笑んで席を立つ。
何も言っていないのに、何を求めているかわかっているようだ。

以前から仲の良い二人だが、なんとなく雰囲気が変わったような
感じがするのは気のせいだろうか。
上手く言えないけど、優樹から感じるさくらへのそこはかとない
「俺の女」感。

「あ、私もついで来る」

女子二人が席を立った瞬間、遥はその疑問を率直にぶつけた。

「まーちゃん、小田ちゃんとなんかあった?」
「へ?なんかって?別にケンカとかしてないよ?」
「あー、そうじゃなくてさ、なんか二人、前と違うっていうか」
「んー。…あ、エッチしたからかなあ」
「そっか、エッチしたからかあ」
343 :名無飼育さん :2015/11/15(日) 02:34
サラリと流した数秒後、遥は口にしたジュースを吹き出した。

「どぅー、きたなーい」
「だ、だって今、なんて…」
「だから、エッチしたって」
「し、したの!?マジで?」
「うん」

優樹は平然とした顔で答えた。
遥と亜佑美が遠回りをしている間に、まさかワンランク上へ進んで
いたとは。

「ど、どうだった?」

こうなっては見栄も外聞もない。

「んー、まあ、柔らかかったし気持ちかったし、それに…」
「それに?」
「小田ちゃん、超かわいかった」
「か、かわいかったって…」
「すっごくかわいい声で、マサの…」
「さ、佐藤さん!!!!」

いつから聞いていたのか、そこには真っ赤な顔をしたさくらがいた。
隣の亜佑美も同じくらい赤い顔をしている。
344 :名無飼育さん :2015/11/15(日) 02:34
「あ、おかえりー」
「おかえりじゃありません!そ、そんな話、やめてください!」
「だって、どぅーが知りたいって」
「いや、俺は、別に…」

さくらの強い視線に、遥は慌てて否定する。
次の瞬間、真っ赤な顔の亜佑美と目が合い、お互い視線を逸らす。
こんな話題をしていたら、否が応でも意識してしまう。

「そういえば、どぅーたちはどうなの?」
「は、はあ?」
「ど、どうって…」
「まだエッチしてないの?」
「まーちゃん!」
「マサ!」
「佐藤さん!」

しれっと尋ねる優樹に、三人の声が重なる。
真っ赤な顔の遥、亜佑美、さくらを見ながら、優樹はただ一人、
楽しそうに笑っていた。
345 :名無飼育さん :2015/11/15(日) 02:35
本日は以上です。
346 :名無飼育さん :2015/11/15(日) 20:28
どぅーいし良かった良かった
あゆみんは弱ったり拗ねたりが似合いますね

そしてまーちゃん最高もっとやれwwww
347 :sage :2015/11/16(月) 22:09
どぅーとあゆみんも幸せになりますように!
348 :名無飼育さん :2015/11/24(火) 23:05
奇妙なあいつ からまた読み直してみて
まーちゃんの成長っぷりに感慨深くなりました
スパイラルムササビとかやってたのに(ノ∀`)
349 :名無飼育さん :2016/05/15(日) 21:07
レスありがとうございます。

>>346
石田さんの素直なところがかわいいです。
ここでもそのかわいさを表現できればと思っています。

>>347
のんびり歩んでいる二人ですが、きっと幸せになることでしょう!
それまで見守って頂ければ嬉しいです。

>>348
読み直して頂いてありがとうございます!
リアルまーちゃんの成長っぷりも半端ないですね。


久々の更新となりましたが、今回は番外編をお送りします。
350 :名無飼育さん :2016/05/15(日) 21:07
この春から大学2年生になった聖は、至って平和な大学生活を送っていた。

高校時代から継続しているバイトはすっかりベテランの域に達しており、バイト
仲間である衣梨奈との関係も相変わらずだった。

出会ってすぐその優しさと奔放さに惹かれて好きになった人。
だけど、衣梨奈にはずっと思っている相手がいて、聖の気持ちなんて知る由も
ない彼は、あろうことか思い人・里保の話をしょっちゅうしてくる。

その割に衣梨奈と里保は一向に結ばれず、わがまま気のままな衣梨奈の誘いを
断ることも出来ずにいた。

351 :名無飼育さん :2016/05/15(日) 21:07
そんなある日、リビングでテレビを見ていた聖に、帰宅した父親が声をかけた。
珍しく頼みがあるという。

「…家庭教師!?聖が?」
「そうなんだよ。知り合いに頼まれてな」

どうやら、その知り合いの息子の家庭教師をお願いしたいらしい。

「聖、頭悪いの知ってるでしょ…」
「それが成績はかなり優秀らしいんだよ。ただ帰国子女だから、日本語の細かい
 ニュアンスがわからないことがあって、そこを教えてほしいらしい」

長いこと迷っていた聖だが、勉強を教えるわけではないということと、時給の
高さに渋々承諾した。

相手の年齢は高校2年生。
3か月ほど前に帰国し、超名門私立高校に通っているそうだ。
その風貌からよく「お嬢様」と称される聖だが、実は普通の家庭の普通の女の子だ。
自分には全く縁のない世界だと思っていた。

一抹の不安と興味を胸に、家庭教師の初日を迎えた。

352 :名無飼育さん :2016/05/15(日) 21:08
父の知り合いの家は近所にあり、歩いて行ける距離だった。

「あ、こんにちは。今日から家庭教師をさせて頂く、譜久村聖です」
「いらっしゃい。どうぞ」

上品な女性に案内され、二階へと上がる。

「美希、家庭教師の譜久村さんがお見えになったわよ」

ドアを開けると、窓際の椅子に腰掛けていた男の子がゆっくりと振り向いた。

「初めまして。譜久村聖です」

聖を見た途端、眼鏡の下の頬が赤く染まる。

「あ、あの、お世話になります!の、野中美希です」
「よろしくね、野中ちゃん」

聖が差し出した左手を、美希は少し戸惑いながら同じように左手で握り返した。

「あ、も、もしかして、譜久村さんは左利き、ですか?」
「え、そうだけど、なんで?」
「握手、左手だったので」
「あ、そっか、思わず…、ごめんね」

聖は昔母親に、「左手の握手はマナー違反」と教えてもらったことを思い出した。

「あ、ぜ、全然、大丈夫です!僕も左利きですから!」

そう言ってはにかんだ瞬間、美希の片頬にえくぼがピュッと現れて。
かわいい子だなと聖は思った。

353 :名無飼育さん :2016/05/15(日) 21:08
家庭教師は週に一回。
父の話の通り美希はとても優秀だった。
帰国子女で英語はペラペラ、さらにピアノやダンス、アクロバットなども堪能で、
所謂高スペックな男の子だ。

しかし、美希自身からはそんな印象は受けず、眼鏡姿の彼は素朴でかわいらしい。
何よりもとても不器用でおっちょこちょいだった。

すぐに転ぶし物はなくすし、学校でも忘れ物が多いらしい。
美希の両親からもむしろ生活面を教えてほしいと依頼され、いつしか聖は姉の
ような気持ちで美希に接するようになっていた。

354 :名無飼育さん :2016/05/15(日) 21:08
「野中ちゃん、またシャーペンなくしたの?」
「あ、すいません…。気を付けてるんですけど、なんかどっか行っちゃって」
「もう。…じゃあ、はい」
「え?」

聖が差し出したのは自分の筆箱から取り出したシャーペンだった。

「えっと、これ…」
「聖、使ってないから、あげる」
「え、えー!」

必要以上に驚く美希に聖は目を細める。
いつも反応が純朴で面白い。

「そんなに嬉しい?聖のシャーペン」

だから、からかいたくなってしまう。
予想通り、美希は真っ赤な顔ではにかんだ。

「は、はい!大切にします!」
「べ、別に、ただのシャーペンだし、大袈裟だよ」

期待以上の反応に思わず聖まで赤くなって俯いた。

355 :名無飼育さん :2016/05/15(日) 21:08
聖はどちらかというとモテる方だった。
告白されたことも何度かあるけど、全て断ってきた。
高嶺の花だとかお嬢様ぶってとかいろいろ言われたりもしたけど、仕方がない。
自分が本気で好きな人には常に他に好きな相手がいたから。

今だってそうだ。
衣梨奈が聖のことを必要としてくれるのはわかっている。
辛いとき、落ち込んだとき、いつも一番に呼び出されるのは聖だ。
だけどそれは衣梨奈にとって一番の存在だからではない。
二番目の存在。
いつだってそうだった。

だから、自分のあげたシャーペンを大事そうに握りしめている美希の行動が
恥ずかしくて、すごく嬉しかった。

あれから数か月経った今でも、美希はそのシャーペンだけはなくすことなく、
ずっと使ってくれている。

356 :名無飼育さん :2016/05/15(日) 21:08
いつものように美希の家で家庭教師をしていたところ、突然、聖の携帯が鳴った。
普段は鳴らないようにしているのだが、今日はマナーモードにするのを忘れていた
ようだ。

ディスプレイに表示された「生田 衣梨奈」の文字に胸が躍る。
こんな風に電話が来るのは久しぶりだ。

「…譜久村さん?」
「あ、ごめん。マナーにするの忘れてた」
「出ないんですか?」

美希の視線が気になりながらも、聖は通話ボタンを押した。
愛しい人の声を聞いた瞬間、体中が熱くなる。

「…うん。え?今からはちょっと…。うん、…わかった。後でね」

357 :名無飼育さん :2016/05/15(日) 21:08
やっぱり、衣梨奈の誘いを断ることなんて出来ない。
家庭教師が終わったあと、いつものカラオケボックスへ行く約束をして電話を
切った。

「…すいません」
「え?なんで?」
「あの、今日はもう大丈夫ですよ?母には僕から伝えておくので」
「別に大丈夫だよ。急ぎの用じゃないし」

なんとなく、気まずい沈黙が流れる。
別に美希に対してやましい気持ちなどないはずなのに。

「…あ、あの」
「ん?」
「いや、その、今の…、か、彼氏さん、ですか?」

遠慮がちだけどストレートな美希の質問に、聖は一瞬答えに詰まる。

「…彼氏なんかじゃないよ」

何度も何度もそうなりたいと思っていたけど、その願いが叶わないことは聖が
一番よくわかっていた。
衣梨奈の里保への強い思いをいつも聞かされていたのだから。

358 :名無飼育さん :2016/05/15(日) 21:09
「…そ、そうですか」

俯いている美希の姿に胸が苦しくなる。

「えりぽん、好きな子いるんだもん。聖なんかより、ずっとずっと大切な子」
「譜久村さん…」
「弱ったときだけ聖に電話してくるの。それで喜んじゃう聖も、バカだよね」
「そ、そんなのダメです!」

突然、美希が立ち上がる。

「野中ちゃん、どうし…」
「そんな都合のいい女なんて、絶対にダメです!!」
「…どこで覚えたの、そんな言葉」
「そんなのどうだっていい!とにかく、譜久村さんはそんな扱いを受けていい
 人じゃないんです!」

初めて見る美希の怒った顔。
その怒りが自分のためだと気付き、聖の心になんともいえない感情が芽生える。

「わかったから、落ち着いて」
「…あ、はい、すいません。つい、ムキに…。で、でも、もうそんな関係、
 やめた方がいいと思います」

359 :名無飼育さん :2016/05/15(日) 21:09
それは正論だ。
そんなことは聖だってとっくの昔にわかっていた。
だけど、呼ばれると行かざるを得ない。
好きだから。
会いたいから。
衣梨奈が必要としてくれている以上、断る選択肢など聖にはない。

「そんなの、ダメです」

美希はもう一度、さっきの言葉を繰り返す。
わかっている。
わかっているけど、ダメだからって止められるほど、簡単に割り切れるほど
単純な問題でなはい。

「…野中ちゃんにはわかんないよ」

聖の静かな反論に美希の動きが止まる。

「野中ちゃんには聖の気持ちなんて、わかんな…」

360 :名無飼育さん :2016/05/15(日) 21:09
一瞬、何が起きたのかわからなくて、聖は思わず目を瞑った。
ゆっくり目を開けると目の前には美希の顔があって、そのとき初めて、自分が
置かれている状況を理解する。
そう、この体勢はつまり、所謂壁ドンというものだ。

間近で見る美希の顔には、いつものようなおろおろ感は全くない。
反対に動揺しているのは聖の方だった。

「子供扱いしないでください」

美希がすっと眼鏡を取る。
初めて見る素顔は思っていたよりもずっと端正で。

見とれているうちに、聖の唇に美希の唇がそっと重なった。

361 :名無飼育さん :2016/05/15(日) 21:09
逃げるように美希の家を出てからも、聖の胸のドキドキはずっと収まらなかった。
こんな気持ちのまま、衣梨奈に会うことは憚られたが、行かないわけにもいかない。
きっと衣梨奈は聖のことを待っているだろう。

カラオケボックスの部屋を開けると、暗い表情の衣梨奈が歌いもせずに座っていた。
かなりの重症のようだ。

「…聖、遅い」
「…ごめん」

いつもなら明るく衣梨奈を励ます聖だが、今日はそれどころではなかった。
油断すると、先程の美希の顔が目の前に現れて、柔らかい感触が蘇ってくる。
衣梨奈が隣にいるのに、頭の中は美希のことでいっぱいだった。

「…里保が」
「うん」
「留学するんやって」
「え?」

元々、里保が地元を離れてこっちの高校に入学したのは、ダンスの腕を磨くため
だったそうだ。
全国レベルのダンス部でエース級の活躍をしていた里保に、海外のダンススクール
から誘いがかかり、一年間の期限付きで留学をすることになったらしい。

362 :名無飼育さん :2016/05/15(日) 21:09
相変わらず、友達以上恋人未満のような関係だった衣梨奈と里保だが、誰も
入り込めない不思議な絆があるように見えた。
離れていても会えなくてもずっと変わらない、そんな強い絆が。
だけど、海外へ行くという事実は、さすがの衣梨奈も受け止め切れていない
様子だ。

「さすがの衣梨奈様も、海外まではきついっちゃん」
「えりぽん…」
「聖ぃ…」

弱った衣梨奈はいつも、聖にハグを求める。
それは衣梨奈にとっては特別な行為ではないのだろう。

だけど、衣梨奈の温もりに包まれるこの瞬間が、聖にとってはせつなくも
幸せで、永遠に続いてほしい大切な時間だった。

363 :名無飼育さん :2016/05/15(日) 21:10
いつもよりもずっとずっと長いハグ。
衣梨奈がどれだけ弱っているかが伝わってくる。

「聖…」

一瞬、温もりが離れたあと、ゆっくりと衣梨奈の顔が近付いてくる。
それは聖がずっと夢見ていたことだった。

恋のライバルは海の向こうへ行く。
このまま、彼のキスを受け入れれば、もしかしたら―――――。

364 :名無飼育さん :2016/05/15(日) 21:10
―――――そんなの、ダメです。

二人の距離がゼロになりかけたとき、聖の頭の中に美希の声が聞こえた。

聖があげたシャーペンをまるで宝物のように大切にしてくれた美希。
笑うとえくぼがかわいくて、子供みたいに不器用であどけなくて、だけど、
眼鏡を取った素顔はすごく凛々しくて。

「…ヤダ」

聖は反射的に衣梨奈の肩を押し返した。

「…聖、そんなんじゃないもん」

美希の言葉を思い出す。

「都合のいい女なんかじゃない」

365 :名無飼育さん :2016/05/15(日) 21:10
重い沈黙を破ったのは衣梨奈の方だった。

「そうやね。ごめん俺、聖に甘え過ぎやった」
「…えりぽん」
「情けないっちゃん、マジで」

わかりやすく肩を落とす衣梨奈に聖は苦笑する。
情けないしずるいしカッコ悪いんだけど、やっぱり憎めない。

「里保ちゃんに言いなよ、帰ってくるまで待ってるって」
「…そんなん重くない?」
「今までが軽過ぎたんだから、たまにはいいんじゃない?」
「なんそれ」

ようやく衣梨奈が笑顔を見せてくれた。

「里保ちゃん、いつ行くの?」
「あー、…今日」
「え!?」
「夜10時過ぎの便、バイトで行けんって、家族には言ってあると」

再び弱気になる衣梨奈の腕を掴み、聖は無理やり出口へと向かわせる。

「ちょ…、痛いって、聖」
「早く行きなよ」
「聖、怖い」
「いいから早く!」

366 :名無飼育さん :2016/05/15(日) 21:10
外へ出てタクシーを捕まえると、衣梨奈を押し込んで行き先を告げた。
ここから空港までいくらかかるかわからないが、きっと衣梨奈の家族もいるし、
なんとかなるだろう。

「聖、ありがと!」

去り際の衣梨奈の笑顔に少しだけ胸がキュンとした。
だけど、不思議と後悔とか未練はなく、聖は穏やかな気持ちでタクシーを見送った。

「…バイバイ、えりぽん」

衣梨奈の思いが里保に届くようにと祈りながら。

367 :名無飼育さん :2016/05/15(日) 21:10











空港に見送りに来てくれた人たちの中に、衣梨奈の姿はなかった。

「ごめんね、里保ちゃん。こんな日にまでバイトなんて…」

申し訳なさそうに頭を下げる衣梨奈の母親に、里保は作り笑顔で首を振った。
ずっと、自分のことを好きだと言ってくれた衣梨奈を信じられず、素直に
気持ちに応えられなかったのは里保自身だ。

それでも衣梨奈はずっと変わらず、里保を思い続けてくれた。
だけど、一年もの間海外へ行く自分を待っててくれる保証なんてない。
男女問わずにモテる衣梨奈のことだ。
自分よりももっと相応しい人が現れるだろう。

わかっているのに胸が苦しくなるのはなんでだろう。
こんなことになるなら、素直に気持ちを伝えておけば良かったと、里保は
今さらながら後悔する。
誰よりも強く、衣梨奈のことを求めているくせに。

368 :名無飼育さん :2016/05/15(日) 21:10
「そろそろ行くね」

少し早いが、未練を断ち切るために、里保はみんなに別れを告げた。
大切な人たちの顔を見ていると泣きそうになるけど、これから夢を叶えるために
行くのだから、泣くわけにはいかない。
自分で選んだ未来だから。

グッと堪えて歩き出す。

「…ほ!」
「え?」
「里保!」

最初は幻聴かと思った。
だけど、遠くから全速力で向かってくるその姿を見た途端、涙が止まらなくなった。

「…間に合ったー」
「何しに来たん…」

この期に及んでまだ素直になれない自分が恨めしい。

369 :名無飼育さん :2016/05/15(日) 21:11
「里保に会いたくて、飛んで来た」

いつかも聞いたセリフ。
次に続く言葉はわかっている。

「俺、魔法が使えるけんね」
「…バカみたい」
「里保が呼んだらすぐ飛んで行くっちゃん」
「外国だよ?」
「そんなん余裕」
「パスポートもないのに」
「…現実的なこと言わんでよ」

里保の憎まれ口に衣梨奈は苦笑する。
変わらない距離感に安心するけど、今日からは今以上に遠くなる。

370 :名無飼育さん :2016/05/15(日) 21:11
「里保」

名前を呼ばれて顔を上げた次の瞬間、ふわっと衣梨奈に抱きしめられた。
初めての距離感に、里保は激しくなる鼓動を抑えられない。

「俺、待ってるけん。里保が帰ってくるの」
「…えり、ぽん」
「好きっちゃん」

里保は衣梨奈の背中に腕を回す。
そして、衣梨奈にしか聞こえないくらいの小さな声で呟いた。

「…ウチも、好き」

ずっとずっと好きだった。
ようやく素直に思いを伝えることが出来た。

今まで見たことのない顔で喜んでいる衣梨奈を見て、きっと自分は頑張れると
里保は思った。

―――――いつだって、世界一の魔法使いがついててくれるから。

371 :名無飼育さん :2016/05/15(日) 21:11





372 :名無飼育さん :2016/05/15(日) 21:12
一週間後、美希の家庭教師の日。
あんなことがあってから初めて会うため、聖はどんな顔をすればいいのか
わからなかった。
それでも会いたいと思う自分の気持ちに戸惑いながらも、美希の部屋に入る。

聖の姿を確認した途端、美希が滑り込むように聖の前で跪いた。

「すいませんでした!」
「ちょっと、野中ちゃん、やめてよ!」
「いや、だって僕、譜久村さんにあんなこと…」
「大丈夫だから、顔上げてってば!」

しばらくどちらも譲らずに押し問答が続いたあと、ようやく美希が顔を上げた。
目が合った瞬間、ドキッとしてしまう。

「…ホントに、あんなことするつもりじゃ…」

だったら、一体どんなつもりだったのか。
聖は少しだけ意地悪をしてみたくなった。


373 :名無飼育さん :2016/05/15(日) 21:12
「じゃあ、なんであんなことしたの?」
「…え、なんでって、それは、その」
「そういうことに興味があったから?」
「そ、そんなんじゃ!…あ、いや、興味がないわけじゃないですけど…」
「じゃあ、誰でも良かったんだ」
「ち、違います!誰でも良いわけじゃなくて…」
「なくて?」
「…ふ、譜久村さんだから」
「聖だから、何?」
「あ、だから、その…」

美希は真っ赤な顔で言い淀む。
聖は追及の手を緩めない。
自分勝手だと思うしわがままだと思うけど、美希に言ってほしかった。

374 :名無飼育さん :2016/05/15(日) 21:12
「野中ちゃん」

聖の優しい呼びかけに、美希は覚悟を決めたように息を深く吸い込んだ。

「あ、あの、僕、譜久村さんのこと、す、す、す…、すきやきっておいしい
 ですよね!…って、あー、違う!そうじゃなくって…」

頭を掻きむしる美希の姿が面白くて、聖は思わず吹き出した。

「野中ちゃん、ウケるー」
「ウケるって、あはは…」

聖の反応に、美希は力なく笑う。
そして、もう一度深呼吸をして、すっと聖の顔を覗き込んだ。

「好きです」

それは聖が一番聞きたかった言葉。
真っ直ぐな美希の瞳から彼の思いが伝わってくる。


375 :名無飼育さん :2016/05/15(日) 21:12
「…よく言えました」

照れくさそうに聖が差し出した左手を、美希は優しく、だけど力強く包み込む。
はにかんだ彼の頬に浮かんだえくぼは最高にかわいかった。

376 :名無飼育さん :2016/05/15(日) 21:13
本日は以上です。
377 :名無飼育さん :2016/05/20(金) 23:54
キテタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━ !!!!!
こんなシチュエーションで勉強に集中できるかどうか甚だ疑問…、
いや何が言いたいかというととても羨ましいです。
どこに依頼したら良いのでしょうか?

というのは半分冗談で、今回も楽しませて頂きました。ありがとうございました。
作者さんの描写、今も変わらず好きです(^-^)
378 :名無飼育さん :2016/05/23(月) 22:41
おぉー!番外編!
どうなったかなって気になっていた人たちのお話なので嬉しい限りです
そして素敵な結末をありがとうございます。
379 :名無飼育さん :2016/08/06(土) 23:09
レスありがとうございます!

>>377
確実に勉強に身が入らないと思いますw
野中ちゃんが羨ましいw

>>378
自分自身、ずっと気になっていた人たちです。
ようやく幸せにしてあげることが出来て、ホッとしています。
380 :名無飼育さん :2016/08/06(土) 23:10
「どぅー、お祭り行こう!」

それは優樹からの突然の誘いだった。

「なに、唐突に…」
「だって、夏と言えばお祭りじゃん。どうせこの夏、ずっと部活ばっかでしょ」

わけのわからないのは相変わらずだけど、確かに優樹の言うことにも一理ある。

水泳部にとっては夏が勝負。
練習に大会にと遊んでいる暇はないのだ。
しかも、この夏行われる大きな大会に、遥は初めてエントリーされた。
遥の学校の水泳部は地域でもかなりレベルが高い。
だから、1年生のときには練習試合にしか出してもらえなかった。
挫折しそうになったときもあったが、頑張っている亜佑美に触発されて、必死に
食らいついてきたのだ。
その結果、2年生の夏にようやく掴んだチャンス。
遊んでいる暇もデートをしている余裕もなかった。

381 :名無飼育さん :2016/08/06(土) 23:10
一方の亜佑美も、相変わらず演劇のバイトで忙しい日々。
お互い、電話やメールでのやりとりに終始していた。

「…んー、俺、パス」
「なんでさー?」
「練習きついもん。ヘトヘトだし」
「へー、ホントに行かないんだ」
「…なんだよ」

思わせぶりな優樹の言い方が頭に引っかかる。

「どぅー、亜佑美の浴衣姿、見なくていいんだ」
「…へ?」
「じゃあ、マサと小田ちゃんと亜佑美とで行くから。バイバイ」
「ちょ、ちょっ!待って!」
「なんだよ」
「あ、亜佑美も来るの?」
「来るよ、さっきOKもらったもん。でも、どぅーは行かないんでしょ?」
「い、行く!行くよ!行きます!!」

その夜、亜佑美に確認してみた。

『行くよ!くどぅーも来るんでしょ?楽しみだね』

そのかわいらしい返事にニヤニヤしながら、遥の頭の中は浴衣姿の亜佑美で
いっぱいだった。

382 :名無飼育さん :2016/08/06(土) 23:10
遥が待ち合わせの場所に着くと、既にさくらが来ていた。

「小田ちゃん、久しぶり」
「あ、工藤さん。お久しぶりです」

ラベンダー色の浴衣がよく似合っている。

「浴衣かわいいね。小田ちゃんのイメージにピッタリ」

さり気なく褒めると、さくらの頬が赤く染まる。

「さ、佐藤さんが着て来いってしつこいから…。私、浴衣なんて持ってなくて、
 叔母さんのおさがりで、ちょっと古くないかなって…」
「古くなんてないよ、めっちゃ似合う!」
「あ、ありがとうございます…」

さくらは真っ赤になって俯いた。

383 :名無飼育さん :2016/08/06(土) 23:11
「…なーに、小田ちゃんのこと口説いてんのさ」

いつの間にかそばにはふくれっ面の優樹が立っていた。

「べ、別に口説いてなんか…」
「あとで亜佑美に言いつけてやる」
「だから!口説いてねーし!!」

必死に言い訳する遥の背後から聞き慣れた声が響く。

「口説くって誰を?」
「あ、亜佑…」

振り向いた瞬間、遥の視線は一気に鮮やかな紺の浴衣に奪われる。
彼女と出会ってからもう何年も経つけれど、浴衣姿を見るのは初めてだ。

きっと今の自分はアホみたいに間抜けな顔をしているだろう。
そう自覚しながらも遥は彼女から目を離せなかった。

384 :名無飼育さん :2016/08/06(土) 23:11
「…くどぅー?」

亜佑美の声で我に返る。

「あ、ご、ごめん」
「ったく、見とれ過ぎだから。行こ、小田ちゃん」

まだ少しすねている優樹がさくらの手を取って先を歩く。

「あ、待ってよ、マサ。もう…」

二人の後ろ姿を見つめる亜佑美の背中。
夏らしく涼しげに纏められた髪がやけに大人っぽくて、遥をさらにドキドキ
させた。

「…くどぅー、疲れてる?」
「え?あ、いや、全然!」
「そっか。なんかいつもと違うから」
「あ、いや、なんか、久々っていうか…、その、なんつーか…」

遥の言葉に亜佑美はすっと距離を詰めてくる。

「そういえば、ゆっくり会うの、久々だね」
「…うん」

遥の部活帰りにとか、亜佑美のバイトの合間とか、特にここ数か月は忙しくて
こんなふうに対峙することも殆どなかった。

385 :名無飼育さん :2016/08/06(土) 23:11
「…浴衣、変じゃない?」
「え?」
「子供の頃以来だから、浴衣着るの」

かわいいとか似合っているとか、さくらにはあんなに簡単に言えたのに、
亜佑美には声をかけることすら出来ない。
まるで初めて恋を自覚したときのように、上手く言葉を紡げない。

「…変じゃねーし。俺らも行こう」

なんとなく亜佑美の顔を真っ直ぐ見れなくて、遥はさっと亜佑美の手を引いて
歩き出した。

386 :名無飼育さん :2016/08/06(土) 23:12
優樹とさくらに合流して、四人で屋台を見ながら歩く。
はしゃぐ優樹とそれを見守るさくら。
対して遥と亜佑美は先程の気まずさをまだ引きずっていた。
繋いでいた手もいつの間にか離れてしまっている。

「あ!綿あめだ!買ってくる!」
「…私も買ってくるね」

亜佑美は、目的の屋台へ走る優樹のあとを追っていった。

「佐藤さん、はしゃいじゃって…」

苦笑しながらも、さくらの表情はとても優しい。
変わらない二人の関係性が少しだけ羨ましい。

「まーちゃんとは、相変わらず仲良いんだ?」
「はい。…実は、私、お祭りとか殆ど来たことなくて」
「え?そうなの?」
「うち、両親が忙しかったんで…」
「そっか…」
「その話したら、佐藤さんがすぐに調べてくれて、誘ってくれたんです」

優樹の行動力の半分でも自分にあれば…。
遥の目に映るのは、優樹の隣で嬉しそうに笑っている亜佑美の姿だった。

387 :名無飼育さん :2016/08/06(土) 23:12
「ちゃんと言ってあげました?」
「へ?」
「石田さんに、浴衣かわいいって」

鋭いさくらの言葉に、遥は苦笑する。
さくらには二人の気まずさもその理由もお見通しのようだ。

「…さすが、小田ちゃん」
「きっと待ってますよ、工藤さんの一言」
「…うん」

「変じゃない」と聞いた亜佑美が欲しい言葉はなんとなくわかっている。
だけど、遥にとってはその一言が簡単なようで難しい。

388 :名無飼育さん :2016/08/06(土) 23:12
「お待たせー!はい、小田ちゃんの分」

戻ってきた優樹と亜佑美は両手に綿あめを持っていた。

「はい、くどぅー」
「あ、サンキュ…。あのさ…」
「ん?」
「…えっと、その、浴衣さ…」
「どぅー!行くよ!!」

遥の言葉は優樹の叫びによって遮られる。

「ホント、子供なんだから、マサは。…ごめん、くどぅー。なんだっけ?」
「あ、いや、なんでもない…」
「…そっか」

結局、また何も言えないまま、二人は微妙な距離感のまま、時間だけが過ぎて
いった。

389 :名無飼育さん :2016/08/06(土) 23:13
かき氷の屋台の前で、遥は思いがけない人と遭遇した。

「…どぅー?」
「え?…あ、譜久村さん」

声をかけてきたのは聖だった。
亜佑美への誕生日プレゼントを一緒に選んでもらって以来の再会だったが、
相変わらずの柔らかい雰囲気を醸し出している。
ピンクの浴衣もとてもよく似合っていた。

「久しぶりだね、どぅー」
「はい!あのときは、どうも…」
「ううん。あ、もしかして、亜佑美ちゃん?」

聖は遥の隣にいた亜佑美に気付き、優しく笑いかける。
事情を知らない亜佑美は戸惑いながらもペコリと頭を下げた。

「想像通り、かわいい彼女だね、どぅー」

聖の言葉に、遥と亜佑美は同時に顔を赤くした。

390 :名無飼育さん :2016/08/06(土) 23:13
「そ、そういえば、今日は生田さんと?」
「あ、ううん。聖ね、今…」
「譜久村さーん!お待たせしま…、いて!」

聖の名前を呼んで駆け寄ってきた美希が、遥たちの目の前で盛大に転んだ。

「野中ちゃん!大丈夫!?」
「いった…、いや、僕はだいじょ…あー!!!!」

立ち上がった美希の足元にはかき氷の残骸が広がっている。

「せっかく10分も並んで買ったのに…」
「もう、ドジなんだから…」
「…すいません」
「…あ、あの」

落ち込んでいる美希に遠慮しながら、遥が声をかける。

「あ、ごめんね、紹介するね。野中美希くん」
「初めまして!野中美希です!譜久村さんとお付き合いしてます!」
「野中ちゃん、声が大きいから…」
「す、すいません!」

391 :名無飼育さん :2016/08/06(土) 23:13
衣梨奈から里保とのことは聞いていた。
そのことはとても嬉しかったけれど、同時に思い浮かべたのは、衣梨奈のことを
見つめていた聖の横顔だった。
聖がどんな思いをしているのか心配だったから、美希の存在を知ることが出来、
遥は心から安心した。

遥が優樹やさくらを紹介すると、すぐに聖や美希とも仲良くなり、しばらくは
盛り上がっていた。

「向こうに金魚すくいとか水飴とかあったよ」
「マサ、金魚すくいやる!」
「あ、じゃあ、また」
「うん、またね、どぅー」

美希の隣で手を振る聖はとても幸せそうだった。

392 :名無飼育さん :2016/08/06(土) 23:14









393 :名無飼育さん :2016/08/06(土) 23:14
遥たちと別れたあと、美希は再び足元のかき氷に目を移す。

「やっぱり、僕、もう一度買ってきます!」
「え?もういいって…」
「ダメです!だって、譜久村さん、かき氷大好きって言ってたじゃないですか!
 ここの屋台、おいしいってみんな言ってるし、僕、まだ全然並べますから!」

駈け出そうとする美希のシャツを聖が引っ張る。

「…譜久村さん?」
「行かなくていい」
「で、でも…」
「聖をこのまま一人ぼっちにしておくわけ?」

聖はシャツを掴んだまま、美希を見つめる。

「一緒にお祭り来たんだから、ちゃんとそばにいて?」
「ふ、譜久村さん…」
「ね?」
「は、はい!!」
「だからー、声大きいってー」

394 :名無飼育さん :2016/08/06(土) 23:14









395 :名無飼育さん :2016/08/06(土) 23:15
お祭りの中心部に行くとさすがに人が多く、遥と亜佑美は優樹たちとはぐれて
しまった。
電話をしても気付かないのか、連絡が取れない。

「ったく、どこ行ったんだよ」
「これだけ人が多いとわかんないね」

金魚すくいや水飴の屋台にも姿は見当たらず、捜すうちに中心部を外れた静かな
場所に迷い込んでしまう。

草むらの中、座り込んでいる人影が目に入る。
薄暗い電灯にラベンダーの浴衣が映し出された。

「あ、いた…」

ようやく見つけた優樹とさくらは、目の前で互いの距離を縮めていく。
声をかけることも出来ぬまま、遥はその光景を静かに見つめていた。

二人の影が重なった瞬間、亜佑美が遥の手を引いて、その場から去った。

396 :名無飼育さん :2016/08/06(土) 23:15









397 :名無飼育さん :2016/08/06(土) 23:15
足音に気付き、さくらはすぐに優樹から離れる。

「今の、工藤さんと石田さんですよね。どうしよう、見られたかも…」
「べっつにいいじゃん。もうマサたちがエッチしてることも知ってるんだし」
「ま、またそういうこと…!」
「なんかどぅーたち、変な感じだったからさ」

さくらと同様、優樹も二人の気まずさに気付いていたのだ。

「仲直りのきっかけになるかもって」

優樹はそう言うと、まるでいたずらが成功した子供のような笑顔を見せた。
その笑顔にさくらはハッとする。

「もしかして佐藤さん、見られてるの知ってて、わざと…」
「ニヒヒー」

398 :名無飼育さん :2016/08/06(土) 23:15
ドキドキしていたのが自分だけみたいで、冷静な優樹が少し憎らしい。
さくらが少しだけむくれていると、優樹が向き合うように体勢を変えた。
正面から抱きしめられて、さくらの鼓動が跳ね上がる。

「小田ちゃん、我慢できなくなっちゃった?」

耳元で囁かれるセリフに体中が熱くなる。

「…そ、そんなわけ」
「…マサは我慢できないかも」
「佐藤さん…」

初めて体を重ねたあの日から、何度かそういう雰囲気になった。
しかし、高校生の二人がゆっくりと過ごせる場所は意外と少なく、なかなか
二回目のチャンスは訪れなかった。
優樹は家に家族がいても気にはしていないようだったが、さくらの方は
そうもいかない。

399 :名無飼育さん :2016/08/06(土) 23:16
「…今日」
「ん?」
「今日だったら、両親遅いし、兄も妹もお祭りでいないし…」

この状況でこんな誘いをするのはとても恥ずかしかった。
だけど、さくら自身、我慢できそうになかった。

「…うち、来ますか?」
「いいの?」

優樹の問いに、さくらは無言で頷いた。

400 :名無飼育さん :2016/08/06(土) 23:16









401 :名無飼育さん :2016/08/06(土) 23:16
遥と亜佑美は手を繋いだまま、無言で歩く。
人影は殆どなく、すれ違うのも密着しているカップルばかりで、空気が気まずい。
あんな光景を見てしまったら、自分の欲望を上手くコントロール出来なくなる。

遥が立ち止まると、亜佑美も黙ったまま俯いた。

「…あのさ」
「…うん」

手を繋いだまま、向かい合う。

「浴衣…」
「…うん」
「似合ってる」
「…それだけ?」

すねたように上目遣いで睨んでいる亜佑美がすごく愛おしくて、遥は彼女の
手を引いて自分の方に抱き寄せる。

402 :名無飼育さん :2016/08/06(土) 23:16
「…かわいい」
「…遅いし」
「ごめん」

上手く言えない分、お詫びの意味も込めて、強く強く抱きしめる。

「小田ちゃんの浴衣姿に見とれてたし」
「…見とれてねーし」
「譜久村さんにデレデレしてたし」
「…デレデレなんかしてねーし」
「くどぅーの彼女は誰なの」
「…亜佑美に決まってんじゃん」

そう告げた瞬間、亜佑美の手が背中に回される。

「…ずっとこうしてほしかった」
「え?」
「いつも励ましてくれてすごく嬉しかったけど、ギュッてしてほしかった」

それは遥にとっても同じことで、電話やメールでの一言も力にはなったけれど、
その何倍も何十倍も、今の亜佑美の温もりが心強い。
403 :名無飼育さん :2016/08/06(土) 23:17
いつも同じ気持ちでいるのに、なぜか遠慮してすれ違ってしまう。
ケンカしたり気まずくなったり、その度に少しずつ深まっていく思いを、強く
結ばれていく絆を、遥は確かに感じていた。

先を急ぐ気持ちがないわけではない。
愛おしく思うあまり、欲望が爆発しそうになることもある。

だけど、今の自分たちに一番必要なことは、たぶんそういうことじゃない。

「試合、頑張ってね」
「うん」
「応援、行くね」
「うん」
「…なかなか会えなくて、ごめんね」

突然謝る亜佑美に、遥は苦笑する。

「笑うところじゃないのに」
「ごめんごめん。なんか、俺たち、おかしくね?」

長く強く抱き合ったまま、そんな会話をしている姿はどこか滑稽だ。

404 :名無飼育さん :2016/08/06(土) 23:17
「…ツ、確かに」

他人から見たらきっとおかしくてもどかしいこの関係を大切にしたい。
遥は亜佑美から離れて、そっと彼女の肩に手を置く。

月明かりに照らされた亜佑美の笑顔はとてもきれいで、きっと自分は何度でも
彼女に見とれてしまうだろう。

405 :名無飼育さん :2016/08/06(土) 23:18
「亜佑美」
「くどぅー」

二人はゆっくりと唇を重ねた。
それはあの日のように、そっと触れるだけの優しいキスだった。

406 :名無飼育さん :2016/08/06(土) 23:19
本日は以上です。

やっぱりもうしばらくこのままの関係でいさせてください。
なかなか進展せず、申し訳ありません。
引き続き、二人を見守っていただけると幸いです。
407 :名無飼育さん :2016/08/10(水) 20:36
もどかしい2人がたまりません
これからも応援しつつ見守らせてください
そして佐藤くんがあいかわらず最強・・・w
408 :名無し飼育さん :2016/08/12(金) 23:44
更新キテター
まーさくが相変わらず仲良しだし
ふくちぇるの関係もほほえましいし
あゆどぅの意地っ張り具合も相変わらずでなにより^^
409 :名無飼育さん :2016/09/14(水) 01:06
レスありがとうございます!

>>407
もどかしい二人と反比例してどんどんすごくなる佐藤くんw
どちらも見守っていただければ幸いです。

>>408
それぞれの関係性を書くのが楽しくてたまりませんw
特に、ふくちぇるが個人的にも気に入っています。


今回は番外編。短いですが、お楽しみいただければ幸いです。
ちなみに英語は苦手なので、すいません。
410 :名無飼育さん :2016/09/14(水) 01:07
里保が留学してから数ヶ月が経った。
生来の人見知りのせいで最初は馴染めずにいた。
それでも少しずつ、ダンスの実力を認めてくれる仲間が増えていき、今では
充実した毎日を送っている。

そんな今でも、いや少し余裕が出来た今だからこそ、思い出すのは衣梨奈の
あの言葉だった。

―――――俺、待ってるけん。里保が帰ってくるの

あの日以来、衣梨奈とは連絡を取っていない。
というよりも、互いの家族を通じて連絡を取り合っていた二人は、今まで
番号もアドレスも知る必要がなかったのだ。

それでも、里保の家族に聞けば連絡先はすぐにわかるはずで、なんの音沙汰も
ないことに不安と不満が募るばかりだ。

「えりぽんのバカ…。呼んでも飛んで来ないじゃん」

きっと今頃、他の女の子と楽しそうに笑っているに違いない。
本当は確かめたかったけど、そんな勇気もなく、里保はただ目の前のダンスに
夢中になるしかなかった。

411 :名無飼育さん :2016/09/14(水) 01:08
いつものようにレッスンが終わりダンススクールの玄関を出ると、門の外に
人だかりが出来ていた。
よく見ると、先に帰宅したはずの友人たちが集まっている。

「え?なん?聞き取れん!」

聞き慣れた博多弁に里保は思わず耳を疑った。
こんなところにいるはずもないのに、勝手な期待に鼓動が速くなる。
恐る恐るその人だかりに近付く。

「オー、アイム、えり!え・り!ジャパニーズ・ボーイ!」
「え、えりぽん!」

その輪の中心にいたのは、紛れもなく衣梨奈だった。

「な、なんで…」
「里保に会いに来たっちゃん!」

言葉を失う里保に、衣梨奈はニッと笑ってそう言った。

412 :名無飼育さん :2016/09/14(水) 01:08
「へー!こんないいとこに住んどうと?」

里保はダンススクールの寮に住んでいる。
寮といっても日本のように一部屋ではなく、一人では広すぎる程の家だった。

「…そんなところにおらんで、入れば?」

大学の夏休みを利用して遊びに来たという衣梨奈は、泊まる宿すら確保せずに
身一つで訪ねてきた。
ダンススクールの場所こそ里保の家族から聞いていたらしいが、あまりの無鉄砲
ぶりに呆れてしまう。

「来る前に、連絡くれればいいのに…」
「里保の連絡先、知らんし」
「はあ…」

深いため息をつく里保を尻目に、衣梨奈はマイペースで家中を歩き回っている。

「…そんなんで、よく飛んで行くとか言えたね」
「あー、まあ、ほら、そこは愛の力って奴?」
「でも、来てくれんかった…」

寂しくて辛い夜、衣梨奈の声が聞きたいと何度願ったことか。

「里保、もしかして、会いたいって思ってたと?」
「そ、そんなんじゃない!えりぽんのことなんて、思い出しもせんかった!」
「ふーん…」

真っ赤になって否定した里保に、特に興味もなさそうに衣梨奈はテレビをつけた。
その反応に里保の疑念は深まっていく。

本当に自分のことを好きでいてくれるのか。
ここまで会いに来てくれたのは嬉しいけれど、それはただ遊びに来たかっただけ
ではないのか。

ネガティブな里保の思考はどんどんマイナス方向へと向かっていく。

413 :名無飼育さん :2016/09/14(水) 01:08
キンコン。

ふと、衣梨奈のスマホから陽気な音が鳴り響いた。

「あ」

衣梨奈は画面を確認すると、「…んー、jessica?」と呟いて里保にスマホを
向ける。

「なあ、里保。これ、なんて意味?」
「え…」

画面を覗くとそこには英単語が並んでいる。

『Let's go for a movie!』

見た瞬間、里保は自分の顔に血が上っていくのを感じた。
Jessicaはダンススクールの同僚で、玄関で衣梨奈を囲んでいたうちの一人だ。
いつの間に連絡先を交換したのだろう。

「里保?」
「…もう、知らん」

何十年も一緒にいる自分とは連絡を取らないくせに、どうして。

「えりぽんなんか、もう知らん!さっさと帰ってよ!」

414 :名無飼育さん :2016/09/14(水) 01:09
バタン!

ベッドルームのドアを乱暴に閉めると、そのままベッドに潜り込む。

「えりぽんなんか…。えりぽんなんか…」

会えた嬉しさと恥ずかしさと、そっけない態度への悲しみ、そして嫉妬。
様々な感情が里保を襲う。
ダンスレッスンの疲れもあり、里保はいつの間にか眠ってしまった。

415 :名無飼育さん :2016/09/14(水) 01:09
里保が目を覚ますと窓の外はすっかり暗くなっていた。
慌ててリビングへ向かうが、衣梨奈の姿はない。
本当に帰ってしまったのだろうか。

遠い日本からわざわざ訪ねて来てくれた衣梨奈。
本当はあの日みたいにギュッと抱きしめてほしかった。
「よく頑張っとうね」って優しく褒めてほしかった。

「…えりぽん。…っく、…えり、ぽん」

今まで、どんなに辛くても苦しくても堪えていた涙が溢れ出す。

「えりぽんっ!」
「なん?」

里保が振り返ると、そこには紙袋を抱えた衣梨奈が立っていた。

「…え、り、ぽん?」
「そうやけど。…泣いとうと?」
「か、帰っちゃったかと、おもっ…て」

衣梨奈は紙袋をソファに置くと、里保の頭をポンポンと叩いた。

「オムレツ作ろうと思って、材料買ってきたっちゃん」
「…オム、レツ?」
「そ、里保、好きっちゃろ。俺のオムレツ」

416 :名無飼育さん :2016/09/14(水) 01:09
それはずっとずっと昔の、小さい頃の記憶。
里保はいつも衣梨奈の後ろにくっついて遊んでいた。
互いの家族が急用で出かけてしまい、二人だけで留守番をした日。
お腹が空いたと泣く里保に、衣梨奈が作ってくれたのがオムレツだった。

『えりぽんのオムレツ、おいしい!』

そんな昔のことを今でも覚えていてくれたというのか。

417 :名無飼育さん :2016/09/14(水) 01:10
「今作るけん、座っとって」

衣梨奈は慣れた手つきで料理に取り掛かる。
泣いている理由を聞くこともなく、「帰れ」と怒鳴ったことを責めることもなく、
何もなかったような涼しい顔をしている。

昔から、二人の関係はずっとそうだった。
里保が何を言っても何をしても、優しい衣梨奈は怒ったりしない。
感情をむき出しにしたり、焦ったりもしない。
だから、衣梨奈から好きだと言われたときも、どこか実感が沸かなかった。

その優しさが物足りないなんて、贅沢なことだとわかっているけど。

久々に食べた衣梨奈のオムレツは、どんなご馳走よりもおいしかった。

418 :名無飼育さん :2016/09/14(水) 01:10
片付けも終わり、二人並んでソファに座る。
今日、衣梨奈はここに泊まることになるわけで、当たり前だが朝までずっと
二人きりとなる。

「はー、このソファ、気持ちいいと。さすが海外っちゃね」

わけのわからないことに感心している衣梨奈の横顔は、相変わらずクールだ。

「…えりぽん」
「ん?」
「さ、さっき、ごめん。帰れなんて、ひどいこと…」
「あー、平気よ。全然、気にしとらんし」

それが衣梨奈の優しさだということは、里保にだって十分わかっている。
わかっているけれど、どこか寂しい。

「…えりぽん」
「なん?」
「…ウチ」

言葉に詰まる里保の顔を、衣梨奈が覗き込む。
里保はまともに衣梨奈を見ることが出来ず、俯きながら少しずつ言葉を紡ぐ。

いつもいつも素直になれずに逃げてばかりいたけど、今日は素直に伝えたい。

419 :名無飼育さん :2016/09/14(水) 01:10
「…悔しい」
「ん?なん?」
「えりぽんのこと、…大好きすぎて」

恥ずかしすぎて完全に下を向いた里保だが、微動だにしない衣梨奈が気にかかり、
ふっと顔を上げる。

その瞬間、里保の目の前に飛び込んできたのは、真っ赤になって固まっている
衣梨奈の顔だった。

「…えり、ぽん?」

衣梨奈は右手で口を押えて、天を仰いでいる。

「も、もしかして、照れてる…とか?」
「べ、別に、照れとらんし」

初めて見る動揺する衣梨奈の姿に、里保は自分の心がどんどん軽くなっていく
のを感じた。

420 :名無飼育さん :2016/09/14(水) 01:11
ぎこちなく衣梨奈の肩に寄りかかると、彼は少し躊躇してからそっと里保の
手を取った。

「知っとう?」
「…ん?」
「魔法使いもさ、充電が必要なんやって」
「なにそれ」
「飛行機乗ったけんさ、もうすぐゼロになるとよ」

その言葉の意図が掴めず、少しだけ不安になった里保は衣梨奈の顔を見る。
いつになく緊張した面持ちで、衣梨奈は里保の目を真っ直ぐ見つめる。

「…ゼロになったらどうなるん?」
「もう飛べん。やけん、充電させて?」

「どうやって」と尋ねる前に、二人の唇が重なる。

「里保が、欲しい」

その衣梨奈の真剣な声に里保は全てを委ねた。

421 :名無飼育さん :2016/09/14(水) 01:12



422 :名無飼育さん :2016/09/14(水) 01:12
「…っ、ごめん、里保」
「…ん、えり、ぽん?」
「俺、優しく出来ん…」

狂おしいほど熱い眼差し。
苦しいくらいに乱れている呼吸。

余裕のかけらもない衣梨奈の姿に、求められていることを、愛されていることを
実感する。

「…いいよ」
「里保…。好きっちゃん」
「ウチも、…好き」

里保がそう言うと、衣梨奈はそっと包み込むように抱きしめてくれた。
それはさっきの言葉とは裏腹にとても優しくて温かかった。

423 :名無飼育さん :2016/09/14(水) 01:13



424 :名無飼育さん :2016/09/14(水) 01:13
翌朝。
体の気怠さと共に里保が目覚めると、隣には衣梨奈がぐっすりと眠っていた。
こんなふうに一緒に朝を迎える日が来るなんて思ってもいなかった。

そっと衣梨奈に寄り添うと、まるでそれが当たり前のように抱き寄せられる。
里保は再び目を閉じた。

425 :名無飼育さん :2016/09/14(水) 01:14
キンコン。

衣梨奈のスマホから鳴り響いたのは、昨日と同じ通知音。

「…んー、誰かいな?」

寝ぼけ眼の衣梨奈が画面を確認する。

「Anna?誰やっけ?里保、これなんて…」

衣梨奈からスマホを取り上げると、『Do you have any plans?』の文字。
昨日のJessicaといい、Annaといい、全く油断も隙もありゃしない。

「教えてあげん」
「えー。ま、いっか。それより里保」
「なに!」

すねる里保を衣梨奈が背中から抱きしめる。

「連絡先、教えて?」

そんな一言で空気を変えてしまう衣梨奈は、本当に魔法使いなのかもしれない。
衣梨奈の温もりを感じながら、里保は充電されたのは自分の方だと思った。

426 :名無飼育さん :2016/09/14(水) 01:14
本日は以上です。
427 :名無飼育さん :2016/09/14(水) 02:37
ピンポンダーッシュ!
えりぽんイケメンだわあ
428 :名無飼育さん :2016/09/15(木) 00:30
もうひと組みのもどかしい二人もついに・・・
かっこいいのにかわいい生田さんが素敵です
429 :名無飼育さん :2017/06/25(日) 23:12
レスありがとうございます。

>>427
イケメン生田さんを書くのは楽しかったです!

>>428
幼馴染なのでもっとももどかしい二人だったかもしれません。
お待たせいたしましたw

容量がいっぱいになりそうだったので、新スレを立てました。
引き続き、よろしくお願いいたします。

恋人二年生
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