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Edge of Eden

1 :たすけ :2013/09/16(月) 14:44
みやももで、捏造三昧。

時間の流れ等も合わないことがあるかもしれません。
話の根幹にはまったく関わりがありませんが、一部オリキャラあり。
ご注意ください。

短期でさくっと更新予定。
2 :たすけ :2013/09/16(月) 14:44
△▼△
3 :    :2013/09/16(月) 14:46
まっすぐ、どこまでもいけると思っていた。
7人で、どこまでも。
ちょっと大人になってからは、案外まっすぐは行けないな、って気づいたけど。
躓くこともいっぱいあるし、努力してもうまくいかないことも、沢山あった。

でも、7人で何も変わらず、どこまでもいける。そう思っていた。

舞波とは道が分かれてしまったけど、道が分かれたって、ただそれだけで。
他の、たとえば℃-uteやモーニングさんみたいにメンバーが抜けて、
形が変わっていっても、Berryzはそうじゃない。
不安はあっても、あたしはバカみたいに変わらないって―

当たり前みたいに強く、そう信じていたみたいで。


『みたいで』っていうのは、あんまりそういうこと、その時は考えてなくって。
後から思えばそうだった、ってことなんだけど。
4 :Chapter 1 :2013/09/16(月) 14:48
春のライブのツアー中、喉を痛めた雅は仕事を休むことになった。
思いもよらないことでぽっかりと空いてしまった時間。

ファンに、メンバーに、スタッフに申し訳なく、何もしない時間が不安で、寂しくて、
あそこに立てない自分が歯がゆかった。
ライブに出られないならせめて、とライブの映像を見て、その後時間があるにまかせて
自分たちの過去のDVDや資料映像、とり溜めたテレビ番組などを見た。

テレビの録画はそのほとんどが桃子のものだ。
見て、応援して、その横にいない自分に悔しくなった。

桃子の家族は別として、いや、ともすれば桃子の家族より、そして桃子の友達、Berryzのメンバー、
その誰より近くで桃子を見ている自信があった。
番組を見れば、それがいつの収録だったかすぐわかる。

ももち結びで武装して、いつも見せる集中で張り詰めた横顔。
やりきった時のドヤ顔、食べ物を前にした時のちょっとおまぬけな素顔。
疲れている顔、作った笑顔。他所ゆきの顔。
済んだことだというのに、無駄にハラハラしたり、笑ったりでライブ映像を見る倍は疲れる。
5 :Chapter 1 :2013/09/16(月) 14:50
忙しいだろうとは思っていたが、桃子の激務がよくわかる。
最初の方は桃子がテレビに出ているという、そのこと自体が嬉しくて
メールで感想を送ったりしていたのに、今では桃子の事務連絡のようなテレビ出演情報メールに短い返事を返すだけ。
もっときちんと見よう。反省をした。

もっと早く番組を見ていれば、桃子の体調、仕事の内容がわかったかもしれない。
いつか、何かの役にたつかもしれない。
大抵、そんな殊勝な反省は続くはずもないのだが―

その時、その時、思ったことだけは本当だ。

医師の許可が出て、仕事に戻れたときにはほっとした。
寂しい寂しいと皆にメールしたり、こぼしたりしていたが、戻ってはじめて、
ここに在ることが出来ないことが本当に寂しかったのだとわかった。

また、この場所に戻ってこれた。
嬉しかったし、感動した。

迎えてくれた梨沙子、佐紀をはじめとするBerryzの仲間。
スタッフの皆、マネージャー。とても大好きで、大事だとわかった。

そして、気がついた。ちょっとしたことで、足場は崩れる。
ここにいること、それ自体がうれしく、大事で、貴重なことだ。
皆に囲まれ、泣く梨沙子と佐紀をなだめながら、雅は喜びをかみしめた。
6 :Chapter 1 :2013/09/16(月) 14:51
休み中に映像でさんざん付き合った桃子に会うのも嬉しくて、
ちょっと浮かれて、ライブでまでらしくないことまで言ってしまったおまけもついたが、そこはそれ。
反省を活かして、それからは前より早いうちにテレビ番組も見ている―のだが。

見れば見るほど、何故か胸がもやもやする。

テレビ出演に慣れてきたのか、桃子は最近少し余裕が出てきたようで、表情が和らいできた。
喜ばしいことのはずなのに、何故か雅は落ち着かない。

最近思い出す桃子はほとんどももち結びのももちバージョンだ。
桃子との会話の中で、知らない名前も増えた。
少し前までは下手をすれば土日もなく毎日顔を合わせていたのに、一緒にいる時間は目に見えて減った。
今日は珍しく桃子から一緒に行こうと誘われたが、
以前はよくしていた待ち合わせも、今は桃子だけ収録から直接楽屋入りが増え、随分とご無沙汰だった。


「よし!」

最近寝不足気味だが、今日は早く目がさめた。
先日買った服もコーディネートもうまくきまって、気分がいい。
雅としては認めるのが癪に障るが、認めよう。


機嫌が良いのは久々の桃子との待ち合わせのせいだ。
7 :たすけ :2013/09/16(月) 14:56
Chapter 1 終了

久々で緊張しましたが、お付き合いいただけると嬉しいです。
8 :名無飼育さん :2013/09/16(月) 21:26
おっなんか始まっていますね
楽しみにしています
9 : :2013/09/17(火) 21:09
今日があったら明日がある、ぐらいな強さで、Berryzは変わらないって思ってた。

それはあたしが辞めたいって思っても、メンバーの誰か、たとえば梨沙子が、千奈美が辞めたいって悩んでても
心のどこかで、何も変わらないって思ってた。

いつまでもBerryzでいられないのはもちろんわかってたし、皆が結婚したりして終わりはあると思っていたけど、
それはあたしがいつか死ぬ、それと同じぐらいの感覚の、わかんない、不確かな未来だと信じていた。

休んだ時に、それを実感した。

変わらないものはない。だから、今を大事にしよう。後悔はしないように。


そう。


今日がいつもと同じでも、明日がいつもと同じとは限らない。
10 :Chapter 2 :2013/09/17(火) 21:11
今年の夏は暑いらしい。
テレビのニュースでそう聞いたのだが、確かに、8月に入ってからずっと暑さは続いている。

街のざわめき、車の音、そしてどこかからセミの鳴き声がする。
真上から照りつける夏の日差しは強く、白くアスファルトに反射する。
風が吹くが、ビルの間を通り抜けてくるそれはもはやドライヤー並の熱風だが、
雅の機嫌は悪くなかった。

上向いた気分のまま、母親と機嫌よく会話して家を出、待ち合わせのコンビニのドアを押し、
メールをチェックしたところで集合時間を間違えたことに雅は気がつく。

早く着きすぎた。

しかし、買い物に行くには足りない中途半端な待ち時間。
これはもう仕方ない。
お店には申し訳ないが、雑誌でも見て時間をつぶすことにして、ずり下がったマスクを直して雅は小さくため息をつく。


こういう時に早く来ればいいのに。ま、桃だし無理か。

11 :Chapter 2 :2013/09/17(火) 21:14
時間を確認しなかった自分のことを棚にあげて心中で桃子にクレームを入れると、雅は機嫌よくペットボトルの並ぶケースの扉を眺める。
その中のひとつに手を伸ばした、その雅の上機嫌は、数分後に急降下する。

コンビニのドアをあけ、店内へと入ってくる見慣れた、フリルとピンク過多のマスク姿。

こんなタイミングが合うとは珍しいこともあるものだ。

気分よく声をかけようとしたが、桃子の後ろを見て雅の足が止まった。
桃子に続いて入ってきたのは、桃子の友人と思われる女の子。

二人はコピー機の前でなにやら作業をしながら楽しげに、そして親しげに話をしている。
何枚かコピーを取ると、桃子の友達は桃子に手を振って帰っていった。

なんてことのない、日常の一コマ。
けれど、何故か雅はショックを受けた。


顔を近づけて笑う横顔、ガラス越しに手を振り合う後姿。友達の笑顔。
雅の知らない桃子がそこに居た。

驚きに胸がつまる。
12 :Chapter 2 :2013/09/17(火) 21:16
普段、桃子は仕事に私事を持ち込まない。
現に、このコンビニを使ったとはいえ、待ち合わせ時間にはまだ早い。
今までこういったことに友達を伴ってきたこともないのだから、
きっと大学の課題か何かが、差し迫っていたのだろうと思う。

別に、たまたま居合わせてしまった雅には何の関係もない話。
そして、桃子にも何の落ち度もない話。

狭い店内なのに、自分に気がつかない桃子がむかつくのかと思ったが、そうでもない。
調子にのって笑っている桃子がむかつくのかとも思うが、違う。

胸に何かがたまっていくようなこの気持ちはなんだろう。

自分で自分がよくわからなくなり、雅はガラスの扉に手をつく。
冷たさが染みて、少し冷静になれた気がした。

雅の知らない桃子がそこにいた。

桃子のことは、自分が一番よく知っているはず。

何故か無意識にそう思っていたことに気付かされた。
13 :Chapter 2 :2013/09/17(火) 21:18
衝撃だった。
衝撃を受けた、そのことが衝撃だった。
自分で自分が信じられない。

そもそも、桃子の私生活を雅は知らないし、そこに何の興味もない。
休みの日だって、一緒に遊ぶこともない。
桃子も、雅の友達を知らないのだから、お互い様。
そのはずだ。


答えのでないまま、ペットボトルの並ぶ冷蔵ケースのガラスに映る自分の顔はひどいものに思えた。
なんとか口元を引き上げ、普段の顔をつくろうとしていると、桃子が気がついたようでこちらに向かってくるのが見える。

邪気のかけらもない笑顔で「おぉ、早いね」などとひょこひょこと手を振りながら寄ってくる姿にはアイドルどころか芸能人のオーラなど皆無で、今度こそ雅は笑顔を作ることができた。

「そんな桃に会いたかった?」
「意味わかんないんですけど。時間あまったから早く来ただけ。桃こそ、あたしに会いたくて早く着いたんでしょ?」
「ま、みやがそう言うならそうしてあげてもいいけどぉ?っふふ。ま、でもね。みやとの待ち合わせも久しぶりだしね」
14 :Chapter 2 :2013/09/17(火) 21:23
― 嘘ばっかり。用事があったんでしょ。

そう返そうと思ったのに、桃子がいつもの調子に乗った軽口から一転して一瞬、真顔で見上げてきたので、
らしくもなく雅の心臓がひとつ跳ねる。
そういえば、今日の桃子は髪を結っていない。

「にしても今日暑くない?」

雅から店の外へ目を移し、顔をしかめて独り言のようにつぶやいた桃子は
雅が眺めていた冷蔵ケースの扉を開け、そこから十六茶を取り出すと、そのまま歩き出す。

「まーね。でも夏だしさ」

自分でもよくわからない相槌を打ちながら、雅も自分の前にあったボトルの名前を確かめもせず手にとり、
会計をすませる桃子を追った。


あの気持ちはなんだったのだろう。


雅の胸に湧いた黒い雲。

今ならわかる。あれを言葉にするなら、きっとこうだ。





―そこはあたしの、だ。
15 :たすけ :2013/09/17(火) 21:24
△▼△
16 :たすけ :2013/09/17(火) 21:24
△▼△
17 :たすけ :2013/09/17(火) 21:27
Chapter 2 終了

>>8
ありがとうございます!お付き合いよろしくお願いします。
18 :名無飼育さん :2013/09/17(火) 22:05
話にすごく引き込まれます。
続きも楽しみにしています。
19 :名無飼育さん :2013/09/18(水) 09:23
いいですね。
こういうリアルなみやもも、好きです。
20 :      :2013/09/18(水) 21:52
キャプテンはおねえちゃん。
千奈美は友達でバカ仲間。
茉麻はまぁどっちかっていうとお母さんで、熊井ちゃんはちょっとツンツンした妹、
それから梨沙子は妹。みやのこと好きで甘えてきてくれる、可愛い妹。


この、あたしからみた皆への気持ち―言ってしまえば役割分担みたいなのは、
Berryzになったときからあまり変わらない。

桃は、最初はライバル。
そのあと、ちょっとだけおねえちゃん。
桃自体ツンツンしてた時期もあって、負けるもんか!みたいになって張り合ったことも結構あるし、
大人の言うこととか、一人でなんでもわかってたみたいな桃に反抗してみたり。
ズバっとやなこと言ってきたりして、桃のことわかんない!って思ったりして。

桃のツンツンしたところがだんだん消えて、ますますなんかよくわかんない人になったって思ってた。
それからBuono!があって、桃と話をすることが増えて。

さりげなくフォロー入れてくれたり、みやがいっぱいいっぱいだった時助けてくれたり。
前から実は結構助けられてたんだなぁ、って思い出すこともあったし、
そんな桃も意外に抜けてるところもあって、あたしが後始末をしたり、桃があたしに甘えてきたりして。
21 :      :2013/09/18(水) 21:54
ライバルは相棒になった。桃のいいとこ、いっぱい知った。

その後、桃がテレビに出始めた。
あたしの相棒はすごかった。がんばってる姿をみて、尊敬した。
そりゃ、前からすごいとは思ってたけど、もっと評価が上がった。
でも、普段は物はこぼすし、よくこけるし、ずぼらだし、メール返さないし、食い意地はってるし。
人のこといじってくるし。
まぁかわいいなって思うとこもあるけど、子供みたいなくせに大人だし、
ふらっとどっか行っちゃったり何考えてるかわかんないところもあって。

最初から桃だけ、あたしの中でどこか遠くて近い、なんか定まらない変な感じだった。

それでも、なんか桃って面白くて、つい見ちゃうし、困ってると、手、出したくなる。


桃に褒められると、認めて貰えたみたいで、なんか特別な感じで嬉しい。

22 :Chapter 3 :2013/09/18(水) 21:55
誕生日が済み、雅も二十歳になった。

例年通り、いや例年以上に家族から、Berryzから、ハローのメンバーみんな、友達から祝ってもらい、
プレゼントももらった。
タイにいた佐紀、友理奈、梨沙子からもお祝いメールが届いたのに、
一緒にいた桃子からのメールが来なかったのには予想通りで笑ったが、
催促したらメールをよこしたのでそこはよし。

「会って直接言ったんだからよくない?」などと後でこぼしていたが、それとこれとは違うと雅は主張したい。言葉もうれしいが、メールもうれしいし、
何より何度でもメッセージを見返すことができる。

二十歳になって変わったことといえば、そうはない。

仕事のせいか、出来ることが増えたという実感は18歳の方が大きかったような気がする。
大きな変化が1つあるとすれば、お酒を飲めるようになったことぐらいか。
23 :Chapter 3 :2013/09/18(水) 21:57
スタッフやマネージャーから、お酒を外であまり飲まないように、
飲酒の際、異性と同席しないように、けしてつぶれたりしないように等と注意を受けた。

雅の父も練習などと言いながら雅と飲むようになり、嬉しそうだ。
雅も少しだけ付き合いながら、父親のそういう姿を見ると素直に嬉しく思う。

あれから、桃子を見ると妙に落ち着かない気分になる。
胸のもやもやはあれ以来あまり感じないが、桃子に会うと嬉しい。
桃子が隣にいると、何故か妙に浮かれる。
最初は春に休んだせいで、このハイテンションが続いているのだと思ったがそれだけではないかもしれない。

大阪で一緒のホテルに泊まったこと、ライブ、札幌のイベント。
どれも本当に楽しかった。



雅としては不本意だが、最近妙にハイだ。桃がらみで。


まぁ、いいことなんだけど。

24 :たすけ :2013/09/18(水) 22:02
Chapter 3 終了


>>18
ありがとうございます。
ぼちぼちですが、もう少しで軌道にのりそうです。

>>19
リアルと言っていただけると嬉しいです。
ちょっと無理もあるかもしれませんが、しばらくお付き合いくださいませ。
25 :名無飼育さん :2013/09/19(木) 13:04
みやもも大好きなので楽しみにしています!
26 :      :2013/09/19(木) 21:16
桃がフライデーされた。

桃にそんな相手がいるなんて信じられなくて「嘘でしょ」と言って固まってしまった。
すぐに相手が千奈美だと知って、皆でげらげら笑って、「出世したじゃーん」とか、
「千奈美と仲いいんじゃん」「ビジネスパートナーとか嘘でしょ」なんて皆して二人に絡んで、
千奈美は早々にふて腐れた。
最初は千奈美を皆と一緒にからかっていた桃も、最後は誤魔化しながらふいと楽屋から逃げ出した。

笑いすぎて涙が出た。

皆の前では隠していたけど、自分でもちょっと吃驚するぐらい動揺した。
あの時の背中が冷たくなる感じ、それからちょっと吃驚するぐらい安心した気持ちを覚えている。

桃の相手が千奈美で本当によかった。

正直、この時1番に思ったのは、Berryzや、桃のこれからの事じゃなかった。
心配とか、そういうのじゃなくて、桃に彼氏がいなくてよかったっていう、ただそれだけ。


雑誌に載る前に送られてきたという写真には、見た事のあるダサい私服で、いつもの顔で笑っている桃がいた。
マネージャーから見せられた白黒のそれをそっと指で撫でて、思った。


桃が桃のままでよかった。

27 :Chapter 4 :2013/09/19(木) 21:19
札幌でのイベントも終わり、ひと段落ついた頃、高校の時の友達からメールがきた。
二十歳の記念にプチ同窓会をしようという。
指定された店はいわゆる居酒屋。

初めての事に悩んだ雅が両親に相談すると、十分に気をつければ行ってもいいという。
相手にも場所が個室であること、元同級生だけの気軽ないわゆる女子会である事を確かめた。

「みや、滅多に会えないんだしさ。お願い!」などと頼まれれば嫌とは言えない。
久々の友達との再会が楽しみで、初めての飲み会ということもあって浮かれていたのが良くなかったか。

「っと、しまったなー……」

仕事の後、向かった居酒屋。
指定されたのは雅もよく前を通ったことのある、会社の近くの洒落た店だった。
打ち合わせが長引き、遅刻をして向かった雅が時間を確かめようとバッグから
iPhoneを取り出そうとするが、見つからない。
慌ててバッグを探したが、記憶は会社の控え室の机の上に置いた所で途切れていた。

あるとすればあそこだ。
28 :Chapter 4 :2013/09/19(木) 21:21
戻るか、否か。

悩んだ雅は、電話ボックスを探し、手帳をめくりマネージャーに電話する。
iPhoneはやはり控え室にあったらしく、無事マネージャーに保護された。
飲み会が終わった後会社に寄ることにし、店へと戻る。

黒ベースで、暖色の灯りの点るお洒落な店内。
店員に幹事をしてくれた友達の名を告げ、案内された個室に入ろうとすると、思いもよらない光景が広がっていた。

「あ、みやー」
「遅いよー」
「イェーイ!雅ちゃんだ!かわいいね!」
「あー…ね、ちょっと」

入口近くの幹事を部屋の外へと引っ張りだす。
29 :Chapter 4 :2013/09/19(木) 21:22
入口近くの幹事を部屋の外へと引っ張りだす。

「男の子のいない、女子会の同窓会だって言わなかった?」
「ごめん!みやがくるって言ったらさ、メンバーの彼氏がうわさの雅ちゃんが見たい!って言いだして断りきれなくてさ。
他にミホのバイトの先輩もいるんだけど、ミホ片思いしてるらしくて」
「あたし帰るわ」
「ごめん!でも、先輩と仲良くなりたいって泣きながら頼まれたら
どうしても断れなくて……みやが来るからって勇気出して先輩誘ったんだって。
騙したみたいになって本当ごめん!」
「……わかった。でもあたし先出るからね」
「本当ごめんね!ありがとう!」

こういう仕事をしているとよくある事だ。

まあ仕方ない、か。

内心ためいきをつきながら雅は笑顔で部屋へと戻り、
件のミホのバイトの先輩の斜め前に座る。

「どうもー」
「うわ本物だ!かわいいね!」
「あー、ありがとうございます」
30 :Chapter 4 :2013/09/19(木) 21:23
確かに先輩さん、顔はいい方か。

愛想笑いを浮かべながら、周りの友達に「久しぶり〜」と手を振ると、
それぞれから両手を合わせて拝まれた。

皆グルか。まあいいけど。

「いーよ、もう。でも次は最初からちゃんと言ってよ。
あたしだけ仲間外れとか寂しいでしょ」

そこそこ広い個室には、10人程が座っている。男性は4人。
それぞれ顔見知りらしく話をしていたが、雅が入ってきてからは興味津々の表情で雅を見ている。
そういったことには慣れてはいるし、こういう席も嫌いではない。

しかし、雅にとって、そしてBerryzにとって今は本当に大切な時期だ。
桃子のフライデーは笑い話だったが、雅がこれで何かあればおおごとだ。

回ってきたメニューの中から適当なチューハイを選び、
全員の飲み物のオーダーが通ると目の前の男が口を開く。

「雅ちゃんって呼んでいい?」
「いいですよ」

見れば少し顔が赤い。あがっているのではなく、既に少し酔っているようだ。

「ミホちゃんの友達なんだってね」
「そうなんですよ。高校ん時から仲良くて。この子いい子でしょ?」
31 :Chapter 4 :2013/09/19(木) 21:27
雅が先輩さんに売り込む横で、緊張しているのか当の本人はかくかくと頷くだけ。

「もーどうしたのミホ!」

苦笑いして雅が小突いた時、飲み物がきて会話が途切れる。

そこからは先輩だけではなく、周りの男子に挨拶したり友達の近況の話で盛り上がった。
可愛い可愛いと誉められるのを適当に流しながらだが、つまむ料理も美味しく、会話が弾む。
隣に座るミホも先輩と盛り上がって、いい雰囲気にみえた。

「ところで雅ちゃんってBerryz工房なんだよね」
「そうですよ」
「Berryz工房ってももちのいるグループだよね」
「はい」

少し離れた所からの声に雅が笑って返事をした所で、先輩さんがこちらを向いた。

「あ、そうなんだ。あの子いつもああなの?」
「ああってキャラですか?まあ、あんな感じですけど」
「鬱陶しくない?俺、苦手だなああいう子」
「まあ大抵の人はそうだと思うかもしれませんけどね」
「仲いいの?」
「いえ、普通です。普通に仕事仲間」
32 :Chapter 4 :2013/09/19(木) 21:30
次々とぶ予想通りの言葉に失笑してしまった。

テレビの桃子も桃子だが、それがすべてではないこと、
桃子が陰で本当に努力をしていることを雅は知っている。
それでも、桃子が自分を貫き通そうとしている以上、たとえプライベートでもそれを雅が崩すことは出来ない。

笑いが苦くなってしまったが、それを周りは「へぇ、やっぱ女の子のグループっていろいろあるんだね」などと
曲解されてしまった。
誤解を解いてもいいが、それも自分達らしくない気がして、
躊躇する雅を他所に男性陣は桃子について語りだした。

「そう?がんばってんじゃない?」
「何、お前ああいうのタイプなの?俺やだ。キモイ。
頼まれても彼女とかないわー。雅ちゃんにはお願いしたいけど」
「バカ、お前なんか雅ちゃんが相手にするかよ。けど俺も彼女はないな。
女に見れない。ブリブリして違う生き物みたい。あれでアイドルなんだろ?
キスとか出来る?」
「ない!絶対無理!どうしてもって言われたら記念に一回ぐらいはまあいいけど」

桃子のことも知りもしないのに、勝手なことを。

反射で、「桃、ああ見えてファン多いし可愛いんですよ」と桃子をかばったが、
「またまた」とか、「雅ちゃん、いい子だね」などと流されてしまった。

ちらちらと視線が飛び交い、それぞれの彼女が「止めなよ」と盛り上がる自分の彼氏を引っ張る。

雅が『仕事仲間』と言ったせいか、話が思わぬ所に転がってしまったようだ。
33 :Chapter 4 :2013/09/19(木) 21:32
「ももち、私は好きだな」
「私も。プロ根性あるんだよあの子」

ミホや雅を良く知る元クラスメイトたちが桃子をかばい、
桃子の品定めがようやく終わるが、雅の気分は沈んでいく。
事情を知らない人はこういうものだと知ってはいるが、気分が悪くなるのは止められない。

桃子と同じグループだという雅がいて、これなのだ。

桃子が「よくキモイって言われたり」などとネタにしているが、
こういう声を桃子が現実に聞いているとしたら―そこまで考えて、雅の胸が痛む。

自分なら耐えられない。

あんながんばってるのにね、桃。

「雅ちゃんグラス空?同じのもう一つお願いしまーす」
「あ、いや」
「先輩がごめんね」

オーダーに紛れてミホが謝るので雅はため息を押し殺して笑う。
34 :Chapter 4 :2013/09/19(木) 21:33
「んーん。うまくいきそ?」
「うん。今日、みやのおかげで大分喋れた。ありがとね」
「どうした?いつもそんな弱気じゃないでしょ」
「本気だから。ほんとさ、好きなんだ。」
「そっか」
「こんな好きなの初めてなんだ」

昔の雅ならこの場で「こんなの止めときなよ」と怒ったかもしれないが、
今の雅は少し大人になったので自重できた。

先輩さんの普段の姿も雅は知らないし、ミホが真剣なら今言っても仕方ない。

それに何より、飲み屋で騒ぐわけにもいかない。
個室とはいえ、揉めれば即twitterでリアルタイムの暴露が待っている。

Berryz工房夏焼雅が男と飲み会して暴れてる、とでも言われた目も当てられない。

大人って面倒くさい。

浮かんだ想像と、言わずに飲み込んだ「止めなよ」を、
雅はお酒と一緒に喉に流し込む。

にしても、恋多きミホから、こんなリリカルな言葉が出てくるとは思わなかった。
先輩さんがもう少し真面目そうな人なら尚良かったが、
きっとバイト中はいい先輩なんだろう。

きっとそうだ。そうだといいな。
35 :Chapter 4 :2013/09/19(木) 21:34
追加のグラスが半分程からになったあたりで、潮時かと思った。

「今何時?」
「あ、8時」
「もう?あー、ごめん、あたし帰るね。この後用事あるから事務所戻るんだ」

部屋中からお約束の「え〜!」という声。
友達は皆慣れているので「ありがと〜」「またね」で済んだが、
男性陣からは「まだダメなの?」「次いつ会える?」のよくあるやりとりがまきおこる。

本当面倒だなー。

普段なら適当に笑顔で捌くが、雅も酒が入っている。
軽い感じで「次とかないよー」と笑顔で言ってしまおうかとの誘惑に負けそうになった矢先、
「しかたないよね」という声が場を収める。

先輩さんだ。見直しかけた。しかし続きが悪かった。

「できたらメアドかLineのID教えてくれない?」

更に煩い「教えてくれ」の大合唱がはじまったが、
「迷惑だし、事務所に止められてるから。またね」のセリフでさくっと断った。
笑顔が恐くなっていたかもしれないが、もうすべてどうでもいい。

どうでもいいついでに、口が滑った。

36 :Chapter 4 :2013/09/19(木) 21:36
「あのさ、桃可愛くないとか、目、腐ってんの?桃可愛いし。
いくら飲み会とかでも、仲間けなされるの、ムカツク。じゃーね。あ、お金払いたいんだけど、いい?」

慌てて追ってきた幹事にメアド等を教えないよう念押しし、少し多めの代金を渡して店を出る。

あの先輩はない。
印象サイアク。
だいたい、桃子の良さをわかってない。
あんなに頑張ってるのに。
あんなに、可愛いのに。

自分で自分のことを可愛いと広言して憚らないくせに、
可愛さよりインパクトとツッコミどころを前へ押しだして戦う桃子が正しいのかどうか、
雅には判断できない。

けれど、雅より賢い桃子が決断したのだ。
綺麗な顔をしているのに、あんな扱いをうけても折れず、
難しいことに挑んでいる桃子を雅が応援しなくて、誰が応援するのだ。

桃、真面目だし可愛いし―

あの人たちがわからなくても、きっとわかる人もいる。
そう思っても、悔しくて雅の怒りは治まらない。
歩道にヒールを強く打ち付ける。
涙がにじんできた。
37 :Chapter 4 :2013/09/19(木) 21:38
―賢いし、がんばりやだし、食いしん坊だし、
ずぼらだし、適当だし、大雑把だし、面倒くさがりやだし、結構ケチだし―

大分思考がズレて、自覚もないまま悪口のオンパレードになってきたところで思い出す。

「っと、メール……あ」

ミホに、絶対にアドレスを漏らさないようにと念押ししようと思ったが、
そういえば雅の手元にはiPhoneがない。

戻ったら速攻メールしよ。


結論付けて早足で会社へと向かう。

この時間ならまだマネージャーもいるだろうし、
何か用事があったとしても雅にiPhoneが戻るように手配してくれているはずだ。
38 :たすけ :2013/09/19(木) 21:39
△▼△
39 :たすけ :2013/09/19(木) 21:39
△▼△
40 :たすけ :2013/09/19(木) 21:46
Chapter 4 終了
>>25
応援ありがとうございます。
私もみやもも大好きです!ご期待にこたえられたらいいな、と願いつつ。
41 :名無し飼育さん :2013/09/20(金) 12:32
連日の更新乙です。
また夜がくるのが楽しみ!!
頑張って下さい。
42 :名無飼育さん :2013/09/20(金) 21:21
毎日の楽しみができました!
更新楽しみにしています。
43 :Chapter 5 :2013/09/21(土) 01:03
顔見知りの受付に預かり物はないかと聞いたが、「ない」の返事。
心配してくれたが、「控え室に行くから」とエレベーターに乗った。

そういえば電話を借りて自分のiPhoneに電話するか、
マネージャーに電話したらよかった。

雅が思う間にエレベーターは目的の階に達し、電気の付いた部屋を開けると、
机に向かっている桃子がいた。

いるとは思っていなかった。

肩までの髪を耳にかけ、長いまつげが目元に影を落としている。
テレビかなにかの収録でもあったのか、いつもよりきっちり化粧をし、
髪には結った後の癖がゆるくついていた。


ほら、だから言ったでしょ。
桃、可愛くて綺麗じゃん。

後に残してきた見る目のない男共を再度心の中で罵ってはみたが、
先程まで思考を占拠していた桃子の登場に雅の脳が混乱しているらしく、
扉には手をかけ、驚きに足が止まったまま動けない。


「おー、みや。これ?」

顔を上げた桃子が雅のiPhoneを手に、挨拶がわりか軽く振る。
44 :Chapter 5 :2013/09/21(土) 01:05
「う、ん」

喉が詰まって変な返答だったが、桃子は気付かなかったようだ。
軽く咳払いをして、雅は室内へと入る。
桃子の机の前まで行くと、どうやら仕事の書き物をしていたらしく
写真とペンが目に入る。

「今マネージャーさん買い物に出たよ。夏焼の事だから連絡無しでここ来るだろうから、ってさ。
いやー流石だよね。大当たり」
「ありがと。でも大当たりってなにさ」
「事実でしょ!」

吹き出すように笑われるが怒る気にはならず、尖る艶やかな唇を眺めていた。

「なんか久しぶり」
「そう?そうでもなくない?」
「いや、最近毎日会ってたから、なんか。……大変?」
「実習?んー…でも、我が儘きいてもらったし、自分で決めた事だから。
まだ準備段階だし、これからだね」

化粧でも隠しきれていない疲れが滲み、雅の胸がしくりと痛む。

「あ、そういえばさっきからみやの電話鳴りっぱなしなんだけど」
「嘘。早く言ってよ」
45 :Chapter 5 :2013/09/21(土) 01:06
桃子からiPhoneを受け取り着信をチェックしようとすると、
桃子が子指を立てて顔前を仰ぐ。

「なーに、みやお酒のんでんの?」
「わかる?今日高校の同窓会だったんだー」
「わかる。お酒くさい。ちょっと、アイドルなんだから気をつけてよね」
「気をつけてんだけどなー。そんなお酒臭い?
あたしから出る息なんだからフローラルじゃない?よく嗅いでみて」

嫌がる桃子が面白く、息を吹き掛けて遊びながら履歴をみると家、
佐紀の他にさっき別れたばかりのミホからの短い着信が1件入っていた。

「みや!くさい!匂いだけで酔うからやめて!
ちょっと、みやのiPhone守ってた恩人にこの扱いってひどくない?」
「ごめんごめん許してにゃーん」
「ますますひどいよ!許してにゃんを粗末に扱わないで!」

心のこもらない謝罪をしながらも、ミホの着信が気にかかる。
ざっとバッグをみたが忘れ物をした覚えもないし、何かあったのだろうか。
記憶を探っていると「聞いてる?」と桃子に小指でつつかれる。

「んー……」
「ん?どうかした?」
「いや」
46 :Chapter 5 :2013/09/21(土) 01:07
飲み屋での桃子への心無い言葉が次々に脳裏に蘇り、
思わず桃子をじっと眺めてしまった。
その雅を、なぜか桃子は口をへの字にした神妙な顔で見上げる。
なんだかばつが悪くなって目を泳がせ、口を閉ざそうとする雅を桃子が追求する。

「何さ、みや」
「同窓会だったんだけど、男の子がいてさ。
友達の彼氏とか、なんかいろいろ」
「うん」

椅子に座ったままの桃子を見下ろす。
この桃子をあいつらに見せてやりたい。
いや、見せたくない。

どうしたらいいのかよくわからなくなって、とりあえず近くにあった桃子の頭に手を乗せる。
なでるでもなく、叩くでもないそれに桃子は別に反応もせず、雅のするままにまかせている。

「……めんどくさかった」

複雑な気持ちを一言にのせると、桃子がわずかに顔をしかめる。

「あのさ、まぁ、いいんだけど。気を付けてよね」
「え?」

今度は桃子が言い淀んだが、一度視線を落としてから真剣な眼差しで雅を見上げてきた。

「わかってると思うけど。写真とか」
47 :Chapter 5 :2013/09/21(土) 01:08
言われて、マネージャーに見せられた桃子の記事がフラッシュバックし、
カッと頭に血が上った。

「わかってるし、桃に言われたくない」
「―だよね。ならいいけど」

誰のせいでこんな気持ちになっていると思ってんの?先に撮られたくせに。

普段心を痛めているのではないかと心配していたはずの桃子から、
逆に裏切られたような、疑われたような気持ちになって、言葉がきつくなった。
思ったことが伝わったのか、桃子が自嘲を含んだ笑みを口元に刷いた。

「ごめん。でも、大丈夫だから」

雅が言いかけたところで、手の中のiPhoneが電子音を鳴らす。
着信はミホ。
一瞬迷うが、桃子の「出たら?」の一言でボタンを押した。
48 :Chapter 5 :2013/09/21(土) 01:09
「はい。どした?」
「あ、雅ちゃんー?」

盛り上がる飲み会の喧噪とミホの「ちょっと、もう止めてくださいよ」をバックに、
先輩さんの脳天気な声が雅の耳に突き刺さる。

「さっきはごめんねー」

垂直に急降下した機嫌をさらに逆撫でするようにへらへらと先輩さんは笑い、
雅は黙り込む。

「あのさ、俺、ずっと雅ちゃんのこと聞いてたし、知ってたし好きだったんだよね。
それで」
「いえ、別にもういいんですけど」

桃子に聞かせたくなくて、雅は桃子に背を向けて扉とは反対の壁あたりまで歩く。

「ごめんねー。でも、謝りたくてさー。俺、なんか今日ほんとに」
「わかってもらえたらそれで」

うんざりした雅が更に続けようとした時、ぱたぱたと足音が聞こえ耳元からiPhoneが取り上げられた。

「私、夏焼のマネージャーですが。どちら様ですか?」
「ちょっと」
49 :Chapter 5 :2013/09/21(土) 01:11
素の声でも普段の高い声でもなく、作った大人の声で桃子が雅の会話をジャックする。
取り返そうとする手は桃子に邪険に払われる。

「夏焼は今大事な時期なんです。こういうことをされると非常に困りますが―は?
……えぇ。わかりましたので、二度とこういったことはしないでくださいますか?―はい。あ、切れた」

会話の間中、桃子は部屋の隅まで移動し続け、雅も自分の電話を追って手を出し続ける。
音だけは静かな追いかけっこは、通話の終わったiPhoneを「ん」と桃子に突き返されることで幕を閉じた。

「ちょっと、桃!」
「大丈夫じゃなかったじゃん」
「だけど!」

はたくようなきつい口調で叱られ、雅も反駁しかけたが、電話があった事実は事実だ。
返されたiPhoneを握りしめ、桃子から目を逸らしてうつむく。

「……でも」
「横入りしたのは悪かったけど。でも、今大事な時期なんだよ」
「わかってる!」
「まさかと思うけどみや、あの人にアドレス教えたの?」
「違う!」

そこまで愚かではない。
それだけは信じてほしくて、顔を上げると桃子のまっすぐな目にぶつかった。
50 :Chapter 5 :2013/09/21(土) 01:12
「あれは、友達の携帯。奪ってかけてきたんだと思う」
「そっか。そこはきっとそんなとこかな、って思ったけど」

飲み会のこと、そこであったことを桃子の話は省いて説明し、雅は大きなため息をついた。

「わかった。大変だったね」
「ごめん」
「わたしもごめん。余計なお世話だった」

真摯な声で謝られ、雅は首を振る。

「でも、桃のおかげで助かったのは助かった。ありがと」
「もぉのことで、ごめんね」
「え?」

意外な言葉を聞き、目を瞬いた雅に向けて、すまなそうに桃子が笑う。

「やなこと、言われたんでしょ。飲み会で、わたしのことで」
「どうして」
「電話のひとが『みや怒らした』とかって、なんか言ってた」
「あいつ」

ほんと空気読めないっていうか、なんていうか。
記憶の中の先輩さんを罵りついでに締め上げていたら、反応が遅れた。
51 :Chapter 5 :2013/09/21(土) 01:12
「なんて言われた?」
「え?」
「言えない?言えないようなひどいことなの?」

冗談めかした口調だったが、桃子の瞳をちらりとよぎった悲しげな色に雅は迷いながらも
返事を探す。

「……べつに。不思議とか、桃がいつもネタにしてるみたいなこと。
桃が気にすることじゃない」
「そっか。ありがと。みやが怒ってくれたって聞いて、嬉しかった」

嬉しそうに、桃子が微笑む。
水面に広がる波紋のように、そっと、ふわりとひろがった笑顔だった。

咲いた花みたいな、ってこういうことを言うのかな。

そんなバカみたいなことを思い、胸が詰まり、一瞬息が止まる。

見る目ない。
可愛くないとか、ほんと見る目ない。



これにキスできないとか、嘘でしょ。

52 :      :2013/09/21(土) 01:13


△▼△

53 :      :2013/09/21(土) 01:14
「どうしたの?」

聞かれたけど、なんだかもう声が音としてしか認識できない。
10年一緒に居たけど初めて桃を見たような、やっと桃に会えたみたいな変な感じだった。

頬を撫でてみたけど桃は逃げない。
眉を寄せて妙なものでも見るようにあたしを見上げるだけだ。

そのまま顔を近づけた。
自分から触れた癖に、きちんとキス出来たかできなかったか全然わからなくて、
離れた後に首をひねってしまった。

うん。キス、出来るよ。
桃本当可愛いじゃん。今こんな変な顔してるけど。

見下ろす桃は目をまん丸にして口は半開きで固まってる。
顔色は真っ白だ。

それが何か悔しいし、感触もわかんなかったし、もう一度キスした。

桃は避けてくれなかったから、鼻があたりそうであたしが多めに顔を傾ける。
目を閉じる前、桃のまだ固まったままの真っ黒な瞳を見て、ちょっと笑った。

桃普段から結構顔近いから至近距離には慣れてたけど、これ、記録更新だなって。
54 :      :2013/09/21(土) 01:16
前髪があたって唇がふわって触れて、ちょっとだけ潰れて、
その瞬間桃のリップかグロスで滑るのがわかった。
あたしのグロスじゃない。飲み会の後で塗り直すの忘れたから、もうとれてるだろうし。
唇、あんな薄いのに柔らかい。触った事はあったけど、キスするとこんなに感触が違うのに驚いて、
確かめるために桃の下唇をなめてみた。

固まったままだった桃がぴくりと動く。
親指を動かして桃の頬を撫でて、無意識に角度を変えようと思って唇を離した所で
桃の「え…?」という小さな声が耳に入って我にかえった。

吃驚した。
至近距離で見つめあうと、さっきまで触れていた桃の唇が何か言いたげに、
むずむず動く。
桃の目がどうしたらいいかわからない、と言ってるのがわかるけどあたしも正直それは一緒で。

自分が何をしていたのか、やっと回路がつながって
「ごめん!」
と言って離れたら、顔色激悪でなんかいっぱいいっぱいのいつも桃がそこにいて。

蛍光灯もなんか白くて、キスした実感が今頃沸いてきて左手に持ったままのiPhoneが鳴ったから、
桃から逃げた。
55 :      :2013/09/21(土) 01:17
廊下を走って丁度きたエレベーターに乗り、ボタンを押した所で耐えられなくなって凭れた壁からずり下がる。

唇にまだ感触が残っている。
キス、した。キスした。

口元を手で覆ったら顔がもう異常に熱くて、これきっとあたし真っ赤だ。
桃大体なんであんな普通な訳?と思ったけどそういや桃って、
吃驚し過ぎると最初の瞬間はあんな感じだっけ。


今頃はあたしときっと一緒の顔してると思う。
いや、したあたしがこうなんだから桃はもっと吃驚したかも。

書き物してたのに続き、出来るかな。

頭はパニックなのに足は案外普通で、エレベーターから降りてきちんとあたしを駅へと連れていく。

やっちゃった、とかなんで、とかどうして、とか桃残して逃げちゃったとか、
明日からどうしよう、とかどんな顔して会おうとか、頭の中はパニックだ。

あたしどうかしてた。いや、どうかしてる。
どうしてあんなことしたのか、わかんない。

でも、キスした。

ライブとかじゃない、日常で。
10年、こんな近くで一緒にいたけど、あの感触も、あの顔もきっと全部が初めてだ。




そこは何故かとても嬉しかった。


56 :たすけ :2013/09/21(土) 01:18
△▼△
57 :たすけ :2013/09/21(土) 01:18
△▼△
58 :たすけ :2013/09/21(土) 01:21
Chapter 5 終了

>>41
いえいえ、むしろ連日のお付き合いありがとうございます。
遅くなってしまってすみません。

>>42
そう言っていただけると本当に嬉しいです。
今日中に間に合いませんでしたが、これからもお付き合いよろしくお願いします。
59 :名無飼育さん :2013/09/21(土) 02:46
ドキドキした
60 :名無飼育さん :2013/09/21(土) 07:38
これはいい…!
素晴らしい。
61 :名無飼育さん :2013/09/21(土) 18:14
ヤヴァイいきなりサイコーですよこれは
作者さんの文章ホントに読みやすく情景がリアルに浮かんで大好きです
62 :Chapter 6 :2013/09/21(土) 21:16
世界が終りを迎えない限り、何があっても夜は明ける。
雅が恥かしさと己への疑問でベッドの上で一晩転がって悶えてみても容赦なく朝は来る。

有難いことに今日はオフだった。
別に事前にオフまで計画して事件を起こしてしまったわけではないが、
不幸中の幸いというべきか、桃子には会わないで済むのは有り難い。
千奈美との予定があるため、朝に少し寝て出かけた。
佐紀達の出る舞台を見るというのに、途中居眠りするわけにはいかない。
楽しかったが、途中何度も「みや、聞いてんの!?」と千奈美に文句を言われた。

1日こんなことで、付き合ってくれた千奈美には悪いが、雅もそこそこ頑張ったのだ。
眠気は取れないし、その上、ご飯を食べても、飲み物を飲んでも、
喋っていても心の半分ぐらいに桃子がいる。
正確に言えば、桃子とキスした、そのことがある。
気を張っていないとつい、思考がそちらへと向く。

何か感じるところがあったのか、佐紀にも「なっちゃん、どうかした?何かあった?」と聞かれ、
一瞬どうしようか迷ったがあんな事を言える訳がない。
当たり障りの無い返答で誤魔化した。
63 :Chapter 6 :2013/09/21(土) 21:17
途中会ったマネージャーに昨日のiphoneの礼を伝えたら、桃子の噂を聞いた。
今日の桃子は楽屋での待ち時間だけならともかく、
収録中もおとなしく黙り込むという酷い有様で絶不調らしい。

「昨日体調悪そうだった?」と聞かれたが「さぁ。忙しそうで疲れてんなぁとは思いましたけどね」と適当な返事をしておいた。
まさか「あぁ、昨日酔ったあげくうっかり桃にキスしちゃって。そのせいでしょうか」などと正直に答えられるはずもない。

忙しい桃子に悪いことをした。
桃子は怒っているだろうか。

なにせ桃子は乙女チックシミュレーションなどを嗜む乙女なのだ。
雅としては桃子の本気度を疑っているところもあるが、まぁ、桃子のことだ。
キスは大事にしているだろう。

桃子に、嫌われただろうか。

けれど、これに関してはどこかで事態を楽観視する自分がいる。
桃子はきっと雅を嫌わない。
雅自身にもどうしてかはわからないが、しでかした事を反省はしても、
後悔の念は全く浮かんでこない。
64 :Chapter 6 :2013/09/21(土) 21:18
そんなこんなの1日が終り、今雅はベッドの上。
1日たって随分落ち着いた。
今日は昨晩ほどは悶えずに済みそうだ。

に、しても―

「よくはない」

思わず呟き、ため息をつく。

教育実習を控えて、色々立て込んでいる桃子なのだ。
その桃子をこのまま放っておくのは、相棒としても、『原因』としても、非常に心苦しい。

会うべきか、会わざるべきか。
格好をつけてみたはいいものの、仕事なのだから会わない訳にはいかないのだ。
蒸し返すのもよくないだろうか。きちんと話合うべきだろうか。

朝からずっと自問自答していた。

べつに直接でなくても、電話、メール、Lineと数種類の連絡手段があるのだ。
すぐにも謝るべきかと思う。
けれど、謝るのもまた違うと思うのだ。

「何もなかったことにしたほうがいいかなぁ」

ベッドの上で唸り、雅は頭をかかえる。
自分からキスしておいて何だが、冷却期間も必要かもしれない。
桃子は大人だ。
何もなかったことにしてくれるのを期待する―
65 :Chapter 6 :2013/09/21(土) 21:19
「のもなんか」

嫌だ。

目を閉じると、昨日のキスする直前の桃子の笑顔、キスした後の桃子の真っ白な真顔、ももち結びのももち、
口を尖らせる桃子、ライブの記憶、怒った顔、真剣な横顔、満足げな笑顔が次々と浮かんでは弾ける。

その合間合間に思い出される、キスをした時のあの唇の熱さ。

心臓がどきどきと音を立てて鼓動を始める。
こんな気持ちは初めてかもしれない。

どうしてこうなったのか。
これからどうしたいのか。
自分でも自分がさっぱりわからない。

桃子はどう思ったのだろう。
桃子は、どうするのだろう。


ああ、夜が明ける。
66 :たすけ :2013/09/21(土) 21:19
△▼△

67 :たすけ :2013/09/21(土) 21:20
△▼△
68 :たすけ :2013/09/21(土) 21:24
Chapter 6 終了

>>59
私も更新のたびにドキドキしています。ちょっと違う意味で、ですけどw

>>60
ありがとうございます。よかった!

>>61
やっとみやももらしくなったかな、と。お言葉嬉しく頂戴しました。
これからもよろしくお願いします。
69 :名無飼育さん :2013/09/22(日) 03:33
ああ!私までドキドキして眠れませんw
続きが気になって気になって仕方ないこの感じ、久しぶりです。
更新楽しみに待っています。
70 :      :2013/09/22(日) 18:06
自分で言うのも変だけど、恋には一途だし結構真面目なほうだと思う。

キスも誰彼かまわずするなんてことしない。

たとえばライブで、テンションが上がっててほっぺにチューとかはあっても、唇はない。
恥かしいし。

後になって考えると、このときあたしは桃にキスしちゃったことで頭がいっぱいだったのもあるけど、
無意識にいろんなことを考えないようにしていたんだと思う。

答えなんて、ほんとは出てた。



きっと、今よりずっと前から。
71 :Chapter 7 :2013/09/22(日) 18:07
身構えていなかったので、油断した。
会社に外から戻ってきたら、廊下で桃子に出くわした。
自販機の前で、ももち結びで何を買うでもなくぼーっとたたずんでいる。

「っ、おぉ」

動揺したまま手をあげて挨拶すると、首だけくるりとこちらへ向けて
桃子も「おー」と気の抜けた返事を返してくる。

少し顔色の悪いいつもの桃子。

その青白い面には雅のような動揺も緊張も見えない。

「あー、桃」
「みや、ごめん時間ないから桃行くね」
「え?」
「じゃ」

ピンクのワンピースの裾を翻して小走りに駆けていく。
時間がないようには見えなかったし、自販機の前に立っていたなら何か飲み物が欲しかったのだろうと思うが、
よかったのだろうか。
72 :Chapter 7 :2013/09/22(日) 18:09
これはあれか。

「避けられて……る?」

避けるにしても桃子ならもう少し上手くやると思ったが、どうしたのだろうか。
雅と同じく、予想外の邂逅に動揺していたのか、それとも。
そのわりには平常心の手本のような、能面のようなあの顔はなんなのだ。

事ここに至り、メールを送ろうと思うが、気持ちはうまく言葉にならない。
Lineもなにか、気が乗らない。

悶々とした気持ちばかりが募っていく。

もやつく気持ちのまま、月も変わり、リハの日を迎えた。
今日から数日間、スケジュールは桃子と一緒だ。

このチャンスを活かすべきだとは思う。
謝るのはアレでも、軽く詫びを入れるべきだ。
あの様子では多分、桃子も気にしている。
先日のように避けられると、仕事にならない。
73 :Chapter 7 :2013/09/22(日) 18:10
覚悟を決めて、臨んだ1日目。

「あのさ、桃」

桃子が楽屋のドアを開けたところで、雅は桃子を捕獲し、そのまま二人で廊下に出る。

「っと。ちょっと!なに、みや。痛い。危ないって」

気持ちと勢いがあまったとはいえ、背中をわしっと掴んだのはやりすぎだったか。
反省しながら、引っ張られて締まってしまった首元をさする桃子に向き直る。

「ごめん。あの、この間は」

掴んだままだった桃子のジャージから手を放し、廊下の端に寄ると桃子も雅の横に並ぶ。
ただ、その距離がなんとなく気になる。
なんとなく、遠い。

「この間?」

首を傾げる桃子に焦れて、雅の語気が荒くなる。

「だから、この間!ごめん。あのさ、あたし」
「……なんのこと?みやに謝られるような覚えないんだけど。それよりさ」

「それよりさ」から始まるリハ、テレビ、この間の大阪、
札幌の話とめまぐるしく移り変わる雪崩のようなマシンガントークでそのまま流され、その日は機会を逃したまま終了。
74 :Chapter 7 :2013/09/22(日) 18:11
その後もちらちらと話をすることがあったのだが、やはり桃子との距離は事件以前よりも
1歩、いや2.5歩分は隔たりがある。

雅としてはなんとかしたいとは思っても、どうしても腰が引ける。
久しぶりに梨沙子や佐紀と会って、話が弾んだのもある。
つい、桃子とは疎遠なまま楽な方へと流れてしまった。

2日目もそれが継続。
佐紀と梨沙子と話すのが楽しく、これまた、つい。
リハ終了後も仕事に追われる桃子をはじめ、他のメンバーと別れ、
佐紀とカフェで話をした。話は尽きず、盛り上がった。


このままでいいんじゃないかな。
このまま、桃が流してくれたらそれで。
75 :Chapter 7 :2013/09/22(日) 18:13
桃子との関係もそこそこ良好であることだし、距離こそ、今は少し気なるが、いずれまた元に戻れるだろう。
キスなんて、千聖も舞もよくしている。
モーニングさんも今はどうか知らないけど、昔はよくメンバー同士でキスしているのを見た。

たいしたことなんてない。
ファーストキスじゃないんだし。
ちょっとうっかり、なんていうか酔っ払った気の迷いでやっちまっただけなのだ。
愛犬のピースや、たとえばどこかのハムスターが可愛くてキスしたのと一緒だ。

桃子が聞いたら目を剥いて抗議しそうな乱暴な結論で、雅は迷走する思考を終わらせようとする。

桃もとってもきっと、たいしたことないってことなんだ。

もう20歳だし、恋人の話など聞いたことはないがきっと、キスぐらいどうってことはないのだろう。慣れているのだ。

雅はきつく目を閉じる。

何もなかったんだ。

だから、この胸のもやもやも、痛みもぜんぶ嘘なのだ。
にじむ涙も、気の迷いだ。

76 :たすけ :2013/09/22(日) 18:14
△▼△

77 :たすけ :2013/09/22(日) 18:14
△▼△

78 :たすけ :2013/09/22(日) 18:21
Chapter 7 終了

>>69
ありがとうございます。
量的にやっと半分過ぎました。
出来ましたら最後までおつきあいよろしくお願いします。
79 :たすけ :2013/09/22(日) 19:29
あと3回の更新で終了予定です。
明日は朝と夜の出来れば2度更新して、明後日夜は2話連結で完結までいきたいと思っています。

今になって思えば連休中に終わると良かったような気もしますが、
後2日、よろしくお願いします。
80 :名無飼育さん :2013/09/22(日) 19:41
あと3回楽しみにしています
でも終わるのが寂しくもあるー
81 :名無飼育さん :2013/09/23(月) 00:12
うわぁ。どうすんの夏焼さん・・・。
前回更新分で、浮かれすぎって思っていたら。
あと3回楽しみにしてます。
82 :名無飼育さん :2013/09/23(月) 00:46
明日は二回も更新分が読めるなんて…贅沢だわ。
続きが気になるけど終わってしまうのは寂しい、複雑な気持ちです。
83 :Chapter 8 :2013/09/23(月) 06:25
それに触れることが、怖くなった。
あけてはいけない。
そこから踏み出せば、戻れないような何かが待ち構えているような気がする。
雅の理性が、勘がアラートを鳴らしている。

目さえ瞑ってしまえば、いつもの日常が待っている。
ダンスレッスン、イベント。
桃子と一緒にいると楽しかった。
ステージの上で桃子からフライデーの話題でからかわれたときは一瞬背中が冷たくなったが、
梨沙子が助け舟を出してくれて助かった。

そういえば、あれ、ほんとに行くのかな。

ファンの前でスイーツを食べに行く約束などしてしまったが、あの約束は実現するのだろうか。
雅としては喜んで一緒に行くし、照れ隠しで「おごり」などと言ってしまったが、別に割り勘でも、
なんなら雅がおごってもいい。

でもあれ多分、ただのサービストーク的なやつだし。

楽屋はいつものようににぎやかだ。
84 :Chapter 8 :2013/09/23(月) 06:30
「ちーちゃん!なんなの、桃が重いって訳!?」
「重いでしょー!ってか、ウザイ嗣永、離れて、のしかかってくるな!」

楽屋のドアに近いソファで梨沙子としゃべっていた雅だが、騒ぐ二人にちらりと目をやれば、
数時間前に桃子がよろけたついでに桃子を抱きしめた事を思い出す。
雅の頬に熱がともる。
今までスキンシップなど意識したことなどなかったのに、桃子の肩の感じや温度、
シャンプーの匂いをありありと思い出してしまう。

「みやどうかした?」
「んーん、何も。で、梨沙子、そのお店で何買ったの?」

雅がこんなに可愛い反応をしているというのに、桃子といえばあの調子。
今日の撮影は移動があったり、ダンスが大変だったりと余計なことを考える必要がなくて助かった。
MVの撮影終了まであと少し、という休憩中。全員が衣装のままだ。
深夜だというのに、メンバーのテンションは高かった。
騒ぐ桃子と千奈美の横で机に伏せていた友理奈が迷惑そうに頭をもたげ、ため息をつくと元の体勢へと戻っていく。
85 :Chapter 8 :2013/09/23(月) 06:31
「熊井ちゃん、煩いなら離れればいいのに」

雅の後ろのソファに陣取って漫画を読んでいた茉麻が独り言のようにつぶやく。
声に宿った面白げな響きに、なんとなく興味をもって茉麻の方へと向き直ると、
茉麻の向こうで桃子がまた騒ぎ出した。

「千奈美、これ全部飲んだわけ!?」
「だって桃が飲んでいいって言ったんじゃん。あたし全部飲んでいい?って聞いたら、んーとか返事したくせに」
「言ってないよ!」

ペットボトルを握って対峙する桃子と千奈美の音量に耐えかねたのか、
ついにのっそりと起き上がった友理奈が避難ついでに「言ってたよ、桃」とジャッジする。

「言ったか。じゃあしょうがない。でもさぁ、んーは相槌でしょ」
「っていうか相槌とか意味わかんない。誰が聞いてもそれ返事でしょ」
「まぁいいけどさぁ。あー。桃のど渇いた。なんか買ってくる」


見るともなしに見ていた桃子がこちらへ向ってきたので少し慌てたが、
そういえばバッグにまだ飲んでいないお茶が入っていたはずだ。
86 :Chapter 8 :2013/09/23(月) 06:32
確か桃子の飲めないものではないはずだと思う。
今日は荷物が多いので忘れていた。

「あ、ちょっとごめん、梨沙子」

断って、自分のバッグからペットボトルを出すと、
雅は丁度自分の脇を通り過ぎようとした桃子の進行方向へと差し出す。

「桃、これいる?」
「っ」

手と手が軽く触れた瞬間、ぼこん、と間抜けな音がした。

それは一瞬だった。

差し出した雅の手を桃子が振り払って、ペットボトルが床へと転がる。
驚いてごろごろごろ、と扉まで転がっていくペットボトルを見送った雅が桃子へと視線を戻すと、
やはり呆然とした桃子と目が合う。

半開きになった口をぱくんと閉じて、桃子は振り払ったまま固まっていた自分の右手を胸元へと戻し、
左手で守るように握りこむ。
雅と目を合わせたまま、桃子の顔が見る間に赤くなっていく。
87 :Chapter 8 :2013/09/23(月) 06:33
楽屋は静まり返っている。

見詰め合ったまま、雅がとりあえず何か言おうと口を開いた瞬間、楽屋のドアが開いた。

「あれ?これ誰の?」

入ってきた佐紀が、雅のペットボトルを拾い上げていた。

「入り口に転がしとくとかやめてよね。怪我したらどうすんの、ってあれ?どうかした?」

全員が全員佐紀に注目している状況。
首をかしげた佐紀にいち早く反応したのは桃子だった。

「ごめん、なんでもない。ありがと、キャプテン」

ペットボトルを佐紀から受け取ると、雅に返す。

「ごめんね、みや。なんかびっくりして」
「んーん。別に」
「あの、わたし、飲み物買ってくるから」
88 :Chapter 8 :2013/09/23(月) 06:33
早口でまくし立て、そのまま佐紀の横を通り抜け、桃子が出ていく。

「ね。どうか、した?」

佐紀の問いかけは殆ど確認に近かった。
梨沙子も心配を隠さず雅を見つめる。

「別に、なんでもない。」

振り払われた手が冷たい。
手は痛くなかったが、胸が痛い。
なんでもない。何もなかった。
だって桃子も何も―

「ちがうわ」

なんでもないなんて嘘だ。
桃子があんなに動揺している。

「あのさ、キャプテン」
「う、うん」

何故か一歩引いた佐紀にかまいもせず、雅はドアへと向かう。

「あたし、桃と喧嘩してるんだ。あ、それも違うか。あたしがちょっと、桃にやっちゃって。謝ってくるから」

やっちゃったってなにを。

自分の発言のツッコミ所に気付きもせず、困惑に満ちた楽屋の空気を背に雅は走り出した。
89 :Chapter 8 :2013/09/23(月) 06:34



90 :Chapter 8 :2013/09/23(月) 06:35
スタッフに居場所を聞いたり、走っているうちに桃子を見つけた。
廊下の隅、人気のない階段に一人で座っている。

「桃」

座り込む桃子の前に立ってはみたものの、続く言葉を見つけられず、
とりあえず名前を呼べば桃子がゆるりと顔をあげた。
相変わらずの白い顔。浮いた隈。
疲れた様子に雅は思わず顔をしかめた。

「こないだはごめん」
「だから、何のこと」
「キスのこと」

恥ずかしかったがストレートにそのまま言って、衣装のグローブをつけたままの桃子の手を握った。
雅としては他意はなく、先程のように逃げられないようにという保険のつもりだった。
91 :Chapter 8 :2013/09/23(月) 06:36
それなのに桃子はつかまれた手を凝視し、頬を染める。
つられて雅も顔に血が上ってくるのがわかる。
『キス』のワードに反応したのだろうか。桃子の反応がいまいち読めない。
動悸が激しくなる。
こんなつもりではなかった。

ただ、謝って―

どうしようと思ったんだっけ。

手を握り、見つめ合うこと数秒。
桃子が雅から目を逸らし、うつむく。

「どうしてしたの」
「え?」

桃子の旋毛をしげしげと眺めながら思考に耽っていたので、何の話かわからなかった。

「だから……」

「キス」。
92 :Chapter 8 :2013/09/23(月) 06:37
不意打ちのそれは囁き声よりも小さな音量だったのに、
雅の心に大きく響き、心臓がひとつ大きく跳ねる。

「どうしてって」

喉が詰まる。
どうして、してしまったのか。
何度も自分に問いかけたが、した雅としても不本意だが未だに納得できる答えは出ていない。

「したかったから?」

自信も覚悟もなく、一番心に近いものを声にしたが、震える声は自然、疑問系になり、
桃子が信じられないとでも言いたげに雅の顔を凝視する。

「はぁ?みや、したかったら誰にでもあんなことするの?」
「しないよ!したことないし。酔っぱらってたからか……ら?」
「みやはお酒を飲むのを止めたほうがいいよ。それキス魔っていうんだよ」
93 :Chapter 8 :2013/09/23(月) 06:37
大きく肩を落として桃子が嘆く。

「ごめん。でも、前からあたし変でさ。桃に会うと嬉しかったり、一緒にいると楽しかったり」

それは春からだ。
桃子の凄さを再確認した。
テレビで見れば誇らしく、会えば妙に嬉しかった。
待ち合わせに浮かれるなんて、今までなかったことだ。

「ちょっと、それ変なの?酷くない?」

桃子の至極もっともな指摘に、雅は自分の言った言葉を反芻してその内容の酷さを自覚し、動揺する。

そうじゃない。そうじゃなくて―

「そうだけど、違う。前よりずっと。桃が他の子と喋ってたの見たり、桃のテレビ見て、
なんか桃が遠くなった気がしたり」

―もっと、素直にきちんと、言いたいことを伝えたい。
94 :Chapter 8 :2013/09/23(月) 06:38
いつもとなりにいた桃子が居なくて、思っていたより寂しくて。
休み中、何度もメンバーみんなに会いたくなったが、その気持ちを言葉にしたとき口にするりと出てきたのが、桃子だった。

飲み会での桃子の話が嫌だった。
桃子の真価を知らないくせに、桃子の可愛らしさ、美しさを知らないくせにと怒り、
けれど同時に、知られたくない、あいつらなんかに見せたくないと思ったり。

「桃貶されて本当ムカついて、やっちゃった」
「……ごめんわかんない」

正直な気持ちを告げたのだが、自分自身もわからない感情を上手く伝えられない。
案の定、眉を下げて、途方に暮れた顔をしている桃子が可愛い。
95 :Chapter 8 :2013/09/23(月) 06:39
「うん。……桃がんばってんなって。桃、かわいいなって。え?―嘘」

目の前の桃子は顔色も悪いし、ダンスのしすぎでへろへろだし、
髪も整っているとは言い難いが、本当に可愛いと思う。

知っている。この感情は、きっと―

「へ?何?」
「あたし桃のこと」

好きだ。


すとんと心に落ちてきた。
それと同時に、雅の手ごと桃子の手が落ちた。

じゃらりと手首のブレスレットが擦れて音が響いた。
96 :Chapter 8 :2013/09/23(月) 06:40
最後は言葉にはならなかった。

頭の中が真っ白になる。雅の周囲から音が消え、世界が遠くなる。
膝の力が抜けて、雅は桃子の前にしゃがみこむ。

「うそでしょ」

桃ががんばっていると、応援したくなる。
桃がけなされるとむかつく。
桃が笑っていると、嬉しい。
桃が悲しいのはいやだ。

桃子は驚いた顔をして雅を見ている。

桃の横に亜美がいると胸がざわざわして、
雅の知らない番組スタッフと話しているのを見るとなんだか遠くにいってしまったみたいで胸が痛む。
97 :Chapter 8 :2013/09/23(月) 06:41
桃と一緒だと、嬉しい。
隣にいると楽しい。近くに居たい。
困っていたら、出来れば、一番に助けたい。
あたしが、助けたい。
友達と笑い会っていたとき、なんだか羨ましくて悔しかった。
フライデーされたとき、桃に彼氏がいるかもしれないと思ったとき、怖かった。

今ならわかる。



「嘘、でしょ」

「わかった。もういいよ、みや。とりあえず」

ぶらん、とまだ雅に掴まれたままの手を桃子が自分の膝から胸前まであげる。
98 :Chapter 8 :2013/09/23(月) 06:42
「放して。あとそれ、気の迷いだから。一時的なもの。キスしちゃって、
ドキドキしただけだから」
「それって何」

「だから」

断言の形で言い切って、続けようとした桃子が凍りつく。
ほんのりと赤く染まっていた頬が雅の目の前で見る間に白くなっていく。


一度俯き、掴まれたままの両手でこぶしを作った桃子がまた顔を上げる。



「とにかく、そうなの!」

とがった薄い唇がきゅっと引き結ばれ、叫んだ桃子が急に立ち上がる。
99 :Chapter 8 :2013/09/23(月) 06:42
「わっ」

しりもちをついたままの雅に背を向け、桃子は走り去る。
なんとなくペンギンを思わせるいつもの変な走り方で角を曲がり、桃子の姿は消える。


「この話、これで終わりだから!」


姿は見えぬまま、廊下の向こうから一方的に宣言されたが反応など出来ず、雅は呆然と座り込む。



「……うそでしょ」
100 :Chapter 8 :2013/09/23(月) 06:53
Chapter 8 終了

>>80
お付き合い頂いてありがとうございます。
最初からもうちょっと計算して更新していたらよかったんですけど、
無計画のつけがこんなところに。
でも間があくよりはいいかな、と。

>>81
ありがとうございます。
夏焼さんには頑張っていただきたい。
もう少しおつきあいよろしくお願いします。

>>82
おはようございます。
そう言っていただけると嬉しいです。
忙しないことで申し訳ありませんが、後ちょっと。
よろしくお願いします。

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