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流動マーブル

1 :名無飼育さん :2012/11/29(木) 20:24
2012年11月以降の娘。をメインにした短編集になる予定です。

前の短編スレ
好意と敬意
ttp://m-seek.net/test/read.cgi/grass/1340375988/
2 :名無飼育さん :2012/11/29(木) 20:25
チラシゲーム
3 :名無飼育さん :2012/11/29(木) 20:27
背後で、どたん、と鈍い物音が聞こえた。

「あああア」

素っ頓狂な叫び声に田中が振り向くと、床に散らばった紙片をかき集める鞘師と石田が目に入った。
鞘師が転ぶことはよくあるので、またか、と呆れたが、レッスンスタジオの板張りの床に
散らばった派手な色の紙たちが、派手好きな田中の心をくすぐる。
近寄ってよく見ると、それぞれに“関西””北海道”などと大きな文字で書いてあり、
その紙が旅行会社のチラシであることに気付いた。

「なん、鞘師どっか旅行すると?」

ヤンキー座りでチラシを拾っている鞘師に声をかけると

「ああア、すいません、ただ見たかっただけなんです!」
「転んだ拍子にファイルに挟んでたのが全部落ちちゃって」

すぐ傍にいた石田も一緒になって説明した。

「へー、これもしかして全部あると?」
「あ、そうです日本中の持ってきちゃいました、イヒヒ」

福岡もありますよ、と、後輩が気を利かせてチラシを見せてくれる。

「おー、マジやんありがと」

細かい文章を読む気にはならなかったが、大きな“福岡”の文字を見れて嬉しかった。
4 :名無飼育さん :2012/11/29(木) 20:29
そこへ突然の閃きが起こり、

「あ、わかった!」

と叫ぶ。
鞘師と石田は、きょとんとして田中を見た。

「これさ、床に並べて日本地図作れるやん」
「地図、ですか? 並べるってチラシをですか」
「あー、できます! 亜佑美ちゃん、上から北海道東北って置いてってやるんだよ」

そうですよね、と鞘師が尋ねる。

「そう!」

田中は親指を立てて答え、

「中学生しゅーごー!」

目の醒めるような大声を出して、あたりのメンバーに招集をかけた。
猫の一声に驚いた中学生以外のメンバーも集まってきて、結局全員が田中のまわりを
囲うように揃った。
5 :名無飼育さん :2012/11/29(木) 20:31
立ち上がった田中が、それなりに威張った態度で、

「えー今からゲームをしまーす」

と“福岡”のチラシを周囲に見せ付けながら話すと、

「ゲーム! したいですー!」

“まっさき優樹”な佐藤がはしゃいだ。

「うんよく聞いて。
 自分の出身地のこれ持って床に置いて、それから他のとこ置いてって、なんちゃって地図を作ります」

はいまずは生田、と持っていたそれを生田に押し付けると、戸惑っている後輩に

「最初やし適当なとこ置いてみ」

と続ける。

「えーじゃあ、ここ置きますぅ」

生田は言われた通りその場にしゃがみ込んで、チラシを足元に置いた。
6 :名無飼育さん :2012/11/29(木) 20:32
田中は次々地方出身メンバーにチラシを渡していき、途中で瞳をキラキラさせていた石田と
目が合うと、言い忘れてたけどこれは中学生だけね、高校生はできて当たり前やろ、
と言って宮城県のチラシを隣の鞘師に渡す。
いじけたフリをする茶髪が視界の片隅に入った。

「全部渡った? わからんとこはちゃんと相談しーよ。
 さゆはさー、何分でやれるか数えとって」
「いいけど、れいなこそちゃんと正解わかる?」
「わかるわかるぅ」

軽い返事をしながら、どこからかパイプ椅子を持ってきて背もたれを前して座り、

「よーし、やれ! 中学生!」

パン、と手を叩くと、佐藤を筆頭に嬌声を上げながら床に座り込んだ中学生の面々。

「ほっかいどー!」
「あ、まーちゃんそこなら関東はこの辺かな」
「あーそうですね、神奈川無いんですか?」
「じゃ広島はこの辺に」
「尾張名古屋〜はここです! はい名古屋ここでーす」
「福岡はもう置いてあるけん九州極める!」
7 :名無飼育さん :2012/11/29(木) 20:34
ヤバーイ超楽しそーやんれーなマジ天才、と、田中は満足げにその様子を眺めた。
道重もかわいいを連呼しながらしっかり時間を数えている。
高校生組は、

「聖もやりたかっ……えっ、そこなんだ」
「いいのー? まーちゃんほんとにそこで。それだと四国に大雪が降っちゃうねー」
「はるなんシッ、お、教えたら駄、ひひっ」

時々意外なところに意外な地名がセッティングされるのを、
突っ込みを入れつつ笑いながら見ていた。

「はい出来た! たなさたん出来ましたー!」
「待ってまだ確認してませんよ」
「まーちゃん手下ろして!」

両手を挙げてアピールする佐藤を制する、冷静な小田と工藤。
年少二人がしっかり確認を終えたところで、終了の合図を出した。

「はい終了ー、ただいまのタイムは……二分四十四秒です」

道重が教えてくれたが、果たしてこのタイムが早いのか遅いのかゲームの主催者にも
見当がつかない。
田中はとりあえず両腕を組んで、うーん、おっそいなー、と適当に言った。
8 :名無飼育さん :2012/11/29(木) 20:37
「田中さんヤですー」
「もう一回やらしてください!」

最初に言われるまま地元を置いた生田と、遅いと言われて悔しかったらしい鈴木が
リベンジを申し出るが、

「ダメ! 残念ながらもう時間でーす」

それを拒絶すると、一斉に批難の声が上がる。

「気持ちはわかるけどほんとに時間だから準備してね」

リーダー道重がフォローをしたことで、まず高校生組がその場を離れた。
中学生組は、ゲームのテンションを少し引き摺ったままその後ろをついていく。
チラシの持ち主だった鞘師だけは床の紙片を集めなくてはいけなかったので、
急いで拾い集めて駆け足でみんなの後を追った。

石田が自分の鞄の中から筆記用具を取り出そうとしていると、
追いついた鞘師が隣で鞄を開ける。

「意外な方向に行きましたね」
「ねー! こんなことになるなんて夢にも思わないよ! 超楽しかった」

落としてよかったーなどと笑って、今度こそきちんとファイルに紙の束をしまおうとした
その時、あ、と声を上げた。

「角のとこ折れちゃった。また取りに行かなきゃ」

こうして石田は、鞘師が食品サンプルに続き新たな収集アイテムを得た瞬間に立ち会ったのである。
9 :名無飼育さん :2012/11/29(木) 20:38
東京で一緒に帰ろう
10 :名無飼育さん :2012/11/29(木) 20:40
ほどほどに混雑していたエレベーターを出ると、

「さあーどうぞどうぞ、ぜひご試食なさってくださーい!」

色とりどりのエプロンを着た販売員が、次々と自分たちに声をかけてくる。
鞘師は歩きながらそのうちのひとつを、どこのものかわからない一口サイズの
そのお菓子を販売員の手から貰い受け、早速口の中に放り込んだ。
前にいた石田が振り返り、片手に爪楊枝だけ持った鞘師に気付くと、自分も、
と思ったのかすぐ近くでトレイを持っていた販売員に話しかけた。

最初は互いの地元の食べ物についてなんとなく話していただけだったのだが、
次第に故郷に対する思いがつのりはじめ、どうしてもその空気に触れたくなった。
東京でなんとかならないかと思案をめぐらせた結果、レッスンまでのわずかな時間を
ぬってでも、とここにやって来たのである。

デパートの物産展で、全国の特産品を集めた催しだった。
出店の前の通路を少し歩くだけでも、まさに北から南までといったあらゆる地名の
看板やのぼりが目に入り、同時にさまざまな食べ物の香りが漂ってくる。
これなら広島も仙台もカバーできる、と期待を持てた。

しかし、夕方のフロアはとても人が多く、並んで歩くことすらかなわない。
爪楊枝を返した石田が鞘師に手を差し伸べ、二人は手を繋いで歩くことにした。
11 :名無飼育さん :2012/11/29(木) 20:42
「全部まわり切れそう!?」
「無理かもしれないです! せめて地元だけでも……」

喧騒に負けじと声を張って話すが、いつの間にか人の流れに巻き込まれてしまう。

「うわわわっ」

それでも鞘師は楽しかった。
賑やかな場所は否応なしにテンションがあがってしまう。
手を引く人を信頼しきって、あたりをきょろきょろ見回してしまう。

まるで夏祭りの屋台のような派手な垂れ幕を眺めるだけでも、目の保養になった。
やがて、引かれていた手が人の流れに逆らって横道に逸れようとする。

「すいません、通りまーす!」
「え、こっち? あ、すいませーん!」

頭を下げながら、更に強く引かれる手を離さないように歩いた。
新たな人の流れに合流すると、少しだけ人同士の間隔が広くなり、
反対に石田との距離は縮まる。

「なんか見っけた?」
「ここ、西日本ゾーンですって」

その時初めて、通路が地域ごとに分けられていると知った。
言われてみれば、今嗅覚を刺激しているのは、焦げたソースの香りだ。
広島が近い!
鞘師は期待に胸を膨らませて周囲を確認した。
12 :名無飼育さん :2012/11/29(木) 20:45
あった。“もみじまんじゅう”!

「亜佑美ちゃん右右!」
「お、あれか!」

流れに沿えばいずれ辿り着く距離ではあったが、時間の無い二人は
急いでブースに向かった。
辿り着いた広島のブースでは、定番のもみじ饅頭の他に、“揚げもみじ”の
実演販売を行っていた。
最近売り出し始めた商品で、実は鞘師自身もあまり馴染みの無いものだったが、
故郷の一部に触れることが最大の目的である。
どんなものか興味もあったので、さっそくひとつ頼んで揚げたてを買った。
半分切り込みの入った専用の紙袋に入れてもらったが、熱すぎて持っているのも辛い。
早く食べた方がいいかもしれないと、また人の流れに混ざってフロアの端まで行き、
やっと壁際の空いたスペースに辿り着いた。

「ごめん、すぐ食べちゃうから」
「いいですよ、火傷に気をつけて」
「……気をつける」

改めて袋から出ている部分を見ると、もみじの形はすっかり衣に覆われていて、
見た目は唐揚げに似ている。
用心してふうふう息を吹きかけてから噛み付いた。
カリッといい音がして口の中に入ってくる。食感まで唐揚げだった。
13 :名無飼育さん :2012/11/29(木) 20:48
「どうですか?」

石田が声をかけてきた。
鞘師はひと呼吸おいてから、紙袋を差し出して促す。

「え、いいんですか?」
「ん」

頷くと、礼を言いながら石田もそれを少し齧った。

「ウチまだあんこにたどりつかなくて。出てきた?」
「お、甘い」

紙袋がまた自分に返ってくる。覗き込むと本体と思われる饅頭の黒い餡が見えていた。
再度かぶりつくと今度こそ懐かしの饅頭の風味と甘みを感じ、思わず鞘師は目を細めた。

「これ、これだよー。うわー」

あっという間に食べつくす。
石田はそれを微笑みながら見て、それから振り返ってフロアの様子を窺った。

「……またあの中に入るのは勇気が要りますね」
「仙台どこだろ?」
「うーん、厳しいなあ……多分反対側の方だし」

迷っている様子だ。

「今度はウチが前行くからさ、行こうよ」

自分はついて行くだけだったので、前にいた人の苦労がわからなかったかもしれない、
と鞘師は手を上げる。

「……じゃ、お願いしちゃおうかな」
「任して。目標は?」
「“たまごカステラ”!」
14 :名無飼育さん :2012/11/29(木) 20:50
ところが、意気込んで仙台のブースに辿り着いた二人に、予想外の事態が待っていた。
カステラが品切れで手に入らなかったのである。
販売員が気を利かせてその場にあった他の食品全ての試食を勧めてくれたが、
石田は明らかに落ち込んでいた。

「カステラ……」
「また来ようよ、試食美味しかったよ?」
「……そうですね、お腹の方は膨れましたもんね」
「これから踊るんだし、満腹だったらヤバいって」
「そうだ! ……次、がありますよね?」
「絶対来ようよ。絶対また来たい」

これってデートだよね

帰りのエレベーターを待ちながら鞘師がそんなことを言ったので、石田は慌てて周囲を見回した。
他に何人かいたが、それぞれ話し込んでいて誰も自分たちを気に留めていない様子だった。

「大丈夫だよ」
「びっくりさせないでくださいよ、もう」
「女子デートなんていまどき珍しくないよ?」
「……意識し過ぎだって言いたいんですか」
「イヒヒ、意識はされたい。どんどんして」
「ばか」

石田は思わず悪態を吐いた。
15 :名無飼育さん :2012/11/29(木) 20:52
デパートを離れ駅の構内を歩いていると、鞘師が石田を引き止めた。
立ち止まったのは旅行代理店の前で、彼女はその前で何かをじっと見ていた。

「どうしたんですか?」
「ちょっと待ってて」

言われた通り待っていると、店の前のクリアケースに並んでいる旅行チラシを
端から順に一枚ずつ抜き取っていく。

北海道・東北・北陸・関東……

と徐々に南下していく地名の刷られたチラシを全国分集めると、
鞄の中のファイルにまとめて突っ込んだ。

「全部行くんですか?」
「いや、あとで眺めるだけ」
「それだけ?」
「うん、いつかこの写真のところに行きたいなーって思いながら見るの」
「妄想旅行ですか、ふふ、楽しそうですね」

そうでしょと相槌を打ちつつ、でもいつか叶えるんだ、と再び歩きながら鞘師は言う。
16 :名無飼育さん :2012/11/29(木) 20:55
自分たちはライブやイベントで各地を飛び回っているが、スタッフの誘導に従って
行動しているだけだから、例え観光地に行ったとしてもそれは旅行とは言えない。
いつか自分だけの意志と行動で行きたいところへ行って、物産展で見かけた食べ物を
自力で見つけて……その土地で食べ歩きをしたい、と思った。

「なんか、中学生なのに渋いですねー」
「悪い?」
「いやいや、とっても素敵だと思います!」
「もし行ったら、ちゃんとお土産買ってくるから」
「えー一人で行っちゃうんですか?
 もしそこが私も行きたい場所だったら、一緒に行きたいなー。
 関東ならすぐ実現できそうじゃないですか?」
「近くならそうだけど、でも行きたいっていうか、まずは帰りたい、だよね」
「……そうですね、最初はそうかもしれない」

それから石田はうわ言のように、カステラ……と呟く。
よっぽど食べたかったんだな、と鞘師は思った。
17 :名無飼育さん :2012/11/29(木) 20:56
>>2-8 チラシゲーム
>>9-16 東京で一緒に帰ろう
18 :名無飼育さん :2012/11/29(木) 20:58
揚げもみじは、私の地元の物産展で実際に食べたことがあります。
たまごカステラは、ミュージックアンツという配信番組で石田さんがテンションMAX!
になったお菓子です。
まだ観ることができるので、興味のある方は一度ご覧になってみてはいかがでしょうか。
19 :名無飼育さん :2012/11/29(木) 20:58

20 :名無飼育さん :2012/11/30(金) 00:25
新スレおめでとうございます><
前スレ終了がとても寂しかったのですが、
これでまた楽しみができました><
21 :名無飼育さん :2012/11/30(金) 16:08
新スレおめでとうございます!待ってましたよー!
カステラ食べれずしょんぼりだーいし可愛い。
さやしすーんに振り回されるあぬみんが大好物ですw
さっそくちょびっと振り回されてて嬉しい!
22 :名無飼育さん :2012/12/01(土) 08:20
流動マーブル
23 :名無飼育さん :2012/12/01(土) 08:22
部屋にストーブを出したので、いつでも遊びに来てくださいね。
と言われた鞘師は、嬉々として石田の部屋に遊びに来た。

暖かいので、ベッドの上で布団をかぶらずにゴロゴロできる。
石田はそのベッド下の床に座っていて、録画していた番組を観ようと
リモコンをいじっていた。

「何録ったの?」
「大化学実験ナントカってやつです」

番組が始まると、“先生”と呼ばれた白衣のおじさんがフラスコを持って現れた。
司会者からの簡単な自己紹介の後に、おじさんは話し始める。

『皆さんは墨流しというのをご存知でしょうか。
 これは、マーブリングとも呼ばれます。
 早速ですが、ちょっと実験してみましょう』

テーブルに直径二十センチくらいのガラスの容器が置いてある。
瓶の底の部分を切り取ったような円形で、深さは一センチくらいだろうか。
ここに薄く水が張ってあります、と説明があった。

続いて墨のついた小筆が登場し、“先生”は少し緊張しているのか、
筆先を震えさせながら水の上に墨をつけた。
すると当然、墨汁が水の上で溶けて広がる。

『そしてこの中心に、この竹串をつけると……』

あっという間に、中心部の墨が消えてしまった。
24 :名無飼育さん :2012/12/01(土) 08:25
「消えた!」

石田が声を上げたので、それまであまり真剣に観ていなかった鞘師も
思わず身を乗り出して画面を見つめた。
消えたように見えた墨はよく見ると容器の縁に追いやられていて、
黒い輪郭が出来ていた。

『そしてもう一度、墨を落とす』

次に落とされた墨は溶けずに中心に残り、最も外側の墨との間に水の円ができる。

『また串を刺します。そうすると、中心に水だけの部分ができて……
 ……はい、どうですか?
 あっという間に、◎(二重丸)の模様ができましたね』

“先生”はそこから更に丸の数を四つに増やし、そしてここからが重要です、と、
爪楊枝を水面の端の方に突き刺して、それを中心に向かってなぞった。
中心に辿り着くと同時に、また楊枝を端に刺して同じ動作を繰り返していくと、
墨と水によって大理石のような模様が水面に描かれる。

「おおおっ」
「マーブルだ」

二人はすっかり実験の虜になってしまった。

『これを墨流しと言います。
 日本ではこれを染物などに利用し、伝統工芸として今日まで伝えています。
 さて、ここからが化学的な話になってきますよ。
 みなさんは、なぜこの様な模様が水面に出来上がったと思いますか?』
25 :名無飼育さん :2012/12/01(土) 08:28
「油だよね?」

鞘師がさらっと解答を口にしたので、石田はぎょっとして思わず振り向いてしまった。

「……あれ、違う?」
「いや……多分合ってると思います」

二人の間に微妙な空気が流れる。

「……けど、芸能人的には間違ってますね。お手本はこうですよ」

テレビの中では、芸能人解答者が様々な答えを“先生”にぶつけていた。
石田はニヤリと笑って、そんな解答者たちを指差す。

「う、そうか。しまった……」
「やっぱり、すぐに答えちゃダメなんですよっ」
「そんなこと言って、じゃあ亜佑美ちゃんは答えわかったのか」
「え? そっりゃあもう。どうボケようかと思ったくらいで!」
「嘘くさいぞー!」

失敗を有耶無耶にするため、鞘師はベッドの上から石田にヘッドロックをかける。

「ぎ、ギブギブギブ」

布団を平手で連打して降参する後輩。

「アハハハ!」

心底楽しそうに笑ってから、鞘師は腕を外した。
26 :名無飼育さん :2012/12/01(土) 08:30
『そう、正解は油なんです。
 水に溶けない油を間に落とすことで、このような模様が作られるわけなんですね。
 墨を絵の具に変えれば、カラフルで美しい模様を描くこともできるんです』

「許してあげる、許してあげるよ」
「あー、それ懐かしい!」
「……ほんとは許してあげようと思ったけど」
「え、知らない台詞出てきた」

何なんですか、と、石田は完全に鞘師の方を向いた。

『VTRを観ていただきましょう。
 これはマーブリングインクという特殊なインクですが、最初に赤いインクを入れます。
 次に青いインクを入れ……早送りですが、先ほどの私のものと同じような、
 赤と青の何重もの輪ができあがりました。
 そして、この方はどこに串を入れるのでしょうか?』

「だーまってキ・ス・で・も・し・ろー」

歌にのせて要求するズル賢い先輩に噴き出す石田。

「へへっ、なんだ、なんかもっととんでもない事言われるかと」
「ピュアな中学生にはまだ無理」
「ていうか、そんな体勢なのに綺麗な声で歌えるのがすごいですね、さすが!」
27 :名無飼育さん :2012/12/01(土) 08:33
『おっと、串ではなく筆を使うようですね。
 それをちょっと中心より上の方から下に……手前に引いて……
 わかりますか? かわいらしいハートマークが完成しました!』

テレビから歓声が聞こえてきて、二人は揃って画面を見た。
そこには赤い輪郭と青い輪郭が重なってできたハートマークが映し出され、
それを見て同時に、すごい! と声を上げる。

ところが次の瞬間、模様のど真ん中に筆が突っ込まれて、めちゃくちゃにかき回され、
ハートにヒビが入ってしまった。

「って、ええー!?」

鞘師は驚き、

「もったいねぇ!」

石田は珍しくちょっと汚い言葉を発する。
すると、音声だけの“先生”が、

『おやおや、この方は最近失恋でもされたのかな?』

そんなジョークをすかさず差し込んだ。
28 :名無飼育さん :2012/12/01(土) 08:38
「失恋だって」
「うまいこと言いますね」
「ウチも今キスを拒否されたから失恋」
「いや別にしてませんから」

石田もすかさず反論すると、ベッドの上にかけていた肘を鞘師に引っ張られた。

『しかし、こうして滅茶苦茶にされても、綺麗な模様ができるものですねー。
 それはつまり、インク同士が色を混ぜ合わせることなく保っているからなんですね。
 私は化学者ですが、
 この二色が理想の人間関係のように見えることがあります。
 油で弾かれてもできる限り隣の色に近付いて、ぎりぎりまで寄り添っていく。
 外部からの影響を受けても、形を変化させてでも色を失わずに保つ。
 混ざり合って別の色になってしまえば、その人の色、個性は失われてしまいます』

「それに、しないと嫌い、じゃないですよ」

不満そうに唇を歪めた鞘師の髪を撫でてやる。

『相手の色に染まりきってしまった自分は、果たして“自分”と言えるのか。
 決して恋人の言いなりにならず、
 好きになってくれた“私”を失うことを恐れてください』

石田は床から立ち上がり、寝転がっている年下の先輩の隣に、
同じように寝転んだ。
それから無言で抱きついてくる鞘師を受け入れて、好きですよ、と、
たった一言だけ捧げる。

『あなたの色は、どんな形であっても美しいのです』

鞘師は彼女の首筋に顔を押し付けながら、わかってる、と小さく呟いた。
29 :名無飼育さん :2012/12/01(土) 08:40
>>22-28 流動マーブル
30 :名無飼育さん :2012/12/01(土) 08:44
レスありがとうございます。

>>20
そんなに経ってない感じですが寂しかったとは><
またよろしくお願いします><

>>21
現実でも何かと小さな不幸に見舞われる石田さん、面白かわいいですよね。
毎回振り回したりはさすがに心が痛みますので、話のエッセンス程度に
入れて行きたいと思っています。
31 :名無飼育さん :2012/12/01(土) 08:45

32 :名無飼育さん :2012/12/01(土) 11:12
( *´Д`)
33 :名無飼育さん :2012/12/04(火) 19:34
金くどぅーにさくら太郎
34 :名無飼育さん :2012/12/04(火) 19:36
ある日、森の木の下でぼんやりしていた金くどぅーとくまーちゃんの前に、
草むらから一人の少年が突如として現れました。

額に鉢巻をして、刀を持った少年でした。
着物も立派で、絢爛な出で立ちのその少年に、金くどぅーは少し身構えてしまいます。

「こんちくわ!」

くまーちゃんは、言葉が通じないのも忘れてその少年に挨拶しました。
ところが、

「こんにちは、初めまして」

少年は笑顔で挨拶を返してきました。
金くどぅーはたいそう驚き、

「なぬっ!?」

と叫んで飛び上がります。
くまーちゃんも最初は目を真ん丸くしていましたが、言葉が通じ合ったとわかって
キャッキャとはしゃいでいます。

「バカ! 喜ぶとこじゃない!」
「なんでさっ、だってお返事してくれたんだよ?」
「よく見ろ! あいつ武器持ってんだよ!」
「あの、これは鬼退治用なので、熊さんを切ったりはしませんよ」

刀を持った少年は敵意がないことを示すため、刀を土の上に置きました。
金くどぅーはそれでもまだ警戒を解くことができません。
両手と両足を広げ、くまーちゃんを庇うように立ちました。
35 :名無飼育さん :2012/12/04(火) 19:38
「……鬼なんかこの森にはいねーぞ」
「はい、知ってます。あ、ちゃんと自己紹介しますね。
 さくら太郎と申します。鬼ヶ島へ鬼退治にゆくところです」
「そのさくら太郎さんとやらが、なんでこの森に」
「そんなに怖い顔しないでくださいよー。ただ単に通り道なので」

金くどぅーは確かに知っていました。
鬼ヶ島へ行くには、船に乗って行かなくてはならず、
この森を通り抜ける必要があることを。
ただ……

「道もなにもそんなもんこの辺には無かったはずだろ」
「そうなんです! いつの間にか道が無くなってて、ここに出てきちゃって」
「あー迷っちゃったんだねー」

くまーちゃんが指摘すると、さくら太郎は紅くなって頷きました。

「あ、あの、どうか、人間の通る道に案内していただけないでしょうか」
「いいよ!」
「ダメだ。来た道を戻ればいいだけだろ」

金くどぅーは冷たく言い放って、さくら太郎を追い返そうとします。
さくら太郎は苦笑した後、それじゃあ、と言って土の上の刀を指差しました。

「この刀を、えっと」
「……金くどぅー」
「金くどぅーさん、素敵なお名前ですね」
「まーはまーちゃんだよ!」
「金くどぅーさんかまーちゃんさんに、刀を預けます。お礼もしますから、どうか」
「ねえくどぅー、まーちゃんダメ?」
「ダメだ。……どうしてもって言うならハルが持つけど」
36 :名無飼育さん :2012/12/04(火) 19:40
お礼と聞いて、金くどぅーの心は揺らいだようでした。
さくら太郎はすぐさま

「ありがとうございます!」

と礼を述べ、断られる前にさっさと刀を拾い上げて金くどぅーに押し付けます。

「重っ!!」
「とんでもない。あなたの斧よりは軽いもんですよ」
「そ、そうだな、慣れてないだけだって」
「ひとまず両端に手を添えれば」
「んなのわかってるし!」

言われたとおりにしてやっと、刀は安定しました。

お前が先頭を行け、と金くどぅーはさくら太郎に命令をして、自分は二番目、
最後にくまーちゃん、という順番で獣道を歩きます。

そして金くどぅーは、先ほどくまーちゃんの言葉を理解して返事までしたさくら太郎に、
なぜわかったのか、と尋ねました。

「うーん、どうしてでしょう。
 物心ついた時から頭の中で、動物の声がわかるようになっていましたね。
 うちにたくさん猫がいるんですけど、そのうち会話もできるようになって。
 だからきっとわたしは、これから動物たちの力を借りて何かを成し遂げていく
 運命なんだって」
「……」
「金くどぅーさんもそうなんじゃないですか?」
「……まあ、そう」
「そうですよね!? 絶対そうだと思ってました」

リアクションは薄いものの、誰にも言わず、言えなかったことがさくら太郎の口から
発せられたのを聞いて、金くどぅーにほんの少しだけ仲間意識が芽生えました。

「ねー何話してるのか聞こえないーなにはなしてるの?」
「なんでもないよ」

この話がくまーちゃんに聞こえなくて良かった、とも思いました。
37 :名無飼育さん :2012/12/04(火) 19:43
それからしばらく歩き続け、二人と一頭の目の前に、ようやく人間の通り道が見えてきます。
しかしくまーちゃんだけは拓けた場所に出るといろいろ危険なため、道の手前でいったん
立ち止まりました。

「ここまで来ればもうわかんだろ」
「本当にありがとうございます! とても助かりました」

これはお礼です、と言いながら、さくら太郎は腰巾着から二個のお餅を取り出し、
金くどぅーとくまーちゃんに差し出しました。

「お饅頭だー!」
「違います、これはお餅ですよ。
 さくら餅、おばあさんが持たせてくれた自慢のお餅です」
「おう、ありがとさん」
「……」

金くどぅーがその御餅を受け取った時、さくら太郎は少し寂しそうな顔をしました。

「なんだよ、やっぱ惜しくなった?」
「あっ、いえ!」
「無理すんなよ、これほんとは自分の弁当なんだろ」
「えっそうなの!? じゃあまーちゃん要らない!」
「あ……ほんとに違うんです。ご飯はご飯なんですけど」

さくら太郎は少しずつ言葉を選んで話し始めました。
今、頭の中で、渡さない方がいい、と誰かの声が聞こえたのだ、と。
38 :名無飼育さん :2012/12/04(火) 19:45
「誰? お母さん?」

くまーちゃんが言うと、さくら太郎はかぶりを振ります。
しかし、抗ってはいけない気がする、と真剣なまなざしで言いました。

「んぢゃ、その通りにしな。まーちゃんも別に腹減ってないって」
「言ってない! けど、インスピレーションは大事にした方がいいねー!」

まーちゃんは時々難しい言葉を使うなあ、と金くどぅーは思いましたが、
珍しく駄々をこねなくてほっとしました。

「本当にごめんなさい、お礼はこれのつもりで、他に何もなくて」
「いいって。それより、暗くなる前に森を出なよ」
「そうだ、危ない危ない襲われちゃうぞー!?」
「……熊の台詞とは思えないな。でも本当に危ないからさ」

そう言って金くどぅーは預かっていた刀を差し出したのですが、
モジモジしながらさくら太郎は言いました。

「あ、あの……、お別れする前に、その、まーちゃんさんにお願いが」
「えっなになに、サイン!?」
「マーチャンバッカジャネーノ」
「さ、サインじゃなくて、ええっとー……いいですか?」

それまでハキハキ喋っていた人とはまるで別人のように口ごもるので、
金くどぅーは少しイライラしてしまいます。

「何だよ早く言えよ」
「ええ、っと、た、旅のお守りに、匂いをつけて欲しいんですっ!」
「におい?」
「はいっ!」

もふっ
39 :名無飼育さん :2012/12/04(火) 19:47
……気がつくと、くまーちゃんはさくら太郎に抱きつかれていました。
金くどぅーは呆気に取られ、しばらく開いた口が塞がりませんでした。

名残惜しそうに離れたさくら太郎が、まさしく頬をさくら色に染めているのを見て
やっと我に返り、

「……気が済んだかい」

と言うのがやっとだったそうです。

「……すいません、初めて見た時から、どうしても触りたくって……」
「全然いーよ! まーちゃん気にしなーい」
「だってサ」

今度こそ刀を受け取ったさくら太郎。
頭を下げて、言いました。

「それじゃあ、行きますね。
 無事鬼退治を終えたら、またご挨拶に伺います」
「そんな気ぃ遣わなくてもいいし。それに、また同じとこいるかわかんねえじゃん。
 でもまあ、もし会えたら武勇伝を聞かせてくれよ」
「はい、もちろん! その時は家来を連れてるかもしれませんが」
「けたい?」
「家来だろ。これから探すのかい」

探さずとも向こうからやってくる気がします、と、さくら太郎は腰巾着を撫でています。
金くどぅーはなんとなく意味がわかった気がして、そうか、とだけ言いました。

後日、この予感は見事に当たり、さくら太郎はスズキジ、ミズモンキー、イヌ田という
三匹の家来を従えることとなったのでした。
40 :名無飼育さん :2012/12/04(火) 19:49
さくら太郎と別れた後、金くどぅーは少し思案しました。
もしあの時お餅を受け取っていたら、くまーちゃんは彼の家来になってしまった
かもしれない、と。

「なあまーちゃん、ちょっと」

家に帰る前、金くどぅーは思い切って自分もくまーちゃんに抱きついてみようと思い、
返事を待たずにその体を抱きしめてみます。
相撲を取る以外でこうしてくっついてみたことがなかったので、こんな匂いがするのか、
と改めて思いました。

そんな金くどぅーに、おっきくなったねえ、とくまーちゃんは言いました。
41 :名無飼育さん :2012/12/04(火) 19:49
>>33-40 金くどぅーにさくら太郎
42 :名無飼育さん :2012/12/04(火) 19:53
参考

金くどぅー
ttp://m-seek.net/test/read.cgi/dream/1251815658/717-732

>>32
川c*’Д´)
43 :名無飼育さん :2012/12/04(火) 19:54

44 :名無飼育さん :2012/12/04(火) 21:02
日常的な鞘石がとても好みなので、作者さんの作風とても好きです。
しかし、金くどぅーの方でしたか。金くどぅーも大好きです。
45 :名無飼育さん :2012/12/05(水) 02:27
さくら太郎はなんだか既に的確に人物像を捉えてる気がする…!はえぇー
家来トリオは名前だけで華麗に想像できすぎて困った
46 :名無飼育さん :2012/12/06(木) 01:21
最後の一文にとてもほっこりしました

番外編でさくら太郎の鬼退治を期待しております
47 :名無飼育さん :2012/12/06(木) 17:47
くまーちゃんもふりてぇ
48 :名無飼育さん :2012/12/06(木) 23:12
金くどぅーキテタ━━━━━━( *´Д`)━━━━━━ !!!!!
今回も娘。達のキャラクターが益々好きになっちゃうお話ですね><
まだ出てきてないコ達のエピソードも読めたらうれしいです><
49 :名無し飼育さん :2012/12/08(土) 02:32
金くどぅー大好き
50 :名無飼育さん :2012/12/08(土) 22:40
金くどぅーに一寸鞘師
51 :名無飼育さん :2012/12/08(土) 22:42
はう馬がまた牧場を抜け出して、新鮮な水を飲みに川にやって来ると、
水面から飛び出した岩に奇妙なものが引っかかっているのを見つけました。

それはお椀でした。長い首を突き出してお椀に顔を近づけると、
なんとその中に、体長一寸足らずのポニーテールの小人が入っていたのです。

「ヒエエエエッ!?」

驚いて嘶いてしまったはう馬。
それに気付いた小人が叫びました。

「助けてください!」

と。

「たいへんたいへん、もちろんお助けしましょう」

はう馬は更に首を突き出し、長い馬面をお椀の縁まで持って行くと、さあここに捕まって、と導きます。
小人はえいやっと飛んで馬面にしがみ付き、無事お椀から脱出することができました。

落とさないようにゆっくり顔を引き上げ、水面に落下する心配が無くなると、
小人はしがみ付いたままはう馬にお礼を言います。

「本当に助かりました。親切なお馬様、どうもありがとうございます」
「いえ、それよりもこちらも謝らなくてはいけません。
 わたしの体では、あのお椀を拾ってあげることができないのですから」
「とんでもない! あなたは救世主です」
52 :名無飼育さん :2012/12/08(土) 22:46
互いにそんなことを言い合ってうふふと笑い合い、それから小人は自己紹介をしました。

「ウチの名前は一寸鞘師。見ての通り小さな人間です」
「わたしははう馬と申します。一寸鞘師さん、萌えですね〜」
「か、からかわないでください。ウチはもっとビッグになりたいんじゃ」
「あらあらそんな!
 動物とお話ができるし可愛いし、今のままで十分キャラが立ってますよ〜」

一寸鞘師を鬣のてっぺんに乗せたはう馬は、とりあえず話が合いそうな金くどぅーと
一寸鞘師を会わせることにしました。

まだ朝も早いので、家まで行けばきっと金くどぅーが遊びに出かける時間に間に合います。
お椀くらいなら貸してもらえるかもしれない、と説明しながら家に向かいました。

金くどぅーの住むプレハブ小屋に到着すると、換気扇から煙が出ており、朝餉の時を知らせています。

「もう少しすれば出てくるはずですから、ここで待ちましょう」
「いえ、お話は伺いましたし、ここからはウチが一人で行きます」
「えっ、そんな」
「これ以上お世話になるのも申し訳ないのじゃ」

一寸鞘師は驚くほど素早い身のこなしではう馬の体を駆け下りていき、
あっという間に地面に辿り着くと、はう馬の前に立って頭を下げました。

「本当にお一人で行かれるのですね」
「この度のこと、本当に感謝しております。どうもありがとうございました」
「……わたしは少しここで道草を食って帰りますから、どうぞお気になさらずに」
「優しい方、いつかその優しさで身を滅ぼさぬことを願っています」

一寸鞘師は一言余計なことを言いつつ、背を向けて歩き出しました。
53 :名無飼育さん :2012/12/08(土) 22:48
小屋の引き戸の前に立つと、その戸を二度叩いて待ちます。

「ごめんください」
「はーい、どちらさん?」

奥からハスキーな声が聞こえ、引き戸が開いて金くどぅーが姿を現しました。
しかし、当然一寸鞘師には気付きません。

「あ? 誰もいねぇじゃん」
「ここにおりま」

ぴしゃん!
戸はすぐに閉められてしまいました。

「……」

一寸鞘師は、懲りずに再び戸を叩きました。

「だから、誰ー?」
「ごめんください!」

今度こそ無視されるものかと声を張り上げると、金くどぅーは一瞬動きを止め、
自分の足元を見たとたん

「うおおおおおおっ」

と叫びました。
54 :名無飼育さん :2012/12/08(土) 22:49
「朝早くに申し訳ない、ウチは一寸」
「何だこいつキメェ! 母ちゃん、変なのがいる!」

無礼な小僧。
一寸鞘師の金くどぅーに対する第一印象は、この通り最悪なものだったと言います。

さておき金くどぅーの叫び声を聞いただーいし母ちゃん、割烹着の裾で手を拭きつつ

「何だよ騒がしいね」

と文句を言いながら引き戸までやってきて、金くどぅーに指で示された場所を見て
息を呑みました。
このチャンスを逃すわけにいかない一寸鞘師。

「おはようございます、ご婦人」

恭しくこうべを垂れながら挨拶すると、

「あらあらあらやぁーもおお! 何てかわいらしい!」

見事だーいし母ちゃんの心を掴むことに成功し、次の瞬間さっと拾い上げられて
しまいましたとさ。
55 :名無飼育さん :2012/12/08(土) 22:51
「朝のお忙しい時間にお訪ねしてしまい、重ね重ね申し訳ございません。
 ウチの名前は一寸鞘師。お椀の舟に乗って川を下っていたのですが、
 途中の岩に引っかかってとあるお馬様に助けていただいたのじゃ」

傍で聞いていた金くどぅーの脳裏に、はう馬の姿が過ぎります。

「とある、馬……? そいつ、超目のでかい雌馬じゃなかったか」
「いかにも。
 そのお馬様にここに連れてこられ、お椀を貸してもらえないかと……」
「お安い御用だよ!」

だーいし母ちゃんが快諾したのを聞いて、金くどぅーは耳を疑いました。
自分には欲しいものをなかなか買ってくれない厳しいはずのだーいし母ちゃんが、
このチビッコの要求にはあっさり応えようとしているのです。
それはそれは驚くし、とても嫌な気分になりました。

「おい母ちゃん! こいつ超怪しいじゃんいいのかよ!」
「何言ってんだい、こんなに礼儀正しい女の子のことを怪しいだなんて」

そして、また耳を疑う言葉が飛び込んできます。
56 :名無飼育さん :2012/12/08(土) 22:53
「お、おんな……?」
「見てわかんないのかい。我が子ながらにっぶいわぁ」
「……いかにも」

金くどぅーが改めて凝視した一寸鞘師は、心なしか紅い顔をしていました。

それからだーいし母ちゃんはおもてなし代わりのご飯粒を一寸鞘師に与え、
彼女に旅の目的を詳しく聞きました。

「ウチは得意のダンスで生計を立てるために、東の都を目指している途中でした」
「ダンス?」

ムッとしながら話を聞いていた金くどぅーが思わず反応します。

「そう、ダンス。何か心当たりが?」
「うちの母ちゃん、昔ダンスすごかったって聞いたぜ!」

得意げに話す金くどぅー。
しかし、ほんの一瞬だーいし母ちゃんの表情が曇りました。

「くどぅー、昔の話だから」
「伝説のバックダンサーとして有名だったんだからな!」
「なんと! お母様、ぜひ詳しく話をお聞かせください!」
「……本当に大したことじゃあないんだよ。東北の街で踊りを生業にしていただけさ」
「とんでもない! ウチの目指すものと同じではないですか!」
「でもね、ちょっと欲を出しちゃって、あなたと同じように都に出て失敗したんだよ……」
57 :名無飼育さん :2012/12/08(土) 22:57
これには、一寸鞘師も金くどぅーも共に口ごもり、だーいし母ちゃんは苦笑いです。
そしてそれから、東北の街でも人材が飽和状態で、背丈の小さな自分は思うように目立てず、
狭い舞台でバックダンサーをするしかなかったことなどを語りました。

「し、しかし、ウチの聞いた話では、東の都には小人専用の劇場があると」
「その感じだと、それは見世物小屋のことなんじゃないかねえ」
「そ、そんな……」

一寸鞘師は畳に膝を着き、息絶えた虫のように蹲ってしまいました。
金くどぅーは思わず同情してしまい、指の腹でその頭を少し撫でてやります。
ちいさなちいさな、啜り泣きが聞こえてきました。

「……ちょっと待ってな」

だーいし母ちゃんはその場を離れ、押入れをごそごそと物色し始めました。
ややあって戻ってきただーいし母ちゃん、年季の入った玩具の箱を持っていました。

「これ、母ちゃんが大好きだったシルバニアのおうちなんだけどね」

箱から中身を取り出すと、赤い屋根の二階建てのおうちが出てきます。

「今は一人の時間が欲しいだろうから、よかったらここにお入り」

部屋の片隅におうちを置いて、一寸鞘師に語りかけると、

「……」

一寸鞘師は泣きながらそのおうちに入っていきました。

「くどぅー、そっとしておいてあげるんだよ」
「……わかってるよ」

金くどぅーはそう言って、プレハブ小屋を出て行きました。
58 :名無飼育さん :2012/12/08(土) 23:00
小屋の近くで、道草を食っていたはう馬を見つけた金くどぅー。
お椀があった所に連れていってほしいと頼むと、ひとつ嘶いて場所を案内してくれました。

「一寸鞘師さんは今どうしていらっしゃるの?」
「疲れて寝てるよ」
「そう、確かに大冒険だったでしょうね。
 わたしたちには小さな川でも、あの方にとっては命懸けだから」

そうなのです。
彼女は、小さな体と小さなお椀ひとつでここまでやってきた、とても強い人なのです。
森で動物たちと相撲を取って勝ち、粋がっている自分とは違う。
以前出会ったさくら太郎も、鬼ヶ島へ鬼退治に行くという大きな使命を持った少年でした。

金くどぅーが強くなりたいのには、理由があります。
すぐ近くの足柄山が怖いからです。
足を踏み入れるのも恐ろしいその山。
しかし、いつかは行かなくてはなりません。
そのために力を付けなくてはいけないのです。
59 :名無飼育さん :2012/12/08(土) 23:03
一方。
だーいし母ちゃんは、皿洗いをしながら物思いに耽っていました。
遠い昔の自分を思い起こしていました。

伝説の“打ち出の小槌”を求め、東の都へ単身赴いた日のことを。
“打ち出の小槌”は、振ると欲しい物がなんでも手に入るというお宝で、
とある質屋に流れ着いているという噂を耳にした当時の母ちゃんは、
身長欲しさにいても立ってもいられず、都を目指す決心をします。
東北の時と同じように踊り子として働きながら、都中の質屋を探し歩きましたが、
結局見つけることはできず、ある日地方巡業の旅に出ることになりました。
その旅の途中の足柄山で遭難してから、だーいし母ちゃんの人生は大きく変わってしまったのです。

「お母様」

急に声をかけられただーいし母ちゃんは、びっくりして皿をシンクに落としてしまいました。

「も、もう起きちゃったのかい!?」
「いえ、ウチは寝ておりませんでした」

ずっと考え事をしておりました、と言う一寸鞘師の声は低く、それでいて芯のあるものに
変わっていました。
60 :名無飼育さん :2012/12/08(土) 23:06
「……何か覚悟を感じるね」

皿洗いを止めただーいし母ちゃんが畳に正座すると、正面で一寸鞘師も膝を曲げました。

「申し訳ありませんが、お母様のご助言だけで、この旅を諦めるわけにはいかないのじゃ」
「うんうん」
「しっかりとこの目で、劇場がどんなものかを確かめる使命がウチにはある」
「正しいね」
「それからどうするかを考えようと思っています。
 もしものことは……いや、今は悪いことを考えたくはないのじゃ」

愚かだと思うでしょうが、と言う一寸鞘師に、だーいし母ちゃんは首を振ります。

「母ちゃんも悪いことしたと思ってるんだよ。
 それでね、いろいろ思い出してたんだ。
 信じる信じないはあなたに委ねるけど、母ちゃんの生きた経験を、
 自分にとっては無駄だから、って切り捨てられるのはちょっと悔しいじゃない?
 ……だから、希望の助言をひとつあげるよ」

“打ち出の小槌”を知っているかい?
61 :名無飼育さん :2012/12/08(土) 23:08
金くどぅーとはう馬が目的地に辿り着くと、そこには驚きの光景が待っていました。
川のど真ん中にくまーちゃんがいて、素手で魚獲りをしていたのです。

「まーちゃん!?」

金くどぅーが思わず声をかけると、くまーちゃんはそれに気づいて両手を振りました。

「みんなー! やっほー!」

その手は鋭くて大きな爪が剥き出しになっており、金くどぅーはまた驚いてしまいます。
陸の上ではのんべんだらりとしたくまーちゃん。
もちろん、あんな大きな爪は見たことがなく、相撲の時だって一度も引っかかれた
ことなどなかったのです。
普段は皮膚の中に引っ込めてあったのだ、と理解しました。

「……なあ、まーちゃんってもしかして、超つえぇんじゃね?」
「えっ、急にどうしたの」
「あんな爪あったの、ハル知らなかった」
「うふふ、そういうこと。確かにまーちゃんが本気を出したら、
 わたしも一撃でドギュウウウーーーンされちゃうって思うな」

でも絶対わたしたちに爪や牙を向けたりはしないよ、
お友達だと思ってくれてるからね、とはう馬は言います。

「……」

金くどぅーはそれに答えず、お椀を探すことにしました。
62 :名無飼育さん :2012/12/08(土) 23:12
「打ち出の小槌……!
 それで叩けば、ウチの背が大きくなるかもしれないのですか!?」
「はっきり断言はできないよ。どこにあるのかもわからないから。
 ただ、間違いなく打ち出の小槌は存在していて、あんなお宝が
 あちこち盥回しにされるとは考えにくいんだ。
 ……母ちゃんは、今でも東の都のどこかにあると思っているんだよ」

一寸鞘師が、正座したまま小さな拳をぎゅっと握ったのが見えます。
だーいし母ちゃんは続けました。

「あなたとは今日出会ったばかりだけど、本音は女の子に危険な旅を続けて欲しくない。
 母ちゃん、くどぅーのことはもちろん愛しているけど、女の子も欲しくてさ!
 あ、これはくどぅーに言っちゃ駄目よ? 怒るの通り越して泣いちゃうかも」
「……あんな小僧が簡単に泣くとは思えませんが」
「それはあなたがまだあんまりあの子のことを知らないからさ。
 泣き虫で優しい子だよ、動物と話もできちゃうみたい。
 あ、もっとあの子のことを知りたいかい?
 いっそあの子の許婚になってみちゃう?」

へへっと笑いながら、だーいし母ちゃんはとんでもないことを言います。

「……も、もしウチが、打ち出の小槌で大きくなって、小僧と背比べをして
 ウチが負けたら、その時は考えましょう。
 ……でも、きっと無理でしょうね!
 ウチ、でっかくなったらパリコレにも出てみたいんじゃ。
 お世話になったお母様はともかく、小僧のことなどとうに忘れているに違いない!」

そう受け流す一方で、動物と会話できるという点に、一寸鞘師は少し引っかかりを感じました。

一寸鞘師は、幼い頃から自分と同じくらいの体長の動物と会話ができていました。
最初は鼠でした。
実は昔、彼女の頬には白い髭がぴょんと生えており、そこから言葉を理解することができていたのです。
成長するにつれ、髭は取れてしまいましたが、大きな動物とでも会話が可能になりました。
もしかしたら、金くどぅーにも……

「お母様、あの金くどぅーという小僧はいったい……」
63 :名無飼育さん :2012/12/08(土) 23:14
「ただいまー」

ちょうどその時、金くどぅーが帰ってきました。
お椀を見つけてきてくれたのです。

「ほれ、お椀ってこれだろ」

それを見た瞬間、ものすごい勢いで金くどぅーの体を駆け上がって、あっという間に
お椀を持った右手にまで到達した一寸鞘師。

「おお、いかにも! わざわざ見つけてきてくれたのか! ありがとう!」
「お、おう」

風に翻ったポニーテールと、きらきらの笑顔に戸惑いながら返事をする金くどぅー。
それを見ただーいし母ちゃんが、にやにやしながら言いました。

「よくやった! さすが母ちゃんの子……だけど、ずいぶん早かったねえ?」
「はう馬が知ってたから早かっただけだ」

金くどぅーは冷たく返しますが、だーいし母ちゃんはしばらくにやにやしっぱなしでした。

「ともかく、これでまた旅が再開できるのじゃ!」
「あ、なんだ? 結局行くのかよ」
「なんじゃ、もしかして寂しいのか」
「ぶぇええっつにぃいいいい?」
「ふふん、ウチには新たな旅の目的ができたのじゃ!
 君もどこか旅に出たら」
64 :名無飼育さん :2012/12/08(土) 23:16
「いや、ハルだっていろいろ考えてんだよ」
「何だって?」

ぼそりと呟いた一言を、だーいし母ちゃんは聞き逃しませんでした。

「……母ちゃん、ハル、そろそろ足柄山に登ろうと思う」
「…………そうか、とうとう決めたのかい」
「足柄山とは?」

金くどぅーの右手に乗ったままの一寸鞘師が尋ねます。

「……お前には関係ねえ」
「うん、ちょっと込み入った話になるからね。ごめんね」

母子揃ってそう言われた一寸鞘師は空気を読み、それ以上の追及はしませんでした。
場の雰囲気が重くなってしまったため、一寸鞘師は飛び跳ねてある提案をしました。

「それより、よろしければお礼にウチのダンスを見て欲しいのじゃ!」
「おっ、面白そうじゃねーか」
「カメラ! カメラどこにあったっけ!?」

すると一瞬で場が明るくなり、ちょっとしたダンス発表会が催されたのです。
65 :名無飼育さん :2012/12/08(土) 23:19
あっという間に夜になり、まだまだお礼が足りないと言って、一寸鞘師は
だーいし母ちゃんの爪をヤスリで磨いてあげていました。

「ありがとうねえ」
「いえ、実家では日課でしたから。爪磨きは得意なのです」
「ご実家のお父さんとお母さんは、こんな子が娘で誇らしいねえ」

イヒヒと照れ笑いの一寸鞘師。
そして、ヤスリをかけながらあるお願いをしました。

「ウチが見事大きくなって、成功をおさめたら……
 あのシルバニアのおうちを、ぜひ上から見てみたいのです。
 そのために、またここに伺ってもいいでしょうか?」
「おうちが気に入ったの? 大歓迎さ!
 なんなら、大きくなったらあなたにあげようか」
「ほんとですか!? ひゃっっほーい!」

嬉しすぎてぴょんぴょん飛び跳ねる一寸鞘師を、だーいし母ちゃんは微笑みながら見ていました。

「うわあ、楽しみすぎるー!
 ウチは絶対、打ち出の小槌を手に入れてみせます!」
「もしかしたら、母ちゃんより大きくなれるかもしれないねえ。
 その時は、小槌を手に入れた敬意も込めて、“鞘師さん”って呼ばなきゃだねっ」

布団で寝ていた金くどぅーは、そんなことも知らずに寝返りを打っていました。
66 :名無飼育さん :2012/12/08(土) 23:21
「一寸鞘師さん!」
「はう馬様!」

ぎゅっ

一日ぶりの再会を果たしたはう馬と一寸鞘師。
喜びのあまり、一寸鞘師がはう馬の馬面に抱きついています。

金くどぅーは持っていたお椀で首を掻きながらそれを見て、
お取り込み中悪いんだけど、と間に割り込みました。

「ほんとに今日行くのか? これから雨が降って川の水が増えるぞ」
「増えれば速度も上がるだろう。一刻も早く都に着きたいのじゃ」
「そっか、なら止めねえよ。
 あとこれは水かき代わりのスプーンな。
 軽いプラスチックのやつにしといたって母ちゃんが」
「なんてありがたい……お母様には感謝してもしきれない。
 ……もちろん君もだ、金くどぅー君」
「あんだよ今更、くどぅーでいいよ」
「くどぅー君、ありがとう」

はう馬から飛び降りた一寸鞘師は、金くどぅーの足首に抱きついて言いました。

「これは握首じゃ」
「……だ、駄洒落かよっ」

照れくさくなった金くどぅーは、蹴り上げるように足を振り上げて一寸鞘師を
地面に向かってふっ飛ばしましたが、身軽な彼女は華麗な着地を決めます。
67 :名無飼育さん :2012/12/08(土) 23:23
「そんな細首ではまだまだ頼りないぞ! もっと頑丈な男になるのじゃ」
「余計なお世話だっつの」

それから一寸鞘師は金くどぅーが地面に置いたお椀に乗り込み、
それを見たはう馬は慌ててしまいました。

「もう行ってしまうなんて!」
「はう馬様、どうか悲しまないでください。
 出会った時言ったことをおぼえていますか?
 ウチはもっとビッグになって帰ってくるのじゃ!」
「小さくても萌えだしいいじゃないですかー!
 ……でも、大きくなってもきっとお可愛らしいでしょうから、
 その姿をぜひお見せください!」
「はう馬様!」
「一寸鞘師さん!」

ひしっ

また馬面に抱きついている一寸鞘師。
金くどぅーは溜め息が出てしまいました。
68 :名無飼育さん :2012/12/08(土) 23:25
「……んぢゃ、手離すぞ」

水の流れのゆるい場所にお椀を浮かべ、いよいよ金くどぅーがその手を離すと、
ゆーらゆーらとお椀が流れていきます。

「それでは、行ってくるのじゃ!」
「ばいばーい!」

その時いきなり背後から甲高い声が聞こえ、飛び上がって驚く金くどぅー。
なんと、いつのまにかそこにくまーちゃんが立っているではありませんか!

「まーちゃん!? いつからいた!?」
「アッハッハ、くどぅー君は相当鈍い! ずっと前からそこにおったのじゃー!」
「なぬーっ!?」
「く、くどぅー落ち着いて! わたしも今気付きました……」

驚きを引きずっているはう馬と金くどぅーを尻目に、くまーちゃんと一寸鞘師は
お互い手を振り続けています。

「お姉さん行ってらっしゃーい!」
「行ってきまーす!」



…………


……


69 :名無飼育さん :2012/12/08(土) 23:27
お椀が見えなくなるまで遠くに行ってしまうと、くまーちゃんはやっと振り返りました。

「じゃじゃじゃーん! ビックリした!?」
「ビックリし過ぎて、ポックリいきそうになったよこっちは」

金くどぅーが呆れながら言うと、くまーちゃんは胸を張ります。

「まーはね、最近魚獲りで気配を消すのが上手になったんだよ!」
「あー、なるほどねー」

はう馬が呑気に納得していましたが、金くどぅーの胸はちりっと痛みました。
くまーちゃんが、どんどん立派な熊として成長している。
やっぱり自分も成長しなくてはいけないんだ、と。

「…………うん」

一大決心した金くどぅー。
はう馬とくまーちゃんに向かって、静かにこう言いました。



「……ハルさ、ちょっと足柄山のママに会ってくる」


70 :名無飼育さん :2012/12/08(土) 23:28
>>50-69 金くどぅーに一寸鞘師
71 :名無飼育さん :2012/12/08(土) 23:30
あと一回続くんじゃ。



レスありがとうございます。

>>44
現状、おデート報告もなくこういった内容に偏ってしまっているのですが、
(だいたいおうちデート多すぎだろーと)お褒めいただき大変嬉しいです。
金くどぅーも結構前にフリースレにあげたもので、今回もそっちに投稿しようかと
思いましたが、フリースレが新スレに移行した今、リンクを貼る必要性が出たので、
どちらにあげても大差ないだろうとこちらに投稿いたしました。
フリースレにあげた話は他にもいくつかありますので、興味がございましたらお手数ですが
前スレからのリンクを辿っていただければ、と。

>>45
さくら太郎、本当はもっと個性を出したかったのです。
現実ソース、モア・ウェルカム!
家来は名前だけで決めたんですけど、意外としっくりきたのでラッキーでした!

>>46
前述とかぶりますが、小田さんのこと、正直まだよくわかりませんので、
あるとしても続編はかなり先の話になると思います……

>>47
   (⌒─-⌒)
  ((( ・(,,ェ)・)
   ||l∩* ^_〉^) <ヤダピョーン♪
    ||  .  |⊃ 
   C:、.⊃ ノ
     ""U  ) ))
    
>>48
ノリ*´ー´リ<という訳で、ウチの登場じゃ

>>49
テo´ 。`レ<へへへ
72 :名無飼育さん :2012/12/08(土) 23:31

73 :名無飼育さん :2012/12/10(月) 00:14
みんな出てキタ━━━━━━( *´Д`)━━━━━━ !!!!!
74 :名無飼育さん :2012/12/10(月) 11:13
くまーちゃんビワあげるからもふもふさせてくれよぉー

このお話和むわ
75 :名無飼育さん :2012/12/14(金) 22:35
つま みたい
76 :名無飼育さん :2012/12/14(金) 22:37
ケータリングの前を通りかかった時、赤く輝くミニトマトの山がとても魅力的に見えた。
行儀が悪いと知りながらも、手を伸ばさずにはいられなかった。

ひとつつまみ上げて即座に口に入れ、噛まずに廊下を急ぎ足で歩く。
楽屋に戻ると同時にヘタだけ唇から出して千切り、テーブルにひっかけてあった
ゴミ袋に捨てた。

「……見ちゃいましたよー?」

そこへ、背後から含み笑いの声をかけられる。
鞘師は肩を縮こまらせながら振り返った。
そこにいたのは、石田だった。

「鞘師さんのつまみ食い現場。いーけないんだー」
「……」

口の中のトマトを噛めないまま、鞘師は無言で指を一本たてて唇に添えた。

「えーどーしよっかなあ〜?」

すると石田はきょろきょろと辺りを見回して、告げ口相手を探すフリをした。
急いでトマトを噛んで飲み込む鞘師。
77 :名無飼育さん :2012/12/14(金) 22:38
「んんー、なんのことかな?」
「あ、飲み込んだ!」
「え? だからなんのこと?」
「そんなに食べたかったんですか」
「いや超おいしそうだった。真っ赤で」

それつまみ食いを認めちゃってますよね、石田は鞘師を指差す。
まあバレたところで、と鞘師は開き直る。

「駄目じゃないですか、先輩ですよ? 後輩に示しがつかないなあー」
「亜佑美ちゃんが真似するとは思えないし。する?」
「そりゃあ当然やりませんけど」
「赤くてピカピカで、ほんと美味しそうで無視できないよ、あれ。実際美味しかった」
「……さっきも近いこと言いましたけど、そんなにトマトお好きでしたっけ」
「野菜は基本好きなの」
「つまみ食いするほど好きなんですかー、へー」

まだ意地悪くそんなことを言いながら、石田は鞘師の半歩後ろをついてくる。
これから食事をするので、二人とも洗面台で手を洗おうとしているのだった。

「そういえば、SATOYAMAのロケでもミニトマト収穫しましたよ」

一台しかない洗面台で先に鞘師が手を洗っていると、待っている間にも石田が話しかけてきた。
へえ、と相槌を打ちつつ、ちょっとした疑問がわいたので、鞘師は下を向いたまま尋ねる。
78 :名無飼育さん :2012/12/14(金) 22:40
「あれってさ、お礼に野菜もらえたりするの?」
「あ、もらえますよ。傷あるのとかは」

ところが、水の勢いが強く音が大きかったせいか、鞘師は大きな聞き間違いをしてしまう。

「……キス?」
「傷です! キ・ズ!」
「……ああ!」

どん、石田は軽く小突いたつもりだったが、成長して幅の広がった鞘師の背中からは意外と
鈍い音が聞こえた。

「あ、すいません! そんな強く叩いたつもりじゃ」
「いや、イヒヒ、平気。てか、はは恥ずぃ」
「もーほんとですよ、とんだ聞き間違い」
「……したいのかなあ今」
「え? なんですか」
「いや、次どうぞっ」

機敏な動作で横にずれて順番を譲ると、礼を言いながら石田が台の前に進む。
鞘師は一歩後ろに下がり、前にもこうして背後に立ったなあなどと思い出しつつ、
台の上にあった鏡越しに石田の顔、主に唇を思う存分見た。
相変わらず発色が良くて、俯き気味で少し鼻の陰になっていても艶やかで。
あの艶は、触れて形を歪ませたらどんな反射をするのだろう。
……触れたことはあるが、感触ばかり気になってそこらへんを意識したことが無かった。

感触……

鞘師は無意識に自分の唇を触りながら、ついつい思い出を反芻してしまう。
そして思った。
さっきのはやっぱり願望だったのかな、と。
79 :名無飼育さん :2012/12/14(金) 22:41
>>75-78 つま みたい
80 :名無飼育さん :2012/12/14(金) 22:42
ぬおおおおおおお!
書き溜めてあったSATOYAMAのお裾分けネタを先にメンバーブログでやられてしまって、
慌てて更新しました……



レスありがとうございます。

>>73
全員じゃないですよーまだ出ますよー!

>>74
川屮 ^_〉^)屮<そのビワだけくれないとかっちゃくぞー!
ハo´ 。`ル<かっちゃくは「引っ掻く」って意味な
81 :名無飼育さん :2012/12/14(金) 22:42

82 :名無飼育さん :2012/12/17(月) 23:04
魚の手
83 :名無飼育さん :2012/12/17(月) 23:06
……トイレに立つ前に、イタズラ心でその寝顔を写真におさめた時は、
小さな子供のように自分のコートを抱きしめて眠っていたのだ。
今、鞘師の左腕は肘置きを跨いで、石田の座席のスペースを侵食していた。

このままだと着席できない。

起こそうかと思ったが、それで起きた瞬間にサッと腕を引かれる様を想像したら、
なんだか無性に寂しかった。
なぜならその腕はほんの少し前に石田を強く抱きしめていた腕で、
皮膚にはまだ余韻が残っていたからだ。

少し屈んで、肘に近い部分をそっと掴んで曲げてみる。
それからもう片方の手で、力の抜けた手のひらを掬い上げるように持った。
思っていたより、重かった。

なるべく位置を固定しておいて、体を捻りながらゆっくり座席に腰を下ろした。
鞘師は起きない。
ふっと息を吐いて、この腕をどうしようかと悩む。

素手で掴んだ魚を、再び川に放流するか?
それとも自分のものにするか?

……白と赤の縞模様のついた珍しい種類なので、しばらく鑑賞することにした。
84 :名無飼育さん :2012/12/17(月) 23:09
この魚は、今は死んだようにぐったりしているが、よく動く機敏な魚だ。
ステージの空気を裂くように、またうねるように泳ぐこともできる。
どの軌道もとても美しい。

かと思えば、布地の隙間が大好きで、少しの隙間に強引に入り込んでは、
予測できない動作で自分の肌に汗や熱の跡を残していったり……
右の魚は静脈の上をなぞるように行き来したり、動脈の上で静止したり。

左右の二匹で、体を回り込んで交差させるのも大好きで。
ときどき恥ずかしいのか、ぎゅうと声をあげてから笑って誤魔化すこともある。
ハイテンションにつられてトビウオみたいに急に浮上しようとして、
さっきはそれに巻き込まれたりした。
皮膚の余韻はそれだ。

こんなによく動く魚が、一年くらい前までは自分に寄り付こうともしなかったのを思うと、
なんだか不思議な気持ちになる。

心地いい領域でありたい。
澱んだ気持ちで不快にさせたくない。
好きだと言ってくれた唇も、まあ半分は自分のためでもいいから、
いつでも潤わせておきたい。
85 :名無飼育さん :2012/12/17(月) 23:12
石田は電車が目的地に近くなるまで、飽きずにずっと鞘師の手を見ていた。
いよいよ起こさなければという時になって、そうっと腕を隣の席の方に
移動させた時、肘の関節が鳴って思わず息を止めてしまう。
案の定、鞘師は目を醒ました。

「……起き、ました?」

石田の声を聞いて少しだけこちらを見て、それから深く息を吸って吐いた。
耳に嵌めていたイヤホンを外そうとして、石田の手元から浮き上がる魚。
急に軽くなったせいで、手の感覚がちょっとおかしくなる。

「……ついた?」
「まだ。でももうちょっとですよ」

外したイヤホンをコートのポケットにしまうところまで見届けて、石田は前を向く。
その視界の片隅で、鞘師が左手を摩っているのが見えた。

「ねー冷えたのかな。手冷たい。
 ウチ冷え性だから寝る時もコート触ったりしてんだけど、寝てるうち離したかなあ」
「あー……ですね。離してましたね」
「あ、やっぱかー」

亜佑美ちゃんは起きてたの、と聞かれ、ええ、と前を見たまま答えたら、
突然手首を掴まれた。
それからすかさず白い手を握られる。
86 :名無飼育さん :2012/12/17(月) 23:14
「……」
「……どうでしょう?」
「えーと、人肌? ちょうどいい」

意外といい言葉をもらえて、内心ほっとした。
そんなちょうどいいはずの手を、鞘師が遠慮なく自分の座席側に引き寄せて、
石田は少し前と逆の立場になる。
捕獲された魚の立場に。

だから、どういう思いで触れているのか異常に気になってしまった。

「亜佑美ちゃんさ、ぷにってるよね」
「て、手ですか?」
「うん、なんか好き。イヒヒ」

降りるまで触っててもいい? と聞いてくる。

「……汗ばんでも知りませんよっ」

もう思い上がりでもいい。
鞘師はきっと、自分に嫌いなところがない。
きっと、きっとだ。

おそらくすぐに摩擦で熱が起きてしまうだろう。
そして、そうなっても鞘師は自分に嬉しい言葉をくれるはずだ。

それが待ち遠しかった。
87 :名無飼育さん :2012/12/17(月) 23:15
>>82-86 魚の手
88 :名無飼育さん :2012/12/17(月) 23:19
千秋楽テンションひゃっっほーい( ´θ`)ノ♪
89 :名無飼育さん :2012/12/17(月) 23:19

90 :名無飼育さん :2012/12/18(火) 02:22
千秋楽のブログ画像良かったですよね!
作者さんの物の喩えが独特で個性があって面白かったです。
やっぱり鞘石いいですね。これからも楽しみにしています!
91 :名無飼育さん :2012/12/19(水) 06:53
接触系いっぱいキテタ><
92 :名無飼育さん :2012/12/23(日) 19:45
金くどぅーに足柄山の真実
93 :名無飼育さん :2012/12/23(日) 19:46
金くどぅーは、山道を慎重に歩いていました。
ここは足柄山。妖怪が出るともっぱらの噂で、普段はめったに人が入らないという山です。

……お話は昨日に遡ります。
一寸鞘師を送り出した金くどぅーは、くまーちゃんとはう馬に

「山には一人で行けるから、帰りを待ってて欲しいんだ」

とお願いしました。

「ママっていうのは、くどぅーに最初のお名前を付けてくれた人?」

くまーちゃんが尋ねると、金くどぅーは小さく頷きます。
それを見たはう馬が、

「それじゃ、わたし達は邪魔だね。
 まーちゃん、一緒に待っててあげよう」

と察してくれました。
金くどぅーはくまーちゃんの駄々を心配していましたが、

「うん、お山はまーのテリトリーじゃないから、まーちゃん待ってるね!」

意外にも空気を読むくまーちゃん。
また成長を見せ付けられたような気がしましたが、それは胸のうちに秘めておいて、
翌朝金くどぅーはだーいし母ちゃんに護身用の新品のマサカリをもらってプレハブ小屋を出、
くまーちゃんに抱きついて“お守り”を付けてもらい、はう馬にはいってらっしゃいと
声をかけてもらって、二頭に見送られながら森を出ました。
94 :名無飼育さん :2012/12/23(日) 19:48
マサカリを手に、ドキドキしながら上り坂を歩いていると、
目の前に白い塊が飛び込んできました。

「うわっ!?」

その塊の正体は、口の近くに黒い点のような模様のついた白うさぎでした。

「なんだ、うさぎかよ……」
「あ、あんた何者!? どうして人間から熊の匂いがするの!?」

うさぎが怯えて縮こまっています。
金くどぅーはひとつ深呼吸してから、そのうさぎに話しかけました。

「驚かせて悪ぃ。この匂いは、ハルの友達の熊がお守りにつけてくれたんだ」
「熊が友達? そんなの信じられないの」
「信じてくれよ。えっと……ハルの名前は、金くどぅーって言うんだけど」
「? 変なの。“ハル”は名前じゃないの?」
「ああ、うん。ほんとは“ハル”がママの付けてくれた名前。
 今からそのママに会いに行くんだ」

金くどぅーが説明すると、白うさぎは少し考える素振りを見せました。

「……ちょっと待って欲しいの。
 その“ハル”に、さゆみは超ーーー聞き覚えがあるの」
「えっマジで?」

直後、白うさぎの耳がぴょこんと立ちます。

「思い出したの! ついてくるの!」
「あん? ま、待てよ!」

金くどぅーが白うさぎの後についてしばらく走ると、大きな木の前に辿り着きました。

「ここ! ここなの!」
「……こ、ここに何が……?」
「れーな! 起きるの! れーなの子供が来たよー!」

その時です。
金くどぅーは大木の前に、木の棒を立てて作った質素なお墓があることに気付きました。
そして、そのお墓に引っ掛けてあった動物の牙が、白うさぎの声に反応して光り始めたのです。
95 :名無飼育さん :2012/12/23(日) 19:50
「うわわわ、な、なんだコレ!?」
「ハルのママ……妖狐れいなの登場です、どうぞ!」

白うさぎのMCを受けた光が、満を持してと言わんばかりに牙から離れ高く舞い上がり、
それから急降下して、金くどぅーの前に人型を作ります。
その姿は、狐の耳と尻尾を生やした女性のようでした。
女性は金くどぅーの姿を見るなり、軽い口調で言いました。

「うっそ、マジ!? さゆ、マジでれーなの子やん!」
「だからそう言ったの」
「うっわー信じられん! けどマジうれしーヤバーイ!」
「いや、挨拶くらいしろよ……なの」
「あっ」

てへぺろ☆とリアルに口に出して言う妖狐れいな。

「えっと、こーゆー時なんて言うとかいな。
 ……れ、れーなは、あんたのママよ」

その瞬間、金くどぅーの両目から涙が溢れ出しました。

「ま、ママ……? ほんとに、ハルの、ママなの?」
「そーよ、こんな姿やけどね」

もっと気の利いたことを言え、と白うさぎが突っ込みます。

「えっと、ハ、ハルカ。そこのママの牙、取ってみいよ」

涙をぼろぼろ流しながら、金くどぅーはお墓の木に引っ掛けてあった牙を取り外しました。
するとどうでしょう。人型の光が消えたかと思うと、今度は牙から水色の光が溢れ出し、
金くどぅーの全身を包み込んだのです!

「ほーら、やっと捕まえたぞー!」
「う、っうう、うええええ!」
「よしよし。あん時は赤ん坊だったのにねー……こんなに立派になったんだ」
96 :名無飼育さん :2012/12/23(日) 19:53
妖狐れいなの魂は思い出します。

人の女に化けて人間と結ばれたものの、赤子に尻尾が生えているのが見つかり、
子供と一緒に家を追い出されてしまったつらい日々。
妖力も維持できなくなり、足柄山で狐に戻ってしまったこと。
お乳も出なくなり、まだ赤ん坊だった金くどぅーは当然獲ってきた獣の肉を食べてはくれず、
どんどん衰弱していきました。

そこに現れたのが、だーいし母ちゃんです。
大きな狐の懐に弱った赤ん坊がいたのを見つけ、危険を顧みずに救い出した彼女。
妖狐れいなは我が子が攫われてしまうと思い、赤ん坊の金色(こんじき)の
尻尾に噛み付いて取り戻そうとしました。
体が出来上がっていなかった赤子の尻尾は、その時に千切れてしまいました。

「ずっと気になっとったんやけど、痛くなかった?」
「ううん、ちっちゃすぎ、て、おぼえ、っない、から……大丈夫」
「そっか」

我が子が見ず知らずの人間に連れ去られてしまった妖狐れいな。
無気力になり、動物を獲って食する本能も失ってしまいました。
白うさぎのさゆうさが目の前に現れても、その場に伏したまま襲おうとはしませんでした。

「どうしてさゆみを襲おうとしないの?」
「……どーせこのまま生き伸びても、なーんも楽しくないと」
「どうしてそんなことを言うの?」
「大切な子供を育てられんなら、死んだ方がマシ。
 れーなは妖怪やし、体があれば記憶を新しくしていずれまた生き返るっちゃん。
 あーあ、でも、生き返ったらハルのこと忘れてしまう。
 やだなあ、生き返りたくない。もっかいハルに会いたいよぅ……」

そして、れいなの最期を看取ったのが、そのさゆうさでした。
魂となった妖狐れいなは、ヤケクソになっていろんな動物に憑依しては、
山に立ち入る人間にちょっかいをかけるようになりました。
97 :名無飼育さん :2012/12/23(日) 19:55
足柄山に入ると、妖怪に取り憑かれた動物に襲われてしまう。
人間の世界でそんな噂が立ち始めた頃、だーいし母ちゃんは金くどぅーを背負い、
鍬を持って山の中に入りました。

自分のせいに違いない、という自覚があったからです。
そして、金くどぅーを見つけた場所に辿り着くと、生き返る機会を失った、
腐りかけの妖狐れいなの亡骸を発見しました。

「あんたの“母ちゃん”って、超真面目やね。
 ヤバイくらい腐ってたのに、れーなの体を土に埋めて、お墓を作ってくれよったと。
 抜けてた牙もちゃんと拾って、お墓に引っ掛けてくれてさ。
 ちょっとおっきくなったあんたの姿も見せてくれて」
「母ちゃん……」
「れーなはなんか悪いなって思って、それからここで大人しくしようと思った」

今でもたまにあの人が手を合わせに来るからさ、と妖狐れいな。
金くどぅーは、だーいし母ちゃんがそんなことをしていたなんて一切知りませんでした。
きっと自分が遊びに出かけている間に、こっそり墓参りをしていたのでしょう。
妖怪が出るというのも昔の話で、もしかしたらだーいし母ちゃんが金くどぅーだけについた
嘘だったのかもしれません。
金くどぅーは、本当の母親がすでに亡くなっていて、それは足柄山の別の妖怪に襲われたからだ、
と聞いていたのです。
昔、尻尾が生えていたことも、その時に聞きました。

赤子の頃に感じた死への恐怖は、いつの間にか妖怪に対する恐怖にすり替わっていたのでした。
しかし、自分も妖怪の血が流れるモノとして、心の奥に滾るものを感じていました。
その妖怪をやっつけるための力をつけ、実の母親が生きていた証を探すために、
金くどぅーは森の動物たちと相撲を取り始めたのでした。

「でも、連れてきてくれたんはその一回だけ。
 我慢できんくなって、ハルは元気? って、
 話しかけたことがあったんやけど……」
98 :名無飼育さん :2012/12/23(日) 19:57
『ハ……ル?』
『そう、ハル! あんたが連れてったれーなの子よ!』
『それがあの子の名前なんですか』
『そうそう! ハルカだけどハルって呼んでた』
『きちんと立派に育っていますよ。
 物心もつき始めて……でも実は、この山のことを怖がっています』
『あー……うん、そらそうやろね……』
『ただ、あの時のことを忘れないように、金の尻尾を持っていた子……
 金くどぅーと名づけました』

 …………

 あんなに深い雑草の中であなたの金色の毛皮を見つけられたのも、
 それを見てふらふらと近寄り、前を行く仲間から離れてしまったのも、
 あの子を抱いて、急いで来た道を駆け下りようと思ったあの瞬間の判断も、
 ぜんぶ運命だったのかもしれないですね。

『私にとっても大切な子供です。
 いつか、この名前のことを聞かれたら、その時はちゃんとお話しますからね』
『うん、ありがとう。よろしくね』
99 :名無飼育さん :2012/12/23(日) 19:57
金くどぅーが深く息をつきます。
妖狐れいなの魂はそれを感じて、金くどぅーから離れました。

「あ、ママ……」
「……ハル、れーなはあんたのことが大好きだよ。
 でもだーいし母ちゃんも、れーなに負けんくらい、
 ハルのこと大好きやと思うから」

帰っておやり

と言い残して、妖狐れいなの魂の光は、完全に立ち消えてしまいました。

「待ってくれよ、待って……」
「……ズルい女なの」

さゆうさが金くどぅーの代わりに愚痴りました。
100 :名無飼育さん :2012/12/23(日) 20:00
「あんだよ……結局ママは、育児放棄したシンママじゃねえか」
「そんなこと言っちゃ駄目なの。
 おっぱい出なかっただけで、ちゃんとあんたを育てようとしたの」

帰り道をさゆうさと歩いていた金くどぅー。
さゆうさがすかさずフォローを入れると、

「ん、まあね」

と、ちょっと言葉に詰まっていました。

「これでさゆみと普通に会話できるのも納得したの」
「そー、ハルは実は狐の妖怪の子供だったって話」
「熊の匂いつけておいてよく言うの。鼻がひん曲がりそうなの」

金くどぅーは大笑いして転びそうになっていました。

山の出入り口付近に辿り着いた時、

「その牙、連れてっちゃうの?」

とさゆうさが言います。
金くどぅーが懐に入れていた妖狐れいなの牙のことです。
金くどぅーは当然持ち帰ろうとしていたのですが、さゆうさはそれが惜しいみたいでした。

「そっか、気付かなくてごめん」

理由はわかりませんが、さゆうさはずっと妖狐れいなの傍にいてくれていたのです。

「んぢゃ、返すけど……ずっとママに付き合ってくれてたんだよな?
 なんでか聞いていい?」
「さゆみはれいながまだ生きてた時、喰われようと思って前に出たの。
 でも逆に“死んだ方がマシ”なんて言われたの。
 その時は妖怪ってよくわからなくて、普通の狐だと思ってたから、
 食物連鎖に反抗したれいなに何かグッときたの。
 それから魂になるまでにいろいろ話を聞いたけど、ヤバ過ぎてお腹痛くなるまで笑った!」
「へ、へえ……」
「魂になってからも、同じ話で笑いあえる仲なの。きっとずっと話していられると思う!」

興奮気味のさゆうさを見て、ちょっと危険な香りを感じましたが、
実の母親はどんなことを話すのか? 子供として俄然興味がわいてきました。

今度だーいし母ちゃんと墓参りに行った時にその話をしてもらう約束をして、
さゆうさと別れました。
101 :名無飼育さん :2012/12/23(日) 20:03
金くどぅーは、鼻歌を歌いながら森への道を歩きます。
明るいうちに下山できたので、まだお天道様は高い位置にありました。



これからのことを考えます。



まず、まーちゃんとはう馬に会って、まーちゃんにはありがとうを、
はう馬には……とりあえず今日も背中に乗せろと言おう。
それから一緒に遊んで、暗くなる前に小屋に帰って。
いつものようにだーいし母ちゃんに“ただいま”って言おう。

ご飯の前に“いただきます”。
食べ終わったら“ごちそうさま”。

お風呂に入って今日一日の話をして、布団に入って。



なんか照れくさいから、“おやすみ”の前に、
“ありがとう”って言うんだ。
102 :名無飼育さん :2012/12/23(日) 20:08
>>92-101 金くどぅーに足柄山の真実
103 :名無飼育さん :2012/12/23(日) 20:09
金くどぅーの話はこれでおしまい。



レスありがとうございます。

>>90
背後から抱え上げのあと寝顔盗撮&デレ石が来て、心の鼻血が止まりませんでした。
さりげなく石田さんの豊胸までしてあげてる年下先輩の優しさには落涙。

>>91
ノリ*´ー´リ<もっと触りたいんじゃ 特にへs
川c ’∀´)<駄目です
104 :名無飼育さん :2012/12/23(日) 20:09

105 :名無飼育さん :2012/12/23(日) 23:51
金くどぅー完結おつかれさまです。
キャラクター一人一人がとても合っていて大好きな話でした。
最後は少しホロリときました。
これからも更新楽しみにしています。
106 :名無飼育さん :2012/12/25(火) 20:07
イ枕
107 :名無飼育さん :2012/12/25(火) 20:09
さあ寝るぞ、という時になって、鞘師が何かを思い出したように

「あっ」

と声をあげた。

「どうしました」
「ウチさーウチ、今日学校で気付いたんだけど、名前」
「名前?」
「ウチと亜佑美ちゃんの名前、二人とも人偏が入ってるって」

そう言われて、石田は天井に向かって指で二人の名前を書いてみる。

「あ、ほんとだ」
「“保”と“佑”」
「おおー」

これは気付かなかったー、と感心していると、鞘師は笑いながら続けた。

「イヒヒ、でも、でもまーちゃんは苗字と名前で二つ入ってんの」

これにはつられて笑ってしまう石田。

「なんだろ、さすが、って思った」

また鞘師が言うと、わかるわかる、と上ずった声で返す。
そこから、人偏って“ヒト”って字だよね、なんでヒト偏じゃないんだろう、
という些細な疑問にぶつかったが、お互いに明確な答えが出せなかった。
話が有耶無耶になって少しの静寂が訪れると、仰向けだった石田の足に鞘師が
自分の足を絡めてくる。

「ヒトという字はー」

と言いながら。
108 :名無飼育さん :2012/12/25(火) 20:11
それは観たことのない有名なドラマの中の台詞。
続きがあるはずなのに、鞘師の口からは発せられない。

「えー違う、なんかそれちがーう」

石田はすぐにただの口実だと気付いて、軽く文句を言った。
鞘師はただ笑うだけで反論もせず、どんどん石田にくっついていく。
そして、

「“枕”って字があるんなら、抱き枕も漢字一文字で、人偏つけて作っちゃえばいいのにね」

という独りよがりな発想とともに、腕を石田の腰にまわしてすっかり抱きついてしまう。

「天才」

石田はそれに、大袈裟な称号を付けて褒めた。

「枕って朝起きたらどっか行ってますもんね。“実は人間が入ってるかも”説」
「イヒヒッ、じゃあ、じゃあしっかり掴んでないとだ」

どうですかねーと言いながら、枕は鞘師の方を向く。
それに対し、もう動いた! と、鞘師は驚いた。
109 :名無飼育さん :2012/12/25(火) 20:11
>>106-108 イ枕
110 :名無飼育さん :2012/12/25(火) 20:13
>>105
レスありがとうございます。
かなり前の単発ネタを小田さん加入で続けられるとは自分でも
思っていませんでしたし、とても楽しく書くことが出来ました。
111 :名無飼育さん :2012/12/25(火) 20:13

112 :名無飼育さん :2012/12/28(金) 02:30
金くどぅーで泣いて、イ枕で悶えました><

金くどぅーはキャラクターそれぞれのストーリーが想像できてしまい、
とてもおかわりしたいです><
113 :名無飼育さん :2012/12/29(土) 18:22
相変わらずここの鞘師さんは子供っぽくて可愛いですね!
だーいしの名前の佑は母がどうしても付けたかった漢字だと
何かで本人が言っていましたが名前の通りこの先娘。のエースを
支え助ける存在になってくれるとカプヲタとして嬉しいですw
114 :名無飼育さん :2013/01/01(火) 19:46
秘め事リハーサル
115 :名無飼育さん :2013/01/01(火) 19:47
スタジオに本番さながらの足場が組まれていると知って、佐藤が興奮していた。

「かくれんぼしたい! かくれんぼ!」
「駄目駄目、そんなことしてる暇はなーい」

石田が佐藤をたしなめている。
鞘師はその様子を見つつ、改めてセットを眺めた。
組まれている足場は、鉄骨のものと、角材のものがある。
四角く切り取られてはいるものの、木の色は目にも優しく、どこか懐かしい。

少し前に田舎の空気に触れたせいか、似たようなものを感じられそうな気がして、
鞘師はふらふらと木造の足場へと近づいていった。

その足場は、ちょいと屈んで角材を跨げば下に潜り込むことができた。
すると予想通り、木の香りの充満した空間がそこにはあった。
思わず深呼吸で満喫してしまう。

「ん〜」

薄暗いのも落ち着くし、その場所がとても気に入った。
116 :名無飼育さん :2013/01/01(火) 19:49
若干、怠けの虫が顔を出して、しばらくここにいたいなーと思い始めた時、
離れたところから佐藤に指を差されてしまう。

「あー鞘師しゃんいるー!」

しまった早速見つかったか、
などとは言わず、角材の隙間からむしろ偉そうな顔をしてみせる鞘師。
佐藤のリアクションを見てこちらに背を向けていた石田が振り返り、
自分を白い目で見ているのに気付いたが、本当に居心地が良くて動きたくなかったのだ。

「やっほー」

おどけて手を振ると、石田がキレのいいターンを見せてずんずんこちらに歩いてくる。
ヤバイ、先輩なのに怒られる、と身の危険を察知した鞘師は、低い姿勢のまま奥の方に逃げた。

滑らかな動作で足場の下を潜って迫ってくる後輩の目は、鋭く光っている。
猫に追い詰められた鼠の気持ちで、思わず角材にしがみ付いてしまう。
すぐ傍まで来た石田が口を開いた。
117 :名無飼育さん :2013/01/01(火) 19:52
「……危ないでしょ、そんなとこいたら。
 まわりがワイワイしてて、一人になりたいって思ったのかもしれないけど」

遊ぶな!
と怒られるかと思っていたので、石田の言葉は少し意外だった。

「えっ、違う違う、そういうんじゃないよ」

そのせいか鞘師は慌てて片手を振ったが、その手が角材のまさしく“角”に激突してしまう。

「……っ!」

思わずぶつかった手をおさえて痛みを堪えた。
するとそこに、もうひとつの手が瞬時に現れる。

「だから言ったのに!」
「スイマセン……」

脱力した手を掴まれ、無言で怪我の具合を確認された。

「……大丈夫だよね?」
「一応、血が出たりとかはしてないですね」
「あ、良かった」
「じゃなくて、最初からやめてくださいよ」
「イヒ、うん反省してる。
 でも別に、一人になりたいとかじゃなかったんだよ?」

木の匂いが嗅ぎたくて、と続けると、石田は様子をうかがうように顔をあげ、
確かに、と呟いた。

「めっちゃいい匂いでしょ? 懐かしい感じで」
「ちょっと外にいる気分」
「だよね!? 気分転換できるよ」

怠け心をうまく別の言葉に変換できて、鞘師は内心ほくそ笑む。
道連れにしようと調子に乗って、思わず口が滑ってしまった。
118 :名無飼育さん :2013/01/01(火) 19:55
「ほらなんかアウトドアデート気分的な」
「何を言ってんですか」

すると即座にドライな反応、かと思いきや。

「そっちの気分に転換したら、戻ってこれなくなるでしょ……」

……どうやらこの空間は、人を素直にする空気も持っているらしい。
好機到来とばかりに鞘師は石田に抱きつくと、長い髪の上から華奢な肩に顔を埋める。
髪の毛の下に隠れていた鎖骨が自分の唇に当たったのがわかって、すぐに離れた。

「……イヒヒッ、今の見られたかな? まーちゃんとか」

突然の悪ノリに、思わず喚く年上の後輩。

「た、楽しそうに言わない!」
「いいじゃん、こんだけ木とか鉄の棒とかに囲まれてたら、いくらでも誤魔化せるって」
「いやいや、ドコデダレガミテルカッ」

石田は早くこの場から立ち去りたいようで、早口になりながら再び鞘師の手を取り、
入ってきたところとは違う隙間から鞘師を連れ出そうとした。

「えー? ちゅーするまでがデートじゃないの」
「しないデートだってありますっ」

ていうかデートじゃないっ、
小声で反論されて、それがたまらなく可愛らしかった。
119 :名無飼育さん :2013/01/01(火) 19:58
足場を抜け顔をあげると、数人分の声が近くから聞こえてくる。
抜け出た場所はまわりのセットが袋小路を作り出していて、通れそうな道が一箇所しかないため、
逃げたくても逃げられない状況だった。
さらに近づいてきた声の正体はスマイレージのメンバーで、石田はその中の竹内と目が合ってしまう。
手を引かれて次に足場から出た鞘師も同じだったが、意外にも彼女は堂々と声をかけた。

「あら皆さんお揃いで、作戦会議?」
「えーちょっと何ー? そっちこそ二人だけで今どっから出てきたー?」

竹内はよく通る声でこちらを煽ってきた。
一方無言だった石田、まだ鞘師と繋がっていたままだった手にじっとりと汗をかきはじめる。

「もちろんウチらも作戦会議。秘密基地があるのだ」
「秘密基地ぃ?」

今度は中西が反応してこちらに寄ってきた。
いよいよ緊張感がMAXになる石田。

「駄目駄目、ここはモーニング専用です!」

擦れ違って足場の下に向かおうとする中西を、“石田っぽく”キレのある動作で鞘師が遮ると、

「今からスマイレージの時間ー。みんなのレッスンスタジオやしー」

のんびり口答えをしながら中西はずいずい先へ進んでいった。
120 :名無飼育さん :2013/01/01(火) 20:00
「ちょっと、一人だけそっち行かないでよ!」

それを竹内が連れ戻すために飛んできたので、石田はそこで鞘師の手を離しながら竹内から遠ざかった。
鞘師は思惑通りに事が運んだので、竹内の背を見届けてからニンマリ笑って石田の後をついて行く。
途中、八重歯を光らせた田村とも擦れ違う。

他のメンバーも、案の定中西と竹内、それに後を追った田村に気を取られていたので、
二人はそそくさとその場を離れた。

「あぶねぃ、スマイデーされちゃうとこだったぜイヒヒ」
「なんですかスマイデーって。ぜんっぜん笑えない」
「それはそうと、さっきウチ上手いこと機転利いたでしょ。なんとかなるもんなんだよ」

得意げな鞘師をスルーして、緊張を引きずっていた石田は、他に見られていないだろうな、
と周囲に目を配りつつ、さっきまで一緒にいた佐藤のことを探したのだが、なかなか見つからない。
鞘師さんのせいですよ、とチクリと言って、一緒に捜索をさせたところ、
何かの撮影でカメラの前にいたところを発見する。
121 :名無飼育さん :2013/01/01(火) 20:04
「ちょっと、カメラ入ってるなんて聞いてないっ!」
「す、スマイデーは回避できたけど、スクープ映像の方は自信ないな……」

これには鞘師も明らかに動揺してしまったが、自分たちにはどうすることもできない。
映っていないことを祈るばかりだ。
しかし、隠れて少しくっついたくらいでそこまで神経質にならなくてもな、と、
鞘師はすぐに開き直った。

「てか別に本番中に本番ちゅーとかしてたわけじゃないじゃん。どうってことなくない?」

思わず歯の隙間から空気を噴き出す石田。
そして笑ってしまったのが悔しかったのか、リハちゅーだってしませんよ! と反論していた。

ところで、鞘師がでっち上げた“秘密基地”は、あっという間にハロプロメンバー内に広がり、
集合時間になると必ず何人かが同じ場所からぞろぞろと現れるようになったため、
不審に思ったスタッフによって、足場の下には大きな模造紙に“進入禁止”の標識が描かれた幕が
張られるようになった。
122 :名無飼育さん :2013/01/01(火) 20:06
「……これウチのせい?」
「間違いなくそうですね」

顔の三倍くらいの幅がある大きな進入禁止マークの前で、苦笑いする鞘師と石田。

「本番もこれあったらどうしようか」
「別にどうもしませんけど?」
「だってせっかくの気分転換場所がさあ」
「いやいや、ちゃんと本番に集中して」

言ってからしまった、と石田は思った。
案の定ぐっと近づいてきた鞘師の顔。

「するちゅーして〜?」
「……言ってません!」

石田は思わず、止まれ! と言いながら、標識のつもりで自分と相手の顔の間に
両腕で大きな×印を作る。
“駐車禁止”と“一時停止”を混同していることには、全く気付いていなかった。
123 :名無飼育さん :2013/01/01(火) 20:07
>>114-122 秘め事リハーサル
124 :名無飼育さん :2013/01/01(火) 20:14
レスありがとうございます。

>>112
想像できるのなら……!
それはきっと、112さんが金くどぅーの続編を書けというお告げに違いないです!w
私の方こそぜひ拝読したいものです。

>>113
鞘師さんの名前は、ご両親の名前を一文字ずつ取ったものらしいですね。
石田さんの“佑”という字を見たまま捉えるとしたら、いつまでも鞘師さんの
“右”側にいてほしいですね!
川* ^_〉^)<左はまーちゃんがいるぅ〜!
川c;’∀´)<あんたのは苗字でしょ!
125 :名無飼育さん :2013/01/01(火) 20:15

126 :名無飼育さん :2013/01/07(月) 22:17
あの手この手
127 :名無飼育さん :2013/01/07(月) 22:18
十五歳最後の夜。
鞘師が、少し早めの誕生日プレゼント、と言いながらボディミルクをくれた。

「赤ちゃんにも使えるんだって。だから亜佑美ちゃんの肌に合うと思って」

そして説明もそこそこに、塗ってあげるよ、と床に座っていた石田に迫る。
石田は当然、それを制止した。

「大丈夫、自分でできますからー」
「えー塗りたいんだよぅ」

だろうな、と思いつつ。
けれども自分は、これから来るであろう午前零時以降のバースデーメールを
ありがたく読ませていただいたり、ありがたく返信させていただいたり
しなくてはならないのだ。

「……いいけど、日付変わるまでに終わらせてくださいねっ!」

仕方なく条件付きで了承すると、鞘師はわざとらしく敬礼していた。
128 :名無飼育さん :2013/01/07(月) 22:20
まず右腕を差し出す。
すると、満面の笑みで手のひらに落としたぷるぷるのミルクを撫で付けてくる。
ローズの香りがした。

「もちょっと上に袖まくって欲しいんだけど」
「寒いんですよ、風邪引いちゃう」
「えー塗れないじゃんかー」

鞘師は抗議したが、頑として譲らない。
あまつさえ、もっと早くに渡してくれれば風呂あがりでその気になったんだと文句を言ってやった。

「だってさー、亜佑美ちゃんなんか今日忙しないんだもん。
 声かけるタイミングぜんぜん無かった」
「明日のイベントの準備あるのに押しかけてきたんだから、当然でしょ」
「ウチだって朝早く帰らなきゃ」
「自業自得って言うんですよそういうのは」

結局、肘まで丹念に塗られ終わったところで、今度は左腕を差し出した。
そちらに取り掛かってから、鞘師の機嫌が徐々に良くなっていくのがわかる。
鼻歌を歌い出し、純粋に作業を楽しみ始めている様子だ。

「なんか、楽しそうですね」
「最初はちょっと硬いけど、撫でてると柔らかくなってくのが面白いよ」
「……撫でてるってより揉んでる感じするんですけど」
「気のせい気のせい」

んなわけあるかい、こっちは当事者なのだ。
でも石田は自分が筋肉質なところがあまり好きではないので、女性らしく変化している
というのなら、そっちの方がありがたい。
129 :名無飼育さん :2013/01/07(月) 22:22
いつの間にか鼻が慣れて、香りもよくわからなくなってしまった頃。
鞘師が当たり前のように体育座りで曲げていた足にもミルクを塗ろうとしたので、
驚いて片足を引いてしまう。

「こっちも!? 腕だけじゃないんですか!」
「……亜佑美ちゃんこういうの初めて?」
「ちょ、言い方!
 そうじゃなくて鞘師さんの試し塗りだと」
「途中で終わりとか有り得なくない? 最後までやらせてよ」
「だからその言い方……っ! もう、もうーっ」

その時、テーブルに置いてあった石田のスマホが振動した。
掻っ攫うように素早く取ってディスプレイを確認すると、
時刻は午前零時をまわっており、続々とバースデーメールが届いている。

「きた! はいもう終わりですよっ」
「えーミルク取っちゃったよー」
「自分に塗っててください、私はこれから忙しいんで!」

スマホから目を逸らさずに突き放す石田。
鞘師はぶつぶつ言いながら手元のミルクを捏ね繰り回し、
石田の言う通りそれは自分の腕に塗った。
130 :名無飼育さん :2013/01/07(月) 22:24
あわよくば至る所に塗りつけて、ぷるぷるしっとりになった肌に
日付が変わった瞬間抱きつく作戦が失敗に終わったのは残念だが。
必死にスマホを操作している石田は、どこか滑稽で笑いを誘う。
初めて機種変更した時の姿に似ていて、懐かしくもあった。

鞘師はその姿を写真におさめようと自分もiPhoneを構え、シャッターを切る。
カシャ、という音が、深夜の石田の部屋に響く。
当然気付かれて、相手がこちらを睨んでくる。

「記念写真だから」
「えー嘘だ! 今の絶対盗撮しようとしたんだ」
「こんな堂々とするわけないじゃん。
 あ、そだ。ねーねー石プロ、もうすっかりスマホ扱うのに慣れたでしょ」
「そりゃそーですよープロですから」
「もちろんウイルス対策もバッチリでしょ」
「……一応アプリ入れてるけど、そこはちょっと自信ない」
「ウチさ、こないだニュース観て知ったんだけど、スマホに遠隔操作で盗撮されちゃうアプリ
 あるんだってね?」

バッ、と音が出そうな勢いで、石田はディスプレイから顔をあげた。
勝利宣言したくなる気持ちをぐっと堪える。
131 :名無飼育さん :2013/01/07(月) 22:26
「プロなのに知らんのか〜ぃ」
「え、ちょっと、く、詳しく教えて」

普段身内で盗撮慣れしているのとはさすがに訳が違うと思ったのか、
石田の食いつきは尋常ではなく、とうとう床に端末を伏せてしまった。

「普通のアプリの中にウイルス入ってて、勝手にカメラ起動して画像撮ってインターネットに……」
「怖っ!」
「ひょっとしたらそのアプリ、亜佑美ちゃんのにも」
「えーっ!?」
「だから、電源切ろ?」

鞘師が床のそれを指差すと、その時やっと真意に気付いた石田がバツの悪そうな顔をして、
すぐに端末を拾い上げる。

「……まったく、あの手この手なんだから」
「気を引くために、どんどん頭が良くなってる気がするよ、ウチは」
「お利口さんなのはいいことだけど、人の邪魔をするのは良くない」
「……わかった、じゃあ待ってる」
132 :名無飼育さん :2013/01/07(月) 22:28
正論を放たれた鞘師は拗ねてしまったのか、先に石田のベッドに潜り込んでしまった。
少し言い過ぎたかな、とは思うものの、手元の振動が石田を急かす。
せめて、と立ち上がり、蛍光灯の紐を引いて豆電球だけにした。
斜め下から声がかかる。

「消しちゃうんだ。寝ちゃう」
「いいですよ、そこ入っちゃったらどうせ寝ちゃうでしょ。
 日付変わる瞬間起きててくれただけで嬉しいから」

再び床に腰を下ろしたので、今度の声は顔の下あたりから聞こえた。

「亜佑美ちゃんハッピーバースデー。
 ぬくぬくお布団プレゼントまでしばらくお待ちください」

……どうやら布団が冷たかったらしい。
石田は笑って、空いていた手を布団の隙間に突っ込んだ。
ややあって、ひんやりとしたものが自分の皮膚に吸い付いてくる。
ボディミルクで潤ったものの、温度を奪われて冷たくなった鞘師の手だった。
133 :名無飼育さん :2013/01/07(月) 22:30
この手が暖かくなったら、自分も横になるとしよう。
とは思ったものの……

必死にメールを書き込む間にも、中の手が気になって仕方なかった。
それに、目の前でだんだん暖まる布団と鞘師のセットの、なんと魅力的なことか。
あまり眠くなかったはずなのに、急に瞼が重くなってくる。

「ふぁ……」

あくびが出てしまった石田はついに返信を諦め、鞘師に手を握られたまま
うんと手を伸ばしてスマホをテーブルの上に置いた。
それから何も言わずに低い姿勢のまま布団に潜り込む。ちょっと忍者みたいだ。
いつもと違うほかほかの楽園に辿り着いたら、忘れかけていたローズの香りがして。
即座に絡み付いてくるのは、じゃあこれは棘の無い薔薇の茎?
そんな風に思うと面白くて可笑しくて、なにもかもがあたたかくて。

冬といえば“コタツにみかん”だったが、石田はこの瞬間にそれを“布団に鞘師”と書き換えた。
134 :名無飼育さん :2013/01/07(月) 22:31
>>126-133 あの手この手
135 :名無飼育さん :2013/01/07(月) 22:32

136 :名無飼育さん :2013/01/07(月) 22:43

137 :名無飼育さん :2013/01/08(火) 00:25
だーちゃんおたおめ

自分も積極的で賢い鞘師に迫られたいです><

年明け早々から、素敵なお話をありがとうございます( *´Д`)
今年もよろしくお願いします><
138 :名無飼育さん :2013/01/08(火) 02:24
いつも楽しく読ませて頂いてます!
二人の周りにお花が咲いていてこっちまでポワポワしました。
139 :名無飼育さん :2013/01/14(月) 23:38
おだきゅう
140 :名無飼育さん :2013/01/14(月) 23:39
見られているのは、自分だけではなかったようだ。
楽屋で一緒になった竹内と談笑している鞘師のことを遠巻きに見て、
石田はそんな発見をする。
鞘師が竹内の唇“も”見ている、ということに気付いたのだ。

瞬時に気分を害した。
何度も見ているアピールをされて、すっかりオンリーワンだと思い込んでいたらしい。
石田は鞘師の背後に回りこみ、耳元で皮肉たっぷりに囁いてやった。

「……鞘師さんって、竹内さんの唇もよっく見ているんですね〜?」
「えー!? ヤダなに見ないでよー!」

これに鞘師よりも竹内が先に反応して、すかさず唇を手で隠した。
それを見た鞘師が思わず、あ、と声をあげる。
やっぱりだ、石田は確信した。
141 :名無飼育さん :2013/01/14(月) 23:41
鞘師とは同期に近い竹内の言葉には、

「ちょっとー今までずっと見てたわけ?
 そういうの朱莉に対して失礼だと思うんだけどー」

この通り、全くと言っていいほど遠慮が無い。
返す言葉の無い鞘師は笑って誤魔化すしかなく、いいぞ、と石田は心の中で竹内にエールを送る。
自分の思っていたことを代わりに言ってもらえて、気分がスカッとした。

「どうですか鞘師さん、これが普通の反応ですよ」
「……あ、亜佑美ちゃん、ひどくない?」

そんな弱弱しい抗議をされても、ちっとも心が痛まない。
ところが、お願い嫌わないで、と鞘師が竹内に対して必死に懇願し始めたので、
そんな大袈裟なことなのか、と石田は内心少し慌てる。

「別にこれくらいで嫌いにとかなんないけどさー」
「ほんと?
 ウチもさ、いつも見ようと思って見てるわけじゃないからさ、そこんとこはわかって!」
「えーしょうがないなー」
「亜佑美ちゃんがちょっと嫉妬しただけなんだよ、ね?」
「はっ!?」

突然話を振られて、思わず声をあげてしまった。
142 :名無飼育さん :2013/01/14(月) 23:43
「やめてよ嫉妬とかさー。生々しいし巻き込まれたくない」
「そう言うな。これも愛なんだよ、竹内君」
「ちょっと! 何の話ですか!」

鞘師の肩を強く引いてこちらに顔を向かせると、やれやれこんな所でかいマイスイート、
とでも言いそうな腹立たしい笑みを浮かべている。

「目の前でいちゃつくとかほんとヤダ。あっちでやって」

竹内は心の底から嫌そうだった。

「イヒ、怒られちゃった。じゃあちょっと向こう行こうか」
「向こうってどこですかっ! ていうかいちゃつくためにこっち向かせたわけじゃ」
「いいからいいから」

サッと背後にまわりこまれた鞘師に肩を押されて、やむなく歩かざるを得なくなった石田。
両肩に鞘師の手を感じながら、渋い顔をした竹内の前を通り過ぎる。
突然その手から鈍い衝撃のようなものが伝わり、後ろの鞘師が小さく呻いたのが聞こえた。
143 :名無飼育さん :2013/01/14(月) 23:47
「えーと、だ、誰だ、さくらちゃん?」
「電車ごっこですか!?」
「いや、違う違ぅおおお」

どうやら二人が遊んでいると勘違いした小田が、鞘師の背中に飛びついてきたらしい。
小田は更に、前の鞘師を真似て遠慮なく彼女の肩を掴んでぐいぐい押してきたので、
先頭にいた石田は歩く速度が急に上がって壁にぶつかりそうになり、

「ストップストップ!」

叫びながら小さなつま先をぐっと踏んで、ブレーキをかけた。
モーニング列車は一時停止したが、小田は今度は両腕を前に伸ばしてきて、
間に鞘師を挟んだまま石田の腰にしがみついてくる。

「なん、なんだ!?」
「あらららら」
「小田、きゅうー!」

戸惑う石田と鞘師を尻目に、最後尾だけが楽しそうに、しかも駄洒落まで言っている。
いつから見られていたのかわからないが、もしかして、最初から勘違いで寄ってきたのではなく、
自分たちの険悪な雰囲気を察して近づいてきたのだろうか?
小田の新たな一面を垣間見た気がした。

「もーバカじゃないのー!?」

事の一部始終を見ていた竹内が、遠くで野次っているのが聞こえる。
石田は、ここだけは自分の言葉で言いたかったな、とちょっとだけ思った。
144 :名無飼育さん :2013/01/14(月) 23:48
>>139-143 おだきゅう
145 :名無飼育さん :2013/01/14(月) 23:51
冬ハロライブビューイングの特典映像で、竹内さんに唇突き出す鞘師さんと、
その後ろから現れる石田さん、というシーンがありました。
市販映像になるかちょっとわからないので、補足として。



レスありがとうございます。

>>137
ノリ*´ー´リ<これからも本を読んで語彙を増やして亜佑美ちゃんを楽しませるぞー
川c ’∀´)<読む本が官能小説とか止めてくださいね

>>138
あたたまっていただけたようで、何よりです。
寒いね。
146 :名無飼育さん :2013/01/14(月) 23:52

147 :名無飼育さん :2013/01/15(火) 03:21
この季節におで…タケちゃんキター!というか何、もうハロ公認の冬になってるの二人は?
LVにはそんな気になる映像が…鞘石派でぽんぽんヲタなのに2階席から
生田に抱きまわされる石田を見て「お、どうした?」とついつい照れてしまったのは内緒
148 :名無飼育さん :2013/01/17(木) 01:43
事件はテレ・ビジョンの中だったということで現場に居た俺涙目です><

タケちゃんというスパイスが良く効いていて、とても美味しく頂きました。
らっきょちゃんを含めた楽屋裏エピソードをもっとおかわりしたいです><
149 :名無飼育さん :2013/01/26(土) 22:06
慣れ
150 :名無飼育さん :2013/01/26(土) 22:07
車が空港の屋根の下から抜けた瞬間、あまりの眩しさに石田は思わず両目をぎゅっと瞑った。

「……眩しい」

……やっぱ駄目? 電気消す?
そうしてください。目、開けてらんない。

思い出したのは、鞘師に押し倒されて、仰向けになったその時の会話だった。
天井の照明は真上ではなかったけれど、部屋全体を照らすほどの明るさとなると、
視界の隅からでも石田の茶色い目を刺すように鋭く感じられた。

鞘師はちょっと不満そうだった。

ウチの部屋豆電球切れてんだよね、明るいか暗いかしかないんだよ。
いや、取り替えましょうよ、電球。
届かないからさー。
椅子にのっても?
そう、のっても駄目。客席に手振ってるみたいんなった。
あ、一応試したんだ。すごいわかりやすい例え!
でしょ?

ばちん!
深夜の鞘師の部屋に響く、意外と大きなスイッチオフの音。
一転して闇の世界になるその空間。

しかし、完全な闇ではなかった。
カーテンがきちんと締め切られておらず、カマイタチがつけた傷みたいな明かりが、
闇の中にぽっかりと浮かんでいた。
151 :名無飼育さん :2013/01/26(土) 22:09
見えねー……
もうちょっとしたら慣れますよ。
ベッドの位置はだいじょぶなんだよ。寝る前毎日これやってるし……

躊躇のない足音が、四回。
手元の辺りで沈むベッドパッド。

亜佑美ちゃんはどの辺だ。
さあ、どの辺かなー?
手探りしないと見えないよ。
変なとこ触んないでくださいね。
いや触るよ? 触りまくるよ。
やですよ、変態っ!
あ、笑ってる。見える見える。

今度は腰周りが沈み込む感覚があった。
それから、静かにおりてくる鞘師の気配。

もともと目が悪いせいか、すっと通った鼻筋が近づいてきても、石田には鞘師が
どんな表情をしているのかが見えなかった。
152 :名無飼育さん :2013/01/26(土) 22:11
外の景色がやっと見えてくる。
窓の手前の狭い灰色と、その遠くに広がる一面の白。
灰色に見えたのは今まさに走っている車道で、奥の白は全て雪だった。

窓際の席を取ったのは失敗だった。まだ少し眩しくて目が痛い。

「雪って眩しいんだ」

石田が思わず呟くと、

「そりゃーそうさ」

隣席の佐藤が、そんなことも知らないのか、と少し馬鹿にした口調で返した。

「冬の北海道ってどこもこんなもん? 目やられない?」
「まーは朝家出る時ちょっとウッてなるだけ。あとはフンフーンって歩く」
「さすが」

慣れ、なんだろう。
闇も光も。
153 :名無飼育さん :2013/01/26(土) 22:13
「……でもやっぱこのくらいがちょうどいいなー」

大阪での夜は、ホテルの白熱灯を浴びることとなった。
北海道で体験した“明るさ事情”を話しながら(途中で思い出した
鞘師との夜のことは隠しながら)、最終的にそんな言葉で結ぶ石田。

「あー、じゃあもともと眩しいのが駄目だったんだ」

部屋に入ると同時に奥のベッドを占領した鞘師がゴロゴロしながら言うと、

「そうみたいです。
 ステージのライトはみんな眩しいって言うから、同じだと思って気付かなかった」

コンタクトを外して眼鏡をかけた石田が、フレームを指先で調整しながら答える。

「目の色って関係ある?」
「あるんじゃないかなー」
「見して」
「目?」
「うん」

ベッドから半身を起こして手招きする鞘師に従う。
傍に寄ると、お互い躊躇せずに顔を近づけあう。
石田から見える鞘師の視線は、珍しく真っ直ぐ自分の目を捉えている。
目というより、眼球なのだが。
154 :名無飼育さん :2013/01/26(土) 22:17
「……あー、いまいち正しい色がわからんけど、確実に真っ黒ではない」
「鞘師さんは真っ黒ですね」
「イヒ、なんか心のこと言われてるみたいなんだけど」

最初に言ったのはそっちじゃん、石田も笑いながら指摘する。
鞘師は聞こえない振りをしているのか、唐突に、めがね、と言った。

「指紋が付くから、レンズ触っちゃ駄目ですよ」
「なんだよ、触んないよ」
「なんか雰囲気的に、触るかな、と思って」
「ちゅーしたらぶつかりそうだから、取ろうかな、とは思ってた」

それ、触る前提は変わってない!
言おうとした言葉は、しかし声にはならなかった。



……そうか、裸眼じゃなくても近すぎたら表情ってなかなか見えないもんか。



眼鏡のおかげで保護されていた目は、しっかりと開いたままで。
けれど、見えたのは相手の瞼と睫毛くらいだった。
155 :名無飼育さん :2013/01/26(土) 22:19
離れた鞘師に、次の瞬間パッと顔を背けられる。
それから彼女はスライディングするみたいに壁際の枕に飛びついて、
今度はそれに顔を埋めていた。

「……あれっ? 鞘師さん照れてます?」
「んむう〜」

これだけではどういう返事なのか、いまいちわからない。
でも両足をバタつかせているので、きっと図星なんだろう。

「あれれ〜?」

石田は弱みを握ったと悟って調子に乗り、すっとぼけながらうつ伏せの鞘師の肩を掴んで揺すってみる。
すると枕に埋まっていた顔が半分だけ現れ、小さな目が睨むようにこちらを見た。

「……いま目開いてた」
「あ、気付いてました?」
「……恥ずっ」
「眼鏡だから、急に来られても危ない感じじゃなかったみたいで」
156 :名無飼育さん :2013/01/26(土) 22:21
「あー……」

また顔を埋めてしまう。

「言っときますけど、鞘師さん自分が悪いんですからね?」
「うー」

そのまま胎児のように体を丸めてしまった。
なんだなんだ、可愛いじゃないか。
まだまだ自分はリードできそうだ。

「慣れるまで目開けてやりましょうか〜?」

石田が挑発すると、すかさず枕から顔をあげた鞘師が抗議した。

「なんっ、い、いいよそういうの止めて!」
「……へへっ、仕方ないなあ」

そうだな、すんなり慣れられたらちょっと困る。
もっと感じさせて欲しい。
年の差がもたらす、優越を。
157 :名無飼育さん :2013/01/26(土) 22:22
>>149-156 慣れ
158 :名無飼育さん :2013/01/26(土) 22:28
レスありがとうございます。

>>147
イヒヒスマではタケちゃんタケちゃんなので、特典映像はちょっとテンションがあがりました。

>>148
小田さんは今絶賛マブダチ募集中みたいなので、同期は無理でも早く心開けるメンが見つかればなーと。
そして露骨にいちゃついてほしいです。
何も書くことがないくらいベタベタしていただいても一向に構わん!





ライブビューイングの特典映像について。
己の備忘録も兼ねて、その時の映像はこんな感じでした。


ビバ!公演終了でステージから捌けたメンバーを撮るカメラが廊下にいて映ったのが

終わりましたー>川´・ o ・リ`ε`*リレ 竹内に迫る鞘師

カメラ映像切り替わるが、同じ廊下で


      ((((川c ’∀´) 竹鞘の後ろから歩いてきていたと思われる石田が通る
((((ノリ*´ー´リ 竹内と離れたと思われる鞘師が石田の後を付いていくように歩く


ビバ!は、ラストのステージから捌ける時、鞘師と石田が並んで出て行くので、
時系列も合っていると思います。
159 :名無飼育さん :2013/01/26(土) 22:29

160 :名無飼育さん :2013/01/27(日) 00:16
うお!石鞘が鞘石になってると思ったらリバーシブル!
両方書けるなんて器用で羨ましいです!
作者さんトコの鞘師が成長してる証拠かなと思ったけど
最後は年相応さやしすんきゃわきゃわ(*´Д`)
161 :名無飼育さん :2013/01/27(日) 05:34
回想にある、ヤシ子ちゃんの部屋での出来事が気になって眠れません><
162 :名無飼育さん :2013/01/28(月) 19:51
お待ちしておりました!
ものすごい萌えるシチュエーションの発想力が羨ましいw
詳しい情景が書かれてるわけではないのに
書かれてない部分の絵が一気に浮かぶとゆうか
いろんな想像が掻き立てられました。素晴らしいです。
鞘石最高…
163 :名無飼育さん :2013/02/15(金) 00:08
シミュレーション
164 :名無飼育さん :2013/02/15(金) 00:10
名前も知らないカフェでお喋りをしていたら去年のバレンタインの話になって、
あの時はほとんど寝ずにチョコパイを作ったのだと思い出話をしたら、
今年はちゃんと寝なさい、とのお叱りを受けた。

「そんな怒ることないじゃん」
「怒ってないです。でも心配なんだから」

石田の心配は嬉しいが、鞘師にも持論というものがある。
自分にとってバレンタインチョコとは、日ごろ世話になっている人に対する
感謝の気持ちを示すためのものだ。
なるべく関わってきた人すべてに、この気持ちを渡したいから。
そのための苦労は厭わない。
徹夜くらいどうってことないのだ。

「それじゃ仕事みたいですね」
「言うと思った。違うよ、気持ちだって」

だから、友達にも会社の人にもメンバーにも同じものを作って渡してるんだよ、
と補足すると、石田は石田で譲れないものがあるようで。

「それで結局体調を崩したら意味ないじゃないですか。
 気持ちだっていうなら、買ったものラッピングするとかでも充分伝わりますって」
「それじゃウチは嫌なの!」

理解はできるが、したくない。
鞘師が意地を張ると、石田はゆっくりとテーブルの前で祈るように手を組み、

「……私が心配なんです。どうしてもって言うなら、手伝いますから」

何かと思えば真剣な顔でそんな対策を講じてきたので、鞘師は小さな目を見開いてしまう。
165 :名無飼育さん :2013/02/15(金) 00:12
「い、いいよ、そんな」
「だったら諦めてくれます?」
「えっちょ、ず、ズルくない? それ」
「いや、真面目に」
「ええ〜……なんで亜佑美ちゃんがウチの睡眠時間にそんな厳しいんだ」
「だから、心配だし、里保さんのことが好きだから」

間髪入れずに答えが返ってきて、しかも狙い澄ましたように呼び名まで変えて。
何も言えなくなった。
……でもなんとか言い返さないと、無言を了承と取られて決着が付いてしまう。

鞘師は刹那のうちに、様々な言葉を思い浮かべた。

堅苦しくて、インパクトがあって、年上にダメージを与えられる、
そんな一発をお見舞いしたい!

「それは過保護だっ!」
「あーそうですね。確かに」
「あれっ」

……糠に釘……
こういうことを言うのか。

それでいて、石田の方は自分の手綱をしっかりと握っているのだから参る。
実のところ、この手綱はずいぶん前から彼女の手中にあったのだ。



『ただ私は、よく眠ってほしかったんですよ、鞘師さんに』



あの時の主張を繰り返されたんだ。それが今だ。
そこに“好き”を味付けされて。

なんだろう、この気持ち。
ほろ苦いなあ、と思っていたら。
166 :名無飼育さん :2013/02/15(金) 00:13
「過保護ついでに十三日とかお泊りしたいなー、なんてっ」

石田は急に態度を変え、ひどく甘いところを見せた。
話の流れで一晩監視でもされるのかと勘繰ったが、期待を込めた眼差しを受けて、
それはないな、と思い直す。

「バレンタインだから? イベント好きだね」
「もーなに言ってんですか、そんなの口実だってほんとはわかってるでしょ」

知ってるぞこれは知ってるぞ、よくある軽い痴話喧嘩ルート。
女の話はころころ変わるもんだ、と、女の癖に呆れてしまう。

「イヒヒそっか、部屋また散らかっちゃってるんだけど」
「また!? こないだ掃除してあげたのに」
「ごめんごめん」

仕方ない、今日は自分が彼氏役で、石田が彼女役。
演じようじゃないか。

「掃除してくれるんなら、別にいいよ」
「なんですか別にいいって。自分でも少しはやってくださいよ」
「部屋を提供するのはウチじゃん」
「招き入れる側の準備ってあるでしょう」
「もうそんな気遣いいらない関係じゃん」
「どんな関係でも礼儀は必要ですー」
「なんだよー」
167 :名無飼育さん :2013/02/15(金) 00:16
明言したわけではないのに、石田もこちらの意図に気付いてくれていて、
こんなやり取りでもお互い笑顔だ。

「実際ちょっと散らかってるけど、亜佑美ちゃんが気にしないなら、いつでも」
「ねえ、鞘師さんの“ちょっと”ってどの程度ですか?」
「……」
「あ、考えてるし」
「う、うん、足の踏み場はある」
「相当じゃん! 冗談かと思ってたらー」
「あ、す、座るとこくらいは作っとくよ?」

脳内シミュレーションのつもりが、両手が勝手に予行演習していて、
鞘師は机上で何かを仕分けする仕草を見せた。
石田はつい噴き出してしまう。

「危ない危ない、カップ倒さないでくださいね。じゃあ私も一日前倒し」
「ん?」
「チョコちゃんと作って持って行きますから」
「本命?」
「えー? どうかなー?」

もったいぶってにやついている石田を見て、彼氏役を引き摺っていた鞘師は、
いや違うな、運命、と踏ん反り返って男らしく決め台詞を吐く……が、
それを見た石田が素に戻ってしまい、

「……鞘師さん私みたい」

そう自虐しつつ、どうしていいかわからない、と話を放り投げてしまった。

“男らしさ”のつもりが、“石田らしさ”になってしまったなんて……
しかも本人から指摘されたのだから、よっぽど似ていたのだろう。
演技力の無さを痛感した次第である。
168 :名無飼育さん :2013/02/15(金) 00:17
>>163-167 シミュレーション
169 :名無飼育さん :2013/02/15(金) 00:21
当日のメンバーブログ更新を待ってたけど、きませんでしたね……



レスありがとうございます。

>>160
同性CPなら両方の可能性を書きたいんです。
ノリ*´ー´リ<知ったら試したくなるじゃろ?

>>161
川c*’∀´)<教えませんからー!

>>162
詳しく言語化することで現象が固定されてしまうのはもったいない、
というか読み手のお楽しみが減ってしまう気がして、場合によっては
わざと簡素な書き方をしています。
いい方に作用しているみたいで嬉しいです。
深読み大歓迎!
170 :名無飼育さん :2013/02/15(金) 00:22

171 :名無飼育さん :2013/02/20(水) 21:41
私はココの更新を待っていましたよ?

こんなコミュニケーションしてみたいなぁ・・・ごちそうさまでした><
172 :名無飼育さん :2013/02/24(日) 21:58
直訴
173 :名無飼育さん :2013/02/24(日) 21:59
「皆さんにお願いがあります」

低く真摯な声を聞いて、その場にいたメンバーがいっせいにその人の方を向く。
注目を浴びたことを確認し、鞘師はしっかりと言い放った。

「ものを食べている時にくすぐるのだけは、止めていただきたいです」

それから、本当は突然やられるのも止めて欲しいけど……と、急に小声になった。

「……あー、そんなヤだった? さっき。ごめんね」

直近の出来事が記憶に新しい田中が即座に謝ったので、あ、そんな、と、
またさらに小声で反応している鞘師。

それを見ていた他のメンバーはそれぞれ、さすがに食事中は、とか、大丈夫だよ、
などと口々に言っている。
佐藤に至ってはイベントでネタにした張本人なので、ごめんなさいを早口で繰り返し、
今にも泣きそうだった。

そんな中で、顔面を硬直させている人物が一人。
佐藤に話を振られて同調してしまった石田である。
174 :名無飼育さん :2013/02/24(日) 22:02
ちょっと前に、石田の部屋でチュッパチャップスの棒を口の端からはみ出させている鞘師を
くすぐったことがあったのだ。

別に食べていたところを狙ったわけではなく、床に座ってiPhoneをいじっている隙をついて
背後からくすぐりを仕掛けたら、その時口に咥えていたものがあった。

鞘師は当然石田の攻撃に過剰に反応したが、反面飴を吐き出すまいと口を真一文字に結んだので、
いっそう苦しそうに悶え、暴れた。
石田はその激しい動きに上半身が巻き込まれ、背を丸めた鞘師に覆いかぶさるように
くっついてしまい、耳元で、苦しみに耐える彼女の、行き場を閉ざされて鼻から漏れるしか
なくなった声を聞いてしまった。

泣いているようなその声。何度か聞いたことのある声。
それを明るいところで発せられたら、こんなにも罪悪感に苛まれてしまうだなんて!

咄嗟に体を起こした石田は、平身低頭して鞘師に謝った。
解放された鞘師は眉間に皺を寄せながら口元の棒を引き抜き、それを指示棒のように
振りかざして石田を指し、数分間にわたる説教をした。
175 :名無飼育さん :2013/02/24(日) 22:04
完全にあれを根に持っていたのだ……



徐々に青ざめていくこちらに気付いたのか、鞘師が冷淡な目で見てくる。
思わず拝むように両手を合わせ、精一杯の謝辞を見せた。
すると

「……なんでそんなポーズ?」

それを工藤に指摘されて、ちらと目線をあげる。
思わず小声で、当事者だから、と返した。

工藤は、あっそう、と軽く相槌を打ったが、まさかこれに二重の意味があるだなんてことは、
当然知る由も無いのだった。
176 :名無飼育さん :2013/02/24(日) 22:05
>>172-175 直訴
177 :名無飼育さん :2013/02/24(日) 22:07
YES! く・す・ぐ・り


>>171
レスありがとうございます。
ありがちですが、まず信頼関係ありき、の言葉の鍔迫り合い。
リアルでお試しの際は、あまり本気になりませんようご注意くださいw
178 :名無飼育さん :2013/02/24(日) 22:08

179 :名無飼育さん :2013/02/28(木) 02:11
なんかもう鼻血スプラッシュです><

でもコレを読んだら、さやしすんには申し訳ないけど
れなお姉さんとまーちゃんがイベントの時よりも
更に悪乗りしちゃうパターンが思い浮かんじゃいました><

メッ!>俺
180 :名無飼育さん :2013/03/10(日) 12:24
天使の奥さん
181 :名無飼育さん :2013/03/10(日) 12:25
生田の声はとてもよく通る。どこに居ても声を聞けばだいたいどの辺りに居るのかが想像できる。

里保が、とどこからか聞こえてきて、歌詞カードにメモを取っていた石田が声のした方を向くと、
譜久村と一緒に居る生田と、床に転がっている鞘師の姿を認めた。
鞘師が倒れたのかと一瞬緊張したが、生田も譜久村も笑顔で会話していた。
床に横たわっている鞘師の着ているTシャツには、バックプリントで水色の羽根のような
イラストがついている。

「天使が寝とる。あ、これ上手くない?」

得意げな生田の声が耳に届いた。
それを聞いた譜久村の方は、少しくぐもった性質の声なので何を言っているのかまではわからない。

石田ははっきりと己の嫉妬心を認めた。生田に対して。
言葉に感心してしまったことと、そして今、そんな天使を起こさずに自分のパーカーをかけてやっている
一連の動作を見てしまったから。

ボキッ、手元でシャープペンシルの芯が折れた感触。
石田は溜め息をついて、青いファイルを閉じた。
182 :名無飼育さん :2013/03/10(日) 12:27
顔をあげると、一度かけたはずのパーカーを取り上げて、再びかけてやろうとしている生田が、
スマホを構えた譜久村に目線をやっている。
何をしているんだ、鞘師をダシにして写真を撮って、自分の株を上げるつもりか。
間違いなくそのつもりなんだろう。今度は嫌悪感に苛まれた。

鞘師は本当に眠っているのか、周りで同期が騒いでいても、パーカーを二度かけられても
微動だにしない。
石田は休憩の間中鞘師から気を逸らさないように注意深く見守り、休憩時間が終了を迎えそうになった頃、
急ぎ足で彼女の傍に行き、パーカーを剥ぎ取った。

「鞘師さーん、起きて!」

声に反応して薄く目を開け、大きく深呼吸した鞘師。それだけで熟睡していたのだとわかる。

「休憩終わりですよ、あと半分頑張りましょう」
「……んあぃ」

ギリギリで返事とわかるおかしな声とともに、片肘をついて起き上がるのを見届けて、
石田は急いで持っていたパーカーを生田に返却しに行った。
183 :名無飼育さん :2013/03/10(日) 12:29
「生田さんこれっ」

押し付けるように戻し、また鞘師の元へ飛んで行く。
鞘師は胡坐をかいてぼんやりと床に座っていた。
まだ完全に覚醒しきれていない様子。
ここでコナコーヒーでも差し出せればきっとすぐに起きてくれるのだが、
スタジオにそんな都合のいいアイテムはないから、とりあえず隣で膝立ちになり、
優しく背中の羽根のあたりを叩く。

「何か飲みます? 水とか」
「あー……いい。自分で……」
「じゃ立ちましょっ」

そう言いながら、今度は先に立ち上がって鞘師の腕を引いた。

「……おー、天使の奥さん!」

相変わらず生田の声はよく耳に入ってくるな、この小悪魔め。
鞘師のサポートをしながら、石田は生田に負けじと、上手いことを言ったつもりになった。
でも今はそれどころじゃないので、心の中でだけ。

奥さんは忙しいのだ。
184 :名無飼育さん :2013/03/10(日) 12:30
>>180-183 天使の奥さん
185 :名無飼育さん :2013/03/10(日) 12:30
あれは卵の殻にも見えるのですが、ここは羽根ということでひとつ。

>>179
レスありがとうございます。
その後Dマガでまたくすぐりネタが出てくるとは思いませんでしたが、
結局悪乗りしたはフクちゃんでしたねw
186 :名無飼育さん :2013/03/10(日) 12:31

187 :名無飼育さん :2013/03/18(月) 15:24
あるある><

オネム鞘師は反則
188 :名無飼育さん :2013/03/23(土) 14:01
1/4の純粋な黒髪
189 :名無飼育さん :2013/03/23(土) 14:04
「いいよねー」
「ねぇ〜?」

譜久村と石田に妬みの篭った視線を向けられて、

「え、え、なんだよぅ」

と、鞘師は戸惑ってしまう。
こちらを見ていた二人が言うには、鞘師の黒髪が羨ましいそうだ。
高校入学後に会社命令で髪を染めるに至った譜久村と石田は、翌日一緒に染め直しに行く
スケジュールがすでに組まれていて、ついさっきそのことをぼやいていた。
反対に、自分の意志で髪を染めたばかりの生田は、不満を持つどころか念願が叶って
“やっつー!”って感じだったので、会話に混じらず“新生生田”の自撮りに余念が無い。
そんな中、ただ一人中学生で髪に手を加えることが許されていない黒髪の鞘師が、
嫉妬の対象になってしまったのである。

「えー、一緒に美容院行くのって楽しそうじゃない?」
「亜佑美ちゃんと行けるのは嬉しいけど、そもそも髪を染めるのがヤなの」
「そうそう」

鞘師の話題逸らしは失敗に終わり、とうとう譜久村が黒髪の毛先を摘んで弄り始めた。
今日はウェーブをかけていたので、摘みやすく見えたのかもしれない。
それにのっかるようにして、石田が反対側の毛先に手を伸ばしてくる。
左右で交互に引っ張られて、ちょっと伸びたり縮んだり。
手綱を握られた馬のような気持ちになった。
馬と言えば佐藤、の姿がちょっとだけ脳裏を過ぎる。
190 :名無飼育さん :2013/03/23(土) 14:06
「やめてよ」
「いいじゃん、綺麗な黒で」
「ねー、今日は大人っぽい感じもあって?」
「でもウチは髪染めたい派だって知ってるじゃん」
「それが聖には信じられない」
「もったいないですよ! こんなに美しいなら尚更っ」

朴訥な口ぶりの譜久村に対して、石田の口調はメリハリがあって、二人の個性が見えた。
鞘師は石田の言葉なら二割、三割増しで受け取るようになってしまっているから、
美しいなどと上級の褒め言葉をもらってしまうと、自動的に最上級になる。

「う、美しいとかさ、亜佑美ちゃんすごいこと言うね、イヒ」
「本音ですよ勿論。指通りも滑らかで気持ちいいです。
 鞘師さんにはずっとこのままでいて欲しい」
「……亜佑美ちゃんが口説いてるー!」

サッ、と鞘師より過剰に反応した譜久村が手を引いて、二人との距離を置いた。

「お邪魔かな? お邪魔だよね? いいよ〜じゃあ聖は衣梨ちゃんとこ行く」
「えっ、いや」
「あの譜久村さん、そういうんじゃ」

譜久村は誰に習ったのか、チチチ、と舌を打つのではなくわざわざ声に出して、
人差し指を揺らした。それからまだ自撮りを続けていた生田に割り込んでいって、
そのままツーショットを撮りはじめてしまった。
191 :名無飼育さん :2013/03/23(土) 14:08
「……そういう風に聞こえちゃったんですかねー」
「ウチ以外に言われたんだからそうだよ」
「口説きって受け取りました?」

どうして。
どうしてこうストレートに問うてくるのか。
同じ女だから、聞かれてどう思うのかくらいわかるはずなのに。
答えに窮した鞘師は、言葉は出せなかったが顎を少し引いて頷いた。
それを見た石田が口をすぼめながら言う。

「えーそうですか〜? 普通に褒めただけだったんですけどぉ?」
「うそ、言葉がすごかったよ……」
「へへっ、じゃあ口説いたということで、どうかそのままでいてください」
「えー? 染めたいのに」
「ウソウソ、鞘師さんのやりたいようにどうぞ。全部受け入れますから」

まただ、また余裕で口説かれた。
それも今度は、最初と正反対のことを言って。
何とかやり返せないかと必死になった結果、奇妙な言葉が鞘師の口から出てしまう。

「じゃ、じゃあ今のうちにこの髪の毛要る?」

とか言って、と最後に冗談めかして言ったものの、
さすがの石田もこれには

「鞘師さん変態っぽいです」

と呟いてしまった。
192 :名無飼育さん :2013/03/23(土) 14:09
>>188-191 1/4の純粋な黒髪
193 :名無飼育さん :2013/03/23(土) 14:09
人 (’∀´c川人
  >リ*´ー´リノ

例の画像。

>>187
レスありがとうございます。
床で寝るだけならまだしも、あのTシャツなんなの!
奇跡ですね!
194 :名無飼育さん :2013/03/23(土) 14:10

195 :名無飼育さん :2013/03/31(日) 01:43
ウェーブヤシ子( *´Д`)
容姿と雰囲気がどんどんお姉サヤシになってますよね><決め顔とかキメ顔とか
でも口を開けばボロだらけのお子様リホリホな部分はそのままであって欲しいというファンのエゴ
196 :名無飼育さん :2013/04/05(金) 19:50
マズル
197 :名無飼育さん :2013/04/05(金) 19:53
石田家の飼い猫、アユミはアビシニアンのメス猫。
全身を茶色の毛に覆われながら、口の周りだけが白いという猫です。

ある天気のいい日の午後、誰も居ない自宅のリビングにある大きな窓の前でひなたぼっこをしていると、
廊下からにゃおうと声がしました。
アユミはすっくと立ち上がり、お迎えに行きました。

玄関ドアの左下には猫用の出入口がついており、そこからちょうど一匹のメス猫が入ってくるところでした。
彼女の名前はリホと言います。
光に当たると銀色に輝く毛を持つロシアンブルーでありながら、胸元は大きなマフラーを
巻いているような白い毛で覆われている、なかなかお洒落な柄の猫です。
マフラーの色を邪魔しないようにつけられた白い首輪に、飼い主のこだわりが垣間見えます。

「来たよー」
「いらっしゃい、リホさん」

二匹は鼻先をくっつけあって挨拶をし、てこてことリビングに戻りました。

「まだ外に出ないの?」

我が家のように寝転んで寛ぎだしたリホからそう聞かれ、アユミは思わずそっぽを向いてしまいます。

「好奇心は猫をも殺すんですよ……」
「えー、また何かあったらウチが助けてあげるよ。遊びに行こうよー」

気持ちは嬉しいんですけど、と押し黙ってしまうアユミ。
最近は外の世界が怖くて家にひきこもっています。
好奇心に任せていろんなものに文字通り“噛み付いた”結果、アユミは毒草に当たって
道端で倒れてしまったのです。
そこを通りかかったのがリホでした。リホは倒れているアユミの傍で大声で鳴き喚いて
救いを求めました。
幸運にも近所の中学生に見つけてもらい、アユミが首輪をしていたため石田家に連絡が行きました。
そして病院に連れて行かれ、なんとか快復できたのです。
198 :名無飼育さん :2013/04/05(金) 19:58
リホはアユミが中学生に連行されてからしばらくアユミに会うことが出来ませんでしたが、
偶然通りがかった石田家の窓にアユミの姿を発見。
窓ガラスを挟んで再会を喜び合い……内と外でのおしゃべりを楽しみました。

石田家の人間は、知らない猫がしょっちゅう窓際に遊びに来るので注目したところ、
連絡をくれた中学生の話に出てくるマフラー猫に容姿がそっくりだったため、
ある時リホを抱き上げて玄関の横にある猫用の出入口をリホに教えてあげました。
もともと家猫であるリホは中に入った時こそ警戒してあたりの匂いを嗅いでいましたが、
リビングのドアからひょっこり顔を出したアユミの姿を見つけて状況を理解し、
それから自由に石田家に出入りするようになったのです。

外への誘いを断られたリホでしたが、その時だけちょっと残念だと思ったくらいで、
すぐに気が変わって壁際に置いてあったアユミの爪研ぎで爪を研ぎ始めました。
ダンボールで出来たそれを小刻みに引っ掻いているうちにだんだんテンションが上がってきて、
研ぎ終わった瞬間にダッシュでダイニングテーブルの下に駆け込んだリホ。
アユミはそれを見て自分も居ても立ってもいられなくなり、リホの後を追うように窓際から
テーブルの下にダッシュ!
いつもの追いかけっこの始まりです。

リホを先頭にしてリビング内をジグザグに走り回り、少し開いていたドアの隙間から廊下に飛び出すと、
二匹は階段を一気に駆け上がってまたすぐに駆け下り、廊下で向かい合って爪を引っ込めたまま
猫パンチの応酬を繰り広げ、再びリビングに戻ってきます。
そして、アユミの飼い主が置いてくれた鍋の中で二匹で寝るのがお約束になっていました。

「ソファも好きだけど、やっぱり鍋が好きだなー。うちにも置いてくんないかなー」

リホが鍋に入る前のグルーミングをしながらそう言うと、アユミが答えました。

「リホさんちには鍋無いんですか? じゃあ、どうぞ寛いでくださいね」
「……あ!」
「ん? どうしました」
「イヒヒ、ウチ大事なもの置いてきちゃった。ちょっと取ってくんね」
「ああ、はい……?」

廊下に出て行くリホを眺め、アユミは自分もグルーミングをするべく床に腰を下ろしました。
199 :名無飼育さん :2013/04/05(金) 20:03
……ところが、しばらく経ってもリホが戻ってこないのです。
アユミは毛繕いで出した舌をしまい忘れたまま、気になって廊下に出てみました。
リホの姿はそこにありませんでした。
外に出てしまってそのまま帰ったのか、でも何の挨拶もなしに出て行くのもおかしいと思って、
アユミは猫用出入口の傍まで行って様子を窺います。
出入口のドアは頭をこつんと当ててそのまま進むと上に持ち上がって開くようになっているので、
頭を当てて顔だけ外に出してみました。
すると、すぐそこにリホの銀色の足が見えて、次に足の傍にいた小さなバッタが見えました。
リホは本能で、目にした瞬間捕まえようと思ったのでしょう。
そしてそれは……アユミも同じでした。
額にドアをくっ付けたまま低い姿勢になって、バッタを狙いました。

先に動いたのはアユミの方でした。
お尻を数回振って勢い良く飛び出したアユミに驚いたのは、バッタではなくリホ。
五十センチは飛び上がっていました。

一方、爪を出した前足でバッタを引っ掛けたアユミ。すかさず口に咥えて獲物をゲットし、
久しぶりに外へ出たことすら気付かずに、口角を上げてご満悦。
ドヤァとリホの方を見ると、

「アユミちゃん、やったじゃん!」

獲物を横取りされたはずのリホがとても喜んでいます。
それを見たアユミは、ぽとりとバッタを地面に落としました。

「……リホさん。まさか、私を騙しました?」
「え、違うよ! ウチもお土産に違う虫を捕まえてきたから、それを取りに戻ってたんだもん」
「あ、そうなんですね」
「せっかく外に出たんだからさ、お散歩行こ?」
「いえ、まだいいです」

アユミが断って家の中に戻ろうとするのを、リホがすかさず動いて出入口を塞いで阻止します。

「……ねえ、どうして? どうしてそんなに外を歩かせようとするんですか?」
「あ、あの、ウチね、ウチ……
 アユミちゃんのマズルが白くて髭もピカピカで、魅力的だなーっていっつも見ちゃうの」
「……はあ、どうも」
「で、でね、風が吹いてその髭が靡くとこ、いっぺん見てみたくて……」

恥ずかしいのか目を伏せながらリホが告白するのを見て、アユミは思わず噴き出してしまいました。

「え、まさか、それのために? 外に」
「……悪い?」

クールな見た目の銀色の君が、困ったような上目遣いで自分を見ています。
言われてみると、外の世界には家の中には無かった澄んだ空気と、心地いい風が吹いていました。
アユミは上機嫌になって、リホのマフラーのような白い毛皮に向かって額を擦り付けると、

「それじゃ少しだけお昼寝していきましょう。うちの庭にオススメのお昼寝スポットがあるんですよ」

と言いながら、リホの鼻を舐めました。
200 :名無飼育さん :2013/04/05(金) 20:08
石田家の裏庭にやってきた二匹は、使われなくなった小さな屋外流しの中を寝床にして寛ぎ始めました。
屋外流しは二匹が入ると丁度いいサイズで、鍋とは違って後ろ足を伸ばして寝ることが出来ます。
リホはすっかりこの場所が気に入り、アユミもそれを喜んで早速お昼寝をすることにしました。
目を閉じてさあ寝るぞ、となった時、

「アユミー!」

斜め上の方から大きな声で呼ばれて、アユミは思わず顔を上げます。
庭を挟んだ向かい側にはマンションが建っていて、その二階のベランダの柵から、
アメリカンショートヘアのまーちゃんが顔を出していました。

「あ、まーちゃあーん♪」

聞いたことのないアユミの甘い鳴き声に、リホは思わず閉じていた目を見開いて起きてしまいます。
上を見ていたアユミの視線を辿り、その先に居たアメショを見ました。
初めて見る顔でした。

「ひっさしぶりー! どこにいたの?」
「ツッ、どこって、家の中にいたよぉ」
「死んじゃったのかと思った」
「ちょっとぉー、生きてる生きてるー」

とても楽しそうに話す二匹に、疎外感を感じてしまったリホ。
慌てて紹介を頼むと、アユミが答えてくれます。

「あそこで飼われてる猫で、名前はまーちゃん」
「初めましてー! まーちゃんでーす」
「基本的に外には出られないけど、一回脱走したんだもんねー?」
「しちゃったぁー、でも迷子になったからもうしなーい」

考えてみれば、もともと外に出られるアユミには縄張りだってあるはずだし、
自分以外の友達が居て当たり前なのに。
リホはそのことに気付かなかった自分にショックを受けてしまいました。

「ねーアユミーその猫誰ー?」
「リホさんだよー。うちが変な草食べて倒れちゃったのを助けてくれたんだ」
「アユミ倒れたの!? ウヒャヒャヒャ、ばかじゃねー?」
「うるさーい!」
「でも良かったね、治ったからまた会えたしょ!」
「そうだねー、まーちゃん相変わらず声おっきいから耳が痛いんだけどー」

二匹はかなり仲がいいのか、軽口を叩き合って笑っています。
リホには使わなかった“うち”という一人称まで出る始末。

「な、仲良いねえ」

せめて間に割り込もうと思っても、今のリホにはこんな台詞しか出てきませんでした。
201 :名無飼育さん :2013/04/05(金) 20:11
「そうですねー、お互いの家にもらわれた時期が一緒だったので、話が合って」
「アユミに会いたくて会いたくて、ってこっから出たら迷子になっちゃったさー」
「な、なるほど……」
「ねーまーちゃん、うちらこれからお昼寝するからさ、しばらく。ね?」
「うんわかったー。お幸せにー」
「ツッ、なんだよそれ!」

これにはリホも動揺してしまいました。

「な、なんてことを言うんだ」
「ニャハハ間違ったー。おやすみっ!」
「はいおやすみー」

変な子でしょう、とリホに言うアユミの髭がぴこぴこしているのを見て、
それでもあの子が好きなんだな、と気付くリホ。

「い、いや、ウチもアユミちゃんのマズルが好きなの、変かなって思ってるし」
「そうですか? んーそれは別に」
「見られてるのヤじゃない?」
「でも、つい見ちゃうんですよね? 今も見てましたね」
「う、うん、ごめん」
「いえいえ」

やっぱりアユミは自分に気を遣っているんだろうか。
まーちゃんとアユミのやり取りを見てしまったせいで、態度の差に落ち込んでしまいました。

もう寝逃げするしかない。
そう思って、リホはおやすみ、と再び目を閉じました。
202 :名無飼育さん :2013/04/05(金) 20:14




“夢の中”で……



リホは離れ離れになってしまった母猫に毛繕いをされていました。
甘えて喉を鳴らし、その毛皮に顔を埋めるリホ。

「……ママー……」

先に寝てしまったリホの毛繕いをしてあげていたアユミは、そんな寝言を聞いてしまい、
自分も少し寂しい気持ちになりました。
メスの自分の下に通ってくるリホ。母親代わりを求めているのかもしれない。
実際リホはペットショップ出身で、しばらくケージの中で子猫一匹で過ごしていたと言います。
アユミは普通の家で産まれリホより成長してから今の家にもらわれてきたので、
それだけ長く母猫の元にいられました。

もしかしたら、リホの母猫は白い猫だったのかもしれない。
口元が自分と同じように“白くてピカピカ”だったのかもしれない。
毒に当たって倒れてしまった自分を見て騒いだ時も、もしかしたら、ママ、ママ、
と叫んでいたのかもしれない。

自分のお腹の辺りに寝ながら前足をのせてきたリホが、それを握ったり開いたりしているのを見て。
今より外を自由に出歩けるようになったら、鞘師家に遊びに行ったりして、
出来る限り傍にいてあげよう、とアユミは思うのでした。
203 :名無飼育さん :2013/04/05(金) 20:15
>>196-202 マズル
204 :名無飼育さん :2013/04/05(金) 20:15


  ∧ ∧
 (* ^_〉^)
 ̄∪ ̄∪ ̄





        ∧ ∧  ∧ ∧
      (*’∀´)(`ー`*)
       ) つ(⌒⌒)と (
     〜(,,_つ\/と_,,)〜
205 :名無飼育さん :2013/04/05(金) 20:16
「マズル」という単語を書きたかった。どうしても。

>>195
レスありがとうございます。
個人的には甘えが出る拗ね師さんが好きなので、ぜひ石田さんに引き出していただきたく。
鞘師さんはよく喋る人なので、きっとこれからもボロが出ますよw
唇発言も自粛しないで出しまくってほしいですね!
206 :名無飼育さん :2013/04/05(金) 23:27
ネコ━━━━━━( *´Д`)━━━━━━ !!!!!

ただただ御礼が言いたいです。ありがとうございます。
207 :名無飼育さん :2013/04/06(土) 15:48
新鮮!ネコも大好きなんで萌キュンですわw
自分もマズル大好きですよ良く寝てる猫の髭の根元に指の腹をあててぐりぐりしてしまいます
感触と髭が右往左往するのを見るのが楽しくてw髭が抜けるとビビりますが止められません(*´Д`)
208 :名無飼育さん :2013/04/29(月) 11:33
朝陽の中の君
209 :名無飼育さん :2013/04/29(月) 11:34
「リホさん、今日は飼い主が傘を持って出かけたから、
 雨が降るかもしれませんけど帰らなくて大丈夫ですか?」

開けっ放しになっていたケージの中で丸くなっていたリホに、アユミが言います。
リホは気だるそうに顔を上げ、うーん、と唸りました。

「やっぱそうなのかなあ、何か今日だるい感じ」
「雨の日ってそうですよね」
「顔もむずむずするよねー」

そう言って前足で顔を洗うリホ。
見ていると自分もむずむずしてきて、アユミも少し遅れて顔を洗いました。

「眠い……ねえお昼寝しようよ」
「眠いんですかー? じゃあ仕方ないですねえ」

リホに帰る気は無いみたいです。
顔を洗って落ち着いたアユミも、誘いにのって中に入り、隣に寝転びました。
寝る子と書いて、寝子(ねこ)と読むのです……
210 :名無飼育さん :2013/04/29(月) 11:36
リホとアユミはぴったりと体をくっつけあってしばらく眠っていました。
郵便屋さんが玄関のポストに何かを入れていったらしく、廊下からことんと音がして、
その音でリホが目を醒まします。
窓の外を見ると、案の定雨が降っていて、濡れたガラスが外の景色をモザイク柄に
仕立てていました。

リホが大好きなアユミの髭も、湿気のせいですっかりしなだれていて、元気がありません。
舐めたらぴんとしないかな? そう思って二、三度アユミの髭の生え際を舐め上げてみましたが、
しゅんとしたままで変わりませんでした。
そのうち眠くなったリホは、また夢の世界に旅立ちました。

次に目を醒ましたのはアユミでした。
雨のせいで外は暗く、一瞬夜になってしまったのかと思いましたが、それほどお腹も空いていないので
違うな、と考えを改めます。
どういう寝相でそうなったのか、隣で寝ていたはずのリホが自分の下敷きになるような形で寝ていて、
彼女の背中辺りの毛が、アユミの頭の形にへこんでいます。
そこを毛繕いして元通りに整えてあげてから、音も無く立ち上がってケージから出て、
後ろ足を伸ばして伸びをしました。
続けて今度は前足を伸ばして腕立てポーズ。

よしっ起きた! 心の中で呟くアユミ。
でもっまだ寝てる! リホをケージの外から確認するアユミ。
211 :名無飼育さん :2013/04/29(月) 11:37
もしこのまま雨が止まなければ、リホはずっとここにいるのでしょう。
そうなったら、飼い主がリホの分のご飯を出してくれるのかがちょっと心配です。
アユミは一大決心をして、後で怒られるのを承知で餌の置いてあるキッチンに向かいました。

とはいっても、場所はすぐそこ。
少し歩いてテーブルをくぐると、目の前がキッチンです。
アユミは、キッチン下の扉の向こうに餌が入っているのを知っていました。
金属の取っ手に前足の爪を引っ掛けて、なんとか開けられないかとガリガリ。
でも、扉が揺れる感触はあるものの、力が弱くてなかなか開きません。

「くっそ、このぉ」

イライラして牙を剥き出しにしてしまうアユミ。
何度も繰り返しているうち、無意識に、うな〜ぉ、うな〜ぉと唸っていました。

「ねえねえアユミちゃん、なにしてんの?」

お腹空いたの? と背後から近づいてきたリホに言われるまで、お客さんを起こしてしまった
ことに全く気付いていませんでした。
アユミは気まずくて振り返ることができないまま、

「いえ、爪研ぎですよー……」

と言って誤魔化しました。
212 :名無飼育さん :2013/04/29(月) 11:39
アユミの心配は杞憂に終わり、帰ってきた飼い主はリホのことも快く受け入れてくれました。
突然のことだったので人間用の皿で餌が出てきたことをアユミが詫びながら、
二匹は食餌を終えました。

食べ終えればまた眠くなってきます。
仲良くリビングのソファで眠ろうとしたら、アユミの飼い主がリホに色々と話しかけてきました。
これにはアユミの方がうんざりして、場所を変えよう、とリホを誘い出します。

二階へ上がって、廊下を先導するアユミが時々振り返ると、暗闇にぽうっと白いマズルが浮かび上がるので、
思わず注目しちゃうリホなのでした。

「こっちです。ここなら静かですよ」

そのままついて行って辿り着いたのは、草に似た匂いのする部屋で、これは床にある
“畳”の匂いだ、とアユミが教えてくれます。
リホの家には無い匂いなので、リホはまずあたりをくんくん嗅いで鼻を慣らし、アユミはそれを待って。
その間も、雨音は止みません。
213 :名無飼育さん :2013/04/29(月) 11:41
「雨、まだ降ってますね」
「……え? ごめん、聞いてなかった」
「あ、こっちこそ邪魔してすいません、こんな時間まで猫と一緒にいれるのが嬉しくて」
「うんいいよ、もっと話しようよ」
「雨。雨がね、なかなか止まないなって」
「そーだね。ずっとこのままだったらって思ったら、ちょっと怖いね」
「骨がふにゃふにゃになっちゃうー」
「そうそうそんな感じする。人間は雨でも外に出られるんだよね、すごいよ」
「濡れるの嫌じゃないんですかねー。あ、でも、傘を持って出るからやっぱ嫌なのかな」
「人間って意味わかんないとこあるよね。
 ウチの飼い主、外の雨は嫌みたいなのに、毎日家の中にあったかい雨を降らしてずぶ濡れになって出てくるよ」
「あー、うちもそうですね。ほんと意味わかんない!」
「そんでソファにどーんって座って、しゅわしゅわぽん! ってすんの」
「しゅわしゅわぽん?」
「やらない? 鉄の筒を開けて中の水を美味しそうに飲んでんの。
 しゅわしゅわーって音がする水で、飲んでお腹をぽん! って叩いて笑ってるよ」
「……やらないですねえ。
 うちはよく白い水を飲んだり、たまに赤い実の果物を食べてます。
 で、で! この赤い実がヤバイ美味しさで!
 食べるとシャクシャク音がして面白くって!
 黒い種は食べられるけど味が無いから“ぷっ”て吐き出すんですけど、いつもは吐いたら
 “あーあ”って感じなのに、赤い実の種だと“偉いね”って褒められるんですよ!?」
「何それ!? うけるねー」
「でしょ? あー、また食べたくなってきた。ヤバイ」
「ウチもアユミちゃんの話聞いてたら食べたくなってきた」
「確か、暑い時によく出てきたから、そのくらいになったら食べさせてもらえるかも」
「マジかー。でもそれってまだまだ先な気がする」
214 :名無飼育さん :2013/04/29(月) 11:44
今日はいつも以上にお喋りが楽しいな、とアユミは思います。
リホはリアクションも返してくれるし、別の話題を振ってくれるので、
会話が“弾む”ことを実感できます。
こんなふうにたくさんお喋りができることを、幸せだ、と思いました。
でも……

「あの、多分これから私達は小さな部屋に連れて行かれちゃうんですよ」
「小さな部屋?」
「そうです、下にあったトイレと水のある超小さな部屋です。
 昼間は開けっ放しなんですけど、夜に入れられたら朝になって飼い主が起きるまで
 閉じ込められちゃうんです」
「閉じ込められちゃうの!?」
「はい……黙っててごめんなさい」

夜こそ猫が生きる時間。
ですが、人間にとって、夜は眠る時間です。
アユミがこの家にもらわれてしばらくは、夜に閉じ込められることなく自由を謳歌していました。
家の中を走り回り、また、縦横無尽に飛び回っていました。
それが飼い主の睡眠を妨げてしまったことが原因で、ある日から夜遅くなると猫用のケージに入れられ、
扉に鍵をかけられるようになりました。
今日はそこに一緒に入れられてしまう、アユミはリホに対して申し訳なく思っていたのですが、

「あ、そういうの? それならウチんとこも同じだよ」

リホはあっけらかんとしています。
アユミが驚いてじっとリホを見ると、リホは少し視線を落として

「えっと、白い棒がたくさん立ってる小屋だよね?
 昼間一緒に寝たとこ。
 ウチんとこもあるし、夜はいつもそこで寝てるよ」

と説明します。
アユミは思わず

「……なあんだ!」

と安堵の声をあげてしまいました。
215 :名無飼育さん :2013/04/29(月) 11:47
アユミの言った通り、夜が更けると飼い主がやってきて、二匹はケージの中に入れられてしまいました。

「リホさんのために、明日は起きたらすぐに鍵を開けて!」

飼い主が扉を閉めて鍵をかける瞬間、アユミが叫びますが、果たして伝わっているかどうか。
そして平然としていたリホも、“いつもと違う”と気付き、不安になって
まぉん、まぉーんと二回鳴き声を上げていました。

「あの……狭くてすみませんね。コタツならまだしも」
「ううん、猫だもん狭いのは平気……でもちょっとだけ怖くなって鳴いちゃった」

落ち着きを無くしたリホが足元に敷いてあるタオルの匂いを嗅いだので、アユミは尋ねました。

「おうちとはやっぱり感じが違いますか?」
「それは勿論。
 だけど、アユミちゃんの匂いなんてとっくに慣れたと思ってたのにさ、
 夜だと匂いが違うから、体が近くなって、余計に戸惑ってる……」
「えっ、夜って違うんだ」
「違う違う。あ、じゃあウチもそうなのかなあ」

そんなことを言われると気になって、アユミはおずおずと鼻先をリホの顔に近づけてみます。

「……あー、確かにちょっと違う……」
「こんなのお互い知らなかったよね?」
「うん、知らなかったー」
「夜って不思議だねー」
「不思議ですねー」
216 :名無飼育さん :2013/04/29(月) 11:51
また闇の中にぽっかりと浮かぶアユミのマズルに気付いたリホは、そんな話をしながらも
しっかりと目線を固定しています。
間近だったので、これにはさすがに気付いたアユミ。
チャンスだ、と思いました。

「またマズルを見てますね」
「……あ、バレてた?」
「バレバレですよ。
 でも、リホさんにだって白くてぴかぴかの毛があるから、今度私、じっくり見ちゃおっかなーω」
「えっ」
「ふふふ」
「へ、変だよアユミちゃん。夜だから?」
「何も変じゃないですもん。いつか言おうって待ってただけ!」

そうは言いつつも、ここは完全に自分のテリトリーなので、強気になってるかもしれないな、
とアユミは思いました。

「……さっ! 動けないし、もう寝ちゃいましょう。眠るまで毛繕いしますよ」

先に寝そべったアユミを見下ろしていたリホは、少し間を置いてからゆっくりとアユミの
お腹のラインに背中をくっつけるようにして横になります。

「じゃあ、お願いします」
「任せてください」

それからアユミは丹念にリホの毛繕いを行い、すっかり安心したリホは、気持ちよく眠ることが出来ました。
アユミも、そんなリホの寝息を聞きながらすやすやと眠りました。
217 :名無飼育さん :2013/04/29(月) 11:54
朝になって飼い主がケージを開けると、二匹は一目散に駆け出して餌の皿に向かいました。
リホなどは、まるで以前からこの家に飼われていたかのように一心不乱に食べ続け、
あっという間に皿を空っぽにしてしまいました。
アユミは少し食べるペースが遅く、リホが食べ終えてその場を離れてからも
しばらく食餌を続けていました。

寝て起きたらどうして狭い小屋の中でアユミと寝ていたのか、リホはその理由をすっかり忘れていましたが、
満腹になって急に記憶が甦ってきました。
雨はすっかりあがっていて、窓の外からは太陽が照りつけ、リホの黒目を針のように細くしています。
長い長い散歩は終わり、飼い主の待つ家に戻ることができるようになったのです。

一日帰らなくて心配しているかな。
帰っても怒らないかな。
家に入れてもらえなかったら、どうしよう……

「あー、良かった。もうすっかりいい天気ですね」

外を見ているリホに気付いたアユミが傍にやってきました。
リホが振り返ると、朝陽に照らされたアユミの髭と真っ白なマズルが、
“ぴかぴか”から“キラキラ”に。
今までで一番眩しく輝いてしました。

「朝のアユミちゃん」
「ツッ、なんでしょうか、朝のリホさん」
「昨日からずっと一緒にいれてめっちゃ楽しかった! どうもありがとう!」
「……私こそ! たくさんお話できて嬉しかったです」
「ウチ、これから帰るけど、もし、飼い主が怒って家に入れてくれなかったら……」
「またここに来ればいいじゃないですか」
「イヒヒッ、うん、その時はちゃんとお土産持ってくんね」
「いいんですよ気を遣わなくて。リホさんが私を助けてくれた猫だって、
 うちの飼い主はちゃんとわかってますから」
218 :名無飼育さん :2013/04/29(月) 11:57
と、その時です。
噂の飼い主が二匹のところへやってきて、リホの首輪に手を伸ばし、何か細工をしていきました。

「なに? なに? アユミちゃん?」
「首輪に紙切れをつけていきましたね。おそらく、そちらの飼い主に手紙を書いたんですよ」

それを読んでもらえば怒られないはずです、アユミはまるで自分の手柄のようにドヤァと胸を張っています。

「ほんとに? 怒られない?」
「きっと大丈夫」
「……帰る!」

リホは安心したら急に自分の家が恋しくなったのでしょうか?
突然駆け足で廊下に飛び出していったので、アユミは慌ててその後を追いました。

「お気をつけて!」
「うん、バイバイ!」

そしてすぐに玄関を飛び出るかと思われたリホ。
ところがいったん足を止め、振り返って後ろにいたアユミのマズルに一度額を擦り付けると、
その足でくるっとアユミのまわりを一周してから、猫用ドアへ向かいました。

同じ額で押し上げたドアとリホの体の隙間から外の朝陽が漏れて、
まるでリホが光の世界に吸い込まれていくようでした。
219 :名無飼育さん :2013/04/29(月) 11:59

220 :名無飼育さん :2013/04/29(月) 12:00
柔軟ブラックアウト
221 :名無飼育さん :2013/04/29(月) 12:01
レッスンスタジオの雰囲気がいつもと違っていた。
それはいつも夜になると閉め切っていた窓際のカーテンがすべて開いていたからで、
メンバーはまずそのカーテンを閉めるところから今日のレッスンをスタートさせた。

それから柔軟体操を行う。
石田に足を押さえてもらった鞘師が腹筋を始めると、やはりどうしても正面に来る
後輩の唇ばかり見てしまう。
床から起き上がるとともに自然とズームするので、堂々と凝視することが出来て、
嬉しくて堪らない。
思わず勢いで自分の唇を突き出してしまって、その瞬間両目を瞑って“わざとじゃないですよ”
とアピールしてみたりする。

「危ないアブナイー」

石田は笑いながらも、しっかりと曲げた両足を押さえてくれている。

そんな時だ。
再び唇の細かい皺が見えそうになったその瞬間、鞘師の視界が暗転した。
次いで背後から佐藤のものと思われる甲高い悲鳴が上がり、中途半端に起き上がりつつ
あった鞘師は動揺して、後頭部に添えていた両手を下ろして床につけてしまう。
222 :名無飼育さん :2013/04/29(月) 12:03
「え、なになになになに」

思わず声に出すと、次の瞬間がっしりと両膝を石田の腕に抱え込まれ、
今度はそのことに驚いて息を呑んでしまった。

闇のあちらこちらから声が飛んでくる。
停電? 暗い! 怖い!

そんな中、石田は声を発しなかったが、彼女にしがみつかれた鞘師には膝から震えが
伝わってきていたので、急いで腰を少し浮かせてふくらはぎと裏腿をくっつけ、
石田との距離を縮める。
それから出来る限り腕を伸ばして彼女の背中に手を添えると、
触れたところからも震えを感じた。
それを紛らわすように二、三度優しく叩く。

「亜佑美ちゃんだいじょぶだいじょぶだよ。停電だって」
「て、て、やだもうありえない嘘だ嘘だ」
「嘘じゃない嘘じゃ、わかんないけど多分。今誰かが電気点けに行ってくれてる」

鞘師のこの発言はそれこそ嘘で、というより、そうであってほしいという願望だった。
実際まだ目が暗さに慣れておらず、騒がしい室内の中で何が起こっているのかが
把握できていなかった。
ややあって、停電だから動くな、とスタッフからの指示が飛ぶ。

「ほら。暗いだけ、ただ暗いだけだよ」

声をかけながらひたすら背中を叩き続ける。
鞘師には妹弟がいて、怯える石田とその二人がなんとなくかぶった。
体のどこかにしがみついてくるところなんかそっくりだ。

やがて石田の震えはおさまり、目も慣れてきたので背中から手を離した。
拘束されていた両足は一瞬解かれたが完全には離されず、石田の手でふくらはぎを
包むように掴まれている。
223 :名無飼育さん :2013/04/29(月) 12:04




この暗さと、
この眺めと、
その力加減。



こんな時なのに。
優しく両膝を割られた時の記憶が、一瞬で甦ってきた。
意識がそのまま飛んでしまいそうになる。

運のいいことに、それを引き止めてくれた刺激があった。
スタジオが再び明るさを取り戻したのだ。
助かった。
本当に助かった。

深く息を吐くと、周りからも安堵の溜め息が聞こえてくる。
そして、

「電気点いたよ、亜佑美ちゃん」

と声をかけて顔を上げた年上の後輩は、泣いていた。
224 :名無飼育さん :2013/04/29(月) 12:06
鞘師は咄嗟に、妹をあやすように石田の頭を撫でながら、

「よしよし怖かったねー。
 ウチも亜佑美ちゃんの唇見えなくなって焦った! アッハハハ!」

と、わざと明るく振舞った。
しかし石田は反応してくれない。
撫でた拍子に俯いたまま動かないので、とうとうその頬に指先を伸ばして、
涙を払った。

「もしかして違った? 眩しいの? 目痛い?」
「……すいません」

やっと喋ってくれた、鞘師はまた別の溜め息を漏らす。
石田はそれを悪い意味で取ったらしく、お見苦しいところを、と再び謝られた。

「いや、そんなこと思ってないし!」

パッと手を離して、それを大きく左右に振る鞘師。
そのオーバーリアクションが面白かったのか、それとも急に恥ずかしくなったのか、

「……へへっ、でもお姉ちゃんぶってたのは忘れませんよ?」

石田は濡れた目で口答えをしながら笑っている。

「泣かれたら慰めなきゃ駄目じゃん。長女の性なんだよ」

あと、どうにもその目と紅い唇はエロいです。
そう心の中で呟いて。

これと実際の言葉のギャップを石田が知ったら、一体どんな顔をされるんだろう。
こんなに何でもかんでも結びつけるようじゃ、変態と言われても仕方ないんだろうか……
225 :名無飼育さん :2013/04/29(月) 12:08
停電の原因は、電気系統の不具合。
レッスン前にカーテンが開いていたのも、昼間に一度停電が起きたために、
開けたままにしてあった、とのことだった。

そしてまたレッスンが再開される。
途中だった腹筋からはじめられた。

石田はまだ気持ちの切り替えがうまくいっていないのか、目を伏せて鞘師の足を押さえていた。
鞘師の方はというと、唇は隠れてしまったが、代わりに目の前にあらわれた濡れた睫毛を
改めて間近にした途端強く惹かれてしまい、起き上がる度に凝視しすぎてペースが乱れた。
周りの声も聞こえなくなっていた。
そのせいでカウントが終わったことに全く気付かず、結局三回ほど余計に腹筋を鍛えてしまった。
226 :名無飼育さん :2013/04/29(月) 12:10
>>208-218 朝陽の中の君
>>220-225 柔軟ブラックアウト
227 :名無飼育さん :2013/04/29(月) 12:12
GWということで、二本立てでお送りしました。



レスありがとうございます。

>>206
かなり偏った創作にもかかわらず、お礼をいただき恐縮です。

>>207
髭の付け根に指当てると牙剥きませんか?w
私は香箱組んで胸毛の下に格納された前足をツンツンするのが好きですw





ところで、ポケムーで石田さんの「もしも猫になったら」ネタがあったらしいですね……
スマホなので確認できていませんが、昨晩の石田ブログのノリ*´ω´リといい、
この祭りいつのるか? 今でしょ!
こちらは小説サイトなので晒せませんが、鞘石猫のイメージ絵も描いたりして
勝手に楽しんでいたので、余計浮かれてしまいましたω
228 :名無飼育さん :2013/04/29(月) 12:13

229 :名無飼育さん :2013/05/02(木) 02:25
ネコ続いてた━━━━━━( *´Д`)━━━━━━ !!!!!
二匹(?)がとても寄り添ってる感じがして、暖かい気持ちになりました。
鞘石ネコは表紙画だけですか?もっと欲しいです><
230 :名無飼育さん :2013/05/28(火) 20:29
一五一重
231 :名無飼育さん :2013/05/28(火) 20:30
二人の目の前で、蝋細工の「1」と「4」が、炎の熱でとけてゆく。
この数字は今の鞘師の年齢をあらわしていた。
もうすぐ十五歳になる。

誕生日プレゼントにこのような数字のキャンドルを求められた石田は、正直戸惑った。
ケーキはともかく、消えてしまうものを贈り物にすることに、違和感があった。
だから独断で別のプレゼントも用意して、誕生日前夜の鞘師の部屋に赴いた。

両方を贈られた鞘師はもちろん喜んでくれたが、やはり希望通りの数字キャンドルの方が
嬉しかったらしい。
では早速、と、なんと自前でライターや皿を用意していて、すぐさまそれに火を灯した。

中学生とか高校生だけでライターは駄目なんじゃなかったっけ……

石田が口を挟む余地もなく、部屋の照明も消されてしまい、灯かりはテーブルに置かれた
キャンドルのものだけになってしまう。
彼女はそのテーブルの傍に座り込んで、無表情で小さな二つの炎を見ている。
抗えないものを感じて、石田も向かい側に座り込んで同じように炎を見た。

「……本当にこれで良かったんですか?」

思わず石田が問う。
すると鞘師は、うん、と頷いてから、

「これが良かったんだよ」

と答えた。
232 :名無飼育さん :2013/05/28(火) 20:33
石田は恐る恐る尋ねる。

「……あの、過去を消したい、とかじゃないですよね?」
「そんなまさか。だって別に“15”でも良かったし」
「あ、そうなんだ」
「蝋燭が良かったの」
「そ、そうなん……だ……」

もしかして、この娘、危ない娘?
二年目の付き合いで初めて知る彼女の闇の部分、なのだろうか?

「癒されるねー」

疑念を抱いた直後にこんなことを言われ、石田は冷や汗をかいてしまう。

駄目!
火遊びは駄目だ!

そりゃ自分にだって、夏に花火を自分の手で着火して、ちょっと興奮した憶えはある。
でもその時は屋外でちゃんと保護者がいたし、すぐそばに水を張ったバケツも用意していた。
今とは状況が違う。

「ねえ、やっぱ危ない。消しましょうよ」
「…………」

批難の視線を正面から受けたが、石田は負けない。
二つの数字はすでに上半分がとけていた。

「消すよ?」

そう言って息をふきかけようと唇をすぼめたら、蝋燭でもぷるぷるで綺麗だね、
と、いきなり褒め言葉をもらう。

「もーそんなこと言って。え、まさかそれのため?」
「違うよ。前に言ったと思うけど、部屋の豆電球切れてるから」

それから鞘師は人差し指を立てて天井を示した。
その時、石田の中で閃きが起こる。

「……ああー!」
「似てるの欲しかったんだよ」

なるほど確かに色は同じだ。

「なーんだ、納得っ」

難しい問題が解けた瞬間みたいな表情の石田を見て、鞘師はにんまりと笑っていた。
233 :名無飼育さん :2013/05/28(火) 20:35
それから石田は、大人にやってもらえば、と助言してみたが、案の定めんどくさいと
一蹴されてしまう。
さらに掘り下げてみると、豆電球のことは他の誰にも言っていないらしい。

「でもこの蝋燭もすぐに全部とけちゃいますよ」
「だよねえ、もう寝るかー」
「いやそうじゃなくてっ、電球は替えなきゃ」
「あーうーん、じゃあ梯子買って、亜佑美ちゃんが」
「私!?」
「ウチは今のままで充分だし」

止まらない会話のせいで、間の炎が細かく震えている。

「えーと、ちょ、っと考えとこうかなー。
 あ、そういえば、ご両親にはどんなプレゼントをお願いしたんですか?」
「そう、それ! よくぞ聞いてくれました!」
「え?」

石田の問いを受けた鞘師は急に立ち上がり、たたっと駆け足で壁際の照明スイッチを押す。
明るくなった部屋の隅に行き、そこにあるベッドの上に放っていた自分のアウターやら
ワンピースやらを数着拾い上げ、じゃーん! と一声。
石田が意図を汲めず呆然としていると、鋭い腕さばきでベッドを示しながら

「これです!」

と言った。
234 :名無飼育さん :2013/05/28(火) 20:38
「……え、これ? ベッド? ですか」
「気づかない? おっきいの買ってもらったの!」
「へっ? あ、ああーほんとだ! 言われてみるとサイズが変わってる!」
「……まあ、服とかたくさんあってすぐ気付かなかったかもだけど」
「いやほんとそれでした。相変わらず大雑把だなって」

そんな感想は無視されて。
今度は、ぼんっ、と音がするほど勢いよく腰を下ろして、なぜか得意げに語り始めた。

「てかこの前、ウチ落っこちそうになったじゃん?
 だからめっちゃ頼み込んで、これ!(ぼふぼふ)買ってもらったんだよー」

……そう、石田もその時のことをはっきりと憶えている。
上に覆いかぶさった鞘師が体勢を変えようとして手をついた場所が、ベッドサイドの
直角部分だったために、そのままずるっと滑り落ちそうになったのだ。
それまで小柄な石田が鞘師の役割を担っていたため、こんなアクシデントは起こったことがなかった。
突然急降下して石田にぶつかった鞘師も、受け止めた石田も、二人ともびっくりして
しばらくその体勢でかたまってしまった。
シングルベッドの狭さを痛感させられた出来事だった。

「……また随分思い切りましたね……」

そして、こんな理由で買い換える羽目になってしまったご両親には、
本当に申し訳ないことをしたものだ……
なんだか責任を感じてしまう。

「マジで説得すんのが大変だった。最初柵つけるかって言われたもん」
「あー、それはお父さんたちの気持ちわかるなあ」
「寝相悪くて足ぶつけるから! って言いくるめて」
「それもイメージできちゃうなあ」
「そうでしょ!? でなんとか大きいのを買ってもらえたんだよ! めっちゃ嬉しい!」

興奮して座ったままベッドの上を跳ねる鞘師はとっても“激カワ”で石田のツボなのだが、
いかんせん声が大きい。落ち着かせなければ。
石田は立ち上がり、鞘師の傍へ寄って、偉い偉いと頭を撫でてやる。
すると鞘師はあっさり無言になり、首をすくめて嬉しそうにしていた。
235 :名無飼育さん :2013/05/28(火) 20:41
「……じゃあ、そのご自慢のベッドでおやすみしましょうか」

手を差し出すと、鞘師が持っていた衣服をこちらに渡してくる。
服を片付ける役割なんていつ担ったかな、と思わなくもないが、石田はそれをハンガーに
かけるためクローゼットへ向かう。
その背後で、鞘師がこう言った。

「亜佑美ちゃん亜佑美ちゃん、火ぃ消えてる」
「あら、じゃあまた真っ暗になっちゃうね」
「しかもいつの間にか十五の年が始まってた!」
「えー?」

クローゼットを閉めて壁かけ時計を見たら、その通りだった。

「っ鞘師さん!」

キレ良く振り向いて、

「お誕生日、おめでとうございます」

ぱちぱちとささやかな拍手。

「イヒヒ、ありがとうございます」

鞘師も釣られたのか手を叩いていた。
236 :名無飼育さん :2013/05/28(火) 20:42
それから彼女が続々届く祝福メールの返信やらなにやらを始めたので、
結局二人が床に就いたのは一時近くになってしまう。

鞘師を待っている間、ためしにベッドの上を右から左にゴロゴロ転がってみて、
その広さを実感する石田。
なんだかんだ嬉しくて、両手を広げてみたりもして。
新しいベッドは枕元に棚がついているので、眼鏡を外して置くことも可能だった。

寝転がってからしばらく経ち。
足元の鞘師に、まだかかる? と尋ねると

「あー、あと二人」

と、どこか上の空な答えが返ってくる。

「そっかー」

それを聞いて、またごろんと一回転。

…………

最初は嬉しかった広いベッド。
でも時間が経つと、この広さが心細くなってきてしまう。
石田はついに、座っている鞘師の尻を足でつついてちょっかいをかけた。

「ねー鞘師さぁん、寂しいなー」
「もちょっと待ってって」
「寝ながら打てばいいじゃん」
「それだと指がうまく動かな……あー、わかったよ。いいよいいよ」
237 :名無飼育さん :2013/05/28(火) 20:45
……観念された!
今、あきらかに観念された!

まったくどっちが年上なんだか、だ。
まあでもかろうじて、永遠にこっちが年上だ。

だけどもう邪魔しないようにしよう、我侭を反省した頃に、パチンと音がして部屋の中が真っ暗になる。
今日はカーテンもしっかり閉じられているが、かわりにiPhoneの画面が闇に浮かんでいた。

決まった数の足音がして(ベッドが変わってもそこは一緒だった)、薄い毛布をぺろんと捲くられて。
鞘師は足から入ってきて、素足が少し自分にぶつかる。
もうこの程度で謝られるような関係でもない。

いいものを見た。
目の悪い石田でも、隣でシーツに両肘をついて操作を続けている鞘師の顔とは距離が近くて、
端末のライトに照らされている横顔がはっきりと見える。
肌が青白く端正なラインで、たった今十五の年を迎えたと思うと、その価値が何倍もあるように思えた。
あんまりじっくり見ているから、彼女は目線だけこちらに寄越した。
238 :名無飼育さん :2013/05/28(火) 20:48
「……めっちゃ見てるし」
「うん、ふふ、見てる。今十五歳になったばかりな顔を」
「なんか変わった?」
「さすがに、おっとなー、って感じ?」

すると背中に手をまわされ、ぐいっと抱き寄せられた。
iPhoneから目を離さないところが憎い。
やっぱり大人になりかけているんだ。

「……暑くないですか」
「亜佑美ちゃんこそ暑くない?」
「ぜんぜん平気」
「ウチも。てか、ベッド広くなっても一緒だね。結局くっつきたい」

石田はそれを受けて自分からも腕をまわし、お互いしがみつくように抱き合った。
鞘師はまた観念したらしく、抱き合ったままで無理矢理棚の上に端末を置こうとするから、
ばん、と大きな音が鳴る。

一人分の重なりになったことで、なおさらベッドの広さは無意味になるが、
結局これが落ち着くのだから仕方ない。
このまま朝を迎えたいな、そう思った時だった。
239 :名無飼育さん :2013/05/28(火) 20:55
「……ねえねえ」

くっついた体から伝わる振動と声。

「ん」

石田が短く反応すると、少ししてから鞘師が語りだす。

「今日、……どうしよっか?」

控えめな問いかけだった。

「…………眠いんでしょ?」
「うん……もう落ちる寸ぜん……」
「じゃあ寝よ寝よ、睡眠欲を取ろう」
「でも……でもさ、せっかくこれ買ってさ、そんで……」
「気持ちはわかるけど、最中に寝られたら、お互いにね?」
「……そうだ、そうだよね。ごめん」
「いいんだよ、ぐっすり眠ってほしいし」

これで話が終わるかといえば、そうではなかった。
石田は鞘師に、よりいっそう強く抱きしめられる。
そして、



「でも愛してるよ」



先ほどとは打って変わってしっかりとした声で、生まれて初めてそう言われ、
思わず体が震えた。
まるで蝋燭の炎のように。

この時点で鞘師里保、十五歳と一時間弱。
……あまりにも、成長の早すぎる人。
240 :名無飼育さん :2013/05/28(火) 20:58
>>230-239 一五一重
241 :名無飼育さん :2013/05/28(火) 20:59
鞘誕鞘誕!
りほれりでベッド買い替えを知り、ガッツポーズ。

>>229
レスありがとうございます。
力が及ばずただ二匹の行動を追うだけでしたが、あたたまっていただけたのなら嬉しいです。
それと、あちらの絵は表紙だけです。毛繕いとかスリスリとか描きたいのですが難しい><
242 :名無飼育さん :2013/05/28(火) 21:00

243 :名無飼育さん :2013/06/06(木) 23:15
鞘丸もう15歳なんですね。
グングン大人になっちゃって嬉しいような寂しいような・・・

作中の「火遊びは駄目だ!」が、だーちゃんぽくて好きです。
244 :名無飼育さん :2013/06/18(火) 05:49
さやしすんが大人びてて(*´Д`)キュン
いろんなさやしすんが読めて良いです。
245 :名無飼育さん :2013/07/03(水) 00:10
直前
246 :名無飼育さん :2013/07/03(水) 00:12
亜佑美ちゃんが、里保ちゃんとぶつかった拍子に唇が当たった事件? 事故? のおかげで、
本番は超リラックスして演技出来た! って熱弁してたから、

「じゃあ今日もやっちゃう?」

って挑発したら、本気になっちゃって。
里保ちゃんは里保ちゃんで、たった一言、いいよ、って言っちゃって。

傍で聞いてた共演者の方が、そういう人は他にもいる、外国なんて当たり前だーなんて
後押ししちゃったから、舞台の間だけ、気合入れみたいな感じで直前に亜佑美ちゃんから
里保ちゃんにチュってしちゃうのが恒例になってしまった。
舞台ってちょっと変なスイッチ入っちゃうんだよね……って聖は少し思ったけど、
メンバー同士が仲いいと自分自身が幸せになったような気になるタイプなので、
こんなラッキー二度と無いぞ、自分よくやった! って感じです。

例え舞台の袖でも、私物を持ち込むのは厳禁。ケータイなんてとんでもない。
だから、聖は悶えながらもそんな二人の姿を脳裏に焼き付けようと必死。
スタッフさんとかも最初は囃し立てたりしてたんだけど、だんだん慣れてきたのか、
聖ともども無視されるようになって。

そう、ちょうどそんな、周りの(聖以外の)人の関心が薄れてきた頃だった。
247 :名無飼育さん :2013/07/03(水) 00:19
袖に着いて、聖は台詞を復唱したりして、気持ちを整える。
そしたら里保ちゃんが話しかけてきた。

「ウチ、やっと自信ついてきたっぽい。いつもより背筋伸びてる」
「マジで? すごいじゃん、さすが」

そこへスタッフさんに挨拶を済ませた亜佑美ちゃんがすすっと近寄ってきて、
あ、今日もしますか、って感じで聖はそそくさと後ろに下がる。
別の意味で必死過ぎて、演技より早くこっちのタイミング憶えちゃったよ。

亜佑美ちゃんが見上げたのに気付いて、里保ちゃんが振り返って、二人で向かい合った。
これは来ますね、今日もする気だね。
亜佑美ちゃんが背伸びして、暗がりの中でギリギリ二人だって分かるシルエットがひとつになるんだ。
いやーん!



でもそうはならなかった……!


248 :名無飼育さん :2013/07/03(水) 00:24
今日の里保ちゃんは、亜佑美ちゃんが踵を浮かせる前にサッと腕を伸ばして、
細すぎる腰を抱き寄せてそのまま持ち上げちゃったんだ。

亜佑美ちゃんは、顔が里保ちゃんの顔に並ぶくらいの高さまで浮いたかと思うと、
次の瞬間すとんと着地した。

「……えー! なんでー!?」

さすがに亜佑美ちゃん驚いてる。聖も驚いてるけどびっくりしすぎて声なんか出ない。
それなのに同期の無表情なことと言ったら……読めない、読めないよぉ!
里保ちゃん、どど、どういうことですかっ!?

「混ざる、リップの色が」

……そういうことでしたかっ!

でも、でもさ!
亜佑美ちゃんが両手を合わせて必死に謝ってるけど、何度も見ていた聖は
どうしても言いたかった。

「それならもっと早くに言えばいいじゃーん!」

すると里保ちゃん、今気付いたんだよ、ってボソッと言って。
そして更に

「今までそんだけ緊張してたんだもん。チューだってウチ的に本番だった」

と続けた。

ああ、里保ちゃん、亜佑美ちゃんが伸び伸び演技出来て嬉しそうだったから、
自分を犠牲にしてたんだね……
それとも単に、唇が好き過ぎてってことなのかな……

という訳で、亜佑美ちゃんは責任を感じてこれ以来里保ちゃんにチューを迫らなくなった。
でも、聖は見てしまった。
千穐楽の直前に、亜佑美ちゃんの衣装の裾を引っ張って、

「もうしないの?」

って聞いていた里保ちゃんのことを。
249 :名無飼育さん :2013/07/03(水) 00:28
>>245-248 直前
250 :名無飼育さん :2013/07/03(水) 00:29
今回は、完全に単発として書きました。

はあ……えらいこっちゃ。
事件は現場で起きているんですね……



レス有難うございます。

>>243
ヲタを置いてけぼりにする勢いで成長していってるのが鞘師すんのいい所ですね。
ネガっぽい雰囲気出してるのに、前しか向いてない彼女、好きです。

石田さんは「○○駄目だ!」ならなんでも合いそうですねw

>>244
今後、変態行為を大人びてると勘違いする方向に行ったらすみません!
今一番危惧しているパターンですw
251 :名無飼育さん :2013/07/03(水) 00:30

252 :名無飼育さん :2013/07/06(土) 02:04
漏れ聞こえてきたエピソードもさることながら、
ぜひご覧いただきたい舞台でした。
早くソフト化されますように。

フクちゃん視点楽しいですねw
だーちゃん、ヤシ子の心中はいかに。
253 :名無飼育さん :2013/07/07(日) 17:40
さやしすんの「いいよ」は断った後のフクちゃんの行動パターン(じゃあ聖とするぅ?(喜))を
熟知していてそれを阻止するべくやっとの思いで絞り出した一言だとするとめちゃ可愛い!(*´Д`)キュン
と勝手に解釈しますた すみません

>今一番危惧しているパターンですw

なにその俺得パターン ムハー(*゚∀゚)=3
どっちに転んでも美味しい思いしかしなさそうで嬉しい限りです。
濃い目のメイクをした時のさやしすんはより一層大人びていて美しいですね。
254 :名無飼育さん :2013/07/30(火) 20:56
お面が二人を駄目にする
255 :名無飼育さん :2013/07/30(火) 20:57
鞘師の次に入浴を終えた石田は、ベッドの上に佇む奇妙な生きものを前に、
頭のバスタオルに手を添えた状態でかたまってしまった。

黒い長髪に白塗りのお面にパンイチ。
奇っ怪な生きものはベッドの上に正座していたかと思うと、

「こんばんは、樽美酒鞘師です」

そう言って深々とお辞儀をする。

「……暑くておかしくなっちゃったの?」

石田が恐る恐る問うと、頭を垂れたままだった樽美酒鞘師が突然顔を上げ、
石田はひいっと小さく叫んでしまった。

「そんなこと言わないで! これは弟がくれたの」

パンイチにお面だが、なんとなく縋るような態度でそう言われる。
そして、そこから豹変する気配は無かった。
もしかしたら本人もやっていることに違和感があるのかもしれない。
それで少し気を取り直した石田は、

「……地元帰ってたんでしたっけそういえば。
 いいお姉さんですねー。でもそれ私にやったのは間違いかなあー」

と愛想笑いで対応した。
256 :名無飼育さん :2013/07/30(火) 20:59
昨年のリホックマに続き、鞘師はまた妹弟からお面をプレゼントされたらしい。
が、弟セレクトのそれは、学校で大流行しているエアーバンドのメンバーのメイクを
模したお面だった。

これをつけて踊ってくれとせがまれた姉は、弟のためだ、とフリを知らないのに
我武者羅になって実家で踊り狂ったという。
それはもう家族にバカウケしたので、他の人にも見せたいと思って、勢いで
キャリーバッグにお面を突っ込んで帰って来てしまった。

「よく考えたら、女が披露するにはハードル高すぎた。
 ブラ外す時に“ウチなにやってんだろ”って、我に返ってしまったよ」
「いや、ちゃっかり披露してるししっかり脱いでるし、まだ現実に帰ってきてないよね」
「脱いだままなのは涼しいしめんどいからだよ。ほらこれウチらしいじゃろ?」

未だに素顔を隠しておいて何を誇らしげに、と言いたい。
しかし、それ以上に伝えたい言葉がある。

「ってか、怖いし半端にマトモぶっててドン引き。……百年の恋も冷める」
257 :名無飼育さん :2013/07/30(火) 21:00
そこでようやくお相手は本来の姿に戻る気になったようで、お面を外して乱れた髪を
手櫛で整え始め……と思ったら、その手を素早く胸元に。

「うわこれヤバい! お面がないとめっちゃ恥ずかしくね!?」
「今更だしさっさと服着て!」

頭に来て叱りつけたら、先輩を縮こまらせてしまった。

脱面(?)した鞘師は自分のTシャツを着ながら

「しまった、こっちもタミヤの用意してれば……」

などとブツブツ言っている。
無視して、お面を奪い取って鞄に戻す。
Tシャツから頭を出した鞘師が、やや慌て気味に言う。

「あ、あー戻しちゃった? 写真撮って欲しかったのに」
「ヤですよっ、怖いって言ってんじゃん」
「バッチリ決めて田中さんに送ろうと思ってたんだって」
「……」

石田は再び鞄を開けた。
258 :名無飼育さん :2013/07/30(火) 21:02
卒業した田中は、このお面のメンバーのいるバンドが大好きだ。
用もないのにメールするのは気が引けるので、二人ともしばらく連絡を取っていない。
こういうネタ的なものであればメールも出しやすいし、寒くても後輩の健気な行いを
笑って許してくれるんじゃないだろうか……

とちょっと計算も入れつつ、樽美酒鞘師と、彼女のiPhoneを託されたカメラマン石田は、
熱心に撮影を行った。

まずはピースサインで一枚、それから布団から顔だけ出して

「ギャルメイクのカオナシ」

とか言って石田を笑わせた鞘師だったが、どんどんポーズが大胆になっていき、
Tシャツの襟に指をかけて鎖骨を見せつけてきたり、ベッドから降りて、
理科の授業で習った“フレミングの左手”をなぜか両手で作って、
Tシャツにパンツ一枚で窓枠に足をかけたところで石田に止められた。

「足を広げるのは駄目っ! 窓枠も行儀悪すぎ! NG!」
「あ、スイマセン」

それじゃあ石田的にOKなラインはどこだったかというと、涅槃仏のように
ベッドに右肘をついて横に寝そべった状態でのフレミングスレフトハンド、
なおかつ上半身のみ、が良しとされた。
259 :名無飼育さん :2013/07/30(火) 21:05
「えーこれー? イマイチ物足んなくない?」
「あのね、鞘師さんがどうしても下にもう一枚履いてくんないからー」
「だってぇー、暑いしめんどいんだもぉん」
「それで田中さん激怒したらどうすんのさ、考えてよもう〜」

先輩の口答えが佐藤のそれに似ていたせいで、石田の反論もつい佐藤を相手している時の
ようになってしまう。
お面は恥を忘れさせるのではなく、被った人を幼児化させるみたいだ……

さんざん文句を言われたが、カメラマン石田的には満足のいく出来だった。
怖がっていたのも忘れて、いつのまにやら夢中で撮っていた。
ぐうたらな鞘師が寝っ転がりながら田中にメールを送ったのを見届けたあと、
なんとなく落ち着かなくて、室内をウロウロしながら待っていた。
すると、

「来た!」

鞘師の言う通り、枕元のiPhoneが震えている。
石田は期待と不安の入り交じる中、柔らかいベッドの縁に腰を下ろした。
体を起こした鞘師もそれにならって隣に座り、二人で一つの画面に注目する。



すると案の定、田中からの返信メールが届いており……
260 :名無飼育さん :2013/07/30(火) 21:06



『オ前ラ殺ス』




261 :名無飼育さん :2013/07/30(火) 21:07
恐怖で震え上がって抱き合う二人。

下にフリックするとかなり深いところに、冗談だ、そのバンドの曲タイトルを変えただけだと
書いてあったが、冗談とわかっても、互いにしがみついたまましばらく離れられなかった。






夏の風物詩である、屋台のお面。
実在の人物をモチーフにしている場合は、その後の扱いに充分注意しよう!
262 :名無飼育さん :2013/07/30(火) 21:07
>>254-261 お面が二人を駄目にする
263 :名無飼育さん :2013/07/30(火) 21:09
田中ブログであの曲名がタイトルに使われた時、
それが曲名だと知らなかった私はゾッとしました……



レス有難うございます。

>>252
オススメされている……!
風の噂とDマガ52でお腹いっぱいなのですが……w

単発ネタですので鞘石の心中は現実の二人を御覧くださいw
軍団MVとか息合ってますよねえ。
さすがにリアルで息合わせちゃっただけあるわー(実感)

>>253
詳細な解釈ありがとうございます!
フクちゃん……w

>パターン

ノリ*´ー´リ<今度、お面でやらないか
川c;’∀´)<やりませんっ
264 :名無飼育さん :2013/07/30(火) 21:11

265 :名無飼育さん :2013/08/02(金) 07:36
絵面が楽しすぎますね><

日々強固になっていく信頼関係にホクホクしっぱなしです。
266 :名無飼育さん :2013/08/25(日) 13:45
鞘師のあられもない姿が描写されるなんてッ ちょっと衝撃でしたw

なんかもう二人でいて当然、みたいな空気がいいですね。イチャイチャしてても周りがいらいらしない雰囲気。
267 :名無飼育さん :2013/09/24(火) 22:20
反省しない
268 :名無飼育さん :2013/09/24(火) 22:25
あんなことがあった直後なのに、鞘師の足取りは変わらなかった。
まあ、廊下から駐車場に出るまでの短い距離であったし、みんな疲れていて普段よりゆっくり
歩いているように石田には感じられた。

いろいろ言いたいことがあったので、駐車場に出てから列を少し離れて立ち止まり、
最後に出てくるであろう鞘師を待ち伏せる。
すれ違った譜久村には

「お、お説教ですか」

と冷やかされた。

そして現れた年下の先輩。待ち構えていた石田と目が合うと即座にそれを逸らし、
前を歩く工藤の背中を見るふりをした。
その横へスッと並ぶ石田。

「……まさか、あーゆー形で口の軽さが出るなんてね」
「だから、ごめんって言ってるじゃん……それにさあ」

もし本当に背が伸びたらその商品出してる会社にも利益が……
株だって上がって……

「はいはい全部言い訳。いいわけー。
 伸びなかったらまったく逆のことが言えちゃうでしょ」
「そうだけどさ、そんなこと言ったら元も子もないじゃん。
 亜佑美ちゃんは信じて飲んでるんじゃないの?」
「……そこんとこはぁ……正直……半信半疑で」
「半沢直樹?」

石田は持っていた鞄を鞘師の尻にぶつけた。

「いったーい!」

鞘師は大袈裟に痛がるが、いつものことだし、動じない。
念のためわざと脂肪の多い部分にぶつけてやったのだから。

「とにかく背のことはコンプレックスだって知ってるでしょ、もう言わないで」
「へい……」

よし、言いたいことは言った。
と、本来のペースで歩き出した石田の腕が、後ろから突然引っ張られる。

「ねえねえ、唇のことは?」
「は?」
「唇のことはこれからも言っていいの?」
「……えー、どうしよっかなあ」

この問いかけのせいで、結局また彼女のペースでゆっくり歩くことになってしまった。
269 :名無飼育さん :2013/09/24(火) 22:26
>>267-268 反省しない
270 :名無飼育さん :2013/09/24(火) 22:28
アメスタブラボー
取り急ぎ一番鮮度がいいのを抽出してみました。



レスありがとうございます。

>>265
ちなみにパンツはピンクです。

>>266
ノリ*´ー´リ<な夏だからちょっと開放的になっちゃっただけヤシ
川c ’∀´)<嘘だ!
271 :名無飼育さん :2013/09/24(火) 22:28

272 :名無飼育さん :2013/09/28(土) 23:46
アメスタは良い暴露大会でしたね><
同部屋お泊りの様子はもっと聞きたかったですなぁ

>>270
>ちなみにパンツは(ry
まっしろ子供パ(ryだと思って読んでたのに><
やすしさんはもうすっかり大人のオンナになってしまったのですね(鼻血)
273 :名無飼育さん :2013/10/27(日) 20:30
眠れない夜を漕いで
274 :名無飼育さん :2013/10/27(日) 20:32
ブログの記事をマネージャーにメールで送って、歯を磨こうと思ってベッドから起き上がる。
隣のベッドの佐藤も寝転がってiPhoneを操作しているが、あれはゲームだ。

自前の歯磨きセットを持ってバスルームのドアを開ける。
直前まで自分たちが交代で入浴していたので、湿気が残っていて気持ち悪い。
コップに水を入れたらすぐさま口を濯いで吐き出して、歯ブラシに歯磨き粉をつけて
口に突っ込み、さっさとそこを出てドアを閉める。
ホテルでの歯磨きは、バスルームのドアの外側で、突っ立ってすることにしていた。

「……なんかかゆい」

佐藤が独り言を言って腹を掻いている姿を横目で見つつ歯磨きを済ませ、
再びバスルームに入って洗面台で口を濯いで顔をあげたら、
フックにかけてあるシャワーヘッドに、有り得ないものが引っ掛けてあった。

「おい、まー!」
「あー?」

かったるそうに返事する佐藤に、工藤はそのまま話し続ける。

「何なのこれ、ここにかかってるやつ」
「えー?」

そして、ブツの正体を明かさないことで佐藤を誘き寄せることに成功した。
ところが佐藤は、中を見たと思ったら回れ右して戻ってしまう。

「ちょっと、だからなんなのって」

工藤はそれを追いかけるようにしてバスルームを出た。
自陣のベッドに戻った同期は

「見てわかんねーのかよー」

とひどく投げやりだ。
でも、こっちだって心得ている。
言わせようとしているのは、それなりに悪気があるからだ。
275 :名無飼育さん :2013/10/27(日) 20:34
「わかるって。ハルが言いたいのは、どうしてあそこにパンツ干してんのってこと」
「……洗いたくなったから」
「あ、そう。理由じゃなくてさ、場所のことを聞いてんだけど」
「だって他に無くね?!」
「あるからちゃんと。そこにハンガーとかあんじゃん、あれ使いな」

あのままだと乾かないよ、と付け足すと、やっぱりシャワーヘッドにぶら下げることに
抵抗はあったのか、自主的に動いてくれた。

そして再びベッドに戻った佐藤だが、またも唸りながら腹を掻いている。
工藤も気になって、痒いの、虫刺され? と聞いてみた。

「いや刺されてない。でもムズムズして痒いと思って掻いたら、そーでもない」
「いずいってやつ?」
「それ亜佑美じゃん」
「まさ言わないっけ」
「まさは言わない」

佐藤の服の裾を捲ってみたが、腹には本人が爪でつけた赤い筋が数本あるだけで、
確かに虫刺されではないようだ。
なおも爪を立てそうだった同期の手首を掴んで提案する。

「冷やしてみたら?」

佐藤は少し考えたが、それを拒否した。

「冷えすぎて痛くなるかもしんないじゃん、ヤだ」
「……そうか、じゃあ我慢しな」

せっかく忠告してやったのにな、と思いながら佐藤の手首を解放すると、
掻くのを我慢しているのか掌で腹をバチバチと叩いていた。

工藤が寝ようと思って自分のベッドに潜り込んだ後も、佐藤の奇行は止まらない。
隣のベッドの上で、ばったん、ばったん、と一定のリズムを刻みながらみぎひだりの寝返りを打っていた。
姿勢が崩れていないのか、スプリングが軋む音も正確で。
276 :名無飼育さん :2013/10/27(日) 20:35






ばったんぎっ






ばったんぎっ






ばったんぎっ






ばったんぎっ





277 :名無飼育さん :2013/10/27(日) 20:37
音が聞こえなくなったな、と様子を窺ってみる。
すると佐藤は、真っ暗な部屋の中で、架空の自転車を漕いでいた。
仰向けで両足を天に向かって伸ばし、膝を曲げてペダルを漕ぐようにぐるぐる回していた。

これにはさすがに心配になった。

素足のまま床に降りて、サイドボードの灯りを点けつつ同期の横たわるベッドの縁に腰掛けた。
いっとき足を止めた同期だったが、また必死にサイクリングを始める。
なかなかじっとしていられない自分の弟を見ているようだった。

「まー、ほんと大丈夫?」
「あッッッッッつい!」
「……そりゃそんだけ動いてりゃ暑いだろうよ」
「ちげぇし黙っててもだし!」
「シッ、夜中だ静かにしな」



あーあ、駄々っ子同期にはほんと困ったもんだ。



工藤は薄笑いを浮かべながら振り返り、テーブルの上に置かれたドライヤーを発見すると、
佐藤の裏腿を平手で叩いて立ち上がった。
それから玩具を見つけた子供のように駆け足でドライヤーを取りに行き、
銃を構えるような仕草で起き上がった佐藤にアピールしたのだが、
佐藤は少し顔を上げたと思ったら眉間に皺を寄せてこちらを睨んでいる。
瞬時に苛立った空気を感じたので、悪ふざけをやめて急いで戻った。
278 :名無飼育さん :2013/10/27(日) 20:39
サイドボードのコンセントにドライヤーのプラグを刺す。
手元のスライダースイッチを“COOL”に合わせて、すかさず佐藤の顔にノズルを向けた。

「ぴゃっ」

奇声を発した同期にニヤリと笑い、スイッチを切って横になれと促す。
佐藤はまた工藤を睨みながら、両腕と両足を投げ出して大の字になった。

「んで、どこ」

裾を捲って示されたのは、臍の下辺りだった。
用心して五十センチほど上から冷風を当ててやる。

「どう」
「あーうーん、もうちょい、ちょい」
「ちょいどこなの、この辺?」
「あーいいね、涼しいわー」
「……これ意外と重い」
「落としたら蹴るから」
「っはあー? そういう事言うか」
「ウソウソ、まさが寝るまで頑張って」
「……いつ寝るの?」
「そりゃーいつかでしょ」

生意気なので本当に落としてやろうかと思った。
279 :名無飼育さん :2013/10/27(日) 20:40
鞘師は自らヘアアイロンで髪を巻いていたのだが、工藤が佐藤の奇行のことを喋り始めてから
気もそぞろになって、たまに髪の毛ではなく空気を巻いていた。
強烈な心当たりが、ある。

「そ、それで、優樹ちゃん寝た訳?」
「寝ました寝ました。ハルの読みは正しかった」
「お、おお素晴らしい」

鞘師は棒読みで小さな拍手を後輩に贈る。

「鞘師さんあゆみんみたいっスね」
「えっ、そっかな」
「そういう拍手よく先輩にやってますよ、あの人」
「そうだっけ」
「鞘師さんもやられてる時あるじゃないスか」
「うーん、イヒヒ、そうだったかも」

楽屋でメイクの席が隣同士だった二人。
真後ろの鏡の前では、話題の佐藤と石田がいて、佐藤の髪を石田がセットしてあげていた。

「まあ今回はドライヤーで回避できたけど、今回限りにしてほしいですねああいうのは。
 ヘアスプレーの他にドライヤーまで持つことになったら荷物が」
「フッフフ、でも世話焼きたいんだね、どぅー」
「……いや別に」
280 :名無飼育さん :2013/10/27(日) 20:42




成長してんだ。



加入当初は遊びながら構築できていた佐藤との関係が最近崩れてきて、
以前ならちょっかいのために出していた工藤のその手は、近頃すっかり佐藤を
フォローするための手に変わってきている。
が、同い年の佐藤に同じような変化があるかと言えば、鞘師の目から見ても“ナシ”だな、とわかる。
逆に工藤のことを“世話焼きの小うるさい奴”だと思ってそうだな、と鞘師は思っている。



成長してないんだ。



……でも、この心当たりが正しければ佐藤は……

「……あのねえ、ウチ思うんだけど」
「はい」
「そういうのって、触んないように気を逸らすのが一番いんじゃない?
 ……なんか音楽でも聴いて寝るとか」


281 :名無飼育さん :2013/10/27(日) 20:47
>>273-280 眠れない夜を漕いで
282 :名無飼育さん :2013/10/27(日) 20:48
どぅー誕どぅー誕ー
まー用ヘアスプレーを地方公演にも持ち込む内助の功っぷり、堪りませんです。

>>272
拒否された翌日のことも聞きたかったですね……
川c ’∀´)<パンツ替えてあげなきゃ とか

無いな。
283 :名無飼育さん :2013/10/27(日) 20:48

284 :名無飼育さん :2013/10/27(日) 22:41
二人にはまだまだ子どもでいて欲しいw
285 :名無し飼育さん :2013/10/29(火) 01:03
鞘石のあの夜再来って感じで思わずニヤけてしまいました
286 :名無飼育さん :2013/11/17(日) 23:22
半落ち
287 :名無飼育さん :2013/11/17(日) 23:31
本日、このレッスン室は誰も使用していなかったらしく、室内の空気が冷えきっている。

外からの寒さに比べたら幾分マシではあるものの、石田の両手は骨が剥き出しになっているかのような
気持ちになる程冷たく、また、部屋には一番乗りで入った自分一人しか居ないこともあって、
心情的にもとても切ない。
きっと今なら『津軽海峡・冬景色』を心から熱唱できる。

早く鞘師さん来ないかな、ドアの近くでそう思いながら、祈るように合わせた両手にハアッと息を吹きかけた。
すると、

「おはよー」

先程路上で追い抜いた鞘師が到着し、レッスン室に入ってくる。
288 :名無飼育さん :2013/11/17(日) 23:33
「おはようございます。ねえ、寒くない?」

石田はまずこの切なさに共感を持ってほしいと、先輩鞘師に対して敢えてそんな聞き方をしたのだが、

「うん、めっちゃ寒かったー」

思惑とは違った過去形の答えが返って来る。
やきもきしながら、両手を擦り合わせた。

「手が、手が冷たすぎる!」
「……そんなに? ウチはそうでもない」

こっちの訴えは効果あったようだ。
鞘師が右手を伸ばして石田の左手を掴んできた。

「何これひやい! 亜佑美ちゃん生きてる!?」
「ちょっと! 生きてるし! えーでも、なんで? 鞘師さんどうしてそんな手熱いの?」
「そういやウチずっとポケットに手入れてた。……入れてみる?」

すると石田はうんうん!とキレの良い頷きを返し、鞘師はそれを見て笑いながら、
コートの右ポケットに石田の左手を導いた。
289 :名無飼育さん :2013/11/17(日) 23:35
「……あったけェ!」

感嘆する時、人の本性が露呈する。
温もりを知った石田の右手は、すかさず反対側の左ポケットに襲いかかった。
突然のことに驚く鞘師。

「おぅっ、ちょ、いきなり?」
「おいおい〜ちょっとやだあ〜、どっちもなんでこんなあったかい訳ー?」
「し、知らないよ!」
「カイロとか入ってんじゃないの〜?」
「無い! 無い無い」
「でもなんか入ってるぞぉ〜何だぁ〜これは〜?」
「えっ」

石田が左ポケットから引き抜いた物を見て、鞘師は思わず言葉を詰まらせてしまった。
それは、昨年佐藤に無理矢理プレゼントされた“大玉ミルキー”……そのものではなく、
それ以来こっそり買うようになった通常サイズのミルキーだった。
290 :名無飼育さん :2013/11/17(日) 23:37
「あーミルキーだ! 懐かしいー」
「そ、そうでしょ、へへへ。去年まーちゃんにもらってから地味にずっとハマってんの」
「えー、知らなかったー。私もらってない!」
「亜佑美ちゃん居なかったと思う。
 それにだってなんか、子供こどもしてるって言われるかなーって」
「あー確かに中学生っぽくはないですね。まさならわかるけど!」

同期のことで呆れ笑いしている石田。彼女にとっては懐かしのお菓子だが、
実は、鞘師にとってはまるで意味の違うアイテムだ。
飴の造形が石田の臍に似ていることに気が付いて、そんなことを思いながら食べている。
このことがバレたら、別れの危機であるどころか、もっとひどい目に遭わされるかもしれない。

「……なんて顔してるんですかっ、人の食べ物盗ったりなんてしないって」

だいぶ顔色が悪かったようで、気遣った石田が眩しい笑顔で再びポケットに手を突っ込んできて、
飴を中に戻して手を引く。
形の崩れたコートを直しながら、乳離れせんと駄目じゃのう、と鞘師は思った。
291 :名無飼育さん :2013/11/17(日) 23:39
>>286-290 半落ち
292 :名無飼育さん :2013/11/17(日) 23:41
鞘師さんのポッケなんて、絶対なんか入ってるだろ……と思いました。

>>284
これより先を書くなら私もはぐらかしたいです、今のところ。

>>285
はい、3スレに渡って再来いたしました!
293 :名無飼育さん :2013/11/17(日) 23:42

294 :名無飼育さん :2013/11/18(月) 02:27
だーちゃんブログでポケットエピソードを読んでから妄想と心のハナヂが止まりませんでした><
ありがとうございます><
295 :名無飼育さん :2013/11/18(月) 20:12
エピソードの一歩先を想像する作者さん素敵(*´ω`*)
296 :名無し飼育さん :2013/11/18(月) 20:54
ポッケエピソードキター!
そしてまだ引きずってるんだねミルキーw
297 :名無飼育さん :2013/11/18(月) 20:55
あげてしまいました申し訳ないです
本当にごめんなさい・・・
298 :名無飼育さん :2013/11/20(水) 06:20
ほのぼのポッケからのだーへそw
299 :名無飼育さん :2014/01/07(火) 00:21
PRIDE
300 :名無飼育さん :2014/01/07(火) 00:22
今年のプレゼントは“夜更かし”。
いつも自分に合わせて早い時間に一緒に寝てくれる石田のため、鞘師が考え出したのが
このアイディア。
もちろん他のプレゼントも用意して渡したが、メインはこちらだと鞘師は言った。

最初は石田が寝るまでは起きていると息巻いていたけれど、録画していたドラマを
一緒に観始めてからどんどん口数が少なくなり、石田の左肩も、どんどん重くなり……

ベッドを背もたれにし、床に足を伸ばして並んで座っていた二人だったが、
ドラマより先に夢の世界に引き込まれた鞘師の上半身が石田側に傾いていて、
そろそろ倒れそうだ。

「…………さ」

呼びかけの一文字目で相手が緊張したのがわかった。

「……いや、ない。寝てない」
「いいんですよ? 無理に起きてなくても」

笑いを噛み殺しながら鞘師を気遣う。
左肩が軽くなった。
301 :名無飼育さん :2014/01/07(火) 00:24
「ていうか、ウチは夜通し亜佑美ちゃんと語りたかったのに、ドラマとか」
「えっ、それならそう言ってくれなきゃ」
「……まだまだだね、ウチら」
「えー?」
「パパとママみたいな、言わなくてもわかる関係がさー」
「いやーその道は遠すぎますよー」

だから話をしようよ語ろうよ、と、すっかり目の醒めたらしい鞘師が捲し立てたので、
石田も観念してテレビを消した。

こんなのバラエティで観たことある。
ちょっと関係の悪くなったカップルが、仲を修復するために語り合う様子を、
隠しカメラが撮っていて……みたいなシチュエーションだ。
うちに隠しカメラは無いはずだし、関係だって決して悪くはないはずだけど。

「じゃーまずウチからー。
 ウチはねえ、笑ってくれる人が好き。
 ウチのすること面白がって笑ってくれる人が好きなの」
「おお、なるほど」
「いひ、なるほどって、なにそれ。
 だから亜佑美ちゃんが好きなんだよ?
 唇も好きだけどさ」
302 :名無飼育さん :2014/01/07(火) 00:25
肘で脇腹を小突かれた。照れているんだろうか。
それとも見返りを要求されているんだろうか。
語りの議題も明かされていないのに、なんとまあ勝手なことだ。
でも同じ女子だし、こういうところは自分にだってある。
許してあげる。許してあげるよ。

「そうだなあ〜。
 私はですねえ、鞘師さんの色んな所がどんどん好きになって」
「マジかっ」
「マジで。どれから話したらいいもんやら」
「全部言ってよ!」

急に大きな声で訴えられて驚いてしまう。
でも確かに、今まで具体的なことは言っていなかった。

「ええ〜全部ですかぁ? どうしよっかな〜」
「言わんとちゅーするぞ」
「……それで言ったことになるならいいですよ」
「それズルくね?」
「……ですよね」

仕方無い。いろいろ認めることになるけど仕方無い。
石田はDVDプレイヤーの電源を入れ、再びテレビをつけた。

「なに?」
「その内の一つを説明するから、まあ観ててください」
303 :名無飼育さん :2014/01/07(火) 00:27
再生された映像は鞘師にも観憶えのある、むしろ鞘師自身かなりの時間をこれを観るために
費やしたという代物だ。
ライブの風景をスタッフが撮影したものである。

「チェック用の、だね」
「そう。
 ……私は実はこれを、自分そっちのけであなたばかり“見て”いるんです」

この映像は、主に自分の振る舞いをチェックするためのものだ。
だからと言って他のメンバーを無視して自分ばかり注目するのもいいことではない。
特に、最近売りにしているフォーメーションダンスを踊る上では、周囲とのバランスも重要だ。
よって他人を見るのはそれはそれで正しいこと。
でも石田の場合は、特別な想いがあって鞘師を見ている。

「これだけじゃなくて、他のどんな映像でも。
 時には一緒の振りを無意識にやっている時もあったりして……」

まるで一人のファンみたいですよ、と石田は自嘲気味に言った。

「……ん〜、ひひひ」

引かれると思っていたが、鞘師は喜んでくれたみたいだった。
304 :名無飼育さん :2014/01/07(火) 00:28
「……引きません?」

鞘師は目を細めたまま答える。

「ぜんぜん。ウチだって亜佑美ちゃん見てるもん」

石田はセルフレームからはみ出しそうなくらい目を見開いてしまった。
いやでも、と、すぐさま冷静になる。

「けどそれって、みんな見てるうちの一人なんでしょ〜?」
「どうしてそう言うかなあ。そりゃ最初のうちは全体見るよ当たり前じゃん」
「ほらぁ」

肩で鞘師を軽く突き飛ばして拗ねた。
こんなところで威張るのもなんだが、レベルが違うのだよレベルが。

「だから最初だけだってば」

痛くもないはずの二の腕をさすりながら鞘師は言い、リモコンを取った。
映像を時々停止しながら、細かくて本人にしか伝わらない指摘や感想を次々に述べる。
そして、

「ほら、ちゃんと見てるでしょ?
 これがウチの好きな人なんだぞ、って自慢したいくらいなんだから」
「いや、それはこっちの台詞だし!」

言ったら負けだと胸に秘めていた言葉を鞘師が口にしたので、石田は思わず強く言い返していた。
305 :名無飼育さん :2014/01/07(火) 00:31
褒めたのにキレられたと勘違いした鞘師が、オドオドして上半身を離そうとする。
石田はその離れそうな腕に自分の腕を絡め、強く引き戻す。

「ちゃんと話すから聞いて!」
「わ、わかった聞く聞く」
「あのね、鞘師さんこそ自慢したい、私は!」

駄目な所もあるけれど、ピンチを乗り越える強さや勇気を持っている。
今でもしょっちゅう田中がリタイヤした時のことを思い出す。
自分も自分なりにフォローをしたが、鞘師の重圧はそれ以上だったに違いない。

「でもウチあの時めっちゃ人に頼ったよ。
 歌えなかったら代わりやってって皆に言ったりしたし……」
「でもでも結局はやり通したじゃないですか。
 あの時、ほんと、ほんっとにっ、この人すごい! って」

石田は両足をバタつかせて訴えた。
鞘師はまた慌ててしまい、その足に自分の足を被せて暴走を止める。
お互いに素足だったのだが、相手のそれは驚くほど冷たい。
思わずそのままさすって温めた。

石田は興奮状態でずっと喋り続けている。
語り合おうと言い出したのは鞘師からだったが、感情を爆発させた相手の気迫に気圧されて、
すっかり聞き役になってしまった。
そもそも自分にはあまり自信が無いから、矢継ぎ早に出てくる褒め言葉には閉口するしか無いのだ。
でも、それでいい。
306 :名無飼育さん :2014/01/07(火) 00:35
同級生がよく「語ろうぜー」と気怠く言って、ファミレスに集って長時間駄弁っている。
自分は仕事があるので滅多に輪に入れないのが口惜しく、運良くその語りの場に行くことが
できても、時間に制限があった。
それでも、話すことは勿論聞くこと自体が楽しかった。
皆の思いを知り、共感することで、スーッと心が軽くなったような気分になれたのだ。

石田はいつも何かを我慢しているから、どうにかしてそれを解放できないかと思っていた。
今、感極まってしまった彼女が涙ぐみながら、あなたみたいにダンスを“好き”なら良かった、
と訴えている。
得意なだけでは限界がある。もう見えているから、どうしたらいいのか、と、
今にも涙が零れ落ちそうになっている。

鞘師は満を持してとばかりに、多くの励ましの言葉を石田に贈った。
それらは、もうすでに誰かから言われたことかもしれないけど……
いずれも、いつか自分を頼ってくれたら伝えたかった言葉だった。
そして、そのひとつひとつを言う度に、心の中でもこう言った。



ハッピーバースデー、亜佑美ちゃん。


307 :名無飼育さん :2014/01/07(火) 00:37
泣きじゃくって落ち着いた年上の後輩を抱きしめながら

「誕生日なのに泣かせちゃってごめんなさい。
 ウチ、明日……じゃなくて今日は、なんでもするから」

と謝ると、強い力で押しのけられてしまった。
あの素敵な唇が子供のようにへの字に曲げられている。ああ、これは相当お冠だぞ、と覚悟する。
……しかし、零れた言葉は想像と少し違うものだった。

「えー? ……今日だけですかぁ?」
「……えっ、えっとじゃあ、み、いや、い、一週間くらい……?」

動揺して両手でパーを作って掲げてしまい石田に笑われた。
しかしその笑みもすぐに消え、赤い目のお姫様が鞘師に命令を下す。

「とりあえず、朝起きた時に目が腫れてない方法調べて、今」
「……はいっ! 畏まりました!」

家来はすぐさま床に伏せっていた端末を手に取った。

「……で、当然それ鞘師さんがやってくれるんですよね?」
「もちろんですとも!」

右手でググりながら平伏すると、石田はまた笑った。
308 :名無飼育さん :2014/01/07(火) 00:38
>>299-307 PRIDE
309 :名無飼育さん :2014/01/07(火) 00:40
レスありがとうございます。

>>294
神ポケのあるコート、私も欲しいです><
画像だけでもその正体が見たいものですね……

>>295
妄想候補の中に「実は穴が空いている」があったのは
内緒にしておきます

>>296-297
ノリ ´ー´リ<ウチのせいじゃない…ウチのせいじゃ…ブツブツ
川c ’∀´)<リロードしたら消えたように見えて驚いたみたいですよw

>>298
だーへそは 忘れた頃に やってくる
310 :名無飼育さん :2014/01/07(火) 00:41

311 :名無飼育さん :2014/01/16(木) 02:05
久しぶりの更新嬉しかったです。
312 :名無飼育さん :2014/01/18(土) 00:06
この二人いいな…なんか凄くいいな…
年下先輩年上後輩リスペクトし合う二人が素敵です
好きってこういうことですよね

だーちゃんおたおめ

そして、今年もどうぞよろしくお願いします。
素敵なお話をいっぱいください><
313 :名無飼育さん :2014/03/24(月) 23:19
NOT BUSINESS
314 :名無飼育さん :2014/03/24(月) 23:21
小田は拡声器だった。本人の琴線に触れた出来事はどんなことでも周囲に拡散しまくる。

「聞いてくださいよー、譜久村さん」
「お、どうしたどうした」
「ていうか聞いてました?」
「えーと、いつの話?」
「さっきのMC」
「あ、ごめん。聖着替えで聞いてないや」

そう答えながら譜久村は楽屋の清掃チェックをしていた。
メンバーが放置していったゴミなどがないかを確認しているのである。
小田はそんな譜久村を手伝いつつ声をかけたのだった。

「鞘師さんと石田さんはお互いの唇が好きらしいですよ」
「えっなにそれ、そんなこと話したの!?」
「そう、話してしまったんですよ……しかもステージ上で」
「ええー、里保ちゃんはともかく亜佑美ちゃん……なんてことだ……」
「譜久村さんチャンスじゃないですか?
 ビジネスPONPONとか言われてたのをやり返す」
「……小田ちゃんはさ、揉め事好きでしょう」
「いやそんなそんな」

そう言って顔の前で手を横に振るのだが、

「でも悔しくないですかー?」
「や、悔しいってかさあ……決め付けが嫌だったんであって……」

こちらが煮え切らない様子だったのを見た小田は、そうですか、
と言ってさっさと楽屋を出て行ってしまった。
……どうするつもりなんだろうか?
315 :名無飼育さん :2014/03/24(月) 23:25
小田は多分、鞘師と石田のやり取りこそビジネスじゃないか!
と自分にけしかけて欲しかったんだろう。

でもそれはちょっと難しい。
なぜなら自分は>>188-191>>245-248を見ていた。
そして>>268のことを鞘師から聞いたりしていた。
(ちなみに、「里保ちゃんそれってやっぱ口が軽いって言われちゃうよ」と忠告したら、
 亜佑美ちゃんには絶対言わないで! と慌てていた。“反省しない”んだな、と思った)

だから、実は二人は結構“濃〜い”関係ではないのか?
と思っているのだ。

無意識に小首を傾げながら楽屋を出ると、

「唇が好き同士って凄くないですか〜」

傾いた首がシャキッと伸びるような言葉が耳に飛び込んでくる。
小田だ。小田の奴が歌うように石田に話しかけていた。
一気に冷や汗が出て、ドアノブを持ったまま動きを止めてしまった。
石田はというと、声をかけた小田に振り返ったばかりできょとんとしている。

「本番前に相談しました? 鞘師さんと」
「え? いや、別にしてないけど」
「マジでか! ビジネス的なあれじゃないんですか。奇跡!?」

この後輩は怖いもの知らずなのか? 好奇心が抑えられないのか?
いやそんな疑問を抱いている場合じゃない!

「はいはい、もうここ出るよ! ほら話してないで行け行けー」

譜久村はバッグを持ったまま両腕を広げ、二人の背後から迫るように大股で歩いて行く。
石田と小田はそれを見てちょっと怖かったのかもしれない。
否、実際に怖い怖いと小声で囁き合いながら、きゅっと中心に寄り添って急ぎ足になった。
怖いと言われたサブリーダーの心にはちょっと傷ができた。

フォローのつもりだったのに……
偉くなるってこういうことか。
316 :名無飼育さん :2014/03/24(月) 23:28
「別に譜久村さんもビジネスって訳じゃないですよね?」

ちょっと悲しんでいる間に小田と石田の間では会話が続いていたらしい。
急に振り返った石田に苦笑いでそう言われて、一体何のことかと思ったが、
四歩分考えてやっと答えられた。

「えりぽんとは普通に仲良しだよ」
「ね? 小田ちゃんだってまーちゃんと仲いいじゃん」
「いや唇限定でってなんか神秘的というか。普通出てこないじゃないですか」
「神秘的!?」

とオウム返しの石田。

「お、小田ちゃんってさ!
 物事を、こう、大袈裟に受け取るのが得意なんだねっ」

そして笑いながらそう言って、小田の肩を叩いた。
そうか、揉め事好きじゃなくてそういうことか、と譜久村は妙に納得した。

それから件の同期について、考える。
317 :名無飼育さん :2014/03/24(月) 23:30
里保ちゃんは部分部分が特別好きになるタイプなんだもんね。
だからずっと亜佑美ちゃんの唇が好き好きって言ってて……

亜佑美ちゃんはあんまり言われてるからそれに折れたのかな? って思ってたけど、
結構真面目に里保ちゃんのことを褒め……てか口説いてる感じだったり、
喋ってる時は里保ちゃんの顔をじっと見て相槌打ってたり、
事故チューの後それが習慣になっちゃったり、
えりぽんが里保ちゃんの奥さんみたーい(>>183)とか言っても否定しなかったし、
だから、

「さくらちゃん、限定じゃない」
「えっ」
「亜佑美ちゃんは里保ちゃんのこと唇限定じゃない。聖断言できる」

いつもは自分に自信無いけど、これははっきり言い切れた。

「ちょ、ちょっと譜久村さんっ」

亜佑美ちゃん慌てたってもう遅いよ。
こっちは色々見てるんだ!(キラーン)
318 :名無飼育さん :2014/03/24(月) 23:34
「で、で、どこがお好きなんですか」
「っはぁ〜!?」
「ドアが開いたら里保ちゃんがいるかもしれないから答えるんだ。早く!」

小田と譜久村は石田の両サイドに立ち、石田を問い詰める。
それでも駐車場出入口のドアが近く迫っていた。

やがて、

「てかなんで私だけ答えなきゃなんない訳!?
 そもそもそうなった意味まったく分かんないしこんな誰が聞いてるかわかんないような所d」

石田の口答えが長すぎてドアの前に着いてしまった。
譜久村が、あー、と落胆する。

「着いちゃったじゃないか。仕方無いお預けにしよう、さくらちゃん」
「あー、しょうがないですね」

小田がドアを開けると、すぐ側に横付けされていた車から、耳をつんざくようなエンジン音が
三人に襲いかかってきた。
石田はその瞬間口を開き、二言三言発する。
後輩は意図に気付いて批難するように石田を指差した。
譜久村も文句を言ったが、全てエンジン音にかき消されてしまう。

すかさず仔猫のようにするりとドアを通り抜け、ジャンボタクシーに乗り込む石田。
追うように小田と譜久村。
他のメンバーはすでに車内におり、石田は飯窪の隣の空席に座ると、

「へへへっ、もう言ったもんねー」

と得意気にしていた。
319 :名無飼育さん :2014/03/24(月) 23:36
>>313-318 NOT BUSINESS
320 :名無飼育さん :2014/03/24(月) 23:43
レスありがとうございます。

>>311
更にお久しぶりです。
最近の鞘石は安定して仲良しなので妄想の余地があまり無くてですね……
非常に喜ばしいことですが!

>>312
敬意ですよねーやっぱり。
鞘石の現実が眩しすぎてディスプレイを直視できず、なかなか筆が進みませんが
今年もよろしくお願いします><
321 :名無飼育さん :2014/03/25(火) 08:05
小田の奴が歌うようにw
逃げるな。イシダ
322 :名無飼育さん :2014/03/26(水) 23:42
フクちゃん名場面に立ち会いすぎw
これじゃ“恋仲”だって気づかれちゃいますよねぇ。
またフクちゃん視点のレポートをお願いします。
てか、フクちゃんになって現場に立ち会いたいです><
323 :名無飼育さん :2014/04/06(日) 12:40
同期カード
324 :名無飼育さん :2014/04/06(日) 12:46
かねてより似たもの同士の気配を感じていた道重は、自分と石田との間に、
また新たな共通点を見つけた。
鞘師を撮影することに対する情熱、という共通点を。

方法を取ると間逆なのだが、自分は基本的に、連写アプリを使って一瞬でも
逃さないように一度に大量の写真を撮る。
一方石田は“この一枚”に魂を込めて、非常にクォリティの高いものを撮る。
よっぽど自信があったのか、石田は先輩相手にも関わらず強気に出て、
この前とうとう鞘師に“公認”されたそうだ……
なんて羨ましいんだろう。

更に先輩な上にリーダーという大前提があると、連写画像で○○GBもあるフォルダを
見せつけてゴリ押しした所で、せっかく懐いてくれていた現状を容易く破壊しかねない。
クラッシュするのはキャンディまでにしておきたい。

そんな時、

「フクちゃん撮って!」

愛しの後輩の弾んだ声が聞こえて、道重はiPhoneに落としていた視線をあげた。
譜久村の背中越しに鞘師がポージングしているようで、

「え、急だなあ里保ちゃんはーカメラ起動してないよ〜」

などとのたまいながらサブが端末に指を滑らせているのを、道重はイライラしながら見ていた。
カメラは常に起動しとくもんでしょ、と言いたかったし、やはり鞘師本人から
「撮って欲しい」と要求される同期が最強なのか、と強い嫉妬もおぼえた。

椅子に座っているので、急に立ち上がって盗撮するのも気が引けて、視線を反らす。
すると、同じく椅子に座っていた石田が、譜久村と鞘師の様子を、
無表情ながら強い瞳でじっと見ているのが目に入る。
きっと自分も同じ顔をしているんだろうな、と道重は思った。
325 :名無飼育さん :2014/04/06(日) 12:48
>>323-324 同期カード
326 :名無飼育さん :2014/04/06(日) 12:49
昨日のブログ、鞘師画像に関する三つ巴がとっても面白かったので、自分なりに。

レスありがとうございます。

>>321
川c;’∀´)<逃げてないし!

>>322
フクちゃんは自分がどれだけ恵まれているかわかってるんでしょうかね!
はっきりしてませんが、石田カメラマン公認の現場にもいそうだなあー
なにげに同期全員から矢印もらってますよね、あのお嬢様。
327 :名無飼育さん :2014/04/18(金) 09:30
誕生日のブログは楽しいですよね。
鞘師については、それぞれが「私の方が知ってる」アピールが強かった気が・・・

最近だーちゃんに撮られてるヤシ子が可愛くて仕様が無いです。
328 :名無飼育さん :2014/05/28(水) 20:20
新幹線県車両市
329 :名無飼育さん :2014/05/28(水) 20:22
外の明るさに興奮していた鞘師がいつの間にか静かになったので、石田は隣席の様子を窺ってみた。
どうやら年下の先輩は窓の外を眺めて黄昏れている様子。

「いい景色ですねー」
「うん。住んだこともないのに懐かしい」
「ああ、わかるわかる」
「あそうだ、こないださー」
「はい」
「九州のめっちゃ豪華な鉄道のテレビやってたの、観た?」
「あー……すいませんちょっと観てないかな〜」
「えーなんでー? もう、もうめっっっちゃ、めっちゃヤバかったよ!?
 ほんとすごいヤバくて、ホテルみたいなの内装が!
 シャワーあったりピアノあったり!」

わお、シジミ全開。
じゃなくて、こう、なんかこういうの、前にも見たな。なんだったっけな。

思い出した。子供の頃、玩具のロボットを欲しがった兄が、こうして“いかに良い物か”を興奮しながら
語っていて、親に拒絶されて“なんで”を繰り返して泣いていたのだ。
当時も今の石田も相手の話にはさほど興味をそそられない。ロボットよりはぬいぐるみが好きだったし、
電車は主に移動するためのものだからだ。
けれど、好きなことを語る兄や鞘師の顔を見るのは好きだし、勢いづいて自分に熱く訴える
かわいいシジミ目の奥がキラキラしているのに気付いたら、同調して自分も楽しくなってくる。
330 :名無飼育さん :2014/05/28(水) 20:25
「ベッドあるんだ。電車でゴロゴロできるのはヤバい! 確かに。
 今とか明るいから無理だけど、やっぱ帰りは横になりたい時あるし」
「更にヤバいのは寝てる自分が一秒後にはそこにいないってことだよ!
 ゴロゴロだらだらしている鞘師はなんとか県なんとか市なんたら町には確かに存在していたはずなのに、
 瞬きをすればもういなくなってるんだよ。つまりそこに住んでいる人にとってゴロだら鞘師は実在の人物ではn」

石田はどうしても我慢できず、話の途中で噴き出してしまった。

「ねえ、ねえそれって寝るのも起きてるのも関係なくないですかっ」
「イヒ、確かにそれはそうだ」
「実は途中で変だなって気付いてたでしょ」
「まあ、まあまあそんなこともありますよ」

恥ずかしいんだろう、また窓の方に目をやった。
夜なら窓に反射してそんな照れたかわいい顔も映っていたのに。
今この時だけ、やや赤みがかった外の明るさが残念だ。

「けどさー」
「ん?」
「やっぱプレミア感でしょ」
「ですねー」

“認識あらためなう−”
頭の中で、おどけた自分が佐藤の真似をして叫んでいる。
331 :名無飼育さん :2014/05/28(水) 20:26
口に出して情景を想像してみたらとても魅力的だったのだ。移動にときめきを求めるなんてこと、
有り得ないと思っていたから、いい意味でショックだった。
ベッドに寝ながら目的地に近づくことができるなんて、一石二鳥にも程がある。
鞘師曰く、人気がありすぎて倍率がすごいことになっているらしい。

「いいなあ〜。なんか聞いてたら憧れちゃいますよね。プレミア感じたいなー。
 てか、てか乗り物はなんでもいいから知らないとこに、プライベートでびゅーんって!」

どんどんどんどん、欲が出てきた。
あんまり無かった欲が出てきた。

鞘師とどこかに行きたい。
景色を見て浸るタイプなところが自分とよく似てるから、その気持ちを共有したい。
例えば彼女が黄昏れているこの風景の中に、





……今すぐ身を投じたい!




332 :名無飼育さん :2014/05/28(水) 20:35
瞬時に衝動が湧き起こり、石田は隣の鞘師の腕を掴みながら窓の方に身を乗り出す。
二人の顔は勢い良くガラス面に接近した。

「なになになに!?」
「あっ、いやあ、一緒に見たいと思って?」
「めっちゃ勢いあったよ今!」
「へへっ、すいませーん」

笑って誤魔化したものの、衝動は発散できていなかった。
窓ガラスなんて叩き割ってしまいたかった。逃げたい。台本なんて破り捨てたい。
まだこんなに明るいんだから遊びに行きたい。あ、あれ学校じゃね? 公園もあるんだろうな。
天気いいし水遊びしたーい。綺麗な虹が見たい!

「ねえ、ちょ、ちょっと近すぎない?」
「!」

鞘師に言われて、大袈裟でも何でもなしにガラスとキスしそうになっていることに気付いた。
そして先輩の腕は掴んだままなので、彼女はずっと窓に向かって上半身を捻ったまま、ということになる。
自分なんかはほとんど座席から立ち上がって通路に尻を向けている状態だが、そんなことはどうでもいい。
無礼をはたらいてしまったことに気付けなかった。大失態だ。

「スイマセンホント……」

相手に聞こえるかどうかの小さな声でそう言って、窓から目を離せないまま、そっと腕から手を離す。
姿勢を変える衣擦れの音が左耳に届く。
気まずくて硬直していると、左側の髪のカーテンを鞘師の指で引かれて、隠れていた表情を見られてしまう。

「夕陽に当たるとぜんぜん違う人みたいだね」

どういう意味なんだろう。気を利かせてくれたのか率直な感想なのかいまいちわからなかった。
疑問はともかく、頬にもらったキスには絶大な効果があって。

「……何年経ってもほんとキザ」

石田は悪態を吐けた。
333 :名無飼育さん :2014/05/28(水) 20:38
……のだが、

「コラーッ!」

笑いながら自分の尻を叩きに来た同期の佐藤のせいで、また恥ずかしい思いをした。
座席を立っていた自分が悪いし、周りの目があるのでさっさと逃げた佐藤を追いかけて怒ることもできない。
というか、実は同じ列の反対側の席だったので、振り返ったらすでに座っていた。
隣の工藤も笑っている。
顔を真っ赤にして自席に着席したら全身から汗が噴き出てきた。ライブの後とは全く違った質の汗を。
……キスされたのも見られたかもしれない。

一方鞘師も佐藤の登場から顔を真っ赤にしていた。
こちらは必死に笑いを堪えているように見えた。口元を抑えている。

どう考えてもこの状況から一発大逆転はできない。
そう思って、石田は紅い顔を手で扇ぎながら台本を探して読み始めた。
皮肉なことだ。この現実から逃げおおせる方法が、さっきまで破り捨てたいとまで思った
舞台の台本を覚えることしかなかったのだから。
……しかし、この先にある“他人を演じること”は、よく考えたら究極の現実逃避じゃないだろうか。
334 :名無飼育さん :2014/05/28(水) 20:40
文字を目で追っているうちに冷静になってくる。
このままだと終点まで没頭できそうではあった。しかし、失態の弁明をしておきたかった。
自分はまだ相手の目を見てちゃんと謝っていない。

台本から顔を上げて隣を見ると、年下の先輩はまた黄昏れている。
余裕だな、と少しムッとしたがそれはひとまず置いておこう。

「鞘師さん」

何も言わずにこちらを向いた。気のせいか憂いのあるシジミ目。

「さっきのは忘れてください。あれは私じゃない。私であって私じゃないです」
「またどうしたの急に」
「さっきの鞘師さんじゃないけど、新幹線県、車両市、だけに現れる人格というか」
「し、しん? ……なんだって?」
「……」
「……」
「……鞘師さんが言ったのにっ、なんかスベったんですけど!」
「あっ? ああ! OKおーけー」
「ちゃんと理解してよもう。発言に責任持って!」
「してるしてる、降りたら忘れるから」
「頼みますよほんと」

結局、謝らなかった。
悪い奴だ、自分は。
335 :名無飼育さん :2014/05/28(水) 20:40
>>328-334 新幹線県車両市
336 :名無飼育さん :2014/05/28(水) 20:41
誕生日らしからぬものになってしまいましたが。

>>327
レスありがとうございます。
石田カメラマンは本当に鞘師すんを撮るのが上手いですね。
なんか、撮る時相当おだてているんだろうか? とw
撮ってるシーンを映像で観てみたいですね!
337 :名無飼育さん :2014/05/28(水) 21:45
更新キタ━━━━━━━ノリ*´3´リ*’∀´)━━━━━━━ !!!!
待ってましたよっ(*´Д`)ウフフ
作者さんの独特の感性が好きですー。
これからも、たまにでもいいので鞘石を書き続けてくれると、とても嬉しいです。
338 :名無飼育さん :2014/05/29(木) 20:11
一人でわたわたしてる石田さんは見てるだけで楽しそうだw
特別感はなくてもこの日常感がとてもいいです
339 :名無飼育さん :2014/06/12(木) 23:11
Drinker
340 :名無飼育さん :2014/06/12(木) 23:12
工藤の目の前に、突然一つの瓶が差し出された。

「……なにこれ」
「あげるから、一緒に飲も」

佐藤が出してきたそれは、今日の差し入れの中からホテルに持ち帰ってきた栄養ドリンク。
ニ本あるうちの一本を、工藤に渡してきたのである。

「ハルはまだ十五歳になってないんだけど」
「知ってる。今年なるんだから別にいいって」

ツンとしているが、佐藤は多分不安なんだろう。
アルコールみたいに年齢制限の設けてあるこの飲み物のことが、怖いけど興味があって。
自分を道連れにしようとしているのだ。

工藤は心の中でそう結論づけると、鼻で笑いながら

「しょうがないな、付き合ってやるか」

と答えて瓶を受け取った。
341 :名無飼育さん :2014/06/12(木) 23:16
二人同時にドリンクをまず一口飲んで、それからそれぞれのペースで飲み干した。
工藤にとっては嫌な味で、

「うぇ、マッズ」

舌を出して訴えるが、佐藤は平気そうにしている。

「まさ意外とフツーだわ」
「いやフツーじゃないだろー。やっぱハルにはまだ早かったんだ。
 ……あ゛ー!
 ねえどうしてくれんの? 十五歳マサキサマは」
「別に。どぅーがちゃんと断らないのが悪い」

なおも平然としている同期に少しムカついて瓶を確認してみたが、やっぱり二人とも同じ物を飲んでいる。
歳のせいではなくて、好き嫌いのせいだろうか。
工藤の口内にはまだ不快な味が残っていたので、冷蔵庫からミネラルウォーターを出して少し飲んだ。

それ以外は体調に変化があらわれないようなので、工藤は例によってブログの更新のため
記事の作成に取り掛かった。
ベッドに寝転がってiPhoneとにらめっこしつつ集中し始め、ふと気が付くと体が熱い。
室温のせいではなく、体温の急上昇であることがすぐにわかった。
一番熱いのが今ドリンクを消化しているはずの胃のあたりだったからだ。
342 :名無飼育さん :2014/06/12(木) 23:18
「ねーなんか、熱くなってきた」
「そう! まさもそう思っ、ブヒャヒャヒャ!」

同期が隣のベッドからこっちを指さして笑っている。
すぐに顔色のことだとわかった。

「熱いんだから、顔紅くなるのはしょーがないんだよ!」
「どぅーマジヤッベー! 首の下まで紅……え、待ってよ、どこまで紅いのさ」

相変わらずうちの同期は笑顔と真顔の落差がすごい。
それはともかく、自分の顔が紅くなりやすいのはいつものことなのだが、
今回は顔だけでなく首から下まで紅いらしくて、相手に心配をかけているみたいだ。
工藤は努めてゆっくり起き上がり、Tシャツの襟首を摘んで中を覗きこんで、
首から下を確認してみる。

「……ま、いつもこんなもんだ」

嘘である。
見てみたはいいもの、今までこんなところをまじまじと確認してみたことなんてない。
そんなことをしている間に、佐藤がこっちのベッドに来て縁に座っていた。
しかも工藤のTシャツの裾を捲り上げて、下から覗きこもうとしている。

「やめて伸びる。そこからじゃ見えないって」
「お腹は白いままかー」
「……」

改めてそんな風に言われると、それはそれで恥ずかしいものだ。
無自覚に赤面コンボを決めないで欲しい。全く。
343 :名無飼育さん :2014/06/12(木) 23:19
「……あー、暑い」

時間の問題だと思っていたが、案の定額から汗が噴き出てくる。
手で扇いでいると、佐藤も扇いで助けてくれる。

「ありがと。……まーは特に変化なし?」
「いや、なんか、めっちゃ喉渇いてる」

そう言って自分の首を手でおさえているその姿が、美術の彫刻みたいだった。

「なんか飲みな」
「うん。あ、どぅーがさっき飲んでたのもらっていい?」
「なんでよ、自分の飲みなよ」
「……それがさあ〜なんかさあ〜」

佐藤は首を持ったままくねくねしだして、何だキモいなと思って見ていると、
急にピタッと動きを止め(しつこいが首は持ったままだ)、

「まさ……さっき」

……なんだと言うんだろう。

「どぅーの汗を飲んでしまった」
344 :名無飼育さん :2014/06/12(木) 23:22
ッピャー!!

超音波みたいな叫び声と同時に自分に抱きついてくる同期。
どれに驚いていいのか混乱する工藤。
その間にも上半身は興奮状態の佐藤に強く揺さぶられていて、視界がぶれにぶれまくる。

「待て待て、待って止まって!」
「もぉ〜まーちゃんヤバ過ぎるわ! ヘンタイになった!」
「お願いだからわかるように説明して、別にくっついててもいいから」

でも揺すらないように!
と、佐藤の手に再び力が入ったのを感じた所で釘を刺した。
念のため額の汗を前髪で隠して話を聞く。

「さっき、ステージで」
「うん」
「どぅーの汗がまーの口の中に入って、まーちゃんビックリして!」
「あ、それは悪かった。髪がショートだからよく飛ぶんだよねゴメン」
「違うの! まさその時疲れて疲れすぎてて気絶しそうだったから、
 あの瞬間パーンッ! て目の前明るくなってさ! あれ絶対汗のおかげだって」
「……」

……これって褒められているのだろうか?
同期は再び興奮しだして、工藤のTシャツの襟を引っ張った。
その手を握って抑止すると、また佐藤が独演会を始める。

「思って、ライブ終わってすぐにどぅーの水もちょっと飲んでみた」
345 :名無飼育さん :2014/06/12(木) 23:25
舞台裏にはメンバーの名前を書いたペットボトルの水が用意されていて、
各々が自分のタイミングで水分補給をしている。
佐藤は今日、工藤のいない隙を狙ってその水を少しいただいたらしい。

「なんか、なんかめっちゃホッとして……でもやっぱこれヤバくねー? って思って」
「全然気付かなかった……なんてことしてくれてんの」

盗み飲みとかそんなのどうでも良くなるくらい、その“目的”がヤバ過ぎる。
もうこのドキドキが熱いせいなのか、相方の奇行のせいなのか判別不能だ。

「だから、だからあの瓶のやつ、お礼と“ごめんね”のつもりだったんだよ!?
 どぅーがいつもバテバテなの見ててスタッフさんとかが“飲ませていあげたいけどなー”って、
 “けどまだなー”っていっつも言ってんじゃん。だからまさがもらってきた」
「二本持ってきたのは、自分も興味あったんじゃなくて?」
「違うし! どぅー一人じゃ飲まないと思って!」

握っていた手ごと振り下ろされ、どん、と肋骨あたりを殴られた。痛い。
おかげでドキドキは止んだれど、これじゃ違う意味の“痛み止め”だ。

「ゴホッ、
 あ、あんただって疲れてたんでしょうが。意地張らないでください」
「……ちょっとだけだし」

でも、ステージ上で気絶しかけたんだろう……
工藤はその時のことを慮り、同情して佐藤の頭を二、三度撫でてやる。

「まーちゃん、おつかれさん」

そして少し申し訳なくなる。気付いてやれなかったことに。
……汗は気付いて飛んでいったらしいが。

「あーそんで? ハルの汗で元気になった自分はヘンタイだって?」
「そう、それ」
「別にそんなことないんじゃね? 偶然でびっくりしたからだしさ」
「バカ違う、もっと続いてんじゃんこの話」
「バカ言うな、続きなんて聞いてな……」

あ、と思わず声が出た。
346 :名無飼育さん :2014/06/12(木) 23:29




『どぅーがさっき飲んでたのもらっていい?』



その瞬間、思いきり高笑いする工藤。
いつも口喧嘩する仲ではあったが最後は有耶無耶になって、はっきり勝ち負けを意識するような
結末を迎えたことは数えるほどしかない。
でも、今回は完全にこちらの勝ちだった。
勝利に酔いしれた工藤は、逃げ出さないように腰をがっちりと掴んでから佐藤の耳元で囁く。

「ヘ・ン・タ・イ」
「や〜だ〜っ!!」

両耳を塞いでわーわー言っている同期を見下ろすのはなかなか気分が良かった。

「あーところで、そろそろ顔の紅みは引いたかな。
 仕方ないから哀れな同期につ・い・で・に、水を取ってきてやろう」

同期が耳を塞いだまま蹲ってしまったので、工藤はわざとらしく独り言を言いながら
立ち上がって冷蔵庫まで水を取りに行く。
一応鏡も見ておいた。
だいぶ元通りの顔色になっていた。
347 :名無飼育さん :2014/06/12(木) 23:31
飲みかけのペットボトル……
本当にこれがいいのか少し躊躇ったが嘘を吐いているようには見えないし、“従う”か。

「ほれ。てか喉渇いてたんだっけ大丈夫?」
「……」

ダンゴムシのようだった佐藤が、耳から手を離しながらゆっくりこちらを見上げた。
睨まれると少し怖いけれど、この顔は好きだ。
同じ表情が作れたらいいのに。

「早く飲みな」

ペットボトルを顔に近づけた所で受け取ったので、自分はさっきの佐藤のようにベッドサイドに腰掛ける。
どうなるのかなーとワクワクして見たが、正座した佐藤は普通に飲んで普通に一息ついただけだ。

「えー、超普通。なんかこう嬉しそうにするのかと思ったら」
「……いや、嬉しくて噛み締めてる」
「なっはっは!
 あー、ある。そういえば見たことある。
 まーちゃん今、田中さんの手の匂い嗅いでる時と同じ顔してるわ」
「……たなさたんと一緒にしないで」
「でも同じ顔ですよ? 佐藤さん」
「どぅーキラーイ」
「はん、そうかいっ」
348 :名無飼育さん :2014/06/12(木) 23:32
佐藤の手からボトルを奪うと、泣きそうな顔と声で奪い返そうとしてきた。
腕を伸ばして遠ざけたが、本気で取り上げようなどとは思っていない。

「まだ聞いてないことあんだけど!
 まーちゃん、マジでこれ飲んで気分変わる?」
「変わる! 絶対どぅーが何か出してんだ」
「出してないし、何かってなんですか? って感じなんですけど」

自惚れていいのなら……譜久村が醸し出しているようなものが自分からも出ているのかも?
……いやそんなことはないな、と思い直す。
汗の件でインパクトの強いことがあったから、それの思い込みがまだ残っているんだ。

「まいいや、返してやるよ」

手の届く位置まで腕を下ろしたら、ボトルはすぐ奪い取られた。
その癖それを再び飲むことはせず、佐藤は大事そうに胸に抱えている。

「飲まない?」

不思議に思って工藤が聞くと

「とっとく」

そう短く答えた。
さすがに唖然としてしまった。

……これは結構、本気……っぽい。
349 :名無飼育さん :2014/06/12(木) 23:34
佐藤のことは大好きだからこれからも一緒にいたいし、(汗はどうかと思うが)
自分が口を付けた飲料がライナスの毛布みたいな役割をするなんて、異常で、危険で、
だけど強く求められている気がして。

……今、工藤の中にはとてつもない優越感がある。
嬉しすぎると震えるらしい、人間って。
それとも、さっきの栄養ドリンクがまた変に効いてきたのかな?
そう自分の手を見て思った。

だけど同時に心配だ。何日も経った水をまた飲んで、具合を悪くされたらとても困る。
だから、飲むなら飲みきって欲しいと佐藤に頼んでボトルを空にさせた。

「まだ喉渇いてるなら、ハル新しいの先に飲むけど」
「ん、もう要らない」
「寝てる時も喉渇いたら起こしていいよ。必要なら」
「そこまで!? いいよ、まーだって我慢するよ」
「大丈夫?」
「大丈夫だよっ」

もっと頼ってきてくれても……
いっそ依存してくれてもいいんだけれど。
350 :名無飼育さん :2014/06/12(木) 23:36
「佐藤さーん、早く早く!」

エレベーターの扉を手で抑えた小田が、もう片方の手で廊下の奥の佐藤を手招いていた。

「待って待って待ーって!」

佐藤はスーツ−ケースを押しながら走っている。
同室だった工藤はとっくにエレベータ−の中にいた。
というより、廊下で後ろに並んで歩いていたはずの佐藤が、振り向いたらいなくなっていて、
引き返してみたらだいぶ遠くの部屋からひょこっと姿を現したので、呆れて先に行くことにしたのだ。
エレベーターホールには小田や鈴木がエレベーターの到着を待っていて、背後では

「どぅー待ってよ〜」

と同期のごねる声が聞こえていた。

工藤がホールに足を踏み入れた所でちょうどエレベーターが到着したので、
三人が乗り込んでも佐藤はまだ廊下を歩いている。
それで開閉係の小田が彼女を手招いたのである。
351 :名無飼育さん :2014/06/12(木) 23:39
「まーちゃんもっと急いで!」
「先輩のあたしを遅刻させないでよー」

鈴木の言い分はもっともで、これに乗り込まなければ集合に間に合うかどうかという微妙な時間だ。
見た感じ同期もそれなりに急いでいるので、まあ、間に合うだろう。
ガラガラとやかましい音とともに佐藤が乗り込んでくると

「うーん、まあセーフ? 閉めまーす」
「いや、なんで途中で引き返したのかわかんないからアウトだな」
「なに忘れ物したの? おいおい頼むぜ、サトウ」

三人は思い思いの言葉を口にした。
ドアが閉まるとエレベーターはすぐに動き出す。
息が上がってスーツケースに凭れた佐藤は、無言で右手を掲げて持っていたものを三人に示した。

「水? ……あー、これ買いに戻ってたのか」

部屋からではなく、自販機のスペースから出てきたのか。
工藤がそれを鈴木と小田に説明し、二人が納得した頃、やっと佐藤が立ち上がった。

エレベーターはまだ止まらない。
先輩と後輩は二人とも階数表示を見ていて、同期の自分たちはお互いに顔を見合った。
すると佐藤が、持っていたペットボトルを工藤の胸元に押し付けてくる。
いまのうちに、とでも言いたそうな目をしていた。
工藤は素直にそれを受け取って一口飲んだ。
そして佐藤に返した瞬間を、振り返った小田に見られてしまった。

「あれ? その水って佐藤さんのじゃなかったんですか」

案の定後輩は指摘してくる。
工藤は昨日寝る前に考えた答えを口に出した。

「いや、まーちゃんの。
 なんか知らないけど、ハルが毒味させられることになってサ」

……でもこれは毒味じゃなくて、ある意味毒を入れているんだけどね。
352 :名無飼育さん :2014/06/12(木) 23:41
>>339-351 Drinker
353 :名無飼育さん :2014/06/12(木) 23:53
ハル汗 dive to mouthの件は半分実話です。被害者兼報告者は飯窪さん@モー女


レスありがとうございます。

>>337
そんな直後に鞘石ではないのですが……すいません!
今後もチュー目し続け書いていきたいと思っています。
最近は石田さんがよく仕掛けている印象。

>>338
リアルに多忙で大変そうな様子を、当時の新幹線内ブログから
感じ取りました。
今後もなるべく鞘石ではリアルネタに沿ったものを書いていきます。
354 :名無飼育さん :2014/06/16(月) 00:27
水が混ざり合う
355 :名無飼育さん :2014/06/16(月) 00:29
「……やすしさん、はるなんから聞きました」
「え、なに、何をー?」

楽屋の荷物を片付けていたら、佐藤が怒気をはらんだ声で自分に話かけてきた。
顔を見ると眉間に皺を寄せていて、あからさまに怒っているとわかる。
鞘師は身に覚えが全く無くて、もしかしてこちらの気を引くための狂言かと思って、
片付けを続けながら聞き返したのだが、

「どぅーの、鎖骨、水」

完璧に身に覚えのあるワードを聞かされてしまい、メイク道具を取り落としてしまう。

……そうか、今日が放送日か。
きっと飯窪から十期のLINEでまわってきたんだ。
ということは、工藤本人にも、そしておそらく別件を石田にも知られてしまったのか……
予定ではだいぶ後になってファンからのチクリで発覚してイジられてひとネタひゃっっほーい( ´θ`)ノ
みたいな……そんな想像をしていたのにっ!

「ら、ラジオ? あ、あれはネタだよ? わかってると思うけど」
「……ヤだ。やすしさんでもダメ」
「え、えへ、する訳ないじゃん!」

愛想笑いをしながら、これって謝らないといけないのかなあと思いかけたところで、話題の工藤が寄ってきて、

「どーもすいません、連れていきますんで」

と鞘師に言いつつ同期の肩を掴んでどこかへ連れて行こうとする。
356 :名無飼育さん :2014/06/16(月) 00:31
「あ、いや、いいよ別にうん」
「あと、いくら先輩でもあんま変な目で見ないでくださいよー?」
「う、うん……いや“うん”じゃない、ネタだってあれは!」
「やすしさんより、絶対まさが先に水かける」

押し黙っていた佐藤がぼそっとそんなことを言ったので、二人は一瞬凍りついた。

「……よ、よし、じゃあウチはそれをカメラで」

両手の指で四角形を作ってそれを覗き込んだシジミ目が工藤の鎖骨を見ようとしたのに気付いて、
佐藤はその四角を塞ぐようにてのひらを突き出してきた。

「うおっ」

男のように驚いた鞘師を見て工藤が思わず笑ったので、場が少し和む。

「ま、優樹ちゃん撮らせてくれないんだ」
「だめー」
「残念でしたねー」

今度こそ工藤は佐藤を連れてその場を離れた。

……でも、佐藤も、内心では工藤も、鞘師の言ったことを気にしている。
特に佐藤は、水と言いつつ汗のことではないかと勘繰っていた。

「ライバル……」
「いや無いから。……多分」

工藤が絶対と言い切れない程、あの先輩もなかなか“いい趣味”をしているのだった。
357 :名無飼育さん :2014/06/16(月) 00:32
鞘師から遠ざかると、ちょうど石田が自分のスマホを確認しているのが目に入る。
これ幸いと工藤は彼女に近づき、

「あゆみん、いい加減鞘師さんに一言言ったら」

と忠告をした。
しかし年上の同期は首を振り、

「うーん、ごめん怒れないわ」

と拒否されたので工藤は驚く。
てっきり『何度も言うと嘘臭いよね!』と自分に同意を求めてくると思っていたのに。

「なんで? 先輩だから?」
「いや、本気だってわかるから」
「…………へぇ」

思わずシンパシーを感じた。
石田も自分と同じで、ちょっと変だと思っても、相手が真剣だったら同じくらい真面目に
受け取るタイプなのかもしれない。

自分は陥落してしまったけれど、果たしてこの同期は“年下の先輩”という難しい立場の相手に対して、
どう“答えて”ゆくのだろう。

二人の関係を何も知らない工藤はそうして一方的に鞘師と石田のことについて案じたが、
実は先日の新幹線で彼女たちが佐藤の目の前で親密な様子を見せていたこと、
そしてそれを佐藤の口から聞き、もうすでにそんな次元の話ではないのだと工藤が気付かされるのは、
だいぶ後になってからのことである。
358 :名無飼育さん :2014/06/16(月) 00:33
>>354-357 水が混ざり合う
359 :名無飼育さん :2014/06/16(月) 00:36
ノリ*´ー´リ<あゆびるは下から写真を撮りたい
ノリ*´ー´リ<どぅーの鎖骨に水を注いで写真を撮りたい

ソースはりほでり。
ってこんな話されたら、書くしか無いと思ってしまいました……
360 :名無飼育さん :2014/06/16(月) 03:23
全てを知ったDoどぅーの反応やいかにw
お姉さんなだーさんが素敵です
361 :名無飼育さん :2014/06/16(月) 21:15
まーどぅーも鞘石もイイ!
汗に執着するのもなかなか”いい趣味”ですよねw
362 :名無飼育さん :2014/06/16(月) 22:16
まーどぅーの関係が進んでる><
そして、まー助は新幹線でやっぱり見てたんですね。
363 :名無飼育さん :2014/07/16(水) 22:44
ブルーハワイ
364 :名無飼育さん :2014/07/16(水) 22:46
支給された弁当を食べ終えた頃に工藤がやって来て、手に持っていた箱をテーブルに置いて示した。

「和田さん、良かったらこれ、食べませんか」

そう言われてその箱をよく見ると、誰もがよく知るあのチョコレート菓子である。
でもパッケージが特殊で、本来赤い箱であるはずのそれは青地に白抜きで商品名が印字されており、
その下には南国らしい果実の絵が付いていた。和田はその商品名を声に出して読む。

「コ・コ・ナッツ? ココナッツポッキー」
「夏限定らしいです」
「わぁ〜!」

思わず“限られた品”に惹かれるまま手を出した。
両手でガッチリと掴み、親指で紙のパッケージを擦ってみると、ツルツルとした質感が伝わってくる。

「もう限定ってだけで魅力的だよね。くどぅーはこれ食べたの?」
「いや、来る時コンビニで見つけて買ってきたんで……」
「えーっじゃあ、半分こしようよ。これ確かふたつ入ってるよね」
「たぶん」
「ね、分けよう。彩は今ご飯食べたばっかでお腹いっぱいだから持って帰るけどいい?」

和田が早口でそう尋ねたら、斜め上の工藤は黙って頷いた。
365 :名無飼育さん :2014/07/16(水) 22:48
箱を開けたら薄い袋が二列に並んで入っている。
和田はそのうちの一袋を抜き取り、

「あ、ヤバいやっぱこれ美味しそう」

中身を見た途端に気が変わり、鞄にしまうつもりだったそれをテーブルに置いた。
そして、

「ねえこれ、箱どうする? 捨て」

上を向いたら、てっきり立ったままだと思っていた工藤がいつの間にか向かいの椅子に座っている。
パッケージを三十センチ程浮かせたまましばし固まってしまった。

「……あ、あーびっくりしたぁ。居ない! と思って」
「なははっ、すいません」

工藤は笑いながら浮いた箱を受け取って、しばらく弄ぶ。
そして、青い色だけに視線を落としながら話し始めた。

「えっと、あの……八月にハワイツアー行くんですけど」
「ハワイ! そっか、そういえばもうすぐだね」
「和田さん、何か欲しい物あったら買ってきます」
「えっ、いいよそんな気を遣わなくたって」
「いや、ハルが買いたいんですよ」
「えーでも……ほんとにいいんだよ?
 海外だからたくさんお土産買うじゃん。お金かかるし、彩はいいから家族の人とか友達とかの分を」
「和田さんの分はちゃんとお金キープするんで。……これ、っていうもの、ないですかね」
366 :名無飼育さん :2014/07/16(水) 22:50
上目遣いで食い下がる中学生をどう諭そうか和田は悩んだが、それも一瞬だけだった。

「あのねくどぅー」
「はい」
「彩思うんだけど、家族の人にはお土産絶対買わなきゃ駄目だよ。
 あれは自分の子供が離れた所でも、時差が何時間もある遠い遠い場所でもするべきことをちゃんとやって、
 食事も睡眠もちゃんととって、しっかり“生きる”ことをしたそのうーえーで!
 くどぅーが、お土産を選ぶために自分たち家族のことを一瞬でも思い出してくれたんだ、考えてくれたんだ
 っていう証拠として受け取ってるんだよ。物はなんだっていいの。友達だっておんなじ。
 だから、彩のためにキープとかしないでその人達のために使うべき!」

一気に持論を吐き出すと、妙に心がスッキリした。
正面の工藤はと言うと、無表情で和田の説法を聞いていた。
相槌も打ってくれていたかもしれないが、話に夢中だったのでわからない。

和田は即座に後悔した。五つも年下の中学生に、ムキになって一方的に話したのである。
自分が相手と同じ年頃だったとしたら、今の行いに対してとことん醒めた感情を抱いただろう。
ずばり“ウザい”と思ったはずだ。

ところが工藤はそうではなかった。
しばらく黙っていたと思ったら徐ろに口を開き、

「もちろん必要な人たちには買いますよ、当然。
 でもやっぱ、和田さんにもプレゼントしたいし。
 ……えーと、何でしたっけ?
 “するべきことをちゃんとやって、飲んで食べて寝て起きて”でしたっけ?
 ……その上で、好きな人のことを想っていた証拠として、受け取ってくれればそれでいいんで」

頑固と屁理屈と純粋な気持ちを綯い交ぜにしてぶつけてきた。
367 :名無飼育さん :2014/07/16(水) 22:53
和田は突然“好きな人”と言われて目が回りそうになり、何かに縋りたくて
テーブルに置いていたポッキーの袋を掴む。

「何がいいかわかんないんで、ハルのセンスだけど……とりあえず今手元にハイビスカスの絵が」
「……えっ」
「ハイビスカスですよね? これ」

工藤が爪でコツコツと青い箱を叩いたので、気を取り直してその花の絵をまじまじと見た。
相手の言う通り、それはハワイを象徴する朱色の花だ。

「あ、そうそう、ハイビスカス」

そしてその直後、和田の中に閃きが起こる。
工藤は最初からハワイの話がしたくてこれを買ってきたんじゃないか?
ハワイの話……というか、ひょっとしたら、自分と話がしたくて……?

「和田さんの髪に似合いそう。ほら」

青い箱は工藤の手によって再び和田の目の前を浮かび上がり、視界の左上でその姿を消した。
腕を伸ばした工藤がその消えた方向を見ていて……と思ったら、視線をおろした彼女と目が合ってしまう。
その人は何も言わず口角を上げた。

わかった。
工藤が今、何を思ったのか。

「うん、似合いますね、やっぱ」
「彩の名前に花って付いてるからでしょ」
「…………なんで」

わかったの、と。
弱々しい声を聞いたその瞬間、和田の手の中でチョコレートが溶けた。
368 :名無飼育さん :2014/07/16(水) 22:54
>>363-367 ブルーハワイ
369 :名無飼育さん :2014/07/16(水) 23:00
武道館動画観た勢いでガーッ!
単発のつもりですのでガーッ!
でも、リアルにお土産買ってくるんじゃないかなーと思います。
ポッキーは取材のため先ほど美味しくいただきました。結構甘かった。
回し者ではありません。

レスありがとうございます。

>>360
どぅーが全てを知るのはまだ先のようです。。。
石田のあれは、まあ、「愛」ですよね  ヤシ

>>361
汗がどうとかを趣味カテゴリで括られて、正直ホッとしています……
そう、趣味……これは趣味よ……!

>>362
川* ^_〉^)<ちゅーとか慣れてるからーまさいちいち報告しなーい
※やり慣れているの意
370 :名無飼育さん :2014/07/28(月) 21:30
オントレー
371 :名無飼育さん :2014/07/28(月) 21:31
ケータリングで食べ物を選んでいると誰かに腕を掴まれ、その冷たさに和田は思わず悲鳴をあげた。
パッと放した手を顔の横にかざして笑うのは、工藤。
その背後にはトングを持った飯窪が立っていて、

「この子ったら、ずっと彩ちゃんに気付いてもらえなくてこんな悪戯を〜」

と、芝居がかった口調で言う。
和田は意味がよくわからず首を傾げた。
その隙に工藤が和田のトレーに載った皿を奪ったのにも気付かずに。

「実は、さっき二人で飲み物を選んでたんですけど、その時に端っこから彩ちゃんが
 食べ物取りに来たのが見えて、くどぅーがドキドキしてたんですよ」

飯窪は持っていた皿にサラダを盛り付けながら説明する。
和田は話の続きが気になって相手の横顔を見つめた。

「気付くかな、ねえ気付くかなー? ってずっとブツブツ言ってて、もう話しかければいいのになー
 と思ってたら突然」
「突然?」
「クーラーボックスに手をこう、突っ込んで」
372 :名無飼育さん :2014/07/28(月) 21:33
そこで和田は閃いた。あの冷たさの原因は、直前にそうやって冷やしていたからだ。
確かに、ケータリング周辺は保温されているおかずや汁物があり、一段と暑く感じる場所ではある。

「くどぅー優しいね!」
「それは私じゃなくて本人に言うべきですよ。でも彩ちゃんこそ優しいですよね、驚かされたのに」

はい、と言いながら飯窪が盛り付けたサラダを和田のトレーに載せた。

「あ、これ、彩のためにやってくれてたの? ありがとう!」

トレーを見ていた和田の視界に横からもう一つの皿が現れて、トンと置かれる。

「これもどうぞ」

そのハスキーな声は、振り向くまでもなく……

「えっ、えっ、くどぅー?」
「ちょっと茶色いかもだけど、ハル的に和田さんに食べてほしいもの選んだんで」

飯窪が続ける。

「春菜と遥の特製ハルハルランチですよ。
 ねえ大丈夫だよくどぅー、それ見越してサラダ多目に入れといたから」
「あそう」
「あーちょっと何? その素っ気ない感じ。言っとくけど邪魔じゃなくてフォローしたんだからね。
 あなたの肉食っぷりで彩ちゃんが具合悪くならないように」
373 :名無飼育さん :2014/07/28(月) 21:35
「こっちこそ言うけどさ、ハルとしては本番までに和田さんに体力つけて欲しい訳」
「それにしたって揚げ物多すぎでしょこれ。……特に、唐揚げは鬼門だよ」
「は? キモン? 意味わかんねーし」

和田を置いてけぼりにして、飯窪と工藤が小競り合いしている。
実はあまり食欲が無いとは口が裂けても言えない雰囲気だったので、

「二人が取り分けてくれたし、ちゃんと全部食べるよ」

和田は見栄を張った。
それを見た工藤が、トレーと彼女を交互に見て

「……やっといてなんですけど、もし苦手なものがあったら野菜と混ぜるとか、
 ハルたちに言うとかしてくださいね」

心配を滲ませる。

「いや、大丈夫。絶対完食するから!」

断言するものの、こちらを見ていると思うとどうしても工藤の目を見て言えなかった。
374 :名無飼育さん :2014/07/28(月) 21:36
そして今はそんな見栄を張ったことを後悔している。
思った以上にボリュームがあって、半分食べた所で明らかに箸の進みが遅くなっていた。

中でも、一度口を付けてから油の多さで辟易してしまったハムカツは、すっかり冷めてしまっている。
和田はウサギのように少しずつレタスを齧りながら、どうしたものかと工藤セレクションの
器の中身を見詰めていた。

するとまた和田の視界に進入する、何者かの手。
見ると、工藤がハムカツを奪って頬張っていた。

「あ……」

その声は批難するわけでもなく自然と口から出ていたが、犯人は左手で謝るような仕草をして

「すんません、急にハムカツ食べないと死んじゃう病に罹って」

などと見え見えの嘘を吐く。
375 :名無飼育さん :2014/07/28(月) 21:38
それを聞いた和田は思わず笑ってしまった。

「じゃ、これで生き延びたんだ」

和田の言葉に親指を立てた工藤は、手洗ってきます、と言い残して踵を返し、離れていく。

背中ならいつまでも見ていられるのに……そう思いながら視線だけで姿を追ってしまう。
そして自分は鈍感なんだと気付いた。さっきのケータリングの時といい、
工藤はいつも自分のことを意識してくれて、自分から近付いてきてくれているんだ。
それなのに、恥ずかしがっていつまでも目を合わせられないのはとても失礼だ。
今度から、ちゃんと目を見て話すようにしたい。
あのハムカツ彩の食べかけだったんだよ、とからかって、今度はこっちから照れ笑いをさせたい。
そう思った。
376 :名無飼育さん :2014/07/28(月) 21:39
四人目
377 :名無飼育さん :2014/07/28(月) 21:41
骸骨の手がベッドから助けを求めているようだった。

無論、そんなオカルトな状況は寝ぼけた工藤の勘違いで、正解は闇の中でスマホを操作する
石田の青白い手である。
仰向けになって顔の上に端末をかかげて操作していた。
ディスプレイの灯りが眼鏡のレンズに反射しているのが少しだけ見える。

「……まだ起きてんの」

ガラガラの声を絞り出して石田に言う。
すると、彼女は顔だけこちらに向けてきた。
強い反射光が目の前に来て、とても眩しい。
工藤は思わず両目を瞑ってしまった。

「ごめん、眩しかったか」

次に目を開けると、室内から光が消えている。

「いや……別に眩しくて起きたんじゃないけど」
「あ、そうなの?」
「でもまた寝る。あゆみんも早く寝なよ」
「んー、うん」

歯切れの悪い答えだ。
眠れないんだろうか。

今日は珍しくくじ引きで三人部屋に当たって、自分と石田と、その石田の隣のベッドには鞘師が寝ている。
三人だからと言って特にすることはなくて、それぞれが自分のことをやって床に就いた。
378 :名無飼育さん :2014/07/28(月) 21:45
一度眠りに就いた工藤が目覚めたのは、寝苦しさからだった。
夏とはいえホテルの室温は保たれているから、それほど暑くは無いはずなのに、何がこんなに苦しいのだろう。
特に不思議なのは、汗かきの自分がたいして汗をかいていないことだ。

「ねーなんか、温度変えた?」

不快さを露わにしながらとうとう起き上がると

「いや? 変えてない」

石田の声だけが闇の中から返ってくる。

「……でも何か暑いんだけど」
「変えてないよ、壁の表示見てみなって」

工藤のベッドは壁際にあり、その壁の角の部分に空調を調節できるデジタル操作盤が付いている。
自分の目で確かめようと、ベッドから一旦降りてその表示を見に行った。
表示されていた室温は、24℃。
寝る前と変わっていない。

「……変わってないなマジで」

口を尖らせてデジタルの文字を指でなぞると、工藤の脳裏にある光景が甦った。
379 :名無飼育さん :2014/07/28(月) 21:51
加入したばかりの頃、ホテルの室温が原因で石田と口論になったことがある。
冬だったのだが、石田が暑くて眠れないと言い出して空調の設定温度を勝手に下げた。
風邪気味だった工藤はそれに激昂し、すぐに温度を戻した。
ちょうど今みたいに、操作盤のボタンを押して。

当時はまだエッグ出身の自分にある程度の権限があったから、その時に思わず命令口調で、
ここより涼しいはずの廊下にでも出て頭を冷やせ、と言ってしまい、石田がそれに従って
本当に出て行ってしまったのである。

当時の二人は、小学生と中学生で。
工藤は愚か当人でさえも、“体質の変化”に気付いていなかった。

深夜に部屋を出ることは禁止されているから、内心かなり慌てた。
でも勝手に出て行ったのは向こうだし、体はだるいしで、追うことを諦めた。
ベッドに横になってしばらくしたら眠りに落ち、翌朝起きてみると、
石田が隣のベッドでちゃんと寝ていてホッとした。
その後の事情を聞いたら、廊下でも暑くて行き場がなく、結局フロアの端から端までを
五往復して戻ったらしい。

「……そいえばさ、あゆみんって今でも廊下歩くことあんの」
「いや、もう歩いてない」
「あ、そーなんだ」

ベッドの中を動いた衣擦れの音がして、振り返らなくても彼女が体勢を変えたのがわかる。
しかし、

「一回さ、怒られて」

この告白には思わず振り向いてしまった。
暗闇に慣れた工藤の視線の先には、こちらに背を向けている石田が作り上げた、
シーツの山脈だけが見える。

「え、何、もしかして大人の人に見つかった訳!?」
「いや、同じ部屋だった人に」
「あ、先輩とか?」
「まあ、そんなとこ。
 あんたとか十期はさ、みんな勝手にしろって感じだったけど」
「……そんなこと言ったことありませんけど?」
「空気出てたもん」

何が、出てたもん、だ。負けず嫌いなだけだろうに。
まあ過去のことなので深く追求はせず、水でも飲もうと工藤は壁と反対側の冷蔵庫まで歩いた。
380 :名無飼育さん :2014/07/28(月) 21:54
「信じてたのに、って」

冷蔵庫を開けた時石田が呟いたので、閉めないままに振り返る。
ちょうどよく庫内灯がベッドで横を向いている石田の顔を照らしていた。

「悲しませちゃったから、もう二度としないって決めた」

そう言う石田の大きな瞳(いつの間にか眼鏡を外していた)は、隣のベッドの鞘師に向けられている。
いや寧ろ、彼女に伝えているようにさえ見えた。

「そうだ、どぅー」
「えっ」

石田が首を傾けて自分に呼びかけてきたので、凝視していたのに気付かれたかと工藤は少し慌てる。
実際はそうではなく、何かを思いついた様子だった。

「うち冷えピタ持ってるから、あげようか」
「あ、あーいいの?」
「いいよいいよ、使いな」

起き上がった石田が再び眼鏡をかけて自分のバッグから件の物を取り出し、工藤に差し出すと、
工藤は礼を言って受け取ったのだが、パッケージを見詰めて考えこんでいる。
石田は不思議に思って彼女に問うた。
381 :名無飼育さん :2014/07/28(月) 21:56
「なに、どうした」
「いや、なんか、大丈夫かなこれ」
「なにが」
「普通オデコなんだろーけどさ、一番熱っぽいのがへそんとこよろしくー的な?
 ここ、ずっと貼ってたら痛くなんじゃね?」

すると同期は、すかさずパッケージを工藤の手から取り上げた。
さすがに驚いて石田を見る。

「場所がヤバい。耐えろ、クドウ」
「……やっぱヤバい?」
「ヤバいね。でもあんたなら耐えられるよ、頑張んな!」
「いや、あんたならとか意味わかんねーし」
「うちとどっちが先に眠れるか勝負するか!」
「はあー? もうまっったく意味不明なんですけど」

肩を叩かれた工藤は、溜息混じりにベッドへと戻った。
それにしても、結構大きな声を出していたと思うのに、鞘師は一切起きてこない。
それを羨ましく思いながらも、寝苦しさと格闘しているうちに、いつの間にか眠ってしまった。
382 :名無飼育さん :2014/07/28(月) 21:58
翌朝のことである。
三人部屋で唯一熟睡できたと思われる(石田と工藤が二人がかりで何とか起こした)鞘師に
昨晩の話をすると、まだ眠そうな彼女から、思わぬことを言われた。

「まーちゃんにやったドライヤー……試さなかったの?」

それを聞いた工藤は思わず膝を叩き、悔しさで頭を掻きむしった。
もうすっかり理解できた。あの時の佐藤の奇行も、昨夜の自分のことも。
工藤は鞘師が見ているのもお構いなしに、あいつのことなら冷静な対応ができていたのに、
自分自身のこととなるとてんで駄目なのか、とベッドの上で悶絶している。
ちょうどその時、顔を洗い終えた石田がユニットバスから出てきた。

「朝からなーにしてんだお前」

いつものように小馬鹿にしたような口調で見下ろす同期。
工藤は昨日と違う自分を隠すように、シーツの中に潜り込んでしまった。
そんな後輩の代わりに、鞘師が答える。

「……今日もあついねえ、亜佑美ちゃん」
383 :名無飼育さん :2014/07/28(月) 22:00
>>370-375 オントレー
>>376-382 四人目
384 :名無飼育さん :2014/07/28(月) 22:01
ノリ*´ー´リ<384!

容量も残り少なかったので、一気に二本更新。
途中から目標にしていた384レスに、何とか到達できました。

一本目は前回単発を書いて一旦気が済んだどぅーちょですが、
和田さんがいつまでもどぅーの目を見られないようなので、
願い込みで書いてしまいました。
なお、今回の話になんとなく関連があるひらがな同タイトルの話が、
過去スレ「好意と敬意」内にあります。
なんとなくですので共通ワードが出てきたりする程度なんですが、
少しニヤニヤが増えるかも。
二本目は、集大成的な。



と、いうわけで、お知らせです。
今更新を以って、当スレへの投稿を終了いたします。

お付き合いいただきありがとうございました。
385 :名無飼育さん :2014/07/29(火) 23:22
ちょいと風の噂を耳にしたのでageときますねー。
386 :名無飼育さん :2014/08/10(日) 04:20
どぅー!どぅー!!!1
どぅーが可愛くてたまらないお話がいっぱい!ありがとうございます><

そして、更新お疲れ様でした。またお会いできるのを心待ちにしています><
387 :9tKSclv3 :2015/12/21(月) 18:56
The hotseny of your posting is there for all to see

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