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オンパレット

1 :名無飼育さん :2012/08/30(木) 21:23
やじみやあいりしゃこを軸に学園もの短編。
宜しくお願いします。
175 :idoloid :2015/03/19(木) 21:26
件の握手会から一夜明け、名古屋でのハロコンを終えたその日。
打ち上げもそこそこにホテルへ戻ったとき、周りに見付からないようにみやの手を引いて抜け出した。
思い出づくりとだけ説明して、電車やタクシーを乗り継ぎ1時間半。
目的地の入場ゲートを目の前にした途端、彼女は思いっきりけらけらと笑い始めた。


「うっわ!何これ、やっばい!」
「うん…まさかこんなことになってるなんて…」


私がみやを連れてきた場所は、愛知県の辺境の埋め立て地だった。
昔はテーマパークやショッピングモールなどが一体化した複合施設が営業していて、オリジナルがファンクラブツアーで訪れたこともあり、彼女たちがアトラクションで遊んでいる様子が映像にも残っている。

けれども、そこは今やただの跡地となっていた。
当時の名残だろうか、地中海ふうの煉瓦壁に囲まれた、だだっ広い公園と化している。
その壁も黒く煤けて朽ちかけていて、魔女が住む城みたいに蔦が這っていた。
歩道の石畳は行く手を阻むようにぼろぼろに剥がれ、漂う海の匂いがやけに埃っぽい。

この雰囲気は、東京で言うイーストエリアみたいなものだろうか。
治安が悪そうならば直ぐにでも帰りたかったけれど、とにかくひとがいなくて、誰からも忘れ去られているふうにひっそりとしていた。

8Xマガジンの企画で、オリジナルが行ったロケ地を巡る案があり、現存する施設名を挙げ連ねていったときにここの名前を聞いて、ずっと引っ掛かっていたのだ。
しかしながらこの場所が真っ先に没になった、その意味がやっと分かった。
もっとちゃんと下調べしてくれば良かった。
後悔が私を俯かせる。


「まあいいじゃん、行こ。探検しようよ」


私の腕に自分のそれを絡め、みやはずんずんと歩き始めた。
横顔を窺うと、今にも鼻歌を歌い出しそうなほどにご機嫌そうに見える。
どこに行っても何をしていても楽しめるのは彼女の才能だと思う。
176 :idoloid :2015/03/19(木) 21:27
とは言え、何もない公園を回るのにそう時間はかからない。
申し訳程度にライトアップされた噴水池をぼんやり眺めたり、わざと歩くのを遅くしておしゃべりしていたりしたのにも関わらず、早くも出入り口に戻ってきてしまっていた。

夜はだいぶ気温は下がるけれども、やはり夏だ。
動くと薄っすらと汗が滲んだ。
自販機で買った飲料で喉を潤しているとふと、みやの目が上空に吸い寄せられていることに気付く。
視線を辿ったその先には、古ぼけた大きな車輪が空に置き去りにされていた。

オリジナルの記録から何百年も経った現在、唯一残っていたのは場外にあるこの観覧車だけだった。
びかびかとLEDの不躾な光を放つそれは場違いでしかなく、近くで見なくても鉄骨の塗装が剥げているのが分かった。
ぎこちない回転に合わせて錆びた鉄が擦れる音が聞こえてきそうで、何だか可哀想になってくる。


「私たち、昔これ乗ったよ」
「え、乗ったの。梨沙子も?大丈夫だったの?」


みやはびっくりした表情で、ぱちぱちと瞬きをした。
私は高いことろが苦手だからだ。
ラボに通うにも、毎回メンバーの背中にしがみついては額を押し付けて、あー、とか、うー、とかずっと唸って何とか堪えている。


「うん。そのときみやに膝枕してもらってたの」
「え、うっそ、何それ、ウケる」


風車のようにからからと笑い飛ばしながら、みやは私の二の腕をばしばしと叩いた。
言葉にして気付いたけれど、冷静に考えるとなかなかすごいことをしている。
段々と恥ずかしくなってきて、熱くなった顔を冷ますみたいに手のひらで包んだ。

しかしこちらの様子を全く気にしていない素振りで、みやは私の手首を掴んで引っ張った。
いたずらっぽい笑みが、カラフルな電飾に照らされる。


「また膝枕してあげる。だから乗ろうよ、観覧車」
177 :idoloid :2015/03/19(木) 21:28
「梨沙子ほら!海が見えるよ!」
「…うん」
「うわー!見て見て!夜景きれい!」
「…うん」


一層はしゃいだ声を出すみやに対して、私は彼女の太ももに頭を預けてぐったりしていた。
わざとだ。この体勢からちょっとも動けないことを知っていてこんなことを言う。
ゴンドラが風に揺れ、ぎいぎいと怪物の不穏な鳴き声がする度、びくっとしてみやのスカートの端を握る私を完全に面白がっていた。



私たちを乗せた箱は、ゆっくりと天辺を目指していく。
最初こそ騒いでいたみやも静かになっていて、遠くの景色を眺めているようだった。
見上げると、金色の髪が流水みたくさらさらと落ちてきていて、手ですくってみたくなる。
顎から耳にかけた、シャープなライン。
この角度で彼女を見ることはなかなかないから、新鮮だ。

首を傾けると、濃紺の背景に人工の星がきらきらと瞬いているのが視界に映った。
誘われるようにオレンジ色の月に近付いていく。
きれいだ。空を見ると気持ちが落ち着く。
胸につかえていたものが溶けてなくなっていくみたいで、秘めていた言葉が自然にこぼれ落ちた。


「ねえ、みや。このままどこか遠くに逃げちゃおうよ」
178 :idoloid :2015/03/19(木) 21:28
銀色の手すりを爪の先でかちかちと弾いていたみやの指が、固まったように動きを止める。
空気が一瞬にして硬く張り詰めたのが分かった。


「何それ。本気で言ってんの」
「うん」
「茉麻と熊井ちゃんは。Berryz工房はどうするの」
「それは…みんな一緒に…」


冷たい声が刺すふうに降ってくる。
こちらに視線を落としたみやに対し、私は目を合わせたくなくて横を向いた。


「そんなの無理に決まってんでしょ。
 遠くって、どこ行くの。
 そこにはメンテナンスしてくれるところ、あるの」


私たちの身体は、3日もそれを怠れば不具合が生じて、そのまま放っておけば1週間もしない内に動かなくなる。
怒っているのと呆れているのが混ざった口調でみやはこう諭してきた。
それに私は直ぐ言い返す。


「いいよ。別に。身体なんか動かなくなっても。もう疲れたよ」


特段用意していた言葉ではなかったはずなのに、声にして気が付いた。
永く背負っていた重い荷物を降ろしたみたいな気持ちになる。
疲れたって、私はきっとずっと言いたかった。
179 :idoloid :2015/03/19(木) 21:29
「梨沙子にはまだ時間があるでしょ。
 ちゃんとそのときまで歌いな」


私に悪いところがあったらきちんと叱ってくれるのが、みやだ。
聞き分けがないことを口にしているのは分かっている。
でも、ここで引き下がれない。


「無理だよ。熊井ちゃんのスイッチが切られたら、私は1人だよ。
 1人でなんて出来るはずない。
 私はみんながいたからやってこれたんだよ」
「でも、ファンのみんなは。
 梨沙子がいなくなったら悲しむよ」


ファンのみんな―――
その言葉を聞いて、お腹の底から仄暗い感情がふつふつと沸き立った。
目を瞑り、閉じた世界に向かってしゃべり出す。


「オリジナルが活動停止を発表したときのこと、みや、知ってる?
 そのときね、30歳や40歳になっても続けて欲しかった、ってファンのひとたちは言ってたんだって。
 ねえ、みや。もし私たちが人間だったら、30歳や40歳になってもBerryz工房、続けてた?
 30歳や40歳になった私たちを、ファンのひとたちは変わらず応援してくれるのかな。
 歳をとってオバサンになっていく私たちを、ファンのひとたちは変わらず愛してくれるのかな」


ずっと抱き続けていた疑問だった。
そしてそれにはもう、確信している答えがあった。

声が震える。
でも止まらない。


「人間は無責任だよ。
 簡単に言葉にするけど、そんなの無理に決まってる。
 気持ちなんて、変わりたくないって思ってても変わっちゃうものなのに、それを絶対みたいに言うんだよ。
 何の確証もないのに、どうしてそれを信じろっていうの」


ステージから去った私たちを、しばらくは悲しんだり惜しんだりしてくれるだろう。
でも、時間が経ったら分からない。
きっとみんな一緒だ。
どうせ、どうせ―――


「どうせみんな、私のことなんて忘れちゃうのに」
180 :idoloid :2015/03/19(木) 21:29
いつの間にかゴンドラは頂点を過ぎていた。
私たちと一緒に、重い空気も乗せて下降している。
けれど私は気まずさよりも、胸の内を吐き出せた清々しさを感じていた。

みやはあれから一言も発していない。
頬杖を付き、ずっと外へ視線を向けていた。

反対されることだって怒らせることだって分かっていた。
自分の末路が、よっぽどのことが起きない限り変わらないことも。
これは妹から姉への、最後のわがままのつもりだった。



沈黙が続く。
しかしそれを破ったのは、みやだった。


「だって人間だもん、仕方ないよ。
 あんなに好きって言ってくれてたのに、他に新しく若い子を見付けたら、みやのことなんて忘れちゃう。
 けど仕方ないの。アイドルってそういうものだし、人間はそういう生きものだから」


手で扇いだら消えてしまいそうな弱々しい発言に驚いた。
愛されることを当たり前のように振る舞い、強気に接していたみやからそんな台詞が出てくるなんて。

それと同時に少しがっかりもしてしまう。
もしかしたら否定して欲しかったかもしれない。
私がこの先1人で生きていくための糧や希望を、みやだったら導いてくれると期待していたのかもしれない。

けれどきっと同じなのだ。
アイドルは誰しも恐れ、そして諦めている。



閉鎖空間に生温かな風が侵入してきて、扉が開いたことを知る。
地上に着いたのだ。

安心して息をつく。
そしてのろのろと上体を起こした、そのときだった。
衣擦れの音に混じって声を聞く。


「でも梨沙子は違うでしょ」
181 :idoloid :2015/03/19(木) 21:30
私の前を猫みたいに擦り抜け、こちらに一瞥もくれずにみやはゴンドラを降りた。
その華奢な背中をぼうっと目で追う。

言葉をこころの中で反芻する。
しかしそれは、ただの文字列として意識の表面を上滑りしていた。

ふと手のひらを攫われてはっとする。
こちらに向かって伸びたみやの腕が、私の手を掴んでいた。
ふらふらと立ち上がって彼女を見下ろす。
表情のない顔から真意は読めない。



手を引かれ、箱から連れ出された。
それはまるで、埃を被ったおとぎ話のワンシーンのように。
私の足が地に着いたのを見計らってか、みやは再び口を開いた。


「梨沙子だけはみやのこと、ずっと覚えててくれるんでしょ」


貫くように向けられた眼差しから目が離せない。
強いちからで指先を握られる。

しかし次の瞬間、その瞳は月明かりの中で頼りなく揺れた。
不意にみやは俯いて、2人を繋いでいた視線を切る。
伏せられた長いまつげに透明の雫が絡んでいたように見えて、胸がぎゅうっと締め付けられた。


「お願い、梨沙子。最期まで歌って」


眉根が寄せられ、苦しそうに歪む表情に呼吸を忘れる。
私は、私は―――
182 :idoloid :2015/03/19(木) 21:31

183 :idoloid :2015/03/19(木) 21:31

184 :名無飼育さん :2015/03/19(木) 21:33
2話りしゃみや篇です。
次で2話完結です。
本当にすみません。



>>162-165
まとめての返信、大変申し訳ございません。
レスありがとうございます。
すごくすごく嬉しいです。励みになります。



◇◇◇インデックス◇◇◇

イチゴとメロン(矢島・夏焼) >>38-70

戦場のベリーズライフ(Berryz工房) >>79-116

idoloid
1話(徳永・熊井) >>122-145 >>151-158
2話(夏焼・菅谷) >>166-181
185 :名無飼育さん :2015/03/20(金) 21:00
続きを読むことが出来てとても嬉しいです。楽しみにしております!
186 :idoloid :2015/03/26(木) 20:31
今日のライブは、セットリストや演出など全てにみやの希望が取り入れられていた。
ヨーロッパの古城ふうの舞台セットは、照明と小道具によって、ハロウィンっぽいダークファンタジーな雰囲気にも、おとぎ話の舞踏会場にも切り替わる。
2階と1階を繋ぐ階段には赤い絨毯が敷かれ、そこでガラスの靴が脱げてしまうみやと王子様に扮した熊井ちゃん、そしてその靴が偶然ぴったりと合ってしまうもう1人のお姫さまの役が私で、おふざけを展開する一幕もある。

やはり特別こだわりを見せていたのは衣装だ。
着たいもの全部つくってやる!、と意気込んでいたみやのデザインで11着ものそれが用意され、早着替えの練習がとても大変だった。

2××5年8月25日。
そうして私はステージに立っていた。
決して気持ちの整理がついたのでも、全てを納得した訳でもない。
でも、だけど―――


「似合う?」
「きれい」


ライブの本編が終わり、2人の衣装さんに手伝われて、真っ白なドレスに着替えているみやと、鏡越しに短い会話を交わした。
私の返事を聞いて彼女は、満足そうにくちびるを引く。

周りのばたばたとした慌ただしさに相対して、みやはとても落ち着いていた。
剥き出しになった背中の、その肌の表面からぴりぴりと電気を放ち、神経を研ぎ澄ましているようだった。
いつも大きな舞台のときにはそわそわして、緊張するーっ!、と騒がしくしていたのに。

尖った肩やなめらかなデコルテも露わにビスチェに、レースがたっぷりと重なって広がった裾。
花嫁みたいな装いで、アンコールの頭にソロで1曲披露する。
選曲は『夏 Remember you』だった。



イントロが流れ、バルコニーのように張り出した2階部分から、3人で登場する。
天空から降り注ぐ歓声を浴びながら、紫一色に染まっている客席を眺めた。

ゆっくりと階段を降り、会場の中心へ伸びる花道を歩き、みやはサブステージへと向かう。
その後ろ姿を、熊井ちゃんと並んで見守っていた。

優しくやわらかくも、空気中を直線に、真っ直ぐ差し込むみたいに伸びていく声。
自分の胸の内にあるものを、差し出すふうな手の振り。
忘れないとか、明日が来るとか、この歌詞を今どんな気持ちで口にしているのだろうか。
187 :idoloid :2015/03/26(木) 20:32
会場全体が静かにみやの歌に聴き入っていた。
しかし、間奏明けにそれは起きた。

大サビに向かって募っていく音。
その高まりに全ての耳が期待していた中、マイクに乗ったのは、うっ、と涙に詰まったちいさな呻きだった。
思わずびくっと身体が揺れる。

みやはそれでも前を向いて歌おうとする。
けれど続く声はひどくか細く震えていて、ついに途切れてしまった。
今にもしゃがみ込んでしまいそうに背中を丸めて俯いた彼女に、客席からどよめきが覆い被さる。



咄嗟のことだった。
頭で考えるよりも早く身体が動いていた。
マイクを口許に当てた私は、みやから引き継ぐように歌っていた。

お腹の底からせり上がってくる、熱くて荒削りな何かを、旋律を持った声に込める。
今にも切れそうなくらいに張り詰めた弦が、空気を震わせ、塗り替えていく。

肌で感じる。
私の歌が今、この会場を動かしている。
背中から首の後ろに掛けて、ぞくぞくと言い表しようのない感覚が走った。

歌う喜びに震える身体に、何度だって確かめる。
私の中にいる、もう1人の自分の存在を。
188 :idoloid :2015/03/26(木) 20:32
スガヤ リサコ。
確固たる自分を持ち、信念を貫いていた像を語られることが多い彼女だけれど、決して初めからそうだった訳ではない。
スガヤ リサコの12年半は、自分に自信が持てず、周りの目ばかり気にしていた女の子の物語だ。

ひょろひょろの身体に生白い顔を乗せ、純粋なこころに夢ばかり映していた少女が、やがて強さに憧れ、そうなりたいと願い成長した―――
いや、半ばそうならざるを得なかった背景を、私はこうして辿ることになった。
傷付き、悩み、苦しんだ彼女の思いを、全部理解してあげられるのは私だけ。



最後のフレーズに差し掛かった。
隅々まで意識を行き渡らせて高音を発声する。
あるだけの気持ちを込めて。

くちびるに乗せた言葉が、驚くほど自分に染み入っていく。
この歌詞がまさか、こんな意味を持つなんて。

アイドルって何だろう。
ずっと求めていた答えみたいなものは、最後の舞台に立つまで分からないのかもしれない。
孤独になったその後に、スガヤ リサコが知らない、私だけの物語が待っている。
189 :idoloid :2015/03/26(木) 20:33
アウトロの余韻をまといながら、深く息を吐いた。
偽ものの心臓がどくどくと音を立てて主張している。
身体が燃えているように熱くて、わずかなパートしか歌っていないのにこめかみに汗が伝った。
押し寄せる歓声と拍手の波に、肌の表面が細かく粟立つ。
流されないように、背筋を伸ばして膝にちからを入れた。

紫色の宇宙空間に、赤い星を幾つも幾つも見付ける。
私に向けられた、確かな光。
不意に泣きそうになって、奥歯をぐっと噛み締めた。



名前を呼ばれた気がして、はっとする。
視線を向けた先、みやは振り返って私を見上げていた。

濡れた目許。頬に伝う涙の跡。
それを見て、急激に実感した。
雷に貫かれたみたいに思い知らされる。

もう会えない。
今日が最後。
こんなに好きなのに、明日なんてない。



思わず階段を駆け下りていた。
もつれそうになる足を踏ん張って地面を蹴り、花道を走り抜ける。

身体を突き破ろうとする衝動。
これもまたスガヤ リサコの感情か。
いや、私の気持ちが今、私の身体を動かしている。

滲み、揺らいでいく視界。
あと一歩。
私は彼女へ手を伸ばす。
190 :idoloid :2015/03/26(木) 20:33
好きだ。
好きだ好きだ好きだ。

夏焼 雅。
私はあなたを忘れない。
191 :idoloid :2015/03/26(木) 20:33

192 :idoloid :2015/03/26(木) 20:34

193 :idoloid :2015/03/26(木) 20:34
2話りしゃみやでした。
武道館公演を受け、ラストの流れを大幅に変更しようとも考えましたが、当初の構想のまま進めました。
すみません、ありがとうございました。



>>185
レスありがとうございます。
必ず完結させますので、お付き合い頂けたら幸いです。



◇◇◇インデックス◇◇◇

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戦場のベリーズライフ(Berryz工房) >>79-116

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1話(徳永・熊井) >>122-145 >>151-158
2話(夏焼・菅谷) >>166-181 >>186-190
194 :名無飼育さん :2015/03/31(火) 21:17
お知らせです。
みやももの前に、とっくま・りしゃみやを加筆・修正、そして挿画を描いて頂き保管致しました。
宜しくお願いします。
ttp://berryzlifeonthestorm.blog.fc2.com/blog-entry-6.html
195 :idoloid :2015/04/25(土) 21:17
ポニーテールに結われた髪が、光を反射させながらさらさらと揺れている。
その毛先が、ちいさな子がお遊びで切った人形のそれみたいに、がたがたになっているのを私は知っている。
完璧なフォルムを追求したいからって、ももち結びのままカットしてもらうなんて、本当信じらんない。
勿体無いよ。かわいいのにさ。

一輪挿しのようにすっきり伸びた、白い首筋のラインを視線でなぞる。
細くなった、と思う。
爪を食い込ませれば、片手で簡単に握り潰せてしまえそうで、最近更に幼く見えるのはきっとこのせい。
ねえ、痩せたでしょ。ちゃんと食べてんの。

背中に投げたい言葉は次々に浮かぶ。
しかしそれは飴玉みたいに舌の上で転がせば、声になる前に全て溶けてなくなってしまった。


「子どもたちにね、しばらく来れなくなるからって言ったの」
「うん」
「そしたら『明日頑張ってね、ももち』だって。ばれちゃってたみたい」


振り返らずに桃はしゃべり出す。
しんみりと寂しげなのに、でもどこか嬉しさが隠せていないふうで、ふと突発的にその声のしっぽを掴みたくなった。

こちらを向いた桃はどんな顔をしているのだろうか。
気になったけれど、一瞬頭を巡らせて考えだけに留めた。
もし私が見たこともない表情をしていたら、と想像したらこわくなったから。



荒川の河川敷は、住所がないひとたちのキャンプ地になっている。
ほとんど裸のちびっこたちがきゃらきゃらとはしゃぎ声を上げながらテントの間を走り回り、川べりでは茶色く濁った水で洗濯をしている女性がいた。
その隣で水浴びをする老人。夕飯の支度をする家族。
くすぶった煙が空気に溶け込み、魚の皮が焦げる匂いが鼻先をくすぐった。

この川でよく獲れる、ぎょろぎょろの目玉が気泡のように幾つも浮いた、ペンシル状の魚。
確か名前なんてない。
196 :idoloid :2015/04/25(土) 21:19
最先端の文明都市と賞されている今の日本だけれど、その裏側にはちゃんと掃き溜めが存在している。
東京で言えば、山手線の円の外の右側一部地区・イーストエリアと呼ばれる大規模な工業地帯のことだ。

工場施設から悪夢のごとく吐き出される排ガスや排水で汚れた町は、私たちが暮らす地域より明度も彩度も2トーンくらい低い。
ざらついた空気には高濃度で肺がん物質が含まれているらしいけれど、機械にはきっと関係がないし、そもそも長生きも健康も蚊帳の外の話だ。

ひしゃげた長屋や傾いたバラック小屋、みすぼらしいボロアパートがひしめく住宅地に、カラスみたいに身を寄せ合って生活しているひとたち。
中心街の北千住には、大昔の香港にあった建てものにちなんで名付けられた廃ビル『クーロン・ハウス』が、魔王の砦のようにそびえたっている。



いつからだろう。
桃がここに通うようになったのは。

私が訪れたときには、桃はもう既におんぼろ公園の神さま―――いや、アイドルだった。
土と垢で黒くなった子どもたちに囲まれて、歌やダンスを披露したり教えたり。
特に『ももち!許してにゃん?体操』が大人気で、破れるのではないかというくらい服を引っ張られて『許してにゃん?』をせがまれるという、にわかに信じ難いシーンを何度も目にした。

ももち結びを触られそうになってたしなめる口調やからかいまじりのおしゃべり、楽しそうな笑い顔。
目の前の桃はいつもと変わりなかったはずなのに、どこか別人みたいな遠い存在に映って、彼女を中心に出来た円と自分という点の間にはっきりと線を引かれたような疎外感を初めの頃、すごく感じたのを覚えている。



恐らくネットもテレビもない環境で、あの子たちにとってアイドルという存在はきっと、遠くの国の言語や高級なお菓子と同じだったはずなのだ。
桃が現れるまでは。

笑顔がひとを元気にする、とか。
歌がこころを明るくする、とか。
音楽に合わせて踊るだけで楽しくなる、とか。
あの子たちに教えたのは桃だ。

砂漠に花を植えて、その育て方も伝えていった。
やっぱりすごいよ、桃は。
限られた短い時間の中でそんなことまでやってのけるなんて、自分の半径1メートルのことで手一杯な私には考えも付かなかった。
改めて尊敬する。
197 :idoloid :2015/04/25(土) 21:20
ものごころ付いたときにはもう、イーストエリアには近付くなと厳しく言われていた。
単純に治安が良くないのだ。
それにも関わらず桃は、会社のひとたちの目を巧妙にかいくぐってあの場所に通い続けていた。

この秘密を、数年前のある日、私は偶然知ってしまった。
あのときの桃の表情が、瞼の裏に張り付いていて今でも離れない。

誰かに話したらどうなるか分かってるでしょうねえ。
そんな台詞が聞こえてきそうなほど、不気味な威圧感をまといながら、にやりと歪んだ薄いくちびる。
猫みたく細まった、全く笑っていない目。
弱みを握ったのはこちらなのに、なぜか桃は私に堂々と手錠を掛けたのだった。



それからというもの、1ヶ月に2〜3回の頻度で桃が公園へ行くときは、時間が合えば送り迎えをしたり、たまに一緒に付き合ったりなんてことをした。
別に、付いて来いと命じられた訳ではない。
ただ私がそうしたかっただけ。

危ないから近寄るな、なんて桃を説得しようだなんて気は初めから毛頭なかったし、万が一何か起きたとして、なぜ止めなかったんだ、と偉いひとたちに怒られるのも嫌だったし、つまるところ、その、―――心配だったのだ。
幾ら1番の危険区域から離れた場所だからと言っても、イーストエリアはイーストエリアだ。
何かあってからでは遅い。
黙って付き添う私を彼女がどう思っていたかは分からないけれど、そんなことはどうでも良かった。


「みや」
198 :idoloid :2015/04/25(土) 21:21
名前を呼ばれてはっとする。
景色をぼうっと眺めていたせいで、随分歩みが遅くなっていた。
顔を前方に戻すと、数メートル離れた先、桃はあっさりこちらを向いて佇んでいた。

不思議そうにくちびるを突き出して、首を傾げるその仕草。
背景には廃棄物処理場の煙突群と、その根本から天へ昇る道筋のようにサーチライトが幾つも走り、けぶった空を赤く染めている。
耳の近くを飛んだ蝿の、ヴン、という羽音がやけに大きく鼓膜に響いた。

あれ。デジャビュ。
既視感に軽い眩暈を覚え、思わず数回まばたきを繰り返したが、しばらくして納得した。

そうだ。見たことがあるどころか何度だって見てきた。
だってこれが私の日常だったから。


「何て顔してんの、みや」


そう言う桃こそ。
頬にしわを寄せた彼女が余りにも下手くそに微笑むので、私も無理くり口角を上げてみせた。

本当、信じらんないよ、桃。
2××5年3月6日。
私の目の前にいる女の子は、明日死ぬ。
199 :idoloid :2015/04/25(土) 21:21
いつからだろう。
桃にこんな感情を抱くようになったのは。

はっきり言って私は、生まれたときからこころのどこかで桃を馬鹿にしていた。
ファンのみんなの前で振る舞う過剰なぶりっこは鼻白んだし、ツグナガ モモコからしっかり受け継いだ、垢抜けなくて貧乏臭い出で立ちやダサいセンスも見下していた。

仲が悪いという訳ではなかったけれども、お互い気が強くて意見が食い違えばよく衝突していたし、何より目が苦手だった。
ときに飢えた野犬みたくぎらぎらし、ときに誰も信じていないふうに冷ややかに鋭くなる視線。
それを考えれば、今の桃はかなりやわらかくなったし、よく笑うようになった。



私と桃と人間の女の子の3人でユニットを組んだことは確実に転機の1つだ。
女の子が7人いれば、そこから更に気が合う少人数のグループに分かれても普通だけれど、3人はよっぽどのことがなければ割れない。
しかも自分とタイプが違う2人とやっていかなければならない状況は、私自身、新しい己の一面を引き出されるのと同時に、初めて知る桃の顔もあった。

苦手なMCで助けられたり、飛ばしてしまった歌詞をフォローしてもらったり、頼もしさや優しさに触れて、桃に対する見方は変わっていった。
年を重ねていくにつれ、自分と違う考えを個性だと受け入れられるようになったのもあるだろう。
彼女の大人びたところを、壁があって感じが悪いとしか捉えられなかったのも、いつの間にかなくなっていた。



桃が1人でテレビの仕事にどんどん出るようになって、尊敬の気持ちも大きくなった。
私がもし同じことをやれと言われても、絶対に無理だ。
自分の言動で場が白けたり、空気が固まったりしたらと想像するだけで身が縮こまるし、しくじって恥ずかしい思いをするくらいなら大人しくしていようと、つい楽な方に頭がいってしまう。

ある時期、桃に続こうと自分なりに前に出ようとしたときがあったけれど、緊張で胃は裏返りそうになるし、収録中はずっと生きた心地がしなかった。
桃はいつもこれ以上に大変なことをやってのけていたのだ。
傷付かない訳はないのにそれを恐れず、外へ外へ未来を切り開いていく姿は本当に眩しい。
200 :idoloid :2015/04/25(土) 21:22
象徴的なのはあの出来ごとだ。確か4年くらい前だったはず。
オリジナルを辿るみたく36枚のシングル等を再リリースするのとは別に、全て書き下ろしの新曲だけで構成されたアルバムの発売が決まった。
覚えてこいと渡された曲の1つに、サビの高音がかなり出づらいものがあったのだ。
技術者が言うには、音域はメンテナンスのときに操作すれば簡単に広がるらしいけれど、私はわがままを突き通してそれを断り、ボイトレを付けてひっそり自主練習に励んだ。

私はオリジナルを越えたかった。
ナツヤキ ミヤビに出来なかったことを成し遂げて、自分を肯定したかったのだ。
ただ彼女をなぞるだけの生き方に、何とかして意味を見出したかった。

それにナツヤキ ミヤビだって、決して最初から歌唱力があった訳ではない。
歌割りを多くもらって目立ちたいがために、隠れて特訓していたのだ。
彼女に出来て私に出来ないはずがない。

けれどその甲斐も虚しく、レコーディングは苦戦して何度も録り直しをした。
最終的に音源は修正されて、それを聴いたときには悔しかったしひどく落ち込んだ。



その後のライブでの披露も上手くいかなかった。
高い棚にあるものを取るように、爪先立ちして必死で腕を伸ばすのに、手は毎回ぎりぎりのところで空を掴み、声は必ずひっくり返る。
冷蔵庫に放置した野菜みたく、自信は日に日にしなびていった。

しかしあるときやっと、詰まった管からぽんと押し出されるふうに、すんなりと未知の高音が発声できるようになったのだ。
イメージ通りに歌えるとすごく気持ちが良い。
描いたラインに乗って、声が空気を突き抜けていく。
一面を覆っていた暗雲を、直線に進む白い機体が真っ二つに割き、視界がぐんと開けていくみたいな、そんな快感が背骨パーツに沿ってぞくぞくと走った。
201 :idoloid :2015/04/25(土) 21:23
その初めて上手くいった公演の終了後、私はみんなから離れたメイク台で1人、化粧直しする手もそこそこに、こころの中で何度も何度も喜びを噛み締めていた。
直ぐにゆるんでにやけ出す頬を誰にも見られないように気を付けながら、じたばたしたくなる衝動を何とか身体に留めていた。

そのときだ。
いきなり楽屋のドアを蹴破ってきた桃が、豪速球で投げたボールみたいに真っ直ぐこちらに突進してきたのだ。
驚いて目を丸くする私を無視して、彼女は顔をずいっと近付け、猛然とこうまくし立てた。


「みや!すごい!あのパート!大成功!とってもとっても良かった!
 もうねえ、もも、感動しちゃったよ!」


瞳に目一杯の光を閉じ込め興奮した様子で、自分のことのような熱量で語り出した桃に面食らう。
いつもはひんやり冷たそうな白い頬がピンク色に染まっていた。
勢いに気圧され、咄嗟に気持ち的にも物理的にも引いてしまい、ああ、ありがと、と私は素っ気なく応え仰け反った。

温度差がある反応にようやく我に返ったのか、桃は慌てて飛び退いた。
そして照れ笑いを浮かべた顔をさっと逸らし、ぼそぼそとこうつぶやいたのだった。


「でも、そうだよね。みや、頑張ってたもんね。
 いっぱいいっぱい練習してたもんね。すごいよ」


瞬間、身体が一気にかっと熱くなった。
追って、顔にどんどん熱が集中していく。
何か返そうとしても、言葉が全く出てこない。
喉で堰き止められたそれは、胸をいっぱいにして苦しくなる。

まるで突然、自分の内側で激しい嵐が巻き起こったみたいで混乱した。
きっと赤くなっているであろう顔を見られたくなくて、私はそのとき、何か浮かんだ適当な台詞を投げ付け、そっぽを向いて追い払った。

何気ない一言だったからこそ余計、自分に起きた変化に訳が分からず戸惑った。
首の裏がむずむずとかゆくなる。
頭が全く付いていかず、そのままずるずると机に突っ伏して、あああ、とか何とか、情けない声を漏らしたことまで覚えている。
202 :idoloid :2015/04/25(土) 21:23
つまり、嬉しかったのだ。
裏で練習している姿は、みんなにばれまいと必死で隠していたはずなのに、それを気にして見ていてくれた。
もしかしたら、結果で努力を判断してくれたのかもしれない。
何にせよ、桃に評価してもらえたことが、堪らなく私を喜びで満たした。



負けたくないって思っていた。
でもその気持ちは、少しずつ変わっていたことをはっきりと思い知らされた。
私は桃と、対等な目線に立っていたかったのだ。

私のこと、すごいと思ってて欲しい。
私が桃を、すごいと思っているのと同じように。
桃に何かあったら助けてあげたい。
いつも桃が私を助けてくれるみたいに。

私は桃に、隣にいていい存在だと許され、認めて欲しかったのだった。
203 :idoloid :2015/04/25(土) 21:23
「ああ、ごめん」


謝罪の言葉を述べつつも、ゆっくり距離を縮めて隣に並び、また再び歩き出した。
一抹の風が砂埃を巻き上げ虫柱を散らす。

そこでふと、桃がわずかに右脚を引きずっていることに気付き、ひやっと恐れが背中を舐めた。
佐紀のラストライブのことが頭を過る。
思い通りにならなくなった脚、悲痛な叫び―――
動揺を感付かれないように、右手で彼女の手首を掴み、自分の左腕を持たせた。


「掴まれば」
「ああ、うん」


短い指が二の腕辺りの服をちからなく握った。
会社に刃向かったことで佐紀は4日前からメンテナンスを受けていなかったのを後から知った。
もし桃も同じならば、最後にラボへ行ったのはいつなのだろう。
嫌などきどきが胸に生まれて息苦しくなる。


「明日のライブさ」
「うん」
「途中でももの声が出なくなっちゃっても、かわいそうだなんて思わないでね」
「うん」
「身体が動かなくなっちゃっても、同情なんてしないでね」
「うん」
「絶対そういうふうに思われたくない。みやだけには」


同情なんてする訳ないじゃん。
私を誰だと思ってんの。

台詞をそのまま受け取ったらかちんと来て、テニスのラリーみたく打ち返してやりたくなったけど、少し考えてみてぐっと堪え、くちびるを引き結んだ。
こういうことを桃がはっきりと口にしたのが珍しかったからだ。
見下ろした彼女の横顔は、寸分の隙もなく真剣だった。
204 :idoloid :2015/04/25(土) 21:25
思えば、桃とはとにかく言い合ってきたけれど、肝心なことはちゃんと言葉にしてこなかった気がする。
意地とか照れとか気恥ずかしさとか、口に出さなくても分かるでしょ、という信頼や怠惰や甘えは、言葉を見えない糸にした。
それを長いこと通い合わせて出来た繭の、何といびつでぶさいくなことか。
でもそれは、紛うことなき不器用な2人の、2人だけの形。

歌詞になってしまえば、アイドルの顔で何でも言えてしまうのに、お互いにだけはなかなか素直に気持ちを伝えられない。
結局のところ、私と桃は似た者同士なのかもしれない。
自分が1番大好きで、他人に手の内や弱いところを絶対見せたくない、完璧主義の負けず嫌い。

変なの。私たちが並んだ画は、誰の目にもちぐはぐに映るだろう。
キモい仕草やウザい言動を直ぐにして、ピンクのふりふりした服ばかり好む、こんなちんちくりん。

でも私が背中を預けるならば、こいつしかいない。
世界でたった1人、桃だけなのだ。


「フォローするから」
「よろしく」


きっぱり言い放った返事に、少しだけ肩のちからが抜ける。
いつもの強気に安心していると、不意に言葉が掛けられた。


「みやは優しいねぇ」


熱いお味噌汁が胃に沁み渡っていくような、しみじみとしたおばあちゃん口調に思わず笑ってしまう。
ふん、と鼻から息をついたら、存外感じ悪く響いた。


「何それ、今頃気付いたの?」


軽口を叩きながら桃の顔を覗き込んで、どきっとした。
桃が見たこともない−−−いや、子どもの頃に目にしたことがある表情をしていたからだ。

ぎりぎりまでいっぱいになって、表面張力で何とか持ちこたえているコップの水みたいに、目のふちに溜めた涙。
鼻の頭を赤くしてくちびるを固く結び、必死で泣くのを堪えている顔は、ちいさかった昔にダンスレッスンでめちゃくちゃに叱られたときを思い出させた。

波紋のようにざわつきが胸に広がる。
桃が静かに私を見上げた。


「ううん。ずっと前から知ってたよ。
 何百年も前から、知ってたよ。
 ありがとうって、いっつも思ってた。
 ずっと伝えたかったの」
205 :idoloid :2015/04/25(土) 21:25
ついにぽろぽろこぼれた雫に気付かされる。
全然分かっていなかった。
最期の日の前日は、もう日常なんかじゃない。
自分でも信じられないくらい切羽詰まった声が出た。


「ももっ!」


涙を隠すふうに、桃は私の肩口に顔を押し付けた。
強引に引き寄せると、まつげが首筋に当たって肌の表面が熱く濡れる。
腕の中でちいさなかたまりが震えていた。

―――途中でももの声が出なくなっちゃっても
―――身体が動かなくなっちゃっても

さっきの台詞が頭の中で繰り返される。
もしかして、桃はこれから自分の身に振り掛かる未来が分かっているのではないだろうか。
最悪のシーンが頭に浮かび、急激に体温が下がったみたいにぞっとした。

一面ピンク色に染まった空間で1人歌い踊る桃を、私は後ろから見守っている。
しかし突然、切断されたように歌声が止まるのだ。
ざわめきが広がる中、蕾がほどけるみたくして、握っていた手からマイクが取り落とされる。
会場に響き渡った鈍い衝撃音を追い掛けるように、糸が切れた傀儡みたく膝から崩れ落ちて彼女は−−−


「くやしいよ、みや」


くぐもった涙声は細く掠れていた。
嫌な想像を追い出すようにぎゅっと目を瞑って、背中に回した腕にちからを込めて祈る。
アイドルに誰よりもこだわってきたのは桃なのに―――!
206 :idoloid :2015/04/25(土) 21:26
「最期になんないと何も言えないなんて」


しばらくして桃は、そう自嘲しながら私の身体から離れた。
その言葉に胸が痛む。

恐らくオリジナルから引き継いでいるこの宿題を、私は、私の方は、まだ果たせていない。
でも、この期に及んでどう切り出せばいいか分からず、焦りだけが空回りする。
時間はスイッチを入れられたときから終わりに近付いていたのだ。
それから目を逸らし続けていたツケが今、ここにきて回ってきている。

沈黙が訪れる。
根が生えたみたいにお互い立ち尽くしていると、桃がぽつりと重たい空気に穴を開けた。


「佐紀ちゃんには話したんだけど、みやにも言っとくね」


ゆっくり頭をもたげると、真剣な眼差しが貫くように向けられていた。


「もも、明日のライブが終わったらラボには行かない。
 遠くに逃げる。逃げるって言い方は癪だけど」


信じられない思いで桃をまじまじと見つめた。
唐突過ぎて意味が分からない。
発した声は十分過ぎるほど戸惑いと狼狽えを露にしていた。
207 :idoloid :2015/04/25(土) 21:27
「え、ちょっと待って。どういうこと。遠くって、どこ行くの」
「場所は言えない。遠くの国」
「何それ。全然分かんないんだけど。
 そこにはメンテナンスしてくれるところ、あるの」
「ある。話はついてる。そこでかくまってもらうの。
 その準備って理由もあって、何年もイーストエリアに通ってたんだし」
「−−−ハッ?」


思わず声が裏返った。
羞恥と憤りに、顔に熱が集まっていく。

どうして今まで打ち明けてくれなかったの、なんて桃が秘密にしていたことに対して介入したい訳じゃない。
心配して毎度のように公園へついていった私は、明らかに邪魔だったのだ。
それなのに、桃のことを守っている気になっていたなんて、自分が滑稽でみじめ過ぎる。

目の横がぴりぴりする。
きっとまなじりはいつも以上に吊り上がっているだろう。
遠慮なく怒りを剥き出しにする私をちらと横目で窺って桃は、言いたいことを察したのか、ばつが悪そうに俯いた。


「怒んないでよ。子どもたちに会いたかったのは本当だし、みやが一緒に来てくれて、もも、嬉しかったんだから」


勇ましい表情から一転、桃はもじょもじょと弱々しく口ごもった。
じわじわと赤くなっていく耳を見て、腹立たしさがしぼみ、つい吹き出してしまう。

なんて最後まで私たちは、こんなにも私たちなんだろう。
お互いを思い通りに出来なさ過ぎて、本当にウケる。
おかしくて仕方なくなって、笑いながら少しだけ泣いた。
208 :idoloid :2015/04/25(土) 21:27
「会社のひとたちが諦めたくらいに、戻ってくるから。
 何十年後か分からないけど。そしたらみんなを探すの」


言いながら、桃は近くにあった小石を蹴った。
足元を見て改めて、ピンクのエナメルのラウンドトゥがダサくて子どもっぽいな、と確認する。
右脚は元に戻ったらしいけれど、いつまた信号が途切れるか分からない。
顔を覗くと、彼女はむっとくちびるを尖らせていた。


「だって、悔しいじゃん。全部会社の思い通りになんてさせないよ。
 ももはずっとアイドルでいるんだもん。これだけは譲れない」
「でもさ、もしだよ。
 もしライブの途中や終わりにももの身体が動かなくちゃったら−−−


どうすんの。
そう続けようとしたのを飲み込んだ。
きっとこっちの方が、私っぽい。


−−−ももの身体、どこに運べばいいの」


にやっと口の端を持ち上げてみせると桃も、あの日に見せた共犯者の笑みを浮かべた。
209 :idoloid :2015/04/25(土) 21:28
明日のライブが終わったら、イーストエリアの裏ルートを使って行方をくらまし、ほとぼりが冷めた頃に戻ってくる、という桃の計画。
彼女はいつも、私たちより先のことを考えて、未来を切り開こうとする。
でもそれにしても、ただじゃ起きないというか、尊敬を通り越して呆れてきた。

幾らオリジナルのBerryz工房が破天荒なグループだったとは言え、絶対的に【idoloid】は従順なロボットとしてつくられる。
反旗を翻すなんて前例がない。
きっと会社のひとたちは慌てふためくだろう。
ツグナガ モモコと嗣永 桃子を甘く見過ぎていたのだ。



しかし私自身、桃の言葉を信じ、それを拠りどころに余生を生きようなんて気はさらさらなかった。
己の未来を他人に託して夢を見て、自分は何もしないなんて、そんな無責任なことは出来ない。

それに私は結構リアリストだ。
桃にどんな秘策があるかは知らないけれど、何十年後、どこにいるか分からない私たちの身体を探し出すのは、海中に落とした一粒真珠のピアスを拾うみたいに、途方もないことに思える。
パーツがばらばらに解体され、新しい【idoloid】の作成に再利用される可能性だって高い。

それにきっと、桃も完璧な自信があるのではないだろう。
だって、未来のことなんて誰にも分からない。
絶対なんてない。

桃が無事に逃げ切れて、どこかの国で新しい人生を始めて、しあわせに暮らしてくれたらそれでいい。
それだけを願おう。


「戻って来たら、必ず見付け出すから」
「よろしく―――相棒」


たっぷり逡巡して、やっと一言付け足す。
普段使わない私の言葉に気付いて、桃はきょとんとした後、肩をすくめてくすぐったそうに笑った。
やっぱりちょっと恥ずかしいな。
私も照れ笑いを浮かべ、焼き付けるように彼女の顔を見つめた。
210 :idoloid :2015/04/25(土) 21:28



◇◇◇◇◇



211 :idoloid :2015/04/25(土) 21:29
長い夢を見ていた。
ノイズとつぎはぎだらけの出来の悪い映画は、私と彼女たち、7人の物語。
スイッチが入れられてから心臓を取り抜かれるまでの断片的な記憶をめちゃくちゃに繋ぎ合わせたそれが、繰り返し繰り返し再生されている。

イベントでのワンシーンだったり、楽屋裏での一コマだったり。
カメラが回っていてもいなくても、ばかなことをやってふざけ合って、そんな日常の些細な思い出はみんなの笑顔で彩られていた。
それぞれの特徴的な笑い声は耳に染み込んでいる。

でもそういうふうに、ただ仲良く10年以上過ごしてきたのではない。
幼い嫉妬で傷付けたり、意見が食い違えば衝突したり、嵐みたいな喧嘩もしたり。
あの子に突き刺してしまったひどい言葉は、後悔と一緒に胸に刻み込まれている。

楽しいことばかりではなかった。
厳しく叱られるレッスンや、プレッシャーに押し潰されそうになる舞台の稽古から逃げたくなったり。
加齢ややがて訪れる最期に急に悲観的になって、何もかも投げ出してしまいたくなったり。
笑いたくないときやファンのみんなの前に出たくない日だってあったけれど、それを隠してにこにこしていなければならないのはつらかった。
212 :idoloid :2015/04/25(土) 21:29
楽しいことばかりでは、確かになかった。
でも楽しいこともいっぱいあった。
何より鮮やかに映し出されるのは、ステージの上での光景だ。

ライブが好きだった。
貫くみたいな光と迫り出してくる音に身体は突き動かされる。
押し寄せる歓声に負けないように、エネルギーをぶつけ返すみたくして、私たちは歌って踊っていた。
客席の笑顔を見ると、自分たちのやっていることに間違いはないのだと短い命を肯定されたような気持ちにもなった。

私はいつでも1人じゃなかった。
テレパシーを飛ばすみたいに交わすアイコンタクト。
ばらばらの声質が重なり合って生まれる絶妙なハーモニー。
Berryz工房という運命を共有した、機械仕掛けの女の子。
あの空間で私たちは、1つの魂を7人で分かち合っているようだった。



トンネルの入口にいたときは、10年以上って永遠みたいなものだと思ってた。
でも、過ぎてみたらあっと言う間だったね。

終わらない時間なんてない。
きっと全てが一瞬のきらめき。
213 :idoloid :2015/04/25(土) 21:30
「ねえ、もし私たちが人間だったら、いつまで歌ってたかな」


突然場面は切り替わる。
2、3歩先を行く彼女が不意にこちらを振り返った。
スカートの裾が揺れ、さらりと髪が風になびく。
その口許には寂しげな笑みがたたえられていた。


「オリジナルが羨ましいね。だって最後を自分たちで決められたんだもん」


アイドル以外の夢を持つことを当たり前に許され、それぞれの道を歩むと決めた彼女たち。
Berryz工房が活動を停止しても、7人の人生は続いていった。
アイドルとして生まれ、そして死んでいく選択肢しかない私たちにとってそれは、羨望と嫉妬だ。

何百年後の遠い未来、各々そっくりのアンドロイドがつくられて、またBerryz工房が結成されるなんて知ったら、オリジナルはどんな顔をするだろうか。
彼女たちにもし出会えるならば伝えたい。
毎日いっぱい頑張ってたんだねって、全てを肯定してあげたい。
だって、あなたたちのことをまるごと全部理解してあげられるのは私たちだけだから。



前方からふと眩むような光が襲ってきた。
目の前の彼女の姿は溶けるみたいに呑み込まれてしまう。


「もっと歌っていたかったな。
 もっとみんなでいたかったな。ねえ―――


実像を持たない影が私を呼ぶ。
私は。私の名前は―――
214 :idoloid :2015/04/25(土) 21:31



◇◇◇◇◇



215 :idoloid :2015/04/25(土) 21:33



―――ゃ?!みや?!ねえっ!!聞こえる?!みや?!」



216 :idoloid :2015/04/25(土) 21:34
声に呼び起こされるみたいに微睡みから覚醒した。
ゆっくりと瞼を持ち上げると、 眼球パーツに刺すような痛みが走り、思わず目をしばたたかせる。
強く白い光。

それを遮るふうに、私に覆い被さろうとしているものがあった。
霞がかった思考は鈍い。
それでも何とかピントを合わせようと、焦点がもがくみたいにして彷徨うと、水に浸した水彩画のごとくぼやけた輪郭が、次第にくっきりと線を描くようになった。
瞬間、私は大きく目を見開く。

まさかのことに呼吸を忘れた。
それと同時に今、自分が息をしていたのだと身を持って識る。

瞳にまた世界が映し出された。
そしてそこには、あの日と変わらない姿で私を覗き込む桃がいた。


「みや!!」


逆光でも分かった。
涙でぐしゃぐしゃに濡れた顔。
目から落ちたそれが私の頬にぽたぽたと落ちた。

もも。
名前を口にすると、本当にかすかだけれど確かにくちびるが動いた。

喉が破けるのではないかと心配になるほど、声にならない声を上げて桃は、私の胸に崩れるように突っ伏した。
こんなに取り乱した彼女は見たことがない。
だから余計、夢なんじゃないかと疑ってしまう。

薄汚れたグレーの天井。
浴び続けていたら火が付きそうなくらい強い照明の光はスポットライトを思い出させた。
どうやら私はどこかに仰向けに寝かされているのだと、何となく状況を把握する。
217 :idoloid :2015/04/25(土) 21:35
もも。
呼び掛けようとしても、全く声が出ていないことに気付く。
抱き締めたくても腕が上がらない。
まるで両の手足首に重石が付けられ砂の中に深く沈み込んでいるみたいで、もしかしたら四肢がないのかもしれないけれど、頭が動かないので確認しようがない。
もどかしさに身体が裂けそうだ。

もも。ねえ、もも。
こころの中で何度も何度も名前を呼ぶ。
信じらんない。こんなことって。
見開いた目から止めどなく涙が溢れていく。


「あっ、ごめんね!まだ繋げてない線ばっかで、身体、全然動けないでしょ。
 声も出るようになってないの」


顔を上げた桃はそう告げると、手のひらで私の顔を撫で付けた。
感触を、温度を、確かめるような手付きで。


「早くしゃべれるように―――ううん、早く歌えるようにしてあげるからね」


指が幾度も目許を往復した。
拭われても拭われても、視界は直ぐに滲んでいく。
涙はしばらく止まりそうにない。

桃の肩越しに開いた世界。それは全て光。
重い雲の切れ間から、彼女の言葉が射し込んだ。


「みやが動けるようになったらみんなを探しに行こう。
 もう1度、Berryz工房を始めよう」
218 :idoloid :2015/04/25(土) 21:35

219 :idoloid :2015/04/25(土) 21:35

220 :名無飼育さん :2015/04/25(土) 21:36
お読み頂きありがとうございました。
Berryz工房が大好きです。
221 :名無飼育さん :2015/04/26(日) 00:37
どうして、アンドロイドと未来の話に設定されたのかな、と考えておりました。正解を知りたいとかではなく、ふとそんな疑問が心に浮かびました。
視点をたくさん作ることで、立体的に見えてくるテーマがあるのかな、と思って拝読させて頂いておりました。

ラストへ向かっていく情熱にどきどきしました。キャプテンが気になって気になって気になっております。

更新ありがとうございました。Berryz工房って面白いですね。
222 :名無し飼育 :2015/04/26(日) 01:08
最後の一行で涙が零れました
素敵なストーリーをありがとうございました
223 :名無飼育さん :2015/04/26(日) 10:34
今まで二話分切なかったから最終話のカタルシスが…!
ベリにはやっぱり希望に満ちた感じが似合いますね
224 :名無飼育さん :2015/05/10(日) 18:59
レスありがとうございました。
書いて良かったなあ、と改めて感じております。



>>221
>どうして、アンドロイドと未来の話に設定されたのかな
正解が知りたいとかではない、ということですが、答えみたいなものを知っているのは私だけなので一応用意してみました。
ttp://berryzlifeonthestorm.blog.fc2.com/blog-entry-19.html
>立体的に見えてくるテーマ
各話ごとや物語を通じてのテーマは自分の中で設定していたのですが、察するにちゃんと伝わるように書けていなかったみたいで反省しています。
>キャプテンが気になって
本当は7人全員分の物語を書きたい気持ちなのですが、恐れ入ります><

>>222
最後の一行に気持ちを込めましたので、そう言って頂けると;;
こちらこそお読み頂きありがとうございました。

>>223
本当にその通りです…
書いている自分が耐えられなくて、早くラストシーンに繋ぎたくてたまりませんでした笑



◇◇◇インデックス◇◇◇

イチゴとメロン(矢島・夏焼) >>38-70

戦場のベリーズライフ(Berryz工房) >>79-116

idoloid
1話(徳永・熊井) >>122-145 >>151-158
2話(夏焼・菅谷) >>166-181 >>186-190
3話(嗣永・夏焼) >>195-217

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