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オンパレット

151 :idoloid :2015/02/12(木) 21:06
あの日の江ノ電での会話の後、直ぐにちぃは何ごともなかったように接してくれたけれど、私の中ではずっと後悔がくすぶり続けていた。
いつもこうだ。
私はいつだって言葉を間違う。

どうして私だけいつも上手くいかないのだろう。
私と他のひとでは何が違うのだろう。

声に出してから気付かされる。
相手の引き攣った口許に、苦笑いが滲んだ目配せに、急によそよそしくなる空気に。
ノートを破くみたいにして、自分と世界がばりばりと音を立てて切り離される。
クマイ ユリナもこんな悪夢をずっと見続けてきたのだ。

最後のオフを良い日にするつもりが、嫌な思いをさせてしまった。
あんな表情をさせたかった訳じゃないのに。
口角を無理くり吊り上げた、寂しい笑い顔が網膜に焼き付いている。
無意識につくため息は重く、幾らメンテナンスをしてももやもやした気持ちは身体にまとわりついて離れなかった。



そしてついにその日がやってきた。
5月22日。
ラジオの収録は7時半に現場入りすることになっている。

会社の1階に7時、待ち合わせに現れたちぃは、普段と全く変わらなかった。
いつも通り、幼い仕草で眠そうに目元をこすり、ラジオ局に着くまでの道中も、お腹すいたあ!、と騒いでいた。
ただ1つだけ違うこと。
地下街の天井を見上げる彼女の目のふちは真っ赤に腫れていた。
偽ものの空は今日も眩しいほどに晴れていて、白い光が私に暗い影を落とす。
152 :idoloid :2015/02/12(木) 21:07
「深夜0時30分を回りました、みなさんこんばんは!
 『BZS1422』、キャスターを務めます、Berryz工房・徳永 千奈美です!」


あい らいく あ ちょこれーとどーなっつ!、と恒例の英語をしゃべってちぃは、ブースの外を睨みつけた。
差し入れのドーナッツで彼女が狙っていたクリスピーチョコ味を、スタッフさんが間違えて食べてしまったのだ。
実はこれは演出の1つで、収録の終わりに、生クリームの漆喰壁に様々な種類のミニドーナッツが埋め込まれたふうな、豪華なタワーケーキが登場することを本人は知らない。



収録が始まった。
徳さんスッペシャルスッペシャル、という副題は付けられているけれども、特別な何かを感じさせることは全くなく、打ち合わせもいつもと同じかそれ以上に淡々と済んだ。

キャプテンや桃のときもそうだった。
2人とも普段通りに振る舞おうとし、周りもそれに合わせようとする。
みんながみんな、自分という役を演じているようで何だかぎこちなかった。
私もマイクに向かって、努めて明るい声を出す。


「みなさんこんばんは!
 宇治茶大好き大使、レギュラーコメンテーターのBerryz工房・熊井 友理奈です」
「毎週日曜の深夜0時30分からお送りします『BZS1422』、熊井さん今夜も宜しくお願いします!」
「はい、宜しくお願いします!」
「えー、今日は22日で、早朝にラジオの収録をしている訳ですが、どうですか熊井さん!私はとても眠いです!」
「眠いですねー、今の時間は…
153 :idoloid :2015/02/12(木) 21:07
つつがなく番組は進行していく。
昨日のイベントで主役のちぃが連続でゲームに負け、激苦ドリンクを3回も飲む羽目になった愚痴や、まぁさん・みや・梨沙子からのサプライズメッセージを織り交ぜつつ、今日行われる卒業ライブの話もした。

このまま無事に収録を終えることができると半ば安心していた。
しかし何の前触れもなくちぃが発した言葉に、凪いでいた水面に波が立つ。


「あ、もうね、言っちゃう。収録中だけど今言っちゃう。
 千奈美、熊井ちゃんに怒ってんだけど」
「えっ」


呑気に台本に目を通していた中、不穏な台詞にびくっと身体が揺れる。
驚いて、弾けるみたいにして顔を上げると、ちぃは射るような視線で真っ直ぐ私を見据えていた。
いつになく真剣な表情に思わずひるむ。


「ベリーズステーション、Berryz工房の番組にしたいって、1人でやりたくないってスタッフさんに言ったんだって?」
「それは…」
「何でそんなこと言うの。
 『BZS1422』は千奈美と熊井ちゃんの番組でしょ。
 千奈美がいなくなっても、熊井ちゃんが守ってよ」


有無を言わさない、責めるような口調に圧倒され口ごもる。
叱るふうに、ちぃが私にこんなに強く言ってくるのは初めてのことだ。
今までにない状況に戸惑い、彼女の顔を見ていられず、視線を斜め下に泳がせた。


「でも、1人でなんて出来ないよ」
「出来るよ」
「そんな」
154 :idoloid :2015/02/12(木) 21:07
無責任に即答され、くちびるを噛みたい気持ちになった。
どうして今、こんなときにこんな意地悪をするのだ。

ちぃなら言わなくても分かってくれると思っていた。
言葉が出てこなくて焦ったり、言い間違えをして慌てたり、そんな私のみっともない姿を、ちぃが1番近くで見てきたではないか。
それをこんなふうに突き放すなんて。

いちいち説明しなければならない情けなさと自分勝手な苛立ちに、かっと頬が熱くなる。
語気を強めて反論した。


「うちがしゃべんの苦手なの、ちぃだって分かってるでしょ。
 1人でずっと話さなきゃいけないなんて、絶対くまくまトークになる。
 そんなの誰も聴いてくれないよ」
「違うよ。熊井ちゃんのくまくまトークは、一所懸命だからでしょ。
 自分の言葉で、一所懸命伝えようとしてるから、そうなっちゃうんでしょ」


思わず目を見開いた。
ちぃは構わずまくし立てる。


「みんなそんなこと分かってるよ。
 みんなそんな熊井ちゃんが好きなんだよ。
 もっと自信持ってよ。
 熊井ちゃんの言いたいことは、ちゃんとみんなに伝わるから」


鼻の頭がつんと痛んだ。
今まで味わったことのない感情に胸を掻き乱される。
まさか自分がこんなふうに肯定されるなんて。

目のふちがじんと熱を持つ。
ぼやけていく視界の中で、向かいにいるちぃが身を乗り出しては歯を見せて、くっきりと笑ったことは分かった。


「熊井ちゃんなら大丈夫!
 1番近くで見てきた千奈美が言うんだから、だいじょーぶったらだいじょーぶ!」
155 :idoloid :2015/02/12(木) 21:08
そのときだ。
私の脳裏に1つの光景が浮かび上がった。

ちぃと2人きりで机を挟んで向き合っている。
頭が重くて腰が曲がった花みたいに、色付きのマイクが真ん中からそれぞれに向かって伸びていて、手元には台本が広げられていた。
全体的に古臭い装置だけれど、どうやらこの場所はラジオブースだということを知る。

そんな中、くまらない話のコーナーだろうか、自分で入れた注意書きでぐちゃぐちゃになったページに必死でしがみつきながら、私はマイクに顔を寄せて、一人しゃべりに没頭していた。
言葉の迷路に足を踏み入れ、出口を探して奔走する。
身体に広がっていく焦りや背中や首の裏にかいた汗の感覚がやけにリアルだった。

でも、いつも。
いつだって。

助けを求めるように視線を上げると、ちぃが優しい表情で私を見てくれていた。
目が合うと、がんばれっ!、と勇気づけてくれた。
話し終わると、良かったよ!熊井ちゃん!、と必ず褒めてくれた。
それに何度救われてきたことか―――



しかしながらこのワンシーンは、懐かしさすら感じるのにも関わらず、自分の身に全く覚えがなかった。
殺風景な狭い部屋。
薄いグレーの壁。
直線でできたテーブルのライン。
見たことがないちぃの服。
いつかの夜の夢みたいな、不確かな既視感に首を傾げたくなったけれど、ふと1つの考えが頭に浮かんだ。

ああ、そうだ。
もしかしたらこれは、遠い遠い、クマイ ユリナの―――
156 :idoloid :2015/02/12(木) 21:08
う、と低い呻き声が聞こえた。
それが最初、自分のくちびるから漏れているとは気付かなかった。

込み上げてくるものを塞き止めたくて、目をぎゅっとつむったけれど効果はなく、1度こぼれ出した涙は止まらない。
喉が引き攣る。
子どものようにしゃくり上げる。
何で泣くのぉ熊井ちゃぁん、という笑いを含んだふにゃふにゃした呆れ声と、椅子のキャスターが転がるごろごろという音が耳に届いた。
そうして近付いてきたちぃは、嗚咽まじりで泣く私を、くるむように抱きしめてくれたのだった。



私はその細い身体にすがりついた。
背中へ向かって伸ばした腕。
今度は確かな意思を持って。

おねがい、ちぃ、いかないで―――
157 :idoloid :2015/02/12(木) 21:09
一体どれだけ泣き続けていたのだろうか。
スタッフさんが慌てて用意してくれたティッシュは、私の涙と鼻水を吸い込み、ごみ箱をにいっぱいにしている。
こめかみや眼球パーツの奥が鈍く痛んだ。

やっと幾分か落ち着いたところで収録が再開される。
気付いたら、台本も最終ページに差し掛かっていた。
しかしながらちぃはそれに全く目もくれず、ラストの挨拶をしゃべり出したのだった。


「ええと、最初にもお話ししたんだけど、今は千奈美の誕生日で卒業ライブの日の朝で…
 何だろな、また明日が来る気分。
 実感湧いてるような、湧いてないような、不思議な気持ち。
 ん〜〜〜、でも、あれだあれ!終わりがあれば始まりもあるから!
 トクナガ チナミもそう言ってたし!」


あっけらかんと笑い飛ばしていたちぃだったけれど、ふとまつげを伏せると、穏やかな微笑みをたたえて続けた。


「千奈美、Berryz工房でいられて本当にしあわせだったな。
 すんごいすんごい楽しかった。
 それじゃあ、千奈美はちょっとだけお昼寝しまーす。
 お腹がすいたら起きるから、それまでね!」


言い終えて、ちぃは私に目配せをした。
それにちいさくうなずいて応える。
そう、これで最後だ。


「それでは来週も日曜深夜0時30分にお耳にかかりましょう!
 ここまでは、キャスター Berryz工房の徳永 千奈美がお送りしました!
 コメンテーターは熊井 友理奈さんでした、ありがとうございました!」
「ありがとうございました、―――


ここで私はいつも韓国語を披露することになっている。
でも今日は。このときは。
伝えよう。自分の言葉で。


「ちぃ、また会おうね。
 また一緒にBerryz工房、やろうね」


涙まじりの声は、気を付けないと震えてしまいそうなほど頼りなかったけれど、最後の一文字までちゃんとしっかり口にできた。
それにちぃは直ぐ、満面の笑みで勢い良くうなずいてくれた。


「うん!またね!
 また7人でBerryz工房、やろうね!」
158 :idoloid :2015/02/12(木) 21:10
始まり、なんてこれからの私たちにあるのだろうか。
また、なんて私たちの未来に用意されているのだろうか。
私たちはスイッチを入れられたときから生きられる時間が決まっていて、夢見ることもままならない。

でも。だけど。

Berryz工房をまたやりたい。
この願いをオリジナルのトクナガ チナミもちぃと同じように抱いていたならば―――

数百年のときを経て、Berryz工房は再結成された。
トクナガ チナミの思いはこういう形で実現されたのだ。
私たちだって、未来に希望を繋げてもいいかもしれない。



目の前のちぃは、 鼻から大きく息を吸い、肩を目一杯にいからせている。
そして一気に大声で叫んだ。


「しーゆーあげいん!!!!!!!
 じゃあね!みんな、まったねー!」


ラジオなのに、マイクに向かってばたばたと騒がしく両の腕を大きく振っている。
そしてふと私の方に視線をずらすと、お腹すいたぁ、と声にはせず口をぱくぱくと動かして、いたずらっぽく笑った。

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