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1 :景山由美子 :2010/04/06(火) 16:12
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2 :名無し飼育 :2010/04/11(日) 14:03
とりあえず落とす
3 :名無飼育さん :2010/06/23(水) 21:28
いただきます
4 :夏野菜スパンキング :2010/06/23(水) 21:30
スタッフの方から夏野菜をいただいた。実家が農家なんで、どうですか、と差し出したビニール袋を私は笑顔で受け取る。普段いただくものと言ったら

お菓子やケーキや、フルーツといった、カテゴリー的には同じ「食べ物」ではあるけど、今回の差し入れは少し違ってなんだか急に非現実的な気分にな

る。とはいっても、この仕事自体が非現実的なのだから、と考えたら何が何だかわからなくなる。ので、考えるのをやめた。
どこのスーパーのものかわからないビニール袋に胡瓜と茄子とトマトがつめられている。色鮮やかで本当においしそうだ。今すぐ食べてみたいけれどこ

れからすぐ撮影がある。今日は舞美ちゃんと二人で雑誌の写真撮影だ。舞美ちゃんと野菜、で、野菜を見たときから思い浮かんでいたけれどごまかして

いたことが、とうとうこらえきれなくなる。最近おかしな夢を見る。みんなで楽屋にいる間に舞美ちゃんは私に冷たくしたり、嫌味を言ったり、理不尽

に怒ったりする。舞ちゃんと千聖がああまたか、というような顔で私を見て、なっきぃは舞美ちゃんに、もういいじゃない、というような視線を送る。

しかしだれも口には出さない。私はじっとこらえる。泣きたくなったりはしない。機嫌が悪いのかな、とか、も思わない。舞美ちゃんには私が全て悪く

映っているのか、そうでなければ、違うとわかっていても許せないことがあるのか。曇天空模様色をした鉛を飲みこんだみたいにお腹のあたりが重くな

る。呼気では吐き出せないとわかりつつ私はため息をつく。そこで、ときどきは目が覚める。目が覚めるとじっとりと嫌な汗をかいていることが多い。

重りは夢から持ち越してきてしまって、朝から気が重い。目が覚めた私は冷静だから夢のことが現実にありえないとわかっている。それなのにこんな夢

を見る理由が自分にあることも、わかっている。去年の後半から私はずっとこの夢に追いかけられている。
野菜を持って楽屋に入ると舞美ちゃんが先についていた。「おはよ、愛理。」昨日は夜もお仕事だっただろうにそんなことも感じさせない笑顔が眩しい

。「舞美ちゃん、おはよう。」私もつられて微笑んだ。今日もあの夢を見て、幻影が現実の舞美ちゃんと重なりかける。けれど違和感があって重ならな

い。夢か現実か、曖昧な世界に、私は気付かないうちに足を突っ込んでいた。
5 :夏野菜スパンキング :2010/06/23(水) 21:31
現実受け止められずそう誰かのせいにしても戻らない青春、「夢と現実」の歌詞にあるけれど、私は似たようなことを栞菜に話したことがある。だから自分の力をつけて、自分の力で道を拓きたい、と。栞菜は「そうだね。愛理なら、きっとそう。」と呟いた。いつもとは少し違う様子の栞菜を思わず見やると、栞菜は笑っていなかった。だからといって私に敵意を向けているわけでもない。ただ、何かに怒っているのか、少し寂しく見えた。なんてことない一瞬のことなのに私の心に焼き付いている。夏の太陽を見上げてしまった時のように。だから痛くて直視できない。あの出来事は今考えると終わりが始まる直前の出来事だった。
「愛理?」一瞬トリップした私を舞美ちゃんが呼び戻す。「ごめん、ちょっとぼーっとしてた。」瞬きを2、3度ぱちぱちして現実世界に戻る。舞美ちゃんは、朝だからね、とふわふわ笑っている。私が荷物をテーブルに置くとビニール袋ががさがさ鳴った。「あ、愛理ももらったんだ。」「うん。おいしそうだよね。」中の胡瓜を一本取り出してみた。濃厚な緑が白いテーブルを背景に自己主張している。皮のぼこぼこが痛いくらいに元気だった。それが新鮮だと母から聞いていたから、きっとこれはおいしいに違いないと思う。そう伝えようと舞美ちゃんを見たら、胡瓜を握って舞美ちゃんの方を見る自分がやけに非現実的に思えて、覚められなかったときの夢の続きを思い出す。
6 :夏野菜スパンキング :2010/06/23(水) 21:33
苛立ちの表情で舞美ちゃんが私を見据えている。私が何も言えないでいるとしんとした空気が広まって、いつのまにか私と舞美ちゃん以外の人が楽屋から消えて二人きりになっていた。だからブレーキがきかない。舞美ちゃんが、皆がいれば言わないようなことを口にしようとする。聞きたくない。言われたくない。どれだけ頭で、言われることをリハーサルしても、それは空想の痛みでしかない。現実は現実の痛みがある。空想は所詮は嘘だから逃げられるけれど現実は逃げられない、逃がしてくれない。だからこそ人は決定的なことを口にするのを躊躇うのかもしれない。それが今、舞美ちゃんは口にしようとしている。現実の痛みで私の首を絞めようとしている。恐怖で体がすくむ、その時に、手に何かあることに気がついた。親指で表皮を確かめるとどうやら「きゅうり」らしい。深い緑と私の心はどちらが暗いだろうか。わからないけれど、私は舞美ちゃんの言葉をどうしてもどうしても聞きたくなくてその口が開いてしまう前に、胡瓜を勢い良く振り下ろした。いつもそこで目が覚める。胡瓜の行方はしれない。時にはなすびだったり、ひどければ大根だったりするときもある。起きるたびに罪悪感にさいなまれながらも殴った感触を想像する。どれもぱこんと小気味よい音で割れて弾けていきそうだ。そこまでは想像ができるのに舞美ちゃんがどんな顔をするのかだけは想像ができなかった。所詮は、偽物の世界、である。
親指で胡瓜の皮を擦ると感触とは対照的になめらかに意識が移行した。自分でも気がつけないくらい自然だった。手に胡瓜があるならそうしなければいけない気がして、意識朦朧としながら舞美ちゃんに近づく。楽屋には私たちしかいない。目覚める直前のように体がどことなくふわふわして、頭もうまく回らずにぼんやりしている。夢の中の私に命令されて私は胡瓜を振りかざした。何も分からないゴマフアザラシの赤ちゃんみたいな顔で笑いながら舞美ちゃんが私を見ている。白い世界の中に舞美ちゃんだけがある。消えていた思考は、腕を振り下ろす瞬間に、まるで夢から覚めたように戻ってきた。冷静な思考で、まずい、と思った時には遅い。ばこんと胡瓜が砕ける現実の感触が手に染みた。
7 :夏野菜スパンキング :2010/06/23(水) 21:33
緑が放物線を描き飛び散る中私と舞美ちゃんは目を合わせたままだった。クラッシュの瞬間だけは目を閉じていたけれど、舞美ちゃんはなにがなんだかわからないといった驚いた表情で私を見上げている。目が大きいことを再発見する。他のパーツも整っていて、こんなにも美しい曲線は神様が与えたものなのかな、と、微かに思った。こんなことを考えてしまうほど私も現実がよくわかっていなくて、ぱら、ぱら、と胡瓜が落ちた音で我に返り、血の気が引いていく感覚を味わいながら、自分が殴ってしまった場所を押さえて謝った。「ごめんっ。大丈夫?」大丈夫も何も自分で殴ったのだけど、と自分に言いたくなる。髪に絡まった細かい胡瓜をとりながらどうしたらいいか混乱していた。「愛理?」舞美ちゃんの第一声には怒った気配はなかった。「ごめんなさい、なんか、あの、ぼーっとしてて、って理由になってないんだけど。」夢の話はできない。夢の内容を話すわけにはいかなかった。そうなるとなんの言い訳も理由も思いつかないから私はだんだん坂を転げるようによくわからないことを口にし始める。そのとき、舞美ちゃんが私の手首を掴んだ。「私に怒ってる?」想像では追いつかない現実の中で、舞美ちゃんは私を心配そうに見上げている。舞美ちゃんに対して怒ってなんかいないから私は口をつぐんで首を横に振った。「本当に?」今度は縦に。私の目と雰囲気から何か読みとったようで舞美ちゃんは穏やかに目を細めた。暮れていく夕日が肌を照らす温度を思い出す。「なら、よかった。」撮影の時や仕事の時とは全く違う空気で笑う。舞美ちゃんのこの笑顔には一切嘘がない、から、私は完全に許されていることがわかる。椅子から立ち上がり私より高くなって私の頭をぽんぽんと撫でた。「疲れてる?」いつもであれば首を縦には振りたくない。疲れてると言うのが嫌いだった。でも今日はそういうことにしてしまわなければ治まりが悪いから、私は黙って頷いた。舞美ちゃんは夏ではなく春の太陽みたいに笑って私の肩を抱き寄せて頭を撫でた。そういえばこんなことをされるのは久しぶりだった、と、肩の感触で一人ごちる。グループの中ではどちらかといえば年少組に入っていたのに、だんだん年上組に数えられるようになった、のは、私の性格柄だということにしたい。それ以上の要因があるなんてもうあまり考えたくはなかった。舞美ちゃんの体温は私より高く、冷房の利いたこの部屋では心地よかった。「お疲れ様。あまり無理しないで、なにかあったら話してね。」という月並みな言葉は、月並みでないくらいに舞美ちゃんの思いがこもっている。愛理は吐き出さないからたまに心配。そう付け加えられると、それはそれはなんてことのない言葉なのに私の涙腺のねじを回す。ゆるんだらその隙間から熱を持った水がほろほろ伝ってきてしまうから、意図的に締めようとする。その間でも舞美ちゃんの体温は暖かい。舞美ちゃん自身も、暖かくて、私は全て許されているような感覚に襲われる。違うとはわかっている。そもそも、許す許さないの時点に舞美ちゃんは立っていないのだ。
8 :夏野菜スパンキング :2010/06/23(水) 21:34
例の報道、事件の後、私は一人だけ事務所に呼ばれた。2人で使うにしては広い会議室の明らかにピリピリとした空気の中に私は放り込まれる。マネージャーさんは険しい顔をして、私に、栞菜と遊んだことを公開するのを控えろ、と言った。それ以外のことに関しては何も言われなかったけれど、終始賢いお前ならわかるよな、というような空気を醸し出してそういったことを何度も確認されて解放された。それから、私はくすんだ気持ちのまま、言われたとおりに栞菜と距離を置いた。他のメンバーにはそんなことがあったとは言えず、気付かれてもいけないからできるだけ気付かれないように、少しずつ少しずつ。栞菜が気付かないはずがなく、そしてその背景にあることも察して、栞菜も私から距離を置く、というよりは見えないバリケードを張った。それでも苛立ちを隠せないみたいで私に対する対応が前とは異なっていた。私のことをつまらない、とは前々から言っていたけれど、それでいいとしてくれていた。それが、途中から許されなくなっていた、と思う。私は常々自己中心的と言われていたからそのことを活かして何も気づかないようにふるまった。どうであってもこの世界がこのまま進めばいい、と思っていた。思っていたのに。栞菜は私に何も相談しなかった。えりかちゃんだけが全て知っていた。それでもえりかちゃんは私に何も言わなかった、代わりに、いなくなった。きっかけは全て私にあるのではないか。そんな被害妄想が日に日に私の頭を蝕んでいく。たら、れば、なんて何も当てにはならないとは理性でわかっていながら、少しの隙間を縫って妄想は私の頭に染みだし蔓延るようになった。誰も私にそんなことは言ったことがない。栞菜もえりかちゃんも、舞美ちゃんもなっきぃも舞ちゃんも千聖も、誰も。だからこんなことは私の妄想であって現実ではない、と言ってしまおうとする頭に、でもそんなことを誰が言うのだろう、誰が責めるのだろう、と悪魔みたいな声が囁いて、同時に栞菜の少し怒ったような顔が浮かんだ。何も否定できない。かといって肯定されるわけでもない。生殺しの状態。私は宙にぶらぶら浮き、ぐらぐらと揺らぎ始める。そんな妄想が原因で私は夢を見る。
舞美ちゃんをはじめ他のメンバーはおそらくこんなことを知らない。知ったらどうなるのだろうとときおり考えるけれど結局は変わらないのではないか。誰も私のことを責めたり咎めたりすることは、ないように思える。どこまでいっても私は宙ぶらりんのまま曖昧に笑うしかない。何も知らない顔で。胸がどんなに痛くても、最後まで笑って立っていることが、私にできる贖罪のようなものだと思っている。そうやって覚悟を決めた私の心情を何も分からない舞美ちゃんが笑っても何も今までと違わないはずなのに、胡瓜で殴ったことを微塵も怒らずに舞美ちゃんが私の肩を抱いている今が、なんでか、何か許されたような気持ちになった。舞美ちゃんが触れたところが、温かかった。
9 :名無飼育さん :2010/06/23(水) 21:34
おわり

しょっぱなから改行ミス
10 :名無飼育さん :2010/07/23(金) 14:14
一歩踏むたびに足元が崩れる砂浜で、舞美ちゃんは星空を背景に穴を掘っていた。
指先でえぐり、手のひらにおさめ、手前にかき掘った分だけ舞美ちゃんのそばに山が出来る。
しかし砂はさらさらかいた半分くらい零れて落ちていく。
一体意味はあるのだろうか、あんなに零れては限がない。
他人事ながら途方に暮れている私に対して舞美ちゃんは無言で作業を続けていた。
砂が落ちていくことは気にしていない様だった。
辛そうな空気は微塵もない。
ただ、なんとなく空気が湿ってひんやりしているような、気がした。
それは海辺だからかもしれない。
「舞美ちゃん。」
自分の声は案外頼りなく波に紛れてしまいそうだったのに舞美ちゃんは顔をあげて、
私の顔を認識すると目尻を下げて微笑んだ。
影が、濃い。
「愛理。」
「何してるの?」
穴を、とまで舞美ちゃんは口に出して、私が、それは見ればわかるよと言わずに笑ったら、
とんちんかんな答えをしてしまった自分に笑った。
それから空気と同じような温度に頬笑みが近づく。
「あのね。」
私の背中にその空気が滑りこむ。
じっとりとまでではなく、周りより少しだけ温度が低くて心許なくなる。
「たくさんの仕事をさせていただいて色んな夢が叶った。
 すごく嬉しくてありがたいんだけど、もちろん、叶わないことも、あって、
 叶った夢は現実になるけど、叶わなかった夢はどこにも行けない。
 そういうのって、埋めるといいんだって。」
舞美ちゃんの話は相変わらずよくわからない。
でも、その目に光る月がやけに綺麗で、白くて、儚いからなんとなくわかったような気持ちになった。
舞美ちゃんの目は大きい。
間近で見ると驚いてまじまじ見てしまうほどだ。
その目がいつもより下がっていたことに気がつくと湿った空気が私の胸のあたりに侵入した。
そっか、というしかなくて、言葉にすると、そういえば散歩していたのだということを思い出す。
「頑張って。」
「うん、ありがと。」
言葉選びに失敗したことを自覚しながら手を振って再び歩き出す。
足の裏に野ワラ完砂の感触があり、力を入れるとその部分からぐにゃりと砂が曲がっていく。
踏む力が吸収されるせいで一歩が難儀だった。
重い足取りのまま、海も見ずに、足もとの砂が崩れるのを観察しながら歩く。
考えることは一つしかなかった。
11 :名無飼育さん :2010/07/23(金) 14:14

舞美ちゃんは、何を埋めようとしているのだろう。

叶わなかったこと、が私にはあまりなかった。
私の最大の願い事
は今現在叶い続けている。
舞美ちゃんの、女優になる夢も、舞美ちゃんならこれからかなえられると思う。
できなかったこと、叶わなかったこと、一人呟き続けた。
キッズの選抜には選ばれなかったけれど、そこからの今がある。
だからそれはきっと違う。
それから、それから、思い当たることは一つしかなかった。
思いついた瞬間に足が止まった。
そうか、それは、叶えたいとは少し違うけれど、一つの願い事だった。
叶わなかった事実だけが残っている。
その事実があって今があり、納得はしているけれど、他の色々な事実のようにただ時間に流すことはできない。
だから、埋めるんだ。
止まっていた足は勝手に動いて、舞美ちゃんの板方向に向かう。
蹴った分だけ前に進めないことが苦しいとか悔しいとか、そう思わなかった。
重い気持ちにもならなかった。
それでも進む必要があるから蹴るのだ。
舞美ちゃん、そうなんでしょう。
もう私にはあの空気の正体がわかっていた。
足が遅いながらも精一杯舞美ちゃんのもとに走る。
砂は柔らかくて私の感情をすべて受け止めた。
息を切らして、舞美ちゃんの前に立つ。
舞美ちゃんはさっきと同じように顔をあげて微笑んだ。
「舞美ちゃん。」
「うん。」
「私も、埋める。」
私がそう宣言すると、舞美ちゃんは私のことを受け止めるように笑った。
「うん。」
膝をついて砂に手をつくと、走って汗をかいたせいで手と膝に砂がくっつく。
私はそのまま砂をかいた。
舞美ちゃんも、かいた。
二人とも何も言わずに砂をかいていく。
だんだんと穴になる砂の影に二人の思い出が浮かんでくる。
思い出を埋めるわけではない。
思い出に馳せる自分の想いを埋めていくのだ。
涙の代わりにさらさらと砂が零れていった。
そういうことか、と、手を止めて空を見上げると、星がとてもきれいだった。

12 :名無飼育さん :2010/07/23(金) 14:14
おわり
13 :名無飼育さん :2010/07/25(日) 13:06
>>10
「足の裏に野ワラ完砂〜」
ではなくて
「足の裏に柔らかい砂〜」
です。
はずかしい。
14 :可愛いなんて言ってあげない :2010/12/22(水) 03:04
似ている。
そう思ってじいっと顔を見つめると眉が顰められて、子犬みたいな目が困ってる。
思わず舞台袖に一人で呼んでしまったから周りの3人も不安げに見てる。
先を歩くと私の足音だけがやけに大きく響いているようで居心地が悪いまま
一つ音を刻むたびに記憶から、探し物を手繰り寄せる。
これも違う、あれも、違う。ああ、誰に似てるんだろう。
すごく懐かしい記憶を掘って漁るけれど、こんなに可愛い子ってそんなに似てる人多くないはず。
ということはこの世界に入ってからの記憶。
思考が至った時にあっさりと答えは出た。そのまますぐに振り返る。
まだ薄暗い舞台の袖は振り返った私の正面に立つ彼女の顔を見えにくくさせて、
さらには懐かしい記憶まで掘りだした。
暗い中に見えた顔は、連れてきたはずの和田彩花ちゃんから、ずいぶん昔の亀井絵里に変わっていた。
15 :可愛いなんて言ってあげない :2010/12/22(水) 03:05

「さゆ?」
そんなはずは、と呆けた私に、絵里が首をかしげる。
絵里が緊張しているのは幾度とだって見てきたけれど違う緊張をしている。
まだ周りの先輩に怯えてて、声が小さいといわれて、髪が黒くてストレートの、あどけない絵里がそこにいた。
白く透ける半袖の衣装に赤いぎらぎらのズボン。なんだっけ。懐かしい。
上から下まで返事もせずに絵里を見ていたら、絵里が不審な目を向ける。
「さゆ?」
暗い中どこかからの光が絵里のあひる口を照らす。
「絵里、ここどこ?今何日?」
絵里は私の頭からつま先まで目線を動かすうちにだんだん慌てたような顔になる。
「何いってんのさゆ、これからコンサート!何その格好。」
着替えもメイクも済ませてないとまずい時間らしい。
なんとなく私は現状を把握した。
「ごめん、今何年?答えて。」
のんびりかつしっかりした私の口調に、絵里は諦めて口をとがらせた。
「今日はモーニング娘。コンサートツアー2003夏、15人でNON STOP、横浜アリーナでコンサート。」
信じられないけれどタイムスリップしてしまったようだ。
しかも中身だけじゃなく、体ごと。
絵里の着ている衣装と私の衣装は全く違う。
できれば着替えたくないなあ。だって私の衣装の方が可愛いんだもん。
なあんて悠長なことは言ってられない。
もし本当にタイムスリップだとしても、ステージに穴は開けられない。
どうする、と考える中で絵里が、納得いかないように私をじろじろ見てる。
「さゆ、なんか、かわい、いやいや、大人っぽくなった?」
この世界に入って顔つきは変わったけれどメイクの仕方が一番変わった。
絵里はまだちょっとやぼったい顔をしてて、私の顔に興味津々だ。
「可愛くなったでしょ。もともと一番可愛いけど。」
「絵里の方が可愛いもん。」
む、として私を睨む。この反応、久しぶりだ。
可愛い合戦してたんだよね。いつからかしなくなったけど。
その名残か、今でも絵里に面と向かって可愛いというのは躊躇われる。
本当は可愛いと思っていた。
ほわほわ笑う顔や女の子らしい雰囲気も、たまに魅せる艶っぽい顔も、綺麗で可愛い。
言うのが悔しくて言えなかった。
自分とは違う可愛さを持ってる絵里に惹かれていた。
今は磨かれて美しいけれどこのころはまた違う可愛さがあった。
無邪気で初々しい。今よりちょっと控えめな笑顔。
それでもずうっと八重歯が見えてるの変わらないんだな、としみじみ感じた。
「さゆみの方が可愛い。」
「絵里の方が可愛い。」
「さゆみの方が。」
「さゆより絵里。」
16 :可愛いなんて言ってあげない :2010/12/22(水) 03:06

あ、やっぱりひかない。
昔の自分だったら相変わらずひかないで競り合っていたけれど、
今はこれが斬新で、思わずふふふと笑ってしまった。
絵里がきょとんとしている。
いつものさゆじゃない、と口が動いた。
「そうだよ。さゆみは2010年からきたの。2010年の7月。」
「嘘。」
普通は信じないだろうけど、事実おそらくは絵里の目の前でさゆは衣装も髪型もメイクも変わってしまってる。
信じざるを得ないだろう。
「本当。」
向こう側の廊下は騒がしくざわざわしているのが聞こえた。
それに気づく程度に、沈黙があったから。
「にせん、じゅうねん。」
ようやっと呟いた絵里の声が相変わらず小さくて騒々しさに飲まれてしまいそうだった。
「そう。にせんじゅうねん。」
私は歩いてきた道だから、絵里の未来を知っている。
絵里は今、7年先までの道を辿ろうとしている。
答えなんかわからないのに、暗闇の中に道を探していた。
何秒かそうしてから首をぶんぶん振って目を閉じた。
一つ深呼吸の間に私にはわからない決心をして、芯の通った強い顔で私を見た。
その顔も、ずっと変わらないね。きっとこれからも変わらないんだろうな。
私は、絵里がどうこたえるかわかっていながら意地悪に質問する。
「未来の絵里がどうしてるか知りたい?」
7年後までの絵里を教えてあげようか。7年先のモーニング娘。を、教えてあげようか。
もし自分だったら答えを聞いてしまうんだろうな。
だって今だって知りたい。たった数カ月後、絵里が卒業後のことすら、想像がつかない。
だけど絵里は違う。
「いい。」
と、首を横に振った。
「知らない方がきっと楽しいから。」
モーニング娘。を全うするこれからの日々も、卒業してから自分の道を進む日々も、
絵里は、世の中に巻き込まれることを楽しんで、そして誰かを巻き込んで笑顔にしながら、前に進んでいくんだ

な、と、思った。
それは今までの絵里を見てきた私の確かな予想だ。絶対当たる。
さゆみが一番可愛いってことくらい自信がある。
「未来のこと一つだけ言わせてよ。」
「何?」
絵里は不思議な力がある。うらやましく思えることだってたくさんあった。
支えられたこともたくさんあった。絵里の存在が力になった。
だけどありがとうと伝えるにはまだ、少し早いから。
「さゆみと絵里は、かけがえのない仲間になるから、だから、今のさゆみのことよろしくね。」
これからの7年間、仲良くしてやってほしい。
今の絵里、これから7年以上、ずっとずっと、親友でいてくれるかなあ。
きっといてくれるんだろうと思う。私のことを呆れながら、私は絵里のこと呆れながら、
お互いを好きでいるんだろう。
「自分勝手。」
と絵里は八重歯を見せて目を細めた。
ほら今だってもう呆れてる。
「そんなこと言わなくても。」
そっちの世界の絵里とさゆはそうなんでしょ。
17 :可愛いなんて言ってあげない :2010/12/22(水) 03:06

どうやら全てお見通しみたいだ。
そう思った瞬間に、絵里の顔は消えてあやちょに戻っていた。
どのくらい呆けていたことになったのか、まさかあやちょに、道重さんと心配されていた。
相当失礼だけどとんだ失態を見せてしまった。
それにしても、やっぱり少し似ている。
白いとは言えない肌と、ちらりと見える八重歯。と、雰囲気。
あのとき言えなかった可愛いって言葉は多分今日だって言えない。
だったら、気まぐれに素直になってみたくなった。
「可愛いね。」

そんなエピソードはどうやらスマイレージのラジオで暴露されてしまったらしく、
喜んでいるあやちょとは対照的に他の子たちには怖い印象を与えてしまったらしい。
インターネットでその話を見て、まあ仕方ないか、とため息をついたら
隣の絵里から、なにがー、と間延びした声が届く。
「なんでもない。」
「ふーん。」
あ、いぶかしげな顔。と観察すると昔と変わってない。
「絵里はさ。」
「ん?」
「未来を教えてくれるって言われたら、教えてもらう?」
急だね、と、宙を眺めながら考えている。
今の絵里からする未来はどんななんだろう。
「いいや。」
「なんで?」
「知らない方が面白いでしょ?」
ほらやっぱり、絵里はそう答えて笑う。
「そんな気がした。」
あれは白昼夢だったのか、本当にどこかの世界に行ってしまったのかはわからないし、知る方法もない。
だけど本当だったと思った。
「さゆは教えてもらうでしょ。」
少しバカにした口調で絵里が言うからイラっとした。
「いいじゃん。」
「面白くないじゃんかー。」
「ところでさ、あやちょ、可愛いよね。」
「え、何急に。」
「可愛いから言った。」
「絵里の方が可愛いし。」
ちょっと負けず嫌いの顔になっている。
可愛いとは、言ってあげない。

18 :名無飼育さん :2010/12/22(水) 03:09
終わり

時系列など詳しいことは自信がありませんが見逃してください。
亀井さんジュンジュンリンリン卒業おめでとうございます。
そして亀井さん、明日おめでとう。
19 :名無飼育さん :2011/01/24(月) 21:42
見切り発車で続きものを載せてみるテスト
完結しなかったらごめんなさい
20 :1 :2011/01/24(月) 21:43

「梅田さん、よろしくね。」
高校最後の年、3年生はアルバムを作るために写真係が選ばれる。
他の学年でもある係ではある大して重要視されていなかった。
最後、という言葉は思い出を重いものに変える。
あたしは正直やりたくなかった。
重苦しいものにしたくない、だから、ひょうきんに写ってやるつもりだったのに、見事ジャンケンに負けたわけだ。
あたしのいるグループはクラスでは比較的権力が大きい、というか人数も多いし、積極的な人間が多い。
そのグル-プから一人と、もうひとつ中くらいのグループからもう一人、選ばれた。
こっちの押し付け合いとは違って平和な選出だったのだろう。
矢島さん、はそう窺わせる人物だった。
人の嫌がることを爽やかな笑顔で引き受ける。
ソフトボール部部長で、去年は体育祭の実行委員もやっていた。
文化祭実行委員は派手に盛り上がりたいあたしのグループのだれかが率先して引き受けたのに対し、
体育祭実行委員はあまりやりたがる人がいなかった。
クラスの微妙な雰囲気を嫌みなくさらりと壊して見せた。
頭も悪くない、運動神経は抜群、悪いうわさや浮いた噂は流れたことがない。
典型的な良い子で、何度か話してみて悪い印象は受けなかった。
それが逆にあたしにとっては引け目になるというか、接しにくい印象を受けた。
今も、そう、こうして握手なんか求める態度があたしとは違う世界にいる印象を強める。
差し出された手の、指の、爪はきれいに整えられていて、そういやピッチャーなんだと思い出させた。
細くて長い、形すら整っている手を恥ずかしい気持ちを抑えて握って見せたら矢島さんは爽やかに微笑んだ
21 :1 :2011/01/24(月) 21:43

昼休みに先生に手渡されたデジカメは1台で、交代で撮れということらしい。
説明書は渡されなかった、というのもおそらくあたしが読まないのを見越してだろう。
適当に試行錯誤に二人でいじってみる。
写真を撮るモードにすらうまくできなくてあたしが困っているのに矢島さんはそれすら嬉しいのか楽しいのか
うきうきとした顔で笑っていた。
「ごめんわかんない。」
そういってバトンタッチしたものの、矢島さんもえーこうかな、違うかな、と呟きながら見当違いの操作をしていた。
おそらくはあたし以上にずれている操作がおかしくてあたしも笑った。
「え、ちょっとなんで笑うのー!」
うまくできず足をバタバタさせているのが、真面目で大人っぽいイメージと違っていた。
それすらおかしくておなかを抱えながらカメラの上のスイッチをひねってみたら撮影モードに切り替わった。
「すごい。」
画面がかわって矢島さんは目をきらきらと輝かせて、あたしにカメラを向けた。
とっさのことで変顔はできなくて普通の笑顔になってしまった。
ちょっとだけそのことを悔んで、恥ずかしく思った。
あたしはそういうのが苦手なのだ。
真面目に、だとか、素、だとか、照れくさくてしょうがない。
照れ隠しに矢島さんからカメラを奪って矢島さんを撮ったら、正反対に何の照れもなく矢島さんはピースをした。
「見てみようよ。」
弾んだ声が近づいて、矢島さんの鋭い肩があたしに近寄る。
揺れたまっすぐな黒髪からふんわりシャンプーの匂いがした。
柑橘系の匂いが珍しいなと思いながら再生モードに替えると撮ったばかりの矢島さんが写っている。
「なんか恥ずかしいね。」
「そうだね。」
カメラの中の目を細めた矢島さんは可愛いなと思う。
かなり近距離にいる矢島さんをなんとなく盗み見たら、知っていたけれど、目が大きくて睫毛が長くて驚いた。
化粧をしていないのに、運動部のくせに白く透き通った頬と、黒くて艶のあるまつ毛と髪の毛がお互いを強調する。
あまりに綺麗で心臓が大きく鳴った。
22 :1 :2011/01/24(月) 21:44

「梅田さんのも見てみようよ。」
照れた勢いであたしの写真に切り替えた。
いつも鏡で見るよりなんとなく今一つで、隣の矢島さんと比べると全く綺麗でもかわいくもない、見劣りする自分がいた。
つきそうなため息をこらえると矢島さんは全く気付かない明るい口調で言ってのけた。
「梅田さんって、本当綺麗だよね。」
その台詞は唐突であったし、今のあたしの心境とは全く逆だったから、自分でも予想外の声が出る。
「へ?何言ってんの。全然綺麗じゃないし。」
「綺麗だよ。彫深くて、背は高いし、痩せてるし、睫毛長いし。」
それは自分のことだろ、と返す間もなく矢島さんは捲し立てる。
お世辞かと思うけれどその口調や目の真剣さはたぶん本気で言っている。
「いつも綺麗だなって見てたんだ。さっきもこれ可愛いなあって。」
カメラを持つあたしの指先をさした。
伸ばした爪に丁寧に塗ったネイルは密かな自慢だった。
矢島さんが褒めると嘘偽りがないように思える。
だから嬉しいのだけど、素直に表現できなくて、口から出たのはこもったありがとうだった。
「でも、あたし綺麗じゃない。矢島さんの方がずっと綺麗だし。」
無駄な肉が一切付いていないとわかる腕や、整った顔立ち。
背は高めで、かといって高すぎないのに脚は長い。
ずっとみていてもきっと飽きないだろう。
正直な話、クラスで一番美人だ。
クラスどころか学校で一番かも知れない。
「矢島さんが一番綺麗だよ。」
冗談抜きの本音がポロリと出てしまったけれど、一瞬後に冷静になって恥ずかしくなった。
矢島さんが妙に黙るからあたしはそわそわと居心地が悪い。
あたしより背が低いから俯かれると表情が見えなくてどうしていいか不安になる。
どうにも固まっていると矢島さんは顔をあげて豪快に笑った。
「やっだ、梅田さん、おもしろい。」
空気が崩れてほっとしたのもつかの間、矢島さんが自然に腰に手を回してきた。
そういうことをされ慣れていないのとその意外さに肝を抜かれる。
「本当面白いね。」
斜め下を見た矢島さんの黒髪の隙間から少し上気した頬が見えた。
あ、照れてる。桜色という表現がぴったり合う色が和美人な矢島さんには似合う。
あたしがおいてけぼりになるくらいひとしきり笑った後、
息が整わないまま矢島さんは小さな声で、ありがと、と呟いた。
桜の色が一つ濃くなったような、そんな気がした。
その言葉と、声と、頬にあたしは意識をとられた。
23 :1 :2011/01/24(月) 21:44


「ちょっとなにしてんのー!」
後ろから友達が肩を叩いて、あたしは意識を戻される。
「何それ、カメラ?」
カメラと聞いて目立ちたがりの彼女たちがすごい勢いで集まってくる。
「撮って撮ってー。全員写ってる?」
「うんだいじょ、いや、キャプテンもうちょっと背伸びして。みやもうちょっと寄ってー。撮るよー。はいチーズ。」
怒涛のように2、3枚撮るうちに人が増えて入りきらなくなったり、集団の立つバランスが崩れてみんな倒れたりで、
あたしと矢島さんは笑って写真が撮れなくなった。
がやがややっていると授業開始近くなり先生が早く座れとあたしたちを追い払った。
席について預かったデジカメを机に隠しながら見る。
笑顔変顔決め顔いろいろ入り混じっている。
ちゃんとしたポーズは勿論不意打ちで撮った写真や、みんなが崩れる瞬間もばっちり撮れている。
完璧だ、とさかのぼるうちに、矢島さんの写真になった。
けれどあたしの頭には写真よりも隣の間近にいた矢島さんの顔が浮かぶ。
写真を見る顔、照れた顔、笑った顔、整った手に、あの、ありがとうの桜色が、鮮明に浮かんだ。
カメラのフラッシュのような光と衝撃に、思い出すだけなのに胸が鳴る。
体の感覚がおろそかになり、自分を確かめるように、手を握った。
これ可愛い、という声が聞こえて気恥ずかしくなり体がむずむずする。
矢島さんが気になってしまい矢島さんの方をこっそりみたら、矢島さんもこっちを向いた。
教室の廊下側と窓側と離れているのに繋がった気がした。
それだけで嬉しくなったのに矢島さんは机の下で手を振った。
あたしも手を振り返した。
ああ、まずいな、とこのときすでに自覚していた。
今までよりずっと矢島さんが気になっている。
24 :名無飼育さん :2011/01/24(月) 21:44
とりあえずここまで
25 :2 :2011/02/09(水) 21:36

たとえば、教室に入る時、休み時間、登校して自転車から降りたとき、
ふとした瞬間にしなやかな黒髪を探している。
見つけた矢島さんはよくよく見てみると意外にドジで大雑把だ。
零れ落ちそうなくらい大きな目を笑うたびに細める。
自分の顔の造形がいかに整っているか自覚していないように思える。
あたしの周りは自分がどう見られるかを計算しつくしている人だっているのに、
矢島さんはその正反対にいるようだった。
大雑把な感じが男前にすら感じられるのに時折しぐさが女の子らしかったり、持っているものが可愛らしかったり、
遠巻きに眺めてあたしはそんなことに気がついた。
26 :2 :2011/02/09(水) 21:36

勉強はできないわけじゃない、目立つことはしないけれど美人で他のクラスにも学年にも知れ渡っている。
それでいてソフトボール部を丸くまとめる部長で、人に譲る謙虚さを持ち合わせている。
学年一勉強ができる生徒会長よりあたしにとっては遠い存在だった。
矢島さんはあたしの中でずっと人ではない存在だったのかもしれない。
それが実際観察してみると案外普通の人間でほっとする。
逆に、真剣にノートを撮る姿や部活の子を相手する顔を見るとこの距離は埋まらないような気がした。
「えりか、行こ。」
ぼんやりしていると佐紀から声をかけられた。
次は体育だから早く着替えなければならない。
ジャージを持ってあたしは佐紀の小さな背中を追った。
27 :2 :2011/02/09(水) 21:37


今日の体育は、というかしばらくはバレーボールらしい。
あまり球技は得意ではないがみんながはりきっているから一緒になってはしゃいでみる。
あたしの予想通り、そしてよくわかっているみんなの予想通り、円陣パスすらまともに続かないのだけれど
ふざけたふりで真剣にあげると佐紀と雅がフォローしてくれた。
先生の笛でいったん集合し、チームは勝手に別れることになった。
当然高校3年にもなるとメンバーが決まっている。
あたしは他のチームを見渡した。
およそ決まったところに決まった人がいて、だから矢島さんはすぐ見つかった。
矢島さんのいるチームがあたしのいるチームと対戦するのはきっと授業の終わりの方だろう。
戦う順番が決まったのを見てぼんやりそんなことを思った。

コートの向こう側から勢いよく飛んでくるボールを佐紀は小器用に勢いを殺して高く上げる。
あたし以外のみんなはなかなか運動神経がいい。そして負けん気が強い。
綺麗に上がったボールを容赦なく相手コートに突っ込んでいった。
あたしが置いてけぼりにならないように佐紀はたまにボールをくれ、雅がそのへなちょこボールを適当に向こうに返した。
佐紀や他の友達の守備範囲は広く、あたしはほとんど手出ししなくてよかった。
というよりしない方がいいのだろう。
冗談でブロックの真似事とついでに変顔を見せつけ相手を油断させたり、ふざけながら試合していた。
途切れた集中力は次第に他のチームに移っていった。
相変わらずいつもの通りやる気のない人たちや、バレー部ばかりが集まるチーム、
やる気はないわけではないのだろうけど運動神経がよくない人が集まっているチーム、
矢島さんはその中でとりわけ目立っていた。
際どいボールは長い腕を生かして拾い、他の人たちが取りやすいように柔らかいボールにする。
その動作のどこにも押し付けている様子もなく、かといって自慢するわけでもない。
できないことを責めることはなかった。
それどころか返せたことを喜ばしそうに笑っていた。
全身から嬉しい気持ちが溢れている。
興奮したのか隣の女の子に抱きついたりなんかしていた。
その光景に、意識は完全にとられた。
28 :2 :2011/02/09(水) 21:37

「えりかっ!」
は、と佐紀の声でコートに戻ってきたときにはもうボールが目前に迫っていた。
咄嗟に手を出しボールをはじき返したもののまともな方向には飛んでいかなかった。
そして変に手を出したせいで爪にひびが入り、突き指した。
「大丈夫?」
雅が駆け寄る。
「ごめん、ぼーっとしてた。」
「爪割れてんじゃん。」
「あー…。突き指もしたから、保健室行ってくる。」
散々な状況にため息が出た。
落ち込んだまま先生に言うと、先生は保健室に行くように勧めた。
「気をつけろよ。あ、ちょっとまて、おい、矢島。」
「なんですか?」
どちらが点数を決めたのかはわからないがひと段落ついた状態の矢島さんを先生が呼ぶ。
「梅田突き指したから氷持ってきて保健室連れて行ってやって。」
なぜ矢島さんに、と思う必要もなく矢島さんはそんな役柄なのだ。
てきぱきと指導室の冷凍庫から氷を持ってきてあたしの人差し指を冷やした。
「爪も割れちゃったんだね。」
氷の入った袋をあたしの指にあてがい、そのままきゅ、と指を握った。
痛くないようにと配慮されていた。
「うん、せっかく褒めてもらったのになあ。」
爪を指摘されて、褒められた照れくささを思い出したことを悟られたくないけれど、
妙に意識的になってしまった。
会話するだけでおろおろしているのを、気づかれていないか不安になる。
矢島さんは何も態度を変えず爪のことを気にかけていた。
「綺麗だったのにね。」
「ありがと、あ、ここでいいよ。ひとりで行けるから。」
体育館入口からも矢島さんがついてこようとしたからあたしは断ろうとした。
「ううん、ついてくよ。」
「悪いよ。まだ試合残ってるんだし。矢島さんがいなくなったら困るでしょ。」
「そんなことはないと思う。大丈夫。」
ほら、いこ、と矢島さんが促した。
一つに結んだ髪が揺れる。
「ほんと、髪、綺麗だよね。CMでれそう。」
「そんなことないよ。」
「なんか特別何かしてる?シャンプー何使ってるの?」
1年生が静かに授業を受ける教室のそばを通ると、あたしたちが特別な空間にいるように思えた。
「大したことはしてないけど、2回シャンプーしてる。」
「へー、あたしもやろうかな。毛先がぼろぼろなんだよね。」
髪を伸ばすうちに毛先には栄養が行き届きにくくなり、
さらに染めているから先の方は根元の茶色よりはるかに明るくなっていた。
気にしてトリートメントなどもしているけれどなかなか治ってはくれない。
「そうかなあ。梅田さん、染めてる割にすんごい綺麗だと思うけど。」
あたしが自分の毛先をいじっていると被せるように矢島さんが触れた。
「髪の毛細くて、茶髪も似合ってて羨ましいな。あたし多分似合わないよ。」
29 :2 :2011/02/09(水) 21:38

矢島さんから出る言葉はなぜかすごく素直に響く。
だからあたしの心にすっと届いていつもならボケられるのに、できなくなる。
「矢島さんは黒髪似合うからいいじゃん。すごく、うん、いいと思う。」
良いというより好きと言いたかったけれど阻まれた。
違う意味合いに取られそうで怖かった。
そんなことはないのだろうけどあたしが意識してしまったから言えなかった。
矢島さんがあたしの髪に触れても、あたしは矢島さんの髪に触れられない。
グレープフルーツの香りがこの手に移ることがとんでもなく高尚で、身相応に合わないような気持ちになった。
「先生いるかな。」
2つノックの後白い扉を開くと病院のような白いカーテンが目に付いた。
失礼します、と入ってみたものの誰もいなかった。
「あー、やっぱり。」
「やっぱりって?」
「この時間怪我したとき前も先生いなかったんだ。」
「この時間って体育?」
「うん。」
運動神経抜群の矢島さんが怪我、というのがあたしには想像がつかない。
「バレーのネット片づけてたら引っかけて転んじゃって。」
よくぼーっとしてるんだ、と上唇で下唇を隠した。
意外とドジだということは最近分かったから納得した。
「矢島さんって意外と天然だよね。」
「えー、そうかなあ。」
あ、譲らないんだ。今まで遠巻きに見ていた矢島さんに人差し指だけで触れたような、その感触が確かで嬉しい。
「だってこの前えんぴつ必死にノックしてたりとか、カメラを動画モードのまま撮ったりしてたじゃん。」
「いや、あれはね、違うの。違う。考え事してて。」
ガラス窓の棚からごそごそと爪切りとやすりを取り出しながら慌てて釈明しながら振り返る。
それが全く釈明になってないものだからおもしろい。
矢島さんが爪切りとやすりをくれてあたしはひびの入った爪を慎重に切った。
その間に矢島さんは湿布と包帯を手なれたようにあたしサイズに切る。
「矢島さんって、舞美だよね。」
「え、うん。」
人差し指に描かれた花が一つ落ちた。
「舞美って呼んでいい?」
やすりでけずると肌色のもとの爪が現れる。
マニキュアで作業する過程を思うと少し面倒で楽しみでもある。
「うん。」
矢島さん、いや、舞美の顔を見るとにこにこ笑っていた。
「ねえねえ、じゃあ、えりって呼んでいい?」
嬉々とした目があたしの指をきらきらと見つめていた。
久しぶりの湿布の冷ややかな感触と、その上の細い指が皺なく巻いていく行程が遠かった。
えり、という音が、特別に感じられた。
「いいよ、舞美。」
「ありがと、えり。」
とくとく速くなる鳴る心臓が耳に届く。
窓から入る陽の光が眩しいのに加えて保健室が白いからもっと舞美が眩しく見えた。
丁寧に巻かれた包帯が一際白く見えるのは、たぶん、久しぶりに巻いたからではないのだ。
30 :名無飼育さん :2011/02/09(水) 21:39

本日はここまで
31 :3 :2011/05/13(金) 01:33

カメラの容量はあっという間にいっぱいになった。
最後の一枚を撮ったら容量が足りませんとの表示が出て、雅がせっかく今すごいいい顔してたのにと不貞腐れた。
先月変えた髪型はよく似合っている。
「ちょっと先生に聞いてくるね。」
舞美がカメラを持って教室のドアから出ていく。
あたしはその背中を追った。
「一緒に行く。」
「あ、2年生のところ通って行っていい?」
「うん。部活のこと?」
「そう。今日雨だからさ。」
普段使わない階段を下り、空気が違う廊下を歩く。
去年はここにいたのだから見慣れているはずなのに、いる人間が違うと全然違う教室に見えた。
舞美は迷わず5組の教室前に行った。
ひょろっとした体で教室の中を覗いた。
あたしは斜め後ろに立って用が済むのを待っていた。
「愛理。」
「舞美先輩。こんにちは。」
歩み寄ってきた子は舞美のように真っ黒な髪を、頭のてっぺんでお団子にしていた。
「今日練習、中だから。」
「わかりました、伝えておきます。」
黒い黒目がくりくり動いている。微笑むと八重歯がちらちらと見えた。
舞美が美人なのに対してこの子は可愛いのだ。
色が白く肩は華奢なのが制服の上からもわかった。
きりりと通った鼻筋とすっとした顎、どことなく上品な笑い方に、頭が良さそうな印象を受けた。
愛理、と呼ばれた彼女はあたしの姿を見つけると軽く会釈した。
不意打ちだったからあたしはあわてて会釈し返す。
その時だった。
「まーいみちゃーん!」
黒髪浅黒い肌の少女が弾丸のように跳んで舞美に抱きつく。
「わっ。あ、栞菜。」
「どしたのどしたの?」
「今日雨だから内練ね。」
「りょーかい。」
愛理ちゃんも舞美もあたしも大きいせいか弾丸少女はやけに小さく見えた。
「もう、栞菜。先輩に敬語使ってよ。」
愛理ちゃんがたしなめる。
どうやら弾丸少女は栞菜というらしい。
32 :3 :2011/05/13(金) 01:33

「はーい。でも今ぐらいはいいじゃん。」
白い半そでシャツから伸びる腕は浅黒く、やっとソフトボール部らしい印象を持てた。
身長が低いために舞美の背中に顔が埋まるようだった。
「どうもー、はじめまして。有原栞菜でーす。」
舞美の細い腰に腕を回したままひょっこりと顔を出す。
そこでようやっと顔が見えた。
アーモンドの形の目は大きくその中に黒目が納まっている。
整った顔立ちだが、ちょっと東南アジアの異国の風の匂いがする。
というのはあたしが言うのもなんだけれど。
はつらつとした挨拶にあたしは怖気づく。
「どうも、舞美と同じクラスの梅田です。」
「えりかっていうんだ。」
舞美が乱れた栞菜ちゃんの髪を整えながらいう。
まるで実の姉のようだ。
「もしかして、花の名前?」
「そうそう。」
答えてから気がつく。
「あたしもなんです。奇遇ですね。」
にっと笑う顔が明るく華やかだ。可愛い子だと素直に思った。
「舞美ちゃん。」
栞菜ちゃんはにやにやして舞美を見上げた。
「何?」
「お友達も美人だね。」
このこの、と舞美の腹のあたりをつんつん指でさした。
ちょっとくすぐったい、と舞美が体をよじって、栞菜ちゃんが笑って、愛理ちゃんは苦笑いしていた。
「も、って何さ。」
「舞美ちゃん美人だから。美人の周りには美人が集まるのかなー。」
少し落ち込んだ素振りで栞菜ちゃんが呟く。
「栞菜には愛理がいるじゃんか。あ、なっきぃも。」
「舞美ちゃんがいい。」
小さな頭をぐりぐりと舞美の背中にこすりつける。
「舞美ちゃんの匂いー!」
「ちょっと栞菜。」
愛理ちゃんがたしなめるのも聞かず舞美を堪能しているようだ。
舞美も苦笑いながら受け入れるから恐ろしいと思う。
「栞菜、そろそろ職員室行かなきゃいけないから。」
「えー。寂しいなあ。」
そう言いつつもしぶしぶ腕を離す。
「また部活で会うでしょ。」
「舞美ちゃん寂しがらないでね。」
舞美はへらへらと笑うだけで答えた。
職員室は2年生の階にある。そのまままっすぐ廊下を歩いて職員室へ向かった。
「後輩に愛されてるんだね。」
ちらと振り返ると愛理ちゃんと栞菜ちゃんがまだじゃれていた。
栞菜ちゃんは愛理ちゃんの手を、友達や部活仲間としては不自然に握っていて、愛理ちゃんは少し頬を赤らめている。
運動部の空気というものが、あたしはいまいちわからなかった。
あれが普通なのか、どうなのか。
普通ならほんの少し羨ましい。
「良い子が多いから。」
「ほんと、二人とも良い子だね。」
舞美は自分が褒められたみたいに笑った。
日なたみたいな笑顔だった。
「愛理はマネージャーで、栞菜はショートなんだ。」
ショート、が何か分からないけれど、へえ、と呟いておいた。
マネージャーとショートが選手かそうでないかの違いくらいはかろうじてわかった。
33 :3 :2011/05/13(金) 01:34

職員室に入り、先生に相談すると新しいメモリーカードをもらった。
「それ以上ないから、ある程度考えて撮れな。それでも足りなくなったらまた言って。」
「先生撮る分は残しておきますね。」
「それじゃ、そのメモリーカードじゃ足りないわ。」
そういってあたしたちは笑いあった。
「それにしても、二人でいるとでかいな。あたしも小さい方じゃないんだけど。」
椅子に座ったまま先生はのけぞりあたしたちを見る。
何かに満足したように顎に手を当て頷く。
「いや、いいね、美女が二人並んでるってのは。」
手足長いし、平成っ子はいいねえ。
先生は若いのにおっさんくさいことを呟いた。
「先生おじさん臭い。」
「うっさい、ほら、いったいった。」
蹴るふりをした足先の靴下が少しおじさん臭かった。
先生は古代ギリシャの美少年みたいな顔立ちなのにいつもジャージでいる。
何度か服装を注意されているのをクラスメートのほとんどが目撃している。
足蹴にされてあたしたちは職員室から出ようと、ドアを開けた。
ドアの向こうで開けようとしていたのか、わ、と驚く声がした。
「あ、舞美先輩こんにちは。」
「千聖。何してんの?」
「宿題忘れました。えへへ。」
えへへが半ばでへへと聞こえる。
癖の強いショートカットから少年のような印象を受ける。
栞菜ちゃんと同じくらいの身長だろうか。栞菜ちゃんより色が黒い。
さらにいうなら栞菜ちゃんより人懐っこい笑顔で、子犬を思い出させた。
「もー、ちっさー。今日は先生に捕まらないようにね。あ、あと今日は内練だから、舞ちゃんにも言っておいて。」
「はーい、じゃあいってきまーす。」
スカートを大胆に揺らしながら堂々と職員室の中を駆けて行った。
当然数秒後に、岡井、と先生の叱る声が閉じたドアから響く。
それを聞いてあたしたちはおなかを抱えて笑った。
「ところで、ソフト部は美人しか入れないの?」
さっき会った千聖も、目が大きいわけではないが顔は整い、目はきらきらしていた。
とても可愛がりたくなるタイプである。
「そんなことないよ。なんで?」
「だって可愛い子ばっかりなんだもん。」
キャプテンを筆頭に、とは、嫌味臭くなるから言わなかった。
ただ、本音である。
「あー、確かに可愛い子多いよね。」
舞美はぐるぐる部員の顔を巡らせていた。
自分が褒められるよりずっと目を輝かせているのを見ると、部員にどう接しているか目に見えるようだった。
「みんな素直でいい子なんだ。だからすごく助けられてる。」
「それ、多分さ。」
舞美が良いキャプテンだから、そう言おうとして止めた。
「え?」
「なんでもない。」
「なになに言ってよー。」
「舞美が天然だから心配なんじゃないのー。」
「もー、違うってば。えり。」
舞美がやんわりと肩を叩く。
今日は雨で、廊下の窓からさあさあ雨の降る音が聞こえた。
34 :名無飼育さん :2011/05/13(金) 01:34

*********
35 :4 :2011/05/13(金) 01:34

とことん運がない日はあるものだ。
いつもより10分遅く起きたことから始まり、髪がうまくまとまらないせいで家を出るのが遅くなった。
自分でも驚くくらい自転車を必死にこいだ割には結果的に遅刻し、時間をかけた髪はぐちゃぐちゃになった。
先生は遅刻に関しては厳しく教室に入ると、いつもへらへらしている顔からは考えられないほど険しい顔をしていた。
遅刻はいけない、と言葉はやんわりとしながらその威圧感にあたしは押された。
そして急いだせいで模試のプリントとお金を持ってくるのを忘れ、散々だなと付け加えられた。
その後の体育ではバレーのネットに惨めに絡まり、次の授業では理科講義室の椅子から転げ落ちた。
担任の古典の授業では窓から入る春の爽やかな風と太陽に負け意識が遠のいていたところを見事に当てられ、
もともとわからないのに、聞いていなかった分もはや先生の質問は異世界の言葉だった。
しまいには英語の宿題も忘れ、宿題プラス課題まで付け加えられ、間抜けに放課後残って解く羽目になった。
友人たちは慰めてくれたものの、あたしを置いてカラオケに行った。
終わったらおいでよと言われたけれどとても行く気にはなれない。
お疲れ、とこっそり英語の先生からもらった飴を頬張って自転車置き場へ向かう。
頭が疲れて何も考えられなかった。
グラウンドから威勢の良い声が聞こえて、よくがんばるなあ、と気の抜けたことを考えていた。
日が傾いて土が赤い。
あ、と閃いて、自転車に向かうのをやめてグラウンドを覗く。
舞美はすぐ見つかった。というのも顧問と向き合って1対1の練習をしているところらしい。
顧問が白球をカキンと打ち、舞美は素早い反応でそれを捕り、1塁ベースに投げる。
始まったばかりかどうなのかわからないが、舞美と顧問はひたすらそのやり取りを続けていた。
周囲にいる部員が声を掛け合う。
普段ののほほんとした舞美はいなかった。
鋭い目つきで顧問の手から離れ、バットに弾かれる球に集中している。
打球は一度バウンドし、上ったところを舞美がスライディングしたり、しっかり構えて捕った。
かなりの速度なのに舞美は怖気づかない。
地面に叩きつけられた球と、舞美の蹴る足とで砂埃が舞う。
顧問が大きな声で、ラスト、と叫ぶと舞美がはいと応じ、周囲は一層大きな声でラストと叫んだ。
最後の一球は一番いじわるな球だったと思う。
おそらくは捕らせないつもりの球だったのか、舞美の右側に鋭く走る。
舞美は、細長い体をうんと伸ばして、自分の領域から逃げるのを防いだ。
それを捕れることがどれだけすごいかわからなかったが、部員の口から感嘆の声が漏れてやはりすごいことなのだと思った。
グローブの先から白球が零れ落ちそうなのを舞美は素早く捕り、起き、一塁に投げる。
ばすん、とグローブに納まった瞬間、これでもかと釣り上った舞美の目がとろんと下がった。
砂埃で汚れた茶色い頬と、笑って覗く白い歯が、なんだか映画のワンシーンのようで眩しい。
「次有原。」
「はい。」
栞菜ちゃんが呼ばれてグラウンドの真ん中に駆けていく。
すれ違う舞美とハイタッチして栞菜ちゃんもにっかり笑った。
ポジションにつき、腰低く前傾姿勢で構える。
瞬間、目つきと空気が変わったのがわかった。
あたしは飲まれて息を殺す。
顧問の手から宙に浮いた球が次気がついた時には地面を裂き、グローブに納まっている。
小さな体が俊敏に動く。そのしなやかさにあたしは言葉を失った。
なんとなく動く気が起きずにじっとその場に立っていた。
36 :4 :2011/05/13(金) 01:35

日々行われている、おそらくありきたりな練習に見入ってしまった。
あの後舞美は何球もキャッチャーに投げ込み、他の人たちは打ち、捕り、投げていた。
何一つよどみなく、流れるような動作は体にしみ込んでいるのだろう。
あたしには熱中できることや、ああやって一生懸命やることがないから、なおさら舞美への壁を高く感じた。
呆けた頭で自転車を押して帰った。
日は落ち空は濃紺に染まる。星がいくつか顔を出していた。
こんな時間まで舞美やそれ以外の子たちは毎日毎日練習しているのだ。
それも、あんな熱心に。
何時までカラオケしているかは聞かなかった。
先ほどとは別な意味で行く気にはなれなかった。
同じ高校で同じ学年なのに、まるで異世界の人だ。
ぼんやりとボールに飛びつく舞美の姿を思い出す。
真剣な表情、練習着が汚れても顔や体が汚れても気にするそぶりは一つもない。
集中が解けた途端の笑った顔、すべて格好良かった。
舞美が人気者である理由がよくわかった。
ソフト部を見学する子は多いと聞くけれど、女子であれだけ格好良ければ惚れてしまうのも仕方がない。
縮まった距離がまた離れてしまったような気がした。
たかだか同じクラスのカメラ係というだけなのだ。
ため息をついて足元を見る。
えり、と初めて読んだ時のあの顔が不意に頭をよぎって、少しだけ泣きたくなった。
「えり?」
思い出したその声がそのまま後ろから聞こえてあたしは驚き肩がびくりと上がった。
振り返ると制服姿に戻った舞美が自転車にまたがっていた。
「あ、やっぱえりだ。今帰り?」
「うん。」
「同じ方向だから一緒に帰っていいかな、夜だし、危ないし。」
「そうなんだ。うん。帰ろ。」
あたしが自転車に乗ればいいのに舞美は自転車から降りて同じように自転車を押した。
「こんな時間まで何してたの?」
「英語の宿題忘れて課題まで出されて、それやってた。」
「あー…さすが石川先生だね。それでこの時間?」
「いやー、実はさ。」
ソフト部の練習を見ていたことを白状した。
息をするのも忘れて舞美を見てしまったことを柄にもなく熱心に語ってしまった。
「本当すごいよ。尊敬する。」
「いやいや、私なんかまだまだだよ。みんなの方が頑張ってるんだ。それ見て、頑張んなきゃって。」
「そうかなあ。そうなのか。」
「うん。」
ちらりと舞美を見ると遠くを見ていた。
「引退ももうすぐだから、悔い残したくないな。」
毎年壮行式で体育館に集まることを思い出す。
そういわれればもうすぐだ。
37 :4 :2011/05/13(金) 01:35

「絶対見に行くね。」
「ありがと。決勝あたりまで残ると全校応援になるから、決勝まで行けるようにがんばるね。」
「そうなると舞美のファンが大喜びだね。」
「何それいないよー。」
「えー絶対たくさんいるでしょ。たまに見学きてる子いない?」
「いるけど、たぶん栞菜のだよ。」
「いいや舞美のだね。」
「栞菜のだよー。まあでも、そうだったら嬉しいね。」
そう言って微笑むのだけれど、その中には優しさしか含まれていないように思えた。
あたしはこの感じが好きなのだ。
あたしにはない優しさが舞美には詰まっている。
その優しさは誰にでもわけ隔てなく与えられて、あたしはそのことを考えると心が曇るのだ。
「そういえば、同じ方向なのに朝一回もあったことないね。」
「あたし朝練あるからいつも結構早いんだ。」
「そっか。頑張ってんね。それならきっと勝てる。」
心からそう思った。
毎日朝早くから夜遅くまで、大きな荷物を抱えて学校に通い、精一杯部活に打ち込んでいる。
だから、きっと、大丈夫。
願う気持ちも込めて言った。
「ありがとう。えりに言われたら勝てる気がするよ。」
春が終わりそうな風が吹いて前髪が揺れた。
空の濃紺よりは薄い青い視界の中で舞美が笑っている。
舞美はいつだって笑っている。
今日のあたしの運のない一日を話してどんまいと慰められた。
あたしは細めた目尻ばかり気づかれないようにちらちらと見ていた。
何度目かの曲がり角で、ここで、と言って別れた。
別れ際に舞美が、一緒に帰れて運が良かった、なんて言うものだから、あたしは今日の悪運をすべてゼロに戻せた気分になる。
鼻歌交じりに玄関を抜けてただいまというと、お母さんが酔っぱらってるのと笑った。
38 :********* :2011/05/13(金) 01:36
*********
39 :5 :2011/09/11(日) 10:23

人差し指の突き指が治り爪も十分に伸びた。
他の爪と同じように、前と同じネイルをしようかとオレンジの小瓶に手を伸ばそうとして、やめた。
隣のピンクを久しぶりにとる。
同じ色にする気持ちにならなかった。
ベースを塗って前回より丁寧に、時間をかけて爪を整える。
その間ずっと舞美のことを考えていた。
この色に、変化に、そしてこの指だけが違うことに気がついてくれたら、そう考えると体がむずむずした。
気がつかなくても、完全な自己満足なのだから、それでもいいと思う。
換気のために窓を開けたら梅雨が始まりそうな湿った風が部屋に入る。

教室に入り、自分の席に着く前に、友達に話しかけて、
昨日のテレビの話やそれで誰が格好良かっただのと盛り上がる。
ちら、と舞美の席を見るとどうやらまだ来ていないらしい。
あたしは軽く人差し指を握る。
突き指は治ったもののまだ鈍い感触があった。
そのうちに他の友達も集まって雑談が始まったが、集団の雑談はやかましい。
いつの間にかどっちが格好いいかの討論になる。
お互い譲らないのだがそれでももう喧嘩になることはない。
こういうところが1年生のころと比べて成長したと思う。
軽い言い合いすら学校では娯楽になる。
そうするうちに舞美が教室が入ってきて、ドアに意識を置いていたあたしと目が合う。
向こうも気がついたのかにっこり笑った。
あたしも笑い返した。
言葉はないが挨拶ができて胸が弾む。
「えりかどうしたの?」
「舞美がきたから。」
「最近仲いいね。」
佐紀が言う。
「うん、意外と面白いよ。天然で。」
「そうなんだ。」
みんなはあまり興味がなさそうだった。その証拠にもう次の話題になっている。
それが嫌だとは思わなかった。むしろ、その方がいい。
あたしだけが知っていた方がずっと嬉しい。
チャイムに少し遅れて先生が入ってくる。
起立、礼、でだらだらと朝の挨拶をこなし、だらけてんなあと先生が呟きながらもあきらめて今日の予定を言う。
「6時間目席替えすっから。」
くじ作っておいてね、と一番前の子に頼んだ。
一番前の子はやっと前から解放されるとガッツポーズをとりながら承諾した。
あたしは、この席、一番窓側後ろから二番目がたまらなく好きだった。
プリントを回収しなくて済むけれど後ろで、しかも窓際だからぼんやり空を眺めたり、グランドを観察したりできる。
せめてこの席を満喫しようと一日中授業放棄気味で窓の外を見ていた、ら、もちろん石川先生に厳しくチェックされた。
「はいこの例文読んで。」
「ぷ、ぷらいす、でぃぺんど、おん、さぷらいあんどでまんど?」
「発音がひどいですね。しっかり予習してきなさい。」
「は、はい。」
しょげた声に教室のあちこちから失笑の声が漏れる。
あたしには正直よくあることなのだけれど、それでも恥ずかしいものは恥ずかしい。
舞美の方を見たら少し困ったように笑いながら口の動きだけでどんまい、と伝えてくれた。
頭を掻いて座る。遠いなあ、と思った。
またあてられてはたまらないから一応ノートは取って真剣なふりをする。
舞美はというと、あたしの見せかけとは違って、真面目に石川先生の妙な熱血授業を聞いていた。
40 :5 :2011/09/11(日) 10:24

どの授業も寝てないのだなと、感心した。
あたしなんか部活もやっていないのに時々すやすや寝息を立て担任からチョップを食らうほどなのに。
真面目なまなざしが先生に向かう。
普段は笑って細められた目がしっかり開かれ目が零れ落ちそうになっている。
舞美は、最近気がついたのだが、かなり目が大きい。
いつも笑っているから気がつきにくかった。
集中している時、まさに今のようなときは、はっとするほどに綺麗だった。
ぎょっとして舞美を凝視していると、先生が板書するのに合わせて舞美もノートを取り始める。
今度は伏せた目の線が、すっと伸びた睫毛が、美しすぎて見入ってしまう。
薄桃色の唇は凛と閉じられ知性を感じさせる。
本当に、本当に綺麗だと思った。
もっと近くで見ていたいと思うと同時に近すぎてはばれてしまうと悩む。
いや、それ以前に、そんなことを考えてしまうのはどうなのだろう。
隠していても、誰にも言わなくても、ひどいことをしているような気持ちになる。
妙な罪悪感は気がついた瞬間にもやもやと大きくなり、お昼ごはんをおいしく食べられなかった。

6時間目が始まろうとしている。
結局どこであろうと罪悪感は消えないわけで、それならどこでもいいような気がした。
いっそ前の席になって見えなくなってしまえばいい。
そんな風に自虐的に考えてしまうほどだった。
ため息をつくうちにチャイムが鳴り、先生が入ってきた。
「端と端でじゃんけんな。」
くじができていることを確認し、窓側一番前と廊下側一番後ろの生徒にじゃんけんさせた。
第一発目で窓側一番前の子が勝った。
その子は後ろの子にやったじゃんと褒められ、廊下側一番後ろの子は周囲3、4名に野次を飛ばされていた。
舞美はそれを見て楽しそうに笑っている。
ぼんやりと眺めていたらいつのまにか順番が来ていた。
「梅田、ひいてくれないと詰まっちゃう。」
慌てて立ち上がって机から出ると、椅子に足を引っ掛けて転びそうになった。
恐ろしいほどどこまでもドジなあたしを教室のみんなは笑った。
「梅田はEVERYDAY絶好調だな。」
先生の一言に教室がわいて、あたしは頭を掻きながら苦く笑った。
古典担当のくせに英語なんか使っちゃって、とはいう気力もなくくじを引いて席に戻った。
くじを開くと「24」とあったけれど、全員が引き終わって先生が席に番号を割り振らないと場所も分からない。
みんなが数字をいいあってワイワイしてる間、あたしは伏せていた。
興味がないと思い込もうとしても、どこか考えてしまう。
こういうことは苦手なのだ。
期待したり、その結果落胆するくらいなら、変わらなくていい。
そんな態度がやる気がなく思われる原因なんだろうか。
全員がくじを引き終わり、気が付いたら先生が黒板に席と数字を書いていた。
えー、とか、よっしゃ、とかまた近くでよかったねだとか、
そんな中、佐紀があたしに声をかける。
「何伏せてんの。名残惜しいの?」
「まあねえ。いい席だったし。前だったらやだなあ。」
嘘ではない、が本心でもない。
「まあ、前だったら近いかもよ。」
41 :5 :2011/09/11(日) 10:25

視力が落ちてきたから前に行くね、と言っていたけれど、本当はそうではなく、
勉強に真面目に取りかかりたいのだろう。
あたしたちのグループでは真面目な子はあまりいない。
佐紀も真面目ぶらない、けれど、本当は真剣に将来のことを考えているのを知っている。
ひらひら手を振って机を持って移動し始めた。
席はもうすべて決まっている。
ええと、24、と右上から目で追っていくとなかなか見つからない。
どこにあったかというと、なんと、今と同じ場所だった。
ラッキー、と口から声が漏れる前にとなりに引っ越してきた人に声をかけられる。
「えり、またここなんだ。」
「ふえ?」
その声は春の日差しのように穏やかな温度を持っている。
「よろしくね。」
もう手は差し出されない。勘違いでなければあの時よりすこし強く目が細められた笑みだった。
そんな顔されたら、ずるい。
あたしは呆けてしまいそうになるのをこらえて、そばに立つ彼女、舞美を見上げる。
「こっちこそよろしく。」
舞美は、ふと目を広げてあたしの人差し指に触れる。
「これ。」
ピンク色が誇らしげに輝いている。
ピンク色は、オレンジとは違って少し特別な色なのだ。
「爪治ったから昨日塗りなおしたんだ。」
「可愛い!」
席についてあたしの手をとってまじまじと見る。
「えへへ、ありがと。」
「あたしピンク好きなの。」
知ってる、と返す代わりに笑った。
爪を伸ばせない舞美の代わりに、あたしがそうしているのだ、とは言わない。
ピンク色にしたことに気が付いてほしかったことももちろん。
言わなくても気が付いてくれたことがすごくすごくうれしかった。
浮かれていると先生から名指しで注意された。
「矢島、梅田、仲いいのはいいけど先生の話も聞こうな。」
はい、と二人同時に返事をして頭を下げた。
「矢島、梅田の世話見てやってね。」
教室から笑いが沸き起こる。
かき消されない声で舞美はわかりました、と返事をして、お約束通りにクラス中が笑いに包まれる。
あたしは恥ずかしさで机に伏せた。
人差し指が目の前にある。
42 :********** :2011/09/11(日) 10:25
**********
43 :6 :2011/09/11(日) 10:26

グラウンドでのユニフォーム姿に壮行式での雄姿が浮かんだ。
遠くて表情は見えない。
決勝戦の最終回、裏、逆転のチャンスはこの回にしかないことはいくら知識のないあたしでもわかる。
1点差をうちの学校のソフトボール部は追いかけている。
まだ夏ではないものの、陽射しがじりじりと痛い日だった。

44 :6 :2011/09/11(日) 10:26


今日は壮行式だから6時間目は体育館に行く、と朝のホームルームで先生が告げた。
帰宅部は授業がないことを喜んでいる。のんきなものだった。
隣に座っている舞美は落ち着かずにずっと同じメモを見ていた。
「舞美何してんの。」
集中していたところに声をかけられてびくりと肩を震わせる。
「あ、ほら、今日喋らなきゃいけないから。」
某ネズミのキャラクターのメモ帳に丁寧に文字が書かている。
真面目な性格を表した文字に再び目を戻し、舞美はぶつぶつと唱えた。
その後の授業中、舞美は相変わらず落ち着かない様子で深呼吸したり、肩を上下させたり、
制服のポケットからメモを取り出しては読んで、しまって、また取り出してを繰り返していた。
しっかりしてる風に見えてもこういう場面ではさすがに緊張するのだ、と知った。
笑顔がなんとなくぎこちないのがまたかわいいとは言えない。
5時間目が終わると同時に舞美はユニフォームの入った袋を持って席を立った。
全く余裕のない硬い表情で、右手と右足が一緒に出てしまいそうだった。
「まーいみ。」
「ふえ?」
ぽかんと開けている口に飴でも放り込みたかったけれど生憎持ち合わせていない。
「ピッチャー梅田投げました。」
空気を掴んで腕を振る。かつてみた舞美みたいな綺麗なフォームではない。
それでも舞美は、え、とか動揺しながら打つふりをして返してくれた。
「今のじゃ空振りかなあ。」
あたしが笑うと、少しだけ舞美の表情が緩んだ。
「座右の銘は全力投球でしょ?」
「そうだけど、それじゃえりの方じゃん。」
「あ、そだ。」
まあいいから、ともう一球投げるふりをした。
今度は予想以上に鋭いスイングで返ってくる。
硬かった表情ごとかっとばしたらしく、舞美の目はいつもの通り細められて黒目が奥に潜められた。
「おおっと、矢島選手ホームラーン。」
打ち返された球は後ろのロッカーに吸い込まれていった、つもりで打球を目で追う。
振り返ると舞美も敬礼のポーズで打球を見送っていた。
舞美の中の白球は消えたらしく、視線はあたしに戻る。
目が合って、にっと口角を上げた。
「いってらっしゃい。」
「ありがと、えり。いってきます。」
颯爽と黒い髪をなびかせて舞美は駆けていく。その後ろ姿はしなやかだった。
45 :6 :2011/09/11(日) 10:26

いろいろな部活の部長がマイクをまわされ、壇上に立ち挨拶をする。
どんな部活でも部長というだけあって、同じ学年でもかっこよく見えた。
その中でも舞美はダントツだった。
壇上に歩み寄る時点で下級生の方からかすかにざわめきが起こる。
一つに結った髪の毛は乱れなく、真剣な真っ黒い瞳はしっかり試合のことを見据えているようで、
口調ははきはきとしていた。
明るくさわやかな舞美とはまた違う一面が見えた。
笑顔ではない。大きな目は細められることはなかった。
自身すら感じられる凛とした姿勢は細く綺麗なスタイルを引き立てる。
さすがに、格好良かった。
こうして遠くから見る舞美は久しぶりだった。
改めて美しさにひかれる。
あたしは後ろの方に並んで、言葉も失って舞美を見ていた。
背の順のせいで仲の良い子が前に行って話せないのをいいことに、じっと、息を殺していた。
クラスの子が舞美かっこいいと話しているのは聞こえている。
あたしは反応しなかった。そんな軽い気持ちと同じようには言葉にしたくなかった。
応援よろしくお願いします、と締めくくり、
礼をする直前にどこに行ったか見当もつかない舞美の視線がゆっくりと左右に揺らめいた。
何かを探している、と意図を読み取った瞬間に、目があった。
とたんに初めて舞美は壇上で笑った。
見つけた、と嬉しそうにすら見えた。
後頭部を先生に叩かれるのとはまた違う衝撃は胸の方まで響く。
勘違いでなければ、いや、勘違いしようがない。
たしかにあたしと目が合って笑ったんだろう。
気がつけば舞美はもう礼を終えて元の位置に座っていた。
今の衝撃にあたしは、今が現実だったか不安になってしまって、舞美をもう一度見返した。
生徒たちの後ろ姿の隙間から、緊張したよ、と言いやっと終わったことに安心している笑顔を見つめる。
舞美は前に向き直り生徒の方に向く。
すると、間もなくまた目があい、今度はまた違う顔で笑って手を振る。
あたしは、自分の指差して確かめると舞美は頷いた。
なんだか特別であるような気持ちになる。
言葉にして浮かれるには少し照れくさい。
顔やら、体が熱くなったように、嬉しくなって周りのことが一瞬頭から消えた。
あんなにかっこいい、綺麗な舞美が、あたしを特別扱いすることを、
集会が終わって長い列を作り帰る途中でクラスメートのみんなが舞美の事を噂しているときに
声を大にして言いたくなった。
けれど言わなかった。
勘違いだったら恥ずかしいのと、勘違いでなかったら、むしろ黙っておきたかった。
そんな壮行式が終わり、1週間がたった今、舞美は決勝戦のマウンドに立っていた。
46 :6 :2011/09/11(日) 10:27

決勝戦だけは学校全体で応援に行けるのだ。みんなに来てもらえるように頑張る。
舞美はそう言って、現実にして見せた。
例年ならば準決勝どまりのうちの学校らしいのだが、今年は決勝までこぎつけた。
マウンドに立つ舞美は遠くからでもあっさりと分かった。
凛とした背筋も、長い手足も、両チームの中で断トツに美しい。
舞美は長身をぐっとかがめて前へ蹴りだす。
ぐるんと一周腕が回り勢い良く球が飛びだした。
あたしには想像がつかない速度で球がキャッチャーミットに吸い込まれる。
映像が先で後からバスン、という音が球場に響いた。
ソフトボールのことはよく知らないが舞美のすごさだけはよくわかる。
観客席の誰もが驚いて溜息をつく。
三者三振でその回の表が終わった。
これはいけるのではないだろうか、と思ったが相手の投手もうまいのだろう。
バットには当たるものの点数にはつながらない。
打った球を確実に捕えて、アウトを重ねていった。
こちらも負けじと点を与えずにいたのだけれど4回、相手の振ったバットが舞美の球に当たる。
内野のミットが捕まえようと伸び、捕ったかと思うと掴み損ねて弾いてしまった。
1塁にいたランナーは次の打者によって確実に送られ、1アウト2塁。
舞美の球は確実に球威を増した。
予想外の球威に相手の打者は遠目でもわかるほどに振り遅れて三振。2アウト2塁になる。
ところが次の打者への3球目を、力みすぎて抜けてしまったのか、がつんと打たれた。
レフト前に落ちた長打で、1点先制された。
このあとはうまく抑えたものの、1点が追いつかない。
そして今最終回裏では、3番ショートの栞菜ちゃんが2アウト2ストライクから
意地で内野ゴロをヒットに変えた。
わかりやすい展開に誰もが手に汗を握って期待する。
相手ピッチャーが緊張するのが伝わってくる。
ピッチャーが構え、キャッチャーもさっきより低く構える。
静から動へ、動き出したかと思うと目で追うのが精いっぱいのやり取りが繰り広げられる。
舞美は何の気の迷いもなく初球からバットを振った。
鋭い当たりはラインの外へ逃げる。
第2球は1球目よりやや高めで、それもバットには当たったが打球は今度は後ろにそれていった。
負けてない、と思った。
最後の最後でプレッシャーがかかる場面で、舞美は逃げていなかった。
かといって気負うわけではなく3球目の外した球はしっかりと見極めた。
ファウルボールとボールの繰り返しでカウントは満杯になる。
誰もが息を飲んで見守っていた。
あたしは、舞美は打つような気がした。
ルールも、戦術も、何がなんだかよくわからないけれど、舞美ならできると思った。
7球目、ピッチャーがぐっと沈んだ。
低めの球はおそらく今日一番鋭い。
舞美のバットも負けじと鋭く振られる。
響いた音は青空と同じくらいさわやかな音だった。
カン、と打ち上げられた球はぐんぐん伸びて、外野の頭上を越えて、ホームランになると思われた。
そのとき、上空で風が吹いたのか、球はゆらゆらと今まで描いていた軌道からそれてポールの外に落ちる。
観客席からああ、と声が漏れた。
47 :6 :2011/09/11(日) 10:27

8球目は相手の見事な変化球に舞美は空振りした。
キャッチャーが白球を掴む音を合図に相手のチームはグラウンドの真ん中に駆け寄った。
舞美の表情は見えないが、ヘルメットをかぶり立ちつくしたままその様子を見ていた。
それから一度うつむき、天を仰いでヘルメットを取った。
まだかなり上にある太陽を仰いでいるようだった。
負けが決まった瞬間に泣きだす人がいて、あたしも泣きそうになる。
全員が整列して大きな声であいさつしたときに思わずぽろぽろ泣いてしまいそうだった。
泣かなかったのは、自分があの場の人間ではないから、泣くのは不適切のように思えた。
甲子園をテレビで見たり、オリンピックを見たときには何も考えずに泣いていたのに、
こんな風に考えるのは初めてだった。

帰り支度をして、出口に向かう途中、選手の背中が見えた。
泣いている舞美の肩を誰かが支えている。
背番号からするとベンチのメンバーだと思うが、それでも誇らしい。
茶色く汚れたユニフォームが出口へ吸い込まれていく。
特別な仲間たちはあたしたち観客とは、当然ながら、隔離された。
あたしはみんなとすごかったね、だとか、惜しかっただとか、
大した中身のない感想をいって感情を分かち合った。
いつもならこれで済むのに、うまく気持ちが晴れていかない。
ぞろぞろと駅へ向かう途中みなで話すのも自然と控えめになった。
暗い顔をしているのをすぐに気付くのはやっぱり佐紀で、みんなから自然にあたしたちは離れた。
「すごかったね、舞美。」
「ほんと。最後のもそうだけど、投げてる時もすごかったよ。」
こんな、と真似したもののあたしがやると運動神経皆無なのが丸出しになる。
不格好なのを佐紀はかなり馬鹿にした。
「何この腕。」
「え、こう?こう?」
「違う、ぜーったい違う。」
ひとしきり笑って、あたしがまたお茶らけてしまう前に、佐紀はみんなの歩く背中を眺めながらつぶやく。
「正直さ、ちょっと羨ましいよ。あんなに真剣になれることがあって、それでみんなのつながりがあるっていうの。」
あたしたちのグループは違う。
仕方のないことだけれどみんなで苦労して何かするためにいるわけではない。
楽しいからそこにいる。
悪いことではないけれど、ああやって纏まった人たちと比べると薄いつながりに感じられるのだ。
「そうだね。」
佐紀の言葉で自分の気持ちを理解した。
もやもやの原因は羨ましさだったのだ。
「青春だね。」
「だね。とりあえず。」
「なに?」
「肩でも組んどく?」
そうやって佐紀の肩を組もうとしたら身長差のせいで肩を抱く形になる。
「組めないんですけど。」
48 :6 :2011/09/11(日) 10:27

佐紀があたしの肩に腕を回そうにも届かない。
しゃがんでしゃがんでとせがむのでしゃがんだらそれはそれで腹が立つらしく
あたしが佐紀の肩を抱き、佐紀があたしの腰に腕を回すところで落ち着いた。
周りからカップルか、援交かと煽られるから、佐紀の顔を、少し格好つけた顔で見つめる。
「おじさんとマック行こうか。」
それらしい台詞が浮かばず、さんざんな突っ込みを受けることになった。
これはこれで楽しいのだ。
それでも、あたしはやりとりを楽しんで大爆笑しながら、頭の片隅では舞美の事を考えていた。
舞美が泣いている、その横にいるのは誰かも知らない人で、
泣きじゃくる舞美の肩を支えている。
あの光景がこびりついて頭から離れない。
仲間、という絆は確かにほしかった。
あたしにとってはきらきら輝いた世界に見える。
羨ましいと思う。
でも、このもやもやはやはり違うものなのではないだろうか。
舞美の肩を包んでいる人が自分ではない。
そこに入れない疎外感と、舞美への独占欲。
たとえば佐紀の肩を抱くのがあたしでなくてもいいけれど、舞美の肩を抱くそのポジションは自分でありたい。
舞美の一番そばにいたい。
泣き顔をいちばんすぐ近くで見守って慰める役でありたい。
49 :6 :2011/09/11(日) 10:28


答えが出た瞬間にあたしの中のあたしは呆れてため息をつく。
どうしてこうなってしまうのだろう。
どうしてこんな思考回路なのだろう。
ただ一緒に笑って過ごせる友達でいたかった。
あんなに素敵な人と一緒にいる時間を頭を悩ませる自分の未来も、
純粋な彼女に下心を持って接する自分のけがらわしさに苦しむ自分の未来も、
簡単に想像できた。
家に帰るまでの電車の窓から見えた流れる景色に重い気持ちが点々と外に落ちていく。
それでも際限なくため息は胸の奥から出てきた。
気づかなければよかった。
こんな気持ちが自分にあることを知らないままならよかったのに、
そう思うけれど、気付かないはずがないのだ。
自分の心の動きぐらい自分が良く分かっている。
自分がどれくらい嵌っているのかも、よくわかっている。
50 :********** :2011/09/11(日) 10:28
**********
51 :名無飼育さん :2011/09/17(土) 15:16
梅さん視点のお話を初めて読みました
ベリキューの子達はまだまだ学生の雰囲気が似合いますね
更新楽しみにしてます
52 :名無飼育さん :2012/04/16(月) 14:25
濃い文章でいい。とても好みです。
気長に待っています。
53 :さくしゃです :2012/04/29(日) 23:07
作者です。
相当お待たせしてゴメンナサイ・・・。
そんでもって今回の更新はぜんぜん関係ない短編ですゴメンナサイ。

>>51さん
いつのまにやら学生じゃない子がわさわさなってしまってちょっと寂しいですね
続きまだ書いてませんがいけるところまでがんばります・・すみません

>>52さん
お待たせして申し訳ないです。コメントありがとうございます。
54 :さくしゃです :2012/04/29(日) 23:08
ochiいれるの忘れたorz

そんなこんなでゴメンナサイのパロ短編です。
55 :ゴメンナサイ :2012/04/29(日) 23:09

黒羽さんの呪いにかかってからもう4年が過ぎた。
私は無事に大学生になり今生きている。
だが、別に呪いがとけたわけではない。
もしかしたら明日死ぬかもしれないし明後日かもしれない。
1/1が1/100に、1/10000になっただけで銃口はいつも向けられている。
部屋にいてもどこに隠れても黒羽さんが背後にいるような気がするから
いつだって目だけで何もいないことを確認する。
その度に安心する、だけど、振り返れば目の前にいるかもしれない。
以前よりは恐怖心は減ってきたとはいえずっと黒羽さんの影に脅かされている。
呪いはとけないのだろうか。
時々考えるけれど時間が経てば経つほど解けなくなって答えが遠くなっていく気がしている。
あの日、一気に書き上げた原稿さえなければ、呪いは終わっていたかもしれない。
私の死によって。
自分の思考に息が詰まる。死にたくない。死にたくない。
ドアも窓も締め切った自室の椅子に座り頭を抱える。
呪いが終わればいいのに。何もなかった事になればいいのに。
どうしたらいいの。答えのない問いが頭の中をぐるぐる占領して、
だからその黒い気配には気づかなかった。

「教えてあげようか?」

背後から声が、した。
自分の部屋。後ろにはベッドしかない。
階段を登る母親の足音はなく、うちにペットはいないし、そもそもペットはしゃべらない。
独特の低い声に、体が固まり、振り返られずにいる。
「聞こえてるんでしょ」
気配は耳元にうつり、風もないのにひやりとしたものが背筋に伝う。
そおっと、目を、首を動かすと黒い長い髪と、血の気の抜けたような肌の白さが目に入る。
あの日、園田さんに殺されたままの白さ。
唇まで白い。だから微笑んでる唇が三日月みたいに見えた。
「黒羽さん」
56 :ゴメンナサイ :2012/04/29(日) 23:10

声はかろうじて音になったけれど
死の恐怖が目の前にきて、心臓が勝手に暴れた。
覚悟はしてたつもりだった。
つもりはつもりでしかない。想像なんて甘いのだと知らされる。非現実には対応しきれない。
黒羽さんは、私の目に針を刺すようにじいっと黙って私を見つめ、それからにい、と笑う。
「今日は殺しにきたんじゃない、よ」
言葉の意味を冷静に受け止められるはずもなかったが、私が思っていた展開とはどうやら違うようだ。
「ど、ういう、こと」
後ろに下がりたいのに机が邪魔して動けない。
「あたしの願い事叶えたら呪いを終わらせてあげる」
今は冬なのに黒羽さんはあの時の夏服のままで、
白いシャツには飛び散った鮮血の痕が乾くことなく生々しく残っている。
時が止まってしまっているんだ。
「何?願い事って」
あの呪いがとける?疑う気持ちと、とけるのならと縋る気持ちが拮抗する。

私は自分が少しでも長く生きるために呪いをばら撒いたことに罪の意識があった。
関係ない人を巻き込んでまで生きる今日、誰かは黒羽さんに殺されている。
私の命はその上に乗っているけれどそこまでの価値があるのかとか、私がその人を殺したようなものだ、とか。
あの日私が死んでいればそこで止まった呪い。
だからとけるなら少しの可能性でもかけてみたい。
「簡単なこと」
「嘘じゃない?」
「こういうことについては幽霊は嘘、つけない」
どこまでいっても暗く底の見えない瞳に未だに恐怖を感じるものの、
これを飲まなければ何にもならない。
「受けるわ」
黒羽さんは満足そうな顔を浮かべる。
「そうじゃなきゃね」
「願い事って、何?」
黒羽さんは音もなく近寄り私の頬に手を添える。
あまりの冷たさにこの世のものではないのだと実感する。
右手首は恐ろしいまでに白く蛍光灯の頼りない光でも白く浮いて見える。
黒羽さんの顔が近づいてきて、どこで止まるのかと思いきや、最終的に私の唇に触れて止まる。
相変わらず冷たい。
氷とは違う不気味なつめたさと、黒羽さんの謎の行動に動揺して声が震える。
「なんで?」
「あたし、日高さんがほしい」
不透明で透明な音がしんとした部屋に吸い込まれる。
57 :ゴメンナサイ :2012/04/29(日) 23:10

「あたしの計画に気づいたのも恐れずに阻止しにきたのも、貴方だけ。
 あたしの、日記、知ってるのも、貴方だけ」
黒羽さんの死後送られてきた日記には黒羽さんの考えてることだとか感じたことだとか全部書き連ねられていた。
思うよりずっと人間らしくて不器用な一面が垣間見えた。
なんで家族の人も、周りの誰も気がつかなかったんだろうと、
もう少しどうにかできたんじゃないのかな、って、この数年間教室の惨劇を思い出すたびに考える。
あの直後は恐怖と逃げ出したい気持ちとで冷静に見る事ができなった事も
歳月がどんどん距離を作って他人事にした。
だけどそこで見えた悲しみに私はもう一度当事者になった。
「あたしには誰も近寄らない。もしくはいじめの対象なの。あなたは違った。」
特に他の人と違う行動をとったつもりはない。
好きな先生に言われたから黒羽さんに近づいただけ。
不気味で気持ち悪いって、怖いって思ってた。
黒羽さんの才能に嫉妬していた。
優しい人間でもなければ醜い人間なのだとあの事件で思い知らされた。
それなのに黒羽さんにとっては、私が特別になる。
「あなたの中であたしは人間だった。そのことが嬉しかった」
死んで家族に喜ばれるのは、人間扱いなのだろうか。
いじめの対象も、呪いの発信者として興味の対象となるのも、
気持ち悪がって遠ざけるのもどれも違う。
そんな人にしか出逢えなかったんだ、黒羽さんは。
「死ぬ前に気づけば良かった」
表情の乏しい黒羽さんだけど、それは多分今までみたことのない顔だった。
笑うでもなく泣くでもないまま、黒羽さんは私の頬を両手で挟み、キスをする。

つめ、たい。
ぼんやりそんなことを思う。
頭の奥がくらりと冷えた、と思ったら体の自由が効かなくてイスから転げ落ちる。
ばたんという自分のたてた音が遠くに聞こえる。
変だ。変な感じ。
転んだのに腰にも腕にも痛みがない。
あるのは黒羽さんが触れてる感覚だけ。
でもそれも薄れて、空気と自分の境目がなくなっていくような感覚になる。
だから黒羽さんが私を抱きしめると私と一つになってしまうような。
視界にもやがかかる。瞼が重たい。
自分が自分である事を保てない。
うっすら、自分が死ぬ事に気がついて、なんでって思う気持ちと、
不思議に納得している気持ちが交じり合っていく。
つれて、いかれるのかな。こわくはなかった。
ぼーっとする。考えられない。ふゆうかん。
意識が閉じられていくってこんな、な、んだ。
「そしたらあなたを殺さなくてすんだのに」
溶けて交わって、かなしそうなくろはねさんの声が最後に聞こえた。
58 :ゴメンナサイ :2012/04/29(日) 23:11
終わりです
59 :名無飼育さん :2012/05/05(土) 22:15
待ってて良かった。短編も面白かったです。
時間の流れが一瞬止まるような、淡々としているようで不思議な雰囲気の文章が好きです
60 :7 :2013/01/06(日) 23:33
舞美があたしの頭を独占する。
舞美の一挙一動が愛しいことももちろん、舞美とあたしの今後のこと、
というと相思相愛みたいで自意識過剰なのだけど、そうではなく、
一緒にいる間にあたしがどれだけのことを悩むだろうということ。
日常のふとした瞬間や、寝る前の時間、思わずため息をつきたくなるような重い塊が降ってきてあたしはうなされるのだ。
おかげさまで日々少しずつ寝不足になって、授業中に眠ってしまったり、目の下にクマができたりしていた。
隣に座っている舞美が少し痩せたあたしを心配する。
大丈夫?眠れてる?食欲は?何かあったの?
舞美のせいだよとは言えないから夏バテということにしておいた。
実際例年この時期は食欲が落ちて痩せるのだし、今年も日差しは殺人的で、嘘ではない。
少しでも食べるようにと舞美はアイスを買ってきてくれたり、眠気覚ましに飴やガムをくれたり、
いつも優しくてそのことがまた胸に染みる。
好きの層が厚くなっていくの、わかっている。
舞美が優しければ優しいだけ私の苦しみは増して、睡眠が減っていくのだ。
せっかく気を使ってくれてるのに。罪悪感が好きの層に混じって黒く重なる。
外は暑いし、私は重い。
相変わらずいつも舞美は元気で優しい。
そして真面目に、部活を終えた受験生として、以前より熱心に勉強するようになった。
舞美に限らずクラスのみんなが授業を真剣に聞くようになった、気がするし、
先生もそれに気がついて以前より熱を入れている。
あたしだけが取り残されていくみたいだ。
エスカレーターにうまく乗れない。簡単なことができない。
61 :7 :2013/01/06(日) 23:34

半ば拗ね気味に学校に通っていたら、その日の朝はいつも先に来ているはずの舞美がいない。
1時間目に提出する数学の宿題の相談なんかされてるはずの舞美がいないから、
舞美と仲の良い友達の方を向いたら彼女も舞美の席を見ていて目が合う。
舞美のいるグループとは、あたしは舞美以外の人と片手で数えられるくらいしか話したことがないので、
目が合っても苦く笑って済ますしかなかった。
どうしたんだろう、と思ううちに朝のチャイムが鳴り先生がドアを開ける。
ろくに見てもいないのにいつも通りほら座れと言い、教室を見渡すだけの点呼をとるのだけど、
滅多に空いていない席が一つ空いてるから先生が不思議な顔をする。
「あれ、そこ誰だっけ。あー矢島か。珍しいな。」
先生が連絡きてないはずだけど、とまで言いかけたあたりで、
ドアが勢いよく開いて、すみません、と、ソフトボール部で鍛えられたよく通る声が教室に響く。
「目覚まし時計1時間間違えてセットしちゃいました。」
「朝練ないからってたるんでんぞー。いいよ、席つきな。」
先生が笑ったらみんなも笑っていたから、舞美も笑うのかと思ったら、それは一瞬だけ。
席に着くときには上の空になっていた。
おはようもいえないまま一日が始まってしまい、英語の時間も古典の時間も舞美の様子はずっとおかしいまま。
石川先生にあてられた時は読むページが間違っていたし、古典は主人公すら違っていたし、
得意なはずの体育では顔面レシーブをして危なっかしくて見ていられないくらい。
それなのに本人はぼーっと窓の外を眺めてはノートに目を滑らせて、時折ため息をつく。

あんまりひどいから休み時間に声をかけた。
朝挨拶してないだけでこんなに話しかけにくいんだなあと実感する。
「舞美ー。」
「えっ、は、はいっ!」
「あたしだよ、えりかだよ〜。」
ひょいひょいと目の前で手を振っておどけて見せた。
休み時間なのにまだ前の時間の教科書を出している。
「えり、か。おはよって言ってなかったね。」
にこっと笑う顔がいつもどおりで、いつもどおりを取り戻せたことがちょっと嬉しい。
「舞美大丈夫?」
「え?」
「今日、なんか変だよ?どした?」
「そう?あ、遅刻?目覚まし時計かけ間違っちゃってさ。」
「いや、それだけじゃなくて、なんか、なんか悩んでる?」
舞美はわかりやすいほどの反応で目はあっちこっち泳いでる。
「あのさ・・・。」
「ん?」
一瞬伏せた睫と、それから開かれてうちを捕まえる零れ落ちそうなくらいの大きな目は真剣。
雰囲気に飲み込まれてしまいそうになる。
心臓落ち着け。ネイルの凹凸を探して逃げ場を作る。
震えだしそうな舞美の唇がゆったりと動くのを待つ。
スローモーションにすら見えて、一挙一動が目に焼きついて離れなくなりそうだった。
「もし、もしえりが・・。」
舞美が言えたのはそこまで、というのも、佐紀とその周りがバカ笑いしてしまって、
うちらの悩み事を話す場が崩れてしまったから。
はっとわれに返った舞美は誤魔化すみたいに笑って、やっぱりいいや、と隠してしまった。
「ほんと?大丈夫?」
「うん。もうちょっと自分で考えてみる。」
考えて答えが出るものならいいけど、そうじゃないことの方が世の中の悩み事って多いと思う。
「言いたくなったらいってね。なんだって聞くから。」
「ありがとえり。」
疲れたみたいに笑うから、きっと大丈夫じゃないだろうことは予想がついた。
62 :7 :2013/01/06(日) 23:36

それから一週間、遅刻はさすがになかったけれど舞美はあの調子だった。
そればかりか目の下にクマなんか飼って悩みは一向に解決に向かっている様子はない。
おちゃらけて話しかけたり、お菓子を買ってみたり、チョコレートが苦手だとわかったことくらいしか進展がなく、
おかげさまでこっちの恋の病は治ってしまって、そこではたと気が付く。
まるで自分と同じ症状。早く気が付けばよかった。
相変わらず上の空の舞美と、そんな彼女のことばかり考えて授業を聞いてないあたし。
これでは共倒れしちゃう。あたしはまだいいけど、舞美はちゃんと志望校も定まってたはず。
3年のこの時期は大事だと先生が言っていた。
特に舞美は部活で他の子よりスタートが遅れてしまっているからこんな状態はかなりまずい。
今日呼び出してもう一回聞いてみよう。
好きな人ができたって言われたら、応援できるかな。
想像しただけで胃の辺りが重くなる。
あのときの真剣な顔で、好きな人が出来たの、といわれて、どんな人でどこが好きで、
どこが格好良くて、どうなりたいとか、それがうまくいっちゃったら。
舞美の彼氏になるような人だったら絶対さわやかで格好良くて、優しいんだろうな。
頭がショートしそうでくらくらする。
まだ恋の病かどうか決まったわけじゃないし、さ、と考えるのをやめて放課後を待った。

「舞美ー。」
あたしが呼ぶより早く舞美と仲の良い子達が呼んでる。
どうやらタイミング悪く今日遊ぶ約束をしていたらしい。
だけど、なんとなく今日ひいてはいけない気がした。
早くどうにかしたかったのと、今日じゃなきゃあたしの勇気がへし折れて動けなくなってしまうから。
鞄を持って立ち上がろうとする舞美を引き止める。
「舞美、今日卒アルの作業、今日までのあって。」
「えっ?ほんと?ごめんえりに任せっぱなしで。ちょっと待ってて。」
駆けて彼女たちの元にいく姿は相変わらず格好良くて見惚れる。
それでいて綺麗でかわいい。
あのグループは可愛い子が多いけど、それでも舞美が飛びぬけて綺麗。
事情を話して、口の動きだけでごめんといってるのがわかる。
嘘ついたのは申し訳なかった。でも、どうにかしたかった。
なんとなくあの子達にも悩み事を話してる気配は感じられない。
時々大丈夫?と聞かれていても部活なくなって気が抜けちゃったのと当たり障りのない答えを返していた。
もしかしたら、話そうとしたのはあたしだけのような、気がしていた。

戻ってきた舞美を教室から連れ出す。この前みたいに誰かに邪魔されてはたまらない。
校舎の反対側の教室をぶらぶら見て人気のないところを選んだ。
「教室でやらないんだね。」
「みんな驚かせたいからさー。」
なんてのも全部嘘。ばらしたら怒るかな、と肝はひやひやだった。
普段なら絶対出来ないようなことをしている自分に自分が一番驚いている。
理科講義室という一度も入ったことのない教室にはいる。
舞美はすぐには入らずじいっと教室のプレートを見てため息をついた。
窓の外を眺めている時と同じ表情に不安になる。
「舞美?」
「あ、こんな、教室あったんだなって、思って。」
「あたしも知らなかった。」
そろそろと舞美がドアを閉めると、思った以上に静かな空間が広がる。
吹奏楽部のトロンボーンの音も邪魔にならない。
「えり、何するの?写真選ぶの?」
何も知らない無邪気な笑顔。
「そのことなんだけど、ごめん。嘘。」
「へ?」
「二人きりで話がしたくて。」
そういった瞬間の舞美の息を呑んだ音がはっきり聞こえた。

63 :7 :2013/01/06(日) 23:36

「え、何?何?えり、も・・・?」
予想以上にあわてだすからあたしもつられてあわててしまう。
「いや、舞美最近やっぱり変だからさっ。この前教室うるさくて、ちゃんと聞けるところにきたかったんだ。
 嘘ついてごめん。遊ぶ約束、あったのに。」
「あ、そう。ごめん。あたし早とちりしちゃって。」
「いやいや嘘ついて呼び出されたらびっくりするでしょ。」
探り探り、舞美がどう思ってるか表情を観察する。
さっきのえりも、というのが引っかかっていたけど聞くタイミングを失って、
でも舞美がちょっと照れたみたいに笑うから忘れてしまった。
「気にしててくれたんだ。ありがと、えり。」
「だって全然元気ない。いつもよりドジひどいし、寝れてなさそうだから、見てられないよ。」
「あたし、そんなだった・・・?」
「うん。」
本人は自覚がないらしいからよっぽど重症だ。
一つのことにいっぱいいっぱいになってしまうのは舞美らしい。
そういうところも可愛いと思うけど心配になる。
「とかいって呼び出したけどさ、言いたくなかったら無理に言わなくていいから。」
悩みって、人が無理に掘り出すものではないと思う。
話したかったら話してほしい。
舞美の悩みだったらなんだって受け止めたいとは思う。
でも舞美があたしに話したいかというのは別だ。
話したいと、あたしだけに話したいと、思ってくれるなら、すごく嬉しいけど。
「えりは、優しいね。」
言葉を紡ぎ出すようにゆっくりと、その声がやわやかくてどきりとくる。
あたしの言ったことは当たり前のことなのに舞美は優しいと思うんだ。
どんな風に育ったらこんな人になるんだろう。
「ありがと。」
照れ臭くなる。ストレートに言われるのは慣れてない。
「もしかしたら、えり、こういう話嫌かもしれない。」
「大丈夫。舞美の話すことならなんだって受け止めるよ。」
受け止めたいっていう願望ではある。
舞美の悩んでることなら、きっと精一杯話してくれることだから、あたしが一つくらい抱えたい。
「あのね、後輩に、告白されて。」
「う、ん。」
「女の子なの。えり大丈夫?」
舞美は心配そうに覗き見た。
女子校だし、舞美のソフトボールやってる姿みたらそういうのは当然あると思う。
クラスの子も試合を見てルールも知らないのに大興奮していた。
あたしもその一人。
「あると思うよ。そういう噂はよく聞くもん。大丈夫。」
笑ってみせたら舞美は安心したみたい。
「あたしも、後輩から告白されるのは何回かあったんだけどね。」
64 :7 :2013/01/06(日) 23:37

ソフト部の後輩なの。
意識がグラウンドにうつる。今まで聞こえなかった掛け声が届いて、どの子だろうと巡らせる。
「今までは全然知らない子ばっかりで話したこともなかったの。
だけどその子はずっと一緒だったんだ。小学校も中学も、ずっとソフト一緒にやってた。」
そこまで聞いてあたしが知ってるのは1人だけ。
同学年の子に先輩でしょと窘められてたあの印象的なアーモンド型の目。
「栞菜ちゃん?」
「そう。えりすごいね。」
驚いてからすぐ本題に戻る。
「栞菜に告白されたの。ずっと一緒だった。ずっと好きだったんだって。あたしなんにも気づかなかった。」
舞美が鈍感なのはあるだろうけど、恐らく巧妙に隠していたんだろう。
イタズラに笑うふりして抱えていた。
「他の子だったら何も知らないのに好きなんだと思ってたから、申し訳ないと思いながら断ってたけど、栞菜は。」
舞美のこと、あたしよりもっと知ってるだろう。
どんな性格かはもちろんどんな生き方だったとか全部。
「舞美はどうしたの?」
「何も言えなかった。そしたら栞菜が、わかってるっていうの。あたしにその気がないのは知ってるって。」
だからいいよ。伝えたかっただけ。
一回しか聞いたことのない栞菜ちゃんの声が聞こえた気がした。
「それから栞菜に会ってないんだ。どんな顔で会えばいいかわからない。
今まで何も知らないで接してたのも申し訳なくて。」
低い声のトーンは、教室だったらかき消されていたくらい。
呼び出して正解だった。
「それがこの教室だったからさっきびっくりしちゃって。
えりも、だったらあたしどうしたらいいのかわからなくて。」
だからか、と納得した。あの慌て方は普通じゃなかった。
あたしも告白したら舞美は容量オーバーでパンクしちゃう。
告白する気はなかったけど、困らせてしまうんだって思うと胸が痛かった。
「舞美は、栞菜ちゃんの好きは嫌?」
「嫌じゃないよ。嬉しい。でもあたし、そういう好きになったことないから、わかんないの。
他の子は恋愛の話してて聞いてるのは楽しいんだけど。栞菜にそういう感情持てない。」
この年で恥ずかしいよね、と困ったみたいに笑う。そんなことないのに。
恋愛の話ばかりより部活で輝いてる舞美みたらそう思う。
65 :7 :2013/01/06(日) 23:38

「舞美は舞美のペースでいいじゃん。他のことに夢中にやってきたんだから、その方が格好いいよ。」
「ありがと。」
「栞菜ちゃんさぁ、舞美のそういうところわかってたんじゃないかな。」
「え?」
告白されても揺らがないソフトボールに一直線の舞美のことも、告白したらどんな風になってしまうかも。
「だから舞美の引退まで待ったんじゃない?今みたいになってたら部活も集中できないでしょ?」
「そっか。」
「部活があったら気まずくても顔あわせるし。ふられるのわかってたんじゃないかな。」
舞美はあたしの言葉に驚いて固まっている。
「ふられるのわかってても、好きって言いたかったんだね。」
強い。あたしはふられるのも関係を崩すのも怖くて1人で拗ねていたのに。
それまでずっと抱えたまま舞美のそばにいて、舞美のことを近くで見ていて、告白した後のことまで考えていた。
栞菜ちゃんの小さい背中が頼もしく見えた。
一番格好良いショート。
「栞菜…。」
「良い子だね。」
「ほんと。」
二人で黙っていると外の騒がしさが戻ってくるようで、
さっきまでばらばらだった楽器の音がちゃんと一つにまとまって音楽を作るのが聞こえた。
あたしの知らなかった放課後。
「えり、あたしお腹空いた。」
「ご飯いく?」
「行こう。何がいいかな。」
「ファミレスならなんでもあるよ。」
「そうしよっか。」
舞美は迷いの吹っ切れた顔で笑ってるから、あたしでも力になれたのかな。
理科講義室のドアを開けると予想以上に廊下に音楽が響いてうるさい。
だから舞美はあたしに近づいて、聞こえるようにありがとうと言った。
「えりに話してよかった。本当ありがとう。」
さりげなく腕を組んできたから心臓が跳ね上がりそうになる。
それはずるいよ舞美。とはいえないからなんでもない顔を取り繕う。
「あたしでよかったらまた話してよ。」
「うん。えりも、何かあったら教えて。」
舞美に話したいことなんか一つしかない。
だけどまだまだ勇気が出ないから踏み出せもしなくて、栞菜ちゃんがすごいなと思う。
彼女は今何を考えてるんだろう。
明日はグラウンドにいってみようと決めた。

66 :********** :2013/01/06(日) 23:39
**********
67 :名無飼育さん :2013/01/06(日) 23:43
>>59
大変長らくお待たせしました。
ぐだぐだですが追ってくださってありがとうございます。
68 :名無飼育さん :2013/01/10(木) 12:22
面白い。雰囲気に惚れ惚れする。
やじうめはいいコンビですね。
次も楽しみにしてます。
69 :sage :2014/10/18(土) 11:32
70 :age :2015/09/28(月) 16:47
もう続きはないかな

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