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弱虫ナイト

1 :名無飼育さん :2006/03/25(土) 22:20
思いつくがままに短編を。
田中さん贔屓な作者なのでれなえり、みきれなを中心に、他CPも
書いていければいいなあと思います。

よろしくお願いします。
301 :名無飼育さん :2015/05/24(日) 01:01
「…もう、起こせません」
「え?」
「私、もう鞘師さんのこと、起こせません」

そう言って目を伏せると、鞘師さんは静かに「そっか」と答えた。

「…今まで、ありがと」

ゆっくりと立ち去る後ろ姿が辛くて、乱暴にドアを閉める。

302 :名無飼育さん :2015/05/24(日) 01:01
理由くらい、聞いてよ、バカ。
鞘師さんなんて、大キライ大キライ大キライ―――――。

バタン。

ドアが閉まる瞬間、ようやく本当の気持ちに気付いて涙が溢れ出した。

303 :名無飼育さん :2015/05/24(日) 01:02

「…大スキ」

自分でも驚くほどに、鞘師さんのことが好きになっていた。

304 :名無飼育さん :2015/05/24(日) 01:02
本日は以上です。
305 :名無飼育さん :2015/05/24(日) 08:43
Ah…
前半のニヤニヤ展開から一転
くちびる切ねえっす
306 :名無飼育さん :2015/09/11(金) 16:59
続き期待上げ
307 :名無飼育さん :2016/04/10(日) 23:02
レスありがとうございます!

>>305
せつないくちびるも報われているといいのですが…。
最終回、お楽しみ頂ければ幸いです。

>>306
お待たせいたしました。

更新が遅くなって申し訳ございません。
最終回です。
308 :名無飼育さん :2016/04/10(日) 23:02
鞘師さんを起こさなくなってから、数週間が経った。

自分の気持ちに気付いてから、鞘師さんのそばにいるのが辛くて、
一緒にビデオを観ることもなくなった。

それでもどうしても気になって、一度だけこっそりと鞘師さんの
様子を見に行ったことがある。
私がいなくても鞘師さんは当然のようにそこにいて、きっとその
視線は遠くのあの人をとらえているに違いない。
そう思った瞬間、胸が苦しくなって、声もかけられずに立ち去った。

知らなかった、恋とはこんなに苦しいものだなんて…。

309 :名無飼育さん :2016/04/10(日) 23:02
「鞘師さんとなんかあった?」

起こし当番を代わってもらっているはるなんには、一度だけそう
聞かれた。
適当にごまかすと、それ以上突っ込んでは聞かれなかったけど。

二人きりでいることはなくなったけど、チームメイトの前では平静を
装っていた。
きっと、このままずっと、ただのチームメイトとして先輩後輩として、
この関係が続いていくんだろう。

元々はそのプレーに魅せられて、一緒にフットサルがしたいと思った
憧れの相手だ。
何の因果か起こし係になんてなったばかりに、近付き過ぎてしまった
距離。
それが元に戻るだけ、ただそれだけ。

こんな恋心はきっと一時の気の迷いで、すぐに忘れられる。
…きっと、すぐに。

「あゆみん!鞘師さんが…!」

鞘師さんが倒れたと聞いたのは、そう思った矢先だった。

310 :名無飼育さん :2016/04/10(日) 23:03
ロビーにチームメイトが集まっている。
譜久村さんが状況を説明してくれた。
部屋に運ばれた鞘師さんには、鈴木さんがついているらしい。

今すぐ鞘師さんのそばへ行きたいという気持ちをグッと抑える。
自然と震える指先に、隣のはるなんがそっと触れてきた。

「…はるなん」
「あのね、ずっと言おうと思ってたんだけど」

はるなんは私だけに聞こえるくらいの声で話を続ける。

「私、あゆみんの代わりに起こしに行ってたでしょ」
「…うん」
「実は、鞘師さん、私が起こす前に起きてたんだ」
「え?」

何度起こしても起きない、あの寝起きの悪い鞘師さんが…。

「あまり寝てないんじゃないかなって、心配だったんだけど…」

はるなんの言葉を聞き終わる前に、私は鞘師さんの部屋に向かって
走り出していた。

311 :名無飼育さん :2016/04/10(日) 23:03
自分でも驚くくらいのスピードで部屋の前に着いたのに、そのドアを
開けることが出来なかった。

今さらどんな顔して鞘師さんに会えばいいのだろう。
ただのチームメイトになろうってそう決めたのに。
数日前の決心が早くも揺らいでいる。
そんな自分が情けなかった。

ガチャ。
躊躇していると内側からドアが開き、鈴木さんが顔を出した。

「あ、亜佑美ちゃん」
「鈴木さん!あの、鞘師さんは…」
「中で寝てる。寝不足だって」
「…寝不足」
「寝るのが趣味みたいなもんなのに、なんでだろうね」

鈴木さんの言葉に私は何も返せなかった。
もしかしたら、私が原因で…?
そう思うとますます胸が苦しくなって、うつむくことしか出来ない。

「じゃ、あとはよろしくね」
「え、あの…」
「起こし係でしょ、里保ちゃんの」
「でも、今は違…」
「里保ちゃんはそう思ってないみたいよ」

ハッと顔を上げた私に、鈴木さんはいつもの笑顔でこう言った。

「たぶん待ってるよ、亜佑美ちゃんが起こしに来るの」

312 :名無飼育さん :2016/04/10(日) 23:03
通い慣れた部屋なのに、今はすでに懐かしい。
入った瞬間、鞘師さんの香りに包まれて胸がキュンとなる。

相変わらず足の踏み場のない部屋を見回すと、目に飛び込んできた
のはベッドまでの一本道。
私のために鞘師さんが開けてくれた道。
今もまだこの道が残っているのは私のため…?

勘違いでも思い上がりでもいい。
今はただ鞘師さんのそばにいたくて、真っ直ぐにベッドへと近付く。

「鞘師さん…」

久々に見る寝顔。
すごくあどけなくてかわいい。
だけど、目の下にはうっすらとクマが出来ていて…。

「鞘師さん」

もう一度、静かに名前を呼ぶ。
起こさないように、そっと。
その瞬間にはっきりと自分の気持ちを再確認した。
私は、鞘師さんが好き。
鞘師さんの視線の先に誰がいようとも、この気持ちは変わらない。

313 :名無飼育さん :2016/04/10(日) 23:03
込み上げてくる思いと涙が止められなくて、そっと手を伸ばす。
静かにその髪に触れると、鞘師さんはゆっくりと目を開けた。

「…あ、ゆみちゃん?」

久々に正面から向き合って、ますます涙が止まらなくなる。
そんな私を見て、鞘師さんは慌てて体を起こした。

「…な、なんで、泣いて…」

言葉になんてならない。

「…ご、めんな、さい」

それだけ言うのが精一杯だった。

314 :名無飼育さん :2016/04/10(日) 23:03
「亜佑美ちゃん…」

鞘師さんの手が遠慮がちに私の手に重なる。

「ウチ、やっぱり亜佑美ちゃんに起こして欲しい」
「さ、やしさ…」
「亜佑美ちゃんがいい」

真っ直ぐに私を捉える眼差しは、まるで試合のときみたいに鋭くて。

315 :名無飼育さん :2016/04/10(日) 23:03
「亜佑美ちゃんが、好き」

肝心なときに目の覚めるようなゴールを決める。

―――――ああやっぱり、この人は永遠に私の憧れの人だ…。

今はまだ追いつけないけど、いつかは隣で同じ景色を見たい。
少しでも力になりたい、支えてあげたい。
そして、同じ感動を共有したい。

だから、誰よりも一番近くで鞘師さんを見ていたい。
そばにいたい。

「私も…好きです、鞘師さん…」

溢れ出した思いを素直に伝えると、鞘師さんは目を見開いて驚いた
あと、照れたように笑ってくれた。

316 :名無飼育さん :2016/04/10(日) 23:04
しばらくすると、鞘師さんの視線が徐々に下がっていく。
一点を見つめる獲物を狙う獣のような目。
初めて鞘師さんを起こしたあの日のことを思い出す。

今思えば、あのときからもうすでに始まっていたのかもしれない。

「亜佑美ちゃん…」
「…鞘師さん」

何かに引き寄せられるように近付いてくる鞘師さんに全てを委ねる。

317 :名無飼育さん :2016/04/10(日) 23:04
ぎこちなく顔が離れると、鞘師さんは真っ赤な顔で口を開いた。

「…く、唇って、柔らかいんじゃね」
「え…?」
「あ、ウ、ウチ、初めてじゃけ、チュ、チューするの…」
「はあ!?」

どうやらあの日のことは完全に覚えていないらしい。
いや、わかってはいたけど、改めて言われるとなんだか複雑で、
少しだけ腹立たしい。

「…初めて、ですか」
「え?あ、亜佑美ちゃん、初めてじゃないの…?」
「…あー、まあ、はい」
「あ、そ、そっか。まあ、そうだよね。亜佑美ちゃんの方が年上だし、
 チュ、チューくらい、したことあっても…。あー、うん、そっか…」

318 :名無飼育さん :2016/04/10(日) 23:04
異常に落ち込んでいる鞘師さん。
ちょっとだけかわいそうだけど、素直に教えてあげるのは悔しいから、
もうしばらく黙っておこう。
ファーストキスの相手があなただということは。

私の心を見事に奪っていった唇ハンター。
その唇に今度は自分からキスをした。
319 :名無飼育さん :2016/04/10(日) 23:04
終わり
320 :名無飼育さん :2016/04/10(日) 23:12

別スレで年内には完結させると宣言したにも関わらず、こんなに時間がかかってしまい、本当にすいませんでした。
動いている彼女を見れないことは想像以上に重く、PRISMのコンサート映像を見ながらなんとか仕上げた次第です。
楽しんで頂ければ嬉しいです。

相変わらず変化の絶えないモーニング娘。ですが、「'16、'17、'18?、すごく成長して」くれることを期待しています。

またこのスレで何か書ければと思っていますので、よろしくお願いいたします!

321 :名無飼育さん :2016/04/11(月) 08:24
お疲れさまでした!
更新ありがとうございます
あゆみちゃんの初ちゅーは鞘師さん
っていつかあゆみちゃん言えるといいな
次作も楽しみにしてます
322 :名無飼育さん :2016/04/11(月) 11:56
お疲れさまでした。
ずっと気になっていたので、最後まで読めて嬉しかったです。
次回作も楽しみにしています!
323 :名無飼育さん :2016/05/03(火) 20:14
レスありがとうございます!

>>321
いつか言えたときの話を書けるといいなって思っています。

>>322
最後まで読んで頂いて嬉しいです。

お待たせしてしまったお詫びといってはなんですが、唇ハンター番外編です。
短くて申し訳ありませんが、楽しんで頂ければ幸いです。
324 :名無飼育さん :2016/05/03(火) 20:14
亜佑美ちゃんがウチの彼女になってから数日が過ぎた。
今日もロビーという片隅で、二人で試合のビデオを見ている。
真剣に見つつも、密着している体にドキドキしたりして。
二人だけの大切な時間。

そんな幸せラブラブのウチらだけど、一つだけどうしても気になっていることが
ある。

325 :名無飼育さん :2016/05/03(火) 20:14

「…ねー」
「はい?なんですか?」
「あのさ、亜佑美ちゃんの初チューの相手って…」
「…また、その話ですか」
「だって気になるんだよぅ…」

亜佑美ちゃんがうんざりするのも無理はない。
付き合い始めてから毎日、この話題を繰り返しているのだから。
初めは真っ赤な顔でかわいらしい照れ顔を見せてくれてたのに、今ではすっかり
不機嫌モードの亜佑美ちゃん。
それでも、気になってしょうがない。

326 :名無飼育さん :2016/05/03(火) 20:15

いつもは亜佑美ちゃんの「秘密です」の一言で引き下がっていたけど、今日は
一歩踏み出したい。

「ウチの知ってる人?」
「んー、まあ…」
「ええ!?」
「鞘師さん、声デカい」

だって、ウチと亜佑美ちゃんの共通の知り合いといえば、このモーニングFCの
メンバー以外にはあり得ない。
それもチューするほど親しい相手…。

「…まさか、この寮のメンバーじゃ…」

黙り込む亜佑美ちゃんを見て確信する。
327 :名無飼育さん :2016/05/03(火) 20:15

「あの、もう止めません?この話」
「な、なんでさ?大事なことじゃけ!」
「だから声デカいですって。…知ってどうするんですか?」
「どうもせんけど…」

あの素敵な唇を味わった人間が他にもいるなんて。
しかも、ウチよりも先に…。

「つ、付き合ってたってこと?」
「そういうわけじゃないですけど」
「付き合わんのに、チューしたってこと!?」
「だってしょうがないじゃないですか!無理やり…」
「な、な、なんじゃとー!!!!」

この怒りをどこへぶつければ良いのか。
ウチの大切な亜佑美ちゃんの唇を無理やり奪った不届き者。
絶対、許せない。

328 :名無飼育さん :2016/05/03(火) 20:15

「誰じゃ、誰なんじゃ!」
「じゃーじゃーって、鞘師さん、慌て過ぎですよ」
「そんなん聞いて、慌てないわけないじゃろ!亜佑美ちゃん、ウチがそいつを
 ぶん殴ってやるけ!一体どこのどいつじゃ!」

一人一人のメンバーの顔を順番に思い浮かべていく。

「フ、フクちゃんか!」

フクちゃんは一見お嬢様のように見えるが、実はちっちゃい子が大好きな変態だ。
亜佑美ちゃんのことを気に入っていたみたいだし、あり得ない相手ではない。

「いくら二の腕が気持ちいからって…」
「鞘師さん、顔がキモイ」

ふとフクちゃんの二の腕の感触を思い出し、ついつい顔がニヤケてしまった。
亜佑美ちゃんの冷たい視線が痛い。

329 :名無飼育さん :2016/05/03(火) 20:16

「譜久村さんじゃありません」
「…じゃ、じゃあ、えりぽん!?」

あのチャラ生田なら可能性はある。
昨日だって見学に来てたファンの女の子の肩を抱いていたし。
あの調子で、「亜佑美ちゃんもチューしてほしいと?」なんて言いながら…。

「違いますって。あ、ちなみに鈴木さんでもないですよ」

うん、香音ちゃんはないだろう。
あの香音ちゃんが食べ物以外に興味を示すとは思えない。
となると、10期か。
同期は何かと一緒にいることが多いし、そのチャンスは十分ある。

330 :名無飼育さん :2016/05/03(火) 20:16

「まさか、同室のはるなんに、毎晩…」
「な、なに変な想像してるんですか!絶対、ないですから!」
「じゃあ、優樹ちゃん?」

優樹ちゃんなら、あのノリで「まーちゃん、あゆみとチューするー!」なんて
言いながら平気で唇を奪いかねない。

「優樹ちゃんにならウチもされたし、亜佑美ちゃんも…」
「はあ!?」

しまった。
興奮のあまり、余計なことを口走ってしまったようだ。
亜佑美ちゃんの目が血走り、ウチは背筋が凍るほどの恐怖を感じた。

「あ、いや、そ、その、ほっぺじゃけ、ほっぺ」
「へー」
「ホ、ホントじゃけ!」
「別に気にしてませんから。それに、まーちゃんでもありませんし」

となると、残るは…。

331 :名無飼育さん :2016/05/03(火) 20:16

「どぅー…?」

最近、巷では「いしどぅー」などと呼ばれ、カレカノっぽいと噂の二人。
どぅーの隣にいるときの亜佑美ちゃんが普段の1.5倍くらいかわいく見えるのも
事実だ。
その光景を思い浮かべた途端、無性にせつなくなって言葉を失う。

「…鞘師さん?」

俯いたウチを心配そうに覗き込む亜佑美ちゃん。

「大丈夫ですか?」

ウチは静かに頷く。

「くどぅーでもないですから」
「へ?」

その言葉にパッと顔を上げると、優しく微笑む亜佑美ちゃんの顔がすぐ近くに
あった。

332 :名無飼育さん :2016/05/03(火) 20:16

「…亜佑美ちゃ…」

唇が触れた瞬間、亜佑美ちゃんの甘い香りが漂ってくる。
何度も何度も夢に見た理想の唇。
その感触と香りが眠気を誘う。

興奮のあまり気付かなかったが、もうかなり遅い時間だ。
トロリとしたウチの瞼を見た亜佑美ちゃんは、まるで子供を寝かしつけるように、
そっと頭を撫でてくれた。

こんなんで寝るななんて、そんなの無理だ。

「…そんなに知りたいですか?」

亜佑美ちゃんの甘い声が更に眠気を加速させる。
知りたい、知りたいけど、もう…。

333 :名無飼育さん :2016/05/03(火) 20:17

「私のファーストキスの相手は…、さ…」

その言葉を最後に、ウチは夢の世界へと旅立った。

334 :名無飼育さん :2016/05/03(火) 20:17




335 :名無飼育さん :2016/05/03(火) 20:17

膝の上でぐっすりと眠る鞘師さんの唇にそっと触れる。
もういい加減教えてあげてもいいんだけど、ここまでくると逆に言い出しづらくて、
いつも誤魔化してしまう。

本当のことを知ったとき、鞘師さんはどんな反応をするだろう。
黙ってたことを怒るかな。
真っ赤な顔して飛び跳ねて喜んでくれるかな。

いつか言えるといいな。

336 :名無飼育さん :2016/05/03(火) 20:17

唇ハンター番外編
終わり

337 :名無飼育さん :2016/05/04(水) 01:29
おつです
やっさんの9期評が何気に酷いw
しかしまあロビーという片隅でイチャイチャしちゃって
もっとやってください
338 :名無し募集中。。。 :2016/07/21(木) 21:54
いまさらですが番外編読みましたw
鞘師すんとだーいしの距離感がやっぱりいいですね。
幸せな時間をありがとうございます(*´Д`)
339 :名無飼育さん :2016/11/18(金) 22:47
レスありがとうございます。

>>337
いつかもっとイチャイチャシーンを書ければと思っています。

>>338
現実でも二人の距離感はすごく素敵だと思います。

鞘師さんが帰ってくるのを首を長くして待ちつつ、今回は王道のカップリングで。
最近、まーちゃんがかわいくてたまりません。
340 :名無飼育さん :2016/11/18(金) 22:47

恋のタイミング


341 :名無飼育さん :2016/11/18(金) 22:48
女子校の王子様。
ハルは学校でそう呼ばれている。

聞こえはいいけど、結局は未来の彼氏の代わりなだけで。
本気でハルのことを想っている子なんていやしない。
だから、こちらも適当に応えているだけ。

カッコつけて甘い言葉を囁けば、勝手にキャーキャー騒いでくれる。
来る者は拒まず、去る者は追わず。
女子校のネットワークとは恐ろしいもので、別れた途端、すぐに告白される。
まるで行列に並んで順番待ちをしているみたいに。

ハルはそこに並んでいる子たちを、どこか冷めた目で見ていた。

342 :名無飼育さん :2016/11/18(金) 22:48
「く、工藤さん!付き合ってください!」

ほら、今日もまた一人。

「うん、いいよ」
「え!ホントですか!?」
「うん、今、フリーだし」

一度、面倒な揉め事に巻き込まれて以来、二股はしないと決めている。
後輩らしきその子は、真っ赤な顔で喜んでいる。

かわいい子だな。
素直にそう思う。

すっと距離を縮めると、彼女は不安そうにハルを見上げた。
肩に手を置いて顔を近付ける。

「…工藤さん」

潤んだ目で見つめる彼女。
きっとすぐに終わる関係だけど、それなりに楽しめそうだ。

343 :名無飼育さん :2016/11/18(金) 22:48
「まーた告白されたの?」

クラスに戻ると友人たちが話しかけてくる。
ハルの周りでは日常茶飯事な告白という儀式。
深く追及してくる友人がいないことは救いだ。
いちいち説明するのは面倒だから。

「そういや、今日からお昼どうすんの?」
「あー、そっか」

昨日までの彼女は毎日手作り弁当を作ってきた。
今日のあの子といきなり一緒にお昼を食べるのもなんだし。

「なんか買って適当に食べるわ」

たまには一人の昼休みも悪くない。

344 :名無飼育さん :2016/11/18(金) 22:49
食堂で買ったパンの袋を持ってフラフラと校舎を歩く。

「あれ?くどぅー、今日はフリー?」
「あー、まあね」
「めっずらしー。新しい彼女は?」
「んー、あはは」

適当に笑って誤魔化しながら人気のない方へ移動する。
辿り着いたのは中庭。
といっても、オシャレな場所ではなく、手入れされてないことがバレバレの
草木が生い茂っているような庭だ。

まあ、だからこそ、人がいないんだろうけど。

辛うじて座れそうなベンチに腰を掛ける。
緑に囲まれた空間が意外と気持ち良い。

秘密の隠れ家にしちゃおうかなあ。
そんなことをぼんやりと考えていると、どこからか話し声が聞こえてきた。

345 :名無飼育さん :2016/11/18(金) 22:49
「…痛いよね?こんなに折れてるんだもん」

囁くように、だけどはっきりと聞こえるから近くにいるに違いない。
誰かが怪我したのだろうか?
折れてるってことは骨折?
もしもそうなら、放っておくわけにはいかない。

ハルは恐る恐る声のする方へと近付いた。

「もう大丈夫だよ。まさが治してあげる」

可愛い声に導かれるように大きな木の後ろを覗くと、そこには女の子が一人。
どう考えても怪我をしている相手はいない。

覗いているハルに気付いていない女の子は、すっと木の枝に手を伸ばす。
…え?

「ね?もう平気でしょ?」

目の前で折れた枝に添え木?をしてハンカチで固定をする子。
彼女が話しかけていたのは紛れもなくこの大きな木。

ヤバい子だ。
関わらない方がいいと思っているのに、その一方でものすごく興味がわいた。
だって、木の治療をする子なんて初めて見た。

346 :名無飼育さん :2016/11/18(金) 22:49
しばらく観察していると、彼女は手に持っているじょうろで辺りの草花に水を
かけ始めた。
ときどきくるくるっと回っては鼻歌交じりに、まるで踊っているような水やり。

鼻筋の通った綺麗な顔。
彼女が動くたびに、肩にかかる黒い髪が華麗に舞う。

一人なのにすごく楽しそうなその姿にいつの間にか見とれていた。

「…誰?」
「あ…」

しまった、見つかった。

「えっと、その、たまたま通りがかって…」
「ふーん」

聞いたくせにまるで興味がなさそうな様子で、彼女は再び水やりを始めた。

347 :名無飼育さん :2016/11/18(金) 22:50
自惚れるわけではないが、ハルはこの学校ではかなりの有名人だ。
文化祭や体育祭でもそこそこ目立っている。
たぶん、ハルのことを知らない生徒はいないってくらい。

「あのさ」
「ん?」
「…ハルのこと、知らない?」
「…はあ?」
「あー、いや、結構有名人なんだけどなあ。2年の工藤遥っていうんだけど」

名前くらいは聞いたことあるだろう。

「知らない」
「マジか…」

その後も彼女はハルに全く興味を示さず、まるでその場に誰もいないかのように、
植物と戯れながら水やりを続けていた。

ハルはそんな彼女のことを飽きもせずに眺めていた。

348 :名無飼育さん :2016/11/18(金) 22:50
「あー、それたぶん、佐藤さんじゃない?」
「佐藤?」
「そ、1組の佐藤優樹。変わってるって有名だけど、知らないの?」

放課後。
クラスメイトから彼女についての情報を得る。

初めて聞く名前。
ハルも人のこと言えないくらい、他人には興味ないのかもしれない。

佐藤優樹…か。
明日もあの場所にいるかな。

349 :名無飼育さん :2016/11/18(金) 22:50
翌日の昼休み。
ちょっとだけワクワクしながら中庭に行く。
彼女の姿はそこにはなかった。

昨日はたまたまだったのかな。
ガッカリしてベンチに座る。

「…また来たんだ」
「うわっ!」

後ろから突然声をかけられ、持っていたパンを落としそうになる。

「び、びっくりした…」
「誰だっけ?まさになんか用?」
「え、いや、用はないけど」
「じゃあ、何?」

明らかに警戒されてる。
でも、よくよく考えてみると、ここは学校の中庭だし、この子にとやかく
言われる筋合いはない。

「お昼ご飯、食べようと思って。…ダメかな?」

それなのに、勢いに押されて弱気になる自分が情けない。

「別に、まさの庭じゃないし」
「…あ、だよね」

彼女、佐藤優樹はまた興味なさそうに、昨日と同じように水やりを始める。

350 :名無飼育さん :2016/11/18(金) 22:51
「…面白い?」
「へ?」
「さっきからずっとまさのこと見てるけど、面白い?」
「あー、うん、まあ。…ヤだった?」

ハルの問いかけに彼女は憮然とした態度で答える。

「別に、ヤじゃないけど…。なんかヤだ」
「あはは、どっちよ?」
「…わかんない」

今度はすねたように顔を背ける佐藤優樹。
なんだかいちいち反応が面白いかも。

「もしかして、照れてんの?」
「照れてない!」

あ、怒った。
すねたり怒ったり、彼女の表情はコロコロとよく変わる。

「君ってさ、かわいいね」
「…チャラ」
「あー、よく言われるわ、それ。まあ、褒め言葉として受け取ってるけどね」
「何それ、ウケるー」

初めて見た彼女の笑顔は、子供みたいに無邪気でかわいかった。

351 :名無飼育さん :2016/11/18(金) 22:51
あの日から、中庭で過ごすことがハルの日課となった。

佐藤優樹、まーちゃんは本当に不思議な子だ。
いつの間にか「どぅー」と呼ばれるようになり、すっかり懐かれた今でも、
わからないことだらけ。

ただ一つだけ確かなことは、まーちゃんといるとき、ハルは自然体のままで
素のままの自分でいれるということだ。
王子様を演じる必要もない。
ただの工藤遥でいればいい。

それはハルにとって、すごく心地良い空間だった。

352 :名無飼育さん :2016/11/18(金) 22:51
本日は以上です。
353 :名無飼育さん :2016/11/19(土) 19:59
新しいお話!
この2人の組み合わせも好きなので楽しみです
354 :名無飼育さん :2016/11/20(日) 12:19
期待!
355 :名無飼育さん :2016/11/27(日) 00:30
レスありがとうございます!

>>353
萌えエピソードの耐えない二人なので楽しみながら書きたいと思います。

>>354
期待に応えられるよう頑張ります。
356 :名無飼育さん :2016/11/27(日) 00:32
「…ん、くどーさ…」

彼女の息遣いが二人きりの部屋に響く。
今まで付き合ってきた子とはほぼ例外なく、一ヶ月以内にこういう関係になる。
ハルに夢中になり全てを委ねている子を相手するのは、嫌じゃない。
だけど、ハル自身が満たされることはなかった。

だからたぶん、この子ともすぐに別れることになるだろうな。

「あの…」
「ん?痛かった?大丈夫?」
「あ、平気です!」

彼女の幸せそうな笑顔に胸が痛む。

「明日から、一緒にお昼ご飯食べませんか?」
「…あー」

前までのハルだったら、二つ返事で頷いていたと思う。
だけど、次の瞬間、頭の中に思い浮かんだのは、まーちゃんの顔だった。

ハルの顔を見るなり、嬉しそうに今日の出来事を話してくるまーちゃん。
ちょっとでも聞き逃したり生返事をしようものなら、すぐに怒って拗ねるけど。
それが不思議と嫌じゃなくて、むしろ振り回されていることを楽しんでいる
自分がいた。

357 :名無飼育さん :2016/11/27(日) 00:32
「…ごめん。昼はちょっと用事があって」
「…あ、そうなんですね」
「ごめんね」

そう言って肩を抱き寄せると、彼女はハルの肩口に顔を埋めた。
大抵のことはこれで解決する。
それはハルが見につけた処世術だ。

「じゃあ、お弁当、作ってもいいですか?」
「え?作ってくれるの?」
「はい!良かったら、食べてください!」
「あー、ありがと」

食堂のパン生活にもさすがに飽きていたので、そのありがたい提案を喜んで
受け入れた。

358 :名無飼育さん :2016/11/27(日) 00:32
「あれ?お弁当?」

翌日。
早速、彼女の手作り弁当を広げていると、まーちゃんが聞いてきた。
ちなみに、まーちゃんはいつもお母さんに作ってもらったお弁当を食べている。

「あー、作ってくれた」
「誰が?どぅーのハハ?」
「んー」

なんとなく、「彼女」と告げられず、適当に返事をする。

「んーって何?誰?」
「あー、だからさ、その…、付き合ってる子」
「へー」

しつこく聞いてきた割に、あっさりとした反応に拍子抜けする。
馴れ初めとかもっと詳しく聞かれると思ってたけど。

それっきり、まーちゃんは珍しく黙り込んでしまった。
あまりの気まずさに話のきっかけを必死に探す。

359 :名無飼育さん :2016/11/27(日) 00:32
「…卵焼き、食べる?」
「は?」
「あ、いや、いつも分けて貰ってるからさ」

ハルの言葉にまーちゃんは呆れたようにため息をつく。

「…どぅーのバカ」
「なんだよ、急に」
「彼女はさ、どぅーに食べて欲しいんだよ。まさが食べちゃダメじゃん」
「…そうなの?」
「好きな人には全部食べて欲しいじゃん。まさならきっとそう思う」

まーちゃんがそんなことを言うのは正直意外だった。
まだ全てを知っているわけではないけど、恋とか付き合うとかなんて興味が
ないと思ってたから。

もしかして、まーちゃんにもそういう相手がいるのかな。
そう思った瞬間、胸の奥がザワザワするのを感じた。

「…じゃあ、ちゃんと食べる」

まーちゃんはそれ以上何も言わなかった。

360 :名無飼育さん :2016/11/27(日) 00:33
それからもまーちゃんと中庭で過ごす日々が続いた。
彼女の手作り弁当を食べるたびに、まーちゃんの「好きな人」の存在が頭に
浮かんだけど、肝心なことは何も聞けないままだった。
そもそも、本当にそういう相手がいるかどうかもわからない。
それに、まーちゃんとはそういう話はしたくないと思った。

ある日、ひょんなことからまーちゃんの買い物に付き合うことになった。
それまでは昼休み以外で会うことはなかった。
放課後は大体彼女と帰ることになっていたし、まーちゃんは親から寄り道を
禁止されているみたいだったから。

「一人でお店に入るのはダメだって、ハハが」

だけど、愛用のじょうろが壊れてしまい、新しいものが欲しいと言うのだ。

「じゃあ、一緒に行こうか?」
「うん!」

まーちゃんが笑うとハルまで嬉しくなる。
いつの間にか、自分の感情よりもまーちゃんの感情の方が優先になっていた。

361 :名無飼育さん :2016/11/27(日) 00:33
お目当てのじょうろを無事にゲットして、まーちゃんはご機嫌だった。
並んで歩いていると、自然にまーちゃんが寄り添ってくる。
触れそうで触れない手。
いつもと違う距離感がハルの心を惑わせる。

「あれ?まさ」

突然、お店の前にいた女性に声をかけられた。

「あゆみ!」

嬉しそうに女性に駆け寄るまーちゃん。

「買い物?珍しいね。ハハ、許してくれたの?」
「うん。どぅーが一緒だから」
「あ、こんにちは」
「こんにちは」

その女性・石田さんはまーちゃんの従姉だそうだ。
そういえば、まーちゃんの話の中によく出てくる名前だ。
ハキハキとした明るい女性で、まーちゃんとはまるで本当の姉妹のように
話している。

362 :名無飼育さん :2016/11/27(日) 00:33
石田さんとの会話が盛り上がっていると、お店の中からまた一人、女性が現れた。

「亜佑美ちゃん、お待たせ」

低くて深い、優しい声。
綺麗な長い髪に涼やかな目元。

「鞘師さん」

そう呼ばれた女性はすごく嬉しそうに微笑んで、石田さんの隣に並んだ。
その雰囲気だけで、お互いが大切で特別な存在であることが伝わってきた。

この二人はきっと付き合ってる。

363 :名無飼育さん :2016/11/27(日) 00:34
「優樹ちゃん」

鞘師さんの視線がまーちゃんに向けられる。
そういえば、さっきからまーちゃんは黙り込んでいる。
知り合いだったら真っ先に話しかけそうなものなのに。

嫌な予感に心がざわつく。

「…やっさん」
「久しぶりだね」
「うん。久しぶり」
「元気だった?」
「うん。元気だよ」

元気なんだけど、どこかいつものまーちゃんと違う気がする。
様子を伺うために顔を覗き込もうとすると、不意に右手を繋がれた。

「まーちゃん?」

遠慮がちに触れている手。
その手はかわいそうなくらいに冷たくて、少しだけ震えていた。

364 :名無飼育さん :2016/11/27(日) 00:34
「あ、もしかして、二人、付き合ってる?」

石田さんが嬉しそうに聞いてくる。
目の前で突然手を繋がれたら、そう思うのも無理はないのかもしれない。

「あ、いや…」
「そう!」

否定しようとしたハルの言葉を、まーちゃんが打ち消した。
驚いてまーちゃんを見ると、今まで見たことのないような大人っぽい笑顔を
浮かべていた。

「付き合ってるの、まさたち」

もう一度そう告げたまーちゃんの手は、さっきよりも震えている。
それがまるでハルに縋っているようで、助けを求めているようで。

「そうなんです。付き合ってるんです」

だからハルも嘘をついた。
震えているまーちゃんの手をギュッと握りしめながら。

365 :名無飼育さん :2016/11/27(日) 00:34
石田さんと鞘師さんと別れたあと、そのまま帰ることも出来ず、なんとなく
近くの公園に来ていた。
二人とも無言で、時間だけが過ぎていく。
確かまーちゃんには門限があったはずだ。
そんなに遅くなるわけにはいかない。

「帰ろっか。門限あるでしょ?」

なるだけ普通の声を装って話しかけると、まーちゃんがギュッとハルの制服を
掴んだ。
これはきっと、まだ帰りたくないっていう合図だ。

「ハルは遅くても平気だけど」

そう言うと、まーちゃんは少し安心したように頷いた。
そして、少しずつ鞘師さんのことを話し始める。

366 :名無飼育さん :2016/11/27(日) 00:34
石田さんと鞘師さんはバイト仲間で、家族とそのお店へ行ったまーちゃんは、
すぐに鞘師さんとも仲良くなったそうだ。
そのときは二人の関係を知るわけもなく、まーちゃんもお姉ちゃんのような
感覚で鞘師さんに懐いていたらしい。

それがいつの間にか、恋に変わっていたと。

「まさ、タイミング悪いの。やっさんとあゆみが付き合ってるって聞いて、
 初めて気付いた、ホントの気持ち。バカみたい」
「…そんなことないよ」

他の女の子のように肩を抱き寄せて慰めることも出来ず、ハルはただそんな
ありきたりなことしか言えなかった。

367 :名無飼育さん :2016/11/27(日) 00:35
「どぅー。行かなくていいよ、遊園地」

ハルたちの嘘に騙された石田さんはものすごくノリノリで、ダブルデートに
誘われてしまった。
石田さんにとって、まーちゃんはとても大切でかわいい存在なのだろう。
恋人がいると聞いて、自分のことのように喜んでいたから。

「ハルは別にいいよ」
「でも、どぅーの彼女に悪い」
「…あー、まあ。でも、友達とも普通に遊園地行くし」
「でも…」
「まーちゃんが行きたくないなら、行かないけどさ」
「…行きたくない。…わけじゃない」
「でしょ?」
「あゆみとやっさん見るのイヤだけど」
「…うん」
「…やっさんに会いたい」

涙目で言うまーちゃんの姿に胸が痛くなる。
ハルの方が泣き出しそうになるのをグッと堪える。

368 :名無飼育さん :2016/11/27(日) 00:35
今芽生えているこの感情がなんなのか、自分自身もわからない。
だけど、震えていたあの手を放っておくことなんて出来ない。

「いいじゃん。恋人のフリするのも面白そうだし」

重い雰囲気を変えようと、わざと軽いノリで言ってみる。

「…やっぱ、チャラい」

やっと見せてくれた笑顔はとてもかわいくて。
だけど、ハルの心はざわついたままだった。

369 :名無飼育さん :2016/11/27(日) 00:35
本日は以上です。
370 :名無飼育さん :2016/11/27(日) 01:02
まーちゃん切ない
371 :名無飼育さん :2016/11/30(水) 23:18
どっちの組み合わせも好きなのに、切ないですね・・・
372 :名無飼育さん :2016/12/06(火) 00:36
レスありがとうございます。

>>370>>371
切ない展開で申し訳ありませんが、今しばらくお付き合いいただければ幸いです。
373 :名無飼育さん :2016/12/06(火) 00:36
遊園地デートの当日。
ハルは一番に待ち合わせ場所に着いた。

まーちゃんが来る前に、頭の中でしっかりとシミュレーションする。
今日のハルはまーちゃんの恋人だ。
女の子とのデートをリードするのはそれなりに慣れているし、不安はない。

問題は鞘師さんの存在だ。

―――――あゆみとやっさん見るのイヤだけど
―――――…やっさんに会いたい

そんなまーちゃんの願いを叶えるにはどうすれば良いのか。
ハルなりにいろいろと考えた。

374 :名無飼育さん :2016/12/06(火) 00:37
「どぅー!」

次に来たのは、まーちゃんと石田さんだった。
いつもと違う雰囲気のまーちゃんにドキッとする。
そういえば、私服姿を見るのは初めてだ。
メイクもバッチリと決まっていて、とても大人っぽい。

「もー、見とれちゃってー。ラブラブだね、二人」

思わず見とれてしまったハルを、石田さんが茶化してくる。

「そうなんすよ。ラブラブなんです」

そう言うと、茶化したくせに石田さんは真っ赤になってしまった。
まだ出会って二回目だけど、明るくて真っ直ぐで純粋な人だと思う。

375 :名無飼育さん :2016/12/06(火) 00:37
そんな石田さんには悪いけど、今日一日、少しだけ鞘師さんから離れてもらう。

ハルが考えた作戦は至って単純なものだ。
乗り物に乗るとき、必ずジャンケンでペアを決める。
そのとき予め出す順番をまーちゃんと決めておき、ハルとまーちゃんはペアに
ならないようにする。
そうすれば、まーちゃんが鞘師さんと乗る確率が高くなるはずだ。

こっそり伝えた作戦に最初は戸惑っていたまーちゃんだったけど、鞘師さんと
一緒に乗れたときはすごく嬉しそうだった。

376 :名無飼育さん :2016/12/06(火) 00:37
「もしかして、妬いてる?」

数回目の乗り物で一緒になったとき、石田さんに聞かれた。

「へ?いや、別に…」
「そう?なんか、すごい顔で二人のこと見てたから」

どんな顔をしてたんだろう。
全く自覚していなかっただけに、動揺を隠せない。

「…い、石田さんこそ、妬いてるんじゃないっすか。結構密着してるし」
「別に…って言いたいところだけど、ちょっと複雑かな。まーちゃん、すごく
 鞘師さんになついてるしね」

少しだけ表情を曇らせる石田さんに申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

「でも、不安になったりはしないよ。信じてるから」
「…ラブラブなのは、そっちじゃないっすか」

石田さんは照れたように笑う。
その笑顔から鞘師さんとの強い絆が伝わってきた。

きっと揺るがないであろう、二人の関係。
それはたぶん、まーちゃん自身もわかってる。

377 :名無飼育さん :2016/12/06(火) 00:38
すっかり日が暮れて、残る乗り物はあと一つとなった。
目の前に立ちはだかるのは花火のように大きな観覧車。

「これが、ラストのジャンケンっすね!」

わざとらしく空気を読まずにジャンケンを促すと、まーちゃんが突然ハルの腕に
絡みついてきた。

「まさ、どぅーと乗る!」
「え?まーちゃ…」
「せっかくの観覧車だもん!あゆみとやっさん、先に乗って!」

まーちゃんの勢いに押され、鞘師さんたちはゴンドラに乗り込んだ。
そんな鞘師さんたちをまーちゃんはとびっきりの笑顔で見送っている。

なぜジャンケンをしなかったのか、聞かなくても理由はわかるような気がした。

「まさたちも乗ろ?」
「…うん」

378 :名無飼育さん :2016/12/06(火) 00:38
向かい合わせに座ると、まーちゃんが小さくため息をついた。
そのときに初めて気付く。
今日のまーちゃんはずっとご機嫌で、でもそれは彼女の演技だったことを。
鞘師さんの隣にいることは、まーちゃんにとって嬉しいと同時に苦しいこと
でもあったんだ。

今頃気付くなんて、ハルは大バカだ。

「…今日、楽しかった」
「うん」
「やっさんといっぱい一緒にいれて」
「うん」
「でも、だから、最後はちゃんと返さないとって思ったの」

震える声。
ハルは何も言えなくなる。

「…やっぱり、やっさんはあゆみのだから」

膝の上でギュッと握られているまーちゃんの手に、涙が落ちていく。

「まさのやっさんじゃないから」

379 :名無飼育さん :2016/12/06(火) 00:38
その小さな手を握りしめたいと思った。
ギュッと抱きしめて、まーちゃんを苦しめる全てのものから守りたいと思った。

「…まーちゃん」
「…どぅー」

顔を上げたまーちゃんの泣き顔に胸が苦しくなる。

「…なんで、どぅーが泣いてんの?」
「わかんない…」

まーちゃんに言われて初めて、自分が泣いていることに気付いた。

「…変なの、どぅー」
「うっさい…」

顔を見合わせて、二人で笑い合う。
泣きながら笑うなんて、二人とも変だ。
だけど、まーちゃんが笑ってくれるなら、バカでも変でもそれでいい。

380 :名無飼育さん :2016/12/06(火) 00:38
いつの間にか、ハルたちのゴンドラは頂上に近付いている。

「泣いてるの、やっさんたちに見られちゃうかな…」

真っ赤な目で呟くまーちゃん。
ハルはまーちゃんの隣に移動して、そっと抱きしめた。
鞘師さんたちからまーちゃんを隠すように、そっと。

「…こんなの、恋人みたい」
「恋人でしょ、ハルたち」

そう、最初から決めてたことだ。
今日のハルはまーちゃんの恋人だ。
だから、最後の最後まで完璧に演じてみせる。

「…ありがと」

今にも消えちゃいそうなまーちゃんの言葉に、ハルは黙って頷いた。

381 :名無飼育さん :2016/12/06(火) 00:39
観覧車から降りると、鞘師さんが一人で待っていた。
笑顔を作ったまーちゃんが鞘師さんに駆け寄る。

「やっさん!あゆみは?」
「なんか、お土産見たいってあのお店に」
「まーも見る!」

まーちゃんは鞘師さんが指差したお店に走って行った。

「鞘師さんはいいんすか?お土産」
「うん。…ちょっと、いいかな?」
「…はい?」

鞘師さんは真剣な顔でハルの顔を見ている。

「ウチの友達で、優樹ちゃんたちと同じ学校の子がいて」
「…はあ」
「モー女の工藤遥って有名だって」

何が有名かなんて聞くまでもない。
言葉を失ったハルに、鞘師さんは畳みかけるように続ける。

382 :名無飼育さん :2016/12/06(火) 00:39
「…優樹ちゃんのこと、本気?」
「…ハルは」
「遊びだったら、やめてほしい」

なぜこの人に言われなければならないのか。
自分の頭にカッと血が上るのを感じる。

「鞘師さんに言われる筋合いはないと思いますけど」
「あるよ」
「なんでですか?あなたには関係ないじゃないですか」
「亜佑美ちゃんが悲しむから」

ムキになるハルに対し、鞘師さんはあくまでも冷静だった。
その態度にますますハルの感情が昂っていく。

「優樹ちゃんは亜佑美ちゃんの大切な人じゃけ。優樹ちゃんが悲しんだら、
 亜佑美ちゃんも悲しむ」

383 :名無飼育さん :2016/12/06(火) 00:39
頭の中に観覧車でのまーちゃんの泣き顔が浮かぶ。
まーちゃんを悲しませてるのはハルじゃない。

「…まーちゃんは」

まーちゃんにあんな顔をさせるのは、まーちゃんの心を支配しているのは…。

「まーちゃんを悲しませてるのは…」

384 :名無飼育さん :2016/12/06(火) 00:40
「どぅー!」

振り向くと、まーちゃんと石田さんがハルたちを見ていた。
只事でない雰囲気を感じたのだろう。
二人とも不安そうな顔をしている。

「なんでもないよ、優樹ちゃん」

二人を安心させるように、鞘師さんは優しく声をかける。

「…どぅー?」

それでも不安そうなまーちゃんに、ハルは何も答えられなかった。
このまま笑顔を見せればきっと、この場は上手く治まるに違いない。
だけど、上手く笑えない。

「…ごめん。ハル、帰るわ」

ハルは逃げるようにその場を後にした。

385 :名無飼育さん :2016/12/06(火) 00:40
出口へ向かいながら、込み上げてくる感情を必死で抑える。
何に対してこんなに腹が立っているのか。

鞘師さんが心配するのは当然だと思う。
あの人はきっと石田さんの全てが好きなんだ。
その周囲のものも含めて、石田さんの人生を丸ごと抱きしめてる。
まーちゃんのことも本気で心配しているんだろう。

だからこそ、まーちゃんは鞘師さんが好きで、そしてその思いは叶わない。

386 :名無飼育さん :2016/12/06(火) 00:40
遊園地を出た瞬間、後ろから上着を引っ張られる。
振り向くと、息を切らしたまーちゃんがそこにいた。

「…なんで」

なんでハルのとこに来るのか。
なんでハルなんか追いかけてくるのか。

やり場のない怒りはまーちゃんに向けられる。

「鞘師さんのとこに、行きなよ」

まーちゃんが行けないことわかってて、わざと突き放してしまう。
本当は追いかけてきてくれて嬉しかったのに。

387 :名無飼育さん :2016/12/06(火) 00:41
まーちゃんは黙って首を横に振る。

「ハルのことなんて、ほっといていいよ」

まーちゃんはもう一度首を横に振った。
さっきよりも強く。

「なんでさ」
「どぅーが消えちゃいそうだから」
「…え?」
「ほっとかない。消えないでほしいから」

その言葉に何も言い返せなくなる。
まーちゃんにはハルがどんなふうに映っているのだろう。
まーちゃんにとって、ハルはどんな存在なんだろう。

ハルにとって、まーちゃんは…。

388 :名無飼育さん :2016/12/06(火) 00:41
「…帰ろ?」

泣きそうな顔で差し出したまーちゃんの手にそっと触れる。
さっきまでの苦しさが嘘のように、その温もりに包み込まれていく。

ハルたちはそのまま、無言のまま、手を繋いで帰った。

389 :名無飼育さん :2016/12/06(火) 00:41
本日は以上です。
390 :名無飼育さん :2016/12/09(金) 09:00
切ない・・・けど少しあたたかい
この先どう変わっていくのか?気になります
391 :名無飼育さん :2016/12/13(火) 23:53
>>390
レスありがとうございます。
少しずつあたたかさの方が増えるように頑張ります。
最後までお付き合いいただければ幸いです。
392 :名無飼育さん :2016/12/13(火) 23:53
遊園地でのデートから数日後、ハルたちは相変わらずの日々を過ごしていた。
あの日のことはあえて話題にはしなかった。

だけど、少なくともハルにとっては特別な出来事で。
まーちゃんに対しても、同じ秘密を共有している、いわば共犯のような相方の
ような、そんな特別な感情を抱くようになっていた。

まーちゃんの真意はわからない。
わからないけど、あの日からより一層、距離が縮まったのは確かだ。
物理的にも、精神的にも。

ほら、今日だって。

393 :名無飼育さん :2016/12/13(火) 23:53
「どぅー、なんか、今日変」
「へ?何よ、唐突に」
「なんか、いつもと違う匂いがする」
「え?ハル、臭い?」
「そうじゃなくって!」

野生の勘とはまさにこの子のためにある言葉だろう。
まーちゃんは匂いとか温度とか空気とか、そういうものでいろいろなものを
認識しているらしい。
それはハルたちが使う言葉よりも確実で、嘘がつけない。

「具合悪い?」

…本当に嘘がつけない。
今朝から体調が悪かったのは事実だ。
だけどそれは、自覚すらないほどのほんの小さな不調。

「ホント、どぅーは弱っちいなあ」
「…んー、否定できない」

健康優良児そうに見えて、昔から体が弱かった。
ちょっとした体調不良は日常茶飯事で、だからこそ逆にあまり自覚がないのかも
しれない。

394 :名無飼育さん :2016/12/13(火) 23:53
「熱は?」
「…ない、と思う」
「ホントに?」
「ん、たぶんね。そんなにしんどくないし」

ハルがそう言うと、まーちゃんは徐に顔を近付けてくる。

「え、ちょっ…」

動揺している隙に、おでことおでこがくっついた。
まーちゃんの甘い匂いがふんわりとハルを包み込む。
心臓がどんどんうるさくなる。

「ちょっと熱い」

…それはたぶん、風邪の熱じゃない。

「どぅー、顔真っ赤だし」
「…か、風邪、移るしっ」

ハルは慌ててまーちゃんから離れる。
今までいろんな子とこれくらいの距離で接してきたのに、なんでまーちゃん
だとこんなになるんだろう。

「まーはどぅーみたいに弱っちくないし」

まーちゃんは平気な顔でハルの頭をポンポンと叩いて、「早く治れー」なんて
笑っていた。

395 :名無飼育さん :2016/12/13(火) 23:54
翌日。
まーちゃんが中庭に来なかった。
一緒にお昼を食べるようになってから初めてのことだ。
連絡しようにもLINEもメアドも知らなくて。
いてもたってもいられなくなり、まーちゃんのクラスへ行くことにした。

7組のハルはまーちゃんのいる1組へ行くことは滅多にない。
記憶にある限り、初めてかもしれない。

そっと1組の中を覗くと、教室内がざわついた。
こういう反応には慣れっこだ。
近くにいる子に声をかける。

「えっと、まーちゃ…佐藤さん、いる?」

相手の子は顔を赤らめて、「あ、今日、休みだけど…」と答えた。

「休み?」
「風邪みたい」
「…マジか」

あれだけ人のことをバカにしていたくせに、ハルの風邪が移ったらしい。

396 :名無飼育さん :2016/12/13(火) 23:54
その次の日もまーちゃんは休みだった。
さすがに責任を感じてしまう。
なんとか理由をつけて、先生からまーちゃんの住所を聞き出した。

お見舞いなんて、まーちゃんは嫌がるかもしれない。
だけど、元はといえばハルのせいだし。

数十分の躊躇のあと、意を決してインターホンを押す。

「はーい」

突然、ドアが開き、年配の女性が現れた。
たぶん、まーちゃんの“ハハ”だろう。

「あ、あの、優樹さんと同じ学校の、く、工藤遥です!」
「あら、どぅーちゃん?」
「へ?」
「いらっしゃい。どうぞ」
「…あ、はい」

あっさりと家の中へと招き入れられ、茫然とする。

「あの、ハルのこと、知って…」
「だって、優樹毎日どぅーちゃんの話してるから。きっと喜ぶわよー」

397 :名無飼育さん :2016/12/13(火) 23:54
一体ハルのどんな話をしているんだろう…。
どんな話であれ、素直に嬉しいと思う。

「あら?どぅーちゃん、顔真っ赤。風邪かしら?」

“ハハ”はさっと近付き、ハルのおでこに自分のそれをくっつけた。
あの日のまーちゃんと同じように。

「ちょっと熱いわね」
「あ、へ、平気です!」

どうやら、まーちゃんの距離の近さは“ハハ”譲りのようだ。

398 :名無飼育さん :2016/12/13(火) 23:54
部屋に入るとまーちゃんは眠っていた。
おでこに貼られた冷却シートが痛々しい。
ほっぺも真っ赤で、苦しいのか眉間にシワが寄っている。

「まーちゃん…」

思わずそのシワに手を伸ばす。
触れた途端、「ん…」と声がして、すぐに手を引っ込めた。
起きていないことを確かめてから、もう一度まーちゃんに触れる。
今度はほっぺに手をやると、すごく熱くて。
外から来たハルの手は冷たかったから、そのまま両手で包み込んだ。
少しでも冷やしてあげたくて、楽になって欲しくて。

「う、ん…」

まーちゃんが苦しそうに息を吐く。
どこか痛いのか、目に涙が溜まっていく。

堪らずにもう一度声をかけようとしたとき。

399 :名無飼育さん :2016/12/13(火) 23:55
「…っさん」

静かな部屋にはっきりと響く、その名前。

「…やっさ…ん」

聞いた瞬間、頭の中が真っ白になった。

400 :名無飼育さん :2016/12/13(火) 23:55
時間にしたらきっと数秒のことだったと思う。
だけど、ハルにとってはとても長い長い時間だった。

今までのまーちゃんとの出来事が頭に浮かぶ。
笑顔も涙も、拗ねた顔も怒った顔も、手の温もりも、抱きしめた匂いも。

今、目の前にいるこの子の全てを。
ああ、そっか、ハルは―――――。


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