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弱虫ナイト

1 :名無飼育さん :2006/03/25(土) 22:20
思いつくがままに短編を。
田中さん贔屓な作者なのでれなえり、みきれなを中心に、他CPも
書いていければいいなあと思います。

よろしくお願いします。
2 :弱虫ナイト :2006/03/25(土) 22:22


『弱虫ナイト』



3 :弱虫ナイト :2006/03/25(土) 22:22


やっぱり辞めておけば良かった…。
あんな言葉に騙されたあたしがバカだったんだ…。



4 :弱虫ナイト :2006/03/25(土) 22:22


今日は某番組の企画で遊園地にロケに来ている。
いつもはジェットコースターとか絶叫系の乗り物に乗らされるんだけど、常に
変化が大切、とかなんとかわけのわからないことを言われて、なぜかお化け屋敷
に入ることになってしまった。

あたしは絶叫系も苦手だけど、お化け屋敷はもっと嫌いだ。
つい最近、やっぱり同じ番組の罰ゲームでガキさんとお化け屋敷に入れられた
時も、生きた心地がしなかった。
放映されたのは10分程度だったけど、本当は1時間以上もあの中を彷徨った
んだから…。



5 :弱虫ナイト :2006/03/25(土) 22:22


ロケに来ているメンバーは、あたしとガキさんとれいなの三人。
この中から二人をくじで選ぶことになって、ラッキーなことに当たりを引いた
のはガキさんとれいな。
だけど、入る前から既に真っ青な顔で涙目になっているれいなを見たガキさんが、

「だーいじょうぶだって!田中っちー。あたしが守ってあげるからー」

なんて言って肩を抱くもんだから、カッとなって次の瞬間にはこう叫んでいた。

「ガキさんダメ!!絵里が行く!」
「どうぞどうぞどうぞー」

やけにあっさりと引き下がったガキさんを見て「はめられた」と思った時には
もう遅くて、あたし達は薄暗い建物の中に放り出された。



6 :弱虫ナイト :2006/03/25(土) 22:23


「きゃああああああ」
「いやああああああ」

まだ入り口付近なのにあまりの怖さに涙が出てくる。
もう嫌だ。
帰りたい。
だけど、ふと隣を見ると、震えながら必死で耳を塞いでいるれいながいた。
暗くてよく見えないけどたぶん涙ぐんでる姿がどうしようもなく愛しく思えて、
あたしは決めたんだ。

「大丈夫、れいな。絵里が守ってあげる」

そう言って「うへへー」って笑うと、れいなは小さくコクって頷いて、あたし
の腕を掴んだ。



7 :弱虫ナイト :2006/03/25(土) 22:23


ああ、もう超かわいい!
このかわいいれいなを守れるのは、あたしだけなんだ。
そう思うと自然に勇気が湧いてくる。

大きく一つ深呼吸をして自分に言い聞かせる。
これはただの遊園地のアトラクションなんだ。
ましてやロケなんだ。
怖くない、怖くない。
空いている右手でしがみついているれいなの腕をしっかりと握る。



8 :弱虫ナイト :2006/03/25(土) 22:23


「うおおおー!」
「え、えい!」
「がおおおー!」
「や、やあ!」

次々と出てくるお化けを威嚇しながらひたすら前に進む。
やっぱりちょっと怖いけど、負けるわけにはいかない。
大切なれいなを守るために。

「も、もうすぐだからね…」
「ん…」



9 :弱虫ナイト :2006/03/25(土) 22:24


ようやく出口らしきものが見えてきたその時、あたし達の前に大きな壁が立ち
塞がった。
比喩とかじゃなくて文字通り、大きな壁。
これが最後の敵なんだろう。
なにやら張り紙が張ってある。

『ここを出たければこの穴の中にある鍵を手に入れよ』

その張り紙の下にはちょうど手が入るくらいの穴が空いていた。

この穴に手を入れろってこと?
む、無理…。
だって中に何があるかわからないのに…。
もしかしたらいきなり手を掴まれて引っ張られるかもしれないのに…。



10 :弱虫ナイト :2006/03/25(土) 22:24


その時、頭の中にガキさんの言葉が響き渡った。

『お化けは触れない約束になってるから』

…そっか。
お化けは絶対に触れないんだ。
それが約束なんだ。
ガキさんが言ってたんだから間違いないんだもん。

意を決して手を入れる。
その瞬間、しがみついているれいながさらに強い力で腕を掴んできて、その
温もりであたしの中の恐怖は全部吹っ飛んだ。
…ような気がした。



11 :弱虫ナイト :2006/03/25(土) 22:24


ガキさんの言う通り、誰にも触られることなく鍵を手に入れることが出来た。
穴から手を出すと壁が自然に開いて、今度は扉が現れる。
微かに明かりがもれているから、その向こうにあるのはきっと出口だ。
さっきの鍵を使って扉を開ける。

もう大丈夫だよ、れいな。
もう出られるよ。

気付くとあたしは全身汗びっしょりで、明らかにテレビに出られるような姿じゃ
なかったけど、れいなを守りぬくことが出来た達成感でとても爽やかな誇らしい
気持ちでいっぱいだった。

「れいな、行こ?」

れいなもちょっとだけ安心したようで、ようやく顔を上げて「うん」って言って
くれた。



12 :弱虫ナイト :2006/03/25(土) 22:24


外に出るとガキさんやスタッフさんが待ち構えていて、「お疲れー」なんて声を
かけてくる。

「カメ達、1時間も出てこないから心配したんだよー」

そんなに時間が経ってたんだ。夢中で気付かなかったけど…。

「…っく、グス…」
「れ、れいな?」

安心したせいか、れいなは泣き出してしまった。
それまで堪えていたものが一気にあふれ出すように。

怖かったんだよね。
かわいそうに…。

あたしは両手を思いっきり広げて受け入れ態勢を万全にして…。



13 :弱虫ナイト :2006/03/25(土) 22:24


「さあ、れいな、絵里の胸に…」
「田中っちー!おいでー!」
「…新垣さーん…」

…え?
れいなはあたしをものの見事にスルーして、ガキさんの腕に抱かれている。
どういうこと?
あたし、頑張ったのに…。
一生懸命れいなのこと守ったのに…。

「よしよし。よく頑張ったねー」

ガキさん、ズルい。
あたしのことはめたくせに…。
あたしだってれいなのこと抱きしめて頭撫でてあげたいよ。

れいなもれいなだよ。
さっきまであんなにしがみついてたくせに頼ってきたくせに、出た瞬間に放置
なんてひどいよ。
バカ。



14 :弱虫ナイト :2006/03/25(土) 22:25


いじけてるあたしに気付いたのか、ガキさんは右手でゴメンのポーズをして、
れいなの肩を掴んだ。

「田中っち、カメがいじけてるみたい。行ってあげな?」

別にいじけてなんかないもん。
れいななんかもういいよ。
ガキさんのとこにいればいいじゃん。

だいぶ落ち着いたのか、涙を拭きながら近付いてくるれいな。
頬を膨らませて睨むあたし。

「…絵里」
「…なに?」

わざと冷たく答えてやった。
怒ってるんだからね?



15 :弱虫ナイト :2006/03/25(土) 22:25


その態度に傷ついたのかれいなは一瞬うつむいちゃったけど、そのままあたし
の服の裾を掴んで。

「…ありがと」

涙目で上目遣いで言われたその言葉にあたしはもう完全にノックアウト。
だけど、簡単に許すのは癪だから耳元で囁いてやった。

「じゃあ、今夜は朝まで絵里に付き合ってね」

れいなは真っ赤な顔で「バカ」って言ったけど、服を離そうとしない手がOK
の合図だってわかってるんだ。



16 :弱虫ナイト :2006/03/25(土) 22:25


二人の世界に入り込んだあたし達の耳にガキさんの呟きが聞こえた。

「…バカップルめ…」

怖がりのあたし。
弱虫のあたし。

だけど、れいなを守るためならちゃんと強くなるよ。
だから、そういう時はちゃんと褒めてよね?
れいなのたった一言でもっともっと強くなれるんだから。



17 :弱虫ナイト :2006/03/25(土) 22:27


その日の夜、弱虫ナイトはお姫様を夢の世界へと連れて行きましたとさ。




18 :名無飼育さん :2006/03/25(土) 22:29


以上です。



19 :名無し飼育さん :2006/03/27(月) 11:30
れなえり好物なんで、更新待ってます。
20 :名無し飼育さん :2006/03/29(水) 08:25
すごくよかったです
れいなが可愛くってたまりません
みきれなも楽しみにしてます
21 :名無飼育さん :2006/03/29(水) 21:27
>>19
ありがとうございます。
れなえり万歳!

>>20
かわいいれいなを書くのが自分の生きがいですw
みきれなはそのうち…。

では、更新。
22 :プライベートグルメレポート :2006/03/29(水) 21:28


『プライベートグルメレポート』



23 :プライベートグルメレポート :2006/03/29(水) 21:29


仕事帰り、あたしの腕を掴んでれいなが言った。

「絵里、今日うちに来ん?」

付き合い始めてからもう何回かお互いの家にお泊りに行っているけど、れいな
から誘われるのは初めてだった。
れいな、ひょっとして…。

「欲求不満なの?」
「…バカ」

思いっきり殴られた。



24 :プライベートグルメレポート :2006/03/29(水) 21:29


どうやらおばさんと弟くんが春休みを利用して福岡に帰ってしまったらしい。
ああ見えてかなりの寂しがり屋のれいなは家に一人でいるのが怖いんだろう。
口に出しては言わないけど、それくらいわかる。
だって、あたしはれいなの恋人だもん。

あたしが「いいよ」と返事した途端、れいなはいきなりテンションウエウエで
「じゃあ、れいながご飯作るけん!」と声高らかに宣言した。
その時からなんとなく嫌な予感はしてたんだ…。

人のことは言えないけどれいなはあまり料理が上手な方ではない。
確かこの前、弟くんにタマゴサンドを作ってあげたら「イマイチ」とか言われて
突っ返されたとか言ってたような…。



25 :プライベートグルメレポート :2006/03/29(水) 21:29


やけに張り切っているれいなに見つからないように、自分のお腹を一撫でする。

------頑張るんだよ。

「ぐううう」

絶妙なタイミングで鳴ったその音はれいなの耳にも届いたようで。

「絵里、お腹すいとうと?いーっぱい作るけん、いーっぱい食べてね」

ますます張り切らせてしまったようだ。
これこそまさに、自業自得…なのかな…。



26 :プライベートグルメレポート :2006/03/29(水) 21:30


家に着くなり台所にこもりっきりのれいな。
暇なあたしはソファで娘。のDVDを見ている。

うん、なんかこういうのも悪くないなあ。

あたしは結構ズボラな人間で待ち合わせに遅れたり部屋の掃除が苦手だったり
する。
れいなはその辺は意外ときっちりしてるから、ちょうど良いバランスなんだと
思う。
将来、一緒に暮らしたりとかしちゃったりとかした時には、家のことはれいな
にやってもらおう。
その代わり、あたしは全身全霊をかけてれいなのことを守るんだ。

うん、そういうのって悪くない。



27 :プライベートグルメレポート :2006/03/29(水) 21:30


そんな妄想をしている間にも、台所の作業は順調に進んでいるようだ。
ノリノリのれいなは一人でモノマネをしたりしてすごく楽しそう。
時々発せられる、「あー!」とか「やっばい…」とか「あれ?まいっか」なんて
声は…聞かなかったことにしよう。
そう思った瞬間、再びお腹が鳴って、あたしはまた励ましの言葉を贈る。

------お願い、今日一日の我慢だから。

「きゅるるるる」

我ながら情けない音…。



28 :プライベートグルメレポート :2006/03/29(水) 21:31


「出来たー」

…そして、恐怖の時間がやってきた。

「…あれ?れいな、これ…」

れいながテーブルの上に置いたのはお皿やお椀じゃなくてお弁当箱だった。
家なのにお弁当???
あたしの問いかけになぜか真っ赤な顔でそっぽを向くれいな。
なんで?なんで?なんで〜♪
ってそうじゃなくて…。

「これからピクニックとか…?」

まさかなあ、もうこんな時間だし、夜はまだ結構冷えるし。

「あ、じゃあ、お皿がなかったとか…?」

普通にいつも生活している家なんだからそんなわけないよなあ。

「もう、なんだっていいっちゃろ!」

れいなはさっきよりも更に赤い顔で、お弁当箱をグイっとあたしの方に押し
出した。
いや、まあ、お弁当箱はともかく、その真っ赤な顔の理由は気になるじゃん。



29 :プライベートグルメレポート :2006/03/29(水) 21:31


これ以上追求しても仕方ないと思い、お弁当箱を開ける。
…ん?なんかデジャブ?どっかで見たような…。
しかも、なんだか嫌な思い出があるような…。

「覚えてないと?」
「え?何を?」

あたしがそう言うと、れいなはDVDプレーヤーをいじってテレビの方を指で
示した。
なんだろう…?

画面に映し出されたのは数ヶ月前のとあるテレビ番組。
あたしが一人で話してる。
ああ、これ確かさゆのまずいお弁当を食べさせられた時…。



30 :プライベートグルメレポート :2006/03/29(水) 21:31


その瞬間、デジャブの正体が判明した。
そうだ、さゆのお弁当と一緒なんだ。
今テーブルの上に置いてあるものと画面に映っているものは、色も形も(その
なんともいえない不味そうな雰囲気さえも)ほぼ同じだった。
慌ててれいなの方を向く。

「…悔しかったけん」

テレビを消してポツリポツリと話し出すれいな。

「れいなも絵里にお弁当あげたかった…」

…ああ、もう。
テレビの企画だってわかっていてもやきもちを隠せなかったれいながかわいくて
愛しくて、思わず抱きしめたくなった。



31 :プライベートグルメレポート :2006/03/29(水) 21:32


「やけん、全部さゆのマネしたと」

へ?…れ、れいなさん、今なんて?

「作り方も盛り付けもぜーんぶさゆと同じにしたと」

それって、もしかして…。

「…テレビでやってたさゆのをマネしたってこと…?」
「うん」
「れ、れいな、絵里がさゆのお弁当食べてるの、最後まで見た?」
「ううん、ムカついたけん、こっから先は見とらん」

そ、そんな…。
撮影だって思いながらも、最初の一口で食べることを断念したさゆのお弁当。
スタッフさんでさえ、「ちょっとこれは…」と尻込みして結局そのまま行方
知れずになったさゆのお弁当。
玄関に置いておけばお化けすら近寄れないと評判のさゆのお弁当。

そのお弁当が今まさに目の前に再現されたのだ。
それも、愛しの恋人の手によって。



32 :プライベートグルメレポート :2006/03/29(水) 21:32


「ぐうううう、きゅるるるるるる」

あたしのお腹はあの時の恐怖を思い出して既に悲鳴をあげている。
だけど、それはまるでれいなのお弁当を欲しているようにしか聞こえなくて…。

「おかわりあるけん、遠慮しないでいいと」

幸せそうに言うれいなを悲しませるわけにはいかない。
意を決してお弁当に手をつける。

「…う」
「どう?」

どうもこうも…見事なまでにさゆの味が再現されている。
ていうか、あの放送見ただけでこんな完璧にコピー出来るんだったら、普通の
お料理番組見たらものすごく美味しいものが作れるんじゃ…。



33 :プライベートグルメレポート :2006/03/29(水) 21:32


「…絵里?」
「あ、ああ、うん、まあ、その…」
「さゆの方がおししいと?」

力の篭った目で睨みつけてくる。
いや、だから、さゆのお弁当は最初の一口しか食べてないんだってば。
率直に言うとぜーんぜんおいしくなかったんだってば。
むしろありえないくらい不味かったんだってば。

「…こっちの方がおいひい…」

無理やり噛み砕きながら精一杯の笑顔を作る。
それは一世一代の大芝居。
見破ってほしいような気もするけど、この場を乗り切るためには嘘をつくのが
一番だろう。

その言葉を聞いたれいなは今まで見たことのないくらい嬉しそうに笑ってくれた
から、それだけでどんなことでも乗り越えられると思った。



34 :プライベートグルメレポート :2006/03/29(水) 21:32


何度も何度も体の外に出してしまいたいという衝動を抑えて、ひきつった笑顔
でなんとか全部流し込んだ。
「おかわりは?」なんて追い討ちをかけるようなことを言うれいなに、「もう
幸せすぎてお腹いっぱい」なんて切り返す。
そんな自分に感心する。

付き合い始めた頃は何もわからなくて、お互い言いたいことだけ言ってケンカ
ばっかりだったのにね。
今はこんなふうにれいなのこと怒らせないように言葉を選んだりしてる。
それが良いことなのか悪いことなのかはわからないけど、あたしは今すっごく
幸せなんだ。
たぶん、れいなもそう思ってくれてるはず。



35 :プライベートグルメレポート :2006/03/29(水) 21:33


片付けを終えたれいなが隣に座る。

「ねえ、絵里」
「ん?」
「ホントはあんまりおいしくなかったんやろ?」
「え!?ええ!?」
「顔ひきつっとったし、眉毛こんなんなっとったし」

れいなはそう言って、両手で自分の眉毛をギュって下げた。
うわあ、情けない顔…。
バレバレだったんだ、一世一代の演技…。



36 :プライベートグルメレポート :2006/03/29(水) 21:33


「ごめん、でも…」
「いいと」

謝ろうとしたあたしを遮って、れいなは笑顔でこう言った。

「全部食べてくれて嬉しかった、ありがと」

…れいな。
そんなかわいいこと言われたら、もう我慢できないよ?

「おいで」

あたしは自分の太ももを叩いてれいなを促す。
一瞬、キョトンとしていたれいなは、その意味を理解すると真っ赤になって、
「…いいと?」って確認してきた。
そんなの、いいに決まってるじゃん。



37 :プライベートグルメレポート :2006/03/29(水) 21:33


「いいから、おいで」

いつもよりもちょっとだけ強い口調で誘ってみる。
れいなは黙って頷いて、あたしの膝に乗っかった。

よし、捕まえた。

「…ちょ、え、絵里?どこ触っとう…」

逃れようとするれいなの腰をがっちりと掴んで、あたしは自分の欲望に忠実に
行動する。

「ちょ、ま、絵里!離せ、バカ!」
「もう無理ですー、スイッチ入っちゃったもーん」
「はあ?いい加減にし…ん…」

抵抗して膝の上からソファに落ちたれいなの上に乗っかって、その騒がしい唇
を塞いでやった。
どうせ二人きりだし、夜はこれからだし。



38 :プライベートグルメレポート :2006/03/29(水) 21:34


「本日のメインディッシュ」
「…お腹いっぱいって言っとったくせに」
「ベツバラ、ベツバラ」
「…バカ」

れいなはもう抵抗しなかった。

「いただきます」

あたしは誰にも邪魔されずにゆっくりと最高のご馳走を味わった。



39 :プライベートグルメレポート :2006/03/29(水) 21:35


翌日はしっかり体調を壊して、マネージャーさんいたっぷりと叱られたけど。



40 :プライベートグルメレポート :2006/03/29(水) 21:36


亀井絵里のプライベートグルメレポート(ちょっと甘めに…)。

 タコウインナー-------★★☆☆☆
 チーズハンバーグ----★☆☆☆☆
 チャーハン----------☆☆☆☆☆
 卵焼き--------------★☆☆☆☆

 田中れいな----------プライスレス



41 :プライベートグルメレポート :2006/03/29(水) 21:37
 
42 :プライベートグルメレポート :2006/03/29(水) 21:37
 
43 :名無飼育さん :2006/03/29(水) 21:37


以上です。



44 :konkon :2006/03/30(木) 01:10
れなえりキターッ━━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━━!!!
可愛いれいなっていうのもいいですね♪
俺もお腹いっぱいですwww
45 :名無飼育さん :2006/03/30(木) 02:25
>37の萌えっぷりにクネクネ悶えました
オチもよかったっすw
46 :名無飼育さん :2006/03/30(木) 03:55
>>36 >>37のやりとり、あれはホントに萌え死にましたw
願わくば今一度あのようなミラクルが起きてほしいものです
・・・まぁ人前でやらないだけで二人きりでは・・・なんでしょうけどねw

次回も弱虫なナイトとお姫さまに期待してます
47 :名無飼育さん :2006/04/02(日) 01:03
>>44
田中さんは本人曰く「意外と乙女」だそうですw

>>45
オチはちょっとアリガチかなあと不安だったので良かったです。

>>46
最近は結構絡んでるので、再ミラクルに密かに期待してます。


では、更新。
48 :まいったなあ :2006/04/02(日) 01:04


『まいったなあ』



49 :まいったなあ :2006/04/02(日) 01:04


…まいったなあ。

美貴は今、人生最大の危機に直面している。
というのはちょっと大げさだけど、まあ、かなりヤバイ状況なのは確かだ。

ベッドの上。
無防備な姿で爆睡している田中ちゃん。
掛け布団を踏み脱いでいる上にTシャツがめくれているもんだから、真っ白な
背中が顕わになっていて…。
子供っぽい寝相とまるで誘惑しているかのような滑らかな肌。
そのギャップにどうしようもなくドキドキする。

これは、まいった。



50 :まいったなあ :2006/04/02(日) 01:04


どうやら美貴は(自分でも認めたくないけど)、田中ちゃんに対して特別な感情
を抱いているらしい。
加入当初やおとめ組の時から「美貴姉」なんて呼び方で慕ってくれてた女の子。
積極的なわりに人付き合いに不器用なところがあって、少しだけ自分と同じ匂い
を感じてた。
だからずっと気になってたんだ。

だけど、美貴の愛情表現は男子中学生並で、気になる相手ほど冷たくしたり距離
を置いたりしてしまう。
そんな美貴の態度を見て、最初はよく話しかけてきてくれた田中ちゃんも、今は
用事がある時以外は近づいてこない。



51 :まいったなあ :2006/04/02(日) 01:05


それは寂しいことではあるんだけど、少しだけホッとしてたりもする。
だって、田中ちゃんは最近グングン女らしくなってきて、だけどまだあどけない
部分もあって、とにかく美貴はかなり我慢の限界に達してるから。

今ではすっかり「藤本さん」になってしまったけど、もしももう一度「美貴姉」
って呼ばれたら、理性を保つ自信なんてない。



52 :まいったなあ :2006/04/02(日) 01:05


だから、つい数時間前、遠征先のホテルでいつも通り部屋割りが発表された時、
美貴の心臓は張り裂けそうになった。

「藤本と田中」

これまで、何度となくメンバーとホテルに泊まってきたけど、幸か不幸か、田中
ちゃんと同部屋になったことはない。
それなのに…。

本当は、美貴と一緒だと田中ちゃんも気まずいと思って、誰かに替わってもらおう
としたんだ。



53 :まいったなあ :2006/04/02(日) 01:05


そしたら、真剣な顔をした田中ちゃんが、

「藤本さんはれいなと一緒じゃ嫌ですか?」

なんてとんでもない質問をするもんだから、美貴は「別に」と答えるのが精一杯
だった。

田中ちゃんはたまにドキッとするような、核心をつくことをサラッと言ってのける。
しかも、自分がすごいことを言っているってことを全くわかっていないから困る。

一緒じゃ嫌ですかって、それって結構きつい質問だよ、田中ちゃん…。



54 :まいったなあ :2006/04/02(日) 01:05


そんなこんなで、部屋に入ったものの気まずい雰囲気に耐え切れずにシャワーを
浴びて出てきた美貴を待ち構えていたのが、今のこの状況なわけで。
相手が田中ちゃんでなければ、そう、たとえば麻琴とか亀ちゃんだったら、完全に
スルーして眠れるんだけどなあ。

…とりあえず、起こそう。
疲れているのはわかるけどこのままじゃ風邪を引くし、シャワーも浴びてないし、
何よりも美貴の心臓に悪い。

「田中ちゃん?」




びくともしない。
揺り起こすことも考えたけど、体に触れるのはちょっとまずい。



55 :まいったなあ :2006/04/02(日) 01:06


そういえば、田中ちゃんて納豆嫌いだったよね。
前に匂いを嗅いだだけで気持ち悪くなると言ってたことを思い出す。
ちょっとかわいそうだけど、起こすためだ、仕方がない。

超高速でかき混ぜた納豆を田中ちゃんの鼻に近付ける。




びくともしない。
うーん。



56 :まいったなあ :2006/04/02(日) 01:06


美貴は次の作戦を練る。
ふと、ベッド脇の冷蔵庫が目に入り、名案が浮かんだ。
氷攻めだ。
直接触れなければいいんだし、いくらなんでもこれなら目を覚ますだろう。

キンキンに冷えた氷をコンビニの袋に詰め、田中ちゃんの後頭部にくっつける。




びくともしない。
はあ?ありえないっしょ…?
田中ちゃんてこんなに寝起き悪かったんだ…。



57 :まいったなあ :2006/04/02(日) 01:06


美貴は更なる作戦を練る。
…ダメだ、思いつかない。
諦めかけたその時、自分の鞄の上におもむろに置いてある物体が目に入った。

それは、よっちゃんが遊び半分で買ってきた付け髭。
こんなんで起きるわけないと思いつつ、芽生えたいたずら心を止めることが出来
なかった。

最終兵器・付け髭を田中ちゃんのおでこに貼り付ける。
素肌には触れないように、そっと、慎重に…。




…ぷ…。
そのあまりの滑稽さに思わず吹き出してしまう。
それでも、田中ちゃんはびくともしなかった。



58 :まいったなあ :2006/04/02(日) 01:06


あーあ、まいったなあ。

こうなったら最後の手段を使うしかない。
密室に二人きりという状況を回避出来ればいいわけで、要するに誰かに部屋を
替わってもらえばいいんだ。

そう思ってドアノブに手をかけた瞬間。

「…ん…美貴…姉…?」

ドキッとした。

「…どっか、行くと?」

寝ぼけているのかボーっとした顔で目をこすりながらこっちを見てる田中ちゃん。
美貴にはそれが「行かないで」って言ってるようにしか聞こえなくて。

「…どこにも行かないよ」

そう答えると、田中ちゃんは無邪気な笑顔で「良かったあ」と言って、再び眠り
についた。



59 :まいったなあ :2006/04/02(日) 01:07


…まいったなあ。

今日何度目かわからないため息をつく。
美貴の心臓はさっきからバクバクバクバクと音を立てて動いていて、この有り
余った感情をぶつける先を欲しがっている。

目の前には無防備な姿で爆睡している田中ちゃん。
美貴はそっと手を伸ばす。

そして。



体に触れないように慎重に、掛け布団をかけ直す。



60 :まいったなあ :2006/04/02(日) 01:07


「意外とヘタレなんだよなあ…」

だけど、こんなかわいい寝顔を見れるなら、それはそれで良しとするか。
美貴は今日最後のため息をついて、自分のベッドへと潜り込む。

そして、

「おやすみ。…れいな」

こんな時くらいしか呼び捨てに出来ない、かわいい彼女の名前を小さく呟いて
そっと目を閉じた。

田中ちゃんの寝息や寝返りする音が気になって、結局ほとんど眠れなかったけど。



61 :まいったなあ :2006/04/02(日) 01:07


翌朝、田中ちゃんよりも一足先に部屋を出ると、同じタイミングで部屋から出て
きた亀ちゃんに遭遇した。
美貴を見るなりニッコリ笑って、「おあよーございますー」なんて舌っ足らずな
声で挨拶する。
その声に美貴のイライラは最高潮に達する。

「あれ?藤本さん、クマ出来てますよ?ダメじゃないですかー、今日も大事な
 コンサートがあるんですからー」

ブチ。
その瞬間、完全に何かが切れた。
美貴はその溜まりに溜まったイライラを思う存分亀ちゃんにぶつけてやった。



62 :まいったなあ :2006/04/02(日) 01:08
 
63 :まいったなあ :2006/04/02(日) 01:08
 
64 :名無飼育さん :2006/04/02(日) 01:08


以上です。



65 :お調子者のホーリー・ウォーズ :2006/04/11(火) 20:19


『お調子者のホーリー・ウォーズ』



66 :お調子者のホーリー・ウォーズ :2006/04/11(火) 20:19


まったりとしたオフの日の午後。
大好きな恋人と二人きりの時間。
幸せなひととき。

「ふにゃあああああああああ!!!」

…を打ち破る突然の叫び声に、ソファでウトウトしかけていたあたしは飛び起きる。
な、何!?

「れ、れいな?」
「え、え、え、絵里…」

これはただごとじゃないと思って声が聞こえる方向に飛んで行くと、洗面所の入口で
震えているれいなを見つけた。



67 :お調子者のホーリー・ウォーズ :2006/04/11(火) 20:20


「あ、あ、あ、ゴ、ゴ、ゴ…」
「あ、アゴ?アゴが外れたの?」

あたしの問いかけに大きく首を振るれいな。
その目は既に潤んでいて今にも泣きそう。
れいなは二人きりでいるとすぐに泣いてしまう。

人前では泣きたくないって言ってたから、あたしには心を許してくれてるってことなの
かな。
うん、きっとそうに違いない。
だから、れいなが涙を見せる度に強くならなきゃって思う。



68 :お調子者のホーリー・ウォーズ :2006/04/11(火) 20:20


「え、絵里!絵里!ボーっとしとる場合じゃないと!!」

あ、そうだった。

「うへへ、ごめんごめん。どうしたの?」
「あ、あれ…」

れいなの指差す方向に目を向けると、そこには消しゴムくらいの大きさの黒光りしている
物体があった。
いや、こういう場合は「いた」という表現が正しいのかも。



69 :お調子者のホーリー・ウォーズ :2006/04/11(火) 20:20


「きゃああああ!」

その物体は、さっきのれいなに勝るとも劣らない叫び声をあげたあたしに対して、まるで
「うるさいなあ」と言わんばかりに触覚を動かしている。

「ここここ、こっち見てる!」
「絵里が騒ぐからやろ!」
「え?え?え?ゴキブリって声聞こえるの?」
「そんなん知るわけないっちゃろ!早くやっつけてよ!」

む、無理無理無理無理!
いくら大切でかわいいれいなの頼みでもそれだけは無理!

「絵里、取れないよお…」
「あのままほっとくと!?そんなん無理、ありえん、耐えられん」

…ねえ、れいな。
何でそんなに強気なの?
だったられいなが退治すればいいじゃん?
大体ここはれいなの家なんだし、あたしは別に…。



70 :お調子者のホーリー・ウォーズ :2006/04/11(火) 20:21


口には出せずに頭の中で反論してみる。
その間にも敵はどんどんどんどんこちらに近付いてくる。

何で?普通、逃げるもんじゃないの?ゴキブリって…。
だけど、奴はまるで「やれるもんならやってみな」という挑戦的な態度で間合いを詰めて
くる。
無理無理無理、絶対無理!

「え、絵里!」

近付いてくる敵に怯えながら、いつの間にかあたしの後ろに隠れているれいな。
こういう時のれいなはやたらと素早い。
走るの遅いくせに。

「れいな、絵里やっぱり無…」
「あれやっつけたら、絵里はカッコ良いと思う!」

…え?今、なんて?



71 :お調子者のホーリー・ウォーズ :2006/04/11(火) 20:21


「すっごいメッチャクチャカッコ良い!」
「…ホントに?」
「ホントに!」
「絵里、カッコ良い?」
「うん、もうちょーーーーーーカッコ良い!!」

その言葉を受けてあたしは俄然強めモードになった。
れいながカッコ良いって言うんだ。
それならやるしかない。
敵はたかだか消しゴム程度の虫なんだ。
あたしが本気を出せば勝てないはずがない。

「よ、よし!」

心の中で決意したわりに、発せられた掛け声はいつも通り情けないもので、なんとなく
不安になる。
でも大丈夫。きっと。
…いや、たぶん。



72 :お調子者のホーリー・ウォーズ :2006/04/11(火) 20:21


潰すのはさすがに抵抗あるし、一番簡単なのは殺虫剤だろう。
そう考えたあたしは背中に張り付いているれいなに問い掛ける。

「れいな、殺虫剤どこ?」
「トイレの棚の中」
「わかった」

取ってこようと思い立ち上がろうとした瞬間、強い力で引っ張られた。
痛いって。

「れ、れいな?」
「どこ行くと!」
「どこって殺虫剤取りに行くんだよ」
「れいなのこと一人にすると!」
「だって、それがないとやっつけられないじゃん!」
「無理!ぜーったい無理!あいつと二人きりなんて無理!!」

もう!れいなのワガママはかわいくて好きなんだけど、今はそんな場合じゃないでしょ!



73 :お調子者のホーリー・ウォーズ :2006/04/11(火) 20:22


「じゃあ、れいなが取ってきてよ!」
「無理やって!」
「なんでよ!?」
「…動けん」
「はあ?」

どうやら腰が抜けて立てないらしい。
真っ赤な顔でうつむいてるれいなに不覚にもときめいてしまった。



74 :お調子者のホーリー・ウォーズ :2006/04/11(火) 20:22


うーん、どうしよう。
素手であいつと戦うなんて絶対に無理、ていうか嫌だし。
敵は、そんなオバカなやりとりにも動じずにじっとこっちを見てる。
なんとかしなくては…。

その時、ふとタオルかけにかかっている紫色のタオルが目に入った。
うわ、趣味悪…。

よし、しょうがない。
殺虫剤がダメならタオルで…。

そう思ってタオルに手を伸ばしかけた瞬間、再び強い力で引っ張られた。
だから痛いって。

「ちょっと!今度は何?」
「そのタオルでやると?」
「うん、だって何か武器がないと…」
「ダメ!そのタオルはれいなの宝物やけん!」
「た、宝物って、そんなこと言ってる場合じゃないじゃん!」



75 :お調子者のホーリー・ウォーズ :2006/04/11(火) 20:22


さすがのあたしも半分キレそうになる。
やっつけろ。でもあれはダメ、これは無理。
それじゃあどうしようもない。

「そのタオル、絵里がくれたけん」
「え?…あ、そっか…」

すっかり忘れてたなんて言ったら怒られるだろうけど、それは確かに去年あたしが
あげたタオルだった。
宝物だって言ってるわりに、ところどころちぎれかけていたり汚れていたり、そも
そもこんなところに無造作にかけてあるなんてどうかと思うけど…。

「寂しい夜とかはそれを絵里と思って…」

…うわあ。
言ってるれいなも恥ずかしそうだけど、言われてるあたしまで顔が熱くなるのを感じた。



76 :お調子者のホーリー・ウォーズ :2006/04/11(火) 20:22


さて、殺虫剤もタオルもないあたしは言わば剣も魔法も使えない勇者みたいなもので、
しかも背中で震えるお姫様のせいで「逃げる」という選択肢も選べない。
このままでは埒があかない。

と、その時だった。
敵も痺れを切らしたのだろう。
あろうことか、あたし達の方に飛んできたのだ。

「ふにゃあああああああ!」
「きゃああああああああ!」

目を瞑って必死で両手を振り回す。
いや、無理、お願いだから来ないで!
次の瞬間、鈍い感触が右手を襲い、恐る恐る目を開けた。
敵の姿はない。



77 :お調子者のホーリー・ウォーズ :2006/04/11(火) 20:22


「…え、絵里?あいつ、どこ行ったと?」

あたしは黙って首を振る。
なぜか言葉が出ない。
だって、何だか嫌な予感がするんだもん。
普段鈍感だと評判のあたしだけど、こんな時の勘はよく当たる方だったりする。
全然嬉しいことじゃないんだけどね…。

自分の勘に従い、右方向に目を向ける。



78 :お調子者のホーリー・ウォーズ :2006/04/11(火) 20:23


…ああ、やっぱり…。

視線の先には見事に倒れている一匹のゴキブリの姿があった。

「…絵里」
「…うん」
「…やっつけたね」
「…そうだね」
「…」
「…」
「…あれ、取って」

れいなちゃん、それだけはいくら何でも勘弁して下さい…。

結局、その直後に帰ってきたれいなのおばさんが敵を取ってくれて、あたし達の長い
戦いは幕を閉じた。



79 :お調子者のホーリー・ウォーズ :2006/04/11(火) 20:23


そして今、れいなの部屋で二人きり。

何だか妙に疲れた。
今日はせっかくのオフで、れいなとあんなことやこんなことをしながらゆっくりと
過ごすはずだったのに。

「疲れた?」

ベッドの上で倒れているあたしを心配そうに覗き込んでくるれいな。

「疲れたよお…」

いつも以上に舌っ足らずで甘い声が出て自分でもちょっとビックリした。
ああ、なんだか甘えたいモード。



80 :お調子者のホーリー・ウォーズ :2006/04/11(火) 20:23


「ねえ、れーなー」
「んー?」
「絵里、カッコ良かった?」

れいなにカッコ良いって言われたいがためにゴキブリに立ち向かったあたし。
バカみたいにお調子者だってわかってるけど、照れ屋なれいなに褒めてもらえる滅多に
ないチャンスを逃すわけにはいかない。

「ねーねー?」

れいなは予想通り照れて言ってくれない。
勢いでは大胆なことを言うくせに…。
そういうれいなもかわいいんだけどね。

いつもはこの辺で許してあげるけど、今日はダメだもん。
だって、絵里はれいなのために戦ったんだから。



81 :お調子者のホーリー・ウォーズ :2006/04/11(火) 20:23


「れーなー」

あたしの粘りについに観念したれいなは、ボソボソっと呟いた。

「…カッコ、良かった」
「うへへー」
「あーもう、絶対に言わんと!もう二度と言わんと!」

いいよーだ、今の言葉、一生胸に焼き付けておくもん。
寝ていた体を起こして肘を使ってれいなの方に移動する。

「な、なん?」

ビビってるれいなの膝に頭を乗せる。
一度やってもらいたかったんだよね、膝枕。



82 :お調子者のホーリー・ウォーズ :2006/04/11(火) 20:23


「うへへー」
「…絵里、キモい」

文句を言いながらもれいなは優しく頭を撫でてくれる。
最近、お肉がついてきたれいなの膝はかなり気持ちいい。

「…うへ…へー」

本能の赴くままにあたしは目を閉じた。



83 :お調子者のホーリー・ウォーズ :2006/04/11(火) 20:24


聖なる戦いに勝利した弱虫ナイトは、お姫様の元で疲れた体を癒しましたとさ。



84 :お調子者のホーリー・ウォーズ :2006/04/11(火) 20:24
 
85 :お調子者のホーリー・ウォーズ :2006/04/11(火) 20:24
 
86 :名無飼育さん :2006/04/11(火) 20:25


以上です。



87 :名無し募集中。。。 :2006/04/15(土) 01:17
かわいいれなえりゴチです
88 :名無飼育さん :2006/05/10(水) 23:22
いいですねーにやにやしちゃいますねーw

遅レスですが>>61の亀ちゃんが心配でしょうがないです…
89 :名無飼育さん :2006/05/15(月) 19:15
>>87
喜んで頂けたようで、どうもです。

>>88
そういえば…。まあ、亀井さんなら平気でしょうw

では、更新。
90 :オフの日は忠猫日和 :2006/05/15(月) 19:16
『オフの日は忠猫日和』
91 :オフの日は忠猫日和 :2006/05/15(月) 19:17


忙しなく動き回る後ろ姿は、まさに田中ちゃんを象徴する動物そのもの。
もっとも、気まぐれな猫はこんなふうに人に尽くしたりしないみたいだから、どちらかと
言えば犬の方が近いのかもしれない。
どっちにしろ、その動きはさながら小動物みたいで、美貴の心を激しく揺さぶる。

「藤本さん。毎回毎回、なんでこんなに散らかるんですか?」
「…さあ?」
「…なんか、れいな、家政婦みたい」

ブツブツと文句を言っている割に嬉しそうだから、美貴はそのままソファに横になって
その様子を見ている。



92 :オフの日は忠猫日和 :2006/05/15(月) 19:17


「そういうれいなが見たいからだよ」

なんてセリフは、100年経って地球が変わっても言えそうにない。
…そんなのガラじゃないし。



93 :オフの日は忠猫日和 :2006/05/15(月) 19:17


田中ちゃんがこうして美貴の家に遊びに来るようになってから、早いもので半年が過ぎた。

最初のきっかけは、確か6期の三人が「藤本さんの家が見てみたーい」とかって勝手に
約束を取り付けたあの日。
インターホンが鳴ってドアを開けると、そこには見るからに目いっぱいのオシャレをした
田中ちゃんが一人で立っていた。
あのアホコンビが突然風邪をひいたなんて見え見えのウソに、美貴は今でも騙されている
フリをしている。



94 :オフの日は忠猫日和 :2006/05/15(月) 19:18


田中ちゃんは、家に来たからといって何をするというわけでもなかった。
引き篭もり体質の美貴は家ではのんびりとしていたいし、自ら招いてもいない客をおもて
なしするほど優しい人間でもない。
借りてきたDVDを見たり昼寝をしているうちに、いつの間にか時間が過ぎていく。
いつもと変わらないオフだった。
二人でいるということを除いては。

帰り際、田中ちゃんは不安そうな顔で尋ねた。

「また、来てもいいですか?」

断る理由がないから「いいよ」って答えた。
亀井ちゃんや重さんと違ってギャアギャアうるさいわけでもないし、一緒にいることで
不快になることはなかったから。



95 :オフの日は忠猫日和 :2006/05/15(月) 19:18


それからというもの、お互い特に予定のないオフは一緒に過ごすことが恒例となった。
といっても、基本的にインドア派の美貴は積極的に外出することはほとんどない。
遊びに来るような相手は亜弥ちゃんくらいしかいないし、その亜弥ちゃんともオフの日が
合わないということもあって、最近はほとんど遊んでいない。

つまり、初めて家に来たあの日以来、オフの日はずっと田中ちゃんと過ごしている。

予定がないから一緒にいるのか、一緒にいたいから予定を入れないのか。
そこら辺は、…まあ、微妙なところだけれど。



96 :オフの日は忠猫日和 :2006/05/15(月) 19:18


何回目かの訪問日。
確か、コンサートで地方に遠征した翌日。
疲れのあまり脱ぎっぱなしにしていた洋服を見つけた田中ちゃんが、

「これ、片していいですか?」

と目を輝かせて聞いてきた。

「どうぞ」

そっけない返事だったにも関わらず、田中ちゃんはものすごく嬉しそうにそれを片付けた。
それ以来、田中ちゃんは家に来ては掃除をするようになっていた。



97 :オフの日は忠猫日和 :2006/05/15(月) 19:19


「藤本さーん、これ、どこにしまえばいいですか?」
「んー、あー、その棚でいいんじゃん」
「じゃあ、これは?」
「んー、じゃあ、そっちの引出しで」

最初のうちは頻繁に行われていたやりとりだが、今ではもう田中ちゃんは完璧にそれらの
置き場所を把握している。
そのことを誇らしげに「れいな、やっぱ天才かも」なんて自画自賛する姿に、美貴まで
なぜか誇らしげな気分になる。

だから、いつの間にか、オフの前の日はわざと散らかすのがクセになった。
そんなにだらしない方ではないし、なるべくわざとらしくないようにと心掛けているから、
結構大変だったりするんだけど。
それを止めようとしないのはやっぱり、田中ちゃんのこんな姿が見たいからなんだろう。



98 :オフの日は忠猫日和 :2006/05/15(月) 19:19


忙しなく動き回る後ろ姿を、たまにからかってみる。

「ねえ、田中ちゃんて、人の部屋掃除するのが趣味なの?」

意地悪な質問。
田中ちゃんは頬を膨らませて上目遣いで睨んでくる。
そんな姿でさえも愛しいと思ってしまうのは、もう完全にはまっている証拠なのかも
しれない。




99 :オフの日は忠猫日和 :2006/05/15(月) 19:19


「…れいな、藤本さん以外にはしませんけど」
「あ、そ」
「…ムカつく」

小さく呟いて、田中ちゃんは再び部屋の片付けを始める。
そして美貴は、ニヤけているこの顔を見られないように、ソファで寝たフリをする。

そんな、オフの日。



100 :名無飼育さん :2006/05/15(月) 19:20
以上です。
101 :konkon :2006/05/16(火) 00:08
PCの前でニヤニヤしちゃってますw
れいにゃキャワワッ!
102 :名無飼育さん :2006/05/28(日) 23:56
ここのれなえりのクォリティは半端ないですね

これからも楽しみにしてます!
103 :あお :2006/06/19(月) 02:33
幻からとんできましたー。


いやぁ、作者様の書くれいにゃはマジで可愛いです。愛が伝わってきます。
これからも萌えさせて下さいなw
104 :生存報告 :2006/08/11(金) 00:48
作者です。
放置気味で申し訳ありませんがよろしくお願い致します。
105 :名無飼育さん :2007/03/12(月) 23:43
>>101 konkon様
どうもです。自分もかわいいれいなを見てニヤニヤするのが趣味ですw

>>102 名無飼育さん
ありがとうございます。
今回はれなえりではないですが…読んで頂ければ幸いです。

>>103 あお様
幻板ともどもどうもです。
これからも愛が伝わるようなかわいいれいなを書いていきたいと思うのでよろしくです。


今回はちょっと趣向を変えて中篇を。
106 :名無飼育さん :2007/03/12(月) 23:43

『隣の家のおチビちゃん』
107 :第1話 月明かりのおチビちゃん :2007/03/12(月) 23:44

うぇーん。うぇーん。
遠慮のない泣き声が公園に響く。
ちっちゃな手があたしのランドセルを掴んで離さない。

「あー、わかったから、もう泣くなってー」
「…っく、ひっく…」
「ほれ、帰るべ?」

手を差し出した途端に泣き止んで、いたずらっ子みたいな顔で笑う。

「…って嘘泣きかよ、おまえー」
「にひひー」



108 :第1話 月明かりのおチビちゃん :2007/03/12(月) 23:44

気持ちのいい目覚めだった。
枕元の携帯を見るといつも起きる時間より30分も早い。
あたしはベッドの上で軽く伸びをして、リビングへと向かう。

「あら、早いのね。ご飯は?」
「ん、食う」

何気なくテレビをつけると、情報番組のお姉さんが元気に笑ってた。

そういえば、今日は火曜日。
授業は二限目からだった。
出かけるまでまだ時間がある。

―――それにしても、懐かしい夢を見たもんだなあ。

朝食を食べ終わり部屋に戻ったが、特にやることもない。
少し早いけど、もう学校に行くか。
109 :第1話 月明かりのおチビちゃん :2007/03/12(月) 23:45

玄関の扉を開けたと同時に、隣の家から何かが飛び出してきた。

「ちょっとれいな!ご飯はー?」
「無理!あーヤバイ。もう、なんでこんな日に限って日直なんか…」
「気をつけていくとよー!!」

飛び出してきた女の子は見るからに遅そうな走り方で、あたしの目の前を通り過ぎていく。

「おー、れいな、元気かー?」

急いでいるのをわかっていてわざと声をかけてみた。
案の定、彼女は面倒くさそうな顔をして睨んでくる。
それがちょっと面白かったりする。

「…吉澤さん、見てわかる通り、れいな、急いでるんですけど」
「あ、そうなの?わりーわりー、気ぃつけてねー」

わざとらしく右手をヒラヒラと振ると、彼女は膨れっ面のまま再び走り出した。
そんな走り方じゃ間に合わないぞー。
また転んで怪我すんなよー。

小さくなっていく背中を見送りながら、あたしは今朝の夢を思い出していた。
110 :第1話 月明かりのおチビちゃん :2007/03/12(月) 23:46

田中れいなは言ってみれば幼なじみのようなもんだ。
小さい頃は近所の子供同士男女年齢問わず一緒に遊んでいて、4歳年下のれいなもその
仲間の一人だった。
人一倍小さくて運動神経もあまりよくないくせに、あたしたちのちょっと危ない遊びに
必死についてきて、そのたびに転んで怪我をして。
家が隣ってだけでいつも面倒を見る羽目になったあたしにとっては、正直かなり迷惑な
存在だった。
よく遊んでる途中で家まで送り届けたっけな。

いつの間にか大きくなって一緒に遊ぶこともなくなって、今ではこんなふうにたまに顔
を合わせて挨拶する程度の関係になった。
しかも、わざとらしく敬語なんか使っちゃって。
あたしはそんなふうに大人ぶっている姿が面白くて、ついついからかってしまう。
その度に顔を真っ赤にして背中を向けるれいなを見るのが、これまた面白い。

隣の家のおチビちゃん―――田中れいなはあたしにとってそういう存在だった。
111 :第1話 月明かりのおチビちゃん :2007/03/12(月) 23:46

大学に着くと真っ先に部室へ向かった。
誰かしらいるだろう。
うちの女子フットサル部は、関東の大学の中でもかなりレベルが高い方だ。
あたしも結構一生懸命やっていて、一応キャプテンだったりする。

「あ、よっすぃー」
「…げ」

反射的にドアを閉めようとしたあたしに、甲高い声が襲いかかった。

「ちょっとー!なんで逃げるのよ!」
「逃げてなんかないって」
「思いっきり逃げてるじゃんっ!もう、よっすぃーは意地悪なんだから」
「うわ、キモ…」
「なによー」
「んだよー」

いつも通りの会話が繰り返される。
この甲高い声の持ち主は石川梨華。
こんなんでも、一応貴重な戦力だったりする。
そして、どういうわけか気になる存在…だったりもする。
112 :第1話 月明かりのおチビちゃん :2007/03/12(月) 23:46

「あ、あれ持ってきてくれた?」
「…あ、やべー」
「忘れたのー?昨日メールであれだけお願いしたじゃん!」

そうだった。
昨日の夜、メールがあって、フットサル雑誌の最新号を持ってくるように頼まれていた。
机の上に用意してたのにすっかりと忘れていた。

「わりーね」
「もう…。これがかわいい後輩だったら絶対に忘れないくせに」
「そりゃそーだろー」
「さいてー!」

あたしは下を向いて必死に笑いを堪える。
こんな顔見られたら、ますます怒り狂うだろう。
…まあ、別に構わないけどさ。
悪趣味だと思われるかもしれないけど、怒っている顔が結構好きだったりするし。
113 :第1話 月明かりのおチビちゃん :2007/03/12(月) 23:46

「そうだ。練習終わったら取りに行ってもいい?」
「はあ!?」

このバカは一体何を言い出すんだ?

「だって、どうしても今日中に見たいんだもん。ね?いいでしょ、よっすぃー」

上目遣いに見られて思わず視線を逸らす。

「…別にいーけどさ」

あたしは結局、石川には敵わない。
惚れた弱みって奴だ。仕方ない。
114 :第1話 月明かりのおチビちゃん :2007/03/12(月) 23:47

部屋に入るなり雑誌に夢中の石川。
そんな彼女を横目で見ながら、あたしはかつてないくらいの緊張感を味わっていた。
二人きりの空間がどうしようもなく息苦しい。

「ふぅ…」

深くため息をついた瞬間、石川がブワッと顔を上げた。
うわっ、なんだよ…。

「…なによ?」
「な、なによって…」
「ため息なんてついちゃってさ、そんなにあたしと一緒にいるのがイヤなの?」
「え、いや、そんなんじゃないけど…」
「けど、なによ」

石川に小手先のごまかしは通用しない。
いつも何事にもウザいくらいに全力投球する、それが石川梨華なのだ。
115 :第1話 月明かりのおチビちゃん :2007/03/12(月) 23:47

あたしは石川を納得させるようなため息の理由を探し、それを口にした。

「ちょっと、具合わりーみたい」
「え?ホントに?熱は?」
「あ、いや、そこまで…」

石川が近づいてくる。

「おでこ出して」
「ちょ…」
「うーん、ちょっと熱いかも」

…そりゃあそうだろう。
石川に触られたことであたしの体は一瞬で沸騰した。

「ごめんね、よっすぃー、気付かなくて。あたし、帰るね」
「えぇ!?」
「ん?そばにいた方がいい?」
「…キショイからいい」

わざと悪態をつくと、石川はいつもみたいに「もう」と口を尖らせた。
116 :第1話 月明かりのおチビちゃん :2007/03/12(月) 23:47

「寝てなきゃダメ!」なんていう石川をなんとか言いくるめて、玄関先まで見送る。

「ちゃんと休んで治してね。明日も練習あるし」
「あー、うん、へーき」
「もう心配だなあ」

いつになく優しい石川に複雑な気持ちになる。
あたしたちはこんな関係じゃない。

「…ごっちんとは、うまくやってる?」

だからあたしは流されないように、わざと自分を戒める。

「やだあ、なによいきなり…」

石川の顔が真っ赤になって照れくさそうに頷いた瞬間、自分のものじゃないって現実を
改めて突きつけられて胸が痛くなった。

「じゃあ、帰るね」
「…あー、気ぃつけて」

石川はすっかりと暗くなった道を足早に駆けていった。
117 :第1話 月明かりのおチビちゃん :2007/03/12(月) 23:47

「…言っちゃえばいいのに」
「どわっ!!」

背後からの突然の声に思わず飛び上がる。

「なななななななんだよっ!」

振り向くと、石垣を挟んだ向こう側にちっちゃな影が一つ。

「…れいな、いつからそこに…」
「吉澤さんたちが出てくるずっと前から」

暗くてよく見えないけど、れいなは面白くなさそうな顔をしている。
だけど、あたしだって面白くない。
見られたくない姿を見られたわけだから。
118 :第1話 月明かりのおチビちゃん :2007/03/12(月) 23:48

「盗み聞きとかどうかと思うぞ」
「隣やけん、仕方ないです。れいなだって別に聞きたくなかったし」

正論に返す言葉を失う。

「綺麗な人ですね」
「…そーでもないよ」
「へー」
「…なんだよ」
「別に」

なんだかスッキリしない感じだ。
あたしは石垣の上に顎を乗せ、れいなを見下ろした。
いつもなら目を逸らす彼女だが、今日はしっかりと睨み返してきた。
生意気だ。
119 :第1話 月明かりのおチビちゃん :2007/03/12(月) 23:49

「…言えるもんならとーっくの昔に言ってんべ」

れいなは何も言わない。
あたしはなんかちょっとムキになって話し続けた。

「付き合ってる子がいるわけ。その子はさ、あたしとも結構仲良かったりして。いろいろ
 面倒じゃん、そういうの」

だから、言えない。言わない。

れいなは相変わらず黙ってこっちを見ている。
なんかこいつ、強いんだよね、目力っていうの?
石川と同じように冗談が通じないような、そんな雰囲気を醸し出している。
120 :第1話 月明かりのおチビちゃん :2007/03/12(月) 23:49

「…れいなだったらどうする?」
「は?」
「恋人いる相手に告れる?」
「…なんでれいなに振るんですか?」
「おめーが黙ってるからだよ」

昔みたいに頭をはたこうと思ったら、ギリギリのタイミングで避けられてしまった。
運動神経は悪いくせに、反射神経はなかなかのもんだ。
わりと適当に話を振ったのに、れいなは結構真面目に考え込んでいる。
その姿がおかしくて思わず吹き出してしまう。

「なんで笑うと?」
「いやあ、わりーわりー」
「…真面目に考えたれいながバカだった」
「だから、ごめんて。おーい、れいなー。れいなちゃーん…」
121 :第1話 月明かりのおチビちゃん :2007/03/12(月) 23:49

拗ねて家に入ろうとしたれいなは玄関の前で足を止めた。

「ん?」
「れいなは…」
「うん?」
「れいなだったらちゃんと言います。…伝えないで終わるのなんて悲しいから」

隣の家のおチビちゃんはあたしの目をしっかりと見てそう言った後、逃げるように家へと
駆け込んだ。
月明かりに映し出されたその表情はものすごく大人っぽくて、あたしは不覚にもドキドキ
した。
122 :名無飼育さん :2007/03/12(月) 23:51

第1話 終わり


こんな雰囲気で。数回で完結する予定です。
123 :名無飼育さん :2007/03/13(火) 22:06
興味深い組合せですね
楽しみにしてます
124 :名無飼育さん :2007/03/23(金) 20:25
>>123
自分も初挑戦の組み合わせです。
楽しんで頂けたら嬉しいです。


では、第2話。
125 :第2話 窓の向こうのおチビちゃん :2007/03/23(金) 20:26

―――伝えないで終わるのなんて悲しいから。

あの日以来、れいなの言葉が頭の中で勝手に再生される。
その度に心に迷いが生じる。
あたしは石川に思いを伝えるべきなのだろうか。

100%叶わない思いを相手に伝えるという行為は、ただの自己満足だと思っていた。
いや、今でもそう思う。
だけど、それでは『悲しい』とれいなは言った。
その通りだと思った。

彼女の一言はすごく素直で、あたしの胸に直球に突き刺さった。


126 :第2話 窓の向こうのおチビちゃん :2007/03/23(金) 20:27

次の火曜日。
先週と同じ時間に目が覚めたあたしは、先週と同じく時間を持て余し、先週と同じように
大学へと向かった。
ただし、先週遭遇したれいなはいない。
まあ、この時間だと遅刻確実だから当たり前か。
部室の扉を開けると、先週と同じ人物が座っていた。

「…あ」
「あ、よっすぃ、おはよう。早いね」
「あー、うん」

なんだかまともに顔を見ることが出来ない。
やばいなあ…。
ここ数日、告白することで悩んでいたせいか、やけに意識してしまう。


127 :第2話 窓の向こうのおチビちゃん :2007/03/23(金) 20:27

「なによー、またなにか文句でもあるの?」

そんなあたしの様子が納得いかないのか、石川はいつもの調子で絡んでくる。
つーか、あんまり近づくなって。

「もう、そんなにあたしのこと嫌い?」
「…いや、その」

石川に迫られて壁際まで追い詰められるあたし。

「なんなのよー。嫌いなら嫌いってはっきり言ってみなさいよ」
「うぐ…」

あたしの胸倉を掴む石川。


128 :第2話 窓の向こうのおチビちゃん :2007/03/23(金) 20:27

「どうなのよ、嫌いなの?」
「き、嫌いじゃないです」
「じゃあ、その態度はなんなのよ」
「いや、だから、その…」
「はっきりしなさいよ!」
「す、好きなんです!」

完全に怒りモードの石川に、あたしの思考回路はいとも簡単にショートした。

「…え?」

予想外の言葉に驚いた石川は、腕を静かに離す。
今ならまだなんとでもごまかすことが出来るけど…。
頭の中に浮かんだのは、あの日のれいなの言葉。

―――伝えないで終わるのなんて悲しいから。


129 :第2話 窓の向こうのおチビちゃん :2007/03/23(金) 20:28

覚悟を決めて大きく息を吸う。
静かに吐く。
あたしは石川の目をしっかりと見て、こう言った。

「…あたし、ずっと好きだったんだ、石川のこと」

その言葉を聞いた途端、石川は床に座り込んだ。






130 :第2話 窓の向こうのおチビちゃん :2007/03/23(金) 20:28

その日の夜、寝る前のひととき、あたしはベランダでボーっと夜空を眺めていた。

今日の昼間、石川にふられた。
それは、予想通りというか予定通りというか、とにかく至極当然のことだ。
石川には大好きで大切な恋人がいるのだから。

だからなのか、不思議なことにほとんどショックは受けなかった。
むしろ、動揺していたのは石川の方。
泣きそうな顔で「ごめんね」を繰り返す彼女に、あたしは努めて明るく言った。

「あー、わかってるから。へーきへーき。ごっちんと仲良くなー」


131 :第2話 窓の向こうのおチビちゃん :2007/03/23(金) 20:28

強がりでもなんでもなく心の底から素直に出てきたセリフで、そのとき初めて、ずっと
そう言いたかったんだと気付いた。
だって、石川とごっちんは本当にお似合いの二人で、あたしの入る余地なんでまるで
ないんだから。
秘めた片思いなんてガラじゃない。
気持ちをぶつけてすっきりしたかったんだ。

石川のことは苦しめちゃったかもしれないけど、あたしの心は驚くほど楽になっていた。

―――あいつのおかげかな…。


132 :第2話 窓の向こうのおチビちゃん :2007/03/23(金) 20:29

ふと、隣の家の方を見ると、ちょうど向かいの部屋の窓が目に入った。
中には机に向かっている女の子が一人。…あ。

その姿を確認したあたしは、いいことを思いついて部屋に入った。
隣の家に隣接している窓を開けると、さっき見た窓がすぐ目の前に現れた。
距離が近過ぎて丸見えのため、普段はカーテンを敷きっぱなしにしている。
だから、気付かなかったのだ。
この窓の向こうにれいながいることに。

れいなの机は窓に対して横を向いているため、あっちは覗かれていることに気付いてない。
やべー、ちょっと面白いかも。
悪趣味とは思いつつも、あたしはしばらく観察することにした。


133 :第2話 窓の向こうのおチビちゃん :2007/03/23(金) 20:30

れいなはじっと机に向かっている。
どうやら勉強中のようだ。うむ、感心感心。
お、携帯をいじり出したぞ。
ものすごいスピードで指が動いてる。
さすが女子高生、はえーな。

しばらくして、れいなは再び机に向かう。
ん?あー、すっげーアクビ。眠そうだなあ。
目をこすって…、あーあ、居眠り始めちゃった。
ったく、ちゃんと勉強してんのかよ…。

見ているだけでは物足りなくなったあたしは、なんとかしてこっちに気付いてもらおうと
考える。
とりあえず、手近にある30cm定規で試してみる。
…さすがに届かない。
古典的な方法だが、紙を丸めて投げてみた。
見事にヒットしたものの、音も立てずに庭へと落ちていった。
やべ、あとで拾いに行かないと…。

窓を割らずかつ効果的な音を立てる物を探そうと、いろいろな物を窓に向かって投げてみる。
タオル、消しゴム、セロテープ、筆箱…。

ようやくれいなが気付いたときには、あたしの部屋の小物は窓の下に山積になっていた。


134 :第2話 窓の向こうのおチビちゃん :2007/03/23(金) 20:30

「…なにやってんですか?」

呆れ顔で窓を開けるれいな。

「つーか、気付くの遅過ぎ。ほれ下見てみ」
「…うわ、なんあれ」
「汗と涙の結晶って奴?」
「どうするんですか、あれ…」
「もちろん、拾うのだよ」
「誰が?」
「もちろん…」

その問いかけにビシッと指を差して答えてやると、れいなは「…やっぱり」と深いため息
をついた。


135 :第2話 窓の向こうのおチビちゃん :2007/03/23(金) 20:30

「れいなの部屋、昔からそこだったっけ?気付かなかった」
「半年くらい前に模様替えして。気付かなくて当然ですよ。吉澤さんの窓、いつもカーテン
 閉まっとうし」
「おー、そっか」

半年前か。
今まで気付かなかったことが、なんだかすごくもったいない気がした。
知ってたらいろいろと楽しめたのになあ。
まあ、これから取り戻せばいいんだけど。

れいなは窓の下の小物たちとあたしを交互に見比べている。
戸惑ったような顔をしているけど、窓を閉める気配はない。
この突然の訪問をそれほど迷惑には思っていないようだ。


136 :第2話 窓の向こうのおチビちゃん :2007/03/23(金) 20:30

「あたしさー、ふられたんだけど」
「はあ?」
「だからー、あいつに告って、ふられたの」
「…そう、ですか」
「冷たいなー。れいなが告れって言うから頑張ったのにー」
「はあ?人のせいにしないで下さい」
「やだー、れーなのせいだー、慰めろー、わーわー」
「…」

…冷ややかな視線が痛い。

「慰める必要なんてないっちゃろ」
「…なんでさ?」
「だって、吉澤さん、全然辛そうじゃないけん」

おお、なかなか鋭いじゃん。


137 :第2話 窓の向こうのおチビちゃん :2007/03/23(金) 20:31

「落ち込んでない人をわざわざ慰めるほど暇じゃないです」
「生意気だなあ」
「…あの、れいな、明日テストなんですけど」
「そのわりにはさっきから携帯いじったり居眠りしたり、余裕じゃん」

さっき見ていた光景をありのまま話すと、れいなは真っ赤な顔をして立ち上がった。

「の、覗いてたと!!」
「やだなあ、覗くなんて人聞きの悪い。隣だから仕方ないじゃん。あたしだって別に見たく
 なかったし」

この間のセリフをそっくりそのまま返してあげた。
最後の一言は嘘だけど。

案の定、れいなは言葉に詰まって座り込んだ。
耳まで真っ赤にして、すごく悔しそうだ。
どうやらあたしの勝ちらしい。


138 :第2話 窓の向こうのおチビちゃん :2007/03/23(金) 20:31

「それはそーとさー、明日暇?」
「だから明日はテストだって…」
「じゃー、明後日」
「明後日もテストです」
「んじゃ、明々後日」
「明々後日も」
「いつ終わんのさ?」
「…さあ、一ヵ月後くらいじゃないですか」

見え透いた嘘だけど面白いから乗ってみる。

「へー、そりゃあ、大変だ」
「…え?」
「あたしが明日中澤先生に言ってやるよ。そんなにテストやらせてどうするんだーって」

れいなの高校はあたしの母校でもある。
中澤先生はあたしの元担任の数学教師だ。
曲がったことが大嫌いな先生だから、れいながそんな嘘をついたと知ったら間違いなく
呼び出されるだろう。
れいなは観念したように項垂れた。

「…水曜までです」


139 :第2話 窓の向こうのおチビちゃん :2007/03/23(金) 20:31

よっしゃ、第2回戦もあたしの勝ち。
生意気言ってるけどまだまだ子供だ。
あたしはれいなが更に怒るであろう言葉を口にしてみる。
やっべー、あたし今、すげー顔ニヤけてるだろうなあ…。

「木曜、デートしよ?」

いつもは抜群の反応を見せるれいなだが、さすがに意味を理解するまでに時間を要した
らしく、たっぷり数秒固まったあと一気にまくしたてた。

「はあ?なんでれいなが?吉澤さんと?なんでデート?マジありえんし!信じられんし!
 何考えとうと!?」
「いやあ、たまにはいーじゃん。昔はよく一緒に遊んでたんだしさ」
「昔は昔、今は今やろ!!」
「ちょ、シー、静かに。でかい声出すと近所迷惑だぞ」
「…でかい声出させてんのは誰ですか…」

文句を言いながらもしっかりと声を小さくするれいな。
うん、なかなか素直でよろしい。


140 :第2話 窓の向こうのおチビちゃん :2007/03/23(金) 20:32

「なんつーかさ、お礼だよお礼」
「…お礼?」
「そ。…一応、石川のこと吹っ切ること出来たからさ。れいなが言ってくれたおかげ」

れいなは一瞬何か言いたげな顔であたしを見て、だけどすぐに唇を噛み締めてうつむいた。
クールそうに見えるけどコロコロと表情が変わって面白いんだよなあ、こいつ。

「だからさあ、ちょっと付き合ってよ。おごるから」
「…それなら、まあ、いいですけど」

意外と現金な奴だ。

「よし、そうと決まれば、ほれ、さっさと勉強しな。なにサボってんだよ」
「はあ!?邪魔しとったんは吉澤さんやろ!」
「だから、シーって」
「…ムカつく」
「ん?なんか言った?」
「なんでもないです。じゃあ、さよなら」
「あ、れいなー」


141 :第2話 窓の向こうのおチビちゃん :2007/03/23(金) 20:32

窓を閉めようとする彼女に、あたしは優しく教えてあげる。
そう、これはあくまでも親切な忠告だ。

「着替えるときはカーテン閉めた方がいいぞ、丸見えだから」

次の瞬間、この世のものとは思えない叫び声とともに、割れんばかりの勢いで窓が閉められた。
続いて、引きちぎれんばかりの勢いでカーテンも。

「だから、シーって言ってんのに」

窓の向こうで真っ赤な顔をしているであろうおチビちゃんを思い浮かべながら、あたしは一人
ニヤニヤしていた。


142 :名無飼育さん :2007/03/23(金) 20:33

第2話 終わり


143 :名無飼育さん :2007/03/25(日) 10:01
翻弄されるれいなさんがすごくかわいいですw
続きを楽しみにしてます
144 :名無飼育さん :2007/04/06(金) 18:29
更新待ってます
145 :名無飼育さん :2007/04/10(火) 22:46
>>143 名無飼育さん
自分も書いてて楽しいです。

>>144 名無飼育さん
お待たせしてすいません。


では、第3話。
146 :第3話 写真の中のおチビちゃん :2007/04/10(火) 22:47

木曜日。
午後の授業を華麗にスルーしたあたしは、なぜかやけにウキウキしながられいなの学校に
向かった。
今日はフットサルの練習はない。
しかし、毎日なんだかんだでつるんでいるチームメイトは、足早に帰るあたしを不思議
そうに見ていた。

「デートだよ、デート」

そう言ってピースした瞬間、石川と目が合った。
心配そうな顔で見てるから思いきり舌を出してやったら、いつもみたいに「もう…」なんて
拗ねていた。
うん、あたしたちはこういう関係がいい。
147 :第3話 写真の中のおチビちゃん :2007/04/10(火) 22:47

門のところに立っていると、懐かしい制服が通り過ぎていく。
いやあ、みんなかわいーねー。
ニヤニヤしながら眺めていると、ものすごーく痛い視線を感じた。
この感覚…、間違いない、れいなだ。

「なにニヤニヤしてるんですか?…変態」

ほらね。
ボソッと呟いた言葉は聞かなかったことにしよう。

「せっかく迎えに来たのにそんな言い方はねーだろー」
「別に頼んでませんけど」
「冷たいなー。…ていうかおめー、スカート短すぎじゃね?」
「これくらいみんなしとうもん」

周りをよく見てみると、なるほど、確かにみんなれいなと同じくらいの長さだ。
しかし、れいなの長さだけやたらと気になるのはなぜだろう。

「せめてもうちょっと長くすれば?」
「はあ?れいなは好きでやっとうけん、吉澤さんには関係ないと」
「…まあ、そうだけどさ」

なんか面白くない。
148 :第3話 写真の中のおチビちゃん :2007/04/10(火) 22:47

「あ、れいなー」
「あれ?まだ帰ってなかったんだ?」

れいなの背後から二人の女の子が忍び寄る。
声をかけられたれいなは、なぜか気まずそうに目を逸らした。

「さっき言ってた待ち合わせってこの人?」

待ち合わせ?

「ああ、昼からずっと楽しみでそわそわし…」
「あーあーあー!違う違う、この人は全然関係ないと!」
「えー、でも、カッコいいお姉さんだって…」
「違うから!なんでもないけん!さゆも絵里もカラオケ行くっちゃろ?早く行かんと」

友達らしき子の言葉を遮ったれいなの顔は真っ赤だ。
勘のいいあたしはすぐに状況を理解し、ニヤニヤする。

「なーんか怪しー」
「れいな、顔真っ赤だし」
「ホントに違うし!この人はただの隣の家の人で…」

二人は、ムキになって必死で否定してるれいなの言葉には全く耳を貸さず、「明日じっくり
聞くからねー」なんて捨てセリフを残して去っていった。
なかなか使えるお友達じゃないか。
さゆちゃんに絵里ちゃんね、覚えておこう。
149 :第3話 写真の中のおチビちゃん :2007/04/10(火) 22:47

あたしは明後日の方向を向いているれいなに声をかける。

「昼からずっと楽しみだったんだー」
「…うっさい」
「カッコいいお姉さんねえ」
「…」

れいなはとうとう黙り込む。
あまりからかうのもかわいそうなので、これくらいにしておくか。

「とりあえず、行きますか?」

正面に回りこんで腰をかがめて顔を覗き込むと、れいなはうつむいたまま小さく頷いた。
その仕草がやけにかわいくて、なぜか自分まで頭に血が上ってくるのを感じて、そのこと
に気付かれないように足早に歩き始めた。
150 :第3話 写真の中のおチビちゃん :2007/04/10(火) 22:48

「…で、なんでここなんですか?」

やってきたのはこの町の学生なら誰もが知っているゲームセンター。

「はあ?学生のデートといやー、ゲーセンでしょゲーセン。ジョーシキだよジョーシキ」
「おごってくれるんじゃないんですか?」
「ほれ」

あたしはポケットからあるだけの小銭を取り出して、れいなに差し出す。
…んーと、5、6、7、800円か。
まあ、こんなもんでしょ。

「800円じゃ大して遊べんし」
「ちっちっちっち、甘いよ、れいなくん。正確に言うと二人で分け分けするから400円
 なのだ」
「うわ、せこ…」
「しょーがねーだろー、練習忙しくてバイトやる暇ないのよ」
「じゃあ、なんでおごってやるなんて言ったと?」
「だからー、お礼だよお礼」
「ゲーセンでお礼なんて聞いたことないし」
「バッカだなあ、大事なのはここよここ」

あたしは大威張りで自分の心臓を指差す。
そんなあたしを見て、れいなは大きくため息をついた。
151 :第3話 写真の中のおチビちゃん :2007/04/10(火) 22:48

店内に入ったあたしたちは遊ぶ対象を物色する。
とはいえ、あたしがやりたいものは最初から決まっている。

「れいな、こっち」
「え?」

あたしはキョロキョロしているれいなの鞄を引っ張り、お目当ての場所へと導いた。
自動車のシートを形をした椅子が二つ並んでいる。
そう、レーシングゲームだ。

「えー、れいな、違うのやりた…」
「いいから、ほれ、100円入れて」

有無を言わせず座り込むと、れいなも渋々とそれに従った。
爆音を上げてゲームがスタートする。
あたしは抜群のタイミングでアクセルを踏み込み、一気にトップへと躍り出る。
いつもならばこのまま独走状態なんだけど…。

「は?アクセルってどっち?踏んでも進まんし!このレバーなん?」
152 :第3話 写真の中のおチビちゃん :2007/04/10(火) 22:48

隣でうるさいおチビちゃんのために、仕方なくアクセルを踏み込むのをやめる。
しょーがない、ここで待っててやるか。

「ちょっと!ぶつかるぶつかる!もう曲がれんし!」

放っておくと機械を壊しかねない勢いで運転するれいな。
ようやくゴールしたときには息も絶え絶えに髪を振り乱して、まるで1ステージを終えた
あとのアイドルのような状態になっていた。

「よっしゃー、あたしの勝ちー!」
「あああああ!ずるいー!!」
「はあ?なんでだよー」
「だって、れいなが抜かそうとしたらわざと邪魔したやろ!」
「そんなん当たり前だろ、勝負なんだから」

確かにれいなの車の前を超低速で走りながら、絶対に抜かれないように妨害していたのは
事実だ。
その度に「邪魔!邪魔!」なんて叫ぶれいなのおかげで、あたしは普段よりも何倍も楽しく
このゲームを満喫することができた。
153 :第3話 写真の中のおチビちゃん :2007/04/10(火) 22:49

さて、残りは一人300円。
膨れっ面のれいなを次のゲームへと引っ張る。
今度は二人一組でゾンビを倒していくシューティングゲームだ。
れいなはなにか言いたそうな顔をしていたけど、抵抗しても無駄だと悟ったのか、素直に
100円を入れた。

次々と襲い掛かってくるゾンビ。
あたしは正確に狙いを定めて必要最小限の弾数で敵を倒していく。

「ちょっと!なんで当たらんと!れいな、ちゃんと撃っとうやろが!」

一方のれいなは相変わらずうるさい。
やぶからぼうに撃ちまくるもんだから弾数もヤバいし、ゾンビからの攻撃もまともに受けて
いる。
しょーがない、少しフォローしてやっか。

「あー!それ、れいなが撃つ敵やろ。横取りすんな!」
「だってれいな遅いんだもん。そんなんじゃ、すぐやられちゃうぞ。…って、あー、ほら、
 言わんこっちゃない」
154 :第3話 写真の中のおチビちゃん :2007/04/10(火) 22:49

画面に映し出される『GAME OVER』の文字。

「…吉澤さんがごちゃごちゃうるさいから」
「人のせいにすんなってー。あたしがカバーしなきゃとっくの昔にゲームオーバーだよ。
 感謝しな」
「しません、絶対に」
「かわいくねーなー」
「…どうせれいなはかわいくないですよ」

その瞬間、空気が変わるのを感じた。
どうやら少し調子に乗りすぎたようだ。
お詫びの意味を込めて、本気で凹んでいるれいなの頭をポンポンと叩く。

「ウソウソ、かわいーよ」
「…べ、別にかわいくなくていいですけど…」

叫んだり怒ったり落ち込んだり照れたり、本当に忙しい奴だ。
その反応が面白くていちいちからかうあたしもあたしだけど。
155 :第3話 写真の中のおチビちゃん :2007/04/10(火) 22:49

さてさて、残りは一人200円、二人合わせて400円。
ちょうど半分だし、今度はれいなの好きなものにしてやるか。

「次どーする?」
「え?れいなが選んでいいと?」
「うん、あたしはやりたいのやったし」
「なんでもいいと?」
「もちろん」

目を輝かしたれいなが連れてきた場所は、あたしにはおよそ似つかわしくないキラキラした
ところだった。
周りには女子中高生がウジャウジャと順番待ちをしている。

「やっぱゲーセンといえばこれっちゃねー」
「うわあ、プリクラなんて何年ぶりだろ。つーか、こんなに種類あんの?」

あたしの反応にれいなは得意気な顔をする。
さっきとは逆の立場になってしまったようで、ちょっと悔しい。
156 :第3話 写真の中のおチビちゃん :2007/04/10(火) 22:49

「最近はこれが流行ってるんですよ」というれいなの案内で一台の機械に入る。

「早くお金入れてください」

言われるがままに200円を投入すると、れいなは慣れた手つきで機械を操作し始めた。
あたしはもう何がなんだかわからない状態で呆然とそれを見ている。

「ちょっとボーっとしとらんと、撮りますよ。はい、チーズ」
「え?もう撮ったの?早くね?」
「どんどん撮られるけん、ほら、ちゃんとポーズ決めて」
「お、おう…」

久々のプリクラ撮影はあっという間に幕を閉じた。
と思ったら、どうやらそれだけでは終わらないらしい。
次はお絵かきタイムのようだ。

結局、ペンやスタンプでカラフルに写真をアレンジし出てきたプリクラを二人分に分け
終わるまで、あたしはずっとれいなを見ていた。
ご機嫌にニコニコと笑う横顔を、ずっと。

そのプリクラでちょうど800円分を消費したあたしたちは、隣同士の家に帰るべく、
ゲームセンターを後にした。
157 :第3話 写真の中のおチビちゃん :2007/04/10(火) 22:50

家の前。辺りはすっかり夕闇に包まれている。

「ふう、なんか疲れたなあ。久々に遊んだ気がする」
「れいなもー」
「あれ?ゲーセンとかよく行くんじゃねーの?」
「そうやけど、大体プリクラとかばっかやし。あんなゲームしたの久々かも」
「そっか。れいなとゲーセン行くと大変だもんな。機械壊れそうだったし」
「えー、そんなことないよ、れいなと行くと楽しいよ…」

自信がないのか小さな声で呟くれいな。
怒鳴り返されるかと思ったあたしは、意外な反応に驚きながらも言葉を返す。

「うん、楽しかったかも」
「やっぱそうっちゃろー、ニヒヒー」

あたしの言葉に安心したのか、れいなはいたずらっ子みたいな笑顔を見せた。
その顔に小さい頃の記憶がフラッシュバックする。
少し背が伸びて大人っぽくなって生意気になったけど、根っこのところは何一つ変わって
いない。
あの頃のれいなのままだ。
158 :第3話 写真の中のおチビちゃん :2007/04/10(火) 22:50

「…はい、これ」

沈黙に耐えられなくなったのか、れいなは派手な鞄から何かを差し出した。
さっき撮ったプリクラだ。
キラキラに飾り付けられた写真の中、ウィンクつきのポーズをバッチリ決めているれいな。
その横で撮られる準備が出来てなくて間抜けな顔をしているあたし。
そのギャップがなかなかいい味を出している。

「かわいく写ってんじゃん」
「ウィンクはれいなのチャームポイントですから」

からかい口調で言ったあたしに、れいなは平然と言い放つ。
ホント、よくわかんねー奴。

「ちゃんと持っといて下さいね」
「当たり前だろー」
「えー、吉澤さん、その辺にほっぽってそのままにしそう」

…うん、やっぱりこいつはなかなか鋭い。
159 :第3話 写真の中のおチビちゃん :2007/04/10(火) 22:50

「だーいじょうぶだってー、ちゃんと大切にするよ。なんたって、初デート記念だからねえ」
「…そういえば、なんか結局うまくはぐらかされたような…」
「んー?気のせい気のせい」
「んー、まあ、いっか」

なんだかんだで、こいつも相当大雑把な性格のようだ。

「じゃあ、またな、ハニー」
「はあ?ハニーってなん?」
「おめー、ハニーも知らねーの?勉強せーよ」
「…れいな、勉強嫌いやし」
「しょーがねーなー。って、まあ、あたしも好きじゃないけどさ」

そう言って笑うと、れいなもまたいたずらっ子のような笑顔を見せた。
あたしはなんだか落ち着かなくなって、れいなから視線を逸らす。

「…じゃあ、そろそろ帰るべ」
「うん、すぐそこやけどね」
「おう。…じゃあ、おやすみ」
「おやすみなさーい」

あたしたちは珍しく平和に別れて、お互いの家に入った。
160 :第3話 写真の中のおチビちゃん :2007/04/10(火) 22:50

とはいえ、家の中でもあたしとれいなとの距離は壁二枚分と少しの空間だけ。
なんだか不思議な感覚だ。
手に持ったままのプリクラを改めて眺める。

―――ちゃんと持っといて下さいね

そう言われてもなあ。
プリクラ帳なんて持ってないし、手帳だって今年初めに買ったきり開いてもいない。
どこに貼ればいいのやら…。

しばらく悩んだ末、ふと思い立って携帯を取り出す。
飾りっ気のない傷だらけのちょっと古いタイプの携帯。
もう三年くらい変えていないその携帯を裏返し、充電池の蓋を開ける。
一番小さいサイズの写真を剥がし…。
161 :第3話 写真の中のおチビちゃん :2007/04/10(火) 22:51

「…って、恋人かよっ」

軽快な一人ノリツッコミのあと、携帯を放り出しベッドへと倒れ込む。
なんだかなあ…。

写真の中で最高のポーズを決めるおチビちゃんの笑顔が頭から離れなくて、あたしの心は
しばらくザワザワと騒がしいままだった。
162 :名無飼育さん :2007/04/10(火) 22:51

第3話 終わり
163 :名無飼育さん :2007/04/15(日) 18:57
あぁ…なんだかホンワカした気分になりますね
164 :名無飼育さん :2007/05/18(金) 00:32
>>163
嬉しい言葉、ありがとうございます。


では、第4回。
165 :第4回 嵐の夜のおチビちゃん :2007/05/18(金) 00:33

いつものように練習を終え、疲れた体をひきずりながら家へと向かう。
空はドンヨリとしていて今にも雨が降り出しそうだ。
玄関のドアを開け部屋へ入ったちょうど一分後、けたたましい轟音と共に激しい雨が降って
きた。
危ねー、ギリギリセーフ。

椅子に座り、まず最初に窓の外を見る。
あの日以来、日課のようになってしまった、隣の家のおチビちゃんの所在確認。
締め切ったカーテンの向こう側は真っ暗だ。
どうやらまだ帰っていないらしい。
珍しいな。
166 :第4回 嵐の夜のおチビちゃん :2007/05/18(金) 00:34

れいなは見かけによらずビビリだ。
暗闇が嫌いで、眠るときですら電気をつけっぱなしにしているらしい。
高校生になった今でも、だ。
三つ子の魂百までというけど、これほどまでに変わらない奴も珍しい。

小さい頃は本当によく泣いていた。
みんなで怖い話をしてるときは、決まってあたしの横で耳を塞いで震えていた。
そんなに怖いなら聞かなきゃいいのに、なぜかいつもそばにいた。
あたしは、そんなれいなの肩を後ろからそっと触って更に怖がらせるのが得意だった。
…威張って言うことじゃないけど。

記憶というのは不思議なものだ。
一つのことをきっかけにいろんな思い出が蘇ってくる。
ああ、そういえば、れいなが苦手なのは暗闇や怖い話だけじゃなかった―――。

ゴロゴロゴロゴロ…。

そう、確か雷も大の苦手だったんだ。
167 :第4回 嵐の夜のおチビちゃん :2007/05/18(金) 00:34

階下へ降りると母親がテレビを見ていた。

「すごい雨ねえ」
「あー、天気予報で言ってたっけ?」
「さあ、どうだったかしら。…あら大変」
「んー?」
「お隣さん、洗濯物干しっぱなしだわ」
「ああ!?」

予想だにしない『お隣さん』という言葉に、思わず窓の外を見る。

「うわあ、ずぶ濡れじゃん。おばさんたち、出かけてんのかなあ」
「あ、そういえば、今日から旅行って言ってたような…」
「ええ!?」
「でもおかしいわねえ、れいなちゃんだけ学校の都合でお留守番のはずなんだけど…」
「はああ!?」
「まだ帰ってないのかしらねえ。でももうこんな時間だし…」

最後の言葉を聞く前に、家を飛び出していた。
168 :第4回 嵐の夜のおチビちゃん :2007/05/18(金) 00:34

門を開いて中に入る。
インターホンを鳴らしても返事はない。
庭に回り、窓から部屋の中を覗く。
れいなの部屋同様、しっかりとカーテンが閉まっており、やっぱり真っ暗だった。
帰ってないのかもしれない。
でも、なんとなく嫌な予感がする。

「おーい、れいなー!」

窓を叩き名前を呼ぶ。
こんな姿を人に見られたら不法侵入で訴えられるだろうか。
…まあ、お隣だし大丈夫だろう。

「おーい!いねーのー!れいなー!!」
169 :第4回 嵐の夜のおチビちゃん :2007/05/18(金) 00:35

雨はいっそう激しさを増す。
あたしはすでにずぶ濡れだ。
もうすぐ大事な試合がある。
風邪をひくわけにいかないのに、なぜかムキになって窓を叩き続けた。

隣で耳を塞いで怯えているれいなの姿が脳裏から離れなかった。

「…しざわ、さん?」

カーテンの隙間から小さな影が現れたとき、あたしはすっかり水も滴るいい女になって
いた。
170 :第4回 嵐の夜のおチビちゃん :2007/05/18(金) 00:35

「…っくしょい!」

ソファの上で豪快にくしゃみをすると、横に座っているれいなは少しだけ申し訳なさそう
にこっちを見た。
あたしが必死で呼びかけているとき、こいつは夢の中にいたらしい。
うたた寝をしていたらいつの間にか夜になっていたそうな。

さっきまであんなに降っていた雨は見事に上がり、空には嫌味なくらい星が輝いている。
普段はこんなに見えないくせに、腹立たしい。

「…まあ、とりあえず、何事もなくてよかったよ」
「ごめんなさい…」
「んー、いや、勝手に勘違いしたのはこっちだしさ」

ずぶ濡れで庭に突っ立っていたあたしを見て、「え?ど、な、なんしとうと?」と慌て
ふためきながらも速攻でタオルと着替えを用意してくれたれいな。
彼女が出してくれたTシャツとジャージは少しキツイけれど、まあ着れないことはない。
「れいなにはダボダボやけん、吉澤さんにはちょうどいいと思って」なんて言われたとき
には張り倒してやろうかと思ったけど。
171 :第4回 嵐の夜のおチビちゃん :2007/05/18(金) 00:35

「おばさんたち、旅行なんだって?相変わらずラブラブだね」
「ホント、いっつもイチャイチャしとうけん、目のやり場に困るとー」
「ハハ、まあいいじゃん。仲良いのはなによりだ」
「それはそうやけど…」
「あれー、れいなちゃん。もしかして、一人じゃ寂しいのかなあ」
「そ、そんなんじゃないと!」

相変わらず、抜群の反応を見せてくれるれいな。

「またまたあ。なんなら、お姉さんが一緒に寝てあげてもいいぞー」
「……………いらん」

かなり長い沈黙のあとの否定。
その間に少し戸惑う。
172 :第4回 嵐の夜のおチビちゃん :2007/05/18(金) 00:35

「…いや、マジで泊まろうか?れいなって意外と怖がりじゃん。昔っからさ」
「もう、子供じゃないですから」

そう言ってむくれる姿は子供そのものなんですけど。

「またまたあ。怖い話したときとか、ずーっとあたしの裾掴んでさ、耳塞いで震えてた
 じゃん」
「やけん、それは子供の頃の話やろ!」
「今だって子供だろー」
「違います!もう17やし」
「はいはい。んじゃ、マジで帰るべ?」
「……………いいと」

れいなは再び言葉を詰まらせながら答えた。
173 :第4回 嵐の夜のおチビちゃん :2007/05/18(金) 00:36

「おーい、大丈夫かあ?」
「…大丈夫。吉澤さんなんかと二人きりになったら何されるかわからんし」
「はあ?人を変態扱いすんなよ」
「人の部屋覗いたり女子高生見てニヤニヤしとったのは誰ですか」
「…うう」

そう言われてしまうと、確かに言い訳はできない。
全て事実なのだ。
言いくるめたことに満足したのか、れいなはニヤニヤとあたしを見ている。

ちくしょう、なんだか立場が逆転したようで悔しい。
このままで終わるわけにいかない。
あたしはすかさず反撃を試みる。

「安心しなって。あたしは子供には興味ないからさー。あ、まあ、子供は子供でも、ホラ、
 れいなの友達の…えみちゃんとさりちゃんだっけ?あの子達くらい、こう…。…ん?」

「やけん、子供じゃないと!」とさっきのように喚く姿を期待していたのだが、そんな
予想を見事に裏切って、れいなは静かにあたしを見つめていた。
その目に込められた感情は『怒り』…ではなくて、何かもっとこう複雑なもののように
思えた。
その表情に、思わず息を呑む。
174 :第4回 嵐の夜のおチビちゃん :2007/05/18(金) 00:36

「…れ、れいな?」

れいなは無言のまま、視線を逸らさずに少しずつ距離を縮めてきた。
左手があたしのTシャツの裾を遠慮がちに掴む。
真っ白で、華奢な手。
まるで再現VTRを見ているかのように、あの頃の記憶が鮮明に蘇る。

「吉澤さん…」
「え…」

顔を上げた瞬間、あたしの唇とれいなの唇の距離はゼロになった。
175 :第4回 嵐の夜のおチビちゃん :2007/05/18(金) 00:37

「…れいな、そんなに子供じゃないよ」

思考回路がショートして身動きがとれないあたしを真直ぐ捉える強い瞳。
いつものように軽口を叩くことも、大人ぶってなだめたり諌めることも出来ない。

あたしはもう完全に、目の前の17歳の少女に心を奪われていた。
176 :第4回 嵐の夜のおチビちゃん :2007/05/18(金) 00:37

「ホントに一人で平気やけん、もう帰って」
「…あ、う、うん」

あたしは慌てて立ち上がり、玄関へと向かう。

「吉澤さん」
「え?」
「これ、忘れとうよ」
「あ、ああ、そっか…」

れいなが袋に入れてくれたびしょ濡れの服を受け取り、再び玄関を目指す。

「吉澤さん」
「へ?」
「絵里とさゆ、やけん。れいなの友達の名前」
「な、名前?」
「…さっき、間違えとったやろ」
「あ、ああ、そっか、ごめん」

宙に浮いたような状態のまま、ようやく靴を履いてドアの前に立つ。
れいなは何事もなかったような顔であたしを見ていた。
…なんでそんなに冷静なんだよ、こいつ。
177 :第4回 嵐の夜のおチビちゃん :2007/05/18(金) 00:38

「じゃあ」と小さく呟いてノブに手をかける。

「…吉澤さん」

三度目に名前を呼ぶ声はやけに弱々しかった。
なんとなく振り向くことが出来なくて、背中を向けたまま答える。

「…ん?」
「れいなは…、れいなはもう子供じゃないけん」

今日何度も繰り返し聞いたセリフ。
あたしはもう観念して静かに頷いた。

「…うん、わかった」
「やけん…」
「ん?」
「…キスの意味だってちゃんとわかっとうよ」

誰かに強く掴まれているように胸が痛くなる。
動悸が激しくなる。

「…おやすみなさい」

結局、ドアを閉める瞬間のれいなの挨拶に何も返せないまま、家へと戻った。
178 :第4回 嵐の夜のおチビちゃん :2007/05/18(金) 00:38

「おかえりー。れいなちゃん、大丈夫だった?」
「…んー」
「あれ?あんた、そんな格好してたっけ?」
「…んー」

母親の問いかけなどまるで耳に入らなかった。
部屋に入り一人になっても、まだドキドキが止まらない。
何度も深呼吸をしてようやく息を整える。

…とりあえず、着替えよう。

脱いだTシャツに目をやると、一部だけやけにしわが出来ている場所があった。
右側の裾―――そう、れいなが掴んでいたところだ。
179 :第4回 嵐の夜のおチビちゃん :2007/05/18(金) 00:38

こんなに痕が残るくらい強く握っていたことに初めて気付き、あたしの胸は再び激しく
動き出す。

クシャクシャのTシャツ、真っ直ぐな瞳、囁く声、そして唇の感触。
おチビちゃん―――いや、れいなとの出来事がグルグルと頭の中を駆け巡って、あたしは
眠れない夜を過ごした。
180 :名無飼育さん :2007/05/18(金) 00:40

第4話 終わり

次が最終話…の予定です。
もうしばらくお付き合い頂ければ嬉しいです。
181 :ais :2007/05/19(土) 01:57
れいなが可愛すぎる!!!
ドキドキ感が溢れて最高です。
次回最後でちょい物足りないですけどがんばってください。
182 :名無飼育さん :2007/09/10(月) 22:57
いい展開ですね〜。
ドキドキニヤニヤしつつ待ってます。
183 :作者です :2008/01/11(金) 19:45
>>181-182
ありがとうございます。
更新を怠っていてすいません。
完結まで頑張りますのでよろしくお願いします。
184 :sage :2008/01/16(水) 19:44
れいなかわいい!!
作者さま、頑張って下さい!
185 :名無飼育さん :2008/01/16(水) 20:32
 
186 :名無飼育さん :2008/07/23(水) 18:16
>>184
ありがとうございます。
更新遅れてすいません。

『隣の家のおチビちゃん』最終話です。
187 :第5話 あたしの隣のおチビちゃん :2008/07/23(水) 18:17
あの嵐の夜から数日。
頭の中はあの日の出来事でいっぱいで、思い出すたびに顔が赤くなるのを感じる。

―――…キスの意味だってちゃんとわかっとうよ

…キスの意味、か。
それくらい、あたしにだってわかってる。
ギュッと握り締められた左手にどんな思いが込められていたか、それくらい…。

「…だー!」

頭を乱暴に掻き毟り、棚の上に置かれているTシャツに目をやる。

「…とりあえず、あれ、返さないとなあ」

れいなの部屋のカーテンは、あれからずっと閉まったままだ。
あたしはため息を一つついて部屋を出た。
188 :第5話 あたしの隣のおチビちゃん :2008/07/23(水) 18:18
いつものように練習が終わると、石川に腕を捕まれて部室へと引きずりこまれた。

「ちょっと!よっちゃん!!」
「あー?」
「あー?じゃないでしょ!しっかりしてよ、大事な試合が近いんだから!」

どうやら、練習に身が入っていないことを心配しているらしい。
自覚症状があるだけに反論も出来ない。
明後日は大学フットサルリーグの初戦。
このリーグ戦で優勝するために今まで練習してきたようなもので、その初戦は絶対に
落とすわけにいかない。
しかも、ライバルである強豪校との対戦だった。

「うん、わかってる、ごめん」
「みんな心配してるよ?なんかあったの?あたしでよければ話聞くよ?」

さすがに素直に理由を話すわけにもいかず黙り込む。
とある女の子のことが気になって練習に身が入りません、なんて言おうものなら、この
身が危険に晒されるだろう。
189 :第5話 あたしの隣のおチビちゃん :2008/07/23(水) 18:18
「よっちゃん、大丈夫?」

石川が肩を揺らした瞬間、ポケットに無防備に突っ込んであった携帯が床に落ちる。
と同時に、充電池の蓋が外れて―――――。

「あ、ごめん。…ん?」
「どわあああああああああああああ!」

焦ったあたしよりも石川が拾い上げるほうが早かった。
さっきまで心配顔だった彼女が、みるみるうちに般若のような顔に変わっていく。

「まさか、これが原因じゃないでしょうねえ」

石川がバシッと突き出した携帯電話に張り付いているプリクラの中では、バッチリと
ウィンクを決めたれいなが笑っていた。
190 :第5話 あたしの隣のおチビちゃん :2008/07/23(水) 18:19
三時間に渡るお説教のあと、話はようやくれいなの話題へと移行した。

「で、この子とはどうなってるわけ?」

携帯電話に2ショットのプリクラを貼っているだけに、「ただの隣の家の子です」とも
言えず、あたしは素直に今までのことを話した。
数ヶ月前に告白した相手に恋の相談というのもなんだかおかしな話だ。
一通り話を聞いた石川が最初に口にした言葉は…。

「…はあ、情けない」
「なんだよ、それ」
「だって、それってもう告白じゃん」
「…あー、やっぱ、そうだよなあ」
「はあ?そうに決まってるでしょ?それ以外ありえないでしょ?鈍感バカ!」

石川だけには言われたくないセリフだけど、今それを指摘するのは自殺行為に近い。
191 :第5話 あたしの隣のおチビちゃん :2008/07/23(水) 18:19
「だいたい、よっちゃんだって好きなんでしょ?」
「んー、まあ…」
「はっきりしなさいよ!」

胸倉を掴まれて前後に揺さぶられる。
やっぱり、石川にはごまかしは通用しない。

「好きだ、………………と思う」
「なによ、その間は」

正直なところ、よくわからないというのが本音だ。
れいなはずっと隣にいたおチビちゃんであり、大切な存在であることには違いない。
恋愛対象かと問われると、はっきりとした自信はない。
だけど、それを否定してしまうと、今心の中で燻っている感情を説明する術を失って
しまう。
つまりその、もう一度キスをしたいとか、もちろん、それ以上のことも…。
192 :第5話 あたしの隣のおチビちゃん :2008/07/23(水) 18:19
「もう、しょうがないなあ、あたしに任せて」
「は?今、なんつった?」
「あたしに任せてって言ったの」
「任せるって、一体何を…」
「よっちゃんがその子に告白する機会を作ってあげる」
「ちょ、待っ…」
「題して、あの子のハートにシュート!大作戦!!」

自信満々に腕を組む石川に、あたしはただ黙って従うことしか出来なかった。

石川の作戦は『明後日のリーグ戦にれいなを呼び出しゴールを決めたら告白する』
という、ドラマやアニメで使い古された手法だった。
「フットサルに私情を持ち込まないで!」なんて散々説教していた張本人がこんな
作戦を立てたという矛盾に首をかしげつつも、煮え切らない自分の気持ちを吹っ飛ばす
いいチャンスだと思った。
ゴールを決めるのはチームにとっても悪いことではないし、勝利への第一歩だし。
193 :第5話 あたしの隣のおチビちゃん :2008/07/23(水) 18:20
 
194 :第5話 あたしの隣のおチビちゃん :2008/07/23(水) 18:20
その日の夜、あたしは久しぶりにれいなの部屋の窓を叩いた。
電気がついているのでいることはわかっている。
ゆっくりとカーテンが開き、困ったような顔をしたれいなが顔を出す。
続いて窓が開き、あたしとれいなの空気が交わる。
…ちくしょう、心臓がバクバクとうるさい。

「…よっ!」

努めて何事もなかったかのように挨拶をすると、強張っていたれいなの顔が少しだけ
柔らかくなる。

「これ、あんがと」
「…あ、うん」

あの日借りたTシャツを手渡すと、うつむいているれいなの耳はみるみるうちに真っ赤
になった。
そんな姿を見ちゃうと、もうどうしようもなく堪らない気持ちになる。
今すぐ窓を飛び越えて抱きしめたいと思う。
195 :第5話 あたしの隣のおチビちゃん :2008/07/23(水) 18:20
「今度さ、試合あるんだ」
「…試合?」
「うん、フットサルの大会。明後日なんだけど」
「そっか」
「よかったらさ、見に来てよ」
「え?」

れいながパッと顔を上げる。

「…れいな、行っていいと?」

そんなかわいい訊き方すんなよ。
動揺を悟られたくなくて、あたしはわざと変な顔をして答えた。

「いいに決まってんだろー」
「…プ、なん、その顔ー」

れいなはようやく笑顔を見せてくれた。
196 :第5話 あたしの隣のおチビちゃん :2008/07/23(水) 18:21
その笑顔を見た瞬間、あたしの中の何かが壊れた。

「…まいったなあ」
「は?」
「もう降参だわ」
「なん言っ…ちょ…、なんしとうと!?」

自分の部屋の窓に足をかけ立ち上がる。

「ちょい危ないから離れて」
「離れてって、一体…」
「いーから、ほれ」

不安そうな顔をしたれいなは、だけどあたしの言うとおりに窓から離れる。
あたしは、今度はれいなの部屋の窓に足をかけ、ひょいっと部屋の中へと飛び込んだ。
197 :第5話 あたしの隣のおチビちゃん :2008/07/23(水) 18:21
「バイセコー大成功!」
「…意味わからんし」

正直、自分でもよく意味がわからない。
発した言葉はもちろん、今の行動の意味も。
だけど、このモヤモヤした気持ちをぶつけるのは今しかない、そう思った。
あの嵐の夜、まるでスイッチが入ったかのようにあんな行動をとったれいなの気持ちが
わかるような気がする。

―――――ごめん、石川、作戦なんか待ってられない。

あたしは目の前にいるおチビちゃんを抱きしめた。
198 :第5話 あたしの隣のおチビちゃん :2008/07/23(水) 18:21
勢いで抱きしめたものの、ここから先はまるっきりノープラン。
れいなは固まっている。
あたしも固まっている。
とりあえず何か話さないとと思い、必死で言葉を探す。

「…ほっそ」
「…人のこと言えんやろ」

いつものように答えてくれたことで少しだけ気持ちが軽くなった。

「なんかさー、昔もこんなことなかったっけ?」
「…そうでしたっけ?」
「うん。れいな、よく泣いてたからなあ。そのたびにこうやって慰めてあげてたじゃん」
「置いてかれた覚えしかないんですけど」
「そうだっけ?」
「そうです」
「でもさ、なんだかんだ結構れいなのことかわいがってた気がするんだけど」
「はあ?むしろ吉澤さんに泣かされたことの方が多い気がする」
「そんなことないだろー。よくあたしのランドセル掴んで離さなかったくせに」
「…そんな昔のこと、覚えとらん」
「あたしはよーく覚えてるけどさ」

なんでもないような会話をしていても、あたしの心臓はずっとドキドキしたままだった。
密着しているれいなにその音が聞こえないように離れたいけど、離したくない。
199 :第5話 あたしの隣のおチビちゃん :2008/07/23(水) 18:22
「…あのー」
「あのときのれいな、ウザかったけどかわいかったなあ」
「あの!」
「ん?」
「…いつまで、こうしとうと?」
「んー、ずっと、かな」
「はあ?」
「…いや、だからさー」

上手い言葉が見つからない。
今さら「好き」とかそういうのもなんかしっくりこないし。

「つーかさ、れいなだって離れようとしないじゃん」
「…それは、吉澤さんが離さんからやろ」
「へー、あたしが離さなかったらずっとこのまんまでもいーんだ?」
200 :第5話 あたしの隣のおチビちゃん :2008/07/23(水) 18:23
思わずいつものような軽口を叩くと、れいなはあたしの肩に頭をくっつけて、こう言った。

「…別に、いいっちゃけど」

その言葉に今度は心臓がバクバク鳴り出す。
口から心臓が飛び出しそうという感覚はこういうことを言うのだろうか。
情けないくらい震えている腕でれいなをギュッと抱きしめると、れいなはあたしの背中に
手を回してくれた。
その途端、背中から暖かい何かが伝わってくる。
201 :第5話 あたしの隣のおチビちゃん :2008/07/23(水) 18:23
「…じゃ、ずっとこのままでいっか」

腕の中のおチビちゃんはその言葉に小さく頷いたあと、顔を上げてにひひーと笑った。
202 :第5話 あたしの隣のおチビちゃん :2008/07/23(水) 18:23
 
203 :第5話 あたしの隣のおチビちゃん :2008/07/23(水) 18:24
 
204 :第5話 あたしの隣のおチビちゃん :2008/07/23(水) 18:24
翌々日。晴天。とあるフットサルコート。
試合前、いつも以上に張り切っている石川に先日の出来事を説明した。

「はあ?あんた、あたしの完璧な作戦はどうなるわけ?」
「まあ、いいじゃん。上手くいったんだからさ」
「…ま、いいけどさー。その代わりよっちゃん、今日絶対ゴール決めてよね」
「任せとけって!」

悪いけど今日のあたしは超絶好調だ。
どんな強敵相手でも負ける気がしない。

コートに入る直前、ふとスタンドを見上げると、人一倍ちっちゃい女の子がじっとこっちを
見ていた。
騒がしい応援団に囲まれて所在ないような感じだけど、よく見るとちゃっかりと応援グッズ
を持って構えている。
軽く手を上げるとギロッと睨まれた。

―――――しっかりやれ!

あまりにも真剣なその形相がおかしくて、思わず吹き出しそうになる。
ほら、やっぱりあたしは無敵だ。
なんてたって、世界最強のサポーターがついてるんだから。
205 :第5話 あたしの隣のおチビちゃん :2008/07/23(水) 18:25

ちっちゃい頃ずっと後ろからついてきた小さな女の子は今、あたしの隣にいる。
あたしたちの距離や関係は、本当はずっと変わっていなかったのかもしれない。

れいながあたしのランドセルを掴んで離さなかった、あの頃からずっと―――――。
206 :第5話 あたしの隣のおチビちゃん :2008/07/23(水) 18:25





うぇーん。うぇーん。
遠慮のない泣き声が公園に響く。
ちっちゃな手があたしのランドセルを掴んで離さない。

「あー、わかったから、もう泣くなってー」
「…っく、ひっく…」
「ほれ、帰るべ?」

手を差し出した途端に泣き止んで、いたずらっ子みたいな顔で笑う。

「…って嘘泣きかよ、おまえー」
「にひひー」
「ったく、しょーがねーなー。ちゃんとついてこいよー」
「うん!ずーっとついてくー!」





そして、これからもずっと―――――。
207 :名無飼育さん :2008/07/23(水) 18:26

『隣の家のおチビちゃん』 終わり
208 :名無飼育さん :2009/04/05(日) 15:02
今頃であれですが
めちゃめちゃ可愛くてキュンキュンしました
209 :名無飼育さん :2014/10/05(日) 18:06
>>208
今頃であれですが、嬉しい感想ありがとうございました!



現在同じ草板でどぅーいしを書いている者です。
向こうもまだまだ続く予定ですが、全く別設定の話なので久々にこちらのスレに投下します。

やや見切り発車ですが、最後までお付き合い頂ければ幸いです。
数回で完結予定です。

210 :名無飼育さん :2014/10/05(日) 18:07

『くちびるハンター』

211 :名無飼育さん :2014/10/05(日) 18:07

試合終了間際、目の覚めるようなボレーシュートがゴールに突き刺さる。
まるで踊っているようなそのフォームとあどけない笑顔。

その瞬間から、彼女は私の憧れとなった。







212 :名無飼育さん :2014/10/05(日) 18:07

新しい門出にぴったりの晴れた春の日。
目の前には『モーニングFCユース・ジュニアユース寮』と書かれた看板。
今日からここで私の新生活が始まる。

ここは日本でも有数の女子フットサルチームの下部組織の施設。
全国から将来有望な選手が集められ、トップチームへの昇格を目指している。
中高生用の寮も完備していて、学校に通いながら練習することも出来る。

私は10期メンバーとして選抜テストに合格し、今日からここで暮らすことに
なったのだ。
自分で言うのもなんだが、こう見えても仙台では名の知れたストライカー。
チームカラーにちなんで『城下町が生んだ青いスベルガール』と言われ、対戦
チームからは恐れられていたくらい。
なぜスベルガールなのかは未だにわからないけど。

もちろん、日本一が集まるこのチームでも誰にも負けるつもりはない。

213 :名無飼育さん :2014/10/05(日) 18:08

一歩踏み出そうとした瞬間、後ろから大きな足音が聞こえた。

「じゃまじゃまじゃまじゃまー!」
「え!?」
「たなさたーーーーーーーーーん!」

謎の言葉を発しながら少女が駆け抜けていく。

「な、何!?」
「なんだアレ…」

私の横で呟いたのは、いつの間にか現れた小柄な少女。
かわいい顔の割にはやけにハスキーな声。

「あんたもここに入る人?」
「あ、うん…」
「ふーん」

彼女は上から下まで舐めるように私を見る。
はっきり言って怖いんだけど…。


214 :名無飼育さん :2014/10/05(日) 18:09

「…ぷ」

もしかして今、笑われた?
彼女の視線は私の胸元。
ちょうど、初日だからと気合いを入れて選んだトレーナーの「A」マークら辺。
名前のイニシャルだしエースの「A」でお気に入りなのに。

何がおかしいのかと文句を言おうとした途端、

「じゃ、お先に」

と逃げられてしまった。

215 :名無飼育さん :2014/10/05(日) 18:09

これからあの子たちと同期として過ごすのかな。
ライバルだから仲良くするつもりはないけど、前途多難の予感。

まあ、心配してても始まらない。
改めて気合いを入れ直して寮に入る。

「すごーい」

外観と同じように寮の中も綺麗で思わず見とれてしまう。

ガチガチガチガチ…。
ブツブツブツブツ…。

今まで聞いたことのない妙な音。
初めは気のせいかと思ったけど、その音はだんだん大きくなる。
恐る恐る音のする方に目を向けると、真っ黒で長細い物体が…。

「お、お化け!?」

私の声に反応してお化けが振り向く。

「わわ私、いい飯窪春菜ですっ!!よよよ…」

甲高い声が館内に響き渡る。
それはよく見ると人間の女の子。
ガチガチというのは震えている彼女の歯の音で、ブツブツというのはひたすら
繰り返される自己紹介の声だったみたい。

お化けじゃなくてホッとすると同時に再び襲う不安。
未だに自己紹介の練習をしている飯窪さんを置いて、寮の中へ入った。

216 :名無飼育さん :2014/10/05(日) 18:09

受付のようなカウンターで係の人に声をかけると、部屋へ案内してくれた。
この寮では1年目は二人部屋、2年目以降は一人部屋。
誰と相部屋になるか大きな問題だ。

「あの、同じ部屋の人は…?」
「ああ、まだ来てないみたいだね」
「そうですか…」

不安だらけの中、簡単に荷物を整理し、ガイダンスが行われるというロビーへ
向かった。

ロビーには既に二人の少女がいた。
「たなさたーん」の子とハスキーボイスの子。

「なんでたなさたんいないんだろ。ねえ、なんで?」
「だから、さっきから言ってんじゃん。たなさたんじゃなくて田中さんだし。
 田中さんはトップチームだからここにいるわけないって」
「えーーーーーー!まーちゃん、たなさたんに会いたくて来たのに…」
「うっさいし」

そのすぐあとに、係の人に付き添われて入ってきたのは色黒細長お化け…もとい、
飯窪さん。
どうやら、あれからずっと玄関にいたみたい。

「い飯窪春菜ですっ」

壊れたテープレコーダーのように飯窪さんの練習は続いている。

「あ、じゃあ、ミニシゲさんは?」
「はあ?ミニシゲって誰だし」
「あれ?ジミシゲさんだっけ?」
「ミ・チ・シ・ゲさんだろ!?あーもう、うっさい!」

隣では言い合いをする「たなさたーーん」とハスキー。
…この子達、本当にあの厳しい選抜テストに合格したのかな。

217 :名無飼育さん :2014/10/05(日) 18:09

ユース、ジュニアユースチームには寮生活の子もいれば通っている子もいる。
どうやら、今年寮に入るのは私たち4人だけみたい。

「おはようございまーす!」
「お、元気な子が多いやん」
「よろしくね」

3人の少女がロビーに入ってきた。
私たちよりも一つ上の代、9期の先輩たちだ。
右から譜久村聖さん、生田衣梨奈さん、鈴木香音さん。
…あれ?一人足りない。

疑問に思いながらも10期側の自己紹介が始まった。

「飯窪春菜ですっ。よろしくお願いしますっ」

もう3回目の飯窪さんの自己紹介。
練習の成果かどもらずに言えたのを見て、なぜか私までホッとしてしまう。

「工藤遥です。モーニングジュニアから来ました。よろしくお願いします!」

モーニングジュニアはモーニングFCの小学生チーム。
いわばエリートコースだ。
先輩たちの表情もグッと引き締まったような気が…。
この子には絶対に負けられない。

「はーい!サトウマサキこと佐藤優樹でーす!よろしくでーす!!」

この子は…よくわかんないから放っておこう。

「石田亜佑美です!得意技は振り返りのキレからのシュートです!よろしく
 お願いします!」


218 :名無飼育さん :2014/10/05(日) 18:10

全員の挨拶が終わったところで、譜久村さんが呟く。

「ところで、里保ちゃんは?」
「あー、まだ寝てるんやろ。香音ちゃん、起こしてきてよ」
「えー、ヤだよ。えりちゃんが行きなよ」
「聖に任せた!」
「ちょっとー」

何やら揉めている先輩たち。

「あの、里保ちゃんって…」

自己紹介の呪縛から解放され落ち着いた飯窪さんが尋ねる。

「あ、鞘師里保。聖たちの同期なんだけど…」

―――――鞘師里保。
その響きで頭の中に蘇る鮮明な記憶。


219 :名無飼育さん :2014/10/05(日) 18:10

去年、観戦した決勝戦。
モーニングFCは1点差で負けていた。
誰もが試合を諦めた試合終了間際、途中出場の選手が鮮やかな同点ゴールを
決めた。
ゴール自体もドラマチックだったけど、何よりもその子の軽やかな動きと
無邪気な笑顔に心を奪われた。

「ただいまの得点、モーニングFC、鞘師里保」

あれからずっと、彼女に追いつきたくて追い越したくて、ここに来た。

220 :名無飼育さん :2014/10/05(日) 18:10

「ハル、起こしてきましょうか?」

思い出に浸っている間に工藤さんが申し出る。

「あ、それなら私が行きますっ」

飯窪さんも手を上げる。

「面白そうだからまーちゃんも行くー!」

なぜか佐藤さんまで。

「あ、私が!」

負けじと反射的に手を上げた瞬間、3人が一斉に振り向き、声を揃えて言った。

「どうぞどうぞどうぞー」
「ええ!?」

コントか!
そんなこんなで、結局私が鞘師さんを起こしに行くことになった。

221 :名無飼育さん :2014/10/05(日) 18:10

「里保ちゃんの部屋は303号室だから。…気を付けてね」

なぜか心配そうな先輩たち。
だけど、憧れの人を起こしに行く私はあまり気にならなかった。

あの日から一度も忘れたことはない人。
最初になんて声をかけよう。

ドキドキしながら303号室の前に立つ。

コンコン。

ノックをしても返事はない。
寝てるんだから当たり前か。

「もしもーし、入りますよー?」

そーっとドアを開けて中に入…ろうとしたが、何かに躓いて転びそうになった。

「なに、これ…」

目の前には洋服が散乱していて、足の踏み場がない。
まさか強盗!?

「さ、鞘師さん…?」

返事がない。
恐る恐る奥へと進む。

222 :名無飼育さん :2014/10/05(日) 18:11

足元に注意しながらようやくたどり着いたベッドの上。
そこには、死んだように倒れている少女が!

「鞘師さん?大丈夫ですか?」

初対面でいきなり体に触るのはどうかと思い、そっと声をかける。
しかし、びくともしない。
これは緊急事態、軽く肩に触れて揺らしてみる。

「…んー」

どうやら生きているみたい。
良かったあ。

「あの、鞘師さん、起きて下さい」
「…………」

無反応なのでちょっとボリュームを上げてみた。

「さーやーしーさーん!」

…これでもまだ無反応とは、なかなかしぶとい人なのかも。
今度は強めに揺り起こしてみた。

「起きて下さい!」
「…………うるさい」
「はあ!?」

いくら先輩とはいえ、起こしに来て文句を言われたらたまったもんじゃない。
普通ならここで引くのかもしれない。
だけど、私は負けず嫌い。
こんな些細なことでも負けたくない!

223 :名無飼育さん :2014/10/05(日) 18:11

うつ伏せの鞘師さんの体を掴み、反転させる。
ほっぺたをペンペンと叩くと、鞘師さんはようやく目を開けた。
切れ長の目はとても凛々しい。
見つめられるとドキッとしてしまう。

「…あ、起きましたか?あの、私…」
「…唇」
「へ?」

鞘師さんの目は私の顔の一点を見つめている。
目は合っていない。
見ているのはもっと下の方…。

「厚み…」
「あの」

キラリと光る目。
そう、まるで獲物を狙う獣のような。

「テカり…」
「さ、鞘師さん?」

手首を掴まれ、驚きと恐怖で言葉が出ない。
グイッと引き寄せられた体はそのまま鞘師さんの元に。
そして―――――。

224 :名無飼育さん :2014/10/05(日) 18:11

「いただきます」

鞘師さんと私の唇が重なった。

225 :名無飼育さん :2014/10/05(日) 18:11

「んー!んー!んーーーー!」

やっとの思いで引き離すと、鞘師さんは再びベッドに横になって…。

「すー…」

幸せそうな寝息と共に寝てしまった。

「…最っ低」

これが憧れの人との最低最悪の再会だった。

226 :名無飼育さん :2014/10/05(日) 18:12

本日は以上です。

227 :名無飼育さん :2014/10/06(月) 01:01
303号室wノリ*´3´リ
228 :名無飼育さん :2014/10/06(月) 13:06
だービル話キター!!
次の更新を楽しみにしてます
229 :名無飼育さん :2014/10/12(日) 08:29
飼育に鞘石キタ━━━━━━(゜∀゜)━━━━━━ !!
今日気付きました!ドタバタコメディかな?続きがとても楽しみです(*´Д`)
230 :名無飼育さん :2014/10/25(土) 17:41
レスありがとうございます。

>>227
細かいネタへの反応w 嬉しいです。

>>228
お待たせいたしました!

>>229
ノリと勢いが命のコメディ…の予定ですw

石田さんの一人称が思いのほか難しく、鞘師さんのキャラが定まらずで苦戦中ですが、
楽しんで頂ければ幸いです。

それでは、第二話。
231 :名無飼育さん :2014/10/25(土) 17:42
鞘師さんにキスをされた後、すぐにロビーへ戻った。
他の10期メンバーは荷物を整理しに行ったらしい。
怒りの形相で飛び込んできた私を見た途端、先輩たちは全てを察したように
苦笑いを浮かべていた。

「やっぱり、里保ちゃん、起きなかった?」
「やっぱりって…、知ってて私を行かせたんですかっ!?」
「ごめんね、亜佑美ちゃん」
「ごめんじゃ済みません!!私、初めてだったのに…」

幼い頃から夢見てきたファーストキス。
それがまさかあんな形で奪われてしまうなんて。

「え?初めてって何の話?」
「だから、鞘師さんにキスされたんですっ!!」
「キ、キス?」

3人が同時に叫ぶ。
え?どういうこと?
鞘師さんはてっきりキス魔だと思い込んでいたけど、そうじゃなかったのかな。

232 :名無飼育さん :2014/10/25(土) 17:42
「キスって、里保ちゃんが?」
「…はい、思いっきり、されました」
「聖ちゃん、されたことある?」
「聖はないけど、香音ちゃんは?」
「私もないなあ。衣梨ちゃん…はないか」
「そうやねえ…って、おい!」

ブツブツ言っている生田さんはおいといて。

「鞘師さんってキス魔じゃないんですか?」
「うーん。少なくとも私たちはされたことないなあ。寝起きが悪いのは確かで、
 なかなか起きないし起こしたら文句言うしで、大変だったんだけど」

冷静に答える鈴木さん。
その横で譜久村さんも首を傾げていた。

「聖はよく腕をすりすりされるけど、チューされたことはないよ」
「なんで、私だけ…」

そう呟くと先輩たちはじーっと私の顔を見てきた。

「な、なんですか?なんかついて…」
「ぷくーっとしとうね」
「うん、良い感じの厚みだし。里保ちゃん好みかも」
「聖も触ってみた―い!」
「や、止めて下さいっ!」

身の危険を感じ、思わず口元を隠す。
ここは変態の巣窟か。

233 :名無飼育さん :2014/10/25(土) 17:42
「まあ、それは置いといて」

って、置いとくんか―い!と心の中で突っ込んだ私に、鈴木さんはとんでもない
ことを言い出した。

「亜佑美ちゃん、これからしばらく里保ちゃんの起こし係になってよ」
「はあ!?」
「あ、それいいかも。衣梨たち、もう起こすの面倒やし」
「ちょ、ちょっと待っ…」
「聖もさんせーい!!」
「い、嫌です!無理です!」

必死で抵抗するもそこは体育会系の世界。
生田さんの「先輩の命令は?」の一言に私は観念して答えた。

「…絶対です」

こうして、私は鞘師さんの起こし係に任命されたのだ。

一応、期間は一か月。
その後は他の10期にバトンタッチしていいとのこと。
絶対に一か月きっかりで誰かに押し付けてやるんだから。

234 :名無飼育さん :2014/10/25(土) 17:42
「さてと、そろそろ、本気で里保ちゃん起こしてくるわ」

そう言って腕捲りをした鈴木さんは、きっかり5分後に戻ってきた。
逞しい背中にまだムニャムニャしている鞘師さんを背負っている。

「よいしょっと」

ドサッっと乱暴に降ろされて、ようやく鞘師さんが目を覚ました。
自己紹介のため整列している10期を見て、まだポケーッとしている。
目を擦っている姿はまるで赤ちゃんのようで…。

「…かわいい」

断っておくが呟いたのは私ではない。
隣の飯窪さんだ。
あんなことをされた相手にかわいいなんて感情を抱くわけがない。
断じてあり得ない。

「ほれ、里保ちゃん。起きて」
「…んー、起きたくない」
「今日はいつにもまして寝起き悪いなあ」
「…夢、見たんだよ」
「夢?」
「ん、超いい夢。理想通りの柔らかさと厚さでさー。だから目覚ましたくない」

…まさかその夢って。
嫌な予感がプンプンする。

「もう、くだらないこと言ってないで。今日から寮に入る10期。ちゃんと挨拶して」
「…んー」
「ちゃんと立ってよー、もう!」
「ふぁーい…」

鈴木さんに促され、鞘師さんは一人一人と握手を交わしていく。
徐々に目が覚めてきたようだ。

235 :名無飼育さん :2014/10/25(土) 17:42
「…石田亜佑美です」
「んー、亜佑美ちゃんかあ」

鞘師さんと握手を交わす私のことを笑っている9期さん。
先輩じゃなければ3人纏めて跳び蹴りを食らわしてやるところだ。

それにしても、こうして目の前で見るとすごく精悍な顔立ちだなあ。
あんな事件がなければきっと、私はこの人に憧れたままだったと思う。

少しだけ、ほんの少しだけ鞘師さんに見とれていると、鞘師さんの視線が徐々に
下がっていくことに気付く。
あのときと同じ位置で視線が止まる。
しじみのような細い目が丸くなる。

「正…夢?」
「…あ、あの?」
「…へ?あ、いや、な、なんでもないっ」

鞘師さんは慌ててロビーから出て行ってしまった。
なんなんだ、もう。

236 :名無飼育さん :2014/10/25(土) 17:43
その日は練習もなく、翌日からの新生活に備えてそれぞれの部屋に戻った。
不安だった部屋のパートナーは飯窪さん。

「これからよろしくね」

極度の上がり症らしいけど、それ以外は至って普通の女の子。
他の二人よりはましだろう。

荷物を整理しながら、このチームに入ったきっかけや今までのフットサル経験
などを話すうちに、自然と先輩たちの話題になる。

「鞘師さんってすごいよね」
「え?ああ…そうだね」

どうやら飯窪さんもあの決勝戦を観ていたらしい。

「鞘師さん、起こしに行ったんでしょ?どうだった?」
「ど、どうって…」
「寝顔見たなんていいなあ」
「…そんないいもんじゃないよ」

一応先輩のことを最悪とも言えず、曖昧に答えるしかなかった。
…確かに寝顔はちょっとだけかわいかったけど。

「起こし係、変わろうか?」
「え!?」

237 :名無飼育さん :2014/10/25(土) 17:43
それは、私にとっては最高の提案だった。
だった…はずなのに、なぜか自分の中ですっきりとしなくて。

「…ううん。大丈夫」

自分でも驚くほど即座に、飯窪さんの提案を断っていた。

「そう?」
「うん。先輩の命令だし!それにたったの一か月だけだし!」
「そっか。でも大変だったら言ってね」
「うん。ありがと」
「さてと、明日も早いし、もう寝よ。おやすみー」
「おやすみ」


そう、たったの一か月。
先輩の命令なんだから仕方がない。

まるで自分に言い聞かせるように、ベッドに入り横になった。

238 :名無飼育さん :2014/10/25(土) 17:43
翌朝。

『303号室』

ドアの前で深呼吸をした。

今日はばっちりと対策をしてある。
大きなマスクで顔の半分(主に唇)をガードし、鞘師さんの元へと向かう。
もう二度と、キスなんてさせるもんか―――――。

239 :名無飼育さん :2014/10/25(土) 17:43
そっとドアを開け、部屋の中へ入る。
昨日と全く変わらない、足の踏み場のない床。
洋服の海をかき分けベッドへ辿り着き、そこに寝る主を確認する。

ぐっすりと眠っているその表情は、…悔しいけどやっぱり少しかわいいかも。

「…鞘師さん」

昨日の経験からこの程度じゃ起きないことはわかってる。
鈴木さんには「ひっぱたいていいよ。どうせ覚えてないから」と言われたけど、
さすがに先輩にそれは出来ないし。

昨日のように何度か声をかけ、それでも効果がないので肩を揺さぶる。
手を振りほどかれ文句を言われつつも、鞘師さんを無理やり座らせる。

「起きて下さい!」
「ん…」

鞘師さんが目を開ける。
そして、私の顔を見た途端に叫び出す。

「うわぁ!お化け!!!」
「誰がお化けじゃ!私ですよ、石田!石田亜佑美です!」
「…あ、亜佑美ちゃん?」

どうやら私の顔を覆う大きなマスクが怖かったらしい。

「唇が見えないから、誰かと思った…」

どこで見分けてるんだ、この人は…。

240 :名無飼育さん :2014/10/25(土) 17:43
「じゃあ、ちゃんと起こしましたからね」
「え?わざわざ起こしに来てくれたの?」
「はい。私、鞘師さんの起こし係に任命されたんで。ちゃんとご飯までには
 降りて来て下さいよ?」

この部屋に長居は無用だ。
任務を終えた私が部屋を出ようとすると、後ろから声が追いかけてきた。

「ちょ、ちょっと待っ…うぉ!」

慌ててベッドから降りたせいで、床の洋服に足が引っかかり豪快に転ぶ鞘師さん。

「いてて…」
「だ、大丈夫ですかっ?」

一応、先輩だしチームのエースだし、怪我でもされたら一大事だ。

「だ、大丈夫。うち、よくこけるから…」
「そうなんですか?気を付けないと」

全く、世話の焼ける先輩だ。

241 :名無飼育さん :2014/10/25(土) 17:44
「あ、亜佑美ちゃん…」

鞘師さんはなぜか正座をしてる。

「は、はい?」

私もつられてなぜか正座で向かい合う。
なんだ、このシチュエーション…。

「あの、うち、寝起き悪くて迷惑かけちゃうかもしれないけど…」

どうやら自覚はあるらしい。

「…けど?」
「これから、よ、よろしくです」

そう言って頭をペコリと下げた鞘師さん。
その瞬間、胸の奥がキュンと音を立てたような気がして。

「ちゃ、ちゃんと起きて下さいねっ!」

だけど、それを認めたくなくて、私は足早にその場を立ち去った。
一か月限定だってことは、なぜか言えなかった。

242 :名無飼育さん :2014/10/25(土) 17:44
モーニングFCユース、ジュニアユースの選手はみんな中高生。
平日はこの寮からそれぞれの学校へ通っている。
帰宅後は夕方から練習があり、土日には練習試合や公式戦がある。

寮生以外にもたくさんの選手が所属しており、公式戦に出れるのはほんの
一握り。
厳しい選抜テストを突破しただけあって、みんな上手だ。

飯窪さんは技術的には平凡だけど、全体を俯瞰して見る能力に長けている。
長い手足を生かしてゴールを守るゴレイロ志望らしい。

佐藤さんはその性格通り、予測不可能のトリッキーなプレーが魅力。
その猪突猛進なドリブルはなかなか止められない。

工藤さんはエリートコースだけあって、何もかも万能な選手。
最年少ながらもリーダーシップもすごい。

私も一応仙台では名の知れたストライカー。
同期に負けるつもりは毛頭ない。

そんな私たちに先輩たちも危機感を感じているようだ。
コーチの指導を受けている私たちをじっくりと観察している。

243 :名無飼育さん :2014/10/25(土) 17:44
そんな中、鞘師さんは一人淡々とランニングをしていた。
今日は新人以外、個人練習というメニュー。
休憩中にこっそりと鞘師さんの様子を伺う。

寝起きの顔とはまるで違う、真剣な表情。
汗をかく横顔はとても凛々しい。

気付くと私以外の同期もみんな、鞘師さんの一挙一動に注目していた。
そんな周囲の視線は気にも留めず、ボールを使った練習を始める鞘師さん。

まるで自分の手足のように自由自在にボールを扱う。
リズミカルなリフティング、華麗なドリブル、鋭いシュート。
その動きは私が憧れた鞘師里保そのもので。

集合の合図がかかってからも、しばらく目を離せずにいた。

244 :名無飼育さん :2014/10/25(土) 17:44
本日は以上です。
245 :名無飼育さん :2014/10/26(日) 21:51
イイヨイイヨー
だーいしきゅんきゅん来ちゃってるう
246 :名無飼育さん :2014/10/30(木) 00:45
懐かしいスレが動いていると思ったらまたしてもw
カワイイだーちゃんが読めるのがうれしいです。
247 :名無飼育さん :2014/12/05(金) 00:34
続き楽しみにしています。(*´Д`)
248 :名無飼育さん :2014/12/07(日) 23:20
レスありがとうございます。

>>245
これからもっときゅんきゅんになる…かもw

.>>246
以前から見て下さってるんですね、嬉しいです。
カワイイだーちゃん、頑張ります!

>>247
お待たせいたしました!
249 :名無飼育さん :2014/12/07(日) 23:21
分厚いカーテンを勢いよく開けると、朝日が差し込んでくる。
とても良い天気だ。
ついでに窓もわざと大きな音を立てて開けてみる。
それでも、この部屋の主は全く起きる気配がない。

私たち10期がこの寮に入って早一か月。
ようやくいろいろなことに慣れてきて、余裕が出てきたと思う。
もちろん、この人の寝起きの悪さにも。

「さーやーしーさーん!朝ですよー!起きてー!!」

乱暴に布団をめくると、いつも通り丸まって寝てる鞘師さんの姿。
それはまるで猫みたいで、ちょっとだけかわいい。

「鞘師さん!朝だってば!」
「…んー」

少しだけ反応して、だけどすぐに壁の方へ寝返りをうつ。
こんなのはまだまだ序の口だ。
この一か月、私は寝起きの鞘師さんにありとあらゆる憎まれ口を叩かれてきた。
腹の立つことに、目が覚めると本人は全く覚えてないらしい。
その度に起こし係をさっさと誰かに押し付けてやろうと思う。

だけど。

「あ、い、いつもありがと。亜佑美ちゃん」

目が覚めた鞘師さんのたった一言で、私の怒りはどこかへ消えてしまう。
250 :名無飼育さん :2014/12/07(日) 23:21
「それにしても鞘師さん、いい加減、掃除したらどうですか?」

寝起きの悪い鞘師さんは部屋も汚い。
それこそ足の踏み場のないほどに。

「え、これでも片付けたんだよ、昨日」
「ええ?どこを、ですか?」
「ドアからベッドまで。ほら」

よく見ると確かにドアからベッドまで、洋服やら雑誌やらをかき分けて一本道
が出来ている。

「なんなんですか、この道」
「亜佑美ちゃんが通りやすいように、と思ってさ」

「偉いでしょ?」と言わんばかりにドヤ顔の鞘師さん。
私は深いため息をつきながら答えた。

「どうせなら、ちゃんと片付けましょうよ」
「…もしかして、うちの部屋、クサい?」
「へ!?」
「だって、亜佑美ちゃん、うちを起こすときだけマスクしてるじゃん。部屋が
 クサいからかなって。この部屋のせいでマスク外せないのは悪いから」
251 :名無飼育さん :2014/12/07(日) 23:21
頭の中に一か月前の記憶が蘇ってくる。
初めてのキスを奪われたショックと怒りはだいぶ薄れてきたけど、あのときの
感触だけはなぜか忘れられない。

だけど、部屋のせいではなく部屋の主のせいだと、そんなこと言えるわけない。

「ク、クサくなんかないですよ」
「だったらなんでマス…」
「もういいじゃないですか!とりあえず、片付けましょ!」

適当にごまかして、散らばった洋服を拾い上げる。
今日は比較的早く起きてくれたから、朝食まではまだ少し時間がある。

「え?手伝ってくれんの?」
「…起こすときに転んで怪我するの、嫌ですし」

そう、これはあくまでも自分のための行動だ。
それでも鞘師さんはすごく嬉しそうだった。
252 :名無飼育さん :2014/12/07(日) 23:21
洋服をあらかた片付け終え、雑然としている戸棚に取り掛かる。
そこもかなり散らかっていて、奥の方にいろんなものが押し込まれていた。

「これ、一回出さなきゃダメですね」
「んー、そこ、数か月触ったないや」
「なんか出てきそう…」

ブツブツ文句を言いながら戸棚を整理する私を、鞘師さんは静かに見守っている。

「ていうか、サボってないで、ちゃんと手を動かして下さい!」
「いひひ、バレたかー」
「全くもう」

一番上の段に手を伸ばしたとき、戸棚がグラッと揺れてバランスを崩す。
やばい、倒れる!
そう思った瞬間、鞘師さんの声が飛んでくる。

「危ない!」
「え?」

飛んできたのは声だけではなかった。
振り返ると、そこにはすごい勢いで向かってくる鞘師さんの姿が…。

253 :名無飼育さん :2014/12/07(日) 23:22
「うわっ!」
「キャッ!」

結局戸棚ではなく、何もない床ですっころんだ鞘師さんの下敷きになった。
こんなにドンクサい人がエースだなんて信じられない。

「あ、ご、ごめんっ!」
「いえ、だ、大丈夫です…」

すぐにどいてくれると思っていたのに、なぜか鞘師さんは動かない。
キスされたあの日と変わらない距離に心臓が飛び出しそうになる。

「…さ、鞘師さん?」
「亜佑美ちゃん…」

馬乗りになった鞘師さんの右手が顔に伸びてくる。
顔が真っ赤になっている自覚があって、それがまた恥ずかしさを加速させて。
だけど、鞘師さんを押しのけることなんて出来なくて。

「…っ」

鞘師さんの指が触れた先は耳の後ろ。
マスクの白い紐をすっと外そうとしたとき―――――。

ガコッ!

「いった…!」

絶妙のタイミングで鞘師さんの頭を直撃したのは、戸棚の上に置いてあった
写真立てだった。
254 :名無飼育さん :2014/12/07(日) 23:22
その痛みで我に返った鞘師さんは慌てて体を起こす。

「ご、ごめん!」

泣きそうな顔の鞘師さんに何も言えなくて、私はそのまま部屋を飛び出した。

255 :名無飼育さん :2014/12/07(日) 23:22
なんであんなことになったんだろう。
鞘師さんを押しのけることくらい、簡単に出来たはずなのに。

マスクを外して、そのあとどうするつもりだったんだろう。
写真立てが落ちてこなければ、あのまま―――――。

鞘師さんの行動も自分の行動も疑問だらけだった。
だけど一番わからないのは、嫌悪感を抱いていないこの感情で…。

こんな真っ赤な顔をはるなんに見られたくなくて、私は朝食まで部屋に戻らず
に時間を潰すことにした。

今日は鞘師さんの顔、まともに見れる自信がない。
256 :名無飼育さん :2014/12/07(日) 23:22
食堂に入ると、殆どのメンバーが集まっていた。

「あゆみん、どこ行ってたの?」

心配そうに尋ねるはるなんの問いに曖昧な笑顔を見せながら席に着く。
案の定、鞘師さんはまだいない。

「あとは里保ちゃんだけだね。亜佑美ちゃん、里保ちゃん起きてた?」
「…あ、はい」
「二度寝しちゃったかなあ」

譜久村さんが呼びに行こうと腰を上げたとき、鞘師さんが食堂に現れた。

「ごめん、遅れて」

元気のない声。
だけど私は声の主を見れず、俯いたままだった。

257 :名無飼育さん :2014/12/07(日) 23:23
鞘師さんとは目を合わせないまま、食事が進む。

「そういえば、10期ももうすぐ一か月だね」
「あー、そうっすね」

鈴木さんの言葉にくどぅーが即座に答える。

「お祝いとかないんすか」
「何バカなこと言ってんの。すいません、鈴木さん」
「えー、まーちゃんもお祝いしてほしー!」

この一か月で9期さんともすっかり仲良くなった。
軽口も叩けるようになった。

「一か月といえば亜佑美ちゃん」

生田さんに話を振られ、ギクッとする。

「里保のこと起こす係、誰と交代すると?」
「え、あー、えっと…」
「交代…?」

私たちのやり取りを聞いた鞘師さんが呟く。
確か、鞘師さんは一か月交代ということを知らない。

鈴木さんが事情を説明する。

「そーだったんだ…」

心なしか寂しそうな声に思わず顔を上げるとバッチリ鞘師さんと目が合って。
瞬間的に目を逸らしてしまう。

258 :名無飼育さん :2014/12/07(日) 23:23
あれほど待ち侘びていたはずの交代なのに、気持ちが重い。
あんなことがあって、顔も見れない相手なのに、私は…。

「今度はまーちゃんがやすしさんのこと起こすー!」
「まーちゃんは無理っしょ。ハルが起こしますよ」
「ははは…」

まーどぅーコンビが我先にと立候補する。
鞘師さんの渇いた笑いが耳に飛び込んでくる。
その笑い声からは感情が読めなくて、なぜか胸が痛くなる。

「まーちゃんもくどぅーも、まずは自分のことをちゃんと出来るようになって
 からにしてね」

隣から甲高い声が響く。

「まーちゃん、出来るもん!」
「この一か月で私が何回起こしたと思ってんの?」
「うー…」
「ハルは平気だよ」
「くどぅーは宿題を自力で出来るようになってから」
「…関係ないじゃん、それ」

まーどぅーコンビを正論で黙らせたのは、はるなんだった。
さすがに10期最年長だけあって、同期の扱いには慣れている。

「私はまだ練習についてくのが精一杯だし、ここはやっぱりあゆみんが一番
 いいと思います」

思わぬ提案にはるなんの顔を見ると、不器用なウィンクが返ってきた。

「ね?あゆみん」
「わ、私は…」

鞘師さんの視線が痛くて、そのあとの言葉が続かない。
259 :名無飼育さん :2014/12/07(日) 23:23
「里保ちゃんは、どう?」

返答に困っていると、鈴木さんが鞘師さんに話を振る。

「ホントはうちが一人で起きなきゃいけないんだけど…」
「まあね。でも、無理でしょ?」
「…うん、否定できない」
「やすしさん、まーちゃんと一緒だー!」

嬉しそうなまーちゃの声にみんなが爆笑する。
少しだけ空気が和んだ気がした。

鞘師さんがすっと立ち上がる。
また目が合って、だけど今度は逸らさなかった。
…逸らせなかった。

目の前の鞘師さんがとても真剣な顔をしていたから。

「あ、亜佑美ちゃんが嫌じゃなければ、お願いします…」

まるでプロポーズのようなその言葉に、私は静かに頷いた。
260 :名無飼育さん :2014/12/07(日) 23:23
部屋に戻り、はるなんに食堂での提案とウィンクの意味を問いかける。

「だってあゆみん、毎朝すっごく楽しそうなんだもん」
「え?私が?」
「うん。『起こすのめんどくさい』とか言いながら、目覚ましの前にきっちり
 起きてるしさ」

それは自分でも気付かずにいた事実。
確かに、いつの間にか鞘師さんを起こすことは苦痛じゃなくなっていた。
仕事や義務感ではなく、楽しみになっていたのかもしれない。

その気持ちの変化や理由はわからないけど、

「まあ、本当に嫌になったら変わるからさ」

そう言って笑うはるなんが初めて頼もしく思えた。

261 :名無飼育さん :2014/12/07(日) 23:23
それから数日が経ち、私は相変わらず鞘師さんを起こし続けている。
あの日のことはまるでなかったかのようにお互い振る舞っている。
だけど、二人きりの空間は少しだけ気まずくて、どこか意識している自分が
いて。

それを誤魔化すためにますますなんともないフリをする。
そんな日々の繰り返しだった。

262 :名無飼育さん :2014/12/07(日) 23:24
数週間後。
明日、モーニングFCは今季の公式リーグの初日を迎える。
先日発表されたレギュラーには入れなかったけど、なんとかベンチメンバー
に入ることが出来た。
10期からは唯一の大抜擢。

「ちぇっ、ハルが一番先だと思ってたのになあ」
「あゆみ、ずるーい!」
「頑張ってね、あゆみん」

三者三様のエールらしきものを受け、改めて気合いを入れる。
試合に出れるかどうかはわからないけど、これはチャンス、This is a chance。


チームのエース的ポジションに当たり前のように君臨する鞘師さん。
いろいろとあったけど、この人に憧れて負けたくないという思いでここへ来た
んだから。
263 :名無飼育さん :2014/12/07(日) 23:24
試合当日の朝。
いつものように鞘師さんの部屋へと向かう。
だけど、いつもとはなんとなく部屋の雰囲気が違った。

不思議に思いながらベッドに近付くと…。

「鞘師さん?」

そこはもぬけの殻だった。
寮に来てから初めての状況に軽くパニックになる。
何をしてもなかなか起きない鞘師さんがいない。
まさか一人で起きたのだろうか。
それとも、どこかで眠り込んでるとか…?

私は慌てて部屋を飛び出し、鞘師さんを捜した。

食堂にもロビーにもいない。
トイレにもお風呂にも、その姿は見当たらなかった。
どうやら寮の中にはいないようだ。

残る可能性は…。

264 :名無飼育さん :2014/12/07(日) 23:24
ドアを開けると、ボールを蹴る音と共に捜し人の姿が飛び込んできた。
どのくらい一人でそうしていたんだろう。
既に汗だくの鞘師さんは一心不乱にシュート練習を繰り返している。

その真剣な姿に見とれてしまう。
やっぱりこの人に憧れていることを改めて実感する。

目を奪われている私の足元にボールが転がってきた。

「亜佑美ちゃん?」
「あ、おはようございます」
「お、おはよ。あ、そっか。起こしに来てくれたんだよね。ごめん」

それはいつもの笑顔じゃなかった。
うっすらと出来た目の下のクマが目に入る。

「…寝れなかったんですか」
「…あー」

鞘師さんは頭をかく。
どう答えようか考えているように見える。

「試合の日はいつもこんな感じ」
「平気…ですか?」

なんかすごく無理して笑っている気がする。

「平気平気。寝不足でも試合はちゃんとやるし。チームには迷惑かけないよ」
「そうじゃなくて…」
「ん?」

チームとかそういうのではなく、鞘師さん自身が心配だった。
大きな何かを一人で抱えているように思えて、すごく心配になった。

だけど、それを上手く伝えることが出来なくて…。

265 :名無飼育さん :2014/12/07(日) 23:24
俯いた私の足元のボールを鞘師さんが拾い上げる。

「相手してよ、亜佑美ちゃん」
「え?」
「一人より二人の方が練習になるし」

そう言って笑う鞘師さんはもういつもの鞘師さんに戻っていた。
だから私も笑顔でボールを受け取る。

「でも私、こんな格好ですよ」
「あ、そ、そっか。バカだなあ、うち。いひひ」
「すぐに着替えてきますね」
「え?い、いいの?」
「わ、私だってベンチメンバーですから!」

そう、これはあくまでも自分のための行動だ。
それでも鞘師さんはすごく嬉しそうで。

「ありがと」

自分に向けられたその笑顔と言葉が嬉しかった。
266 :名無飼育さん :2014/12/07(日) 23:24
本日は以上です。
267 :名無飼育さん :2014/12/09(火) 19:18
クリアがいるなw
268 :名無飼育さん :2015/01/09(金) 08:48
やっぱり鞘石いいな
続き楽しみにしています
269 :名無飼育さん :2015/02/23(月) 00:29
レスありがとうございます!

>>267
川c ’∀´) < リハビリテーション!

>>268
長らくお待たせしました。
これからもまったり更新ですが、よろしくお願いします。
270 :名無飼育さん :2015/02/23(月) 00:29
公式リーグの初日は圧倒的な大差で勝つことが出来た。
鞘師さんは当たり前のように期待通りの大活躍。

一方、出番のなかった私。
鞘師さんとの差を痛感させれらた。
ライバルなんておこがましくて、だけど、それでも少しでも追いつきたい。
そのためには、鞘師さん以上に努力しないといけない。

「最近のあゆみん、すっげー気合いだね」

練習前のランニング、隣で走るくどぅーの言葉だ。

「そう言うくどぅーも目がマジじゃん」
「まあね。あんなプレー見せられちゃ、燃えない方がおかしいでしょ」

どうやら鞘師さんに刺激を受けたのは私だけじゃないらしい。

「やすしさーーーーーーん!!この前のフェイント、どうやるんですかあ?」
「鞘師さん、シュート練付き合ってください」

まーちゃんもはるなんも鞘師さんのそばから離れない。
本当は私だっていろいろと教えてほしいけど、なかなか近付けない。

271 :名無飼育さん :2015/02/23(月) 00:29
まーちゃんに絡みつかれている鞘師さんは、苦笑しながらも楽しそうで。
その笑顔を見るのはなんとなく嫌だった。

ふっと、こっちを見た鞘師さんと目が合った。
同じ笑顔を向けられたけど、私は上手く笑えなくて。
思わず目をそらしてしまった。

272 :名無飼育さん :2015/02/23(月) 00:30
一週間後、公式リーグ2戦目。
相手は前回3位の強豪チームだ。
負けられない試合に、メンバー全員の士気も高まっている。

前半を終えて0-0の同点。
相手チームはかなりこちらを研究していて、鞘師さんは二人がかりでマーク
されている。

「よし。石田、行って来い」

後半途中、コーチから声がかかった。
膠着状態でのデビュー戦。
みんなから期待の眼差しが向けられているような気がして。

私は生まれて初めてのものすごい緊張感に襲われていた。
それこそ、目の前が真っ白になるくらいの…。

273 :名無飼育さん :2015/02/23(月) 00:30
交代自由のフットサルでは試合の流れに上手く乗ることも大切だ。
裏を返せば、交代した選手は狙われやすい。
そんなことは百も承知のはずだった。
はずだったのに。

センターサークル付近で譜久村さんからのパスを受けたあと、猛然と向かって
くる相手選手の勢いに一瞬コントロールを失ってしまった。

「亜佑美ちゃん!」

覚えているのは鞘師さんの声と自分たちのゴールに突き刺さるボール。
その二つだけがなぜかくっきりと頭に刻まれた。

0-1。
遂に点を決められてしまった。
私のミスだ。

結局、何も出来ずにベンチへと下がった。

274 :名無飼育さん :2015/02/23(月) 00:30
俯く私の隣に鈴木さんが座った。

「ドンマイ」

優しい声が余計に辛い。

どうしよう。
私のせいで負けたらどうしよう。
モーニングFCが2戦目で負けるわけにはいかないのに。
伝統のあるチームで、先輩たちにも申し訳ない。

どうしよう。
みんなに会わせる顔がない。

リードされたまま、時間はどんどん過ぎていった。

275 :名無飼育さん :2015/02/23(月) 00:30
残り数分。
コーチがタイムアウトを要求した。
顔を上げられない。

すっと目の前に誰かの気配を感じた。

「亜佑美ちゃん」

声だけでその人が誰なのかわかる。
少し低い穏やかな声。

「大丈夫」

その言葉にはっと顔を上げると、いつものようなドヤ顔の鞘師さんがいた。
こんな緊迫した状況でも不敵な笑みを浮かべている。

276 :名無飼育さん :2015/02/23(月) 00:30
「ご、ごめんなさ…」
「大丈夫だよ」

鞘師さんの顔が滲んでいく。
泣きたくないのに。

ふわっと頭にタオルをかけられた。
鞘師さんの匂いがする。
あの部屋の匂い。

「うちが決めるから」
「鞘師さん…」
「絶対勝つよ」

そう言って、鞘師さんはコートへと戻っていった。

277 :名無飼育さん :2015/02/23(月) 00:31
その数秒後。
鞘師さんは、勝ちを確信した相手の一瞬の隙をついてボールを奪い、豪快に
相手ゴールに叩き込んだ。
同点にされて動転した相手チームはミスを連発し、モーニングFCは逆転勝利を
収めた。

鞘師さんに駆け寄るその歓喜の輪の中に、私は素直に入れなかった。

278 :名無飼育さん :2015/02/23(月) 00:31
試合後は励ましてくれる先輩たちや茶化しながらも慰めてくれる同期のおかげで、
少しずつ元気を取り戻すことが出来た。

みんな、優しくて温かい。
仲間の良さを改めて実感した。

279 :名無飼育さん :2015/02/23(月) 00:31
その日の夜。
私は一番お礼を言いたいその人を探していた。
寮に戻るとすぐに寝てしまい、夜ご飯も半分寝ぼけながら食べていた鞘師さん。
どうせ寝ているだろうと部屋を訪ねたけど、ベッドにその姿はなかった。

廊下をウロウロしていると、ばったりと鈴木さんに会った。

「どうしたの?」
「あ、鞘師さんが部屋にいなくて…」
「里保ちゃん?…ああ、たぶん、あそこかな」

鈴木さんが連れて行ってくれたのはロビーの隅っこ。
死角となるその場所には二人掛けの小さなソファがある。
その上に毛布を身に纏った怪しい物体、もとい、捜し人の鞘師さんがいた。

「…あれ、ですか?」
「そ。あれ」

試合の後は必ずその日のビデオを見て反省をするそうだ。
タブレット型の端末なので部屋でも見れるのに…。

280 :名無飼育さん :2015/02/23(月) 00:31
「わけわかんないけど、落ち着くらしいよ」
「…変わってますね」
「行かないの?用あるんでしょ?」
「あ、はい、でも、急ぎじゃないし、なんか邪魔しちゃ悪いかなって…」
「確かに里保ちゃんにとって大事な時間だけど」

鈴木さんはいつもの笑顔で私の肩をポンと叩いた。

「亜佑美ちゃんなら、大丈夫じゃない?」
「…え?それって、どういう…」
「さあねえ。じゃ、ごゆっくりー!」

手を振りながら去る鈴木さん。
その言葉の意味はわからないけど、妙に説得力はある。

私は鈴木さんの言葉を信じて、鞘師さんに近付いた。

281 :名無飼育さん :2015/02/23(月) 00:31
そばに立っても気付かないくらい、鞘師さんはビデオに夢中だった。
画面を見つめる瞳は真剣そのもので。

…ドキッとした。
尋常じゃないくらい、自分の体じゃないくらい、鼓動がうるさい。

「あ、あの…」

これ以上放っておくとどうにかなりそうで、私は鞘師さんに声をかける。

「亜佑美ちゃん」

鞘師さんの笑顔がなぜかいつもより眩しくて、まともに顔を見れない。

「…今日は、すみませんでした。ありがとうございました」
「ん?」
「試合、ミスしちゃって」
「…あー」
「でも鞘師さんがゴールしてくれて…」
「当たり前だよ」
「え?」

聞き返した私には答えずに、鞘師さんは徐に画面を操作し始めた。

282 :名無飼育さん :2015/02/23(月) 00:32
「鞘師さん、あの…」
「これ、見て」

映っているのはフットサルの試合。
でも、今日のものじゃない。

「うちの初めての試合。このとき、すっごい緊張しててさ。ほら、見てよ」

画面の中の鞘師さんがトラップミス。
今のプレーからは想像もできない。

「あー、また。酷いでしょ、うちのプレー」
「そ、そんなこと…」
「でも、これが始まりだから」
「…はじ、まり?」
「酷くてもみっともなくても、これがうちの原点。だから、忘れないように、
 すぐに見れるように、ここに入れてあるんだ」

静かに話してくれた鞘師さんの苦い思い出。
それを乗り越えたからこそ、今の鞘師さんがいるんだ。
そう思うと、今日の私のミスも無駄ではなかったと思える。

283 :名無飼育さん :2015/02/23(月) 00:32
「あ、ちなみに、このビデオは誰にも内緒ね」
「え?」
「…カッコ悪いじゃん、こんなの」

さっきまでの自信満々の表情はどこへやら、突然すねたように顔を赤くする
鞘師さん。
昔のこととはいえ、自分のミスを誰かに見られるのは恥ずかしい。
その相手が後輩なら尚更だと思う。
それなのに鞘師さんはどうしてこのビデオを見せてくれたんだろう。

「さ、さてと、次の対戦相手のビデオでも見るか…」

もしかしたら、私のために…?
その理由を確かめたくて、だけど聞けなくて。
自分でも驚くくらい自然に、次の言葉を発していた。

「あの、一緒に見てもいいですか?」
「…へ?」
「あ、だから、対戦相手のビデオ…」

一瞬、キョトンとした鞘師さんは、私の言葉の意味を理解したあと、自分の隣の
スペースを空けてくれた。

284 :名無飼育さん :2015/02/23(月) 00:32
「ど、どうぞ」
「あ、どうも」

くるまっていた毛布を膝にかけ、二人で入る。
二人掛けとはいえ小さなソファだから、嫌でも体が密着する。
触れた部分が熱くて、変に意識してしまって、無言になる。

もしも、ミスしたのが私じゃなかったら。
他の誰か、たとえば、はるなんとかまーちゃんとかくどぅーだったら、それでも
鞘師さんは同じようにあのビデオを見せるのかな。

真摯にフットサルに向き合っていて、誰よりもチームのことを考えているから、
きっと相手が誰でも同じことをしたと思う。
それは当たり前のことだし、特別でもなんでもないけど。

だけど―――――。

285 :名無飼育さん :2015/02/23(月) 00:32
コテン。
突然、肩に重みがかかった。

その原因はもちろん鞘師さん。
隣からは規則正しい寝息。
寝ちゃったみたい。
試合中の凛々しい顔が嘘みたいにあどけない寝顔。

こんなところで寝たら風邪ひいちゃう。
そう思ったのに、私はなぜか鞘師さんに声をかけれなくて。

そのまま、その寝息と寝顔に吸い込まれるようにそっと目を閉じた。

286 :名無飼育さん :2015/02/23(月) 00:32
本日は以上です。
287 :名無飼育さん :2015/02/24(火) 00:06
やっさんカッコいい
288 :名無飼育さん :2015/04/18(土) 16:09
この先どうなって行くのでしょうか?
これからも楽しみにしています。
289 :名無飼育さん :2015/05/24(日) 00:59
レスありがとうございます。
お待たせして申し訳ありません。

>>287
ノリ*´ー´リ < ドヤッ

>>288
最後までお付き合い頂ければ幸いです。
290 :名無飼育さん :2015/05/24(日) 00:59
結局そのまま二人で朝まで寝てしまったらしい。
周囲の雑音で目が覚めた私の前に飛び込んできたのは、ニヤニヤとイヤらしい
笑顔を浮かべた先輩の姿だった。

「二人で仲良くオネンネとはやるねー」
「そんな破廉恥な〜」

意気揚々とからかってくる譜久村さんと生田さん。

「は、破廉恥とかそういうんじゃないですから!」

必死で否定するものの、この人たちは全く聞く耳を持たない。

「まあまあ。そうムキにならないで。うちら、結構理解ある方だからさ」
「鈴木さんまで…。ホント、違いますって!」
「え、でも、すっごい幸せそうな顔で寝てたよ。ほら」

鈴木さんが差し出したスマホの画面には、ご丁寧に私と鞘師さんの寝顔が写って
いた。

291 :名無飼育さん :2015/05/24(日) 00:59
「な、なんで写真なんか!」
「だって、あまりにもかわいかったからさ、二人」

確かに、私に寄りかかって寝ている鞘師さんの顔はとても穏やかだ。
そして私も、しっかりと鞘師さんの頭に体重をかけていて…。
つまり、ピッタリと寄り添いながら寝ていたということで。

「…消してください」
「えー。もうみんなに送っちゃったよ」
「み、みんなって…」
「もちろん、10期にも」

今日ばかりは鈴木さんの笑顔が悪魔に見える。
同期の反応を思い浮かべて、私は一人頭を抱えた。

292 :名無飼育さん :2015/05/24(日) 00:59
「しっかし、こんだけうるさいのによく寝とうね、里保は」

そう、もう一人の渦中の人、鞘師さんは相変わらずぐっすりと夢の中。
写真の中と同じように幸せそうな寝顔に、思わず頬が緩んでしまった。

「なんかあれだね、ダメ男を見守る奥さんみたいな」
「奥さんじゃありません!!」

否定しながら鞘師さんに目をやる。
この写真を見たら、鞘師さんはどんな反応をするんだろう。
メンバーにからかわれたら否定するのかな。
その反応を知りたいような知りたくないような、そんな複雑な気持ちだった。

293 :名無飼育さん :2015/05/24(日) 01:00
その日から、私と鞘師さんは勝手に公認の仲にされてしまった。
朝は起こす係だし、夜はあれから一緒にビデオを見るようになったし、確かに
一日の始まりと終わりを一緒に過ごしていることには違いないけど。

ある日、思い切って聞いてみた。

「…あの、嫌じゃないですか?」
「へ?何が?」
「なんか最近、変な噂っていうか、その…」
「…あー、公認の仲って奴?」
「…はい」

そう尋ねながら、嫌だと答えられたらどうしようと思う自分がいる。
一体、私は鞘師さんにどんな答えを期待しているんだろう。

「ウチは平気だけど…」

鞘師さんは穏やかな表情で私を見る。
その涼やかな瞳に気持ちを読み取られそうで、思わず目を逸らしてしまう。

294 :名無飼育さん :2015/05/24(日) 01:00
「亜佑美ちゃんが嫌なら、みんなに言うよ?」

低くて優しい声が胸に響く。

「私は…」

自分の胸に問いかける。
はっきりとした答えはよくわからない。
だけど、これだけはきっと確かな思いだと言い切れる。

「嫌じゃない…です」

その言葉に鞘師さんは子供みたいに無邪気な笑顔で応えてくれた。

295 :名無飼育さん :2015/05/24(日) 01:00
そんな日々が続いたある夜のこと。
いつものように試合のビデオを見ていると、鞘師さんが何度も同じプレーを
繰り返し見始めた。
珍しく苛立ちを隠せない鞘師さん。
こんな姿は初めて見る。

「…ごめん、もっかい見てもいい?」
「いいですけど。納得いかないんですか?」

鞘師さんは自分のプレーを見ながら、ずっと難しい顔をしている。
後ろからのパスをトラップしてシュート。
惜しくも枠を外れてしまったけど、そのプレーは私から見れば真似できない
スーパープレーだ。
何が不満なんだろう。

「あの人だったら、きっと決めてた」
「あの人…?」
「まだまだだな、ウチ。もっと頑張んなきゃ」
「そんな、すごいプレーじゃないですか」
「ううん。こんなんじゃ、追いつけない」

その真剣な眼差しに、それ以上は何も言えなかった。

296 :名無飼育さん :2015/05/24(日) 01:00
数日後。
今日はチーム全体に異様な緊張感が漂っている。
それもそのはず、トップチームの選手たちがコーチをしてくれる日なのだから。

女子フットサルリーグで毎年優勝争いをしているモーニングFC。
いくら下部組織とはいえ、直接その選手と会うことは滅多になかった。
ましてや、フットサルを教えてもらえるなんて。

今日来てくれるのは、私たち10期が入る少し前までこの寮で生活をしていた
道重さんと田中さんの二人。

「やったあ!やっと、たなさたんに会える!」
「おいバカ!たなさたんなんて呼ぶなよ、絶対に!」

いつも通りのまーどぅーのやりとりもどこか浮足立っていて。

ガチガチガチガチ…。
ブツブツブツブツ…。

はるなんのこの緊張っぷりも久々の光景かも。

297 :名無飼育さん :2015/05/24(日) 01:00
「あー、緊張するー。道重さん、聖のこと覚えてくれてるかな…」
「やばいとー。成長しとらんって怒られるったい」
「衣梨ちゃんはいっつも怒られてばかりだったもんね」
「あー、やばいとー」
「もうえりぽん、うるさい!」

この寮で生活を共にしていた9期さんは私たちよりも少しだけ余裕があるけど、
それでもやっぱりいつもとは違う。

そんな中もう一人の9期さんは、さっきから一言も発さず黙々とアップをしていた。
緊張とはまた違う鞘師さんの雰囲気に胸がざわつく。
なんだろう、この嫌な予感は。

298 :名無飼育さん :2015/05/24(日) 01:01
「久々だなあ、この感じ」
「なんか、れいなたちの頃より、綺麗になっとう気がするっちゃけど」

二人がコートに現れた瞬間、その場の雰囲気がガラッと変わったのを感じた。
すごい存在感とオーラ。

「たなさたーん!みにしげさーん!」

まーちゃんが駆け寄り、止めに行きつつもくどぅーが後を追う。

「誰?」
「知らんし」
「ひどーい!まーちゃんです!前にサインくれたじゃないですかあ!」
「そんなのいちいち覚えてないって!すいません、この子いつもこんなんで。
 あ、私、工藤遥です」

譜久村さん、生田さん、鈴木さんも二人の周りを取り囲む。
なんとなく出遅れてしまった私は、はるなんと一緒に少し離れた場所でその光景を
見ていた。

そんな私の視界に、同じく少し離れた場所にいる鞘師さんの姿が飛び込んできた。

299 :名無飼育さん :2015/05/24(日) 01:01
その表情に胸のざわつきが大きくなっていく。

輪の中の人が鞘師さんの視線に気付き、声をかける。

「おいで、鞘師」

嬉しそうに田中さんに駆け寄る鞘師さんを見た瞬間、『あの人』が誰なのか
わかったような気がした。

胸のざわつきが痛みに変わって、苦しくて苦しくてどうしようもなくて。

「あゆみん?なんか顔色悪いよ、大丈夫?」
「…ごめん、ちょっと休んでくる」

その日、初めて練習を休んだ。

300 :名無飼育さん :2015/05/24(日) 01:01
翌日。
具合が悪いことを理由に、はるなんに鞘師さんの起こし当番を変わってもらった。
目を閉じると昨日の鞘師さんの笑顔が目に浮かんで、自分に向けられるそれと
どこか違うような気がして、顔を合わせるのが怖かった。

コンコン。

朝食も食べず部屋で休んでいると、ノックの音がした。
誰だろう?
はるなんならノックなしに入ってくるはずだし。

ドアを開けるとそこには鞘師さんが立っていた。

「具合悪いって聞いて。平気?」
「…はい」

いつものように優しい低い声。
だけど今日は聞きたくない。

「やっぱ、亜佑美ちゃんじゃないとすっきり起きれなくて」

「はるなんには悪いんだけどさ」なんて悪戯っ子のように笑う鞘師さん。
その笑顔はやっぱり昨日のものとは違う。

昨日と同じように、胸がチクチク痛い。

301 :名無飼育さん :2015/05/24(日) 01:01
「…もう、起こせません」
「え?」
「私、もう鞘師さんのこと、起こせません」

そう言って目を伏せると、鞘師さんは静かに「そっか」と答えた。

「…今まで、ありがと」

ゆっくりと立ち去る後ろ姿が辛くて、乱暴にドアを閉める。

302 :名無飼育さん :2015/05/24(日) 01:01
理由くらい、聞いてよ、バカ。
鞘師さんなんて、大キライ大キライ大キライ―――――。

バタン。

ドアが閉まる瞬間、ようやく本当の気持ちに気付いて涙が溢れ出した。

303 :名無飼育さん :2015/05/24(日) 01:02

「…大スキ」

自分でも驚くほどに、鞘師さんのことが好きになっていた。

304 :名無飼育さん :2015/05/24(日) 01:02
本日は以上です。
305 :名無飼育さん :2015/05/24(日) 08:43
Ah…
前半のニヤニヤ展開から一転
くちびる切ねえっす
306 :名無飼育さん :2015/09/11(金) 16:59
続き期待上げ
307 :名無飼育さん :2016/04/10(日) 23:02
レスありがとうございます!

>>305
せつないくちびるも報われているといいのですが…。
最終回、お楽しみ頂ければ幸いです。

>>306
お待たせいたしました。

更新が遅くなって申し訳ございません。
最終回です。
308 :名無飼育さん :2016/04/10(日) 23:02
鞘師さんを起こさなくなってから、数週間が経った。

自分の気持ちに気付いてから、鞘師さんのそばにいるのが辛くて、
一緒にビデオを観ることもなくなった。

それでもどうしても気になって、一度だけこっそりと鞘師さんの
様子を見に行ったことがある。
私がいなくても鞘師さんは当然のようにそこにいて、きっとその
視線は遠くのあの人をとらえているに違いない。
そう思った瞬間、胸が苦しくなって、声もかけられずに立ち去った。

知らなかった、恋とはこんなに苦しいものだなんて…。

309 :名無飼育さん :2016/04/10(日) 23:02
「鞘師さんとなんかあった?」

起こし当番を代わってもらっているはるなんには、一度だけそう
聞かれた。
適当にごまかすと、それ以上突っ込んでは聞かれなかったけど。

二人きりでいることはなくなったけど、チームメイトの前では平静を
装っていた。
きっと、このままずっと、ただのチームメイトとして先輩後輩として、
この関係が続いていくんだろう。

元々はそのプレーに魅せられて、一緒にフットサルがしたいと思った
憧れの相手だ。
何の因果か起こし係になんてなったばかりに、近付き過ぎてしまった
距離。
それが元に戻るだけ、ただそれだけ。

こんな恋心はきっと一時の気の迷いで、すぐに忘れられる。
…きっと、すぐに。

「あゆみん!鞘師さんが…!」

鞘師さんが倒れたと聞いたのは、そう思った矢先だった。

310 :名無飼育さん :2016/04/10(日) 23:03
ロビーにチームメイトが集まっている。
譜久村さんが状況を説明してくれた。
部屋に運ばれた鞘師さんには、鈴木さんがついているらしい。

今すぐ鞘師さんのそばへ行きたいという気持ちをグッと抑える。
自然と震える指先に、隣のはるなんがそっと触れてきた。

「…はるなん」
「あのね、ずっと言おうと思ってたんだけど」

はるなんは私だけに聞こえるくらいの声で話を続ける。

「私、あゆみんの代わりに起こしに行ってたでしょ」
「…うん」
「実は、鞘師さん、私が起こす前に起きてたんだ」
「え?」

何度起こしても起きない、あの寝起きの悪い鞘師さんが…。

「あまり寝てないんじゃないかなって、心配だったんだけど…」

はるなんの言葉を聞き終わる前に、私は鞘師さんの部屋に向かって
走り出していた。

311 :名無飼育さん :2016/04/10(日) 23:03
自分でも驚くくらいのスピードで部屋の前に着いたのに、そのドアを
開けることが出来なかった。

今さらどんな顔して鞘師さんに会えばいいのだろう。
ただのチームメイトになろうってそう決めたのに。
数日前の決心が早くも揺らいでいる。
そんな自分が情けなかった。

ガチャ。
躊躇していると内側からドアが開き、鈴木さんが顔を出した。

「あ、亜佑美ちゃん」
「鈴木さん!あの、鞘師さんは…」
「中で寝てる。寝不足だって」
「…寝不足」
「寝るのが趣味みたいなもんなのに、なんでだろうね」

鈴木さんの言葉に私は何も返せなかった。
もしかしたら、私が原因で…?
そう思うとますます胸が苦しくなって、うつむくことしか出来ない。

「じゃ、あとはよろしくね」
「え、あの…」
「起こし係でしょ、里保ちゃんの」
「でも、今は違…」
「里保ちゃんはそう思ってないみたいよ」

ハッと顔を上げた私に、鈴木さんはいつもの笑顔でこう言った。

「たぶん待ってるよ、亜佑美ちゃんが起こしに来るの」

312 :名無飼育さん :2016/04/10(日) 23:03
通い慣れた部屋なのに、今はすでに懐かしい。
入った瞬間、鞘師さんの香りに包まれて胸がキュンとなる。

相変わらず足の踏み場のない部屋を見回すと、目に飛び込んできた
のはベッドまでの一本道。
私のために鞘師さんが開けてくれた道。
今もまだこの道が残っているのは私のため…?

勘違いでも思い上がりでもいい。
今はただ鞘師さんのそばにいたくて、真っ直ぐにベッドへと近付く。

「鞘師さん…」

久々に見る寝顔。
すごくあどけなくてかわいい。
だけど、目の下にはうっすらとクマが出来ていて…。

「鞘師さん」

もう一度、静かに名前を呼ぶ。
起こさないように、そっと。
その瞬間にはっきりと自分の気持ちを再確認した。
私は、鞘師さんが好き。
鞘師さんの視線の先に誰がいようとも、この気持ちは変わらない。

313 :名無飼育さん :2016/04/10(日) 23:03
込み上げてくる思いと涙が止められなくて、そっと手を伸ばす。
静かにその髪に触れると、鞘師さんはゆっくりと目を開けた。

「…あ、ゆみちゃん?」

久々に正面から向き合って、ますます涙が止まらなくなる。
そんな私を見て、鞘師さんは慌てて体を起こした。

「…な、なんで、泣いて…」

言葉になんてならない。

「…ご、めんな、さい」

それだけ言うのが精一杯だった。

314 :名無飼育さん :2016/04/10(日) 23:03
「亜佑美ちゃん…」

鞘師さんの手が遠慮がちに私の手に重なる。

「ウチ、やっぱり亜佑美ちゃんに起こして欲しい」
「さ、やしさ…」
「亜佑美ちゃんがいい」

真っ直ぐに私を捉える眼差しは、まるで試合のときみたいに鋭くて。

315 :名無飼育さん :2016/04/10(日) 23:03
「亜佑美ちゃんが、好き」

肝心なときに目の覚めるようなゴールを決める。

―――――ああやっぱり、この人は永遠に私の憧れの人だ…。

今はまだ追いつけないけど、いつかは隣で同じ景色を見たい。
少しでも力になりたい、支えてあげたい。
そして、同じ感動を共有したい。

だから、誰よりも一番近くで鞘師さんを見ていたい。
そばにいたい。

「私も…好きです、鞘師さん…」

溢れ出した思いを素直に伝えると、鞘師さんは目を見開いて驚いた
あと、照れたように笑ってくれた。

316 :名無飼育さん :2016/04/10(日) 23:04
しばらくすると、鞘師さんの視線が徐々に下がっていく。
一点を見つめる獲物を狙う獣のような目。
初めて鞘師さんを起こしたあの日のことを思い出す。

今思えば、あのときからもうすでに始まっていたのかもしれない。

「亜佑美ちゃん…」
「…鞘師さん」

何かに引き寄せられるように近付いてくる鞘師さんに全てを委ねる。

317 :名無飼育さん :2016/04/10(日) 23:04
ぎこちなく顔が離れると、鞘師さんは真っ赤な顔で口を開いた。

「…く、唇って、柔らかいんじゃね」
「え…?」
「あ、ウ、ウチ、初めてじゃけ、チュ、チューするの…」
「はあ!?」

どうやらあの日のことは完全に覚えていないらしい。
いや、わかってはいたけど、改めて言われるとなんだか複雑で、
少しだけ腹立たしい。

「…初めて、ですか」
「え?あ、亜佑美ちゃん、初めてじゃないの…?」
「…あー、まあ、はい」
「あ、そ、そっか。まあ、そうだよね。亜佑美ちゃんの方が年上だし、
 チュ、チューくらい、したことあっても…。あー、うん、そっか…」

318 :名無飼育さん :2016/04/10(日) 23:04
異常に落ち込んでいる鞘師さん。
ちょっとだけかわいそうだけど、素直に教えてあげるのは悔しいから、
もうしばらく黙っておこう。
ファーストキスの相手があなただということは。

私の心を見事に奪っていった唇ハンター。
その唇に今度は自分からキスをした。
319 :名無飼育さん :2016/04/10(日) 23:04
終わり
320 :名無飼育さん :2016/04/10(日) 23:12

別スレで年内には完結させると宣言したにも関わらず、こんなに時間がかかってしまい、本当にすいませんでした。
動いている彼女を見れないことは想像以上に重く、PRISMのコンサート映像を見ながらなんとか仕上げた次第です。
楽しんで頂ければ嬉しいです。

相変わらず変化の絶えないモーニング娘。ですが、「'16、'17、'18?、すごく成長して」くれることを期待しています。

またこのスレで何か書ければと思っていますので、よろしくお願いいたします!

321 :名無飼育さん :2016/04/11(月) 08:24
お疲れさまでした!
更新ありがとうございます
あゆみちゃんの初ちゅーは鞘師さん
っていつかあゆみちゃん言えるといいな
次作も楽しみにしてます
322 :名無飼育さん :2016/04/11(月) 11:56
お疲れさまでした。
ずっと気になっていたので、最後まで読めて嬉しかったです。
次回作も楽しみにしています!
323 :名無飼育さん :2016/05/03(火) 20:14
レスありがとうございます!

>>321
いつか言えたときの話を書けるといいなって思っています。

>>322
最後まで読んで頂いて嬉しいです。

お待たせしてしまったお詫びといってはなんですが、唇ハンター番外編です。
短くて申し訳ありませんが、楽しんで頂ければ幸いです。
324 :名無飼育さん :2016/05/03(火) 20:14
亜佑美ちゃんがウチの彼女になってから数日が過ぎた。
今日もロビーという片隅で、二人で試合のビデオを見ている。
真剣に見つつも、密着している体にドキドキしたりして。
二人だけの大切な時間。

そんな幸せラブラブのウチらだけど、一つだけどうしても気になっていることが
ある。

325 :名無飼育さん :2016/05/03(火) 20:14

「…ねー」
「はい?なんですか?」
「あのさ、亜佑美ちゃんの初チューの相手って…」
「…また、その話ですか」
「だって気になるんだよぅ…」

亜佑美ちゃんがうんざりするのも無理はない。
付き合い始めてから毎日、この話題を繰り返しているのだから。
初めは真っ赤な顔でかわいらしい照れ顔を見せてくれてたのに、今ではすっかり
不機嫌モードの亜佑美ちゃん。
それでも、気になってしょうがない。

326 :名無飼育さん :2016/05/03(火) 20:15

いつもは亜佑美ちゃんの「秘密です」の一言で引き下がっていたけど、今日は
一歩踏み出したい。

「ウチの知ってる人?」
「んー、まあ…」
「ええ!?」
「鞘師さん、声デカい」

だって、ウチと亜佑美ちゃんの共通の知り合いといえば、このモーニングFCの
メンバー以外にはあり得ない。
それもチューするほど親しい相手…。

「…まさか、この寮のメンバーじゃ…」

黙り込む亜佑美ちゃんを見て確信する。
327 :名無飼育さん :2016/05/03(火) 20:15

「あの、もう止めません?この話」
「な、なんでさ?大事なことじゃけ!」
「だから声デカいですって。…知ってどうするんですか?」
「どうもせんけど…」

あの素敵な唇を味わった人間が他にもいるなんて。
しかも、ウチよりも先に…。

「つ、付き合ってたってこと?」
「そういうわけじゃないですけど」
「付き合わんのに、チューしたってこと!?」
「だってしょうがないじゃないですか!無理やり…」
「な、な、なんじゃとー!!!!」

この怒りをどこへぶつければ良いのか。
ウチの大切な亜佑美ちゃんの唇を無理やり奪った不届き者。
絶対、許せない。

328 :名無飼育さん :2016/05/03(火) 20:15

「誰じゃ、誰なんじゃ!」
「じゃーじゃーって、鞘師さん、慌て過ぎですよ」
「そんなん聞いて、慌てないわけないじゃろ!亜佑美ちゃん、ウチがそいつを
 ぶん殴ってやるけ!一体どこのどいつじゃ!」

一人一人のメンバーの顔を順番に思い浮かべていく。

「フ、フクちゃんか!」

フクちゃんは一見お嬢様のように見えるが、実はちっちゃい子が大好きな変態だ。
亜佑美ちゃんのことを気に入っていたみたいだし、あり得ない相手ではない。

「いくら二の腕が気持ちいからって…」
「鞘師さん、顔がキモイ」

ふとフクちゃんの二の腕の感触を思い出し、ついつい顔がニヤケてしまった。
亜佑美ちゃんの冷たい視線が痛い。

329 :名無飼育さん :2016/05/03(火) 20:16

「譜久村さんじゃありません」
「…じゃ、じゃあ、えりぽん!?」

あのチャラ生田なら可能性はある。
昨日だって見学に来てたファンの女の子の肩を抱いていたし。
あの調子で、「亜佑美ちゃんもチューしてほしいと?」なんて言いながら…。

「違いますって。あ、ちなみに鈴木さんでもないですよ」

うん、香音ちゃんはないだろう。
あの香音ちゃんが食べ物以外に興味を示すとは思えない。
となると、10期か。
同期は何かと一緒にいることが多いし、そのチャンスは十分ある。

330 :名無飼育さん :2016/05/03(火) 20:16

「まさか、同室のはるなんに、毎晩…」
「な、なに変な想像してるんですか!絶対、ないですから!」
「じゃあ、優樹ちゃん?」

優樹ちゃんなら、あのノリで「まーちゃん、あゆみとチューするー!」なんて
言いながら平気で唇を奪いかねない。

「優樹ちゃんにならウチもされたし、亜佑美ちゃんも…」
「はあ!?」

しまった。
興奮のあまり、余計なことを口走ってしまったようだ。
亜佑美ちゃんの目が血走り、ウチは背筋が凍るほどの恐怖を感じた。

「あ、いや、そ、その、ほっぺじゃけ、ほっぺ」
「へー」
「ホ、ホントじゃけ!」
「別に気にしてませんから。それに、まーちゃんでもありませんし」

となると、残るは…。

331 :名無飼育さん :2016/05/03(火) 20:16

「どぅー…?」

最近、巷では「いしどぅー」などと呼ばれ、カレカノっぽいと噂の二人。
どぅーの隣にいるときの亜佑美ちゃんが普段の1.5倍くらいかわいく見えるのも
事実だ。
その光景を思い浮かべた途端、無性にせつなくなって言葉を失う。

「…鞘師さん?」

俯いたウチを心配そうに覗き込む亜佑美ちゃん。

「大丈夫ですか?」

ウチは静かに頷く。

「くどぅーでもないですから」
「へ?」

その言葉にパッと顔を上げると、優しく微笑む亜佑美ちゃんの顔がすぐ近くに
あった。

332 :名無飼育さん :2016/05/03(火) 20:16

「…亜佑美ちゃ…」

唇が触れた瞬間、亜佑美ちゃんの甘い香りが漂ってくる。
何度も何度も夢に見た理想の唇。
その感触と香りが眠気を誘う。

興奮のあまり気付かなかったが、もうかなり遅い時間だ。
トロリとしたウチの瞼を見た亜佑美ちゃんは、まるで子供を寝かしつけるように、
そっと頭を撫でてくれた。

こんなんで寝るななんて、そんなの無理だ。

「…そんなに知りたいですか?」

亜佑美ちゃんの甘い声が更に眠気を加速させる。
知りたい、知りたいけど、もう…。

333 :名無飼育さん :2016/05/03(火) 20:17

「私のファーストキスの相手は…、さ…」

その言葉を最後に、ウチは夢の世界へと旅立った。

334 :名無飼育さん :2016/05/03(火) 20:17




335 :名無飼育さん :2016/05/03(火) 20:17

膝の上でぐっすりと眠る鞘師さんの唇にそっと触れる。
もういい加減教えてあげてもいいんだけど、ここまでくると逆に言い出しづらくて、
いつも誤魔化してしまう。

本当のことを知ったとき、鞘師さんはどんな反応をするだろう。
黙ってたことを怒るかな。
真っ赤な顔して飛び跳ねて喜んでくれるかな。

いつか言えるといいな。

336 :名無飼育さん :2016/05/03(火) 20:17

唇ハンター番外編
終わり

337 :名無飼育さん :2016/05/04(水) 01:29
おつです
やっさんの9期評が何気に酷いw
しかしまあロビーという片隅でイチャイチャしちゃって
もっとやってください
338 :名無し募集中。。。 :2016/07/21(木) 21:54
いまさらですが番外編読みましたw
鞘師すんとだーいしの距離感がやっぱりいいですね。
幸せな時間をありがとうございます(*´Д`)
339 :名無飼育さん :2016/11/18(金) 22:47
レスありがとうございます。

>>337
いつかもっとイチャイチャシーンを書ければと思っています。

>>338
現実でも二人の距離感はすごく素敵だと思います。

鞘師さんが帰ってくるのを首を長くして待ちつつ、今回は王道のカップリングで。
最近、まーちゃんがかわいくてたまりません。
340 :名無飼育さん :2016/11/18(金) 22:47

恋のタイミング


341 :名無飼育さん :2016/11/18(金) 22:48
女子校の王子様。
ハルは学校でそう呼ばれている。

聞こえはいいけど、結局は未来の彼氏の代わりなだけで。
本気でハルのことを想っている子なんていやしない。
だから、こちらも適当に応えているだけ。

カッコつけて甘い言葉を囁けば、勝手にキャーキャー騒いでくれる。
来る者は拒まず、去る者は追わず。
女子校のネットワークとは恐ろしいもので、別れた途端、すぐに告白される。
まるで行列に並んで順番待ちをしているみたいに。

ハルはそこに並んでいる子たちを、どこか冷めた目で見ていた。

342 :名無飼育さん :2016/11/18(金) 22:48
「く、工藤さん!付き合ってください!」

ほら、今日もまた一人。

「うん、いいよ」
「え!ホントですか!?」
「うん、今、フリーだし」

一度、面倒な揉め事に巻き込まれて以来、二股はしないと決めている。
後輩らしきその子は、真っ赤な顔で喜んでいる。

かわいい子だな。
素直にそう思う。

すっと距離を縮めると、彼女は不安そうにハルを見上げた。
肩に手を置いて顔を近付ける。

「…工藤さん」

潤んだ目で見つめる彼女。
きっとすぐに終わる関係だけど、それなりに楽しめそうだ。

343 :名無飼育さん :2016/11/18(金) 22:48
「まーた告白されたの?」

クラスに戻ると友人たちが話しかけてくる。
ハルの周りでは日常茶飯事な告白という儀式。
深く追及してくる友人がいないことは救いだ。
いちいち説明するのは面倒だから。

「そういや、今日からお昼どうすんの?」
「あー、そっか」

昨日までの彼女は毎日手作り弁当を作ってきた。
今日のあの子といきなり一緒にお昼を食べるのもなんだし。

「なんか買って適当に食べるわ」

たまには一人の昼休みも悪くない。

344 :名無飼育さん :2016/11/18(金) 22:49
食堂で買ったパンの袋を持ってフラフラと校舎を歩く。

「あれ?くどぅー、今日はフリー?」
「あー、まあね」
「めっずらしー。新しい彼女は?」
「んー、あはは」

適当に笑って誤魔化しながら人気のない方へ移動する。
辿り着いたのは中庭。
といっても、オシャレな場所ではなく、手入れされてないことがバレバレの
草木が生い茂っているような庭だ。

まあ、だからこそ、人がいないんだろうけど。

辛うじて座れそうなベンチに腰を掛ける。
緑に囲まれた空間が意外と気持ち良い。

秘密の隠れ家にしちゃおうかなあ。
そんなことをぼんやりと考えていると、どこからか話し声が聞こえてきた。

345 :名無飼育さん :2016/11/18(金) 22:49
「…痛いよね?こんなに折れてるんだもん」

囁くように、だけどはっきりと聞こえるから近くにいるに違いない。
誰かが怪我したのだろうか?
折れてるってことは骨折?
もしもそうなら、放っておくわけにはいかない。

ハルは恐る恐る声のする方へと近付いた。

「もう大丈夫だよ。まさが治してあげる」

可愛い声に導かれるように大きな木の後ろを覗くと、そこには女の子が一人。
どう考えても怪我をしている相手はいない。

覗いているハルに気付いていない女の子は、すっと木の枝に手を伸ばす。
…え?

「ね?もう平気でしょ?」

目の前で折れた枝に添え木?をしてハンカチで固定をする子。
彼女が話しかけていたのは紛れもなくこの大きな木。

ヤバい子だ。
関わらない方がいいと思っているのに、その一方でものすごく興味がわいた。
だって、木の治療をする子なんて初めて見た。

346 :名無飼育さん :2016/11/18(金) 22:49
しばらく観察していると、彼女は手に持っているじょうろで辺りの草花に水を
かけ始めた。
ときどきくるくるっと回っては鼻歌交じりに、まるで踊っているような水やり。

鼻筋の通った綺麗な顔。
彼女が動くたびに、肩にかかる黒い髪が華麗に舞う。

一人なのにすごく楽しそうなその姿にいつの間にか見とれていた。

「…誰?」
「あ…」

しまった、見つかった。

「えっと、その、たまたま通りがかって…」
「ふーん」

聞いたくせにまるで興味がなさそうな様子で、彼女は再び水やりを始めた。

347 :名無飼育さん :2016/11/18(金) 22:50
自惚れるわけではないが、ハルはこの学校ではかなりの有名人だ。
文化祭や体育祭でもそこそこ目立っている。
たぶん、ハルのことを知らない生徒はいないってくらい。

「あのさ」
「ん?」
「…ハルのこと、知らない?」
「…はあ?」
「あー、いや、結構有名人なんだけどなあ。2年の工藤遥っていうんだけど」

名前くらいは聞いたことあるだろう。

「知らない」
「マジか…」

その後も彼女はハルに全く興味を示さず、まるでその場に誰もいないかのように、
植物と戯れながら水やりを続けていた。

ハルはそんな彼女のことを飽きもせずに眺めていた。

348 :名無飼育さん :2016/11/18(金) 22:50
「あー、それたぶん、佐藤さんじゃない?」
「佐藤?」
「そ、1組の佐藤優樹。変わってるって有名だけど、知らないの?」

放課後。
クラスメイトから彼女についての情報を得る。

初めて聞く名前。
ハルも人のこと言えないくらい、他人には興味ないのかもしれない。

佐藤優樹…か。
明日もあの場所にいるかな。

349 :名無飼育さん :2016/11/18(金) 22:50
翌日の昼休み。
ちょっとだけワクワクしながら中庭に行く。
彼女の姿はそこにはなかった。

昨日はたまたまだったのかな。
ガッカリしてベンチに座る。

「…また来たんだ」
「うわっ!」

後ろから突然声をかけられ、持っていたパンを落としそうになる。

「び、びっくりした…」
「誰だっけ?まさになんか用?」
「え、いや、用はないけど」
「じゃあ、何?」

明らかに警戒されてる。
でも、よくよく考えてみると、ここは学校の中庭だし、この子にとやかく
言われる筋合いはない。

「お昼ご飯、食べようと思って。…ダメかな?」

それなのに、勢いに押されて弱気になる自分が情けない。

「別に、まさの庭じゃないし」
「…あ、だよね」

彼女、佐藤優樹はまた興味なさそうに、昨日と同じように水やりを始める。

350 :名無飼育さん :2016/11/18(金) 22:51
「…面白い?」
「へ?」
「さっきからずっとまさのこと見てるけど、面白い?」
「あー、うん、まあ。…ヤだった?」

ハルの問いかけに彼女は憮然とした態度で答える。

「別に、ヤじゃないけど…。なんかヤだ」
「あはは、どっちよ?」
「…わかんない」

今度はすねたように顔を背ける佐藤優樹。
なんだかいちいち反応が面白いかも。

「もしかして、照れてんの?」
「照れてない!」

あ、怒った。
すねたり怒ったり、彼女の表情はコロコロとよく変わる。

「君ってさ、かわいいね」
「…チャラ」
「あー、よく言われるわ、それ。まあ、褒め言葉として受け取ってるけどね」
「何それ、ウケるー」

初めて見た彼女の笑顔は、子供みたいに無邪気でかわいかった。

351 :名無飼育さん :2016/11/18(金) 22:51
あの日から、中庭で過ごすことがハルの日課となった。

佐藤優樹、まーちゃんは本当に不思議な子だ。
いつの間にか「どぅー」と呼ばれるようになり、すっかり懐かれた今でも、
わからないことだらけ。

ただ一つだけ確かなことは、まーちゃんといるとき、ハルは自然体のままで
素のままの自分でいれるということだ。
王子様を演じる必要もない。
ただの工藤遥でいればいい。

それはハルにとって、すごく心地良い空間だった。

352 :名無飼育さん :2016/11/18(金) 22:51
本日は以上です。
353 :名無飼育さん :2016/11/19(土) 19:59
新しいお話!
この2人の組み合わせも好きなので楽しみです
354 :名無飼育さん :2016/11/20(日) 12:19
期待!
355 :名無飼育さん :2016/11/27(日) 00:30
レスありがとうございます!

>>353
萌えエピソードの耐えない二人なので楽しみながら書きたいと思います。

>>354
期待に応えられるよう頑張ります。
356 :名無飼育さん :2016/11/27(日) 00:32
「…ん、くどーさ…」

彼女の息遣いが二人きりの部屋に響く。
今まで付き合ってきた子とはほぼ例外なく、一ヶ月以内にこういう関係になる。
ハルに夢中になり全てを委ねている子を相手するのは、嫌じゃない。
だけど、ハル自身が満たされることはなかった。

だからたぶん、この子ともすぐに別れることになるだろうな。

「あの…」
「ん?痛かった?大丈夫?」
「あ、平気です!」

彼女の幸せそうな笑顔に胸が痛む。

「明日から、一緒にお昼ご飯食べませんか?」
「…あー」

前までのハルだったら、二つ返事で頷いていたと思う。
だけど、次の瞬間、頭の中に思い浮かんだのは、まーちゃんの顔だった。

ハルの顔を見るなり、嬉しそうに今日の出来事を話してくるまーちゃん。
ちょっとでも聞き逃したり生返事をしようものなら、すぐに怒って拗ねるけど。
それが不思議と嫌じゃなくて、むしろ振り回されていることを楽しんでいる
自分がいた。

357 :名無飼育さん :2016/11/27(日) 00:32
「…ごめん。昼はちょっと用事があって」
「…あ、そうなんですね」
「ごめんね」

そう言って肩を抱き寄せると、彼女はハルの肩口に顔を埋めた。
大抵のことはこれで解決する。
それはハルが見につけた処世術だ。

「じゃあ、お弁当、作ってもいいですか?」
「え?作ってくれるの?」
「はい!良かったら、食べてください!」
「あー、ありがと」

食堂のパン生活にもさすがに飽きていたので、そのありがたい提案を喜んで
受け入れた。

358 :名無飼育さん :2016/11/27(日) 00:32
「あれ?お弁当?」

翌日。
早速、彼女の手作り弁当を広げていると、まーちゃんが聞いてきた。
ちなみに、まーちゃんはいつもお母さんに作ってもらったお弁当を食べている。

「あー、作ってくれた」
「誰が?どぅーのハハ?」
「んー」

なんとなく、「彼女」と告げられず、適当に返事をする。

「んーって何?誰?」
「あー、だからさ、その…、付き合ってる子」
「へー」

しつこく聞いてきた割に、あっさりとした反応に拍子抜けする。
馴れ初めとかもっと詳しく聞かれると思ってたけど。

それっきり、まーちゃんは珍しく黙り込んでしまった。
あまりの気まずさに話のきっかけを必死に探す。

359 :名無飼育さん :2016/11/27(日) 00:32
「…卵焼き、食べる?」
「は?」
「あ、いや、いつも分けて貰ってるからさ」

ハルの言葉にまーちゃんは呆れたようにため息をつく。

「…どぅーのバカ」
「なんだよ、急に」
「彼女はさ、どぅーに食べて欲しいんだよ。まさが食べちゃダメじゃん」
「…そうなの?」
「好きな人には全部食べて欲しいじゃん。まさならきっとそう思う」

まーちゃんがそんなことを言うのは正直意外だった。
まだ全てを知っているわけではないけど、恋とか付き合うとかなんて興味が
ないと思ってたから。

もしかして、まーちゃんにもそういう相手がいるのかな。
そう思った瞬間、胸の奥がザワザワするのを感じた。

「…じゃあ、ちゃんと食べる」

まーちゃんはそれ以上何も言わなかった。

360 :名無飼育さん :2016/11/27(日) 00:33
それからもまーちゃんと中庭で過ごす日々が続いた。
彼女の手作り弁当を食べるたびに、まーちゃんの「好きな人」の存在が頭に
浮かんだけど、肝心なことは何も聞けないままだった。
そもそも、本当にそういう相手がいるかどうかもわからない。
それに、まーちゃんとはそういう話はしたくないと思った。

ある日、ひょんなことからまーちゃんの買い物に付き合うことになった。
それまでは昼休み以外で会うことはなかった。
放課後は大体彼女と帰ることになっていたし、まーちゃんは親から寄り道を
禁止されているみたいだったから。

「一人でお店に入るのはダメだって、ハハが」

だけど、愛用のじょうろが壊れてしまい、新しいものが欲しいと言うのだ。

「じゃあ、一緒に行こうか?」
「うん!」

まーちゃんが笑うとハルまで嬉しくなる。
いつの間にか、自分の感情よりもまーちゃんの感情の方が優先になっていた。

361 :名無飼育さん :2016/11/27(日) 00:33
お目当てのじょうろを無事にゲットして、まーちゃんはご機嫌だった。
並んで歩いていると、自然にまーちゃんが寄り添ってくる。
触れそうで触れない手。
いつもと違う距離感がハルの心を惑わせる。

「あれ?まさ」

突然、お店の前にいた女性に声をかけられた。

「あゆみ!」

嬉しそうに女性に駆け寄るまーちゃん。

「買い物?珍しいね。ハハ、許してくれたの?」
「うん。どぅーが一緒だから」
「あ、こんにちは」
「こんにちは」

その女性・石田さんはまーちゃんの従姉だそうだ。
そういえば、まーちゃんの話の中によく出てくる名前だ。
ハキハキとした明るい女性で、まーちゃんとはまるで本当の姉妹のように
話している。

362 :名無飼育さん :2016/11/27(日) 00:33
石田さんとの会話が盛り上がっていると、お店の中からまた一人、女性が現れた。

「亜佑美ちゃん、お待たせ」

低くて深い、優しい声。
綺麗な長い髪に涼やかな目元。

「鞘師さん」

そう呼ばれた女性はすごく嬉しそうに微笑んで、石田さんの隣に並んだ。
その雰囲気だけで、お互いが大切で特別な存在であることが伝わってきた。

この二人はきっと付き合ってる。

363 :名無飼育さん :2016/11/27(日) 00:34
「優樹ちゃん」

鞘師さんの視線がまーちゃんに向けられる。
そういえば、さっきからまーちゃんは黙り込んでいる。
知り合いだったら真っ先に話しかけそうなものなのに。

嫌な予感に心がざわつく。

「…やっさん」
「久しぶりだね」
「うん。久しぶり」
「元気だった?」
「うん。元気だよ」

元気なんだけど、どこかいつものまーちゃんと違う気がする。
様子を伺うために顔を覗き込もうとすると、不意に右手を繋がれた。

「まーちゃん?」

遠慮がちに触れている手。
その手はかわいそうなくらいに冷たくて、少しだけ震えていた。

364 :名無飼育さん :2016/11/27(日) 00:34
「あ、もしかして、二人、付き合ってる?」

石田さんが嬉しそうに聞いてくる。
目の前で突然手を繋がれたら、そう思うのも無理はないのかもしれない。

「あ、いや…」
「そう!」

否定しようとしたハルの言葉を、まーちゃんが打ち消した。
驚いてまーちゃんを見ると、今まで見たことのないような大人っぽい笑顔を
浮かべていた。

「付き合ってるの、まさたち」

もう一度そう告げたまーちゃんの手は、さっきよりも震えている。
それがまるでハルに縋っているようで、助けを求めているようで。

「そうなんです。付き合ってるんです」

だからハルも嘘をついた。
震えているまーちゃんの手をギュッと握りしめながら。

365 :名無飼育さん :2016/11/27(日) 00:34
石田さんと鞘師さんと別れたあと、そのまま帰ることも出来ず、なんとなく
近くの公園に来ていた。
二人とも無言で、時間だけが過ぎていく。
確かまーちゃんには門限があったはずだ。
そんなに遅くなるわけにはいかない。

「帰ろっか。門限あるでしょ?」

なるだけ普通の声を装って話しかけると、まーちゃんがギュッとハルの制服を
掴んだ。
これはきっと、まだ帰りたくないっていう合図だ。

「ハルは遅くても平気だけど」

そう言うと、まーちゃんは少し安心したように頷いた。
そして、少しずつ鞘師さんのことを話し始める。

366 :名無飼育さん :2016/11/27(日) 00:34
石田さんと鞘師さんはバイト仲間で、家族とそのお店へ行ったまーちゃんは、
すぐに鞘師さんとも仲良くなったそうだ。
そのときは二人の関係を知るわけもなく、まーちゃんもお姉ちゃんのような
感覚で鞘師さんに懐いていたらしい。

それがいつの間にか、恋に変わっていたと。

「まさ、タイミング悪いの。やっさんとあゆみが付き合ってるって聞いて、
 初めて気付いた、ホントの気持ち。バカみたい」
「…そんなことないよ」

他の女の子のように肩を抱き寄せて慰めることも出来ず、ハルはただそんな
ありきたりなことしか言えなかった。

367 :名無飼育さん :2016/11/27(日) 00:35
「どぅー。行かなくていいよ、遊園地」

ハルたちの嘘に騙された石田さんはものすごくノリノリで、ダブルデートに
誘われてしまった。
石田さんにとって、まーちゃんはとても大切でかわいい存在なのだろう。
恋人がいると聞いて、自分のことのように喜んでいたから。

「ハルは別にいいよ」
「でも、どぅーの彼女に悪い」
「…あー、まあ。でも、友達とも普通に遊園地行くし」
「でも…」
「まーちゃんが行きたくないなら、行かないけどさ」
「…行きたくない。…わけじゃない」
「でしょ?」
「あゆみとやっさん見るのイヤだけど」
「…うん」
「…やっさんに会いたい」

涙目で言うまーちゃんの姿に胸が痛くなる。
ハルの方が泣き出しそうになるのをグッと堪える。

368 :名無飼育さん :2016/11/27(日) 00:35
今芽生えているこの感情がなんなのか、自分自身もわからない。
だけど、震えていたあの手を放っておくことなんて出来ない。

「いいじゃん。恋人のフリするのも面白そうだし」

重い雰囲気を変えようと、わざと軽いノリで言ってみる。

「…やっぱ、チャラい」

やっと見せてくれた笑顔はとてもかわいくて。
だけど、ハルの心はざわついたままだった。

369 :名無飼育さん :2016/11/27(日) 00:35
本日は以上です。
370 :名無飼育さん :2016/11/27(日) 01:02
まーちゃん切ない
371 :名無飼育さん :2016/11/30(水) 23:18
どっちの組み合わせも好きなのに、切ないですね・・・
372 :名無飼育さん :2016/12/06(火) 00:36
レスありがとうございます。

>>370>>371
切ない展開で申し訳ありませんが、今しばらくお付き合いいただければ幸いです。
373 :名無飼育さん :2016/12/06(火) 00:36
遊園地デートの当日。
ハルは一番に待ち合わせ場所に着いた。

まーちゃんが来る前に、頭の中でしっかりとシミュレーションする。
今日のハルはまーちゃんの恋人だ。
女の子とのデートをリードするのはそれなりに慣れているし、不安はない。

問題は鞘師さんの存在だ。

―――――あゆみとやっさん見るのイヤだけど
―――――…やっさんに会いたい

そんなまーちゃんの願いを叶えるにはどうすれば良いのか。
ハルなりにいろいろと考えた。

374 :名無飼育さん :2016/12/06(火) 00:37
「どぅー!」

次に来たのは、まーちゃんと石田さんだった。
いつもと違う雰囲気のまーちゃんにドキッとする。
そういえば、私服姿を見るのは初めてだ。
メイクもバッチリと決まっていて、とても大人っぽい。

「もー、見とれちゃってー。ラブラブだね、二人」

思わず見とれてしまったハルを、石田さんが茶化してくる。

「そうなんすよ。ラブラブなんです」

そう言うと、茶化したくせに石田さんは真っ赤になってしまった。
まだ出会って二回目だけど、明るくて真っ直ぐで純粋な人だと思う。

375 :名無飼育さん :2016/12/06(火) 00:37
そんな石田さんには悪いけど、今日一日、少しだけ鞘師さんから離れてもらう。

ハルが考えた作戦は至って単純なものだ。
乗り物に乗るとき、必ずジャンケンでペアを決める。
そのとき予め出す順番をまーちゃんと決めておき、ハルとまーちゃんはペアに
ならないようにする。
そうすれば、まーちゃんが鞘師さんと乗る確率が高くなるはずだ。

こっそり伝えた作戦に最初は戸惑っていたまーちゃんだったけど、鞘師さんと
一緒に乗れたときはすごく嬉しそうだった。

376 :名無飼育さん :2016/12/06(火) 00:37
「もしかして、妬いてる?」

数回目の乗り物で一緒になったとき、石田さんに聞かれた。

「へ?いや、別に…」
「そう?なんか、すごい顔で二人のこと見てたから」

どんな顔をしてたんだろう。
全く自覚していなかっただけに、動揺を隠せない。

「…い、石田さんこそ、妬いてるんじゃないっすか。結構密着してるし」
「別に…って言いたいところだけど、ちょっと複雑かな。まーちゃん、すごく
 鞘師さんになついてるしね」

少しだけ表情を曇らせる石田さんに申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

「でも、不安になったりはしないよ。信じてるから」
「…ラブラブなのは、そっちじゃないっすか」

石田さんは照れたように笑う。
その笑顔から鞘師さんとの強い絆が伝わってきた。

きっと揺るがないであろう、二人の関係。
それはたぶん、まーちゃん自身もわかってる。

377 :名無飼育さん :2016/12/06(火) 00:38
すっかり日が暮れて、残る乗り物はあと一つとなった。
目の前に立ちはだかるのは花火のように大きな観覧車。

「これが、ラストのジャンケンっすね!」

わざとらしく空気を読まずにジャンケンを促すと、まーちゃんが突然ハルの腕に
絡みついてきた。

「まさ、どぅーと乗る!」
「え?まーちゃ…」
「せっかくの観覧車だもん!あゆみとやっさん、先に乗って!」

まーちゃんの勢いに押され、鞘師さんたちはゴンドラに乗り込んだ。
そんな鞘師さんたちをまーちゃんはとびっきりの笑顔で見送っている。

なぜジャンケンをしなかったのか、聞かなくても理由はわかるような気がした。

「まさたちも乗ろ?」
「…うん」

378 :名無飼育さん :2016/12/06(火) 00:38
向かい合わせに座ると、まーちゃんが小さくため息をついた。
そのときに初めて気付く。
今日のまーちゃんはずっとご機嫌で、でもそれは彼女の演技だったことを。
鞘師さんの隣にいることは、まーちゃんにとって嬉しいと同時に苦しいこと
でもあったんだ。

今頃気付くなんて、ハルは大バカだ。

「…今日、楽しかった」
「うん」
「やっさんといっぱい一緒にいれて」
「うん」
「でも、だから、最後はちゃんと返さないとって思ったの」

震える声。
ハルは何も言えなくなる。

「…やっぱり、やっさんはあゆみのだから」

膝の上でギュッと握られているまーちゃんの手に、涙が落ちていく。

「まさのやっさんじゃないから」

379 :名無飼育さん :2016/12/06(火) 00:38
その小さな手を握りしめたいと思った。
ギュッと抱きしめて、まーちゃんを苦しめる全てのものから守りたいと思った。

「…まーちゃん」
「…どぅー」

顔を上げたまーちゃんの泣き顔に胸が苦しくなる。

「…なんで、どぅーが泣いてんの?」
「わかんない…」

まーちゃんに言われて初めて、自分が泣いていることに気付いた。

「…変なの、どぅー」
「うっさい…」

顔を見合わせて、二人で笑い合う。
泣きながら笑うなんて、二人とも変だ。
だけど、まーちゃんが笑ってくれるなら、バカでも変でもそれでいい。

380 :名無飼育さん :2016/12/06(火) 00:38
いつの間にか、ハルたちのゴンドラは頂上に近付いている。

「泣いてるの、やっさんたちに見られちゃうかな…」

真っ赤な目で呟くまーちゃん。
ハルはまーちゃんの隣に移動して、そっと抱きしめた。
鞘師さんたちからまーちゃんを隠すように、そっと。

「…こんなの、恋人みたい」
「恋人でしょ、ハルたち」

そう、最初から決めてたことだ。
今日のハルはまーちゃんの恋人だ。
だから、最後の最後まで完璧に演じてみせる。

「…ありがと」

今にも消えちゃいそうなまーちゃんの言葉に、ハルは黙って頷いた。

381 :名無飼育さん :2016/12/06(火) 00:39
観覧車から降りると、鞘師さんが一人で待っていた。
笑顔を作ったまーちゃんが鞘師さんに駆け寄る。

「やっさん!あゆみは?」
「なんか、お土産見たいってあのお店に」
「まーも見る!」

まーちゃんは鞘師さんが指差したお店に走って行った。

「鞘師さんはいいんすか?お土産」
「うん。…ちょっと、いいかな?」
「…はい?」

鞘師さんは真剣な顔でハルの顔を見ている。

「ウチの友達で、優樹ちゃんたちと同じ学校の子がいて」
「…はあ」
「モー女の工藤遥って有名だって」

何が有名かなんて聞くまでもない。
言葉を失ったハルに、鞘師さんは畳みかけるように続ける。

382 :名無飼育さん :2016/12/06(火) 00:39
「…優樹ちゃんのこと、本気?」
「…ハルは」
「遊びだったら、やめてほしい」

なぜこの人に言われなければならないのか。
自分の頭にカッと血が上るのを感じる。

「鞘師さんに言われる筋合いはないと思いますけど」
「あるよ」
「なんでですか?あなたには関係ないじゃないですか」
「亜佑美ちゃんが悲しむから」

ムキになるハルに対し、鞘師さんはあくまでも冷静だった。
その態度にますますハルの感情が昂っていく。

「優樹ちゃんは亜佑美ちゃんの大切な人じゃけ。優樹ちゃんが悲しんだら、
 亜佑美ちゃんも悲しむ」

383 :名無飼育さん :2016/12/06(火) 00:39
頭の中に観覧車でのまーちゃんの泣き顔が浮かぶ。
まーちゃんを悲しませてるのはハルじゃない。

「…まーちゃんは」

まーちゃんにあんな顔をさせるのは、まーちゃんの心を支配しているのは…。

「まーちゃんを悲しませてるのは…」

384 :名無飼育さん :2016/12/06(火) 00:40
「どぅー!」

振り向くと、まーちゃんと石田さんがハルたちを見ていた。
只事でない雰囲気を感じたのだろう。
二人とも不安そうな顔をしている。

「なんでもないよ、優樹ちゃん」

二人を安心させるように、鞘師さんは優しく声をかける。

「…どぅー?」

それでも不安そうなまーちゃんに、ハルは何も答えられなかった。
このまま笑顔を見せればきっと、この場は上手く治まるに違いない。
だけど、上手く笑えない。

「…ごめん。ハル、帰るわ」

ハルは逃げるようにその場を後にした。

385 :名無飼育さん :2016/12/06(火) 00:40
出口へ向かいながら、込み上げてくる感情を必死で抑える。
何に対してこんなに腹が立っているのか。

鞘師さんが心配するのは当然だと思う。
あの人はきっと石田さんの全てが好きなんだ。
その周囲のものも含めて、石田さんの人生を丸ごと抱きしめてる。
まーちゃんのことも本気で心配しているんだろう。

だからこそ、まーちゃんは鞘師さんが好きで、そしてその思いは叶わない。

386 :名無飼育さん :2016/12/06(火) 00:40
遊園地を出た瞬間、後ろから上着を引っ張られる。
振り向くと、息を切らしたまーちゃんがそこにいた。

「…なんで」

なんでハルのとこに来るのか。
なんでハルなんか追いかけてくるのか。

やり場のない怒りはまーちゃんに向けられる。

「鞘師さんのとこに、行きなよ」

まーちゃんが行けないことわかってて、わざと突き放してしまう。
本当は追いかけてきてくれて嬉しかったのに。

387 :名無飼育さん :2016/12/06(火) 00:41
まーちゃんは黙って首を横に振る。

「ハルのことなんて、ほっといていいよ」

まーちゃんはもう一度首を横に振った。
さっきよりも強く。

「なんでさ」
「どぅーが消えちゃいそうだから」
「…え?」
「ほっとかない。消えないでほしいから」

その言葉に何も言い返せなくなる。
まーちゃんにはハルがどんなふうに映っているのだろう。
まーちゃんにとって、ハルはどんな存在なんだろう。

ハルにとって、まーちゃんは…。

388 :名無飼育さん :2016/12/06(火) 00:41
「…帰ろ?」

泣きそうな顔で差し出したまーちゃんの手にそっと触れる。
さっきまでの苦しさが嘘のように、その温もりに包み込まれていく。

ハルたちはそのまま、無言のまま、手を繋いで帰った。

389 :名無飼育さん :2016/12/06(火) 00:41
本日は以上です。
390 :名無飼育さん :2016/12/09(金) 09:00
切ない・・・けど少しあたたかい
この先どう変わっていくのか?気になります
391 :名無飼育さん :2016/12/13(火) 23:53
>>390
レスありがとうございます。
少しずつあたたかさの方が増えるように頑張ります。
最後までお付き合いいただければ幸いです。
392 :名無飼育さん :2016/12/13(火) 23:53
遊園地でのデートから数日後、ハルたちは相変わらずの日々を過ごしていた。
あの日のことはあえて話題にはしなかった。

だけど、少なくともハルにとっては特別な出来事で。
まーちゃんに対しても、同じ秘密を共有している、いわば共犯のような相方の
ような、そんな特別な感情を抱くようになっていた。

まーちゃんの真意はわからない。
わからないけど、あの日からより一層、距離が縮まったのは確かだ。
物理的にも、精神的にも。

ほら、今日だって。

393 :名無飼育さん :2016/12/13(火) 23:53
「どぅー、なんか、今日変」
「へ?何よ、唐突に」
「なんか、いつもと違う匂いがする」
「え?ハル、臭い?」
「そうじゃなくって!」

野生の勘とはまさにこの子のためにある言葉だろう。
まーちゃんは匂いとか温度とか空気とか、そういうものでいろいろなものを
認識しているらしい。
それはハルたちが使う言葉よりも確実で、嘘がつけない。

「具合悪い?」

…本当に嘘がつけない。
今朝から体調が悪かったのは事実だ。
だけどそれは、自覚すらないほどのほんの小さな不調。

「ホント、どぅーは弱っちいなあ」
「…んー、否定できない」

健康優良児そうに見えて、昔から体が弱かった。
ちょっとした体調不良は日常茶飯事で、だからこそ逆にあまり自覚がないのかも
しれない。

394 :名無飼育さん :2016/12/13(火) 23:53
「熱は?」
「…ない、と思う」
「ホントに?」
「ん、たぶんね。そんなにしんどくないし」

ハルがそう言うと、まーちゃんは徐に顔を近付けてくる。

「え、ちょっ…」

動揺している隙に、おでことおでこがくっついた。
まーちゃんの甘い匂いがふんわりとハルを包み込む。
心臓がどんどんうるさくなる。

「ちょっと熱い」

…それはたぶん、風邪の熱じゃない。

「どぅー、顔真っ赤だし」
「…か、風邪、移るしっ」

ハルは慌ててまーちゃんから離れる。
今までいろんな子とこれくらいの距離で接してきたのに、なんでまーちゃん
だとこんなになるんだろう。

「まーはどぅーみたいに弱っちくないし」

まーちゃんは平気な顔でハルの頭をポンポンと叩いて、「早く治れー」なんて
笑っていた。

395 :名無飼育さん :2016/12/13(火) 23:54
翌日。
まーちゃんが中庭に来なかった。
一緒にお昼を食べるようになってから初めてのことだ。
連絡しようにもLINEもメアドも知らなくて。
いてもたってもいられなくなり、まーちゃんのクラスへ行くことにした。

7組のハルはまーちゃんのいる1組へ行くことは滅多にない。
記憶にある限り、初めてかもしれない。

そっと1組の中を覗くと、教室内がざわついた。
こういう反応には慣れっこだ。
近くにいる子に声をかける。

「えっと、まーちゃ…佐藤さん、いる?」

相手の子は顔を赤らめて、「あ、今日、休みだけど…」と答えた。

「休み?」
「風邪みたい」
「…マジか」

あれだけ人のことをバカにしていたくせに、ハルの風邪が移ったらしい。

396 :名無飼育さん :2016/12/13(火) 23:54
その次の日もまーちゃんは休みだった。
さすがに責任を感じてしまう。
なんとか理由をつけて、先生からまーちゃんの住所を聞き出した。

お見舞いなんて、まーちゃんは嫌がるかもしれない。
だけど、元はといえばハルのせいだし。

数十分の躊躇のあと、意を決してインターホンを押す。

「はーい」

突然、ドアが開き、年配の女性が現れた。
たぶん、まーちゃんの“ハハ”だろう。

「あ、あの、優樹さんと同じ学校の、く、工藤遥です!」
「あら、どぅーちゃん?」
「へ?」
「いらっしゃい。どうぞ」
「…あ、はい」

あっさりと家の中へと招き入れられ、茫然とする。

「あの、ハルのこと、知って…」
「だって、優樹毎日どぅーちゃんの話してるから。きっと喜ぶわよー」

397 :名無飼育さん :2016/12/13(火) 23:54
一体ハルのどんな話をしているんだろう…。
どんな話であれ、素直に嬉しいと思う。

「あら?どぅーちゃん、顔真っ赤。風邪かしら?」

“ハハ”はさっと近付き、ハルのおでこに自分のそれをくっつけた。
あの日のまーちゃんと同じように。

「ちょっと熱いわね」
「あ、へ、平気です!」

どうやら、まーちゃんの距離の近さは“ハハ”譲りのようだ。

398 :名無飼育さん :2016/12/13(火) 23:54
部屋に入るとまーちゃんは眠っていた。
おでこに貼られた冷却シートが痛々しい。
ほっぺも真っ赤で、苦しいのか眉間にシワが寄っている。

「まーちゃん…」

思わずそのシワに手を伸ばす。
触れた途端、「ん…」と声がして、すぐに手を引っ込めた。
起きていないことを確かめてから、もう一度まーちゃんに触れる。
今度はほっぺに手をやると、すごく熱くて。
外から来たハルの手は冷たかったから、そのまま両手で包み込んだ。
少しでも冷やしてあげたくて、楽になって欲しくて。

「う、ん…」

まーちゃんが苦しそうに息を吐く。
どこか痛いのか、目に涙が溜まっていく。

堪らずにもう一度声をかけようとしたとき。

399 :名無飼育さん :2016/12/13(火) 23:55
「…っさん」

静かな部屋にはっきりと響く、その名前。

「…やっさ…ん」

聞いた瞬間、頭の中が真っ白になった。

400 :名無飼育さん :2016/12/13(火) 23:55
時間にしたらきっと数秒のことだったと思う。
だけど、ハルにとってはとても長い長い時間だった。

今までのまーちゃんとの出来事が頭に浮かぶ。
笑顔も涙も、拗ねた顔も怒った顔も、手の温もりも、抱きしめた匂いも。

今、目の前にいるこの子の全てを。
ああ、そっか、ハルは―――――。

401 :名無飼育さん :2016/12/13(火) 23:55
「…どぅー?」

まーちゃんが目を覚ました。

「来てくれたの?」
「うん。…嫌な夢でも見てた?うなされてたよ」
「…どぅー、ずっとこうしててくれたの?」

ほっぺに添えたままのハルの手を、まーちゃんがそっと触れる。

「どぅーの手だったんだ」
「…うん」
「良い匂いする」

まーちゃんはスンスンとハルの匂いを嗅ぐ。

「なんか、どぅーって、なんか女の子の匂いする」
「…ハル、なんもつけてないよ?」
「まーちゃん、どぅーの匂いだったらどこでも寝れる」

熱のせいか、今日のまーちゃんはいつも以上に子供っぽくて甘えん坊だ。

402 :名無飼育さん :2016/12/13(火) 23:55
言葉通り、ハルの匂いを嗅ぐうちに、まーちゃんの瞼がどんどん閉じていく。

「…寝ていいよ」
「…ん」
「寝るまで、そばにいるから」
「…どぅー…」

まーちゃんは、さっきとは正反対の安心しきったような顔で眠りに落ちた。

403 :名無飼育さん :2016/12/13(火) 23:55
初めて鞘師さんと会ったあの日。
まーちゃんは「タイミングが悪い」と、そう言った。

だけど、それはハルも同じだ。
夢の中で好きな人の名前を呼ぶまーちゃんを見て、初めて気付いたんだ。
自分の本当の気持ちに。

恋を自覚した瞬間、失恋なんて。
ホント、最悪のタイミングだ。

404 :名無飼育さん :2016/12/13(火) 23:56
まーちゃん、好きだよ。

でも、まーちゃんの気持ちを知ってるから。
あの温かい手が、冷たく震えるほど苦しくてせつない思いを知ってるから。

だから、好きだなんて言えないよ。

405 :名無飼育さん :2016/12/13(火) 23:56
本日は以上です。
406 :名無飼育さん :2016/12/16(金) 22:05
はやくぽっかぽかの温かさが増えますように!
と思いつつでもこの切なさもまた良い!と思ってしまう・・・w
407 :名無飼育さん :2016/12/19(月) 00:03
二人の繊細さや純真さの描写がとても好きです
続き楽しみにしています
408 :名無飼育さん :2016/12/25(日) 17:00
レスありがとうございます。

>>406
そう言っていただけると救われますw

>>407
大切に丁寧に描いていければと思います。

まーちゃん、お大事に。
腰の痛みが少しでも和らぎますように。
409 :名無飼育さん :2016/12/25(日) 17:00
まーちゃんへの気持ちを自覚した次の日、彼女と別れた。
理由を聞かれたので「好きな人が出来た」と正直に答えると、泣きながら
ビンタされた。
今のハルには彼女の気持ちがよくわかるから、殴られた痛みよりも胸の痛みの
方が強かった。

それでもハルは好きな人の、まーちゃんのそばにいることが出来る。
今はそれだけでいい。
ただ、そばにいれるだけでいい。

410 :名無飼育さん :2016/12/25(日) 17:01
「あれ?お弁当ないの?」

再びパン生活に戻ったハルに、まーちゃんが問いかける。

「あー、まあ」
「…ケンカ?」
「んー、ていうか、別れた」

まーちゃんの反応を気にしながらも、素直に伝える。
なんとなく顔は見れなくて、急いでパンにかじりつく。

「…なんで?」
「なんでって…、まあ、いろいろあって」
「…へー」

まーちゃんはそれっきり何も聞いてこなかった。
こんなに近くにいるのにまーちゃんの気持ちはいつも読めない。
だからこそきっと、もっと知りたいと思うのだろう。

別れたその日から告白の嵐だったけど、もちろん全部丁重に断った。
「女子校の王子様に本命現る」なんて、ちょっとしたニュースになっている
らしい。

こういう噂に疎いまーちゃんの耳に入っているかどうかはわからないけど。

411 :名無飼育さん :2016/12/25(日) 17:01
さらに翌日。
渦中のハルは未だに告白してくる女の子たちや、クラスメイトの質問責めを
すり抜けて、ようやく中庭に辿り着いた。

いつもは「どぅー!」って笑顔で迎えてくれるまーちゃんが、今日はなぜか
そわそわと落ち着かない。

「まーちゃん、ごめん、遅くなって。待ち疲れちゃった?」
「ううん、平気」

言葉とは裏腹に手や指をしきりに動かしている。
怒っているような拗ねているような、泣き出しそうな顔。

鞘師さんと何かあったのかな。
他のことならまーちゃんが話しやすいように話題を振ることが出来るけど、
鞘師さんの話は聞きたくない。

ハルはそのまま、まーちゃんの隣に腰掛ける。

412 :名無飼育さん :2016/12/25(日) 17:01
「…どぅー、好きな人いるんだ」
「へ?」
「さっき、見ちゃった」

どうやら、告白されて断っていたところを見られていたらしい。

「…まあね」

どう返事をすればいいのかわからず、曖昧に答える。

「どんな子?」
「…それ、聞く?」
「言いたくないの?」

「まさに言えないことあるの?」と言わんばかりに迫ってくるまーちゃん。
言えないことはいっぱいある。
同じくらい、言いたいこともいっぱい。

413 :名無飼育さん :2016/12/25(日) 17:01
「わがままで甘えん坊。気まぐれだし、何考えてるかわからないし」
「…なにそれ。そんな子のどこがいいの?」

まーちゃんは心の底から理解できないという顔で、ハルのことを見ている。

正直、まーちゃんを好きな理由はハルにも上手く言葉に出来ない。
わがままを言われるとムカつくけど嬉しくて、甘えられるのは面倒だけど
悪い気はしなくて、気まぐれで何考えてるかわからないところもかわいい。

「んー、なんか、ほっとけないんだ」

きっと理由なんてない。

414 :名無飼育さん :2016/12/25(日) 17:02
「あー、腹減った」

話題を変えるためわざと大袈裟にパンの袋を開けようとしたハルの手を、
まーちゃんが止める。

「ダメ!」
「へ?なんで?」
「…これ」

まーちゃんはモジモジしながら、お弁当箱を突き出した。

「え、これって…」
「どぅーの!」
「ハルのって、ハルのお弁当ってこと?」
「だから、そうだってば!」

まーちゃんはハルの膝の上にお弁当箱を置く。

「…ハル、食べていいの?」

いまいち状況が掴めず、何度も同じ質問をしてしまう。
まーちゃんは面倒そうな顔で睨んでくる。

「ハハが!一つも二つも一緒だからって!」
「あー、マジかあ。ありがとう」

納得したハルに、まーちゃんはようやく笑顔を見せてくれた。

415 :名無飼育さん :2016/12/25(日) 17:02
「いただきまーす!」

パンも嫌いじゃないけど、やっぱり手作り弁当はいいもんだ。
“ハハ”のお弁当はたまに一口もらったりしてるけど、本当においしい。

まーちゃんはなぜかハルの食べる様子をじっと観察している。
見られてると緊張してしまう。

「これチーズ?」
「チーズ」
「うまい!」
「ホント?」
「うまいこれ」
「マジマジ」
「おいしい?」
「うん。ハル好み」

そう言うと、まーちゃんはすっかりご機嫌になった。
そんなに“ハハ”のお弁当を褒められたことが嬉しかったのかな。

「じゃあ、明日も持ってくるね」
「え、でも、大変じゃない?」
「平気」
「でも、ハハに悪いよ」
「平気だって」

まーちゃんは一歩も引かない。
ありがたい提案なので“ハハ”の好意に素直に甘えることにした。

416 :名無飼育さん :2016/12/25(日) 17:02
結局、その日から数週間、ずっと“ハハ”のお弁当にお世話になっている。
そして、食べるたびにますますまーちゃんとの距離も近付いていった。

昨日の出来事を話してくれて、今日の思いを伝えてくれて、明日の予定を教えて
くれる。
今、まーちゃんのことを一番知っているのは、間違いなくハルだと思う。
だけど、肝心なことは何も聞けないし、言えないでいる。

今でも鞘師さんのことを思ってるのかな。
ハルの知らないところで、あの日みたいに泣いたりしてるのかな。
少しはハルのことを考えてくれる夜もあるのかな。

好きだなんて言うつもりはないけど、まーちゃんを知れば知るほど、好きな
気持ちは膨らんでいく。
そのうち爆発しちゃうんじゃないかってくらい、大きくなっていく。

毎日、その気持ちを抑えることに必死で、まーちゃんと会うたびに苦しい。
そばにいれるだけで、ただそれだけで嬉しかったはずなのに。

417 :名無飼育さん :2016/12/25(日) 17:03
今日はクラスの用事で中庭へ行くのが遅くなってしまった。
最近のまーちゃんはちょっとしたことで拗ねるから、急いでいつもの場所へと
向かう。
冬なのにポカポカ暖かくて、昼寝でもしたい気分だ。

まーちゃんはベンチに座って俯いていた。
怒らせちゃったかな。
恐る恐る近付いてみても反応はない。

「まーちゃ…」

そっと肩に手を触れると、まーちゃんはそのまま横に倒れていく。

「ちょ…」

慌てて支えると、気持ち良さそうな寝息が聞こえた。
どうやら、まーちゃんにとっても昼寝日和だったようだ。

418 :名無飼育さん :2016/12/25(日) 17:03
ハルの腕枕で気持ち良く寝ているまーちゃん。
必然的に顔の位置も近くなる。
意識した途端に胸の鼓動が速くなる。

まーちゃんの顔はすごく整っていて綺麗だ。
鼻筋がすっとしていて、バランスも良い。
笑わなければ美人なんだけど、笑顔はもっとかわいい。
ずっと笑っててほしいけど、実は拗ねた顔も好きだったりする。

今はこの閉ざされた空間でまーちゃんを独り占めできるけど、いつかはきっと
誰かのものになる日が来るだろう。
想像するだけで耐えられない。

419 :名無飼育さん :2016/12/25(日) 17:03
熱を出したあの日のように、まーちゃんのほっぺに手を添える。
心地良い温もり。

「ん…」

まーちゃんが身じろぐ。
くすぐったそうに、だけどどこか嬉しそうに。
良い夢でも見てるのかな。

無防備な寝顔から目が離せない。

420 :名無飼育さん :2016/12/25(日) 17:03
「…どぅー」

まーちゃんが発したその言葉に耳を疑う。
瞼は完全に閉じている。
間違いなく眠っている。

心臓が止まりそうになる。

421 :名無飼育さん :2016/12/25(日) 17:04
「どぅー…」

まーちゃんがもう一度はっきりとハルの名前を呼んだ瞬間、抑えていた思いが
溢れ出した。

422 :名無飼育さん :2016/12/25(日) 17:04
そこから先のことはよく覚えていない。
ただ覚えているのは、唇の感触と、走り去っていくまーちゃんの後ろ姿。

それ以来、まーちゃんは中庭に来なくなった。

423 :名無飼育さん :2016/12/25(日) 17:05
本日は以上です。

次回、最終回の予定です。
最後までお付き合いいただければ幸いです。
424 :名無飼育さん :2016/12/29(木) 15:45
わー!って思わず声に出してしまいましたw
かわいい2人がどうなるのか楽しみです。
最終回なの寂しいけど・・・
425 :名無飼育さん :2017/02/26(日) 22:38
>>424
レスありがとうございます!
楽しんでいただいて嬉しいです。

最終回も楽しんでいただければ幸いです。
426 :名無飼育さん :2017/02/26(日) 22:38
まーちゃんが中庭に来なくなってから、ハルの学校生活は一気に色を失った。
大袈裟かもしれないけど、何をやってもつまらない。

まーちゃんが学校に来てることはわかってる。
だけど、自分から会いに行く勇気なんてなかった。

あの日のように逃げられたらどうすればいい?
あのキスのこと聞かれたらどう説明すればいい?
会えなくて辛いのはハルだけで、まーちゃんはなんとも思ってなかったら?

ネガティブな思考ばかりが頭に浮かんで、もう何も考えたくなかった。
427 :名無飼育さん :2017/02/26(日) 22:38
ある日、校門を出たら意外な人と遭遇した。

「久しぶり」
「…鞘師さん」

どうやらハルのことを待っていたらしい。
会うのは遊園地以来だからどことなく気まずい。

「…あの」
「この前は、ごめん」
「え?」
「遊園地で、酷いこと言って」

―――――…優樹ちゃんのこと、本気?
―――――遊びだったら、やめてほしい

「あの日、優樹ちゃんに怒られたんだ」
「…え?」
「「どぅーに何言ったの!」ってすごい剣幕で」

まーちゃんは鞘師さんが好きなのに、なんで…。

「優樹ちゃんに好意を持たれてることはわかってたから、まさか怒られると
 思わなくてさ。結構ショックだったりして」
428 :名無飼育さん :2017/02/26(日) 22:39
「優樹ちゃん、最近元気ないんだって。亜佑美ちゃんが心配してた」
「…まーちゃん」

ハルはそれ以上、何も言えなかった。
ただただ知りたいと思った。

あの日ハルを追いかけてきてくれた理由を。
最近元気のない理由を。
そして、今のまーちゃんの気持ちを。

だってハルは、まーちゃんへのこの思いをなかったことになんて出来ない。
あの笑顔を手放すことなんて出来ない。

諦めることなんて出来ないから。
429 :名無飼育さん :2017/02/26(日) 22:39
「鞘師さん、ハルは…」

自分の気持ちを確認するように、目の前の人に告げる。
あの日の鞘師さんの問いに対する答えを。

「本気です、まーちゃんのこと」

鞘師さんは少しだけ驚いたように目を見開いたあと、優しく笑ってくれた。
430 :名無飼育さん :2017/02/26(日) 22:39
翌日は全校スポーツ大会で、覚悟を決めて吹っ切れたハルは絶好調だった。
ゴールを決めまくり、黄色い声援が飛びまくる。
まーちゃんもどこかでハルのことを見てくれているかな。

圧勝で優勝を決めて教室へ戻る途中、クラスメイトの会話が聞こえてきた。
どうやらバスケの試合中、倒れて保健室に運ばれた子がいるらしい。

「誰だっけ、あの子」
「確か1組の…」
「あー、佐藤さんだよね」

その名前を聞いた途端、ハルは保健室へと駆け出した。
431 :名無飼育さん :2017/02/26(日) 22:40
「まーちゃん!」

保健室のドアを乱暴に開けると、中にいた先生から「静かに」と叱られた。

「すいません。あの、佐藤さんが倒れたって聞いて…」
「…どぅー?」

カーテンの向こうからまーちゃんが顔を出した。

「まーちゃん、大丈夫!怪我したの?どっか痛い?」
「工藤さん、落ち着いて」

またもや先生に注意されたハルを見て、まーちゃんが笑う。
その笑顔を見て少しだけ落ち着きを取り戻す。
432 :名無飼育さん :2017/02/26(日) 22:40
まーちゃんはどうやら貧血で倒れたらしく、怪我はしていないようだ。

「寝不足だったみたいね。今日はちゃんと寝るように」
「…はーい」
「どうする?おうちの人に来てもらう?」
「平気です。一人で帰れ…」
「平気です!ハル、送ってくんで」

先生にそう伝えると、まーちゃんは一瞬驚いたあと、露骨に嫌そうな顔をした。

「いい、一人で帰れる」
「ダメだって、送ってく」
「いいってば」
「途中で倒れたらどうすんの?」
「もう平気だし」
「いいから、送ってく」

どちらも譲らないそのやり取りを見かねたのか、先生が助け舟を出してくれた。

「佐藤さん、今日のところは送ってもらいなさい。工藤さん、よろしくね」
433 :名無飼育さん :2017/02/26(日) 22:40
ハルとまーちゃんが黙ったまま玄関を出ると、いつの間にか雨が降っていた。

「やべ、傘ない」

そう呟くと、まーちゃんは無言で鞄から折り畳み傘を取り出した。
徐に開いてハルに差し出す。
小さい傘だから二人の距離は自然と縮まる。

覚悟を決めたとはいえ、どうやって切り出せばいいのか。
二人きりのチャンスなのに、時間だけが過ぎていく。
434 :名無飼育さん :2017/02/26(日) 22:40
雨は徐々に強くなっていく。
不意に二人の肩がぶつかって、まーちゃんが咄嗟にハルから離れる。
あんなに近くにいたのに無性に寂しくなって弱気になる。

「…まーちゃん」

まーちゃんは何も言わない。

「あのさ、ハルがいるから中庭に来ないなら、もうハル行かないからさ。
 もともと、まーちゃんがいた場所なんだし」

ハルがそう言うと、まーちゃんは立ち止まり俯いた。

「…がうの」
「まーちゃん?」
「…違うの、そうじゃなくて」

下を向いたまま、まーちゃんは何度も首を横に振る。
435 :名無飼育さん :2017/02/26(日) 22:41
「まさ、変なの。やっさんのことが好きなのに、好きなはずなのに、どぅーの
 ことばっか考えちゃう。なんでかわかんない。どぅーのことばっか、頭の中
 ぐるぐるしてる」

まーちゃんが泣きそうな顔でハルを見る。

「…どぅー」
436 :名無飼育さん :2017/02/26(日) 22:41
まーちゃんが小さな声でハルに告げる。

「…好き」
437 :名無飼育さん :2017/02/26(日) 22:42
気付いたらハルはまーちゃんのことを抱きしめていた。
傘が落ちて二人とも雨に濡れる。

「…どぅー、濡れちゃうよ?」
「…うん」
「どぅーが風邪ひいちゃう。体弱いんだし」
「平気だし」

恋を自覚したあの日から胸の奥に閉じ込めた思いが溢れ出していく。

「まーちゃん、好きだよ」

抱きしめる腕に力を込めると、まーちゃんは大人しくハルの腕の中に収まって
くれた。
体は冷たいはずなのに、心の中に温かさが広がっていく。
ずっとこの温もりを離したくないと思った。
438 :名無飼育さん :2017/02/26(日) 22:42
しばらくして少しだけ冷静さを取り戻す。

「ごめん、まーちゃんが風邪ひいちゃうね」

傘を拾おうと離れようとしたら、上着の裾をギュッと引っ張られた。

「…まさはいい」
「…まーちゃん?」
「風邪、ひいてもいい。そしたらどぅー、またお見舞いに来てくれるでしょ」

悪戯っ子のようにはにかむまーちゃんを、ハルは再び強く抱きしめた。
439 :名無飼育さん :2017/02/26(日) 22:42
「…っくしょん!」
「…やっぱどぅー、体弱ーい」
「うっさい…」
440 :名無飼育さん :2017/02/26(日) 22:42
まーちゃんの家に着くと“ハハ”が「あらまあ」と驚き、慌ててお風呂を
沸かしてくれた。
ハルが先に入って、まーちゃんが出てくるのをリビングで待っていると、
“ハハ”が温かいカフェオレを入れてくれた。

「あの、すいません。お風呂、ありがとうございました」
「いいのよ、送ってくれてありがとう」
「あと、いつもお弁当もありがとうございます」
「え?お弁当って?」

“ハハ”は何のことかわからないのか、キョトンとしている。

「えっと、ハルのお弁当作ってくれてるって、まーちゃんが言ってて…」
「あー、あれ、優樹が作ってるのよ」
「…え?」
「ついでに作ろうかって言ったのに、「自分で作る」ってきかなくてね。あの子、
 変に頑固なところがあるから。二個食べるなんて言ってたけど、やっぱり
 どぅーちゃんのだったんだ」

―――――ハハが!一つも二つも一緒だからって!

あのときムキになっていたのは、そういう理由だったのか。
441 :名無飼育さん :2017/02/26(日) 22:42
「あー、あったまったー」

絶妙なタイミングでお風呂からあがってきたまーちゃん。

「…何?なんでニヤニヤしてんの、どぅー」
「へ?…あー、いや、別に…」
「ハハまで、何?まーちゃんのいないときに何の話してたの?」
「な、なんでもないって…」
「ウソだ!絶対にまーちゃんのこと話してたでしょ!」
「ホント、違うって」
「もう!どぅー、嫌い!」

凄い剣幕で怒られているのに、ハルは顔がニヤケるのを抑えられなかった。
442 :名無飼育さん :2017/02/26(日) 22:43
「まーちゃん、いい加減、機嫌治してよ」

部屋へ移動しても、まーちゃんはご機嫌斜めのままで。

「まーちゃーん」

ベッドに寄りかかり拗ねているまーちゃんの隣に座る。

「ごめんって」
「…別に、もう怒ってない」

優しく甘えるような声色。
本当にもう怒りは収まったようだ。

ホッとした途端、部屋に二人きりという状況を急に意識してしまう。
443 :名無飼育さん :2017/02/26(日) 22:43
お風呂あがりのまーちゃんから甘い匂いが漂ってくる。
こんなシチュエーション、今まで他の女の子といっぱい経験してきたのに。
まーちゃん相手にはそんな経験、なんの役にも立たない。

「…どぅー」
「…ん」

まともな返事すら出来ない。

「今日は、…チューしてくれないの?」

そんなかわいいことを言われたら、キスする以外の選択肢なんてない。
いやそんなこと言われなくても、ハルはずっとそうしたかった。

同じタイミングでそう思ってくれたことが嬉しくて恥ずかしくて誇らしい。

ゆっくりと顔を近付けると、まーちゃんはそっと目を瞑る。
そのかわいい顔に見とれながら、ハルはまーちゃんにキスをした。
444 :名無飼育さん :2017/02/26(日) 22:43
「まーちゃん」
「んー?」
「ハル、明日のお弁当は卵焼きが良いな」
「…ハハに言っとく」
「楽しみだなー」

とぼけているまーちゃんがかわいくて。
だから、本当は全部バレていることは、しばらく言わないでおこう。
445 :名無飼育さん :2017/02/26(日) 22:44
恋のタイミング

終わり
446 :名無飼育さん :2017/02/26(日) 22:48
本日は以上となります。

まーちゃんの復帰が発表されて、ひとまずホッとしました。
無理はしてほしくないけど、またあのパフォーマンスが見たい。
ヲタとは勝手なものですが、全力で応援しようと思います。

初めてのまーどぅーでしたが、書いていてとても楽しかったです。
ありがとうございました!
447 :名無飼育さん :2017/03/21(火) 17:34
素敵なまーどぅーをありがとうございました
448 :名無飼育さん :2017/04/16(日) 14:06
まーもどぅーもかわいかったです!
特に最後の方はどぅーと一緒ににやけてしまいました
ありがとうございました!

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