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プリズムの色

1 :名無飼育さん :2014/04/22(火) 23:38
工藤遥の一人称でおくるミステリー小説です
ミステリーの中でもとくに「日常の謎」を書いていきます
2 :名無飼育さん :2014/04/22(火) 23:40
以前に作者フリースレで書いていた以下の六作品を加筆修正のうえ再掲していきます

『プリズムの色』
『針は戻らない』
『一つでは足りない』
『制服の男』
『ケーキのおいしいお店』
『語らない冬』


※スレタイを「プリズムの色」にしましたが大きな意味はありません
3 :名無飼育さん :2014/04/22(火) 23:40
『プリズムの色』
4 :プリズムの色 :2014/04/22(火) 23:41
  1

 聞くところによると中二病というものがあるらしい。その時期になってもう一ヶ月が過ぎた。
なにか変わったかと訊かれれば「なにも」と答えるつもりだ。実際なにも変わっていない。
 いつも通り授業を受け、機械的に板書を写す。
休み時間には友だち数人と最近の流行や恋愛事情について話す。
そんな、至って平穏な中学校生活の日々を送っている。
 ホームルームも終わりもう放課後。
学校で唯一時間に追われることのないこの瞬間が、学校生活で一番好きと言っても過言ではないだろう。
 「ファイトー!」という体育系部活動の掛け声につられて、窓の外、グラウンドに目を向ける。
昨日の雨で所々ぬかるんでいる中、陸上部らしき人たちがランニングしているのが見えた。
 熱心だ、実に熱心だ。
 我が中学校の運動部は県大会でいい成績を残すことが多い。
端的に言えば努力の結果。感動的に言えば、汗と涙の結晶、か?
 別に小馬鹿にはしていない。むしろ同じ学校の生徒として誇らしいと思っている。
同時に、自分には到底できないな、とも思っている。
 夕焼けにはまだ早いが少し陽が傾いてきた。
「また明日」とまだ残っていた友だちに別れを告げ教室を出ようとしたとき、目の前に一人の女が現れた。
5 :プリズムの色 :2014/04/22(火) 23:41
「よっ! 工藤遥(くどうはるか)」
 ……こいつか。
「なんだよ、佐藤優樹(さとうまさき)」
「どうしてフルネームで呼んだのさ」
 そっくりそのままその言葉を返してやりたい。
 佐藤とは一年のとき同じクラスだった。出席番号が一つ違いだったので同じ班になることが多かった。
それ故に自然と仲良くなっていき、今でもそれなりの交流がある。
背は155cm前後でハルより低く子どもっぽいのに、
セミロングの黒髪をなびかせたその姿はどこぞの育ちのいいお嬢様にも見える。
だがひとたび喋り出すとそのイメージはがらりと変わるだろう。
「で、A組まで来て何の用?」
「え? C組の人はA組まで来ちゃイケないの? いつ誰がそんなこと決めたの? 
何時何分何十秒? 地球が何回まわったとき?」
 こういうところが相変わらずめんどくさい。
まあ本人も冗談で言っているだけだし、ハルもそれは承知の上だ。
というかどこで覚えたそんな言葉。
「だから、用事はなに?」
「これから図書館に行くんだけど、時間ある?」
「時間はある。けど行く気はない」
「えぇー」
 こっちからの冗談は伝わらないのか?
6 :プリズムの色 :2014/04/22(火) 23:42
「ウソ、大丈夫だよ」
「よかった、じゃあ行こう」
 もう帰ろうと思っていたが、家に帰ってなにかをしようというわけでもない。
家に帰ればなにかやることが生まれるかもしれない。だが今のところ予定は空白だ。
だとすれば誘いを断る道理もないだろう。
 今度こそ教室を出る。中央階段ではなく職員室横の階段を降りて行く。
職員室にはとくに用事はない。単純にこっちを使った方が近いからだ。
 先生とすれ違うたびに「さよなら」と挨拶をしながら昇降口へと向かう。
靴を履き替えるとカバンから自転車の鍵を取り出す。
この学校では自転車通学が許可されていて、過半数もの生徒がそれを利用している。
今はまだヘルメット着用義務はないが、ここ数年のうちに義務化されるとかどうとか。
その時の自分の姿を一度想像してみたがなんとも恥ずかしい。どうか来年も持ち堪えてくれ。
「さ、行きますか」
「ハル道分かんないから、まーちゃんに着いて行くね」
「オッケー」
 並走は危ないので後ろに続く。
 校門を出て右に曲がり、そのまま北へまっすぐ進む。
そのあともハルを思ってのことか、脇道にはあまり入らず図書館へと向かって行った。
こういう気遣いを自然にできるのが彼女のいいところでもある。
 そういえば今日は木曜日。てことはたしか……。
7 :プリズムの色 :2014/04/22(火) 23:42
  2

 十分ほど漕いで行くと市立図書館が見えてきた。
 ここは市内で一番大きく蔵書数は優に五万冊を超える。
種類も豊富で、子供向けのものから大学で使うような専門書まで幅広く抑えてある。
三階建ての建物は昨年末に改装され、外見(そとみ)は真新しいが百年近い歴史を持っている。
 指定の場所に自転車をとめ、中に入る。
 入り口の自動扉が開いた途端、あの図書館独特のにおいが鼻をつつく。
この本のにおいが好きな物好きも大なり小なりいるのだろう。世界は広いからなぁ……。
 そんな無益な思考から引き戻すように、まーちゃんが袖を引っ張る。
「くどぅー、あっち」
「ああ、うん」
 まーちゃんが示す方向には六人掛けのテーブルがいくつか並んでいて、そこでは何人かが本を読んでいた。
隣り合い一つの本を読む老夫婦、主婦らしき女性、中にはノートを広げ勉強している人もいた。
制服を着ていないのでおそらく大学生だろう。
 よく見ると一つのテーブルが空いていた。まーちゃんはそこを指さしたのだ。
8 :プリズムの色 :2014/04/22(火) 23:42
 途中、カウンターの中の女性に声をかけた。
「石田さん」
 カウンター越しに名前を呼ばれることは珍しかったのだろう。
不思議そうな目でこちらを見上げてきたが、ハルを見てすぐに状況を理解した。
「あぁ遥ちゃんか。珍しいね、図書館に来るなんて」
「別に本が嫌いなんて言った覚えはないですよ」
「でも、本を読んでる私は嫌いなんだっけ?」
「それは!! ……あゆみんがハルにかまってくれなかったからで。
……ていうか小っちゃい頃の話じゃないですか」
 ふふ、と笑い、拳をグーにして口許へ寄せる様を見て、からかわれたことに気づく。
「相変わらず単純だね、遥ちゃんは」
 返す言葉もない。まーちゃんにも恥ずかしいところを見られてしまった。
 と思ったがそうでもないみたいだ。おろおろして、どうにか喋ろうと口をパクパクさせていた。
人見知りな方ではないから、いきなりの展開について行けなかったのだろう。
「……くどぅー、この人は?」
「石田亜祐美(いしだあゆみ)さん、今は高二だったかな?」
「そ」
9 :プリズムの色 :2014/04/22(火) 23:43
「ご近所さんで小さいころからよく遊んでもらってたんだ」
「へぇー」
「ついさっきは遊ばれてたけどね。」
 自虐ネタで笑いを誘う。
 あゆみんはここでバイトをしている。週二日だったかな? まあそれはどうでもいいか。
今は座っていて分からないが、背は低く、それが若干のコンプレックスらしい。
初対面の相手には中学生でも通用するだろう。なんせ今のハルよりも低いのだから。
ロングの髪には少し茶髪がまじっているが、地毛なので校則違反ではない。
最後に本人曰く、茶色い目がチャームポイントだそうだ。
「初めまして、佐藤優樹です」
「初めまして、石田亜祐美です」
 二人は事務的に初対面の挨拶を交わす。
「じゃあ行くね」
「うん、ゆっくりしていきな」
 後ろに人が並びそうだったのでその場を離れた。
 平日と言っても返却される本は結構多いらしい。今も職員さんがせっせと本棚に本を戻している。
それに対して受付のあゆみんは……。まあ、これはタイミングの問題かな。
10 :プリズムの色 :2014/04/22(火) 23:43
  3

 向かい合わせで席に着き、カバンは隣の椅子に置いた。
「あの人いつもあんな感じ?」
「基本的には」
 可愛がられていると言えば聞こえはいいが、子ども扱いされていると言った方が表現としては正しいだろう。
性格的には向こうの方が子どもだが、長幼の序というものもある。
「でも、いい人そうだね」
 頷く。
「ああいうお姉ちゃんほしいなぁ」
 それは今からじゃ到底無理な話だ。それよりも早く本題に入ろう。
「そんなことより、ここでなにをするの?」
「なんだと思う?」
 質問に質問で返すな。
「帰るよ」
「冗談だって、実は……くどぅーに手伝ってほしいことがあるの」
 声のトーンが下がったように感じた。
11 :プリズムの色 :2014/04/22(火) 23:43
 一年のときから感情表現が豊かなやつだとは思っていたが、哀に近い感情を示したことは滅多に無かった。
それはまだハルに気を許していないからなのか、
それとも友だちに心配掛けまいとしてのことなのかは知る由もない。
もし後者なら、馬鹿じゃないの? と一言伝えたい。
「恋の相談なら別の人にあたった方がいいよ」
「言われなくてもそうする」
 さいで。
「……手伝うよ。で、何をしてほしいの?」
「本を探してほしい」
 本? 本ならここにはごまんとある。
なんと、意識しないダジャレはこんなにも恥ずかしいものなのか。
「カバンの中も机の中も探した?」
「そんなとこ探してもあるわけないよ、まだ借りてないんだから」
 失くしたわけじゃないのか。
「なにを探してるの」
「小説。んー、ジャンルで言うとSF・ファンタジーかな」
「それならすぐ見つかるよ」
「ほんと?」
 ついてこいと言わんばかりに立ちあがり歩きだす。
 今の図書館には大抵置いてある。まして市で一番なら絶対だ。
時代は常に進歩し、技術は世の中に還元され便利な暮らしをつくっていく。
12 :プリズムの色 :2014/04/22(火) 23:44
「……くどぅー、もしかして」
「そ、これで検索すれば一件落着」
 目の前にはパソコンが一台。
書籍検索画面が出ているので、ここにキーワードを入れて検索すれば済む話だ。
ジャンルがわかっているならなおさらすぐに見つかるだろう。
「ねえ、まさのことバカにしてる?」
「してないよ、早く検索しな」
「とっくに検索したよ! したけど無いの」
 まーちゃんの言葉を理解するのに時間がかかった。
検索しても無いのならここには置いていないということ。
無い本を探せと頼んだのか? まったく無茶な話だ。
「無いんなら無いんだよ、探す必要も無い」
「そうじゃない……」
 なにも違くはないだろう。
「検索はヒットした。どこに置いてあるかも出た。でもその場所には無かったの」
「なら、貸し出し中なんじゃないの?」
「だとしたらここにそう表示される」
 これは困ったことになった。
じゃあなにか、図書館全体を探すつもりか? 
五万冊を一つ一つ見ていくとでも? 
そのために、ハルを呼んだのか?
 ……とりあえず時間を確認すると、時計の針は四時三十分を指していた。
13 :プリズムの色 :2014/04/22(火) 23:44
  4

 念のためもう一度検索してもらった。タイトルは『プリズムの色』というらしい。
ダメだ、内容が一つも想像できない。
 検索の結果は言った通りだった。
貸し出し・返却などの記録はリアルタイムで更新されているらしく、そこを疑う余地はないだろう。
「どう? 見つかるかなあ」
「とりあえず指定された棚を見てみよう」
 二人で確認するが、やはり置いていない。どうしたものか……。
「これシリーズ物なの。ちなみに前作がこれ」
 言いながら、棚から一冊の本を抜き取った。タイトルは『イメージの欠片』。
「これが一作目、プリズムが二作目なの。ここには三作目も四作目も置いてあるんだよね」
 結構続いてんのね。何かの参考にと思ってあらすじを読んでみると、どうやら魔法の世界のお話らしい。
本の一番後ろには貸し出し記録のカードが入れられている。
一月前に一人、これはおそらくまーちゃんだろう。その前は去年の夏か。
 残りの二冊も調べてみたが、どちらも最後に貸し出されたのはそのあたりの時期だった。
「無いね」
 ハルは確認のために言った。
14 :プリズムの色 :2014/04/22(火) 23:45
 あからさまに気分が落ちたという表情で、さっきまで座っていた場所へと戻る。
席に着くなり二人同時に溜め息を漏らしたことに、思わず笑ってしまう。
そのおかげで心が少し軽くなった気がする。
話を聞いたときはすぐに終わると思ったが、そんなこともなかった。五万冊か……多いな。
 動く前に少し考えてみよう。行動に移すのはそのあとでも遅くない。
「本当にあるのかなあ」
 まずは大前提の確認。
「シリーズ物だし、二作目だけ無いってのは……」
 そう、それが自然な考え。検索結果を信じれば貸し出し中でもない。
とすると誰かが間違えて別の場所に戻したのか? 
もしそうなら図書館全体を探す以外手はない。それは出来るだけ避けたいところだ。
 ここは消去法でいってみよう。
「図書館の本が本棚に無いならどこにあると思う?」
「奥で保管されているとか?」
 いきなりの質問にも関わらず的を射た答えが返ってきた。開架に無いなら書庫。
15 :プリズムの色 :2014/04/22(火) 23:45
「でもあの小説はそんなことするかなあ」
「……しないね」
 書庫にも無いとすると、
「それなら、今誰かが読んでるんじゃない?」
「あ!!」
 声が大きい。ここは図書館だぞ。
「見てくるね」
 そう言って二階へと上って行く。自然とこの階はハルが探すことになった。
一通り歩いて見て回ったが、残念なことに該当する人はいなかった。
 まーちゃんの口ぶりからすると以前にもここに来て本を探したことがある。
そのときも誰かが読んでいたのかな。ま、あり得なくもないけれど……。
 席に戻ってまーちゃんを待つ。
いや、効率を上げるためにカバンをかつぎ、階段横で待つことにする。
ここで誰かが読んでいるなら日を改めるしかない。なら長居は無用だ。
 暫くしてまーちゃんが戻って来た。
「帰ろうか」
「ダメ」
 ん?
「……もしかして」
「誰も読んでなかった。『プリズムの色』」
 まじか……。
16 :プリズムの色 :2014/04/22(火) 23:45
  5

 再び席に戻ってきた。担いだカバンが少し恥ずかしかった。
 ハルたちは今本を探している。あるけれど無い本。
これはナゾナゾでもなんでもない。
貸し出されていない本で、本棚に無く、ここの誰もが読んでいない本……。
 もうこうなったら歩き回って探すしかないか。
いや最後の悪あがきだ。あと五分考えよう。諦めるのはそのあとだ。
 辺りを見回す。一口に本を読むと言ってもいろいろあるみたいだ。
待ち合わせまでの時間潰しに使う人、幾つかの本を置き調べ物をする人、娯楽として本を読む人。
 ……なるほどそういうことか。わかったかもしれない、本のある場所が。
「行こうまーちゃん」
「え、どこに」
 今度こそカバンを取り歩きだす。
「ちょっ、くどぅー! そっちは出口……」
17 :プリズムの色 :2014/04/22(火) 23:46
 出口に着く前に足を止める。そこにはカウンターがある。
「……石田さんに聞いても無駄だと思うよ。本棚にもないんだし」
 耳元で呟くように言ってきた。本当にそうかな?
「ねえあゆみん、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「なに?」
「『プリズムの色』って本、知ってる?」
「……聞いたことないね」
 あゆみんではなかったか。じゃあ、と言おうとしたらまーちゃんが割り込んできた。
「その本を探しているんですけど、どこにも置いてないんです!」
 力強い声に押され、あゆみんは言葉に詰まる。その隙に訊く。
「じゃあさ、今ほかのバイトの人いる?」
 まーちゃんが、なんで今そんなこと聞くの? という目で見ている気がするが、それには構わない。
「いるよ、今奥で休憩してる」
「ちょっと呼んでもらってもいいかな?」
「別にいいよ、ちょっと待っててね。飯窪さーん」
 そう言って奥へと入って行った。
18 :プリズムの色 :2014/04/22(火) 23:46
「くどぅー、何がしたいの?」
 少し眉間にしわが寄っている。怒っているのか? こっちは真剣に、
「本を見つけたい」
 と思っているのに。
「ならなんで」
 その続きは聞けなかった。あゆみんがバイト仲間を連れてきたからだ。
「連れて来たよ、で、このあとは?」
 また同じ質問をする。
「『プリズムの色』って本、知っていますか?」
 飯窪さんとやらはバツが悪そうな表情でこう言った。
「もしかしてあなた、あの本を借りたいの?」
「はい! どこにあるか知ってますか」
 またしてもまーちゃんが前に出る。が、ここはそれでもいい。
「ごめんね、今持って来るから」
 ふぅ、と息を吐く。これで歩き回らなくて済んだ。
 十秒と経たないうちに飯窪さん『プリズムの色』を持ってきた。
早々に貸し出し手続きを済ませ図書館をあとにする。
「じゃあねあゆみん、また来る」
「嘘だね」
 見破られてしまった。
19 :プリズムの色 :2014/04/22(火) 23:46
  6

 駐輪場でまーちゃんが訊いてきた。
「よくわかったね、あそこにあるって」
「一番可能性があると思っただけだよ」
 自分を過大評価するのは好きじゃないが、もう過去のこと、この際いいだろう。
「まーちゃん、本を読むのってどんなとき?」
「んー、勉強するとき、新刊が出たとき……とか?」
「それだけ?」
 まーちゃんの目線が左上にずれた。
「……あ、やることが無いときとか?」
「そう、暇つぶしに本を読むっていう選択もあるんだよ」
「じゃあさっきのあの人も……」
「たぶんね。休憩中は手持ち無沙汰だろうし。
でも半年以上貸し出されてなかったからって図書館の本を……」
 いや、相手は年上だしこの先は控えよう。
「なるほどね、そうゆうことだったんだ。やっぱりくどぅーに相談して正解だった」
 人海戦術のために呼んだのに? まあそれはあくまでハルの想像だが。
20 :プリズムの色 :2014/04/22(火) 23:46
「今日のは借りかな」
 自転車の鍵を開ける音がした。ハルは即答した。
「借りるのは本だけにしときな。それに」
「それに?」
「友だちなんだから貸し借りなんて考えはいらない」
 というかそういう考えは好きじゃない。
「わかってないなあ」
 手をひらひらさせながら言った。声色とは裏腹に口許には一切の笑みが含まれていない。
「どういうこと?」
「くどぅーはこう言いたいんでしょ? 
「友だちとは対等なものだ。貸し借りなんかで上下をつくっていけない」ってね」
 大意は合っているので軽く頷く。
「そこが間違ってるんだよ。
友だちだから、相手を信用しているからこそ、『貸し借り』が成立するの。
そこに上下なんて存在しない」
21 :プリズムの色 :2014/04/22(火) 23:47
 加えてこう言った。
「誰かの役に立てばそれなりの感謝が生まれる。
その好意を受け取らないのは、逆に失礼なんじゃない?」
 同い年に諭されてしまった。まあ言わんとすることはわかる。
「今日はホントありがと」
 つまりこういうことだろう。
「どういたしまして」
「よろしい」
 口許にも、そして目許にもいつも通りの笑みが戻った。
 自転車に跨り通行人を確認する。
「でもくどぅーらしくて好きだけどねその考え」
 なんじゃそりゃ。
「じゃあまた明日学校で」
「うん、また明日」
 鼻歌を鳴らしながら帰って行った。家の方向が違うのでまーちゃんとはここでお別れ。
 遠くの空はすでに赤くなり、夜の訪れを告げようとしていた。
携帯で時間を確認すると、もう五時を大きく過ぎていた。
「今日の晩ご飯はなんだろう」
 ペダルを漕ぐ足は、心なしか軽かった。
22 :名無飼育さん :2014/04/22(火) 23:48
>>3-21
『プリズムの色』
23 :名無飼育さん :2014/04/22(火) 23:48
『針は戻らない』
24 :針は戻らない :2014/04/22(火) 23:49
  1

 雨がザーザーと降っている。雨音に負けまいと、教師の声も大きくなる。
 六月に入り、例年通り雨の日が多くなってきた。今年も梅雨がやってきたのだ。
昼休みには男子に混ざり校庭を駆け回るのが常なのだが、
こう連日雨が降られては校庭は使い物にならない。
隣に座っている男子も嘆いている。
「また雨かあ。いつになったら外で練習できるんだろう」
 我が中学校の運動部は成績優秀で知られるが、それが努力の賜物であることを忘れてはならない。
梅雨のせいで最近は放課後、校内で基礎トレーニングに励んでいる。
基礎が大事なのは理解しているようだが、物足りないらしい。その気持ちはよくわかる。
 逆に梅雨の時期の女子の悩みと言えば、湿気による髪の毛の問題だろう。
せっかくの巻き髪がストレートになってしまったり、髪の毛がごわついたりと様々だ。
 かく言うハルも悩んでいる。ハルの場合は、湿気のせいで髪の毛がペタンと下りてしまうのだ。
そのせいで元々丸顔だったのがより一層丸くなり、休み時間にはよく話のネタにされている。
 しかしそれとは関係なしに、どうしてか雨の日は気分が落ちてしまうもの。
小学生の頃、雨の日でも嬉々として外で遊んでいたのが不思議なくらいに。
 窓を叩く強い雨は勢いを増していく。雷こそ鳴らないものの、灰色の雲が重く空を覆っている。
25 :針は戻らない :2014/04/22(火) 23:49
 今は数学の授業中。
いつもは四十を超えたおじさん先生に教えてもらっているのだが、先週から大学生に教えてもらっている。
俗に言う教育実習だ。
 今年は四人の教育実習生が我が校にやってきた。男性二人に女性二人。
男はどちらも体育を担当し、女性は数学と理科。つまり今は、若い女性に数学を教えてもらっている。
中学男子というのはとても単純なもので、普段とはまるで授業の喰いつきが違う。
 あの佐藤優樹でさえも、教育実習が始まったその日の放課後、私にこう自慢してきた。
「今日からまさのクラスに可愛い先生が来たよ。四週間、二‐Cを担当するんだってさ。へへ、いいでしょー」
 文字からも優越感が伝わってくるが、表情はこの比ではなかった。
それはもう、ドヤ顔に分類してもおかしくないほどの自慢に満ちていた。
 次の日にはもう、生徒たちから真野ちゃん先生とちゃん付けで呼ばれるくらい人気で、
まーちゃんとの会話で話題にあがらない日はなかった。
 そんな真野ちゃん先生が今日、軽い失態を犯したらしい。
取るに足らないことではあったが、まーちゃんは気になってしまったみたいだ。
さっきの中休み、A組に来てそのことを話してくれた。
26 :針は戻らない :2014/04/22(火) 23:50

「く・どぅ・ー」
 次の時間の準備をしていると、肩をトントンと叩かれた。振り返り顔を確認する。
「……誰だっけ?」
「大親友の佐藤優樹だよ、とぼけちゃってもう」
 よくもまあ照れもせず大親友などと言えたものだ。
「ハルに会いたくなった?」
「くどぅーが寂しいかなーって思って」
 まったく、ああ言えばこう言う。
「はいはい、会えてうれしいよ」
 ハルなりの精一杯の棒読みで応える。
なぜか満足げなまーちゃんは、隣の空いていた椅子に腰かけた。
「今日も真野ちゃん先生可愛かったよー」
「それいつも言ってるよね」
「うん。明日も言うよ」
 さいですか。
「でね、今日は一時間目が真野ちゃん先生の授業だったんだけど、先生の可愛いてへぺろッが見られたの」
「ふーん。男子が先生にお願いでもしたの?」
「違う。実は先生ちょっとドジっちゃって、本来の時間より五分早く授業を終わらそうとしちゃったの。
それを生徒が指摘したら、
「あ、ごめん、勘違いしちゃった。てへぺろッ」
って」
 見たかったと思っている自分がなんだか悔しい。
27 :針は戻らない :2014/04/22(火) 23:50
「もうそれがホントに可愛くて」
「わざわざそれを伝えに?」
「別にそんな卑屈にならなくても」
 違うならいいけど、自慢話をするためだけに来られては卑屈にもなるさ。
「まぁ、先生が可愛かったよって言いたかったのは事実だけどさ、なんで勘違いしたのか気になっちゃって」
「誰でも勘違いはするでしょ」
「そうなんだけど、先生は授業中に腕時計で時間を確認してるし、いつも通りの四十五分授業だし……」
 言われてみれば気になる。……気もする。
「じゃあ次は真野ちゃん先生の授業だから、終わったら聞いてみるよ」
「ありがと。あ、次は移動教室だから早めに行かないと。昼休みに結果教えてね」
 と言いたかったのだろう。言い終わる前に教室を出て行った。まったくせわしない。

 あと数分で授業は終わる。
 まーちゃんが言った通り、先生は腕時計をつけていて、授業中はそれで時間を確認していた。
教室には備え付けの時計があるが、それは黒板の真上にあるので先生からは見づらく、
腕時計の方がはるかに効率がいい。
 先生が時間を勘違いした理由。おそらく、と思えるものが見つかった。
授業終わりでその答え合わせをして、まーちゃんに伝えよう。
28 :針は戻らない :2014/04/22(火) 23:50
  2

 雨はまだやみそうにない。雨音をかき消すようにチャイムが鳴る。
教科書やノートをたたむ音が教室に広がり、それに椅子を引く音が続く。
 号令を済ますと、少し早足で先生のもとへと駆け寄る。
「真野ちゃん先生、ひとつ質問いいですか?」
 先生は少し驚いた表情を見せた。何も持たずに授業終わりに質問に来られては無理もないだろう。
それでも、どうぞと言われたので遠慮せずに訊く。
「先生、昨日遅刻しました?」
 いきなりの問いかけに「えっ」という声が漏れた。
「……どうしたの? 急に」
 確かに急だった。
過程を取りはずし、結論だけを先に聞かせれば相手を驚かすのには充分だと言うが、
そもそも今は驚かすときではない。
「ああ、すいません。実はまーちゃん……C組の佐藤優樹から聞いたんです」
「……私が、昨日遅刻したって?」
「いや、今日の一時間目のことです。勘違いで五分早く授業を終わらそうとしたって」
「ああ、あれね。反省してる」
 生徒にとって早く授業が終わるのはむしろ歓迎すべきことだろう。
だが先生からしてみれば職務怠慢とも取られかねない。実習生ならなおさら気遣うことだ。
29 :針は戻らない :2014/04/22(火) 23:51
「でもそれでどうして私が遅刻したと思ったの?」
「考えてみたんです。先生がどうして勘違いしたのか」
 ひとつ咳払いをする。
「先生は腕時計で時間を確認していますよね?」
「うん、これね」
 そう言って手にはめた腕時計を見せてくれた。
「はい。そして授業が終わる時間はいつもと同じです。
なので、勘違いしたのは「授業が終わる時間」ではないと思いました。
ではなにを勘違いしたのか」
 頭の中でもう一度確認し、言葉を続ける。
「先生の腕時計は五分進めてあったんじゃないですか? 
だから五分早く授業をおわらしそうになった。これならうまく説明がつきます」
 先生の口角が、ほんの少し上がっているのを確認する。
「じゃあ五分進めた理由は? 
人が時計を進める理由としてまず思い浮かぶのが、遅れないようにするため、です。
五分前集合なんて言葉もありますからね。
教育実習は先週から始まっているのに、なぜ今日に限って勘違いをしたのか。
それは、昨日になって時計を進める理由ができたからです」
「だから昨日、私が遅刻したと?」
「はい、そう思いました」
30 :針は戻らない :2014/04/22(火) 23:51
 先生は腰に手を置いて考える素振りを見せた。
「……惜しかったね。私は遅刻していない」
 半ば自信があっただけに言葉に詰まる。だがあくまで推測、当たるかどうかは運次第だ。
「おもしろかったよ、でも残念だったね」
「どこか間違ってましたか」
「あ、ごめん、もう次に行かなくちゃ。
えっと、私がなんで勘違いしたのか知りたいんだよね? 
だったら続きは昼休み、その、佐藤さんと三人でご飯を食べながら話さない?」
 まさかの提案。断る理由もない。
ハルの推測がどう間違っていたのか知りたいし、何よりまーちゃんとの約束を果たせていない。
 が、一応断りを入れておく。
「……一緒に食べてもいいんですか?」
「もちろん。生徒と一緒に食べちゃダメなんて決まりはない」
「わかりました、まーちゃんにも言っておきます。お時間取ってすいませんでした」
「気にしないでいいよ、じゃあ昼休みになったら職員室に来てくれる? 私から行くのも……ねえ」
 気にするほどのことだろうか。
「はい、わかりました」
「ありがと。そうだ、あなたのお名前は?」
「工藤です。工藤遥」
「工藤さん。じゃあ昼休みに」
 先生は足早に教室を出ていく。
31 :針は戻らない :2014/04/22(火) 23:51
  3

 四時間目の授業は社会だったはずだ。
授業が終わってから黒板を見ると、歴史について書いてあったから間違いない。
あとで誰かにノートを見せてもらおう。
 お弁当と水筒を持ちC組へと向かう。思えばハルから出向くのはこれが初めてだった。
ほんの少しの緊張を持って扉を開ける。
 いや、開けようと思ったらハルの手が触れる前に扉は動いた。
「わっ」
「あ、ごめんなさい」
 条件反射で口を動かしたけれど、出てきたのはまーちゃんだった。
「くどぅー! もぉ、今からそっち行こうと思ってたのに。で、どうだった?」
「ごめん、まだ聞けてない。
でも昼休み、まーちゃんとハルと先生と三人でご飯食べることになったの。そこで話してくれるって」
「……オッケー、ちょっと待ってて」
 そう言って踵を返し、中へと戻っていった。
 今もなお降り続く雨は心なしか弱まってきた。予報では夕方にはやむらしい。
「お待たせ、ってほどでもないか。行こ」
 お弁当片手に、見覚えのある水色の水筒を小脇に抱えながら教室から出てきた。
「まだ使ってたんだね、それ」
32 :針は戻らない :2014/04/22(火) 23:52
「ん、ああこれ? だってまさのお気に入りだもん」
 見てみろと言わんばかりにハルの顔の前に差し出してきた。
いや何度も見てきたよ、まーちゃん。
あえて指摘はしないが、下の方に佐藤優樹と書かれたシールを張っているのがいかにもまーちゃんらしい。
 職員室につくなり扉をノックする。
「中で食べるのかなあ」
「さすがにそれはないでしょ」
 扉を開け中へと入るが生徒が入れるのは畳半分くらいのスペースしかない。
しかも定期試験の前後では入室さえ許されていない。
 一番近くにいた先生に話しかける。
「すいません、実習生の真野先生はいますか?」
「ここにいるよ」
 驚きと同時に声のする方へと体を向けると真野ちゃん先生が立っていた。
どうやら回れ右をしたらしい、先生は職員室の外から声をかけていた。
「今、会議室が空いてるからそこで食べましょうか」
「は、はい」
 職員室よりも少し奥に入ったところに会議室がある。
ハルは健康診断のときしか使ったことが無く、会議室と言われてすぐにピンとはこなかった。
 細長いテーブルたちに椅子が三脚ずつ置かれ、三十人ほどが座れるようになっている。
 三人とも身近な椅子に座りお弁当を広げた。
33 :針は戻らない :2014/04/22(火) 23:52
 合掌。
「では、いただきます」
「いただきます」
「いただきます」
 ご飯にふりかけをかける。
満遍なく均等にするのが意外と難しく、ゆえにきれいにできたときのご飯はどこかおいしく感じてしまう。
 最初に話を切り出したのはまーちゃんだった。
「先生、なんで一時間目あんなことしちゃったんですか?」
「ん? もうその話いっちゃう?」
「はい、気になりますから」
 食べる手を止め、身を乗り出し、目を輝かせていた。
「ま、そのために一緒に食べてるんだもんね。でもその前に、工藤さんの考えは聞いた?」
「くどぅーの? いや、聞いてないです」
「結構おもしろかったんだ、工藤さん、話してあげてよ」
 間違っているとわかった話をもう一度させるとは、なかなか恐ろしい。
だがこのあとのためにも話しておいて損はないだろう。
 長い話ではないけれど、まーちゃんには要点だけをかいつまんで話した。
「なるほど。当たってそうなのにね」
「ね、おもしろいでしょ? でもほんとはね」
34 :針は戻らない :2014/04/22(火) 23:52
「先生!!」
 まーちゃんと先生は一瞬固まったあとこちらを見た。思いのほか声が出ていたみたいだ。
「すいません。ちょっと私の話聞いてもらえませんか? 実はあのあと考えてみたんです」
 不敵な笑み、とも取れない笑みを浮かべながら先生は言った。
「もう一回チャレンジしたいってことだね、いいよ。佐藤さんも、別にいいよね?」
「はい、まさもくどぅーの話聞いてみたいです」
 ふたりとも、ハルの自己満足に付き合ってくれてありがとう。
「あのとき先生は、私の推測を聞いたあと「惜しかった」って言いました。
それはつまり途中までは間違ってなかったってことです。
そして先生が否定したのは「遅刻」の一点。
なので私は考えてみました、遅刻していないのに時計を進めた理由を」
 二人はうんうんと相槌を打つ。
「時計を進めた理由としては、やっぱり遅れないようにするためで間違いないと思います。
そこで思ったのが、先生は一人暮らししているんじゃないかということです。
自分のことは自分で何とかする、みたいな。でもそうするとおかしい点が出てくるんです」
「おかしいところ?」
 卵焼きを頬張りながらまーちゃんが訊いてきた。
「うん。一人暮らしだとしたら時計を進めるのは実習の初日が妥当じゃない? 
それに普通、実習は母校で行われるから、公立中学が母校なら実家は近くにあるはずだし、
一人暮らしするのはおかしいでしょ?」
 納得してくれたどうかはわからないが、なにも言ってこないのはそういうことだろう。
35 :針は戻らない :2014/04/22(火) 23:53
「先生が実家から通っているなら時間を指摘してくれる人はいるはずです。
時計を進める必要はありません。でも今日は話が違った。
昨日から今日にかけて、両親が外出していて家に居ない。六月だからおそらく結婚記念日かなにかで」
「……兄弟は?」
 先生は相変わらず相槌を打つだけで、訊いてきたのはまたまーちゃんだった。
「兄弟? 年下なら頼るわけにはいかないし、年上なら年齢的に一人暮らし、あるいは仕事で朝早く出かける。
どっちにしろ、だよ」
「なるほど」
「そして今日、腕時計を五分進めたまま学校へ来て、元に戻すのを忘れてしまった。
学校では時計はどこにでもあるし、チャイムだって鳴ります。五分進めたままだと混乱のもとです。
そして事実、先生は間違えてしまった。つまり先生はこう勘違いしたんですよね?
「私の腕時計は正しい時刻をさしている」
と」
 すべてを言い終わり、先生の返答を待つ。
 先生は優しく微笑みながら、そして目をそらさずに一言、こう言った
「合格、かな」
 しばらく見つめたままだった。ほんの数秒なのに、その何倍もの時間に思えた。
「よかったね、くどぅー」
「あ、ありがとう」
 水筒のお茶をコップにそそぎ、一気に飲み干す。
「先生のご両親はご結婚何周年ですか?」
「今度は佐藤さんが勘違いする番かな? 合格って、何も満点だけが合格じゃないわよ」
 その言葉は、話がまだ終わっていないことを意味していた。
36 :針は戻らない :2014/04/22(火) 23:53
  4

 今度は先生が話してくれた。
「工藤さんの言ったことはほとんど当たってる。
教育実習中だし遅刻したくないじゃん? ベタだってわかっているけど五分進めておいたの。
そのせいもあってか、朝は間に合ったわ。
でも間に合ったからこそ、安心しちゃって時計を戻すのを忘れちゃったの。
佐藤さん……いや、C組のみんなにはちょっとかっこ悪いとこ見せちゃったかな」
「そんなことないです。可愛かったですよ、あのときの先生」
「そう? ありがとう」
 まーちゃんの場合、社交辞令ではなく心からの言葉だろう。
だがハルにはそれよりも気になることがある。
「先生、私の推測、どこが違いました?」
 今はただそれが知りたい。
「んー、話の大まかな流れは合ってるから、気にしなくてもいいことかも知れないけれど、
昨日は両親の結婚記念日じゃない。……実はおじいちゃんの命日なの。
家族は昨日お墓参りに行って、今日の夕方に帰って来る。私は実習があるから今回は行かなかった」
37 :針は戻らない :2014/04/22(火) 23:53
 まーちゃんもハルも言葉が出なかった。なんとなく聞いてはいけないことを聞いた気がしたから。
降りそそぐ雨が、一層話を重たく感じさせる。その空気を感じて先生は言う。
「まあそうなるよね。でもおじいちゃんは私が生まれる前に亡くなってるから、あまり悲しくはないの」
「そうだったんですか……」
「あまり気をつかわなくていいよ。そういう空気好きじゃないし楽しい方がいいでしょ?」
 そう言われて、さすがに「はいそうですか」とはならない。しかし気持ちは少しだけ楽になった。
「ところで、ふたりは雨好き?」
 窓の外を見る。この雨が好きかと訊かれれば、
「好きか嫌いかで言うと、嫌いですかね」
 と答えるのが一般的ではないだろうか。
「まさも嫌いかなあ」
「でもおじいちゃんは雨が好きだったみたい。ちょっと変わってるでしょ? 
梅雨の時期だからって言われればそうかも知れないけど、毎年お墓参りに行く日は雨が多いの。
きっとおじいちゃんが喜んでいるんだろうってパパとママがよく言ってた。昨日も雨だったね」
 そういえばそうだ。
「私もあなたたちと同じで雨が好きじゃなかった。でも今は少し好きになってきたの」
「おじいちゃんの話を聞いたからですか?」
 こくりと首をかしげ、まーちゃんが尋ねる。先生は窓の外を見る。
38 :針は戻らない :2014/04/22(火) 23:54
「うん。高校の頃から部活だとかテストだとか、大事な日にはよく雨が降ったの。
それで友だちからは「雨女」なんて呼ばれていたんだけど、おじいちゃんの話を聞いてから、
「ああ、おじいちゃんが私のことを応援しているんだ」って思うようになったの。
要は、気の持ちようね。そう思ったら雨も嫌いじゃないかなって」
 声はいつもと変わらなかったが、さみしげな横顔が印象に残った。
「なんか、大人な考え方ですね」
 口をついて出た言葉がそれだった。
「そうかなあ。私はまだまだ子どもだと思うんだけど」
 中学生から見れば大人で、大学生から見れば子ども。とすれば高校生だ。
「でもこの話はほかのみんなには内緒ね?」
「え、どうして」
「だってこんな話したら絶対しんみりしちゃうじゃん。
そういうの好きじゃないってさっきも言ったでしょ? それに……」
「それに?」
39 :針は戻らない :2014/04/22(火) 23:54
「「少しおっちょこちょいなドジっ子実習生」って、可愛くない?」
 今度は違う意味で声が出なかった。真野ちゃん先生ってこんな性格だったのか?
「あのてへぺろッは良かったです!」
「でしょー」
 ハルが対応に困っている隙に、まーちゃんが話をまとめてくれていた。
そのあとは他愛もない世間話で盛り上がり、楽しい昼食の時間となった。

 放課後になると予報通り雨も小雨になり、傘を差さなくても気にならないほどだった。
 とは言いつつ、傘を差しながら帰路に就く。
「くどぅー、今日は珍しくムキになってたね」
「ごめんね、負けず嫌いな面が出ちゃった」
「で、勝敗は?」
「一勝一敗、かな。一応合格ももらえたし」
 このときのハルの顔は笑っていたと思う。
一勝できたからではない、今日も楽しい中学校生活が遅れたからだ。
それにしても、今のハルには九マイルは遠すぎたみたいだ。
40 :名無飼育さん :2014/04/22(火) 23:55
>>23-39
『針は戻らない』
41 :名無飼育さん :2014/04/23(水) 12:39
『一つでは足りない』
42 :名無飼育さん :2014/04/23(水) 12:40
  1

 悪い夢を見た。
 そう思いたくなったのはこれで二度目だ。一度目は憧れの先輩の卒業。
あの日は柄にもなく大泣きしてしまった。
 そして、今日。
 どうしてこんな日に……。
そう思いながらも、まだ急げば間に合うかもしれない、
と問題を先送りにすることで心の安寧を図ることに努めた。
 カッターシャツに袖を通し、一年以上穿いても一向に慣れないスカートを穿く。
それからリボンをつけようとするが、まだ夏服の期間だったことを思い出し、
かけておいたハンガーに戻す。
 階段を駆け下り、洗面台へと向かう。
自分自身、ボーイッシュであることを否定はしないが、
寝癖をよしとしないほどの女心は持ち合わせている。
髪が短い分寝癖がつきやすいけれど、見たところ目立ったものはなく、
軽く髪を濡らす程度にとどめておいた。
 時計を見る。どうやら朝食はおあずけのようだ。
パンをくわえながら行けば、日が日だけに何か起こりそうだが、あいにく我が家の朝は米で始まる。
 と、自分で言っておきながらどこが「あいにく」なんだろうかと思ったが、
自転車に跨った今、そんなことを考えている暇も余裕もない。
 忘れ物は、ない。
「急ぐか」
 こんな日に限って……。新学期初日に遅刻なんて……。
 車に気をつけながら、できる限りの最高速度でペダルを漕いで行く。
43 :名無飼育さん :2014/04/23(水) 12:40
  2

 自分で言うのは許せるが、他人に言われるのは許せない。
そう思うことは今までに何度もあった。
今回もそれを適用したかったが、今日だけは他人の言葉も甘んじて受け入れることにした。
「くどぅー、バカだね」
 しかしこうもストレートに言われると反発したくなるのが人の常ではないだろうか。
「もう少し言い方があると思うんだけど?」
「……見つからなかった」
 さいですか。
 放課後の二‐Aの教室。残っているのは、私、工藤遥。
そしてハルの前の席に座り、上半身をこちらに向けている佐藤優樹。
それからA組の生徒が数名。
 放課後と言っても、今日は始業式と短いホームルームがあっただけで、
今は昼の十一時を少し回ったところだ。
朝ごはんを抜いているから帰っていい時間ならすぐにでも帰りたいのだが、
そうはいかない理由があった。
「それにしても、ある意味奇跡だよくどぅー。
数学のプリントを表だけやって裏を忘れるなんて。らしくない。
そんなに数学がイヤだったのかあ」
 はいはい私がバカでした。ですからそのにやけ顔はやめていただきたい。
この上遅刻までしていたらどんなことを言われただろう。
ただ一つ、腹を抱えて笑う姿は容易に想像がつく。
44 :名無飼育さん :2014/04/23(水) 12:41
 先生には、十二時までに出せば忘れてないことにしてあげると言われた。
だからその言葉に甘えてこうして放課後の教室に身を置いているが、
周りの生徒はおのおの放課後を放課後として楽しんでいるのだろう。
ハルのような人は稀有な例だときちんと自覚している。
まーちゃんもまーちゃんで、こんなハルに付き合ってくれているのだから、
そこには感謝をしなければいけない。
「ねぇまーちゃん、帰らなくていいの?」
 ハルの問いに、頬杖をつきながらやや上目遣いでこう返してきた。
「それは帰ってほしいって受け取るべきなのかな?」
 佐藤優樹。この軽口が彼女の特徴とも言える。
どこぞの育ちのいいお嬢様にも見えかねない容姿のせいで、想像と現実の違いに戸惑う人も多いはずだ。
しかし彼女のことを知れば知るほど、憎めないやつだということもわかってくる。
「そんなことは思ってないよ。ただ、ハルのせいで帰る時間が遅くなっているなら申し訳ないなって……」
「そう思うんなら」
 言いながら目線をハルの机に落とした。いや正しくは、机の上のプリントに、だ。
「はい、すみません」
 なるべく手短に片付けよう。
45 :名無飼育さん :2014/04/23(水) 12:41
 シャープペンシルをノックする。
プリントは三枚あるが、すでに片面は終わっているので三十分と掛からないだろう。
 すらすらと書き進めていければよかったが、それはそれ、人には得手不得手がある。
 なんとかプリント一枚を終えたところで、まーちゃんに会話を促した。
「気を遣わせて悪いけど、黙っていなくていいよ。てゆうかむしろ、喋ってくれた方が気がまぎれる」
「ま、くどぅーがそうしてほしいって言うなら」
 その言葉を受け二枚目に取りかかる。
 部活動の練習の声でも聞こえていればまーちゃんに頼むこともなかったけど、
今日は完全下校時間が十二時で、部活動も休みなのだ。
とはいえ、教室には他にも数名が居残っているので、
風の音しか聞こえないと言うほど静かなわけでもない。
 筆の進みがはやいのがわかる。どうやら会話作戦は成功らしい。
実際のところ、ハルは軽く相槌を打つくらいで、ほとんどがまーちゃんのひとり喋りだったのだが。
 それでも新しい話題を切り出したところでハルの注意がそちらに向いた。
「そういえば、今日の朝見慣れない車を見たの」
 顔を上げると目が合った。見慣れないとはどういうことだろう。
ガルウィングドアの車でも見たのか? それならハルも是非お目にかかりたい。訊いてみる。
「どういうの?」
「赤い車」
46 :名無飼育さん :2014/04/23(水) 12:41
 思考停止。ほんの一瞬だったが確かに思考は停止した。
赤い車を見慣れない車に分類するのは、いささか無理がないだろうか。
 ポカンと口を開けたままのハルを見て、まーちゃんが補足してくれた。
「この学校で、だよ?」
 それだけ言って、その先は目で訴えてきた。
 少し考えてみる。そして理解した。確かに見慣れない。
この学校においては、赤い車は見慣れない車たりうるのだ。
「まーちゃんの言いたいことがわかったよ」
 赤い車なんて珍しくもなんともない。珍しがる人もいないだろう。
ただし、それは広く言えばの話だ。この学校でとなると話は変わってくる。
 あまり気にしたことはなかったが、思い返せばここに通って約一年半、
まったくと言っていいほど赤い車が止まっているのを見たことがない。
白や黒、シルバーに加え黄色や青などがあるのに、赤がないのもそれはそれで珍しい。
まあ来年度になれば、新任の先生が赤い車で颯爽と出勤する姿が見られるかも知れない。
少し楽しみにしておこう。
 それはそうとして、確かハルが今日学校に来たときは……。
「でもハルは見てないよ? 今日の話でしょ?」
47 :名無飼育さん :2014/04/23(水) 12:42
「うっそだぁ!」
「ホント。ハルだって赤い車があれば覚えてるはずだよ」
 まーちゃんはううむと唸り眉間にしわを寄せた。
口ぶりからすると赤い車は本当に見たんだろう。なにかと見間違えたということも、きっとない。
「不思議な話だね」
「うん。……あ、不思議で思い出したけど」
 言って、ふふっという笑いが漏れた。
「ん、どうした?」
「ああごめん、思いだし作り笑い」
 なんじゃそりゃ。
「聞きたい?」
 いいえ、聞きたくありません。そう言えばすんなりと引き下がるとは思えない。
それに口角が上がり、目も輝いている。プリントも既に三枚目に入っている。
時間もまだ充分に残っている。要するに、
「話したいんでしょ?」
「わかる? ホントに不思議なの。だからくどぅーの知恵が借りたくて」
 言い終わるが早いか、まーちゃんは姿勢を正し、一つ大きく咳払いをした。
48 :名無飼育さん :2014/04/23(水) 12:42
  3

「ホームルームのときに、友だちから聞いた話なんだけど」
 その言葉からまーちゃんの話は始まった。ハルは問題を解くペースを緩め、話に耳を傾ける。
「今日は九時から始業式だったでしょ? 
八時四十分くらいから各クラス、担任の先生に連れられて体育館へと入って行った。
 まずは三階の一年生から。そのあとに二階の二年生。そしてC組の番がきた。
 この学校の場合、位置的に体育館に行くときは昇降口をかすめる形になる。
友だちはそこを利用して、好きな先輩に宛てて書いた手紙を、その先輩の下駄箱に入れることにしたの」
「他にも入れるチャンスはあったと思うけどね」
 少し大げさに、はぁ、と溜め息をつき首を左右に振った。
話の腰を折らないでくれ、ということだと思うけど、せめて何か言葉を発してほしい。
 気持ち語気を強くして続ける。
「入れることにしたの。先輩の下駄箱の場所はわかっているから、目的はすぐに果たせた。
でもその子はそのあと奇妙なものを見たの」
 奇妙なもの? と訊きたくなったが、先に習い黙っておく。
49 :名無飼育さん :2014/04/23(水) 12:42
「下駄箱といってもただ木の板で仕切られただけで、扉なんてついてない。
だから他の人の靴も丸見えでしょ? 
その中でどうも一ヶ所だけ、目を引くと言うか違和感を覚えるものがあった。
近くに寄ってよく見てみると、なにがおかしいのかはすぐにわかった。
そこには上靴と外靴が入れてあったの。
 でもそれだけじゃない、注目すべきはその数なの。くどぅー、わかる?」
「いや、わからない」
 具体的に言って当たってしまったら申し訳ないからこう答えたが、
百とか千とか、大げさにボケる方法もあったのだと気づいた。
 まーちゃんは得意そうな顔をして、おもむろにピースをした。
「たったの二つ。上靴一足に外靴一足。どう考えても足りないの。不思議でしょ?」
 なるほど不思議だ、いろいろと。
「不思議だと思うよ。
昇降口で上靴と外靴を履き替えるから、二つが同時に入っているのはあまり見かけない。
それに始業式は体育館で行われたけど体育館シューズは必須じゃないし、
仮に使ったとしても上靴は体育館に持ち込んでいるはず」
「そう。さすがくどぅー、話がはやい」
 それなのになぜ、しかも上靴と外靴が一足ずつなのか。靴は二足でセット、一つでは足りない。
50 :名無飼育さん :2014/04/23(水) 12:43
「質問してもいい?」
「いいよ」
「その上靴と外靴は、左右どっちの足だった?」
 少しの間をおいてはっきりと答えてくれた。
「上靴が右足、外靴が左足だった」
「間違いない?」
「うん」
 それなら一つの仮説を立てることができる。これで大方の説明はできるだろう。
でもまだ、すべてが解決したわけではない。
 数学の問題も残り一問となった。
気づけば他に残っていた生徒たちは帰っていて、教室にはハルとまーちゃんの二人だけだった。
 風の音が聞こえる。
 最後の問題を解き終わるとまーちゃんが訊いてきた。
「下駄箱、見に行くんでしょ?」
「もちろん。百聞は一見に如かず、ってね」
 筆記用具をカバンに戻し、プリントを手に、ハルは席を立つ。
「さあ、いこうか」
 教室を出て、中央廊下を右に曲がれば職員室がある。
プリントを提出し先生に伝えた。すみませんでした。そして、ありがとうございました。
51 :名無飼育さん :2014/04/23(水) 12:43

 職員室前の階段を下りれば目の前には昇降口がある。
「ねぇ、まーちゃん。どこかなぁ」
「こっち」
 言いながら三年生の下駄箱へと歩いて行く。一番端、あれはD・E・F組の棚か。
「確か……、あれ!? 確かここにあったはずなんだけど……」
 顔も目も左右に動かす姿を見て、ここは形だけでもとハルも探すことにした。
まーちゃんに背を向けA・B・C組の棚も見てみるが、
上靴と外靴が1足ずつ入った下駄箱は見つからなかった。
 ないならないで構わない。大体こんな時間だ、予想はできていた。
これで証拠は明日に持ち越しになった。しかしそれもそれで構わない。
 校内放送のスピーカーにノイズが走る。

『……完全下校時間五分前です。まだ校内に残っている生徒は、速やかに帰りましょう。
 完全下校時間五分前です。まだ校内に残っている生徒は、速やかに帰りましょう』

「だって。とりあえず帰ろうか」
 靴を履き替え校舎を出ると、聴き馴染みのある歌詞のない曲が聞こえてきた。
52 :名無飼育さん :2014/04/23(水) 12:43
  4

 九月になっても暑さは変わらず、照りつける日差しで肌が熱くなるのを感じた。
 どれほどだっただろう。しばらく無言のままでいたが、沈黙を破ることにした。
自転車を引きながら、斜め後ろを振り向いて、
「訊きたいことがある。間違っていたら言って。……ラブレターを書いたのはまーちゃんだよね?」
 一呼吸置いて返事がくる。
「やっぱり、さすがだよ、くどぅー」
 そう、あれは友だちから聞いた話なんかじゃない、まーちゃんの経験談だ。
 教室で話を聞いているときから引っかかっていた。
それこそ「なにかがおかしい」くらいで、
気のせいだよと言われればそうか気のせいかと納得していたと思う。
昇降口に来るまでは。でもどうやら気のせいではなかった。
 まーちゃんの話し方は、人から聞いた話というより、自分の経験談という印象を受けた。
きわめつけは、さっきの一言。
「まーちゃんは下駄箱の前でこう言ったよね? 「ここにあったはず」って。
この言葉は実際に見たことがないと出ない言葉なんだよ。
そこで気がついた、友だちから聞いた話なんて嘘なんじゃないか。
まーちゃん自身がラブレターを書いたんじゃないか、ってね。
 思えば、「友だちから聞いた話」なんて枕詞がそのままの意味で使われることなんて少ないんだよ」
53 :名無飼育さん :2014/04/23(水) 12:44
 最後のは半分冗談だったが、妙に納得された。
「なるほど。でも」
「うん、でもそうだとするとハルは軽率だったね。
たとえ友だちだとしても、他人(ひと)の恋愛事情に土足で踏み入るべきじゃなかった」
 横断歩道まで来ると信号はすでに点滅していた。無理に渡ることはない。
 セミが鳴いている。耳からも暑さを感じていると、どこか申し訳なさそうな声が聞こえてきた。
「……くどぅーの推論には一つの間違いがある」
「なに、ラブレターは別の人が書いたとでも?」
「違う。そもそもラブレターなんて書いてないの。
くどぅーが言ったことはほとんど合ってるよ。すごいと思う。
でもただ一つ、「好きな先輩」を異性と捉えたところが間違ってる。LOVEじゃなくて、LIKEなんだよ」
 なら。
「じゃあなんでハルに嘘をつく必要があったの? てっきり自分の恋愛事情を知られたくないからだと」
「ごめん、先に謝っておくね。実は、頭の回るくどぅーに挑戦したくなったの。
つまりくどぅーがきちんと真実を見抜けるかどうか、くどぅーを騙し通せるか試そうって思いついたの。
あの思いだし作り笑いのとき」
 あのときか。すっかり騙されていた。
54 :名無飼育さん :2014/04/23(水) 12:44
「本当のこと言うね。
 C組が体育館へ向かう途中、まさは部活の女の先輩宛てに書いた手紙を、その先輩の下駄箱に入れに行った。
内容は、夏が終わると会えなくなって寂しいです、っていうもの。ラブレターなんかじゃない。
そしてそのあと、ふぞろいの靴を見つけたの」
「……つまり、ハルをからかったんだね」
「違う! 別にそんなつもりは……。くどぅー、怒ってる?」
 言って顔を覗き込んでくる。
 信号が青になったので左右を確認して歩きだす。
「別に怒ってないよ。でもなんだろう、ホッとしてる」
「ホッとして……る?」
「うん、自分でも信じてなかったから。ハルが知ってるまーちゃんには、彼氏彼女は似合わない」
「……まさもそう思う」
 笑った。まーちゃんも笑った。
 横断歩道を渡り右に折れれば、あとはまっすぐ道なりに。
途中にあるケーキ屋の前を通ると甘い匂いが鼻をつつく。少し前を行くまーちゃんが足を止めた。
「ところで、ふぞろいの靴の謎は説明できそう?」
「うん」
 小さく咳払いをする。
55 :名無飼育さん :2014/04/23(水) 12:44
「ふぞろいの靴の持ち主は、何も奇を衒おうとしたわけじゃない。右足は上靴を履く必要がなかったんだ」
「どういうこと?」
「履く必要がなかったというか、履けなかったんだよ、……ケガをしていたから」
「ああ」
「下駄箱に左右の違う上靴と外靴が置いてあったのなら、
その人は片足だけ外靴を履いて登校し、その足だけ上靴に履き替えたということ。
足のケガ、捻挫か骨折かはわからない。それでも靴が履けないのなら、松葉杖は使ってるんじゃないかな」
 続ける。
「そんな状態の子どもを一人で行かす親は、まあいないでしょう。
手段と、それに時間に余裕があるならなおさらね。だから今朝、その人は親に送ってもらった。赤色の車で」
 へ? と気の抜けた声を漏らしてから、まーちゃんは疑問を投げかける。
「どうしてそこで赤い車が出てくるの?」
「簡単なことだよ。まーちゃんが見た赤い車をハルは見ていない。
そしてハルが学校に着いたのは遅刻ギリギリだった。
つまりハルが学校に着く前にその車は帰ったということになる。
そうすると先生の車とは考えられないから保護者の車だ。
保護者がなにをしに朝の学校へ? 来てすぐ帰ったのなら子どもを送りに来たんだと思う。
 そして、松葉杖をついて歩く生徒の存在」
 少し早口になっているのが自分でもわかった。額に滲んだ汗を拭う。
56 :名無飼育さん :2014/04/23(水) 12:45
「ここまで言えば、大丈夫だよね?」
「うん」
 再び歩き出す。次の交差点でハルは左に曲がる。まーちゃんはまっすぐ。
 信号は赤。並んで待っていると、目の前を数台の車が横切っていく。
「今日はいろいろ楽しかったよ」
 すかさず睨んでやる。
「怒ってないって言ったじゃんか、くどぅーの嘘つき」
 つんと口を尖がらせていた。まーちゃんの場合、機嫌が悪いとこうはならない。
「だから怒ってないって。でも気分は良くないよね」
「わかった、じゃあ今度なにかお願いを聞くから」
 信号が青に変わる。
「なら週末、あそこのケーキ屋さんに行こう。……まーちゃんのおごりで」
「まったく……」
 そう言って小走りで信号を渡り、向こう側で立ち止まった。振り返り大きめの声で、
「くどぅーのいじわる!」
 はは、約束だよまーちゃん。
 バイバイの声に合わせて手を振る。
まーちゃんが徐々に小さくなり、やがて横道に消えて見えなくなった。
 自転車に跨り、ペダルに足をかける。ここからあとは下るだけだ。
 照りつける日差し、セミの声。まだまだ夏は終わらない。
それでも意外に早く、秋はやってくるだろう。
57 :名無飼育さん :2014/04/23(水) 12:47
>>41-56
『一つでは足りない』


名前欄変えるの忘れてましたね……
58 :名無飼育さん :2014/04/23(水) 12:47
『制服の男』
59 :制服の男 :2014/04/23(水) 12:48
  1

 楽しい時間は早く、つまらない時間は遅く感じるというのは、
経験則から導かれる事実であり、そこに異を唱える者はいないだろう。
そしてこの事実はハルに、人の脳というものは効率的ではないのだと教えてくれた。
 バスの車内は退屈だった。
 朝から降り続く雨は、道の上に水溜まりをつくり、車の群れをつくった。
アクセルとブレーキを繰り返すバスの進みは遅く、
窓の外に目をやれば、傘を差して歩く人たちが次々とバスを追い抜いて行く。
前の方に座る男性がしびれを切らしたのか、文庫本を取り出し読み始めた。
暇を持て余しているのはハルだけではなかったらしい。
 携帯を取り出しなにか面白い話題でもないかと調べれば、
世間では空き巣強盗放火など物騒な事件が起きている。
しかしそんなこととは関係なく、バスは停留所を目指し走り続ける。
 ニュースもほどほどに携帯ゲームに没頭していると、後ろの席の小銭を探る音に釣られ目を上げた。
停留所がすぐそこまで来ていたのだ。
幾人かがバスを待っていたが、その中に待ち合わせ相手を確認すると、
携帯をしまい隣に置いた鞄を膝の上に乗せた。
60 :制服の男 :2014/04/23(水) 12:48
 バスが止まり、ドアが開く。入口のすぐ近くに座っているので人の出入りはよくわかる。
初めに乗ってきたのは短髪の男子。言っておくけど、ハルより短い。
その次に乗ってきたのがハルの待ち合わせの相手だった。
 黒地に白の水玉模様のスカートに上は白の長袖。
前面にはなにやら英語が書いてあるが意味はちょっとわからない。
たぶん本人もわかってないんじゃないかな。
髪は頭のてっぺんで一つにまとめ、髪色と同じ黒のゴムで縛っているだけだった。
 見た目だけで言えば育ちのいいお嬢様という言葉がよく似合う。
ただ一つ、その印象を裏切るところがあり、それが彼女の特徴とも言える。
 ハルを見つけると、いつもの調子でこう言ってきた。
「待たせたかな? 工藤遥(くどうはるか)くん」
 首を横に振る。
 佐藤優樹(さとうまさき)。彼女を語る上でこの軽口を忘れてはいけない。
これを玉に瑕だと言う人がいるかもしれないけど、ハルはそうは思わない。
「ところで、雨やまないね。予報では夕方にはやむって言っていたけど」
「そうだっけ? 夕方から夜にかけて、のはずだよ」
 そう言いながらまーちゃんが席に座ると、バスはゆっくりと動き出した。
 時刻は五時手前。十月も後半に入り、既に日は落ちようとしている。
61 :制服の男 :2014/04/23(水) 12:48
  2

 しばらく話したあと、まーちゃんはおもむろに小さな冊子を取り出した。
「楽しみだね」
 そう言ってページをめくる。それはハルたちがこれから向かう建物のフロアガイドだった。
オープンしたのは半年近く前だから何度か行ったことはある。
もちろんまーちゃんとも。けれど、この冊子の手にしたことはなかった。
 知ってはいたがこうして改めて見てみると、服屋書店料理屋雑貨屋のほかに、
家電歯医者携帯ショップ美容室とバラエティに富んでいる。
そして、最上階の六階をすべて使って展開される映画館が、今日のハルたちの目的地だ。
 誘われたのは昨日の放課後。
ずいぶん急な話なうえに雨の予報が出ているのを知っていたので、別の日ならと返事をした。
しかしまーちゃん曰く、
「明日はレディースデイと月に一度の特別割引が重なる日なんだよ。別の日なんて選択はないと思うけど」
 まあそれなら、いいかな。中学生のお財布事情は結構厳しいのだ。
 フロアガイドの六階のページに目を落としながら昨日のことを思い出していると、
注釈が書かれていることに気づいた。
「ん? まーちゃん、すべての割引において重複割引はできません。って書いてあるよ」
「チョウフク?」
62 :制服の男 :2014/04/23(水) 12:49
「二つ以上は同時に使えませんよ、ってこと」
 わおという声が漏れた。少しの間をおいて、普段と変わらない調子で言った。
「ま、いいや、それでも」
 軽いな。もう自分が言った誘い文句も忘れているのかもしれない。
かといってハルもここまで来て「じゃあやめようか」などと言う気もない。
バス代が無駄にかかるだけだ。
「それにしても、よく気づくよねくどぅーって」
 あまりに唐突すぎて言葉の意味がうまく理解できなかった。
「どういうこと?」
「まあ今回のは違うけどさ、
いままでもまさが思いもしなかったようなことを言い当てたりしてきたじゃん? 
それってすごいことだよ。くどぅーは「こんなの運がよかっただけ」なんて言うけど、
その一言で片づけちゃいけないと思う」
 褒められているんだろう。だけどずいぶん的外れだ。
相手を見積もるときは低くてもダメだが、高くてもダメなのだ。
 だから言う。
63 :制服の男 :2014/04/23(水) 12:49
「買い被りすぎだよ」
 しかしハルの気持ちとは裏腹に、まーちゃんは微笑みを浮かべた。
「謙虚だね」
 いや、だから。
 中学に入学しておよそ一年半。
まーちゃんは普段の生活からいくつかの不思議を見つけ出し、
その解決をハルに持ちかけたことが何度かあった。
それに対しハルがなにもしなかったと言えば嘘になる。
 しかしこのままではいけない。
「まーちゃんはなにもわかってない」
 思いの外、強い口調になってしまった。
それでもまーちゃんは微笑みを崩さず肩を竦めてみせた。
「どうしても認めないんだね。
いいよ、いままでの成果はすべてくどぅーが幸運の持ち主だったことにしよう。
それでも、くどぅーが考えてくれたおかげで、それなりの結果が生まれたのは事実でしょ?」
 否定はできない。
64 :制服の男 :2014/04/23(水) 12:49
 だがそう簡単には認めない。
「「運がよかった」っていうのは事実と推論はそう簡単に一致しないって意味だよ。
世の中わからないことだらけだ」
「それは普段から理由を考えたりしないからだよ」
 ぐうの音も出ない。
「それなら何か一つ状況を出してみてよ。事実と推論がそう簡単に一致しないって証明してあげる」
 半ば挑発的な提案に、まーちゃんは乗ってきた。乗ってくると思っていた。
「おもしろそう。なんでもいいんだよね? じゃあ……」
 上げた目線は宙をさまようことなく、一人の男を捉えた。
ハルへと向き直り、胸の前で小さく彼を指差しながら言う。
「じゃあ、あの人がどこで降りようとしているのか、推測してみて」
 気合を入れるために、大きく息を吐く。
「始めようか」
 ゲーム開始の合図のように、五時のサイレンが鳴った。
65 :制服の男 :2014/04/23(水) 12:50
  3

「まずは彼の観察からだね」
 事は慎重に。けどゆっくりとはしていられない。
彼が次の停留所で降りる可能性だってあるのだから。
 手がかりを見落とさないようにじっくりと観察する。
 前から二列目の右側、一人掛けの座席に座る彼は、退屈そうにしていた。
灰色を基調としたチェック模様のズボンに紺色のカーディガンという服装。
首元からは白のカッターシャツも見えている。
そして手には、柄の部分が青色のビニール傘を持っていた。
 以上……かな。
 ここからどうする? なんの変哲もない光景から読み取れるもの……。
「まず」
「まず?」
「彼は近くの高校の生徒であることがわかる」
 これは誰でもわかることだ。
「制服を着ているから?」
「うん。それにあの制服には見覚えがある。あゆみんが通っている高校のやつだ」
 まーちゃんはこくりと首をかしげ、やがて思いだした。
66 :制服の男 :2014/04/23(水) 12:50
「ああ、図書館でバイトしてた人だね」
 頷く。
「だから彼は高校生で間違いない」
 実は二十歳以上で、特別な趣味をお持ちの可能性もなくはないが、
そんな特殊な場合まで考えていたらどんな推測だって成り立ってしまう。
彼はごくごく一般のありふれた男であると考えるべきなのだ。
 となれば、次の推論は自然と導かれるのではないだろうか。
「彼はいまこの時間、下校途中である」
 どこもおかしくはない……と思う。だけど何かが引っ掛かる。
具体的には言えないが、彼が下校途中だとすると不自然なのだ。
午後五時という時間のせいだろうか。いや、遅くまで学校に残ることはよくあることだ。
そんなことを考えていると、
「それは違うんじゃない?」
 と訂正しようとする前に否定されてしまった。
67 :制服の男 :2014/04/23(水) 12:50
 でもそんなにはっきりと言い切れるのかな。訊いてみる。
「というと?」
「だって、あの人が乗ってきたのは高校の最寄りの停留所じゃなかったよ」
 なるほど乗った場所か。考えてなかった。でもそれなら難しいことじゃない。
「それはどこか、例えば友だちの家に寄ったあとだとしたらどう?」
 しばらく待ってみたが反論はなかった。
それより気になったのは、まーちゃんがなぜ彼がどこから乗ったかを知っているのかということだが、
なんのことはない、すぐに思い出した。
彼の髪の毛は短い。
「そういえば彼が乗ってきたのはまーちゃんと同じ停留所だったね。
もしかして、彼を選んだのもそれに関係するのかな?」
 当たりだった。
「うん。実はバスに乗る前からずっと気になっていたの。あの人どこかおかしくない?」
 ふうん。まーちゃんも同じことを思っていたのか。
その謎が解ければ推論の手がかりになるかもしれないんだけど……。
 乗る前から気になっていた、ね。
68 :制服の男 :2014/04/23(水) 12:51
 黒に近い灰色のズボンと白のカッターシャツに紺色のカーディガン。
そして柄の部分が青色のビニール傘。
 ああ、そういうことか。
「おかしいと思っていた。でもいまわかったよ。やっぱりさっきのは間違っていた」
 一呼吸置いて、
「彼は下校途中なんかじゃない、すでに一度家に帰ったあとだ」
 まーちゃんが黙り込んでしまった。よくよく考えればわかると思うんだけど。
「彼の持ち物を見てごらん」
「ビニール傘? でも外は雨だから」
「そうじゃない。
んーなんて言えばいいかな、持っているものじゃなくて、持っていないものに注目してごらん」
「持っていないもの……」
 あまりもったいぶるのもよくないので、ハルは膝の上にあるものを指差した。
「ああ! これか!」
「そう、それが彼のおかしなところの正体だよ。
中学生や高校生なら、まして下校途中なら持っていて当たり前のもの。
……彼はカバンを持っていない」
69 :制服の男 :2014/04/23(水) 12:51
 続ける。
「つまり一旦家に帰り、そしてまた出かけた。用事があったんだろうね。
でもその用事は今日急遽できたものだと推測できる。
なぜなら、前もって出かけることが決まっていれば家に帰る必要もないし、
家に帰る余裕があったなら着替えればいい。
よって、彼がこのバスに乗る理由は家に帰ってすぐ、突発的に発生したと考えられる」
 ハルの言ったことを反芻するように数回頷き、呟くように言った。
「なるほど。じゃあその用事がなんなのかがわかれば、あの人の行き先がわかるね」
 そこが最大のポイントだ。
 まず考えられるのは誰かに誘われた、ってこと。
友だちに誘われたのなら余裕を持って行動できたはず。つまり着替える時間があったことになる。
なら目上の人間に呼び出された? それならありえそうだ。でもそれを示すものはここにはない。
これまでのことを考えると、いくら理屈が通っていてもまーちゃんを納得させられないと意味がない。
いまこの場で推測される理屈を突きつけなければいけないのだ。
 少しの間降りた沈黙。そのときちょうどバスが停留所に着いた。
70 :制服の男 :2014/04/23(水) 12:51
  4

 市役所前。その名を冠するのに充分な場所だった。
見てみれば市役所は五時を過ぎてもまだ営業していた。まあ用はないけど。
 目の前の扉が開く。乗ってきたのは女性だった。降りる人はいない。
よかった、彼の目的地はここではなかったらしい。
 ……いや、ちょっと気負いすぎかもしれない。
これはまーちゃんとのゲームなんだからもう少し気楽にいかなければ。
 バスが動き出すが早いか、彼はポケットから携帯を取り出した。
しかし開くこともせずすぐにポケットに戻してしまった。一体なにがしたかったんだろう。
 まーちゃんもそれを見ていたらしい。
「あの人ガラケーだ。珍しいね」
 見るポイントは違ったけれど。
「そうかな? 確かに持ってる人は減ったよね。ハルたちももう持ってないし。
でもまだ結構な数の人が持ってるよ、ガラケーにもいいところはあるからね。
ちなみにハルの憧れの人もまだガラケーだよ」
「ふうん。……で、推論の続きは?」
 んー、あともう一押しな気がするんだけどなあ。
71 :制服の男 :2014/04/23(水) 12:52
 少し時間稼ぎをしてみる。
「その前に、いままでの推論を整理してみよう。
 雨の降る夕方、傘を持った男子高校生が制服姿でバスに乗る。
ひどく退屈そうにしている彼はカバンを持っていない。
そこから、彼が下校途中でなく一度家に帰ったあとでなにか用事ができ、どこかへ向かっていると推測した。
 ではその用事とは一体なにか」
 言いながらハルは少し前のことを思い出していた。
 ハルがバスに乗ってから。
 まーちゃんが乗ってきてから。
 そして……。
 どうやら時間稼ぎは功を奏したらしい、ハルは一つの結論に至った。
「その顔はなにか気づいたね」
 どんな顔か気になったが、とりあえず頷いた。
「まあね」
「聞かせて」
 期待には応えられそうもないけど。
72 :制服の男 :2014/04/23(水) 12:52
 どこから話そうかと迷っている間、まーちゃんは待っていてくれた。
まず、と前置きして話し始める。
「まーちゃん、いま退屈?」
「ううん、くどぅーがいるもん」
「それはよかった。ハルは退屈だった。だからまーちゃんが来るまで携帯をいじっていた」
 まーちゃんは怪訝そうに眉間にしわを寄せた。
「なにが言いたいの?」
「彼のおかしなところをもう一つ見つけたんだよ。
バスの車内は退屈だ。まあ話し相手がいれば別だけどね。
じゃあ退屈ならどうすればいい? 暇潰しになるものを探せばいい。
それがハルの場合は携帯のゲームだった。小説を読む人もいたよ。
 なのに退屈そうにしている彼は見たところなにもしていない。
手ぶらに見えるけど、彼が携帯を持っていることをハルたちは知っている。
ほかになにか持っていたとしても財布ぐらいかな。なぜならカバンがないから」
 ここで一旦言葉を切る。乾いていないけれど唇を舐めた。
73 :制服の男 :2014/04/23(水) 12:53
「携帯があれば充分暇潰しできる。でも彼はそれをしなかった。
いや、しなかったんじゃなくできなかったのだとしたら? 
つまり、彼の携帯はいま使える状態じゃない。
 いまや携帯は必需品。中高生にとっては特にね。
なのにそんな携帯が急に使えなくなっていた。これじゃあ友だちとも連絡が取れない。
時間はまだ夕方。そのとき彼が取る行動は一つ。
 さっき彼がポケットから携帯を取り出しまたすぐ戻したのは、
壊れているのを度忘れしていたか、あるいは使えるようになってないか確認した、ってところかな」
 そして残るは。まーちゃんも、もう気づいている。
「じゃああの人が降りるのは」
 ハルは笑う。
「うん、ここまで来ればわかるよね。彼の目的地は携帯ショップ。降りる停留所はハルたちと同じだね」
 推論は以上。心の中でそう付け加えた。
74 :制服の男 :2014/04/23(水) 12:53

 映画も見終わり建物を出たころには、雨もすっかりやんでいた。
折り畳み傘はカバンにしまっておこう。
 停留所の列に並ぶと、映画の感想もほどほどにまーちゃんが訊いてきた。
「結局、あの人は携帯ショップに行ったのかなあ」
「さあ、どうだろう……」
 彼が降りた停留所はハルの推論通りだった。
同じ建物に入って行くのは見たけれど、
後をつけることはしなかったからどこに向かったかはわからない。
というより、雨のせいでバスが遅れて、
上映時間に間に合うかギリギリだったのでそれどころではなかった。
「でも、まーちゃんは「あの人が降りるのはどこか?」って訊いた。だからゲームはハルの勝ちだね」
 まーちゃんの首が少し傾いた。
「ん? そういえば、あのゲームはなんで始めたんだっけ?」
 えっと、なんだったかな。確か大事なことだった気もするけれど……。
 思い出せない。
 秋の夜風は体に染みる。ハルはズボンのポケットに手を突っ込んで言った。
「さあ、忘れた」
 まーちゃんも、それ以上追及することはなかった。
75 :名無飼育さん :2014/04/23(水) 12:54
>>58-74
『制服の男』
76 :名無飼育さん :2014/04/24(木) 15:00
『ケーキのおいしいお店』
77 :ケーキのおいしいお店 :2014/04/24(木) 15:00
  1

 知らないことを知ったかぶりすることはそこまで難しくない。
しかしその逆となるとこれが案外難しい。
 自室のベッドで仰向けになり、今日のことを思い返していた。
真っ白い天井を見ながら頭の中を整理する。やはり始まりはあそこからになるだろう。

 一月ももう半分が過ぎた。
年が明けて寒さは日に日に強まっていき、休みの日ならば布団に籠っていたいところだ。
だがそれは願望の域を超えない。
 待ち合わせ場所は駅の東口。時間は……、いけない、もう過ぎている。少し急ごう。
これくらいなら怒りはしないだろうけれど、呑気に歩くわけにもいかない。
小走りで向かうことにしよう。
 駅に着くころには、ほんのり汗をかいていた。息も少し上がっている。
呼吸を整えるために息を大きく吐く。
「ふぅ」
 携帯が震えた。もう一度息を吐いてから手袋をはずし確認する。
差出人は佐藤優樹。しまった、怒らせたかな。
そう思いながらメールを開くと、そこにはこう書かれていた。
『なにかあった?』
 うーん。怒ってはいないけど、心配されると心にくるものがあるなあ。
78 :ケーキのおいしいお店 :2014/04/24(木) 15:01
 辺りをぐるりと見渡し確認する。どうやら返信の必要はないらしい。
駆け寄り肩をぽんと叩く。
「遅れてごめん」
 突然の刺激にまーちゃんは少し驚いた様子を見せたが、
ハルを見ると持っていた携帯をカバンにしまい、いつもの調子で言う。
「遅いよくどぅー」
 ベージュのコートに身を包み、マフラーとモコモコの帽子で防寒を図っている。
大人びた印象を受けたが、年齢を考えると、
背伸びをしていると言った方が正しい表現かもしれない。
 ところで、
「足元寒そうだね」
「別に。くどぅーもスカート履いてみればわかるよ」
 いや制服で履いてますから。心の中でツッコミを入れておく。
「で、今日はなにするの?」
79 :ケーキのおいしいお店 :2014/04/24(木) 15:01
「ウィンドウショッピング!」
 ……見るだけ?
「まあ気にいったのがあれば買うかも知れないけどね」
 そう言う人こそあれこれ買うものだから心配なんだけど。
いや、もしかしたらまーちゃんはそれを見越して、荷物持ちのためにハルを呼んだとか?
 はは、ばかばかしい。寒さで頭がおかしくなったのかな。
「なに笑ってるの?」
 おっと、顔に出ていたか。
「いや、なんでもない。寒いからはやく行こう」
 不思議がるまーちゃんを尻目に歩きだす。
「もぉ、置いてかないでよ」
 言いながら小走りで詰め寄ってくるまーちゃんと、二人一緒に並んで歩く。
見るだけではつまらないから、なにかいいズボンでもあれば買おうと思う。
80 :ケーキのおいしいお店 :2014/04/24(木) 15:01
  2

 三時間は歩いただろうか。
そう思い時計で確認するが、その半分ほどしか経っていなかった。
秒針は今も忙しく動いている。ようするに、よくある時間感覚の矛盾というやつだ。
となれば少し残念な気持ちになったのは言うまでもない。
 結局、ハルもまーちゃんもなにも買わなかった。
今度家族で来たときに親にねだってみようと思う。中学生のお財布事情は厳しいのだ。
 普段から行く店はだいたい回った。それから新しい店の開拓にも努めた。
これで、はいさよならでもいいのだが、別れるにはまだいくらかはやい。
 吹く風は冷たく、空気を切る音がさらに寒さを演出している。
こんなときには、体を温めるいい方法がある。
「どこかカフェにでも入らない? なにか温かいものが飲みたいよ」
 ハルの提案はすんなり受け入れられた。考えることは同じだったらしい。
 店もすぐに見つかった。
店先に小さな黒板を置いていて、メニューもいくつか書いてある。
あまり詳しくは見ていないが、良心的な価格設定らしい。
81 :ケーキのおいしいお店 :2014/04/24(木) 15:02
 白塗りの壁に大きな窓がついていて、そこから店内の様子が窺える。
ほとんどの席が埋まっているように見えるけれど……。
「あいてるかなあ」
 ため息混じりに呟くと、まーちゃんが答えてくれた。
「あいてるよ。お客さんいるもん」
 おそらく『開いてる』と言いたいんだろう。
ハルは『空いてる』かどうか知りたかったんだけれど。
 扉を開け中に入る。
 入り口の扉につけられたベルの音に反応して、店内にはいらっしゃいませの声が響く。
黒の前掛けをつけて、髪を結わえた女性店員がやってきて、ハルたちに人数を尋ねる。
「何名様でしょうか」
 ピースサインをかかげ二人ですと伝えると、店員さんは店の奥に向かって伝えた。
「ご新規二名様でーす」
 どうやら空いているようですよ、まーちゃん。
82 :ケーキのおいしいお店 :2014/04/24(木) 15:02
 案内されたのは二人用の小さなテーブル席で、壁側はソファー、通路側は椅子になっていた。
まーちゃんが椅子に座ったので、ハルは壁側のソファーに。
手袋は横に置き、マフラーは膝の上に置いた。
「ご注文が決まりましたらそちらのボタンを押してください」
 了解です。
 店内は人が多く、ここから見える範囲は満席だった。やはりここは人気の店らしい。
土曜日だというのも関係しているのだろうけれど、平日に来たことがないので比べることはできない。
 外観と合わせたのか、店内は白を基調としている。
壁には何点かの風景画が飾られているが、誰の絵なのかは知らない。
そしてかすかに音楽が聞こえてくる。これは有線放送でも流しているのだろう。
 メニュー表を開くなり、まーちゃんは言った。
「ねぇ、時間も時間だし、ケーキでも食べない?」
「うん、いいよ」
 三時のおやつ。まあ、なにか食べようとは思っていた。
83 :ケーキのおいしいお店 :2014/04/24(木) 15:02
 こういうときの決断ははやい方だと自負している。
というか深く考えず、そのときの感じで決めてしまうのだが。
でもそれでいて、ハズレを引いたことがないのはちょっとした自慢でもある。
メニュー表はもう既にまーちゃんが独占している。
 その点まーちゃんは長い。
あれもいい、これもいいと悩みに悩んで、ようやくのことで結論を出すこともしょっちゅう。
ときには、一度も候補に挙がらなかったものが選ばれることもある。
まったく、掴みどころがない。
 しかし今回のそれは常識の範囲内だった。
まーちゃんは、しばらく格闘していたメニュー表を閉じると、ボタンを押して店員さんを呼んだ。
「ご注文はお決まりでしょうか」
 だから呼びました。言わないけれど。
「はい」
「それではご注文をお伺いします」
 まずはハルが。
「ダージリンのミルクティーと季節のフルーツタルト」
 続いてまーちゃんが。
「ブレンドと……チーズケーキ」
 店員さんは注文を繰り返して確認すると、メニュー表をさげて戻っていった。
84 :ケーキのおいしいお店 :2014/04/24(木) 15:03

 ハルたちももうすぐ三年生だよ、いやその前に期末テストがあるよ、
などと話していると飲み物が運ばれてきた。
まーちゃんがブレンドを選んだのも予想外だったが、
それよりも驚くべきは、この店で使われているコーヒーカップが四角いこと。
世間一般が、それをオシャレと呼ぶかどうかは知らないけれど、ハルはオシャレだと思う。
四角いカップを見たのはこの店が初めてだ。
 ハルのカップを見てまーちゃんが言う。
「くどぅーのは丸いんだね」
 ちらりと目をやり、
「みたいだね」
 とだけ返した。
 四角いカップ。オシャレだとは思うが、飲みやすくはないだろう。
だから内心ほっとしている。機能性とデザイン性は別次元なのだ。
85 :ケーキのおいしいお店 :2014/04/24(木) 15:03
 熱々のダージリンにミルクを入れ溶かす。
冷えた手を温めるように、カップを両の手のひらで包むように持ち、やがてちびちびと飲み始める。
我ながらその姿は可愛いと思う。
まーちゃんもおよそ同じ行動を取り、そして同じように可愛かった。
 ケーキはそのあとすぐに運ばれてきた。
 まずは、甘い匂いを鼻で味わい、絢爛豪華なフルーツを目で味わう。
あとは口で味わうだけだ。フォークを取り、タルトを切り分け口へと運ぶ。
「おいしい」
 ハルが言ったのではない。ハルが言おうとしていた言葉が聞こえてきたのだ。
見ると、まーちゃんは目を閉じ、口角を上げ、右手にフォークを持ったままの状態で固まっていた。
〈おいしい〉を表現しているのだろう。体は固まっているが、口もとだけはしきりに動いている。
 その光景に、ハルの負けず嫌いが顔を見せる。
「こっちのタルトだっておいしいよ」
 言い終わるがはやいか、まーちゃんのフォークがタルトに差し込まれる。
86 :ケーキのおいしいお店 :2014/04/24(木) 15:03
「じゃあ、一口ちょーだいっ!」
 相手の方が一枚上手だったようだ。
そのお返しにとチーズケーキを少しもらうが、これもまた確かにおいしい。
上にかかったいちごのソースが、いいアクセントになっている。
「おいしいけど、タルトの方が僅差で上だね」
 負けず嫌いな性格はこれからも変わりそうにない。
 そのあとはなにを話しただろう。
あの子はあの子にホの字だよとか、そんなことも話した気がする。
楽しい会話をするのに、中身は重要ではないのだ。
 気づけば二人ともケーキの皿は空になり、飲み物も二杯目に入っている。
そろそろ切り上げどきかなとも思いつつ、気になったので訊いてみた。
「ねぇまーちゃん、一度この店に来たことあるよね?」
 いきなりの問いかけにきょとんとした顔。そしてすぐに否定の言葉がきた。
「ううん、四、五回くらい」
 一度っていうのはそういう意味じゃない。
87 :ケーキのおいしいお店 :2014/04/24(木) 15:04
  3

 ハルがなにも言わないでいると、まーちゃんが話しだした。
「隠すつもりはなかったんだけどね、話すタイミングがなかった。
確かにこのお店に来たことはある。けど今日はたまたまだよ」
 ブレンドを一口飲み、続ける。
「ここには月に一度くらいのペースで来てるかな。
最初は母に連れて来てもらったの。母も友だちに教えて貰ったって言ってた。
そのときは向こうの窓際の席に座ったの。曇っていて残念だったのを覚えてる。
でも、ケーキはおいしい。お店の雰囲気は落ち着いている。店員さんの服装は可愛らしい。
まさ、このお店がすっかり気に入っちゃった。それから何度か来るうちに……」
 両手を添えたコーヒーカップに目を落とし、声も落として言った。
「ここでアルバイトしたいなって思うようになったの」
「それは知らなかった」
 本当に知らなかった。言ってくれればよかったのにと思ったが、それは言えなかった。
88 :ケーキのおいしいお店 :2014/04/24(木) 15:04
「でも確か」
「うん、中学生だからアルバイトはできない。でも高校生になれば話は別」
 雇われるかどうかも。言わないけれど。
「だから今は、その勉強のつもりでここに来てるの。
そうやってこのお店を眺めてみると、いろいろ発見できることもあるんだよ」
 そう言って、まーちゃんはいくつか教えてくれた。
いつになく楽しそうに話すまーちゃんに対し、ハルは優しく相槌を打つことに徹した。
 中学を卒業すれば高校に進学する。
二人とも近くの公立高校に通うことになるだろう。私学に行くほどの頭は……ね。
そんなハルに近い将来の夢を話して、もしもそれが儚く散ってしまったら……。
 まーちゃんはきっと恥ずかしがるだろう。
 「大きくなったら戦隊ヒーローになりたい」みたいなものとは違い、現実的な夢。
そしてそれを叶えようと努力している。
もしかしたら、ハルに馬鹿にされると思ったのかもしれない。そんなもの、杞憂でしかないのに。
89 :ケーキのおいしいお店 :2014/04/24(木) 15:04
 今まで淀みなく話していたまーちゃんが、一瞬言葉に詰まった。
「……ところでくどぅー、どうしてまさが、このお店初めてじゃないってわかったの?」
 それは今話してもいいけれど。
「帰り道に話すよ」
 おしゃべりしていたらなかなかいい時間になっていた。
 カップに残った最後の一口を飲み干し、ももの上に置いたマフラーを手に取る。
「そうだね、そろそろ帰ろうか」
 伝票を手に取り、値段を確認しようとするまーちゃんに言う。
「ブレンドは360円、チーズケーキは680円だったかな」
「わぁーすごい、当たってる」
 ははあ、どうだ、参ったか。
 一人で勝手に悦に入っているハルに、まーちゃんが提案する。
「あ! くどぅー、こういうのはどう? 今年のお年玉、より多く貰った方がおごるの」
 まったく、まーちゃんはいつまで経っても子どもなんだから。
 ……。
「おもしろい、乗った!」
 会計を済まし店から出れば冷たい風が吹いている。ハルはぶるりと震えた。
90 :ケーキのおいしいお店 :2014/04/24(木) 15:05
  4

 帰り道、沈んでいく太陽。人通りは多くない。マフラーに顔をうずめる。
「……ハルがどうして、まーちゃんがあの店に来たのは初めてじゃないとわかったのか、って訊いたよね?」
 まーちゃんは無言で頷く。
「実はあの場ではまだ半信半疑だったんだ。
でも、もしかしたらと思ったからカマをかけてみた。そしたら見事正解、ってだけ」
「……答えになってないよ」
 聞こえてはいたけれど訊き返した。
「ん?」
「答えになってないよ。まさは、どうして? って訊いたの」
「そうだったね」
 一つ咳払いをする。
「覚えてるかな? 飲み物が運ばれて来たとき、まーちゃんがなんて言ったのか」
「まさがなんて言ったのか?」
 回答は得られそうにないので先へ。
「ハルのティーカップを見て「くどぅーのは丸いんだね」って言ったんだ。
確かにハルのカップは丸い形をしていた。そしてまーちゃんのカップは四角。
この状況なら普通はこう言うんじゃないかな。
「ここのコーヒーカップは四角いんだね。珍しくない?」
 ってね。なのにそうしなかった。
 なぜならまーちゃんにとって、それは珍しいものではなくなっていたから」
91 :ケーキのおいしいお店 :2014/04/24(木) 15:05
「だからまさがあのお店に来たことがあると思った」
 その通り。
「でもそれだけで断定はできない。
ハルの知らないお店で、四角いカップが当たり前のように使われていても、おかしくはないからね」
 言いながら肩を竦めてみせた。
 道はやがて信号に差しかかる。歩行者用信号は赤。
「じゃあ、まさからも一ついい?」
「うん」
「くどぅーも、あのお店初めてじゃないよね?」
 はは、何を言い出すんだろうこの人は。
「どうしてそう思うの?」
 ハルをちらりと見て、また前を向いた。
「くどぅーが、まさが頼んだものの値段を言い当てたとき、単純にすごい記憶力だなと思った。
でもよく考えるとおかしいの」
「どこが?」
「自分自身が頼んだものの値段を覚えているなら別におかしくはないけど、
くどぅーは、まさが頼んだものの値段を覚えていた」
「まーちゃんはこれを頼んだのかって見ただけだよ」
92 :ケーキのおいしいお店 :2014/04/24(木) 15:06
 そう言うと鼻で笑われた。
「それはありえない」
 なんで、と言おうとしたが飲みこんだ。思いだした。
「そうだったね、ハルがメニュー表を見たのは最初だけだった」
 食べるものを決めるのははやい方だ。今日もそうだった。
そしてそのあとメニュー表はずっとまーちゃんが持っていた。
だから、ハルにまーちゃんが頼んだものの値段を確認する機会はなかったことになる。
「なるほどね、つまり」
 つまり、まーちゃんはこう言いたいのだ。
「ハルが、ブレンドとチーズケーキの値段を知ったのは今日じゃない」
 と。
「うん。間違ってる?」
 歩行者用信号が青に変わったので歩きだす。駅はもうすぐそこだ。
「間違ってないよ。ハルも、あの店は初めてじゃない」
 自嘲気味に笑いながら言う。
「ハルもあの店好きなんだ」
93 :ケーキのおいしいお店 :2014/04/24(木) 15:06

 知らないことを知ったかぶりすることはそこまで難しくない。
しかしその逆となるとこれが案外難しい。言わなくてもいいことまで言ってしまうのだ。
今日はそれがよくわかった一日だった。
 まーちゃんの指摘は悪くない。半分当たりで、半分はずれ。
チーズケーキは以前食べたことがある。
でも、ブレンドの値段は入り口にある黒板に書いてあったのを覚えていただけ。
しかしそれをまーちゃんに言わなかったのは、ハルも同じくらい根拠が不十分だったからだ。
 自室のベッドに仰向けになり、真っ白い天井を見つめる。
そろそろお風呂に入ろうかと思い体を起こすと、ちょうどそのとき携帯が震えた。
確認すると、まーちゃんからメールが届いていた。文面はこうだ。
『また一緒に行こうね。今日行った、ケーキのおいしいお店』
 まったく、タイミングがいいのか悪いのか。
 親指だけで携帯を操作する。返信内容は、皮肉を込めてシンプルに。
『今度はおごらないよ』
 中学生のお財布事情は厳しいのだ。
 携帯をベッドに放り投げ、部屋を出る。今日はよく歩いた。明日が日曜日でなによりだ。
94 :名無飼育さん :2014/04/24(木) 15:07
>>76-93
『ケーキのおいしいお店』
95 :名無飼育さん :2014/04/24(木) 15:14
『語らない冬』
96 :語らない冬 :2014/04/24(木) 15:14
  1

 最後の問題は四択だった。
登場人物の言動を表現する慣用句として、最も適切なものを選び、記号で答えよとのこと。
選択肢を確認する。しかしそれは考えるためではなく、ただの確認作業にすぎない。
ここは先週やったばかりで記憶も新しい。サービス問題と言ってもいいだろう。
とくに悩むこともなく解答用紙にウと書き込むと、そこで一旦鉛筆を置き一息ついた。
 今日はよく晴れている。
陽気と呼ぶには温かすぎる天気のせいで、手に額に汗が滲む。
吹く風は時折教室の窓を揺らしながら、新しい空気と涼しい気持ちを運んでくる。
 年度末。二月末。
この時期になると、三年生は高校受験のシーズンということで学校へ来ることも少なくなる。
現に、昨日と今日は休日扱いになっている。
そこを利用したのか、あるいはこのために休日扱いにしたのかは不明だが、
我が中学校では学年末考査が行われている。
三年生に関しては、これもまた受験の関係で一月中に終えている。
97 :語らない冬 :2014/04/24(木) 15:14
 一、二年生を対象とした学年末考査は二日に分けて行われ、二年生は国語が最後の科目となる。
 国語は好きだ。もちろんラブではなくライクの方。
国語の問題は概して物語を用いて文章表現の理解度を測る。
つまり、問題にヒントや答えが隠されている。
好きな理由を聞かれたときまず思い浮かぶのはこれだ。
ただ、同じ文章でも状況次第で解釈は変わってくる。
あるいは掛詞のようにわざと二つの意味を持たせている場合もある。
その点、数学や理科ならば答えは一意に決まる。
理系科目が好きな人でこれを理由に挙げる人は多いだろう。
同じ数式から異なる答えが導かれたなら、きっと空も飛べるはず。
 そんなことを漫然と考えていたら、試験監督の先生の声が聞こえてきた。
「残り五分。しっかり見直ししとけよ」
 そういえばすっかり忘れていた。空なんて飛んでいる場合じゃない。
おもむろに鉛筆を手に取ると、二、三度くるりと回してから見直しに取りかかった。
98 :語らない冬 :2014/04/24(木) 15:15

 教室のスピーカーに小さくノイズが走り、その数秒後にテスト時間終了のチャイムが鳴った。
最後にもう一度だけ名前欄を確認する。工藤遥。大丈夫、名無しの権兵衛ではない。
多少字が崩れているが、書写の時間ではないので点数には影響しない。
 プリントが回収されていく。
手ごたえ的には、良くて八十点、悪くても半分は超えているだろう。
過去のそれと比較しても出来た方だと思う。
 枚数確認が終わると、先生はお疲れさまでしたとだけ言って職員室へと戻っていき、
それに続くようにみんなも廊下に出ていった。
この学校では、考査のときは必要最低限のもの以外はカバンに入れ廊下に置くことになっている。
もちろんこれは不正行為防止のためであり、
シャーペンを使わずに鉛筆を使うというのも同じ理由による。
 ハルも立ち上がり、カバンを取りに廊下に出る。学年末考査は終わった。
99 :語らない冬 :2014/04/24(木) 15:15
  2

 考査の時間は終わったがまだホームルームが残っていた。
とはいえそれも申し訳程度のもので、三十分とかからずに終わった。
 携帯の電源を入れる。時刻は十二時手前。メールが一件届いていたので開く。
『C組まで来てください』
 いつもなら向こうから来るのに呼び出しとは珍しい。
訝りながらも、別に不思議なことではないと納得し、こちらから向かうことにした。
 テストから解放されたのと、この時間から放課後というのが重なり、
C組教室に残っている生徒の数は少なくなかった。
それでも席順を知っているので目当ての人物を探すのに時間が掛かることはなかった。
メールの送り主、佐藤優樹の席は、奥から三つ目の一番後ろ。
近くまで寄り右手を挙げると、向こうも手を挙げて返した。
「ごめんね、返信できなくて。電源切ったままだった」
 ハルがメールを見たのはついさっき。しかし送られてきたのはそれよりもだいぶ前だった。
謝罪から入ったのはそのことで怒っているかも知れないと思ったからだ。
そしてその予想は当たっていたらしい。
「まさ、怒ってるの」
100 :語らない冬 :2014/04/24(木) 15:15
 だから今、と言おうとしたけれど、
まーちゃんは空いている隣の席の椅子を引き、ハルにそこに座るように促した。
仕方なく座るとまーちゃんはもう一度言った。
「まさ、怒ってるの」
 一瞬これが永遠続くのかとも思ったが、すぐにわかった。
まーちゃんは何か聞いてほしい話があるのだと。だからハルを呼び出したのだと。
だから訊く。
「どうしたの?」
「まさ、怒ってるの」
 二度あることは三度あるらしい。ハルは三度目の正直を期待したんだけど。
 しかし今回は続きがあった。
「今日のテストでね、なんとか思い出せそうな問題があったの。
それなのに急に頭が真っ白になって……。時計を見たら残り時間も少ないしさらに焦っちゃって。
ああ、どうして忘れちゃったんだろう。本当に腹が立つ。情けないよ」
 そして溜め息がこぼれる。
 どうやら怒っているのはハルにではなく、自分自身にらしい。高尚なことで。
101 :語らない冬 :2014/04/24(木) 15:25
 だがどうも、まーちゃんはすべてを話していない気がする。
言葉足らずというよりは、本心を言っていないというような感じ。
具体的にはさっきのメール。まーちゃんはハルを呼び出した。
わざわざ呼び出すなんて珍しいとは思ったが、何か用事でもあるんだろうと思い気にすることをやめた。
実際、用事はあった。だがそれはハルを呼び出してまでするようなことではなかった。
今の話ならハルのいるA組の教室でも事足りるだろう。
そうしなかったのには何か理由があるはずだ。
「思い出せないのは悔しいよね。
大事なときに思い出せないくせに、テストが終わった直後に思い出すことがよくある。
あれは困ったものだよ。でもよくわからないな。もうちょっと詳しく話してくれないと」
 するとまーちゃんは、人差し指を下唇にあて、やや上を向いて言った。
「んー、ちょっと待ってね、思い出すから」
 もっと詳しく話せと言われて嫌な顔をすると思ったがそんなことはなく、
むしろ表情はいつも通りに近かった。
102 :語らない冬 :2014/04/24(木) 15:26
 十秒ほどの沈黙のあと、おもむろに口を開く。
「今日の理科のテストは自分なりにだけど手ごたえがあった。頑張って覚えた甲斐があったよ。
だけど、どうしても一ヶ所思い出せないところがあったの。
何分くらい格闘してただろう、あーでもないこーでもないって考えていたら電話が鳴ったの。
携帯電話がピリリってね。
まさ、その音にびっくりしちゃって頭が真っ白になっちゃった。
本当に焦った。でも同じくらい先生も焦ってたよ」
「テスト中に携帯が鳴ったから?」
「そう。先生もあれは初めての経験だったんだろうね。目に見えてあたふたしてた。
クラスのみんなもちょっとざわついてたし。
それから、音が廊下から聞こえてくるのはすぐにわかったから先生が廊下に出たの。
多分持ち主を特定しようとしたんだろうけど、それが叶う前に携帯は鳴りやんじゃった。
結局携帯が鳴ったのはそれっきりだったから、残り時間はずっと思い出すことに集中できた」
 さらに続ける。
「そのあとの国語も普通に受けて、とりあえずテストは全部終わった。
そしたら本来の時間よりも少し遅れてホームルームが始まって、
最初に先生から携帯の件についての報告があったの。
 結果だけ言うと、今回は厳重注意だけで何のお咎めもなし。
まあ、携帯は持っていたわけじゃないし、誰のものか特定できてなかったからね。
 今日起きたことの流れはこんなところかな」
 言い終わると、まーちゃんは顔ごと視線を下へと向けた。
103 :語らない冬 :2014/04/24(木) 15:26
 外を見れば雲ひとつない快晴で、遮るものがなくなった陽の光は、
その強さを保ったまま教室へと注がれている。
額に汗が滲むのを気にしながら言う。
「それは運が悪かったね」
 言いたいことのすべてを飲み込んで、その一言に託した。
 テストの時間に携帯の電源を切り忘れた生徒がいて、
運悪くその携帯に電話が掛かってくることは、ありえない話ではない。
 では原因ではなく結果を見てみるとどうだろう。
実際に携帯が鳴って、教室内では何が起こったのか。
過半数の生徒が廊下に目をやり、先生の意識も数秒は廊下に向いたはずだ。
 それを見越して誰かがわざと携帯を鳴らしたとしたら?
 テスト中、十秒に満たない短い時間でできることといえば?
 想像に難くない。携帯が鳴ったのはカンニングをするためだ。
まーちゃんはそれに巻き込まれてしまった形になる。
だから、運が悪かった。
「だね、運が悪かった」
 そう呟く声は、他の生徒たちの話し声ではっきりとは聞こえなかった。
104 :語らない冬 :2014/04/24(木) 15:27
  3

 さて、携帯が鳴ったのはカンニングのためだとして、まーちゃんはそれに気づいていないのだろうか。
これはもちろん反語だ。まーちゃんが気づいていないはずがない。
それなのになぜそのことをに口にしないのか。大方の予想はついている。
「それにしても」
 俯いていた顔が上がっていた。
「時間内に思い出せてよかったよ。二点は大きいからね」
 そこにはいつもと変わらないまーちゃんがいた。
「なんだ、思い出せてたのか。ハルはてっきり……」
 ああ、そうか。
「……ん? てっきり、なに?」
「いや、てっきり最後まで思い出せてないのかと」
 というかそういう話し方だったし。
「だとしたらもっと怒ってたかもね」
 笑いながら言うまーちゃんに、ハルも笑って返した。
105 :語らない冬 :2014/04/24(木) 15:27
 まーちゃんは比較的ストレートに感情を表現する。でも今回は少し遠回りしたみたいだ。
 まーちゃんは最初、怒っていると言った。
それは話の流れで、着信音をきっかけに頭の中が真っ白になった自分自身に対してのものだとわかった。
だけど時間内に思い出せていたことがわかった今、それは疑問に変わる。
こう言うのもあれだけど、まーちゃんはそこまで自分に厳しくない。
今回の場合だとせいぜいが悔しいと思うくらいだろう。
とするとまーちゃんが怒っているのは自分自身ではなく携帯の持ち主にということになる。
 ならばハルにできることは……。
 いきなりチャイムが鳴った。
いや、鳴る時間は決まっているのだからいきなりではないけれど、
不意を突かれたという意味でいきなりだった。
教室の時計を見ると十二時を回り、四時間目が終わる時間になっていた。
 チャイムの音をきっかけに多くの生徒が帰る用意をしている。
その姿をじっと見ているとまーちゃんが訊いてきた。
「どうしたの、くどぅー」
「ああ、ごめん、なんでもない」
106 :語らない冬 :2014/04/24(木) 15:27
 まーちゃんがカンニングを口にしない理由。それはその行為を実際に見たからだ。
そうでなければただの予想ということで話すことができた。
だが見てしまった以上、それは批判へと変わる。あるいは悪口になってしまう。
C組に呼び出したのも、この中にその人がいるという隠れたアピールなのだろう。
だからこの状況でハルができることは、
誰が鳴らしたのかをまーちゃんから聞く前に突き止めることだと思った。
 だけど違う。ハルがするべきことはこれじゃない。
 カンニング行為を目撃しながら告発することもできず、そして張本人に対してはなんの処罰もなし。
それに対してまーちゃんは怒り、だがその怒りの矛先をどこに向けていいのかわからずに、
友だちとの会話の中にうまく紛れ込ませることにした。最大限の譲歩だ。
それなのにハルが、あの人がカンニングをしたんだねなどと言ったなら、それはあれだ。
「要らぬお節介」だ。
まーちゃんがなにも言わないなら、ハルからもなにもいう必要はない。
まーちゃんの気持ちを尊重するなら、犯人を特定するのではなく、ただ話を聞いてあげればいい。
107 :語らない冬 :2014/04/24(木) 15:28
 だけどハルは別の方法を取ることにした。席を立つ。
「ハルたちもそろそろ帰ろうか」
 まだ話し足りなかったのか、まーちゃんは少し躊躇う様子を見せた。
「この続きは別の場所でやろうよ。おすすめのパンケーキ屋さんがあるんだ」
 さらに促すと、不承不承、まーちゃんも席を立つ。
けれど先に教室を出たのは、まーちゃんだった。
 昇降口で靴を履き替えながら、まーちゃんが言った。
「くどぅーの口からパンケーキだなんて。女の子みたい」
 間を置かずに答える。
「男でも甘いものが好きな人だっているさ。って誰が男じゃい」
 ノリツッコミのクオリティを気にしたら負け。
 校舎を出ていつもとは反対の方向に曲がる。強い日差しの中、吹く風は冷たかった。
 これから行くお店は、美味しいのはもちろん、ボリュームが満点。
ハルの知る限り、ヤケ喰いには最適のお店だ。
 徒然草の中にこういう言葉がある。おぼしきこと言わぬは腹ふくるるわざなり。
 今日のまーちゃんを表すには、ぴったりの言葉ではないだろうか。
108 :名無飼育さん :2014/04/24(木) 15:28
>>95-107
『語らない冬』
109 :名無飼育さん :2014/04/25(金) 01:40
スレ立ておめでとうございます。
新作もお待ちしています。
110 :名無飼育さん :2014/04/25(金) 19:22
『石を穿つ』
111 :石を穿つ :2014/04/25(金) 19:22
  1

 雨垂れ石を穿つ。
 これはなかなかうまい表現ではないだろうか。
小さな努力も、続けることでいつかは実を結ぶ。
四月になり受験生となったハルは、この言葉を胸に毎日を過ごしている。
ほかにも「努力は報われる」、「為せば成る」なんてのもあるけれど、
なんだか抽象的すぎて説得力に欠ける。
 しかしここ数日、晴れの日が続いている。
 なんてことだ! 雨が降らないなら、滴り落ちる雫もない。
ゆえに石に穴が開けられることもないのだ。ああ、これで高校受験は失敗だ。
こうなったら人間万事塞翁が馬。なるようになれ!
 下校途中、自転車に跨りながら信号を待っている間に、そんなことを話した。
すると隣にいたまーちゃんは、少し驚いた表情を見せた。
「珍しいね、くどぅーがそんな軽口を叩くなんて」
 そして心配そうに顔を覗き込むと、優しい口調でこう言った。
「勉強のし過ぎで頭がおかしくなったのかな。
慣れないことはするもんじゃないね。無理はしちゃダメだよ。
早く帰ってあったかくして寝た方がいい。手洗いうがいも、した方がいいかな」
112 :石を穿つ :2014/04/25(金) 19:23
 軽口では、まーちゃんには敵わない。
ただ、扱いには困らない。今回はこう言えばいいのだ。
「では、お言葉に甘えて」
 まーちゃんは目を丸くする。
「え、ホントに帰っちゃうの?」
 さっきまでの軽口とこの純粋さ。まったく忙しいお人だ。ハルは笑い飛ばす。
「ウソだよ」
 信号が青へと変わる。横断歩道を渡りまっすぐ進む。
ここからは少し坂になっているらしい。ペダルを漕ぐ足がいい感じに重くなる。
 ここまで来ればもうすぐだ。ここを通るのは、覚えている限り約一年ぶりになる。
確かそのときもまーちゃんと一緒だったはずだ。ハル一人だと、多分行かない。
 やがて再び信号に阻まれる。国道と交差する赤信号はなかなか青にならない。
 視線を信号から左へとずらせば、三階建ての大きな建物が見える。
一年も前のことなのに案外道は覚えていたらしい。
今日の目的地はあそこ、市立図書館だ。

 四月を迎え、ハルたちは無事三年生となった。
始業式の日、校舎のそばに生えている桜が綺麗に咲いていたのが、妙に心に残っている。
あの日もよく晴れていた。
113 :石を穿つ :2014/04/25(金) 19:23
 まーちゃんとは同じクラスになった。
 工藤と佐藤ということで出席番号も一つ違いになったが、
一年のときとは異なるところがあった。
人数の関係で席がハルは一番後ろ、まーちゃんは一番前になったのだ。
初めはそのことに不満を漏らしていたが、やがて、
「名簿が一つ違いだなんて、やっぱりこれは運命だね」
 と、前向きに捉えるようになった。
 放課後にはよく一緒に帰った。一緒に登校することもある。これまでと同じだ。
変わったことと言えば、三年生になり、高校受験を意識するようになった。
あるときは放課後の教室で、あるときはどちらかの家で勉強に勤しんだ。
 だから今日も同じだろうと思っていた。
ところが授業が終わると、まーちゃんはまっすぐハルの席へと向かってきて、言った。
「今日は、図書館に行こう」
 頭の中に「そうだ 京都、行こう。」が浮かんだ。
多分関係ないので、すぐに取っ払って訊いた。
「どうして?」
114 :石を穿つ :2014/04/25(金) 19:24
「週末だから」
 筆記用具と教科書類をカバンにしまう。
おっと、消しゴムがまだ残っていた。カバンから筆箱を取り出す。
「……で、本当は?」
「借りた本の返却期限が今日だから」
 うん、合理的だね。そういうのは嫌いじゃないよ。

 かくしてハルたちは図書館に向かうことになった。
今日は英語をやる予定だ。辞書も持ってきている。紙ではなく電子だけど。
 ようやくのことで信号が青になった。
 交差点を越え、さらに二つ目の交差点を左に曲がれば図書館がある。
 自転車を停めようと駐輪場に行くと、看板が建てられていた。
「図書館利用者専用」と大きく書かれている。
ほかにもいろいろある中で目を引くものがあった。
開館時間の下に、米印を伴って書かれている。月曜日休館。
今後も使うことがあるかもしれないから、覚えておいた方がいいだろう。
115 :石を穿つ :2014/04/25(金) 19:24
  2

 テーブルに置いた携帯電話がぶるぶる震える。
セットしていたアラームの時間が来たのだ。
寝ていたわけではない。効率的に勉強するためには、休憩も要る。
 シャーペンを置き、大きく伸びをする。
 ここの三階には、静謐を保つべきこの場所に於いて唯一、会話が可能なオープンスペースがある。
四人掛けのテーブルに向かい合うように座り、隣の椅子にはカバンを置いていた。
誰かが来れば、すぐにでもどかす用意はしていたけれど、声をかけられることはなかった。
それでもここに居ながらアラームを音ではなく振動にしたのは、最低限のマナーというやつだ。
 喉が渇いたので席を立つ。まーちゃんも誘ってみたけれど、
「まだ、いい」
 とのことだった。まあ、二人同時に席を離れるのはよくないか。
 図書館内は原則飲食禁止。
しかし、一階の入り口付近には自動販売機が設置されていて、
広くはないけれど飲食できるスペースがある。
 さっき、まーちゃんから聞いた。
116 :石を穿つ :2014/04/25(金) 19:24
 携帯と財布だけを持って一階へと降りる。
 ドリンクの種類はあまり多くはなかった。
炭酸という気分でもないし、コーヒーも今は要らない。
悩んだ挙句、りんごジュースに落ち着いた。氷は、なしでいい。
 そばのベンチに座り一口飲む。
「ふう。アタリでもないけど、ハズレでもないね」
 そう独り言を呟いてから二口目を飲もうとしたら、声を掛けられた。
「あれ、遥ちゃん?」
 ハルのことを「遥ちゃん」と呼ぶ人は多くない。
それでなくても、この声には聞き覚えがある。ゆっくりと顔を向ける。
「……やっぱり」
 視線の先には石田亜祐美がいた。
胸元まで伸びたほんのりと茶色い髪は、ツリ目が与える強い印象を和らげている。
背は相変わらず低い。とっくの昔に追い越してしまったが、これでも彼女は高校三年生。
中学生に見えなくもないが、今は制服を着ているので間違われることはないだろう。
117 :石を穿つ :2014/04/25(金) 19:25
「ここでなにしてるの、あゆみん」
「それを遥ちゃんに言われるとは思わなかったな」
 あゆみんはここでアルバイトをしている。
けれど今日はその日じゃないはずなので、会うことはないと思っていたのだ。
「バイトがなくても来ることだってあるわよ。ここは本を読む場所なんだから」
 あゆみんは両手を広げながら言った。
暗に「なにを馬鹿なことを言ってるの」と言われた気がした。
ただ勉強をしに来ただけということは、伏せておいた方がいいかもしれない。
「まあ、それもそうだね」
「遥ちゃんはなにしてるの?」
 持っていたコップを顔の高さまで上げて言う。
「ジュース飲んでる。ちなみにりんご」
 あゆみんは呆れていた。
「…………」
 残ったりんごジュースを飲み干し、紙コップをゴミ箱に捨てて歩き出す。
118 :石を穿つ :2014/04/25(金) 19:25
「え、もう行くの?」
「まーちゃんを待たせてるから」
 その言葉に、あゆみんはなにかに納得したように、
「遥ちゃんが一人で来るのは珍しいと思っていたけど、なるほど、優樹ちゃんに連れてこられたんだね」
 と笑いながら言った。そして、
「ちょっと、お話していこうかな」
 とつけ足した。
「用事があるんじゃないの?」
「うん。でも急ぎの用じゃないし」
 まあ、あゆみんがそう言うのなら。

 三階に戻ると、まーちゃんは携帯に目を落としていた。ハルたちに気づく様子はない。
しばらく眺めていてもおもしろいけれど、今はあゆみんがいる。
ちょっと、いいことを思いついた。あゆみんに耳打ちする。
「……あー、それやっちゃう?」
 言いながら、あゆみんは悪い顔をしていた。ハルも似たような顔をしていただろう。
「じゃあお願いね」
「まかせて」
119 :石を穿つ :2014/04/25(金) 19:25
 笑顔を崩さないまま、あゆみんはハルが座っていた席へと歩いて行く。
そしてあくまで自然に、そこにいて当然のように座って、言う。
「おまたせ」
「遅かったね、く」
 顔を上げたまーちゃんは、あゆみんと目が合うとそのまま固まった。
固まったが、驚きのあまり目をしばたかせている。
ハルも前にやられたことがあるけど、そのときとまったく同じリアクションだ。
もっとも、ハルの場合は全然知らない人だった。
「……あゆみん?」
 ようやく絞り出した一言に、あゆみんは表情を変えずにこたえた。
「久しぶり、優樹ちゃん」
「え、くどぅーは?」
「帰っちゃった」
 まーちゃんは首をひねる。
「ふーん。……まあ、いいや」
「いやよくないでしょ」
120 :石を穿つ :2014/04/25(金) 19:26
 まーちゃんの酷薄な一言に、割って入らざるを得なかった。ハルを一目見て言う。
「なんだ、いるんじゃん」
 なぜ少しがっかりする。第一、荷物を残したまま連絡もせずに帰ったりはしない。
 元の席はあゆみんに取られたので、まーちゃんの隣に座る。
ふと、辞書が開いたままなことに気づき手をのばして閉じる。
その様子をちらりと見てから、あゆみんは説明する。
「さっき下で遥ちゃんと会ったの。
そしたら優樹ちゃんもいるって言うから会いに来ちゃった。
ちなみに驚かそうって言ったのは遥ちゃんだよ」
 最後のは余計かな。ほら、まーちゃんがハルを睨んでる。
 それでもすぐに向き直り、訊いた。
「あゆみん、これからバイト?」
「ううん、今日は違うよ。……あ、そうだ」
 一呼吸置いて、ハルを見ながら言った。
「遥ちゃんに話したいことがあるんだった」
 ハルに?
「話したいことってなに?」
 気づけば、ハルがするべき質問をまーちゃんがしていた。
121 :石を穿つ :2014/04/25(金) 19:26
 その問いにあゆみんは、いつにも増して楽しそうな表情で言った。
「この図書館で起こった、ちょっと不思議な話」
 不思議な話、ねえ。
「遥ちゃん、聞きたいでしょ」
 嫌といっても話しそうな雰囲気だ。
 そのままハルがなにも言わないでいると、あゆみんはそれを肯定と受け取った。

「その日はバイトの日で、私はカウンター業務を担当していたの。
夕方だからかな、春休みが明けても忙しさは大して変わらなかったわ。
別に暇だったって意味じゃないよ?」
 なにも言ってない。
「それでね、うちは閉館の十分前になったらアナウンスが流れるから、
それを聞いてから書類とか、身の回りのものを整理していたの。
そしたら若い女性がカウンターに向かって歩いてくるのが見えて、
なんだろうって思ったけど、手元を見ればすぐにわかったわ」
122 :石を穿つ :2014/04/25(金) 19:26
「……本の返却?」
 まーちゃんが訊いた。
「そう。それだけでもちょっと、珍しいんだけどね」
「どうして?」
 今度はハルが訊く。
「貸し出しはカウンターでやるんだけど、返却に関しては別の方法があるの。
入り口に返却ボックスがあるから、そこに入れておけば、遅くても次の日には返却扱いになってる。
 ただ、そうは言っても全員が全員、返却ボックスを利用するわけじゃないのよね。
お年を召した方や子ども連れの人なんかはカウンターで手続きをする人が多いし、
返却と貸し出しをまとめてする人だっている。
 でもあの日の女性は、返却するだけだった」
「ふーん」
 ハルもきっと、返却ボックスを使うだろう。
123 :石を穿つ :2014/04/25(金) 19:27
「とまあ、そんなことを思いながら返却の手続きをしていたの。
一年も経てばパソコンの扱いも慣れたものね。
流れるように手を動かしていたまさにそのとき、ちょっと不思議なものを見たの。
……二人とも、なんだと思う?」
 問われたままに答える。偶然にも、口を開いたのは二人ほぼ同時だった。
「貸し出されていない本だった」
「すでに返却されていた」
 あゆみんは手で口許を覆い、少し笑った。
「ふふ、仲がいいね。でも残念、ふたりともハズレ」
 今にもテーブルを叩きそうなほどまーちゃんは悔しがっている。
オーバーリアクションにも程があるというものだ。まさか本気ではないだろう。
「返却の手続きをするときって、貸し出した日時が画面に表示されるのよ。
そしたらなんとその本、当日の朝に貸し出されたばっかりだったの。
開館して割とすぐの時間だったわ。どう、不思議でしょ?」
「不思議……なのかな」
124 :石を穿つ :2014/04/25(金) 19:27
「これが二週間前の話」
 あゆみんの話にはまだ続きがあった。
「それからちょうど一週間後も、そのまた一週間後も同じ人が来て、ほとんど同じ行動をとったの。
朝、本を借りて閉館のアナウンスが流れたら返す。
一度だけならまだしも、三週連続ともなればさすがに気になってね。
ちなみに借りていたのは全部小説よ。
文庫本じゃなくて四六判上製の方なんだけど、作者もジャンルもバラバラなの。
それもまた不思議なのよね。遥ちゃん、それから優樹ちゃんも、気になるでしょ?」
「はい」
 まーちゃんはそう言ってハルを見る。……そう、こういうのはハルの役割なのだ。
最初から、なんとなく予想はしていたけれど。
 ハルはせいぜい面倒くさそうに言う。
「なんでだろうね。ちょっと考えてみようか」
「うん!」
 口角を上げ、まーちゃんは笑顔になる。
でも正直なところ、ハルもこの謎には興味を持っている。
125 :石を穿つ :2014/04/25(金) 19:27
  3

 開館して間もなく本を借り、閉館間際に返すという行為が三週も続けば、
確かに疑問を感じてもおかしくはないだろう。
しかし、彼女が借りたものが小説だというのなら単純に考えることもできる。ところで、
「ところで、ここの開館時間って何時から何時までだっけ」
 開館時間については確か駐輪場で見たような記憶があるんだけど思い出せなかった。
月曜日が休みだってことは覚えたんだけどね。
 ハルの質問にはまーちゃんが答えてくれた。
「朝の十時から夜の七時半までだよ」
 それにあゆみんが付け加える。
「時期によっては多少前後するけどね。四月はその時間で合ってるよ」
「ありがとう」
 となると本を読んでいた時間はだいたい八時間から長くて九時間ということになる。
これなら不可能という時間ではないだろう。
「遥ちゃん、もしかして今『彼女は単純に本が好きで読み終わったから返しただけ』とか考えてない?」
 心を読まれてしまった。
126 :石を穿つ :2014/04/25(金) 19:28
「そんなわけないじゃない。絶対に読めない時間ってことはないけど、これが三週間も続いているのよ?」
「すごく、本が好きなのかもしれない」
「……じゃあ言うけど、もしそうだとして、私が遥ちゃんにこの話をすると思う?」
 ハルは肩を竦めてみせる。
 しかし今の発言で一つわかったことがある。
あゆみんはこの謎の真相を知っている。すでに解決を迎えた話なのだ。
とはいえ答えを訊くことはしない。
あゆみんが真相を知っているというのなら、これは相談ではなく試されているのだ。
白旗を上げるわけにはいかない。
「でもなんでその日に返したんだろうね」
 まーちゃんが呟くように言ったその一言に、ハルはなるほどと思った。
そういう考え方もあるのだな、と。なんのために借りたのか、ではなく、なぜその日に返したのか。
「ほかに返せる日がなかったんじゃないかな」
127 :石を穿つ :2014/04/25(金) 19:28
 何気ないその一言はどうやら的外れだったらしい。
「一週間後には来てるんだからそれはないんじゃない」
「遥ちゃんはなにも知らないのね、この図書館のこと。
ここの貸し出し期間は二週間。彼女は次の週には来てるんだからそれは考えにくいわね」
 二人の意見はもっともだった。三週間継続して来ているのだから、それもそうかもしれない。考え直す。
 あゆみんは、彼女は読み終わった本を返したわけではないと言った。だとしたら、
「借りた本は読む以外の方法で使われたのかな」
 しかし、言ってすぐに自分で否定する。
「いや、違うね」
 まーちゃんが首を傾げるのを見て、ハルは説明する。
「彼女が借りた三つの本は、ジャンルも作者もバラバラだった。
きっと置いてある棚も違うだろうね。
内容を気にしないのなら、わざわざ借りる本を変える必要はないでしょ?」
「ああ、そういうことか」
128 :石を穿つ :2014/04/25(金) 19:28
 わざわざ異なるジャンルの作品を選んだということは、
彼女は本を借りる際に、内容を意識していたということ。
それなのに、彼女は最後まで読んではいない。
 ううむ、頭がこんがらがってきた。少し整理してみよう。

・二週間前ある若い女性が図書館を利用した。
・彼女は十時過ぎに一冊の本を借りて七時半ごろにその本を返した。
・先週と今週も同じ曜日に同じ人が同じような行動をとった。
・借りた三冊の本は小説でジャンルも作者もすべて異なる。
・図書の貸し出し期間は二週間。
・あくまで本は読むために借りた(何かの代用等ではない)。
・それでも最後まで読んではいない。
・あゆみんは真相を知っている?

 これらに加えてもう一つ。
今思えば、あれはちょっとしたヒントになってしまっている。
もちろん意識していたわけではないだろう。ただの偶然だ。
129 :石を穿つ :2014/04/25(金) 19:29
 それを踏まえてもう一度考えると……。
 うん。……わかったかも、しれない。
「お、何か思いついたね」
 またしても心を読まれた。短く答える。
「まあ、ね」
「くどぅー、ホント!?」
「遥ちゃん、聞かせてよ」
 ハルはわざとらしく咳払いをして、結論から言った。
「彼女はここで翻訳の勉強をしていたんじゃないかな」
130 :石を穿つ :2014/04/25(金) 19:29
  4

 読むために本を借りたのに、読み終わる前に返したということは、
単純に物語を楽しむために借りたのではないことがわかる。
つまり彼女にとって必要だったのは、全部ではなく一部分だったということだ。
さらに、毎回閉館のアナウンスが流れたあとに来ることから、
彼女が館内で本を読んでいたことも推測できる。
 では彼女は本を借りてなにをしていたのか。
それを考えるのに、ハルはまず次のことを仮定した。
「彼女は大学生である」。
これには二つの理由があった。
あゆみんが、彼女を「若い女性」と評したこと。そして、毎週同じ曜日に来ていること。
 あゆみんより年下なら「女の子」と言うだろうし、「若い」のなら二十代の可能性が高い。
大学生ならカリキュラム次第で朝からここに来ることもできるだろう。
131 :石を穿つ :2014/04/25(金) 19:29
 では大学生だとしたら、小説を用いてなにかの研究をしていたのだろうか。
例えば「現代小説に用いられる語彙の種類と傾向」とか、
「人称の違いによる表現方法の利点と欠点」とか。
しかしこれらはすぐに否定される。
言葉について調べるのなら、最後まで読まないと意味がないからだ。
 そこで研究という大きなものではなく、単に勉強をしていたんじゃないかと思った。
そこから逆説的に検証していったが、特に大きな矛盾はなかった。
 二人にはハルが考えたことを掻い摘んで話した。
「なるほどねー」
 何度も頷くまーちゃんに対し、あゆみんはほとんど動かない。
ひょっとして間違っていたのだろうか。そう思っていると、あゆみんが口を開いた。
「三つ、訊きいてもいい?」
 まーちゃんは頷きを止め聴く姿勢に入った。つられてハルも姿勢を正す。
「なに?」
132 :石を穿つ :2014/04/25(金) 19:30
「一つ。なぜ彼女は借りた本をその日に返したの? 
遥ちゃんの言う通りだとすれば、彼女は次の週も来るんだからそのときに返せるよね。
そうすれば、家でも勉強できるし」
 あゆみんの言う通りだ。図書の貸し出しは二週間。一週間後に返しても充分に間に合う。
四六判程度の大きさなら邪魔にもならないだろう。
なぜそうしなかったのか、合理的な理由は思い浮かばなかった。
「これはあくまでハルの想像だけど、
彼女は翻訳の勉強は一週間のうち一日だけと決めていたのかもしれない。
大学に通っているんだから、ほかの勉強だってしなくちゃいけないし。
開館から閉館までみっちりとやったのも、それが関係しているのかも」
 自分でも無茶な話だとは思ったけれど、あゆみんが否定することはなかった。
133 :石を穿つ :2014/04/25(金) 19:30
「二つ。そもそもなぜ彼女は本を借りたの? 
彼女が図書館にずっといたって言うなら、わざわざ借りる必要はないんじゃないかな」
 その問いには回答を用意していた。
「彼女は朝から夜までここにいた。お腹もすくだろうね。でもここは飲食禁止。
飲みものなら一階にあるけど、食べるとなると外に出ないといけない。
本を外に持ち出すためには本を借りる必要があった。
本を棚に戻すって選択肢もあっただろうけど、
万が一にも別の誰かに取られちゃうのを嫌ったんだと思う」
 今回もあゆみんは否定しなかった。その代わり、二、三回手を叩いた。
「さすがだね、遥ちゃん」
 その言葉を受けてまーちゃんが言う。
「すごいね、くどぅー!」
134 :石を穿つ :2014/04/25(金) 19:30
 いざ謎を解いてみても、褒められるのにはあまり慣れていない。照れ隠しをしても突っ慳貪になる。
「褒められたくて考えたんじゃない。ていうか、あゆみんは真相を知っているよね。教えてよ」
「あ、まさも知りたい!」
 あゆみんは強めの語気にも嫌な顔一つせず、
年下の子どもをからかうようないつもの微笑みを浮かべる。
「別にそんな怖い顔しなくても、隠すつもりはないよ。でも、私は遥ちゃんの補足をするくらいかな」
 それからゆっくりと言った。
「彼女は大学四年生。
四年生にもなると、必修の授業もほとんど取り終わって、意外と暇なんだって。
だから翻訳の勉強をするようになったらしいんだけど、あくまで趣味の範囲だって言ってた。
それと、彼女が本を借りた理由。あれは遥ちゃんの言った通り。
本を返したのも、まあ、ほとんど言った通りかな。
家に持って帰っちゃうと、時間も忘れて夢中でやっちゃうから、ってさ」
 さいですか。
135 :石を穿つ :2014/04/25(金) 19:31
「趣味で翻訳って、大学生はすごいね」
 まーちゃんは素直な感想を述べる。確かに今のハルたちには考えられない世界だ。
もっとも、週一で図書館に通うこと自体、今のハルには考えられない。
「……さてと」
 おもむろに、あゆみんはテーブルに手をついて立ち上がる。
「そろそろ行こうかな」
 なにか用事があるとは言っていたけれど、もう行くのか? 
話はまだ終わっていないというのに。
向こうからは言いそうになかったので訊いた。
「ちょっと待って。訊きたいことが三つあるって言ったよね?」
 あゆみんは少し考えて、そして座りなおした。
「いやあ、二つよりも三つって言ったほうが決まりがいいかなと思って。
……でも言ったからには訊いておかないとね。そうだね、じゃあ……」
 少しの沈黙。そしてあゆみんは気持ち声を落として言った。
「どうして、『翻訳』の勉強だと気づいたの?」
136 :石を穿つ :2014/04/25(金) 19:31
 ……さて、どうしたものか。
正直に言うのもなんとなく憚られるが、別に隠すほどのことでもないのだ。
 しかし幸いにも、これは一言で片付けることができる。
「閃き、かな」
 そして小さく笑ってみせる。
 あゆみんがこの話をするとき、思い出したように、ハルに話したいことがあると言った。
図書館に来て、ハルと会ったことが思い出すきっかけになったのなら、タイミングがおかしい。
あゆみんとは一階で会っているし、話す時間はあった。
なのに、三階に上がってまーちゃんと話すまで思い出さなかったということは、
あの場所に思い出すきっかけになったものがあったということ。
 そう、ハルたちはあの場所で英語の勉強をしていた。
 雨垂れ石を穿つ。しかし、石を穿つのはなにも雨垂れだけとは限らない。
あゆみんが無意識のうちにくれたヒントを基に考えていけば、
結論に至るのにそれほど時間はかからなかった。
137 :石を穿つ :2014/04/25(金) 19:31
「まあ、そういうことにしておいてあげる」
 あゆみんはそれだけ言って去っていった。
どうやらハルのごまかしは、まだまだだったらしい。

 閉館のアナウンスが流れる頃には、さすがに外も暗くなっていた。
四月とはいえ、夜の空気は冷たい。駐輪場のライトに照らされながらまーちゃんが言う。
「じゃあくどぅー、また来週」
「うん、バイバイ」
 軽く手を振ってまーちゃんと別れる。
 今日は帰ったらまず熱い紅茶でも飲もうと思う。
それからまーちゃんの言う通り、夜はあったかくして寝ることにしよう。
138 :名無飼育さん :2014/04/25(金) 19:33
>>110-137
『石を穿つ』
139 :名無飼育さん :2014/05/07(水) 18:45
番外掌編 『落として上げる』
140 :落として上げる :2014/05/07(水) 18:46
 目が重い、足が重い、そして気が重い。
いっそのこと休んでしまいたかったが、そういうわけにはいかないのだ。
なぜなら今日はハルにとっての大事な日でもあるのだから。
141 :落として上げる :2014/05/07(水) 18:46

 ゴールデンウィーク明けの今日は、テンションの低い子が意外と多かった。
まあ無理はないだろう。だが驚いたのは、まーちゃんもその口だったということだ。
「おはよう、まーちゃん」
「……おはよう」
 いつものまーちゃんと違いすぎて、なんだかやりづらい。
142 :落として上げる :2014/05/07(水) 18:47
「もしかして、まーちゃんも寝不足? いやあ、ハルもそうなんだよね。
生活リズムがすっかり狂っちゃってさ。昨日もベッドに入った時点で十二時を大きく回ってたよ」
 笑いを誘ったつもりっだけれどまーちゃんは冷ややかな声で言った。
「へえー、十二時まで起きてたんだ」
 肩透かしを食らい返す言葉に詰まった。
「うん、まあね」
143 :落として上げる :2014/05/07(水) 18:47
 昼休み。ハルの席で一緒にお昼ごはんを食べる。
 まーちゃんのテンションは時間が経つにつれて戻ってきたが、まだまだ本調子には程遠い。
 何気なく訊いてみると、まーちゃんも昨日はいつもより寝るのが遅かったらしい。
それでも日付けが変わってすぐだったそうだ。やはり五月病なのだろうか。
144 :落として上げる :2014/05/07(水) 18:48
 そろそろ昼休みが終わるというところで、まーちゃんが呟くように言った。
「くどぅー、知らないわけじゃないよね?」
「ん? なにが」
「……いや、なんでもない」
 そのあとはなにも言わなかった。なにも言わなかったから、ハルには不機嫌そうに見えた。
 お弁当を片付ける。
 五時間目が始まる頃、母親から一通のメールが届いた。
145 :落として上げる :2014/05/07(水) 18:48

 放課後。いつも通り勉強会が開かれる。けれど今日は少し教室内がうるさい。
ゴールデンウィーク中の話で盛り上がっているらしい。そこでハルは提案した。
「ねえ、今日はウチでやらない?」
 まーちゃんは教室を軽く見まわしてから小さく頷いた。
146 :落として上げる :2014/05/07(水) 18:48
 家に帰ると母親が出迎えてくれた。
「あら、優樹ちゃん、いらっしゃい。さあ、あがって」
「どうぞ、お気遣いなく」
 そう言いながらまーちゃんはお客さん用のスリッパを履く。
 階段を上がるハルたちに向かって母親が言う。
「あとで飲みものもっていくわね」
 よく冷えた麦茶があると嬉しいな。だがそれは言わない。
 カバンを置いて一息ついていると、コンコンとノックの音が聞こえた。
147 :落として上げる :2014/05/07(水) 18:49
「はい」
 飲みものが届いたらしい。
「おまたせー。はいどうぞ優樹ちゃん」
「ありがとうございます」
 ハルたちはそれを一気に飲み干す。
「くー! 生き返るー」
 それはよく冷えたオレンジジュースだった。
148 :落として上げる :2014/05/07(水) 18:49
「あとで、なにか食べものももってくるわね」
「いや、お母さん、そんな」
「気にしないで」
 そう言って部屋を後にする。なんだか楽しそうだ。
 ハルはまーちゃんが不機嫌な理由をなんとなくわかっている。
十二時を超える前に寝ていたら変わっていただろうか。
いや、むしろ、より不機嫌になっていたかもしれない。
 数分後、ドアがノックされる。
 はたしてまーちゃんの機嫌は直るのだろうか。
149 :落として上げる :2014/05/07(水) 18:50

 運ばれてきたのは、ロウソクが十五本刺さったケーキだった。
150 :名無飼育さん :2014/05/07(水) 18:51
>>139-149
番外掌編 『落として上げる』
151 :名無飼育さん :2014/05/07(水) 18:52
まーちゃん誕生日おめでとう

>>109
不定期更新になるので気長にお待ちください
152 :名無飼育さん :2014/05/13(火) 04:16
意地悪w
リアルどぅーは、どう挽回したのかな
153 :名無飼育さん :2014/07/04(金) 16:20
『消えない足跡』
154 :消えない足跡 :2014/07/04(金) 16:21
  1

 梅雨明けはまだ発表されていない。
空には相変わらず雲が多いけれど、しかし雨の予報は出ていない。
雨の予報が出たとしても、結局降らないことが何度かあった。
気温も日に日に上がり続けている。夏はもう、すぐそこまで来ている。
 ところで、夏休みがなぜあるのか考えたことがあるだろうか。
冬休みは年末年始。春休みは年度の変わり目。では夏休みは?
 答えは簡単、暑いからだ。暑くて生徒たちが集中できないから休みにしてしまうのだ。
 昼休み。冷房の利いた教室で卵焼きを頬張りながら、そんなことを話してみた。
するとまーちゃんはいつもの笑顔を崩さずに言った。
「じゃあ、冷房設備も導入されたことだし、今年からは夏休みがなくなるのかな」
 卵焼きを飲み込むと、ハルは首を振った。
「そうなったらこう言うさ。「電気代が無駄なので休みにします」ってね」
 これでオチがついたとでも言うように、まーちゃんは肩をすくめてみせた。
155 :消えない足跡 :2014/07/04(金) 16:22
 どうしてこんな話をしたのかというと、それには大きく二つの理由があった。
七月に入り夏休みがもうすぐだからというのが一つの理由だけれど、これは後付けみたいなもの。
夏休みが近いということは期末試験も近いということ。
要するに、暇つぶしを兼ねた現実逃避をしていたのだ。
 四月には定期的に勉強会を開いていたが、五月になってからは徐々にその回数も減っていった。
今では週に一度あればいい方だろう。それはどうしてか。
まーちゃんが本格的に部活動に力を入れ始めたのだ。
まーちゃんはバスケ部に所属している。
今更感は拭えないが、三年生最後の夏の大会に向けて練習に励むまーちゃんをハルは応援することにした。
 そんな状態にあるからこそ、こうやって中身のない話をしながらお昼ごはんを食べることが、
一日の内の大事な時間になりつつあった。
 少なくともハルはそう思っている。
156 :消えない足跡 :2014/07/04(金) 16:23
「くどぅーの話、なかなかおもしろかったよ。
実はまさも一つ、おもしろい話を仕入れたんだけど、ここで発表してもいいかな」
「おもしろい話?」
 ブロッコリーを口に放り込む。
「うん。今の時期にはぴったりなんだ。
まあ、お約束という点では新鮮味はないけれど、ここ最近の話だよ」
 今の時期にぴったりなお約束のお話。まさか。
「くどぅー、『校庭を走る落ち武者の霊』の話、聞いたことない?」
 やっぱりね。でもありきたりな分、暇つぶしにはもってこいかもしれない。
「聞いたことないな。聞かせてよ」
「では」
 そう言ってわざとらしく咳払いをすると、まーちゃんの顔から笑みが消えた。
157 :消えない足跡 :2014/07/04(金) 16:24
「事の始まりは二週間前まで遡る。
その日、二年生の女子が部活の朝練のために朝早く学校に来た。先輩たちはまだ来ていなかった。
顧問の先生から体育倉庫の鍵を受けとり、用具を取りだす。
そのとき彼女は校庭の端に足跡がついているのを確認した。
しかしそんなのは当たり前のこと。そうは思いながらも彼女は足跡のことが気になっていた。
休み時間になり、クラスメイトにそのことを話してみたけれど、真剣に聞いてくれる子はいなかった。
だから彼女も気にすることをやめた」
 身振り手振りを加えながら、まーちゃんは淀みなく話す。
「そして翌日。今度はクラスの別の子が校庭に走ったような足跡をみつけた。
次の日には複数の子が確認した。三日続いたことでいよいよ話題になると、犯人捜しをするようになった。
 いつも最後まで校庭を使っているのは野球部だったので、
彼女たちは野球部が最後のとんぼ掛けをサボっているんじゃないかと結論づけた。
そして噂は広まり、ついには野球部に指導が入った。それが先週のこと」
 箸を持ったまま話しているけれど、食べないのなら置けばいいのに。
「その日、野球部の練習が終わると部員全員で校庭に足跡が残っていないことを確認した。
それでも次の日の朝、校庭には誰かが走ったような足跡がついていた。
足跡は野球部のせいではなかった。
 そこからだね、幽霊がいるって噂されるようになったのは」
158 :消えない足跡 :2014/07/04(金) 16:25
 話し終えると、まーちゃんはお茶を一口飲んだ。
 校庭についた正体不明の足跡。確かにまーちゃんの言う通りお約束だ。
よその学校では大枠はそのままに、細部を少しいじって語られているのだろう。
くだらないとまでは言わないけれど、別段おもしろいとは思わない。
 ん? ちょっと待て。
「ごめん、ハルの聞き間違いだったら悪いんだけど、落ち武者はどこで出てくるのかな?」
 食べる手を止め質問すると、まーちゃんはぽかんと口を開けた。
「あ、忘れてた」
 まったく大事なところで抜けている。
まーちゃんらしいと言えばらしいが、そこはちゃんとしてもらわないと困る。
「この学校が建つうんと前に、ここで大きな合戦があったらしいの。しかも丁度今の時期にね。
名前もついてたと思うけどなんだったかな。あ、もちろん教科書に載るような大きな戦いじゃないよ。
それで、その戦いで亡くなった落ち武者が未だに成仏できずにここの校庭で走り回ってるんじゃないか、
って言われるようになったの」
 正確には、落ち武者は戦いから逃げた武士のことだけど、ここで言う必要はないだろう。
159 :消えない足跡 :2014/07/04(金) 16:26
「そんなことがあったんだね。それで、まーちゃんはこの話信じてるの?」
「なかなか難しいことを訊くね。うーん、信じてるのかなあ。
いや、信じていないのかもしれない。どっちなんだろう」
 歯切れが悪い。言いづらいことを訊いたつもりはなかったんだけど。
 しかしそのあとのまーちゃんの言葉は、なかなか的を射ていた。
「でも、いるかいないかは重要じゃないと思ってる。
いるのかいないのか、それを想像することが楽しいんだよ」
 実際、これが幽霊の類と向き合う正しい方法なのかもしれない。
 まーちゃんが話している間にお昼ごはんは食べ終えてしまった。
まーちゃんが食べ終わるのを待つことにする。
160 :消えない足跡 :2014/07/04(金) 16:27
 ちらりと窓の外に目を向けると、中庭を挟んでもう一つの棟が見える。
校庭はハルの後ろ側にあるのでこのままでは見えない。
反対にまーちゃんからはよく見える。
落ち武者の話をしたのも、それが関係しているのだろうか。
 それにしても外は暑そうだ。
冷房の利いた教室にいる限り、そんなことは対岸の火事、気にする必要もないのだが、
五限からは体育で、教室を離れなければならない。
ならいっそのこと、体育館も冷暖房完備にしてみてはどうだろう。
……公立中学校にそんな期待はしてはいけない。
161 :消えない足跡 :2014/07/04(金) 16:28
「ごちそうさま」
 などと妄想に浸っているとまーちゃんも食べ終わったらしい。
視線を戻すと、誰も見ていないのに律儀に胸の前で手を合わせていた。
ハルと目が合うと、にこりと笑って、
「ちなみに今日の朝も足跡は残されていたみたいだよ」
 と言った。そしてそれだけ言って、自分の席へと戻っていった。

 ……今のうちにちょいとお花を摘みに。

 教室に戻ってくると、まーちゃんはハルの席で頬杖をついていた。
よく見れば反対の手には体操服の入った手提げ袋を持っている。準備万端ということか。
不承不承、ハルは言った。
「おまたせ、じゃあ行こうか」
 本当のことを言えば、もう少し涼んでから行きたかった。
162 :消えない足跡 :2014/07/04(金) 16:29
  2

 体育は二クラス合同で行われる。更衣室に人の姿は多くなかった。
きっと冷房から離れられないのだろう。羨ましい限りだ。
 適当な棚を見つけ着替え始める。一応長袖も持ってきたけれど、やはり要らなかった。
 着替えを済ませ更衣室を出ようとしたところで、まーちゃんが隣にいた子に話しかけた。
「あ、マミちゃん、おはよう」
 マミと呼ばれた子は突然のことに驚いたらしかったが、すぐに笑顔になって、
「おはよう、優樹ちゃん」
 と返した。短い髪に少し切れ長の目、肌は適度に焼けている。
全体的に小さいが、よく見れば細い手足には筋肉がしっかりついている。
肌は部活動で焼けたのだろう。
「マミちゃん、ここ汚れてる」
「え? ああ、ほんとだ。ありがとう」
 見ると横腹のあたりに砂がついていた。マミさんはそれを軽く手で払った。
163 :消えない足跡 :2014/07/04(金) 16:30
「じゃあ、まさたち先に行ってるね」
「うん」
 マミさんに軽く会釈をしてハルはその場を離れた。
 体育館内にはバスケットボールをつく音が響いていた。
早めに来て自主練といったところか。今日の授業はバスケだ。
 彼女たちの邪魔にならないように壁伝いに歩く。
途中、右足首に包帯を巻いた子が座っていた。
髪を頭の上でひとつに縛り体操服を着ているけれど、あの足で授業を受けるのだろうか。
まさか、ねえ。
 中ほどまで進み壁にもたれるように座る。予鈴が鳴り終わるのを待ってからまーちゃんに訊いた。
「ねえ、さっきの人は?」
「マミちゃんのこと? 去年同じクラスだったの。
陸上部に入ってて結構いい成績残してるんだ。まさもマミちゃんみたいに活躍できたらいいなあ」
 同じバスケ部の子かと思っていたけど違ったのか。
164 :消えない足跡 :2014/07/04(金) 16:31
「活躍といえばこの前、もうすぐ夏の大会のレギュラーが決まるとか言ってなかった?」
「うん……。実は昨日発表されたんだ。気になる?」
 言いながらまーちゃんの口許は緩んでいる。結果はすぐに知れた。
「おめでとう、でいいのかな」
「えへへ、ありがとう。でもさすがにスタメンにはなれなかったよ」
「それは欲張りじゃないかな」
 まーちゃんはハルの言葉を否定することなく、笑い飛ばした。
「確かに、レギュラーに選ばれただけでも充分だよね。努力は報われるってのはこのことだよ」
「それじゃあ今日からはレギュラーとして練習に臨むわけだね」
「正確には明日からだけどね。今日は職員会議があるから部活動はお休みなの」
 さいですか。
165 :消えない足跡 :2014/07/04(金) 16:32

 本鈴が鳴り授業が始まる。
 出欠確認が終わると、二列に並び体育館を三周ランニング。
準備体操が終わると一旦集まり、今日の授業の説明を聞く。
「五限はとにかく練習です。ドリブル、パス、シュート。何事も基礎は大事です」
 こなれた様子で生徒たちに指示を与えるのは、まだ二十代の若い女の先生。
上下ジャージに身を包み、首からは笛をぶら下げ、手にはボードを持っている。
「そして六限はみんなが好きな試合です。チーム分けは六限の最初に発表します。じゃあ始めましょう」
 言い終わると、生徒たちは我先にとボールを取りに行く。
 バスケが下手で困るということはあまりなかった。運動神経には少し自信がある。
けれど当然のことながら、バスケ部には遠く及ばない。
難しいところはまーちゃんに教わりながらやっていると、いつの間にか五限が終わった。
 ……休み時間は、休むことにした。
166 :消えない足跡 :2014/07/04(金) 16:33
 六限。
 いよいよ試合だ。先生がチーム分けを発表する。
「まず一班。――――
 ……続いて三班。工藤遥。コニシユイ。サクラマミ。佐藤優樹。シライシカエデ。
 続いて四班。――――」
 どんなチームになるのかと思ったら、ただの名列順か。でも、まーちゃんと一緒だから期待はできる。
 先生は説明を続ける。
「一班から三班はこっちのコート。四班から六班は奥のコートね。
一試合五分。ストップウォッチを渡すから、自分たちで測ってください。
それと戦わない班から一人審判を出すこと。
それじゃあ得点ボードを運んで、準備ができたら始めていいわよ」
 とりあえず三班に選ばれた五人が集まり挨拶を交わす。
体操服には苗字が刺繍されているので誰が誰なのかはすぐにわかった。
 小学生でもおかしくない体躯に丸顔の小西ユイさん。
すらりと伸びた手足に見た目通りのおっとりとした話し方の白石カエデさん。
そして昼休みに更衣室で会った佐倉マミさん。
167 :消えない足跡 :2014/07/04(金) 16:34
 まずは一班と二班の試合。審判はまーちゃんがやってくれた。
得点ボードはマミさんがやってくれたので、手持ち無沙汰になったハルは何気なく訊いてみた。
「二人は何の部活に入ってるんですか?」
「テニス部です」
 と小西さん。
「私は、吹奏楽部です」
 と白石さん。
「工藤さんは?」
「ハルは……帰宅部です」
 二人の苦笑いは当然の結果だろう。軽く話題をそらす。
「でも、今審判やってるまーちゃんはバスケ部なんです。
だから試合中困ったら、彼女にパスするといいですよ。きっと上手くやってくれます」
 自分がなんとかしますと言えないのが悲しいところだ。
168 :消えない足跡 :2014/07/04(金) 16:35
 試合は一班優勢で進んでいく。どうやらバスケ部員がいるらしい。
「それにしても今日暑くない?」
 小西さんの言葉に白石さんが反応する。
「うん、朝から暑かったね」
「そう。だから朝練のときお茶飲み過ぎちゃってさあ。もうほとんど残ってないの」
 二人の話にハルも参加する。
「朝練があるとそういうこともあるんだね」
「要は、ペース配分の問題なんだけどね」
 小西さんは自嘲気味に笑う。
「それは大変だ。じゃあ佐倉さんも同じ目に合ってるかもね。確か陸上部だったよね」
「うん、佐倉は陸上部だけど、今日は朝練のない日じゃなかったかな」
「へえー、朝練って毎日やるんじゃないんだ」
「朝練はどこの部も週二回か三回だよ。もっとも強制でもないから行かない子も多いの」
「部活入ってなかったから知らなかった」
 ハルが自虐を披露したところで、第一試合が終わった。
「まーちゃんおつかれ。さ、今度はハルたちの番だ」
 第二試合は、負けたチーム、二班と戦う。
169 :消えない足跡 :2014/07/04(金) 16:36
 ジャンプボールは、一番身長が高いという理由でハルが選ばれた。
任された以上、最善を尽くそうと思う。
 ボールが高く上げられ試合が始まる。
 ハルが弾いたボールは白石さんの手に渡る。
そこからドリブルすることなく小西さんにパス。
小西さんはドリブルで一人抜く。なかなか上手い。
しかし相手が二人がかりでボールを奪いに来て小西さんの足が止まると、
近くにいたハルにボールが飛んできた。シュートまではまだ遠い。
ドリブルで進み、相手の守りの間を縫ってまーちゃんにパス。
そこでシュートかと思いきや、ゴールの真正面にいた佐倉さんにパスし、佐倉さんがシュート。
 二点先制。
 手を叩いて賛辞を送る。今の攻撃は、即席のチームにしてはなかなかいい連携だった。
 その後も、まーちゃんを攻撃の軸として得点を重ねていく。
ハルも一本シュートを決め、最終的に十点差をつける快勝となった。
名列順で作ったチームだ、さもありなん。
170 :消えない足跡 :2014/07/04(金) 16:37
 あるかなきかの休憩をはさんで次の試合が始まる。
今度のジャンプボールは、バスケ部同士の対決となった。
 先攻は相手チームがとった。ハルたちは守りの姿勢に入る。
小西さんが積極的にボールを奪いにかかるが、相手チームはパス回しでそれを翻弄する。
バスケ部の子にボールが渡ると、自然とまーちゃんとの一騎打ちとなった。
軍配が相手に上がると、そのまま流れるようにレイアップシュート。
 そこから、追いつけ追い越せの精神で試合を進めるも、
結局一度も逆転できないまま五分が経過し、試合終了。
 それからもう一度総当たり戦をしたところでちょうどいい時間になった。
対戦結果は二勝二敗。二回目も一班には勝つことができなかった。
 得点ボードを片付け、整列する。
「おつかれさまです。授業はあと二回です。
再来週はフリースローのテストもあるので、最後まで気を抜かないでくださいね。
では、ありがとうございました」
「ありがとうございました」
 先生に向かって礼をして授業が終わる。
171 :消えない足跡 :2014/07/04(金) 16:38
 今日は二敗してはいるけれど、試合内容自体は悪くないと思う。
それでも一班に勝てなかったのは、まーちゃんも悔しかったようだ。
更衣室で着替えていると珍しく落ち込んでいた。
「あともうちょっとだったのになあ」
「一班の子、上手だったね」
「うん。あの子は上手い。ていうか一年のとき同じクラスだったんだよ、覚えてる?」
 あれ、そうだっけ。覚えてないや。
 そんなハルの表情を見て、まーちゃんは肩をすくめる。
「まあ、覚えてないとは思ったよ」
 ハルのことよくご存知で。
 着替え終わると、制汗スプレーを体に拭きかける。
思春期の女の子としては、こういうケアはしっかりしておかないといけない。
172 :消えない足跡 :2014/07/04(金) 16:39
  3

 放課後。冷房の切られた教室は徐々に暑さを取り戻していく。
職員会議で部活が休みになったからか、残っている生徒はいつもより多かった。
一時間ほどクラスの子たちと話し、少し涼しくなるのを待った。
 帰り道。下校する生徒の姿はまばらだ。まーちゃんと並んで自転車を押して歩く。
 校門を出てすぐ、ハルは切り出した。
「『校庭を走る落ち武者の霊』の話をしよう」
 ハルの言葉にまーちゃんは眉を寄せる。
「昼休みの続きだよ。解決編とでも言うべきかな」
「…………」
 反応が返ってこない。
「まあ、嫌なら別の話でも構わない。むしろそのほうが彼女のためなのかもしれない」
 まーちゃんは少し考え、小さく言った。
「足跡の正体に見当がついてるんだね。彼女ってことは幽霊じゃないんでしょ?」
 頷く。
173 :消えない足跡 :2014/07/04(金) 16:40
「でも、あくまで可能性の話だよ。
実際に走っているところを見たわけでもないし、本人に確認したわけでもない」
「それでもいいよ、聞かせて」
 まーちゃんは真っすぐな目でこちらを見ていた。
「わかった。でもこれからする話は他の子には内緒だよ。
なんせ彼女自身隠そうとしてることだからね」
「隠そうとしてる? 幽霊の噂まで出るようになったのに?」
「それは彼女も想定外だったろうね。まあ、順番に話すよ」
 自転車に乗った小学生たちがハルたちの横を通り過ぎていった。
そのとき生じた風がなんだか心地よかった。
「まずは足跡がついた時間。
 野球部が練習を終えてから、次の日の朝練が始まるまでの間。
考えられるのは部活終わりの夕方か、あるいは早朝。
けれど幽霊の噂が出たことと、走ったような足跡であることから、足跡がついたのは早朝だとわかる」
174 :消えない足跡 :2014/07/04(金) 16:41
「どうして?」
「いくら校庭とはいえ、走るためにはそれなりの明るさが要る。だから夜には走れない。
そして幽霊の噂が出たのなら、走っている姿は誰にも見られていないってこと。
夕方の校庭ではそんなことは起きない」
 先を続ける。
「では早朝の校庭でなにをしていたのか。
 走ったような足跡があるんだから、単純に走っていたんだ。
もっと言えば走り込みをしていた。要は自主練だね。
 ハルがさっき、彼女は隠そうとしていると言ったのもここに繋がってくる。
彼女は朝早く学校に来て自主練をし、朝練の子たちが来るころにはもういなかった。
これは意図的に避けているとしか思えない。
自分の努力を人に見られたくなかったのか、それとも非公式な練習に後ろめたさを感じているのか。
あるいはその両方かもしれない」
175 :消えない足跡 :2014/07/04(金) 16:42
 道はやがて大通りに出る。信号を待っている間は、他の人を憚って口を閉じる。
まーちゃんもそれを察してくれた。
 信号が青に変わると、前の人と充分に間隔を空けて横断歩道を渡る。
「そして最後に、誰が足跡をつけたのか。
 午後の体育の時間、怪しい子がいたでしょ。あの子だよ」
「怪しい子……」
 ここで焦らしても仕方がない。誰だろうと考えるまーちゃんに短く言う。
「佐倉さんだよ。佐倉マミさん」
 するとまーちゃんは声を出して驚いた。
「えっ、マミちゃん!? マミちゃんが幽霊の正体……」
 そう。朝早く学校に来て校庭に足跡をつけたのは佐倉さんだ。
「佐倉さんとは昼休みに更衣室で会ったよね。
そのときまーちゃんは体操服に砂がついていたのを教えてあげた」
「うん」
176 :消えない足跡 :2014/07/04(金) 16:43
「じゃあ、あの砂はいつついたのかな」
「それは昨日の部活で、じゃないの?」
 ハルは首を振る。
「こんな時期に、よりによって体操服を洗濯しないで二日連続では着ないよ」
「なら朝練ってこと?」
「そう。ハルも最初はそう思った。……でも違った」
 小西さんとの会話を思い出す。
「今日は陸上部の朝練がない日なんだ」
 ああ、とまーちゃんが声を漏らす。
「朝練は毎日やるわけじゃないんでしょ? 小西さんが教えてくれたよ。
 朝練もない。授業は体育館で行われた。となれば体操服に砂がつくためには?
 ……早朝の校庭にいる必要がある」
 話すことはすべて話した。まーちゃんの反応を待つ。
177 :消えない足跡 :2014/07/04(金) 16:44
 ハルの言葉を飲み込むのに、時間はかからなかった。
「……マミちゃんは単純に練習をしていた。
それを知らない人たちが勝手に大ごとにして、学校の噂となって、まさの耳に入ってきた」
「要約するとそういうことになるね。
でも学校の噂なんて、始まりは大抵そんな感じなんじゃないかな」
 まーちゃんは小さく笑う。
「そうかもね……」
 歩きながら空を見上げる。
雲の切れ目から太陽が見え隠れする。梅雨明けはまだ発表されていない。
178 :消えない足跡 :2014/07/04(金) 16:45
 しばらく続いた沈黙を、まーちゃんが破った。
「ところで、マミちゃんはどうして足跡を消さなかったのかな。
自分が練習していたことを隠したいのに、足跡なんて目立つもの」
 あれ、ハルの説明が足りなかったのかな。それとも難しく考えすぎなのだろうか。
「佐倉さんは朝早く学校に来た。朝練の生徒たちよりも早く、ね」
 これでわかるだろうと思ったけれど、まーちゃんは首を傾げた。
 これでわからないのなら答えを言うしかなかった。
答えを聞いたまーちゃんの反応はひどくシンプルなもので、ただただ呆気に取られていた。
 いつだって理由は単純。

「とんぼが使えなかったんだよ。体育倉庫が空いていなかったから」
179 :名無飼育さん :2014/07/04(金) 16:46
>>153-178
『消えない足跡』
180 :名無飼育さん :2014/07/14(月) 22:30
短編用スレの頃から好きなシリーズでしたが別でスレ立てていることに気づかず・・・
遅ればせながら今日やっと気付いていっきに読ませていただきました
他では読めない冷静沈着などぅーとまーちゃんが好きです
181 :名無飼育さん :2014/07/19(土) 20:42
>>180
スレを立てた報告をどこにもしていなかったので仕方がないですね
あまり飼育向きの作品ではないかもしれませんが
これからも読んでいただけると嬉しいです
182 :名無飼育さん :2014/08/22(金) 18:31
『花火を見よう』
183 :花火を見よう :2014/08/22(金) 18:32
  1

 お盆も終わり、八月も後半に入った。
三年生ということで夏休みの宿題は去年に比べて少なくなっているが、まだ終わっていない。
しかし大事なのは早く終わらせることではなく、夏休みの間に終わらせることなのだ。

 ……間に合うように祈っておこう。

 八月の頭には、まーちゃんが所属するバスケ部の試合を見に行った。
我が中学の女子バスケ部は地区大会を順調に勝ち進み、関東大会への切符を手に入れた。
その試合を見に行ったのだが、惜しくも初戦で敗退してしまい、全国大会へは行くことができなかった。
以前言っていたようにまーちゃんはスタメンではなかったが、
地区大会でも何度か途中出場を果たし、それなりに点を稼いだ。
充分に、チームに貢献したと言えるだろう。

 大会の間、まーちゃんはバスケ部として行動していたので、ハルは応援席から見ているだけだった。
関東大会のときもそれは同じで、練習中、ハルに気づいて手を振ってきたりもした。
けれどやりとりはそれくらいのもので、試合が終わると
『おつかれさまでした』とだけメールを送って、先に帰ってきた。

 まーちゃんと会うのはあの日以来ということになる。
184 :花火を見よう :2014/08/22(金) 18:32
 待ち合わせは六時。七時からは花火が打ち上げられる。

 この花火大会はハルが生まれた年から始まったらしく、今年で十六回目となる。
地元の花火大会なので、全国から人がやってくるというようなこともなく、
それゆえ黒山の人だかりで立錐の余地もないというようなことも、ない。

 ならばなぜ花火の上がる一時間も前に待ち合わせたのか。その理由はハルの視線の先にある。

 大通りから一本入ったところ。
その通りは今日一日歩行者天国になっていて、たくさんの屋台が並んでいる。
蛍光色のビニール暖簾で目を引けば、活気のいい声に客は引き寄せられ、
夏祭りさながらの賑わいを見せている。
最近では花火が主役なのかこの屋台が主役なのかわからなくなることがあるが、
そう思っているのはハルだけではないだろう。

 少し視線を巡らせれば、女子高生らしき二人組が制服姿でりんご飴を舐めながら歩いている。
まだ夏休みだというのに、わざわざ制服を着たのだろうか。
さらには、小さな子が右手に綿菓子を持ち、左手は母親と繋いで歩くというほほえましい姿も見られる。
ハルにもあんな時期があったなと思っていると、
ハルの視線を遮るかのように、若い男の人がハルの前を通っていった。
その人は夏祭りらしい装いで、ソースの焼ける匂いを残していった。

 なんだかお腹が減ってきた気がする。今日の晩ご飯はここで済ましてしまおうか。
185 :花火を見よう :2014/08/22(金) 18:33
 ……まーちゃんがまだ来ない。時間を確認しようと巾着から携帯を取り出す。
すると丁度メールが届いた。まーちゃんからのメールだった。時刻は六時を示している。

『ひまわりの柄に黄色の帯。少し子どもっぽくない?』

 驚いた。
たしかにハルの浴衣は全身にひまわりをあしらった生地で、黄色い帯を巻いてはいるけれど、
どうしてそれをまーちゃんが知っているのだろう。まさか、千里眼のチカラを手に入れたのか。

 そんなことはない。振り返ると、顔の高さに携帯を構えたまーちゃんがいた。

 構えた携帯からカシャッという音が聞こえたかと思うと、まーちゃんは小走りで駆け寄ってきた。

「お待たせ」

「いや、待ってないよ」

 と、お決まりの言葉を返す。

「ほら、自分でも見てみなよ」

 そう言ってハルに携帯の画面を見せてきた。
写っていたのは口を半分開けたまま、無表情でカメラを見据えるハルだった。
いや、いま見るべきは顔ではなくて浴衣の方だろう。
186 :花火を見よう :2014/08/22(金) 18:34
 家でもちゃんと確認したはずだけれど、改めて見てみればなるほど少し子どもっぽい。
全身黄色というのがやや活発な印象を与え、それが子どもらしさに繋がっている。
来年には高校生になるのだから、新しい浴衣を買ってもらうことにしよう。

「でもハルたちはまだ中学生だからね。これぐらいは許容範囲だよ」

「まあね、似合ってないわけじゃない」

 携帯を巾着にしまう。

「じゃあ、まさはどうかな?」

 言われて見てみる。
夏らしく淡い青を基調とした浴衣で、大小さまざまな数種類の花があしらわれていて、
薄桃色の帯がいいアクセントになっている。
髪も浴衣用にセットされていて、髪留めにはまさかのかんざしが使われている。
少し張り切り過ぎではないだろうか。
吹く風に、顔の左右に垂れた髪が揺れている。

「似合ってるよ。それで、この浴衣は新しく買ったの?」

 ハルの問いにまーちゃんは笑顔で答える。

「うん。母に選んでもらったの。まさも気に入ってるんだ」

 言いながら上半身をくねらせてみせた。
187 :花火を見よう :2014/08/22(金) 18:34
「髪の毛までセットして気合充分だね」

「せっかくのお祭りだもん」

 まあ一応、花火大会なんですけどね。

 実は、ハルは最初、浴衣で来るつもりはなかった。
なかったのだが、半ば強制的に着ることになってしまったのだ。
その原因は当然まーちゃんにある。ある日のメールの文末にこう添えてあったのだ。

『ドレスコードは浴衣です。忘れないでくださいね』

 と。いま思えば、自分の浴衣姿を見せびらかしたかっただけかもしれない。

 時折吹く風は生あたたかく、決して気持ちのいい風ではなかった。
しかし気温自体はそれほど高くなく、天気予報でも過ごしやすい一日になると言っていた。

「じゃあ、花火が上がるまで屋台でも見ていこうか」

「そうだね、行こう」

 カタカタと下駄を鳴らしながら、屋台が並ぶ通りへと歩いて行く。
188 :花火を見よう :2014/08/22(金) 18:35
  2

 一番手前の屋台はいか焼き屋だった。お兄さんが頭にタオルを巻きながら、鉄板で豪快に焼いている。
醤油の香ばしい匂いに思わず食指が動いてしまったのだ。
しかし、一発目から買ってしまうのはどうだろう。まだまだ先は長い。ここは我慢のときだ。

 とはいえ、工藤遥は諦めが悪いのだ。立ち止まり、まーちゃんに訊く。

「ねえ、まーちゃん。いか焼きいる?」

 隣を歩いていたまーちゃんも少し遅れて立ち止まると、振り返って言った。

「まさはいらない」

 それは残念。まーちゃんがいると言えばなんの気兼ねもなく買えたのだけれど。

「そっか。ならいい」

 再び歩き出す。
189 :花火を見よう :2014/08/22(金) 18:35
 屋台はなにも、食べもの屋さんばかりではない。
お面を売るところもあれば、くじを引いておもちゃが貰えたり、
金魚やスーパーボールを掬って一喜一優できたりするところもある。
ここまでくるとやはり、花火大会ではなくお祭りなのかもしれない。

 しばらく歩いて、途中にあった射的の屋台で、まーちゃんと勝負をすることにした。

 弾は全部で五発。より多くの景品を倒した方が勝ち。
景品は丸い台の上に乗せられ、その台がくるくると回っている。
狙い目は直方体のお菓子の箱。上半分にあてることができれば、倒すのはそう難しくないだろう。

 一発ずつ交互に撃つことにした。先攻はハル。
できるだけ身を乗り出し、動く的に狙いを定め、タイミングを計って撃つ。
弾は見事に命中したけれど、箱を少しズラす程度に留まった。
内心では、景品が台にくっつけられているんじゃないかと思っていたけれど、
ここはそういう意地悪をしないお店らしい。二発目は倒してみせる。

 次はまーちゃんの番。銃を構える。おや、ハルとは狙いが違うらしい。
ハルと同じものを狙えば落としやすいのに、と思う。
そしてまーちゃんの一発目は、景品と景品の間を通り抜けて、そのまま後ろの壁に当たった。
190 :花火を見よう :2014/08/22(金) 18:36
「ああー、外れた」

 その言葉を聞いて、屋台のおじさんがほほ笑んだように見えたが、それは気のせいということにしておこう。

 二発目。ハルはさっきと同じものを狙い、無事に倒すことができた。

「よっし」

 ガッツポーズ。我ながらこの命中率には驚いている。新たな才能を見つけてしまった。

「お譲ちゃんおめでとう」

「ありがとうございます」

 景品を受け取る。
別にお菓子が欲しかったわけではないが、貰えるとなると、案外嬉しいものらしい。わあい。

 まーちゃんは二発目も同じものを狙った。
今度は景品をかすめたけれど、それだけでは倒すことはできなかった。

 結局、全五発を打ち終えて手に入れた景品は、ハルが倒したお菓子一つだけだった。
勝負はハルが勝った。
191 :花火を見よう :2014/08/22(金) 18:36
「楽しかったー」

 そうまーちゃんが言うのを聞いて、ハルも言う。

「うん、楽しかったね」

 しかし、二人の楽しみ方は全く違う。

 ハルは倒しやすそうなものを狙って勝負を勝ちに行った。
けれどまーちゃんは、自分が欲しいものを狙い、そのためだけに銃を構えた。
つまり、ハルは勝負を楽しみ、まーちゃんは射的を楽しんだ。佐藤優樹とはそういう人間なのだ。

 とはいえどんな人間もお腹はすくもの。だから次のまーちゃんの言葉に驚きはしなかった。

「楽しんだらなにか食べたくなっちゃった」

 いか焼きを食べ損ねたハルもなにか食べたい気分だ。
周りを見渡すと、三つ先の屋台が焼きそば屋だった。

「じゃあ、あそこの焼きそば買おうか」

 まーちゃんはもちろん賛成した。
192 :花火を見よう :2014/08/22(金) 18:37
   ◇

 焼きそば屋の売り子を見て、ハルは言葉を失った。

「あ、遥ちゃん、優樹ちゃん。いらっしゃい」

 そこにいたのは、髪を後ろで一つに縛り、
上半身はTシャツで首にタオルをかけて焼きそばを焼いている、あゆみんだった。
……なんだか、様になっている。

「どうしたの二人とも、浴衣なんか着ちゃって」

「せっかくなのでオシャレしてきました」

 言いながらまーちゃんが浴衣をひらひらとさせたので、ハルも少しだけ参加した。
あゆみんはハルたちをじっくりと見ると、

「可愛いね」

 と、一言だけ言った。
193 :花火を見よう :2014/08/22(金) 18:38
「あゆみんはどうして焼きそばを焼いているの?」

 まーちゃんが訊くと、あゆみんは手を止めずに答えた。

「いやー、実は親戚のおじさんに頼まれちゃってね。
毎年屋台を出してるらしいんだけど、今年は急に人手が足りなくなったんだって。
それで私が呼ばれたの。お小遣いもくれるっていうから引き受けちゃった」

「へえー」

 急な仕事の割には手際がいい気がする。
料理ができるイメージはなかったけれど、意外とできるのかもしれない。

「まったく、受験生だっていうのに困っちゃうよね」

 お小遣いに釣られた人がなにを言う。

「でもこれって滅多にできない経験だよね」

「お、遥ちゃんいいこと言うじゃん。そう、私はいま貴重な経験をしている最中なの」

 まったく、口の減らない人だ。
194 :花火を見よう :2014/08/22(金) 18:38
「で、そのおじさんはいまなにしてるの?」

「うーん、大人の話をしてるんじゃないかな。しばらくは任せるって言ってどっか行っちゃった。
まあ、そのうち戻ってくるでしょ」

 高校生一人に任せるのもいかがなものかと思うけれど。
ってこんな話をするために来たわけじゃなかった。

「へーそうなんだ。じゃ、あゆみん、焼きそば一つちょうだい」

「……一つでいいの?」

 あゆみんの言いたいことはすぐにわかった。

「大丈夫、まーちゃんと分け合うから」

「もう、売上に貢献してくれてもいいじゃない」

 やっぱりね。そんなところだと思った。ハルたちのやり取りを見て、まーちゃんは笑っていた。
195 :花火を見よう :2014/08/22(金) 18:39
「じゃあ、でき上がるまでちょっと待っててね」

「うん」

 待ち時間はそれほど長くなかった。
ハルたちが来る前からあゆみんは焼いていたのだから当然といえば当然だ。
毎回注文が入ってから焼いていたんじゃ回転が悪すぎる。

「ショウガはどうする?」

 あゆみんが訊いてきたけれど、ハルはあってもなくてもどっちでもよかったので、まーちゃんに視線を送った。

「少しだけ入れといてください」

「オッケー」

 そう言ってショウガを一つまみだけ入れると、容器を閉じて輪ゴムをかけ、そこに割り箸を通した。
ハルとまーちゃんの分の、二膳を。

「はいどうぞ。お一つ五百円になります」

「ありがとう」
196 :花火を見よう :2014/08/22(金) 18:39
 ハルは財布から五百円玉を取り出し、あゆみんに渡した。

「どうも、毎度あり」

 さてどこか座って食べられるところはないか、と歩きだそうとしたところであゆみんに呼び止められた。

「ああ、そうだ。ねえ二人とも、一つ頼まれてくれない?」

 不意を突かれて、ふぇ? とか、よくわからない声が漏れた。

「時間があるなら、私の代わりに人探しをお願いしたいんだけど、どうかな?」

「いいですよ」

 まーちゃんが即答した。
仕事の手伝いをして欲しいとでも言うのかと思ったので断りかけたけど、人探しか。
それなら引き受けてもいいかな。

「時間があるならってことは、急ぎの用じゃないってことだよね? だとしたら花火の時間まででもいいかな?」

「うん、それでもいいよ、ありがとう」

 ハルたちは焼きそばを食べながら、あゆみんの話を聞くことにした。
197 :花火を見よう :2014/08/22(金) 18:40
  3

 屋台の焼きそばに期待していなかっただけに、最初の一口を食べて、少し驚いた。

「わあ、おいしい」

 思わず発した声を受けて、あゆみんは返す。

「なんならもう一つ」

「いや、大丈夫だから。それより人探しの話を詳しく聞かせてよ」

 そうだったねと言ってあゆみんは笑った。話に集中するためか、新しく焼きそばをつくる様子はない。

「二人に探してほしいのは、この財布の落とし主」

 言いながら財布を手に取り、ハルたちに見せてくれた。
二つ折りの黒い革財布。革の具合から察するに、何年も前から使っているものだろう。
198 :花火を見よう :2014/08/22(金) 18:41
「財布の落としものかあ。免許証とかは入ってないの?」

「入ってなかった。カードは何枚か入ってるんだけど、顔がわかるようなものはないね。
だから私が探しに行けたらいいんだけど、ここを離れるわけにもいかないしさ。
まあ、いずれ落としたことに気づいて探しに来ると思うから、それまで待っていようかとも思ったんだけど」

「そこにまさたちがやってきた」

「そういうこと」
 なんともタイミングの悪い。いや、落とし主にしてみたらよかったのかな。

 たしかにあゆみんの言う通り、いずれは財布を落としたことに気づくだろう。それを待つのも一つの手だ。
しかし探しものは、早く見つけるに越したことはない。

「持ち主はどんな人だったの?」

「若い男の人で、中肉中背。あと甚平を着てた。色は……濃紺っていうのかなあれは。黒ではなかったよ」

 甚平を着た若い男性なんていっぱいいるだろう。そう思って周りを見渡してみれば、すぐに一人見つかった。
しかしあれは灰色の甚平だから、あの人は落とし主ではない。
ほかにも何人かいたけれど、濃紺で、歳が若いという条件に当てはまりそうな人はいなかった。
199 :花火を見よう :2014/08/22(金) 18:41
「濃紺の甚平だね、覚えておくよ。ちなみになんだけど、その人はいつ、財布を忘れていったのかな」

 あゆみんは手を腰に当てながら考えた。

「うーん、時計を見てないから正確にはわからないけど、二十分くらい前かな。まだ空が明るかった」

 言われて空が暗くなりだしていることに気がついた。
携帯で時間を確認しようとしたら、まーちゃんの方が一足早かった。画面を見ながら言う。

「二十分前っていうと、六時くらいだね」

 まーちゃんとの待ち合わせ時間か。
あゆみんは時計を見ていないと言ったから、前後五分くらいのズレはみておいていいだろう。

「わかった、じゃあその人探してみるよ。でもあまり期待はしないでね」

「そうね、見つかればラッキーくらいの気持ちで待ってる」

 いつの間にか焼きそばは残り一口になっていた。一気にかき込む。

「じゃあ行こうか、まーちゃん」

「うん」

 人探しの前に、まずはゴミ箱を探さないといけないね。
200 :花火を見よう :2014/08/22(金) 18:42
   ◇

 屋台の列はまだまだ続いている。
左右をきょろきょろとしながら歩いていると、
じゃがバタ屋の前でようやくあゆみんが言っていた条件に合いそうな人を見つけた。
まーちゃんもほぼ同時に見つける。

「あの人かなあ」

 立ち止まる。
彼の服装は濃紺の甚平。身長も平均的で見た目も若い。条件を満たしているように見えるけれど。

「だとしても、ああも彼女といちゃいちゃされると声をかけづらいね」

 彼の左腕に抱きつくようにして、浴衣を着た彼女が寄り添っている。
こんなところでもそこまでくっつく必要があるのかと問いたくなるが、まあそれは彼女たちの自由だ。

「でも、彼は財布を落としてないらしいね」

「え、どうしてわかるの?」

 まーちゃんは驚いて目を大きく見開いた。そこまで驚かれると自分が間違っているのかと思ってしまう。
201 :花火を見よう :2014/08/22(金) 18:43
「どうしてって、あゆみんがなんて言っていたか思い出してごらんよ」

 まーちゃんは間を置かずに答えた。

「若い男の人で、甚平を着ている。色は濃紺」

「まあ、中肉中背っていうのもあったけどね。ところでまーちゃん、あゆみんは若い男性って言ったんだよね?」

「そうだよ。でもあの人は若いでしょ」

 少しムッとしたようにまーちゃんは言う。

「そこじゃないよ。もしあの人が財布の落とし主だとしたら、なぜあゆみんは、カップルだったと言わなかったのかな」

「ああ、そういうことか」

 特徴を訊いたとき、あゆみんは若い男性としか言わなかった。
それはつまり、最低でも買いにきたのは男性だけだったということ。
では彼は一人で焼きそばを買ったか? あの彼女の様子からしてそれはないだろう。
このことから彼が財布を落としていないことがわかる。
そしてそれを裏付けるように、彼は財布を取り出し、じゃがバタを買っていった。

「次の人を探そう」

 まーちゃんが小さく頷くと、ハルたちは再び歩き出す。
202 :花火を見よう :2014/08/22(金) 18:43
 一分と経たないうちに二人目を見つけた。
男三人組が前を歩いていたが、そのうちの一人が濃紺の甚平を着ていた。
背の高さも見た目も問題はない。しかし。

「あの人も、違うのかな」

 小さな声で、自信なさげにまーちゃんが訊いてきた。さっきのことを受けて消極的になっているらしい。

「おそらく違うだろうね」

 彼は某ヒーローのお面を頭につけていた。お面屋はこの通りの入り口近くにある。
あの状態で焼きそばを買ったのなら、お面の存在にあゆみんは気づくはず。
でもあゆみんはそんなことは言ってなかった。

「あのお面があるからだよね?」

 なんだ、ちゃんとわかってるんじゃないか。もっと自信を持てばいいのに。

「そうだよ」

 二人目も、目当ての人物ではなかった。
203 :花火を見よう :2014/08/22(金) 18:43
 またしばらく歩いて行くと、ついに屋台の列が終わった。
その先に行けば花火を見るための場所がある。そこまで行き視線を巡らすと、また一人見つかった。

 濃紺の甚平を着た彼は周りの人たちから少し離れ、木の傍に立ち、
かき氷をこぼさないように慎重に崩しながら食べている。味は定番のイチゴ味らしい。
短く刈り込まれた髪に、日に焼けた肌。歳の頃は大学生。体育会系のサークルにでも入っているのだろう。

「あの人でもないね」

 ハルの言葉にまーちゃんはなにも言わなかった。

 彼はかき氷を食べている。
ここからみてもイチゴ味だとわかるくらいに残っているそれは、数分前に買ったものだろう。
つまり数分前までは財布を持っていたということ。
焼きそばを買う前、つまり二十分以上も前に買ったということもないだろう。
彼は目当ての人物ではない。

 辺りを見回しても、四人目は見当たらなかった。
204 :花火を見よう :2014/08/22(金) 18:44
「まーちゃん、一旦あゆみんのところへ戻ろうか」

「そうだね」

 もうすぐ花火の打ち上げが始まる時間だ。人の流れに逆らうように、ハルたちは来た道を戻っていく。

「……もうこの近くにはいないのかもね。家が近所で帰ったのかもしれない。
まあ、遅かれ早かれ、いずれは持ち主に返るだろうけど」

「もしかしたら、すでに受け取りにきてたりして」

「それは充分にあるね」

 見つけられなかった言い訳でもするかのように、そんなことを話しながら歩いた。

 そしてあゆみんのもとへと戻ってきた。

「やっぱり見つからなかったよ」

「そっか」
205 :花火を見よう :2014/08/22(金) 18:45
 あゆみんの態度はひどくあっさりとしていたが、驚きはしなかった。
ハルが探しに行くときに言ったからだ。期待はしないでね、と。

「二人ともありがとね。もうそろそろ花火が上がるだろうから、約束通りそっちに行ってもいいよ」

 そうさせてもらおうかな。じゃあ、と言いかけたところで、一人の男性が焼きそばを買いにきた。

「すみません。ここに財布の忘れもの、ありませんか?」

 そのときハルは思い出した。ああなんてことだ、大事な人を忘れていた。

 そこにいたのは、濃紺の甚平を着た若い男性だった。

 すっかり暗くなった空に大きな花火が打ち上げられる。時刻は七時を回った。
206 :花火を見よう :2014/08/22(金) 18:46
  4

 今日打ち上げられる花火は、六百発だとなにかで見た気がする。
花火が上がるたびに「おおー」とか「わあー」とか声が上がるので、ハルもそれに小さく参加した。
球状に広がる光が時間差で色を変えたのは綺麗だったし、連続で打ち上がる花火は迫力があった。

「まさか、くどぅーがあの人と会ってたとはね」

 まーちゃんの言うあの人とは、財布の落とし主のことだ。
実際はすれ違っただけなのだが、どうして忘れていたんだろうか。
待ち合わせ場所でまーちゃんを待っている間、人間観察をしているハルの前を、あの人は横切ったのだ。
夏祭りらしい装いで、ソースの焼ける匂いを残して。

「ハルも驚きだよ」

 それはほとんど、自虐だった。
これでこの話は終わりとでも言うように、ハルは話題を反らす。
もっとも、これは最初から話そうと思っていたことでもあった。
しかしなかなか、素直になれないでいたのだ。

 ほんの少しの覚悟を決めて、言う。
207 :花火を見よう :2014/08/22(金) 18:47
「ねえ、まーちゃん。来年も一緒に」

「ん? なに?」

 打ち上げられる花火に対して、ハルの声は小さかったらしい。まーちゃんが耳を寄せてきた。
大きく息を吐き、今度は聞こえるようにはっきりと言った。

「来年も一緒に、この花火を見ようね」

 するとまーちゃんは、くくっと忍び笑いをして、いつにもない笑顔になると、

「くどぅーからそんなこと言うなんて珍しいね。明日の天気が心配だよ」

 そして続いて、

「答えはもちろんイエスだよ。来年もこうやって花火を見たいね。
それから再来年もその次も、まさはくどぅーと一緒に見に来たいと思ってるよ」

 と言った。
途端にハルは恥ずかしくなり、まーちゃんと目を合わせることができなくなった。
夜空を見上げながら、呟くように言う。

「ありがとう」

 うん、とまーちゃんは頷いたと思う。しかし夜空を見上げるハルに、その姿は見えなかった。

 また一つ、大きな花火が打ち上げられる。
球状に散らばった光はやがて消え、空には薄い月だけが浮かんでいた。
208 :名無飼育さん :2014/08/22(金) 18:48
>>182-207
『花火を見よう』


今回は段落ごとに空行を入れてみました
やはりこちらのほうが読みやすいのでしょうか……
209 :名無飼育さん :2014/08/23(土) 22:53
花火デートいいですね〜
二人の浴衣姿も目に浮かぶようです

自分は文字がぎゅっと詰まってるより
こうやって間隔空いてた方が読みやすいなと思いましたよ
210 :名無飼育さん :2014/08/31(日) 00:02
単に段落ごとよりは意味段落ごとで改行の方がいいかも

とか偉そうなこと言いますが今回も面白かったです!
読んでる側もすっかり忘れてた!とw
211 :名無飼育さん :2014/09/05(金) 20:34
>>209>>210
レスありがとうございます
紙媒体とは違って掲示板なので読みやすさは大事ですよね

そういえば焼きとうもろこしの屋台を出すの忘れてたな〜と
ほんの少し後悔してます(笑)
212 :名無飼育さん :2014/11/12(水) 18:19
『そして元の位置に』
213 :名無飼育さん :2014/11/12(水) 18:19
  1

 なにを好きになり、なにを嫌いになるかは人それぞれであり、誰かから教わるものでもない。
つまるところ、ああ、私はこれが好きなんだ、と自分で気づくものだと言える。
さらに好き嫌いは日頃の行動や性格に影響を与え、時間をかけて自分自身を形づくっていく。
だからこそ、その人を知るためにはその人がなにを大事にし、
なにをおろそかにするかが、最も重要な手がかりになるんじゃないかな。

 昼休みの教室、向かい合わせにして座るまーちゃんに対してそんなことを話した。
するとまーちゃんは机の上に広げられた一冊の本に目を落とすと、いつもの飄々とした口調で短く言った。

「要するに、この結果に納得いってないんだね」

 十一月も中頃。気づけば立冬も過ぎ、暦の上ではすっかり冬になった。
さすがに雪はまだ降らないが、降ったところでそこまで驚きはしないだろう。
それぐらい今日は寒かったので、お昼ご飯を食べ終えたハルたちは暖房の効いた教室から出ることもせず、
まーちゃんが持ってきた心理テストの本で遊んでいた。
214 :そして元の位置に :2014/11/12(水) 18:20
 いま開いているページにはこう書かれている。

『3番を選んだあなたは、負けず嫌い度90%。
たまには自分の負けを認めてみると、なにかいいことが待っているかも?』

 ハルがなにも答えないでいると、顔を上げたまーちゃんと目が合った。

「いやあ、納得してないわけじゃないんだよ。
……それにほら、たったの四択でハルのなにがわかるっていうのさ」

 思いつくままに言ってみたら、まーちゃんの嘆息が聞こえてきた。

「くどぅー、それを言ったら」

 まあ確かに、それを言ったら元も子もないか。
それに、これはただのお遊び。熱くなるのも馬鹿らしいというものだ。
一人冷静なまーちゃんは本を引き寄せ手に取ると、パラパラとページをくる。
215 :そして元の位置に :2014/11/12(水) 18:20
「でもこの本、割と当たるでしょ?」

 頷く。そこにはハルも否定できなかった。負けず嫌いな性格はよく自覚している。
自覚しているからこそ、その通りの答えが出てきて悔しくもあり、恥ずかしかったのだ。

 この性格も少し改めなければいけないのだろうか。
そんなことを漫然と考えていると、教室の扉が開きA組の生徒が戻ってきた。

「うー、寒い寒い」

 その生徒は両腕を抱き、二の腕部分をさするようにしながら教室に入ってきた。
冷たい空気が入ってきたからなのか、エアコンが唸りを上げる。
216 :そして元の位置に :2014/11/12(水) 18:21
「じゃあまたなにかおもしろい本があったら持ってくるね」

 そう言いながら、まーちゃんは本をカバンにしまう。
ハルはペットボトルのキャップをひねり、お茶を一口飲む。
暖房の影響でお茶はすっかりぬるくなっている。

 予鈴が鳴り終わるのを待って言った。

「楽しみにしてるよ」

 するとまーちゃんは両手を机の上に揃えて置き、頭を下げた。

「ご期待に添えるようにがんばります」

 まーちゃんの軽口を聞いたあと、少ししてまた教室の扉が開いた。
よその教室へと散らばっていた生徒たちが続々と戻ってきたらしい。
もうすぐ昼休みが終わる。
ハルは自分の席へと戻ると、ポケットに入れていたカイロで指先を温めた。
217 :そして元の位置に :2014/11/12(水) 18:22
  2

 五時間目の後半あたりから、小雨と呼ぶには少し強い雨が降り始めた。
家を出る前に天気予報を見ていたので、傘は忘れずに持ってきている。
降ったものはしょうがないけれど、降らないに越したことはなかった。
今日はあとホームルームだけだったのに。

 最近のホームルームでは、高校受験に向けての小さな課題プリントが配られる。
各教科の問題を日替わりで解いていくのだが、
採点をするわけでもないので真面目にやらない人も多い。
なにを隠そう、ハルもそのうちの一人だ。

 先生が教室に入ってくる。昨日は理科だったから今日は社会だろうか。それとも英語だろうか。
しかしハルの予想とは裏腹に、先生は教卓のあるところまで行ってそこにプリント類を置くと、

「よし、じゃあ今日は席替えをしましょうか」

 と言った。すると間髪を入れずに、

「ええー、このままがいい!」

 と女子の誰かが言えば、

「やっと一番前から解放されるわー」

 と男子の誰かが言った。
ハルはといえば、また一番前の可能性だってあるぞと心の中で男子にツッコミを入れながら、
ああ、もうそんな時期かとだけ思っていた。席順にはなんのこだわりもなかった。
218 :そして元の位置に :2014/11/12(水) 18:22
 先生は生徒たちのざわめきを軽くあしらい、淡々と進めていく。

「えーっと、今日の日直は……」

 席替えは毎回、くじ引きで行われる。そして毎回その日の日直が手伝わされる。
ハルは先生と同じように黒板の右端に目を向けた。今日の日直は、

「佐藤さんですね。ではお願いします」

 まーちゃんだった。

「はーい」

 呼ばれてまーちゃんは立ち上がり前へと出る。
日直は出席番号順だから、一日早ければハルが手伝わされるところだったのだ。
危ない危ない。
席替えのお手伝いは少しばかりめんどくさいのだ。
219 :そして元の位置に :2014/11/12(水) 18:23
 まーちゃんは先生から紙を三枚ほど受け取ると、
そのうちの一枚を二つに折り、開いては反対側にまた折る。
そしてまた開くと、両手で紙を押さえながら、折り目に沿って切っていく。
くじ引きの紙をつくっているらしいが、あの様子だとどうやらはさみは渡してもらえなかったらしい。
それくらい準備できただろうに。

 一方、先生はその間に黒板にお絵かきをする。
横に長い小さな長方形の下に大きな正方形をかくと、
その正方形に縦と横の線を五本ずつ入れて三六個の正方形をつくった。
長方形は教卓を、小さな正方形は生徒たちの机を表しているのだ。
さらに先生はその正方形の中に、一から三十六までの数字をでたらめな順番で書き込んでいく。

 これは毎回思うことだけれど、
最終的にくじを引くのだから黒板に書く数字は順番通りでもいいんじゃないかな。
でもそこは気分の問題というのもあるだろうから、なにも言うつもりはない。

 三十六枚ものくじ引きの紙をつくり終えたまーちゃんは、
それぞれに数字を書き込んで二つに折っていく。
その途中、隣でお絵かきする先生が気になるのか、時折ちらりと横目で見ていた。
220 :そして元の位置に :2014/11/12(水) 18:23
 でき上がったくじは、靴が入るくらいの大きさの巾着袋に入れられた。

 日直の仕事はまだ続く。
まーちゃんは巾着袋を右手に持つと、端っこの生徒に巾着袋を差し出した。
これからまーちゃんは教室内を歩き回り、みんなにくじを引いてもらう。
この歩き回るところがまためんどくさいのだ。

 座席の順番にくじを引いていくと、望みの席があたり喜ぶ人や、
仲のいい人と離れてしまって寂しそうな人などさまざまな反応があり、
教室内はにぎやかになっていった。

 そしてハルの番が来た。
心の中ではどの席が来てもいいとは思っているのに、いざハルの番になってみると緊張するものらしい。
軽く呼吸を整えてみる。

「はい、くどぅー」

 巾着袋に手を入れると、なるべく下の方にある紙を掴み、取り出した。
ハルが紙を開く前に、まーちゃんはすでに次の人に巾着袋を差し出していた。
221 :そして元の位置に :2014/11/12(水) 18:24
 ハルが引いたくじは二十七番だった。

「あ、ハルの誕生日だ」

 無意識のうちに心の声が漏れてしまった。気を取り直して、黒板でどの席か確認する。
端から順番に番号を見ていくと、二十七番は右から二列目の一番後ろだった。

 ああ、あそこか。

 席を確認し終えたハルは、ふと窓の外を見た。
天気予報によれば雨は長くは降り続かないらしいが、まだ止む様子はない。
ガラス窓にあたった雨粒はそのままでは垂れ落ちないけれど、二つ三つが合わさってようやく垂れ始める。

 くじ引きはまーちゃんの番になっていた。
右手を巾着袋に突っ込むと、中を軽くかき回してから、一枚の紙を取り出した。
片手で器用に四つ折りの紙を開いたあと、黒板を見て席を確認する。
何番を引いたのかは、さすがにここからではわからなかった。

 全員が引き終わると、まーちゃんは巾着袋を先生に渡して自分の席へと戻った。
222 :そして元の位置に :2014/11/12(水) 18:24
「はい、じゃあ机を動かしましょう」

 先生の掛け声でみんなが立ちあがると、教室内には机を移動させる音が響いた。

 ハルの新しい座席は右から二列目の一番後ろ。なんだか少し懐かしく思える。
三年の初めは、ここに座っていたのだ。

「そして元の位置に戻る、ってところかな」

 と席に着くなり小さく呟いた。

 まーちゃんはどこになったのかと教室を見回すと、驚いたことにさっきと変わらない場所に座っていた。
確かに、くじ引きならばそういう人が出てくることもある。
まーちゃんもある意味で、元の位置に戻ったというところだろうか。

 ハルの視線に気づいたのか、まーちゃんはこちらを向くと照れたような笑いを浮かべた。
ここはハルも笑って返すのが礼儀というものだろう。

 時計を見ると、ホームルームの時間はもう終わっていた。
おそらく机を動かしているときに鳴ったので気がつかなかったのだろう。
特に連絡事項もないらしく、先生は荷物をまとめるとそのまま教室をあとにした。
223 :そして元の位置に :2014/11/12(水) 18:25
  3

 放課後。
席替えの余韻が残る中、ノート類をカバンにしまい、マフラーを巻いてまーちゃんのもとに行った。
するとハルが話しかける前にまーちゃんが訊いてきた。

「あれ、もう帰るの?」

 言われて少し考えた。外は雨が降っている。傘は持ってきている。
しかし天気予報が言うには雨はそのうち止むらしい。

「うーん、雨が止むか、もう少し弱くなるまで待とうかな」

 まーちゃんは外を見て、すぐに向き直って言った。

「ここで?」
「いや、図書室に行くよ。ここは寒いからね」

 放課後になると暖房は切られてしまう。
室温もやがては外の気温と同じになっていくだろう。
今日は一段と寒いのだ。
224 :そして元の位置に :2014/11/12(水) 18:25
「おっけー、まさもついていくよ」

 内心期待していた通り、まーちゃんもついて来てくれることになった。
一人で図書室は、なんだか気恥ずかしかった。

 帰り支度を整えたまーちゃんと一緒に教室を出る。
扉を開けた途端、寒さが体に突き刺さる。
ポケットに手を入れて、カイロを握りながら図書室へと向かう。

「で、図書室でなにをするの?」
「ああ、それはまだ決めてなかった。目的はただの時間潰しなんだけど、なにをしようか」

 するとまーちゃんは呆れたような声で言った。

「なにも決めてないんだね。まあ図書室だし本を読めばいいんじゃない?」
「はは、それもそうか」

 などと馬鹿な話をしながら歩いていると、目的地はもう目の前まで来ていた。
225 :そして元の位置に :2014/11/12(水) 18:26
 扉を開けて中に入ると、図書室は意外とすいていた。
雨の日は利用者が多いと思っていたのだけれど、それは間違いだったのかな。

 ハルたちはとりあえず空いている席に座り一息ついた。
ここで熱い紅茶でも出てくれば最高にいい気分になるのだが、
図書室にそんなサービスがあるはずもなかった。

 時間潰しになるような本を探しに書棚に向かい、しばらく背表紙とにらめっこをしていた。
下の棚にはどんなものがあるのかとしゃがんだとき、そういえば宿題が出ていたことを思い出した。
それならばいまのうちに終わらせてしまおうと思い、ハルは踵を返した。

 ノートを開いて筆箱からシャーペンを取り出す。
一度くるりと回してからシャーペンをノックすると、まーちゃんが遅れて戻ってきた。

「くどぅーが勉強してる」

 開口一番失礼なことを言われた。まったく、ハルだって勉強くらいするさ。

 たまには。
226 :そして元の位置に :2014/11/12(水) 18:26
「で、まーちゃんはなにを読むの?」

 そう訊くと、どこか嬉しそうにしながら手に持った本を見せてくれた。
両手で抱える大きな本。植物の図鑑だった。

「へえー、そういうの好きなんだ」
「うん。特にキンモクセイが好き」
「ああ、あれはいい匂いだよね」
「くどぅーはキンモクセイって漢字で書ける?」

 目をつむって頭の中でチャレンジしてみた。

「書けない」
「だよね、まさも書けない」

 どないやねん。
227 :そして元の位置に :2014/11/12(水) 18:27
 思えばまーちゃんとは出会ってから二年半は経っているのに、まだまだハルの知らない面を見せてくれる。
植物に興味があったなんて知らなかった。

 口には出さないけれど、まーちゃんのことは親友だと思っている。
しかしハルはまーちゃんのことをどれだけ理解しているのだろうか。
もちろん、すべてを理解したいなんて思っているわけではない。

気になるところがあるのだ。

昼休みに自分が言ったことを思い出す。
『その人を知るためには、その人がなにを大事にし、なにをおろそかにするかが最も重要な手がかりである』。

 まーちゃんは今日、不思議な行動をとった。
どのようにしたのかは難しいことではない。
しかし、なぜそうしたのかが考えてもわからなかった。
なにかしらの理由があるとは思うのだけれど……。
228 :そして元の位置に :2014/11/12(水) 18:27
 ハルはさらに、昼休みの心理テストのことを思い出す。
たまには負けを認めるのもいいかもしれない。
ハルはまーちゃんに訊いた。

「ねえ、まーちゃん、さっきの席替えのことなんだけど」

 まーちゃんは図鑑に目を落としたまま、声だけで返事した。

「ん?」
「どうして、あんなことしたの? あの席を動きたくなかったの?」

 ページをくる手が止まる。ゆっくりと顔を上げて言った。

「気づいてたんだね、くどぅーは」
229 :そして元の位置に :2014/11/12(水) 18:28
 ホームルームの時間、日直ということで手伝いをすることになったまーちゃんはくじに細工をした。
細工と言ってもそれは単純なもので、自分が座りたい席の番号が書かれた紙を右手に隠し持っていたのだ。
くじをつくっている途中、黒板をちらちら見ていたのはそのためだろう。

 ただ隠し持つだけでは手の形に不自然さが生じるが、
まーちゃんは巾着袋を右手に持つことでその不自然さを消すことに成功した。
しかしその状態でくじを引くには右手を入れなければならず、巾着袋を持ちかえる必要がある。
そこでハルは、まーちゃんがなにかやったんだと気がついた。

 もっとも、今日席替えがあったのは偶然であり、今日の日直がまーちゃんだというのもたまたまだ。
くじの細工が計画的に行われたわけではないということを踏まえれば、まーちゃんはよくやった方かもしれない。
しかしやはり、なぜそうしたのかは謎のままだ。

「うん、気づいてた。でもそれについて責めるつもりなんてないよ。
お手伝いしたんだから、あれくらいのことは大目に見て貰わないとね」

 小さく咳払いをした。

「ハルが訊きたいのは一つだけ。どうしてあんなことをしたの?」
230 :そして元の位置に :2014/11/12(水) 18:29
 少し考えるだけの間をあけて、まーちゃんは教えてくれた。

「どうして……か。うーん。たぶんきっと、くどぅーが期待する答えは持ってないよ。しいて言うなら、なんとなく、だね」

 なんとなく。

まーちゃんが言ったその言葉に、ハルのもやもやが消えたような気がした。
いままでの経験上、まーちゃんの行動にはなにかしらの理由があった。
年度末試験の終わりに、まーちゃんから呼び出されたのにも理由があったように。
かといって、特に理由もなくこんなことをするのも、それはそれでまーちゃんらしいと言えるのだ。

「ふふっ、なんとなく、か」

 ハルが笑うと、釣られてまーちゃんも笑った。

 二年半の付き合いでもわからないことはたくさんある。いわんやまーちゃんをや。
231 :そして元の位置に :2014/11/12(水) 18:30
「ごめんね、変なこと訊いて」
「いや、いいよ。……それよりさっきの席替え、まさはどこがいけなかったのかな」

 ハルは笑ったまま答えた。

「いけないなんてことはないよ。ただ、もう少し上手くはやれただろうね」
「そっか。それで、くどぅーはどこで気がついたの?」
「くじを引くとき、まーちゃんは右手で巾着袋を持っていたにも関わらず、右手を突っ込んだでしょ。あそこで怪しいと思った」
「え、たったそれだけで?」
「もちろんそれはただのきっかけにすぎない。くじを引いたあとが一番マズかったね」
「引いたあと……」

 ハルは身を乗り出し、小さな声で言った。

「まーちゃんが引いた紙だけ、四つ折りになっていたでしょ」
232 :そして元の位置に :2014/11/12(水) 18:31

 図書室に来てどれくらいが経っただろうか。
人の数は最初とあまり変わらないし、雨もまだ止まない。
だからハルは再び宿題に取りかかることにした。
これが終わる頃にはきっと、雨は止んでいるはずだ。

 これは蛇足かもしれないが、なんとなく、まーちゃんとは中学を卒業したあとも長い付き合いになるような気がする。
あるいはそれすらも、ハルの思い過ごしなのだろうか。
その答えがわかるのは、まだ当分先のことかもしれない。
だからいまはただ、まーちゃんとの日常を楽しもうと思う。
233 :名無飼育さん :2014/11/12(水) 18:32
>>212-232
『そして元の位置に』
234 :名無飼育さん :2014/12/23(火) 16:15
『サンタの居ないクリスマス』
235 :サンタの居ないクリスマス :2014/12/23(火) 16:16
  1

 木枯らしが吹きすさぶ十二月。ハルが通うこの中学校はあと一週間で冬休みに入る。
この時期になると毎年のように『一年なんてあっという間だね』という気持ちになるのは、
きっとハルだけに限ったことではないのだろう。

 また、十二月には冬休みのほかに大きなイベントがある。

 いまからハルがマイクを持ち、校内の生徒を無作為に十人選んで、
十二月といえばなにを思い浮かべますかと訊いたとする。
するとおそらく、十人中八人はクリスマスだと答えるだろう。
ではその八人に対して、クリスマスといえば、とさらに質問すると、返ってくる答えはどうなるだろうか。
これに対しては八種類の答えがあっても不思議ではない。
もしハルが訊かれた側だとしたら、クリスマスプレゼントと答えるかな。
ただで貰えるものは、ありがたく貰っておかないとね。
236 :サンタの居ないクリスマス :2014/12/23(火) 16:16
 二時間目が終わって中休み。
教室内ではしゃぐクラスメイトを眺めながら、暇つぶしがてらそんな妄想を語ってみた。
なにか話せと言われたわけではないので、特に返事は期待していなかったけれど、
この妄想話の聞き手は少し考えてから言った。

「まさなら、サンタさんって答えるかな」

 セミロングの黒髪を軽く整えながら、佐藤優樹は自分の考えを述べた。そして、

「だって、サンタクロースの居ないクリスマスなんて寂しいでしょ」

 と付け足した。サンタクロースに寂しいなんて感覚をもったことがないハルに対して、
まーちゃんはそれがさも当然のことのように澄ました顔をしている。
この光景がなんだかおもしろくて、思わず笑いが漏れた。

「はは、寂しいか。そういう考え方、ハルにはなかったよ」

 中休みは長くない。チャイムが鳴り終わるが早いか、先生が教室に入ってくる。
木枯らしに吹かれた窓ガラスが、カタカタと音を立てた。
237 :サンタの居ないクリスマス :2014/12/23(火) 16:17

 放課後。

 帰る用意も整わないうちに、まーちゃんがハルのもとへと小走りで駆け寄ってきた。
そして周りの生徒を憚ったかのような小さな声で、

「くどぅー、クリスマスの予定は空いてる?」

 と訊いてきた。なぜ声を抑えたのかはわからないけれど、とりあえず訊かれたことには答えておこう。

「空いてるよ。今年もまた、ひとりぼっちのクリスマスですよ」

 ハルの自虐をよそに、まーちゃんの頬が緩むのが見えた。

「じゃあ二十四日、まさの家でクリスマス会しない?」

 突然のお誘い。それでもハルは二つ返事で快諾した。
思えばこういうイベント事を、まーちゃんと一緒に過ごすのは初めてのことかもしれない。
238 :サンタの居ないクリスマス :2014/12/23(火) 16:18
「よかった! それなら今からクリスマスケーキの予約をしに行こ!」
「別にいいけど、勝手にそんなことして大丈夫なの?」
「大丈夫だよ。今朝母に、なんならケーキの予約もしてきたら? って言われたから」

 ハルの返事を聞く前に、すでにそんなやりとりが行われていたのか。
まあ、親の許可が出ているなら、ハルが心配することはないか。とはいえ、

「ケーキの予約って言っても、どこのお店にするか決めないとね」
「ああ、それならもう決まってるよ」

 言いながらまーちゃんは制服のポケットに入れていた財布から、とあるお店のポイントカードを取りだした。
それにはハルも見覚えがあった。
駅から北へ少し行ったところにある、カフェが併設されている人気のケーキ屋さん。
今年の一月にまーちゃんと行ったお店とはまた違うけれど、ハルのお気に入りのお店のひとつでもある。

「そこならハルも知ってる。中で食べたことはまだないけど」
「なんだ、まさと一緒じゃん。いつかは行きたいと思ってるんだよね」

 それなら。
239 :サンタの居ないクリスマス :2014/12/23(火) 16:18
「それなら今日行けば? ハルも付き合うよ」
「んー、今月は難しいかな。お小遣いの残りが厳しくて」

 そう言って照れ笑いを浮かべながら、まーちゃんは肩をすくめる。
まったく、十二月もまだ半分残っているというのに。

「じゃあ仕方ないね。またの機会に取っておこうか」
「うん」

 ちらりと窓の外を見てから、時間を確認する。

「暗くならないうちに早く行こうか」
「そうだね」

 そう言ってまーちゃんは自分の席へと戻っていった。帰りの準備がまだ整っていなかったのだ。
ハルも教科書類をカバンにしまうとグレーのコートを羽織り、カバンを背負って手袋は手に持った。
あとで靴を履き替えるので、ここではめても二度手間になるだけだ。
240 :サンタの居ないクリスマス :2014/12/23(火) 16:18
 まーちゃんと連れ立って校舎を出た途端、十二月の風に体温のすべてを奪われそうな気持ちになった。
制服のスカートのせいで太ももの辺りはほとんど素肌の状態で、寒さ暑さを直に感じてしまう。
しかしいまはそれよりも、顔の冷たさをどうにかしたい。コートも手袋も、顔を覆うことはできない。
そしてこんな日に限って、冬の陽はいっそう弱々しく感じられるのだ。
ハルにできることは、ポケットに入れたカイロを強く握りしめることだけだった。

 ハルたちはいつもの通学路からそれるようにして、ケーキ屋さんを目指す。

 今日はハルもまーちゃんも徒歩で登校してきた。
雨が降ったわけでも示し合わせたわけでもなく、たまたま。
しかしかえってよかったのかもしれない。
なぜならこれから行くケーキ屋さんには、自転車を停めておくスペースはないから。

 街はすっかりクリスマスに染まっていて、ツリーを飾るお店はもちろんのこと、
あと十日、なんてカウントダウンしているお店もあったりした。
241 :サンタの居ないクリスマス :2014/12/23(火) 16:19
「ところで、くどぅーのおうちではツリーは飾るの?」
「一応。弟たちもまだ小さいから、しばらくは続けるだろうね」

 今年のツリーも、すでに弟たちの手によって飾り付けされている。

「そっかあ、くどぅー、お姉さんなんだよね」

 ん?

「なにさ、その含みのある言い方は」
「いや、別に」

 まーちゃんはくすくすと笑う。

「でもまあ、まだ中学生だしこれからだよ」

 そしてなぜか慰められてしまった。
まーちゃんも長女だと言うことを思い出したのは、ケーキ屋さんについたあとのことだった。
242 :サンタの居ないクリスマス :2014/12/23(火) 16:19
 いつもはクリーム色の外壁も、クリスマスの飾りで賑やかになっていた。
入り口のそばにある立て看板には、クリスマスケーキの宣伝が書いてある。
なんと、今週の水曜日までに予約注文を済ませれば、三百円ほど割引されるらしい。

 自動ドアを潜り抜け中に入ると、短いけれど列ができていた。

「並んでるね」

 まーちゃんが見たままのことを言う。

「うん、でもこれくらいならすぐでしょ」

 ハルたちは若いカップルの後ろに並んだ。
百八十あるかないかの細身の彼に、目線が彼の肩と同じ高さの黒髪セミロングの彼女。
実にお似合いの二人だ。歳の頃は大学生くらいだろうか。
そう思っていると二人の会話が少しだけ聞こえてきた。

「……でも大学の授業があるから、一旦戻ってこないといけないんだよね」
「そっか、じゃあ一月は大変だな」

 どうやら大学生で合っていたようだ。
243 :サンタの居ないクリスマス :2014/12/23(火) 16:19
 奥のカフェスペースは空席がいくつか見えるけれど、ほとんど満席状態。
週末でもないのにこれだけ埋まっているのは、それだけ人気があるという証拠なのだろう。
店員の制服も可愛らしく、まーちゃんが好きそうなタイプだ。

 また、ハルたちの前に並ぶカップルの会話が聞こえてきた。

「んー、ガトーショコラとザッハトルテ、どっちにしようかなあ」

 と彼女が悩むと、

「どっちも、っていう選択肢はないの?」

 と彼氏が新しい考えを提案した。

「そんな贅沢しちゃっていいのかな」
「いいんじゃないかな別に」

 そんな二人の会話を受けて、まーちゃんに訊いた。
244 :サンタの居ないクリスマス :2014/12/23(火) 16:20
「ところで、どのケーキを注文するかは決まってるの?」
「ううん、まだ決めてない。くどぅーと一緒に決めようと思って」
「そっか、ハルもまだどんなのがあるか知らないから楽しみだな」
「嫌いなものとかあったら言ってね」
「ケーキに入ってるものなら基本的に大丈夫だよ」

 カップルに順番が回ってきた頃には、ハルたちの後ろにも何人かが列をつくっていた。
彼女はあれからしばらく悩んでいたが、ようやく決まったらしい。

「よし、私はザッハトルテにする。それとブレンドコーヒー」
「お、決まった? じゃあ会計は俺が済ましておくから、先に中に入って待ってて」
「いいの? ありがとう」

 そう言って彼女は店の奥へと入っていった。
二人分の注文を終えた彼は、支払いの前にさらに追加で注文をした。

「あとそれと、ケーキの予約もしちゃってもいいですか」
「あ、はい、どうぞ。こちらの四種類がございます」

 ほう、クリスマスケーキは四種類あるのか。
245 :サンタの居ないクリスマス :2014/12/23(火) 16:20
「じゃあこのチョコのやつで」
「かしこまりました。では、受取日はいつになさいますか?」
「二十四日で」
「はい、二十四日ですね」
「あ、あとそれと!」
「はい?」

 どこか申し訳なさそうに彼は言った。

「このケーキの上のサンタの飾りは、取って貰うことってできますか?」

 え?

「あ、えっと……」

 店員さんも少し驚いて、それから困ったような顔をした。
まーちゃんも不思議そうな顔でこちらを見てきたので、ハルは首を傾げて、わからないと伝えた。

「構いませんが……、お値段はそのままになりますけど、よろしいですか?」
「はい。じゃあお願いします」
246 :サンタの居ないクリスマス :2014/12/23(火) 16:21
 結局、彼の注文は通ったらしい。
珍しい注文だったが、ハンバーガーから特定の具を除くことができるのと同じようなものなのだろうか。
……いや、それとは少し違うかな。

 彼の番が終わったので、いよいよハルたちの番が来た。まーちゃんが前に出る。

「いらっしゃいませ」
「クリスマスケーキの予約がしたいんですけど」

 すると店員さんは手元の写真を示しながら言った。

「はい、ではこちらの四種類からお選びください」
「くどぅー、どれにする?」
「どれにしようか」

 四種類のケーキは、当然のようにどれも美味しそうだった。
シンプルな飾り付けのものが生クリームとチョコ一つずつ。
そしてイチゴを側面にも贅沢に使ったものと、あと一つは長方形に切り取られたケーキだった。
247 :サンタの居ないクリスマス :2014/12/23(火) 16:21
「やっぱりホールケーキの方がいいよね。このイチゴのやつとか美味しそうだけど……」

 とまーちゃんは写真を指差しながら言った。まーちゃんが渋る理由はすぐにわかった。

「ほかのよりちょっと高いね。まあこれだけイチゴを使っていれば仕方ないか。
でも親が出してくれるんでしょ? ならここは甘えようよ。ハルもこれ気に入ったし」
「……いいよね。じゃあこれでお願いします」
「はい、では受取日はいつになさいますか?」
「二十四日で」
「二十四日ですね。ではこちらが注文票になりますので、当日はこちらをお持ちになってお越しください」

 滞りなく予約を済ませると、注文票はまーちゃんの財布に収まった。

「ありがとうございます」

 お店を出るころには外はすっかり暗くなっていた。
それでも街の灯りは充分に明るく、人の姿も多い。

「クリスマスが楽しみだね」

 帰りの道中、まーちゃんはずっと、お店で貰ったパンフレットに心を躍らせていた。

 見上げた空に星は見えない。冷えた風に吹かれながら、ハルたちは家路を辿る。
248 :サンタの居ないクリスマス :2014/12/23(火) 16:22
  2

 近くを通る車の音で目が覚めた。しかし不思議と目覚めははっきりしていた。
きっと眠りが浅かったからだろう。

 ハルは夢を見ていた。

 スキー場にいたハルは、上から滑ってくる人を見ていた。
白い口髭を蓄えたサンタクロースが、お馴染みの恰好で子ども用のソリに乗って滑ってくるのだ。
そして北欧の顔に似合わない流暢な日本語で、「もう一回」と無邪気にソリ遊びを楽しんでいる。

 この夢がなにを暗示しているのかはわからないが、
どうやらハルは心のどこかでクリスマスを意識しているらしい。
クリスマス会は三日後に迫っていた。
249 :サンタの居ないクリスマス :2014/12/23(火) 16:22
 携帯で時間を確認すると、まだ九時を少し回ったところだった。
せっかくの日曜なので、たくさん寝ようと思い目覚ましもセットしなかったというのに。
まあ起きたものは仕方がない。二度寝しようにも、目が冴えてしまっているのだ。
布団の中でうつ伏せになり、四つん這いになって体を起こす。

「寒っ」

 隙間から冷たい空気が入ってくる。
起きようと思ったけれど心が折れてしまった。まだしばらくは布団の中にいよう。
ハルはもう一度携帯を手に取り、ゲームの画面を開いた。

 一時間ほどパズルゲームに興じていると、下のリビングから母親が掃除機をかける音が聞こえてきた。
その音はやがて階段を上り、ハルの部屋の前までくると一旦止んだ。そしてゆっくりと扉が開く。

「あら、起きてるじゃない」

 目を向けると、部屋の入り口で母親が仁王立ちしていた。
250 :サンタの居ないクリスマス :2014/12/23(火) 16:23
「掃除機の音がうるさくて」

 そう言うと、

「嘘ね。だって寝起きの目じゃないもの。さ、掃除機かけるから、どいたどいた」

 あっさり見抜かれてしまった。

 そういえば目が覚めてからなにも食べていなかったので、小腹が空いている。
ちょうどいいきっかけができたと思い、ハルは今度こそ体を起こす。

 朝ごはんは適当に菓子パンをつまんだ。
こたつに入りテレビをつけるが、この時間はニュースしかやっていないらしい。
録画した番組でも見ようかと、レコーダーのリモコンを手に取り電源を入れる。
起動するまでの間に、菓子パンの袋をゴミ箱に入れ、牛乳を一口飲む。
レコーダーの用意ができたところで、こたつにもぐり込んで再生ボタンを押した。
251 :サンタの居ないクリスマス :2014/12/23(火) 16:23
 十分ほどして、掃除機をかけ終えた母親に後ろから声をかけられた。

「遥、今日はどこにも行かないの?」
「特に考えてない」

 と、ハルはテレビから目をそらさずに言った。

「そ。じゃあ、優樹ちゃんへのプレゼントはもう買ったのね」
「あ……、まだ買ってない」

 すっかり忘れていた。さすがに手ぶらで行くわけにもいかないだろう。

「まったく。それじゃあ今日行ってきなさい」

 そう呆れた声を出すと、ハルの髪をくしゃくしゃっとして、

「寝癖もちゃんと直すのよ」

 と言い残し、台所へと入っていった。
252 :サンタの居ないクリスマス :2014/12/23(火) 16:24

 お昼ご飯を済ませたハルは服を着替えて家を出た。言われた通り、寝癖は直しておいた。

 赤と緑のクリスマスカラーに彩られた街は、心なしかカップルの姿が目立っていた。
いわれのない肩身の狭さを感じながら、まーちゃんへのプレゼントを探し歩く。

 ぶらぶらとあてもなく街を歩き、気になる店があれば見て回る。
こういうときになにを買えばいいのかわからなくて悩んでいたら、時間だけがどんどん過ぎていった。
ネタに走ろうかとも思ったけれど、それに似合うものも見つからなかった。

 結局、十軒くらいお店を回ってようやく買うことができた。
プレゼント用の包装もしてもらって、ばっちりだ。
これならきっと、まーちゃんも喜んでくれるだろう。

 店を出て信号待ちをしていると、同じように信号待ちをしている女性がいた。
黒い厚手のコートに身を包み、足元は黒のロングブーツ。どちらも布地で温かそうだ。
白いファーの帽子から垂れた茶色の長い髪が、風に吹かれてなびいている。
相変わらず背はハルよりも低かった。
向こうがこちらに気づく様子はないので、ハルから声をかけた。
253 :サンタの居ないクリスマス :2014/12/23(火) 16:24
「あゆみん」

 いきなり声をかけたからか、一瞬肩がびくついた。

「なんだ、遥ちゃんか。誰かと思った」
「こっちの方向ってことは、あゆみんもいまから帰るところ?」
「うん、欲しかったものも買えたし」

 そう言って手に提げた紙袋を軽く持ち上げた。信号が青に変わったので歩き出す。

「へえ。なにを買ったの?」
「冬服をいくつか。臨時のバイト代が出たから、年内にいろいろ買っておこうと思って」

 そして目線を少し下げて、

「遥ちゃんもお買いもの?」

 と訊いてきたので、ハルは手に持った袋を見ながら答えた。
254 :サンタの居ないクリスマス :2014/12/23(火) 16:25
「これは……プレゼント」
「プレゼント? もお、そんなに気を遣わなくていいのに」

 なんだか話が噛み合っていない。

「なんか勘違いしてない? これはまーちゃんへのプレゼントだよ」
「なーんだ、私への誕生日プレゼントじゃないのか。がっかり」

 あゆみんの誕生日は確か一月の七日。まあタイミング的にはおかしくはないけれど。

「年下からせびろうっていうの? 今年の誕生日にはメールもくれなかったくせに」

 そう軽く毒づくと、あゆみんは笑いながら言った。

「あはは、ごめんね。十五歳のお誕生日おめでとう」

 こうやってすぐ年齢が出てくるあたり、まったくハルに無関心というわけでもなさそうだ。
まあ実際、メールに関してはそんなに気にしていないから別にいいけれど。
255 :サンタの居ないクリスマス :2014/12/23(火) 16:25
 ん? ……誕生日、ねえ。

 ふと思い当たることがあったので、次の交差点でハルは立ち止まり、家とは違う方向を指差した。

「ハルちょっとこっちに用があるから」
「あ、そうなんだ、じゃあまたね」
「うん、また」

 手を振って別れる。あゆみんが見えなくなるまで待って、ハルは踵を返した。
来る途中に百円ショップがあったはずだから、そこで買うことにしよう。
プレゼントに添えれば、いくらか様になるだろう。
うまく書けるかは、やってみないとわからないけれど。
256 :サンタの居ないクリスマス :2014/12/23(火) 16:26
  3

 陽が落ちて、暗くなってから家を出た。忘れ物はない。

 まーちゃんからのメールによれば、ケーキはすでに受け取りに行ったらしい。
一緒に行くつもりで少し早めに起きていたハルは、しばらくこたつに入り、
かたつむりのような体勢でみかんを頬張っていた。
そしたらいつの間にか予定の時間になっていた。時間が過ぎるのは早い。

 歩いて向かっている途中で、華やかな表通りに負けず劣らずのイルミネーションを施した一軒家があった。
ずいぶん気合が入っているけれど、電気代は大丈夫だろうか。そんないらない心配がふと頭をよぎる。
色鮮やかな光に目を取られながら、ハルは足を止めることなくその横を通り過ぎていく。

 しばらく歩いているうちに体は程良く温まってくるが、
吹く風は一向に冷たいままで、吐く息はいっそう白く感じられた。
257 :サンタの居ないクリスマス :2014/12/23(火) 16:26
 ほとんどの家がそうであるように、まーちゃんの家も派手な飾りつけはしていない。
手袋をはずしてチャイムを鳴らしてみたけれど、応答はなかった。
少しだけ待ってみると、玄関の扉が開いてまーちゃんが顔を覗かせた。

「呼ばれたから来たよ」
「いらっしゃい。さあ、入って」

 リビングに案内されると、まーちゃんのご両親に迎えられた。軽く頭を下げる。

「おじゃまします」
「遥ちゃんいらっしゃい。今日はゆっくりしていってね」
「はい、ありがとうございます」

 外観とは打って変わって、リビングにはツリーやリースが飾られ、
クリスマスらしい雰囲気が漂っている。
ダイニングに置かれたテーブルにはお箸と取り皿だけが並んでいた。

「優樹、料理ができるまでまだ時間があるから、遥ちゃんと部屋で待っていなさい」
「はーい。行こう、くどぅー」
「うん」

 ハルはもう一度頭を下げた。
258 :サンタの居ないクリスマス :2014/12/23(火) 16:26
 まーちゃんの部屋には何度か来たことがある。
勉強机がない代わりに、真ん中に小さなテーブルがあって、テレビとベッドと、それから本棚に姿見。
まるで独り暮らしのようなそれは、初めてこの部屋に来たときとなにも変わっていない。
本棚には文庫本から四六判、雑誌などいろいろ入っていたのに、漫画類は見当たらなかった。
差し出されたハンガーにコートをかけながら訊いてみた。

「漫画は読まないの?」

 するとまーちゃんも本棚に目をやった。

「そうだね、あまり読まないかな。なんかおすすめの本でもあるの?」

 おすすめの本か。

「まあ、ないことはないけど。……例えば、最近完結したバスケ漫画なんかは――」
259 :サンタの居ないクリスマス :2014/12/23(火) 16:27

 時間を確認したわけじゃないけれど、たぶん三十分と経っていないだろう。
一階から、まーちゃんのお母さんの声が聞こえてきた。

「優樹ー、遥ちゃーん、もう降りてきていいわよー」
「はーい」

 漫画話もそこそこに切り上げ、ハルたちは部屋を出た。

 まーちゃんの妹の姿が見えないので、階段を降りながら訊いてみると、
妹は妹で、よその家のクリスマスパーティに呼ばれたそうだ。
階段を降り切ると、まーちゃんは振り返って言った。

「だからくどぅーを呼んだんだよ」

 さいですか。なんとなく、予想はついたけれど。
260 :サンタの居ないクリスマス :2014/12/23(火) 16:27
 扉を開けリビングへ。

「さあ、食べましょう」

 ハルはまーちゃんの隣に座った。正面にまーちゃんのお母さん、斜め向かいにお父さんが座る。
この四人で卓を囲むと、ハルも佐藤家の一員になったんじゃないかと思えてくる。

 クリスマスらしく、まずはシャンパン風の飲み物で乾杯。

「いただきます」

 テーブルの上にはフライドチキンにポテト、ローストビーフにサラダなんかもあった。
なかなか豪勢だけれど、これは四人で食べるには少し多いかもしれない。
このあと出てくるケーキの分も考えておかなければ。

 食事中の話の種は中学や高校のことがほとんどだった。
私立ならともかく、公立高校の受験は各中学によって調整され、高倍率になることはないらしい。
それを聞いてほっとしていたところに、それでも落ちる人はいるからね、と言われてしまった。
なにも上げてから落とすことはないのに。

 それから学校でのまーちゃんの様子を訊かれたので、このまんまですと答えておいた。
間違ってはいないはずだ。
261 :サンタの居ないクリスマス :2014/12/23(火) 16:28
 やがてみんなの箸が落ち着いてきたところで、ケーキの出番となった。

「そろそろケーキにしようかしら」

 と思ったらその前に一つのイベントが挟まれた。

「じゃあテーブル片付けるから、優樹、いまのうちに遥ちゃんにプレゼント渡しちゃいなさい」
「そうだね」

 プレゼントならハルも持ってきている。しかしそれはいま、まーちゃんの部屋に置いてある。
さっき部屋に上がったとき、そのまま置いてきてしまったのだ。

「ちょっと待ってて、ハルもプレゼント取ってくるから」

 そう言って二階に上がる。戻ってくると、まーちゃんはリビングに移動していた。

「じゃあ、くどぅーのを先に貰おうかな」
「おっけー」
262 :サンタの居ないクリスマス :2014/12/23(火) 16:28
 ハルはプレゼントを紙袋のまま差し出した。
まーちゃんは紙袋から箱と一枚の封筒を取り出すと、まずは箱のリボンをほどき始めた。

「なにかな、なにかなー」

 即興の歌を口ずさみながら包装もきれいにはがしていく。

「あ、なにこれ!」
「アロマキャンドルのセットだよ」

 十軒ほど回って買ったのがアロマっていうのも微妙な話だけれど、
ハルが言わなければまーちゃんにはわからないこと。
プレゼントは、最終的に喜んでくれさえすればいいのだ。

「なにを買おうか迷ったんだけど、これなら飾れるし使えるしでいいかなと思って」
「ありがとう! じゃあしばらく飾っておいて、年が明けたら一つ使ってみようかな。
あとこっちは手紙だね。いま読んだ方がいい? それともあとの方がいい?」

 まーちゃんは手紙を胸の前に掲げながら訊いてきた。

「じゃあ、あとでお願いします」

 渡した紙袋はこちらで引き取った。
263 :サンタの居ないクリスマス :2014/12/23(火) 16:29
 次はまーちゃんからのプレゼントをハルが受け取る番。
手渡されたのは手の平サイズの箱と、手紙。
手紙はあとで読むことにして、箱の方は大きさの割に重たいものだった。

「重い。なにが入ってんの?」
「ふふ、開けてみて」

 プレゼント用の包装をほどきふたを開けると、中には熊が入っていた。

「く……ま?」
「そう、クマ。可愛いでしょ?」

 箱から取り出し全体像を確認する。
切り株を抱くようにして座り本を読む、少しだけデフォルメされた熊。
なんの材質でできているのか、小ぶりなのに重たい。

「これ、意外と好きかも」
「あはは、よかった。まさの手紙もあとで読んでね」
「うん」
264 :サンタの居ないクリスマス :2014/12/23(火) 16:29
 そうやってハルが頷くころにはすでに、ケーキの用意はできていたらしい。
まーちゃんのお母さんは声をかけるタイミングを探していた。

「二人ともプレゼントは気に入ったみたいね、よかったじゃない。こっちもケーキの用意ができたわよ」

 再びダイニングテーブルに移動し席に着く。
お待ちかねのケーキは、イチゴをたっぷり使い、
上には筆記体でメリークリスマスと書かれたホワイトチョコと、
砂糖でできたサンタクロースが乗っている。
ケーキを切り分けて貰うと、ホワイトチョコはハルのお皿に、
サンタクロースはまーちゃんのお皿に乗せられた。

 イチゴの酸味が効いたケーキはぺろりと平らげてしまった。
甘いものは別腹とはよく言ったものだ。
またしばらく談笑していると、まーちゃんのお母さんは立ちあがり、

「そろそろお風呂の用意もしなきゃ」

 と言った。それじゃあハルもそろそろと思い立ち上がる。
265 :サンタの居ないクリスマス :2014/12/23(火) 16:29
「くどぅー、どこいくの?」
「え、いや、そろそろ帰る時間かなと思って」

 そう言うと、みんなの視線がハルに集まった。

「泊まっていかないの?」
「そうよ遥ちゃん、泊まっていっていいのよ」

 予想外の展開。とはいえ泊まるにしても準備というものがある。

「でも、着替えを持ってきてないし」
「まさのを貸してあげるよ」

 いやそれはさすがにちょっと。
そんなハルの表情を読み取ったのか、まーちゃんのお母さんが付け足した。

「買ったばかりで、優樹がまだ使ってないのがあるから大丈夫よ」
「あ、そうなんですか……」

 それなら、まあ、いいのかな? なんだかよくわからなくなってきた。
とはいえ、ここまで言われて帰るわけにもいかない。

「でも実は、お母さんにはもう伝えてあるの。お世話になりますって言ってたわよ」

 それだけ言い残してまーちゃんのお母さんは風呂場へと向かった。
ハルはその後ろ姿を、ぽかんと口を開けたまま見ていた。
266 :サンタの居ないクリスマス :2014/12/23(火) 16:30
  4

 まーちゃんのお父さんを差し置いて、一番風呂はハルが貰った。
本当によかったのかとハルがしつこく訊くと、

「別にかまわないよ。それに最近は、娘が一番最初に入ることも多いからね」

 と、どこか寂しそうに言った。
思えばこの家に男性はお父さん一人だ。
パワーバランスが女性の方に傾くのは仕方のないことかもしれない。
そんなことを思いながら二階に上がると、まーちゃんと入れ替わるようにして部屋に入った。

 ベッドにもたれるように座り、とりあえずテレビをつけた。
友だちの部屋に一人きり。それでもなぜか居心地は悪くなかった。
しばらくテレビを眺めていたが、そういえばと思い出し、まーちゃんから貰った手紙に手を伸ばす。

 横長の封筒には雪の結晶の柄が入っていて、
表には「くどぅーへ」、そして裏は可愛い犬のシールで止められていた。
破れないように慎重にはがし、二つ折りの紙を取り出す。
267 :サンタの居ないクリスマス :2014/12/23(火) 16:31

  くどぅーへ

 メリークリスマス!

 今日はクリスマス会に来てくれてありがとう。まさからのプレゼントは喜んで
もらえたかな? 喜んでくれてると、嬉しいな。

 実は、去年のクリスマスも誘うつもりでいたんだよ。でも親戚で集まることに
なって、くどぅーを呼べなくなっちゃったの。だから今年こそは、って内心思って
た。くどぅーを誘ったあのとき、今までで一番緊張していたかもしれない。
 いや、さすがに一番は言いすぎたかな(笑)
 来年はくどぅーのおうちでやりたいな。お母さんに相談しておいてね。

 ところで、まさにはずっと気になってることがひとつあるの。くどぅーは覚えてい
るかな? ケーキを予約しに行ったとき、まさたちの前にいたカップルのことを。
 あのとき彼氏さんは、クリスマスケーキを頼んだのに、上に乗ってる飾りは要
らないって不思議なことを言ってた。なんでだろう。くどぅーの考えを聞いてみた
いな。

 年が明けたら、高校受験が待ってるね。

 まさたちの受験が、上手くいきますように。

                                       さとう まさき
268 :サンタの居ないクリスマス :2014/12/23(火) 16:31
 あの日のことはよく覚えている。彼氏が取った謎の行動も、彼女の言葉も。

 ハルもあの場では、わかっていなかった。
でも、まーちゃんへのプレゼントを買いに出かけたとき、あゆみんと話していて気がついた。
その帰りに、せっかくだからと百円ショップに立ち寄りレターセットを買いに行ったのだ。

 あの日のことは手紙に書いた。それでも、なにか訊かれれば答えるつもりでいる。

 風呂上りでほてった体も少し落ち着いてきた。
手紙は封筒にしまって、ハルは本棚から雑誌を一つ拝借した。
まーちゃんが戻ってくるまで、これでも読んで待っていよう。

 日付が変わればクリスマス当日。今日は長い夜になりそうだ。
269 :サンタの居ないクリスマス :2014/12/23(火) 16:32
  5

 着替えを持って部屋を出ようとドアを開けると、目の前にくどぅーが立っていた。
少し驚いたけれど、大丈夫、くどぅーはきっと気づいていない。
一言二言、言葉を交わしてから、まさは階段を下りた。

 脱衣所に入り着替えを置くと、服の間に挟んでおいた封筒を手に取った。
クリーム色の封筒に柄はなく、飾りといえば裏面にはられた丸いシールだけだった。
もう少しクリスマスを意識してくれるとよかったけれど、そこはまあよしとしよう。

 それにしても、くどぅーが手紙を書いてくるなんて驚いた。
あの場で読もうかとも思ったけれど、あとでと言われたのでやめることにした。
でもいまならもう、その「あとで」に含まれているよね。

 小さく笑いながら手紙を取り出すと、そこには見慣れたくどぅーの文字が並んでいた。
270 :サンタの居ないクリスマス :2014/12/23(火) 16:32

  まーちゃんへ

 手紙なんて書くタイプじゃないけど、今日は特別かな。うまくまとめられるかどう
かは、とりあえず書いてから考えてみるよ。

 一緒にケーキの予約をしに行ったあの日のことを、まーちゃんは覚えてるかな。

 覚えていることを願って書くけど、あのとき彼氏が注文したケーキは、クリスマ
スケーキじゃなくて、二十歳になる彼女への誕生日ケーキだったんじゃないかと
思うんだ。

 彼が受取日に指定した十二月二十四日は、彼女の誕生日だった。だから彼
は、サンタの飾りを取ってほしいと言った。なぜなら、彼が欲しかったのはクリス
マスケーキではなく、誕生日ケーキだったから。
 まーちゃんも言ってたよね、サンタの居ないクリスマスは寂しい、って。
 彼女をわざわざ先に店の奥に行かせたのは、サプライズがしたかったからか
も。二十歳の誕生日なら、そんな気になってもおかしくはないよね。

 それから、彼がチョコのケーキを頼んだのは、彼女がチョコ系のケーキが好き
だったからかもしれない。だってあのとき彼女は、ガトーショコラかザッハトルテ
で悩んでいたしょ。まあ、その日の気分っていう可能性もあるけど。

 最後になったけど、クリスマス会、呼んでくれてありがとう。
 これからも、よろしく。

                                          工藤 遥
271 :サンタの居ないクリスマス :2014/12/23(火) 16:33
 くどぅーも同じことを考えていたんだね。誕生日ケーキ、か。なるほど。
くどぅーの言う通り、そう考えればあの日のことはだいたい説明できる。
お会計のときに彼氏が一人になったのは、
男としての見栄かと思っていたけれど、サプライズのためだったのか。

 それにしても、この手紙だけではわからないことが一つある。
くどぅーはわざと書かなかったのかな。それとも、ただ単に書き忘れたのかな。

 たぶん、書き忘れたんだろうな。お風呂から上がったら、くどぅーに訊いてみよう。

 彼女の年齢が、どうしてわかったのか。
272 :名無飼育さん :2014/12/23(火) 16:34
>>234-271
『サンタの居ないクリスマス』
273 :名無飼育さん :2015/01/06(火) 22:27
一度読んでタネが分かったらまた読み返したくなる
再読率ナンバーワンかもしれないw
でも最後の一文は読み返しても分からないなぁ・・・気になります
274 :名無飼育さん :2015/01/07(水) 00:13
面白い!
他の作品も読みたいのでレス1から読みますね

しかしあの文で年齢がわかるどぅーは何者www
275 :名無飼育さん :2015/01/10(土) 17:12
>>273
何回でも読んじゃってください
最後に関してはもう一度考えてみてくださいとしか言えないですね

>>274
ありがとうございます
他の作品も気に入ってもらえると嬉しいです
276 :名無飼育さん :2015/01/10(土) 17:22
3回くらい読んでやっと年齢のからくりがわかりました!
ああスッキリしたw
277 :名無飼育さん :2015/03/09(月) 13:50
『伝えるべきは』
278 :伝えるべきは :2015/03/09(月) 13:51
  1

 セットしていた目覚ましが鳴るまで、目を開けて三秒と経たなかった。
なにかしらの電子的な気配に気づいたのだろうか。それとも今日のせいで体が緊張していたのだろうか。
まあ、ただの偶然とするほうが可能性としては一番高く、現実的な考え方だとは思う。

 体をひねるように手を伸ばして目覚ましを止めると、改めて時間を確認した。

「七時か」

 小さく独りごちながら体を起こし、ベッドに腰掛けた。
それから大きく伸びをして立ち上がると、カーテンを勢いよく開けてめいっぱい陽の光を浴びる。

「あれ……晴れてる?」

 誰にも見られていないのをいいことに、ハルはわざとらしく首を傾げてみせた。
一昨日の夕方から降り始めた雨は、昨日の夜もまだ降り続いていたと記憶している。
それがいまではすっかり太陽が顔を見せていた。これなら今日一日、雨が降ることはないだろう。
279 :伝えるべきは :2015/03/09(月) 13:51
 式自体は体育館で行われるので直接的に天候が影響することはないけれど、気分というものもある。
そう考えれば晴れてくれてよかった。きっとハルたちの学年には、晴れ女や晴れ男の数が多かったのだろう。

 今日でハルは、中学を卒業する。

 高校生になれるかどうかは週末の試験の結果次第だけれど、気負い過ぎるのもかえって良くない。
だからきっと、ケセラセラの気持ちでその日を迎えることになるだろう。

 部屋を出ようと踵を返したところで携帯が鳴った。
どうやら電話ではなくメールが届いたらしい。差出し人の欄には、佐藤優樹と表示されている。

『おっはよー まさが迎えに行くから、今日は一緒に行こうね』

 内容を確認すると、すぐに返信画面を開き、文字を入力する。

『待ってるよ』
280 :伝えるべきは :2015/03/09(月) 13:52
  ◇

 一階に降りると、台所で母親が朝ご飯の支度をしていた。
ハルの姿を見てとると、動かす手を止めることなく、

「遥、もう起きたの? 毎朝こうやって自分で起きてくれれば私も楽だったんだけどね」

 と器用に毒づいてきた。そして、

「もうすぐご飯出来るから、先に顔洗ってきなさい」

 と付け加えた。言われるがままにハルは洗面所へ向かう。
三月になったとはいえまだまだ寒い日が続くので、今日もぬるま湯で顔を洗うことにしよう。

 リビングに戻るころには朝ご飯の用意は整っていた。
弟たちは休みなので、テーブルにはハルと母親の分だけが出ている。
今日のメニューは鮭の塩焼きと出汁巻き玉子、それから大根と油揚げの味噌汁だった。

 朝のニュースを後ろに聴きながら、まずは味噌汁をずずっと啜り冷えた体を温める。
続いて鮭を一口含み、流れで白米をいただく。
続いて出汁巻き玉子に手を伸ばそうとしたところで、母親が訊いてきた。
281 :伝えるべきは :2015/03/09(月) 13:52
「ねえ最近の卒業式って、全員に卒業証書渡さないんでしょ?」
「二百人くらいいるのに全員分やる時間はないよ」
「まあ、それもそうね」

 納得したらしいのでハルは出汁巻き玉子を頬張った。
この出汁巻き玉子はお弁当の定番のおかずで、まーちゃんにも何度かあげたことがある。
そのまーちゃんが言うには、うちの出汁巻き玉子は美味しいらしい。
よそのものと比べたことがないのであまり実感はないけれど、言われて嫌な言葉ではない。
惜しむらくは、この事実を母親にまだ伝えていないということだけだ。

「お父さん、今日は来れないみたい」

 鮭の身をほぐしながら母親が言った。

「いいよ別に」

 それに対して、ハルはせいぜい興味なさげに言った。
一階に降りてきた時点で父親がいないことには気づいていたし、食卓に二人分しか用意されていないのを見て確信した。
無理に来てほしいとは思わないし、仕事ならば仕方がない。

「ごちそうさま」

 食べ終えたお皿は流しに置いて、ハルは自分の部屋に戻った。
282 :伝えるべきは :2015/03/09(月) 13:53
 ベッドに腰掛け、ハンガーにかけておいた制服に目をやる。
三年間着続けたこの制服を着るのも今日で最後かと思うと、こんなハルでも心に込み上げてくるものがある。

 ……いや、制服を着るのは受験の日が最後か。

 うん。いまのはなかったことにしよう。

 着替えを済ませ、教科書の入っていないカバンを持って下へ降りると、
ちょうどテレビでは今日の星座占い第一位を発表していた。
中途半端に一位だけを知ってしまったので、自分の順位が無性に気になってしまった。
さそり座は一体何位だったんだろうか。最下位でなければいいのだけれど。

 コマーシャルに入ったと同時に大きくあくびをすると、近くのソファーにどっかりと座り込んだ。
しばらく携帯をいじっていると、皿洗いを終えた母親が声をかけてくる。

「なにもすることがないなら学校に行けば? こんな日に遅刻しちゃダメよ」
「まーちゃんが迎えに来るから待ってるの。それにまだ遅刻する時間じゃないし」

 言い終わるが早いか、玄関のチャイムが鳴った。

「ふふ、お迎えが来たわよ」

 そう茶化す母親を軽く流してカバンを手に取る。玄関までついてくるので、靴を履くと振り返って言った。

「行ってきます」
「はい、行ってらっしゃい」

 玄関の扉を開けると、まーちゃんが満面の笑みでこちらを見ていた。
283 :伝えるべきは :2015/03/09(月) 13:53
  2

 卒業式が終わったのは十時を少し過ぎたころだった。
女性教諭の「起立」の声を聞いて長イスから立ち上がり、体育館の中央を通って退場していく。

 体育館にはいま、ハルたち三年生とその保護者たち、そして先生と二年生がいる。
一年生に関しては、生徒会役員などの特別な事情を除いて出席できないことになっている。
一年生まで入れてしまえば保護者が座るスペースが確保できないのだから、当然と言えば当然の話だろう。

 歩きながら左右に座る保護者をちらりと見るが、母親の姿は見つけられなかった。
もっともこちらが気づかなくても、向こうがこちらに気づいてくれさえすればいいのだ。
それに、あまりきょろきょろし過ぎるのも格好が悪い。

 体育館を出て、階段を上がる。教室に入ろうとしたとき、前を歩いていた生徒たちが次々に声を上げた。

「うわっ、なにこれ」
「わーすごーい」

 その声の原因は教室に入ってすぐにわかった。黒板いっぱいにチョークで絵が描かれていたのだ。
そしてその中央には「三年A組のみなさん 卒業おめでとうございます」と二行に分けて白字で書いてある。
ほかのクラスからも驚きの声が聞こえてくるので、きっと同じようなメッセージが書かれているのだろう。
284 :伝えるべきは :2015/03/09(月) 13:54
「こういうサプライズ、まさは好きだなあ。でも誰が書いたんだろうね、これ」

 黒板に目をやりながら、まーちゃんは言った。
当たり前のことだけど、卒業式の前にはまだこれは書かれていなかった。
それを踏まえれば、誰が書いたかはそう難しいことではないはずだ。

「さあ、誰だろうね」

 しかし、それをまーちゃんに伝えるかどうかはまた別の話だろう。

「はいみんな席についてー」

 黒板の絵にざわつく生徒たちを先生は制する。

「いまから卒業証書渡していくよー。これを貰わないと卒業できないよー」

 最後のは冗談だろうけど、生徒たちには受けが良かった。

「じゃあ、浅野さんから――」
285 :伝えるべきは :2015/03/09(月) 13:54
  ◇

 三六人分の卒業証書を渡し終えた先生は、ひとつ咳払いをした。
それを聞いた生徒たちも、自然と静かになる。

「えー改めて、卒業おめでとうございます。

 この中学校で過ごした三年間。それはみんなにとって、どんな三年間になったのでしょうか。
いまはまだわからないかも知れませんが、きっとこれからの人生に大きな影響を与えてくれることでしょう。

 そして、私には中学からずっと親交のある友人が何人かいます。
なにか悩みごとができると、親よりも先に相談することもあります。
先生は、みんなにもそういう友だちを見つけてほしいと思っています。
どれだけ仲のいい友だちでも、離れ離れになってしまえば自然と疎遠になります。
それでも繋がる努力を怠らなければ、きっとその縁は切れることはないでしょう。
いつかどこかで、あなたを助けてくれるはずです。
だからみんなは、その努力を怠らないでくださいね。
そして……先生のこともたまには思い出してください」

 最後は自嘲気味に笑って、先生は話にオチをつけた。
286 :伝えるべきは :2015/03/09(月) 13:54
「先生、一緒に写真撮ろー」

 卒業というしんみりとした空気を断ち切るかのように、一人の生徒が立ち上がる。
それに続いてぞろぞろとクラスのみんなも立ち上がると、黒板を背景に集まった。
絵がちゃんと見えるようにとしゃがみながら、誰が撮るのか考えていたけれど、
そういえばタイマー機能というものがあったはずだ。

 それから何枚か写真を撮ったあとは、ほとんど自由解散のような感じで、
仲のいいグループで集まって話したり、先生との別れを惜しんだりと様々だった。
気づけば人数も減っているので、よそのクラスへと行った生徒もいるのだろう。

「くどぅー、もう帰るの?」

 視線を巡らすハルを見て、まーちゃんが訊いてきた。

「んー、どうしようかな。まーちゃんはなにか用事ある?」
「そうだね、もう充分かな」
「なら帰ろうか」

 カバンを持って教室を出ると、廊下にも生徒たちがたくさんいた。
ハルたちはその間を縫って昇降口に向かった。
287 :伝えるべきは :2015/03/09(月) 13:55
「ねえくどぅー、あの黒板に絵を描いたのは誰なの? 教えてよ」

 知ってるんでしょ? と言いたげな目でまーちゃんはこちらを見てくる。
こうもはっきりと訊かれれば、答えないわけにはいかないだろう。

「まだ気にしてたの? でも、少し考えればまーちゃんにもわかることだよ」

 そう前置きしてからハルは説明を始めた。

「まず、朝のうちにあの絵が描かれていない、っていうのはいいよね。
描いてあればすぐに気づくし、なにかで黒板が隠されていたわけでもない。
となるとあの絵を描いたのは、卒業式が行われている間ということになる。

 卒業式にはハルたち三年生のほかに、保護者、先生たち、二年生がいた。
でも三年生は最後に入場して最初に退場した。
つまりあの場にいた人たちには、絵を描くチャンスはなかったということになる。

 では、誰があれを描いたのか」

 そこで一旦言葉を切って、まーちゃんからの返答を待ってみた。
下駄箱から靴を取り出すと、履いていた上靴は袋に入れてカバンにしまった。
288 :伝えるべきは :2015/03/09(月) 13:55
「……一年生?」

 弱々しくまーちゃんは答える。

「そう。多分だけど、生徒会の子たちが企画したんじゃないかな。
一クラスだけならまだしも、六クラス全部の黒板に描いたみたいだから、何人かは有志を募っただろうけどね」

「ふーん、なるほどね」

 まーちゃんがそう納得したところで、二人の女の子が話しかけてきた。

「佐藤先輩、卒業おめでとうございます」
「わー、ありがとー」

 誰かと思ったが、どうやら女子バスケ部の後輩らしい。
丸顔で短髪の子と、くりっとした目が印象的な子の可愛いらしい二人だった。

「それから工藤先輩も、卒業おめでとうございます」

 律儀にも、二人はハルにもおめでとうと言ってくれた。
部活に入っていないので、後輩からそんなことを言われるとは思ってもいなかった。

 ……ん?

「えっと……」
289 :伝えるべきは :2015/03/09(月) 13:56
 ハルが返答に窮していると、二人は少し焦った表情になった。

「すいません、工藤さんじゃなかったですか」

 と短髪の子は言うが、「工藤さん」で合っているから問題なのだ。

「そうじゃなくて、どうしてハルの名前を知ってるのかなと思って」
「ああ。佐藤先輩がよく工藤先輩のことを話していたんです。
一緒にいることが多いって言っていたので、きっとそうだと思ったんです」
「なんだ、そういうことだったんだ」
「それから、変なところで頭がいい人だとも言ってました」

 くりっとした目の子が付け足した。すかさずまーちゃんの方を見ると、よくわからない言い訳をしてきた。

「いや、いい意味で、だよ」
「どういう意味だよ。まあ、別にいいんだけどさ」

 焦るまーちゃんをハルは笑い飛ばした。

「もおー、佳奈ちゃんが余計なこと言うからだよー」
「ああごめんなさい」

 自分で蒔いた種なのに後輩のせいにするとは、まったく理不尽な先輩だ。

「ふふ、やっぱり仲いいんですね」

 と短髪の子がほほ笑みながら言った。
290 :伝えるべきは :2015/03/09(月) 13:56
「あ、そうだ。その変なところで頭のいい工藤さんに相談したいことがあるんですけど、いいですか?」
「ん、なに?」

 ハルがそう答えると、ポケットから一つの封筒を取り出した。

「これが、私の下駄箱に入っていたんですけど、なんだと思います?」

 手渡された封筒には少しだけ膨らみがあった。
手の平より一回り大きく、裏側は赤いハートのシールで留められている。

「ラブレターかなにか、かな?」
「やっぱりそうですよね」
「でも二年生だよね、えっと」

 短髪の子はハルの訊きたいことを察してくれた。

「私は村川です。村川沙織」

 それに続いてもう一人の子も名前を教えてくれた。

「あ、私は徳井佳奈って言います」
291 :伝えるべきは :2015/03/09(月) 13:57
 さらに二人の自己紹介のあと、まーちゃんが補足説明してくれた。

「沙織ちゃんは女子バスケ部のエースで、佳奈ちゃんはキャプテンなんだよ」

 どやあ、とまーちゃんは自分のことのように胸を張る。ハルはそれを軽く流す。

「へー、そうなんだ。それで、村川さんも徳井さんも二年生だよね? 二年生に今日ラブレターを渡すかなあ」
「不思議なのはそこなんですよね」

 どうやら村川さんも同じ考えだったらしい。

「まあ、まだ中を見てないので、確定ではないですけど」
「あれ、まだ見てなかったの?」

 ハルは驚きの言葉を口にする。

「はい。開ける前にお二人を見かけたので」

 それはそれは、間が悪くてすみません。
292 :伝えるべきは :2015/03/09(月) 13:57
「じゃあいま開けなよ」

 直属の先輩であるまーちゃんの言葉を受けて、村川さんは封筒を開くと、二つ折りの紙を取り出し黙読した。

「んー。ラブレターって言うんですかね、これは」

 村川さんは中に入っていた手紙を見せてくれた。

『先輩へ 十二時に体育館裏にきてください まっています』

 ボールペンで書かれた文字は全体的に丸みを帯びていて、小さめだった。
おそらく女子が書いたものだろう。それ以上のことはちょっとわからない。
宛名も差出し人も書かれていないこの手紙から、読み取れるものは少ない。

「やっぱりこの「先輩」っていうのは三年生のことですよね」

 という村川さんの言葉に、反対意見を出す人はいなかった。

「十二時か。まだ三十分以上もありますよ」

 徳井さんが携帯で時間を確認する。
293 :伝えるべきは :2015/03/09(月) 13:57
 困ったハルは、いまの気持ちをそのまま言葉にした。

「で、どうしようか、これ」

 なにかの手違いで、予定していた人物のもとへは届かず、二年生女子の下駄箱に入っていたこの手紙。
「先輩」が誰なのかわかれば、下駄箱に入れ直すことも、直接渡すこともできる。
しかしそれは難しいだろう。なんせ、手がかりがなさすぎる。

「この「先輩」が誰かわかればいいんですけど……」

 徳井さんはそう口にしたが、それが難しいことだと理解しているらしい。

 残された手段は一つしかないとハルは思った。

「こうなったら、この手紙を出した人に正直に伝えるしかないですね」

 言おうとしていたことを先に村川さんに言われてしまった。仕方なくハルはそのあとを引き取って言う。

「そうだね。ならその役目はハルに任せて貰ってもいいかな」
「えっ」

 息を合わせたかのように三人ともが驚いた表情でこちらを見てきたので、ハルはわざとらしく笑って言った。

「いやあ、少し思い当たることがあってね」
294 :伝えるべきは :2015/03/09(月) 13:58
  3

 あと十分ほどで十二時になる。少し早めに行っても問題はないだろう。
 さすがにこの時間になると生徒たちの姿はぐんと減る。
村川さんと徳井さんもハルに封筒を預けて帰っていった。
二人にはあとでまーちゃんから連絡がいくはずだ。

「ねえくどぅー、思い当たることってなに?」

 体育館裏へと歩きながら、ハルは自分の考えをまーちゃんに伝える。

「あの手紙がどうして村川さんの下駄箱に入っていたのか考えていたら、ちょっと悪い予感がしてね。
もしそれが当たっていたら、悲しいことだから」
「悪い予感?」

「うん。今日は卒業式なんだから、あの手紙に出てくる「先輩」は自然に考えれば三年生を指している。
でも封筒は二年の村川さんの下駄箱に入っていた。となると、誰かが間違って入れたという考えが出てくる。

 差出し人が間違えるなんてことはない。
だからハルは最初、入れたはずの手紙がなにかの拍子で落ちて、
それを拾った誰かが間違って入れたんじゃないかと考えた。
でもあの封筒は少しだけ膨らんでいた。
つまり下駄箱に入れられた後で、誰かが一度開けている。

 ねえ、まーちゃん、誰が開けたと思う?」
295 :伝えるべきは :2015/03/09(月) 13:58
 ハルが訊くと、まーちゃんは少し考えて言った。

「沙織ちゃん……じゃないよね」
「そうだね、村川さんはまだ開けてないって言ってた。
普通、あの封筒に関わる人間で封筒を開くことができるのは、差出し人と、受取人しかいない。
差出し人でないとすれば、残るのは受取人。そう、「先輩」は一度あの封筒を開けている」

 そう言うと、まーちゃんは眉間にしわを寄せた。

「……それってどういうこと?」
「つまり「先輩」はあの手紙を読んで、その上で適当な下駄箱に入れ直した。
要するに、「先輩」は後輩の好意を蔑(ないがし)ろにした。これがさっき言った悪い予感」
「そんなこと……」

 まーちゃんはぽつりと呟いた。
しかし実際、宛名も差出し人も書いていなければ、イタズラかなにかだと考えても不思議ではない。
そうなれば無視されても、仕方ないと諦めるしかないのかも知れない。

「まさか、くどぅーはいまからそれを伝えるつもりなの?」
「はは。わざわざ傷つけに行くほど、ハルは性格悪くないよ」
296 :伝えるべきは :2015/03/09(月) 13:59
 歩みを止め、軽く息を整える。
体育館裏につくと、一人の女子生徒がこちらに背を向けて立っていた。
手紙の差出し人はあの子で間違いないだろう。
近くまで寄って声をかけると、女子生徒は長い髪を手で押さえながら振り返った。
そしてハルたちのことを確認すると、少し残念そうな顔になった。

「すいません、いま人を待っているので」

 続く言葉を遮って、ハルは持っていた封筒を見せた。

「そ、それは! どうしてあなたが持っているんですか」

 さすがにこんな事態は想定していなかったのだろう。目を大きく見開いて驚きの表情を見せてくれた。
ハルは事情を説明する。もちろん、ハルがつくった嘘の事情を。

「いや、靴を履き換えようと思ったらこれが下駄箱に入っていてね。
中身を確認したら、十二時に体育館裏に来てくれって書いてあったからここに来たんだけど……。
どうやら人違いだったみたいだね」

 自分でも予想以上に下手な芝居でバレるか心配だったが、それは要らない心配だった。
長髪の彼女は嘆息を漏らす。
297 :伝えるべきは :2015/03/09(月) 13:59
「そうですか。どうしてこうなったかはわかりませんが、上坂先輩には私の気持ちは伝わらなかったんですね」
「上坂先輩?」

 後ろからまーちゃんが口を挟む。上坂。どこかで聞いたような記憶があるな。

「上坂先輩って、バスケ部にいた上坂くんのこと?」

 まーちゃんが訊くと、長髪の彼女は頷いた。そして思い出した。
上坂くんとハルは、二年のとき同じクラスだった。
運動神経もよく、勉強もそこそこできる。
気さくな話し方と明るい性格の上坂くんを好きになる気持ちは、ハルにだってよくわかる。

 ただ、そうなると上坂くんが手紙を無視したということになってしまう。
その姿はちょっと、ハルにはイメージができなかった。

「でもたしか上坂くんは」

 そこまでまーちゃんが言うと、続きは長髪の彼女が引き取った。

「彼女がいるのは知っています。まさか、あなたたちのどっちか上坂先輩の彼女だなんてことはないですよね」

 疑いの眼差しでこちらを見てくるので、ハルは強めに言った。

「それはない」

 それから彼女という言葉が引っ掛かった。上坂くんには、付き合っている彼女がいる。
298 :伝えるべきは :2015/03/09(月) 13:59
「そう。それならいいですけど。それに彼女がいる人に告白しちゃいけないなんてことはないですよね?
先輩に私の気持ちを伝えるくらい、許されてもいいはずです」
「……かも知れないね」

 ハルは一度肯定してから、言葉を続けた。

「でも上坂くんの彼女は許さないかも知れない。
ハルにもどうしてこの手紙が別の下駄箱に入れられていたのかわからない。
でもこの手紙が上坂くんに宛てられたもので、その上坂くんに彼女がいるのなら、わかる気がする。

 きっと、上坂くんの彼女がやったことなんじゃないかな。

 ハルたちのもとに封筒が回って来たときには、一度開けられた形跡があった。
上坂くんの彼女なら、下駄箱に入っていた封筒を開けたってそれほど不思議じゃない。
そして手紙には告白をにおわせる文章が書いてあったのなら……。

 褒められた手段じゃないけど、気持ちはわからないでもない」

 そこまで言って、まーちゃんがハルの袖を引っ張っていることに気づき、
そして同時にハルがやらかしてしまったことに気づいた。
ハルはなんのためにここに来たのか。
手紙の差出し人を傷つけるためではない。
伝えるべきは、こんなことではないはずだ。
299 :伝えるべきは :2015/03/09(月) 14:00
 なにか訂正の言葉を、と思ったが既に遅かった。

 長髪の彼女は口角を上げ、静かに笑っている。しかし目の奥は一切笑っていなかった。
いまにも泣きだしそうなのに、決して涙は流れ落ちない。
それこそが如実に悲しみという感情を表していた。いや、あるいは怒りなのだろうか。
どちらにしろ、この状況をつくったのはハルだ。
謎解きに浮かれて、大事なことを忘れていた。

 長髪の彼女はゆっくりとハルのもとへと歩み寄ると、封筒を取り上げ、顔の高さまで持ち上げた。

「先輩、ごめんなさい」

 弱々しい声は、しかしはっきりと聞き取れた。
封筒から手紙を取り出すと、その二つを重ね、感情を振り払うかのように勢いよく引き裂いた。

「これ、捨てといてください」

 そう言って踵を返し去っていく。
残されたハルはしばらくその場に立ち尽くしたまま、長髪の彼女の後ろ姿を見ていた。
ハルがその場から動けなかったのは、恋した乙女の気迫に圧されたというのも理由の一つだ。
しかし、まーちゃんがハルの後ろで小さく呟いた一言こそが、一番の理由だと思う。

「上坂くんの彼女は沙織ちゃんだよ」

 その言葉の意味するところを理解するのに、あまり時間はかからなかった。
300 :伝えるべきは :2015/03/09(月) 14:01
>>277-299
最終話 『伝えるべきは』
301 :名無飼育さん :2015/03/09(月) 14:01
というわけで二人が中学を卒業するタイミングでこのシリーズも終わりにします
あまりダラダラと続けるのもよくないですからね

シリーズを通しての感想なども頂けると嬉しいです
302 :名無飼育さん :2015/03/09(月) 14:03
作品について

自分なりに「ハロプロ×ミステリー」を考えてみた結果「日常の謎」に行きつきました

「日常の謎」というのはミステリーのジャンルの一つとして確立されていて
大雑把にいえば「人の死なないミステリー」であり10代を主人公とする作品が数多くあります

そういう意味でハロプロと相性がいいかも知れないと思いました


キャラクター設定に関してはなるべく違和感がないようにと心がけましたが
佐藤については現実そのままだと作品として成り立たないので精神年齢をぐんと引き上げました
それでもどこかで佐藤らしさが残っていることを願っています


短編12作品
掌編1作品
楽しく書かせていただきました
また後日に各作品のあとがきのようなものを書きに来ます

それでは
303 :名無飼育さん :2015/03/15(日) 14:55
では各作品について簡単なあとがきを


中学2年生

『プリズムの色』 5月上旬
元々単発作品の予定だったので飯窪はこの作品にしか出てきません
石田はあとあと準レギュラーになるんですけどね

『針は戻らない』 6月上旬
こちらは推論のお話です
自分が教育実習に行ったときのことを思い出しながら書きました

『一つでは足りない』 9月上旬
個人的にミステリーとして一番のお気に入りです
不揃いの靴の謎から話を広げていきました

『制服の男』 10月中旬
こちらも推論のお話です
こういうお話をつくるのは難しいですね

『ケーキのおいしいお店』 1月中旬
このお話に出てくる四角いカップは当時放送されていたアニメに出てきました
現実世界で見たことはありません

『語らない冬』 2月末
自分で書いていてあれですが学校帰りにケーキを食べに行くなんて
自分が中学生のときには選択肢にもありませんでした
304 :名無飼育さん :2015/03/15(日) 14:56
中学3年生

『石を穿つ』 4月下旬
久しぶりに石田が登場
こちらは石田が謎の提供者です

番外掌編『落として上げる』5月7日(佐藤の誕生日)
急いで書いたのでほとんど話の骨組みだけになってしまいました
最後に佐藤の機嫌が直ったのか気になるところです

『消えない足跡』 7月上旬
夏ということで学校の怪談的な話を書きたくて考えました
自分の母校にはそういうのはなかったので半ば憧れのような気持ちです

『花火を見よう』 8月下旬
夏祭りもとい花火大会のお話
二人の浴衣姿はぜひ映像で見たいものです

『そして元の位置に』 11月中旬
学校と言えば席替えだろうということで考えた作品
話のネタとしては一番気に入ってます

『サンタの居ないクリスマス』 12月中旬〜下旬
手紙で謎解きというのがやりたかっただけです
そのために最後は佐藤視点で書きました

『伝えるべきは』 3月上旬
いよいよ中学卒業です
残念ながら自分は単純なハッピーエンドは好みません
305 :名無飼育さん :2015/03/15(日) 14:57
さてわかりやすくタイトルのあとに作中時期を書きましたが
実は短編12作品は1月から12月にそれぞれ対応しています
気づいた方はいらっしゃるのでしょうか

そしてこのシリーズは終わりますが
なにか書きたいものができたときは
また作者フリースレにお世話になると思います

ではでは
306 :名無飼育さん :2015/03/19(木) 21:05
ケーキのおいしいお店が一番好きです

まーどぅーお互いが隠しあってたのがリアルな中学生を感じました
仲良しだけどあえて知らないフリとかしちゃいますよね

なにか書けましたら読ませてください
楽しみです
307 :名無飼育さん :2015/03/31(火) 23:04
>>306
レスありがとうございます
中学生らしさを表現できていたみたいでよかったです
308 :名無飼育さん :2015/06/16(火) 21:25
飼育でミステリーが読めるとはうれしいな。
「一つでは足りない」が一番好きです。なるほどー、と感心しました。

書いてくれてサンクスです。




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