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シースシース

753 :ただの名無しでしたから :2015/07/04(土) 23:32
<シースシース外伝(1) ジュースジュース> 
754 :ただの名無しでしたから :2015/07/04(土) 23:33
綺麗。

その言葉が頭をよぎる。
自分へと迫る銀色の軌跡を見ながら、亜佑美は思った。

流れるように繰り出される剣技は、一切の無駄が無く。
それゆえに、受ける側の亜佑美の剣も無駄が無くなる。

そうでなければ受けることができないのだから。

お互いの流れるような剣捌きは、華麗なペアダンスのようで。
シンと静まり返った中、剣の当たる音と靴音のみが響いていた。

勝敗をつけるために始まった戦いだったが、お互いにそれを忘れかけていた。

この時間が永遠に続けばいいのに。

そんな思いを抱きながら、亜佑美はふと昔を思い出した。

初めて彼女に会った日を。

宮本佳林。

彼女の剣を初めて目にした日を。
755 :ただの名無しでしたから :2015/07/04(土) 23:33


ザフト。

ノインの南部に位置するこの国は、国土の大半が山岳地帯だった。
農業の一切できない不毛な大地。
肥沃な土地をもつリールとの戦が続いていたのははるか昔。

現在では、この国は鉱業が発達している。
大陸で生み出される宝石の半分以上を産出しているが、この国には精霊師自体の数は少ない。
宝石は、自分達で使うものではない。
主要な輸出物であり、他国からの食料を得るための手段だった。

亜佑美がこの国へとやってきたのは、今から3年前。
まだ、ツェーンの内乱も起こっておらず、世界が平和だったころだった。

留学という形だったが、実際に亜佑美は学校に通っていたわけではない。
滞在し、その国の生活を実際に体験する。

ただそれだけ。

それは、亜佑美の父親の方針であっただけ。
もちろん、ザフトだけでない。
ここに来る前にはノインにも亜佑美は行っていたし、リールへといくことも予想された。
756 :ただの名無しでしたから :2015/07/04(土) 23:34
元々、食料の大半を国外から買い取る国であるから、国内でも売買のさかんな国であった。
食料が他国よりも高価である分、技術を磨き、金になるものを生み出さなければいけない。
それゆえに、市場はいつも活気に溢れていた。
道端に並べられた数々の品物は、洋服にしろ、陶器にしろ、他国よりも種類が豊富だった。

厳しい寒さが続くツェーンでは、こうした市場というものは発達しづらい。
雪解け時のお祭りのときに目にするくらいだったから。
亜佑美にとっては、毎日がお祭りのような目新しさがあった。

ただし、彼女は最後まで気付くことは無かった。
彼女が滞在している半年間は、実はザフトも通常時よりは十分にお祭り騒ぎであったことを。

5年に1度。

この国でのみ行われるイベントがある。
まさしく、亜佑美が滞在していたのは、そのイベントが開催される年。
彼女が滞在して5ヶ月ほど経った頃、翌週に控えたその大会の名を聞かない日は無いほどだった。

ロイヤルガードセレクション。

通称「RGS」と呼ばれるこの大会は、5人1組のチーム戦。
優勝チームがこの国の軍を司る近衛騎士団に任命される。
757 :ただの名無しでしたから :2015/07/04(土) 23:34
開催が近づくにつれ、連日のように街ではその話題で持ちきりとなる。
さまざまな賭け事の対象にもされており、チームの情報が毎日のように紙面を飾り、参加者となれば、スター扱いされることが多かった。

亜佑美は、もちろん参加はしない。
腕試しという意味での興味はあったが、5人一組という点と、勝ち残ってしまった時のことを考えれば、登録することはなかった。
また、厳密には他国籍者の参加を制限することはしていないが、実際には書類を受け付けてもらえない場合がほとんどだった。
自国の軍を、他国の人間が動かす。
いくら力がある者とはいえ、それを良しとすることはなかった。

そういう意味では、ザフトの民は、他国の人間を嫌っていた。
特に、リールの民に関してはいまだに割り切れない感情を持っているものが多い。

宝石産業が確立するはるか昔。
ザフトとリールは絶えず争いを繰り広げていた。
食糧難に苦しむザフトが、すぐ目の前にあるリールの肥沃な大地を目指さない理由はなかった。
ただし、結果はいつもノインからの働きかけもあり、停戦を合意させられることとなっていた。

現在は、戦は全く起こっていないのだが、ザフトの民は、特にリールとノインの民を憎らしく思っていた。
けれども、ツェーンの民に対する憎しみが無いのは、厳しい環境で過ごす者同士の親近感からなのだろうか。
それとも、自分達の主要産業である宝石産業の一番のお得意様だからなのだろうか。
どちらにしろ、亜佑美もこの国へ来てから、それほど嫌な思いをしたことはなかった。
758 :ただの名無しでしたから :2015/07/04(土) 23:37
「これください!」

手にしたのは、ピンク地に白のラインの入ったチュニック。
満足そうに告げられた値段を支払い、その場を離れようとしたときだった。

「泥棒!」

市場の喧騒の中に響いたその声は、亜佑美の耳にももちろん届いた。
声の方を見るが、人ごみの中では背中しか見ることができない。
仕方なくその場でジャンプを試みる。
1度、2度、3度。
見る方向を変えてジャンプを繰り返すと、人ごみをかき分けてすすむ人影。
するすると通り抜けるその影の位置を確認すると、亜佑美も人ごみの中へ飛び込んでいく。

屈みながら進んでいくと、すぐに目的の人物の姿を捉えることができた。
自分と同じくらい、いや、それよりももっと幼い。
抱え込んだ袋が、小さな体からはみ出るほど。
それでも、人ごみを器用にスルスルと通り抜けていく。

亜佑美もそれに習って進んでいく。
759 :ただの名無しでしたから :2015/07/04(土) 23:37
捕まえることは簡単だった。
けれど、この場で捕まえて騒ぎになれば、この子がどうなるか、だいたいの想像ができている。

食料の値段が高いということは、日常の生活が圧迫される。
それは、特に貧困層にとっては重大な問題であり。
自給自足という手段ができない以上、食料を買えないことは死を意味する。
それゆえに、貧富の差が極めて大きいのが、この国の一つの側面。

それは、もちろん亜佑美もこの国で暮らし始めて半月もすれば気付いていた。
居住する場所すら追われた貧困層は、集まって生活をせざるを得ない。
それはスラムという形で、市場を少し離れて取り囲むように存在していた。

そんなことを考えながら、追跡を続けていると、不意に袋からりんごが一つ転がりだした。

「あっ」と短く叫び、振り返る。
その時、亜佑美と目が合った。

小さい女の子。
まさしく女の子だった。

ぼさぼさに伸びた髪が、顔の半分を隠しているが、その隙間から見える眼光は、しっかりと亜佑美を捕らえていた。
こけた頬と、茶色に薄汚れた服は、裾がほつれていたる。
亜佑美はその時にようやく気付いた。
相手が靴すら履いていないということを。
760 :ただの名無しでしたから :2015/07/04(土) 23:37
転がったりんごをあきらめて、少女は再び駆け出す。
亜佑美は、落ちたりんごを拾い、それを追いかける。

そして、最終的に亜佑美がやってきたのは、想像通りスラムだった。

ツンと鼻につく少しすっぱい臭い。
ガラクタの山がいくつもあるようだが、それぞれにどこか一つだけぽっかりと穴が空いていた。
それが彼らの家だと、亜佑美はすぐに気付くことができなかった。

人の気配を感じるが、全く姿は見えない。
昼間だというのに、全く物音がしない。
風が吹けば、ガラクタがガタガタとゆれて、奇妙な音がする程度。

りんごを持ったまま、亜佑美は先へと進んでいく。
その時、足元に違和感を感じ、踏み出した足をすぐに引き下げる。

ガラガラガラ。

自分を取り囲むように、周囲から何かが現れる。
目の前に真っ先に見えたのは太いローブ
それをつかみながら飛び上がって乗り越える。

砂煙があがった中、自分がさっきまでいたところには、宙に浮いた網が丸く収まっていた。
761 :ただの名無しでしたから :2015/07/04(土) 23:37
罠が仕掛けられていたことに気付くのと、背中に気配を感じたのは同時。
亜佑美の力なら、十分に振り向いて対処することはできたが、それはしなかった。
ゆっくりと気配を殺して近づいてくるそれが、自分の背中に硬いものを当てるまで、あえて亜佑美はうごかなかった。

「お姉ちゃん、何者?」

背後からの声。
幼いその声は、なんとなくさっきの子だと亜佑美は確信できた。

「これ、落としてたでしょ?」

手にしたりんごを肩の高さへ持ち上げる。

「それだけ?嘘。私達を捕まえに来たんでしょ?」

その問いかけに、亜佑美は少し答えることを躊躇った。

確かに、最初はそのつもりだった。
けれども、スラムの住人であるということを知ってしまってから、亜佑美は次第にその気をなくしていた。
まして、このあたりの状況を目にしてしまってから。
亜佑美は、捕まえるという選択肢をどこか除外していた。
だから、どうして追ってきたかを聞かれても、わからなかった。
762 :ただの名無しでしたから :2015/07/04(土) 23:38
「落し物を届けに来ただけだよ」

ポンと後ろに向かってりんごを投げる。
りんごは少女の手の中に、一歩も動くことなく収まった。

「で、よかったら背中のもの、離してくれるとうれしいんだけど」

両手を挙げて、ひらひらと左右に振る。
何も持っていませんというアピール。

実際に、亜佑美は何も持っていなかった。
常時、剣を持っているわけではない。
買ったはずの服は、そのまま店においてきてしまっていた。
亜佑美が唯一持っているものといえば、腰に下げた皮袋。
お金の入ったそれだけが、今の亜佑美の持ち物だった。
もちろん、少女もそれに気付き、手を伸ばして腰から皮袋を奪い取る。
763 :ただの名無しでしたから :2015/07/04(土) 23:38
「あのさ、これは強盗だと思うんだけど?」
「黙って。無事にこのまま帰りたかったら、おとなしくしていて」
「いや、だってそれがないと今晩のご飯食べれないんだけど」
「黙れ」

背中に当てられた棒が離れる。
もちろん、亜佑美はそのことにすぐに気付く。
離れた瞬間に、反転して振りかぶられた鉄の棒をつかむ。

驚いた表情の女の子と、にっこりと微笑む亜佑美。
必死に手を外そうと棒を振り回そうとするが、びくともしない。

「返してくれる?」

亜佑美の問いかけに、女の子は答えることなく、顔を真っ赤にして必死に棒を取り返そうと引っ張っていた。
764 :ただの名無しでしたから :2015/07/04(土) 23:38
その時。

物が壊れる派手な音が響く。
続いて聞こえたのは野太い怒声。

女の子と目が合う。
その表情は、先ほどまでとは違い、怯えがあった。

亜佑美は、手を離して音の方へ向かう。
場所はすぐにわかった。
断続的に続く破壊音。

スラムの入り口で、亜佑美はそれに遭遇する。

「どこだ!でてこい!」

声を張り上げて、2人の男がガラクタの山から物を持ち上げては投げ捨てていた。
765 :ただの名無しでしたから :2015/07/04(土) 23:38
 
766 :ただの名無しでしたから :2015/07/04(土) 23:39
 
767 :ただの名無しでしたから :2015/07/04(土) 23:46
>>753-764 外伝開始します。引き続きよろしくお願いします。


>>751 はるか昔の前作から読んでいただいているとは、感謝の極みです。ましてや、前作から読み直していただくなんて多大な時間を拙作にいただきありがとうございます。外伝も引き続きお楽しみいただけるようにがんばります。
>>752 前作から引き続き、ありがとうございます。こうして前作からと言ってくださる方がいることがすごくうれしいです。作品ごとに主役はバラバラですが、全体を通しての主役は道重さんになるんじゃないかなと自分でも思ったりしました。外伝もご期待に沿えるようにがんばって書いていきたいです。
768 :ただの名無しでしたから :2015/07/11(土) 23:28
一人は髪の毛とつながるほどにひげを蓄え、もう一人はスキンヘッド。
対照的な二人だったが、二人とも、亜佑美の体ほどに腕は太く。
日に焼けた肌には、刻まれた傷跡がいくつも見て取れた。

ガシャンガシャンという音が続いていくが、誰も現れない。
聞こえていないはずはないのに。

「止めなさい」
そう亜佑美が声を掛けようとする前に、「やめろー!」という声が背後から響く。

ガラクタ山の上から、さっきの女の子が、男達へと鉄の棒をまっすぐ向けていた。

男達は、彼女に気付くと、手にしていたものをその場に投げ捨てた。

女の子が走り出したのと、亜佑美が走り出したのは同時。

棒を振りかぶって突進する彼女が、男達に到達する前に、彼女の体を受け止める。
769 :ただの名無しでしたから :2015/07/11(土) 23:28
「邪魔しないで!」

叫びながらバタバタと暴れる女の子を抱きかかえて、振り返る。
男達の手にはそれぞれナイフと木片が握られていた。

「あなたたちは、何者?」
「市場のやつらから頼まれててね。たくさん泥棒がいて迷惑してるから、なんとかしてくれってね」

「そうだよなぁ?」と呼びかけられたもう一人が、それに頷く。
実際に亜佑美も泥棒の現場を見ていたのだから、彼らの言っていることは、あながち嘘ではないことが理解していた。

でも、それは直感というものだったのかもしれない。
とにかく、この二人の男の言っていることが正しいとは思えなかった。

「あいつらのせいだ。お父さんもお母さんも殺された。あいつらが……」

女の子はキッとにらみつけたまま、そうつぶやいている。
770 :ただの名無しでしたから :2015/07/11(土) 23:29
「うりゃぁ」

男は声を上げて木片を投げつける。
反射的に腰に手がいくが、すぐに自分が剣を持っていないことを思い出す。
向かってくる木片を避けはせずに、左手で叩き落す。
ジンとした痛みと、タラリと垂れていく一筋の血。

武器も無く二人を相手に。
それも、背後に女の子を守りながら。

指輪ははめておくべきだったと、亜佑美は思う。
せめて精霊術が使えたなら、と。

周りのがらくたから武器になりそうなものを探すが、どれも大きすぎて、武器には適していなかった。

男達はゆっくりと近づいてくる。

少なくとも、この子が悪いことは間違いないが、ここまでやるのは間違っている。
亜佑美はそう決断した。

「下がって。あなたじゃ殺されるわ」

後ろへ、ぐっと女の子を押す。
がらくたの山の中へ倒れこむ女の子。
それとともに、亜佑美は男達に向かっていった。
771 :ただの名無しでしたから :2015/07/11(土) 23:29
木片を投げつけてきた男も、腰からナイフを取り出している。
武器を持った相手に2対1。

振り回されるナイフを避けて、殴りかかる。
倍ほどある体重差と、なにより二人を相手にしているので、しっかりとした一撃を打ち抜くことができない。
ヒット&アウェイを繰り返していくだけで、決定的な一打が与えられず、それぞれに数発与えても、男達はひるまない。
男達もそのことに気付き始め、ナイフを振り回すよりも、亜佑美をつかむ方向へと切り替えていた。

男達の腕の風圧で亜佑美の髪が揺れる。
数本の髪が彼らの指に絡み、ブチッと抜けていく。

「これを」

その時、背後から声がかかる。
投げられた鉄の棒を、振り返ることなく受け取る。

「ありがとう」

受け取った鉄の棒を、亜佑美は構える。
二人の男が地に這い蹲るのは、その後すぐだった。
772 :ただの名無しでしたから :2015/07/11(土) 23:29


「あいつらがこのあたりにやってきたのは、5年ほど前です」

女の子は語りだす。
辺りはすっかり暗くなっており、亜佑美は彼女の家と呼ばれるところへ案内されていた。
家といっても、きちんとした屋根や壁があるわけでもない。
ガラクタの積み上げられた中にできた空間。
そこが彼女の家だった。

ぼろきれを幾重にも重ねたものが寝床であり。
その脇に置かれた3つのりんごと2個のオレンジは、彼女の今日の戦果。
それ以外には何もない。
見上げれば、隙間から月が見えるほどの、雨も満足に凌ぐことができない場所。

それでも、彼女にとってはここが家だった。

「それまでは、貧しいなりにみんな生活していました。
みんなで協力しながら、市場でも仕事を分けてもらうこともあり、生活できていました」

住むところはその頃から代わってないんですけどね、と自嘲気味に彼女はそう付け足した。
773 :ただの名無しでしたから :2015/07/11(土) 23:29
「でも、あいつらがやってきてから、すべてが変わりました」

場所代だと。
彼らは最初言いました。
逆らえば、暴力を振るわれ、物を破壊され。
私達は、従わざるを得ませんでした。
それでも払えなければ、どこかに連れて行かれ、帰ってこなかった人もいました。

1年ほどたてば、ここで生きている人の大半はいなくなりました。
もう、彼らへ払うことはできない状況になっていました。
そこで、彼らは言いました。
稼げないなら盗ってくるしかないんじゃないかと。

それからです。
子どもの方が油断させられるからと、私達が彼らに無理やり仕込まれました。

何度も捕まったことはあります。
その度に市場の人に殴られ、罵倒され。
それまで私達にも仕事を回してくれていた人も、次第に私達へ仕事を回すこともなくなりました。

もう私達が生きていくには、盗むことしか方法がありませんでした。
774 :ただの名無しでしたから :2015/07/11(土) 23:29
それからです。
彼らが、市場の人間の側へ付き始めたのは。
私達から守るため、市場の人たちに用心棒代を要求するようになったのは。

彼らは何人ぐらいのグループかわかりません。今日の二人以外にもたくさんいます。
最初の頃からどんどん増えているのは確実です。

あの二人を殺したところで、また別の人間がやってくるだけです。

でも……それでも……

女の子は泣いていた。
亜佑美は、そっと抱き寄せることしかできなかった。

自分は何もできない。

そのことはよくわかっていた。
ここで、彼女を自分の家へつれて帰り、そのままツェーンへ戻る日に、一緒に連れて行く。
ツェーンできちんと環境を整えて生活させる。

そのことは簡単だった。
でも、彼女一人を救ったところで根本は何も変わらない。
775 :ただの名無しでしたから :2015/07/11(土) 23:30
結局、亜佑美は、持っている手持ちの硬貨をすべて彼女へ渡した。
それで、帰ってきただけ。

自分はこの国の者ではない。
部外者なのだから。

だからこそ、こうした現実をしっかりと頭に叩き込まなければならない。
自分達の知らない国に、彼女達のような存在がいることを。

その日の選択を亜佑美は今後、決して忘れることはなかった。
名前も聞いていなかった女の子のことを、決して忘れることはなかった。

3日後に、スラム地域で大規模な火災が起こったことを耳にしてから。
776 :ただの名無しでしたから :2015/07/11(土) 23:30
 
777 :ただの名無しでしたから :2015/07/11(土) 23:30
 
778 :ただの名無しでしたから :2015/07/11(土) 23:30
>>768-775 更新終了です。
779 :名無飼育さん :2015/07/24(金) 19:23
遅ればせながらシースシース完結お疲れさまでした!
これからも戦いは続きそうな、でもなんだか光あふれる未来を予感させてくれる終わり方で・・・。
凄く面白かったです!ありがとうございました!

そして外伝!
あゆみちゃん+JJ!?

楽しみです!
780 :ただの名無しでしたから :2015/08/02(日) 22:41


焦げ臭さというよりも、刺激臭。
その空間に空気がいつまでも留まっているような。

ガラクタの山は完全には崩れ去っていない。
そのままの形で、ただただ黒に変わっていた。

その光景を、目に焼き付けたまま、亜佑美は乱雑に部屋を物色する。

この国に来たときは、こんなものは不要だと思っていた。

それを手にしてゆっくりと抜く。
銀色に光る刀身に、自分の顔が映る。

人殺しのような眼。

自分でもそう思った。

勤めて冷静になっていたつもりだったが、そんなことで取り繕えていなかった。
剣を納め、腰にさげる。

そのまま、部屋を飛び出す。
781 :ただの名無しでしたから :2015/08/02(日) 22:41
情報収集は、部屋に戻ってくる前に済ましておいた。
というよりも、大部分は勝手に耳に入ってきた。

市場にいる誰もが、スラムで起こったことと、誰がそれをやったのか、予測が付いていた。

それでも、誰も動かない。
警備隊すら、きっと動いていない。

部外者なのだから。

以前に亜佑美は自分にそう言い聞かせた。

でも、もうそれは止めた。

部外者だから。

やりたいようにする。

この国がどうあろうと。
私は、私の想いを貫くんだと。
782 :ただの名無しでしたから :2015/08/02(日) 22:41
市場の裏道を通り抜ける。

スラムだったもの通り過ぎ、街道を南へ。
小高い丘に上ると、切り立った崖下に広がる町。

そのど真ん中に大きな建物が一つ。
それを囲むように中小の住宅が並ぶ。

それを見下ろしながら、亜佑美は小走りに坂を駆け下りる。

そのまま、町へ入るための門を通り過ぎようとする。

「嬢ちゃん、何しに来た?」

不意に横から声を掛けられる。
その言葉が終わるのを待たずに、剣を抜く。

「ひっ」という短い声と共に、男は尻餅をついた。
その姿を一瞥し、亜佑美は門を片手で押し開ける。

それが喧騒の始まりの合図。

どこにいけばいいかなんてわからない。
ただ、一番大きな建物を目指す。
武器を持った屈強な男達は、亜佑美を探して走り回る。
783 :ただの名無しでしたから :2015/08/02(日) 22:42
足音と怒号が響き渡るその空間。

亜佑美のほかに、その中を音も無く進んでいく人物が二人いた。

「予定外だったけど、このままいくの?」
「うん。朋もそのつもりだろうし。それに……」

「今日を逃せば次はいつかわからないわ」

その言葉を剣を振るのは同時。
目の前に鉢合わせた敵を、彼女は相手が次の動作を取る前に切り捨てた。

「さっすが」

ヒューっと口笛を吹く。

「からかわないで」
「ごめんごめん、でもさ、朋はきっとあの子の相手をさせられるかも」
「朋ならきっと大丈夫」

ともすれば、華奢なその体と合わせて、少年にみえるほどのショートカットの少女。
宮本佳林は力強くそう答えた。
784 :ただの名無しでしたから :2015/08/02(日) 22:42


バタン。

荒々しく開けられた戸に、金澤朋子は辟易としながら、ベッドから起き上がった。

「おい、大変だ。侵入者がいる」

おいおい、見つかっちゃったの?
後でお仕置きしないとね。

その言葉を心の中にとどめ、朋子は立てかけていた剣に手を掛ける。

「で、どんな奴?」

黒髪のショートカット。

その言葉を待っていたが、男から返ってきたのは、全く別の特徴だった。
785 :ただの名無しでしたから :2015/08/02(日) 22:42
紗友希は髪を下ろすことはないし……
それに、一人って……

朋子は考える。
ひょっとして、これは自分達の計画とは違うことになっているという可能性を。

「おい、ボスからの命令だ。侵入者を捕まえろ」
「捕まえるだけでいいの?」
「できるだけ生きたままで、とのことだ。まぁ、生きていればどんな状態でもいいと思うがな」
「ふぅん、いいんだ……で、ボスは?」
「お前の知ってのとおり、今日は取引の日だからな」

「……取引は、するの?」
「あぁ、だからこの館には絶対に侵入を許すなよ」

口の軽いバカ。

朋子の頭に浮かんだのはそれだけ。
786 :ただの名無しでしたから :2015/08/02(日) 22:42
当面は計画通りに行きそうなら、佳林たちがやってくるまでに、その侵入者を始末すればいい。

腕をクルクル回しながら、朋子は部屋を出て行く。

この日を待っていた。
用心棒として彼らに取り入り、2ヶ月が過ぎていた。

佳林の生まれ故郷から持ち出された一種類の実。
クイの実と呼ばれるそれは、あるものと合わさることで、完全な毒薬として機能する。
一種類を摂取しても何も起こらない。二種類ともを摂取したものだけに発現する毒薬。
無味無臭であり、古来から暗殺に使用されていた。
しかし、あまりに危険な代物であり、その組み合わせや抽出方法、生息地に至るまでの情報ははるか昔から隠蔽されていた。
ほんの一部の人間が、それを断片ごとに知っているのみ。

佳林も、自分の故郷にそれがあることなど知らなかった。
食べてはいけない植物。子どものころにそう教えられていただけ。

それでも、ある日、村が襲撃される。
どこからか、クイの実の情報を得た人間がそれを求めてやってきた。
村は焼き払われ、わずかに生息していたクイは根こそぎ奪われた。

佳林は、故郷を出てから5年ほど。
一度も帰ったことなどなかった。
それでも、その事実を知ることとなったのは、彼女達がRGSにエントリーしたことがきっかけだった。
787 :ただの名無しでしたから :2015/08/02(日) 22:42
RGSについては、エントリーの締め切られる半年以上前から連日のように街中でビラが配られる。
エントリーをすれば、その日のうちに参加者の名前が街中に知れ渡るほどに。

奪われたクイの実を取り戻そうとしていた村のものは、佳林のことに気付くことはそれほど難しいことではなかった。

村に対しての愛着はそれほど強いわけではない。
それでも、このまま放置しておけば、単なる毒殺で済めばいいが、要人の暗殺となってくる可能性が高い。
情報が制限されているということは、知識を持っている者が少ないということ。
つまり、それに対する注意を払うことができないということなのだから。

その可能性を予見しながら、協力を拒むことは佳林にはできなかった。
幸い、朋子たちもそれに難色を示すことも無く。

「RGSが始まるまでの暇つぶしに丁度いいんじゃない?」

朋子のその一言で、佳林たちは奪われたクイの実を捜し始めた。
そして、ついにあの時自分達の村を襲った者が誰なのか突き止めたのが、ほんの数ヶ月前。
788 :ただの名無しでしたから :2015/08/02(日) 22:43
それからだった。
その情報を得るために、朋子がこうして彼らの元に入り込んだのは。
その際に、彼女の腕はもちろんのこと、RGSエントリー者という肩書きは絶大だった。
彼らも、将来的にこの国の軍を司るかもしれない人間と近づけることは、十分に魅力的なものだった。

今日行われるはずの取引は、クイの実の相方となるもう一方の実の受け渡しだった。

もちろん、そこで確認のために、二つを同時に摂取する必要がある。
その場で、クイの実を取り戻す。また、もう一方も手に入れ、この世から永久に二種類の毒薬を処分する。

本来ならその場に用心棒として、朋子は同席しているはずだった。

亜佑美の登場で、そのシナリオは崩されたが、それでも佳林と紗友希にそちらは任せておけばいい。

私は、それが邪魔されないように、本来の仕事をしますか。
789 :ただの名無しでしたから :2015/08/02(日) 22:43
館を出る。

目の前で一人の男が倒される。

肩までかかる長い茶髪。
佳林ほどに小柄な体と、猫のような目が特徴的な整った顔。

思わず朋子はニヤリと笑った。

可愛い子、綺麗な子は好きだった。
特に、その顔が苦痛に歪むのが。

相手も朋子の姿を見て、動きが止まる。

「どいて」
「できないわ。あなたを止めるのが私の仕事だから」
「そう」

亜佑美は短くそれだけ言うと、剣を構えなおす。
ここまで、それなりの人数を相手にしてきたため、少し息は上がっていた。
それでも、剣を振ることに支障がでるほどではない。
寧ろ、この国へ来てから余り剣を交えていなかったから、その感覚を取り戻してきたところ。
790 :ただの名無しでしたから :2015/08/02(日) 22:44
朋子も剣を抜く。
彼女の剣は、大きく反り返っている。
シミターと呼ばれるそれは、突くことでなく斬ることに特化した剣。

殺さない程度に遊んであげる。

その朋子の考えは、亜佑美の最初の一振りですぐに吹き飛ぶ。

シミターが折れるかと思うほどに鋭い剣戟。
反りを利用して力を流すが、すぐに次の一撃がやってくる。
立て続けに5度振られたそれを全て受けきると、朋子は反撃にかかる。

剣を振るたびに、ピュっという空気を切る音が耳に入る。
それは、全て亜佑美に避けられているという事実を知らせる音。

強い。

ここまで強いと思ったのは、佳林と初めて剣を交えた時以来だった。

佳林とどっちが強いか。

すぐに答えが出ないほどに。
目の前にいる彼女は強かった。

それとともに、朋子は少し安堵する。
既にエントリーが締め切られたRGSの参加者の中で、彼女の顔を見た覚えがないことに。
791 :ただの名無しでしたから :2015/08/02(日) 22:44
 
792 :ただの名無しでしたから :2015/08/02(日) 22:44
 
793 :ただの名無しでしたから :2015/08/02(日) 22:48
>>780-790 更新終了です。間が空いてすみません。

>>779 ありがとうございます。まだまだ書きたい部分もいっぱいありますので、とりあえず一旦完結ですが、外伝という形で続けて生きたいと思います。引き続きお楽しみいただければ幸いです。
794 :名無飼育さん :2015/08/03(月) 19:01
おお…!
久しぶりの普通の戦い(?)だ…
シミターとはまた渋いチョイスですねw
795 :ただの名無しでしたから :2015/08/15(土) 23:39
火花が飛び散りそうなほどの勢いで、剣が交差する。
亜佑美も、朋子の実力を十分に理解していた。
剣が合わされば、刃を滑らされる。
それを次の一撃へと繋いでいる亜佑美だったが、そのことのデメリットは十分に理解していた。
流れるように攻撃を繋ぐといえば、聞こえはいいが、次の一撃の剣筋が振る前に限定されてしまう。
だからこそ、無数のフェイントを間に挟んではいるのだが。

朋子もそれは気付いていた。
だから、彼女も受けるときと流すときを織り交ぜていた。

次第に、二人の周りに人が集まっていく。
亜佑美はそのことが気に掛かり始めたときだった。

「手を出すな。絶対に」

朋子が声を張り上げた。

「いいの?」
「ええ。こんな楽しいこと、あんまりなかったわ」

ニヤッと朋子は笑う。
そのまま振られた剣を、亜佑美は右半身を引いて避けた。
796 :ただの名無しでしたから :2015/08/15(土) 23:39
そして、切りかかろうとしたとき、左腕に衝撃を受けた。

蹴り。

それを認識した時には、切り返された剣が下からやってくる。
流れる体を右足で踏ん張り、右手一本で剣を受ける。
ジンと肘へと衝撃が伝わる。

そのまま、もう一度今度は右から朋子の足が伸びる。
今度は、亜佑美も剣の柄でそれを受けた。

ガンッという音が響く。
防いだ朋子の足先に視線をやる。
先の尖った靴は、革ではなく金属で覆われていた。

次の攻撃が来る前に、亜佑美は後ろに飛んで距離を取ろうとする。
けれども、それを追尾するように、朋子は前に飛び出した。

地面に再び着地しても、距離は変わらない。
そのまま、次々と剣を振りまわす朋子に、亜佑美は防戦一方となっていた。

剣と蹴り、その二つを次々と捌いていく。
攻めることはできていなかったが、その動作は、やがて流れるようにスムーズになっていく。
そして、ついに、亜佑美は剣を振るう。

朋子の剣を下から弾き、仰け反って蹴りを避けた後。
亜佑美の剣は、朋子の肩をかすめる。
797 :ただの名無しでしたから :2015/08/15(土) 23:39
外した。

亜佑美は心の中で舌打ちをする。
もう一歩踏み出さなければ、自分の剣が十分に届いていなかった。

けれど、亜佑美の想定では届くはずではあった。
軸足だけで、後ろに咄嗟に踏み切った朋子の判断があったからこそ、剣は少しだけ届かなかったのだから。

肩から血がにじんでいくが、傷は浅かった。
剣を振るうにも何も問題が無いほどに。

しかし、朋子がそれ以上に感じたのは、自分の攻撃が当たる気がしないことだった。
剣を使いながらも、体術を併用するということ。
ほとんどの相手は、初回で仕留める事ができた。
事実、亜佑美相手にも、もっとも崩すことができたのは、初回。
ただし、初回をなんとか防いだ相手も、それ以降もそのまま朋子のペースで進めることができ。
相手は、まともに反撃もできないままに倒れていくばかりだった。
たった一人の例外を除いて。

「佳林ちゃんといい……顔面偏差値と剣の腕って相関するんだっけ?」

あ、だから私もなかなかなの?

なんて、心の中でつっこみながら、朋子は再度、亜佑美へ向かう。
798 :ただの名無しでしたから :2015/08/15(土) 23:39
剣を振る。
次いで、足を振る。
剣を振る。
次は足を見せかけて、もう一度剣。

けれど、亜佑美はそのすべてをいなしていた。

基本は回転運動。
速度は一級で、型にはまっていない分、攻撃の角度が読みづらい。

ただ、その分無駄が多い。

それが亜佑美の分析。

剣の特性がそうさせているのか、だからシミターを使うのか。
斬るはあっても突きはない。
それは蹴りも同じ。

それぞれの回転運動を生かした連続攻撃だが、回転の向きを変える際にどうしても動きが一瞬止まる。

動きが止まれば逆回転。
止まらなければ順回転。

それだけで攻撃の方向が定まってしまう。
799 :ただの名無しでしたから :2015/08/15(土) 23:39
後は……

止まった瞬間を逃さなければいい。

左腕がズキズキと痛む。
動かせているから、骨折はしていないと判断はしているが。
それでも、この後のことを考えると、長引かせるのは得策ではなかった。

次の時。

目の前を通過した足。
足を切り落してしまうことも、亜佑美にとってはもう可能ではあった。
それでも、殺してしまうことは考えていなかったから。
今後の彼女の人生を考えれば、それはできなかった。

剣が振られる。
半身で避けた後。

朋子の体が一瞬止まる。

そのわずかな時。

亜佑美は大きく踏み出して剣を突く。
朋子と目が合う。
今度こそ、避けられないはずだった。
けれど、朋子は笑みを浮かべていた。
800 :ただの名無しでしたから :2015/08/15(土) 23:39
瞬間。

亜佑美の視界が真っ黒になった。
咄嗟のことで、剣を引く。

目が焼けるように熱い。

ごしごしと目をこするが、熱感は収まらない。
辛うじて右目が開く程度。
それも、ぼやけてはっきりと見ることは難しかった。

「まさか、こんな手を使わないといけないなんて」

朋子の声が聞こえた。

「何をした!」
「金澤特製目潰し粉とでもいいましょうか?」

気配を感じる。
右目で辛うじて判断できるのは、彼女が右手を振り上げたこと。
咄嗟に出した剣は、偶然に朋子の剣と打ち合った。
そのまま、おそらく彼女がいるであろう距離へと剣を振る。

防がれるはずがないと思っていた朋子だったが、すぐに後ろに下がってやり過ごす。

「見えてないはずなのに……」

驚きは隠せなかった。
801 :ただの名無しでしたから :2015/08/15(土) 23:40
そういえば、朋子は聞いたことがあった。
剣術の達人は、目が見えなくても相手の気配を感じて、見えているように戦うことができると。

まさか……

ゴクリと朋子は唾を飲む。

動けなかった。
自分からあの間合いに入れば、やられそうな気がした。

亜佑美も動かない。
彼女の場合は、単純に動けなかった。
相手をきちんと捕らえられない状態で、こちらから動くことはできない。
少しでも時間を稼ぎ、目が治るのを待つ必要があった。

ただ、一つだけ亜佑美は考えた。

目が見えなくても、周りの様子を少しなら知ることができるのではないかと。

精霊術。

風の力を使えば、自分の周りの風の流れを知ることができる。
それが乱れることで、相手の動きを探知できるのではと。

どこまでやれるかわからない。
それでもやらないよりはマシかもしれない。

キラリと、亜佑美の右手の指輪が光る。
そして、周囲に展開されるわずかな風の流れ。
802 :ただの名無しでしたから :2015/08/15(土) 23:40
もちろん、朋子も気付く。
何かしらの精霊術を亜佑美が使っていることに。

やばい……

朋子は警戒を更に強める。
何かの術を使っているのは間違いなかった。
なのに、見た感じでは何も起こっていない。

どんな種類の精霊術なのか。

剣と精霊術は両立しないということは、朋子も常識として知っていた。
剣が優れていれば、精霊術は不得手のはず。
はずだったが、さっきまでの亜佑美の力を見ていれば、その常識すら超越しているのではないかという考えが頭によぎる。

何が起きる……

剣を持つ手にびっしょりと汗をかいていることに気付かないほどに。
朋子は集中していた。
803 :ただの名無しでしたから :2015/08/15(土) 23:40
正直、戦いを止めたかった。

私はこいつらの仲間じゃないからと言って、二人でこの場から脱出したいほど。

だから、朋子はもう一つ願っていた。
佳林と紗友希が、さっさと計画を終えてくれることを。

二人は向き合ったまま動かない。

その緊張感は、周りにも伝染したまま。
誰一人動くことなく、時だけが過ぎていく。

その均衡が崩れたのは、朋子の背後から聞こえた爆発音だった。

それは、朋子にとっての待ち望んでいた祝砲。

佳林と紗友希が、計画を達成した合図だった。
804 :ただの名無しでしたから :2015/08/15(土) 23:40
 
805 :ただの名無しでしたから :2015/08/15(土) 23:40
 
806 :ただの名無しでしたから :2015/08/15(土) 23:42
>>795-803 更新終了です

>>794 ありがとうございます。確かに普通の戦いはひさびさ過ぎる気がします。この外伝では地域柄、普通の方が多くなりそうですね
807 :名無飼育さん :2015/08/19(水) 07:19
おお外伝が始まってる!しかもjuice=juiceとは…
あゆみんとジュースの組み合わせと言えばいじ抱きのMVを髣髴させますがはてさて
808 :ただの名無しでしたから :2015/09/18(金) 23:38


爆発音が響く。

突然の出来事に、さすがの亜佑美も集中が途切れる。
周りの男達も、朋子も含め、全員が館の方を見た。

ただし、朋子だけがすぐに亜佑美に向き直る。

もうここにいる理由はない。
間もなくここは火に包まれる。
この町の崩壊。

そこまでが彼女達の計画の内だった。
徹底的に潰す。
彼らが今までに行ってきたことを知らないわけではない。
だからこそ、自分達の目的を達成するだけでなく、この組織を再起不能にすることを決めていた。

周りはまだ状況の把握ができていない。
ここを抜け出すなら今のうちだった。
809 :ただの名無しでしたから :2015/09/18(金) 23:38
懐から取り出した袋。
朋子はそれを亜佑美へ投げた。
ゆっくりと、山なりに。

亜佑美はそれにはすぐには気付けない。
途切れてしまった集中。
そして、爆発で生じた風が、亜佑美の術を妨害していた。

それでも、すぐに目を開き、ぼやけた視界に映るそれに気付く。
目の前に迫った物体に、気付くのが遅れた。
それでも、咄嗟に剣を振り上げて、正確に見えないはずのそれを切る。

パシャッと冷たいものが顔に掛かる。

「何?」

驚いて顔を拭う。
その時、亜佑美は気付いた。
拭った自分の腕がはっきりと見えていることに。
810 :ただの名無しでしたから :2015/09/18(金) 23:38
「もうここには用は無いわ。逃げるよ」

次いで飛び込んできたのは、朋子の顔。

「え、ちょっと……私は……」

言い終わる前に腕を掴まれる。

「こいつらはもう終わり。信じて」

その言葉に、振りほどこうとするのを止める。

「絶対?」
「えぇ、絶対よ」

ニタリと朋子は笑って答える。

背後から怒号がするが、自分達を追ってくる様子はなかった。
そのまま、足を止めることなく町から出る。
811 :ただの名無しでしたから :2015/09/18(金) 23:38
丘に差し掛かったところで、道から外れてようやく朋子は足を止める。
一緒に振り返った亜佑美の目に映ったのは、赤く染まった町。

スラムもあの時こうであったかのような、赤が夜の闇を照らしていた。

じぃっと見つめる亜佑美の背後からザッザッと足音が聞こえる。

「お疲れ」

朋子は振り返って声を掛け、手を差し出す。

「朋も、お疲れ様」

パンとタッチをかわしたのは、佳林。
そのまま、彼女は朋子に抱きついた。

「ごめんね、ちょっと予定がズレちゃって」

朋子はそう言って佳林の頭を撫でる。
812 :ただの名無しでしたから :2015/09/18(金) 23:39
「大丈夫だよ」
「うん」

「……ちょっと、私もいるんだけど」
「あー、はいはい、お疲れお疲れ」

後からやってきたのは紗友希。
佳林から離れ、手を伸ばした指先同士が、少しだけ触れた。

その時。

「で、いい加減説明して欲しいんですけど」

亜佑美は口を開いた。

「誰?この人?」

紗友希の問いかけに、佳林は首を振る。

「ズレの原因」

朋子がそれだけ口に出すと、紗友希が亜佑美を見る視線が一気にきつくなる。

「冗談冗談、ごめんね。この子、単純だから」

紗友希の肩に手を置いてから、朋子は説明を始めた。
813 :ただの名無しでしたから :2015/09/18(金) 23:39
――

――――

――――――

「ふぅん……」

朋子の話が終わり、口を開いたのは亜佑美。

どこか他人事のようだった。
実際に、自分の知らないところで起こっていたのだから当然ではあったのだが。

横取りされたという思いは無かった。

そもそも、自分がどうしたかったのか。
改めて考えると、はっきりとしなかった。

ボスを殺したかったのか。
スラムを燃やした者を殺したかったのか。
単に脅しで終わらせたかったのか。

わからなかった。
だからこそ、こうした形で終わらせてくれた朋子たちに少し感謝している面もあった。

朋子も佳林も具体的にどうしたのかは話さなかった。
814 :ただの名無しでしたから :2015/09/18(金) 23:39
彼女達は、自分達の目的を達成した。
そのついでに、彼らの場所を破壊した。

取引の場にいたボスを殺したのかどうか。

聞けば答えてくれたかもしれない。

でも、亜佑美は聞かなかった。

「で、あなたはどうしてあそこにいたの?」

改めて佳林の口から出た言葉で、亜佑美はようやく気付く。

自分の名前すら彼女達に名乗っていないことを。

「私の名前は、石田亜佑美。私はあいつらに―――」
815 :ただの名無しでしたから :2015/09/18(金) 23:39


それからの毎日は、以前と変わらないものだった。
スラムであの女の子に会う前と同じ。

それでも、ふとしたときに、少女の顔を思い浮かべることはあった。

けれども、亜佑美は自分に言い聞かせる。

もう、私がこの国に対してできることはない。

あとは、自分が学ぶだけ。

自分の国がこうなったときに対処できるように。
こうなる前に、対処できるように。

この国に滞在するのは、あとわずか10日程度。
部屋を引き払う準備も始めなければならない。

ただし、数日前からこの町の機能は停止していた。
この一週間は、ずっとこうであることは間違いない。

なぜなら、RGSが開催されたのだから。

膨大な観客が押し寄せる中、一番被害を被るのは、その場所で普通に生活している人だった。

日常の買い物すらままならず。
連日のように深夜まで喧騒が続く。

今日も、もう日付が変わろうかという時間なのに、窓の外にはいくつもの明かりが見え、叫び声に笑い声が混じって響いていた。
816 :ただの名無しでしたから :2015/09/18(金) 23:39
亜佑美はふと思い出す。朋子たちがどうなっているのかを。

彼女達も参加者であるから、この町に滞在しているはずだったが、結局、あれ以来会うことは無かった。

「えっと、たしかこの辺に……」

机に積み上げられた紙を探す。

参加者名簿と、トーナメント表、そしてルールブックが一つになったパンフレットを手に取る。

基本的にRGSは団体によるトーナメント戦。
5人がそれぞれ1対1で戦う。
勝ち抜きではなく、星取り戦。
ただし、大将戦が2勝分となっている上に、同点の場合は大将戦の勝敗によって勝者が決まるなど、大将にかかる比重が大きくなっている。
その他の特殊なルールとしては、武器は完全に主催者側で用意されている点。
同じ材質のもので作られた武器を使い、武器による力の差は認めずに、完全な技量によって勝敗を決める。
ただし、武器は非常に多くの種類を取り揃えられている。

そして、最後に一番の注意点。
相手を殺すことは禁止されている。
殺してしまえば、その時点で失格となる。

これは、この国の大事な兵力を国内の争いで失うことがあってはならないから。
はるか昔から続くこの大会で、近年に行われた一番の改善点がそれだった。
817 :ただの名無しでしたから :2015/09/18(金) 23:40
その他細かな禁止事項や注意点がずらずらと羅列している。
亜佑美に関係があることといえば、精霊術の使用禁止くらいだった。

参加するわけでもないのに、こんなことを読んでいる自分に、すこし驚く。
考えてみれば、これだけのイベントなのに、自分が今日まで何も知らなかったことに気付く。

このパンフレットを開くのすら、これが初めてなのだから。

ぱらぱらと参加者名簿を飛ばしていく。
さすがにここまでいちいち読んでいくことはしなかった。

探しているのは、朋子たちのチームの名前だけ。

金澤朋子、宮本佳林、高木紗友希という名前の他に二人の名前を見つける。

チームが5人であるから、あの3人だけではないのは当然だったが。

宮崎由加。植村あかり。

そして、その上に書いてある文字。

Juice=Juice。

それが彼女達のチーム名だった。
その横にあるG−4という番号が、彼女達の番号。
818 :ただの名無しでしたから :2015/09/18(金) 23:40
それをトーナメント表で探す。

Gブロックの中ほどにその名前を見つけた。

試合はすでにブロックの決勝まで進んでいるようだった。
勝ち残っていれば、明日の朝一からの試合。

ただ、勝ち残っていることは、間違いなさそうではあった。

朋子の力は、亜佑美が人生で手合わせしてきた中でも5本の指に入るほどだった。
RGSのレベルがどれほどかわからないが、あのレベルがごろごろいるとは考えにくかった。

それに、もう一人……

これは亜佑美にとっては想像でしかなかったが、それは確たる事実でもあった。

宮本佳林。

彼女の力は、おそらく朋子より上ではないかと、亜佑美は感じていた。
剣を交えたわけではない。
それでも、あの時。
「ズレの原因」と朋子が口に出したとき。

明らかに殺気を放ったのは紗友希だったが、それ以上に亜佑美の意識に残ったのは佳林だった。

じっと押し込めているような。
それでも、次の朋子の一言次第で瞬時に命を奪われそうな。

そんな気配を感じていた。
819 :ただの名無しでしたから :2015/09/18(金) 23:40
だとすれば、後の3人はよくわからないが、彼女達が負けることは考えにくかった。

これは、亜佑美でも一読すると理解できるRGSのルールの特殊性のためだった。

星取り戦ということは、一見5人の総合力で決まるように思われるが、実際は違う。

大将までに0−4とならなければ、負けは決まらない。
1−3で大将戦になったとしても、大将が勝ちさえすれば、星勘定は同点となる。
そうなれば、大将戦の結果をもって勝ち上がることができる。

つまり、絶対的な力をもつ人間が二人がいれば、後はそれほど重要ではないのが、この大会の本質であるのかもしれなかった。

優勝もあるのかもしれない。

亜佑美はそんなことを思って、パンフレットを閉じ、机の上に置く。

それでも、自分には関係のないことだった。

大会が終わって1週間もすれば、自分の国へ帰る。

しばらくはツェーンに滞在した後、次はリールへ行くことは容易に想像できた。
まだ行っていないところはそこだけなのだから。
820 :ただの名無しでしたから :2015/09/18(金) 23:40
明かりを消してベッドにごろりと横になる。
それでも部屋は真っ暗にならない。
窓からはカーテン越しに外の明かりが漏れてくる。

亜佑美がまぶたを閉じたその時だった。

ドンドンドン

乱暴に扉をノックする音が聞こえる。

すぐに飛び起きた亜佑美は、薄暗い中で剣を手にする。

ノックの音は尚も続く。
亜佑美は物音を立てないように、ドアが開けばすぐに剣が届く距離まで近づく。

「石田さん!石田さん!」

声が聞こえた。
それで、亜佑美の緊張はすぐに解ける。

噂をすればなんとやら。
ノックの主は、朋子だった。

それでも、妙だった。

RGSへと参加している彼女。
特に、勝ち残っているのなら、明日に備えて早めに休んでおくべきなのに。

こんな時間に、自分を訪ねてくるなんて。
821 :ただの名無しでしたから :2015/09/18(金) 23:41
鍵を開ける。
それを待っていたかのように、勢いよく扉が開けられる。

「どうしたの?」

亜佑美のそう問いかけ終わる前に、朋子の声が被る。

「お願いがあります」

自分の腕を握る朋子の腕が震えている。
じっと自分を覗き込む目が充血していることでも、彼女が泣いていることがわかった。

「どうしたの?改まって」

気付かないように、なんでもない風に亜佑美は言った。

じっと朋子は亜佑美を見つめる。
たっぷり時間を取ってから、朋子は告げた。

「RGSに出ていただけませんか?」と。
822 :ただの名無しでしたから :2015/09/18(金) 23:45
>>808-821 更新しました。間が空いてしまい申し訳ございません

>>807 ありがとうございます。ひっそりと始まっていました。この組み合わせなので、その部分の期待にお答えできるようにがんばります。
823 :ただの名無しでしたから :2015/09/18(金) 23:45
 
824 :ただの名無しでしたから :2015/09/18(金) 23:45
 
825 :名無飼育さん :2015/09/28(月) 10:08
更新来てた!いじ抱きMVが蘇るね
826 :ただの名無しでしたから :2015/10/04(日) 22:38


「RGSに出ていただけませんか?」

そんなバカみたいな申し出を一笑するには、余りに朋子は真剣すぎた。

だからこそ、亜佑美は朋子に連れられてここへやってきた。

朋子たちが滞在する部屋へ。

部屋の中にいたのは4人。
いや、よく見れば、ベッドに一人寝ているので5人。

亜佑美が見たことがあるのは紗友希と、ベッドに横になっている佳林のみ。
後の2人の女性が、朋子のチームメイトであることは、想像できた。
あとの一人。

佳林の横に座る男性だけが、わからなかった。
827 :ただの名無しでしたから :2015/10/04(日) 22:38
「佳林ちゃんは?」

部屋に入るなり、朋子が放った第一声はそれだった。
亜佑美に集まっていた4人の視線が、一斉に男性へと変わる。

「まだ、わかりません。少なくとも呼吸は落ち着きましたが、意識は戻っていません。
私ができることはやらせていただきました。あとは、彼女がどこまでがんばれるかでしょう」
「そうですか……」

医者。

そのやりとりで亜佑美の頭によぎったのは、その言葉。

「すみません。私が佳林さんを頼ってしまったばかりにこんなことに……」

男性は言う。
そのことに、誰も何も言わなかった。

朋子たちはわかっていた。
この人は何も悪くないということに。

自分達の落ち度。
見落としていた自分達が悪いのだということを、理解していた。
828 :ただの名無しでしたから :2015/10/04(日) 22:39
「状況を……説明して欲しいんです……けど?」

重苦しい雰囲気の中、おそるおそる亜佑美は口を開く。

亜佑美を除く5人の視線が交錯する。
誰が話すべきかを探っているように。

「私から、説明させていただきます」

宮崎由加と申します。

そう続けて、女性はペコリと頭を下げた。
つられて、亜佑美も頭を下げる。

「石田亜由美さん。よろしければ私達に力を貸して下さい」
「それは、RGSに参加しろってことですよね?」
「はい。おわかりのように、私達の仲間、宮本佳林がこんな状況です。RGSのルールはご存知ですよね?」
「えぇ……まぁ、さっきパンフレット見た程度ですが……」

RGSのルール。
先ほどの内容を、頭の中に思い浮かべる。

自分が参加することで気をつけなければならないのは、精霊術の使用禁止くらい。
あとは、特に気にすることはないはずだた。
829 :ただの名無しでしたから :2015/10/04(日) 22:39
「でも、メンバー交代なんて、それこそルール違反でしょ?」
「はい。それは十分承知しています。でも、それでも私達は勝ちたい。この大会で一番になりたい」
「不戦敗じゃだめなんですか?1敗くらいしても、他4人で勝てば……それこそ、大将戦に勝てば一敗くらいなんとでもなるんじゃ……」
「それは、できません。彼女は私達の大将なのですから」

大将であるということ。
それは、おおよそ亜佑美の想像通りでもあった。

この中で一番強いのは、おそらく彼女。
彼女が抜けることの戦力の損失は大きいはず。

それでも、だからといって……

困惑した表情で亜佑美は由加を見つめる。

「もしかして、ルールをちゃんと理解してないの?」

パンと手を叩いて朋子が口を開いた。

「朋、どういうこと?」
「オーダーの変更は認められない。開始時に登録した順番のまま、最後まで戦わなければならない、ってルール知らないとか?」

朋子の問いかけに、亜佑美は頷く。
思い返してみても、そんなことが書いてあったような気がしない。
オーダーの設定に関する注意事項。
その部分は流し読みをして、ほとんど頭に残っていなかった。
830 :ただの名無しでしたから :2015/10/04(日) 22:39
ただ、そのことが事実なら、亜佑美は理解できる。
佳林の不戦敗が意味することの重大さ。

大将戦の負けが確定するのなら、4連勝しか勝つ方法はない。
朋子以外の力量はわからないが、それが難しいことは明白だった。

「だからって、私?それこそルール違反じゃないの?」
「それは仕方ありません」
「いや、仕方ないじゃなくって……」

佳林へと視線を向ける。
自分と全く似ていない。

似ているとすれば、背の高さくらい。
顔だけでなく、髪の長さも、髪の色すら違っていた。

「そもそも、佳林ちゃんがこうなったのは、あなたにも関係のある話なんだし」

朋子が言う。

「どういうこと?」
「佳林ちゃんは、夕食のとき、一服盛られたわ。あいつらに……」
831 :ただの名無しでしたから :2015/10/04(日) 22:39
「あいつらって、まさか……」
「そうよ。クイの実ともう一種類……」

無味無臭。
二つ合わされば、暗殺の道具と化す植物。

クイの実とアワセの実。

それが同時に手に入るのは、あの時しかなかった。

「でも、あなたたちがすべて処分したんじゃ……」
「えぇ。佳林ちゃんと紗友希がしたはずだったわ。でもね、あいつらは持っていた……」

「私たちが悪かったわ。全部処分したはずだった。
でも、あいつらは持っていた。丁度手に握っていた。
取引の時に本物かどうか確かめるために、犬に食べさせようとしていたそのわずかな分をね」

朋子の言葉を引き継いで、紗友希が苦々しく言った。

「私たちのせいよ。大量のものにばかり気に取られて、そのわずかな分を見逃していた」
「でも、それが原因とは……」

「ううん、違うわ。私達はすぐに捕まえて吐かせたわ……私達全員を殺そうとしていた奴をね。
下っ端すぎて、話にならなかったけど」

ぎゅっと拳を握りながら、朋子は告げた。
832 :ただの名無しでしたから :2015/10/04(日) 22:40
「私が悪いんです。あなたたちを頼ってしまったから。自分達で秘密を守っておくべきだったのに」

男性が言う。
そこで、亜佑美は気付いた。
彼が村の住民で、佳林に依頼をした人物であるということを。

「でも、一番悪いのは私や。りんかにデザートを持ってきてって頼んだから。
自分でとりに行ったら、私が真っ先に食べてたはずやのに」

あかりはあの時のことをもう一度思い浮かべる。

ニコニコしながら、両手にデザートのゼリーを持ってやってきた佳林が、テーブルにそれを置く。
「お先」といって、彼女は椅子に座るなりそれを口に運んだ。

「おいしい。うえむーも食べなよ」

そう言った佳林の表情が変わるのはそのすぐあと。

「みんな食べないで!」

佳林はそう叫んで、あかりの手からスプーンを叩き落とした。
833 :ただの名無しでしたから :2015/10/04(日) 22:41
「りんか?」

あかりがそう尋ねた時、佳林はもう口を抑えていた。
その手に溢れて流れていくのは血。

「大丈夫!」

倒れる佳林を支えることが彼女にできた精一杯だった。

思い出すと、再び涙が溢れてくる。
あかりは涙を拭うと、亜佑美に言った。

「お願いします。彼女の夢を、叶えてあげたいんです」

沈黙が流れる。

力になってあげたい。

できるなら参加したい。
それでも、自分がでることで失格になってしまったら。

もしも知り合いが見ていたなら……
834 :ただの名無しでしたから :2015/10/04(日) 22:41
「大丈夫。私達は今日まで全部勝ってきた。つまり、佳林ちゃんは一回も戦っていないわ。
だれも彼女の姿を覚えていない。こんないい加減な自画像だけなら、ある程度ごまかせる」

そう言って朋子が差し出したのは、一枚の紙。
RGS速報と書かれたその紙は、町で配られているものだろう。
4−0という結果とともに、朋子たちと思わしき人物の似顔絵がでかでかと並んでいる。

ただ、彼女たちが描かれているとわかっているから、判別できる程度のもので、確かにパッと見ただけでは判別が難しかった。

「あなたなら、きっと佳林ちゃんといい勝負ができると思うわ。戦った私が保障する」
「そこは、彼女より強いって言っておくべきところじゃないの?」
「どうだろう。ほぼ互角なのは間違いないと思うけど、私としては、佳林ちゃんに勝って欲しいし」

舌を少し出し、朋子は笑う。

亜佑美は再び佳林へと視線を向ける。
835 :ただの名無しでしたから :2015/10/04(日) 22:41
彼女に恩はない。
この前のことも、別に貸しに思ったことはない。

それでも、力になってあげたいと思う自分がいる。

それに……

そろそろ長い髪も鬱陶しくなってきた頃だった。
気分を変えて少し短くするのも悪くない。

「約束して……」
「何?」

「この国を変えて。今よりもずっといい国に」

亜佑美が差し出した手を、朋子はしっかりと握った。
836 :ただの名無しでしたから :2015/10/04(日) 22:43


Gブロック決勝。
この戦いをふくめると、優勝まではあと4回。

日数にしてわずか2日間。

自分の印象をどれだけ残さないか。
それは無理な話だった。

国中が注目する一戦の、しかも勝負の決まる大将戦。

だれもが注目することは間違いない。
ただ、それでも2日間という短期間であるのならば。

一戦目。
紗友希が戦っている様子を、亜佑美は最後方で見ていた。
赤い帽子から垂れる黒髪は肩までばっさりと切られ。
前には朋子と由加が立ってできるだけ目に触れないように。

びくびくしない。堂々と。
どうせ誰も覚えていないんだから。

その言葉を自分に何度も言い聞かせながら、平静さを保つ。
837 :ただの名無しでしたから :2015/10/04(日) 22:43
試合のほうは、紗友希がほどなく勝利する。

彼女のスタイルは極めてオーソドックス。
普通に剣を使い、綺麗な型で相手を圧倒していく。

相手にすれば、朋子ほどの怖さが無いが、逆になかなか苦戦しそう。

それが一戦を見た亜佑美の感想だった。

それは、次に戦うあかりとは正反対。

長身の彼女が使う薙刀は、狙いを少々外しても、武器ごと相手を持っていく。
技術を圧倒的に凌駕する力とスピード。
そんな彼女もすぐに勝利を収める。

相手が弱いのか、彼女が強いのか。

その判断は難しいが、少なくともあの力とスピードは遥かな技術差が無ければ太刀打ちできないほどに強烈なものだった。

「出番、ないかもしれませんね」

感心している亜佑美に、由加はそう告げて試合へ向かう。
838 :ただの名無しでしたから :2015/10/04(日) 22:44
彼女の予言は当たることとなり、結局亜佑美は戦うことはなく、グループ突破を決めた。

そのまま、控え室に戻る途中。

ふと、由加の足が止まった。

「どうしたの?」

朋子の問いかけに答える代わりに、彼女はそっと指差した。

その先にある試合会場。

グループA大将戦。

そう書かれた幕が垂れ下がっているのが見えた。
4戦で終わった亜佑美たちと違い、大将戦までもつれ込んでいるために、今から試合が始まるようだった。

「1−3か。これで勝って一発逆転ってとこね」

腕を組み、朋子が軽口を叩く横で、由加と紗友希の顔に真剣味が増して行く。
839 :ただの名無しでしたから :2015/10/04(日) 22:44
「朋、忘れたの?グループAといえば、あのチームがいるところでしょ?」
「あ、そうだった、え、え?でも……え?あれ?」

取り出したトーナメント表と、試合結果を朋子は何度も見返す。

「どういうこと?」

亜佑美は由加に問う。

「グループAは、前回の優勝チーム、つまり今の近衛騎士団のチームがいたのよ」

RGS。
5年に1度開かれるそれにもちろん現職の近衛騎士団の参加も認められている。
連覇すれば、継続して近衛騎士団となることができるのだから。

「え?でも……」

ようやく亜佑美は朋子のリアクションの意味が理解できた。
840 :ただの名無しでしたから :2015/10/04(日) 22:45
当然3−1で勝っているのは近衛騎士団。
大将戦でそのまま勝利するはず。

当然そうなるはずだった……

しかし、現実は1−3。

4戦を終えて、彼らはわずか1勝。
対戦相手の名前を見る。

チーム℃-ute。

その名前の方が3勝を挙げているのだから。

観客は大いに盛り上がっていた。
それは、近衛騎士団を追い詰めた相手チームへの賞賛と、もう一つ。
近衛騎士団の長の戦いを見ることができるという期待感。

前回優勝者である近衛騎士団。

その大将ということは、間違いなく5年前にこの国で一番強かった人間なのだから。
841 :ただの名無しでしたから :2015/10/04(日) 22:45
亜佑美よりも一回りほど大きな男性。
手にした剣の方が細く見えるほどの太い腕には、いくつもの傷跡が刻まれていた。

彼の登場に耳をつんざくほどの歓声が鳴り響く。

対するは、身長と武器だけは同じだったが、その他は全て正反対。
長い髪を後ろでくくり、肩から流したその髪と腕が変わらないほど。
剣が打ち合えば折られてしまいそうな細い腕をした女性だった。

誰もが、この窮地を彼が救うと信じていた。
1−3であり、大将戦で勝てば3−3の同点。そして大将戦の結果が考慮されて、勝利となる。
追い詰められはしたが、最後にはやはり自分達の国を護ってきた者が勝つ。

それがこの観衆の描いていたシナリオに違いなかった。

亜佑美にとっては、どちらにしろ、この試合の勝者はいつか自分と戦うことは決定している。
そういう意味では、ここで見ることができ、相手の癖や戦法などがわかるのはありがたかった。
842 :ただの名無しでしたから :2015/10/04(日) 22:46
ただ、亜佑美のその目論見はすぐに終わる。

開始の合図とともに、女性が踏み込む。
そのまま、振られた剣に、男は反応して剣で受けようとしたが、その前に頭を横から薙ぎ払われた。

先ほどまでの盛り上がりが嘘のように。
水を打ったように静まり返った中、男が倒れる音だけが響いた。

観客が状況を理解するまでに有した時間はたっぷりと数秒。

その後、悲鳴に似た声が随所からあふれ出し、次第にそれが歓声へと変わって広まっていく。

亜佑美は、自分の両手にじんわりと汗がにじんでいることに気付いた。

距離があったから、周りから見ていたからしっかりと見えた。
だが、あれに正面から相対したなら。

見切ることができるだろうか?
確実に受けることができるか?

自信を持ってそれに答えることはできない。

そういう意味では、わずかの一瞬でも見ていてよかったと亜佑美は思った。
初めてあれを受けたなら、すぐに対応できるとも思えなかった。
843 :ただの名無しでしたから :2015/10/04(日) 22:46
5人は控え室に戻る途中、誰も一言も発することは無かった。
黙々と、昼食代わりのパンを少しだけ食べていた。

みんな考えていることは同じ。

今の近衛騎士団相手に3勝するような相手。
しかも大将はあの強さ。

そっと、亜佑美はトーナメント表を確認する。

決勝。

このまま順当に行けばそこであたるはずだった。
明日の午後に行われる決勝戦。
時間にして24時間と少し。

何もできることはない。
844 :ただの名無しでしたから :2015/10/04(日) 22:46
今更鍛錬を積んだところで、1日で何か変わるわけはない。。
オーダーを変更することもできない。
ただただ、待っているだけ。

誰もが思っていた。

勝てるのか?と。

ただ一人を除いては……

「へぇ、決勝であたるんやね」

亜佑美の開きっぱなしのトーナメント表を、横から覗きこんであかりが言った。

その言葉にも、誰も反応しない。
亜佑美は見ていて知っていたし、他の3人はトーナメント表は頭に入っていたから、見なくてもわかっていた。

そもそも、出場者全員が理解していた。
このトーナメントの一番の山場は、現在の近衛騎士団と当たるところなのだから。
どこで当たるかなんて、トーナメント表をみて一番に確認する部分だった。
845 :ただの名無しでしたから :2015/10/04(日) 22:46
「うえむー、さっきのを見て何も思わないの?」

紗友希がいらだった様に言った。

「どういうこと?」
「あの強さを見て何も思わないの、って聞いてるの?」
「でも、大将やから私が戦うんじゃないし」

やろ?と付け加え、あかりは亜佑美を見る。

「そういう問題じゃないでしょ?あの大将に回さないようにすると、4勝しないといけないのよ。
騎士団に3勝するような相手にだよ?わかってる?みんなその心配してるの」
「でも――」
「第一さ、その場合は一番弱いあんたが、勝てるかどうかを一番心配しないといけないんじゃないの?」

机をバンと叩いて、紗友希は扉に向かう。

「きー」
「先に行ってる。次の試合、もうすぐでしょ」

吐き捨てるように言い、荒々しく扉を開けて紗友希は部屋から出て行った。

「紗友希、待って」

由加が追いかける。
その後ろ姿を、亜佑美たちは見送るだけだった。
846 :ただの名無しでしたから :2015/10/04(日) 22:47
 
847 :ただの名無しでしたから :2015/10/04(日) 22:47
 
848 :ただの名無しでしたから :2015/10/04(日) 22:48
>>826-845 更新終了です。次こそは早めに更新ができればと。

>>825 ありがとうございます。まさしくそんなイメージでお楽しみいただけたらと。
849 :名無飼育さん :2015/10/06(火) 10:30
まさかの℃-ute参戦!ってあれ?ビーシー教団にいたはずじゃ…?
850 :ただの名無しでしたから :2015/10/18(日) 23:21
「なんなん、あいつ?」
「うえむー、紗友希の言うこともわかってあげなよ。確かにさっきのは結構ショック大きいよ」

朋子がなだめるように言う。

「でもさ」
「何?」
「優勝するためには、今の騎士団を倒さないとあかんかったんやろ?勝つ気やったんやろ?」
「まぁ……そうだけど……」

近衛騎士団に勝つ。
確かに、RGSの最大の難関はそこだった。
実際に、連覇という結果が過去に最も多かった。

朋子自体、近衛騎士団の戦いを目にしたことはない。
それでも、勝つつもりでいたのは確かだった。

ただ、それでも4−2か3−3での勝利が現実的なところ。
由加やあかりには悪いが、自分と佳林が勝って、二人は負けるだろうという計算を立てていた。

実際には、自分達が勝てるかという保障はない。
それでも、自分の人生の中で、一番なのは佳林だったのだから。
彼女が勝てなければ、敗退というのも仕方ないと思っていた。
851 :ただの名無しでしたから :2015/10/18(日) 23:21
「それやったら、さっきの人たちも同じやん。私らも5−1は無理かも知れんけど、勝つはずやったんやから」
「でも、あの強さは想像以上だったわ」
「確かに相手の大将は強いかもしれん。でも、りんかやったら誰でも勝てるんやろ」

勝てるのか。
改めてそう考えれば、朋子にはわからなかった。

ただ、あかりの断言を聞くと、佳林が勝つような気もしてきた。

「朋は言ったやん。その人やったら、りんかと変わらんぐらいって。それやったらその人でも勝てるやん。
私は絶対負けるかもしれんけど、きーや朋のどっちかが勝ってくれてたら。それでもう勝ちやで」

にっこりと笑って、あかりは亜佑美の肩を抱く。

勝つ。

いつの間にかそう断言されてしまった亜佑美は、思わず自分でもそうつぶやいてしまう。
852 :ただの名無しでしたから :2015/10/18(日) 23:21
「勝つ……私は……勝てる?」
「そうやで、あんためっちゃ強いんやろ?朋が負けるって佳林以外聞いたことなかったわ」

「別に負けたわけじゃないけど」

朋子が口を挟む。

「でも、朋はあの時言ったやん。『絶対に大丈夫。あの人なら、佳林ちゃんと変わらないくらい強い』って」
「いや、あのときはあぁでも言わないと、あんたたち納得しなかったでしょ?」

二人のやり取りに、亜佑美は思わず噴出す。

うれしかった。
自分の力を、自分よりも信じてくれている人間がいるということが。
853 :ただの名無しでしたから :2015/10/18(日) 23:22
勝てばいい。
確かにその通りだった。

大将戦まで回ってきたら、勝つことだけ考えていればいい。
戦うのは自分。
他の誰でもないのだから。

「何がおかしいん?」
「いや、別に……ありがとう。信じてくれで」
「当たり前やん。仲間やろ、私達」

「さて、そろそろ、試合始まるから準備して。由加と紗友希、大丈夫かな」
「ええんちゃうの。由加、面倒見いいから」
「いつもうえむーみたいな問題児の面倒見てるからね」
「違うし。見させてあげてるんやし」
854 :ただの名無しでしたから :2015/10/18(日) 23:22


あー、もう最悪……

寝坊した。

決勝戦当日は無理だったが、せっかく手に入ったRGSのチケット。

なのに、午前中の試合が見れなかったなんて……

パンフレットを見ながら、次の試合会場へと一人の少女は小走りで向かう。

次が準々決勝の試合。

RGSではグループ決勝からは同時に2試合が始まる。
それは公平さを期すためであるが、観客とすれば見る試合を選ぶ必要があった。

次に行われるのは、圧倒的に片一方に人気が集中していた。
近衛騎士団を倒したチーム℃-uteの試合。
その注目度は一気に跳ね上がり、会場にいる人間のほとんどがそちらの試合会場へ向かっていた。
そして、その裏で行われるのが、亜佑美たちの試合だった。

少女も、それに遅れをとってはいけないと、急いで会場へと向かう。

その時。

角を曲がった瞬間、彼女は不意に人にぶつかった。
855 :ただの名無しでしたから :2015/10/18(日) 23:22
とっさに腕を伸ばし、相手の腕を引っ張り、お互いに後ろに倒れることなく、その場に踏みとどまる。

「ごめんなさい」
「すいません」

ぶつかった二人の声が重なった。

「うえむー、大丈夫?あなたも、怪我無い?」

朋子が後ろから問いかけると、二人はコクコクと頷いた。

「すいません。私が急いでたので」
「いやいや、私もや。試合始まるから急いでて」
「試合?」
「そう。この後試合やねん」

「ほら、急がないと……」

朋子の言葉に「ほんまにごめん」と再度言い、あかりは走り出す。
その後ろに朋子と、亜佑美も続く。

チラッとすれ違いざまに、亜佑美は少女の持つ違和感に気付いた。
彼女の腰にさげられた鞘。

そこには絶対になくてはならないものがなかった。

忘れた?

咄嗟に思ったその考えをすぐに否定する。
そんなことはありえない。
抜き身の剣を放置するなんて、ありえない。
856 :ただの名無しでしたから :2015/10/18(日) 23:23
「うえむー、本当に大丈夫?」

先頭をあかりと代わった朋子が声を掛けるが、背後から返事は無い。

「うえむー?」

再度、横に並んで問いかける。
あかりは、十分に間を取ってからしぼりだすように答えた。

「めっちゃかわいかった」
「え?」
「さっきの子」
「は?」
「めっちゃ好きなんやけど」

朋子と亜佑美は顔を見合わせる。
けれど、鞘の違和感が印象に残っており、顔まではよく覚えていなかった。

「まぁ、大丈夫そうでなによりだけど」

呆れたように亜佑美が言った。
あかりは、そのままご機嫌で、試合会場へと入っていく。
857 :ただの名無しでしたから :2015/10/18(日) 23:23
そして、さっきの少女は、3人の姿を見送った後、パンフレットを開いていた。

うえむー。

それが、植村あかりのことを指しているのは、残っているチームの名簿を見れば理解できた。

へぇ……

それは、予感でしかなかった。
でも、すれ違いざまにチラッと目が合った人物。
亜佑美。
あの子なら、面白い試合を見せてくれそうと思えた。

だから……

少女は来た道を引き返す。

もう一試合。

見に行くのはそっちに決まった。
858 :ただの名無しでしたから :2015/10/18(日) 23:25
>>850-857 更新終了です。

>>849 ありがとうございます。そのあたりは後々に……ということで引っ張ります。
859 :名無飼育さん :2015/10/19(月) 16:36
どんな内容になるか楽しみにしてますw

今回出てきたのはあの子ですね?うえむーが惚れたかw
860 :ただの名無しでしたから :2015/11/12(木) 00:11


「お待たせ」

試合会場へと到着する。
扉を開けて入っていく3人を待っていたのは、由加だけだった。

「紗友希は?」

朋子の問いかけに、由加は首を振る。

「悪気があったわけじゃないんだよ」
「わかってる」

あかりは即答する。
あかりとしては、いつものことだった。
紗友希が怒るのは。

その時、鐘が鳴り響く。
試合開始の合図だった。

怒号にも満ちた歓声が、壁の向こう側から響いてくる。

「紗友希は――」

そう言いかけた時、背後の扉が開き、紗友希が現れた。

「ごめん」

それが、あかりに対してではなく、遅れそうになったことに対してだということは、誰しもが理解していた。
それだけ短く言い捨てて、紗友希は率先して部屋を出て行く。
861 :ただの名無しでしたから :2015/11/12(木) 00:11
まぶしい太陽の光が目に飛び込んでくる。
何度やっても、この数秒間は目が眩む。

周りを覆う壁の上からは、たくさんの観衆が声を上げていた。

紗友希はそのまま前に進んでいく。
それ以外の4人は、そのまま用意された椅子へと並ぶ。
2列に並んだ前には由加たち3人。
亜佑美はやはり一人だけ後ろの列に座った。

紗友希は前を見てばかりいた。
一度も振り向かないままに。

ただただ、自分の前に対峙する相手を見ていた。

あかりに言ったことは悪いとは思っている。
でも、自分が間違っているとまでは思っていない。

現状を知るべきだ。みんな。

佳林の不在と強敵の出現。

楽観視していい理由なんてどこにもない。
気を引き締めていかないといけない。

それなのに。

「でも、大将やから私が戦うんじゃないし」

あかりの言葉がもう一度再生される。

勝たないといけない。
私達が。
絶対に。
862 :ただの名無しでしたから :2015/11/12(木) 00:11
試合開始の合図とともに、紗友希は距離を詰める。
相手も同じ剣使い。

男性でもあり、体格は相手の方が一回り大きく。
紗友希が振り切る前に当てられた剣戟に、剣を弾かれそうになる。

負けられない。
最後まで、絶対に勝たないといけない。
うえむーはわかってない。
勝たないといけないのに。
佳林がいないから。
佳林の代わりなんて誰も務められない。
ぽっと出の人数合わせに、自分達の運命を任せられるわけがない。
だから、私達が勝たないといけないのに。

紗友希の頭にあったのはそれだけ。

ただただ、それだけを思い、剣を振っていた。

カン、カンと連続的に剣が打ち合う。
その様子を後ろから見ていた亜佑美は気付いていた。

一見すると互角のようだったが、それは時間の問題のようだった。
力は相手が上だったが、スピードは紗友希の方が断然上だった。
それでも、単調ともいえる紗友希の攻撃に、相手が遅れていたのは最初だけ。
工夫も何も無い一本調子な連撃は、本来の紗友希のそれとは大きく違っていた。
863 :ただの名無しでしたから :2015/11/12(木) 00:11
紗友希の連撃の途中で割り込まれた攻撃が、彼女の肩に襲い掛かる。
体を捻って衝撃を逸らせるが、バランスを大きく崩した紗友希の腕に、そのまま相手の剣が叩きつけられる。

バシンという音と、手からこぼれる剣。
紗友希が顔を上げたときには、もう目の前に剣先が向けられていた。

相手を殺してはいけないという厳格なルールのもと、RGSではこのような光景が多く見られる。

相手に負けを悟らせるという形だった。

「負けました」

上げた顔を伏せて、紗友希は搾り出すように告げる。

歓声が沸きあがる中、紗友希は剣を拾って戻ってくる。

目を合わせようともせずに、じっと下をみつめたまま。

「紗友希」

由加の言葉に、彼女は「ごめんなさい」と力なく答え、タオルを受け取る。
そのまま、由加の横に座り込む。
864 :ただの名無しでしたから :2015/11/12(木) 00:11
ベスト8。
この舞台に残っているのは、単純計算でこの国の上位40人のうちの一人。
簡単な相手だとは思っていない。
しかも、先鋒というのは、弱い相手が来ることが少ない。

わかっているつもりだった。

でも、戦い終わっても、相手の顔すらはっきりと思い出せない。
自分のせいだ。
集中できていなかったから。

勝たないといけなかったのに。

溢れてくる涙を隠すように、紗友希はタオルで顔を覆った。

右腕には赤い痣がくっきりと残るが、その処置すらしようともしない。
ただただ、タオルで顔を覆って座るのみ。

朋子が医務室へいくことを薦めるが、首を横に振るだけだった。

「きー」

あかりの呼びかけにも、顔すらあげることはない。

「私、勝つから」

あかりはそれだけ言って立ち上がる。

次はあかりの試合だったのだから。

私が勝てなかったのに、あんたが勝てるわけ……

口には出さなかったが紗友希が思ったのは、そんなこと。

そして、そんなことを考えてしまう自分に腹が立った。

自分が負けたのは、彼女のせいではない。
そんなこと、当たり前なのに。
865 :ただの名無しでしたから :2015/11/12(木) 00:11
2試合目が始まる。

あかりの振り回す槍は、その速度とパワーをもって相手の侵入を抑えている。
たとえ相手が男性であっても、剣を相手にした場合の、絶対的なリーチの違い。
それによって攻めと受けがはっきりと分かれた形だったが、その均衡は不意に崩れていく。

あかりの槍が払いから突きへと転じた瞬間。
避けるとともに一気に間合いを詰められて勝負は決まった。

やっぱり……無理でしょ……

うなだれながら戻ってくるあかり。

「きー、ごめん……」

その言葉に紗友希は咄嗟に言葉がでなかった。
謝られるとは思っていなかった。
攻められて然るべきは自分かもしれないのに。

自分の気持ちが、ひどく卑しく映った。

あかりは少なくとも自分の力を出し切っていた。
相手が強かっただけなのは、誰が見てもわかることだった。

それなのに……

0−2。

1勝でもすれば、大将戦に望みを託すことができるが、現実としてそれすら危うくなりそうな状況。
866 :ただの名無しでしたから :2015/11/12(木) 00:12
相手は強い。

おそらく由加も勝つことは難しい。
もしも、朋も負けてしまったら……

自分のせいで。
人のことばかり気にしていて、4−0にすることばかり考えていた自分のせいで……

由加の試合が始まり、いつの間にか隣に座っていたあかりが、自分の手を握っていたことに気付く。

「うえむー……」
「大丈夫。絶対に」

あかりは、自分の方を向く紗友希に視線を合わさず、前を見たままそれだけ言った。

しかし、現実は紗友希の予想通りに進んでしまう。

由加も敗れて0−3。
残り2人を残しての状況はそれだった。

亜佑美と朋子はお互いに顔を見合わせた。

「大丈夫?」
「こっちのセリフだと思うけど」

朋子の言葉に、亜佑美は思わずつっこんだ。
ニヤリと朋子は笑う。

自分が負けることは微塵も思っていなかった。
けれど、それは紗友希のような形ではなかった。

自分への自信と、次の亜佑美への信頼。

差し出した亜佑美の手をパチンと叩いて、朋子は立ち上がる。
867 :ただの名無しでしたから :2015/11/12(木) 00:12
「紗友希、まだ終わってないから」

前に座る紗友希の肩をポンと叩き、そのまま歩き出す。

0−3。
残り2つ勝たなければいけない状況だった。
たとえ朋子が勝っても、亜佑美が負けてしまえば意味が無い。

勝ってようやく状況は五分といったところ。

それでも、朋子はどこか確信していた。
自分さえ勝てば、後は大丈夫と。

まだ会ってから数日しか経っていない。
剣を交えたのも一度きり。
それでも、信じていた。
佳林と同じくらい、亜佑美の強さを。

そして、相手の力を信じているのは亜佑美も同じだった。

おそらく朋子は間違いなく勝つだろう。
亜佑美はそう確信していた。
今までの3人を見ていて、朋子の力では苦戦はしても負けることは想像しにくかった。

つまり、自分の出番が来るということ。

そもそも、紗友希が負けた時点で、自分に回ってくることはほぼ確定的だったのだが。

自分に彼女達4人の、そして佳林の運命が掛かっている。
負けるわけにはいかない。

負けるつもりはなかったが、それでも不安要素は一杯あった。
868 :ただの名無しでしたから :2015/11/12(木) 00:12
そんなことを考えているうちに、朋子の勝負が決まる。

案の定、朋子は苦戦をしたが勝利を収める。

1−3での大将戦。

自分が勝たないといけない試合。

「お願いします」

由加が立ち上がり頭を下げる。
次いで、紗友希もあかりも頭を下げた。

「勝つから。絶対に」

亜佑美はそう言って、立ち上がる。

「任せたよ」

乱れた息のまま、戻ってきた朋子と対面する。
差し出された拳を、軽く打ち合った。

剣を手にする。

考えてみれば、この模擬刀すら手にするのは初めてだった。

普段自分が使っている剣よりも少し刃が厚くて重い。
長さも少しだけ短いように思ったが、気になるほどではない。

相手も同じ剣使い。
違うのは両手に持っているということだけ。

二刀流を相手にするのは初めてだった。
訓練中に遊びでやることはあっても、その程度のもの。
869 :ただの名無しでしたから :2015/11/12(木) 00:12
二刀流の最大の特徴は、攻撃ではなく防御だと聞いたことがある。
両手での連続した攻撃は、熟練者であっても難しい。
攻撃の主体となるのは片一方だけで。もう一方はあくまでも補助。
代わりに防御は両方で行える。

だから、一番気をつけなければならないのは、一方で攻撃を受けられたときに、もう一方からくる攻撃というパターン。

そこまで考えたとき、試合が開始される。

まずはこの剣にの具合を確かめないといけない。
距離があるうちに、剣を持ち上げ、まずは軽く振ってみる。

持ったときよりも分厚い分、振ったときに重みがかかる。
剣自体の重心も普段より先のほうにある感じだった。

再度横に振ろうとする前に、相手の剣が迫ってくる。

避けることもできたが、あえて剣で受ける。
衝撃が腕を通って肘に抜けていく。

衝撃もいつもの感じでうまく流すことができなかった。

相手の攻撃は、二刀流であることを生かして左右から次々とやってくる。
自分の知識が若干嘘ではないか疑いながらも、亜佑美はそれらを全て受けていく。

相手が片手で振っているから、こちらの剣がぶれることは無い。

次第に、衝撃を流すコツをつかんでくると、亜佑美は受けることから避ける方に移行し始める。

相手の攻撃のほとんどを避け、一部を剣で弾く。
870 :ただの名無しでしたから :2015/11/12(木) 00:12
流れるような相手の攻撃だったが、隙はやはり大きかった。
自分が剣一本でやっているほうが、よほどスムーズだと思うほどに。

その時、亜佑美は気付く。

いざ始まってみると、勝たなければいけない試合ということを忘れかけていたことに。
この試合を楽しんでいる、といった方がぴったりとくるほどに。

相手の左の剣を弾く。
次に来る右を避ける。

その次に来た左を下から弾き上げると、剣が宙を舞った。

相手の視線が跳ね上がった剣へと向く。
その瞬間、亜佑美の剣が相手の胴を鋭く薙いだ。

相手は悶絶し、崩れ落ちる。

思わず咄嗟に出てしまった一撃に、亜佑美は少し申し訳なく思う。
苦しませずに、相手に負けを悟らせるという方法もあった。
ただ、そのことを忘れて、いつものように相手を倒しきってしまった。
肋骨も含めて、骨も折れてしまっているに違いなかった。

それでも、もう一方の剣を杖のように立ち上がろうとする相手に、亜佑美は剣を払い飛ばす。
そのまま地面へと再び倒れこんだ相手は、今度こそ負けを認めた。
871 :ただの名無しでしたから :2015/11/12(木) 00:13
ふぅ……

それほど時間が経っているわけではなかった。
それでも、全身に汗をびっしょりかいていた。

試合終了の合図に、歓声が一気に沸きあがる。
それを尻目に、亜佑美はそそくさと朋子たちの下へと戻っていく。

佳林のためにも、余り目立ちすぎるわけにはいかないのだから。

「お疲れ」

朋子が差し出すタオルを受け取る。

「助かりました。私達の力が及ばないばっかりに」

その由加の言葉に続くように、あかりもありがとうを重ねる。

「そんなこと、気にしないで」
「やっぱり、ほんまに強いな。朋の言った通りや。なぁ、きー」

ドンと紗友希の背中を叩く。

「あぁ……そうだね」

紗友希はそう言うと、ゆっくりと4人を見回した後、
「ごめんなさい。みんな。私のせいで」と頭を下げた。
872 :ただの名無しでしたから :2015/11/12(木) 00:13
「そんなこと無いわ。私もうえむーも負けてしまったし」
「でも……」
「ええやん。別に勝ったんやし。なぁ、朋?」
「そうそう。次勝ってくれたら問題ないから」

肩をポンポンと叩かれ、紗友希は顔を上げる。
そして、再度亜佑美を見て、もう一度頭を下げた。

「疑っていてごめん。あなたのこと信じてなかった」
「別に……気にしてないわ。私もどこまでできるかわからないし」

そう言って、控え室に戻ろうと試合会場から出たときに、見知った顔があった。

「戻りました……佳林さんの意識が……」

昨日からずっと佳林に付き添っていた男が、息を切らせながら、そう告げた。
873 :ただの名無しでしたから :2015/11/12(木) 00:13


これで私もお役ごめんかと、亜佑美がそう思ったのもつかの間。

結局のところ、意識は戻っているが、立ち上がることが精一杯なほどの状況であり。
亜佑美は引き続き代役を務めることとなることを、佳林のところへ行く途中に教えられた。

最悪の状況は脱したというだけ。
それでも、5人にとっては朗報でしかなかった。

病室に詰め掛けて、佳林を囲む4人を、亜佑美は戸口で少し離れて見ていた。

試合は残り2試合。
今夜の準決勝と、明日の決勝のみ。

パンフレットを開くするが、次の相手の試合結果すら見ることなく会場を飛び出したため、対戦相手すらどちらかわからなかった。

それでも、さっきの試合のような形が、この後続いていくことは、容易に想像できた。
つまり、このチームの命運が、自分の剣に掛かっているということ。

試合から離れ、改めて考えていくと、その重みがのしかかる。
けれども、あそこで横になっている少女が、それを受け止めるはずだったのかと思うと、自分も頑張らないといけないという気持ちになる。
874 :ただの名無しでしたから :2015/11/12(木) 00:13
「石田さん」

不意に由加に呼びかけられる。

「佳林ちゃんが、話したいって」

そう続けられ、亜佑美はベッドに近づき、佳林の横へと立つ。

「もう大丈夫?」
「はい、おかげさまで。ありがとうございます」

寝たままの状態で、佳林は首だけを少し曲げた。

「朋が無理を言ったようで、本当にすみません」
「ううん、気にしないで。どこまで代わりができるかわからないけど」
「いえ、ありがとうございます」

「大丈夫やで、この人、さっきの試合もめっちゃ強かったから」

横からあかりがそう言って、亜佑美の背中をポンポンと叩いた。

「でも、できるだけ迷惑を掛けないように、私達で試合を決めちゃわないと」
「まーた、きーはそう言うことを言う」
「別にいいでしょ。回らないに越したことはないんだから」

その掛け合いに、試合前のギスギスした雰囲気はなかった。
875 :ただの名無しでしたから :2015/11/12(木) 00:13
「ま、佳林ちゃんはここで優雅に寝て待っててよ。私達がきっちり優勝してくるから」

朋子が言った言葉に、みんなはうんうんと頷いた。

「ありがとう……ごめんなさい。何もできなくて」

顔を下に向けた佳林の目元には、涙が浮かんでいた。

何もできない自分が悔しかった。
大会が始まってから、1試合も戦わないままに、終わってしまうなんて。

もしも、本当に優勝してしまったら……

私はどうすればいいの?
RGS優勝チームの大将は、近衛騎士団の長となることが決まっているのに。
こんなズルをしている私が、そんなことになっていいの……

その時、震える肩にそっと手を置いたのは由加だった。

「大丈夫。みんな知ってるよ。佳林ちゃんがどれだけ強いのか。
どれだけ一生懸命にやってきたか。だから、大丈夫。胸張って待ってて」

「そうだよ、佳林ちゃんがいなかったら、私達、RGSにすらでようなんて思ってなかったんだから」

紗友希はそう言って、佳林の手を握る。

「私らを鍛えてくれたのも佳林やん。佳林がおらんかったら私らこんなに強くなってないで」

「私達は佳林ちゃんのために戦ってるんだ。佳林ちゃんと一緒に、この国を変えたいんだよ。
RGSなんてただの通過点に過ぎないんだ。佳林ちゃんが本当に戦わなければいけないのは、その先。
だから、まずは私達でその道を切り開くのさ」

頭をポンポンと叩きながら、朋子は言う。

佳林は、ただただ泣きながら頷くだけだった。
876 :ただの名無しでしたから :2015/11/12(木) 00:15
>>860-875 遅くなりましたが更新終了です。

>>859 ありがとうございます。一応彼女は本編の主役なので。少しでもいいので、絡ませたいですね。
877 :ただの名無しでしたから :2016/02/07(日) 23:39


どれくらい時間が経っただろうか。

傍から見ているさくらですら、そう思うほど。
二人の攻防は続いていた。

リールへの侵攻をとめるために、さくらと亜佑美はここに来た。

「私達を止めたければ、戦って止めてみせて」

佳林がそう言って始まった戦い。

絶対に負けるわけにはいかない戦い。

でも、石田さんは勝てるんだろうか?

そんな思いが頭によぎる。

さくらの目からすれば互角にしか映らない。
早すぎる剣戟に、細かな優劣は判断できなかった。

実際には、互角ではなかった。

徐々に押されているのはあゆみの方。

しかしそれは、剣の技量だけが原因というわけではなかった。
あゆみが本来使っているはずの剣は、さくらの手にあった。
それは決してさくらが使うためではない。

この戦いが始まる前に、あゆみはその剣をさくらに渡した。
878 :ただの名無しでしたから :2016/02/07(日) 23:39
理由は一つ。

この剣を使ってしまえば、佳林を殺してしまうかもしれないから。
手加減などできる相手ではない。
だからこそ、強力すぎる剣は、相手の武器もろとも切り払ってしまうのだから。

佳林を殺して勝っても意味は無い。

亜佑美の目的は、ザフトの協力を得ることであり。
遺恨を残すことでは決してないんだから。

絶対に殺してはいけない。
でも、絶対に勝たなければいけない。

それは、まさしくRGSと同じ条件。

違いを強いて挙げるなら、お互い使っているのは真剣だということ。

ただし、それ以外のもう一つの決定的な違いを、亜佑美は気付いていた。
そして、それがこの状況を打開する切り札であるということに。

後はタイミング次第。

それが、あの時とは決定的に違った。

勝利への道筋ができているか否か。

それが、あの時……決勝戦との一番の違いだった。
879 :ただの名無しでしたから :2016/02/07(日) 23:39


矢島舞美。
石田亜佑美。

お互いの名前がコールされた瞬間が、RGSの2番目の盛り上がりを見せた場面だった。
もちろん、一番の盛り上がりは決勝戦の決着が着いた瞬間なのだが。

ここまでの勝敗は2−2。
朋子と紗友希が得た勝利で、互角の状態で回ってきた決勝戦の第5戦目だった。

優勝決定戦。

覚悟はしていた。
大将になった時から。
それでも、重圧は半端ではなかった。
けれど、その大半は相手が舞美ということ。

勝てるのか。
今の自分に。

勝てる。
絶対に。

その思いが交互にやってくる中で、舞美の剣は、一気に亜佑美に襲い掛かる。
880 :ただの名無しでしたから :2016/02/07(日) 23:39
現近衛騎士団長すら止めれなかった一撃。

待ち構えていたそれを受け止めると、少し体の緊張がほぐれていく。

だが、舞美の剣戟はそのまま次々とやってくる。

剣を打ち合うたびに、剣を落としそうなほどの衝撃がかかる。
受け流すなんてレベルではない。
合わせて付いていくのが精一杯。

相手が振る剣を、最小限の動きで受け止めていく。
それが、今の亜佑美にできる精一杯。

佳林のハッパが効いたのか、準決勝を4−0で終えたために、亜佑美にとってはこれがRGSの2試合目。

まだまだ戻りきっていなかった実戦の勘を、舞美の一撃一撃が強制的に呼び覚ましていくようで。

勝機のまったく見えない戦いではあったが、亜佑美に悲壮感はなかった。
というより、他の考えを巡らしている余裕すらなかった。
881 :ただの名無しでしたから :2016/02/07(日) 23:40
会場はいつしか静まり返っていく。

舞美が相手を倒すのに数分以上掛かったのは、この決勝戦が初めて。

そう言う意味では、彼女達は全て大将戦まで回ってきていた。

それは、舞美のワンマンチームということを意味しているのではない。
現近衛騎士団相手に、大将戦を前に3−1になっているのは、間違いない事実であった。

5−1。
それがここまできた彼女達のすべてのスコア。

必ず負ける1は、その一人が人数合わせであったという事。

まだビーシー教団の動きが活発化する前。
過激な宗教集団とは一般に言われているが、ツェーン以外では特に目だった活動をしているわけではない。
それでも、教団員は少なからず全国に存在する。

彼らの目的。
来るべき時のために、軍を手に入れるためには、RGSというものは好機だった。
882 :ただの名無しでしたから :2016/02/07(日) 23:40
だからこそ、通常ザフトの人間以外のエントリーできないこの大会にも、彼らは団員を送り込んだ。
舞美を初め、4人の精鋭を。
そして、手引きをするためにザフトの教団員を1名入れる。
この形で結成されたチームは、℃-uteと名づけられた。

もちろん、愛理はその中には含まれていなかった。
彼女が他国へとでていくことはない。
そもそも、教団の建物から外にでることすら稀で。
舞美自身も徐々に愛理と会う機会が減っていっている頃だった。
トップとして君臨する梨沙子が、愛理と入れ替わるのももう少し先のこと。

教団には義理がある。
愛理と自分の居場所を作ってくれたのだから。

だから、それに全力で答えるのは、当然のことだった。
883 :ただの名無しでしたから :2016/02/07(日) 23:40
でも……

舞美は思う。

自分が求めていたのは、愛理との生活。

自分と離れて、愛理が無事に生きていくこと。
それが、自分が望んだ形とはずれていることは、なんとなく気付いている。

そして……

もしもこの戦いに勝ったとしたら。

近衛騎士団となってこの地に留まる自分は、愛理と会えるのだろうか。

剣が激しくぶつかる。

この大会自体を少しなめていた舞美にとって、亜佑美たちの存在は少し驚きがあった。
同時刻での対戦が組まれる上、自分達は大将戦までもつれ込むため、彼女達の試合を見たことはなかった。

そもそも、相手なんて見る必要はないと思っていた。

それは慢心ではなく、確固たる自信。

だが、それは少し目論見が外れたと舞美は自分に言い聞かせる。
少なくとも、互角で自分のところまで回ってくるとは思っていなかった。

ましてや、自分がすぐに勝負を決めきれないなんて。
884 :ただの名無しでしたから :2016/02/07(日) 23:40
舞美は気付いている。
打ち合うごとに、亜佑美の反応が鋭くなっていることに。

そのうちに、相手からの攻撃が挟まれ始める。
それは一閃ごとに鋭く、舞美に迫っていた。

リーチでは圧倒的に舞美が有利であったが、その分、距離を詰められるとどうしても不利になる。
その近い距離感へ踏み出してくる亜佑美を、引き離すことは難しかった。

縦、横、斜め。

朋子たちですら、光の線が走るように錯覚するほどの剣の流れを、お互いは完全にコントロールしていた。

「すごい……」

思わず漏らしたのは紗友希。
言葉に出さないが、驚いているのは他の3人も同じ。

ただただ繰り返される攻防に、観衆は静まり返ったまま。
そうして、剣と剣の打ち合う音だけが響き渡る。
885 :ただの名無しでしたから :2016/02/07(日) 23:41
当人たちは、そんなことには気付いていない。

相手の視線、呼吸、そして意識さえも。
すべてが情報として頭に入り込んでくる。
それらすべての情報を、瞬時に計算するよりも、更に速く動いていく剣。

自分達も十分に知覚できていないような攻防を繋ぎとめているのは、勘だった。
だからこそ、その曖昧さがズレとなり、次第に彼女達の体に襲い掛かる。

斬れないはずの剣であっても、彼女達の剣速をもってすれば、掠めただけで皮膚が裂けて血が浮き上がった。

どこまでも続くかと思われたその攻防だったが、終わるときは一瞬。

そのきっかけは、彼女たちの預かり知らぬところで突然やってきた。

それは、ほんの些細な差だった。

亜佑美の方がリーチが短いから。
舞美の方がリーチが長いから。

より踏み込んでいた亜佑美の剣の先が、舞美の剣の根元へと当たる。

受け止めた舞美の剣が折れる。

彼女達の速度についてこれなかったのは武器の方。
殺すことのないように、刃を落とし、強度を落として作られた剣。
886 :ただの名無しでしたから :2016/02/07(日) 23:41
ただし、それは亜佑美の方も同じ。

ただ、位置が違っただけ。

剣先だったために、剣の半分以上を残した亜佑美と、根元だったために刀身が全てなくなった舞美。

カランカランと離れた地面に落ちて転がるその剣が止まるよりも速く。
亜佑美の剣が、舞美の眼前に差し出された。

避けることはできた。
それでも、舞美はしなかった。

剣が無くなった以上、もう戦うつもりは無かった。

負けたつもりはない。
自分の刀だったのなら。

それは、亜佑美も同じ。
勝ったつもりはない。
真剣だったなら、こんな結末はありえない。

それでも―――

亜佑美の勝利を告げるアナウンスとともに、大歓声が巻き起こる。

朋子たちが駆け寄ってくる。

けれど、たどり着く前に、亜佑美の体はその場に崩れ落ちる。
体はとっくに限界を迎えていた。
緊張が切れた瞬間に、彼女は気を失った。
887 :ただの名無しでしたから :2016/02/07(日) 23:41


パタンと馬車の扉を閉める。
慣れ親しんだこの国とお別れだった。

RGSの余韻はとっくに収まっていた。
市場はいつもどおりの賑わいにもどっており。

窓越しにそれを眺めながら、亜佑美はこの国でのことを思い返す。

結局、朋子たちとあれ以来会うことはなかった。

亜佑美が意識を取り戻したのは翌日になってから。
そのときに、説明してくれたのは、佳林を看病していた男性からだった。

あの後、意識を失った亜佑美を、朋子たちがすぐに会場から運び出したこと。

その際に、今亜佑美の寝ているベッドに彼女を運び入れたこと。
違う部屋に寝ていた佳林と、その際に上手く入れ替わることができたこと。

そのまま、今朝にセレモニーが行われたが、佳林のことは気付かれないままに執り行われたこと。

そのまま、亜佑美は結局もう1日をベッドの上で過ごした。
男性は翌日にはもういなくなっていた。
888 :ただの名無しでしたから :2016/02/07(日) 23:42
かといって、朋子たちも来るわけではなかった。

新たな近衛騎士団となった彼女たちには、多忙なスケジュールが用意されており、亜佑美に会いに来るわずかな時間すらないほどだった。

まるで夢のようだった。

スラムで会った少女が、実はまだ生きているんじゃないかと思えるほどに。
あの火事はなかったんじゃないかと思うほどに。

しかし、その思いを打ち消すように、馬車の窓からは、郊外のスラムであった場所が見えた。
未だに黒ずんで放置されたそれは、確かに現実であったことを告げていた。

ふぅっと一つ息を吐き、窓から目を離し、一眠りしようと亜佑美が目を閉じたときだった。

急に馬車が動きを止めた。
889 :ただの名無しでしたから :2016/02/07(日) 23:42
賊?

咄嗟に思い浮かんだ単語に、亜佑美は傍らに置いた剣を取る。
窓からそっと覗いた亜佑美の目に映ったのは、2人の女性。

「ちょっと待っててください」

亜佑美は御者にそう告げると、馬車から降りた。

「黙って出ていくなんて、水臭くない?」
「近衛騎士団様は、お忙しいかと思って」

言い合って、亜佑美と朋子は笑いあう。

そして、もう一人。

じっと真剣な瞳で亜佑美を見つめているのは、佳林。

「ありがとうございました」

彼女は深々と頭を下げた。

「ううん、別に」
「お願いばかりで申し訳ないですが、最後にお願いがあります」
「何?」
「私と戦ってください」

その言葉は、どこか亜佑美は想像していた。

彼女のことはよく知っているわけではない
それでも、こうするだろうことはわかっていた。

だから、今日まで会うことがなかったことに、少しほっとしていたのも事実。
890 :ただの名無しでしたから :2016/02/07(日) 23:42
朋子が剣を投げる。
足元に刺さったそれは、RGSのときに使われたものと同じもの。

手にしないわけにはいかない。

彼女のために。
彼女が今後、近衛騎士団の長として過ごしていく未来のために。

亜佑美は答えずに剣を引き抜き、佳林へと向ける。

佳林もそれを確認し、ゆっくりと剣を構えた。

踏み出した一歩は二人同時。

直線的に亜佑美に向かう剣。
弧を描いて佳林へと向かう剣。

お互いに受ける気はなかった。

自分の剣が相手に届くのがどちらが早いか。
ただそれだけ。

だからこそ。

傍で見ていた朋子ですら、剣が止まるのはほぼ同時に見えた。
気付いているのは本人だけ。
亜佑美の剣が止まるよりも、眼前で剣先が止まるのが一瞬早かった。

突きか払いか。
ただそれだけの違い。
その剣が描く軌跡の差が、その一瞬の差となって現れただけのことだった。
891 :ただの名無しでしたから :2016/02/07(日) 23:43
たったそれだけだったが、儀式としては十分だった。
佳林が納得するための儀式としては。

「……お互い、体が万全になったら、もう一度戦ってください」

剣を降ろして佳林は言った。

「……いいよ。その代わり私からもお願い」
「はい」

「この国を、今よりもっと良くして。みんなが、平和で暮らせるように」
「はい、わかりました」

佳林はそう答えて、もう一度深々と頭を下げた。

その時は来ることはないと、亜佑美はその時は思っていた。
きっと、相手もそのつもりで言っているんだと、思っていた。
たった、それだけの口約束にすぎなかった。

そう、もしもあるとすれば、ツェーンとザフトの戦争くらいしかきっと無いはず。
なんて思っていた。その時は……
892 :ただの名無しでしたから :2016/02/07(日) 23:43


あの時、自分がどうして払いを選択したのか、覚えていない。

わざと負けるため、ではなかった。
それでも十分間に合うと思っていたわけでもなかった。

単純に、体が勝手に動いたのだと思う。

元々、亜佑美は突くことよりも、払うことが多い。
引き戻す必要がある突きよりも、円運動をそのまま次の攻撃に繋ぎ続ける払いの方が、亜佑美としては好んでいたから。

その意味では、相手はリアリスト。

剣を交えていてもわかる。
真面目すぎるほどの合理的な攻撃。

最低限の動きで、最高の攻撃を紡ぎだす。

その剣を受けていれば、それに対応するために、自然と亜佑美もその選択をせざるを得ない。

合理的だから、次の攻撃が読めるわけではない。
合理的過ぎるから、亜佑美の次の動きが逆に制限されてしまっていた。

だからこそ、まるで型のように綺麗な剣技が二人の間で生み出される。
893 :ただの名無しでしたから :2016/02/07(日) 23:43
もちろん、それが身に染み付いている佳林に比べて、どうしても無理に対応させられている亜佑美の方が不利だった。
だから、長引けばこのまま負けることは明白。

だからこそ、亜佑美はタイミングを計っていた。

その流れを崩すタイミング。

ただし、それは佳林の勝ちを意味する。
この流れから外れるということは、次の佳林の攻撃を受けきれないということにつながるのだから。

通常ならば。

ただし、亜佑美には佳林の知らないであろう事実が一つある。

RGSでは禁止されていたその力。
彼女のイアリングに宿るガーネットの力。

正々堂々と。

剣技以外の力を使うことはそれに反するかもしれない。
しかし、今はそれどころではない。

リールという一つの国の運命が掛かった戦いは、負けるわけにはいかなかった。
894 :ただの名無しでしたから :2016/02/07(日) 23:43
佳林の攻撃に割り込むように、剣を払う。
手首だけの動きで、それを流した佳林の一撃は、亜佑美の肩を切る。

そのまま、引き戻された佳林の剣が、もう一度亜佑美に向かってくる。

後ろに倒れるように避ける。

けれど、それはあくまでフィニッシュへの布石。
体勢を崩し、両足が地面から離れている状態の亜佑美では、その次の佳林の攻撃からは逃れられない。

チェックメイト。
佳林は剣をぐいっと引き戻す。

だが、それが亜佑美の囮。
相手に剣を振り上げさせる。
自分がもう避けることができないのなら、一番確実な方法で止めをさしにくるはずなのだから。
895 :ただの名無しでしたから :2016/02/07(日) 23:44
亜佑美の体が動く。
宙に浮いたままの彼女の体が、重力を無視した形で佳林へと向かう。
気付いた佳林が剣を伸ばす。
剣が亜佑美の脇腹を突く。
それでも、亜佑美の速度は衰えない。
剣が突きぬけ、血が舞う。

それと同時に、亜佑美の剣が佳林に迫る。

負ける。

佳林は確信する。
このまま首をはねられる、と。


ただし、佳林が感じたのは、冷たい剣の鉄の感触だけ。
亜佑美の剣は、首筋でピタリと止められていた。

「これで、勝ちでいいでしょ」

亜佑美はそれだけ言うと、術が切れてその場にしりもちを付いた。
896 :ただの名無しでしたから :2016/02/07(日) 23:44
「精霊術……そうですね、あなたはツェーンの人間だった」

倒れる亜佑美に手を差し伸べる。

「約束どおり、兵を引いて戦をやめて」

その手を握って起き上がりながら、亜佑美は言った。

「佳林!」
「大丈夫よ!」

駆け寄ろうとする朋子たちを手で制し、彼女は命令を下した。

「全軍に伝令を。リールとの戦は即刻停止。負傷者は敵味方問わずに救済し、国境まで撤退せよ」と。

それを聞くと、亜佑美はゆっくりとその場で倒れかかったが、すぐにさくらが彼女を支えた。
腹部の血が止まることなく、彼女の服を染めていた。
897 :ただの名無しでしたから :2016/02/07(日) 23:44
「回復の術が使える者か、医者はいませんか?」

さくらの問いかけに、佳林がすぐに呼び寄せる。

「大丈夫、こんなのかすり傷だって」

さくらから離れて歩こうとするが、すぐにふらついてさくらが駆け寄る。

「ダメです。石田さん、無茶しすぎですよ。でも……」
「何?」
「……格好よかったですよ」

「……ばーか、何言ってんの、小田ちゃん」
898 :ただの名無しでしたから :2016/02/07(日) 23:45

シースシース外伝(1) ジュースジュース 終

 

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