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シースシース

1 :ただの名無しでしたから :2014/02/15(土) 22:09
ジャンルはファンタジー。
娘。、べりきゅーなどなどオールキャスト。
主役は鞘師さんで。

よろしければお付き合いいただければうれしいです。
201 :ただの名無しでしたから :2014/07/15(火) 22:28
「ねぇ、えりぽん、ジュエル・ウェポンって何?」

雅から目を離さずに、里保は大声で問いかける。

「その名の通り、宝石でできた武器よ。宝石の強度を保ちながら、精霊の力で限界までに薄く作られた武器。その薄さと鋭さに、使い手には切った感覚すら残らないって言われてるほど……」
「でもそれって、お話の中だけのものじゃなかったの?」

衣梨奈の説明に反論する亜佑美。
聖も少し前まではそう思っていた。さゆみの話を聞くまでは。
寧ろ、それがこの世界の住民の常識だった。
100年以上前の英雄譚なんて、お伽噺以外の何者でもないのだから。

「ビーシー教団の目的の一つに、ジュエル・ウェポンの収集があったのは間違いないはず」
「あなた、何者?事情通にしては知りすぎてるわよ」
「そう?これくらいちょっと調べればでてくるよ?秘密だと思ってるのは、あなたたちだけだったりして?」

雅の言葉に、挑発するように衣梨奈は軽く答える。
それに乗るように雅が仕掛けようとしたとき、里保が飛び掛る。

「あなたの相手は私なんだけど」

振り下ろされた剣をジュエル・ウェポンで受け止める雅。
202 :ただの名無しでしたから :2014/07/15(火) 22:29
「えりぽん、みんなで先に行って。ここは私が何とかするから」

里保は叫ぶ。

「行かせない!」
「そう?手を離しても大丈夫なの?」

里保は更に剣に力を込める。
雅の両手の自由を奪うため。
こうしていれば、一つしかないジュエル・ウェポンの使用も防ぐことが出来る。
更に、彼女が精霊術を使う隙も奪うことができる。

「里保!」
「いいから。時間無いでしょ。行って!」

亜佑美に促されるように、衣梨奈と聖は走り出す。
3人が城へと入っていったことを確認し、里保は剣を消して再度抜きなおす。
203 :ただの名無しでしたから :2014/07/15(火) 22:29
そこからは一方的だった。

距離が近づいてしまえば、雅の武器の優位さは消失した。
リーチが長いという利点は近接戦闘においては無意味であったし、相手が見えないほど細いという点も防戦一方となってしまえば関係なかった。
雅はあくまで精霊師であったから。
武器による戦いにおいて、対等な条件であっても里保に勝つことは不可能だった。

武器の特性を生かし、相手の間合いになる前に始末する。

それができなければ、雅に勝ち目は全くなかった。

反撃すら出来ない状況に、彼女はついに武器を捨てた。
剣を受け止めると、それを里保に向かって投げるようにして後ろに下がる。
そうすることが、彼女にとって唯一再び距離をとることのできる方法だった。
204 :ただの名無しでしたから :2014/07/15(火) 22:29
「こんなはずじゃ……」

雅は距離をとり、炎を放つ。
ただ、彼女はすぐにそれが意味のないことを思い出す。
どうして、自分が再びジュエル・ウェポンを手にするようになったのか。
それは、里保のような人間がいることがわかったから。
自分の精霊術が効かない人間が教団員以外にいたからだった。

赤い剣によって炎は二つに割られる。

今度は無数の炎を放つ。
威力よりも数での勝負。

実際に、それはこの場では一番効果的な方法であった。

里保の剣はキュービック・ジルコニアのように、何もしなくても近づく精霊術を消失させてしまうものではない。
剣にあたらなければ効果は無いのだから。

そのことに雅も気づく。

ただ、質よりも量で勝負することを、彼女は好きではなかった。
少数精鋭。
それが彼女の理想としていたし、多数の役に立たない兵と共に行動することは嫌っていた。
最初に相対してときもそうだった。

彼女は自分の相手は自分で処理をする。
精霊術を使えない教団員は、邪魔になるだけだったから。
ねずみを探しだし、逃がさないように包囲するまでは彼らの力を借りるが、始末するときは必ず自分が行う。
なぜなら、自分がやる方が確実だからだった。
205 :ただの名無しでしたから :2014/07/15(火) 22:29
それでも……
彼女は今、それを選ぼうとしている。

プライドを守ることを最上とする人間もいる。
ただ、彼女はプライドを捨てても、勝負を優先できるほどに優秀だった。

勝たなければ何もない。

その思いが勝る。

雨のように降り注ぐ火の玉に、里保は致命傷を受けるわけではない。
それでも、肩に足に、いくつもの火傷が生じていく。
一つ一つは小さくても、重なることで十分な痛みとなる。

雅の力が尽きるのが先か、里保が耐え切れなくなるのが先か。

このままでは持久戦になることは確実だった。
ただそれは、雅にとって望ましい展開ではなかった。
206 :ただの名無しでしたから :2014/07/15(火) 22:29
里保は、3人が桃子を倒して戻ってくるまでの時間稼ぎでよかった。
雅は先にいった3人を追わなければならなかった。

少なくとも、自分以外に戦力になる人間は城の中にはいない。
衣梨奈たちの力量を把握しているわけではないが、亜佑美が剣を持っていること、そして、衣梨奈と聖が精霊師であることはわかっている。
自分の最初の攻撃を避けたとのきの動きから考えると、亜佑美の力は自分が相対している里保とそれほどかわらないレベルに感じていた。
だとすると、このレベルの剣士一人と精霊師二人を相手にできるような人間はいなかった。

桃子の魅了の精霊術は、強力ではあるがあれは条件の達成が困難だった。

彼女の魅了の力は、彼女のことを本当に可愛いと相手が思った時に発動する。
少なくとも初対面の『敵』を相手に、いきなり適応できるようなものではない。
事前に時間を掛けて仕込んでいく術なのだから。
207 :ただの名無しでしたから :2014/07/15(火) 22:30
引き際か……

逆に雅はそう感じる。
少なくとも、里保をすぐにどうにかできるとは思えなかった。

だとすれば、これ以上は無意味かな…
なっきぃには申し訳ないけど。

里保との距離は徐々に狭まっている。
少しずつだが、確実に里保は前へ進んでいる。

後ろに下がって再度距離をとることは可能だった。
ただ、それも直接的な解決策にはならないことはわかっている。

そうしてこの状態を続け、ここで彼女を仕留めたところで、自分に余力は残らないだろう。
そこに、彼女の仲間が戻ってきたら、確実に勝つことは難しい。

……

認めることは嫌だった。
それでも、雅はそれを自分の中に飲み込むことができた。
208 :ただの名無しでしたから :2014/07/15(火) 22:30
1度ならず2度までも自分を引かせようとしている相手。
それは認めるべきだった。
彼女は強い。
強いというより、自分との相性の問題なのだろう。

きっと、なっきぃならもっと上手くやれるのかな。

そんなことを思っていると、上のほうから爆発音が聞こえた。

咄嗟に上を見る。
城壁がバラバラと落下し、煙があがる。

どういう状況かわからないが、あれだけのことをできる人間が中にいないということは、やはりさっきの3人の仕業に違いなかった。
209 :ただの名無しでしたから :2014/07/15(火) 22:30
「今回は引いてあげるわ」

雅は術を止めて叫ぶ。
今回『は』といったのは彼女の唯一のプライドだった。

「行けばいい。もうここでは私はあなたたちに手は出さないから」

両手を挙げて雅は続ける。

里保は訝しげに雅を見たが、更に続く爆発音とその合間に見えた雷から、聖の仕業だと察する。
何かが起こっているのは間違いなかった。

剣を消すと、里保は城の中へ向かって走り出す。
210 :ただの名無しでしたから :2014/07/15(火) 22:30


城内に入った3人は、まっすぐと王の間へと進んでいく。
亜佑美もこの城に入ったことは数えるほどではあったが、城のつくりは自分たちのものとどこか似ていて。
自分が思う位置とそれほど変わらないところに、階段が存在していた。

向かってくる兵士や教団員は、亜佑美と聖で問題なく対処できていたし、道に迷うこともない。
順調すぎることに対する違和感は少なかった。
ただ、それ以上の違和感があるとすれば……

「やっぱり変ですよね?」

亜佑美はポツリといった。
それが何を指しているのか、聖も衣梨奈もなんとなくはわかっていた。

ここに来るまではそう思わなかった。
この国へ来てから少し思いはじめ、今この城の中へ入ってから強く感じていた。
211 :ただの名無しでしたから :2014/07/15(火) 22:30
「人じゃないみたい、というか……」

聖は言葉を選んで話そうとする。

「うん、気持ち悪い。感情がないっていうか」

衣梨奈も言葉を続ける。
南部地域の兵士と相対したことは、聖と衣梨奈はあの村での一度だけ。
亜佑美はその前から何度も相対していた。

その時の兵士と今、自分たちがこの城の中で戦ってきた相手は確実に違う。
様子が変わらないのは、教団員だけ。

「何かか絶対にある。もしかしたら、それが今回の騒動の理由なのかもしれないけど……」

そう言った亜佑美も含め、3人の足は自然と止まっていた。

「それってビーシー教団が何か仕組んでるってこと?」
「精霊師と一緒に奴らが共闘してること自体がおかしいしね。何かしらそこには大きな理由があるんだろうけど……」

そこまで言って、衣梨奈は自分たちが立ち止まっていた状況に気づく。

「とりあえず、行こう。里保たちもがんばってくれてるんだから」
「そうですね」

衣梨奈の言葉に、亜佑美はそれ以上考えるのをやめた。
それから先は春菜に聞けばいいことだと自分に言い聞かせる。

そうして、3度階段を上った後に、王の間に辿り着く。
212 :ただの名無しでしたから :2014/07/15(火) 22:31
3人が扉の前に立つと、自然に扉が開いた。
身構える3人。

その前には、春菜と桃子が立っていた。

「はるなん!」

亜佑美が叫ぶ。

「あゆみん、生きてたんだね」

春菜はにっこりと微笑んで言葉を返す。

「これは、どういうこと?」
「どういうこともこういうこともないよ。私はツェーンを支配したいだけ」
「何で?」
「何で?あゆみんは変なことを聞くんだね……」

春菜は言葉を切る。
その顔からは笑顔は消えていた。

「それがビーシー教団のためになるからでしょ?」

言葉を続けたのは桃子。
3人の視線が彼女に集まる。
213 :ただの名無しでしたから :2014/07/15(火) 22:31
「誰?」
「はじめまして。私は嗣永桃子と申します」

スカートを両手でつまみ、お辞儀をする。

「あんたは教団員なの?」
「えぇ、そうですよ、石田亜佑美さん。あなたのことは飯窪ちゃんから聞いてます」
「こんなことになったのもあなたの仕業なの?」
「仕業なんて言われると心外です。だって、私が可愛いから、みんなが勝手に私の願いを叶えてくれるんだから」

その言葉とともに、衣梨奈は自分の背後に力を感じた。

「亜佑美ちゃん、危ない!」

衣梨奈の言葉に咄嗟に身体を倒す。
自分の頭があった場所の雷が通過するのが見えた。
214 :ただの名無しでしたから :2014/07/15(火) 22:31
「ちょっと、聖!」

つかもうとする衣梨奈の手を払いのけ、聖は春菜に向かって走り出す。

「あら、こんなところにも私のファンがいたんだ〜」

両手を頬に当てて桃子がわざとらしく高い声を出す。

「何、これ、どういうこと……」

亜佑美は立ち上がり、桃子を中央に、両脇に春菜と聖が並んだ姿を見つめる。

「お二人には掛からなかったみたいね。ちょっとショック〜」

両手を頬に当てて首を左右に振る桃子。

「何、これ?ちょっと、聖?」

聖は答える代わりに術を放つ。
それは、さっきとは比べ物にならないほどの力だった。

衣梨奈が自分の術を使うことをあきらめるほどに。
圧倒的な力は、左右に避ける二人の間を通過する。
背後の壁は、爆音と共にごっそりと切り取られる。

外界の冷たい空気が部屋に入ってくる。
城の遥か遠くの雪景色までも見ることが出来た。
215 :ただの名無しでしたから :2014/07/15(火) 22:31
「これ、マジでやばいよね」
「ええ、生田さん……正直、ここまですごいとは思っていませんでした」

衣梨奈と亜佑美。
二人は柱越しに背中合わせに立って話す。

ゆったりと桃子は王座に座る。
しかし、二人は彼女に近づくことはできなかった。

桃子の横にもう春菜は立ってはいなかった。
彼女は、精霊術の余波に当てられて気を失っている。
桃子の横にいる聖の精霊術によって。

聖のトルマリンが光る。
それを合図に二人はその場を飛びのく。

爆音と共に、二人が背にしていた柱が折れる。
216 :ただの名無しでしたから :2014/07/15(火) 22:31
「ちょっと、聖ちゃん、あんまりやりすぎると壊れちゃうからね」
「はい。わかりました」

表情を変えずに、聖は再度精霊術を使う。
幾分威力を落としたそれを、衣梨奈は自らの術で軌道を逸らす。
受けることは不可能であったが、力を落としたものを逸らしてやりすごすくらいは可能だった。

「聖、ちょっとマジでどうしたの!」

叫ぶ衣梨奈の声に聖は反応しない。

「無理無理。だって可愛い私の言うことには逆らえないんだから」

魅了の術。

初対面の敵相手に発動することのないそれは、なぜか聖には発動していた。
それは、敵を相手に迂闊にもかわいいと思ってしまった聖の心の問題なのだが。

しかし、それは桃子にとって千載一遇のチャンスだった。
春菜の精霊師としての力は衣梨奈とそれほど変わらない程度。
3人を相手にするどころか、亜佑美一人を相手にすることすら不可能なほどだった。
217 :ただの名無しでしたから :2014/07/15(火) 22:32
「人を操る力。これが全ての元凶だったんですね」

亜佑美は自分に言い聞かせるように呟く。
聖の術を2度かわし、衣梨奈と正反対の方向へ走る。

何とかしないと……

亜佑美の精霊術は風。
雷の精霊術との相性は悪くなかったが、彼女の精霊師としての力は聖と比べるまでもない。
彼女は剣の道へ進んだのは、精霊術が得意ではないからなのだから。

剣を90℃回転させて握りなおす。
刃で聖に切りかかるわけにはいかない。
攻撃を避けながら衣梨奈との対角の位置へ移動したのも、直線性を持つ雷の弱点を突くためだ。

火や水・風といった術と違い、雷の術はどうしてもまっすぐに打つことしか出来ない。
速度、威力ともに他のものよりも優れている雷の唯一の弱点でもあった。
二人の動きをそれぞれ見極めながら、両方向に正しく打つことは困難であり、実際に移動してからの聖の攻撃は最初から逸れているとはっきりわかるものが多くなった。
218 :ただの名無しでしたから :2014/07/15(火) 22:32
亜佑美と衣梨奈は徐々に距離をつめていく。
どうしても身体能力の劣る衣梨奈は、その速度が遅くなってしまうが、二人の目的は亜佑美が聖のところに届くことだったから。
衣梨奈もあまり無理をして接近しようとはしない。

少しずつ。でも確実に距離を詰めていく。
聖の精霊術の速度を考えると、そろそろ避けるのも困難になってくるほどだった。

だが、突然に左右にひっきりなしに放たれていた聖の術が止んだ。
一瞬面食らったものの、チャンスとばかりに亜佑美は一気に距離を詰める。

その時だった。

亜佑美は自身の前髪が、自然にふわっと浮いたことがわかった。
それが何を意味するのか考える時間もないままに、体中を電撃が走る。
全く感覚を失ったまま後ろに吹き飛ばされ、受身も取れずに床に叩きつけられる。

「亜佑美ちゃん!」

衣梨奈は叫ぶが、その瞬間、自分の前に来たそれに気づいた。
防御の術を自分の前に展開し、慌てて後ろに下がる。

防御壁に雷が集まり、すぐに存在を消された。
その合間に、亜佑美の元へとたどり着く。
219 :ただの名無しでしたから :2014/07/15(火) 22:32
意識があるのかどうかわからなかった。
目は自分を追っていたが、四肢には全く力が入っていなかった。

精霊術の壁を形成している。

自身が防御壁を作ることができるから、衣梨奈はすぐに起こっていることが理解できた。

意識をしてみるとよく見える、
聖の前に半円状の精霊術の壁が出来ている。

ただ、自分が作るものと決定的に違うのは、攻撃を防ぐためのものではなく、そこに触れたものを攻撃するためのもの。
しかも、それは徐々に大きくなりながら自分たちへ迫っている。

亜佑美を肩に抱え、衣梨奈は下がる。

自分の防御壁の範囲はせいぜい2,3人分を囲う程度が限界だった。
ところが、聖のものはすでに部屋の半分を覆っているだけでなく、更に自分たちを追い込むように広がっていく。
まるで、この部屋全体を覆ってしまうような勢いだった。
220 :ただの名無しでしたから :2014/07/15(火) 22:32
無茶苦茶すぎるよ!

心の中で悪態をつく。
ただ、実際に聖は目に見えて辛そうではあった。
放出すれば終わりだけの攻撃に比べ、術を広い空間に常に維持して放出するという行為は、消耗が激しいことは明らかだった。

部屋の大半を術が覆う。
衣梨奈の後ろはもうすぐ壁だった。
部屋の入り口に向かおうにも、すでに術の向こう側であり、不可能だった。

逃げる方向を考えるべきだったと衣梨奈は後悔する。
二人は左右に開いたため、亜佑美も衣梨奈も入り口からは離れてしまっていた。
この部屋から逃げることなんて微塵も考えていなかったから。

背後はもう壁だった。
下がる事はできない。
それでも、聖の術は変わらぬ速度で迫ってくる。
221 :ただの名無しでしたから :2014/07/15(火) 22:33
力があれば……

衣梨奈は後悔する。
自分が否定した力が今あれば、このピンチを脱出する事が出来たはずだったと。

精霊術を無効化する力。

自分が手にしなかったその力。

今、それがあれば……

胸元に手をやる。
そこにあるのはオパールの原石。

自分を救ってくれた人からのお守り。

自分が探し続けている人。
自分が旅をする理由。

それが詰まったこの石が。

もしも、違ったなら?
もしも、これが、キュービック・ジルコニアだったなら……

そこまで考えついて、やはり衣梨奈は首を振る。
222 :ただの名無しでしたから :2014/07/15(火) 22:33
少なくとも、自分は助かったと思っていた。
助けてもらったと感じていた。

だから、否定する事なんてできない。
自分を助けてくれた人の事を。自分が選んだ道を。
今、自分がこのまま死ぬことになっても。

でも……

やっぱり、最後に会いたかったです。

それが彼女の最後の心残りだった。

もう目の前に到達した術。
涙で潤んでぼやけた視界をそっと閉じた。

衝撃はなかった。
死ぬ時なんてこんなものかななんて思うほどに。

変わらなかった。
何も感じなかった。

それがせめてもの救いだなんて、思ってしまう自分が可笑しかった。

あまりに変わらなくて。
抱える亜佑美の重みも温かみもそのまま。

そう、そのままだった。

目を開ける。

ばっとあふれた涙越しに、赤い光が見える。
衣梨奈は一気に現実に引き戻された。
223 :ただの名無しでしたから :2014/07/15(火) 22:34
 
224 :ただの名無しでしたから :2014/07/15(火) 22:34
 
225 :ただの名無しでしたから :2014/07/15(火) 22:35
>>192-222 更新終了です。間がかなり空いてしまって申し訳ございません。


>>191 お待たせしてすみません。今後はできるだけ空かないように努力します。
226 :名無飼育さん :2014/07/16(水) 07:56
お待ちしておりました!今後の展開楽しみです。
227 :名無飼育さん :2014/07/16(水) 19:43
更新キテター!!
バトルシーン格好いい
それにしてもフクちゃん・・・w
228 :ただの名無しでしたから :2014/07/20(日) 23:49
「で、これは何がどーなってるわけ?」

里保の声。
自分のもとに駆け寄ってくるのに気付き、あわてて涙を拭く。

「里保?」
「遅くなってごめん。ひょっとして、ヤバかった?」
「まぁ、それなりかな。それよりも、聖が」

会話の途中で迫る術を、里保は剣で叩き落とす。

「ちょっと、何あれ?みやの言ってたの本当だったんだ?うそだー」

桃子の声。

「あれが黒幕。あそこのはるなんって子も、聖もあの子に操られてるの」
「亜佑美ちゃんは?」
「聖の術をまともに受けたから。術をかけてるけど意識はまだ戻らない」
「そう」

里保は剣を構えなおす。
聖の術は次々にやってくるが、里保はそれを全て打ち消していた。

―りほりほ、気をつけて―

「わかってます」

大体の事情は道中にさゆみから聞いて理解していた。
それでも、実際に目にするまではどこか信じられなかった。

桃子の力も。何より、聖の力を。
229 :ただの名無しでしたから :2014/07/20(日) 23:50
打ち消すとはいえ、剣から伝わる衝撃は雅の比ではなかった。
雅と同じように、圧倒的な数で押されていたら里保は勝てなかっただろう。
一撃の威力が雅とは違いすぎるから。

ただ、桃子はその戦法をとらなかった。

彼女はあくまで他人を操る力しか持っていない。
実際に戦うといって経験はほとんどなかったのだから。

情報操作や謀略。
そういった戦う以前の段階で彼女は絶大な力を発揮する。
あくまで彼女の実際の戦闘における力は、使う駒の力でしかない。

聖がその戦法を思い浮かばない以上、桃子の指示がなければそれを行うことはない。
「私に害する者を倒せ」
それが桃子が聖に下す命令なのだから。
聖はあくまで少し前までは戦いを知らない人間だった。

駆け引きなどといったことは全く考えられなかった。
ただ、敵に向かって術を放つ。
衣梨奈の術をみていたから、先ほどは壁状に精霊術を展開するという行為が思いついただけであり。
圧倒的な術の力で敵を駆逐してきた経験しかない聖にとって、それ以上のことを望むのは困難だった。

実際に、里保に向かって放たれる術の威力はどんどん強くなる。
里保が消していなければ、城は崩落していたであろうほどに。
230 :ただの名無しでしたから :2014/07/20(日) 23:50
どうすればいい?

桃子は考える。
里保がここにいる以上、雅が負けていることを彼女は悟っていた。
雅が里保に一度負けていることは知っている。
そんな彼女が、わざわざ向こうからやってきた自分の獲物を逃すはずはない。
里保の四肢に残る火傷の後と、服の裾が焼けてぼろぼろになっていることも合わせて考えれば、容易な推測だった。

手持ちの駒はない。

春菜は聖の力にも及ばないことはよくわかっている。
早貴が戻ってくることなんてありえない。

使えるものはない。

でも、自分はここで死ぬわけにはいかない。

どうにかして、ここを乗り切らないといけない。

方法は……ある。

不意に向かってくる術が止まる。
不審に思い里保が一旦足を止めた時だった。

見当違いの方向に放たれた精霊術は、聖の横の壁に大きな穴を開けた。

里保はその意図がすぐにはわからなかった。
だから、そのまま聖が穴に向かって歩いていくのをただ見ているだけだった。
231 :ただの名無しでしたから :2014/07/20(日) 23:50
――りほりほ、フクちゃんを止めて――

さゆみの声に、我に返って聖を追う。
足止めをするように放たれた術を三度弾いた時には、既に聖は壁に手を掛けていた。

「聖!危ない」

衣梨奈の声に、ようやく里保は意図に気づいて桃子を見る。

「わかったみたいでうれしい」

桃子は笑顔でそう言った。

「聖ちゃんを助けたかったら、わかるよね?」
「見逃せってこと?」

衣梨奈はいらだったように答える。

「そういうこと。どうする?どうするもこうするもないよね?」

振り返った里保と、衣梨奈は目が合う。
駄目な事はわかっている。
それでも、里保が聖や桃子の所に行くよりも、聖が落ちるほうが早いに違いなかった。
232 :ただの名無しでしたから :2014/07/20(日) 23:51
「聖を助けるって保障はないでしょ?あなたの力、どれくらいの期間有効かはわからないけど」
「もちろん、見逃してくれたら、術は解除するわ」
「信用できない」
「信用できないもなにも、あなたたちは従うしかないんじゃない?大事な仲間でしょ?」

桃子とのやりとりの合間にも、衣梨奈は里保に目配せをするが、難しかった。
桃子も里保に注意を払っていることがわかる。
迂闊な動きをすれば、すぐに気づかれてしまうであろうことは里保自身わかっていた。

どうすればいいの……

精霊術が使えないことを少しばかり後悔する。
実際に使えたところで、桃子には術を無効化されるため、状況は大して変わらないに違いなかったが。
233 :ただの名無しでしたから :2014/07/20(日) 23:51
――りほりほ、聞いて――

道重さん?

口に出そうになった言葉を飲み込む。
さゆみとの会話は心の中で可能なのだから。

――フクちゃんに掛かっている術をほんの数秒だけ無効化します。その間に、お願い――

わかりました。なんとかします。

――そんなに気負わなくても大丈夫。精霊術を断つ力。それを使えば大丈夫――

ふっとさゆみが微笑んでいるように思えた。
実際に顔をみることが出来ないから、里保が勝手に思うだけだったのだが。

―いくよ。3、2、1――

聖に向かって走り出す。
桃子は間髪いれずに聖に指示をだす。
ただし、それは飛び降りるものではなく、里保へ術を使うという命令。
しかし、その命令は実行されない。

意識を失ったかのように、その場に崩れ落ちようとする聖。
その身体を里保は赤い剣で薙いだ。

聖に触れた瞬間に、光がはじける。
234 :ただの名無しでしたから :2014/07/20(日) 23:51
「嘘!」

桃子の声。
術者である彼女には、術が解けたことがすぐに理解できた。
つまり、それは彼女が手詰まりになったことを意味していた。

「飯窪ちゃん!」

桃子は慌てて春菜の元へ駆ける。
自分が使える手ごまは、この場には彼女しかいなかった。
どうするかというプランはなかった。
聖のように、人質にとるくらいしか考えていなかった。
気を失っている春菜を揺すって起こそうとするが、彼女が目を覚ますよりも先に、里保が春菜の肩を剣で叩く。
光がはじけて術が解ける。

「チェックメイト、かな?」

桃子の眼前に剣を突きつけた。
235 :ただの名無しでしたから :2014/07/20(日) 23:52
 
236 :ただの名無しでしたから :2014/07/20(日) 23:52
 
237 :ただの名無しでしたから :2014/07/20(日) 23:54
>>228-234 短いですが更新終了です。

>>226 ありがとうございます。お待たせして申し訳ございませんでした
>>227 ありがとうございます。今後もそう言っていただけるようにがんばります。
238 :ただの名無しでしたから :2014/08/02(土) 22:41


「B-3地区、敵軍侵入しました!」

切迫した兵士の報告の声とは裏腹に、それを聞いたさくらの表情は穏やかだっ

た。

小田さくら。

HPWの称号を得た彼女は、紛れもなくツェーン随一の精霊師だった。
首もとのペンダントに光るのはアクアマリン。
3の月に生まれた彼女の力の源だ。

「予定通り、そのまま撤退を続けて」
「……はい」

自分と正反対に落ち着いたその声に、兵士は少し怪訝に答える。
HPWとなったのはわずか数ヶ月前。
自分よりもはるかに幼い女の子が、指揮している。
そのことに関する違和感がいまだに大きかった。
239 :ただの名無しでしたから :2014/08/02(土) 22:42
HPWはあくまで精霊師としての称号。
それが軍事的な兵器としての『力』を表していることは間違いないが、逆に言

えば、それは軍略の『力』を意味しているわけではない。
けれども、彼女は今その位置にいるのだった。

南部の軍の動きがわかったとき、北部地区でもそれを黙ってみているわけでは

なかった。
西部地域が真っ先に落とされた後、東との連携をとった際に、東の放棄を提案

したのは彼女。
その後の亜佑美の動きは彼女にとっての計算外だったが、

東と力をあわせることを決めたさくらの本心は、周りが思っているのとは大き

く違う。
東と力を合わせて南に対抗するためではない。
さくらとしては、自分たちだけで南を撃退できると思っていた。
それだけの策を彼女は持っていた。

彼女の机の上においている地図には、赤い丸がついている。
そこが彼女の作戦の最終地点だった。
240 :ただの名無しでしたから :2014/08/02(土) 22:42
兵士が部屋をでていったのを確認し、さくらは部屋の奥の扉を開けて声を掛け

る。

「そろそろ、準備をしていただいてもよろしいですか?」
「りょーかい」

食べ欠けのクッキーを口に詰め込み、奥の部屋にいた少女は答えた。

軍事的な兵器としての『力』。

HPWの称号が意味するものはそれではあったが、厳密に言えばそれは少し異な

る。
精霊術だけの力をとってみれば、さくらは自分の目の前にいる少女にはかなわ

ないことを知っている。

だけれど、さくらがHPWになったのは、戦いにおける力の使い方を知っている

から。
精霊術の技量やポテンシャルが一番優れているのではなく、もっとも強い精霊

師の称号。
それがHPWなのだから。
241 :ただの名無しでしたから :2014/08/02(土) 22:42
「小田ちゃん、準備完了!」

少女は立ち上がる。
少女といってもさくらよりも少し年下なだけではあるが。

「ありがとうございます。私は先に行っておりますが、もう少ししたら別の者がお迎えにあがりますので、よろしくお願いします」
「りょうかーい」

笑顔を浮かべている彼女に一礼し、さくらは部屋をでる。

彼女は自分がこれからすることの意味をわかっているのだろうか?

わからないように作戦の詳細までを教えていないのは、他ならぬさくらだったのだが。
それでも、あの能天気さには少し辟易していた。
それが彼女の魅力であることはわかっていたけれど、単純に言えば、さくらは彼女が苦手だった。

しかし、彼女がいなければこの作戦は成立しなかった。
HPWである自分ではなく、彼女の精霊師としての力が必要となる。
自分よりもはるかに強大な精霊術を行使できる彼女の力が。
242 :ただの名無しでしたから :2014/08/02(土) 22:43
外にでる。
冷たい風が頬を撫でる。
眼下の街。それを囲むように城壁。
更にその遠くに黒の一団。

南部地域の軍が迫ってきている。
対するようにこちらの軍は後退して、次々と城門に消えていく。

一見すると押されているように見える。
ただし、撤退を前提とした交戦では犠牲はほとんどいなかった。

冷静に、ただたださくらは戦況を見つめる。
それは、安心感。
犠牲者がいないという安心感と、絶対に勝てるという安心感。

待てばいい。
自分の策が発動する瞬間を。
相手が罠にかかる瞬間を。

最後の一団が門をくぐり、城門が閉じられる。
243 :ただの名無しでしたから :2014/08/02(土) 22:43
もう後退はできない。
ここまで勢いよく攻めていた南部軍は、ここで一旦止まる。
戦いながら勢いに任せた進軍は、どうしても隊列が長くなる。
城を落とせば自分たちの勝利。
相手は亀のように城壁の内に閉じこもった。

確実に進軍が止まるのはこのタイミング。
攻城のための準備を含め、全軍がここで一旦落ち着く。

ここに相手を止まらせるのがさくらの作戦。
寧ろ、ここまで相手の進軍を止まらせないことがさくらの作戦の肝だった。

両脇に山がそびえるこの平地。
敵の進軍を正面からのみにするために、その奥に立てられた城。
その立地がさくらの勝利を決定付ける。

そろそろですね……

さくらは傍らにおいていた弓を取り、番えた矢を天に向かって放つ。

ヒュンと空気を裂く音とともに、はるか頭上で光が破裂した。
244 :ただの名無しでしたから :2014/08/02(土) 22:43


遥は腰を下ろして食事を取る。
最短距離を休まずに進んできたが、いまだに敵の姿は見えない。
かなり前から、雪の中に敵の進軍した跡が残っており、それを辿ってはいるのだが。
ただし、自分の体力は十分でも、馬までそうはいかない。
先はもう少ししかないのだけれど。
先に馬をつぶしてしまうわけにはいかなかった。

策はとくに考えていなかった。
遥と共にいるのは20人ほど。
後方からとはいえ、まともにぶつかっても何も起こらないであろう事はわかっている。
仮にあるとすれば、後方に位置するであろう敵の将を迅速に討ち取る方法。

しかし、遥の目的はこの人数で相手を撃退することではなかった。

北部地区の軍と共に亜佑美たちが作戦を遂行するまでの時間稼ぎ。

それが最終目標。

遥の個人的な目標としては、優樹を守ること。
245 :ただの名無しでしたから :2014/08/02(土) 22:43
それにしても……

遥は思う。
余りに城に近い、と。

そこまで追い詰められているとするのなら、なおさら優樹の安否が気に掛かる。

たまらなくなり、水を含んで口の中のものを流し込む。

行かないと。早く。

周りの兵も食事を次々と終える。
遥の気持ちを察したかのように、馬はもう水を飲むのをやめていた。

「行きましょう」

再び馬を進める。

結果から言えば、この休息は望まぬ形で正解だった。

進んだ先で遥は目にすることとなる。
轟音と共に白に洗い流される光景を。
246 :ただの名無しでしたから :2014/08/02(土) 22:44
「何だよ、これ……」

圧倒的な絶望だった。
自分たちがそこにいたらと思うと、身の毛がよだった。

城壁の前にして控えていた南部軍。
その黒が、次々に飲み込まれていく。

雪崩。

見たことはあった。
雪国で育ったのだから。

体験したことはなかった。

それでもわかる。
この雪崩の大きさは普通ではないと。

何千といるであろう軍を飲み込んでいく白い波。

見ているだけだった。
大自然に圧倒されるという言葉は、こういう場面でも使うのだと遥は思った。
時間にしてどれくらいかわからない。
すっかりと一面が黒から白へ変わったあと、ようやく思い出した。

「私たちが倒しちゃってもいいんですよね」

亜佑美が聞いたというその言葉を。

この雪崩が偶然であるとは考えられない。
247 :ただの名無しでしたから :2014/08/02(土) 22:44
これは作戦。
とすれば……

ふっと頭に優樹の顔が浮かんだ。

彼女の使う精霊術は水。

「大丈夫ですよ。北は、私と佐藤さんがなんとかしますから」

もう一つ言葉を思い出す。

もしかして……
まーちゃんの力なら……

その考えに至ったときに、あどけなく笑う優樹の顔が浮かび、こみ上げてきたのは怒りだった。

「小田……さくら……」

ゆっくりとその名を口に出す。
小声だが、はっきりと。
248 :ただの名無しでしたから :2014/08/02(土) 22:44
どうして?

聞かなきゃいけない。
これをやったのは誰で、誰の考えなのか。

遥の想像していることは、事実としては当たっている。
優樹がやった。さくらの考えで。

ただ、遥はまだそれを確信しているわけではないから。

城に向かう。

一面に広がる雪はやわらかく。
膝まで容易に埋まっていくその中を歩いていく。

その時だった。

ばっと目の前の雪が舞い上がると、一人の人間が雪の中から現れた。

その姿は一面の白とは対照的に真っ黒で。
教団の者である事は瞬間的にわかった。
249 :ただの名無しでしたから :2014/08/02(土) 22:44
目が合う。

来ると感じ、遥は剣を抜く。

カンと刃が打ち合ったのはその直後だった。

受けたというよりも、構えた剣に当たったというのが正解。
数歩分あった距離が、すぐに0となっていた。

強い力にそのまま雪の上へ押し倒されそうになる時に、味方が相手に切りかかる。
相手がそれを避けるために後ろに下がったため、遥は体勢を立て直すことが出来た。

剣を構えなおす。

それとともに、辺りの雪が次々と盛り上がり、埋められた兵が姿を現す。

「私が相手しますから、周りをお願いします」

遥は叫び、先ほどの相手に剣を向ける。
250 :ただの名無しでしたから :2014/08/02(土) 22:44
不意を付かれたからであり、心構えができていればなんとかなる。
そう思っていた遥だったが、実際は受けていることしかできなかった。

早かった。

やわらかい雪に足をとられ、満足に動けない自分とは正反対に、相手はそれが普通の地面であるかのように移動していた。
相手の攻撃は届くが、自分が攻撃しようとしたときには、相手は既に離れており、一方的に相手の間合いでの戦いを強いられていた。

ただ、それでも遥がそれをよしとするように思えたのは、城門が開き、兵士がでてくるのが見えたから。
雪崩の後に残存する兵を掃討するために、出撃した彼らは雪の中から這い出していた兵よりも圧倒的に数が多かった。

「くそっ」

何度か遥と打ち合った後に、相手はそのことに気づいたのか、それだけ言うと遥に背を向け城へと向かった。
雪に足を取れられる軍勢の合間を縫うように、漆黒の影がするすると通り抜けていくのを、遥は見送るしかなかった。
251 :ただの名無しでしたから :2014/08/02(土) 22:45


南部地域の人間は、ツェーンにいながら雪を怖さを知らない。
彼らにとっては、雪が生活を不便にすることはあっても、命を奪うことはない。

一年のほとんどが雪のない生活を送っている彼らには、絶対に想像はできない。
ましてや、ましてやツェーンで暮らすことのないビーシー教団の人間が、雪崩の発生を想像するなんてできっこない。

それがさくらの作戦の肝だった。

そして、HPWとなった自分よりも、精霊術の力という点で、しかも「水」を操ることのできる佐藤優樹という存在。
そのピースがそろっているからこそ、可能だった作戦。

そして、作戦は見事に的中して自分たちの勝利は決定的となっていた。

あとは掃討戦。

さくらもそれを支援すべく城壁から弓を放つ。

魔法弓。

さくらをHPWと為しえた力はそれだった。
精霊術をこめた矢を放つ。
たったそれだけのことだった。通常ならば。
本来飛び道具である精霊術に、あえて飛び道具を重ねる。
その行為にメリットは全くない。
消耗品である矢を使用せずとも、精霊術を使用すればいいことだから。
252 :ただの名無しでしたから :2014/08/02(土) 22:45
ただし、さくらは、精霊術の発動のある条件を無視する力を備えていたから。
彼女の武器が魔法弓となりえることができた。

上から戦況を見つめるさくらは、もちろん高速で移動する黒い影の存在に気づいていた。
このままだと、門を抜けられることも想像できた。

だからこそ、彼女はそれに向かって矢を放つ。

単純な矢を放つメリットは、一つだけ存在している。
それは、精霊術を無効化する人間に対しても攻撃できるということ。
ただし、それは教団員を相手にする今の状況だけの話であった。

彼女が魔法弓を使う理由はそれではない。
精霊術は身に着けた宝石を介して発動する。
その条件を彼女はクリアできるから。

つまり、自分の体から離れた宝石から精霊術を使用することができるからだった。
253 :ただの名無しでしたから :2014/08/02(土) 22:46
放たれた矢は一直線に影に向かうが、もちろんそれに気づかれれば避けられる。
それでも、矢が途中で方向を変えることができたなら?

風の力に寄って、途中で矢の動きを変えることができるなら。
それでも咄嗟に直撃を免れていた。

けれど、さくらの狙いはこの一撃で仕留めることではなかった。
首元を掠めた矢は、キュービック・ジルコニアを掠め取る。

精霊術を無効化するのがその宝石の力であろうことは、既に報告されていたから。

さくらにとって、これはもう勝利に値する手に等しかった。
そう、相手が通常の相手だったなら。

中島早貴。

夏焼雅・嗣永桃子と同様にビーシー教団員である彼女。
先の二人と同様に所謂幹部クラスの人間であったが、彼女が二人とは大きく違うのは、精霊師ではないということだった。
精霊術に頼らない、己の力だけでその地位を獲得した彼女。

初撃を避けることができれば、次からは対処か可能であった。
放たれる矢。

早貴はそれを次々と切り落とす。あえて、向かってくる矢へ距離を詰めて切り落としていく。
254 :ただの名無しでしたから :2014/08/02(土) 22:46
周りの兵士も彼女に触れることができない。
高速で移動する早貴は、そのまま門をくぐり、壁を蹴って城壁の上まで、全く無傷のままで駆け上がってきた。

さくらと対峙する。
距離はそれほど離れていなかった。
番えた矢を早貴に向ける。

これを外せば、次の矢を準備する時間がないことはわかっていた。
しかし、先ほどまでと違い、距離が近いため、早貴も見切ることが難しくなっている。

凌げば早貴の勝ちは決定的だった。

先に動いたのは早貴。
向かってくる彼女に狙いを定め、さくらは矢を放つ。
255 :ただの名無しでしたから :2014/08/02(土) 22:46
ヒュンと空気の切る音が聞こえる。
早貴は右へ飛ぶ。
きちんと見えたわけではない。
さくらの構えから、最初に飛ぶ方向を読んだだけ。
もちろん、さくらの力によって、矢は起動を変えることができる。
だから、右手を犠牲にする。
角度を変える際に速度が落ちる矢を視認し、右手で受けた。

これで、勝つ。
着地した右足に力を込め、一気に距離を詰める。

さくらは、矢を番えようとはしていなかった。
間に合うわけがなかった。

諦めがいいのは嫌いじゃない。

早貴はそう思った。
ただ、さくらは笑っていた。
矢を放った姿勢のまま、笑っていた。
256 :ただの名無しでしたから :2014/08/02(土) 22:47
自分が死ぬときに、何を笑ってる?

早貴がそう思ったとき、自分の体が炎に包まれる。

「なんで?」

自分の体がさくらの元へ届くまでに地面にたたきつけられる。
燃えていた。
自分の体が燃えていた。

痛みすらもう感じないほどに、身体を自由に動かすこともできないまでに。
257 :ただの名無しでしたから :2014/08/02(土) 22:47
「私は精霊師ですよ?矢がなくても術を使えるに決まってるじゃないですか?」

キラリと首もとの青が光る。
それを、さくらが撫でると、早貴を包む火が消失する。

「それに、私は風しか使えないなんて一言もいってませんしね」

頬に手を当てて、さくらはもう一度微笑む。
眼下でおこる雪上の戦いも、もうほとんど決着はついていた。
258 :ただの名無しでしたから :2014/08/02(土) 22:47
 
259 :ただの名無しでしたから :2014/08/02(土) 22:47
 
260 :ただの名無しでしたから :2014/08/02(土) 22:48
>>238-257 更新終了です。
最初の数レスの改行がおかしくなっていてすみません。
261 :名無飼育さん :2014/08/03(日) 09:35
おぉ〜冷静な策士すげぇ・・・そしてちょっと怖ぇw
北のあのお方とのコンビはなるほどという感じですね
262 :ただの名無しでしたから :2014/08/18(月) 22:53
<7.大いなる力>

―この地の南に、高い山があるの。そこは決して雪が積もることのないといわれる山が――

ツェーン南部に位置する山。

雪がほとんど降らない南においても、この山だけは一年を通して雪をかぶっていた。
雪道すら歩くのに慣れていない聖にとって、雪山というものは想像以上のつらさだった。

「フクちゃん、大丈夫?」

少し先に進む里保が手を差し伸べる。

「ありがと」

里保も衣梨奈も雪に慣れているわけではないが、基礎体力が違っていたから。
自分が足を引っ張っていることに罪悪感を抱く。

ここにくる必要があったのは自分なのに……

この前も、自分のせいでみんなに迷惑をかけていたから。
だから、こんどこそ迷惑をかけないように、ここにきたのに。

里保に手を引かれながら斜面を登っていく。
263 :ただの名無しでしたから :2014/08/18(月) 22:53
先導する遥と衣梨奈も足を止め、二人が追いつくのを待っていた。

「一緒に来てよかったの?」

衣梨奈は、自分の横に立つ遥に問いかける。

「……えぇ」

搾り出すように遥は答えた。

ツェーン全土を巻き込んだ今回の戦渦。
その事後処理のために、4つの公家が会談を今まさに行っていた。

今回の原因である南部地域と、最初の被害国である西部地域に関しては、公爵が亡くなっており、国の復興ということ以上にさまざまな問題が山積みだったから。

「私は、国をでていた身なんで」

今更どんな顔して首突っ込めばいいんですか、と自嘲気に続けた。
264 :ただの名無しでしたから :2014/08/18(月) 22:53
けれども、遥が里保たちと一緒にこの山へやってきたのは、それ以外の理由もあった。

聖がそうであったように、遥も今回の戦いで自分の無力さを痛感していた。
優樹を守るなんて、守れるなんて思っていた自分に腹が立っていた。

中島早貴との戦いも、足止めすらできないまま、一方的に受けていただけ。
さくらや優樹とも、戦いが全て終わるまで会うことすら叶わず。
できたことといえば、すでに決まった勝負に加担しただけ。
自分たちがいなくても、戦況には全く関係がなかったことは、遥自身が一番よくわかっていた。

力が欲しかった。

力が。

ビーシー教団に対抗する力を手にすることのできる山。
中腹を越えているが、まだ何もない。
そもそも、何があるのかすらわかっていなかったが。

そんなことを考えているうちに、聖たちが追いついてくる。
265 :ただの名無しでしたから :2014/08/18(月) 22:53
「聖、結局ここに何があるの?」
「わからない……」
「道重さんに聞けばいいのに」

里保と聖は、衣梨奈の言葉に顔を見合わせる。

自分たちの状況はわかっているはずなのに、何も話しかけてこない。
これが、正しいからなのかどうなのか。
いまだに里保も聖も、さゆみのことをまだつかめていなかったから。

わからないままに先に進んでいく。
頂上に行けば何かわかるかもしれない、なんて淡い期待を寄せながら。

けれども、その期待は途中で崩される。

少し進んだ先に、小屋が建っていた。
雪の中に埋もれながら、たった一軒だけ。
煙突から煙が上がっていることが、中に人がいることを現していた。
266 :ただの名無しでしたから :2014/08/18(月) 22:54
「すみません……?」

ゆっくりと扉を開けながら、遥が声を掛ける。

「私はもう何も作らないって言ってるでしょ?」

奥から叫ぶような声が聞こえた。
それが何を意味しているのかわからず、3人は顔を見合わせる。
3人は。

ただ、一人、その中で動いた人間がいた。
遥を押しのけるように、勝手に入っていく衣梨奈。

「新垣さん!!!」

衣梨奈は叫ぶ。
暖炉の前に座っていた人物が腰を上げて振り返った。

「だーかーらー、私は何も作らないって………あれ?生田?」
「新垣さん!!」

衣梨奈はそのまま理沙に飛びついた。
267 :ただの名無しでしたから :2014/08/18(月) 22:54


「……で、私がそうだと思ったわけだ」

聖たちの話を一通り聞き終わった後、理沙はそう言った。
沈黙が流れる。

誰もがその次の理沙の言葉を待った。

「まあ、道重が言うこともあながち間違ってはいないんだけどねぇ」

理沙はそう続けると机の上に一つの黒い石を転がした。

「キュービック・ジルコニア……の原料といえばわかるのかな?
さっきはごめんね。断ったのはこれの加工を以前から頼まれていたから」
「教団が?」

衣梨奈の言葉に、理沙は頷く。

「作ってないけどね。でもね、私ができるのはそういうことなんだよ、譜久村さん、だっけ?」
「はい」
「あなたの望む宝石を作ってやることは出来ると思う。あなたにはそれだけの力がある……」

そこで一旦理沙は言葉を切った。
ただ、聖にも何が問題なのか検討がついていた。
268 :ただの名無しでしたから :2014/08/18(月) 22:55
「後は、材料。私は錬金術師じゃないんだから、何もないところから作ることは出来ない。
あなたにもっとも相性のいい石、オパールがないとどうしようもないんだよ」

もっともなことだった。
もちろん、聖が思っていたこともそれだった。

現状のものに力を加えるわけではない。
あくまで新しく作る必要がある。

それも……

「一度も契約していない純度の高いもの。やっぱり原石でないと作れない」

「わかりました。探してきます」

そう言って聖は立ち上がる。

「どこか当てはあるの?」

里沙の問いかけに、聖は「ありません」と答える。
遥も自分の記憶を探る。
ツェーンにおいて石が取れる場所はいくつか存在する。
ただし、雪に覆われている間は採掘がストップしていた。
それを雪解けまで待っている時間がないことはわかっていた。
269 :ただの名無しでしたから :2014/08/18(月) 22:56
それでも振り出しに戻ったわけではなかった。
石さえ見つければいいということがわかったのだから。

「一旦城に戻りましょう。みんなに聞いてみれば、きっと見つかるはずです」

遥の提案に、聖も里保も頷き出て行こうとしたときだった。

「あ、あのさ……」

申し訳なさそうに衣梨奈が手を上げた。

「えりぽんどうしたの?」

里保が問う。

「実は……あっちゃったりするんだよね」
「「え?」」

みんなの視線が自分に集まる中、衣梨奈は服の下から、首元にかかった一つの石を取り出した。

10の月の石であるそれを。
270 :ただの名無しでしたから :2014/08/18(月) 22:56
「……これ、使えますよね、新垣さん?」
「あ、あぁ……ってか、これって……」
「そうです。新垣さんにもらったものですよ」

言いながら、衣梨奈は首からオパールを外して里沙の手に乗せる。

「使ってください。もう私には必要ないものですから」

「えりぽん、いいの?大事なものじゃないの?」
「いいよ。私じゃ使えないものだから。ずっと付けてたから、ちょっと汗臭いかもしれないけどね」

少し寂しそうに笑って衣梨奈は答えた。

「うん、確かにこれで作れるよ」

指でつまんだオパールを光にかざして里沙は言う。
271 :ただの名無しでしたから :2014/08/18(月) 22:57
「どれくらいでできますか?」
「こればかりはわからない。1日あれば作れると思うけど、何せ久しぶりだしね。
譜久村さんと、後生田には手伝ってもらおうかな」
「はい。了解です」

そういった衣梨奈の声は、少し弾んでいた。

「二人は、先に山を下りてもらっててもいいし、待っててもらってもどちらでも好きにして。
もう一部屋あるから、そこで寝ることもできるけど」

里保と遥は顔を見合わせる。
ただ、二人も一刻も早く見てみたいという思いもあった。

「いえ。待ってます」
「わかった。とりあえずもう今日は遅いから、仕込みだけして作業は明日からとりかかるようにするから。
生田、さっそくだけど手伝って」
「はい」

威勢のいい声が響いた。
272 :ただの名無しでしたから :2014/08/18(月) 22:57
 
273 :ただの名無しでしたから :2014/08/18(月) 22:57
 
274 :ただの名無しでしたから :2014/08/18(月) 23:01
>>262-271 更新終了です。途中(>>266-267)名前の漢字が違ってます。申し訳ございません。


>>261 ありがとうございます。あの人、腹黒いですのでwこれからも色々と人間関係を含めて引っかきまわしてくれると思います。
275 :名無飼育さん :2014/08/20(水) 19:51
フクちゃんの力がさらに増強されるのか?!
今からワクワクです(・∀・)
276 :ただの名無しでしたから :2014/08/23(土) 23:06


「誰?」

不意に自分の背後に現れた気配に、里沙は問う。
人影は答えない。
そこに立っているだけ。
ただ、そこに殺気は全く感じなかった。

だから、里沙はゆっくりと振り返る。

「えっと、名前なんていうんだっけ?」
「工藤です。工藤遥」
「あ、そーだったね。ごめんごめん、こんなとこで人に触れずに暮らしていると、人の名前とか覚える習慣がつかないんだよ」

「で、何の用?」

続けて里沙は問いかける。
明らかに自分にだけ用があってきたことはわかっていた。
277 :ただの名無しでしたから :2014/08/23(土) 23:07
「私にも作ってくれませんか?」
「作る?」
「私も10の月の生まれなんです。譜久村さんに作っていただけるなら、同じものを……」

言葉を途中でさえぎるように、里沙は深く息をついた。

「あんた、精霊術もそんなに得意じゃないでしょ?」
「……はい」
「そんなあんたが、その力を持っても役に立つの?」
「でも、それがあれば、教団に対抗することが出来る」
「それがあれば……か……」

繰り返して言葉に出し、里沙は苦笑する。

「結論から言わせてもらうと、あんたには作れない」
「どうしてですか!」
「どうしてもこうしてもないよ」
「譜久村さんみたいな力がないからですか?」
「そうじゃない」
「そうじゃないなら、なんなんですか!」
278 :ただの名無しでしたから :2014/08/23(土) 23:07
「力がないと、だめなんですよ。大事な人も、大事なものも、守れない。足手まといで、いてもいなくても変わらなくて。
力が欲しいんですよ。私だけじゃ、何にもならないんですよ」

部屋に声が響き、その後に静まり返る。
里沙は。すぐには何も言わなかった。
遥の荒い息だけが聞こえていた。

「あんたは、もっとあんたができることをやらないといけない。こんなところにいないでね」
「どう、いう……ことですか?」
「それは自分で考えなさい。ただね、一つだけ言っておくと、みんながヒーローになりたいと思っても、みんなヒーローになれるわけじゃない。
ましてや、しんどいことから逃げ出して、他人に頼って力がもらえると思ってるような子はね」
「でも……」

反論をしようとそう口に出した遥だったが、それに続く言葉がでてこなかった。
里沙の言っていることは、自分が一番よくわかっていた。

だからこそ、だからこそ遥は力が欲しかった。
279 :ただの名無しでしたから :2014/08/23(土) 23:07
「ま、わからなかったらわからなかったでいいよ。でも、私はあんたには何もしてあげられない」

遥は反論できずに口を閉ざす。

「鞘師みたいなのと一緒にいるからそんなことを思っちゃうのかもしれないけど、あの子はは特別だよ」
「……さやし?」

聞きなれない言葉に思わず声が出る。
それでも、どこか頭に引っかかるような言葉。

「あれ?鞘師だよね?一緒にいたのは?」

鞘師。
鞘………

はっと気づいた。
そして、背後に気配を感じたのはそれと同時だった。
280 :ただの名無しでしたから :2014/08/23(土) 23:07
「怖い顔してどうしたの?」

険しい顔をしている里保へ、里沙はなんでもないように言った。

「その名は口に出さないでください」

里保は強い口調で言った。

「まだ、引きずっているんだね」
「あなたにはわかりませんよ」
「もう100年は経ってるでしょ?誰も知らないよ。鞘師って」
「そういう問題じゃないんですよ」

二人のやりとりは、遥にとって全く理解できなかった。
ただわかったことは、里保の名が鞘師ということ。
衣梨奈も知らないといっていた彼女の名を、自分が知ってしまったということ。

「どうする?そこの子は全くわからないって顔してるけど、説明してあげたほうがいい?」

促されて遥は、思わず里保を見る。
知りたい気持ちはあったが、里保の前で知りたいですとは言えなかった。
281 :ただの名無しでしたから :2014/08/23(土) 23:08
「ガキさん、あんまりりほりほをいじめないであげて」

不意に自分の前に現れた人物に、里保は思わず声を上げそうになった。
夢の中でしか会ったことのない彼女は、その美しさのままに自分の前に存在していた。

「道重、さん」

改めて口に出す。

「ここは、道重のいる側に近い場所だから、こうやって出てくることができるんだよ」
「道重さんのいる側?」

「精霊側、というのが一番りほりほ達にとってはわかりやすいかな」

里保の問いかけに答えたのは、里沙ではなくさゆみだった。

「この山自体がそういう山だから。精霊の力の強いこの山は、精霊師にとっても最も力を出せる場所なんだよ」

そのまま、さゆみと里沙の話は続くが、精霊術に対する知識がほとんどない里保には半分も理解できなかった。

結局、自分の名前のことはその後触れられないままに、その夜は終わる。
けれども、そのことを里保は忘れていたわけではなく。

翌日、遥に自分の口から告げることとなる。
282 :ただの名無しでしたから :2014/08/23(土) 23:08


山の中腹辺りではすっかり雪世界だったが、麓まで下りてくれば雪は消え、川が流れている。

里保と遥は二人でそこまで降りてきていた。
他の二人が理沙を手伝っているため、何もすることのない二人だったから。

道中言葉を交わすこともなく、ただただ里保についてきただけの遥。
話があると言われたとき、昨日のことだということがわからないわけはなかった。

ただ、遥の想像と、里保のやろうとしていることは真逆に近いことだったが。

少し大きな木の根元に、里保は腰を下ろす。
遥も倣い、少し間を空けて横に腰を下ろす。

「私は、鞘師、里保。あなたが工藤遥という名前があるみたいに、私にもちゃんと名前はあるの」

改めて名乗られた名前に、遥はどう答えればいいかわからずに黙り込む。
283 :ただの名無しでしたから :2014/08/23(土) 23:08
「私が下の名前しか言っていなかった事は気づいていたよね?」
「え…と、気づいたというより、生田さんに指摘されて、気づいたって程度です」
「そっか、えりぽんもね。知らん顔してるけと、よく見てるよね、本当に」

そう言った里保の顔は少し微笑んでいた。

「鞘師、っていうのはね。その名の通り、鞘を作る者っていうことなの」

遥は改めて里保の腰にささる鞘を見る。
確かに、今まで自分が目にしたことのない意匠のものではあった。

「もちろん、これも私の父が作ったもの。私はまだ自分で鞘を作ったことはないし、作ることもない」
「どうしてですか?」

思わず言葉が出た。
自分の家を継ぐこと。
それを断固否定している里保の言葉に疑問だったから。

「昔は、王に収める宝剣や伝説の剣と呼ばれる類のものの鞘を作る役目だった」
「だった、って今は違うんですか?」
「今は違う。私の父を含め、鞘師の名を持つものは、そんな鞘を作ることはない」
「どうしてですか?」
「私の祖父の、その父親だったか、そのくらいの人が、頼まれたの。新たに見つかった剣の鞘作りを。
今思えば、そういうのがえりぽんが前に言っていたジュエルウェポンとか言うものになるのかもしれないけど」

遥は何も言わずに里保の言葉を待った。
話しているうちに彼女の顔つきが次第に険しくなっていくのがわかった。
284 :ただの名無しでしたから :2014/08/23(土) 23:09
「ところが、その剣を鞘を作っている途中に行方不明になった。、実際には盗まれたんだと思うけど」

里保は言う。
鞘を作るとき、特に力のある剣の場合は、その剣と別に鞘を作ることはできないんだと。
剣を前に置いて鞘を作らなければいけない。
でなければ、強大な力を持つ剣を鞘に封じておくことができない。

鞘は、剣を封じておくもの。
剣に宿った力や切れ味を落とすことなく保管し続けなければいけないもの。
それは物理的な強固さだけでは為しえないことであった。

剣を眠らせる。
簡易な封印といっても過言ではなかった。

しかし、その鞘を作成中に剣そのものがなくなってしまう。

「鞘師」という名は、それから鞘を作る人間の間では死んだものとなった。
二度と何かを依頼されることはなく。
失意のままに、ほそぼそと自分達のためだけに作る鞘。

そうして生まれた鞘術という剣技。

鞘を通して精霊の力を借りて、使用者によって生み出される剣。

それが里保の剣。
彼女しか扱うことの出来ない、彼女によって生み出された剣だった。
285 :ただの名無しでしたから :2014/08/23(土) 23:09
「私たちは鞘師という名前を名乗ることは許されない。自分達のためにしか鞘を作れない者を、鞘師だなんて呼べない」
「でも……もう昔のことでしょ?あなたには何も関係ないじゃないですか?」
「関係ないなんてことはない。それはくどぅー、あなたもわかってるんじゃないの?
生まれからは逃げられない。あなたは、どうあがいたって、ツェーンの公家の人間なのよ?
どんなに国を離れても、どんなに逃げ回っても、あなたは自分の血からは逃れられない」

うすうす遥も自分でわかっていた。
願望だった。
里保がそれから解き放たれることで、自分も解き放たれるんじゃないかという。

それでも、現実は変わらない。

「あんたは、もっとあんたができることをやらないといけない。こんなところにいないでね」

昨夜の理沙の言葉を思い出す。
里保が自分の運命と向き合っているように、自分も向き合わなければならない。

それはわかっている。

でも、今更どんな顔していけばいいかわからない。

事後処理からすらこうやって逃げ出して、こんなところにいるくらいなのだから。
286 :ただの名無しでしたから :2014/08/23(土) 23:09
いっそのこと、両親の方から見限ってくれればいいのに、と思う。
そうすれば……

そこまで考えたとき、人の気配に気づく。

それは里保も同じで。

麓からの道を、一人の女性が歩いてくる。
旅をするにしては、自分達を同じくらいに軽装だった。

肘から先を除き、細く引き締まった体を、ぴったりと黒い服が覆っている。
左腰にささるのは、少し反った細くて長い剣。
耳に光るのは紫色の宝石、アメジスト。

髪を後ろに一つに縛った凛とした表情が、二人の目と合った。

反射的に、やばいと思った遥の読みは、間違っていないことがすぐにわかる。
里保も、それは感じていた。

相手の力量を見た目だけで測ることはできないが、それでも十分すぎるくらいの雰囲気を醸し出していた。

矢島舞美。

たった一人、彼女はこの山へやってきた。
287 :ただの名無しでしたから :2014/08/23(土) 23:09
 
288 :ただの名無しでしたから :2014/08/23(土) 23:09
 
289 :ただの名無しでしたから :2014/08/23(土) 23:11
>>276-286 更新終了です

>>275 ありがとうございます。彼女の力はとても重要なので。これからきっと活躍してくれると思います。
290 :名無飼育さん :2014/08/24(日) 13:57
謎がひとつ解けてなるほどと唸ってます
これからもいろいろ解き明かされていきそうで、わくわくしてます
続きも楽しみにお待ちしております
291 :名無飼育さん :2014/08/25(月) 20:58
こんなところで遭遇・・・どうなってしまうんだ・・・
292 :ただの名無しでしたから :2014/08/31(日) 22:13
「この先は、行かせません」

この山にやってくる黒い服。
理沙に最初に会ったときの台詞からも、それだけで、ビーシー教団の人間であることは予測がついた。

里保は、青い剣を抜く。
舞美は歩みを止めることなく、里保に近づいてくる。

ただ、里保は感じた。
彼女の間合いに入ることが危険であることを。

だから、迫ってくる彼女に対して、少しずつ後ろに下がっていかざるを得なかった。

感じたことのない感覚だった。

少しでも踏み入れば、瞬時に真っ二つにされそうな。
剣を抜く素振りすら見せていないのに、その思いが頭から消えなかった。

それでも、このまま下がっていくことに意味はない。

剣を構える。
相手の方が明らかに長い剣を使っているため、自分の間合いではないが、それでも自らの間合いにするために、向かっていくしか選択肢はなかった。
293 :ただの名無しでしたから :2014/08/31(日) 22:13
一歩を踏み出す。
瞬間にジンという打ち合った手の感覚。
太刀筋はまだ感じることが出来たが、抜いた瞬間を正確に捉えたわけではなかった。
鞘から抜かれた剣が一本の線となって自分の下へやってきた感覚。
剣先の軌跡だけを後から感じ取っただけだった。

それでも、里保は受けた。
舞美の初太刀を。

そこで、里保は気づく。
自分の目の前にある舞美の剣の形状について。
片側にしかついていない研ぎ澄まされた刃と、その形状から、剣ではなく刀であることを確認する。

それが、何かを意味しているわけではない。
ただ、今までの人間と違うという感覚。
雅や、桃子といった人間とは全く異なる、異質で、そして、絶対的な強さ。

里保が舞美から感じたものはそれだった。

すっと剣に掛かる力が緩む。
それは、次の攻撃の合図。
少し離れて見ている遥から見れば、まるで何本もの刀が全方向から襲ってくるかのように錯覚するほどの剣技を、里保は全て受けていた。
294 :ただの名無しでしたから :2014/08/31(日) 22:13
激しく打ち合う音が響く。
火花が飛び散ろうかという勢いで繰り出されるそれを、鞘師は全て止めていた。

間に里保も攻撃をはさむが、それが舞美に当たる気配は欠片ほどもない。
刀で受けることなく避けられ、代わりに際どい一撃が振り下ろされる。
それをなんとか受け止め、崩れた体勢を整えながら、舞美の刀を止めていく。

どれくらい続いただろうか。

息を吸うことも忘れるほどに、遥は集中してそれを見ていた。
ようやく目が慣れて、両者の剣の動きが線としてわかるようになってきたとき、二人は一旦距離を取った。

「なかなか。受けは上手い」

刀を一度下ろして舞美は言う。
里保も、一度剣を消す。

両者とも、それほど息は乱れていない。
ただし、余裕の表情を見せているのは、明らかに舞美の方だと、遥もわかっていた。

とはいえ、自分の剣があの中に入っていくのは不可能に思えた。
自分が割り込んだところで、足を引っ張るだけ。
見ているだけの自分が、手が震えていることに気づく。

それほど、自分と二人のレベルが違うことはわかっていた。
295 :ただの名無しでしたから :2014/08/31(日) 22:13
里保が再び剣を抜く。
それが合図となり、二人は再び打ち合う。

先ほどよりも激しく打ち合うが、それでも舞美は里保の剣を刀で受けることもしない。
そのことに、里保は次第に気づき始めていた。

それでも、舞美の攻撃を受け止めて、機会を伺う。
手数は圧倒的に舞美だった。
里保は、更に手数を減らして、より確実な一撃を狙おうとするが、それも全て避けられる。

しかし、圧倒的に攻めながらも傷一つ付けられていない事実も、舞美はわかっていた。

このまま、いつまでもてこずっているわけにもいかなかった。

「それじゃ、これでどうかな」

舞美の攻撃が一旦緩む。
その隙に、里保は剣を振るが、舞美は避けていくだけ。
里保の方が手数が多くなってきた時、ふっと、彼女は気づく。
自分が打たされているということに。

その気づきとほぼ同時に、目の前に迫る刀。

咄嗟に顔を下げるが、前髪が数ミリ宙に舞う。
296 :ただの名無しでしたから :2014/08/31(日) 22:13
カウンター狙い。

まさしく自分がさっきまでやっていた戦法を取られた形だった。
しかも、それは自分のやっていたものよりも遥かに鋭かった。

動けなかった。
今までと同じように攻めていれば、舞美と打ち合うことすら不可能だとわかっていた。
もっと攻撃に偏重すれば、先ほどの一撃が今度は確実に自分を貫くに違いない。

そこまで考えたとき、里保は自分から動くことはできなかった。
あくまで、逆。
自分がカウンターを狙っていくしかなかった。

そのことに舞美も気づく。
だが、彼女はだからといって待つことはしなかった。
一つは、お互いに待ったところで、舞美にメリットがないということ。
自分の任務をこなさないといけない彼女は、ここで時間をつぶしている暇はない。
もう一つは、自信。

里保は失念している。
舞美の耳に掛かるアメジストを。
297 :ただの名無しでしたから :2014/08/31(日) 22:14
ただし、単純にここから彼女が術を放ったところで、里保にとっては何の脅威にもならない。
舞美の精霊術は、彼女の剣技に比べるととても幼稚なものだったから。
打ち消せる上に、まともに当たっても、致命傷すら与えられない程度のものでしかない。

それでも、舞美は術を使用した。

彼女の使うものは炎。

ただし、相手を狙った火球ではない。
その場に存在する炎。

里保の周りを囲むように5個の炎が出現する。
5個。

それが舞美が使える精霊術の限度だった。
たったのその程度。
5個の炎を空間に維持しておくだけ。
雅の手に掛かれば、もっと威力の高い十数個の炎を自在に操ることができただろう。

それでも、舞美にとってはこれで十分だった。
298 :ただの名無しでしたから :2014/08/31(日) 22:14
里保は、その意図がわからずに、止まっていた。
打ち消すわけでもなく、自分の周りに出現した炎に注意を払っているだけ。

舞美が再び刀を振る。
炎がそれに連動して動くわけでもない。
ただそこに炎は存在しているだけ。
それで、十分だった。

打ち合う剣。
数度繰り返し、最初の繰り返しだと思ったそのとき、里保の太ももに痛みが走る。
ジュッと服が焦げ、肉が焼ける。

咄嗟に理解する。
それが炎によって為されたものだと。

そして、集中が途切れた隙に、舞美の刀が迫る。
それを何とか受けて、一歩下がろうとすると、今度は背中が焼ける。

そして、それは何度も繰り返される。
里保が動くたびに炎が彼女の身体を焦がし、炎が消えるたびに、新たな炎が設置される。
舞美は、里保をそこに追い込むように刀を振っていく。
299 :ただの名無しでしたから :2014/08/31(日) 22:14
炎を…
なんとかしないと。

剣を一度消す。
舞美の刀を大きく避けて、赤い剣で周りの炎を打ち消す。
ただ、その作業の間に、再度振られる舞美の刀を避けることは出来ない。

刀を受けた赤い剣は、カンという音とともに消滅する。

そのまま振り下ろされた刀は、左手をざっくりと切り裂いた。

「鞘師さん!!」

遥は叫んでいた。

―りほりほ、私の力じゃ、この刀は止められない。―

さゆみの声。
精霊術を切るための剣。
ある程度の物理的な力なら受け止めることができるが、舞美の剣戟をとめることはできなかった。
300 :ただの名無しでしたから :2014/08/31(日) 22:14
激痛の走る左手。
動いたことが唯一の救いだった。

青い剣を抜く。

しかし、それでは、先ほどと同じ状況だった。
それでも、それ以外に選択肢はなかった。

青い剣では術を止められず。
赤い剣では刀を止められない。

服は焼けてぼろぼろになり。
露出した肌は焼けて赤く腫れて血がにじむ。

里保は、動いた。
設置される炎から逃れるように。

しかし、舞美に距離を詰められると、そんなこともできなくなる。

攻めるしかない。

このままじゃ嬲り殺されるのは目に見えていた。

満足に動くうちに。

剣を薙ぐ。

2回、3回と連続して振った剣は、空を切るだけ。

そして、代わりに舞美の刀が里保を薙ぐ。

渾身の一撃の後では、避けることは不可能だった。

左肩から袈裟懸けに赤が走った。
里保の手から剣は自動的に消滅する。

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