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シースシース

1 :ただの名無しでしたから :2014/02/15(土) 22:09
ジャンルはファンタジー。
娘。、べりきゅーなどなどオールキャスト。
主役は鞘師さんで。

よろしければお付き合いいただければうれしいです。
2 :ただの名無しでしたから :2014/02/15(土) 22:10

「あ、雨やんだかも」

窓の外を見ながら衣梨奈はそう言った。

「本当だ」

ベッドから起き上がり、里保が言う。
昨夜から降り続いた雨は、昼を少し過ぎた今、止んだ。

まるで、それが始まりかと言うように。
3 :ただの名無しでしたから :2014/02/15(土) 22:10




―――シースシース――



4 :ただの名無しでしたから :2014/02/15(土) 22:10
<1.抜かれた剣>

とある世界の大きな大陸。
そのほぼ東の半分を領土とする大きな国。

その東側に位置する少し大きな街。

鞘師里保と生田衣梨奈はそこの宿の一室にいた。

「えりぽん、もう行く?」
「んー、まだいてもいいんだけど」

手にした紙に目を戻したまま、衣梨奈は言った。
他愛もない事件と依頼が並んでいるそれは、この町の掲示板から拝借してきたものだった。

西の街道で盗賊が頻発しているとか、その警護の募集だったりとか。
この世界では日常的な内容ばかりがそこに並んでいた。

里保はそんな衣梨奈を気にすることなく、勝手に用意を始める。
横になっていたため乱れていた長い黒髪を手で梳かしながら。

まだ、十代半ばの彼女だったが、彼女は故郷をでて旅を続けている。
それ自体はこの世界では決して珍しいことではなかったが、同じような年代の衣梨奈と二人きりということは、珍しいことではあった。

彼女の服装や持ち物は、旅をしている人間としては、軽装だった。
ただし、それは彼女が精霊師だとすれば説明がつくものだった。
5 :ただの名無しでしたから :2014/02/15(土) 22:11

精霊師。

宝石を媒介として、精霊と契約をすることで、彼女たちの力を精霊術として使うことができる者。
精霊による多大な力を得ることができる反面、その修練に時間をかけている精霊師は、それ以外の道具、特に武器を操る力はそれほどではない。
また、精霊の力が単純に、武器を用いた力と比較にならないということも、精霊師が武器の修練を積まないという理由にはなっているのだが。

確かに、里保の腰にはきらりと光る緑の石がある。
エメラルド。
彼女の生まれ月の宝石。

生まれ月の宝石を使用することは、他の宝石を使うよりも強い効果を得ることができる。
それは、精霊師に限らず、この世界の誰もが持つ権利だ。

宝石の力と、生まれ月であるかどうかの相性。
その二つが、その宝石を使用した際の力に大きく関与する。

だから、里保がそれを持っていることはすごく自然なことだった。
ただ、彼女の持ち物に極度の違和感があるとすれば、腰に下げられた鞘だった。

それは、彼女が精霊師なのに、武器を持っているからではない。
そもそも、彼女は精霊師ではない。
だから、鞘を腰に下げていることは、違和感はない。
精霊師でない彼女が武器を持つことは、自分の身を守る手段としては当然のことだった。
6 :ただの名無しでしたから :2014/02/15(土) 22:11
それでも、その鞘は彼女が精霊師ではないのに、軽装であることの違和感を凌駕するほどだった。

なぜならば、そこにはあるべき剣がなかった。
『鞘』だけ。
彼女が持っているのはそれだけだった。

けれども、彼女はさもそれが当然であるかのように、腰に下げたまま、準備を続けていた。

「そんなに急がなくても、大丈夫なのに」

すっかり準備を終えかけている里保に衣梨奈は告げる。

「そうなの?」
「まぁ、いいんだけど」

衣梨奈は立ち上がる。
彼女も里保と負けず劣らず軽装ではあった。
しかし、彼女は精霊師だったから、それは全く矛盾しているわけではなかった。

右の薬指に光る指輪。
やや薄いピンクがかったルビー。
彼女の生まれ月である7の月の石だった。
7 :ただの名無しでしたから :2014/02/15(土) 22:11
「あ、見て見て、あれ、教団の人間じゃない?」

立ち上がった衣梨奈が窓の外を指差す。

「教団?」
「あ、知らないんだ」

ふふんと鼻を鳴らし、衣梨奈は得意そうに続ける。

「教団だよ、ビーシー教団」
「びーしーきょうだん??」

里保は窓に近づき、探し始める。
雨が上がったばかりで、外へ出ている人は少ないので、それらしき人物はすぐにわかった。

真っ黒のローブで頭から覆われ顔すらわからない。
黒の中だから余計に映えるのは首元に光る白い宝石。
8 :ただの名無しでしたから :2014/02/15(土) 22:12
「宝石、じゃないんだよね、ほんとは」
「え?」

自分の心を読まれたかのようで、思わず振り返った。

「まぁ、そのへんは難しいから置いといて」
「で?その教団って何?」
「いや、ああいう人のこと。見るからに怪しい感じ」
「それは、それでわかるんだけど、怪しいなっていうのは」
「うーん、簡単に説明すると、あの人たちは、私たちみたいな精霊師が嫌いなの。で、いろいろな活動をしているんだけど、それが結構ぎりぎりの感じでね。いろんなところで問題になってるって人たち」
「ああ、何かよくわかるようなわからないような」

もう一度、窓のほうへ向きなおす。
その時だった。

――力を貸してください――

「え?」

耳に届いたというより、頭に直接響いたような。
再度振り返った衣梨奈は、じっと自分を見ている里保を不思議そうに見ている。
9 :ただの名無しでしたから :2014/02/15(土) 22:12
「どうかした?」
「ううん、気のせいかな」
「さては、私の可愛さに見とれてる?」

衣梨奈の問いかけには答えず、里保は考えをめぐらす。

先ほどの声は、なんだったんだろう?

女性の声だが、今まで自分が聞いたことのない声だった。
空耳かとも思ったが、それにしてははっきりと聞こえていた。
そして、それだけはっきりと自分には聞こえているのに、衣梨奈はそのことに気づいていない。

何らかの力で自分にだけに呼びかけている、ということ?

じっと集中して耳を澄ますが、その次の声は聞こえてこない。
10 :ただの名無しでしたから :2014/02/15(土) 22:12
やっぱり空耳だったのかな……


窓際から離れようとしたそのときだった。
自分越しに窓の外見ていた衣梨奈がつぶやく。

「あれ、あそこ何かやばいかも」
「え?」

振り返って窓の外を見る。

先ほどの教団の人物が、複数に増えている。
そして、彼らに囲まれるようにして連れられていく女の子が一人。
逃れようと抵抗しているようにも見えた。

「あーあ、どうしたんだろうね」

他人事のように続ける衣梨奈。

「どうしたんじゃないよ、助けないと」
「え?さっきの私の説明聞いてた?あの集団とかかわりあいにはならない方が―――」

衣梨奈の言葉が終わらないうちに、里保は窓から飛び出した。
11 :ただの名無しでしたから :2014/02/15(土) 22:12
「ちょ……里保!」

背中から聞こえる声を落下しながら聞く。
準備をしていてよかった。
素直にそう思う。

えりぽんはあぁいったけど、そんな集団だから、余計にただ事ではないと思った。
さっきの声、そのことを里保はもう忘れかけていた。
ただ、頭の片隅に助けを求めていたその声があったから、自然に体が動いたのかもしれなかった。

地面にドンと着地する。
2階からとはいえ、ジンと両足にしびれが伝わる。
しかし、それは数秒。

すぐに駆け出す。
通りに彼らの姿はなかったが、どこの路地で曲がったかは落下中に目で追っていた。

急に上から降ってきた里保に、にわかに通りにいた人たちがざわめくが、気にすることなく走り出す。
水溜りを2回踏み、泥が自分にかかったことも気にせずに。
12 :ただの名無しでしたから :2014/02/15(土) 22:13
「まったく……人の言うことを聞かないんだから」

角を曲がった里保の姿が見えなくなり、衣梨奈は呟く。

「さて、私は私ができることをしなくちゃ」

扉を開けて出て行く。
里保のように2階から飛び降りるなんて芸当は、衣梨奈にはとても不可能だった。
13 :ただの名無しでしたから :2014/02/15(土) 22:13



「その子を離して」

角を曲がった瞬間、黒が目に入ると里保は叫んだ。

黒いローブを身に着けた教団員は全部で5人に増えていた。
その合間から見えるピンク色が目に留まる。
先ほどの女の子が着ていた服と同じ色だった。

「邪魔をするな」

野太い声とともにいきなり振り下ろされたのは、先端が里保の顔ほどありそうな真っ黒のメイス。

地面の土をたたき、ドンという音とともに陥没する。

脅しとはいえ、いきなり……

衣梨奈の言っていたことの意味を少し理解する。

だが、そんなことくらいで引くことは里保にはできなかった。
14 :ただの名無しでしたから :2014/02/15(土) 22:13
ふぅと息を吐き、鞘に手をかける。
まるで、そこに剣があるかのように。

そのまま、男との距離を一気につめる。

振り下ろされるメイス。
今度は地面ではなく、里保の頭をめがけて。

しかし、それは里保に触れることはなかった。

キラリとエメラルドが煌くと、里保は右手を鞘から離す。
その仕草は剣を抜く動作とまったく同じ。そして、そうであるかのように彼女の手には白銀の剣が抜かれていた。

カンという大きな金属音。
里保の持っている剣によって、メイスのもち手が切断される。

そのまま、切り返し、ローブの上から腹部を撫で切る。
15 :ただの名無しでしたから :2014/02/15(土) 22:14
それが一人目。
仲間がやられたことに驚いている間に、里保はもう一人を肩から撫で切った。
それとともに、里保の手から剣が消えていく。

鞘術。

鞘から抜いた白銀の剣は、彼女によって生み出されたもの。
それは、彼女の意思により自在に鋭さを変え、また、使用者は重さすら感じないという。
幻の剣技と言われるものだった。

「もう一度言います。離してください」

二人が倒れることで、捕らわれている女の子の姿ははっきりと視界に納まっていた。
肩まで十分にかかる黒髪と、薄いピンク色のワンピース。
スカート全体に跳ねている泥が、彼女の抵抗を物語っていた。
16 :ただの名無しでしたから :2014/02/15(土) 22:14
年は、自分とすこし上くらいかなと、里保は思った。

二人の教団員が、じりじりと里保を囲むように近づいてくる。

「さっきの二人は斬ってはいませんから、命に別状はないと思います。でも、いつまでも私も手加減できませんから」

自分でも下手な脅しだと思った。
事実、それは大した効果を得ることもなく。

さらに襲い掛かってきた二人へと、再度里保は鞘に手をかけることとなる。
わずかの瞬間で、合計4人が里保を囲むように倒れている。

「さあ、もうその子を離してもらえませんか?」

さすがに、事態を悟ったのか、残った一人は乱暴に女の子を里保向かって押し出すと、走り去っていった。
17 :ただの名無しでしたから :2014/02/15(土) 22:14
「大丈夫?」

倒れかける女の子を受け止め、声をかける。

「……ありがとうございます」

顔を上げ、そう答える。
髪の合間からふわっとした甘い匂いが鼻をくすぐった。

「えっと……なんかいい感じのとこ悪いんだけど、ちょっとここから離れたほうがいいと思うんですがねー」

後ろから聞こえたのは衣梨奈の声。

「ほら、せっかく向こうのほうで騒ぎを起こして、人の目をそらしてるんだから。ややこしいことになる前に、早く早く!」

確かに、と里保は思う。
武器を持った黒衣の人間が4人も気絶している状況だ。
寧ろ、さっきのやり取りの間に他の野次馬が集まらなかったことも、衣梨奈が機転をきかせていたからだった。

でも、それを黙っていられないんだよね。

せっつく衣梨奈に、里保は苦笑しながら女の子を促し、指示に従った。
18 :ただの名無しでしたから :2014/02/15(土) 22:14
 
19 :ただの名無しでしたから :2014/02/15(土) 22:14
 
20 :ただの名無しでしたから :2014/02/15(土) 22:15
>>2-17 更新終了です
21 :名無飼育さん :2014/02/16(日) 21:07
ワクワクする
どんなふうに続くか期待してます
22 :名無飼育さん :2014/02/16(日) 22:12
おお!最近ファンタジー少ないので待ってました!
23 :名無飼育さん :2014/02/18(火) 00:08
タイトルやら生鞘やら、気になることがてんこ盛りです。
続きを楽しみにしてます。
24 :ただの名無しでしたから :2014/02/22(土) 21:46


「さて、せっかくで悪いんだけど……」

場所を移し、さっきまで衣梨奈たちが泊まっていた宿の一室。
衣梨奈が話を切り出し始める。

女の子の服の着替えもどこからか用意していたりと、いつの間にか完全に場を仕切っていた。

「まぁ、とりあえず自己紹介しとくね。私は生田衣梨奈。精霊師やってますが、今は訳合ってそこの子、里保と二人で旅をしてます」
「はぁ、生田さん、ですね」
「そんな堅苦しい感じはやめて、私のことはえりぽんとでも呼んでね」

にこやかに微笑む衣梨奈に、どこか聖はぎこちなく笑みを作って頷く。

「はい、私は……譜久村聖といいます」
「ふくむら、みずき。どこかで聞いた名前のような……」

衣梨奈は少し考え始めるが、里保は全く思い当たる節がなかった。

「気のせいです、きっと。だって、私が生田さんに会うのは今日が初めてですから」

ぎこちなく微笑む聖。

「んー、そっかなぁ……確かに、そうだよね、聖みたいな人、見たことない気がする」

思い出す気配もなく、衣梨奈はそれ以上深く考えることをやめた。
25 :ただの名無しでしたから :2014/02/22(土) 21:46
「で、どうしてフクちゃんは、あの人たちに連れて行かれてたの?」
「フクちゃん?」

里保の言葉に、衣梨奈も聖も目を丸くした。

「え?何?何か変?譜久村だからフクちゃんでしょ?」
「いや……別に聖がいいならいいんだけど?」

頭をかきながら、衣梨奈は聖へ視線を向ける。
聖は、すぐに表情を戻して答えた。
「それでいいですよ。里保ちゃん」と。

「うん、ありがとう。で、それで、どうして?」
「それはですね……」

説明をしようとする聖がためらいをみせる。
事情を話してしまえば、巻き込んでしまう。
その思いが聖にあったことも事実だったが、実のところ、聖にもよくわかっていなかった。

どうして、急に自分が狙われているのか。

そもそも、聖が彼らから逃げるようにしてここまで来たのは、ある声があったからだった。

ある日、突然自分に逃げるように告げた。
光の精霊。彼女はそう名乗った。

ビーシー教団については、聖も知識は持っていた。
彼女もまた、精霊師であったから。

自分たちをよく思わない連中の情報は、意識しなくても自然に耳に入ってくるものだった。
ただし、それはあくまで会話の中で聞いただけであり、積極的に自分から調べて得た知識ではない。
そのため、それは正確さという点で、かなり不十分な情報ではあった。
26 :ただの名無しでしたから :2014/02/22(土) 21:46
「フクちゃん?」
「あ、ごめんなさい」

聖は自分を覗き込む里保の表情を見て、自分が難しい顔をしていることに気づいた。

「言いたくないんならいいんだけどねー、別に」

衣梨奈は言う。
それは半分本心だった。
無理に事情を聞きだすつもりはなかったが、彼女の直感は自分たちが力になったほうがいいと告げていた。

「いや、そういうわけではないです。助けてくれて本当に感謝していますし……」

と、そのときだった。

――危ない。逃げて――

里保は聞いた。さっきと同じ声だった。
そして、その声は聖にも聞こえていた。

二人の意識が緊張へと向かうことに衣梨奈は気づき、一歩遅れて集中を始める。
27 :ただの名無しでしたから :2014/02/22(土) 21:46
気配を感じたのは扉の方。

里保が聖を引きよせ、衣梨奈が精霊術を使って障壁を作ると同時に、扉が燃え去り、室内で炎の鞭が踊った。

「意外と早く見つかっちゃたね」

術が防いでいるとはいえ、鞭がぶつかる衝撃は相当のもので。
衣梨奈の表情は口調とは正反対に、真剣だった。

「えりぽん、ここから下に降りれる?」
「無理。里保とは違うから」
「私が先にフクちゃんを連れて降りるから、その後できて」
「だから、無理だって」
「ちゃんと受け止めるから!」

すでに室内にはいくつもの火の手が上がっている。
衣梨奈は自分たちを守るので精一杯という状況。
里保の決断は決して間違いではなかった。
このままここにいたところで、焼け死ぬのは目に見えていたから。
28 :ただの名無しでしたから :2014/02/22(土) 21:47
「しっかり捕まっててね」

自分よりも大きい聖へかける声としては、どこか不適切な感じがしたが。
里保は、聖を抱きかかえると、壊れた窓から飛び降りる。

周囲の空気がすぐに熱を失う。
そして、すぐに下の景色を見る。
それは、あまり把握したくない現状だった。

遠巻きに取り囲む黒。
まだ、野次馬が集まってくるほうがいくらかましだったと里保は思ったが、どうしようもない。
ドンと両足にかかる衝撃は、先ほどとは比較にならなかった。
聖と地面に挟まれた膝が衝撃を逃がすことなく、全部受け止める。

うっと少し声が出てしまうほどに。
でも、ここでじっとしているわけにはいかない。

痺れていて膝から下の感覚はほとんどないが、立ち上がってすぐに聖をおろし、上を見上げる。

「いや、早いから!」

すでに衣梨奈は飛び出しており、里保のすぐ後ろへ落ちてくる。
29 :ただの名無しでしたから :2014/02/22(土) 21:47
ドンッ

派手な音を立てて衣梨奈は地面に衝突する。

「いったい!痛いよ!受け止めてよ!」
「いや、だって早かったから」

腰を打ちつけた衣梨奈だったが、すぐに起き上がるあたり大丈夫そうだと里保は判断した。

「受け止めるから!って言ったの誰よ」
「ごめんごめん、でも、飛び降りれたんだから」
「そうだね、もう次からはえりは一人でできるからね。ってちがーう!!!」

そんなやり取りをしているうちに、里保の足の痺れもとれ、それと入れ違うように痛みが襲ってきた。

「あの、そんなことをしている場合じゃなさそうなんですが」

聖がもっともなことを言う。
周りを囲む人間は全員黒のローブを身に着けている。
そして、全員が全員、胸に透明の輝く石を身につけていた。
30 :ただの名無しでしたから :2014/02/22(土) 21:47
里保は状況を考える。
衣梨奈は精霊師だが、彼女の力は「癒し」の力であり、戦力としては考えにくい。
自分一人でやるしかない。

ここにいるだけならなんとかなるかもしれないと思うのは、慢心でもなかった。
さっきの戦いくらいの差があれば、特に問題はない。
ただ、ひとつだけ気になることがある。

それは、自分たちがここにいることになった、あの炎の鞭のことだ。
相手に精霊師がいるのなら、たった一人でも自分の手に余る。

人生の中で精霊師と相対した経験はほとんどない。
それでも、彼らの力は十分知っている。
だから、それまでにここを抜け出さないといけなかった。

「えりぽん、フクちゃんをよろしく」

それだけ言って、一歩進めるが、時はすでに遅かった。
踏み出した足の前に打ち付けられたのは炎。
31 :ただの名無しでしたから :2014/02/22(土) 21:48
「これ以上、手間取らせないでほしいわ」

聞こえたのは女性の声。
その声が引き金となり、黒の囲みの一部が別れ、一人の女性が歩いてくる。
周りと同じように黒いローブ。
フードを下ろしているため、他の教団員とは違い、顔がはっきりと見ることができた。

若い女性であることに、里保は驚く。
整った細い顔と、一つに束ねられた茶色の髪。
彼女は、夏焼雅という。
もちろん、ビーシー教団の人間であるため、胸元には透明の輝く石。
だが、彼女の右手にはもう一つの宝石があった。

ペリドット。
太陽の石とも呼ばれるそれを通して、雅が使う力は炎。

「譜久村聖を渡しなさい。そうすれば、あなたたちのことは見逃してあげるわ」

大声ではないのに、凛とした声が耳にしっかりと届く。
里保は動けなかった。
相手との力量を感じることができた。
自分が近づくまでの間に消し炭にされる。
そんな未来が容易に想像できたから、全く動けなかった。
32 :ただの名無しでしたから :2014/02/22(土) 21:48
「すみません、借ります」

聖がこそっとそう言い、衣梨奈の右手に手を添える

衣梨奈は意味がわからなかったが、聖の指は震えていたことに、衣梨奈は気づく。

「どうするの?私、気が長いほうじゃないんだけどね」

パシンと、火が小さく破裂する。

どうする?
自分に何ができる?

里保は自問自答するが、答えが何もでてこなかった。

その時だった。
背後が光ったと思うと、自分の横を光が通りすぎていく。

精霊術?誰が?
疑問が頭をよぎるが、それ以上に、これはチャンスだという意識が働き、体が先に動く。
33 :ただの名無しでしたから :2014/02/22(土) 21:48
「里保、駄目!」

衣梨奈の声が聞こえる。
鞘に手をかけ、雅の方へ踏み出そうとしていた足を止める。

目の前の光が収束し、代わりにやって来るのは燃え盛る赤。
倒れこむようにそれを避けることができたのは、衣梨奈の声があったから。

「え……どうして……」

聖の声は震えていた。
当然だろうと、衣梨奈は思う。
彼女が精霊術を使ったことも驚きだったけど、その力は自分の比ではなかった。

同じ石で自分以上の力を出せるということは、自分よりもはるかに能力を持つ精霊師ということ。
彼女の生まれ月はわからないが、ルビーは自分の生まれ月の石だ。
もしも、彼女が自分と同じ生まれ月ではなかったとすると……

末恐ろしいってこういうことを言うのかもしれない。

衣梨奈は素直に思った。
34 :ただの名無しでしたから :2014/02/22(土) 21:49
「無駄ですよ。精霊術なんて」

雅の声が聞こえる。

「キュービック・ジルコニアね。噂には聞いてたけど……」
「えりぽん、それって何?」
「ビーシー教団が人工的に作っている石のこと。ほら、あそこの透明な石」

里保と聖の視線が雅の胸元に集まる。
透明な輝く石。
黒のローブとの対比で嫌でも目に付くそれ。
黒のローブではない。それが、ビーシー教団の証だった。

「あれは、精霊術を消し去る力を持ってるの」

「よく知ってますね。どうですか?私たちの教団へ入団しては?」
「冗談。あいにく私はあなたたちが嫌いな精霊師なの」
「私も精霊師ですよ?別に、何人かいますよ。教団員にも」

ふふっと雅は笑うと、手をかざす。
緑の石は、雲間からの太陽の光を浴びて綺麗に輝く。

里保は、衣梨奈と聖のところまで下がっている。
誰も動けなかった。

だからといって、聖を相手に渡して自分たちだけ助かるのも嫌だった。
35 :ただの名無しでしたから :2014/02/22(土) 21:49
どうすればいい?

炎が襲ってくる。

その時だった。

――力を―――

あの声が聞こえた。

――私の力をあなたに――

エメラルドが紅く光る。

――だから――

――助けて――

紅く、透き通る剣。

気がつけば、里保の手にはそれがあった。
迫りくる炎に自然に手が動き剣を振る。
頬を熱が掠めるが、目の前から真っ二つに裂ける炎。
36 :ただの名無しでしたから :2014/02/22(土) 21:49
「これは……」

見たこともない剣。できるはずのない力。
でも、剣を振ったときには確信があった。
この剣なら斬れると。

そして、それは形勢が完全に逆転したことを意味する。

驚きを隠せない雅へ向かい、里保は突進する。
2、3と飛んでくる炎を撫で斬り、雅の首元に剣を向ける。

「くっ!」

雅が叫び、目の前で炎が爆ぜる。
里保が爆風で目をそらした隙に、体を反転する。
そのまま走り去る雅を里保は追いかけなかった。

雅に釣られるように立ち去っていく教団員たち。
彼らが余計なことをしないように、立ち止まり威嚇をするだけだった。
37 :ただの名無しでしたから :2014/02/22(土) 21:50
「里保、それどうしたの?」
「わからない。なんか声が聞こえて……気づけば持ってたの」

改めて視線を手元に向けると、すでに剣は消えていた。
それとともに、里保の視界が真っ暗になり、意識を失った。

「ちょっと、里保!」

倒れこむ体を、慌てて衣梨奈が受け止めた。

「里保ちゃん!大丈夫?」

心配そうな声を上げる聖。
しかし、衣梨奈は耳元に届く呼吸音から悟った。

「だーめだ、寝てる。寝てるとき起こすと、すっごく怖いんだよねー」
38 :ただの名無しでしたから :2014/02/22(土) 21:50
 
39 :ただの名無しでしたから :2014/02/22(土) 21:50
 
40 :ただの名無しでしたから :2014/02/22(土) 21:52
>>24-37 更新終了です。
できるだけ週1回更新のペースを守っていきたいと思います。
あくまでできるだけ、ですが。
41 :ただの名無しでしたから :2014/02/22(土) 21:56
たくさんのレスありがとうございます。今後もいただけると励みになります。

>>21 
ありがとうございます。今後もワクワクが続いてもらえるようにがんばります。

>>22 
ありがとうございます。最近はアンリアル自体が少なくなっていますね。ファンタジーがもっと増えるようにがんばりたいです。

>>23
ありがとうございます。たくさん仕込んで行きたいと思いますので、題名の意味を含めて楽しんでいただければありがたいです。
42 :名無飼育さん :2014/02/22(土) 22:16
おもしろいです
43 :ただの名無しでしたから :2014/03/01(土) 23:03


目の前が真っ白だった。

上も下も、右も左も。

光の中に浮いていることを里保は理解し、これは夢であると思った。

夢の中で夢だということに気づく経験は、これまでも何度かあった。
けれども、そのときとはどこか違う違和感があった。

「ごめんなさい」

背後から聞こえる声に振り返る。

立っていたのは一人の女の人。
真っ白なドレスと、それに負けないくらい白い肌。
大きなくりくりとした目と口元のほくろ。

人形みたいだと、里保は思った。
そして、初対面であるはずの自分に、何に対して謝っているのか。
そんなことばかり考えており、彼女の声が自分に聞こえていた声と同じだとは気づかなかった。
44 :ただの名無しでしたから :2014/03/01(土) 23:03
「巻き込んでしまってごめんなさい。鞘――」
「言わないでください!」

急に叫ぶ里保。
その剣幕に、女性は驚いた顔をしたが、すぐに微笑んで里保の頬を撫でた。

「そうでしたね……あなたのことはなんて呼べばいいですか?」

そのやりとりに違和感を感じた。
少なくとも、彼女は自分の事情を知っている。
衣梨奈ですら知らないことを。

沈黙が流れる。
だが、どうして彼女が自分のことを知っているのか、どう考えてもわからなかった。
また、相手が自分に対して敵意がないことを感じていたから。
里保はそのことについて深く考えることをやめ、名を名乗った。

「里保……里保と呼んでください」

そのころになり、ようやく気づきはじめる。自分に聞こえていた声と同じ声ではないか?ということに。

「わかりました。りほりほ。私は道重さゆみといいます」
「りほりほ?」
「はい、りほりほがさっき言ったでしょ?そう呼んでくださいと」
「……」

どこか諦めがあったのは、これが夢だろうということがあったことと、そう呼ばれるのが意外に嫌にならなかったから。
何より今は、そんな呼び方よりもたくさん知りたいことがあった。
45 :ただの名無しでしたから :2014/03/01(土) 23:03
「私に力をくれたのは、道重さんですか?」
「うん、そう。ごめんなさい。勝手に巻き込んでしまって」
「いいえ、かまいません。でないと、えりぽんもフクちゃんも守れなかったから」

そう、と短く言ってからさゆみは、里保へ近づいて彼女の鞘を手にする。

「私があなたに渡した力は魔力を斬る力。でも、いくつか制約があるの

1つ目は―――




――――です。大丈夫そう?」

里保は頷く。

「それと、あの子をお願い。守ってあげてね、りほりほ」
「あの子?」
「フクちゃんのこと。お願い」
「わかりました」

「本当は私がするべきなんだけど、私たち精霊は人の世界に深く干渉することは禁じられているの」
「精霊、なんですか?」

そういわれれば、美しさにも納得する。
精霊や天使と呼ばれるものは、絵本の挿絵でしか見たことはないが、どれも美しかったから。

「さぁ、二人が心配してるわ。目を覚まして」

光が消えていく。
一度真っ暗になった視界が、再度明るくなっていくと、そこには自分を覗き込む衣梨奈の姿が映った。
46 :ただの名無しでしたから :2014/03/01(土) 23:04

「……えりぽん」
「おはよ!」
「お……おはよう」

衣梨奈の元気に圧倒されながら起き上がる。
体は少し重かった。

「どれくらい寝てた?」
「半日くらいかな」

カーテン越しの窓の外は、もう日が落ちていた。

「そっか」
「まぁ、その間にいろいろと聞けたからいいんじゃないかな」

そう言って衣梨奈は聖の方を見る。
彼女は少し複雑そうに笑っていた。

そういえば…と思い出し、自分の鞘を手にする。
鞘に埋められたエメラルドは、緑ではなく赤く光っていた。
47 :ただの名無しでしたから :2014/03/01(土) 23:04
やっぱり夢じゃなかったんだ。
夢だとは思っていなかったけれど。
それでも里保は安心した。

そのまま、自分の力を使おうと意識すると、宝石は反応して緑に光る。
逆に、さゆみの力を使おうとすると、再び赤く光る。

「アレキサンドライト、ですか?」

その様子を見ていた聖が言う。

「何それ、何それ?」
「光によって色が変わる宝石です。昼間はエメラルドのような緑をしてるけど、夜になるとルビーみたいな赤に変わる」
「すっごい、手品みたいだね」

聖と衣梨奈のやりとりを聞きながら、里保は鞘から手を離して、ベッドに立てかける。
確かに、さゆみはそう言っていた。
彼女の能力を宿すことで、エメラルドはアレキサンドライトへと変化していた。
これがあるからこそ、里保はさゆみの力も、自分の力も使うことが可能となっていた。
48 :ただの名無しでしたから :2014/03/01(土) 23:04
「それよりさ、これからどうするの?」

自分が眠っている間に、すっかり意気投合している二人に少しだけ腹が立っていた。

とりあえずご飯を食べなよと、衣梨奈は食事を持ってくる。
シチューの匂いが鼻をくすぐり、ぐーっとお腹が鳴る。

「食べながら聞いて。いろいろと説明するから」
49 :ただの名無しでしたから :2014/03/01(土) 23:04


「声が、聞こえたんです」
「声?」
「えぇ。女の人の声。道重さゆみと名乗っていましたが」

時間は少し戻り、里保がまだ眠っている頃。
聖は衣梨奈へ事情を説明し始めた。

「それで、私は彼らから逃げていたんです」
「教団のことは知ってるの?」
「噂、程度です。実際に目にするのは、追われるようになってからが初めてです」

そんなもんだよね。

衣梨奈は思う。
ビーシー教団自体、かなりアンダーグラウンドな存在だ。
精霊師を排除しようとする集団。
それだけで、かなり異質である。
キュービック・ジルコニアの力があるとはいえ、あれを扱えるのは一部の人間だけだ。
だからこそ、精霊師の力を考えれば、排除されるのは寧ろ教団の方であって。
そのために表立っての活動は稀である。
どちらかといえば秘密裏に。
その代わり、やるときには大々的に事件を起こす。
名前や噂は耳にすれど、実際に目にすることは、その事件に巻き込まれない限りありえない。

それが衣梨奈の認識であったし、それは間違ってはいなかった。
50 :ただの名無しでしたから :2014/03/01(土) 23:05
だから、今回のことは意外なんだけどね。

衣梨奈は考える。

聖を捕らえることのメリット。
それがわからなくはない。

彼女は、自分がこの国の王族だと言った。
もっとも、現在は王位継承などからは遠く離れてしまった傍系だったが。
衣梨奈が彼女の名前を聞いたときに感じた既視感はそれだった。
ただ、衣梨奈は里保が起きていないことを幸いに、そのことを教えないように、聖へ伝えた。

彼女は、どこか抜けているところがある。

これから、共に行動することになれば、聖の素性を隠していた方が便利なことが多い。
彼女は知らないほうが、自然に振舞えるに違いないと、衣梨奈は確信していた。

「で、話は戻るけど、どうして狙われてるか覚えはある?」
「いえ……ないです。あるとすれば、私の身分ですが、それでも私以外にも王族はいますから」
「あえて、自分ばかりってことはないのね。じゃあさ、その道重さんに聞いてみたら?」

衣梨奈の提案に、聖は心の中で呼びかけてみる。
でも、今までがそうであったように、さゆみからの返答はなかった。
51 :ただの名無しでしたから :2014/03/01(土) 23:05
いつもそうだった。

危険を知らせるために、さゆみから声をかけてくることはあったが、こちらからの声に返答したことはない。

あるとすれば、一番最初の時。
さゆみと夢の中で会った時だけだった。

「無理っぽいね」
「ごめんなさい」
「いいよ。気にしない気にしない」

衣梨奈は一度立ち上がって伸びをする。

さて、どうしようかな……

わからないことだらけだったが、聖と一緒に行動した方がいいと、直感が告げている。

どのみち、このままここでサヨナラなんて、できないしね……

「そういえば、聖って精霊師なんだよね」
「そうです。私は雷の」
「そっか。7の月生まれじゃないよね?」
「はい。10の月生まれです」
「ふーん……」

わかっていたけれど、やはりショックだった。
明らかに、自分との能力が違いすぎるということを知らされると。
そもそも、衣梨奈はとっさのことで気づいていなかった。
他人が既に契約している宝石を媒介にして術を使うということは、通常は不可能だということに。
52 :ただの名無しでしたから :2014/03/01(土) 23:05
「まぁ、お姫さまだし、気にしない。気にしない……」

自分に言い聞かせるように、小声でつぶやく。

「私の宝石は、急に襲われたので、出てくるときにおいてきたままで」
「そっか……でも私も一つしか持ってないからなぁ……」

自分が使うよりも、聖に渡したほうが有効利用になるかもしれないという思いはあった。
でも、きっとそれを言ったところで聖は断るだろうと思っていた。
精霊師にとって、自分の宝石がどれだけ大事なものなのか。
それは、お互いがよくわかっていることだから。

とりあえず、もうこの街にいるのは無理だし。

一旦、この国を離れたほうがいいのかもしれないのかな……

その衣梨奈の思考とほぼ同時に、聖の頭に声が響く。

――北へ。北へ向かってください――

もちろん、それは衣梨奈には聞こえない。
だから、聖はそれをそのまま伝える。

「北、ね……」

北にある国。ツェーン。
確かに、それは衣梨奈が先ほど頭によぎった場所だった。
そもそも、精霊師となるには、その国の血が混ざっていないとなることはできない。
だからこそ、精霊師が多く、逆に言うと、ビーシー教団の力が一番及びにくい場所。
53 :ただの名無しでしたから :2014/03/01(土) 23:05
「いいかもれないね」
「一緒に来てくれるの?」
「今更何をいってるの。聖一人じゃ、いけないでしょ。宝石も持ってないんだから―――」

と、そこまで口に出し、衣梨奈は思い出した。

この街の北東。
ツェーンへ向かう途中に、鉱山の街があったはず。
そこで聖の宝石を調達すればいい。

あいにく、宝石をポンと買うだけの金銭的余裕は衣梨奈にはない。
数少ない荷物も先ほど、雅によって焼かれている。
無事だったのはポケットに突っ込んであった財布が一つだけ。
数日間は野宿を避けられる程度しかないそれを、全部つぎ込むことはできない。

衣梨奈はそのことを説明する。

「ごめんなさい。迷惑ばかりかけて」
「いいって。そのかわり、無事に戻ったら、御礼をたくさん頂戴ね」
「もちろん。約束するわ……そういえば、里保ちゃんは起こさなくていい?」
「いいよ。自分で起きるまで起こしても起きないんだから」
54 :ただの名無しでしたから :2014/03/01(土) 23:05
――――

――――――――

――――――――――――


「……そんなわけで」
「うん、なんとなくわかったけど」

衣梨奈の話はいつものようにバラバラで。
それでも、お代わりしたシチューを食べ終わるころには、里保にもある程度理解できた。

「っていうか、私も会ったし、声も聞こえたんだ。道重さんの」
「マジ?ほんとに?えりには聞こえないよ」
「うん、ほんとにフクちゃんに会う少し前からだけどね」
「えーなんで私だけ聞こえないんだろう……」

衣梨奈は少しふてくされた様子を見せる。
実際、里保もどうして自分が選ばれたのか、よくわかっていない。
たまたま、力を貸すのが自分でなくてもよかったのかもしれないのだから。

「でも、基本は会話というより一方通行なので、あまり変わりないですよ」

聖は慰めるように言う。

こっちが迷って何か言ってほしいときに何もないなんて、よくありますからと、笑いながら続ける。

実際にさゆみとの関係が長い彼女のいう言葉には、説得力があった。
55 :ただの名無しでしたから :2014/03/01(土) 23:06

「まぁいいけどね。とりあえず、今日はこのままここで休んで、明日出発しよう」
「えりぽん、いいの?ここで。またやってきたらややこしくない?」
「何かあったら何かあったとき」

大丈夫大丈夫と衣梨奈は言う。
その根拠は何もないことを里保も聖も気づいている。

でも、もう夜になっているのだから、下手に今から出発するのも得策ではなかったから。

衣梨奈の判断は当たるり、無事に一夜を過ごすことができるのだが、実際に眠れていたのは衣梨奈だけで。
里保と聖はゆっくりと眠ることはできなかった。
56 :ただの名無しでしたから :2014/03/01(土) 23:06
1.抜かれた剣 完

next 2.二つの剣
57 :ただの名無しでしたから :2014/03/01(土) 23:07
 
58 :ただの名無しでしたから :2014/03/01(土) 23:07
 
59 :ただの名無しでしたから :2014/03/01(土) 23:08
>>43-56 更新終了です。

1.抜かれた剣 >>2-56
60 :ただの名無しでしたから :2014/03/01(土) 23:09
レス返しです。

>>42 ありがとうございます。この勢いのままがんばっていきます。
61 :名無飼育さん :2014/03/13(木) 17:51
今いちばん楽しみにしています
62 :ただの名無しでしたから :2014/03/15(土) 22:59
<2.二つの剣>

どうしてこんなことになっているんだろう。

里保は自問自答する。

実際の時間にしてはそれほど長いわけではないに違いない。
それでも、体感時間は数時間経過しているようだった。

全身が重い。

息もつかせぬように襲い掛かってくる男たちと、合間をついて放たれる矢。

それら全てを里保は一人で裁く。

昨日の雨でぬかるんでいる足場が余計に体力と精神を削る。

消える度に抜き直す剣も、だんだんその間隔が短くなっていく。

えりぽん、早く……

心の中で願うが、彼女たちがいたところで、それほど状況は劇的に変わるわけではないかもしれないとは頭の片隅で思っていた。

それでも、時間を稼いでいれば、二人が何とかしてくれるという思いがなければ、今の現状を維持するのも困難だった。
63 :ただの名無しでしたから :2014/03/15(土) 22:59
だいたい、いつもえりぽんは……

心の中で悪態づく。

そもそもの発端は、聖のために宝石を手に入れようとしたことだった。
衣梨奈の提案に従い、やってきたのはよかったが、街の状況がそれどころではなかった。

近隣に蔓延る盗賊といった者たちが、宝石の採掘される鉱山をはじめ、その流通を全て掌握していた。
街の人々の頼みを、二つ返事で請け負ったのはもちろん衣梨奈。

「大丈夫、いけるって」

そう言った彼女も、これだけの大所帯が相手だとは思っていなかったに違いない。
盗賊の集団というよりも、規模は軍隊に近かった。

確かに、一つの街の経済活動を全て掌握して封鎖するなんて、十数人の盗賊でできることではないのだから。

そこで、衣梨奈が提案した策は、もっとも単純なものだった。

里保が騒ぎを起こして、彼らを引き付けている間に、二人が宝石を失敬するというものだった。

「宝石さえ手に入れば、後は聖の精霊術で一網打尽よ」

気楽な感じでいう衣梨奈に、聖も里保も苦笑いをするだけだったが。
その他に案が浮かばなかったのだから仕方なかった。
64 :ただの名無しでしたから :2014/03/15(土) 22:59
投げられたナイフをはじき、振り下ろされた剣をいなし、がら空きになった肩へ剣を振り下ろす。

殺しはしない。

それは、里保の中のルールだった。

急所をはずし、鋭さを調整して、相手を無力化する。

その行為が余計に体力を消耗させているのだが、里保は決して止めなかった。

その後に射られた矢を1本はじき、1本は避ける。
その一連の行為が終わると、里保の手から剣が消失する。

ふぅ……

一度だけ呼吸を深くとり、息を少しでも整える。

半数は裁いただろうか。

囲まれることを避けるために移動を繰り返しながら戦っているため、逆に相手の総数を把握しにくくなっていた。
65 :ただの名無しでしたから :2014/03/15(土) 22:59
幸いにして、軍隊と呼べるのは人数だけで、明確な指揮や戦略も存在しないため、元々の実力差は埋まることはなく。
ただ、里保は自分の限界との戦いだけだった。

それでも、まだ10代の女の子である。
精神的にも体力的にも、戦い続けることは不可能だった。

次の相手に接近し、攻撃を避ける。
そして、すれ違いざまに剣を薙いだとき。

タイムリミットがやってきた。

斬った感覚が全くなかった。
剣は相手に当たる前に消えていた。

勢いを殺さずに、そのまま距離をとる選択をしたのは英断。
切り返した男の剣が、髪をいくらか掠めとった。

「えりぽん……遅いって……」

思わず口に出る。
「おまたせ〜」なんて能天気にやってくることを祈るが、現実には怒声とともにやってきたのは盗賊ばかり。
66 :ただの名無しでしたから :2014/03/15(土) 23:00
もう……一生恨むからね……

再度、剣を抜く。
しかし、それもいつまで存在しているかわからない。
既にそれを制御することができなくなっていた。
少しでも気を抜けば、今にも消えてしまいそうな気がした。

「女の子一人に、おっさんたち、恥ずかしくないの?」

その時だった。
上から声が聞こえた。

よっという声と共に、声の主は里保と盗賊の間に飛び降りた。

「事情はわかんないけどさ。加勢させてもらいますよ」

女の子は里保に声をかける。
ただ、里保は彼女が女の子だとはわかっていなかった。

肩にもかからないショートカットに、ハスキーな声。
身長は里保よりも高かったが、下がった目じりと口元に覗くとがった八重歯が、どこか幼さを表していた。

右には長剣。左にはバックラーとも呼ばれる小さな盾を腕に通している。
鎧自体も軽装で、体幹を除けばプレートがついている部分がほとんどなかった。
67 :ただの名無しでしたから :2014/03/15(土) 23:00
「なんだ、てめぇは!!」

女の子―工藤遥―の登場によって、一瞬止まっていた盗賊たちだったが、すぐに再度襲い掛かってくる。

先ほどの里保と同じか少し早いくらいのペースで遥は相手を裁いていく。

里保とのスピードの差。
それは、相手を生かしておくかどうかの違いでもあった。

殺す意図までは強く感じない。
それでも、間違っても殺さないことを前提としてる里保と、間違って殺してしまってもよいと振舞う遥。
その思い切りのよさが、差となって現れていた。

それでも、里保はそれを止めようとはしない。
この世界ではそれが当然であるし、寧ろ遥はまだ積極的に命を奪おうとしていない方だった。

それになにより、里保が自分に課している「殺さない」という条件は自分にだけであって。
それを他人に強要しようとか、目の前で人が死ぬことに耐えられないとか、そういったものではなかったから。

ときおり、流れてくる矢や、数人の盗賊を里保は相手にするだけであり。
体力の消耗というよりも、休憩時間の方が長い状態だった。
68 :ただの名無しでしたから :2014/03/15(土) 23:00
そして、ついにそのときは来た。

「里保、伏せてねー、いっくよー」

待ちに待っていた言葉。
だが、里保はどこか彼女たちの存在を忘れかけていた。
現状は、遥と二人で、時間さえかければ相手を殲滅できそうな状況であったから。

「ちょっと、離れたほうがいいかも」

遥にそう耳打ちし、二人は一旦盗賊から距離をとる。

その時だった。

目の前に強烈な光が広がり、二人は思わず目をつぶる。
激しい破裂音と数々の悲鳴。

それが止み、目を開いた時には、逆に周りは静寂に包まれており。
自分たち以外に立っている人間はいなかった。
69 :ただの名無しでしたから :2014/03/15(土) 23:01
雷の精霊術。

それもここまでの威力のものを見るのは、初めてだった。
衣梨奈がどちらかといえば、防御方面の力なのだから。
必然的にこの力は聖のものということになる。

力としては、昨日相対した女性、雅に引けをとっていない。
寧ろ、聖の方が上だと里保は感じていた。

「ごめん、ごめん。いろいろ探してたら遅くなっちゃった」

駆け寄ってくる衣梨奈。
聖は少し離れてゆっくりと駆けてくる。

「ほんとだよ。この子が助けてくれないとちょっとやばかったんだからね」

里保は額の汗を袖でぬぐい、その手で遥を指す。

「おお、それはありがとう、少年」
「少年じゃないし!」

遥は肩を叩く衣梨奈の手を払った。

「え?」

驚いたのは里保もだった。

「あのね、ハルはれっきとした女の子なんですけど?」
「嘘?里保、マジで?」
「そこを嘘つく意味がわかんないし!!」

里保が答えるより早く、遥はそういって天を仰いだ。
そのころになって、ようやく聖が追いついてきた。
70 :ただの名無しでしたから :2014/03/15(土) 23:01
「えりぽん、ちょっと早すぎるよ」

膝に手をつき、肩で息をする聖。
里保にとってはゆっくり駆けている様に見えていたが、彼女にとっては十分なスピードだった。

「え……譜久村さん……?」

そう言った遥は、怒った表情が既に消え、驚きの表情へと変わっていた。

「あ、どぅー。大きくなったね」

肩で息をしたまま、顔だけ上げて、聖は変わらない調子で答えた。

「フクちゃん、知り合いなの?」
「えぇ」

「ちょっと待ったー!!」

二人の会話をさえぎるように、衣梨奈は叫ぶ。

「大きな声出さないでくださいよ」
「あんたは黙っといて。こっちのことなの!」

ピッと遥を指差し、黙らせる。
71 :ただの名無しでしたから :2014/03/15(土) 23:01
「えりぽん、何か隠してる?」
「べつに何もないよ。私が里保に隠し事するわけないじゃん」
「不自然だし」
「普通だよ!」

そのまま続いていく二人の言い合いを聞きながら、遥は口を開いた。

「この人たち、何?」
「私の恩人、かな?」
「ほんとに?」
「ええ」

そんなやり取りが続く間に気を失っていた盗賊が、少しずつ意識を取り戻していく。
小さなうめき声だったが、何重にも響いていくと、それは大きな音になり。
4人の口が、一旦止まる。

聖が再び精霊術を使い、全員が動けなくなることを確認し、4人は手分けして彼らを縛っていく。
事後処理までは全部しようとは思わない。
ただ、街の人々の頼みだけは果たそうと思っていた。

小一時間ほどかけて、作業が終わる。
疲れきった4人は、無言のまま、街へ戻った。
72 :ただの名無しでしたから :2014/03/15(土) 23:02
 
73 :ただの名無しでしたから :2014/03/15(土) 23:02
 
74 :ただの名無しでしたから :2014/03/15(土) 23:03
>>62-71 更新終了です。少し間が空いてしまってすみません


>>61 ありがとうございます。いつまでも一番と思っていただけるようにがんばって更新していきます。
75 :ただの名無しでしたから :2014/03/22(土) 23:40


パタンと扉を閉め、外の空気に触れる。
そんな衣梨奈は、薄明かりの中で立っている一人の少女に気がつく。

「あら、くどぅーちゃん」
「呼び捨てでいいですよ。生田さんでしたっけ?」
「いいよ、えりぽんで」
「そういうわけにもいきませんよ。生田さんの方が年上なんですから」

遥の言葉に、衣梨奈は意外そうな顔をした。
粗野っぽい口調が目立つから、もっと生意気かと思っていたから。

「わかった。で、くどぅーはどうしてここに?」
「たぶん、生田さんと同じですよ」

そう言って微笑する遥につられて衣梨奈も笑みを浮かべる。
76 :ただの名無しでしたから :2014/03/22(土) 23:40
街へ戻った4人は、その夜に歓待を受ける。
アルコールは入っていないが、人々の陽気に当てられ、どこか気分が良くなった4人は、街で一番大きな宿へ招待された。
二人で一部屋ずつ当てられたそれは、自然と里保と衣梨奈、聖と遥という組み合わせとなり。
二人とも、相手が部屋に入るなり眠りについたから、こうしてバルコニーへ出てきたわけだった。

手すりにもたれている遥の横へ衣梨奈は進み、街を見下ろす。

夜は少し更けつつあるが、街の喧騒はまだまだ納まりそうにはなかった。
時折聞こえる大きな声は、何と言っているかわからないが、喜んでいることだけはわかった。

「ありがとね」

不意に、衣梨奈は言った。

「何のことですか?」

振り返る遥。

「里保のこと、助けてくれて」

視線はまっすぐ向いたまま続けた。
77 :ただの名無しでしたから :2014/03/22(土) 23:40
「いえ、そもそも無茶な作戦というか、作戦にもなってないようなものでしたが……」

遥の指摘に、衣梨奈はバツが悪そうに頭をかく。

「里保ね……大丈夫っていうんだよね」

遥はそれには答えず、次の言葉を待つ。

「それほど長い間一緒にいるわけじゃないんだけどさ。わかるかな……」

わかりませんとは言わず、遥は再び反転して手すりにもたれるようにその場に座った。

「たぶん、しんどいこともあるし、無理なこともきっとあるんだろうけどね。
絶対に、泣き言言わない。だから、気づかないんだよね、特に私は。
で、結局里保に全部背負わせたままさ、今までそれで解決してるからいいけどさ
今回は、きっとあんたがいないと無理だったかもしれないし。
それとも、やっぱり里保はあのまま私たちが来るまで乗り切ったかもしれないし」

そこまで言って、衣梨奈も遥の横へ腰を下ろした。
78 :ただの名無しでしたから :2014/03/22(土) 23:40
「ねぇ、気づいてる?」
「何をですか?」
「あの子、自己紹介のとき、名前しか言わないでしょ?」

ゴクンと遥は唾を飲んだ。

そういわれてみれば……

思い出す。

「里保って言います。よろしくね」

差し出された手を握り返したとき、確かに違和感を感じていた。

「わかんないんだけどね。でも、聞けないんだよね、そんなこと」
「そう……ですか」

思い出す。

盗賊たちに追い込まれていた彼女を。
自分が発見したときには、徐々に追い込まれていくところだったが。
きっと、もう少し状況が互角であれば、自分は割り込まなかったのかもしれないと思う。

どこか、寄せ付けない感じがあった。
あの空間自体が、人を拒絶するような。
自分のテリトリーだと言う様な。

そんな戦い方でもあった。
79 :ただの名無しでしたから :2014/03/22(土) 23:40
「ま……あなたも結構訳有りっぽいけどね」

ドクンと胸が鳴った。

「聖と知り合いって言うことは、そういう立場の人間でしょ?」

答えなかった。
答えたくなかった。

「別に、深入りはしないけどね」
「……そうですね」

搾り出すように、遥は答える。

聖が眠りにつく少し前にした会話を思い出す。

「私たちこれからツェーンに行くんだけど……一緒に来てくれないかな?
だって、どぅーの国でしょ?一緒に来てくれたら心強いんだけどな」

その問いかけに遥は答えられなかった。
80 :ただの名無しでしたから :2014/03/22(土) 23:41
譜久村さんは何も知らないから、そんなこと言えるんだ。

そう言いそうになるところだった。
彼女の故郷の正式名称はツェーン連合王国。
その中の4つの地域を治める公爵家の一つ。
遥はそこの一人娘だった。
そして、連合王国の王は、その4つの公爵家から選ばれることになっている。

王なんかになりたくない。
なりたい人にならせていればいい。

日増しに加熱していく周囲の要求に、遥は逃げ出すように国を出てきていた。

「やらなきゃいけないことがあるのはわかってる。無理なお願いだとわかってる。それでも……」

答えない遥に、聖はさらに続ける。

考えとくとだけ、答えるのが精一杯だった。
聖は全くその気はないのだろうが。
彼女の言葉は、自分の心をえぐっていく言葉だった。
81 :ただの名無しでしたから :2014/03/22(土) 23:41
やらなきゃいけないこと。

それが何なのか、だいたいわかっている。
ただ、それ以上にわかっているのは、自分が今ここにいるのは、やらなければいけないことがあるからではないということだった。

やらなければいけないことをやっていないから。

少なくとも、それが今の自分だと、遥は改めて痛感する。

「生田さんは……」
「ん?」
「どうしてここにいるんですか?」

聖から一通りの事情は聞いているから、状況はよくわかっている。
でも、それでわかったことは、里保や衣梨奈は行きずりで聖と一緒にいるということだった。

答えはすぐには返ってこなかった。

それは、遥からするととても意外なことだった。

わずか数時間しか一緒にいないが、なんとなく彼女のキャラクターは理解している。
彼女なら、事も無げに言いそうな感じだったのに。

ごそごそと首元を触ると、衣梨奈は首にかけられた一つの石を取り出した。

「オパール、ですか」
「ご名答。さすがだねぇ」

当然ではあった。
遥は10の月の生まれであり、彼女の剣の柄にも、それが埋め込まれているのだから。
82 :ただの名無しでしたから :2014/03/22(土) 23:41
「でも……」

言葉に詰まる。
自分が知っているものと、よく見ると少し違っていた。
宝石の奥が虹色に光っている。

「プレシャスオパールって言ってね。光が中で反射して、虹みたいに見えるんだって。
とある人からもらったものなんだけどね」
「はぁ……」

話が見えず、遥は生返事を返すだけだった。

「まだ何もしていない原石だから、精霊と契約とかできないんだけどね」

確かに、加工が施されていないそれは輝きにもムラが多く、形も歪だった。

「ま、そういうことだから、別に私の用事はそんな大したことないんだ」

ハハッと軽く笑って、衣梨奈は再び石を服の中へ戻した。

「わからない時とか迷ったときはさ、とりあえず正しいことをしてればいいと思うよ」
「え?」
「今回のこともそうだけどさ。人助けって間違ってないでしょ。絶対に正しいこと。それをやれば自分の選択はとりあえず間違ってないんだから。
迷って迷ってどっちかわからないなら、無理に答えを出さずに、別の答えがわかってることをやりながら、答えがでるまで過ごすのもいいのかな、なんてね」
「そう、ですか……」
83 :ただの名無しでしたから :2014/03/22(土) 23:42
「さて、私もそろそろ休むね」

衣梨奈は一度伸びをしてから、歩き出すが、数歩進んだところで慌てて振り返る。

「あ、忘れてた!ありがとね。それを別れる前にちゃんと言いたかっただけだったんだ」

里保が居たら何か言いにくいしねと、それだけ言い残して衣梨奈は部屋に戻っていった。
一人残された遥は、夜空を見上げる。

「それ、最初に言いましたよ、生田さん……」

一人言を呟き、フフッと笑みを浮かべる。

わからないなら、わかってることからやってみる、か。

心の中で反芻し、そして、もう一度一人でその言葉を呟いた。
84 :ただの名無しでしたから :2014/03/22(土) 23:42


翌日早々に衣梨奈たちは出発することに決めた。
街の人は名残惜しそうにしていたが、自分たちがここにいることで、迷惑をかけるかもしれないという思いがあったから。
ツェーンとの国境の関までの道だけを確認し、さっさと街を出る選択をした。
それに合わせて、遥も出発すると聖は衣梨奈から聞いた。

「どぅー……元気でね」

荷物をまとめる彼女の背中にかけた声に返事はない。
黙々と荷物をまとめ、腰に剣をさす。

「譜久村さん、何ぼーっとしてるんですか」
「え?」
「行くんでしょ?ツェーンに」

それだけ言い、聖の返事を待たずに部屋を出ると、衣梨奈と里保に会う。
軽く会釈だけして、通り過ぎる。
85 :ただの名無しでしたから :2014/03/22(土) 23:43
ちょっと期待した自分が少し恥ずかしかった。

そんなことを考えた遥の背中に、衣梨奈の声が聞こえる。

「ツェーンに入るのにさ、関所とか通るの面倒なんだよね。
顔がきく人が誰かいれば、スムーズに通れるんだけどね」

振り返ると、衣梨奈は意地悪そうな顔でこっちを見ている。
その後ろには、部屋から出てきた聖の泣きそうな顔。
里保だけが話が見えず不思議そうな顔をしていた。

ズルイ。

遥は素直にそう思った。
お願いされればついていきたいと思っていたから。
こんな流れになるとは思っていなかった。

「そこまでですよ」
「え?何?何か言った?」
「……別に、皆さんが困ると思うから、そこまで行くだけですからね」
86 :ただの名無しでしたから :2014/03/22(土) 23:43
 
87 :ただの名無しでしたから :2014/03/22(土) 23:43
 
88 :ただの名無しでしたから :2014/03/22(土) 23:43
>>75-85 更新終了です
89 :名無飼育さん :2014/03/23(日) 00:47
最近なかなか見かけなかったファンタジーものなので、期待しています。
面白いです。
90 :ただの名無しでしたから :2014/03/29(土) 23:50
2.二つの剣 完

next 3.凍える剣
91 :ただの名無しでしたから :2014/03/29(土) 23:50
ツェーン。

大陸の北に位置するその国は、その広大な土地に比して、人間が住んでいる土地はわずかである。
国の北側の大部分は、厚い雪に覆われている。
必然的に雪の少ない南側へ人が集まっていることとなる。

また、ツェーンは連合王国であり、4つの地域に分かれている。
北部地域、南部地域、中部地域、東部地域。
もちろん、もっとも栄えているのは南部地域である。
遥の故郷は中部地域だった。

遥たちが関所を通り、足を踏み入れたのは東部地域。
自然の広がる白の大地。

それが、ツェーンの姿であるはずだった……
92 :ただの名無しでしたから :2014/03/29(土) 23:51
<3.凍える剣>

最初に異変に気づいたのは、遥だった。
向こうに見える村から上がる煙。
雪国であるから、暖炉を使うため、煙突から煙があがるのは当たり前だったが、それはどこか違っていた。
数が多く、そして、一つ一つが太かった。

「どうしたの?」

急に走り出す遥に追いつき、併走するようにスピードを落とさずに里保は尋ねる。

「燃えてる。村が、燃えてる」

それだけ言い、さらに加速する遥。
黙って後についていく里保。
衣梨奈と聖も走ってはいるが、二人とは身体能力が違いすぎるため、差は広がる一方だった。

丘を越え、あとは下るだけとなった時、目の前に広がるのは炎だった。
93 :ただの名無しでしたから :2014/03/29(土) 23:51
燃えていた。
圧倒的に燃えていた。

その間を動き回る黒い影。
その中のいくつかに里保は見覚えがあった。

忘れるはずはなかった。

ビーシー教団。

ここにいるはずのない彼らは確かにそこにいた。

炎から村の外へ逃げていく人々。
彼らは背後から切り倒され、またある人は矢を背に射られ。
白い雪の上へ倒れていく

「やめろー!」

遥は叫び、村の中へ飛び込んでいく。
里保ももちろん後に続く。
94 :ただの名無しでしたから :2014/03/29(土) 23:51
地獄。

状況はまさしくそう言って差支えがなかった。

至る所に火の手があがり、村を真っ赤に染め上げる。
さっきまでの寒さが嘘のように、一気に汗が吹き出る。
地面に横たわる人。

老人も大人も子供も。男も女も。
関係がなかった。

そんな中、動いている人間は2種類だけ。
一つは、黒いローブに身を包む者。
そして、もう一つは、黄色の意匠が施された銀の鎧に身を包む者。

一つはすぐに敵とわかる者。
ただ、もう一つの集団は、火を自分たちに放つまで、敵かどうかわからなかった。

「何で!」

遥が叫ぶ。
里保は赤い剣を抜き火を切り落とす。
そのまま一旦剣を消し、彼らとの距離をつめながら、再び鞘に手を掛けた。
95 :ただの名無しでしたから :2014/03/29(土) 23:52
遥は、動かない。
動けなかった。
状況が信じられなかったから。

鎧に埋め込まれたIをあしらった黄色い紋章。

遥はそれに見覚えがあった。
見覚えがありすぎた。

きっと、この村の人々もそうだっただろう。

銀の鎧のデザインは、この国で共通のもの。
違うのは、地区ごとに埋め込まれた紋章が違うことだった。

ここ東部地区では橙色となっているそれは、黄色が示すのはツェーン南部地区。
そこに属する軍が身につけるものだった。

ということは、この東部地区へ南部地区が攻め入っているということを意味する。
96 :ただの名無しでしたから :2014/03/29(土) 23:52
「嘘だ!!」

思わず遥は口に出すが、答える者は誰もいない。
代わりに自分に向かって振り下ろされる教団員のメイス。

「お前らに聞いてない」

半身を引いてそれを避け、剣を乱暴に横に薙ぐ。

嘘だ……嘘だ……

炎は尚も燃え盛る。
動いているのは遥か里保か、もしくは敵だけ。

生きている人間を探しながら、立ちふさがる敵を切り分けて進む。
里保とはすでにはぐれてしまっていた。

炎の熱が頬を焼く。
髪にすら燃え移りそうなほど、すぐ近くを火が舞っていた。
97 :ただの名無しでしたから :2014/03/29(土) 23:52
「誰か!誰かいないの!」

声を出すも、集まるのは敵だけ。
次第に周りを囲まれる。

まずいと思ったときにはもう手遅れだった。

幾多の炎が自分に向かって放たれる。
里保のような力がない剣では、それをやり過ごすことなどできなかった。

右肩と脇腹に直撃した炎は、肉を焼く。
突き刺さる痛みに剣を落とさなかったことは奇跡的だった。
一気に吹き出る汗と、体中が波打つように痛みが広がる。

目の端に浮かんだのは汗だったのか、涙だったのか遥にはわからない。

ただ、確かに死を意識した。

何もできてないのに。

痛みよりも後悔が強かった。
何も状況がつかめないままの自分に。
98 :ただの名無しでしたから :2014/03/29(土) 23:53
それでも、遥がその次の攻撃を受けずにいれたのは、目の前に降り立つ光の力だった。
遥を守るように広がるそれは、炎を次々と弾く。

「無茶しすぎだし」

衣梨奈の声。

「この世に響く猛き者よ」

続いて聞こえるのは聖の声だった。

その右手には藍色の宝石。

トルマリン。

10の月の宝石。
電気石と呼ばれ、永久電極を持つと言われる石。
その名の通り、雷の精霊が極めて好む石である。
99 :ただの名無しでしたから :2014/03/29(土) 23:53
「天から降り立ち
 我の力と成り給え」

詠唱が終わる。
衣梨奈はその力に鳥肌が立つほどだった。

通常、精霊術は詠唱は必要ない。
念じるだけで力を使うことができるからだ。
ただし、通常よりも大きな力を使う場合は、構築や詠唱といった儀式が必要となる。

しかし、誰もがそれらを行えるわけではない。
強い力を持つ者しか、そもそもそれらの行為を行うことができなかった。

衣梨奈自身、詠唱を聞いたのは初めてであった。

爆音とともに、周りの建物が立ち込めていた火と共に消滅する。
まるで、建物だけを切り取ったかのように。
近くにいる衣梨奈たち、敵味方も含めて全く影響は受けなかった。

視界が広がり、里保の姿を見ることもできる。
里保もこちらに気づき、流れるような動作で、次々に敵を捌きながら遥の元へ駆け寄ってくる。
100 :ただの名無しでしたから :2014/03/29(土) 23:54
「ほんとに、すごいねぇ……」

衣梨奈は遥の肩に手を当てる。
癒しの力を使っても、すぐに回復するわけではない。
あくまで再生速度を上げているだけなのだから。
傷はふさがっても体力は消耗してしまう。

それでも、里保と聖の活躍によりもう敵もわずかになっていた。

詠唱なく放たれる聖の稲妻は、十分な威力を持っていたし、里保が優先的に術が効かない教団員に対応していたから。
遥の傷が癒えるころには相手は敗走している状況だった。

しかし、残された村は、村という痕跡を残しているわけではなかった。

燃えるもののなくなった火は、次第に小さくなって消えていく。
全滅。
真っ黒な焼け野原は、誰もが口に出さなかったが、それが確定していた。

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