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シースシース

1 :ただの名無しでしたから :2014/02/15(土) 22:09
ジャンルはファンタジー。
娘。、べりきゅーなどなどオールキャスト。
主役は鞘師さんで。

よろしければお付き合いいただければうれしいです。
2 :ただの名無しでしたから :2014/02/15(土) 22:10

「あ、雨やんだかも」

窓の外を見ながら衣梨奈はそう言った。

「本当だ」

ベッドから起き上がり、里保が言う。
昨夜から降り続いた雨は、昼を少し過ぎた今、止んだ。

まるで、それが始まりかと言うように。
3 :ただの名無しでしたから :2014/02/15(土) 22:10




―――シースシース――



4 :ただの名無しでしたから :2014/02/15(土) 22:10
<1.抜かれた剣>

とある世界の大きな大陸。
そのほぼ東の半分を領土とする大きな国。

その東側に位置する少し大きな街。

鞘師里保と生田衣梨奈はそこの宿の一室にいた。

「えりぽん、もう行く?」
「んー、まだいてもいいんだけど」

手にした紙に目を戻したまま、衣梨奈は言った。
他愛もない事件と依頼が並んでいるそれは、この町の掲示板から拝借してきたものだった。

西の街道で盗賊が頻発しているとか、その警護の募集だったりとか。
この世界では日常的な内容ばかりがそこに並んでいた。

里保はそんな衣梨奈を気にすることなく、勝手に用意を始める。
横になっていたため乱れていた長い黒髪を手で梳かしながら。

まだ、十代半ばの彼女だったが、彼女は故郷をでて旅を続けている。
それ自体はこの世界では決して珍しいことではなかったが、同じような年代の衣梨奈と二人きりということは、珍しいことではあった。

彼女の服装や持ち物は、旅をしている人間としては、軽装だった。
ただし、それは彼女が精霊師だとすれば説明がつくものだった。
5 :ただの名無しでしたから :2014/02/15(土) 22:11

精霊師。

宝石を媒介として、精霊と契約をすることで、彼女たちの力を精霊術として使うことができる者。
精霊による多大な力を得ることができる反面、その修練に時間をかけている精霊師は、それ以外の道具、特に武器を操る力はそれほどではない。
また、精霊の力が単純に、武器を用いた力と比較にならないということも、精霊師が武器の修練を積まないという理由にはなっているのだが。

確かに、里保の腰にはきらりと光る緑の石がある。
エメラルド。
彼女の生まれ月の宝石。

生まれ月の宝石を使用することは、他の宝石を使うよりも強い効果を得ることができる。
それは、精霊師に限らず、この世界の誰もが持つ権利だ。

宝石の力と、生まれ月であるかどうかの相性。
その二つが、その宝石を使用した際の力に大きく関与する。

だから、里保がそれを持っていることはすごく自然なことだった。
ただ、彼女の持ち物に極度の違和感があるとすれば、腰に下げられた鞘だった。

それは、彼女が精霊師なのに、武器を持っているからではない。
そもそも、彼女は精霊師ではない。
だから、鞘を腰に下げていることは、違和感はない。
精霊師でない彼女が武器を持つことは、自分の身を守る手段としては当然のことだった。
6 :ただの名無しでしたから :2014/02/15(土) 22:11
それでも、その鞘は彼女が精霊師ではないのに、軽装であることの違和感を凌駕するほどだった。

なぜならば、そこにはあるべき剣がなかった。
『鞘』だけ。
彼女が持っているのはそれだけだった。

けれども、彼女はさもそれが当然であるかのように、腰に下げたまま、準備を続けていた。

「そんなに急がなくても、大丈夫なのに」

すっかり準備を終えかけている里保に衣梨奈は告げる。

「そうなの?」
「まぁ、いいんだけど」

衣梨奈は立ち上がる。
彼女も里保と負けず劣らず軽装ではあった。
しかし、彼女は精霊師だったから、それは全く矛盾しているわけではなかった。

右の薬指に光る指輪。
やや薄いピンクがかったルビー。
彼女の生まれ月である7の月の石だった。
7 :ただの名無しでしたから :2014/02/15(土) 22:11
「あ、見て見て、あれ、教団の人間じゃない?」

立ち上がった衣梨奈が窓の外を指差す。

「教団?」
「あ、知らないんだ」

ふふんと鼻を鳴らし、衣梨奈は得意そうに続ける。

「教団だよ、ビーシー教団」
「びーしーきょうだん??」

里保は窓に近づき、探し始める。
雨が上がったばかりで、外へ出ている人は少ないので、それらしき人物はすぐにわかった。

真っ黒のローブで頭から覆われ顔すらわからない。
黒の中だから余計に映えるのは首元に光る白い宝石。
8 :ただの名無しでしたから :2014/02/15(土) 22:12
「宝石、じゃないんだよね、ほんとは」
「え?」

自分の心を読まれたかのようで、思わず振り返った。

「まぁ、そのへんは難しいから置いといて」
「で?その教団って何?」
「いや、ああいう人のこと。見るからに怪しい感じ」
「それは、それでわかるんだけど、怪しいなっていうのは」
「うーん、簡単に説明すると、あの人たちは、私たちみたいな精霊師が嫌いなの。で、いろいろな活動をしているんだけど、それが結構ぎりぎりの感じでね。いろんなところで問題になってるって人たち」
「ああ、何かよくわかるようなわからないような」

もう一度、窓のほうへ向きなおす。
その時だった。

――力を貸してください――

「え?」

耳に届いたというより、頭に直接響いたような。
再度振り返った衣梨奈は、じっと自分を見ている里保を不思議そうに見ている。
9 :ただの名無しでしたから :2014/02/15(土) 22:12
「どうかした?」
「ううん、気のせいかな」
「さては、私の可愛さに見とれてる?」

衣梨奈の問いかけには答えず、里保は考えをめぐらす。

先ほどの声は、なんだったんだろう?

女性の声だが、今まで自分が聞いたことのない声だった。
空耳かとも思ったが、それにしてははっきりと聞こえていた。
そして、それだけはっきりと自分には聞こえているのに、衣梨奈はそのことに気づいていない。

何らかの力で自分にだけに呼びかけている、ということ?

じっと集中して耳を澄ますが、その次の声は聞こえてこない。
10 :ただの名無しでしたから :2014/02/15(土) 22:12
やっぱり空耳だったのかな……


窓際から離れようとしたそのときだった。
自分越しに窓の外見ていた衣梨奈がつぶやく。

「あれ、あそこ何かやばいかも」
「え?」

振り返って窓の外を見る。

先ほどの教団の人物が、複数に増えている。
そして、彼らに囲まれるようにして連れられていく女の子が一人。
逃れようと抵抗しているようにも見えた。

「あーあ、どうしたんだろうね」

他人事のように続ける衣梨奈。

「どうしたんじゃないよ、助けないと」
「え?さっきの私の説明聞いてた?あの集団とかかわりあいにはならない方が―――」

衣梨奈の言葉が終わらないうちに、里保は窓から飛び出した。
11 :ただの名無しでしたから :2014/02/15(土) 22:12
「ちょ……里保!」

背中から聞こえる声を落下しながら聞く。
準備をしていてよかった。
素直にそう思う。

えりぽんはあぁいったけど、そんな集団だから、余計にただ事ではないと思った。
さっきの声、そのことを里保はもう忘れかけていた。
ただ、頭の片隅に助けを求めていたその声があったから、自然に体が動いたのかもしれなかった。

地面にドンと着地する。
2階からとはいえ、ジンと両足にしびれが伝わる。
しかし、それは数秒。

すぐに駆け出す。
通りに彼らの姿はなかったが、どこの路地で曲がったかは落下中に目で追っていた。

急に上から降ってきた里保に、にわかに通りにいた人たちがざわめくが、気にすることなく走り出す。
水溜りを2回踏み、泥が自分にかかったことも気にせずに。
12 :ただの名無しでしたから :2014/02/15(土) 22:13
「まったく……人の言うことを聞かないんだから」

角を曲がった里保の姿が見えなくなり、衣梨奈は呟く。

「さて、私は私ができることをしなくちゃ」

扉を開けて出て行く。
里保のように2階から飛び降りるなんて芸当は、衣梨奈にはとても不可能だった。
13 :ただの名無しでしたから :2014/02/15(土) 22:13



「その子を離して」

角を曲がった瞬間、黒が目に入ると里保は叫んだ。

黒いローブを身に着けた教団員は全部で5人に増えていた。
その合間から見えるピンク色が目に留まる。
先ほどの女の子が着ていた服と同じ色だった。

「邪魔をするな」

野太い声とともにいきなり振り下ろされたのは、先端が里保の顔ほどありそうな真っ黒のメイス。

地面の土をたたき、ドンという音とともに陥没する。

脅しとはいえ、いきなり……

衣梨奈の言っていたことの意味を少し理解する。

だが、そんなことくらいで引くことは里保にはできなかった。
14 :ただの名無しでしたから :2014/02/15(土) 22:13
ふぅと息を吐き、鞘に手をかける。
まるで、そこに剣があるかのように。

そのまま、男との距離を一気につめる。

振り下ろされるメイス。
今度は地面ではなく、里保の頭をめがけて。

しかし、それは里保に触れることはなかった。

キラリとエメラルドが煌くと、里保は右手を鞘から離す。
その仕草は剣を抜く動作とまったく同じ。そして、そうであるかのように彼女の手には白銀の剣が抜かれていた。

カンという大きな金属音。
里保の持っている剣によって、メイスのもち手が切断される。

そのまま、切り返し、ローブの上から腹部を撫で切る。
15 :ただの名無しでしたから :2014/02/15(土) 22:14
それが一人目。
仲間がやられたことに驚いている間に、里保はもう一人を肩から撫で切った。
それとともに、里保の手から剣が消えていく。

鞘術。

鞘から抜いた白銀の剣は、彼女によって生み出されたもの。
それは、彼女の意思により自在に鋭さを変え、また、使用者は重さすら感じないという。
幻の剣技と言われるものだった。

「もう一度言います。離してください」

二人が倒れることで、捕らわれている女の子の姿ははっきりと視界に納まっていた。
肩まで十分にかかる黒髪と、薄いピンク色のワンピース。
スカート全体に跳ねている泥が、彼女の抵抗を物語っていた。
16 :ただの名無しでしたから :2014/02/15(土) 22:14
年は、自分とすこし上くらいかなと、里保は思った。

二人の教団員が、じりじりと里保を囲むように近づいてくる。

「さっきの二人は斬ってはいませんから、命に別状はないと思います。でも、いつまでも私も手加減できませんから」

自分でも下手な脅しだと思った。
事実、それは大した効果を得ることもなく。

さらに襲い掛かってきた二人へと、再度里保は鞘に手をかけることとなる。
わずかの瞬間で、合計4人が里保を囲むように倒れている。

「さあ、もうその子を離してもらえませんか?」

さすがに、事態を悟ったのか、残った一人は乱暴に女の子を里保向かって押し出すと、走り去っていった。
17 :ただの名無しでしたから :2014/02/15(土) 22:14
「大丈夫?」

倒れかける女の子を受け止め、声をかける。

「……ありがとうございます」

顔を上げ、そう答える。
髪の合間からふわっとした甘い匂いが鼻をくすぐった。

「えっと……なんかいい感じのとこ悪いんだけど、ちょっとここから離れたほうがいいと思うんですがねー」

後ろから聞こえたのは衣梨奈の声。

「ほら、せっかく向こうのほうで騒ぎを起こして、人の目をそらしてるんだから。ややこしいことになる前に、早く早く!」

確かに、と里保は思う。
武器を持った黒衣の人間が4人も気絶している状況だ。
寧ろ、さっきのやり取りの間に他の野次馬が集まらなかったことも、衣梨奈が機転をきかせていたからだった。

でも、それを黙っていられないんだよね。

せっつく衣梨奈に、里保は苦笑しながら女の子を促し、指示に従った。
18 :ただの名無しでしたから :2014/02/15(土) 22:14
 
19 :ただの名無しでしたから :2014/02/15(土) 22:14
 
20 :ただの名無しでしたから :2014/02/15(土) 22:15
>>2-17 更新終了です
21 :名無飼育さん :2014/02/16(日) 21:07
ワクワクする
どんなふうに続くか期待してます
22 :名無飼育さん :2014/02/16(日) 22:12
おお!最近ファンタジー少ないので待ってました!
23 :名無飼育さん :2014/02/18(火) 00:08
タイトルやら生鞘やら、気になることがてんこ盛りです。
続きを楽しみにしてます。
24 :ただの名無しでしたから :2014/02/22(土) 21:46


「さて、せっかくで悪いんだけど……」

場所を移し、さっきまで衣梨奈たちが泊まっていた宿の一室。
衣梨奈が話を切り出し始める。

女の子の服の着替えもどこからか用意していたりと、いつの間にか完全に場を仕切っていた。

「まぁ、とりあえず自己紹介しとくね。私は生田衣梨奈。精霊師やってますが、今は訳合ってそこの子、里保と二人で旅をしてます」
「はぁ、生田さん、ですね」
「そんな堅苦しい感じはやめて、私のことはえりぽんとでも呼んでね」

にこやかに微笑む衣梨奈に、どこか聖はぎこちなく笑みを作って頷く。

「はい、私は……譜久村聖といいます」
「ふくむら、みずき。どこかで聞いた名前のような……」

衣梨奈は少し考え始めるが、里保は全く思い当たる節がなかった。

「気のせいです、きっと。だって、私が生田さんに会うのは今日が初めてですから」

ぎこちなく微笑む聖。

「んー、そっかなぁ……確かに、そうだよね、聖みたいな人、見たことない気がする」

思い出す気配もなく、衣梨奈はそれ以上深く考えることをやめた。
25 :ただの名無しでしたから :2014/02/22(土) 21:46
「で、どうしてフクちゃんは、あの人たちに連れて行かれてたの?」
「フクちゃん?」

里保の言葉に、衣梨奈も聖も目を丸くした。

「え?何?何か変?譜久村だからフクちゃんでしょ?」
「いや……別に聖がいいならいいんだけど?」

頭をかきながら、衣梨奈は聖へ視線を向ける。
聖は、すぐに表情を戻して答えた。
「それでいいですよ。里保ちゃん」と。

「うん、ありがとう。で、それで、どうして?」
「それはですね……」

説明をしようとする聖がためらいをみせる。
事情を話してしまえば、巻き込んでしまう。
その思いが聖にあったことも事実だったが、実のところ、聖にもよくわかっていなかった。

どうして、急に自分が狙われているのか。

そもそも、聖が彼らから逃げるようにしてここまで来たのは、ある声があったからだった。

ある日、突然自分に逃げるように告げた。
光の精霊。彼女はそう名乗った。

ビーシー教団については、聖も知識は持っていた。
彼女もまた、精霊師であったから。

自分たちをよく思わない連中の情報は、意識しなくても自然に耳に入ってくるものだった。
ただし、それはあくまで会話の中で聞いただけであり、積極的に自分から調べて得た知識ではない。
そのため、それは正確さという点で、かなり不十分な情報ではあった。
26 :ただの名無しでしたから :2014/02/22(土) 21:46
「フクちゃん?」
「あ、ごめんなさい」

聖は自分を覗き込む里保の表情を見て、自分が難しい顔をしていることに気づいた。

「言いたくないんならいいんだけどねー、別に」

衣梨奈は言う。
それは半分本心だった。
無理に事情を聞きだすつもりはなかったが、彼女の直感は自分たちが力になったほうがいいと告げていた。

「いや、そういうわけではないです。助けてくれて本当に感謝していますし……」

と、そのときだった。

――危ない。逃げて――

里保は聞いた。さっきと同じ声だった。
そして、その声は聖にも聞こえていた。

二人の意識が緊張へと向かうことに衣梨奈は気づき、一歩遅れて集中を始める。
27 :ただの名無しでしたから :2014/02/22(土) 21:46
気配を感じたのは扉の方。

里保が聖を引きよせ、衣梨奈が精霊術を使って障壁を作ると同時に、扉が燃え去り、室内で炎の鞭が踊った。

「意外と早く見つかっちゃたね」

術が防いでいるとはいえ、鞭がぶつかる衝撃は相当のもので。
衣梨奈の表情は口調とは正反対に、真剣だった。

「えりぽん、ここから下に降りれる?」
「無理。里保とは違うから」
「私が先にフクちゃんを連れて降りるから、その後できて」
「だから、無理だって」
「ちゃんと受け止めるから!」

すでに室内にはいくつもの火の手が上がっている。
衣梨奈は自分たちを守るので精一杯という状況。
里保の決断は決して間違いではなかった。
このままここにいたところで、焼け死ぬのは目に見えていたから。
28 :ただの名無しでしたから :2014/02/22(土) 21:47
「しっかり捕まっててね」

自分よりも大きい聖へかける声としては、どこか不適切な感じがしたが。
里保は、聖を抱きかかえると、壊れた窓から飛び降りる。

周囲の空気がすぐに熱を失う。
そして、すぐに下の景色を見る。
それは、あまり把握したくない現状だった。

遠巻きに取り囲む黒。
まだ、野次馬が集まってくるほうがいくらかましだったと里保は思ったが、どうしようもない。
ドンと両足にかかる衝撃は、先ほどとは比較にならなかった。
聖と地面に挟まれた膝が衝撃を逃がすことなく、全部受け止める。

うっと少し声が出てしまうほどに。
でも、ここでじっとしているわけにはいかない。

痺れていて膝から下の感覚はほとんどないが、立ち上がってすぐに聖をおろし、上を見上げる。

「いや、早いから!」

すでに衣梨奈は飛び出しており、里保のすぐ後ろへ落ちてくる。
29 :ただの名無しでしたから :2014/02/22(土) 21:47
ドンッ

派手な音を立てて衣梨奈は地面に衝突する。

「いったい!痛いよ!受け止めてよ!」
「いや、だって早かったから」

腰を打ちつけた衣梨奈だったが、すぐに起き上がるあたり大丈夫そうだと里保は判断した。

「受け止めるから!って言ったの誰よ」
「ごめんごめん、でも、飛び降りれたんだから」
「そうだね、もう次からはえりは一人でできるからね。ってちがーう!!!」

そんなやり取りをしているうちに、里保の足の痺れもとれ、それと入れ違うように痛みが襲ってきた。

「あの、そんなことをしている場合じゃなさそうなんですが」

聖がもっともなことを言う。
周りを囲む人間は全員黒のローブを身に着けている。
そして、全員が全員、胸に透明の輝く石を身につけていた。
30 :ただの名無しでしたから :2014/02/22(土) 21:47
里保は状況を考える。
衣梨奈は精霊師だが、彼女の力は「癒し」の力であり、戦力としては考えにくい。
自分一人でやるしかない。

ここにいるだけならなんとかなるかもしれないと思うのは、慢心でもなかった。
さっきの戦いくらいの差があれば、特に問題はない。
ただ、ひとつだけ気になることがある。

それは、自分たちがここにいることになった、あの炎の鞭のことだ。
相手に精霊師がいるのなら、たった一人でも自分の手に余る。

人生の中で精霊師と相対した経験はほとんどない。
それでも、彼らの力は十分知っている。
だから、それまでにここを抜け出さないといけなかった。

「えりぽん、フクちゃんをよろしく」

それだけ言って、一歩進めるが、時はすでに遅かった。
踏み出した足の前に打ち付けられたのは炎。
31 :ただの名無しでしたから :2014/02/22(土) 21:48
「これ以上、手間取らせないでほしいわ」

聞こえたのは女性の声。
その声が引き金となり、黒の囲みの一部が別れ、一人の女性が歩いてくる。
周りと同じように黒いローブ。
フードを下ろしているため、他の教団員とは違い、顔がはっきりと見ることができた。

若い女性であることに、里保は驚く。
整った細い顔と、一つに束ねられた茶色の髪。
彼女は、夏焼雅という。
もちろん、ビーシー教団の人間であるため、胸元には透明の輝く石。
だが、彼女の右手にはもう一つの宝石があった。

ペリドット。
太陽の石とも呼ばれるそれを通して、雅が使う力は炎。

「譜久村聖を渡しなさい。そうすれば、あなたたちのことは見逃してあげるわ」

大声ではないのに、凛とした声が耳にしっかりと届く。
里保は動けなかった。
相手との力量を感じることができた。
自分が近づくまでの間に消し炭にされる。
そんな未来が容易に想像できたから、全く動けなかった。
32 :ただの名無しでしたから :2014/02/22(土) 21:48
「すみません、借ります」

聖がこそっとそう言い、衣梨奈の右手に手を添える

衣梨奈は意味がわからなかったが、聖の指は震えていたことに、衣梨奈は気づく。

「どうするの?私、気が長いほうじゃないんだけどね」

パシンと、火が小さく破裂する。

どうする?
自分に何ができる?

里保は自問自答するが、答えが何もでてこなかった。

その時だった。
背後が光ったと思うと、自分の横を光が通りすぎていく。

精霊術?誰が?
疑問が頭をよぎるが、それ以上に、これはチャンスだという意識が働き、体が先に動く。
33 :ただの名無しでしたから :2014/02/22(土) 21:48
「里保、駄目!」

衣梨奈の声が聞こえる。
鞘に手をかけ、雅の方へ踏み出そうとしていた足を止める。

目の前の光が収束し、代わりにやって来るのは燃え盛る赤。
倒れこむようにそれを避けることができたのは、衣梨奈の声があったから。

「え……どうして……」

聖の声は震えていた。
当然だろうと、衣梨奈は思う。
彼女が精霊術を使ったことも驚きだったけど、その力は自分の比ではなかった。

同じ石で自分以上の力を出せるということは、自分よりもはるかに能力を持つ精霊師ということ。
彼女の生まれ月はわからないが、ルビーは自分の生まれ月の石だ。
もしも、彼女が自分と同じ生まれ月ではなかったとすると……

末恐ろしいってこういうことを言うのかもしれない。

衣梨奈は素直に思った。
34 :ただの名無しでしたから :2014/02/22(土) 21:49
「無駄ですよ。精霊術なんて」

雅の声が聞こえる。

「キュービック・ジルコニアね。噂には聞いてたけど……」
「えりぽん、それって何?」
「ビーシー教団が人工的に作っている石のこと。ほら、あそこの透明な石」

里保と聖の視線が雅の胸元に集まる。
透明な輝く石。
黒のローブとの対比で嫌でも目に付くそれ。
黒のローブではない。それが、ビーシー教団の証だった。

「あれは、精霊術を消し去る力を持ってるの」

「よく知ってますね。どうですか?私たちの教団へ入団しては?」
「冗談。あいにく私はあなたたちが嫌いな精霊師なの」
「私も精霊師ですよ?別に、何人かいますよ。教団員にも」

ふふっと雅は笑うと、手をかざす。
緑の石は、雲間からの太陽の光を浴びて綺麗に輝く。

里保は、衣梨奈と聖のところまで下がっている。
誰も動けなかった。

だからといって、聖を相手に渡して自分たちだけ助かるのも嫌だった。
35 :ただの名無しでしたから :2014/02/22(土) 21:49
どうすればいい?

炎が襲ってくる。

その時だった。

――力を―――

あの声が聞こえた。

――私の力をあなたに――

エメラルドが紅く光る。

――だから――

――助けて――

紅く、透き通る剣。

気がつけば、里保の手にはそれがあった。
迫りくる炎に自然に手が動き剣を振る。
頬を熱が掠めるが、目の前から真っ二つに裂ける炎。
36 :ただの名無しでしたから :2014/02/22(土) 21:49
「これは……」

見たこともない剣。できるはずのない力。
でも、剣を振ったときには確信があった。
この剣なら斬れると。

そして、それは形勢が完全に逆転したことを意味する。

驚きを隠せない雅へ向かい、里保は突進する。
2、3と飛んでくる炎を撫で斬り、雅の首元に剣を向ける。

「くっ!」

雅が叫び、目の前で炎が爆ぜる。
里保が爆風で目をそらした隙に、体を反転する。
そのまま走り去る雅を里保は追いかけなかった。

雅に釣られるように立ち去っていく教団員たち。
彼らが余計なことをしないように、立ち止まり威嚇をするだけだった。
37 :ただの名無しでしたから :2014/02/22(土) 21:50
「里保、それどうしたの?」
「わからない。なんか声が聞こえて……気づけば持ってたの」

改めて視線を手元に向けると、すでに剣は消えていた。
それとともに、里保の視界が真っ暗になり、意識を失った。

「ちょっと、里保!」

倒れこむ体を、慌てて衣梨奈が受け止めた。

「里保ちゃん!大丈夫?」

心配そうな声を上げる聖。
しかし、衣梨奈は耳元に届く呼吸音から悟った。

「だーめだ、寝てる。寝てるとき起こすと、すっごく怖いんだよねー」
38 :ただの名無しでしたから :2014/02/22(土) 21:50
 
39 :ただの名無しでしたから :2014/02/22(土) 21:50
 
40 :ただの名無しでしたから :2014/02/22(土) 21:52
>>24-37 更新終了です。
できるだけ週1回更新のペースを守っていきたいと思います。
あくまでできるだけ、ですが。
41 :ただの名無しでしたから :2014/02/22(土) 21:56
たくさんのレスありがとうございます。今後もいただけると励みになります。

>>21 
ありがとうございます。今後もワクワクが続いてもらえるようにがんばります。

>>22 
ありがとうございます。最近はアンリアル自体が少なくなっていますね。ファンタジーがもっと増えるようにがんばりたいです。

>>23
ありがとうございます。たくさん仕込んで行きたいと思いますので、題名の意味を含めて楽しんでいただければありがたいです。
42 :名無飼育さん :2014/02/22(土) 22:16
おもしろいです
43 :ただの名無しでしたから :2014/03/01(土) 23:03


目の前が真っ白だった。

上も下も、右も左も。

光の中に浮いていることを里保は理解し、これは夢であると思った。

夢の中で夢だということに気づく経験は、これまでも何度かあった。
けれども、そのときとはどこか違う違和感があった。

「ごめんなさい」

背後から聞こえる声に振り返る。

立っていたのは一人の女の人。
真っ白なドレスと、それに負けないくらい白い肌。
大きなくりくりとした目と口元のほくろ。

人形みたいだと、里保は思った。
そして、初対面であるはずの自分に、何に対して謝っているのか。
そんなことばかり考えており、彼女の声が自分に聞こえていた声と同じだとは気づかなかった。
44 :ただの名無しでしたから :2014/03/01(土) 23:03
「巻き込んでしまってごめんなさい。鞘――」
「言わないでください!」

急に叫ぶ里保。
その剣幕に、女性は驚いた顔をしたが、すぐに微笑んで里保の頬を撫でた。

「そうでしたね……あなたのことはなんて呼べばいいですか?」

そのやりとりに違和感を感じた。
少なくとも、彼女は自分の事情を知っている。
衣梨奈ですら知らないことを。

沈黙が流れる。
だが、どうして彼女が自分のことを知っているのか、どう考えてもわからなかった。
また、相手が自分に対して敵意がないことを感じていたから。
里保はそのことについて深く考えることをやめ、名を名乗った。

「里保……里保と呼んでください」

そのころになり、ようやく気づきはじめる。自分に聞こえていた声と同じ声ではないか?ということに。

「わかりました。りほりほ。私は道重さゆみといいます」
「りほりほ?」
「はい、りほりほがさっき言ったでしょ?そう呼んでくださいと」
「……」

どこか諦めがあったのは、これが夢だろうということがあったことと、そう呼ばれるのが意外に嫌にならなかったから。
何より今は、そんな呼び方よりもたくさん知りたいことがあった。
45 :ただの名無しでしたから :2014/03/01(土) 23:03
「私に力をくれたのは、道重さんですか?」
「うん、そう。ごめんなさい。勝手に巻き込んでしまって」
「いいえ、かまいません。でないと、えりぽんもフクちゃんも守れなかったから」

そう、と短く言ってからさゆみは、里保へ近づいて彼女の鞘を手にする。

「私があなたに渡した力は魔力を斬る力。でも、いくつか制約があるの

1つ目は―――




――――です。大丈夫そう?」

里保は頷く。

「それと、あの子をお願い。守ってあげてね、りほりほ」
「あの子?」
「フクちゃんのこと。お願い」
「わかりました」

「本当は私がするべきなんだけど、私たち精霊は人の世界に深く干渉することは禁じられているの」
「精霊、なんですか?」

そういわれれば、美しさにも納得する。
精霊や天使と呼ばれるものは、絵本の挿絵でしか見たことはないが、どれも美しかったから。

「さぁ、二人が心配してるわ。目を覚まして」

光が消えていく。
一度真っ暗になった視界が、再度明るくなっていくと、そこには自分を覗き込む衣梨奈の姿が映った。
46 :ただの名無しでしたから :2014/03/01(土) 23:04

「……えりぽん」
「おはよ!」
「お……おはよう」

衣梨奈の元気に圧倒されながら起き上がる。
体は少し重かった。

「どれくらい寝てた?」
「半日くらいかな」

カーテン越しの窓の外は、もう日が落ちていた。

「そっか」
「まぁ、その間にいろいろと聞けたからいいんじゃないかな」

そう言って衣梨奈は聖の方を見る。
彼女は少し複雑そうに笑っていた。

そういえば…と思い出し、自分の鞘を手にする。
鞘に埋められたエメラルドは、緑ではなく赤く光っていた。
47 :ただの名無しでしたから :2014/03/01(土) 23:04
やっぱり夢じゃなかったんだ。
夢だとは思っていなかったけれど。
それでも里保は安心した。

そのまま、自分の力を使おうと意識すると、宝石は反応して緑に光る。
逆に、さゆみの力を使おうとすると、再び赤く光る。

「アレキサンドライト、ですか?」

その様子を見ていた聖が言う。

「何それ、何それ?」
「光によって色が変わる宝石です。昼間はエメラルドのような緑をしてるけど、夜になるとルビーみたいな赤に変わる」
「すっごい、手品みたいだね」

聖と衣梨奈のやりとりを聞きながら、里保は鞘から手を離して、ベッドに立てかける。
確かに、さゆみはそう言っていた。
彼女の能力を宿すことで、エメラルドはアレキサンドライトへと変化していた。
これがあるからこそ、里保はさゆみの力も、自分の力も使うことが可能となっていた。
48 :ただの名無しでしたから :2014/03/01(土) 23:04
「それよりさ、これからどうするの?」

自分が眠っている間に、すっかり意気投合している二人に少しだけ腹が立っていた。

とりあえずご飯を食べなよと、衣梨奈は食事を持ってくる。
シチューの匂いが鼻をくすぐり、ぐーっとお腹が鳴る。

「食べながら聞いて。いろいろと説明するから」
49 :ただの名無しでしたから :2014/03/01(土) 23:04


「声が、聞こえたんです」
「声?」
「えぇ。女の人の声。道重さゆみと名乗っていましたが」

時間は少し戻り、里保がまだ眠っている頃。
聖は衣梨奈へ事情を説明し始めた。

「それで、私は彼らから逃げていたんです」
「教団のことは知ってるの?」
「噂、程度です。実際に目にするのは、追われるようになってからが初めてです」

そんなもんだよね。

衣梨奈は思う。
ビーシー教団自体、かなりアンダーグラウンドな存在だ。
精霊師を排除しようとする集団。
それだけで、かなり異質である。
キュービック・ジルコニアの力があるとはいえ、あれを扱えるのは一部の人間だけだ。
だからこそ、精霊師の力を考えれば、排除されるのは寧ろ教団の方であって。
そのために表立っての活動は稀である。
どちらかといえば秘密裏に。
その代わり、やるときには大々的に事件を起こす。
名前や噂は耳にすれど、実際に目にすることは、その事件に巻き込まれない限りありえない。

それが衣梨奈の認識であったし、それは間違ってはいなかった。
50 :ただの名無しでしたから :2014/03/01(土) 23:05
だから、今回のことは意外なんだけどね。

衣梨奈は考える。

聖を捕らえることのメリット。
それがわからなくはない。

彼女は、自分がこの国の王族だと言った。
もっとも、現在は王位継承などからは遠く離れてしまった傍系だったが。
衣梨奈が彼女の名前を聞いたときに感じた既視感はそれだった。
ただ、衣梨奈は里保が起きていないことを幸いに、そのことを教えないように、聖へ伝えた。

彼女は、どこか抜けているところがある。

これから、共に行動することになれば、聖の素性を隠していた方が便利なことが多い。
彼女は知らないほうが、自然に振舞えるに違いないと、衣梨奈は確信していた。

「で、話は戻るけど、どうして狙われてるか覚えはある?」
「いえ……ないです。あるとすれば、私の身分ですが、それでも私以外にも王族はいますから」
「あえて、自分ばかりってことはないのね。じゃあさ、その道重さんに聞いてみたら?」

衣梨奈の提案に、聖は心の中で呼びかけてみる。
でも、今までがそうであったように、さゆみからの返答はなかった。
51 :ただの名無しでしたから :2014/03/01(土) 23:05
いつもそうだった。

危険を知らせるために、さゆみから声をかけてくることはあったが、こちらからの声に返答したことはない。

あるとすれば、一番最初の時。
さゆみと夢の中で会った時だけだった。

「無理っぽいね」
「ごめんなさい」
「いいよ。気にしない気にしない」

衣梨奈は一度立ち上がって伸びをする。

さて、どうしようかな……

わからないことだらけだったが、聖と一緒に行動した方がいいと、直感が告げている。

どのみち、このままここでサヨナラなんて、できないしね……

「そういえば、聖って精霊師なんだよね」
「そうです。私は雷の」
「そっか。7の月生まれじゃないよね?」
「はい。10の月生まれです」
「ふーん……」

わかっていたけれど、やはりショックだった。
明らかに、自分との能力が違いすぎるということを知らされると。
そもそも、衣梨奈はとっさのことで気づいていなかった。
他人が既に契約している宝石を媒介にして術を使うということは、通常は不可能だということに。
52 :ただの名無しでしたから :2014/03/01(土) 23:05
「まぁ、お姫さまだし、気にしない。気にしない……」

自分に言い聞かせるように、小声でつぶやく。

「私の宝石は、急に襲われたので、出てくるときにおいてきたままで」
「そっか……でも私も一つしか持ってないからなぁ……」

自分が使うよりも、聖に渡したほうが有効利用になるかもしれないという思いはあった。
でも、きっとそれを言ったところで聖は断るだろうと思っていた。
精霊師にとって、自分の宝石がどれだけ大事なものなのか。
それは、お互いがよくわかっていることだから。

とりあえず、もうこの街にいるのは無理だし。

一旦、この国を離れたほうがいいのかもしれないのかな……

その衣梨奈の思考とほぼ同時に、聖の頭に声が響く。

――北へ。北へ向かってください――

もちろん、それは衣梨奈には聞こえない。
だから、聖はそれをそのまま伝える。

「北、ね……」

北にある国。ツェーン。
確かに、それは衣梨奈が先ほど頭によぎった場所だった。
そもそも、精霊師となるには、その国の血が混ざっていないとなることはできない。
だからこそ、精霊師が多く、逆に言うと、ビーシー教団の力が一番及びにくい場所。
53 :ただの名無しでしたから :2014/03/01(土) 23:05
「いいかもれないね」
「一緒に来てくれるの?」
「今更何をいってるの。聖一人じゃ、いけないでしょ。宝石も持ってないんだから―――」

と、そこまで口に出し、衣梨奈は思い出した。

この街の北東。
ツェーンへ向かう途中に、鉱山の街があったはず。
そこで聖の宝石を調達すればいい。

あいにく、宝石をポンと買うだけの金銭的余裕は衣梨奈にはない。
数少ない荷物も先ほど、雅によって焼かれている。
無事だったのはポケットに突っ込んであった財布が一つだけ。
数日間は野宿を避けられる程度しかないそれを、全部つぎ込むことはできない。

衣梨奈はそのことを説明する。

「ごめんなさい。迷惑ばかりかけて」
「いいって。そのかわり、無事に戻ったら、御礼をたくさん頂戴ね」
「もちろん。約束するわ……そういえば、里保ちゃんは起こさなくていい?」
「いいよ。自分で起きるまで起こしても起きないんだから」
54 :ただの名無しでしたから :2014/03/01(土) 23:05
――――

――――――――

――――――――――――


「……そんなわけで」
「うん、なんとなくわかったけど」

衣梨奈の話はいつものようにバラバラで。
それでも、お代わりしたシチューを食べ終わるころには、里保にもある程度理解できた。

「っていうか、私も会ったし、声も聞こえたんだ。道重さんの」
「マジ?ほんとに?えりには聞こえないよ」
「うん、ほんとにフクちゃんに会う少し前からだけどね」
「えーなんで私だけ聞こえないんだろう……」

衣梨奈は少しふてくされた様子を見せる。
実際、里保もどうして自分が選ばれたのか、よくわかっていない。
たまたま、力を貸すのが自分でなくてもよかったのかもしれないのだから。

「でも、基本は会話というより一方通行なので、あまり変わりないですよ」

聖は慰めるように言う。

こっちが迷って何か言ってほしいときに何もないなんて、よくありますからと、笑いながら続ける。

実際にさゆみとの関係が長い彼女のいう言葉には、説得力があった。
55 :ただの名無しでしたから :2014/03/01(土) 23:06

「まぁいいけどね。とりあえず、今日はこのままここで休んで、明日出発しよう」
「えりぽん、いいの?ここで。またやってきたらややこしくない?」
「何かあったら何かあったとき」

大丈夫大丈夫と衣梨奈は言う。
その根拠は何もないことを里保も聖も気づいている。

でも、もう夜になっているのだから、下手に今から出発するのも得策ではなかったから。

衣梨奈の判断は当たるり、無事に一夜を過ごすことができるのだが、実際に眠れていたのは衣梨奈だけで。
里保と聖はゆっくりと眠ることはできなかった。
56 :ただの名無しでしたから :2014/03/01(土) 23:06
1.抜かれた剣 完

next 2.二つの剣
57 :ただの名無しでしたから :2014/03/01(土) 23:07
 
58 :ただの名無しでしたから :2014/03/01(土) 23:07
 
59 :ただの名無しでしたから :2014/03/01(土) 23:08
>>43-56 更新終了です。

1.抜かれた剣 >>2-56
60 :ただの名無しでしたから :2014/03/01(土) 23:09
レス返しです。

>>42 ありがとうございます。この勢いのままがんばっていきます。
61 :名無飼育さん :2014/03/13(木) 17:51
今いちばん楽しみにしています
62 :ただの名無しでしたから :2014/03/15(土) 22:59
<2.二つの剣>

どうしてこんなことになっているんだろう。

里保は自問自答する。

実際の時間にしてはそれほど長いわけではないに違いない。
それでも、体感時間は数時間経過しているようだった。

全身が重い。

息もつかせぬように襲い掛かってくる男たちと、合間をついて放たれる矢。

それら全てを里保は一人で裁く。

昨日の雨でぬかるんでいる足場が余計に体力と精神を削る。

消える度に抜き直す剣も、だんだんその間隔が短くなっていく。

えりぽん、早く……

心の中で願うが、彼女たちがいたところで、それほど状況は劇的に変わるわけではないかもしれないとは頭の片隅で思っていた。

それでも、時間を稼いでいれば、二人が何とかしてくれるという思いがなければ、今の現状を維持するのも困難だった。
63 :ただの名無しでしたから :2014/03/15(土) 22:59
だいたい、いつもえりぽんは……

心の中で悪態づく。

そもそもの発端は、聖のために宝石を手に入れようとしたことだった。
衣梨奈の提案に従い、やってきたのはよかったが、街の状況がそれどころではなかった。

近隣に蔓延る盗賊といった者たちが、宝石の採掘される鉱山をはじめ、その流通を全て掌握していた。
街の人々の頼みを、二つ返事で請け負ったのはもちろん衣梨奈。

「大丈夫、いけるって」

そう言った彼女も、これだけの大所帯が相手だとは思っていなかったに違いない。
盗賊の集団というよりも、規模は軍隊に近かった。

確かに、一つの街の経済活動を全て掌握して封鎖するなんて、十数人の盗賊でできることではないのだから。

そこで、衣梨奈が提案した策は、もっとも単純なものだった。

里保が騒ぎを起こして、彼らを引き付けている間に、二人が宝石を失敬するというものだった。

「宝石さえ手に入れば、後は聖の精霊術で一網打尽よ」

気楽な感じでいう衣梨奈に、聖も里保も苦笑いをするだけだったが。
その他に案が浮かばなかったのだから仕方なかった。
64 :ただの名無しでしたから :2014/03/15(土) 22:59
投げられたナイフをはじき、振り下ろされた剣をいなし、がら空きになった肩へ剣を振り下ろす。

殺しはしない。

それは、里保の中のルールだった。

急所をはずし、鋭さを調整して、相手を無力化する。

その行為が余計に体力を消耗させているのだが、里保は決して止めなかった。

その後に射られた矢を1本はじき、1本は避ける。
その一連の行為が終わると、里保の手から剣が消失する。

ふぅ……

一度だけ呼吸を深くとり、息を少しでも整える。

半数は裁いただろうか。

囲まれることを避けるために移動を繰り返しながら戦っているため、逆に相手の総数を把握しにくくなっていた。
65 :ただの名無しでしたから :2014/03/15(土) 22:59
幸いにして、軍隊と呼べるのは人数だけで、明確な指揮や戦略も存在しないため、元々の実力差は埋まることはなく。
ただ、里保は自分の限界との戦いだけだった。

それでも、まだ10代の女の子である。
精神的にも体力的にも、戦い続けることは不可能だった。

次の相手に接近し、攻撃を避ける。
そして、すれ違いざまに剣を薙いだとき。

タイムリミットがやってきた。

斬った感覚が全くなかった。
剣は相手に当たる前に消えていた。

勢いを殺さずに、そのまま距離をとる選択をしたのは英断。
切り返した男の剣が、髪をいくらか掠めとった。

「えりぽん……遅いって……」

思わず口に出る。
「おまたせ〜」なんて能天気にやってくることを祈るが、現実には怒声とともにやってきたのは盗賊ばかり。
66 :ただの名無しでしたから :2014/03/15(土) 23:00
もう……一生恨むからね……

再度、剣を抜く。
しかし、それもいつまで存在しているかわからない。
既にそれを制御することができなくなっていた。
少しでも気を抜けば、今にも消えてしまいそうな気がした。

「女の子一人に、おっさんたち、恥ずかしくないの?」

その時だった。
上から声が聞こえた。

よっという声と共に、声の主は里保と盗賊の間に飛び降りた。

「事情はわかんないけどさ。加勢させてもらいますよ」

女の子は里保に声をかける。
ただ、里保は彼女が女の子だとはわかっていなかった。

肩にもかからないショートカットに、ハスキーな声。
身長は里保よりも高かったが、下がった目じりと口元に覗くとがった八重歯が、どこか幼さを表していた。

右には長剣。左にはバックラーとも呼ばれる小さな盾を腕に通している。
鎧自体も軽装で、体幹を除けばプレートがついている部分がほとんどなかった。
67 :ただの名無しでしたから :2014/03/15(土) 23:00
「なんだ、てめぇは!!」

女の子―工藤遥―の登場によって、一瞬止まっていた盗賊たちだったが、すぐに再度襲い掛かってくる。

先ほどの里保と同じか少し早いくらいのペースで遥は相手を裁いていく。

里保とのスピードの差。
それは、相手を生かしておくかどうかの違いでもあった。

殺す意図までは強く感じない。
それでも、間違っても殺さないことを前提としてる里保と、間違って殺してしまってもよいと振舞う遥。
その思い切りのよさが、差となって現れていた。

それでも、里保はそれを止めようとはしない。
この世界ではそれが当然であるし、寧ろ遥はまだ積極的に命を奪おうとしていない方だった。

それになにより、里保が自分に課している「殺さない」という条件は自分にだけであって。
それを他人に強要しようとか、目の前で人が死ぬことに耐えられないとか、そういったものではなかったから。

ときおり、流れてくる矢や、数人の盗賊を里保は相手にするだけであり。
体力の消耗というよりも、休憩時間の方が長い状態だった。
68 :ただの名無しでしたから :2014/03/15(土) 23:00
そして、ついにそのときは来た。

「里保、伏せてねー、いっくよー」

待ちに待っていた言葉。
だが、里保はどこか彼女たちの存在を忘れかけていた。
現状は、遥と二人で、時間さえかければ相手を殲滅できそうな状況であったから。

「ちょっと、離れたほうがいいかも」

遥にそう耳打ちし、二人は一旦盗賊から距離をとる。

その時だった。

目の前に強烈な光が広がり、二人は思わず目をつぶる。
激しい破裂音と数々の悲鳴。

それが止み、目を開いた時には、逆に周りは静寂に包まれており。
自分たち以外に立っている人間はいなかった。
69 :ただの名無しでしたから :2014/03/15(土) 23:01
雷の精霊術。

それもここまでの威力のものを見るのは、初めてだった。
衣梨奈がどちらかといえば、防御方面の力なのだから。
必然的にこの力は聖のものということになる。

力としては、昨日相対した女性、雅に引けをとっていない。
寧ろ、聖の方が上だと里保は感じていた。

「ごめん、ごめん。いろいろ探してたら遅くなっちゃった」

駆け寄ってくる衣梨奈。
聖は少し離れてゆっくりと駆けてくる。

「ほんとだよ。この子が助けてくれないとちょっとやばかったんだからね」

里保は額の汗を袖でぬぐい、その手で遥を指す。

「おお、それはありがとう、少年」
「少年じゃないし!」

遥は肩を叩く衣梨奈の手を払った。

「え?」

驚いたのは里保もだった。

「あのね、ハルはれっきとした女の子なんですけど?」
「嘘?里保、マジで?」
「そこを嘘つく意味がわかんないし!!」

里保が答えるより早く、遥はそういって天を仰いだ。
そのころになって、ようやく聖が追いついてきた。
70 :ただの名無しでしたから :2014/03/15(土) 23:01
「えりぽん、ちょっと早すぎるよ」

膝に手をつき、肩で息をする聖。
里保にとってはゆっくり駆けている様に見えていたが、彼女にとっては十分なスピードだった。

「え……譜久村さん……?」

そう言った遥は、怒った表情が既に消え、驚きの表情へと変わっていた。

「あ、どぅー。大きくなったね」

肩で息をしたまま、顔だけ上げて、聖は変わらない調子で答えた。

「フクちゃん、知り合いなの?」
「えぇ」

「ちょっと待ったー!!」

二人の会話をさえぎるように、衣梨奈は叫ぶ。

「大きな声出さないでくださいよ」
「あんたは黙っといて。こっちのことなの!」

ピッと遥を指差し、黙らせる。
71 :ただの名無しでしたから :2014/03/15(土) 23:01
「えりぽん、何か隠してる?」
「べつに何もないよ。私が里保に隠し事するわけないじゃん」
「不自然だし」
「普通だよ!」

そのまま続いていく二人の言い合いを聞きながら、遥は口を開いた。

「この人たち、何?」
「私の恩人、かな?」
「ほんとに?」
「ええ」

そんなやり取りが続く間に気を失っていた盗賊が、少しずつ意識を取り戻していく。
小さなうめき声だったが、何重にも響いていくと、それは大きな音になり。
4人の口が、一旦止まる。

聖が再び精霊術を使い、全員が動けなくなることを確認し、4人は手分けして彼らを縛っていく。
事後処理までは全部しようとは思わない。
ただ、街の人々の頼みだけは果たそうと思っていた。

小一時間ほどかけて、作業が終わる。
疲れきった4人は、無言のまま、街へ戻った。
72 :ただの名無しでしたから :2014/03/15(土) 23:02
 
73 :ただの名無しでしたから :2014/03/15(土) 23:02
 
74 :ただの名無しでしたから :2014/03/15(土) 23:03
>>62-71 更新終了です。少し間が空いてしまってすみません


>>61 ありがとうございます。いつまでも一番と思っていただけるようにがんばって更新していきます。
75 :ただの名無しでしたから :2014/03/22(土) 23:40


パタンと扉を閉め、外の空気に触れる。
そんな衣梨奈は、薄明かりの中で立っている一人の少女に気がつく。

「あら、くどぅーちゃん」
「呼び捨てでいいですよ。生田さんでしたっけ?」
「いいよ、えりぽんで」
「そういうわけにもいきませんよ。生田さんの方が年上なんですから」

遥の言葉に、衣梨奈は意外そうな顔をした。
粗野っぽい口調が目立つから、もっと生意気かと思っていたから。

「わかった。で、くどぅーはどうしてここに?」
「たぶん、生田さんと同じですよ」

そう言って微笑する遥につられて衣梨奈も笑みを浮かべる。
76 :ただの名無しでしたから :2014/03/22(土) 23:40
街へ戻った4人は、その夜に歓待を受ける。
アルコールは入っていないが、人々の陽気に当てられ、どこか気分が良くなった4人は、街で一番大きな宿へ招待された。
二人で一部屋ずつ当てられたそれは、自然と里保と衣梨奈、聖と遥という組み合わせとなり。
二人とも、相手が部屋に入るなり眠りについたから、こうしてバルコニーへ出てきたわけだった。

手すりにもたれている遥の横へ衣梨奈は進み、街を見下ろす。

夜は少し更けつつあるが、街の喧騒はまだまだ納まりそうにはなかった。
時折聞こえる大きな声は、何と言っているかわからないが、喜んでいることだけはわかった。

「ありがとね」

不意に、衣梨奈は言った。

「何のことですか?」

振り返る遥。

「里保のこと、助けてくれて」

視線はまっすぐ向いたまま続けた。
77 :ただの名無しでしたから :2014/03/22(土) 23:40
「いえ、そもそも無茶な作戦というか、作戦にもなってないようなものでしたが……」

遥の指摘に、衣梨奈はバツが悪そうに頭をかく。

「里保ね……大丈夫っていうんだよね」

遥はそれには答えず、次の言葉を待つ。

「それほど長い間一緒にいるわけじゃないんだけどさ。わかるかな……」

わかりませんとは言わず、遥は再び反転して手すりにもたれるようにその場に座った。

「たぶん、しんどいこともあるし、無理なこともきっとあるんだろうけどね。
絶対に、泣き言言わない。だから、気づかないんだよね、特に私は。
で、結局里保に全部背負わせたままさ、今までそれで解決してるからいいけどさ
今回は、きっとあんたがいないと無理だったかもしれないし。
それとも、やっぱり里保はあのまま私たちが来るまで乗り切ったかもしれないし」

そこまで言って、衣梨奈も遥の横へ腰を下ろした。
78 :ただの名無しでしたから :2014/03/22(土) 23:40
「ねぇ、気づいてる?」
「何をですか?」
「あの子、自己紹介のとき、名前しか言わないでしょ?」

ゴクンと遥は唾を飲んだ。

そういわれてみれば……

思い出す。

「里保って言います。よろしくね」

差し出された手を握り返したとき、確かに違和感を感じていた。

「わかんないんだけどね。でも、聞けないんだよね、そんなこと」
「そう……ですか」

思い出す。

盗賊たちに追い込まれていた彼女を。
自分が発見したときには、徐々に追い込まれていくところだったが。
きっと、もう少し状況が互角であれば、自分は割り込まなかったのかもしれないと思う。

どこか、寄せ付けない感じがあった。
あの空間自体が、人を拒絶するような。
自分のテリトリーだと言う様な。

そんな戦い方でもあった。
79 :ただの名無しでしたから :2014/03/22(土) 23:40
「ま……あなたも結構訳有りっぽいけどね」

ドクンと胸が鳴った。

「聖と知り合いって言うことは、そういう立場の人間でしょ?」

答えなかった。
答えたくなかった。

「別に、深入りはしないけどね」
「……そうですね」

搾り出すように、遥は答える。

聖が眠りにつく少し前にした会話を思い出す。

「私たちこれからツェーンに行くんだけど……一緒に来てくれないかな?
だって、どぅーの国でしょ?一緒に来てくれたら心強いんだけどな」

その問いかけに遥は答えられなかった。
80 :ただの名無しでしたから :2014/03/22(土) 23:41
譜久村さんは何も知らないから、そんなこと言えるんだ。

そう言いそうになるところだった。
彼女の故郷の正式名称はツェーン連合王国。
その中の4つの地域を治める公爵家の一つ。
遥はそこの一人娘だった。
そして、連合王国の王は、その4つの公爵家から選ばれることになっている。

王なんかになりたくない。
なりたい人にならせていればいい。

日増しに加熱していく周囲の要求に、遥は逃げ出すように国を出てきていた。

「やらなきゃいけないことがあるのはわかってる。無理なお願いだとわかってる。それでも……」

答えない遥に、聖はさらに続ける。

考えとくとだけ、答えるのが精一杯だった。
聖は全くその気はないのだろうが。
彼女の言葉は、自分の心をえぐっていく言葉だった。
81 :ただの名無しでしたから :2014/03/22(土) 23:41
やらなきゃいけないこと。

それが何なのか、だいたいわかっている。
ただ、それ以上にわかっているのは、自分が今ここにいるのは、やらなければいけないことがあるからではないということだった。

やらなければいけないことをやっていないから。

少なくとも、それが今の自分だと、遥は改めて痛感する。

「生田さんは……」
「ん?」
「どうしてここにいるんですか?」

聖から一通りの事情は聞いているから、状況はよくわかっている。
でも、それでわかったことは、里保や衣梨奈は行きずりで聖と一緒にいるということだった。

答えはすぐには返ってこなかった。

それは、遥からするととても意外なことだった。

わずか数時間しか一緒にいないが、なんとなく彼女のキャラクターは理解している。
彼女なら、事も無げに言いそうな感じだったのに。

ごそごそと首元を触ると、衣梨奈は首にかけられた一つの石を取り出した。

「オパール、ですか」
「ご名答。さすがだねぇ」

当然ではあった。
遥は10の月の生まれであり、彼女の剣の柄にも、それが埋め込まれているのだから。
82 :ただの名無しでしたから :2014/03/22(土) 23:41
「でも……」

言葉に詰まる。
自分が知っているものと、よく見ると少し違っていた。
宝石の奥が虹色に光っている。

「プレシャスオパールって言ってね。光が中で反射して、虹みたいに見えるんだって。
とある人からもらったものなんだけどね」
「はぁ……」

話が見えず、遥は生返事を返すだけだった。

「まだ何もしていない原石だから、精霊と契約とかできないんだけどね」

確かに、加工が施されていないそれは輝きにもムラが多く、形も歪だった。

「ま、そういうことだから、別に私の用事はそんな大したことないんだ」

ハハッと軽く笑って、衣梨奈は再び石を服の中へ戻した。

「わからない時とか迷ったときはさ、とりあえず正しいことをしてればいいと思うよ」
「え?」
「今回のこともそうだけどさ。人助けって間違ってないでしょ。絶対に正しいこと。それをやれば自分の選択はとりあえず間違ってないんだから。
迷って迷ってどっちかわからないなら、無理に答えを出さずに、別の答えがわかってることをやりながら、答えがでるまで過ごすのもいいのかな、なんてね」
「そう、ですか……」
83 :ただの名無しでしたから :2014/03/22(土) 23:42
「さて、私もそろそろ休むね」

衣梨奈は一度伸びをしてから、歩き出すが、数歩進んだところで慌てて振り返る。

「あ、忘れてた!ありがとね。それを別れる前にちゃんと言いたかっただけだったんだ」

里保が居たら何か言いにくいしねと、それだけ言い残して衣梨奈は部屋に戻っていった。
一人残された遥は、夜空を見上げる。

「それ、最初に言いましたよ、生田さん……」

一人言を呟き、フフッと笑みを浮かべる。

わからないなら、わかってることからやってみる、か。

心の中で反芻し、そして、もう一度一人でその言葉を呟いた。
84 :ただの名無しでしたから :2014/03/22(土) 23:42


翌日早々に衣梨奈たちは出発することに決めた。
街の人は名残惜しそうにしていたが、自分たちがここにいることで、迷惑をかけるかもしれないという思いがあったから。
ツェーンとの国境の関までの道だけを確認し、さっさと街を出る選択をした。
それに合わせて、遥も出発すると聖は衣梨奈から聞いた。

「どぅー……元気でね」

荷物をまとめる彼女の背中にかけた声に返事はない。
黙々と荷物をまとめ、腰に剣をさす。

「譜久村さん、何ぼーっとしてるんですか」
「え?」
「行くんでしょ?ツェーンに」

それだけ言い、聖の返事を待たずに部屋を出ると、衣梨奈と里保に会う。
軽く会釈だけして、通り過ぎる。
85 :ただの名無しでしたから :2014/03/22(土) 23:43
ちょっと期待した自分が少し恥ずかしかった。

そんなことを考えた遥の背中に、衣梨奈の声が聞こえる。

「ツェーンに入るのにさ、関所とか通るの面倒なんだよね。
顔がきく人が誰かいれば、スムーズに通れるんだけどね」

振り返ると、衣梨奈は意地悪そうな顔でこっちを見ている。
その後ろには、部屋から出てきた聖の泣きそうな顔。
里保だけが話が見えず不思議そうな顔をしていた。

ズルイ。

遥は素直にそう思った。
お願いされればついていきたいと思っていたから。
こんな流れになるとは思っていなかった。

「そこまでですよ」
「え?何?何か言った?」
「……別に、皆さんが困ると思うから、そこまで行くだけですからね」
86 :ただの名無しでしたから :2014/03/22(土) 23:43
 
87 :ただの名無しでしたから :2014/03/22(土) 23:43
 
88 :ただの名無しでしたから :2014/03/22(土) 23:43
>>75-85 更新終了です
89 :名無飼育さん :2014/03/23(日) 00:47
最近なかなか見かけなかったファンタジーものなので、期待しています。
面白いです。
90 :ただの名無しでしたから :2014/03/29(土) 23:50
2.二つの剣 完

next 3.凍える剣
91 :ただの名無しでしたから :2014/03/29(土) 23:50
ツェーン。

大陸の北に位置するその国は、その広大な土地に比して、人間が住んでいる土地はわずかである。
国の北側の大部分は、厚い雪に覆われている。
必然的に雪の少ない南側へ人が集まっていることとなる。

また、ツェーンは連合王国であり、4つの地域に分かれている。
北部地域、南部地域、中部地域、東部地域。
もちろん、もっとも栄えているのは南部地域である。
遥の故郷は中部地域だった。

遥たちが関所を通り、足を踏み入れたのは東部地域。
自然の広がる白の大地。

それが、ツェーンの姿であるはずだった……
92 :ただの名無しでしたから :2014/03/29(土) 23:51
<3.凍える剣>

最初に異変に気づいたのは、遥だった。
向こうに見える村から上がる煙。
雪国であるから、暖炉を使うため、煙突から煙があがるのは当たり前だったが、それはどこか違っていた。
数が多く、そして、一つ一つが太かった。

「どうしたの?」

急に走り出す遥に追いつき、併走するようにスピードを落とさずに里保は尋ねる。

「燃えてる。村が、燃えてる」

それだけ言い、さらに加速する遥。
黙って後についていく里保。
衣梨奈と聖も走ってはいるが、二人とは身体能力が違いすぎるため、差は広がる一方だった。

丘を越え、あとは下るだけとなった時、目の前に広がるのは炎だった。
93 :ただの名無しでしたから :2014/03/29(土) 23:51
燃えていた。
圧倒的に燃えていた。

その間を動き回る黒い影。
その中のいくつかに里保は見覚えがあった。

忘れるはずはなかった。

ビーシー教団。

ここにいるはずのない彼らは確かにそこにいた。

炎から村の外へ逃げていく人々。
彼らは背後から切り倒され、またある人は矢を背に射られ。
白い雪の上へ倒れていく

「やめろー!」

遥は叫び、村の中へ飛び込んでいく。
里保ももちろん後に続く。
94 :ただの名無しでしたから :2014/03/29(土) 23:51
地獄。

状況はまさしくそう言って差支えがなかった。

至る所に火の手があがり、村を真っ赤に染め上げる。
さっきまでの寒さが嘘のように、一気に汗が吹き出る。
地面に横たわる人。

老人も大人も子供も。男も女も。
関係がなかった。

そんな中、動いている人間は2種類だけ。
一つは、黒いローブに身を包む者。
そして、もう一つは、黄色の意匠が施された銀の鎧に身を包む者。

一つはすぐに敵とわかる者。
ただ、もう一つの集団は、火を自分たちに放つまで、敵かどうかわからなかった。

「何で!」

遥が叫ぶ。
里保は赤い剣を抜き火を切り落とす。
そのまま一旦剣を消し、彼らとの距離をつめながら、再び鞘に手を掛けた。
95 :ただの名無しでしたから :2014/03/29(土) 23:52
遥は、動かない。
動けなかった。
状況が信じられなかったから。

鎧に埋め込まれたIをあしらった黄色い紋章。

遥はそれに見覚えがあった。
見覚えがありすぎた。

きっと、この村の人々もそうだっただろう。

銀の鎧のデザインは、この国で共通のもの。
違うのは、地区ごとに埋め込まれた紋章が違うことだった。

ここ東部地区では橙色となっているそれは、黄色が示すのはツェーン南部地区。
そこに属する軍が身につけるものだった。

ということは、この東部地区へ南部地区が攻め入っているということを意味する。
96 :ただの名無しでしたから :2014/03/29(土) 23:52
「嘘だ!!」

思わず遥は口に出すが、答える者は誰もいない。
代わりに自分に向かって振り下ろされる教団員のメイス。

「お前らに聞いてない」

半身を引いてそれを避け、剣を乱暴に横に薙ぐ。

嘘だ……嘘だ……

炎は尚も燃え盛る。
動いているのは遥か里保か、もしくは敵だけ。

生きている人間を探しながら、立ちふさがる敵を切り分けて進む。
里保とはすでにはぐれてしまっていた。

炎の熱が頬を焼く。
髪にすら燃え移りそうなほど、すぐ近くを火が舞っていた。
97 :ただの名無しでしたから :2014/03/29(土) 23:52
「誰か!誰かいないの!」

声を出すも、集まるのは敵だけ。
次第に周りを囲まれる。

まずいと思ったときにはもう手遅れだった。

幾多の炎が自分に向かって放たれる。
里保のような力がない剣では、それをやり過ごすことなどできなかった。

右肩と脇腹に直撃した炎は、肉を焼く。
突き刺さる痛みに剣を落とさなかったことは奇跡的だった。
一気に吹き出る汗と、体中が波打つように痛みが広がる。

目の端に浮かんだのは汗だったのか、涙だったのか遥にはわからない。

ただ、確かに死を意識した。

何もできてないのに。

痛みよりも後悔が強かった。
何も状況がつかめないままの自分に。
98 :ただの名無しでしたから :2014/03/29(土) 23:53
それでも、遥がその次の攻撃を受けずにいれたのは、目の前に降り立つ光の力だった。
遥を守るように広がるそれは、炎を次々と弾く。

「無茶しすぎだし」

衣梨奈の声。

「この世に響く猛き者よ」

続いて聞こえるのは聖の声だった。

その右手には藍色の宝石。

トルマリン。

10の月の宝石。
電気石と呼ばれ、永久電極を持つと言われる石。
その名の通り、雷の精霊が極めて好む石である。
99 :ただの名無しでしたから :2014/03/29(土) 23:53
「天から降り立ち
 我の力と成り給え」

詠唱が終わる。
衣梨奈はその力に鳥肌が立つほどだった。

通常、精霊術は詠唱は必要ない。
念じるだけで力を使うことができるからだ。
ただし、通常よりも大きな力を使う場合は、構築や詠唱といった儀式が必要となる。

しかし、誰もがそれらを行えるわけではない。
強い力を持つ者しか、そもそもそれらの行為を行うことができなかった。

衣梨奈自身、詠唱を聞いたのは初めてであった。

爆音とともに、周りの建物が立ち込めていた火と共に消滅する。
まるで、建物だけを切り取ったかのように。
近くにいる衣梨奈たち、敵味方も含めて全く影響は受けなかった。

視界が広がり、里保の姿を見ることもできる。
里保もこちらに気づき、流れるような動作で、次々に敵を捌きながら遥の元へ駆け寄ってくる。
100 :ただの名無しでしたから :2014/03/29(土) 23:54
「ほんとに、すごいねぇ……」

衣梨奈は遥の肩に手を当てる。
癒しの力を使っても、すぐに回復するわけではない。
あくまで再生速度を上げているだけなのだから。
傷はふさがっても体力は消耗してしまう。

それでも、里保と聖の活躍によりもう敵もわずかになっていた。

詠唱なく放たれる聖の稲妻は、十分な威力を持っていたし、里保が優先的に術が効かない教団員に対応していたから。
遥の傷が癒えるころには相手は敗走している状況だった。

しかし、残された村は、村という痕跡を残しているわけではなかった。

燃えるもののなくなった火は、次第に小さくなって消えていく。
全滅。
真っ黒な焼け野原は、誰もが口に出さなかったが、それが確定していた。
101 :ただの名無しでしたから :2014/03/29(土) 23:54
「どうして、こんなこと……」

一通り生存者を探した後、最初に口を開いたのは聖だった。

「だいたいさ、どうしてここに奴等がいるのさ」

地面を軽く蹴って衣梨奈は答える。

彼らがいる可能性が低いから。

それが、自分たちがここを目指した理由だったから。
それが覆されれば、ここにいる意味は、少なくとも衣梨奈たちにはなかったのだから。

遥は黙ったままだった。

知っていることを言うことは簡単だった。
ただ、それでも状況がわかっているわけではなかった。

何より、遥は信じたかった。
ここで起こっていたことが何かの間違いであると。
102 :ただの名無しでしたから :2014/03/29(土) 23:54
だって……だって……そんなわけ……絶対ないんだ……


頭に浮かぶのは、たった一人。

その考えを消そうと、必死になって別の可能性を考えようとしてもどうしても彼女の顔が思い浮かんでしまう。

「どぅー……」

そっと聖は遥の肩を抱く。
遥は自分が涙をこぼしていることに気づいていなかった。

衣梨奈と里保は顔を見合わせて困惑する。

と、その時だった。

気づいたのは里保だけだった。

衣梨奈の肩越しに、いくつかの人影が少し遠くに現れたことを。
103 :ただの名無しでしたから :2014/03/29(土) 23:55
 
104 :ただの名無しでしたから :2014/03/29(土) 23:55
 
105 :ただの名無しでしたから :2014/03/29(土) 23:57
>>90-102 更新終了です。(前回>>90を入れ忘れていました)

>>89 ありがとうございます。昔から作品が少ないジャンルなのでがんばって書いて、周りに流行らせていけたらと思います。
106 :名無飼育さん :2014/03/30(日) 21:57
新たな展開!
一体何があったんだろう・・・
107 :ただの名無しでしたから :2014/04/12(土) 22:09
ゴクンと唾を飲む。

真剣な表情に気づき、衣梨奈も振り返り、そのことに気づく。
里保はもう一度顔を戻して向かい合った衣梨奈を目で制し、そっとその場から離れる。

新手である可能性が一番高かった。

実際に、近づいてくる人影は同じ鎧を身に着けていた。
違うのは、教団員がいないことと、鎧の意匠が青に変わっていたことだった。

5人。

これなら、何とかなる。

里保はそう判断し、村の境界へ進む。
里保の姿を見て、彼らも止まった。

「この村の者ですか?」

女性の声だった。

「違う」

里保は即答する。
それが合図になったように、剣が振られる。

それをぎりぎりでかわし、里保も剣を抜く。
さっきまでとは全く違った。

鋭い剣撃が里保を襲う。
捌いていくのがやっとだった。
反撃にうつる隙がほとんどない。
流れるように次々に放たれる剣技は、一振りで2度も3度も打たれているかのようだった。
108 :ただの名無しでしたから :2014/04/12(土) 22:10
一度、相手の剣と打ち合ったところで後ろに大きく下がる。
このままでは自分が先手をとることは難しいと判断した。

「いいね、ここまでできる子に会ったことない」

兜をはずし、茶色の長い髪がはらりと現れた。
自分と同じくらいの年であることに、里保は驚いた。

「手を出さないでね」

相手の女性は、後ろにいる仲間に声を掛ける。

「この土地で、こんな相手に出会えるなんて、ちょっとうれしい」

言い終わらないうちに再び二人の距離が詰まる。

今度は里保が先手。
打ち下ろす剣は、相手の剣で受け止められる。
それからは先ほどと同じ。
振られた剣の一閃が、全て次の動作へのつなぎになっているかのように。
一本の線を描いているように流れる攻撃を受けとめることだけで、里保は精一杯だった。

しかしそれは相手も同じだった。
自身が最速で繰り出している剣技でも届かない。
反撃されていないだけで、里保には一つも傷をつけていないのだから。

焦りというものは、禁物だった。

焦りは集中力を逃がす。
高度な技術になればなるほど、持続した集中力が必要となる。
お互いが、じっと我慢を強いられたまま、どちらかが脱落するまで硬直状態となっていくはずだった。
109 :ただの名無しでしたから :2014/04/12(土) 22:10
だが、それはほどなくして訪れた。

単純な筋力という問題だった。

鞘術として生成した剣は使用者に対しては重さを与えない。
それに対して、重さの存在する剣を高速に振るっている者。

如何に鍛錬していようとも、筋肉の疲労は徐々に訪れる。
どちらがその時が早いかは、自明の理だった。

連撃の間隔が空いていき、ついにその時がやってくる。

里保は右から振った剣。

相手が剣で受け止めようとする前に、剣を消す。

そのままの流れで、鞘に至った右手で再度剣を抜き、左から薙いでいく。

相手は反応できていなかった。

そもそも、剣が消えることなど想定すらしていなかったのだから。
110 :ただの名無しでしたから :2014/04/12(土) 22:11
勝った。

里保がそう思ったときだった。

「やめて!!」

耳に入ってきた遥の声。
咄嗟に消した剣は、相手の体に少し当たった瞬間だった。
消えた剣の軌跡から血がじわっとにじみ出す。

「あゆみん……どうしてここに?」
「どぅー、無事だったんだね」

自らに流れる血は一瞥しただけで、彼女―石田亜佑美―は遥に目を向けて答えた。

「あゆみちゃん」
「譜久村さんまで、どうしてこんなところにいるんですか?」

続いて起こっていく会話に、また里保は難しそうな顔をする。
衣梨奈はそれとなく3人のことを理解していた。
111 :ただの名無しでしたから :2014/04/12(土) 22:11
「とりあえず、場所を移しましょうか。ここでゆっくり話をする感じでもないでしょ?」
「でも……」

遥は躊躇う。
この場所をこのままにしておいてもいいのかどうか。
どうこうできるわけではないのだが、気持ち的には放置するのは難しかった。

「本当に新手がきたら厄介でしょ?今は、ゆっくりしてる時間もないのよ」

亜佑美は里保をちらっと見て言う。
里保は苦笑いで返すだけだった。
112 :ただの名無しでしたから :2014/04/12(土) 22:12


「ふーん、そうだったんだ」

口を尖らせて衣梨奈へ文句を言うのは里保。

「いや、だって、ねぇ?」

助けを求めるように衣梨奈は視線を向けるが、聖は首を振るだけだった。

「別に、フクちゃんがどこの誰でも別にいいんだけどね」

立ち上がり、暖炉に薪を一つ入れる。
ここにやってくる間に、衣梨奈は里保へ説明をしていた。
状況を鑑みると、里保に聖のことを隠している必要性は感じれらなかっただった。

パチッと音が部屋に響く。

亜佑美たちに連れてこられた場所は、先ほどの村から少し距離を置いた場所だった。
砦と形容することが一番正しいような建物。
ところどころに雪をかぶった銀色の外観。
中央にはKをあしらった橙色の意匠。
それは、この建物にいる人の鎧に刻まれたものと同じだった。
橙色のKと青色のD。
その違いがあるだけで、ここにいる人間は、里保たちを除いて全員がその紋章をどこかに身につけていた。
113 :ただの名無しでしたから :2014/04/12(土) 22:13
「でも、私だけが知らないっていうのは嫌だったな」
「ごめん」
「ごめんなさい」

そこまで話したときに、部屋の扉が開かれて遥が顔を覗かせる。

「お待たせ。こっちへ来て」

連れて行かれたのは、大きな長テーブルがある部屋。
ずらっと人が並んで座っている。
一番奥に座るのは亜佑美。
遥は奥に進み、亜佑美の隣へ座る。
里保たちは、入り口近くの席が空いていたので、そこへ並んで座る。

自分たちへ視線が集まっていることを感じる。
がっしりとした薄着の男性や、ローブを身に着けた女性。
自分たちよりもはるかに年上の人たちばかりだった。
その中に先ほど亜佑美について村へやってきた者が2名ほどいたことに、里保は気づく。
114 :ただの名無しでしたから :2014/04/12(土) 22:13
「さっき少しどぅーには話したんだけど……」

亜佑美が説明を始める。

今、この土地で起こっていること。
あの村で起こっていたこと。
それが、なぜなのか。

ツェーン南部地区。

それがすべての発端だった。

2週間ほど前に、南部地区の軍が突如西部地区へと進行をはじめる。
西地区。
そこを収めるのは、青色でDをあしらった紋章を持つ石田家。
そこの公女は、里保たちの目の前にいる亜佑美だった。

そもそも、ツェーンは連合王国であるから、軍としての技術や装備などは統一されている。
異なるのは、それぞれの公家の紋章がそれぞれに施されるだけだった。
つまり、お互いの手の内は完全にわかっている。
それは地区間での争いの抑止力の一つでもあった。
115 :ただの名無しでしたから :2014/04/12(土) 22:13
そういったことから、いくら突然の進行とはいえ、西部地区が全く対応できなかったわけではない。
先手は取られはしたが、次第に膠着状態となり、その状態が他地区へ連絡されれば北部、東部が対応することで南部地区を押し戻して治安を維持する。

それが、実際に西部地区の想定だった。

それがすぐに瓦解するのは、ビーシー教団のためだった。

精霊術を無力化する彼らと、南部地区は手を組んだ形となっているようだった。
教団が自分たち精霊師と共闘するなんてことは決してありえない、と。
考えにも及ばなかった彼らの参戦に、一気に戦線は崩壊し、それは西部地区全土を覆う。

亜佑美たちは生きて逃れているが、彼女の両親は彼女を逃がしていく最中に消息不明となっている。
116 :ただの名無しでしたから :2014/04/12(土) 22:13
そして、次に彼らが狙いを定めたのはここ、東部地区というわけだった。

既に主要な都市は壊滅しており、東部地区が落ちるのも時間の問題だった。
先ほどの村のような光景がどんどんと広がっていく。

大部分の生き残った兵は北を目指し、北部地区へと合流を考えている。
遥の両親も北へ向かっていると亜佑美は言った。

亜佑美は、残ったわずかな東西の兵とともに、ここで抵抗している状態だった。

「はるなんが、そんなことするわけない」

遥は説明の最中で南部地区を謗られるたびに、何度もそれを訴えていた。
はるなん―飯窪春菜―は、南部地区の公女である。
もちろん、遥や亜佑美、そして聖も顔見知りではあった。
だから、遥からその言葉が出るたびに、聖は小さく頷く。
彼女たちの知っている春菜は、決してこんな暴挙を起こすわけはないし、何より彼女がそれを許すわけがなかった。
しかし、実際に起こっていることにはかわりはなく。
それを目の当たりにしている亜佑美だけは、二人とは違い、苦々しい表情であった。

「で、ここからが本題ですが……」

亜佑美がコンと机を軽く叩いた。

「3人にも私たちの作戦に協力していただきたいのです」
117 :ただの名無しでしたから :2014/04/12(土) 22:14


炎が周囲に現れる。
一つ、二つ、三つ、四つ。

しかし、それは現れた時には剣先が通過して消えていく。

少し反り返った長い剣。
片側にしか刃のないそれは、刀と呼ばれるものだった。

たとえ炎が背後に現れようとも、それは瞬間的に斬られていく。

刀で炎を斬ることはできない。
しかし、刀が振られる風圧がそれを十分可能にしていた。

しばらくそれを行った後、カチンと刀を鞘にしまいこむ。

額にびっしりと汗が浮かんでいたが、呼吸自体はそれほど乱れていない。
118 :ただの名無しでしたから :2014/04/12(土) 22:14
「すっごいねぇ、ほんとに」

声を掛けたのは雅。

「ううん、ありがとう、いつも付き合ってくれて」

答えた声の主は、黒のローブは身に着けていなかった。
鎧でもなんでもない、ただの服。
汗がしみこみ、ややぴっちりと体に張り付くそれに、細身ながらもうっすらと筋肉が浮かんでいることがわかる。
それとともに、耳に光るのは紫色の宝石。

「みやはこれから、ツェーンにいくの?」
「うん、桃がうるさいしね。なんかてこずってるみたいだから、なっきぃと行って来る」
「そっか」
「舞美は?」
「うん、私もなんだけど、先にいかないといけないところがあるから、それが終わったらね」
「そっか。あっちはなんか手こずってるみたいだしね」
「まぁ、そっちが終わったらすぐに合流するよ」
「じゃ、また後でね。でも、それまでに終わってたらごめんね」

バイバイと付け加え、雅は舞美を残して部屋を出て行く。
残された舞美は、汗でぬれた服を着替え始める。
服を脱ぐと、胸元から現れるのは透明な石。
紛うことないビーシー教団の証だった。
119 :ただの名無しでしたから :2014/04/12(土) 22:15
新しい服に着替えた後も、舞美はキュービック・ジルコニアを決して表へ出すことはない。

それは半ば無意識だったが、彼女の確かな意志だった。

自分がこの教団にいるのは、彼女がいるから。

ある日突然、ビーシー教団の最高指導者となった少女。
彼女を守るため、彼女の望みをかなえるため、自分はここにいる。
決して、教団に入っているわけではなかった。

愛理……

前に会ったのはいつだろう?

数日会っていないだけでも、ひどく長く感じていた。

ここを出て行く前に必ず会おう。

舞美はそう思い、部屋を後にした。
愛理に会うために。
120 :ただの名無しでしたから :2014/04/12(土) 22:15
 
121 :ただの名無しでしたから :2014/04/12(土) 22:15
 
122 :ただの名無しでしたから :2014/04/12(土) 22:16
3.凍える剣 完

next 4.誓いの剣
123 :ただの名無しでしたから :2014/04/12(土) 22:19
>>107-122 更新終了です。
>>91-122 3.凍える剣)

>>106 レスありがとうございます。登場人物も次々と増えて新展開開始です。引き続き楽しんでいただければ幸いです。
124 :名無飼育さん :2014/04/13(日) 15:52
揚げ足取りというか重箱の隅をつつくようなことをするつもりはないのですが

>>91
>>また、ツェーンは連合王国であり、4つの地域に分かれている。
>>北部地域、南部地域、中部地域、東部地域。
>>もちろん、もっとも栄えているのは南部地域である。
>>遥の故郷は中部地域だった。

ツェーンの4つの地域は
北部地域、南部地域、西部地域、東部地域
の4つで、
工藤の故郷は東部地域でいいんですよね。


残る北部地域の公女は、まだ名前は出てきていませんが、
北にふさわしいあの方のようですね。

125 :ただの名無しでしたから :2014/04/20(日) 22:15
聖がまだ里保たちと出会うまで。

彼女は、一人でビーシー教団から逃げていたわけでは決してなかった。
もう一人、彼女をサポートしていた者がいた。

鈴木香音。

聖の家に仕える使用人の娘だった彼女は、幼いころから聖と一緒に過ごすことが多かった。

立場としては対等になるわけはなかったが、二人の関係は主従関係ではなく、対等な友人関係であった。
それを築くことができたのは、偏に聖の両親や聖自身の性格の賜物だったのだろう。

そんな二人の日常は、ある日に破られる。
126 :ただの名無しでしたから :2014/04/20(日) 22:15
<4.誓いの剣>


「聖ちゃん、急いで」

手を引っ張られたまま、聖はバランスを崩しそうになりながらも必死に走る。

明かりがあれば追っ手への目印になるから、二人は暗闇の中を走る。
月明かりにようやく目が慣れてはきたが、整備されていないでこぼこの道を走るには十分ではなかった。
何度も足をとられながらも、その都度、香音が手を引っ張り上げてくれるから転ばずにいられた。

聖はまだ十分状況が理解できていなかった。
突如として寝室へやってきた香音につれられ、着の身着のまま屋敷を出た。

後で説明するからと、そういった彼女の言葉だけを信じて。

ハァッハァッハァッ……

二人の荒い呼吸音と、時折踏みしめる枝が折れる音がするだけで。
追っ手が来ている気配はしなかったが、香音は速度を緩めなかった。

彼女の頭にあるのは、使命感だけだった。
寧ろ、それ以外を考えると、立っていられなかっただろう。
127 :ただの名無しでしたから :2014/04/20(日) 22:16
突然屋敷に入り込んできた集団。

応対する香音の母を何も言わずに一刺し。
混乱に陥る間もなく、次々と入り込んでくる教団員。

その場に飲み込まれることなく、聖の両親を起こしに行けたのは奇跡的だっただろう。

そして、二人から頼まれたことは唯一つ。

聖と共に逃げてということだけだった。

剣を取り出し、腰に下げて出て行く聖の父親の後ろ姿を目に焼きつけ、そのまま聖の部屋へと走る。

屋敷から外へ通じる抜け道は、屋敷の内部の人間もほとんど知らされていない。
香音も小さいころ偶然に聖とかくれんぼをしていた時に発見しただけであり、誰かに教えてもらったもので

はなかった。

それでも今はそれが役に立ち、こうして屋敷の外へでることができた。
抜け出してから振り返った屋敷は、内部の喧騒とは裏腹にいつもと変わらない佇まいだった。
128 :ただの名無しでしたから :2014/04/20(日) 22:16
どこまで逃げれば大丈夫なのか、わからなかった。
ただ、どうなれば大丈夫でなくなるのかははっきりしていた。

そう、二人の前に現れた一つの影。

その存在を確認したときに、それだけははっきりした。

対峙するように、香音は少し距離をとって足を止める。
聖を後ろに隠すように。

周りに仲間がいないか様子を伺うが、その気配はない。

一人だけ。

それはとても喜ばしいことだった。
目の前の人間だけなんとかできれば、再び逃げることができる。

だから、仲間がやってくる前に、早く始末をしないといけない。

聖から手を離し、両の拳をギュッと握る。
香音は精霊師ではない。
かといって、剣や槍といった武器をもっているわけではない。
彼女の唯一にして最大の武器は、体だった。
129 :ただの名無しでしたから :2014/04/20(日) 22:16
呼吸を深く、どんどんゆっくりと長く変えていく。
体全体を波うたせ、全身で息を吸い込むように。

「聞いても答えてくれないと思うけど、譜久村聖さんね?」

威圧感しか伝わってこない。
確実に、敵であることを示すその言動。

迷わず香音は地面を蹴った。

先手必勝。

戦いにおいてそれは間違いない鉄則だった。
相手との力の差がないのならば、という前提だが。

自分でもどうなったのかわからない。

刺すような痛みが全身を走る。
実際には相手の刀が彼女の全身を斬っていたのだが、それすら理解できなかった。

「香音ちゃん!」

叫ぶ聖にも、それは全く見えていない。
月明かりのみの薄暗い中だからではない。
真昼間でも二人は見えなかったに違いない。
それくらい、絶対的に速かった。
130 :ただの名無しでしたから :2014/04/20(日) 22:16
矢島舞美。
二人に相対しているのは彼女だった。

「次は、ないよ」

立ち上がろうとする香音へ言葉を突きつけて、舞美は聖へ近づく。

「駄目!」

痛みをこらえて足を踏み出す香音の目の前に、剣先が現れる。
その動きすら彼女は認識できない。
気がつけば目の前に剣先があり、何とか足を止めることができただけ。
そして、その剣圧に前髪がふわっと浮いただけ。

かなうわけがない。

それは確実な事実だった。
ただでさえ、自分が剣を持っていない。
素手で武器を持つ相手に挑むには、かなりの力量差が必要だ。
香音の力は、街のゴロツキを相手にするには素手で十分だったが、舞美の相手をするには、たとえ剣を持っ

ていたとしても不可能だっただろう。
その力差を認識するだけの力は、香音は十分持っていた。

後悔をする。

自分が小さいころに武器を使うことを選ばなかったことを。
たとえ、剣を学んでいたとしても相手にならなかったとしても。
131 :ただの名無しでしたから :2014/04/20(日) 22:17
でも……それでも……

「聖ちゃんは、渡せない!」

もう香音はあきらめていた。二人で逃げることを。
だから、せめて聖だけでも逃げる時間を作ることが必要だった。

刀身を左手で握る。
見えない剣でも、つかんでしまえば使えない。
ざくりと手の中に刀がめり込んでいくのがわかる。

「聖ちゃん、逃げて!」

叫ぶが、聖は動けない。
このまま自分が逃げれば、香音がどうなるか。
そんなことは容易に想像できたから。

そして、舞美もそんなことを簡単に許すはずもない。
切り替えされた刀は容易に指を切断し、自由になった剣先は彼女の体を斜めに切り裂いた。
132 :ただの名無しでしたから :2014/04/20(日) 22:17
「逃げて!」

切られながらも香音は尚も叫ぶ。
視界が真っ赤になり、倒れこんだ香音には聖の姿はもう見えない。

それでも……

それだけは、香音の願いだった。

逃げて……お願い……

叫ぼうとする喉から、代わりにでてくるのは大量の血液。
地面にそれを吐き出す。

必死に伸ばした右手が、舞美の靴に触れる。
だが、舞美はその手を外そうとはしなかった。

黙って香音を見下ろしたまま。
聖が香音へ近づき、泣いている姿を見ているだけだった。

「香音ちゃん、香音ちゃん」

そうして倒れている背中をゆする光景に、舞美は覚えがあった。
133 :ただの名無しでしたから :2014/04/20(日) 22:17
『舞美ちゃん、舞美ちゃん』

『愛理、逃げて!』

トクンと胸がなる。
知っている。
この光景を。

二人の小さな少女。
一人は舞美自身。
そして、血まみれの自分を抱えるように寄り添う少女。

舞美はそれが何であったかを思い出す。

「愛理……」

思わずつぶやいていた言葉は、聖たちの耳には届いていない。

舞美は、刀を振り上げると、一度大きく振って血を飛ばした。
それに気づいた聖は、かばうように香音へ覆いかぶさる。
134 :ただの名無しでしたから :2014/04/20(日) 22:17
しかし、その刀は聖や香音へ向くことはなかった。
舞美は刀を収める。
そして、聖へと伝える。

「その子を置いて逃げなさい」

聖は驚き顔を上げる。

「私が責任をもって、その子を助ける。だから、逃げて。今回だけは、この子に免じて見逃してあげる」
「で、でも……」
「この子の思いを無駄にするの?どうしてこの子が勝てないとわかってて私に向かってきたか、考えて」

半ば懇願に近かったことに、舞美は自分では気づいていなかった。
だからこそ、ここまで言っても立ち去らないようなら、二人とも殺すしかないと舞美は思った。

幸いにして、聖は立ち上がり、泣きながら走り去っていく。
135 :ただの名無しでしたから :2014/04/20(日) 22:17
これは、自分だと彼女は思った。
あの時、助けられなかったら、きっと愛理もこうして泣きながら去っていったんだろう。

果たして、これは本当にいいことだったんだろうか?

自分に問いかける。
だから、どこかで舞美は思っていた。
聖に無事に逃げきって欲しいと。

ただ、もう一度会えば、自分が決して情けは掛けないことはわかっている。
あくまで今回だけ。一度きりだと。
136 :ただの名無しでしたから :2014/04/20(日) 22:20
>>91 訂正です。

8行目
× 北部地域、南部地域、中部地域、東部地域。
○ 北部地域、南部地域、西部地域、東部地域。

10行目
× 遥の故郷は中部地域だった。
○ 遥の故郷は東部地域だった。

以後気をつけます。
137 :ただの名無しでしたから :2014/04/20(日) 22:20
 
138 :ただの名無しでしたから :2014/04/20(日) 22:24
>>125-136 更新終了です

>>124 あああああ……本当に訂正ありがとうございました。おっしゃる通りです。ありがとうございます!北は、きっとご想像の通りのあの人だとは思います。話が変わりますので、登場はもう少し後になりそうですが、楽しみにしていただけると。
139 :ただの名無しでしたから :2014/04/26(土) 22:28


『4の月の生まれの精霊師は存在しない』

この言葉を舞美は知らなかった。
ただ、もう一つ知らないことがあった。

それは、目の前にいる彼女が、4の月生まれの精霊師であることだった。


――― 遡ること十数年前 ―――


140 :ただの名無しでしたから :2014/04/26(土) 22:28
バタンと扉が開き、飛び込んできたのは泣き顔の小さな女の子だった。
まだ10歳にも満たないその子は、おぼつかない足取りで部屋に入ると、何かを探すようにきょろきょろする。

「愛理!」

叫びながら階段を下りてくる少女。
彼女は愛理と呼ばれた少女よりも、少しだけ年上ではあったが、スラッとした手足は既に大人の体つきであった。
声の方を見た愛理は、少女の顔を見ると泣いたまま笑顔を作った。

「舞美ちゃん」
「愛理、どうした?またいつもの奴らにいじめられたの?」

愛理はそれには答えない。
代わりに笑顔がすっと消えていく。

「どうしたの?言わないとわかんないよ」

実際には、言わなくても舞美にはわかっていた。
また、いつもの男の子たちにいじめられていたということを。

「ううん、大丈夫。舞美ちゃんの顔をみたら、元気になったよ」

涙を拭き、愛理はぴょんぴょんとその場で跳ねてみせる。

「愛理……」

舞美はそれ以上は言えなかった。
ただ、愛理をぎゅっと抱きしめた。
141 :ただの名無しでしたから :2014/04/26(土) 22:28
愛理が舞美の前に現れたのはいつだっただろうか。

気がつけば、彼女は舞美とともに暮らしていた。
一年を通しても雪が降ることはまれなほど、ツェーンの南の国境沿いの村。
二人の暮らす孤児院はそこにあった。

舞美は精霊術はうまく使えなかった。
ツェーンの血を持っているため、使うことはできるが、苦手だった。
どちらかといえば、剣技に秀でていた彼女は、孤児院で開催される催しものでも、年上の男子にすら簡単に勝ってしまうほどだった。

愛理は精霊術は全く使えなかった。
ツェーンの血を引いていても使えないというケースは確かにあった。
それでも、精霊との契約は可能ではあったし、石が何らかの反応を示すことは誰にでも可能なことだった。
ただ、愛理はそれがどちらも不可能だった。それは、ツェーンの血を引かないものと全く同じように。
だから、周りも愛理がツェーンの血を引いていないと思い、それ以上何もすることはなかった。

生まれなどは大して問題はない。

それはある意味で正しく、ある意味で間違っている。

孤児院にいること自体が、生まれに何かあるのだから。
そんな中で、生まれがどうとかいうことは問題がない。
それが事実だった。
142 :ただの名無しでしたから :2014/04/26(土) 22:28
「舞美ちゃん、舞美ちゃん」

愛理はそうやって舞美になついてくる。
孤児院にいるということで、周りの子供からからかわれることもあった。
ただ、それはもっぱら愛理だった。

孤児院で暮らしている。そして、精霊術も使えない。
それは、周りの子供たちのからかいや嘲笑のターゲットとなるには十分な条件であった。

その度に、舞美が助けるのだが、愛理は大丈夫とありがとうの二つの言葉を言うだけで。
相手への文句や憎しみを口に出すことはなかった。

いつもそうだった。

舞美は思う。

そのことを舞美は尋ねたことがある。

「だって、事実だもん。私、精霊術も使えないし」

愛理はまた笑ってそう答えた。

「舞美ちゃんの悪口を言われたら怒るかもしれないけど、私のことで事実を言われても怒れない」

そう続けた愛理に何もそれ以上は言わなかった。
ただ、一つだけ舞美が誓ったことがある。

愛理は私が守る、と。

そんな毎日。

多少のトラブルはあっても、結局のところは保護されたなんでもない毎日。

そのはずだった。

その日が来るまでは……
143 :ただの名無しでしたから :2014/04/26(土) 22:30
その日は、特別なんでもない日だった。
いつものように目覚め、いつものように始まった一日。
朝から降っていた雨が止むのを待って、昼すぎから舞美は散歩に出て行った。

愛理の誕生日が近かったから。
貯めていたお小遣いを持って、プレゼントを買おうと町へでていた。

散々迷いようやく選んだ貝殻のネックレス。

日もかなり西に傾いており、舞美は急いで帰る。
町までの距離はかなりあったが、愛理の喜ぶ顔を想像すると、どんどんと走る足が早くなっていく。

結局、日が沈むよりも早く帰ることが出来たのだが、孤児院が見えたところで、舞美は足を止めた。
銀色の鎧を身に着けた人間が、数人ほど孤児院の前に立っていた。
彼らの姿から、世界の中央に位置する大国ノインの兵士であることくらいは、舞美は理解できた。

ただ、なぜここにいるのかはわからなかった。

何か事件でもあったのかな?と思う程度。
ただ、何かあったのなら、愛理がそれに巻き込まれていないかどうか。
その方が気になりだし、舞美は再び駆け出す。
144 :ただの名無しでしたから :2014/04/26(土) 22:30
「何かあったんですか?」

兵士に尋ねるが、答えは返ってこない。
彼らのかいくぐるように中に入ろうとするが、入り口のところで止められる。

「愛理、大丈夫?愛理!」

中に向かって叫ぶ。

「舞美ちゃん」

しばらくして声が返ってくると、愛理は兵士に連れられて外へでてきた。

「愛理」

無事な姿が見えて安心するが、すぐに違和感に気づく。
愛理の両手には縄が掛けられ、結ばれた腰ひもはしっかりと兵士の手にあった。

「どういうこと?愛理をどこにつれていくの?」

兵士は答えない。
愛理も答えない。
答えられなかった。
彼女も自分がどうなるのか、よくわかっていなかった。

突如孤児院へ入ってきた兵士たち。
彼らの言うとおり、透明な宝石を手にしただけ。
たったそれだけで、途端に愛理は拘束され、連れ出されていたのだった。
145 :ただの名無しでしたから :2014/04/26(土) 22:31
進路をふさぐ舞美を、乱暴に兵士は横へ押しのける。
倒れた拍子に、愛理へのプレゼントの包みが転がる。
周りの兵士は、気にすることなくそれを踏みしめて歩いていく。

「ちょっと、何するのよ!」

立ち上がる舞美に、リーダーと思われる兵士が手を差し出した。
その手には、先ほど愛理が手にした透明の宝石があった。

「何、これ?」
「手にしてみろ」

言われるがままに、舞美は手にする。
ポワッと白い光が宝石から一度放たれる。

「そういうことだ。お前は精霊師だ」
「どういうことよ」
「精霊師でなければ反応はない。精霊師が持つと白く光る。光る度合いが精霊師としての素質だ。残念ながら、お前は大した精霊師ではないようだな」
「それが、愛理と何の関係があるの?」
「4の月の生まれの精霊師は存在しない」
「え?」
「知らなくてもいいことだ」

それだけ言って兵士は舞美から宝石を取り上げる。
取り上げた瞬間、宝石はピカッと光った。先ほどの舞美とか比較にならないほどに。

「愛理とかいったな。彼女のことは忘れろ」

舞美に背を向けながら、兵士は言う。
周りの兵士を促し、再び愛理を連れて歩みを進める。
146 :ただの名無しでしたから :2014/04/26(土) 22:31
「何勝手なこと言ってるのよ!」

舞美は叫んで走り出し、彼らの前に回りこむ。

「邪魔をするな」

兵士たちは剣を抜く。
「舞美ちゃん」と愛理は泣きそうになりながら叫ぶ。

愛理は私が守る。

決めたことだ。
絶対に、守る。

武器も何もない。
それでも……愛理は私が守るんだ。
147 :ただの名無しでしたから :2014/04/26(土) 22:31
向かってくる舞美へ振り下ろされる剣。
余裕を持ってそれを半身で避けると、そのまま肘を蹴り上げる。
ジンと鎧にあたった足が痛む。
それでも、兵士の手から剣が離れた隙を見逃さない。
片手で落下する剣をつかみ取り、背後から切りかかる剣をそれで受ける。

いける……

本物の剣を手にするのは初めてであったから、その重さに戸惑いはあった。
また、大人相手に自分の剣技を試す機会はなかったから、自分の力というものがよくわかっていなかった。
それでも、それから数度剣を打ち合うと、その不安も消えていく。

現状は三人対一人。
それでも形勢はそれほど悪くない。

舞美がそう思い始めたときだった。
ヒュンと風を切る音が聞こえた。
それが何を意味するのか。
舞美は気づくのが少し遅れた。

無理もなかった。
初めての実戦で三人を相手にしているだけでも精一杯だった。
ましてや、舞美が今まで経験してきたのは「剣の大会」、「精霊術の大会」という区切りのある催しものだった。
だから、剣を扱っているときに、精霊術がやってくることへの警戒は全く怠っていた。

腕が、足が、肩が、わき腹が。

同時に風に切り裂かれる。

その鋭さに、舞美は血が飛び散るのを見るまで、痛みすら感じなかった。
148 :ただの名無しでしたから :2014/04/26(土) 22:32
「舞美ちゃん!」

愛理の叫びに、その血が自分のものだと気づく。
気づいたときには、もう遅かった。

力が入らない。
その場に剣を落とし、倒れる。

「舞美ちゃん!」

その時だった。
兵士たちは懐にしまっていたから誰も気づかなかった。
先ほどの宝石が、黒く光ったことに。

『精霊師でなければ反応はない。精霊師が持つと白く光る』

この宝石にはもう一つに性質があった。

闇の力を持つものが手にすると、黒く光る、と。
149 :ただの名無しでしたから :2014/04/26(土) 22:32
 
150 :ただの名無しでしたから :2014/04/26(土) 22:32
 
151 :ただの名無しでしたから :2014/04/26(土) 22:33
>>138-148 更新終了です
152 :名無飼育さん :2014/04/27(日) 14:06
ただの敵かと思いきやそっちにも色々事情がありそうですね・・・
北のあの方が出てくるのも楽しみにしてます
153 :ただの名無しでしたから :2014/05/03(土) 22:31
闇の力。

4の月に生まれた精霊師が手にする力。
数百年前、4の月に生まれた精霊師が復活させた闇の力。
さゆみたちの力によって再び封印されたそれだったが、数百年の時間がそれを弱めていた。

奇しくも、数百年前に生まれた闇の精霊師と同じ日に生まれた愛理。

彼女は、弱まった封印から、その素質を引き継いでいた。

それが、彼女が兵士に捕らえられた理由であり……
このまま王都へ連れて行かれ、殺される理由でもあった。

愛理をつなぐ縄が消滅する。

「舞美ちゃん!」

自由になった愛理は、舞美へと駆け寄る。
兵士たちは、お互いに顔を見合わせる。
愛理を包む黒い光。
それは純粋な恐怖を彼らに与えていた。
154 :ただの名無しでしたから :2014/05/03(土) 22:31
「愛理、逃げて」

愛理に抱きかかえられながらも、舞美はつぶやく。
彼女は、愛理がどうして自由になったとか考えることはもはやできなかった。
大量の出血で、意識をとどめておくこともすでに難しいほどだった。

「駄目!舞美ちゃん!死んじゃイヤ」

意識を失う舞美。
それと共に、愛理が纏う黒い光がどんどんと広がっていく。

リーダーの兵士が精霊術を行使するも、黒い光にかき消される。
使命感の強かった彼は、恐怖を感じながらも、今度は剣を愛理に向かって振り下ろすが、それも光に阻まれて届かない。
寧ろ、逆に剣が闇に飲まれていく。
剣だけでなく、それを持つ人間、周りの人間、地面、そして孤児院まで。
どんどんと広がっていく闇があたり一面を黒に染め上げる。

その黒の中心に、愛理と舞美はいた。
155 :ただの名無しでしたから :2014/05/03(土) 22:31
舞美の血は既に止まっていた。
黒が彼女の身体を覆い、そして傷を癒していく。
癒すという言葉は正確には正しくないのかもしれなかった。
そこで実際に行われていたことは、兵士たちの力を吸収した闇が、それを舞美へと分け与えていたのだから。

「愛理……」

意識を取り戻した舞美が目にしたのは、切り取られたように一面黒く塗られた大地と、その中心で泣き叫ぶ愛理。
何が起こったのか、舞美には完全に理解することができなかった。

ただ理解したのは、これが愛理の仕業だということと、これが愛理が連れて行かれそうになった理由で間違いないだろうこと。

だから……

舞美はゆっくりと起き上がり、愛理を抱きしめる。

私が強くなる。
絶対に愛理を守る。
156 :ただの名無しでしたから :2014/05/03(土) 22:32
そう誓ってから長い月日が過ぎた。
素質の問題もあり、相変わらず大掛かりな精霊術を使うことはできなかったが。
剣の腕を一心に磨いた舞美。

彼女はいつしか剣ではなく刀を手にするようになっていた。
東方の一部の地域でしか扱うものがいないとされるそれは、切れ味と軽さという点においてはジュエルウェポンを除けば並ぶ武器はなかった。

身を隠し、各地を転々としながら愛理と暮らす時間が十年を過ぎようとしていたころ。

彼女たち二人の居場所となったのはビーシー教団というものだった。
157 :ただの名無しでしたから :2014/05/03(土) 22:32
「愛理、本当にいいの?」
「どうして、舞美ちゃん?」
「どうしてって……」

疑問を疑問で返され、舞美は言葉に詰まる。
ビーシー教団がどういうものか、愛理が知らないわけではないはずだった。

愛理が無事に平和に暮らしてくれさえばいい。
手を汚すのは……きつい思いをするのは私だけでいい。
私が愛理を守るんだから。

その舞美の思いと、ビーシー教団に入るということは半ば相反しているものだった。

「だって、舞美ちゃん、精霊師に私たちがしてきたことを忘れたの?」

忘れたわけじゃなかった。
そんなことは聞かれるまでもない。
片時も忘れたことはない。

自分たちが孤児院から出てこんな生活をしているのも、そもそもは精霊師が原因だったのだから。

ただ、愛理がそのことを口に出したのは、この時が初めてであった。

だから、舞美はそのことにも驚いた。
いつも、自分を気遣ってくれていた愛理。
泣き言はあっても、恨み言を聞いたことはなかった。
158 :ただの名無しでしたから :2014/05/03(土) 22:33
「精霊師に復讐しないと。あいつらがいなくなれば、私も舞美ちゃんもこんな生活を送らなくていいんだよ」
「……」

舞美は何も言えなかった。

愛理の言っていることは正しかった。
絶対的に。

それでも、舞美は愛理からはその言葉は聞きたくはなかった。
10年という月日が経っても、愛理はそのままだと。
純真なままだと。
舞美はそう思っていた。

そして、気づいた。
自分が守りたかったのはそれだと。

「舞美ちゃん?」

黙ったままの舞美に呼びかける。

どこでくるってしまったんだろう?
どこで見落としたんだろう?

自分の腕をつかみ、見上げてくる瞳をじっと見つめる。

自分がそう思い込んでいたから。
だから、愛理は変わってしまったんじゃないの?
気づかなかったから。

そうあってほしいと思っていたから。
だから、見落としたんじゃないの?
気づこうともしなかったんじゃないの?
もしも、愛理が変わっていくことに気づいてあげれば、こうなるのを防げたんじゃないの?

尚も答えない自分を不安そうに見る瞳に、涙がたまっていくのが見える。
159 :ただの名無しでしたから :2014/05/03(土) 22:33
どう答えれば正解だったのだろうか?

舞美は後から思う。

結果として、愛理の提案とおりにビーシー教団へと二人は身を寄せる。
もしも愛理に危険が迫るようなことがあれば、すぐに抜け出すことを考えていた。
だが、その舞美の心配は全くの杞憂に終わる。

愛理と舞美はすばらしい待遇を受けることとなり、数年後に愛理は最高指導者という立場になっていく。
ただ、変わったのはそこからだった。

愛理の身の回りの世話を別の人間がすることとなり、舞美は次第に愛理と会う回数が減ってきた。
それとともに、ビーシー教団自体の活動が活発になっていく。
愛理の命令として、舞美が愛理の元を離れる機会もだんだん増えていく。

それでも、愛理が望むのならと納得はしていた。

教団に魂を売ったわけでは決してない。
入団時に渡されたキュービック・ジルコニアを服の下に隠しているのも、せめてもの意地だった。
160 :ただの名無しでしたから :2014/05/03(土) 22:33
愛理が望むことなら。
愛理を守るためなら。

その思いだけで舞美は動いていた。

もしも、復讐を果たせたなら。

舞美は思う。

このままの形でいくと、愛理の手を汚すことなく精霊師への復讐が完了する。

もしも、終わったのなら。

愛理は、昔に戻ってくれるのかな?
161 :ただの名無しでしたから :2014/05/03(土) 22:34
4.誓いの剣  完

next 5.剣の休息
162 :ただの名無しでしたから :2014/05/03(土) 22:43
 
163 :ただの名無しでしたから :2014/05/03(土) 22:45
>>153-161 更新終了

>>152 ありがとうございます。次から時間が元に戻りますので、そろそろ出番が近づいてくる……かもしれません。楽しみにしていただけるとありがたいです。
164 :ただの名無しでしたから :2014/05/12(月) 17:42
<5.剣の休息>


「ねぇ、一つだけ聞いてもいい?」
「生田さん、どうしました?」


会議が終わった後、自室へ戻ろうとした亜佑美に、衣梨奈は声を掛けた。
振り返った亜佑美は衣梨奈が一人であることに少し驚いた。

「ビーシー教団の精霊術を無効化する力、知ってる?」
「はい。初めて見たときは信じられませんでしたが」

亜佑美は少し宙を見てから答えた。
そっかと衣梨奈は呟いてから黙り込む。

違和感はツェーンに来てから感じていた。

あの力は、ビーシー教団の一部の人間にしか使えないはず。
少なくとも衣梨奈はそう思っていた。
165 :ただの名無しでしたから :2014/05/12(月) 17:42
そして、それが彼らが精霊師に敵対しながら、今までそれほど大々的に事を起こしてこなかった理由だったはずだと。

ところが、少なくともさっきの村で会った彼らは、全員精霊術を無効化していた。
だが、確かに辻褄は合う。

衣梨奈は考える……

キュービック・ジルコニアを持つ者が全て精霊術を無効化できるのならば……と。

それが現実ならば、ツェーンを攻めることは十分可能だった。
寧ろ、この国が一番彼らが制圧しやすいはずだった。
亜佑美や遥のような剣術に秀でた者は少ない。
基本的に精霊術を使用できるため、軍隊といえども圧倒的に精霊師が多いのだから。

「私の把握している情報では、彼らには精霊術は全く効かないと聞いています」

黙り込む衣梨奈に、亜佑美はその考えを察してかそう付け加える。

「ありがと……」

衣梨奈はそれだけ言い、亜佑美と別れる。
166 :ただの名無しでしたから :2014/05/12(月) 17:43
キュービック・ジルコニアの力が、強くなっている。

それが何を意味するのか、衣梨奈にははっきりとわからない。
嫌な予感だけがどんどんと増していた。
ここで起こっていること、それが全てではないような。
聖が狙われているのも、それに繋がっているのではないかと。

ただ、それでも衣梨奈はそれ以上考えることをやめた。

考えれば考えるほど不安になるだけなのだから。
そんなことよりも、目の前にあるやらなければいけないことを考える方がいい。

衣梨奈はそういうタイプの人間だった。

それに、亜佑美が考えた作戦は非常にシンプルなものだった。

西部は壊滅。東部は早々と北部地域へ撤退している。
そして、南地域の軍を全て北・東地域の合同軍で足止めをする。

その間に、こうして東部地域に残っている亜佑美たちの少数部隊が南部地域の春菜を狙うといったものだった。
もちろん、ここにとどまっている衣梨奈は、亜佑美たちと共に南部地域へ向かう役だった。

シンプルなだけに、それを実行する衣梨奈たちの出来次第で成功率が大きく変わってしまう。
どれだけ早く南部地域を落とせるか。
それがこの作戦の肝だった。

だから、今は待っているだけだった。
軍の衝突が本格的に始まるまで。ただ、待っているだけだった。
167 :ただの名無しでしたから :2014/05/12(月) 17:43


「あれ?えりぽんは?」
「何か話があるからって部屋に残ってたけど」
「ふぅん」

聖の答えに納得したわけではなかったが、里保はそれ以上聞かなかった。

また、何か隠してるんじゃ……

その思いは、衣梨奈と一緒にいれば感じることが多かった。
というより、自分のことを話していないのと同じくらい、相手も話していないだけなのだったが。
自分のことを深く話すつもりはないから、それはそれでお互いの距離感として正しかったと思う。

ただ、特にそのことが気になりだしたのは、聖と出会ってからだった。

聖の素性を隠していたこと。
それについて里保はいつまでも怒っている訳ではない。

どちらかといえば、ビーシー教団。

その存在について、実は衣梨奈はもっと知っていることがあるんじゃないかと、それは強く感じていた。
ただ、自身がそれほど世間に通じているわけではないから、世間一般的にはあれくらいの知識は誰もがもっているのかもしれない。
それだけの話なのかもしれない。
だけど……
168 :ただの名無しでしたから :2014/05/12(月) 17:43
確証はほとんどなく、単なる印象というだけのレベルでしかなかったが。

聞くことはできなかった。
自分も隠し事をしている手前、きっと相手も事情があってのことなんだろうから。

衣梨奈の性格からして、何事もないことなら向こうから勝手に話し出すことも理解していたから。

「とりあえず、ここを終わらせないとね」

壁にもたれかかってつぶやく。

「うん」

里保としては独り言のつもりだったが、聖はそれに答える。

はるなん。

遥がそういっているのが誰なのか、聖はすぐには思い出せなかった。

ツェーンと、聖の国であるノインは古くから関係が良好であったから。
王族間での会食などの行き来が盛んであったから。
169 :ただの名無しでしたから :2014/05/12(月) 17:43
ただ、聖は亜佑美と会ったのはおそらく初めてであった。
そのことから考えてもる、春菜のことも、よくわからない。

言葉を交わしたことがあるのかも、相手が自分のことを知っているのかも。

それでも、聖としては「はるなんが、そんなことするわけない」という遥の言葉を信じたくもあった。

ただ、聖としてもう一つ頭に引っかかっていることがあった。
それは、ビーシー教団のことではあるが、自分が追われているということではなかった。

教団員に対して自分の精霊術が通じないこと。

そのことが一番、聖が気になっていたことだった。

自分は、どれだけの戦力になるのか。
自分は本当に助けになるのか。

そもそも、精霊術を使うことはあっても、人を傷つけるために使ったことなんて一度もなかった。
ただ、その点に関して、自身の精霊術が雷であることで、相手を傷つけることなく無力化することが可能であるということは、聖の罪悪感を小さくさせていた。

それでも。

先ほどの村でのことを思う。

ツェーンの人々は自分の力でなんとかできる。
自身の精霊術がどれだけのものかわからないが、明らかに他人よりも優れているのは確かだったから。
170 :ただの名無しでしたから :2014/05/12(月) 17:43
でも……

一番聖の心にひっかかるのは、それだった。

自分が戦わなければいけないのは、ツェーンの人々ではなくて、ビーシー教団のはずじゃないの?

自分へのその問いかけの答えはわからない。

「里保ちゃんは、どう思う?」
「何が?」
「ツェーンの人でも、戦える?」
「うん」

即答だった。
里保にとっては、ビーシー教団への特別な思いがないのだから、当然であった。
少なくとも、自分に敵対するもの。
無抵抗の村を襲う非道な集団。

単純にそういう認識であったから。

「悪いことをしているのは向こう。戦争を始めたのも向こう、でしょ?」
「それは、そうだけど……」

答えに窮する聖を、里保は不思議そうに見つめる。
171 :ただの名無しでしたから :2014/05/12(月) 17:43
「大丈夫だよ。フクちゃんは、ここにいてもいいんだよ?」

その申し出には素直にうんと答えられなかった。
それは、里保や衣梨奈に助けられた恩があるとか、遥や亜佑美を助けたいとか、そういった感情ではなく。
自分自身が、行かないといけないと思っていた。
少なくとも、ビーシー教団がかかわっている。
通常この国にはいないはずの彼らが、しかも精霊師に協力して事を起こしている。
それだけで、今回のことが、どこか自分へとつながっていないわけはないと確信はしていたから。

だから……

「大丈夫。ついて行くから」

そう答えた。

丁度、その会話が終わったときに、扉が開く。
入ってきたのは衣梨奈。

ただ、彼女たちはお互いに気づいた。
扉が開いて目が合った瞬間、お互いが難しい顔をしていることに。
172 :ただの名無しでしたから :2014/05/12(月) 17:44
「えりぽん、遅かったね」

唯一、その二人の表情を観察できた里保は、事も無げにそう呼びかける。

「え、あ、うん、えーっと……」
「いいけど、そろそろご飯できてる時間じゃない?」

里保は、答えを待たずに話を変える。
やっぱり今は聞いても教えてくれないと判断したから。
衣梨奈はぎこちなく、そうだねと答える。
3人は部屋を出て、食事へと向かう。
173 :ただの名無しでしたから :2014/05/12(月) 17:44
 
174 :ただの名無しでしたから :2014/05/12(月) 17:44
>>164-172 更新終了です
175 :名無飼育さん :2014/05/13(火) 21:12
話が進むほどに謎が増えていくような…
だからこそこの先それが解かれていくのが今から楽しみです
176 :ただの名無しでしたから :2014/05/18(日) 23:07


コンコンというノック音で、遥の意識は戻される。
夜はまだそれほど更けてはいなかったが、ここに来るまでの疲労感は横になると一気に襲っていたから。
軽く両手で自分の頬を叩くと、遥はベッドから起き上がった。

「はーい」
「どぅー、ちょっと話があるんだけど」

扉を開けると、立っていたのは亜佑美だった。

「寝てた?」
「ううん、大丈夫だよ」
「ごめんね、どぅーにだけは相談しとかないといけないことがあって」
「で、何なの?」
「今のHPWって知ってる?」

HPW(the highest position of witch)。
ツェーンにおいて、一番優れた精霊師に送られる称号。
あいにく、亜佑美も遥も精霊師としての才能は乏しかったため、選考に出ようと思ったことすらなかったが



「ごめん、知らない。私、いなかったから」

選考会が行われる時期というものは毎年だいたい決まっている。
数ヶ月前に行われたであろうその時期には、既に遥は国をでていたから。
177 :ただの名無しでしたから :2014/05/18(日) 23:07
「そっか。それはいいんだけど」
「何?何か問題あるの?」
「うん……まぁ私の個人的な気持ちだけかもしれないんだけどね」

そう前置きして、亜佑美は話し出す。

今回の作戦を決めるにあたって、北部地域との連絡をとる必要があったが、その際に亜佑美はHPWと話す機

会があった。
アクアマリンの指輪を右手にはめた彼女は、小田さくらと名乗った。

自分よりも年下だったことに戸惑った亜佑美だったが、それ以上に彼女に対して嫌な感じを持ったのは、作

戦の説明を行った後だった。

「わかりました。でも、時間稼ぎじゃなくて、私たちがそのまま敵を倒しちゃってもいいんですよね?」

にこっと笑いながら彼女はそう言った。

「そうしてもらえるのはありがたいけど、でもそう簡単に考えないほうがいいですよ」
「あ、西と東が為す術もなかったからですか?大丈夫ですよ。北は、私と佐藤さんがなんとかしますから」

変わらずに笑顔のまま、彼女はさらりとそう言った。
亜佑美はそれ以上は何も言わなかった。
HPWとなるほどの力があれば、少しくらい他人よりも自信家となってしまうのは仕方ないことなのかなと思

っていた。
ただ、それ以上に亜佑美が気になったのは、そこに優樹の名前が出たことだった。
178 :ただの名無しでしたから :2014/05/18(日) 23:08
佐藤優樹。

北部地域の公家の一人娘。
亜佑美、遥、春菜と立場としては同じだった。
けれども、亜佑美が知っている優樹は、戦いというものには完全に無縁の存在だった。
精霊師としての素質は4人の中では一番であるものの、それを使うことはなかった。
同い年である遥ですら、優樹を戦わせるくらいなら、自分が全部代わりに戦うと思うほどに。
それほどに戦いというイメージのない彼女の名前を簡単に出してしまえる。
そして、そんな人間が優樹の傍にいるということ。

「なんなんですか?それ?まーちゃんが?はぁ?」
「だから……どぅーに相談なんだけど、北に向かってくれない?」
「私が?」
「うん、どぅーしかできない。私が行くわけにはいかないし。他の人に頼めないでしょ?」
「まぁ、それはそうだけど……」

優樹と以前に会ったのは半年以上前だった。
それでも、遥の脳裏には、優樹の笑顔がうつっていた。
行きたかった。
こんなことに彼女を巻き込んでしまうのは嫌だった。

しかし、春菜に会って話を聞きたいことも事実ではあった。

「ったく……仕方ないなぁ」
「お願い。明日くらいには始まるかもしれないから、ぎりぎりになっちゃうかもしれないけど」
「いいよ。文句は全部まーちゃんに言うし」

小田さくら。
その名前をもう一度心の中でつぶやき、顔すら知らない彼女のことを考える。

まーちゃんは、好きにさせない。
179 :ただの名無しでしたから :2014/05/18(日) 23:08


「フクちゃん、久しぶり」

不意に目の前に現れたさゆみに声を掛けられた

「道重さん。ということは、これは……夢?」
「そうだね」

少し寂しそうにさゆみは頷いた。
起きていれば、さゆみとは声でしかやり取りができないのだから。

食事が終わり、それぞれが特に何をすることもなく部屋に戻った。
基本的には今は待っているだけ。
でも、それが突然やってくるから、休めるときには休んでいてくださいと言ったのは、亜佑美だった。
その言葉に従ったわけではないが、横になると気がつけば聖は意識を失っていた。

「闇の力に対抗する方法は、ない事はないんだけど」
「闇の力?」

聞いたことのある言葉ではあった。
おそらく大半の精霊師が読んだ事がある物語ででてくる単語。
それが、さゆみの口からでたことに聖は驚くと同時に、それがお伽噺だけの物事でない可能性に気づく。

「あれは作り話じゃないんだよ。本当にあったこと」
「本当ですか?」
「えぇ、数百年前。正確にいつか忘れたけど」

さゆみはふっと遠い目をする。
ただ、その物語が自分が体験したことであることを、口には出さなかった。
180 :ただの名無しでしたから :2014/05/18(日) 23:09
「話が逸れちゃったけど、あなたたちがキュービック・ジルコニアと呼んでいるもの、あれは闇の力なの」
「……はぁ」

さゆみの言葉を信じていないわけではなかったが、実感がなかった。
目の前で自分の精霊術が無効化される現象を見ていても。
闇の力という言葉の非現実感が勝っていた。

「今のままじゃ、フクちゃんの精霊術は彼らには絶対に効かない」
「どうすれば、いいんですか?さっきの対抗する方法、あるんじゃないんですか?」

そう言いながらも聖は頭の中で物語を思い出す。
闇の力に対抗したのは、ジュエルウェポンと、光の精霊だった。

もしかして……

聖は今更ながらその可能性に気づく。

さゆみが光の精霊なのかもしれないということに。

「私は、あなたに力を与えることはできないの」
「どうしてですか?」
「私の力は、りほりほに使っているから」
「あ……」

思い出す。里保が抜いた赤い剣を。
キュービック・ジルコニアのように精霊術を打ち消すあの赤い剣を。
181 :ただの名無しでしたから :2014/05/18(日) 23:09
「でも、私だけじゃないの。この土地にもその力を与えられる者がいます」
「どこにいけばいいんですか?」
「この地の南に、高い山があるの。そこは決して雪が積もることのないといわれる山が」
「そこにいけば、いいんですね?」
「うん、きっとあなたの力になってくれるはず」
「わかりました」

そう答えると、さゆみの姿が消えていく。

そして、自然に目が覚めた。
真っ白な天井が目に映る。

どれくらい寝てたんだろう?

既に夜は明けていたが、窓がないため聖は時間の感覚がわからなかった。
乱れた服を直し、一旦部屋を出る。
外を見て、今が朝か夜かを確認したかったがそれは衣梨奈と会うことで不要となった。
182 :ただの名無しでしたから :2014/05/18(日) 23:09
「おはよ」

そう挨拶がされるということで、とりあえず今は朝になっていることを聖は理解した。

「おはよう」
「今から里保を起こして、ご飯食べに行こうと思うんだけど……」

そう言う衣梨奈は気が進まない顔をしていた。
この表情をする理由を、聖は少し理解していた。
まだ、実際に目にしたことはないが。
朝に里保を起こすのは結構命がけだと、衣梨奈はいつも言っていた。

「勝手に起きてくれてるといいんだけど……」

起きるまでそのままにしておくという選択肢もないわけではなかった。
ただ、急な出発がいつでも考えられる状況であるということが一つの理由。
もう一つは、一応客人としてここにいる自分たちが、周りの人々が起きて活動している時間帯なのに、一人で寝ているということはバツが悪かった。
ただでさえ、彼らは夜間通して交代で見張りを行ってくれているのだから。

トントンとノックするが、残念ながら返事はない。
扉を開けると、既に起きて部屋を出ているという可能性もなかった。
183 :ただの名無しでしたから :2014/05/18(日) 23:09
「どうしたんですか?」

その時、二人に声を掛けてきたのは遥だった。

「あ、おはよ、どぅー」
「おはようございます」

聖に軽く会釈を返し、遥は二人に倣い、扉に視線を向けた。

「ちょうどよかった。里保を起こしてくれない?」
「え、いいですけど。どうしてですか?」
「いや、なんかお腹すいちゃって、早くご飯食べたいなぁなんて」
「はぁ、別にいいですけど」

その言葉を聞くと、衣梨奈は聖の手を引っ張るようにしてその場を立ち去る。

「いいの?」
「知らないっていうのはいいことだね」

意地悪そうに笑い、衣梨奈はスタスタと進む。
そのまま食堂として使用している部屋に向かい、椅子に向かい合って座る。
パンとスープを配られ、食べようとしたときにようやく聖は夢のことを思い返す。
184 :ただの名無しでしたから :2014/05/18(日) 23:09
――この地の南に、高い山があるの。そこは決して雪が積もることのないといわれる山が――

これはおそらく本当なんだろうと聖は思う。

行けるものなら今すぐに向かいたい。
ビーシー教団に対抗する力。
自分が本当に戦わなければいけない相手へ向ける力。
それは、今すぐにでも手に入れたかった。

でも、今はまだ行けないことを、聖はわかっていた。
亜佑美の作戦を実行しなければいけない。

ただ、南といっていたから、それが南部地域にあるのであれば、どのみち今の状況を何とかしなければ、そちらへ向かうことはできないのだから。

だから、聖はしばらくは自分の心の中にしまっておくことにした。
ここのことが終われば、みんなに提案してみようと。

そんなことを考えているうちに、いつの間にか遥がやってきた。

「早かったね」

自分が頼んだくせに、意外そうに言う衣梨奈。

「はい、本当にあの人、寝起き悪いですね」
「でしょ」
「もしかして、生田さん、知ってて私に押し付けました?」
「いや、まぁいいじゃん、そんな細かいことは」

笑顔を作る衣梨奈に、遥はそれ以上は文句を言わず。
隣に座り食事を始める。
185 :ただの名無しでしたから :2014/05/18(日) 23:10
しかし、3人が食べ終わるころになっても里保は現れなかった。

「ねぇ、本当に起こした?」
「はい、起き上がって、すぐに行くから先に言っててと言われました」

遥の答えに、衣梨奈と聖は顔を見合わせて立ち上がる。

「え?どうかしました?」
「あのね、それ絶対里保は二度寝するパターンだから」

そういい残し自分の食器を聖のものに重ねると、衣梨奈は二人をおいて部屋に向かった。

「そうなの?」
「うん、里保ちゃん、起こすとすごく不機嫌で、ぶつぶつ文句を言うらしいんだけど。
きっと相手がどぅーだったから、そこは遠慮してそう答えたのかもね」

聖は遥の分の食器も持って立ち上がる。
その時だった。

カンカンカンと金属音が部屋に響いた。

周りの人たちがそれを聞き、一斉に立ち上がる。

「どぅー、これって……」
「うん、作戦開始の合図ですね」

立ち上がった人々は、次々と部屋を出ていき出撃の準備を始める。
聖たちも彼らに続いて自分たちの部屋に戻った。
186 :ただの名無しでしたから :2014/05/18(日) 23:10
準備といっても、聖は服を着替える程度で何も改まって準備をすることはない。
それは衣梨奈も里保も同じだったから。
聖は着替えが終わると、里保の部屋へ向かう。

彼女はすっかり準備も終わり、ベッドの上に腰を下ろしていたが、衣梨奈が起こしにいっていなければ合図に気づかないままずっと寝ていたに違いなかった。

「これ、ご飯食べてないかなぁと思って」

ここに来る前に食堂からとってきたパンを、里保に渡す。

「ありがとう」

里保はそういい終わらないうちに、口にほお張る。
彼女がパンを食べている間、聖はチラッと鞘を見る。
宝石は青く光っている。

光の力……

夢を思い出す。

闇の力に対抗する力。
あれが赤く光るとき、それが力を使っているとき、なんだよね。

どうして、彼女なんだろう?

聖は思う。

自分がもしもあの時、助けられていなかったら。
この力は誰のものになっていたんだろう?
187 :ただの名無しでしたから :2014/05/18(日) 23:10
衣梨奈にはさゆみの声が聞こえていないことはわかっている。
そもそも、さゆみの声が聞こえていたのは自分だけだと思っていた。
里保に声が聞こえていることに驚いたくらいだった。
ただ、それから考えてみると、結局里保しかこの力は使えなかったであろうことは想像がついた。

「あら、聖もここにいたんだ」

扉の開く音と、衣梨奈の声はほぼ同時だった。

「行こう、えりぽん」

パンをさっさと食べ終わり、里保は言う。

「さっきまで寝てた子に、そう言われるのも何か複雑なんだけどね」

衣梨奈の言葉にお互い顔を見合わせて、笑みを浮かべる。
それから、3人は我先にと部屋を飛び出した。
188 :ただの名無しでしたから :2014/05/18(日) 23:11
5.剣の休息  完
189 :ただの名無しでしたから :2014/05/18(日) 23:11
 
190 :ただの名無しでしたから :2014/05/18(日) 23:14
>>176-188 更新終了です
>>176-177少し改行が変になってしまっていますがご容赦ください)

>>175 ありがとうございます。今回は少しだけ謎解き編みたいな感じで。色々と出し入れしながらこれからも進めていきたいと思います。
191 :名無飼育さん :2014/06/22(日) 21:36
更新まってます
192 :ただの名無しでしたから :2014/07/15(火) 22:26
<6.剣と宝石>

ツェーン南部地域。

一年のほとんどが雪に覆われないその土地。
それでも、緑が生い茂っているわけではない。
樹木が散在しているだけで、森というものが存在していないからだ。
それでも、南方に大国のノインが位置することもあり、ツェーンでは一番栄えている地域である。

飯窪春菜は、そこを治める公家の一人娘。
寧ろ、公爵が殺害された現在においては、彼女が治める地域となるのだが。

「飯窪ちゃん、首尾はどう?」

玉座から甲高い声が響く。

「はい、北部地域と交戦していますが、やはり東部地域が早々と落ちたのは、北と合流するためだったようです」

跪き、答えるのは春菜。
この地域を治めるはずの彼女が従い、この国の者ではない者が玉座についている。
その構図に否を唱えるものはこの場にはいなかった。

誰もが、それを当然のように思っていた。
正確に言えば、誰もが玉座に座る人物に無条件に従っていた。

嗣永桃子。

ビーシー教団員幹部である彼女が座っているのが、玉座だった。
193 :ただの名無しでしたから :2014/07/15(火) 22:27
「ふぅん、まぁなっきぃが一緒に行ってるから大丈夫だよね。ねぇ、みや?」

桃子は玉座の後ろに問いかける。
玉座にもたれるように立っている雅は、にやっと笑うだけだった。

その時だった。
扉が開き、一人の兵士が入ってきた。

「敵襲です」

その言葉に、混乱や動揺は見られなかった。
その場にいる兵士も、もちろん雅も桃子も。そして、春菜も。

「みんな、私のことちゃんと守ってね」

にっこりと桃子が微笑むと、兵士たちは次々に部屋を出て行く。

「相変わらず、すごいねぇ、その力」
「えー、力とか言わないで欲しいんだけどー」

雅の言葉に、ぷぅっと頬を膨らませる桃子。

「私が可愛いから仕方ないの」

続くその言葉を聞かないように、雅は玉座を離れて部屋を出て行こうとする。

「ちぇっ、つまんないの」

舌打ちする桃子に更に反応することなく、雅は扉を閉める。
194 :ただの名無しでしたから :2014/07/15(火) 22:27
魅了。

桃子の力は単純にそれだった。
他人を自由に操ることができる力。
発動にはある条件が必要な精霊術ではあるが、桃子にとってその条件はそれほどの大きな制限にはなっていなかった。

城の中も大した混乱にはなっていない。

魅了が掛かっている状態では、喜怒哀楽すらそれほど表にはでてこない。
誰もが桃子の命令を実行するだけの駒となってしまうのだから。

狙いはここには違いないけどね。

雅は思う。

北・東と南が交戦中だが、西は先日滅ぼしているはず。
だとすれば、西の残党か、留守を狙うために東の軍を一部置いておいたか……

その可能性もあったから、雅は自分がここに残り、早貴だけを北に向かわせるという選択をしたのだが。
195 :ただの名無しでしたから :2014/07/15(火) 22:27
どちらにしろ、せっかくなんだから、楽しませて欲しいね。

ゆっくりと階段を下りていく。
自分の力である炎の力は室内で使うのは難しい。
最大火力を用いれば、建物ごと燃やしてしまうからだ。

そこまでの力を使う敵が相手にいるとは思えないが……

胸元のキュービック・ジルコニアを手に乗せる。

精霊師しかいないこの地で、そこまでする必要のある相手はいないだろうが。

それでも、雅は城から出て迎え撃つという選択肢を選んだ。

それは、ある種彼女の予感であったのかもしれない。
自分が想定する作戦を仕掛けてきた敵に対する敬意だったのかもしれない。

ただ、それは確実に良い判断だったと彼女は後から思う。

城に通じる道を走ってくる人影は4つ。

里保、衣梨奈、聖、そして、亜佑美。

雅はまだ彼女たちが誰なのかまでは認識できていなかった。
196 :ただの名無しでしたから :2014/07/15(火) 22:27
「このまままっすぐ行くと、城に着きます」

先頭を走る亜佑美は振り返らずに叫ぶ。
4人のほかの兵士はここにはいない。
城門を破った後は、4人が城を目指し、それ以外で相手の兵士を足止めする。
大半が北へ向かっているとはいえ、自分たちとは戦力が違いすぎることはわかっている。
だからこその単純な一点突破の戦法だった。

すぐ後ろを走る里保と共に、目の前に現れる敵を排除していく。
後方からの追撃を避けるために、聖は走りながらも背後に向かって術を放つ。
それでも周囲から飛んでくる精霊術は、衣梨奈の防御障壁と、里保の剣で対処をする。
それだけのことをこなしながら進んでいくため、進む速度はそれほど速いわけではない。

それでも、こちらが持ちこたえられている間に、作戦を完遂させなければいけなかった。

パシンと4人の真ん中に打ち付けられる炎。

飛びのく4人だったが、里保はそれに見覚えがあった。
里保だけでない。
聖も衣梨奈も。
197 :ただの名無しでしたから :2014/07/15(火) 22:28

「調子に乗るのもここまでよ」

その声も忘れたわけではない。
雅を前にし、4人の足が止まる。
そこで、ようやく雅も聖たちのことを認識する。

「これはこれは、大きな獲物がかかったみたいね」

雅が構え直したことにあわせて、里保も赤い剣を抜く。

「待って、ここで時間かけてる場合じゃないから」

亜佑美が言う。

「聖と二人で先にいって。ここは私と里保で何とかするから」

すぐさま衣梨奈が提案する。
里保もそれに頷く。

「大丈夫。前に一度勝ってるから」

里保はそう続けると雅に向かって走り出す。
放たれる炎を次々と斬り払い、雅に向かって剣を振り下ろすが、剣は彼女の頭の上で止められる。
198 :ただの名無しでしたから :2014/07/15(火) 22:28
里保も意味がわからなかった。
何かが自分の剣の動きを止めていた。
精霊術の可能性も考えるが、自分が今抜いているのは赤い剣。
精霊術の干渉を完全に打ち消すことが出来るはずだった。

「前のときのようには行かないわ」

雅の言葉に嫌な予感がし、里保は剣を消して後ろに下がる。
その際にふわっと自分の髪が揺れたことを感じると、首筋に痛みを感じる。

「里保!」

衣梨奈の声。
里保の首からたらりと垂れるのは血液。

「大丈夫だから」

傷自体は深いものではなかった。
ただ、問題は斬られたことはわかったが、それが全く目に見えなかったということだ。

にやっと雅は笑みを浮かべる。

里保は剣を抜く。
今度は赤ではなく、青を抜く。
理屈はわかっていない。
ただ、雅が何かしらの武器をもっているのは間違いなかったから。
それを防ぐのは赤い剣では不可能だと感じていた。
199 :ただの名無しでしたから :2014/07/15(火) 22:28
じっとお互いの目を見る。

ふっと雅の手が動くと、里保は反射的に剣を振るう。
カンという金属音が響く。
確かに剣が何かに触れた感触はあった。

何かはわからない。

剣先に触れたところを見ると、リーチとしては自分よりも少し長いくらいになる。
ただ、それは確定できない。

先ほどのことを思い出す。

自分の剣を止めたとき、彼女は両手を挙げていた。
その間に何かあったから、私の剣が止められた。

その両手の間隔は、さっき考えた長さより全然短い。

投擲武器?

いや、それはない。
投げれるものなら、続けて複数個投げればいい。
わざわざ一個一個投げる必要はない。

だとしたら……

考えている間にも、雅の手が動く。
手首が少し動くだけで、腕自体はそれほど動いていない。

それでも、動きに合わせて後ろに下がる里保の太腿の服が裂け、横一線の傷がつく。
200 :ただの名無しでしたから :2014/07/15(火) 22:28
投げてはいない。
横に払われている。

傷は皮一枚切っているだけであり、大したことはない。
寧ろ、それ以上に得られた情報は大きかった。

鞭?糸?
それも異常に鋭いもの。
きっと、目に見えないほど細く、しかも、剣をとめるほど丈夫なもの。

そんな材質に里保は全く覚えがなかった。
ただ、精霊術ではない以上、そういうものが存在することは認めなければいけなかった。

「……ジュエル・ウェポン」

衣梨奈が呟く。

その言葉の意味がわかったのは、聖と亜佑美だけであり、里保はすぐにはわからなかった。

「へぇ……あなた、この前もそうだったけど、やたら詳しいじゃん」

雅が衣梨奈の方を向く。
それは、彼女の言葉を暗に肯定していた。
201 :ただの名無しでしたから :2014/07/15(火) 22:28
「ねぇ、えりぽん、ジュエル・ウェポンって何?」

雅から目を離さずに、里保は大声で問いかける。

「その名の通り、宝石でできた武器よ。宝石の強度を保ちながら、精霊の力で限界までに薄く作られた武器。その薄さと鋭さに、使い手には切った感覚すら残らないって言われてるほど……」
「でもそれって、お話の中だけのものじゃなかったの?」

衣梨奈の説明に反論する亜佑美。
聖も少し前まではそう思っていた。さゆみの話を聞くまでは。
寧ろ、それがこの世界の住民の常識だった。
100年以上前の英雄譚なんて、お伽噺以外の何者でもないのだから。

「ビーシー教団の目的の一つに、ジュエル・ウェポンの収集があったのは間違いないはず」
「あなた、何者?事情通にしては知りすぎてるわよ」
「そう?これくらいちょっと調べればでてくるよ?秘密だと思ってるのは、あなたたちだけだったりして?」

雅の言葉に、挑発するように衣梨奈は軽く答える。
それに乗るように雅が仕掛けようとしたとき、里保が飛び掛る。

「あなたの相手は私なんだけど」

振り下ろされた剣をジュエル・ウェポンで受け止める雅。
202 :ただの名無しでしたから :2014/07/15(火) 22:29
「えりぽん、みんなで先に行って。ここは私が何とかするから」

里保は叫ぶ。

「行かせない!」
「そう?手を離しても大丈夫なの?」

里保は更に剣に力を込める。
雅の両手の自由を奪うため。
こうしていれば、一つしかないジュエル・ウェポンの使用も防ぐことが出来る。
更に、彼女が精霊術を使う隙も奪うことができる。

「里保!」
「いいから。時間無いでしょ。行って!」

亜佑美に促されるように、衣梨奈と聖は走り出す。
3人が城へと入っていったことを確認し、里保は剣を消して再度抜きなおす。
203 :ただの名無しでしたから :2014/07/15(火) 22:29
そこからは一方的だった。

距離が近づいてしまえば、雅の武器の優位さは消失した。
リーチが長いという利点は近接戦闘においては無意味であったし、相手が見えないほど細いという点も防戦一方となってしまえば関係なかった。
雅はあくまで精霊師であったから。
武器による戦いにおいて、対等な条件であっても里保に勝つことは不可能だった。

武器の特性を生かし、相手の間合いになる前に始末する。

それができなければ、雅に勝ち目は全くなかった。

反撃すら出来ない状況に、彼女はついに武器を捨てた。
剣を受け止めると、それを里保に向かって投げるようにして後ろに下がる。
そうすることが、彼女にとって唯一再び距離をとることのできる方法だった。
204 :ただの名無しでしたから :2014/07/15(火) 22:29
「こんなはずじゃ……」

雅は距離をとり、炎を放つ。
ただ、彼女はすぐにそれが意味のないことを思い出す。
どうして、自分が再びジュエル・ウェポンを手にするようになったのか。
それは、里保のような人間がいることがわかったから。
自分の精霊術が効かない人間が教団員以外にいたからだった。

赤い剣によって炎は二つに割られる。

今度は無数の炎を放つ。
威力よりも数での勝負。

実際に、それはこの場では一番効果的な方法であった。

里保の剣はキュービック・ジルコニアのように、何もしなくても近づく精霊術を消失させてしまうものではない。
剣にあたらなければ効果は無いのだから。

そのことに雅も気づく。

ただ、質よりも量で勝負することを、彼女は好きではなかった。
少数精鋭。
それが彼女の理想としていたし、多数の役に立たない兵と共に行動することは嫌っていた。
最初に相対してときもそうだった。

彼女は自分の相手は自分で処理をする。
精霊術を使えない教団員は、邪魔になるだけだったから。
ねずみを探しだし、逃がさないように包囲するまでは彼らの力を借りるが、始末するときは必ず自分が行う。
なぜなら、自分がやる方が確実だからだった。
205 :ただの名無しでしたから :2014/07/15(火) 22:29
それでも……
彼女は今、それを選ぼうとしている。

プライドを守ることを最上とする人間もいる。
ただ、彼女はプライドを捨てても、勝負を優先できるほどに優秀だった。

勝たなければ何もない。

その思いが勝る。

雨のように降り注ぐ火の玉に、里保は致命傷を受けるわけではない。
それでも、肩に足に、いくつもの火傷が生じていく。
一つ一つは小さくても、重なることで十分な痛みとなる。

雅の力が尽きるのが先か、里保が耐え切れなくなるのが先か。

このままでは持久戦になることは確実だった。
ただそれは、雅にとって望ましい展開ではなかった。
206 :ただの名無しでしたから :2014/07/15(火) 22:29
里保は、3人が桃子を倒して戻ってくるまでの時間稼ぎでよかった。
雅は先にいった3人を追わなければならなかった。

少なくとも、自分以外に戦力になる人間は城の中にはいない。
衣梨奈たちの力量を把握しているわけではないが、亜佑美が剣を持っていること、そして、衣梨奈と聖が精霊師であることはわかっている。
自分の最初の攻撃を避けたとのきの動きから考えると、亜佑美の力は自分が相対している里保とそれほどかわらないレベルに感じていた。
だとすると、このレベルの剣士一人と精霊師二人を相手にできるような人間はいなかった。

桃子の魅了の精霊術は、強力ではあるがあれは条件の達成が困難だった。

彼女の魅了の力は、彼女のことを本当に可愛いと相手が思った時に発動する。
少なくとも初対面の『敵』を相手に、いきなり適応できるようなものではない。
事前に時間を掛けて仕込んでいく術なのだから。
207 :ただの名無しでしたから :2014/07/15(火) 22:30
引き際か……

逆に雅はそう感じる。
少なくとも、里保をすぐにどうにかできるとは思えなかった。

だとすれば、これ以上は無意味かな…
なっきぃには申し訳ないけど。

里保との距離は徐々に狭まっている。
少しずつだが、確実に里保は前へ進んでいる。

後ろに下がって再度距離をとることは可能だった。
ただ、それも直接的な解決策にはならないことはわかっている。

そうしてこの状態を続け、ここで彼女を仕留めたところで、自分に余力は残らないだろう。
そこに、彼女の仲間が戻ってきたら、確実に勝つことは難しい。

……

認めることは嫌だった。
それでも、雅はそれを自分の中に飲み込むことができた。
208 :ただの名無しでしたから :2014/07/15(火) 22:30
1度ならず2度までも自分を引かせようとしている相手。
それは認めるべきだった。
彼女は強い。
強いというより、自分との相性の問題なのだろう。

きっと、なっきぃならもっと上手くやれるのかな。

そんなことを思っていると、上のほうから爆発音が聞こえた。

咄嗟に上を見る。
城壁がバラバラと落下し、煙があがる。

どういう状況かわからないが、あれだけのことをできる人間が中にいないということは、やはりさっきの3人の仕業に違いなかった。
209 :ただの名無しでしたから :2014/07/15(火) 22:30
「今回は引いてあげるわ」

雅は術を止めて叫ぶ。
今回『は』といったのは彼女の唯一のプライドだった。

「行けばいい。もうここでは私はあなたたちに手は出さないから」

両手を挙げて雅は続ける。

里保は訝しげに雅を見たが、更に続く爆発音とその合間に見えた雷から、聖の仕業だと察する。
何かが起こっているのは間違いなかった。

剣を消すと、里保は城の中へ向かって走り出す。
210 :ただの名無しでしたから :2014/07/15(火) 22:30


城内に入った3人は、まっすぐと王の間へと進んでいく。
亜佑美もこの城に入ったことは数えるほどではあったが、城のつくりは自分たちのものとどこか似ていて。
自分が思う位置とそれほど変わらないところに、階段が存在していた。

向かってくる兵士や教団員は、亜佑美と聖で問題なく対処できていたし、道に迷うこともない。
順調すぎることに対する違和感は少なかった。
ただ、それ以上の違和感があるとすれば……

「やっぱり変ですよね?」

亜佑美はポツリといった。
それが何を指しているのか、聖も衣梨奈もなんとなくはわかっていた。

ここに来るまではそう思わなかった。
この国へ来てから少し思いはじめ、今この城の中へ入ってから強く感じていた。
211 :ただの名無しでしたから :2014/07/15(火) 22:30
「人じゃないみたい、というか……」

聖は言葉を選んで話そうとする。

「うん、気持ち悪い。感情がないっていうか」

衣梨奈も言葉を続ける。
南部地域の兵士と相対したことは、聖と衣梨奈はあの村での一度だけ。
亜佑美はその前から何度も相対していた。

その時の兵士と今、自分たちがこの城の中で戦ってきた相手は確実に違う。
様子が変わらないのは、教団員だけ。

「何かか絶対にある。もしかしたら、それが今回の騒動の理由なのかもしれないけど……」

そう言った亜佑美も含め、3人の足は自然と止まっていた。

「それってビーシー教団が何か仕組んでるってこと?」
「精霊師と一緒に奴らが共闘してること自体がおかしいしね。何かしらそこには大きな理由があるんだろうけど……」

そこまで言って、衣梨奈は自分たちが立ち止まっていた状況に気づく。

「とりあえず、行こう。里保たちもがんばってくれてるんだから」
「そうですね」

衣梨奈の言葉に、亜佑美はそれ以上考えるのをやめた。
それから先は春菜に聞けばいいことだと自分に言い聞かせる。

そうして、3度階段を上った後に、王の間に辿り着く。
212 :ただの名無しでしたから :2014/07/15(火) 22:31
3人が扉の前に立つと、自然に扉が開いた。
身構える3人。

その前には、春菜と桃子が立っていた。

「はるなん!」

亜佑美が叫ぶ。

「あゆみん、生きてたんだね」

春菜はにっこりと微笑んで言葉を返す。

「これは、どういうこと?」
「どういうこともこういうこともないよ。私はツェーンを支配したいだけ」
「何で?」
「何で?あゆみんは変なことを聞くんだね……」

春菜は言葉を切る。
その顔からは笑顔は消えていた。

「それがビーシー教団のためになるからでしょ?」

言葉を続けたのは桃子。
3人の視線が彼女に集まる。
213 :ただの名無しでしたから :2014/07/15(火) 22:31
「誰?」
「はじめまして。私は嗣永桃子と申します」

スカートを両手でつまみ、お辞儀をする。

「あんたは教団員なの?」
「えぇ、そうですよ、石田亜佑美さん。あなたのことは飯窪ちゃんから聞いてます」
「こんなことになったのもあなたの仕業なの?」
「仕業なんて言われると心外です。だって、私が可愛いから、みんなが勝手に私の願いを叶えてくれるんだから」

その言葉とともに、衣梨奈は自分の背後に力を感じた。

「亜佑美ちゃん、危ない!」

衣梨奈の言葉に咄嗟に身体を倒す。
自分の頭があった場所の雷が通過するのが見えた。
214 :ただの名無しでしたから :2014/07/15(火) 22:31
「ちょっと、聖!」

つかもうとする衣梨奈の手を払いのけ、聖は春菜に向かって走り出す。

「あら、こんなところにも私のファンがいたんだ〜」

両手を頬に当てて桃子がわざとらしく高い声を出す。

「何、これ、どういうこと……」

亜佑美は立ち上がり、桃子を中央に、両脇に春菜と聖が並んだ姿を見つめる。

「お二人には掛からなかったみたいね。ちょっとショック〜」

両手を頬に当てて首を左右に振る桃子。

「何、これ?ちょっと、聖?」

聖は答える代わりに術を放つ。
それは、さっきとは比べ物にならないほどの力だった。

衣梨奈が自分の術を使うことをあきらめるほどに。
圧倒的な力は、左右に避ける二人の間を通過する。
背後の壁は、爆音と共にごっそりと切り取られる。

外界の冷たい空気が部屋に入ってくる。
城の遥か遠くの雪景色までも見ることが出来た。
215 :ただの名無しでしたから :2014/07/15(火) 22:31
「これ、マジでやばいよね」
「ええ、生田さん……正直、ここまですごいとは思っていませんでした」

衣梨奈と亜佑美。
二人は柱越しに背中合わせに立って話す。

ゆったりと桃子は王座に座る。
しかし、二人は彼女に近づくことはできなかった。

桃子の横にもう春菜は立ってはいなかった。
彼女は、精霊術の余波に当てられて気を失っている。
桃子の横にいる聖の精霊術によって。

聖のトルマリンが光る。
それを合図に二人はその場を飛びのく。

爆音と共に、二人が背にしていた柱が折れる。
216 :ただの名無しでしたから :2014/07/15(火) 22:31
「ちょっと、聖ちゃん、あんまりやりすぎると壊れちゃうからね」
「はい。わかりました」

表情を変えずに、聖は再度精霊術を使う。
幾分威力を落としたそれを、衣梨奈は自らの術で軌道を逸らす。
受けることは不可能であったが、力を落としたものを逸らしてやりすごすくらいは可能だった。

「聖、ちょっとマジでどうしたの!」

叫ぶ衣梨奈の声に聖は反応しない。

「無理無理。だって可愛い私の言うことには逆らえないんだから」

魅了の術。

初対面の敵相手に発動することのないそれは、なぜか聖には発動していた。
それは、敵を相手に迂闊にもかわいいと思ってしまった聖の心の問題なのだが。

しかし、それは桃子にとって千載一遇のチャンスだった。
春菜の精霊師としての力は衣梨奈とそれほど変わらない程度。
3人を相手にするどころか、亜佑美一人を相手にすることすら不可能なほどだった。
217 :ただの名無しでしたから :2014/07/15(火) 22:32
「人を操る力。これが全ての元凶だったんですね」

亜佑美は自分に言い聞かせるように呟く。
聖の術を2度かわし、衣梨奈と正反対の方向へ走る。

何とかしないと……

亜佑美の精霊術は風。
雷の精霊術との相性は悪くなかったが、彼女の精霊師としての力は聖と比べるまでもない。
彼女は剣の道へ進んだのは、精霊術が得意ではないからなのだから。

剣を90℃回転させて握りなおす。
刃で聖に切りかかるわけにはいかない。
攻撃を避けながら衣梨奈との対角の位置へ移動したのも、直線性を持つ雷の弱点を突くためだ。

火や水・風といった術と違い、雷の術はどうしてもまっすぐに打つことしか出来ない。
速度、威力ともに他のものよりも優れている雷の唯一の弱点でもあった。
二人の動きをそれぞれ見極めながら、両方向に正しく打つことは困難であり、実際に移動してからの聖の攻撃は最初から逸れているとはっきりわかるものが多くなった。
218 :ただの名無しでしたから :2014/07/15(火) 22:32
亜佑美と衣梨奈は徐々に距離をつめていく。
どうしても身体能力の劣る衣梨奈は、その速度が遅くなってしまうが、二人の目的は亜佑美が聖のところに届くことだったから。
衣梨奈もあまり無理をして接近しようとはしない。

少しずつ。でも確実に距離を詰めていく。
聖の精霊術の速度を考えると、そろそろ避けるのも困難になってくるほどだった。

だが、突然に左右にひっきりなしに放たれていた聖の術が止んだ。
一瞬面食らったものの、チャンスとばかりに亜佑美は一気に距離を詰める。

その時だった。

亜佑美は自身の前髪が、自然にふわっと浮いたことがわかった。
それが何を意味するのか考える時間もないままに、体中を電撃が走る。
全く感覚を失ったまま後ろに吹き飛ばされ、受身も取れずに床に叩きつけられる。

「亜佑美ちゃん!」

衣梨奈は叫ぶが、その瞬間、自分の前に来たそれに気づいた。
防御の術を自分の前に展開し、慌てて後ろに下がる。

防御壁に雷が集まり、すぐに存在を消された。
その合間に、亜佑美の元へとたどり着く。
219 :ただの名無しでしたから :2014/07/15(火) 22:32
意識があるのかどうかわからなかった。
目は自分を追っていたが、四肢には全く力が入っていなかった。

精霊術の壁を形成している。

自身が防御壁を作ることができるから、衣梨奈はすぐに起こっていることが理解できた。

意識をしてみるとよく見える、
聖の前に半円状の精霊術の壁が出来ている。

ただ、自分が作るものと決定的に違うのは、攻撃を防ぐためのものではなく、そこに触れたものを攻撃するためのもの。
しかも、それは徐々に大きくなりながら自分たちへ迫っている。

亜佑美を肩に抱え、衣梨奈は下がる。

自分の防御壁の範囲はせいぜい2,3人分を囲う程度が限界だった。
ところが、聖のものはすでに部屋の半分を覆っているだけでなく、更に自分たちを追い込むように広がっていく。
まるで、この部屋全体を覆ってしまうような勢いだった。
220 :ただの名無しでしたから :2014/07/15(火) 22:32
無茶苦茶すぎるよ!

心の中で悪態をつく。
ただ、実際に聖は目に見えて辛そうではあった。
放出すれば終わりだけの攻撃に比べ、術を広い空間に常に維持して放出するという行為は、消耗が激しいことは明らかだった。

部屋の大半を術が覆う。
衣梨奈の後ろはもうすぐ壁だった。
部屋の入り口に向かおうにも、すでに術の向こう側であり、不可能だった。

逃げる方向を考えるべきだったと衣梨奈は後悔する。
二人は左右に開いたため、亜佑美も衣梨奈も入り口からは離れてしまっていた。
この部屋から逃げることなんて微塵も考えていなかったから。

背後はもう壁だった。
下がる事はできない。
それでも、聖の術は変わらぬ速度で迫ってくる。
221 :ただの名無しでしたから :2014/07/15(火) 22:33
力があれば……

衣梨奈は後悔する。
自分が否定した力が今あれば、このピンチを脱出する事が出来たはずだったと。

精霊術を無効化する力。

自分が手にしなかったその力。

今、それがあれば……

胸元に手をやる。
そこにあるのはオパールの原石。

自分を救ってくれた人からのお守り。

自分が探し続けている人。
自分が旅をする理由。

それが詰まったこの石が。

もしも、違ったなら?
もしも、これが、キュービック・ジルコニアだったなら……

そこまで考えついて、やはり衣梨奈は首を振る。
222 :ただの名無しでしたから :2014/07/15(火) 22:33
少なくとも、自分は助かったと思っていた。
助けてもらったと感じていた。

だから、否定する事なんてできない。
自分を助けてくれた人の事を。自分が選んだ道を。
今、自分がこのまま死ぬことになっても。

でも……

やっぱり、最後に会いたかったです。

それが彼女の最後の心残りだった。

もう目の前に到達した術。
涙で潤んでぼやけた視界をそっと閉じた。

衝撃はなかった。
死ぬ時なんてこんなものかななんて思うほどに。

変わらなかった。
何も感じなかった。

それがせめてもの救いだなんて、思ってしまう自分が可笑しかった。

あまりに変わらなくて。
抱える亜佑美の重みも温かみもそのまま。

そう、そのままだった。

目を開ける。

ばっとあふれた涙越しに、赤い光が見える。
衣梨奈は一気に現実に引き戻された。
223 :ただの名無しでしたから :2014/07/15(火) 22:34
 
224 :ただの名無しでしたから :2014/07/15(火) 22:34
 
225 :ただの名無しでしたから :2014/07/15(火) 22:35
>>192-222 更新終了です。間がかなり空いてしまって申し訳ございません。


>>191 お待たせしてすみません。今後はできるだけ空かないように努力します。
226 :名無飼育さん :2014/07/16(水) 07:56
お待ちしておりました!今後の展開楽しみです。
227 :名無飼育さん :2014/07/16(水) 19:43
更新キテター!!
バトルシーン格好いい
それにしてもフクちゃん・・・w
228 :ただの名無しでしたから :2014/07/20(日) 23:49
「で、これは何がどーなってるわけ?」

里保の声。
自分のもとに駆け寄ってくるのに気付き、あわてて涙を拭く。

「里保?」
「遅くなってごめん。ひょっとして、ヤバかった?」
「まぁ、それなりかな。それよりも、聖が」

会話の途中で迫る術を、里保は剣で叩き落とす。

「ちょっと、何あれ?みやの言ってたの本当だったんだ?うそだー」

桃子の声。

「あれが黒幕。あそこのはるなんって子も、聖もあの子に操られてるの」
「亜佑美ちゃんは?」
「聖の術をまともに受けたから。術をかけてるけど意識はまだ戻らない」
「そう」

里保は剣を構えなおす。
聖の術は次々にやってくるが、里保はそれを全て打ち消していた。

―りほりほ、気をつけて―

「わかってます」

大体の事情は道中にさゆみから聞いて理解していた。
それでも、実際に目にするまではどこか信じられなかった。

桃子の力も。何より、聖の力を。
229 :ただの名無しでしたから :2014/07/20(日) 23:50
打ち消すとはいえ、剣から伝わる衝撃は雅の比ではなかった。
雅と同じように、圧倒的な数で押されていたら里保は勝てなかっただろう。
一撃の威力が雅とは違いすぎるから。

ただ、桃子はその戦法をとらなかった。

彼女はあくまで他人を操る力しか持っていない。
実際に戦うといって経験はほとんどなかったのだから。

情報操作や謀略。
そういった戦う以前の段階で彼女は絶大な力を発揮する。
あくまで彼女の実際の戦闘における力は、使う駒の力でしかない。

聖がその戦法を思い浮かばない以上、桃子の指示がなければそれを行うことはない。
「私に害する者を倒せ」
それが桃子が聖に下す命令なのだから。
聖はあくまで少し前までは戦いを知らない人間だった。

駆け引きなどといったことは全く考えられなかった。
ただ、敵に向かって術を放つ。
衣梨奈の術をみていたから、先ほどは壁状に精霊術を展開するという行為が思いついただけであり。
圧倒的な術の力で敵を駆逐してきた経験しかない聖にとって、それ以上のことを望むのは困難だった。

実際に、里保に向かって放たれる術の威力はどんどん強くなる。
里保が消していなければ、城は崩落していたであろうほどに。
230 :ただの名無しでしたから :2014/07/20(日) 23:50
どうすればいい?

桃子は考える。
里保がここにいる以上、雅が負けていることを彼女は悟っていた。
雅が里保に一度負けていることは知っている。
そんな彼女が、わざわざ向こうからやってきた自分の獲物を逃すはずはない。
里保の四肢に残る火傷の後と、服の裾が焼けてぼろぼろになっていることも合わせて考えれば、容易な推測だった。

手持ちの駒はない。

春菜は聖の力にも及ばないことはよくわかっている。
早貴が戻ってくることなんてありえない。

使えるものはない。

でも、自分はここで死ぬわけにはいかない。

どうにかして、ここを乗り切らないといけない。

方法は……ある。

不意に向かってくる術が止まる。
不審に思い里保が一旦足を止めた時だった。

見当違いの方向に放たれた精霊術は、聖の横の壁に大きな穴を開けた。

里保はその意図がすぐにはわからなかった。
だから、そのまま聖が穴に向かって歩いていくのをただ見ているだけだった。
231 :ただの名無しでしたから :2014/07/20(日) 23:50
――りほりほ、フクちゃんを止めて――

さゆみの声に、我に返って聖を追う。
足止めをするように放たれた術を三度弾いた時には、既に聖は壁に手を掛けていた。

「聖!危ない」

衣梨奈の声に、ようやく里保は意図に気づいて桃子を見る。

「わかったみたいでうれしい」

桃子は笑顔でそう言った。

「聖ちゃんを助けたかったら、わかるよね?」
「見逃せってこと?」

衣梨奈はいらだったように答える。

「そういうこと。どうする?どうするもこうするもないよね?」

振り返った里保と、衣梨奈は目が合う。
駄目な事はわかっている。
それでも、里保が聖や桃子の所に行くよりも、聖が落ちるほうが早いに違いなかった。
232 :ただの名無しでしたから :2014/07/20(日) 23:51
「聖を助けるって保障はないでしょ?あなたの力、どれくらいの期間有効かはわからないけど」
「もちろん、見逃してくれたら、術は解除するわ」
「信用できない」
「信用できないもなにも、あなたたちは従うしかないんじゃない?大事な仲間でしょ?」

桃子とのやりとりの合間にも、衣梨奈は里保に目配せをするが、難しかった。
桃子も里保に注意を払っていることがわかる。
迂闊な動きをすれば、すぐに気づかれてしまうであろうことは里保自身わかっていた。

どうすればいいの……

精霊術が使えないことを少しばかり後悔する。
実際に使えたところで、桃子には術を無効化されるため、状況は大して変わらないに違いなかったが。
233 :ただの名無しでしたから :2014/07/20(日) 23:51
――りほりほ、聞いて――

道重さん?

口に出そうになった言葉を飲み込む。
さゆみとの会話は心の中で可能なのだから。

――フクちゃんに掛かっている術をほんの数秒だけ無効化します。その間に、お願い――

わかりました。なんとかします。

――そんなに気負わなくても大丈夫。精霊術を断つ力。それを使えば大丈夫――

ふっとさゆみが微笑んでいるように思えた。
実際に顔をみることが出来ないから、里保が勝手に思うだけだったのだが。

―いくよ。3、2、1――

聖に向かって走り出す。
桃子は間髪いれずに聖に指示をだす。
ただし、それは飛び降りるものではなく、里保へ術を使うという命令。
しかし、その命令は実行されない。

意識を失ったかのように、その場に崩れ落ちようとする聖。
その身体を里保は赤い剣で薙いだ。

聖に触れた瞬間に、光がはじける。
234 :ただの名無しでしたから :2014/07/20(日) 23:51
「嘘!」

桃子の声。
術者である彼女には、術が解けたことがすぐに理解できた。
つまり、それは彼女が手詰まりになったことを意味していた。

「飯窪ちゃん!」

桃子は慌てて春菜の元へ駆ける。
自分が使える手ごまは、この場には彼女しかいなかった。
どうするかというプランはなかった。
聖のように、人質にとるくらいしか考えていなかった。
気を失っている春菜を揺すって起こそうとするが、彼女が目を覚ますよりも先に、里保が春菜の肩を剣で叩く。
光がはじけて術が解ける。

「チェックメイト、かな?」

桃子の眼前に剣を突きつけた。
235 :ただの名無しでしたから :2014/07/20(日) 23:52
 
236 :ただの名無しでしたから :2014/07/20(日) 23:52
 
237 :ただの名無しでしたから :2014/07/20(日) 23:54
>>228-234 短いですが更新終了です。

>>226 ありがとうございます。お待たせして申し訳ございませんでした
>>227 ありがとうございます。今後もそう言っていただけるようにがんばります。
238 :ただの名無しでしたから :2014/08/02(土) 22:41


「B-3地区、敵軍侵入しました!」

切迫した兵士の報告の声とは裏腹に、それを聞いたさくらの表情は穏やかだっ

た。

小田さくら。

HPWの称号を得た彼女は、紛れもなくツェーン随一の精霊師だった。
首もとのペンダントに光るのはアクアマリン。
3の月に生まれた彼女の力の源だ。

「予定通り、そのまま撤退を続けて」
「……はい」

自分と正反対に落ち着いたその声に、兵士は少し怪訝に答える。
HPWとなったのはわずか数ヶ月前。
自分よりもはるかに幼い女の子が、指揮している。
そのことに関する違和感がいまだに大きかった。
239 :ただの名無しでしたから :2014/08/02(土) 22:42
HPWはあくまで精霊師としての称号。
それが軍事的な兵器としての『力』を表していることは間違いないが、逆に言

えば、それは軍略の『力』を意味しているわけではない。
けれども、彼女は今その位置にいるのだった。

南部の軍の動きがわかったとき、北部地区でもそれを黙ってみているわけでは

なかった。
西部地域が真っ先に落とされた後、東との連携をとった際に、東の放棄を提案

したのは彼女。
その後の亜佑美の動きは彼女にとっての計算外だったが、

東と力をあわせることを決めたさくらの本心は、周りが思っているのとは大き

く違う。
東と力を合わせて南に対抗するためではない。
さくらとしては、自分たちだけで南を撃退できると思っていた。
それだけの策を彼女は持っていた。

彼女の机の上においている地図には、赤い丸がついている。
そこが彼女の作戦の最終地点だった。
240 :ただの名無しでしたから :2014/08/02(土) 22:42
兵士が部屋をでていったのを確認し、さくらは部屋の奥の扉を開けて声を掛け

る。

「そろそろ、準備をしていただいてもよろしいですか?」
「りょーかい」

食べ欠けのクッキーを口に詰め込み、奥の部屋にいた少女は答えた。

軍事的な兵器としての『力』。

HPWの称号が意味するものはそれではあったが、厳密に言えばそれは少し異な

る。
精霊術だけの力をとってみれば、さくらは自分の目の前にいる少女にはかなわ

ないことを知っている。

だけれど、さくらがHPWになったのは、戦いにおける力の使い方を知っている

から。
精霊術の技量やポテンシャルが一番優れているのではなく、もっとも強い精霊

師の称号。
それがHPWなのだから。
241 :ただの名無しでしたから :2014/08/02(土) 22:42
「小田ちゃん、準備完了!」

少女は立ち上がる。
少女といってもさくらよりも少し年下なだけではあるが。

「ありがとうございます。私は先に行っておりますが、もう少ししたら別の者がお迎えにあがりますので、よろしくお願いします」
「りょうかーい」

笑顔を浮かべている彼女に一礼し、さくらは部屋をでる。

彼女は自分がこれからすることの意味をわかっているのだろうか?

わからないように作戦の詳細までを教えていないのは、他ならぬさくらだったのだが。
それでも、あの能天気さには少し辟易していた。
それが彼女の魅力であることはわかっていたけれど、単純に言えば、さくらは彼女が苦手だった。

しかし、彼女がいなければこの作戦は成立しなかった。
HPWである自分ではなく、彼女の精霊師としての力が必要となる。
自分よりもはるかに強大な精霊術を行使できる彼女の力が。
242 :ただの名無しでしたから :2014/08/02(土) 22:43
外にでる。
冷たい風が頬を撫でる。
眼下の街。それを囲むように城壁。
更にその遠くに黒の一団。

南部地域の軍が迫ってきている。
対するようにこちらの軍は後退して、次々と城門に消えていく。

一見すると押されているように見える。
ただし、撤退を前提とした交戦では犠牲はほとんどいなかった。

冷静に、ただたださくらは戦況を見つめる。
それは、安心感。
犠牲者がいないという安心感と、絶対に勝てるという安心感。

待てばいい。
自分の策が発動する瞬間を。
相手が罠にかかる瞬間を。

最後の一団が門をくぐり、城門が閉じられる。
243 :ただの名無しでしたから :2014/08/02(土) 22:43
もう後退はできない。
ここまで勢いよく攻めていた南部軍は、ここで一旦止まる。
戦いながら勢いに任せた進軍は、どうしても隊列が長くなる。
城を落とせば自分たちの勝利。
相手は亀のように城壁の内に閉じこもった。

確実に進軍が止まるのはこのタイミング。
攻城のための準備を含め、全軍がここで一旦落ち着く。

ここに相手を止まらせるのがさくらの作戦。
寧ろ、ここまで相手の進軍を止まらせないことがさくらの作戦の肝だった。

両脇に山がそびえるこの平地。
敵の進軍を正面からのみにするために、その奥に立てられた城。
その立地がさくらの勝利を決定付ける。

そろそろですね……

さくらは傍らにおいていた弓を取り、番えた矢を天に向かって放つ。

ヒュンと空気を裂く音とともに、はるか頭上で光が破裂した。
244 :ただの名無しでしたから :2014/08/02(土) 22:43


遥は腰を下ろして食事を取る。
最短距離を休まずに進んできたが、いまだに敵の姿は見えない。
かなり前から、雪の中に敵の進軍した跡が残っており、それを辿ってはいるのだが。
ただし、自分の体力は十分でも、馬までそうはいかない。
先はもう少ししかないのだけれど。
先に馬をつぶしてしまうわけにはいかなかった。

策はとくに考えていなかった。
遥と共にいるのは20人ほど。
後方からとはいえ、まともにぶつかっても何も起こらないであろう事はわかっている。
仮にあるとすれば、後方に位置するであろう敵の将を迅速に討ち取る方法。

しかし、遥の目的はこの人数で相手を撃退することではなかった。

北部地区の軍と共に亜佑美たちが作戦を遂行するまでの時間稼ぎ。

それが最終目標。

遥の個人的な目標としては、優樹を守ること。
245 :ただの名無しでしたから :2014/08/02(土) 22:43
それにしても……

遥は思う。
余りに城に近い、と。

そこまで追い詰められているとするのなら、なおさら優樹の安否が気に掛かる。

たまらなくなり、水を含んで口の中のものを流し込む。

行かないと。早く。

周りの兵も食事を次々と終える。
遥の気持ちを察したかのように、馬はもう水を飲むのをやめていた。

「行きましょう」

再び馬を進める。

結果から言えば、この休息は望まぬ形で正解だった。

進んだ先で遥は目にすることとなる。
轟音と共に白に洗い流される光景を。
246 :ただの名無しでしたから :2014/08/02(土) 22:44
「何だよ、これ……」

圧倒的な絶望だった。
自分たちがそこにいたらと思うと、身の毛がよだった。

城壁の前にして控えていた南部軍。
その黒が、次々に飲み込まれていく。

雪崩。

見たことはあった。
雪国で育ったのだから。

体験したことはなかった。

それでもわかる。
この雪崩の大きさは普通ではないと。

何千といるであろう軍を飲み込んでいく白い波。

見ているだけだった。
大自然に圧倒されるという言葉は、こういう場面でも使うのだと遥は思った。
時間にしてどれくらいかわからない。
すっかりと一面が黒から白へ変わったあと、ようやく思い出した。

「私たちが倒しちゃってもいいんですよね」

亜佑美が聞いたというその言葉を。

この雪崩が偶然であるとは考えられない。
247 :ただの名無しでしたから :2014/08/02(土) 22:44
これは作戦。
とすれば……

ふっと頭に優樹の顔が浮かんだ。

彼女の使う精霊術は水。

「大丈夫ですよ。北は、私と佐藤さんがなんとかしますから」

もう一つ言葉を思い出す。

もしかして……
まーちゃんの力なら……

その考えに至ったときに、あどけなく笑う優樹の顔が浮かび、こみ上げてきたのは怒りだった。

「小田……さくら……」

ゆっくりとその名を口に出す。
小声だが、はっきりと。
248 :ただの名無しでしたから :2014/08/02(土) 22:44
どうして?

聞かなきゃいけない。
これをやったのは誰で、誰の考えなのか。

遥の想像していることは、事実としては当たっている。
優樹がやった。さくらの考えで。

ただ、遥はまだそれを確信しているわけではないから。

城に向かう。

一面に広がる雪はやわらかく。
膝まで容易に埋まっていくその中を歩いていく。

その時だった。

ばっと目の前の雪が舞い上がると、一人の人間が雪の中から現れた。

その姿は一面の白とは対照的に真っ黒で。
教団の者である事は瞬間的にわかった。
249 :ただの名無しでしたから :2014/08/02(土) 22:44
目が合う。

来ると感じ、遥は剣を抜く。

カンと刃が打ち合ったのはその直後だった。

受けたというよりも、構えた剣に当たったというのが正解。
数歩分あった距離が、すぐに0となっていた。

強い力にそのまま雪の上へ押し倒されそうになる時に、味方が相手に切りかかる。
相手がそれを避けるために後ろに下がったため、遥は体勢を立て直すことが出来た。

剣を構えなおす。

それとともに、辺りの雪が次々と盛り上がり、埋められた兵が姿を現す。

「私が相手しますから、周りをお願いします」

遥は叫び、先ほどの相手に剣を向ける。
250 :ただの名無しでしたから :2014/08/02(土) 22:44
不意を付かれたからであり、心構えができていればなんとかなる。
そう思っていた遥だったが、実際は受けていることしかできなかった。

早かった。

やわらかい雪に足をとられ、満足に動けない自分とは正反対に、相手はそれが普通の地面であるかのように移動していた。
相手の攻撃は届くが、自分が攻撃しようとしたときには、相手は既に離れており、一方的に相手の間合いでの戦いを強いられていた。

ただ、それでも遥がそれをよしとするように思えたのは、城門が開き、兵士がでてくるのが見えたから。
雪崩の後に残存する兵を掃討するために、出撃した彼らは雪の中から這い出していた兵よりも圧倒的に数が多かった。

「くそっ」

何度か遥と打ち合った後に、相手はそのことに気づいたのか、それだけ言うと遥に背を向け城へと向かった。
雪に足を取れられる軍勢の合間を縫うように、漆黒の影がするすると通り抜けていくのを、遥は見送るしかなかった。
251 :ただの名無しでしたから :2014/08/02(土) 22:45


南部地域の人間は、ツェーンにいながら雪を怖さを知らない。
彼らにとっては、雪が生活を不便にすることはあっても、命を奪うことはない。

一年のほとんどが雪のない生活を送っている彼らには、絶対に想像はできない。
ましてや、ましてやツェーンで暮らすことのないビーシー教団の人間が、雪崩の発生を想像するなんてできっこない。

それがさくらの作戦の肝だった。

そして、HPWとなった自分よりも、精霊術の力という点で、しかも「水」を操ることのできる佐藤優樹という存在。
そのピースがそろっているからこそ、可能だった作戦。

そして、作戦は見事に的中して自分たちの勝利は決定的となっていた。

あとは掃討戦。

さくらもそれを支援すべく城壁から弓を放つ。

魔法弓。

さくらをHPWと為しえた力はそれだった。
精霊術をこめた矢を放つ。
たったそれだけのことだった。通常ならば。
本来飛び道具である精霊術に、あえて飛び道具を重ねる。
その行為にメリットは全くない。
消耗品である矢を使用せずとも、精霊術を使用すればいいことだから。
252 :ただの名無しでしたから :2014/08/02(土) 22:45
ただし、さくらは、精霊術の発動のある条件を無視する力を備えていたから。
彼女の武器が魔法弓となりえることができた。

上から戦況を見つめるさくらは、もちろん高速で移動する黒い影の存在に気づいていた。
このままだと、門を抜けられることも想像できた。

だからこそ、彼女はそれに向かって矢を放つ。

単純な矢を放つメリットは、一つだけ存在している。
それは、精霊術を無効化する人間に対しても攻撃できるということ。
ただし、それは教団員を相手にする今の状況だけの話であった。

彼女が魔法弓を使う理由はそれではない。
精霊術は身に着けた宝石を介して発動する。
その条件を彼女はクリアできるから。

つまり、自分の体から離れた宝石から精霊術を使用することができるからだった。
253 :ただの名無しでしたから :2014/08/02(土) 22:46
放たれた矢は一直線に影に向かうが、もちろんそれに気づかれれば避けられる。
それでも、矢が途中で方向を変えることができたなら?

風の力に寄って、途中で矢の動きを変えることができるなら。
それでも咄嗟に直撃を免れていた。

けれど、さくらの狙いはこの一撃で仕留めることではなかった。
首元を掠めた矢は、キュービック・ジルコニアを掠め取る。

精霊術を無効化するのがその宝石の力であろうことは、既に報告されていたから。

さくらにとって、これはもう勝利に値する手に等しかった。
そう、相手が通常の相手だったなら。

中島早貴。

夏焼雅・嗣永桃子と同様にビーシー教団員である彼女。
先の二人と同様に所謂幹部クラスの人間であったが、彼女が二人とは大きく違うのは、精霊師ではないということだった。
精霊術に頼らない、己の力だけでその地位を獲得した彼女。

初撃を避けることができれば、次からは対処か可能であった。
放たれる矢。

早貴はそれを次々と切り落とす。あえて、向かってくる矢へ距離を詰めて切り落としていく。
254 :ただの名無しでしたから :2014/08/02(土) 22:46
周りの兵士も彼女に触れることができない。
高速で移動する早貴は、そのまま門をくぐり、壁を蹴って城壁の上まで、全く無傷のままで駆け上がってきた。

さくらと対峙する。
距離はそれほど離れていなかった。
番えた矢を早貴に向ける。

これを外せば、次の矢を準備する時間がないことはわかっていた。
しかし、先ほどまでと違い、距離が近いため、早貴も見切ることが難しくなっている。

凌げば早貴の勝ちは決定的だった。

先に動いたのは早貴。
向かってくる彼女に狙いを定め、さくらは矢を放つ。
255 :ただの名無しでしたから :2014/08/02(土) 22:46
ヒュンと空気の切る音が聞こえる。
早貴は右へ飛ぶ。
きちんと見えたわけではない。
さくらの構えから、最初に飛ぶ方向を読んだだけ。
もちろん、さくらの力によって、矢は起動を変えることができる。
だから、右手を犠牲にする。
角度を変える際に速度が落ちる矢を視認し、右手で受けた。

これで、勝つ。
着地した右足に力を込め、一気に距離を詰める。

さくらは、矢を番えようとはしていなかった。
間に合うわけがなかった。

諦めがいいのは嫌いじゃない。

早貴はそう思った。
ただ、さくらは笑っていた。
矢を放った姿勢のまま、笑っていた。
256 :ただの名無しでしたから :2014/08/02(土) 22:47
自分が死ぬときに、何を笑ってる?

早貴がそう思ったとき、自分の体が炎に包まれる。

「なんで?」

自分の体がさくらの元へ届くまでに地面にたたきつけられる。
燃えていた。
自分の体が燃えていた。

痛みすらもう感じないほどに、身体を自由に動かすこともできないまでに。
257 :ただの名無しでしたから :2014/08/02(土) 22:47
「私は精霊師ですよ?矢がなくても術を使えるに決まってるじゃないですか?」

キラリと首もとの青が光る。
それを、さくらが撫でると、早貴を包む火が消失する。

「それに、私は風しか使えないなんて一言もいってませんしね」

頬に手を当てて、さくらはもう一度微笑む。
眼下でおこる雪上の戦いも、もうほとんど決着はついていた。
258 :ただの名無しでしたから :2014/08/02(土) 22:47
 
259 :ただの名無しでしたから :2014/08/02(土) 22:47
 
260 :ただの名無しでしたから :2014/08/02(土) 22:48
>>238-257 更新終了です。
最初の数レスの改行がおかしくなっていてすみません。
261 :名無飼育さん :2014/08/03(日) 09:35
おぉ〜冷静な策士すげぇ・・・そしてちょっと怖ぇw
北のあのお方とのコンビはなるほどという感じですね
262 :ただの名無しでしたから :2014/08/18(月) 22:53
<7.大いなる力>

―この地の南に、高い山があるの。そこは決して雪が積もることのないといわれる山が――

ツェーン南部に位置する山。

雪がほとんど降らない南においても、この山だけは一年を通して雪をかぶっていた。
雪道すら歩くのに慣れていない聖にとって、雪山というものは想像以上のつらさだった。

「フクちゃん、大丈夫?」

少し先に進む里保が手を差し伸べる。

「ありがと」

里保も衣梨奈も雪に慣れているわけではないが、基礎体力が違っていたから。
自分が足を引っ張っていることに罪悪感を抱く。

ここにくる必要があったのは自分なのに……

この前も、自分のせいでみんなに迷惑をかけていたから。
だから、こんどこそ迷惑をかけないように、ここにきたのに。

里保に手を引かれながら斜面を登っていく。
263 :ただの名無しでしたから :2014/08/18(月) 22:53
先導する遥と衣梨奈も足を止め、二人が追いつくのを待っていた。

「一緒に来てよかったの?」

衣梨奈は、自分の横に立つ遥に問いかける。

「……えぇ」

搾り出すように遥は答えた。

ツェーン全土を巻き込んだ今回の戦渦。
その事後処理のために、4つの公家が会談を今まさに行っていた。

今回の原因である南部地域と、最初の被害国である西部地域に関しては、公爵が亡くなっており、国の復興ということ以上にさまざまな問題が山積みだったから。

「私は、国をでていた身なんで」

今更どんな顔して首突っ込めばいいんですか、と自嘲気に続けた。
264 :ただの名無しでしたから :2014/08/18(月) 22:53
けれども、遥が里保たちと一緒にこの山へやってきたのは、それ以外の理由もあった。

聖がそうであったように、遥も今回の戦いで自分の無力さを痛感していた。
優樹を守るなんて、守れるなんて思っていた自分に腹が立っていた。

中島早貴との戦いも、足止めすらできないまま、一方的に受けていただけ。
さくらや優樹とも、戦いが全て終わるまで会うことすら叶わず。
できたことといえば、すでに決まった勝負に加担しただけ。
自分たちがいなくても、戦況には全く関係がなかったことは、遥自身が一番よくわかっていた。

力が欲しかった。

力が。

ビーシー教団に対抗する力を手にすることのできる山。
中腹を越えているが、まだ何もない。
そもそも、何があるのかすらわかっていなかったが。

そんなことを考えているうちに、聖たちが追いついてくる。
265 :ただの名無しでしたから :2014/08/18(月) 22:53
「聖、結局ここに何があるの?」
「わからない……」
「道重さんに聞けばいいのに」

里保と聖は、衣梨奈の言葉に顔を見合わせる。

自分たちの状況はわかっているはずなのに、何も話しかけてこない。
これが、正しいからなのかどうなのか。
いまだに里保も聖も、さゆみのことをまだつかめていなかったから。

わからないままに先に進んでいく。
頂上に行けば何かわかるかもしれない、なんて淡い期待を寄せながら。

けれども、その期待は途中で崩される。

少し進んだ先に、小屋が建っていた。
雪の中に埋もれながら、たった一軒だけ。
煙突から煙が上がっていることが、中に人がいることを現していた。
266 :ただの名無しでしたから :2014/08/18(月) 22:54
「すみません……?」

ゆっくりと扉を開けながら、遥が声を掛ける。

「私はもう何も作らないって言ってるでしょ?」

奥から叫ぶような声が聞こえた。
それが何を意味しているのかわからず、3人は顔を見合わせる。
3人は。

ただ、一人、その中で動いた人間がいた。
遥を押しのけるように、勝手に入っていく衣梨奈。

「新垣さん!!!」

衣梨奈は叫ぶ。
暖炉の前に座っていた人物が腰を上げて振り返った。

「だーかーらー、私は何も作らないって………あれ?生田?」
「新垣さん!!」

衣梨奈はそのまま理沙に飛びついた。
267 :ただの名無しでしたから :2014/08/18(月) 22:54


「……で、私がそうだと思ったわけだ」

聖たちの話を一通り聞き終わった後、理沙はそう言った。
沈黙が流れる。

誰もがその次の理沙の言葉を待った。

「まあ、道重が言うこともあながち間違ってはいないんだけどねぇ」

理沙はそう続けると机の上に一つの黒い石を転がした。

「キュービック・ジルコニア……の原料といえばわかるのかな?
さっきはごめんね。断ったのはこれの加工を以前から頼まれていたから」
「教団が?」

衣梨奈の言葉に、理沙は頷く。

「作ってないけどね。でもね、私ができるのはそういうことなんだよ、譜久村さん、だっけ?」
「はい」
「あなたの望む宝石を作ってやることは出来ると思う。あなたにはそれだけの力がある……」

そこで一旦理沙は言葉を切った。
ただ、聖にも何が問題なのか検討がついていた。
268 :ただの名無しでしたから :2014/08/18(月) 22:55
「後は、材料。私は錬金術師じゃないんだから、何もないところから作ることは出来ない。
あなたにもっとも相性のいい石、オパールがないとどうしようもないんだよ」

もっともなことだった。
もちろん、聖が思っていたこともそれだった。

現状のものに力を加えるわけではない。
あくまで新しく作る必要がある。

それも……

「一度も契約していない純度の高いもの。やっぱり原石でないと作れない」

「わかりました。探してきます」

そう言って聖は立ち上がる。

「どこか当てはあるの?」

里沙の問いかけに、聖は「ありません」と答える。
遥も自分の記憶を探る。
ツェーンにおいて石が取れる場所はいくつか存在する。
ただし、雪に覆われている間は採掘がストップしていた。
それを雪解けまで待っている時間がないことはわかっていた。
269 :ただの名無しでしたから :2014/08/18(月) 22:56
それでも振り出しに戻ったわけではなかった。
石さえ見つければいいということがわかったのだから。

「一旦城に戻りましょう。みんなに聞いてみれば、きっと見つかるはずです」

遥の提案に、聖も里保も頷き出て行こうとしたときだった。

「あ、あのさ……」

申し訳なさそうに衣梨奈が手を上げた。

「えりぽんどうしたの?」

里保が問う。

「実は……あっちゃったりするんだよね」
「「え?」」

みんなの視線が自分に集まる中、衣梨奈は服の下から、首元にかかった一つの石を取り出した。

10の月の石であるそれを。
270 :ただの名無しでしたから :2014/08/18(月) 22:56
「……これ、使えますよね、新垣さん?」
「あ、あぁ……ってか、これって……」
「そうです。新垣さんにもらったものですよ」

言いながら、衣梨奈は首からオパールを外して里沙の手に乗せる。

「使ってください。もう私には必要ないものですから」

「えりぽん、いいの?大事なものじゃないの?」
「いいよ。私じゃ使えないものだから。ずっと付けてたから、ちょっと汗臭いかもしれないけどね」

少し寂しそうに笑って衣梨奈は答えた。

「うん、確かにこれで作れるよ」

指でつまんだオパールを光にかざして里沙は言う。
271 :ただの名無しでしたから :2014/08/18(月) 22:57
「どれくらいでできますか?」
「こればかりはわからない。1日あれば作れると思うけど、何せ久しぶりだしね。
譜久村さんと、後生田には手伝ってもらおうかな」
「はい。了解です」

そういった衣梨奈の声は、少し弾んでいた。

「二人は、先に山を下りてもらっててもいいし、待っててもらってもどちらでも好きにして。
もう一部屋あるから、そこで寝ることもできるけど」

里保と遥は顔を見合わせる。
ただ、二人も一刻も早く見てみたいという思いもあった。

「いえ。待ってます」
「わかった。とりあえずもう今日は遅いから、仕込みだけして作業は明日からとりかかるようにするから。
生田、さっそくだけど手伝って」
「はい」

威勢のいい声が響いた。
272 :ただの名無しでしたから :2014/08/18(月) 22:57
 
273 :ただの名無しでしたから :2014/08/18(月) 22:57
 
274 :ただの名無しでしたから :2014/08/18(月) 23:01
>>262-271 更新終了です。途中(>>266-267)名前の漢字が違ってます。申し訳ございません。


>>261 ありがとうございます。あの人、腹黒いですのでwこれからも色々と人間関係を含めて引っかきまわしてくれると思います。
275 :名無飼育さん :2014/08/20(水) 19:51
フクちゃんの力がさらに増強されるのか?!
今からワクワクです(・∀・)
276 :ただの名無しでしたから :2014/08/23(土) 23:06


「誰?」

不意に自分の背後に現れた気配に、里沙は問う。
人影は答えない。
そこに立っているだけ。
ただ、そこに殺気は全く感じなかった。

だから、里沙はゆっくりと振り返る。

「えっと、名前なんていうんだっけ?」
「工藤です。工藤遥」
「あ、そーだったね。ごめんごめん、こんなとこで人に触れずに暮らしていると、人の名前とか覚える習慣がつかないんだよ」

「で、何の用?」

続けて里沙は問いかける。
明らかに自分にだけ用があってきたことはわかっていた。
277 :ただの名無しでしたから :2014/08/23(土) 23:07
「私にも作ってくれませんか?」
「作る?」
「私も10の月の生まれなんです。譜久村さんに作っていただけるなら、同じものを……」

言葉を途中でさえぎるように、里沙は深く息をついた。

「あんた、精霊術もそんなに得意じゃないでしょ?」
「……はい」
「そんなあんたが、その力を持っても役に立つの?」
「でも、それがあれば、教団に対抗することが出来る」
「それがあれば……か……」

繰り返して言葉に出し、里沙は苦笑する。

「結論から言わせてもらうと、あんたには作れない」
「どうしてですか!」
「どうしてもこうしてもないよ」
「譜久村さんみたいな力がないからですか?」
「そうじゃない」
「そうじゃないなら、なんなんですか!」
278 :ただの名無しでしたから :2014/08/23(土) 23:07
「力がないと、だめなんですよ。大事な人も、大事なものも、守れない。足手まといで、いてもいなくても変わらなくて。
力が欲しいんですよ。私だけじゃ、何にもならないんですよ」

部屋に声が響き、その後に静まり返る。
里沙は。すぐには何も言わなかった。
遥の荒い息だけが聞こえていた。

「あんたは、もっとあんたができることをやらないといけない。こんなところにいないでね」
「どう、いう……ことですか?」
「それは自分で考えなさい。ただね、一つだけ言っておくと、みんながヒーローになりたいと思っても、みんなヒーローになれるわけじゃない。
ましてや、しんどいことから逃げ出して、他人に頼って力がもらえると思ってるような子はね」
「でも……」

反論をしようとそう口に出した遥だったが、それに続く言葉がでてこなかった。
里沙の言っていることは、自分が一番よくわかっていた。

だからこそ、だからこそ遥は力が欲しかった。
279 :ただの名無しでしたから :2014/08/23(土) 23:07
「ま、わからなかったらわからなかったでいいよ。でも、私はあんたには何もしてあげられない」

遥は反論できずに口を閉ざす。

「鞘師みたいなのと一緒にいるからそんなことを思っちゃうのかもしれないけど、あの子はは特別だよ」
「……さやし?」

聞きなれない言葉に思わず声が出る。
それでも、どこか頭に引っかかるような言葉。

「あれ?鞘師だよね?一緒にいたのは?」

鞘師。
鞘………

はっと気づいた。
そして、背後に気配を感じたのはそれと同時だった。
280 :ただの名無しでしたから :2014/08/23(土) 23:07
「怖い顔してどうしたの?」

険しい顔をしている里保へ、里沙はなんでもないように言った。

「その名は口に出さないでください」

里保は強い口調で言った。

「まだ、引きずっているんだね」
「あなたにはわかりませんよ」
「もう100年は経ってるでしょ?誰も知らないよ。鞘師って」
「そういう問題じゃないんですよ」

二人のやりとりは、遥にとって全く理解できなかった。
ただわかったことは、里保の名が鞘師ということ。
衣梨奈も知らないといっていた彼女の名を、自分が知ってしまったということ。

「どうする?そこの子は全くわからないって顔してるけど、説明してあげたほうがいい?」

促されて遥は、思わず里保を見る。
知りたい気持ちはあったが、里保の前で知りたいですとは言えなかった。
281 :ただの名無しでしたから :2014/08/23(土) 23:08
「ガキさん、あんまりりほりほをいじめないであげて」

不意に自分の前に現れた人物に、里保は思わず声を上げそうになった。
夢の中でしか会ったことのない彼女は、その美しさのままに自分の前に存在していた。

「道重、さん」

改めて口に出す。

「ここは、道重のいる側に近い場所だから、こうやって出てくることができるんだよ」
「道重さんのいる側?」

「精霊側、というのが一番りほりほ達にとってはわかりやすいかな」

里保の問いかけに答えたのは、里沙ではなくさゆみだった。

「この山自体がそういう山だから。精霊の力の強いこの山は、精霊師にとっても最も力を出せる場所なんだよ」

そのまま、さゆみと里沙の話は続くが、精霊術に対する知識がほとんどない里保には半分も理解できなかった。

結局、自分の名前のことはその後触れられないままに、その夜は終わる。
けれども、そのことを里保は忘れていたわけではなく。

翌日、遥に自分の口から告げることとなる。
282 :ただの名無しでしたから :2014/08/23(土) 23:08


山の中腹辺りではすっかり雪世界だったが、麓まで下りてくれば雪は消え、川が流れている。

里保と遥は二人でそこまで降りてきていた。
他の二人が理沙を手伝っているため、何もすることのない二人だったから。

道中言葉を交わすこともなく、ただただ里保についてきただけの遥。
話があると言われたとき、昨日のことだということがわからないわけはなかった。

ただ、遥の想像と、里保のやろうとしていることは真逆に近いことだったが。

少し大きな木の根元に、里保は腰を下ろす。
遥も倣い、少し間を空けて横に腰を下ろす。

「私は、鞘師、里保。あなたが工藤遥という名前があるみたいに、私にもちゃんと名前はあるの」

改めて名乗られた名前に、遥はどう答えればいいかわからずに黙り込む。
283 :ただの名無しでしたから :2014/08/23(土) 23:08
「私が下の名前しか言っていなかった事は気づいていたよね?」
「え…と、気づいたというより、生田さんに指摘されて、気づいたって程度です」
「そっか、えりぽんもね。知らん顔してるけと、よく見てるよね、本当に」

そう言った里保の顔は少し微笑んでいた。

「鞘師、っていうのはね。その名の通り、鞘を作る者っていうことなの」

遥は改めて里保の腰にささる鞘を見る。
確かに、今まで自分が目にしたことのない意匠のものではあった。

「もちろん、これも私の父が作ったもの。私はまだ自分で鞘を作ったことはないし、作ることもない」
「どうしてですか?」

思わず言葉が出た。
自分の家を継ぐこと。
それを断固否定している里保の言葉に疑問だったから。

「昔は、王に収める宝剣や伝説の剣と呼ばれる類のものの鞘を作る役目だった」
「だった、って今は違うんですか?」
「今は違う。私の父を含め、鞘師の名を持つものは、そんな鞘を作ることはない」
「どうしてですか?」
「私の祖父の、その父親だったか、そのくらいの人が、頼まれたの。新たに見つかった剣の鞘作りを。
今思えば、そういうのがえりぽんが前に言っていたジュエルウェポンとか言うものになるのかもしれないけど」

遥は何も言わずに里保の言葉を待った。
話しているうちに彼女の顔つきが次第に険しくなっていくのがわかった。
284 :ただの名無しでしたから :2014/08/23(土) 23:09
「ところが、その剣を鞘を作っている途中に行方不明になった。、実際には盗まれたんだと思うけど」

里保は言う。
鞘を作るとき、特に力のある剣の場合は、その剣と別に鞘を作ることはできないんだと。
剣を前に置いて鞘を作らなければいけない。
でなければ、強大な力を持つ剣を鞘に封じておくことができない。

鞘は、剣を封じておくもの。
剣に宿った力や切れ味を落とすことなく保管し続けなければいけないもの。
それは物理的な強固さだけでは為しえないことであった。

剣を眠らせる。
簡易な封印といっても過言ではなかった。

しかし、その鞘を作成中に剣そのものがなくなってしまう。

「鞘師」という名は、それから鞘を作る人間の間では死んだものとなった。
二度と何かを依頼されることはなく。
失意のままに、ほそぼそと自分達のためだけに作る鞘。

そうして生まれた鞘術という剣技。

鞘を通して精霊の力を借りて、使用者によって生み出される剣。

それが里保の剣。
彼女しか扱うことの出来ない、彼女によって生み出された剣だった。
285 :ただの名無しでしたから :2014/08/23(土) 23:09
「私たちは鞘師という名前を名乗ることは許されない。自分達のためにしか鞘を作れない者を、鞘師だなんて呼べない」
「でも……もう昔のことでしょ?あなたには何も関係ないじゃないですか?」
「関係ないなんてことはない。それはくどぅー、あなたもわかってるんじゃないの?
生まれからは逃げられない。あなたは、どうあがいたって、ツェーンの公家の人間なのよ?
どんなに国を離れても、どんなに逃げ回っても、あなたは自分の血からは逃れられない」

うすうす遥も自分でわかっていた。
願望だった。
里保がそれから解き放たれることで、自分も解き放たれるんじゃないかという。

それでも、現実は変わらない。

「あんたは、もっとあんたができることをやらないといけない。こんなところにいないでね」

昨夜の理沙の言葉を思い出す。
里保が自分の運命と向き合っているように、自分も向き合わなければならない。

それはわかっている。

でも、今更どんな顔していけばいいかわからない。

事後処理からすらこうやって逃げ出して、こんなところにいるくらいなのだから。
286 :ただの名無しでしたから :2014/08/23(土) 23:09
いっそのこと、両親の方から見限ってくれればいいのに、と思う。
そうすれば……

そこまで考えたとき、人の気配に気づく。

それは里保も同じで。

麓からの道を、一人の女性が歩いてくる。
旅をするにしては、自分達を同じくらいに軽装だった。

肘から先を除き、細く引き締まった体を、ぴったりと黒い服が覆っている。
左腰にささるのは、少し反った細くて長い剣。
耳に光るのは紫色の宝石、アメジスト。

髪を後ろに一つに縛った凛とした表情が、二人の目と合った。

反射的に、やばいと思った遥の読みは、間違っていないことがすぐにわかる。
里保も、それは感じていた。

相手の力量を見た目だけで測ることはできないが、それでも十分すぎるくらいの雰囲気を醸し出していた。

矢島舞美。

たった一人、彼女はこの山へやってきた。
287 :ただの名無しでしたから :2014/08/23(土) 23:09
 
288 :ただの名無しでしたから :2014/08/23(土) 23:09
 
289 :ただの名無しでしたから :2014/08/23(土) 23:11
>>276-286 更新終了です

>>275 ありがとうございます。彼女の力はとても重要なので。これからきっと活躍してくれると思います。
290 :名無飼育さん :2014/08/24(日) 13:57
謎がひとつ解けてなるほどと唸ってます
これからもいろいろ解き明かされていきそうで、わくわくしてます
続きも楽しみにお待ちしております
291 :名無飼育さん :2014/08/25(月) 20:58
こんなところで遭遇・・・どうなってしまうんだ・・・
292 :ただの名無しでしたから :2014/08/31(日) 22:13
「この先は、行かせません」

この山にやってくる黒い服。
理沙に最初に会ったときの台詞からも、それだけで、ビーシー教団の人間であることは予測がついた。

里保は、青い剣を抜く。
舞美は歩みを止めることなく、里保に近づいてくる。

ただ、里保は感じた。
彼女の間合いに入ることが危険であることを。

だから、迫ってくる彼女に対して、少しずつ後ろに下がっていかざるを得なかった。

感じたことのない感覚だった。

少しでも踏み入れば、瞬時に真っ二つにされそうな。
剣を抜く素振りすら見せていないのに、その思いが頭から消えなかった。

それでも、このまま下がっていくことに意味はない。

剣を構える。
相手の方が明らかに長い剣を使っているため、自分の間合いではないが、それでも自らの間合いにするために、向かっていくしか選択肢はなかった。
293 :ただの名無しでしたから :2014/08/31(日) 22:13
一歩を踏み出す。
瞬間にジンという打ち合った手の感覚。
太刀筋はまだ感じることが出来たが、抜いた瞬間を正確に捉えたわけではなかった。
鞘から抜かれた剣が一本の線となって自分の下へやってきた感覚。
剣先の軌跡だけを後から感じ取っただけだった。

それでも、里保は受けた。
舞美の初太刀を。

そこで、里保は気づく。
自分の目の前にある舞美の剣の形状について。
片側にしかついていない研ぎ澄まされた刃と、その形状から、剣ではなく刀であることを確認する。

それが、何かを意味しているわけではない。
ただ、今までの人間と違うという感覚。
雅や、桃子といった人間とは全く異なる、異質で、そして、絶対的な強さ。

里保が舞美から感じたものはそれだった。

すっと剣に掛かる力が緩む。
それは、次の攻撃の合図。
少し離れて見ている遥から見れば、まるで何本もの刀が全方向から襲ってくるかのように錯覚するほどの剣技を、里保は全て受けていた。
294 :ただの名無しでしたから :2014/08/31(日) 22:13
激しく打ち合う音が響く。
火花が飛び散ろうかという勢いで繰り出されるそれを、鞘師は全て止めていた。

間に里保も攻撃をはさむが、それが舞美に当たる気配は欠片ほどもない。
刀で受けることなく避けられ、代わりに際どい一撃が振り下ろされる。
それをなんとか受け止め、崩れた体勢を整えながら、舞美の刀を止めていく。

どれくらい続いただろうか。

息を吸うことも忘れるほどに、遥は集中してそれを見ていた。
ようやく目が慣れて、両者の剣の動きが線としてわかるようになってきたとき、二人は一旦距離を取った。

「なかなか。受けは上手い」

刀を一度下ろして舞美は言う。
里保も、一度剣を消す。

両者とも、それほど息は乱れていない。
ただし、余裕の表情を見せているのは、明らかに舞美の方だと、遥もわかっていた。

とはいえ、自分の剣があの中に入っていくのは不可能に思えた。
自分が割り込んだところで、足を引っ張るだけ。
見ているだけの自分が、手が震えていることに気づく。

それほど、自分と二人のレベルが違うことはわかっていた。
295 :ただの名無しでしたから :2014/08/31(日) 22:13
里保が再び剣を抜く。
それが合図となり、二人は再び打ち合う。

先ほどよりも激しく打ち合うが、それでも舞美は里保の剣を刀で受けることもしない。
そのことに、里保は次第に気づき始めていた。

それでも、舞美の攻撃を受け止めて、機会を伺う。
手数は圧倒的に舞美だった。
里保は、更に手数を減らして、より確実な一撃を狙おうとするが、それも全て避けられる。

しかし、圧倒的に攻めながらも傷一つ付けられていない事実も、舞美はわかっていた。

このまま、いつまでもてこずっているわけにもいかなかった。

「それじゃ、これでどうかな」

舞美の攻撃が一旦緩む。
その隙に、里保は剣を振るが、舞美は避けていくだけ。
里保の方が手数が多くなってきた時、ふっと、彼女は気づく。
自分が打たされているということに。

その気づきとほぼ同時に、目の前に迫る刀。

咄嗟に顔を下げるが、前髪が数ミリ宙に舞う。
296 :ただの名無しでしたから :2014/08/31(日) 22:13
カウンター狙い。

まさしく自分がさっきまでやっていた戦法を取られた形だった。
しかも、それは自分のやっていたものよりも遥かに鋭かった。

動けなかった。
今までと同じように攻めていれば、舞美と打ち合うことすら不可能だとわかっていた。
もっと攻撃に偏重すれば、先ほどの一撃が今度は確実に自分を貫くに違いない。

そこまで考えたとき、里保は自分から動くことはできなかった。
あくまで、逆。
自分がカウンターを狙っていくしかなかった。

そのことに舞美も気づく。
だが、彼女はだからといって待つことはしなかった。
一つは、お互いに待ったところで、舞美にメリットがないということ。
自分の任務をこなさないといけない彼女は、ここで時間をつぶしている暇はない。
もう一つは、自信。

里保は失念している。
舞美の耳に掛かるアメジストを。
297 :ただの名無しでしたから :2014/08/31(日) 22:14
ただし、単純にここから彼女が術を放ったところで、里保にとっては何の脅威にもならない。
舞美の精霊術は、彼女の剣技に比べるととても幼稚なものだったから。
打ち消せる上に、まともに当たっても、致命傷すら与えられない程度のものでしかない。

それでも、舞美は術を使用した。

彼女の使うものは炎。

ただし、相手を狙った火球ではない。
その場に存在する炎。

里保の周りを囲むように5個の炎が出現する。
5個。

それが舞美が使える精霊術の限度だった。
たったのその程度。
5個の炎を空間に維持しておくだけ。
雅の手に掛かれば、もっと威力の高い十数個の炎を自在に操ることができただろう。

それでも、舞美にとってはこれで十分だった。
298 :ただの名無しでしたから :2014/08/31(日) 22:14
里保は、その意図がわからずに、止まっていた。
打ち消すわけでもなく、自分の周りに出現した炎に注意を払っているだけ。

舞美が再び刀を振る。
炎がそれに連動して動くわけでもない。
ただそこに炎は存在しているだけ。
それで、十分だった。

打ち合う剣。
数度繰り返し、最初の繰り返しだと思ったそのとき、里保の太ももに痛みが走る。
ジュッと服が焦げ、肉が焼ける。

咄嗟に理解する。
それが炎によって為されたものだと。

そして、集中が途切れた隙に、舞美の刀が迫る。
それを何とか受けて、一歩下がろうとすると、今度は背中が焼ける。

そして、それは何度も繰り返される。
里保が動くたびに炎が彼女の身体を焦がし、炎が消えるたびに、新たな炎が設置される。
舞美は、里保をそこに追い込むように刀を振っていく。
299 :ただの名無しでしたから :2014/08/31(日) 22:14
炎を…
なんとかしないと。

剣を一度消す。
舞美の刀を大きく避けて、赤い剣で周りの炎を打ち消す。
ただ、その作業の間に、再度振られる舞美の刀を避けることは出来ない。

刀を受けた赤い剣は、カンという音とともに消滅する。

そのまま振り下ろされた刀は、左手をざっくりと切り裂いた。

「鞘師さん!!」

遥は叫んでいた。

―りほりほ、私の力じゃ、この刀は止められない。―

さゆみの声。
精霊術を切るための剣。
ある程度の物理的な力なら受け止めることができるが、舞美の剣戟をとめることはできなかった。
300 :ただの名無しでしたから :2014/08/31(日) 22:14
激痛の走る左手。
動いたことが唯一の救いだった。

青い剣を抜く。

しかし、それでは、先ほどと同じ状況だった。
それでも、それ以外に選択肢はなかった。

青い剣では術を止められず。
赤い剣では刀を止められない。

服は焼けてぼろぼろになり。
露出した肌は焼けて赤く腫れて血がにじむ。

里保は、動いた。
設置される炎から逃れるように。

しかし、舞美に距離を詰められると、そんなこともできなくなる。

攻めるしかない。

このままじゃ嬲り殺されるのは目に見えていた。

満足に動くうちに。

剣を薙ぐ。

2回、3回と連続して振った剣は、空を切るだけ。

そして、代わりに舞美の刀が里保を薙ぐ。

渾身の一撃の後では、避けることは不可能だった。

左肩から袈裟懸けに赤が走った。
里保の手から剣は自動的に消滅する。
301 :ただの名無しでしたから :2014/08/31(日) 22:15
どっちでも勝てない。
赤でも。
青でも。

私でも。
道重さんでも。

目の前は真っ白だった。
痛みも感じなかった。
ただ、心臓が動いていることと、その拍動にあわせて、血が流れ出ていくことはわかった。

負けた。

その事実だけ、里保は理解できた。

精霊術と刀。

どっちでも勝てない。

どっちも切れないと。
術も。
刀も。

二つ、一緒に……

一緒に……

―ダメ―

―りほりほ、それはダメ―

さゆみの声が聞こえるが、里保はそれを聞いてはいなかった。
302 :ただの名無しでしたから :2014/08/31(日) 22:15
どっちもだ。
どっちも使えたら……

視界に景色が戻る。
黒い雲が見えた。
いつの間にか雨がポツポツと降り始めていた。

痛みが戻る。
それと同時に、四肢が動く。

「もう止めときなさい。さっきは浅かったけど、今度は確実に殺すよ」

舞美の言葉は、里保は聞こえていなかった。
立ち上がる。
やってみたことはなかった。
それでも、それしか方法がなかった。

剣を抜く。

青い剣を右手に。
そして、もう一本。

―りほりほ!!―

さゆみの叫び声が聞こえるが、里保は無視した。
303 :ただの名無しでしたから :2014/08/31(日) 22:15
赤い剣を抜く。

二刀流。

舞美の攻撃を受ける術は、それしか残っていなかった。

ただし、それは里保が万全の状態であった時の話であり……

舞美の攻撃を受けることが出来たのはわずかの間だけだった。
炎の位置を把握しながら、それを左で消しつつ、右で刀を受ける。

それだけの動きを、長時間行うための里保の体力はもうなかった。
また、それに加え、その間も里保は受けるのが精一杯。
自分から攻撃するという行為まで望むのは不可能だった。

「もう、終わりにしよう」

舞美は言う。
304 :ただの名無しでしたから :2014/08/31(日) 22:15
既に里保が舞美に向かって振った剣の軌跡は、波打っていた。
限界をとうに超えた彼女の剣から鋭さは失われていた。

それを簡単に避けて、入れ替わりざまに右の胴を薙いだ。
思わず遥が目を背けるほどに。
ざっくりと切られた里保は、勢いそのままに後ろに倒れる。

地面に広がる赤。
さっきまでの雨は、徐々に激しくなり、横たわる里保の身体を打ち付ける。

その時になって、ようやく遥の体が動いた。

「よくも……」

震える手を必死に沈めながら、剣を抜く。

「鞘師さんを……」

駆ける。
ただただまっすぐに。
策などなかった。

遥はまっすぐに舞美へと向かう。
振り降ろした剣を、舞美の刀が受け止める。
305 :ただの名無しでしたから :2014/08/31(日) 22:16
避けることは十分できた。
しかし、舞美は思わず受け止めた。

ふっと頭によぎったのは、愛理の顔。

あの時。
自分が逃げてと言ったときの愛理の顔。

その光景を振り払うかのように、剣を払いのける。
次の瞬間、目の前に飛んできたのは雷。

聖には及ばないそれは、遥の使える唯一の精霊術。

舞美は、今度も敢えて避けることなく、刀で振り払った。
ただし、それは、里保の力と同じものではないし、キュービック・ジルコニアの力でもない。

単純に切った。

精霊術を切ったりすることができないのは、常人の場合のみ。
水や空気を切り裂くのと同じように、極限まで高められた一撃は、切れないものを切ることができる。

敢えて避けなかったのは、自分には精霊術は効かないということを遥に理解させるため。
306 :ただの名無しでしたから :2014/08/31(日) 22:16
切りたくはなかった。

まだ、舞美はどこかでそう思っていた。

これで、諦めてくれれば。

そんな思いは、もちろん遥に伝わるわけもなく。

切りかかってくる遥に、舞美も覚悟を決めた。

その時だった。

ただならぬ気配に、舞美はその場を飛びのく。

爆音と共に自分がいた場所がえぐりとられたことがわかる。

気配がした方を見る。

まっすぐと自分に向かって指をさす聖がいた。
307 :ただの名無しでしたから :2014/08/31(日) 22:16
308 :ただの名無しでしたから :2014/08/31(日) 22:16
309 :ただの名無しでしたから :2014/08/31(日) 22:20
>>292-306 更新終了です

>>290 ありがとうございます。伏線ばかりだったので、たまには回収をしてみました。まだまだたくさん残っているので、楽しみにしていただければ幸いです。
>>291 ありがとうございます。こんな感じになっております。まだもう少し続きますので、お楽しみいただければありがたく思います。
310 :名無飼育さん :2014/09/02(火) 19:53
バトルシーン凄い!
これまでの中でも一番魅入ってしまいました
311 :ただの名無しでしたから :2014/09/13(土) 23:02
「遅くなってごめん。里保は?」

脇から衣梨奈が出てくる。
遥は答えずに、里保の方を見る。

二人の目も倒れている里保へと集まる。

「里保……」

衣梨奈は里保の元へ走る。

「絶対に、あなたを許さない!」

聖が叫ぶ。
それに呼応するかのように、雨がさらに激しさを増す。

雷の精霊術。

里沙が生み出したオパールの力により、黄金の龍が、聖の指から発生する。
それは、さながら本当に生き物のように、舞美に襲い掛かる。

直線的にしか放てないという唯一の欠点は、存在しなかった。

高速で縦横無尽に動くエネルギーの塊は、舞美ですら切ることは不可能だった。

それでも、舞美が避ける選択をしたことは英断であった。
それも、かすりもしないように、大きく避けた。

触れるだけでもどれくらいの威力があるのか。

すでに術者の聖ですらわからなかった。
312 :ただの名無しでしたから :2014/09/13(土) 23:02
暴れ狂う龍から、舞美は逃げることしか出来なかった。

「やっぱり、ここじゃ分が悪い」

冷静に状況を判断する舞美。
精霊の力が強いこの山では、聖のような強力な精霊師を相手にすることは、不利なことであった。
ましてや、聖の力はキュービック・ジルコニアの影響を全く受けないほどに超越している。

そこまで完全に聖の事情を理解しているわけではないが、自分に襲い掛かる龍の力を目にすれば、彼女の力が桁違いであるということはすぐに理解できていた。

舞美の任務は教団への強力を拒む里沙を始末することだったが、今はそれすら困難だった。
とりあえず、一旦引くべきだ。

舞美はそう決めると、すぐに後退を始めた。

聖も、余り無理に追うことはしなかった。
舞美の後退速度が余りに速かったこともあるが、余りに強大すぎる力を制御しきれていなかった。
尚も暴れ狂う黄金の龍を抑えつけ、消滅させる。
それとともに、全身の力が抜ける。
後ろに倒れそうになるところを支えたのは里沙だった。
313 :ただの名無しでしたから :2014/09/13(土) 23:02
「ま、最初にしては上出来だったんじゃない」
「はぁ……」

聖は全身が痺れたかのように、力が入らなかった。

「生田、そっちはどう?」
「なんとか命は大丈夫そうですが……」

里保に術をかけながら衣梨奈は答える。
出血がひどかったが、衣梨奈の力で傷口はふさがりかけていた。
左わき腹の傷も、致命傷といったものではなかった。
代わりに舞美の刀を受けていたのは、里保の鞘。
真っ二つに切り落とされていたそれにより、里保は致命傷を逃れていた。

「とりあえず、下りよう」
「いいんですか、新垣さん?」
「どうしようもないだろ。このまま二人も動けないのに雪山上るわけに行かないし」
「はい、わかりました」

衣梨奈と遥の二人で里保を抱え上げる。
聖は、里沙の肩を借りてふらつきながらも歩き始めた。
314 :ただの名無しでしたから :2014/09/13(土) 23:04

<8 次の手は>

刀が迫る。

受けた自分の剣が消滅する。

「里保!」

衣梨奈の声。
舞美の背後に衣梨奈と聖がいるのが見える。

ダメ。

声はでなかった。
声どころか、身体も動かなかった。

舞美はゆっくりと振り返り、刀を二人に向ける。

やめて!

自分の叫びは声にはならず。
二人が斬られる瞬間、目の前が真っ暗闇に覆われた。

目が覚めた。
本当に目が覚めたのか、まだ夢の中なのか。
わからないほどに、真っ暗闇の中、里保は目を覚ました。
315 :ただの名無しでしたから :2014/09/13(土) 23:04
記憶が定まらない。
ここはどこなのか。
自分が何をしていたのか。

体に感じるシーツの感覚で、自分が寝かされていることがわかる。

起き上がろうとするが、上手く体は動かなかった。
無理に力を入れようとすると、感じるのは痛み。

それで、少し理解した。
舞美とのことを。

「生きてるんだ。私」

ポツリと口に出す。
時間も場所のわからない状況だったが、それだけで少し安心した。

死ぬと思っていたから。

パッと部屋に光が差し込んだ。
久々に目に入る光は、とてもまぶしく、顔をしかめる。

「里保、気がついたんだ」
「えりぽん」

持っていたランプを壁に掛け、衣梨奈は里保に近づく。
316 :ただの名無しでしたから :2014/09/13(土) 23:04
「ここは?」
「山に向かう前にいたお城だよ。3日くらいかな。寝てたのは」
「……あの人は?」
「あの人?あぁ、あの教団の人?なら大丈夫。聖が追っ払ったから」

里保はそれを聞き、少し安心したような、悔しいような複雑な気分だった。
ただ、そのことは聖の宝石が完成したことを意味しており、それは歓迎するべきことだったのだが。

そして、衣梨奈は里保に現状を説明する。

大半がツェーンの内部のことであり、里保としては余り興味のないことだったが、衣梨奈は全てを説明した。

4つの地域に分かれていたツェーンは、暫定的に北部地域が全てを治めること。
南部地域に関しては、桃子の力が証明されたこともあり、大きな処罰はなかった。
春菜に関しても、亜佑美の口添えもあり、罪に問われることはなかった。
桃子と早貴の二人は、牢にとらえているが、さして有益な情報を聞き出すことはできていない。
状況としては、元に戻すことが最優先であり、教団に対することは余り進展していなかった。

どうしてビーシー教団がツェーンを狙ったのか。

その点に関しては、二人からの答えはでなかった。
317 :ただの名無しでしたから :2014/09/13(土) 23:05
ただ、一つさくらが言った。

「ツェーンだけなんでしょうか?教団が狙っていたのは?」

ツェーンとノインを除く他の2国。
南のザフト。
西のリール。

それらの国にも教団が何か働きかけていないのか。

「もしも、他の国にも教団が動いているとするのなら、ツェーンを狙うということが最終目標というわけでなくなります。とすると、その先に起こること、要するに彼らの最終的な目標は、決して他人事では済まないと思います」

まずは他国の情報と、教団の動きを知る必要がある。
そのために何人かを既に派遣してあると、さくらは言った。

ただし、議論としては結局、教団の目的については情報が余りに少なすぎてわからないという結論に至っている。
だからこそ、他国のことを考えるのではなく、自国を早く元の状態へ戻す方法へと議論は尽くされていった。
318 :ただの名無しでしたから :2014/09/13(土) 23:05
「ふぅん……」

里保の口からでた感想はそれだけだった。
わからないことが多すぎる。
それに、里保としては、それよりも重大な問題があった。

もう一度舞美と出会うことがあったのなら。
そのことの方が、よっぽど重要であった。

自分の剣では勝てない。
100回やっても勝てる気がしなかった。

今後、教団を相手に戦うのなら、絶対に彼女と戦うことは避けられないのは目に見えている。
だから……

「ま、里保はとりあえず体を治しな。あ、鞘なんだけどさ、新垣さんがとりあえず直してくれたよ。
あれが代わりに斬られていなかったら、たぶん里保は死んでたからねぇ」

衣梨奈は部屋の隅に立てかけられたそれに目を向ける。

「あ、ありがとう。そっか、あれが……」

思い出す。
自分の横をすり抜ける舞美の姿を。
確実に殺されると思っていたから。
なのに、こうして生きているのはそのおかげだと、里保もそう思っていた。
319 :ただの名無しでしたから :2014/09/13(土) 23:05
ふらふらと立ち上がり、鞘を手にする。
斬られた部分に入る一本の線。
剣を中に収めることがないといえ、里保の鞘の強度は巷にあふれる剣よりもよほど強固に作られているにもかかわらず。

剣を抜く。

鞘を修理したことによる影響は感じられなかった。

でも……

里保はまた思う。

これでは勝てないと。

勝てない理由については、わかっている。
自分の技量が足りないということ。
ただし、里保は自分では十分な鍛錬を積んできたつもりだった。

実際に、舞美に会うまでは誰にも負けることはなかったのだから。

二刀流。

唯一思いついた策は、やはりそれだった。

あれをなんとかものにできれば……

そんなことを考えていると、再びドアがノックされた。
320 :ただの名無しでしたから :2014/09/13(土) 23:05
 
321 :ただの名無しでしたから :2014/09/13(土) 23:05
 
322 :ただの名無しでしたから :2014/09/13(土) 23:07
>>311-319 更新終了です。短くてすみません

>>310 ありがとうございます。一応バトルものなので、今後もがんばって書いていきます。
323 :名無飼育さん :2014/09/16(火) 00:41
やっぱフクちゃん強ぇ・・・w
激しいバトルの後のこういうシーンはほっとしますね
324 :名無飼育さん :2014/09/20(土) 11:30
ファンタジーでバトルものは最近では珍しいのでいつも更新楽しみです
ここからまたそれぞれの成長に期待!
325 :ただの名無しでしたから :2014/09/21(日) 16:15
「生田、起きてた?」
「あ、はい、新垣さん」

ドアを開けて衣梨奈が部屋に招き入れる。
入ってきたのは里沙だけでなく、聖と遥、それに亜佑美も一緒だった。

「里保ちゃん、大丈夫?」
「うん。ごめんね、フクちゃん。それに、どぅーもごめん」
「いいえ……私も何もできなかったですから」

そのやりとりに、不意に部屋が沈黙に包まれた。

「え、と、それより、こうして集まったんですから、教えてください新垣さん」

誰もが一瞬目を合わせた中、切り出したのは亜佑美。

「何を、ですか?」

里保が問いかける。

「教団のことだよ。もういい加減教えてもいいと思うんだけど、道重?」

里沙は誰もいない宙を見据えて言う。

そのことに対する返事を里保は聞くことができなかったが、しばらくして、里沙は視線を戻した。
326 :ただの名無しでしたから :2014/09/21(日) 16:15
「さて……話はちょっとややこしくなるけど」

そう前置きして、里沙は話し始めた。

「ビーシー教団がやろうとしていることは、この国だけを相手にしたものじゃない。
確かに、精霊師に敵対していたのは確かだけど、だからといって、この国を乗っ取ったらそれで終わりってわけじゃない」

全員の頭によぎったのは、さくらの言った『今回のことは、あくまで通過点』という言葉。

「生田、申し訳ないけど、教団の目的は知ってるかい?」
「輝ける闇、ですか?」
「そう。輝ける闇。それこそが教団の目的」

輝ける闇。

その言葉自体は、ここにいる誰もが聞いたことがあった。

数百年前。
この世を覆いつくしたという闇の精霊。
有名な御伽噺に出てくる悪役だった。
327 :ただの名無しでしたから :2014/09/21(日) 16:16
「輝ける闇は、数百年前、一度復活した。あれは御伽噺じゃなくって実話なんだよ。
まぁ、その辺りのことは道重が一番よく知っているけどね」

私もさすがにそんな昔から生きてるわけじゃないから、と里沙は続ける。

聖は以前のさゆみとの会話を思い出し、さゆみが光の精霊に違いないと確信する。

「道重たちは人間と力を合わせ、輝ける闇は封印した。倒したわけじゃない。あくまで封印しただけ」

「ということは……」と、亜佑美が口に出した。

「そう、教団はその封印を解いて、輝ける闇をこの世に復活させようとしているの」
328 :ただの名無しでしたから :2014/09/21(日) 16:17


ノインの王家の中でも、更に一部の人間のみが知っていることがある。
輝ける闇の存在と、ノインの王が守らなければならない封印。

ノインの国土はほぼ長方形をしている。
その国土自体が封印となるからだ。
国土の4つの角を結ぶ線からなる封印は、その国境が変更されることで交点がずれてしまう。

交点が著しくずれるということは、封印の力が弱まるということ。

数百年前。
ノインがまだその名をモーニング公国であったころ。
大陸全土を領土としてしまったことにより、封印が解け、輝ける闇はこの世に解き放たれた。

その過ちを繰り返すことはできない。

決して、侵略するな。
決して、奪われるな。

それがノインの王に課せられた使命。
329 :ただの名無しでしたから :2014/09/21(日) 16:18
つまり、ノインから積極的に他国へ攻めるということはない。
そのため、前回のようにノインの領土を広げるという策はとることはできない。
だから、彼らは考えた。

他国を使って、ノインの領土を奪えばよいと。

ノイン以外の3国。

北のツェーン。
南のザフト。
西のリール。

そのうちの一つが単独で攻めたところで、ノインの軍事力には歯が立たない。
それら3つが引き金となる全大陸を巻き込んだ戦争。
そうでなければノインを脅かすことはできない。

それが里沙とさゆみの考えている教団の狙いだった。
330 :ただの名無しでしたから :2014/09/21(日) 16:19
「まだ、他の国では何も起こってないとは思うんだけど」
「どうしてですか?」
「ツェーンを相手にするときに教団が有する大きなアドバンテージは何?」

質問を質問で返され、衣梨奈は考えながら周りを見る。

「精霊術」

ポツリといったのは聖だった。

「ご名答。教団が持つ絶対的なアドバンテージは、精霊術を無効化することだから。
他の国にも精霊師はいるけど、ツェーンほどじゃない。だから、この国を奪ってから、他の国へ戦争を仕掛けていくシナリオだったんだと思う。
他の国には逆に精霊師が多くいることがアドバンテージとなるからね」

そこまで里沙が言ったとき、里保は口を開いた。

「私達はこれからどうすればいいんですか?」と。

その言葉に里沙は複雑そうに微笑む。

「あくまでこれは私と道重の考えだからね。もしかしたら既に他の国が教団の手に落ちてるかもしれない。でも……」
「でも?」
「とりあえずあんたは身体を治す。それで、体が治ったら石田に聞いてみな。悩んでることの答えがわかるかもしれないから」
331 :ただの名無しでしたから :2014/09/21(日) 16:20


それから一週間が経った。
平穏とはいえないまでも、すっかりこの城にいることになじんでいた。
ここまで長い間一箇所にとどまることは、里保と衣梨奈が二人で旅を始めてからは、初めて

のことかもしれなかった。

教団からの動きは何も無かった。
桃子も早貴も、何も話さない。
遥も何度か二人と会話をしたそうだが、大した情報を得ることなく帰ってきていた。

他国の様子はまだよくはわかっていない。
さくらによると、もう数日はかかるとのことだった。

何もおきていないからといって、わずか数週間程度でツェーンも大きく変わることはない。
一つ、大きな変化があるとすれば、事実上の軟禁生活を送っていた春菜が自由になったこと

くらい。
もう一つ里保にとって大きな変化があるとすれば、回復したことだった。
332 :ただの名無しでしたから :2014/09/21(日) 16:20
「何かわかる気がします。それが何なのか」

里沙の言葉の後、彼女はそういったが、それが何かを聞こうとしても、答えてくれなかった。

「治ったらにしましょう。でないと、その体のまま無茶をしそうですから」

そう言われて、食い下がるわけにもいかず、里保は悶々としながら待っていたのだから。
しかし、亜佑美も暇をしているわけではない。

里保がようやく亜佑美に声をかけることができたのは、それから3日後のことだった。

「わかりました。準備してきますので、くどぅーを連れて下の稽古場へ来てもらっていいで

すか」

どうして遥を呼ぶ必要があったのか、里保はわかっていなかったが、言われたとおりに遥を

探してから向かう。
遥自身も、どうして自分が必要かわからなかったが、彼女自身も興味があった。
自分も、あの場にいた人間だったのだから。
333 :ただの名無しでしたから :2014/09/21(日) 16:20
「お待たせ」
「いいえ、くどぅーもありがとう。わざわざ呼んじゃって」
「ううん、大丈夫。あゆみんと違って暇だからさ」

その返答に複雑そうな顔をしたのは、遥だけでなく、亜佑美もだった。

「まぁいいです。とりあえず始めましょうか」

里保はコクンと頷いた。

「私は、その場にいなかったからわかりませんが……ただ、あなたと剣を交えた身から言わ

せてもらいますと、すごくアンバランスな剣を使っているんです」
「アンバランスな剣?私のが?」
「いえ、剣自体がというわけじゃないです。確かに珍しい剣ですけど。『鞘術』というんで

すね。生田さんから教えてもらいましたが……」
「うん。でも、それが問題?」
「はい。その剣はあまりに強力過ぎます。ここからは私の予想ですが、その剣はとても軽い

でしょ?」
「重さは、感じない」

そういいながら、里保は剣を抜いた。
抜いた後も、抜く前と感覚は変わらない。
剣の重みは紙ほどしか感じていなかった。
334 :ただの名無しでしたから :2014/09/21(日) 16:20
「やっぱりそうですよね。打ち合ったときに違和感がありました。その上、私の脇腹を斬っ

たときもそうですが、本当に鋭い。ジュエルウェポンを私は見たことはありませんが、たぶ

んそれに近いくらいの性能を持っているはずです」
「そう。たぶんそうだと思う。でも、この剣を持っていても勝てなかった……」
「それですよ。その剣を使っていたから勝てないんです」
「どういうこと?」
「最初の話に戻りますが、アンバランスな剣といったのはそれです。あなたは受けは上手い

。受けだけなら私よりも上かもしれない。
実際に、私の攻撃もほとんどかすりもしていなかった」

『なかなか。受けは上手い』

亜佑美の言葉に合わせ、その言葉が頭をよぎった。
舞美が言った言葉。
ただ、里保はその意味がわからなかった。
同じ言葉を使う亜佑美の意図も。

「受けは上手い。きっと剣の力はそこには関係しないからでしょう。でも、攻撃となると、

剣の力に任せての攻撃になる。そこそこでも十分なんですよ。
十分な切れ味と軽さゆえの速度。それでだいたい上手くいってしまう。だから、そこでアン

バランスが生じてしまっているんです」

亜佑美は言葉を一旦切る。
遥も里保もなんとなくだが言っている意味がわかり始めた。
335 :ただの名無しでしたから :2014/09/21(日) 16:21
「早い話、ここでくどぅーと打ち合っていただけるとわかります。あなたの剣でなく、この剣で」

そう言って亜佑美が渡したのは、木刀だった。
ずしりとした重みが手に伝わる。
とはいえ、特別に重くしているわけでもない、普通の木刀だった。
それでも、里保は木刀を持ったことが無かったから。

というよりも、自分の作り出す剣以外を持つことはなかった。

鞘術の習得は、ひたすらに剣を生み出すことが第一段階となる。
そして、その剣を使っての剣術の訓練がその次。

鞘さえあればよい。劣化することも無く、壊れることも無い。
その条件がそろった時、自分の剣以外の剣を手にする戦いを想定することはないのだから。

片手で木刀を振るう。
剣を止めた時に掛かる圧力は、初めて体験するものであった。

「いきますよ」

遥が構える。
合わせて里保も構えた。
336 :ただの名無しでしたから :2014/09/21(日) 16:25
>>325-335 更新終了。コピペミスで改行が変になってしまいすみません

>>323 ありがとうございます。ステージ内外の鞘師さんのようにメリハリ(?)をつけながら、がんばっていきたいと思います。
>>324 ありがとうございます。確かにマイナーなジャンルが、がんばっていきますので、これからもよろしくおねがいします。
337 :ただの名無しでしたから :2014/09/21(日) 16:25
 
338 :ただの名無しでしたから :2014/09/21(日) 16:25
 
339 :名無飼育さん :2014/09/24(水) 19:17
まさか飼育でまた熱いバトル話を読むことができるとは…
ところで記憶がおぼろげなので間違っていたら申し訳ないのですが
もしかしてもしかして、某切絆の続編ですか?
ともかく、私も次回更新を楽しみにしている一人に加えさせてくださいね
340 :ただの名無しでしたから :2014/09/27(土) 23:15
遥の剣が振るわれる。

腕が重い。
いつものように受けようとした剣は、まだ持ち上がっておらず。
咄嗟に剣自体を避けるように体を逸らす。

そのまま続けざまに遥は剣を振るう。
今度は早めに見切り、剣で受け止める。
2回、3回と続けざまに打たれるものを、里保はなんとか受けていく。

今度は攻撃。
遥の剣を避けて、剣を振るう。
ただし、それは遥に避けられる。

隙はあった。
間に合ったつもりだった。
ただ、自分が思っている以上に、速度がなかった。

そんなやりとりを数度に渡って繰り広げる。

里保の剣は、そのうちに遥に受けられることもなくなった。
まるで舞美との再現かのように、自身の攻撃はことごとく避けられる。
ただ、それは遥も同様で。
お互いが剣と剣を打ち合わないままに時間が過ぎ、最終的に亜佑美が止めた。
341 :ただの名無しでしたから :2014/09/27(土) 23:15
「どうだった?」
「なんとなくあゆみんが言ってたことがわかるかな。見切るのも簡単だった」

遥は答える。

「ありがとう……亜佑美ちゃん、どぅー」

乱れた息を整えながら、里保は言う。
問題点は明確だった。

剣術の基礎。
それを一から学んでいかなければならないということだった。

「ただ、この問題は、途方もない時間がかかりますよ」

亜佑美は言う。
それは当然のことだった。
幼少のころから叩き込まれた剣術の基礎。
それを、今からもう一度里保は始めないといけなかったからだ。
342 :ただの名無しでしたから :2014/09/27(土) 23:16
すぐにはできないことは、里保にもよくわかっている。
それでもやらないといけないし、やる必要がある。

ただ、そんなに時間がないことも事実だった。

ましてや、舞美に匹敵するほどの剣術を身に付けるとなると、どんなに時間があっても不可能であるかもしれなかった。

「もっと近道はないんですかねぇ」

遥がぽつりという。
それは、自分に対する希望であったかもしれなかったが。

「無いことはないかもしれませんよ」

背後からの聞き覚えのない声に、思わず里保は飛びのいた。

「「はるなん!」」

遥と亜佑美の声が揃う。
戸口になっていたのは、春菜だった。
343 :ただの名無しでしたから :2014/09/27(土) 23:16
「すみません。途中から聞こえていました。盗み聞きするつもりじゃなかったのですが」

ぺこりと頭を下げる。
里保が彼女にあったのは、気絶している時だった。
その後は、長らく軟禁状態にあった彼女だったから。
こうして声を聞くことは初めてだった。

「そんなことより、はるなん、さっき言ったことって」

遥が問いかける。

「はい……あゆみんから前に聞いた話も合わせてなので、もしも私の解釈が間違っていたらすみません」

そう前置きして、春菜は話し始める。

「あの……鞘師――」
「ストップ、はるなん」

遥が止める。
そして、里保の方をゆっくりと見る。
強張った顔で、自分を見ていた。

「言っていませんよ。誰にも」

搾り出すように、遥は弁明する。
里保は表情を変えず、遥を睨んでいた。
344 :ただの名無しでしたから :2014/09/27(土) 23:17
「えっと、鞘――」
「だから、それはダメなんだって」

春菜の首に手を回し、小声で遥は言う。

「どうして?名前間違ってる?」
「いや、間違ってないけど、いや、でもなんかとにかくダメなの。鞘師さんを鞘師さんって呼ぶのは」
「そうなの?」
「うん」
「わかった」

その答えを聞き、遥は手を離す。
亜佑美はわけの解らない顔をしており、里保の目つきは更にきつくなっていた。

遥はふと思い出す。
春菜の知識量を。

飯窪春菜。

所謂、世界の裏の事情に関する豊富な知識を備えている彼女。
鞘術のことはもちろん知っており、亜佑美の言った里保の特徴から、彼女が鞘術師であることを理解していた。
そして、鞘術を使う者の名が「鞘師」であることも知っていた。

遥は春菜のことを伝え、自分が無実であることを、必死に里保に訴える。
345 :ただの名無しでしたから :2014/09/27(土) 23:17
「そんなことより、はるなん、結局どうなの?」

収拾しない状況に取り残された亜佑美が少し大きな声で言った。

「あ、はい。ごめんなさい。えっと、なんて呼べばいいんですかね?」
「里保でいいです」
「はい、り…里保さん、何か恥ずかしいですね。初対面の、しかも私を助けてくれた人をいきなり名前で呼ぶのは」
「で、私も教えて欲しいの。あなたが知っている方法を」
「わかりました。えっとですね、鞘術の肝は、鞘から剣を取り出す必要があるということなんです」

普通の剣もまぁそう言えばそうなんですけど、と春菜は付け加える。

「ましてや、あなたの剣は、抜いたときに精霊術を斬るかどうかの選択が必要となります。
つまり、じゃんけんみたいなもんですよね。相手に合わせて剣を選択しないといけない。
これは、便利に見えて、結構不便だと思います」

「話は逸れましたが、つまり、剣を抜く必要があるなら、その選択をぎりぎりまで遅らせる方が、あなたの場合は有利だと言えます。剣を抜いて持つことなく、基本的に鞘に収めたままにしておく。
そして、攻撃の際だけ剣を抜く剣術があります」

春菜の解説がそこまで来たときに、亜佑美は頭にあることがよぎった。
346 :ただの名無しでしたから :2014/09/27(土) 23:17
「居合術……」
「そう。さっすがあゆみん」
「確かに……あれならクリアできるかもしれない」

亜佑美は考える。
剣を抜く瞬間に全技量を集中させて、一撃を繰り出す。
剣を抜く速度が速ければ速いほど、絶大な威力を持つ。
ましてや、里保のような切れ味の鋭い剣を使ったなら。

軽さ、鋭さを併せ持った剣の特性。
そして、剣を抜くという動作に集中することで、多彩な剣の技術は逆に必要としない。

ただし……

「でも、あれはとっくに衰退したはずでしょ?
あれは原則として待ちの剣術。精霊術が一般的になったはるか昔に、剣術としては成立しなくなったはず」
「そう思うでしょ。でも、精霊術も切ってしまえるその剣なら、十分使い道はあると思う。
それに、この剣を教えるのにうってつけの人を知ってるの」

そう言って春菜はにっこりと笑った。
347 :ただの名無しでしたから :2014/09/27(土) 23:18


「リールに関しては、うまくいっています。ザフトに関しても計画通りに進められそうです」

黒いローブをまとった女性が淡々と告げる。

「あとは、ツェーンですが、こちらは完全に失敗です。嗣永桃子、中島早貴の両名は捕らわれており、新垣里沙の件までも、失敗しています」

女性――清水佐紀――は、視線を部屋の隅に向ける。

そこに立っていたのは、雅と舞美。
部屋にいた全員がそれに合わせるように、二人を見ていたが、彼女達は気にした様子も無く、表情を変えずに立ったままだった。

「舞美ちゃんは、リールに行った後に無理言って行ってもらったんだから」

カーテン越しに、部屋の一番奥から声が聞こえる。

「始祖!」

佐紀は言うが、カーテンの向こうからの返答は返ってこなかった。
348 :ただの名無しでしたから :2014/09/27(土) 23:18
舞美は、カーテンの向こうを考える。

愛理はまだ自分のことを舞美ちゃんと呼んでくれる。

カーテン越しでしか長らく会話を交わしていないが、彼女が変わっていないことの証明ではあった。

「ツェーンには、もう一度私が」

雅が言うが、部屋中から囁くように雑言が聞こえる。

「みや、あなたに絶対成功する策はあるの?」

佐紀の問いかけに、雅は即答はできない。

策はない。

少なくとも、1対1で里保を倒すことだけを考えても絶対の策なんてなかった。
349 :ただの名無しでしたから :2014/09/27(土) 23:18
それでも……

雅は思う。
それは、プライドというよりは、この教団での自分の存在を守るため。

「でもね、みやには、別にして欲しいことがあるの」

ゆっくりと諭すように話したのは愛理。

「わかりました」

それが何かわからなかったが、雅はそう答えるしかなかった。
この教団において、愛理の言葉に異を唱えることがどれだけのことか、よくわかっていた。

「それじゃ、私が行きます」

手が挙がる。窮屈そうに。

手を挙げるという行為は、周りへの意思表示。
自分を周りから目立たせることによる意思表示。
その意味では彼女は手を挙げる必要なんてない。
手を挙げなくても、彼女はその場にいる誰よりも飛びぬけて大きかった。

「わかりました。始祖もそれでよろしいでしょうか?」
「ええ。そうだ、一緒にあの子を試作品として連れて行ってもらえばいいんじゃない?
ねぇ、舞美ちゃん?いいよね?」

愛理の問いかけが何を指しているか、舞美にはすぐにはわからなかった。
ただ、それでも曖昧に頷く。

舞美にとっても、愛理の言葉は絶対だったのだから。
350 :ただの名無しでしたから :2014/09/27(土) 23:18
 
351 :ただの名無しでしたから :2014/09/27(土) 23:18
 
352 :ただの名無しでしたから :2014/09/27(土) 23:23
>>340-349 更新終了です

>>339 ありがとうございます。ご質問の件はご指摘の通りです。既に10年ほど前なのに覚えていただいていてうれしいです。今後もご期待に沿えるようにがんばっていきます。
353 :名無飼育さん :2014/09/29(月) 23:46
更新乙です
あれからもう10年経つんですね…10年後にまた素晴らしい続編に出会えてよかったです
さて次回はついにあの巨塔が登場?試作品とは?楽しみです
354 :ただの名無しでしたから :2014/10/05(日) 22:46


コンコンと扉がノックされる。

「はーい」

ベッドに寝転がっていたさくらは、横になったまま答える。

「すみません。譜久村聖といいます」

扉の向こうからの声。

譜久村聖。

その名前を反芻する。
石田亜佑美とともに、国を救ったとされるメンバー。
精霊師。
ノイン王家の血を引く人間。

自分が得ている情報を思い返すが、言葉を交わしたことはほとんどない。
いや、1対1というなら皆無かもしれなかった。
355 :ただの名無しでしたから :2014/10/05(日) 22:47
その彼女がなぜ?

考えていると、再度扉がノックされる。
今度は乱暴に。

「ちょっと、どぅー、迷惑でしょ」

どぅー。

この名前も知っている。

東地域の公家の娘。
国をでていたと聞いているが、彼女もまた譜久村聖たちと一緒に国を救ったとされるメンバー。
一応精霊師。
だけど、剣の腕の方が立つ。

はぁ……

ため息をつく。
このまま返事をしなくても扉をドンドン叩かれるのは目に見えている。
相手の意図が読めない中、応対するのは億劫だったが仕方が無かった。
356 :ただの名無しでしたから :2014/10/05(日) 22:47
「はい、何の用ですか?」

扉を開ける。

「あの、あなたはHPWと聞きました」
「ええ、一応そうですが」
「私に……術の使い方を教えていただけませんか?」

ガバッと頭を下げられる。

そういうことか。

さくらは開けてしまったことを少し後悔する。
こういった申し出は、HPWとなってから山ほど経験している。
正直、うんざりだった。
ただし、さくらも相手の力量を測れないほどではなかった。
同じ精霊師として、目の前で対峙してみればよくわかる。

優樹を遥かに凌駕する術師といての力。
寧ろそれは兵器というレベルの代物かもしれない。

だからこそ、だっただろうか。
357 :ただの名無しでしたから :2014/10/05(日) 22:47
さくらは思う。

ツェーンに対して、教団が再度仕掛けてこない保障はどこにもない。
寧ろ、何かがこの世界でこれから起こるであろうことだけは確実であるのだから。

その意味では、これは自分達にとって得なことであると言えばそうだろう。

「譜久村さん、やめましょうよ。無駄ですって」
「いいですよ」

遥の言葉にかぶさるように、さくらは答えた。

「ありがとうございます」

うれしそうに言う聖の隣で、遥は複雑そうな表情を見せた。
358 :ただの名無しでしたから :2014/10/05(日) 22:47


付いてきてくださいと言ったさくらの後を、言われるがままに追っていく。
城壁から更に外に出ていく。

「この辺りでいいでしょう」

さくらは足を止める。

「譜久村さん、あなたが使える精霊は?」
「雷だけです」
「そうですか。確かに、数を使えたらいいってもんじゃないですけどね」

二人の会話を、遥は少し離れて聞いていた。

遥は、いまだに納得していなかった。
さくらという存在に。

だから、聖がさくらに教えを請いたいと相談された時には、それとなく反対した。
もちろん、一度決めたら意志の固い聖は、遥の反対は気にしなかったのだが。

さくらが的を指示し、聖はそれを次々と打ち抜いていく。
打ち抜くというよりも破壊が正しい。

轟音と共に指示された木々をなぎ払われていく様子を遥は見ていた。
359 :ただの名無しでしたから :2014/10/05(日) 22:48
それがしばらく続いた後、さくらが再び口を開いた。

「よくわかりました。譜久村さん、あなたの精霊術がどれだけすごいのか」

褒めているような口調だったが、表情が伴っていないことに聖は気づいていた。

「やはり、術の力だけでいうと、私よりも遥かに上だと思います。いえ、佐藤さんよりももっと」

さくらの口からでる優樹の名前に、遥はイラッとした。

「それでも、駄目なんです。たぶん、あと数回術を使えば、あなたはもう術が使えないでしょう?」

問いかけに、聖は頷く。
数回かはわからないが、体が重くなっているのを感じているから、もうそんなに術を使うことができないことは明白だった。

「気づいていましたか?私が指定する的は少しずつ小さくなっていたんですよ。
あなたにとって的の大きさは意味は無かった。全て同じ威力で、全て同じ範囲で精霊術を使っていたんですから」
360 :ただの名無しでしたから :2014/10/05(日) 22:48
確かに、と聖は思う。
的を狙うことに意識がいっていて、そんなことを考える暇がなかったわけではない。
そもそも、聖はそんな芸当ができない。
常にフルパワーで術を放出することしかできなかった。

「あなたに必要なのは、出力を加減することです。
あなたの力の使い方は無駄が多すぎる。例えるなら、人を狙うのに、城門を破壊する威力で攻撃しているようなものです。
そこまでの威力は必要ないのです。100の力を1回で使うのではなく、100の力を1に分けて100回放つ。
あなたの力を考えるなら、人間相手に使うならその程度で十分です。
今のままであなたが戦場に立ったら、敵だけでなく仲間まで一緒に巻き込んでしまう」

後は、自分で考えてくださいね、と最後にさくらは付け加える。

「ありがとうございます」

ぺこりと頭を下げる聖。
いいですよ、別にとさくらは言い、城へ戻ろうと歩き始める。

「ちょっと、待ってよ」

自分の横を通り過ぎようとするさくらに、遥は言った。
361 :ただの名無しでしたから :2014/10/05(日) 22:48
「はい、何か用でしょうか?」
「どうして、まーちゃんの力を使った?」
「は?」

首を傾げて、少し考える様子をみせ、さくらは口を開いた。

「あぁ、佐藤さんのことですか?」
「そうだよ。どうしてまーちゃんを巻き込んだ?どうして人を殺させた?」
「どうしたも何もないでしょう?戦争なんですから」
「あんたの力だったら、何もまーちゃんの力を借りなくても何とかなったんじゃないか?」
「それは、買いかぶりすぎですよ。工藤さん」
「最初からそのつもりだったの?」

『大丈夫ですよ。北は、私と佐藤さんがなんとかしますから』

亜佑美から聞いた言葉をここでもう一度思い返す。
362 :ただの名無しでしたから :2014/10/05(日) 22:49
「だったらどうなんで――」

その言葉が終わる前に、遥は拳を振るった。
鈍い音を立てて、さくらはそれを受けて倒れる。

「どぅー!」

離れて立っている聖が気づく。

「なんでだよ!どうしてだよ!まーちゃんを騙して……利用して人殺しさせて!
なんだよ、お前!なんなのさ!」

遥は叫ぶ。
さくらは頬に手を当てながら、起き上がる。

「少なくとも、あれが一番犠牲の少ない方法でした。あの時、何もできなかったあなたにそんなことは言われたくありません」

臆することなくきっぱりと言う。

「何!」
「どぅー!やめて!」

再び殴りかかろうとする遥の前に、聖が立ちふさがる。
聖の目には涙が浮かんでいたが、それは遥も同じだった。
363 :ただの名無しでしたから :2014/10/05(日) 22:49
「何だよ……なんなのさ……」

振り上げた拳を下ろし、遥は二人に背を向け、逃げるように駆け出す。
後ろから聖の声が聞こえた気がしたが、夢中で走った。

わかってる。
自分が一番わかってる。
ほとんど犠牲がでなかったなんて、わかってる。
あの場にいたんだから。
あの戦況を、誰よりもよく見てたんだから。

でも……

でも、それでも……

優樹の笑顔が頭に浮かぶ。
結局、まだちゃんと話できていない。

優樹を守るのは自分だと、言いながらも、何もできていない。

八つ当たりのようにさくらに当り散らす。
そんな自分への嫌悪感が一杯で。
364 :ただの名無しでしたから :2014/10/05(日) 22:50
城に戻り、とにかく人のいないところを探して走り回る。
落ち着いたのは、中庭の隅の花壇。

色とりどりの花が咲くその中へ飛び込む。
花びらが舞い、服や髪にまとわりつく。
遥はうつ伏せのまま、声を殺して泣いた。

自分が情けなかった。

国をでたことも。
優樹を守れなかったことも。
そして、自分の弱さにも。

何をやってるんだよ、私……
鞘師さんも、譜久村さんも……

頭によぎったのは、自分よりも力のある二人が、更に力を得るために、努力しているその事実。

こんなところで自分がグダグダしている間に、さらに離されてしまう。

力が欲しい。
どんなことをしてもいい……
欲しい……
365 :ただの名無しでしたから :2014/10/05(日) 22:50
ふっと頭によぎったのは、黒。

いや……駄目だ……

その考えを止める。

あれは4日前だったかな……

思い出す。
力が欲しいと、考えた自分が求めたもの。

それは、キュービック・ジルコニアだった。

桃子と早貴の二人が捕らえた時に、二人の持ち物から得た二つの石。
精霊術を打ち消す力のあるそれは、遥にとって魅力的なものだった。

夜中にそっと二人の持ち物が保管されている部屋へを忍び込む。
お目当てのものはそこにあった。
366 :ただの名無しでしたから :2014/10/05(日) 22:50
「それは、止めときな」

それを手にしようとした時、背後から掛けられた声。
思わず叫びそうになるのを懸命に堪えた。

「それは、あんたには使えない」
「ど……どうしてですか、生田さん」

同じ部屋にいたのは衣梨奈だった。

「教団で洗礼を受けなければ、それは使えない。あんたが持ってても、何もないよ。逆に、闇の力からは精霊が逃げていくから、自分の精霊術が弱くなってしまうよ」
「そうですか……」

そのまま部屋を出て、衣梨奈と別れることとなる。
しかし、よく考えてみると、どうしてあの時、衣梨奈がそこにいたのか、遥にはわからなかった。
367 :ただの名無しでしたから :2014/10/05(日) 22:51
「どぅー、こんなところで花に埋もれて何してるの?」

不意にかけられた声に、遥は心臓が飛び出そうになった。
思わず、顔を上げようとして、自分が泣いていることに気づく。

立ち上がり、袖で顔を拭いてから振り返る。

「いや、別に何も。花に埋もれて寝てただけ」
「ふぅん」

優樹は、あたふたとする遥に対してそれ以上追求はしなかった。
そのことに少しほっとする遥だったが、次の一言は、再び心を揺らすには十分だった。

「そういえば、小田ちゃん知らない?なんかみんなが、どぅーと歩いてたって言ってたからさ」

小田ちゃん。

ここでもそうだ。

「知らない」
「そう、ならいいんだけどね。ちょっと探してこようかな」
「なんでだよ?」

歩き出そうとする優樹の腕を、思わず遥はつかんでいた。
368 :ただの名無しでしたから :2014/10/05(日) 22:51
「どぅー?」
「なんであいつなのさ?あいつが何なの?ねぇ?」

言葉と共に、つかんだ手に力が入る。

「痛い、痛いよ、どぅー」

叫ぶような優樹の声に、ようやくそのことに気付き、ごめんといって手を離す。

「どうしたの?どぅー?」
「あいつといちゃ駄目だ。あいつといると、まーちゃんが危ない目に遭う」
「まぁ、確かにこの前は雪山に登るのが少し危なかったけど」
「そう言うことじゃないよ!まーちゃん、自分がしたことわかってる?あいつにはめられて、何をしちゃったか」

目が合う。
そこで、初めて二人は目が合った。

優樹の目に映る自分が見える。
どれだけ情けない顔をしているか、遥はわかっていた。
369 :ただの名無しでしたから :2014/10/05(日) 22:51
「知ってるよ」

少し笑みを浮かべながら、優樹は言った。
さっきまでとは違う、真剣な声色で。

「知ってる。小田ちゃんは、最後まで説得してくれたけど、私が決めたんだから」

ドクンと胸がなった。

「小田ちゃんは、私に何度も謝ってくれた。私の力を使わないといけないことを。
この国を最小限の犠牲で守るにはその手段しかないことを。この方法しか思いつかない自分の力の無さを。何度も、何度も謝ってくれた」
「……嘘だ」

搾り出せたのはその言葉だけ。

だって、あいつは……

「嘘じゃない。だから、私は小田ちゃん、ううん、この国のために力を使った。
たくさんの敵が死んだことも知ってるし、敵とはいえ、南部の兵もいたんだから、私は同じ国の人を殺しちゃったんだってことも」

あいつは……
だって……

「でも、やらなきゃいけないじゃん。私……ううん、私だけじゃない、あゆみんも、はるなんも、どぅーもそうだよ。この国を守る立場なんだから」

だって……だって……
370 :ただの名無しでしたから :2014/10/05(日) 22:52
「どぅー……?」

泣いていた。
遥は、優樹に抱きついて泣いていた。

自分だけだった。

止まっていたのは。

自分だけだった。

優樹がいつまでも子どもだと思っていたのは。

自分だけだった。

子どもだったのは。

「そういえば、言ってなかったね、どぅー」

遥の頭を撫でながら、優樹は言った。

「おかえりなさい!」
371 :ただの名無しでしたから :2014/10/05(日) 22:52
 
372 :ただの名無しでしたから :2014/10/05(日) 22:52
 
373 :ただの名無しでしたから :2014/10/05(日) 22:53
>>354-370 更新終了です。

>>353 ありがとうございます。色々な場所で色々ほのめかしてばかりですが、楽しみにしていただけるとうれしいです。
374 :名無飼育さん :2014/10/06(月) 15:43
もしかしてどぅーが黒化してしまうのかと心配しちゃいましたが
うまいこと丸く収まってよかったです
375 :名無飼育さん :2014/10/09(木) 21:30
最後の一言でやっぱりまーどぅーっていいなぁと再認識しましたw
ここからどぅーもまた動き出すんでしょうか
376 :ただの名無しでしたから :2014/10/12(日) 00:12


――リール。

肥沃な平地が広がるその土地
山岳地帯が広がる南のザフトの民が、その土地を求めて争いを繰り返していたのは遥か昔。

ただし、その土地に争いがなくなったわけではない。
中小の数ある内戦が、リールでは日常的に行われている。

豊潤な大地は、無数の人の血でできている。

分断と統合を繰り返す公国は、現在では2つに分かれている。

さくらが派遣した者が持ち帰った情報も、それから大きくは外れていなかった。

内戦の火種は燻っている。
いつ爆発してもおかしくないほどに。
そして、片側にはやはり教団の影が見える。
377 :ただの名無しでしたから :2014/10/12(日) 00:12
――ザフト。

リールと対照的に、岩山の広がる土地。

鉱物の採掘が主な産業ではあるが、近年は技術が特に進歩しているところでもあった。
争いは少ない。
6つの親衛隊が、国を守り、監視する。
その親衛隊の隊長は、数年に一度行われる剣の大会にて決められる。

この国には、教団の目立った動きはない。
戦争が起こる予兆すら何も無い。

しかし、たった一つの大きな変化がある。
それは、親衛隊の1つがなくなったということだ。
ただし、国民はその情報を知らないようであり、それに対する混乱はない。

以上が、さくらが手にした他国の状況だった。

動きが激しすぎるリールと、動きがあるはずが何も起こっているように思えないザフト。

とはいえ、他国へ干渉するほど、自分達の余裕も無い。

静観しかない……の?

さくらは考える。
378 :ただの名無しでしたから :2014/10/12(日) 00:12
これから、季節は冬へと差し掛かる。
冬になれば、ツェーンは天然の要塞と化す。
厳しい寒さは、他国の人間にとっては十分な脅威だった。
南部地域はまだ雪がそれほど降らないが、少しでも北側に上がると厚い雪が立ちふさがる。
攻める側とすれば、冬を避けるのが賢明だった。

だとすれば、しばらく猶予はありそうですが……

しかし、実際は北側へ自軍を引いていくわけにはいかない。
東西の地域が陥落している今、北と南の拠点への距離はかなりある。
冬の間に自分達も敵に追われながら北へ逃げることは難しい。
だからといって、最初から陣を北へ移しておくことは避けたい。
雪に閉ざされ、他国の状況がわからないままに数ヶ月過ごすことは、今の現状では避けたかった。

北へ移動するか、それともこちらの事情をそこまでつかんでいない方に賭けるか。

さくらは考えて、結局、後者を選択する。
下手に兵を南北へ分断するのは避けたい。
北へ移動すれば、その情報は相手にすぐにわかるだろう。
今のままでいることが、逆に相手への情報を制限できる。
379 :ただの名無しでしたから :2014/10/12(日) 00:13
ただし、少なくとも、リールへは何かしら手を打っておくべきだとも思う。
ザフトと違い、国境が隣接している場所だ。
幸いにして、教団が関与しているであろう公国は南側。
国境が隣接している北側の公国ではない。

連携はしておくに越したことは無いんでしょうけど……

そのさくらの悩みを知っていたわけではないが。

翌日、リールへ向かう者たちがいた。
380 :ただの名無しでしたから :2014/10/12(日) 00:13


カチリと扉の鍵が開けられる。

ゆっくりと音を立てないように開けられた扉。

暗闇の中聞こえてくるのは寝息だけ。

侵入者は、月明かりを頼りにそっとベッドへ近づいた。

里保は起きない。
寝息を立てたまま。

侵入者はベッドの横に置かれた鞘に手を掛ける。

「えりぽん、何してるの?」
「え、起きてたの?」

侵入者―衣梨奈―は、鞘から手を離し、そう答えた。
381 :ただの名無しでしたから :2014/10/12(日) 00:13

「ん、何か眠れなくて。明日出発だから、眠らないといけないんだけど」
「うん、そっか」
「で、何の用?」

里保は立ち上がり、ランプに火をつけようとするが、衣梨奈はそれを静止した。

「いいよ。もうすぐ出て行くから」
「そう、で?こんな時間にどうしたの?」

衣梨奈はすぐには答えない。
月明かりだけでは、里保は衣梨奈の表情までは見ることはできなかった。

「……あのね、何があっても私を信じて欲しい」
「え?どういうこと?」
「新垣さんにも会えたから、私の中の第一の目標はもう終わってるから」
「意味わかんない」
「わかんなくていい。でも、次に私に会って、私がどんなことになってても、信じていてね」
「よくわかんないけど、えりぽんのことは信じてるよ」
「ありがとう。絶対に戻ってくるから」
「どこにいくの?」
「ちょっと、昔の自分を迎えにいってくる。心配しなくていいよ、里保もがんばって」

その時、キラリと月明かりが反射し、里保は気付いた。
里沙に渡してから何も無かった胸元に、一つの宝石があることに。
382 :ただの名無しでしたから :2014/10/12(日) 00:14
「じゃ、またね」

手を差し出す衣梨奈と握手を交わす。

言葉通り、翌日里保が起きたときには、衣梨奈の姿はなかった。
誰に聞いても、どこにいったのか知らなかった。
「新垣さんのところじゃないの?」と聖は言ったが、それは何故か違うような気がした。

ただ、里保もゆっくりと探しているわけにはいかなかったから。
昨夜の衣梨奈の言葉を信じることにした。

「それじゃ、行きましょうか」

遥が言う。
春菜に教えられたのは、リールの北部のエスという街。
そこにいる人物が、里保の力になってくれると。

春菜からの手紙を懐にしまいこみ、二人は城門を出る。
383 :ただの名無しでしたから :2014/10/12(日) 00:14
「いいの?また出ていっても?」

里保が尋ねる。

「いいんです。今回は、前のように勝手に飛び出してるわけじゃないですから」

遥は言う。
言いながら、軽く斜め上に視線を投げる。
下を向いていたら、涙がこぼれそうだったから。

「里保ちゃん、いってらっしゃい」
「どぅー!早く帰ってきてね!」

背後からの声に、二人とも振り返って手を振る。
季節はゆっくりと冬へと向かっていっていた。
384 :ただの名無しでしたから :2014/10/12(日) 00:14
 
385 :ただの名無しでしたから :2014/10/12(日) 00:14
 
386 :ただの名無しでしたから :2014/10/12(日) 00:20
>>376-383 短いですが更新終了です

>>374 ありがとうございます。ヘタレまくってる割にがんばる子なので。きっとこれからも迷走してくれるかと。
>>375 ありがとうございます。なんだかんだといいコンビですよね。CP要素の薄いお話ですが、今後も色々なCPを入れていきたいなぁとは思っています。
387 :名無飼育さん :2014/10/15(水) 11:00
出会いあれば別れもありですねえ
次に合流する時はどんな形になるのか・・・
388 :名無飼育さん :2014/10/16(木) 22:12
動きがちょくちょく気になる感じだなと思っていたら・・・一体どこへ・・・
今後の展開が気になります!
389 :ただの名無しでしたから :2014/10/18(土) 23:01
<9.VS闇>

「この辺りのはずなんですけどね」

街の中心部から、少し離れた路地。
すれ違う人もまばらになってきた。

「くどぅー、道間違えたんじゃないの?」
「そんなことないですよ。あ、すいません」

向かってくる人に遥は声を掛ける。
里保はその様子を少し離れて見ていた。

どうして遥が自分についてきたのか。

里保は、出発してから聞いてみた。

「リールは昔から剣術が優れた国でした。昔のリールを治めていた王は、剣聖と呼ばれていたそうですよ」
「ふーん……」
「私も、強くなりたいんです。そのヒントが何か見つかるかなと思いまして」
「ヒント?」
「はい。わかんないんですけど。でも、前とは違います。逃げ出したくてでてきたわけじゃないんです」

「だから、何かをつかみたいんです」

ポツリとそう付け加える遥に、里保はそれ以上何も言わなかった。
それに、どこか里保は遥がついてきてくれることがうれしかった。
390 :ただの名無しでしたから :2014/10/18(土) 23:01
衣梨奈と出会うまでは一人旅をしていたのだから、一人でも大丈夫だと思っていたが。
衣梨奈と出会い、聖、遥と出会い。
みんなと各地を回っているうちに、やっぱり一人は寂しいという思いが芽生えてきていた。

実際に、一人ではどうしようもなかったことが、彼女達と出会ってから経験したのだから。
それに……こうして、誰かに気軽に道を聞くことも、自分ひとりではためらっていただろうと、里保は思う。

「鞘師さん、何か変です」

そんなことを考えていると、遥が戻ってきた。

「誰も知りません。和田さんという人のこと。はるなんの説明ではかなり有名みたいなんですけど」
「ここじゃないっていうこと?」
「いいえ、街の名前もあっています。でも……」

遥は言葉を切って、走り出す。
進んだ先は、すぐに街の境界となっていた。
391 :ただの名無しでしたから :2014/10/18(土) 23:01
「もう、別の場所に引越したとか?」
「それにしても、覚えてる人がいてもいいんですけどね……」

はぁとため息をつき、遥は顔をあげた。

「反対側も探してみましょうか。はるなんは方向音痴かもしれませんし……」

――りほりほ、この先に進んで――

歩き出す遥にも、さゆみの声は届く。

「この先って……」

二人は顔を見合わせる。

街の外。
木々が茂る森がそこにあった。

それでも、さゆみが言うのならば間違いはないはずだと、二人は進む。

踏み入れた途端、空気が変わったことを感じる。
そのまま進んでいくと、次第に辺りに霧がかかる。
392 :ただの名無しでしたから :2014/10/18(土) 23:01
遥は片手に剣を抜き、はぐれないように左手をつなぎ、ゆっくりと進んでいく。
ぽつぽつと、頬に雨があたり始める。

それでもそのまま進んでいく。
霧がどんどん濃くなっていき、二人はお互いの顔もはっきりとは見えなくなってきた。

「くどぅー」
「はい、大丈夫です」

声を掛け合いながら、進んでいく。

だんだんと霧が晴れていき、それに伴い雨が強くなってきた。
時折鳴り響く雷鳴に、遥が小さく悲鳴を上げた。

すでにどれだけ歩いたのか、どの方向に歩いているのかわからなくなってきた。
日没までにはまだ十分な時間があっただろうが、黒い雲のせいで、まるで夜のように暗かった。
393 :ただの名無しでしたから :2014/10/18(土) 23:01
「着いた、のかな?」

ついに、森が開けている場所へ出てきた。
木々を払いのけて、二人が目にしたのは、大きな建物。
真四角に横たわる建物は、校舎というよりも、監獄のようだった。

雨がいっそう激しくなり、小走りに二人は入り口に向かった。

「こんにちは」

ドアを開けながら、遥は言う。

室内には、蝋燭が灯されており、人がいることはわかった。

「和田さん、いらっしゃいますか?」

返事が無いので、再度遥は呼びかける。

カツン、カツンと奥から靴音が響いてくる。
394 :ただの名無しでしたから :2014/10/18(土) 23:02
「私に用ですか?」

真っ白のワンピースに身を包んだ彼女―和田彩花―は、二人の想像とは違っていた。

「和田……彩花さん、ですよね?」
「はい」
「あの……飯窪という者に教えられてやってきたのですが」

遥はそう言って、春菜からの手紙を渡す。
飯窪という名前を出しても、特に反応を変えることなく、彩花は黙ってそれを受け取る。

「わかりました。詳しい話は後で伺いますから、中に入ってください。雨に打たれて体が冷えているでしょう」

案内されるままに、二人は奥へ進む。
床に敷き詰められた絨毯がぬれる事に少し気後れしながら。

奥の扉を開いて、部屋に入る。
暖炉に火が入っており、熱気が頬を照らす。

ゆっくり座っててくださいねと言い残し、タオルを二つ渡して、彩花は部屋を出て行った。
395 :ただの名無しでしたから :2014/10/18(土) 23:03
甘い香りがするタオルで頭を拭きながら、二人は目を合わせる。

「合ってますよね?」
「たぶん……」

不安そうにしている二人の前に、光が差したかと思うと、さゆみの姿が現れた。

「道重さん」
「大丈夫。彼女を信頼して。悪いことにはならないと思うの」

にこりと笑うさゆみを見ると、里保は不思議と落ち着いた。

「お待たせしました」

その時、彩花がティーセットを持って入ってくる。

さゆみが現れたままでいることに、里保は焦るが、彩花は気にした様子もなかった。

見えてないのね。よかった……

里保は安堵するが、机に並べられていくカップに気がつき、思わず息を呑んだ。

彩花が持ってきたカップは、1……2……3……4つ。

さも当たり前のように並べられた。
396 :ただの名無しでしたから :2014/10/18(土) 23:03
「どうぞ、召し上がってください」

次々とポットから注がれた紅茶。
それに、里保は手を伸ばすことはできなかった。

「どうして、ですか?」
「何がですか?」
「どうして、道重さんの分まであるんですか?」
「どうして、と言われましても、いらっしゃる方の分の飲み物を出すのは当然ではないでしょうか?」

里保の問いかけに、当然のように彩花は答える。

「りほりほ、大丈夫。彼女は私がここに入ったときから見えてるわ」
「え、どうして、ですか?」

思わず声を上げたのは遥。

「時を統べし者、あなたは道重とおっしゃるのですね」
「ええ。二人をよろしくお願いします」

遥の問いに答えることなく、二人は会話を続けた。
397 :ただの名無しでしたから :2014/10/18(土) 23:04
「りほりほ、不思議な顔をしてるわね。ここは、ガキさんのいたあの山と同じ。精霊のいる世界に近い場所なの」

だから、私も実体化できるの、とさゆみは付け加える。

「はるなんからのお手紙は読ませていただきました。私がお手伝いすることはできますが、あくまでお手伝いだけです。
後はあなた次第で、身に付けていかなければなりません」
「はい」
「半年。ここで生活をしていただきます。それでも無理だった場合はあきらめてください」

半年……

想像以上の長さを告げられたが、里保は大きく頷く。
力が手に入らなければ、戻ってもそれほど役に立たない。
それに、聖や亜佑美たちのことも信頼していた。

それを確認し、彩花は次に遥の方を向いた。

「工藤さん、あなたに私が教えることはそれほど多くありません。それでも、あなたの時間も半年いただきます。
その後に、あなたが求めているものが手に入るかもしれません。ただし、こればかりはどうなるかわかりません。
あなたがどういった判断を下されるのか」
「どういうことですか?」
「そのときになればわかります。それまでは深く考えずに、自分を磨いてください」
「はい。わかりました」

言われたとおりに、遥はそれ以上聞くことはしなかった。

「その代わりなんですが、和田さん、一つだけお願いしてもいいですか?」
「何でしょうか?」
「年上の方からさん付けは気持ち悪いのでやめていただけますか?」
398 :ただの名無しでしたから :2014/10/18(土) 23:04


季節は過ぎる。
ツェーンの北部は、完全に雪と氷に閉ざされていた。

里沙のいる山は、南部とはいえ、標高が高いため、厚い雪で覆われている。
ただし、それでも精霊の加護のあるこの場所は、過酷な環境にはなっていなかった。

その山の麓には、交代でツェーンの兵士が見張っていた。

教団が再び里沙を狙わないとは考えにくい。

けれども、城からも近いこともあり、2・3人が見回るといった程度の警護体制であった。

ツェーンに対する教団からの動きは、今までは何も無かった。
このまま冬が過ぎるまで、さくらの読みどおりに動かないのではないか。

そんなことを少し思い始めていた時。

彼女達がやってきた。
399 :ただの名無しでしたから :2014/10/18(土) 23:04
膝まで埋まるほどの雪も、彼女にとっては踝程度。
歩く際に邪魔にすらなっていなかった。

白い雪の中を進む細長い黒い影。
遠目に見れば、葉の落ちた樹木にすら見えたかもしれない。

その脇を固めるのは、同じ黒。
ただし、こちらは高くは無い。
常人とさほど変わらない大きさ。

あくまで高さという点においては。

それ以外は異形と形容するのが一番正しい表現だった。
体の丸みは常人の倍程度。
四肢は丸太を思わせるほどに太く。
黒の鎧につつまれたそれは、はち切れんばかりだった。
頭はすっぽりと黒い兜に包まれている。
角のない、丸い形のそれが首元まで覆っているため、顔の判別すらできなかった。
400 :ただの名無しでしたから :2014/10/18(土) 23:04
もちろん、それに警護の兵が気付かないわけは無い。
そして、その異常さは、見た目だけでも恐怖を呼び起こすには十分だった。

一人は城にこのことを伝えようと駆ける。
残った二人は、3人に対峙する。

「この先に何の用だ」
「わざわざ聞いてるけど、実際わかってるでしょ?私達が何者なのかも」

真ん中の女性―熊井友理奈―は、笑みを浮かべて答える。
そして、彼女の言葉が終わらないうちに、左右の黒が動く。

重厚な巨体からは考えられないほどの速度で動いたそれらは、瞬時に兵士をつかみ、木の枝のような手軽さで首を折る。

もう一人は、雪の中を飛ぶように、伝言役の兵士を追いかける。
道半ばで追いつかれた兵士は、抵抗する暇も無く、体を折られ絶命した。


「ちょっと、最後までちゃんと言わせてよね」

ため息とともに友理奈は言うが、二つの黒は答えない。

「まぁ、仕方ないか。頭の方を犠牲にしちゃってるんだもんね」

ぽんぽんと頭を叩く。
401 :ただの名無しでしたから :2014/10/18(土) 23:05
「人の家の庭で何を暴れてるのさ」

声がしたほうを友理奈は見る。

山道を降りてきたのは里沙。

今にも飛び掛ろうとする者を友理奈は制する。

「あなたが新垣里沙さん?」
「だったら何?」

兵を追いかけていた者も、戻ってくる。

3対1。

ちょっとしんどいかもしれない……
それに……

里沙は、友理奈の両脇に並ぶ者を見る。

異形。

第一印象はまさしくそれだった。
402 :ただの名無しでしたから :2014/10/18(土) 23:05
ただし、その体型は戦闘においては強力であることは見て取れる。
あまりに発達した筋肉。
鎧を全身にくまなく身に着けていても、その動きは俊敏そのものだった。
単純な力という点では、並ぶ者はいないように思えた。

友理奈の合図で、両脇に並んだ彼らが、一斉に里沙へと襲い掛かる。

獣を思い出させる俊敏な動きで迫る彼らに捕まれれば、先ほどの兵士と同じ運命をたどることはわかっている。
伸びてくる手を避ける。

里沙は剣を抜く。

それを気にすることなく、変わらずに2人は突っ込んでくる。
コンビネーションというものは存在しない。
それぞれが、思い思いに迫ってくる。
時にお互い肩をぶつけ合いながらも、里沙に迫ってくる。

里沙の剣は、鎧を通さない。
逆に鎧と鎧に挟まれて折られそうなほど。

仮に1対1であれば、里沙はすぐに捕まっていただろう。
大きな2つの体積が行き来していることで、逆に隙間が生じ、里沙はかろうじて逃れていた。
403 :ただの名無しでしたから :2014/10/18(土) 23:05
そんな状況であったが、里沙は一つだけ気付いたことがあった。
飛び掛ってくる二人は、キュービック・ジルコニアを身に着けていないことを。

もしかしたら……

駄目元で放つ氷の力。
足元の雪とともに、氷が二人の両足を地面に縫い付ける。

そのことが意味することは、精霊術が無効化されないという事実。

これなら……

里沙がそう思い出したとき、うなり声と共に、二つの塊が視界へ再び飛びこんでくる。
彼らは、単純に力で無理やり、両足を氷の呪縛から解き放っていた。

かろうじて指先からは逃れるが、遅れてやってくる体をまで避けることは出来ない。
鎧に包まれた肩が、里沙へ直撃する。
全身がバラバラになるほどの衝撃を受け、雪を巻き上げながら地面を滑る。

404 :ただの名無しでしたから :2014/10/18(土) 23:05
そのまま、全身が急に冷たくなる
自分が川へ転がり落ちたことに気付く。
痛みに加え、急激な体温変化によって、四肢が動かない。
思わず飲み込んだ水は肺へ至り、一気に体内から酸素を奪い取る。

死ぬ……

そんなことが頭によぎったとき、体が持ち上げられる。

目の前に見えたのは友理奈。

「意外と簡単な仕事でしたね。舞美ちゃんもどうして失敗したんだろう」

武器を構える。
友理奈が使うのは槍。

吸った息はむせこむだけで、言葉にはならない。

里沙の体が放り上げられる。
落下してくる彼女を目指して、槍を伸ばす。
405 :ただの名無しでしたから :2014/10/18(土) 23:06
カンと、鳴ったのは金属音。

里沙の体は貫かれること無く、そのまま雪の中へ埋もれていく。

「そこまでよ」

声と共に、続けて矢が2本放たれる。

友理奈は後ろに跳ねてそれを避ける。
雪に刺さった矢から発された炎が、他の二人を襲うが、彼らはそれを鎧で受ける。
しばらく燃え続けた炎が消えるまで、二人は立ったままで、何の反応もみせなかった。

「化け物」

はき捨てるようにさくらは言い、再び矢を番える。
その隙に、亜佑美は里沙を雪の中から助け出す。

「あんたたち……」
「本当は落ちてくるところをキャッチするつもりだったんですが、ちょっと間に合いませんでした」

亜佑美はそう言って、里沙を後ろの兵に渡す。
406 :ただの名無しでしたから :2014/10/18(土) 23:07
この場に新しく加わったのは、さくらと亜佑美。それに3人の兵士だった。
407 :ただの名無しでしたから :2014/10/18(土) 23:08
 
408 :ただの名無しでしたから :2014/10/18(土) 23:08
 
409 :ただの名無しでしたから :2014/10/18(土) 23:15
>>389-406 更新終了です。(>>405がコピペミスで1行コピペできていなかったので>>406が1行だけになっています。申し訳ございません)

>>387 ありがとうございます。メンバーが足したり引いたりややこしいですが、それぞれの次を待っていていただければうれしいです。

>>388 ありがとうございます。最初からでてきて色々とやっている割につかめない人なので、また帰ってきた時を楽しみにしていただければうれしいです。
410 :名無飼育さん :2014/10/19(日) 21:32
毎週の更新楽しみにしております
修行編や進撃の巨人出陣など盛りだくさんですが、巨人さんの隣の人の
>体の丸みは常人の倍程度。
で一瞬某メンバーを想像してしまいましたw
411 :名無飼育さん :2014/10/26(日) 08:50
ピンチからの・・・!
こういう展開のこういうところで切られるの
わくわくが次回更新まで持続するんで大好きですw
412 :ただの名無しでしたから :2014/10/26(日) 22:24
「へぇ、真打登場というわけだ」

今にも飛び掛ろうとしている二人を制しながら、友理奈は言う。

「それに、この二人は化け物じゃないよ。ちゃんと魔道兵という呼び名があるんだよ」

少し得意げに友理奈は続ける。

魔道兵。
彼らはそう呼ばれた。

闇の力によって、知能と引き換えに著しく発達した肉体は、手足があることを除けば、人間らしさを微塵も感じることはない。

異形。

その言葉がまさしく当てはまる者だった。
413 :ただの名無しでしたから :2014/10/26(日) 22:24
「石田さん、そっちの二人をお願いします」
「あいつには精霊術効かないなら逆でしょう?」

亜佑美が反論する。
この場でキュービック・ジルコニアを持っているのは友理奈だけだった。
ならば、精霊術を不得手とする自分が友理奈の相手をすることが望ましいと考えた。

けれども、さくらはその提案には答えずに矢を放つ。

さくらの目的は、勝つことではなかった。
この場は相手を下がらせることができればよいと判断していた。

少なくとも、自分は二人の魔道兵を相手にすることは出来ない。
さくらはそれがわかっていたから、亜佑美にそちらを任せた。

彼らを自由にしておくことの方が、この場で自分達の生存確率を著しく下げることをわかっていた。

亜佑美は好きではなかった。
それでも、彼女の力は十分に信頼していた。

亜佑美もそれ以上反論することはない。
すぐに頭を切り替えて、魔道兵と向き合う。
さくらのことは好きではなかった。
それでも、彼女の判断は十分に信頼していた。

「新垣さんをお願い。この場から離れて」

残った兵士に言い放ち、亜佑美は雪を蹴る。
414 :ただの名無しでしたから :2014/10/26(日) 22:24
魔道兵のスピードは十分に早いものであったが、それでも亜佑美にとっては対応できるものであった。
特に、二人がバラバラに戦略なしに動くため、余計に避けることは簡単だった。

亜佑美の剣は二人を何度も薙ぐ。

ただし、それでも十分なダメージを与えることは難しかった。
全身をくまなく覆う鎧。
そして、鎧の下の肉体は、鋼鉄と呼べるほどのものであり。
鎧の隙間を狙って薙ぐ剣も、十分にとおらない。

斬るのは駄目……

だからといって、突く選択はできなかった。
関節を狙って突くことで、筋肉の防御を潜り抜けて致命傷を与えることができるかもしれない。
問題はその後。
筋肉の合間に挟まれた剣は、おそらくすぐに抜くことはできない。

一人は倒せても、二人目に剣は使えない。

かといって、亜佑美の精霊術では相手にならない。
さくらの術ですら、平然と立っていられたほどなのだから。
415 :ただの名無しでしたから :2014/10/26(日) 22:24
大きく振るわれた拳を避ける。
単調で緩急のない攻撃。
いくら速くても避けるのは簡単だった。

さくらの策が何なのか。
亜佑美はわかっていなかった。

自分がこのまま、二人を引き付けていればいいのか。
自分がこの二人を倒すことが前提なのか。

ちらりとさくらの方を見る。
それほどの余裕が亜佑美にはあった。

さくらの方も状況は五分五分といったところに見えた。

精霊術とキュービック・ジルコニアの関係。

さくらは、早貴や桃子を使っていくつかの実験をしていた。

精霊術の影響がどこまで打ち消されるか。
416 :ただの名無しでしたから :2014/10/26(日) 22:25
火や雷、水といった精霊術で生み出したものは、近づいた瞬間に消失する。
さくらが考えたのは、実際に存在するものに精霊術を付加した場合。

特に、自身が放った矢を、精霊術で加速、軌道変更した場合にどうなるかといったことだった。

ただし、それに関してはさくらはある程度の予想は出来ていた。
早貴と対した時のことを加味すれば、実験というよりも、確認に近かった。
そして、それは概ね的中していることとなった。

結果としては、精霊術によって、加速した場合は、その速度自体が0となる。
精霊術の力で軌道変更した分には、軌道変更は有効となる。
近距離で精霊術自体が打ち消されなければ、の条件付きとなるが。

つまり、精霊術で威力を付加したものでなければ、実際の物質でも有効となる。
さくらが理解している法則は、そこまでだった。

だから、さくらは友理奈に向かって、それに則って矢を放つ。
友里奈は長身であり、それに加えてリーチの長い槍を持つ。
それをかいくぐるように、術で起動を調節していく。

それでも、さくらの放った矢は防がれる。
槍の柄をうまく使い、友理奈は捌いていく。
417 :ただの名無しでしたから :2014/10/26(日) 22:25
友理奈の動きを止めるというだけなら、それで達成していた。
さくらの作戦としては、それは最低条件であった。

後は、亜佑美が魔道兵を倒してくれれば、数的有利が達成される。
そうすれば、相手も引くはずだった。

さくらも亜佑美の様子を伺う。

悠々と相手の攻撃を避けている。
そこまではさくらの想定どおりだった。
けれども、亜佑美の剣が何度も相手を薙ぐが、一向に倒れる気配が無いことに気付く。

その時、不意に亜佑美と目が合った。

それだけで、さくらは理解した。
418 :ただの名無しでしたから :2014/10/26(日) 22:25
さくらは、矢を一本、亜佑美の方へ放つ。

伸ばした相手の腕をくぐりぬけながら、亜佑美が避けた矢は、雪に刺さる。

そのやり取りの間に、亜佑美は理解した。
さくらの意図を。

一人目の攻撃をやり過ごしながら、刺さった矢を手に取る。

体全体を浴びせるように突っ込んでくる二人目を飛び越え、手に持った矢を首元に刺す。

「小田!」

その瞬間、魔道兵の頭が光と共に吹き飛ぶ。

雷の精霊術。

矢を通して体の内部から放たれたそれには、強靭な肉体など意味を成さなかった。
419 :ただの名無しでしたから :2014/10/26(日) 22:25
「嘘!」

友理奈が声を上げる。

その間に、亜佑美の剣がもう一人に突き刺さる。
喉元を貫通しながらも、彼は尚も動き続けたが、二度腕をふるった後に倒れこみ、そのまま動かなくなった。

「はぁ……」

さくらの矢を打ち落とし、友理奈は息を一度吐いた。

さくらは、少し気付いていた。
もしかしたら、彼女は本気ではなかったのでないのかと。
亜佑美の様子を伺っていた自分だったが、相手もそうだったのではないかと。
さくら自身も、彼女に足止めをされていたのではないかと。

矢を立て続けに放つが、一振りで全てなぎ払われる。

一歩ごとに距離が近づく。
次に矢を放った時には、既に友理奈の間合いとなっていた。

亜佑美はまだ剣を抜くことが出来ない。
魔道兵がうつ伏せに倒れたため、下敷きになった柄をすぐに手にすることができなかった。
420 :ただの名無しでしたから :2014/10/26(日) 22:25
近接戦闘は、さくらの範囲外だった。
こういった場合を想定して、最低限の訓練は積んでいたが、それだけでどうにかなる実力差ではなかった。

槍が、左肩を貫く。
手にした弓が落ちる。

それからは一瞬の判断。
槍が引き抜かれ、次の一撃がくるまでのわずかの間に、さくらは術を放つ。

自分に対して。

全身が衝撃に包まれながら、後ろに吹き飛ぶ。
距離をとるにはこの方法しかなかった。

ザッという音と共に、浮遊感が消え、目の前が白くなる。

雪に着地したことを理解するが、すぐに体を起こすことはできない。
なんとか上げた頭で、友理奈の姿を確認する。

体勢を立て直すくらいの距離は離れているが、打開策は思いつかない。
421 :ただの名無しでしたから :2014/10/26(日) 22:26
弓はもう手元には無い。
矢筒も飛ばされている途中に外れたのか、腰には何も無い。

この距離になったが、実際には何もできなかった。

それでも、唯一の希望は、亜佑美が間に合ったことだった。

友理奈と槍が亜佑美を襲う。

槍の長さも加え、手足も長い友理奈。
遠心力は長さに比例する。
友理奈の槍を受けた亜佑美は、衝撃で体が浮き上がる。

そこへ続けざまに連続的な突きがやってくる。
体勢を立て直しながら、それを捌くが、次々に体を掠めて赤が舞う。

次に横に薙いだ槍を屈んで避けて、そのまま大きく一歩進むが、それでも、まだ自身の剣は届かない。
もう一歩詰める前に、引き戻された槍が迫る。
下から上へ突き上げるそれに、咄嗟に体を引く。
422 :ただの名無しでしたから :2014/10/26(日) 22:26
顔の前を通り過ぎる槍の先を見送ってから、体を戻したとき、左から衝撃が襲った。

距離が近づいた分、槍の真ん中を持って下から突き上げられた攻撃。
それが避けられたとき、友理奈は中心から回転させるように柄の部分を遅れて振り上げた。

鈍い音が体内から響き、石突きが体に食い込む。

流れるように続けられる突きを避けるために、亜佑美は大きく後ろに跳んだ。

着地した衝撃だけでも、わき腹に激痛が走る。
プレートで覆われていても、肋骨が折れていることは確実だった。

強い……

決して油断していたわけではなかった。
けれど、焦りはあった。
判断を鈍らせるほどには。
423 :ただの名無しでしたから :2014/10/26(日) 22:26
一度息を大きく吐いて、呼吸を整える。
呼吸の度にも痛みが強くなっていた。

「やぁっ」

声を出して、地面を蹴る。

間合いに入る前に、剣を振るう。
回転運動を始めようとする槍を、直線的に弾く。
連続的に打ち鳴らされる金属音。

友理奈にというよりも、槍自体に攻撃するかのように。
自分が防いでいるのか、相手が当てているのか。
友理奈自身はわかっていなかった。

ただ、徐々に自分が遅れてきていることだけはわかる。

自身が思っているよりも、先に槍が動いていた。
いや、動かされていた。

カン。

大きく槍が弾かれる。
その時にはもう亜佑美の間合いになっていた。
424 :ただの名無しでしたから :2014/10/26(日) 22:26
槍を戻そうとすることを諦める。
せまる剣を防ぐことができないのは明白だったから。

斜め上から振り降ろされる剣を避けることなんてできない。

ざっくりと肩からが切られるが、その途中で反射的に出た足が、亜佑美の体を押して遠ざけた。

はぁっはぁっ……

呼吸が荒いのは亜佑美も同じ。
額にびっしりと汗が浮かぶ。
痛みはどんどん強くなっていく。

すぐに追撃をすることは難しかった。

その時、背後から大きな声が聞こえてくる。
振り返ると、たくさんの兵士がこちらに向かってやってくるところだった。
425 :ただの名無しでしたから :2014/10/26(日) 22:26
「さすがに、ここまでね」

友理奈が舌打ちし、槍を持ち上げて大きく三度振る。

それに応じるように、遥か後ろから黒い塊が現れた。

その黒い塊には見覚えがある。

魔道兵。

まだいたの……

この状況でもう一人を相手することは困難だった。
ちらりと後ろを見る。
さくらはすぐ近くにきていた。

彼女もまた、それを感じているようだった。
426 :ただの名無しでしたから :2014/10/26(日) 22:27
魔道兵は、こちらに近づいてくる。
それも、先ほどまでの二人とは動きが違っていた。
走り方を見ているだけでわかるほど。

俊敏で、洗練されていた。

もう一つ、先ほどの二人とは大きく違うのは、首元から垂れる一房の髪。

魔道兵が、友理奈の元へ辿り着いたのと、兵士達が着いたのはほぼ同時。

亜佑美は、さくらをかばう様に前へ移動する。

二人を相手にすることは不可能なことはわかっていた。
ましてや、さくらを守りながらなんて、絶対に。

しかし、そんな亜佑美の思いとは裏腹に、友理奈を肩に乗せ、すぐに反転して離脱を始める。
さくらが術を使うが、背を向けたまま、それは簡単に避けられた。
427 :ただの名無しでしたから :2014/10/26(日) 22:27
「追わないで」

さくらは兵士に告げる。
追いかけたところで、自分か亜佑美でなければ、相手にならないことはわかっていた。
ただただ、白の中を遠ざかっていく黒を見る。

「大丈夫?」
「石田さんこそ……」

そう答えながら、さくらは考える。

「魔道兵という呼び名があるんだよ」
確かに彼女はそう言った。
そして、亜佑美と戦う二人を観察していたこと。

それが意味することは……

さくらは、自分の考えが至る結論が嫌になる。

魔道兵というものは、多数いる。

これは確実な事実と考えてよかった。
でなければ、あれだけの戦力を失うことを、黙ってみていることはしないはず。

加えて、最後にでてきた一人の存在。

亜佑美が二人を相手に出来ていたのは、いくら力やスピードがあっても、動きが単調で無駄が多かったから。

最後に出てきた一人くらいの動きだったなら……

早急に対応を考えなければいけないことは明白だった。
北部への道を断ったことを少し後悔する。
それでも今の現状で対策を考えなければならない。
428 :ただの名無しでしたから :2014/10/26(日) 22:27
できるだろうか……

さくらは少し不安を覚える。

「小田ちゃん、帰ろう」

その時、ポンと頭を叩かれる。

「今、小田ちゃんって言いました?」
「別にいいじゃん」
「いいですけど、私、石田さんのこと余り好きではないですよ」
「私もね」

一度軽く微笑んでから、亜佑美は先に歩き出す。

「別に、そんなに……じゃないですけどね」

その後ろに姿に、そうつぶやく。

「何か言った?」
「いいえ。何もありません」

振り返る亜佑美にそう言うと、さくらも歩き出した。
429 :ただの名無しでしたから :2014/10/26(日) 22:27
 
430 :ただの名無しでしたから :2014/10/26(日) 22:28
 
431 :ただの名無しでしたから :2014/10/26(日) 22:31
>>412-428 更新終了です。

>>410 ありがとうございます。バラバラになったので多展開で盛り沢山になりそうですが、ややこしくならないように気をつけていきます。
>>411 ありがとうございます。今度から更新の区切りの参考にさせていただきますwドキドキが長引かないように、定期的な更新を続けられるようにがんばります。
432 :名無飼育さん :2014/10/28(火) 06:44
更新乙です
ビジネス不仲とも囁かれる現実の石田小田の関係が反映されてる感じがして楽しめました
互いの足りないところを補うようなコンビプレイもいいですね
433 :ただの名無しでしたから :2014/11/23(日) 21:59


目の前に突如現れた炎。

しかし、現れたのはほんの一瞬。

すぐさま、剣が炎を斬る。

消失する炎と共に、剣も消えていく。

そんな現象が3度繰り返された後。

パチパチパチ

部屋が明るくなり、拍手の音が響く。

「もう、大丈夫ですね」

彩花の言葉に、里保はふぅっと息を吐いた。

「ありがとうございます」
「いいえ、私はヒントを出していただけです」
434 :ただの名無しでしたから :2014/11/23(日) 21:59
半年。

彩花が言った期間は、飛ぶように過ぎていった。

「鞘師さん、お願いします」

そして、遥。

里保の修行に付き合って過ごした半年間。

それがどれだけ自分の力になったのかわからない。
どれだけ自分の悩みの答えに近づいたのかわからない。

それでも、何かをしているという意識は、自分の気持ちを楽にしていた。

里保と剣を交える遥。
里保には結局、半年間一度も勝ったことはなかった。
それでも、手ごたえはあった。

遥か自分の先を進む里保に、少しでも近づけたような。

彩花も、それは感じていた。
だからこそ、半年が経過した今日。

彼女は覚悟を決めていた。

「ただし、こればかりはどうなるかわかりません。
あなたがどういった判断を下されるのか」

彩花が最初にいったその言葉。遥も軽く忘れていたその言葉。
その判断を下してもらう時が来たということを。
435 :ただの名無しでしたから :2014/11/23(日) 21:59
二人のやりとりは、最終的には、この半年間と同じように、里保の剣が遥の目の前にかざされる形で終わる。

「結構いけてると思ったんですが」
「途中で切り返したときの隙が大きいよ。
あそこはそのまま振り切ってから、次の動作に入る方がいいかもしれない」

その後に続いた反省会が一区切りするのを見計らって、彩花は二人を呼んだ。

「お二人がここに来てから、半年が経ちました。
だから、お二人に見ていただかなければいけない物があります」

付いて来て下さい、と言って歩き出す彩花に、二人は何も聞くことなく付いて行く。

そこは、館の一番奥。

一つの扉があった。

半年間、ここで暮らしていたが、二人はこの扉を開けたことは無かった。
そもそも、生活に必要な部屋にだけ立ち入るだけで、この館のすべてを回ったわけでもなかったが。

それでも、この扉は見たことが無かった。

今まで何度か通ったことのある場所だったが、ここに扉があると認識していた覚えはなかった。

気のせい。

遥も里保も、そう思ったから、お互いに口に出して確認することはなかったが。
436 :ただの名無しでしたから :2014/11/23(日) 21:59
「この中へどうぞ」

そう言って開けられた部屋に、二人は入っていく。

バタン。

二人が入ると、扉が閉められる。

そして、鼻につく臭い。

それは、二人ともよく知っていた。

血の臭い。

それを感知して顔を見合わせたとき、部屋の奥にある扉が荒々しく開き、一人の女性が飛び込んできた。

勢いのまま、倒れた女性。
元々は白い服だったそれは、泥と血でその面影も無い。
傍らには1本の剣。

茶色の鞘に金の意匠が施されたそれを、両手でしっかりと抱いていた。

雷の混じった雨の音が響く。

その扉の向こうが外だということに、気付いた。

しかし、それ以上に二人を驚かせたのは、その女性が彩花だということだった。

「和田さん!」

二人が駆け寄るが、その時に戸口に立つ影に気がつく。

人というよりも里保が感じた気配は獣。

扉を通れそうも無い巨体が、そこにはあった。
437 :ただの名無しでしたから :2014/11/23(日) 22:00
「どぅー」
「はい」

遥もそれに気付き、二人の意志はそれだけでつながる。

扉へ駆け出し、剣を振るう。

巨体はそれに似合わない敏捷性で後ろに下がった。

そのまま、里保は外へでる。

雨はしとしとと降っていた。

そういえば……

里保は思う。

雨が降っていない日は無かった気がする。

常に響いていた雨音。
そして、時折混じる雷。

その意味を、里保は今はまだ知ることは無い。
438 :ただの名無しでしたから :2014/11/23(日) 22:00
目の前にいるのは4人ではなく、4体。
里保はそう数えた。

魔道兵。
彼女の前にいるのは彼らだったから。

4個の体が里保を襲う。

その攻撃を避けながら、里保は剣を抜く。

避けることは不可能だった。
里保が、半年かけて磨いた技術。

剣をすばやく抜くことに特化したそれは、今までの里保の剣技と比べて速さも鋭さも段違いだった。

一人、二人、三人と彼らの鋼の肉体を、ゼリーでも切るかのように里保は切り抜いていく。

ただし、彼らはそれに対しての畏怖といったものは全く持ち合わせていない。
三人が瞬時に戦闘不能になったにもかかわらず、何も変化なく同じように里保へ向かってくる。
439 :ただの名無しでしたから :2014/11/23(日) 22:00
その時。
扉が開いた。

開いたというよりも、派手な音を立てて打ち破られたそれに、思わず目を奪われた。
飛び出してきたのは遥。
手にしていたのは青い剣。

思わず見とれてしまうような、透き通る青。
淡い光を放つそれは、サファイアの刀身を持つジュエルウェポン。

遥に向かって進路を変える魔道兵を避ける動きは、彼女自身の物ではない様に。
俊敏な動きは、昨日まで自分が相手をしていた遥の動きではなかった。

里保は、加勢することを忘れて、ただただ見ていた。

遥の剣戟は、あらゆる角度から生み出される。
二度、三度と斬られた彼らの体が折れる。

そこへ、遥の剣が突き刺さる。

体を貫通した剣。

青い光が、薄暗い中で妙に輝いた。
440 :ただの名無しでしたから :2014/11/23(日) 22:00
「どぅー」

里保が声を掛ける。
それに答えるかのように、遥は里保に向き合う。

――りほりほ、気をつけて――

さゆみの声が聞こえるが、里保もそれを感じ取っていた。
尋常ではない気配を。

その予感は的中し、遥は里保へ向かって斬りかかる。

この半年の間に、何度も手合わせをしたからすぐにわかった。
遥の動きは、彼女の者ではなかった。

速度も威力も、遥の比ではない。
里保は剣を使ってそれを受け流す。

剣を抜いたままでいる。

それは、居合いという形とは真逆なもの。

しかし、それは彩花が里保へ教えたことだった。

鞘に納めるという行為の必要のない鞘術。

それは、剣を使って防御していても、攻撃の際には常に剣を抜けるということ。
441 :ただの名無しでしたから :2014/11/23(日) 22:00
里保が剣を抜く。
彼女の剣は空を切るが、避けた遥の額が薄く切れた。

すぐに剣を抜きなおす。
居合い術では不可能な連続攻撃。
これも、鞘術を使う者ならではのこと。

その剣を遥も十分に避けることは出来ずに、次々に傷が増えていく。

――りほりほ、あの剣を――

「わかってます!」

さゆみの言葉をさえぎるように叫ぶと、下がろうとする遥を追いかけるように飛び掛って剣を抜く。

バンッと音が響いた。
遥の手首を捉えた里保の剣。

切れ味を限界まで落としたそれは、遥の手を切り落とすことなく。
打撃の衝撃で、遥は剣を落とす。

その瞬間、遥も事切れたかのようにその場に倒れるが、里保はなんとかそれを受け止めた。
442 :ただの名無しでしたから :2014/11/23(日) 22:01
「どぅー」

呼びかけるも返事が無い。

――大丈夫、気を失っているだけ――

代わりに答えたのはさゆみ。

「この剣は、何なんですか?」

――この剣は、この国の王が輝ける闇と戦った時に使った剣なの――

「輝ける闇と……」

地面に横たわり、雨に濡れながらも淡い光を放つ剣を見る。

「それについては、私から説明します」

いつの間にか、彩花がすぐ近くに立っていた。
彼女は剣を拾い上げ、鞘に納める。
それは、先ほどの倒れていた女性が抱いていた鞘と同じものだった。

彩花に促されるように、里保は遥を肩に抱えて建物へと戻っていった。
443 :ただの名無しでしたから :2014/11/23(日) 22:01


「大丈夫ですか?」

倒れている彩花を抱え上げて、遥は部屋を出ようとする。

「……ごめんなさい」

背後から聞こえたのは彩花の声。
彼女はぽつりとそう言って、女性が持っている剣に手をかける。
それまで加えていた力がなくなり、剣はそのまま彩花の手に渡った。

「和田さん……どういう……」

遥は二人の彩花を交互に見る。
完全なる同一人物がそこにはいた。

双子。

その言葉が思い浮かび、納得がいく。
444 :ただの名無しでしたから :2014/11/23(日) 22:01
「和田さん、ここをお願いしてもいいですか?私、鞘師さんを援護しないと」

立ち上がる遥に、彩花はそっと剣を差し出した。

「これは……」
「これが答えです。あなたが求めていた答えが得られるかどうか。この剣を抜いてください」

遥は躊躇した。
剣を受け取ることに。

すぐに手を伸ばすことはできなかった。

「あなたがどういった判断をくだされるか……」

ここにやってきて、最初に聞いた言葉を思い出す。

目の前の剣に力があることは、鞘に納められていても感じることができる、

「大丈夫です。心をしっかりと持ってください。あなたならできます」

彩花は遥の手をとり、そっと剣に添えさせた。
445 :ただの名無しでしたから :2014/11/23(日) 22:01
――力が欲しいの?――

その時、声が聞こえた。
女性の声。
さゆみと話している時のような。
頭に直接響く声だった。

「……」

遥は答えず、代わりに剣を抜いた。

青い光。
サファイアの輝きを目にした遥の意識は、そこでなくなる。
446 :ただの名無しでしたから :2014/11/23(日) 22:01
目が覚めたとき、遥は闇の中にいた。
反射的に、ここは夢の中だと思った。

次に目を覚ましたのはベッドの上。
気がついた瞬間に、右手に激痛が走った。

「起きた?」
「鞘師さん、これは……」

覗き込む里保の顔を見ながら、遥は引き寄せた自分の右手を見る。
包帯でぐるぐると固定された腕。
痛みはもちろんそこからだった。

「ごめん、手を切り落とさなくてよかったと思ってて」
「どういうことですか?」
「覚えてないの?何も?」

里保の問いかけに、頷く。
そして、自分が意識を失っていた間の話を聞く。
447 :ただの名無しでしたから :2014/11/23(日) 22:02
全く覚えが無いが、実際にこうして腕が折れていることが何よりの証拠だった。

「どぅーに当てようと思ったら、本気でやらないと無理だったから」
「そんなこと、ないですよ」

起き上がり、もう一度謝ろうとする里保を制する。
寧ろ、無意識のうちに里保にまで剣を向けた自分が謝るべきであったから。

ふと、目を逸らすと部屋の隅のあの剣が立てかけられているのが目に入った。

『これが答えです。あなたが求めていた答えが得られるかどうか。この剣を抜いてください』

確かにあの時、彩花はそう言った。

『あなたがどういった判断をくだされるか』

といっていた判断がこのことなの?

そもそも、どうして?
どうして彼女は、こうなることがわかっていたの?

疑問があふれる。
ここに来てから少しずつ感じていた違和感はたくさんあった。
448 :ただの名無しでしたから :2014/11/23(日) 22:02
どこかに出かけていく様子もないのに、毎日出される食事。
その反面、今日まで自分達以外に訪ねてくる者は一人もいない。
そもそも、余りにその音があることが普通になりすぎて気にしていなかったけれど……雨が降っていない日はなかったんじゃ……

まるで、ここだけ切り取られた空間みたいな……

「気がついたようですね」

彩花の声がする。

扉が開く音はしなかった。
それでも、彼女はこの部屋の中に現れた。

「あなたは、何者なんですか?」

遥は問う。
里保も、同じようなことを感じていたから、その問いに驚くことはなかった。
449 :ただの名無しでしたから :2014/11/23(日) 22:02
「全て、お話します。もうあなた方がここで得るべきことは、すべて終わりましたから」

ゆっくりと、一度笑顔を作ってから、彩花は話し始める。
それとともに、部屋が溶けていく。

真っ白な空間。
光の中に浮かぶ3人。

里保はそれに見覚えがあった。
さゆみと最初に出会った場所と同じだったから。

「その昔、輝ける闇との戦いの際に、この国の王がこの剣と時を統べし者の力を借りて立ち向かいました」

いつの間にか、彩花の手には立てかけられていた剣があった。

「9の月、サファイアから生み出されたジュエルウェポン。教団の狙いはこの剣でした」

彩花は剣を一度抜く。
先ほど遥が持っていたときよりも、青い光が強く放たれた。
450 :ただの名無しでしたから :2014/11/23(日) 22:02
「ジュエルウェポンは闇を斬ることができます。だから、教団はこれを集めようとしています。
特にこの剣と、ツェーンに伝わる宝石、更にノインに存在する槍。この三つは時を統べし者の力が宿ったものですから、彼らは躍起になって探しています」
「槍はもう存在しないわ。ううん、もう力は残っていないの」

彩花の言葉に続けたのはさゆみ。
いつの間にかさゆみは実体化していた。

「槍は、輝ける闇を封印するために、その力のほとんどを失ったの。もうあの槍には力は存在しない。
代わりに、私はりほりほやフクちゃんに力を与えているわ」
「そうでしたね。槍に宿るのはあなたの力でしたから。ご本人が一番よくわかっていらっしゃる」

「あの……話がいまいち読めないんですけど……そもそも、和田さんは……」

遥が恐る恐る二人の会話に割り込んだ。

「彼女は、リールの王であり、この剣の継承者だったけど……」
「いえ、私はこの剣を上手く扱うことができませんでした。先ほどのくどぅーの方がよっぽど強かったと思います」

「それじゃ、この場所は……」

里保が尋ねる。
451 :ただの名無しでしたから :2014/11/23(日) 22:02
「あなたたちが過ごしたあの空間は、静止した場所。永遠に同じ時間を繰り返していく場所です。
そう、私が死んだあの日をずっと繰り返している空間なのです」

永遠に止むことの無い雨。
存在を隠されていた扉の向こうで、今日まで毎日死に続けていた彩花。

ここは、そんな空間。
閉ざされた、永遠に続く時間だった。

2の勢力が争いを繰り広げるリール。
王位継承権を持っているのは彼女だった。
反対に、継承権から漏れた一族は南へと移り、分裂や統合を繰り返しながら、一つの大きな勢力となっていた。
今となっては、北側よりも強大に。

国中に広がった戦火は、彩花を追い詰める。
城を落とされながらも、かろうじて彩花は王の剣を持ち出して逃げる。

この剣は王の証。
これさえあれば、この国は復興できる。

それが、彼女の思いであるし、この剣を守ることが王となる者に課せられた使命。
決して、自分が十分に使用することができなくても。
452 :ただの名無しでしたから :2014/11/23(日) 22:03
「私達ができることはありませんか?」
「できることとは?」
「あなたは助けられなかったけど……この国を元に戻すために、私たちができることはないですか?」

里保は言った。
彼女が何を意図しているか、彩花はすぐに気付いていた。

自分たちの力で、南に対抗するということ。

だから、それを理解した上で、言った。
「ありません」と。

「「どうしてですか?」」

遥と里保の声が重なる。

無謀かもしれないことはわかっていた。
たった二人で、相手をすることなんて。
でも……それでも、北側の人々と力を合わせれば、この国を救うことができるんじゃないか。
そんな思いを二人とも持っていたから。
453 :ただの名無しでしたから :2014/11/23(日) 22:03
「あなたたちの力を持ってすれば、それは可能かもしれません」
「それじゃ……」
「思い上がらないでください。可能ということと、するべきということは違います。
あなたたちがこの国を救うために、どれだけの時間がかかると思いますか?
その間、あなた達が本当に守るべきものはどうなりますか?」

その問いかけには、里保も遥も答えられなかった。

「この国を守るために、あなたたちはここに来たわけではないでしょう?
自分がすべてを救えるなんて思ってはいけません。あなたたちには、しなければいけないことがあります。
だから、この国のことはもう忘れてください。この国はもう滅びます。それでいいんです。
その代わり、あなたたちは、この世界を守ってください」

「……和田さんはそれでいいんですか?」

かろうじて遥が口に出せた言葉はそれだけ。
彩花は答えずに、ゆっくりと微笑むだけだった。

「確かに、彼女の言う通りよ。りほりほ、急いで戻りましょう」

そう言ったさゆみが険しい顔をしていることに、二人は驚いた。

「何かあったんですか?」
「フクちゃんたちが闇と戦っているわ。すぐに戻りましょう」

里保の問いにそう答えると、さゆみは手を握った。
454 :ただの名無しでしたから :2014/11/23(日) 22:03
「戻るって言われても、ここからじゃすぐには戻れないですよ」

遥が言う。
確かに、里保たちがツェーンからここまでやってくるのに3日程度はかかっていた。
向こうがどういう状況かはわからないが、戦いが始まっている以上、数日も待っていられないことは明白だった。

「私の力を使って下さい。もう私はここにいる理由はないですから」
「……そうね、私はそこまで干渉することはできないから。お願いするわ。
でも、いいの?」
「はい。私の役目は終わりました。この剣は、次の使い手が決まりましたから」

彩花はそう言って遥に剣を差し出した。
遥は、それを受け取るのを躊躇う。

もう一度、先ほどのようなことが起こるかもしれないことが怖かった。

「大丈夫です。あなたならきっと使うことができます。半年間、あなたに伝えてきたことを忘れずに」

恐る恐る差し出された剣に手を掛ける。
あの時の声は聞こえなかったが、遥は剣を抜くことはせずに、そのまま背中に背負った。

「ありがとうございます。がんばってみます」

そうは答えたが、剣を抜く自信はなかった。
455 :ただの名無しでしたから :2014/11/23(日) 22:03
「それでは、行きます」

彩花が言うと、さゆみは里保と遥を引き寄せた。
二人を包むように光が集まってくる。
そこまで確認すると、さゆみは姿を消した。

「はるなんにも、よろしくお伝えください」
「わかりました。またはるなんも一緒に連れて来ますから」

彩花はゆっくりと頷いた。
集まった光が二人の視界を覆っていく。

光が収束した後、一人残された彩花がそっと目を閉じると、空間が元に戻った。
目の前に横たわるのは自分。

汚れていたドレスは、純白に戻り。
真っ白なベッドの上で微動だにすることはなかった。

そっと手をとる。
すぅっと二人の姿が薄れていき、姿が消えていく。

そのまま、すべてが無かったかのように

森の奥には、草むらが広がっていた。
木々の隙間から漏れた光が、わずかに濡れた葉っぱを照らしていた。
456 :ただの名無しでしたから :2014/11/23(日) 22:03
 
457 :ただの名無しでしたから :2014/11/23(日) 22:03
 
458 :ただの名無しでしたから :2014/11/23(日) 22:06
>>433-455 更新終了です。遅くなって申し訳ございません

>>432 ありがとうございます。不仲と言われながら意外といいコンビだと勝手に思ってますので、そう感じていただけたらうれしいです。
459 :ただの名無しでしたから :2014/12/10(水) 22:27
<10 大戦>

巨体が繰り出す拳を飛び越して、剣を振るう。
鋼鉄の鎧に下にある強靭な筋肉を、切り落とす。

倒れてくる体を踏み台にし、亜佑美は後ろに跳躍した。

眼前に広がるのは黒い塊。

魔道兵と呼ばれたそれらは、兵という名にふさわしく、奮迅の働きを見せていた。

上空から降り注ぐ炎や雷。

それにも気を配りながら亜佑美はこの場所を一歩も引くことは無かった。

城下へ続いてく西側の城門。
それを背にしたまま、亜佑美は剣を振って血を飛ばす。
460 :ただの名無しでしたから :2014/12/10(水) 22:27
彼女のもつ剣の柄には一つの宝石。

ガーネット。

1の月の誕生石にして、ツェーンに伝わる時を統べし者の力を宿した宝石。

亜佑美がそれを手にしたのは、里沙の怪我が治ってからのことだった。

「ずっと私が守ってきたものだけど」

そう前置きされて渡されたそれは、新しく打たれた一振りの剣に埋め込まれていた。
精霊術の使えない自分がこれを持つことに抵抗はあった。

これがどれだけ大事なものか、実感までは無い。
御伽噺の中での重要アイテム。
亜佑美たちの認識はそういうものだったから。

ただし、実際に使ってみればその力がよく理解できた。
剣を通して発せられる宝石の力。
魔道兵の体を切り落とすことのできる切れ味は、亜佑美が感じたことのないものだった。
461 :ただの名無しでしたから :2014/12/10(水) 22:28
遠くから大小の爆発音と、地響きが起こる。
それが誰のものであるかは亜佑美はわかっていた。

「亜佑美、もっと下がって」

上から声がする。
それを合図に、亜佑美は門に背中をつくほど下がる。

代わって自分のいた場所を巻き込むように発生したのは巨大な水流。
滝が横に向かって流れているようなそれは、魔道兵を押しのけて程なくして消滅する。

「あーやっぱ、駄目だねぇ」

城壁から体を乗り出して、優樹は叫んだ。
相手は魔道兵だけではない。
教団員がいることで、精霊術の有効性は著しく低下する。

それでも、教団員はまばらであり、圧倒的に多いのは魔道兵。

黒い巨体の群れが幾重にも取り囲む。

遠い所で爆音が響き、光が視界の端で映る。
かすかに地面が揺れるのを感じる暇もなく、亜佑美は再び駆け出した。
462 :ただの名無しでしたから :2014/12/10(水) 22:28


数時間前。

ツェーンの周りを囲むように突如現れた軍勢があった。
全て黒に包まれたそれらの存在を、目前になるまで感知することはできなかった。

闇の精霊術。
それによって秘匿されていたから。

それでも出現の前にさくらが知ることとなったのは、聖のおかげ。
というよりも、さゆみからの言葉を伝言したからだったが。

すぐにさくらが対応を検討する。

友里奈と会ったときから更に2ヶ月が経っていたため、魔道兵が多数いるということは、想定済みだった。
それでも、どこかに4の月までは……という意識があったのも確かだったが。

4の月。

精霊術が最も弱くなる月。
逆に言えば、闇が最も強くなる月であったから。
463 :ただの名無しでしたから :2014/12/10(水) 22:28
さくらはすぐに指示を出す。

聖の精霊術があれば、ある程度の一掃は可能となる。
初手で術を放ち、数を減らすことは大前提とした上で、その後に全軍で当たるという選択肢もあった。

ただし、乱戦になった場合、こちらの不利は見えていた。
何もない平地で魔道兵を相手にできる実力があるのは、亜佑美を含めた数人。
ましてや敵の兵は一団ではなく、城を囲むように配置されている。
術の効果は限定的。
最初にどれだけ数を減らせるかわからないが、圧倒的に不利だった。

精鋭による城門の守護と、城壁からの援護。
その選択しがまだ一番妥当だった。

聖と優樹、そして亜佑美にそのことを伝える。
464 :ただの名無しでしたから :2014/12/10(水) 22:28
「私は?」

春菜の問いかけは、自分がさくらには信頼されていないことを自覚してのこと。

「飯窪さんは、全体の指揮をお願いします。私はそんな余裕はないと思います」

キュービック・ジルコニアの影響と魔道兵の力を考えると、亜佑美や聖と比べて、さくらは自分の力が適していないことは自覚していた。
一番の不安要素は自分のところ。
それでも、魔道兵を相手にするには、それだけの戦力しかなかった。

「……小田ちゃん」
「あなたが操られていたことはわかっています。それに、あなたの力は戦いよりも、人を導く方が合ってるんじゃないですか?」

城内の人間と、この城下に残った人々。
あんなことがあったにも関わらず、特に城下の人間からの信頼は厚かった。
元々、春菜の一族が治めていた地でもあったが、それだけの理由では決してなかった。
それは、ここに陣を取ってから、さくらは実感することが多かった。
ただ、お世辞にも春菜の力は戦力になるとも言えないのも事実だったが。
465 :ただの名無しでしたから :2014/12/10(水) 22:29
「譜久村さんには一つお願いです。最初にある程度の数を減らしたいので、大きめの術を使っていただきたいです」
「はい」
「でも、余力は十分残して置いてください。本番はその後ですから」

術の威力のコントロール。
それはずっと聖が取り組んできたこと。
自分の限界の把握と、術の調整はある程度は思い通りにできていた。

「絶対に、死なないでください」

さくらの言葉に、誰もが無言で頷いた。

聖と優樹が一番に部屋を飛び出す。
続いて亜佑美。
さくらは、最後に春菜に一礼してから部屋を出た。
466 :ただの名無しでしたから :2014/12/10(水) 22:29
城壁から見えるのは、取り囲むように広がった黒。

それを正面から見据えて、聖はおもわず息を呑んだ。
余力を残しつつ、出来る限り大きな力。
そういった調節は、ある程度は体得していた。
それとともに、自分の限界も。

ただし、聖に足りないのは圧倒的な実戦。
自分の術でどれくらいの敵が倒れ、残った敵を相手にどれくらいの余力を残せばいいのか。
そういった計算が全くできなかった。

でも、自分がやらなければいけない。
覚悟を決めて、聖は詠唱を始める。

「この世に響く猛き者よ」

彼女の言葉の一つ一つに反応するように、周りから光が集まっていく。

「天から降り立ち
 我の力と成り給え」

轟音と共に放たれる光の束。
途中で四散したそれは、黒の軍団へ雨のように降り注ぐ。
467 :ただの名無しでしたから :2014/12/10(水) 22:29
背後から歓声が沸き起こるが、それも一瞬。

いまだ広がる黒の軍団は、混乱している様子を見せながらもこちらへ近づいてきていた。

第二波。

咄嗟に聖は考えた。
どれだけの損害を与えたのかわからない。
それでも、迫ってくる黒は確実に減っていた。

このまま、全部自分がやれば、みんなを守ることが出来る。

その思いが聖を動かす。

再度の詠唱。

術式を構築し、呪文を唱えようとしたとき、不意に自分の視界が真っ暗になった。

「だーめですよ、譜久村さん」

術式が崩れて消える。
聖の目を後ろから手で覆っているのは優樹。

「まーちゃん?邪魔しないで」

手を振りほどいて振り返る。
468 :ただの名無しでしたから :2014/12/10(水) 22:29
「ダメダメ。小田ちゃんに言われたでしょ。最初は一発だけ」
「でも……」
「でないと、まさ一人じゃ防げないよ。体力は温存しておかなきゃね」

優樹に言われ、聖は再度の詠唱はあきらめる。
その代わりに、迫りくる彼らには、城壁に並んだ精霊師が術を放つ。

ただし、その半分程度は消滅していた。
優樹も間に術を挟むが、それも同じ。

城壁の外に降りたのは亜佑美。

門へと続くただ一本の道をふさぐように立つ。

亜佑美のような戦力がもう数人こちらにいれば。
里保の不在をさくらは残念がるが、それでもいない人間のことを考えることはできない。

そもそも、ここは、自分たちの国。
自分たちで守らなければいけない。

周りへ術の指示を出しながら、さくらは次々と矢を放つ。

それでも追い付かずに門の前に押し寄せる魔道兵。

亜佑美が残ったそれを捌いていく。
469 :ただの名無しでしたから :2014/12/10(水) 22:29
そうしたやり取りを始めてしばらく。
聖は自分の体の異変に気付き始めていた。

計算上はまだまだ余力があるはずの自分の力が、かなり限界に近づいている、ということに。

ただし、その理由は単純なものだった。
実戦による緊張や焦り。
普段と明らかに精神状態が違う中での術の使用は、体にかかる負担がいつもと全く違っているのだから。

そう長くはもたないかもしれないという不安。
だからこそ、しっかりと命中させなければという焦り。

そんな思いが更に術をブレさせる。

その時だった。

まさしく黒。

光を全て吸収するような、圧倒的な黒。

それをまとった金髪の女性が、城壁の高さに現れた。
470 :ただの名無しでしたから :2014/12/10(水) 22:30
 
471 :ただの名無しでしたから :2014/12/10(水) 22:30
 
472 :ただの名無しでしたから :2014/12/10(水) 22:30
>>459-469 更新終了です
473 :名無飼育さん :2014/12/19(金) 16:56
おおおお
金髪の女性は誰だ!?
474 :ただの名無しでしたから :2014/12/21(日) 21:51
彼女と目が合う。
聖は動けなかった。

代わりに、周りが術を放つ。
矢のように降り注ぐそれは、全て彼女の周りでかき消される。

腕を上げる。
キラリと光る宝石。
その輝きは、人工物であるキュービック・ジルコニアとはかけ離れたもの。
相対する聖ですら、思わず心を奪われそうになるほどの輝きだった。

ダイヤモンド。

4の月の宝石にして、闇を司る宝石。

その輝きに黒が収束していく。

駄目……

聖は思った。

それでも、声すら出せなかった。
全身で感じる恐怖が、逆に彼女を縛り付けた。
475 :ただの名無しでしたから :2014/12/21(日) 21:51
黒がはじける。

キュービック・ジルコニアでは決して為しえない。
ダイヤモンドを通してしか使用する完全なる闇の精霊術。

自分の横を通り抜ける闇。

それは、建物であっても、人であっても触れたものを全て抉りとって消失させた。

たちまちに広がる悲鳴。

「譜久村さん!」

背後からの優樹の声を聞き、聖はようやく体が解き放たれる。

第2波の闇が放たれる。

自分に向かってくる闇に対してできることは、術を合わせることくらい。

聖の術と激しく打ち合った闇は、お互いに消失する。

少し表情を変えたのは、相手の女性。
人形を思わせるような無機質な表情が、少し緩んだ。

「へぇ」

短くそう言葉を切る。

そうして、予備動作も無く、次々に放たれる闇。
聖もそれに必死にくらいついていく。
現れては消えていく光と闇。
476 :ただの名無しでしたから :2014/12/21(日) 21:52
力は互角。

少なくとも、後ろから見ていた優樹はそう感じていた。
けれども、聖の認識は違った。
自分の限界が近づいていることがはっきりとわかっている。

それでも、ここは自分が防ぐしかない。

自分の力が空になるまで、こうしているしかないという事実。
限界へ容易く誘導されそうなそんな状況でも、聖は変わらずにそれをこなす。

それは、彼女には唯一の希望があったから。

教団が攻めてくることを自分に告げるときに、さゆみが言い残した言葉。

――すぐに戻ってくるから――

それを信じていた。

里保や遥が戻ってくることを。
477 :ただの名無しでしたから :2014/12/21(日) 21:52


そうして過ぎ去った時間は、どれくらいだっただろうか。
何人を斬ったのか、あゆみは覚えていない。

徐々に溜まりつつある疲労とは反対に、敵の数はさして代わっていないようにも思えた。

先ほど大きな破壊音がした後で、それ以降の音が無いことも気になっている。

定期的に起こっていた爆発音は聖の術によるもの。
そして、最後に起こったのは、自分の後ろから聞こえたようにも思えた。

という事は……

嫌な考えを思い浮かべるが、今は自分のやるべきことを考えるべきだと言い聞かせる。

その辺りのことは春菜やさくらが考えるべきことであり、自分は今やらなければいけないことをしっかりと。

魔道兵の腕を切り落とし、一旦後ろに下がる。

余り前に突っ込みすぎては、城門を守ることができないのだから。

と、亜佑美が一呼吸置いたその時だった。
478 :ただの名無しでしたから :2014/12/21(日) 21:52
城門前に突如として発生した光の玉。

それが大きく弾けると、光の中から現れた人影。

敵の精霊術かと思い、慌てて斬りかかろうとした亜佑美は、それを確認して体を止めた。

「あゆみん!」

現れたのは里保と遥。
戦いが始まっているという情報しか得ていない二人だったが、亜佑美と少し離れて囲む黒の軍勢を見れば状況はすぐに理解できた。

「どぅー、ここは私と亜佑美ちゃんに任せて、中に入って」
「いえ、戦います」
「駄目、手を怪我してることを忘れたの?ここから離れて手を治してもらって」

言いながら、里保は亜佑美に目配せをして走り出す。

まるで、まだいける?とでも言いたそうな眼差し。

「どぅー、行って。ここは二人で大丈夫だから」

言い残して、里保の後を追う。
479 :ただの名無しでしたから :2014/12/21(日) 21:53
かなり興味があった。

里保の剣がどのように代わったのか。

さっきまでとは格段にペースを落とし、里保の動きを視界に捕らえながら、敵を捌いて行く。

居合い。

春菜がそう言っていた。
ただし、里保の使っているものは、亜佑美が知っているそれとは全く違っていた。

攻撃の瞬間だけ抜きなおすだけで、基本的には剣を抜いたままの剣術。

鞘術と居合い。

春菜が言っていた以上に相性のよい組み合わせに、見ている亜佑美も心が躍った。

一人のときの数倍のペースで敵が減っていく。
自身のペースが、里保につられて上がっていくことが自覚できた。
すでに、里保を見ていることはなかった。

お互いに背を向けた状態で、両側の敵を斬っていく。

魔道兵に恐怖という感情があったのならば、とっくに撤退をして終わっていただろう。

近づくものを全て切り去っていく。

そんな空間が二人によって形成されていた。
480 :ただの名無しでしたから :2014/12/21(日) 21:53
――りほりほ、フクちゃんが危ないわ――

亜佑美も里保も、お互いに心地よく剣を動かしていたときに、声が聞こえた。

――工藤が戻ってくるから、交代して中へ入って――

「亜佑美ちゃん、どぅーと代わる。フクちゃんが危ないみたい」

さゆみの言葉を伝える。
それと同時に、城門がわずかに開いて遥が飛び出してくる。

「わかりました」

亜佑美の声を聞き、里保は走り出す。

「どぅー、後はお願い」
「任せてください」

遥は剣を抜く。
ただし、背中に背負ったものではなく、腰に挿した自分の剣を。
481 :ただの名無しでしたから :2014/12/21(日) 21:53
「どぅー、背中の立派なのは飾り?」
「これはヤバイの。また後で説明するけど」

里保と入れ替わり、遥が背中に立つ。
その時、遥の背中の剣と亜佑美の剣に埋められたガーネットが光ったことには、二人とも気付かなかった。

「あゆみん、バテたら休んでていいからね」
「はぁ?あんたこそちゃんと着いて来なよ」

背中越しに声を掛け合って、再び剣を動かし始めた。

それをチラッと見てから里保は城門に飛び込む。

――西の角。城壁の上だからこの先の階段を上がって――

駆け抜ける里保を、さゆみがナビゲートしていく。
すれ違う人波をすり抜けながら、全力で駆けた。
482 :ただの名無しでしたから :2014/12/21(日) 21:53
 
483 :ただの名無しでしたから :2014/12/21(日) 21:53
 
484 :ただの名無しでしたから :2014/12/21(日) 21:56
>>474-481 更新終了です。短いので今週中にもう1度更新できれば……

>>473 ありがとうございます。そういえば今回の更新でも名前が出ていないですね。もう少し引っ張ってしまってすいません。
485 :名無飼育さん :2014/12/24(水) 06:12
newりほりほの活躍に期待
敵勢で4月生まれというとあの人でしょうか?髪色は目まぐるしく変わりますがw
486 :ただの名無しでしたから :2014/12/28(日) 16:13


階段を一気に駆け上がり、視界に聖の立ち姿が目に入ることで、少し里保は安堵する。

ただし、そこには聖を除き、味方は誰もいなかった。
聖と相対する女性。

その二人だけが、周りから切り取られたかのようにそこにいた。

「譜久村さんを助けてください」

優樹に影から声をかけられる。
彼女も、聖の攻防に何の手助けもできないため、離れて様子を伺っていた。

「任せて」

乱れた息を少し整えるように、里保は答えて、聖の元へ駆け寄る。

「フクちゃん」

呼びかけたその時、いくつもの闇が放たれ、それが光と合わさり消えていく。
相手の女性は平然と、表情を変えることは無い。
それに対して、聖の横顔はきつい表情をしていた。
487 :ただの名無しでしたから :2014/12/28(日) 16:13
「フクちゃん」

再度里保は呼びかけるが、聖は振り向くことは無い。
疲労の蓄積により、自身の術の発生速度が遅くなっていることを聖は気付いていた。
変わらない速度で放たれる無数の闇を全て打ち消していくためには、一瞬たりとも気を抜けなかった。

「フクちゃん」

里保はもう一度呼びかけながら、聖の横腹をつつく。

「ひゃっ」

聖は声を漏らした。
その時に、再度放たれた闇。

それを全て打ち消すことは聖には不可能で。
抜けた2つの闇が、背後の壁と地面をえぐりとった。

「里保ちゃん……戻ってきたのね」
「うん、フクちゃん、大丈夫?」
「えぇ……」

里保の顔を見た瞬間に、聖は張り詰めていたものが緩む。
それと共に、全身の力がすっと抜けていき、その場にへなへなと座り込む。

彼女がこのやり取りに耐えてこれたのは、里保たちが来ると信じていたから。
現状を守っていれば、何とかしてくれると信じていたから。

里保が聖を庇う様に前に立ち、目の前の人物を見る。
488 :ただの名無しでしたから :2014/12/28(日) 16:14
闇が放たれる。

反射的に里保は剣で受け止める。

それは、本能というべきだったかもしれない。
精霊術を打ち消す剣を持ってすれば、いつものように斬れば消滅するにもかかわらず。
里保は、剣で受け止めた。

実際に、彼女の術は消えなかった。
ズシンと手に掛かる衝撃を感じた。

4の月の生まれの精霊師は存在しない。
その事実は、ノインによる駆逐ということも大きな要因であるが、
通常の精霊とは契約はできないということによって為されている。

ただし、ノインに発見されずに逃れている者がいる。

そういった者を保護することが、ビーシー教団の目的でもある。

そういった者がどうなるのか。

4の月に生まれた者は、契約できる精霊はただ一つ。
闇の精霊のみである。

菅谷梨沙子。

この世にたった二人しか存在しない純粋な闇の精霊師。
489 :ただの名無しでしたから :2014/12/28(日) 16:14
その術は、里保の剣をもってしても打ち消すことは不可能である。
光の力を受けた聖の精霊術が、キュービック・ジルコニアの影響を受けないように。

「ふぅん」

再び梨沙子は短く言葉を切ると、腕を上げる。

そこから放たれた闇を再び里保は剣で止める。

「フクちゃん、休んでて。ここは私に任せて」

言い終わらないうちに、梨沙子へと切りかかる。

放たれる闇を全て剣で受けながらも距離を詰める。
術を消し去ることはできないけれど、それでも里保には十分な作業だった。
接近しながらも、梨沙子の放つ術を観察できる程の余裕すらあった。

ダイヤモンドが輝くたびに生み出される闇は、その輝きとは相反するものであり。
自分が今まで見てきた闇よりも、更に深く。

受けるたびに、肉体的なダメージはないが、疲労がたまっていく。
剣の力が闇に侵されていっているような。
事実、術を受けるたびに自分の剣の光が弱くなっていた。
490 :ただの名無しでしたから :2014/12/28(日) 16:14
それでも、剣の光がなくなるまでに、間合いに到達する。

消えていく剣の残像が残っている間に、新たに剣を抜く。

梨沙子の体を一閃するはずだった剣。

しかし、それは体に触れる前に止められていた。

ジュエル・ウエポンに次ぐと言われる切れ味を持つ里保の剣。
彼女の剣技を加えれば、それはジュエル・ウエポンを凌ぐほどだろう。

それでも、梨沙子は切れなかった。

ただ立っているだけ。

鎧も何も身に着けていない。
体と剣との間に生じる隙間には、ただただ黒が存在するだけ。
491 :ただの名無しでしたから :2014/12/28(日) 16:15
やばい……

動揺が隠せなかった里保は、そう感じるまでに少し時間が掛かった。
その隙を梨沙子が逃すわけは無い。

至近距離で放たれた闇。

やられると思った瞬間に、自分と梨沙子の間に何かが現れ、後ろに倒される。

目の前に現れたのは白。
闇の力を受け止めているさゆみだった。

「道重さん!」

急いで体を起こす。

「りほりほ、闇の力を纏っている彼女を、その剣で斬ることは不可能です」

両手で押さえ込んでいる闇が徐々小さくなり、消滅する。
初めて梨沙子の表情が変わった。

「時を統べし者……まだそれだけの力があるのね」

「彼女を斬るのは光の力。赤の剣でなければいけません」

梨沙子の言葉には反応することなく、それだけを言い残してさゆみは消えた。
492 :ただの名無しでしたから :2014/12/28(日) 16:15
剣を抜く。

それと共に浴びせられるのは闇。

相手からは先ほどまでの余裕は感じられなかった。
威力は先ほどよりも劣っているが、数が桁違いだった。

消し去ることのできないそれを受けているだけで、里保は徐々に下がらせられた。

何かしら、打開策が欲しかった。
もう一度、さゆみの力を借りることができたらとも思う。

けれど、里保は気付いていた。
闇の力を押さえ込んでいる時、明らかにさゆみの光が弱まったことに。
だから、消えたくて消えていったわけではないことは、なんとなく理解していた。

だとしたら……

考えている間にもせまってくる闇を受けていく。

避けることは簡単だった。
けれども、自分が避けたところで、被害が後ろへ行くだけなのだから。

対応できる自分が受けるという選択しかできなかった。
493 :ただの名無しでしたから :2014/12/28(日) 16:15
1撃ごとに剣の光が薄れていき、光を失って剣が消える。

剣を失った驚きとともに、直撃する闇。

「里保ちゃん!」

刺されたような痛みが全身に駆け巡る。
意識を失わなかったのは、聖の声を聞いたから。

間髪いれず、続いて浴びせられる闇。

剣を抜いて、それを受ける。

今度は、剣が消失する前に、早いうちに剣を抜きなおす。

けれども、里保はそこでようやく気付いた。
剣の光が無くなる速度が速くなっていることに。
494 :ただの名無しでしたから :2014/12/28(日) 16:15
「里保ちゃん……」

少し離れて聖は見ていることしかできなかった。
自分がしっかりと術を打てるのは、後一度か二度が限度だろうことはわかっている。

優樹に支えられるように立ちながら、じっと戦況を見つめる。

贔屓目にみても五分五分ではないことは、聖ですらわかっていた。
我慢比べという状況にもなっていないことは明白だった。

里保の力、というよりも、さゆみの力がどれだけ持つのか。
そのタイムリミットが来た瞬間に崩れてしまうバランス。
しかも、自分のときとは違い、新たな援軍が望めない。

既に聖と長い間、相手をしており、その後に里保も相手にしているが、敵の術は変わることは無かった。
術を発生させるまでの時間も、彼女の表情も何も変わることはなかった。
それは彼女の力に限界が露ほども現れていない証拠でもあった。
495 :ただの名無しでしたから :2014/12/28(日) 16:15
――りほりほ、フクちゃん、私が合図を出すから、それに合わせて――

さゆみが言う。
二人の意識を共有できているのは彼女だけだから。

その声と共に里保の剣の光が大きくなる。

迫る闇を剣で受け、里保が距離を詰める。
数回、体に受けながらも、一気に距離を詰めた。

――フクちゃん、今――

梨沙子が次に術を打った瞬間に、聖は術を放った。

無数に発生した彼女の術は、聖の術で全て相殺される。
その間にも、里保は剣を抜く動作を始めていた。
術が消されるということを信じて。

剣先が梨沙子に届く。
振られた剣の軌跡に沿って、彼女の胴体から闇が払われる。
斬った感触は十分にあった。
496 :ただの名無しでしたから :2014/12/28(日) 16:16
やった!

里保も、聖もそう思った。

――まだ――

その瞬間に飛び込んできたのはさゆみの声を、聖はすぐには理解できなかった。

梨沙子の体を中心とし、闇が広がる。
半分それに飲み込まれそうになりながらも、さゆみの声を聞いた里保は、後ろへと下がることができた。

闇が消え、再び現れた梨沙子。
斬った手ごたえは確実にあったが、血は全く流れておらず、さっきまでと全く変化が無いように見えた。

――りほりほ、効いているから大丈夫――

里保の考えを先読みするように、さゆみは告げる。

「道重さん、でももう一度は無理です」

聖は言う。
自分の残りの力では、さっきと同じ力の術を放つことは難しかった。
497 :ただの名無しでしたから :2014/12/28(日) 16:16
梨沙子と目が合う。

生気の全く感じられない。
人形のような瞳だった。

彼女が動く前に、里保が先に剣を抜く。
梨沙子は術を放つことは無かった。

そのまま距離を詰めた里保の剣が、もう一度体を薙ぐ

先ほどと全く同じ。

払われた闇は、そのまま消えていき。
梨沙子は変わらずに立ったまま。
今度は微動だにしなかった。

里保は、今度は剣を突き刺した。
体を貫通した剣。
赤い光が、薄暗い中で妙に輝いた。
498 :ただの名無しでしたから :2014/12/28(日) 16:19
>>486-497 更新終了です。今年中にもう一回更新できれば。

>>485 ありがとうございます。意図せずに引っ張ってしまいましたが丸わかりでしたね。
499 :ただの名無しでしたから :2014/12/31(水) 23:33
「あなたの力も落ちたものね」

剣に貫かれたままで梨沙子は言う。
それと共に、彼女の体が液体のように溶けて崩れ落ちていく。

そのまま、黒い液体は地面を這った後に、少し離れた場所で再び集まっていく。
そして、人の形と為して、再び梨沙子の姿が現れた。

「前言撤回するわ。道重さゆみ。あなたの存在が私達にとっての脅威だと思っていたけど、それは全くの思い違いだったみたいね」

闇が集まる。
梨沙子の手を中心として。

凝縮されたそれがゆっくりと放たれる。
避けることは簡単だった。
500 :ただの名無しでしたから :2014/12/31(水) 23:33
ゆっくりと目で追えるほどの速さで進む闇。

けれども、里保は避けることはしなかった。
この塊が、自分の背後に至ったとき。
どれだけの被害がでるのか。
それを直感的に感じたから。
濃縮された高エネルギーの塊を、そのままにしておくことはできなかった。


剣で受ける。

選択肢はそれしかない。

剣先でその塊を点で受け止める。

ズシンと両手に掛かる圧力は、さっきまでの比ではなかった。
それでも尚も進んでくるその玉。
踏ん張った両足が、レンガでできた地面を割っていく。

剣を通して自分の力が次々と吸収されていくような感覚。
目に見えて光を弱めていく剣。

聖が少しでも助けようと術を放つが、当たった瞬間に消え去っていく。
501 :ただの名無しでしたから :2014/12/31(水) 23:33
もっと強い術を。

聖はそう思うが、自分の力が空っぽなのは明白であり。
詠唱を始めても、全く力が集まることは無かった。

すでに里保の剣は元の長さの1/3程度となっていた。
背にした壁は、里保の体に掛かる圧によってヒビが入っている。

「道重さん!」

聖が呼びかけるが、返事は無い。

里保同様、さゆみも剣を通して自分の力が直接流れ出ていっている状態であり。
彼女も全く余裕はなかった。
502 :ただの名無しでしたから :2014/12/31(水) 23:34
「10秒だけ我慢して。10秒経ったら、この場から離れて」

その時に聞こえた声。
それは、背後の壁を通して聞こえた。

それが何を意図しているのか全くわからない。
それでも、里保は、この声を知っていた。
だから、里保はその言葉に従った。

1、2……

カウントを始める。

「この世に疎まれし闇なる者よ」

それにあわせるように声が続いた。
さっきまでとは違う冷たい声。

6、7……

「我が供物を得て」

里保が聞きなれた声は、もうそこにはなかった。

だが、里保の剣はそれまで持ちこたえることはできなかった。

パンと光が弾けて消えていく。

その瞬間、里保の前に一本の影が浮かぶ。
503 :ただの名無しでしたから :2014/12/31(水) 23:34
9……10……

それが、自分の鞘だと認識する前に、体に掛かる力によって弾き飛ばされる。

「この世へ姿を映せ」

地面をすべり、離れていた聖の方へと転がっていく里保。

その合間にちらりと見えたのは、闇から伸びる一本の腕。

そして、自分がいた場所にいる人物。
梨沙子と同じく黒のローブを纏い、肩までの髪は里保が知っている茶色ではなく、黒色。
それでも、その一瞬でわかった。

生田衣梨奈。

姿は違えど、彼女だということが。

梨沙子の放った闇は、その腕が受け止め、数秒で共に消えていった。
504 :ただの名無しでしたから :2014/12/31(水) 23:34
「ふぅん」

梨沙子が口を開いた。

「あなたは何者?闇の術をそんな方法で使う人間なんて、そういないんですけど?」
「さぁ、何者でしょう?」

衣梨奈は笑みを浮かべて答えるが、内心は穏やかではなかった。
もう一度、同じ物を打たれれば、次は対処できないことはわかっていた。
自身が使う術には大きな制限がかかっているため、梨沙子のように連発は出来ないのだから。

「まぁ、力を渡した私には、これ以上は無理だから。後は愛理に任せておくわ」

そう言い残して、梨沙子の体は黒く溶けていき、そのまま消え去っていった。

それを待っていたかのように、衣梨奈は口を押さえ、その場に座り込む。

手の間から地面へ赤い液体が滴る。
505 :ただの名無しでしたから :2014/12/31(水) 23:34
「えりぽん!」

里保が近寄る。

「はは、ごめんごめん、ちょっとね」

笑顔を作った彼女の口の端には、ぬぐいきれなかった血がついていた。

「さっきの術とその格好、本当にえりぽんなの?」

聖が衣梨奈へ詰め寄る。

黒のローブに身を包み、髪も黒く染めた彼女は、まさしく全身真っ黒だった。
何よりも、首から提げているのはキュービック・ジルコニアだった。

「まぁ、色々と説明すると長いんだけど、とりあえずこれが終わってからね」
「えりぽん!」

立ち去ろうとする衣梨奈の手を聖は握った。
506 :ただの名無しでしたから :2014/12/31(水) 23:35
「信じて欲しいとしか言えない。ってこんな格好で言っても説得力ないと思うけど」
「誤魔化さないで」

言いながら、グッと力を入れて握ったとき、聖は違和感に気付いた。
自分の手が容易に食い込んでいく感触。

「その手……」
「それも含めて後で説明するから、今は行かせて」

歩き出す衣梨奈に、聖は手を離す。

「フクちゃん、大丈夫。私は信じる。えりぽんはえりぽんだから」
「サンキュ、里保」

ぎこちない笑みを浮かべて、衣梨奈は答える。
507 :ただの名無しでしたから :2014/12/31(水) 23:35
「だから、えりぽん、一緒に行こう」
「それは無理」
「どうして?」
「忘れたの?闇の力で鞘は壊れてしまっているわ。だから、もう剣を抜くことができない」

告げられて、里保は自分の腰を見る。
鞘はそこにはなかった。

「え……嘘……でしょ……」

自分の手が震えていることに里保は気付く。

その時、ようやく気付く。
さっき、自分を守ってくれたのが、鞘だったということ。
さっきだけではない。
舞美によって斬られたときも、鞘が彼女を致命傷から守っていた。
508 :ただの名無しでしたから :2014/12/31(水) 23:35
里保は、ふらふらと歩き出す。

鞘の破片は、そのほとんどが消失していた。
地面に残っていたのは2・3個の破片と宝石のみ。
里保はそれを拾い上げた。

鞘術を身に着けてから、ずっと使ってきた鞘。
これ以外の鞘を身につけたことが無い、自分の半身とも言えるもの。

両手の中にあるものは、そんなものの成れの果てだった。

視界が滲む。
自分が泣いていることはすぐにわかった。

まだ、終わってないことはわかっていた。
今、この瞬間も遥たちは戦っていることはわかっていた。

それでも、動けなかった。

衣梨奈の言うとおり、鞘がなければ戦えないことも事実だったが。
例え普通の剣を使えたとしても、動けなかっただろう。

「聖、里保をお願い」

衣梨奈はそれだけ言い残して、その場を離れる。
聖は、立ち尽くす里保を後ろからギュッと抱きしめた。
509 :ただの名無しでしたから :2014/12/31(水) 23:35
 
510 :ただの名無しでしたから :2014/12/31(水) 23:35
 
511 :ただの名無しでしたから :2014/12/31(水) 23:37
>>499-508 更新終了です。

今年1年ありがとうございました。
予定では2月末くらいには終わる予定ですので、来年ももう少しだけよろしくお願いします。
512 :ただの読者ですから :2015/01/05(月) 15:55
更新乙様です
ピンチを脱したものの新たな苦難が・・・って感じですねえ
513 :名無飼育さん :2015/01/06(火) 22:53
怒涛の展開ですね
えりぽんは一体どうしてしまったのか・・・
514 :名無飼育さん :2015/01/07(水) 19:41
あけましておめでとうございます
鞘を失ったりほりほがどう立ち直ってゆくのか
515 :ただの名無しでしたから :2015/01/11(日) 23:20


里保が去った後。
残された亜佑美と遥。

里保がいたときとは大きく異なり、バランスが崩れていた。
遥が手にする普通の剣では、魔道兵を倒すには不十分だった。
分厚い筋肉の前では剣が十分にとおらない。

亜佑美はそれに早い段階で気付き、遥の分も捌いていたが、結局、城門前まで下がり、元の状態へと戻っていく。

剣が使えたら……

遥は思う。

今の自分は役に立っていない。

この剣さえ使えれば。

けれども、背中の剣に手を掛けることをためらわれた。

もう一度剣に囚われてしまったら。
亜佑美すら傷つけてしまうかもしれないのだから。

亜佑美は何も言わない。
ただただ、自分の分まで敵を倒してく。

そのことが、余計に辛かった。
516 :ただの名無しでしたから :2015/01/11(日) 23:20
――力が欲しいの?――

声が聞こえた。

忘れるわけない、あの時と同じ声。

欲しいに決まってるじゃん!

心の中で毒づく。

それでも、剣を手にしようとは思わなかった。

現状は悪くなかった。
それくらいの判断はできていた。

自分のプライドの問題だけなのだから。
みんなを守るためなら、それくらい受け入れることは容易かった。

現状の形がしばらく続いた時、目の前の魔道兵が真っ二つに分かれる。
そして、できた一つの道。
517 :ただの名無しでしたから :2015/01/11(日) 23:20
黒に囲まれたそこから現れたのは、一人の女性。

すぐに目に付いたのは大きな斧。
魔道兵の体ほどある両刃の斧を肩に担ぎながら、悠々と歩いてくる。
その次に目に付いたのは、両腕に広がるプレート。
両腕に盾が付いたかのような形状だった。

「ったく、こんなのに足止めされてるんじゃないわよ」

低い声が響いた。
大きいわけではないが、確実に耳へと届く声。

亜佑美は剣を握りなおす。

魔道兵とは違う圧倒的な存在感がそこにはあった。

もちろん、さくらたちもそれに気づいて術を放つが、それは消滅させられる。
彼女の首にあるのはキュービック・ジルコニア。

須藤茉麻。

空気を切り裂く音とともに投げられた斧を、遥たちは避ける。

大きく弧を描いて自身の元へと戻る斧を、茉麻は片手で受けた。
518 :ただの名無しでしたから :2015/01/11(日) 23:20
「あゆみん、私が行く」

遥が一歩前にでる。

「はぁ?何言ってるの?わっかんないの?」

背中に浴びせられる声に、振り返ることはしなかった。

亜佑美の言いたいことは、十分にわかっていた。
それでも、自分が行かないといけない理由があった。

亜佑美が彼女と戦っていたのなら、自分がこの場を守らなければいけない。
そうなれば、魔道兵相手にこの場を守りきることは不可能だった。

「どぅー!」

肩を勢いよくつかまれ、亜佑美と目が合った。
遥は何も言わなかった。

勝てなくてもいい。
足止めできればそれでもいい。

それで、みんなを守ることができるなら。
それに……これ以上足手まといでいることはつらかった。
519 :ただの名無しでしたから :2015/01/11(日) 23:21
「どぅー……」

亜佑美はその時、ようやく遥の意図を理解した。

手を離し、ポンと肩を叩く。

それを合図に遥は走り出す。

亜佑美は振り返る。
城壁に立つさくらと目が合う。
それを確認し、亜佑美も再び剣を構えた。

茉麻へと向かう遥へ、再び斧が投げられる。
大きく旋回するそれを飛び越え、距離を詰める。

振るった剣を茉麻は左手のプレートで受けとめた。
キンという音が響く。

次いで背後から空気の切る音。

後ろをチラッと確認し、遥は一旦離れる。
520 :ただの名無しでしたから :2015/01/11(日) 23:21
遥と入れ違いに受け止められた斧は、そのまま振り下ろされる。
地面が削られ、土ぼこりが舞い上がった。
体中に小さな石がパチパチと当たるが、その中を進んで剣を突き出す。

茉麻はそれを悠然と避けて、空いた左手を伸ばし、遥の腕をつかむ。
グルンと視界が回り、遥は地面に叩きつけられた。
背中に背負った剣を通して、衝撃が背中に広がる。
息が一瞬詰まる。

もう一度体を持ち上げられた感覚があった時、遥は剣を振るった。
狙いも定まらず、力の全く入っていないその剣は、左手を覆うプレートをカンと鳴らしただけ。

定まらない視界の端に見えたのは斧。

やられると思った瞬間、体が解放された。

宙に浮いた感覚。

上下すらわからないままに、遥の目に止まったのは、向かってくる複数の矢。
自分に真っ直ぐに向かってくるそれを避けるにも、投げられた体を自由に動かすことは不可能だった。

悲鳴に似たものが口から飛び出す。
521 :ただの名無しでしたから :2015/01/11(日) 23:21
その時、急激に角度を変えた矢が体をすり抜けた。

小田さくら……

着地前に上手く手をつき、体を起こす。

矢は地面に落ちていた。
茉麻が向かってくるそれを斧で落としていたから。

次いで振られる斧を、避けていく。
大きく避けたはずだが、風圧で髪がばさばさと舞うほどだった。

途中に何度かさくらの矢を落とす動作が入るが、間合いが遠すぎて攻撃にはつなげられなかった。

――力が欲しいの?――

再度聞こえる声に、当たり前だと心の中で毒づく。

チラッと後ろを見る。
亜佑美の姿は、黒の壁に阻まれて見えなかった。
522 :ただの名無しでしたから :2015/01/11(日) 23:21
カンと、その時、手に衝撃が加わった。

持っていた剣に斧が当たった音。

剣は半分のところで綺麗に折れており、肘までジンと痺れが走った。

舌打ちをして、折れた剣を投げる。
回転するそれを、茉麻は避けることも無く、プレートで受けた。

そのまま振られた斧を避けていくが、剣すらなくなった遥は、どうすることもできなかった。
数を増していくさくらの矢は、全て茉麻の斧やプレートに防がれる。

このままいけば、いつかやられることは目に見えていた。

「もう……どうなっても知らないから!」

遥は叫ぶ。
そして、背中の剣を抜いた。

青の光が煌く。
その光と共に声が響く。
523 :ただの名無しでしたから :2015/01/11(日) 23:22
――力が欲しいの?――

――なぜ?――

――どうして力が欲しいの?――

立て続けに投げかけられる質問。

見ればわかるでしょ!
もう、足を引っ張ってばかりいるのは嫌だ!

ガクンと手に掛かる剣の重みが増えていく。
持ち上げていることも困難になるほど。

剣を引きずるようにして、遥は斧を避ける。

――意地悪はやめなよ、**てぃ ――

声が変わる。
最後の方は聞き取れなかった。

――守りたいものは?あなたがどうしても守りたいものはないの?――

迫ってくる斧。
これ以上、剣を持ったまま避けていくことは難しかった。
524 :ただの名無しでしたから :2015/01/11(日) 23:22
みんなを守りたい。
まーちゃんも、鞘師さんも、あゆみんも、譜久村さんも……はるなんも、小田さくらも……
この国のみんなを守りたい。

「工藤さん!」

後ろからさくらの声が聞こえた気がした。
遠く離れていて、聞こえるわけが無いのに。

斧が振り下ろされる。
けれども、それは遥に届くことは無かった。

ジュエル・ウェポン。

限界まで宝石を薄く延ばしたその切れ味は、使用者は斬った感覚さえ感じないほどと言われる。

それは、どんな金属の塊であろうと、容易く切断してしまう。
それが剣であろうと、槍であろうと、そして、どんな強大な斧であろうと。

遥の振った剣にそって斜めに切断された斧。
青い光が切断面に残っているように錯覚された。
525 :ただの名無しでしたから :2015/01/11(日) 23:22
――そう。この剣は、そのために使うものなの――

声が聞こえる。

――***ん、やさしすぎだよ――

続いて聞こえた最初に聞こえていた声は、うまく聞き取れなかった。

剣を構える。
さっきまでの重さが嘘にようだった。

これなら勝てる。

遥はそう確信する。
目の前にいる茉麻だけでなく、魔道兵も十分相手をすることができることを。

ドスンと音がする。

地面に投げ出された斧。

「まさか、ここでそんな掘り出し物に会えるなんてね」

茉麻は少しは驚いているように見えたが、すぐに彼女は背中から斧を取り出した。
それは、普通の斧だった。
526 :ただの名無しでしたから :2015/01/11(日) 23:22
「それを置いていくなら命だけは助けてあげるよ」
「それはこっちの台詞です。引いてください。でないと、この剣だと手加減はできません」

フッと鼻で笑うと茉麻は遥に切りかかる。

油断していたわけではなかった。

それでも、先ほどの巨大きな斧を見ていた後だったこと。
自分が強大な力を手にしたこと。

その二つがあって、遥は失念していた。

強大な斧をあれだけの速度で振れるということは、小さなサイズになればその速度は倍増するということに。

半歩下がれただけだった。
剣をあわせることもできないまま、肩を切られる。
痛みを感じる間もなく、再度振られた斧は、体を斜めに切っていく。
体だけを覆っていた軽量の鎧ではそれを十分に防ぐことはできなかった。

反撃を。

遥は咄嗟に思った。
自分から後ろに下がっていってもすぐに追いつかれる。
相手に距離を取らせる必要があった。
527 :ただの名無しでしたから :2015/01/11(日) 23:22
だから、剣を振った。

体勢が崩れながらのそれには鋭さもなかった。

相手は十分に避けることができるだろうと思っていた。
それでも、一旦下がってくれれば、という思いを込めて。

振った剣は、空を斬る。

遥の感触としてはそれだった。

斬った感覚さえ感じないといわれるほどの切れ味というのは、あくまで例えであって。
実際には、ある程度の感触は手に残るものだった。

ただし、遥は慣れていなかった。この剣で斬った感覚に。
そして、避けられるものだと思っていた思い込みもあったから。

だから、噴出した血が自分のものでないことに一瞬気付かなかった。
528 :ただの名無しでしたから :2015/01/11(日) 23:23
顔に飛んできた血をぬぐう。
赤が混じった視界に見えたのは、斧を落とし、左手を押さえる茉麻。
その肘から先は地面に落ちていた。

遥の剣は避けられない速度ではなかった。
それでも茉麻は避けなかった。
両腕に付けられた盾代わりのプレート。
巨大な斧。
それら全てを使って、相手の攻撃を受け止めるのが茉麻のスタイル。
だから、避けられる状況でも彼女は避けることはしない。
ジュエル・ウェポンの切れ味は十分に理解しているが、咄嗟の時には彼女はそれができなかった。

遥は剣を握りなおす。

相手への申し訳なさと、自分への反省。

その二つを胸に込めて。

遥は剣を振りかざした。
529 :ただの名無しでしたから :2015/01/11(日) 23:23
 
530 :ただの名無しでしたから :2015/01/11(日) 23:23
 
531 :ただの名無しでしたから :2015/01/11(日) 23:29
>>515-528 更新終了です。遅ればせながら今年もよろしくお願いします。

>>512 ありがとうございます。色々と起こりまくっていますが、きっと解決してくれる……はずです。
>>513 ありがとうございます。盛り込みすぎなのですが、彼女に関してはもう少しお待ちください。
>>514 あけましておめでとうございます。鞘師さんも苦労が耐えないですが、がんばってくれるということで……
532 :ただの名無しでしたから :2015/01/18(日) 00:38


僅かばかりの中断が、改めて自分にかかっている疲労を際立てさせていた。
遥が去った後、亜佑美はそれを実感していた。
この戦いが始まってから、ずっと戦い続けていたのは他ならぬ亜佑美だったのだから。
敵を斬っていく速度が遅くなっているのを、亜佑美は実感していた。

そして、迫りくる魔道兵が一旦止まる。

代わりに飛び込んでくるのは二つの影。

それが魔道兵だということは一目でわかる。
けれども、ただの魔道兵ではないこともすぐに理解した。

この二人が何か、亜佑美はわかっていた。

一人は以前に出会っていた。

首元から垂れる一房の髪。
あの時、友理奈を連れ去った魔道兵だった。
533 :ただの名無しでしたから :2015/01/18(日) 00:39
一人目をかわしたところに、もう一人。
他の魔道兵では見られない連携した動きは、その体積と速度をもってすれば避けることは困難だった。

指先が引っかかるように亜佑美を捉える。
中指一本だけで体が大きくよろめいた。

体勢を立て直そうと踏ん張った方向から、もう一度伸びてくる腕。
それに剣を突き立て、亜佑美はくるりとそれを飛び越えた。

そのまま、攻撃に転ずるが、振り切った剣は空を薙ぐ。
髪の長い方がもう一体を蹴り飛ばすことで、亜佑美の剣を避けていた。

「……ズ……キ……チャ……」

その時、声が聞こえた。
まるで金属がこすれるような、搾り出すような声。

魔道兵が声を出すのを聞いたのは初めてだった。
痛みによる声や、悲鳴すら聞いたことはなかったのだから。
534 :ただの名無しでしたから :2015/01/18(日) 00:39
髪の長い魔道兵は、そんな声を出しながら亜佑美へ腕を伸ばす。

今度はきっちりと握られた拳。
さっきのように剣を突き立てることを考えれないほどの速度。
両手の拳と、間に挟まる蹴りとのコンビネーション。

それは、まさしく拳法を体得している者のそれであり。
相手の拳がかすめて、側頭部が少し切れて血が噴出した。

そのまま止まることなく変幻自在に繰り出されるそれは、剣で捕らえることはできず、亜佑美は防戦するのみとなった。

素手を相手に、剣は圧倒的に有利であることは、誰もが知っていることだった。
けれども、その利点はリーチの長さと、一撃毎のダメージが大きな要因であり。
亜佑美よりも圧倒的に大きな体を持ち、果てしない筋力で補強されたその一撃は、リーチとダメージの二点では剣に決して劣ってはいなかった。
つまり、剣を使っていても五分五分。寧ろ、それを両手両足で行える魔道兵の方が手数という面で有利でさえあった。
535 :ただの名無しでしたから :2015/01/18(日) 00:39
それでも、顔の左半分を血で染めながらも、相手の一撃を受けずにいられるのは、亜佑美との技量の差。
蹴りを屈んで避けると、そのまま体を入れ替えて背後に回った。

そして、剣を振りかぶった時、亜佑美はようやく思い出した。

魔道兵がもう1体いたことを。

体を入れ替えた自分を狙って振り落とされる手。
剣を構えたままで、その場から飛ぶ。
すれ違いざまに相手の腕を足でけりながら、そのまま上へ。

誰もいない地面を叩いた腕は、派手な音を立てて積もっていた雪が舞った。

亜佑美は構えた剣を振る。
首を大きく切り裂き、血が流れ出る。

「タス……ケ……テ……」

亜佑美はそんな声を聞いた気がした。
思わず倒れていく魔道兵を見る。
黒い兜の隙間から、目が合ったような気がした。
536 :ただの名無しでしたから :2015/01/18(日) 00:39
けれども、そのことを考えている暇はなかった。
後方から、髪の長い魔道兵が振り返りながら振るった拳が迫る。

大きく振られるそれを避けながら、亜佑美は城門近くまで一旦下がる。

その亜佑美と入れ違いに、魔道兵の両足が地面に氷で縫い付けられる。

「亜佑美、お待たせ!」

城壁から身を乗り出す優樹の姿を見上げる。
それと共に、真上からゆっくりと降りてくる黒い影。
その姿に思わず剣を振りそうになるが、顔を確認して思いとどまる。

「生田さん、ですよね?」
「あぁ、まぁ、うん。そうだよ」
「何ですか、その格好は」
「また後で説明する。それより、あれは何?」

衣梨奈が指差すのは、力任せに氷から足を抜こうとする魔道兵。
537 :ただの名無しでしたから :2015/01/18(日) 00:39
「魔道兵、って言ってましたけど」
「……そういうことね」

ゆっくりと歩き出す衣梨奈。
亜佑美はその後ろをゆっくりと付いていく。

「まーちゃん、もう少し動きを止められる?」
「はーい」

衣梨奈の声に、優樹は術を続ける。
髪の長い魔道兵は、体の半分が氷付けとなっていった。

「生田さん、どうするつもりですか?」
「亜佑美ちゃん、あれが何かわかる?」

亜佑美の質問をさえぎり、衣梨奈は言った。

「だから、魔道兵って言ったじゃないですか?よくわかんないですけど、教団の兵士でしょ?」
「ううん、あれは教団の人間じゃないの。操られているだけ。闇の力で異形に変える術。完成してたみたいね」
「何を言ってるんですか、生田さん。訳わかんないですよ」

亜佑美は衣梨奈の肩をつかむ。
振り返って合った衣梨奈の目は、淡々とした言葉とは裏腹に怒りの色がみえた。
538 :ただの名無しでしたから :2015/01/18(日) 00:40
「全員は助けることはできない。でも、術の影響が少ないこの人なら」

衣梨奈はそう言うと、術を詠唱し始める。

亜佑美は、それが闇の力であることはなんとなくわかった。
衣梨奈がどうしてそんな力を使うのか。
どうして、そんなことを知っているのか。

色々な疑問はあったが、それ以上に先ほどの魔道兵の最後の言葉が頭によぎっていた。

確かに、あれは「助けて」と言っていたに違いなかった。

戦争だから、人を殺すことは仕方ない。
敵であれば、命乞いをしようが、殺さなければならない場面があることも、亜佑美は理解していた。

それでも、先ほど衣梨奈が言ったように、操られていただけだったのなら。

つい最近、敵だと思って斬っていた人間が、操られていただけだったということはあった。
同じ国の人間を敵だと思い、亜佑美は何人も斬っていた。
操られていたという事実がわかった後の後悔は強かった。
もう絶対に同じことはしたくないと思っていた。

それなのに……

目の前で闇の力が集まっていく。
衣梨奈の前で収束していったそれは、魔道兵の頭へ向かい、黒い光が貫通する。

それと共に、氷の束縛から逃れようと暴れていた魔道兵は、糸が切れたかのように動かなくなった。
539 :ただの名無しでしたから :2015/01/18(日) 00:40
「……死んじゃったんですか?」
「わからない。成功してるといいんだけど」

衣梨奈はそう言うと、その場に膝を付く。

「生田さん!」

亜佑美が駆け寄る。
額にびっしりと汗が浮かんでいるのがわかった。

「大丈夫、ちょっとふら付いただけ」
「そんなわけないでしょ」

衣梨奈は強がっていても立ち上がることはできなかった。
衣梨奈に肩を貸しながら、ゆっくりと立ち上がる。

「あゆみん!」

その時、決着をつけた遥が戻ってくる。

「どぅー、ここをお願いできる?生田さんを置いてからすぐに戻ってくるから」

遥が魔道兵を倒せないままだと思っていた亜佑美だったけれども、これしか方法がなかった。

「任せといて」

遥は青い剣を抜く。
それがジュエル・ウェポンであることは、亜佑美にはわからなかったが、その剣の持つ力は感じ取ることが出来た。

ただし、亜佑美が一歩城門へと進んだとき、後方から大きな音が聞こえる。

振り返った亜佑美の目に映ったのは、教団員たちの遥か後ろに広がって現れた大軍。

半数程度に減らした敵を補って余りあるほどの軍勢だった。
540 :ただの名無しでしたから :2015/01/18(日) 00:40
「「嘘……」」

遥と亜佑美の声が揃う。
あれだけの援軍が押し寄せられれば、持ちこたえることは難しかった。

「あゆみん、どぅー、戻って。すぐに」

立ち尽くす二人の耳に聞こえたのは春菜の声。

それはもっともな指示であった。
この場であれだけの数を今までと同じように相手しているわけにはいかない。

一旦引いて何か策を考えないといけない。

二人は顔を見合わせると、ゆっくりと後退していく。

けれども、周りの敵は二人に攻撃することはなかった。
それよりも、混乱している様子が見える。

二人は、それを幸いとばかりに、衣梨奈とともに城門へと近づく。

「小田ちゃん、城門だけお願い」
「わかりました」

春菜の指示に、さくらは答える。

城門をくぐった亜佑美たち。
それとともに、城門を守るのはさくらの役目。

混乱の素振りを見せているとはいえ、数体の魔道兵は門の前に押し寄せる。
肉体の強化のために知能を犠牲にしている彼らには、教団員たちが見せている混乱の影響は少なかった。
541 :ただの名無しでしたから :2015/01/18(日) 00:40
ただし、彼らは門に近づくことはできなかった。

伸ばした腕が、ざっくりと切断されていく。
鋼の肉体が、瞬時に。

強力な精霊術を使うためには、2つの手段がある。

一つ目は詠唱。

精霊へ直接呼びかけることで、力を増幅させる方法。

もう一つは、術式の構築。

どんな小さな術でも、使う際には無意識に頭の中で構築している。
しかし、さくらが今使っているものは、自分の力を増幅させるため、複雑な術式を組み上げている。
よって、それは地面に刻むことでしか術式を構築できなかった。
この場所以外では使うことのできない術式。
そういった制約を受けながらも、さくらは以前から準備をしていた。

風の力を増幅させ、近づく者を切り刻む術。

それが、魔道兵の門への接近を阻んでいた。

ただし、これにも大きな欠点はある。

大規模な術式を組み上げて自身の力を増幅させているが、その力は無限ではない。
術を使うたびにさくらにかかる負担は、普通の術とは比べ物にならない。
加えて、キュービック・ジルコニアを持つ教団員が近づけば、術式もろとも消え去ってしまう。
542 :ただの名無しでしたから :2015/01/18(日) 00:41
けれども、今の彼らはここまで辿り着くことは無かった。

なぜなら―――

彼らの後方に出現した援軍は、教団のものではなかったからだった。

「ノインが?!」

春菜からそのことを告げられた亜佑美は、そう言うとその場に座り込んだ。

「この前のことがあったから、小田ちゃんがノインに要請を出していたの。ただ、このタイミングでくるとは思わなかったけど」

城壁の向こう側の状況は、亜佑美たちにはわからなかった。
ただ、城壁の上で背を向けるさくらが術を使う回数がそれほど多くないことと、一向に城門が開かれる様子が無いことが全てを物語っていた。

「それよりもあゆみん、生田さんを」
「あ、そうだ。誰か、癒しの術を――」

言いかけた亜佑美を、衣梨奈は手で制した。

「何するんですか、生田さん」
「いいの。癒しの術なら自分で使えるから」

顔色が幾分かましになった衣梨奈は、立ち上がって亜佑美たちから離れる。
543 :ただの名無しでしたから :2015/01/18(日) 00:41
「嘘です」

背を向けて歩き出す衣梨奈を止めたのは春菜。彼女はさらに続ける。

「あなたはもう精霊術が使えないはずです。使えたとしても、それだけ闇の力をもっていれば精霊術の力は弱まるはずです。
だから、誰か生田さんを治療して――」
「だからいいって言ってるでしょ!」

遮る様に衣梨奈は叫んだ。

「生田さん」

遥の声には答えずに歩き出す。

「これが終わってから説明するから……」

消え入りそうな声でそう言い残しながら、衣梨奈は去っていった。

こうして戦いは終わった。
教団の残党がノインの軍によって殲滅されていくのを、遥たちは城壁から見守るだけだった。
544 :ただの名無しでしたから :2015/01/18(日) 00:41
 
545 :ただの名無しでしたから :2015/01/18(日) 00:41
 
546 :ただの名無しでしたから :2015/01/18(日) 00:42
>>532-543 更新終了です
547 :名無飼育さん :2015/01/18(日) 21:43
ここ最近は戦闘シーン続きでどきどきしっ放しでしたが
ようやく一息・・・なのかな?
謎も多いのでこの先も楽しみです
548 :ただの名無しでしたから :2015/01/28(水) 23:53
<11 光と闇と>

いつからここにいるか、衣梨奈は覚えていない。

自分の記憶にあるのは、ここでの生活だった。

光を浴びるのは1日のうちのわずかだけ。
ほとんどが蝋燭の光で照らされる部屋の中にいた。

衣梨奈のほかにも子どもは数人いたが、お互いに干渉することはなく。

お互いに名前すら呼び合ったことのないままに過ごす。

それでも、自分が知っている知識は、この中では決して経験し得ないことであり。
そのことが、自分が以前には外の世界にいたことの証明ではあった。

日々繰り返されるのは、そらで言える様になるほどに教え込まれた教団の教え。
それと共に、毎日行われる儀式。
地面に刻まれた文字を衣梨奈は最後まで理解することは出来なかったが。
その真ん中で膝を付いて、お祈りをするというだけのものだった。

日常の中に必ず織り込まれるそれらを疑問に思うことはなかった。
549 :ただの名無しでしたから :2015/01/28(水) 23:53
けれど、その毎日に変化が訪れる。

ある日、衣梨奈が連れてこられた部屋には、数人の大人と、見たこともない女性が一人いた。

他の大人と同じように黒いローブを身にまとった女性。
彼女は名乗ることはしなかったが、周りの大人は彼女を「佐紀様」と呼んでいた。

手を出すように命じられた衣梨奈は、疑問を持つことなく左手を上げる。

その手の平に置かれたのは、小指の先ほどしかない透明な塊だった。

薄暗い部屋の中だったが、それは光を当てられたかのようにキラリと光ると、手のひらの上に火でも置かれているような熱が伝わった。

「熱い」

思わず叫んで手を引くと、その塊は床に落ちた。
部屋中の大人の視線がその塊に向いた後、一斉に衣梨奈に集まる。
550 :ただの名無しでしたから :2015/01/28(水) 23:53
「ご……ごめんなさい」

その剣幕に思わず謝る。

「もう一度」

その衣梨奈に対する言葉はそれだった。
佐紀が言うと、二人の大人が衣梨奈の腕を無理やりつかみ上げる。

そのまま、佐紀が拾った塊を手にもう一度乗せる。

再び感じる灼熱感。
それは、手だけにとどまらず、徐々に手から腕、肩、体、そして全身へと広がっていく。

自分がどんな声をあげているのか、衣梨奈はわからなかった。
ただただ、力の限り声を上げていたように思える。
暴れる衣梨奈を抑える大人の数は増えていき。
目に見えるものが全て黒くなったとき、衣梨奈の意識はそこで途絶えた。
551 :ただの名無しでしたから :2015/01/28(水) 23:53
次に目を覚ました時から。
衣梨奈の生活は全く変わった。

自分と同じくらいの子供はもう周りにはいない。
個室を与えられ、食事も随分と豪華になった。

教団の祈りの儀式はそのままだったが、与えられる情報がかわった。
教団のこと。
輝ける闇のこと。
それは、今までの教えに沿ったものなのは間違いなかった。
ただ、大きく違うのは、それが実際の行動へつなげるためのものだった。

武器の扱いも教え込まれ、精霊術についても学ぶ機会はあった。
ただし、それはあくまで精霊師を抹殺するためのものであり。
衣梨奈自身が使えることはなかった。

ジュエル・ウェポン、ダイヤモンド、キュービック・ジルコニア……

日々教え込まれるそれらの知識を確実に習得し、それとともに人の殺し方も身に着ける。
短時間ながらも外への外出ができるようになったのもその頃だった。
552 :ただの名無しでしたから :2015/01/28(水) 23:54
衣梨奈が教団の一員として、初めて任務を任されることとなるのは、その生活が始まって1年ほど経ってから。

数人の教団員を連れて、衣梨奈が向かったのは精霊師の住む家。
最初の任務は、最も単純で、最も簡単に教団の目的を達成するものだった。

精霊師を殺す。

ただ、それだけのこと。

けれども、そこに辿り着く前に衣梨奈は出会った。
自分を闇から救い出す人間と。
553 :ただの名無しでしたから :2015/01/28(水) 23:54


城壁にもたれるように座りながら、衣梨奈はじっと息を殺していた。

会いたくない人がいた。

すぐ角を曲がったところに。

自分を探しているわけではないのだから、きっとすぐにどこかへいくだろう。
そう思ってここで息を潜めているのだが。

どうせ、この姿を見つからなくても、聖や里保から聞くことになるのはわかっている。
それでも、自分の姿を見られるよりはマシだと思う。

新垣さんの失望する姿はみたくない……

衣梨奈は思う。
どうせ失望はされるのだが、その姿を自分が見るのが嫌なだけ。

そんな馬鹿げた理由で、衣梨奈はこうして顔を伏せて座り込んでいる。
554 :ただの名無しでしたから :2015/01/28(水) 23:54
けれども、その思いは容易く砕かれる。

「生田!」

耳に届く声は、至近距離で言われたもの。
里沙が目の前に立っているのは気配でわかる。
だが、衣梨奈は顔を上げなかった。

「なんだよ、お前その姿は!」

衣梨奈は答えない。
答えられなかった。

そのまま、無言が続く。
里沙が立ち去ったわけではないことは、気配でわかる。

「嫌な予感はしたよ。捕らえてる二人のキュービック・ジルコニアが無くなったって話を聞いたから」

さっきまでと打って変わって、小さな声でぽつりぽつりと言った。

「なんでだよ……せっかく……」

後半部分から、里沙が涙声になっていることを衣梨奈もわかっていた。
555 :ただの名無しでしたから :2015/01/28(水) 23:54
「……駄目なんです。あのままじゃ、みんなの力になれない」

ようやく衣梨奈は答え、顔を上げる。
里沙は泣いていた。

あぁ、やっぱり駄目だ。

衣梨奈は思う。
これが自分が見たくなかったものなんだと、改めて理解する。

「だからって……それはないだろ!」
「……すみません」

謝ったところで、自分がしたことが元に戻るわけではない。
それでも、謝らずにはいられなかった。

会話が止まる。

衣梨奈も里沙も、言葉が続けられなかった。
556 :ただの名無しでしたから :2015/01/28(水) 23:55
里沙もわかっている。
衣梨奈の選択が、それほど間違っていないことを。

衣梨奈の精霊師としての力は、聖ほど強くない。
寧ろ、ツェーンでの平均的な力からいうと、並といった程度。
かといって、剣も里保ほど使えるわけではない。

これからの戦いで、戦力となるのは極めて難しいことは、誰よりも衣梨奈がわかっていた。
けれども、精霊術の上達は望めない。

長年続けられた闇の術式の中での教団への祈りは、体に闇を浸透させていく儀式。
そして、時機を見てダイヤモンドを使って、闇の力を刻む。
そこで何の反応も見せない者が8割。
残りは闇の力で死に至るものがほとんど。
衣梨奈のように、闇を体に刻みこむことのできるのは限りなく少ない。
闇の力が刻まれた体は、精霊師としての力を弱めている。

そしてなにより決定的なことは、そのことで闇に対抗するための光の力を身に着けることはできないということだ。

だから、衣梨奈はこうするしか方法がなかった。

闇の力を再び身につけること。
それが、皮肉にも衣梨奈が闇に対抗する力を得る最短の道だった。
557 :ただの名無しでしたから :2015/01/28(水) 23:55
「もう、私には戻せないよ」
「え?」

不意に言われた言葉に、衣梨奈はすぐに反応できなかった。

「でも教団をつぶせば……」

里沙は言葉を続ける。
そこまで聞いて、ようやく衣梨奈は意図を理解した。

教団から自分を救い出したのは里沙だった。

光の中で保護し、自分の体から闇の力を取り除いていく。
闇を浸透させていく過程とは全く逆。
それでも、体に刻まれた闇の残滓は取り除くことができなかったのだが。

けれど、もう一度体に闇を取り込んだ衣梨奈は、もう戻れない。

闇を刻むにはダイヤモンドが必要だったが、衣梨奈の手にはない。
彼女にあるのは2個のキュービック・ジルコニア。

一つは首に下げているもの。
もう一つは、彼女の左手。
ダイヤモンドによって闇を刻まれた場所。
体内へ埋め込むことにより、彼女は闇の力を手に入れた。
558 :ただの名無しでしたから :2015/01/28(水) 23:55
奇しくも彼女のその発想は、彼女たちが相手にしていた者たちに施されたものと同じだった。

闇の力で自身の力を一瞬にして増幅させていた者。
魔道兵と呼ばれていた者たちだった。

闇の力によって筋力を増強させていた彼らに埋め込まれていたものは、キュービック・ジルコニア。
闇を浸透させる儀式を経ずに、直接頭に闇を埋め込む。

得られたのは異形の体。
失ったものは、人としての知性。
闇の力によって操作されるただの人形だった。

もう、戻れない。
埋め込んだキュービック・ジルコニアは、徐々に衣梨奈の左腕を侵しながら、体全体を闇へと変えていく。
左腕を切り落としたところで、もう衣梨奈は闇から逃れることはできなかった。

それでも、唯一つ、方法があるとすれば……

闇の力が消滅すること。

つまり、教団を完全に滅亡させることしかなかった。
559 :ただの名無しでしたから :2015/01/28(水) 23:55
「鞘師は、4の月が来るまでの2週間、私と山に篭る。」
「鞘師……」

衣梨奈は、それが里保のことであることは、遥たちの言葉から薄々感づいていた。

「絶対に近づくな。今の生田は闇の力が強すぎる」
「わかりました」

衣梨奈の答えに頷くと、里沙は去っていく。
衣梨奈は、その後ろ姿に黙って頭を下げた後、城内へと進む。
彼女には、まだ説明しなければいけない相手がいたのだから。
560 :ただの名無しでしたから :2015/01/28(水) 23:56
 
561 :ただの名無しでしたから :2015/01/28(水) 23:56
 
562 :ただの名無しでしたから :2015/01/28(水) 23:58
>>548-559 更新終了です。そういえば最近主人公が出てきていないような……

>>547 ありがとうございます。一息ついて少し謎解き編です。またドキドキしていただけるシーンをかけるようにがんばります
563 :ただの名無しでしたから :2015/02/08(日) 00:00


城内を歩き回っていると、大きな声が聞こえた。
衣梨奈は足を止め、声の方へ向かった。

大きな広間となっている訓練場。
そこから聞こえてくるのは、遥の声。

訓練用の剣を構え、目の前の相手へと切りかかる。

相手は剣は持っていない。
それでも、剣を持った遥と代わらないほどのリーチで。
金属で覆われている拳を振るう。

ガキンと、拳と剣が打ち合う音がする。

弾かれるように遥の体が軽く飛ばされる。
一歩引いた左足で体をとめると、遥は再び切りかかった。

そんな訓練を見守っているのは、聖と亜佑美の二人。

衣梨奈のお目当ての聖はそこにいた。
564 :ただの名無しでしたから :2015/02/08(日) 00:00
「えりぽん」

聖も衣梨奈に気付き、声を掛ける。
探していたのは自分だけど、不意にどこか逃げ出したい衝動に駆られた。

聖と話すのは、戦いが終わってから初めてではないが。
自分のことについて、聖が聞くタイミングを計っていることはよく理解していた。

話さなければいけないことも、わかっていた。
だから、こうして衣梨奈は彼女を探していたのだから。

衣梨奈は、そのまま訓練場へ入り、聖の隣へ腰を降ろす。

目の前で繰り広げられる訓練。

遥の相手をしているのは、ほんの数日前までは魔道兵であった者。
衣梨奈がその呪縛から解き放った人物だった。
565 :ただの名無しでしたから :2015/02/08(日) 00:00
あの戦いの後、目を覚ました彼女は、鈴木香音と名乗った。
聖の知り合いであったことも、その時に知ることとなる。

彼女がどうして魔道兵となったのか。
衣梨奈はそのことは詳しく聞いてはいない。

そもそも、魔道兵となった者は望んで教団に協力しているわけではない。
闇の力で、強制的に教団の兵士と化した者。
衣梨奈の認識はそうであったし、それが事実だった。

一般人に無理やり闇の力を埋め込むことで、兵士へと仕立て上げる。
教団の人材を何一つ減らすことなく、手っ取り早く兵士を増やしていく方法だった。
知性も何も無く、ただただその肉体によって目標を破壊していく。
それだけの人形。

洗礼さえも受けていない彼らの頭に埋め込まれたキュービック・ジルコニアは、精霊術を無効化するような力もない。
ただの闇の力の媒介となるだけのもの。
それでも、彼らの意識を奪い、体を異形へと変質させるには十分だった。

その呪縛から解き放つ方法は、頭に埋め込まれたキュービック・ジルコニアを除去すること。
それでも、意識が侵されている者は、除去したところでそれが戻ることは無い。
意識の残っている者。
知性を全て奪われること無く、キュービック・ジルコニアの存在下でも自分の意識を持っていられる者。
たとえば、香音のように身に着けた技術を発揮することのできる者。

それならば、除去することで元に戻るかもしれない。

それは、衣梨奈の憶測だった。
けれども、確信はあった。
566 :ただの名無しでしたから :2015/02/08(日) 00:00
ただし、キュービック・ジルコニアを体内から除去することは、衣梨奈にしかできないことだった。
頭に埋め込まれたそれを、物理的に取り出すことは、死を意味する。
もちろん、それは精霊術を使用しても同じだった。

だが、闇の術は違う。

闇の精霊術。

その本質は、「無」であること。
生じた闇に触れたものを消滅させるということ。

つまり、頭の中のキュービック・ジルコニアを、その場から消滅させることが可能であるということだ。

ただし、一つの問題がある。

闇の術を使うということだった。

「どうして、えりぽんは……」

聖は尋ねる。

後に続く言葉がわかっていたから、衣梨奈は説明を続ける。
567 :ただの名無しでしたから :2015/02/08(日) 00:01
闇の精霊術。

それを普通の人間が使うことは不可能だ。
4の月の生まれの精霊師が、ダイヤモンドを通してしか使用することが出来ない。

もしも、それを他の人間が使おうとしたら?

一つの答えは、闇の術を使えない。
99%の人間がこちらに該当するが、衣梨奈のように可能な人間も存在する。

その場合、何かを触媒として闇の力を得る方法しかない。

その何かというのは、自身の血肉。

体の一部と引き換えに術を行使する。

衣梨奈が行っているのは、それだった。

闇の本質は、無であるから。
術と引き換えに体の一部が消失していく。

「……でも、治癒の精霊術を使えば、治っていくんだよね」

聖が少し安堵したような声で言った。
568 :ただの名無しでしたから :2015/02/08(日) 00:01
「無理だよ。まず、私はもう普通の精霊術が全く使えない。
それに、聖、例えば手が切り落とされたときに、精霊術を使ってまた生えてくる?
できるのは、血を止めることまででしょ?精霊術はあくまで治癒を早くするだけのものなんだから。
トカゲの尻尾じゃあるまいし、なくなったものは戻らない。それに……」

衣梨奈はローブを巻くり上げ、左腕を見せる。
それを見た聖は、思わず声をあげそうになるのを、懸命に堪えた。

彼女の左腕は、肘の上までどす黒く変色していた。

「これは、私の体が闇へ侵食されていっている証拠。腐っていっているんだよ。
闇の力を手に入れるために、私の左手にはキュービック・ジルコニアが埋め込まれてるわ。
私は洗礼を受けているから魔道兵とは違う。左手のこれが、すべての精霊術を打ち消してしまうから」

――結局、治療はできないんだよ。

消え入りそうな声で、衣梨奈は言った。
569 :ただの名無しでしたから :2015/02/08(日) 00:01
「なんで、そこまでするんですか!」

叫ぶように言ったのは亜佑美。
訓練を続けていた遥たちも、思わず手が止まった。

「どうしてそこまで……」
「私の責任もある。きっと、私たちがいたから、魔道兵なんてものも生まれた。
私みたいな人間がいなかったら……闇の力を刻むなんてことが成功しなかったら、きっとこんなことにはならなかった」

衣梨奈は言いながら自然と涙がこぼれていた。

「それは、違うでしょ!」

次いで叫ぶのは聖。
けれども、衣梨奈はそれ以上何も答えなかった。

違うということはわかってる。
それでも、この状況になったことに全くの無関係ではないという思いはあった。

教団の呪縛から逃れ、なんでもないように生活してきた。
各地を回り、里保と出会い。
教団に関する噂や情報は、できる限り聞かない振りをしていた。

自分は関係ない。

そう思いながら過ごしてきた。
でも、それは無理だった。
570 :ただの名無しでしたから :2015/02/08(日) 00:01
聖と出会ってから、教団と自分が切っても切れないということを突きつけられた。
それでも、どこか他人事として感じていた部分がないとは言えなかった。
聖を守る。
それだけが達成されれば、教団がどこで何をしていようがかまわない。
その時になってもそう思っていた自分。

結局、それは適わずに、今の状況を招いているわけだが。

もしも、もっと早く教団を止めようと自分が動いていたのなら。

その後悔が衣梨奈にはあった。

だから……誰よりも自分が……

「治す方法は、一つだけあるんでしょ?」

声を掛けたのは香音。

「香音ちゃん……」

振り返って見る聖の目には、うっすらと涙が浮かんでいた。
571 :ただの名無しでしたから :2015/02/08(日) 00:01
「……まぁ、教団倒せばいいんだけどね」

わざとなんでもない風に衣梨奈は答えた。
その答えに、亜佑美と遥の表情が少し緩む。

「私は、あなたに助けてもらった。だから、私はあなたを助けるためにはなんでもするから」

それに、魔道兵になっている人たちも助かるかもしれない。

香音が最後にそう付け足す。

もちろん、その可能性はないわけではない。
しかし、それは香音のように意識が残っている者だけで、大半の魔道兵は、衣梨奈が助けられないように闇の力が消えたところで、侵されてしまった意識は戻らないであろうこと。
つまり、教団がなくなったところで、そのまま死ぬことになることを衣梨奈は口には出さなかった。

「よし、それじゃさっさとやっつけにいこうよ」

遥が軽口を叩いたとき、一人の兵が訓練所へとやってきた。
春菜からの集合の命を伝えるために。
572 :ただの名無しでしたから :2015/02/08(日) 00:02


リールの南部から始まった内戦は、すでに全土を巻き込むものとなっていた。
ツェーンにまで及んでいないのは、北部にリールの正規軍がいるために、それが防波堤となっているだけのことだった。
ただし、それも敗走を続けながら北へ北へと逃れていった結果であり、
決して望んでそうなっているわけではない。
ノインがリールへと援軍を送っているため、そこで食い止っており、ツェーンへと戦火が及んでいないだけの状況であった。

加えて、リールは南のザフトとも一触即発の状態となっている。
そちらは、リールの混乱に乗じる形のザフトからの侵攻となっているが、実際にはリールからザフトへの侵攻がきっかけとの情報もある。

それだけの兵力をリールの反正規軍が集めることができるとは考えにくかった。
確実に存在しているのは、教団の力。
実際に、遥は魔道兵がリールへといたことも知っている。

リールの混乱にあわせて、大陸全土を手に入れようとする教団の思惑があるのではないか。
周辺の国を手に入れてからのノインとの戦争。

そう考えると、今回のツェーンへの教団の侵攻も納得がいく。
そもそも、桃子を使ってツェーンを手に入れようとしていたのだから。
573 :ただの名無しでしたから :2015/02/08(日) 00:02
「そんなわけで、小田ちゃんの薦めもあって、ノインへは援軍の要請をしていたんですけどね」

簡単に世界の情勢を説明した後に、春菜は言った。

状況は、さくらが情報を得た数ヶ月前とは大きく異なっていた。
リールでの内戦が始まってからわずかの間に、戦火は大陸全土に広がる流れになっていた。

「とにかく、私たちのすることは、ノインと協力してリールを止めることだけど、何よりも私達も自分たちを守らないといけないから」

ノインと共同してリールへと軍を送るとしても、再び教団が攻めてくることも考えなければいけない。
ノインの援軍はこのまま留まってもらい、代わりにリールへ軍を出すのか出さないのか。

出すとしても、教団を相手にした場合、ツェーンの軍はあまり役に立たない。
亜佑美や遥、里保といった限られた人間をリールへと派遣するのかどうか。

さくらと春菜で説明されるそれらの事項を、聖たちは黙って聞いているだけ。

聖、遥、亜佑美と優樹、それにさくらと春菜。
この場にいるのはそれで全員だった。

衣梨奈はいなかった。

「私はいないほうがいいと思うから」

そう言って去っていってしまった彼女だったが、こういったことに疎い自分よりは、教団の事情に一番詳しい彼女がいるべきだと聖は思っていた。
574 :ただの名無しでしたから :2015/02/08(日) 00:02
「でも、どうも腑に落ちないんです」

沈黙が流れた中、さくらが言った。

ノインを征服しよういう教団の目的は間違いない。
それが輝ける闇の復活のために必要なことなのだから。

そのために、ノイン以外の国を狙うことも妥当だった。

ノインはこの大陸で地理的にも、経済的にも、そして軍事的にも最大の国家なのだから。
それに対抗するために、それ以外の国を手に入れようとする。

その筋書きに基づいた今回の行動。

内戦が続いているリールに入り込む。
ツェーンを手に入れようと、桃子のようにそれに特化しか人間を送り込む。

そのための行動として理解できる。

ツェーンの方は失敗しているが、リールは概ね成功といっていい状況だろう。
ノインからの援軍が無ければ、リールはとっくに落ちていただろう。

今回のツェーンも同じ。
遥と里保が戻ってきていたから、どうにかなっていただろうが、もしも二人がいなければ、ノインの援軍がきていなかったら、ツェーンも落ちていただろう。

だからこそ、さくらはその点に違和感を持っていた。
575 :ただの名無しでしたから :2015/02/08(日) 00:03
ノインからの援軍という存在があるのだから、実際にはすぐに国を落とすことは不可能だった。

ましてや、今回のように戦火を次々と広げていくやり方は、兵力が劣る側が圧倒的に不利だった。

魔道兵の存在は脅威だが、兵力の差を覆すほどのものとは考えにくい。

「4の月が近いから、とか?」

さくらの言葉を受けて、春菜が続ける。

確かに、4の月は精霊術の力が弱まる月であり、逆に言えば闇の力が強まる月であった。
それでも、説得力には欠けていた。

「まるで、混乱させるだけさせたいみたいな……」

――そういうことよ!――

遥の呟きとかぶさるように、この場にいる全員の頭にさゆみの声が響いた。
576 :ただの名無しでしたから :2015/02/08(日) 00:03
「道重さん、どういうことですか?」

聖が宙に向かって問いかける。

――あの時、私達が取った作戦と同じこと――

「あの時?」

――ええ、輝ける闇の復活をとめようとしたときにとった作戦――

その言葉に、聖は御伽噺を思い出すが、それにはそんな細部まで記載されてはいなかった。

――全てはノインの軍を分散させて、中央を手薄にさせるための囮だわ――

「じゃあ、すぐにそのことを教えないと」
「いえ、それは無理です」
「何で!」

自分の提案をすぐに否定したさくらを、遥はにらみ付けた。
577 :ただの名無しでしたから :2015/02/08(日) 00:03
「小田ちゃんの言うとおりだよ。どぅー」

その雰囲気を察し、春菜が代わりに答える。

「ノインに伝わるまでに時間が掛かりすぎるの。道重さんの考えはあくまで憶測だから。向こうに伝わったとしても、そのことを判断して、実行に移すまでにどれくらいかかるのかわからない」
「それに、各国で争いが起こっている中で、援軍を戻すなんてこともできないと思う」

続けて聖が言う。
一瞬、沈黙が流れるが、すぐにそれを打ち破ったのはさくら。

「それでも、そのことが本当なら、確実にもう一度教団は攻めて来ます」
「じゃあ、どうすれば……」
「ここを落とされるわけにはいきませんから、少人数を送る方法しかありませんね」

さくらの言葉に、春菜も頷く。
578 :ただの名無しでしたから :2015/02/08(日) 00:03
「譜久村さんに、石田さん、工藤さんと……」

さくらが名前を挙げていく。

「小田ちゃんは?」

遥の問いかけに、さくらは首を振った。

「私は残ります。この国を守らないといけません」

本音は行きたかった。
それでも、さくらは自分の力が彼女達に及ばないことはわかっていた。
HPWの称号を持っていても、精霊師に限定された中の一番なのであって。
精霊術のみの戦いなんて、この先には起こりえないのだから。
ましてや、少人数での戦いでは、個の力がなによりも優先される。
軍師として、自分が役に立つことも無い。

だから、さくらは残ることを決めた。
その代わり、亜佑美と遥を行かせる。
先の戦いから、二人がいないということは、たとえノインの援軍がいたとしても、多大な戦力ダウンではあった。
だからこそ、その状況でこの国を守っていくことが、自分にできることだとさくらは感じていた。
579 :ただの名無しでしたから :2015/02/08(日) 00:03
「えりぽんと、里保ちゃんも」

聖がこの場にいない二人の名前を言う。
誰もが忘れていたわけではなかった。
それでも、口に出すことは躊躇われていた。

里保は、鞘が壊れてから、塞ぎこむ時間は少なかった。
二日後には、もう泣く事は無く、剣を振っていた。

けれども、それは実態のある剣。
鞘術を使うことができない今、里保は普通の剣を使うことしかできなかった。

居合いも使うことはできない。
何度も抜けない剣と、重ささえ全く異なる状況に、高速で剣を抜いて対処することは不可能だった。

それでも、里保は剣を振った。

鞘術の使えない自分が、普通の剣を使う遥にも及ばないことはわかっていたが、少しでもその差を埋められるように。
自分ができることは、それしかないと思っていたから。

もちろん、その姿はこの場にいる誰もが知っている。
だからこそ、あえて口に出せなかった。

行けば殺される。
そのことは、誰もが理解していたから。

――りほりほは、大丈夫だから――

さゆみの言葉に、大きく頷いたのは聖だけだった。
知っているのは、聖とさゆみだけだったから。
今朝早く、里保を尋ねて来た里沙とのやりとりを。
580 :ただの名無しでしたから :2015/02/08(日) 00:04
「このままじゃ、いくらやっても足手まといのままだよ」

聖と里保が二人でいる部屋に入るなり、里沙はそう言った。

「それくらい、自分が一番わかってます。でも、やらないといけないんです。何もしないと、何も変わらないんです」

里沙に食って掛かる里保は、今まで聖が見たこともないほどに感情が揺れていた。

「十何年もやってきたことを、すぐに捨てて別のものに切り替えるその覚悟はすごいと思うけど」

何気ない里沙の言葉だったが、里保はキッと睨み付けたままだった。

「あんたがしないといけないことは、それじゃない。あんたの名前は、何ていうの?」

里保は答えない。
相手が知っていることはわかっているが答えなかった。
最近、遥に呼ばれていることで、かなり嫌悪感が抜けてきていたが、それでも自分から名乗ることはできなかった。
581 :ただの名無しでしたから :2015/02/08(日) 00:04
「剣術としての、あんたの技量はもう上達する余力が無い。鞘術に居合いを合わせるなんてこと、よく考え付いたと思う」
「別に、私が考えたわけじゃないです」
「そう、まぁ別にそれはいいんだけど。ただ、実際にあんたの剣術はこれ以上劇的に進化することはない。
でも、それでも、あいつには適わなかったでしょ」

「あいつ」が、誰を指しているのか、聖にもすぐにわかった。

菅谷梨沙子。
あの時、相手が引かなければ、衣梨奈も含めて自分達3人の命は無かったことは容易に想像できた。

「だから、もっとレベルアップしないといけない。剣術以外の面でね」
「精霊術でも使えればいいんですか?」

自嘲気味に里保は言った。
里沙は、それに答えることなく言葉を続けた。

「わかってるんでしょ?自分に何が足りないのか」

今度は、里保は黙ったままだった。

「あんたは、鞘師だ。どんなに否定しようと、鞘師なんだよ。それに向き合わないといけない。
あんたは、鞘師里保なんだから」

里保は答えない。
聖も、気づいてはいた。里保の名前について。
それでも、それは呼んではいけないという認識はあった。
その理由までは、彼女は知らなかったが。
582 :ただの名無しでしたから :2015/02/08(日) 00:04
「自分に向き合えっていってるんだよ。鞘術が使えないのはどうして?鞘が壊れたからでしょ?
だったらどうするんだよ!お前は、鞘師なんだろ?」

グイと胸倉をつかむ。

「できませんよ。私、作ったこと無いんですから」

里保は、目を合わせることなく、そう答えた。

「作り方は教えてあげる。作るんだ。自分の力で自分の鞘を」

自分の鞘。
その言葉を心の中で反芻する。

確かに、それが一番いいことはわかっていた。
鞘術は、通常の鞘では使うことはできない。
他人の剣の鞘を勝手に使ったところで、そこから剣を生み出すことはできない。
鞘師の名を持つ人間が作った鞘でなければ。

鞘を作る、ということ。

がむしゃらに剣を振るよりも、その方が明らかに自分の力になることは、わかっている。
583 :ただの名無しでしたから :2015/02/08(日) 00:04
左の腰につけたエメラルドに手が触れる。
自分を助けてくれた鞘。

父親の顔は、よく覚えていない。
それでも、この鞘が自分を守ってくれていたのは……

里保は、覚悟を決めた。

「……不器用ですよ?私」

その言葉に、里沙はにっこりと笑い、つかんだ手を離した。

「譜久村、道重!鞘師を借りていくよ。2週間。4の月が始まるまでに、完成させてみせる」
584 :ただの名無しでしたから :2015/02/08(日) 00:04
4の月。

あの時、里沙はそう言った。
そして、聖たちがノインへ向かうのも4の月の朔日となった。
4の月に入る前に、ノインへと到達していくようにとさくらは言ったが、さゆみの言葉で変わった。

――12日。教団が動く日はその日だわ――

さゆみははっきりと断言した。
それから逆算して、出発日を決めた。

「私は?」

優樹が言ったのは、全てが決まり、会が解散というときだった。

「佐藤さんは、残っていてください」
「まーちゃんは、残ってて」

さくらと遥の声が揃う。
優樹は、口を尖らせて「はーい」と言い残して部屋を真っ先にでていった。
585 :ただの名無しでしたから :2015/02/08(日) 00:05
 
586 :ただの名無しでしたから :2015/02/08(日) 00:05
 
587 :ただの名無しでしたから :2015/02/08(日) 00:06
>>563-584 更新終了です。
588 :名無飼育さん :2015/02/15(日) 02:28
ついに、鞘が…っ!
彼女だけの強さが手に入るのかどうか、固唾を飲んで見守ってますw
589 :ただの名無しでしたから :2015/02/18(水) 23:10


3の月の最終日。

その日がノインへ向かう日だった。
それまでの間、ツェーンに対して、教団の動きは無かった。
最新の他国の状況は、さくらまでにはまだ伝わっていない。
仮に伝わっていたとしても、何も変わらない。

さくらが考えているのはあくまでツェーンを守ることだけ。

世界を守ることは、すでに託しているのだから。

「来ますか?」

さくらは問う。

この場にいるのは、居残り組みのさくらと優樹、春菜。
それに、出発の準備を終えた聖と亜佑美、遥だけだった。

「来ますよ、絶対」

遥は言う。
それがどちらのことを指しているのか、それとも両方のことを指しているのかわからなかったが、聖も二人とも来ると確信していた。

衣梨奈と里保。
相対する闇と光の力を持つ二人。
590 :ただの名無しでしたから :2015/02/18(水) 23:10
ドンドンドンと廊下を歩く足音が聞こえ、扉のガラス越しに黒い影が姿を見せる。

「おまたせ」

入ってきたのは衣梨奈と香音。
衣梨奈の様子は変わっていなかった。
聖が視線を落とした左手は、包帯がぐるぐると巻かれていた。

「里保は?」
「まだです」
「そっか……」

衣梨奈が里保と言葉を交わしたのは、梨沙子を相手にしていたとき以来。
随分と長く話していなかった。

「でも、絶対に来るよ」

そう言って、里沙のいる山の方へ視線を向ける。
591 :ただの名無しでしたから :2015/02/18(水) 23:10
「そういえば、香音ちゃんはどうして?」
「私も連れて行って。今度こそ聖ちゃんと一緒に」

自分に向けられる視線。
聖はそれから逸らすように自然とさくらの方を向いた。

さくらは頷くだけだった。
それが、了承を意味していることは理解できた。

それでも、聖はためらった。
自分達がこれから戦う相手の力量を、香音がわかっていないはずはない。

魔道兵に身をやつし、それと引き換えに得た力は、闇の力が無くなった今も、以前の彼女とは比べ物にならなかった。
けれども、彼女は剣も使えなければ、精霊術も使えない。

ここにいて城を守る分には戦力となっても、自分達と共に戦うほどの戦力にはなり得ない。

一緒に来れば、命の保障は一切できない。

それでも……

じっと自分を見つめるその目を、聖は再度見据える。
592 :ただの名無しでしたから :2015/02/18(水) 23:11
あの時、館から自分を逃がしてくれた彼女。
死んだものだと思っていた。
だから、こんな形で再び会えた事がどれだけうれしかったことか。

だからこそ、もう命の危険に合わせたくなかった。

「聖ちゃんの手助けなんてできないことはわかってる。ただ、私は救いたいの。私と同じ人間を。一人でも多く、救ってあげたいの」

聖はふと思い出した。
こういう目をしている時の香音が、絶対に意見を曲げないということを。

「私も助けた借りを返してもらわないといけないしね」

衣梨奈がおどけて付け加える。

「でも……」
「ついこの間まで敵だった人を信頼できるほど、私はバカじゃありません」

聖の言葉をさえぎるように、さくらは話し出す。
593 :ただの名無しでしたから :2015/02/18(水) 23:11
「実は彼女はスパイかもしれない。それだったら、この城には残っていただかない方がいいです」
「そんな、香音ちゃんは……」
「譜久村さんと一緒に行っていただくほうが、いいんですけどね、ねぇ飯窪さん?」

「え……えぇ、そうね。小田ちゃんの言うとおり。やっぱり本人の希望が一番だと思うよ、こういうのは」
「じゃあ、まさもどぅーと一緒に行きたいんだけど」

「まーちゃんはダメ」「佐藤さんはダメです」

遥とさくらの二人の声が揃い、お互いに顔を見合わせて笑い出す。

「なんでよ!」

優樹が叫ぶが、みんなから一斉に笑いがこぼれた。

「わかった。一緒に行こう、香音ちゃん」
「うん。ありがとう」

差し出した手を、香音は握る。

門の守りの代役を考えないと……

さくらが少し渋い顔をしたことに気付き、春菜は「何とかなるよ」と肩をポンと叩いた。

その直後だった。
594 :ただの名無しでしたから :2015/02/18(水) 23:11
――来たわ――

頭に響く声。
衣梨奈と香音の二人以外の視線が一斉に扉に集まる。
それに気付いた二人が、視線を向けた時、トントントンと廊下を歩く靴の音が聞こえた。

ガチャっと扉が開く。

里保と里沙の二人の姿が見えた。
衣梨奈は、気まずそうに里沙から視線を外した。

「遅くなってごめんなさい」

まっすぐに立つ彼女の腰には鞘があった。

以前とは違う、朱色の鞘。
埋め込まれたエメラルドがキラリと光った。

「私の名前は、鞘師里保。改めてよろしくお願いします」
595 :ただの名無しでしたから :2015/02/18(水) 23:12
<12 最終決戦>

4月11日。

さゆみの予想した日の前日。
里保たちはその予想が正しかったことを知ることとなる。

ノインの城。

そこに辿りついたときには、既に戦いは始まっていた。

城の周りに集まる魔道兵と、さらにその周りに集まり始めた白。
それは、既に教団が城の中へ侵入していることを示していた。

「これを相手にしていたら間に合わない。一点突破で行きましょう」

亜佑美の提案に、聖が術を放つ。

黒を割る光に続くように、亜佑美と里保が走りだす。
それに続くのは遥と香音。
衣梨奈と聖は香音の肩に乗せられて、進んでいた。
596 :ただの名無しでしたから :2015/02/18(水) 23:12
門へと一気に進む。
周りから押し寄せる魔道兵は、全て里保と亜佑美に斬られて行く。

闇の中を走る二本の銀の線。

見えているのは剣の残像のみ。
抜いては消える里保の剣は、目で捉えることもできなかった。

城内へ入るための扉を守るように立つ魔道兵。
彼らも一瞬で切り倒し、二人は城内へと入る。

続いて遥。
そして、香音の両手に投げられるようにして城内へと転がり込んだ聖と衣梨奈。

「香音ちゃん!」

バランスを崩しながらも着地し、振り返る。
扉は香音の手によって閉じられようとしていた。
597 :ただの名無しでしたから :2015/02/18(水) 23:12
自分ができること。
この状況で香音が考えた結果がこれだった。

この扉を守ること。
それが、一番自分が力になれるとわかっていた。

けれども、それにはもう一つの決して口に出せない理由がある。

これ以上魔道兵が斬られていくのを見ていたくなかった。
自分がこれ以上の侵入を防ぐことができるなら。
彼らを守ることができるのだから。

「ここは私が。だから先へ進んで」

閉まっていく扉の隙間から、香音の笑顔が見えた。

「香音ちゃん!香音ちゃん!」

戻ろうとする聖の手を衣梨奈がつかむ。

「ダメ、聖」
「でも、香音ちゃんが」
「ダメよ。聖はしないといけないことがあるでしょ」

ズシンという音がして扉が閉まる。
外での喧騒が嘘のように、城内は静まり返っていた。
598 :ただの名無しでしたから :2015/02/18(水) 23:13
調度品が壊れた形跡も無く、人だけが消えてしまったかのように。

周囲に気を配りながら進んでいく。
自分達の足音が、広いホールに響いていく。

階段を上がり、大きな部屋に入ったところで、先を進む亜佑美と里保の足が止まった。

部屋の中には数人の兵士が倒れていた。
微動だにしない彼らが既に事切れていることは明らかだった。
部屋の奥にいる女性に、里保たちは見覚えはあった。

けれど、彼女の姿は以前に会った時のそれとは全く異なっていた。

整った細い顔と、一つに束ねられた茶色の髪。
それは、以前とは全く同じ。

違っているのは、黒いローブは白へと変わり。
首元にキュービック・ジルコニアは存在していなかった。

夏焼雅。

彼女は、里保の姿を確認すると、にっこりと微笑んだ。
599 :ただの名無しでしたから :2015/02/18(水) 23:13
 
600 :ただの名無しでしたから :2015/02/18(水) 23:13
 
601 :ただの名無しでしたから :2015/02/18(水) 23:15
>>589-598 更新終了です。章またぎの更新になってしまいました……

>>588 ありがとうございます。準備万端ということで。後は最後まで突っ走ります。
602 :名無飼育さん :2015/02/18(水) 23:50
待ってました!てか『衣梨奈と聖は香音の肩に乗せられて』って香音ちゃん巨大化してるの?w門を守る姿は弁慶か張飛か・・・活躍期待している
603 :名無飼育さん :2015/02/23(月) 22:30
おお…なんだか文章に疾風を感じます。
最後までついていきます!
604 :ただの名無しでしたから :2015/03/02(月) 22:45
「鞘師さんが相手するまでもないですよ」

遥が一歩前に足を踏み出した瞬間。
踏み出した足のすぐ先が炎で打ち抜かれた。

反応すらできなかった。
床が焼ける音でようやく気付いたほど。

瞳は里保を見つめたまま。
自分から一瞬も逸らさないそれに、里保も覚悟を決めた。

「みんな、先へ行って。すぐに追いつくから」

里保ですら、さっきの炎をしっかりと目で追えた訳ではなかった。
簡単に、というわけにはいかないことはわかっていた。

精霊師同士なら、聖が相手をするほうがよかったのかもしれない。
それでも、目の前にいる雅の姿を見ると、自分が相手をしなければいけないという思いが現れた。

動き出そうとしない4人を、里保は再度促す。

「大丈夫。通してくれる」

信じているわけではなかった。
それでも、罠も何もないことは感じていた。

衣梨奈と聖が走り出す。
遅れて亜佑美と遥。
605 :ただの名無しでしたから :2015/03/02(月) 22:46
4人とも警戒しながら雅に近づくが、彼女は視線すら動かさない。
横を通り抜けて出て行っても、微動だにしない。
まるで、いない者とでもばかりに。

4人の靴音が小さくなっていく。
それを確認し、里保が口を開いた。

「いいんですか、こんなに簡単に通してしまって」

自分が言い出したことだが、里保は聞かずにはいられなかった。

「もう教団の人間ではないから。義理は無いの」

雅の答えは、里保もどこか予想していたことだった。
それには、衣梨奈の存在があったかもしれない。

闇の力を得るために、黒を纏う彼女を見ていたから。
そのように考えることは自然ではあった。

そこまでして、彼女が求めていること。
それが何かまでは、里保はわからなかった。

わかったのは自分と戦うために、雅がすべてを捨てたということ。

雅は腕を掲げる。
ローブの間から覗く腕には、びっしりと文字が刻まれていた。

里保は鞘に手を掛ける。
606 :ただの名無しでしたから :2015/03/02(月) 22:46
雅の指輪が光るのと、里保が剣を抜くのは同時。
炎が弾けたのは里保の目の前。

速い。

それが最初から感じていたことだった。
光が走るだけで、炎としての姿を見ることができなかった。

次いで光る指輪に、里保は剣を抜いたままで受け止める。
その度に剣を抜いていれば、間に合わない。

それは、雅が考えた里保への対策でもあった。

精霊術を無効化する里保に対して、ジュエル・ウェポンを持ち出してまで、勝つことはできなかった。
武器を使うことは、どうしても雅は得意ではない。
だとすれば、精霊術で勝つしかない。

幸いに、キュービック・ジルコニアと里保の剣には大きな違いがある。
近づいた精霊術を打ち消すキュービック・ジルコニアと違い、里保の剣はそれ自体に当たらなければ打ち消すことができない。

里保が斬れない速度で放てば、精霊術でも勝つことができる。
607 :ただの名無しでしたから :2015/03/02(月) 22:46
そのための障害は一つだけ。

今以上に精霊術を高めるためには、捨てなければいけないものがある。

衣梨奈が逆のことをしたように。
闇の力は精霊術を弱めてしまうのだから。
キュービック・ジルコニアを捨て、教団の代名詞である黒のローブを脱ぐ。
限りなく自身から闇の力を排除する必要があった。
それも、全ては里保に勝つためだけの選択。

更に、術の威力を高めるために、体に構成を刻み込む。

そこまでして手に入れた力。

その結晶が、里保に襲い掛かる。

受け切れなかった術が里保の頬を切る。
弾は小さく、より高速に。
弾丸のように打ち出されたそれは、炎であっても焼くことなく、切り裂いていた。

一歩ずつ距離を詰める。

その行為が、術の速度を増していることはわかっている。
それでも、精霊術が使えない里保は、自身の間合いまで近づかなければ何もできないのだから。
608 :ただの名無しでしたから :2015/03/02(月) 22:46
受けもらした炎に、腕が、足が、次々と打ちぬかれる。

半分ほどの距離まで到達するが、激しさを増す雅の攻撃に、堪えきれずに里保は下がった。

呼吸を整える。

それは、雅も同じだった。
複雑な構成を用いて、高度な術を連発しているのだから、彼女自身への負担も大きかった。

けれども、里保はここで手間取っている場合ではなかった。
先に行ったみんなに追いつかなければいけないのだから。

――りほりほ、私が――

「大丈夫です。やらせてください」

さゆみの言葉を遮る。
確かに、さゆみの力ならば、雅の術を一時的に止める事は可能だった。
この場で、雅相手に里保が消耗することも避けたかった。
彼女達が相手にしなければいけないのは、もっと大きな闇なのだから。

それはわかっていた。
それでも、里保はここは自分の力で戦いたかった。
それが、雅の対する礼儀だと思っていた。

出し惜しみはできない。
609 :ただの名無しでしたから :2015/03/02(月) 22:47
里保は剣を抜く。

銀色。

そのことに、雅は気付いていなかった。
ずっと、里保の剣が銀色の光を帯びていたことに。

もう一つ、雅が気付いていなかったことがある。
それは、里保の鞘が変わっていること。

剣を突き出すように構える。
体を丸め、雅が狙える部分を少なく。
正面に構えた剣の最低限の動きで、術を捌くために。

ハッっと短く声を出し、里保は駆け出す。

迫り来る術に剣を触れされる。
触れるという表現が最も正しかった。
振ることも無く、剣を左右に動かして当てていく。
余分な動作は全く無く。
手首から先だけを動かし、里保はそれを行った。
610 :ただの名無しでしたから :2015/03/02(月) 22:47
半分を過ぎる。

ここからは、すべてに触れていくことは難しい。
致命傷だけを避けるように。
体の中心を守るように剣を動かしていく。

髪が、肩が、炎で打ち抜かれる。
それは近づくたびに激しさを増していく。

雅の表情は、まだ変わらない。

唇をギュッと結んで、里保を睨んでいた。

あと一歩。

雅までの距離は、まだ数メートルあった。

それでも、あと一歩。
それだけ進めば、里保には唯一の手があった。

踏み出すと同時に、左手で鯉口を握る。
そのまま、腰から外した鞘の鐺を向け、左手で突き出す。

雅もそれに気付くが、それが何を意図しているのかわからない。

次の瞬間には、腹部に広がる衝撃と、赤いそれが視界に入った。

体がくの字に折れ、肺の空気が全て吐き出される。
里保の姿を捉えようと、再度顔を上げたときには、眼前に迫った剣が、振り下ろされた。

そのまま、雅は倒れる。
611 :ただの名無しでしたから :2015/03/02(月) 22:47
勢いの付いていた里保は、雅を通り抜けてから止まった。

鞘から発生させた剣を抜くのが鞘術。
剣を抜かなければ、どうなるか。
発生した剣を握って、抜くことをしなかったら。

発生した剣によって鞘が押し出される。
剣が発生する速さで、まっすぐに飛んでいく鞘。

雅を襲ったのはそれだった。

ただし、それが可能となったのは偶然だった。
一つは鞘を作るときに、里沙との会話。

鞘の大きさはどうする?か、という問いかけがきっかけだった。

里保の鞘は、剣を納める事が目的ではない。

つまり、鞘の長さを決める基準が無いということだ。
いつも自分が生み出している剣の長さを測れば、そのサイズを知ることができるが、生憎鞘がなければ剣は生み出せない。
壊れた鞘も、エメラルドを残して原型をとどめていなかったから、その長さを測ることはできない。

鞘がどんな大きさであれ、里保が剣を生み出すことに問題は無い。
生み出す剣の長さは、自分の感覚で一致したものがあるのだから。
612 :ただの名無しでしたから :2015/03/02(月) 22:47
だから、新しい鞘には、一つの仕掛けがしてあった。
それは、鞘の中の空洞を極力少なくするということだった。
単純に作りやすいということも一因だったが、もう一つは強度の問題もあり、そういった作りになった。

そして、もう一つ。
居合いを身に着けるために、里保に必要だったのは、剣を振りぬく力。
それともう一つは、剣の発生を早めるということだった。
剣を抜く速度と同等以上の速さで剣が発生しなければ、抜くことはできない。

そのことが何を意味するのか。

つまり、この方法で鞘を飛ばした場合、その速度は里保が剣を抜く速度と同じになるということだった。

同じ相手には一度しか使えない。
鞘を突き出すという行為が虚を付くことができるのは、初見だけなのだから。
613 :ただの名無しでしたから :2015/03/02(月) 22:47
「どうして、殺さなかったの?」

倒れたまま、雅は問う。

雅の体は、確かに里保の剣で斬られていた。

ただし、それは術を斬っただけだった。

精霊術を斬る力。
それによって斬られた彼女の体には、物理的な傷は存在しない。
里保が斬ったのは、彼女の体に刻まれた構成だけだった。

剣を抜き直す暇が無いわけではなかった。
鞘から剣を生み出すために、右手の剣は一旦消滅しているのだから。

「……教団の人間でないなら、あなたを傷つける理由はないから」

里保は答えた。

「そこの壁に上に通じる隠し通路がある。それを使えば追いつくと思うわ」

起き上がることなく、雅は壁を指差した。

「どうして、そんなことを?」
「私は、もう教団の人間じゃないからね」

雅は言う。
里保は答えずに、教えられたとおりに壁を探った。

壁の隙間を押し込むと、グラリと動き出す。
現れた階段。

「ありがとう」

そう言って里保は駆け出す。
雅は何も言わずに、手を振るだけだった。
614 :ただの名無しでしたから :2015/03/02(月) 22:48


「鞘師さん、大丈夫ですかね?」

小走りに階段を駆けながら、遥は口に出した。
その問いには、誰も答えることはない。
大丈夫でないなんて、誰も考えていないのだから。

ただ、代わりに衣梨奈が口を開いた。

「もしも、この先、こういうことがあれば」

その言葉に、先頭を行く亜佑美は足を止めた。
続く言葉を待つように。

「聖を絶対に先に行かせて」
「えりぽん、どうして?」
「闇に対抗する最大の力は、聖と里保。寧ろ、里保よりも聖の方がいいのかな、道重さん?」

宙に向かって話しかけるが、答える声はない。
もっとも、答えていたとしても、衣梨奈はさゆみの声を聞くことなんてできなかったが。
615 :ただの名無しでしたから :2015/03/02(月) 22:48
「そのために、私達がいる。亜佑美ちゃん、どぅー、それに私。
3人は聖を前に進めるために動かないといけない」

その言葉に、3人の視線が自分に集まるのがわかる。

一度、ゴクンと呑みこんでから、聖は頷いた。

それでも、自分がどこまでできるか、不安があった。

以前に相対した梨沙子のこともある。
彼女ですら止めることができなかった自分が、本当にできるのか、と。

――大丈夫。ふくちゃんならできるよ――

さゆみの声が聞こえる。

――生田の言うことは一理あるのは本当――

――闇をとめるのは、ふくちゃん、あなたの力が必要なの――

改めて告げられる事実に、不安が少し和らぐ。
できなくても、自分しかやる人がいないのなら。

やってみるしかないのだから。
616 :ただの名無しでしたから :2015/03/02(月) 22:48
「でも、里保ちゃんは、きっと来ますよね」

――ええ――
「もちろん」

聖の声にこたえたのは、さゆみと衣梨奈。

その言葉をきっかけに、亜佑美は再び階段を駆け上がる。
たどり着いた広間には、これまでと同じように、人影はなかった。
雅のいた部屋で見たのが最後。
それ以外で、倒れている兵すら目にしたことはない。

それでも、壁や床に残る血の跡。

それが何を意味しているのか、聖たちはわからなかった。

ただし、ここで4人は出会った。
広間の一番奥。
柱にもたれかかる様に立つ一人の女性。
617 :ただの名無しでしたから :2015/03/02(月) 22:48
「生田さん、さっき言いましたよね」

剣を抜き、亜佑美は言った。

「亜佑美ちゃん?」
「ここは、私に任せてください。決着つけないといけないんで」

剣を構えて走り出す。
向かう先にいるのは、熊井友理奈。

一気に距離を詰めて剣を振るう。

亜佑美の剣は、以前のそれとは違う。
ガーネットの力を宿したそれは、ジュエル・ウェポンに匹敵する鋭さを持っていた。

並みの槍ならば、それごと真っ二つにしていただろう。

けれども、友理奈のそれは、並みのものでは決してなかった。
黒く光るその槍は、ジュエル・ウェポン。

甲高い音を立てて、亜佑美の剣を弾く。
618 :ただの名無しでしたから :2015/03/02(月) 22:48
反撃とばかりに伸びてくる槍の先は、黒い弾丸のように。
幾重にも降り注ぐ攻撃を、亜佑美は片っ端から剣で捌いていた。

他の3人は、思わず二人の攻防に見とれてしまうほどに。

洗練された速度を持つ二人のやり取りは、とても一本の剣と槍で行われているようには思えなかった。

「行こう」

衣梨奈が促したのは、その攻防の最中に自分を見た亜佑美と目があったから。

もちろん、動きだす3人に対して、友理奈の意識が一瞬そちらへ向くが、それもすぐに戻される。

ここは少しでも動かせない。

亜佑美の剣がそう言いながら襲い掛かってくるようだった。

まぁ、まだ先には彼女がいるから……少しくらいは大丈夫だろうけど……

友理奈はそう心の中でつぶやき、亜佑美とのやり取りに集中する。

以前に手合わせしたときよりも、十分に早かった。
早い上に重い。
きっと自分がジュエル・ウェポンを持っていなければ、数秒で勝負が決まっていただろう。

そう思ってしまうほどに。
619 :ただの名無しでしたから :2015/03/02(月) 22:49
それでも、負けるわけにはいかない。

槍先で剣を受け流し、そのまま回転運動へ。
槍だけでなく、自身の回転もそこへ乗せていく。

二人の間にある決定的な差は、一つだけ。

武器のリーチと、人間としてのリーチ。

必死に剣を戻して受ける亜佑美だったが、衝撃までは堪えきれない。
遠心力の加わった一撃は、亜佑美の体を宙に浮かせてなぎ払う。

それでも、左手を付いて上手く体を立て直すと、左足で力強く地面を蹴って、亜佑美は再び友理奈へと切りかかった。
相手が遠心力ならば、それを利用した反発力。
亜佑美の剣を受け止めた友理奈は、グラリと体を揺らした。
620 :ただの名無しでしたから :2015/03/02(月) 22:49
「やるじゃん」
「そっちもね」

一旦距離を取った二人は、お互いの武器を突き合わせる。

このままでは、すぐに決着が着かないことを二人は感じ取っていた。

体力がなくなるまで、この調子で膠着状態が続いていくに違いない。

それが望ましくないのは、二人とも同じだった。

どちらも、先に進んだ3人のことが気になっている。

だから、この勝負を早く終わらせる必要があった。
621 :ただの名無しでしたから :2015/03/02(月) 22:49
 
622 :ただの名無しでしたから :2015/03/02(月) 22:49
 
623 :ただの名無しでしたから :2015/03/02(月) 22:58
>>604-620 更新終了です。

>>602 ありがとうございます。一応>>399くらいのままから意識だけ戻ってる感じですが、こちらの力が足りずに伝わっていなくて申し訳ないです。>>563くらいしか描写してないですね…
>>603 ありがとうございます。最後までもう少しなので、それまで突っ走っていきたいと思います。
624 :名無飼育さん :2015/04/18(土) 06:43
期待して待つ
625 :ただの名無しでしたから :2015/05/02(土) 23:37
地面を先に蹴ったのは亜佑美。

一歩、二歩と大きく進んだ先は、友理奈の間合い。
足元を払う槍を、飛び越える。

ただし、それは彼女の罠。

飛んでしまえば、体勢は変えられない。
宙に浮く亜佑美の剣が振られる前に、払った勢いのままに、槍を回転させる。

カン

音が一度響く。
剣と槍が打ち合った。

それでも、空中にいる亜佑美と、地面にしっかりと足を踏みしめた友理奈。
それに回転運動も付加されていれば、はじかれるのは亜佑美の剣、のはずだった。
626 :ただの名無しでしたから :2015/05/02(土) 23:37
だが、実際は空中に留まったまま、亜佑美は槍を受け止める。

風の精霊術。

亜佑美が唯一使用できるそれは、キュービック・ジルコニアに対しては使用できない。
もしも、仮に使用できたとしても、彼女の力では命を奪うことは難しいほどの力しかないのだが。

けれども、自分に対して使うのなら。
槍というリーチのある武器では、キュービック・ジルコニアの適応範囲外で、使うことが可能となる。
槍を受ける自分に対しての風の力。

自身の体を支えるように生み出された風は、空中に見えない足場を与えていた。

そのまま、槍を受け流し、再び見えない足場を蹴って亜佑美は剣を振るう。

流れた槍が再び返ってくるまでに。
627 :ただの名無しでしたから :2015/05/02(土) 23:37
誤算があったとすれば、友理奈が槍を戻す動作よりも先に、すかさず後ろに一歩下がったこと。
そのことで、少しだけ距離が開き、もう一歩踏み出す足場が必要になったこと。
そして、そのわずかな距離が、キュービック・ジルコニアの適応範囲となったこと。

あるはずの空気の板の感覚がないことに気付いた瞬間には、地面へと足が着いていた。
思っても見ないタイミングでの着地に、倒れながらも剣を振るう。

致命傷を与えることはできない。
そう悟った瞬間に、亜佑美は狙いを変える。
彼女の剣先は友理奈の鼻先を掠め、体には傷一つつけることができなかった。

自分の足元へと倒れていく亜佑美に、友理奈がその背中へ狙いを定めた瞬間。
時間が逆戻りしたかのように、亜佑美が背中を向けたままに起き上がる。

それは、通常ではありえないことだった。
亜佑美の体ごと、振ったはずの剣が斬り上がる。
628 :ただの名無しでしたから :2015/05/02(土) 23:37
友理奈が伸ばした槍が、亜佑美の肩に先に届くが、それでも勢いは衰えない。
自らが槍へと刺さりに行くような形で、肩を貫通する。。
けれど、振り切った亜佑美の剣は、友理奈の体を斜めに薙いだ。

「どうして……」

完全にバランスは崩れていた。
あのまま倒れることしかできなかったはずだった。

物理的には。

けれど、精霊術の力を借りれば、それは可能だった。
風の精霊術。
空中に足場を作ったときのように、自身の体に術を当てて持ち上げることができたのなら。
629 :ただの名無しでしたから :2015/05/02(土) 23:37
血を一度吐いた後に、彼女は気付く。

自分の胸元の宝石が、半分に欠けている事を。
ぎりぎりで避けたと思っていた剣が狙っていたのは、自分ではなかったということを。

そのままの勢いで後ろに倒れていた亜佑美は、ゆっくりと起き上がる。
精霊術の勢いを殺しきれずに、傷だらけとなった彼女の体は、肩からの出血と相まって赤く染まっていた。

「早く、行かないと……」

そう呟きながらも、亜佑美はその場に膝を付く。

足が動かない。
それどころか、体の自由が利かなくなっていた。
630 :ただの名無しでしたから :2015/05/02(土) 23:38


「あゆみん……」

階段の途中で、不意に遥は足を止めた。
不意によぎった亜佑美の顔は、どこか現実味を帯びていて。
虫の知らせというのは、こういうことなのかもしれない。
そう遥は思った。

それでも引き返すわけにはいかなかった。
それだけは、絶対にできなかった。

「どぅー?」
「大丈夫です」

階段を上りきってこちらを見ている聖へ向き直り、遥は残りの階段を駆け上がる。

次の扉。

王の間までもうそれほど遠くないことは、聖から聞いていた。

衣梨奈は扉をゆっくりと開ける。

もちろん、予想したとおり、部屋には一人の人影。

扉の隙間から、その姿が衣梨奈の目に留まる。

その瞬間、衣梨奈は扉を開ける手を止めた。
631 :ただの名無しでしたから :2015/05/02(土) 23:38
「生田さん?」

遥たちには中が見えない。
扉に掛けたままの衣梨奈の手は、少し震えていた。

「まさか、ね」

「えりぽん?」

「忘れるわけ無い……」

聖は気付く。
衣梨奈の口元が笑みを浮かべていることに。

「忘れるわけが無いわ」

半ば絶叫に近いほど、声を荒げて衣梨奈は一気に扉を開けた。

部屋の真ん中に立っている女性。

そして、その奥にももう一人。

共に黒いローブに身を包む。
632 :ただの名無しでしたから :2015/05/02(土) 23:38
聖が知っているのは奥の一人。
聖にとって、忘れることができないのはこちらだった。
菅谷梨沙子。

純粋な闇の精霊術を使う精霊師。
里保と衣梨奈と3人でも相手になっていたかはわからない。
相手が引いてくれから、生き延びることができただけのことだった。

衣梨奈の反応が、彼女を見てのことならば、聖はその意味がわかった。
けれども、衣梨奈の目には梨沙子のことは映っていなかった。

彼女の意識を独占しているのは、手前にいる人物。

清水佐紀。

彼女のほうだった。

左手がうずく。
記憶が鮮明に蘇る。

自分がこうなってしまった元凶。

いや、それをいうならば、教団での生活を始めた段階がすべての元凶ではあったが。
その部分の記憶は一切残っていない。
だからこそ、衣梨奈にとってはあの日が、人生のターニングポイントだった。
633 :ただの名無しでしたから :2015/05/02(土) 23:38
「私が。聖たちは先に行って」
「無理ですよ、生田さん」

遥ももちろん知っていた。
衣梨奈が術を使うための条件を。

術を使うほど蝕まれていく衣梨奈の体。
その状況で、戦うことは無謀だった。

ましてや、相手は二人なのだから。

「譜久村さん、この先は?」
「あとワンフロアあったはずだけど……」

遥は考える。
ここで自分も残ってしまうと聖が一人になってしまう。
この先が目的地ならばいいが、もう一つあるとすれば。そこにも誰かがいることが考えられる。
634 :ただの名無しでしたから :2015/05/02(土) 23:38
――工藤、お願い。この先は大丈夫だから――

さゆみの声。
何が大丈夫なのか。
遥にはわからない。
でも、一つだけその理由が思い当たる。

「鞘師さん、ですか?」

遥の問いかけに、さゆみの笑みがかすかに漏れる。
それで遥の迷いはなくなった。

「わかりました。ここは、私と生田さんで」
「どぅー、えりぽん……」

「「さっさと行って」」

揃った声で二人はそう言う。
最初に動いたのは遥。

どちらを狙うべきか。
目の前の二人はどちらも丸腰だったから、見た目では判断できなかった。
それでも、明らかに衣梨奈が佐紀を見ていたことから、遥は梨沙子を選択する。
635 :ただの名無しでしたから :2015/05/02(土) 23:39
「さんきゅー、どぅー」

衣梨奈もそれに気付いて、彼女の背中に小声で呟く。
それから、再度佐紀へと視線を戻す。

「忘れるわけ無い、と言いましたけど、私はあなたに会ったことがあるの?」

佐紀が言う。
その言葉に、衣梨奈が反応する前に、彼女は言葉を続けた。

「いや、でもきっと会ったことはあるんでしょうね。そうでなければ、あなたが闇の術を使えることの説明がつきません」
「えぇ、そうよ。あなたのせいで私は今、こうしているんだからね」

そう言うと、衣梨奈は詠唱を始めた。

「この世に疎まれし闇なる者よ
我が身を食らったその力
仇なす者を討つ糧とせよ」

右の胸に激痛が走る。
体の一部が消失していくのがわかる。

それと共に、自分の目の前に集まった闇は、一直線へ佐紀へと向かう。
636 :ただの名無しでしたから :2015/05/02(土) 23:39
「この世に疎まれし闇なる者よ
与えし供物を以ってして
我の命を守りたまえ」

佐紀の詠唱が耳に届く。
それと共に、衣梨奈の闇が佐紀の前で四散していった。

驚きはした。
それでも、佐紀が闇の精霊術を使うということは、どこか予想をしていたことだった。
ただ、衣梨奈としては、相手も闇の力を使うことで命を削ることになるのだから。
この持久戦がどこまで続けるのか、という覚悟はあった。

「このまま相打ちを狙っているのなら、それはあなたの思い違いだわ」
「どういうことよ?」
「私は、あなたのような未完成品とは違う。闇を支配するために、私はずっと研究を重ねてきたわ」
637 :ただの名無しでしたから :2015/05/02(土) 23:39
ビーシー教団。
最高指導者として、教団を統べるのは愛理の役目。
けれども、彼女が教団に入ってから10年ほどしか経っていない。
彼女が教団に入る前から、もちろん教団は存在している。
その間、そして、愛理が教団に入ってからもずっと、No2であったのは佐紀だった。
4の月の生まれでない彼女は、純粋な闇の精霊師ではない。
そのことがあるから、彼女は絶対にトップに立つことはできない。
けれど、実際に長年に渡って教団を動かしてきたのは彼女。
ちなみに、愛理が現れるまで、最高指導者だったのは、遥と相対している梨沙子だった。

「闇の精霊師。彼女達の存在は脅威だわ。特に愛理の力は、梨沙子の力の大部分を受け渡しているから、手が付けられない
そんな彼女達に対抗するために、私はあなたのような人間を使って数々の実験を試してきたわ。
どうすれば、純粋な闇の精霊師と同じ力を得ることができるのかってね」

佐紀の話が続く間に、遥は梨沙子に剣を振るい続ける。
梨沙子はただ避けるだけ。
彼女は地面を滑っていくように移動し、遥の攻撃を避け続ける。

避け続けるだけ。

彼女から攻撃することはなかった。
攻撃する意志もないように。

ただただ、梨沙子は避けていた。
638 :ただの名無しでしたから :2015/05/02(土) 23:39
そして、遥もすぐにそのことに気付く。
でも、その意図をつかむことができない。

自分を足止めするため?
それとも何か別の狙いが?

その答えがでない以上、梨沙子から離れることが躊躇われた。
ただ、実際には梨沙子にはもう力が残っていなかった。

自身を維持することが精一杯。
愛理に力を渡してしまった後、どんどんと衰えていく自分の力を感じていた。

ただし、愛理が憎いという感情はもっていなかった。

そもそも、梨沙子の感情はとっくに無くなっていた。
操り人形。
その言葉が彼女にはぴったりだった。
操る人間の興味がなくなるほどに、人形の力は無くなっていく。

より良い人形が見つかれば、古い人形は捨てられる運命にある。

梨沙子の状況は、たったそれだけのこと。
639 :ただの名無しでしたから :2015/05/02(土) 23:39
精霊を力を借りて、精霊術を使うことができるのが精霊師。
少なくとも、普通の精霊以外ではそうだった。

ただ、それは逆に考えれば、精霊の力を具現化する手段となっているのが精霊師ということ。

精霊に強い意志があった場合。

そう、たとえば光の精霊―時を統べし者―であるさゆみが、聖や里保と共に戦っているように。
闇の精霊も、闇の精霊師に介入することは可能である。

だからこそ、彼女達を操るのは、闇の精霊。
純粋な闇の精霊師なんてものは、実際にはただの闇の精霊の傀儡にしかすぎない。
闇の精霊に、よりフィットする者。

さゆみが、他の誰でもない聖や里保にだけ力を与えたように。
遥がジュエル・ウェポンを使えるようになったように。

ただそれだけが、梨沙子から愛理へと代わった理由だった。
640 :ただの名無しでしたから :2015/05/02(土) 23:40
「闇の術を使うには、供物が必要だわ。でも、それは私である必要はない。
供物は別に用意をすればいいわ。使い捨ての駒なんて山ほどある。
頭にキュービック・ジルコニアを埋め込んだ肉の塊がね」
「それって、まさか……」

佐紀の言葉が意味することを、衣梨奈は理解する。

「それは、魔道兵を作ったときは考えていなかったわ。だから、そこまで上手く行くとは思わなかったわ」

言いながら、先の両手から闇が放たれる。
遥と衣梨奈に向けられたそれを、二人はそれぞれ回避した。

それは、圧倒的だった。
圧倒的に分が悪かった。

彼女の言葉通り、闇の精霊術を使ったところで、佐紀は表情一つ変えることは無い。

闇の力を使う以上、彼女に勝てないことは明白すぎた。

遥をちらりと見る。
梨沙子は代わらずに避けているだけ。
641 :ただの名無しでしたから :2015/05/02(土) 23:40
「ついでに言うと、魔道兵はそれはそれで十分な戦力にはなったけど、あれも失敗だわ。
いくつかは技能を残したままで強化できたけど、あれではまだ不十分。
知識を持ったまま、魔道兵のような肉体を持つ。それも、異形にならないようにね」
「まさか……」

来る。

そう感じた時は、もう佐紀の体がすぐそこまで来ていた。
伸びてくる拳を受けようとするが、その判断が間違いだということを、衣梨奈はすぐに理解する。
衣梨奈の細腕で、魔道兵の攻撃を受け止めるなんてことは、不可能なのだから。
寸でのところで体を屈めて拳を避けるが、その次の動作には間に合わない。
横からの蹴りで、衣梨奈をなぎ払われた。

腕ごと体が折れそうなほどの衝撃とともに、すぐに全身に衝撃が走る。
弾き飛ばされて、そのまま壁に激突したのだから。

「生田さん」

遥は、さすがに梨沙子から離れて、衣梨奈のところへと向かおうとする。
その進路の途中に現れた佐紀。

「どけー!」

荒々しく振った剣を軽々と避ける。
そしてすれ違いざまに、膝が遥へと見舞われる。

ボキボキと言う音が体を通じて耳に届く。
それでも、もう一度剣を振り、佐紀から距離を取る。

息をするたびに走る激痛。
それでも、遥は足を止めずに衣梨奈の所まで駆けた。
642 :ただの名無しでしたから :2015/05/02(土) 23:40
「生田さん」

抱え上げたところで、衣梨奈は意識を取り戻した。

「どぅー」
「やばいですね、あいつ」

二人はお互いにもたれかかるように立ち上がると、佐紀を見る。
もう、梨沙子のことまで考えることはできなかった。

「わかったかしら?闇の力を宿した肉体と、闇の精霊師としての力を持った私こそが、教団の最高指導者であるべきなのよ。
愛理はわかっていない。私の力が彼女の域まで達していることを。
闇の復活なんて、どうでもいい。今日は終われば、私は愛理を倒してこの教団を、そして世界を手に入れるのよ」

両手を広げて、高らかに述べる。
自分の離れて後ろにいる梨沙子が、無表情のままであることに、佐紀は気づいていなかった。
643 :ただの名無しでしたから :2015/05/02(土) 23:40
闇が放たれる。
二人は左右に分かれて避ける。

佐紀が次の一撃の狙いを定めたのは遥。
逆に位置する衣梨奈には目もくれず。
次々と遥へと闇が襲い掛かる。

自分ができること。

衣梨奈は考える。
けれど、できることなんてそれほど多くは無かった。
衣梨奈は詠唱を始める。

少しでも意識をこちらに向けることができたのなら。

本当に情けない話。

私が。と言って残ったのはいいが、自分では倒すことは難しかった。
どちらかといえば、遥の方が、その可能性が高いことは確実。

それでも、佐紀に一矢報いることができたなら。
644 :ただの名無しでしたから :2015/05/02(土) 23:40
衣梨奈が術を放つ。
もちろん、佐紀もそれに気付いており、すぐさま術で防御する。

それでも、少しだけの時間を稼ぐことができる。

そうすれば……

衣梨奈の術が防がれる。

「どぅー、頼んだ!」

口内にあふれる血を吐き出しながら、衣梨奈は叫ぶ。

遥と佐紀の距離はもう十分に近づいていた。

生田さん……

彼女の思いを、遥は理解していた。
自身の命を削りながらも、作ってくれた機会。
だからこそ、倒さなければいけない。

佐紀の拳を避ける。
速度は速い。
威力も相当。
魔道兵と相対した迫力が、自分とほとんど代わらない体から感じ取ることはできた。
645 :ただの名無しでしたから :2015/05/02(土) 23:40
ぎりぎりでしか避けることができず、風圧が髪を揺らす。
そのまま、防戦一方。
両手両足から生み出される一撃は、どれも受ければ終わってしまう。
弾き飛ばされ、術を打たれれば、それで勝機はなくなってしまう。
もう一度、この距離に近づくことは、難しいのだから。

慎重に、遥は佐紀の攻撃を避けていく。
わき腹は相変わらず痛み続けるが、その痛みがほどよい緊張を生み出していた。
先ほどは、焦って一方的にやられてしまったが、今回はそうはならなかった。

右左のコンビネーションに加え、上下の組み合わせ。
一見洗練された動きに見えるそれだが、遥は次第に余裕を持って避けることができていた。
646 :ただの名無しでしたから :2015/05/02(土) 23:41
この感じ、知ってる。

遥は思う。
そう、あれは出発の一週間ほど前に亜佑美から言われた言葉だった。

「どぅー、丁寧にいきなよ。丁寧に」
「えー、なんだよあゆみん、いい感じでできてるじゃん」

剣を納めて、遥は反論する。
周囲には、バラバラに切断された木々。
それらは、全て遥の体に触れる前に切り落とされたものだった。

「ばーか、それはその剣を使ってるからでしょ」
「は?意味わかんないんだけど」
「そんないい武器を使ってたらね、おおざっぱにやってもできるんだよ、これくらいのことは」

言いながら、亜佑美は地面の木を一本広い、軽く投げる。
落下するそれにあわせて、剣を抜く。

3度剣が振られ、木がバラバラになる。

「こういうの、できないでしょ?」

亜佑美は言いながら、落ちた木を拾い上げる。
綺麗に4等分。
同じ長さになっていた。

「できるよ、それくらい」

遥も同じようにするが、結果はバラバラ。
不ぞろいな長さの木が出来上がる。

「そういうことよ。切るだけなら適当にやってもできるの。でも、それ以上はここが必要なんだから」

腕をポンポンと叩いて、亜佑美は言った。
647 :ただの名無しでしたから :2015/05/02(土) 23:41
「あゆみん、すげーな」
「今更?遅いって。どぅー、いくら強い武器が手に入っても楽をしちゃダメ。
きちんと狙いを定めること。おおざっぱにどこかに当たればいいって思ってやってると、どこにも当たらないよ。
「はーい」

その返事に満足そうに去っていく亜佑美。
その背中を見ながら、遥は残った木を手にとる。

目の横を佐紀のつま先が通り過ぎる。

遥は、亜佑美の言葉を痛いほど理解した。

目の間にいる人間は、まさしくそんな自分だった。
強すぎる力を急に手に入れてしまったから、その力におぼれてしまっている。
強すぎる力を持つ故に、それで十分だと錯覚してしまっている。
648 :ただの名無しでしたから :2015/05/02(土) 23:41
どんなに強くても当たらなければ意味が無い。

自分に言い聞かせるように、そう念じると、剣を振る。

佐紀の右からの拳を避けながら、右のわき腹を一閃。

手ごたえは無い。
剣の切れ味と、遥の振りの鋭さが合わさって、手ごたえすら感じないほどに。

それでも、佐紀の体には赤い線が一筋描かれる。

彼女も、自分が切られたことに気付かないほど。
それでも、遥を追おうと振り返った瞬間に、傷口が開いて血が噴出した。

「嘘だ!嘘だ!」

溢れる血で両手を染めながら、佐紀は叫ぶ。

「私は最強なんだ。最強のはずなんだ」

両膝をつき、倒れこむ。
地面には真っ赤な血溜まりが広がっていく。
649 :ただの名無しでしたから :2015/05/02(土) 23:41
「……生田さん」
「あぁ」

悶える姿を見ながら、衣梨奈は詠唱を始める。

自分の人生を狂わせた人間だったが、これ以上苦しんでいる姿をみるのは心苦しかった。

「この世に疎まれし闇なる者よ
我が供物を得て
この世へ姿を映せ」

佐紀の周りに無数の腕が出現し、飲み込もうとする。
しかし、それらは一瞬で消失した。
代わりに佐紀の前に立つのは梨沙子。

遥と衣梨奈に緊張が走る。
彼女の存在を忘れていたのだから。

自分を見つめる二人を気にかけず、梨沙子は背を向けて屈みこむ。
650 :ただの名無しでしたから :2015/05/02(土) 23:41
「梨沙子」
「もう、十分。お休み」

そう言って、梨沙子が佐紀の顔を手で覆うと、そのまま佐紀は動かなくなった。

「忘れてたわ。次はあなたが相手ってことね」

遥は言う。
梨沙子は立ち上がると、遥には目もくれずに、上を向いてつぶやいた。

「闇が、復活するわ」と。
651 :ただの名無しでしたから :2015/05/02(土) 23:41
 
652 :ただの名無しでしたから :2015/05/02(土) 23:41
 
653 :ただの名無しでしたから :2015/05/02(土) 23:42
>>625-650 更新終了。もうなんかほんとうにすみませんorz

>>624 ありがとうございます。空きすぎてしまって本当に申し訳ございません。
654 :名無飼育さん :2015/05/03(日) 12:09
待ってました!!キャプ・・・涙

闇の復活…いよいよ最終決戦か
655 :名無飼育さん :2015/05/05(火) 15:49
ベリの活動停止と併せて読むと切ないですなあ
次回も期待して待ってます
656 :ただの名無しでしたから :2015/05/13(水) 23:01


薄暗い階段を上っていく。
隠し通路だと言っていたが、この城の人間、特に王を初めとする要人は知っているはずであって。
この状況でそれが使われていないということが、何を意味しているのか。
里保はそこまで考えてはいなかった。

ただただ、注意を払いながら階段を駆け上がる。

静かだった。

厚い壁に覆われてはいたが、自分のかすかな靴音しか聞こえなかった。

――りほりほ――

「はい」

――闇が近いわ。フクちゃんももうすぐそこで待ってる――

「わかりました」

里保はそれだけ答えた。
隠し通路が何のために存在するのかを考えれば、おのずと出口は想定される。

自身の前に現れた石の扉を開けると、久々の光が目に入る。
657 :ただの名無しでしたから :2015/05/13(水) 23:01
「里保ちゃん」

光の中に立っているのは聖一人だった。

「みんなは?」

「私のために、みんな道をあけてくれたわ」

里保の問いかけに、聖は後ろを一度振り返ってから答えた。

「私なんかのために」と、聖はつぶやくように続けた。

「そう……」

信頼はしていた。
亜佑美も、衣梨奈も、もちろん遥も。
それでも……

「いかないと。早く終わらせないと」

里保の言葉に聖は頷く。
658 :ただの名無しでしたから :2015/05/13(水) 23:01
この城の構造を、聖はそれなりに知っていた。
少なくとも、王の間には何度か足を運んだことがあるから。

この先がどうなっているのか、理解していた。

王の間の前に一室。
少し先にある大きな扉をくぐるとそれはある。

それから、二人は無言で進み、扉を開けた。

ギギギと音を立てて開いた扉の向こうに広がる大きな広間。

その一番奥。
王の間へ通じる扉を守るように立っている女性。

それが、里保が倒さなければいけない相手だった。

矢島舞美。

以前に会ったときとなんら変わりの無い。
ローブではなく、体にぴったりとした黒を身につけ、その手には既に刀が抜かれていた。
耳に光る紫はアメジスト。
もちろん首には小さな白が光る。
659 :ただの名無しでしたから :2015/05/13(水) 23:01
「フクちゃん、この先はもう無いよね?」
「えぇ……」

いつもと違う凄味のある里保の声に、聖は戸惑う。

「道重さん、フクちゃんだけで、いけますか?」

――りほりほ……――

「いってください。ここは私が、何とかします」

そこまで言って、里保は自覚した。
自分の体が震えていることに。

勝てるかも、とすら思えなかったのは、人生で初めてかもしれなかった。
だからこそ、たくさんのことを身に着けた。
それでも、勝てるなんて自信はなかった。

ただ、以前と違うのは、勝てるかも、くらいは思えるかもしれないという希望があること。

舞美も、里保であることに気付く。

それでも、油断をすることはなかった。
彼女に命じられたのは、ここを通すなということ。
他の誰でもない愛理から直接頼まれたことを、遂行しないわけにはいかなかった。
ただし、その命令には一つだけ補足があった。
660 :ただの名無しでしたから :2015/05/13(水) 23:02
聖が術を放つ。

まぶしいほどの雷の龍が、部屋を駆け巡る。

舞美は避けることしかできず。
術は、背後の扉を音を立てて破壊する。

「愛理!」

舞美が叫ぶ。
それでも、その先からは何も音がしない。
扉の向こうに吸い込まれるようにして消えていった光。
破壊された扉の先は、闇が広がるだけ。

――フクちゃん、急いで……――

さゆみの声に、里保も聖も走り出す。

先に届いた里保は舞美へと対峙する。

二人を回りこんで走る聖。

舞美が聖へ切りかかろうとすれば、すぐにでも対応しようとしていた里保だったが、拍子抜けするほどあっさり、聖は扉のところまで到達した。
661 :ただの名無しでしたから :2015/05/13(水) 23:02
「どうして?」

聖が扉の向こうの闇に消えていったことを確認し、里保は問いかけた。

「そういう命令だったわ。譜久村聖だけは通せって」
「そう……」

それが何を意味しているのか、里保には想像もつかなかった。
それでも、こちらの狙い通りになっていることは望ましいことだったから。

「だから、それ以外の人間は一人も通せない」

舞美が振るう刀を受け止める。
それは、以前と同じようだった。
幾重にも襲い掛かる舞美の攻撃を、里保は全て受けていく。

ただし、以前と違うことがある。

里保の剣が確実に受け止められているということ。

合間にはさまれる里保の攻撃が、相当の鋭さをもって舞美へ襲い掛かる。
舞美としては、その際どい一撃を、十分に避けることは難しかった。

手数は圧倒的。
それでも以前とは全く状況が違うことに、舞美は早くから気付いていた。
もちろん、それは里保も同じであり。
そのことは、充実感として里保に更なる力を与えていた。
662 :ただの名無しでしたから :2015/05/13(水) 23:02
勢いを増す里保の剣は、舞美と激しく打ち合う。
現れては消える光の剣は、閃光のようだった。

二人の距離は変わらない。
間合いをお互いに外さないままに、打ち合う。
舞美の髪がハラリと舞った。
かすり傷をたくさん受けている里保とは違い、初めて触れた舞美への剣戟。

それが更に里保の剣の速度を早める。

二人の武器が打ち合う音が響く。
高速で打ち合う剣からは、火花がでそうなほどに。
空気を切り裂くような音が、次々と鳴り響いていた。

時間にすれば、わずか。

それでも、里保にとっては限りなく長く濃厚な時間だった。

お互いの剣の速度はどんどん速くなっていく。
それでも、二人が認識している剣速はどんどん遅くなっていく。
極まった集中力が為すその現象が、更に二人の剣戟を速めていった。

里保の頬に血がにじむ。それは舞美も同様に。

剣が触れてもいないのに、いつしか二人の体には無数の傷が生じていた。

打ち合う剣から生じる衝撃波。
それは、精霊術でもなんでもない。
二人の剣速が異常な速度だからこそ生じる物理現象だった。
663 :ただの名無しでしたから :2015/05/13(水) 23:02
先に距離をとったのは舞美。
里保もそれを追うことはしない。

そのまま10メートル程度の距離で、二人は剣を一旦降ろす。

どっと身に降りかかる疲労感。
それでも、集中力だけは切らさないように、舞美を見つめる。

強い。

それは、舞美も感じていた。
本気で自分が刀を振るうのはいつ振りだっただろう。

使命感は、どこかに吹き飛んでいた。
純粋に、自分のために刀を振るおうとしていた。

だからこそ、彼女は耳に光る宝石を外し、里保から視線を外さないままに、後ろに投げた。

理由は単純。
剣だけで勝負をしたかったから。

ただそれだけ。

愛理を守るために。
愛理とともに生きていくために。

それだけのために磨き続けた技術。
それを、自分のために使いたかった。

里保も、それには驚きはしなかった。

途中から、そんな予感はしていた。
だから、自分もそれを恐れずに思い切り剣を振るえていたのだから。
664 :ただの名無しでしたから :2015/05/13(水) 23:02
「いくよ」

舞美の言葉を合図に、再び二人は地面を蹴る。
先ほどよりも一段を重くなった刀を、里保は両手で受け止める。

ズシンと衝撃が体に響く。

リーチの長さ。

それが、里保と舞美の決定的な違い。
だから、助走を伴った初撃では、その威力の差が如実に現れる。

衝撃で硬直した里保へと、振るわれた刀。
受けることができるが、優先権は舞美のまま。

体勢を完全に立て直すことのできないままに、受け続けていれば、その誤差が大きくなっていく。

徐々に里保の剣がずらされていき、ついには舞美の刀にはじかれる。

そこへ大きく振り下ろされる刀。

剣を抜きなおして受け止める。

その動作をすることは、可能ではあった。
それでも、今までのズレを修正することはできない。
溜まった遅れが、今度こそ避けられない一撃へつながってしまうことは明白だった。
665 :ただの名無しでしたから :2015/05/13(水) 23:03
ごめんなさい……

心の中で祈りながら、里保は鞘に手をかける。
剣を抜くためではなく。
鞘を振るために。

鞘をふるといっても、雅のときのようにするわけにはいかない。
あの方法は、一発勝負。
仕留められなければ、鞘が自分の手元から離れることを意味している。
奇襲とはいえ、舞美に必ず通用するとは思えない。

だから……

カンと先ほどまでとは異なる音が響く。
刀を防ぐのは両手で掲げた鞘。

鞘の本来の役目は、剣の力を守ること。
逆の意味で言えば、納める剣よりも強度が無ければ成立しない。
それは、鞘術で生み出した剣においても同様。

里保の思いと、里沙の技術。

それらが詰まって生み出された新しい鞘は、舞美の刀が如何に鋭くても、斬ることはできなかった。
666 :ただの名無しでしたから :2015/05/13(水) 23:03
そして、そのまま右手で剣を抜く。

虚を付かれた舞美だったが、肩を掠められながらも避ける。

それでも、里保にとっては形成を逆転するには十分だった。

左手には鞘。それで受け止めながら右ではそこから剣を抜く。
本来は、精霊術を使われた時のことを想定して行っていたものだったが、術がない状況でも十分な威力を発揮していた。

欠点があるとすれば、太刀筋が読まれやすいといったところだった。
どうしても、鞘で受けるため、剣を抜く角度が限定される。
事実、舞美もそれに気付き、かすり傷程度でやりすごしているのだから。

お互いに決定打がでないままに、時間だけは過ぎていく。

事態が変わったのは、どちらかの力のせいではない。

単純に、時間が経過したからだった。

日付が変わる。
11日から12日へ。

そして、それを境に世界が一変した。
667 :ただの名無しでしたから :2015/05/13(水) 23:03
香音も、亜佑美も、衣梨奈も遥も。

全員の動きが止まった。

もちろん、里保も舞美も例外ではない。

明かりが瞬時に全て消えたように、それを境に周囲が闇に包まれる。
元々、蝋燭の明かりで照らされていただけであったから、それが一斉に消えた可能性は、考えることは無かった。

感じたことのない闇だった。

真っ暗ではない。

漆黒。

城を含むその空間がつつまれたのは、そんな闇だった。

里保の剣の光すら吸い込まれてしまいそうな闇。
二人の剣が止まり、同時に奥の扉があった方を見る。

「愛理!」

先に叫んだのは舞美。
無防備な背中を向けているが、里保は斬ることはしなかった。

それ以上に、聖のことが気にかかっていた。

駆け出す舞美を追うように、里保も駆け出す。

道重さん!フクちゃん!

心の中で呼びかけるが、さゆみから何の反応もない。
嫌な予感がどんどんと大きくなる。

剣の光を頼りに、舞美を追うように奥の扉に飛び込んだ。
668 :ただの名無しでしたから :2015/05/13(水) 23:03
「フクちゃん!」

飛び込んだ中の光景は、里保が予想していたものとは異なっていた。

漆黒の闇の中にたたずむのは聖。
そして、聖を敬うように頭を垂れる一人の金髪の女性。

そして……

部屋の隅に倒れているの一人の女性。

「愛理!」

舞美は、部屋の隅に倒れている女性に駆け寄り、呼びかけている。

「……フクちゃん」

状況は全くわからない。
それでも、感じる。
目の前にいる聖が、自分の知っている聖ではないということを。
669 :ただの名無しでしたから :2015/05/13(水) 23:03
「愛理!どうして!愛理!」

舞美の声が響く。

「それは、なかなかいい入れ物だったわ。おかげで主を復活させることができた」

顔を上げた金髪の女性が言った。

「どういうこと!」
「そのままの意味よ。それのおかげで私の二百年の悲願がついに達成できたわ」

金髪の女性が話を続ける。

「ビーシー教団を作り、私の代わりにこの世を動く入れ物を探していたんだけど、それが最もよかったわ。
さすが、今日、私と同じ日に生まれただけのことはあるわね」

その言葉に舞美の表情がいっそうきつくなる。
670 :ただの名無しでしたから :2015/05/13(水) 23:03
――りほりほ……――

その時、里保の耳に届いたのは、さゆみの声だった。

どういうことですか?フクちゃんは、どうなってるんですか?

声に出してしまいたいほどだったが、心の中で問いかける。

――ごめんなさい、止められなかった――

フクチャンは?どうなってるんですか?

――この国の王は殺された。間に合わなかったの――

その言葉に里保は気付く。
この部屋にいるべき人間がいないことを。

ここは、ノインの王の間。
けれども、絶対にいるべきこの部屋の主は、どこにも存在していなかった。
愛理により、闇に飲まれて存在ごと消失させられていたのだから。

そして、それはノインという国の崩壊を意味する。
侵略により王を失った国は、もう国ではない。
それは、ノインという国によって作られている封印の破壊を意味していた。

二百年前と同じ。
王の殺害が、輝ける闇の復活の第一歩となっていた。
671 :ただの名無しでしたから :2015/05/13(水) 23:04
「ところで、私はこの入れ物からそろそろ出たいのだが」

不意に、聖が口を開いた。

「主よ、窮屈な思いをさせて申し訳ございません。
完全復活の手はずは整っておりますので、そちらへ参りましょう」

聖の声は、里保が知っているそれとは全く異なっていた。

――フクちゃんは、輝ける闇の依り代なの――

それが、ビーシー教団が聖を狙っていた理由。

「どういうことですか?」

今度は思わずつぶやくように口に出てしまった。

ノインの王族の中には、一人だけそういった役割を担う者がいる。
復活した闇の依り代となる人物が。

それは、闇が完全に復活するのをとめる最後の封印とも解釈をできなくはない。

――闇が復活したとき、フクちゃんの体に入るようになっているわ。闇があふれ出すのを防ぐために。その代わり……――

聖の体は輝ける闇に乗っ取られる。

それが意味することは……
672 :ただの名無しでしたから :2015/05/13(水) 23:04
――でも、まだ間に合うわ。フクちゃんの体は乗っ取られているけど、死んではいない――

どうすれば、いいんですか?

――私の力と引き換えに、譜久村聖を呼び戻します――

声の調子が変わる。
力と引き換えに。
そのフレーズが意味することはすぐにわかった。

――りほりほ、大丈夫。どのみち私の力はもう長くないわ。だから……――

道重さん。

そう叫びたかった。
でも、できない。

心の中で強く思うだけ。

まだ、戦いは何も終わっていないのだから。

――りほりほ、あとはお願いね――

答える代わりに、しっかりと頷く。

そうして、光が弾けて部屋を照らす。
673 :ただの名無しでしたから :2015/05/13(水) 23:04
時が止まった。

里保、亜佑美、遥。
それぞれ違う場所にいる3人だったが、3人の時間がその時止まった。

それぞれの前に現れたさゆみ。

――りほりほをお願い――

亜佑美と遥へと伝えたのはその言葉。

そして、里保へ微笑みかけると、その姿がゆっくりと薄れていき、消えていく。

その後。代わりに里保の目に映ったのは、光り輝く聖の姿。

聖はゆっくりと、里保の元へと進んでくる。

「フクちゃん」
――里保ちゃん――

自分の元へやってくる聖に、里保は自然と両手を広げて迎える。
ただ、聖の体を感じることはない。
腕をすり抜けて、そのまま里保の体に重なっていく。
674 :ただの名無しでしたから :2015/05/13(水) 23:04
そして……

――里保ちゃん――

聖の声が響く。
さゆみと同じように。
そして、それは衣梨奈には決して聞こえない声。

フクちゃん。

里保は心の中でもう一度呼びかける。
さっきまでとは違う。
体の中が少し熱を持っているような、そんな感覚だった。

――なんか、自分が目の前にいるのは変な感じ。でも、倒さなくちゃいけない――

フクちゃん、どうなってるの?

――私は、時を統べしもの。道重さんからその力を受け継いで生まれた光の精霊よ――
675 :ただの名無しでしたから :2015/05/13(水) 23:05
「ふん、小ざかしい真似をする」
「よい、何かできるわけでもない。それよりも急ぐぞ」
「はっ!」

里保と目があった二人だが、一瞥しただけ。
それでも、里保は咄嗟に動けなかった。
暗いこの空間の中でも、更に黒を感じるような瞳。
その目が焼きついて、動けなかった。

闇を怖がることが植えつけられた本能であるように。
倒さなければいけないとわかっていても、圧倒的な闇を感じて体がすくんだ。

「待て!」

舞美が叫ぶが、二人はそれすら意にも介さないように、背を向けて歩き始める。
目を合わせなかったからなのかはわからない。
ただ、舞美は動いた。
二人に追いつき、刀を振るう。
闇の中に光る一筋の光。

けれども、それは届かない。
折れた刀。

違う……

里保は理解した。
折れているわけではない。
切り取られたように、刃が半分なくなっていた。
676 :ただの名無しでしたから :2015/05/13(水) 23:05
動揺は里保以上だったはず。
それでも、舞美はすぐに次の動作へと入る。

目の前に闇が広がるのに気付いたから。

飛びのいた舞美を追尾するように、放たれた闇はグングンと伸びていく。
舞美の体に直撃した闇は、ごっそりと彼女の右のわき腹をえぐりとった。

「あなたたちの相手は、こいつらで十分だわ。
完全なる闇の復活までのしばらくの間、こいつらと戯れていなさい」

金髪の女性は、こちらに向くこともなく手を上げると、闇の中から新たな気配が生じた。

それは、異形のものだった。

里保は知っていた。
それの一部分を見たことがあった。

闇なるもの。

それらはそう呼ばれるものだった。
里保の気付いたとおり、闇の術を通して衣梨奈が呼び出したのは彼らの一部分。
677 :ただの名無しでしたから :2015/05/13(水) 23:05
襲い掛かってくるそれらに、里保は剣を抜く。
それほど早くはない。
ただ、おおよそ人間の形をしていないそれは、今までに経験したことの無いような動きを見せていた。
犬や熊ともまた違う。
数本の腕が絡みつくように襲い掛かる。

里保の剣は、それを次々に斬っていく。
気付けば、その数は最初よりも増えていっているような感覚がした。

それでも、次々と倒していく中で、里保は背後から聞こえた音に耳を疑った。

「愛理!」

それは、短く叫んだ舞美の声。

振り返ると、舞美も愛理も、闇なるものの腕につかみ取られていた。
そのまま反転して駆け出し、二人をつかむ腕を切り落とした。

――彼らは闇なるもの。闇の精霊みたいなものだから、斬ることはできないわ――

光の力を持つ里保ちゃんたちの剣を除いては、ね。

そう、聖は付け加える。

里保はそれを聞きながら、次々と闇なるものを斬っていく。

どうすればいいの?

二人を追いかけないといけないことはわかっている。
それでも、この場から自分が離れれば、闇なるものをどうするのか。

――焦らないで。もう少しだけ待って――

どういうこと?

里保がそう問いかけようとしたとき、部屋の中へ二筋の光が舞い込んできた。
678 :ただの名無しでしたから :2015/05/13(水) 23:05
「鞘師さん」

闇なるものを両断しながら、遥は言う。

そこで、ようやく里保は気付いた。
先ほど、聖が「里保ちゃんたちの剣」と言った意味を。

「鞘師さん、先に行っててください」

亜佑美も叫ぶ。
彼女達の傷は癒えていた。
それも最後のさゆみの力のため。
そして、二人はさゆみから事情は聞いていた。

そして、もう一人。

「里保、行くよ」

遥や亜佑美と正反対の力をもつ者。
だからこそ、この闇が優位な状況で、強い力を得ることができる者。

衣梨奈は里保に近づきながら手を差し出す。
679 :ただの名無しでしたから :2015/05/13(水) 23:06
「えりぽん!」

里保は、その手を取る。

「行くよ。早く追いつかないといけない。しっかりつかまってて」

走りながら、衣梨奈の体が宙に浮く。

「え、え、えりぽん、どういうこと?」
「大丈夫。私も今始めて使うから」
「それ、大丈夫なの?」
「任せとけ!」

破壊された壁を通り抜け、城をそのまま飛び出す。
眼下に広がるのは闇。
城全体が闇に包まれていた。
680 :ただの名無しでしたから :2015/05/13(水) 23:07
12 最終決戦  完
681 :ただの名無しでしたから :2015/05/13(水) 23:07
 
682 :ただの名無しでしたから :2015/05/13(水) 23:07
 
683 :ただの名無しでしたから :2015/05/13(水) 23:10
>>655-680 更新終了です。

>>653 お待たせしてすみませんでした。もう最後なので、これ以上お待たせしないよう、サクサク更新できるようにがんばります

>>654 ありがとうございます。活動停止前に終わる予定だったのですが、長引いています。もう少し続きますのでお付き合いいただけるとうれしいです。
684 :名無飼育さん :2015/05/14(木) 00:26
光輝くフクちゃん…生まれたままの姿を想像してしまったw
突然出てきた金髪の女性はいったい・・

もちろん!最終話までしっかり読まさせて頂きます
685 :ただの名無しでしたから :2015/05/21(木) 23:39
<13 世界の頂で>

「なんか懐かしい感じ」

夜の闇の中、里保が不意に口に出した。

「何が?」
「ずっとえりぽんと二人で旅してたのにね」
「あぁ、そうだね。でも、最初はこんなことになると思ってなかったよね」
「そうだね」
「うちら二人が世界を救うとか……この世界、マジで大丈夫?」
「確かに」

二人は顔を見合わせて笑った。

――あの、二人の世界で悪いんだけど、私もいるんだからね――

「あ、ごめん、フクちゃん」
「何?聖がどうしたの?」
「フクちゃんがね、私を忘れないでって怒ってる」

フフッと衣梨奈はもう一度笑うと、すぐに表情を戻して言った。
「着いたよ」と。
686 :ただの名無しでしたから :2015/05/21(木) 23:39


ノインの北部。
ツェーンとの境にその山はあった。

この世で一番天に近い場所。
ゲッティンベルグというその山は、神のいる山と呼ばれていた。

闇が支配するその空間に、二人は降り立つ。

ザッと足にかかるのは雪の感触。

里保は剣を抜く。

あたり一面に広がる光が、白い雪を照らす。

その時に里保は気付く。
自分の剣の光が今までとは比較にならないほどであるということに。

相手に気付かれるという心配はしていなかった。
追ってきたのだから。
倒しにきたのだから。
687 :ただの名無しでしたから :2015/05/21(木) 23:40
「ほう、まだ邪魔をするというのか」

その時、声が聞こえた。
里保が向けた剣の光が、姿を捕らえる。

輝ける闇と、金髪の女性。
いまだに余裕たっぷりといった表情だった。

「里保、あんたはボスを。こっちの奴は私に任せといて」
「わかった。えりぽん……」
「何?」
「死なないでね」
「当たり前!」

パンと衣梨奈は里保の差し出した手を叩く。

「主は時を統べし者を相手ください。こっちの雑魚は私が」
「ふむ、確かに、二百年前の恨みは晴らさせてもらわねばな」

相手も二手に分かれる。
それを見て、衣梨奈は飛び立ち、里保から離れる。
688 :ただの名無しでしたから :2015/05/21(木) 23:40
少し遠くへ。
それは、里保の邪魔をしたくなかったから。

自分は闇。
里保と一緒にいることで、里保の光の力が弱まるのではないか。
そんな心配をしていたから。

真っ暗闇だったが、衣梨奈には見えている。
それも闇の力。

雪すら灰色に見える視界で、衣梨奈はほどよく開けた場所を探して降りる。

「闇の精霊師ごときが、闇の精霊である私に勝てるとでも?」

ゆっくりと次いで地面に降り立った

「さぁね、やってみなくちゃわかんないんじゃないの?」

その言葉に続けながら、衣梨奈は詠唱を始める。

「この世を黒く染めし者
 深遠なる闇より出でて
 全ての光を飲みつくせ」

三筋の闇が相手に襲いかかる。
けれど、彼女は顔色一つ変えずに、それをたやすく腕で弾いた。
689 :ただの名無しでしたから :2015/05/21(木) 23:40
詠唱も何も必要ない。
彼女自身が闇の精霊なのだから。

精霊術は、精霊の力の一部を借りることで生み出された力。
だとすれば、彼女が使う力は、すべてが精霊術と同等以上のものだった。

「無駄だよ」

宙に浮かび上がり、手を上にかざす。
そこから放たれる無数の闇は、雨のように衣梨奈へ降り注ぐ。

打ち消すことはできない。
その一個一個が自分の使う精霊術と同じくらいの威力を持っているのだから。
迫り来るそれを、衣梨奈は避け続けることしかできなかった。

でも、それも時間の問題。

雨のように降り注ぐものを、避け続けることなど不可能なのだから。
数回受けて、体勢が崩れたところに次々と降り注ぐ。

やられる。

そう思ったときだった。
激しい金属音と共に、自分への攻撃が止んでいた。
690 :ただの名無しでしたから :2015/05/21(木) 23:40
「生田さん、大丈夫ですか?」

聞こえた声は、ここにいるはずのない人間のもの。

夢だと思った。
けれども、全身の痛みがそれを否定していた。

「どぅー、それにあゆみちゃん……どうして?」

倒れる自分の前で、二人が剣を抜いて立っていた。

「どうしてだろうね、あゆみん」
「さぁ……やっぱり主役は遅れてやってくるって感じ?」

二人は意地悪そうに笑う。
691 :ただの名無しでしたから :2015/05/21(木) 23:40
王の間で闇なるものを全て倒した後のことだった。

二人の前に現れたのは、梨沙子だった。

「次は、もう一度あんたってわけ?」

遥は剣を突き出して問うが、梨沙子は首を振った。

「私の力であなたたちを送るわ」
「どこに?」
「さっき飛び出した二人が行ったところ。この世で一番高い山、神のいる山へ」

遥と亜佑美は顔を見合わせる。
罠だと思うのは当然のことだった。

「私も愛理も、結局あいつの操り人形だったってわけだけど……
人形だったとしても、最後に意地くらいは見せたいわ。あいつ……
 吉澤ひとみの思う通りになんてさせないわ」

そう言い切った梨沙子の真剣な瞳は、二人の信用を得るには十分だった。
692 :ただの名無しでしたから :2015/05/21(木) 23:41
「ふぅ……人形ごときが小ざかしい真似を」


宙に浮いたまま、遥か上から3人を見下ろす。
金髪の闇の精霊―吉澤ひとみ―は、ひどく不愉快そうな顔をしたが、亜佑美のところで視線を止める。

「二百年前は、私も完全な精霊ではなかったから不覚をとったが、今は違う。
 お前達二人が加わったところで、何も代わらない」

両手に生み出された闇が二人に向かう。

遥はそれを剣で弾き。
亜佑美は受けることなく避けた。

そのまま、亜佑美は風の階段を上って、宙へ浮かぶひとみへ近づく。

至近距離で次々に放たれる闇を、全て避けながら、亜佑美の剣が数度、ひとみを斬る。

傷はできない。
血も流れない。
それでも、残滓と共にひとみの体が削りとられる。

そして、亜佑美から逃れるように、ひとみは地面に降りる。
693 :ただの名無しでしたから :2015/05/21(木) 23:41
「どぅー」
「任せといて」

続いて遥。
彼女の持つ剣は、ジュエル・ウェポン。

亜佑美のものよりも切れ味はさることながら、闇に対する力という面でも優れている。

遥の剣は、亜佑美よりも派手にひとみの体から闇を飛散させる。

「許さんぞ……」

ひとみがそう言う合間にも、遥の剣と、地面に降りてきた亜佑美の剣が交互に闇を削ぎ取っていく。

「この世を黒く染めし者」

ひとみは詠唱を始める。

精霊である彼女には、詠唱は必要ない。
それでも、詠唱を行ったのは、自分の集中を高めるため。
それは、彼女が精霊師であったころの名残でもあった。

亜佑美と遥もそれに気付き、それを遮るように剣を振るう。
694 :ただの名無しでしたから :2015/05/21(木) 23:41
ひとみは避けることはしない。
二人の剣を受けたままに、詠唱を続ける。

「深遠なる闇より出でて」

少し離れた衣梨奈にもはっきりと見えるほどの巨大な構成が、ひとみの頭上に浮かぶ。
もちろん、それは亜佑美と遥の目にも映っている。
術が完成すればどうなるのか、二人にも容易に予想ができた。

体を、首を、頭を。
人体では急所となりえる部分を、二人は次々と斬る。
それでも、ひとみは倒れない。

「くそっ!」

二人が同時に突き出した剣が、ひとみの体を易々と貫く。

それでも。
ひとみの命を奪うことも、詠唱を妨げることもできなかった。
695 :ただの名無しでしたから :2015/05/21(木) 23:41
「全ての光を飲みつくせ」

最後のフレーズを口にした瞬間に、二人の頭上に発生した闇。

二人とも咄嗟に剣で受け止める。
剣が折れそうなほどの圧力が、腕に襲い掛かる。

このままじゃ、やられる……

遥はちらりと横を見るが、亜佑美の方は、剣が半分程度まで闇に飲み込まれていた。
自分の剣に視線を戻す。

自分のものは大丈夫。
それは、ジュエル・ウェポンであるかどうかという違いのせい。

――剣を一つの宝石と考えて――

遥の頭に届く声。
それは、この剣を最初に抜いたときに聞こえたものと同じものだった。

――精霊術を使うように、剣に力を集めるのよ――
696 :ただの名無しでしたから :2015/05/21(木) 23:41
精霊術……

その言葉に、遥は少しためらいを覚える。
自分が不得手であるものを、この緊急的な状況で望まれているのだから。

そうしている間にも、じりじりと足元の雪を踏み抜き、地面の土を削っていくのがわかる。

「全ての光を飲みつくせ」

背後から声が聞こえたのはその時。
衣梨奈の詠唱が完了し、精霊術を放つ。
軌道を逸らせる為に大きく曲がり、左から直撃したそれは、大きな衝撃と共に、ゆっくりと進路を右側へと変える。

自分の腕に掛かる力が少し弱まる。
このまま剣で流せば、やり過ごせそうだと感じたとき。

遥は気付く。
自分の隣にいた人間のことを。

「あゆみん!」

叫ぶ。
必死に自分の方へ戻そうと力をかけるが、衣梨奈がもう一度術を放った。
697 :ただの名無しでしたから :2015/05/21(木) 23:42
「生田さん!」

振り返り、衣梨奈を睨む。
もう、遥の手には全く力がかかっていなかった。
だが、その目は衣梨奈とは合わない。
彼女はもう一度、術を組み上げていた。

亜佑美の悲鳴と共に、闇から剣が飛び出す。
剣は、クルクルと回転し、地面に突き刺さった。

次いで、収束した闇からは、亜佑美の姿。

すぐに駆け寄る遥。

その間も、大なり小なり打たれる術は、全て衣梨奈が逸らし続ける。

「あゆみん!」

返事は無い。
口元が少しだけ動いているようで、安堵をするが、意識は戻りそうに無かった。
698 :ただの名無しでしたから :2015/05/21(木) 23:42
どういうこと……

遥は考える。
いや、考える必要はなかった。
わかっていた。
考えたくなかっただけ。

あのままでは二人とも闇に飲み込まれていたに違いない。
ひとみに対抗する力があるとすれば、ジュエル・ウェポンを持つ自分だということ。

衣梨奈もそれを理解していた。

この場で、一番優先して生き残るべきは誰なのか。

もちろん、それは亜佑美も理解していた。

だから……

腹が立ったのは自分にだった。

亜佑美を地面に降ろし、飛ばされた剣を抜いて、横に添える。
699 :ただの名無しでしたから :2015/05/21(木) 23:42
精霊術。

さっきはそう言った。

剣自体が一つの宝石のように。

まっすぐに剣を構えて、遥は目をつぶって集中する。
ぼぅっと遥の体が光り始める。

「この世を照らす尊き者よ」

口から無意識に言葉がこぼれる。

「天から来たりしその恵み」

遥の両手が光が収束し、それから剣へと光が伝わっていく。

成功したと思い、開いた目に映ったのは、闇に飲まれる衣梨奈の姿だった。

「生田さん!」
「来るな!」

衣梨奈の方へ一歩踏み出そうとするが、衣梨奈の声で踏みとどまる。
両手の光はその瞬間にも、広がって薄れていこうとする。

再び集中しようとするが、うまく光が手に収まらない。
700 :ただの名無しでしたから :2015/05/21(木) 23:42
もう一度、落ち着け……

しかし、目はどうしても衣梨奈を追ってしまう。
転がるように闇を避けていくが、ほとんど避けれていなかった。

生田さん……

両手の光はまだ収まらない。

くそっ……くそっ……

衣梨奈から目を逸らし、必死に剣を見つめる。
光は縮小と拡大を繰り返しながらも、少しずつ手へと収まっていく途中で、まだ剣へと伝わっていかない。

早く……早く……

剣に掛ける手に力を込める。
両手から刀身へと映っていく光。

「我が力となり給え」

最後の詠唱を終える。
生み出されたのは、光り輝く銀色の剣。
あたりを覆う闇を完全に消失させるほどのまばゆい光が、広がっていく。
701 :ただの名無しでしたから :2015/05/21(木) 23:42
もちろん、ひとみがそれに気付かないわけは無い。
衣梨奈から遥へと狙いを変えて、術を放つ。

駆け出す。
迫る闇を全てはじき、一気に接近すると、剣を振る。

さっきのようにひとみはただ受けることはしなかった。

つまり、それが証拠だった。
この力が、有効打になりえると言う事の。

至近距離で生み出される闇を、遥は全て捌いていく。

生み出された瞬間の闇ごと切り払った剣先は、ひとみの肩口を切り裂く。
飛び散るのは血ではなく。
黒い闇が剣先から糸をひく。
苦悶の表情浮かべて、ひとみは後ろへ下がりながら肩を手で押さえる。
それを更に追いかけるように、遥は一歩踏み出した。

これで、終わりだ!

下がるひとみを逃さずに、遥の剣が胸を貫く。
それと同時に、剣先から闇があふれ出す。
風船から空気が抜けていくように。
ひとみに体から一気に闇が放たれ消えていく。
702 :ただの名無しでしたから :2015/05/21(木) 23:42
「まさか……こんなことになるとは……だが……我らの宿願は……果たした……主が復活さえすれば……」

そこまで言い残し、ひとみの体は消失した。
それと共に、遥の剣が元に戻る。

「あゆみん、生田さん」

遥はすぐに切り替えて、二人の様子を伺う。
衣梨奈は、体を起こして、座り込んでいた。

「生田さん、大丈夫ですか?」
「まぁ、なんとか。もうちょっと遅かったらやばかったけど。亜佑美ちゃんは?」
「生きてはいましたけど……」

言葉を濁して、二人は亜佑美の方を見る。
亜佑美はまだ意識を失ったままだった。

「どぅー、先に行ってて。里保をお願い。私は亜佑美ちゃんと一緒に後から追いかける」
「……わかりました」

剣を納めて、遥は駆け出した。
703 :ただの名無しでしたから :2015/05/21(木) 23:45
 
704 :ただの名無しでしたから :2015/05/21(木) 23:45
 
705 :ただの名無しでしたから :2015/05/21(木) 23:45
>>685-702 更新終了。あと2回更新で終わります。

>>684 ありがとうございます。書いている方もそういうイメージでした。もう終わりますので、あとほんの少しだけお付き合いいただければうれしいです。
706 :名無飼育さん :2015/05/23(土) 01:17
突然現れた人物はあの方でしたか・・・なるほど
つづきが気になる!けど終わってほしくない!というジレンマが・・・
707 :ただの名無しでしたから :2015/05/28(木) 22:15
あと2回更新と書きましたがキリがいいので、今回を最終更新とさせていただきます。



先にレス返しをさせていただきます。

>>706 ありがとうございます。そういっていただけるとうれしいですが、今回で最後の更新となります。よろしくお願いします。
708 :ただの名無しでしたから :2015/05/28(木) 22:15


光が消える。

里保が剣を消したから。
それと同時に駆け出した里保。

暗闇の中でも相手の位置は理解できる。
見えるというわけではないが、感じることができた。

再び、視界に光が弾けた時。

里保の剣は、輝ける闇の手によって受け止められていた。

それも、手まで刃が届いているわけではない。
手と剣の間には、闇が詰まっており、それが剣を受け止めていた。
そして……

里保は気付く。
周囲を照らす光が弱まっていくことを。
つまり、自分の剣が消失していっていることを。
709 :ただの名無しでしたから :2015/05/28(木) 22:16
――里保ちゃん……――

聖の声に、剣を消し、後ろに下がる。
しかし、下がる里保を追うように、衝撃が体を包んだ。
体が押しつぶされそうな衝撃に、全身がミシミシと音を立てる。
近くの雪の塊につっこみ、ようやく開放される。
すぐに埋もれた体を起こした。

――避けて!右!――

その言葉と、眼前に迫る闇を確認したのは同時。
右に転がるように避け、もう一度地面を蹴って立ち上がる。

再度自分に迫る闇。

今度は余裕を持って避けるが、その瞬間に、闇が爆ぜる。
しまったと思ったときにはもう遅かった。
爆発の衝撃は、先ほどと比べればそれほどの威力は無い。
それでも、体を宙に浮き上げるには十分だった。

そこに向かってくる闇の塊。
空中で受け止めるが、勢いまでは殺しきれずに。
弾かれた、里保は着地すらできずに、雪の上に転がり込む。
710 :ただの名無しでしたから :2015/05/28(木) 22:16
――よく聞いて。今の剣では輝ける闇には届かないわ――

聖の声に、意識がなんとか保たれる。

「わかってる。どうすればいいの?」

――道重さんは、私と里保ちゃんですることを考えていたんだけど、それはもう無理だから、一人でやってもらわないといけない――

「うん……」

――光の精霊術で剣の力を増幅させるの――

「それは、無理でしょ……私、精霊術なんて使ったことないし」

膝を突き、里保は一度血を吐いた。

――大丈夫。里保ちゃんは自覚ないかもしれないけど、鞘術って精霊術みたいなものなのよ。だから、私の言うとおりに、やってみて――

わかったと心の中でつぶやいて、里保は立ち上がる。

――落ち着いて。目をつぶって。力を集めるの。剣を抜くときと同じよ。両手に力を集めるの――

乱れる呼吸を落ち着かせるように、ふぅーっと一つ長い息をしてから、里保は鞘に手を掛ける。

――光をイメージして。暖かい光。この世を照らす、太陽の光を――

里保の両手が光が収束し、それから鞘へと光が伝わっていく。
711 :ただの名無しでしたから :2015/05/28(木) 22:17
その時だった。

闇が自分へと迫ってきたのは。
槍のような形状で、いくつも里保の元へと降ってくる。

広範囲に降り注ぐそれを、完全に避けることはできずに、里保は剣を抜いて受けていく。
受けるたびにずしりとした重みが、里保の動きを制限する。
両手の光はもう弾けてなくなっていた。

「フクちゃん、これ、無理だよ……」

里保が思わずもらす。

聖は考える。
誰かが術を使わなければ、輝ける闇を倒すことはできない。
けれども、光の精霊術を使える人間は、この場にはもういない。

聖と里保。
さゆみが力を分け与えた二人でなければならないのだから。
712 :ただの名無しでしたから :2015/05/28(木) 22:17
私が……

自分の体がすぐそこにあるのに、何もできない自分に悔やむ。

私が、術を使えたのなら……

必死に考える。
その間にも、里保は攻撃に耐えている。
右手には抜いた剣。左手には鞘を構え。

ひっきりなしに生み出される闇は、あらゆる角度から襲い掛かる。
それでも、里保は流れるような動きでそれらを処理して、輝ける闇との距離を詰めていく。

術を使うことが無理なら、今のままで倒すしかない。

里保の考えはもう切り替わっていた。

自分が今、できることをやる。
713 :ただの名無しでしたから :2015/05/28(木) 22:17
一つ、里保が気になっていたのは、輝ける闇が、わざわざ手を使って自分の剣を受けたこと。
全く効かないのであれば、受け止める必要もないはずなのだから。

もしも、自分の考えが正しいのなら。

剣が十分に届く距離まで到達する。
至近距離で生み出される闇を、里保は全て捌いていく。

形成は圧倒的に里保が有利だった。

相手の力は強大であったとしても、技術という面では、里保の方が圧倒的に上だったのだから。
生み出された瞬間の闇ごと切り払った剣先は、輝ける闇の肩口を切り裂く。
飛び散るのは血ではなく。
黒い闇が剣先から糸をひく。

いける。

里保は確信する。
手で受け止められなければ、十分に通用する。

二撃目は、相手に触れられる瞬間に、剣を消す。
もう一度抜いた剣が、体を横に薙いだ。

輝ける闇の表情が少し変わる。
里保は、もちろんそのことを逃さない。
そのまま、里保がとどめをさそうと剣を振りかぶった時。
714 :ただの名無しでしたから :2015/05/28(木) 22:18
――里保ちゃん、下がって!――

聖の声が届くが、剣を振り下ろす動作に入ってしまっていては、身動きが取れなかった。

爆発するように、輝ける闇を中心に広がる闇。

一瞬で意識を奪われ、高く舞い上がった里保は、雪の中へと落下する。
落下の衝撃で目を覚ますが、起き上がることはできなかった。
全身がバラバラになるような痛みに包まれている反面、雪の冷たさを感じることは無い。
右手の剣は消滅しており、周囲は完全なる闇となっていた。

ゆっくりと立ち上がる。
全身が悲鳴を上げているようだったが、立ち上がらなければ死が待っていることは確実だった。

立ち上がった里保に気付き、輝ける闇も再び闇を放つ。
接近する闇の槍を、1本、2本と叩き落すが、3本目は肩口を貫き、里保は後ろに倒れる。

見上げた真っ暗な空からは、更に数本の闇の槍が落下してくる。
体を回転させようとするが、肩に刺さった槍が、地面へ里保を縫い付けていた。
715 :ただの名無しでしたから :2015/05/28(木) 22:18
その時、見上げたままの里保と槍との間に、光の筋が走る。

霧散する槍。

その光は、里保の肩の槍をも消失させた。

「間に合ってよかったです」

まぶしい光を放つ剣を持つのは遥。
自分の剣よりも、ずっと明るく光っていた。

――どぅー、その剣は……――
「はい、これならいけますよね?」

聖の返事は待たずに、輝ける闇へと向かう遥。
里保はその背中を追う。

迫り来る闇を、遥は簡単に切り裂く。
そのことからも、里保は遥の剣の力を、確信する。

これなら……

遥は更に速度を上げる。
迫る闇を全てはじき、一気に輝ける闇に接近する。
716 :ただの名無しでしたから :2015/05/28(木) 22:18
先に剣を振ったのは里保。

輝ける闇がそれを手で受け止めるが、それも計算のうち。
自分の剣を受け止めることによって、相手の動きを制限するため。

その意図に気付いている遥か、受け止めた腕を、肘先から切り落とし。
そのまま、流れるように、切り裂くこと3度。

「貴様っ!」

輝ける闇は苦悶の表情を浮かべる。
そして、その瞬間、先ほどのように闇が爆発する。

遥は、剣を横にして両手で体の前に掲げる。

無意識に体が動いていた。
なぜか、そうすることで防げるとわかっていた。

しっかりと光が二人を包みこみ、爆発の衝撃は全てブロックされる。
驚愕の表情を見せる輝ける闇が、もう一度闇を放とうとする動作の間に。

「もう、終わりだよ」

袈裟懸けに振り下ろした光の剣は、くっきりと体に光の線を刻み込み。
光を纏ったまま、そのまま後ろに倒れていく。
717 :ただの名無しでしたから :2015/05/28(木) 22:19
終わった。
ようやく。

あっけなく。

その言葉が出てきてしまうほどに、遥の力は強大だった。

これが、ジュエル・ウェポンと光の精霊術の力。
御伽噺の中でしか存在しない伝説の力だった。

思わず遥が剣を納める姿に見入るほどに、里保は圧倒されていた。

「鞘師さん」

遥が振り返る。

「どぅー、すごいね」
「いいえ、私の力じゃないですよ。この剣の力ですよ」
「そんなこと無いよ」

そう言って、里保が遥の頭をポンポンと叩いたとき。
718 :ただの名無しでしたから :2015/05/28(木) 22:19
――まだ!――

聖の声が響く。
それが何を意味しているのか気付いたときには、里保の体には黒い剣が存在していた。

「えっ……」

その声を出したのはどちらだったろう。
遥の背後から体を貫いた剣は、そのまま里保の体にまで達していた。
剣が抜かれ、遥の体が崩れ落ちていくと、背後に立つ輝ける闇の姿が現れる。
口の中に一気に溢れ出す血を吐き、剣を構え、抜かれた剣が振り下ろされるのを、受け止める。

腹部は痛みを通り越して、熱かった。
下半身にまで血が流れ、染み込んでいくのを感じる。
自分の剣を握る力が急激に弱まっていることがわかる。
それと共に、剣を包む光も弱まっていく。
視界が狭まり、平衡感覚すら狂ってくる。
それでも、里保は体をそらし、闇の剣を逸らせる。
719 :ただの名無しでしたから :2015/05/28(木) 22:19
「もう、許さんぞ」

そう言いながらも、輝ける闇は、すぐに次の攻撃をすることはなかった。
体にはしっかりと光の溝が刻み込まれており。

輝ける闇も十分に満身創痍と言えるものだった。

――里保ちゃん!――

聖は呼びかけるが、里保は膝をつき、立つ事はできない。
剣は既に消滅していた。

――どぅー!――

遥からも返事はない。

――えりぽん……えりぽん……――

聖は叫ぶ。
彼女に自分の声は届かないことはわかっている。
それでも、この場で彼女が頼ることができるのは、衣梨奈だけだった。

ゆっくりと輝ける闇は、里保に近づく。
720 :ただの名無しでしたから :2015/05/28(木) 22:20
――誰か……お願い……――

聖は祈る。
輝ける闇が剣を振り下ろした時。
里保の頭上で光が弾けた。

キンという金属音が響く。
剣を受け止めているのは、亜佑美。
それと共に、消えていく光から現れたのは衣梨奈だった。

――えりぽん!亜佑美ちゃん!――

「生田さん、鞘師さんを。私じゃもう防ぎきれません」
「里保、しっかり!」

衣梨奈は里保を肩に担ぐ。
それを確認し、亜佑美は剣を捨てて後ろに下がる。
捨てた剣は、ガーネットを残して瞬時に消滅した。
721 :ただの名無しでしたから :2015/05/28(木) 22:20
「聖、で、どうしたらいいの?」

亜佑美と共に、ゆっくりと輝ける闇から距離を取っていく。
聖は気付き始めていた。

輝ける闇に刻まれた光が、少しずつ消えていることを。
もしも、光が消えたのなら。
輝ける闇の力が元に戻ることは容易に想像できた。

だとすれば、この状況ではもう勝ち目はない。

今のうちに。
力を削いでいるうちに、なんとかしなければいけない。

「私が、どぅーみたいに……」

そう言って、里保は衣梨奈の肩にもたれながら、精霊術を使おうとするが、一向に力は集まらない。

「どうして……?」

――闇の力だわ。輝ける闇と同じように、里保ちゃんの体にもさっきの剣で闇が刻まれている――

「そんな……」

その間にも、亜佑美は輝ける闇の剣を避ける。
剣は無かったが、それでもすこしでも輝ける闇の動きを抑えようと、前に立ちふさがる。
722 :ただの名無しでしたから :2015/05/28(木) 22:20
「方法はないの?」

別の人間が術を使うことができたのなら。

聖は考える。

遥も里保と同じ、いやそれ以上の状況にあることは間違いない。
術を使うという以前に、命の危険がある状況だった。
亜佑美は光の術は使えない。
衣梨奈はもちろんのこと。

だとすれば……

私が使うことができたのなら……

使う方法は……

「亜佑美ちゃん」

衣梨奈が叫ぶ。
闇の一撃を受けた亜佑美は、地面を滑って衣梨奈の元まで転がってくる。
輝ける闇の体の光は、もう細い線のようになっていた。
723 :ただの名無しでしたから :2015/05/28(木) 22:20
時間が無い……

その時、聖は気付く。
そして、自分の体を乗っ取った輝ける闇の姿をじっくりと見た。

――里保ちゃん、あと一回くらい剣は振れる?――

「うん、だけど……」

里保は言い澱んだ。
距離をとったことで、逆に自分が近づくことが難しかった。
まして、輝ける闇はその力を取り戻しつつある。
闇の術を放たれれば、近づくことは困難だった。

――みんなにお願いがあるんだけど――
724 :ただの名無しでしたから :2015/05/28(木) 22:21
聖は3人に自分の考えを伝える。

――――

―――

――



――迷わずに斬って。輝ける闇を。絶対に、約束だよ――

最後に、聖は里保にそう言った。
725 :ただの名無しでしたから :2015/05/28(木) 22:21
「いくよ」

答える代わりに、里保はそう言うと、衣梨奈の肩から離れて、輝ける闇へと進みだす。

走ることはできない。
ゆっくりと、一歩一歩進んでいく。

もちろん、輝ける闇がそれ黙って見ていることはない。
闇が放たれる。

「この世を黒く染めし者
深遠なる闇より出でて
全ての光を飲みつくせ」

向かってくるそれを、衣梨奈は闇の術で弾く。
1発、2発。

ただし、それが限度だった。
威力は随分落ちているとはいえ、詠唱が必要である分、数を打たれると捌ききれない。
次いで放たれたそれを、里保の前に立って受ける。

えりぽん……

自分を守って倒れる衣梨奈を、振り返ることなく、歩き続ける。
726 :ただの名無しでしたから :2015/05/28(木) 22:21
――この世を照らす数多の光よ――

「ったく……誰かさんみたいで、あんまり好きじゃないんですけど」

次いで、亜佑美は詠唱を始める。

「この世に飛び交う風の精よ」

ゆっくりと、風が巻き起こる。

「我が意志の元に
 思いを運べ」

里保が雪の中に落ちていたガーネットまで到達する。
そこから発生した風が、里保の体を後押しする。
放たれた闇を大きく避けて、宙に浮いたままの里保は、ぐんと加速する。

――恵みをもたらすその力――

そのまま、里保は剣を抜く。
ただし、それは銀色ではない。
赤色。
光の術を伴っていない剣。

輝ける闇も、里保の動きに合わせて剣を振りかぶる。
避けられない。
それでも、里保は迷うことなく剣を振りに行く。

里保の剣と闇の剣。
それらが交差するまえに、闇の剣が止まる。
727 :ただの名無しでしたから :2015/05/28(木) 22:22
回転しながらやってくる青い剣。
それは、輝ける闇の左腕に、深々と刺さっていた。

「へへ……鞘師さん、最後はよろしく」

剣を投げ終えた体勢のままで、遥は告げる。

どぅー……

里保の剣は、輝ける闇の体に到達する。

――我に集いて闇を討て――

同時に、詠唱が完了する。
術を使うのは、聖自身。
728 :ただの名無しでしたから :2015/05/28(木) 22:22
オパール。
自身の誕生石であるその石を通して術が放たれる。

輝ける闇の胸元から現れた光は、そのまま里保の剣に混ざり合い。

赤から銀へと変化した里保の剣は、輝ける闇を両断した。

光が広がる。
輝ける闇の体を包み、そして、闇が消失していく。

「我の一部を倒しただけで……終わると思うな……また……我は復活してみせる……必ずな…」

その言葉を残し、闇は消える。
倒れこむ里保。
彼女達を照らすように、東の空からは、ゆっくりと朝日が上ってきた。
729 :ただの名無しでしたから :2015/05/28(木) 22:23
13 世界の頂で  完
730 :ただの名無しでしたから :2015/05/28(木) 22:24
<14.epilogue〜それぞれの旅立ち〜>

――ツェーンの城門付近。

「では、行って来ます」

遥は靴の紐を結びなおすと、立ち上がった。

背中にはジュエル・ウェポン。
腰にはもう一本、普通の剣。
馬には更に荷物を3つほどくくり付け。

城門をでていこうとする彼女を、春菜とさくらは見送ろうとしていた。

結局、まーちゃんに謝れなかったな。

ここに姿のない優樹のことを思う。

リールへと向かうことを告げた時から、優樹は拗ねて部屋に閉じこもり。
遥は一度も姿を見ることができなかった。
731 :ただの名無しでしたから :2015/05/28(木) 22:25
「ごめん……でも、行かなきゃ行けないんだ。
この剣を持っているんだから。私が、終わらせなきゃいけないんだ」

出発前に、部屋の前でそう言ったが、中からは何も返事はなかった。

4月12日を境に、戦況は一変していた。
魔道兵とキュービック・ジルコニア、そして指導者までも失ったビーシー教団に力はなく。
王を失った混乱があったが、ノインの戦火はすぐに終息していく。
逆に、内戦が更に拡大していったのはリール。
内戦だけでなく、ザフトとの戦も始めていたが、そちらは教団のバックアップなしでは戦線を維持できず。
ザフトの軍が逆にリールへと侵攻を進め。
そのことが更に内戦を複雑化させていた。
732 :ただの名無しでしたから :2015/05/28(木) 22:25
ノインには、戦は終わっても王位継承問題など山積みで、他国にまで干渉していくほどの余裕はない。
唯一、国としての機能を維持しているツェーンが、リール自体の内戦を沈静化させる必要があった。

傷が癒えた遥がそれを終息させるためにリールへと向かうのはそのため。
代々リールの王が継承してきたジュエル・ウェポンを持っているのは遥なのだから。

王になるわけではないが、自分がリールへ行かなければならないと思うことは自然だった。

「なんで、どぅーばっかり!そんな剣、誰かにあげちゃえばいいんだよ」

もちろん、優樹に伝えたときにはそんな言葉が返ってきたのだが。

「まーちゃんを、よろしくお願いしますね」

遥は二人に頭を下げる。
その時だった。
733 :ただの名無しでしたから :2015/05/28(木) 22:25
「どぅー、早くー行くよー!」

背後から聞こえる優樹の声に、遥は頭を上げて振り返る。
城の外。
道の途中で馬に乗って叫んでいるのは優樹。

「え?どうして?」
「今回は諦めたほうがいいと思いますよ」

唖然とする遥に、肩をポンと叩いてさくらは告げる。

「マジ?」
「内緒でずっと準備してたんですよ。今朝もあなたを驚かそうと、朝早くから準備して隠れてたんですから」
「いいの?小田ちゃんは、まーちゃんを守るんじゃなかったの?」
「私も、行かなければいけないところがあるんです」
「どこに?」

「小田ちゃんにはザフトに言ってもらうわ。あゆみんと一緒にね」

さくらの代わりに春菜が答える。
リールへと侵攻するザフトの動きを止めるための働きかけ。
二人に与えられている任務はそれだった。
734 :ただの名無しでしたから :2015/05/28(木) 22:27
「そういうことで、あなたにお任せします」

さくらはそう続けて、遥の背中をポンと押した。

「どぅー!早く!おっそい!」

向こうから叫ぶ優樹は、馬の上に立っていた。

「危ない!わかったから。まーちゃん、ちゃんと跨ってて」

叫びながら、遥は馬に乗る。

「……ったく、じゃー行って来ます」

735 :ただの名無しでしたから :2015/05/28(木) 22:27


――同じく、ツェーンの山中。

里沙とともにいるのは衣梨奈。
二人の目的は、魔道兵となった人間の救済方法を見つけること。

闇の力が消えてから、魔道兵はその力を失った。
力を失ったといっても、元に戻ったわけではない。
異形の体はそのままに、香音のように意識をある程度保ったままの者は、人格を取り戻しているが、大半のものは再び目覚めないままに。

香音が、同じ状況の魔道兵だった者たちの協力の下、目覚めない者を集めていき。
衣梨奈たちが元に戻る方法を模索していた。

そのような方法が存在しないであろうことは、里沙にはなんとなく理解できていた。

それでも、奇跡があるとするのなら……

里沙は、机に向かって本を読んでいる衣梨奈の背中を見つめる。
時折頭をかきながら、ページを進めていく彼女の左手は、もう元に戻っていた。

闇に取り付かれた彼女が、闇を倒したように。
いつか、教団の犠牲になった人間が、全員元に戻るときが来るのかもしれない。
そう思えた。
736 :ただの名無しでしたから :2015/05/28(木) 22:27


――そして……

太陽がすっかり南の空高くに差し掛かろうとする頃。
ゆっくりと里保はベッドから起き上がる。

着替えと食事を済ませ、立てかけられた鞘を腰に下げて外へ出る。

ふぅと一つ長い息を吸ってから、剣を抜く。

現れたのは白銀の剣。

赤でも青でもない、ましてや光を放つことも無い普通の剣だった。

もう、里保には光の力はなかった。
737 :ただの名無しでしたから :2015/05/28(木) 22:27
あの時。
輝ける闇を倒した後から―――

「フクちゃん、これで本当に終わったの?」

――えぇ。破られた封印から生じた闇は消滅したわ――

「ってことは、大元はまだいるっていうこと?」

――そうね。闇のすべてを倒すことはできないわ。私達にできるのは、封印することだけ――

「じゃあ、またこんなことが起きるかもしれないの?」

『また……我は復活してみせる……必ずな…』

言い残された言葉が、里保の頭によぎる。

――それはさせないわ。私達、時を統べし者が、絶対に――

時を統べし者。
その言葉に、少し疎外感を覚える。
738 :ただの名無しでしたから :2015/05/28(木) 22:28
薄々感づいていた。

この戦いが終われば……

さゆみが今ここにいるなら、別れはそのタイミングだったはず。
ということは、さゆみの代わりとなっている聖も同じだということ。

――そう……ここでお別れなの――

「もう、会えないの?」

――そうね。でも、私はずっと見てるわ。この世界のことを――

「たった一人で?」

――ううん、違うわ。私以外にも時を統べし者がいるわ。まだ見習いだけどね――

「そう」

――みんなによろしく――

「わかった」
739 :ただの名無しでしたから :2015/05/28(木) 22:28
――里保ちゃん……――

「何?」

――この世界を救ってくれてありがとう――

――――

―――

――

740 :ただの名無しでしたから :2015/05/28(木) 22:28
目の前にかざした剣に映る自分。
その後ろに聖の姿が一瞬映ったような気がした。

「まさかね……」

呟きながら、剣を消す。

「どうしてるのかな……」

741 :ただの名無しでしたから :2015/05/28(木) 22:29
――ゲッティンベルグの頂

聖はその上に立ち、眼下を見下ろす。
世界の争いはまだ終わっていない。
それでも、彼女達なら、きっと平和な世界を取り戻してくれるに違いないと、聖は確信していた。

だから、聖はある決断を下した。

「本当にそれでええんですか?何も譜久村さんがそこまでせんでも……」
「譜久村さん自身が封印になってしまえば、何も見えない、聞こえないままに永遠の時間を過ごすことになるんですよ?」
「譜久村さんがいなくなるなんて……とっても悲しいです」
「もっと探せば、別の方法があるんじゃないでしょうか?」

聖の周りに現れた4人。
時を統べし者の見習いである4人は、口々にそう言った。

聖は、何も言わずに、4人をじっと見つめていく。
それだけで、4人は何も言えなくなった。
742 :ただの名無しでしたから :2015/05/28(木) 22:29
ノインに掛けられた封印。
破られる可能性のあるその封印を、別の形で。
その方法としてたどり着いたのは、自身を封印とするということ。

すべての感覚が遮断され、永遠にこの場所に縛り付けられることになるが。

それでも、聖はそれを選ぶ。

ただ、守りたかった。
自分達が守った世界を……自分が生きてきた世界を。

「さようなら、みんな」

聖の瞳がゆっくりと閉じられた……
743 :ただの名無しでしたから :2015/05/28(木) 22:29
シースシース  完 
744 :ただの名無しでしたから :2015/05/28(木) 22:29
 
745 :ただの名無しでしたから :2015/05/28(木) 22:29
 
746 :ただの名無しでしたから :2015/05/28(木) 22:40
章まとめ

>>2-56 1.抜かれた剣
>>62-90 2.二つの剣
>>91-122 3.凍える剣
>>125-161 4.誓いの剣
>>164-188 5.剣の休息
>>192-257 6.剣と宝石
>>262-313 7.大いなる力
>>314-383 8 次の手は
>>389-455 9.VS闇
>>459-543 10.大戦
>>548-594 11.光と闇と
>>595-680 12.最終決戦
>>685-729 13.世界の頂で
>>730-743 14.epilogue〜それぞれの旅立ち〜
747 :ただの名無しでしたから :2015/05/28(木) 22:42
以上で本編は完結となります。
約1年3ヶ月くらいでしょうか。途中何度も中断しましたが、最後までお付き合いいただいてありがとうございました。
特に、感想レスをいただいた方々。すごく励みになりました。

この作品は、以前に完結した作品の200年後を舞台に展開しているものです。
すでに12年ほど前に飼育で書いたものなので、そちらを読まなくても通じるものにしているつもりですが、突然ポンと何の前触れも無く入っている設定があるかもしれません。
続きものということを、それとなく入れ込みたかっただけですので、その点だけはご了承いただければ幸いです。

さて、最後になりましたが……
前作である『セバータイズ』を書いている途中に6期の加入がありました。
そのために最初のプロットになかった6期を登場させることにしました。
そうしてできたのが「時を統べし者」という設定であり、そのことが次作の『レッドタイズ』という物語を生み出しました。
そして、それらの完結から10年という時を経て、『シースシース』の設定を完成させることができたのは、道重さんという存在があったからでした。
彼女が4329日間という長い時間をモーニング娘。であってくれたから、この作品が続きという形で生み出すことができました。

道重さんと、モーニング娘。'15への感謝を込めて。
そして、鞘師さんの17歳がすばらしいものでありますように。

最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。

本編と書いていますが、一応サブストーリー的なものはいくつかありますので、書けたらいいなと思います。
次作はまだ未定ですが、いくつか書きたいものもありますので、どこかで書き始めるかもしれません。
一応ブログ(ttp://takatomos.exblog.jp/)もございます。ハロプロのこと、日々のこと、小説のこと書き散らしていますので、よろしければ覗いてください。
もしも前作が気になる方がいらっしゃれば、Mseek wikiに過去ログやHPもまとめられていますので、そちらからでもどうぞ。
748 :ただの名無しでしたから :2015/05/28(木) 22:43
>>707-743 最終更新です。
749 :ただの名無しでしたから :2015/05/28(木) 22:43
 
750 :ただの名無しでしたから :2015/05/28(木) 22:43
 
751 :名無飼育さん :2015/05/28(木) 23:27
お疲れ様でした!!

セバータイズもレッドタイズもリアルタイムで読んでいた身としては
こうしてシースシースを読むことが出来たのは本当に嬉しいことです
素敵なお話を、ありがとうございました
外伝や次回作も楽しみにしています

さて、もう1回最初から読んできます!もちろんセバータイズの最初からw
752 :名無飼育さん :2015/06/20(土) 19:58
完結おめでとうございます

「レッドタイズ」でさゆが自らの命を投げ打ってから、まさかこんな展開が待っているとは
12年前には想像も付きませんでした
それはきっと、当時は足元の覚束ない新メンだったさゆがリーダーとなり後輩を引き連れて
いるのを目の当たりにした時の感覚に似ているのだと思います
りほりほたち新世代の作り出す物語、そしてそれを後ろから支えるさゆ。ラストに向けて疾
走するストーリーを存分に楽しませていただき、感謝の極みです

私も外伝や次回作を楽しみにしております
753 :ただの名無しでしたから :2015/07/04(土) 23:32
<シースシース外伝(1) ジュースジュース> 
754 :ただの名無しでしたから :2015/07/04(土) 23:33
綺麗。

その言葉が頭をよぎる。
自分へと迫る銀色の軌跡を見ながら、亜佑美は思った。

流れるように繰り出される剣技は、一切の無駄が無く。
それゆえに、受ける側の亜佑美の剣も無駄が無くなる。

そうでなければ受けることができないのだから。

お互いの流れるような剣捌きは、華麗なペアダンスのようで。
シンと静まり返った中、剣の当たる音と靴音のみが響いていた。

勝敗をつけるために始まった戦いだったが、お互いにそれを忘れかけていた。

この時間が永遠に続けばいいのに。

そんな思いを抱きながら、亜佑美はふと昔を思い出した。

初めて彼女に会った日を。

宮本佳林。

彼女の剣を初めて目にした日を。
755 :ただの名無しでしたから :2015/07/04(土) 23:33


ザフト。

ノインの南部に位置するこの国は、国土の大半が山岳地帯だった。
農業の一切できない不毛な大地。
肥沃な土地をもつリールとの戦が続いていたのははるか昔。

現在では、この国は鉱業が発達している。
大陸で生み出される宝石の半分以上を産出しているが、この国には精霊師自体の数は少ない。
宝石は、自分達で使うものではない。
主要な輸出物であり、他国からの食料を得るための手段だった。

亜佑美がこの国へとやってきたのは、今から3年前。
まだ、ツェーンの内乱も起こっておらず、世界が平和だったころだった。

留学という形だったが、実際に亜佑美は学校に通っていたわけではない。
滞在し、その国の生活を実際に体験する。

ただそれだけ。

それは、亜佑美の父親の方針であっただけ。
もちろん、ザフトだけでない。
ここに来る前にはノインにも亜佑美は行っていたし、リールへといくことも予想された。
756 :ただの名無しでしたから :2015/07/04(土) 23:34
元々、食料の大半を国外から買い取る国であるから、国内でも売買のさかんな国であった。
食料が他国よりも高価である分、技術を磨き、金になるものを生み出さなければいけない。
それゆえに、市場はいつも活気に溢れていた。
道端に並べられた数々の品物は、洋服にしろ、陶器にしろ、他国よりも種類が豊富だった。

厳しい寒さが続くツェーンでは、こうした市場というものは発達しづらい。
雪解け時のお祭りのときに目にするくらいだったから。
亜佑美にとっては、毎日がお祭りのような目新しさがあった。

ただし、彼女は最後まで気付くことは無かった。
彼女が滞在している半年間は、実はザフトも通常時よりは十分にお祭り騒ぎであったことを。

5年に1度。

この国でのみ行われるイベントがある。
まさしく、亜佑美が滞在していたのは、そのイベントが開催される年。
彼女が滞在して5ヶ月ほど経った頃、翌週に控えたその大会の名を聞かない日は無いほどだった。

ロイヤルガードセレクション。

通称「RGS」と呼ばれるこの大会は、5人1組のチーム戦。
優勝チームがこの国の軍を司る近衛騎士団に任命される。
757 :ただの名無しでしたから :2015/07/04(土) 23:34
開催が近づくにつれ、連日のように街ではその話題で持ちきりとなる。
さまざまな賭け事の対象にもされており、チームの情報が毎日のように紙面を飾り、参加者となれば、スター扱いされることが多かった。

亜佑美は、もちろん参加はしない。
腕試しという意味での興味はあったが、5人一組という点と、勝ち残ってしまった時のことを考えれば、登録することはなかった。
また、厳密には他国籍者の参加を制限することはしていないが、実際には書類を受け付けてもらえない場合がほとんどだった。
自国の軍を、他国の人間が動かす。
いくら力がある者とはいえ、それを良しとすることはなかった。

そういう意味では、ザフトの民は、他国の人間を嫌っていた。
特に、リールの民に関してはいまだに割り切れない感情を持っているものが多い。

宝石産業が確立するはるか昔。
ザフトとリールは絶えず争いを繰り広げていた。
食糧難に苦しむザフトが、すぐ目の前にあるリールの肥沃な大地を目指さない理由はなかった。
ただし、結果はいつもノインからの働きかけもあり、停戦を合意させられることとなっていた。

現在は、戦は全く起こっていないのだが、ザフトの民は、特にリールとノインの民を憎らしく思っていた。
けれども、ツェーンの民に対する憎しみが無いのは、厳しい環境で過ごす者同士の親近感からなのだろうか。
それとも、自分達の主要産業である宝石産業の一番のお得意様だからなのだろうか。
どちらにしろ、亜佑美もこの国へ来てから、それほど嫌な思いをしたことはなかった。
758 :ただの名無しでしたから :2015/07/04(土) 23:37
「これください!」

手にしたのは、ピンク地に白のラインの入ったチュニック。
満足そうに告げられた値段を支払い、その場を離れようとしたときだった。

「泥棒!」

市場の喧騒の中に響いたその声は、亜佑美の耳にももちろん届いた。
声の方を見るが、人ごみの中では背中しか見ることができない。
仕方なくその場でジャンプを試みる。
1度、2度、3度。
見る方向を変えてジャンプを繰り返すと、人ごみをかき分けてすすむ人影。
するすると通り抜けるその影の位置を確認すると、亜佑美も人ごみの中へ飛び込んでいく。

屈みながら進んでいくと、すぐに目的の人物の姿を捉えることができた。
自分と同じくらい、いや、それよりももっと幼い。
抱え込んだ袋が、小さな体からはみ出るほど。
それでも、人ごみを器用にスルスルと通り抜けていく。

亜佑美もそれに習って進んでいく。
759 :ただの名無しでしたから :2015/07/04(土) 23:37
捕まえることは簡単だった。
けれど、この場で捕まえて騒ぎになれば、この子がどうなるか、だいたいの想像ができている。

食料の値段が高いということは、日常の生活が圧迫される。
それは、特に貧困層にとっては重大な問題であり。
自給自足という手段ができない以上、食料を買えないことは死を意味する。
それゆえに、貧富の差が極めて大きいのが、この国の一つの側面。

それは、もちろん亜佑美もこの国で暮らし始めて半月もすれば気付いていた。
居住する場所すら追われた貧困層は、集まって生活をせざるを得ない。
それはスラムという形で、市場を少し離れて取り囲むように存在していた。

そんなことを考えながら、追跡を続けていると、不意に袋からりんごが一つ転がりだした。

「あっ」と短く叫び、振り返る。
その時、亜佑美と目が合った。

小さい女の子。
まさしく女の子だった。

ぼさぼさに伸びた髪が、顔の半分を隠しているが、その隙間から見える眼光は、しっかりと亜佑美を捕らえていた。
こけた頬と、茶色に薄汚れた服は、裾がほつれていたる。
亜佑美はその時にようやく気付いた。
相手が靴すら履いていないということを。
760 :ただの名無しでしたから :2015/07/04(土) 23:37
転がったりんごをあきらめて、少女は再び駆け出す。
亜佑美は、落ちたりんごを拾い、それを追いかける。

そして、最終的に亜佑美がやってきたのは、想像通りスラムだった。

ツンと鼻につく少しすっぱい臭い。
ガラクタの山がいくつもあるようだが、それぞれにどこか一つだけぽっかりと穴が空いていた。
それが彼らの家だと、亜佑美はすぐに気付くことができなかった。

人の気配を感じるが、全く姿は見えない。
昼間だというのに、全く物音がしない。
風が吹けば、ガラクタがガタガタとゆれて、奇妙な音がする程度。

りんごを持ったまま、亜佑美は先へと進んでいく。
その時、足元に違和感を感じ、踏み出した足をすぐに引き下げる。

ガラガラガラ。

自分を取り囲むように、周囲から何かが現れる。
目の前に真っ先に見えたのは太いローブ
それをつかみながら飛び上がって乗り越える。

砂煙があがった中、自分がさっきまでいたところには、宙に浮いた網が丸く収まっていた。
761 :ただの名無しでしたから :2015/07/04(土) 23:37
罠が仕掛けられていたことに気付くのと、背中に気配を感じたのは同時。
亜佑美の力なら、十分に振り向いて対処することはできたが、それはしなかった。
ゆっくりと気配を殺して近づいてくるそれが、自分の背中に硬いものを当てるまで、あえて亜佑美はうごかなかった。

「お姉ちゃん、何者?」

背後からの声。
幼いその声は、なんとなくさっきの子だと亜佑美は確信できた。

「これ、落としてたでしょ?」

手にしたりんごを肩の高さへ持ち上げる。

「それだけ?嘘。私達を捕まえに来たんでしょ?」

その問いかけに、亜佑美は少し答えることを躊躇った。

確かに、最初はそのつもりだった。
けれども、スラムの住人であるということを知ってしまってから、亜佑美は次第にその気をなくしていた。
まして、このあたりの状況を目にしてしまってから。
亜佑美は、捕まえるという選択肢をどこか除外していた。
だから、どうして追ってきたかを聞かれても、わからなかった。
762 :ただの名無しでしたから :2015/07/04(土) 23:38
「落し物を届けに来ただけだよ」

ポンと後ろに向かってりんごを投げる。
りんごは少女の手の中に、一歩も動くことなく収まった。

「で、よかったら背中のもの、離してくれるとうれしいんだけど」

両手を挙げて、ひらひらと左右に振る。
何も持っていませんというアピール。

実際に、亜佑美は何も持っていなかった。
常時、剣を持っているわけではない。
買ったはずの服は、そのまま店においてきてしまっていた。
亜佑美が唯一持っているものといえば、腰に下げた皮袋。
お金の入ったそれだけが、今の亜佑美の持ち物だった。
もちろん、少女もそれに気付き、手を伸ばして腰から皮袋を奪い取る。
763 :ただの名無しでしたから :2015/07/04(土) 23:38
「あのさ、これは強盗だと思うんだけど?」
「黙って。無事にこのまま帰りたかったら、おとなしくしていて」
「いや、だってそれがないと今晩のご飯食べれないんだけど」
「黙れ」

背中に当てられた棒が離れる。
もちろん、亜佑美はそのことにすぐに気付く。
離れた瞬間に、反転して振りかぶられた鉄の棒をつかむ。

驚いた表情の女の子と、にっこりと微笑む亜佑美。
必死に手を外そうと棒を振り回そうとするが、びくともしない。

「返してくれる?」

亜佑美の問いかけに、女の子は答えることなく、顔を真っ赤にして必死に棒を取り返そうと引っ張っていた。
764 :ただの名無しでしたから :2015/07/04(土) 23:38
その時。

物が壊れる派手な音が響く。
続いて聞こえたのは野太い怒声。

女の子と目が合う。
その表情は、先ほどまでとは違い、怯えがあった。

亜佑美は、手を離して音の方へ向かう。
場所はすぐにわかった。
断続的に続く破壊音。

スラムの入り口で、亜佑美はそれに遭遇する。

「どこだ!でてこい!」

声を張り上げて、2人の男がガラクタの山から物を持ち上げては投げ捨てていた。
765 :ただの名無しでしたから :2015/07/04(土) 23:38
 
766 :ただの名無しでしたから :2015/07/04(土) 23:39
 
767 :ただの名無しでしたから :2015/07/04(土) 23:46
>>753-764 外伝開始します。引き続きよろしくお願いします。


>>751 はるか昔の前作から読んでいただいているとは、感謝の極みです。ましてや、前作から読み直していただくなんて多大な時間を拙作にいただきありがとうございます。外伝も引き続きお楽しみいただけるようにがんばります。
>>752 前作から引き続き、ありがとうございます。こうして前作からと言ってくださる方がいることがすごくうれしいです。作品ごとに主役はバラバラですが、全体を通しての主役は道重さんになるんじゃないかなと自分でも思ったりしました。外伝もご期待に沿えるようにがんばって書いていきたいです。
768 :ただの名無しでしたから :2015/07/11(土) 23:28
一人は髪の毛とつながるほどにひげを蓄え、もう一人はスキンヘッド。
対照的な二人だったが、二人とも、亜佑美の体ほどに腕は太く。
日に焼けた肌には、刻まれた傷跡がいくつも見て取れた。

ガシャンガシャンという音が続いていくが、誰も現れない。
聞こえていないはずはないのに。

「止めなさい」
そう亜佑美が声を掛けようとする前に、「やめろー!」という声が背後から響く。

ガラクタ山の上から、さっきの女の子が、男達へと鉄の棒をまっすぐ向けていた。

男達は、彼女に気付くと、手にしていたものをその場に投げ捨てた。

女の子が走り出したのと、亜佑美が走り出したのは同時。

棒を振りかぶって突進する彼女が、男達に到達する前に、彼女の体を受け止める。
769 :ただの名無しでしたから :2015/07/11(土) 23:28
「邪魔しないで!」

叫びながらバタバタと暴れる女の子を抱きかかえて、振り返る。
男達の手にはそれぞれナイフと木片が握られていた。

「あなたたちは、何者?」
「市場のやつらから頼まれててね。たくさん泥棒がいて迷惑してるから、なんとかしてくれってね」

「そうだよなぁ?」と呼びかけられたもう一人が、それに頷く。
実際に亜佑美も泥棒の現場を見ていたのだから、彼らの言っていることは、あながち嘘ではないことが理解していた。

でも、それは直感というものだったのかもしれない。
とにかく、この二人の男の言っていることが正しいとは思えなかった。

「あいつらのせいだ。お父さんもお母さんも殺された。あいつらが……」

女の子はキッとにらみつけたまま、そうつぶやいている。
770 :ただの名無しでしたから :2015/07/11(土) 23:29
「うりゃぁ」

男は声を上げて木片を投げつける。
反射的に腰に手がいくが、すぐに自分が剣を持っていないことを思い出す。
向かってくる木片を避けはせずに、左手で叩き落す。
ジンとした痛みと、タラリと垂れていく一筋の血。

武器も無く二人を相手に。
それも、背後に女の子を守りながら。

指輪ははめておくべきだったと、亜佑美は思う。
せめて精霊術が使えたなら、と。

周りのがらくたから武器になりそうなものを探すが、どれも大きすぎて、武器には適していなかった。

男達はゆっくりと近づいてくる。

少なくとも、この子が悪いことは間違いないが、ここまでやるのは間違っている。
亜佑美はそう決断した。

「下がって。あなたじゃ殺されるわ」

後ろへ、ぐっと女の子を押す。
がらくたの山の中へ倒れこむ女の子。
それとともに、亜佑美は男達に向かっていった。
771 :ただの名無しでしたから :2015/07/11(土) 23:29
木片を投げつけてきた男も、腰からナイフを取り出している。
武器を持った相手に2対1。

振り回されるナイフを避けて、殴りかかる。
倍ほどある体重差と、なにより二人を相手にしているので、しっかりとした一撃を打ち抜くことができない。
ヒット&アウェイを繰り返していくだけで、決定的な一打が与えられず、それぞれに数発与えても、男達はひるまない。
男達もそのことに気付き始め、ナイフを振り回すよりも、亜佑美をつかむ方向へと切り替えていた。

男達の腕の風圧で亜佑美の髪が揺れる。
数本の髪が彼らの指に絡み、ブチッと抜けていく。

「これを」

その時、背後から声がかかる。
投げられた鉄の棒を、振り返ることなく受け取る。

「ありがとう」

受け取った鉄の棒を、亜佑美は構える。
二人の男が地に這い蹲るのは、その後すぐだった。
772 :ただの名無しでしたから :2015/07/11(土) 23:29


「あいつらがこのあたりにやってきたのは、5年ほど前です」

女の子は語りだす。
辺りはすっかり暗くなっており、亜佑美は彼女の家と呼ばれるところへ案内されていた。
家といっても、きちんとした屋根や壁があるわけでもない。
ガラクタの積み上げられた中にできた空間。
そこが彼女の家だった。

ぼろきれを幾重にも重ねたものが寝床であり。
その脇に置かれた3つのりんごと2個のオレンジは、彼女の今日の戦果。
それ以外には何もない。
見上げれば、隙間から月が見えるほどの、雨も満足に凌ぐことができない場所。

それでも、彼女にとってはここが家だった。

「それまでは、貧しいなりにみんな生活していました。
みんなで協力しながら、市場でも仕事を分けてもらうこともあり、生活できていました」

住むところはその頃から代わってないんですけどね、と自嘲気味に彼女はそう付け足した。
773 :ただの名無しでしたから :2015/07/11(土) 23:29
「でも、あいつらがやってきてから、すべてが変わりました」

場所代だと。
彼らは最初言いました。
逆らえば、暴力を振るわれ、物を破壊され。
私達は、従わざるを得ませんでした。
それでも払えなければ、どこかに連れて行かれ、帰ってこなかった人もいました。

1年ほどたてば、ここで生きている人の大半はいなくなりました。
もう、彼らへ払うことはできない状況になっていました。
そこで、彼らは言いました。
稼げないなら盗ってくるしかないんじゃないかと。

それからです。
子どもの方が油断させられるからと、私達が彼らに無理やり仕込まれました。

何度も捕まったことはあります。
その度に市場の人に殴られ、罵倒され。
それまで私達にも仕事を回してくれていた人も、次第に私達へ仕事を回すこともなくなりました。

もう私達が生きていくには、盗むことしか方法がありませんでした。
774 :ただの名無しでしたから :2015/07/11(土) 23:29
それからです。
彼らが、市場の人間の側へ付き始めたのは。
私達から守るため、市場の人たちに用心棒代を要求するようになったのは。

彼らは何人ぐらいのグループかわかりません。今日の二人以外にもたくさんいます。
最初の頃からどんどん増えているのは確実です。

あの二人を殺したところで、また別の人間がやってくるだけです。

でも……それでも……

女の子は泣いていた。
亜佑美は、そっと抱き寄せることしかできなかった。

自分は何もできない。

そのことはよくわかっていた。
ここで、彼女を自分の家へつれて帰り、そのままツェーンへ戻る日に、一緒に連れて行く。
ツェーンできちんと環境を整えて生活させる。

そのことは簡単だった。
でも、彼女一人を救ったところで根本は何も変わらない。
775 :ただの名無しでしたから :2015/07/11(土) 23:30
結局、亜佑美は、持っている手持ちの硬貨をすべて彼女へ渡した。
それで、帰ってきただけ。

自分はこの国の者ではない。
部外者なのだから。

だからこそ、こうした現実をしっかりと頭に叩き込まなければならない。
自分達の知らない国に、彼女達のような存在がいることを。

その日の選択を亜佑美は今後、決して忘れることはなかった。
名前も聞いていなかった女の子のことを、決して忘れることはなかった。

3日後に、スラム地域で大規模な火災が起こったことを耳にしてから。
776 :ただの名無しでしたから :2015/07/11(土) 23:30
 
777 :ただの名無しでしたから :2015/07/11(土) 23:30
 
778 :ただの名無しでしたから :2015/07/11(土) 23:30
>>768-775 更新終了です。
779 :名無飼育さん :2015/07/24(金) 19:23
遅ればせながらシースシース完結お疲れさまでした!
これからも戦いは続きそうな、でもなんだか光あふれる未来を予感させてくれる終わり方で・・・。
凄く面白かったです!ありがとうございました!

そして外伝!
あゆみちゃん+JJ!?

楽しみです!
780 :ただの名無しでしたから :2015/08/02(日) 22:41


焦げ臭さというよりも、刺激臭。
その空間に空気がいつまでも留まっているような。

ガラクタの山は完全には崩れ去っていない。
そのままの形で、ただただ黒に変わっていた。

その光景を、目に焼き付けたまま、亜佑美は乱雑に部屋を物色する。

この国に来たときは、こんなものは不要だと思っていた。

それを手にしてゆっくりと抜く。
銀色に光る刀身に、自分の顔が映る。

人殺しのような眼。

自分でもそう思った。

勤めて冷静になっていたつもりだったが、そんなことで取り繕えていなかった。
剣を納め、腰にさげる。

そのまま、部屋を飛び出す。
781 :ただの名無しでしたから :2015/08/02(日) 22:41
情報収集は、部屋に戻ってくる前に済ましておいた。
というよりも、大部分は勝手に耳に入ってきた。

市場にいる誰もが、スラムで起こったことと、誰がそれをやったのか、予測が付いていた。

それでも、誰も動かない。
警備隊すら、きっと動いていない。

部外者なのだから。

以前に亜佑美は自分にそう言い聞かせた。

でも、もうそれは止めた。

部外者だから。

やりたいようにする。

この国がどうあろうと。
私は、私の想いを貫くんだと。
782 :ただの名無しでしたから :2015/08/02(日) 22:41
市場の裏道を通り抜ける。

スラムだったもの通り過ぎ、街道を南へ。
小高い丘に上ると、切り立った崖下に広がる町。

そのど真ん中に大きな建物が一つ。
それを囲むように中小の住宅が並ぶ。

それを見下ろしながら、亜佑美は小走りに坂を駆け下りる。

そのまま、町へ入るための門を通り過ぎようとする。

「嬢ちゃん、何しに来た?」

不意に横から声を掛けられる。
その言葉が終わるのを待たずに、剣を抜く。

「ひっ」という短い声と共に、男は尻餅をついた。
その姿を一瞥し、亜佑美は門を片手で押し開ける。

それが喧騒の始まりの合図。

どこにいけばいいかなんてわからない。
ただ、一番大きな建物を目指す。
武器を持った屈強な男達は、亜佑美を探して走り回る。
783 :ただの名無しでしたから :2015/08/02(日) 22:42
足音と怒号が響き渡るその空間。

亜佑美のほかに、その中を音も無く進んでいく人物が二人いた。

「予定外だったけど、このままいくの?」
「うん。朋もそのつもりだろうし。それに……」

「今日を逃せば次はいつかわからないわ」

その言葉を剣を振るのは同時。
目の前に鉢合わせた敵を、彼女は相手が次の動作を取る前に切り捨てた。

「さっすが」

ヒューっと口笛を吹く。

「からかわないで」
「ごめんごめん、でもさ、朋はきっとあの子の相手をさせられるかも」
「朋ならきっと大丈夫」

ともすれば、華奢なその体と合わせて、少年にみえるほどのショートカットの少女。
宮本佳林は力強くそう答えた。
784 :ただの名無しでしたから :2015/08/02(日) 22:42


バタン。

荒々しく開けられた戸に、金澤朋子は辟易としながら、ベッドから起き上がった。

「おい、大変だ。侵入者がいる」

おいおい、見つかっちゃったの?
後でお仕置きしないとね。

その言葉を心の中にとどめ、朋子は立てかけていた剣に手を掛ける。

「で、どんな奴?」

黒髪のショートカット。

その言葉を待っていたが、男から返ってきたのは、全く別の特徴だった。
785 :ただの名無しでしたから :2015/08/02(日) 22:42
紗友希は髪を下ろすことはないし……
それに、一人って……

朋子は考える。
ひょっとして、これは自分達の計画とは違うことになっているという可能性を。

「おい、ボスからの命令だ。侵入者を捕まえろ」
「捕まえるだけでいいの?」
「できるだけ生きたままで、とのことだ。まぁ、生きていればどんな状態でもいいと思うがな」
「ふぅん、いいんだ……で、ボスは?」
「お前の知ってのとおり、今日は取引の日だからな」

「……取引は、するの?」
「あぁ、だからこの館には絶対に侵入を許すなよ」

口の軽いバカ。

朋子の頭に浮かんだのはそれだけ。
786 :ただの名無しでしたから :2015/08/02(日) 22:42
当面は計画通りに行きそうなら、佳林たちがやってくるまでに、その侵入者を始末すればいい。

腕をクルクル回しながら、朋子は部屋を出て行く。

この日を待っていた。
用心棒として彼らに取り入り、2ヶ月が過ぎていた。

佳林の生まれ故郷から持ち出された一種類の実。
クイの実と呼ばれるそれは、あるものと合わさることで、完全な毒薬として機能する。
一種類を摂取しても何も起こらない。二種類ともを摂取したものだけに発現する毒薬。
無味無臭であり、古来から暗殺に使用されていた。
しかし、あまりに危険な代物であり、その組み合わせや抽出方法、生息地に至るまでの情報ははるか昔から隠蔽されていた。
ほんの一部の人間が、それを断片ごとに知っているのみ。

佳林も、自分の故郷にそれがあることなど知らなかった。
食べてはいけない植物。子どものころにそう教えられていただけ。

それでも、ある日、村が襲撃される。
どこからか、クイの実の情報を得た人間がそれを求めてやってきた。
村は焼き払われ、わずかに生息していたクイは根こそぎ奪われた。

佳林は、故郷を出てから5年ほど。
一度も帰ったことなどなかった。
それでも、その事実を知ることとなったのは、彼女達がRGSにエントリーしたことがきっかけだった。
787 :ただの名無しでしたから :2015/08/02(日) 22:42
RGSについては、エントリーの締め切られる半年以上前から連日のように街中でビラが配られる。
エントリーをすれば、その日のうちに参加者の名前が街中に知れ渡るほどに。

奪われたクイの実を取り戻そうとしていた村のものは、佳林のことに気付くことはそれほど難しいことではなかった。

村に対しての愛着はそれほど強いわけではない。
それでも、このまま放置しておけば、単なる毒殺で済めばいいが、要人の暗殺となってくる可能性が高い。
情報が制限されているということは、知識を持っている者が少ないということ。
つまり、それに対する注意を払うことができないということなのだから。

その可能性を予見しながら、協力を拒むことは佳林にはできなかった。
幸い、朋子たちもそれに難色を示すことも無く。

「RGSが始まるまでの暇つぶしに丁度いいんじゃない?」

朋子のその一言で、佳林たちは奪われたクイの実を捜し始めた。
そして、ついにあの時自分達の村を襲った者が誰なのか突き止めたのが、ほんの数ヶ月前。
788 :ただの名無しでしたから :2015/08/02(日) 22:43
それからだった。
その情報を得るために、朋子がこうして彼らの元に入り込んだのは。
その際に、彼女の腕はもちろんのこと、RGSエントリー者という肩書きは絶大だった。
彼らも、将来的にこの国の軍を司るかもしれない人間と近づけることは、十分に魅力的なものだった。

今日行われるはずの取引は、クイの実の相方となるもう一方の実の受け渡しだった。

もちろん、そこで確認のために、二つを同時に摂取する必要がある。
その場で、クイの実を取り戻す。また、もう一方も手に入れ、この世から永久に二種類の毒薬を処分する。

本来ならその場に用心棒として、朋子は同席しているはずだった。

亜佑美の登場で、そのシナリオは崩されたが、それでも佳林と紗友希にそちらは任せておけばいい。

私は、それが邪魔されないように、本来の仕事をしますか。
789 :ただの名無しでしたから :2015/08/02(日) 22:43
館を出る。

目の前で一人の男が倒される。

肩までかかる長い茶髪。
佳林ほどに小柄な体と、猫のような目が特徴的な整った顔。

思わず朋子はニヤリと笑った。

可愛い子、綺麗な子は好きだった。
特に、その顔が苦痛に歪むのが。

相手も朋子の姿を見て、動きが止まる。

「どいて」
「できないわ。あなたを止めるのが私の仕事だから」
「そう」

亜佑美は短くそれだけ言うと、剣を構えなおす。
ここまで、それなりの人数を相手にしてきたため、少し息は上がっていた。
それでも、剣を振ることに支障がでるほどではない。
寧ろ、この国へ来てから余り剣を交えていなかったから、その感覚を取り戻してきたところ。
790 :ただの名無しでしたから :2015/08/02(日) 22:44
朋子も剣を抜く。
彼女の剣は、大きく反り返っている。
シミターと呼ばれるそれは、突くことでなく斬ることに特化した剣。

殺さない程度に遊んであげる。

その朋子の考えは、亜佑美の最初の一振りですぐに吹き飛ぶ。

シミターが折れるかと思うほどに鋭い剣戟。
反りを利用して力を流すが、すぐに次の一撃がやってくる。
立て続けに5度振られたそれを全て受けきると、朋子は反撃にかかる。

剣を振るたびに、ピュっという空気を切る音が耳に入る。
それは、全て亜佑美に避けられているという事実を知らせる音。

強い。

ここまで強いと思ったのは、佳林と初めて剣を交えた時以来だった。

佳林とどっちが強いか。

すぐに答えが出ないほどに。
目の前にいる彼女は強かった。

それとともに、朋子は少し安堵する。
既にエントリーが締め切られたRGSの参加者の中で、彼女の顔を見た覚えがないことに。
791 :ただの名無しでしたから :2015/08/02(日) 22:44
 
792 :ただの名無しでしたから :2015/08/02(日) 22:44
 
793 :ただの名無しでしたから :2015/08/02(日) 22:48
>>780-790 更新終了です。間が空いてすみません。

>>779 ありがとうございます。まだまだ書きたい部分もいっぱいありますので、とりあえず一旦完結ですが、外伝という形で続けて生きたいと思います。引き続きお楽しみいただければ幸いです。
794 :名無飼育さん :2015/08/03(月) 19:01
おお…!
久しぶりの普通の戦い(?)だ…
シミターとはまた渋いチョイスですねw
795 :ただの名無しでしたから :2015/08/15(土) 23:39
火花が飛び散りそうなほどの勢いで、剣が交差する。
亜佑美も、朋子の実力を十分に理解していた。
剣が合わされば、刃を滑らされる。
それを次の一撃へと繋いでいる亜佑美だったが、そのことのデメリットは十分に理解していた。
流れるように攻撃を繋ぐといえば、聞こえはいいが、次の一撃の剣筋が振る前に限定されてしまう。
だからこそ、無数のフェイントを間に挟んではいるのだが。

朋子もそれは気付いていた。
だから、彼女も受けるときと流すときを織り交ぜていた。

次第に、二人の周りに人が集まっていく。
亜佑美はそのことが気に掛かり始めたときだった。

「手を出すな。絶対に」

朋子が声を張り上げた。

「いいの?」
「ええ。こんな楽しいこと、あんまりなかったわ」

ニヤッと朋子は笑う。
そのまま振られた剣を、亜佑美は右半身を引いて避けた。
796 :ただの名無しでしたから :2015/08/15(土) 23:39
そして、切りかかろうとしたとき、左腕に衝撃を受けた。

蹴り。

それを認識した時には、切り返された剣が下からやってくる。
流れる体を右足で踏ん張り、右手一本で剣を受ける。
ジンと肘へと衝撃が伝わる。

そのまま、もう一度今度は右から朋子の足が伸びる。
今度は、亜佑美も剣の柄でそれを受けた。

ガンッという音が響く。
防いだ朋子の足先に視線をやる。
先の尖った靴は、革ではなく金属で覆われていた。

次の攻撃が来る前に、亜佑美は後ろに飛んで距離を取ろうとする。
けれども、それを追尾するように、朋子は前に飛び出した。

地面に再び着地しても、距離は変わらない。
そのまま、次々と剣を振りまわす朋子に、亜佑美は防戦一方となっていた。

剣と蹴り、その二つを次々と捌いていく。
攻めることはできていなかったが、その動作は、やがて流れるようにスムーズになっていく。
そして、ついに、亜佑美は剣を振るう。

朋子の剣を下から弾き、仰け反って蹴りを避けた後。
亜佑美の剣は、朋子の肩をかすめる。
797 :ただの名無しでしたから :2015/08/15(土) 23:39
外した。

亜佑美は心の中で舌打ちをする。
もう一歩踏み出さなければ、自分の剣が十分に届いていなかった。

けれど、亜佑美の想定では届くはずではあった。
軸足だけで、後ろに咄嗟に踏み切った朋子の判断があったからこそ、剣は少しだけ届かなかったのだから。

肩から血がにじんでいくが、傷は浅かった。
剣を振るうにも何も問題が無いほどに。

しかし、朋子がそれ以上に感じたのは、自分の攻撃が当たる気がしないことだった。
剣を使いながらも、体術を併用するということ。
ほとんどの相手は、初回で仕留める事ができた。
事実、亜佑美相手にも、もっとも崩すことができたのは、初回。
ただし、初回をなんとか防いだ相手も、それ以降もそのまま朋子のペースで進めることができ。
相手は、まともに反撃もできないままに倒れていくばかりだった。
たった一人の例外を除いて。

「佳林ちゃんといい……顔面偏差値と剣の腕って相関するんだっけ?」

あ、だから私もなかなかなの?

なんて、心の中でつっこみながら、朋子は再度、亜佑美へ向かう。
798 :ただの名無しでしたから :2015/08/15(土) 23:39
剣を振る。
次いで、足を振る。
剣を振る。
次は足を見せかけて、もう一度剣。

けれど、亜佑美はそのすべてをいなしていた。

基本は回転運動。
速度は一級で、型にはまっていない分、攻撃の角度が読みづらい。

ただ、その分無駄が多い。

それが亜佑美の分析。

剣の特性がそうさせているのか、だからシミターを使うのか。
斬るはあっても突きはない。
それは蹴りも同じ。

それぞれの回転運動を生かした連続攻撃だが、回転の向きを変える際にどうしても動きが一瞬止まる。

動きが止まれば逆回転。
止まらなければ順回転。

それだけで攻撃の方向が定まってしまう。
799 :ただの名無しでしたから :2015/08/15(土) 23:39
後は……

止まった瞬間を逃さなければいい。

左腕がズキズキと痛む。
動かせているから、骨折はしていないと判断はしているが。
それでも、この後のことを考えると、長引かせるのは得策ではなかった。

次の時。

目の前を通過した足。
足を切り落してしまうことも、亜佑美にとってはもう可能ではあった。
それでも、殺してしまうことは考えていなかったから。
今後の彼女の人生を考えれば、それはできなかった。

剣が振られる。
半身で避けた後。

朋子の体が一瞬止まる。

そのわずかな時。

亜佑美は大きく踏み出して剣を突く。
朋子と目が合う。
今度こそ、避けられないはずだった。
けれど、朋子は笑みを浮かべていた。
800 :ただの名無しでしたから :2015/08/15(土) 23:39
瞬間。

亜佑美の視界が真っ黒になった。
咄嗟のことで、剣を引く。

目が焼けるように熱い。

ごしごしと目をこするが、熱感は収まらない。
辛うじて右目が開く程度。
それも、ぼやけてはっきりと見ることは難しかった。

「まさか、こんな手を使わないといけないなんて」

朋子の声が聞こえた。

「何をした!」
「金澤特製目潰し粉とでもいいましょうか?」

気配を感じる。
右目で辛うじて判断できるのは、彼女が右手を振り上げたこと。
咄嗟に出した剣は、偶然に朋子の剣と打ち合った。
そのまま、おそらく彼女がいるであろう距離へと剣を振る。

防がれるはずがないと思っていた朋子だったが、すぐに後ろに下がってやり過ごす。

「見えてないはずなのに……」

驚きは隠せなかった。
801 :ただの名無しでしたから :2015/08/15(土) 23:40
そういえば、朋子は聞いたことがあった。
剣術の達人は、目が見えなくても相手の気配を感じて、見えているように戦うことができると。

まさか……

ゴクリと朋子は唾を飲む。

動けなかった。
自分からあの間合いに入れば、やられそうな気がした。

亜佑美も動かない。
彼女の場合は、単純に動けなかった。
相手をきちんと捕らえられない状態で、こちらから動くことはできない。
少しでも時間を稼ぎ、目が治るのを待つ必要があった。

ただ、一つだけ亜佑美は考えた。

目が見えなくても、周りの様子を少しなら知ることができるのではないかと。

精霊術。

風の力を使えば、自分の周りの風の流れを知ることができる。
それが乱れることで、相手の動きを探知できるのではと。

どこまでやれるかわからない。
それでもやらないよりはマシかもしれない。

キラリと、亜佑美の右手の指輪が光る。
そして、周囲に展開されるわずかな風の流れ。
802 :ただの名無しでしたから :2015/08/15(土) 23:40
もちろん、朋子も気付く。
何かしらの精霊術を亜佑美が使っていることに。

やばい……

朋子は警戒を更に強める。
何かの術を使っているのは間違いなかった。
なのに、見た感じでは何も起こっていない。

どんな種類の精霊術なのか。

剣と精霊術は両立しないということは、朋子も常識として知っていた。
剣が優れていれば、精霊術は不得手のはず。
はずだったが、さっきまでの亜佑美の力を見ていれば、その常識すら超越しているのではないかという考えが頭によぎる。

何が起きる……

剣を持つ手にびっしょりと汗をかいていることに気付かないほどに。
朋子は集中していた。
803 :ただの名無しでしたから :2015/08/15(土) 23:40
正直、戦いを止めたかった。

私はこいつらの仲間じゃないからと言って、二人でこの場から脱出したいほど。

だから、朋子はもう一つ願っていた。
佳林と紗友希が、さっさと計画を終えてくれることを。

二人は向き合ったまま動かない。

その緊張感は、周りにも伝染したまま。
誰一人動くことなく、時だけが過ぎていく。

その均衡が崩れたのは、朋子の背後から聞こえた爆発音だった。

それは、朋子にとっての待ち望んでいた祝砲。

佳林と紗友希が、計画を達成した合図だった。
804 :ただの名無しでしたから :2015/08/15(土) 23:40
 
805 :ただの名無しでしたから :2015/08/15(土) 23:40
 
806 :ただの名無しでしたから :2015/08/15(土) 23:42
>>795-803 更新終了です

>>794 ありがとうございます。確かに普通の戦いはひさびさ過ぎる気がします。この外伝では地域柄、普通の方が多くなりそうですね
807 :名無飼育さん :2015/08/19(水) 07:19
おお外伝が始まってる!しかもjuice=juiceとは…
あゆみんとジュースの組み合わせと言えばいじ抱きのMVを髣髴させますがはてさて
808 :ただの名無しでしたから :2015/09/18(金) 23:38


爆発音が響く。

突然の出来事に、さすがの亜佑美も集中が途切れる。
周りの男達も、朋子も含め、全員が館の方を見た。

ただし、朋子だけがすぐに亜佑美に向き直る。

もうここにいる理由はない。
間もなくここは火に包まれる。
この町の崩壊。

そこまでが彼女達の計画の内だった。
徹底的に潰す。
彼らが今までに行ってきたことを知らないわけではない。
だからこそ、自分達の目的を達成するだけでなく、この組織を再起不能にすることを決めていた。

周りはまだ状況の把握ができていない。
ここを抜け出すなら今のうちだった。
809 :ただの名無しでしたから :2015/09/18(金) 23:38
懐から取り出した袋。
朋子はそれを亜佑美へ投げた。
ゆっくりと、山なりに。

亜佑美はそれにはすぐには気付けない。
途切れてしまった集中。
そして、爆発で生じた風が、亜佑美の術を妨害していた。

それでも、すぐに目を開き、ぼやけた視界に映るそれに気付く。
目の前に迫った物体に、気付くのが遅れた。
それでも、咄嗟に剣を振り上げて、正確に見えないはずのそれを切る。

パシャッと冷たいものが顔に掛かる。

「何?」

驚いて顔を拭う。
その時、亜佑美は気付いた。
拭った自分の腕がはっきりと見えていることに。
810 :ただの名無しでしたから :2015/09/18(金) 23:38
「もうここには用は無いわ。逃げるよ」

次いで飛び込んできたのは、朋子の顔。

「え、ちょっと……私は……」

言い終わる前に腕を掴まれる。

「こいつらはもう終わり。信じて」

その言葉に、振りほどこうとするのを止める。

「絶対?」
「えぇ、絶対よ」

ニタリと朋子は笑って答える。

背後から怒号がするが、自分達を追ってくる様子はなかった。
そのまま、足を止めることなく町から出る。
811 :ただの名無しでしたから :2015/09/18(金) 23:38
丘に差し掛かったところで、道から外れてようやく朋子は足を止める。
一緒に振り返った亜佑美の目に映ったのは、赤く染まった町。

スラムもあの時こうであったかのような、赤が夜の闇を照らしていた。

じぃっと見つめる亜佑美の背後からザッザッと足音が聞こえる。

「お疲れ」

朋子は振り返って声を掛け、手を差し出す。

「朋も、お疲れ様」

パンとタッチをかわしたのは、佳林。
そのまま、彼女は朋子に抱きついた。

「ごめんね、ちょっと予定がズレちゃって」

朋子はそう言って佳林の頭を撫でる。
812 :ただの名無しでしたから :2015/09/18(金) 23:39
「大丈夫だよ」
「うん」

「……ちょっと、私もいるんだけど」
「あー、はいはい、お疲れお疲れ」

後からやってきたのは紗友希。
佳林から離れ、手を伸ばした指先同士が、少しだけ触れた。

その時。

「で、いい加減説明して欲しいんですけど」

亜佑美は口を開いた。

「誰?この人?」

紗友希の問いかけに、佳林は首を振る。

「ズレの原因」

朋子がそれだけ口に出すと、紗友希が亜佑美を見る視線が一気にきつくなる。

「冗談冗談、ごめんね。この子、単純だから」

紗友希の肩に手を置いてから、朋子は説明を始めた。
813 :ただの名無しでしたから :2015/09/18(金) 23:39
――

――――

――――――

「ふぅん……」

朋子の話が終わり、口を開いたのは亜佑美。

どこか他人事のようだった。
実際に、自分の知らないところで起こっていたのだから当然ではあったのだが。

横取りされたという思いは無かった。

そもそも、自分がどうしたかったのか。
改めて考えると、はっきりとしなかった。

ボスを殺したかったのか。
スラムを燃やした者を殺したかったのか。
単に脅しで終わらせたかったのか。

わからなかった。
だからこそ、こうした形で終わらせてくれた朋子たちに少し感謝している面もあった。

朋子も佳林も具体的にどうしたのかは話さなかった。
814 :ただの名無しでしたから :2015/09/18(金) 23:39
彼女達は、自分達の目的を達成した。
そのついでに、彼らの場所を破壊した。

取引の場にいたボスを殺したのかどうか。

聞けば答えてくれたかもしれない。

でも、亜佑美は聞かなかった。

「で、あなたはどうしてあそこにいたの?」

改めて佳林の口から出た言葉で、亜佑美はようやく気付く。

自分の名前すら彼女達に名乗っていないことを。

「私の名前は、石田亜佑美。私はあいつらに―――」
815 :ただの名無しでしたから :2015/09/18(金) 23:39


それからの毎日は、以前と変わらないものだった。
スラムであの女の子に会う前と同じ。

それでも、ふとしたときに、少女の顔を思い浮かべることはあった。

けれども、亜佑美は自分に言い聞かせる。

もう、私がこの国に対してできることはない。

あとは、自分が学ぶだけ。

自分の国がこうなったときに対処できるように。
こうなる前に、対処できるように。

この国に滞在するのは、あとわずか10日程度。
部屋を引き払う準備も始めなければならない。

ただし、数日前からこの町の機能は停止していた。
この一週間は、ずっとこうであることは間違いない。

なぜなら、RGSが開催されたのだから。

膨大な観客が押し寄せる中、一番被害を被るのは、その場所で普通に生活している人だった。

日常の買い物すらままならず。
連日のように深夜まで喧騒が続く。

今日も、もう日付が変わろうかという時間なのに、窓の外にはいくつもの明かりが見え、叫び声に笑い声が混じって響いていた。
816 :ただの名無しでしたから :2015/09/18(金) 23:39
亜佑美はふと思い出す。朋子たちがどうなっているのかを。

彼女達も参加者であるから、この町に滞在しているはずだったが、結局、あれ以来会うことは無かった。

「えっと、たしかこの辺に……」

机に積み上げられた紙を探す。

参加者名簿と、トーナメント表、そしてルールブックが一つになったパンフレットを手に取る。

基本的にRGSは団体によるトーナメント戦。
5人がそれぞれ1対1で戦う。
勝ち抜きではなく、星取り戦。
ただし、大将戦が2勝分となっている上に、同点の場合は大将戦の勝敗によって勝者が決まるなど、大将にかかる比重が大きくなっている。
その他の特殊なルールとしては、武器は完全に主催者側で用意されている点。
同じ材質のもので作られた武器を使い、武器による力の差は認めずに、完全な技量によって勝敗を決める。
ただし、武器は非常に多くの種類を取り揃えられている。

そして、最後に一番の注意点。
相手を殺すことは禁止されている。
殺してしまえば、その時点で失格となる。

これは、この国の大事な兵力を国内の争いで失うことがあってはならないから。
はるか昔から続くこの大会で、近年に行われた一番の改善点がそれだった。
817 :ただの名無しでしたから :2015/09/18(金) 23:40
その他細かな禁止事項や注意点がずらずらと羅列している。
亜佑美に関係があることといえば、精霊術の使用禁止くらいだった。

参加するわけでもないのに、こんなことを読んでいる自分に、すこし驚く。
考えてみれば、これだけのイベントなのに、自分が今日まで何も知らなかったことに気付く。

このパンフレットを開くのすら、これが初めてなのだから。

ぱらぱらと参加者名簿を飛ばしていく。
さすがにここまでいちいち読んでいくことはしなかった。

探しているのは、朋子たちのチームの名前だけ。

金澤朋子、宮本佳林、高木紗友希という名前の他に二人の名前を見つける。

チームが5人であるから、あの3人だけではないのは当然だったが。

宮崎由加。植村あかり。

そして、その上に書いてある文字。

Juice=Juice。

それが彼女達のチーム名だった。
その横にあるG−4という番号が、彼女達の番号。
818 :ただの名無しでしたから :2015/09/18(金) 23:40
それをトーナメント表で探す。

Gブロックの中ほどにその名前を見つけた。

試合はすでにブロックの決勝まで進んでいるようだった。
勝ち残っていれば、明日の朝一からの試合。

ただ、勝ち残っていることは、間違いなさそうではあった。

朋子の力は、亜佑美が人生で手合わせしてきた中でも5本の指に入るほどだった。
RGSのレベルがどれほどかわからないが、あのレベルがごろごろいるとは考えにくかった。

それに、もう一人……

これは亜佑美にとっては想像でしかなかったが、それは確たる事実でもあった。

宮本佳林。

彼女の力は、おそらく朋子より上ではないかと、亜佑美は感じていた。
剣を交えたわけではない。
それでも、あの時。
「ズレの原因」と朋子が口に出したとき。

明らかに殺気を放ったのは紗友希だったが、それ以上に亜佑美の意識に残ったのは佳林だった。

じっと押し込めているような。
それでも、次の朋子の一言次第で瞬時に命を奪われそうな。

そんな気配を感じていた。
819 :ただの名無しでしたから :2015/09/18(金) 23:40
だとすれば、後の3人はよくわからないが、彼女達が負けることは考えにくかった。

これは、亜佑美でも一読すると理解できるRGSのルールの特殊性のためだった。

星取り戦ということは、一見5人の総合力で決まるように思われるが、実際は違う。

大将までに0−4とならなければ、負けは決まらない。
1−3で大将戦になったとしても、大将が勝ちさえすれば、星勘定は同点となる。
そうなれば、大将戦の結果をもって勝ち上がることができる。

つまり、絶対的な力をもつ人間が二人がいれば、後はそれほど重要ではないのが、この大会の本質であるのかもしれなかった。

優勝もあるのかもしれない。

亜佑美はそんなことを思って、パンフレットを閉じ、机の上に置く。

それでも、自分には関係のないことだった。

大会が終わって1週間もすれば、自分の国へ帰る。

しばらくはツェーンに滞在した後、次はリールへ行くことは容易に想像できた。
まだ行っていないところはそこだけなのだから。
820 :ただの名無しでしたから :2015/09/18(金) 23:40
明かりを消してベッドにごろりと横になる。
それでも部屋は真っ暗にならない。
窓からはカーテン越しに外の明かりが漏れてくる。

亜佑美がまぶたを閉じたその時だった。

ドンドンドン

乱暴に扉をノックする音が聞こえる。

すぐに飛び起きた亜佑美は、薄暗い中で剣を手にする。

ノックの音は尚も続く。
亜佑美は物音を立てないように、ドアが開けばすぐに剣が届く距離まで近づく。

「石田さん!石田さん!」

声が聞こえた。
それで、亜佑美の緊張はすぐに解ける。

噂をすればなんとやら。
ノックの主は、朋子だった。

それでも、妙だった。

RGSへと参加している彼女。
特に、勝ち残っているのなら、明日に備えて早めに休んでおくべきなのに。

こんな時間に、自分を訪ねてくるなんて。
821 :ただの名無しでしたから :2015/09/18(金) 23:41
鍵を開ける。
それを待っていたかのように、勢いよく扉が開けられる。

「どうしたの?」

亜佑美のそう問いかけ終わる前に、朋子の声が被る。

「お願いがあります」

自分の腕を握る朋子の腕が震えている。
じっと自分を覗き込む目が充血していることでも、彼女が泣いていることがわかった。

「どうしたの?改まって」

気付かないように、なんでもない風に亜佑美は言った。

じっと朋子は亜佑美を見つめる。
たっぷり時間を取ってから、朋子は告げた。

「RGSに出ていただけませんか?」と。
822 :ただの名無しでしたから :2015/09/18(金) 23:45
>>808-821 更新しました。間が空いてしまい申し訳ございません

>>807 ありがとうございます。ひっそりと始まっていました。この組み合わせなので、その部分の期待にお答えできるようにがんばります。
823 :ただの名無しでしたから :2015/09/18(金) 23:45
 
824 :ただの名無しでしたから :2015/09/18(金) 23:45
 
825 :名無飼育さん :2015/09/28(月) 10:08
更新来てた!いじ抱きMVが蘇るね
826 :ただの名無しでしたから :2015/10/04(日) 22:38


「RGSに出ていただけませんか?」

そんなバカみたいな申し出を一笑するには、余りに朋子は真剣すぎた。

だからこそ、亜佑美は朋子に連れられてここへやってきた。

朋子たちが滞在する部屋へ。

部屋の中にいたのは4人。
いや、よく見れば、ベッドに一人寝ているので5人。

亜佑美が見たことがあるのは紗友希と、ベッドに横になっている佳林のみ。
後の2人の女性が、朋子のチームメイトであることは、想像できた。
あとの一人。

佳林の横に座る男性だけが、わからなかった。
827 :ただの名無しでしたから :2015/10/04(日) 22:38
「佳林ちゃんは?」

部屋に入るなり、朋子が放った第一声はそれだった。
亜佑美に集まっていた4人の視線が、一斉に男性へと変わる。

「まだ、わかりません。少なくとも呼吸は落ち着きましたが、意識は戻っていません。
私ができることはやらせていただきました。あとは、彼女がどこまでがんばれるかでしょう」
「そうですか……」

医者。

そのやりとりで亜佑美の頭によぎったのは、その言葉。

「すみません。私が佳林さんを頼ってしまったばかりにこんなことに……」

男性は言う。
そのことに、誰も何も言わなかった。

朋子たちはわかっていた。
この人は何も悪くないということに。

自分達の落ち度。
見落としていた自分達が悪いのだということを、理解していた。
828 :ただの名無しでしたから :2015/10/04(日) 22:39
「状況を……説明して欲しいんです……けど?」

重苦しい雰囲気の中、おそるおそる亜佑美は口を開く。

亜佑美を除く5人の視線が交錯する。
誰が話すべきかを探っているように。

「私から、説明させていただきます」

宮崎由加と申します。

そう続けて、女性はペコリと頭を下げた。
つられて、亜佑美も頭を下げる。

「石田亜由美さん。よろしければ私達に力を貸して下さい」
「それは、RGSに参加しろってことですよね?」
「はい。おわかりのように、私達の仲間、宮本佳林がこんな状況です。RGSのルールはご存知ですよね?」
「えぇ……まぁ、さっきパンフレット見た程度ですが……」

RGSのルール。
先ほどの内容を、頭の中に思い浮かべる。

自分が参加することで気をつけなければならないのは、精霊術の使用禁止くらい。
あとは、特に気にすることはないはずだた。
829 :ただの名無しでしたから :2015/10/04(日) 22:39
「でも、メンバー交代なんて、それこそルール違反でしょ?」
「はい。それは十分承知しています。でも、それでも私達は勝ちたい。この大会で一番になりたい」
「不戦敗じゃだめなんですか?1敗くらいしても、他4人で勝てば……それこそ、大将戦に勝てば一敗くらいなんとでもなるんじゃ……」
「それは、できません。彼女は私達の大将なのですから」

大将であるということ。
それは、おおよそ亜佑美の想像通りでもあった。

この中で一番強いのは、おそらく彼女。
彼女が抜けることの戦力の損失は大きいはず。

それでも、だからといって……

困惑した表情で亜佑美は由加を見つめる。

「もしかして、ルールをちゃんと理解してないの?」

パンと手を叩いて朋子が口を開いた。

「朋、どういうこと?」
「オーダーの変更は認められない。開始時に登録した順番のまま、最後まで戦わなければならない、ってルール知らないとか?」

朋子の問いかけに、亜佑美は頷く。
思い返してみても、そんなことが書いてあったような気がしない。
オーダーの設定に関する注意事項。
その部分は流し読みをして、ほとんど頭に残っていなかった。
830 :ただの名無しでしたから :2015/10/04(日) 22:39
ただ、そのことが事実なら、亜佑美は理解できる。
佳林の不戦敗が意味することの重大さ。

大将戦の負けが確定するのなら、4連勝しか勝つ方法はない。
朋子以外の力量はわからないが、それが難しいことは明白だった。

「だからって、私?それこそルール違反じゃないの?」
「それは仕方ありません」
「いや、仕方ないじゃなくって……」

佳林へと視線を向ける。
自分と全く似ていない。

似ているとすれば、背の高さくらい。
顔だけでなく、髪の長さも、髪の色すら違っていた。

「そもそも、佳林ちゃんがこうなったのは、あなたにも関係のある話なんだし」

朋子が言う。

「どういうこと?」
「佳林ちゃんは、夕食のとき、一服盛られたわ。あいつらに……」
831 :ただの名無しでしたから :2015/10/04(日) 22:39
「あいつらって、まさか……」
「そうよ。クイの実ともう一種類……」

無味無臭。
二つ合わされば、暗殺の道具と化す植物。

クイの実とアワセの実。

それが同時に手に入るのは、あの時しかなかった。

「でも、あなたたちがすべて処分したんじゃ……」
「えぇ。佳林ちゃんと紗友希がしたはずだったわ。でもね、あいつらは持っていた……」

「私たちが悪かったわ。全部処分したはずだった。
でも、あいつらは持っていた。丁度手に握っていた。
取引の時に本物かどうか確かめるために、犬に食べさせようとしていたそのわずかな分をね」

朋子の言葉を引き継いで、紗友希が苦々しく言った。

「私たちのせいよ。大量のものにばかり気に取られて、そのわずかな分を見逃していた」
「でも、それが原因とは……」

「ううん、違うわ。私達はすぐに捕まえて吐かせたわ……私達全員を殺そうとしていた奴をね。
下っ端すぎて、話にならなかったけど」

ぎゅっと拳を握りながら、朋子は告げた。
832 :ただの名無しでしたから :2015/10/04(日) 22:40
「私が悪いんです。あなたたちを頼ってしまったから。自分達で秘密を守っておくべきだったのに」

男性が言う。
そこで、亜佑美は気付いた。
彼が村の住民で、佳林に依頼をした人物であるということを。

「でも、一番悪いのは私や。りんかにデザートを持ってきてって頼んだから。
自分でとりに行ったら、私が真っ先に食べてたはずやのに」

あかりはあの時のことをもう一度思い浮かべる。

ニコニコしながら、両手にデザートのゼリーを持ってやってきた佳林が、テーブルにそれを置く。
「お先」といって、彼女は椅子に座るなりそれを口に運んだ。

「おいしい。うえむーも食べなよ」

そう言った佳林の表情が変わるのはそのすぐあと。

「みんな食べないで!」

佳林はそう叫んで、あかりの手からスプーンを叩き落とした。
833 :ただの名無しでしたから :2015/10/04(日) 22:41
「りんか?」

あかりがそう尋ねた時、佳林はもう口を抑えていた。
その手に溢れて流れていくのは血。

「大丈夫!」

倒れる佳林を支えることが彼女にできた精一杯だった。

思い出すと、再び涙が溢れてくる。
あかりは涙を拭うと、亜佑美に言った。

「お願いします。彼女の夢を、叶えてあげたいんです」

沈黙が流れる。

力になってあげたい。

できるなら参加したい。
それでも、自分がでることで失格になってしまったら。

もしも知り合いが見ていたなら……
834 :ただの名無しでしたから :2015/10/04(日) 22:41
「大丈夫。私達は今日まで全部勝ってきた。つまり、佳林ちゃんは一回も戦っていないわ。
だれも彼女の姿を覚えていない。こんないい加減な自画像だけなら、ある程度ごまかせる」

そう言って朋子が差し出したのは、一枚の紙。
RGS速報と書かれたその紙は、町で配られているものだろう。
4−0という結果とともに、朋子たちと思わしき人物の似顔絵がでかでかと並んでいる。

ただ、彼女たちが描かれているとわかっているから、判別できる程度のもので、確かにパッと見ただけでは判別が難しかった。

「あなたなら、きっと佳林ちゃんといい勝負ができると思うわ。戦った私が保障する」
「そこは、彼女より強いって言っておくべきところじゃないの?」
「どうだろう。ほぼ互角なのは間違いないと思うけど、私としては、佳林ちゃんに勝って欲しいし」

舌を少し出し、朋子は笑う。

亜佑美は再び佳林へと視線を向ける。
835 :ただの名無しでしたから :2015/10/04(日) 22:41
彼女に恩はない。
この前のことも、別に貸しに思ったことはない。

それでも、力になってあげたいと思う自分がいる。

それに……

そろそろ長い髪も鬱陶しくなってきた頃だった。
気分を変えて少し短くするのも悪くない。

「約束して……」
「何?」

「この国を変えて。今よりもずっといい国に」

亜佑美が差し出した手を、朋子はしっかりと握った。
836 :ただの名無しでしたから :2015/10/04(日) 22:43


Gブロック決勝。
この戦いをふくめると、優勝まではあと4回。

日数にしてわずか2日間。

自分の印象をどれだけ残さないか。
それは無理な話だった。

国中が注目する一戦の、しかも勝負の決まる大将戦。

だれもが注目することは間違いない。
ただ、それでも2日間という短期間であるのならば。

一戦目。
紗友希が戦っている様子を、亜佑美は最後方で見ていた。
赤い帽子から垂れる黒髪は肩までばっさりと切られ。
前には朋子と由加が立ってできるだけ目に触れないように。

びくびくしない。堂々と。
どうせ誰も覚えていないんだから。

その言葉を自分に何度も言い聞かせながら、平静さを保つ。
837 :ただの名無しでしたから :2015/10/04(日) 22:43
試合のほうは、紗友希がほどなく勝利する。

彼女のスタイルは極めてオーソドックス。
普通に剣を使い、綺麗な型で相手を圧倒していく。

相手にすれば、朋子ほどの怖さが無いが、逆になかなか苦戦しそう。

それが一戦を見た亜佑美の感想だった。

それは、次に戦うあかりとは正反対。

長身の彼女が使う薙刀は、狙いを少々外しても、武器ごと相手を持っていく。
技術を圧倒的に凌駕する力とスピード。
そんな彼女もすぐに勝利を収める。

相手が弱いのか、彼女が強いのか。

その判断は難しいが、少なくともあの力とスピードは遥かな技術差が無ければ太刀打ちできないほどに強烈なものだった。

「出番、ないかもしれませんね」

感心している亜佑美に、由加はそう告げて試合へ向かう。
838 :ただの名無しでしたから :2015/10/04(日) 22:44
彼女の予言は当たることとなり、結局亜佑美は戦うことはなく、グループ突破を決めた。

そのまま、控え室に戻る途中。

ふと、由加の足が止まった。

「どうしたの?」

朋子の問いかけに答える代わりに、彼女はそっと指差した。

その先にある試合会場。

グループA大将戦。

そう書かれた幕が垂れ下がっているのが見えた。
4戦で終わった亜佑美たちと違い、大将戦までもつれ込んでいるために、今から試合が始まるようだった。

「1−3か。これで勝って一発逆転ってとこね」

腕を組み、朋子が軽口を叩く横で、由加と紗友希の顔に真剣味が増して行く。
839 :ただの名無しでしたから :2015/10/04(日) 22:44
「朋、忘れたの?グループAといえば、あのチームがいるところでしょ?」
「あ、そうだった、え、え?でも……え?あれ?」

取り出したトーナメント表と、試合結果を朋子は何度も見返す。

「どういうこと?」

亜佑美は由加に問う。

「グループAは、前回の優勝チーム、つまり今の近衛騎士団のチームがいたのよ」

RGS。
5年に1度開かれるそれにもちろん現職の近衛騎士団の参加も認められている。
連覇すれば、継続して近衛騎士団となることができるのだから。

「え?でも……」

ようやく亜佑美は朋子のリアクションの意味が理解できた。
840 :ただの名無しでしたから :2015/10/04(日) 22:45
当然3−1で勝っているのは近衛騎士団。
大将戦でそのまま勝利するはず。

当然そうなるはずだった……

しかし、現実は1−3。

4戦を終えて、彼らはわずか1勝。
対戦相手の名前を見る。

チーム℃-ute。

その名前の方が3勝を挙げているのだから。

観客は大いに盛り上がっていた。
それは、近衛騎士団を追い詰めた相手チームへの賞賛と、もう一つ。
近衛騎士団の長の戦いを見ることができるという期待感。

前回優勝者である近衛騎士団。

その大将ということは、間違いなく5年前にこの国で一番強かった人間なのだから。
841 :ただの名無しでしたから :2015/10/04(日) 22:45
亜佑美よりも一回りほど大きな男性。
手にした剣の方が細く見えるほどの太い腕には、いくつもの傷跡が刻まれていた。

彼の登場に耳をつんざくほどの歓声が鳴り響く。

対するは、身長と武器だけは同じだったが、その他は全て正反対。
長い髪を後ろでくくり、肩から流したその髪と腕が変わらないほど。
剣が打ち合えば折られてしまいそうな細い腕をした女性だった。

誰もが、この窮地を彼が救うと信じていた。
1−3であり、大将戦で勝てば3−3の同点。そして大将戦の結果が考慮されて、勝利となる。
追い詰められはしたが、最後にはやはり自分達の国を護ってきた者が勝つ。

それがこの観衆の描いていたシナリオに違いなかった。

亜佑美にとっては、どちらにしろ、この試合の勝者はいつか自分と戦うことは決定している。
そういう意味では、ここで見ることができ、相手の癖や戦法などがわかるのはありがたかった。
842 :ただの名無しでしたから :2015/10/04(日) 22:46
ただ、亜佑美のその目論見はすぐに終わる。

開始の合図とともに、女性が踏み込む。
そのまま、振られた剣に、男は反応して剣で受けようとしたが、その前に頭を横から薙ぎ払われた。

先ほどまでの盛り上がりが嘘のように。
水を打ったように静まり返った中、男が倒れる音だけが響いた。

観客が状況を理解するまでに有した時間はたっぷりと数秒。

その後、悲鳴に似た声が随所からあふれ出し、次第にそれが歓声へと変わって広まっていく。

亜佑美は、自分の両手にじんわりと汗がにじんでいることに気付いた。

距離があったから、周りから見ていたからしっかりと見えた。
だが、あれに正面から相対したなら。

見切ることができるだろうか?
確実に受けることができるか?

自信を持ってそれに答えることはできない。

そういう意味では、わずかの一瞬でも見ていてよかったと亜佑美は思った。
初めてあれを受けたなら、すぐに対応できるとも思えなかった。
843 :ただの名無しでしたから :2015/10/04(日) 22:46
5人は控え室に戻る途中、誰も一言も発することは無かった。
黙々と、昼食代わりのパンを少しだけ食べていた。

みんな考えていることは同じ。

今の近衛騎士団相手に3勝するような相手。
しかも大将はあの強さ。

そっと、亜佑美はトーナメント表を確認する。

決勝。

このまま順当に行けばそこであたるはずだった。
明日の午後に行われる決勝戦。
時間にして24時間と少し。

何もできることはない。
844 :ただの名無しでしたから :2015/10/04(日) 22:46
今更鍛錬を積んだところで、1日で何か変わるわけはない。。
オーダーを変更することもできない。
ただただ、待っているだけ。

誰もが思っていた。

勝てるのか?と。

ただ一人を除いては……

「へぇ、決勝であたるんやね」

亜佑美の開きっぱなしのトーナメント表を、横から覗きこんであかりが言った。

その言葉にも、誰も反応しない。
亜佑美は見ていて知っていたし、他の3人はトーナメント表は頭に入っていたから、見なくてもわかっていた。

そもそも、出場者全員が理解していた。
このトーナメントの一番の山場は、現在の近衛騎士団と当たるところなのだから。
どこで当たるかなんて、トーナメント表をみて一番に確認する部分だった。
845 :ただの名無しでしたから :2015/10/04(日) 22:46
「うえむー、さっきのを見て何も思わないの?」

紗友希がいらだった様に言った。

「どういうこと?」
「あの強さを見て何も思わないの、って聞いてるの?」
「でも、大将やから私が戦うんじゃないし」

やろ?と付け加え、あかりは亜佑美を見る。

「そういう問題じゃないでしょ?あの大将に回さないようにすると、4勝しないといけないのよ。
騎士団に3勝するような相手にだよ?わかってる?みんなその心配してるの」
「でも――」
「第一さ、その場合は一番弱いあんたが、勝てるかどうかを一番心配しないといけないんじゃないの?」

机をバンと叩いて、紗友希は扉に向かう。

「きー」
「先に行ってる。次の試合、もうすぐでしょ」

吐き捨てるように言い、荒々しく扉を開けて紗友希は部屋から出て行った。

「紗友希、待って」

由加が追いかける。
その後ろ姿を、亜佑美たちは見送るだけだった。
846 :ただの名無しでしたから :2015/10/04(日) 22:47
 
847 :ただの名無しでしたから :2015/10/04(日) 22:47
 
848 :ただの名無しでしたから :2015/10/04(日) 22:48
>>826-845 更新終了です。次こそは早めに更新ができればと。

>>825 ありがとうございます。まさしくそんなイメージでお楽しみいただけたらと。
849 :名無飼育さん :2015/10/06(火) 10:30
まさかの℃-ute参戦!ってあれ?ビーシー教団にいたはずじゃ…?
850 :ただの名無しでしたから :2015/10/18(日) 23:21
「なんなん、あいつ?」
「うえむー、紗友希の言うこともわかってあげなよ。確かにさっきのは結構ショック大きいよ」

朋子がなだめるように言う。

「でもさ」
「何?」
「優勝するためには、今の騎士団を倒さないとあかんかったんやろ?勝つ気やったんやろ?」
「まぁ……そうだけど……」

近衛騎士団に勝つ。
確かに、RGSの最大の難関はそこだった。
実際に、連覇という結果が過去に最も多かった。

朋子自体、近衛騎士団の戦いを目にしたことはない。
それでも、勝つつもりでいたのは確かだった。

ただ、それでも4−2か3−3での勝利が現実的なところ。
由加やあかりには悪いが、自分と佳林が勝って、二人は負けるだろうという計算を立てていた。

実際には、自分達が勝てるかという保障はない。
それでも、自分の人生の中で、一番なのは佳林だったのだから。
彼女が勝てなければ、敗退というのも仕方ないと思っていた。
851 :ただの名無しでしたから :2015/10/18(日) 23:21
「それやったら、さっきの人たちも同じやん。私らも5−1は無理かも知れんけど、勝つはずやったんやから」
「でも、あの強さは想像以上だったわ」
「確かに相手の大将は強いかもしれん。でも、りんかやったら誰でも勝てるんやろ」

勝てるのか。
改めてそう考えれば、朋子にはわからなかった。

ただ、あかりの断言を聞くと、佳林が勝つような気もしてきた。

「朋は言ったやん。その人やったら、りんかと変わらんぐらいって。それやったらその人でも勝てるやん。
私は絶対負けるかもしれんけど、きーや朋のどっちかが勝ってくれてたら。それでもう勝ちやで」

にっこりと笑って、あかりは亜佑美の肩を抱く。

勝つ。

いつの間にかそう断言されてしまった亜佑美は、思わず自分でもそうつぶやいてしまう。
852 :ただの名無しでしたから :2015/10/18(日) 23:21
「勝つ……私は……勝てる?」
「そうやで、あんためっちゃ強いんやろ?朋が負けるって佳林以外聞いたことなかったわ」

「別に負けたわけじゃないけど」

朋子が口を挟む。

「でも、朋はあの時言ったやん。『絶対に大丈夫。あの人なら、佳林ちゃんと変わらないくらい強い』って」
「いや、あのときはあぁでも言わないと、あんたたち納得しなかったでしょ?」

二人のやり取りに、亜佑美は思わず噴出す。

うれしかった。
自分の力を、自分よりも信じてくれている人間がいるということが。
853 :ただの名無しでしたから :2015/10/18(日) 23:22
勝てばいい。
確かにその通りだった。

大将戦まで回ってきたら、勝つことだけ考えていればいい。
戦うのは自分。
他の誰でもないのだから。

「何がおかしいん?」
「いや、別に……ありがとう。信じてくれで」
「当たり前やん。仲間やろ、私達」

「さて、そろそろ、試合始まるから準備して。由加と紗友希、大丈夫かな」
「ええんちゃうの。由加、面倒見いいから」
「いつもうえむーみたいな問題児の面倒見てるからね」
「違うし。見させてあげてるんやし」
854 :ただの名無しでしたから :2015/10/18(日) 23:22


あー、もう最悪……

寝坊した。

決勝戦当日は無理だったが、せっかく手に入ったRGSのチケット。

なのに、午前中の試合が見れなかったなんて……

パンフレットを見ながら、次の試合会場へと一人の少女は小走りで向かう。

次が準々決勝の試合。

RGSではグループ決勝からは同時に2試合が始まる。
それは公平さを期すためであるが、観客とすれば見る試合を選ぶ必要があった。

次に行われるのは、圧倒的に片一方に人気が集中していた。
近衛騎士団を倒したチーム℃-uteの試合。
その注目度は一気に跳ね上がり、会場にいる人間のほとんどがそちらの試合会場へ向かっていた。
そして、その裏で行われるのが、亜佑美たちの試合だった。

少女も、それに遅れをとってはいけないと、急いで会場へと向かう。

その時。

角を曲がった瞬間、彼女は不意に人にぶつかった。
855 :ただの名無しでしたから :2015/10/18(日) 23:22
とっさに腕を伸ばし、相手の腕を引っ張り、お互いに後ろに倒れることなく、その場に踏みとどまる。

「ごめんなさい」
「すいません」

ぶつかった二人の声が重なった。

「うえむー、大丈夫?あなたも、怪我無い?」

朋子が後ろから問いかけると、二人はコクコクと頷いた。

「すいません。私が急いでたので」
「いやいや、私もや。試合始まるから急いでて」
「試合?」
「そう。この後試合やねん」

「ほら、急がないと……」

朋子の言葉に「ほんまにごめん」と再度言い、あかりは走り出す。
その後ろに朋子と、亜佑美も続く。

チラッとすれ違いざまに、亜佑美は少女の持つ違和感に気付いた。
彼女の腰にさげられた鞘。

そこには絶対になくてはならないものがなかった。

忘れた?

咄嗟に思ったその考えをすぐに否定する。
そんなことはありえない。
抜き身の剣を放置するなんて、ありえない。
856 :ただの名無しでしたから :2015/10/18(日) 23:23
「うえむー、本当に大丈夫?」

先頭をあかりと代わった朋子が声を掛けるが、背後から返事は無い。

「うえむー?」

再度、横に並んで問いかける。
あかりは、十分に間を取ってからしぼりだすように答えた。

「めっちゃかわいかった」
「え?」
「さっきの子」
「は?」
「めっちゃ好きなんやけど」

朋子と亜佑美は顔を見合わせる。
けれど、鞘の違和感が印象に残っており、顔まではよく覚えていなかった。

「まぁ、大丈夫そうでなによりだけど」

呆れたように亜佑美が言った。
あかりは、そのままご機嫌で、試合会場へと入っていく。
857 :ただの名無しでしたから :2015/10/18(日) 23:23
そして、さっきの少女は、3人の姿を見送った後、パンフレットを開いていた。

うえむー。

それが、植村あかりのことを指しているのは、残っているチームの名簿を見れば理解できた。

へぇ……

それは、予感でしかなかった。
でも、すれ違いざまにチラッと目が合った人物。
亜佑美。
あの子なら、面白い試合を見せてくれそうと思えた。

だから……

少女は来た道を引き返す。

もう一試合。

見に行くのはそっちに決まった。
858 :ただの名無しでしたから :2015/10/18(日) 23:25
>>850-857 更新終了です。

>>849 ありがとうございます。そのあたりは後々に……ということで引っ張ります。
859 :名無飼育さん :2015/10/19(月) 16:36
どんな内容になるか楽しみにしてますw

今回出てきたのはあの子ですね?うえむーが惚れたかw
860 :ただの名無しでしたから :2015/11/12(木) 00:11


「お待たせ」

試合会場へと到着する。
扉を開けて入っていく3人を待っていたのは、由加だけだった。

「紗友希は?」

朋子の問いかけに、由加は首を振る。

「悪気があったわけじゃないんだよ」
「わかってる」

あかりは即答する。
あかりとしては、いつものことだった。
紗友希が怒るのは。

その時、鐘が鳴り響く。
試合開始の合図だった。

怒号にも満ちた歓声が、壁の向こう側から響いてくる。

「紗友希は――」

そう言いかけた時、背後の扉が開き、紗友希が現れた。

「ごめん」

それが、あかりに対してではなく、遅れそうになったことに対してだということは、誰しもが理解していた。
それだけ短く言い捨てて、紗友希は率先して部屋を出て行く。
861 :ただの名無しでしたから :2015/11/12(木) 00:11
まぶしい太陽の光が目に飛び込んでくる。
何度やっても、この数秒間は目が眩む。

周りを覆う壁の上からは、たくさんの観衆が声を上げていた。

紗友希はそのまま前に進んでいく。
それ以外の4人は、そのまま用意された椅子へと並ぶ。
2列に並んだ前には由加たち3人。
亜佑美はやはり一人だけ後ろの列に座った。

紗友希は前を見てばかりいた。
一度も振り向かないままに。

ただただ、自分の前に対峙する相手を見ていた。

あかりに言ったことは悪いとは思っている。
でも、自分が間違っているとまでは思っていない。

現状を知るべきだ。みんな。

佳林の不在と強敵の出現。

楽観視していい理由なんてどこにもない。
気を引き締めていかないといけない。

それなのに。

「でも、大将やから私が戦うんじゃないし」

あかりの言葉がもう一度再生される。

勝たないといけない。
私達が。
絶対に。
862 :ただの名無しでしたから :2015/11/12(木) 00:11
試合開始の合図とともに、紗友希は距離を詰める。
相手も同じ剣使い。

男性でもあり、体格は相手の方が一回り大きく。
紗友希が振り切る前に当てられた剣戟に、剣を弾かれそうになる。

負けられない。
最後まで、絶対に勝たないといけない。
うえむーはわかってない。
勝たないといけないのに。
佳林がいないから。
佳林の代わりなんて誰も務められない。
ぽっと出の人数合わせに、自分達の運命を任せられるわけがない。
だから、私達が勝たないといけないのに。

紗友希の頭にあったのはそれだけ。

ただただ、それだけを思い、剣を振っていた。

カン、カンと連続的に剣が打ち合う。
その様子を後ろから見ていた亜佑美は気付いていた。

一見すると互角のようだったが、それは時間の問題のようだった。
力は相手が上だったが、スピードは紗友希の方が断然上だった。
それでも、単調ともいえる紗友希の攻撃に、相手が遅れていたのは最初だけ。
工夫も何も無い一本調子な連撃は、本来の紗友希のそれとは大きく違っていた。
863 :ただの名無しでしたから :2015/11/12(木) 00:11
紗友希の連撃の途中で割り込まれた攻撃が、彼女の肩に襲い掛かる。
体を捻って衝撃を逸らせるが、バランスを大きく崩した紗友希の腕に、そのまま相手の剣が叩きつけられる。

バシンという音と、手からこぼれる剣。
紗友希が顔を上げたときには、もう目の前に剣先が向けられていた。

相手を殺してはいけないという厳格なルールのもと、RGSではこのような光景が多く見られる。

相手に負けを悟らせるという形だった。

「負けました」

上げた顔を伏せて、紗友希は搾り出すように告げる。

歓声が沸きあがる中、紗友希は剣を拾って戻ってくる。

目を合わせようともせずに、じっと下をみつめたまま。

「紗友希」

由加の言葉に、彼女は「ごめんなさい」と力なく答え、タオルを受け取る。
そのまま、由加の横に座り込む。
864 :ただの名無しでしたから :2015/11/12(木) 00:11
ベスト8。
この舞台に残っているのは、単純計算でこの国の上位40人のうちの一人。
簡単な相手だとは思っていない。
しかも、先鋒というのは、弱い相手が来ることが少ない。

わかっているつもりだった。

でも、戦い終わっても、相手の顔すらはっきりと思い出せない。
自分のせいだ。
集中できていなかったから。

勝たないといけなかったのに。

溢れてくる涙を隠すように、紗友希はタオルで顔を覆った。

右腕には赤い痣がくっきりと残るが、その処置すらしようともしない。
ただただ、タオルで顔を覆って座るのみ。

朋子が医務室へいくことを薦めるが、首を横に振るだけだった。

「きー」

あかりの呼びかけにも、顔すらあげることはない。

「私、勝つから」

あかりはそれだけ言って立ち上がる。

次はあかりの試合だったのだから。

私が勝てなかったのに、あんたが勝てるわけ……

口には出さなかったが紗友希が思ったのは、そんなこと。

そして、そんなことを考えてしまう自分に腹が立った。

自分が負けたのは、彼女のせいではない。
そんなこと、当たり前なのに。
865 :ただの名無しでしたから :2015/11/12(木) 00:11
2試合目が始まる。

あかりの振り回す槍は、その速度とパワーをもって相手の侵入を抑えている。
たとえ相手が男性であっても、剣を相手にした場合の、絶対的なリーチの違い。
それによって攻めと受けがはっきりと分かれた形だったが、その均衡は不意に崩れていく。

あかりの槍が払いから突きへと転じた瞬間。
避けるとともに一気に間合いを詰められて勝負は決まった。

やっぱり……無理でしょ……

うなだれながら戻ってくるあかり。

「きー、ごめん……」

その言葉に紗友希は咄嗟に言葉がでなかった。
謝られるとは思っていなかった。
攻められて然るべきは自分かもしれないのに。

自分の気持ちが、ひどく卑しく映った。

あかりは少なくとも自分の力を出し切っていた。
相手が強かっただけなのは、誰が見てもわかることだった。

それなのに……

0−2。

1勝でもすれば、大将戦に望みを託すことができるが、現実としてそれすら危うくなりそうな状況。
866 :ただの名無しでしたから :2015/11/12(木) 00:12
相手は強い。

おそらく由加も勝つことは難しい。
もしも、朋も負けてしまったら……

自分のせいで。
人のことばかり気にしていて、4−0にすることばかり考えていた自分のせいで……

由加の試合が始まり、いつの間にか隣に座っていたあかりが、自分の手を握っていたことに気付く。

「うえむー……」
「大丈夫。絶対に」

あかりは、自分の方を向く紗友希に視線を合わさず、前を見たままそれだけ言った。

しかし、現実は紗友希の予想通りに進んでしまう。

由加も敗れて0−3。
残り2人を残しての状況はそれだった。

亜佑美と朋子はお互いに顔を見合わせた。

「大丈夫?」
「こっちのセリフだと思うけど」

朋子の言葉に、亜佑美は思わずつっこんだ。
ニヤリと朋子は笑う。

自分が負けることは微塵も思っていなかった。
けれど、それは紗友希のような形ではなかった。

自分への自信と、次の亜佑美への信頼。

差し出した亜佑美の手をパチンと叩いて、朋子は立ち上がる。
867 :ただの名無しでしたから :2015/11/12(木) 00:12
「紗友希、まだ終わってないから」

前に座る紗友希の肩をポンと叩き、そのまま歩き出す。

0−3。
残り2つ勝たなければいけない状況だった。
たとえ朋子が勝っても、亜佑美が負けてしまえば意味が無い。

勝ってようやく状況は五分といったところ。

それでも、朋子はどこか確信していた。
自分さえ勝てば、後は大丈夫と。

まだ会ってから数日しか経っていない。
剣を交えたのも一度きり。
それでも、信じていた。
佳林と同じくらい、亜佑美の強さを。

そして、相手の力を信じているのは亜佑美も同じだった。

おそらく朋子は間違いなく勝つだろう。
亜佑美はそう確信していた。
今までの3人を見ていて、朋子の力では苦戦はしても負けることは想像しにくかった。

つまり、自分の出番が来るということ。

そもそも、紗友希が負けた時点で、自分に回ってくることはほぼ確定的だったのだが。

自分に彼女達4人の、そして佳林の運命が掛かっている。
負けるわけにはいかない。

負けるつもりはなかったが、それでも不安要素は一杯あった。
868 :ただの名無しでしたから :2015/11/12(木) 00:12
そんなことを考えているうちに、朋子の勝負が決まる。

案の定、朋子は苦戦をしたが勝利を収める。

1−3での大将戦。

自分が勝たないといけない試合。

「お願いします」

由加が立ち上がり頭を下げる。
次いで、紗友希もあかりも頭を下げた。

「勝つから。絶対に」

亜佑美はそう言って、立ち上がる。

「任せたよ」

乱れた息のまま、戻ってきた朋子と対面する。
差し出された拳を、軽く打ち合った。

剣を手にする。

考えてみれば、この模擬刀すら手にするのは初めてだった。

普段自分が使っている剣よりも少し刃が厚くて重い。
長さも少しだけ短いように思ったが、気になるほどではない。

相手も同じ剣使い。
違うのは両手に持っているということだけ。

二刀流を相手にするのは初めてだった。
訓練中に遊びでやることはあっても、その程度のもの。
869 :ただの名無しでしたから :2015/11/12(木) 00:12
二刀流の最大の特徴は、攻撃ではなく防御だと聞いたことがある。
両手での連続した攻撃は、熟練者であっても難しい。
攻撃の主体となるのは片一方だけで。もう一方はあくまでも補助。
代わりに防御は両方で行える。

だから、一番気をつけなければならないのは、一方で攻撃を受けられたときに、もう一方からくる攻撃というパターン。

そこまで考えたとき、試合が開始される。

まずはこの剣にの具合を確かめないといけない。
距離があるうちに、剣を持ち上げ、まずは軽く振ってみる。

持ったときよりも分厚い分、振ったときに重みがかかる。
剣自体の重心も普段より先のほうにある感じだった。

再度横に振ろうとする前に、相手の剣が迫ってくる。

避けることもできたが、あえて剣で受ける。
衝撃が腕を通って肘に抜けていく。

衝撃もいつもの感じでうまく流すことができなかった。

相手の攻撃は、二刀流であることを生かして左右から次々とやってくる。
自分の知識が若干嘘ではないか疑いながらも、亜佑美はそれらを全て受けていく。

相手が片手で振っているから、こちらの剣がぶれることは無い。

次第に、衝撃を流すコツをつかんでくると、亜佑美は受けることから避ける方に移行し始める。

相手の攻撃のほとんどを避け、一部を剣で弾く。
870 :ただの名無しでしたから :2015/11/12(木) 00:12
流れるような相手の攻撃だったが、隙はやはり大きかった。
自分が剣一本でやっているほうが、よほどスムーズだと思うほどに。

その時、亜佑美は気付く。

いざ始まってみると、勝たなければいけない試合ということを忘れかけていたことに。
この試合を楽しんでいる、といった方がぴったりとくるほどに。

相手の左の剣を弾く。
次に来る右を避ける。

その次に来た左を下から弾き上げると、剣が宙を舞った。

相手の視線が跳ね上がった剣へと向く。
その瞬間、亜佑美の剣が相手の胴を鋭く薙いだ。

相手は悶絶し、崩れ落ちる。

思わず咄嗟に出てしまった一撃に、亜佑美は少し申し訳なく思う。
苦しませずに、相手に負けを悟らせるという方法もあった。
ただ、そのことを忘れて、いつものように相手を倒しきってしまった。
肋骨も含めて、骨も折れてしまっているに違いなかった。

それでも、もう一方の剣を杖のように立ち上がろうとする相手に、亜佑美は剣を払い飛ばす。
そのまま地面へと再び倒れこんだ相手は、今度こそ負けを認めた。
871 :ただの名無しでしたから :2015/11/12(木) 00:13
ふぅ……

それほど時間が経っているわけではなかった。
それでも、全身に汗をびっしょりかいていた。

試合終了の合図に、歓声が一気に沸きあがる。
それを尻目に、亜佑美はそそくさと朋子たちの下へと戻っていく。

佳林のためにも、余り目立ちすぎるわけにはいかないのだから。

「お疲れ」

朋子が差し出すタオルを受け取る。

「助かりました。私達の力が及ばないばっかりに」

その由加の言葉に続くように、あかりもありがとうを重ねる。

「そんなこと、気にしないで」
「やっぱり、ほんまに強いな。朋の言った通りや。なぁ、きー」

ドンと紗友希の背中を叩く。

「あぁ……そうだね」

紗友希はそう言うと、ゆっくりと4人を見回した後、
「ごめんなさい。みんな。私のせいで」と頭を下げた。
872 :ただの名無しでしたから :2015/11/12(木) 00:13
「そんなこと無いわ。私もうえむーも負けてしまったし」
「でも……」
「ええやん。別に勝ったんやし。なぁ、朋?」
「そうそう。次勝ってくれたら問題ないから」

肩をポンポンと叩かれ、紗友希は顔を上げる。
そして、再度亜佑美を見て、もう一度頭を下げた。

「疑っていてごめん。あなたのこと信じてなかった」
「別に……気にしてないわ。私もどこまでできるかわからないし」

そう言って、控え室に戻ろうと試合会場から出たときに、見知った顔があった。

「戻りました……佳林さんの意識が……」

昨日からずっと佳林に付き添っていた男が、息を切らせながら、そう告げた。
873 :ただの名無しでしたから :2015/11/12(木) 00:13


これで私もお役ごめんかと、亜佑美がそう思ったのもつかの間。

結局のところ、意識は戻っているが、立ち上がることが精一杯なほどの状況であり。
亜佑美は引き続き代役を務めることとなることを、佳林のところへ行く途中に教えられた。

最悪の状況は脱したというだけ。
それでも、5人にとっては朗報でしかなかった。

病室に詰め掛けて、佳林を囲む4人を、亜佑美は戸口で少し離れて見ていた。

試合は残り2試合。
今夜の準決勝と、明日の決勝のみ。

パンフレットを開くするが、次の相手の試合結果すら見ることなく会場を飛び出したため、対戦相手すらどちらかわからなかった。

それでも、さっきの試合のような形が、この後続いていくことは、容易に想像できた。
つまり、このチームの命運が、自分の剣に掛かっているということ。

試合から離れ、改めて考えていくと、その重みがのしかかる。
けれども、あそこで横になっている少女が、それを受け止めるはずだったのかと思うと、自分も頑張らないといけないという気持ちになる。
874 :ただの名無しでしたから :2015/11/12(木) 00:13
「石田さん」

不意に由加に呼びかけられる。

「佳林ちゃんが、話したいって」

そう続けられ、亜佑美はベッドに近づき、佳林の横へと立つ。

「もう大丈夫?」
「はい、おかげさまで。ありがとうございます」

寝たままの状態で、佳林は首だけを少し曲げた。

「朋が無理を言ったようで、本当にすみません」
「ううん、気にしないで。どこまで代わりができるかわからないけど」
「いえ、ありがとうございます」

「大丈夫やで、この人、さっきの試合もめっちゃ強かったから」

横からあかりがそう言って、亜佑美の背中をポンポンと叩いた。

「でも、できるだけ迷惑を掛けないように、私達で試合を決めちゃわないと」
「まーた、きーはそう言うことを言う」
「別にいいでしょ。回らないに越したことはないんだから」

その掛け合いに、試合前のギスギスした雰囲気はなかった。
875 :ただの名無しでしたから :2015/11/12(木) 00:13
「ま、佳林ちゃんはここで優雅に寝て待っててよ。私達がきっちり優勝してくるから」

朋子が言った言葉に、みんなはうんうんと頷いた。

「ありがとう……ごめんなさい。何もできなくて」

顔を下に向けた佳林の目元には、涙が浮かんでいた。

何もできない自分が悔しかった。
大会が始まってから、1試合も戦わないままに、終わってしまうなんて。

もしも、本当に優勝してしまったら……

私はどうすればいいの?
RGS優勝チームの大将は、近衛騎士団の長となることが決まっているのに。
こんなズルをしている私が、そんなことになっていいの……

その時、震える肩にそっと手を置いたのは由加だった。

「大丈夫。みんな知ってるよ。佳林ちゃんがどれだけ強いのか。
どれだけ一生懸命にやってきたか。だから、大丈夫。胸張って待ってて」

「そうだよ、佳林ちゃんがいなかったら、私達、RGSにすらでようなんて思ってなかったんだから」

紗友希はそう言って、佳林の手を握る。

「私らを鍛えてくれたのも佳林やん。佳林がおらんかったら私らこんなに強くなってないで」

「私達は佳林ちゃんのために戦ってるんだ。佳林ちゃんと一緒に、この国を変えたいんだよ。
RGSなんてただの通過点に過ぎないんだ。佳林ちゃんが本当に戦わなければいけないのは、その先。
だから、まずは私達でその道を切り開くのさ」

頭をポンポンと叩きながら、朋子は言う。

佳林は、ただただ泣きながら頷くだけだった。
876 :ただの名無しでしたから :2015/11/12(木) 00:15
>>860-875 遅くなりましたが更新終了です。

>>859 ありがとうございます。一応彼女は本編の主役なので。少しでもいいので、絡ませたいですね。
877 :ただの名無しでしたから :2016/02/07(日) 23:39


どれくらい時間が経っただろうか。

傍から見ているさくらですら、そう思うほど。
二人の攻防は続いていた。

リールへの侵攻をとめるために、さくらと亜佑美はここに来た。

「私達を止めたければ、戦って止めてみせて」

佳林がそう言って始まった戦い。

絶対に負けるわけにはいかない戦い。

でも、石田さんは勝てるんだろうか?

そんな思いが頭によぎる。

さくらの目からすれば互角にしか映らない。
早すぎる剣戟に、細かな優劣は判断できなかった。

実際には、互角ではなかった。

徐々に押されているのはあゆみの方。

しかしそれは、剣の技量だけが原因というわけではなかった。
あゆみが本来使っているはずの剣は、さくらの手にあった。
それは決してさくらが使うためではない。

この戦いが始まる前に、あゆみはその剣をさくらに渡した。
878 :ただの名無しでしたから :2016/02/07(日) 23:39
理由は一つ。

この剣を使ってしまえば、佳林を殺してしまうかもしれないから。
手加減などできる相手ではない。
だからこそ、強力すぎる剣は、相手の武器もろとも切り払ってしまうのだから。

佳林を殺して勝っても意味は無い。

亜佑美の目的は、ザフトの協力を得ることであり。
遺恨を残すことでは決してないんだから。

絶対に殺してはいけない。
でも、絶対に勝たなければいけない。

それは、まさしくRGSと同じ条件。

違いを強いて挙げるなら、お互い使っているのは真剣だということ。

ただし、それ以外のもう一つの決定的な違いを、亜佑美は気付いていた。
そして、それがこの状況を打開する切り札であるということに。

後はタイミング次第。

それが、あの時とは決定的に違った。

勝利への道筋ができているか否か。

それが、あの時……決勝戦との一番の違いだった。
879 :ただの名無しでしたから :2016/02/07(日) 23:39


矢島舞美。
石田亜佑美。

お互いの名前がコールされた瞬間が、RGSの2番目の盛り上がりを見せた場面だった。
もちろん、一番の盛り上がりは決勝戦の決着が着いた瞬間なのだが。

ここまでの勝敗は2−2。
朋子と紗友希が得た勝利で、互角の状態で回ってきた決勝戦の第5戦目だった。

優勝決定戦。

覚悟はしていた。
大将になった時から。
それでも、重圧は半端ではなかった。
けれど、その大半は相手が舞美ということ。

勝てるのか。
今の自分に。

勝てる。
絶対に。

その思いが交互にやってくる中で、舞美の剣は、一気に亜佑美に襲い掛かる。
880 :ただの名無しでしたから :2016/02/07(日) 23:39
現近衛騎士団長すら止めれなかった一撃。

待ち構えていたそれを受け止めると、少し体の緊張がほぐれていく。

だが、舞美の剣戟はそのまま次々とやってくる。

剣を打ち合うたびに、剣を落としそうなほどの衝撃がかかる。
受け流すなんてレベルではない。
合わせて付いていくのが精一杯。

相手が振る剣を、最小限の動きで受け止めていく。
それが、今の亜佑美にできる精一杯。

佳林のハッパが効いたのか、準決勝を4−0で終えたために、亜佑美にとってはこれがRGSの2試合目。

まだまだ戻りきっていなかった実戦の勘を、舞美の一撃一撃が強制的に呼び覚ましていくようで。

勝機のまったく見えない戦いではあったが、亜佑美に悲壮感はなかった。
というより、他の考えを巡らしている余裕すらなかった。
881 :ただの名無しでしたから :2016/02/07(日) 23:40
会場はいつしか静まり返っていく。

舞美が相手を倒すのに数分以上掛かったのは、この決勝戦が初めて。

そう言う意味では、彼女達は全て大将戦まで回ってきていた。

それは、舞美のワンマンチームということを意味しているのではない。
現近衛騎士団相手に、大将戦を前に3−1になっているのは、間違いない事実であった。

5−1。
それがここまできた彼女達のすべてのスコア。

必ず負ける1は、その一人が人数合わせであったという事。

まだビーシー教団の動きが活発化する前。
過激な宗教集団とは一般に言われているが、ツェーン以外では特に目だった活動をしているわけではない。
それでも、教団員は少なからず全国に存在する。

彼らの目的。
来るべき時のために、軍を手に入れるためには、RGSというものは好機だった。
882 :ただの名無しでしたから :2016/02/07(日) 23:40
だからこそ、通常ザフトの人間以外のエントリーできないこの大会にも、彼らは団員を送り込んだ。
舞美を初め、4人の精鋭を。
そして、手引きをするためにザフトの教団員を1名入れる。
この形で結成されたチームは、℃-uteと名づけられた。

もちろん、愛理はその中には含まれていなかった。
彼女が他国へとでていくことはない。
そもそも、教団の建物から外にでることすら稀で。
舞美自身も徐々に愛理と会う機会が減っていっている頃だった。
トップとして君臨する梨沙子が、愛理と入れ替わるのももう少し先のこと。

教団には義理がある。
愛理と自分の居場所を作ってくれたのだから。

だから、それに全力で答えるのは、当然のことだった。
883 :ただの名無しでしたから :2016/02/07(日) 23:40
でも……

舞美は思う。

自分が求めていたのは、愛理との生活。

自分と離れて、愛理が無事に生きていくこと。
それが、自分が望んだ形とはずれていることは、なんとなく気付いている。

そして……

もしもこの戦いに勝ったとしたら。

近衛騎士団となってこの地に留まる自分は、愛理と会えるのだろうか。

剣が激しくぶつかる。

この大会自体を少しなめていた舞美にとって、亜佑美たちの存在は少し驚きがあった。
同時刻での対戦が組まれる上、自分達は大将戦までもつれ込むため、彼女達の試合を見たことはなかった。

そもそも、相手なんて見る必要はないと思っていた。

それは慢心ではなく、確固たる自信。

だが、それは少し目論見が外れたと舞美は自分に言い聞かせる。
少なくとも、互角で自分のところまで回ってくるとは思っていなかった。

ましてや、自分がすぐに勝負を決めきれないなんて。
884 :ただの名無しでしたから :2016/02/07(日) 23:40
舞美は気付いている。
打ち合うごとに、亜佑美の反応が鋭くなっていることに。

そのうちに、相手からの攻撃が挟まれ始める。
それは一閃ごとに鋭く、舞美に迫っていた。

リーチでは圧倒的に舞美が有利であったが、その分、距離を詰められるとどうしても不利になる。
その近い距離感へ踏み出してくる亜佑美を、引き離すことは難しかった。

縦、横、斜め。

朋子たちですら、光の線が走るように錯覚するほどの剣の流れを、お互いは完全にコントロールしていた。

「すごい……」

思わず漏らしたのは紗友希。
言葉に出さないが、驚いているのは他の3人も同じ。

ただただ繰り返される攻防に、観衆は静まり返ったまま。
そうして、剣と剣の打ち合う音だけが響き渡る。
885 :ただの名無しでしたから :2016/02/07(日) 23:41
当人たちは、そんなことには気付いていない。

相手の視線、呼吸、そして意識さえも。
すべてが情報として頭に入り込んでくる。
それらすべての情報を、瞬時に計算するよりも、更に速く動いていく剣。

自分達も十分に知覚できていないような攻防を繋ぎとめているのは、勘だった。
だからこそ、その曖昧さがズレとなり、次第に彼女達の体に襲い掛かる。

斬れないはずの剣であっても、彼女達の剣速をもってすれば、掠めただけで皮膚が裂けて血が浮き上がった。

どこまでも続くかと思われたその攻防だったが、終わるときは一瞬。

そのきっかけは、彼女たちの預かり知らぬところで突然やってきた。

それは、ほんの些細な差だった。

亜佑美の方がリーチが短いから。
舞美の方がリーチが長いから。

より踏み込んでいた亜佑美の剣の先が、舞美の剣の根元へと当たる。

受け止めた舞美の剣が折れる。

彼女達の速度についてこれなかったのは武器の方。
殺すことのないように、刃を落とし、強度を落として作られた剣。
886 :ただの名無しでしたから :2016/02/07(日) 23:41
ただし、それは亜佑美の方も同じ。

ただ、位置が違っただけ。

剣先だったために、剣の半分以上を残した亜佑美と、根元だったために刀身が全てなくなった舞美。

カランカランと離れた地面に落ちて転がるその剣が止まるよりも速く。
亜佑美の剣が、舞美の眼前に差し出された。

避けることはできた。
それでも、舞美はしなかった。

剣が無くなった以上、もう戦うつもりは無かった。

負けたつもりはない。
自分の刀だったのなら。

それは、亜佑美も同じ。
勝ったつもりはない。
真剣だったなら、こんな結末はありえない。

それでも―――

亜佑美の勝利を告げるアナウンスとともに、大歓声が巻き起こる。

朋子たちが駆け寄ってくる。

けれど、たどり着く前に、亜佑美の体はその場に崩れ落ちる。
体はとっくに限界を迎えていた。
緊張が切れた瞬間に、彼女は気を失った。
887 :ただの名無しでしたから :2016/02/07(日) 23:41


パタンと馬車の扉を閉める。
慣れ親しんだこの国とお別れだった。

RGSの余韻はとっくに収まっていた。
市場はいつもどおりの賑わいにもどっており。

窓越しにそれを眺めながら、亜佑美はこの国でのことを思い返す。

結局、朋子たちとあれ以来会うことはなかった。

亜佑美が意識を取り戻したのは翌日になってから。
そのときに、説明してくれたのは、佳林を看病していた男性からだった。

あの後、意識を失った亜佑美を、朋子たちがすぐに会場から運び出したこと。

その際に、今亜佑美の寝ているベッドに彼女を運び入れたこと。
違う部屋に寝ていた佳林と、その際に上手く入れ替わることができたこと。

そのまま、今朝にセレモニーが行われたが、佳林のことは気付かれないままに執り行われたこと。

そのまま、亜佑美は結局もう1日をベッドの上で過ごした。
男性は翌日にはもういなくなっていた。
888 :ただの名無しでしたから :2016/02/07(日) 23:42
かといって、朋子たちも来るわけではなかった。

新たな近衛騎士団となった彼女たちには、多忙なスケジュールが用意されており、亜佑美に会いに来るわずかな時間すらないほどだった。

まるで夢のようだった。

スラムで会った少女が、実はまだ生きているんじゃないかと思えるほどに。
あの火事はなかったんじゃないかと思うほどに。

しかし、その思いを打ち消すように、馬車の窓からは、郊外のスラムであった場所が見えた。
未だに黒ずんで放置されたそれは、確かに現実であったことを告げていた。

ふぅっと一つ息を吐き、窓から目を離し、一眠りしようと亜佑美が目を閉じたときだった。

急に馬車が動きを止めた。
889 :ただの名無しでしたから :2016/02/07(日) 23:42
賊?

咄嗟に思い浮かんだ単語に、亜佑美は傍らに置いた剣を取る。
窓からそっと覗いた亜佑美の目に映ったのは、2人の女性。

「ちょっと待っててください」

亜佑美は御者にそう告げると、馬車から降りた。

「黙って出ていくなんて、水臭くない?」
「近衛騎士団様は、お忙しいかと思って」

言い合って、亜佑美と朋子は笑いあう。

そして、もう一人。

じっと真剣な瞳で亜佑美を見つめているのは、佳林。

「ありがとうございました」

彼女は深々と頭を下げた。

「ううん、別に」
「お願いばかりで申し訳ないですが、最後にお願いがあります」
「何?」
「私と戦ってください」

その言葉は、どこか亜佑美は想像していた。

彼女のことはよく知っているわけではない
それでも、こうするだろうことはわかっていた。

だから、今日まで会うことがなかったことに、少しほっとしていたのも事実。
890 :ただの名無しでしたから :2016/02/07(日) 23:42
朋子が剣を投げる。
足元に刺さったそれは、RGSのときに使われたものと同じもの。

手にしないわけにはいかない。

彼女のために。
彼女が今後、近衛騎士団の長として過ごしていく未来のために。

亜佑美は答えずに剣を引き抜き、佳林へと向ける。

佳林もそれを確認し、ゆっくりと剣を構えた。

踏み出した一歩は二人同時。

直線的に亜佑美に向かう剣。
弧を描いて佳林へと向かう剣。

お互いに受ける気はなかった。

自分の剣が相手に届くのがどちらが早いか。
ただそれだけ。

だからこそ。

傍で見ていた朋子ですら、剣が止まるのはほぼ同時に見えた。
気付いているのは本人だけ。
亜佑美の剣が止まるよりも、眼前で剣先が止まるのが一瞬早かった。

突きか払いか。
ただそれだけの違い。
その剣が描く軌跡の差が、その一瞬の差となって現れただけのことだった。
891 :ただの名無しでしたから :2016/02/07(日) 23:43
たったそれだけだったが、儀式としては十分だった。
佳林が納得するための儀式としては。

「……お互い、体が万全になったら、もう一度戦ってください」

剣を降ろして佳林は言った。

「……いいよ。その代わり私からもお願い」
「はい」

「この国を、今よりもっと良くして。みんなが、平和で暮らせるように」
「はい、わかりました」

佳林はそう答えて、もう一度深々と頭を下げた。

その時は来ることはないと、亜佑美はその時は思っていた。
きっと、相手もそのつもりで言っているんだと、思っていた。
たった、それだけの口約束にすぎなかった。

そう、もしもあるとすれば、ツェーンとザフトの戦争くらいしかきっと無いはず。
なんて思っていた。その時は……
892 :ただの名無しでしたから :2016/02/07(日) 23:43


あの時、自分がどうして払いを選択したのか、覚えていない。

わざと負けるため、ではなかった。
それでも十分間に合うと思っていたわけでもなかった。

単純に、体が勝手に動いたのだと思う。

元々、亜佑美は突くことよりも、払うことが多い。
引き戻す必要がある突きよりも、円運動をそのまま次の攻撃に繋ぎ続ける払いの方が、亜佑美としては好んでいたから。

その意味では、相手はリアリスト。

剣を交えていてもわかる。
真面目すぎるほどの合理的な攻撃。

最低限の動きで、最高の攻撃を紡ぎだす。

その剣を受けていれば、それに対応するために、自然と亜佑美もその選択をせざるを得ない。

合理的だから、次の攻撃が読めるわけではない。
合理的過ぎるから、亜佑美の次の動きが逆に制限されてしまっていた。

だからこそ、まるで型のように綺麗な剣技が二人の間で生み出される。
893 :ただの名無しでしたから :2016/02/07(日) 23:43
もちろん、それが身に染み付いている佳林に比べて、どうしても無理に対応させられている亜佑美の方が不利だった。
だから、長引けばこのまま負けることは明白。

だからこそ、亜佑美はタイミングを計っていた。

その流れを崩すタイミング。

ただし、それは佳林の勝ちを意味する。
この流れから外れるということは、次の佳林の攻撃を受けきれないということにつながるのだから。

通常ならば。

ただし、亜佑美には佳林の知らないであろう事実が一つある。

RGSでは禁止されていたその力。
彼女のイアリングに宿るガーネットの力。

正々堂々と。

剣技以外の力を使うことはそれに反するかもしれない。
しかし、今はそれどころではない。

リールという一つの国の運命が掛かった戦いは、負けるわけにはいかなかった。
894 :ただの名無しでしたから :2016/02/07(日) 23:43
佳林の攻撃に割り込むように、剣を払う。
手首だけの動きで、それを流した佳林の一撃は、亜佑美の肩を切る。

そのまま、引き戻された佳林の剣が、もう一度亜佑美に向かってくる。

後ろに倒れるように避ける。

けれど、それはあくまでフィニッシュへの布石。
体勢を崩し、両足が地面から離れている状態の亜佑美では、その次の佳林の攻撃からは逃れられない。

チェックメイト。
佳林は剣をぐいっと引き戻す。

だが、それが亜佑美の囮。
相手に剣を振り上げさせる。
自分がもう避けることができないのなら、一番確実な方法で止めをさしにくるはずなのだから。
895 :ただの名無しでしたから :2016/02/07(日) 23:44
亜佑美の体が動く。
宙に浮いたままの彼女の体が、重力を無視した形で佳林へと向かう。
気付いた佳林が剣を伸ばす。
剣が亜佑美の脇腹を突く。
それでも、亜佑美の速度は衰えない。
剣が突きぬけ、血が舞う。

それと同時に、亜佑美の剣が佳林に迫る。

負ける。

佳林は確信する。
このまま首をはねられる、と。


ただし、佳林が感じたのは、冷たい剣の鉄の感触だけ。
亜佑美の剣は、首筋でピタリと止められていた。

「これで、勝ちでいいでしょ」

亜佑美はそれだけ言うと、術が切れてその場にしりもちを付いた。
896 :ただの名無しでしたから :2016/02/07(日) 23:44
「精霊術……そうですね、あなたはツェーンの人間だった」

倒れる亜佑美に手を差し伸べる。

「約束どおり、兵を引いて戦をやめて」

その手を握って起き上がりながら、亜佑美は言った。

「佳林!」
「大丈夫よ!」

駆け寄ろうとする朋子たちを手で制し、彼女は命令を下した。

「全軍に伝令を。リールとの戦は即刻停止。負傷者は敵味方問わずに救済し、国境まで撤退せよ」と。

それを聞くと、亜佑美はゆっくりとその場で倒れかかったが、すぐにさくらが彼女を支えた。
腹部の血が止まることなく、彼女の服を染めていた。
897 :ただの名無しでしたから :2016/02/07(日) 23:44
「回復の術が使える者か、医者はいませんか?」

さくらの問いかけに、佳林がすぐに呼び寄せる。

「大丈夫、こんなのかすり傷だって」

さくらから離れて歩こうとするが、すぐにふらついてさくらが駆け寄る。

「ダメです。石田さん、無茶しすぎですよ。でも……」
「何?」
「……格好よかったですよ」

「……ばーか、何言ってんの、小田ちゃん」
898 :ただの名無しでしたから :2016/02/07(日) 23:45

シースシース外伝(1) ジュースジュース 終

 
899 :ただの名無しでしたから :2016/02/07(日) 23:49
 
900 :ただの名無しでしたから :2016/02/07(日) 23:49
 
901 :ただの名無しでしたから :2016/02/07(日) 23:50
>>877-897 更新終了です。最後の最後に遅くなって申し訳ございません。
残りレス数が少ないことと、なにより本編主役がもう不在ということで、もう一つ考えていた外伝は書かずに、このままシースシースは終了とさせていただきます。
約2年間ありがとうございました。


>>2-743 シースシース(各章ごとのまとめは>>746
>>753-898 シースシース外伝 
902 :名無飼育さん :2016/03/09(水) 00:02
>>901
続ききてた!完結お疲れ様でした
これで最後かと思うと残念だしもう一つの外伝も気になるけど…また次の作品楽しみにしてます
903 :ただの名無しでしたから :2016/07/01(金) 22:46
>>902
遅くなりすぎましたが、ありがとうございます。まさかレスがついているとは。
近々また改めて次作(というか続編みたいなもの)を書き始める予定ですので、またお付き合いいただけるとうれしいです。その際はこちらのスレにお知らせは書くつもりです。

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