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風の中の愛理〜エピソード0〜

1 :Easestone :2013/06/13(木) 16:34
なっきぃ1人称の物語です。
なっきぃ、愛理、梨沙子中心に展開させていこうと思います。

よろしければどうぞ。
2 :風の中の愛理 :2013/06/13(木) 16:36
「ねえ、なっきぃって本当はどうゆう人?」

いきなりそう言われてあたしは困った。

「どういうって言われても」

「あんたって実はヘタレでも何でもないでしょ?」

「え、そうかな・・・」

自分でも自分のことがよく分からない。

「分かった。あんたキャラ作ってんでしょ?芸能人ってそういうの大変だよねー」

わかったような口ぶりで決め付けられる。

「そんなことないけど」

あたしは答えに困った。
3 :風の中の愛理 :2013/06/13(木) 16:38
あたしが今ヘタレのなかさきちゃんかそうじゃないのかと聞かれたらもうそうじゃないのかもしれない。
あたしは、5人で℃-uteというアイドルグループを組んでる。
今、そのことがとても不思議に感じる。
気がついたらアイドルになっていたなんて言ったら誰かに怒られそうだけど、それが今のあたしの正直な感覚だった。

アイドルなんてそれこそアイドルに絶対なりたい!って強い意志をもって何度もオーディションを受けてなるものなんだと思う。
でもあたしは情けないほどちゃんとした意思がないままここまで来てしまっていた。

「でもなっきぃって見た目は芸能人だけどさ。芸能人ぽくないよね」

「え?それってどーゆーこと?」

またよく分からないことを言われている。
4 :風の中の愛理 :2013/06/13(木) 16:40
「何かどこにでもいて気楽に会える感じ?他のアイドルだとそーはいかないじゃん」

「確かに」

目の前の友達の言葉にそう答えざるを得なかった。
自分には何かそういうアイドルとか芸能人というオーラに欠けてるように思うときがある。
というより、今から普通の人にもどって学生生活送ってくださいと言われたら普通に学校に通って、
芸能人オーラなんて簡単に消しされる自信さえあった。いやそんなもん最初からないのかもしれないけど。

「や、それってうちらが友達だからでしょ?なっきぃに会うために何百人も握手待ってる人だっているんだからね」

もう一人の友達が慌てて打ち消してくれる。
5 :風の中の愛理 :2013/06/13(木) 16:42
「でも、普通にコンビニとかでバイトしてても溶け込みそうじゃない?」

目の前の友人があたしを見て少し真剣に言う。

「そうかも」

これについても否定は出来なかった。

きっと自分にとってもそれが自然なことなのかもしれない。
もしもこういう仕事をしてなくて、普通の学校生活送ってたらどんなのだったんだろうねと℃-uteで話すことがよくある。
みんな夢を見るようなキラキラした目でそう言うけど、あたしはまあ同じようなもんでしょとしか思えない。
確かにテストで苦手な頭をフル回転させることや、変な校則に悩むこともあるかもしれない。

でもきっとそれは、十七歳とか十八歳とか年齢の延長線上にあることで、
この狭い日本で今とは違う別世界が広がってるなんて到底思えなかった。
6 :風の中の愛理 :2013/06/13(木) 16:47
「ねえ、仕事仲間がアイドルってどんな感じ?やっぱり気使うでしょ」

「まあ付き合い長いからそんなこともないけど」

あたしは℃-uteのメンバーの顔を一つ一つ思い浮かべた。
それこそ、十七歳と十八歳とか年齢の延長線上にない人たち。
何万人の中から選ばれたメンバーには美少女ってだけでは片付けられない何かを持っているようにあたしには思える。

「みんなすごいからついていくのが大変」

あたしは少し遠い目をした。
7 :風の中の愛理 :2013/06/13(木) 16:50
グループとしてやっている以上、自分の役割がある。
歌もダンスのレベルも合わせていかなきゃいけない。
それが分かってるから頑張って努力はする。
けど中学の時はその努力の先が何も見えなくて怖くなる時があった。

℃-uteやBerryzの他のメンバーを見てもみんなアイドルになりたくてここに来た。
当たり前のことなのにそれがあたしにはあまりそういう意識がない。
ぱっとある朝起きたら自分はもうアイドルだった。
まさにそんな感じだ。

「なっきぃにはライバルっていないの?」

友達がそう訊いた。

なかさきちゃん時代には自分に自信がなかったからかすごく負けず嫌いだった。
でもあたしはもうすっかりと大人へと変わった。
きっとあたしには他人に勝ってどうこうするより何か別の道があるような気がする。
8 :風の中の愛理 :2013/06/13(木) 16:51
「あの子には負けたくないってのがあたしにはあまりなくて」

あたしがそういう風に言うと友達が二人とも「分かる」って顔をした。
舞があんなにダンスできるのに。千聖がこんなに歌えるのにあたしヤバイ。Berryzがライブで歌っているのを見て焦る。
そんなことばっかり思ってきた。

「でもあの子みたいになりたいって思う子はいるよ」

それはきっとあたしとは正反対で、五歳ですでに人と違う歌う仕事とか留学とかまで考えていた。
負けず嫌いで向上心が人一倍強くて、ダンスも歌も天才的な人。

「誰?」

友達の問に応答するその一瞬の間に自然と顔が綻んだ。
そして、合言葉にでも答えるかのようにあたしは「鈴木愛理」と流れるように言っていた。
9 :ES :2013/06/13(木) 16:53

短めですが、今回の更新を終わります。
10 :名無飼育さん :2013/06/13(木) 23:40
おぉ。どうなるのかわくわくします。
11 :ES :2013/06/20(木) 16:54
>>10
レスありがとうございます!
まだ始まったばかりですが、末永く楽しんでもらえたらうれしいです。
12 :風の中の愛理 :2013/06/20(木) 16:55
秋の陽光がとても眩しかった。
あたしは目を細めながら日差しを遮るように手を額の上にやった。
あたしの横を歩いている愛理はあたしよりも少し背が高い。

「もう秋だね」

愛理はそう言って片目を瞑る。
まるでウィンクをしているように見える愛理の仕草はそれがそのままPV撮影のようにきれいな絵になる。

愛理はここ最近一気に変化した。
少し前は可愛らしくて元気な子だったのに今はもう可憐な美少女だ。
落ち着いた表情は育ちのいいお金持ちのお嬢様にも見える。
あたしはそんな「愛理の佇まい」がすごくうらやましかった。

けどきっとそれは一つの壁を突き抜けた自信だとあたしは思う。
そしてこの人はそんな静かな歌い手でもなかった。
舞台は一気にライブ会場に移動する。
13 :風の中の愛理 :2013/06/20(木) 16:56
「みんな!もっと声出して!」

愛理の声が会場中に響き渡る。

「まだまだ!もっともっといけるよ!」
 
怒声に近いような愛理の言葉でライブ会場のボルテージが最高潮に上がった。
さっきまであれほど穏やかだった愛理が、今はまるで刃でも生えているみたいな激しい感情をむき出しにしていた。
愛理が舞台に入り込む性格というのはよく分かっていたけど、
こんなに火のような一面をもっていることにあたしは正直驚いた。

「まだまだ!もっと!」

ファンに三回目の声出しを叫んだところでスタッフさんから「これで終わり」の合図が出た。
14 :風の中の愛理 :2013/06/20(木) 16:57
「はは。盛り上がったねー」
 
ステージ裏にはけた愛理が汗をぬぐいながら軽やかにそう言った。
さっきとは全然違う愛理の柔和な表情に一瞬同じ人間には思えないぐらいだった。

何にせよライブは大成功だった。
紅潮してふっくらした愛理の笑顔が眩しくて思わずあたしも同じ笑みを返した。
 
今回の℃-uteライブ、「ダンススペシャル!!超占イト」はとにかく最初からダンス・ダンス・ダンスだ。
あたし達はとにかくそれまでバラバラになりかけていた心を一つに取り戻すように団結して踊った。
 
それまでのあたし達は一気にメンバーが二人も卒業してしまってどことなくぎくしゃくしていた。 
15 :風の中の愛理 :2013/06/20(木) 16:59
リーダーの舞美ちゃんは相変わらず空回りしていたし、
あたしは無駄に年上意識を持ってみんなに注意しまくりひたすら怖いと思われた。
愛理はセンターで一人ばっかり目立つとどうしようもない非難をされ、
千聖と舞は卒業していったメンバーに戻ってきて欲しいとそればかり言っていた。

でもそんなあたし達だからこそ、「合わせる」ことに共通の価値観を持てた。
Berryz工房だったらバラバラだったものを一つに合わせようとはきっと思わない。
というよりバラバラのままでいいと思えるのがベリーズのいいところだと思う。

でもあたし達はベリーズとの違いを意識し始めたことで変わり始めた。
つまり強く団結し始めた。
それがダンスと一緒になって一つの形に出来たのがこのライブだった。
16 :風の中の愛理 :2013/06/20(木) 17:00
ライブが終わって、ふと緊張が緩むと同時に今日のダンス、愛理とあたしどっちが勝っただろうと思う。
あたしと愛理はダンスでライバル関係と言われていた。
愛理のダンスはしなやかで上品なのに激しい気持ちが内側から伝わってくる。
歌の世界が表情にまで出せるのは誰にも真似ができない。
そして何より愛理のダンスは高貴だ。
あたしはダイナミックに動いて的確に動きを止めることしかできない。
あたしが愛理に対抗できるとしたら楽しく踊っているということだろうか。
それでもこんなあたしがダンスで愛理とライバルと言われるのはとてもうれしかった。
17 :風の中の愛理 :2013/06/20(木) 17:01
「愛理、最後のあれって煽りすぎじゃないの?」

みんなでライブの感想を言い合っているときに舞が愛理にぽつりとそう言った。

「あ、そう?そんな感じだった?」

今の愛理からはライブでの激しさなんてすっかり消えてしまっている。
ぽかんとした表情でそう言った。

「それよりも舞ちゃん、早くケータリング行こうよ。なっきぃも一緒に。やじ先に行ってるみたいだよ」

急かすように愛理が言った。

「うん」

あたしもそう言って三人でケータリングに向かって歩く。

「ねえ、愛理って何も考えてないよね」

愛理にも聞こえるように舞があたしに言った。
18 :風の中の愛理 :2013/06/20(木) 17:03
「そうだねえ」

愛理の横顔を見ながらあたしは言う。

「何も悩みなさそうだもんね」

「うん。私ってあんまり深く考えない性質だから」

あっけらかんと愛理は答えた。
愛理はエースとしての重圧もあるし、いちいち深く考えてたらやってられないというのもあるだろう。
それに悩んで苦しんで歌ってますみたいな演歌歌手みたいなのよりも「今日も明るくはしゃいじゃいました」的なほうがアイドルとしてはいいのかもしれない。

特に愛理はさっきのライブみたいに決めるときは、それこそ天才的な才能で歌もダンスもこなしてしまうのだから何の文句もつけようがない。
19 :風の中の愛理 :2013/06/20(木) 17:04
℃-uteは壁を乗り越えたし、あたしも変なプレッシャーを感じることもなくなった。
愛理がこんなふうに何も考えずにいられるのも℃-uteがチームとしてうまくいってるからだとは思う。

「愛理、学校の方は?うまくいってるの?」
 
あたしは愛理の表情を伺うように言った。
 
「大丈夫。行けない日も多いけど学校の仲間もみんな優しいから」
 
愛理は顔を緩めて言った。
 
「そっか。でもあんまり友達と遊びに行ったりできないでしょ?」
 
「そうだけど。それはなっきぃも一緒でしょ?」
 
あたしがさも心配そうに言ったせいか愛理は不思議そうに答えた。
20 :風の中の愛理 :2013/06/20(木) 17:12
「あたしは、学校はそんなに関係ないし適当にしてるからさ」 
 
「私だって適当だよ」
 
愛理は言った。

確かに。
とあっけらかんとした愛理の表情を見てあたしは思う。
 
「なっきぃ、そんなに愛理の心配しなくても大丈夫っしょ?」
 
舞に諭されるように言われた。
21 :風の中の愛理 :2013/06/20(木) 17:13
確かに。
愛理の心配ばかりしていられるほど自分の立場は甘くない。
ダンスで少し自信がついただけで、歌唱力もほかのメンバーに比べるとまだまだだし、
MCももっとうまくやれるようになりたい。

ラジオを一人でやらせてもらったりチャンスだけはもらえてる。
だから歯を食いしばってでも上り調子の℃-uteについていきたい。

何より口には出さないけど青いペンライトがどのくらいいて、
自分のファンは℃-uteで何番目なのか何より気になるのだ。
ファンからの人気が圧倒的な愛理に対して嫉妬の気持ちがないわけでもない。
22 :風の中の愛理 :2013/06/20(木) 17:14
でも愛理に対する嫉妬なんて、あたしの中で一度として吹き溜まりのようにたまったことはなかった。
愛理にはかなわないというあたしの後ろ向きな気持ちは、そのまま「鈴木愛理」という煌く星のような存在につながっている。
そんな風に考えられる自分がうれしい。

自分への皮肉のような変な感情はそれでもあたしにとって大切な心の奥底に秘めた気持ちでもあった。
23 :風の中の愛理 :2013/06/20(木) 17:15
舞ちゃん。
千聖の呼ぶ声が聞こえて舞がケータリングの方へ走っていく。
 
「千聖、また太るよ」
 
舞の太い元気な声が周囲に響く。
 
「いいんだって。ライブでカロリー使ったから」
 
二人のきゃっきゃする声が聞こえて、あたしと愛理は目を合わせて笑った。
 
「なっきぃ、ありがとね」
 
舞がいなくなると、愛理は急にすました顔でそう言った。
24 :風の中の愛理 :2013/06/20(木) 17:16
愛理の目は気取らない控えめな睫毛の下にいかにも意思の強い大きな瞳が真剣な眼差しを伝えてくる。

愛理の瞳の力に耐え切れなくなって、あたしは思わず下向きに視線を外した。
すると愛理の白い首筋から胸元がほんのり上気して明るい照明に反射しているのが見える。

ライブが終わっていったん静まったあたしの鼓動が再び高鳴る。
それは深い水底からせり上がる大きな空気の塊のように一気に立ち昇ってくるようだった。
25 :ES :2013/06/20(木) 17:16

今回の更新を終わります。
26 :風の中の愛理 :2013/06/27(木) 16:47
それは抗うことのできない本能みたいな緊張だった。
 
「え?何が?」
 
あたしはさも何も見なかったような無邪気な顔をつくって言った。
 
「心配してくれて」
 
でも純粋な目であたしを見る愛理の方がよっぽど邪心がない。
 
「あ、あたしは勉強がどのくらい大変なのか分からないからさ。
愛理の話し聞いて普通の学生生活ってどんなんか聞いてみたいかなと思って」
 
そのせいであたしは全く心の中にも思ってもないことを口走った。
27 :風の中の愛理 :2013/06/27(木) 16:49
「ああ、うん。でも私は学校でも地味な方だからね。
なっきぃみたいにオシャレ出来る人は私の話しなんて参考になんないかも」
 
愛理は真面目な顔で答える。
愛理は自分の顔にずっとコンプレックスがあると言ってたけど、
改めて見るとどこにそれを感じる要素があるのだろうと思うぐらい愛理はすっきりと目鼻立ちの整った美少女だった。

至近距離でもっと愛理の表情を確かめようと今度はまじまじと見すぎたせいで愛理としっかり目が合ってしまった。
28 :風の中の愛理 :2013/06/27(木) 16:51
「そうかな。アハハハ」
 
あたしはごまかすように笑っていた。
そんなあたしを見て愛理もふにゃりと笑ってくれた。
こうしてずっと愛理に惹かれている自分から考えてもファンの人が愛理を好きな気持ちがよく分かる。
愛理は神秘的で古風な美少女にも、今みたいに可愛らしくて愛嬌のある顔にも表情を何にでも変えられる。
 
愛理に見とれていると「中島、ちょっといいか」とマネージャーさんから呼ばれてしまった。
何か注意されると一瞬びくついたが、マネージャーさんが大したことじゃないんだけどと再三言いながら前を歩くので
本当に大したことじゃないんだろうと自分を落ち着かせた。
29 :風の中の愛理 :2013/06/27(木) 16:52
「鈴木のことなんだけど。ステージで熱くなりすぎるのをもう少しだけ抑えてもらえないか」
 
別室にはいるとマネージャーは「もう少しだけ」を強調して弱々しく苦笑いしながら言った。
 
「ファンの人煽りすぎるってことですか?」
 
「まあね」
 
「はあ・・・ってそれ愛理に直接言えばいいじゃないですか?」
 
あたしは何か嫌な役回りを直感して言った。
 
「いや、上から言って萎縮させたくない。今℃-uteはダンスパフォーマンスで一番勢いに乗ってるから。
それを細かいこと言って落としたくないんだ」
 
「あたしから言ったって同じと思いますけど」
30 :風の中の愛理 :2013/06/27(木) 16:53
「中島は今鈴木と一緒にいる時間も多いみたいだし、それとなく伝えてくれよ。
何となくでいいから。スマんけど頼む」
 
仕事として仕方ないのかもしれない。
でも個人的に愛理に小言みたいなことを言うのはとても嫌だ。
愛理にはもっとダンスや歌のパフォーマンスで意識されるようになりたいとあたしは思った。
 
「リーダーから伝えてもらったらいいんじゃないですか?」
 
あたしは舞美ちゃんを思い浮かべて言う。
舞美ちゃんだって愛理と一緒の時間は多いし、仲もいい。
℃-uteを引っ張っていく二人同士のほうが分かり合えることが多いかもしれない。

それに舞美ちゃんは何といっても公式的にも℃-uteのリーダーなのだ。
31 :風の中の愛理 :2013/06/27(木) 16:54
「あいつも今は余計なこと考えずにまっすぐ走らせたほうがいいだろ」
 
ところがマネージャーは驚く程自信を込めてそう返してきた。
あたしに同意を求めるような言い方はさも今の℃-uteのことは何でもわかってるぐらいの勢いだ。
確かに今の舞美ちゃんはまっすぐに走ってる。
メンバーに対して苦手な細かい注意なんて一切しないで、ダンスも歌も先頭に立って何も考えずに走ってる。
今の舞美ちゃんはこの上なくカッコよかった。
 
「でも」
 
「じゃあ頼むな。まあ軽くでいいから」
 
結局断るのが苦手なあたしはそのままの流れで引き受けてしまった。
確かに愛理はステージで歌うことに入り込みすぎて周囲が見えなくなることがある。
32 :風の中の愛理 :2013/06/27(木) 16:56
でもだからってあたし、愛理に嫌われたくない。

理不尽な指令を受けたあとであたしは一人不満を漏らした。
愛理に何か注意して愛理の勢いを落として自分が少しでも愛理より上にいこうとしているなんて思われたら絶対いやだ。
いや愛理は絶対そんなこと思わないだろうけどそういうことは一瞬でも感じて欲しくなかった。
 
愛理とは℃-uteが結成されてからもう五年も一緒にやってきている。
でもあたしはこれまで愛理とそこまで親しかったわけじゃなかった。
33 :風の中の愛理 :2013/06/27(木) 16:57
℃-uteのとき愛理の隣にはいつも栞菜がいた。
ベリキューのときは梨沙子が隣にいたし、あたしは千聖や舞とふざけてるときの方が居心地がよかった。
愛理の隣にいて愛理と比べられることに無意識にプレッシャーを感じていたのかもしれない。
だからあたしは愛理の隣の席は自分自身に自信を持っている人じゃなきゃ座れないポジションだと思っていた。

昔は今よりもっと自分に自信がなくて、ヘタレだったあたしは今でもメンバーやファンの人になかさきちゃん時代とからかわれる。
その時のあたしにとって愛理の隣というのは行きたくてもいけないずっと遠い場所のようだった。
34 :風の中の愛理 :2013/06/27(木) 16:58
でも栞菜とえりかの二人が卒業して℃-uteがたった五人になってしまったとき、
心細さととも愛理の隣が空いていることにあたしは気づいた。
誰かと争奪戦じゃない分、あたしにはよかったのかもしれない。

べったり隣にいるというわけじゃないけど、ケータリングに行くまでのちょっとした時間や
休憩時間に自然と愛理と二人でいられることに幸せを感じられる。
愛理との距離が少しずつ縮まっていくことがあたしにはうれしい。
その関係は今のあたしにとって何より大切なものだった
35 :風の中の愛理 :2013/06/27(木) 17:02
「なっきぃ、昨日のブログ読んだよ。コメントまで全部読んじゃった」

撮影の合間、愛理がきらきらする笑顔をあたしに向けて言った。

「私、なっきぃのブログ大好き。ファンなんだ」

愛理はこういう人が喜びそうなことを本当に純粋に言ってくる。
その言葉があまりにも混じりっけがないから時々それを悪く取る人がいないかと心配になるくらいだ。

「そうかな。あたしのは短いし、絵文字も使えてないしねー」

苦笑いしてあたしは言った。
愛理に言われると何もかもが照れる。
36 :風の中の愛理 :2013/06/27(木) 17:03
「それがいいと思う。なっきぃのブログ言いたいことがすごい伝わるっていうか。
なっきぃが本当にしゃべってるみたいだから」

愛理は真面目にそう言った。
今の愛理は「静」の愛理だとあたしは思った。
しっとりした愛理の表情を見ているとあのライブの時の荒々しいリズムを刻み込む愛理ととても同じ人間には思えない。
あたしはそんな愛理の魅力の虜になってしまっていた。

「あ、そうだ。昨日マネージャーさん呼ばれてたけど。あれ何だったの?」

愛理は言った。
愛理は細かいことに気がつくタイプじゃないし、気にする性格でもないからきっと舞美ちゃんにでも何か言われたんだろうとすぐに予想がついた。
37 :風の中の愛理 :2013/06/27(木) 17:07
「舞美ちゃん、何か言ってた?」

「うん。舞美ちゃん、なっきぃ何言われたんだろうって心配してたから」

「そっか」

どうやら予想が的中したと安心してあたしは言った。

「あれ別に何でもなかった。今ライブがノってるから。メンバーで体調悪い人がいないかとかそういうこと」

あたしは言った。

「何だ。よかった」

愛理は何の疑いもしない口調で笑った。
38 :風の中の愛理 :2013/06/27(木) 17:09
メンバーに何か隠し事をするとき自分がとても敏感な性質だから、
自分自身が言うときはさらに気を使ってしまう。
でも℃-uteに関して言えば愛理はことさら鈍感だからそういう意味ではやりやすい。
女っぽくないと言えばそうかもしれないし、だから好きになってしまうのかもしれない。

「じゃあ撮影の準備入ろうかな」

そう言って愛理はメイク室に行こうとした。

「あ、あのさ。愛理」

あたしは中途半端に言いかけると愛理の大きな瞳がこちらを向く。

「ライブの時なんだけど」

「ライブの時?」

愛理は不思議そうに、にっと笑って首をかしげるような動作をした。
39 :風の中の愛理 :2013/06/27(木) 17:10
言えない。

もう少しテンション抑え気味にしたらなんてあたしの口からは言えない。

「ライブの時の愛理と普段の愛理って何でこんなに違うの?」

すごく場違いなことを言ったような気がする。
でも気づいたらそうとしか言えなかった。

「ああ。学校の友達にもよくそう言われる。愛理じゃないって」

愛理は普通にすました表情でそう言った。

「テンション上がると抑えきれなくて」

まるで困っているように見える表情は愛理は自分自身を持て余しているようにさえ見えた。

「入り込んじゃうんだよね。歌に」

伏し目がちに愛理は言う。
40 :風の中の愛理 :2013/06/27(木) 17:11
「それがいいところじゃん。愛理の」

愛理の本音を聞けたような気がしてあたしは逆に明るくなった。

「愛理はそのままでいいんだよ。ファンの人もそういう愛理のほんわかしたところと
本気で歌ってる時のギャップにやられちゃってるんだよ。きっと」

あたしはさらに調子に乗って言ってしまった。

「なっきぃ。ありがと」

愛理が八重歯を見せて笑った。
41 :風の中の愛理 :2013/06/27(木) 17:12
しっとりとした大人の表情の中にも笑う時だけ愛理は小さかった時の面影が戻る。
愛理が笑顔を見せるのは勿論あたしに対してだけじゃない。
でも、それでもあたしはとても幸せな気持ちになれた。

「ううん。ぜーんぜん」

あたしは大げさに手をふる。
でも結局マネージャーさんに頼まれたことは何一つ言えてないことに、
あたしはだいぶたってから気づいた。
42 :ES :2013/06/27(木) 17:13

今回の更新を終わります。
43 :風の中の愛理 :2013/07/04(木) 20:34
雑誌の撮影が無事終わると会社に移動して、あたし達は次のライブに向けてミーティングをすることになった。
バス移動で前の方の席は愛理が舞美ちゃんの隣の席に座り、
あたしと千聖と舞は後方の席に座った。
三人で千聖の家に遊びに行って千聖の弟や妹達と遊んだときの話をしていると、
前の座席と座席の間から楽しそうに舞美ちゃんと話す愛理の表情が見えた。
輝くように映える愛理の顔はあたしと話しているときの表情とは違うように見えてあたしは少し憂鬱になる。

そんな愛理の顔だけで一喜一憂する自分を滑稽というか哀れに思ったが、
そう感じるものは仕方ない。
あたしは千聖としゃべりながらもチラチラと愛理の様子を伺っていた。
そうこうする間にバスは会社に到着した。
44 :風の中の愛理 :2013/07/04(木) 20:36
スタッフさんと会社の会議室に入るとライブとは違った緊張感がある。
こういうミーティングでは以前のなかさきちゃん時代に何一つ発言しなかった。
そしてえりかと栞菜が卒業した後は年上だという責任感からメンバーに猛烈に発言して注意するようになって千聖と舞にものすごく怖がられた。

愛理のことに限らずその一件以来あたしはまた積極的には発言しなくなっている。
特にスタッフさんが加わるとなおさらそうだ。
グループでの立場もあるくせにこんなんでいいんだろうかと思うことはある。
けど今のあたし自身はごく普通でいい。
ライブでもこうしたいというこだわりでもなければ自然と人の話を聞いていればいいと思っていた。

でも全員席に着いてミーティングが始まった途端いきなり話し始めたのは舞だった。
45 :風の中の愛理 :2013/07/04(木) 20:39
「まず、愛理さあ。ファン煽りすぎじゃない?」

舞があたしが決して言えなかったことを一番最初に言い放った。

「ええ?そうかなあ」

愛理はのんびりと答えている。

「別にいいと思うけどさ。愛理がやると盛り上がるし。でも愛理がやる以上うちらも乗っていきたいからさ」

舞が今度は遠慮がちに声のトーンを落として言った。
46 :風の中の愛理 :2013/07/04(木) 20:44
舞は物怖じせずにずけずけを発言する印象がある一方で、
ものすごく人の気持ちとか感情に敏感で繊細なところがあった。
あたしが寝起きが悪くてイライラしていたら、舞がなっきぃの機嫌はいつ戻るのかずっと気にしていたと後で千聖から聞かされたこともある。
舞が気まぐれな愛理のことをどれぐらい察知するのか興味はあったが、
愛理が何も深くは考えてないせいか愛理と舞の関係はずいぶんとさっぱりとしているようだった。

「で、ファンのコール。いつ終わるのって終わりどきが分かんないからさ。
三回目とか二回目とか決めて欲しいわけよ」

舞が至極真っ当なことを言っているように聞こえた。
47 :風の中の愛理 :2013/07/04(木) 20:46
「そうそう。あれ何回目を一番上にもっていけばいいの?」

千聖がそれに乗じて言う。

「でもそのときのさあ。盛り上がり方で違うじゃない」

愛理は一歩も下がらずに言う。

「確かにそうだよね。私もライブで勢い止まらないこともあるし。愛理の気持ちも分かるな」

舞美ちゃんがそう言うと今度は舞が助けを求めるようにあたしを見た。
とりあえずあたしの意見で全てが決まるとかいう状況にはいつも逃げ出したくなる。
48 :風の中の愛理 :2013/07/04(木) 20:47
この頃の舞美ちゃんはとにかく愛理に依存している。
愛理の言うことならなんでもOK。
そんな舞美ちゃんをリーダーとしてもっと何とかしてほしいという気持ちはあった。
でもそれはそのまま自分自身にもあてはまるのだ。

「愛理もさ。ライブ盛り上げようとしてやってるんだからいいんじゃない?」

打算的なあたしはとりあえず舞達を見捨てることにした。
とにかくあたしは愛理には嫌われたくない。

「とりあえずアイコンタクトでやってみたらいいんじゃないかな。
みんなでうなずいてたら終わりにしたらいいし。後は舞台袖からカンペ見ればいいしね」

あたしは出来るだけ当たり障りのないようにそう言った。
マネージャーさんの表情を伺っていたら特に何もなさそうなのであたしは正直ほっとした。
49 :風の中の愛理 :2013/07/04(木) 20:48
「そうだね。なっきぃの言うとおりみんなで合図し合ってやれたらいいよね」
あたしの予想通り、さっそく舞美ちゃんがそう言ってくれてあたしの意見がまんま結論になった。

愛理の方は−あたしの打算的な結論にも舞美ちゃんの愛理への依存も全くお構いなしに、
千聖や舞ちゃん達とふざけ始めた。

愛理は誰が味方で誰が敵なんて考えは全くないに違いない。
50 :風の中の愛理 :2013/07/04(木) 20:50
愛理はあたしのことをどう思ってるんだろう。
それを考えるときふっと愛理と目が合う時がある。
その瞬間、楽しくもあり、怖くもなった。
なっきぃは℃-uteの大切な仲間。そう愛理に思われていたとしてもあたしには全然物足りなかった。

愛理の中のあたしの存在はきっとあたしが抱いている淡い期待よりも遥かに小さい。
ただグループの状況としては、あたしの個人的な愛理への思いを全く別にしてとても順調だった。

このダンシングライブをきっかけにメンバーの卒業という危機をあたし達は団結して完璧に乗り越えることができた。
そしてきっとまだま上を目指せるという思いはメンバー全員にあった。
愛理がいくら天才でも構わない。
あたしは愛理に近づいて愛理にあたしの存在をもっともっと意識させたいとそればかり思った。
51 :風の中の愛理 :2013/07/04(木) 20:51

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52 :風の中の愛理 :2013/07/04(木) 20:54
膨張した夕日が遥か遠くに見えるビルの向こうを絵の具を滲ませたように真っ赤に染めている。
ただ赤色は絵のようにそこにだけに限定されて、
周囲の薄暗い紺色に溶けるように消えてしまっていた。

そのビル群の影からあたしが歩いている小道の草むらまで、
もうすっかり夜の気配があたりを覆っていた。
両脇に広がる畑の中に点在する草むらから虫の鳴き声が一定のリズムを打って聞こえてくる。

あたしの地元はそんな都会から離れたありがちな田舎町の一つだった。
53 :風の中の愛理 :2013/07/04(木) 20:57
あたしはそんな夜の道を歩きながら携帯で℃-uteのメンバーのブログをひたすら見ていた。
愛理はBuono!ライブのリハーサルが始まったみたいで雅ちゃんとのツーショット写真や
お気に入りの飲み物の画像などが貼り付けられている。

愛理はあたしとのツーショット写真を時々ブログに載せてくれた。
同じグループである以上それは何も特別なことではないし意識することじゃないのは分ってる。
でも℃-uteでの集まりがなかった日に過去に撮ったあたしとの写真をアップしてくれていると素直にうれしい。

比率で言うと愛理は舞美ちゃんとの写真が圧倒的に多いけど、
千聖や舞に比べるたら自惚れだけじゃなくあたしとの写真の方が多い気がしていた。
54 :風の中の愛理 :2013/07/04(木) 20:59
さすがにBuono!の話題のときにあたしの写真はないか。
あたしは少しだけ残念な気持ちになりながら愛理のブログを読んでいく。

Buono!の雰囲気はとても楽しそうで、準備もすごく順調そうだ。
あたしはBuono!が結成されたときのことを何となく思い出していた。
その時は℃-uteがメジャーデビューして間もないときで、
愛理は℃-uteから唯一選抜されたメンバーだった。

今じゃ信じられないけど、あのとき愛理は桃ちゃんや雅ちゃんとうまくやっていく自信がない。
不安で仕方ないって言っていたのだ。
55 :風の中の愛理 :2013/07/04(木) 21:01
デビュー3年目のBerryz工房は、あたし達℃-uteのはるか前を走っていた。
雅ちゃんも桃ちゃんもBerryzの人気の中心だったから愛理のプレッシャーも相当だったんだと思う。
ZYXに入れなかったときはあんなに悔しがってたのにBuono!のときは何で自分が選ばれたんだろうと
まるで入りたくないとでも言ってるみたいだった。
そしてあの二人とはきっと性格が合わないと顔合わせの直前まで言っていた。

それがいざ始まってみればBuono!の愛理は年上の二人に支えられて快調にスタートした。
56 :風の中の愛理 :2013/07/04(木) 21:03
Buono!はベリーズと℃-uteの混成チームだからBuono!についていろんな気持ちを抱いているベリキューのメンバーも多いと思う。
もしかしたらBuono!にメンバーをとられると思う人もいるのかもしれない。
でもあたしはそうは思わなかった。

℃-uteに卒業が相次いでごたごたしたとき、愛理はテストがあるとか学校行事があると言って
何かと学校の方に逃げがちになっていた。
℃-uteもメンバーが少なくなって各自の役割をも変わった。

でも雅ちゃんも桃ちゃんも愛理を℃-uteの鈴木愛理じゃなくキッズの時と同じ目線で愛理と接してくれたように思う。
だから愛理はずっと二人の妹みたいな存在でやってこれた。
℃-uteで苦しいとき、Buono!の存在があることで愛理をアイドルの世界へと引き戻してくれたように思う。

Buono!は愛理の支えになってくれたし、Buono!でめいいっぱい楽しげに話してる愛理を見て
Buono!があって本当によかったとあたしは思っていた。
57 :風の中の愛理 :2013/07/04(木) 21:05
だからあたしはBuono!のライブはどうしても行ってみたい。
℃-uteでの試練を乗り越えた愛理がどんなパフォーマンスを今度はBuono!で見せるのか見てみたい。
あたしはワクワクするような様子で楽しそうにライブの準備に集中している楽しそうな愛理のブログ読んでそう思った。

よし。
今度都合つけて絶対行こう。

そう思ったあたしは急に早足になって家に向かう。
思い立ったらぐずぐずなんかしてられない。
途中から小走りになってあたしは、ついに走り出して家の前までたどり着くと、
ただいまと言いながら玄関のドアを開いて階段を一気に駆け上がっていく。
58 :風の中の愛理 :2013/07/04(木) 21:06
二階の自室に駆け込んだあたしは、大急ぎでスケジュールを確認した。
2月にあるBuono!ライブは℃-uteもハロープロジェクトのライブツアーが終わっているから
比較的都合のつきやすい時期だった。

思い立つとすぐに行動してしまうあたしはもう完全にBuono!ライブの初日を見に行くつもりになって愛理にメールしていた。
愛理からはすぐに返信があって、来てくれてうれしいということと、初日は梨沙子も見に来てくれるということが書かれていた。
59 :ES :2013/07/04(木) 21:07

今回の更新を終わります。
60 : :2013/07/05(金) 14:25
めっちゃキュンキュンです これからも楽しませてもらいます
61 :TOY :2013/07/10(水) 21:32
中島さんが、新鮮です。ギャグによく使われるけど、本当の中島早貴はこんなんなんだろうなと思いました。
この頃の愛理とBuono!、愛理と舞美の関係ってこんな感じだったなぁと懐かしくなりました。
今じゃ考えられないなぁ。
梨沙子がでてきましたね。次の更新が楽しみです。
62 :ES :2013/07/11(木) 20:49
♂さん
レスありがとうございます。萌える作品目指しまするm(_ _)m

TOYさん
レスありがとうございます。中島さんはいろいろ見て考えるほど
魅力的な人ですけど、なかなか小説にするのは難しい。。でも
見当はずれじゃなかったみたいでよかったです!
これからもよろしくです。
63 :風の中の愛理 :2013/07/11(木) 20:51
梨沙子かあ。

「Berryz工房の菅谷梨沙子」

梨沙子は愛理や雅ちゃんと仲がいいのは分かっている。
だから見に来るのも当然納得できた。

ただ正直梨沙子とはあまり話したことがなかった。
梨沙子はもちろんキッズの時から一緒だったし
ガーディアンズ4というユニットも一緒にやっていた。
けどそこまで交流があったわけではない。

梨沙子はとにかく可愛いというイメージしかなくて
話した印象が全くなかった。
でもこれは梨沙子がというよりあたしの方に問題があるのは間違いない。
64 :風の中の愛理 :2013/07/11(木) 20:52
人見知りでヘタレなあたしは、℃-ute以外のメンバーとは仲良くなれない。
Berryz工房なんてキッズ時代から一緒なんだから
幼馴染みたいになっててもおかしくはないかもしれない。
けど何故かBerryzのメンバーともあたしは距離を感じていた。

同期のBerryz工房がそんな状態だから、他のモーニング娘。のメンバーにいたっては
話しかけることもできなくて会話すらほとんどしたことがない。

だから同期の梨沙子が苦手だというよりあたしにとって
℃-ute以外の全メンバーの距離感は、ほぼ同じようなものだった。

あたしが「梨沙子に会って話すのは緊張する」と愛理にメールすると
「りーちゃんは優しいから大丈夫」と笑いマークをつけて返ってきた。
65 :風の中の愛理 :2013/07/11(木) 20:56
お正月が過ぎてしばらくあたしは絶望的な気分でいた。
さすがに「絶望的」というのは大げさかもしれないけど、
やっぱりあたしはあたしなんだなと思った。

結局ハロプロのお正月ライブでは、新しく入ってきた
モーニング娘。の9期メンバーに顔を合わせることも挨拶すら出来なかった。
周囲から「携帯のメアド交換した」とか「話しかけてみたら意外とおもしろい子」
だったとかいう声が聞こえてくるとあたしは、うらやましくて憂鬱になる。

「だから怖いんだよ。なっきぃは」

楽屋で舞が傍から言った。

あたしは後輩や知らない人がいるところだと
緊張してすました顔をしてしまう。
それが周りからは怖く見えるらしい。
66 :風の中の愛理 :2013/07/11(木) 20:58
「後輩から話しかけることなんて普通できないんだから
 こっちからしゃべるしかないじゃん」

年下の舞に諭されるように言われた。

「もういい。あたしは誰とも仲良くなれなくていい」

あたしは自暴自棄になってテーブルに頭をくっつけた。

「ほら。そうやって投げやりなこと言う・・・」

舞が傍に立って困った子でも見るようにあたしを見下ろした。

「無理だよ。だってBerryzの子でも緊張すんだよ」

「は?だってさすがにBerryzは長い付き合いじゃん」

舞が一瞬驚いた顔をした。
67 :風の中の愛理 :2013/07/11(木) 21:01
「そうだけど。みんなあの頃の子供のままじゃないじゃん。
 アイドルだしそれなりの態度で接しないとやばいかなとか思って」

あたしは言った。
入った頃はみんなただの子供だった。
でもどんどん成長して、しかもみんな人から見られる仕事をしてる。
ファッションも見た目も芸能人のオーラに包まれて、
おいそれと話しかけることはできなくなってしまった。

ヘタレななかさきちゃん時代は脱出したように思ってたけど、
人見知りと緊張するところはまだまだ変わりきれてないらしい。

「Berryzねえ。確かに舞もそこまで仲よくなれてるわけじゃないな」

呆れられるかと思ったけど舞は少しだけ理解を示してくれた。
68 :風の中の愛理 :2013/07/11(木) 21:04
「あたしだって距離をおきたいとか思ってるわけじゃないんだけど」

あたしは正直な気持ちを言う。

本当はみんなと一緒に騒ぎたいしはしゃいでる自分のほうが好きだ。
愛理は親友が梨沙子だし、舞美ちゃんは千奈美ちゃんと仲がいい。
だからこの二人はBerryz工房と距離を縮めたいなんて
願望もたなくていいからうらやましい。

「なっきぃはBerryzだと誰と仲良くなりたい?」

そんな聞かれ方をすると同性なのに誰か狙ってる子を
聞かれてるようで少し恥ずかしい。

「うーん。梨沙子とか雅ちゃんとか?」

あたしは愛理の周辺にいるBerryzのメンバーをあげた。
舞が納得の表情を浮かべる。
69 :風の中の愛理 :2013/07/11(木) 21:07
「今度ご飯でも一緒に行けたらいいけど」

舞が真面目な顔をして言った。

「誘いにくいよね」

あたしは自分からだいぶ遠い距離にいる二人を想像して言った。

「だね」

舞もそう言った。
アイドルってだけでこうも距離を感じさせるものなのかと
あたしはため息をついて思う。

何か思春期の初々しい初恋みたいだ。
でも勇気をもって一歩っていうのも大切なのかもしれない。
70 :風の中の愛理 :2013/07/11(木) 21:11
結局ハロコンが終わってBuono!のライブツアーが始まるまで
急に誰と親しくなるでもなく、あたしの身辺には何の変化もなかった。
というか何もしなかったので当たり前の結果だとも言えた。

直前まであたしは梨沙子に何か連絡しようか悩んだ。
あたしから「あたしもBuono!見に行くからよろしくね」
とでもメール打てばいいんだろうと思う。

でも普段あたしから梨沙子に連絡することはないし、
最近はほとんど話してもないし「久しぶりだね」
とかつけた方がいいのかもよくわからない。
71 :風の中の愛理 :2013/07/11(木) 21:12
梨沙子が同じ日に見に行くことを誰かから聞いて連絡してきてくれる
という淡い希望を抱いていたが、もう直前になったのでその線はないと思う。

本当の目的は愛理の歌うところを見たいということなのに、
すでにあたしは今すごく人間関係に悩まされている。
それも人間関係の出来ないことに。

あたしが観戦するBuono!ライブの初日、スタッフさんが
関係者用の席を二階に用意してくれた。
℃-uteの他のメンバーはスケジュールが合わなくて
あたし一人が見に行くことになった。
Berryzからは梨沙子が来るというのは風の噂で聞いたが、
他のメンバーが来る話はなかったから多分Berryzも梨沙子一人なんだと思う。
72 :風の中の愛理 :2013/07/11(木) 21:14
梨沙子って天真爛漫ですごく無邪気な子ってイメージがある。
愛理も何も考えずにはしゃいでるだけのことも多いから
その点が二人が波長の合うところなのかもしれない。

それに梨沙子の周りは雅ちゃんとか愛理みたいな人気があって
華やかな人たちがお似合いだ。
そんな風に考えるとあたしとはきっと話が噛み合わないんだろうなあと
沈んだ気分になる。

歌やダンスや人気の面で愛理をうらやましいと思うことは多くあったけど、
梨沙子との関係でも正直愛理がうらやましい。
73 :風の中の愛理 :2013/07/11(木) 21:17
あたしが悶々と過ごしている間、あっという間にその日はやってきた。
あたしはもうだいぶ早い時間帯に家を出た。

℃-uteじゃないところで愛理に会うのは何だか緊張するし、
雅ちゃんに会うのはもっと緊張すると思った。
ももちゃんはまだいじられキャラだし大丈夫かもしれない。

ベリキューでこんなことを悶々と考えるのはあたし一人かもしれない。
Buono!に会うこと自体あたしにとってはプレッシャーだった。
あたしは三時から始まるライブなのにお昼すぎには会場に着いていた。

風はなかったが真冬だけあってちらほらと雪が舞っている。
そのせいで見渡すとあたりは真っ白な霧に包まれたように白くかすんでいた。
74 :風の中の愛理 :2013/07/11(木) 21:19
会場周辺に目立つものがないせいか、雪の色そのままの空と
周囲のビルが溶け込むように同じ色をしている。
かろうじて黒っぽいライブ会場の建物だけがやっとの思いで
そこにあることを示していた。

すでに集まり始めたBuono!のファンの人たちが熱気を内に込めている。
ファンの人たち盛り上がりすぎて風邪ひかなきゃいいけど。
まさかこの雪で電車が止まることはないよね。
あたしはそんな心配をしながら楽屋に向かった。

三人はもう会場入りしているはずだった。
詳しいスケジュールを確認していいなかったので、
ゲネプロや最終確認で会えない可能性もあったが
それでも時間ギリギリに行くよりもましだ。
75 :風の中の愛理 :2013/07/11(木) 21:21
楽屋に入ると三人は昼食休憩をとっているところだった。

「あ、なっきぃ早いね」

愛理があたしを見て手をあげた。

「みんなお疲れ様でーす。応援に来たよ」

元気よく言ってあたしは持ってきたシュークリームの差し入れを見せた。

「わあ、なっきぃありがとう!」

そう言って雅ちゃんが駆け寄ってきてくれる。

「なっきぃ、これ可愛いじゃん」

雅ちゃんがあたしが着ているチェック柄のコートを見て褒めてくれた。
その黒目の奥にわずかに灯る1点の火が
たちまち雅ちゃんのキラキラした表情を作り出す。

「え、そうかな。ありがと」

雅ちゃんの可愛さにあたしは息が止まりそうになった。
76 :風の中の愛理 :2013/07/11(木) 21:23
「みんな、頑張って」

威勢良く言うあたしがどんなに緊張してテンパっているか、
きっと雅ちゃんと桃ちゃんには分からない。
もしかしたら愛理は何か気づいているかもしれない。
いや普段何も考えてない愛理のことだからあたしの細かい反応
なんてきっと分からないだろう。

「なっきぃ何色のサイリウム使うの?」

ももちゃんの質問にあたしはにやけてさっと緑と赤のサイリウムを取り出した。

「もうー」

ももちゃんがふくれっつらをする。

「さっすがなっきぃ」

雅ちゃんが言ってくれてだいぶ場に打ち解けることができた。
愛理はというとあたしが来たというのに少し奥に引っ込んだところに座っている。
77 :風の中の愛理 :2013/07/11(木) 21:24
「あの、梨沙子は?」

あたしは愛理を見て言った。
愛理は首をかしげるとよく分かんないという表情をした。

「梨沙子はギリギリになんないと来ないと思うよ。
 待ち合わせしてんの?」

雅ちゃんがそう言うとあたしはブルブルと首を横にふった。

その後三人は最終の打ち合わせがあるため、あたしは応援席に移動した。
愛理とは緊張してるせいかあまりしゃべれなかったなと
あたしは後になって後悔した。

℃-ute同士だから愛理も遠慮したのかもしれない。
いろんなことを考えながらあたしは席についた。

関係者席は二階で、まだ開場が始まってないせいで階下には誰もいない。
時々スタッフさんが配線や照明のチェックに走り回る姿が見えた。
78 :風の中の愛理 :2013/07/11(木) 21:27
梨沙子と何を話したらいいんだろう。
無言が続いたらやだなあと思いながらあたしはきょろきょろと
あたりを見回していた。

梨沙子だからやっぱりファッションとかメイクの話か。
あたしも興味はあるけど全然傾向が違う感じがする。
噛み合わなかったら微妙な空気になりそうだ。
まあそれでも何か共通の話題でもあればいいのかもしれない。

これを機会に仲良くなれたら二人でご飯行けたりするのかなとか
あたしは普通にBerryzのメンバーに会うだけなのに、
やたら大げさに考えてしまっていた。

ふとステージを見ると愛理がひょっこり姿を現すのが見えた。
そのうち横から雅ちゃんと桃ちゃんも出てきて会場の
端から端まで見渡すように見ている。

あたしの視線は愛理に釘付けになった。
近い距離でいるときはいつもいっしょで慣れてる愛理のよりも、
あたしは雅ちゃんや桃ちゃんとうまく話そうと立ち回るのに大忙しだ。
でもこうやって遠くから見ると愛理を一番見つめてしまう。
79 :風の中の愛理 :2013/07/11(木) 21:30
Buono!のスタッフさんもステージに出てきて
最終の打ち合わせらしきものを始めていた。

今回はマイクスタンドをもってパフォーマンスをするので
ぶつからないように距離を確認している。

「ここはこうした方がよくないですか?」

わずかに愛理が話してる声があたしのところまで届いた。
三人の中で愛理が一番自分の意見を主張しているように見える。
真剣にスタッフさんと話をしている愛理の表情を見ると
もう完全に子供の時代を脱ぎ捨てて新しい段階に進もうとしている
愛理をはっきりと感じた。

あたしの方は−。
引っ込み思案だしその場を取り繕う癖が抜けないから
適当に元気そうに返事してなんでも終わらせてしまいそうな気がする。
大人といえば大人なのかもしれないけど
あたしの方がまだまだ課題は多いように思う。

「なっきぃ」

その時自分を呼ぶ声がしたからびっくりした。
特徴的な声のせいでそれが梨沙子だとすぐに分かった。
80 :ES :2013/07/11(木) 21:31

今回の更新を終わります。
81 :風の中の愛理 :2013/07/18(木) 17:18
「あー。りーちゃん」
意外にも自然に声が出せたと思った。
梨沙子はあたしを見るとにこりと笑った。
梨沙子が親しげに接してくれてほっとしたのと
うれしいという気持ちが同時に起こってこっちも
思わず笑顔になる。

「早いね」

そう言いながら梨沙子はあたしの隣の席に座った。

会場が薄暗いせいで梨沙子の顔は輪郭だけが仄かに見える。
シルエットのように見える睫毛の下にすっと通った鼻筋に白い頬が
浮かび上がっていた。

一目見ただけで完璧な美少女だと分かってしまう。
梨沙子といると何か日本人離れしたおとぎ話の世界にでも
自分がいるように錯覚した。
82 :風の中の愛理 :2013/07/18(木) 17:20
「どうしたの?あたしの顔に何かついてる?」

「うんっいいや。何でもないよ」

あたしは笑って首を横にふった。

「ずっとメールしようかと思ってたんだけどね。
 ついしそびれちゃって。なっきぃだから大丈夫かなって思って」

梨沙子は暗がりでもはっきり分かるくらいまじまじと
あたしを見つめたかと思ったら、急に切ない顔をして
あたしから視線を外した。

「へ?」

あたしは「大丈夫」って言葉の意味が掴めなかったのと
梨沙子の横顔に見とれてしまったのとで適当な言葉が出てこない。
83 :風の中の愛理 :2013/07/18(木) 17:22
「なっきぃならさ。よく知ってるし事前にメールなんかしなくても
 だいじょぶかなって。ごめんね」

梨沙子はそっと舌を出すような感じで言った。

「あ、あたしもさ。メールしようかと思ってたんだけどね。
 愛理からもう連絡来てるかなって思って。
 りーちゃんて愛理と仲いいでしょ?」

あたしは梨沙子が答えるのも待たずにとりあえずぽんぽんと話し出す。
緊張するとこっちから何でもしゃべってしまう。
いつもの癖だ。

「でもりーちゃんは雅ちゃんとも仲いいよね」

「うん。Buono!のメンバーとは仲いいよ。約1名を除いてね」

それが桃ちゃんのことを言ってるのはすぐに分かった。
梨沙子がすました顔で言ったからあたしは思わず笑ってしまった。
84 :風の中の愛理 :2013/07/18(木) 17:24
なっきぃ、昔とイメージ変わった」

梨沙子が柔らかく頬をふくらませて言った。

「そうかな」

言いながらもあたしは何を言われているのかは大体分かる。

「前はすごく大人しいイメージだったけど。
 今はよくしゃべるし明るくなった。
 あ、ごめんね。何か上から目線かな」

「ううん。そんなことないよ。なかさきちゃん時代長かったからね」

引っ込み思案でまだまだヘタレな部分は変わらない。
85 :風の中の愛理 :2013/07/18(木) 17:26
でも弾けてたいし、もっとぶっちゃけたところも出していきたい
という欲求があたしにはあった。
そういう意味では今の性格の方が前向きになれそうな気がしていた。

梨沙子とは原宿でよく行く店の情報を交換し合ったり、
一緒にご飯を食べに行く約束までしてライブが始まるまでの間
盛り上がった。

近寄りがたいイメージっていうのは完全にあたしの思い込みだった。
何かの拍子に急に遠慮がちになったりする梨沙子は男の人から見たら
小悪魔みたいなのかもしれないけど、
逆にあたしから見たら隙だらけでつかまえやすい感じがした。
86 :風の中の愛理 :2013/07/18(木) 17:28
館内にはいつの間にかたくさんの人が入っていた。
ざわざわと低い音と時々メンバーを呼ぶ声が木霊して
ライブ前の緊張感を伝えてくる。

あたしはまるで自分がこれからステージに立つみたいな気がして
鼓動が高鳴る。

赤と緑とピンクのサイリウムがチラホラと見え始めた。

「りーちゃんは、何色で応援するの?」

あたしがそう聞いたときにはすでに梨沙子は雅ちゃんの
赤色のサイリウムを握りしめていた。
あたしはそれを見て思わず苦笑した。

「なっきぃは?」

「あたしは一応℃-uteの代表だから」

照れなのか強がりなのかよく分からないけど、
あたしはそう言いながら愛理の黄緑色のサイリウムを見せる
87 :風の中の愛理 :2013/07/18(木) 17:30
「まあでも一応三色分持ってきてるよ」

あたしは他に雅ちゃんの赤色、桃ちゃんのピンクを見せる。
律儀なのかどうか分からないけどあくまで表向きは
Buono!の三人を応援しに来ているのだ。

「そうなんだ。あたしは赤しかもってきてないけどね」

梨沙子は当然のようにさらりと言い切った。

「分かりやすいなあ。りーちゃんは」

あたしはうれしくなって笑って言った。
88 :風の中の愛理 :2013/07/18(木) 17:32
同時にそんな雅ちゃん一筋の梨沙子を愛理や桃ちゃんは
どう思うんだろうと考えた。
でもあの二人は本気で梨沙子に
「みやだけじゃなくあたしのことも応援してよ」
なんて思ってはいない気がする。

桃ちゃんは見た目よりも中身がずっと大人だし、
愛理はメンバーに対しては一定のクールさみたいなものを持っていて、
ファンとメンバーとははっきりした区別をしていそうだった。

さっき梨沙子と話した時も歌やハロプロの話題に愛理の名前が
意外に出てこない。
プライベートでは仲がよくても仕事上の関係は
案外そうでもないのかもしれない。
89 :風の中の愛理 :2013/07/18(木) 17:34
「愛理と仲がいい子」
 
あたしは梨沙子をずっとそんな目で見てきた。
あたしは、昔から愛理のことが好きだったから
愛理と仲がいい子が正直うらやましかった。

愛理ともっとたくさん話したいと思っても何となく
愛理とは波長が合わない気がしてしまって、
あたしが話しかける相手はいつも栞菜や千聖だった。

そんなあたしは愛理と仲がいい子と仲がよくなることで、
何となく自分を満足させてきたように思う。
℃-uteで言えば特に栞菜がそうだった。
愛理といつも一緒にいる栞菜はあたしと愛理の架け橋みたいになってくれた。
90 :風の中の愛理 :2013/07/18(木) 17:35
そして同じように愛理と仲がいい子が梨沙子だった。
梨沙子はそれこそキッズが結成された頃からずっと
双子みたいに愛理と一緒にいた。

だから栞菜と同じであたしにとっては長い間ずっと気になる存在だった。
でも栞菜と違って梨沙子の方はBerryz工房というお姉さんグループに
がっちりと守られたお姫様みたいで簡単には近づけなかった。

でも長い時間がそれを許したのか梨沙子は今、
簡単に手が触れられるぐらい近い距離にいる。
そのこと自体があたしをとても不思議な気持ちにさせた。
91 :風の中の愛理 :2013/07/18(木) 17:39
梨沙子はまっすぐにステージ上の一点を見つめている。
その先にはまだ登場していない雅ちゃんの姿が
梨沙子の瞳を通して伝わってくるようだった。
赤いペンライトを握りしめて祈るように見つめる
梨沙子の表情はとても真剣で。

それでも赤く燃えるような目つきでステージを見つめる姿は
まるで本当に恋をしているようだった。

そのとき、青白い光線がスクリーンに映し出された。
同時にBuono!の曲「GOAL」が流れ始める。
ステージに現れた三本の光の筋の中、
中央に愛理の姿が見える。

続いて両脇に雅ちゃんと桃ちゃんの巨大な画像が映し出された。
でもまだその姿は舞台上に映る映像の中の世界だ。
92 :風の中の愛理 :2013/07/18(木) 17:41
こうやって観客席にいると愛理が遠い人のように思える。
自分が愛理の仲間でもチームメイトでもなく、
一度も話したこともないただの「鈴木愛理のファン」で
こうやって愛理を応援しに来ている。
自分のことをそんな風に思った。
思わず隣の梨沙子を見ると呆気にとられているように
口を半開きにしてステージを眺めている。

自分がステージに立つときは圧倒的なパフォーマンスで
ファンを虜にするくせに今の梨沙子は初めてライブに来た子供みたいだ。
あたしはその時、あたしなんかよりずっと可愛くてずっとすごい人だと
思ってきた梨沙子に初めて親近感というか親しみを感じた。
93 :風の中の愛理 :2013/07/18(木) 17:43
三人が本格的に登場して、もうそれからあたしは、
一瞬も我に帰ることも隣の梨沙子を気にかけることも出来なかった。
ただライブに釘付けになって愛理の歌声とパフォーマンスに
吸い込まれていった。
梨沙子もきっと同じだったと思う。

ライブ中あたし達は一言も会話を交わさなかった。

愛理はどうやって普段の性格からは考えられないような
攻撃的な表情を出せるんだろう。
普段はおっとりしていてロックと愛理は一番遠く離れた存在のはずだったのに
今の愛理はガールズバンドのボーカルそのものだった。
そして、ファンへの煽りも℃-uteの比じゃない。

「もっと!まだまだ!」

繰り返す愛理の声はアイドルの領域なんて遥かに超えてしまっている
ように見えた。
94 :風の中の愛理 :2013/07/18(木) 17:45
もはやここまで潜在性を秘めたメンバーと一緒のグループを
組んでいることが怖くなる。
それでもあたしは愛理を見つめて黄緑のサイリウムを振り続けた。

上から見ていると緑と赤とピンクに彩られた会場は本当にきれいだった。
歌割りに合わせて三色が素早く入れ替わり歌とサイリウムがきびきびと
アップテンポのリズムを刻む。

愛理が歌うときはその瞬間だけ、音に合わせて
突然現れた蛍の大群みたいに黄緑色が全体を包み込んだ。
あたしはその動きに完全に見とれていた。
95 :風の中の愛理 :2013/07/18(木) 17:46
「なっきぃ?」

梨沙子に耳元で言われてようやくあたしは我に返った。
梨沙子が目をぱちくりさせてこっちを見ている。
気がついたらアンコールも終わってファンのみんなも
帰り始めているときだった。

「ああ、もう終わっちゃったんだ」

あたしは思わず言った。
すると何故か梨沙子はあたしを見てクスクス笑っている。

「なっきぃって何か愛理に似てる」

「え?愛理に?」

梨沙子にそんなこと言われるなんて思ってもみなかった。
96 :風の中の愛理 :2013/07/18(木) 17:48
「何かに集中すると周りが見えなくなるところ」

「えー?そうかな?」

完全にライブに夢中になっていたあたしは
「確かに」とそう思いながらも少し大げさに否定してしまった。

でも梨沙子はそんなあたしをじっと見ている。

「でもいいと思う。だって何か目がキラキラしてたし。
 可愛いって思った」

梨沙子の方が可愛いつぶらな瞳でそう言うから
こっちのほうがだいぶ恥ずかしくなった。

梨沙子は何かをあげたくなる可愛さとでも言うのだろうか。
妹みたいな存在ともまた違う。
梨沙子はあたしなんかよりよっぽど大人っぽかった。
97 :風の中の愛理 :2013/07/18(木) 17:49
「ちょっとあたしにそんなこと言っても何も出てこないよ。
 今日は差し入れのシュークリーム以外何ももってきてないし」

あたしは笑いながら言う。

「別にそんなつもりで言ったんじゃないよ」

梨沙子は少し不服そうに笑った。
98 :ES :2013/07/18(木) 17:49

今回の更新を終わります。
99 :風の中の愛理 :2013/07/25(木) 20:54
「そうだ。あたしシュークリーム早く持ってかないと」

あたしは差し入れを配るという大事なことをようやく思い出す。

「来たときに渡さなかったの?」

「うん。終わってからの方が何となく喜ばれるかなって思って」

あたしは答えた。

「生ものだったら早く持っていったほうがいいよね。
 終わってすぐだったらスタッフさんにも配れるし」

梨沙子が席から立ち上がって言った。
あたし達は関係者用の入口に向かった。
100 :風の中の愛理 :2013/07/25(木) 20:55
「りーちゃんは?何か持ってきたの?」

「あたしは・・・食べ物じゃないから後でいいよ」

梨沙子は歩きながらバッグから赤いリボンがついた
小物を取り出した。
それはまるで誕生日に送るプレゼントみたいにきれいに
ラッピングされていた。

バッグの中には他に黄緑色とピンク色のリボンのものが
大事そうに収められている。

「へえ。可愛い」

「三人へのメッセージも書いたんだ」

梨沙子がはにかみながら笑った。

梨沙子が手に持った透明なフィルムから
手紙らしき可愛い封筒がのぞいている。
101 :風の中の愛理 :2013/07/25(木) 20:57
「すごいな。りーちゃん」
あたしは完全に負けたと思った。

手紙まで書いてくるなんて。
ライブの差し入れにここまで力をかけるという発想が
そもそもあたしにはない。

食べ物だけさっと置いて帰るあたしと梨沙子の違いは
歴然だろうなとあたしは思う。
まあ相手が梨沙子だ。
負けてもしょうがない。

そう思いながら二人で関係者専用の廊下を歩いていると、
梨沙子が急に何かを思い出したように振り返った。

「なっきぃ、先に行って渡してて。あたし、ロッカーから荷物取ってくる」

梨沙子はそう言って小走りにかけて行った。
102 :風の中の愛理 :2013/07/25(木) 20:58
「うん」
あたしはうなずいたものの今度は一人で行くことの抵抗が
一気に膨れ上がってきた。
梨沙子との差し入れの違いを指摘されるより、
一人で行くことのほうがよっぽどあたしにとっては気まずい。

さっき三人に会ったばかりなのにあたしときたらいつもこれだ。
スタッフさんがたくさんいるところだと緊張するけど
メンバーだったら大丈夫とみんなよく言っているが
あたしに関しては全く逆だ。

スタッフさんは基本お世話になる大人の方なので、
挨拶してよろしくお願いしますと言えばよかった。

でもBerryzのメンバーにはそうはいかない。
さっきの梨沙子みたいに自然に話せるとも限らないのだ。

あたしは気まずい空気を察知するとそこから逃げるように
勝手に喋りだす。
その姿を後から客観的に思い出すととてもぎこちなくて嫌だった。
103 :風の中の愛理 :2013/07/25(木) 21:00
でもとにかく行くしかない。
先に行ってと言われた以上梨沙子を待ってるわけにも行かないし、
梨沙子が後でちゃんと差し入れを渡すタイミングもきちんと
とってあげないといけない。

それなら出来るだけさっさとシュークリーム渡して
スタッフさんにも配っておきたい。
あたしは小走りでBuono!の控え室に向かった。

「あ、なっきぃ?」

突然愛理に呼び止められてびっくりした。
走り始めてすぐのちょうど廊下の曲がり角のところで愛理がいた。
横に雅ちゃんも桃ちゃんもいる。

「おおっと。三人発見」

あたしはそう言ったけど三人が見つかって内心ほっとしていた。
104 :風の中の愛理 :2013/07/25(木) 21:03
「なっきぃ、今日は来てくれてありがとー」

そう言って珍しく愛理から抱きついてきた。
愛理の顔は高揚して赤くなるとさらに可愛さが増す。
まだ興奮が冷めない愛理の表情がライブの後の熱気を
伝えてきていた。

「みんな、すっごい良かったよ」

あたしも愛理に負けないようにテンションを上げて高い声で言った。

「これ差し入れ」

あたしはそう言ってシュークリームの箱を愛理に渡す。

「なっきぃありがとう!」

三人が口々にそう言ってくれてあたしは正直ほっとしていた。
でも雅ちゃんだけが少し不自然に周囲を見回している。
105 :風の中の愛理 :2013/07/25(木) 21:04
あたしはその様子を見てすぐに察した。

「あ、梨沙子なら今ロッカー。荷物預けてるんだって」

「そうなんだ」

やっと雅ちゃんに安心したような表情が戻る。

「あたし、スタッフさんにも配ってくるね」

どうせもうすぐここへ梨沙子も来るんだし。
あたしはそう思って残りのシュークリームの箱をもった。

「なっきぃ、うちら今からミーティングなんだ」

雅ちゃんがそう言った。

「え?じゃあ食べてる時間ないんだ」

慌ただしく移動しようとしる三人を見てあたしは言った。
106 :風の中の愛理 :2013/07/25(木) 21:05
「スタッフさんにはうちらが配っとくよ」

桃ちゃんが冷静にあたしに言った。

「ごめんね。ゆっくり話せなくて」

雅ちゃんが申し訳なさそうに言う。

「全然いいけど。でも梨沙子も差し入れあるって言ってたよ」

「タイミング見て出てくる。控え室で待ってて」

大事なミーティング中にそう簡単にタイミング見て出てこれるもんなのか。
あたしは疑問に思ったけどとにかく雅ちゃんはそう言い残して
三人はそそくさと行ってしまった。
107 :風の中の愛理 :2013/07/25(木) 21:07
梨沙子を探さないと。
あたしはそう思ってロッカーのあるところまで急いで行った。
だけど梨沙子の姿はどこにもない。

あたしは栗色の髪をした美少女の後ろ姿をひたすら探した。
キッズの時代から梨沙子と出会ってからもう10年になる。
だけど梨沙子をこうやって身近な存在として探したことなんて
今までなかったなと思う。

仲が悪いわけじゃなかったけどそんなに関わり合いをもった
ことがなかった。

今までも話すときは「梨沙子」って勝手に呼び捨てで呼んで、
昔から知ってますみたいな妙に馴れ馴れしく話したりするけど、
あたしはそんなに梨沙子のことは知らなかった。

でも今日、梨沙子とちゃんと話して、そして今の年齢になったからこそ、
またもう一度出会えたように思う。

本当にあどけない笑顔であたしに接してくれる梨沙子は
そんなドキドキ感を与えてくれる人だった。
108 :風の中の愛理 :2013/07/25(木) 21:08
「あ、梨沙子、ここにいたんだ」

あたしはBuono!の楽屋に一人で座っている梨沙子をやっと発見した。
まだ差し入れは渡せてないようで机の上にきれいに
三人分が並べられている。

「うん。みやからここで待っててってメールがきたから」

梨沙子は携帯を両手で握り締めるように持っていた。

「そっか。じゃあたしもここで待たせてもらお」

あたしは梨沙子の横に座った。

「なっきぃもまだ渡してないの?」

「いや、あたしはさっき廊下で会ったから。全部渡してきた。
 生ものだから早いほうがいいしね」

「そっか。あたしの喜んでくれるかな」

あからさまに不安な表情を浮かべる梨沙子にあたしは
思わず苦笑した。
109 :風の中の愛理 :2013/07/25(木) 21:10
「そんな梨沙子からもらって喜ばない人がいるわけがないって」

あたしがそう言うと梨沙子の顔から不安の色が少し消えたように思えた。
こういう瞬間的なところで梨沙子はキッズ時代の単純で無垢な感情が
まだ残っていると感じる。

「なっきぃは今日用事ないの?あたしだったらもう大丈夫だよ」

あたしに遠慮してか梨沙子はそう言った。

「ううん。愛理と少し話したいし。もう少し待ってる。
 さっきあんま話せなかったんだ」

あたしはさっきの慌ただしい様子を思い出してそう言った。
110 :風の中の愛理 :2013/07/25(木) 21:12
梨沙子の傍にいることが新鮮だったし、自分の方が年上だし
もう少し近くにいてあげたいと思った。
ただ年上というのは勝手な理由かもしれない。
ベリキューで年齢差なんて気にしている人はいないし、
自分が梨沙子よりもしっかりしてるってこともない。

でも梨沙子は、昔から知ってる友達ともしばらく会ってなかった
親戚の子とも違う。
やっぱり梨沙子はアイドルでBerryz工房の菅谷梨沙子だった。

女同士なのにこのまま離したくないような。
もっと一緒に話をしておかないともう二度とそんな機会が
ないような気がした。

何より梨沙子はじっと見ているだけで幸せになれるような
不思議な魅力が漂っていた。
111 :風の中の愛理 :2013/07/25(木) 21:14
「愛理かあ。なっきぃは℃-uteだもんね」

梨沙子は今さらのように言った。
あたしは梨沙子と愛理がとても仲がいいことを思い出した。
梨沙子にとってはBuono!はきっと本当に身近なグループ
なんだろうなと思う。
雅ちゃんはいるし桃ちゃんはBerryzだし、愛理とは親友だ。
そう思うと梨沙子のことが少し羨ましくなる。
自分はBuono!が結成されたときはベリーズの主力メンバーが入るから、
愛理がBerryz工房にとられちゃうと少し不安だった。

でも梨沙子はBuono!をずっとけなげに応援してきたんだろうなあと
梨沙子の無垢な顔を見ててもそう思う。

「みや、遅いなあ」

その時梨沙子が時計を見上げて言った。
112 :風の中の愛理 :2013/07/25(木) 21:15
少し不安が混じった表情にあたしは何かを感じ取った。
あたしが感じたのはBuono!が結成された時の不安感って
もしかしたら梨沙子も同じように感じていたのかもしれない
ということだった。

あたしが℃-uteから愛理がBerryzにとられるって思ったのは
実はあたしだけじゃないのかもしれない。

「ねえ梨沙子ってさ。Buono!が結成されたとき複雑じゃなかった?」

「複雑って?」

「Buono!に雅ちゃんとられちゃうような気持ちにならなかった?」

こんな時にはあたしは突然でぶしつけな聞き方しか出来ない。
それでも梨沙子は少し遠い目をした後「なったよ」と素直に言った。
113 :風の中の愛理 :2013/07/25(木) 21:17
「でも仕方ないって思った」

「仕方ない?」

「だってあたしはBerryzだけでもいっぱいいっぱいだから。
 二つ掛け持ちで出来るほど器用じゃないし、
 でもみやはそういうこと簡単にやれちゃう人だから」

梨沙子は達観したような表情で言った。

梨沙子は本当に子供のような顔をしていると思ったら
もうその一瞬後には人生の大半は知り尽くしているような
大人の顔をすることもある。

「でもね。あたしみやと一緒に何か新しいユニット組めたら
 楽しいだろうなって思うの。でも絶対無理だけど」

そのときの梨沙子の表情は言葉とは裏腹であくまで子供っぽく
夢を見るような表情だった。

「そんなことないよ」

そのとき突然ドアが開いた。
114 :風の中の愛理 :2013/07/25(木) 21:19
「梨沙子、ごめんね」

そう言いながら雅ちゃんが勢いよく入ってくる。

「みや」

「あ、可愛いじゃん。これ」

雅ちゃんはさっそく梨沙子の差し入れを見つけて言う。
梨沙子が満面の笑みを浮かべるのを見てあたしは心底ほっとした。

「あとねー。これも書いてきたの」

ウキウキするような表情で差し入れの説明をする梨沙子が
何とも言えず可愛かった。

仲良く喋ってる雅ちゃんと梨沙子は姉妹みたいだった。
やっぱりBerryzの仲間ってすごいんだなと思う。

いつも℃-uteは仲が良くて団結力もハローの中で一番あるって思ってきた。
でも℃-uteの仲の良さとBerryz工房は何か違う。
℃-uteは本当にチームとか団結とかそんな言葉が似合う。
でもBerryzはどちらかというと家の中みたいだ。
115 :風の中の愛理 :2013/07/25(木) 21:20
「もも」

梨沙子がドアに向かって手招きをした。
楽屋のドアが少しだけ開いて桃ちゃんが顔だけを覗かせている。

「もも、早く入って」

雅ちゃんがせかすように言う。
桃ちゃんが遠慮がちにおずおずと入ってきた。

「はい。これ差し入れ」

梨沙子から渡されると桃ちゃんは「ありがとう」と普通に笑った。

「愛理は?」

梨沙子が桃ちゃんに聞いた。
116 :風の中の愛理 :2013/07/25(木) 21:22
「一緒に来ようと思ったんだけどさ。
 何かスタッフさんと真面目な話ししてるから抜けてきた」

桃ちゃんは苦笑いして言った。

「伝えてはあるんだけどね。梨沙子が来てるってこと」

雅ちゃんもそう言う。

「やっぱ呼んでこよっか」

桃ちゃんがそう言って席を立とうとする。

「あ、いいよ。いいよ。邪魔したら悪いし」

梨沙子は遠慮してそう言った。
117 :風の中の愛理 :2013/07/25(木) 21:24
確かに仕事のことでスタッフさんと話をしているのをそうそう
中断はできない。
あたしは仕事に対しては常に一途な愛理の姿を思い浮かべた。
きっとそれは℃-uteだろうとBuono!だろうと変わらないのだろう。

そのとき、あたしはふと愛理はBuono!ではどんな存在なんだろうって思った。

℃-uteでの愛理はなくてはならない存在だ。
NO1のアイドルだしセンターだし、でもそれだけじゃない。
℃-uteが味わってきた苦労も悔しさも全部分かってる人だから
℃-uteは愛理の歌についていけるんだ。

でもBuono!も結成してから4年近くになる。
Buono!にもメンバーにしか分からない苦労や
挫折だってあるのかもしれない。
118 :風の中の愛理 :2013/07/25(木) 21:26
「ねえ、愛理ってBuono!だとどんな存在?」

あたしは思い切って聞いてみた。

「うーん。なにげに一番自由だよね」

雅ちゃんからあたしの予想もしてない言葉が出た。

「確かに言いたいこと全部言うしね」

「でも愛理は三人の中で一番ピュアかな。汚れてないっていうか」

「ちょっと。それってあたしが汚れてるってこと?」

桃ちゃんが抗議した。

「当たり前じゃん。キャラ作ってる時点でそうじゃん」

「失礼な」

あたしと梨沙子は雅ちゃんと桃ちゃんのやり取りを
笑いながら聞いていた。
119 :風の中の愛理 :2013/07/25(木) 21:27
Berryzってずっとこうなんだろうなと思う。
Buono!の楽屋だったけどあたしはBerryz工房の中に
自分がいるような気がして何だか楽しかった。

でも愛理もグループが違うと印象がずいぶん違うなと思う。
℃-uteでは愛理は自由とかピュアというイメージはそんなにない。

純粋さで言ったら考え方が昭和入ってるリーダーなんかは
完璧に純粋な感じがするし、
自由さで言ったら千聖は本当に好き勝手にやれてるように思う。

愛理は頭もいいしどちらかというと優等生的なイメージだ。
120 :風の中の愛理 :2013/07/25(木) 21:28
「さてあんまり抜けてると怒られるから戻るね」

雅ちゃんがそう言って席を立った。

「じゃあ梨沙子、また明日ね。なっきぃも今日はありがと」

あたしは急いで首を横にふる。

「りーちゃん、なっきーバイバイ!」

桃ちゃんは作る必要もないアイドルスマイルを見せて出て行った。

楽屋はまた梨沙子とあたしの二人きりになった。
机の上にはきれいに折りたたまれた愛理用の差し入れだけが
残されている。

「愛理戻ってこないね」

あたしが言うと梨沙子は無言でうなずいた。
121 :ES :2013/07/25(木) 21:29

今回の更新を終わります。
122 :名無飼育さん :2013/07/31(水) 04:01
まさになっきぃと愛理だなあ…!
更新楽しみにしております。
123 :名無し :2013/07/31(水) 06:19
更新お疲れ様です。
なっきーの視点を通してみる梨沙子が新鮮です♪
続きも楽しみにしています!
124 :ES :2013/08/01(木) 20:49
>>122
レスありがとうございます!
実際二人の見た感じを文章にするのは難しく。
でも自信になりましたm(_ _)m

>>123
レスありがとうございます!
ベリキューではこれまで絡みのあまりなかったコンビ
ということで。これからどんどんなっきー×梨沙子の関係
も書いてみたいと思います。
125 :風の中の愛理 :2013/08/01(木) 21:05
愛理は雅ちゃん達と入れ替わりに来るかと思ったが
そうでもないらしく、まだミーティングが
長引いているようだった。

時計を見るともう30分以上もあたし達は
ここで待ちぼうけをしていた。

「でもよかったじゃん。雅ちゃんと桃ちゃんには渡せて。
 あたしミーティング中に抜けてこれないんじゃないかって
 思っちゃったけど」

あたしがそう言っても愛理が戻ってこないからか
梨沙子は何だか浮かない顔をしていた。

あたしは楽屋を出て廊下を見渡してみた。
でも愛理の姿はどこにもない。

全くなにやってんだか。
あたしはため息をついた。
126 :風の中の愛理 :2013/08/01(木) 21:07
「しょうがないからあたしもここで待ってる。
 愛理に一言言って帰りたいし」

愛理がいつ来るかなんて分からなかったけどあたしはそう言った。

「本当?ありがとう」

梨沙子の顔にぱっと笑顔が戻った。
それを見てあたしも思わず笑ってしまう。
本当に大人っぽいのか子供っぽいのかよく分からないのが
梨沙子の魅力なのだとあたしは思った。

「全く愛理って気まぐれだから」

あたしはため息をついて言った。
127 :風の中の愛理 :2013/08/01(木) 21:08
「しょうがいないよ。仕事の話で抜けれないのかもしれないしさ」

梨沙子はそう言った。

梨沙子はBerryzの中でもずけずけと物を言いそうだから
遠慮してる様子に何か意外な感じがした。
あたしにとってここにいることはほぼBerryz工房の楽屋
にいるのとほとんど変わらなかったけど梨沙子にとっても
やっぱりBuono!はあくまでBuono!でここはBerryz工房
ではないのかもしれない。

「愛理って真面目だからな。
 ミーティング中に抜けて抜けてこれないのかも」

「確かに」

あたしは同感だった。
128 :風の中の愛理 :2013/08/01(木) 21:10
℃-uteでも愛理はライブに関しては必死になって
少しでもいいライブにしようと頑張る。
その姿勢はきっと℃-uteでもBuono!でも変わらないのだと思う。

でもせっかく梨沙子が来てくれてるのに顔も見せないなんて
ちょっとひどい。

愛理はあたしと違ってこのBerryzの3人とは断然に仲がいい。
あたしみたいにベリーズに会うだけで変なプレッシャーを
感じることもないはずなのだ。

あたしにはずっとそんなじれったい気持ちがつきまとっていた。
そしていつもならここで愛理に対する不満を口に出すことは
とても簡単だった。
でも愛理に対する文句はそのまま親友の梨沙子を責めることに
なりそうであたしはそれを言い出せなかった。
129 :風の中の愛理 :2013/08/01(木) 21:11
あたし達はしばらく梨沙子がよく行っている原宿の
洋服屋さんの話や清水佐紀ちゃんと一緒によく行っている
というよもぎ蒸しの話をしていた。

あたしは出来るだけ愛理のことを話題からそらそうと
料理教室やスポーツクラブのことをしゃべると
梨沙子は楽しそうに聞いてくれた。

そうこうする間にもだいぶ時間がたっていく。

そこでやっとコンコンと楽屋のドアをノックする音が聞こえた。
やっときたとあたしは思った。
「遅いよ。愛理」と言いかけたところで姿を現したのは
桃ちゃんだった。

「愛理来た?」

桃ちゃんがそう言うと梨沙子が首をふって否定する。
130 :風の中の愛理 :2013/08/01(木) 21:13
「まだ来てないの?しょうがないな」

「桃もミーティングしてるんじゃないの?」

「そうだけどあたしこれから仕事だから」

「え?今から?」

あたしはびっくりして言った。
ライブの後に普通に仕事が入ってるなんて桃ちゃんの
忙しさは普通じゃない。

「うん。テレビ局」

桃ちゃんは何でもないように笑って言う。

「愛理しょうがないな。梨沙子来てるって言ったのに」

桃ちゃんはらしくなく下を向いてぶつくさ言った。

「いいよ。もうしばらく待って来なかったら
 また後で渡してもいいし」

梨沙子が言った。
131 :風の中の愛理 :2013/08/01(木) 21:15
「二人ともごめんね。私もう出るから。
 あ、でもなっきぃの差し入れの残り二つ余ってたから
 持ってきた。二人で食べて」

桃ちゃんは責めての罪滅ぼしみたいに二つ残った
シュークリームを机の上に置いて出て行った。
多分スケジュール的にも急いでるんだと思った。

「帰ろうかな」

桃ちゃんが来てしばらくたった後、梨沙子がぽつりとそう言った。

「もう絶対来ない気がする」

梨沙子が気弱そうに言った。

「もう・・・。何考えてんだ。あいつは!」

あたしはついに口に出してしまった。
132 :風の中の愛理 :2013/08/01(木) 21:18
「しょうがないよ。あたし別に約束してたわけじゃないし」

梨沙子はなんだかしょげてうつむいていた。

「でも、雅ちゃんと桃ちゃんはちゃんと来てくれてるのにさ」

あたしは勝手に梨沙子の気持ちを代弁するみたいに言ってしまった。
別に自分が文句を言う立場にないってことは分かってた。
けど何か言わなきゃ愛理に対する気持ちが収まらなかった。

「あ、ごめん」

あたしも言い過ぎたと思って梨沙子を見たら梨沙子は
笑って首をふった。

「なっきぃ、シュークリーム食べて帰ろうよ」

「そうだね」

愛理のことなんてほっておけばいい。
あたし達だけでシュークリーム食べて帰るんだ。
そんな気持ちを梨沙子と共有できたような気がした。
133 :風の中の愛理 :2013/08/01(木) 21:19
外に出るとすぐに真っ暗な空に三日月がぽっかりと浮かんでいた。
ライブが終わってからだいぶ時間がたったからか
ライブハウスの前の通りにはほとんど人通りはない。

通りの向こうはだだっ広い原っぱになっていて
枯れ草がなびいている。

その向こうには突然姿を現したような大都会のビル群や
高架橋に光が当たって青白く輝いていた。

あたし達は駅に向かって歩いた。

「あーあ。待ちくたびれた」

ため息をついた梨沙子の赤いカバンから透明な
フィルムがのぞいている。
134 :風の中の愛理 :2013/08/01(木) 21:21
愛理に渡すはずだった差し入れには緑色の可愛らしい
リボンがついているのが見えた。
手作りで一生懸命用意したに違いない。
それを見ていると、あたしはなんだかものすごく
申し訳ない気持ちになった。

ベリーズの二人はきちんとしてるのに。
これは礼儀というより思いやりの問題なのかもしれないと思った。

「本当ごめんね。梨沙子」

「何でなっきぃが謝るの?」

梨沙子はそう言ったけどあたしは同じ℃-uteとして
何か恥ずかしい気持ちになった。

「何か℃-uteとしてごめん」

あたしがそう言うとその言い方がおかしかったのか
梨沙子は不思議そうに笑った。
135 :風の中の愛理 :2013/08/01(木) 21:23
栗色の髪が揺れて梨沙子の横顔をゆっくりと
風が通りぬけたのが分かった。

目元から垂れ下がる髪の毛が月明かりに照らされて、
まるで1本1本が光を放っているように見えた。
そしてアーモンドをくりぬいたような整った目は
弱い光のなかでもくっきりと見える。

「愛理には会えなかったけどさ。
 でも今日はいいや。なっきぃと仲良くなれたし」

あたしも。
すぐに言いかけたけど梨沙子の様子があまりにも
綺麗だったから、あたしはしばらく梨沙子に見とれていた。
136 :風の中の愛理 :2013/08/01(木) 21:24
梨沙子はまるで妖精みたいだ。
そして梨沙子といると周りの風景まで幻想的な
絵本の中にいるような気がするから不思議だ。

白と黒のライブハウスも街灯に照らされて外国の
お城みたいに古めかしくそこに立っている。
すると魔法でもかかったようにお店にある木製のドアや
レンガがヨーロッパの町のように見えてきた。

電車の駅まであたし達が歩いた距離はほんの少し
だったのかもしれない。

それでもあたしは梨沙子と歩いたそのわずかな時間が
何かとても濃密で不思議な感触を残していた。

そして今までただ愛理の親友というだけの関係だった
梨沙子の存在がとても大きくあたしの中で変化していた。
137 :風の中の愛理 :2013/08/01(木) 21:25

---------------------------------
138 :風の中の愛理 :2013/08/01(木) 21:28
梨沙子と一緒にライブに行ってしばらく経ってから
二人からメールがあった。

愛理には梨沙子がずっと待ってたのに来なかったことを
嫌味っぽくメールで送っておいた。

愛理は別に焦った様子もなく、ついスタッフさんとの話し合いに
夢中になってしまったこと。
そして梨沙子に謝ったら許してもらえたと相変わらず
能天気な調子で返信があった。

梨沙子からはあの日最後まで付き合ってくれたことへのお礼と
愛理にちゃんと差し入れを渡せたことを
律儀にメールで送ってきていた。

梨沙子は見た目だけで言うと髪の色も明るくてずいぶん
軽いイメージに見えるけど性格的にはすごく真面目で
まっすぐな子なんだなと思う。

それに対して愛理は本当に調子がいいというかほぼ何も考えてない。

よく℃-uteは真面目な子ばかり集まってBerryzは自由だと
ファンの人からも言われるけどその日のことだけ考えると
完全に逆なように思えた。
139 :ES :2013/08/01(木) 21:29

今回の更新を終わります。
140 :名無し :2013/08/02(金) 21:06
更新お疲れ様です!
りーちゃん、不思議少女なイメージもありましたが、
可愛くて、ちょっと神秘的で作者様のなっきーと一緒に
新鮮な気持ちで見ています♪
次の更新もお待ちしています♪
141 :ES :2013/08/08(木) 16:45
<<140
レスありがとうございます!
毎回人物描写は苦労してますが自信になります!
更新頑張りますのでまたおつきあいいただけたら幸いです。
142 :風の中の愛理 :2013/08/08(木) 16:47
その日は金曜日だった。
あたしはお休みの日で自分としては珍しくずっと家にいた。
それでグッズ用の書き物やアンケートをやっていた。

本当にありがちでいつもと変わらない一日のはずだった。

でもその瞬間は突然やってきた。
ぐらりと自分も周りも揺れて心臓がトクンと鳴った。
地震だとすぐに分かったけど揺れがなかなかおさまらない。
そしておさまるどころかあたしの部屋は激しく揺れ始めた。

「わあ!!!」

耐え切れなくなってあたしは椅子から転がり落ちた。
まだ揺れは続いている。
143 :風の中の愛理 :2013/08/08(木) 16:48
怖くて体全体ががたがたと震えた。
何か大変なことが起こってるとあたしは感じた。
こんなに激しい地震をあたしは経験したことがなかった。

「早貴?大丈夫?」

下から母が上がってくる声が聞こえてやっとあたしは落ち着いた。

その日に起こったことは一生忘れられない。
たった一日で一瞬で大事なものがたくさん失われて
本当に多くの人が傷ついた。
144 :風の中の愛理 :2013/08/08(木) 16:51
3月11日の前と後で全てがこんなに変わってしまうなんて。
あたしは今起こっていることが信じられなかった。

震災があって数日、電車も動かなくなりハロプロの
イベントもライブも全て中止になってしまった。
幸い℃-uteのメンバーは全員無事だったし、
家族やハロプロの関係でも被害はなく怪我をした人もいなかった。

でもテレビは東北地方の悲惨な被害の状況の話ばかりで
見る度にあたしは暗くなった。
もうテレビやラジオで震災のことを見たり聞いたりするのは
やめようかとも思った。

でも何も出来ないあたしがせめてそのとき起きていることを
知っておかなければならないという気もした。

そして東北にいるファンのことを思うととてもつらくなった。
145 :風の中の愛理 :2013/08/08(木) 16:54
東北には電気もないし物が不足している。
とにかく節約しなきゃとあたしは思った。
家ではいかに節約して過ごすかということばかり考えていた。

原発とか難しいことは分からなかったけど東北では
地震以上にもっと大変なことが起こっていることは
あたしにもよく分かった。

不安なことはあまり考えないようにした。
ただ節約以外に何かできることがあるかと考えたけど
結局何もなかった。
当たり前のようにあった仕事だって何もない。

むしろあたし達の仕事はこんなにたくさんの人が苦しんでいるのに
不謹慎だと思われることだってあるのかもしれない。
何も出来ないし何一つすべきことがないことが本当に歯がゆい。

悔しくて仕方なかった。
あたしは事務所からの連絡をとにかく待つしかなかった。
146 :風の中の愛理 :2013/08/08(木) 17:04
一週間たって周囲の状況がそれなりに落ち着いてきた頃、
℃-uteのマネージャーさんから全員会社に集まるように
連絡があった。

それは震災復興のチャリティイベントを行うための説明会だった。
アップフロント全体で行う企画で事務所に所属している
アーティストは全員集まることになってるみたいだ。

やっと地震で大変な目にあった人のために何かができる。
あたしがこんなにも仕事に飢えていたことは今までなかったと思う。

この話が来た時にまだ具体的に何をやるのかも分からなかったけど
沈んでいたあたしの心にやっと火が灯ったように思った。

ほんの少しのことかもしれないけどあたしにできることが
やっと始まるような気がした。
147 :風の中の愛理 :2013/08/08(木) 17:06
会社に行くために久しぶりに電車に乗った。
人の数はまばらだった。

みんな落ち着いていていつもと変わらない様子に
あたしはほっとしていた。
電車の窓から朝の太陽の光が入ってきてまぶしい。

遠くに真っ白な都心の超高層ビルが見えてきた。
何も変わってない。
東京の街中は建物の被害はほとんど出ていなかった。
それでも電車の中で聞こえてくる話は震災のことばかりだった。
被害にあった人もあわなかった人も日本に住んでいる人は
みんな震災のことが深く刻まれてもう元には戻らない。

こんなに平穏な朝なのに目を閉じるとテレビで見た
真っ黒な津波の映像が思い浮かんで体が震えた。

会社では一番広い大会議室にたくさんの人が集まっていた。
何人かお世話になってる会社のスタッフの方やまことさん達が
来ていたので挨拶しながらどこに座ったらよいのか探す。
148 :風の中の愛理 :2013/08/08(木) 17:09
「中さん」

声の方を向くと先に舞美ちゃんが立っていた。
舞美ちゃんの笑顔には本当に癒し効果がある。
特にこんなときはなおさらだ。
他の℃-uteのメンバーはまだ来ていないみたいだった。

「大丈夫だった?」

「うん」

「家族の人とか・・・」

舞美ちゃんが心配そうにあたしを見る。

「うん。大丈夫」

あたしが二回大丈夫と言ってから舞美ちゃんは元の笑顔に戻った。
149 :風の中の愛理 :2013/08/08(木) 17:11
「なんか学校みたいだね」

舞美ちゃんがそう言ったので少し笑えた。
確かに大会議室は一つの大きな教室のようだった。
ただしそこには年齢とか立場とか全然関係なく、
ハローのメンバーの子がかたまりを作っていたり
会社の偉い人が立ち話をしたりしていた。

「おっはー」

そのうち舞と千聖も元気に到着した。

「あれ愛理は?」

千聖は言った。

「まだ来てない」

あたしは周囲を見渡して言う。
舞はいつもと変わらない様子だったが
千聖は少し元気がないように思えた。
150 :風の中の愛理 :2013/08/08(木) 17:16
舞美ちゃんは二人とも元気そうでよかったと言っていたが
あたしは人のそういう微妙な違いに敏感だった。

広い部屋は暖房はきいていたがひんやりとしていた。
乾燥した室内はなんとなく生気がないようでたくさん
並べられた椅子も机も色がかすれて薄くなっているように感じた。

「おはよう」

その時現れた愛理は何かがぎこちない。
作り笑いのような無理をした笑顔。
いつもと何も変わらないはずなのに一瞬だけ場違いに感じる。
だけどそんなことを感じたのはあたし一人みたいだった。

「家で何してた?」

千聖がいつもと同じように愛理に話しかける。

「ん?暇だった。だってやること何もないんだもん」

愛理はそう答えた。

みんな考えることは同じだという妙な安心感。
℃-uteの5人がそろったことであたしの心配は
少しずつ氷が溶けるように消えていった。
151 :風の中の愛理 :2013/08/08(木) 17:18
時間がきてみんなが席に着いた。
ほとんどがアップフロントに所属するアーティストの方だった。
スタッフさんらしき人も加わって全部で100人くらいは
いるだろうか。

あたし達は何かの講習会に出るように片隅に座っていた。
仕事で人前に出ることが多いけどこんなふうに大会議室で
説明を聞く一人という立場はなんだかこれまでにない気分にさせた。

こんなにたくさんの人が力を合わせたらなにか震災で
辛い目にあった人の力に少しでもなれるだろうか。

でもこの場に集まらなくてはいけないこと自体とてつもなく
悲しいことが起こったからだということは間違いない。
震災の痛みがあたし達全員の心を暗く塞ぎこんでいた。

周囲の人を観察していると、黙っているとみんなの顔は
あっという間に不自然に赤くなっていく。
それはまるで震災の悲惨さをそのまま溜め込んで、
必死で自分の中におさえこんでいるようだった。
152 :風の中の愛理 :2013/08/08(木) 17:20
「がんばろうニッポン 愛は勝つプロジェクト」

あたし達がそこで聞いたのは堀内孝雄さんを中心とした
チャリティーソングと来月山下公園で行うイベントについての
発表だった。

みんなで一つの曲を歌うというのは何だか新鮮だった。
真っ暗闇だった未来にやっと光がさしたような気がした。
この歌を一生懸命歌って被災地の人や聞いてくれる人が
少しでも元気になれるように頑張ろう。

進むべき道が見えたような気持ちになった。
153 :風の中の愛理 :2013/08/08(木) 17:21
「頑張らなくては」
心に刻み付けるように何度も何度も頭の中で繰り返す。
そして自分自身に気合を入れようとした。
でも目標は見えても不安な気持ちは消えない。

自分がいくら頑張っても、こんなにひどいことが起こった
被災地の人を勇気づけたり元気にさせたりできるのかなと
あたしは不安だった。

そのとき会議室に今回の応援ソングの「愛は勝つ」が流れ出した。
あたしが生まれる前の歌なのに何故か古い感じが全然しない。
みんな息をつめたように静かに聞いていた。
154 :風の中の愛理 :2013/08/08(木) 17:23
聞いていると歌詞のフレーズの一つ一つにあたし自身が
慰められているような気がした。

今のあたしの気合なんて誰かのためになるような強い力
ではないのかもしれない。
結局今のあたしだって何か大きな被害にあったわけでもないのに
一人前のようにショックを受けて、そして何もできずに
立ち止まったままだ。

でもそんな気持ちはここにいる全員が同じなのかもしれなかった。

斜め前に座っている愛理がうつむく。
そのつむった目から涙がこぼれ出すのが見えた。
155 :風の中の愛理 :2013/08/08(木) 17:24
説明会が終わってみんな席を立つ。
愛理はまだうつむいて席に座ったままだ。

「何かつらいことがあったらメールして」

リーダーが優しくそう言ってくれた。
愛理の涙と舞美ちゃんの言葉を聞いてあたしはみんな
ぎりぎりなのかもしれないと思う。
体は元気でも心までずっと強く保てるとは限らない。

「愛理」

あたしが呼ぶと愛理はゆっくりとあたしを見た。

「行こ」

あたしがそう言うと愛理は少しだけ笑ってくれたような気がした。

薄曇りが映る窓から聞こえるヘリコプターの音が不気味に
大きくなってきている。
3月の薄い光は張り巡らされた緊張の糸をほぐす力はなく、
弱々しくあたりを包んでいた。
156 :ES :2013/08/08(木) 17:26

今回の更新を終わります。
更新中に緊急地震速報なんて(>_<)
大したことなくてよかったです。
157 :名無し :2013/08/09(金) 16:57
更新お疲れ様です。
震災の日はお昼ということもあって、
メンバーもまさに作者様の書かれる不安があったかも知れないですよね。。。
しみじみ読みました。
次回もお待ちしています。
158 :ES :2013/08/15(木) 14:59

>>158
レスありがとうございます。
当時はライブの中止も相次いだりして本当に大変だった
のだなと改めて思っていました。
159 :風の中の愛理 :2013/08/15(木) 15:01
やっと東京にも春がきた。
でもあたしが毎年経験してきた春とは全然違った。

耳に入ってくるのは震災の暗いニュースばかりだった。
ようやく温かい日差しが入ってきても誰もそんな空気を
感じ取れないみたいだった。
自粛ムードは相変わらずで街中が暗くて息が詰まるような気もする。
逆にそれがもう当たり前のような気もしていた。

℃-uteのメンバーとはまめにメールで連絡はとっていた。
ただし愛理だけはメールの返信がほとんどない。
リーダーからのメールで愛理が震災のことで塞ぎこむまでは
いかないけど少し落ち込んでいることは聞いた。

家族や親戚に何かあったわけではないみたいだった。
160 :風の中の愛理 :2013/08/15(木) 15:03
気にはなったけど前に会社で会ったときの愛理の様子から
何となくそっとしておいたほうがいいように思った。
昔からあたしはそういう人の気持ちにはすごく敏感になってしまう。

震災があった日からもう少しで一ヶ月になろうとしていた。

あたしにとっては少しうれしいことがあった。
梨沙子と結構頻繁にメールするようになった。
あたしがこれまでメールをする相手は℃-uteのメンバーか
地元の友達数人というものすごく限られた範囲だった。

梨沙子のメールの内容は元気にしてるとかこの前話した
服の話とかわざわざメールしなくていいことばかりだった。
でもあたしにはそれで十分だった。
161 :風の中の愛理 :2013/08/15(木) 15:05
梨沙子のメールにはすごく癒される。
あたしのことを気に留めてくれている気持ちがすごく
伝わってくるからだ。

これまであたしはBerryzのメンバーとメールのやり取りなんて
ほとんどしたことがない。
正直あたしはずっとBerryz工房が苦手だった。

だからあたしにはBerryzのメンバーと仲良くできないっていう
変なコンプレックスがずっとあった。
それがBuono!のライブ以来ずっとあたしの前に立ちふさがっていた
壁が溶けていっているような気がした。

周りから見たら10年ちかく一緒に活動してるBerryzのメンバー
とメールするなんて大したことじゃないのにあたしには
すごく幸せなことのように感じた。
162 :風の中の愛理 :2013/08/15(木) 15:06
あたしは梨沙子のメールに癒されながら
買い物を手伝ったりしてチャリティイベントまでの日々をすごした。

あたしはそのイベントから℃-uteとして活動できることを
楽しみにしていた。
でもあたしはその日が近づくにつれて何故か不安な気持ちが
強くなっていた。

あたし達が出来ることは歌を歌うことしかないのは分かっていた。

けど正直そんなことをしていていいのだろうかという
気持ちもあった。
でもそんなことは℃-uteのメンバーにも誰にも相談できずに
あっという間にイベントの日はやってきた。
163 :風の中の愛理 :2013/08/15(木) 15:07
山下公園でのイベントの日は穏やかに晴れていた。
こんなに悲惨なことが起こってももう次の日には
普通の一日がやってきて、
当たり前みたいに春はきて平和な風が流れる。

日常がそんな自然に溶け込んでいることが
あたしには恐ろしく感じた。

久しぶりに歌えるというのに、結局当日までどうしても
気がのらなかった。
自分より苦しい思いをしている人がたくさんいるのに
自分が落ち込んでどうすると思っても、
もう次の瞬間にはため息が出てしまう。
164 :風の中の愛理 :2013/08/15(木) 15:09
あたし達が自粛ムードの中で歌が歌えることは本当は
すごく幸せなことなのかもしれない。
チャリティって震災の被害にあった人のために歌うことだ。

誰かのために歌うって今までそんなにしてこなかったわけじゃない。
ライブやイベントもファンのために頑張ってやってきたという
思いもある。

でも今、それとは全然違うことのように感じる自分がいた。
いつもだったらいくら歌が苦手でもライブやイベントは
絶対に前向きにやれた。

でも今日、歌うためにステージに飛び出していく勇気が
今のあたしにはなかった。

理由はきっと怖いからなんだと思う。
震災の大きな負の力を跳ね返す自信をあたしはもてない。

深く傷ついた人に一緒に頑張りましょうと呼びかける勇気が
あたしにはない。
何か得体の知れない怖さをあたしは感じた。
165 :風の中の愛理 :2013/08/15(木) 15:12
今日あたしの歌は傷ついた人の気持ちに届くだろうか。

集合場所の会社へと向かう電車の中であたしは悶々と考えた。
本物の歌手の仕事って自分のファンでもない人に対して
歌うことできちんと気持ちを届けることだと思う。

だとしたらあたしなんて全然本物なんかじゃない。

「なっきぃ!」

会社の前の集合場所に着くと同時に愛理の声が聞こえた。
愛理は手をふってこっちを呼んでいる。
166 :風の中の愛理 :2013/08/15(木) 15:14
手の動きが幼くて、それでもばたばたと振り回している様子が
とてもおもしろくて元気だった。
あたしと違って愛理はすぐに気持ちを切り替えられることが
できたんだろう。
さすが愛理は℃-uteのエースだなと思う。
なんだかんだ言って愛理が中心にいるから℃-uteもまとまっていられる。
愛理が中心になって一時期一番もめたからよけいそんなふうに思えた。

「愛理、心配したけど元気そうじゃん」

あたしは愛理の傍に駆け寄って言った。
いつもどおり変わらない元気な愛理だった。
167 :風の中の愛理 :2013/08/15(木) 15:15
「心配?」

「だって愛理、会社で集まったとき元気なかったでしょ?」

あたしがそう言うと愛理は急に微妙な表情をした。

「ああ。うん」

「まあいろいろと思うことはあるけどさ。頑張っていこうよ」

あたしは自分が一番出来てないことを簡単に言ってしまった。
人が相手だと簡単に言えてしまう。

「そうだね」

愛理はわざわざあたしに合わせるみたいにうなずいた。

「リーダーは?」

「先に来て打ち合わせ」

愛理は事務所のスタッフさんが集まっているところを
指差して言った。
168 :風の中の愛理 :2013/08/15(木) 15:17
「心配だな。あたしちょっと行って来る」

決してうちのリーダーを信頼してないわけじゃない。
でもこういう大事なときに必ず何かをやらかすのがリーダーの
得意技だしほっとけないのもあたしの性格だった。

「愛理も行く?」

あたしが聞くと愛理はあいまいに首を横にふった。

舞美ちゃんは不思議な人だ。
普通人は成長するにつれてしっかりしてくるはずなのに
舞美ちゃんは完全に逆なのだ。
昔の舞美ちゃんはもっとしっかりしてて、みんなにあれこれ注意して
少し怖いぐらいだった。

それがどんどん天然ボケになっていって性格までゆっくりした
人に変わっていった。

どちらかというと今のリーダーの方が好きだけど、
たまにもっとしっかりしてよと言いたくなることもある。
169 :風の中の愛理 :2013/08/15(木) 15:19
舞美ちゃんがスタッフさんの話を真剣に聞いていた。
思わずあたしは挨拶して横から顔を出した。
でも聞いていたのはバスの号車だけでその他は今までに
マネージャーさんから聞いてる通りだった。

「というわけでよろしく」

「はい」

舞美ちゃんに真面目な表情のままはっきり返事をした。
スタッフさんは話が終わるとすぐに行ってしまう。

「何だ。バスの確認だけかあ」

あたしは拍子抜けして深刻そうな顔をしていたリーダーの顔を見る。

「そりゃ直前になっていろんな変更あったら無理やりでも
 みんな呼ぶよ」

舞美ちゃんはあっけらかんと答えた。
170 :風の中の愛理 :2013/08/15(木) 15:22
あたし達は並んで歩き始めた。
あたりには同じ事務所の先輩の歌手やグループでごった返している。
時々モーニングやスマイレージの後輩が近くを通って手をふった。

「あー。朝ごはん食べ過ぎた」

舞美ちゃんは苦しそうな顔をしてそう言った。
さっきの愛理といい舞美ちゃんといい「元気」なんだなと思う。
自分だけが真剣に落ち込んでいてあたしは思わず苦笑いした。

「しばらくダンスレッスンもないから。体なまっちゃって」

舞美ちゃんはまるで運動選手みたいに首をひねって手足を伸ばす。
完全に戦闘態勢に入っているリーダーを見て
あたしは逆に力が抜けた。

「あたしだけか。こんなにプレッシャー感じてんの」

あたしはうなだれて独り言のように言った。
当然リーダーには何のことやら伝わるはずはない。
171 :風の中の愛理 :2013/08/15(木) 15:23
「うん。緊張するけど頑張るゾ」

舞美ちゃんはいつものガッツポーズをとった。
そうするとスポーツ選手から一気にアイドルの顔になってしまう。
この調子ならリーダーは多分何も問題はない。

「そういえばさあ。愛理、何か変じゃなかった?」

舞美ちゃんが突然言った。

「変て?」

「なんかいつもと違う感じがする」

舞美ちゃんは浮かない表情で言った。

「そう?あたしにはいつもと同じと思ったけど」

さっきの愛理を思い返しても別に不思議なところはない。
むしろ普段より元気な感じさえした。
172 :風の中の愛理 :2013/08/15(木) 15:25
「んー。ならいいんだけど」

舞美ちゃんは納得してないような顔をした。
いつもなら人の心に一番敏感なのはあたしだった。
もっとも敏感すぎて気を使いすぎてうまくいかないことが多い。
でも今のあたしは震災のことで考え込んで人の心の動きが
うまくつかめなくなっているのかもしれない。

「何か気になることあるの?」

あたしは恐る恐る聞いた。

あたしは舞美ちゃんの返答を聞くのが怖かった。
あたしはきっとあるだろう二人の世界に嫉妬している。
舞美ちゃんはあたしの知らない愛理を知っている。
もし舞美ちゃんが今あたしの知らない愛理の姿を話したら
きっとあたしはいてもたってもいられなくなる。
173 :風の中の愛理 :2013/08/15(木) 15:27
「うーん。うまく言葉じゃ言えない」

舞美ちゃんは少し考え込んでから言った。

「それってさ。愛理にとっていいってこと?
 それとも悪い変化なの?」

「悪いかな。どっちかって言うと」

これまで歯切れが悪かった舞美ちゃんが即答した。
背筋にぴゅっと寒い空気が入ってきたような悪い予感がした。

舞美ちゃんが言ってることは案外当たっているような気がする。
それでも舞美ちゃんは朗らかに笑っている。
この人のなるようにしかならないっていう大胆な性格も
あたしにはまったくないものだった。

愛理の元には千聖と舞も来て三人でしゃべっていた。
愛理は普通に楽しそうにしてて舞美ちゃんの言う
いつもと違う感じなんて全くわからない。
174 :風の中の愛理 :2013/08/15(木) 15:28
「愛理、メールたまには返してよね」

「ごめん。ついちゃんとメール打とうと思ってたら
 結局返してないんだよね」

「それか。寝ちゃってるんでしょ?愛理は」

千聖が横から言った。

「りーちゃんにも返してないでしょ」
あたしは梨沙子がメールで愛理にメールしても返ってこないと
言っていたのを思い出して言った。

Buono!のライブのときにわざわざ応援に来てくれた梨沙子を
ほったらかしにして今度はメールを返さないなんて信じられない。

愛理と梨沙子がもし喧嘩したらあたしは絶対梨沙子の
味方になると思う。
175 :風の中の愛理 :2013/08/15(木) 15:30
「あー。みんなから責められる」
愛理は笑いながら頭を抱えてる。
ただどんだけ言われても愛理はファンからも誰からも人気がある。

あたしはそんな愛理にずっと憧れてきた。
改めて思う。
あたしは自分がそれほど有名になりたいとか注目されたい
とは思わない。
でも特別な才能を持った人にすぐそばで出会ってみたいと
ずっと思ってきた。
ハロープロジェクトはいつもそんなあたしの希望を叶えてくれた。

今あたしのすぐそばには「鈴木愛理」という特別な存在がいる。
愛理はとにかく生まれながらの強運と才能に恵まれた
天才だとあたしは確信していた。

そうこうする間に山下公園に出発の時間となった。
何台も連なるマイクロバスはアップフロントのアーティストの
大所帯のようだった。
176 :風の中の愛理 :2013/08/15(木) 15:32
あたし達はさっきスタッフさんに指示された通り
一番最初に来たバスに先頭で乗った。

あたし達が一番奥に座るとあっという間にバスは満員になった。
愛理はあたしの隣に座ってくれた。
あたしが窓際で愛理がその隣。

席に着くとバスの中では一転して愛理は誰ともしゃべらなくなった。
バスの中は会社の先輩歌手さんもたくさん乗っている。
だから騒ぐことなんてとてもできない空気ではあった。
それにしても愛理は静かだった。
千聖なんかはいつものようにうるさくできないにしても
舞とずっとしゃべっていたし、
舞美ちゃんも負けずに会話に入っていた。

あたしは愛理のことが気になっていまいち
三人の会話に入っていけない。
177 :風の中の愛理 :2013/08/15(木) 15:34
愛理は目を閉じて音楽を聞きはじめた。
そのうちうつらうつらと頭が動き始めた。
寝てしまっているのかもしれない。
バスの中は近くの千聖の声や遠くの話し声でにぎやかで
明るい音が響いている。

でもあたしと愛理の間にある空間だけはひたすら静寂だった。
周りの騒々しい音は木霊みたいに聞こえる。
あたしはさっきの愛理がいつもと違うという舞美ちゃんの
言葉を思い出した。
でも愛理がどこでも寝てしまうのはいつものことだ。
分からない。
今日の愛理はいつもと何が違うのか。

悔しいけど舞美ちゃんと愛理の間にはやっぱり強い絆がある。
あたしはキッズから入って自分のことだけで精一杯だった
時期があまりにも長かった。
今ここにいるあたしが舞い降りてくるまでにずいぶんと
時間がかかった。

あたしはもう「なかさきちゃん」じゃない。

あたしも舞美ちゃんのように愛理のことを考える。
舞美ちゃんの頭の中にあることを想像する。
でも二人はあたしのずっと前を猛スピードで遠ざかっていくようで
あたしの頭では追いつくことなんてとてもできない。
178 :風の中の愛理 :2013/08/15(木) 15:35
「あれ、愛理寝てんの?」

あたしの勝手で悲痛な妄想は舞の一言であっけなくかき消された。

「みたい」

あたしは相手にされない不満そうな顔で舞を見た。
舞はあたしの表情から一瞬でそれを察したみたいだった。

「ちょっと愛理」

舞が愛理に向かって手をふった。
それでも愛理は熟睡しているみたいで何の反応もない。
舞はあきらめて千聖と舞美ちゃんとの会話に戻った。
179 :風の中の愛理 :2013/08/15(木) 15:36
バスはもう山下公園の敷地に入っていた。
あちこちに桜の花が咲いている。
でも人が通りを歩いているだけでお花見をしている人は
どこにもいなかった。

「愛理、着いたよ」

あたしは愛理の手を揺り動かした。

愛理はゆっくりと体を動かした。
やっと起きたとあたしが思って愛理と目が合ってドキッとした。

愛理の一瞬開かれた目に涙が滲んでいるのが見えた。
愛理が泣いてる。
そう思ったけど愛理が眠そうに目をふくのを見てやっぱり
眠っていたからかもしれないと考え直した。

でもそれにしてはずいぶんはっきりとした涙だった。
180 :ES :2013/08/15(木) 15:37

今回の更新を終わります。
181 :名無し :2013/08/21(水) 15:44
更新お疲れ様です。
リーダーも気づく愛理の不調。。。心配です。
なっきぃの心労、つらいですね。次回も待ってます。
182 :ES :2013/08/22(木) 14:14
>>181
レスありがとうございます!
なっきぃは心労もありますが、まだまだ語り手
として頑張ってもらいます!
183 :風の中の愛理 :2013/08/22(木) 14:16
「愛理、大丈夫?寝不足?」」
あたしがそう言うと愛理は大きく背伸びをして口に手をあてた。
あたしを見るとふにゃりと笑って首を横にふる。

「おやすみ・・・んみんぜみ」

愛理はそう言ってまた目を瞑って眠る仕草をした。
あたしは即効で愛理の頭をぺしっと叩く。
そんなに心配なんてする必要はなかったみたいだ。

「ほら愛理見てよ。桜が満開」

あたしは窓の外を指差して言った。
184 :風の中の愛理 :2013/08/22(木) 14:18
「ホントだ。あとでブログ用にとっておこう」

愛理は身を乗り出して言った。

「でも誰もお花見なんてさあ。してないんだね。
 こんなにきれいなのに」

愛理が見てきたように言う。
まるでずっと窓の外を見ていたみたいだ。

「まあね。仕方ないよ」

あたしはそう言ったが愛理の言い方は、
さっきからずっと起きていたようにあたしには聞こえた。

「あたし、こんな形でチャリティソング歌いたくなかったな」

愛理は言った。
こんな形?
あたしは愛理が何が言いたいのか分からずに
愛理の大きな目を見つめるだけだ。

「だって大きすぎるよ。地震も津波も」
185 :風の中の愛理 :2013/08/22(木) 14:20
「大きすぎる・・・」

愛理の言った言葉を繰り返して言ってみて
あたしは愛理の言いたいことは何となく分かった。

ちょっとした地震や台風が来て新幹線が止まって
それで大丈夫だった?って心配しあって。

そんなことがずっと続いていたらどんなに幸せだったろうと思う。
愛理が窓から視線を下げてうつむく。
さっきの笑顔は消えていた。

今、愛理のうつろな目がどうにもならない現実を映し出してる。

−でもさ。あたし達ができる事って−

そう言おうとしてあたしは思わず黙った。
186 :風の中の愛理 :2013/08/22(木) 14:22
心の中に浮かんだその言葉が
どうでもいいきれいごとのように思えた。
歌う仕事を前にして自分たちが落ち込んで
どうするなんて思わなかった。

マイナスならそのままでいい。
ずっとネガティブでもいいと思った。
このままあたしは歌う。
あたしが一ヶ月間悩んできて今たどり着いた結論だった。

「確かに大きすぎるよね」

あたしは愛理を見て言った。
あたしはある意味愛理の期待を裏切ったのかもしれなかった。
愛理はあたしに元気出して頑張ろうと言って
欲しかったのかもしれない。
でもあたしにはそれは言えなかった。
187 :風の中の愛理 :2013/08/22(木) 14:25
「がんばろうニッポン 愛は勝つ」

会場にはいたるところに横断幕が掲げられている。
それを何度も見るたび、次第に愛理から明るさが
消えていくのがわかった。

会場まで行く間愛理はうなだれた様子で歩いた。
さっきのあたしの言い方がまずかったのかもしれない。
あたしは愛理の表情を見るたびに悲しくなった。

移動中だから他のメンバーは愛理の様子に誰も気づかない。
あたしだけが愛理を不安そうに見ていて他のメンバーは
会場の移動とか周囲の雰囲気に圧倒されるばかりだ。
こういうところは本当に℃-uteというのは
鈍感な人の集まりだった。
188 :風の中の愛理 :2013/08/22(木) 14:30
イベント自体はベテランの方が募金の呼びかけをした後に
みんなで「愛は勝つ」を歌って終了となった。
それからは募金の呼びかけと握手会だ。

愛理は完全に空元気を振り絞って募金をしてくれるファンに
御礼を言っていた。

あたしは愛理のことばかり気になって自分のことを
すっかり忘れていた。
気づいたら自然と一人一人と笑顔で握手していた。
きっとファンの人の声を聞けたからだと思う。
顔なじみの人も何人もいていつもと何も変わらないように思えた。

あれだけ悩んでいた気持ちは嘘のように
吹き飛んでしまっていたのだ。
大きな地震があってたくさんの人が亡くなった。
でもあたしは生きている。
だからあたしはきっとまた以前と同じようにファンの
人の前で歌えるし踊れると思う。

傲慢かもしれないけどあたしはそんなふうに確信した。
189 :風の中の愛理 :2013/08/22(木) 14:37
愛理の表情はきつく強張っていてやけに丁寧なんだけど
いつもとは全然違っていた。
舞美ちゃんの言っていたことがやっとよくわかった。
愛理は今この瞬間にも地震の被害にあったファンの気持ちを
全部受け止めようとしている。
そんなことは絶対に無理なのに。

純粋すぎるんだよ。愛理は。

あたしは愛理を横目で見ながらそう思った。

帰りのバスでまた愛理は一言もしゃべらなかった。
愛理の様子がおかしいことにはさすがにみんなも
気づいていたと思う。
でも誰も無理に愛理に話しかけようとはしなかった。

「ねえ舞美ちゃん、ちょっといい?」

途中休憩で立ち寄ったパーキングエリアであたしは
舞美ちゃんに話しかけた。
190 :風の中の愛理 :2013/08/22(木) 14:39
太陽はまだぎりぎり地平線の上にいた。
4月の暖かい風と日陰で冷やされた空気が入り混じって
音楽みたいに不思議に調和している。
それがちょうど仕事が終わった緊張感とこれからの
心配が入り混じっているのに似ていた。

「愛理のことなんだけど」

「うん」

舞美ちゃんは何故だか気まずそうに笑った。
舞美ちゃんの高い背から伸びる影がますます長い
シルエットを作った。

「やっぱ様子おかしかったよね」

「うん。震災のこともあったし。仕方ないんだと思う」

舞美ちゃんは意外にあっさりとした言い方で言った。
191 :風の中の愛理 :2013/08/22(木) 14:41
愛理があんなにしゃべらないのはめったにないことだから
もっと舞美ちゃんはもっと動揺していると思っていた。

「愛理を・・・元気にするためにはどうしたらいいんだろ」

あたしは今の気持ちを正直に言った。

「そっとしとくのが一番いいんじゃないかな」

舞美ちゃんは言った。

「え?」

あたしは舞美ちゃんの顔を見た。
リーダーならきっと愛理に何かしてくれると思っていた。

「だって愛理の中の気持ちの整理がつくまで待つしかないと思うし」
「それに」

舞美ちゃんは続けて言った。
192 :風の中の愛理 :2013/08/22(木) 14:43
「前みたいに℃-uteの中の問題じゃないんだし。
 時間がたてば元気になるんじゃない?」

舞美ちゃんは笑ってそう言った。
今回のことは何も気にしてないという感じだ。

「絶対大丈夫だよ。愛理なら」

舞美ちゃんの顔から今回のことが大丈夫というより
前にあった危機のほうが舞美ちゃんはよっぽど精神的に
つらかったのだとあたしは読み取った。

確かに℃-uteが5人になったときのメンバー同士の対立に
比べたらたいしたことじゃないのかもしれない。
舞美ちゃんの大らかな性格から言ってメンバー同士の不信
とか対立のほうがよっぽど重大な問題に違いないと思う。

でもそれは舞美ちゃんの性格からそう思うだけのことで
愛理がどのくらいショックなのかは分からない。
193 :風の中の愛理 :2013/08/22(木) 14:45
あのときは愛理だけがセンターで歌って他のあたし達は
自分の存在意義が分からなくなっていた。
でもそれは愛理や舞美ちゃんともう一度しっかり話し合うことで
解決できた。
あのときの問題は取り返すことができることだし、
あたし達の関係だって元通りに戻せることだった。

いやそれ以上にあたし達の絆は深くなったかもしれない。

でも震災で失った命はもう取り戻すことはできない。
海のそばにあったきれいな町も直すことはできても
完全には元通りにはならないと思う。
愛理が何を思っているかはまだ分からない。
でも理解してあげられる人が必要なことは絶対間違いない。
それが舞美ちゃんだろうと℃-uteの他のメンバーだろうと
学校の友達でも誰でもいいと思う。

それでも今、一番それをやらなきゃいけないのはあたしだと思った。
194 :ES :2013/08/22(木) 14:46

今回の更新を終わります。
195 :風の中の愛理 :2013/08/29(木) 19:25
℃-uteはスマイレージとの合同ライブがチャリティイベントの
すぐ後に再開されることになった。

あたしはライブ会場に向かう途中、
新幹線の車内で携帯をずっと見ている。
舞美ちゃんのブログを読んでいた。
舞美ちゃんのブログはライブの再開と
ファンに会えることへの喜びにあふれている。

他のメンバーも同じで形の上では℃-uteも
ハロープロジェクトも元気を取り戻したように見えた。

「愛理、一緒に写真とってよ」

舞が愛理にねだって一緒に二人で写真をとっている。
愛理の笑顔が見えた。
196 :風の中の愛理 :2013/08/29(木) 19:26
震災もあってハロプロの運営自体どうなるかわからない
時期もあったけどスタッフさんの努力であたし達は
また順調にライブやイベントの予定が入り始めていた。

メンバーの雰囲気は元通りに戻った。
というか去年がメンバーが抜けてごたごたした分、
今年の℃-uteの関係は強くなって安定している。

もうギスギスした緊張感はどこにもない。
愛理はもう元気になったのだろうか。
結局メールでも愛理は何も話してくれないせいで
あたしには愛理がどんな気持ちでいるのか検討もつかない。

あたしは舞がちょうど新幹線の席を離れた隙に愛理の隣に座った。
197 :風の中の愛理 :2013/08/29(木) 19:27
「愛理、どう?少しは元気になった?」

「うん。もう全然平気だよ。チャリティイベントのときは
 ちょっと私も考えすぎてて」

愛理は答えた。

「ならいいけど」

あたしはそう言ったけど愛理の大丈夫という言葉は
どうも信用ならない。
自分がつらければつらいほど愛理は溜め込んでしまう人だ。
去年の℃-uteの危機であたしはそれを思い知った。

「なっきぃ、心配してくれてありがと」

愛理は舌を出して笑った。
いつもの愛理とは違う。
その仕草が演じているように思えてしまう。

「でもライブがまた出来るってことだけでも幸せだな」

自分の話題は避けるみたいに愛理は言った。
198 :風の中の愛理 :2013/08/29(木) 19:28
「まあそれはそうだね」

あたしもそれに同調する。
やっぱりライブはいい。
ファンの人と一体化して自分が何倍も強くなった気がする。
そして大きな自信を与えてくれる。
愛理は歌とダンスのために生まれたような人だから
ライブで歌っていればすぐに元通りになるのかもしれない。

「次は単独ライブもやりたいよね」

舞美ちゃんがあたし達の会話に入ってきて言った。

「もう次のライブのこと考えてんの?」

あたしはあきれて言う。
今回のライブはスマイレージとの合同ライブだった。
まだ次のライブの予定なんて当分先の話だ。
199 :風の中の愛理 :2013/08/29(木) 19:30
「だって五人になってやっと私達なりの形ができて来そうだから。
 だから今年はちょっとBerryzもライバルとして意識したいなって思って」

舞美ちゃんが言った。

ていうかあたしは、舞美ちゃんがBerryz工房にそんなに
ライバル意識をもってるなんて初めて知った。

「何でベリーズ?」

「そろそろ追いつけるんじゃないのかな。ベリーズに。
 そのためにはこの5人で単独ライブもう一度やりたいんだ」

確かに2010年の「超占イト」でこの5人の体制が
ようやく走り始めたのは確かだし今が一番℃-uteと
しては波に乗れる時期なのかもしれない。
200 :風の中の愛理 :2013/08/29(木) 19:38
でもあたしは相変わらず愛理のことのほうが気になった。
愛理をじっと見つめるあたしを愛理は不思議そうな表情をして
逆にあたしを見た。

もしかしたらそんなに自分のことを好きじゃなかったのに
何でそんなに自分の心配をするのか愛理には分からないの
かもしれない。

去年の℃-uteの危機のとき、あたしはセンターの愛理のことが
うらやましかったとかは個人的にはない。
愛理のことはそれより前からずっと好きだったし、
その気持ちは今のあたしになってもずっと変わらない。

あのとき千聖や舞ちゃん達といる時間が長かったのは
やっぱり栞菜とえりかちゃんのことをいつまでも
引きずっていたせいだった。
千聖と舞は、あたしと同じように7人の℃-uteの時代から
なかなか抜け出せなかった。
201 :風の中の愛理 :2013/08/29(木) 19:40
「なっきぃ。心配しなくてもみんなの足は引っ張らないようにするから」
愛理の乾いた笑いにあたしは少しむっとした。
愛理はあたしがライブのことをきっと気にしてるんだろうと
思ったらしい。

そんなことを心配してるんじゃない。

あたしは首を横にふった。
そして何も答えなかった。
そしたら軽く愛理を無視したようになってしまった。

でもあたしの気まずい思いはさらりと流されて、
℃-ute全体の雰囲気は何も変わらず能天気に明るかった。
202 :風の中の愛理 :2013/08/29(木) 19:41
「℃-ute、舞、千聖、愛理、早貴、舞美」

ステージ裏でいつもの気合入れをやる。
観客席から聞こえるファンの人の大きな声が
一気に緊張感を高まらせる。
それでも今のあたし達はそんな緊張感には動じない。
平気だ。
この5人でやる限り。
あたしの愛理への心配なんてなかったことにしてやる。
あたしは他の4人の顔を一人一人しっかりと見つめた。

「5人そろってはーじーけるぞい」

本当にはじけるような笑顔を見た。
203 :風の中の愛理 :2013/08/29(木) 19:43
もう不安なんてどこにもないのかもしれない。
あたし達は一気にステージに駆け上るとスマイレージとともに
オープニングを歌った。
歓声と光があたしを包む。
以前のあたしだったらきっとその声の何%が
あたしに向けられてるんだろうとすぐ考えてしまっただろう。
でも今のあたしは違った。
きちんとファンの一人一人に声を返そうという意識が働く。

そしてダンスを合わせようとスマイレージを見た。
スマイレージのダンスの動きが思ったよりも
よっぽど激しかったからあたしはその勢いに押されてしまった。
それでもあたしは、少し余裕のあるところを見計らって愛理を見た。

愛理のダンスは振り付けのときから何度も見てるから
その独特の癖も表情もみんな頭に入っている。
あたしの頭は一瞬の間にフル回転した。
204 :風の中の愛理 :2013/08/29(木) 19:44
最初に見た愛理の動きは−。
いつもと変わりない。
ように見えた。

正確なダンスと歌でみんなの足を引っ張るどころじゃない。
やっぱり℃-uteにはエースの愛理が絶対必要だ。
でも愛理の何かが違った。
愛理は笑ったりはしゃいだり笑顔は作れていたけど、
ライブ中に見せるあの圧倒的な力はどこかへ消えてしまっていた。

あたしはBuono!のライブを見ていたから余計にそれが分かる。
確かに愛理の高貴で上品なダンスは何も変わらない。
でも時々見せる激しい愛理の姿はどこにもいなくなっていた。
悪く言えばステージ上で萎縮してるようにあたしには思えた。
205 :風の中の愛理 :2013/08/29(木) 19:47
「ほら。なっきぃ心配することなかったでしょ?」

ステージ裏に戻ったときに舞がそう言った。

「愛理はちゃんと立て直してくるんだって。
 なんたって愛理は天才なんだから」

舞は愛理の違いに全然気づいてないようだった。

「そうかな。全然元気がないようにしか見えないんだけど」

あたしは全然納得できないとふうに言った。
舞があきれたようにあたしを見た。

「そんなふうに見るから駄目なんだよ。
 愛理はあたりが柔らかくなった。ダンスも歌も。
 あたしは今の愛理の方が好きだな」

舞はそう言った。
206 :風の中の愛理 :2013/08/29(木) 19:48
ステージを裏から見ると舞美ちゃんと愛理がデュオで歌っていた。
愛理のしっとりとした清涼感のある歌声が
舞美ちゃんの勢いのある声にうまくからんでいく。
本当にそうなのか。
あたしが間違ってるんだろうか。
あたしが愛理のことを一番見てるというのは
単なるあたしの自惚れなんだろうか。

あたしはどんどん自信がなくなっていく。

でもあたしだけが愛理の違いに気づいていると思いたかった。
でもあたしが愛理の様子がおかしいと思う決定的な出来事があった。

ライブ中のMCでファンからのお便りコーナーが読まれたときだった。
それは宮城県に住む℃-uteのファンの人で震災のせいで
ライブに来れなくなってしまいましたがまたいつか地元の
宮城に来てくれますか?という内容だった。

「もちろん行きますよ!」

千聖がステージに向かって大きな声を響かせた。
207 :風の中の愛理 :2013/08/29(木) 19:50
オー!という歓声と拍手があたりを包む。

「宮城の皆さん待っててくださいね!」

「必ず行きますよ!」

あたし達の声に呼応して会場からものすごい拍手が鳴り響いた。
あたしは手を振って拍手と声援に答えようとしてちらりと横を見た。

愛理が口を押さえるのが見えた。
その表情が今まで見たことがないぐらい硬くて
歯を食いしばっている。
愛理のこんな表情は一度も見たことがない。
もちろん去年の℃-uteの危機のときでもそんな表情の
愛理は見たことがなかった。
208 :風の中の愛理 :2013/08/29(木) 19:52
「愛理?」
びっくりしてあたしはマイクを外して声をかける。
愛理はそのまま目をつむってうつむいた。

「それでは次の曲、メドレー行きまーす!」

舞美ちゃんがそれに気づいたのかとりあえずステージの
袖にはける。
それから長いメドレーを歌った。

あたしは愛理の様子が気になって集中できない。
でも愛理はいつのまにか普通の表情に戻って
メンバーとアイコンタクトを取りながら明るい表情で歌っていた。

ライブは無事に成功して、あたしは震災の後にも
こんなに元気なファンの人の声を聞けて一安心した。
それでも愛理のことはずっと気になった。
209 :風の中の愛理 :2013/08/29(木) 19:54
ライブが終わった後のケータリングにちょうど
舞美ちゃんがいたからあたしは相談しようと駆け寄った。

舞美ちゃんは汗もふかないで食べ物をじっと見ていた。
ケータリングはいかにも出来たてのクロワッサンにハムや
牛肉を詰め込んだのやホタテや海老のフライがたくさん並んでいた。

「リーダー、汗ぐらいふいたら」

「中さん、おいしそうでしょ。いっぱいあるから」

舞美ちゃんはきらきらした目をこちらへ向けた。
あたしは苦笑しながらつくづく舞美ちゃんは自由だなと思う。

「ねえ舞美ちゃん、愛理、やっぱりおかしかったよね」

あたしはいきなり一番言いたいことを訊くと舞美ちゃんは
とても変な顔をした。
210 :風の中の愛理 :2013/08/29(木) 19:55
「そうだっけ」

舞美ちゃんは上を向いて愛理のことを思い出そうとしている。

「さっき話したけど全然普通だったよ」

舞美ちゃんは当たり前のようにそう言った。

「あ、でも今日は愛理のことでマネージャーさんに
 怒られなかったでしょ。よかった」

舞美ちゃんはとてもうれしそうにしている。
そういえば以前、愛理のファンの人への煽りが激しすぎるって
注意があったっけ。
震災の前のことだったからずいぶんと昔に思える。

「そんなことじゃなくて」

あたしが言いかけたときにちょうど愛理がやってきた。

「なっきぃ、やじもここにいたんだ」

途中で愛理が来たからこの話をやめなきゃいけなくなった。
211 :風の中の愛理 :2013/08/29(木) 19:56
「愛理、やっぱり何か気にしてんの?
 はがき読んだとき変だったでしょ?」

「え?あれはちょっと感動して涙が出ただけ。何でもないよ」

愛理は冷静に言った。

「はがきと言えばさ。最近℃-uteあてのファンレター
 すっごい増えてるみたいだよ」

舞美ちゃんが目を輝かせて言った。

そういえばあたし宛のも増えてた。
あたしは定期的にスタッフさんからもらうファンレターが
箱にいっぱいになっていたのを思い出した。
でもあれはみんなのも増えていたんだ。
自分のだけが増えてるのかと思って我ながら恥ずかしい。
212 :風の中の愛理 :2013/08/29(木) 19:57
「愛理なんかはすごいんじゃないの?」

人気NO1の愛理ならあたしのもらう量なんかより
はるかに多いはずだ。

「うん。まあ・・・」

愛理はあまり気乗りしないように一言だけうなずいた。

「もって帰れないぐらいの量だったりして。さっすが愛理」

あたしが茶化すように愛理をつついた。
その瞬間、愛理の表情がさっと変わったのにあたしは気づいた。
何か自分がものすごくまずいことを言ったみたいだ。

ひどく不自然な笑顔を作って愛理は相槌をうった。
そして愛理はあたしから目をそらしてしまった。
213 :風の中の愛理 :2013/08/29(木) 19:59
「私、もう行くね」

「愛理、食べないの?」

舞美ちゃんが驚いて言う。

「うん。何か食欲ないから。ごめんね」

愛理はそう言い残して立ち去ろうとする。

「あ、ちょっと待ってよ。愛理」

「ごめんね」

呼び止めるあたしにそう言って愛理は行ってしまった。
何かがおかしい。
あたしはそう確信していた。
でも頭の中がぐるぐる回っている。
あたしに見せた愛理の不自然な笑いが
頭に焼き付いて離れない。
214 :風の中の愛理 :2013/08/29(木) 20:00
舞美ちゃんが何かあたしに慰めるようなことを言ってくれたけど
全然頭に入ってこなかった。
あたしは愛理に何ができるだろう。
そう思ったときにあたしは、はっとなった。
今までのあたしは愛理とは本当に1対1で関わりあって
こなかったなと思った。

いつも愛理のことが気になるくせに舞美ちゃんや
他のメンバーに聞くばかりでいつだってあたしは
愛理と二人で何も話せてない。

℃-uteの危機があったときもあたしが愛理と他のメンバーの間に
立つことだってできたはずだった。
でもどうせあたしなんかっていう気持ちのせいで
あたしは愛理に対してもう一歩踏み込むことができなかった。
215 :風の中の愛理 :2013/08/29(木) 20:02
愛理を探さなきゃ。
そう思ってあたしはとにかく走った。
別に友情ごっこなんてするつもりなんてない。
でもあたしが愛理のことが好きなのは間違いないし、
そのあたしだけが出来ることがある。

というよりあると思いたかった。

「愛理、見ませんでしたか?」

スタッフさんとすれ違うたびに愛理の居場所を聞く。
楽屋から廊下を走り回っても愛理はいなかった。
もうすぐ会場を出る時間だ。

「なっきぃどうしたの?」

振り返ると愛理がいた。
結局あたしは愛理を探すどころか後ろから見つけられてしまった。
216 :風の中の愛理 :2013/08/29(木) 20:10
「愛理、探したよ」

「あたしもなっきぃ探してた。
 さっき感じ悪かったよね。ごめん」

愛理の笑ってる顔は弱弱しく見えた。
あたしは愛理が謝ったことなんて気にせずに聞いた。

「愛理、何があったの?
 誰か気になる人からファンレターでも来たわけ?」

「ううん。全然。別に」

愛理は目を大きく見開いて否定する。

「ライブのときも変だった。ファンの人からの手紙読まれたとき」

少し後ずさってる愛理に気づいてあたしは正直ひかれてると思った。
きっとあたしの勢いに愛理は驚いてるに違いない。
あたしが愛理にここまでつっかかったことなんて今までなかった。
217 :風の中の愛理 :2013/08/29(木) 20:11
「あれはだからただ感動して涙出ちゃっただけ」

「ウソ。すぐ分かるよ。愛理の意識が一瞬違うところへ行ってた」

あたしは言った。

「昔からそうだよ。愛理が心ここにあらずのときはすぐ分かる」

そう言うと愛理は黙ってうつむいてしまった。
あたしは愛理を追い詰めてるんだろうか。
何一つ問題ない℃-uteの関係を悪くしようと
してるのかもしれない。

だけどもう今までみたいに傍観者でいたくなかった。

「ごめん。愛理。あたしのことうざいと思う」

「全然。そんなことないよ」

愛理は驚いたように大げさに手を振った。
218 :風の中の愛理 :2013/08/29(木) 20:13
「でもね。愛理。あたしに頼って欲しいと思う」
あたしのほうが搾り出すような声になってしまった。
言ってしまったあとでものすごく恥ずかしかった。
でも、もう後にはひけない。
この際、愛理に言いたいこと全部言ってしまいたかった。

「舞美ちゃんだけじゃなくさ。あたしも頼って欲しい」

口に出してみて初めて分かった。
あたしがこんなに舞美ちゃんを意識してたなんて。
舞美ちゃんと愛理には固い絆がある。
だからあたしは愛理に対して舞美ちゃんの名前を出すのが
あたしはずっと怖かった。
219 :風の中の愛理 :2013/08/29(木) 20:14
愛理には舞美ちゃんも栞菜もいた。
愛理はいつもたくさんの人の中心にいる。
だから愛理に対してはいつもクールに振舞うように
なってしまったのかもしれない。

「別にあたし年上だからってわけじゃないけど。
 いつも傍観者みたいにいるの。もう嫌になったから」

普段頭の中だけで悶々と思ってたことが素直に言えた。

でも焦げ付くようなあたしの思いは何パーセント愛理に通じただろうか。

「あのさ。なっきぃ」

愛理の言葉は弱弱しかった。
でも正面から見つめる愛理の視線であたしの思いが
通じたような気がした。
220 :ES :2013/08/29(木) 20:15

今回の更新を終わります。
221 :風の中の愛理 :2013/09/05(木) 10:32
「東北のね。℃-uteのファンの子から手紙が来たの」
愛理が言った。
ふわふわと不安だったあたしの心にその言葉は
ずばりと入ってきた。

「その子。ずっと℃-uteのライブ、欠かさずに来てくれてたんだって。
 でもね。津波で家が流されちゃって家の事情も大変になってね。
 ライブにも来れなくなって」

泣いてしゃくりあげるような調子で愛理は言った。

あたしはその言葉を聞いただけでテレビで見たあの
どす黒い津波を思い出した。
津波はたくさんの人も家も飲み込んだ。

その中にはあたし達をずっと応援してくれてる
ファンの人もいただろうと思う。
でもあたしは、無意識に震災の被害を身近なものとして
直面することを避けてきたかもしれない。
222 :風の中の愛理 :2013/09/05(木) 10:33
「それで現場行けなくて本当にごめんねって手紙の中で何度も
 謝ってた。私なんかよりよっぽど大変なのに。
 私の体調とかそんなことまですごい心配してくれて。
 涙が止まらなかった」

それを聞いたとき心が痛かった。
その痛みは人を好きになるのとは全然違うけど同じように
胸が痛む。

きっと愛理も同じ痛みをずっと抱えてきたんだと思った。
223 :風の中の愛理 :2013/09/05(木) 10:35
「私、今まで何も考えてなかったよ。
 私達のこと応援してくれるファンの人達のことも何も」

「でも、それはみんな同じ気持ちだよ。
 あたしだって何かできたわけじゃないし。
 これからみんなで頑張って東北でもライブが
 出来るようになったら・・・」

「でも、あたし自分が許せない」

愛理は重い口調でそう言った。

「何で?愛理が自分責めることなんて何もないじゃん」

愛理はあたしと違って震災で傷ついた人の気持ちを正面から
受け止めたんだと思う。
それは愛理がずっと持ってる優しさなんだ。

でも愛理の悲痛な表情は変わらなかった。
224 :風の中の愛理 :2013/09/05(木) 10:37
「震災があってから私、変わろうと思ったのに・・・
 何も変われてない。あの手紙読んでから私変わろうって
 決めたのに」

愛理が言うのを聞いてるのは痛々しかった。
でも愛理の変化は確かにあたしにも思い当たる。

愛理の中から激しさが消えた。
ファンを煽ることもなくなった。
それはやっぱり震災のことがあったせいだと
あたしははっきり分かった。

「あたし、分かったよ。愛理が変わったの。
 以前は歌ってるときはそれにのめり込んですごい激しい
 感じだったけど。今は優しくなった。
 そういう愛理もあたし好きだよ」

あたしは愛理の両肩をもってゆっくりと言った。
225 :風の中の愛理 :2013/09/05(木) 10:40
「今の愛理もいいと思う。ファンの人の思いとかいろんなもん
 しょって歌ってるんだもんね。愛理は」

「違うの。そんなにきれいなことじゃない」

愛理はずっとうつむいている。
愛理は一度こうだと言うとなかなか頑固な部分もある。
でもそれにはいつも愛理なりの深い理由があった。

「去年、うちらすっごいピンチ切り抜けたじゃん。
 でもそれでメンバーの気持ちもちゃんと分かり合える
 ようになって。すごい今の環境って恵まれてると思う。
 でも私、うまくいかないと今でも歌いたくないって
 思うときがある。全然成長してない」

愛理は自分自身に疲れきってるみたいだった。
226 :風の中の愛理 :2013/09/05(木) 10:42
「でもそんなことさ。誰にでもあることじゃん」

あたしがそう言っても愛理は首を横にふった。

「学校にはさ。私より実力が上の人もたくさんいる。
 私はただチャンスに恵まれてるだけなのに。
 あの手紙読んでから変わろうって決めたのに」

愛理の感情が爆発したように一気に流れ出てくる。
でも愛理はほとんどの女の子がそうするように
泣きじゃくることはしなかった。

愛理はあたしから目をそらして毅然と廊下を二、三歩歩いて言った。

「私、すっごいプライドが高い。そんな自分がいやだ」

振り返って言った愛理の目が研ぎ澄まされたように光った。
その姿がとても凛々しかった。
227 :風の中の愛理 :2013/09/05(木) 10:44
愛理の言うことを否定しようと思ったけど愛理の姿が
すごくカッコよくて何も言えない。

愛理は悪い意味でプライドが高いのが嫌いだと
言ったのかもしれない。
でも愛理は本当にいい意味で高貴で上品で、
そういう意味でプライドが高い愛理があたしは大好きだ。

だからあたしはそんな愛理の言うことを
肯定も否定もできなかった。

「舞美ちゃんは?何て言ってたの?」

あたしが聞くと愛理は表情をさっとかえて微笑した。

「とてもよく分かってくれたよ。
 そんな風に思える愛理はすごいって言ってくれて」

愛理は言った。

「舞美ちゃんは本当に太陽みたいな人だから」

愛理のふっくらとした頬が赤く染まる。
228 :風の中の愛理 :2013/09/05(木) 10:48
一瞬幼いころに戻ったような愛理の顔を見て
あたしは正直嫉妬した。
そして愛理の言い方からしても舞美ちゃんは
愛理の悩みを受け止めてくれたとはどうしても思えない。

「舞美ちゃん本当に分かってくれてんのかな」

あたしは不満げに言った。
この件についてはいまいち舞美ちゃんを信用できない。
きっと舞美ちゃんは愛理の悩みをそれが本当に
深刻なものだとは理解してないような気がする。

悩んでる愛理がすごいなんて、リーダーの天真爛漫さといったら
ハロプロ中探してもきっといないと思った。
229 :風の中の愛理 :2013/09/05(木) 10:49
「リーダーにはあたしからも言ってみるよ。
 やっぱこういう問題はみんなで話し合ったほうが
 いいかもしれないし。
 みんなで進む方向考えてみれば解決するかも」

あたしが意気込んで言うと愛理は首を横にふった。

「ありがと。なっきぃ。でもこれは私が一人で解決すべき
 問題だから。誰かに頼るような問題じゃないと思う。
 それに舞美ちゃんは私のことであれこれ考えるより
 太陽みたいに輝いててほしいから」

愛理はさらりと言った。

愛理の言葉に再びあたしは落ち込んだ。
本当のところはあたしだけの力で愛理を勇気付けたかった。
あたしは同じチームメイトでこんなに近くにいるのに
何の力にもなれないなんて思いたくなかった。
230 :風の中の愛理 :2013/09/05(木) 10:51
そりゃ今までは全然頼りにならなさぶりを大いに発揮していた。
去年の℃-uteの危機のときも愛理を助けられなかった
かもしれない。

でも今のあたしは違う。

愛理の力に絶対なってみせる。

「そろそろ打ち上げも終わりかな」

愛理はそう言って歩き出した。
そろそろ帰りのバスが出発する時間だ。

「あ、あの愛理」

あたしは愛理の後姿に訴えた。

「ん?」

「あたしじゃ駄目かな?」

「何が?」

「その太陽みたいな存在。あたしじゃ愛理の太陽になれないかな」

振り返った愛理の顔は優しそうに笑っている。
231 :風の中の愛理 :2013/09/05(木) 10:51
あたしは完全に気持ち悪いことを言っているのは分かっていた。
でもあたしも愛理の顔を見て笑顔になれた。

「なれるよ。行こう。なっきぃ」

愛理が手招きしてる。

「うん」

あたしはうなずくとすぐに愛理の後を追いかけた。
結局あたしは愛理の助けになるどころか愛理に
救われたみたいな気分だった。
232 :風の中の愛理 :2013/09/05(木) 10:53
愛理と並んで歩いているとき、気持ちも
一緒に並んでいるように錯覚する。

そのことでずいぶんあたしは楽になった。
今のあたしは何にも解決できてない。
愛理が抱えてる悩みもあたしの愛理への思いも
何も前に進んでない。

それなのに愛理との距離、どうやったら縮められるかなんて
馬鹿なことを考えてるあたしは救いがたいのかもしれない。
でも今とこれから愛理といるこの時間だけは
絶対に大事にしようと思った。
233 :ES :2013/09/05(木) 10:53

今回の更新を終わります。
234 :風の中の愛理 :2013/09/12(木) 09:09
「楽しかったー!」

スマイレージとも仲良くなって千聖と舞は
上機嫌で帰りの車に乗っていた。

「ねえ、ねえ、ねえゲームやろうよ。LINEで出来るんだ」

愛理が明るくはしゃいでいる。
車の蛍光灯の薄暗い光でも愛理の表情が明るいのが分かる。

「あ、じゃああたしやる」

あたしは手をあげて輪に入った。
愛理の笑顔を見ているのが本当にうれしい。

その笑顔が誰に向けられているかなんてどうでもよかった。
℃-ute5人で小学生みたいに騒いだ。
ライブ帰りだとスタッフさんもあまりうるさいことを言わなかった。

疲れ知らずのあたし達はマシンガンみたいにしゃべった。
235 :風の中の愛理 :2013/09/12(木) 09:11
車は高速道路をひたすらに走り、東京に向かっていた。
到着するころにはだいぶ夜も遅くなるはずだ。

だんだんとゲームにも飽きてしゃべってる時間が多くなった。
隣に座ってる舞美ちゃんはまだまだ元気だったけど
舞が寝てしまってからはあたりは急に静かになっていった。

あたしはずっと車から外を眺めていた。
静かになると急に心までしゅんとしてきた。

ところどころにある街路灯が畑の植物やその周りの木々を
黒光りさせている。
その鬱蒼とした暗く透明な光景はとてもきれいだった。
でも何となくそれがこれからどうなるか分からない
未来を予感して不安を感じた。
その不安の正体は愛理のことだと分かっていた。

けどまだあたし自身が一体なにを一番恐れて
何を期待しているのかもよく分からない。
愛理が元気になったらそれでいいという気持ちと、
その愛理の気持ちの中にあたしという存在が
どれだけ関わっているかも気になった。
236 :風の中の愛理 :2013/09/12(木) 09:12
通路を挟んで一つ向こうの椅子に座っている愛理は
首をかたむけて背中を少しずり落として完全に寝ていた。

ファンのことを思う愛理の思いは本当に痛いくらいに
純情そのものだ。
でも愛理があたしのことをどう思っているのかは
そのあどけない笑顔に隠されて全然分からない。

あたしは安倍さんがモーニング娘。に選ばれたとき、
つんくさんがあどけない笑顔の下に隠されている
何を考えてるか分からないところに惹かれたという話を
思い出した。

結局その裏側に隠されたものは本当に素直な心だったらしい。
それは愛理にも完全にあてはまるような気がした。
愛理のその素直にファンを思う気持ちはファンの人に
向けられるばかりで結局あたしに対する気持ちは
さっぱり分からないことばかりだ。
237 :風の中の愛理 :2013/09/12(木) 09:13
「中さん、寝ないの?」

隣に座っている舞美ちゃんが小声で言った。

「うん。疲れすぎちゃって逆に寝れない」

あたしはそう答えた。
内心は愛理のことをずっと考えていたからだった。

「愛理のこと?気になる?」

舞美ちゃんがそう言ってはっとなって顔を上げた。

「そんなふうに見える?」

舞美ちゃんは無言でうなずいた。
鈍感な舞美ちゃんに気づかれるぐらいだから
あたしも相当なんだろう。

舞も千聖もきっと気づいてるくせに何も言ってこないに違いない。
238 :風の中の愛理 :2013/09/12(木) 09:14
「でも今はそっとしとかないと」

舞美ちゃんは困った子を見るようにあたしを見た。

「何で?」

思わず声を荒げるように言ってしまった。

「信じようよ。愛理のこと」

信じる?愛理を?ほっとくことが信じることになるの?
あたしの心は疑問だらけだ。

「舞ちゃんも千聖もそう思ってる」

舞美ちゃんは静かにそう言った。

あたしが昔から人と意見をぶつけあったりするのが苦手だ。
どちらかというと全てをあいまいにしてその場から逃げたくなる。

でも譲れないことだってあった。
愛理に関してのことは特にそうだ。
239 :風の中の愛理 :2013/09/12(木) 09:15
「ん、んー」

あたしが何かを言い返そうとした瞬間、
眠っていたはずの千聖がかすかに声をもらした。
そのせいであたし達は何も言わずに見つめあった。
ほの暗い車内で舞美ちゃんは何故かあたしを見て微笑んでいる。

この笑顔の意味は何なんだろう。
あたしは愛理に対する自信のように感じ取った。

「愛理なら大丈夫。絶対自分で答えを見つけ出すよ」

舞美ちゃんは静かに言った。
その瞬間、「私が一人で解決しないといけない問題だと思う」
という愛理の言葉が思い浮かんだ。

その答えって何だろうとあたしは思う。
今までも今もファンの人には感謝して力をもらって
℃-uteは活動してきてる。

これ以上何を変えるって言うんだろう。
こんなこと愛理だって答えの出しようがないに違いない。
240 :風の中の愛理 :2013/09/12(木) 09:16
その時、車がちょうどパーキングエリアに止まった。
ピーと音が鳴ってドアが開く。

「トイレ休憩。行く人いる?」

スタッフさんがそう言って何人か降りていく。
外から気持ちの良い涼しい風がすっと入ってきたのが分かる。

ふと周囲を見渡すと愛理、舞ちゃん、千聖の三人は爆睡してて
起きそうにない。

あたしが降りますと言って外へ出ると後ろから
舞美ちゃんもついてきた。

「寒いね」

そう言う舞美ちゃんの口からかすかに白いものが見える。
241 :風の中の愛理 :2013/09/12(木) 09:18
昼間はあんなに暑かったのに夜になるとこんなに
涼しくなるなんてまるで時間をタイムスリップしたようで
不思議な気分になった。

それでも冷たい空気はあたしに目の前にある現実を思い出させる。
舞美ちゃんは一体どこまで愛理のことを知っているんだろう。

「やじはさ。愛理から何か聞いてるの?
 愛理のことどこまで分かってんの?」

少し言い方がきついかなと思った。
でも愛理のことは譲れない。

「東北のファンから来た手紙のことでしょ。
 あたしが聞いたのはそれだけだよ」

舞美ちゃんは言った。
242 :風の中の愛理 :2013/09/12(木) 09:19
「なっきぃが愛理のために何かしたいって気持ちはよく分かるけどさ。
 愛理って今が悩むのにちょうどいい時期なんじゃない?
 だって℃-uteはもう絶対に大丈夫なんだから」

あたしはその言葉を聞いてため息をついた。
ものすごい自信だと思った。
℃-uteに対する完璧な信頼。

いつの間にかリーダーがものすごく成長してあたしだけが
取り残されてる。
そんな気持ちになるくらい舞美ちゃんは堂々としてた。
243 :風の中の愛理 :2013/09/12(木) 09:20
「愛理は今自分と戦ってるんだと思う。
 あたしにもちょっと前、自分のことが嫌いになりかけた時が
 あったから何となくわかるっていうかさ。
 なっきぃにはない?そういうこと」

「あたしは・・・ていうか自分がいやになることなんて
 たくさんあるよ。たくさんありすぎて思い出せない」

あたしは完全にいじけて言った。

「愛理も今がそんな時期なんだと思う。
 でもきっと乗り越えられるって信じてるから」

舞美ちゃんのキラキラした目を見ているとあたしって
まだまだなんだなと思う。

12人いるハロプロキッズの中で愛理がトップのへんにいる
としたら、あたしは今何番目なんだろう。
そんなどうでもいいことまで考えてしまう。
244 :風の中の愛理 :2013/09/12(木) 09:21
「中さん、何か買っていこうよ」

舞美ちゃんがお店に入ろうと手をふっている。

「こんな夜中に何買うの?」

あたしはあきれて言う。

「お腹すかない?」

「えー!?まさか何か食べるつもり?」

あたしは顔をひきつらせて言う。

「まあまあそう言わずにつきあってよ」

舞美ちゃんがそう言ってあたしは空を見上げた。
245 :風の中の愛理 :2013/09/12(木) 09:23
真っ暗な空に雲がぽっかりと浮かんでいる。
その丸い雲が月明かりに照らされてゆっくりと動くのが
何だか幻想的だ。

こうしていると自分が今どこにいるのかも分からなくなってくる。
でもその感覚が心地いい。
パーキングの周囲は何もなくて道路を挟んで深い森が広がっていた。

その向こうに見えるのはひたすら真っ暗な闇だ。
唯一この周囲だけパーキングの蛍光灯で、
もやがかかったように薄明るく照らしている。
246 :風の中の愛理 :2013/09/12(木) 09:24
ふと立ち止まってその光を浴びてるとまるで
自分が夜遊びしているような気になって胸がときめく。
見えそうで見えない答え。
簡単そうで分からない問題。

でも解決しない問題ならそれをあえて引きずって行こう。
愛理を見て追いかけてればあたしの答えは見つかるかもしれない。
そしてその時、少しでも愛理の力になれてたらいい。
あたしはとにかく前向きに頑張ろうと思った。
247 :ES :2013/09/12(木) 09:25

今回の更新を終わります。
248 :名無し :2013/09/12(木) 15:48
更新お疲れ様です。
色んな事が起こりすぎて、
なっきぃの気持ちや愛理・舞美の気持ちが
思いあってるのに重ならないもどかしさを感じて、
凄く引き込まれます。
次回更新も待ってます。
249 :ES :2013/09/19(木) 21:14
>>248
レスありがとうございます。
もどかしさなんて小説の欠点かと思ってましたが、
本当にありがとうございます!
250 :風の中の愛理 :2013/09/19(木) 21:16
季節はどんどん夏に向かっていた。
あたしの住んでる実家はとても田舎で、
駅から実家までの道の両側はずっと広い畑が広がっている。

夏になると土ぼこりと真っ青な野菜がまぶしい光を放ってくる。
そうなるともう日傘なしにはとても通れないほど
肌にとっては過酷な道のりなのだ。

それでも今の太陽はいい。

3月のあの冷たさと不安に比べたら
もうずっと夏でもかまわないとあたしは思った。
251 :風の中の愛理 :2013/09/19(木) 21:22
今度は℃-uteの単独ライブ、
『超!超ワンダフルツアー』 が決まった。

来週からこの単独ライブのリハーサルが始まる。
そのこと自体はとてもあたしはうれしかった。
でも愛理のことはずっと気になってる。
 
今は来週のリハーサル再開まで毎日ぽっかりと時間が空いていた。
真昼間からずっと家にいる日が続いている。
本当は時間があるんだったら料理教室に通ったり
ジムに行ったりしたい。

でも愛理のことが気になってそんなことをする気にもならない。
愛理とは全く連絡をとれていなかった。
252 :風の中の愛理 :2013/09/19(木) 21:23
相変わらずメールは送っても愛理からは返ってこない。
愛理はいつでも会えるようで全然会えない。
いつでも傍にいるようでずっと遠くにいるようにも感じる。

それはあたしの愛理の心はまだずっと遠くにある
ということだろうか。

あたしは舞美ちゃんが正直うらやましく感じた。
253 :風の中の愛理 :2013/09/19(木) 21:24
あたしは自室で一人ため息をついた。
窓の外は二階建ての住宅が広がっていて、
あたしが小学生のころからずっと何も変わらない
平凡な風景が広がっていた。

本当だったらあたしがこういう芸能人とかアイドルとか
すごい世界にいれるだけでも奇跡みたいな幸せだと
思わなきゃいけないんだろうなと思う。

あたしがハロプロキッズに入っていなかったら、
姉と妹に挟まれてきっと劣等感で
もっと暗い性格になっていたかもしれない。

それにあたしは引きこもれるような趣味もない。
あたしは頭をふってダメダダメダと繰り返す。
そんなことを考えてたらどんどんネガティブな方向へ
考えがいきそうだった。
254 :風の中の愛理 :2013/09/19(木) 21:26
とにかく愛理と話したい。
ほっといて元気になるとはとても思えない。
でもあたしには舞美ちゃんみたいな愛理のことなら
全部分かってるみたいな切り札がない。

能天気な℃-uteのメンバーはあてにならないし、
でもいろいろと考えてたらあたしにもとっておきの
切り札があることに気づいた。
255 :風の中の愛理 :2013/09/19(木) 21:27
青空の下、ピンク色の風船で作った大きなハートが
通りの正面に飾ってある。
久しぶりに行った原宿は人がたくさんいて華やかで
ウキウキするような場所だった。

「にぎやかだね」

あたしは目を細めて言った。
震災以来買い物になんてほとんど全く行けてなかった。
愛理のことで相談したいことがあると梨沙子にメールしたら
威勢よく返事がきて、じゃあ一緒に原宿に買い物に行こう
ということになったのだ。

「なっきぃ、こっちこっち」

梨沙子があたしの手をとって人ごみの中引っ張って行く。
256 :風の中の愛理 :2013/09/19(木) 21:30
一瞬だけどダンスレッスンの部屋で小学生の梨沙子がふざけて、
雅ちゃんの手をとって振り回していたときのことを思い出した。
無邪気な表情はキッズのときのまま全然変わらない。

「りーちゃん、詳しいんだね」

最近の梨沙子はほとんどあたしはお人形さんのようなイメージで
見ていたからプライベートではしゃぐ梨沙子に
何か意外な感じがした。

Buono!のライブのときの梨沙子は本当におとなしかった。

「しょっちゅう来てるから」

にんまりと笑った梨沙子の表情は、子供みたいで昔から
何も変わっていないように思う。
257 :風の中の愛理 :2013/09/19(木) 21:31
愛理なんかは昔の面影は残っていても性格なんて
ほとんど残ってないように思える。
昔の愛理は今より強気だったしおっとりもしていなかった。

あたし達は弾丸のように店から店を渡り歩いた。
梨沙子は髪の毛を金髪にしてデニムと組み合わせたいと言った。
梨沙子のファッションセンスは本当に日本人離れしたものを感じる。

あたしは気に入った服が何着かあったので短時間でものすごい
金額のお金を使ってしまった。

梨沙子がいいって言ってたら何となくよく思えてしまう。
℃-uteのメンバーだったら絶対にそんなことは思わないに
違いない。

でも梨沙子に言われると買いたくなってしまう。
妹みたいに守りたくなるぐらい可愛いくせにすごく憧れてしまう。
梨沙子の存在はなんだか別次元なのだ。
258 :風の中の愛理 :2013/09/19(木) 21:34
「なっきぃって買うとき迷わないんだね」

梨沙子は驚いたようにあたしを見る。

「やー。そんなことはないんだけど」

面と向かって梨沙子にあこがれるなんてそんなことは言えずに
あたしはごまかした。

「疲れたしどっかで休憩しよっか」

そう言ってあたし達は喫茶店で休憩をとることにした。
梨沙子はミルクココアを頼んだ。
真ん中に泡で作られたハートマークをうれしそうに眺めている。

あたしは愛理が震災のことでショックを受けたのか
元気がないことを梨沙子に話した。
梨沙子はあたしの話を真剣に聞いてくれた。
そして頭を抱えこんで言った。
259 :風の中の愛理 :2013/09/19(木) 21:35
「難しいなあ。でもあたしも舞美ちゃんみたいに
そっとしておくかも」

あたしがいかにも不満げな顔をしていたんだと思う。

梨沙子は弁解するように言い始めた。

「だって愛理。とっつきにくいんだもん。
 簡単に元気だしなよって言っても効果なさそうだしね」

もっと深い理由があるのかと思ってたけど梨沙子は簡単に
そう言った。

「結構気使うんだよ。愛理には」

「りーちゃんでも愛理に気使ってんの?」

あたしは驚いて聞いた。
梨沙子と愛理はもう幼馴染みたいなものだから
全く遠慮なんかしないと思っていた。
260 :風の中の愛理 :2013/09/19(木) 21:38
Buono!ライブのときに愛理が梨沙子が来ていたのを
完全にすっぽかしたのはそんなお互いに気を使わない
関係だからだと思っていた。

「使うよ。だってもう昔じゃないし。
 愛理って誰からもすごい人気あるじゃん。
 歌なんてあたしよりずっとうまいし。グループも違うし。
 なんかハロプロにとっても大事な存在っていうか。
 でもそれ言ったらなっきぃもそうだけどさ」

梨沙子は軽く微笑して言った。

「でも愛理のことそう思うと気安くしゃべれなくなったよ。
 でも今ぐらいのつかず離れずの関係が一番いいんだ」

梨沙子はあっさりしたことを言った。
261 :風の中の愛理 :2013/09/19(木) 21:39
「何で?」

℃-uteのエースの愛理とベリーズのエースの梨沙子が
親友だなんてとてもカッコいいとあたしは思っていた。

「だって愛理ってあたしのことを見習うところが
 たくさんあるとか言ってくるんだよ」

梨沙子は話してることとは裏腹に不満げな表情で言った。

「いいじゃん。いいことじゃん。愛理に尊敬されるなんて
 そうそうないよ」

愛理に見習いたいって言われるってことは
それだけ梨沙子がすごいってことだ。
何が不満なのかあたしにはわからない。
「ついこの間だよ。愛理とクッキーの取り合いになって
 ケンカしたの。それにあたしの額バンとか叩いてきたし。
 そんな人に今になって見習いたいとか言われたら
 何か恥ずかしいじゃん」

梨沙子が大真面目に言った。
262 :風の中の愛理 :2013/09/19(木) 21:41
「愛理がりーちゃんにそんなことすんの?」

あたしが少し驚いて言った。

「キッズの頃の話だけどさ」

そう聞いてやっと納得した。

「じゃもう昔のことでしょ?」

「そうだけどあたし、今とそんなに感覚的に変わんないんだ。
 みやとかベリーズの他のメンバーとも関係変わらないし」

確かにBerryzの中での梨沙子の存在は変わらないのかもしれない。
Berryz工房は本当にデビュー当時のままを保ってる。
263 :風の中の愛理 :2013/09/19(木) 21:44
「だから愛理にそんなこと言われたら恥ずかしいし。
 愛理もそう思ってると思う。
 取材とかであたしが愛理のこと褒めたら何かやだなって
 顔してるし」

梨沙子は言った。

「照れてるだけだと思うけど」

あたしは何故か感心してため息をついた。
ただ仲がいいってだけじゃなくて梨沙子と愛理の関係は
もっと複雑らしい。

あたしはキッズという中にあっても全然そんなこと気づかなかった。

「愛理の力にはなりたいけど今のあたしじゃ難しいよ。
 だって今の愛理の考えてることはきっとあたしより大人だし
 立派だし。
 あたしなんかが勇気付けても子供が大人を慰めてる
 みたいになっちゃう」

梨沙子を声を落として言った。
264 :風の中の愛理 :2013/09/19(木) 21:45
「そんなことないと思うよ」

あたしはゆっくりと首をふった。
確かに愛理は℃-uteのエースだしあたしにはない才能が
たくさんある。

でも考えてることは梨沙子が思ってるほど大人でもないと思う。
でも梨沙子は自信のなさそうな顔をしていた。

「あたしさ。愛理みたいにもっと自分が人の痛みに敏感に
 なったほうがいいって思うときもある。
 でも自分が経験したわけじゃないから本当に震災で
 つらい目にあった人の気持ちはわからないんだ。
 それにあたし不器用だからつらい思いしてる人に何て
 言って励ましたらいいか分かんなくて。
 正直あきらめてるとこあるんだ。自分に対して」

でも梨沙子の言い方は全然投げやりな感じじゃなくむしろ
誠実に聞こえた。

あたしだってチャリティイベントに参加しただけで何も
出来てない。

ブログにはいくら言葉を並べても意味がないような感じがして
いつも一言二言だけになってしまう。
265 :風の中の愛理 :2013/09/19(木) 21:47
「でもとにかく歌うしかないかなって思う。単純だけど」

梨沙子はまっすぐにあたしを見て言った。
目力で言ったら愛理のほうがあるのかもしれない。

でも梨沙子の目は透き通っていて正直に本当に自分のことを
言っているのだけは分かった。

梨沙子って本当に不思議な存在だ。

何だかとても器用そうに見えるのにそれを押さえ込んで
自分の力をもてあましてるように見える。

何でも適当にやったら結果はついてきそうなのに本人が
絶対にそんなこと許しそうにない。

あたしは今まで梨沙子のことをずっとうらやましく思っていた。
自分にも梨沙子みたいにみんなに注目されるような人気や
才能があったら、愛理ともっと対等に話せたのかもしれないと
ずっと思っていた。

でもそれは少し違った。

梨沙子も梨沙子なりに自信がないことや不安と戦っていたのだ。
266 :風の中の愛理 :2013/09/19(木) 21:48
中島早貴。自分はどうなんだろう。
そりゃダンスや歌が出来なくてたくさん泣いた。
苦労もしたのは事実だけど梨沙子や愛理のように現実と
向きあって悩んだことはあたしにはなかった。

考えることなくなんとなく流れにのって生きてきたみたいだ。

あたしは愛理のことを考える。
愛理は基本、器用というより演技にせよ歌にせよダンスにせよ
何でも出来てしまう。

でも自分をすごく押さえつけるところは梨沙子と
とてもよく似ていた。
267 :ES :2013/09/19(木) 21:48

今回の更新を終わります。
268 :風の中の愛理 :2013/09/26(木) 17:11
「℃-uteってね。全員の団結とかお互いに対する気持ちは
大事にするくせに個人の悩みには触れない人たちなんだよね。
舞美ちゃんもそれは℃-uteの内部の問題じゃないんだから
そっとしておけば大丈夫って」

あたしは℃-uteのことを梨沙子に言ってみた。

「愛理があんなに全然しゃべらないのって今までほとんど
 なかったんだよ。それなのにみんな気にしてないみたいで」

そしてあたしは少し強い口調で梨沙子に訴えた。
269 :風の中の愛理 :2013/09/26(木) 17:12
「そっか。でもそれって℃-uteのみんながあのときの
 こと少し気にしすぎてるだけじゃないかな」

梨沙子はうなずいて言った。

「あのときのこと?」

あたしは一瞬ぎょっとなった。

「℃-uteって5人になったとき愛理がセンターになって、
 一時期空気が微妙になってたことあったでしょ?」

梨沙子がいきなり以前の℃-uteの危機の核心部分を
言ったからびっくりした。

「でもそれって対立っていうよりも自然とそういう状態に
 なっちゃったことにみんなすごく傷ついたんじゃないかなって」

何も言えなくなってるあたしをクスっと笑って
梨沙子はそう言った。
270 :風の中の愛理 :2013/09/26(木) 17:13
「だってさ。なっきぃも℃-uteのみんな優しいから。
 そういう思いやりとか優しさだとか人間関係のことが
 一番気になる人たちだから。
 それ以外のことは大したことないって。
 愛理の思うとおりにしたら後は自分達が支えていくからって
 思ってるんだと思う」

梨沙子の言葉は言い方は優しいのにものすごく鋭い。

「みんなあのときのショックがすごく大きかったから。
 今は震災とかあって大変な時だけどさ。
 グループの雰囲気で言えば少しほっとしてるんじゃないの?」

梨沙子は言った。
271 :風の中の愛理 :2013/09/26(木) 17:14
確かにそうだ。
愛理がライブでものすごく煽ったり悩んだりしてても
基本グループ内ではそんなに問題だとあたし以外誰も
思ってない。

愛理に対して普通に接して普通に話せることにみんな
安心してるような感じさえあった。

「りーちゃんは何でそんなに℃-uteのことが分かるの?」

「分かってるふり。かも。でも℃-uteには何となく感じるんだ。
 そういう空気」

梨沙子は笑って言った。
梨沙子は思ったよりも愛理から遠い。
なんて思ってたらとんでもなかった。

℃-uteのことを本当によく見てる。

「でもやっぱり分かるよ。いつも℃-uteはBerryzとは逆だからね」

梨沙子はにやりと笑って言う。
272 :風の中の愛理 :2013/09/26(木) 17:16
「うちらはしょっちゅう喧嘩して敵味方に分かれてたから。
 みやともしょっちゅうだよ。
 でもそんなに自分が傷ついたことなんてなかった。
 でも℃-uteは違うんだと思う。
 喧嘩まではいかなくてもお互いの気持ちが分かり合えない
 だけでどれだけ人が傷つくか分かってる人達だから。
 だからなっきぃの話聞いたとき逆に℃-uteのメンバーの
 気持ちがすごい伝わってきたような気がした」

梨沙子は言った。

あたしは梨沙子の言葉にしばらく考え込んでしまった。
℃-uteの危機があったときの愛理の言葉がフラッシュバック
のようによみがえる。

愛理が一人センターで歌って愛理は泣きそうな顔でこう言った。
273 :風の中の愛理 :2013/09/26(木) 17:18
「千聖や舞ちゃんやなっきぃにも申し訳ないしみんなの
 ファンの人達にも本当に申し訳ないと思ってる」

メンバーが二人抜けて愛理がセンターになって何となく
ギスギスした空気が℃-uteに流れた。

愛理とあたし達3人、あたしと千聖と舞が話しづらくなった
せいで、舞美ちゃんは愛理としかしゃべらなくなった。

さらにあたしは年上からというので勝手に変な使命感に燃えて
突然みんなに命令しだして怖がられた。
みんなの気持ちがバラバラで本当に℃-uteは解散の危機だった。
274 :風の中の愛理 :2013/09/26(木) 17:19
これじゃ℃-uteが駄目になる。
そう思ってみんなで集まった。
そして愛理があたし達に初めて自分の気持ちを打ち明けて
くれたときの言葉だ。

そのときの追い詰められたような泣きそうな愛理の顔が
鮮明によみがえってきて心が痛い。

あたし達はセンターで頑張ってるのに気まずくされてる
愛理がきっと怒ってるんだと思っていた。
そんなに愛理がこんなに申し訳ない気持ちでずっといたなんて
知らなかった。

だから愛理に対して何もできなかった自分が恥ずかしかった。
梨沙子はその場にもいなかったのに不思議とそのときの
あたし達℃-uteの心の痛みを代弁してるようだった。
275 :風の中の愛理 :2013/09/26(木) 17:20
「ベリーズが優しくないわけじゃないけどね。
 うちらは兄弟ゲンカみたいなもんだから」

梨沙子は笑って言った。

「あのとき、りーちゃんに相談してればよかった」

あたしは正直な気持ちを言った。
あのときのあたしは梨沙子のことをよく知らなかったし、
どうせ愛理の味方するに決まってるから相談しても仕方ない
ぐらいにしか思ってなかった。

「あたしなんて」

梨沙子はまた首をふってあたしを見た。
でもあのときあたし達は梨沙子に何も相談しなかったけど
愛理はきっと梨沙子に相談してたに違いない。

「あのとき愛理何か言ってた?」

あたしは恐る恐る聞いてみた。
梨沙子はうーんと首を横にふった。
276 :風の中の愛理 :2013/09/26(木) 17:22
「何も。でもBuono!の話ばっかするようになってたし。
 話してくる内容も学校のことばっかりになってたから
 これはきっと何かあったなとは思ってた」

梨沙子はさらりと言った。

「結局そのことについてはあたし何も相談されてない」

梨沙子はもうお手上げという感じであたしを見た。
愛理は梨沙子には何も言ってない。
それが分かったとき改めて何でもかんでも溜め込んでしまう
愛理の性格を再確認したような気がした。

愛理もずいぶん理不尽な思いをしたはずだ。
どっちが悪いとかじゃなくてお互いの気持ちがすれ違ったときは
誰でもそうなんだと思う。

でも愛理はそんなときに絶対自分を押さえ込もうとする。
だから周りがそれに気づいてあげないといけない。
あのときと同じようには絶対にしちゃいけないんだ。
277 :風の中の愛理 :2013/09/26(木) 17:24
「愛理はあたしのこと。そういう相談事には向いてないって
 思ったんだと思う」

梨沙子が寂しそうな目をして言った。
梨沙子はグループは違うけど同じハロプロキッズで
℃-uteのこともよく分かってる。
相談相手としては格好の相手に違いない。
なんで自分には何も言ってくれなかったんだろう。
梨沙子のそんな気持ちが痛いほど伝わってきた。

「あのときも言ってくれたらさ。何か出来たかもしれないのに」

梨沙子はぶつぶつと不満げに言った。
でもその表情もなんとなく可愛い。

「りーちゃんは愛理が真剣に相談してきたらどうしてた?
 うちらのこと文句言いにきたかな」

「いや、多分そんなことできない。だからあたしも一緒に
 悩んだと思う」

梨沙子が言った。
278 :風の中の愛理 :2013/09/26(木) 17:26
そのときあたしには梨沙子の話を聞いて何か感じるものがあった。
梨沙子がまっすぐな目をあたしに向ける。
それを見てあたしは気づいた。
今この瞬間に愛理の気持ちがあたしの心の中に素早く
入ってきたような気がした。

きっと愛理は梨沙子が頼りにならないから相談しなかった
わけじゃない。
この柔らかくて優しいオーラに包まれた梨沙子を
悩ませたくなかったのだと思う。
だからあのときも何でもかんでも一人で抱え込んだんだ。

あたしは、愛理が大事にしているものをひとつ見つけたと思った。
梨沙子の向こうにはっきりと愛理が見える。
梨沙子がいてこそ愛理がいる。
279 :風の中の愛理 :2013/09/26(木) 17:27
愛理の存在も℃-uteだけのことじゃなくて
梨沙子にも愛理の影響がしっかり残っている。

梨沙子がそんなことを全然意識してなくても
それはちゃんと感じる。
あたしは愛理のことばかり見ていてそのことに
気づかなかったかもしれない。

「でも一つだけ愛理の力になれるとしたら」

梨沙子が何か思いついたように言った。

「なっきぃの力になって、それでなっきぃに愛理を助けてもらう」

梨沙子が得意げに言った。

「え?」

きょとんとしてるあたしに梨沙子が続ける。
280 :風の中の愛理 :2013/09/26(木) 17:29
「あたしじゃ何の助けにもなんないから。
 でも今の愛理にはなっきぃもいるし。
 そう思ったら℃-uteってすごい心強いよ。
 あたしは遠く離れたところから愛理を応援してるんだ」

梨沙子は得意そうに笑って言った。
その子供みたいな言い方はさっきの鋭すぎる感覚と比べると
もう全然違う。

菅谷梨沙子って人は話せば話すほど不思議な気分になる。
そしてとても心が温かくなる。
10年前に幼かった梨沙子がまだここにいるのだ。
281 :風の中の愛理 :2013/09/26(木) 17:31
こんなにきれいで可愛いのにそれを意識してるところが全くない。
柔らかくて人懐こい性格がそのまま大人になったような感じだ。
℃-uteのメンバーが成長していく中で自分を変えていくしかなかった
のに比べてベリーズはきっとそうじゃなかったんだろうと思う。

どちらが恵まれているとかじゃない。
でもBerryz工房はそんな梨沙子をずっと変わらずに
守り通してきた。

そう思ったら本当にグループの進む方向に正解なんてないなと思う。
昔のままの延長線上にいるような梨沙子を見てると
本当にそう思えた。

結局あたしは梨沙子に悩みを聞いてもらうだけになってしまった。
愛理は梨沙子でもつかみどころがないんだからあたしには
お手上げな状態だった。

ただあたしには梨沙子というとても心強い味方ができた。
282 :ES :2013/09/26(木) 17:33

今回の更新を終わります。

この度ホームページを復活させました。
よろしければのぞいてやってくださいまし。
ttp://easestone.web.fc2.com/index.html
283 :風の中の愛理 :2013/10/01(火) 21:47
「曲のAメロとBメロの間の間奏のときの動きなんだけど」

ライブ後の反省会で振り付けの先生からアドバイスをもらう。

「他、歌は大丈夫。自信もっていいから最後まで
 頑張っていきましょう」

℃-uteの全体の仕上がりはまずまずだった。
千秋楽も近くなってみんなの結束力も高まってる。

ただ愛理の様子はだけ変わらないままだった。
相変わらずダンスや歌でも気合が空回りしてる。

逆にファンの人へのコメントはやたら気を使っているような
言い方ばかりだった。
愛理は自分でそのことに気づいていても
どうにもならないみたいだった。
284 :風の中の愛理 :2013/10/01(火) 21:48
舞美ちゃんも舞も千聖も愛理に気を使ってか
わざと気づかないふりをしてる。
それはスタッフさんにも伝わっているようだった。

みんなで必死に愛理を支えてる。

あたし一人何もできてない。
だけど支えてるだけじゃだめだと思う。

「あの、千秋楽までに一度ボイスレッスンを
 受けさせてもらえませんか?」

そのとき愛理が手をあげてそう言った。

「みんながすごい頑張ってるのに私だけ足を引っ張ってる
 みたいなんで」

愛理が言う。
285 :風の中の愛理 :2013/10/01(火) 21:50
「別にそんなことないんじゃない」

舞がすぐにそう言った。
舞はこういうときに人の気持ちを読むのがすごくうまい。

「そうだよ。考えすぎだと思うけど」

舞美ちゃんもそう言った。

「まあでもスケジュール空いてるなら先生の
 都合合わせてやってみたらいいんじゃない?」

マネージャーさんが軽い感じでそう言ってくれた。

「だって次、千葉でしょ」

その言葉にあたしはいまさら千秋楽は愛理の地元の
千葉だということに気づく。
286 :風の中の愛理 :2013/10/01(火) 21:51
「後悔しないようにやんなきゃね」

マネージャーさんの言葉に愛理は少しだけ頬を
ゆるめてしっかりとうなずいた。

「あの、あたしもお願いしていいですか?」

思い切ってあたしも言った。

「あたしも千秋楽後悔しないようにやりたいんで」

「それ言ったらもう全員やんなきゃいけない空気じゃん」

千聖が笑って言う。

「ぶー。残念。5人は無理です。
 鈴木と中島の二人だけならいけるかな」

スケジュールを確認したマネージャーさんにそう言われて
千聖はかえってほっとしているように見えた。
287 :風の中の愛理 :2013/10/01(火) 21:52
愛理はトレーニングの問題じゃない。
愛理の中の気持ちの問題。
自分自身に納得しきれてないのがダンスや歌に
出てきてしまっているだけだ。

マネージャーさんも℃-uteのみんなも、
もしかしたら本人もそう気づいているのかもしれなかった。

土曜日の千葉公演まであと数日しかないのに雑誌の撮影や取材。
ハロプロ以外のアイドルのイベントに出たりと全く
余裕がない日が続いた。

そしてボイスレッスンは本当に過密スケジュールの中だった。
288 :風の中の愛理 :2013/10/01(火) 21:54
「おはよう。なっきぃ」

いつもと変わらない様子で愛理が軽く手をあげて
スタジオの楽屋に現れた。

「おはよう」

先に楽屋入りしていたあたしが座って迎える。

「あ、デニムはやってんの?似合うじゃん」

あたしが愛理が着てきたデニムシャツを見て言った。

「んーん。℃-uteで流行らせたいだけ」

愛理はそう言ってバッグを机の上に置くと軽くため息をついた。
最初に会ったとき直感的に何か変だなと思った。

「流行るかな」

あたしがそう言うと愛理は首をかしげた。
289 :風の中の愛理 :2013/10/01(火) 21:55
「んー。舞ちゃん達もね。最近デニム多いんだって」

「そっか。じゃあたしも着よっかな」

「着て。なっきぃ着たら絶対似合う。かっこいい」

愛理はそう言って視線を落とすとバッグから携帯を取り出した。

「写真とろうかな。なっきぃ一緒にいい?」

愛理にそう言われてあたしは愛理の横に近づく。
メンバー全員でブログやってるからお互いに
写真を一緒に撮ることがよくあった。

写真自体は愛理も可愛いし自分もそれなりにとれた。
でも愛理の顔色が少し悪い気がする。

でもそれは微妙なレベルで言っていいのかどうかも分からない。
愛理は散々あたしに心配されてそろそろうんざりしてる
かもしれなかった。
290 :風の中の愛理 :2013/10/01(火) 21:57
「じゃあたし先に入るね」

そう言ってあたしはトレーニングルームへ行こうとした。
愛理ともう少し話したい気持ちもあったけど
久しぶりのボイストレーニングということで緊張していたし、
どんな形式で何の曲で練習するとか全く聞いていなかった。

トレーニングルームに行ってみると譜面台が二つ置いてあって
どうやら二人別々ではなく、あたしと愛理二人でやるみたいだった。

愛理と一緒に歌う時、音程外してたら恥ずかしいとか
先生に愛理の歌と比較されたらそっちのほうが恥ずかしいかも
とか次々とネガティブな考えがわいてきた。

あたしはうまく歌えるんだろうか。
あたしは大丈夫なんだろうか。

何年やってもあたしには歌が苦手な意識が埋め込まれていた。
291 :風の中の愛理 :2013/10/01(火) 21:58
おはようございます」

先生がトレーニングルームに入ってきた。
とにかくそんな不安を顔だけには出さないようにして
あたしは気持ちを切り替えた。

いつの間にか愛理がもう準備を終えて隣にいる。
いつもだったら自信満々な顔をしてることが多いのに
愛理は心なしかいつもより緊張してるように見えた。

「おはようございます。よろしくお願いします」

歌う曲は松田聖子さんの「赤いスイートピー」だった。
テンポはゆっくりだし取りやすいけど音程は意外に取りにくい。
一緒に歌ってる愛理の声に押されてついていくのが
精一杯になっている。

「じゃあ一人ずつ歌ってみようか。まず中島さんから」

そう言われてあたしは必死に歌った。
先生の手の動きに合わせて必死に音程を合わせた。

「はい。まずまずですね。じゃあ鈴木さん」

よかった・・・。あたしはまずまずと言われたので安心しきって
一気に力が抜けた。

もう愛理と比べてどうとかいう余裕は全くない。
292 :風の中の愛理 :2013/10/01(火) 22:00
愛理の歌はやっぱり最初から変だった。
一緒に歌ったときはそんなに感じなかったのが、
聞いてると不自然さが浮き上がってきたみたいだった。

音の強弱やテンポの取り方がちぐはぐで全然いつもの愛理じゃない。
先生も微妙な顔をしている。

愛理の顔はチークのせいじゃなく紅くひきつっていた。

愛理は一体どうしちゃったんだろう。

「ちょっと休憩をとりましょう」

ひとしきり歌ったところで先生が言った。

「なんかうまくいかないや」

愛理はほてった顔を手で仰いでため息をついた。
293 :風の中の愛理 :2013/10/01(火) 22:01
「愛理、疲れてるんでしょ?」

「うーん。そんなことないんだけど。
 ごめん。なっきぃの足引張ちゃって」

愛理の言葉にあたしは首をふる。
でもあたしには愛理にかける言葉がみつからない。

休憩を終えた後の愛理は今度は必死な様子で歌っていたが、
音の強弱がうまくつけられないみたいで声がのってるときは
確かに愛理はうまいと思うけど気合が入りすぎてどことなく
ぎこちない。

結局その日中愛理の調子は元には戻らなかった。
294 :風の中の愛理 :2013/10/01(火) 22:02
あたしには愛理の心に入っていく勇気がなかった。
そして今ここには℃-uteのメンバーはあたししかいない。
どんなときも頼れるメンバーが今日はいない。

一人じゃ何もできない自分自身を歯がゆくて唇をかんだ。

「大丈夫。愛理は天才なんだから」

愛理はあたしから視線をずらしてうつむいた。

あたしが思わず言ったことは逆に愛理を追い詰めた
かもしれなかった。

「愛理、急がないんだったらさ。なんか食べて帰らない?」

トレーニングが終わってあたしは言った。
愛理は今日はちょっと調子が悪いだけなんだろう。
舞美ちゃんは愛理を信頼してれば大丈夫だって言ってたし
何かおいしいものでも食べて気分転換したら気分も
晴れるかもしれない。
295 :風の中の愛理 :2013/10/01(火) 22:03
「いや、今日は何だか疲れちゃったからいいや。ごめんね」

愛理は申し訳なさそうに言った。

「そっか。じゃ次のときに」

あたしは明るく返しながらもため息をついた。
でもこのまま愛理を帰していいんだろうかと思う。
何か話したいと思っても愛理はどんどん帰り支度をしている。
断られてるのにしつこくもできない。

愛理と何も話せずにしばらく沈黙が続いた。

着替えも帰り支度も済ませてしまったあたしは、
せめてレッスンスタジオを出るところまで一緒に行こうと
待っていた。

愛理は自分の荷物をがさごそとやってるわりにはなかなか
片付けが終わらない。
黙々と作業してる愛理の表情は固く怒ってるみたいで、
ケンカもしてないのに気まずい空気が流れた。
296 :風の中の愛理 :2013/10/01(火) 22:04
そして愛理がぱっとこちらを見た。
愛理が何を言うのか怖くて一瞬びくっとした。

「あたし、やめたい」

愛理の言い方はあたしが想像してたよりもずっと弱々しかった。
そして次に言葉の意味が伝わる。
このままじゃ愛理の心が消えそうだ。

「愛理、どうしたの?」

あたしが愛理の傍に駆け寄ってそう言ったとき、
一瞬愛理の嗚咽するような声を聞いた。

「私、歌うの。もうやめたい。もう歌いたくない」

愛理の顔は真っ青だった。
297 :風の中の愛理 :2013/10/01(火) 22:05
「愛理」

なんて言っていいのか分からない。
歌うことをやめたら愛理は楽になるんだろうか。
でもそうしたら愛理は℃-uteじゃいられなくなる。

あたしは℃-uteでずっと愛理と歌を歌いたかった。

「本当にそう思うの?本当に愛理はやめたいって思ってる?」

あたしが言うと愛理は無言で首を横にふってくれた。
あたしはそれを見て少しだけほっとした。

「なんで?何でそんなふうに思ったの?」

あたしは必死に絞り出すように言った。
それでも出来るだけ優しく言ったつもりだった。

でもいつもの投げやりな調子でばっかしゃべってるせいで
こういうときの声の出し方が分からない。
298 :風の中の愛理 :2013/10/01(火) 22:07
「私、自分が嫌いだよ。やっぱり」

愛理はテーブルに手をついた。

「こんなふうにすぐやめたいって言っちゃう自分が嫌い。
 プライドが高い自分が大嫌い」

愛理に自分からそう言われると愛理を好きな自分まで
否定されたみたいで悲しい。

あたしは自分がすごい悪口を言われたみたいで傷ついた。

「そんなふうに言っちゃだめだよ」

あたしは愛理を見て弱々しく言った。
今にも消えそうな声で愛理に聞こえたかどうかも分からなかった。

「ごめん。私どうかしてた」

愛理はあたしの顔を見て何かに気づいたように言った。

「なっきぃ、今の忘れて」

愛理は突然、不自然な笑みをつくって言った。
299 :風の中の愛理 :2013/10/01(火) 22:08
「え?」

「ちょっと。学校のこととかいろいろ忙しくて。
 どうかしてた。本当にごめん」

愛理がわざわざ頭を下げた。

「じゃあまたね」

愛理が楽屋を出ていこうとする。

「ちょっと待ってよ。愛理」

あたしは後を追いかける。
このまま帰すわけには絶対にいかなかった。

「愛理!」

あたしが呼んでも叫んでも愛理はスタスタとスタジオの階段を
降りていく。
300 :風の中の愛理 :2013/10/01(火) 22:10
「ちょっと待ってって」

あたしは愛理を追い抜いて前にたちふさがった。
こんなに愛理の無表情な顔を初めて見た。
まるで感情を押し殺してるみたいだ。

「私、このままなっきぃのことまですごく傷つけちゃう
 ところだった」

愛理は低い声で言った。

「え?」

「もうそんなの。いやだから」

愛理はそう言ってスタジオの外に出た。
301 :風の中の愛理 :2013/10/01(火) 22:11
「大丈夫。℃-uteをやめたりなんかしない。絶対」

その答えはいい。
でもあたしが本当に求めてるのはそんなことじゃなかった。

あたしはもう一度愛理の前に立ちふさがった。
もう邪魔だとかうざいとか思われてもどうでもよかった。

「あたし、そんなに頼りないかな?」

そう言って愛理の表情をじっと見た。
302 :ES :2013/10/01(火) 22:11

今回の更新を終わります。
303 :風の中の愛理 :2013/10/10(木) 16:48
「そんなことないよ。でもこれは私の問題だから」

愛理は目をきょろきょろと動かしてあたしから視線をそらす。

「ほら。そうやってすぐ逃げようとする」

あたしが言うと愛理は地面を見たまま動かなくなった。

「ね愛理、帰る途中に公園あったでしょ。
 一度行ってみたいと思ってたんだ。まだ時間早いし」

愛理はもう逃げようとはしていない。

「そこ行ってみようよ」

「うん」

愛理は泣きそうな顔をあたしに見せた後うなずいた。
304 :風の中の愛理 :2013/10/10(木) 16:49
あたしは愛理がそんな無防備な表情を見せてくれたことが
うれしかった。

しばらく二人で並んで歩くと公園にはすぐに着いた。

まだ昼下がりの公園には背の高い木があって
てっぺんまで続く緑が太陽からの光を燦々と照らし返してきた。

「うわ。まぶしい」

思わず手をかざして言ってしまう。
でも公園の中に入ると木の影に隠れて光は
あっという間に弱まった。

木が所々に生えているせいか見通しが悪くて
かえって話すのにはちょうどよさそうな場所だった。

「近くにこんな公園があったんだ。気づかなかった」

愛理があたりを見回して言った。
305 :風の中の愛理 :2013/10/10(木) 16:50
「いつか誰かと来たいと思ってたんだけど。
 一人じゃ寂しいしね」

「確かにね」

愛理もそう言ってくれた。

「ねえ愛理は何に悩んでるの?何で歌いたくないって思った?」

「別にね。今日うまく歌えなかったからってわけじゃないの。
 でも私、震災のこととかいろいろあって考えるようになった。
 自分はこのままでいいのかって」

愛理は話し始めた。

「手紙くれた震災で℃-uteのライブ来れなくなった子が
 今の私見たらどう思うだろうって。情けなくて悔しいよ」

愛理がまた声をすするようになった。
306 :風の中の愛理 :2013/10/10(木) 16:51
「でも愛理だって頑張ってる。これ以上ないくらい。
 頑張りすぎがよくないんだよ」

「だってあの子自分は何にも悪くないのに。
 全部震災のせいなのに。現場行けなくてごめんねって
 私に何度も謝って。絶対こたえなきゃ。
 絶対その子の気持ちに応えたいのに。
 私は情けない弱音ばっか」

「愛理、そんなに自分を追い詰めないでよ」

あたしの言葉に愛理はがくっと肩を落とした。

「そうだね。分かってるんだけど」

公園にちょうどよいベンチがあったので愛理を
落ち着かせるためにそこに座った。
307 :風の中の愛理 :2013/10/10(木) 16:52
「よくないよ。そんなふうに自分を責めてばっかいるの。
 そうじゃなくても愛理は学校と仕事と掛け持ちして
 大変なんだからさ」

改めてあたしは言った。

「うん。でもね。私の高校にはそんな人たくさんいるんだ」

「え?」

正直驚いた。
愛理が何人も?そんな高校一度見てみたい。

「私の高校のクラスメイトにね。歌手目指してる子がいるんだけど」

それって愛理のブログに出てくるKちゃんて子?」

「そうそう」

愛理はすました顔でうなずいた。
308 :風の中の愛理 :2013/10/10(木) 16:54
あたしも愛理のクラスメイトに何人か芸能界を目指してる子が
いるのは聞いたことはあった。
愛理の高校は頭がいいから歌と学校両立するのは
本当に大変だろうなと思う。

「その子はね。オーディション受けたりボイスレッスンも
 受けたりしながらすごく努力してるんだ。
 学校の勉強も全然手を抜かないし夜遅くまで歌の勉強もしてる。
 でも私と違ってまだ何も結果は出せてない」

「どっか事務所とかに所属してやってんの?」

あたしが聞くと愛理は首を横にふった。
309 :風の中の愛理 :2013/10/10(木) 16:55
あたしにもチャンスとか結果とかそればかり求めてたときが
あったことを思い出した。
でも考えてみればそれは℃-uteにいることを前提としての話だ。
メジャーデビュー前だってあたしは℃-uteのメンバーだったし、
ハロープロジェクトキッズだった。

デパートとかイベント広場でもあっても、
きちんとあたしには歌う舞台は用意されていた。

でも愛理の友達はきっとそういう前提になるようなもの、
芸能事務所に所属してるとか何もない状態なんだろう。
つまりあたし達がハロプロキッズに入る前の状態だ。
310 :風の中の愛理 :2013/10/10(木) 16:56
「なのにさ。自分には歌うっていう夢があって幸せだって
 いつも言ってて。私のほうが勇気づけられるんだ」

愛理は言った。

愛理のまっすぐな目を見ているとそのことをすごく
真剣に考えてることが伝わってきた。

「Kちゃんて歌うまいの?」

「すっごく。私なんて全然だめだって思うもん」

「愛理より?そんなすごい人がいるの?」

「完全に私より上だと思う」

愛理は空を指差して言った。
じゃああたしなんて全然かなわないだろうなと
少しため息をつく。

世の中にはそんな人がたくさんいる自分ではよく理解してる。
自分がすごいからこの立場にいるなんて思ってない。
でもあたしは運がいい。
とりあえず今はそれだけでいいと思ってる。
311 :風の中の愛理 :2013/10/10(木) 16:58
「でもKちゃんはオーディション落ちても、
 レッスンで全然寝てなくても絶対に弱音ははかない人なんだ。
 いつも前向きで明るくてさ。
 なのに私は頭の中はいつも愚痴や弱音ばっかり。
 何で私ってこんなに弱いんだろう」

「愛理が弱いわけじゃない。
 ただいろんなことを考えるようになっただけで」

あたしはそう言った。

その子だって実際にステージに上がったらどうなるかなんて
分かんない。

でもそれは言わなかった。
それでもあたしは鈴木愛理っていう人間が今までどんな
困難にぶつかってきたか知ってる。
一番傍で見てきたからそれだけは一番良く分かっていた。
312 :風の中の愛理 :2013/10/10(木) 16:59
「弱いよ。震災で大変なファンの人がたくさんいるのに。
 私が一番頑張らなきゃいけない時なのに」

愛理はうつむいて言った。
愛理の頭の中はきっとまだ「頑張ろう」と「頑張れない」が
ずっと回ってる。

「愛理、見ててよ」

あたしはとりあえず考えもしないで立ち上がった。

そしてそこに落ちている木の枝を拾った。

「フラッグパフォーマンス!」

あたしはそう言って木の枝を空に向かって放り投げた。
木の枝は上下に回転しながら天高く上っていく。

「EVERYDAY絶好調!!」をショッキングライブで歌ったときの
旗パフォーマンスの真似をしようと思ってた。

あたしは落ちてくる木の枝を両手でそれをつかもうとしたけど
手に跳ね返って落としてしまった。
313 :風の中の愛理 :2013/10/10(木) 17:00
「あはは。失敗」

あたしが苦笑いしてると愛理が笑ってくれたのが見えた。

「懐かしいな。あのライブ」

「ちょうど1年前。℃-uteがメジャーデビュー3周年で
 お祝いしたよね」

あたしはそう言ってまた木を放り投げた。
ヒュルヒュルと飛んだ木は今度はブーメランみたいに
すっとあたしの手におさまった。
その瞬間あたしが自慢げに愛理を見る。

「ナイスキャッチ」

愛理はそう言って笑ってくれた。
314 :風の中の愛理 :2013/10/10(木) 17:01
「あたしからしたらさ。愛理が学校と仕事を両立してること
 自体がいつもすごいなって思うけど」

あたしがそう言うと愛理はすっと真剣な表情に戻る。

「それじゃダメなのかな?」

あたしは言った。

あたしは愛理みたいに才能に恵まれてるわけでも何でもない。
舞美ちゃんみたいに愛理のことを知り尽くしてるわけでもない。
だからここまでできたらいいんだってことは何も言えなかった。

何を言われたって結局は愛理が判断すればいいのかもしれない。
だからあたしは思う。
あたしが言えるのは愛理はすごいよってことだけだ。
315 :風の中の愛理 :2013/10/10(木) 17:02
「ありがと。なっきぃ」

愛理は言った。

「私、正直悩んでる。
 考えれば考えるほど今の自分と理想のギャップが
 大きくなっちゃって。
 でも私は歌うことはやめないよ。
 ℃-uteもやめない。
 だからそれだけは信じてほしい」

愛理の言葉に何だかほっとした。

「よかった」

あたしはそう言ってもう一度木の枝を上に投げた。
でも愛理の目はまだ自分自身に対して納得できないような
悔しい目をしていた。
316 :ES :2013/10/10(木) 17:04

今回の更新を終わります。
317 :風の中の愛理 :2013/10/17(木) 11:18
公園の件以来、愛理に近づけたような気がして嬉しかった反面、
まだ問題は何も解決していないという焦りの気持ち両方が
渦巻いていた。

ただあたしが強く思うのは何とかして愛理を助けたいということ。
どうしても愛理の力になりたい。
でもあたしが周りでいろいろ言っても意味がない。

やっぱり舞美ちゃんが言うように愛理のことを信じて
元気な愛理が戻ってくるのを待っているしかないのかもしれない。
318 :風の中の愛理 :2013/10/17(木) 11:19
待ってるだけか。
結局無力な自分。
あたしはため息をついて窓を眺めた。

目の前の風景がものすごい勢いで右から左に流れていく。
あたしは、マネージャーさんと一緒に新幹線で大阪へ向かっていた。

中島早貴としてのソロイベントと握手会と写真撮影と
一人の仕事が盛りだくさんだった。
年齢が上がるにつれてこうやって一人で活動するのも
増えていくのかもしれない。

もちろんあたしだってついてきてくれる自分のファンを増やしたいし、
そのためにはこういう一人のイベントや仕事も
こなしていかなきゃいけないことは分っている。

でも今はどうしても愛理のことで頭がいっぱいになる。
愛理は最後には笑ってくれた。

でもその前に見せた愛理の表情は思い通りにならない
自分自身に対して苦しんでもがいてた。
悔しそうな愛理の目が頭に焼きついて離れない。
319 :風の中の愛理 :2013/10/17(木) 11:21
「そりゃ信じるよ。愛理のこと信じないわけないし」

あたしは心の中で繰り返す。でも何もできないあたしも悔しい。

その時ピーンとメールの着信音が鳴った。

送信者は「梨沙子」。

お、りーちゃんだ。
あたしはうれしくなって急いで内容を見た。
梨沙子は茉麻ちゃんと一緒に今日は大阪でイベントの仕事らしい。
大阪で夕方時間空いたら一緒にご飯でも食べようということだった。
320 :風の中の愛理 :2013/10/17(木) 11:22
よかった。大阪行くのあたし一人じゃないんだ。
そう思うと何だか心強くなる。
同じキッズだった仲間がいると自分ひとりじゃないと思える。

特に梨沙子は最近また仲良くなって、今まで知らなかった
いろんな部分が分かるようになった。
だからまるで新しい友達が出来たみたいで
こんなふうに連絡をくれると素直にうれしい。

あたしはすぐにもし時間があったら絶対ご飯行こうと返信した。
すると梨沙子からの着信がすぐにきた。

「愛理は大丈夫そう?何かあったら相談にのるよ」

梨沙子のメールの文面にはっとなる。愛理の顔がよぎる。
321 :風の中の愛理 :2013/10/17(木) 11:24
困っている愛理の顔。
悔しそうな愛理の表情。
最近はそんな顔ばっか見ているような気がする。

でも本当の愛理はそんな人じゃない。

どこかほんわかしてて天然で行動がゆっくりしてて
傍にいるだけでとても癒される。
そんな能天気な明るい子なんだ。
深刻な悩みなんて愛理には似合わない。

あたしがなんとかしたい。

でも気持ちばかりが堂々巡りするばかりだった。
それでも「梨沙子に会える」と思ったら自然とあたしの心は高鳴る。

またりーちゃんに相談してみようか。
あたしの頭の中は愛理のことは梨沙子に頼りたい気持ちで
いっぱいになってきた。
梨沙子は優しいからきっと何でも聞いてくれる。
そしてあの日本人離れしたようなきりっとすました顔、
そしてまだ幼さが残る甘い笑顔で受け止めてくれる。
322 :風の中の愛理 :2013/10/17(木) 11:25
でもあたしは強く目を瞑って頭をぶんぶんをふった。

こんなんじゃだめだ。

このまま同じことを繰り返してるばかりじゃダメな気がする。

人に相談したり頼ったりするんじゃなくて自分自身で何かを考えて
変えていけるようにあたしはなりたい。
そして梨沙子の相談にのってあげるぐらいの余裕がほしい。
Berryz工房がうらやましいわけじゃないけど、
もっと梨沙子にお姉さんみたいな年上として頼られる存在に
あたしはなりたい。

あたしはとりあえず梨沙子に愛理のことだったら大丈夫と
メールを返した。
323 :風の中の愛理 :2013/10/17(木) 11:27
そうこうするうちにあっという間に大阪へついてすぐに
仕事になった。

大阪での仕事は超多忙だった。
ソロイベントの中に握手会があって、
もう一箇所別の場所での握手会があった。
握手会はファンの人から本当に元気をもらえるからいいけど、
移動中に雑誌の取材があって、その後写真集の撮影まであるから
さすがに夜の撮影のころにはへとへとに疲れてしまった。

「はあ。握手会のときはあんなに元気だったのに」

撮影の待ち時間、あたしはずっと首をうなだれていた。

移動まで重なるとさすがにきつい。
携帯の時計はもう8時をすぎている。

このままじゃきっと梨沙子と茉麻ちゃんとのご飯は
間に合わないだろうなあとあたしはさらに落ち込む。

まだ写真集の撮影は半分以上残っていた。
あたしは泣く泣く梨沙子との約束をキャンセルした。
324 :風の中の愛理 :2013/10/17(木) 11:29
結局撮影を含めると終わったのはもう10時を回っていた。

どう考えても二日分の仕事を一日分に押し込んでるような気がする。
後でマネージャーさんに確認したらスケジュールの都合で
そうなったと申し訳なさそうに言われた。

「あーあ。りーちゃんと茉麻ちゃんに会いたかったな」

あたしは帰りの車から窓の外を眺めて言った。

大きな「かに」の形をした真っ赤なネオンが前を通り過ぎる。
大阪の街はビルやネオンの光が東京よりずっと明るくて
まぶしかった。

東京の愛理は今何してるんだろう。
℃-uteでいるときはそれほどでもないのに愛理がいないときは
いつも愛理のことばかり考えてしまう
325 :風の中の愛理 :2013/10/17(木) 11:30
このごろのあたしは特にそうだ。
あたしが寂しがり屋なせいなのか、
愛理のとらえどころがないところにどうしても
惹かれしまうのかあたしには分からない。

でも梨沙子や茉麻ちゃんのように愛理のことを知っている人に
会って愛理のことを話せばそれなりに落ち着くのかもしれない。

でも今日はそれも無理みたいだ。

ホテルの部屋に入ってもあたしは何だか憂鬱な気分だった。
結局夕食はスタッフさんとお弁当を食べて終わらせてしまった。
スタッフさん食べても楽しいことは楽しいけど今日は梨沙子と
会いたかった。

もちろん茉麻ちゃんにもしばらく会ってなかったから会いたかったけど。

何となく誰かに癒されたい気分だった。
326 :風の中の愛理 :2013/10/17(木) 11:32
写真集の後に握手会だったらこんなに凹まなかったかもしれない。
ファンの人達のあのキラキラした表情を見ていると
なっきぃに会えて元気出たよって言われるとこっちのほうが
断然力をもらえていることの方が多い。

あたしは急に寂しくなって愛理にメールをうった。
もう遅い時間だから返ってこないかもしれない。
それに愛理のことだからあたしのメールに気づかないで
もう寝てるかもしれない。

でも何でもいい。

とにかくメールがほしい。

愛理のことが好きな気持ちとそんな自分だけの自己中な考えを
抑えようとする気持ち。

こんなときに誰かに抱きしめられたらどんなにか楽になるだろう。
でもその相手は「誰か」じゃなくて愛理でいてほしい。
327 :風の中の愛理 :2013/10/17(木) 11:33
「愛理のことが心配なんだよ」

そんな簡単な言葉では済まされないほどあたし自身の
いろんな感情が湧き出てきた。

愛理からの返信はない。

結局あたしはいろんな自分中心の感情を抑えられなかった。

「寂しい。梨沙子に会いたいよ」

気づいたらそう梨沙子にメールをうってしまっていた。

愛理からメールが来ないから梨沙子になんて
自分で自分が恥ずかしい。

時計の針はもう12時を回っていた。

こんな時間にそんなメールうつなんて自分は本当にどうかしている。
梨沙子にどう言って取り消そう。

そう思ったときに着信が鳴った。
梨沙子からだった。
328 :風の中の愛理 :2013/10/17(木) 11:35
「なっきぃ、今どこにいる?ホテルに戻ってるの」

梨沙子の声は不機嫌でも驚いているようでもない。
ごく普通の日常会話でもしているような調子だった。
あたしはその声を聞いてすごく安心した。

「うん、今ホテルの部屋」

「あたしも部屋にいる。何か眠れなくて。
 まぁは寝るの早いしさあ」

「ねえりーちゃん、そっちの部屋行っていい?」

あたしは躊躇することなく言ってしまった。

「いいよ」

梨沙子はすぐにそう言ってくれた。

「ホントに?じゃ今すぐ行くね」

あたしは何も考えずに梨沙子の部屋番号を聞いて飛び出した。
329 :風の中の愛理 :2013/10/17(木) 11:37
後になってあたしは後悔し始めた。
こんな遅い時間に部屋まで押しかけるなんて
あたしはどうかしてる。
梨沙子だっていいよって言ってくれたけど
本当は迷惑なのかもしれない。

あたしが℃-uteのメンバーだから断れないだけかもしれない。
いや℃-uteだからって断れない理由なんてあるはずないけど。

だけどあたしは勢いでこんなわがままを言ってしまったことに
罪悪感を感じた。
あたしは緊張しながらチャイムを鳴らす。

自分でも悪乗りしすぎてるのは分かってる。
でも今、梨沙子に会いたい。
誰かと話したい気持ちは本当だった。
330 :風の中の愛理 :2013/10/17(木) 11:39
「なっきぃ、おかえり!」

それでも中から出てきたのは笑顔ですっぴんの梨沙子。
それはキッズのときと変わらない梨沙子の笑った顔。
普段のメイクをした梨沙子も十分に可愛かった。

でもすっぴんの梨沙子も赤ちゃんみたいに肌がぷりっとしていて、
きらきら光る大きくてアーモンド形の目は、
吸い込まれそうなぐらいきれいだった。

「りーちゃん、可愛い!」

思わず声が裏返った。
まるで初めてお人形さんを買ってもらったときのように声をあげた。

あたしまで子供に戻ってしまったみたいだ。

「見ないで」

梨沙子は顔を隠して言った。
でも顔を見ないわけにもいかないし。
331 :風の中の愛理 :2013/10/17(木) 11:40
「もうメイク落としちゃったし。
 でもあたしホントにメイク命なんだから」

梨沙子が手で顔を覆ったまま言う。
考えてみればこんな非常識な時間帯に押しかけたのはあたしだ。

「ごめんごめん。でも本当に可愛いよ。
 いいなあ。りーちゃんメイクしなくてもこんなに可愛いなんて」

「全然そんなことないよ」

梨沙子は手をおろして首をふって言った。
チークをつけてないのにほっぺが微妙に赤くなってる。
その表情さえまばゆい。
これがアイドルなんだなとあたしは改めて思う。
アイドルのあたしが、アイドル達と毎日一緒に活動をしている
あたしが改めて思うことじゃないかもしれない。

けど今日の梨沙子は特別に可愛い。
332 :風の中の愛理 :2013/10/17(木) 11:41
「茉麻ちゃんは?もう寝ちゃったの?」

あたしは部屋を見渡して言う。
テーブルの上に飲みかけのジュースのコップが二つ置いてあった。
どうやらもう自分の部屋に戻ってしまったみたいだ。

「うん。まぁとずっとしゃべってたんだけどまぁ寝るの早いから」

梨沙子はいつもの表情に戻って言った。

梨沙子はおでこを出して栗色の髪の毛を後ろに束ねていた。
真っ白な肌と目元を見ているとやっぱりアルプスの少女ハイジ
みたいなどこか外国の美少女を思わせる。

そのくせ動きは乱雑というか男っぽくて普通に
ベッドの上であぐらをかいていた。
333 :風の中の愛理 :2013/10/17(木) 11:43
「なっきぃは?今日イベントだったの?」

梨沙子はベッドに座ったまま枕を抱きかかえて言った。

「うん。それと握手会と写真集の撮影」

「写真集出るんだ。さすが」

「何がさすがよ?」

「だってなっきぃ。スタイルいいし。可愛いし」

「そうかな。まあ慣れてないことしたから疲れた」

あたしは言った。
334 :風の中の愛理 :2013/10/17(木) 11:44
梨沙子なんて写真集を何冊も出してる常連だから
撮影なんて何ともないんだろう。
あたしはジャケット撮影や雑誌の撮影とかならまだいい。
でも写真集でいろんな表情を見せなきゃいけないと
すごく苦労した。

特に街を歩いてて自然な表情をしてと言われると
どんな顔をしていいか分からなくなる。

「あたしも一人の写真集の撮影。苦手」

梨沙子がぽつりとつぶやくように言った。

「でもりーちゃん、何回もやったことあるでしょ?」

梨沙子はそれこそ小学生の時代から写真集出してる。
Berryz工房でも一番多いはずだ。

「あるけどいつもダメ。
 ファンの人にも全然いつもの表情出てないってよく言われるの」

梨沙子はそう言って枕を抱えたままベッドに横になった。
335 :風の中の愛理 :2013/10/17(木) 11:45
あたしは愛理に梨沙子の写真集を見せられたことが何度かある。
愛理と自分たちもこんな顔に生まれてきたかったって言い合った。
梨沙子は確かに可愛くて妖精みたいだ。

でも写真集の中にいる梨沙子の表情はいつもより静かで
キッズの時に騒いでるイメージがずっとあったから
何となく違和感はあった。

「一人じゃ何の仕事でもダメなんだ」

梨沙子は言った。

「りーちゃん、一人じゃ寂しいんでしょ?」

あたしが梨沙子をからかうように言うと
梨沙子は考え込むように言った。

「多分それもあるよ。
 でもメンバーいないとどうしても不安になっちゃう」

梨沙子は素直にそう言った。
336 :風の中の愛理 :2013/10/17(木) 11:47
「だよね。だってりーちゃんいつも雅ちゃんと一緒にいる
 印象があるもん」

あたしは梨沙子の傍のベッドに腰掛けて言った。
上から見てると梨沙子はまだ顔を枕で隠したままだ。

「別にみやじゃなくてもいいんだ。仕事のときは。
 ベリーズの誰かがいてくれたらいいんだ。
 まぁがいてくれたらすごく安心するし、
 桃でも一人いるといないんじゃ全然違う」

「分かるような気がする。大事だよね。仲間って」

あたしは言った。

あたしは完全に仕事も生活もとにかく℃-uteに依存してる。
舞とご飯食べに行ったり千聖と買い物に行ったり
プライベートまで℃-uteが入ってきていることを考えると
グループへの依存度は梨沙子以上かもしれない。

梨沙子は枕を抱きかかえたまま何だか眠そうにしていた。
337 :風の中の愛理 :2013/10/17(木) 11:48
「じゃあ愛理は?」
唐突にあたしは聞いてしまった。
でも一番聞きたかったことかもしれない。

梨沙子がBerryz工房のメンバーと一緒にいる安心感は
愛理にも感じてるのかあたしは知りたかった。
仕事仲間で親友ということは愛理にもBerryz工房にも
あてはまるような気がする。

愛理は梨沙子にとってどんな存在なんだろう。
梨沙子が枕をどけてあたしをじっと見た。

「りーちゃんと愛理はすごい仲いいけどBerryzのみんなと
 同じような存在なの?」

普段のあたしは遠慮もなしにこんなことは絶対言わない。
今日のあたしは悪乗りしていろいろと梨沙子に言ってしまう。
大阪のホテルに来ていることが気分をおかしくさせているのかもしれない。
338 :ES :2013/10/17(木) 11:49

今回の更新を終わります。
339 :風の中の愛理 :2013/10/24(木) 17:57
「愛理は・・・ちょっと遠い存在だな」

梨沙子はつぶやくように言った。

あたしは二人で買い物に行ったとき梨沙子が愛理のことを
とっつきにくいと話していたことを思い出した。
それにBuono!ライブじゃ梨沙子が差し入れをもってきたのに
愛理がすっぽかしたせいで会えなかったことを思い出した。

「確かに。やっぱちょっと怒るよね。Buono!ライブのときだって」

あたしが言いかけたとき梨沙子は首を横にふった。
340 :風の中の愛理 :2013/10/24(木) 17:59
「愛理は・・・ちょっと遠い存在だな」

梨沙子はつぶやくように言った。

あたしは二人で買い物に行ったとき梨沙子が愛理のことを
とっつきにくいと話していたことを思い出した。
それにBuono!ライブじゃ梨沙子が差し入れをもってきたのに
愛理がすっぽかしたせいで会えなかったことを思い出した。

「確かに。やっぱちょっと怒るよね。Buono!ライブのときだって」

あたしが言いかけたとき梨沙子は首を横にふった。
341 :風の中の愛理 :2013/10/24(木) 18:05
「違うの。あれはいつものことだから」

梨沙子はすぐに否定した。

「昔からすぐ気分が変わる子だから。
 ひとつのことに熱中しちゃうともう戻ってこないし。
 でも昔は時間がたったら元の場所に戻れてた」

梨沙子の顔は何だか達観しているようにも諦めているようにも
見えた。

「元の場所?」

「昔は愛理がどっか行っちゃっても二人で悪戯したり
 ふざけたりする関係に戻れてた。
 Berryzと℃-uteに分かれてからもずっとそうだったんだけどな。
 何か今はもう違う」
342 :風の中の愛理 :2013/10/24(木) 18:07
梨沙子の気持ちが伝わってくるようであたしは寂しくなった。
こんなに近くにいるのに自分の気持ちが強すぎて
何も言えなくなるもどかしさを愛理に対していつも感じてきた。

もしかしたら梨沙子もそうなのかもしれない。

「追いかけても追いかけても愛理には絶対追いつけないんだ。
 愛理がいるところまで行きたいけど。今のあたしには絶対無理」

梨沙子の言葉がそのまますっとあたしの中に入ってくる。
梨沙子の言っていることはそのまま今のあたしの気持ちだった。
そのことに気づいてなんだかあたしは泣けてきてしまった。
343 :風の中の愛理 :2013/10/24(木) 18:09
「愛理ってどこまでいくんだろうね。
 あたしのこと置き去りにしてさ」

思わずあたしの本音が出てしまった。
愛理の悩みに向き合いたいけど愛理がものすごい勢いで
ずっと前を走ってる。
そのスピードと存在感はいくら震災のことで悩んでても変わらない。
せめて悩んでるときは愛理に寄り添っていけると思っていた。
あたしは昔も今も愛理の背中をずっと見ているだけだ。

「なっきぃ?泣いてるの」

気がついたら涙がぼろぼろと零れ落ちていた。
やっぱり今日のあたしはおかしい。

「愛理のこと助けたいって思ってたけど無理なの。
 自分じゃ自信ないよ。
 愛理が震災のこととかファンのこととか考えてるのは
 ものすごく大きなことで、今のあたしじゃそんな大きな
 悩みに向き合う力なんてもてないよ」
344 :風の中の愛理 :2013/10/24(木) 18:10
愛理の話を聞くたびにあたしが感じてきたことだった。
結局あたしは愛理に元気だしなよって何にも分からずに
言い続けてるのと一緒だ。

同じグループなのに。同じ℃-uteなのに。
そしてこんなに愛理のことが好きなのに。
愛理と横に並んで歩きたい。
舞美ちゃんみたいに愛理とツートップって言われたい。

あたしの心の叫びは声に出せるはずもなく、
嗚咽してうめき声に変わるばかりだ。
あたしはそのまま泣いてしまった。
泣きながら梨沙子を見るとものすごく悲しそうな
梨沙子の顔が見えた。

「ごめん。ごめんね。りーちゃん」

このままじゃ愛理を助けるどころか梨沙子まで困らせてる。
あたしは自分が恥ずかしくてまた下を向いて泣いた。
梨沙子の顔を見ることができなかった。
345 :風の中の愛理 :2013/10/24(木) 18:12
ふいに肩と背中に柔らかい感触を感じた。
気がついたらすぐそばに梨沙子がいる。
抱きしめられていると梨沙子からフルーツのような甘い香りがした。

あたしはもう大丈夫と言って遠慮しようと思ったけど
あまりにも気持ちよくてしばらくそのままでいた。
誰かに抱きしめられるってこんなに心地よくて安心するもんなんだ。

今まで生きてきて初めて気づいた。
少しだけゆっくりと息を吸う。

仄かな甘い香りはきっとストロベリーだ。
梨沙子のうしろ髪の生え際の美しさにはっとなる。

真っ白な梨沙子のうなじに見とれていたらあたしは
いつの間にか泣き止んでいた。

精神的に落ち着いてくると今度はまたものすごく恥ずかしくなる。
ありがとうとかもう大丈夫とか言わなきゃいけないのに
何も言えない。

笑ってごまかそうと思ったけど、目の前の梨沙子が
深刻そうな表情を浮かべてるからそれも出来なかった。
346 :風の中の愛理 :2013/10/24(木) 18:15
「なっきぃってさ。愛理のことがすごく好きなんだね」

そう言うと梨沙子は急に表情を崩して笑った。
一気に緊張が溶ける。
そのおかげであたしもだいぶ気持ちが和らいだ。

「実はあたしも愛理のことでずっと考えてたことがあるんだ」

梨沙子は言った。
そのときの梨沙子は何か不思議なオーラが漂っていた。
まるで占い師の人とか予知能力がある人みたいにあたしを
じっと見てる。

「愛理のこと?」

あたしが言うと梨沙子がうんとうなずいた。

「なっきぃの役に立つかどうか分からないけど。
 人にさ。もし濃いとか薄いとかあるとしたら
 愛理ってものすごく濃い人間なんだって思う」

突然梨沙子はそう言った。
347 :風の中の愛理 :2013/10/24(木) 18:17
「え?」

あたしは梨沙子がそんなことを言ってきたことに驚いた。

「それってキャラが濃いとかってこと?」

「ううん。それとはちょっと違う。
 うまく表現できないけど愛理って自分がどう見られてるか
 とかどうなりたいかとかたくさん考える人なんだと思う。
 だからすごく自分に厳しくもなるし、こうなりたいって
 向上心も強いんだと思う。
 だから実際何をやっても人からもすごく注目されるんだよ。
 例えば同じことをあたしがしてもあたしの10倍悪口言われて
 10倍褒められる。その差がすごく大きい」

「なるほど」

あたしは何となく分かった。
348 :風の中の愛理 :2013/10/24(木) 18:19
確かに愛理にはそんな傾向があるかもしれない。
何についても愛理は「自分の意思」というのが
すごく大きく出てる。
でもそれは逆に愛理の悩む原因にもなっていた。

「だってそうだと思わない?
 ブログでも愛理も舞美ちゃんも同じようにいいこと
 書いてあるけど愛理だけ叩かれることも多いし、
 本人もそれが当たり前だって思ってる」

梨沙子がそんなことを考えてるなんて思ってなかった。
愛理がいろいろ言われるのはある意味人気者の宿命みたいに
思っていた。

「そうなんだよね。だから周りが支えるしかないんだろうね」

あたしはため息をついた。
結局あたしに出来ることはそれしかない。
349 :風の中の愛理 :2013/10/24(木) 18:20
「だからなっきぃ。薄くしちゃえばいいんだよ。愛理を」

「ええ!?」

愛理を薄くするなんてあたしには想像もつかない。
でも梨沙子の表情はあまり冗談を言っているようには見えない。

「薄くするって?どうやって」

「それは・・・分かんない」

思わず分かんないんかいと突っ込みたくなった。
でも梨沙子はすごく重要なヒントを言っているような気がする。
350 :風の中の愛理 :2013/10/24(木) 18:21
「分かんないけど何か方法がある気がする。
 愛理は自分の内側に力を溜め込んじゃう人だから
 それを外に向かわせればいいんだと思う」

愛理の力を外に向かわせる。
あたしは自分自身が成長して何か大きな力をもって
愛理を助けるみたいな考えをしていた。
でもそんなこと今すぐできるはずはない。
梨沙子が言っていることは今まであたしが考えてたのとは
全然違う方法かもしれない。

「そっか、何かのために夢中になれるものがあればいい」

直感的にそう思った。
351 :風の中の愛理 :2013/10/24(木) 18:22
℃-uteが一番輝いてる瞬間。
それはライブ会場にあたし達℃-uteが立っているとき。
会場の熱気。
ファンの人やスタッフさんへの感謝。

そんなことを考えた瞬間、頭の中にむくむく新しいことが
生まれそうな予感がした。
何か新しいことができそうな気がする。

「りーちゃん、あたし何かできるかも」

そう言って梨沙子を見ると気がつかないうちに梨沙子は、
枕を抱きかかえてベッドに倒れてしまってる。

「ちょっと梨沙子寝るの?」

あたしの問いかけにも答えずに梨沙子は寝てしまっていた。
その姿が何とも言えないくらい愛らしい。
352 :風の中の愛理 :2013/10/24(木) 18:23
「愛理は昔の愛理をおきざりにしてるみたい。
 昔みんなで頑張ろうって言ってた・・・時代、自分だけ・・・
 むにゃむにゃ」

梨沙子が目を瞑って呪文のように言っている。

「分かったよ。りーちゃん」

あたしはそう言って梨沙子に布団をかぶせる。
愛理のことはあたしが絶対何とかしてみせる。

「お休み。梨沙子」

梨沙子は遊び疲れた子供みたいに眠っていた。
今日のあたしの悪ノリにつきあわされて
本当に申し訳なかったと思う。

でもあたしの心の中では何かが出来るというやる気が
炎のように燃えていた。
353 :風の中の愛理 :2013/10/24(木) 18:24
「ありがとうね。梨沙子」

梨沙子が聞いてるかどうかなんて分からないけど
あたしは今の気持ちを静かに言った。
そっと梨沙子の元を離れるとオートロックのドアを閉める。

ホテルの廊下は夜は物音一つなく静かだった。
賑やかな外の様子と比べると大阪に来ていることを忘れさせる。

あたしは今感じてる何か出来るという「予感」を確実に
現実のものにしたかった。

自分の部屋に戻ると梨沙子に言われたとおりあたしは
「愛理を薄くする作戦」を本気で考え始めた。
354 :ES :2013/10/24(木) 18:25

今回の更新を終わります。
すいません。
339-340は重複です。
355 :風の中の愛理 :2013/10/31(木) 11:47
℃-uteのライブツアー、春「超!超ワンダフルツアー」は
明後日の日曜日、愛理の地元で行われる千葉が千秋楽になっている。

どうしてもそれに間に合わせたい。
あたしは℃-uteのチーフマネージャーに相談して前日の土曜日、
℃-uteのスタッフさんも含めてミーティングを開いてもらう
ように頼んだ。

℃-uteのメンバーだけじゃなくスタッフさんも巻き込んだのは
どうしてもその場に℃-uteに関わっている人を全員を
呼んでおきたかったからだ。

自分でもまさかこんなことをすることになるとは
思ってもみなかった。

大勢の人の前で自分の意見を発表するなんて、
今までのあたしには考えられない。
356 :風の中の愛理 :2013/10/31(木) 11:49
「じゃこの後中島がプレゼンやるみたいだから会議室に移動」

マネージャーさんに言われてみんなで会社の会議室へ移動する。

まさか自分の都合というか意見であたしの発表が
℃-uteのスケジュールに組み込まれるなんて。
まあチーフマネージャーに頼んだのだから当たり前なんだけど、
あたしは自分で言い出しておきながら動揺してた。

「で、なっきぃ何やるの?」

「ていうかプレゼンて何?」

舞と千聖があれこれ聞いてくるがあたしはプレッシャーで
応える余裕なんてない。
357 :風の中の愛理 :2013/10/31(木) 11:50
「あの。あれじゃない?会社とかでえらい人の前で発表するやつ」

愛理も首をかしげてあたしを見て言う。

「まさか℃-ute解散とか発表しないよね?」

舞美ちゃんが微笑して言った。

「リーダー、その笑顔は怖いんですけど」

舞美ちゃんは笑顔の形まで完璧だから笑ってると
逆のことを言われると何だか恐ろしい。

「じゃああれだ。ソロデビューするから℃-ute捨てますみたいな」

舞も調子に乗ってそう言った。
358 :風の中の愛理 :2013/10/31(木) 11:51
「えー、そうなの?」

愛理まで両手を合わせてあたしをけなげな顔で見る。

「あ、だからだ。なっきぃスタッフさんに何か
 こそこそ相談してたの。怪しいなって思ってたんだけど」

千聖がかぶせて言う。

「違うわい。あれは今日のセッティングお願いしただけ」

「でも楽しいよね。なっきぃがみんなの前で何か発表するなんて。
 楽しみだな」

舞は完璧に楽しもうとしてる。
359 :風の中の愛理 :2013/10/31(木) 11:54
「もうちょっと。真面目なことを言うんだからみんな
 真面目に聞いてててよね」

あたしは緊張をほぐすために大きく深呼吸した。
でもたくさんの人を前にして強そうな意見なんて言えるかな。
過去にそんな自分見たことない。

今から発表することに演劇みたいに台詞があればなあと
あたしは思う。
セリフだったら別人になりきれる。
そう思ったときにひらめいた。

そうだ。自分を中島早貴だと思うからいけないんだ。
ゲキハロのときみたいに誰かになりきろう。

とにかくあたしは覚悟を決めた。
360 :風の中の愛理 :2013/10/31(木) 11:55
会議室に入ってあたしだけが前に出て行く。

あたしの後ろにホワイトボード。
テーブルには最前列にメンバーが座ってその後ろは
℃-uteのスタッフさん達が全員そろっていた。
座りきれなくてドアのところは立ってる人も何人かいる。

「じゃあ、中島どうぞ」

チーフマネージャーが言った。

何故だ。
なぜ自分は自らを追い込むようなことをしたのだ。
自分の中から声が聞こえる。

その声を振り払うようにあたしは話し始めた。
361 :風の中の愛理 :2013/10/31(木) 11:57
「皆さんは覚えてますか?」

声は意外にもよく通った。

「℃-uteが結成されたときのこと。
 先にBerryz工房がデビューして私達にはそれまで
 グループの名前すらありませんでした。
 非ベリキッズと言われて不安な毎日を過ごしてきました。
 そしてグループが結成されてからも下積み期間が長く
 イベントでお客さんが二人しかいなかったこともありました」

あたしはホワイトボードを向くと大きな字で「℃-ute」と書いた。

「℃-uteのメンバーはもちろんそうですが、
 ℃-uteに長く携わってくださってるスタッフの皆さんも
 そのときの悔しさを共有してます」

あたしはまた大きな字で「℃-uteのスタッフのみなさん」
と書いた。

その場は恐ろしいくらいしんと静まりかえっていた。
362 :風の中の愛理 :2013/10/31(木) 11:59
「そしてファンのみなさん」

あたしは強く大きな声で言った。

「昔からずっと℃-uteを今まで応援してくださっている
 ファンの皆さんがいます。
 そして最近℃-uteのファンになってくださった方も
 いると思います。
 昔応援してくださったファンの方でも今では℃-uteを
 離れてしまった方もいると思います。
 でもみんな今のあたし達には大事な人であることに
 変わりはありません」

あたしは「℃-uteのファンのみなさん」とこれまた
すごく大きく書いた。

「そして明日初めて℃-uteのライブに来てくれる方がいます。
 明日来たくても来れない人もいると思います。
 そして愛理に手紙をくれた東北の女の子」

あたしは愛理を見た。

愛理はすごく真剣な眼差しであたしを見つめていた。
363 :風の中の愛理 :2013/10/31(木) 12:02
あたしは振り返って、ライブに来てくれた方、
手紙をくれた子、みんなのことを素早く書き足していく。

「みんな一緒なんです。℃-uteのことを思ってくれる人たちは
 みんな同じチームなんです」

あたしはそう言って今まで書いたものを全て大きな○で囲んだ。

あまりにも大きく書いたから丸はホワイトボードすれすれになった。
そしてあたしはボードの一番てっぺんに「チーム℃-ute」と
ぎりぎりまで強く大きく書いた。

一瞬、空気が止まった。
364 :風の中の愛理 :2013/10/31(木) 12:03
どうしよう。もうこれ以上話の続きはない。

パチパチパチ

そう思ったときに一番端に立っていたチーフマネージャーが
一番最初に手を叩いてくれた。

次第に拍手の輪が広がる。
℃-uteのみんなも勿論愛理も拍手してくれた。

「チーム℃-ute。いいね。中さんありがとう」

舞美ちゃんが優しい笑みを浮かべて言ってくれた。

「チーム℃-ute」

愛理がつぶやくように言う。

「そう。チーム℃-ute」

あたしは愛理の言葉を繰り返し強く言った。
365 :風の中の愛理 :2013/10/31(木) 12:06
あたしは振り返ってもう一度自分が書いた
「チーム℃-ute」の文字を見つめた。

ホワイトボードに書きなれてないせいか少し折れ曲がった
変な字だった。

でも会議室の電気に照らされてそれはみんなに見つめられて
認められようとしてる。

「なっきぃ、一体どうしたの?
 別にカメラ入ってるわけじゃないよね?」

舞が周囲を見渡して言う。
そういわれるとあたしは我に帰って恥ずかしくなった。

「いやー。その明日の千葉公演でさ。何か発表したいって思って」

「みんなに同意いただけるのなら」

あたしはおずおずとかしこまって言う。

「よし。発表しよう。チーム℃-ute結成」

千聖が力強くそう言ってくれた。
366 :風の中の愛理 :2013/10/31(木) 12:07

-------
367 :風の中の愛理 :2013/10/31(木) 12:08
「チーム℃-ute」はあたしがそれを口に出してからは、
急速に大きくなってすぐにあたしの手を離れていった。
それはあたしから遠くなったのではなくて成長していったと
言ったほうがいいのかもしれない。

あたしは愛理のファンの人や℃-uteに対するいろんな思いを
「チーム℃-ute」に込めてみんなの前に発表した。
でも「チーム℃-ute」が一気に広がってからは、
もっとたくさんのいろんな人のいろんな思いを受け止めて
どんどん大きく成長していった。

愛理は翌日の千葉公演で「チーム℃-ute」の結成を発表した。
静かに。そして堂々と。カッコよかった。
自分を責めてるようなあの自信のなさはすっかり消えていた。
368 :風の中の愛理 :2013/10/31(木) 12:11
あたしにはもうそれだけで十分だった。
愛理の悩みを全部消すなんて大それたことを考えてたわけじゃない。
愛理の気持ちを一番わかってる人間になろうなんて
うぬぼれたことを思ってたわけでもない。

ただ1%でも今愛理が直面してることに対して
何かの役に立ちたかった。
それが見ることができただけであたしにはもう十分だった。

「りーちゃんがね。いろいろ相談に乗ってくれたの」

あたしは愛理に言った。

「あたし、愛理が悩んでる気持ちもよく分かったから。
 何かみんなで出来ることないかって考えてて。
 りーちゃんといろいろ考えて思いついた」

愛理はまるで飼い主を見つめるチワワみたいな表情をで
あたしを見つめてる。
369 :風の中の愛理 :2013/10/31(木) 12:12
「りーちゃん、心配してたよ。愛理のこと。
 たまには連絡とってあげなよ」

「うん」

愛理は素直にうなずいた。

「いつかなっきぃにもおっきな恩返しできたらなって思う」

「恩返しって大げさな」

あたしは照れて笑った。

「本気だよ。私」

真顔で言う愛理がとても可愛かった。
370 :ES :2013/10/31(木) 12:13

今回の更新を終わります。
次回よりエピローグに入ります。
371 :エピローグ :2013/11/07(木) 18:03
最近は一気にベリキュー合同の仕事がやたら増えてきた。
そして選抜メンバーによるベリキューライブが始まった。
「チーム℃-ute」での活動はいったんお休みになったけど
ベリキュー合同ライブでも愛理の表情は明るい。

けど今までとは違ったなんだか深みのある明るさになった。
いつも前向きでファンを楽しませて相変わらずギャグは
寒いんだけどしっかりとファンの人の心の奥まで入って
いこうとしているように見えた。

ベリキューの合同ライブは毎回選抜メンバーで行われるので、
愛理とは一緒のときもそうじゃないときもあった。

今日は℃-uteからは舞美ちゃんとあたしがライブ。
愛理と千聖と舞の三人はテレビの仕事が入っていた。
372 :エピローグ :2013/11/07(木) 18:09
「三人が出るのってダンスバトルの番組みたいだよ。
だからベリキューでダンスが得意なメンバーが
選抜されてるんだって」

舞美ちゃんがそう言った。

「へえ。じゃあ他のアイドルも出るの?」

「ううん。対戦相手は素人さん。しかも子供。
プロが子供相手に大人気ないことするんだって」

愛理が笑いながら言う。

「へえ。だったら絶対負けらんないね」

テレビに出るのはとてもうらやましかったけど、
番組でダンスパフォーマンスなんてとても難しそうだ。
あたしはある意味ライブ組でよかったと思った。
373 :エピローグ :2013/11/07(木) 18:12
「Berryzからは誰が出るの?」

「キャプテンと千奈美ちゃん」

「五人で練習頑張ったからね。絶対勝つよ」

三人はガッツポーズして気合を入れていた。

あたしはライブ組だけど一つだけ気がかりなことがあった。
ライブの歌とダンスは全然いいけど、今日はニュースキャスターを
経験してみるという企画がある。

その企画にあたしと梨沙子の二人が挑戦することになっていた。
それに講師としてアップフロントの先輩でテレビ東京のアナウンサー
でもある先生がわざわざ来てくれることになっていた。
374 :エピローグ :2013/11/07(木) 18:14
大体ラジオでも自分の言葉でさえもカミカミのあたしが
難しいニュース原稿なんて読めるはずがない。
まあそこがおもしろいからやらせるんだろうとは思う。
でもあまりにもバカすぎて「中島いくらなんでも」と
言われるのが正直怖い。

しかもニュースキャスター企画はリハーサルにもきっちり入っていて、
これは本番はちゃんと読めよという意味なのかもしれない。
考えれば考えるほど結構プレッシャーだった。

でも一緒にやる梨沙子もそんなに得意じゃないはずだから、
二人で相談して何とか乗り切らなきゃと思う。
375 :エピローグ :2013/11/07(木) 18:16
午後になって愛理達三人はテレビ局へ舞美ちゃんとあたしは
会社からライブ会場へ移動した。

「ねえなっきぃ、アナウンサーの練習ってしてきた?」

舞美ちゃんが移動中のバスの中でいきなり聞いてきた。

「え?なんもしてないけど?」

マネージャーさんからも特に練習して来いとは言われなかったし、
あたしが聞いたのはそういう企画があるってことだけだ。
でもリーダーは何か聞いてるんだろうかとあたしは不安になった。

「あ、そうなんだ。特に何もしなくていいんだ」

舞美ちゃんが妙に納得してる顔をしてたからさらに不安になった。
376 :エピローグ :2013/11/07(木) 18:17
「え?ちょっと。舞美ちゃん何か聞いてるの?」

「いや。別に。ただニュースキャスターって読むの大変だろうなって思って。
それに会社からアナウンサーの先生来るんでしょ?」

「うん。それは聞いてる。けど会うのも今日が初めてだし」

「そっか」

舞美ちゃんは特に気にしてないようにそう言った。
ダンスや歌のセットリストはもう何回も練習した。
でも企画に関してはぶっつけ本番みたいな感じが多い。
リハーサルもあるからそれで十分なんだと思う。
というか今になってはそう願うしかない。
377 :エピローグ :2013/11/07(木) 18:19
会場に着くとBerryzのメンバーがすでに到着していた。
Berryzは梨沙子、雅ちゃん、熊井ちゃんの三人で℃-uteと合わせて
五人でライブをすることになっていた。

「みんなよろしくね」

お互いに挨拶したあととりあえず楽屋にみんなで移動する。
梨沙子は雅ちゃんと熊井ちゃんと並んで歩いてる。

「りーちゃん」

あたしは思い切って後ろから話しかけた。

「この前は本当にありがとう。話しつきあってくれて」

「ううん」

梨沙子は笑顔で首を横にふった。
378 :エピローグ :2013/11/07(木) 18:21
「なっきぃと二人でホテルで話したんだ。まぁとのイベントの時大阪で」

隣にきた雅ちゃんに梨沙子が言った。

「へえ。いいなあ。泊まりのロケのときって楽しそう」

雅ちゃんがうらやましそうに言う。

「なっきぃってめちゃくちゃ可愛いんだよ。
そっちの部屋いってもいい?って。すっごいキュンとしちゃった」

梨沙子がそんなことをみんなの前で言うからあたしは
顔が熱くなってしまった。

「なっきぃさすが!」

雅ちゃんが言うと舞美ちゃんまで「何の話?」と興味津々に近寄ってきた。
379 :エピローグ :2013/11/07(木) 18:23
「いやあその悪乗りしちゃって・・・」

あたしは思わずその場をとりつくろうように言う。
本当は梨沙子に愛理が元気になったとお礼を言いたかったけど
そんなことを言う雰囲気じゃなくなってきた。

しょうがないのでまた別の機会にしよう。

そう思っていたら梨沙子が急にあたしのそばに並んできた。

「ありがと。なっきぃ」

梨沙子がはにかんで笑った。

「あの日ぐっすり眠れた。なっきぃのおかげだよ」

そう言うと梨沙子はすぐに雅ちゃんのところへすっと戻っていった。
お礼を言うのはこっちのはずだったのに何故か逆になってしまった。
380 :エピローグ :2013/11/07(木) 18:25
梨沙子とこんなに仲良くなれるならもっと前から仲良くなっておけばよかった。
そう思ったけど人との出会い方って年齢もタイミングもいろいろなんだと思う。
あたしと梨沙子はこの時に出会ったからこそあたしも自分が抱えてる悩みを
話せたし、梨沙子もそれを聞いてくれたのかもしれない。

全ては偶然とタイミング。

そう考えれば今からあたしを待っている全ての出会いが
もっと楽しくなるような気がした。
381 :エピローグ :2013/11/07(木) 18:27
ライブのゲネプロは予定通りに順調に終わった。
後は企画のリハーサルだけとなった。
ニュースキャスター体験企画をするのはあたしと梨沙子の二人だけだ。

あたしと梨沙子以外の他のメンバーは楽屋か、ステージの前の観客席に
はけていく。

見ると講師の先生がすでにステージ上まで来ているので
あたしと梨沙子は急いで挨拶した。

「ライブ中の企画と聞いていますが、会社からは本気でニュースキャスター
目指すのと同じように厳しくやってくださいと言われてます」

それを聞いた瞬間、あたしは自然と遠い目になる。

「読み方とかイントネーションとかそのへんはきちんとやりたいと
思いますので」

目は笑ってたけどこの人絶対心の中じゃ笑ってないよ。
あたしは苦手な勉強の世界に引き戻されたような
すごく嫌な緊張感に包まれた。
382 :エピローグ :2013/11/07(木) 18:29
梨沙子も目を細めていかにも苦手そうだ。
まあ梨沙子と一緒なら怒られても案外おいしいかもしれない。

とにかくあたしはあたしなりにやるしかない。
そう覚悟を決めた。
「本番は違う原稿をやってもらいますので、それでは中島さんから
お願いします」

いきなり机に座って本番さながらにやらされた。
原稿にはなにやら難しい漢字がたくさん並んでいた。

ていうかこれ絶対あたしのバカさでファンの人の笑いをとろうとしてる。
愛理がいたら代わって欲しい。
そう思ったけど愛理は大事なテレビの仕事なわけで来れるはずもない。

「中島さん、お願いします」

講師の先生の鋭い声がとんできた。
仕方なくあたしは強引に原稿を読み始めた。
383 :エピローグ :2013/11/07(木) 18:32
「えと。藤本美貴容疑者がぬすむで・・・」

「窃盗」

「えー、せっとうで・・・」

漢字が全く読めない。
本気で読めない。
何が何だかさっぱり分からない。

藤本さんが何か悪いことをして警察につかまったという
原稿だってのは分かるけど。

隣に座ってる梨沙子は笑っているだろうなと思って見てみたら
深刻そうな顔をしていたからますますやばいと思った。

「あの、これくらい読めないと社会人としてやっていけませんけど」

さっそく厳しい言葉が飛び始めた。
384 :エピローグ :2013/11/07(木) 18:34
「はい。すいません・・・」

あたしはわざと泣きそうな声で返した。
これじゃあたし完璧に学校にいるときと同じモードだ。

「それに声の調子が話してるときと変わりません。
もっと聞き取りやすいスピードで」

「はい」

「藤本美貴容疑者が窃盗の疑いで逮捕されました」

やっと一文が言えた。

「子供じゃないんだから、本番はもっと厳しくやりますね」

先生の言葉がびしっとつき刺さった。
385 :エピローグ :2013/11/07(木) 18:35
でもいくら怒られてもいい。
これが学校でのもともとのあたしの姿なのだ。
だからどうかファンの人に引かれませんように。
あたしはそれだけを願っていた。

梨沙子は原稿読みだけは無難にこなしていたが、
さっきまでと全然様子が違った。

何か微妙に声が震えていたり、何か怒ってるのかなって思うくらい
読み方が雑なところもある。

さっきまでにこにこ笑ってたのにぶっきらぼうで笑顔もない。
講師の先生怒らせなきゃいいけどとあたしは冷や冷やした。
一体どうしたんだろう。
梨沙子はこんなに気分にむらがでるような子じゃない。
386 :エピローグ :2013/11/07(木) 18:38
リハーサルが終わって梨沙子にどうしたのか聞きたかったけど
梨沙子はあたしに顔を合わせることもなく、
さっと袖のほうに走っていってしまった。

一瞬、あたしが何か梨沙子を怒らせるようなことをしたのか考えたけど
思い当たることは何もない。
そもそもリハーサルの直前まで普通に話していたのだ。

楽屋に戻ると梨沙子と雅ちゃん達が普通に話していた。
だからBerryzの中で何かあったとも思えなかった。
387 :ES :2013/11/07(木) 18:38

今回の更新を終わります。
388 :エピローグ :2013/11/14(木) 20:31
「梨沙子から聞いたよ。なっきぃ、大変みたいだね。
ニュースキャスター。あたしピエロでよかったあ」

雅ちゃんがあたしの姿を見てすぐにそう言った。
雅ちゃんは企画でピエロの格好をしてジャグリングという
手品みたいなことを熊井ちゃんとする。
雅ちゃんのピエロの姿がこれが超絶に可愛いのだ。

「うちら厳しいよね。何か」

梨沙子があたしにぽつりとそう言った。
どうやらあたしに怒ってるわけじゃないことが分かってほっとする
389 :エピローグ :2013/11/14(木) 20:32
そもそもがあたしの勘違いなのかもしれない。
でも梨沙子の表情はライブ前だというのに何かうかない感じだった。
やっぱり原稿の読み方でいろいろ注意されたのが嫌だったのか。

でも講師の先生に梨沙子はあたしほどは注意されてはいなかったし、
どうにもよく分からない。

不思議に思いながらも時間となりあたし達は舞台裏へと移動した。
そしてみんなと円陣を組む。

「ベリキュー!ドッカーン!」といつもの気合入れでライブが始まる。
このライブ期間中ベリキューの中でいつもメンバーが変わるけど
絶対に同じ掛け声で始まる。

12人共通の合言葉があるみたいであたしはうれしかった。
この掛け声を聞いてからはもう前に向かって突っ走るだけだ。
390 :エピローグ :2013/11/14(木) 20:35
そして「超HAPPY SONG」から本番が始まって会場が一気に盛り上がると
梨沙子の様子とかニュースキャスター企画の不安とか全然気にならなくなった。

やっぱりこれはライブであたしは歌手なんだって思う。
とにかく歌って踊ってたらそう思える。
それで十分なのかもしれない。

そして待ちに待った企画の時間がやってきた。
キャスター用の衣装に着替えてあたし達はスタンバイした。
リハーサルのときと原稿が違うのでほとんどぶっつけ本番みたいなものだ。

ただ雅ちゃんの手品みたいに失敗しちゃいけないものでもない。
いや本当はカッコよくニュース原稿を読めればいいんだろうけど
そんなことはできるはずはない。

だから失敗して笑いをとるもんだからとあたしは完全に気を抜いていた。
391 :エピローグ :2013/11/14(木) 20:37
最初に原稿を読むのはリハの時とは逆で梨沙子が先だった。
しかし梨沙子はメガネをかけてキャスター風にスーツを着ても可愛い。

「きゃりーぱみゅぱみゅさんが・・・」

いきなり梨沙子の口から出てきた言葉がそれだったから思わず吹いた。

梨沙子の友達とはいえよく噛まずに言えると思った。
梨沙子もあたしと同じレベルに漢字が苦手なのに何とか読んでいる。

これは完全にあたしの方がまずいパターンだなと思った。
でも梨沙子の表情が何か固い。
最後のほうになってくると疲れてきたのか最初に言えたきゃりーぱみゅぱみゅまで
噛んでしまった。
392 :エピローグ :2013/11/14(木) 20:39
「声が可愛すぎるのでもっとトーンを落として」

「五時五十五分ね。もう一度」

注意されるたびに梨沙子が不機嫌になっていく気がする。

「もう一度やり直してください」

先生の厳しい声がとんだ。
本番中でファンの人も見てるのにそんなに厳しくやらなくてもとあたしは思った。
でもそういう企画なんだから仕方ないといえば仕方ない。

「じゃあ今のところまで要約して話してみてください」

梨沙子はそのまま黙ったままだ。

「いや、あたしはアナウンサーじゃなくてアイドルなんで」

梨沙子がそう言った。
一瞬会場が静まり返った。
393 :エピローグ :2013/11/14(木) 20:40
「菅谷さんはモチベーションに問題があるようですね」

先生は少し笑って言った。
その後会場がどよめいた。
何かファンの人に場を取り繕ってもらった感じだ。

司会の方も一生懸命にその場を持たせようとしている。

「私はアイドルだからアナウンサーにはなりません」

でも梨沙子はそう言ってステージ裏に戻ってしまった。
そういうふうに見えた。

次の曲の準備があるからそういう流れで間違ってはいなかった。
けど何だか怒って帰ってしまったみたいで微妙な空気が漂う。

梨沙子は一体どうしたのかさっぱりあたしには分からなかった。
というよりあたしはあたしの方でいっぱいいっぱいでそのときは
梨沙子のことを考えてる余裕がなかった。
394 :エピローグ :2013/11/14(木) 20:42
原稿はリハーサルとの時と似ていて藤本さんと旦那さんの庄司さんの話だった。
大体の流れはわかるからいけるなかと最初思ったけどやっぱりダメだった。

「東京都、ちゅうく?中区、なかく?でミキティーと叫ぶ男性が」

漢字が多すぎてさっぱり読めない。

「現在、証拠のゆうむ、有無?うむ?を調べて」

とにかく合ってようとあってなかろうと突き進むしかない。
あたしは間違えまくりながら根性で読みすすめた。

「中島さんは声がアイドルで可愛すぎるんです」

先生から注意された。
でも会場は「オー」という感心した声。
それだけであたしはもう満足だった。
395 :エピローグ :2013/11/14(木) 20:44
再び声質を落としてもう一度読んでみる。
漢字の読み方はめちゃくちゃだったけどでもそれなりに会場は沸かせた。
と思うことにした。

ライブはそのまま後半戦に突入した。

梨沙子は迫力のある歌声を響かせる。
笑顔も可愛くて普段と全然変わらなかった。

さっきまでの不機嫌な感じは全然残ってない。
でも今日の梨沙子の感情の不安定さは一体なんだったんだろうとあたしは思う。
あたしはまだ梨沙子と仲良くなってそんなに時間がたってない。

梨沙子はもっと奥が深くてあたしがまだ梨沙子のことを理解しきれてないのかもしれない。
396 :エピローグ :2013/11/14(木) 20:46
愛理のことだってあたしはあんなに自分を責め立てるような
激しい一面があることを震災を経験するまで知らなかった。

梨沙子にはあたしが知らないもっと別の一面があるのかもしれない。
雅ちゃんなら、Berryzの子達はもうそんなことは全部知っているんだろうなと思う。
あたしは出来たら梨沙子のそんな深い部分まで分かり合えるようになれたらと思う。

でもそれは今までみたいな可愛い子と仲良くなりたいというミーハーな気持ちじゃない。
愛理のことで力になってくれて自分を助けてくれた大切な存在としてそうなりたい。
梨沙子のことを考えてたらBerryz工房に嫉妬してるみたいな変な気持ちになった。
397 :エピローグ :2013/11/14(木) 20:47
ライブは盛り上がって無事に終えることができた。
でもあたしは梨沙子のことがどうしても気になっていた。

公演後にはステージ裏で5人で写真を撮ったりした。

「なっきぃ、ニュースキャスター大変そうだったけどよかったよ」

珍しくリーダーに褒められた。

「舞美ちゃんの太鼓もよかったじゃん」

そう言うと舞美ちゃんはうれしそうに笑った。
全くこの人の笑顔は二十歳になるのに小学生みたいに幼く見える。

「愛理達どうだったんだろ」

舞美ちゃんがそう言ってあたしはテレビ組のメンバーのことを思い出す。
398 :エピローグ :2013/11/14(木) 20:48
「ダンスバトル。勝ったかな。後でメールしてみよ」

あたしは言った。
Berryzのメンバーは打ち合わせがあるみたいで、あたし達は先に楽屋に戻った。

「今日は家族で予定があるんだー」

着替えが終わった舞美ちゃんがにこにこして荷物をまとめながら言う。

「そっか。待ち合わせしてんの?」

「うん。もう駅まで来てくれるって。今メールがあった」

「じゃあ急がなきゃだね。お疲れ」

あたしがそう言うと舞美ちゃんはカバンを片手に持つと風を切るみたいに
颯爽とドアに向かった。
399 :エピローグ :2013/11/14(木) 20:50
「じゃ、なっきぃ。また」

言ったところでドアか何かにぶつけたらしくガタンと大きな音がする。

「ちょっと気をつけてよ」

あたしが笑って言うと舞美ちゃんが「わかったー。ごめんよー」とか言って
廊下から外を走っていった。

楽屋にはあたし一人になった。
急にあたりが静寂になって寂しくなる。
たくさんの歓声がひびくステージについさっきまでいたからその落差はなおさらだ。

さて。あたしも帰ろっかな。
そう思ってバッグを手にとる。

帰る前に一瞬、髪型やメイク直しが大丈夫か鏡をのぞいて見たところだった。

ドアが開く小さな音がした。
あまり静かな音だったから最初あたしは誰かが入ってきたことに気づかなかった。
400 :エピローグ :2013/11/14(木) 20:52
「梨沙子」

あたしが呼んでも梨沙子はまるであたしの声が聞こえてないみたいにして
そのまま進んでいく。

テーブルの上に置いてある自分のバッグをとると引き返してそのままドアに向かう。
梨沙子は泣きはらしたあとのような暗い顔をしていた。

「梨沙子、どうしたの?」

あたしは梨沙子に近づいて言った。
近くで見ると一瞬、泣き出すんじゃないかというぐらいの切迫した梨沙子の顔だった。

でも梨沙子はあたしに何も言わずに軽く会釈するような動きをとってそのまま
出て行ってしまった。
401 :エピローグ :2013/11/14(木) 20:54
「ちょっと梨沙子!」

あたしは梨沙子に追いついて無理やり腕をつかんだ。
振り払われるかと思ったけど梨沙子はそうしなかった。

「ごめんなさい」

梨沙子はやっと聞き取れるぐらい小さな声でそう言った。
そしてすっと顔をそむけると、一気に廊下を駆け出した。

「梨沙子、待ってよ」

あたしは梨沙子を追いかけた。
梨沙子は後ろを振り返ると追いつかれると思ったのか、ぎょっとした表情をした。

すぐ近くの小部屋へ逃げるように駆け込んでいった。
あたしは急いで梨沙子に続く。

ドアノブを回すと鍵はかけられなかったみたいで簡単にあいた。
梨沙子は窓際に立って左右を見渡してる。
でもどこにも逃げ場はなかった。

あたしが中に入ると梨沙子は観念したようにあたしを見た。
と言うかあたしには最初から梨沙子を追いかけないといけない理由なんてない。
402 :エピローグ :2013/11/14(木) 20:56
「梨沙子、どうしたの?今日、あたし何かしたかな?」

あたしがしゃべると何だかきつい言い方になる。
あたしが一歩近づくと梨沙子が後ずさりする。
まるであたしが梨沙子を追い詰めてるみたいでいやだ。
梨沙子は何を怖がってるんだろう。
何にそんなに動揺してるのかあたしには分からなかった。

「あたしがバカなだけだから。なっきぃは関係ないよ」

梨沙子は首を横にふった。

その部屋は使ってない予備の控え室みたいで赤いソファが一つだけ
置いてある以外は何もなかった。

きっとそのソファも他の部屋で邪魔になったのを仕方なくここに置いてあるみたいだった。
梨沙子はフラフラと歩き出すと崩れ落ちるようにそのソファに倒れ込んだ。
403 :エピローグ :2013/11/14(木) 20:58
「梨沙子、大丈夫?マネージャーさん呼んでこようか?」

あたしは梨沙子にかけよって言った。
てっきりあたしは梨沙子がライブの後に体調を崩したのだと思った。

梨沙子はゆっくりと首を横にふった。

「あたし、みやに見捨てられちゃった」

梨沙子は絞り出すようにそう言った。

「今日のニュースキャスターのとこ。マネージャーとみやにめちゃくちゃ怒られた」

梨沙子がそう言ってやっと状況が飲み込めた。

「なっきぃにもすごく迷惑かけちゃった。本当にごめんなさい」

「いいよ。いいよ。あたしは別に」

あたしは言った。
404 :エピローグ :2013/11/14(木) 21:02
どうやら梨沙子に嫌われてるわけじゃないらしい。
それが分かってほっとした。
でも梨沙子の方は状況はもっと深刻みたいだった。

「ファンの人もせっかく来てくれてるのに。平日で忙しいのにあたし達に会いに
来てくれるのに。そんな意識が全然ないって。でもわかってる。
周りの人みんなを悲しい気分にさせて、自分でも最低だと思うよ」

梨沙子の言うことをあたしはうんうんと聞いていた。
でも一つ納得できないことがある。

梨沙子が何であんな態度をとったのかだ。
梨沙子もあたしもこの仕事は長い。
自分の思う通りにならないことだってそれこそ何百回も経験してきてる。

「でも」

梨沙子はそう言っただけで黙ってしまった。
405 :エピローグ :2013/11/14(木) 21:04
「でも、なんなの?」

あたしが言っても梨沙子は泣いて目をつむるばかりで何も話してくれない。

「梨沙子、本当は自分が注意されてムカついてあんな態度とったんじゃないんでしょ?」

あたしは梨沙子に言った。

「何か他に理由があるんじゃないの?」

梨沙子は一瞬驚いた顔であたしを見てまたうつむいた。

「やっぱり。そうなんだ」

あたしにはそれだけでもう梨沙子の心の中が見えた気がした。

「それ、ちゃんと雅ちゃんに言った?」
梨沙子が首をふる。
406 :エピローグ :2013/11/14(木) 21:07
もともとぶっきらぼうなあたしの言い方がそんなつもりは全然なくても、
梨沙子を責めてるみたいになるのが嫌だった。
ただあたしは梨沙子があんな態度をとった本当の理由が知りたい。
そしたらあたしだって梨沙子の役に立つかもしれない。
あたしはそんなことばかり考えていた。

「ごめんなさい」

梨沙子はまた小さな声で言った。

こんなとき、何も言わずにただ抱きしめてあげたらいいのかもしれない。
実際梨沙子は大阪のホテルであたしが落ち込んでたらそうしてくれた。
でもあたしは梨沙子のために言わないわけにはいかない気がした。

「ねえ、りーちゃん、お願いだからあたしにもちゃんと教えてよ」

すると梨沙子は声をあげて泣き始めた。
ついにあたしも生まれて初めて女の子を泣かせてしまったと思った。
後悔してももう遅かった。
梨沙子が泣いてるのはあたしのせいだ。
407 :エピローグ :2013/11/14(木) 21:11
「・・・腹が立ったの・・・」

その時、絞り出すように梨沙子が言った。

「だってあの先生、なっきぃのこと何も知らないくせに」

あたしはそのときはっとなった。
元々あたしが知らない別の顔を持つ梨沙子なんてどこにもいなかったのかもしれない。

「社会人としてどうとか関係ないじゃん。なっきぃは優しくて思いやりがあって
すごい人なんだよ。自分が言われるのは我慢できる。
でもなっきぃがそんなことを言われてたらあたし、腹が立ったよ。ものすごく」

梨沙子は嗚咽して言う。

「だから我慢なんて出来なかった」

絞り出すような梨沙子の声があたしの胸に突き刺さった。

あたしの、、せいだったんだ。
梨沙子の言葉であたしは全て納得できた。
あたしはなんて鈍感だったんだろう。

「それで、あんな態度とったの?」

あたしの言葉に梨沙子は静かにうなずいた。
408 :エピローグ :2013/11/14(木) 21:15
「りーちゃん、ごめん」

あたしは言ってももう時すでに遅く、梨沙子はまた泣き始めた。
どうしよう。何もできない。

あたしは泣いてる梨沙子を傍でじっと見つめてることしか出来なかった。
こんなとき梨沙子の周囲の人は、Berryzのみんなはどうやって梨沙子を
支えてきたんだろう。

10年近い歴史があるBerryz工房の代わりをすることなんて
あたしにはできるはずもなかった。

どうしたらいい。

あたしは携帯を取り出した。

こんなとき、梨沙子の味方になってくれる人。
雅ちゃんは今は無理だし、キャプテン?茉麻ちゃん?
それとも桃ちゃんは意外と梨沙子の話を聞いてくれるのかもしれない。

でも、みんな電話で話したことないし分かんないよ。
そう思ったらあたしが頼れる人はたった一人しかいなかった。
409 :ES :2013/11/14(木) 21:17

今回の更新を終わります。
次回が最終回になります。
410 :名無飼育さん :2013/11/14(木) 23:40
涙が‥‥。
毎週楽しみに読んでいます。次の更新も待ってます。
411 :ES :2013/11/21(木) 15:15
>>410
レスありがとうございます。
今回で最終更新となりますが、また飼育で連載したときに
お会いできるとうれしいです!
412 :エピローグ :2013/11/21(木) 15:17
「愛理?今どこにいる?」

「もしもし、なっきぃ?今仕事終わったとこだよ」

愛理の声を聞いてあたしはほっとした。
いつものようにというより、いつも以上に愛理の声がのんびりしていた。
でもあたしは息もつかない調子で梨沙子のことを話した。

梨沙子を見るとソファに横になって突っ伏したままだ。

「りーちゃんが、、あたしのせいで」

梨沙子が何も悪くないことを愛理に必死に訴えた。
このままじゃあたしも納得できなかった。
413 :エピローグ :2013/11/21(木) 15:20
「分かった。すぐそっち行く」

愛理はすぐにそう言った。

「来るって!?ここ横浜だよ」

「分かってる」

愛理は冷静に言った。

「愛理、今どこ?」

「日テレ」

「無理じゃん」

「大丈夫。すぐ行くから梨沙子と待ってて」

愛理は明るく言い切った。
414 :エピローグ :2013/11/21(木) 15:36
「りーちゃん、愛理が来てくれるって」

あたしが言うと梨沙子は虚ろな目をしている。

「愛理が聞いたら怒るだろうな。みやみたいに。なっきぃまで巻き込んじゃって」

「そんなことないよ」

あたしは梨沙子を勇気づけるように言う。
でも梨沙子はうつむいたままソファに倒れ込んだまま床を眺めているだけだった。

「雅ちゃんだって本当の理由知らなかったから怒っただけだよ」

あたしがそう言うと梨沙子は力なくうなずいた。
415 :エピローグ :2013/11/21(木) 15:38
雅ちゃんに本当のことを言って。
そしてあたしのことなんてそんなに気にしなくていいから。
そう言おうとしたけど梨沙子の顔を見てたら言えなくなった。

一体誰が梨沙子の気持ちを否定できるんだろう。
あたしにだってそんなことできない。
梨沙子は心は本当に不器用でそしてまっすぐすぎる。

梨沙子は今度は仰向けになって目を閉じた。
あたしは梨沙子の横に腰掛けるとゆっくりと手を握った。
それぐらいしかあたしに出来ることはなかった。
でもそうすると梨沙子も落ち着いたみたいだ。

そのままあたし達はじっと愛理が来るのを待った。
「なっきぃ、ごめんね。あたしのせいで」
しばらくすると梨沙子が目を開いて言った。
416 :エピローグ :2013/11/21(木) 15:39
「あたしだったらもう大丈夫だから。自分でやったことは自分で責任取るよ。
スタッフさんにも謝ってくる」

「梨沙子、もうすぐ愛理が来るから。それからにしようよ」

あたしは梨沙子に優しく言う。

「だって愛理、来てくれるって言ったって今日テレビでしょ。
キャプテンと一緒だって聞いたよ」

「それが今から来るって」

あたしは笑って言う。
愛理が来たからって何かが変わるわけじゃない。
でも今の愛理ならきっとあたし達に違う何かを与えてくれる。
あたしはそんな気がした。
417 :エピローグ :2013/11/21(木) 15:42
「変わり者だな。相変わらず」

梨沙子も少しだけ笑ってくれた。

「でも、愛理変わった。前に比べて何か優しくなった。
前の愛理が優しくなかったわけじゃ全然ないけど」

梨沙子は言った。
あたしには梨沙子の言ってる意味がよく分かった。

「きっと強くなったんだよね」

あたしが言うと梨沙子がうなずいた。

「そう。強くて優しくなった。それってなっきぃのせい?」

「違うよ。愛理がいい方向に変わったとしたら、それはチーム℃-uteのおかげ」

あたしは言った。
418 :エピローグ :2013/11/21(木) 15:43
「チーム℃-uteかあ」
梨沙子はうつぶせになっていた体を起こして天井を見た。
梨沙子はそのまま両手を組んで目を閉じた。
何だか女神がお祈りをしているみたいだ。

「梨沙子」

あたしが呼ぶと梨沙子は目を開けた。

「お祈りしてた。チーム℃-uteがなっきぃや愛理や℃-uteのみんなの
力になりますようにって」

梨沙子が微笑んでいった。

そのときバタンとものすごい勢いでドアが開いた。
そのままの突進するような勢いで愛理が中へ駆け込んできた。
419 :エピローグ :2013/11/21(木) 15:44
「愛理!?」

愛理が黒い髪をバサバサにして息をはあはあしてる。
まるで東京から走ってきたみたいだ。
あたしが時計を見ると愛理に電話してからまだあまり時間がたってない。

「愛理、本当に来たの?」

「もちのロンのスケよ」

愛理は勢いよくそう言った後、胸を抑えてはあはあした。

「どうやって?まさか走ってきたわけじゃないでしょ?」

「タクシーぶっ飛ばしてきた」

愛理はあたし達にドヤ顔を見せた。
420 :エピローグ :2013/11/21(木) 15:47
「どうしてもさ・・・どうしても・・二人に・・・言いたいことがあったから」

愛理は呼吸を整えながら息を切らせている。

「今日のダンスバトルは・・・負けちゃったけどさ。もう、負けたくないんだ」

愛理は力強く言った。
あたしと梨沙子はソファに座ったまま愛理を見つめてる。
そして愛理はあたし達の前にまるで仁王立ちするみたいに立ちふさがった。

「私は、鈴木愛理は二人のためになんかしたい。
なっきぃと梨沙子のためにもっともっと何かがしたいよ!」

言った瞬間愛理の立っている床から何かがものすごい勢いで
浮き上がってきているのを感じた。

やがてそれが届いて初めてそれが風だということが分かった。
愛理が風に包まれてる。
あたしと梨沙子は思わずお互いに見つめあった。
421 :エピローグ :2013/11/21(木) 15:49


-------------------------
422 :エピローグ :2013/11/21(木) 15:50
梨沙子が愛理が起こした風に気づいてたかどうかは分からない。
だけど梨沙子は、そのあとまるで何もなかったように元気になった。
愛理のおかげできっと積み上がっていた悔しい気持ちが嘘みたいに
晴れていたんだと思う。

あたしは、あのとき感じた風のことを愛理本人にも梨沙子にも言わなかった。
愛理の気持ちだけは十分に伝わってきたから何も言わなくてよかったのだ。

でもあたしはそれからも時々感じる。
愛理が歌うとき、演技するとき、ファンに向かって話すとき、うれしかったとき、
愛理が起こす風をいつも感じる。

それはちょっぴり海の匂いと森の香りがして時に激しくて時々ゆるやかで、
チーム℃-uteの中で、あたし達℃-uteの真ん中で心地よく吹いている。
423 :エピローグ :2013/11/21(木) 15:52

「Extra story」

424 :エピローグ :2013/11/21(木) 15:53
「ねえ。なっきぃ」

それからしばらくたってから愛理に相談された。
そこは、前にも愛理と話したスタジオ近くの公園だった。
話があるというから休憩時間に愛理と二人でスタジオを出てきたのだ。
公園の中は相変わらず緑に囲まれていたけど冬に向かう季節のせいで
時々ぴゅうと冷たい風が吹いた。

愛理は寒そうに首をすぼめて歩いていたけど見つめる視線は力強くて
何だか頼もしく思えた。

「あの。りーちゃんのことなんだけどさ」

公園に着くと急に愛理が動揺したみたいに視線をきょろきょろさせて言った。
425 :エピローグ :2013/11/21(木) 15:54
「りーちゃんがどうかした?」
あたしは言った。愛理は考え込んだみたいに答えない。
「喧嘩でもした?」
「違うよ」

愛理は真顔で首をふった。

「あの子、Berryzにべったりの子だから仕方ないのかもしれないけどさ。
みやの言うことに影響されすぎてると思うんだよね」

「うん。それがどうかした?」

うなずいたものの梨沙子が雅ちゃんに影響受けるのなんて当たり前のことで、
今さらどこが問題なのかあたしには分からなかった。
426 :エピローグ :2013/11/21(木) 15:55
「梨沙子には梨沙子の良さがあると思うし。
もっと自分でいろいろ決めちゃっていいと思うの。
実際さあ。一人の時はりーちゃんて自分をしっかり持ってる子なんだよ」

「うん。まあそうだけど」

「だからもっとこうさあ。みやだけじゃなくて他の人間もいるってこと
わかってほしいっていうか」

他の人間って愛理自身のことだとあたしはすぐに分かった。

「へえ」

愛理がそんな嫉妬みたいなことを言うなんてあたしは逆に感心した。

「何?」

愛理があたしを見て言う。
「梨沙子を雅ちゃんにとられちゃって悔しいってこと?
そんなの長いことほったらかしにするからじゃん」

あたしはあきれて言った。
427 :エピローグ :2013/11/21(木) 15:58
「いやいや。私が言いたいのはそういうことじゃなくて」

愛理がこんなに自分自身のことを訴えかけてくるなんて本当に新鮮だった。
いつも愛理は笑ってあたしのずっと前を走っていたから。

「あはは。愛理っておもしろいね」

だからあたしは思わず笑ってしまった。

「ねえ、なっきぃ、これ一応真剣な相談なんだけど」

「傍にいてあげたらいいじゃん」

「え?」

「そんなに好きならさ。りーちゃんの傍にいてあげたらいいんだよ」

愛理の白い顔がさっと桃色に変わった。
428 :エピローグ :2013/11/21(木) 16:00
こんなに爽やかな失恋ならあたしは受け入れることができる。
あたしは愛理を置いて公園を歩き始めた。
本当に緑がきれい。

葉っぱの一つ一つが本当に生きているってことを見せつけてるようだ。

「で、でもさ。グループ違うと本当に疎遠になっちゃって」

愛理があたしを追いかけて言う。

「できるよ。もう一度同じグループで歌うこと」

あたしは確信的に言った。

あたしがそれを見てしまったのはラジオ収録の帰りに会社に寄ったときだった。
マネージャーさんのデスクの傍に「Berryz工房×℃-ute対決企画」という書類が
無造作に置いてあった。
対決企画でビリになった人の罰ゲームが内容が何とお互い違うグループに
一定期間入るっていうことだった。
429 :エピローグ :2013/11/21(木) 16:01
「今度のBerryzとのイベントでね。Berryzに勝ったら梨沙子を℃-uteに入れられる」

あたしは言った。愛理はまだきょとんとしてる。

「あたし見ちゃったんだ。次の対決企画の罰ゲームの内容」

「そんな。でもりーちゃんからBerryzをとることなんて出来ないし。
そんなの梨沙子が可愛そうだよ」

「大丈夫。一時的にだから」

あたしは笑って言う。

「だから梨沙子と℃-uteのみんなでライブやろう。もう一度キッズ時代にもどってさ」

あたしは愛理より先に駆け出した。
430 :エピローグ :2013/11/21(木) 16:03
「ちょっとなっきぃ。待ってよ」

愛理が追いかけてくる。
だけど簡単に追いつかれてなんてやんない。

陽光に包まれた緑の木々がくっきりとあたしの視界に入ってくる。
かけるあたしのすぐ横を心地よい風がよぎっていく。

あたしはこの先もずっと愛理と一緒に歩んでいきたい。
でもそのためには、愛理よりもずっと早く走ってなきゃいけない。
例えば今感じる風みたいに。

だから決めた。
あたしは愛理のずっと前を走る。
そして愛理に吹く風になるんだ。

431 :エピローグ :2013/11/21(木) 16:07
「風の中の愛理 〜エピソード0〜」了。
水板「時にはそれは風のように」へ続く。


 
432 :ES :2013/11/21(木) 16:14

以上で完結です。
ここまでおつきあいいただいた方ありがとうございます。
そしてレスいただいた方もありがとうございました!

℃-uteの物語はまたリアル設定で書こうと思ってます。
HPに他の小説も載せてます。あとブログもやってますので覗いて
やっていただけると大変喜びます。。
ttp://easestone.web.fc2.com/
433 :名無飼育さん :2013/11/21(木) 17:07
更新お疲れさまでした。そして、前作にこんな風に繋がるんだと驚きました。是非また新作待ってます!ありがとうございました!
434 :名無飼育さん :2013/12/10(火) 19:37
素敵なひとときをありがとうごさいました。登場人物の息遣いがきこえてきそうな臨場感があって、ひきこまれました。
このお話が大好きです。
435 :ES :2014/02/06(木) 19:10
>>433
遅くなりましたがレスありがとうございます。
ご期待に添えるかどうか分かりませんが新作書いたので
あげますね。

>>434
遅くなりましたがありがとうございます。
リアルを書いてるとそう言っていただくのが
とてもうれしいです!
ありがとうございました。
436 :ES :2014/02/06(木) 19:12
ももりしゃあいり中心です。
短編なので来週完結します。
よろしくお願いします。
437 :この風が来た道 :2014/02/06(木) 19:14
私がすごく好きなのは、桃が不意に見せる梨沙子への優しさだ。
それを見た瞬間いつも気を張ってる私が抜け殻になるみたいに
心が温かくなる。

梨沙子に嫉妬しない。
それは決して強がりなんかじゃなく私の誇りだ。

私はみんなが思ってくれているほど穏やかな人間なんかじゃない。
むしろ気が強くて自分勝手でわがままな性格だ。
みんなが好きだと思ってくれてる私はきっとそんな私じゃない。
そんなふうに悩んでアイドルとしての理想と現実のギャップを
少しでも埋めようともがいてた。

そんな毎日を必死でおくってるといつの間にか
「ありのままでいいんだよ」なんてキラキラワードに
誘惑されてしまう。

そして駄目な自分をそのまま受け止めてくれる人をいつも探してた。
438 :この風が来た道 :2014/02/06(木) 19:16
私の目に付くのはいつも表面的なことばかり。
ダンスパフォーマンス、歌、歌唱力。
もっとうまくなりたい。
もっと目立ちたい。

空を見るように上ばかり見上げていても、
結局自分にないものは永久に手に入らない。
それでも私は必死に両手を広げて空を飛ぼうとする。

目の前にはきらびやかな世界が、青くて美しい空が
一面に広がってる。
こんなところで立ち止まってるわけにはいかない。
そしてここで吹く風に乗って私は飛び立ちたい。

アイドルとしての意地とプライドが私を突き動かす。

「愛理、そうじゃなくてさ。もっと違うところから飛んでみたら」

そのとき、急に桃の声が聞こえたような気がして
私は思わず全身の力を緩めた。
そして次の瞬間には一気に力が抜けてしまって笑ってしまう。

私が桃のことをすごく好きになったのは、Buono!で起こった
ある事件がきっかけだった。
439 :この風が来た道 :2014/02/06(木) 19:18
そのとき私達はBuono!ライブの真っ最中だった。
私の頭の中はBuono!でいっぱいだ。
私は℃-uteの鈴木愛理ではなく、Buono!の鈴木愛理に
頭を完全に切り替える。

バックバンドは 「Dolce」さん。
チームメンバーはみやと桃の二人だけだと思う。

耳の奥では激しいロックバンドが鳴り響き、
ダンスと激しいパッションだけが私を支配する。

特に今回のRe-Buono!のライブはアイドルを脱ぎ捨てて
私達は完璧にロックバンド路線に向かっていた。

ツアーを周りながら振り付けも見せ方も変えていく。
短期勝負のBuono!ライブは本当にその場その場の勢いが大切だった。
440 :この風が来た道 :2014/02/06(木) 19:20
「れでぃぱんさーの振り付け、というか入り方変えてみたいんだけど」

桃から提案があったのは初日のライブが終わってすぐだったと思う。
「れでぃぱんさー」は桃がセンターの曲だし、
今回のバンドでも一番の盛り上がりの曲だ。
桃にとっても一番思い入れのある曲だと思う。
私達はすぐに桃の提案を受け入れてスタッフさんと話し合った。

「メンバー紹介から間奏が少しあると思うんですけど。
 ここナシでいきなり曲に入りたいんですよ」

桃が真剣な表情で言った。

「れでぃぱんさー」は「Dolce」のメンバー紹介から間奏の後に
曲へ入る。
桃がセンターで一直線に右手を掲げて一気に曲が始まる。
桃の刺激的な提案はどこのぷりぷりアイドルが言っているのだろうと
本当に不思議になる。
441 :この風が来た道 :2014/02/06(木) 19:22
「そうだね。そのほうがいいかもしれない」

みやが桃の横にすっとあゆみ出てスタッフさんに言う。

私は変更されたら入り方のタイミングはどうなるんだろうと
頭の中でシュミレーションするので精一杯だった。
三人でDolceさんのメンバー紹介から曲の入り方を
すぐに合わせてみる。

みやと桃の二人は真剣そのもので笑い一つない。
それは変な緊張感とか場がギスギスしているわけでは全然ない。
ただ集中して、ライブと音楽のことで頭をいっぱいにしているという
研ぎ澄まされた空間だった。

私はこんな一瞬を℃-uteでは味わったことがない。
だからBuono!でいられるこの時間をとても幸せに感じた。
あっという間に三人で新しい振り付けが出来上がる。

こんなことは℃-uteじゃ絶対にありえないことなのに
Buono!だったら当たり前にようにやれてしまうことに
新鮮に感動した。
442 :この風が来た道 :2014/02/06(木) 19:24
「そういえばなっきぃに差し入れもらったよね。あれ食べようよ」

みやがタオルで汗を拭いながら言った。

私はライブに梨沙子となっきぃが来てくれたことを
今さらのように思い出す。

「お。いいね」

私はなっきぃからもらったシュークリームを思い出して
いそいそと食べ物の方へ駆け寄っていく。

「愛理、梨沙子に会った?」

「まだ」

桃の問に私は短く応える。
なっきぃはライブが始まる前に楽屋に来てくれたから会えたけど、
梨沙子にはまだ会えていない。

とはいっても梨沙子とはBuono!のこととかすでに昨日電話で
少し話していたからあまり気にしていなかった。
443 :この風が来た道 :2014/02/06(木) 19:25
差し入れもっていくという話はあったけど私はライブの後も
ミーティングがあるから会えないかもと言っていた。
梨沙子は梨沙子でBuono!の事情は理解してる人だったから
会えなかったら今度でいいと言ってくれた。

私は確か食べ物だったらミーティング抜け出してももらいにいくって
話したっけ。
梨沙子は電話の向こうで呆れてた。

「会ってきなよ。せっかく差し入れ持って来てくれてるんだから」

桃の言葉に一応うなずいてみるものの私の頭の中は
ライブでいっぱいだ。

「分かった。でもなっきぃと一緒なんでしょ?」

私はなっきぃが差し入れでくれたシュークリームをほおばる。
梨沙子を一人で待たせちゃ悪いけどなっきぃと一緒なら
きっと大丈夫だ。
444 :この風が来た道 :2014/02/06(木) 19:30
「梨沙子の差し入れって食べ物なの?」

私はみやにそれとなく聞いてみる。

「いいや。食べ物じゃないけど」

「あ、そう。じゃさっきの桃の話、もうちょっと振り付け
 確認してから行く」

私は桃のことを意識して言った。
普段の桃子のキャラを完全に脱ぎ捨てて、片足をステージの階段に
乗せて歌える桃子の存在が私には眩しかった。

「でも梨沙子待ってると思うけど」

桃が不満そうに私を見た。
私は桃の反応が意外だった。
445 :この風が来た道 :2014/02/06(木) 19:32
今回の振り付けも曲の入りの変更も桃が提案したことなのだ。
桃は自分が一番可愛いとか自分に一番注目して欲しいと
言っておきながら仕事では自分の意見には一定の距離をおいている。
いつも自分の考えより全体の意見を重視することの方が多い。

特にBuono!の会議なんかは、話を進めるために自分の提案が
いらないと思った瞬間、凍りつくほどの冷静さでそれを
投げ捨ててしまう。

それでいて卑屈さや悔しさみたいなものはこれっぽっちも
感じなかった。
446 :この風が来た道 :2014/02/06(木) 19:33
私達は普段からスタッフさんの言うとおりに歌ってきた。
振り付けの先生や演出を考えてくれる方の要求通りに歌って
ファンの人を楽しませるのがアイドルだと思ってきた。

だからこそBuono!で自分の意見を言ってみたり振り付けを
自分たちで考えたりすることに私はすごく価値をおいていた。
そんな私からすると桃という人間は全く分からない存在だった。

桃は私のことをじっと見ている。

「分かった。すぐ行くから」

桃の視線に責められてるような気がして私は観念してそう言った。
447 :この風が来た道 :2014/02/06(木) 19:35
そんなに梨沙子が大事かな。
私の頭の中は正直桃への不満でいっぱいだ。
いくら梨沙子が来てたってこの現場はBerryz工房じゃない。
Buono!なんだ。

自分が℃-uteからちゃんと離れている分、
桃にはその区別がきちんとついてないように思えた。

みやはどうなんだろう。
私はそんなときは大抵みやを頼ろうとする。

「みやは?もう梨沙子に会ったの?」

私はまるで助けを求めるようにみやに言った。

「会ったよ。さっき桃と一緒に。愛理も行ってきなよ」

でもみやにまでそう言われた。

「じゃあ嗣永はそろそろ次のロケ先に向かうんで」

そのときマネージャーさんが言った。
448 :この風が来た道 :2014/02/06(木) 19:36
桃はその言葉に小さくはいとうなずくとすぐに荷物をまとめだした。
今ライブが終わったばっかりだ。

私はその時はっとなった。
桃が忙しいというのはメンバーとしていつも心得てるはずだった。
でもそれは言われたらわかるぐらいの知識程度で、
桃の忙しさをまだ体感として感じたことがなかった。
体も喉も疲れてるのにまだそれを使わなきゃいけない。
さっきまでの桃への不満は一瞬にして、
まるで穴のあいた風船のように萎んでしまった。

「あ、そうだ桃、これ持っていって」

みやがさっとのど飴が入った箱を差し出した。
みやが渡したはソーダ味の飴で、ライブが終わった後に
私もよくもらったことがあった。
特に喉を酷使した後になめるととてもよく効く。
449 :この風が来た道 :2014/02/06(木) 19:38
「これ、全部あげる」

みやはその飴を箱ごと桃に渡した。

「おー。みや気が利くじゃん」

桃がうれしそうにそれを受け取った。
私はこんなときに全然気が利かない。
みやと桃のやりとりをじっと見ていた。

「あと、これも」

みやが一枚の写真を差し出す。
それはさっきライブが終わったあとに「Dolce」のみんなと
「Buono!」の三人でライブ会場をバックに撮った写真だった。
450 :この風が来た道 :2014/02/06(木) 19:40
「さっき出来たからってスタッフさんにもらった」

写真にはさっきのライブの熱気がそのままだった。
暗いライブ会場をバックにメンバー全員にフラッシュのように
前方から白い光が当たってみんなの顔が浮き上がるように
輝いて見えた。

特に桃が一番センターにいてマイクスタンドで振り上げて
満面の笑みでポーズをとっている。
その顔はアイドルとしての笑顔というより学校でキャンプに行って
撮った写真のように幼く無邪気な顔だった。

「みんな青春してるね」

桃が照れて人ごとのように言う。

「何言ってんの。桃もだよ」

みやが笑って言った。
みやはこのタイミングで桃に渡したかったのだと私には思えた。
451 :この風が来た道 :2014/02/06(木) 19:42
「そうだね」

受け取る桃の顔が輝く。
きっと桃は今日一日をこのライブで心を満たして
仕事に向かうんだろう。

「頑張れ。あともう一本でしょ?」

「何が?」

「ラジオ」

「うん」

桃の次の仕事はラジオ収録なのだろう。
桃とみやの会話はいろんな部分が省かれていて何だか
家族のように思えた。

Berryzのメンバー同士の会話はぶっきらぼうで味気ない。
単に苛立ちとか今思っただけのことをそのまま
言ってるだけのときさえある。

そこに深い感情はきっとない。
でもそうであればあるほど家族のような絆の強さを
Berryzに感じる。

そしてそれは多分今の℃-uteにはない部分だと思う。
私はそのときBerryz同士の関係をとても羨ましく思う。
452 :この風が来た道 :2014/02/06(木) 19:44
「愛理、ちゃんと梨沙子のとこ行ってよ」

桃がもう一度私を見て言う。

「あ、うん・・・」

そのときちょうど振り付けの先生が戻ってきた。

「梨沙子」という名前が私の心の中に鳴り響く。
私は逃げるように桃とみやのいるところから離れた。

頬がかあっと熱くなってみぞおちあたりに消化不良な
わだかまりのようなものがうずく。

この気持ちは嫉妬といえば嫉妬なのかもしれない。
でも梨沙子に対する嫉妬なんかじゃない。
もっと大きなもの対するものだった。
ももとみやに対する嫉妬?
Berryzに対する嫉妬?
よく分からない。

でも私は二人から何となく疎外されたような
気持ちになったのは確かだった。
453 :この風が来た道 :2014/02/06(木) 19:45
Buono!はもしも私が「℃-uteに入っていなくてBerryz工房に
入っていたら」というありえない妄想をかきたてる不思議な場所だ。

もし私がBerryzのメンバーだったら。
先にデビューしたBerryzに何のコンプレックスも持たずに
アイドルになっていたらもっと違う自分になれていたかもしれない。

心の弱い私はその「違う自分」を今よりもっと輝いた
存在のように憧れを感じることだってある。
でも℃-uteの存在が私のそんな幻想を打ち砕いてきた。
℃-uteがなければ今の私は絶対ない。

今日は梨沙子のせいでそのバランスが崩れていた。
454 :この風が来た道 :2014/02/06(木) 19:47
「℃-ute」だからこそ私は「Berryz」に対抗できるのに
℃-uteじゃない私はBerryzに対抗する手段を持たない。

さっきから桃が言ってる梨沙子の存在はれっきとした
Berryz工房の存在をこのBuono!の現場で決定づけていた。

Buono!ではどうしたって℃-uteの自分の存在が否応なく
希薄になってしまう。
確かに桃ほど自分自身がしっかりしていればBerryzだろうと
Buono!だろうと「嗣永桃子」は変わらないのだろう。

でも私はそうじゃない。
「℃-uteの鈴木愛理」と「Buono!の鈴木愛理」は違う。
 
私は何となく梨沙子に会いにいくのが怖かった。
梨沙子は、「生身の菅谷梨沙子」は私にとって大切な親友だけど
「Berryz工房の菅谷梨沙子」はその存在が確かすぎて
私にとってある意味脅威だった。 
455 :この風が来た道 :2014/02/06(木) 19:48

--------






456 :この風が来た道 :2014/02/06(木) 19:50
結局私は、そのまま振り付けの先生と「れでぃぱんさー」の
出だしの動きについて話し込んでしまった。
何かを忘れたいときに別のことに夢中になるのは昔から私の悪い癖だ。

途中でなっきぃが梨沙子を偶然連れてきてくれたらいいのにと
密かに思った。
でもそんなことは全くなく、スタッフさんの熱意にそのまま
私は流されていく。

みやはそんな私の気持ちを見抜いてるのか、
すぐ傍で私を見ていたけど何も言ってこない。
みやは仕事のことや悩み事はすぐに相談にのってくれるけど
女同士の人間関係とか喧嘩とか全然介入してこようとはしない。

女の子ってむしろそういう関係に首をつっこんでくる子が多いけど
みやに関しては全く違う。
まるですました男の子みたいにだんまりを決め込んでる。

でもそれでいて私のことはしっかりと見てる。
何も言ってこないみやの視線が何故だか痛い。
今の私はどういうわけかみやに見捨てられたというか
ばっさりと切られているような気持ちになる。

ただし、それは私に後ろめたい気持ちがあるから
そう感じるに違いなかった。
457 :この風が来た道 :2014/02/06(木) 19:52
夜の霧はライブの熱気をたっぷりと含んでまだそこらじゅうに
充満してるみたいだった。
そのせいか空を見上げると星の煌きが何となく
揺れているように見える。

そして狼男の映画に出てきそうなほど巨大な月が不気味なほど
赤く輝いていた。
 

なっきぃと梨沙子は先に帰ってしまい、みやと私は
ミーティングが終わって二人で帰り道を歩いていた。
私は結局梨沙子に会えなかった。
会わなかったと言ったほうがいいかもしれない。

「桃、大丈夫だったかな」

ぽつりとつぶやいたみやの声にすぐに反応できない。

「忙しそうだね」

適当に応えるしかなかった私の言葉にみやは一瞬表情を曇らせた。
458 :この風が来た道 :2014/02/06(木) 19:54
「Buono!で頭いっぱいにして今度はBerryzにうまく切り替えられるかな。
さすがにあたしも今日は出来ない。何か全部力使い果たしちゃって」

そう言って微笑むみやを珍しくか弱くて女の子っぽいと思った。
Buono!のみやはカッコいいし私にとって憧れの存在にしか見えない。

でも疲れた時に一瞬だけ見せる儚げな表情は私をいつも釘付けにする。
いつも傍に寄り添っていたくなる。

でもみやは私を寄せ付けないほどの凛々しさで毅然として
前を見つめていた。

「でもきっと大丈夫なんじゃない?桃なら」

そんなみやの姿を見てぶっきらぼうに私はそう言った。
459 :この風が来た道 :2014/02/06(木) 19:56
「桃はあれでも弱いとこあるからさ」
首をかしげるようにみやが私を見て、
私は自分の声が一瞬消えてしまったように錯覚した。
夜の空気が濃すぎて私の声がそのまま吸い込まれていきそうだった。

「ミーティング長引いたし、桃の方が早く終わってるかも」

みやはそう言って携帯を取り出した。

「着てないか」

桃からの連絡をチェックしていたらしく、
みやはそう言って携帯をパチンと閉じる。

「桃ってそんなにこまめに連絡してくるの?」

私は仕事に関してはあくまでクールな桃の姿を想像していたから
何か意外に思った。

「うん。こういうときは結構してくれるよ」

表情を変えずにみやはそう言った。
460 :この風が来た道 :2014/02/06(木) 19:58
「こういうとき?」

「んー。一人の仕事がたくさんあったりしたとき。
 心配させたくないんじゃない。普段は桃からの連絡なんて
 全然だけどね」

そう言ってみやはからりとした笑顔を見せた。

私と桃はメールのやり取りなんてほとんどしてない。
私が返信を忘れたりすることも多い上に桃は
仕事が忙しいだろうから何となく遠慮してしまう。
だから桃に久しぶりに会ったときなんてなんて話せばいいんだろう
と思ってしまうこともある。

その度に桃の私に対する全く変わらない接し方というか
安定のキャラクターにほっとする。
461 :この風が来た道 :2014/02/06(木) 20:00
そのとき、私の携帯が突然鳴り始めた。

「私の方?」

思わずそう言ってしまった。
液晶の画面には桃の名前がはっきり出てる。

電話に出る一瞬前にみやの顔を思わず見た。
みやは何で自分じゃなく愛理に電話してきたんだという不満と
疑問が入り混じったような不思議な表情をしていた。

「もしもし、桃?」

みやの視線を感じながら私は電話に出た。

「愛理。ちゃんと梨沙子に会った?」

いきなり桃はそう言った。
私はその言葉を聞いて脱力した。
何だ。
桃がわざわざ電話してくる用事なんてそれだけのことなのか。

私はみやに目配せして大した用事じゃないことを伝える。
462 :この風が来た道 :2014/02/06(木) 20:01
「ちょっと愛理?聞いてる?」

「ん?ああ聞いてる聞いてる。それがさー。打ち合わせとかで
 遅くなっちゃって」

言い訳じみた私の声の中にも仕事優先は当たり前という気持ちは
多分に入っていた。
今度は桃の返答が返ってこない。

「あ、でもれでぃぱんさーもうまくいきそうだよ。
 今もみやと話してたんだけど」

私はみやに目配せして言う。

「やっぱり」

失望したような桃の低い声が聞こえた。
463 :この風が来た道 :2014/02/06(木) 20:03
「梨沙子、ずっと愛理を待ってたんだよ」

私を責めるような桃の口調に驚いた。

「え?」

私は単に聞き違いじゃないかと思った。
何故って今日のミーティングは桃が提案したことに対して
スタッフさんを含めずっと今の時間まで話し合ってきたのだ。
桃がそれに対して文句を言うのはおかしい。

「愛理、梨沙子に会ってくるって約束したじゃん」

愚痴みたいな口調で桃は言う。
あんまり怖くはない。

「したっけ?そんなこと」

「したよ」

「で?桃、何か梨沙子に言われたの?
 私、梨沙子には会えるかどうか分からないってあらかじめ言っといたんだけど」
464 :この風が来た道 :2014/02/06(木) 20:06
てっきり私は梨沙子が桃に何か言ったのだと思った。
それに桃は事前にあった私達のやり取りを知らないのかもしれない。

「そうかもしれないけど。梨沙子差し入れ持ってきてくれたし」

桃はまだぶつぶつ言っていた。

「ちょっと愛理、いい」

そのときみやが私に向けて手を差し出す。
みやは私の携帯に出ると桃と話し始めた。

私は桃の電話から解放されると空を見上げて一息つく。
あたりは真っ暗でライブハウスの周囲には何もないせいか
星星が空一面に広がってよく見えた。

みやは少し離れたところで低い声で桃と何か話している。
私はみやが話す声は極力聞かないようにそっぽを向いて立っていた。
465 :この風が来た道 :2014/02/06(木) 20:07
梨沙子にはあらかじめ会えないと言っていたわけだし、
勝手にすっぽかしたわけではない。
それに私はBuono!のライブというとても大事な仕事に集中していた。
それは一緒にいたみやもきっとわかってくれる。

ただ桃のために頑張ったことだから、桃には一番に
理解しておいて欲しかった。
大して怒っているわけではないのに頬のところが何だか熱い。
 

みやは何だか真剣な表情で携帯に向かってしゃべりかけていた。
みやが着ている黒と白チェックのコートが月明かりに照らされて、
まだらに光って艶かしく見える。

うつむき加減にすましているみやの顔は鼻がすっととおって、
透き通るように白い肌は美術室に置いてあるダンテの
彫像を思わせた。
466 :この風が来た道 :2014/02/06(木) 20:10
みやは何を話しているんだろう。
傍に行って聞けばいいのにあえて私はそうしない。

梨沙子のことだろうか。

みやは私が悪くないと言ってくれるんだと思う。
頭の中でひとしきり自分を正当化したあとで、
やっと私は梨沙子のことをすっかり忘れていたと認める。

意識的にそうしたのかは自分でも分からない。
 
成長するにつれて連絡もとらなくなり、
すれ違いが多くなった私と梨沙子。
でもそれが原因で喧嘩になったりはしない。
むしろ以前に比べて衝突することもなくなった。

最近になって梨沙子を過剰に意識しているのはいつも私。
だから桃は私があえて梨沙子を無視したみたいに
見えたのかもしれない。

でも桃は知らないかもしれないけど私には最初から
梨沙子から離れる勇気なんてない。
467 :この風が来た道 :2014/02/06(木) 20:12
Buono!にはいつも梨沙子の影がつきまとっている。
三人で話していると必ず会話の中に梨沙子が出てくる。
それは梨沙子と仲がいい私のせいだとずっと思ってきたけど
案外そうではないのかもしれない。

桃にもみやにも、そして私の中にも同じ配分で梨沙子が存在していて、
それは誰かが口に出すことで初めて実感する。
こんなにも私にも桃にもみやにも近い存在を
簡単に手放すことなんて私にはできない。
468 :この風が来た道 :2014/02/06(木) 20:14
電話が終わったのかみやがとことこと歩いてきて私に携帯を返した。

「何かさー。今から来るって桃」

みやがあきれたようなすましたようなどっちつかずの表情をして言った。

「え?」

私は信じられないという表情をする。

「もう。何、何怒ってんの?桃」

私は地面にへたりこむ。

「別に怒ってるわけじゃないみたいよ。でもうちもこのまま
 桃ほっとけないっていうか」

みやが困ったように私を見下ろした。
てっきり同情してくれると思っていたみやからは
それ以上の言葉はない。
469 :この風が来た道 :2014/02/06(木) 20:16
その口調から私は何となくみやが桃の味方というか、
桃よりになっていることを感じた。
こうなっては最後の手段だ。
私は梨沙子に電話をかけた。
気軽にかけるつもりだったけど少し緊張した。
以前は用事なんてなくても時間さえあれば梨沙子に
電話してるときもあった。
でも今はそんなこともなくなった。
特に今みたいな気まずい状況ではなおさらだ。

「あいり?」

梨沙子はすぐに電話に出た。
不思議そうなその声は電話で話すのが久しぶりのせいかもしれない。

「あ、梨沙子ごめんね。会いにいけなくて」

私はわたわたと大げさに言った。

「んーん。今終わったの?」

梨沙子は普段と変わらなかった。
私はてっきり梨沙子が桃に私に会えなかったについて
桃に何か文句言ったに違いないと思ってたから何だか拍子抜けした。
470 :この風が来た道 :2014/02/06(木) 20:18
「うん。やっと振り付けの確認とか終わって。
 みやと帰ってるとこ」

「そっか。お疲れ様。じゃあ今外にいる?」

梨沙子は言った。

「うん。そうだけど何で?」

まさか梨沙子まで今から会いに来るって言いそうで私は動揺する。

「あの、星がすごくきれいだから」

耳に入ってきたのは梨沙子の意外な一言だった。

見上げたらたくさんの光の点が一気に視界に入ってきた。
本当に空が輝いて見える。
さっきも星空を眺めたはずなのに人から言われてみると
星の一つ一つが鮮明にくっきりとその存在感を増していた。
471 :この風が来た道 :2014/02/06(木) 20:24
「ホントだ」
私は一言だけ言ってもう何も言えなかった。
梨沙子はいつもずるい。
いつからか梨沙子と私は考えていることがずれるようになった。

不器用なのは私と全く同じはずなのに徐々に梨沙子と
私との間には大きな距離を感じる。
私と違って梨沙子は不器用さを隠そうとしない。
大人になったら少しでも器用に見せることが当たり前なのに
何故か梨沙子はそうしない。

昔から梨沙子の見栄っ張りで頑固な性格は私にそっくりだった。
でも今の梨沙子は私と全然違う。
努力して変わったのは私のほうだ。
なのに私のほうが引け目を感じるのはなぜだろう。
472 :この風が来た道 :2014/02/06(木) 20:27
梨沙子にはちょうど明日会社にいる時間が
Berryzと℃-uteで重なるのでそのときに
今日の差し入れをもらうことになった。

「今梨沙子に電話したけど。別に梨沙子何も言ってなかったよ」

私はみやに言った。

「そっか」

みやはまだ何か浮かない顔をしている。

夜の帳がすっかり降りて全面に広がる星空が私の視界に飛び込んでくる。
空をずっと眺めてるとあまりに広すぎて私は自分自身が
どこに立っているのか一瞬分からなくなる。

「愛理さ、桃そんなに怒ってないから気にすることないよ。
 うちも一緒にいたげるし。多分梨沙子の話、聞いて欲しかった
 だけなんだと思う」
473 :この風が来た道 :2014/02/06(木) 20:29
みやの言葉に私は少し落ち着いたけど私は「梨沙子」という名前に
どうも納得できない。
梨沙子と話ならさっきしたし、その時点で桃が私に言いたいことなんて
何もないはずだ。

「愛理寒そう。どっかお店入ろ」

それでもみやは優しかった。

広い空の下で行き場所を失っていた私の手を握ってくれる。
本当は一人なんかじゃないのに一人だと思ってしまう時がある。
辛い状況なんかじゃないのにしんどいと思ってしまうときがある。
それが今なのかもしれない。
桃や梨沙子みたいに私の想定をはるかに超えてしまう存在を
強く感じるときなおさらそう思った。

みやと喫茶店に入ってたわいもない話をして桃のことも
すっかり忘れてしまった頃に桃は再び私達の前に現れた。
474 :ES :2014/02/06(木) 20:30

今回の更新を終わります。
475 :名無飼育さん :2014/02/10(月) 23:37
お!なんか始まってますね。いい雰囲気です。更新期待
476 :ES :2014/02/11(火) 12:06
>>475
レスありがとうございます!ではでは更新というか完結
させますm(_ _)m
477 :この風が来た道 :2014/02/11(火) 12:08
「愛理、梨沙子に会わなかったなんてひどいよ」

私の前に立つなり桃はそう言った。
一瞬のことに私はなんて応えていいか分からず私はみやを見た。

「桃、愛理だって打ち合わせあったし。
 ちゃんと梨沙子には電話したみたいだよ」

「そうかもしれないけど。でも今日、差し入れ受け取って
 ほしかったっていうか」

みやから言われると一気に桃の勢いは落ちた。

「でもれでぃぱんさーのさ。全面的にやり変えようとって
 言ったの桃じゃん」

私は平然を装って言った。

「それはあたしも悪かった」

桃は怒ってるようだけど顔は白い。
478 :この風が来た道 :2014/02/11(火) 12:10
「まあ桃、座ったら」

みやが自分の隣の席を促す。

「うん」

桃は素直に席に着いた。

「私はBuono!の打ち合わせの時は何時に終わるか分からないから
 梨沙子には会えないかもって言っといたのね。だから」

面倒でも私は桃にわかってもらおうと説明する。

「それは分かってる」

それでも桃はぶっきらぼうに顔の表情を崩そうとはしなかった。
479 :この風が来た道 :2014/02/11(火) 12:11
「だから仕方なかったんだって。
 私、桃がれでぃぱんさーの言ってくれたこともうれしかったし」

私はせっかく妥協点を模索しているのに桃の顔は
どんどん曇っていくように見えた。
心なしかみやまで青白い顔をしている。
てっきり私は梨沙子に連絡したことで全てが解決すると
思い込んでいた。

でも桃は全く納得がいかない顔をしている。
私はもう呆れるというより困惑するしかない。

「でも、梨沙子はさ」

桃がまた梨沙子のことを言った。
桃は自分の意見を主張しているのか、怒っているのか何かを
不安がっているのかさっぱり私には分からなかった。

「だから梨沙子ならさっき電話で話したから大丈夫だって」

そう言ってしばらく私は桃と至近距離で見つめ合う。
私は桃の目から真意を読み取ろうとしたけど桃の目尻は
強すぎて私にはつかみきれない。
480 :この風が来た道 :2014/02/11(火) 12:14
「桃」

そのときみやが一言だけ言う。
みやも梨沙子のことだからおおっぴらに私に味方は出来ないんだろうと思う。
でもこのときばかりは少し暴走ぎみの桃をもう少し抑えて欲しかった。
そうでないと私も納得できない。

「分かった。愛理、ごめん。私が悪かった」

みやの言葉に勢いを消されたのか桃はうなだれて謝ってきた。

桃に謝られるとどうしも「許してにゃん」をやっている
桃の姿が思い浮かぶ。
この時ばかりはアイドルの桃とのあまりのギャップに、
そしてそれを言わせてしまった自分自身に冷や汗が出た。
481 :この風が来た道 :2014/02/11(火) 12:16
多分私が梨沙子と幼馴染みたいに親しくなければこんなことを
桃も言ってこなかったんだろうと思う。
桃が放つ「梨沙子」という言葉は「梨沙子は愛理の親友でしょ」
という意味が暗に含まれている気がする。
桃はそれを滲ませながら決して踏み込んでは来ない。
 

確かに私には小さい頃からの大切な梨沙子との思い出がある。
オーディションで出会ってすぐ仲良くなって二人でふざけて
ライブに出る度に手をつないでた。
それは誰にも踏み込んで欲しくない私の大切な思い出だ。

でもそれは私にも桃にもみやにも同じように梨沙子との
思い出があって、それは誰にも侵せない大切な領域なんだと思う。

私とBerryzのメンバーは確かに梨沙子との大事なテリトリーを
自分の中に持っていた。
ただし、一つだけ私とBerryzのメンバーが違うのは、
Berryzの妹みたいにして育った梨沙子に対し私はそんな気持ちは
抱いていない。
梨沙子だってそうだろう。

梨沙子はBerryzの妹として私はBuono!の妹のような存在で歌ってきた。
その部分が私と梨沙子の立場を複雑にしているのかもしれない。
482 :この風が来た道 :2014/02/11(火) 12:18
結論のでない三人の話し合いが終わって私達は店の外へ出た。
へとへとに疲れきってもう空を見上げる余力もなかった。
前から冷たい風が吹き込んでわずかな服の間にも冷気が入ってくる。

「さむーい」

寒さが苦手なみやがそう言って体を縮こませた。
桃は表情一つ変えずに風を切り裂くように先頭を歩いていく。
風があまりにも強くて、あたりの街路樹や着ている
レザーコートやかきあげられた髪の毛とあらゆるものに共鳴して
鼓膜の近くでビタビタと恐ろしい音を響かせた。

「桃、こんな風強いのに寒くないの?」

風の音がうるさくて桃に聞こえたかどうかも分からなかった。
桃が私を見て何かを言った。

もしかしたら私が聞いたのは桃の口の動きだけだったかもしれない。

「今の愛理に風なんて吹かない」

でも確かに桃はそう言った。
483 :この風が来た道 :2014/02/11(火) 12:21
迎えに来てもらった帰りの車に乗ったとたん風の音は
全くしなくなった。
音がすっかりやむと急に景色が見たくなる。
でも輝いている星も都会のビル群にまぎれてその姿を
消してしまっていた。

私は今日の楽しかったライブの感想をブログに書いていた。
でもライブの後の話しのほうが重すぎて何だかブログに
嘘を書いているような気分になる。
ライブは大成功だったしファンのみんなに本当にありがとうと
言いたい気持ちは確かなのだ。

だけど桃のせいで後味が相当悪くなったことは否めない。
桃とみやと私のライブ衣装の写真をアップしながら
桃もあんなこと言ってこなきゃいいのにと私はつい桃への不満が
口に出た。

桃さえなにも言わなければ今日という日はライブの大成功に
うちに平和に終わっていたのだ。
484 :この風が来た道 :2014/02/11(火) 12:22
桃は梨沙子のことを考えてあんなことを言ったのかもしれないけど
梨沙子が何も言ってない以上完全に桃の暴走だ。
それなのにみやはこういうときに限って桃の味方だし
梨沙子はライブどころかさっき夜空の話をしてたっけ。

これだけ天然のBerryzに囲まれていると私は何もできないと
何か無力感みたいなのを感じてきてしまった。

車から見える外の風景が地元の町並みを映し出す。
もうすぐ家に着く。
すでに仕事モードの私から次第に力の抜けたオフモードに
切り替わり始めた。

アイドルから普通の女の子に変わる瞬間だ。
戻れる場所があるから私は歌っていけるのかもしれない。
485 :この風が来た道 :2014/02/11(火) 12:24
-------------------
486 :この風が来た道 :2014/02/11(火) 12:25
次の日からも私は猛烈に忙しかった。
高校はテスト週間に入ったし℃-uteのニューシングルの
振り付けや衣装合わせが始まった。

それに私はBuono!ライブツアー中なのだ。
とにかく時間がない。
頭にいれなきゃいけないことが多すぎる。

私は会社の控え室で数学のテスト勉強とBuono!の振り付けの確認と
℃-uteのニューシングルの歌詞カードをテーブル一面に広げていた。

「愛理、そんなに全部同時にやって頭に入るの?」

舞美ちゃんが呆れたように言った。

「入んない。けど全部やってないと落ち着かなくて」

「愛理、ちょっとさあ。焦りすぎじゃない?大変なのは分かるけどさ」

舞ちゃんまでそう言ってくる。
487 :この風が来た道 :2014/02/11(火) 12:27
別に大変さアピールをしてるわけじゃない。
そう見られてしまうのは仕方ないのかもしれないけど、
私は忙しいのは嫌いじゃないし忙しいなりにベストを
尽くしたかった。

ノックの音がしてマネージャーさんが部屋へ入ってくる。

「はい。車の準備が出来たんで移動します」

もうレッスンスタジオへ移動の時間みたいだった。
私はわたわたと広げていたプリントやノートをカバンに
しまい始める。

「それから鈴木愛理さま」

「は?はい」

変な呼ばれ方だけど私はとりあえず返事する

「Berryz工房菅谷梨沙子さんから贈り物です」

そういってマネージャーさんがプレゼントらしきものをくれる。
488 :この風が来た道 :2014/02/11(火) 12:29
何だろう。
表に梨沙子の字で確かに「鈴木愛理サマ」と書かれていた。
別に誕生日はまだ先だし、特にお祝いされるようなこともないし、
梨沙子が私にプレゼント?そう思ったところで超重要なことを
忘れていることに気づく。

「梨沙子!会社で会うって約束してたのに忘れてた!」

そう叫んで思わず走って出ていこうとした。

「Berryzならもう移動したよ」

マネージャーさんのそっけない言葉に私はガクンと首をたれる。
可愛くラッピングされたその包はきっとBuono!ライブの差し入れで
私がもらうはずのものだったのだろう。

どうしても直接渡したいという梨沙子に私は今日の会社なら
℃-uteとBerryzで時間が重なるから時間があるときに
もらいに行くと約束をしていた。
489 :この風が来た道 :2014/02/11(火) 12:31
「どうしよう。梨沙子との約束。完全に忘れてた」

頭を抱える私に舞美ちゃんが呆れたように首をかしげた。

「ほら。そんなに何もかもやろうとするから」

舞ちゃんの冷静な言葉が胸に突き刺さる。
何て有様と自分でも思った。
梨沙子に謝らないと。
急いで携帯で梨沙子の番号を探す。

電波が悪くて思わず楽屋の窓の傍へ駆け寄る。
外は春の気配すらなく木枯らしのような冷たい風が吹いている。
ピッチリと締まっているはずの窓からも冷気が漏れ出ていた。
梨沙子は果たして怒ってるだろうか。
そう思ったところで桃の顔が思い浮かんだ。

「今の愛理に風なんて吹かない」

桃はそう言った。

同時に梨沙子の悲しそうな顔が思い浮かんだ。
490 :この風が来た道 :2014/02/11(火) 12:33
「鈴木愛理サマ」

梨沙子の字を見つめる。
その穏やかで丸っこい字がきっと怒りもしないで私を待っていた
梨沙子の姿を想像させる。
幼馴染みたいな関係から年齢が上がって疎遠になって、
でも梨沙子はずっと私に優しい。

「愛理、どうした?」

千聖が心配そうに私に言った。

「ううん。何でもない」

私は作り笑いをして部屋を出て行く。
何でもないことなかった。

どうでもいい些細なことのボタンのかけ違えが何回も重なって
何か大事なことを忘れているように感じた。
そこからやってくる自己嫌悪の嵐のような負の感情が
私の心を支配する。
491 :この風が来た道 :2014/02/11(火) 12:34
謝るにしてもとりあえず中身を確認しないといけない。
私は一人になって誰も使ってない会議室に入ると
梨沙子からの包を開けた。

リボンをほどくと柔らかい梨沙子の香りがした。
まるですぐそこに梨沙子がいるみたいだ。
小箱を開けると中からハート型のエメラルドグリーンの
飾りがついたネックレスが出てきた。

見た瞬間に私はBuono!の衣装で着ていた緑のふわりとした
スカートを思い出す。
きっと私のイメージカラーに合わせてくれたのだ。
そして中に二つ折になっているメッセージカードを私は見つけた。

一言だけかと思っていたら長い文章がそこに続いている。
私はそれを見つけて動揺した。
492 :この風が来た道 :2014/02/11(火) 12:36
−愛理、ごめんね。

書き出しからそう書いてあることに私は戸惑った。

−愛理があたしに話しかけづらそうにしてたのは
 ずっと前から気づいてたんだけど。
 何故かあたしも愛理の前だと緊張するようになっちゃって。
 あたしはBerryzでも一番年下だから早くみんなに追いつかないと。
 大人にならなきゃってずっと焦ってた。
 最近になって少しでもBerryzのみんなは認めてくれたかなって
 思うけど。
 愛理は、あたしの昔の子供みたいなこと全部知られてるから
 どうしても恥ずかしいなって思っちゃうんだ。
 お互いずーっと前から知ってるのはあたりまえなのに
 おかしいよね。
 それでどうしても愛理にそっけない態度をとってたと思う。
 ごめんね。
 でも愛理はあたしにとって大切な人であることは変わりません。
493 :この風が来た道 :2014/02/11(火) 12:38
梨沙子にそんなふうに思われてたなんて全然気づかなかった。
むしろ話しかけづらくしていたのは私の方だったかもしれない。
会うたびにスキルが上がる梨沙子に私は戦々恐々としていた。
そんな自分のほうが恥ずかしいと思った。

−みやにはこんなことで悩んでるのは知られたくなくて、
 桃に相談してたんだけど愛理はずっと前から変わらないよって
 笑われた。
 桃に愛理をもっと信じてあげてって怒られてちゃった。
 愛理、昔みたいにすぐそばでっていうわけにはいかないけど
 ずっと応援してるね。

私は唇を噛み締めた。
心の中ではじけたものが次第に湧き上がってくる。
494 :この風が来た道 :2014/02/11(火) 12:41
そしてぼたんと何かが落ちて手紙の梨沙子の字が濡れた。
驚いて私は梨沙子のカードを守ろうと抱きしめる。

一瞬雨漏りかと思って上を見上げた。
染み一つない真っ白な天井が見えたとたんに視界が滲み出す。
目から涙がこぼれ落ちた。
そのせいで自分が泣いていることにやっと気付いた。

下を向くと涙が止めどもなく流れてくるので、
もう一度梨沙子の手紙を読み返すことができなくなってしまった。

私は最初この涙の意味がなんなのか全く分からなかった。
私は取り返しのつかないことをしたわけじゃない。
誰かを傷つけてしまったわけでもない。
そう。
私はまだ何もしていないのだ。
何でこんなに悲しくなるのだろう。

揺れ動く自分の気持ちにたまらず私は悲しい気持ちを
押し切ってしっかりと自分の足で立とうとする。
今の私。
℃-uteの自分。
Buono!の自分。
長い時間努力を重ねて確立してきた自分。

でも私は泣くことで自分の立ち位置が曖昧にわからなくなってくるのを感じた。

昔の私ならもっと繊細に人の気持ちに気づけたはずだった。
梨沙子の気持ちも。桃の気持ちも。
495 :この風が来た道 :2014/02/11(火) 12:47
私はすぐに携帯を取り出すと桃に電話した。
桃に謝りたかった。
でも私の気持ちはあまりにも衝動的で桃に謝ることが
正しいかどうかも分からない。

携帯にはむなしくコール音が続くだけでやがて
留守電に切り替わった。
梨沙子に電話しても同じで二人ともでてくれない。

もう仕事に入ってしまったのかもしれない。
それでもあきらめきれない私は自分の気持ちを抑えきれずに
再び桃に電話した。

桃はでない。

もう何度かけても同じ気がした。
みやに電話しようかと思ったけどなんて言っていいか
わからないのであきらめた。

大事なことに気づいたときはもう遅い。
496 :この風が来た道 :2014/02/11(火) 12:49
今の私は梨沙子の手紙を読む前の私とは違う。
でもそれは私の心の中だけだった。
行動を起こさないと誰も理解はしてくれない。
外からの評価が変わらなければ結局私は変わらない。
そして今の私は何をしていいか分からなかった。

窓から外を眺めると空はどんよりと曇っていかにも重く
冷たそうな風がわずかに吹いていた。
眼下に見える灰色のビルの谷間に背の低い木が植えてあって
その小さな枝がわずかに揺れている。

何かを変えたかった。
私は変わりたい。

私は涙をこらえて強く目を瞑った後、思い切って窓を開けた。
びゅうと吹き込んだ真っ白な冷たい風。
まるで涙に染み込んで体の中に入ってくるみたいだった。
息を吸い込むと私の胸の中に滞留している
胸のつかえのようなものを冷やして鎮めてくれた。
497 :この風が来た道 :2014/02/11(火) 12:51
その時、左手に握りしめていた私の携帯が突然鳴り始める。
電話じゃなく、メールだ。
画面を見ると桃からのメール。
急いで読もうと思ったけど題名も文章も何もない。

空メールを間違えて送ってきたのかと思ったら
写真が添付されていることに気づいた。

送られてきたのは桃とみやと梨沙子の三人の写真だ。
桃が真ん中で高らかに右手をあげている。

私にはすぐに分かった。
新しい「れでぃぱんさー」の出だしのポーズだ。
あの梨沙子が来てくれたライブの日、終わったあと
必死になって三人で決めた。

みやも左隣で桃に寄り添うような格好をしている。
そしていない私の代わりにいるのは梨沙子だった。
桃に教えられたんだろう。
梨沙子は苦笑いみたいなバツの悪そうな笑みを浮かべて
私の真似をしてそこに立っている。
498 :この風が来た道 :2014/02/11(火) 12:53
その表情を見てすぐに気づいた。
梨沙子はさっきの電話、わざと出なかったんだ。
きっと桃に言われて。

そして写真の下に黄緑色の大きな文字で「あいり、がんばれ!」
と書いてあった。

いつものピンクのデコレーションが全くない。
でもこんなメールを送ってくるのはあまりに桃らしいと思った。
梨沙子の気持ちさえ伝わればいい。
愛理が謝る必要なんてない。
自分に電話とかもどうでもいいから。

そう桃が言ってるようで思わず自分が笑い出したのと
再び涙がこみ上げてくるのを同時に感じた。

こんな感情初めてだ。
もし今の顔見られたら泣き笑いの変な顔になってるに違いない。
499 :この風が来た道 :2014/02/11(火) 12:55
私は、梨沙子から送られた黄緑のハートのついたネックレスを首にかけた。
風に吹かれて少しだけひんやりとした。
それでも透明なエメラルドはすぐに同化するように光を放った。

これでいい。
これだけでいい。
そう確信する。

「愛理、何してるの?」

舞美ちゃんが心配そうにドアのところに立っていた。
まだ涙が乾いてない。
急いで目頭をぬぐって顔をあげる。
もしかしたら泣いてたのがばれたかもしれない。
500 :この風が来た道 :2014/02/11(火) 12:56
「何だ。心配して損した。でも良かった」

そう言って舞美ちゃんがにこにこ笑ってこっちに向かって
歩いてくる。

「え?」

「だって愛理、今すごく幸せそうな顔してるんだもん」

「そうかな」

私は思わず頬とかいろんな部分を触ってみる。

「でも良かった。今の愛理、何だか嬉しそうだから」

舞美ちゃんは軽く笑うと開けっ放しになっている窓に手をついた。
501 :この風が来た道 :2014/02/11(火) 12:58
「連絡とれた?梨沙子」

舞美ちゃんの問に私は首を横にふる。

「取らなくても大丈夫だったみたい」

「そう」

舞美ちゃんは安心したように柔和な顔をして外の景色を見ている。

舞美ちゃんの横顔は見とれるくらいきれいで気持ちよさそうだけど、
吹き込んでくる冷たい風がぴしゃりと頬を通り抜けた。

「やじ、ごめん。寒いよね」

私が窓を閉めようとした。

「いい。そのままにしといて」

舞美ちゃんの優しくてそれでも強い言葉に私の手が止まった。

「この風、好きだから」

舞美ちゃんは呆気にとられてる私に笑いかけた。
502 :この風が来た道 :2014/02/11(火) 13:01
私は℃-uteに戻る。
℃-uteのメンバーと℃-uteのファンのいる場所に帰る。
℃-uteとしているときは℃-uteのことを一番に考えて
℃-uteのファンのみんなと一緒にいたい。
それが今私がすべきことだしやりたいことだ。

でも私の中にはこのエメラルドグリーンに輝くハートのように
秘めた思いがある。
それがBerryz工房だったり、梨沙子だったり桃だったり
するのかもしれない。

「行こっか」

私は舞美ちゃんに言う。
窓をしめて私は舞美ちゃんと歩き始める。
503 :この風が来た道 :2014/02/11(火) 13:02
「それ、最近買った?」

舞美ちゃんは私の首にかけてあるものを見て言った。

「うん。大切な人にもらった」

私はイタズラっぽく笑って言う。

「仕事でもつけられるの?」

いろんな意味を含んで少し刺のある舞美ちゃんの言い方が
逆に嬉しかった。

「うん。大丈夫だよ」

私は答える。

梨沙子にはきっと私なりの気持ちの返し方が見つかるだろう。
もちろん桃にもだ。
私はしっかりとした歩調で舞美ちゃんと並んで歩く。

さっきの窓辺で感じた静かな風が、
再び私の頬をくすぐったような気がした。
504 :この風が来た道 :2014/02/11(火) 13:03

「この風が来た道」終わり
505 :名無飼育さん :2014/02/11(火) 14:38
泣けた。愛理と梨沙子の空気感が好きだなぁ。
506 :名無飼育さん :2014/02/14(金) 16:58
更新お疲れ様でした。いいお話をありがとうございました。
507 :Easestone :2014/05/29(木) 21:04

お礼を言うのが遅れましが。
レスをいただいた皆様、ありがとうございます。
そして突然ですが、「みやもも」の短編を書いてみたいと思います。
508 :Sweet Cherry Blossom :2014/05/29(木) 21:10
桜の花びらが渦巻きの風に吹かれて舞っている。
みやはそんな様子を見るときまって春だねと言う。
確かに桜が咲く季節になると冬の風に混じって一瞬だけ
春の匂いを感じることがある。

けど桜の季節はまだ寒い。
思い返してみると私は桜を見て寒いと首をすくめることの方が
多かった気がする。

だから桜の咲くころはいつも花も匂いも自然の方が私の先を行って
ノロマな私はなかなか追いつけない。

初夏になって周りの白い制服に反射する眩しい日差しを
感じるとやっと私は季節が変わったことを思い知らされる。

桃は体が小さいから寒がりなんだよ。
みやはそう言って自分と同じだと言ってくれるけど
私にはみやと自分が同じだなんてあまり信じられなかった。
509 :Sweet Cherry Blossom :2014/05/29(木) 21:12
みやとは出会いは最初からそうだった。
夏焼雅と初めて出会ったとき、私はみやとの違いを
まざまざと見せつけられた。

私が高校に通い始めてから間もないときだった。
「女子高生」なんて言葉に浮かれながらバスを待っていると
停留所で小さい子供を連れた家族に出会った。

家族で海外旅行にでも行くのだろうか。
両親は大きなスーツケースを二つ持っている。
お母さんはまだ生まれたばかりの赤ちゃんを抱えていた。
お父さんとまだ小さな男の子がそれぞれスーツケースを
動き出さないようにしっかりと持っていた。

バスの中は幸いなことにあまり混んでなくて
その家族も私も座席に座った。
510 :Sweet Cherry Blossom :2014/05/29(木) 21:14
機械的にドアが閉まる音がしてバスが発車した。
その日は静かな朝だった。
暗い沈黙というのではなくて物事が整然と進んでいく明るい感じ。
近くに座っているお婆さんは朝からうつらうつらと船をこいでいる。

「おばあさん寝てるのかな」

男の子のヒソヒソ声が聞こえた。

感心にも起こさないように内緒話するように口に手をあてて
お父さんに言っている。

私は小さい子のそんな仕草をあまり見たことがないので
すごく微笑ましい気持ちになった。
511 :Sweet Cherry Blossom :2014/05/29(木) 21:16
ちょうどその時だった。
バスがカーブにさしかかったところで突然急ブレーキをかけた。
スーツケースをしっかり握っていた男の子はもろとも
前方にひきずられるように座席から離れていく。

すごい勢いだった。

「危ない」

私は叫んで横からスーツケースを引き止めようとした。

でも勢いのついたそれはとても重たくて二人の力では止められない。
二人ともバスの通路を前方に引きずられていく。
私は子供が怪我しないかと血の気がひいた。
そのとき誰かの手が前から止めてくれた。

スーツケースはふわりと止まった。
512 :Sweet Cherry Blossom :2014/05/29(木) 21:17
「大丈夫ですか?」

目の前にあったのは柔和な笑顔。

「すいません」

お父さんが本当に申し訳なさそうな顔をして謝ってくる。
幸い男の子にも怪我はなかった。

ほっとしたのと同時に意識が抜けたかのようにぼんやりしていた。
私は正義の味方みたいにして突然現れたその女の子に
完全に見とれてしまっていた。

まるで外国人のように色白で目元がくっきりしてて
すごい美人だと思った。

それがみやとの最初の出会いだった。
513 :Sweet Cherry Blossom :2014/05/29(木) 21:20
みやとは偶然にも同じクラスだった。
私は授業の合間の休み時間でもお昼のお弁当のときも決まって
みやと二人でいる。

クラスの友達にもみやを探しているときは私に居場所を聞いてくる。
みやも多分そうなんだろう。
それはとっても嬉しいことなんだけど誰からも人気があるみやと
地味な私とはどう考えても釣り合わない。

みやはオシャレで可愛くて性格もさっぱりしてて
私との違いをあげればきりがなかった。
514 :Sweet Cherry Blossom :2014/05/29(木) 21:21
「夏焼さんの親友って嗣永さんなの?」

私達が親しくなってから別のクラスの友達にそう聞かれたことがあった。

「そうだよ」

みやがいとも簡単にそう言ってくれたのでそれだけで
私はずいぶんと気持ちが楽になった。

「タイプ全然違うと思うんだけど」

「確かに。よく私と親友になろうって思ったよね?」

私はその友達の勢いを借りてみやに聞いてみた。
みやが私のことを親友と言ってくれたから
もうどんなに茶化されても平気だと思った。
515 :Sweet Cherry Blossom :2014/05/29(木) 21:23
「桃がクラスで一番可愛いから」

みやはさらっとそう応えた。

何でもいいからつっこんでくれたらいいのにその友達は
あまり親しくはないせいか、私を見て「それはそうかもね」
と全く意に介する様子もなくそう言ってくれた。

いや言わされていたみたいな感じだ。

何か言わなきゃいけないのに私も何も言えなかった。
 
何だかいたたまれなくなって私は適当な理由をつけて
その場を抜け出した。
私は廊下を歩きながら腹が立った。

まず私を親友と言ってくれたことは嬉しい。
でも親友ならその親友に対してなんということを言うのだ。
親友を選んだ理由に「可愛い」なんて絶対おかしい。
それにクラスには私より可愛い子なんてたくさんいた。

でも、だけど嬉しくて腹が立てば立つほど嬉しくて
顔が熱くなってくる。
516 :Sweet Cherry Blossom :2014/05/29(木) 21:25
クラスで一番可愛くて美しいのはなんといってもみやだと思う。
私はあの時、そう主張したかった。
私たちは相手の容姿について今まで一度も言い合ったことはない。
みやはクールで優しくてかっこよくてそんなみやを
私は一番近くで見つめてきた。

タイプは全然違ってもお互いに認め合って、
理解し合えていればいいと思った。

私たちの関係はそんな静かな関係のはずだったのだ。
517 :Sweet Cherry Blossom :2014/05/29(木) 21:27
学校の帰り道、桜並木をみやと歩いた。
そんなみやとの出会いがあってから1年。

私達は帰り道にどちらかの家に寄ってから帰るようになっていた。
時々、こんなに自分がみやを独占していいのかと思う。
でも普通友達にはそんな感情は抱かない。
私が少し変なのかもしれなかった。

 
風は頬に少しあたるくらいでそれほど寒くはなかった。
花びらはちらほらと落ちていたが、ほとんどの枝は
まだ全面に渡って満開の桜を抱えていた。

近くで子犬が走り回って小さな女の子がそれを追いかけている。
小さい子が発するにぎやかな声には本当に癒される。
自分も一緒に子犬を追いかけていきたくなった。
518 :Sweet Cherry Blossom :2014/05/29(木) 21:28
「桃ってピンクが似合うよね?」

みやが桜を見上げてそう言った。

「そうかな」

私は普段はモノトーンや黒のシックな服装をしていることが多い。
ピンクやフリルも着てみたい気持ちはあったけど
今の私にはどうしてもはばかられた。

「そうだよ。絶対似合う。名前が桃子だからかな」

「それそんなに関係ある?」

言いながら私は少し嬉しくなってみやと一緒に桜を眺めた。
519 :Sweet Cherry Blossom :2014/05/29(木) 21:30
「でも桃にはいっちばんきれいな満開の桜が似合うな」

みやは時々そんな言葉を恥ずかしげもなく吐いてくる。
親友って遠慮なく相手の欠点をつついて笑い合ったり、
落ち込んでるときにはさりげなく褒め合って
慰めたりするのだと思うけどみやの言葉はそのどちらでもない。

だから嫌味だと言い返すことも出来ないし、
慰められるというのもまた違う。

「また。そんなこと言って。何も出てこないよ」

風が吹いて地上に積もっていた桜の花びらがまるで
もう一度出番が巡ってきたように舞い上がった。

木の枝からゆっくりと落ちてくるものと舞い上がる花びらが
交差して再度結合していく。

花びら達は自分たちがどこへ行ったらいいのか分からずに
右往左往していた。
まるで風の精が自在に桜を操って遊んでるみたいだ。
520 :Sweet Cherry Blossom :2014/05/29(木) 21:33
「別に何か期待してるわけじゃない」

みやは笑いもせず真顔でそう言った。
でも、みやの頬の色が桜の色と全く同じで思わず見とれてしまう。
本当は満開の桜はみやこそ似合う。
この世にみやほど美しい存在なんてない。

でも私がそう言ってしまったら今の関係が全部壊れて
しまうようで怖かった。

その時、ぱきっと頭の上で音がした。
カラスが桜の木から飛び立っていくところだった。
その反動で折れてしまった桜の木の枝が花びらを
散らしながら木々の間にひっかかりながら落ちてくる。

タイミングの悪いことにさっきまで子犬と遊んでいた女の子が
それを見ていた。
521 :Sweet Cherry Blossom :2014/05/29(木) 21:34
「さくら、とる!」

そう言って落ちてくる枝の真下で手を広げる。
遠くから見たら綺麗な桜の枝だけどそれは子供には
十分危険な落下物だった。

「危ないよ」

私は叫んでその子のところまで駆け寄った。
何とか間に合った。
小柄な私でもその女の子に比べればだいぶ高い。

「危ないから」

そう言ってもその子はそのまま枝をキャッチしようと動かない。
いよいよ桜の枝は勢いをつけて私の頭上を落ちてきた。

幼い子供を守るようにして華麗にも私は木の枝を手の中に
うまく収めた。と思ったのは私の頭のイメージだけだった。
522 :Sweet Cherry Blossom :2014/05/29(木) 21:38
ばさあ。
枝は手を弾いて花びら付きの枝ごともろに頭にかぶった。

「すごーい」

小さい子が喜ぶ声が聞こえたからきっと大丈夫だったんだろうと思う。
安心はしたけどかなりみっともない。
しかもみやの前だ。
せめてもう少しいいところを見せたかった。

「桃、大丈夫?」

みやがすごい勢いでかけつけて枝を払いのけてくれた。
肩から制服にいたるところについた木屑も丁寧にみやが
のけてくれる。

私は苦笑いするしかない。

でもみやは優しいから私の醜態には何もふれずに
怪我したところはないか咄嗟にあんな行動が出来るなんて
すごいと真剣に言ってくれた。

みやは本当に出来すぎた親友だった。
523 :Sweet Cherry Blossom :2014/05/29(木) 21:40
気を取り直してみやと私の家に向かった。
途中で私はみやとの最初の出会いを思い出す。

スーツケースに引っ張られる子供を助けようとして
結局自分まで引きずられてしまったときのことだ。
あのときも私の咄嗟の行動にみやが助けてくれた。
みやは私のピンチにはすぐに駆けつけてくれて
本当に王子様みたいだと思う。

でもそんなことを思ってるともし気づかれたら
きっと気持ち悪がられる。
だから私はそんな気持ちを心の奥底にしまいこんだ。

「相変わらず整っているというかほんときれいだよね。桃の部屋」

みやが私の部屋に入って言った。
みやが来るからときちんと片付けたことが、
かえって私には恥ずかしくなる。
524 :Sweet Cherry Blossom :2014/05/29(木) 21:42
私の部屋はベッドと机とクローゼットがあるだけで
その他には不要なものは何もない。
唯一女の子らしいものと言えば、ベッドに置いてある
みやにもらった小さな女の子の人形だけだ。

みやは他の友達には小物にしてもインテリアでも
あれが可愛いとかこうしたほうがいいとかおせっかいなくせに
私には一言も言ってこない。

でもそれはきっと遠慮しているのではなく、
私達が違いすぎるのだと思った。
 
私たちはいつものようにテーブルに座るとみやは
大きなファッション雑誌を広げて私は読みかけの小説を
カバンから引っ張り出す。

どちらの家に行ってもやることは全く同じで、
テスト前になるとそれが勉強道具に変わる。

途中で少しだけ会話を交わすことはあっても
私とみやは基本的にはおしゃべりもせず、
お互いの本を黙々と読んでいる。
525 :Sweet Cherry Blossom :2014/05/29(木) 21:45
みやは本当は退屈してるんじゃないかと思うことは何度もあった。
でもいつも自分の思ったとおりを貫くみやの態度を見ていると
かえって失礼になると思って私は何も言わなかった。

ただし、いつもみやが傍にいてくれるものだと勝手に
期待することだけは私は恐れていた。
いくら親友と言っても限度があるし、みやは私の物じゃない。

みやといると居心地がいい反面、私はそのことだけは
ずっと自分自身に言い聞かせていなければならなかった。
526 :Sweet Cherry Blossom :2014/05/29(木) 21:47
探偵物の小説を読んでいると時々思考力が途切れてきて
目があちこちに泳ぐ。
盗み見のようにみやを見ると涼しい切れ長の瞳を
真剣に雑誌に向けている。

私は背中をベッドの押し付けて目を閉じた。
目を開けるとさっきよりも重く睡魔がのしかかってくる。
もう一度目をつむってから本へ戻ろうとしたときますます
意識が朦朧となった。
 
どれくらい時間がたったのだろう。
たったの数十秒かもしれないし、五分ぐらいかも、
もしかしたら1時間ぐらい寝ていたのかもしれない。

唇に何かがあたる感じがして少し意識が戻った。
きっと本か何かが口にあたったのだろうと思ったけど
本は自分の膝の上にある。

やっと私は微かな光の中で至近距離にあるみやの顔を認識した。
キスされたということを意識するのに時間はかからなかった
527 :ES :2014/05/29(木) 21:47

今回の更新を終わります。
528 :名無飼育さん :2014/06/06(金) 18:11
素敵な空気感のみやももをありがとうございます。
みやが格好いい。このあとどうなるのか、期待しながら待ってます
529 :名無飼育さん :2014/06/06(金) 22:27
楽しみな展開!
更新わくわくしながら待ってます!
530 :ES :2014/06/14(土) 21:28
>>528
レスありがとうございます!私の中のみやは常にカッコいい
イメージなんです。そう言っていただくと大変嬉しいです。

>>529
レスありがとうございます。期待に添えるような展開できたら
いいですが、とにかく更新してみますね!
531 :Sweet Cherry Blossom :2014/06/14(土) 21:31
突然のことに私はしばらく寝ているふりをしていた。
やがてみやが雑誌をめくる音が聞こえだしたのでようやく目を開けた。
みやとはすぐに目があった。

「ごめん。寝てた」

「そうみたいだね」

みやは動揺している様子もおかしな雰囲気も全くない。
私は少し濡れた唇に手をやろうとしてはっとして手を戻す。
みやの視線の前にして口元を動かすことさえためらった。

「どうしたの?」

みやがぎこちない私の様子に気がついた。
532 :Sweet Cherry Blossom :2014/06/14(土) 21:33
「あの、私ちゃんと寝てた?口開けてたりしてなかった?」

やっと出た言葉がこれだ。

「そんなこと気にしてんの?」

みやがくすっと笑った。

「するよ。これでも一応女の子なんだし」

「ちゃんと寝てたよ。可愛い白雪姫みたいにね」

まただ。何か言いたいのに私はみやに何も言い返せなくなる。

「さて。桃も眠そうだしそろそろ帰ろうかな」

「あ、うん」

みやが立ち上がるのと同時に私も腰をあげる。
533 :Sweet Cherry Blossom :2014/06/14(土) 21:34
「駅まで送って・・・」

私が途中まで言ったのをみやは遮った。

「あ、いい。今日寄っていくとこあるんだ」

「そ、そっか」

みやがまじまじと私を見た。

さっきと様子があきらかに違う。
みやが私に一歩近づいた。みやが顔を近づけてくる。
キスされる。

今度こそ本気でそう思って思わず目を瞑った。
でも唇にその感触は全くなくその代わり
髪の毛をそっと触られた気がした。
534 :Sweet Cherry Blossom :2014/06/14(土) 21:36
「はい。これ」

目を開けるとみやが桜の花びらを私に差し出した。

「髪の毛についてた」

みやがそう言って私は花びらを受け取る。

「ありがとう。さっきのがついてきたんだ」

私は必死でごまかした。
ほっとするのと同時に何か自分がものすごく
恥ずかしいことをしていたことに気づいて
私はみやの顔を直接見れなくなった。

「今、何で目を瞑ったの?」

案の定みやは一番痛いところをついてきた。
これこそ何も答えられない。
535 :Sweet Cherry Blossom :2014/06/14(土) 21:37
「もしかしてうちがデコピンでもすると思った?」

「や、そういうわけじゃないけど」

私は慌てて否定する。

「心外だな。今まで桃に一度もそんなことしてないのに」

でもみやは笑っていた。私はいろんな意味でほっとした。

「じゃあまた。学校でね」

そう言ってみやが玄関で靴を履いた。
短いスカートから見える細い足。
外国の人みたいに整った顔に優しい眼差し。
全てが見慣れているはずなのに私には、
何もかもかけがえのないものに感じる。

「うん。じゃあ学校で」

繰り返すように私は言う。
536 :Sweet Cherry Blossom :2014/06/14(土) 21:39
みやが手をあげて出ていこうとした。

「あ、みや」

確かに私はそう言った。
でも頭の中には呼び止めるような要件なんて何もない。

「何?」

みやの動きが止まる。

「やっぱ何でもない」

そう答えるしかなかった。

「言いかけて終わったら気になるじゃん」

「途中まで一緒に行こうと思ったけどやっぱいいや」

私は笑ってそう言った。
みやはこう言えば絶対に遠慮することは分かっていた。

「そっか。じゃあね」

案の定みやは納得して玄関の閉めた。
みやの姿が見えなくなると私はそっと自分の唇に触れた
537 :Sweet Cherry Blossom :2014/06/14(土) 21:40
途端にさっきの寝ていたときのキスの感覚が蘇ってくる。
あれは夢なんだろうか。
自分があまりにもみやを意識しすぎているために起こった
幻覚なんだろうか。

でも唇への感触ははっきりしていたし、
薄く開けた目でみやの顔がすぐ近くにあったのも分かった。
あれは決して夢や幻覚なんかじゃない。

「どうしよう」という気持ちは自惚れだと自分にそう言い聞かせる。
でも、もしみやが私のことを好きだったら、
そんな気持ちがみやに1%でもあると思ったら
もうそれだけで嬉しい。

でもみやが私のことなんて好きになるはずがないという
気持ちもあった。
538 :Sweet Cherry Blossom :2014/06/14(土) 21:42
私は部屋に戻った後、もう読んでいた小説なんて
手に取ることさえできずに悶々と考えた。

たった一つ確かなのは別れたばかりなのにもうすでに
みやに会いたいと思っているということ。

明日になればまたみやに会える。

私とみやがこのまま何も変わらなければ明日も今日と
同じようにみやと過ごすことができる。
でも私とみやの関係が変わったらそうはいかないかもしれない。

みやが当たり前のように親友だったこれまでの日々は
何も替えられないほど幸せだった。

それを失いたくはない。
でもみやに対する気持ちが狂おしいほど大きくなって
抑えられそうにない。
初めて自分にも人間的な「欲」というものがあることを
はっきりと思い知らされた。

自分がこのままの状態でみやに会うのは正直怖かった。
539 :Sweet Cherry Blossom :2014/06/14(土) 21:44
朝、起きてすぐに昨日のキスが記憶が蘇ってきた。
それでも何も手につかなかった昨日の状態に比べたら
少しはましだった。

火照る熱は冷めて冷静になれている自分がいた。
ただしそれは表面だけのことだった。
着替えたり朝ごはんを食べたり、しばらく時間がたつと
私の心の中はもうみやのことでいっぱいになる。

みやとは同じバスに必ず乗っているから朝のバス停で必ず出会う。
そう思っただけで胸が高鳴った。

みやのことを好きになるなんて本当に無謀なことだとは思う。
でも今日もみやに会える。
みやは話すことができないほど遠くにいる存在でもなく、
憧れではあったけど私の一番身近くにいてくれる親友だ。

人が人を好きになる可能性は星空みたいに無限に広がっているのだと思う。
けど私はその中でもみやを好きで良かったと思う。

みやなら例え嫌われる結果になったとしても後悔しない自信があった。
540 :Sweet Cherry Blossom :2014/06/14(土) 21:46
とりあえずみやと出会ったら意識せずにいつも通りでいよう。
あわよくばといろんな「欲」が私の中を駆け巡る。
でもみやを好きだからこそそんなことに惑わされない
自分でいようと思った。

そして私は意を決して玄関を出た。
その瞬間だけ私はだれにも劣らぬ勇者だったと思う。

「桃」

呼ぶ声が私の体をつんざいた。

「はあ?みや」

うちの玄関の横にみやが立っていた。

「ど、どうしたの?あ、何か忘れ物?」

動転してる割には頭は冷静に動いた。

「んーん。今日早く出たから途中で桃と会えるかなって。
そう思って桃の家目指したら着いちゃった」

みやはおどけるように笑った。
みやのそんな姿を見るのは初めてだった。
541 :Sweet Cherry Blossom :2014/06/14(土) 21:48
学校近くの停留所で降りると私達はまた二人で桜並木を歩いた。
昨日の桜と同じはずなのに自分の心を反映してか
桜がさらに輝いているように私には映る。

「メールでもくれればもっと早くでたのに」

私は言った。

「だからしなかった。きっと桃はそうすると思ったから」

みやはさらりとそう言った。
でもそんなクールなみやが今日、どうせバス停で出会う
私の家を目指してきたかと思ったら嬉しくなって
自然と笑みがこぼれてしまう。

好きな人って不思議だ。
私はみやに好かれたいとか親友よりもっと近い関係になりたいとか
そんな自分勝手な欲を抑えるのに必死で、
みやに会ったらそんな感情がますますひどくなると思っていた。

でも現実は全くの逆でそんな小さな欲なんてばかばかしいほど
簡単に消え去ってしまっていた。
542 :Sweet Cherry Blossom :2014/06/14(土) 21:50
春の陽光が私たちを照らす。
それは無数の桜の花に乱反射して柔らかな陽だまりになって
降り注いでいた。
アスファルトも公園の緑も何気なく置いてあるベンチも
全てを温かいピンク色に染めている。
自然が奏でるものは永遠に続いていきそうだけど、
それは移り気な春の色なのかもしれない。

でも一瞬の輝きでもいい。

今の私はこの今だけの幸せを心に留めておこうと思う。
永遠を望むのは人間のきっと私にも言える悪い癖だ。
 
543 :Sweet Cherry Blossom :2014/06/14(土) 21:52
教室はいつもにも増して騒がしかった。
高校2年に上がって新しく新入生が入ってきたこともあって
部活では新入部員の獲得競争やらあの子が一年生で
一番可愛いとかそんな話題でクラスはもちきりだった。

「うちは早く温かくなってほしいぐらいだけど」

クラスの喧騒にみやは呆れたようにそう言った。
みやと私はそんな話題にはついていけず
お互いに苦笑いをするだけだった。

「ちょっとみや!」

そのうちみやもおしゃべりに無理やり巻き込まれてから
私は一人席に着く。

みやが笑ってクラスメイト小突いたりしていて
それがセクハラだとか言ってはしゃいでる。

朝、幸せなことがあったせいで嫉妬みたいな感情は起こらなかった。
544 :Sweet Cherry Blossom :2014/06/14(土) 21:54
みやと話してる友達が私が一人でいるのに気づいて
私に近づいてきた。
変に気を使わなくていいのにと私は心の中で苦笑する。

「嗣永さん、嗣永さんもみやのセクハラ被害にあってるでしょ?」

そして私のほうまで話しかけてきた。
みやが簡単に女子の体に触ったりするから
それをセクハラだと言ってるみたいだった。

私がみやの近くにいる時間が一番長いから
その被害にも一番あっているはずだということだった。

「ええ?全然」

私は笑って冷静に否定する。

「ほら。変な言いがかりしないでよね」

みやが私の応えに満足して言った。
545 :Sweet Cherry Blossom :2014/06/14(土) 21:56
「おかしいなあ。あたしなんて相当被害にあってるよ。
この前なんて無理やりチュウされたし」

「ええ?してないよ。何言ってんの?」

みやははっきりそう言った。
でも二人のやり取りを聞いたとき、私の顔と心同時に笑顔が消えた。
私はわざと視線をずらして黒板を見つめた。
感情も気持ちとも何もかもが無だ。
愛想笑いも会話に合わせることもできない。
私は自分自身に唖然としていた。
みやに怒っているのでもクラスメイトに腹が立ったわけでもない。

ただみやにキスされて家まで迎えに来られて有頂天になってる
自分を見るのが嫌だった。
私はノロノロと立ち上がった。

「桃、どうかした?」

みやが急に心配そうな顔を見せる。

「ん。何でもないよ。ちょっと職員室に用事があって。行ってくる」

「うちも行こうか?」

「いい。すぐ終わるから」
546 :Sweet Cherry Blossom :2014/06/14(土) 21:57
本当は用事なんて何もなかった。
何とか気持ちを落ち着かせたい。
私がただ馬鹿なだけでみやは別に何も悪くない。

考えてみたらふざけて友達にキスすることなんて
女同士だったら普通にありえることだ。
勘違いした自分のせいでみやを絶対に嫌な気持ちにさせたくなかった。

「ちょっと桃?」

みやが追いかけてくる。
気づかれないようにしないといけない。
きっと今日1日をのりきればまた明日から何もなかったように
これまでと同じ日が続けられる。
そう信じていた。

だから笑おう。

何もなかったように笑ってみやの顔を見る。

「だから何でもないって」

出てきた声は自分でもびっくりするくらい細くて
やっと聞き取れるぐらい小ささだった。
547 :Sweet Cherry Blossom :2014/06/14(土) 21:59
みやの顔を見ただけで切なくてどうしようもなくなっている自分がいた。
自分の感情がなんなのか私にさえわからなくなっていた。

「さっき、うち嫌なこと言った?ごめん。謝るから」

いつもは自信満々で笑顔のみやの顔が青白く、
生気さえも失せているような気がした。
自分のせいでみやをそんな気持ちのさせていることに胸が痛い。

「違うよ。みやのせいなんかじゃないから」

私はそう言い残して職員室とは違う方向へ歩き出した。

「もも」

もうみやの言葉には振り向けない。
みやの優しさに甘えたらますますみやを傷つける。
私がうぬぼれただけなんだって自覚できたらそれでいいと思った。

私は一気に走り出した。

昇降口を通って校門から外へ出る。
もうここまで来たらみやだって追いかけてはこれない。
548 :Sweet Cherry Blossom :2014/06/14(土) 22:01
清々しい春の空気が少しだけ私の心を軽くした。
私はみやとよく歩いた桜並木まで来た。
もうきっとチャイムが鳴って授業が始まっているだろう。

学校なんてさぼったって構わない。
みやを傷つけることに比べたらそんなことどうだっていい。

みやの親友でいることは自分にとって有り余る程の幸せだ。
みやもそう思ってくれているんだったらそれを壊す理由なんて
どこにもない。

でもこみ上げてくるのは何で私にキスなんてしたんだろうという
思いと優しそうなみやの顔ばかりだ。

みやは何も悪くないのについみやのせいにしてしまいそうになる。

そんな自分が嫌だ。

どうしようもなくなって近くにあったベンチに腰掛けた。
549 :Sweet Cherry Blossom :2014/06/14(土) 22:02
桜の花びらがちらちらと落ちている。
前にみやと一緒に歩いた時はそれを見るだけで
幸せな気持ちになれたのに今は全然違う。

桜の花が私の心の中で雨のようにしとしとと降っている。

「授業さぼってお花見?だったらうちも混ぜてよ」

ぎょっとして振り返ったらみやだった。
さっきのみやとは全然違う。
桜の色のせいか優しいみやの顔が戻っていた。

「真面目な桃子姫にしては珍しいね」

みやが私の隣に座って言った。
覗き込んでくる顔を見ただけで胸が高鳴ってしまう。

「別に。私だってサボりたいときはサボるし」

私は視線を移した。

「そ」

みやは肯定も否定もせずに私の隣に座ってきた。
550 :Sweet Cherry Blossom :2014/06/14(土) 22:04
二人ともしばらく何も話さなかった。
そのまま時が経つ。
喧嘩してるわけでもないのに気まずい空気が流れた。
このままじゃ私はみやに嫌なことを言ってしまう。
私は一番大事な人を傷つけてしまうかもしれなかった。

「あの、さ。授業始まるよ。てかもう始まってるか。
 みや、戻ったほうがいいよ」

「お。やっぱり真面目だね。嗣永桃子さん」

みやが言った

「だから。そうじゃなくて」

強い調子でそう言ったとき私はやっといつもの自分に
戻れてる気がした。
でもそれはみやの言葉でうち消された。

「うち、好きだな。ももの怒った顔も」

真面目な顔でそう言われたらもう何も言い返せない。
551 :Sweet Cherry Blossom :2014/06/14(土) 22:06
みやの彫刻のように整った横顔を眺める。
それは私には決して手に入ることのない遠い存在に思えた。

「みや、お願いだから一人にさせて」

「え」

私の言葉にみやは表情を変えた。私には時間が欲しかった。
もう少しだけ一人になって冷静に考えればみやを傷つけずに
諦めることができる。

みやのことをきちんと諦めてきちんと謝ろうと思った。
そのためにつらい気持ちをふるい立たせた。

私は立ち上がる。振り返ってみやを見た。

「大丈夫。しばらくしたら戻るから」

無理やり作り笑いをしようとした。
でも全然駄目だった。
みやの白い顔が目に映る。
552 :Sweet Cherry Blossom :2014/06/14(土) 22:08
私はみやに背を向けて歩き始めた。
一歩一歩遠ざかっていくごとに私は二度と同じ場所には
戻らないだろうと思った。
それは私のみやに対する気持ちでもあり、
私とみやとの関係なのかもしれなかった。

悲しくて寂しくて涙が出そうになる。
それでも私は歩き続けた。

「桃、待ってよ。昨日のことが原因なの?」

元に戻ってはいけない。
そんなことは十分分かってるはずなのに、
引き止められた私はまたみやに救い出されたような気持ちになった。

「昨日、うちが桃にキスしたから。だから、怒ってるの?」

「違う」

私は首を横にふった。
553 :Sweet Cherry Blossom :2014/06/14(土) 22:10
「ごめんなさい。あんなことして最低だよね」

いつもは凛々しいみやの顔が悲しくゆがんでいる。
みやの言葉が胸に突き刺さった。

「本当にごめんなさい」

そして今度は深く頭を下げた。
私はずっと首を横にふっている。

「違うよ。そうじゃなくて」

その後の言葉が続かない。

キスくらい友達同士だったら普通にするよね。
あんなのどうってことないし気にしてないよ。
咄嗟に思いついた台詞はどれもふさわしくなかった。
554 :Sweet Cherry Blossom :2014/06/14(土) 22:12
みやは出会ってから今の瞬間までいつもまっすぐに
私を見つめてくれた。
みやの言うことはいつも正直で私は一度もはぐらかされたり
したことはない。

だから私も言わなきゃいけないと思った。

「あのね。みや」

私は言った。
みやはまだ叱られた子供のように神妙な顔をしていた。

「私はみやが好き。友達とか親友としてじゃなく」

はっとしてうつむくみやの顔を見て私は予想通りだと思った。
こんなこと言ったら驚かせるし困らせるに決まってる。

でも何も悪くないみやにあんなに謝られたら
私は言わないわけにはいかなかった。
555 :Sweet Cherry Blossom :2014/06/14(土) 22:14
「だからキスされたときね。ものすごく嬉しかった。
そりゃ女同士だから無理だって分かってたけど。
もしかしたらみや、私のこと好きなのかなって。
すごい勘違いだけどそう思って舞い上がってた。
それが今朝、学校で自分の自惚れだって気づいて
すごく恥ずかしかったんだ。
自意識過剰だし、こんな自分嫌だってすごく自己嫌悪」

私は一体どんな顔して言ってるんだろう。
すごい剣幕でまくしたてているのか泣きそうになりながら
言っているのも分からない。
ただ、みやが自分が悪いわけじゃないってことに
気づいてさえくれればいいと思った。

「だからみやは何も悪くないんだよ」

絞り出すようにして私は言った。
556 :Sweet Cherry Blossom :2014/06/14(土) 22:16
みやの顔は全く無表情で私が言ったことに驚いてるのか
困っているのかもよくわからなかった。
そして突然しゃがみこんだと思ったら嗚咽して泣き始めた。

「みや」

私はみやの背中をさすりながら何て自分は駄目なんだろうと思った。
結局、自分の気持ちを正直に言ってしまったことも
みやを泣かせる結果になってしまった。

こんなことだったら何でもないとしらを切ったほうが
ずいぶんましだったのかもしれない。

「みや、ごめん。迷惑だって分かってたけど正直に言うしか
思いつかなくて」

みやはまだむせる様に嗚咽している。
みやはいつも凛々しくてカッコよくて
こんなに子供みたいに泣いてる姿は初めて見た。
557 :Sweet Cherry Blossom :2014/06/14(土) 22:17
「みや、大丈夫?」

私がそう言うとみやは息も絶え絶えにささやくように言った。

「よかった。うち、桃に嫌われてない」

みやがようやく手で覆っていた顔を見せた。
目は赤くなっていたが、その表情は悲しみも困惑も
何も残っていないことが私にはすぐに分かった。

「みや?」

言った途端にみやからすごい勢いで抱きつかれた。

「良かったよ。本当良かった」

もも。
みやは私の名前を呼ぶとものすごい勢いで抱きしめてくる。
558 :Sweet Cherry Blossom :2014/06/14(土) 22:19
「ちょっと。みや」

私はみやの勢いを支えきれずにみやに抱かれたまま
そのまま地面にに倒れ込んだ。
下は冷たいアスファルト。
でもみやは白い歯を見せて笑った。

「やった。両思いになれた」

みやはごくなにげないことのように言った。
でも私ははっと息を飲む。
そのまま唇が重なった。

二度目のキスにもう戸惑いや躊躇はいらなかった。
559 :Sweet Cherry Blossom :2014/06/14(土) 22:19

----------
560 :Sweet Cherry Blossom :2014/06/14(土) 22:20
「体中桜だらけってすごいよね」

みやが私の制服についた桜の花びらを払いながら言う。

「もう。これ全部とれないよ。絶対」

私は泣きそうになって言った。
桜が一面に敷き詰められた地面に押し倒されたせいで
私の後ろ髪からスカートまで無数の桜がひっついている。

「これじゃ桜の中を遊び回った子供みたいだよね」

私は苦笑いして言う。
せっかく告白してもらったのにこんな姿じゃ申し訳ない。

「桃は完璧すぎるからそのほうがいいよ」

みやがそう言った。
561 :Sweet Cherry Blossom :2014/06/14(土) 22:23
「どこが?完璧すぎるのはみやのほうでしょ」

「だって桃は可愛いしカッコイイし王子様みたいだから」

すぐにみやの言葉を否定しようとしたけどみやがあまりにも
真剣に私を見つめるから言い返せなかった。
さっきのキスの感覚が唇だけじゃなく全身に残っていた。

「最初にバスで出会ったとき、スーツケースに
引っ張られてる子を咄嗟に助けたでしょ。
この公園でだって小さな女の子に木の枝が落ちてくるの
自分で受け止めたりして。桃はこんなに可愛いのに気取らない。
だから自然と体が動いちゃうんだよね。
うちは臆病だからそんなこと出来ないけど」

「そんなふうに見てくれてたんだ」

私は正直に言って驚いた。
みやこそ駄目な自分を温かい目で見守ってくれていると思っていた。
562 :Sweet Cherry Blossom :2014/06/14(土) 22:24
「桃のことは最初からずっと好きだった。それからずっと片想い。
桃にはどんなこと言っても通じなかったから」

みやはそう言った。

桜が風に乗って舞うように落ちていく。

「だから魔法でもかけなきゃ振り向いてもらえないと思って」

「魔法?」

「そう。眠り姫に魔法のキス」

みやが人差し指を唇にあてた。

その瞬間に風でも操っているみたいに地面の桜が舞い上がった。
まだ冷たいはずなのにその風は一瞬だけ温かくて甘酸っぱい匂いがした。
563 :Sweet Cherry Blossom :2014/06/14(土) 22:25

「完」
564 :ES :2014/06/14(土) 22:25

レス流し
565 :ES :2014/06/14(土) 22:26

レス流し
566 :sage :2014/06/16(月) 04:52
こんな雰囲気のみやもも、はじめて読みました!すごく素敵です。
短編ということですが、2人のその後が気になります!
567 :ES :2014/09/04(木) 15:58
>>566
レスありがとうございます!
みやもも書くの初めてで正直自信なかったので
とても救われます。
その後はまだ構想ないのですがまた書いて
みたいと思います。
568 :魔法はまだとけてない :2014/09/04(木) 16:09
「魔法はまだとけてない」

「怖かっただろうな」
流れる涙の中で私はそう思った。
ここで、このタイミングでBerryz工房の活動停止を
聞かされるなんて思ってなかった。
今はただBerryzのいない未来が私はひたすら怖い。

物心ついたときからグループでもいろんな問題や
悩みを抱えながらステージの上に立ってきた。
私にだって「鈴木愛理」としてファンの前に立つことが
怖くてたまらない時期もさえあった。

でもあの発表のとき、Berryz工房が感じた怖さは
私が経験してきた怖さとはきっと比べ物にならない。
それでも七人でずっと話し合って悩んで結論を出したんだ。
そう思ったら止めどなく涙が流れてきて止まりそうもなかった。
569 :魔法はまだとけてない :2014/09/04(木) 16:11
Berryz工房の活動停止は、ハロコンのリハーサルの前に
直接みんなから聞かされた。
何でなんでと千聖や舞が聞いている間に舞美ちゃんは
もう泣き崩れてた。
きっとみんなの目を見てすぐに分かったのだと思う。
この決定がもう決して覆ることがないこと。
そしてこの結論にたどり着くまでにどんなにみんなで悩んで
苦しんだのかということを。

だから私は何も言えなかった。

ライブのときの眩しい光。
どよめく歓声。
会場と歌とダンスと私達の一体感。

私はファンの前で自分たちの未来を見せていると感じたことがある。
Berryzのメンバーから報告を受けた後、胸の中で
こんな怖い未来を抱えながら歌うことになるなんて思わなかった。
570 :魔法はまだとけてない :2014/09/04(木) 16:13
ハロコンのステージに出るときは笑っていつもの自分に戻れた。
歌い終わると舞台の袖に戻ってまた泣いた。
舞美ちゃんはステージにいるときも休憩中もずっと泣きっぱなしだ。
特になっきぃなんて目を赤く腫らしたままずっと
ぐずぐずと泣いている。
幼い女の子に逆戻りしたみたいだ。

でもきっと中身は私も同じだ。

Berryz工房は自分のグループじゃないけど、
私はどこかでBerryzの存在を自分のよりどころにしていた。

私が泣いてないのはきっと何一つ受け入れることが
出来てないからだ。
Berryz工房がもう当たり前に会えなくなるなんて、
それがどういうことか自分でもよく分からなかった。

Berryz工房がハロープロジェクトではなくなる未来を
認めることなんてどうしても今の私には出来ない。
571 :魔法はまだとけてない :2014/09/04(木) 16:14
「Berryzのみんなが一人一人ちゃんと考えて決めたことなんだから。
私達は応援してあげようよ」

舞美ちゃんがなっきぃにそう言っている。
舞美ちゃんが泣いてるメンバーを励ましてるなんて
もう何年ぶりに見るだろう。
それぐらいもう自分たちは大人になっていると思っていた。

「そうだよね。そうなんだよね」

泣きながらそう言うなっきぃの言葉が胸に突き刺さる。

受け入れるしかないんだろうか。
℃-uteの他のメンバーは泣いて悲しんでもがいて、
そして受け入れようとしていた。
誰もBerryzが活動停止するなんて認めないなんて言わないし
言えない。

そんなことは十分すぎるくらい分かっていた。
でもいろんな気持ちを覆い隠しても私は、
この気持ちだけは隠すことができない。
572 :魔法はまだとけてない :2014/09/04(木) 16:17
Berryz工房には活動停止してほしくない。

家に帰った後、正直な気持ちをブログに書いてスタッフさんに送った。
結果、スタッフさんからもっとBerryzのことを考えて
あげたほうがいいと言われた。

グループで悩んで苦しんで出した結論に対して
ただ反対してるだけ、はないんじゃないか。

もっともな意見だと思う。
天を仰いでため息をつく。
見えるのは見慣れた自分の部屋の見慣れた模様の天井だけだ。

このままじゃ何も変わらない。
受け入れてBerryz工房の消滅が既定路線になって、
お別れしていつか悩んで苦しんだこの時間さえも
忘れてしまうんだろうか。

別にBerryzのみんなが決めたことに反対したいとか、
私の気持ちだってわかってほしいなんてこと考えてたわけじゃない。

気持ちは今までのBerryzの一人一人が本当にかけがえのない
存在で、その気持ちを伝えたいのに失うことへの恐怖心
ばかりが私の感情を埋め尽くしてる。

今、自分の心情を吐露したところで何の前進にも
ならないことはわかりきっていた。
573 :魔法はまだとけてない :2014/09/04(木) 16:18
時計の針は夜中の12時を回った。

℃-uteのメンバーで作ってるLINEは止まったままだ。
みんな何も言わずにBerryzが決めたことを応援していくと
ブログを次々に更新していく。

結局私も降参するようにようやくブログを送った。
でもまだまだ白旗じゃない。
あのとき、2004年に私達より先にBerryz工房が
かけた魔法はきっとまだとけてないのだ。

きっと私にも出来ることはある。
真夜中に私はそう誓った。
574 :魔法はまだとけてない :2014/09/04(木) 16:20
一週間たってまたハロコンのステージに立って私は輝かな光を浴びる。
この光そのままに生きていけたらいいのにとライブをするたび
私は何度も思う。

「うちらは自分たちなりに全力で歌、やるしかないよね」

やじはそう言ってくれるけどまだ私の心は悶々としていた。
一週間前はあれだけ泣いてたのに舞美ちゃんはダンスも歌も、
もう完全に元通りに戻っていた。

たくさん泣いてたくさん笑って、やじは本当に天使みたいだ。
きっと心が透明な水みたいで何の混じりっけもないのだ。

それに比べて私の心はざらついて自分が何をすべきかが分からない。
575 :魔法はまだとけてない :2014/09/04(木) 16:22
その日、私の不安はさらに大きなものになってふりかかってきた。
Buono!も活動停止になるかもしれないからその件で
ミーティングに出てくれとマネージャーさんに言われた。
ショックだった。
Berryzとのスケジュールの兼ね合いもあるから
Berryz工房のスタッフさんとも共同の話し合いになるみたいだった。
落ち込んでた私の気持ちはますます落ちた。

「みやも桃も続けるのダメなのかな。愛理何か聞いてないの?」

メンバーに相談したら逆に舞にそう聞かれた。

「聞いてないし。聞くのが怖い」

私は言った。
喧嘩も何もしてないのに解散するかしないかで
Buono!の三人で険悪な空気になるなんて絶対経験したくない。

「そうだよね」

そう言って全員うつむく。
576 :魔法はまだとけてない :2014/09/04(木) 16:25
℃-uteのメンバーはそうでなくても重傷だから
私を慰めようとしてもその力なんて残ってない。
見てる私の方が可哀想になった。
だからせめて私だけでそのことはおさめようと思った。
℃-uteには迷惑をかけられない。
でもみんな口には出さなかったけど同じ思いに違いなかった。

私達の大切なものがどんどん去っていってしまう。
577 :魔法はまだとけてない :2014/09/04(木) 16:28
仲間を失う喪失感はもう何度も味わった。
めぐのときも栞菜のときもえりのときもとにかく不安で
悲しくて戻ってきてほしくてしょうがなかった。

舞波以来、ずっとメンバーが変わらないBerryzが
うらやましくてしょうがない時期もあった。
でも今度はBerryzまでいなくなってしまう。
かけがえのない仲間としてずっとライバルとして
隣にいてくれたBerryz工房を失うことは
℃-uteにとってずっと一緒にいた恋人が
いなくなってしまうことに似ていた。

そして今度はBuono!まで失うことになるのかと思うと
耐えられなかった。

「でも愛理がBerryzの会議に出てくれたら安心だな」

その時、舞美ちゃんが口を開いた。

「ほら。だって他のグループのことだから見守って応援するしか
出来なかったじゃん。今度は愛理は当事者なんだから
堂々と自分の意見言っていいんだよ」
578 :魔法はまだとけてない :2014/09/04(木) 16:29
−当事者

Buono!は私のグループなんだって当たり前のことなのに
そのとき初めて気づいた。

「舞美ちゃん、そんなこと言っても愛理もショック大きいだろうし」

なっきぃが心配そうに私の顔を見つめて言う。

「あー。何とかして愛理の力になれないかな」

千聖もそう言ってくれる。

でもここでメンバーに甘えちゃいけないと思った。
やじの言うとおり私はBuono!のメンバーだ。
みんなの気持ちはありがたかったけどまだ私は
今回の件で何も出来ていない。

きっと既定路線のBuono!解散をひっくり返すことなんて
できないのだろう。
でも私はそれを見届けなきゃいけないと思った。
579 :魔法はまだとけてない :2014/09/04(木) 16:31
私は最後のBuono!ライブであるPIZZA-LAのBuono!
デリバリーライブの時のことを思い出していた。

その一年前からBuono!で映画に出て王様ゲームでも
コラボコンサートでもBerryzと一緒になって
私達はどんどん仲良くなっていた。

みやが三人が結成当初、距離がものすごくあって
ユニットとしてちゃんとやっているけるか心配だったと
今じゃ笑い話のように語ってくれた。

それぐらい私達の気持ちは団結していた。
あれから二年経ってこんなことになるなんて信じられなかった。
心は諦めに近いところまで傾いた。
580 :魔法はまだとけてない :2014/09/04(木) 16:33
雑誌の撮影やインタビューがあって、会社であった
ミーティングにはぎりぎりの時間になっていた。
どたばたと足音を響かせながらノックして部屋に入ると
Berryzのメンバーやスタッフさんがすでに勢ぞろいしていた。
いつものBerryzじゃない緊張した雰囲気に包まれている。

「すいません」

小さな声で私は言うと一番端っこにある空いている席に私は座った。
みんな張り詰めた表情をしていてそれが私の心臓に
伝わってくるようできりきりと痛い。
隣に座っている桃が私を見てわずかに笑ってくれたのが
唯一の救いだった。

会議はすでに始まっていてBerryzのマネージャーさんが、
来春の春公演までのスケジュールを説明している。

スタッフさんも活動停止までの花道を作ろうと必死なんだろう。
私もそれに出来るだけ協力したいと思う。

でも幼馴染みたいだったBerryzが遠く離れていってしまうようで
胸が傷んだ。
581 :魔法はまだとけてない :2014/09/04(木) 16:34
それにしてもなぜBuono!の会議がBerryzと一緒なのだろう。
これじゃ私はますます萎縮するばかりだった。

「秋のツアーが終わって、新曲のリリースも予定してます」

前にあるホワイトボードにはBerryzの予定がぎっしり入ってる。
本当にBerryz工房は卒業までは休みなしに突っ走る。
まるで最後の命をぎりぎりまで燃え上がらせるみたいだ。
私はそんな話はあまり聞きたくなかった。
どうせなら残された時間をまた一緒にイベントをしたり
歌を歌って楽しみたい。
時間に限りがあるのならなおさらそう思う。

「活動停止後の各メンバーのスケジュールはまだ未定のことが多くて・・・」

当然ながら時系列で書かれているBerryzの活動予定は、
来春以降は真っ白だ。

みんな何をするつもりなんだろう。
桃は今でもテレビの仕事が多いしそれを続けていくんだと思う。
でも他のメンバーについては全く何も聞いてない。
582 :魔法はまだとけてない :2014/09/04(木) 16:36
「で、このスケジュールでいくとBuono!のあてる時間は全然とれない」

ふっとスタッフを含めみんなの視線が私に集まった気がした。
Berryzの会議にBuono!も入っている理由が私にもやっと分かった。
Buono!の卒業公演をやろうにもイベントをしようにもBerryzの
日程で完全に埋まっていて物理的に何をするのも不可能なのだ。

「夏焼と嗣永はBerryzの活動に専念したほうがいいと思うし」

Berryzのチーフマネージャーがダメ押しのようにそう言った。
Buono!を続けたいと思ってもそれがBerryzとファンの人の
邪魔になっちゃいけない。

でも簡単に諦めることがどうしても正しい選択だとは思えない。
私の頭の中はぐるぐると回った。
結論の出ないループする思考回路。
583 :魔法はまだとけてない :2014/09/04(木) 16:38
きっとBerryzの中では何度も話し合って結論は出ているんだと感じた。

「Buono!は解散ライブをやると言っても時間もとれないし、
自然消滅させるしかないと思う」

スタッフさんの声が虚しく響いた。
みやや桃や梨沙子が私を見て申し訳なさそうにしてる姿が納得できない。
いや納得できないわけじゃない。
Berryzのメンバーだって一生懸命悩んで話し合って出した結論だ。
そして活動停止するその瞬間までBerryz工房として
輝いていたいんだと思う。
全部、全てが納得できることだから逆に何一つ受け入れられなかった。

「私はBuono!を続けていきたいです」

気がついたら立ち上がって言っていた。

「私はBuono!の解散にも自然消滅にも反対です」

最初は言ってしまったと思ったけど言い終わったら
意外とすっきりした。
全員見渡しても誰も何も言わなかった。
584 :魔法はまだとけてない :2014/09/04(木) 16:41
本当のことを言うとさらにBerryzに活動停止してほしくないと
言いたかった。
自己中心的だと思う。
何も考えてないと思う。
それでもいいかと思った。

ここで、この場では自分以外に誰もそんなことを言う人がいないのだ。

「鈴木の気持ちは分かるけど難しいと思う。
それにBerryz工房にはあまり時間がないんだ」

スタッフさんが仲裁に出てくれる。
みやも桃も何も言わない。

きっとBerryz全体のことも考えると何も言えないのだと思った。
ただでさえ緊張で張り詰めそうな雰囲気が
私のせいでさらに気まずい空気が加わる。

私はBerryzのメンバーの一人一人に「ごめんね」と言って回りたかった。
決してBerryzの邪魔をしたいわけじゃない。

でもBerryzが一生懸命考えて出した結論なら私だって嘘はつけない。
585 :魔法はまだとけてない :2014/09/04(木) 16:42
「あのね。愛理、みやと桃の今後の活動もどうなるかわからないし、
難しいんだ」

キャプテンが私を優しく諭すように言う。
分かってる。
そんなことは100%分かっていた。

「Berryzのメンバーには今はBerryz工房であることに
集中させてほしい」

Berryzのマネージャーさんが真剣な目で私を見る。
その通りだと思う。
私は自分の意見をゴリ押ししたいわけじゃない。
誰かを説得したいわけでもない。
立ち上がったまま今度は私が何も言えなくなる。

「でもさ。うちらの決めたことで愛理に迷惑かけられないよね」

しばらく続いた沈黙の後で茉麻がそう言ってくれた。

「迷惑とか。そんなんじゃないよ」

私は必死にそう言った。
ただ自分の気持ちを正直に言わなきゃいけないと思った。
でもそのとき梨沙子の顔を見て私は自分が言ったことを
心底後悔した。

梨沙子はうつむいて目に涙をいっぱいに浮かべてた。
586 :魔法はまだとけてない :2014/09/04(木) 16:44
「梨沙子、大丈夫」

みやが気づいて梨沙子に駆け寄る。

「ごめんなさい。私」

言いかけて止まる。

梨沙子がどんな気持ちでいるのか私には分からない。
でも私が何も言わなきゃ梨沙子が傷つくこともなかったのかもしれない。
そう思うとやりきれない。

「とりあえず今日はこのへんで終わり。
みんな移動まで時間ないから」

マネージャーさんの声が響く。
為すすべもなく会議は終わる。

みんなが逃げるように移動し始める。
私は唇を噛み締めたまま、黙ってその様子を見ていた。

「ごめんね。愛理。愛理のせいじゃないから」

みやがそう言って軽く肩を叩いてくれた。
いろんな思いがたくさん胸に詰まりすぎていて何一つ出てこない。
587 :魔法はまだとけてない :2014/09/04(木) 16:45
「愛理、いつか話せる時がきたらちゃんと話すから」

みやが申し訳なさそうに言う。
みやに腹が立ったわけじゃ絶対にない。
でも私には子供がいつか大人になったら分かるって
言われてるような気がした。

私一人だけがまだ子供でBerryz工房はみんな大人になってしまったみたいだ。
私もみやが言うことをいつか受け止められる時がくるんだろうか。

そうしたら馬鹿みたいに意地になって大切な人を傷つけることも
ないのかもしれない。

家に帰って梨沙子の涙を思い出したら自分まで涙が流れてきて
止まらない。
苦しい。
梨沙子を追い詰めてしまった自分を責める。

だからってどうしたほうがいいのかも分からない。
全部受け入れてみやと桃にBuono!のこともまかせて
作り笑いを浮かべていたほうが良かったのかもしれない。

笑顔を見せることがアイドルの最低限の仕事なんだとしたら
私にはその最低限の仕事さえ出来ていない。

私は一晩中めそめそと泣き続けた。
泣いても泣いても涙が溢れてくる。
悔しくて悲しくて仕方なかった。
588 :ES :2014/09/04(木) 16:46

今回の更新を終わります。
589 :名無飼育さん :2014/09/04(木) 22:27
食い入るように読みました。
終わりまで見届けたい。更新、楽しみにしています。
590 :名無飼育さん :2014/09/06(土) 21:11
更新待ってます
591 :ES :2014/09/07(日) 19:52
>589
レスありがとうございます。
正直、書いていいものか悩んでました。
ので本当に嬉しいです!
更新頑張ります。

>590
レスありがとうございます。
ではふつつかながら更新をさせていただきます。
592 :魔法はまだとけてない :2014/09/07(日) 19:55
Buono!のことで迷惑をかけたくなかった私は
出来るだけ℃-uteのメンバーには秘密にしておきたかった。
でも腫れぼったい目のせいで℃-uteメンバーに会った瞬間に
すぐに何があったのか分かってしまったみたいだ。
そして気持ちを隠しておけるほどそんな余裕が今の私にはなかった。

私は自分がしてしまったことを恐る恐るみんなに話した。
私が何も何も言わなかったらあんなことにならなかった。
そう言ったところで私の後悔は変わらない。

「そっか。でも愛理よくそこまで言えたよね」

やじは私の話を聞くと感心したようにそう言ってくれた。
そしてよく頑張ったとでも言うように私の頭を撫でた。
593 :魔法はまだとけてない :2014/09/07(日) 19:56
「愛理はすごいと思うよ」

「普通そこまで言えないし」

千聖と舞もそう言った。

自分の勘違いかもしれなけど褒められたような気がして意外だった。
私は自分の言ってしまったことへの後悔でいっぱいになっていた。

何か自分はとんでもなことをしてしまったのかもしれないと
思っていた。
それがゆっくりとまるで絡まった糸がほぐれるように
私の中の何かを解放する。
594 :魔法はまだとけてない :2014/09/07(日) 20:00
突然私の心の中でBuono!と℃-uteの歌が同時に
音楽のリズムになって怒涛のように波打つ。

Buono!の音は激しい高低差のギターが奏でる音に歌声を合わせていく。
℃-uteは細かい音の一つ一つまで緻密に丁寧にみんなで
作り上げたダンスと歌の結晶だ。

「私さ。Buono!も℃-uteも続けていくのに何の問題もない。今も。
これからもずっと。だからやめるなんて死んでも言えない」

会議で言えなかったことを℃-uteのみんなにぶつけてもどうしようもない。
でもこれだけは言っておきたかった。

「だってさ。まだまだ歌えるんだもん。私」

私はまるで宣言するようん言ってしまった。
595 :魔法はまだとけてない :2014/09/07(日) 20:01
やりたいけれど出来ないことはあると思う。
特にこの業界なんて自分の希望なんてほとんど
聞き入れてくれないのが当たり前なのかもしれない。

でも、出来るのに出来ないって私は絶対言いたくない。
完璧じゃないかもしれない。
でも私は自分が出来ると思うならBuono!も℃-uteも
意地でも続けていきたかった。

「良かった。愛理がいてくれて」

そのときなっきぃがぽつりと言った。

「そうだよね」

舞美ちゃんがにこりと笑う。
596 :魔法はまだとけてない :2014/09/07(日) 20:04
「Berryzのみんなのこと大好きだし、みんなが決めたことだから
応援するしかない。でもBerryzやBuono!の歌やライブも
すごく好きだしずっと続いて欲しい。
今まで誰もそれを言えなかったからさ」

舞美ちゃんの言葉に私は何だかほっとした。
それは自分と全く同じ気持ちだった。

「今まで0対7だったけど、愛理がいてくれるからやっと1対7」

舞美ちゃんの言葉はBerryzの活動停止に対する悔しさみたいな
ものが全部含まれているように感じた。

「℃-uteみんなでさ。愛理のBuono!応援していこうよ」

千聖がそう言ってくれる。

全ての事情を知った上で話すことが出来る仲間がいることが
こんなに有難いと思ったことはなかった。
今までは℃-uteでの悩みを梨沙子やみやや桃に
相談してきたのに今回は全くの逆だった。
597 :魔法はまだとけてない :2014/09/07(日) 20:09
舞がさっとみんなの中心に手を差し出した。

ライブの前の気合い入れみたいにみんなが手を出してくれる。
私も遠慮がちに手を重ねた。

「これで5対7」

舞がとびきり可愛い顔で言う。

「別に数で勝負してるわけじゃないけどさ。
うちらは愛理のことを応援する」

笑顔でなっきぃが言う。
さっきの半べそ状態はどっかに飛んでいってしまったみたいだ。
私にだってまだ何か出来るかもしれない。
℃-uteのみんなの力強い笑顔を見ているとそう思えた。
598 :魔法はまだとけてない :2014/09/07(日) 20:10

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599 :魔法はまだとけてない :2014/09/07(日) 20:11
カンカン照りの太陽が雲に隠れたと思ったら、
すでに雷が鳴り響いている。
あたりがすっかり暗くなって、
続いてやってきたのは猛烈な雨だった。

ビルの窓から見ると灰色の雨粒が突き刺さるようにして
地面に吸い込まれていく。
熱を溜め込むだけ溜め込んで暴れ狂っていた都会のアスファルトは
冷たい水滴にいなされ大人しくなっていく。
猛々しい熱気は急速に衰えていった。

私は窓から視線をホワイトボードに移した。
再び始まったBerryzとBuono!の合同会議に私は出ていた。
前回のときとは違って私の心境はだいぶ落ち着いている。
決まったことは淡々と受け入れるしかないし
これからのことに全力を尽くせばよい。
600 :魔法はまだとけてない :2014/09/07(日) 20:12
Berryzのマネージャーさんがボードに「SSA」の文字を書く。
「SSA」とはさいたまスーパーアリーナのことだ。

「最終的にはさいたまスーパーアリーナでのライブをすることを
目標に今いろんなスケジュールを組んでます」

さいたまスーパーアリーナでライブをやる。
例え活動停止が決まっても、Berryzのメンバーも目標が決まって
みんなやる気が漲っているように感じた。

「というわけだからBuono!のライブをやるのは正直難しい。
活動停止後の活動はまだ未定でBuono!の予定をいれるわけにも
いかない」

ついにBerryzのチーフマネージャーが私を見て言った。
601 :魔法はまだとけてない :2014/09/07(日) 20:14
BerryzがSSAでライブをやったとき、当時の最年少記録を打ち立てた。
私達℃-uteはもう絶対にBerryzには追いつけないかもしれないと思った。
だから私達は限界なんてないぐらいに頑張れた。

それをもう一度Berryzがやろうとしてるなら全力で応援しなきゃと思う。
でも最高の応援は、℃-uteもさいたまでライブをやることだし
Buono!でも武道館を達成することだ。

全てがまだ途中のままだった。

それが今私の一言にかかっているんだとしたら、
一歩もひくわけにはいかなかった。

「私はBuono!のライブをまたやりたいんです」

自分でも空気読んだらと思う。
大の大人になってこんなわがまま言うのはこれが最後かもしれない。

でも℃-uteのみんなが応援してくれて、Buono!のファンの人も
きっと待っていてくれる。
その思いが私を突き動かした。
602 :魔法はまだとけてない :2014/09/07(日) 20:17
「それに。さいたまがあるなら、次もっと大きなところ
目指せばいいし。私はBerryz工房をもっと見ていたいです」

会議室はしんと静まりかえった。
この孤立感。
笑い事じゃない。
こんな空気「SHOCK!事件」以来かもしれないと思った。

でもあのときとは違う。
今私はあえて、孤立を選んでる。
誰も「鈴木愛理」がこんなに扱いづらい人間だったなんて
思わなかったかもしれない。

みんな、きっと私にあきれてる。
でもそれでもいいと思った。

「私は愛理の意見に賛成だな。
どっちかって言うと私はBerryzの活動停止反対だったし。
Buono!も歌いたい」

桃が口を開いた。
桃の顔は無表情で逆に感情も抑揚もない。
それが強い意志を感じさせる。
603 :魔法はまだとけてない :2014/09/07(日) 20:25
「ちょっと。桃」

キャプテンが桃を制止するように言った。
私に集まっていた視線が今度は桃に集まる。

「桃」

みやはキャプテンよりもだいぶ弱々しくまるでつぶやくように言った。
きっとみんなで決めたことはこれ以上何も言わないと
決めていたんだと思う。

私は希望がまだあるかもしれないと思うのと同時に、
また自分は本当にまずいことをしたかもしれないと思った。
Berryzに亀裂をいれることなんて絶対に本意じゃない。

私は無意識にみやを見た。
みやはこみ上げてくる感情を必死に抑えているように見えた。
桃もみやもBuono!でお姉ちゃんみたいに優しくしてくれた。

こんな自分勝手なことばっかり言ってる私をどう思ってるんだろう。
申し訳ない気持ちとマイナスな予想しか出来ない自分がいた。

気がつくとみやは泣いていた。
私への批判なんて一切考えずにひたすら自分の中で沸き起こる
感情と戦ってる。
私は何も話しかけることが出来なかった。
604 :魔法はまだとけてない :2014/09/07(日) 20:26
ずっと心が痛んでる。
誰かの思いを受け止めることさえ私は出来ないのかもしれない。
誰かの思いを受け取ることが出来ないんだったら私は人間としても、歌手としても失格だ。
限界まで、ぎりぎりまで自分を犠牲にしたい。
そして誰かのためになりたいと私は強く思う。
思っているのに。
そのとき携帯が鳴り出した。

「梨沙子?」

私の心の内を読んでいるかのように梨沙子から電話がかかってきた。

「あ、いり?」

まるでささやくような可愛い声は小学生のときから何も変わってない。
605 :魔法はまだとけてない :2014/09/07(日) 20:27
「あたし、うまく言えないけど愛理のこと応援してる。
今までもこれからもずっと応援してるんだからね」

梨沙子の声も思いもはっきり私は受け取った。

ありがとう。

ありがとうね。梨沙子。

私は携帯に向かってそればっかり言っていた。
606 :魔法はまだとけてない :2014/09/07(日) 20:29
「せーの!」
「℃-ute!」
私は一番大きな声を出した。舞美、早貴、愛理、千聖、舞。
五人そろって〜。
舞美ちゃんの目を見た。
黒目がちの大きな瞳が私に力を与える。

はじけるぞーい。

私達はハロコンのステージに飛び出した。
みやも桃も梨沙子も、Berryzのみんな私の歌を聞いて欲しい。
それは決して自惚れなんかじゃなくて、心の底からそう思うのだ。

ハロープロジェクトのファンのみんな全員、℃-uteの歌を聞いたらいい。
そこには私が言いたくても言えない伝えきれないことが詰まってる。

ライブで音楽の力が爆発する。
言葉が音楽になって、それは原初の言葉を聴いてるみたいで
心地いい。

言葉は言霊なんて言うけど、結局人を勇気づけたり
元気にしたりするのは今の私じゃ難しい。
私はそんなに説得力をもってないし結局自分の考えの
押し付けになってしまう。

言葉はずっと昔、意味なんてもってなくてただ
鼻歌みたいなメロディーだったんじゃないかと私は思う。
607 :魔法はまだとけてない :2014/09/07(日) 20:31
それが今、言葉が意味を失って強い思いだけが
メロディに乗って流れていく。

どんなに可能性が少なくても、どんなに「もう」決まった
ことでも私は何かを伝えるために歌いたいと思う。

「小さな果実」だったBerryzのメンバーがかけた歌の魔法は
きっとまだとけてない。
私が言いたいのはきっとそれだけのことなんだろうと思う。

私は歌い続けた。
時には激しく、時にはゆったりと音楽の波の中に体を委ねていく。
もはや発声するんじゃなくて体全体でたった一つの音を表現するのだ。

言葉で伝えられないなら歌えばいい。
私の中にいる歌の神様がそう言ってくれているような気がした。
608 :魔法はまだとけてない :2014/09/07(日) 20:32
ライブが終わって再び私は言葉の現実の世界に戻った。
でも歌い終わるとその世界が少しだけ変わる。
伝えきれなかった言葉が窮屈な私の体をやっと
飛び出すことができたからかもしれない。

会議のことで悩んでて、楽屋に戻って始めて普通の気持ちに戻って
メンバーを見れた。

「良かった。愛理が大丈夫で」

舞美ちゃんがにこにこして私を見た。

「え?」

「BerryzやBuono!のことで悩んでるんじゃなかって心配してたけど。
歌ってる時の愛理すごく輝いてた」

やじのほうがきらきらした目で私を見つめるからかえって
私の方がどぎまぎした。

「私はみんなに迷惑かけてななら別に」

「愛理、すごかったね」

そう言ってくれるメンバーに感謝しつつ、
私はふと携帯が光っていることに気付く。

みやからメールだった。
609 :魔法はまだとけてない :2014/09/07(日) 20:34
「愛理、うちもBuono!続けたいって思ってる」

短くそう書かれていた。
きっとライブの合間の短い時間に送ってくれたのだと思う。
でもそれだけで、みやの一言だけで十分私は戦える。

やったー!

私は思わず携帯を手に持ってバンザイした。

私は会議で必死に自分の意見を言ったことをメンバーに話した。
千聖も舞も私を褒めてくれた。
でも逆に心配もされた。

「まさかの愛理がこんな問題児だったなんて。
誰も気づいてなかっただろうね」

なっきぃがからからと笑って言う。

「優等生アイドルの愛理がクビにならなきゃいいけど」

千聖までそう言い出した。
610 :魔法はまだとけてない :2014/09/07(日) 20:40
「そうかな。やっぱまずいのかな」

私は単純にBerryz工房もBuono!もこれまでと同じように
あればいいと思う。
ただそれだけだし、それで十分なのだ。
駄々をこねてる自覚はあったけど会社をクビになる自覚はなかった。

「だってさすがにまずいでしょ。
一応会社の方針だってあるんだからね」

舞が分かったように言う。
舞は言い返されるのを分かっててそう言ってくれるのが可愛い。
本当は純情で素直なくせに生意気な妹を演じるのが本当に上手い。

「そんなの。いつだってひっくり返せる」

私はわざとむきになって言う。

「そうだね。いつでもひっくり返せるんだったら、
そのときでも遅くないね」

やじが私を意味ありげに見ている。
611 :魔法はまだとけてない :2014/09/07(日) 20:41
「今はとにかく愛理を守らなきゃって思う。
そう思うの確か前に一度あったなあ」

千聖が言った。

一度目はきっと「SHOCK!事件」のとき。
あのとき千聖は確かに自分勝手だった私に批判的だった。
でも言われない中傷から私を守ってくれようとした。
荒れていた舞も何とか℃-uteにとどまってくれる決断をしてくれた。
舞美ちゃんは何があってもずっと私の味方をしてくれたし、
なっきぃは私と他のメンバーを行き来して必死になって
とりもってくれた。

あのときのことは、ただの傷口だけじゃなくて
私達の絆を確認するいい機会になった。

でも今回は違う。

私の「戦い」は今、始まったばかりだし、
まだこれからも続く。

私がライブで歌えるということがその何よりの証明なのだ。
私は両手に力を込めた。
612 :魔法はまだとけてない :2014/09/07(日) 20:43
「桃、いいけど何で?」

そのとき廊下からみやの声が聞こえてきてはっとなった。

「もう一回、気合いいれやるの?」

「いいからいいから」

いつもと全く変わらないBerryzの話し声が聞こえる。
会議で私が言った影響なんてBerryz工房には何も関係ないみたいだ。

気合と闘志で張り詰めていた私の心は一気に力の抜けた
安心感に包まれる。

「Berryz工房、いくべー!」

そして一際大きな掛け声が喧騒の中、
℃-uteの楽屋まで届いてきていた。
613 :魔法はまだとけてない :2014/09/07(日) 20:43

「魔法はまだとけてない」

以上で完結です。
614 :ES :2014/09/07(日) 20:44

レス流し
615 :ES :2014/09/07(日) 20:44

レス流し
616 :名無飼育さん :2014/09/07(日) 21:47
ベリヲタから一言。

ありがとうございます。


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