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作者フリー 短編用スレ 8集目

1 :名無飼育さん :2012/08/28(火) 01:40
このスレッドは作者フリーの短編用スレッドです。
どなたが書かれてもかまいませんが、以下の注意事項を守ってください。
・アップするときはあらかじめ“完結”させた上で、一気に更新してください。
・最初のレスを更新してから、1時間以内に更新を終了させてください。
・レス数の上限は特にありませんが、100レスを超えるような作品の場合、
 森板(短編専用)に新スレッドを立てることをお薦めします。
 なお、レス数の下限はありません。
・できるだけ、名前欄には『タイトル』または『ハンドルネーム』を入れるようにしてください。
・話が終わった場合、最後に『終わり』『END』などの言葉をつけて、
 次の人に終了したことを明示してください。
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前スレ 作者フリー 短編用スレ 7集目
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2 :もう一度、振り向かせて。 :2012/08/28(火) 01:42
もう一度、振り向かせて。
(やすみよゆい。このお話に出て来る“唯”とは
岡田さんではなく脇田さんの事です。
途中で前スレの容量がいっぱいになってしまったので
再度最初から投下します)
3 :もう一度、振り向かせて。 :2012/08/28(火) 01:43
「おいしいっ!これなまらおいしいっ」

唯ちゃんは一口ずつあんみつを口に入れる度、感嘆の声を漏らしていた。

今日は、唯ちゃんが気になっているという甘味処に連れて来てもらっていた。
噂通り、夏の暑さを吹き飛ばしてくれるかのような美味しさだった。
盛り付けも凝っていて見た目も楽しめる。

小さな幸福感が押し寄せる。
こんなに美味しいのなら、保田さんにも食べさせてあげたい。
今ここに保田さんがいたらどんな反応するんだろう。
保田さんも、おやつをもらった子供みたいな満面の笑みを浮かべて、おいしいって言うんだろうな。
その光景を思い浮かべて、私の口元は一瞬ほころんでしまう。
そんな私の様子を、唯ちゃんは見逃しはしなかった。

「三好さん思い出し笑い?思い出し笑いする人ってエロいんですよ」
「…うん、そこは否定しない」
唯ちゃんの怪訝そうな視線も、私は素直に受け止める。
4 :もう一度、振り向かせて。 :2012/08/28(火) 01:44
もうすぐ保田さんに会える。
冬には保田さんと同じ舞台に立てる事になっている。
まだ夏も終わっていないのに…ついつい先の事ばかり考えてしまう。
ブログでも、冬の舞台を待ちわびている心情を
ストレートに綴ってしまっていた。
もう一度東京で舞台に立てるなんて
夢にも思わなくて、感慨も一入だったから。
きっとブログを見た人は気が早いと笑ってるんだろうな。

でも、今の私の心を一番占めているのは舞台ではなく、保田さんの事。
私は…保田さんの事ばかり考えている。
5 :もう一度、振り向かせて。 :2012/08/28(火) 01:44
...

会計を終え店を出た途端、唯ちゃんの大声が私の鼓膜を揺さぶった。

「あー!!」
「ど、どうしたの!?」
「食べるのに夢中で写真撮るの忘れてました!」
「い…いいじゃん、また今度来れば」
「一人じゃ意味ないんですよう。三好さん、また付き合ってくれます?」
「うん、私でいいなら」
「約束ですよ?」

唯ちゃんは念を押すように私の顔を覗き込む。
「別にスイーツ巡りくらい、いくらでも付き合うから」
6 :もう一度、振り向かせて。 :2012/08/28(火) 01:45
唯ちゃんとそんな言葉を交わしつつも、
相変わらず思い浮かぶのは保田さんの顔。

ここ数日私はずっとこんな調子だ。
保田さんと再び会える日が待ち遠しくてたまらない。
浮かれてるって指摘されても仕方ないと思う。

だけど同時に、私は誰にも言えない不安を押し隠していた。

保田さんと再会できるのはいい。
でも本当はその後が怖いんだ。
冬の舞台が終われば、“また”私と保田さんは
ただの赤の他人に戻る…その事実を受け入れる事が。
7 :もう一度、振り向かせて。 :2012/08/28(火) 01:46
保田さんの隣は居心地が良くて、舞台が一緒だったあの頃は、
そこが私の特等席のように感じていた。
当たり前のようにそう信じてた。

だけど、舞台という枠組みから解放され外の世界に戻ると、
次第に保田さんからの連絡は減っていった。

私のいない世界に日に日に順応していく保田さんを尻目に、
私は静かにフェードアウトした。
東京から去った私に対し、保田さんが
どんな想いを抱いたのかさえ知る事ができないままに。
8 :もう一度、振り向かせて。 :2012/08/28(火) 01:46
私達は同じ空の下にいる。
確かに保田さんは実在して、私も今こうして同じ世界で息をしてる。
だけど、途方も無く遠い。

あの頃は、手を伸ばせばすぐに触れられる場所にいてくれた。
呼べば応えてくれた。
手に触れたら握り返してくれたのに。
こうしていると、東京にいた日々が幻みたいだ。

“みーよがいてくれるから頑張れる”
彼女の言葉はきっとウソなんかじゃなかった。
あの瞬間、私と保田さんは誰よりも通じ合っていた。
だけど保田さんの形成する世界に、おそらく今私は存在しない。
きっと自分が能動的にならない限り、
保田さんの人生に私が登場する事はない。
所詮はその程度。
今の保田さんにとって私はいてもいなくても同じ…
多分、そんな希薄な存在。

今の私達は赤の他人。
舞台を通じてでしか、私は保田さんに近付く事もできない。
保田さんには大切な人が多過ぎるから。
9 :もう一度、振り向かせて。 :2012/08/28(火) 01:47
...
唯ちゃんと肩を並べて歩いていると、
ふと、懐かしい香りが鼻をかすめた気がした。
今すれ違った人のフレグランスの香りだ。
その瞬間、私は反射的に振り返ってしまう。

微かな期待。
そしてそれは一瞬にして打ち砕かれ、代わりに失望感だけが残される。
…ほらね。
香りが同じなだけで、全然違う人じゃないか。

「三好さん?」
苦笑いする私を、唯ちゃんが不思議そうな顔をして見つめて来る。
「…知り合いでも見つけたとか?」
「ううん。人違いだったみたい」

彼女がこんなところにいるわけがないのに。
それに保田さんと最後に会ってから、もう半年以上経ってるんだ。
香水だって変えてるはず。
保田さん、特に飽きっぽい人だしね。
10 :もう一度、振り向かせて。 :2012/08/28(火) 01:48
頭では理解してるのに、それよりも先に心が反応してしまう。
欠けたパーツを探すように、無意識に私は
保田さんの姿を追い求めてる。
この気持ちの数分の一でも、保田さんが私を想ってくれていたらいいのに。

必要とされたい。
愛されたい。
だけど誰でもいいわけじゃない。
私は、保田さんにとってのかけがえのない人になりたい。
保田さんの大切な人達の枠にすら入れない私なんかが、
分不相応だとも思う。

それでも、望まずにはいられない。
11 :もう一度、振り向かせて。 :2012/08/28(火) 01:49
その時だった。
私の鼻先に、ぽつりと冷たい雫が落ちた。

「?」
顔を上げると、空は厚い雲が覆い鈍色に変わっていた。

雨…?

「げぇっマジ?傘忘れた」

唯ちゃんの焦った声を聞きながらも、私は空から視線を外さずにいた。

そっか…もうそろそろ秋雨の時期なのか。
北海道は梅雨がない代わりに、8月中旬を過ぎたら秋雨に入るのが通例だ。
そんな事もすっかり記憶から抜け落ちていた。
私にとっては数年ぶりの北海道の夏。

そう…ここは東京じゃなくて北海道なんだ。
ここに、保田さんがいるわけがない。
12 :もう一度、振り向かせて。 :2012/08/28(火) 01:50
「うわあ、もうビショビショ」

唯ちゃんはハンカチを取り出し、私の体を濡らす水滴を
拭き取ろうとしてくれる。
そのハンカチには見覚えがあった。
私が誕生日に唯ちゃんにプレゼントしたものだ。

「…それ、使ってくれてるんだ」
「当然ですよ、せっかく三好さんがプレゼントしてくれたんだし。
それに三好さんのセレクトする物って可愛いですもん。
毎日でも持ち歩きたくなりますよ」

そんな風に言ってもらえて、嬉しくないわけがない。
女の子の喜ぶ顔を見るのは好きだ。
私が何かする事でその子が笑顔になってくれるなら、
こっちまで幸せになれる。
13 :もう一度、振り向かせて。 :2012/08/28(火) 01:51
私が可愛らしい小物を見繕ってプレゼントする度、
保田さんは少女のように無邪気に喜んでくれた。

それが見たい一心で、舞台が一緒だった頃、
私はよく保田さんにプレゼントしたものだった。

二か月もすれば、あの笑顔にまた会える。
きっと保田さんはあの頃と何も変わらないんだろう。
あの頃と同じ温かさで私を受け入れてくれて、
終わりが近付けば、優しく…そっと突き放す。
そうやって、きっと何度も同じ事を繰り返すつもりなんだろう。
私が変わろうとしない限り。

保田さんは目の前の人間には親身に接する人だ。
だったら…私が彼女の領域に踏み込むしかないんだ。
たとえ、彼女の大切な人達を押しのけてでも。
14 :もう一度、振り向かせて。 :2012/08/28(火) 01:52
「…私にそんな事ができる度胸があるなら、とっくにしてたけど」

「え、三好さん?何て?」

どうやら思案していた事が言葉となって口から出てしまっていたらしい。
小動物のように、唯ちゃんがきょとんとした顔で私を見上げている。
彼女の問いには答えず、代わりに私はある提案をする。

「ねえ。せっかくだし、そこの雑貨屋でお揃いの傘買わない?」
「やった!三好さんとお揃い!」

その瞬間、唯ちゃんはハンカチを持つ手でガッツポーズを作る。
人目がなければその場で小躍りしてそうな勢いだ。
15 :もう一度、振り向かせて。 :2012/08/28(火) 01:52
「それじゃ早く行きましょ!」

そう言って、唯ちゃんは私の手をさっきより強く握り直した。
彼女の手が心地良いと感じてしまう自分に愕然とする。

このまま唯ちゃんの柔らかい手を素直に受け入れてしまえば、
もうこんな風に不安になる事もないかもしれない。
唯ちゃんを好きになれば、楽になれる。

でも、私は既に漠然と悟っていた。

私はきっともう、保田さんしか求められない。
保田さんは私の心を残酷な優しさで苛む人だけど、
これ以上ないほどの幸せをくれたのも、確かに保田さんなんだから。
16 :もう一度、振り向かせて。 :2012/08/28(火) 01:53
おわり
17 :みやびちゃんってば可愛いなー、もうっ! :2012/08/30(木) 14:24

「お、岡井ちゃん。久しぶり。」


木曜の18時頃。夕方だと言うのに蒸し返る暑さの中、やっとの思いで事務所にたどり着いた。
汗でぴったりと肌に付いたカットソーをはがしてパタパタと空気を送っていたところ、吉澤さんがデスクに座ってコーヒーを飲んでいた。
まるで会社員かのように。

「わー。久しぶりですね。」
「なんか岡井ちゃんも大人になったな。冷めた挨拶しやがって。」
「いえいえいえっ。そんなことないですよー。暑いんですよー。」
「だよね。今日暑いよね。」
「はいー。」
「コーヒー飲む?」
「でも苦いのは・・・。」
「大丈夫。シュガー&ミルク。」
「格好つけて言うなあ。」
「シュガー、アーンド、ミルック!」
「わかりましたよもう。」

吉澤さんは会社用の黒のプラスチック製マグカップを取っ手の向きを変えて渡してくれた。
丁寧にカップを両手で覆う。

「いや、熱いし!」
「だれがアイスって言ったよ。」
「そうですけど・・・しかも黒いし!ブラックブラック!!」
「千聖。最近のコーヒーは黒いミルクがあるんだぜ。」
「いや、絶対うそ。私でもわかるうそ。」
「お前先輩を信じられないわけ?」

あん?
って見慣れたなー、その顔。

「わかりましたよ、もー。」

なんでこんな暑い日に熱くて苦いコーヒーなんか・・・。

「ぅあちっ・・・!!!」
「ぶハハハハハハ!!!」
「にがっ!!」
「はっは!!くはは!!」
「もー。吉澤さーっん!!」

涙目で吉澤さんに怒りを訴えると、吉澤さんの後方のドアが開いて、スタイル抜群の女性が入ってきた。


「あれー?ちぃさぁとぉー。久しぶりー。」
「あぁっ!石川さーん!」
「髪型大人っぽくなっちゃってー。あれ、コーヒーなんて飲むの?」
「いや、これは吉澤さんがぁ。」
「岡井ちゃん。アブチョジョーク。アブチョジョーク。」
「よっすぃ、また千聖いじめてたんでしょー。」
「アブチョジョークって。」
「岡井ちゃん。そのコーヒーまずいから捨ててきて。」


なにーーー!!!




18 :名無飼育さん :2012/08/30(木) 14:25
・・・
19 : みやびちゃんってば可愛いなー、もうっ! :2012/08/30(木) 15:00

カップの中身を捨てるために、コーヒーメーカーがある場所まで歩み寄る。
まだ口の中が苦いよ・・・。

「あれ。どこに捨てればいいんだ?」

きょろきょろしていると、目の前に黄色いポスターが視界に入った。

「!!!!!」
ベリーズのポスターじゃんっ!!みやびちゃん可愛い!!!

「おーい、岡井ちゃん。ちょっとこのMVどう思うー。って、聞いてねー。」

可愛いなぁ。可愛いなぁ。みやびちゃん。
お姫様みたいだよなぁ。
でもロングもいいけどやっぱりショートだよなあ。

「おい。岡井少年。」

左肩をポンと叩かれて久々のあだ名で吉澤さんは私を読んだ。

「また夏焼?好きだねぇ。それよりこのMV見てよ。」
吉澤さんは私の左肩を持ったまま、反転させてデスクの上のパソコンに連れて行く。
いや、まだコーヒー捨ててないのに。

「そんな雅ちゃん雅ちゃんって。叶わない恋はやめとけ。」
「違うんですよー。みやびちゃん超可愛いんですよー。」
「千聖ってほんと昔から夏焼ファンだよね。って、コーヒー早く片しなさいよ。」
「あー。もう、この間の超HAPPY SONGのときはすげー幸せだったなあ。」
「まさに岡井ちゃんにとって超HAPPYなSONGじゃん。」
「それでー、この間のMV撮影の時なんてー。」
「いやいやいや、ちょっと待て。まさにその曲はさぁ、岡井ちゃんにとって超HAPPYなSONGじゃん。」
「みやびちゃんが抱きついてきたらなんかテンパっちゃってー!!」
「一度スルーされたら2度言うとこ、私に似てきたね。よっすぃー。」
「うそ。まじで。もうやめる。」
「なにそれー。」
「いきなり後ろから抱きつかれたと思ったらみやびちゃんでー。もうびっくりしてー。」
「あ、そういえばこの間MV見たよ。岡井ちゃんマジなんだもん。あれMVとしてアリなの?」
「もうディレクターもわかって編集してるよね。この間のSATOYAMAなんて、夏焼と他の子の絡みで千聖すごい悔しそうだったの放送されてたし。」
「いやー、恥ずかしいっすけどねー。」
「嬉しそうじゃん。」

てへへ。右手で頭を掻くと、左手で持っていたカップを石川さんが取り上げた。
ふーふーしている。まさか飲む気じゃ・・・。

「まぁ夏焼ってキッズの中でも顔整ってtttshgjshg・・苦っ!!!」

途中なんて言いました?

「ぶはははは!!!梨華ちゃん超ウケる!!」
「もうっ。千聖!!捨ててきてよこのまずいコーヒー。」


なにーーーー!!!







20 :みやびちゃんってば可愛いなー、もうっ! :2012/08/30(木) 15:15

2度も捨てに行くハメになるとは。
あ、このシンクに捨てればいいんじゃん。

「梨華ちゃん。それSATOYAMAじゃなくてMVのメイキングの時だから。」

私の左傍から、鼻にかかった聞き慣れた声がした。

「わっ。里田さん。」
「岡井ちゃん。久しぶり。」
「わー。久しぶりですー。ほんと久しぶりですねー。」

里田さんは私の左肩に手を置いて、反転し、吉澤さんたちの元へ歩み寄る。
またコーヒー捨てられない・・・。

「出た。田中夫人。」
「ちょっとよっすぃいい加減そのあだ名やめてくれるー?」
「おもしろいんだもん。」
「あれSATOYAMAじゃなかったかー。メイキングだったんだ。」
「確かにあの岡井ちゃんは必死だったね。3回くらい巻戻して見ちゃった。」
「好きだねー。まいちん。ハロオタ。YOUTUBE見すぎ。」
「でも旦那に隠れてYOUTUBE見てんだよねー。さすがにがっつきすぎかと思って。」
「うん。それがいいよまいちゃん。」

この3人が話始めると会話が止まらないなー。
っていうかコーヒー捨てたい。

「あのー。そんなにがっついてましたか。私。」
「「え?うん。」」

里田さんと石川さんが即答。吉澤さんは私が手に持っているコーヒーをチラっと見て私の目を見た。

「もうやっちゃえば。夏焼と。」



なんですてー!!!!!!



21 :みやびちゃんってば可愛いなー、もうっ! :2012/08/30(木) 15:30
両手で持ち直したコーヒーがカタカタと揺れる。

「あは。岡井ちゃん顔赤いよ。」
「よっすぃまたテキトーにそういうこと言うねぇほんとに。梨華ちゃんも散々被害にあったでしょ。」
「うん。もう慣れた。テキトーだもん。ほんと。」
「まあ、夏焼人気だからねー。あの顔だし。スター性バッチリ。私に似ている。」
「ほほー。あんだけ可愛くて王子的役割も似合いそうだよね。確かに。」
「まいちゃんも考え方一緒じゃない。」
「でも・・・でも、みやびちゃんは私なんて眼中に無いし・・・」

コーヒーカップを握りしめてモジモジする。

「「「あー・・・まあね。」」」

揃ってるー。


「なんか夏焼ってさ。みやびちゃんみやびちゃんって追いかけてくるタイプを好きにならなそうじゃない?
「ガーン、じゃあ私完全にダメじゃないですか。」
「だからそうだって言ってんじゃんかよ。早くコーヒー捨ててこい。」
「ちょっとよっすぃ。言い過ぎ。千聖が泣きそうじゃない。」

しかも吉澤さんが入れたコーヒーなのに。

「あ、じゃあ私一口もらっちゃおっかな。」
「えっ。でもこれは・・・。」
両手で握っていたカップを上から里田さんが取り上げる。
めっちゃ苦いんですよ、石川さんだって・・・。石川さん仏像みたいな顔で見てる。


「そしたらさー。誰が似合うkugisugs!!ごふぉ!!!!」
「うわ。まいちんきったね。飛び散ったし。」
「なにこれ!!まず!!」
「だから早く捨ててきてよー千聖。」


ほんとにこの人たちは・・・


22 :みやびちゃんってば可愛いなー、もうっ! :2012/08/30(木) 15:58

「って、ていうかー。そんなに言うならみやびちゃんが誰と合うか教えてくださいよー」
「YOUTUBEではね。よく菅谷とか嗣永とセットにされてること多いよ。」
里田さんほんとに好きだなーYOUTUBE。なんて検索してんだろ。

「でも菅谷ってー。みやっ。みやっ。ってタイプでしょ?」
ちょっと追いかける風に両肘を曲げて顔の前で両手を左右に振る石川さん。似ていない。
吉澤さんはデスクやパソコンに飛んだコーヒーをティッシュで拭きながら言葉を続けた。

「んー。だから夏焼と同等の清水とか須藤とか。ちょっと小馬鹿にされてるけど実は手の上で回してる嗣永とか。」
「あれ。徳永は?」
口の周りのコーヒーを手で拭いながら話す里田さん。汚いですよ。夫人が。
それを見た吉澤さんが眉間に皺を寄せて里田さんにティッシュ箱を手渡す。

「徳永?あー・・・なんか・・・元気って感じだよね。」
「どういうことですか?」
「よっすぃの想像の中には無いってこと。」
「熊井ちゃんは?」
「あー、熊井ちゃんはー・・・背高いよね。」
「まんまじゃないですか?」
「よっすぃの想像の中には無いってこと。」

じゃあ雅ちゃんに似合うとかじゃなくて、ただの吉澤さんの主観じゃん。
その私の考えを察した里田さんが言葉を出した。
「だから言ったじゃん。テキトーだって。」

ほんとだ。

「嗣永だったらー。一見、嗣永が攻めそうなんだけどー。一回しちゃうとハマって逆に襲っちゃうみたいな」
「ちょ、やめてくださいよ吉澤さん!!そんな風に雅ちゃんを見ないで!!」
「大丈夫、岡井ちゃん。テキトーなの。全部テキトーなの。」
「照れ屋だからね。後ろから攻めたいんだろうなー。」

そ、そんな・・・みやびちゃんがももちゃんとそんな・・・

カタカタカタ・・・再びコーヒーが揺れ始める。

「須藤の場合はねー。完全に夏焼が上だね。誘うのも夏焼。撮影中とかにコソって耳打ちすんだよ。」
「想像できるけどなんて?」
「今日・・・うち来ない?ふっ・・・」
「息吹きかけるわけか。よっすぃホント頭の中成長しないよねー。おもしろい人だよほんとに。」
「うわー!!!もうやめてーーーーー!!!!!」

みやびちゃんが!!あのみやびちゃんがそんなことするわけないって!!
もうやめてくださいよしざわさん!!!!

「ちょ、千聖落ち着いて!!!」
「だってそんなみやびちゃんがっ!!可愛いみやびちゃんがそんなエロっ。っえろ。」
「岡井ちゃん、岡井ちゃん。コーヒー溢してる。溢れてるよ。」
「よっすぃが変なこと言うからじゃん!!」

だってーーーーーー!!!!


23 :みやびちゃんってば可愛いなー、もうっ! :2012/08/30(木) 16:07

「おはようございまぁーす」

ドアから入って来たのはももちゃん・・・と、みやびちゃん!!!

「おはようござ・・・あれ、もも。太った?」
「えっ。うそ。ほんと?」
「ウエストが・・・」

みやびちゃんが・・・後ろから・・・ももちゃんの腰を・・・

「おはようございまーす」

茉麻!!!

「あれ、どうしたの二人。」
「ももがね・・・激太り。」
「ちょっとー!!なにこしょこしょ言ってんのよー!!」

みやびちゃんが・・・茉麻に・・・耳打ち・・・


「岡井ちゃん?」
「どした岡井ちゃん。」
「大丈夫?千聖。」

みやびちゃんは・・・みやびちゃんはそんな人じゃ・・・









「わーー!!千聖が鼻からコーヒー流して倒れた!!!!」
「よっすぃ!ティッシュ!ティッシュ!」
「エロいなーこいつ。」




おわし。
24 :名無飼育さん :2012/08/30(木) 23:41
タイトルから吹いたwwwwwwww
内容も、さらっとボケが入ってて笑えた。
OGと絡む岡井ちゃんが新鮮だな。
25 :名無飼育さん :2012/08/30(木) 23:43
タイトルから吹いたwwwwwwww
内容も、さらっとボケが入ってて笑えた。
OGと絡む岡井ちゃんが新鮮だな。

次作を読みたい。
26 :おるぷち :2012/08/31(金) 19:41
うぉ。
めっちゃ面白い。
岡井ちゃんこそ可愛いなあ。
27 :You&I :2012/09/03(月) 17:04
川沿いの土手道を舞美は、千奈美の横顔をたまに、ちらりと窺いながら歩いていた。
千奈美から電話があった。「会えないかな?」と言われて二つ返事で承諾した。家に帰ったばかりだったし、あと一時間もすれば日付が変わるという時間だったけれど、相手が千奈美ならばそんなものは関係が無かった。無二の親友が、自分に会いたいと言うのだ。それに、電話での千奈美の声は、普段の明るさとはかけ離れていたから、舞美のほうが彼女に会いたくなった。

「夜は大分涼しくなったよね。もう、夏も終わりかなー」
沈黙したままでいることをやめたくて、声をかける。猛暑だ、真夏日だと騒いでいた天気予報が、晩はいくらかしのぎやすくなってきた、と路線変更をしだしたのを今朝、テレビで見た。千奈美が、何か話したいことがあるのだろうとは分かる。それは言い出しにくいことなのだろうとも分かる。だからと言って、こちらまで黙っているわけにもいかない。
28 :You&I :2012/09/03(月) 17:11
「ねぇ、ちぃ。昼間はさあ、まだまだ日焼けしちゃうくらい、日差しも強. いし、汗ダラダラになるしで、めっちゃ暑いんだけど、今はそうでもなくない?」
隣を歩く千奈美は、上はノースリーブ、下はショートパンツを着ていて、柄や色使いに気を遣っていることが見受けられるコーディネートだった。
「ほんっとーに、日焼けとか勘弁してほしい」手をグーに握りしめて、顔は正面を向いたまま千奈美は言った。
「気にしてるもんね、ちぃ」
「うん。焼けたくない」
千奈美が話題に乗ってくれたことに、安堵する。
夜遅くだから、川近くの住宅には明かりがほとんど点いていない。この土手道も、舞美たちの他に姿は無かった。街路灯に照らされて、川面が陰影を持って一方向に進んでいくのを見て、川が流れているのだな、と分かる。それくらい、静かな夜だった。

「…ほんっとーに、勘弁してほしい」
「そんなに焼けたくないんだ」
「違うの」

茶化した風に言った舞美に対して、彼女の返事はとても硬い口調だったから、ああ、話が始まるのだな、と思った。次の街路灯まで、暗がりの中を歩く。

「あのね、千奈美ね。……別れたんだ」
「…え?」

足が止まる。千奈美は止まらない。急ぎ足になって隣に追い付くと千奈美は言葉を続けた。「今日二人で遊んだのね。それはもう、いつも通りって感じに馬鹿みたいなことして、笑って、楽しんでた」「…うん」「朝から待ち合わせして、前から一緒に行こうねって約束してた所に行って」

力の入った拳が震える。その振動が口元に伝わったかのように声が震え出す。
29 :You&I :2012/09/03(月) 17:14
「ちぃ………」千奈美の背中をさすって、手を取って川原へと導く。草の上に腰を下ろして、ただただ肩を抱き寄せた。自身に伝わる振動に心を痛める。どうして、こんな良い子を振るのかな。舞美は、溜息を吐く。憤慨したと同時に、このセリフに聞き覚えがあるな、と思って、それから、思い出した。

他ならぬ千奈美に言われたのだ。3、4年くらい前に舞美が初めて失恋をした時に千奈美が、言ったのだった。

それはもうすごい怒りようだった。腰に手をあて、眉間に刻み込まんばかりにシワを寄せ、いつもの5倍くらい大きな声を張り上げて、「どうして、こんな良い子を振るのかなあ!!」と放課後の教室で叫んだ。周りに人はいなかったけれど、もしかすると、聞いた人があったかもしれない。それほどに響いた声だったから。
30 :You&I :2012/09/03(月) 17:19
あの時を思い出すと、頬が緩んでくる。振られた自分よりも相手に怒りを露わにして、不機嫌になった彼女が可笑しくて。振られた自分なのに、愛されているんだなと、自信を持てたことが嬉しくて。

「千奈美」
本名で彼女を呼ぶ。
「……なに?」
「私、千奈美のこと好きだよ」
「あはは。知ってるよー、今更じゃん。千奈美も舞美のこと好きだよ」

赤い目をこちらに向けて、でも、笑いながら彼女は言った。川の水が右から左へと、どこが流れの始まりとも分からぬままにゆるやかに過ぎ去っていく。
すると、おもむろに舞美は立ち上がり、口元に手を当てて、息をお腹いっぱい吸い込んだ。

「私は、千奈美のことが大好きだああぁぁぁ〜〜〜〜っ!!!」
有らん限りの思いを込めて、叫んだ。
「ちょっと! 舞美!?」
「優しくて、面白くて、友達思いの千奈美が大好きだああぁぁぁ!!」
31 :You&I :2012/09/03(月) 17:23
千奈美が驚いているのに構わずにもっと大声を出してやると、「もう、やめてってば!」立ち上がった千奈美に思い切り口を押さえつけられる。
「まはっははら、はらひて」千奈美の長い指が、口のついでに鼻まで塞いでしまったために、息が出来なくて、必死の思いで手を離してくれと頼む。「ああ、ごめんごめん」舞美はスーハースーハーと何度か呼吸を整えて人心地をつく。
ガラッと窓を開ける音がして、今の聞こえたのかも、と思って初めて、夜分にあるまじき叫び声を上げてしまったことに、周辺の皆さんへの申し訳なさを覚えた。

「あはは。頭で考えるより先に行動しちゃった」
「もうびっくりさせないでよ〜」
歯を見せて、眉を下げて笑う千奈美。
「いつものちぃだ」

舞美は満面の笑みを浮かべて、千奈美に抱きついた。予測の出来ない行動を繰り出す舞美に対し「なに、意味分かんないよ」と言いつつも抵抗をすることはせずに、少しだけ体重をかけてくる。舞美は細い体を支えながら思う。

次があるよ、とかもっと良い人いるじゃん、とかそんなことは言わない。あの日の放課後からの幾数年で、舞美はいくつかの恋をした。そして今は、今のところは、思いを寄せる人もいない。流れ行く川のごとく、どこが終わりで、そんなものがいつやって来るのかなんて、誰にも分からない。
32 :You&I :2012/09/03(月) 17:26
「あー、やっぱ舞美と会って良かったわ」

体を離して、背伸びをし、体を反らしながら千奈美が言った。くっついていたことが照れ臭いから、誤魔化すような動作をしているのだろう。その声に嬉しそうな色を見出すのは自惚れではないはずだ。

「千奈美さ、よく分かんないんだけど今日の内にすっきりしときたかったんだよね。なんて言うの、気持ちの整理をつけたかったっていうか。表現合ってんのか分かんないけど」

引きずりたくない、といった所かもしれない。今日の出来事を今日の間に完結させて、明日はすっきり目覚めたかったと。千奈美らしいな、と舞美は微笑む。微笑むついでに教えてみる。
「とっくに日付変わってるけどね」「マジ!? ごめんね。遅くに連れ出したりして。本当今更なんだけど会ってくれてありがとう舞美。助かったよ、ありがとう」お礼を繰り返す彼女に、ううん、と首を横に振る。

今日が昨日になって、また今日になってと時を刻むことも一つの区切りを生み出すけれど、針が12時を指したからといって、気持ちがゼロを示すかどうか。
33 :You&I :2012/09/03(月) 17:31
気付くと、二人して川原に腰を落ち着けて、川を眺めていた。はじまりやおわりがどこにあるのかは誰にも分からないから、自分の思うがままにに決めてしまえばいいのだ。今からはさっきとは違う自分であることを。

「あ、月が映ってる」
「どこ?」

川面に指を向けて、月の位置を千奈美に示してやる。「本当だ!」と子供のようにはしゃぐ彼女は実に可愛いかった。
さっきまで月は映っていなかったから、曇ってたんだな、とふと空を見上げると「わあっ」「なに?」「ちぃ、上見て、上」言ったとおりに千奈美が顔を空に向ける。

「わっ、すっごい」

遠く黒く広がる大空に、月を始め、大きく輝くもの、小さく瞬くものなど、とても数え切れないほどの星が光を放って二人を照らしていた。あるものは、誰にも負けぬと意気込んでいるかのように煌めきを見せつけ、あるものは、はるか遠くからここを目指してきたように真っ直ぐな輝きを飛ばしていた。

「すごいねぇ〜。めちゃくちゃきれいだね」
瞳に星空を映しこんで、千奈美が感激した面持ちで言う。
「私、こんなにたくさんの星初めて見た」
「だよね。千奈美も生まれて初めてっていうくらいに、これだけの星見たよ」
「そうだよね」

空を眺め渡していると、知っている星座を発見した。アルタイルと、ベガ、そしてデネブの3つの星が夜空に描くトライアングル。

34 :You&I :2012/09/03(月) 17:35
「あれが、夏の大三角だよ。ちぃ」
「夏のダイサンカク? どれ?」
さっきみたいに、今度は、空を指差す。

「ほら、あのめっちゃ光ってるやつと、その右下のとあと、ほらあれ」
「ああー、分かった気がする」

木琴のような軽やかに跳ねた声で応える。長年の友人歴から、こりゃ、分かってないな、と判断を下すが、たいして落胆も無い。千奈美だから、別にいっか、と思う。

「あー、今、舞美と一緒に星見られて幸せだなって思う」空を見上げながらそう言って、千奈美は体操座りをした体を揺らす。言われた舞美は相好を崩す。そして、テレビから仕入れた知識を披露する。

「織姫と彦星ともう一個の星で三角形を作ってるんだよ」
「へえ。もう一個ってなんなの」
「忘れちゃった」
「まあ、教えられても千奈美覚えらんないから、いいや」

この調子なら、今日の悲しみもすぐに忘れられそうな雰囲気だと、幾分失礼なことを舞美は思う。「夏の……、何だっけ」「大三角」それだ、と千奈美は手を打ち鳴らす。
思いの外、パンっといい音が響いて「うるさいよ、ちぃ」と注意すると「いやいやあなたに言われたくないんですけど」と肩を小突かれる。それもそうだね、と言って、そうだよ、と言われて顔を向き合わせていたら、何だかお腹の底がもぞもぞとこそばゆくなって、それは千奈美も同じみたいで、お互い肩を震わせてながらも、声を出すのを堪えていたが、どちらかが耐え切れずに「はっ」吹き出すと、もうダメだった。
あはは、あははは、と二人して笑い転げる。面白いことなんて言っていないのに、笑いが止まらなくて、腹筋が痛くなるくらいに笑った。そうしているうちにごろん、と草の上に仰向けになっていた。
35 :You&I :2012/09/03(月) 17:38
再び沈黙が訪れたけれど、土手道を歩いているときとは雰囲気が違っていた。いつもの空気だった。穏やかな心持ちで、夜空を見つめる。今まで見たことないほどに無数の星が列とも、群れともつかぬ団体となって光っている。

一つの星の周りに、たくさんの星があるから、どれをその星の隣に位置していると言い切っていいのか分からない。夏の大三角を説明するのにも苦労した。いつか。舞美は考える。お互いの横に誰かが寄り添うときがくるだろう。誰かが千奈美の隣に。そのとき自分はどうしているのだろうか、と思い、首を右に倒すと彼女の横顔が目に入った。

「寝てるし……」舞美を呼び出した彼女は、口を開けて、すやすやと眠っていた。風に、前髪を揺らすその寝顔に目を細めながら、首を戻して、空を眺める。きらきらと光が降り注いでくる。これからも、千奈美と親友でいられたら良いな、と思った。また恋人が出来ても、近くにいられる存在でありたいな。寝返りをうち、千奈美の横顔を眺めていたら、そんな風に思えてきた。

そうしていると、星の明かりが何だか温かく感じられて、舞美は、いつ千奈美を起こそうかな、と考えながら、ゆっくりと瞼を下ろしたのだった。
36 :You&I :2012/09/03(月) 17:40
終わり


タイトルは、「友愛」の意味も込めています。
37 :名無飼育さん :2012/09/04(火) 09:01
面白かった。文章が滑らかで読みやすく、落ち着いた雰囲気。
好きです。乙でした。
38 :名無飼育さん :2012/09/06(木) 07:03
やっぱりこの二人はカップルというより親友、相棒ですよね
この二人の関係性がとても良く表現出来ていると思います
おつでした
39 :Quiet Storm :2012/09/10(月) 14:59

「ん…はぁっ」

窓を叩く激しい雨の音、不穏な風のうなりに混じる、舞美の湿った甘い声。
荒れ狂う外の世界と切り離されてまるで別世界の、うちの部屋。
舞美とうちの声、衣擦れの音だけがこの世界を作っている。

これから台風来るね、なんて朝の電話で話してたから今日はもう来ないもんだと思ってたのに。
買い出しにコンビニ行こうとドアを開けたら外に立ってた恋人に驚き(急に開いたドアに舞美も驚いてたけど)、どったの、と訊いたら、台風来る前に会いに来ちゃったとはにかんだ。

ああ、もう。
持ってたコンビニ袋ごと舞美の手を握りしめ、嬉しいよと耳元に囁いてキスをしてから手を繋いで部屋に入れた。うちがわざとキザにふるまうとアワアワしちゃう舞美はたったそれだけで既に真っ赤で、おみやげがとか冷蔵庫とか何か言ってるんだけど、超どうでもいいとか思って手から奪った袋をテーブルの上に置いてそのまま舞美を押し倒した。
40 :Quiet :2012/09/10(月) 15:01
カーテンを閉めなくても空の色そのままに薄暗いベッドの上で、白くぼぅっと浮かぶ舞美の肌に夢中で唇を寄せ、左手で強く抱き寄せる。
どこに触れても感じやすい舞美だけど、こーいう時に抱きしめられるのが一番好きだってうちは知ってる。

「あっ…みや、みや」

「舞美?好きだよ」

ガタガタと鳴る窓の音の合間に切なそうにうちの名前を読んでくれる可愛い唇に、キスをする。
舞美の声が一段と高くなったから、声ごと飲み込むみたいに深く深く口づけると、舞美も苦しそうに応えてくれる。
41 :Quiet :2012/09/10(月) 15:02
普段から笑顔で穏やかで天然でドジもするけど、常に周りに気を配って自分の役割とか振る舞いをコントロールしている舞美の、こんな姿を見るのがうちは好きだ。
本人には言ったことないけど。
テンパってるとこならよく見るけど、こんなふうに切羽つまったみたいにうちの名前を呼んだりなりふり構わず快楽に身をまかせたりするところなんて、いつもの舞美からは想像が出来ない。

うちの前では何の遠慮もせずに舞美が舞美でいられる。
すべてをうちにまかせてくれる。

なんて、自惚れもいいとこだけどたぶん本当のことだからしょうがない。
そんなこといちいち本人に確かめないけど、舞美の声が、姿が、表情が、いつでもうちにそう教えてくれる。
42 :Quiet :2012/09/10(月) 15:03
舞美の目を見つめて、右手を動かし続ける。
うちの視線に気づいた舞美が一瞬微笑んで、うちの肩を掴んでいた手を外した。
あ、寂しいと思ったら急にうちの頭を両手で掴んで自分の顔に引き寄せ、舞美はむちゃくちゃなキスをした。

愛おしくてしょうがなくなって、ていうか自分がもう限界で思わず、舞美やばい、とうちが言うと舞美は、いいよ、と言ってうちが一番感じるところに手を伸ばしたから、うちはみっともないくらいの声をあげて舞美より先に果ててしまった。
43 :Quiet Storm :2012/09/10(月) 15:04
「さっきの反則でしょ」

「だってみやがすごく気持ち良さそうだったから」

うちの髪を撫でてくれる舞美の腕の中で、ぶつぶつと文句を言ってみる。
ほんとは全然不満なんてないんだけど、今日はうちが先に舞美をって思ってたから悔しまぎれの照れ隠しとヒソカに嬉しいから憎まれ口を叩く。

「だって舞美、イってない」

「それがねえー、ちゃんとイったんですよーみやの可愛い声聴いてたら」

「バカ」

心底嬉しそうな声で言う舞美の背中を軽く叩く。
もうほんとバカ。
ていうかほんと好き。
44 :Quiet Storm :2012/09/10(月) 15:06
気づくといつの間にか外は明るくなり、風の音も止んでいた。
嵐はもうすっかり過ぎ去ってしまったようだった。

「外行こっか」

舞美が言うから、さっき放置したままのおみやげたちを冷蔵庫にしまい(今食べようよと文句を言う舞美の声は無視した。舞美が帰ってから1人で食べるんだ)、2人で服を着て外に出る。

台風一過のいつもの道は、木の枝とか看板とか何かの紙切れとかその他もろもろでとにかくめちゃくちゃで、舞美と一緒に歩いていても初めて来た道のように見えた。

商店街に差し掛かるとまだ誰も人が歩いていなくって不思議な感じ。
普段ははあんなににぎやかなのに、今歩いているのは舞美とうちの2人だけ。
シャッターは全部閉まってるし、音楽も何も鳴っていない。
夜なら当たり前の景色なんだけど、こんな明るい空の下でそこらじゅうにゴミとか転がってて壁には葉っぱとか張りつきまくってるし、とにかく異様な光景。
45 :Quiet Storm :2012/09/10(月) 15:07
「すごいね。何か世紀末とかってこんな感じなのかな」

「この世にうちら2人きりみたいなノリだよね」

舞美も同じような感想なのが嬉しい。
手をぎゅっと握ったら舞美が、さっきもそう思ってたよ、とうちの顔をのぞき込んで笑う。

「どゆこと?」

「さっきみやの部屋にいた時も外はあんな感じだし、みやとあたしだけがこの世にいるみたいな気がしてた。で、そうなってもいいやって思ってたらみやに抱きしめられてさ」

不覚にも言葉に詰まり、しかもにやにやしてしまった。
いいね舞美、いいよ。
舞美のそんなとこも好きだよ。

と、いつものうちに戻ってそれを声に出して本人に言ったら、あたしも、とほっぺにキスされた。
46 :Quiet Storm :2012/09/10(月) 15:08
この世にうちら2人だけだろうがそうじゃなかろうが、うちは舞美とこうやってずっと歩いてくのがいいな。

なんて思ってたら急激におなかが空いたので、いつものとこでご飯を食べることにした。
そろそろ人も出歩き始めたみたいし、どの店もまたシャッターを上げ始めるだろう。

毎日笑う、毎日遊ぶ、毎日食べる、毎日眠る。
そんなうちの日常には舞美がいる。

幸せすぎてどうにかなりそう、と思ってたら舞美が何かにつまづいたので転びそうになったので慌てて抱き寄せる。

「ちょっと頼むよ舞美」

「へへ、転んでもみやがいるからいいよ」

不覚にもまたにやけてしまった。
47 :Quiet Storm :2012/09/10(月) 15:09
顔をあげると目的地では今まさにおじさんがシャッターを開けようとしているところで、明らかに舞美の意識がそこ一直線でうちのことなんて今は意識の欠片にもないことがわかったので今度は何も言わないことにした。

舞美と手をつないだまま顔だけふと振り返ると、雨に濡れた道路がきらきらと輝いていて、今日みたいな日をずっと忘れたくないし忘れないだろうな、となぜだか思った。

舞美が忘れたとしても、うちはたぶん忘れない。

この世にはうちらだけじゃないし、たとえうちらだけだったとしてもこうやって舞美と2人で生きていくんだ。

改めてそう思ったことで何となく、うちらの未来がほんの少しだけ見えたような気がした…まあ、気がしただけだけどね。
48 :Quiet Storm :2012/09/10(月) 15:11
うちのおなかがぐぅと鳴る。
舞美が笑ってうちの手を引き、歩くスピードを上げる。

何の心配もしないでこうやって手を引かれて歩いて、今日は何を食べようかなあとかぼんやり考えるのもまた幸せなことだな、と思った。
とあとで舞美に言ってみようと思いながらうちらは一緒にドアを開け、漂ういい匂いに2人して歓声をあげたのだった。


☆おしまい☆
49 :Quiet さくしゃ :2012/09/10(月) 15:14
あら…偶然910の日に書いてしかも投稿するとかね、しかも今気づいたとかね。
すっかり℃ヲタです。
タイトルはスモーキーロビンソン。
50 :せきらんうんとかみなり :2012/09/11(火) 21:37

今夜は雨が降るでしょう。洪水に気をつけてください。
降水量がうんたらと気象予報士のおじさんが淡々と説明するのを今朝ニュースでみた。
雨が降るのは9時以降。部活がない私には関係がない。
そうやって他人事にした結果傘を持ってこないという選択をして、呑気に青い空を見上げて登校した。
お昼ごはんを花音と食べながら窓の外を見たときには、遥か向こうにもくもくと積乱雲が名前の通り積もっていた。
「花音、あれ。」
「やば。でも夜だよね?雨は。」
「っていってたよね。憂佳傘ないや。」
「ぱっぱと帰れば大丈夫じゃない?」
花音はお気に入りのお母さん手作り卵焼きを頬張って、空から目を離して、おいひいと目を細めた。
ハムスターかなにかなのかと思うような頬が可愛い。

5時間目の世界史の時間ずっと空を見ていた。
雲ができていく過程がありありとわかる。
濃く白い雲。触ったら弾力がありそうだなあなんて考えたし、
小さい頃夏祭りで買ったわたあめの口解けを思い出した。
花音と少しのお小遣い持って、毎年同じ神社に行って、
屋台の香りが漂う人ごみの中をはぐれないように花音の手を引いて歩いた。
まだランドセルに背負われてるような時の頃、
花音は本当に小さくて手を離したらあっという間に人に飲まれてしまいそうだった。
今はさすがにそんなことはない。
でも、身長差は変わらず、花音は小さい。
今年も行きたいな。浴衣きて、花音はじゃがバター食べるんだろうな。
しょうがないなあって演技をしながら一口くれるのが待ち遠しい。
切ったばかりのショートカットのまあるくて小さい頭と、自分の頭が並んで花火を見上げている姿を想像していた。

51 :せきらんうんとかみなり :2012/09/11(火) 21:38

せきらんうん、かあ。

夏の午後に見られる雲はぐんぐんかさを増してゆく。
あんな雲でも最初は小さいのだろうか。
上昇気流に運ばれて積み重なる。
もくもくもこもこ。
密度を高めながら大きくなるのは、私の気持ちと似ているなあ、なんて詩的なことを考えながらシャーペンを回した。
いつからかなのかわからない。
花音とはちっちゃな頃からずっと一緒だからいつから特別に思うようになったかは不確かだ。
気がついたのは中学の時、花音を好きな男子がいて告白して付き合うとなった、あの時。
花音がはずかしそうに、照れた顔で相談してきた。
くりくりの目は三日月に、口角がくるっと上がって、頬は赤い。
白いほっぺたに浮き上がってるそばかすが隠れてしまいそうだ。
その場では堪えて、家に帰ってすぐ普段は飲まない炭酸を一気飲みしたらむせて涙目になったのを覚えてる。
パパが良い飲みっぷりとビールを飲みながら笑ってたけど、私はちっとも笑えなかった。
もやもや曇り空の心。
あの日に生まれた雲は日々色を変え形を変え、真っ黒い塊になることもあれば、たまにはピーカンの快晴になってどこかに旅に出ることもある。
ただ、確かに日に日に雲は大きくなり、雨となって花音に落ちていきそうになる。
早くしないとまた誰かにとられちゃうよ。
あの小さい肩が抱かれるのも、夏祭りの約束を奪われるのも、
それ以上のことも、やだ。
私のものにしたいとは思わないけど他の誰かに触れられるのは許せない。
私が一番近くにいるのが当たり前なんだ。
52 :さきらんうんとかみなり :2012/09/11(火) 21:38

世界史が終わり、最後の体育の授業が終わる頃にはこれはまずい、といわんばかりの空の色だった。
灰色の雲があっという間に近づいて青色をどこかに隠してしまって、ゴロゴロザアザアと唸る音が窓を閉めていても聞こえる。
クラスの誰もが先生の話そっちのけで帰宅の手段を考えたり話し合ったりするから
先生も半ば諦めて、気をつけて帰れよと、それだけ伝えた。
玄関で上履きから外靴に履き替えたものの、みんな外を見て立ち尽くしている。
私も、花音もそれに倣った。
「どうしよっかな。傘ないし。」
「ママに連絡してみる。」
花音はスマホを出してお母さんに電話をかけ始めた。
あ、ケース変わってる、と指差すと、一昨日替えたって自慢げに口角を上げる。
お気に入りなのかとても嬉しそうなのが伝わってくる。
そんなやりとりをしている間にただいま電話に出られませんと音声が聞こえて花音は電話を切った。
「出ないよー。」
「ゆうかんちも今日パパもママも仕事だからたぶん無理。」
「どうしよっか。」
二人して空を眺めてもやむ気配は無いし、天気予報が間違っていなければ一晩中雨でしばらくはやまないだろう。
早く降りだしているとは言えいつやむのか。
内心二人とも、待っていてもしょうがないと思っていたみたい。
黙ってかばんの中を整理して臨戦態勢に入る。
花音のお気に入りの傘は花音サイズだから肩がはみ出るのだけど、
これだけ降っていればはみ出てるかそうで無いかなんてたいした問題ではないのだ。
せーのっせーで、雨の中に傘一つ転げるように飛び出したものの、雷とか、歩調合わせるのだとか、おっかなびっくり自然にゆっくりになる。
あっという間に制服の肩口に落ちた水のあとはそれ以上の水滴にかき消されて肩が冷たい。
私の方が背が高いから私が傘を持ち花音が濡れないように傾けた。
「憂佳濡れちゃうよ。」
小さな手が傘を真ん中に戻そうとする。
いいのに。花音のことは憂佳が守りたいのに。
「いいよ。花音が濡れちゃう。」
花音の肩ももうびっしょりだった。半袖から伸びる腕だって、ぶつからないように外側に掛けた鞄も。
「早く帰らせてくれればよかったのにね。」
「ほんと。制服乾くかな。」
上はいいけどスカートは大変だからあまり汚したくない、なんて望みは空に笑われたのか、一瞬閃光が走って少ししてから地響きみたいな轟音が耳をつんざく。
「きゃっ。」
「わっ。」
花音が跳んで身を寄せる。ただでさえ小さいのにもっと小さくなる。
うさぎが小屋の隅に縮こまっているみたいに。
肩が制服越しに触れるのをいつもならそんなに気にならないのに、今日はなんでか少し違う。なんでだろ。
雨が降ると空気が濃くなる。
「今近かったよ。こわーい。」
「近いね。」
傘をさす腕に腕を回してくっついてくる。
どっちに落ちたのかきょろきょろあたりを見回す仕草がより小動物らしくて可愛い。
意外と怖がりな花音。夜寝る前に変な想像して怖くなるって言ってたことを思い出す。
幼い頃、お化けが苦手な私をさんざんからかって、
カーテンに包まっているのを見て満足げに笑っていた。
53 :せきらんうんとかみなり :2012/09/11(火) 21:39

「傘さしてたら落ちるかなぁ。」
少しのイタズラ心で呟いた言葉がほんとに怖かったのか、やめてよ、って悲鳴をあげる。
「冗談だよ。」
「ほんとやめてそういうの。」
呆れたみたいな口調だけど納得してないのか、傘閉じようか、と言い始める。
そんなことしたらびっしょびしょになっちゃう。
「大丈夫だよ。花音の家もうすぐだし、濡れると風邪ひくから早く帰ろう?」
なるべく優しい声で言うと無言のまま頷いた。
弱気な口元が愛しい、と思う間に、もう一度雷が落ちる。それもかなり近いところで。
後ろから殴られたみたいな衝撃に一瞬何も考えられなくなって、
気がついたら花音は私の腕の中に収まっていた。
「やだやだこわい。無理。」
右肩だけ濡れていたのに、私がびっくりして傘を落としてしまったからみるみる間に乾いていた部分が雨を吸っていく。
花音の前髪が水でまとまり顔にひっついてる。
傘を拾いたいのに花音は腕の中でちっちゃくなってるから離すわけにもいかない。
「花音、大丈夫だよ。」
「だって今近かった。」
ぽんぽん、背中を叩くと水を吸ったシャツが肌に張り付いて体温も吸ってしまう。
雨は冷たいのに、花音は温かい。
独特の温度がシャツ越しに伝わると、急に耳のあたりだとか首の白さが気になって、
自分の中にも妙な色が含まれた湿気が入ってくるみたいな、変な感じになった。
こういう気持ちには時々なるけど、今日みたいに、こんな花音を腕の中に収めてることはなかったからどうともならなかった。
せきらんうんとかみなりのせい。
花音。呼ぶと目が少し赤くて、鼻も染まりそうな気配。
私より背が低いから少し屈むだけでずっと望んでいた距離は埋まった。
うるさいくらいの雨の音が一瞬途絶えた。夏の日。
54 :せきらんうんとかみなり :2012/09/11(火) 21:42

終わりだにょん
55 :名無飼育さん :2012/09/14(金) 06:42
可愛い。とても読み易くて、一瞬で引き込まれました。
ゆうかりんは永遠。
56 :名無飼育さん :2012/09/23(日) 19:54
初めて書かせていただきます。
マナー違反があったら申し訳ありません。

みやももで、夏っぽいものです。

57 :同じ体温 :2012/09/23(日) 19:55
「みやー」

「...なに」

「みーやー」

「.....なに」


不機嫌な雅の声。
それでも桃子は気にしないでしつこく雅の名前を呼ぶ。

「みーやんってばー」

「だからなに!!」

とうとう大きな声をだされてしまった

「みーやんあつい」

「だったら離れればいいじゃん!」

扇風機の前。

扇風機の首をまわさずに涼しさと風を独占してる雅に、桃子は後ろからべったりと抱きついている。
ただでさえ暑いのに雅にひっついているから暑さは倍だ。

それでも桃子は雅にくっついて離れない。

58 :同じ体温 :2012/09/23(日) 20:00

「とかいってー
みや嫌がってないじゃーん」

そして雅もそんな桃子を振り払おうとはしていなかった。

「ちがうし!
暑くて動けないだけだし...」

少し慌てながら言い返した雅の様子に、桃子は自分を振り払わないほんとの理由を見抜いていた。

素直じゃない恋人。

桃子はそんなところも含めて雅のことが好きだった。

しかしそんなところをからかうのはもっと好きなことだった。

「えーそうなのー?
なんか顔赤いけど...」

「あ、暑いから!!」

「へー」

にやりと笑って桃子は言葉を続ける。

「...ほんと溶けそうだよねー」
「だったら離れてって言ってんじゃん!」

「...じゃあ離れる」

素っ気ない雅の言葉に、桃子はわざと拗ねたような声をだし、
雅の首にまわしていた腕を離す。
そのまま雅の体から離れようとすると雅に腕をつかまれた。

「...エアコン。
つけたら涼しくなるんじゃない」
ぶっきらぼうな言葉とつかまれた腕。

思った通りの反応だったが、
その威力は予想以上で、桃子は雅に対しての愛おしさが溢れるのを感じた。

「みーやん!!」

そして勢い良く雅の体を抱きしめる。

「もう!だから暑苦しいってば!」

さらに赤くなった頬は、
雅がいった通り、暑さのせいにしてあげた。

さっきよりもあがった体温。

溶けるように暑いが、
雅となら溶けてもいいなと桃子は思った。

2人が同じ熱を共有していることが嬉しかった。
59 :名無飼育さん :2012/09/23(日) 20:00
end
60 : :2012/09/25(火) 21:05

「もっと楽にしたら?」

雅の部屋のソファの上、
無意識に体を縮こませていたらそう声をかけられた。

桃子が雅の部屋に通うようになってから暫くたつが、桃子と二人きりの時、いつもとは違う雅の周りに漂う雰囲気には、何故だか威圧されてしまう。


「うちの部屋じゃん。
なにいまさら緊張してんの」

そう言う雅は先程からずっと、やすりで自分の爪を短く整えている。


爪は切るより削ったほうがいいらしい。
なんでも、爪は切ると痛むとか..

爪を噛んでしまうような癖がある自分と、些細なことでも気にかけている雅とではこういうところで、
俗に言う「女子力」というのもの差がでている。

しかし、おしゃれ番丁などとよばれる雅が、あまりごてごてとしたネイルをしないのは、きっと桃子の存在があるからだろう。

61 : :2012/09/25(火) 21:08

さっきから会話らしい会話のない静かな部屋には、
さりさり、と雅が爪を削る音だけが小さく聞こえている。

雅はいつも桃子の前で爪を整える。
まるで見せつけるように...

意図的であろうとなかろうと、
そんな風に目の前で雅の指をちらつかせられると嫌でも意識してしまう。

これからあの指が自分の身体に触れるのか...

そう考えるだけで、じりじりと自分の熱があがってくるのを感じた。
62 : :2012/09/25(火) 21:13

緊張、というより
期待しているのだろう。

だからこそ桃子は、雅が爪を整えるこの時間に、いつまでたっても慣れない。

おあずけをくらうようなこの時間に、知らぬ間に焦らされている...

「ん、できた」

自分の顔の前に手をかざし、
手入れし終わった爪を確認する雅。

「これでもものこと傷つけないね」

そう言って意味深に微笑む雅に、おもわず喉が鳴ってしまった。

「ベッド、いこっか」

待ち望んだこの瞬間。

桃子は雅の手をとり、返事のかわりに
綺麗に整えられた雅の爪にキスを落とした。


63 : :2012/09/25(火) 21:14

end

64 :名無飼育さん :2012/09/29(土) 06:33
みやもも大好きです!
今後も楽しみにしています!
65 :大人になるって難しい :2012/09/29(土) 22:06
大人になるって難しい
66 :大人になるって難しい :2012/09/29(土) 22:07
電車から降りると、自然と周囲と同じように、自分も人並みに飲まれていく。
今日はオフの日で、時間に大分余裕があるので、プラットホームをのんびり歩いて行った。
ふと自分の前を歩いている女性に目が付く。
黒いサングラスを掛けている彼女はホームをいそいそと駆けて行こうとした。
女性に走って追いつくと腕を回して軽くヘッドロックを掛ける。
そしてそのまま無理矢理引っ張って、あまり人気のなさそうな場所に連れ込む。
抵抗してじたばた身じろぎしようとする体を力を加えて抑えつけながら、サングラスを外させる。
するとよく見知った顔が現れた。

「あー、なんだやっぱり圭ちゃんか」
「なんだって何よ。随分含みのある言い方ね」
「別に何にも」
「何かあるでしょう?」
「何にもないってば。人を疑り過ぎじゃあないの」

圭ちゃんは「いや、そうなんだけどさあ」と言うが、あまり納得がいかなそうに苦笑していた。
目をぱちくりとさせる度に長いつけまつげが揺れる。

「圭ちゃんそのつけま邪魔そうだよ。外した方がいいんじゃない?」
「やだよ。大人っぽく見せたいからこれでいいの!」
「う、うーん……」

乙女心は極めて難解で繊細なのだと、改めて痛感した。
67 :大人になるって難しい :2012/09/29(土) 22:09
「それにね、最近本命ができちゃったからますます気合い入れないといけないっつーか」
「え?!マジで!誰誰?教えて」
「教えない。どうせまた梨華ちゃんと一緒に人を散々ネタにして遊ぶんでしょ」
「しないよ。そんなこと絶対」

まあたぶんするけどね、と続けると圭ちゃんはやっぱりねと言って深いため息をついた。
圭ちゃんが本気の恋愛かあ、と考えこんでいるうちについ吹きだしてしまいそうになり、口を押さえる。
でも、自分の周囲にも恋愛をして、結婚をして、家庭に入っている人間がいたから、それはさほど不思議なことにも思えなかった。
自分は一体これからどのような人生を歩んでいくのだろう。
ふとそのような考えが浮かび、しばし思いに耽ってみる。

「圭ちゃんはさあ、そのうち(その人と)結婚とか考えてるの?」
「へ?いきなりなによー。たぶんしないと思うよ、結婚」

驚いて、目を大きく見開く。

「え、だってさっき本命いるって言ったじゃん?」
「いるよ。いるけどさ、そういうんじゃないんだよ」
「都合のいい相手ってこと?」
「違う。違うよ」

ふいに構内をぴゅうと強い通り風が吹きぬける。
圭ちゃんは妙にキザったらしく、わざとらしく、風によって顔に垂れかかった前髪をかきあげた。
そしてらんばんびらん、しゅびだでぃんと意味不明なメロディーを口ずさむ。
その仕草が、今日はなんだかよくわからないけれど、格好よく見えたのだ。
ちょっぴり悔しかった。
68 :大人になるって難しい :2012/09/29(土) 22:09
おわり
69 :デザートデート :2012/10/09(火) 07:42
楽屋のドアを開けると全員が揃っていた。おはよう、とメンバーと挨拶を交わす。空いていた席に腰を下ろしながら、また自分が最後か、と桃子は思った。
「もも取材だったんでしょ。お疲れ。チロルチョコ食べる?」
「ありがとう、貰うね」
隣に座る千奈美から包みを受け取る。テーブルの上にはコンビニの袋が二つ載っている。一つはポッキーやスナック菓子で膨らんでおり、もう一つは入れていたものが無くなってしぼんでいた。そこに入っていたのはきっとプリンだ。千奈美の向かいで友理奈が美味しそうにプリンを食べている。
「くまいちょー、それ美味しい?」
「美味しいよ。なんてったって抹茶プリンだからね」
得意気に言ってみせる様子が子供っぽくて、桃子は相好を崩す。
「あ、そうだ。お茶も買ったんだけどね、オマケが付いてきたからももにあげる」
はい、と友理奈から手渡された小さなフィギュアを見て桃子は首を傾げた。黒い羽織りを着て、ランドセルを背負った少女。その頭のてっぺんは髪の毛がピョコンと立っている。
「ちょっと、くまいちょー。なにコレ」
「ん? フィギュアだよ。え、なんのって?」
聞けば人気のホラー映画の最新作に登場するゾンビなんだとか。ホラーと聞いただけで桃子は背中に冷たいものが通った気がして肩をすくめた。
「千奈美と熊井ちゃんね、その映画見に行くんだよ二人で」
フィギュアをポッキーで指し示して千奈美が言った。
「そうなんだ。ももホラーなんて絶対ムリ」
激しく首を横に振って怖さを振り払う。すると奥の席で漫画を読んでいた茉麻が顔を上げた。
70 :デザートデート :2012/10/09(火) 07:44
「ももち本当に怖がりだねー」
「茉麻が平気すぎなんだよー。ももはか弱い女の子だから怖いのがムリでもしょうがないの」
「あー、ももひどーい。まあがか弱くないみたいじゃん」
「あ、違うの茉麻ごめんね。謝るね。ゆ…」
「そういうの楽屋ではいらないかなー」

千奈美が遮る。桃子もそこまでこだわることでもないのでくって掛かることはしない。千奈美の言うとおり、楽屋であるし。
「映画と言ったらねえ、まあも佐紀ちゃんと梨沙子と一緒に映画見に行くんだよ」
桃子は茉麻の後ろの化粧台に目をやる。雅を挟んで右に佐紀、左に梨沙子が背中を見せて並んで座っている。三人は額を突き合わせてファッション誌を見ていた。ページをめくっては何か話しているのが鏡に映った表情から見て取れた。

「茉麻たちは何の映画見るの?」
「なんだっけ、タイトルが出てこないや。佐紀ちゃん映画のタイトルなんだったっけ?」
「え?なに茉麻」
71 :デザートデート :2012/10/09(火) 07:45
髪をかきあげながら振り返って、佐紀は聞き返す。随分と髪が伸びたな、と桃子は思った。梨沙子も話を耳にしたのか振り返る。
「まあ、あれだよ」
梨沙子が映画のタイトルを言った。桃子も聞いたことがあるものだった。あー、それそれ、と茉麻は右手を手招くように動かした。案の定「まあ、おばさんみたい」と梨沙子に笑われていた。
「みやは一緒に行かないの?」
桃子は雅の背中に向けて訊ねた。
「みやは家族と一緒に行ったんだって。それで面白かったらしいからうちらも見ようよってなったの」
桃子の問いかけに対して梨沙子が説明をする。聞かれた本人は雑誌に夢中のようだったから仕方ないかもしれない。
桃子は鼻白んだ心持ちだった。千奈美と友理奈。茉麻に佐紀、梨沙子で映画を見に行くという。
「誰も、ももを誘ってくれないんだね」
そして、なんだか寂しかった。
72 :デザートデート :2012/10/09(火) 07:46



◇◇◇◇◇◇◇


73 :デザートデート :2012/10/09(火) 07:48
楽屋のドアが開いて、桃子が来たのだな、と雅は思った。化粧台に備え付けられた鏡越しに姿を確認する。独特のツインテールが揺れているのが目に入った。取材を終えてきたらしい。皆が桃子に声をかけるのに合わせて、振り返って、おはようと言ったら、桃子は「おはよう」と目を合わせて返してきた。こっちは鏡越しに見るのでも緊張するというのに。
桃子は相変わらず白い顔をしているなと雅は思った。
両隣に座る佐紀と梨沙子と一緒に、雅が持ってきた最新号のファッション誌を見ていく。秋のトレンド、お馴染みのダイエット特集、モデルの着こなしなどチェックすることは多い。

三人であれやこれやと話に花を咲かせていたら、佐紀が茉麻に呼ばれた。雅がそのやりとりを聞くともなしに聞いていると、桃子が自分に声をかけてきた。雑誌に熱中していたから反応するのが遅れたが確かに雅へ向けて訊ねたと思う。梨沙子が話を受けたので雅は黙っていたが桃子の様子が気になった。鏡に映る横顔を盗み見ると、唇を突き出して、わざとらしく拗ねた表情を作っていた。そして、こう言った。

「誰も、ももを誘ってくれないんだね」

雅は、あっ、と思った。
74 :デザートデート :2012/10/09(火) 07:50
「じゃあももうちらとホラー見に行く?」
千奈美がポッキーをもぐもぐと食べながら気軽に言った。答えは見えている。
「だからー怖いのムリなんだってば」
「だよねー」
はははは、と楽屋に響く大きな声で千奈美が笑う。むー、とさらに唇を突き出す桃子。
「ももちさ、しあさって予定入ってる?」
「あー、うん入ってる」
茉麻が訊ねてきても芳しい返事はできなかった。
「あれだね。みんなさ、もものことを思って誘わなかったんだよ」
ポッキーの袋を開けて、いつもの笑顔で千奈美が言う。「もも大学とかテレビとかで忙しそうだからって」
「気遣ってくれるのはもちろん嬉しいよ。でもさ、一言あってもいいと思うんだよね。『ももち、映画見に行かない?』って。そしたらももちだって『嬉しいお誘いなんだけど予定があって行けないの。許してにゃん』ってできるじゃん。みんな楽しんできてね、とかも言えるじゃん」
「許してにゃん言いたいだけじゃん」
と茉麻が笑う。「面倒くさいよ。そのやりとりいらないでしょ」佐紀は呆れている。梨沙子は桃子が責められているのが面白いのかニヤニヤしている。
雅は友理奈を見る。鏡の左側に映る彼女はニコニコとしているが、いつも半笑いなので楽しんでいるのかよく判らない。千奈美はポッキーを口にしつつ「はっ」と不満の声を漏らして、桃子から「なによー、ちぃちゃんももちをデートに誘ってよー」と絡まれていた。それを見て茉麻がまた笑った。「じゃあももうちらとホラー見に行く?」
千奈美がポッキーをもぐもぐと食べながら気軽に言った。答えは見えている。
「だからー怖いのムリなんだってば」
「だよねー」
はははは、と楽屋に響く大きな声で千奈美が笑う。むー、とさらに唇を突き出す桃子。
「ももちさ、しあさって予定入ってる?」
「あー、うん入ってる」
茉麻が訊ねてきても芳しい返事はできなかった。
「あれだね。みんなさ、もものことを思って誘わなかったんだよ」
ポッキーの袋を開けて、いつもの笑顔で千奈美が言う。「もも大学とかテレビとかで忙しそうだからって」
「気遣ってくれるのはもちろん嬉しいよ。でもさ、一言あってもいいと思うんだよね。『ももち、映画見に行かない?』って。そしたらももちだって『嬉しいお誘いなんだけど予定があって行けないの。許してにゃん』ってできるじゃん。みんな楽しんできてね、とかも言えるじゃん」
「許してにゃん言いたいだけじゃん」
と茉麻が笑う。「面倒くさいよ。そのやりとりいらないでしょ」佐紀は呆れている。梨沙子は桃子が責められているのが面白いのかニヤニヤしている。
雅は友理奈を見る。鏡の左側に映る彼女はニコニコとしているが、いつも半笑いなので楽しんでいるのかよく判らない。千奈美はポッキーを口にしつつ「はっ」と不満の声を漏らして、桃子から「なによー、ちぃちゃんももちをデートに誘ってよー」と絡まれていた。それを見て茉麻がまた笑った。
75 :デザートデート :2012/10/09(火) 07:51
楽屋は笑いに満ちていた。鏡に映る桃子も笑顔だ。しかし。雅はさきほどの桃子の台詞とその時の表情が気になっていた。

「誰も、もものこと誘ってくれないんだね」

芝居がかった口調で発せられたあの言葉。冗談としてメンバーは捉えているようだったが、ひょっとしたら違うんじゃないかと雅は思った。千奈美のポッキーを貰って楽しそうに話している桃子の姿が鏡を通して見える。だけど。さっきの言葉を口にした桃子の横顔は。伏せられた目を覆う長い睫毛が揺れているように見えたのは。
そう見えたのは一瞬のことだったけれど、放っておけない、と雅は思った。
76 :& ◆i.twkzJbf. :2012/10/09(火) 07:52

◇◇◇◇◇◇◇

77 :デザートデート :2012/10/09(火) 07:54
「美味しかったー」
友理奈は手の中にくるめていたプリンのカップをコンビニの袋に入れた。ゴミ箱へ捨てに行こうとするので「ももちが捨てるよ。貸して」と袋を受け取る。入り口の脇に置かれたゴミ箱に一番近いのは桃子だったから申し出た。椅子から立ち上がりゴミを捨てて席に戻る。途中、化粧台の鏡を何の気もなしに見やると、雅と目が合って桃子は少し驚いた。そして次の瞬間にはもっと驚くことになった。

「もも、デザート食べに行くよ!」

ラジオのパーソナリティを長く務めている上、近頃のテレビ出演でコメントの力を磨いているつもりだが、とっさに言葉が出なかった。
目が合った、と思った瞬間、ガタッと音を立てて勢いよく立ち上がった雅は勢いそのままに振り返り、桃子を見据えて先の台詞を言ったのだった。
呆気にとられていたのは他のメンバーも同じだった。「え?」と千奈美が半笑いの顔で小さく声を出したのをきっかけにして桃子は頭の働きを取り戻した。
78 :デザートデート :2012/10/09(火) 07:56
「みんな聞いた? ももち、みやにデートに誘われちゃった!!」
「そんなんじゃないし」
「またまたー。みやったらー。素直になっていいんだよ。このこのー」
「はあ? デザート食べに行こうって言っただけじゃん」
そっけない口振りの割には目が優しかった。茉麻はニヤニヤしている。

「みやさ、なんでデザートなの? まあそこが気になるんだけど」
「なんで? なんでって」
雅の視線が泳いでふと止まる。友理奈と目が合ったらしい。
「そう、熊井ちゃんがプリン食べてたからさっ」
「おほ」
突然自分の名前が出てきたので友理奈は目を見開いて驚いている。
「あたしが食べてたのはプリンじゃなくて抹茶プリンだけどね」
「そうなの? じゃあ、抹茶食べに行こうよ抹茶。判った? もも」
デザートに意味は無かったらしい。抹茶って食べるものなのかなあ、と桃子はぼんやりと考えたが今は判らなくてもいいことだった。
「うん! 行く行く」
顔が綻んでいるのが自分でも判る。体の芯から広がってくるものがあって、体がぽかぽかしてきた気がする。
「抹茶。二人、抹茶食べに行くの? あたしも行きたい」
「えっ、くまいちょーも?」
「だめ?」
桃子は言葉に詰まった。立ち上がっている桃子と椅子に座る友理奈。普段からは考えられないが、この状況だと僅かながらも桃子のほうが目線が高くなっていて、だから友理奈は上目遣いでこちらを見つめることになる。桃子は細く息を吐き出す。常々、子供っぽいなと可愛がっている相手にこんな風におねだりをされては断りようもなかった。
79 :デザートデート :2012/10/09(火) 08:02
「くまいちょーも一緒でいいよね、みや」
「え? あー。ももがいいならあたしは全然なんでもいいよ」
雅の返事には力が無かった。さっきの勢いは何だったんだと桃子は不思議に思う。
「じゃあ、まあも連れてってよ。最近抹茶が気になるんだよねー」
「まあさんも?」
友理奈が目をきらきらと輝かせる。やはり子供のようだ。 
「みや、あたしも行きたい」
と願い出たのは佐紀だ。横で梨沙子も熱い視線を雅に向けている。
「千奈美も行きたーい。てかさ、もうみんなで行こうよ」
すると口々にそうしよう、そうしようとなって、いつにしようか、と各々が手帳を引っ張り出して予定を教え合った。

楽屋内は一挙にまた賑やかさを取り戻した。「その日は寝ることにしてる」という千奈美の発言に「嘘つけ」と笑っている雅を見ていたら、誘いをかけてきたことが思い返されて、またじんわりと胸のうちが温まるのを覚えた。しかし、どことなくさっきとは違う温かさのような気がして、何が違うのかな、と桃子は思った。





さて残念なことに、結局、みんなで抹茶を食べに行く計画は無しになってしまった。全員の予定が合わなかったのだ。

80 :& ◆i.twkzJbf. :2012/10/09(火) 08:03

◇◇◇◇◇◇◇
81 :デザートデート :2012/10/09(火) 08:05
後日。日曜日の深夜。ラジオは桃子のはしゃいだ声を流している。

「────はい、そう、結局みんなで行けなかったんですよねえ。お休みの日が揃わなくって。それは凄く残念だったんですけど、なんとここでビッグニュースです。リスナーの皆さんいいですかーいきますよー。なんと、わたくしももちはあの夏焼雅さんと、デザートデートをしちゃいましたー。パチパチパチパチ。フゥーッ。いやこれね、どういうことかと、言いますと! 全員の予定は確かに合わなかったんですよ。でも、だけどもだけどですよ。みやとももちの予定がぴったりと合う日があったんですよね。みんなが予定入ってるときに二人がフリーなときがあってー。それだったら最初のとおりに二人でデザート食べに行こうかってなりまして。待ち合わせして、デザート食べに行きましたよ。良い感じのお店でね。みやが選んだ場所だったんですけれども。抹茶のデザートもね食べましたよ。お店のメニューにあったんで。いや楽しかったですね。まさにデートですよ。楽しすぎてデザートいっぱい食べちゃったから、あの、正直ももち、ちょっとだけですけど、お肉がついちゃったんですよ。でもこれももちのせいじゃないですからね。みやがデザート食べに行こうって言うからこうなったんであってね。だから、ふくよかなももちはイヤだなって方はね、ももちじゃなくて、みやに文句を言ってくださーい。お願いしますね。うふふ」

82 :デザートデート :2012/10/09(火) 08:05



83 :デザートデート :2012/10/09(火) 08:06



◇デザートデート◇

84 :終わり :2012/10/09(火) 08:09
終わりです。キュフフ。


意味不明な点や、もっとあーしろこーしろといった要望等がありましたらじゃんじゃか仰ってください。
85 :名無飼育さん :2012/10/09(火) 10:46
大変素敵でした!
世界にひろがれみやももの輪!
86 :名無飼育さん :2012/10/10(水) 10:13
みやももとても良かったです
87 :置き甚平 :2012/10/26(金) 19:29
箪笥の三段目を開けたら、夏服に混じって、見覚えがあるようでないような衣服が
入っているのを見つけた。

石田はそれを取り上げ、目の前に広げて確認してみる。
正体を知った途端大げさに仰け反って

「……お……置き甚平……っ!」

と言った。
88 :置き甚平 :2012/10/26(金) 19:34
人生で無駄な時間ベスト3のうちのひとつ、それは通勤時間だ!

という石田母の教えに従い、将来を見据えた結果、学校は遠く会社は近い、という
今の場所に移り住んで一年になる。
そして、そこに鞘師がたまにお邪魔するようになって半年。

仕事をこなすにつれ、鞘師だけ入り時間の早いソロ仕事というのも増え始め、
始発では間に合わないことがある、という話を本人に聞いた石田からの提案だった。

「タクシー代もったいないですし、うち、結構友達とか呼んで泊めたりする家だったんで」
「えー……でも……」
「あのですね、……今こっちでは母親と二人でしか住んでないので、
 正直寂しいねって話してたりしてて、だから」
「……いいのかな、ウチなんかが」
「いいんですよっ。それに、家に帰るより寝る時間が増えると思うし」
「そ、それいいね……魅力的過ぎる……!」
「へへっ、悪くない話でしょ?」

夏の間に何度か迎え入れているうち、彼女は“置き甚平”をするようになった。
もっとも本人の意志でそうしたのではなくて、朝起きたての汗だくの二人を見た石田の母が、
ついでに洗濯するから置いていけ、と言ったのが発端だ。
平身低頭する鞘師に向かって、みんな私の娘。みたいなものだと大笑いした母親を見て、
石田はとても恥ずかしく思った。
箪笥自体には空きがあったし、先輩の衣服であるから、置き甚平そのものは気軽に受け入れた。

そしてあっという間に外が肌寒い気温になったが、忙しいのもあって、衣替えらしい衣替えを
しないままに秋を迎える。
やっと一日OFFの日ができて、ちゃんとした衣替えをしようか、と、しばらく開けていなかった
箪笥の三段目を開けた。

かくして石田は、鞘師の置き甚平との再会を果たしたのである。
89 :置き甚平 :2012/10/26(金) 19:36
渋谷で買い物した時に商品を入れられたビニールバッグ(透けないように、色は黒)に
甚平を詰めて、会社の廊下で会った鞘師にそれを渡す。

「これ、鞘師さんの甚平です」
「え? あれっ? なんで?」
「もう秋ですよ? 着ないでしょうから」
「じゃなくて、なんで亜佑美ちゃんがウチの甚平を」
「え、うちに置いてたじゃないですか」
「……ああ!」

ぱん、と鞘師の両手が小気味良い音を立てる。
なんとまあこの先輩、石田の家に置き甚平していたことを忘れていたようだ。

「二着あったはずなのに、どっちも探しても出てこなくて、なんでだーって思ってた!」

だそうである。思わず笑ってしまった。
これを探しているのは知っていたが、まさか二着も見失っていたとは。
この娘。、忘れ物多し、の悪癖は、まだ治りそうにない。

「とりあえず良かったですね」

これにて一件落着、と話をまとめようとしたのだが、鞘師は受け取った袋を覗き込んで、
何か考え込んでいる。
そして唐突に

「この子さ、もし良かったら、亜佑美ちゃんちの子にしていいよ」

と言いながら、袋を傾けて中身を示してきたのだ。
90 :置き甚平 :2012/10/26(金) 19:38
「へっ?」
「もう寒いから着れないけど、次のシーズンになら」
「いやっ、ちょっと待ってください。何でですか?」

わざわざ持ってきたのに、という言葉は飲み込んで、石田は問いただす。
鞘師は申し訳なさそうに眉を顰めながら答える。

「んーと、今ウチ服の片付けしてて、量を減らそうと思ってて……」
「……もう要らない、って?」
「いや要らない訳じゃないよ?
 でもほら、あの、あれ子供用で……来年……着れなくなるかも……」

なるほど、申し訳なさそうにしている理由がわかった。

「……へー、それで、私ならもう背が伸びないからと」
「違う違う違う、そうゆうんじゃないから!」

片手を顔の前でぶんぶん左右に振って否定する鞘師。
石田はいじけたふりをした。

「どーせ、どーせね!
 確かにもう伸びなさそーな気は自分でもしてますよーだ、フン!」
「あ、亜佑美ちゃん! 誤解だぁ!」

袋を持ったまま肩を掴まれてがくがく揺らされた。
石田はその慌てぶりが可笑しくて、揺らされながら笑った。
わかっている。
着られそうな相手、ではなくて、着られないかもしれない自分、
に主題が置かれていることなんて。
でも、ちょっとからかいたかった。
91 :置き甚平 :2012/10/26(金) 19:40
「ほら! 亜佑美ちゃんなら大事にしてくれそうだし!」

鞘師はまだ肩を掴んだまま言い訳をしている。
石田はその手に自分の手を重ねて、やんわりと抑止した。

「……ふふ、いいですよ。大事にします」

自然と口をついて出た台詞は、直前の言葉を返しただけなのに、
かなり恥ずかしいものになった。

「よ、ヨロシク」

鞘師もそれに気付いたのかサッと手を引き、口元をむにむにさせて照れを誤魔化していた。
石田は目のやり場に困って、とりあえずスマホで今の時間を確認してみる。
鞘師の今日のスケジュールはなんとなく記憶にあったから、表示された時刻に危機感をおぼえた。
そもそも廊下でバッタリ会ったのも、会社から出る途中だったからかもしれない。

「あ、時間! すいません、もう行かないと駄目ですよね?」
「あ、うん、もう行く! あのさ、今度さっ」

フツーに亜佑美ちゃんち遊びに行きたいなっ

鞘師は最後にそんな台詞を残して、石田の元を去って行った。
……なんだか、また“置いて”いかれた気がする。

いつのまにか持たされた袋の中身。
残されて寂しいと思う気持ち。

そして、期待感。
92 :名無飼育さん :2012/10/26(金) 19:42
置き甚平/おわり
93 :名無飼育さん :2012/10/27(土) 02:05
おおお!鞘石来てたー↑↑↑
朝起きたての汗だくの二人!!!夢ふくらみますねー(違
りほりほの甚平がブログでお目見えしない謎が解けましたな
94 :名無飼育さん :2012/11/01(木) 00:21
鞘石!!
2人の特徴を掴んでて、面白かったです。
本当にこうゆう会話をしてそうw
95 :しゅわしゅわバン! :2012/12/01(土) 01:10


うち、結構やきもち焼きだって言うことに最近すごく気づいた。
物事を追求するのが好きだし、これっていうことを決めてかからないとダメなタイプ。
絶対浮気とかされたら証拠固めるタイプだと思う…。

ついこないだも…

「里保はあれやね、独占欲が強いとよ!自分の好きな人が誰かと一緒におるとすぐ割り込んで行くやろ?」
「そんなことない!」
「いやーいやいや、そうは言うけど衣梨知ってるけんね〜」
「な、何をだよぉ」
「里保こないだあゆみんと聖がくっついとったら割り込んどったやん。トォー!とかいいよって」
「う…」
「どっちにかなぁ〜、聖かな〜?あゆみんかな〜?」
「なんっ、何いってんだー!もー!!」

そのあとえりぽんはヒッヒッヒとか笑って回りながら去っていった…。
そして残された私はとてつもない屈辱感に襲われた。

悔しい。
分かってる、分かってるんだ。

だってどうしようもないんだもん。
なんでこんなことになってしまったんだ…。
96 :しゅわしゅわバン! :2012/12/01(土) 01:11
「しさん…鞘師さーん!」
「へっ!?」

なんだか声が聞こえたと思ってたら亜佑美ちゃんが声をかけてたみたい。

「う…」
「う、ってなんですか、しかもその顔」
「いやぁ…あの」

今まであなたのこと考えてましたとかとてもじゃないけど言えるわけない。

「さっきから呼んでたのにもー」
「あ、何の用?」
「またそれもー、冷たいなぁ鞘師さん」
「そんなつもりないよ!」

ニヤニヤしながら亜佑美ちゃんが見てくる。
…う、遊ばれてる。
こういうときこの人の年上っぽさを実感する。実際年上だけどさ。

「あー、呼んだのはサイダーいりますかっていう話…ってちょっ」
「サイダー!!??」
「ちょっと、力強いですちょっと!」
「あぅ、ごめん…」

サイダーと聞いて勢い余ってしまった…反省。

「スタッフさんの地元で売ってるサイダーなんですって!地サイダー?」
「あ、ホント!?やった!ウヒヒ」

ついつい顔が緩んでしまう。
恐るべしサイダー。
こっちもニヤニヤしてしまったところで、亜佑美ちゃんがちょっと変な顔をしていた。

「どしたの?」
「えっ、いやぁ…鞘師さん手…」
「えっ?あ…あっ、あああごごめん!!」

さっき勢い余って両手を掴んでしまってたままだった。
あーうん、亜佑美ちゃんの手は柔らかいですね。もうちょっと感触を味わっておきたかったです…。
今更気づいても遅いけど。
97 :しゅわしゅわバン! :2012/12/01(土) 01:11
そういえばなんか持ってると思ってたけど、サイダーだったんだね。

「えっと、どーぞ」
「おおぉぉ…」
「超嬉しそう」
「んふふ、だって嬉しいもん」

くれたのはスタッフさんだけど、渡してくれたのは亜佑美ちゃんだもん。そりゃ嬉しいよ。

「えっ…」
「え?」
「私が渡したから嬉しいんですか?」
「え?」
「いや、今だって渡してくれたのは亜佑美ちゃんだから嬉しいって」
「えっ、嘘、うち今口に出てた?」
「出てましたけど…」
「嘘っ、えっマジで!?」
「は、はい…いやまぁでもぉ、なんか照れますねぇ」

そういってくねくねし始めた。
でもうちはそれどころではない。
なんてことを言ってしまったんだ…。

「あー、うん…うん…恥ずかしいな」
「あんなこと言っておいて〜」
「うちだって口に出てるとはまさか思ってなくて…」

油断しすぎだよ鞘師里保。
なんでこんなことに!

そもそも!えりぽんが余計なことをうちにいうから!
変な風に意識してしまったではないか!
98 :しゅわしゅわバン! :2012/12/01(土) 01:12
「でも嬉しいです。鞘師さん私のことそんな風に思ってくれてたんですね」
「へっ…」
「照れちゃいますけどね!へへへ…」
「…亜佑美ちゃんかわいい」
「えっ!!」
「………はっ!!」
「ちょっ、鞘師さぁん、やめてくださいよ〜もぉ〜」

「うああああ〜〜」

頭を抱えてうずくまる。
ううう、何やってんだ、何をやってんだ!
だだ漏れてる!

油断しすぎだよ。
でも亜佑美ちゃんがかわいいのが悪いんだ!
しょうがないんだ!

でも微妙に亜佑美ちゃんは鈍感なのかな?
なんだかうちはからかわれてるだけのような気がしなくもない。

そう考えるとちょっとだけ寂しくなってしまう。

「鞘師さんほら、そろそろ立ちましょうよ。サイダーがダメんなっちゃう」
「はっ!それはいけない」

さっきから結構な感じでサイダーを動かしてる。
あけたときに大爆発だけは避けたい。

「サイダー大丈夫かな…」
「まぁ振り回したわけじゃないし、たぶん大丈夫じゃないですかね?」

そう言って、頬をかく亜佑美ちゃん。
ん?

「亜佑美ちゃんなんか顔赤い?」
「…っ!」

びくんと跳ねたみたいに、亜佑美ちゃんが固まった。
えっ、何。

「もう…鞘師さんのせいですからね!!かわいいとか言うから!」

じゃあ私もういきますから!と言われ、さっさと行ってしまった…。
そして置き去りにされるうち。
99 :しゅわしゅわバン! :2012/12/01(土) 01:12
「えっ…と」

赤くなったのはうちのせい?
かわいいって言ったから?

亜佑美ちゃんはいつから赤くなってた?
っていうか、なんか手掴んだときからなんか変な顔してた?

ん?んーーー?


「里保」
「うわびっくりした」
「里保はやっぱ一言多いとよ」

ドアに隠れてえりぽんがニヤニヤしてる。
見られてた。
見られてたのか…。

恥ずかしすぎる。
死にたい…。

「い、いつから…?」
「へっへっへ。いつからやろね〜?」

うちこそ真っ赤だったと思う。
顔が熱い。

あと…亜佑美ちゃんはもしかしたら鈍感じゃないのかも…しれない。
そう考えると、少し救われたというか、落ち着いたというか。

色んなことが頭を巡る。
そして目の前のえりぽんはニヤニヤしながら走ろうとしてる。

もう亜佑美ちゃんのせいだ!あとえりぽんのせいだ!
うちがこんな分からんのは!

「のあああー!ちょっ、待てっ、教えてから行け〜!」
「いやだね〜」
「うああああ〜〜!」

ちなみに…えりぽんと追いかけっこをした後サイダーを開けたとき、大爆発が待っているとはこのときのうちは知る由もなかったのである。
100 :しゅわしゅわバン! :2012/12/01(土) 01:12
おわり
101 :名無飼育さん :2012/12/02(日) 17:57
鞘石短編キテルー!だーいしの次に大切なサイダーはどれぐらいの割合で
お亡くなりになられてしまったんでしょうか…炭酸は死滅してそうですがw
互いを探り探りな感じがもどかしく鞘石らしいですね!
えりぽんとの掛け合いは同期ならではのテンポ感で
だーいしとの会話とメリハリが付いて想像しやすかったです。
102 :はぐはぐ :2012/12/17(月) 00:03
終わったんだ、やり遂げたんだ、っていう充足感もあって、テンション高かったのは自覚してる。

みんながみんな、カラフルなケーキを前にして嬉しそうだったし、はしゃいでたし浮かれてた。
いろんな人に撮ろう撮ろうと言われて立ち位置変えたり、ポーズとったり。

そんな中でみんなのうしろでぴょんぴょん飛び跳ねてる亜佑美ちゃん。
ケーキが見たいのか写真に映りたいのか、でもたぶんそのどっちもで、それがなんだか妙ににツボってしまって。

「亜佑美ちゃん亜佑美ちゃん」
「なんです…、わっ?」

亜佑美ちゃんのうしろにまわって、ちょっとタックルするみたいに腰から抱きついて腕にチカラを込めてみた。
厳しいかな、なんて思ったのは一瞬で、亜佑美ちゃんのカラダは難なく持ち上がった。

「わわっ。鞘師さんあぶないですよ鞘師さん」
「いーからいーから。ほらほら撮るよ撮るよ」

カメラを向けてるスタッフさんがこちらの状況を察したように笑顔になるのを待ってくれて、
亜佑美ちゃんがピースをしたと同時にシャッター音がした。

スタッフさんからOKが出てすぐに抱き上げたチカラを緩めたら、トン、と亜佑美ちゃんの足が床に着いた。
103 :はぐはぐ :2012/12/17(月) 00:04
「…びっ、くりしたあ」
「あはは、でも、亜佑美ちゃん軽すぎだよー。全然余裕だったよ、痩せすぎなんじゃない?」
「そんなことないですよ、鞘師さんが怪力なんじゃないですか?」
「えー、ひどーい」
「うそうそ、冗談ですって」

ちょっとだけあわてたようにこちらの機嫌を窺って。

「ありがとうございます、鞘師さんのおかげでいい笑顔で撮れたと思います」
「…うん、うちも」

へへっ、とくすぐったそうに笑った亜佑美ちゃんに釣られて一緒に笑う。

「…あ、みんなもう食べてるっ、鞘師さんも食べましょー」
「うん」

亜佑美ちゃんが笑って、ケーキを食べ始めているみんなのもとへ駆け寄っていく。

そのとき見えた彼女の耳がちょっとだけ赤かったような気がして、
そこでようやく自分のしたことが実は結構大胆だったんじゃ、なんてことに気がついたけど、
でも、そのあとの亜佑美ちゃんはいつもどおりだったから、
寝顔の隠し撮りされるっていう仕返しが待ってる、なんてこと、考えもしなかった。
104 :名無飼育さん :2012/12/17(月) 00:05
おわり


いいタイトルが思いつかなかったので適当につけたらアホっぽくなってしまいましたごめんなさい
105 :名無飼育さん :2012/12/17(月) 06:09
小説にするとより萌えが増しますね!鞘石可愛いなあ
106 :WISH ROSE :2012/12/29(土) 02:18
WISH ROSE
107 :WISH ROSE :2012/12/29(土) 02:20
バースデーライブの直前、控室で待機していたところに、
突然ノックの音が響いた。

「保田さん宛てにお花が届いてますよ」
「誰から?」

振り向きざまに、花束を携えたスタッフの手元に目をやった瞬間、
私の心臓が大きく跳ねた。
この空間の中でも異彩を放つ……
それは、目も覚めるほどに鮮やかな、青薔薇の花束だ。
その花を視覚で捉えた瞬間、真っ先に彼女の姿が脳裏に浮かんだ。
舞台を終えて一週間ほど経った今もなお、
あの時の彼女の事は鮮明に思い起こす事ができる。

たった一週間で、私と彼女の関係は随分変わったように思う。
きっかけは、他でもない青い薔薇。
そう、あれは舞台千秋楽の日の事だった。
劇場に届けられていた青い花を眺めながら、彼女は言ったんだ。
一点の曇りの無い純粋な瞳で。
108 :WISH :2012/12/29(土) 02:21
...

「みーよ、その青薔薇綺麗だね。ファンの人から?」
「はいっ私の一番好きな花なんです」

「……ねえ保田さん、青い薔薇の花言葉って知ってます?」
「え、知らない。何だろう」
「夢が叶う、です。
でも、つい最近までは、真逆の花言葉が付いてたんですよ。
“不可能”っていう」
「不可能? なんかネガティブなニュアンスだね」

「青い薔薇は不可能の象徴だったんです。
開発に何度も失敗して、青い薔薇を咲かせるのは
夢のまた夢だって言われてたんですよ。
だから、最初は不可能って花言葉が付いてたんです。
だけど、最近になってようやくその試みが実現して、
“夢が叶う”って意味が新たに加わったんです」
109 :WISH ROSE :2012/12/29(土) 02:22
その話を聞いた時に思ったんだ。
青い薔薇って、まるでみーよみたいだなって。

娘。の二期オーディションを筆頭に、
彼女はたくさんのオーディションに挑んだ。
そしてその都度落選しても、みーよは決して諦めなかった。
これが最後と受けた新ユニットオーディションで、
ただ一人合格し、ようやくハロプロ入りへの切符を手にした。

そんなみーよの経緯を知った時から、
彼女は私の中で気になる存在となっていた。
みーよの信念と情熱が、尊くて愛しいって思ったから。
110 :WISH ROSE :2012/12/29(土) 02:22
「花言葉の意味を知ったからこそ、
青い薔薇がもっと好きになったんです。
この花を見る度に、諦めない事の大切さを
教えてくれる気がするから」
「みーよ……」

「だから、私諦めない。
また離ればなれになるからって保田さんの事諦めたくない」

そう言って、私を真っ直ぐに見つめた時のみーよを、
私はこれから先も忘れないと思う。

111 :WISH ROSE :2012/12/29(土) 02:23
「え? みー、よ……?」
「札幌に帰る前に、言わせて下さい。
大好きです。保田さん。
私は、女性としての保田さんに強く魅かれているんです」

みーよが私の右手を、恭しく両手で押し頂いて……
彼女の熱い唇が私の手の甲に降って来た時、
まるで伝染するように全身が熱を帯びた。

私は抗わなかった。
この先、二人が離ればなれになると分かっていても。

本当は、ずっと前から気付いていたのかもしれない。
お互いが魅かれ合っていた事に。

そして何より、自分の気持ちにウソはつけなかった。
112 :WISH ROSE :2012/12/29(土) 02:24
...
バースデーライブを終え、一段落したところで、
私はみーよに電話をかけた。
薔薇のお礼を言いたかったのももちろんだけど、
何より、みーよの声が聞きたかったから。

「……すぐに分かった。みーよからだって」
『やっぱり、バレバレでしたか』
「分かるよ……この薔薇からみーよの気持ちが伝わったもん。
ありがとう、みーよ」

花束には差出人の名前が無かったけれど、私は直感で気付いた。
千秋楽のあの日、みーよは青い薔薇を私にも分けてくれた。
その時の薔薇は、まだ大事にとってある。
一週間ほど経過した今は、ほとんど枯れかけてしまっているけれど……
私にとっても、青い薔薇は何より大切な花になった。
そして、この薔薇に込められた信念は、確かに私の中にも息づいている。
113 :WISH ROSE :2012/12/29(土) 02:25
...

『どうでした? 今日のバースデーライブ』
「うん。大成功だったよ。
ファンの人達、今年もすごくあったかくて。
梨華ちゃんや矢口も来てくれたの。
それでね……」

ふと、胸の奥から何かが込み上げる感覚に、私は一度言葉を切った。

「それ、で……」

あれ?
おかしいな。
どうして涙が出るの?
114 :WISH ROSE :2012/12/29(土) 02:26
『? どうかしました?』
「……っひ、……く……」
『……保田さん?』

「な、何でもないっ」

声を震わせながらも、私は取り繕うように言葉を続ける。
ファンの人の優しさに包まれて、メンバーの想いが伝わって、
みーよの愛を感じて……。
こんなに幸せな事ってある?

立て続けに人の温もりに触れた為なのか、
抱えていたものが溶けて溢れ出し、幸福の涙と化していくようだった。
そんな私の異変にいち早く感づいたのか、みーよの声のトーンが落ちる。

『保田さ……泣いてるんですか?』
『な、何か悲しい事が……?』

自分の涙腺の弱さがつくづく嫌になる。
オロオロと狼狽しているみーよが目に浮かぶようだ。
みーよに余計な心配かけたくないのに。
115 :WISH ROSE :2012/12/29(土) 02:27
「ちがう、ちがうの……嬉しいだけ」

“大丈夫ですよ。さびしくない。
保田さんには、保田さんを大切に思ってくれる人達がたくさんいるから。
私だって、その人達に負けないくらい、保田さんを想い続けますから”
……みーよが札幌に帰る日……
涙ながらに別れを惜しむ私に、彼女がくれた言葉だ。
頬を伝う雫がとめどなく溢れ続けるのは、
みーよの言葉通り、多くの人が私を思いやってくれている事を実感したから。

『保田さん……』

それから、私の涙が止まるまで、みーよはずっと待っていてくれた。
理由を訊ねるでもなく、ただ静かに。
そんなみーよの優しさに、私はまた彼女への想いが
募っていくのが分かった。
116 :WISH ROSE :2012/12/29(土) 02:28
...

『落ち着きました?』
「うん、ごめんね。もう大丈夫。でも……」
『でも?』
「お願い、まだ切らないで。
もう少しみーよの声を聞いてたい」

その瞬間、鼻から抜けるような、甘いみーよの笑い声が聞こえた。
きっと今、ふにゃりとした愛らしい笑顔を浮かべているんだろう。

『かわいすぎですよ保田さん。
どうしよう。保田さんの事、今すぐに抱きしめたくてたまらない』
117 :WISH ROSE :2012/12/29(土) 02:29
「っ……」

思わず息を呑んだ。
みーよのストレートな言葉が、私の心を揺さぶる。
私と同じ気持ちでいてくれる事が嬉しい。
今、私とみーよの心は繋がっている。
でも、体は欲張りで、もっと確かな温もりを欲しがってしまう。

抱きしめて欲しい。
抱きしめたい。

切なくて、もどかしい。
心に甘く爪を立てられているような。
みーよも今、こんな気持ちを感じているの?
118 :WISH ROSE :2012/12/29(土) 02:29
「みーよぉ。私もなの。私も、みーよに抱きしめられたい。
今すぐ会いたい。
こんな事言ったって、どうにもならないって分かってるのに、
わざわざみーよの前で口に出しちゃうのは……やっぱりずるい?」
『いいえ。
保田さんがこうして私を必要としてくれるのは、凄く嬉しいです。
保田さんが私と同じ気持ちでいてくれる……
こんな奇跡みたいな事が起こるなんて。
……ふふ、もっと早く勇気を出していれば良かったな」
「みーよ……」

みーよは素直な子だから、きっと私のどんな言葉も
真正面から受け止めてくれるんだろう。

みーよの愛らしい顔が見たい。キスしたい。触れ合いたい。
どれも私の本心だ。

でも、今私達に必要なのは、お互いを求める言葉より、
与え合える言葉だと思う。
だから、私は最後に、一番伝えたい想いを口にする。
119 :WISH ROSE :2012/12/29(土) 02:30
「大好きよ、みーよ」

電話越しの、ノイズ混じりの声でも、私の想いは伝わるだろうか。
めまぐるしい動きを見せるこの大都会の中じゃ、
こんな言葉は喧騒に溶け込んで、軽いものに聞こえてしまうかもしれない。
だからこそ、このたった一言に全てを込める。

そんな私に対し、みーよは、とびきり甘い囁きをくれた。
私の全てをとろかしてしまいそうなほどの。

『私もですよ。自分が自分でなくなっちゃいそうなくらい』
120 :WISH ROSE :2012/12/29(土) 02:31
...
通話を終えた後、私は自由になった両腕で花束を抱きしめる。
潰してしまわないように、可能な限り優しく。
そして、甘やかな香りが混じった空気を、肺いっぱいに取り込んだ。

不可能と言われ続けてもなお、
数え切れない人々の願いによって造られた青い薔薇。

この薔薇に祈るよ。
これから先、たとえ何があっても、何度離れる事になっても、
必ずまたみーよの笑顔に会えますようにって。
121 :WISH ROSE :2012/12/29(土) 02:32
おわり
>>108のタイトル欄、「ROSE」が抜けてます。すみません。
122 :[留守電メッセージ] :2013/01/04(金) 21:12

[留守電メッセージ]

123 :[留守電メッセージ] :2013/01/04(金) 21:12

『あ、まーちゃん? ハルだけどっ。
 あー、寝てたよね、ゴメン!
 ちょっとあの、電話出れたらなーとか思っただけだったんだ。
 …別に! 掛け直したりとかしなくていいから!
 もし、もし起きてたら、ちょっとだけでも話…、とか思っただけだから。
 あの、ハロコンは、まーちゃんいない分もハルたちでがんばってるから!
 ぜんぜん心配とかしなくていいからね!
 まーちゃんは早く、いっぱい休んで、元気になってね!』
124 :[留守電メッセージ] :2013/01/04(金) 21:13
ピッ


電話を切ったくどぅーが、その画面を見つめたままため息をついていた。
さっきまでは電話に向かって大きな声で話してたのに、
今は、楽屋の椅子にぺたりと座って、机に両肘突いてうつむいている。

電話してみようか、でも迷惑かなってずーっと悩んでるのを見て、
出られなくても、留守電に声が残ってたらきっと喜ぶよって背中を押してあげた。

思った通り、まーちゃんは寝てて電話には出られなかったみたいだけど、
くどぅーは留守電に、いつもみたいな明るい調子で声を吹き込んでいた。


それはあたしとはるなんから見たら、明らかに空元気なんだけど。


まーちゃんがハロコンを欠席して、今日で3日目。

一番悔しいのはまーちゃん本人だと思う。
年末のリハーサルの時、すごくうまくできたって喜んでいたのを思い出す。
小田ちゃんが入ってきて、まーちゃんも気合いが入ってるなぁって思ってたのに、
まさかの欠席、しかも、しばらくは参加できないことまで決まってしまった。

楽屋にいつも響いてた、耳が痛いくらいに甲高いあの声がないだけで、
なんだか別のグループになったんじゃないかっていう気がしちゃう。

いつも「うるさいっ」って叱ってたけど、
でも、それもまた、まーちゃんがそこにいるっていう証だったんだなぁと思うと…
125 :[留守電メッセージ] :2013/01/04(金) 21:13
「…ほらくどぅー、帰るよ」
「…んー…」

呼び掛けると、机に置いていたバッグを乱暴に手に取って、
ガタガタと椅子を鳴らしながら立ち上がったくどぅー。

はるなんが、乱れた椅子とか机の上をそっと直してるんだけど、
床を見てため息をついてるくどぅーは、まったくそれに気付く様子もない。

あたしとはるなんはチラリと目を合わせて、それから、お互いに苦笑した。


『っっるっさいなぁっ』
『あっち行けってばっ』

いつもそうやって怒ってるのにね。
隣に並ぼうとするまーちゃんを追い払おうとして、
それでもくっついて離れないのを知ってるから、
結局は、腕組んだり、肩組んだりして仲良く隣同士で寄り添ってる。

くどぅーもまーちゃんのことが大好きだから、心配で心配で仕方ないんだ。
126 :[留守電メッセージ] :2013/01/04(金) 21:14
「ほらー、まーちゃんのこと心配なのはわかるけどさ、下見すぎだぞー?」
「だっ、ってゆっか心配だろフツー!」

はるなんの言葉に、すっかりヘコんでる顔をばっと上げて噛みつくくどぅー。

「ツンデレなんだからー、もぅー」
「ばっ、ちがっ…!」

顔を真っ赤にするくどぅーに、あたしとはるなんはまた顔を見合わせて、今度は笑った。

「…んだよ笑うなよぉ…」

茶化して元気出してもらうつもりがすっかり逆効果で、
感情があっちこっちに行って目に涙を溜めるのを見て、
はるなんは慌ててその細い身体を抱きしめていた。

「ゴメンね、くどぅー。
 でも、そんな心配そうな顔してるばっかりじゃ、
 まーちゃんだって心配しちゃうぞぉ?」
「そーそー、まーちゃんがいつも通り帰ってこれるように、
 うちらもいつも通り、笑って待ってればいいんじゃない?」

―――ほら、笑ってYOU!

と、二人を指差す振りまで付けて言ったら二人には白い目で見られたけど、

「…あゆみん、寒い」

さっきまで涙目になってたくどぅーがちょっとでも笑ってくれたから、それで良かった。
127 :[留守電メッセージ] :2013/01/04(金) 21:14
いつになったら復帰できるのかはまだわかんないけど、
あたしたちはそんなまーちゃんの分まで、いつも以上にがんばらなきゃって思う。

どんな先輩にも平気で話しかけちゃうくらいに明るい子だけど、
でも本当は、いちばん最初はモジモジしちゃう子なんだってことも知ってる。
復帰するその日も、きっと同じようにちょっとドキドキしちゃうに違いない。

だから、帰ってきた時にはたくさんの笑顔で迎えてあげたい。
いつもとおんなじ、いつも通りのモーニング娘。なんだよって迎えてあげたい。

「10期だいすきー!」って毎日のように言ってくれるまーちゃん。
あたしだって、10期のこの4人が大好き。
それははるなんもくどぅーも、絶対に同じことを思っているはずで。


「…ねー、帰りにさ、どっかお参りに行かない?」
「あーそれハルも思ってた!」
「さんせーい! 寄り道して帰ろっか」


ほらね。ちゃーんと通じ合ってるんだから。


くどぅーを真ん中にして、3人で腕を組んで歩く帰り道。
みんなのカバンに提げた、おそろいのお守り。

くどぅーの手は、同じお守りをもう一つ、大事そうに包んでいた。
128 :[留守電メッセージ] :2013/01/04(金) 21:15
>>122-127

おしまい

まーちゃん、早く良くなって帰ってきてね。
129 :名無飼育さん :2013/01/05(土) 00:47
10期らしい愛に溢れていて感動しました!すごい好きです。まーちゃん本当に早くよくなってほしいですね。
130 :[悪ガキ≧甘えんぼ] :2013/01/12(土) 00:07
>>122-127
の続き。

[悪ガキ≧甘えんぼ]
131 :[悪ガキ≧甘えんぼ] :2013/01/12(土) 00:07

『出られなくてごめんね?』
「な、なーに言ってんのさ!
 まーちゃんはまずちゃんと治して!
 んで、それから帰ってくればいーんだからさ」
『うん…』
「たっ、たまにはさ、うちらに甘えたっていいんだから。
 謝ってんのなんて、まーちゃんらしくないし!
 とにかく、今はあれこれ考えないでさ、ゆっくり休んでなよ?」
『ありがと、でぃーおーどぅー』
「…うん、また、電話するから」
『うん、あ、どぅー?』
「ん?」
『あゆみんにも、はるなんにも、よろしくね』
「うん」
132 :[悪ガキ≧甘えんぼ] :2013/01/12(土) 00:08
「あゆみんとはるなんによろしくだって」


電話を切ったくどぅーは、ソファーに置いてあったクッションを手に取って、
力任せに思いっきり抱き締めて、勢いよく顔を埋めてた。

…あれ、なんか、ついこないだもこんな風景を見た気がする。


まーちゃんの、公演欠場の発表。
病気の名前も発表された。

まーちゃん、大変なことになっちゃったな。
いつ帰ってくるんだろう。
同じ10期メンバーだけど、まだ13歳。
小さな身体に、つらいだろうな。


『早く踊りたいよ』

メールでそう送ってきたまーちゃんの気持ちを考えると、切ない。
133 :[悪ガキ≧甘えんぼ] :2013/01/12(土) 00:08
「ほらほらくどぅーがそんな顔してどーすんのー」

あゆみんが近づいて、くどぅーの肩の辺りを指で突っつく。

「…触んなよ」

手をはねのけて、身体をよじって逃げるくどぅーは、
クッションは抱えたままで、今度はソファーにうつ伏せになった。

「口が悪い悪ガキだなぁ」
「うっさいよ」
134 :[悪ガキ≧甘えんぼ] :2013/01/12(土) 00:09
チラリとこっちを見たあゆみんが苦笑いしている。
わたしも、気持ちはおんなじだ。

「…くどぅー」
「…うるさいな」

静かに話し掛けたあゆみんの声は、
明らかに苛立っている声に跳ね返された。

でも。

「くどぅー、聞いて」

小さく息を付いてから発した言葉には、くどぅーも逆らわなかった。
135 :[悪ガキ≧甘えんぼ] :2013/01/12(土) 00:10
「くどぅーだけがね、心配してるんじゃないんだよ。
 あたしだって心配だし、はるなんだって心配してる。
 小田ちゃんも、先輩たちも、他のグループの人も、
 スタッフの人もファンの人も、みんなまーちゃんのことが心配だよ」

ぎゅっ。
クッションを握る指先に力が入ったのが見えた。


「だからね」

あゆみんが、同じソファーにそっと腰掛けて、
それからくどぅーの頭を、ゆっくりと、そして優しく撫でた。


「泣いたっていいんだよ」

136 :[悪ガキ≧甘えんぼ] :2013/01/12(土) 00:10
くどぅーはクッションから顔を上げて、でもわたしにもあゆみんにも顔は見せないで、
あゆみんの膝の上に頭を載せて、肩を震わせて泣いていた。


いつも以上にちっちゃく見えるその背中。
泣き顔を見せないなんて意地張ってるクセして、
あゆみんの服の裾を握りしめているのを見て、
思わず泣けて来ちゃって、くどぅーの手を包んであげたら、
ふと、あゆみんと目が合って、そしたらあゆみんも目に涙をいっぱいにためていて、
だから、やっぱりみんな同じ気持ちなんだなって思って、3人で声を押し殺してしばらく泣いていた。


それから、改めて決意したんだ。

10期の絆、見せつけてやるんだって。
まーちゃんがいない分は、わたしたちが一生懸命カバーするんだって。

まーちゃんが元気になって帰ってくることが、一番の願い。
137 :[悪ガキ≧甘えんぼ] :2013/01/12(土) 00:11
「お星様は、お願いを聞いてくれますか?」

帰り道、雲の合間からちょっとだけ見えた、きらきら光る星。
おっきな宇宙のもっと向こうの方に、まーちゃんの病気も飛んで行っちゃえばいいのにな。


「早く良くなぁれ」


おそろいのお守りをそっと胸に抱いて、空を見上げてお祈りする。
ほうっと吐き出した白い息が、空へのぼって飲み込まれていった。
138 :[悪ガキ≧甘えんぼ] :2013/01/12(土) 00:12
>>130-137

まーちゃん、早く帰ってこーい。待ってるよー。
139 :名無飼育さん :2013/02/08(金) 01:13
まーちゃん良くなってヨカッタ!!!
やっぱり10期愛良いですねー
140 :君が隣 :2013/02/18(月) 22:12

ぽつんと現れた空洞は私の妙なこだわりを簡単に解きほぐした。
そして何年も近くにいた存在とその意味を、「ない」ことで気づかせて、
手を伸ばすこともできないのはどういうことなのか教えてくれた。
好きだと言うから、近くにいたからうまく考えられなかった。
私はいつもそう。遠ざかってから好きになることが多くて。
そしてあんまり素直になれないから、例えば好きを露骨に示されたり、
ライバルだったり、昔は私の後をちょろちょろくっついていた相手に
どんな気持ちを抱いていたかを解き明かすのは靄や障害が多すぎて難しかった。

子分みたいな彼女は何時の間にか育ち、ライバルのまま、彼女は可愛くなった。
羨む気持ちと負けたくない気持ちばかりが頭を占めて、考えることを閉めていた。
正直それ以外を深く考える時間も余裕もなく。
憂佳は私のように煩わしくはない。
霧にも靄にも惑わされることがなく真っ直ぐ自分の気持ちに進む。
それが、羨ましかった、と思う。自覚はなかったけど。
憂佳の不在は、いたときよりも存在感があってずっと私の右腕あたりにふんわり漂っている。
憂佳の匂いは眠たくなるって紗季が言ってたし、私もわかる。
いなくなってもう一つわかったのは、憂佳に安心していたんだなって。

141 :君が隣 :2013/02/18(月) 22:12

くしゃくしゃに笑う顔も、ダンスができなくて悔しい時の凛と立って泣く姿も、
緊張とプレッシャーに座りこんだ背中も、先のことを語るときの透明な声も、本当は覚えていた。
見ようとせずに押し込めたのは、自分の二つの気持ちに頭がぐちゃぐちゃになりそうだったから。
今箱を開いたらあの時よりずっともっとストレートに届く。
その中の憂佳の声が私の名前を呼ぶ。かのん。
綺麗な3音節は親がつけてくれた音の響きの透明さと、憂佳の声の不思議な甘さとまじって、
受け止めきれない気持ちにさせる。

記憶は勝手に美しくなって保たれるものだ。
憂佳と久しぶりにあった時にあの幻想的な空気と陽炎は実体のある憂佳にかき消される。
私の顔を見つけた瞬間に、わんちゃんみたいににこーっと笑う。
白目がなくなって黒だけが白い肌の上に、お月様みたいに乗っかっていた。
あれは幻想だったと顔を見た瞬間に安心した。
箱の中の憂佳は憂佳でないみたいで私は落ち着かなかった。
私の知ってる憂佳はこんな風にふんわり笑って、甘い声で、お菓子みたいなの。
心があるべきところに戻り、胸の辺りにちゃんと納まる。
幼い頃と変わらないまま憂佳は何気なく伸ばした私の腕を受け入れる。
ちらりと横目で見て、かすかに上がる口角。
なんてことのないほんの一瞬がやけに特別で目に焼きつきそう。
どうしてかわからないけれど私は言葉を失った。
急に黙ったから憂佳が振り返る。

どうしたの?
ぼーっとしただけ。
珍しいね。
142 :君が隣 :2013/02/18(月) 22:13

話す間目尻が細い。
白目が消えると肌の白いのと黒目がコントラストで際立っている。
記憶の中のと重なるものの現実の憂佳には息が吹き込まれていく。
同じで違う。違って同じ。
いつかまたこの空気が私の右腕にまとわりつくんだとなんとなくだけど、予想がついた。

今日は眠たくないんだな。私より憂佳の方が饒舌だ。
2人で何度も訪れているはずの街の中を、一つ一つ指差して可愛いとか面白いとか、ずっと。
隣にいるのに非現実的なような。ときどき私はそんな風になっちゃうから、夢じゃないよね、と憂佳の頬をつまんだ。
ふわふわ柔らかいけどほっぺたはある。
伸びたままなに?と言うから声が変なの。

「憂佳変だよ。」
道のど真ん中でへらへら歩くからみるみる間に周りの人に追い越されていく。
川の真ん中に取り残される岩みたい。
「花音がひっぱるからじゃんよ」
腕を組んで、頬をつまんでるから両手は塞がってる。
憂佳は頬の手を握って外し、それから組んでた腕を外したと思ったら手を握ってきた。
私より大きな手に包まれたら手の中にあるのが服ではなくて憂佳の体温になってしまった。
焼きたてのパンの外側を剥いたらこんな感じ、きっと。
手をほどく理由もなくそのまま人ごみを掻き分けた。
離れて進むより都合がいい、それだけ、とは言えなかった。
繋いだ先の憂佳はいつも私より少し高いところに。
143 :君が隣 :2013/02/18(月) 22:14

お店に入っていろいろ見る内に離れてしまった手に不在の空気がまた潜り込んでくるのが落ち着かなかった。
今こんなに元気なのは久しぶりに遊べるからなのか、もっと違う理由なのか判断できない。
もしかしたら前もこんなに元気だったのかもしれないし。
憂佳が次々指を差すから考える暇もない。
新しく出たお菓子はカラフルで可愛くておいしそう。
タイツはあのスカートに合うかな、憂佳は花音好きそうって自分の選ぶより楽しそうに選び始める。
服の趣味変わったよねとかちゃんと言ってくれる。
憂佳は相変わらずだ。
「ほら可愛いよ。」
周りには私たちと同じような女の子だいっぱい。
騒がしくて落ち着かない私にはちょうど良かった。
あれこれ選んだくせに結局それは買わず疲れたと適当にカフェに入る。
「どれもおいしそうだよ。」
憂佳の興味はドリンクよりケーキに移り、チーズケーキか、でもチョコのも美味しそうってまだ食べてもいないのに目が溶けそう。
「私ダイエット中。」
「えー…じゃ私だけ頼む。」
私はホットティーと、憂佳は同じものとフルーツタルトを選んだ。
チーズでもチョコでもないんだな。
あ、店員さん制服可愛い。
「あまり食べると丸くなっちゃうもんね。」
「あの時は髪型も悪かったんだよ。」
顔も頭もまんまるになってた。
食べないのもできず私だけじゃなく全員太ってた時期。
成長期ということにしておこう。
「あの花音も可愛かったのに。」
私のお腹を触ってはにやにやしていたあの時の顔。
違うと言い張りたいけどお腹を触らせるのも変だし、憂佳の記憶を更新させられない。
「憂佳だって太ってたじゃん!」
今は髪が伸びたせいかそうでもなく、かといって痩せすぎてるわけでもなく安定してる、のかな。
144 :君が隣 :2013/02/18(月) 22:15

「みんな太ってたよ。花音は痩せたね。」
視線だけで頬の輪郭をなぞられる。
まじまじ見られると気恥ずかしいからやめてほしい。
「痩せたら昔に戻ったみたいだね。顔立ちは変わってないから。」
憂佳はどこまで遡っているんだろう。
おとむずくらい?舞台?まさかオーディション時ってことはないと思うけど。
そういう憂佳は、変わったような気がする。
ふわふわしてるところだけ変わらない。
そうこうする間に頼んだものがきた。
温かいのがお腹にしみる。
「はい。」
黙って食べていたと思いきや、フォークを口元に持ってきた。しかも苺のところ。
「果物なら悪くないでしょ?」
どうやら甘やかしたいらしい。ひとくち食べたら我慢が崩れちゃいそう。
でも、このためにフルーツタルト頼んだのかもと考えたら断るのも悪い。
憂佳は強引だ。優柔不断のくせに。
私はまんまと口を開く。
食べてる瞬間まで幸せそうに眺めてるから顔には出さないけど恥ずかしくてたまらない。
「…おいひい。」
「でしょ?」
勝ち誇ったように言うから悔しくなる。
あーでも美味しい。
こんな空気が嫌じゃないのはなんでだろ。
ケーキ食べたとか食べてないとか、買い物できたとかじゃなくて。
幼なじみだから安心するだけ。そうして誤魔化そうとしている。
振り返ればそこにある自分の気持ちの気配に気づきながら、いつも振り返ることができない。
幽霊でもないのに、さ。
二口目を意地で断ってお茶を飲む。
ケーキいいな。憂佳が持ってるものが羨ましくなる。
145 :君が隣 :2013/02/18(月) 22:15

外に出たらあたりはもう暗い。
昼間は潜めてた冬の空気が鼻につんとくる。
この駅はお互いの家の中間地点なだけで、お互い家が近いわけでもないからそろそろ帰らなきゃだな。
仕事の帰りよりは早いけど憂佳はもう普通の高校生だし、私もオフであまり遅くなるとママが激怒する。
ゆるゆると駅に向かう。急ぎ足の人にどんどん抜かれて行く。
人ごみにまみれても憂佳は隣にいる。
「楽しかったね。」
夜に溶けてしまいそうな声なのにちゃんと私まで届いた。
「うん。」
寒いせいか、さっきまで温かかったせいか憂佳の頬は薄く赤くて、赤ちゃんみたい。
「花音といると楽しいな。なんか、やっぱり違う。」
「アイドルとのデートはいかがでした?」
ふざけて返すと、みんなのアイドルだもんね、の後に、シンデレラはやめたんだっけ?って笑う。
「只今休止中デス。」
「何それ。」
もう駅に着いちゃう。駅の光が私たちを明るみに晒す。
夢からさめてしまいそう。
「花音。」
改札抜けて、呼ばれたから顔を上げると、憂佳は私の手をとった。
思うより冷たくて少しびっくりする。
「独占。」
「阻止。」
「自分で?」
目を細めて笑うのは変わらないのに、夕暮れの色をぐっと濃くしたみたい。
目の前にいるのに、手を繋いでいるのに、まるで違うところに立ってる。
今度は頬をつまむ余裕はなかった。
駅のアナウンスなんかなければいいのに。
かすかに思った。
帰らなきゃってさっきは言えたようなことが言えなくて沈黙。
そういうの、憂佳は言えちゃうんだ。
「帰ろっか。」
「うん。」
手を離す。最後の指が離れても意識は手の中にあった。
「また、ね。」
「また遊ぼ。」
146 :君が隣 :2013/02/18(月) 22:15

バイバイって手を振った時の憂佳の表情が今までの幻想を上書きする。
結局着た電車を一本逃して、そこにあった憂佳の気配と、憂佳の不在の空気を手に確かめていた。

なん、だよお。

気づきたくない。振り返れない。
憂佳の顔が脳裏から消えない。
ただ一つできるのは一人で手を握るだけ。

147 :名無飼育さん :2013/02/18(月) 22:16
終わりです。
ゆうかのん。
148 :名無飼育さん :2013/02/20(水) 18:14
よかったです。
花音の心境がスッと入ってくる。ゆうかのんはいつまでもこんな風にたまに2人で会っていてほしいと思います。
149 :モノクロアクアリウム :2013/03/17(日) 21:05
「モノクロアクアリウム」

鬱系なので苦手な方は回避をお願いします。
150 :モノクロアクアリウム :2013/03/17(日) 21:06
「圭ちゃん!」
小さな人影が私の姿を認識するがいなや、こちらめがけて突進して来る。

……厄介なヤツに会ってしまった。

小動物を彷彿とさせる動作。
以前の私はそれを見る度に自然と笑みがこぼれたものだった。
でも、今の私の心には何も響かない。

「矢口……」
彼女の名を呼ぶ私は、きっと無感情な人形みたいな表情をしていただろう。
けれども、矢口はそれにめげる事なく、元気良く私に声をかける。
「これからご飯でも行かない? どうせ暇でしょ?」

私は眉をしかめ、これみよがしにため息をついた。
「……私だって暇なわけじゃないの。そりゃ矢口ほどは多忙じゃないけど」
口から飛び出たイヤミ混じりの言葉に、さすがの矢口も怯んだようだ。

自分の発言のせいで私の気分を害したと思ったのだろうか。
矢口がいつになく焦った様子を見せながら訂正する。
「う、ウソウソ冗談だって! 
圭ちゃん最近バラエティに引っ張りだこで大変そうじゃん。
だから、息抜きに美味しいものでも食べに行こうよ」
151 :モノクロアクアリウム :2013/03/17(日) 21:07
ああ、めんどくさい。
何が? ……何もかもが。

「ごめん、それは無理」

人と関わるのが煩わしくて仕方がない。
たとえそれが、長年付き合いのある家族のような矢口でも。

「家には私を待ってる子がいるの。だから、今日はごめんね」
「ちょっちょ、圭ちゃ……」

こんな態度を取ってしまう事に、罪悪感を覚えないわけじゃない。
それでも、一緒にいたらきっと今以上に嫌な思いをさせてしまう。
だから、私は矢口の視線を振り切り、事務所を後にした。
152 :モノクロアクアリウム :2013/03/17(日) 21:08
...

「ミーヨ。ただいま」

……おかえり、と言ってはくれない。
頭で理解していても、一抹の寂しさを覚える。
この子は人間じゃないから当たり前なんだけど。

「何か言ってくれてもいいのに」
その呟きは静寂に溶ける。
聞こえて来るのは、微かなエアポンプの音だけだ。
硝子の向こうで、円らな瞳がじっと私を見ている。

「あんたがものを喋れたらよかったのに。
……ううん、喋らないからいいんだよね」

喋れないから、言葉の刃で私を傷つける事もない。
言葉を理解できない生き物だからこそ、
私がワガママを言って困らせる事だってない。
愛犬みたいに懐いたりお手をしたりもできないけど、
よく考えれば、今の私にはそれがちょうどいいのかもしれない。
干渉しない、触れない……一見淋しい事のようで、
実は私の救いとなっている気がする。

だって、この子は思いがけない言動で私の心をかき乱す事はない。
こんなに気持ちが穏やかでいられる。
153 :モノクロアクアリウム :2013/03/17(日) 21:09

「ごめんね。勝手な事言って。今ごはんあげるからね」

私は小さな粒状の餌を取り出して、水槽の上から
パラパラと振りかける。
待ってましたとばかりにミーヨは
水面際まで浮上し、懸命に餌を食べ始める。
がっつくようにして、次から次へと
餌を口の中に取り込むその姿が愛おしい。

一日の中で、この瞬間が一番癒される。
何をするよりも。他の誰と会うよりも。

今は、誰とも関わりたくない。
人と接するのが怖い。

私ってこんなに打たれ弱かったっけ?
……いつからこれほどまでに弱くなったんだろう。
みーよを愛して、強くなれたんだとばかり思ってたのに。

まだ頭の隅でくすぶっている彼女の残像を振り払って、
私は小さく呟いた。

「今は、あんたが一番よ。ミーヨ」

原罪のない純粋な魂。
この子は、私の手によって生かされているか弱い存在なんだ。
ミーヨを守る事だけが、今の私の生きる全てだった。
154 :モノクロアクアリウム :2013/03/17(日) 21:10
...
ミーヨとは去年の夏、夜店で出会った。
みーよとのデートの帰り道、たまたま通りかかった商店街で、
小規模な夏祭りが開催されていたのだ。
射的、りんご飴、様々な屋台が軒を連ねてて、純粋に
好奇心をくすぐられた。

「みーよ、あれちょっとやってかない?」
そう言って私が指し示したのは金魚すくいの屋台。
童心に帰って、みーよと少しでもお祭り気分を味わいたくなったのだ。
「いいですね」
みーよは懐かしむように目を細めながら、私の誘いに乗ってくれた。
155 :モノクロアクアリウム :2013/03/17(日) 21:11
...
「みーよ、もう一回! ね?」
みーよとのムード作りの為に提案した事ではあったけど、
知らず知らずのうちに熱中している自分がいた。

「あちゃー、また破けた」

もう何度目の挑戦だろう。
私の努力もむなしく、収穫はゼロ。
すばしっこい金魚達は、我が物顔で紙の膜を突き破っていく。

「保田さんは焦り過ぎるんですよ」
見かねたみーよは、ポイを持つ私の右手首に自分の手を添える。
「金魚すくいはタイミングと集中力が重要なんです」
そう言って、懇切丁寧に指南してくれた。

コツを掴むまでに随分と時間がかかったけど、
みーよは何度でも付き合ってくれた。
不器用な私に対して嫌な顔ひとつせずに。

そして、小さな奇跡が起きた。
156 :モノクロアクアリウム :2013/03/17(日) 21:11
「やったぁ! 掬えた!」

一匹の金魚が水面の近くをふらふら漂って来た瞬間を、
私は見逃さなかった。
みーよに教えてもらった通り、ポイの端に引っ掛けるようにして
掬い、見事お椀に移す事に成功した。

「ねっみーよ、初めて掬えたよ!」
「やりましたね保田さん」
157 :モノクロアクアリウム :2013/03/17(日) 21:12
...
あの時の私は、まさに小さな子どもそのものだったと思う。
年甲斐もなく派手にはしゃいでしまう私に、
みーよは呆れる事なく一緒になって喜んでくれた。

「可愛いなぁ。ちびみーよ」
「ちびみーよって、まさかその金魚の名前ですか?」
そう言ってちょっと困ったように、照れたようにはにかんだ
みーよが、今でも忘れられない。

私はいつしか、この小さな金魚をミーヨと呼ぶようになっていた。
みーよに別れを告げられたあの日から。
そう、私はやり場のないみーよへの想いを、ミーヨへと向け始めたんだ。

お祭りから数ヶ月経ったあの日。
みーよは何の前触れもなく、私を奈落の底へと叩き落とした。
158 :モノクロアクアリウム :2013/03/17(日) 21:13
...

「別れて下さい」

「……え? 何、今何て?」
あの時の私は、ちょうど金魚に餌をあげる事に気を取られていた為、
聞き間違いをしたのだと思った。
まさか、みーよから別れ話を切り出されたとは
夢にも思っていなかったから。

「別れて下さいと言ったんです」

鼓膜に届いた声音を言葉として認識した瞬間、背筋が凍りついた。
さっきのあれは、聞き間違いなんかじゃなかった。

……何の冗談?
そうだよ。きっと冗談だ。
次の瞬間には“なーんちゃって”とおどけて見せてくれるはず。

そんな私の希望を打ち砕くように、みーよが追い打ちをかけた。

「もう、疲れたんですよ」
159 :モノクロアクアリウム :2013/03/17(日) 21:13
「みー……よ……?」

……疲れる……?
疲れるってどういう事?
みーよは、“保田さんの顔を見たらホッとします”
って言ってくれてたじゃない。

「保田さんに合わせるのは疲れたんです。
保田さんと私とじゃ立場も最初から全然違う。
保田さんの顔色を窺って毎日を過ごす事はもう耐えられないんです」

「……は? 何?
わけわかんないよ。立場って何?
私とみーよは恋人同士でしょ?
そこに先輩後輩も関係ないじゃない」

「そういうところが無神経ですよね」
いつになく低く冷たいその声に、私はびくりと身を竦ませた。

「確かに保田さんは先輩風を吹かしたりせずに、
いつも私と対等であろうとしてくれてました。
でも、それが逆に重荷だったんですよ。
保田さんの優しさが、私には苦しかった」
160 :モノクロアクアリウム :2013/03/17(日) 21:14
「ずっと……ずっと、そんな風に思ってたの?
疲れるとか、無神経だとか、そんな事ばかり……。
私と一緒にいて、楽しいとか少しも感じなかったの?」

みーよは何も答えてくれない。
無言は何よりの肯定を示した。

逆光でみーよの表情は見えない。
今、どんな顔をしているの?
ちゃんと私が見えてるの?
本気で言ってるの?

「ねえ、みーよ。ちゃんと私の目を見てよ!」
私は掴みかからんばかりの勢いで、みーよの腕に取りすがる。

そんな私の事を、みーよは温度のない目で見ていた。

最初、その目が私に対して向けられているのだと分からなかった。
認めたくなかったんだ。

だけど、みーよの瞳は私だけを映していた。
161 :モノクロアクアリウム :2013/03/17(日) 21:16
……気が付かなかった。
みーよと過ごす時間は、水底に敷き詰められたビー玉みたいに
キラキラして、何もかもが輝いて見えた。
みーよも同じ気持ちでいてくれてるんだと思ってた。
けど、みーよは違ったんだ。
我慢して、我慢して、それでもとうとう堪えられなくなって、
別れを告げようとしているんだ。

それでも、嫌だ。
嫌だ嫌だ嫌だ。
みーよと離れる事なんて考えられない。
自分の表情がみるみる歪んでいくのが、鏡を見なくても分かる。

「そんな……っやだ。やだよ! 私別れないからね」
イヤイヤと駄々をこねる子どものように、私は首を左右に振った。
こんな事をしても、みーよは発言を覆したりしないと分かってるのに。

「……ごめんなさい」

「やめて……謝ったら……本当に終わりになっちゃう……」

それは、みーよが私との恋人関係に終止符を打つ決定的な言葉。
同時に、私がいくらすがりついても、みーよの心は
戻って来ないのだという事を思い知らされた瞬間だった。
162 :モノクロアクアリウム :2013/03/17(日) 21:17
...

あの日を境に、みーよからの連絡は途絶えた。
最初こそ、鳴らない携帯に気を揉んでいたけれど、
待つ事にも疲れると、私は誰からのメールや電話にも反応を示さなくなった。
きっともう、みーよからの連絡は来ないのだから。

それに比例して、私を取り巻く世界は狭まっていった。

ほどなくして、みーよの札幌異動の話を人伝に聞いた。
その件がみーよにとって、私との別れを
決意するきっかけになったのだろうか。

“本当は私を嫌いになったわけじゃない”、
“もしかしたら、何か別の理由があったのかもしれない”と、
心のどこかで未だにそう思いたがる自分がいる。

だけど真実はみーよにしか分からない。
それに今更そんな事を考えても埒が明かない。
みーよは既に、東京にはいないのだから。

私にはもう、ミーヨだけだった。
辛い記憶に蓋をするように、私はますます
ミーヨにのめり込んでいった。
163 :モノクロアクアリウム :2013/03/17(日) 21:17
...
いつものように仕事から帰って来ると、水槽にミーヨの姿が無かった。

「?」

おかしいな。
普段なら、水槽の中を優雅に泳いでるのに。
水草の影に隠れてるんだろうか。

……嫌な予感がする。
背筋に冷たいものを感じながらも、
いてもたってもいられずに水槽へと駆け寄る。

「っ……!?」

その瞬間、目の前が真っ暗になった。

ミーヨが……私のミーヨが、ぷかぷかと水面に浮いていた。
164 :モノクロアクアリウム :2013/03/17(日) 21:18
「ウソでしょ……ミーヨ……」

大きな瞳は濁っていて、まるで生気を感じられない。
それがただの死骸と化している事を理解するのに、
一体どれくらいの時間が過ぎただろう。

もう、ミーヨは私を見てくれない。

私は水槽によりかかるようにして、ずるずると崩れ落ちた。
165 :モノクロアクアリウム :2013/03/17(日) 21:18
「どうして……ねえどうして? 
いつも水は取り替えてたし、エアレーションもしてたし、
ごはんちゃんとあげてたでしょ?」
「ミーヨ……」
「また私を置いてくの?」

いくら呼びかけても、当然の事ながら返事は返って来ない。

「みーよぉ……」

目を奪われた、あの鮮やかな赤い色彩はもうどこにもいない。
私とみーよを繋ぐ、最後の……唯一の存在だったのに。

「……ふ。ふふ……からっぽになっちゃった」

私の心と同じ。
色を失ったモノクロの日々の中で、あの赤い色だけが
リアルを感じられた。
闇の中に差し込む一条の光のように見えた。
166 :モノクロアクアリウム :2013/03/17(日) 21:20
私はミーヨを、みーよの分身のように見ていた。
ミーヨが私の最後の心の支えだった。
ミーヨまで喪ってしまった今、私は自分自身さえも
見失ってしまったんだ。

自分が思っていた以上に、みーよは私にとって大き過ぎる存在だった。
これほどまで、私はみーよを愛していたんだ……
その事実にただ驚く。

ううん。それともただ、みーよの優しさに甘えて、依存してただけなのかな?
だから、結果的にみーよを苦しめる事になった?
その事にもっと早く気付いていれば、みーよが私から離れていく事もなかったの?

答えてくれる人は誰もいない。
ただ、私一人自問自答を繰り返すだけだった。
167 :モノクロアクアリウム :2013/03/17(日) 21:21
...

水槽のエアポンプがぶくぶくと音を立てて、
ひっきりなしに水泡を吐き出している。

この泡のように消えてしまいたい。
死にたいのとはちょっと違う。
ただ、自分という人間に価値を見出せなかった。
一番必要とされたい人に必要とされないのなら、
何もかも意味がないから。
だから、自分ではない何かになりたかった。
168 :モノクロアクアリウム :2013/03/17(日) 21:23
ゆっくりと目を閉じる。
誰とも言葉を交わさず、閉ざされた世界の中でひっそりと呼吸をして……
こうしていると、まるで自分が水槽の中の魚になったみたいだ。


触れられなくてもいいから、言葉を交わせなくてもいいから、
みーよの側にいて、みーよに安らぎを与えられるような存在でいたかった。
でも、今更そんな風に思ってももう遅い。
だから、過去でもなく、今でもない……現実世界とは乖離した
別の事象に意識をそらした。

今度生まれ変わるのなら、人間以外のものになりたい。
次こそは、みーよに一心に愛される存在になりたいと、そう願った。
169 :モノクロアクアリウム :2013/03/17(日) 21:23
おわり
170 :神様、あと少しだけ :2013/04/20(土) 20:57
神様、あと少しだけ
171 :神様、あと少しだけ :2013/04/20(土) 20:58
さんさんと降り注ぐ陽光の下、真っ白なウェディングドレスをまとったみーよが
幸せそうな微笑を浮かべている。

その笑顔は、確かに私のものだったのに。

「永遠の愛……、ね。そんなものが本当にあったら、誰も苦労しないよ」

ぽつりと、誰にともなく呟く。

その呟きは、祝福の声にかき消される。
172 :神様、あと少しだけ :2013/04/20(土) 20:59
そんな時。

私の声が届くわけがないのに……みーよがこっちを見た気がした。

「っ……!」

まるで時間が止まってしまったかのよう。

そして、瞬く間に私の心はあの時間へと呼び戻される。

切なくも、幸福だったあの頃に。
173 :神様、あと少しだけ :2013/04/20(土) 20:59
...

「保田さん、こっちです」
みーよが扉の取っ手を引くと、重厚な音とともに視界が開けた。

そこはまるで別世界だった。

まず、鮮やかに煌めくステンドグラス、次に中央の神々しい祭壇が目に入る。

高い窓から差し込む日の光が、木の床に斑模様を描いていて、
なんだか水底にいるみたい。
174 :神様、あと少しだけ :2013/04/20(土) 21:00
「綺麗……」

みーよに連れて来られたのは、郊外にある古い教会だった。
普段は礼拝堂として使われているらしい。
だけど今は、他の人の姿は見当たらない。

「ここっていつも閑散としてるんですよね。
東京にいた頃は、気分転換によく来てました。
なんだか癒されませんか?」
「うん……そうだね……」
175 :神様、あと少しだけ :2013/04/20(土) 21:02
こんな幻想的な場所で、みーよは式を挙げる……。

色とりどりのステンドグラスを背にし、
純白のウェディングドレスを着たみーよはきっと綺麗だろう。

だけど、その隣にいるのは私じゃない……。

思わず俯くと、隣り合っていたみーよの手が、私の手を握りしめた。

「みーよ……?」

「……今まで、ずっと考えてた事があったんです。
どうして、女の子同士は結婚できないんだろうって。
なにも結婚が全てだとは思ってないし……
男と女だって、結婚したから幸せになれるとは限らないですけど」
「……?」

……何の意図があって、みーよは今そんな話をするんだろう。
だけど、みーよの真剣な表情は、その疑問さえすぐかき消してしまう。
176 :神様、あと少しだけ :2013/04/20(土) 21:03
「……理不尽ですよね」

確かに、そう思う事は何度もあった。

なぜ好きになった女の子と結婚できないの?

子供が作れないから?

多数派に属していないから?

一部の宗教が禁止してるから?


もしも神様が本当にいたとして、同性愛を排しているのだとしたら。
神様というものは、救いの存在なんかじゃなく……
私に苦痛を与える存在でしかない。
177 :神様、あと少しだけ :2013/04/20(土) 21:04
「……よくわかんないや。宗教的な問題のせいかな?」

どこか投げやりに答える私に、みーよが真摯な眼差しを向けた。

「保田さん。……知ってます? 
神様って、同性愛者だったって説もあるんですって」

「え……?」

「だから、こうする事は……
ここで私達を見ている神様だって、きっと許してくれる」

みーよはそう言って、一度だけ……最前列に鎮座する十字架へと目を遣った。
そしてその直後、顔を傾け、私に近付いて来る。

みーよの吐息を感じ、咄嗟に目を閉じた。

「……っ」

数秒にも満たないキス……。

それでも、唇には柔らかな熱がしっかりと残った。
178 :神様、あと少しだけ :2013/04/20(土) 21:05
「大好きでした。……いいえ、これからも大好きです。
……本当は、過去形にしなきゃダメなんでしょうけど」

震える指で、自分の唇をなぞる。

ずっと望んでたみーよとのキス。

それが……こんな形で……。
179 :神様、あと少しだけ :2013/04/20(土) 21:05
「保田さん……私ね。
初めて見た時から、あなたとお近づきになりたかったんです。
キャリアで人を判断せずに、私にも優しくしてくれて嬉しかった。
でも、その反面、あなたに近付く事に躊躇いもあったんです。
保田さんは、わけ隔てなく人に接する事ができる人だから。
私は、保田さんにとってその他大勢なんだって思い知るのが怖かったから」


……みーよ……。

今なら分かるよ。
時折、みーよが私をどこか寂しそうな目で見つめていた理由が。

180 :神様、あと少しだけ :2013/04/20(土) 21:06

「……私にとってみーよは、その他大勢なんかじゃないよ。
私は、今だって……こんなにもみーよでいっぱいだから」

もっと早く伝えられてたら、何かが変わってたのかな?


「みーよの事、好きだよ」

ああ。言ってしまった。自分の気持ちを認めてしまった。
今更、遅すぎるのに。

だけど……きっと私はもう、二度とこれほどまでに誰かを想う事なんてできない。

視線を床に落とし、唇を噛み締める。
181 :神様、あと少しだけ :2013/04/20(土) 21:07
その時……温かい手が、私の左手をそっと持ち上げる感覚があった。

「いたっ」

薬指に痛みを感じた次の瞬間には、みーよはもう私の手を離していた。

だけど薬指には、くっきりと歯形が残っている。

まぎれもなくみーよが私に刻んだものだ。

「……私にも、同じようにしていただけますか?」
「……」

私はおそるおそるみーよの手を取り、唇を開く。
そして薬指を咥え込み……覚悟を決めると、一気に歯を立てた。

みーよの息を呑む声が聞こえる。

ゆっくりと口からみーよの薬指を引き抜くと、うっすら血が滲んでいるのが見えた。

加減が分からなくて、みーよにケガをさせてしまったみたいだ。

「……嬉しい」

それでも、みーよは優しく笑ってくれる。

182 :神様、あと少しだけ :2013/04/20(土) 21:07
「……ごめんなさい、保田さん。わがままばかり言って。
私なんかじゃ保田さんを幸せにできないって解ってるのに……
最後の最後に、自分を抑えられなかった」

「みーよ……」

私は幸せになりたくてみーよを好きになったわけじゃないよ。
たとえ不幸せになってもいいから、みーよと一緒にいたいよ。

思わず叫び出してしまいそうになるのを懸命に堪える。
こんな事を言ったって、みーよを困らせるだけだから。
183 :神様、あと少しだけ :2013/04/20(土) 21:08

「この国では保田さんとは結婚できないけど……
保田さんを好きになった事は、許されない事でも何でもないと思うんです。
だから、言わせて下さい。私は保田さんが大好きです」

過去形でもなく、未来を約束する言葉でもない。
それは、今だけを見つめた言葉だった。

指輪も、ドレスも、誓いの言葉もない二人だけの秘密の儀式。

あの日神様の前でみーよと抱き合った事は、決して忘れない。
184 :神様、あと少しだけ :2013/04/20(土) 21:09
...

「うわあ、絵梨香キレーイ」
「おめでとうー!」

参列者に見守られる中、みーよと新郎が
ゆったりとした足取りで教会から出て来る。

もう、みーよはこの男のものだ。
185 :神様、あと少しだけ :2013/04/20(土) 21:10
目の前では、祝福の言葉と羨望の眼差し、淡い花びらが
ひっきりなしに飛び交っている。



情けない顔を見られたくなくて、私は手に持ったフラワーシャワーを散らした。

ふわりと花びらが舞い上がり、お互いの視界を遮ってくれる。

「大好きだったよ」

過去形にして言葉に乗せてみても、想いは簡単には消えてくれない。
でも、この恋は今日で最後にするから。
だから、あと少し。
あと少しだけ待って。
今だけは、みーよを想っていたいの。

神様に祈るように、私は何度も同じ言葉を繰り返していた。
186 :神様、あと少しだけ :2013/04/20(土) 21:11
終わりです

やすみよは永遠
187 :ゆめのはなし :2013/05/03(金) 07:49

はじめに思ったのは「まずい」ってことだった。
スマイレージは憂佳でもってる。それがわたしにとっての紛れもない事実だった。
憂佳がいなくなったらきっと憂佳のファンはほとんど残らない。
同情でわたしやあやちょに流れる人も僅かにはいるかもしれないけどきっと本当に僅かだ。
憂佳がいなくなる。スマイレージから。
どんなに努力しても手に入らないものを、天性の何かを憂佳は持ってた。
わたしが欲しくて欲しくてたまらなかったもの。たくさんの人が惹かれるもの。
それを持った憂佳が、いなくなる。

何てずるいんだろう。
188 :ゆめのはなし :2013/05/03(金) 07:51
そんな風に思ったのも今は昔で、憂佳が卒業してからもう一年と少し経つ。紆余曲折ありながらも何とか6人でやってきた。憂佳の穴は大きかった。みんなで一生懸命うめた紗季のぶんまで改めて圧し掛かったし、『初期メンバーが半分になった』って事実は耐え難かった。それでも半分は残ったから。あやちょがいたからここまでこれた。それはもちろん二期メンバーのおかげでもあって、つまり今わたしの隣でのほほんと笑ってるかななんも例外じゃない。福田さん何かものまねしてくださいよぉ、なんてせがむから適当に蛇口の真似をしておいた。それだけのことであまりにも楽しそうに笑ってくれるから、わたしも気分が良くなってものまね大会に突入する。げらげらと笑い声が響く楽屋の戸が開いた。がちゃり。「おはようございまーす」「前田さんおはようございますぅ」「おはよー」わたしもおざなりな挨拶を返したあと次のものまねのポーズに入る。「花音なにやってんの」「マイクスタンド」「…意味わかんない」わかんなくて結構、と思った瞬間にようやく違和感に気付く。あれ?どうして憂佳がいるんだろう。ついさっきまで憂佳のこと考えたりなんてしてたから呼び寄せちゃったのかな。なんて、あやちょを見ると普通に本を読んでる。むしろ誰ひとり違和感なんて感じていませんぐらいの空気で憂佳を含めた6人が過ごしてる。なにこれ。どっきり?どこかにカメラがあったり、そんなわけない。あったとして何の企画?ありえない。憂佳どうしているの。わたしが聞くと憂佳はなにそれひっどい、と顔を歪めた。その顔のほうがひどいよと思ったけど言わないでおく。もう一度あやちょを見るけど本に夢中で顔を上げる気配すら無い。これは本格的などっきりかもしれない。いや、むしろこれまでが壮大などっきりで、憂佳はずっとスマイレージだったのかも。なんだ、そうだったんだ。これでまた───
189 :ゆめのはなし :2013/05/03(金) 07:51

目が覚めた。
視界に映るのは紫の壁紙、わたしの部屋。
憂佳のいる楽屋は紛れもなく夢の世界だった。
わたしは少しだけ顔を上げて時間を確認してから、思いきり枕に頭を埋めた。
そんなわけ、ないじゃん。
きっと昨日のフィッティングでピンクの衣装なんて着たからだ。
少し思い出しただけ。深い意味なんて無い。
起き上がろうと意識は急かすけど、身体がだるくて言うことを聞かない。
胸の奥が渦を捲くみたいにぐるぐるする。
……そんなわけないのに。
190 :ゆめのはなし :2013/05/03(金) 07:53
写真集出るんだって。妙に明るい声で憂佳が言うから、だれのって聞き返した。かのんの。うそ。しらないの?そういえばそうだったかも。いいな、見せてよ。やーだ。見せてよー。しょうがないなあって溜息吐くふりして首を傾げた。憂佳の手が差し出されて、わたしはクマスポを渡した。ぺらぺらとページを捲る憂佳の指先が気になった。白くて、あやちょほどじゃないけど細い指。わたしのと取って替えたらどうだろう。少し大きくて似合わないかもしれない。身体ごと替えたらどうだろう。この顔に憂佳のきれいな身体はきっと合わない。なんだ、何もかもだめなんだ。腹が立って写真集を取り上げた。表紙で微笑む憂佳の可愛らしさが憎たらしくて投げ捨てた。憂佳は固まってる。ああわたし何てことしてしまったんだろうって泣きそうになってきて、投げ捨てた写真集を探すけどどこにも無い。いやだ。困る。これじゃ憂佳に謝れない。謝れない?何を謝る必要があるんだろう。どうしてだっけ。だって憂佳は怒ってない。ほら、わたしの手を握って、何か嬉しそうな顔して。「憂佳のこと好きでしょ?」「…ううん」「うそだぁ。だって、かのん────」
191 :ゆめのはなし :2013/05/03(金) 07:54

朝だった。
携帯のアラームがけたたましく鳴るのを慌てて止めた。
また憂佳の夢だ。2日連続なんて、気が滅入る。
べつに夢で会いたくないってわけじゃないけど、
どうしてこんなに、何ていうか、悲しくなるんだろう。
そういえば最後に憂佳と連絡とったのはいつだったかな。
確認しようとホームボタンを押して、やっぱり画面を落とす。
溜息が出そうになるのを抑えて、できるだけ静かに息を吐いた。
192 :ゆめのはなし :2013/05/03(金) 07:55
「憂佳ちゃん少し遅れるって。」あやちょに言われてわたしはん、と小さく頷いた。また憂佳だ。また?って何がだっけ。思い出せなくてもやもやしたまま先生の集合がかかる。きゅっきゅきゅっ、レッスンシューズと床の擦れる音が跳ねる。じゃあドットビキニから。はい!お願いします!全員で声を上げた瞬間照明が落ちる。薄暗いステージはやや狭い。いつの間にか憂佳がいて、あやちょもたけちゃんもめいめいもりなぷーもかななんもみんないて、なぜかりなぷーの髪が前みたいに伸びてる。ドットビキニか、久しぶりかも。憂佳踊れるのかな。イントロが始まる。スキちゃんだ。まっすぐに挙げた両手を叩く。横目で確認すると憂佳は完璧に踊ってる。くるくると回りながら縦一列に集まる。なんだ、憂佳踊れるんだ。いつの間に。もうすぐ次の好き純。次も憂佳は踊れるのかな。イントロと同時に身体が動く。まっすぐに伸ばした両手を胸の前で振りながらステップで移動する。これは夢見るだ。さっきと同じように憂佳もちゃんと踊ってる。確かにみんなと同じように。踊りながらわたしは何だか涙が出てきて止まらなくなった。次から次へと溢れてくる。だってドットビキニも好き純も流れない。もう、憂佳と新しい曲をやることは無いんだ。憂佳はもう覚えたかなとか踊れてるかなとか気にすることは二度と無いんだ。もう二度と。いつの間にか曲は止んでいてわたしは泣き崩れて床にへたった。悲しくて悲しくて声も出なくて、誰かに縋りつきたくて腕を伸ばした。掴んでくれたのは憂佳だった。
193 :ゆめのはなし :2013/05/03(金) 07:56

そこで夢から醒めた。
額を拭うとすごい汗で、背中もじっとりしてる。
ふぅぅ、と大きく深呼吸をしてから、目蓋の裏までじんわりときて、
夢の中みたいに泣きそうになる。
そんなこと、悲しくなんてなかったはずなのに。
堪えきれずに頬を伝った涙が髪の毛に滲んだ。
194 :ゆめのはなし :2013/05/03(金) 07:57

最近憂佳の夢ばっかり見るんだよね。
わたしが言うと紗季は意外そうにへぇ、と相槌を打った。
「いいなー、紗季しばらく会ってないし」
「や…夢だし。違うの、何かやな夢なの」
「どんな?」
どんなって。言葉に詰まって、
鮮やかなクリームを頬張る紗季を見つめる。
甘い誘惑に勝てないのは仕方ない。
でも夢に負けた気がするのは何だか悔しい。
「何かとにかく、やな夢で。もう見たくないんだけど」
どうしたらいいかな、って宙に浮かせるみたいに呟いたけど、紗季は即答した。
「憂佳に会えばいんじゃないの」
「…えー」
想定内のような、予想外のような答えが返ってきて思わず怯む。
それって絶対、夢に、憂佳に負けたようなものだもん。そんなの絶対やだ。
真っ赤なストローを摘んでカラカラと氷を泳がせる。
夢なんて全部わたし自身だって、わかってるから尚更。
キン、と金属の擦れる音。寝かせられたフォーク。
そろそろ時間、と紗季が言った。
195 :ゆめのはなし :2013/05/03(金) 07:58
ずいぶん静かなスタジオだった。見覚えのあるような無いようなスタジオで、新曲のMV撮影の真っ最中。モニターを見ながら順番を待つ。今はめいめいのリップシーン。迫るような表情に息を呑む。すごい。呟くと、うん、と横から憂佳の声が聞こえた。ああ、また夢か。夢なのにずいぶんはっきりしてる、憂佳の横顔を見つめた。視線に気付いた憂佳は半笑いでこっちを向いて、はい、と言って膝かけをわたしに分けた。それをたぐり寄せながらわたしは憂佳に、どうして夢に出てくるの、と訊ねた。どうしてって。憂佳は笑う。「夢だもん。花音が憂佳に会いたいんだよ」「ちがうよ」「いいんだよ。おいで」そう言って憂佳はわたしの腕をとった。隣に座ってるのにこれ以上どうやって近付くんだろう。とりあえず腕を掴む憂佳の手を解いて握った。ぎゅう、と掴むとぎゅう、と返される。もう一度ぎゅう、と力を入れるとまた返ってくる。繰り返しながら言葉を交わす。最近あったこと、何てことないくだらないこと。話は尽きない。憂佳はときどき相槌を入れたり話に乗ったり、ときどきつまらなそうにしたり。久しぶりのこの感じ。「憂佳」「なに?」わたしは繋がれた手元を見つめながらぽつりと零す。「また明日も来てくれる?」ほんの少しの間のあと、穏やかな笑いが含まれた声で、いいよ、と憂佳が答えた。
196 :ゆめのはなし :2013/05/03(金) 07:59
 
197 :ゆめのはなし :2013/05/03(金) 08:01
今日は久しぶりのテレビ収録。局に向かう移動車のなか、緊張からか二期メンバーは珍しくおとなしい。斜め前にはあやちょがひとりで座ってる。隣を見ると憂佳が死んだように寝てる。約束どおり出てきてくれても、寝てちゃ意味無いんだけどな。つまんなくてあやちょに声をかけようとしたら、肩をとんとんと叩かれた。振り返ると同時に頬に指がささった。「引っかかったー」憂佳がけらけらと笑う。「引っかかってあげたの」「へーーそう」指先が頬をつつく。なぜだか泣きそうになった。「憂佳寝ないでよ」「さみしい?」「つまんないから」「彩花ちゃんと替わろっか?」「憂佳が起きててよ」「しょうがないなー」「しょうがなくない」「うん。はい、じゃ何しよっか」そう言って憂佳はふわふわと笑いながら、背もたれに預けてた上半身を起こしてわたしの目線までやってきた。鼻のほくろが、いち、に、さん、し、ご。あれ、増えてる。もう一度数える。いち、に、さん、し、ご。やっぱり五つある。どうしよう、憂佳あんなに増えるの嫌がってたのに。もう一度数える。いち、に、さんし。「ね、かのん、なに?」黙ったまま鼻を見つめてるだけのわたしに、憂佳は恥ずかしそうに眉を歪める。「なんでもない」答えながら念押しでもう一度数えると四つだった。ああよかった。安心したら笑いが漏れて、憂佳はもっと眉を歪めて不安そうな顔をする。「なんだよー」「なんでもないよ」「…寝てやる」「やぁだ」憂佳はひざかけを肩まで上げて寝たふりをはじめる。「ねー」肩をゆすっても答えない。「ゆうか。」「……」「…さみしいよ」言い終わるのと同時くらいに憂佳が顔を上げた。ふ、と目を細めてやわらかく笑う。ああ、憂佳の顔だ。夢じゃなくて、いつもそうだった。わたしが甘えても、憂佳は決して拒んだりしなかった。普段怒らせてばかりいたわたしなのに、こんなときは必ず受け入れてくれた。いつもそうだったのに、なんでわたしは言えなかったんだろ。どうしてもっと言えなかったのかな。本当は、本当は―――。
198 :ゆめのはなし :2013/05/03(金) 08:02


ざわざわ、ざわざわと五感が麻痺しそうなほどの喧騒。
入り乱れる人波をすり抜けながら目的のホームへと足早に向かう。
「──んちゃん、見て見てー」
「んー?」
あやちょの声がして、同時に視界の端からにゅっと細長い腕が伸びる。
その指先が示すほうには壁一面に並べられた広告。
「あれ、ほらスマイレージみたい。青とー紫と黄色とー」
「あー」
「ね?ちょうど6色」
並べられた原色の円を目で追う。青と紫と、赤と緑と水色黄色。
「え、足りないじゃんピンクが」
「え?」
「憂佳のピンク…」
「花音ちゃん?」
急に肩を掴まれて、振り返るとあやちょがぎこちない笑顔でわたしを見てる。
肩を包むあやちょの手のはっきりとした感触。
あ、違う。これは現実なんだ。
「…ピンクと黄緑もあったらよかったなって」
「あー。そうだねー」
肩から落ちた手がわたしの手をきゅっと握った。
はぐれないようにって言うみたいにしっかりと掴まれる。
少し前を進んでくあやちょの斜め顔を見る。
残ってくれたこの人に、
同じ未来を選んでくれたあやちょに、心配かけちゃいけないと思った。
ごめんねって、伝わるように指先に祈った。
199 :ゆめのはなし :2013/05/03(金) 08:04
ざわざわ、ざわざわと五感が麻痺しそうなほどの喧騒。入り乱れる人波をすり抜けながら目的のホームへと足早に向かう。「花音ちゃん、見て見てー」「んー?」あやちょの声がして、同時に視界の端からにゅっと細長い腕が伸びる。その指先が示すほうには壁一面に並べられた広告。なんかこんな場面前にもあった気がする。「あれ、ほらスマイレージみたい。紫とーピンクとー、」「あー」「ね?ちょうど6色」並べられた原色の円を目で追う。紫とピンクと、赤と緑と水色黄色。「え、足りないじゃん青が」「え?」「あやちょの青…」「だって彩はもう卒業するから」「え?」振り向くとあやちょは泣きそうな、でも優しい笑顔でわたしを見てる。そっか。そうだった。あやちょはもうすぐ。いつの間にか喧騒は止んでわたし達は薄暗いステージの上にいた。「花音ちゃん、二期メンバーのことよろしくね」後ろを見ると二期メンバーが泣きながら並んで立ってる。横を見ると赤い目をした憂佳がまっすぐに立ってる。反対側にはフロアいっぱいの青いサイリウム。照明が思わせぶりにちかちかと切り替わる。こういうのは何度目だろう、何回あってもちっとも慣れない。あやちょの卒業。ずっと一緒にいたあやちょ。ふたりで色んなことを乗り越えてきた。これからもずっと一緒だと思ってた。そう言ってくれた。淋しさで胸が押し潰されそうになって、涙が溢れてくる。視界がぼやけて、慌ててあやちょを探すともう目の前にはいなくて、わたしは声を上げて泣いた。誰もいなくなったレッスン室でひとり、わたしは泣き続けた。ぼやけた視界に憂佳が現れた。よく見えないけど何だか悲しそうな顔をしていて、悲しそうな声で憂佳は言った。「…ゆうかのときは、そんなに泣いてくれなかったのに」悲しくて悲しくてわたしは叫んだ。「だって憂佳はずっといてくれなかったじゃん!!!」ぶつけるみたいに力の限り叫んだ。ぼんやりの中の憂佳は笑ってる。口の端は笑ってるのに泣きそうな顔してる。こんな顔は見たくなかった。「だって、」ちぎれそうな声を発して憂佳は唇を噛みしめる。やめて、その先は聞きたくない。「…かのんは、言ってくれなかった」
200 :ゆめのはなし :2013/05/03(金) 08:06

目が覚めるとまだ薄暗く、少しひんやりする。
見慣れない天井はホテルの部屋だ。
携帯で時間を確認するとあと3時間もある。
ひとりで早く目覚めるのはそれなりに淋しくて、
2人部屋だった頃はよく小さなことで憂佳を起こしたりしてたな。
それでも憂佳は怒ったりしないで、
お湯の沸かし方がわからないって言ったときも優しく教えてくれた。
201 :ゆめのはなし :2013/05/03(金) 08:07
本当は、憂佳がわたしを好きなのはよくわかってた。
でもどうしたらいいのかわからなかった。
ずっと憎らしくて、羨ましくて、そんな気持ちをそのままぶつけてた。
好きに好きを返すのは悔しかったから、
認めたくないことだらけでつらかったから。
なのに憂佳は、怒ったり笑ったりしながらぜんぶ受け止めてくれてた。
それがまたずるくて嫌だった。
いつだってわたしのほうが惨めだった。

だけど嬉しかった。

惨めで悔しくて、それでもわたしを好きでいてくれることが唯一の救いだった。
その唯一をもっと大事にすればよかった。もっと素直になればよかった。
こんなにも後悔するくらいなら。
憂佳がそこにいてくれることで安心できてたのに。
憂佳のいない未来なんて、想像できなかったのに。
202 :ゆめのはなし :2013/05/03(金) 08:08


吹きつける潮風がくすぐったくて、
目を細めると世界の輪郭が滲んで色だけになる。
真っ青な空にあやちょの肌色が映える。
こんな風にふたりで撮影するなんてのも、
憂佳がいたらきっと無かった。
だけど憂佳のいる未来なんて無くて、
それは憂佳の決めたこと。
憂佳はいつもそう。高校だって、知らないうちにひとりで決めてた。
大事なことはしっかり自分で決めるのが憂佳だった。
それは尊重するよ。でもわたしは、なんか置いてかれた気分だったよ。

203 :ゆめのはなし :2013/05/03(金) 08:10
レッスン室のドアは重い。中央部のガラスから部屋の中を覗くと、メンバーが揃ってるのが見えて急いでドアを開ける。おはようございます、とのんびりした挨拶が飛び交うから、少し気が抜けて荷物を放った。憂佳がいない。ああ、また夢と錯覚してるのかも。気をつけなくちゃ。トイレに行きたくてレッスン室を出る。なぜか目の前に憂佳がいた。何だやっぱり夢だったんだ。「おはよ」「おはよ」「早く入んなよ」「ううん。もう憂佳入れないから」「…なんで」「だって、もう辞めたから」「…そうだけど」でも、夢なのに。「花音こそ早く戻りなよ」「でも、」「ほら、はやく」「憂佳どうするの」「憂佳は見てるよ」「見てるの?」「うん。だめ?」「…だめだよ」思わず返したわたしの言葉に憂佳は笑いながら唇を噛みしめた。「そっか。じゃ帰るね」そう言ってすぐに振り返って行ってしまう。まって、と言ったはずなのに言葉が声にならない。まって、憂佳。まって。いくら叫んでも音にならない。憂佳の後ろ姿がどんどん小さくなってく。どうして届かないの。憂佳。憂佳。とうとう視界から憂佳の姿が消えて、わたしは絶望的な気分になった。同時に世界は真っ白になった。色も音も消えた。何も無くて、物音ひとつしない、どこからどこまでが世界なのか、自分の存在すら曖昧に思えてくる。突然、ふっとやわらかい空気を背中に感じる。憂佳だ。振り向くと憂佳は照れたように笑った。わたしは空間を歩いて憂佳の前に、ちょうどいい距離をはかり切れなくて、思ったより近くまで来てしまう。後ずさるのも違うけど、変な距離に落ち着かなくて憂佳の腕に触れた。「ゆうか。」「なに?かのん」「…うちがいてって言ったら、辞めるのやめたの?」あ、久しぶりにうちって言ったかも。憂佳の前だと出ちゃうの何でだろ。「ううん」憂佳は笑って首を振った。やっぱり、そうでしょ。「でも、憂佳は聞きたかったな」憂佳の手が頬に触れて涙を拭った。わたしいつの間に泣いてたんだろ。「…今からじゃ遅い?」「遅くないよ」「遅いよ。だって憂佳は夢だもん。うちが思ってるだけだもん」零れてく涙を、ひと筋ひと筋、憂佳の指先が拾ってく。「夢じゃないよ」わたしの好きな声。あまくて空気に溶けるみたいな。「確かめてみてよ」憂佳の両腕が少し開いて、わたしはそこに身を預ける。憂佳の感触。悔しいけど安心するんだ。それは確かに、わたしの唯一の感触だった。
204 :ゆめのはなし :2013/05/03(金) 08:12

夢じゃないよ。
憂佳の言葉が耳の奥に残って、身体を包む感触も消えない。
わたしは寝返りも打たずにもう一度まぶたを閉じた。
じんわりと残る憂佳の感触、だんだんそれだけになっていく。あーあ、と憂佳が呟いた。やだなあ、かのん、もう夢に見てくれなくなるんでしょ。うん、でもゆうかだから。なにそれ。憂佳の笑うのが伝わってくる。肩に息がかかる。くすぐったくて腕を解こうとしたら、まって、と強めに抱きしめられた。夢でいいから言ってよ。…なにを。わかるでしょ?耳元ではっきりと言うから、逃げられなくなる。顔を上げると泣きそうな憂佳の顔があって、わたしは、すきだよ、って小さく呟いてから恥ずかしくて笑った。憂佳も笑った。
ふ、と抱きしめられてる感触が薄くなる。
最後にそんなこと言わせるなんて、やっぱり憂佳はずるい。

205 :ゆめのはなし :2013/05/03(金) 08:13


「かのーん」
真っ白な腕を仰いで憂佳がわたしを呼ぶ。
久しぶりに会う憂佳は、髪のかんじもメイクもにおいも、少し変わってて。
夢の中では毎日会ってたのに変な感じ。
「久しぶりだね」
「だねー」
「真野ちゃんの卒コン来ないんだもん花音」
「あーそっかぁ、憂佳来るって言ってたね」
「行ったよー。忘れんなばか」
そう言いながら憂佳はずいぶん嬉しそう。
こういう顔ぜんぶ、わたしのこと好きだからなんだなあって、
受け入れると少し恥ずかしい。
恥ずかしいけどたまには素直になろうかな。
わたしは歩き出す憂佳の手をとって握った。
ふ、と小さく憂佳が笑う。
わたしは何から話そうか頭を巡らせる。
「なんか花音楽しそうだね」
「うん。憂佳に会えたから」
「うそだあ」
憂佳は眉を顰めて、数秒黙ってからわたしに向いて、
「ほんとに?」
「さあどうでしょう」
試すみたいにわたしが笑うと、憂佳は目を細めて考えるふりをする。
でも答えは待たない。まだ恥ずかしいから。
だけど繋いだ手をきゅうっと握ってみた。
握り返す憂佳の手はやさしい強さで、
顔を見ると穏やかな笑顔で、
やっぱり、憂佳はずるいなって思った。
それでも好きだよなんて、言いたくはない内緒の話。
206 :ゆめのはなし :2013/05/03(金) 08:14
終わりです。
207 :名無飼育さん :2013/05/04(土) 01:30
やさしいおはなしですね
208 :アクアマリンの糸路 :2013/05/22(水) 01:00
「アクアマリンの糸路」

れなまりんです
209 :アクアマリンの糸路 :2013/05/22(水) 01:01
「たなさたーん!!」
「佐藤、わかった、わかったって!」

武道館コンサートの打ち上げパーティー。
モーニング娘。の皆さんや、スタッフの方々は、
料理に舌鼓を打ったり、話に花を咲かせたり、思い思いの時を過ごしている。

そんな華やかな空間の中心で、今夜の主役は困ったように微笑んでいた。
佐藤さんが決して離れまいと、田中さんの腰にしがみつき、頬を擦り寄せているのだ。


それを私は少し離れた位置から、遠巻きに眺める。

後輩の方と一緒にいる田中さんを見るのは好きだ。
田中さんの素に近い心が垣間見えるから。
そして微笑ましくもあり、誇らしい気持ちになれる。
私の敬愛する人は、こんなにも慕われているんだと。

でも……この光景も、見納め。
210 :アクアマリンの糸路 :2013/05/22(水) 01:02
ふと、田中さんと目が合った。

「っ」

思わず、身を竦ませてしまう。
……挙動不審に見られていないだろうか。
田中さんの瞳に自分の姿が映される度、条件反射のように身構えてしまう。

田中さんに対して苦手意識を持っているからではない。
私の存在が、田中さんの領域を荒らしてしまうのではと、
一種の危惧感を感じてしまうからだ。

そんな思いを、田中さんが知る由もない。

彼女は私から視線を外さず、そのまま歩み寄ってくる。
……背後に佐藤さんをべったり貼りつかせたまま。
211 :アクアマリンの糸路 :2013/05/22(水) 01:03
「茉凛、ちょーよか? れいなに付き合って欲しいっちゃ」

要約すると、私に用があるから少し時間を割けるか、という事なのだろう。
博多弁は難解だ。
しかし奥が深いとも思う。
その独特なイントネーションには、癒しの効果も含まれている気がする。

「……? はい、私でよろしければ」

「かたーい。くらーい」
「こらっ佐藤!」

あまりに正直な言葉を私に投げかける佐藤さん。
田中さんは、そんな佐藤さんを慌てて嗜める。
……笑顔を形作ったつもりだったけれど、やはり無愛想だっただろうか。
このローテンションは元からなので、いきなり改善しろと言われても
対処に困るのだが。
212 :アクアマリンの糸路 :2013/05/22(水) 01:03
思案に耽っていると、田中さんがいきなり私の手を掴んだ。

「えっ……あの」
「はあ。とにかく、いったんここから離れるけんね。
ゆっくり茉凛と話もできんばい」

いつになく強引な田中さんに面喰らう。
そこまでして私と話したい内容とは一体何なのだろうか。
私が考察している間も、彼女は“すぐ戻るから”と
佐藤さん達に告げ、出入り口の扉へと足先を向けた。
213 :アクアマリンの糸路 :2013/05/22(水) 01:04
そのまま田中さんに手を引かれ、店の外に出る。

外気が私達を包むと同時に、繋がれていた手はほどけた。
六月を目前にして、更なる上昇を続けていた気温。
しかし日中とは異なり、今は涼やかな風が吹き込んできてくれる。

「……」

田中さんは火照った体を冷ますように、目を閉じて夜風に当たっている。
その姿はまさしく気ままな猫。
月明かりに照らし出された淡い色の髪は、飼い猫の柔らかな毛並みを
彷彿とさせて、思わず手を伸ばして触れたくなった。

自分の中に生まれた小さな衝動に従ってみたい。でも……

私はかぶりを振り、伸ばしかけた腕を下ろす。
それがとても無粋な事に思えてしまったから。
214 :アクアマリンの糸路 :2013/05/22(水) 01:05
その時……
まるでタイミングを計ったのかのように、田中さんが口を開いた。

「……本当に、終わったんやね。
もうモーニング娘。じゃないなんて、実感湧かんばい……」

田中さんの瞳は瞼に覆われて、感情を読み取る事ができない。
彼女は今、何を思っているのだろうか。
じわじわと得体の知れない何かが背筋を這い上がってくる。
この心苦しい感情を、何と表現していいのか分からない。
ダメだ……もう抑えられない。
215 :アクアマリンの糸路 :2013/05/22(水) 01:06
「……すみません」
「は?」

田中さんが驚いたように瞼を開き、こちらへと振り返る。
言葉の意味が理解できないとでも言いたげに。
それでも口に出さずにはいられなかった。

「だって……モーニング娘。の田中さんは本当に輝いているのに……
なんだか、結果的に私達が田中さんの大切な場所を奪ってしまったみたいで……」

「それ以上言ったら怒るけんね」
「っ……!?」

固い声色に、思わず息を詰める。
いつの間にか、猫のような瞳が真っ直ぐに私を射抜いていた。

「娘。じゃなくなっても、れいなはれいなやけん。
むしろこれからもっと輝く為に、茉凛達と頑張っていくって決めたっちゃ。
茉凛には、これからのれいなを見て欲しか」
216 :アクアマリンの糸路 :2013/05/22(水) 01:07
田中さんの言う事はもっともだった。
ただ、私自身が勝手に罪の意識を感じて思い煩っていただけ。
だけど一人でそれを抱え続ける事が辛くて、田中さんにまで押し付けようとしていた。
贖罪の言葉は、同時に田中さんを侮辱する刃となった。
申し訳なくて、情けなくて、視界が滲みそうになる。

「……すみませんでした。さっきの発言、取り消させて下さい」
瞳を伏せ、頭を下げる。
謝ったからといって、さっきの発言を無かった事にはできない。
許してもらえなくても仕方がない……
覚悟を決めた時、田中さんの不可思議な言葉が降ってきた。
217 :アクアマリンの糸路 :2013/05/22(水) 01:08
「茉凛、もうちょっと屈んで」
「……え?」
「茉凛の方がおっきいやろ。ほら、早く」
「は、はい」

彼女の意図が見えず、正直戸惑ってしまう。
しかし田中さんの言う事には、素直に従うほかない。
怪訝に思いながらも、私は更に身を屈めた。

「こ、これでよろしいですか?」

上目で、おそるおそる訊ねる。
その直後の事だった。

ふわり。
何かが頭上を覆った。

「……田中、さん?」

白く小さな手が、私の頭に添えられていた。
そしてどこかぎこちない手つきで、そろそろと髪を撫でていく。
それだけで、鼓動が早鐘を打つ。
218 :アクアマリンの糸路 :2013/05/22(水) 01:09
「茉凛」

名前を呼ばれ、肩がびくりと跳ねる。
そんな私の様子に、田中さんが悲しげに視線を落とした。

「茉凛は……そんなにれいなが怖いと?」
「なっ……! ち、違います!」

予期しなかった言葉が続き、思わず声が上擦る。

私の無神経な態度が、田中さんを傷付けてしまった?

「じゃあ、れいなが苦手とか?」
「そんなわけありませんっ田中さんと同じ時間を過ごすごとに、
田中さんをどんどん好きになっていく自分がいます。
ただ、恐れ多くて……」
「そっか……安心した」
「?」
「茉凛は、れいなに怯えとったわけじゃないっちゃね」

怯えるだとか、嫌いだとか……
田中さんの口から飛び出す言葉は、ネガティブな印象を受けるもの
ばかりで、少し意外に思った。

「そんなわけないじゃないですか……何故そう思ったのですか?」
「……うん、れいなも気にし過ぎって分かっとーけど……
ちょっと、過去のトラウマが関係しとーかも」

トラウマ……一体何があったのだろう。
個人の繊細な問題に私が踏み込んでもいいものだろうか。
そんな迷いを抱くより先に、田中さんは次の言葉を継いでいた。
219 :アクアマリンの糸路 :2013/05/22(水) 01:10
「昔のれいなは卑屈で、いっつも先輩の顔色ばっかし窺って
ビクビクしとった。本当、そんな自分が大っ嫌いやったけん。
だから、れいなは後輩を怯えさせるような先輩になりたくない。
もし茉凛に怖がられとったらって思ったら、いてもたってもいられんくて……」
「田中さん……」

……田中さんは、私の想像以上に険しい道を突き進んで来たのだ。
これまで私は、一方的に田中さんを慕い尊敬の眼差しを送ってきた。
けれどこの瞬間、強く思った事があった。
田中さんの背中を追いかけるのではなく、田中さんを
隣で支えられるような存在になりたいと。
そんな自分になれるのは、きっとまだ先の話だろうけど。
220 :アクアマリンの糸路 :2013/05/22(水) 01:11
「もっかいだけ確認させて。れいなの事、好きなんやろ?」
「はい。大好きです」

照れくさかったけれど、今度ははっきりと言葉に乗せる事ができた。

不思議だ。
一度認めてしまうと、今までの葛藤や迷い、遠慮が霞んでいく。
田中さんの為なら、羞恥だっていくらでも捨てられる気がする。
精一杯の気持ちを込めて微笑むと、田中さんも嬉しそうに笑ってくれた。
初めて彼女と会った時は、こんな柔らかな表情を見せてくれるとは想像もしなかった。

「ご卒業、おめでとうございます。
こんな私ですが、これからもよろしくお願い致します」
「ふふ……やーっと茉凛の口からその言葉が聞けたばい」

この日を私は決して忘れない。
歌手と奏者でも、先輩と後輩でもなく。
生身の人間として、初めて彼女の心に触れられた瞬間だった。
221 :アクアマリンの糸路 :2013/05/22(水) 01:12
...

灯りの落ちた自室。

目を閉じても、今日のコンサートの光景が鮮明に蘇ってくる。
今も私の目に焼き付いているのは、限りなく美しい色彩。
見渡す限りの蒼いサイリウム。
それは田中さんのメンバーカラーだ。
一切の温もりを廃した気高い色。

最初こそ、それに圧倒され委縮した。
異質の存在である私ごと飲み込もうとしているかのような気さえして。
しかしそれは間違いだった。
今にして思えば……
波のような歓声と相まって、まるで海の底でふわふわ
漂っているかのような心地良さがあった。
田中さん、モーニング娘。の方色々だけでなく、私達も
丸ごと包んでくれる優しさがあった。
あの満たされた時間を、また田中さんと築き上げていきたい。
222 :アクアマリンの糸路 :2013/05/22(水) 01:13
至らない所は多々あって……こんな未熟な自分が、
田中さんと同じステージに立っていいものかと思い悩む事は未だにある。
田中さんの伸びのある声は、天高くまで届きそうで……
小柄な体躯ながらも貫禄を感じさせる。
奏者と歌手……立ち位置は全くの別物。
キャリアも歴然とした差がある。
昨日今日で縮められるような単純なものでない事は私にも理解できる。

それでも、願う。
いつかは彼女に追いつきたいと。

本当は……“いつか”なんて、悠長な事を言っていられる時間も
残されていないのかもしれない。
それを踏まえた上で、自分のペースで進んでいきたい。
そして、そっと田中さんに寄り添い支えられる人間になりたいと思った。
223 :アクアマリンの糸路 :2013/05/22(水) 01:13
...

今日は本当にお疲れ様でした。
田中さんがいてくれるから、私は前を向いて歩いていけるのです。
今後も精進したいと思います。
ゆっくり体を休めて下さいね。
それでは、失礼致します。
宮澤

...
224 :アクアマリンの糸路 :2013/05/22(水) 01:15
「……送ってしまった」

送信完了の文字を確認すると、途端に私は気恥かしくなり
布団に潜り込んだ。
けれど、全て嘘偽りのない私の想いだ。

明日も田中さん、メンバーの皆に会える。
それだけで温かな気持ちが全身を支配する。
これからも自分の中にある理念を大切にしたい。

20歳を迎えたばかりの身。
まだまだひよっこだ。
一丁前に夢や希望を語ったところで、青臭いと笑われるだけかもしれない。
それでもジャンルという概念に捕らわれず、私達の音楽というものを、
たくさんの人に受け入れてもらえたら幸いだと思う。
自己の主張ばかりでなく、支持していただいているという責任を感じつつ、
少しでも長く活動を続けていけたらいい。
225 :アクアマリンの糸路 :2013/05/22(水) 01:16
田中さんは私にとって道標のような存在だった。
彼女がいてくれるから、未来を信じられるのだと。
蒼い糸路は、きっとこれからも続いていくのだと。

でも……いつかはその路を、田中さんと肩を並べて歩いていきたい。
頼るばかりじゃなくて、守りたいと心から願うから。

「おやすみなさい」

田中さんに出逢えた喜び。
そして同じ時を見つめ合える幸せを抱きしめ、私は目を閉じた。
226 :アクアマリンの糸路 :2013/05/22(水) 01:16
おわり

れいな卒業おめでとう
227 :おぼれる深海魚 :2013/06/04(火) 01:35
「おぼれる深海魚」
うおまりんです
228 :おぼれる深海魚 :2013/06/04(火) 01:37
「海だーーーー!!」

姉さんは両腕を広げ、太陽の光を一身に受けるポーズを取る。
そのどこか芝居がかったオーバーリアクションも、
姉さんだから様になっている気がする。

しかし私はというと、それどころではない。

「……いいね……姉さんはいつも楽しそうで」
「相変わらず茉凛はテンションひっくい子だね。
数日ぶりの外なんでしょ? もっと開放的になってもいいのに」
「でも……日差し……苦手」
日焼け止めを塗って日傘を差し、更には黒いカーディガンを
すっぽりと頭から被り、完全防備してるものの……
ジリジリと照り付ける日差しは容赦がない。
きっとこうしている今も、にっくき紫外線が私の肌を苛んでいるに違いない。
229 :おぼれる深海魚 :2013/06/04(火) 01:39
「暑い……」
じっとしていてもみるみる体温が上昇していく。

「それにしても……何故に海なんて選択を……海開きもまだなのに」
「そりゃまだ泳げないけど、たまには自然と触れ合うのもいいじゃん。
それに、まりんっていかにも海っぽい名前だし、相性いいと思ったんだけどなー。
名は体を表すって言わないっけ?」
「私の名前は別に海が由来っていうわけじゃ……
茉莉花の茉に凛々しいの凛で……うっ」

不意に空を仰いでしまったものだから、ギラリとした太陽光に
瞼を射抜かれ、強い目眩がした。
それに、喋ると余計に口の中が渇く。
230 :おぼれる深海魚 :2013/06/04(火) 01:40
「……姉さん、喉渇いた……み、みず……おみず……」
一刻でも早く水分補給をしないと干からびてしまう。

「あーはいはいお姫様」
息も絶え絶えの私に、姉さんはしょうがないなと
ペットボトルのミネラルウォーターを差し出してくれた。

「ついでにちょっと焼きそばでも買ってくるわ。
やっぱ海といったら焼きそばでしょ。そこでおとなしく待っててよ!」

姉さんはその言葉を残し、足早に海の家へと向かっていった。
231 :おぼれる深海魚 :2013/06/04(火) 01:40
...

「……ふぅ」

水分を摂ってひと息つくと、言いようのない不安に襲われる。

姉さんは常に笑顔を絶やさない人。
私とは対照的な、光に満ちた存在。
こんな私といて楽しいのだろうか。
どうして貴重な休みに、私と過ごす事を選んでくれたのだろう。

一人になると、こうして思案に耽る自分がいる。
何事につけてもあれこれ思い煩ってしまうのは、私の悪い癖だ。
232 :おぼれる深海魚 :2013/06/04(火) 01:42
...

「なあなあ、あんた」
「え……」

振り返ると、そこには軽薄そうな身なりをした男性が二人。
嫌な予感がした。

「私に……何か御用ですか?」
「俺らと一緒に遊ばね? すぐそこにいい穴場スポットがあんだよ。
ちょうど人も来ねえし……な?」
「ギャハハハ」

彼らの卑下た笑いがたまらなく不快だった。

人を第一印象だけで判断するだなんて良くない事。
それでも、こみ上げる生理的な嫌悪感を無視する事はできない。
233 :おぼれる深海魚 :2013/06/04(火) 01:43
「こ、困ります……連れもいますし……」
「別にいいだろ、一人でつまんなそうにしてたじゃん。
あんたみたいな可愛い子ほっとくヤツなんて無視して向こうに行こうぜ」

眉にピアスをした方の男性が、私の肩に手を置く。
一瞬にして全身が総毛立った。

「や、いや……姉さん……っ」

視線を彷徨わせても、姉さんの姿を捉える事ができない。
姉さん、どこ……?
嫌だ。怖い……!!
234 :おぼれる深海魚 :2013/06/04(火) 01:45
「私っ……私行けません!」

必死の思いで口に出した直後、男性の舌打ちが聞こえた。

「なんだよ。せっかく声かけてやったのにお高くとまってんじゃねーよ!
何様なんだっつーの」
「っ……」

その言葉が耳に届いた瞬間、封じ込めていたはずの扉が容易くこじ開けられる。

過去の記憶が溢れ出す。
男性の言葉は、かつての私を評した言葉達と共通するものがあった。

ああ。既視感と、重なる……。

“ちょっと綺麗な顔してるからって絶対調子乗ってるよね”
“あの子何様?”
“宮澤さんってさぁ、意外とつまんないんだね。
こっちも扱いに困るっていうか”

235 :おぼれる深海魚 :2013/06/04(火) 01:46
「ーっ!」

気付けば、私の足は海へと向かって駆け出していた。
一刻も早くここから立ち去りたかった。
誰の目にも触れられない場所へと行きたかった。

やっぱり外は怖い。
外の世界に一歩出れば、そこは偽りと悪意にまみれた場所。

最初こそ、皆は私の見かけを褒めて近寄って来る。
だけど最後に私に向けられるものは、
耳を塞ぎたくなるような心無い言葉ばかり。

……こんなの、どうって事ない。慣れていたはずなのに。
なのに……どうして私は……。
236 :おぼれる深海魚 :2013/06/04(火) 01:47
...

今は何も見たくない。
だから私は水に溶け、水になる。

この耳に聞こえるのは、無限の波音だけ。
雑音は全て消し去ってくれる。

全てを洗い流したい。
まるで禊みたいに。
237 :おぼれる深海魚 :2013/06/04(火) 01:48
強い日差しに照らし出された海が、まばゆい輝きを放つ。
身じろぎする度に、海面は波紋を広げていく。
両手で海水を掬うと、さらりと腕にかけて流れ落ちていく。
足首を浸す海水の冷たさも、雫が肌を滑る感触も全てが鮮明に感じられた。

前へ進む度に、服が水分を吸って重みを増すのが分かる。
いっそこのまま全てを濡らしてしまおうかとも思っていた。

水没したワンピースの裾が、海中で大輪の花のように広がる。

身軽になりたかった。
この浮力に支えてもらいたかった。
でも、少しもこの心は軽くならない。

熱は水の中に溶かされ、いよいよ肌の温もりは
水温と変わらないものとなっていた。
冷たい。
温もりが断たれただけで、こんなにも心細い気持ちになるなんて……。
238 :おぼれる深海魚 :2013/06/04(火) 01:49
...

「茉凛!! あんた何やってんの!?」
「っねえさ……!?」

鋭い声に我に返る。

見れば、血相を変えた姉さんが強い力で私の腕を掴んでいた。

彼女もまた私と同様に、腰まで海水に浸かっていた。
気付かないうちに、随分と深い場所まで来ていたようだ。

「ほら、早く上がるよ」
そしてそのまま私の手を引いて、有無を言わさずに波打ち際へと向かっていった。
239 :おぼれる深海魚 :2013/06/04(火) 01:52
...

私を岸辺へと引っ張り上げると、姉さんは盛大なため息をついた。

「ああもうっ心臓止まるかと思った!
チャラいヤロー共に囲まれてると思ったら、いきなり
海に飛び込んでくしさ……」

姉さんの言葉を引き金に、先刻の光景が蘇る。

……怖かった。
もしもあの場にいたのが正真正銘私一人だったとしたら、
一体どうなっていただろう。
肩に触れられた時の、おぞましい感触が蘇ってカチカチと歯が鳴った。

「……ごめ……ごめんなさい……私、また姉さんに迷惑をかけてしまった……」
「茉凛……」

そんな私を、姉さんは痛ましい表情で見ている。
それでも、その瞳に非難めいた色は無かった。

「茉凛、別に責めてるわけじゃないから……
よっぽど怖い思いしたんだね」
240 :おぼれる深海魚 :2013/06/04(火) 01:53
姉さんの手が、そっと私の頭を撫でてくれる。
その触れ方があまりに優しいから、じわりと視界が滲んだ。

「こっちこそごめん。もっと早く助けに行けば良かったね。
こんだけ美人だし、男のあしらい方くらい心得てるかと勝手に思ってた……」
「……」

……本当の私を理解して欲しいと思う事自体が間違っているのだろうか。

綺麗。
聡明。
才色兼備。

勿体ない言葉で持て囃される事もあった。
けれども、実際の私はそこまで大層な人間じゃない。
どれも私からかけ離れた言葉だ。
そんな言葉少しも望んでなんかいないのに。
241 :おぼれる深海魚 :2013/06/04(火) 01:54
「……私は……皆が思ってるほど器用じゃない……」
「うん。そうだよね。茉凛ってホント危なっかしい。目が離せないじゃん」

姉さんのこの言葉に、私はどこか救われた心地がした。

ずっとずっと欲しかった。
本当の私を見てくれる人。

信じていいのだろうか。
このひび割れた心を見せてもいいのだろうか。
もしも受け入れてもらえたとしても……
いずれ二人から一人になる欠落感に、耐える事ができるのだろうか。

ぐるぐるとマイナス因子が頭を駆け巡る。
それでも……抑えられない。
242 :おぼれる深海魚 :2013/06/04(火) 01:55
「私……私も、姉さんがいないと……」
倒れ込むように、この身を姉さんの胸に預けた。
「姉さんがいないと……何もできない……」

この涙は何の涙なのか分からない。
しかし自分の意思で止める事などできなかった。

「よしよし……怖かったね」
私は子供のように姉さんにしがみつき、胸に頬を押し付ける。
「今後できるだけ茉凛から離れないようにする。
もし外に出かけたくなったら、いつでも私を呼んでいいから」
「姉さん……っ」

……私はやはり浅ましい。
こうして弱い部分を晒し、更に彼女の気を引こうとする。
タガが外れてしまったのだろうか。
甘えたいという気持ちがどんどん膨れ上がっていく。
243 :おぼれる深海魚 :2013/06/04(火) 01:57
この荒ぶる感情は、どうして少しも鎮まってくれないのだろう。
空虚なこの心は、欠けた破片を求めるように、満たされる事を望んでいる。
孤独は絶えず波のように押し寄せ、私はそれに浚われないように
立っているのが精一杯。
自分の描く夢の片鱗さえ見い出せたなら、私は前を向いて
地に足をつけて歩いて行けると思っていた。
けれどそれは間違いだった。

一人では何もできない。
姉さん達がいないと、何一つ。
私から音楽を取れば……
不安定で、他力本願で、どうしようもない人間でしかない。
私一人じゃ夢さえ見られない。
244 :おぼれる深海魚 :2013/06/04(火) 02:00
「姉さん……私を一人にしないで……」
「当たり前じゃん。だからもう安心していいよ」

私の言葉の意味を、姉さんはきっと理解していない。
それでもなお、心の中で問いかけてしまう。

こんな私でも、これからも側にいてくれますか?
私を見捨てないでいてくれますか?
たとえあなたまで、深く昏い心の海に引き摺り込んでしまう事になっても。

あなたの温もりに触れてしまった今、きっと私はもう戻れない。
245 :おぼれる深海魚 :2013/06/04(火) 02:01
おわり
246 :朽ち果てぬ花 :2013/06/14(金) 21:32
「朽ち果てぬ花」
247 :朽ち果てぬ花 :2013/06/14(金) 21:33
ミュージックフェスタの空き時間。

今楽屋に残っとるのは、れいなと茉凛の二人だけ。
ちなみに姉さんとおかまりは、あさひちゃんのところに遊びに行った。
茉凛はというと、こっちに背を向けて、正座の状態を維持したまま
ギターのチューニングに没頭中。

でも、れいなは特にする事がない。

ありていに言えば暇。
ものすごい暇。

本番までには、まだ膨大な空き時間があって、暇を潰すにも一苦労。
ゲームアプリにも飽きると、今度は持参したファッション雑誌を開く。
パラパラと流し読みする程度やったのに、あるページに差しかかると、
自然と手が止まった。
248 :朽ち果てぬ花 :2013/06/14(金) 21:34
「お、このモデルちょっと茉凛っぽいやん」

開いたページには、頭身が高く目鼻立ちがはっきりした髪の長い子が。
ロングジレをさらりと羽織って、美人オーラをこれでもかとまき散らしとる。

「……でも、茉凛の方が断然綺麗っちゃね」

意識せずに口にした事に気付いて、慌てて周囲を見回す。

今の、誰にも聞かれてないっちゃね?

こっそり茉凛の様子を窺うと……
特にこれといった変化は見られんかった。

良かった……幸いにも茉凛の耳には届かんかったみたい。
独り言を聞かれる事ほど恥ずかしいもんはないけんね。
249 :朽ち果てぬ花 :2013/06/14(金) 21:38
でも……茉凛は文句なしに美人。
それは絶対に変わらん事実やと思う。

実際、予備知識なしに茉凛を見た人は、モデルと勘違いする事もある。
茉凛と連れ立って歩くと、すれ違う人の中には
振り返って茉凛を見る人もおるくらい。

ただし、茉凛はモデルやなくて、れいなと同じグループの仲間。
でも、その事に実感が湧かん時もある。
れいなの方が年上で芸歴も長いのに、未だに
茉凛相手にどぎまぎする時がある。
本当にこんな魅力的な子がれいなと一緒にバンド活動しよるんやって。

ある意味れいなは、ラベンダーのオーディションの時から
茉凛のファンやったけん。
茉凛を一目見た瞬間から、ずっと「落ちんとって」って願いよった。
それが……ちゃんと最後まで残ってくれて、晴れて同じメンバーやけんね。

今思えば、本当に奇跡に近いっちゃ。
250 :朽ち果てぬ花 :2013/06/14(金) 21:38
こんな事を考えたら、急に部屋の隅にいる
茉凛の存在を意識し始めてしまう。

……でも、雑誌よりも茉凛を眺めた方が有意義かもしれん。
目の保養にもなるし。

そう思ってファッション雑誌を閉じ、もう一度茉凛を見やった。
251 :朽ち果てぬ花 :2013/06/14(金) 21:39
...

相変わらず茉凛はギターを鳴らしつつ、ペグを調整しよる。
楽器の事はよう分からんけど……結構手間がかかるもんっちゃね。

「……茉凛?」

ためしに小声で名前を呼んでみる。

聞こえんのか、よっぽど集中しとるせいなんか返事はナシ。
けど、ギターと真剣に向かい合う茉凛には、神々しささえ感じる。

茉凛はいつでもどこでもピシッとして、足を崩す素振りさえ見せん。

……この子は本当にお行儀のいいことで。

半ば感心、半ば呆れながら茉凛の後ろ姿を見守る。
252 :朽ち果てぬ花 :2013/06/14(金) 21:40
...

「……」

真っ直ぐにピンと伸びた背筋。
植物みたいにしなやかなそのラインを見たら、
ちょっと悪戯心がくすぐられた。

抜き足差し足忍び足……っと。
音も無く近寄り、人差し指で茉凛の背骨を
服の上からつーっとなぞる。

「……」

あら?
これでも無反応?

てっきり、普段聞けんような茉凛の悲鳴が上がると思ったのに。

れいなの目論見が不発に終わったかと思いきや。
253 :朽ち果てぬ花 :2013/06/14(金) 21:41
「……び、びっくりした……」

茉凛はおそるおそる、と振り返ってれいなを見つめる。

……ワンテンポ遅れとるばい、この子。

「た……田中さん、何か御用でしたか?」

鈍いというか、天然……。
れいなが悪戯を仕掛けた事にも気付いてないらしい。
引くに引けんくて、苦し紛れに話を繋げる。

「あー、いや、用ってほどでもないっちゃけど……あ、足、痺れんと?
別にれいなしかおらんし、楽にしてもよか」
「お気遣いありがとうございます。
でもこっちの方が慣れてますから。
……姿勢だけはちゃんとしなさいと、幼少の頃からずっと
両親に言われてきたので」

かっちりしたご両親なんやろうなぁ。
だからこういう品格のある子に育ったんやね。
254 :朽ち果てぬ花 :2013/06/14(金) 21:42
「……なんか、茉凛のシャンとした背中見よったら、
ちょっともたれてみたくなる。気持ち良さそうやもん」
「そ、そうですか? ……あ、でも……実家の飼い猫が
よく背中や膝に乗ってくっついてきますね」

もしかして、れいなの感性って猫と同レベ?
まあそれは置いといて。

「にゃんこかぁ。会いたいやろ?」
「そうですね……会いたい……ですね。すごく」

ふっと遠くに目をやった茉凛。

そっか……全国回るのに忙しくて、実家に帰る暇なんて無いけんね。
寂しいやろな。

その憂いのある表情は、れいなを見惚れさせるのに十分やった。

「……? どうかされました?」

視線を元の位置に戻し、不思議そうにれいなの顔を見る茉凛。
途端に気恥かしくなる。
255 :朽ち果てぬ花 :2013/06/14(金) 21:43
「えいっ」

誤魔化すように、真っ直ぐに伸びた茉凛の背中へ、
思い切って顔をくっつけた。
茉凛の長い髪がサラサラと流れて、れいなの頬を撫でる。

「っ!? 田中、さん?」

表情は見えんけど、茉凛は明らかに動揺しとるみたい。
それを察しつつも、あえて額を茉凛の背中に埋め込む。

「……ちょっと茉凛の飼っとる猫の真似してみた。にゃあー」
「……く。ふふふっ田中さんったらお茶目な方ですね」

やっと茉凛の背中から余計な力が抜けていく。
へたくそな猫の鳴き真似でも、茉凛は笑顔を浮かべてくれる。

気が抜けたと同時に、茉凛の肌から淡い香りを嗅いだ気がした。
256 :朽ち果てぬ花 :2013/06/14(金) 21:44
「茉凛……なんかいい匂いする」
「えっ……ああ、今朝アロマキャンドル焚いたんです。
私、柑橘系とか清涼感のある香りが好きなので」
「……うん、れいなもこういうの好きっちゃ。
これが茉凛の香りと思ったら尚更」

言ってみて、はたと気づく。

……今のれいなの言い方、セクハラぎりぎり?
これ、さゆなら一発でアウトたい。
でも……れいなは下心なんて無いし、茉凛も引いてはないみたいやし、
一応セーフって事でいいっちゃね。

そう一人で結論付けて、より深く頭を茉凛に預ける。
257 :朽ち果てぬ花 :2013/06/14(金) 21:45
「茉凛の背中のライン、れいなの顔にぴったり添っていい感じ。
オーダーメイドのクッションみたいっちゃ」
「……ふ」
「ん? 茉凛、何で笑いよう?」
「田中さんのお言葉で、先日読んだ恋愛小説のワンシーンを思い出したんです。
……理想の背中を持つ男性に惹かれて、彼を追い求め続けるヒロインのお話でした。
そして結ばれた後にヒロインが彼の背中に寄り添ってこう言うんです。
『あなたの背中のくぼみ、私の顔の形にぴったり』って」
「へぇー……れいなも憧れたっちゃ。
そういうビビッてくるような運命の恋ってヤツ」

……待てよ。

「れいなと茉凛の出会いも、運命って呼べるとよ?」
「え?」
258 :朽ち果てぬ花 :2013/06/14(金) 21:46
ラベンダーのオーディションで、れいなが真っ先に目を付けたのが茉凛やった。
初めて茉凛を見た時……一瞬にして目が離せんくなった。
サラサラの髪、細く長い手足、透き通るような肌、端正な顔立ち。
女の憧れを具現化したような外見。
楚々とした雰囲気やのに、ギターを持つと瞳には強い意志が宿る。
素人目に見てもちょっと演奏は荒削りっちゃけど、
確かに茉凛は輝いとった。

「れいなはオーディションで茉凛を見た瞬間ビビッてきて、この子!
って思ったもん。これもある意味運命の出会いっちゃ!」

力説するれいなとは対照的に、茉凛は頬を赤くして、
ちょっと困ったようにギターに目を落とした。
そうやって照れる茉凛がもっと見たくて、甘ったるい言葉を添える。

「茉凛みたいな高嶺の花を手に入れたれいなは幸せ者っちゃね」

でも……茉凛はやんわりとそれを否定した。

「高嶺の花だなんて……私を買い被り過ぎですよ。
……私は欠陥だらけの人間です」
259 :朽ち果てぬ花 :2013/06/14(金) 21:47
考えてみれば、茉凛はれいなのどんな褒め言葉も
素直に受け取ったためしがない。
決まって「滅相もないです」だとか、「私はまだまだです」
とか言って、謙遜するばっかり。
奥ゆかしいと言えばそれまでなんやろうけど、もう少し自信持ってもいいのに。

「そりゃまあ、神様が人間を完璧には創らんってのは分かっとるっちゃけど……」
「ええ。神様は人を完璧にはお創りになりません……
でも、私の背中をこういう風に創って下さった神様には感謝したいです。
……こうして田中さんがお気に召してくれた」

そう言って、茉凛が微かに口元をほころばせる。
本当に些細な表情の変化やったけど、嬉しそうな感情が伝わってくる。
260 :朽ち果てぬ花 :2013/06/14(金) 21:48
「背中だけやなくて、茉凛は魅力的なとこいーっぱいあるんっちゃけど」
「そう……なんですか?」

綺麗でお上品で礼儀正しくて、おまけに頭もいい。
ちょっと偏っとるけど、音楽とかいろんな事に詳しい。
ギターは弾けるし、この前一緒にカラオケ行った時も歌上手かったし……。
これだけハイスペックやのに、茉凛は謙虚さを維持し続けとる。

本当にこんな子現実におるんやね。
そりゃダンスは下手やし、内向的で引きこもりっぽいとこもあるけど、
そんなの他の魅力がカバーしてくれるし。
違う。むしろ……そんなところも可愛く思える。
261 :朽ち果てぬ花 :2013/06/14(金) 21:48
「まあ、茉凛は分からんくてもいいっちゃ。
茉凛が自分の魅力自覚してなくても、その代わりに
れいながちゃんと把握しとるけん」
「……つくづく思います。
本当に……田中さんには一生かないませんね……。
田中さんと一緒にいると、なんだか……
自分以上の自分になれる気がします」

茉凛からは仄かなシトラスの香りがする。
囁きにも似た、茉凛のひかえめな喋り声が心地良い。

……なんやろ。すっごい落ち着く。
この空間だけ、ゆったりとした時間が流れとるみたい。
例外として、ちょっと茉凛の鼓動が速い気もするけど。
262 :朽ち果てぬ花 :2013/06/14(金) 21:50
あったかい……。
「あー……このまま寝そうかも。
このフィット感はやばいっちゃろ」

時折茉凛の指先から零れるチューニング音も、今は
子守唄に聴こえる。

「ふふ。私なんかの背中でよろしければ、どうぞお休みになって下さい」

肩越しに覗く茉凛の表情は柔らかい。
最初はれいなの顔を見る度、小動物みたいにビクビクしとったのに。
そういえば前に比べると、れいなに返してくれる言葉の数も
心持ち増えた気がする。

「ありがたい申し出っちゃけど……作業の邪魔にならんと?」
「……私は嬉しいです。私と楽屋に二人でいて、田中さんは
窮屈に感じてるんじゃないかって不安だったので」

え……れいな、自分の部屋みたいにおもっきし寛いどったけど。

「ですがこうして触れ合ってると、畏れ多いという感情や……
漠然とした不安まで田中さんが吸い取ってくれているみたいで……
私も元気になれます」
263 :朽ち果てぬ花 :2013/06/14(金) 21:52
……ああ。本当にこの子は。
こんな時もれいなに気を遣って、一人でネガティブになっとったらしい。
ほっといたら、部屋の隅で膝を抱えて小さくなるタイプか……。

でも……多分れいなは、茉凛のこういう儚さにも惚れたんやね。

れいなの元気で良かったら、茉凛にあげる。
全部あげる。

凛としよるように見えて、心は人並み以上に感受性が高くて、
臆病で儚げな女の子。
茉凛はまるで、水をあげんとどんどん枯れていってしまう花みたい。
だから、今れいなの中にあるあったかい気持ちを
ちゃんと言葉にして伝えんと。

キャラじゃないって笑われても平気。
もっとれいなを信じてとか、茉凛に要求する言葉は言わん。
茉凛に負担をかけるような褒め言葉も必要ない。
今はただ、茉凛がこれだけ大好きで大事なんやって気持ちが伝わればいい。

れいなと茉凛の関係は、恋愛とはまた違う。
でも相手が可愛い茉凛なら、これから言う恋愛小説顔負けの台詞も
きっと様になるはず。
264 :朽ち果てぬ花 :2013/06/14(金) 21:53
「……茉凛。れいなと出会ってくれてありがと」

その瞬間、茉凛が息をのんだのが背中越しに分かった。

……絶対、茉凛はれいなが枯らさんけんね。
傷付いてしおれそうになった時には、れいなが水をいっぱいあげるけん。

どうかれいなとの出会いが、茉凛にとっても宝物になりますように。
265 :朽ち果てぬ花 :2013/06/14(金) 21:54
「朽ち果てぬ花」
おわり

次書いた時は自スレ作って投下します
266 :名無飼育さん :2013/06/16(日) 00:28
この空気感好きだ
「次」楽しみにしてます
267 :名無飼育さん :2013/06/22(土) 16:43
「プリズムの色」
268 :プリズムの色 :2013/06/22(土) 16:44
 1

 聞くところによると中二病というものがあるらしい。その時期になってもう1ヶ月が過
ぎた。何か変わったかと訊かれれば「何も」と答えるつもりだ。実際何も変わっていない。
 いつも通り授業を受け、機械的に板書を写す。休み時間には友だち数人と最近の流行や
恋愛事情について話す。そんな、至って平穏な中学校生活の日々を送っている。

 ホームルームも終わりもう放課後。学校で唯一時間に追われる事のないこの瞬間が、学
校生活で一番好きと言っても過言ではないだろう。
 「ファイトー!」という体育系部活動の掛け声につられて、窓の外、グラウンドに目を
向ける。昨日の雨で所々ぬかるんでいる中、陸上部らしき人たちがランニングしているの
が見えた。

 熱心だ、実に熱心だ。

 我が中学校の運動部は県大会でいい成績を残すことが多い。端的に言えば努力の結果。
感動的に言えば、汗と涙の結晶、か?
 別に小馬鹿にはしていない。むしろ同じ学校の生徒として誇らしいと思っている。同時
に、自分には到底できないなとも思っている。

 夕焼けにはまだ早いが少し陽が傾いてきた。「また明日」とまだ残っていた友だちに別
れを告げ教室を出ようとしたとき、目の前に一人の女が現れた。
269 :プリズムの色 :2013/06/22(土) 16:45
「よッ!工藤遥(くどうはるか)」

 こいつか。

「なんだよ、佐藤優樹(さとうまさき)」
「なんでフルネームで呼んだのさ」
 そっくりそのままその言葉を返してやりたい。

 佐藤とは1年のとき同じクラスだった。出席番号が一つ違いだったのでよく同じ班にさ
せられたものだ。それ故に自然と仲良くなっていき、今でもそれなりの交流がある。背は
155cm前後でハルより低く子どもっぽいのに、セミロングの黒髪をなびかせたその姿
はどこぞの育ちのいいお嬢様にも見える。だがひとたび喋り出すとそのイメージはがらり
と変わるだろう。

「で、A組まで来て何の用?」
「え?C組の人はA組まで来ちゃイケないの?いつ誰がそんな事決めたの?何時何分何十
秒?地球が何回まわった時?」
 こういうところが相変わらずめんどくさい。まあ本人も冗談で言ってるだけだしハルも
それを分かってる。というかどこで覚えたそんな言葉。
「だから、用事はなに?」
270 :プリズムの色 :2013/06/22(土) 16:45
「これから図書館に行くんだけど…時間ある?」
「時間はある。けど行く気はない」
「えぇ〜」
 こっちからの冗談は伝わらないのか?
「ウソ、大丈夫だよ」
「良かった、じゃあ行こう♪」
 もう帰ろうと思っていたが、家に帰って何をしようというわけでもない。家に帰れば何
かやる事が生まれるかも知れない。だが今は何の予定もない。だとすれば誘いを断る道理
もないだろう。

 今度こそ教室を出る。中央階段ではなく職員室横の階段を降りて行く。職員室には何も
用はない。単純にこっちを使った方が近いからだ。
 すれ違う先生に「さよなら」と挨拶をし昇降口へと向かう。靴を履き替えカバンから自
転車の鍵を取り出す。この学校では自転車通学が許可されていて、過半数の生徒がそれを
利用している。今はまだヘルメット着用義務はないが、ここ数年のうちに義務化されると
かどうとか。その時の自分の姿を一度想像してみたがなんとも恥ずかしい。どうか来年も
持ち堪えてくれ。

「さ、行きますか」
「ハル道分かんないからまーちゃんに着いて行くね」
「オッケー♪」
 並走は危ないので後ろに続く。

 校門を出て右に曲がり、そのまま北へまっすぐ進む。その後もハルを思っての事か、脇
道にはあまり入らず図書館へと向かって行った。こういう気遣いを自然にできるのが彼女
のいいところでもある。

 そういえば今日は木曜日。て事はたしか…。
271 :プリズムの色 :2013/06/22(土) 16:46
 2

 10分ほど漕いで行くと図書館が見えてきた。
 ここは市内で一番大きく蔵書数は優に5万冊を超える。種類も豊富で子供向けのものか
ら大学で使うような専門書まで幅広く抑えてある。3階建ての建物は昨年末に改装され、
外見(そとみ)は真新しいが100年近い歴史を持っている。

 指定の場所に自転車をとめ中に入る。

 入り口の自動扉が開いた途端、あの図書館独特のにおいが鼻をつつく。この本のにおい
が好きな物好きも大なり小なりいるのだろう。世界は広いからなぁ…。

 そんな無益な思考から引き戻すようにまーちゃんが袖を引っ張る。
「くどぅー、あっち」
「あ、うん」
 指された方向には6人掛けの机がいくつか並んでいて、そこでは何人かが本を読んでい
た。隣り合い1つの本を読む老夫婦、主婦らしき女性、中にはノートを広げ勉強している
人もいた。制服を着ていないのでおそらく大学生だろう。
 よく見ると1つ机が空いていた。まーちゃんはそこを指差したのだ。
272 :プリズムの色 :2013/06/22(土) 16:46
 途中、カウンターの中の女性に声をかけた。

「石田さん」

 カウンター越しに名前を呼ばれる事は珍しかったのだろう。不思議そうな目でこちらを
見上げてきたが、ハルを見てすぐに状況を理解したみたいだ。

「あぁ遥ちゃん、珍しいね図書館に来るなんて」
「別に本が嫌いなんて言った覚えはないですよ」
「でも、本を読んでる私は嫌いなんだっけ?」
「それは!!…あゆみんがハルにかまってくれなかったからで…ていうか小っちゃい頃の
話じゃないですか」
 ふふ、と笑い、拳をグーにして口許へ寄せる様を見てからかわれた事に気付く。
「相変わらず単純だね遥ちゃんは」
 返す言葉もない。まーちゃんにも恥ずかしいところを見られてしまった。

 と思ったがそうでもないみたいだ。おろおろして、どうにか喋ろうと口をパクパクさせ
ていた。人見知りな方ではないから、いきなりの展開について行けなかったのだろう。
273 :プリズムの色 :2013/06/22(土) 16:47
「…くどぅー、この人は?」
「石田亜祐美(いしだあゆみ)さん、今は高2だったかな?」
「そ」
「ご近所さんで小さいころからよく遊んでもらってたんだ」
「へぇ〜」
「ついさっきは遊ばれてたけどね。」
 自虐ネタで笑いを誘う。

 あゆみんはここでバイトをしている。週2日だったかな?まあそれはどうでもいいか。
今は座っていて分からないが背が低く、それが若干のコンプレックスらしい。初対面の相
手には中学生でも通用するだろう。なんせ今のハルよりも低いのだから。ロングの髪には
少し茶髪がまじってるが地毛なので校則違反ではない。最後に本人曰く、茶色い目がチャ
ームポイントだそうだ。

「初めまして、佐藤優樹です」
「初めまして、石田亜祐美です」
 二人は事務的に初対面の挨拶を交わす。

「じゃあ行くね」
「うん、ゆっくりしていきな」
 後ろに人が並びそうだったのでその場を離れた。
 平日と言っても返却される本は結構多いらしい。今も職員さんがせっせと本棚に本を戻
している。それに対して受付のあゆみんは楽そうだ。
274 :プリズムの色 :2013/06/22(土) 16:47
 3

 向かい合わせで席に着き、カバンは隣の椅子に置いた。

「あの人いつもあんな感じ?」
「基本的には」

 可愛がられていると言えば聞こえはいいが、子ども扱いされていると言った方が表現と
しては正しいだろう。性格的には向こうの方が子どもだが、長幼の序というものもある。

「でも、いい人そうだね♪」
 頷く。

「ああいうお姉ちゃんほしいなぁ」
 それは今からじゃ到底無理な話だ。それよりも早く本題に入ろう。
「そんな事より、ここで何をするの?」
「なんだと思う?」
 質問に質問で返すな。
「帰るよ」
「冗談だって、実は…くどぅーに手伝ってほしい事があるの」
 声のトーンが下がったように感じた。
275 :プリズムの色 :2013/06/22(土) 16:48
 1年の時から感情表現が豊かなやつだとは思っていたが、哀に近い感情を示した事は滅
多に無かった。それはまだ気を許していないからなのか、それとも友だちに心配掛けまい
としての事なのかは知る由もない。もし後者なら、馬鹿じゃないの? と伝えたい。

「恋の相談なら別の人にあたった方がいいよ」
「言われなくてもそうする」
 さいで。

「…手伝うよ。で、何をしてほしいの?」
「本を探してほしい」

 本?本ならここにはごまんとある。なんと、意識しないダジャレはこんなにも恥ずかし
いものなのか。

「カバンの中も机の中も探した?」
「?? そんなとこ探してもあるわけないよ、まだ借りてないんだから」

 失くしたわけじゃないのか。
276 :プリズムの色 :2013/06/22(土) 16:48
「なにを探してるの?」
「小説、ん〜ジャンルで言うとSF・ファンタジーかな」
「それならすぐ見つかるよ」
「ほんと?」
 ついてこいと言わんばかりに立ちあがり歩きだす。

 今の図書館には大抵置いてある。まして市で一番なら絶対だ。時代は常に進歩し技術は
世の中に還元され便利な暮らしをつくっていく。

「…くどぅー、もしかして」
「そ、これで検索すれば一件落着」

 目の前にはパソコンが置かれている。そこにキーワードを入れて検索すれば済む話だ。
ジャンルが分かっているならなおさらすぐに見つかるだろう。

「ねえ、まさの事バカにしてる?」
「してないよ、早く検索しな」
「とっくに検索したよ!したけど無いの」
277 :プリズムの色 :2013/06/22(土) 16:48
 言葉を理解するのに時間がかかった。検索しても無いのならここには置いてないという
事。無い物を探せと頼んだのか?無茶な話だ。

「無いんなら無いんだよ、探す必要も無い」
「そうじゃない…」
 何も違くはないだろう。
「検索はヒットした、どこに置いてあるかも出た。でもその場所には無かったの」
「貸し出し中なだけじゃないの?」
「だとしたらここにそう表示される」

 これは困った事になった。じゃあなにか、図書館全体を探すつもりか?5万冊を1つ1
つ見ていくとでも?その為にハルを呼んだのか…?

 時計の針は16時30分を指していた。
278 :プリズムの色 :2013/06/22(土) 16:49
 4

 念の為もう一度検索してもらった。タイトルは『プリズムの色』らしい。ダメだ、内容
が一つも想像できない。検索の結果は言った通りだった。貸し出し・返却などの記録はリ
アルタイムで更新されているらしく疑う余地はないだろう。

「どう?見つかるかなぁ」
「とりあえず指定された棚を見てみよう」
 二人で確認するがやはり置いていない。どうしたものか…。

「これシリーズ物なの。ちなみに前作がこれ」
 差し出された本を見る。『イメージの欠片』。

「それが1つ目、プリズムが2作目なの。でも3作目も4作目も置いてあるんだよね」

 結構続いてんのね。あらすじを読んでみるとどうやら魔法の世界のお話らしい。本の一
番後ろには貸し出し記録のカードが入れられている。一月前に1人、おそらくまーちゃん
だろう。その前は去年の夏か。
 残り2つも調べてみたが最後に貸し出されたのはそのあたりの時期だった。
279 :プリズムの色 :2013/06/22(土) 16:50
「ないね」

 確認の為に言った。

 あからさまに気分が落ちたという表情で、さっきまで座っていた場所へと戻る。席に着
くなりふたり同時に溜め息を漏らした事に思わず笑ってしまう。そのおかげで心が少し軽
くなった気がする。話を聞いた時はすぐに終わると思ったがそんな事もなかった。5万冊
か…多い。

 動く前に少し考えてみよう。

「本当にあるのかなあ」

 まずは大前提の確認。

「シリーズ物だし、2作目だけ無いってのは無いと思う」

 そう、それが自然な考え。検索結果を信じれば貸し出し中でもない。とすると誰かが間
違えて別の場所に戻したのか?もしそうなら図書館全体を探す以外手はない。それは出来
るだけ避けたいところだ。

 ここは消去法でいってみよう。
280 :プリズムの色 :2013/06/22(土) 16:50
「図書館の本が本棚に無いならどこにあると思う?」
「奥で保管されているとか?」

 いきなりの質問にも関わらずそれなりの答えが返ってきた。なるほど。

「でもあの小説はそんな事するかなあ」
「…しないね」

 じゃあ残る可能性は。

「ってことは今誰かが読んでるんじゃない?」
「あ!!」
 声が大きい。ここは図書館だぞ。
「見てくるね」
 そう言って2階へと上って行く。自然とこの階はハルが探すことになった。一通り歩い
て見て回ったが残念な事に該当する人はいなかった。

 まーちゃんの口ぶりからすると以前にもここに来て本を探した事がある。その時も誰か
が読んでいたのか?ま、あり得なくもないか。
281 :プリズムの色 :2013/06/22(土) 16:50
 席に戻りまーちゃんを待つ。いや、効率を上げる為にカバンをかつぎ階段横で待つ。こ
こで誰かが読んでいるなら日を改めるしかない。なら長居は無用だ。
 暫くしてまーちゃんが戻って来た。

「帰ろっか」
「ダメ」

 ん?

「…もしかして」
「誰も読んでなかった。『プリズムの色』」

 まじか。
282 :プリズムの色 :2013/06/22(土) 16:51
 5

 再び席に戻ってきた。

 ハルたちは今本を探している。有るけど無い本。これはナゾナゾでもなんでもない。貸
し出されていない本で、本棚に無く、ここの誰もが読んでいない本…。
 もうこうなったら歩き回って探すしかないか。いや最後の悪あがきだ。あと5分考えよ
う。諦めるのはその後だ。

 辺りを見回す。一口に本を読むと言ってもいろいろあるみたいだ。待ち合わせまでの時
間潰しに使う人、幾つかの本を置き調べ物をする人、娯楽として本を読む人。

 なるほどそういう事か。分かったかも知れない、本のある場所が。

「行こうまーちゃん」
「え、どこに」
 今度こそカバンを取り歩きだす。

「ちょっ、くどぅー!そっちは出口…」
283 :プリズムの色 :2013/06/22(土) 16:51
 出口に着く前に足を止める。そこにはカウンターがある。

「石田さんに聞いても無駄だと思うよ。本棚にもないんだし…」

 耳元で呟くように言ってきた。本当にそうかな?

「ねえあゆみん、ちょっと聞きたい事があるんだけど」
「何?」

「『プリズムの色』って本、知ってる?」

「…聞いたことないね」
 じゃあ、と言おうとしたらまーちゃんが割り込んできた。
「探してるんですけどどこにも置いてないんです!」
 まーちゃんの力強い声に押され、あゆみんは言葉に詰まる。

「じゃあさ、今他のバイトの人いる?」
 まーちゃんが、なんで今そんなこと聞くの?という目で見ている気がするがそれには構
わない。
284 :プリズムの色 :2013/06/22(土) 16:51
「いるよ、今奥で休憩してる」
「呼んでもらってもいい?」
「いいよ、ちょっと待ってて。飯窪さ〜ん」
 そう言って奥へと入って行った。

「くどぅー、何がしたいの?」
 少し眉間にしわが寄っている。怒っているのか?こっちは真剣に

「本を見つけたい」

 と思っているのに。

「ならなんで」

 その続きは聞けなかった。あゆみんがバイト仲間を連れてきたからだ。

「連れて来たよ、で、この後は?」
 また同じ質問をする。
285 :プリズムの色 :2013/06/22(土) 16:52
「『プリズムの色』って本、知ってますか?」

 飯窪さんとやらはバツが悪そうな表情でこう言った。

「もしかして、あの本借りたいの?」
「はい!どこにあるか知ってますか!?」
 またしてもまーちゃんが前に出る。が、ここはそれでもいい。
「ごめん、今持って来るから」

 ふぅ、と息を吐く。これで歩き回らなくて済んだ。
 10秒と経たないうちに飯窪さんは「プリズムの色」を持ってきた。ハルたちは早々に
貸し出し手続きを済ませ図書館を後にする。

「じゃあねあゆみん、また来る」
「嘘だね」

 見破られてしまった。
286 :プリズムの色 :2013/06/22(土) 16:52
 6

 自転車置き場に着くとまーちゃんが聞いてきた。

「よく分かったねあそこにあるって」
「一番可能性があると思っただけだよ」

 自分を過大評価するのは好きじゃないがもう過去の事だ、この際いいだろう。

「まーちゃん、本を読むのってどんな時?」
「ん〜…勉強する時、新刊が出た時…とか?」
「それだけ?」

 まーちゃんの目線が左上にずれた。

「…あ、やる事が無い時?」
「そう、暇つぶしに本を読むっていう選択もあるんだよ」
「じゃあさっきのあの人も…」
「たぶんね。休憩中は手持ち無沙汰だろうし。でも半年以上貸し出されてなかったからっ
て図書館の本を…」
 相手は年上だしこの先は控えよう。
287 :プリズムの色 :2013/06/22(土) 16:53
「なるほどね、そうゆう事だったんだ。やっぱりくどぅーに相談して正解だった♪」

 人海戦術の為に呼んだのにか?まあそれはあくまでハルの想像だが。

「今日のは借りかな」
 自転車の鍵を開ける音がした。

「借りるのは本だけにしときな。それに」
「それに?」
「友だちなんだから貸し借りなんて考えは要らない」
 というかそういう考えは好きじゃない。

「分かってないな〜」

 手をひらひらさせながら言った。声色とは裏腹に口許には一切の笑みが含まれていない。

「どういう事?」
「くどぅーはこう言いたいんでしょ?「友だちとは対等なものだ。貸し借りなんかで上下
をつくっていけない」って」
 大意は合っているので軽く頷く。
288 :プリズムの色 :2013/06/22(土) 16:53
「そこが間違ってるんだよ。友だちだから、相手を信用しているからこそ、『貸し借り』
が成立するの。そこに上下なんて存在しない」

 加えてこう言った。

「誰かの役に立てばそれなりの感謝が生まれる。その好意を受け取らないのは逆に失礼な
んじゃない?」

 同い年に諭されてしまった。まあ言わんとする事は分かる。つまりこういう事だろう。

「今日はホントありがと」
「どういたしまして」
「よろしい」
 口許にも、目許にもいつも通りの笑みが戻った。
289 :プリズムの色 :2013/06/22(土) 16:53
 自転車に跨り通行人を確認する。
「でもくどぅーらしくて好きだけどねその考え」
 なんじゃそりゃ。

「じゃあまた明日学校で♪」
「うん、バイバイ」

 鼻歌を鳴らしながら帰って行った。家の方向が違うのでまーちゃんとはここでお別れ。
 遠くの空が赤く染まり出し、絵画のようなグラデーションが夜の訪れを告げようとして
いる。携帯で時間を確認する。もう17時を大きく過ぎていた。

「今日の晩ご飯は何だろう」

 ペダルに乗せた足に力を入れる。


 完
290 :名無飼育さん :2013/06/27(木) 23:31
「針は戻らない」
291 :針は戻らない :2013/06/27(木) 23:32
 1

 雨がザーザーと降っている。雨音に負けまいと、教師の声も大きくなる。
 6月に入り例年通り雨の日が多くなってきた。今年も梅雨がやってきたのだ。昼休みに
は男子に混ざり校庭を駆け回るのが常なのだが、こう連日雨が降られては校庭は使い物に
ならない。

 隣に座っている男子も嘆いている。

「また雨か。いつになったら外で練習できるんだろう」

 わが中学校の運動部は成績優秀で知られるが、それが努力の賜物であることを忘れては
ならない。梅雨のせいで最近は放課後、校内で基礎トレーニングに励んでいる。基礎が大
事なのは理解しているようだが、物足りないらしい。その気持ちはよく分かる。

 逆に梅雨の時期の女子の悩みと言えば、湿気による髪の毛の問題だろう。せっかくの巻
き髪がストレートになってしまったり、髪の毛がごわついたりと様々だ。
 そう言う私も悩んでいる。私の場合、湿気のせいで髪の毛がペタンと下りてしまう。そ
のせいで元々丸顔だったのがより一層丸くなり、休み時間の話のネタにされている。
292 :針は戻らない :2013/06/27(木) 23:33
 そうでなくても、どうしてか雨の日は気分が落ちてしまう。小学生のころ、雨の日でも
嬉々として外で遊んでいたのが不思議なくらいに。

 窓を叩く強い雨は勢いを増していく。雷こそ鳴らないものの、灰色の雲が重く空を覆っ
ている。

 今は数学の授業中。いつもは40を超えたおじさん先生に教えてもらっているが、先週
から大学生に教えてもらっている。俗に言う教育実習だ。

 今年は4人の教育実習生がわが校にやってきた。男性2人に女性2人。男はどちらも体
育を担当し、女性は数学と理科。つまり今は、若い女性に数学を教えてもらっている。中
学男子と言うのはとても単純なもので、普段とはまるで授業の喰いつきが違う。
 あの佐藤優樹でさえも、教育実習が始まったその日の放課後、私にこう自慢してきた。

「今日からまーのクラスに可愛い先生が来たよ。4週間、2‐Cを担当するんだってさ。
へへ、いいでしょ〜」
293 :針は戻らない :2013/06/27(木) 23:33
 文字にしてしまえばなんてことはないが、その表情は優越感に浸っており、ドヤ顔に分
類してもおかしくないほどの自慢に満ちていた。

 次の日にはもう、生徒たちから真野ちゃん先生と呼ばれるくらい人気で、まーちゃんと
の会話で話題にあがらない日はなかった。そんな真野ちゃん先生が今日、軽い失態を犯し
たらしい。取るに足らないことではあったが、まーちゃんは気になってしまったみたいだ。

 さっきの中休み、A組に来てその事を話してくれた。


「く・どぅ・ー」

 次の時間の準備をしていると肩をトントンと叩かれたので、振り返り顔を確認する。

「…誰だっけ?」
「大親友の佐藤優樹だよ、とぼけちゃってもう」

 よくもまあ照れもせず大親友などと言えたものだ。
294 :針は戻らない :2013/06/27(木) 23:34
「ハルに会いたくなった?」
「くどぅーが寂しいかなーって思って」
 まったく、ああ言えばこう言う。

「はいはい、会えてうれしいよ」

 ハルなりの精一杯の棒読みで応える。どこか満足げなまーちゃんは、隣の空いていた椅
子に腰かけた。

「今日も真野ちゃん先生可愛かったよ〜」
「それいつも言ってるよね」
「うん。明日も言うよ」
 さいですか。

「でね、今日は1時間目が真野ちゃん先生の授業だったんだけど、先生の可愛いてへぺろ
ッが見られたんだぁ」
「ふ〜ん。でもなんでそんなことしたの?」
295 :針は戻らない :2013/06/27(木) 23:34
「実は先生ちょっとドジっちゃって、5分早く授業が終わりそうになったの。それを生徒
が指摘したら
「あ、ごめん、勘違いしちゃった。てへぺろッ」
って」

 それは後でおじさん先生に怒られただろうな。

「もうそれがホントに可愛くて」

「で、わざわざそれを伝えに?」
「違うよ、別にそんな卑屈にならなくても」
 違うならいいけど、自慢話をするためだけに来られては卑屈にもなるさ。

「まぁ、先生が可愛かったよって言いたかったのは事実だけどさ、なんで勘違いしたのか
気になっちゃって」
「誰でも勘違いはするでしょ」
296 :針は戻らない :2013/06/27(木) 23:34
「そうなんだけど、先生は授業中に腕時計で時間を確認してるし、いつも通りの45分授
業だし…」
 言われてみれば気になる。…気もする。

「じゃあ次は真野ちゃん先生の授業だから、終わったら聞いてみるよ」
「ありがと。あ、次は移動教室だから早めに行かないと。昼休みに結果教えてね」

 と言いたかったのだろう。言い終わる前に教室を出て行った。まったくせわしない。


 あと数分で授業は終わる。

 まーちゃんが言った通り、先生は腕時計を付けていて、授業中はそれで時間を確認して
いた。教室には備え付けの時計があるが、それは黒板の真上にあるので先生からは見づら
く、腕時計の方がはるかに効率がいい。

 先生が勘違いした理由。おそらく、と思えるものが見つかった。授業終わりでその答え
合わせをしてまーちゃんに伝えよう。
297 :針は戻らない :2013/06/27(木) 23:35
 2

 雨はまだやみそうにない。雨音をかき消すようにチャイムが鳴る。教科書やノートをた
たむ音が教室に広がり、それに椅子を引く音が続く。

 号令を済ますと、少し早足で先生のもとへと駆け寄る。

「真野ちゃん先生、ひとつ質問いいですか?」

 先生は少し驚いた表情を見せた。何も持たずに授業終わりに質問に来られては無理もな
いだろう。それでも、どうぞと言われたので一呼吸置いて質問する。

「先生、昨日遅刻しました?」

 いきなりの問いかけに「えっ」という声が漏れた。
298 :針は戻らない :2013/06/27(木) 23:35
「…どうしたの? 急に」

 確かに急だった。過程を取りはずし、結論だけを先に聞かせれば相手を驚かすのには充
分だと言うが、そもそも今は驚かすときではない。

「ああ、すいません。実はまーちゃん…C組の佐藤優樹から聞いたんです」
「私が昨日遅刻したって?」

「いや、今日の事です。1時間目、勘違いで5分早く授業を終わらそうとしたって」
「あれね。反省してる」

 生徒にとって早く授業が終わるのはむしろ歓迎すべきことだろう。だが先生からしてみ
れば職務怠慢とも取られかねない。実習生ならなおさら気遣うことだ。

「でもそれでどうして私が遅刻したと思ったの?」
「考えてみたんです。先生がどうして勘違いしたのか」

 ひとつ咳払いをする。
299 :針は戻らない :2013/06/27(木) 23:36
「先生は腕時計で時間を確認してますよね?」
「うん、これね」

「はい。そして授業が終わる時間はいつもと同じです。なので勘違いしたのは時間じゃな
いんじゃないかと思いました。では時間通りなのに5分早かったのはどうしてか」

 頭の中でもう一度確認し、言葉を続ける。

「先生の腕時計は5分進めてあったんじゃないですか? それならうまく説明がつきます」

 真野ちゃん先生の口角がほんの少し上がっていた。

「じゃあ5分進めた理由は? 人が時計を進める理由としてまず思い浮かぶのが、遅れな
いようにするため、です。5分前集合なんて言葉もありますから。でもなんで今日に限っ
て勘違いをしたのか。それは、昨日になって時計を進める理由ができたから」
300 :針は戻らない :2013/06/27(木) 23:36
「だから昨日、私が遅刻したと?」

「はい、そう思いました」

 真野ちゃん先生は腰に手を置き、考える素振りを見せた。
「…惜しかったね。私は遅刻してない」

 自信があっただけに言葉に詰まる。だがあくまで推測、当たるかどうかは運次第だ。

「おもしろかったよ、でも残念だったね」
「違いましたか…」
「あ、ごめん、もう次に行かなくちゃ。えっと、私がなんで勘違いしたのか知りたいんだ
よね? だったら続きは昼休み、佐藤さんと3人でご飯を食べながら話さない?」

 まさかの提案。しかし断る理由はなかった。ハルの推測がどう間違っていたのか知りた
いし、何よりまーちゃんとの約束を果たせていない。
301 :針は戻らない :2013/06/27(木) 23:36
 が、一応断りを入れておく。

「…一緒に食べてもいいんですか?」
「もちろん。生徒と一緒に食べちゃダメなんて決まりはないんだし」

「分かりました、まーちゃんにも言っておきます。お時間取ってすいませんでした」
「気にしないでいいよ、じゃあ昼休みになったら職員室に来てくれる? 私から行くのも
…ねぇ」
 気にするほどのことだろうか。

「…分かりました」
「うん。あ、そうだ名前は?」

「工藤です。工藤遥」

「工藤さん…ね。ありがと。じゃあ昼休み」
「はい」
 真野ちゃん先生は足早に教室を出ていく。
302 :針は戻らない :2013/06/27(木) 23:37
 3

 4時間目の授業は社会だったはずだ。授業が終わってから黒板を見ると、歴史について
書いてあったから間違いない。

 お弁当と水筒を持ちC組へと向かう。思えばハルから出向くのはこれが初めてだった。
ほんの少しの緊張を持って扉を開ける。

 いや、開けようと思ったらハルの手が触れる前に扉は動いた。

「わっ」
「あ、ごめんなさい」
 言い終わるのが早いか顔を確認すると、出てきたのはまーちゃんだった。

「くどぅー! もぉ、今からそっち行こうと思ってたのに。でどうだった?」
「ごめん、まだ聞けてない。でも昼休み、まーちゃんとハルと3人でご飯食べることにな
ったの。そこで話してくれるって」
「…オッケー、ちょっと待ってて」

 そう言って踵を返し、中へと戻っていった。
303 :針は戻らない :2013/06/27(木) 23:37
 今もなお降り続く雨は心なしか弱まってきた。予報では夕方にはやむらしい。

「お待たせ、ってほどでもないか。行こ」

 お弁当片手に、見覚えのある水色の水筒を小脇に抱えながら教室から出てきた。

「まだ使ってたんだね、それ」
「ん、ああこれ? まさのお気に入りだもん」

 見てみろと言わんばかりにハルの顔の前に差し出してきた。いや何度も見てきたよ、ま
ーちゃん。あえて指摘はしないが、下の方に佐藤優樹と書かれたシールを張っているのが
いかにもまーちゃんらしい。

 職員室につくなり扉をノックする。

「中で食べるのかなあ」
「さすがにそれはないでしょ」

 扉を開け中へと入るが生徒が入れるのは畳半分くらいのスペースしかない。定期試験の
前後では入室さえ許されていない。
304 :針は戻らない :2013/06/27(木) 23:38
 一番近くにいた先生に話しかける。
「すいません、実習生の真野先生はいますか?」

「ここにいるよ」

 驚きと同時に声のする方へと体を向けると真野ちゃん先生が立っていた。どうやら回れ
右をしたらしい、先生は職員室の外から声をかけていた。

「今、会議室が空いてるからそこで食べましょ」
「は、はい」

 職員室よりも少し奥に入ったところに会議室がある。ハルは健康診断のときしか使った
ことが無く、会議室と言われてすぐにピンとはこなかった。

 細長いテーブルたちに椅子が3脚ずつ置かれ、30人ほどが座れるようになっている。
 3人とも身近な椅子に座りお弁当を広げた。
305 :針は戻らない :2013/06/27(木) 23:38
「では、いただきます」
「いただきます」
「いただきます」
 先生に続き手を合わせる。

 ご飯にふりかけをかける。満遍なく均等にするのが意外と難しく、ゆえにきれいにでき
たときのご飯はどこかおいしく感じてしまう。

 最初に話を切り出したのはまーちゃんだった。

「先生、なんで1時間目あんなことしちゃったんですか?」
「ん? もうその話いっちゃう?」
「はい、気になりますから」
 食べる手を止め、身を乗り出し、目を輝かせていた。

「ま、そのために一緒に食べてるんだもんね。その前に、工藤さんの考えは聞いた?」
「くどぅーの? 聞いてないです」
306 :針は戻らない :2013/06/27(木) 23:38
「結構おもしろかったんだ、話してあげてくれる?」

 間違ってると分かってる話をもう一度させるとは、なかなか恐ろしい。だがこの後のた
めにも話しておいて損はないだろう。
 まーちゃんには要点だけをかいつまんで話した。

「なるほど。当たってそうなのにね」
「ね、おもしろいでしょ? でもほんとはね」

「先生!!」

 まーちゃんと先生は一瞬固まった後こちらを見た。思いのほか声が出ていたみたいだ。
「すいません。ちょっと私の話聞いてもらえませんか? あの後考えてみたんです」

 不敵な笑み、とも取れない笑みを浮かべながら先生は言った。
「もう一回チャレンジしたいってことだね、いいよ。佐藤さんも言い別にいいよね?」
「はい、まさもくどぅーの話聞いてみたいです」

 ふたりとも、ハルの自己満足に付き合ってくれてありがとう。
307 :針は戻らない :2013/06/27(木) 23:39
「あのとき先生は、私の推測を聞いた後「惜しかった」って言いました。それはつまり途
中までは間違ってなかったってことです。そして先生が否定したのは「遅刻」の一点。な
ので私は考えてみました、遅刻していないのに時計を進めた理由を」

 ふたりはうんうんと相槌を打つ。

「時計を進めたのは、遅れないようにするためで間違いないと思います。そこで思ったの
が、先生は一人暮らししているんじゃないかということです。自分の事は自分で何とかす
る、みたいな。でもそうするとおかしい点が出てくるんです」

「おかしいところ?」
 卵焼きを頬張りながらまーちゃんが訊いてきた。

「うん。一人暮らしだとしたら時計を進めるのは実習の初日が妥当じゃない? それに普
通、実習は母校で行われるから、公立中学が母校なら実家は近くにあるはずだし一人暮ら
しするのはおかしいでしょ?」

 納得してくれたどうかは分からないが、何も言ってこないのはそういうことだろう。
308 :針は戻らない :2013/06/27(木) 23:39
「先生が実家から通っているなら時間を指摘してくれる人はいるはずです。時計を進める
必要はない。でも今日は話が違った。昨日から今日にかけて、両親が外出していて家に居
ない。6月だからおそらく結婚記念日かなんかで」

「……兄弟は?」

 先生は相変わらず相槌を打つだけで、訊いてきたのはまたまーちゃんだった。

「兄弟? 年下なら頼るわけにはいかないし、年上なら年齢的に一人暮らし、あるいは仕
事で朝早く出かける。どっちにしろ、だよ」
「なるほど」

「そして今日、腕時計を5分進めたまま学校へ来て、元に戻すのを忘れてしまった。学校
では時計はどこにでもあるし、チャイムだって鳴ります。五分進めたままだと混乱のもと
です。そして先生はそうなってしまった。つまり先生はこう勘違いしたんですよね?

「腕時計は正しい時刻をさしている」

と」
309 :針は戻らない :2013/06/27(木) 23:39
 すべてを言い終わると、先生の目を見つめて返答を待つ。

 先生は優しく微笑みながら、そして目をそらさずに一言、こう言った

「合格、かな」

 しばらく見つめたままだった。ほんの数秒なのに、その何倍もの時間に思えた。

「よかったね、くどぅー」
「あ、ありがとう」
 水筒のお茶をコップにそそぎ、一息に飲み干す。

「先生のご両親はご結婚何周年ですか?」

「今度は佐藤さんが勘違いする番かな? 合格って、何も満点だけが合格じゃないわよ」
310 :針は戻らない :2013/06/27(木) 23:40
 4

 今度は先生が話してくれた。

「工藤さんの言ったことはほとんど当たり。教育実習中だし遅刻したくないじゃん? ベ
タだって分かってるけど5分進めておいたの。そのせいもあってか、朝は間に合ったわ。
でも間に合ったからこそ、安心しちゃって時計を戻すのを忘れちゃったの。佐藤さん…い
や、C組のみんなにはちょっとかっこ悪いとこ見せちゃったかな」

「そんなことないです。可愛かったですよ、あのときの先生」

「そう? ありがとう」

 まーちゃんの場合、社交辞令ではなく心からの言葉だろう。だがハルにはそれよりも気
になることがある。

「先生、私の推測、どこが違いました?」

 今はただそれが知りたい。
311 :針は戻らない :2013/06/27(木) 23:41
「んー。話の大まかな流れは合ってるから、気にしなくてもいいことなのかも知れないけ
ど、昨日は両親の結婚記念日じゃなくて……実はおじいちゃんの命日なの。昨日お墓参り
に行って、今日の夕方に帰って来るって。私は実習があるから行けなかったけど」

 まーちゃんもハルも言葉が出なかった。聞いてはいけない、踏み込んではいけない、そ
んなタブーを犯したことを反省した。さらに、降りそそぐ雨が一層話を重たく感じさせる。

「まあそうなるよね。でも私が生まれる前に亡くなってるから悲しくはないの」
「そうだったんですか…」
「あまり気をつかわなくていいよ。そういう空気好きじゃないし楽しい方がいいでしょ?」

 そう言われて、さすがに「はいそうですか」とはならない。しかし気持ちは少しだけ楽
になった。

「ところで、ふたりは雨は好き?」
312 :針は戻らない :2013/06/27(木) 23:41
 窓の外を見る。この雨が好きかと訊かれれば、

「好きか嫌いかで言うと、嫌いですかね」

 と答えるのが一般的ではないだろうか。

「まさも嫌いかなあ」

「でもおじいちゃんは雨好きだったみたい。ちょっと変わってるでしょ? 梅雨の時期だ
からって言われればそうかも知れないけど、毎年お墓参りに行く日は雨が多いの。きっと
おじいちゃんが喜んでいるんだろうなって。昨日も雨だったしね」
 そう言えばそうだ。

「私もあなたたちと同じで雨が好きじゃなかった。でも今は少し好きになってきたの」
「おじいちゃんの話を聞いたからですか?」
 首を傾け、まーちゃんが尋ねる。
313 :針は戻らない :2013/06/27(木) 23:41
「うん。高校の頃から部活だとかテストだとか、大事な日にはよく雨が降ったの。それで
友だちからは「雨女」なんて呼ばれてたんだけど、おじいちゃんの話を聞いてから、「あ
あ、おじいちゃんが私のことを応援しているんだ」って思うようになったの。そう思った
ら雨も嫌いじゃないなって」

 声はいつもと変わらなかったが、さみしげな横顔が印象に残った。

「なんか、大人な考え方ですね」
 口をついて出た言葉がそれだった。

「そうかなあ。私はまだまだ子どもだと思うんだけど」

 中学生から見れば大人で、大学生から見れば子ども。とすれば高校生か?

「でもこの話はほかのみんなには内緒ね?」
「え、どうして」
「だってこんな話したら絶対しんみりしちゃうじゃん。そういうの好きじゃないってさっ
きも言ったでしょ? それに…」
314 :針は戻らない :2013/06/27(木) 23:42
「それに?」

「「少しおっちょこちょいなドジっ子実習生」って可愛くない?」

 今度は違う意味で声が出なかった。真野ちゃん先生ってこんな性格だったか?

「あのてへぺろッは良かったです!」
「でしょ〜」

 ハルが対応に困っている隙に、まーちゃんが話をまとめてくれていた。その後は他愛も
ない世間話で盛り上がり、楽しい昼食の時間となった。
315 :針は戻らない :2013/06/27(木) 23:42

 放課後になると雨も小雨になり、傘を差さなくても気にならないほどだった。
 とは言いつつ、傘を差しながら帰路に就く。

「くどぅー、今日は珍しくムキになってたね」
「ごめんね、負けず嫌いな面が出ちゃった」
「で、勝敗は?」
「1勝1敗、かな。一応合格も貰えたし」

 このときのハルの顔は笑っていたと思う。1勝できたからではない、今日も楽しい中学
校生活が遅れたからだ。それにしても今のハルには、九マイルは遠すぎたみたいだ。


 完
316 :名無飼育さん :2013/06/27(木) 23:44
真野ちゃん、真野ちゃんのおじいさんごめんなさい
317 :Private crime :2013/07/25(木) 22:55
沖縄出身の某グループの曲から連想しました。
赤と青の人の話。楽しい話ではないです。


『Private crime』
318 :Private crime :2013/07/25(木) 22:55
「まぁね、うちだってやるときはやるわけよ」
珍しくもらえた休日の夜。
昼間ずっといっしょに過ごした人と電話で話をしてる。かれこれ2時間は経っただろうか。


たぶんそろそろだ。

319 :Private crime :2013/07/25(木) 22:56
「あ、ごめん。キャッチ入った・・・・うん・・・それじゃあまた明日。おやすみ」
ディスプレイに表示される予想通りの名前を確認し、通話ボタンを押す。
「もしもし亜佑美ちゃん?」
『あ、お疲れさまです。すみません夜中に・・・』
「ううん、別にいいけど、どしたの?」
『あ、いや・・・その・・・』
「元気ないね。何かあった?」
『え?・・・まあ・・・』
「・・・うまくいってないの?」
『鞘師さんはなんでもお見通しですね』
「なんだかんだで2年の付き合いだからね」
320 :Private crime :2013/07/25(木) 22:57


−教えたい−


『今日も何か用事があるって言って会えなかったんです』


−用事ってなんだと思う?−


321 :Private crime :2013/07/25(木) 22:57
「忙しかったんじゃないかな?」
『・・・でも電話も繋がらないんですよ。もう2時間くらい』


−誰と話してたと思う?−


322 :Private crime :2013/07/25(木) 22:58
そう・・・なんだ」
『それに最近なんかおかしいんです』
「おかしいってどんな風に?」
『あ、いや、どんな風って聞かれたら困るんですけど・・・でも前とは明らかに違う感じで』
「もしかしたら・・・浮気、とか?」
『鞘師さぁん』
「ごめん、ごめん、冗談だって。亜佑美ちゃんを悲しませるようなことしたらうちが絶対に許さないから」
『・・・ありがとうございます』
「ほらあれだよ。田中さん卒業して色々覚えないといけないこと増えたし、まーちゃんの世話もあるし疲れてるんじゃない?」
『それならいいんですけど』
「そうだよ。夏休みに入ったし、もし時間ができたら強引にデートにでも誘えば?」
『そうですね。ありがとうございます。鞘師さんに話したらすっきりしました』
「よかった」
『いつもごめんなさい』
「ううん。気にしないで亜佑美ちゃんはうちにとっても大事な仲間だし、これからも何かあったらなんでも話して。いつでも相談にのるから」
『ありがとうございます。それじゃあ、おやすみなさい』
「おやすみ」
323 :Private crime :2013/07/25(木) 22:58






罪悪感と優越感。二つの感情に浸っているとなぜか笑みがこぼれた。





324 :Private crime :2013/07/25(木) 22:59




ディスプレイが「通話終了」を表示する。電源を切り、先輩の言葉を反芻する。



−亜佑美ちゃんを悲しませるようなことしたらうちが絶対に許さないから−



325 :Private crime :2013/07/25(木) 22:59










白々しいセリフに殺意を抱く




326 :Private crime :2013/07/25(木) 23:00




なんかもう色々とすみません・・・。
327 :名無飼育さん :2013/07/26(金) 03:58
さやしすんAB型二面性テイスト恐いお(((( ;゚Д゚)))
アー写降格といいなんか今のだーいしの心情を色んな角度から勝手に想像してしまったw

だーちゃん…(´・ω・`)
328 :ホシイコトバ :2013/08/15(木) 23:25
はうちょ
329 :ホシイコトバ :2013/08/15(木) 23:25
明日もロケがあるから夜更かししないで早く寝なさい、と言われ、素直に返事して部屋の照明を落とす。

二つ並んだ布団にそれぞれ入って目を閉じても、
まだ少し疑ってそうなマネージャーが出入口からようすを窺っているのがわかる。
それでも渋々といった溜め息をつき、おやすみ、と労わる声が聞こえたあと、扉は閉じられた。

話声が遠ざかる。
足音が聞こえなくなる。

それと相反するように、彩花の心臓はドキドキと跳ね上がる。

完全な暗闇ではない部屋に次第に目が慣れてきて、
不自然な沈黙に耐えかねてそろりと隣を見ると、ぼんやりと相手の顔が見えた。

「…はるなん?」
「なあに?」

いくらすぐ隣で寝ているとはいえ、こんなにもあっさり返事が返ってくるとは思わず声を詰まらせると、
顔だけで彩花に振り向いた春菜が小さく笑ったような気がした。

「…眠れない?」

わかってて言ってるんだろうか。
それとも、本気でわからない?
330 :ホシイコトバ :2013/08/15(木) 23:26
「あの、あのね…」
「彩ちゃん」

布団の中に顔を半分埋めているせいで喋る声が籠もってしまう。
息が熱い気がして顔を出して話そうとしたら、それを阻むように名前を呼ばれた。

「そっち行っていい?」
「えっ」
「せっかくだし、もっと近くでお話したいなって」

薄暗くてはっきり表情までは見えないせいで、春菜の言葉の意味がすぐには理解できない。

「……あ、ごめんなさい。なんか、馴れ馴れし過ぎたね」

戸惑ってまた返事に詰まると、そんな彩花をどう解釈したのか、春菜の声色が弱くなった。

「ごめんね、変なこと言って」
「変なことなんて思ってないよ」
「やっぱもう寝よっか。明日の朝も早いし」
「はるなん」
「寝不足の顔してたら怒られちゃうしね」

弱くなった声色が彩花の胸を鳴らす。

言いだしたくせに、こちらが答えに困ったり戸惑ったりすると春菜はすぐに謝る。
気遣われているのはわかるし、それは春菜の優しさなのかも知れないが、それは時に焦れったさやもどかしさももたらす。
331 :ホシイコトバ :2013/08/15(木) 23:26
「……バカ」
「彩ちゃん?」
「はるなんのバカッ」
「えっ?」
「…知らないッ」

思ってもないことを口走ったことで急激に押し寄せてきた後悔に耐えきれず、春菜に背を向けるように寝返りを打った。

「え、彩ちゃん? なになに、どうしたの?」
「知らないったら知らない。はるなんのバカ」
「待って待って、なんで? なんでバカって言うの?」
「はるなんがバカだからですぅ」
「ええー?」

部屋の空気が動いたのがわかって、春菜が上体を起こしたのが背中を向けていてもわかる。
けれど彩花は振り向かなかった。

「彩ちゃぁん。なんでー? 私、なんかした?」
「…知らない」
「わかんないよぅ、こっち向いてよぅ」
「やだ、自分で考えて」

言うと、少しの沈黙があった。
おそらく、つい先ほどまでの数分のやり取りを反芻しているのだろう。
思い当たる節など、春菜にはきっと思いつかないだろうけれど。

「……ごめん、わかんないです…」

不安げな、しおらしい声に彩花の胸がまた小さく鳴る。
そんな声をされたら、まるでこちらが悪いことをしている気分になってしまう。
332 :ホシイコトバ :2013/08/15(木) 23:26
ずるい。
ずるいずるい。

「…ずるいよ、はるなん」
「え?」
「全部言わないとダメ? 彩から全部言わないとダメなの?」
「彩、ちゃん?」

春菜の声に、それまでとは格段に違う戸惑いのいろが滲む。

ドキドキと高鳴る心音は、ひょっとしたら春菜の耳に届いているのかも知れない。
そろりそろりと肩越しに振り向くと、薄暗闇の中、春菜と目が合った。

戸惑いと、期待と、確信にも似た何かを語るその目と口元を見て、彩花は再び目を逸らす。

「ホントに、わかんないの…?」

我ながら情けないほど上擦った声になった。

いままで何度もその言葉を口にした。
春菜がそれを言葉通りに受けとめていないこともわかっていた。
それでもよかった。
そのほうが何の負い目もなく春菜といられたから。

でも、いま、この状況で、言葉ではなく全身で伝えているつもりでも、それでも「わからない」と言われたら、そのときは。
333 :ホシイコトバ :2013/08/15(木) 23:27
細く息を吐いた彩花の背後で空気が揺れる。
春菜が動いたことを察してドキリとしたとき、彩花の肩を、そろりと春菜が撫でた。

「…彩ちゃん」

撫でる手に熱を感じてゆっくり振り向くと、彩花を見下ろす春菜の口元は神妙そうに結ばれていて。

「……わかった?」

諭すような問いかけに、春菜はこくり、と、小さく頷いた。

掛け布団をあげ、膝立ちになっている春菜に向けて両手を広げて伸ばすと、
その手を掴まえるでなく、倒れこむようにして春菜が彩花を抱きしめてくる。

人の重みをこんなふうに自らのカラダでに感じたのはもちろん初めてだったが、
こんなにも愛おしく、同じだけ幸せに感じる重みは他にはないだろう。

自分と似た長さでも少し違う髪質に指を絡ませる。
気づいた春菜がゆっくり顔を上げるのを待って、春菜の頬を包むように頬に手を添えて顔の向きを固定する。
334 :ホシイコトバ :2013/08/15(木) 23:27
「…あと何回言えばいいのかな、って、ずっと思ってた」
「……ごめん」
「そろそろ、実力行使しかないのかなー、って」
「じ、じつりょくこうし…?」

彩花の言葉を復唱したその口元にそっと唇を寄せると、春菜はカラダを大きく震わせた。

「こういうの」

実際に行動に移したら、春菜の頬に熱が集まったのが触れている手に伝わった。

「だ、大胆ですね…」
「だって、はるなん、何にも言ってくれないから。伝わってないなら、こういうのもアリかと思ってて」

ようやく伝わった安心感も相まって、彩花のほうにはいくらか余裕ができる。
手で春菜の顔に触れながら、そのパーツをひとつひとつ、確認する。

「……どこまで、私と同じなのかなと、思ってたんですよ」

顔を撫でる彩花の手を掴まえた春菜が自信なさげに告げる。

「どこまで、って?」
「彩ちゃんの望んでることは私と同じじゃないかもって」

困ったように笑う春菜に彩花はまた焦れったくなる。
335 :ホシイコトバ :2013/08/15(木) 23:27
「…たとえば?」
「え?」
「はるなんは彩に、どういうこと、したいと思ってるの?」

大きな目が見開かれる。
かなり大胆なことを言った自覚もあったけれど、春菜の自分に対する気遣いをもどかしく思う気持ちは変わらない。

「…引きますよ、きっと」
「そうかな? じゃあ、してみてよ」
「えっ」
「はるなんがしたいことしてみて。それがもし彩と同じだったら止めない」

言いながら、止めることはたぶんきっとないだろう、と彩花は思う。
たぷんきっと、春菜が思う以上に、求めているのは自分のほうだから。

「止めないし、あとで、同じだけ返させてもらうから」

春菜はまた顔を赤くして、手で口元を隠しながらゆるゆると彩花のカラダに覆いかぶさるように上体を倒した。

「…なんか、なんていうか…、彩ちゃんって……結構、大胆だし、激しい人だったんですね…」
「……やだ?」
「え?」
「こんな彩、いや? もっとおとなしいほうがいい? はるなんが言うなら、彩、そうするよ?」
「とんでもない」

こつん、お互いの額が軽くぶつかる。
続けて鼻を摺り寄せてこられ、咄嗟に顎を引いたら唇が当たった。
336 :ホシイコトバ :2013/08/15(木) 23:28
「なにもしなくていいよ。そのままの彩ちゃんでいて」

額に口づけた唇が甘い声で囁く。

「どんな彩ちゃんも、だいすきだから」

彩花のほうから何度も繰り返したその言葉は、春菜からも何度も言われた言葉だ。
ただ、自分と同じかどうかはいつもわからなかった。

「…もっと」
「ん?」
「もっと言って。もっと聞かせて」

でももう同じだとわかった。
自分と同じ意味の、同じ強さの、同じ重さの。

「だいすきだよ、彩ちゃん、だいすき」

たまらなくなって両腕にありったけのチカラを込めて春菜を抱きしめる。
少し苦しそうに身を捩られたけれど、彩花の耳元に触れたのは、戸惑いと期待とを孕んだ熱い息で。

春菜の心情を知らされたようで、胸の奥のほうがギュッと締め付けられる。
叫びたいくらい嬉しくて、泣きたくなるくらい幸せな、その言葉。

数え切れないほど繰り返したそれは、その夜、
彩花が聞きたかった声で、彩花が望んだ以上の甘さで、彩花の耳もとで何度となく囁かれた。





END
337 :ホシイコトバ :2013/08/15(木) 23:28
温泉旅行DVDを注文しそこねていてモヤモヤが止まらず書いた。
需要がなくてもキニシナイ。
反省もしない。



うそ、正直スマンカッタ。
338 :名無飼育さん :2013/08/16(金) 01:00
あああー!はうちょ待ってました!
ふたりの感じが妙にリアルっぽくて終始ドキドキしっぱなしでした
DVDは…ざ、残念ですね…汗
しかしあれを見たら絶対思い出してnynyしちゃうんだろうなーw
339 :名無飼育さん :2013/09/02(月) 18:13
『一つでは足りない』
340 :一つでは足りない :2013/09/02(月) 18:14
 1

 悪い夢を見た。
 そう思いたくなったのはこれで二度目だ。一度目は憧れの先輩の卒業。あの日は柄にもなく大泣きしてしまった。
 そして今日。
 どうしてこんな日に…。そう思いながらも、まだ急げば間に合うかもしれない、
と問題を先送りにすることで心の安寧を図ることに努めた。
 カッターシャツに袖を通し、一年以上穿いても一向に慣れないスカートを穿く。
それからリボンをつけようとするが、まだ夏服の期間だったことを思い出し、かけておいたハンガーに戻す。
 階段を駆け下り、洗面台へと向かう。
 ボーイッシュであることを否定はしないが、寝癖をよしとしないほどの女心は持ち合わせている。
髪が短い分寝癖がつきやすいが、見たところ目立ったものはなく、軽く髪を濡らす程度にとどめておいた。
 時計を見る。どうやら朝食はおあずけのようだ。パンをくわえながら行けば、
日が日だけに何か起こりそうだが、あいにく我が家の朝は米で始まる。
 と、自分で言っておきながらどこが「あいにく」なんだろうかと思ったが、
自転車に跨った今、そんなことを考えている暇も余裕もない。
 忘れ物はない。
「急ぐか」
 こんな日に限って……。新学期初日に遅刻なんて……。
 車に気をつけながら、できる限りの最高速度でペダルを漕いで行く。
341 :一つでは足りない :2013/09/02(月) 18:14
 2

 自分で言うのは許せるが、他人に言われるのは許せない。そう思うことは今までに何度もあった。
 今回もそれを適用したかったが、今日だけは他人の言葉も甘んじて受け入れるしかないだろう。
「くどぅー、バカだね」
 しかしこうもストレートに言われると反発したくなるのが人の常。
「もう少し言い方があると思うんだけど?」
「……見つからなかった」
 さいですか。
 放課後の2−Aの教室。残っているのは、私、工藤遥、
そしてハルの前の席で上半身だけをこっちに向けて座っている佐藤優樹。それとA組の生徒が数名。
放課後と言っても、今日は始業式と短いホームルームがあっただけで、今は昼の十一時を少し回ったところだ。
朝ごはんを抜いているから帰っていい時間なら帰るべきなのだが、そうはいかない理由があった。
「それにしてもある意味奇跡だよくどぅー、数学のプリントを表だけやって裏を忘れるなんて。
らしくない。そんなに数学がイヤだったのかぁ」
 はいはい私がバカでした。ですからそのニヤけ顔はやめていただきたい。
 この上遅刻までしていたらどんなことを言われただろう。ただ一つ、腹を抱えて笑う姿は容易に想像がつく。
342 :一つでは足りない :2013/09/02(月) 18:14
 先生には、十二時までに出せば忘れてない事にしてあげると言われたので、その言葉に甘えて
こうして放課後の教室に身を置いているが、周りの生徒はおのおの放課後を放課後として楽しんでいるのだろう。
ハルのような人は稀有な例だときちんと自覚している。
まーちゃんもまーちゃんで、こんなハルに付き合ってくれているのだからそこには感謝をしなければいけない。
「ねぇまーちゃん、帰らなくていいの?」
 ハルの問いに、頬杖をつきながらやや上目遣いでこう返してきた。
「それは帰ってほしいって受け取るべきなのかな?」
 佐藤優樹。この軽口が彼女の特徴とも言える。
どこぞの育ちのいいお嬢様にも見えかねない容姿のせいで、想像と現実の違いに戸惑う人も多いはずだ。
しかし彼女のことを知れば知るほど、憎めないやつだということも分かってくる。
「そんなことは思ってないよ。ただ、ハルのせいで帰る時間が遅くなってるなら申し訳ないなって…」
「そう思うんなら」
 言いながら目線をハルの机に落とした。いや正しくは、机の上のプリントに、だ。
「はい、すみません」
 シャープペンシルをノックする。プリントは三枚あるが、片面は終わっているので30分と掛からないだろう。
 すらすらと書き進めていければよかったが、それはそれ、人には得手不得手がある。
 なんとかプリント一枚を終えたところで、まーちゃんに会話を促した。
「気を遣わせて悪いけど、喋ってくれていいよ。てゆうかむしろ、喋ってくれた方が気がまぎれる」
「ま、くどぅーがそうしてほしいって言うなら」
 その言葉を受け二枚目に取りかかる。
343 :一つでは足りない :2013/09/02(月) 18:15
 部活動の練習の声でも聞こえていればまーちゃんに頼むこともなかったけど、
今日は完全下校時間が十二時で、部活動も休みなのだ。
とはいえ、教室には他にも数名が居残っているので、風の音しか聞こえないと言うほど静かなわけでもない。
 筆の進みがはやいのが分かる。どうやら会話作戦は成功らしい。実際のところ、ハルは軽く相槌を打つくらいで、
ほとんどがまーちゃんのひとり喋りだったのだが。
 それでも新しい話題を切り出したところでハルの注意がそちらに向いた。
「そういえば、今日の朝見慣れない車を見たの」
 顔を上げると目が合った。見慣れないとはどういうことだろう。ガルウィングドアの車でも見たのか?
それならハルも是非お目にかかりたい。訊いてみる。
「どういうの?」
「赤い車」
 思考停止。ほんの一瞬だったが確かに思考は停止した。
赤い車を見慣れない車に分類するのは、いささか無理がないだろうか。
 ポカンと口を開けたままのハルを見て、まーちゃんが補足してくれた。
「この学校で、だよ?」
 考えてみて? という目を向けてくるので少し考えてみる。そして理解した。確かに見慣れない。
この学校においては、赤い車は見慣れない車たりうるのだ。
「やっと分かったよ、まーちゃんの言いたいことが」
 赤い車なんて珍しくもなんともない。珍しがる人もいないだろう。ただし、それは広く言えばの話だ。
この学校でとなると話は変わってくる。
 思い返せばここに通って約1年半、まったくと言っていいほど赤い車が止まっているのを見たことがない。
白や黒、シルバーに加え黄色や青などがあるのに、赤がないのもそれはそれで珍しい。
まあ来年度になれば、新任の先生が赤い車で颯爽と出勤する姿が見られるかも知れない、少し楽しみにしておこう。
344 :一つでは足りない :2013/09/02(月) 18:15
 それはそうとして、確かハルが今日学校に来たときは…。
「でもハルは見てないよ? 今日の話でしょ?」
「うっそだぁ!」
「ホント。いくら急いでいても赤い車があれば気づくと思うし」
 まーちゃんはううむと唸り眉間にしわを寄せた。口ぶりからすると本当に赤い車は見たんだろう。
近くに寄るなり、校舎に入って上から見るなりすれば、すぐに分かることだ。
「不思議な話だね」
「うん。……あ、不思議で思い出したけど」
 言って、ふふっという笑いが漏れた。
「どうした?」
「ああごめん、思いだし作り笑い」
 なんじゃそりゃ。
「聞きたい?」
 いいえ、聞きたくありません。そう言えばすんなりと引き下がるとは思えない。それに口角が上がり、目も輝いている。
プリントも既に三枚目に入っている。時間もまだ残っている。要するに、
「話したいんでしょ?」
「分かる? ホントに不思議なの。だからくどぅーの知恵が借りたくて」
 言い終わるが早いか、まーちゃんは姿勢を正し、一つ大きく咳払いをした。
345 :一つでは足りない :2013/09/02(月) 18:16
 3

「ホームルームのときに友だちから聞いた話なんだけど」
 その言葉からまーちゃんの話は始まった。ハルは問題を解くペースを緩め、話に耳を傾ける。
「今日は九時から始業式だったでしょ?
八時四十分くらいから各クラス、担任の先生に連れられ体育館へと入って行った。
 まずは三階の一年生から。その後に二階の二年生。そしてC組の番がきた。
 この学校の場合、位置的に体育館に行くときは昇降口をかすめる形になる。友だちはそこを利用して、
好きな先輩に宛てて書いた手紙を、その先輩の下駄箱に入れることにしたの」
「他にも入れるチャンスはあったと思うけどね」
 少し大げさにはぁと溜め息をつき、首を左右に振った。
話の腰を折らないでくれ、ということだと思うけど、せめて何か言葉を発してほしい。
 気持ち語尾を強くして続ける。
「入れることにしたの。幸い、すぐに先輩の下駄箱は見つかって手紙を入れることができた。
でもその子はそのあと奇妙なものを見た」
 奇妙なもの? と訊きたくなったが、先に習い黙っておく。
「下駄箱といってもただ木の板で仕切られただけで、扉なんて付いてない。だから他の人の靴も丸見えなんだけど、
どうも一ヶ所だけ、目を引くと言うか違和感を覚えるものがあった。
近寄って見てみるとすぐにそのおかしさの理由は分かった。そこには上靴と外靴が入れてあったの。
 でも本当におかしいのはそこじゃない、注目すべきはその数。くどぅー、分かる?」
「分からない」
 具体的に言って当たってしまったら申し訳ないからこう答えたが、
百とか千とか、大げさにボケる方法もあったのだと後から気付いた。
346 :一つでは足りない :2013/09/02(月) 18:16
 まーちゃんは得意そうな顔をしておもむろにピースをした。
「たったの二つ。上靴一足に外靴一足。どう考えても足りないの。不思議でしょ?」
 なるほど不思議だ、いろいろと。
「不思議だと思うよ。昇降口で上靴と外靴を履き替えるから、ふたつが同時に入ってるのはあまり見かけない。
それに始業式は体育館で行われたけど体育館シューズは必須じゃないし、
仮に使ったとしても上靴は体育館に持ち込んでいるはず」
「そう! そうなんだよくどぅー」
 それなのになぜ、しかも上靴と外靴が一足ずつなのか。靴は二足でセット、一つでは足りない。
「一つ、訊いていい?」
「いいよ」
「その上靴と外靴は、左右どっちの足だった?」
 少しの間をおいてはっきりと答えてくれた。
「上靴が右足、外靴が左足だった」
「間違いない?」
「うん」
 それなら一つの仮説を立てることができる。これで大方の説明はできるだろう。
でもそうに違いないという証拠はない。それにまだすべてが解決したわけでもない。
 数学の問題も残り一問となった。
気づけば他に残っていた生徒たちは帰っていて、教室にはハルとまーちゃんのふたりだけだった。
 風の音が聞こえる。
 最後の問題を解き終わるとまーちゃんが訊いてきた。
「下駄箱、見に行くんでしょ?」
347 :一つでは足りない :2013/09/02(月) 18:17
「もちろん。百聞は一見に如かず、ってね」
 筆記用具をカバンに戻し、プリントを手に、ハルは席を立つ。
「さあ、いこうか」
 教室を出て、中央廊下を右に曲がれば職員室がある。プリントを提出し先生に伝えた。
すみませんでした、と、ありがとうございました、を。

 職員室前の階段を下りれば目の前には昇降口がある。
「ねぇ、まーちゃん。どこかなぁ」
「こっち」
 言いながら三年の下駄箱へと歩いて行く。一番端、あれはD・E・F組の棚だ。
「確か……、あれ!? 確かここにあったはずなんだけど……」
 顔も目も左右に動かす姿を見て、ここは形だけでもとハルも探すことにした。
まーちゃんに背を向けA・B・C組の棚も見てみるが、ついに目当てのものは見つからなかった。
 ないならないで構わない。大体こんな時間だ、予想はできた。これで証拠は明日に持ち越しになった。
しかしそれもそれで構わない。
 校内放送のスピーカーにノイズが走る。

『……完全下校時間五分前です。まだ校内に残っている生徒は、速やかに帰りましょう。
 完全下校時間五分前です。まだ校内に残っている生徒は、速やかに帰りましょう』

「だそうだよ。とりあえず帰ろっか」
 靴を履き替え校舎を出ると、聴き馴染みのある歌詞のない曲が聞こえてきた。
348 :一つでは足りない :2013/09/02(月) 18:17
 4

 九月になっても暑さは変わらず、照りつける陽射しで肌が熱くなるのを感じた。
 どれほどだっただろう。しばらく無言のままでいたが、沈黙を破ることにした。
自転車を引きながら、斜め後ろを振り向いて、
「訊きたいことがある。間違ってたら言って。……ラブレターを書いたのはまーちゃんだよね?」
 一呼吸置いて返事がくる。
「さすがだよ、くどぅー」
 そう、あれは友だちから聞いた話なんかじゃない、まーちゃんの経験談だ。
教室で話を聞いているときから引っかかっていた。それこそ「何かがおかしい」くらいで、
気のせいだよと言われればそうか気のせいかと納得していたと思う。昇降口に来るまでは。
 どうやら気のせいではなかった。
 人から聞いた話にしてはどうも言動がふさわしくない。違和感のもとはこれだった。
「まーちゃんは下駄箱の前でこう言ったよね? 「ここにあったはず」って。
この言葉は実際に見たことがないと出ない言葉なんだよ。
そこで気がついた、友だちから聞いた話なんて嘘なんじゃないか。
まーちゃんがラブレターを書いたんじゃないか、ってね。
 思えば、「友だちから聞いた話」なんて枕詞がそのままの意味で使われることは少ない」
 最後のは半分冗談だったが、妙に納得された。
「なるほど、でも」
「うん、でもそうだとするとハルは軽率だった。
たとえ友だちだとしても、他人(ひと)の恋愛事情に土足で踏み入るべきじゃなかった」
 横断歩道まで来ると信号はすでに点滅していた。無理に渡ることはない。
349 :一つでは足りない :2013/09/02(月) 18:17
 セミが鳴いている。耳からも暑さを感じていると、どこか申し訳なさそうな声が聞こえてきた。
「くどぅーの推論には一つの間違いがある」
「なに、ラブレターは別の人が書いたとでも?」
「違う。そもそもラブレターなんて書いてないの。くどぅーが言ったことはほとんど合ってるよ。すごいと思う。
でもただ一つ、「好きな先輩」を異性と捉えたところが間違ってる。あれはLOVEじゃなくて、LIKEなんだよ」
 なら。
「じゃあなんでハルに嘘をつく必要があったの? てっきり自分の恋愛事情を知られたくないからだと」
「ごめん、先に謝っておくね。実は、頭の回るくどぅーに挑戦したくなったの。
つまりくどぅーがきちんと真実を見抜けるかどうか、くどぅーを騙し通せるか試そうって思いついたの。
あの思いだし作り笑いのとき」
 言われて思い出す。すっかり騙されていた。
「本当はこう。
 C組が体育館へ向かう途中、まさは部活の女の先輩宛てに書いた、
夏が終わると会えなくなって寂しいですっていう内容の手紙を、その先輩の下駄箱に入れに行った。
そしてあのふぞろいの靴を見つけた」
「つまり、ハルをからかったんだね」
「違う! 別にそんなつもりは……。くどぅー、怒ってる?」
 言って顔を覗き込んでくる。
350 :一つでは足りない :2013/09/02(月) 18:18
 信号が青になったので左右を確認して歩きだす。
「別に怒ってないよ。でもなんだろう、ホッとしてる」
「ホッとして…る?」
「うん、自分でも信じてなかったから。ハルの知ってるまーちゃんには、彼氏彼女は似合わない」
「……まさもそう思う」
 笑った。まーちゃんも笑った。
 横断歩道を渡り右に折れれば、あとはまっすぐ道なりに。途中にあるケーキ屋の前を通ると甘い匂いが鼻をつつく。
少し前を行くまーちゃんが足を止めた。
「ところで、ふぞろいの靴の謎は説明できそう?」
「うん」
 小さく咳払いをする。
「ふぞろいの靴の持ち主は、何も奇を衒おうとしたわけじゃない。
右足は靴を履くことができなかったんだ。……ケガをしていたから」
「あぁ」
「下駄箱に左右の違う上靴と外靴が置いてあったのなら、その人は片足だけ靴を履いて登校し、
その足だけ上靴に履き替えたということ。足のケガ、捻挫か骨折かは分からない。
それでも松葉杖は使ってるんじゃないかな」
351 :一つでは足りない :2013/09/02(月) 18:18
 続ける。
「そんな状態の子どもをひとりで行かす親はまぁいないでしょう。手段と、それに時間に余裕があるならなおさら。
だから今朝、その人は親に送ってもらった、赤い車でね」
 へ? と気の抜けた声を漏らしてから疑問を投げかける。
「どうしてそこで赤い車が出てくるの?」
「簡単なことだよ。まーちゃんが見た赤い車をハルは見ていない。そしてハルが学校に着いたのは遅刻ギリギリだった。
つまりハルが学校に着く前にその車は帰ったということになる。
そうすると先生の車とは考えられないから保護者の車だ。保護者が何しに朝の学校へ?
来てすぐ帰ったのなら子どもを送りに来たんだと思う。
 そして、松葉杖をついて歩く生徒の存在」
 少し早口になっているのが自分でも分かった。額に滲んだ汗を拭う。
「ここまで言えば大丈夫だよね?」
「うん」
 再び歩き出す。次の交差点でハルは左に曲がる。まーちゃんはまっすぐ。
 信号は赤。並んで待っていると、目の前を数台の車が横切っていく。
「今日はいろいろ楽しかったよ」
 すかさず睨んでやる。
352 :一つでは足りない :2013/09/02(月) 18:18
「怒ってないって言ったじゃんか、くどぅーの嘘つき」
 つんと口を尖がらせていた。まーちゃんの場合、機嫌が悪いとこうはならない。
「だから怒ってないって。でも気分は良くないよね」
「分かった、じゃあ今度何かお願いを聞くから」
 信号が青に変わる。
「なら週末、あそこのケーキ屋さんに行こう。……まーちゃんのおごりで」
「まったく……」
 そう言って小走りで信号を渡り、向こう側で立ち止まった。振り返り大きめの声で、
「くどぅーのいじわる!」
 はは、約束だよまーちゃん。
 バイバイの声に合わせて手を振る。まーちゃんが徐々に小さくなり、やがて横道に消えて見えなくなった。
 自転車に跨り、ペダルに足をかける。ここからあとは下るだけだ。
 照りつける陽射し、セミの声。まだまだ夏は終わらない。それでも意外に早く、秋はやってくるだろう。

 完
353 :名無飼育さん :2013/09/04(水) 11:31
このシリーズ好きです
354 :名無飼育さん :2013/09/04(水) 17:14
ありがとう
355 :名無飼育さん :2013/10/08(火) 19:06
「わたしの彼女は左利き」
356 :名無飼育さん :2013/10/08(火) 19:07

 生徒会副会長 譜久村聖
 生徒会役員 生田衣梨奈

 黒板には、ミミズがのたくったような、ヘタクソな文字。白いチョーク
で。真ん中に線を一本いれて、つぶれた三角形をのっけて。おまけにてっ
ぺんには、ピンクのハートマーク。
357 :名無飼育さん :2013/10/08(火) 19:09

 ざわめきたつ教室。そこで、先生が、教壇に歩み出て、呼びかける。

「――これ書いたの、誰や? でてこーい――――!」

 が、クラスメイトは、みな一斉にだまるばかり。

 それを、聖は、教室のすみっこからながめていた。自分一人が、学校や
教室という狭い世界から、フェードアウトして、どこか遠くからみてい
るような気がした。自分自身のことのはずなのに。
358 :名無飼育さん :2013/10/08(火) 19:09

 そして、微笑みながら、隣の席にふせて寝ているそれにふわりと囁く。
生田衣梨奈。セーラ服のブラウンショートカット。

「……ねぇ、えりぽん? ――あれ、どう思う?」

 呼びかけに、衣梨奈はむくりと起きあがった。そして、目をこすりな
がら、

「――んー、今、眠いっちゃん」

 こたえて、またふせた。
359 :名無飼育さん :2013/10/08(火) 19:12

 茫然とした表情で目をパチクリさせると、聖は、浅い息をはきだす。

(――ふぅ。……やれやれ)

 そうぼやきながらも、衣梨奈の髪を左手で優しくとかして、なでてや
る。

(っふふ、かっわいいなあ……赤ちゃんみたい……う〜ん、食べ
ちゃいたいくらい)

 ぷにぷにしたほっぺたを触ると、自然に頬がゆるんだ。このまま、つ
ねってしまいたい衝動にかられた。
360 :名無飼育さん :2013/10/08(火) 19:12

 ――と、そのとき。

 頬にひとすじの涙がつたう。

(あれ、ミズキ、なに、期待してたんだろ……)

 涙は溢れて、こぼれ落ちて、机の上で、小さな、小さな湖となった。


 look at me――!(わたしを見て!)
361 :わたしの彼女は左利き :2013/10/08(火) 19:13
おわり
362 :名無飼育さん :2013/10/17(木) 19:10
『制服の男』
363 :制服の男 :2013/10/17(木) 19:10
  1

 楽しい時間は早く、つまらない時間は遅く感じるというのは、
経験則から導かれる事実であり、そこに異を唱える者はいないだろう。
そしてこの事実はハルに、人の脳というものは効率的ではないのだと教えてくれた。
 バスの車内は退屈だった。
 朝から降り続く雨は、道の上に水溜まりをつくり、車の群れをつくった。
アクセルとブレーキを繰り返すバスの進みは遅く、窓の外に目をやれば、
傘を差して歩く人たちが次々とバスを追い抜いて行く。
前の方に座る男性がしびれを切らしたのか、文庫本を取り出し読み始めた。
暇を持て余しているのはハルだけではなかったらしい。
 携帯を取り出し何か面白い話題でもないかと調べれば、
世間では空き巣強盗放火など物騒な事件が起きている。
しかしそんなこととは関係なく、バスは停留所を目指し走り続ける。
 ニュースもほどほどに携帯ゲームに没頭していると、後ろの席の小銭を探る音に釣られ目を上げた。
停留所がすぐそこまで来ていたのだ。幾人かがバスを待っていたが、
その中に待ち合わせ相手を確認すると、携帯をしまい隣に置いた鞄を膝の上に乗せた。
364 :制服の男 :2013/10/17(木) 19:11
 バスが止まりドアが開く。入口のすぐ近くに座っているので人の出入りがよくわかる。
初めに乗ってきたのは短髪の男子。言っとくけどハルより短い。
その次に乗ってきたのがハルの待ち合わせの相手だった。
 黒地に白の水玉模様のスカートに上は白の長袖。
前面にはなにやら英語が書いてあるが意味はちょっとわからない。たぶん本人もわかってないんじゃないかな。
髪は頭のてっぺんで一つにまとめ、髪色と同じ黒のゴムで縛っているだけだった。
 見た目だけで言えば育ちのいいお嬢様という言葉がよく似合う。
ただ一つ、その印象を裏切るところがあり、それが彼女の特徴とも言える。
 ハルを見つけると、いつもの調子でこう言ってきた。
「待たせたかな? 工藤遥(くどうはるか)くん」
 首を横に振る。
 佐藤優樹(さとうまさき)。彼女を語る上でこの軽口を忘れてはいけない。
これを玉に瑕だと言う人がいるかもしれないけど、ハルはそうは思わない。
「ところで、雨は止みそうにないね。予報では夕方には止むって言ってたけど」
「そうだっけ? 夕方から夜にかけて、のはずだよ」
 などと言いながらまーちゃんが席に座ると、バスはゆっくりと動き出した。
 時刻は五時手前。十月も後半に入り、既に日は落ち始めている。
365 :制服の男 :2013/10/17(木) 19:11
  2

 しばらく話した後、まーちゃんはおもむろに小さな冊子を取り出した。
「楽しみだね」
 そう言ってページをめくる。それはハルたちがこれから向かう建物のフロアガイドだった。
オープンしたのは半年近く前だから何度か行ったことがある。もちろんまーちゃんとも。
けど、この冊子の手にしたことはなかった。
 知ってはいたがこうして改めて見てみると、服屋書店料理屋雑貨屋のほかに、
家電歯医者携帯ショップ美容室とバラエティに富んでいる。
そして、最上階の六階をすべて使って展開される映画館が、今日のハルたちの目的地だ。
 誘われたのは昨日の放課後。ずいぶん急な話なうえに雨の予報が出ているのを知っていたので、
別の日ならと返事をした。しかしまーちゃん曰く、
「明日はレディースデイと月に一度の特別割引が重なる日なんだよ。別の日なんて選択はないと思うけど」
 まあそれなら、いいかな。中学生のお財布事情は結構厳しいのだ。
 フロアガイドの六階のページに目を落としながら昨日のことを思い出していると、
注釈が書かれていることに気付いた。
366 :制服の男 :2013/10/17(木) 19:11
「ん? すべての割引において重複割引はできません。って書いてあるよまーちゃん」
「チョウフク?」
「二つ以上は同時に使えませんよ、ってこと」
 わおという声が漏れた。少しの間をおいて、普段と変わらない調子で言った。
「ま、いいや、それでも」
 軽いな。もう自分が言った誘い文句も忘れているのかもしれない。
かといってハルも、ここまで来て「じゃあやめようか」などと言う気もない。バス代が無駄にかかるだけだ。
「それにしても、よく気づくよねくどぅーって」
 あまりに唐突すぎて言葉の意味がうまく理解できなかった。
「ん、どういうこと?」
「まあ今回のは違うけどさ、いままでもまさが思いもしなかったようなことを
言い当てたりしてきたじゃん? それってすごいことだよ。
くどぅーは「こんなの運がよかっただけ」なんて言うけど、その一言で片づけちゃいけないと思う」
 褒められているんだろう。だけどずいぶん的外れだ。
相手を見積もるときは低くてもダメだが、高くてもダメなのだ。
367 :制服の男 :2013/10/17(木) 19:12
 だから言う。
「買い被りすぎだよ」
 しかしハルの気持ちとは裏腹に、まーちゃんは微笑みを浮かべた。
「謙虚だね」
 いや、だから。
 中学に入学しておよそ一年半、まーちゃんは普段の生活からいくつかの不思議を見つけ出し、
その解決をハルに持ちかけたことが何度かあった。それに対しハルが何もしなかったと言えば嘘になる。
 しかしこのままではいけない。
「まーちゃんは何もわかってない」
 思いの外強い口調になってしまった。それでもまーちゃんは微笑みを崩さず肩をすくめてみせた。
「どうしても認めないんだね。いいよ、いままでの成果はすべてくどぅーが幸運の持ち主だったから、だとしよう。
それでも、くどぅーが考えてくれたおかげで、それなりの結果が生まれたのは事実でしょ?」
 否定はできない。
 だがそう簡単には認めない。
「「運がよかった」っていうのは事実と推論がそう簡単に一致しないって意味だよ。世の中わからないことだらけだ」
368 :制服の男 :2013/10/17(木) 19:12
「それは普段から理由を考えたりしないからだよ」
 ぐうの音も出ない。
「それなら何か一つ状況を出してみてよ。事実と推論がそう簡単に一致しないって証明してあげる」
 半ば挑発的な提案に、まーちゃんは乗ってきた。乗ってくると思った。
「おもしろそう。なんでもいいんだよね? じゃあ……」
 上げた目線は宙をさまようことなく、一人の男を捉えた。
ハルへと向き直り、胸の前で小さく彼を指差しながら言う。
「じゃあ、あの人がどこで降りようとしているのか、推測してみて」
 気合を入れるために大きく息を吐く。
「始めようか」
 ゲーム開始の合図のように、五時のサイレンが鳴った。
369 :制服の男 :2013/10/17(木) 19:12
  3

「まずは彼の観察からだね」
 事は慎重に。けどゆっくりとはしていられない。彼が次の停留所で降りる可能性だってあるのだから。
 手がかりを見落とさないようにじっくりと観察する。
 前から二列目の左側、一人掛けの座席に座る彼は退屈そうにしていた。
灰色を基調としたチェック模様のズボンに紺色のカーディガンという服装。
首元からは白のカッターシャツも見えている。そして手には、柄の部分が青色のビニール傘を持っていた。
 以上。
 ここからどうする? なんの変哲もない光景から読み取れるもの……。
「まず」
「まず?」
「彼は近くの高校の生徒であることがわかる」
 これは誰でもわかることだ。
370 :制服の男 :2013/10/17(木) 19:13
「制服を着ているから?」
「うん。それにあの制服には見覚えがある。あゆみんが通ってる高校のやつだ」
 まーちゃんはこくりと首をかしげ、やがて何かを思いだした。
「ああ、図書館でバイトしてた人だね」
 頷く。
「だから彼は高校生で間違いない」
 実は二十歳以上で、特別な趣味をお持ちの可能性もなくはないが、そんな特殊な場合まで考えていたら
どんな推測だって成り立ってしまう。彼はごくごく一般のありふれた男であると考えるべきだ。
 となれば次の推論は自然と導かれるだろう。
「彼はいまこの時間、下校途中である」
 どこもおかしくはない。……と思う。だけど何かが引っ掛かる。
具体的には言えないが、彼が下校途中だとすると不自然なのだ。
時間のせいだろうか。いや、遅くまで学校に残ることはよくあることだ。
そんなことを考えていると、
「それは違うんじゃない?」
 と訂正しようとする前に否定されてしまった。
371 :制服の男 :2013/10/17(木) 19:13
 でもそんなにはっきりと言い切れるのかな。訊いてみる。
「というと?」
「だって、あの人が乗ってきたのは高校の最寄りの停留所じゃなかったよ」
 なるほど乗った場所か。考えてなかった。でもそれなら難しいことじゃない。
「それはどこか、例えば友だちの家に寄ったあとだとしたらどう?」
 しばらく待ってみたが反論はなかった。
それより気になったのは、まーちゃんがなぜ彼がどこから乗ったかを知っているのかということだが、
なんのことはない、すぐに思い出した。彼の髪の毛は短い。
「そういえば彼が乗ってきたのはまーちゃんと同じとこだったね。もしかして、彼を選んだのもそれに関係するのかな?」
 当たりだった。
「うん。実はバスに乗る前からずっと気になってたの。あの人どこかおかしくない?」
 ふうん。まーちゃんも同じことを思ってたのか。
その謎が解ければ推論の手がかりになるかもしれないんだけど……。
 乗る前から気になってた、ね。
 黒に近い灰色のズボンと白のカッターシャツに紺色のカーディガン。そして柄の部分が青色のビニール傘。
372 :制服の男 :2013/10/17(木) 19:13
 ……そういうことか。
「おかしいと思ってた。でもいまわかったよ。やっぱりさっきのは間違ってた」
 一呼吸置いて、
「彼は下校途中なんかじゃない、すでに一度家に帰った後だ」
 まーちゃんが黙り込んでしまった。よくよく考えればわかると思うんだけど。
「彼の持ち物を見てごらん」
「ビニール傘? でも外は雨で」
「そうじゃない。んーなんて言えばいいかな、持っているものじゃなくて、持っていないものに注目してごらん」
「持っていないもの……」
 あまりもったいぶるのもよくないので、ハルは膝の上にあるものを指差した。
「ああ! これか!」
「そう、それが彼のおかしなところの正体だよ。中学生や高校生なら、まして下校途中なら持っていて当たり前のもの。
……彼は鞄を持っていない」
373 :制服の男 :2013/10/17(木) 19:14
 続ける。
「つまり一旦家に帰り、そしてまた出かけた。用事があったんだろうね。
でもその用事は今日急遽できたものだと推測できる。
なぜなら、前もって出かけることが決まっていれば家に帰る必要もないし、家に帰る余裕があったなら着替えればいい。
よって、彼がこのバスに乗る理由は家に帰ってすぐ、突発的に発生したと考えられる」
 ハルの言ったことを反芻するように数回頷き、呟くように言った。
「なるほど。じゃあその用事がなんなのかがわかれば、あの人の行き先がわかるね」
 そこが最大のポイントだ。
 まず考えられるのは誰かに誘われた、ってこと。友だちに誘われたのなら余裕を持って行動できたはず。
つまり着替える時間があったことになる。なら目上の人間に呼び出された?
それならありえそうだ。でもそれを示すものはここにはない。
これまでのことを考えると、いくら理屈が通っていてもまーちゃんを納得させられないと意味がない。
いまこの場で推測される理屈を突きつけなければいけないのだ。
 少しの間降りた沈黙。そのときちょうどバスが停留所に着いた。
374 :制服の男 :2013/10/17(木) 19:14
  4

 市役所前。その名を冠するのに充分な場所だった。五時を過ぎてもまだ営業している。まあ用はないけど。
 目の前の扉が開く。乗ってきたのは女性だった。降りる人はいない。
よかった、彼の目的地はここではなかったらしい。
 ……いや、ちょっと気負いすぎかもしれない。
これはまーちゃんとのゲームなんだからもう少し気楽にいかなければ。
 バスが動き出すが早いか、彼はポケットから携帯を取り出した。
しかし開くこともせずすぐにポケットに戻してしまった。何がしたかったんだろう。
 まーちゃんもそれを見ていたらしい。
「あの人ガラケーだ。珍しいね」
 見るポイントは違ったけど。
「そうかな? 確かに持ってる人は減ったよね。ハルたちももう持ってないし。
でもまだ結構な数の人が持ってるよ、ガラケーにもいいところはあるからね。
ちなみにハルの憧れの人もまだガラケーだよ」
375 :制服の男 :2013/10/17(木) 19:14
「ふうん。……で、推論の続きは?」
 覚えていたか。あともう一押しな気がするんだけどなあ。
 少し時間稼ぎをしてみる。
「その前に、いままでの推論を整理してみよう。
 雨の降る夕方、傘を持った男子高校生が制服姿でバスに乗る。
ひどく退屈そうにしている彼は鞄を持っていない。
そこから、彼が下校途中でなく一度家に帰ったあとで何か用事ができどこかへ向かっている、と推測した。
 ではその用事とは一体何か」
 言いながらハルは少し前のことを思い出していた。
 ハルがバスに乗ってから。
 まーちゃんが乗ってきたから。
 そして……。
 どうやら時間稼ぎは功を奏したらしい、ハルは一つの結論に至った。
「その顔は何か気付いたね」
 どんな顔か気になったが、とりあえず頷いた。
「まあね」
376 :制服の男 :2013/10/17(木) 19:15
「聞かせて」
 んー、期待には応えられそうもないけど。
 どこから話そうかと迷っている間、まーちゃんは待ってくれた。まず、と前置きして話し始める。
「まーちゃん、いま退屈?」
「ううん、くどぅーがいるもん」
「それはよかった。ハルは退屈だった。だからまーちゃんが来るまで携帯をいじってた」
 まーちゃんは怪訝そうに眉間にしわを寄せた。
「何が言いたいの?」
「彼のおかしなところをもう一つ見つけたんだよ。バスの車内は退屈だ、まあ話し相手がいれば別だけどね。
じゃあ退屈ならどうすればいい? 暇潰しになるものを探せばいい。
それがハルの場合は携帯のゲームだった。小説を読む人もいたよ。
 なのに退屈そうにしている彼は見たところ何もしていない。
手ぶらに見えるけど、彼が携帯を持っていることをハルたちは知ってる。
ほかに何か持ってたとしても財布ぐらいかな。なぜなら鞄がないから」
377 :制服の男 :2013/10/17(木) 19:15
 ここで一旦言葉を切る。乾いていないけど唇を舐めた。
「携帯があれば充分暇潰しできる。でも彼はそれをしなかった。
いや、しなかったんじゃなくできなかったのだとしたら? つまり、彼の携帯はいま使える状態じゃない。
 いまや携帯は必需品。中高生にとっては特にね。なのにそんな携帯が急に使えなくなっていた。
これじゃあ友だちとも連絡が取れない。時間はまだ夕方。そのとき彼が取る行動は一つ。
 さっき彼がポケットから携帯を取り出しまたすぐ戻したのは、壊れているのを度忘れしていたか、
あるいは使えるようになってないか確認した、ってところかな」
 そして残るは。まーちゃんも、もう気付いてる。
「じゃああの人が降りるのは」
 ハルは笑う。
「うん、ここまで来ればわかるよね。彼の目的地は携帯ショップ。降りる停留所はハルたちと同じだ」
 推論は以上。心の中でそう付け加えた。
378 :制服の男 :2013/10/17(木) 19:15

 映画も見終わり建物を出たころには雨もすっかりやんでいた。折り畳み傘は鞄にしまっておこう。
 停留所の列に並ぶと、映画の感想もほどほどにまーちゃんが訊いてきた。
「結局、あの人は携帯ショップに行ったのかなあ」
「どうだろう……」
 彼が降りた停留所はハルの推論通りだった。同じ建物に入って行くのは見たけど、
後をつけることはしなかったからどこに向かったかはわからない。
というより、バスが遅れて上映時間に間に合うかギリギリだったので、それどころじゃなかった。
「でも、まーちゃんは「あの人が降りるのはどこか?」って訊いた。だからゲームはハルの勝ちだね」
 まーちゃんの首が少し傾いた。
「ん? そういえば、あのゲームはなんで始めたんだっけ?」
 えっと、なんだったかな。確か大事なことだった気もするけど……。
 思い出せない。
 秋の夜風は体に染みる。ハルはズボンのポケットに手を突っ込んで言った。
「さあ、忘れた」
 まーちゃんもそれ以上追及することはなかった。

 完
379 :変化 :2013/11/19(火) 16:12
それはある日、突然ふってきた。


千奈美、もものことが好きだ。


地方でのコンサートが終わって、ホテルに着いた時だった。
なんでそんな時に思ったのかわからない。のんきに熊井ちゃんと明日のごはんはなにかなぁって話してただけなのに。



「・・・それじゃ、明日は7時にロビー集合で。朝食は各自で取っておいてね。」

マネージャーさんの連絡を聞いて、ぞろぞろと部屋に向かう皆についていく。


ももが好きとか許してほしい。女の子を好きになるのはまぁいいとしよう。
ただ、その相手がももなのはちょっと待ってほしい。
親友の舞美が愛理と付き合うと報告してきたときに自分ならと考えたのだ。

結論は、ない。ありえない。

まぁ、あったとしても熊井ちゃんぐらいかなぁだった。
これだけ、長いこと一緒にいるのだ。梨沙子のように最初から好きでなければ、今更かわらない。
と思ってた。


しかも、なんでもも?よりによって!
絶対、めんどくさいじゃん。


桃子は、めんどくさい。
大学にも行って一番仕事もしてるくせに弱音を誰にも言わない。
ちょっと褒めたら、半年はそのことを話題に出す。そのくせ、本気で褒めたら照れまくってちゃかそうとする。
一番めんどくさいのは、こんなに長いこと一緒にいるのに掴めないところだ。
ベリーズのメンバーはお互い、今更なことが多い。
ましになったとはいえ、桃子だけは何かをまだ隠しているように思えてならない。
でも、いいところが多いのも事実で・・・


めんどくさい・・・。もう、寝よ。


ずっと悩むのは好きじゃない。睡眠を削るなんてもっての外だ。
もものことを好きということを受け入れていることに気づかず、千奈美は寝ることにした。

380 :変化 :2013/11/19(火) 16:13

コンコンッ

「千奈美、起きてる?」

着替えていたら、桃子の声がした。

「起きてる!ちょっと待って!」

「はやく〜。もも、お腹空いた。」

「先、行ってればいいじゃん。」

「わかってないなぁ、ももは・・・

    ガチャ  

「はい、お待たせ。行くよ。」



レストランに着くと、茉麻が一人でごはんを食べていた。

「おはよ〜!茉麻、早いね。」

「おはよ。最近、千奈美早いね。」

「ももが、毎朝起こしてるからね♪」

「おい、嗣永!」

なに、気持ち悪いこと言ってくれるんだ。

横目にケラケラ笑う桃子を睨む。


たしかに、いつからか桃子がよく誘いにくるようになった。
レストランで一緒になればテーブルを共にするが、大体は一人で朝食をとることが多い。
仲が悪いのではなく、ベリーズは自分のペースで行動する人間が多いせいだ。
桃子もその一人だったはずだ。


いつからだったっけ?ああ、あの時だ。


記憶を探ろうとするとすぐに思い出せるほど、それは千奈美にとって衝撃的なことだった。



ももが泣いてた。


381 :変化 :2013/11/19(火) 16:13
去年の春先だったか、桃子の知名度が一気に上がりTVに頻繁にでるようになりだした頃のこと。



誰もいないと思っていた会議室に桃子がいた。それも、涙を流して。


バタン


千奈美は、思わずドアを閉めた。


え、え?なに?なんでももがいるの?いや、っていうかなんで泣いてんの?


小さい頃は、メンバーが泣くことはそう珍しいことでもなかった。
しかし、大きくなるにつて泣くことはなくなっていった。
中でも、桃子はかなり早い段階から、顔色が悪くなることはあっても涙をこぼすことはなくなっていた。それは、ファンやカメラの前だけでなくメンバーの前でもだった。
それが、桃子は強いと思う原因の一つでもあり、壁を感じる原因でもあった。


「えーと。もも、入ってもいい?」

「・・・。」

いいや。ダメとも言われてないし入っちゃえ。


ガチャ


「ちょっと!入っていいって言ってない!」

「ダメとも言ってないじゃん。」

「だからって、・・・」

「あーもう、うるさい!慰めてあげようと思ったんじゃん!」

「慰める態度じゃないでしょ、それ。」

「ほら、いいから吐け!なにがあった?」

「・・・。」

「・・・。誰かに、キモイとでも言われた?」

サッと桃子の顔色が変わった。

「言われたんだ。どんな奴に?もも、普通の人に言われても堪えないでしょ?」

顔を覗き込んで、聞くとしばらくしてからポツポツ話だした。

どうやら、大学で知らない人に言われたらしい。それも、とても憎々し気に睨まれながら。
大学で、それなりにいい感じに人間関係を築いていたと思っていたからショックだと。
そばにいた友人たちがブチ切れたらしく、それを抑えるのに必死になってその時はダメージがなかったらしい。
でも、会議室で一人になった途端、言われた時の相手の目を思い出して堪えられなくなったらしい。


「そっか。でもさ、ももの知らない人ってことは新入生とかじゃないの?」

「たぶん。ももの大学そんなに人多くないし。」

「てことはさ、もものこと全然知らない奴じゃん。じゃ、しょうがない。TVのももはキモイもん!」

「ちょっと!そこは可愛いって言うところでしょ!」

「はぁ?最近は頑張って見てるけど、あれが来るって思ったら千奈美でも消音にするからね!」

「メンバーでしょ!?頑張ってるんだから応援してよ!」

「応援してるじゃん!ちゃんと、ももが出てるTV見てるんだから。」

「いや、だったらちゃんと全部見てよ!」



いつものように、言い合いを続けているうちに桃子は元気になったようだった。
その日以降、なんとなく桃子が千奈美のそばにいることが増えていった。


あのあとから、なんかももに壁を感じなくなったんだっけ?


桃子がそばにいることが増えたことで、千奈美は桃子への感じ方が変わった。
もともと、本来の桃子がしている努力は尊敬していた。
ただ、あのTV用のキャラがどうしても受け入れがたかっただけで。
それさえ乗り越えてしまえば、テキトーで大雑把なところが似ているせいで一緒にいて楽だった。

そのうち、桃子がそばにいるのが当たり前になっていた。


週刊誌にも撮られたもんなぁ。あれは面白かった。


週刊誌に載ってから、事務所はここぞとばかりに桃子と一緒に仕事をさせた。
ファンに向けたものから、一般の人が見る大御所相手のTV番組まで。

その中で、桃子の強さとすごさ、存在の心強さを再確認した千奈美だった。
また、桃子のそばが居心地よくなっていった。


ん〜、メンバー同士で付き合うのって色々めんどくさそうなんだけどなぁ。
でも、気に入ったものは手に入れたいし・・・。



いつの間にか、全員集まって朝食を食べているテーブルをみて千奈美は密かに決意した。


382 :変化 :2013/11/19(火) 16:18



「千奈美、もものこと好きみたい。」

ライブ終わりの楽屋で、告白した。
桃子が目を見開いて、千奈美を見た。

「だから、付き合って。」


楽屋が静まり返った。
桃子はまだ固まってる。

ドライヤーの音が響く中、最初に口を開いたのは梨沙子だった。

「ちぃ、それ本気で言ってる?」

「うん!」

「だってさ、もも。」

目をまん丸にしたままの桃子を見やる。

「あぁ、うん。びっくりした。」

皆の視線が集まって、ようやく桃子が動き出した。

「で、もも返事は?」

「おねがいします。」

「よっしゃぁ?ということで、徳永千奈美と嗣永桃子は付き合うことになりました!」

ウッキウッキして千奈美は宣言した。

「はぁ。千奈美、桃。この状況で、もう付き合うのにどうのこうの言わないけど、楽屋で痴話喧嘩したら叩き出すからね。」

「キャプテン・・・。」

その後は怒涛の質問攻撃がはじまった。

なんやかんや言いつつ、メンバーは喜んでいてくれるようだった。
383 :変化 :2013/11/19(火) 16:19
終わり
384 :変化 :2013/11/19(火) 16:21
千奈美に、「ももはめんどくさい」と言わせたかっただけです。
ほんとはもっと詰め込んでたけど力なく、中途半端なかんじでごめんなさい。
385 :名無飼育さん :2013/11/25(月) 23:13
ちなもも!
386 :ishiyoshi's basic theorem :2013/12/04(水) 23:20
・@

┏━━━━────

     Google

 ┌──────────┬──┐
 │梨華ちゃんと会ってない│検索│
 └──────────┴──┘

┗━━━━────

―ドリムスが終わって暫く経って、
なんとなく検索してみたのがきっかけだった。
387 :名無飼育さん :2013/12/04(水) 23:20
┏━━━━────
      ┌──────────┬──┐
 Google│梨華ちゃんと会ってない│検索│
      └──────────┴──┘
  ウェブ 画像 もっと見る
─━━━───────────────
 梨華ちゃんと会ってない
 m-seek.net/test/read.cgi/.../../../../1444144414
 2 名前:Charmy 投稿日:2013/11/14(木)14:
 44: 最近梨華ちゃんと会ってない。つい最近
 まで毎日のように一緒にいたのに。

 石川梨華ちゃんが
  ・
  ・
  ・
┗━━━━────
ん?なんかあたしが思ってるのと同じこと書いてあるな・・・。
388 :ishiyoshi's basic theorem :2013/12/04(水) 23:21

┏━━━━────
 梨華ちゃんと会ってない

 1 名前:Charmy 投稿日:2013/11/7(木)
 14:44
 よろしくお願いします。いしよしの小説を書
 きます。

 2 名前:梨華ちゃんと会ってない 投稿日:
 2013/11/7(木)14:46
 最近梨華ちゃんと会ってない。
 つい最近まで毎日のように一緒にいたのに。
 中二になって一ヶ月、数学の授業は更に難し
 くなって、窓の外を眺めながら梨華ちゃんに
 ついて考える
389 :ishiyoshi's basic theorem :2013/12/04(水) 23:21
 3 名前:梨華ちゃんと会ってない 投稿日:
 2013/11/7(木)14:48
 小学生の頃は何故かずっと同じクラスで、家
 が隣の梨華ちゃんとは一緒に登下校して夕ご
 飯の前までーもしくはその後もーずっと一緒
 にいた。
 中一の時もクラスが一緒だったから自然に同
 じグループにいたし、部活の後も待ち合わせ
 て帰って、それからずっと一緒にいた。
 でも中二になってあたしは朝練に行くように
 なったし、それにクラスが別れて、部活の後
 も梨華ちゃんと会わなくなった。
 たまに学校ですれ違って梨華ちゃんが「よっ
 すぃ〜!」って言ってくれても、なんだか梨
 華ちゃんとのそういうシチュエーションに慣
 れなくて軽く「あぁ、梨華ちゃん。」と応え
 るだけ。
390 :ishiyoshi's basic theorem :2013/12/04(水) 23:22
 4 名前:梨華ちゃんと会ってない 投稿日:
 2013/11/7(木)14:50
 梨華ちゃんとはずっと一緒にいた。
 少し離れてもすぐに会えて、またずっと一緒
 にいられた。
 ほとんど別々でたまに会えるなんて梨華ちゃ
 んじゃないみたい。
 なんだか寂しいのは梨華ちゃんが幼なじみだ
 からなのか、それとも・・・。
 いや、性格とかは反対だけどなんでも分かり
 合えて落ち着くのはずっと一緒にいるからだ
 し、そんな梨華ちゃんの存在が特別なだけ。
391 :ishiyoshi's basic theorem :2013/12/04(水) 23:22
 5 名前:梨華ちゃんと会ってない 投稿日:
 2013/11/7(木)14:50
―キーンコーンカーンコーン
 チャイムが鳴った。
 それとともに、柴ちゃんが席にやってくる。
 中一の頃は梨華ちゃんと柴ちゃんとまいちん
 とアヤカとあたしの五人でグループだった。
 柴ちゃんは梨華ちゃんと同じテニス部で、ま
 いちんとアヤカは私と同じバレー部だからグ
 ループになった。
 中二で同じクラスになったのはこの柴ちゃん
 だけなんだけどあたしはバレー部の友達と一
 緒にいるから、あまり柴ちゃんとは話さなく
 なった。
 梨華ちゃんとはまだ仲良いんだろうけど。
 今日はどうしたんだろう?
 「よっすぃ〜、梨華ちゃんと何かあった?」
 「え?何もないけど。」
 一緒にいないんだから何もない。
 「ふーん、なんかよっすぃ〜の話したら梨華
 ちゃんが元気なかったからちょっと気になっ
 ちゃって。気のせいかな?」
 「・・・気のせいだよ。」
392 :ishiyoshi's basic theorem :2013/12/04(水) 23:23
 6 名前:Charmy 投稿日:2013/11/7(木)
 14:54
 今日はここまで。

 7 名前:名無飼育さん 投稿日:2013/11/7
 (木)16:23
 いしよしキター!
┗━━━━────
ふーん、これが噂のいしよし小説か。
このあたしたち達はお互いに好きなんだろうな。
でもまだあたしは梨華ちゃんを好きなことに気付いてない。
ま、現実のあたしたちはそんなのないけど。
続きがちょっと気になるから、お気に入りに入れておこう。
チャリーン。
あ、柴ちゃんからライン。
珍しいな。
393 :ishiyoshi's basic theorem :2013/12/04(水) 23:23
┏━━━━────
 ┌──────┐
 <久しぶり(^_^)ノ│
 └──────┘
 ┌────────────┐
 <最近梨華ちゃんと会ってる?│
 └────────────┘
           ┌──────┐
           │会ってないけど>
           └──────┘
            ┌─────┐
            │どうかした?>
            └─────┘
 ┌────────────┐
 <最近、梨華ちゃんが暗いから│
 └────────────┘
 ┌─────────────┐
 <ちょっと気になっちゃって( >_<) │
 └─────────────┘
 ┌──────────┐
 <たまには構ってあげてよ│
 └──────────┘
          ┌───────┐
          │あたしが?σ(^_^;>
          └───────┘
           ┌──────┐
           │しょうがねーな>
           └──────┘
 ┌─────────────┐
 │ちょっと連絡取ってみる(*・ω・)ノ>
 └─────────────┘

   ・
   ・
   ・
┗━━━━────
394 :ishiyoshi's basic theorem :2013/12/04(水) 23:24
柴ちゃんとは本当に久しぶりで、近況報告をし合った。
でも、梨華ちゃんはどうしたんだろう?
モーニング娘。に入ってすぐはよくネガティブになってたけど、
最近はずっとそんなことなかったのに。
まぁ、なんとかなるでしょ。
梨華ちゃんのことを一番知ってるのはあたしなんだし。
┏━━━━────
 ┌────────────────┐
 │梨華ちゃんo(^▽^)o            >
 │最近どう?                 │
 │なんかネガティブらしいじゃん(@_@)  │
 │柴ちゃんが心配してた。゜(゜´Д`゜)゜。 │
 │あたしでよければ相談してね(`・ω・´) │
 └────────────────┘
┗━━━━────
395 :ishiyoshi's basic theorem :2013/12/04(水) 23:24

梨華ちゃんのことだから返事はラインじゃなくて電話だろうな。
それでずっと話し続けるやつ。
話してるうちに元気になるんだろうな。
ケータイを気にしつつ、梨華ちゃんの電話を待つ。
♪〜
えーっと、梨華ちゃんだ。
やっぱり。
「もしもし?」
「よっすぃ〜?」
「うん、あたし。久しぶりじゃん、最近どう?」
「んー、いつも通りだよ。よっすぃ〜は?」
え、あたし?
「えっと、英語の勉強が〜」
「梨華ちゃんって中学の頃は英語得意だった?」
「あんまり・・・。」
「そっか、あたしも〜」
396 :ishiyoshi's basic theorem :2013/12/04(水) 23:24



「他には?」
「え?あ、そういえばウマい酒もらってさぁ〜」



「梨華ちゃんは最近何飲んでるの?」
「あたしはワインかなー・・・。」
「そっか、ワインといえば〜」



「この間も海に潜って〜」


397 :ishiyoshi's basic theorem :2013/12/04(水) 23:25
てか、全然梨華ちゃん喋らないんだけど。
あたしばかりしゃべらされている。
「梨華ちゃん、ホントにどうした?」
「えっ・・・。」
明らかにいつもと違う梨華ちゃん。
電話じゃどうにも出来そうにない。
「そうだ、近々ご飯食べようよ。
 最近会ってないし。
 今週の夜はいつでも空いてるよ。」
あたしも会いたいし。
「じゃあ・・・土曜日は?」
「いいよ、日曜が昼からだからゆっくり飲めるね。
 どっか行きたいお店ある?あたしが探しても良いけど。
 それとも久しぶりに梨華ちゃん家に行っていい?何か作るし。」
「じゃあ、ゆっくりできるからあたしん家に来ない?」
「いいね、食材買ってくよ。何作ろうかな〜」



その後もほとんどあたしが喋っていた。
だけどなんとなく梨華ちゃんの返事が高かった気もする。
398 :ishiyoshi's basic theorem :2013/12/04(水) 23:25
・A

梨華ちゃんのリクエストのハンバーグの材料を持って
ドアを開けてくれるのを待つ。
前は一緒の仕事の後に来たり仕事の時に約束して来たりしてたけど、
この状況すら久しぶり。
カチャ。
「どーぞ。」
「お邪魔しまーす。」
「よっすぃ〜、久しぶり。」
少し表情がカタい梨華ちゃん。
「そだね、最近どうしてんの?」
キッチンに材料を置きながら尋ねる。
「え、変わんないよ。」
んー、ダメだなー。
399 :ishiyoshi's basic theorem :2013/12/04(水) 23:25
とりあえずハンバーグ作るか。
「そっか、じゃあ梨華ちゃんはー・・・ご飯の準備してて。
 あたしは下ごしらえしてるから。」
「えっ?うん、分かった。」
ちゃっかり自分だけピンクのエプロンをつけて
無駄に丁寧にお米を洗う梨華ちゃんは昔のままで、
可愛いなと思った。
その間に手早く玉ねぎを刻んで挽き肉とこねておく。
それは梨華ちゃん用で、あたしのは豆腐を使う。
梨華ちゃんが炊飯スタートのボタンを押したのを見届けて声を掛ける。
「じゃあさ、一緒にハンバーグ丸めようよ。」
「うん。」
400 :ishiyoshi's basic theorem :2013/12/04(水) 23:26
「なんか、梨華ちゃんとこうやって料理すんの久しぶりだね。
 料理うまくなった?」
「うーん、あんまり変わってないかも。」
「やっぱり。あれ、ハート作ってんの?」
梨華ちゃんは豆腐ハンバーグを丸めていた。
「ふふっ、可愛くない?」
「でもそれ、あたしのなんだけど。」
「いーじゃん。あたしからの愛がこもってんの。」
「えぇー?じゃああたしはー・・・。」
梨華ちゃんがよく描くウサギを作った。
「あっ、かわいー。」
そういう梨華ちゃんがいつも通りの可愛い梨華ちゃんでひと安心。
401 :ishiyoshi's basic theorem :2013/12/04(水) 23:27
色んなカタチのハンバーグを作って、
ついでに野菜サラダも作って、
隣に座って夕御飯を食べた。
「「ごちそうさま。」」
それぞれの食器を台所に運ぶ。
「美味しかったね。」
「うん、ウマかった。ふー、食べ過ぎたかも。」
あたしは買ってきたワインのボトルをテーブルに置き、
ソファーに座って胃の辺りを撫でる。
「よっすぃ〜はもっと食べた方がいいよ。」
座った梨華ちゃんがあたしのお腹を触る。
「太っちゃうよりいいでしょ?」
「でも心配。あたしのあげようか?ほら、プニプニ。」
梨華ちゃんはお腹を出して見せてくる。
そのお腹は柔らかそうで、
それに今気付いたんだけど
胸元からもっと柔らかそうなおっぱいが見えてる。
石川さん、ちょっと見ない間に色気アップしましたか・・・?
402 :ishiyoshi's basic theorem :2013/12/04(水) 23:27
「梨華ちゃんはそれでも可愛いよ。」
セクシーとか色っぽいとかエロいとかいう言葉は浮かぶが、
そんなの恥ずかしくて口には出せない。
「えぇー?でも、よっすぃ〜はやせてた方がいいでしょ?」
「どっちも同じくらい好きだよ。」
「そ?じゃあいいかなー。・・・って、ダメだよ。
 マネージャーさんに太り過ぎって言われたんだった。」
嬉しそうに納得した後、自分で否定する梨華ちゃんが可愛い。
「そ、かな?まー乾杯しようよ。」
お互いにワインを注ぎあって、軽く縁を合わせる。
「かんぱい。」
そう言って微笑む梨華ちゃんが可愛いかった。
いつも通り泊まって、次の日は直接仕事に行った。
あれ、梨華ちゃんネガティブだったんじゃなかったっけ・・・。
原因はなんだったんだろ?
そして帰ってきて、台所でノートパソコンを開く。
403 :ishiyoshi's basic theorem :2013/12/04(水) 23:27
┏━━━━────
 10 名前:梨華ちゃんと会ってない 投稿日:
 2013/11/10(日)14:44
 柴ちゃんには気のせいだと言ったものの、
 やっぱり梨華ちゃんが元気ないのは気になる。
 一年生の頃、真面目な梨華ちゃんは部活の後
 の帰る支度が早くて、いつもあたしの方が遅
 かったのを思い出す。
 早く帰らないと梨華ちゃんに会えない。
 「あれ、よっちゃん?急ぐの?」
 テキパキと着替えるあたしを見て隣で着替え
 るアヤカが不思議がる。
 二年生になってからは、梨華ちゃんに会うの
 が気まずくて部活の後は部室でまいちんやア
 ヤカとグダるのが習慣になってた。
 「あ、うん。ちょっと用事があって。」
 さっさと荷物をまとめて部室を出る。
 テニ部の部室の方を見ると、柴ちゃんと出て
 くる梨華ちゃん。
 なぜだか分からないが咄嗟に物陰に隠れる。
 そして梨華ちゃんと柴ちゃんと距離をあけて
 後ろをついて行く。
 そっか、あたしが一緒に帰らないと柴ちゃん
 と一緒に帰るのか。
 あたしじゃなくてもいいんじゃん。
 少し寂しくなりながら、仲の良さそうな二人
 の後ろを歩く。
 梨華ちゃんと柴ちゃんが別れるのを見て、歩
 くスピードを上げる。
404 :ishiyoshi's basic theorem :2013/12/04(水) 23:28
 11 名前:梨華ちゃんと会ってない 投稿日:
 2013/11/10(日)14:47
 「りーかーちゃん!」
 「よっすぃ〜!?」
 声を掛けると振り向いて驚く梨華ちゃん。
 「なんか久しぶりだね。」
 「ど、どうしたの?」
 「んー、別に。たまたま梨華ちゃんがいるの
  見つけたからさ。」
 「そうなんだ。」
 「それよりさ、最近元気ないらしいじゃん?
  柴ちゃんに聞いたんだけど。」
 「そんなことないよ。」
 うーん、なんか反応が悪いなぁ・・・。
 「ふーん・・・そうだ、これから梨華ちゃん
  家行って良い?久しぶりにさ。」
 「いいけど・・・。」
 「じゃ、決まりだね。」
 家族の近況報告をしながらあたしたちの家の
 方へと向かう。
405 :ishiyoshi's basic theorem :2013/12/04(水) 23:28
 12 名前:梨華ちゃんと会ってない 投稿日:
 2013/11/10(日)14:49
 「おじゃましまーす。」
 「あら、ひとみちゃん!久しぶりじゃない!」
 おばさんがあたしを見て懐かしむ。
 「つい最近までよく来てたのに。彼氏でも出
  来たの?うちの梨華は黒いでしょ?ひとみ
  ちゃんは白くて美人だからモテるんでしょ
  うねぇ。」
 「いえ、そんな・・・。」
 「ちょっと、ママ!」
 「はいはい。そういえば、夕ご飯作ってる途
  中なの。食べていくでしょ?出来たら呼ぶ
  わね。」
 おばさんはそう言って台所へ戻って行った。
 「あっ、てことは家に連絡しとかないと。」
 「ごめんね?」
 「ううん、部活の後にご飯食べて帰ることも
  あるし。よくあることだよ。それに久しぶ
  りにおばさんの料理食べるのも楽しみ。」
 梨華ちゃんの部屋は昔と変わらずピンクで、
 少し散らかっていた。
 前までよくやっていた通りにマットの上に並
 んで座る。
 「梨華ちゃん、最近どう?」
 「うーん、あんまり変わんないよ?よっすぃ
  〜は?」
 いつも通り始めたら梨華ちゃんが喋ると思っ
 てたのに、全然そんなこと無かった。
 どちらかというとあたしばっかり喋らされて
 いる。
 やっぱりあまり変わらないあたしは、あまり
 変わらない話をする。
 それを聞く梨華ちゃんは意外と真剣で、次か
 ら次へと質問ばかりしてくる。
 そうしてるうちに美味しそうな匂いがしてき
 て、おばさんが呼ぶ。
406 :ishiyoshi's basic theorem :2013/12/04(水) 23:29
 13 名前:梨華ちゃんと会ってない 投稿日:
 2013/11/10(日)14:53
 「やった、オムライス!ウマそー。」
 「今日はひとみちゃんのために気合い入れた
  のよ。」
 おばさんがとは以前と同じ様に話が弾む。
 あたしのバレーの話や町内の噂話、そしてあ
 たしの家族の話や梨華ちゃんの姉妹の話。
 だけど梨華ちゃんはあまり話さない。
 「・・・その時に後輩がいいトスをあげてく
  れて、ブロックをかわしてスパイク決めた
  んですよ!すっごいスカッとして気持ちよ
  かったぁ。」
 バレーの試合であたしがスパイクを決めた話
 をしてる途中チラッと様子を伺うと、梨華ち
 ゃんは目を輝かせてあたしの話を聞いていた。
 あれ、話は聞くんだ。
 今の梨華ちゃんは話をしたいんじゃなくて話
 を聞きたいのかな?
 それからはあたしの話をたくさんした。
 「ごちそうさまでした。じゃあ・・・。」
 帰ろうとしたんだけど、梨華ちゃんをチラッ
 と見るとまだいてほしそうな目をしている。
 あれ?話聞いて満足してるんじゃないんだ。
 「じゃあ、梨華ちゃんの部屋に行こっか?」
 「まぁ、仲良いのね。」
 「ママったら。よっすぃ〜、行こ?」
 梨華ちゃんが少し嬉しそうにあたしを誘う。
407 :ishiyoshi's basic theorem :2013/12/04(水) 23:29
 14 名前:梨華ちゃんと会ってない 投稿日:
 2013/11/10(日)14:55
 さっきと同じように隣同士に座る。
 「いっぱい食べたー。おばさんの料理久しぶ
  りで懐かしかったよ。」
 「・・・また食べにこれば?」
 不安そうな顔で、少し言いづらそうに言う梨
 華ちゃん。
 「そうだね、また部活の後に急いで帰って来
  ようかな。」
 「あれ?今日急いでたの?」
 「あ・・・。柴ちゃんに梨華ちゃんが元気な
  いって聞いたから気になってさ。」
 「そうだったんだ、ごめんね?」
 「ううん、久しぶりに梨華ちゃんと一緒にい
  られて良かったよ。」
 「ふふっ、良かった。」
 嬉しそうな梨華ちゃん。
 「てか、なんで元気なかったの?」
 「え、なんでもないよー。」
 否定するのはさっきと同じだけど、梨華ちゃ
 んの表情がさっきと違って楽しそう。
 なんとなく理由が分かった気がする。
 これからは梨華ちゃんともっと会うようにし
 よう。
408 :ishiyoshi's basic theorem :2013/12/04(水) 23:29
 15 名前:Charmy 投稿日:2013/11/10(日)
 14:58
 今日はここまで。

 16 名前:名無飼育さん 投稿日:2013/11/10
 (日)16:45
 更新お疲れさまです。
 やっぱりいしよしいいですね。

 17 名前:名無飼育さん 投稿日:2013/11/10
 (日)19:34
 更新キテたー!
 よっすぃ〜!
┗━━━━────
409 :ishiyoshi's basic theorem :2013/12/04(水) 23:30
ふーん、梨華ちゃんはよっすぃ〜に会いたかったのか。
だけどよっすぃ〜のことがよく分からなくて不安で、
それでよっすぃ〜が前と変わってないことを確認して、嬉しそうなんだ。
これからは会うことになるんだ。
いいな、そっちは両方会いたがってて。
うちの梨華ちゃんも会いたいと思っててくれたらなー。
そんなことないか。
410 :ishiyoshi's basic theorem :2013/12/04(水) 23:30
・B

久しぶりのバレーの仕事で張り切ったあたしは、
少し早めに楽屋に来て梨華ちゃんを待っている。
あれから、梨華ちゃんからの連絡は無い。
この間の感じだとまた連絡があって喋りたがると思ったんだけどな。
あと、あの小説も更新がない。
┏━━━━────
 20 名前:名無飼育さん 投稿日:2013/11/17
 (日)17:56
 更新待ってます!
┗━━━━────
今も覗いてみたけど読者の待ってるアピールのみ。
あたしも書き込んでみようかな。
これくらいいいよね。
丁度CharmyだからこっちはYossyで・・・。
┏━━━━────
 21 名前:Yossy 投稿日:2013/11/18(月)
 07:44
 続きが気になります。
 よっすぃ〜と梨華ちゃんにもっと会って欲し
 いです。
┗━━━━────
よしっと。
ちょっと願望が出ちゃったけどまぁいいか。
411 :ishiyoshi's basic theorem :2013/12/04(水) 23:30
さて、これから久しぶりに梨華ちゃんとの仕事。
ちょっと気まずいな。
こんこん。
「はーい、どうぞ。」
「よっすぃ〜早いね。おはよー。」
梨華ちゃんがボサボサの頭で楽屋に現れた。
「おはよ。なんか張り切っちゃってさ。」
「バレー部頑張ってたんだもんね。・・・よっすぃ〜?」
梨華ちゃんの不安そうな顔。
なんかこういう梨華ちゃんの顔見た気がするんだけど。
「んー?」
この前会ったときだから昔かな。
「はい、ちょっと早いけどクリスマスプレゼント。」
梨華ちゃんの手にはあの夢の国の紙袋。
「マジで?ありがと。開けて良い?」
「うん。」
紙袋を開けると、あの熊のぬいぐるみ。
「うぉー、クリスマスバージョンじゃん。シー行ったの?」
「うん、でね?あたしは女の子の方持ってるの。
 ちょっと前によっすぃ〜がいっぱいおそろいくれてたから、
 今度はあたしがと思って。」
不安そうな表情は拭われない。
412 :ishiyoshi's basic theorem :2013/12/04(水) 23:31
うーん・・・
あ、この不安そうな表情ってさ。
「そうだね、最近会ってなかったもんね。
 なんだかんだずっと一緒に仕事してたから、
 それがなくなったらどんなメールしてたか分かんなくなっちゃってさ。
 寝顔の写真もねーし、圭ちゃんネタもねーし、
 スケジュールが分かんないからタイミングもわかんねーし・・・。」
「あっ、あたしも。柴ちゃんとは何もなくても会えるけど、
 よっすぃ〜とどうやって連絡とればいいのか・・・。」
「前もどっかで言った気がするけど、
 梨華ちゃんがいるのが当たり前になっちゃってたからねー。
 この間みたいに仕事がなくても会おうよ。」
「そうだね、なんかよっすぃ〜と会わないと調子狂っちゃう。ふふっ。」
やっと笑った。
413 :ishiyoshi's basic theorem :2013/12/04(水) 23:31
梨華ちゃんも会いたいと思っててくれてたのかな。
「そーだ、準備したら一緒に向こうの楽屋に挨拶に行こうよ。
 知り合いいるんだ。」
「ほんと?よっすぃ〜ってスゴかったんだね。」
「そんなことないよ。でも、バレーのアンバサダー頑張ろうね。」
「うんっ!」
いしよし小説って、結構あたし達のこと言い当ててるんだな。
参考になっちゃった。
414 :ishiyoshi's basic theorem :2013/12/04(水) 23:31
・C

―それから少し経って、
仕事と関係の無い日に梨華ちゃんと遊ぶことになった。
梨華ちゃんの部屋でくつろぐ。
仕事が全く関係ないからか、
これまでよりのんびり出来ている気がする。
「そーいえば、ネットでいしよし小説っての?
 ちょっと見てみたらさ。最近のあたし達っぽいのがあって・・・。」
「どんなの?」
「えーっと・・・これ。」
415 :ishiyoshi's basic theorem :2013/12/04(水) 23:32
梨華ちゃんにiPhoneを見せると、表情が曇った。
「ごめん、梨華ちゃんこういうの嫌いだった?」
「そうじゃなくて・・・これ、あたしが書いてたの。」
「・・・はぁ!?」
「だって、よっすぃ〜と会えなくて、
 寂しい気持ちを表現したくて?」
ばつの悪そうな梨華ちゃん。
「じゃあ、更新止まってるのは・・・。」
「会いたいって言っとけば良かったなと思ってそう書いたんだけど、
 現実と違うから書けなくなったの。
 こんなことしちゃってごめんね?」
416 :ishiyoshi's basic theorem :2013/12/04(水) 23:32
「ははっ、なーんだ、まぁいいんじゃない?
 役に立ったと思ったら本当のことだったんだ。」
「え?」
「なんか、読んでたときに頭に浮かんでた梨華ちゃんと
 この間の梨華ちゃんが重なって、
 もしかしてこっちの梨華ちゃんも会いたいと
 思ってくれてるのかなって気付いたんだよ。
 結果オーライ?バレる訳じゃないから別にいーよ。」
「そうなんだ、ある意味書いて良かった?」
ニヤッと笑う梨華ちゃんが可愛い。
「そうだ、完結させなよ。」
「そうね。結末が気になっちゃうわよね。」
417 :ishiyoshi's basic theorem :2013/12/04(水) 23:32
―――
――――――
―――――――――
┏━━━━────
 26 名前:梨華ちゃんと会ってない 投稿日:
 2013/11/25(月)14:14
 それからは仕事のない日でも梨華ちゃんと会
 って、これまでよりも仲良くなった気がする。
                ―完―

 27 名前:Charmy 投稿日:2013/11/25(月)
 14:17
 急ですみませんが、完結です。

 28 名前:Yossy 投稿日:2013/11/25(月)
 14:19
 これからもずっと仲の良いいしよしで居られ
 ますように。
┗━━━━────
―――――――――
――――――
―――
                  ―完―
418 :名無飼育さん :2013/12/04(水) 23:33
初めて書いてみました。
誤字脱字等あればすみません。
「いしよしにはリアルとアンリアルの間に対応がある」
という定理があるんじゃないかと思った結果がこれです。
419 :名無飼育さん :2013/12/13(金) 18:09
お疲れ様でした!
はじめてとは思えない上手さで、物語に引き込まれました。
いしよし良かったです。また機会があれば、書いてくださいね。
420 :ライブ終わりのワンショット :2013/12/16(月) 22:31
ライブ終わりのワンショット

短めのさゆフクというかさゆ+フクぐらいです
421 :ライブ終わりのワンショット :2013/12/16(月) 22:31
 道重さん。
控えめに呼ぶその声がいつも以上に不安気だったので少し笑ってしまった。ふわふわに巻いた髪がピョコピョコとはねていてライブが終わった事を実感させる。
 
「どうしたのフクちゃん」
 
「あの、一緒に写真撮りたいです。普段とっても貰ってるんですけど、そういうのじゃなくて」

写真ならいつもさゆみ一緒に撮ってるじゃん。いや、むしろ盗撮の域だけど。
さゆみの疑問符が見えたのか、慌ててフクちゃんが付け加える。

「あ、えっと、ブログ用の写真じゃないですっ。プライベートっていうかみずきの保存用なんですけど……」

語尾が聞き取れないくらいにしぼんじゃってなんだか可愛い。伏せ目がちで紅く染まったほっぺ。こうやって見ると、フクちゃんも高校生なんだなぁ。
大人っぽさと子供らしさが同居したアンバランスさが可愛く思えて、心臓がきゅーってなる。さすがキュン期。
422 :ライブ終わりのワンショット :2013/12/16(月) 22:32
「そんな事くらい何時でもいいよー。っていうか、保存用って」

どう考えても言い方が怪しいよ。本日何度目かの苦笑い。
時々だけどフクちゃんの言語センスはまーちゃんに近いものがあるような気がするのはさゆみだけかな。
なんとなくだけど。

「自分でも変だと思うんですけど保存して鑑賞用なんです。ビジネスとかって言われちゃうんですけど、みずき、本当道重さんの事好きで」

あー、もう。
この子はなんでこんなに可愛いの。さっきよりも真っ赤というか最早ゆでダコみたいなフクちゃんの頭を軽く撫でた。途端ビクッとして跳ねた目と視線が合う。
戸惑いの中にきらきらした何か、なんだろう、言葉に出来ない輝きが目に刺さる。

「道重さん……?」

「あ、ごめんごめん。フクちゃんが可愛くてビックリしちゃった」

照れ隠し半分本音半分。伝えたら首が取れそうなくらいブンブンと横に振るフクちゃん。
そんな全力否定しなくても。

「道重さんの方が可愛いです! だから、写真撮って下さい!」

ライブの時と同じくらい必死なフクちゃん。それが何だかこそばゆくて自分でも頬が緩むのがわかった。
423 :ライブ終わりのワンショット :2013/12/16(月) 22:32


「保存用ならライブ終わりのメイクもセットも崩れてる時じゃない方がよくない? 今度でもさゆみはいいよ?」

「違うんです!」

思った以上に素早い否定。目のきらきらがもっと増してフクちゃんが語り始める。

「あの、みずき思うんですけど道重さんって素のままの方が絶対いいんですよ」

「あ、ありがとう」

「それで、みずき前から素の道重さんの写真欲しいなって思ってたんです。可愛いっていうかなんていうか、メンバーしか知らない道重さんの写真いいじゃないですか」
 
一息いれてフクちゃんがさゆみの若干引いた視線に気づいたらしくまた凄い勢いで俯く。
そんな風に思われてたのね、さゆみ。

嬉しいけど驚いた。
フクちゃん普段全然そんな素振り見せないじゃん。

「いつもいつも今日こそはって思ってたんですけど、まーちゃんとかいて」

別にまーちゃんが嫌なんじゃないです、なんて俯き加減にフクちゃんが零した言葉はよくわかる。
さゆみもえりと一緒にいたガキさんにそういう感情を抱いた事があったから。
424 :ライブ終わりのワンショット :2013/12/16(月) 22:32


「うん。じゃあフクちゃん今日は思いっきりスペシャルな写真とろー!」

あえてハイテンション。
フクちゃんはまたまた凄い勢いで顔をあげる。

「お願いします!」

その後撮った写真はさゆみとフクちゃんだけの秘密だけど、フクちゃんがすっごく可愛かった事だけは伝えておきまーす。

[終わり]
425 :ライブ終わりのワンショット :2013/12/16(月) 22:34
おめ汚し失礼しました!
前の方のいしよしが素晴らしかったので尚更酷いのが目立ちますが
改善点感想等教えていただけるとありがたいです!
426 :名無飼育さん :2013/12/16(月) 23:24
(*´д`*)(*´д`*)(*´д`*)

改善点:もっと書くんだ!
427 :前途多難な恋ばかり :2013/12/18(水) 16:08
さゆ←まー←どぅー&さく でわちゃわちゃしたりシリアスだったり。
どぅーがあんまり少年じゃないです。
428 :前途多難な恋ばかり :2013/12/18(水) 16:08

 まーちゃんは変だ。そう、変なんだ。
最近ボーッとしたりいつも以上にはしゃいだり。
まるで情緒不安定という言葉がぴったりだー! 最近覚えた言葉を使ってみたいハルです。まーちゃんにつられてハルも変みたいだ。理由は謎だけど。

「あー! 小田ちゃんずるーい!!」

まーた、まーちゃんが騒いでる。最近は小田ちゃんと一緒に居ることが多くてなんかもやもや。小田ちゃんといなくても道重さんにべったりだし。
今も道重さんと話してた小田ちゃんに威嚇して遊んでる。ずるい。声では拒絶してるけどあれは遊んでる時のまーちゃんだ。ずっと一緒にいたハルにはわかる。わかるのに。
理不尽な悔しさに唇を噛む。

「工藤?」

きょとんとした声音で首をかしげる道重さん。黒髪が揺れていてそれにじゃれつくまーちゃん。
道重さんは悪くないのに凄く嫌な気持ちになった。
429 :前途多難な恋ばかり :2013/12/18(水) 16:09

「何でもないでっす! ちょっとまーちゃん道重さんで遊ばないの!」

とりあえず明るく誤魔化そう。道重さんは尊敬している先輩だ。ハルの訳のわからない感情で振り回しちゃいけないんだ。

「べーだ! どぅーの言うことなんか聞かないもんね!」

ケラケラと笑いながらまーちゃんが道重さんの背中に隠れた。前ならムカつくはずのその返答に少しほっとした。
変わってないものを見つけた気がして。
道重さんに当たらないようにまーちゃんに手を伸ばす。
途端まーちゃんは道重さんの腰に手を回してハルの方につき出してきた。くそぅ。道重さんガードを出されたらハルも中々手が出せない。

「みにしげさーん! 助けてー」

わざとらしい悲鳴のまーちゃん。困ったように、でも嫌な顔じゃない道重さん。
ぐぬぬ、ずるいぞまーちゃん。

「どぅーは最近うるさーい」

「なにさ! まーちゃんに言われたくないねっ!」

「ちょっと二人とも……」

道重さんを挟んで睨み合う。本気ではないものの、勿論遊びじゃない。

「佐藤さん、あんまり道重さんや工藤さん困らしたらダメですよ」

「えー、まさ困らしてないもん!」

唐突に、世界にヒビが入る。
430 :前途多難な恋ばかり :2013/12/18(水) 16:10

小田ちゃんの声に膨れっ面で返すまーちゃん。以前ならそこはハルの役割だったはず。道重さんにじゃれつくまーちゃんに怒るハル。少し配役がズレただけなのにこんなにも苦しい。

道重さんに対してとは違う、嫌な気持ちが小田ちゃんに大してムクムクと大きくなる。
道重さんは、多分、まーちゃんの事独り占めしようだなんて思ってない。可愛がってはいるけど、先輩と後輩だ。
でも小田ちゃんは違う。ハルと一緒で、そう、ハルもまーちゃんを独り占めしたいんだ。今更自覚するモヤモヤの正体。唐突なタイミングだったけど。

「ほら佐藤。工藤怒っちゃったよ」

冗談交じりの台詞に漸く自分がフリーズしていた事に気がついた。
怪訝そうな三人の顔に慌てて作った怒り顔を見せる。

「まーちゃんっ!」

「きゃー!」

必死にふざけて誤魔化して。小田ちゃんと道重さんをほっぽって駆け出した。二人だけの世界に戻りたかった。

ごめんまーちゃん。もうまーちゃんの事面倒くさがったりしないから。だからハルと一緒に居てよ。
道重さんに負けないぞ。小田ちゃんにだって負けない!
視界に入った小田ちゃんがどことなく拗ねた表情をしていたけれど、見なかったフリをした。
初めて出来た後輩にも、まーちゃんだけは譲れない。
431 :前途多難な恋ばかり :2013/12/18(水) 16:10

「いいの?」

「何がですか?」

わかってる癖に、という風に道重さんは溜息をついた。どうやら私たち三人の事などお見通しらしい。
大人だなぁ、と他人事のような感想を抱く。

「私は佐藤さんが勿論一番なんですけど、工藤さんも大事ですから」

生憎工藤さんからはあまり好かれてないみたいですけど、なんて一言添えてみる。

「若いのにすごいねぇ。ま、工藤は小田ちゃんのその余裕が怖いんじゃない」

関係ないと思っているからこその客観的な意見が飛び出す。この鋭い人も自分の事となると鈍い。

「全然余裕なんかないですよ。なんてったって佐藤さんも無自覚ですから」

「へ? 佐藤好きな人いたんだー」

面白がる笑い声に、道重さんの事ですよ、なーんて教えなかった。
一方通行が両思いになって困るのは自分自身だ。怖いの工藤さんじゃなくて。

「前途は多難ですが頑張ります」

ささやかな決意表明に、曖昧に笑った道重さんは悔しいがとても綺麗だとおもった。


[終わり]
432 :前途多難な恋ばかり :2013/12/18(水) 16:12
最後ミスしました。
怖いの工藤さんじゃなくて、ではなく
怖いのは工藤さんじゃなくて です。

ありがとうございました。
433 :名無飼育さん :2013/12/20(金) 22:03
ヒッシなどぅーもカワイイよ
434 :俯いた頬は紅く染まっていた :2013/12/21(土) 20:11

 腰に衝撃。思わずよろけたけれど、犯人なんて誰かわかっている。

「りさこ?」

「みやー」

ふにゃふにゃと蕩けた笑みを返されて怒る気も失せた。いつまでたっても甘いと思う。
でもこんな可愛い子のこんな笑顔を見て邪険に出来る人間がいるだろうか。いやいない。

甘えたモードに入った梨沙子は猫のように顔をすりすりと寄せてきた。久しぶりに早めに楽屋に来たら、いい事あったかな。ふわふわの髪を梳いてやれば喉でも鳴らしそうな勢いだ。

「みやー」

「なんなのりーちゃん」

ふざけた顔して問いただしても笑うばかり。理由なんかどうでもよくなってくるくらいのマイペースっぷりだ。
435 :俯いた頬は紅く染まっていた :2013/12/21(土) 20:12

「あー! みーやんずるい!」

ノックとほぼ同時に扉を開けてももが来た。ぷぅー、とか効果音を自分で言っちゃうあたり徹底してるっていうか……。
それにしてもももが早くくるなんて珍しい。みやも人の事言えないけど。

「いいでしょ? 仲良しだもんねー、りさことみやは」

「ねー。わたしとみや仲良しだよー」

ももいじりはもう鉄板ネタだから直ぐ梨沙子も乗ってくる。

「ひっどーい! ももち怒っちゃうよー!」

あまりにも嘘くさい台詞に梨沙子と二人で吹き出す。
反応が面白くてももをからかい続けていると続々と他のメンバーがやってきた。みんな騒いでるももを気に止めずに挨拶。ももの対応なんて慣れたものだ。


「おっ、今日はりーとみや仲良しだねぇ」

茉麻がにこにこしながらそんなコメントしてくるから照れ臭くてすっとぼける。
心なしか腰に回された手に力が込められた気がする。顔は見えないけど拗ねた顔をしてるに違いない。簡単に予想がついて思わず口角が上がる。
また頭を軽くなでればすぐに拘束は緩くなった。現金な奴め。
436 :俯いた頬は紅く染まっていた :2013/12/21(土) 20:12
熊井ちゃんとちなは何やら話し合っていて、キャプはまたブログを更新中。ももは相手にされないと分かったのか若干いじけ中。いつも通りと言えばいつも通りのベリの楽屋だ。

……少し変わっているのは梨沙子だけど、これもある意味定期的な発作みたいなものだ。

梨沙子はどういう周期かは全くわからないけど唐突にこんな風になる。まるで人肌恋しくて仕方ないみたいにベタベタと身近なメンバーに甘え出すのだ。
末っ子の特権か、はたまたはベリに甘やかしたい病を患っている人間が多すぎるのか梨沙子のその甘えを皆当然のように受け入れる。
むしろ丁度居合わせた事を役得だと思っている自分のようなメンバーも多いんじゃないか。

今も昔も変わらず、りさこは可愛い。その意味は子供だからという事でなくて素直に甘えたり感情を表現を出来るという事でだ。
わたしはどちらかというとストレートに好きだとか伝えるのは苦手だから正直うらやましい。でもそれ以上に好きだと全身で表してくるこの子が可愛い。
437 :俯いた頬は紅く染まっていた :2013/12/21(土) 20:13

つらつらと考えに沈んでいたらいつの間にやら正面に茉麻が。何やらニヤついてる。

「ちょっと、まーさん顔顔」

頬は緩みきっていてアイドルとしてあるまじき顔してた。
指摘しても全然治る気配がない。一体どうしちゃったんだ。
急に伸びてきた手が梨沙子を撫でる。梨沙子も梨沙子でもっと撫でろ! とでも言うようにくぐもった声を出した。

「いやぁ、可愛いなぁと思って」

デレデレとまさに溶け出すんじゃないかってくらいのトーンで茉麻は語る。本人の言葉通り嬉しげに目は細められていた。あまり表立ってはやらないけどママベビ健在ってとこだろうか。
一応私だってかわいくない? となんとなく反抗心。下らない。私は梨沙子と違って大人なのだ。

「まー、りさこは可愛いけどさ」

なのに口から出た言葉は自分でもわかるくらい不服そうだった。別に子供扱いなんかして欲しくないし、甘やかされるより甘やかしたいけど。梨沙子に影響されてか調子が狂う。
438 :俯いた頬は紅く染まっていた :2013/12/21(土) 20:13

「二人とも可愛いに決まってんじゃん!」

とろけそうな顔はそのままで、梨沙子に与えらていた掌だけは私の頭上に移動した。温かさに釣られるように顔が熱くなる。
恥ずかしい。くさい台詞を吐く茉麻もだけど、伝わる温度に喜んでいる自分が一番恥ずかしい。

「みやも可愛いよね、りさこ」

「うん!」

元気よく答えた梨沙子。満足げな表情の茉麻。本当に調子狂う。
ムカついたから、さっきからニヤニヤといつの間にか様子を伺っていたメンバーの頭をひっぱたいておいた。

[終わり]
439 :アロマ(やじすず) :2014/01/10(金) 02:22
最近、愛理が噛んでくる。
いくら八重歯がチャームポイントだといえども、あの歯で噛みつかれたら痛い。

はじまりはいつだっけ、ちゃんと覚えてないけど、
たしかダンスレッスンの休憩中に台本を読んでいたら、愛理が「舞美ちゃーん!」といいながら抱きついてきた。
「なにー愛理」と腕を愛理の肩に回して包み込むように抱き返したら、愛理は目の前にあるわたしの二の腕をガブっと噛んだ。
痛さに小さく叫んだわたしを見て満足そうに微笑んで「痛そー」とへらへらと笑っていた。

そのあたりから4日に1回くらいのペースで噛んでくる。
二の腕に止まらず、指やら肩やらほっぺやら首やら。痛いときもあるし痛くないときもある。
うちで飼ってるトイプードルのアロマみたいに甘えるように寄ってきて、じゃれつくように噛んで、怒られては尻尾を振って逃げていく。
440 :アロマ(やじすず) :2014/01/10(金) 02:24

今日は朝から愛理と二人での雑誌のインタビューで早めに事務所にきていた。
撮影が済んだあとも℃-uteで別の撮影があるため控え室でしばらく待機となった。

インタビュー前は眠そうにしていた愛理だったが、終わってしまうと目が覚めたようで鼻歌を歌いながら机に向かって勉強をしている。
二人だけの静かな控え室の中、愛理の鼻歌を聞きつつ勉強の邪魔にならないように、隅にあるソファに寝転び、ブログを書いていた。

「やじーやじー」
気づくと鼻歌が消えて、にこにこした愛理が携帯を持つわたしを上から覗き込んでいた。
この機嫌の良さは危ない。
愛理が噛んでくるときは高確率で、二人のときか、誰も見てないとき。
それと、機嫌が良くてにこにこしているとき。
この笑顔はヤバい。絶対噛んでくる。
441 :アロマ(やじすず) :2014/01/10(金) 02:25

噛まれないように携帯を持っていた両手を自分の腰の後ろに回しつつ返事をする。
「どうしたの?勉強飽きた?」
すると愛理は目を細めて意地悪な笑顔で言った。
「舞美ちゃんひどいなぁ。なんか身構えちゃって」
「だって愛理、噛んでくるんだもん」
「はっはっはっ、でもその格好だと逆に逃げれないんだよ」
得意げに言った愛理が覆いかぶさってきて、気づいて逃げようとした時にはすでに遅く、首筋に噛み付いてきた。
わたしが下で愛理が馬乗りなる形の体制のせいで歯が首筋にフィットしているのか、いつもより強めの痛みが走る。
慌てて愛理の肩を掴んで首から離すと、胸元まで愛理の頭を移動させて、抱きしめて押さえつける。
愛理はバランスを崩してわたしの上に倒れこんだ。

「痛いってばー!なんで噛むの?」
抱きしめたまま話しかけると愛理の顔が真っ赤になってた。
「あ、ごめん。苦しかった?」
と腕をほどいたら、ぶんぶんと首を横に振りながら愛理は起き上がった。
「それはね、舞美ちゃんが美味しそうだからだよ」
と訳のわからない言い訳をして、ふにゃっと八重歯を見せて微笑むと、鼻歌を再開し軽く踊りながら机に戻っていった。

なんかアロマに似てる。


終わり
442 :名無飼育さん :2014/01/18(土) 00:08
愛理わんこ説ですね
ごちそうさまです
443 :名無飼育さん :2014/01/18(土) 17:14
『ケーキのおいしいお店』
444 :ケーキのおいしいお店 :2014/01/18(土) 17:14
 1

 知らないことを知ったかぶりすることはそこまで難しくない。しかしその逆となるとこれが案外難しい。
 自室のベッドで仰向けになり、今日のことを思い返していた。
真っ白い天井を見ながら頭の中を整理する。やはり始まりはあそこからがいいだろう。

 一月ももう半分が過ぎた。
年が明けて寒さは日に日に強まっていき、休みの日ならば布団に籠っていたいところだ。
だがそれは願望の域を超えない。
 待ち合わせ場所は駅の東口。時間は……、いけない、もう過ぎている。少し急ごう。
これくらいなら怒りはしないだろうけれど、呑気に歩くわけにもいかない。小走りで向かうことにしよう。
 駅に着くころには、ほんのり汗をかいていた。息も少し上がっている。
呼吸を整えるために息を大きく吐く。
「ふぅ…」
445 :ケーキのおいしいお店 :2014/01/18(土) 17:15
 携帯が震えた。もう一度息を吐いてから手袋をはずし確認する。差出人は佐藤優樹。
しまった、怒らせたかな。そう思いながらメールを開くと、そこにはこう書かれていた。
『なにかあった?』
 うーん。怒ってはいないけど、心配されると心にくるものがあるなあ。
 辺りをぐるりと見渡し確認する。どうやら返信の必要はないらしい。駆け寄り肩をぽんと叩く。
「遅れてごめん」
 突然の刺激にまーちゃんは少し驚いた様子を見せたが、ハルを見ると
持っていた携帯をカバンにしまい、いつもの調子で言う。
「遅いよくどぅー」
 ベージュのコートに身を包み、マフラーとモコモコの帽子で防寒を図っている。
大人びた印象を受けたが、年齢を考えると、背伸びをしていると言った方が正しい表現かもしれない。
 ところで、
「足元寒そうだね」
「別に。くどぅーもスカート履いてみればわかるよ」
 いや制服で履いてますから。心の中でツッコミを入れておく。
446 :ケーキのおいしいお店 :2014/01/18(土) 17:15
「で、今日はなにするの?」
「ウィンドウショッピング!」
 ……見るだけ?
「まあ気にいったのがあれば買うかも知れないけどね」
 そう言う人こそあれこれ買うものだから心配なんだけど。
いや、もしかしたらまーちゃんはそれを見越して、荷物持ちのためにハルを呼んだとか?
 はは、ばかばかしい。寒さで頭がおかしくなったのかな。
「なに笑ってるの?」
 おっと、顔に出ていたか。
「いや、なんでもない。寒いからはやく行こう」
 不思議がるまーちゃんを尻目に歩きだす。
「もぉ、置いてかないでよ」
 言いながら小走りで詰め寄ってくるまーちゃんと二人一緒に並んで歩く。
見るだけではつまらないから、なにかいいズボンでもあれば買おうと思う。
447 :ケーキのおいしいお店 :2014/01/18(土) 17:15
 2

 三時間は歩いただろうか。そう思い時計で確認するが、その半分ほどしか経っていなかった。
秒針は今も忙しく動いている。つまり、よくある時間感覚の矛盾というやつだ。
となれば少し残念な気持ちになったのは言うまでもない。
 結局、ハルもまーちゃんも何も買わなかった。今度家族で来たときに、親にねだってみようと思う。
中学生のお財布事情は厳しいのだ。
 普段から行く店はだいたい回った。それから新しい店の開拓にも努めた。
これで、はいさよならでもいいのだが、別れるにはまだいくらかはやい。
 吹く風は冷たく、空気を切る音がさらに寒さを演出している。
こんなときには、体を温めるいい方法がある。
「どこかカフェにでも入らない? なにか温かいものが飲みたいよ」
 ハルの提案はすんなり受け入れられた。考えることは同じだったらしい。
 店もすぐに見つかった。店先に小さな黒板を置いていて、メニューもいくつか書いてある。
あまり詳しくは見ていないが、良心的な価格設定らしい。
448 :ケーキのおいしいお店 :2014/01/18(土) 17:16
 白塗りの壁に大きな窓が付いていて、そこから店内の様子が窺える。
ほとんどの席が埋まっているように見えるけれど……。
「あいてるかなあ」
 ため息混じりに呟くと、まーちゃんが答えてくれた。
「あいてるよ。お客さんいるもん」
 おそらく『開いてる』と言いたいんだろう。ハルは『空いてる』かどうか知りたかったんだけれど。
 扉を開け中に入る。
 入り口の扉につけられたベルの音に反応して、店内にはいらっしゃいませの声が響く。
 黒の前掛けをつけて、髪を結わえた女性店員がやってきて、ハルたちに人数を尋ねる。
「何名様でしょうか」
 ピースサインをかかげ二人ですと伝えると、店員さんは店の奥に向かって伝えた。
「ご新規二名様でーす」
 どうやら空いてるようです、まーちゃん。
 案内されたのは二人用の小さなテーブル席で、壁側はソファー、通路側は椅子になっていた。
まーちゃんが椅子に座ったので、ハルは壁側のソファーに。
手袋は横に置き、マフラーは膝の上に置いた。
449 :ケーキのおいしいお店 :2014/01/18(土) 17:16
「ご注文が決まりましたらそちらのボタンを押してください」
 了解です。
 店内は人が多く、ここから見える範囲は満席だった。やはりここは人気の店らしい。
土曜日だというのも関係しているのだろうけれど、平日に来たことがないので比べることはできない。
 外観と合わせたのか、店内は白を基調としている。
壁には何点かの風景画が飾られているが、誰の絵なのかは知らない。
そしてかすかに音楽が聞こえてくる。これは有線放送でも流しているのだろう。
 メニュー表を開くなりまーちゃんは言った。
「ねぇ、時間も時間だし、ケーキでも食べない?」
「うん、いいよ」
 三時のおやつ。まあ、なにか食べようとは思っていた。
 こういうときの決断ははやい方だと自負している。
というか深く考えず、そのときの感じで決めてしまうのだが。
でもそれでいて、ハズレを引いたことがないのはちょっとした自慢でもある。
メニュー表はもう既にまーちゃんが独占している。
450 :ケーキのおいしいお店 :2014/01/18(土) 17:16
 その点まーちゃんは長い。
あれもいい、これもいいと悩みに悩んで、ようやくのことで結論を出すこともしょっちゅう。
ときには、一度も候補に挙がらなかったものが選ばれることもある。まったく、掴みどころがない。
 しかし今回のそれは常識の範囲内だった。まーちゃんは、しばらく格闘していたメニュ
ー表を閉じると、ボタンを押して店員さんを呼んだ。
「ご注文はお決まりでしょうか」
 だから呼びました。言わないけれど。
「はい」
「それではご注文をお伺いします」
 まずはハルが。
「ダージリンのミルクティーと季節のフルーツタルト」
 続いてまーちゃんが。
「ブレンドと……チーズケーキ」
 店員さんは注文を繰り返して確認すると、メニュー表をさげて戻っていった。
451 :ケーキのおいしいお店 :2014/01/18(土) 17:17

 ハルたちももうすぐ三年生だよ、いやその前に期末テストがあるよ、
などと話していると飲み物が運ばれてきた。
まーちゃんがブレンドを選んだのも予想外だったが、それよりも驚くべきは、
この店で使われているコーヒーカップが四角いこと。
世間一般が、それをオシャレと呼ぶかどうかは知らないけれど、ハルはオシャレだと思う。
四角いカップを見たのはこの店が初めてだ。
 ハルのカップを見てまーちゃんが言う。
「くどぅーのは丸いんだね」
 ちらりと目をやり、
「みたいだね」
 とだけ返した。
 四角いカップ。オシャレだとは思うが、飲みやすくはないだろう。だから内心ほっとしている。
機能性とデザイン性は別次元なのだ。
452 :ケーキのおいしいお店 :2014/01/18(土) 17:17
 熱々のダージリンにミルクを入れ溶かす。
冷えた手を温めるように、カップを両の手のひらで包むように持ち、やがてちびちびと飲み始める。
我ながらその姿は可愛いと思う。
まーちゃんもおよそ同じ行動を取り、そして同じように可愛かった。
 ケーキはそのあとすぐに運ばれてきた。
 まずは、甘い匂いを鼻で味わい、絢爛豪華なフルーツを目で味わう。あとは口で味わうだけだ。
フォークを取り、タルトを切り分け口へと運ぶ。
「おいしい」
 ハルが言ったのではない。ハルが言おうとしていた言葉が聞こえてきたのだ。
見ると、まーちゃんは目を閉じ、口角を上げ、右手にフォークを持ったままの状態で固まっていた。
〈おいしい〉を表現しているのだろう。体は固まっているが、口もとだけはしきりに動いている。
 その光景に、ハルの負けず嫌いが顔を見せる。
「こっちのタルトだっておいしいよ」
 言い終わるがはやいか、まーちゃんのフォークがタルトに差し込まれる。
「じゃあ、一口ちょーだいっ!」
 相手の方が一枚上手だったようだ。
453 :ケーキのおいしいお店 :2014/01/18(土) 17:17
そのお返しにとチーズケーキを少しもらうが、これもまた確かにおいしい。
上にかかったいちごのソースが、いいアクセントになっている。
「おいしいけど、タルトの方が僅差で上だね」
 負けず嫌いな性格はこれからも変わりそうにない。
 そのあとはなにを話しただろう。あの子はあの子にホの字だよとか、そんなことも話した気がする。
楽しい会話をするのに、中身は重要ではないのだ。
 気付けば二人ともケーキの皿は空になり、飲み物も二杯目に入っている。
そろそろ切り上げ時かなとも思いつつ、訊いてみた。
「ねぇまーちゃん、一度この店に来たことあるよね?」
 きょとんとした顔。そしてすぐに否定の言葉。
「ううん、四、五回くらい」
 一度っていうのはそういう意味じゃない。
454 :ケーキのおいしいお店 :2014/01/18(土) 17:18
 3

 少しの沈黙のあと、まーちゃんが言う。
「隠すつもりはなかったんだけどね、話すタイミングがなかった。
確かにこのお店に来たことはある。けど今日はたまたまだよ」
 ブレンドを一口飲み、続ける。
「ここには月に一度くらいのペースで来てるかな。最初は母に連れて来てもらった。
母も友だちに教えて貰ったって言ってた。
そのときは窓際の席に座ったの。曇っていて残念だったのを覚えてる。
でもそれはほとんど気にならなくなった。
ケーキはおいしい、お店の雰囲気は落ち着いている、店員さんの服装は可愛らしい。
まさ、このお店がすっかり気に入っちゃった。それから何度か来るうちに……」
 両手を添えたコーヒーカップに目を落とし、声も落として言った。
「ここでアルバイトしたいなって思うようになったの」
「それは知らなかった」
 本当に知らなかった。言ってくれればよかったのにと思ったが、言えなかった。
455 :ケーキのおいしいお店 :2014/01/18(土) 17:18
「でも確か」
「うん、中学生だからアルバイトはできない。でも高校生になれば話は別」
 雇われるかどうかも。言わないけれど。
「だから今は、その勉強のつもりでここに来てるの。
そうやってこのお店を眺めてみると、いろいろ発見できることもあるんだよ」
 そう言って、まーちゃんはいくつか教えてくれた。
いつになく楽しそうに話すまーちゃんに対し、ハルは優しく相槌を打つことに徹した。
 中学を卒業すれば高校に進学する。
ふたりとも近くの公立高校に行くだろう。私学に行くほどの頭は……ね。
そんなハルに近い将来の夢を話して、もしもそれが儚く散ってしまったら……。
 まーちゃんはきっと恥ずかしがるだろう。
 大きくなったら戦隊ヒーローになりたい、のようなものとは違い、現実的な夢。
そしてそれを叶えようと努力している。
もしかしたら、ハルに馬鹿にされると思ったのかもしれない。
そんなもの、杞憂でしかないのに。
456 :ケーキのおいしいお店 :2014/01/18(土) 17:18
 今まで淀みなく話していたまーちゃんが、一瞬言葉に詰まった。
「……ところでくどぅー、どうしてまさが、このお店初めてじゃないって分かったの?」
 今話してもいいけれど。
「それは帰り道に話すよ」
 カップに残った最後の一口を飲み干し、ももの上に置いたマフラーを手に取る。
「そうだね、そろそろ帰ろうか」
 伝票を手に取り、値段を確認しようとするまーちゃんに言う。
「ブレンドは三六〇円、チーズケーキは六八〇円だったかな」
「わぁーすごい、当たってる」
 ははあ、どうだ、参ったか。
 一人で勝手に悦に入っているハルに、まーちゃんが提案する。
「あ! くどぅー、こういうのはどう? 今年のお年玉、より多く貰った方がおごるの」
 まったく、まーちゃんはいつまで経っても子どもなんだから。
 ……。
「おもしろい、乗った!」
 会計を済まし店から出れば冷たい風が吹いている。ハルはぶるりと震えた。
457 :ケーキのおいしいお店 :2014/01/18(土) 17:19
 4

 帰り道、沈んでいく太陽。人通りは多くない。マフラーに顔をうずめる。
「ハルがどうして、まーちゃんがあの店に来たのは初めてじゃないと分かったのか、
って訊いたよね?」
 まーちゃんは無言で頷く。
「実はあの場ではまだ半信半疑だったんだ。
でも、もしかしたらと思ったからカマをかけてみた。そしたら見事正解、ってだけ」
「……答えになってない」
 聞こえてはいたけれど聞き返した。
「ん?」
「答えになってないよ。まさは、どうして? って訊いたの」
「そうだったね」
 一つ咳払いをする。
「覚えてるかな? 飲み物が運ばれて来たとき、まーちゃんがなんて言ったか」
「まさが……?」
458 :ケーキのおいしいお店 :2014/01/18(土) 17:19
 回答は得られそうにないので先へ。
「ハルのティーカップを見て「くどぅーのは丸いんだね」って言ったんだ。
確かにハルのカップは丸い形をしていた。そしてまーちゃんのカップは四角。
この状況なら普通はこう言うんじゃない?
 ここのコーヒーカップは四角いんだね。珍しくない?
 ってね。なのにそうしなかった。
 なぜならまーちゃんにとって、それは珍しいものではなくなっていたから」
「だからまさがあのお店に来たことがあると思った」
 その通り。
「でもそれだけで断定はできない。
ハルの知らない店で、四角いカップが当たり前のように使われていても、おかしくはないからね」
 言いながら肩を竦めてみせた。
459 :ケーキのおいしいお店 :2014/01/18(土) 17:19
 道はやがて信号に差しかかる。歩行者用信号は赤。
「じゃあ、まさからも一ついい?」
「うん」
「くどぅーも、あのお店初めてじゃないよね?」
 はは、何を言い出すんだろうこの人は。
「どうしてそう思うの?」
 ハルをちらりと見て、また前を向いた。
「くどぅーが、まさが頼んだものの値段を言い当てたとき、単純にすごい記憶力だなと思った。
でもよく考えるとおかしいの」
「どこが?」
「自分自身が頼んだものの値段を覚えているなら別におかしくはないけど、
くどぅーは、まさが頼んだものの値段を覚えていた」
「まーちゃんはこれを頼んだのか、って見ただけだよ」
460 :ケーキのおいしいお店 :2014/01/18(土) 17:20
 鼻で笑われた。
「それはありえない」
 なんで、と言おうとしたが飲みこんだ。思いだした。
「そうだったね、ハルがメニュー表を見たのは最初だけだった」
 食べるものを決めるのははやい方だ。今日もそうだった。
そしてそのあとメニュー表はずっとまーちゃんが持っていた。
だから、ハルにまーちゃんが頼んだものの値段を確認する機会はなかったことになる。
「なるほどね、つまり」
 つまり、まーちゃんはこう言いたいのだ。
「ハルが、ブレンドとチーズケーキの値段を知ったのは今日じゃない」
 と。
「うん。間違ってる?」
 歩行者用信号が青に変わったので歩きだす。駅はもうすぐそこだ。
「お見事まーちゃん。ハルも、あの店は初めてじゃない」
 自嘲気味に笑いながら言う。
「ハルもあの店好きなんだ」
461 :ケーキのおいしいお店 :2014/01/18(土) 17:20

 知らないことを知ったかぶりすることはそこまで難しくない。しかしその逆となるとこれが案外難しい。
言わなくてもいいことまで言ってしまうのだ。今日はそれがよく分かった一日だった。
 まーちゃんの指摘は悪くない。半分当たりで、半分はずれ。
チーズケーキは以前食べたことがある。
でも、ブレンドの値段は入り口にある黒板に書いてあったのを覚えていただけだ。
 自室のベッドに仰向けになり、真っ白い天井を見つめる。
そろそろお風呂に入ろうかと思い体を起こすと、ちょうどそのとき携帯が震えた。
確認すると、まーちゃんからメールが届いていた。文面はこうだ。
『また一緒に行こうね。今日行った、ケーキのおいしいお店』
 まったく、タイミングがいいのか悪いのか。
 親指だけで携帯を操作する。返信内容は、皮肉を込めてシンプルに。
『今度はおごらないよ』
 中学生のお財布事情は厳しいのだ。
 携帯をベッドに放り投げ、部屋を出る。今日はよく歩いた。明日が日曜日で何よりだ。

 完
462 :名無飼育さん :2014/01/18(土) 17:22
まーどぅです
これで終わりにしたくないですがどうなることやら

ちなみに一箇所改行ミスりました
463 :syus ◆7RDTNsUVw. :2014/01/21(火) 16:01
一人

 更衣室にはうち一人。汗をかいたレッスン着を放り投げる。今日のリハはもう終わり、メンバーも各自バラバラにお疲れ様でしたといってもう解散している。
 最近は北海道のハロコンに向けてグループの垣根を越えた練習。だから普段は絡んでいない人のところへ行くメンバーが多くて更衣室はあっと言う間に空になる。うちはというと気分がずぶずぶと沈んでいた。
 ……理由は道重さんだ。最近、道重さんと二人で話せる機会が極端に減った。娘だけじゃないハロコンって言うのもあるけど、まさきちゃんがいつも道重さんと一緒にいる。呆れてるフリをしてるけど満更でもなさそうな道重を見てると心臓のあたりが針で刺されたみたいな気持ちになる。

 うちが、道重さんの事を好きだから。
 ずっと否定してきた気持ちを自覚した楽になったけど同時に苦しくなった。道重さん道重さん。頭の中はそればっかりで他の事が手につかない。
 どこが好きか、とかいつから好きかなんて考えたって意味がなかった。なんとなく好きになったし、気づいた時には手遅れだった。
464 :syus ◆7RDTNsUVw. :2014/01/21(火) 16:02
 深い溜息を一つ。

 いつまでもここにいる訳にはいかないからのろのろと着替え始める。可愛いと褒めてもらった私服。その時も嬉しかったんだけど、お礼を言う前にはるなんが道重さんを呼んじゃって。
 ……メンバーに嫉妬するなんて、末期だなぁ。
 道重さんに一番好かれてたい。一番可愛い後輩ってだけじゃなくて、一番好きになって欲しい。我が儘な独占欲はどんどん大きくなるし、うちは意外とヤキモチ焼きみたいだ。
 今のメンバーだと最大のライバルはやっぱりまさきちゃん。嫉妬でチクチクと胸が痛むのも圧倒的にまさきちゃんが多い。今度のハロコンだってまさきちゃんの地元。道重さんに気にかけてもらえる機会も増えるんだろうな。
 また、ツーショットとか撮ったりするのかな。まさきちゃんはズルい。何時だって道重さんにベタベタして簡単に好きだって言って。うちだって、好きって言いたい。
 声に出せない叫び。素直になりたいけどうちの言葉は足らなくて、他の人が伝えるのも嫌で。どう足掻いても伝わらないし伝えられない。
 乱暴に服をカバンにつっこんだ。こんなに苦しいなら好きになんてなりたくなかった。今更、何をすればいいの?

 ズキズキと痛む心に蓋をしてうちは更衣室を後にした。

[終わり]
465 :syus ◆7RDTNsUVw. :2014/01/21(火) 16:05
自分でわかりやすいようにコテハンつけました

ライブ終わりのワンショット
前途多難な恋ばかり
俯いた頬は紅く染まっていた
の作者です

感想くれた方ありがとうございます
他の方も作品も読んでいてニヤニヤしています
466 :名無飼育さん :2014/02/15(土) 16:32
雪かきしてたら乗り遅れました

バレンタインみやもも
467 :名無飼育さん :2014/02/15(土) 16:33

「まだあたしあげるってゆってなかったんだけど...」

あたしの部屋に入ると、机には見覚えのある包みを剥がされた箱が開けてあった。
箱の中身は大分減っててせっかくのバレンタインが台無しだ。

「どうせもものなんだからいいじゃーん。」

箱をあけた張本人は、悪びれもせずに中に入ってたチョコをつまんで口に放った。

「それとも他の人のなの?」

わざと作った拗ねた声。

甘めのトリュフはももが好きなやつ。
簡単だけど心を込めた、もものための特別なチョコ。

「んなわけないでしょ。」

ももの隣に座りながら、そっけなく言葉を返すけど、ももは満足そうに笑っていた。

「こんな時間に食べたら太るよ。」

なんとなくそれが気に入らなくてももが気にしそうな言葉を投げ掛ける。

最後の一粒を手に取ったももはあたしの言葉に動きを止めた。
案の定の反応に、つい唇の端を上げてしまう。

でも...

振り向いたももは予想と違い、今の言葉を気にするでもなくその目は悪戯に笑っていた。

「じゃあみやも一緒に、ね。」

そう言ってももは手にしていたチョコをあたしの口に押し込んだ。
468 :大人なのよ! :2014/02/15(土) 16:35
「んぅ...っ」

強引な指に顔をしかめると、すぐにチョコを追いかけるようにあたしの唇にもものそれを重ねた。

絡み合う舌の間で、含まれたチョコがやわらかく溶け始めていくのがわかった。

溶け出す甘さを広げるように、ももの舌があたしの口のなかでチョコを転がす。

「んっ...ふ、」

上顎に押し付けられたり、それを舐めとるようになぞられたり...。

もうたくさんってくらい、あたしは甘さしか感じなくて。
それはあたしがあげたチョコのせいか、好き勝手に弄ぶももの舌のせいなのか...。
くらくらしてきた頭で考えるけど、ももがそれを許してくれない。

いつの間にか首の後ろに回されたももの手が逃げたくても逃がしてくれなくて。

「っは...ん...」

角度を変えて、もう一度重ねて。
もっと深くなっていく...。

ももじゃ、ないみたい。

薄くあけた瞳に映るのは、さっきまで無邪気にチョコを頬張ってたももとはまるで別人だ。

「はっ...」

口のなかのチョコが全て溶けてなくなった頃、ようやくももの唇が離れていった。

469 :大人なのよ! :2014/02/15(土) 16:36

肩で息するあたしの背中を宥めるように撫でるももの目が優しくて、やっぱりももじゃないみたいだった。

嫌というほど甘いのに、にがくて苦しい大人なキス。
いままでの、触れ合うだけのものとは違う。

あたしとチョコを溶かしてた唇の感触が消えなくて、口元を手で覆う。

「な、に...」

つい言葉にだしてしまったらももがくすくすと笑った。

「ももちももうすぐ22歳だもーん。」

ももを見つめるあたしの瞳は、大人を見上げる子供のそれか。

思ってることは見透かされた。

「その言い方、全然大人じゃない...。」

精一杯の嫌味にも涼しい顔してるももが悔しくて、その肩に顔を埋める。

「もも...。」

上から下へ、背中を撫でるももの手はゆっくりで、あたしの呼吸はまた速くなりそうだった。

「...ももっ」

チョコは、もうない。

二人の口のなかで溶けて、消えた。
それなのにむせかえりそうなチョコの匂いと喉にはりつく甘いのがなくならない。

「もっと呼んで、みや。」

私しか知らない、大人なもも。

「ね、もっかい。」

この甘さが消えないうちに、苦しいキスをもう一度。

470 :大人なのよ! :2014/02/15(土) 16:37
end
471 :名無飼育さん :2014/02/18(火) 01:37
あやかのん
472 :each other :2014/02/18(火) 01:37
少し賑やかな楽屋内の隅の椅子に座り、花音は深めに息を吐いた。
我ながら、どうしてこんなときにと思ってしまう。
年明けから長く続いたコンサートの最終日だというのに、万全で臨めないなんて。

「大丈夫?」

ふー、と再び息を吐いたときに背後から声を掛けられ、ハッとする。

「うん、大丈夫…」

花音の答えを聞いた人物が花音の前に回ってくる。
笑おうと顔を上げたら、花音を見下ろしている相手の唇が真一文字に引き結ばれていてドキリとした。

大きな黒目がちの目がまっすぐ花音を見つめる。
取り繕ったその場凌ぎの嘘など、すぐにでも見抜いてしまいそうな瞳の強さに花音の喉が引き攣る。

ほんの少し頭を傾け、花音の次の言葉を待っている彩花に花音は降参して弱く首を振った。

「…ごめん、ホントは全然ダメ」
「ん、わかった」

花音の言葉を聞いた彩花がぽん、と花音の肩を撫でるように叩き、
そのまま意志の強い足取りで、慌ただしくコンサート進行の準備をしているスタッフと元へと駆けていく。
その後ろ姿を見送りながら、花音はその日いちばん大きくて深い溜め息をついた。
473 :each other :2014/02/18(火) 01:38



先日痛めた腰が完全には治っておらず、マネージャーやスタッフから心配と注意とを同じだけ受けた帰りの新幹線。
窓側の席を譲ってもらい、塞ぎこみそうになるのを誤魔化すように音楽を聴くフリでイヤフォンを取り出す。
隣の席になった香菜が心配そうに話したそうにしていたけれど、
苦笑いしてみせると、花音の心中を察したように笑い返して、そのあとは黙っていてくれた。

深く息をつき、イヤフォンを耳にかけようとして隣の影が動いたことに気づく。
立ち上がった香奈と入れ替わるように花音の隣に彩花が座り、文字どおり、花音は目を見開いた。

「え、どうしたの」
「代わってもらった」
「それは見たらわかるよ。なんで代わってもらったの?」

今まで、特に2期メンバーが加入してからは、長時間移動の車中で彩花と花音が隣同士になることはあまりなかった。
番組や収録などでの企画的な場合での組み合わせでなら何度かあったが、それ以外では数えられるほどしかない。
誰かに言われたわけではないし、自分たちでそうしようと決めたわけじゃない。
なんとなく、そうすることがお互いの距離感として適切だったのだ。

花音の問いかけに彩花の眉尻が下がる。
困っているようにか見えないハの字に下がった眉に思わず顎を引くと、彩花の唇が小さく動いた。

「花音ちゃんのそばにいたくなったの」

ひそりと囁くような小さな声に咄嗟に言葉に詰まる。
にこりと笑った彩花が綺麗で、思わず見とれてしまう。
474 :each other :2014/02/18(火) 01:38
返事をしない花音に彩花が首を傾げる。

「花音ちゃん?」

呼びかけられてハッとして、耳に掛けようと思っていたイヤフォンを外した。

「あや、隣に来たらダメだった? かななんのが良かった?」
「そんなこと言ってないでしょ。そういう言い方しないの」

普段ちょっと頑固なくせにときどき卑屈になる彩花に花音は呆れたように細く息を吐いた。

「でもあたし、寝るつもりだから話し相手にはなれないよ」
「いいよ。あやが花音ちゃんの隣に来たかっただけだから」

さらりと、なんでもないことのように言われて顔が熱くなる。
頬が赤くなっているようで恥ずかしくて、それを隠すようにマスクを少し持ち上げていたら、
何を思ったか、彩花が座席の間にある肘置きを上げて、とんとん、と、自分の肩を花音に向けて叩いて見せた。

「? なに?」
「寝るんだよね? あやの肩、貸してあげる」
「はっ?」
「あ、それとも膝にする?」

ぽんぽん、と、今度は自らの膝上を叩いた。

「な、に、バカなこと言って…」
「えー、ダメかなあ」
「ダメとかダメじゃないとかじゃなくて」

仮にもグループ内の年長者がそんなことするのはさすがに後輩たちの目がある、と花音は思ったが、
言いだしたほうの彩花に発した言葉以外の他意などないのは明白で、文句を言うのもなんだか違う気がして肩からチカラが抜ける。
475 :each other :2014/02/18(火) 01:38
はあ、と溜め息をついて額を押さえると、彩花がゆっくりと下から花音の顔を覗きこんできた。
黒目がちのまっすぐな目が不安そうに、だけどどこか花音の気持ちを汲むように労わりを含んで。

諦めでも呆れでもなく、受諾の溜め息をついてから彩花を見ると、花音と目が合ったことが嬉しそうにその口元が綻んだ。
笑うと幼さが増す彩花に釣られるように花音の口元も緩み、ゆっくり彩花の肩に凭れかかると、満足そうにくすぐったそうに、また笑ったのがわかった。

「膝じゃなくていいの?」
「変な体勢で寝ると逆に腰痛くなっちゃうから」
「あ、そっか」

ふむ、という声が聞こえて、静かになる。
沈黙になりそうでそろりそろりと目を伏せると、投げ出していた花音の手を彩花がそっと捕まえた。

僅かにカラダを揺らしただけでしたいようにさせていると、優しく手の甲を撫でてからゆっくりと手を繋ぎ、そのまま指を絡められる。

「…なにしてんの?」

起き上がることも振りほどくこともしないで尋ねると、きゅ、と手のチカラが強くなって。

「手、繋いでる」
「それはわかってるよ」
「やだ?」
「……そんなこと言ってない」

素っ気なく答えると、また少しチカラが加わって。
476 :each other :2014/02/18(火) 01:39
「…あやね、花音ちゃんいないと、やっぱりちょっと心細い」
「え?」
「リーダーなんだし、こんなこと言ってたらダメって思うしわかってるんだけどね、でも、なんていうか、うん…」

彩花自身の不安を吐露しているのに、遠回しに心配してくれているのだと気づくのは敏い花音には容易過ぎた。
もちろん、言ったこと自体も嘘ではないだろう。
弱気なことを言うのは本来の彩花なら本意ではないはずだ。
それなのにそれを言わせてしまったことが花音を酷く落ち込ませた。

「…ごめん」
「ううん。そうじゃないの、あやまってほしいんじゃなくて」
「うん、わかってる。わかってるよ」

そっと、花音のほうからも彩花の手を握り返した。

「…ちゃんとする。ちゃんと治すよ。だから」

彩花には前を向いていて欲しい。
自分はそれを支える立場でありたい。

「もう心配かけないようにするから、だから、あやちょも弱気なこと言わないで」

花音の声の強さに何かを感じとったのか、握り返してきた花音の手を、彩花はそっとそっともう一方の手と一緒に包みこむ。

答えの声は聞こえない。
それでも繋いだ手から伝わる熱に花音は涙が出そうになるのを堪えた。
477 :each other :2014/02/18(火) 01:39
しばらくそのまま、無言でいた。
手を撫でる彩花の体温が心地好くて意識を手放そうとして、彩花の肩が小さく揺れた。

「花音ちゃん? 寝ちゃった?」

まだ彩花の声ははっきり耳に届いたけれど、体勢上、顔が見えないのをいいことに花音は答えなかった。

眠ったと思ったのだろう、彩花が細く息を吐いたのがわかった。

「はやく、一緒に歌おうね」

彩花の願いは些細なことかも知れないけれど、それを叶えられるのは花音だけだ。
望まれているとわかって、また目頭が熱くなる。

ひそりとした声が聞こえたあと、頭のてっぺんに唇が当たった気がしたけれど、眠ったふりで気づかなかったことにした。





END
478 :名無飼育さん :2014/02/19(水) 04:35
友情と愛情が共存していて、きゅんとくるけどどこか切ないお話ですね。
最後のあやちょのセリフに、涙が出そうになりました。
479 :名無飼育さん :2014/03/06(木) 22:40

ベリーズです。
 
 
480 :桃子だから。 :2014/03/06(木) 22:40
 
 どうしてこうなってしまったのだろう。5分だけという約束で千奈美は桃子に肩を貸してあげた。2月に発売した新曲やベストアルバムの宣伝活動でしばらくの間、コメントの撮影や取材の仕事が立て続けに入っていた。必然的に7人で揃うことが多くなった。3月1日からはBerryz工房の単独コンサートも始まり慌ただしい日々ながらも充実した時間を過ごしていた。

 千奈美はちらりと横目だけで肩に乗った頭を確認した。今は控室に千奈美と桃子、そしてBerryz工房のキャプテンである佐紀が残っていた。撮影中のメンバー、打ち合わせを行っているメンバー、私用で抜けてしまったメンバーなどそれぞれ不在の理由はあった。撮影はまだ始まったばかりだった。自分の順番がくるまで特別することもなかった。とりあえず、控室のソファに深く座りスマホを片手に持った瞬間千奈美の隣に腰を掛ける人影が現れた。それが桃子だった。

 寝るから肩を貸せと桃子に言われ、断固として拒否し続けていた千奈美だったが反抗すること自体桃子の術中で踊らされている気がしたというか相手をするのが面倒になり時間制限の条件を相手にも飲ませしぶしぶ肩を貸すことを承諾していた。

 5分経ったと、主張して強制的に姿勢を崩してしまうこともできたが千奈美は不本意ながらも隣で休んでいる桃子を起こさなかった。本当に疲れていて体を休ませたいのならばわざわざ自分の隣で眠る必要はなかった。控室は広い。他にも横になれる場所がある。理由はしらないが、桃子は自分の肩を借りたかったということだけ千奈美は素直に理解していた。

 もう、大人だ。
 他に用事もないのだから5分経ったから即座に姿勢を崩して寝入っている桃子に意地悪する必要もない。最後の抵抗として溜息だけ吐いてこのまま桃子を寝かせておこうと思った自分を褒めて千奈美はスマホの視線を落とした。

481 :桃子だから。 :2014/03/06(木) 22:41

 ◇ ◇ ◇

 撮影現場から控室へ戻った友理奈はまず、仏頂面の千奈美が視界に入った。反対にのんきな表情で寝ている桃子が千奈美の横にいる。友理奈の次は千奈美の撮影の番だったのでその旨を彼女に伝えると。

 「熊井ちゃん交代」
 と、友理奈が告げるべきセリフを千奈美が口にした。
 しかも、間の抜けた様子の桃子を指さして言うのだった。
 どういう意味か尋ねると、どうやら桃子の枕代わりを交代しろということらしい。
 寝ている桃子には構わず起こせばいいと、佐紀は苦笑して提案したが千奈美が突っぱねた。

 「千奈美ばっかりももの枕になるとか不公平だ」と理解できない理由で友理奈は撮影現場へ向かった千奈美の代わりに桃子の頭を肩に乗せて控室のソファに腰を掛ける羽目になった。
 撮影の演出上、今日の桃子は天使の羽をイメージしている例の髪型ではなかった。髪を下ろしていれば普通のどこにでもいる女子大生に、見えないこともない。と、友理奈は思いつつも見慣れ過ぎた桃子にこんな人物がどこにでもいるなんてことはありえない、とさっきの思考を打ち消して大人しくソファに座っていた。

482 :桃子だから。 :2014/03/06(木) 22:41

 ◇ ◇ ◇

 「熊井ちゃん、お菓子食べる? 」
 じっと身動きしない友理奈を気遣って佐紀は声を掛けた。佐紀が座っている側にお菓子がたくさん積んであるテーブルがあった。ありがとうと答えた友理奈だったが返答がどうにも鈍かった。お菓子が欲しいのかいらないのかはっきりしない。
 「熊井ちゃん? 」
 佐紀は確認の為にもう一度名前を呼んだ。
 「どうしようキャプテン」
 「え? 」
 「くしゃみ。くしゃみ出る」
 「出せばいいじゃん。くしゃみなんて我慢することないでしょ」
 「ももが起きちゃう」
 鬼気迫った声で友理奈が言うものだから佐紀は笑ってしまった。千奈美から受け取った任務を真面目にこなそうとする友理奈が滑稽だった。仕方ないなぁと呆れた態度を見せつつも、佐紀は友理奈の側まで行き。

 「代わってあげるから、くしゃみしてきなよ」
 言いながら桃子を見つめたが気抜けした彼女の顔は友理奈の悲壮感と裏腹だった。
 九死に一生を得たような厳かな表情で友理奈は佐紀を見上げ礼を告げる。そこまで大袈裟なことでもなかったが悪い気はしなかった。
 
483 :桃子だから。 :2014/03/06(木) 22:42
 
 ◇ ◇ ◇

 「間抜け面ーっ」
 笑いの沸点が低い雅が私用から戻ってきて一番に爆笑した。
 雅が爆笑した原因は佐紀の肩に乗っているそれで間違いない。桃子にしては珍しく油断した様子で眠っている。心を許しているような桃子の様子に佐紀は安心していた。だからこそ千奈美と友理奈にならい佐紀も彼女を起こすことなく肩を貸し続けていたのだ。

 「寝てるの? 」
 雅は桃子が寝ているかどうかを尋ねた。佐紀は無言で頷く。
 「マジ? 」
 何故か雅の声が小声になった。
 珍しいね、と佐紀と同じ感想を持った雅の表情が少し変わった。「変な顔」と悪態をついている雅だが表情が緩みきっている。寝ている桃子と変わらないだらしない様子だとは指摘せずに佐紀は「重い」と苦情を訴えた。

 苦情を受け取ったのは目の前の雅ではなくくしゃみをして帰って来た友理奈だった。
 「ごめんねキャプテン。代わるよ」
 「うそうそ、大丈夫」
 「でも、うちが千奈美に頼まれたのに」
 「千奈美もそろそろ戻ってくるだろうし。戻ってきたらももは千奈美に任せるから」
 「重いよね? 」
 「大丈夫だって」
 「でも」
 と、友理奈と佐紀が押し問答をしていると。ドスンと佐紀のお尻に振動が伝わった。桃子を挟んで雅がソファに腰を下ろした。
 友理奈と佐紀が同時に雅の方を見る。
 「いいよ、今度はうちがももの面倒みる」
 あり得ないことが起こった。友理奈も佐紀も言葉を失って、それから桃子を見た。
 梨沙子や佐紀を甘やかすことはあっても、雅が桃子に甘い態度を見せるなんて滅多にない。雅の行動を二人はにわかには信じられなかった。

 「じゃ、どうぞどうぞ」と、佐紀が桃子の体重を反対側へ移動させようとした時。桃子の体が前傾にぐらついて友理奈、佐紀、雅は焦ったが。桃子は床へは落ちずに正面へ向き直った。

484 :桃子だから。 :2014/03/06(木) 22:42

 「うーん」
 注目を一斉に集めて桃子は目を覚ましたのだった。
 桃子は俯いたが自分で体重を支えつつ意識がはっきりするまで前傾のままでいた。
 目の前にいた友理奈を視覚に収めて桃子は瞬きをする。
 「次、私? 」
 友理奈が起こしに来たのかと勘違いして桃子が尋ねた。
 「違う。今は千奈美の番で、次はキャプテン」
 そっか、と答えて桃子は隣の佐紀を見た。どうかしたのだろう、というような雰囲気から桃子が今の状況を飲み込めていないことが三人には伝わってくる。

 意識を手放している状態だったから雅も桃子に肩を貸そうとしたに違いない。覚醒した桃子に雅は同じことをするかは謎だ。余計なことは口にせず、友理奈も佐紀も次にどんな行動に出るのか雅を待つことにした。

 そして。
 「わーっ」
 すっとんきょうな桃子の悲鳴が聞こえた。
 力任せに雅が桃子へ体当たりしたようだ。そして、「寝る」と胸の前で腕を組んで雅は目を瞑った。
 「ちょ、みや。重い。寝るならあっちで寝なよ」
 自分は千奈美に肩を貸せとわがままを言ったくせに。桃子は雅の横柄な態度にまともに答えている。真面目に返されたのが雅はますます面白くないらしく、「バカ」と呟き、桃子の太ももを占領した。

 「どうしたの? 」
 雅が何故不機嫌なのか桃子は友理奈と佐紀に尋ねた。しかし二人は余計なことは口にせず千奈美が戻ってくるまで雅と桃子を見守ることにした。

485 :名無飼育さん :2014/03/06(木) 22:43

 END

 
486 :名無飼育さん :2014/03/08(土) 20:31
なんかいいですね。
487 :名無飼育さん :2014/03/11(火) 12:25
『語らない冬』
488 :語らない冬 :2014/03/11(火) 12:26
  1

 最後の問題は四択だった。
登場人物の言動を表現する慣用句として、最も適切なものを選び、記号で答えよとのこと。
選択肢を確認する。しかしそれは考えるためではなく、ただの確認作業にすぎない。
ここは先週やったばかりで記憶も新しい。サービス問題と言ってもいいだろう。
とくに悩むこともなく解答用紙にウと書き込むと、そこで一旦鉛筆を置き一息ついた。
 今日はよく晴れている。陽気と呼ぶには温かすぎる天気のせいで、手に額に汗が滲む。
吹く風は、時折教室の窓を揺らしながら、新しい空気と涼しい気持ちを運んでくる。
 年度末。二月末。
この時期になると、三年生は高校受験のシーズンということで学校へ来ることも少なくなる。
現に、昨日と今日は休日扱いになっている。
そこを利用したのか、あるいはこのために休日扱いにしたのかは不明だが、
我が中学校では学年末考査が行われている。
三年生に関しては、これもまた受験の関係で一月中に終えている。
489 :語らない冬 :2014/03/11(火) 12:26
 一、二年生を対象とした学年末考査は二日に分けて行われ、二年生は国語が最後の科目になる。
 国語は好きだ。もちろんラブではなくライクの方。
国語の問題は概して物語を用いて文章表現の理解度を測る。
つまり、問題にヒントや答えが隠されている。
好きな理由を聞かれたときまず思い浮かぶのはこれだ。
ただ、同じ文章でも状況次第で解釈は変わってくる。
あるいは掛詞のようにわざと二つの意味を持たせている場合もある。
その点、数学や理科ならば答えは一意に決まる。
理系科目が好きな人でこれを理由に挙げる人は多いだろう。
同じ数式から異なる答えが導かれたなら、きっと空も飛べるはず。
490 :語らない冬 :2014/03/11(火) 12:26
 そんなことを漫然と考えていたら、試験監督の先生の声が聞こえてきた。
「残り五分。しっかり見直ししとけよ」
 そういえばすっかり忘れていた。空なんて飛んでいる場合じゃない。
おもむろに鉛筆を手に取ると、二、三度くるりと回してから見直しに取りかかった。

 教室のスピーカーに小さくノイズが走り、その数秒後にテスト時間終了のチャイムが鳴った。
最後にもう一度だけ名前欄を確認する。工藤遥。大丈夫、名無しの権兵衛ではない。
多少字が崩れているが、書写の時間ではないので点数には影響しない。
 プリントが回収されていく。手ごたえ的には、良くて八十点、悪くても半分は超えているだろう。
過去のそれと比較しても出来た方だと思う。
 枚数確認が終わると、先生はお疲れさまでしたとだけ言って職員室へと戻っていき、
それに続くようにみんなも廊下に出ていった。
この学校では、考査のときは必要最低限のもの以外はカバンに入れ廊下に置くことになっている。
もちろんこれは不正行為防止のためであり、シャーペンを使わずに鉛筆を使うというのも同じ理由による。
 ハルも立ち上がり、カバンを取りに廊下に出る。学年末考査は終わった。
491 :語らない冬 :2014/03/11(火) 12:27
  2

 考査の時間は終わったがまだホームルームが残っていた。
とはいえそれも申し訳程度のもので、三十分とかからずに終わった。
 携帯の電源を入れる。時刻は十二時手前。メールが一件届いていたので開く。
『C組まで来てください』
 いつもなら向こうから来るのに呼び出しとは珍しい。
訝りながらも、別に不思議なことではないと納得し、こちらから向かうことにした。
 テストから解放されたのと、この時間から放課後というのが重なり、
C組教室に残っている生徒の数は多かった。
それでも席順を知っているので目当ての人物を探すのに時間が掛かることはなかった。
メールの送り主、佐藤優樹の席は、奥から三つ目の一番後ろ。
近くまで寄り右手を挙げると、向こうも手を挙げて返した。
「ごめんね、返信できなくて。電源切ったままだった」
492 :語らない冬 :2014/03/11(火) 12:27
 ハルがメールを見たのはついさっき。しかし送られてきたのはそれよりもだいぶ前だった。
謝罪から入ったのはそのことで怒っているかも知れないと思ったからだ。
そしてその予想は当たっていたらしい。
「まさ、怒ってるの」
 だから今、と言おうとしたけれど、まーちゃんは空いている隣の席の椅子を引き、ハルに座るように促した。
仕方なくそこに座るとまーちゃんはもう一度言った。
「まさ、怒ってるの」
 一瞬これが永遠続くのかとも思ったが、すぐに分かった。
まーちゃんは何か聞いてほしい話があるのだと。だからハルを呼び出したのだと。
だから訊く。
「どうしたの?」
「まさ、怒ってるの」
 二度あることは三度あるらしい。ハルは三度目の正直を期待したんだけど。
 しかし今回は続きがあった。
「今日のテストでね、なんとか思い出せそうな問題があったの。
それなのに急に頭が真っ白になって……。時計を見たら残り時間も少ないしさらに焦っちゃって。
ああ、どうして忘れちゃったんだろう。本当に腹が立つ。情けないよ」
 そして溜め息がこぼれる。
493 :語らない冬 :2014/03/11(火) 12:27
 どうやら怒っているのはハルにではなく、自分自身にらしい。高尚なことで。
 だがどうも、まーちゃんはすべてを話していない気がする。
言葉足らずというよりは、本心を言っていないというような感じ。
具体的にはさっきのメール。まーちゃんはハルを呼び出した。
わざわざ呼び出すなんて珍しいとは思ったが、何か用事でもあるんだろうと思い気にすることをやめた。
実際、用事はあった。だがそれはハルを呼び出してまでするようなことではなかった。
今の話ならハルの居るA組の教室でも事足りるだろう。そうしなかったのには何か理由があるはずだ。
「思い出せないのは悔しいよね。
大事なときに思い出せないくせに、テストが終わった直後に思い出すことがよくある。
あれは困ったものだよ。でもよくわからないな。もうちょっと詳しく話してくれないと」
 するとまーちゃんは、人差し指を下唇にあて、やや上を向いて言った。
「んー、ちょっと待ってね、思い出すから」
 もっと詳しく話せと言われて嫌な顔をすると思ったがそんなことはなく、むしろ表情はいつも通りに近かった。
 十秒ほどの沈黙のあと、おもむろに口を開く。
494 :語らない冬 :2014/03/11(火) 12:28
「今日の理科のテストは自分なりにだけど手ごたえがあった。頑張って覚えた甲斐があったよ。
だけど、どうしても一ヶ所思い出せないところがあったの。
何分くらい格闘してただろう、あーでもないこーでもないって考えてたら電話が鳴ったの。
携帯電話がピリリってね。まさ、その音にびっくりしちゃって頭が真っ白になっちゃった。
本当に焦った。でも同じくらい先生も焦ってたよ」
「そうか、テスト中に携帯が鳴ったんだもんね」
「そう。先生も初めての経験だったんだろうね、目に見えてあたふたしてた。
クラスのみんなもちょっとざわついてたし。
それから、音が廊下から聞こえてくるのはすぐにわかったから先生が廊下に出たの。
多分持ち主を特定しようとしたんだろうけど、それが叶う前に携帯は鳴り止んじゃった。
結局携帯が鳴ったのはそれっきりで、残り時間はずっと思い出すことに集中してたよ」
 さらに続ける。
「そのあとの国語も普通に受けて、とりあえずテストは全部終わった。
本来の時間よりも少し遅れてホームルームが始まって、最初に先生から携帯の件についての報告があった。
 結果だけ言うと、今回は厳重注意だけで何のお咎めも無し。
まあ、携帯は持っていたわけじゃないし、誰のものか特定できてなかったからね。
 今日起きたことの流れはこんなかんじかな」
495 :語らない冬 :2014/03/11(火) 12:28
 言い終わると、まーちゃんは顔ごと視線を下へと向けた。
 外を見れば雲ひとつない快晴で、遮るものが無くなった陽の光はその強さを保ったまま教室へと注がれている。
額に汗が滲むのを気にしながら言う。
「それは運が悪かったね」
 言いたいことのすべてを飲み込んでその一言に託した。
 テストの時間に携帯の電源を切り忘れた生徒がいて、
運悪くその携帯に電話が掛かってくることは、ありえない話ではない。
 では原因ではなく結果を見てみるとどうだろう。実際に携帯が鳴って、教室内では何が起こったのか。
過半数の生徒が廊下に目をやり、先生の意識も数秒は廊下に向いたはずだ。
 それを見越して誰かがわざと携帯を鳴らしたとしたら?
 テスト中、十秒に満たない短い時間でできることといえば?
 想像に難くない。携帯が鳴ったのはカンニングをするためだ。
まーちゃんはそれに巻き込まれてしまった形になる。だから、運が悪かった。
「だね、運が悪かった」
 そう呟く声は、他の生徒たちの話し声ではっきりとは聞こえなかった。
496 :語らない冬 :2014/03/11(火) 12:29
  3

 さて、携帯が鳴ったのはカンニングのためだとして、まーちゃんはそれに気付いていないのだろうか。
これはもちろん反語だ。まーちゃんが気付いていないはずがない。
それなのになぜそのことをに口にしないのか。大方の予想は付いている。
「それにしても」
 俯き気味だった顔が上がっていた。
「時間内に思い出せてよかったよ。二点は大きいからね」
 そこにはいつもと変わらないまーちゃんがいた。
「なんだ、思い出せてたんだ。ハルはてっきり……」
 ああ、そうか。
「……ん? てっきり、何?」
「いや、てっきり最後まで思い出せてないのかと思ってた」
 というかそういう話し方だったし。
「だとしたらもっと怒ってたかも」
 笑いながら言うまーちゃんに、ハルも笑って返した。
497 :語らない冬 :2014/03/11(火) 12:29
 まーちゃんは比較的ストレートに感情を表現する。でも今回は少し遠回りしたみたいだ。
 まーちゃんは最初、怒っていると言った。
それは話の流れで、着信音をきっかけに頭の中が真っ白になった自分自身に対してだと分かった。
だけど時間内に思い出せていたことが分かった今、それは疑問に変わる。
こう言うのもあれだけど、まーちゃんはそこまで自分に厳しくない。
今回の場合だとせいぜいが悔しいと思うくらいだろう。
とするとまーちゃんが怒っているのは自分自身ではなく携帯の持ち主にということになる。
 ならばハルにできることは……。
 いきなりチャイムが鳴った。
いや、鳴る時間は決まっているのだからいきなりではないけれど、不意を突かれたという意味でいきなりだった。
教室の時計を見ると十二時を回り、四時間目が終わる時間になっていた。
 チャイムの音をきっかけに多くの生徒が帰る用意をしている。
その姿をじっと見ているとまーちゃんが訊いてきた。
「どうしたの、くどぅー」
「ああ、ごめん、なんでもない」
498 :語らない冬 :2014/03/11(火) 12:29
 まーちゃんがカンニングを口にしない理由。それはその行為を実際に見たからだ。
そうでなければただの予想ということで話すことができた。
だが見てしまった以上、それは批判へと変わる。あるいは悪口になってしまう。
C組に呼び出したのも、この中にその人がいるというアピールなのだろう。
だからこの状況でハルができることは、誰が鳴らしたのかをまーちゃんから聞く前に突き止めることだと思った。
 だけど違う。ハルがするべきことはこれじゃない。
 カンニング行為を目撃しながら告発することもできず、そして張本人に対してはなんの処罰も無し。
それに対してまーちゃんは怒り、だがその怒りの矛先をどこに向けていいのかわからずに、
友だちとの会話の中にうまく紛れ込ませることにした。最大限の譲歩だ。
それなのにハルが、あの人がカンニングをしたんだねなどと言ったなら、それはあれだ、要らぬお節介、だ。
まーちゃんの気持ちを尊重するなら、犯人を特定するのではなく、ただ話を聞いてあげればいい。
499 :語らない冬 :2014/03/11(火) 12:30
 だけどハルは別の方法を取ることにした。席を立つ。
「ハルたちもそろそろ帰ろっか」
 まだ話し足りなかったのか、まーちゃんは少し躊躇う様子を見せた。
「この続きは別の場所でやろうよ。おすすめのパンケーキ屋さんがあるんだ」
 さらに促すと、不承不承、まーちゃんも席を立つ。けれど先に教室を出たのは、まーちゃんだった。
 昇降口で靴を履き替えながら、まーちゃんが言った。
「くどぅーの口からパンケーキだなんて。女の子みたい」
 間を置かずに答える。
「男でも甘いものが好きな人だっているさ。って誰が男じゃい」
 ノリツッコミのクオリティを気にしたら負け。
 校舎を出ていつもとは反対の方向に曲がる。強い日差しの中、吹く風は冷たかった。
 これから行くお店は、美味しいのはもちろん、ボリュームが満点。ハルの知る限り、ヤケ喰いには最適のお店だ。
 徒然草の中にこういう言葉がある。おぼしきこと言わぬは腹ふくるるわざなり。
 今日のまーちゃんを表すには、ぴったりの言葉ではないだろうか。


 完
500 :名無飼育さん :2014/03/16(日) 05:43
ナゾは解けたけど答え合わせはナシなんですね。
このまーどぅーホント大好きです
501 :名無飼育さん :2014/03/19(水) 12:50
>>500
>>353と同じ人かな?
自分の作品を好きと言ってくれる人がいるのは嬉しいことです

中学二年についてはこれでおしまいですが
三年生のまーどぅーも書く予定ですので気長にお待ちください
502 :>>353 >>500 :2014/03/24(月) 02:00
気長に待ってます。
できればスレ立てして欲しかったり。
503 :名無飼育さん :2014/03/25(火) 14:16
自分もこのまーどぅー好きです
気付けばどぅーの推理におぉ〜なんて感心したりしてw
504 :名無飼育さん :2014/03/30(日) 22:40
>>502
気付けば6つも作品を書いていたのでスレを立ててもいいかもしれませんね
次回作のタイミングで立てようかと思います

>>503
ありがとうございます
なるべく矛盾が起こらないように努めてはいますが……
505 :名無飼育さん :2014/04/05(土) 20:03
工藤さん主役です。
506 :くどぅーの想い :2014/04/05(土) 20:03


魔法キャラっていったら、あのヒトか
507 :くどぅーの想い :2014/04/05(土) 20:04

「ちちんぷいぷい、魔法にかーかれ!
あー、かかっちゃったー!」
「てか生田さん、投げっぱッスよソレー!」
てツッコむと、譜久村さんも
「だよねー」
と同意してくれる。
「ズルイっすよねー」
「聖も思うー」
生田さんは、苦笑いして部屋を出てった。
508 :くどぅーの想い :2014/04/05(土) 20:04

「なんかえりぽん、魔法禁止令出てるらしーよ」
ライブ後にハミガキしながら、鞘師さんが言った。
「へー。
マジですか」
「うん。
なんかね、言われたみたい」
淡々と言いながら、ハミガキする鞘師さん。
509 :くどぅーの想い :2014/04/05(土) 20:05

「くどぅー、どぅー!」
甲高い声が廊下から響く。
なんだよ、うっせーな。
「おー、コッチ。
なんだよ、まーちゃん」
楽屋のドアを開けて顔を出すと、
「コッチ!」
を手を掴んでいきなり走り出した。
「なんだよ」
「いいから!」
まーちゃんはまた振り回す。
くるくる、くるくると。
510 :くどぅーの想い :2014/04/05(土) 20:06

「じゃーん!」

眼の前に、でかい空が広がる。
コンサートホールの入ったビルの、けっこー上の階まで連れてかれて。
映画館のスクリーンみたいな、おっきな窓があって。
そこから、青空が広がっていた。
511 :くどぅーの想い :2014/04/05(土) 20:06

「おー、すっげ」
嬉しくて、窓に近づいてあちこち見渡す。
まーちゃんは、隣で同じように見てる。
「どぅー」
「あ?」
「まさね、女の子だよ」
「…知らなかったとでも?」
「だーかーらー!女の子なの!」
「なんでキレてんだよ!」
「だって、どぅーなんか」
512 :くどぅーの想い :2014/04/05(土) 20:07



どぅーの中には、男の子と女の子がはんぶんずついて
いっつもケンカするから、どぅーはつかれちゃうんだよ
513 :くどぅーの想い :2014/04/05(土) 20:08

言われて、あぜんとした。
何言ってんだ、コイツ。

「だから、まーは女の子なんだよ」
「…あのー、佐藤さん。
なんか疲れたから戻っていっすか?」
514 :くどぅーの想い :2014/04/05(土) 20:10

返事も待たず、楽屋へ戻る。
なんなんだ、このスカっとしない気持ちは。


そうだ。
帰ったら、生田さんにスカっとする魔法でもかけてもらお。
効くかわかんねーけど。
そんで鞘師さんにサイダー分けてもらお。
うんうん、それがいい。


おわり
515 :名無飼育さん :2014/04/05(土) 20:10

以上です。
物凄く久しぶりに投下しました。
516 :サイレント :2014/09/29(月) 18:10
里保は熱心にペンをノートに走らせて、何事かを書き記している。
学校の教室内、午前十一時十分、教壇で先生が英文法の説明をしている、となれば、当然それをノートにとっているのだと思うだろう。金槌が釘を打つためにあるように、学生は勉強をするために存在するのだから。しかし例外というのはある。あかりは授業開始の号令よりも前からずっと机に伏しているし、香音は先生が背中を見せた隙にアーモンドチョコレートを一粒口に運んでいた。左斜め後ろの位置からは、筆箱の陰に置かれたお菓子の箱が丸見えだった。
上下に動く顎もよく見えた。時計と同じだ。規則正しくリズムを刻む。黒板の上で時計が十一時十二分を示している。英文法とはあと四十八分の付き合いということだが、里保のおなかは英語の知識よりもスカスカだった。
休み時間になんか食べとけばよかったと後悔しても時は戻らない。香音のチョコレートも戻らない。鞄にはお母さん手製のお弁当はあってもちょっとつまめる食べ物は入っていなかった。ポケットにもない。
こんな状態で勉強に集中なんてできるわけないじゃないか、そうだそうだ、と判断を下したのは一分前で、ずっとノートに落書きを続けている。先生の似顔絵とかそんなものはない。里保は好きなものしか書きたくない。鯉に、サイダー、香音、クレープ、蕎麦、寿司……。醤油皿を書き終えたところで唖然とする。何も考えずに手が動くままにしていたら、見えてきたものは己の願望だった。正直にもほどがある。クレープがやたらとうまく描けている。香音と遊びに行ったときに食べたのだ。並んで、おしゃべりして、なにを選ぼうか迷って、歩きながら食べた。
クレープ、を食べた口で今はチョコレートを食べている。浮気者め。昼ごはんのときに文句を言ってやろう、ウチにもチョコレートちょうだいと言ってやろう。そうしよう。集中力の切れている里保に理路整然を求めてはいけない。
ていうか今欲しい。落書きにアーモンドチョコレートが仲間入りする。ページはまだまだチョコレートの絵が描けそうだったけど、そんなことはしない。もう絵を描く気分じゃない。
ノートの下段の左隅をハサミで裁断する。再びペンを握って思いの丈をこめる。
ひとつ折り、ふたつ折り、みっつ折りして狙いを定めた。
517 :サイレント :2014/09/29(月) 18:12
テイクバック アンド スロー。紙は右斜め前に
飛んでいく。香音を目がけて放たれた紙は、目標を通り越して、そのまた右斜め前に飛んでいき、直撃し、落下した。
振り返った先生が生徒の変事に気がついた。「どうした宮本」
後頭部を押さえてうしろを向いていた佳林は向き直って「なんでもないです」と言った。
香音がこっちを見た。里保ちゃん?と目が言っていた。頷く。紙はというと、佳林が拾って、中を読んでいた。よりによって、と里保は思う。
そんなにというかあんまりというかほとんどというか話したことのない相手にぶつけてしまった。見るからに真面目そうだ。実際すごく真面目だし、第一ボタンが開いているところを見たことがない。
まさか先生に言うなんてことはしないと思うが里保に直接注意をしてくるかもしれない。怒ってるのなんて見たことないけど。どうしよう、どうしよう、と、佳林が香音に紙を示して目顔で聞いている。首を振って、香音は里保を指差した。
おい、やめろよ、鈴木、と思いながら、目が合った佳林に手を合わせた。一件落着だ。
一息ついたとき、佳林が紙を香音に渡して、それが里保に回ってきた。チョコちょうだい、と言える距離だけど、英文法が許さない。
紙はきれいに畳まれていた。裏道から声が聞こえてきて、立ち去るかどうかを迷っている気分だった。気になる。でもなにが起こるのか未知数だ。でも気になる。
開いた紙にはふたつの文章、ふたりの文字があった。
「それちょうだい

 これは借り物だからあげられないの」
なんのこっちゃ。差出人をよくよく見れば、机になにかを広げて読んでいる。アルファベットはおそらく載っていない、おそらく小説、借り物のあげられないやつ。
裏道の先はなんだか見たことのある場所だった、のかもしれない。
折り目のついた紙の上には、ジョークなんだかそうじゃないんだかよくわからない返事が書いてある。意図はどうあれ、文面は真面目である。そのくせに堂々と授業をボイコットしている、香音の向こうの小さい頭、色白の肌。
里保はまたペンを動かした。落書きをする余白はたくさんあった。時間もあった。里保はそれを佳林の似顔絵を描くのにあてることにした。
518 :サイレント :2014/09/29(月) 18:14
おわり。
519 :名無飼育さん :2014/10/01(水) 00:44
非常に、とても好きです
520 :だいぶカワイイ裏番長 :2014/10/10(金) 19:58
やじすず
521 :だいぶカワイイ裏番長 :2014/10/10(金) 20:03


空は晴れている。
けれど奥に目を見やれば、からっとした青空に混じる薄暗い雲。
遠く向こうにある小さな小さなそれは、視界の10分の1も占めていないのにやけに目につく。

そんなちっぽけな黒いシミさえ邪魔臭くて、わたしは視線を窓から目の前の楽しそうにしている四人に戻した。

522 :だいぶカワイイ裏番長 :2014/10/10(金) 20:05

仕事が急に休みになった。
午後から入っていた取材のため、会社に向かったものの急遽相手方の都合で延期となったらしい。
今日の仕事はそれだけだったし、明日のライブが行われる地方へ移動するために、結局は会社に集合しなければならなかったので不都合はない。
乗る予定の新幹線の時間までまだ充分に余裕があるため、わたしたち5人は会社の一室で寛いでいた。


「ちさと、ほらこれ」
「んぁ?」
「カラスが声を枯らす」
「……どう反応しろと」


千聖と舞はなにやら二人で一緒にスマホの画面とにらめっこしている。
愛理はいつもの調子でだじゃれを言ってなっきぃを困らせてる。
わたしはそれを少し離れたところから、ブログを打つフリをしながら見ている。

みんな、楽しそうだ。
いつも通り笑っている。


わたしは。
いつも、なにしてたっけ。

薄暗い雲は視界から消したはずなのに、なんだか胸のあたりがもわっとしていて。
あんな遠いところからここまで移動してきたのかな、なんて。


最近、会えてなかったから。
最近会えてなかった、のに。

523 :だいぶカワイイ裏番長 :2014/10/10(金) 20:06


「ちょっとリーダー、どうにかしてこのスベリクイーン」
「へっ?……あー、なっきぃちゃんと相手してあげなきゃダメじゃん」


仲間に冷たい反応を喰らおうがびくともしない強靭なメンタルの持ち主の相手が疲れたのか、なっきぃが私に助けを求める。
疲れさせてる張本人はこっちを見て、他の誰にも向けない、優しい微笑みをこぼした。
心臓がぎゅっとなる感覚に耐えながら、違和感のないように笑みを返してなっきぃを咎める。


久しぶりに会う愛理は、記憶の中のかわいくてキラキラしてる愛理となんら変わりなかった。
だからなにという話でもなく、それはなんの問題もない普通のことだ。

愛理の目に映るわたしも、変わらないのだろうか。

524 :だいぶカワイイ裏番長 :2014/10/10(金) 20:08


どうしたものか、と自分に問いかければ、なんとなく答えは浮かび上がる。

不安、なんだと思う。
漠然とした、形のはっきりしないもの。

いくら心が繋がっていても。
いくら同じ時間を過ごしてきたといっても。


やっと想いが通じ合った。
何度も耳元で愛を囁き合った。
何度も体の奥に、心の奥に触れ合った。
ひとつになりたくて、何度も、何度も、お互いを求めた。

信頼なんて言葉では足りないくらいの関係を築いているはずなのに。
寂しくて弱っているのか、さっき窓から見たあの薄暗い雲よりもっと、ずーっと。

愛理が遠い。


そう感じる自分が情けなくて、申し訳なくて、嫌になる。






「ちょっとコンビニいってくるね」


嫌な考えを断ち切るようにそう告げて、スマホをポケットに入れ立ち上がり部屋を出ようとする。
それを見て千聖と舞がこちらに顔を向けた。


「あ、まいジュースほしいな……」
「ちさとも……」


申し訳なさそうに手をあげておねだりする千聖と舞。
今までの経験で申し訳なさそうなのは顔だけだとわかっているから了解しながら笑ってしまう。
なっきぃと愛理にも「なんかほしいものある?」と聞いてみたけれど、二人は大丈夫と首を振った。

525 :だいぶカワイイ裏番長 :2014/10/10(金) 20:10




「舞美ちゃん」


部屋を出て廊下を歩き始めるとすぐに後ろから声をかけられた。
なんとなく、いや、絶対。
追いかけてきてくれると思っていた。


「愛理……」
「一緒に行く」


愛理は微笑みながらそう言って腕を組んで隣を歩き始めた。

久しぶりに近くで愛理の顔を見て、腕に少し触れてぬくもりを感じる。
それだけなのに、もわついてた心はこんなにも満たされる。

じゃあなんで、不安になんかなるんだろう。


わたしたちの関係は特殊なケースだから、ひたすら隠してきた。
明日なにがあるかわからない世界だから、一つ失うと平気ですべて崩れさっていくから。
そんな世界で世間に受け入れてもらえないこの関係は、リスクが高すぎるんだ、精神的にも。

怯えているのかな。
愛理はわたしにすべてを預けてくれているのに。
それはわかっているのに、じゃあなんで。

わたしは、愛理が好きなのに。




「舞美ちゃん。なぁに考えてるの」


無意識に一つ深く息を吐くと、隣を歩いていた愛理がどこまでも優しく問う。
そこでやっと自分が極端に遅いスピードで歩いていたことに気付いた。
そんなに長い廊下ではないのに出口はまだ遠い。
愛理がずっとわたしのペースに合わせてくれていたことを知る。
ほら、ここでも愛理はわたしに寄り添ってくれる。

526 :だいぶカワイイ裏番長 :2014/10/10(金) 20:12


「愛理」
「んー?」


組まれていた腕をほどいて手をとり指を絡める。
わたしはそのまま愛理を連れて出口まで行かずに途中の角を曲がった。
少し進んだところには衣装部屋がある。
コンビニになんて本当は用はない。
愛理はなにも言わずについてきてくれた。


衣装部屋に入ると電気を点け、念のため鍵をかける。
ライブやイベントのときにしか使われることはないが、念には念を。


愛理の方を見ると相変わらず優しい顔をしていた。
今日、ようやくちゃんと向き合った気がする。

愛理は舞美ちゃん、と手招きをした。
それに導かれるかのようにわたしは愛理のもとに行き、細い体が折れないように気を配りながら、それでも強く抱き締めた。
背中に愛理の腕がまわる。
愛しい気持ちが抑えられなくなる。

少し体を離して愛理の唇にそっと自分のを合わせた。
啄むように何度も何度も擦り合わせる。
角度を変えて、何度も何度も。
息遣いが荒くなる。
なにかに焦っているかのようにわたしは愛理を求めた。
甘くて柔らかい感触、愛理から洩れる甘い声に全身が痺れそうになる。


こんなに愛理のことが好きなのに。

527 :だいぶカワイイ裏番長 :2014/10/10(金) 20:14


「舞美ちゃん」


ようやっと唇が離れ呼吸を整えていると、愛理がわたしを呼んで頬に一瞬のキスをした。
その声も唇も、泣きたくなるくらいに優しかった。
愛理はいつだって優しいけれど、今日は一段と優しい気がする。


「不安になった?」
「え……」


愛理は柔らかく笑いながら尋ねてきた。
当てられたことと、上目遣いに心臓がドクッと跳ねてしばらく答えることができなかった。
そんなにわかりやすかったのだろうか。

わたしの言葉を待っている愛理に、素直にうんとも言えず、ごめんと呟いた。
すると愛理は困ったように笑ってわたしの鼻の頭をつんと優しくつついた。


「なんで舞美ちゃんが謝るんだよぉ」
「だって……」
「不安にさせた私が悪いから。ごめんね」
「違う!わたしが勝手に、」
「いいんだよ」


ダメだよ。
愛理は簡単にわたしを許そうとする。

愛理がわたしのことを想ってくれているのはわかってるのに、不安になるなんてダメだと思う。
愛理の想いが伝わってないと言ってるようなものだ。
自分の想いが伝わってなかったら、わたしだったら絶対悲しい。

誰にというわけじゃないけれど、愛理のことを想っていないと思われるのは嫌だった。
それは違うと強く言いたかった。

528 :だいぶカワイイ裏番長 :2014/10/10(金) 20:16

「言ってよ。私、舞美ちゃんの思ってること知りたいよ」


なにか言わなきゃ、なにを言おう、と口をもごもごさせて結局なにも言えずにいるわたしに、愛理が落ち着いた声で言った。
さっきなっきぃにだじゃれを言ってはしゃいでいた様子とはうって変わって、大人びた愛理の雰囲気に改めて戸惑う。


愛理にはずっと笑っててほしい。
負担も迷惑もかけたくない。
でもこんな状況になってる時点で少なからず愛理を困らせてる。

どうすればいいんだろう。


雁字がらめになってやっぱりなにも言えないわたしに愛理は「じゃあさ、」と続けた。


「あいりが弱ってたり、悩んでたり、それこそ不安になってたりして苦しんでたらさ、舞美ちゃんはどう思う?」
「それは、助けたいって思う。一緒に考えて、悩みとか不安とかをなくしてあげたいって」
「うんうん。でもあいりがそのことを言わずに一人でなんとかしようとしてたら?」
「……寂しい、な。ちゃんと話してほしいって思う。わたしも一緒に、二人で一緒に考えて乗り越えたい」


愛理は「よくできました」とでも言うかのように笑ってわたしの頭を撫でた。


「あいりもね、一緒なんだよ」


まっすぐ目を見て諭すように話す愛理は、やっぱり優しい顔をしていた。

529 :だいぶカワイイ裏番長 :2014/10/10(金) 20:18

「舞美ちゃんが不安だったらそれをなくしてあげたい。弱ってたら支えてあげたい。些細なことでもなにかあるなら話してほしい。一緒に乗り越えていきたい」
「愛理……」
「あいりが悩みを打ち明けたら迷惑?不安なこと伝えたら困る?」
「そんなわけない!」


愛理はもう一度、「あいりも、一緒なの」と笑った。


「だからさ、話してよ。もう少しあいりにも心預けてみてよ。情けなくなんかないから。不安だったら、愛が足りませんって。思ってること全部、話してほしい。全部受け止められるから」


愛理はエスパーなんだろうか。
わたしのことをちゃんとわかったうえで、どこまでも大きな愛で包み込もうとしてくる。
鼻の奥がツンとする。
あ、やばい。


「そしたらちゃんと伝えるから。舞美ちゃんが思ってる以上に、あいりは舞美ちゃんのこと大好きなんだぞって。こんなに愛してるんだぞって。いーっぱい伝えるからさ」


愛理の優しくて柔らかい声がすーっと沁み渡っていく。
頬に流れた涙は、愛理がその細長くて綺麗な指で拭ってくれた。


「一人で抱え込まないで。あいりは舞美ちゃんのそばにいるよ」


かなわないと思った。
わたしが好きなのは、この人だ。

愛理が、好きだ。

530 :だいぶカワイイ裏番長 :2014/10/10(金) 20:20

「ていうかねー、舞美ちゃんねー、あいりの愛を軽く見すぎてんだよぉ」


愛理は無邪気な笑顔で特有のクネクネした動きをしながら、「そーんじょそーこらーのおーんなじゃーないわっ、私の愛をかーるくみるなっ」と後輩の歌を歌い始めた。
その動きがおかしくて思わず笑ってしまう。
愛理もつられて嬉しそうに笑った。




今になってみると、不安になる必要なんてなかったんだと思える。
少し会ってなかったからといってわたしたちの関係が崩れるわけじゃない。

でも、不安になるのは悪いことだけじゃないんだとわかった。
自分の気持ちも相手の気持ちも、確認し合える意義ある機会なんだと捉えることにした。
相手のことを想って一人悩むんじゃなく、相手のことを想うからこそ伝えよう、伝えてもらおう。

愛理はわたしのすべてを受け止めてくれる。
わたしが思っているよりずっと大きな愛を惜しみなく注いでくれる。
わたしだって負けるわけにはいかない。


きっと、この先また悩んだり苦しんだりすることがまだまだある。
普通じゃない恋だから。

でも、そんなに心配はいらない気がする。
うん、大丈夫。

「私の愛をなーめちゃダメよ〜ダメダメっ」なんておどけているこの子といる限り、どんなことだって乗り越えられるはずだ。

そうだよね、愛理。


わたしにはもったいないほど魅力的な彼女と、ずっとずっと一緒にいたいと思う。

531 :だいぶカワイイ裏番長 :2014/10/10(金) 20:21

「愛理、好き」
「……もう一回」
「え?」
「もう一回言って」
「愛理、好き」
「もういっかーい」
「愛理、好き」
「もっかい」
「愛理」
「ん」
「愛してる」


照れくさそうに笑う愛理に、ありったけの愛が伝われと願いを込めて、優しく口づけた。

532 :だいぶカワイイ裏番長 :2014/10/10(金) 20:23

終わり


おまけ

(o・D・)<舞美ちゃんたち遅くない?
リ・一・リ<ちさと喉の渇きMAXなんだけど
ノソ*^ o゚)<どこまで行ったんだろうね(絶対またなにかやってる……)
533 :名無飼育さん :2014/10/11(土) 23:33
とても良かったです
切なくて可愛くて幸せで
更新ありがとう
534 :名無飼育さん :2015/04/18(土) 09:50
微裏でうたちゃん→ももち書きたいんですけど大丈夫ですかね?
535 :名無飼育さん :2015/04/18(土) 22:09
期待
536 :名無飼育さん :2015/08/05(水) 23:47
待機
537 :管理DD :2016/02/10(水) 21:09
test
538 :名無飼育さん :2016/03/24(木) 19:15
『矢島と鈴木と犬の話。』

お邪魔致します、やじすずです。
539 :矢島と鈴木と犬の話。 :2016/03/24(木) 19:16

冬のコンサートが始まったと思ったら、メンバーの内3人の誕生日がひと息に来て
あっという間に季節を跨いで、自然と仕事も春に向けた内容にシフトしていく。

そうか、もうすぐ1年が経つんだなって、ふと気付く。

気懸かりな彼女のことが真っ先に思い浮かんで少しだけ苦い気持ちになる。
大切な思い出の日だって同じように巡るけれど。
お別れした日を受け止めるのにはきっと時間がかかる。
去年は夢の舞台がその先に控えていたから、消化しきれない気持ちもまとめて飲み込んで走るしかなくて。

舞美ちゃん覚えてるかな、はっきりと答えをもらったわけじゃないけど、多分伝わったとは思う
まぁ、後日、メンバー皆同じ事を考えていたことを知って何だか可笑しかったけれど。

でも、何となくだけど舞美ちゃんの無意識は
もしかしたら私が欲しい答えと繋がっているかもしれない。
舞美ちゃんが私を構いたがるの、きっと自惚れじゃないと思うんだ。

あの日のほんの少し顔を覗かせた弱くて脆い舞美ちゃんのこと
すごく、愛しいと思ったんだよ。
だから、幸せな一日を押し流そうと待ち構える何かに抗うように。
もう一度…何度でも伝えてあげる。
540 :矢島と鈴木と犬の話。 :2016/03/24(木) 19:17

──────────────────────

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──────
───
541 :矢島と鈴木と犬の話。 :2016/03/24(木) 19:17

レッスン着に袖を通して、「もう春だなぁ」なんてふわふわと思考を漂わせながら
近くの椅子に腰を落としてぼーっと視線を巡らせれば、
少し離れた席でスマホを覗き込む舞美ちゃんが映り込む。
他のメンバーはついさっき「飲み物とってくるー」と騒がしく楽屋を後にしたばかりだった。

だからかな、何となく、その背に手を伸ばしてみた。

指先の向こうに重なり合う彼女の背中は届きそうで届かない。
当たり前か。
と、物理的な距離を考え冷静に一人つっこみ。
誰の目も無いから、私以外につっこみようもないのだけど。
これはただの無意味な一人遊びだから別に良い。

偶に、こうして確かめたくなる時がある。
微妙な距離を保ち続ける舞美ちゃんと私の関係はすごく曖昧で
一時だって形を得ることは無い。

4 :test :2014/03/11(火) 12:28

それでも、ふとした瞬間
いつも絶妙な距離にある
指先を伸ばしてほんの少し届かない背中
かと思えば呼びかける声が喉を震わせるより早く
私の視線に気付いて、いつもの笑顔で振り返る

それから、一歩

埋まる距離。
体ひとつ分、舞美ちゃんから私に。

私の手があなたに届く距離。

舞美ちゃんがくれる一歩を待って、私はいつも立ち止まる。


以前なら迷い無く私の手は舞美ちゃんを掴まえていた。
変わったのは多分、胸の内に僅かに生まれた疑問のせい。

引き合う糸を手繰るこの手を緩めたら
はたして彼女は何処へ向かうのだろうか、と。

焦がれる気持ちの暴走などでは決して無く
もっと単純な、偶然見かけたクイズ番組の解答をそう言えば見損ねたなと
そんな程度の心持ち。
542 :矢島と鈴木と犬の話。 :2016/03/24(木) 19:18

伸ばした手の平をぐっと握って下ろすと、タイミング良く舞美ちゃんが振り返る。
ばっちりと合ってしまった目が疑問を投げかけてくるのを見て取り
「何でもないよ」と立ち上がって彼女の後ろへと回り込む。

「やじー、何見てたのー?」
背中にじゃれつくように圧し掛かり手元を覗くと
「一緒に見る?」って差し出された画面に映る、新曲のプロモーション用に撮影した動画。
腹筋ってほんと舞美ちゃんらしい。

「動画なんて見れるようになったんだ」
「へへーすごいでしょ?」
って何だか褒めて欲しそうにしてるから
「えらいねーやじー」って、撫でてあげると嬉しそうに目を細める。

手近な椅子を引っ張ってきて並んで画面を覗き込む。
改めて見ると舞美ちゃんが起き上がるたび、触れそうなほど近づく顔が
何だか無性に照れくさくて、たった1分ちょっとの時間が落ち着かない。
こんな時、舞美ちゃんはあまり恥ずかしがらないのがずるいなと、
ちらりと隣を盗み見る。


「この愛理さ」
待っていたかのように呼ばれて一瞬どきりとした。
画面を指した人差し指が立てられて、くるり、描く軌道
思わず目で追いかける
543 :矢島と鈴木と犬の話。 :2016/03/24(木) 19:18


「なんか、犬みたいだね」

何とも良い笑顔に着地した。

予想外の方向に放られた言葉にからかいの色は無くて
いやいやいや、それはあなたでしょうと、思わず仰け反りそうになる。

「いつも犬っぽいやじに言われたくないよー」
聞き捨てならないとばかりにぐいっと顔を近づけると
「愛理、近い近い」と笑いながら、緩く肩を押され
変な顔ーって鼻先が触れ合う距離でにこにこしてる。

構って構ってと指先で突いたり、髪の毛をちょいちょいと引っ張ってきたり
いたずら好きでやんちゃな、お散歩が大変そうな子。

そう返すと「そうかなー?」と不服そうな声を上げつつも、やっぱり笑顔で。
「やじはお利口さんなんだぞ?」
って、上目遣いで、照れたように体をぶつけたりしてきて。
相変わらず可愛い人だな、なんて不覚にも思ってしまったのだけど。


「なんかね、この、座ってね?おすわり、みたいな格好で見上げてるのがね」

「待て、されてじーっと見つめてくるわんこにそっくりだなって」

そう言って、無邪気に陽だまりのような笑顔を向けるこの人は
恐らく視線の意味になんて気付いてはいないだろう。

悔し紛れに、唇を上下にぶにっとつまんでやったら
思いの外、面白い顔になってしまったけど
残念。今、私の手には記録に収める術がない。

むーむー言ってる唇を諦めて解放してあげながら、ぷくっとしているほっぺたをつつくと
二人して噴出して、かかる息がくすぐったい。
544 :矢島と鈴木と犬の話。 :2016/03/24(木) 19:18

子供っぽくて、落ち着きが足りなくて、たまに困っちゃうこともあるけど。
でも、素直でとても真っ直ぐで…。
不意に弱った瞬間私の手を取ってくれるから

幼かったあの頃からずっと、私の目が自然と彼女を追ってしまうのは
だから、多分癖なのだ。

今更何を望む気は無くとも屈託無く笑って指摘されれば
それは当然、気恥ずかしい。

鈍感な舞美ちゃんが悪い
と、すこしばかり手荒な私の反撃にも
何だか嬉しそうなのだから、本当に困る。

無遠慮に頭を撫で回す手つきに迷惑顔を作って呆れて見せても
舞美ちゃんの温かな手に触れられると安心してしまう私も大概かもしれないけれど。

過去のときめきを返せなんてこれっぽっちも思わない程度には
私は彼女のことが好きなのだから仕方ない。


そんないつも通りのじゃれあいをしている間に楽屋に騒がしさが戻ってくる。
「そろそろ時間だね」って言う舞美ちゃんに頷いて、
よーしっ!と気合入れて立ち上がったら「愛理、がに股」ってまた笑われた。
545 :矢島と鈴木と犬の話。 :2016/03/24(木) 19:19

舞美ちゃんにとって、年下の女の子は皆小動物のように見えているのではないかと
若干不安になることもあるけれど、私は恐らくその枠には入っていなくて。
だから、犬のようだと言われたのは少し意外だった。

世間的にも大人になって、流石にもう理想の王子様だなんて憧れは無い
けれど、凛とした強い眼差しに、はっとして惹きこまれる瞬間は幾度もあるし。
やっぱりかっこいいなと思ってしまう。

女性らしくないというわけではないけど、どうにも立ち居振る舞いが紳士的に見えてしまうのも否めない。
実際、いつか「舞美ってさ、男に生まれるべきだったと思わない?」と言われて本人も納得してしまっていた。


そんな舞美ちゃんにとって「愛理は女の子」で、それは舞ちゃんが「妹」を独占してるのと同じくらい
彼女にとって変わらない基準の一つなんだと思う。

誰に対しても優しい彼女は、昔から私に対しては何と言うか、無闇に優しい。
子供の頃は、壊れ物を前に恐る恐ると戸惑うかのようで
"大切に扱われすぎていた"のだと今にして思う。

不器用な舞美ちゃんらしい、ぎこちない触れ方だったけれど
大切にされている事は十分すぎるほどに伝わっていたし
それが、なんだかまるでお姫様にでもなったようだと
幼かった私は純粋にくすぐったくも嬉しくて
546 :矢島と鈴木と犬の話。 :2016/03/24(木) 19:19

隣に居るだけでふにゃふにゃとだらしなくなる顔と
自分でも信じられないほど甘ったるくなってしまう声で
舞美ちゃん、と呼べば
「どうした愛理?」って優しい声と
包み込んでくれるその腕に身を委ねて。
何度、あなたに大好きだと伝えただろう。

このままずっと腕の中に囲われていたいと思うほどに
彼女が与えてくれる温かな時間は手放し難く
甘やかな安らぎに溺れることはひどく心地が良かった。


ただ、無条件に甘えられる最年少でもなく
無邪気に自己主張できる程の勇気も無くて。

舞美ちゃんと肩を並べる彼女との間に
私には知りえない心の共有があるだろうことも感じていたし

周囲の大人たちが私に求める期待と、急速に高くなる目の前の壁を
自分の力で乗り越えなければならない事も理解していたから。

彼女に特別を求めるほど欲張りにはなれず

『愛理は私なんかよりずっと大人だね』
なんて、舞美ちゃんはズルいなと少しだけ寂しく思ったけれど。


胸の内に密やかに生まれたけぶる霞のような淡く仄かな感情に、
私は名前を付けることはしなかった。

547 :矢島と鈴木と犬の話。 :2016/03/24(木) 19:19

それでも、5人になって不安と不満の只中で孤立する痛みと
身動きも取れない閉塞感の中、呼吸すらままならず
結局、舞美ちゃんに逃げ場を求めた。

ためらいも無く差し出される彼女の優しさを
自分を守る殻の内側で利用し続けたずるい私にさえ
きっと舞美ちゃんは気付いていたけど何も言わなかった。

舞美ちゃん自身に向けられる苛立ちすらも受け入れてしまえる強さに
呆れるほど途方もない愛情を見て
そうして、どうしようもなく彼女に守られているのだと思い知る。


めまぐるしく動く不安定な世界の中で、
どうしようもなく心が磨耗したとき
求めればいつだって腕の中に迎え入れてくれて。

「大丈夫、なんとかなるさ」って
その笑顔一つで私はカタチを取り戻せる。

どれだけ見える世界が歪でも、ただ真っ直ぐに道を示し手を引いてくれる人だから。

舞美ちゃんだけは絶対に私たちの手を離したりしない
それだけは疑いようも無く信じられるんだ。


与えられるばかりの自分がもどかしくて
どうしたって埋めることの出来ない年の差に焦った時期もあって
ならばせめてと思った目線の高さもほんの少し届かないまま
追いつくことは出来なかったけど

相変わらず少なくない悩み事や気持ちを重くする何かを
私たちには伝えてくれなくても
それが舞美ちゃんだからと思えるぐらいには余裕が出来た。
548 :矢島と鈴木と犬の話。 :2016/03/24(木) 19:20

多少のことではびくともしない舞美ちゃんの背中を見ていると
なんだか悪戯心に駆られて、加減もせずに飛びついたり噛み付いたり
私の体が大きくなっても受け止めてくれる安定感は変わらないのが嬉しくて。
扱いが乱暴だと言いつつも、舞美ちゃんも変な遠慮をしなくなった。


変わり続ける環境と感情と、私たちの距離。

幼い頃のような、どこか夢のようなふわふわとした甘やかな空気はなくとも

鮮やかでにぎやかな、子供っぽくじゃれ合える
今の関係が私は気に入っていたりもする。

いつか想いの色が重なればと思うこともあるけど。
私自身、過去の残影を引きずっているだけなのか
この感情に答えは出せていないのだから
確かな気持ちが返ってくるはずも無いし。
このまま、この気楽な距離で良いかなとも思う。

彼女の嘘の無い笑顔が、私たちが拠り所になれていることを教えてくれるから。
今はそれで満足。
549 :矢島と鈴木と犬の話。 :2016/03/24(木) 19:20


午後に入り、食事を終えると少しの空き時間。
飲み物だけ取りに行って楽屋のドアを開けると
中に居たのはソファーに座る舞美ちゃん一人で
おかえりーって掛けてくれた声に
ただいまって返してそのまま舞美ちゃんの膝に頭を預けて
ごろーんとソファーに体を横たえる。

「やじ枕かたーい」
「なんだとぉー?」

ふにふにと頬を突かれて
がぅ、とあまり可愛くない鳴き声を発して噛み付こうとしたら
逃げる指先

うぅーって唸ったら、また指先が近づいてきて鼻をつつくから
それを追って口を開けると、楽しげに笑ってまた逃げてゆく


「こらっ愛理!くすぐったいよー」

にひひっ、と笑いながら仕返しとばかりに舞美ちゃんの腰にしがみつく様に腕を回して
ぐりぐりとお腹に顔を埋めると、くすぐったそうに声を上げ身をよじる

「もぅ、愛理さんは甘えん坊だなぁ」
「んふーっ、やじあったかーい」

体は大きく揺れるけれど、舞美ちゃんの手は私の体にそっと置かれているだけで

ぎゅーっと一度強く抱きついてから、腕の力を抜いて
大人しく彼女の膝に頭を預けていると
細く長い指先が優しく髪を撫でてくれる

心地よさにまどろむ様に目を閉じて
されるがままゆっくり、ゆっくりとすべる指先の温かさを感じていた。
550 :矢島と鈴木と犬の話。 :2016/03/24(木) 19:21

「やっぱり愛理、犬みたい」

優しく降ってくる笑いを含んだ声に、けれど僅かな違和感。
ふっと、見上げた舞美ちゃんの目は、酷く優しい慈しむような深い深い愛情の色を湛えていて
けれど捉えているのは私ではなく、どこか遠く、何かを懐かしむように


とても、とても静かな笑顔だった


いつもなら瞳の中いっぱいに閉じ込めた気持ちが、
細められた目からこぼれ落ちてしまいそうで
言葉や擬音が聞こえる気すらするのに

あぁ、と思い至って舞美ちゃんに手を伸ばすと、
今度はしっかりと私を映して、ん?って顔を近づけてくれる

「私が犬なら、やじが飼ってよ」

「えぇー?どうしようかなぁー」
「悩むんかいっ!そこは喜んでよ」

「だって、すぐはしゃぐでしょ?」
「疲れてても元気になれるよ」

「マイペース?」
「癒されるよぉ」

「あー、でも何処でも寝るからなー愛理は」
「やじのかたい膝枕でも寝れるー」

「何それ」って膨れるやじに、いひひっていたずらっ子みたいに笑って
両手で頬ををむにむにと挟んでやればくすぐったそうに笑ってくれるけど
細められた深くて黒い瞳はやっぱり、静かでほんの少し寂しげで


ねぇ、知ってるよ。

悲しいんでしょう?

まだ寂しくて、苦しいんでしょう?



だから、体を起こしてじゃれつくように舞美ちゃんの肩に顎を乗せて
その背に手を回す

そういえば、オーディションに受かる前から一緒だったのはその子だけだって言ってたね。

大きなお別れが続いたのに、全然大丈夫な筈なんてなかったんだ。
何でも無いような顔をしてこの人の心は疲弊しきっていたのだろう。
551 :矢島と鈴木と犬の話。 :2016/03/24(木) 19:22

「ほらほら、素直になりなよー」
「何その自信」
「なんででしょー」

「私、構いたがりだよ?」
「うん、知ってる」

「噛まないでね?」
「んふふーでも脱走はしないから安心していいよぉ」

ぽんぽんと優しくあやすように背を叩かれて
たまらなくなったけど、きっと今は顔見られたくないだろうから首筋に
顔を埋めたまま背中に回した腕にぐっと力を入れる


ねぇ、もっと甘えてよ。
沢山貰った愛情の分、元気にしてあげる。
舞美ちゃんの笑顔を愛理が守ってあげる。

あなたが望むなら
何度でも、何だって差し出すよ。
私の全部で抱きしめてあげるから。


「ずっと、ずーっと舞美ちゃんだけの可愛いわんこで居てあげるー」
「ふふっ、そっかそっかー」

笑い声にいつもの温度を感じて、体を離すと覗き込んだ舞美ちゃんの目は
とても嬉しそうで、だから、元気になれーっとほんの少しだけぎこちなく弧を描く
その唇を犬みたいに舐めてやると「こらっ愛理ーっ!」って、額を合わせて
わしゃわしゃと両手で私の頭を撫でてくる


大丈夫だよ、私は舞美ちゃんより先に旅立ったりしないから
これからも一番近くにいるよ



言葉にせずに、もう一度彼女の目を覗き込むと
温かな春の日差しに目を細めるように、キラキラととても嬉しそうに笑ってくれて

たまらなく幸せな気持ちになった

────────
──── 


END
552 :矢島と鈴木と犬の話。 :2016/03/24(木) 19:22
以上です。お目汚し失礼いたしました。
去年考えたネタの上、初投稿でつたない表現等気になる点が多々あるかと存じますがご容赦頂ければ幸いです。
553 :名無飼育さん :2016/03/24(木) 19:32
>>541 コピペミスしましたすみません。
554 :名無飼育さん :2016/03/25(金) 18:37
ずっと近くにいる二人に幸せを頂きました
更新ありがとうございます
555 :狸寝入り :2016/03/30(水) 22:09
蛙が風邪を引いたときみたいな声で泣くものだからめちゃくちゃうるさい。

「ちょっとー、大事なところなんですけどー」

昼下がりのテレビに流れる「ウルトラマン」。
今すべきことは、ジャミラが復讐に燃えている姿を見届けることだ。
二人で遊んでいるときに、一人が泣き出したら、優しく声をかけるのが通常である。ただ、例外もあって。
例えば、相川茉穂がそうである。
熊でも逃げてしまいそうな鋭い目つきで言ってやる。

「うううううううう」

だが、佐々木莉佳子は友人の言葉になおさら刺激を受けたらしい。より激しく泣き出してしまった。

「ち!」

バッとティッシュを掴み取り、泣きじゃくる莉佳子の顔に押し付ける。ふああ、とくぐもった声がするが、水をかけられた怪獣が気の毒でそれどころではない。
エンディングテーマが流れ出したとき、あれ、そういえば佐々木は、と振り返ってみると、声はいつの間にか止んでいた。
びしょ濡れで重たくなったティッシュを退けてみると、あったのは瞼の降りた目。濃い睫毛はもう水気を含んでいない。

ベッドを背もたれにして、体の力を抜いた姿勢。口は小さく開いており、空気がそこを行ったり来たりしていた。
こいつめ、と思う。
よくジャミラが大変なときに寝ていられるものだ。自分のことは棚にあげて、全開になっているおでこを指ではじいてやった。
何度かぺちぺちと攻撃してみたが、反応は無い。よほど寝入っているらしい。
体を近づけて離すという往復運動のあとも、莉佳子と目が合うことは無かった。

それを見ていて、茉穂は吹き出す。人差し指で莉佳子のほっぺたを押してみたら、太い眉毛がひょこりと上がって、お腹を撫でられてる犬みたいな顔になった。

「赤いよ」

指摘しても頑なに態度を崩さず、目を開けない

その隙にテーブルのグラスを手に取り、喉を潤した。
怪獣贔屓の茉穂であるから、熱に強く、水に弱いとはどのようなものかを解りたい。けれども、実感できるのは、上がった熱を冷まそうとする人間らしさで、それが少し癪だった。
556 :名無飼育さん :2016/03/30(水) 22:11
以上です。
557 :名無飼育さん :2016/04/03(日) 13:19
2人ともめっちゃ魅力的で
とても好きです
558 :同じ歩幅 :2016/04/10(日) 14:00
だーさく
絶好調
559 :同じ歩幅 :2016/04/10(日) 14:01
「小田ちゃん?」

 楽屋に残る小田ちゃんに声を掛けに来た。もうそろそろ次の移動時間が近い。
 声は掛けたけれど、少し後悔した。意識が無いのかな?と疑うほどに、小田ちゃんはぼんやりと部屋のどこかをみつめている。一人の時間を邪魔してしまったかなと心配になる。

「小田ちゃん」

 一度声を掛けたのだから、二度目も同じことだと開き直って声を掛ける。小田ちゃんが声を頼りにこちらを見た。すぐに目が大きく開かれて、いつものように笑顔を見せてくる。

「石田さん。どうかしました?」
「どうかしたって……」

 小田ちゃんこそ、大丈夫? その言葉を飲み込んで、小田ちゃんに連絡事項だけを告げる。まだ視界は晴れない。何を考えていたの?

「移動だよ」
「もうそんな時間なんですか」
「そうだね。みんな集合してる」
「そっか」

 立ち上がって荷物をまとめ出した小田ちゃん。まだぼんやりしているようでもう一度小さく「そっか」と言いながら準備をしている。ため口をきいている、というよりは独り言に近いその返事に私はどう反応を返せば良いのかわからなくて、黙って見守るばかり。

「あ、先に行っててもらっていいですよ」

 こちらを向いて笑顔で言われる。いつもならその言葉に従ってしまうところだけれど、今日は少し違った。もうそんな顔をして笑ってほしくはないから。

「呼びに来たのに一人で戻れないじゃん」
「それもそうですね、急ぎます」

 困ったようにふにゃりと笑う小田ちゃん。私はいつも通りな態度を返せているだろうか。カバンの中に荷物を詰める小田ちゃん。

「疲れてる?」

 言葉が出たのは本当に無意識だった。特に何も言うことなくみんなのもとへ合流をするつもりだった。踏み入る勇気や優しさは、無神経さは私には備わっていない筈だ。それでも言葉が出てきてしまったのは、

「そんなこと無いですよ」

 きっと私も同じように感じているから。

「あ、そ。まあいいや」
560 :同じ歩幅 :2016/04/10(日) 14:01
 笑顔を崩さず強がりを言う後輩は可愛くなくって。こいつはいっつもそうで、とか苛立ちがよみがえってくる。私以外には盛大に甘えるくせに、私にはそれを出していないつもりなのだろうか。こっちはそんなこと、とうにお見通しなのに。
 冷たく返すと、小田ちゃんは少し考えた後に、「はい」とまた笑顔で返してきた。
 可愛くない奴。
 準備ができたようなので、二人で楽屋を出る。道中は無言だった。そもそもどうして私が呼びに行く羽目になるのか。

『小田ちゃんがまだだから、あゆみん呼んできて』

 問答無用という顔で譜久村さんは言い放った。一瞬、自分が言われたことに気付けなくて『え?』と間抜けな返事をしてしまった。他のメンバーは、早く行けよという顔をしていた。12期は気まずそうにこちらを見ていた。私たちが代わりに行きたいですけど、この空気の中は行けません。というのが、12期の顔に書いてあった。
 二人で並んで歩いていると、たまに不思議な感覚に襲われる。小田ちゃんが、もっとくっつきたがっているような気がするときがある。実際にくっつかれたり、手を繋がれたりすることは無いのだけれど、何故だかそう思うシーンがある。
 そして今がまさにそのときで、ちょっとだけ肩が近い気がする。自惚れだったら嫌だし、自分からは絶対に寄っては行かない。それでも今日は何故だか小田ちゃんがひどく弱っているような気がして、いつもなら距離を取るところをそのままにしておいてみた。すると案の定手がぶつかる。さらに進んで手がほぼほぼ歩く度に当たる。
 もどかしい。
 そう思ってから、何だ?もどかしいって!と自分にもやもやする。繋いでしまえば確かにそれで終わるんだけれど、繋いで拒否されたら嫌だし、そもそも小田ちゃんは誰にだってこうやってくっつくのかもしれない。
 考えれば考えるほどまるで自分が小田ちゃんと手を繋ぎたいみたいで、苛立ちが増していく。
 小田ちゃんがカバンを左に持っているから悪いんだ。だから右手が当たるんだ。
 何で左でカバンを持ってるんだろうというのは、気が付かなかったことにしたかった。でも普通右利きだったら右で持つよねとか思ったら、考えが止まらなくなってしまった。
561 :同じ歩幅 :2016/04/10(日) 14:03
「ねえ」
「何ですか?」

 もしかして手繋ぎたい? と聞こうとした自分を脳内で瞬間的に鈍器で殴った。もし繋ぎたかったとしてもそんなの訊かれるのはきっと嫌だろうし、こいつは絶対認めない。

「ごめん何でもないや」
「そうですか。石田さんも疲れてるんですね」
「あ、今、"も"って言ったでしょ」
「言ってません」
「言ったよ」

 ちょっとした小競り合いが出来て安心する。

「聞き間違えですよ」
「ほんっと、そういうとこ可愛くないよね」

 思わず本音が出てしまって、当たっていた小田ちゃんの手が一瞬で距離を置かれた。
 しまった。
 今言うことではないのは、さすがの私でも分かっていたのに。

「そうですね、そう思います」

 トーンの落ちた声を出した小田ちゃん。
 胸がざわついて、冷えていく気がした。この気持ちは間違いなく後悔だった。それと同時にどこかが締まる気がして、いつも小田ちゃんに感じていた苛立ちは、本当に苛立ちだったのだろうか、途中から何かが混ざっていた気がした。

「そうじゃなくって、ちょっとは、ほらあれだよ。なんて言うか、……甘えていいよ」

 小田ちゃんが驚いた顔でこちらを見た。目は合わない。私は前を向くので精一杯だから。
 小田ちゃんの手が近い位置に戻ってくる。こうやって時々寄ってきてくれるのが嬉しい自分は間違いなく、今までにも存在していた。
 また手が当たる。
 手が当たるばかりで繋がれないので、少しだけ小田ちゃんを窺うと、ほんとですか? と顔に書いてある。

「ほんとだよ」
562 :同じ歩幅 :2016/04/10(日) 14:03
 そう返すと、遠慮がちに小指だけが握られた。小さな手は温かく、少し緊張してるみたいだった。かくいう私はめちゃくちゃ緊張している。
 何だこれ。
 胸が締め付けられているのか、内側から太鼓みたいにどんどん叩かれているのか、分からないくらいにどきどきしてる。小指だけ繋がれるってどんな状況なんだろうと思いながら歩みを進める。皆のところに合流したら、この手は離れるのだろうかと考えると切なくなった。
 背丈が近いから歩幅は合っていて、苦も無く歩き続ける。たまに握った指を確かめるみたいに、きゅっと力をこめられる。二人して手に集中しきってる気がしておかしかった。

「呼んできましたー」

 皆の姿が見えて声を掛けた。予想外なことと言えば、手は離れて行かなかった。変わらずに握られている。今日は本当に疲れているのだろう。まだ甘えたりないらしい。
 メンバー全員の視線が、一瞬バチッと繋がれた手にいったけれど、小田ちゃんの顔をみて何を理解したか誰からもつっこみは飛んでこなかった。

「すみません。お待たせしました」
「そうだぞ、おだんごー! そんで何あゆみと手繋いで「まーちゃん早く行くよ」」

 一人を除いて、つっこみは飛んでこなかった。はるなんとくどぅーがまーちゃんを引っ張ってバスへ乗り込ませる。まーちゃんはまだ叫び足りなさそうだけれど、渋々連れて行かれた。まーちゃんの発言の後も、手は離されることなくバスへ乗り込む。当然のように隣同士で座る。座るまでに一瞬手が離れることはあったけれど、座ると、また繋がれた。
 相変わらず小指だけ握られて、少し疲れてしまった。何となく動きに気を使ってしまうという意味で。
 私は疲れたから、全部繋ぐんだ。という謎の言い訳をしながら小指を小田ちゃんの手から抜いた。そのまま小田ちゃんの手に重なるように手を置いて、握った。
 二人して何も言わなかったけれど、小田ちゃんが嬉しそうなのは分かったし、私が嬉しいのもきっと伝わった。
563 :同じ歩幅 :2016/04/10(日) 14:05

終わりです。
564 :名無飼育さん :2016/08/14(日) 19:38
今さらだけどこの話のだーさくの距離感好きです
565 :7月1日 :2016/11/08(火) 17:24
たぶん、初めて会ったときから好きだったんだよね。
ももは最初から大人だったのに、一番子どもっぽくて、調子のりで頑固で変なやつで気になってた。でも変なやつすぎて、なにか気になるが好きだってことに気づいたのは随分後だった。よくケンカしたしね。ももは、本当に頑固だった。

ももと一緒にBuono!をやることになって、ももに頼ることができるようになっていった。それまでは、負けるもんかって思うことが多いのと、ちょーしのるから頼りたくなかった。
でも、ももの強さはずっと羨ましかった。これ言うの嫌だけど、あこがれてた。
そして、ちょっとあれなことがあって……。子どもだったから、告白されたのが嬉しかったんだよね。相手の子も、優しくていい人だったし。
本当なら私、あの時に辞めさせられてた。実際、それで辞めさせられている人もいたし。でも、これは後で知ったことだけどももが中心になって私がクビになるのを止めてくれたんだって。
それから、ちょっとずつももに優しくできるようになった。そしたら、ももも少しずつ変わってきた。
566 :7月1日 :2016/11/08(火) 17:25
そうやって、少しずつお互いの関係が変わっていって。
ももが受験の時に自分の気持ちに気づいた。滅多にメンバーにも弱音を言わないももが茉麻の前で泣いてたのを偶然見たの。ももが泣いてるのもショックだったけど、茉麻の前で泣いてるのが悔しかった。なんで私じゃないんだって。そこでやっと気づいた。

色々考えたけど、隠してずっと一緒にいるのも嫌だったから、ももに告白した。
そしたら「ももはアイドルだから、誰か一人と付き合うことはできない。」ってきっぱり断られたけど、好きでいてもいい、好きになってくれたのは嬉しいって言ってくれたんだ。
だから、ずっと好きでいた。好きなことを拒否されなかったから、好きだってことはずっと伝えてきた。ももも、それを嫌がらなかった。むしろ、嬉しそうだったと思う。それに、わざわざアイドルを辞めた次の日に会いたいって連絡くれた。期待して、いいと思わない?

あ。もも、来た。


「もも!……」
567 :7月1日 :2016/11/08(火) 17:28
以上です。
夏焼さんが、わざわざあの日に来ていたこと、あの破壊力満点なインスタ画像のおかげ。
568 :名無飼育さん :2016/11/08(火) 19:15
こんなところにもみやもも
最高です
569 :意地っ張り :2016/12/12(月) 00:20


だーさくさん

570 :意地っ張り :2016/12/12(月) 00:20
 この状況、おかしくない?
 石田は唖然とした。メンバー全員が小田を取り囲んで仲良く談笑している。談笑というのは適切な表現ではなく、正しくは、愛でている。
 代わる代わるメンバーが小田を膝に乗せている光景は異様だ。
 石田はその現場から逃げ出そうかと悩んだが、思うところがあり、それはやめた。この状況が、どうも腹に据えかねる。

「あ、石田さーん」

 呑気な尾形が声を掛けてくる。その表情を見て警戒をした。日頃から『だーさくさん』等と呼び掛けてくる人物に弱みを握られてはならない。
 そもそも、普段いじりすぎている小田をひたすら甘やかす日、とは何なのか。誰が言い出したのか。

「次やります?」

 おおよその検討はつく。尾形が糸を引いているのだろう。
 石田は「やらないし」とぶっきらぼうに言い放って、椅子に座った。昼公演と夜公演の間の貴重な時間に、そんなことをやっている暇は無いと、自分に言い聞かせる。

「お団子、重い!」
「そんなー、ひどいですよ!」
571 :意地っ張り :2016/12/12(月) 00:21

 小田と佐藤の声に、眉間にしわが寄る。見てみると、佐藤が小田を膝に乗せて、首元辺りに顔を寄せて匂いをかいでいる。くすぐったいのか体をよじる小田に、ますます石田の眉間のしわは濃くなった。

「くすぐったいですって」
「なーんか……亜佑美の匂いがする」
「ぶっ」

 思わず、石田は噴き出してしまった。

「えー、そんなわけないじゃないですか」

 一方の小田は至って冷静に佐藤の発言を否定した。
 ただ、石田にも小田にも思い当たる節はあった。昼公演の最中に、ステージ裏で一度だけ石田が小田を抱き寄せた。
 小田の否定に、佐藤はつまらなさそうに小田から離れて、次の生田に順番を譲った。
 少し照れながら生田の膝に乗る小田に、石田は何か嫌な予感がした。それは自分に対する、嫌な予感。

「おー、何か新鮮」
「新鮮?」
「小田に見下ろされるのが」


572 :意地っ張り :2016/12/12(月) 00:21
 そう言って生田の手が、小田の前髪に伸びる。いつの間にか石田は目が離せなくなっていた。

「デコ出しじゃないけん、余計に新鮮」

 生田が小田の前髪を右手であげる。恥ずかしそうに顔を赤くして、生田の手を抑える小田に、石田の予感は的中した。

「小田は………」

 石田は立ち上がった。その声にメンバーが振り返り、ただならぬオーラに怯んだ。
 つかつかと輪の中心に進む石田に、飯窪と工藤は「あゆみん……?」と心配そうに小さく声を掛けた。
 煩わしいことは避ける性格の生田は、あっさりと小田をおろして、距離をとった。小田はどうすることも出来ずに近付いてくる石田を見つめていふ。
 
「小田はあたしのだー!!」

 全員がその発言に目を白黒させた。
 石田は小田を抱き寄せて、周りを威嚇している。
573 :意地っ張り :2016/12/12(月) 00:22
「ぎゃー、あゆみが壊れた!!」

 佐藤は心底面白いものを見れた、という顔をして笑いながら叫んだ。
 ぎゃはは、と声をあげて笑う佐藤と、顔を真っ赤にして恥ずかしがる小田を見て、飯窪は笑うしかなかった。いつもはこんな思い切った行動をする人間ではないのに。石田の心に波風が立つのはいつも、小田のことだ。

「小田ちゃん、顔真っ赤」

 指摘されたことに、より小田の心拍数は上がった。しっかりと抱き締められているので、小田から石田の顔は見えず、それがさらに恥ずかしさを増させる。

「はいはーい。みんな、かいさーん」

 譜久村の呑気な声と共に、メンバーは二人のもとを離れていく。

「私の勝ちだね」
「あゆみん、絶対来ないと思ったんだけどなー」

 飯窪が工藤に勝ち誇った顔を見せる。

「聖は来ると思ったよ」
「あゆみ意地っ張りの癖に弱い」

 佐藤が完全に石田を小馬鹿にしながら言い放った言葉に、野中は苦笑いした。

「……何だったんでしょうね」
574 :意地っ張り :2016/12/12(月) 00:22
 小田がゆっくりと口を開いた。石田はそれには返事をせずに、ゆっくりと腕を解いた。

「……知らない」

 今更ながらに恥ずかしさがやって来たのか、ぶっきらぼうに石田は言葉を返す。そんな様子を可愛く思いながら、小田は笑った。

「小田は、石田さんの、ですか?」

 わざと、ゆっくり言葉を繰り返されて、石田は眉間にしわを再び寄せた。
 可愛くない奴。

「知らない」

 もう一度同じ言葉を返せば、困ったように小田は眉毛を八の字にした。いつもこうやって困らせてしまう。心の距離の取り方が、下手くそらしい。

「小田は……石田さんの、が、いいです」
575 :意地っ張り :2016/12/12(月) 00:23
 恥ずかしそうにそう言った小田に、石田は困惑した。自分から距離を詰めることも、詰められることも苦手。そんな不器用な性格だと自覚したのはつい最近だ。

「やだわ」
「ひどいですよ」

 小田は、変わらず眉毛を歯の時にして、寂しそうに笑った。

「ん」

 石田が手を差し出すと、小田は不思議そうにその手を取った。冷たい手から伝わるものは何も無く、何が起きるのかと考え始めた瞬間に引かれた。
 再び抱き締められる形になり、戸惑う小田をよそに、石田は息を短く吐いた。

「メンバーの膝とか、乗るのやめて」

 小さな声が耳に届いて頭に響く。聞こえる声は優しく、小田は目をつむった。

「はい」
「その、さ。あー、うん。小田ちゃんは、うちのだから、ほんと、やめて、ね」

 小田が途切れ途切れの言葉に笑うと、「笑うなよ」と、石田も照れ笑いをしながら返した。

「石田さん」

 ゆっくりとした声に「ん」と、短く返す。

「好きです」
「……当たり前じゃん」
「何ですかその返事」
「さあね」

 素直なのか、素直でないのか、我ながらややこしい性格だと石田は苦笑いした。
 それでもひたむきに向き合ってくれる温かい存在が、大好きだから仕方が無いと、強く抱き締めた。
576 :意地っ張り :2016/12/12(月) 00:23
−−−

「なにあれ」 

 離れたところで佐藤がポツリと呟いた。
 
「うらやましいの?」
「全然」
「まーは素直じゃないんだから」

 不貞腐れる佐藤を見て、飯窪は笑った。

「まさは、みんながいい」
「ん、そうだね。 まーちゃんみんな好きだもんね」 
「一人とか、分かんない」 

 石田も、小田も一人だけが好きな訳では無いのだけれど、特別な存在という認識が佐藤には受け入れ難いようで、飯窪は考えた。

「二人ともみんな好きだよ」
「知ってる」 
「あ、なんだ」
「でも、お団子はめっちゃあゆみが好きだし、あゆみもお団子、バカみたいに好きだし」
「やきもちだ」
「ちっがう!」
「二人に構って貰いたいんだー」
「ちーがーうー!」

 むきになる佐藤をよそに、飯窪は更に笑った。


577 :意地っ張り :2016/12/12(月) 00:23


おわり。


578 :勝田里奈の憂鬱 :2017/02/14(火) 22:35
初めて投稿します。

フク×タケですが里奈視点の話です
わかりにくいかもしれませんがよろしくお願いします。

--------------------------------

今日からしばらく遠征。
行きの新幹線では元気いっぱいの後輩と、力を温存すべく静かに過ごす先輩。
そんな中で今日も出発の瞬間から私の横で寝ているやつがいる。

そう、竹内朱莉だ。

これが元気いっぱいの上で寝ているならまだしも、ぐったりしているから困る。

「またテレビの見過ぎかなぁ?」

ニヤニヤしながら香菜が呟く。

「どうかな」

違う。
これはまたアレのせいだ。
579 :勝田里奈の憂鬱 :2017/02/14(火) 22:35
違和感を覚えたのは今からもう数年前になる。
当時はもっとツラい遠征が続いていて、家に帰れるときは何もしたくないそんな時期だった。
皆、初日にはしっかり休息してきたという顔で集合場所に来たものだ。

タケ以外は。

「…ねぇ、タケちゃん。またテレビでも見てたんでしょ。
自分の体のことだからとやかく言いたくないけど、前日はちゃんと寝なさい。」

いつだったか和田さんに苦言を呈されていた。
その時もタケは「すいません、ちゃんとライブは出来ますので」と謝って、ライブをしていた。

タケは適当なところもあるけど、基本的にはしっかりしているし真面目だ。
なんとなくタケの言い訳が嘘のように感じた。



ライブハウスに到着して着替える。
たまたまタケのブラジャーのホックが1つとれかかっていた。

「りなぷ〜、ちょっと止めてくんない?」
「はぁー…ちゃんと止めといてよ」
「さっき準備体操したら取れたのかもー」

色気のない背中でグイグイくるもんだから、
仕方なく止めてやることにした。
その時だ。

「………」
「…早くして」
「頼んでおいて何様…」

ホックの下の白い肌に吸い付く赤い痕。
一瞬、背中にもニキビできるもんな…なんて考えたけどすぐに違うと思った。

…まじかよ。
キスマークじゃん。

こいつ遠征前に彼氏とそんなことしてるから、寝不足なの。
ないわー。あり得ないでしょー。

メンバーの中で一番ないと思っていたタケに彼氏がいたとは。
周りもそして本人も気付いてないこの事実を胸の奥にしまった。



その日からなんとなくタケの行動を気にしてみた。
…が、彼氏がいるようにはとても思えない。

でも少し背中の開いた衣装を着るときとかにさりげなく身だしなみチェックなどと装って、
同じ場所を見ると濃さの違う赤い痕がいつも見えたのだった。
下着の下だからバレないと思ってるんだこの彼氏。

一度、午前中で仕事が終わり次の日も休みって言う日にタケをお茶に誘ったら嬉しそうについてきた。
「こんな日こそ彼氏とデートじゃないの?」
「はぁ?誰の話?」
「おまえだよ」
「朱莉!?なーに言ってんのギャハハハハ!!」
なんとも品のない笑いが返ってきた。
その姿はとても嘘をついているようには思えない。

もうなんなの。わけがわかんない。
580 :勝田里奈の憂鬱 :2017/02/14(火) 22:36
ある日のこと。
次の新曲がチューブトップのドレス風衣装だから、サイズ測定をすると集められた。
どうやらセクシー路線のようだ。

「ブラジャーの部分を衣装に縫い付けて作るから、一人ずつ脱いで測るからね」
「ノーブラってことですか?」
「そうね、だからきっちり測るわよ」

女性スタッフがそう告げると皆慌て出す。

「い、今からですか!?体絞ってない!!」

めいが悲鳴のような声を上げる。
地味に福田さんもブツブツ文句を言っている。

「測るときだけ痩せても仕方ないでしょ。自然な形で計測しないと大変なことになるわよ」

「ひぃぃぃ!!!ってほどのものもないわ」

香菜が一人で忙しそうに喋る。
ちらりとタケを見たら特にリアクションはなく座っている。
ダボダボのパーカーを見てふと胸騒ぎを覚えた。

和田さんから呼ばれるから、タケは4番目。
昨日は休みだったよね…。
もしかして。

化粧ポーチを取り出してタケを強引に連れ出す。

「タケ、ちょっと来て」
「えええ?なんで朱莉!?」

トイレに連れて行くと手洗い場の大きな鏡の前でタケのパーカーを一気にまくった。

「な、なにすんの!!!」

やっぱりあった。
しかもくっきりしたやつ。
ほんとなんなのこの彼氏。
フツフツと怒りのようなものが湧いてくる。

「いいから、見て」

化粧ポーチから手鏡を出して背中が見えるように角度をつける。
はぁ?と半ばキレていたタケも状況がわかるとみるみる顔を真っ赤にした。

「えっと、、、あの…」
「夏のライブツアーのときもついてた。いつからか知らないけど、
ちゃんと彼氏にこういうのはダメって言いなよ。…アイドルなんだから」

化粧ポーチから今度はファンデーションやら化粧品を取り出し消そうと試みる。
固まったままされるがままのタケがばつの悪そうな顔をしている。

「友達じゃないし、何でも話せとは言わないけどさ。彼氏いないって言ったじゃん…」
「えと、、何から説明したらいいか…とりあえず、彼氏は…─



「タケーーーっっ!!どこ行ったぁ!」


廊下じゅうにめいの声が響く。
どうやら順番が回ってきたみたい。

「はぁーい今行きまーす!!!!!」

タケが逃げるように立ち去る。
とりあえず痕は見えなくなっただろうし、スタッフさんに見られても大丈夫だろう。
メンバーにはタケの背毛がどうのこうのとテキトーにごまかしておこう。
あとでメンバーに笑われても知ーらない。
581 :勝田里奈の憂鬱 :2017/02/14(火) 22:37
測定が終わった者から帰って良かったらしく、
もう先輩の姿はなかった。
最後になるめいにお別れの言葉をかけて、帰り支度をしていたらタケが戻ってきた。

「さっき、さっきはありがとう…なんか香菜やめいには笑われたけど」
「場所移す?」
「うん、そうしてくれるとありがたいか、な」

エレベーターで下に降りると別仕事だった聖ちゃんがいた。

「朱莉ちゃーーーんっ!!!とりなぷ〜!!」

ついでですよね、と思いながら満面の笑みの聖ちゃんを見て、ふとタケを見ると青ざめている。
いつもなら「聖ちゃんー!!」なんて走り寄って二人の世界になるくせに。
今日はそんな気分になれないのかな。
聖ちゃんが心配そうにこちらにやってきた。

「どしたの?なんかあった?」
「いやぁ、別に大したことないよ…」
「だってすっごい顔死んでるよ!りなぷ〜何があったのー??」

「いや!あの!ちょっ!待って!」
「…聖ちゃんさ、タケの彼氏がどんなのか知ってる?」


タケがなんか慌てたように何か言いかけたのを遮る。
私には打ち明けなくても聖ちゃんなら知ってるかもしれない。
聖ちゃんが「そんな彼氏別れちゃいなよ」って言ったら効果あるかもしれない。
そんな気持ちで聞いた。

そしたら聖ちゃんの顔が今度はみるみる青ざめて。
タケはもう完全に死んでる。

「朱莉ちゃん、なにそれ聖知らない。」

あーあの聖ちゃんにも言ってなかったのかぁ。
なんて軽く考えたこちらとは違い、聖ちゃんの息が急に上がりまくし立てる。

「どゆこと?ねぇ?どゆこと!?」
聖に内緒で浮気してるの!?どんな人?
聖よりいいの?聖のこと好きじゃないの?
裏切るなんてひどいよ…っ」

最後には涙声になってる。
仲良いのは知ってるけどこれじゃまるで彼女じゃん。
聖ちゃんの涙を見てタケが狼狽える。

「いや!あの!誤解が!話がおかしくなってる!」
「どゆこと!?聖に言い訳でもするの?」


「あ〜〜〜もう言うしかないじゃん…場所だけ!場所だけ移させて」
582 :勝田里奈の憂鬱 :2017/02/14(火) 22:37
聖ちゃんが返す予定だった鍵を取り部屋の中へ三人で入る。
その間も聖ちゃんは怒ってるのか泣いてるのか混乱してるし、
タケも表情がこわばったままだ。
聖ちゃんに聞くんじゃなかったな…と後悔した。


「えっと!聖ちゃん聞いて!」
「…うん。死ぬ覚悟も殺す覚悟も出来た。」
「いやいやいや!そんな話じゃないからっ。まず、朱莉に『彼氏』はいません。」

はぁ?このタイミングでバックれる気か。

「聖ちゃん、これになんか心当たりあるでしょ」


背中を向けパーカーを捲り、下着の辺りを指差す。
ぐいっと下着を押し上げ、乱暴に擦ると赤いそれが色を見せた。

「あ…それは……聖がつけたやつ…」
「は?」

リアクションが比較的薄い私も思わず声が出た。
マジかよ。
聖ちゃんがつけたって、この二人マジでそういう関係なの。

パーカーを下げても背を向けたままタケが喋る。
聖ちゃんはさっきまでの勢いはどこへやら、今度はシュンとしてる。
タケの耳がどんどん赤くなる。

「聖ちゃん、こんな痕つけなくたって、朱莉は聖ちゃんだけだよ。
同じ仕事してるから、こういうのはナシって約束したじゃん。
気付いたのがりなぷ〜だったから良かったけど、大変なことになるとこだったよ!
朱莉のこと信じらんないの?」
「…違うっ!信じてるし、付けちゃダメってわかってたんだけど…その……可愛くて」
「なにそれっ!」
「もう痕はつけない。約束する。
朱莉ちゃんが困ることはしちゃあダメだね…ごめんね。だから、泣かないで」

聖ちゃんがタケに近寄り抱き締める。
一度泣き出したら止まらないタケが腕にしがみつく。


…え、私は何を見せられてんの。
いや、ほんと勘弁して欲しい。
この数ヶ月を返して欲しい。

そんなわけで勝田里奈は知りたくなかった同期の秘密を知ってしまったのであった。
583 :勝田里奈の憂鬱 :2017/02/14(火) 22:38
「起きて!もうすぐ駅着く!」
「ん〜っ」

一度も起きずに寝ていたタケを起こす。

「和田さん、あんまりいい顔してなかったよ。そろそろ盛るのもほどほどにしたら?」
「…そだね。なんでだろね、なんでこんなに好きなんだろね」

伏し目がちに髪の毛を手で梳かす仕草に色気を感じて驚く。

「朱莉なんてこんなに男っぽいのにね」

キャップとざっくりしたジャンパーを身につけながら笑う。
いや、この数年でかなり変わったよ。
なんて言わないけど。

「いや、私に聞かれても」
「…ごめん、今の忘れて。朱莉のキャラじゃないわ」

自分は男っぽいと思ってるのかな。
男っぽいキャラもいじられキャラも周りに求められてるのをやってるだけなのに、
わかってないのかな。

なんて知らないし、どーでもいいけどね。
584 :勝田里奈の憂鬱 :2017/02/14(火) 22:39
以上です。
585 :名無飼育さん :2017/02/22(水) 00:53
勝田さん感が出てて非常に良かったです。
タケちゃんの色っぽい女性ぽくなった感じとかよく表現されてて面白かったです。

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