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やさしい悪魔

1 :玄米ちゃ :2010/04/22(木) 12:13

幻板の『I wrap You』スレ内で書いておりました
「やさしい悪魔」の続きです。

CPはいしよしです。
931 :第5章 1 :2010/11/04(木) 15:21

柴ちゃんと連れ立って会社を出ると
そのまま、イタリアンのお店に行った。

最初から、ワインをボトルで頼んだ柴ちゃんは
驚くほどの早さで、どんどんそのボトルをあけて行く――


「柴ちゃん、ちょっと
 ペース早過ぎない?」

「飲まなきゃやってらんないの〜
 次のボトル下さ〜い!」

「ちょっと柴ちゃんっ!」

わたしの注意なんか、全く聞きもせず
早くも2本目を注文する。

はあ〜〜
大丈夫かなぁ・・・
相当辛いことがあったのかなぁ?

今夜は帰れないかも・・・
吉澤さんにメールしといた方がいいかなぁ・・・

932 :第5章 1 :2010/11/04(木) 15:22

「コラ!今、誰のこと考えてた?」
「誰って?柴ちゃん大丈夫かなって・・・」

「うそつけぇっ!!」

目のすわった酔っ払いに
ギロリと睨まれる。

「誰のことを考えてた?ん?」
「誰って・・・、やだ柴ちゃん。
 ほんとどうしたの?大丈夫?」

「だ〜いじょうぶ・・・な訳ないだろ〜!!
 よって、今夜は帰さない!
 いや帰ろう、一緒に」

「何言ってるかわかんないよ・・・」
「いいから、梨華ちゃんも飲め〜〜!!」

小さくため息をつく。

やっぱり今夜は帰れないかな?
朝までコースだろうな、きっと・・・
ま、明日は土曜日だし、とことん付き合うか!
後でこっそり、吉澤さんにメール送っておこう。

「分かった!飲もう、柴ちゃんっ!」

潔く観念して、わたしは一気にグラスを飲み干した。

933 :第5章 1 :2010/11/04(木) 15:23


「ね?柴ちゃん。飲みすぎだよ?
 大丈夫?」

さっきのお店では、結局ボトル3本を空けて
2軒目に突入――

このままじゃ、飲み潰れちゃうだけだよ?
何がそんなに、柴ちゃんを苦しめてるの?
そんなになるまで話せないことって、何?

「柴ちゃん、そろそろ何があったか教えて?
 わたしで力になれることなら、何でもするよ?」

だって、わたしが辛いとき
柴ちゃんは何度も手を差し伸べてくれたもの。


「――本気で、言ってる?」
「当たり前でしょ!」

「・・・ほんと、だよね?」
「決まってるじゃない」

934 :第5章 1 :2010/11/04(木) 15:23

「ほんとに何でもする?
 力になってくれる?」

柴ちゃんが、酔ったうつろな目で
わたしを見つめる。

「いい加減にしないと怒るよ?」

「――ほんとに・・・いいんだね?」
「くどい」

ふぅ〜
柴ちゃんが一つ息を吐いた。

「じゃあ言うよ?
 今夜、梨華ちゃん家に泊めて」

・・・え?

「私、吉澤さんに会いたい。
 一緒に暮らしてるんでしょ?」

――どう、して・・・、それを・・・?

935 :第5章 1 :2010/11/04(木) 15:24


「――やっぱりそうだったか・・・
 たまごも同じもの持ってたし、何度誘っても吉澤さん
 家に早く帰らなきゃだからって断るし、ずっと変だとは思ってたんだ・・・」

決定的なのは朝。
見たんだよね、私。
2人が一緒に電車に乗ってるとこ――

最初は偶然だって思ったの。
たまたま朝会って、一緒に来てるんだって・・・

でも違った。
偶然が3日続いておかしいって思った。

だから今朝ね――

「吉澤さんの家の最寄り駅まで行って、
 ずっと2人を見てた・・・」

――うそ、でしょ・・・

「ほんと参っちゃったな。
 吉澤さん、まるで梨華ちゃんをかばう様に
 電車に乗ってるんだもの・・・」

936 :第5章 1 :2010/11/04(木) 15:24

電車通勤を始めたあの日が嘘のように
彼女は・・・、吉澤さんはあっという間に
満員電車での身のこなし方を習得して。

最近では、わたしをドアの前に立たせて
まるで自分の腕の中に閉じ込めるように、周りの重みからかばってくれて・・・

わたしは、毎朝ドキドキして
顔をあげることも出来なくて――


以前ならきっと警戒してた。
誰かに見られたらって・・・

でも今は――

あの腕の中が、何よりも
居心地がよくて――

937 :第5章 1 :2010/11/04(木) 15:25

「・・・付き合ってたの?」

え?

「吉澤さんと・・・」

ちがっ。

「私が吉澤さんを好きなのを知ってて
 心の中で笑ってたの?」

「違う!絶対違うよ!」

「じゃあ、どうして?!」

そう叫んだ柴ちゃんの目には
涙が滲んでいて・・・

どうしようもなく胸が痛んだ。

938 :第5章 1 :2010/11/04(木) 15:25


「――お目付け役を、頼まれたんだ・・・」

「お目付け役?」
「うん・・・」

中澤社長にね。
吉澤さんに悪い虫がつかないように
一緒に暮らして見張ってくれって・・・

ほら、わたしには好きな人がいるでしょ?
石川なら安心だからって・・・

「だから・・・」
「だから?」

「だから・・・、付き合うとか
 そういうんじゃなくて――」

吉澤さんとは、全然そういうんじゃなくて――

「ただ同居してるだけだって、
 見張ってるだけだって言うの?」

コクリと頷いた。
だって、それ以上の関係なんて――

939 :第5章 1 :2010/11/04(木) 15:26

「じゃあ、どうして一緒に暮らしてること
 内緒にしてたの?」

「それは――」

それは・・・ね?
皆に知られたら――

「皆に知らせた方が、迂闊に近寄れないじゃない。
 梨華ちゃんの目が光ってるって知ったら
 かえって皆をけん制できるじゃない。
 なのにどうして?」

「それは・・・
 皆の目が怖いと思ったからだよ。
 わたしだけが、彼女を独り占めしてるなんて知れたらって・・・」

「ほんと?ほんとにそう?
 ほんとはさ・・・」

940 :第5章 1 :2010/11/04(木) 15:26

「梨華ちゃん、自分が吉澤さんを
 ひとりじめしたかったんじゃないの?」

――わたし、が・・・?

わたしが、彼女を・・・?
そんなこと――

  『こんな姿を独り占めしてるなんて
   柴ちゃんが知ったら…』

あの時、心のどこかでわたしは喜んでた?
優越感があった?

誰も知らない吉澤さんの姿を
わたしは・・・、わたしだけが見られるんだって――

941 :第5章 1 :2010/11/04(木) 15:27

「・・・ごめん、梨華ちゃん。
 言い過ぎた・・・」

わたしほんとは――
どこかで――

「でも、2人のあんな姿見せられたらさ・・・」

違うよ、違う。
絶対そんなこと思ってないよ。
だって彼女は女性じゃない・・・

「まるで恋人同士だった。
 少なくとも私にはそう見えた・・・」

もし・・・、もしも――
柴ちゃんの言うように見えていたのなら・・・

それは――


――わたしが、彼女を彼に重ねているからだ・・・


942 :第5章 1 :2010/11/04(木) 15:28

「――吉澤さん、ね・・・
 彼に似てるの・・・」

「彼・・・?
 ・・・彼って、もしかして――」

絶句してしまった柴ちゃんの目を見て頷いた。


「吉澤さん、すごく似てるの。
 わたしが想い続けている彼にそっくりなの・・・」

最初会社で見たとき、ほんとに驚いた。

金髪じゃないし。
制服も着ていないし。
帽子も被っていないけど・・・

でも、ほんとによく似ていて。

真っ白な肌が。
その大きな瞳が。
ハリウッドの俳優が負けてしまうほどの、端正な顔立ちが
どれもあの日の彼とそっくりで――

943 :第5章 1 :2010/11/04(木) 15:29

「時々、重ねてしまうの。
 吉澤さんと彼を・・・」

「梨華ちゃん・・・」

「だから、ね。
 もし柴ちゃんの目に、恋人のように映ったのなら・・・」

それは――

「わたしが・・・、彼に重ねてしまっているからだと思う・・・」


「――そのこと・・・
 その彼に吉澤さんが似てるってこと。
 吉澤さんは知ってるの?」

コクリと頷いた。

「・・・吉澤さんは何て?」

944 :第5章 1 :2010/11/04(木) 15:30

「彼女は――」

  『アタシ、その彼に似てるんでしょ?
   ・・・キス、したら。アタシとキスしてみたら
   石川さんの何かが、変わるかも、しんないよ・・・?』


「吉澤さんは・・・」

  『・・・アタシ、もうキスして欲しいって
   言わないから』

  『――アタシに・・・、似てるならさ』

  『見てるよ、きっと。
   その人もこの空を』


「――彼もきっと、わたしのこと想い続けてるって
 励ましてくれた・・・」

どこか、憂いを含む
彼女の横顔が浮かんだ。

945 :第5章 1 :2010/11/04(木) 15:30

「そっか・・・
 じゃあ、梨華ちゃん。私いいんだね?
 本気で吉澤さんにアタックしても」

柴ちゃんに見据えられた。

「もちろんだよ。
 だって彼女は、彼じゃないもの・・・」

そう。彼女は彼じゃない。
わたしは彼をずっと想ってるんだもの。

それは、今でも――

・・・これからもずっと変わらない。


「梨華ちゃんは、吉澤さんのこと
 好きではないんだよね?」

「後輩としては好きよ。
 けど――」

「けど?」

「・・・恋愛対象では、ない」

ハッキリ口にしたのに、なぜか
心の中を空しい風が吹き抜けて、胸がギュッと痛んだ。

946 :第5章 1 :2010/11/04(木) 15:31

はあ〜〜〜

柴ちゃんが大きく息を吐き出した。

「良かった・・・
 今朝からずっと真っ暗闇にいるみたいだったよ・・・」

まさか親友が・・・とか。
梨華ちゃんと吉澤さんが
毎晩抱き合ったり、キスしたり・・・なんて考えたらさ。

「苦しくて苦しくて
 ほんと今日一日で、おかしくなっちゃいそうだった・・・」

そう言って微笑んだ柴ちゃんの顔を
まともに見ることが出来なかった。

947 :第5章 1 :2010/11/04(木) 15:31


「ぎゃあ!大変っ!!」

柴ちゃんが大声で叫ぶ。

「・・・終電、行っちゃった」
「気付いてなかったの?」

大きく頷く柴ちゃん。

「やっぱ梨華ちゃん家、泊めて」
「え?でも・・・」

「いいでしょ?会いたい、私。
 吉澤さんに」

「けど、吉澤さんには『帰らない』って
 メールしちゃったし・・・」

948 :第5章 1 :2010/11/04(木) 15:32

「じゃあ、『帰る』って送ってよ」

もうバレちゃったんだからいいでしょ別に?
私、吉澤さんが家でどんな風なのか見てみたい。

「応援してくれるでしょ?
 親友の恋」

期待に膨らむ柴ちゃんの目――


どこかでわたしは
柴ちゃんに申し訳なく思っていたのかもしれない。

唇を合わせたことはないけど
毎晩彼女の頬にキスしてるし、
抱きしめられたことだって・・・


「わかった。
 メール送ってみる・・・」

「ヤッター!!」

上機嫌ではしゃぐ柴ちゃんを見ながら
『わたしは親友の恋を応援しなきゃ』
何度もそう自分自身に言い聞かせていた――

949 :第5章 1 :2010/11/04(木) 15:32





950 :第5章 2 :2010/11/04(木) 15:33


「ただいま〜」
「お邪魔しま〜す」

明かりのついていないリビング。

「あれ?もう寝ちゃったかな?」

そう言いながら電気をつけた。


「え〜っ!つまんな〜い!!」

ソファに体ごと投げ出した柴ちゃんが
足をバタバタさせて騒ぎ出す。

「何で吉澤さん寝ちゃうのよ〜
 梨華ちゃん、ちゃんとメール送った?」

「シー!もう夜中なんだよ!」

唇に人差し指をあてて
柴ちゃんをたしなめる。

「ちゃんと送ったよ?
 返事がないから、留守電にも入れといたし。
 一人連れて帰るけどゴメンネって」

そう言いながら、吉澤さんの部屋の前に行く。

「もう寝てたのかもよ?
 遅い時間だったし・・・」

951 :第5章 2 :2010/11/04(木) 15:34

「吉澤さんの部屋なの?ココ」

目をキラキラさせてる柴ちゃん。


 <コンコン>

小さくノックしてみたけど
返事はない。

う〜ん。
やっぱ寝ちゃってるのかなぁ・・・

明日の朝を楽しみにしなよ。
そう柴ちゃんに言おうとして、
キッチンカウンターの上に、カップが置いてあるのが目に入った。

「あれ・・・?」

つかつかと歩いて、そこまで行く。

952 :第5章 2 :2010/11/04(木) 15:34

飲みかけのカップが一つ・・・

「吉澤さん、出かけてるのかも・・・」

だって彼女、寝る前には必ず
食器を全部片付けるもの。

「コンビニに買い物とか
 ちょっと出てるだけだと思う」

帰ってこないつもりなら、長時間お出かけしてるなら、
こんな所にカップを置いたままになんか絶対しない。

「柴ちゃんが来るから
 あわてて何か買いに行ってくれたのかな?」

彼女ならやりそう。
お客さんが来るなら、何かおもてなししなきゃって・・・

――ほんと、気ぃ遣いなんだから。

思わず笑みがこぼれた。

953 :第5章 2 :2010/11/04(木) 15:35

「・・・おもてなしは、違うと思う」

え?

柴ちゃんが、テーブルの上の
何かを指差した。

「これ、吉澤さんの携帯じゃない?」
「うん。そうだよ」

「留守録1件、未読メール1件って
 サブディスプレイに表示されてる」

――梨華ちゃんが送った分じゃないのかな?

もしかしてじゃあ、知らないの?
柴ちゃんがココに来るって・・・


 <ガチャリ>

玄関が開く音がして
柴ちゃんと顔を見合わせた。

954 :第5章 2 :2010/11/04(木) 15:35


『おおっ!石川さん帰ってたの〜?』

はずんだ声が聞こえた。

『今日帰らないって言うから
 寂しくてビデオ借りに行ったんだぁ。
 で、ついでにアタシ――』

リビングに入ってきた吉澤さんの顔から、
一瞬で笑顔が消えた。

「こ、こんばんは。
 お邪魔してます」

柴ちゃんが頭を下げた。


「――どういう、こと…?」

眉を寄せて、喉の奥から
押し出すように発っせられた冷たい声。

955 :第5章 2 :2010/11/04(木) 15:36

「…あ、あの。私終電が無くなっちゃって
 ここならお店から近いから、タクシーですぐだし、
 梨華ちゃんに泊めてってお願いして…」

話しているのは、柴ちゃんなのに
彼女はわたしを見据えたままで――

「突然ごめんね?
 でもさっき梨華ちゃんから
 吉澤さんの携帯に連絡入れてもら――」

「アタシは!」

はじめて聞く怒鳴り声に
体が震えた。

「――石川さんに聞いてるんだ…」

冷たい眼差しと声に
身動きさえ出来ない…

「説明してよ、石川さん」

謝りたいのに
うまく言葉が出て来ない――

956 :第5章 2 :2010/11/04(木) 15:36


「はあ〜〜〜
 もういい、わかった」

それだけ言うと、吉澤さんは
ビデオ屋さんの袋を放り投げて
テーブルに置かれたままの携帯を掴んだ。

「持って出るの、忘れたんだ。
 まさか約束破られるなんて、思いもしなかったから」

――約束…

そうだ、わたし…
彼女とゆびきりしたんだ――


  『いい?一緒に暮らしてること
   絶対誰にも言わないこと』
  『破ったら、絶対許さないからね?』
  『ゆ〜びきりげんまん
   うっそついたら、針千本飲〜ます
   ゆび切った! 』

957 :第5章 2 :2010/11/04(木) 15:37

「吉澤さん、ごめんね?
 私が梨華ちゃんに無理矢理お願いしたの。
 ほんとにごめんなさい!」

自分の部屋に向かおうとした吉澤さんの背中に
柴ちゃんが懸命に訴える。

「泊まるのダメなら、私今から帰るから!
 だから吉澤さん――」

「いいよ、別に。
 柴田さん、電車ないんでしょ?」

「吉澤さん…」

「よくわかったから
 好きにしていいよ」

そう言って吉澤さんは
わたしの方に振り向くと


「石川さんにとっては、
 アタシとの約束は
 簡単に破れるもんだったんだね」


吐き捨てるようにそう言って、
自分の部屋に行ってしまった。

958 :第5章 2 :2010/11/04(木) 15:38

――どうしよう、わたし…

わたし全然わかってなかった。
彼女との約束の重みを――

彼女は一度だって破らなかった。
あれだけ中澤さんが心配してたのに、ただの一度も。

それなのにわたしは――

わたしはいつの間にか簡単に考えていたのかもしれない。
彼女なら何でも許してくれる。
そんな風に考えていたのかもしれない。

だから…
彼女の気持ちも考えず簡単に破ってしまったんだ…


「梨華ちゃん…」

柴ちゃんが泣きそうな顔で
わたしを見る。

「柴ちゃんが悪い訳じゃないよ…」

「でも…
 私、帰った方がいいよね?」

柴ちゃんが自分の鞄を掴んだ。

ごめん…
柴ちゃん…

959 :第5章 2 :2010/11/04(木) 15:38

「――吉澤さん、許してくれるかな…?」

柴ちゃんが不安げにつぶやいた。

「柴ちゃんに怒ってる訳じゃないよ。
 わたしが約束破ったから・・・」

「けど私が来たいって言わなければ…」

 <バタン>

吉澤さんの部屋のドアが開いた。


「電車ないんでしょ?
 泊まればいいじゃん」

お部屋から出て来た吉澤さんが
柴ちゃんの手から鞄を奪う。

「アタシはビデオ見るから」

柴ちゃんの鞄をソファーに置いて、
代わりにさっきテーブルに放り投げた
ビデオ屋さんの袋を手に取った。

「さっきはちょっとビックリしただけです。
 歓迎しますよ、柴田さん」

そう言ってニッコリ微笑んだけど
いつもの吉澤さんの笑顔じゃない…

960 :第5章 2 :2010/11/04(木) 15:39

「――いいの?私ここにいて…」

戸惑いながら、柴ちゃんが尋ねる。

「朝ご飯も食べて行って下さい。
 毎日アタシ作ってるんで。
 あっちの人、そういうの全然ダメだから」

――あっちの、人…?

あっちの人って何…?
そんな言い方、一度もされたことない…

「あ、冷蔵庫何入ってたかな?
 せっかくだから、いいもの作ってあげたいし…」

そう言いながら、キッチンへと
移動してくる。

「柴田さん、嫌いなものとかあります?」
「ううん、特にないよ」

「何作ろうかな?
 酒飲んだ後なら、あっさりした方がいいよな・・・」

彼女はそう呟きながら

――わたしの横を、素通りした。

961 :第5章 2 :2010/11/04(木) 15:40

怒ってる…
絶対まだ怒ってる――

だって吉澤さんは
わたしと目を合わせない。

わたしの横を通る時も
いつもと空気が違った。

彼女から感じる空気は
いつだって温かかったのに

今はまるで、氷のように冷たくて――



「ま、テキトーに作りますか」

軽く冷蔵庫の中を確認して
柴ちゃんにだけ「おやすみなさい」
そう微笑みかけて。

毎晩の日課のドライヤーも
おやすみの頬のキスもしないまま
彼女は自分の部屋に帰って行った――

962 :第5章 2 :2010/11/04(木) 15:40


一緒にベッドに入ると柴ちゃんは
あっという間に眠りに落ちた。

かなりの量のアルコールと
吉澤さんと和解出来た安心感が
彼女をそうさせたのだと思う。

けれどわたしは――

さっきの吉澤さんの姿がチラついて
一向に眠れない。

はじめて聞く冷たい声・・・
はじめて見た冷たい眼差し・・・

はじめて感じた冷たい温度――

963 :第5章 2 :2010/11/04(木) 15:41

――謝りたい、きちんと。

自分から押し付けた約束を破ってしまったことを。
彼女を酷く傷つけたことを・・・


 <ガタンッ>

壁の向こうから、何かが落ちるような
物音がした。

・・・もしかして、まだ起きてるの?

ジッとして耳を澄ます――


静かな柴ちゃんの寝息に混じって
かすかに聞こえる物音・・・

――起きてるんだ、吉澤さん。


出来ることなら、朝を迎える前に
彼女に謝りたい。

さっきは言えなかった言葉を。
『ごめんなさい』って。

――心から謝りたい。

964 :第5章 2 :2010/11/04(木) 15:42

隣の柴ちゃんを起こさないように
そっと起き上がる。

音をさせないようにそろそろと歩いて
自分の部屋を出ると、吉澤さんの部屋の前に立った。

静かに大きく深呼吸して
遠慮がちに、彼女の部屋の扉をノックした。

 <コンコン>

静寂の中で、やけに響く硬い音――

そのまま、ジッと待ったけど
部屋の中からは何の物音もしない。

さっきの物音は気のせいだったんだろうか・・・
こんな時間だもの。やっぱり寝てるよね・・・

そう思って、自分の部屋に引き返そうと
扉に背を向けたところで、
<ギィ>と小さく音がして、扉が開いた。

「・・・入れば?」

小さく開けられた扉の向こうで
彼女が言った。

965 :第5章 2 :2010/11/04(木) 15:42


『遅くにごめんなさい』
『さっき物音が聞こえたから、もしかして起きてるかなって』
『どうしても今夜中に謝りたかったの――』

色んな言葉が、わたしの中に渦巻くけど
デスクの明かりだけを背に、わたしの前に立つ
彼女の表情が分からなくて、取り巻く空気が冷たくて
どうしようもなく不安になる・・・


「とりあえず、中に入ったら?」

そう言われて、部屋の中に入って
扉を背にして彼女と向き合った。

「何?」

不機嫌そうな声が
わたしの不安を更に煽る――


はあ〜〜

大きくため息をついた彼女が
わたしから離れ、ベッドに腰掛ける。

その姿を目で追うと
自然とデスクの上に飾られた船の模型が目に入った。

966 :第5章 2 :2010/11/04(木) 15:43

「気になる?」
「え?」

「あれ」

彼女が顎で模型を示す。

気にならないと言えば、嘘になる。
あれを見ると、彼を思い出すから――


「じいちゃんが乗ってる船の模型だよ」
「・・・おじい様の?」

視線を合わせたまま
彼女は何かを言いたそうに口を開けたけど
そのまま小さくため息をついて「何か用?」と言った。

967 :第5章 2 :2010/11/04(木) 15:43


「――約束破ってごめんなさい」

深々と頭を下げた。

「ほんとにごめんなさい。
 わたしからお願いした約束なのに・・・」

一緒に暮らしてること、柴ちゃんに気付かれちゃったの。
朝電車で一緒に通ってるのを見られちゃったみたいで・・・

「どうしても、隠せなくて――」

彼女が立ち上がって
近づいてくる気配がした。

「・・・ほんとにごめんなさい」

更に深く頭を下げた。



「――約束・・・、破ったらさ・・・」

次第に声が近づいてきて、彼女の足が見えて
顔を上げた。

968 :第5章 2 :2010/11/04(木) 15:44

「針千本、飲ましていいんだっけ・・・?」

再び明かりを背にした彼女の表情が見えなくて、
わたしの心に不安がよぎる。

「でも針なんて、そんなにないし
 そんなことしたら石川さん死んじゃうから・・・」

両耳の横で壁に手をついて
わたしを腕の中に閉じ込めた。


「――アタシとキスしよ」

息がかかるほど近くで囁かれる・・・

「針なんて飲まなくていいから。
 代わりにキスさせてよ・・・」

激しく心臓が脈打って
呼吸が苦しい・・・

「前にも言ったよね?
 アタシとキスしたら、石川さんの何かが変わるかもしんないって・・・」

彼女の指がわたしの顎に触れ
グイッと顔を持ち上げられる。

969 :第5章 2 :2010/11/04(木) 15:45


「――だから・・・、キス、しよう・・・」

ギュッと目を閉じた。


キツク閉じたまぶたに暗闇が訪れて
彼女が更に近づいたのを感じる・・・

――キス、される・・・

このままじゃ、わたし。
彼女とキスしちゃう――

そう思ったら、急激に恐怖が込み上げて来て
顔を背けてしまった。


「――参ったな・・・」

傷ついた彼女の弱弱しい声。

「・・・ごめんなさい、わたし――」

やっぱり怖い。
8年間守り続けたものが
あっさり崩れてしまいそうで。

わたしの中の何かが
本当に大きく変わってしまいそうで――


970 :第5章 2 :2010/11/04(木) 15:45


「――石川さんは・・・、何も分かってない」

驚いて見上げた彼女の瞳には
涙が浮かんでいた。

「・・・何も、分かってないよ――」

もう一度呟いた彼女の目から
涙が一筋、零れ落ちた。


「・・・吉澤、さん?」

「――怒ってないから・・・」

そう言ってわたしに背を向けると
彼女は言った。

「もう怒ってないから
 自分の部屋に帰って・・・」

971 :第5章 2 :2010/11/04(木) 15:46

「アタシのことは気にしないでいいから。
 もうほんとに怒ってないから」

――頼むから、この部屋から出て行って・・・


肩を震わせながら、言葉を吐き出す彼女に
何も言えなくて、もう一度謝ると彼女の部屋を出た。

 <バタン>

扉が閉まると同時に
わたしの目からも涙が溢れて
彼女の部屋の前でうずくまった。

――ごめんなさい、吉澤さん。

ほんとに、ごめんなさい・・・


胸が痛くて苦しくて
自分ではどうにもならなくて・・・

朝の光りが差し込んでも、
どうしても涙が止まらなくて・・・

リビングで一人、
声を殺して泣き続けた――

972 :リアライズ :2010/11/04(木) 15:47


973 :リアライズ :2010/11/04(木) 15:47


974 :玄米ちゃ :2010/11/04(木) 15:47

本日は以上です。

975 :名無飼育さん :2010/11/04(木) 16:19
こうなっちゃいますか…

次回こそは!!!w
976 :名無飼育さん :2010/11/05(金) 01:25
うあああああぁぁぁぁ!!!!!玄米ちゃスパイス辛すぎですぅぅぅ!!!!!
977 :名無飼育さん :2010/11/05(金) 01:25
うあああああぁぁぁぁ!!!!!玄米ちゃスパイス辛すぎですぅぅぅ!!!!!
978 :名無飼育さん :2010/11/05(金) 01:54
二重カキコすんません!
979 :玄米ちゃ :2010/11/10(水) 11:14

>975:名無飼育さん様
 本日も残念ながら、変わらぬ仕様の更新になります。

>976:名無飼育さん様
 本日は更に1.5倍くらいの辛さになるでしょう。


またもや中途半端のまま、スレ移動させて頂きます。
毎度毎度、本当にすみません!

幻板に新スレを立てさせて頂きました。
続きはそちらにて。

980 :名無飼育さん :2010/11/10(水) 11:45
痛いっ痛すぎてうれしいw
新スレついて行きます

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