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作者フリー 短編用スレ 7集目

1 :名無飼育さん :2009/09/01(火) 23:34
このスレッドは作者フリーの短編用スレッドです。
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前スレ 作者フリー 短編用スレ 6集目
ttp://m-seek.net/test/read.cgi/dream/1162543138/
784 :少年と猫 :2012/07/08(日) 21:48
おわり
785 :少年と猫 :2012/07/08(日) 21:52
済みませんあゆみん→だーいしで
呼称が不確かで済みません
786 :名無飼育さん :2012/07/09(月) 08:49
猫だーいしキタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━ !!!!!
787 :些細ではない出来事 :2012/07/09(月) 23:45
鞘石
788 :些細ではない出来事 :2012/07/09(月) 23:46
リップシーンの撮影順が近づいてきたので撮影場所に移動すると、
順番的には自分よりふたりほどあとのはずの鞘師がすでにそこに座っていて、思わず石田の足が止まった。

「…早いですね」
「まあね」

何の気なしに近づいて隣に腰を下ろすと、石田を認めた鞘師の口元が僅かに綻んだが、答えた声は少し小さかった。

「? 眠いんですか?」
「えー? もう昼だよ?」

それもそうだ。
撮影は朝から始まっていて、メイクだってバッチリ済ませているのにまだ眠いことは有り得ないだろう。

鞘師が静かなときは眠いとき、と、勝手に決めつけてしまったようで石田が言葉を迷っていると、鞘師は可笑しそうに肩を竦めた。

「まあ、寝不足ではあるけども」
「……それって眠いってことじゃ」
「そうともいうね」
「…もー、ちょっと心配したのに」
「ごめんごめん」

ふはは、と軽く笑ったあと、不意に、けん、と聞こえる咳をした鞘師が口元を押さえながら石田から顔を背ける。

けんけん、と連続して2回聞こえたあとで、ふー、と長く息を吐いた。
789 :些細ではない出来事 :2012/07/09(月) 23:46
「風邪?」
「んー、実は朝から喉がイガイガしてて。…楽屋、ちょっと空気濁ってたから逃げてきたの」
「あ、喉飴、持ってますよ、いります?」
「うん、ほしい」

今朝、コンビニに寄ったとき、なんとなく手にとったスティックタイプの喉飴を買った。
念のために持ってきたメイクポーチの中に忍ばせていたそれを思いだして言うと、鞘師は何故だかホッとしたように頷いた。

包装を解くと個包装された粒がふたつほど剥がれるように石田の手のひらに転がる。
そのうちの一粒を手渡そうと顔を上げたら、なにを思ったか、鞘師が大きく口を開いていた。

「えっ?」
「あーん」

思わず苦笑いしてしまった石田に構わず、鞘師は声にも出して強請る。
寝不足のせいもあるのか、どうやら今の鞘師は甘えモードらしい。

「…苦手な味じゃないといいんですけど」

包み紙を開いて粒を持ち、それをそのまま口の中に放り込んでやる。

そのとき、的を見誤った石田の指先が僅かに鞘師の唇の端に触れてしまい、ほんの少しだけ顎を引かれたが、
ぱくん、と口を閉じた鞘師はそれ以外には特に目立った反応を見せず、2秒ほど黙って、それからにっこり笑った。

「へーき」
「よかった」

ホッとしたところで、手に残ったもう一粒の処遇をちょっとだけ思案して、結局包み紙を開き、自分も口の中に放り込んだ。
790 :些細ではない出来事 :2012/07/09(月) 23:46
「あっ」
「えっ?」

口の中に馴染んだ味が広がるより早く、鞘師の短い声が石田の耳に届く。

振り向くと、半ば凝視に近い視線で鞘師がこちらを見つめていて。

「…? 鞘師さん?」

呼びかけると、ハッとしたように肩先を僅かに揺らしてから顎を引く。
咄嗟に距離をとられたように感じた石田が首を傾げたら、鞘師は何故か気まずそうに手で口を押さえて俯いてしまった。

「え、あれ? やっぱダメな味でした?」
「…や、だいじょぶ、へーき」
「いやいや、ダメだったら吐き出しちゃってください」

言いながら近くにあったティッシュボックスに手を伸ばそうとしたら、その手を手首ごと掴まえられた。

「…ほ、ほんと、に、大丈夫…」

ぎゅ、と掴まえられたそのチカラが思ったより強くて、掴まれた部分が熱を孕む。

伸ばしかけた手を掴まれたことで中途半端に宙を泳いでいる自分の手のあり方に困惑していると、
やがてそれに気づいたらしい鞘師が、そろりそろりと石田の手を掴んだまま、自分の膝の上に置いた。
791 :些細ではない出来事 :2012/07/09(月) 23:46
「鞘師さん?」

さっきから下を向いたままで顔を上げてくれないので表情が見えない。
表情が見えないと、どんなことを考えているだろうかという予測もできなくて困惑が更に濃くなった。

手首を掴んでいる手のチカラが次第に弱くなっていき、そのかわりか、手首から指先へと鞘師の手が移動する。
何か意図があるようで、でもそれは石田には読めない。

鞘師が、自身の親指の腹側で、石田の親指の爪をそろりとなぞった。
親指だけでなく、人差し指、中指、と、順番に一本ずつ、第一関節までを親指と人差し指の腹で挟んで、まるで確認するみたいに。

その動きが不快だったわけではないが、鞘師の顔が見えないことで、何をしているかがわからなくて不安でもあった。

薬指にも触れ、小指の先を挟む頃にはもうほとんど鞘師の手は石田から離れるところだったのだが、
鞘師の手のひらの熱が石田の手首の内側に伝わっていたせいか、離されるのがわかると何故だか名残惜しいようにも感じてハッとした。

思わずカラダを揺らしてしまったことで、小指の先を撫でていたチカラがほんの少しだけ強くなった。

「鞘師さん、あの…」
「…やだ?」
「やだ、っていうか、くすぐったいです」

小指だけ、さっきまでとなぞり方が違うような気がした。
そろそろ離す頃合いかと思ったのに、鞘師はまだ、石田の小指を指先だけで掴まえている。

ひょっとして、鞘師の意図はここだろうか。
792 :些細ではない出来事 :2012/07/09(月) 23:47
「…あたしがいま何考えてるか、わかった?」
「えっ?」

不意に聞かれてドキリとする。
返事の声もたぶん、少し裏返った。

鞘師を見ると、さっきまで下を向いていた顔はやや上がっていて、だけど上目遣いで石田を見ている。
その頬が微妙に赤くなって見えるのは気のせいだろうか。

「…え、と……、すいません、わかりません」
「……そっか」

期待に応えられないことでがっかりさせるかとも思ったが、
短く答えただけの鞘師の声色や表情はそれほど失望を見せてはおらず、なんとなくホッとしたようにも見受けられた。

その直後、がり、と聞こえて、その音の正体が鞘師の口の中だと気づく。

「ちょ、喉飴なのに噛んだらダメですよ」
「あー」

やっちゃった、という顔をしたのは一瞬で、悪びれもせず、口の中で更に細かく噛み砕く。
それからようやく、鞘師は石田の手を離した。
793 :些細ではない出来事 :2012/07/09(月) 23:47
「ねえ、もう一個ちょーだい」
「いいですけど、今度は噛まないでくださいね?」
「うん」

にこにこ、というよりは、ふにゃふにゃした笑い方で笑う鞘師に小さく溜め息を吐き出しながらも、再び包装を剥がす。
今度もふたつ剥がれ落ちてきたので、どちらもあげようと差し出された鞘師の手のひらに乗せてから、ふと、あることに気がつく。

さっきまで鞘師が掴んでいた小指の先。
そこに残っているのは鞘師の手の熱だけではない気がしたのだ。

なんだっけ、と思考を巡らせて、すぐに辿りつく。

鞘師の口に飴を放り込むとき、その唇に当たったのはこの指ではなかったか?
そして自分はこの手で、飴の包装を解いて自分の口の中に入れなかったか?

さっき、鞘師が聞きたかったことが唐突にわかった気がした。
なかなか顔を上げてくれなかった理由も、ようやくこちらを見たときにその頬が赤く染まっていたのが気のせいではなかったことも。

もちろん故意ではなかった。
気にするほうがどうかしていると言われるほどの些細な出来事だし、石田にしても、普段なら意にも介さないだろう。
鞘師が、あんなふうに動揺を見せたりしなければ。
794 :些細ではない出来事 :2012/07/09(月) 23:47
「亜佑美ちゃん?」

半ば呆然として鞘師を見つめていた石田に、今度は鞘師が困惑顔で首を傾げる。
その声にハッとして、慌てて手をひっこめたときだった。

「里保ー」

少し離れた位置から生田の声が聞こえた。

「はーい」
「小物ー、聖のと間違えとぉよー」
「えっ、ごめーん、今行くー」

振り返って答えた鞘師が再び石田に向きなおる。

「ちょっと行ってくる。飴、ありがとね」
「い、いえ…。今度は噛まないでくださいね」
「わかったわかった」

同じ言葉を繰り返してしまったせいで鞘師の返事はめんどくさそうだった。
ふはは、とまた笑うと、鞘師は少し急ぎ足で手招いている生田のほうへと向かった。
795 :些細ではない出来事 :2012/07/09(月) 23:47
鞘師の姿が見えなくなってから、石田は両手で自分の顔を覆い隠す。

些細なことだ。
考えようによっては間接キスまがいかも知れないが、こんなこと、同じペットボトルの回し飲みより頻繁に、日常的に起こることじゃないか。

鞘師が自分を意識した、と感じとってしまって、それが石田の感情を揺さぶる。
あんなふうに動揺なんて見せられたりしなければ、こっちも変に意識なんてしないでいられたのに!

一度気になりだしたら止まらなくなる。

鞘師はどう思ったのか。
無遠慮で不躾な後輩などと思われなかっただろうか。
そもそも、鞘師はなんだってこんなことで顔を赤くなんてしたのだ。
あんな態度では意識されているとしか思えないじゃないか。

勘違いだと思えたらどんなに気がラクだろう。
だけど、そう思えないくらいに、鞘師の動揺は顕著だった。

鞘師に掴まれていた手首がまだ熱を持っているようで、順番に撫でられた指先にも熱が灯った錯覚が起きる。

石田の心音が跳ねる。
跳ねたと同時にまた顔が熱くなって、そしてその熱は鞘師が戻ってくるまで、なかなか引いてくれなかった。





END
796 :些細ではない出来事 :2012/07/09(月) 23:48
正直スマンカッタ
797 :名無飼育さん :2012/07/10(火) 02:38
鞘石はなぜこうもいいのかね
798 :このついで :2012/07/31(火) 18:58
後藤が気にかけて「圭ちゃん元気? 最近どう?」と電話をくれるのに「どうってことないよ」と返してつれなく切った。料理をしている。市販のミートソースにセロリなどを加えて、茹で上がったパスタにかけるだけの食事は、そう悪くないが良くもない。いつもこれくらい食べられるだろうと思って200g茹でるのだけど、実際は半分も食べられない。捨てるのはしのびないからラップをかけて冷蔵庫に入れておくのだけど、そうして溜まったパスタがもう冷蔵庫の中、大半を占拠している。奥の方にあるクリームパスタを取り出してみるとポツポツと黒い斑点が浮かび上がっていて思わず笑ってしまった。「腐ってやがる! 早すぎんたんだ!」けれども私の冗談に笑ってくれる人もここにはいないから寂しさを覚える。
 夕方、日が落ちてから買い物に出かけた。最近はとても暑い。きっともう夏なのだと思う。電柱に花火大会のポスターが貼ってあった。チャーミングな絵柄で、浴衣を着た姉弟と思しき男女がそこには描いてあり、花火大会という文字の裏にパッと虹色に輝く花火が垣間見える。ふつうこういうのは花火が主役であって、「花火大会」という文字列が前面に出て、主役であってどうするのだ。この姉弟はなんだ。幸福そうな顔をしやがって。私は何も楽しくないのに。
 スーパーの中は冷えすぎていて、店内全体が冷蔵庫のようなことになっていた。鳥肌が立つ。スーツ姿のサラリーマンが牛乳をしこたま買い込んでいる。牛乳を買う男の人を見ると「この人はレオンに憧れているんだな」とつい思ってしまう。ああ私のマチルダ。どこにいるのだろう。サラリーマンは納豆と豆腐と発泡酒を買い物カゴに入れてレジへ並んだ。私はやたら安い白ワインを二本と、パスタと、出来合いのクリームソースと、ナポリタンソースと、ミートソースと、それから、まあ色々と買った。
799 :このついで :2012/07/31(火) 18:59
 家に帰る途中で近くにコンビニが出来ていることに気付いた。オープン初日らしく、下は小学生から上はくそじじいまで、みんなしてガリガリ君を買い求めている。私もふとガリガリ君の歯を貫く冷たさが懐かしくなって、それを買い求めた。食べながら帰る。頭の奥がキンキンと痛む。半分ほど食べて道端に捨ててしまった。「ダメですよ」後ろからそう声がかかって、見ると、吉澤だった。「保田さん、なにしてんすか。みんな心配してるんですよ」「悪い、ほっといて」そりゃまあ保田さんのことは保田さんのことですから、私も、みんなも、知ったこっちゃないんですけど、迷惑かけちゃダメですよ、私、保田さんそんな人だと思わなかった、もっとしっかりしてる人だと思ってた、ガリガリ君を道端にポイ捨てするような人じゃないと思ってた、もったない、私に下さいよ。いいよ、あげるよ、拾って食べたらいいよ、3秒ルール、まだイケると思うよ。
 吉澤はなにやら文句を言いながら家までついてきて、ズカズカと上がり込んだ。「部屋はキレイにしてるんですね」と言った。「そうじゃないと落ち着かないからね」「道端にガリガリ君は捨てるくせに?」「地球は私のゴミ箱だからね」「なにかっこつけてんだ」吉澤は買い物袋から勝手にワインを取り出して、開け、ワイングラスを要求し、渡すと、「もう一つ」と言って、もう一つ手渡すと、それらになみなみにワインを注ぎ、「乾杯しましょうか」と言った。「今は飲む気分じゃない」「じゃあなんで買ってきたんですか」「分かんないよ。そういえばスーパーで牛乳買ってるサラリーマンが居てさ」「ええ? はい」「牛乳買ってる男の人見るとレオンに憧れてるのかなって思うよね」「そうですか? よく分かんないですけど。とりあえず乾杯しましょう」「それ冷えてないよ」「ええ、冷えてないですね」「白ワインは冷やさなきゃ」「知りませんよそんなこと」「それに安かったから、きっとまずいと思うんだよね」「じゃあなんで買ってきたんですか?」「なんでだろうね。そういえばレオンにマチルダって女の子が出てくるでしょう? ナタリーポートマン」「ええ、見てないですけど」「なんで? 見なさいよ。すごくいい」「勉強になります」
 吉澤は私の手に無理矢理グラスを持たせ、形だけ乾杯した。カチンと音が鳴った。窓の外では日が暮れかかっているとはいえセミがわんわんと鳴いており、部屋の中は冷房が未だ効ききらず、まったくもってワインなんて気分じゃないのだった。「まずい」と吉澤が言った。グラスは空になっている。「だから言ったでしょ」「まずい、もう一杯」「飲みたきゃ飲んで、私は飲まないから」「保田さんも付き合ってくれなきゃダメです」「なんで」「ごっちんが悲しみます」なんで後藤が、そんなことで、悲しまなきゃならないんだ。「関係ないでしょう」「関係無いですよ。でも、迷惑をかけちゃダメです。許しませんから」私はワイングラスに口をつけた。「まずい」「まずいですよね」「ほんとにねえ」吉澤がタバコに火をつけるのを見て、私はマチルダが慣れない手つきでタバコを吸うシーンを思い出した。ああ私のマチルダ。どこにいるのだろう。

おわり
800 :名無飼育さん :2012/08/07(火) 00:32

工藤佐藤。
801 :なまえ :2012/08/07(火) 00:32
「ねーねーくどぅー!」

今日もハルの後ろをついて歩くまぁちゃん。

「くどぅーってばー!」

名前を何度も呼ばれる。
でも、きっと用事なんてないんだ。
いつもそうなんだ。
振り返ってもニコニコしてるだけで、別に何にもない。

「くどぅー!」

だから、まぁちゃんに名前を呼ばれるたびに相手してたんじゃキリがない。
10回に1回くらい相手すれば、それでちょうどいい。

ハルはそのまま前を向いて歩き続けた。
まぁちゃんはまだ名前を呼んでくる。

楽屋が見える曲がり角を曲がる。
そこまで行けば、他のメンバーがたくさんいる。
まぁちゃんもきっと、その中でわいわいするに違いない。
802 :なまえ :2012/08/07(火) 00:33
「ねぇー!」
「…」
「ねぇってばー!」
「…るっさぃ、」
「おい、ハル!」
「!?」

思わず振り返った。

まぁちゃんはいつも通り、やっぱりニコニコしている。

「い、今」
「ん?」
「名前」
「ハル!」
「ちょっと!」
「えぇ?」
「名前で呼ぶなよ!」


初めて。
初めて「ハル」って呼ばれて。
いつもは「くどぅー」とか「どぅー」なのに。
803 :なまえ :2012/08/07(火) 00:34
「なんで? だってまぁちゃんはまぁちゃんって呼ばれたらうれしいよ?」
「ハルは嬉しくないっ!」
「えぇ〜なんでよぅ〜」
「なんでもだよっ、まぁちゃんはハルって呼んじゃダメ!」
「えー、つまんないのー」


まぁちゃんは文句を言っていたけど、
近くを通りかかった田中さんを見つけるとすぐに近寄っていった。

「田中さぁ〜ん、お話ししましょ〜」
「えぇー? 佐藤はもっと落ち着きぃよ」

田中さんもそう言いながら笑顔で、まぁちゃんと一緒に楽屋の中に入っていった。


「……」

ハルは、その入口をぼんやりと見つめていた。
見つめながら、耳に残った「ハル!」という声を思い出しては、
ドキドキと、心臓が余計に動くのを感じていた。
804 :なまえ :2012/08/07(火) 00:35
「……名前呼ぶのは、反則だよバカ……」

何の前触れもなく、名前で呼ぶなんてズルい。
ハルって呼ぶのは、ハルの、自分だけの権利だったんだ。
それを、まぁちゃんがあっさりと割り込んできた。
でも認めない。まぁちゃんが、ハルのことを「ハル」って呼ぶのは、認めない。

「先に名前呼ぶのとか、絶対に許さないんだからな」


入口から視線を逸らして、「まさき」とつぶやいてみた。
とたんに恥ずかしくなって、耳まで熱くなった。
恥ずかしすぎて、寒気までしてきて、ぶるるっと身体が震えた。


「…恥っずかしいよこれ…ムリムリムリ」


名前で呼ぶのも呼ばれるのも、まだ、早いみたいだ。

805 :なまえ :2012/08/07(火) 00:36
>>801-804
[なまえ]

TopYellの連載に二人を抜擢した人にありがとうとゆいたいです。
806 :名無飼育さん :2012/08/07(火) 01:19
( *´Д`)
807 :触れる :2012/08/13(月) 01:29
触れる
808 :触れる :2012/08/13(月) 01:30
ある夏の日の午後、ふと教務室の机に置いてあった古いアルバムに惹かれ、手を伸ばした。
備え付けの給湯室のポットで珈琲を入れ、近くのソファに深く腰かける。
スプーンでカップを混ぜつつ、アルバムを開くと思わず大きなため息が漏れた。
数年前の生徒会役員で撮影した集合写真が収められていたのだ。
珈琲を時折啜りながら、若かりし日の自分の姿に見入った。
あの頃は校則に縛られていて、履いていたスカートの丈が異常に長かったことだとか。
額を露出した髪型を強制させられていたことだとか。
しばし懐かしくもほろ苦い記憶に感傷に浸っていると、何やら足元からガサゴソと物音が聞こえてきた。
まさか鼠かゴキブリでも出たのだろうか。
それはちょっと嫌だなあ、と考えさせられる間もなく、突如、見ていたアルバムの下をするすると潜り抜けてイクタがひょいと顔を現したのだ。

「ニイガキ先生!探したんですよー、学校の中満遍なく。どこに行ってたんですかあ」
「わあびっくりしたー。ちょっと、驚かせないでよ。ばか。まじ心臓止まるかと思った……」
「もし心臓が止まったらニイガキ先生は永遠にえりなのものになりますかね」

私は「めったなことを言うんじゃないよ、ばか」と、呆れたように窘めると再び深いため息をついた。
そして恒例の説教を始める。

「大体がさ、あなたねー人間の生死をそのように軽んじるのはどうかと思うんだよね私は。――っとおいこらーイクタ、話を最後まで聞け」

既にイクタの興味の先は、先程のアルバムへと移り変わっていたのだ。
どうやら彼女の所持品だったらしい。
知らぬ間にそれを私の手元から奪うと、幸福そうに頬を緩め写真を鑑賞していた。
特にあの写真は、あの時生徒会に所属していた生徒にだけ配布されたものだというのに、一体どこで手に入れたのか。
イクタの小さな頭を軽く素手でぐりぐりと押す。
809 :触れる :2012/08/13(月) 01:32
今私が言った話をちゃんと聞いていたの?と問うと、イクタは「勿論聞いてましたよお」と答え、えっへへと顔をくしゃくしゃにして笑う。
はぁ、と三度目のため息が唇からこぼれる。
イクタは昨年度私が受け持っていた学級の生徒だ。
ところが彼女は何故か私を慕っていて、担任が別の教師に変わってからも頻繁に会いにくるのだ。
正直な話、非常に迷惑だった。
しかし、こうして珈琲を飲みながら、イクタの表情を横から眺めるのも悪くはないなとも私は思った。

給湯室に戻ると冷蔵庫からピッチャーを取り出す。
冷えた麦茶を透明なグラスに注ぐと差し出した。

「どうせ珈琲飲めないでしょ」
「飲めますよ!子供扱いしないでください!」
「実際子供じゃないか」
「でも背伸びをしたいお年頃なんです!!」
「それ自分で言うかあ」

私が苦笑すると、イクタは拗ねたようにぷくっと頬を膨らませる。

昔は自分も珈琲は苦くて到底飲むことはできなかった。
年月は流れ、名実と共に成人と言える年齢になった現在では、ブラックを好んで飲むようになった。
勿論今でも、たまに砂糖を混ぜて飲んではいるが。
どうせならば牛乳に麦茶を入れて、似非珈琲牛乳と言い張って飲ませてやろうか。
そのような考えを巡らせながら心の中でにやりと笑う。
そして急いて飲み過ぎたのかイクタは「けほけほ」と咽る。
私は「あーあ、全く世話のかかる奴だなあ」と口を辛くして言うが、優しく彼女の背中をさすってやった。
810 :& ◆T54JFqeH.w :2012/08/13(月) 01:32
グラスがちょうど空になった頃。
視線を気にしたように、時折イクタがちらちらと周囲の様子を窺う。
今は夏休みなので、当然夏期講習を受講している生徒以外は登校していない。
ガラス窓の向こうの校庭は侘しく閑散としていた。
「なに、どうした?」と、私は視線で問う。
しばらくその場で目を泳がせていたが、そのうち観念したかのようにイクタが口を開いた。

「この写真。ニイガキ先生の隣の女の人、誰ですか」

イクタが指で示した先には、茶髪の長髪の女子生徒がいた。
その少女は古い写真の中で、私の隣で幸せそうに微笑んでいる。

「ああ、それは私の先輩だよ」
「先輩ですか?」
「うん、そう」
「本当にただの先輩なんですかあ?」
「そうだよ」

イクタは私の答えを聞くと、満足そうに微笑んだ。
彼女は一体アタシに何を問おうとしているのだろうか。
その微笑みの奥に隠された真意がどうも掴めず困惑する。

「えりなはね、世界一素敵な女性になりたいんですよ」

私は直ぐ「それは知ってるよ」と挟む。
しかし、イクタはそれを制し話続ける。

「でも、同時にニイガキ先生の中でも一番の存在になりたいんです。できればずっと、長い間、永遠に。これからもえりなはニイガキ先生を愛し続けますよ」
811 :& ◆T54JFqeH.w :2012/08/13(月) 01:33
そして「どうすればえりなはニイガキ先生の世界一大切な存在になれるんですかね」と言うと、照れくさそうに笑った。

「それはどうだろう。そもそもイクタは浮気性だからなあー」

しかしながらそれはイクタに限定された話ではない。
幼い頃は飽きっぽく、趣味が頻繁に変わるのはよくあることだ。
それに加え、周囲の影響を敏感に受けやすい。
ところで、彼女の主張する"愛"や"好き"とは一体どのような意味なのだろうか。
微妙な言葉のニュアンスの問題だが、その曖昧な部分に私は非常に悩まされた。
私の葛藤を知ってか知らずか、イクタは未だ嬉しそうにはにかんでいた。
柔らかい頬を指でつまみ弄んでやる。
彼女が時折見せるませた大人の表情の中にも、当前だがやはりどこか少女の幼さが残されていた。
きっとこの少女の興味も先程の一件のように移り変わっていくのだろう。

ところが、イクタは私の手を取ると、ソファから立ち上がらせた。
そして「えりなはずっとニイガキ先生のことが好きですからね」と念を押すように言い、甲に優しく口づけた。
私は一連の出来事に眉をひそめ、戸惑いの表情を浮かべる。
すると、イクタが思苦しげな様相で私の顔を覗き込んでくる。
それを見て私はすぐに表情を戻しはははと笑う。
少し背伸びをすると、強引に片腕でイクタの小さな背中を抱きとめた。

「え。ちょっと、ニイガキせんせぇ――――。ひゃ…………うん……ちゅぷ」
ゆっくり焦らすように薄い唇の先端を舌でなぞっていく。
そしてもう一方の手で口角を固定すると、唇に唇を押しつけた。
じわじわと口の中に香ばしいカカオの味が広がる。
溶けて混ざった唾液はほろ苦く、イクタは目を閉じて苦しげに呼吸をした。
812 :& ◆T54JFqeH.w :2012/08/13(月) 01:34
唇が離れた後も、ずっとイクタは朦朧とした顔で私の目をぼんやり眺めていた。
宙に浮かぶ透明な糸をなごり惜しそうに見つめる。

「どうした、もしかして苦かったの?」
「そ、そんなことないですよ!」

イクタは白い顔をみるみるうちに綺麗な朱に染めると、恥ずかしそうに顔を背けてしまった。
私は何事もなかったかのように平静を装い、一つ欠伸をする。
しかしながら本当のところ、私もとても恥ずかしかった。
大胆な行動をとった自分に末恐ろしさを感じつつ、唇に残る感触を指で触れて確かめる。

「仕方ないなあー、今日は特別にイクタのために私の奢りでアイスあげる。他の先生には内緒だよ」
「ええ、ほんとですかあ!?やったあー」

ほんの些細な出来事で、一喜一憂する無邪気なイクタが本当に愛おしい。
私が笑いかけると、彼女も嬉しそうに笑い返してくれた。

「そういえば、夏期講習は?あなた前期の成績あまりよくなかったでしょう」
「ニイガキ先生に会うためにサボリましたあ」
「こらー、イクタのばか、ばか、ばか。ばかあー!!」


「ニイガキ先生ってさ、進路担当らしいじゃん。媚びると高校の学内推薦もらいやすいらしいよ」

いつだろうか。
あれは入学して間もない頃だったか、そのような噂を耳にした。
親友やクラスメイトは、えりなのことをとても魅力的だと言ってくれる。
813 :& ◆T54JFqeH.w :2012/08/13(月) 01:36
でも、えりな自身はこれと言って特に秀でているところはないと思う。
だから彼女に接近したのだ。
そう、これはえりなのしょうもない、そして非常に打算的な考えから始まったものだった。

毎晩ニイガキ先生と電話で会話を交わす。
友人関係の悩みとか、部活動の話とか、勉強の話とか、――それから彼女自身の話とか。
クラスの連絡網に掲載されていたのは自宅の電話番号だけで、携帯番号は明かされていなかったが、間接的に友人の伝手を辿って入手した。

担任を外れてからも、相談ごとがある時や、何か嬉しいことがあった時、真っ先に伝える相手は彼女だった。
ニイガキ先生はこの学校のOBで自分の母校に深い愛情を持っている。
それからニイガキ先生には、大切な先輩がいて定期的に彼女とは連絡を取り合っているらしい、これも友人経由で聞いた話だ。

そこまでは良かったのだ。
こちらはある種の思惑というか、はっきり言ってしまえば下心を巡らせながら接していた。
ところが、ニイガキ先生はそれを知ってか知らずかえりなにとても良く、優しくしてくれた。
本当にくだらない問いにも、表面はそれこそ刺々しい物言いだったが、丁寧に答えてくれる。
次第にこちらの方が申し訳ない気持ちになってきて、なんだか惨めな気分にもなった。

それからしばらくして学生時代のニイガキ先生の写真を手に入れた。
雑貨屋で洒落たアルバムを購入して、それに写真を収めた。
時間の開いた時にはいつも、一人でぼんやりアルバムを眺める。
そこでふとえりなは考える。
これって果たして正しいことなのだろうか。
傍目から見たら少々不気味に思われてしまうのではないだろうか。
自分何しとんだろなあ、馬鹿だなあとは思う。
えりなはニイガキ先生みたいに素敵な女性になりたいと考え始めた。
いやしかし、えりなでは彼女にはなれないのだ。
814 :& ◆T54JFqeH.w :2012/08/13(月) 01:37
「だってえりなは特技は何もないし、可愛くないし、面白くないし、――それに太ってる」

ええ、どうせそんなことはわかってますよ、と続ける。
教務室の、ニイガキ先生の机の前で俯く自分。
ニイガキ先生は愚痴を吐露し続けるえりなを、無言で眺めていた。
すると、先程まで何やらパソコンと睨めっこをしていたミチシゲ先生が話に加わる。

「どうしてそんな自分を卑下するの?」
「でも、でも、だって――。えりなもいいところが欲しいんです」
「いいところいっぱいあるじゃん」

ミチシゲ先生は、毎日鏡に向かって自分は可愛いんだと、優しく笑いかければきっと素敵な女性になれるよと言うと、そっとえりなの肩に手を置いた。
彼女の言っている言葉はえりなには難しくて、正直よく理解できなかった。
でも、自分の胸の中につかえていた何かが少しだけ、薄れていった気がした。

えりなは、ぐるぐると心の中で渦巻き続ける葛藤を押さえつけながら、今夜もニイガキ先生に電話をする。

「お願いします!あと五分だけ!!あと五分」
「んー仕方ないなあ……あと五分だけだよ、約束」

電話越しだがニイガキ先生が苦笑いする表情が見える。
時が立つのは早いもので、話しこんでいるうちにいつの間にか深夜0時を回っていた。
あと五分間、彼女と話をする猶予を貰ったものの何から話せばいいのやら。
彼女に伝えたいことは沢山あった。
ニイガキ先生のお陰でテストの点数が上がったことや、歌がちょっぴり上手くなったことや、身長が伸びたこと。
815 :& ◆T54JFqeH.w :2012/08/13(月) 01:38
でも、えりなが今話さなければならないのはそれではない。
もっと、ずっと大切なこと。

「あのニイガキせんせえ――」
「ん、どうした?イクタ」

ニイガキ先生は優しい声で返し、えりなの言葉をいつまでも待ってくれている。
えりなは勇気を振り絞って伝えようとする。
しかし、なかなか口が思うように動いてくれず、思いは声にならなかった。

「あの……あの――――」

ようやく言葉が続けられようとした瞬間、突然電話は切れた。
えりなは深いため息をつくと、携帯のディスプレイを見て苦笑する。
ちょうど先程から五分きっかりだった。
さすがに長電話し過ぎたらしい。
どうやら自動的に電話が切れてしまったようだ。
でも、えりなから話を切り出しておいて非常に勝手だとは思うが、内心ホッとした。
本当は自分の本心を告げるのが恐かったのだ。
あんな不純な動機を教えたらニイガキ先生に嫌われてしまいそうな気がして。
そして何より、そのような思いを抱きながらもいつしか彼女に魅かれ、好きになっていた身勝手な自分がなんだか許せなかった。

電気を消して滑るように布団に潜り込むと、彼女の顔を頭の中に浮かべる。
あの屈託のない笑顔が脳裏に焼き付いて離れなかった。
今日はもう寝よう、そして明日こそは必ず伝えよう、そう自身に言い聞かせるように呟くと静かに瞼を閉じた。
816 :& ◆T54JFqeH.w :2012/08/13(月) 01:40
触れる
おわり

>>808
×古いアルバム○アルバム
なんか名前欄に変なトリップ付いてしまいましたが気にしないで下さい
817 :名無飼育さん :2012/08/25(土) 01:41
工藤佐藤。どぅー早くよくなぁれ。
818 :悪ガキひざこぞう :2012/08/25(土) 01:41
「ねー、いつになったら治るの?」
「ねー、早く遊ぼうよぉ」
「ねー、ハワイは大丈夫?」
「ねー」
「ねー」

まーちゃんは、たぶん、純粋な子だ。
悪意があるんじゃないってわかってる。

思ったままに言葉を出して、それがきっと、まーちゃんのいいところなんだけど。

でも、今回ばかりはそうもいかなくて。
ひざの痛み。前にも似たようなところが痛くなった。
あの時はなんとかごまかせたけど、今はそういうわけにいかない。

セイミツケンサ。
詳しく調べるだけだってわかってるけど、
でも、そんな漢字4文字がすごく怖く見えるんだ。

まーちゃんの言うとおり、ハワイだってある。
ハワイが終われば、秋のツアーのリハーサルが始まって、
そして、秋のツアーの本番が始まる。

検査の結果によっては、ハルは、もしかしたら…
819 :悪ガキひざこぞう :2012/08/25(土) 01:42
「ねー、くどぅー」
「っるさいなぁ!」

ぐるぐると考え事をしていたところに呼び続けられて、
ハルは、真っ正面にいたまーちゃんに思いっきり怒鳴ってしまった。
楽屋に響いた自分の声。しまった、と口に手を当ててみるけど、もう遅い。

他のメンバーには、きっと、いつもみたいなケンカしてるんだって思われたかもしれないけど。
今のハルが、いつもみたいな怒り方をしたんじゃないってことは、
たぶんまーちゃんにも伝わってしまったはず。

しょげたように下を向いていくまーちゃんの頭を見て、
あぁ、やっぱりやっちゃったと、ハルは後悔する。

「ご、ごめっ、今の…」

謝るハルに何も言わないまーちゃんは、
そのまま、コツンとハルのひざに頭をくっつけた。

「…まーちゃん?」

何がしたいのかよくわからなくて、恐る恐る手を伸ばす。
真っ黒な髪の毛を、そっと梳いた。
820 :悪ガキひざこぞう :2012/08/25(土) 01:42
「…こうしたら、くどぅーのひざ、早く良くなるかなぁ?」

手のひらで、包帯を巻いたひざを撫でられて。
聞こえてくる鼻声で、まーちゃんを泣かせてしまったことを思い知らされる。

「早くくどぅーと遊びたいよぉ」

言ってることはさっきと同じなのに、思いっきり心がぐらぐらした。
必死になって手を重ねてくれる、痛いはずの場所は、
まーちゃんの熱でほんの少しだけ、あったかく溶けたような気がした。

「まーちゃん」

ハルのひざに頭をつけてるまーちゃんに折り重なるようにして、
その身体に、抱きついた。

「ありがと。ハル、絶対早く治すから」
「約束だよ?」
「うん。治ったら、遊ぼう」
「うわぁい」

勢いよく顔を上げたまーちゃんは、もう笑っていて、
…でも、目尻が少し光ってたから、そっと親指で拭ってあげた。


どうなるか、わかんないけどさ。
動きたいけど。走りたいけど。はしゃぎたいけど。

早く、いつものように歌って踊ってってやりたいし、
一番近くにいるこの人をあんまり悲しませたくないから。

頑張って、我慢して、治そう。
まーちゃんが、「やったー!」って無邪気に笑ってくれるように。
821 :悪ガキひざこぞう :2012/08/25(土) 01:43
>>818-820
[悪ガキひざこぞう]

なんかいろいろ荒削りなまんまな自覚はあるけど早く書きたかった
あまり反省はしていない
822 :名無飼育さん :2012/08/25(土) 11:48
ありがとう
ありがとう
823 :名無飼育さん :2012/08/27(月) 11:30
まぁどぅのいい話だった…
824 :もう一度、振り向かせて。 :2012/08/28(火) 01:18
もう一度、振り向かせて。

(やすみよゆい。このお話に出て来る“唯”とは
岡田さんではなく脇田さんの事です)
825 :もう一度、振り向かせて。 :2012/08/28(火) 01:20
「おいしいっ!これなまらおいしいっ」

唯ちゃんは一口ずつあんみつを口に入れる度、感嘆の声を漏らしていた。

今日は、唯ちゃんが気になっているという甘味処に連れて来てもらっていた。
噂通り、夏の暑さを吹き飛ばしてくれるかのような美味しさだった。
盛り付けも凝っていて見た目も楽しめる。

小さな幸福感が押し寄せる。
こんなに美味しいのなら、保田さんにも食べさせてあげたい。
今ここに保田さんがいたらどんな反応するんだろう。
保田さんも、おやつをもらった子供みたいな満面の笑みを浮かべて、おいしいって言うんだろうな。
その光景を思い浮かべて、私の口元は一瞬ほころんでしまう。
そんな私の様子を、唯ちゃんは見逃しはしなかった。

「三好さん思い出し笑い?思い出し笑いする人ってエロいんですよ」
「…うん、そこは否定しない」
唯ちゃんの怪訝そうな視線も、私は素直に受け止める。
826 :もう一度、振り向かせて。 :2012/08/28(火) 01:26
もうすぐ保田さんに会える。
冬には保田さんと同じ舞台に立てる事になっている。
まだ夏も終わっていないのに…ついつい先の事ばかり考えてしまう。
ブログでも、冬の舞台を待ちわびている心情を
ストレートに綴ってしまっていた。
もう一度東京で舞台に立てるなんて
夢にも思わなくて、感慨も一入だったから。
きっとブログを見た人は気が早いと笑ってるんだろうな。

でも、今の私の心を一番占めているのは舞台ではなく、保田さんの事。
私は…保田さんの事ばかり考えている。

827 :もう一度、振り向かせて。 :2012/08/28(火) 01:28
...

会計を終え店を出た途端、唯ちゃんの大声が私の鼓膜を揺さぶった。

「あー!!」
「ど、どうしたの!?」
「食べるのに夢中で写真撮るの忘れてました!」
「い…いいじゃん、また今度来れば」
「一人じゃ意味ないんですよう。三好さん、また付き合ってくれます?」
「うん、私でいいなら」
「約束ですよ?」

唯ちゃんは念を押すように私の顔を覗き込む。
「別にスイーツ巡りくらい、いくらでも付き合うから」
828 :もう一度、振り向かせて。 :2012/08/28(火) 01:28
唯ちゃんとそんな言葉を交わしつつも、
相変わらず思い浮かぶのは保田さんの顔。

ここ数日私はずっとこんな調子だ。
保田さんと再び会える日が待ち遠しくてたまらない。
浮かれてるって指摘されても仕方ないと思う。

だけど同時に、私は誰にも言えない不安を押し隠していた。

保田さんと再会できるのはいい。
でも本当はその後が怖いんだ。
冬の舞台が終われば、“また”私と保田さんは
ただの赤の他人に戻る…その事実を受け入れる事が。
829 :もう一度、振り向かせて。 :2012/08/28(火) 01:29
保田さんの隣は居心地が良くて、舞台が一緒だったあの頃は、
そこが私の特等席のように感じていた。
当たり前のようにそう信じてた。

だけど、舞台という枠組みから解放され外の世界に戻ると、
次第に保田さんからの連絡は減っていった。

私のいない世界に日に日に順応していく保田さんを尻目に、
私は静かにフェードアウトした。
東京から去った私に対し、保田さんが
どんな想いを抱いたのかさえ知る事ができないままに。
830 :もう一度、振り向かせて。 :2012/08/28(火) 01:31
私達は同じ空の下にいる。
確かに保田さんは実在して、私も今こうして同じ世界で息をしてる。
だけど、途方も無く遠い。

あの頃は、手を伸ばせばすぐに触れられる場所にいてくれた。
呼べば応えてくれた。
手に触れたら握り返してくれたのに。
こうしていると、東京にいた日々が幻みたいだ。

“みーよがいてくれるから頑張れる”
彼女の言葉はきっとウソなんかじゃなかった。
あの瞬間、私と保田さんは誰よりも通じ合っていた。
だけど保田さんの形成する世界に、おそらく今私は存在しない。
きっと自分が能動的にならない限り、
保田さんの人生に私が登場する事はない。
所詮はその程度。
今の保田さんにとって私はいてもいなくても同じ…
多分、そんな希薄な存在。

今の私達は赤の他人。
舞台を通じてでしか、私は保田さんに近付く事もできない。
保田さんには大切な人が多過ぎるから。
831 :もう一度、振り向かせて。 :2012/08/28(火) 01:32
...
唯ちゃんと肩を並べて歩いていると、
ふと、懐かしい香りが鼻をかすめた気がした。
今すれ違った人のフレグランスの香りだ。
その瞬間、私は反射的に振り返ってしまう。

微かな期待。
そしてそれは一瞬にして打ち砕かれ、代わりに失望感だけが残される。
…ほらね。
香りが同じなだけで、全然違う人じゃないか。

「三好さん?」
苦笑いする私を、唯ちゃんが不思議そうな顔をして見つめて来る。
「…知り合いでも見つけたとか?」
「ううん。人違いだったみたい」

彼女がこんなところにいるわけがないのに。
それに保田さんと最後に会ってから、もう半年以上経ってるんだ。
香水だって変えてるはず。
保田さん、特に飽きっぽい人だしね。
832 :もう一度、振り向かせて。 :2012/08/28(火) 01:33
頭では理解してるのに、それよりも先に心が反応してしまう。
欠けたパーツを探すように、無意識に私は
保田さんの姿を追い求めてる。
この気持ちの数分の一でも、保田さんが私を想ってくれていたらいいのに。

必要とされたい。
愛されたい。
だけど誰でもいいわけじゃない。
私は、保田さんにとってのかけがえのない人になりたい。
保田さんの大切な人達の枠にすら入れない私なんかが、
分不相応だとも思う。

それでも、望まずにはいられない。

833 :もう一度、振り向かせて。 :2012/08/28(火) 01:34
その時だった。
私の鼻先に、ぽつりと冷たい雫が落ちた。

「?」
顔を上げると、空は厚い雲が覆い鈍色に変わっていた。

雨…?

「げぇっマジ?傘忘れた」

唯ちゃんの焦った声を聞きながらも、私は空から視線を外さずにいた。

そっか…もうそろそろ秋雨の時期なのか。
北海道は梅雨がない代わりに、8月中旬を過ぎたら秋雨に入るのが通例だ。
そんな事もすっかり記憶から抜け落ちていた。
私にとっては数年ぶりの北海道の夏。

そう…ここは東京じゃなくて北海道なんだ。
ここに、保田さんがいるわけがない。

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