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君曜日

1 :あみど :2007/12/16(日) 19:50
ベリーズ多め。アンリアル。
同じ世界観で短編を載せていくつもりです。
2 :Puzzle :2007/12/16(日) 19:51
今からだいたい一年前。
季節は冬で、外ではその日も肌を刺すような冷たい風が吹いていた。校舎内だというのに
渡り廊下は冷え切っていて、突っ立っていたらコートを着ていても足ががくがく震える。
グラウンドの方からは野球部の掛け声や陸上部のものだと思われる笛の音が聞こえてきた。

放課後。夏焼雅は特に知り合いでもない生徒会副会長と肩を並べていた。
副会長の名前なら昼休みに聞いた。清水佐紀というらしい。

「背は低い。たまに小指立ってて、デコ出しは嫌いで、箸の持ち方が変な子」
「へえ……」

間が気まずくて話を振ってはみたものの、リアクションに困った。ポスターやその他の掲示物を
職員室に取りにいったという佐紀の友人とはどういう人なのか、別段興味はなかったが、じっと
黙っているのも耐えがたかったので訊いてみただけだ。

知ってる? と軽く尋ねられたが、部活も委員会も生徒会もこれといって
参加していないから雅は自分の学年の以外の人、つまり先輩後輩に縁がない。
知らないと思います、と小さくかぶりを振って、また黙り込んだ。
二人は目の前の掲示板に貼られているポスターを見るともなしに見る。
3 :Puzzle :2007/12/16(日) 19:52
廊下を走るな、と大きく目立つように書いてあるポスターが雅の目に留まった。
その通りだ。こんなことになるなら廊下はもう走るまいと思う。

事の発端は今日の昼休み。
雅はいつものようにクラスメイトたちと鬼ごっこをしていた。
しかし廊下でしていたのがいけなかったらしい。

注意されることは今までにもあったが、今日はついに罰が下った。
厳しいことで有名な生徒会顧問に、中学二年生にもなって廊下で鬼ごっことは何事だ、
日頃からなんたらかんたらとこっぴどく叱られた上、鬼ごっこの参加者全員に罰として
掃除や雑用が言いつけられた。
それも、遊ばないように各教室にひとりづつとか、なかなかえげつない配置で。

掲示物の張り替えをすることになった雅は、教室一室丸ごとの掃除に比べれば楽そうだと
思っていたが甘かった。今、目の前にしている渡り廊下の掲示板はかなりの面積である。
これはもう貼るべきポスターが少ないのを祈るしかない。
雅は目を閉じて心の中で神様仏様イエス様とあらゆる神に願った。

やおよろずの神って八百万って書くんだよねだったら8000000人も神様いるじゃん神スゲエと
思いながらポスターの到着を待っていると、段ボール箱を抱えた女子生徒が歩いてきた。
4 :Puzzle :2007/12/16(日) 19:52
「もも、遅い」

佐紀が女子生徒に向かって言うと、僅かに顔をしかめて、ももと呼ばれた女子生徒は言い返した。

「なんでももが怒られるんですかー手伝ってあげてるのにー」
「はいはい、ごめんねありがとう」

佐紀はさっさと段ボール箱を受け取り、それから雅に渡す。
段ボール箱はよく見る標準的な大きさだった。
信仰心のかけらもない人間の願いを神様は聞き入れてくれなかったらしく、
ポスターが何枚入っているのかはわからないがそれなりに重い。

「それでは夏焼さん、もう貼ってあるやつを剥がしてからコレ貼ってね。
 剥がしたやつは段ボールに入れて職員室に戻して。終わったら帰っていいよ。それじゃ頑張って」
「がんばりまーす」

やる気のない返事になってしまったのは許してもらおう。
5 :Puzzle :2007/12/16(日) 19:53
雅は箱を地面に下ろし、中に入っていた画鋲入れを取り出した。
すぐ近くにいる二人の会話が耳に入ってくる。

「ていうかさ、職員室にある段ボールって言われてもどれかわかんないし」
「それぐらいわかるだろ」
「わかんなぃー」

横で騒ぐ二人を尻目に、雅はさっさと終わらせようと一番上のものを手に取る。
しかしそれはポスターではなくノートだった。上に載っていたらしい。
角がぼろぼろになった学級日誌とまだ新しい数学のノート。あわせて二冊。
数学のほうには「三年一組 嗣永桃子」と下に名前が書いてあった。

「あれ? 数学のノート返してもらいに行ったんじゃなかったの?」
「そうだけど。あと日誌を出しに」
「ノート持ってないじゃん」

聞こえてくる会話で悟る。
両手で段ボール箱を抱えるにはノートは邪魔だろう。
だから箱の中に入れておく。ごく自然なことだ。

「これ、入ってましたよ」

雅は箱を持ってきた女子生徒にノートを差し出した。

「それそれ。ありがとー」

手渡すとにこりと微笑まれる。
曖昧に笑みを返して、ふと気になったことを尋ねた。
6 :Puzzle :2007/12/16(日) 19:53
「あの、名字なんて読むんですか?」
「つぐながって読むの。結構わかんないって言われる」

確かに雅も初めて見る名字だった。
夏焼というのも珍しいらしいが嗣永もそうなのだろうなと思う。
そして彼女の名前が嗣永桃子だということを知った。

「なつやきってどう書くの?」
「季節の夏に魚を焼くとかの焼くで夏焼です」

佐紀が「夏焼さん」と呼んでいたからか。
変わってるね、と桃子がうんうん頷く。

「日誌もです……よね?」
「ああ、そだね」

日誌と聞いて若干嫌そうな顔をした桃子にそれも渡す。
しかし、日誌は出しに行ったのではなかったのか。
7 :Puzzle :2007/12/16(日) 19:54
「出し忘れたの?」

雅が抱いた疑問を佐紀が口にした。

「違うよ。出したんだよ。出したんだけどね」
「書き直しか」
「行数が足りないって。10行も書けないよ〜」

はあぁとため息をついて桃子がうなだれる。
居残りというのは理屈ではなく嫌なものだ。
雅も今まさに居残りをさせられている。だから、雅は桃子に深く同情した。
8 :Puzzle :2007/12/16(日) 19:54


9 :Puzzle :2007/12/16(日) 19:54
佐紀はすぐに帰ってしまい、桃子も日誌を書くためにかすぐに教室に戻った。
雅はもくもくとポスターを剥がしては貼る作業をこなす。

時間も遅いため渡り廊下は人通りがほとんどなかった。
たまに通る人がいても、この寒さでは足早に歩くだけで雅には目もくれない。
この季節にここにポスターを貼っても見る人なんていないのではと思ってしまう。

それでも手を動かし続けていると徐々に終わりが近づいてくるのがわかる。
ちょうど、廊下を走るなのポスターに手をかけたときさっき聞いた声がした。

「まだ終わってなかったんだ?」
「もうちょっとです。日誌書けました?」
「うん。すんごい疲れた」

鞄と日誌とコートを持った桃子が雅の隣に立つ。横に並ぶと佐紀が言っていた通り、桃子は
背が低いのがよくわかる。雅にしてもそれほど背が高いわけではないが、はっきりと身長差が
あった。桃子が荷物を置いてから雅に言う。
10 :Puzzle :2007/12/16(日) 19:54
「手伝うよ」
「え、や、いいですよ」
「二人でしたほうが早いと思うけど?」
「でも、なんか悪いし」
「ももは気にしないから」
「うちが気になるんで」
「いいじゃん。早く帰りたいでしょ」
「えーでも……」
「あのさ、意地っ張りって言われたことない?」

呆れたような表情でそう言われると雅も言葉に詰まる。
頑なに拒絶するのもかえって申し訳ない気がした。

「……じゃあ、お願いします。寒いからコート着たほうがいいですよ」

雅は根負けして桃子にポスターを数枚渡す。
さっきまで居残っていた身として桃子も雅に同情したのだろうと思った。
11 :Puzzle :2007/12/16(日) 19:55
桃子の言う通り、二人でやるとそれまでとは比べ物にならないスピードで作業は進んだ。
とりたてて会話はなかったが手を動かしていたら気にならない。

最後の一枚の四隅を画鋲でとめて、雅は安堵の息をついた。
ぱちぱちと小さく桃子が拍手を送る。

「ありがとうございました」
「いえいえ。どういたしまして」

雅が礼を言うと、なんでもないことのように桃子は返してくれた。
鞄は持ってきていたから教室に戻る必要はない。
剥がした掲示物を段ボール箱に放り込み、少し考えてから鞄も箱に入れて両手で抱える。
雅は段ボール箱を戻さなければいけなかったし、桃子も日誌を提出しなければならない。
荷物を取った桃子と雅は並んで職員室へ向かって歩き出した。
12 :Puzzle :2007/12/16(日) 19:55
廊下の窓から見える空は真っ暗だった。
ぽっかりと月が浮いていて、少し欠けているがやたらと存在感がある。

「生徒会の人なの?」
「違いますけど。なんでですか?」
「ポスターとか貼る仕事って生徒会がするのかなと思って」
「あーちょっと、罰みたいなもので……」
「なんかしたの?」
「廊下で鬼ごっこ」
「……」
「笑わないでください」

話しながら歩いているうちに職員室の前に着いた。
それぞれ用事を済ませ、今度は帰宅するために玄関に向かう。
ここで、「ハイサヨナラ」というのも不自然な気がして並んで歩いた。
13 :Puzzle :2007/12/16(日) 19:55
一階の玄関近くには購買部があり、その前にはジュースの自販機がある。
公立の中学校にはないかもしれないが、私立の中高一貫校にはごく自然にそれが設置されていた。

「あ、ちょっと待っててください」
「んー? いいけど」

自販機の前で雅は立ち止まり桃子に言った。
それからあたたかい缶紅茶を二本買ってきて一本を桃子に手渡す。

「お礼です」
「気にしなくていいって言ってるのに……まあ、ありがと」

また少し呆れたような顔をされたが気にしないことにする。
缶を両手で包み込むようにすると冷え切った手が温まった。

「家、どっちですか?」

玄関を抜けて、正門に至るまでの坂を下る。
正門からは分かれ道があるから家の方向が逆ならそこで分かれなければならない。
14 :Puzzle :2007/12/16(日) 19:55
「あのね、もも思うんだけど」
「なんですか?」

両手に持った缶を見つめながら桃子が言った。
雅が続きを促す。

「敬語使うのやめない?」
「うん、じゃあやめる」
「はやいよーはやいよー」

桃子が笑ったから、つられて雅も笑った。
15 :Puzzle :2007/12/16(日) 19:56

    ◆◆◆◆
16 :Puzzle :2007/12/16(日) 19:56
もうすぐであれから一年になる。
11月の半ば、渡り廊下の掲示板を見て雅は桃子と初めて会った時のことを思い出していた。
体育館でバンド演奏、教室で展示、視聴覚室で演劇、武道館でお化け屋敷、保護者による
バザーなどなどの告知のために色とりどりのポスターがひしめき合っている。

毎年秋の恒例行事、文化祭。今日はその当日だった。

「みや! 早く行こうよ、おーどん食べようおーどん!」
「はいはい」

クラスメイトの徳永千奈美に引きずられるようにして雅は掲示板から離れた。
雅たちのクラスはちぎり絵の展示を教室でやっているだけで華々しいことはなにもない。
一応、絵が破られないようにとの配慮で当番を決めていつも誰かが教室にいることになって
いたが、その当番も朝一で終わった。
あとはぶらぶらと時間を潰すだけである。

「おーどん! おーどん!」
「ちぃ、うっさい」

おーどん、じゃなくて、うどんだということは、言っても聞かないから言わない。
窓から差し込む日の光が眩しくて雅は目を細めた。

「あとでお化け屋敷行こうよ。キャプテンのクラスがやってんの」
「いいよ」

キャプテンというのは佐紀のこと。千奈美と佐紀は小学校が一緒だったらしく未だによくつるんでいる。
高校一年のいくつかのクラスが合同で企画運営しているというお化け屋敷。
桃子もそのクラスの一員で、その話を聞いたときに桃子もお化け役をするのかと尋ねたが
受付をするだけだと言っていた。
17 :Puzzle :2007/12/16(日) 19:56




模擬店のぬるいうどんを食べ終わって、一旦校舎から出る。
お化け屋敷の会場になっている武道館は校舎から少々距離があるからだ。
ここのところは風もあまりなく日差しもあたたかくて過ごしやすい陽気が続いている。
枯葉が一枚、ひらりと地面に舞い落ちた。

一年で変わったことといえば。
見知らぬ先輩後輩だった桃子と雅は、あの日をきっかけに、ありていに言えば友達になった。
それから、それぞれ進級と進学をして、桃子は制服がブレザーに変わって、雅はほんの少し身長が伸びて、
外見的に変わったものなら髪を切ったとか顔が大人っぽくなったとかいくつでも挙げられる。
でもそんなものよりもっと大きな変化が雅の中であった。

桃子に会えると嬉しい。
手を繋ぎたい。
戯れで抱きつくだけで離れたくなくなる。
他の人とくっついているのを見るとむっとしてしまう。

これが意味しているものはなにかぐらいわかっていた。
しかしそれを受け入れるのをどこかで拒絶している自分がいることも雅は知っている。
18 :Puzzle :2007/12/16(日) 19:57
たまに一緒に帰ったりとか、休みの日に遊んだりとか、メールしたりとか。
笑ってしまうくらい普通の友人関係。
でも決して今の状態が嫌いなわけではなかった。

「そういえば隣の家の子来ないの?」
「え? ああ、どうだろ」

千奈美の声に雅は飛んでいた思考を引き戻される。
隣家に住む幼馴染とは学校が違う。やたらと雅に懐いてはいるからもしかしたら来るだろうか。
雲が太陽を隠して薄ら寒くなり、二人は歩みを速めた。武道館はもう少し先である。

「来ないんじゃない。別にうちが劇で主役してるわけでもないし」
「主役だったら来るわけ?」
「……さあ」

別に深い意味があって言ったわけではない。
ただ、知り合いが目立つことでもやらない限り来ないだろうと思っただけだ。
それほど派手な文化祭でもないのだから一般客が見ても面白いものはそうないだろう。
19 :Puzzle :2007/12/16(日) 19:57
角を曲がると雅の身長ほどもある大きさの看板がふたりの眼前に現れた。
「おばけやしき」とおどろおどろしい字体で書いてあるものの、周りに
描かれている絵がかわいらしいものだからかいまいち迫力に欠ける。

看板のすぐ隣の武道館入り口から千奈美がひょいと館内を覗き込む。

「キャープテーン」
「おー、いらっしゃい」
「こんにちはー」

佐紀の声とよく知った高い声が返ってくる。
入り口をくぐった千奈美に続いて雅も足を踏み入れた。
受付代わりの長机の向こうにパイプ椅子に腰掛けた桃子と佐紀がいる。
土足で立ち入っていいように床にはビニールシートが敷かれていた。

「あ、みやー」
「ん」

にこにことした桃子に名前を呼ばれて表情が緩みそうになるのを引き締める。
ちょっと前までは「みーやん」と呼ばれていてそれは桃子だけが使う呼び名だったから
気に入っていたのだけれど、みやというのも悪くない。
といっても、たとえ変なあだ名でも桃子に呼ばれるのならば嬉しいんだろうけど。
20 :Puzzle :2007/12/16(日) 19:58
きゃー、と女の子らしい悲鳴が奥から聞こえてくる。
かすかな照明しかともっておらず、遮光カーテンが窓を覆っていて館内は薄暗い。

「キャプテンも一緒にお化け屋敷入ろうよ!」
「受付があるからダメです」

すげなく佐紀は断る。
えーっと千奈美が大げさに驚いて見せた。

「ももが受付やってるから行っていいよ?」
「ダメだって」

行っていいってば、いやいいって、と桃子と佐紀が押し問答を続けていると外からパタパタと音がする。
走ってきたのかうっすらと汗をかいた女子生徒が勢いよく飛び込んできた。

「おーい交代だぞー」
「やた! 行こう!」
「しょうがないなあ……」

受付の交代を告げられて千奈美が喜ぶ。
佐紀は渋々といった様子だが腰を上げる。顔は笑っていた。
微妙な表情をして椅子に座ったままの桃子に雅が声をかけた。
21 :Puzzle :2007/12/16(日) 19:58
「ん? ももは?」
「……い」

声が小さくて聞き取りづらい。
強いとか弱いとかそういう言葉だったようではあった。

「ええ?」
「お化け怖いのっ!」

今度は大きな声で桃子が言った。

「じゃあ無理しなく」
「だいじょーぶだって大丈夫! お化けだって本物じゃないんだし」

無理しなくてもいい、と言いかけた雅を千奈美が遮る。

「ガーッと走ればすぐ終わるよ!」

笑いながら佐紀と入れ替わりに受け付けについた女子生徒も言う。
22 :Puzzle :2007/12/16(日) 19:58
「あ! 舞美ちゃんひとりで受付させたらかわいそうだしさ」
「えりがすぐ来るから大丈夫だって」

必死の提案もあえなく却下されて桃子が拗ねる。
舞美がその腕を引っ張って立たせると嫌々ながらも桃子は長机のこっち側に来た。

「四人……はちょっと多いから、二人一組でちょっと時間置いてから入ろうか」

そう舞美が指示する。
段ボールやベニヤ板で作られた壁の「入り口」のところに立っていた千奈美と佐紀が
雅のほうを振り返った。雅は桃子を見る。

「もも、うちとでいい?」
「……置いてかないなら」
「じゃ、そゆことで」

組み分けもすんなり済んでさっそく先発の佐紀と千奈美がお化け屋敷に突入する。
左手をつかまれたので桃子を見ると不安げな目で雅を見上げてきた。

「怖がらなくても大丈夫だって」

と雅が言ったところで、キャーだかギャーだかそういう叫び声が聞こえてきて、
桃子の身体がびくっと震えて手を握る力が強くなった。思わず苦笑が漏れる。
23 :Puzzle :2007/12/16(日) 19:58
「絶っ対に置いてかないでね」
「わかったわかった」
「手も離さないでね」
「離さないから」

何度も念を押されているうちに、「そろそろいいか」と舞美に背中を押される。
桃子は抵抗したが体格的にも力では敵わないらしくずるずると前に進む。

そうやって、屋敷内へ踏み込んだ。
24 :Puzzle :2007/12/16(日) 19:59
わずかながらも照明があるおかげで見通せないというほど暗くはなかった。
ただ、曲がり角が多くて何が待ち受けているかは全くわからない。

「そんなに怖くなさそうだよ」
「いや怖いって。すっごい心臓ドキドキしてるもん」

雅だって少しはドキドキしている。
いつもと違いぎゅっと握り締められた手に緊張しているのかお化けが怖いのかはわからないけれど。
それか、手を繋ぐだけでなくぴたりと寄せられた身体にも原因があるかもしれない。

「大人のくせにお化け怖いんだ」
「大人にも怖いものはあるんだよ」

揶揄するように雅が言うと桃子がふてくされる。
桃子は自分は大人だといつも言っているがこれではどうしようもない。

いくつか角を折れても何もなかった。
しばらく進むと先ほどより幅の広い通路のようなところに出る。
通路の中ほどの左側に不自然な障害物がある。あれはきっと井戸のつもりだろう。

足が止まった桃子を雅が手を引いて促す。
大方、あの井戸から髪の長い女性でも出てくるんではなかろうか。
予想できればそれほどは怖くもない。しかし左側にいる桃子が言った。

「みやが井戸のほう通ってよ」
「えー」
「お願い」
「まあ、いいけど」

たぶん同じようなことを考えたのだろう。
井戸から人が出てくるならちょっとでも離れたいのだ。
雅と桃子は左右、場所を入れ替わった。
25 :Puzzle :2007/12/16(日) 19:59
井戸の横を通りすぎる。なにも起こらない。
トラップだったかと安心し、一緒にほっと息をついたときだった。

突如、聞こえた悲鳴に雅も桃子も身体を震わす。
腹の底から恐怖が湧き上がってくるような気分。井戸があるのとは逆側の壁を突き破って、
白い着物のようなものを身に着けた人影が現れた。

虚をつかれてそれこそ心臓が止まるほどだった。
ひっとかきゃっとか雅も声を出した気がするがよくわからない。

気づけば桃子に引っ張られるままに逆走していて、受付に戻っていた。

「だから嫌だって言ったのに……」
「確かに、こ、こわかった」

全力疾走したせいで息が切れた。
桃子が手で目元を擦る。

「泣くなよ〜」
「だってびっくりして……」

頭をぽんぽんと撫でるように軽く触れる。
抱きしめたかったけど舞美がいたからやめておいた。
26 :Puzzle :2007/12/16(日) 19:59
撫でながら優しく声をかける。

「場所変わったのがかえってダメだったね」
「バチ、あたったんだよ。みやが、あっち側に行って、って桃が言っ、たから」

泣いているせいで途切れ途切れに桃子が言う。
そういうわけではないと思うけど。
雅はそう言う代わりに苦笑いした。
27 :Puzzle :2007/12/16(日) 19:59
出口は入り口とは別で、ぐるっとまわって行ってはみたけれど千奈美と佐紀はいなかった。
お化け屋敷に入るときに時間差をつけたし、雅と桃子は屋敷内を歩くのもゆっくりだった。
桃子が泣き止むまで待つのにも時間がかかったから、二人でどこかへ行ったのだろう。

時間を確認すると教室に戻らねばならない時刻までそうない。

「なんか、疲れた」
「もも泣きすぎなんだって」
「安心したら急にぶわーって来たんだもん」

とりあえず校舎に帰ろう、と歩いた。
フリーマーケットをやっている教室を覗いたりしているうちに
生徒は教室に戻るように放送が入る。

別れ際、手を振ると桃子が口を開いた。

「今日一緒に帰ろうよ」
「ん、いいよ」

文化祭の準備期間は時間が合わなくてずっと別に帰っていた。
大掛かりな片付けは明日だから今日は解放される時間も一緒のはずだ。
28 :Puzzle :2007/12/16(日) 20:00
教室に戻り、簡単な片付けとホームルームをしてお開きになる。
千奈美に「置いてってごめんねー」と謝られたが、特に気にしていなかったので笑って許した。
千奈美と佐紀も親しいし、雅と桃子だってそうだから。
置いていかれたところで不都合はないのはお互いわかっていた。

軽い鞄を揺らして雅は玄関に向かう。
中学生と高校生は教室が別棟で、靴箱も別だから正門のところで待ち合わせることにしていた。
文化祭と大きく書かれた看板を担いだ生徒とすれ違う。いつもは道の脇にある溝には枯葉が
溜まっているが今日はすっきりとしていた。
雅が正門前に着いてほどなくして桃子もやってくる。

「おそーい」
「ごめんごめん」

ふざけて雅が言うと桃子も笑って返した。

「佐紀ちゃんが置いていってゴメンねーだって」
「ちぃも言ってた」

いくつか道は分かれているが、雅の家の前に来るまでふたりは分かれない。
そこまでが一緒の道だった。桃子の家のほうがほんの少しだけ学校から遠い。
29 :Puzzle :2007/12/16(日) 20:00
眠いのか、口に手をあてて桃子があくびをする。
しょうもない話をしながら10分ほどてくてく歩いて、雅の家が見えるところまで来た。

「ねむい」
「早く帰って家で寝なさい」

桃子は軽く瞼を閉じている。
小さな子をあやすように雅が言ってもふるふると首を横に振った。

「無理ー家遠いーもたないー」

自分は大人だと言い張るくせに。
こういうところを見ると子どもとしか思えない。

「みや、ベッド貸して」
「は?」
「みやんちで寝るー」

それは寄り道したいとぐずる子どもそのもので、桃子が雅の手を取ってぶんぶん振り回す。
雅は軽く息をついた。
30 :Puzzle :2007/12/16(日) 20:00





ぼふっと桃子がベッドに倒れこむ。

「ブレザー脱ぎなよ。皺になる」
「むー」

不満そうな声を出して、桃子はベッドから降りて上着を脱ぎ捨てる。
床にそのまま落とし、リボンをほどく。
やれやれと思いながら雅はハンガーを持ってきて上着を拾い上げた。

「ま、いっか。脱いでも」

その声に桃子のほうを見る。
スカートのホックに手をかけている姿を見て雅は大いに慌てた。

「え! ちょっと待って!」
「皺になるじゃん」

雅がさっき言ったことを桃子が言い返す。
ばさりとスカートが床面に落とされた。
31 :Puzzle :2007/12/16(日) 20:00
目を逸らす暇もなかったが、スカートの下には黒いスパッツを履いていた。
くすくす笑いながら桃子が指摘する。

「みや、慌てすぎ」
「慌ててないから!」
「おやすみー」
「……おやすみ」

第一ボタンを開けたブラウスにセーター、黒いスパッツで桃子は布団にもぐりこむ。
雅がスカートとリボンもハンガーにかけた頃には規則正しい寝息が聞こえてきた。
桃子が眠りについたのを確認して、深くため息をつく。
32 :Puzzle :2007/12/16(日) 20:01
なんていうかもう。

狙っているのかと思うほど、最近の桃子はいちいち雅が気が気でなくなるような行動をする。
幼い寝顔を盗み見ると腹が立つほど気持ち良さそうに眠っていた。
顔に落書きしてやろうか、そんな考えが頭を掠めても実行する気は起こらない。

起きるまで眺めていようかと思ったがやめておいた。
「寝顔がかわいくてつい見入ってしまったよハハハ」なんて
言えるような自分ではないことを雅は知っている。

勉強机に向かって教科書とノートを広げてみるものの集中はできない。
社会の教科書の肖像画や写真に落書きをしたり、太字にマーカーを引いたりして時間を潰す。
33 :Puzzle :2007/12/16(日) 20:01
しばらくその作業に熱中していた。
習っていない部分もどんどん太字に色をつけていきながら、そういえば
いつ起こせばいいか訊いてなかったな、と思い出す。

時計を見ると一時間も経っていた。
そろそろ起こそうか、と腰を上げかけると、ドンッと背後から大きな音がした。

驚いて雅が振り返ると桃子が床に転がっていた。

「いたぁーい」

そこまで高くはないにしてもベッドから落ちれば痛いだろう。

「大丈夫?」
「目、覚めちゃった」

桃子は身体を起こしてぺたりと座り込んだ。
雅は立ち上がりハンガーから制服を取って渡す。
34 :Puzzle :2007/12/16(日) 20:01
「どんくらい寝てた?」
「一時間くらい」
「落ちる前に起こしてよ」
「だって落ちると思わなかったし。普通落ちないでしょ」
「寝相悪いんだもん、しょーがないじゃん」

スカートを履いてブレザーを羽織ってリボンを結ぶ。
後ろ髪が小さくはねていたから手で撫で付けてやった。
そうしている間にも桃子は鏡で前髪をチェックしている。
後ろはどうでもよくても前髪はそうもいかないらしい。
35 :Puzzle :2007/12/16(日) 20:02
「もう遅いし帰る?」
「うん」

雅の部屋は二階だったから階段を下る。
玄関でローファーを履く桃子の背中に、不機嫌に雅が言う。

「今日だけだからね。ベッド貸すのとか」
「やっぱ迷惑だった?」
「……迷惑じゃないけど」

返事は小さな声になった。
でも桃子には届いたようでにこにこしている。それを見てまた雅は不機嫌になる。

「ありがとうございました。またね、みや」
「またね」

お邪魔しました、とお辞儀をしてから桃子は帰っていった。
後姿が見えなくなるまで見送ってからドアを閉める。
一人になって、雅は今日だけで何度目かわからないため息をついた。
36 :Puzzle :2007/12/16(日) 20:02

    ◆◆◆◆

37 :Puzzle :2007/12/16(日) 20:02
この秋一番の冷え込みとなり、この秋一番の冷え込みで、この秋一番の冷え込みになりそうです、
と馬鹿の一つ覚えのように繰り返すニュースがここ数日続いていた。文化祭が終わってから
一週間も経っていないのにもうどこにも祭の気配は残っていない。ニュースの言うとおり朝晩は
もちろん昼間も空気が冷たくなった中で、雅もまた元通りの学校生活を送っていた。

学校の暖房はまだつかないらしい。
しかも今年は風邪の流行り始めが早いらしく窓を開けての換気を頻繁に行っていて
寒いことこの上ない。
38 :Puzzle :2007/12/16(日) 20:03



宿題もなく、のんびりとした夕方だった。
だからといってぐーたらしているわけではなく、雅もさっきまで幼馴染の宿題を
見ていたが「なんでここ形容詞なの?」と聞かれても「なんとなく気分的に」としか
答えられないし、英語の問題集にも飽きてしまったところで幼馴染はその母親と
夕食の買出しに行くために帰ってしまった。

あたたかい部屋で一人、ぬくぬくだらだらとくつろいでいると携帯電話が鳴った。
外側の小さなディスプレイには「嗣永桃子」の文字で、メールではなく電話だったから急いで出る。

「はいはーい」
『アイス買ってきて〜』

なんとなく元気がないような桃子の声。
というか開口一番に言うことがそれか、と雅はがっくりくる。

「はぁ? どしたの急に」
『ん? 誰?』
「いやいやいや、ももが掛けてきたんじゃん」
『みや?』
「そうだけど」
『間違った。ごめん』
39 :Puzzle :2007/12/16(日) 20:03
すぐに切ろうとされたが納得行かなかったので問い詰めたところ、昨日から
桃子は風邪を引いて自宅で寝込んでいるらしい。着信履歴から外出中の母親に
掛けたつもりが近くに履歴が残っていた雅に間違って繋がってしまったらしい。

「いいよ、うちが買ってく」
『いいって。ホントに間違っただけだから』

アイスを買って持って行くくらいなら大した労力ではない。
それに風邪の時は食べられるものを食べておくべきだと雅は思った。
そしてそれは建前というやつでもあって。

「お見舞い行きたいし。だめ?」
『いーけど、部屋散らかってるからね……』

それ以上喋り続けるのがつらい、といった風に桃子のほうが先に折れた。
40 :Puzzle :2007/12/16(日) 20:03




アイスは白桃味のカップアイスを選んだ。
桃子が住んでいるのは小さなマンションでオートロックなどはなく、各家にインターホンがついている。

部屋番号を確認し、深呼吸して呼び鈴を押す。
ピンポーン、といたって普通の軽快な音が雅にも聞こえてきた。

インターホンに出たのは男の子の声で、桃子の弟だろう。
名乗ってから、桃子の見舞いに来た旨を伝えると玄関のドアを開けてくれた。
そのまま中に通されて、とことこ短い廊下を歩く。床張りの冷たさが靴下越しに感じられる。
「そこの部屋」と指差して教えてくれてから男の子はテレビの音がするほうへ行ってしまった。
41 :Puzzle :2007/12/16(日) 20:04
もう一度、深呼吸。
ノックしてみる。返事はない。薄くドアを開ける。

「もも」

隙間から呼びかけても応える声はない。
廊下の冷えた空気が室内に忍び込んでいくので雅は逡巡した末に、
「入るよー」
と、恐る恐るドアを大きく開いて部屋に入った。

桃子自身が言っていた通り若干散らかってはいるものの、雅の想像よりはずっと
小奇麗な部屋だった。部屋の壁に沿わせるようにベッドが置かれていて、その上に桃子がいる。
数歩、足を進めて近寄ると相変わらず寝相が悪いらしく掛け布団は大きくずれて上半身が
半分くらいむき出しになっていた。じっと見てしまってから、慌てて雅は目を逸らす。
パジャマは着てるけど。それが開襟だから困るわけで。

あたたかったから雅は上着を脱いだ。
肩辺りまで布団を掛けなおしてやる。するとやっと気がついたのか桃子が薄く目を開けた。
42 :Puzzle :2007/12/16(日) 20:04
「おはよ。アイス買ってきた」
「ん……おはよう」

アイスを言い訳にしてしまうのが情けないところだが、元々そのために来たのだから
仕方がない。桃子が軽く咳き込む。「大丈夫?」と声をかけると「平気」と小さく頷いた。

「食べる?」
「うん。起きる」

身体を起こすと当然ながら布団は被らない。ベッドの脇、枕の横の位置の床に座り込んだ雅は
意識して桃子の顔を見ながらカップアイスと一緒にもらった木のスプーンを渡す。

「みやは食べないの?」
「いい、いらない」
「なんかごめんね。わざわざ寒かったでしょ」

謝らないといけないのはこっちだ、と雅は思う。
体調が悪い時にわざわざ会いに来てごめん。勝手に好きになんかなってごめん。

思ったけど、言わなかった。
43 :Puzzle :2007/12/16(日) 20:04
一口食べてから、おいしいと言って桃子は笑った。いつも通りの笑みだったから
雅はこっそり安心する。食べながら、といっても食べているのは桃子だけだが、風邪の具合や
学校のことを話した。熱のせいか少しテンションが高い桃子に雅は相槌を打つ。
会話が一段落して、桃子が言った。

「みやって風邪引かなさそうだよね」
「ええ? なんで?」

そう言われれば、このところは引いてないような気がする。
健康に気をつけていそうだということだろうか。雅はそう思ったが、桃子は違ったらしい。

「ばかだから」

馬鹿は風邪引かない。
慣用句なのか格言なのかことわざなのか区別はつかないが雅もその言葉は知っている。
しかし馬鹿と言われるのは不本意だったから言い返した。

「バカじゃないしー」
「だったら、ももの風邪みやがもらってよ」

どうやってと問い返そうとした。でも、それは桃子に遮られた。
44 :Puzzle :2007/12/16(日) 20:05
ベッド上に座っている桃子と脇の床に座っている雅だと桃子のほうが頭の位置が高い。
桃子が身をかがめて右手を雅の後頭部に持っていく。手のひらで後頭部を包む。
顔を近づけられて、唇に唇を押し付けられた。ゆっくりとした動作だったが桃子の右手のせいで
逃げられなかった。目は閉じた、と思う。なにか甘い味がした。きっとアイスだろう。

桃子のほうから離れて、二人の間に距離ができた。なぜか桃子は不機嫌そうな表情をしている。
そんな顔するならどうしてこんなことをするのか、訊きたかったけど、雅は何も言わなかった。

「ごめん」

桃子が謝る言葉を口にする。
そして雅に背を向けて布団にもぐりこんだ。

「……漫画の読みすぎっ」

とっさに口を出たのはそんな言葉だった。
キスで風邪をうつすとかうつさないとか。少女漫画の黄金律というかお約束。

「ごめん」

もう一度、同じことを言われた。
ごめんなんて言わないでほしい。

そんな風に、後悔してるみたいに言わないでほしい。
45 :Puzzle :2007/12/16(日) 20:05

    ◆◆◆◆

46 :Puzzle :2007/12/16(日) 20:05
あの日は、そのまま帰った。
帰り際に交わした言葉は「帰るね」「うん」という単純なもので、
帰る道すがら、雅は数分前に起きたことを考えないようにして歩いた。
きっと思い出したら変な顔になってしまうと思ったから。家に帰って自室に入ってからは
思いっきりジタバタゴロゴロした。なんで、どうして、という疑問に交じって
すっごいやわらかいんだなあと感触を思い出して雅は一人で顔を赤くした。

それから、今後の対応を考えた。
風邪が治れば桃子は学校に来るだろう。たぶん、次に会うのはその時だ。
何もなかったように振舞うのがいいんだろうか。
ちょっと身体の一部が触れ合っただけで、そうあれは事故だった。人為的なものだが。

問い質すとか色々と案は浮かんだけど。
今まで通りにしようと雅は決めた。
出来るかどうかはともかく、決めた。
47 :Puzzle :2007/12/16(日) 20:05
次の日も桃子は休みだった。雅は風邪を引かなかった。
そのまた次の日、桃子が登校しているのに雅は気がつく。というか、しっかりと遭遇して
否応なく顔をあわせることになった。

放課後、帰ろうとして正門につながる坂を千奈美と一緒に下っていた。
脇の溝には落ち葉が積もっている。辺りはまだ暗くなっていないが、12月に入ろうと
している時分なので日が暮れるのは早いだろう。頬に冷たい風を感じて、そろそろコートと
マフラーを出さなければいけないと雅は思った。

「わっ!」

という声と共に後ろから誰かに背中を押されて、雅と千奈美の身体がつんのめった。
よろけた体勢を立て直して振り返ると佐紀と桃子が笑っている。
ああ、風邪治ったのか、まずそういう感想が浮かんだ。

「もーっ! びっくりするじゃんか!」

千奈美が大きな声を出したが、本気で怒っているわけではない。

「風邪もういいの?」
「うん」

桃子はいつもと変わらない微笑みを浮かべる。
雅は自分の表情がぎこちなくなっていることを自覚したがどうしようもなかった。
決めることと、決めたことを実行できるかどうかは別問題だ。
48 :Puzzle :2007/12/16(日) 20:06
四人でかたまって歩いても、正門からは分かれ道だった。
桃子と雅は同じ方向で、佐紀と千奈美はまた別の方角。もう少しで桃子と二人きりに
なることを考えると緊張してしまって、話をしていても自然に振舞えているかどうか
ばかりが気になる。

「じゃーねー」
「また明日」

正門を抜けて佐紀と千奈美に手を振った。
たった10分。それだけの時間が経てば家に着く。なにも構えることはない。
当たり障りのない話をしていたが、人気がなくなったところで桃子が話の方向を変えた。

「ねえ、みや。馬鹿は風邪引かないっていうのの意味わかる?」
「意味って……そのままでしょ」
「馬鹿は風邪を引いたことに気がつかないほど鈍感、って意味があるの」

初耳だったが、雅は国語がというか勉強全般が得意でないし、知らなかっただけで
そういう意味もあるのかもしれない、と思った。でもすぐに別の感想も持った。

「それって、うちが鈍感って言いたいの?」
「うん。そうだね」

心外だった。
こっちの気もしらないで困らせるようなことをする桃子のほうが鈍感だと雅は思う。
49 :Puzzle :2007/12/16(日) 20:06
「もものほうが鈍感だと思うんだけど」
「そこが鈍いって言ってんの」

腕をつかまれて足が止まった。思わず桃子を見る。

「みやの気持ちにももが気づいてないと思ってるの?」
「……なにそれ」

ぶっきらぼうに言い返したつもりが、動揺した色を隠せなかった。

「うちの気持ちって、なに」
「言わない。ももから言うことじゃないでしょ」

つんとそっぽを向いて桃子は雅を置いて歩き出す。雅は半歩遅れて後を追いながら、
ぐるぐるする思考をまとめようとする。それはつまり、桃子に対する好意に気づかれて
いるのだろうか。他のことは思い浮かばずこれだけが頭を占領する。
50 :Puzzle :2007/12/16(日) 20:06
知られてしまったからといってどうすればいいかはわからない。考えあぐねて
いたら、桃子が振り返って視線がぶつかった。雅は軽く見上げてくるその顔を見て
最善かどうかはわからない答えを出した。

「ね、ちょっと公園寄っていこ」
「いいよ」

いきなりの提案だったが桃子は頷いた。近くの公園まで並んで歩く。
会話はなかったが不思議と気まずくはない。雅は気持ちを伝えることにした。
半ばなげやりな気分でもあったが、どうなっても後悔はしないような気がした。

公園の端には落ち葉が山になっていて誰か掃除する人がいることをうかがわせる。
空は暗くなりかけていて小さな子どもの姿もない。
ざっと見たところ二人以外には人っ子一人いなかった。
51 :Puzzle :2007/12/16(日) 20:06
風が吹いてがさがさと落ち葉が音を立てた。

「好きな人がいるんだけどさ」
「うん」

うまい切り出し方は思いつかなかった。
公園の中ほどの芝生の上で雅が歩みを止めると桃子もそれにならう。
桃子のほうに身体を向き直らせて、一気に言った。

「その人って、高校生で、自分は大人って言い張って、前髪命で、
 たまに小指立ってて、箸の持ち方ヘンで、背は低いほうで、
 名字は最初なんて読むかわかんなくて、名前には果物の名前が入ってんの」
「告白しないの?」
「今してる」

伝わらなかったはずがない。わかってるくせに、と口から出かかった。
笑いをかみ殺したような表情の桃子が雅の右手に軽く触れる。

「ももね、みやの好きな人の好きな人知ってるよ」
「……誰?」
「知りたい?」
「うん」
「教えてもいいけど。その前に」

意地悪に桃子が笑う。今度は雅が桃子の右手を握った。ふにふにした手に触れても、
なんだか今ここで向かい合っているという現実は薄く感じられた。
52 :Puzzle :2007/12/16(日) 20:07
「好きなら好きってはっきり言ってあげたほうが喜ぶと思うよ」
「……好き」

ためらったが、伝えたい言葉を導かれて雅は素直になれた。
照れ隠しのために愛想がなくなってしまったのは仕方がない。

「で、誰なの?」
「さあね」
「言ったら教えるって言ったじゃん!」
「そんなこと言ってないし」
「うー……」

恨めしげに唸っても桃子は嬉しそうにしているだけ。少し寒くなってきた。
雅は桃子が病み上がりだったことを思い出す。あまり長い時間、外にいるのは
よくないかもしれない。だから、手を引っ張って歩き出す。

「もーいいよ、帰ろっ!」
「え、え、ちょっと待ってわかってないの?」
「なにが」
「みやなのに」
53 :Puzzle :2007/12/16(日) 20:07
耳を疑った。

「え?」
「好きな人、みやなのに」

そうだったらいいなとはずっと思っていた。
でも現実にそうだったらどうするかは決めていなかった。
それに今は桃子が風邪を引いたらどうしようということで頭が一杯だ。
雅自身は大丈夫だと確信がある。桃子の言う通り、馬鹿だからきっと風邪は引かない。

「とにかく帰るよ!」
「えぇぇ〜」

思い切り不満そうな声が聞こえたが、そのまま手を引っ張って公園の出口に向かう。
渋々といった様子で並んで歩く桃子を見たらなんだか嬉しくなって笑ってしまった。
なんだか、よくわからないけど。
雅は嬉しくなって笑った。

54 :Puzzle :2007/12/16(日) 20:07


55 :Puzzle :2007/12/16(日) 20:07

56 :Puzzle :2007/12/16(日) 20:07

57 :名無飼育さん :2007/12/16(日) 20:49
告白のシーン、良かったです
58 :名無飼育さん :2007/12/16(日) 22:22
なんか甘酸っぱくていいですね^^
今後も期待です!
59 :名無飼育さん :2007/12/17(月) 01:00
あみどさんだぁ〜!
新スレおめでとうございます
ベリは可愛い話しに合いますね
次作を楽しみに待ってます
60 :名無し飼育 :2007/12/17(月) 22:16
CP的には雅の相手は別の人の方が好きなんだけれども、
話としてとても気に入りました。
空気がすごく好きです。
61 :名無飼育さん :2007/12/17(月) 23:36
素敵ですね(*´Д`)
ブックマーキングしますた。
62 :名無飼育さん :2007/12/18(火) 00:06
みやももイイ!!
63 :名無飼育さん :2007/12/25(火) 16:12
ベリーズも学園物がこんなに似合う年になったんですねぇ。。。
64 :Answer :2007/12/28(金) 17:38

65 :Answer :2007/12/28(金) 17:38
技術の後に美術の授業があったからもしかしたら美術室かもしれない、と雅が
言ってそれから桃子はため息をついた。パソコン室を見渡しても見つからなかった
技術の教科書を探すために、桃子と雅は建物の一番奥の教室である美術室まで
行かなければならない状況だった。廊下の奥に進むにつれて人の気配は薄くなり
四階という高さも相まって酸素すら薄くなっているように感じる。

「遠い」
「それはうちのせいじゃない」
「みやが教科書なくしたせいじゃん」
「まだなくしてない。たぶん美術室に忘れたんだって」
「遠いし寒いしめんどい」
「じゃあ先に帰りなよ」

返事の代わりに鞄を持っていないほうの手で軽く雅の脇腹を小突いてやった。
それはもうずっと前に気づいていることではあったが、とことん雅は鈍い。
本当に面倒だったらわざわざ着いてなど来ないということがわかっていないのだ。
面倒だと思う心理もあるにはある。それなのにわざわざ同行しているのは
一緒に帰りたいからだ。しかし直接そう言うのも癪に障るから桃子は黙っておく。
66 :Answer :2007/12/28(金) 17:39
12月に入り、期末考査が近づいてくる足音が徐々に大きくなりつつあった。そのためか
授業調整が行われることになり、時間割が変更され、雅のクラスは本来なら連続して
あるはずのない移動教室が続いたそうだ。そして技術の教科書がないことに放課後に
なってから気がつく。技術の授業で使ったパソコン室をまず確認したがそこにはなかった。
そのことから導かれるのは美術室から急いでパソコン室に移動したから、教科書はきっと
その時に置き忘れたのでは、ということだった。

最初に、「技術の教科書」と「パソコン室」という言葉を聞いた時、桃子にはそれらが
結びつけられなかった。まず技術ってなんだったっけと思ったし、パソコン室は情報の授業
でしか使わない、と考えた。そして雅にこの疑問をぶつけようとしたところで思い出す。

パソコンを使う授業は中学では技術という教科の一部だった。しかし高校からは情報という
名称に変わったことをすっかり忘れていた。一年も経っていないのに忘れてしまっていたことと、
中学と高校というどうやっても変えられない二人の違いに気づかされて桃子はほんの少し落ち込んだ。
だからか、ほとんど考えずにちらっと思ったことがそのまま口から出てしまう。

「留年したいなあ」
「なんで?」

全く期待はしていなかったがやはり雅に桃子の感情の機微など感じ取ってはもらえない。
それから思い直して「やっぱりしたくない」と桃子は訂正した。

中学か高校の違いといってもあと数ヶ月もすれば雅も高校生になる。
とは思ったがやっぱり学年は一つ違う。同じ学年になりたい、そういう思いから口を衝いて出た言葉だった。
でもそれでは格好がつかないし実際に留年を勧められたら遠慮したいところだ。
多くの生徒がそうであるように桃子も学校の勉強はあまり好きではない。

でも試験の結果によっては留年もありえるのかと思うと現実になる可能性が低くても
気が重くなった。勉強は好きでもないし、得意でもない。

そんな、憂鬱な放課後。
67 :Answer :2007/12/28(金) 17:39
職員室から借りてきたプラスチックのプレートがついた鍵で錠を開ける。
一歩、中に入るだけで美術室独特のにおいがして、桃子はつい一瞬息を止めてしまう。
しかし呼吸をそう我慢出来るはずもなく、止めていた分だけ長く息を吐いて結局大きく
吸うことになってしまった。雅が照明のスイッチをぱちりぱちりといじっている。
蛍光灯が不規則に明滅した。遊んでないで探せばいいのに、と思いつつその背中に問いかける。

「どしたの?」
「電気つかない」

見てみると、スイッチを入れた状態でも二列に分かれている蛍光灯の窓側は全く反応がない。
もう一方の廊下側はちかちかとしていた。夕方ではあるがまだ早い時間で真っ暗というほどではない。
カーテンが開け放された窓から差す明かりで十分手元は見ることができる。

「ま、いっか。見えるし」

あっさり雅も照明は諦めた。廊下側の蛍光灯は、ふっと消えては点くというのを
繰り返している。しかしその頻度は低く目障りではなかったから桃子もそのままにしておいた。

普通の教室にもあるような鉄のパイプと木で組み立てられた机と椅子。
美術室にはそれらがやや乱雑に並んでいた。教室のちょうど真ん中辺りの机。
そこまで移動して、セットになっている椅子を雅が横に退かして机の中を覗き込み手を突っ込む。
その机を挟んで向かい側から桃子も覗こうとするがそれは無理だった。
身をかがめていた雅がふと顔を上げて至近距離で目が合う。
ちかっと蛍光灯が瞬く。いつの間にか雅は手に教科書を持っていた。

「……されるかと思った」
「え? なにを?」

身を起こして普通に立った雅がぼそっと口にした言葉を桃子が聞きとがめる。
言いにくそうにためらって雅が小さな声で続けた。
68 :Answer :2007/12/28(金) 17:39
「だから、あの、……顔近かったから」

なるほど、と思うと同時にそんなに恥ずかしがることもないだろうにと桃子は
思った。はっきりと言うつもりはなさそうだったから助け舟を出してやる。

「キス?」
「そう、それ」

無表情を装って雅が頷く。恥ずかしいんだろうな、と理解は出来るが共感は出来ない。

「キスして欲しいならして欲しいって言えばいいじゃん」
「別にして欲しくないし」

ふてくされたように雅が言い捨てる。決して大きくはない机を挟んで向かい合っているから、
少し引き寄せるか身体を乗り出すだけですぐに距離は埋められる。してもいいかな、と桃子は
腕を伸ばそうとしてやめた。その代わりにこう伝える。

「みやからして欲しいな」

きょとんとする間があって、それでも桃子が言ったことが飲み込めたのか雅が渋い顔をする。
69 :Answer :2007/12/28(金) 17:40
「ここで?」
「うん」
「誰か来るって」
「来ないよこんなとこまで」
「美術部の人とか」
「テスト前で部活休みだよ」
「窓から見える」
「ここ四階だし向かいに建物ないし」
「でもさあ」
「嫌ならいいよもう」

もはや無理強いする気はなくなっていた。どうせこれ以上言っても拒絶され続けて
傷が深くなるだけだ。桃子は不満げな態度を隠さない。それを見て雅が困っているのがわかる。
今度は助け舟なんて出さない、と桃子が思った時、一瞬だけ強い光を発してから明かりが消える。
これで廊下側の蛍光灯も照明の意味を成さなくなった。

それがきっかけになったのかもしれない。雅が身を乗り出したのがわかって桃子は目を閉じた。
70 :Answer :2007/12/28(金) 17:40

    ◇◇◇◇

71 :Answer :2007/12/28(金) 17:40
明後日から試験が始まる。憂鬱は波のように押し寄せてきて一向に引く様子がない。
学校を出る頃にはもう暗くなっていて、ずっと暖房の中にいた身が寒さで縮こまる。
そんな中、桃子は一人で帰路についていた。前より頻度は高くなったが今でも雅と
毎日一緒に帰っているわけではない。お互い時間がかかる用事があれば無理に待ったり
待たせたりはしなかった。

前回の試験で桃子のクラスは数学の平均点が低かった。だからなんだ、とは思うが
対策が講じられることになる。今回は試験直前に数学教師が質問を受け付けたり、
練習問題のプリントをくれたりする勉強会のようなものをすると言われた。
自由参加ではあると前置きした上で、「数学が不得意な者は出来るだけ参加するように」と付け加えられた。
桃子はどちらかというと平均点を下げていることを自覚していたから、参加することにした。

マフラーに顔を埋めるようにして歩く。会いたいなと思った。
こういう風に思い浮かぶのは雅しかいない。せっかく家の前を通るのだから押しかけてみようか。
しかし雅も試験前なのは一緒。じゃあ今は勉強中だろうか。だとしたら邪魔するのも悪い。
電話かメールくらいにしておこうか。連続的に断片的に思考が巡る。

冷たい風が当たるのが嫌で、桃子は顔を軽く伏せる。足元を見ながら歩いていると
前方から知った声がした。驚いて、でもすぐに嬉しくなって顔を上げる。
視線を上げると雅がいた。それなのに桃子は笑顔になりかけた表情がすっと抜け落ちるのを感じた。
72 :Answer :2007/12/28(金) 17:40
雅も顔を半分隠すようにマフラーを巻いて、つま先を見るように俯いて歩いている。
まだ桃子には気がついていないようだった。でも問題はそこではない。

見知らぬ少女が隣にいた。雅と少女は手を繋いでいた。二人は色違いのマフラーを巻いていた。

情動が引き起こされ呼吸が苦しくなるのがわかった。それでも思ったより冷静な
自分に桃子は驚く。じっと雅を見ていると、気配を感じ取ったのかふと雅が顔を上げた。
伝わってくるのは動揺。見えるのは慌てて振りほどかれた手。

遅いよ、と桃子は思った。まだ呼吸が楽にならず、やけに苦しい。そのまま横を
通り過ぎた。甘えたような声が雅の名前を呼ぶのが聞こえて、耳を塞ぎたくなる。
早くその場から離れたくて小走りになった。

気がついたら息を切らして自分の部屋にいた。いつもの道順で帰ってきたのかも
どうやってドアを開けたのかも覚えていない。大きく息を吸って吐くのを繰り返しても
なかなか落ち着かなかった。心臓の脈打つ速さがいつも以上で、それは走ったせいなのか
それとも別の理由なのかわからない。
73 :Answer :2007/12/28(金) 17:41
手に持ったままの鞄から振動が伝わってきた。桃子は乱れた呼吸を必死に押さえつけながら
携帯電話を取り出し、開いて耳に当てる。

「もしもし」
『……桃?』
「そうだけど」

不安げな雅の声が聞こえたが、それとは対照的に桃子は平坦な声で答える。

『なんかあの、ごめん』
「なんで謝るの」
『だって怒ってるじゃん』
「別に」
『梨沙子はそういうんじゃないんだって』

梨沙子というのは隣にいた少女の名前なのだろう。呼び捨てにされた名前に
二人の親しさを見てしまったような気がして桃子は面白くない。

「でも、わざわざ振りほどくってことはやましいことあるんでしょ」
『ないって』
「じゃあ堂々としてればいいのに」

いらつきが声に表れるのを止められない。感情のコントロールが上手く
出来なくなっていた。
74 :Answer :2007/12/28(金) 17:41
『ごめんって』
「なにが」

電話の向こうで雅がため息をつくのがわかる。それがまた桃子にとっては
面白くない。

『あー、なんで悪いことしてないのにうちが謝ってるんだろ』
「ごめんとか嘘だったんだ」

こういうことが言いたいわけではないのに、それは言葉にならない。

『なんでそういう風に取るの?』
「もーいいよ。じゃあね」

桃子から一方的に通話を切って更に電源をオフにする。
やたらと気持ちが高ぶってきてちょっと涙が滲んだ。
75 :Answer :2007/12/28(金) 17:41

    ◇◇◇◇
76 :Answer :2007/12/28(金) 17:41
試験が明日にまで迫っていた。
もう全ての範囲を勉強するのは諦めてどこに山をかけようかと桃子は考え始めている。

今日はいつもと違うルートで登校した。遠回りになってしまうがそうすれば通学路で
雅に会う確率は低くなる。半ば無意識にいつもとは違う路地に足が向いてしまった。
こんなことをしてなんになるというのだろう。今朝のことを思い出して、佐紀と一緒に
音楽室を目指していた桃子はこっそりと嘆息した。

音楽室は中学生の教室が入ってる棟にある。それは桃子の教室がある棟とは別だった。
授業をサボるわけにもいかないから仕方なく向かってはいるものの、出来れば今は
そちらの棟には近づきたくない。雅と顔をあわせることになったらどういう態度を
取ればいいのか桃子にはわからなかった。

特になんという会話をするでもなく佐紀と並んで歩いていた。人通りはあまり多くなく、
内心で安堵した。それなのに雅と会ってしまうような気がしてならなかった。
嫌な予感と言うのは慨してよく当たるもので、向こうから雅が歩いてくる。
目が合ったが桃子は反射的に視線を逸らしてしまった。

雅と佐紀が軽く手を振り合ったが立ち止まりはしなかった。授業の合間の休み時間は短い。
立ち話をしていたらあっという間に終わってしまうから、誰とすれ違ったとしても
いつもこうだった。だから普段となにも変わらないはずの行動。それなのにどうして
今日はこんなに苦しいのか桃子には理解が出来ない。
77 :Answer :2007/12/28(金) 17:42
すれ違った後、平生とは違う桃子の様子に気づいたのか佐紀が不思議そうに首を傾げる。
放っておいて欲しかったが、その桃子の気持ちは伝わらなかった。

「喧嘩してるの?」
「わかんない」
「わかんないって……まあ、ちゃんと仲直りしなさいね」
「わかってる」

意地になっているのには気づいていた。きっと桃子から謝ればすぐに解決すること
だということにも気がついていた。あの時は混乱していて思い当たらなかったが
後になって思い出したことがある。雅には甘えん坊の幼馴染がいるのだ。
顔は知らないが話だけなら何度か聞いていた。家が隣で、幼い頃からよく一緒に
遊んでいたらしい。幼馴染のことを「妹みたいな存在」と雅は言っていた。
その幼馴染の名前はおそらく梨沙子で、それは雅と手を繋いで歩いていた少女の名前でもある。

雅はいつも手を繋ぐのを渋る。桃子が拗ねてみせると拒みはしない。それでも必ず
戸惑ったような顔をした。梨沙子ともそうなのだろうか。それとも違うのだろうか。

それは考えるだけ無駄なことで当然ながら答えは出ない。もう一度、桃子は嘆息した。
78 :Answer :2007/12/28(金) 17:42

    ◇◇◇◇
79 :Answer :2007/12/28(金) 17:42
時間が経てば経つほど謝りにくくなった。何度か訪れたチャンスを逃しているうちに
試験は始まり、そうなると時間が取れなくなり、もっと謝るタイミングがつかめなくなる。

悪循環だった。それを断ち切ることが出来ないままに数日に渡る試験は終わり、
授業時間は平常授業に復した。最初に返却された数学は学年平均とそう変わらない
点数で、前回より良い点だったのにどういうわけか桃子は嬉しいと思えなかった。

試験が終わった次の日で、毎時間のように解答用紙が返ってきた。
どれも留年するような点数ではなく安心もしたが別の感情も浮かんでは消える。
落胆でも失望でもなく、名付けようのないかすかな気分の落ち込み。

教室に残って宿題を片付けていたらいつの間にか日が暮れかけていた。
帰り支度をして暖房の効いた教室を後にする。桃子が最後の一人だった。
廊下で吐く息さえ白くなるような気温で、そういえば雅と初めて言葉を交わした日も
寒かったなと思い出した。手を伸ばしたらすぐそこに雅が居るような気がして、誰も居ない
空間に手を伸ばした。当然、手は空を切って、桃子は自分の行動に苦笑する。

一人で帰るのにもすっかり慣れてしまった。あれから桃子は遠回りで登下校を続けている。
正門までの坂を下りながら空を見上げると、沈みかけた太陽に雲がかかっていた。
どんどんと上空で雲が流れていてそれに伴い天候が怪しくなっていく。天気予報では
晴れだと言っていたから桃子は傘を持っていない。降ったら嫌だな、と思った。
80 :Answer :2007/12/28(金) 17:42
授業はとうに終わっていても部活はまだ終わっていない中途半端な時刻で、この時間に
下校している生徒は桃子だけのようだった。雨が降ったら走って帰ろうと考えて
マフラーは巻かずにいた。邪魔になるし、濡れると面倒だ。

葉が落ちてしまって寒々しい木々の下をだらだらと歩く。門柱の脇に誰かが
立っていたが初めは気に留めなかった。けれど、近づくにつれて桃子は違和を感じる。
この空模様で、しかも寒いのにわざわざ外で待ち合わせなのだろうか。
それにあまり長くないコートの丈から覗くスカートの色から察するに、この学校の生徒ではない。

それから見覚えのあるマフラー。視線を向けられて桃子は困惑する。
しかしここで引き返すのはわざとらしすぎるだろう。そのままのペースで歩みを進める。
すぐそばを通り過ぎようとする。

「あの」
「はい?」

話しかけられて立ち止まった。声をかけてきたのは向こうなのに、なんと続ければ
いいのか迷っているようだった。

「えーと、梨沙子ちゃんだよね」

梨沙子は小首をかしげる。
寒さのためか頬が少し赤くなっていた。
81 :Answer :2007/12/28(金) 17:42
「みやから聞いたことある。どうしたの?」
「ああ」

納得いったように頷いて、梨沙子は言葉を続けた。

「家の鍵忘れて、家入れなくて、みやんちも誰もいないし、行事とかでまだ帰ってないのかなって思って」
「特に行事はないけど……なんでかな」
「メールしても返ってこないし」

つまり、自宅に入れないから雅の家に行こうとしたけど誰も居なかった。
幼馴染ならそういうのもよくあることなのだろうか。
桃子には幼い頃から親しい近所の子、というのはとりわけ居ないからよくわからない。

家に帰っていないなら考えられる原因は。
雅は部活はしていない。日直だとしてもここまで遅くはならない。
今日、テストが返却されたのは中学生も一緒だろう。だとしたらこれかも、と桃子が言う。

「追試受けてたりして」
「まさか」
82 :Answer :2007/12/28(金) 17:43
軽く笑いあった時、ぽつりと頬に冷たいものを感じて桃子は空を見上げる。
小さな雨粒が落ちてきて、アスファルトにぽつぽつと黒い点が刻まれていく。

「降ってきたね。濡れるからあっち行こ」

梨沙子の手を引いて桃子は早足で校舎の方へ向かった。
そうする合間にも空から水滴が降ってくる。

「バレるって」
「大丈夫だよ、コートで制服ほとんど見えないし」

他校生が校舎まで来るのはトラブルの元であり、褒められたことではない。
だが、雨空はしばらく元通りになりそうな雰囲気ではなく、梨沙子は桃子に従った。
83 :Answer :2007/12/28(金) 17:43
玄関で来客用のスリッパを借りて、まず雅の教室に行くことにした。
数人とすれ違ったが、視線をくれる人はいても見咎める人はいない。

教室の後ろのドアの上部の窓から二人で教室内を覗き込むと、席の半分ほどを制服を着た生徒が埋めていた。
皆一様に机に向かっていて、プリントかなにかを解いているようだった。
後ろの窓側に雅もいた。しかしこちらに気づいた様子はない。

「呼んじゃダメだよね」
「たぶん」

小声で梨沙子が言って、桃子が短くそれに返す。
84 :Answer :2007/12/28(金) 17:43
教室前で待っていてもよかったが、雨のせいか廊下はいつもより冷えた。
といっても、通り雨だったようでもう止んではいる。しかし梨沙子だけ残して
帰るわけにもいかないから、出来れば人が居ないところに行きたい。桃子は思案した。

考えた末に行き着いたのは桃子の教室だった。
すでに誰も居らず、暖房で適度にあたたかい。
雅の教室からは遠いが、それは雅が帰る前にメールを見てくれればいいし、
時間が潰せればじきに梨沙子の家族も帰ってくるだろうからそれでよかった。

桃子と梨沙子は適当に前後の机についた。
特に話すこともなく、梨沙子は片手に携帯電話を握っている。桃子はぼんやりと
窓の外を眺めていた。

気詰まりではない。耳に入るのはエアコンから風が吐き出される僅かな音くらいだった。
このまま雅から連絡があるまで沈黙が続くのだろうなと桃子が思った時、梨沙子が口を開いた。

「ねえ、みやのこと好き?」
「うん」

考える間もなく条件反射のように口から言葉が滑り出た。
答えてしまってから、桃子は狼狽する。
85 :Answer :2007/12/28(金) 17:44
「いやそうじゃなくて」
「いいよ。わかってるから」

桃子は勢い込んで言い訳しようとしたが、梨沙子の反応を見てやめた。
机にうつ伏せるように梨沙子が腕を伸ばして、それが前の席に座って後ろを向いている桃子の手に触れた。

じゃあ梨沙子ちゃんは、と問い返そうとしたら、「梨沙子でいい」と言われたから、
遠慮なくそう呼ぶことにした。桃子は勇気を出して問いかけてみる。

「梨沙子もみやのこと好きなんだ?」
「好きだよ。みやもあたしのこと好きだと思うし」

そう言われたら否定は出来ない。
一週間前ならかなりの自信を持って、「夏焼雅が好きなのは嗣永桃子」と言えただろうなと桃子は思う。
それに雅の梨沙子に対する感情は幼馴染としての好きであると断言できただろう。

それが今となっては不安で仕方がない。
雅の好きな人は誰なのかわからなくなってしまっていた。
梨沙子から視線を外して、桃子は外を見る。

「……もっと好きな人がいるみたいだけどね」

梨沙子が呟くように言ったから、後ろの席に視線を戻した。
86 :Answer :2007/12/28(金) 17:44
桃子が聞き返す前に梨沙子が言う。

「喧嘩してるんでしょ」
「……みや、なんか言ってた?」
「言ってないけど、なんか機嫌悪いみたいだったから」
「そっか」
「好きじゃないならあんなに気にするわけないじゃん」

最後の言葉はやや怒って、拗ねたような表情で梨沙子が言い放った。
どういう意味なのか桃子が問い返す前に梨沙子の携帯が震える。

雅からのメールだった。今どこに居るのかとか、数回のやり取りをして
正門前で落ち合うことにする。

「仲直りしてよ」
「うん」

教室を出る時、梨沙子から頼まれたから桃子は頷いた。
87 :Answer :2007/12/28(金) 17:45




アスファルトは濡れていて、校舎の窓から零れる照明に反射して光っている。
雅の方が先に待ち合わせ場所に来ていた。梨沙子がメールで桃子と一緒だと伝えていたから
二人を見ても驚いた様子はない。

三人で歩くと自然に梨沙子が真ん中になった。
すっかり日は落ちてしまい、街灯の明かりが煌々と続いている。

相変わらず雅と梨沙子は色違いのマフラーをしていたが桃子は気づかなかったことにした。
追試は追試でも、80点以下は全員だったと雅が弁解したり、そういうたわいない話をしながら
歩いていると梨沙子が「誰か帰ってきてるみたい」と言った。

いつの間にか雅の家の近くまで来ていて、一軒隣の梨沙子の家の明かりが見えた。
梨沙子の家にはガレージがある。今はシャッターが上がっていて車が一台停まっているのが見えた。

なにか一言、雅に耳打ちしてから梨沙子は桃子に手を振った。

「またね」
「うん」

邪気のかけらもない笑顔を見て、これはかわいがってしまうのも無理はないと桃子は思う。
梨沙子が玄関の扉の向こうに消えてしまってから、桃子は傍らの雅を見上げた。

なにを言われたのか訊いてみようとしたら、先に雅が口を開く。

「ちょっといい?」

腕を軽く引っ張られる。桃子は黙って頷いた。
88 :Answer :2007/12/28(金) 17:45
雅の家族はまだ誰も帰ってきていないようだった。
勧められるがままに桃子は雅の家にお邪魔して、コートを脱ぎつつ雅の部屋に向かう。

雅から部屋に入り、桃子は後に続く。
照明を点けてから雅はエアコンのリモコンを手にして暖房をつけたようだった。
その背中を見ながらやっと桃子が言う。

「ごめんなさい」

ずっと言えなかった言葉がようやく口から出た。
それでもきまりが悪くて桃子は顔を伏せる。

「うん。うちもごめん」

その言葉に顔を上げると、そばに来た雅に頭を撫でられた。

「また子ども扱いするし」
「だって、子どもじゃん」

意地を張り続けて人から言われないと謝らないところは子どもっぽいと認めるしかなく、
悔しくなって桃子はなにも言わずに雅に抱きついた。
背中に腕をまわしても雅はゆるゆると頭を撫で続ける。それが気になって桃子が訊く。
89 :Answer :2007/12/28(金) 17:46
「嫌いになった?」
「ならないよ。でも、避けられたのはちょっとショックだったかも」
「ごめんね」

不安になる。嫌われはしないか、好きでなくなってしまわれないか心配になる。
腕に込める力を強くして桃子は続けた。

「じゃあ、好き?」

返事はない。頭を撫でていた手の動きが止まり、身体を離される。
答えが怖くて逃げ出したい気持ちを抑えて見上げると、そのままキスされた。

それは今までのどれよりも長かった。
唇を合わせているだけなのに頭がくらくらして桃子は雅の腕をつかむ。
感情が伝わってくるような気がして、これが返事なのかなと思った。

ゆっくりと離れてからすぐ、今度は雅から桃子の背中に手をまわす。
隙間なく身体がくっつくと体温のせいか不思議と心が落ち着いた。
90 :Answer :2007/12/28(金) 17:46
「……わかった?」
「うん」

耳元で雅が囁いて、桃子は目を閉じたまま頷く。
はっきりと言葉で表してくれないのはずるい。
そう思っても、やはり嬉しいと感じるのも本当だった。

「もうちょっとこのままでいい? 今、顔見られたくない」

雅がそう言って、桃子の肩に額を押し付けるようにした。
桃子が身体を離そうとしたらもっと強くぐいぐいと押されて、思わず苦笑が漏れる。

離れるのは諦めて、桃子は雅の髪に軽く手のひらを滑らせた。
たぶん、しばらく不安にはならない。





91 :Answer :2007/12/28(金) 17:46

92 :あみど :2007/12/28(金) 17:47
レスありがとうございますゆー。

>>57
ありがとうございます。
そう言ってもらえると嬉しいです。

>>58
それゆえ胸キュンしてもらえたら嬉しいです。
期待に沿えるかはわかりません……。

>>59
ありがとうございまーす。
何ヶ月ぶりかわからない新スレになってしまいました。
更新ちょっと遅くなってしまってすみません。
93 :あみど :2007/12/28(金) 17:47
>>60
私もりしゃみやは好きですよ!
これからはももみやにも注目してもらえると嬉しいです、とか言って。

>>61
ありがとうとゆいたいです(*´∀`*)
キュフフ

>>62
いいよね! みやももいいよね!

>>63
もう中高生ですからね。いつのまにか大きくなってしまって……。

次回の更新は来年です。
それでは、よいお年を。
94 :名無飼育さん :2007/12/28(金) 22:06
あーもうきゅんきゅんしましたw
良いお年を!
95 :名無飼育さん :2007/12/28(金) 22:51
ときめいたのだ
96 :名無飼育さん :2007/12/28(金) 23:19
世界観があったかくて好きです。
良いお年を。
97 :名無飼育さん :2007/12/29(土) 00:39
続きキターーー
短編になってたので続き催促できんかった…読めて良かった
来年もヨロシク
98 :名無飼育さん :2008/02/05(火) 06:53
更新お待ちしております
99 :名無飼育さん :2008/03/02(日) 22:01
みやももイ

安心して見れるので大好きですイ

続きを待ってますZ
100 :名無飼育さん :2008/04/16(水) 13:06
続きが読みたいです(⌒〜⌒)

放棄ではないんですよね??
101 :名無飼育さん :2008/06/02(月) 05:48
更新お待ちしております・・・
102 :名無飼育さん :2008/09/25(木) 00:18
ももみや。

いいですよね。
103 :名無飼育さん :2008/10/20(月) 19:40
もうすぐ1年ですか・・・
更新お待ちしております
104 :名無飼育さん :2008/11/20(木) 22:55
あきらめなくちゃならないのかな(┳◇┳)
105 :名無飼育さん :2009/01/03(土) 23:44
いつまでも待ちます
106 :名無飼育さん :2009/01/25(日) 19:34
何か心が暖かくなりました
続きが気になりますが・・・
いつまでもお待ちしてます!
107 :名無飼育さん :2009/01/25(日) 21:52
108 :名無飼育さん :2009/01/26(月) 16:17
(;・`Д)べ、別に続きがよ、読みたい訳じゃないんだからー
109 :名無飼育さん :2009/01/26(月) 18:19
お待ちしております
110 :名無飼育さん :2009/05/30(土) 22:28
もうだめなの?
111 :名無飼育さん :2009/09/05(土) 23:55
一言だけでも
112 :名無飼育さん :2009/09/08(火) 05:11
まだ待ちたい
113 :名無飼育さん :2009/11/09(月) 00:05
まだお待ちしております
114 :名無飼育さん :2009/12/24(木) 01:28
いつまでもお待ちしております
115 :あみど :2010/02/07(日) 00:14
たくさんのレスありがとうございます。

>>94
ありがとうございます(*´∀`)
明けましておめでとうございます!

>>95
そう言っていただけるととても嬉しいのだ

>>96
ありがとうございます。私はあったかい世界が好きです。
明けましておめでとうございます。

>>97
きたよーーー(26ヶ月前)
ありがとうございます。あなたに幸あれ。祈念しています。
今年もよろしくお願いします。

>>98-114
まとめてになってしまいますが、ありがとうございます。


次の更新は来年、と2007年に書いていたので今は2008年のはずなのですが、
なんと2010年です。嘘ついてごめんなさい。
前回、前々回とももみや二連続だったのですが、登場人物は限定していないので、
そちらを期待していただいていた方には今回、二重で申し訳ないです。

今回は分割更新になります。
116 :Fallin' Snow :2010/02/07(日) 00:15


117 :Fallin' Snow :2010/02/07(日) 00:18

降り積もった雪にローファーが沈み、足を取られるようによろけた。
真っ白な路地にはすりガラス色の足跡がぽつぽつとあって、舞美の進行方向にも踏み固められた跡があった。
携帯電話で時刻を確認する。どうせ電車も遅れがでるだろうし、急ぐ必要はないかもしれないけれど、
ゆっくり歩けばいつもの電車には間に合わない。

走ろうか、と舞美が思ったところで、上から声が降ってきた。
名前を呼ばれて仰ぎ見れば、愛理が窓を開けて、そこから顔を出している。
白いカーテンが開け放たれた窓からちらりと覗く。舞美が吐き出す息も白かった。

「今日、休みだよ!」

二階の高さから叫ばれた言葉がすぐには理解できなくて、見上げたまま首を傾げる。
平日だから学校。今日は英語英語数学古文日本史補習。

「愛理、具合悪いの!?」
「そうじゃなくて! ちょっと待ってて!」

待てと言われれば待つしかないし、どうせもう始業には間に合わないだろう。
何十秒かで愛理は路地に面した玄関から出てきて、呆れたように舞美を見て、言う。

「休校の連絡来なかったの? 雪すごいから、今日はお休みって」
「え、うそ」

嘘じゃないよ、と愛理が不満そうに顔をしかめる。
制服にコートを着ている舞美に対して、愛理はパジャマにコートを羽織った格好で、
確かに体調不良で休むのでもないかぎり、今の時間にその服装は不自然だった。
118 :Fallin' Snow :2010/02/07(日) 00:19

「高校も休みかな?」
「たぶん」

ちょっと待って、と愛理を手で制して、携帯電話をいじる。
クラスメイトの番号を呼び出してコールしてみればすぐに繋がって、
「今日休みなの?」と訊けば「そうだよぉ」と返される。
聞き慣れた高い声はいつもより弾んでいて、嘘だとも思えなかった。

「あー、矢島だから、連絡網まわるの遅いのかな?」

通話を終えた舞美を見て、愛理が気遣わしげに言う。
嫌な予感、というより、うっすらと記憶が蘇ってきて受信メールを確認してみると、
担任からの一斉送信メールがフォルダの一番上にあった。
既読になっていたから気づきようがなかった、と言い訳しようにも、
起きてすぐにメールを開いたのは舞美自身でしかありえない。
おそらく、よく読みもせずに閉じてしまったのだろう。

「連絡網、メールなんだよね。気づいてなかった」

あはは、とごまかすように笑えば、愛理はがっくりとして嘆息をもらす。
119 :Fallin' Snow :2010/02/07(日) 00:20

「もう、大丈夫? 舞美ちゃんもうすぐ一人暮らしするんでしょ?」
「大丈夫だって」

三つ年下の幼なじみに心配されるのはいつものことで、すっかり慣れてしまった。
物心ついたころからそうだから、慣れというより、ごく普通のことに感じてしまう。
くしゃん、と愛理が小さくくしゃみをして、ぶるりと肩を震わせる。
コートを着ていてもその下は薄着で、雪が積もるような日の外気は、当然ながら冷たい。

「着替えておいでよ」

舞美の提案に頷いて、窺うように愛理は、「遊べるの?」と聞き取るのがやっとの声で言う。
学校が休みなら遊べるに決まってる、と舞美は思うけれど、
きっと愛理は今の時期の高校三年生を遊びに誘っていいものかどうか、判断がつかないのだろう。
もう舞美の進学先は決まっていて、愛理もそれは知っている。
それでも中学生にとって高校生というのは少し想像がしづらいものらしい。

「愛理が遊べるなら一緒に遊びたい」

向かいに住む幼なじみとして毎日会えるのは、あと三ヶ月もなかった。
舞美からしてみれば、愛理の方が忙しいのではないかと思うけれど、
嫌だと言われないかぎり誘わない理由はない。
多少のやるべきことがあっても、愛理はおそらく断らないのを舞美は知っていて、
ときどき後ろめたく思いつつも誘惑には負け続けていた。
120 :Fallin' Snow :2010/02/07(日) 00:21

着替えにもどった愛理を見送って、舞美も私服に着替えようと自宅に戻る。
路地を挟んで数メートルしか離れていないから、移動時間はたかがしれていた。
雪遊びをする服装というのは、そうある機会でもないから決めがたい。
部活でつかっていたウインドブレーカーを引っ張り出そうとして、やめた。
迷ったあげく、制服のブラウスとセーターはそのままで、その上に兄のウインドブレーカーを借りて羽織る。

手袋を持って玄関から出ると、すでに愛理は雪をかきあつめてなにかを作ろうとしていた。
雪を踏む感触には慣れない。ゆっくり近づいて声をかけると、「河童だるま」と愛理が笑う。

積もった、と言っても三センチくらいのもので、雪玉を転がして大きくするのは難しそうだった。
舞美が運んできた雪を愛理が成形して雪だるまらしいものを作って、
そこから河童になれるかはあやしいものの、それらしいものが徐々にできあがる。
ただ、河童に見えるか、と言われても実物を見たことがないから舞美には判断がつかない。
寒いはずなのに、額にはうっすらと汗がにじんだ。
121 :Fallin' Snow :2010/02/07(日) 00:23

「舞美ちゃん」

真剣に作業をしていた愛理が、ふいに顔を上げる。
雪遊びを始めてもう数十分は経って、雪集め作業を終えた舞美は塀にもたれかかり、
河童の皿部分の制作過程を見ていた。
愛理に顔を向けて、舞美は首をかたむける。

「もう走らないの?」

唐突に聞こえる質問はきっと前から準備してあったものだろう。
舞美にもそれくらいの察しはつくし、あらかじめわかっていれば答えだって用意できる。

「遅刻しそうなときとか、いつも走ってるよ」
「そうじゃなくて」

焦れったそうに愛理が言葉を継ぐ。
手は止まって、視線はもう舞美にしか注がれていなかった。

「……もう陸上やらないの?」
「わかんない。やってもやらなくてもいいかな、っていうか」

本心からそう言っても、愛理はどこか納得がいかない様子で舞美から目を逸らさない。
しゃがんでいる愛理と目の高さを合わせたくて、舞美も膝を曲げた。
122 :Fallin' Snow :2010/02/07(日) 00:23

「愛理」

強く名前を呼ぶと、愛理の肩がびくりと震えた。
触れるだけで壊れてしまうのではないかと思うくらい薄い肩に、
舞美はできるだけ優しく手のひらを載せる。

「もう痛くないから。走れるし、大丈夫だから」

もっと良い言葉はないのかと思う。
愛理を安心させてやれるような魔法が使えればいいのにと、思わずにはいられなかった。
どれだけ言葉を尽くしても、受け取る側が信じなければ、伝わらなければ、意味がない。

「愛理。だから、そんな顔しないで」
「じゃあなんでやめたの」

泣き出しそうな瞳は、ぎりぎりのところで涙を流すことはなかった。
向けられた強いまなざしにひるみそうになりながら、舞美は愛理の目を見返す。

「私、舞美ちゃんがスカウトされてたの知ってる。
 陸上部が有名なところから誘われてて、行くつもりだったんでしょ?
 それに普通は三年生は退部届けなんて出さないよ。高総体終わったら、引退だもん」

そこまで知られていたとは思わなかった。
不意打ちに驚いた舞美がわずかに表情を変えたのを見逃さずに、愛理が語気を強める。
123 :Fallin' Snow :2010/02/07(日) 00:24

「私のせいだってことくらいわかるよ。
 舞美ちゃんが思ってるほど、私もう、子どもじゃないんだよ」
「違うって。愛理、違うから。ほんとに」

いっつもそう言うよね。
愛理が顔を伏せて、声を震わせながら言った。

「舞美ちゃん、気づいてないかもしれないけど言い訳するときとかいつも一緒なんだよ。
 違う、ってまず言うんだよ。ねえ、気づいてた?」

気づいてなかった、とも言えずに口をつぐむ。
愛理も下を向いたまま黙りこくってしまって、舞美は懸命に言葉を探す。

「スカウトされたこともあるよ。あるけど、行くって言ったことは一回もない。
 退部届けは出さなくてもいいのに出そうとして、先生に笑われたし。だから、愛理が言ってることは違う」
「……でも、怪我してなかったら、行ったでしょ」
「行かないよ」
「どうして?」

どうしてなのかを言えば愛理は安心するのかもしれない。
けれど、その理由はもう、愛理にだけは言えないものになってしまった。
沈黙は舞美にとって都合が悪い方に解釈されるとわかっていても、口を閉ざす以外に選択肢はない。
124 :Fallin' Snow :2010/02/07(日) 00:25

「……ほら、答えられないじゃん」
「だって。でも怪我のせいじゃないから。
 言えないけど、違うの。愛理が思ってるようなことじゃない」

とっさに上手い嘘をつけるほど器用ではなかった。
自覚はしていても改善はできていなくて、今までなにも対策をしてこなかったことを悔やむ。
嘘をつくのは良いことではない。けれど、必要なときもあると知っていたのに。

「どうして言えないのさ」

どうしてもだ、と突き放すことはできなかった。

「スポーツ推薦ってなにがあっても部活辞められないから、そういうの嫌で」

愛理をなだめるために嘘ではない理由を並べても、「言えないけど、違う」と
口にしてしまった後では、それ以外の事情があるのは明白だった。
三つ年下だとしても、愛理は聡い。つたない言い訳にごまかされてくれるほど甘くはなかった。
125 :Fallin' Snow :2010/02/07(日) 00:26

「……もう、わかったよ。ごめんね、私が悪いのに」
「愛理は悪くない」
「もういいよ」
「よくない。だって誤解してるでしょ」
「してないよ」
「してる」
「してない」

愛理はおっとりしているように見えてときどき強情で、
意地の張り合いになるようなことがあれば、たいていは舞美が折れていた。
どちらも譲らなければどうなるかを、二人はまだ経験したことがない。

まだ午前中ではあったけれど、日が高くなってきた。
ものを言うのをやめて無言になると、辺りは雪が溶ける音が聞こえそうに静かで、
まばらに雪がかきのけられた玄関先でしゃがんだまま、舞美は愛理の頭を撫でる。

「……ねえ。もうやめよう? 仲良くしようよ」

涙を飲み込むように、愛理は浅く頷いた。
また泣かせてしまうかと思ったけれどすんでのところで涙はこぼれず、舞美は安堵する。

数ヶ月前に愛理を泣かせてしまってから、あれほど後味の悪いものはないと知った。
舞美は立ち上がれずに倒れたままで、落ちてきた滴がしょっぱかったのを覚えている。
126 :Fallin' Snow :2010/02/07(日) 00:27

寒くなると古傷が痛むとよく聞くけれど、雪が降っても完治した膝の捻挫が痛むことはなかった。
ただ、愛理が泣きそうになると悲しくなる。
心が痛むというのがどういうことか、舞美は階段から落ちることで知った。

愛理の手が舞美の左膝に触れる。
手袋と服を間に挟んでも、愛理は強くそこに触れることができない。

「痛くないし、走れるから」

愛理のせいではないと、きちんと伝わったのか舞美にはわからない。
小さく頷いた愛理の表情はまだ曇っていて、それをかき消そうと舞美はぐしゃぐしゃと愛理の髪を乱した。
127 :Fallin' Snow :2010/02/07(日) 00:27

128 :あみど :2010/02/07(日) 00:28
つづきます(たぶん)
129 :名無飼育さん :2010/02/07(日) 05:35
待ってました!
続いてくれて嬉しいです。
130 :97 :2010/02/08(月) 00:16
お待ちしておりました
131 :名無飼育さん :2010/02/08(月) 03:05
あみどさんキテタ!
是非続いて!!
132 :名無し :2010/02/08(月) 23:14
好きなあみどさんの文章で好きなやじすず
すごく嬉しいです
続きを楽しみにしてます
133 :名無飼育さん :2010/02/15(月) 00:05
うわぁ!来てた〜!!
続きが気になります
134 :Fallin' Snow :2010/02/23(火) 21:07


  □  □  □

135 :Fallin' Snow :2010/02/23(火) 21:09

センター試験が終わったからといって大した開放感があるわけでもなく、ただ、不真面目に
やるわけにもいかないから、という理由で気が張っていたようでそれなりに疲れはした。

玄関前にも校庭にも通学路にも、もうどこにも雪の名残は見られない。
休校になったのはもう一週間ほども前の出来事だった。

あの日の降雪量は学校近辺では結構なものだったらしく、翌日の教室で舞美は桃子に怒られた。
通学距離がそれなりにあるせいか舞美にとっては休校にするほどのものなのかと
疑問で遊んでいたくらいだけれど、桃子の周辺では大変だったらしい。
だからといって怒られる筋合いにはないからつまり、八つ当たりだ。

河童の雪だるまは完成したのだろうか、と舞美は思う。
見届けることもしなかったし、翌日にはもう融けかけていて、もとの形を正確には見て取れなかった。
それから愛理を見かけることはあっても言葉を交わすことはなく、
伏し目がちに視線を逸らされては舞美からも話しかけづらい。

センター試験の翌日。
持ち帰った問題用紙と模範解答を照らし合わせての自己採点は、あまり楽しいものでは
なかった。マークした選択肢には丸をつけていたはずなのに、時折、その印がないものが
あって、その度に舞美は問題を解きなおす。機械的な作業のはずなのにこう頻繁に手が
止まっていては埒が明かないけれど、思い出しながらやり直すしかなかった。

記憶が薄れるのは仕方のないことだ、と思う。
一日前にどの選択肢を正解だと思ったのかも忘れてしまうし、何度も思い返した夏の日のことも、
今ではどこまでが記憶で、どこからが伝聞なのかもわからなくなっている。

ぼんやりしながらページを進めていくと、また一つ、印のつけられていない問いが見つかった。
躊躇いながらも、問題の横に赤のボールペンで「?」を書きつけて、舞美はページをめくる。

思い出せない記憶は、都合の良いように改変されそうで怖かった。
過去を振り返ってあれこれ考えるのは一人でする誘導尋問のようなもので、答えあわせも
ないのだから好きなように解答を作ることができる。
136 :Fallin' Snow :2010/02/23(火) 21:11
頭では別のことを考えながらも手は動いていたようで、昼休み前には一通りの作業を終えられた。
チャイムが鳴って、椅子に座ったまま舞美が脱力していると、後ろから温かいものがのしかかってくる。

「おつかれー」

背中の筋が伸びて気持ちいいけれど、あまり体重をかけられると、痛い。
身体を起こして首だけで振り返れば、舞美の背中に隠れようとしているのか、桃子の頭だけが見えた。

「おつかれ」

とんとん、と手のひらで軽く頭を叩けば、桃子がひょこりと顔を出す。
近すぎる距離に戸惑う間もなく、「お腹すいた」と機嫌が悪そうにため息を吐いた桃子が、
また舞美の背中に体重をかける。

一貫校の内部生だから桃子とは中学も一緒だった。
ただし、顔と名前は知っていても話したことはない人、というのはそれなりにいるもので、
そういう関係だった二人がまともな会話を交わすようになったのは高校生になってからだった。
137 :Fallin' Snow :2010/02/23(火) 21:13
同じクラスになって、思いのほか気が合うとわかってから親しくなるまでに時間はかからず、
互いの推薦入試の結果が出てからはさらに身近な存在になったけれど、舞美としては
そういう区別にあまり興味はない。

立ち上がろうと腰を浮かすと、背中に寄りかかっていた桃子がよろけてしがみついた。
ブレザーをつかまれる感触が何枚かの布越しに舞美にも伝わる。

「ごめん。お昼、買いに行かないと」

今日は昼までだと思っていた、とは口に出しづらく、事実だけを舞美が言葉にすると、
「先に食べてるからね」と不満そうな声が背中から聞こえた。
腕を伸ばして頭を撫でてやれば、子ども扱いしないでと拗ねたように言うのが
かわいらしくて、桃子が嫌がるのにも構わず舞美は「いいこだねー」とふざけて遊ぶ。

「もー、早く行きなよ!」

頬を膨らませた桃子に追い出されるようなかたちで教室を後にして、ちょっと
悪かったかなあと思いつつ、舞美の関心は昼食をなににするか、ということに移った。
138 :Fallin' Snow :2010/02/23(火) 21:15
校舎の玄関をくぐってすぐの購買部に向かうことにして、廊下を歩く。
三階の教室から行くには階段を通らなければならないのは明らかで、
ついさきほどまで思い返していたせいか、あのときとは気温も時間帯もまったく違うのに
記憶の中を歩いているような、妙な気分になった。

夕日は差していない。
昼間なのに薄暗い階段を降りる。踊り場には、ふと見上げた角度に小さな窓がある。
日差しが、薄いグリーンの床に鮮明な影をつくっていた。

卒業が近づいて感傷的になっているのかもしれないと舞美は思う。
段を踏み外さないように気をつけながら、ゆっくりと歩く。

「舞美ちゃん」

呼ばれて振り返ったさきには愛理がいた。段の途中から見上げると、逆光でまぶしい。
目を細めたせいもあるだろうけれど、表情までは見えなかった。
駅で見かける以外はほとんど接触の機会もなかったから、懐かしい気さえする。

昼休みなのだからもっと人がいてもよさそうなものの周囲に人影はない。
とんとんと手すりを握ったまま愛理が段を降り、舞美の隣に立つ。

「久しぶり」

舞美がそう言うと、愛理は小さく頷いた。

記憶と似た光景だけれど、これはただの偶然。舞美は静かに深く息を吸って吐く。
重なっている要素といえば舞美と愛理と階段だけだった。
139 :Fallin' Snow :2010/02/23(火) 21:16
暑い夏の日で蝉がうるさかったのを覚えている。
愛理は初めから隣にいたことも忘れてはいない。

階下からかすかな喧噪が聞こえる。
中学の校舎は別棟だ。どうして愛理が高校の校舎にいるのかが気にかかった。
訊けば、「クラス委員だから」とだけ返され、雑用かなにかを頼まれたのかと
舞美は推測するけれど、それ以上は愛理の口から聞き出せなかった。
話しかけづらい雰囲気、というものの経験が少ないせいか、戸惑った。

声を掛けてきたのは愛理の方なのに唇を引き結んで黙りこくっている。
沈黙が続くほど苦しくなった。なにか言わなければと焦り、息を吸い込むと乾いた空気で口が渇く。

同じ時間は永遠に続かない。
春になれば舞美は大学生になるし、愛理は高校生になる。

見知らぬ生徒が怪訝な顔をして二人の横を駆け抜けていった。
短い髪が、風でゆれる。

知らない背中を見送って、愛理に視線を転じた。
セーラー服は寒そうに見える。舞美も三年前は同じものを着ていたはずなのに、
冬の気温をどう体感していたのか、今ではほとんど思い出せない。

「そだ。卒業したら、制服いる?」

どうというつもりもない舞美の言葉に、愛理はぴくりと肩を震わせる。
中学を卒業したときは、本人の意思というより母親同士の取り決めで、
いらなくなった制服を愛理に譲った。
140 :Fallin' Snow :2010/02/23(火) 21:24

「わからない」

首を横に振って、愛理がため息をつく。
後ろ向きな反応に苦笑して、途方に暮れるように視線を天井に向けた。

「寒くない?」
「……半年くらい前だけど、覚えてる?」

舞美の質問に対する答えはなく、曖昧に、まったく違うことを問い返されて言葉に詰まる。
なにを、というのは自明だったから聞き返すのは躊躇われた。
返事を待たずに愛理は続ける。

「私があのとき足を滑らせなかったら、って何回も考えた」

語られる言葉はおそらく独白に近いものだ。
急速に心が冷えていくのを感じる。聞きたくないと思う。
けれど止めることはできなかった。どこかで、舞美も知りたがっている。

「舞美ちゃんはそんなことないって言うんだろうけど、あれがなかったら、ぜったいに今とは違う未来になってた」

愛理がどれほどの罪悪感にさいなまれているかを。純粋に知りたいと思った。
それは嗜虐的な趣味ではなく、単なる好奇心だった。

「捻挫って言ってたけど、本当なの? 立てなかったんだよ。
 そんな、よっぽどじゃん。かばって、そのせいで、そんな、怪我」

涙声になって愛理が息をつまらせる。
着地が悪かったのか、一緒に階段を落ちたのに舞美だけが怪我をした。
実際に起こったこととしてそれは変えようのない事実だけれど、それから後は愛理の解釈でしかない。
141 :Fallin' Snow :2010/02/23(火) 21:28
罪悪感で縛って、縛られて、これ以上は近づけないし離れることもできない。
足を滑らせた愛理をかばったと言えば聞こえはいい。それが真実かどうかわからなくても
それらしい事象が起こって、当事者がそう認識しているのだから、それでいいのだとも思う。

「昼休み、終わっちゃうよ」
「……舞美ちゃん」

愛理の方を見ることができなくて、なにもない正面に目を向けて言っても
縋るような視線を感じて痛かった。伸ばした手は余計なことをしただけだったのかも
しれないと、愛理はきっとつゆほども思っていない。

「愛理。もうやめよう」

怪我のことを思い出すのは苦痛ではないけれど、そこからの思考を反芻させられるのは
つらかった。自分勝手で独りよがりで、嫌な人間だと思い知らされるのは耐えがたい。

舞美の態度をどう受け取ったのかはわからない。
二人の間に沈黙が居座る。
時が止まったような。そんな感覚がしても時間の流れは止まらなかった。

「もう、言わない」

小さな声は決別を告げられたようで、どうしようもなく、それが嫌だと思った。
142 :Fallin' Snow :2010/02/23(火) 21:28

143 :あみど :2010/02/23(火) 21:30

レスありがとうございます。
涙止まらないわあなた(方)優しすぎるから。

>>129
お待たせしました!
ありがとうございます、そう言っていただけて嬉しいです

>>130>>97
お待たせいたしました
2年ちょいぶりですね。レスありがとうございます。

>>131
きちゃいました! 続きました!
たぶんもうちょい続きます

>>132
私もやじすず好きです
そんな嬉しい言葉をいただけて、嬉しいのは私の方です
なんとか続きましたー

>>133
きてましたー!
続いたのですが、まだ続きます。たぶん


予定よりも更新の間が空いてしまいました……が、
つづきます(たぶん)
144 :名無飼育さん :2010/02/23(火) 22:48
酔いしれます。
良いしれてしまいます。
ありがとう
145 :名無飼育さん :2010/02/24(水) 00:43
梅さんかよッ!w
146 :名無し飼育 :2010/02/25(木) 01:18
?涙が止まらない放課後じゃないの?
147 :Fallin' Snow :2010/04/04(日) 10:05

148 :Fallin' Snow :2010/04/04(日) 10:06

 ■ ■ ■
149 :Fallin' Snow :2010/04/04(日) 10:06





河童の頭を指先でつつく。
ときどき拭いているから埃はつもっていない。
つるつるしたお皿を撫でていると、小指があたって隣にいた河童が倒れた。

慎重に指でつまんで立ち上がらせていると、階下から名前を呼ばれる。
今忙しい、と心の中で返事をして、愛理は指先に神経を集中させた。
机の上にひしめき合っている河童たちは、一歩間違えると将棋倒しになってしまう。

階段を上がる音のあとにドアがノックされた。
河童の救出作業を中断し、愛理は腰を上げて返事をする。

倒れたままの一匹が気にかかり、ちょっと買い物行ってきて、と
母親が差し出したメモ用紙と小銭入れを無意識に受け取ってしまった。
渋い顔をすると、運動不足でしょといなされる。
外は寒いか訊こうとして、やめた。
さっき帰ってきたばかりなのだから、そう気温が変わっているわけもないだろう。
変わるとしたら寒くなる方だ、と気づいて愛理はため息をついた。

今夜は雪になるでしょう、と夕方のニュースが言う。
その声を聞きながら愛理はソファに投げ出していたコートを羽織って、マフラーをつかむ。
ハンガーにかけなさいね、と言われ、いつもやってるもんと心の中で言い返す。
150 :Fallin' Snow :2010/04/04(日) 10:07
玄関でマフラーを巻いているとインターホンが鳴った。
ローファーを履きかけだったせいでよろけつつ、愛理はドアを開ける。

宅配便かなにかだろう、と思っていたら、意表を突かれた。
すぐに開いたドアに驚いたように目を瞬いて、舞美が「おー」とどこか間の抜けたあいさつをする。
その後ろには日が落ちかけた空が見え、寒さのせいか、舞美の頬は少し赤くなっている。
愛理がそれを指摘しようと口をもごもごさせると舞美は不思議そうに首をかしげた。

「どうしたの?」

言おうとしたこととは違う言葉が口から出た。
一瞬遅れて、舞美が片手に持っていたものを差し出し、愛理がそれを受け取る。
いつから使われているものなのか回覧板の角はすりきれてしまっていた。
指で触れてもひっかからず、ほぐれてしまった紙の繊維が地面に落ちる。

「それ、持ってきた」
「うん」

頷いて、回覧板を床に置く。
中途半端に首からたれ下がったマフラーをきちんと巻き直す。
愛理が顔を上げると、「じゃ」と舞美が片手を上げ、背中を向けた。
151 :Fallin' Snow :2010/04/04(日) 10:08
声をかける前に、足を踏み出す前に閉じられそうになったドアを押し返して、愛理も外に出た。
吹き付ける風が冷たくて顔をしかめ、またよろけた。
支えるように腕をつかまれて見上げると、なびく髪を片手でおさえながら、舞美が笑っている。

「出かけるの?」
「え、と」

どういう顔をしてどう話せばいいのか、急にわからなくなって愛理はとまどう。
大きな音をたてて背後のドアが閉まった。驚いて身体を震わせると、優しく腕を握られる。

「おつかい、頼まれて」

言ってしまってから、おつかいでなくとも他に表現があったんじゃないか、と
気恥ずかしくなって愛理は顔を俯かせる。
「えらいね」となんの屈託もない舞美の声が聞こえた。

背を向けて鍵を閉めている間も、すぐそばに舞美の気配を感じて落ち着かない。
いつもより時間がかかってしまい焦る。
振り返ると舞美はぼんやりと中空をながめていて、その横顔に胸が苦しくなった。
どこかへ行ってしまうのではないかと、根拠もなく思い、不安になって袖を引く。

気づいて微笑みかける舞美はいつもと変わらない。
それを見て愛理の顔もほころんだ。
152 :Fallin' Snow :2010/04/04(日) 10:08
「なに買うの? ついて行こっか」
「や、大丈夫だよー」

へらへらと笑うと、舞美は苦笑ぎみに頬をかいた。
小銭入れしか持たされていないし大した買い物ではないだろう、と愛理はメモを見る。
と、一転してむずかしい顔になった。
ひょこりと舞美に手元をのぞき込まれ、反射的に、見やすいようメモ用紙を広げる。

「やっぱついてく」

行こう、と手を引かれた。
素直に従う気にはなれずに舞美を見上げると、「暇だから付き合わせて」と微笑まれる。
そこまで言われると断る方が難しい。
しぶしぶ愛理が頷くと、引くだけだった手を繋がれた。
153 :Fallin' Snow :2010/04/04(日) 10:09
「今夜、降るらしいからねえ」

おつかいにはちょっと多い、と思えるメモだったけれど、
なにか納得したように舞美は一人でうんうん頷いた。

繋がれた手を離すか迷いながら愛理は眉を下げる。
舞美も帰ったばかりだったのか、制服とコートのままだった。
マフラーが巻かれていない首元が寒そうで心配になる。

緩く繋がった手はすぐに離れてしまいそうで、離れない。
恥ずかしさよりも触れていたいという気持ちの方が勝って、
さりげなく愛理は手のひらに力を込めた。

「積もるかな」

返事を期待したわけではない愛理のつぶやきは、白い息と一緒にただよう。

「積もったら、また遊ぼう」

笑うと目が細くなる、そのやわらかい舞美の表情が愛理は好きだった。

「今度はちゃんと完成まで見るから」

河童どうなったの? と問われ、「とけちゃった」と愛理は応える。
寂しそうに笑う顔すらふわふわと穏やかで、不意に泣きたくなった。
154 :Fallin' Snow :2010/04/04(日) 10:09
舞美ちゃんは優しい、と愛理は思う。
穏やかな海、ぽかぽかの太陽、気持ちのいい風、そういう温かさをいつも感じていた。

そのぶん、突き放されると不安になる。
心臓をつかまれるような生々しい恐怖はいままでに経験がなくて、
しかも舞美が原因でそうなることが愛理には怖かった。
155 :Fallin' Snow :2010/04/04(日) 10:11
いつになく穏やかに時間が流れているような気がした。
手を繋いで歩くと幼かった頃を思い出し、自然と笑みがこぼれる。

「なに笑ってんのー」
「だって。懐かしくて」

きっとだらしない顔になっている、と自覚しながらも愛理はまっすぐに感情に従う。
転んで泣いていたときも、雨に降られて走って帰ったときも、手を引いてくれたのは舞美だった。

距離の分だけ疎遠になってしまうのだろうか、といつもは考えないようにしていることが頭に浮かぶ。
もうきっと楽しいだけではいられないのだと、うすうす気づいていたことなのに
あらためて考えるとやはり苦しくなって手に力が入る。

「寒い?」

愛理の意識とは違う方に解釈して、舞美も手に力を込めた。
首を横にふって否定すると、納得がいかなさそうに小首をかしげる。
あ、と急になにかを思いついた顔になり、舞美が繋いだままの手をコートのポケットにつっこんだ。

「一回やってみたかったんだよね」

でも歩きにくいかな、とぎこちなく笑い、すぐに外に出される。
愛理はそんな舞美を見ながら、どうにも様子がおかしいと思う。
それはやはり怪我が原因してのことなのかと思わずにはいられなくて、
しかしそれを話そうとすると空気がかたくなる。
どうしてなのか知ることはきっとない、そう思って、愛理はあきらめの気持ちで空を見上げた。

予報の雪は、まだ降らない。
156 :Fallin' Snow :2010/04/04(日) 10:11

157 :あみど :2010/04/04(日) 10:12
>>144
こちらこそありがとうございます
今年度もよろしくお願いします

>>145
梅さん卒コンDVDはとても泣けました……
梅さんが事務所決定したようで嬉しいです

>>146
あなたやさしっすぎるから〜ぁ〜
梅さん卒コンDVDは涙が止まらなかったです
158 :あみど :2010/04/04(日) 10:12
予定よりも更新の間が空いてしまいました……が、
つづきます(たぶん)
159 :名無飼育さん :2010/04/05(月) 00:27
のんびり書いてください
まったり待ってます
160 :名無飼育さん :2010/04/05(月) 10:17
とても穏やかな気持ちになりました…
161 :名無飼育さん :2011/06/30(木) 22:05
二人の空気感が好きです
今でも待ってます
162 :名無飼育さん :2011/09/17(土) 00:27
静かな雰囲気が良いですね。
163 :名無飼育さん :2011/10/05(水) 01:51
二人の雰囲気が好きです
気長に待ってます
164 :名無飼育さん :2012/02/06(月) 23:17
冬真っ盛りに合う話だ。
続きを待望します。
165 :あみど :2012/02/26(日) 00:06
>>160-164
レスありがとうございます。
お待たせしまして許してニャン。

この話の更新はこれでおしまいです。
166 :あみど :2012/02/26(日) 00:07
アンカーミスしました。
>>159-164
改めましてレスありがとうございます。
167 :Fallin' Snow :2012/02/26(日) 00:07

168 :Fallin' Snow :2012/02/26(日) 00:08






しゃかしゃかとビニール袋が擦れる音が、ひとけの少ない路地でうるさい。
舞美の手元に目を遣ると大きな袋が揺れていて、それは愛理が手にしているものよりいくらかふくらんでいる。
会計をすませている間に袋詰めをしてもらえたのはありがたかったけれど、
明らかに、ふたつの袋の重さは均等ではなかった。

「ねえ」
「ん?」
「袋、重いでしょ。交換しよ」
「全然」

ひょい、と肩の高さまで持ち上げて見せられればなにも言えなくなる。
唇を尖らせる愛理に笑顔を返す姿は、たしかに重さを苦にしているようには見えなかった。

「舞美ちゃんて、細いのに筋肉すごいよね」
「そうかなあ」

そうだよ、とふさがっていない手でブレザー越しに舞美の腕をつかむ。
「どう?」尋ねる舞美の声に、「かたいよ」と真面目に返答すると、笑われた。

むっとして顔を上げ、口を開こうとした愛理の視界の端に、ひらりと白いものが舞う。
はらはらと降り、アスファルトに触れると消える。

「雪、降ってきたね」

舞美も空を見上げて、言った。
169 :Fallin' Snow :2012/02/26(日) 00:09

がちゃがちゃと鍵と鍵穴を鳴らして、ドアを開く。
舞美から荷物を受け取り、玄関に置いたところで、先手を打つように愛理は口を開いた。

「お茶でも飲んでいってよ」

甘えると、少し戸惑ったように舞美の視線が揺れる。
この頃はそっけなくすることはあっても、こちらから近づいていくことはほとんどなかったから、
舞美の反応ももっともだと思った。

「お話しようよ。ダメ?」

断られることはないだろうと思った。
愛理の母親の後押しも手伝い、舞美は頷く。
少しほっとして、先に二階の自室に上がらせ、愛理はマグカップの載った盆を持ちゆっくりと階段を上がる。

こぼさないように気をつけながら、薄く開かれたままのドアを身体で押し開けた。
そろそろと歩いて、小さなテーブルの上に盆を置き、そのまま腰を下ろす。
窓際に立ち外を見ていた舞美が振り返り、学習机の上を指さした。

「河童、増えたね」

こまごまとした河童の人形や置物が並ぶ机。
並び始めたのは、最近のことではない。けれど、その数は着実に増えていた。
以前、舞美が見たときにはいくつくらいだったのだろうかと、愛理は考えるが思い出せるはずもない。

「……舞美ちゃんが来るのが久しぶりだからだよ」
「そうかな」

とぼけているのか、舞美は首をかしげる。
170 :Fallin' Snow :2012/02/26(日) 00:09
「そうだよ」

来るとわかっていたらもっときちんと片付けていたのに、と言いたくなるのを飲み込んだ。

「こっち来てよ」

そう声をかけると、舞美の視線がようやく河童から外れて、愛理に向けられる。
けれど身体がこちらへ近づく様子はない。

「冷めちゃうから、来て」

飲み物が冷めてしまうから、というのも、もちろん理由のひとつ。
けれど、それはほとんど口実に近かった。

「……逃げないでよ」

距離を取られて、悲しくならないと言ったら嘘だ。

「逃げてなんかないよ」

穏やかに舞美はそう言う。
愛理の隣に座り、顔をのぞき込む。

「もらっていい?」

頷くと、舞美がカップを手に取り、湯気が立ち上るカップに息を吹きかける。
遅れて愛理もカップを手にとって、口をつけた。
171 :Fallin' Snow :2012/02/26(日) 00:09
窓の外が陰りはじめる。
ガラス越しに見える雪はしんしんと降り続け、止む気配もない。
ぽつりぽつりと近況を話し合う。
家族のことや学校のこと。しばらく話していなかったから、話題には事欠かない。
ふと会話が途切れた時には部屋が薄暗くなっていた。
照明をつけようと立ち上がると、舞美に手を取られる。

「外、見てみようよ」

手を引かれ、窓際に立つ。路面がうっすらと白く覆われているのが見てわかった。
街灯に照らされて、降る雪も、積もった雪もまぶしい。
この調子でいけば積もるかもしれない。そう言おうとしたら、
つかまれたままの手が持ち上げられ、検分するかのように眺められる。

「細い」
「舞美ちゃんもそんな変わらないでしょ?」
「愛理って、ぎゅーってしたら折れちゃいそう」
「そんな簡単に折れないよ」

舞美が視線を上げて、言う。
薄暗い部屋にいるからか目にも陰りを感じた。

「確かめていい?」
「えー?」

真面目に言われると照れる。
へらへらとしていると、なにも言わずに抱きしめられた。
172 :Fallin' Snow :2012/02/26(日) 00:10
おや、と思った。
互いにスキンシップは多い方だけれど、こういう「抱きしめる」と形容されるべき状態はあまり経験がない。

「……舞美ちゃんが本気出したら折れちゃうかも」

空気に反して、冗談めかして言う。
自然に背中に回してしまった腕が、今になって落ち着かない。

「ごめんね」
「……なんで謝るの?」
「愛理はなにも悪くないから」

顔は見えない。
あやすように、舞美の背中を優しく叩く。
これからするのはきっと大事な話だ、と思った。
173 :Fallin' Snow :2012/02/26(日) 00:10
「私、愛理に忘れられたくなかった」

忘れるわけがないのに、なにを言っているのか、わからない。

「怪我なんて、すぐ治ってなんともなかった。けど、愛理が気にしてたから。
 ちゃんと説明しないでいれば、愛理はずっと私のこと気にしててくれるかもしれない、って思ってた。
 ……でも、こんなの間違いだって、今はわかる。愛理を悲しませたくなんかないのに、
 一番ひどいことをしてるのは、私だった。ごめん」

そんなことを考えていたのか、と思っただけで、安堵も怒りもなにも浮かばなかった。
肩に顔をうずめられて、首元で呼吸を感じる。

「……舞美ちゃん。顔、上げて」

面と向かって言えないから、こういう形を選んだのだろう。
わかっていて、顔を上げさせた。

「私も、ごめんなさい」

視線を合わせて、言う。

「舞美ちゃんが私のせいで怪我したとしても、それで一生私のこと忘れないなら
 それでいいかもって。思ったこと、あるから」

心に置いていてほしかった。
けれど、選んだ方法はきっと間違っていた。
174 :Fallin' Snow :2012/02/26(日) 00:10
「私も一緒だから。謝らないで。忘れないで。……嫌いにならないで」

ずっと言えなかったことが、すらすらと口をついて出る。


「嫌いになんてなるわけないでしょ」

力のこもった声で舞美が言う。

「私も、舞美ちゃんのこと嫌いになんかならない。忘れられるわけないじゃん」

ありがとう、と舞美は身体を離して、愛理の頭を撫でる。
すん、と鼻をすすって涙を飲み込んで、ぶつかるように抱きついた。
175 :Fallin' Snow :2012/02/26(日) 00:10
触れる手が優しい。
抱きついた身体は細いのにしっかりとしていて、愛理がどれだけ力を込めても折れそうにない。
痛いよ、と笑って、後頭部を撫でられる。
ぐいぐいと肩口に額を押しつけて、言った。

「舞美ちゃんはずるいよ」
「うん」
「もう会えなくなるのに」
「会えるよ。明日も明後日も、ずっと」
「嘘つき」

ずっとだなんて、子どもでもわかる嘘だ。
けれど、嫌いになんてならない、これも本当のようででたらめを言ってしまった、と愛理は思う。
嫌いにならないのは好きだからだと、伝えることができない。
176 :Fallin' Snow :2012/02/26(日) 00:10





目が少し腫れぼったい。
冷やして温めて、少し腫れが引いたところでタイムリミットだった。
窓から確認したとおり、うっすらと積雪している道路は光を反射してまぶしい。

向かいの家からの足跡は、駅の方へ続いている。
愛理もその跡を追いかけるように、足を踏み出した。
177 :Fallin' Snow :2012/02/26(日) 00:11


チャイムの音で我に返る。
午前中の授業がまったく頭に入らないまま、昼休みになってしまった。
ノートだけは取ったから、また後から確認しよう、と考えたところで、名前を呼ばれ顔を上げる。
痛いくらいにクラスメイトの視線を感じ、愛理は教室から飛び出す。

「なにしてるの!」
「愛理を呼びにきたんだけど」

責めるつもりはなかったのだけれど、大きな声を出してしまった。
しかし、きょとんとした舞美は首をかしげる。
一貫校とはいえ、高校生が中学生の教室に来て廊下から名前を叫ぶのはいかがなものか、という
機微を感じ取ってもらえそうにはなかった。

「ごめん、迷惑だった?」
「……いいけど」

はあ、とこれ見よがしにため息をついてみせる。
ちょっと時間いいかな、と明るい表情で舞美は言って、返事を聞かないうちに愛理の手を引いた。

「お昼休みだからいいけど、どこ行くの?」
「行ってからのお楽しみ」

女の子同士なら、学校の廊下で手を繋ぐのなんて珍しくもない。
なのに周囲の視線が気になるのは、相手が舞美だからだろうかと愛理は思う。
けれど、振りほどく気になれなかったのは、やはり相手が舞美だからだろうか。
178 :Fallin' Snow :2012/02/26(日) 00:11
行ってからのお楽しみ、と言われても、途中でわかってしまう目的地だった。
ブレザーのポケットから取り出された鍵でドアが開かれ、愛理は初めてそこに降り立った。

寒くて、高さが高さだけに風もある。
まさか屋上に出られるとは思っていなかったから、感心の目を舞美に向けると、
「日頃の行いがいいから」といたずらっぽく笑って鍵を揺らした。
空を仰ぐと、真っ青な中を白い雲が泳いでいる。息も白く、まだ冬は終わりそうにない。

「あー、とけちゃった」

残念そうな視線を向けられて、その指のさす方を見る。

「河童だるま作ったのに」

その言葉に、思わず笑みがこぼれた。
申し訳なさそうに舞美も口許だけで笑う。
179 :Fallin' Snow :2012/02/26(日) 00:11
舞美を置いて、歩いた。
屋上はフェンスに取り囲まれているから、それ以上の先には進めない。

「愛理」

名前を呼ばれて、振り返る。

「たくさん会おう。いっぱい遊んで、話そう」

離れてしまう前に、というのは言われなくてもわかった。
ずっと、どこか寂しそうにしか笑わなかった舞美が、昔みたいに優しく目を細めていることが愛理は嬉しい。
返事をする前に、舞美が続ける。

「真っ先に愛理に会いに来る」

微笑んでいても、その言葉には重みがあった。
きっと、本当に真っ先に来てくれるのだ。実直な舞美に嘘は似合わない。
もっと上手に虚言をかたれるほど器用なら、嫌いになっていたかもしれない。
愛理はつとめて明るく言う。
180 :Fallin' Snow :2012/02/26(日) 00:12
「舞美ちゃんは嘘つきだからなあ。信じられないよ」

嘘をついたことがあるのは事実だからか、否定はされなかった。
舞美に近づき、その前に立つ。
少し上にある目を見つめて、言った。

「いまは信じないよ。でも、嘘じゃないって証明してみせて」









181 :Fallin' Snow :2012/02/26(日) 00:12

182 :Fallin' Snow :2012/02/26(日) 00:12

183 :Fallin' Snow :2012/02/26(日) 00:12

184 :名無飼育さん :2012/02/26(日) 19:59
おお、更新されている。
ラストシーンがすごく綺麗ですね。余韻があって。
雪の描写によって、季節の移ろいや人物の心情がとても
分かりやすかったです。
この落ち着いた雰囲気が好きです。
185 :名無飼育さん :2012/03/21(水) 02:04
更新ありがとうございます!
嬉しすぎる…
186 :名無飼育さん :2012/04/11(水) 10:37
このスレの雰囲気がとても好きだ
今回の話はこれで完結…?
次作も楽しみです

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