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プリンセスはお年ごろ!? 〜シャイネリア王国継世騒動顛末期〜

1 :さるぶん :2009/07/03(金) 22:59
Milky Wayのお話です。

 【仕様】
  ・エロありです。
  ・おはスタでの3人をイメージしてお読みください。
  ・異世界ファンタジーです。
  ・ミステリも入ってます。
  ・Buono!も出ます。

よろしかったらどうぞ。
146 :名無飼育さん :2010/06/05(土) 09:41
 それが水を飲むことで、変わったのだとしたら、この水には魔法が掛
けられていることになる。

 少なくとも、元老院という、国の中で唯一魔法を管理することが許さ
れた機関が支給し、回収するこの水には、なにか秘密がある可能性が
あった。

「いくぞ…」

 オレは数杯の桶に戻された、まだ温かい状態の水を、両手で掬って
飲んだ。

 ノドの奥に、不思議な感覚が広がる。

「どうです?」

「…おいしくなかったら、吐き出していいよ?」

 2人が、息を呑んだ。

「クォ・ハル」

 オレは確かに言った。

「すごい!あれだけつかえてたのに!」

 コハルが手を叩いた。

「確かに、トロ子の発音もきれいだと思ってたけど、それと同じか、それ
以上だぜ!」
147 :名無飼育さん :2010/06/05(土) 09:41
 サーヤも興奮している。

「やっぱり、これは魔法が掛けられた水だったんだ」

 それを頭まで浸かって、お湯を飲み込む――しかも、コハルにビンタを
食らって、二度までも浴槽に沈んで、それでオレは魔法に掛かった。

「ちょっと待ってください…。まだわからないです。あなたが、たんに、この
国のことばに慣れただけかもしれないです」

「そっか…」

 オレたちは、みんな黙ってしまった。

「誰かほかに、うまく喋れないやついないのか。そいつで試してみよう
ぜ」

 サーヤが漏らした。

 すると、誰からともなく、みんなの視線が1人の少女にあつまり始め
た。

「…?」

 見ると、入り口にアイリが立っていた。

「…ご、ごえんなさい!」

 箒などを持っているようすから掃除しにきたらしかったが、真剣な目
で見られているので、また何か自分が失敗をやらかしたと思ったらしい。
148 :名無飼育さん :2010/06/05(土) 09:42
 下げていた頭を上げさせて、事情を説明すると、

「わ、わたし…ですか?」

 アイリは首をふった。

「えっと…べつに…お姫さまの水がきたらいとか、そういうのじゃらくっ
て…あの…その…」

「わかってるよ。魔法が怖いってんだろ? それは大丈夫さ。いま飲ん
だこいつがピンピンしてるんだから」

 そういってサーヤはオレの背中をバンバン叩く。

 アイリは実験台――といっては可哀想だが、それにうってつけだった
のだ。

 うまく言葉がしゃべれず、オレとはちがって、この国に来て長い。

 彼女の滑舌が改善されたなら、これは本物の魔法薬だということに
なる。

 渋るアイリに、サーヤがムリヤリ飲ませようとする。

「…ひゃあ、やえてください!」

「いいから、おとなしくしろ!このブリッコめ!」

 オレはそのことばにおどろいた。
149 :名無飼育さん :2010/06/05(土) 09:43
 この国でオレが”ブリッコ”ということばを使ったのは、コハルの前で
だけだ。

 そのとき、コハルは意味を知らないようだった。

 つまり、それは、この国に”ブリッコ”ということばがないことを意味し
ていた。

 見ると、コハルは、あたしじゃないよ…とわざとらしく首を振っている
が、こいつがサーヤに教えたことはまちがいなかった。

「…ふごっ…ゃうぇて…くら…ふごがふっ…さぃ!…」

 肩を掴んで、ムリやり流し込まれるようすは、まるでノドに棒でも突っ
込まれているみたいでかわいそうだったが、背に腹は代えられない。

「…はぁ、はぁ」

「ほら、『ごめんなさい』って、言ってみろ」

「…ご」

『「ご」?』

「…ご」

『「ご」??』

「ごめんなさい…」
150 :名無飼育さん :2010/06/05(土) 09:45
 言えた!

「やっぱり、この水は魔法の水だったんだ!」

 ほかに何をしゃべらせても、例のみょうな舌足らずが直っていた。

 ほかの水には、そんな効果ないんだろと聞くと、

「はい。水に渇きを癒す以外の効果があるという話は、聞いたことがな
いです」

 それでも一応、文献に当たってみる必要はありそうだったが、ほぼ
確定だろう。

 問題は、なぜ、こんな水――つまり、少なくとも、言語に対する一定
の効果を持った魔法がかけられた水で、コハルが沐浴をさせられてい
たのかということだった。

「キッカ。コハルの沐浴には、この水が指定されていたってことだった
よな」

「はい」

「これ以外の水を使ったってことは、なかったのか?」

 もしあったのなら、コハルになにか異変が出ていたのではないかと
思ったのだ。

「それは、ありませんです」
151 :名無飼育さん :2010/06/05(土) 09:45
「じゃあ水の問題じゃなくて、あとは沐浴の仕方の問題だ。つまり」

 沐浴をしなかった日があるかどうか、だ。

 オレは前に打ち明け話をされたとき、”オレが転移してきた次の日
以外、一度だって、コハルは沐浴を欠かしたことはない”というキッカ
の話を思い出していた。

 それを告げると。

「あの日、変わったことといえば、姫さまが沐浴の時間にお部屋にいら
っしゃらなかったということだけ。ほかに変わったことはなかったです」

「そうか…」

 オレはふと、コハルを見た。

 その”変化”というのが実在したとして、コハルがオレに”迫った”という
ことが、それに当たるんじゃないかと思ったからだ。

 普段のようすを見ていると、コハルは特に性に開放的だという印象は
ない。

 なのに、あの日のコハルは…。

「どうしたの?」

 オレは、じーっと見てしまっていたらしい。
152 :名無飼育さん :2010/06/05(土) 09:46
 コハルは、なにか顔についてる?といって首をかしげている。

「…な、なんでもないよ」

 オレは結局、そのことを言い出せずにいた。

 その後、オレたちは、コハルにしばらく沐浴させないで置いてみるか
とか、さまざまなアイデアを出し合ったが、どれも適切なものとは思え
なかった。
 
 
 
153 :名無飼育さん :2010/06/05(土) 09:46
 
154 :名無飼育さん :2010/06/05(土) 09:47



 数日後。

 あれから、調べ物ばかりする日が続いていた。

 アイリは、すっかりサーヤに対して恐れをなすようになっていて、ブリ
ッコちゃん、ブリッコちゃんといいながら追いまわされるのに対し、逃げ
まどうようになっていた。

 不思議なもので、それが却って仕事の能率が上げてもいたのだから
世の中分からない。

 オレは苦笑しつつ、それを見守りながらも、自分の存在をアイリに
重ねていた。

 タダで居座るわけにはいかないなと、調べ物に熱を入れていたのだ。

 このとき、もしオレが周囲の動きに対して鈍感になっていたのなら、
それはそのことが理由だったのかもしれない。

 このころ、コハルは、オレに近寄らなくなっていた。

 以前にも増して山積みになった本のせいもあったろうが、いつだった
かの図書室のときのように、入り口のところへ立って、中をつまらなさ
そうに見ていた。

 顔だけ出して、あの子は、いつまでお城にいるのか?と、しきりに
アイリについて煙たがるような発言をくり返していたから、コハルの中
で、彼女の存在が大きくなっていっているとわかった。
155 :名無飼育さん :2010/06/05(土) 09:47
 そのうち、いっそ友達にでもなるんじゃないか――なんて、オレは
のん気にキッカと話してさえいた。

 だが、そうしたコハルの変化に、まったく別の意味があったと、オレ
はあとで気づくことになる。
 
 
 
156 :名無飼育さん :2010/06/05(土) 09:47
 
157 :名無飼育さん :2010/06/05(土) 09:47



「この中に侵入者がいる!」

 男の声がしたのは、部屋のすぐ外だった。

 すぐさま、オレはキッカと顔を見合わせた。

 本を借りてくるにせよ、なんにせよ、オレは、ほとんど部屋を出ること
がなかったから、これまで時折やってくるコハルの父王や元老院の
使いたちに見つかることもなかったのだ。

 それを確認すると、キッカはうなづく。

「おかしいことは、他にもあるです。いまはもう午後3時。こんな時間に、
男性が塔の中へ入ってくるなんて、ありえないです」

 ドアの外では、多くの足音と、姫様!と呼ぶ声がする。

「やつらは、オレを探してるんじゃないのか?」

「分からないです」

 ドアをすこし開けて、外のようすを伺うと、武装した男たちと、元老院
のローブが見えた。

 サーヤたち――つまりコハルの親衛隊も駆り出されていたが、誰も
が塔の上にあるコハルの部屋を目指していた。
158 :名無飼育さん :2010/06/05(土) 09:48
「…あれは!魔法使いです」

 キッカが指さした先には、1人、老練そうな男がいた。

 元老院のフードを被り、手にはオーブのようなものを持って、ゆっくり
と歩きながら、辺りを伺っている。

「あれは見たことがあるです。確か、魔力を検知するための道具です」

 図書館の検索システムの不具合を調べるときに、使っていたのだと
いう。

――この妖気、姫様ではないぞ…

 あちこちで鳴っている足音や物音に混じることなく、その掠れたような
低い声は、ドアのすき間から、オレたちの方へそっと忍び寄るようにして
聞こえてくる。

 男はローブのフードを剥ぎ、何かを感じようとして鼻を啜ったり、指先を
探るように中空へ遊ばせたりしていたが、集団の流れに逆行して、下へ
降りていってしまった。

 すると、行き違いでサーヤが上がってきて、集団をそっと抜け出して、
こちらへやってきた。

「お前は、そこに隠れてろ。あとは、ウチがなんとかする!」

「でも、いずれバレるぞ!」

「やつらが追ってるのは、お前じゃない!」
159 :名無飼育さん :2010/06/05(土) 09:48
「は? じゃあ誰なんだよ。侵入者って」

「わからない。ただ、女らしい」

「…女?」

 オレは、まっさきにアイリの顔を思い浮かべていた。

 それが表情に出たのだろう。

「あぁ。ウチも、さっきから、あのブリッコのことを探してるんだが、見つ
からないんだ。もう捕まったって話も出てる」

 それきり、サーヤは用心しろと言い置いて、集団に戻っていった。

 キッカも部屋を出ると、こちらへひとが寄り付かないよう、あれこれと
工作をしてくれていた。

 オレは、ただ部屋の中でじっと待つことしかできず、歯噛みした。

 しばらくして、騒動は収まった。

 オレはせめてもと思い、隠れていたクローゼットを抜け出すと、ちょ
うどサーヤが入ってきた。

「無事だったか…。いまトロ子は元老院に連れられて、姫様といっしょ
に王様の元へ向かった」

「どうなったんだ? 侵入者は? キッカは何をされるんだ?」
160 :名無飼育さん :2010/06/05(土) 09:48
「落ち着け。捕まったのは、あのブリッコだ…」

「アイリが!? どうして…」

「ウチにも、よくわからないよ。とにかく諮問会議が開かれてて、事実
関係を確かめるために、この塔の責任者としてトロ子が召喚された」

 サーヤはほかに不審者がいないか、この塔を中心に城内を見回る
よう申し付けられたのだという。

「とにかく、いまは事態を見守るしかない…」
 
 
 
161 :さるぶん :2010/06/05(土) 09:48
更新です
162 :名無飼育さん :2010/06/12(土) 12:20



 詳細が分かったのは、すぐだった。

 サーヤと部屋で待機していると、開放されたキッカがコハルを連れて
戻ってきた。

「無事だったのか!」

 お互いに手を取り合って喜んだのも束の間で、キッカが声を上げた。

「アイリちゃんが殺されてしまうです!」

「なんだって!?」

「わたしが知ることのできた話だと、アイリちゃんは魔女です。その力を
恐れた元老院が、いますぐ処刑すると言い出して…」

「…魔女って、どういうことだよ」

 この国には魔法がある。

 それは知っていた。

 しかし、それは元老院だけが管理することを許されたもの、つまり他
に魔法使いはいないはずなんじゃ…。
163 :名無飼育さん :2010/06/12(土) 12:20
「魔法は、生まれながらに備わっているものですが、遺伝するものでは
ないとされるです。見つかり次第、王の権限で元老院ないし、その直属
の組織へ強制的に所属させられ、自由を奪われてしまうです」

「自由を奪うって…アイリは殺されるんだろ?」

「はい。本当なら殺されたりはしないはずなのです…だって」

 自分も魔女だから――。

 キッカはそう言った。

「私も近くの村で生まれて、魔力があることを知りました。でも、あまり
大きな力ではなかったですから、村中に知れ渡るにはずいぶん時間
が掛かったです」

 その噂が城へ――つまり元老院へ届いたのが13歳のとき。

 キッカが城へ雇われたのは、そのためでもあった。

 いつだったか、自分が城に雇われた理由のうち、1つは喋れないと
キッカはいっていた。

 それが、このことだったのだ。

 自分が魔女であると公表することをキッカは禁じられており、たった
1人だけ「この塔」に置かれた。
164 :名無飼育さん :2010/06/12(土) 12:20
 なぜだ…。

 なぜキッカだけが。

「城へ連れてこられたあと、そうやって身柄を拘束されたひとを、沢山
知ってるです。でも、殺されてしまったひとなんか一人も知らないです」

 キッカは震えていた。

 オレはとりあえずソファに座らせると、体をさすってやった。

 反対側で、コハルもそうしている。

 なにかトラウマでもあるのだろうか。

 「アイリという知り合い」が殺されるかもしれないという恐怖で震えて
いるのだとは思うが、そもそも、怯え方の質がちがうようにも思えた。

「…ちょっと待ってくれ、ウチ頭が混乱してる」

 サーヤは、さっきから部屋中を歩き回っている。

 オレだって同じだ。

 この国へ来てからというもの、”分かったこと”よりも”分からないこと”
の方が増えている気がする。

 おまけに、さっきまで顔を見てしゃべっていたやつが急に殺されると
か、じつは魔女でしたなどと言われて、すぐに納得できる方がどうかし
ていた。
165 :名無飼育さん :2010/06/12(土) 12:20
「アイリの処刑は、いつなんだ?」

「今晩です」

 早すぎる…。

「場所は?」

「街の外れの処刑場です」

 迷っているヒマはない。

 オレたちは決断を迫られていた。

 1つ――アイリを見殺しにするかどうか。

 2つ――助けるのだとして、どうするのか。

「助けにいくなら、メンバーはオレだ」

「ダメ、あぶないよ!」

 コハルが食らいついた。

「落ち着け、コハル。オレは元老院に顔を知られていないから、いろい
ろと行動しやすいし、アイリを逃がしてやるのにも便利だ。それに…」

 オレはもともとこの国の人間じゃない――。
166 :名無飼育さん :2010/06/12(土) 12:21
 そう言おうとして躊躇った。

 短い間だったが、コハルたちと過ごした時間は、とても楽しかった
からだ。

 「死刑囚を逃がす」というのは、たぶんこの国における大罪の1つ
であり、「王女の風呂場を覘く」のとはわけがちがう。

 この作戦を決行すれば、俺の存在は元老院に知られてしまうかも
知れず、そうすればもうこの国には居られないだろう。

 みんなとももう会えなくなる…。

「おい…迷ってるヒマはないみたいだぜ」

 サーヤが窓の外を指さした。

 城前からつづく通りを、フード付きのローブをかぶせられた誰かが兵士
に両脇を抱えられて歩いている。

「もう処刑するつもりなんだ!」

 オレは咄嗟に、あのローブを着ていた。

「どうするの?」

「止めにいくんだよ!」

 急いで塔を出ると、サーヤとキッカが付いてきた。
167 :名無飼育さん :2010/06/12(土) 12:21
 通りに出ると、あちらこちらに、何かばら撒かれているのが分かる。

 拾ってみると、アイリの人相書きだった。

「死刑囚が出ると、見せしめのために、決まってこうするです」

 オレたちは塔を出る前に、話をまとめていた。

 オレが元老院の一員であると装うこと、コハルが王に掛け合って、
いままさに決定を覆させたのだという嘘をでっちあげること、それを
急いで伝えに来たのだということ。

 そして抵抗されたら、オレがアイリを連れて国外へ逃亡すること。

 コハルは実際、父王のところへ交渉に行っていた。

 失敗したとき、報告が上へいくのを防ぐ目的もあった。

「おい、大丈夫なのか…」

 サーヤが心配そうにいう。

「処刑がすぐってだけで珍しいのに、王さまと元老院が下したはずの
結論がすぐにひっくり返るなんて、なんかおかしいぞ」

 処刑は今晩――という情報。

 これは最高会議で決定したもので、そこにはキッカも出ていた。
168 :名無飼育さん :2010/06/12(土) 12:21
 なのに、いまはまだ昼。

「確かに、とても引っかかるです…」

「オレには、よくわかんねーよ。でも、こうするしかないだろ」

 まもなくして追いつくと、オレたちは予定通り芝居を打った。

 連中は最初、信じられないようすでいたが、ローブの効果か、アイリ
をこちらへ引き渡した。

 フードをはがすと、そこには、まったく見知らぬ女がいた。

「はて? 誰です?」

「どういうことだ!」

「し、知りませんよ!オレたちは、ただこいつを処刑しろと…」

 兵士たちは、そそくさと帰っていく。

 オレたちは顔を見合わせた。
 
 
 
169 :名無飼育さん :2010/06/12(土) 12:22
 
170 :名無飼育さん :2010/06/12(土) 12:22
 その晩のこと。

 昼間の騒動は、上官へ報告にいった兵士をコハルが呼び止め、とり
あえず事なきを得た。

 というのも、あの女はアイリの変わりに殺されるところだったのであり、
要はダミーだったのだ。

 事実、あのビラには魔女のことなど一言も書かれていなかった。

 上としても、捜索に人手が要ったため、内密に処理することはムリだ
と思ったのだろうが、とりあえず”誰かが処刑された”という既成事実
さえつくれればそれでいいと判断した。

 よって、こちらとしては兵士に懐柔してウソの報告をさせるのは簡単
だった。

「もしかすると、アイリちゃんは地下へ連れて行かれたかもです」

 キッカは自分が魔女であるとわかったとき、お城へ来てすぐ、地下の
ある部屋へ連れて行かれたという。

「そこで適正が測られて、勤務先が決まるです」

 じっと床の一点を見つめながら話していた。

「その検査ってのは、なんなんだ?」

「わからないです…」
171 :名無飼育さん :2010/06/12(土) 12:22
 キッカの落ち込んだようすも気になったが、それでも行ってみるし
かなかった。

 オレたちのしたことは、コハルの威光もあってとりあえず漏れずに
済んでいるが、明日になれば、昼間の兵士たちが、もういちど上官へ
報告に行く可能性があった。

 あの一件の前に出しておいた、コハルから王への恩赦の願い出も、
あっけなく却下されていた。

「でも、あそこには見張りが付いてるですし、ローブは一着しかないで
す」

「オレがいく。場所を教えてくれ」

 何度も、何度も説明を聞いて、オレは道順と部屋の様子を頭に叩き
込んだ。

 塔の入り口には見張りがいるので、昼間の内に窓から抜け出すこと
にした。

 ありったけのシーツを持ってきて、ロープ状に結び、一方をベッドの
足に結ぶ。

 オレは窓を開け、もう一方を放り投げると、窓枠に足をかけた。

「気をつけてくださいです」

「姫様のことは、ウチたちにまかせろ!」
172 :名無飼育さん :2010/06/12(土) 12:22
 サーヤとキッカの顔を、オレはゆっくりと見た。

 もう、ここへは戻ってこられないだろうと思っていた。

「行っちゃいやだよ…」

 コハルが泣きそうな顔で、オレの服を掴む。

「だって、失敗しても成功しても、お城のみんなにバレちゃうんでしょ?
そしたら、もういっしょに居られない…」

「放してくれ。オレはいかなきゃならないんだ。塔へアイリを引き入れた
のはオレ…。オレがこなければ、こんなことにはならなかった。オレに
は行く義務がある」

「でも…キミが来てくれたから、コハル…すごく…」

 手を振り解こうとするが、きかなかった。

「キミがいなくなったら、町へは誰といけばいいの? 冷たいごはんを、
また1人で食べるの…?」

 ついに泣き出してしまったコハルの肩に、そっと手を置く。

「また、いつか会えるかもしれないだろ。それに、お前は王女だ。バカ
じゃないって、自分でそう言ったろ?」
173 :名無飼育さん :2010/06/12(土) 12:22
 コハルは引き付けを起こし、ノドの辺りを震わせていたが、ひとつ頷い
たきり、必死になってそれをガマンしはじめた。

 キッカが、そっと手を解く。

「これを持ってけ」

 サーヤが剣をよこす。

「ウチが使ってたやつ。餞別代わりだ」

 オレは目顔でありがとうを言うと、それを体に括りつけ、ロープを掴ん
で一気に下まで降りた。

 城を抜け出すルートは、コハルが使っていたものを選んだ。

 城壁を越えるとき、遠くでコハルの泣き声がしたが、オレはふり返ら
なかった。
 
 
 
174 :名無飼育さん :2010/06/12(土) 12:23
 
175 :名無飼育さん :2010/06/12(土) 12:23
 城門は、夜になると下りてしまう。

 行動を起こすなら昼間のうちだった。

 オレはずた袋の中へ隠していたローブを取り出すと、頃合をみて
着替え、城の中へと入っていった。

 そこから、しばらく身を潜める。

 日が落ちると、音も立てず、行動を開始する。

 中庭のあるほうを左手に見ながら進んでいくと、右手に例の謁見室
があり、それをやり過ごすと地下へ続く階段がある。

 これを降りていくと、壁には点々と松明がかがってあり、1つ、2つと
数えていくと地下の階が現れた。

 ここで予定通り地下牢をチェックするが、案の定、アイリはいなかった。

 キッカの教えを守って、さらに降りていくと、数が15に至ったところで、
さらに下層へとたどり着く。

 衛兵が立っていて、オレは元老院の威厳を意識しながら歩いた。

 相手が敬礼をする。
176 :名無飼育さん :2010/06/12(土) 12:23
 キッカによれば、魔法使いはみな城へ集められて、その適正を見ら
れるという。

 結果として、これは各地に配属され、キッカの場合は、コハルのいる
南塔に入った。

 昼間の話によると、ほかにも同時期に連れてこられたやつがいて、
これは王族が大病をしたときの薬を作るとかで、この地下の部屋に閉じ
込められているらしい。

 部屋へ入ると、声を掛けられた。

「姫様の薬が切れましたか?」

 そうだと精一杯、低い声を出していうと、男が席を立った。

 何か、引き出しのようなところを探っている。

「それにしても、おかしいですね。いつもより、切れるのが早くはありま
せんか」

 オレは、その間に、部屋の中を観察する。

 奥に1つ、扉があることに気づいた。

「侍女がお湯をこぼしてしまったのだ」
177 :名無飼育さん :2010/06/12(土) 12:23
 そう答えながら、扉へ近づく。

「そうでしたか。でも、それなら報告が入っているはずですが?」

 男は探し物を続けながら、探るようにこちらを見ている。

「薬には巨大な費用が投じられています。もし遺失などがあれば、すぐ
に報告を入れるよう、侍女たちには申し付けているはずですが――
おい、ちょっと、なにを」

 オレは覗き穴から中を確認した。

 すると骨組みだけのベッドの上に、アイリが縛られて投げ出されて
いた。

「おまえ誰だ? 聞いたことがない声だぞ」

 元老院は、つねにフードを被っている。

 そのぶん彼らの個体識別は、声で成されているのかもしれなかった。

「顔を見せろ!」

 そういってフードを剥ぎ取られると同時に、オレは懐に隠しておいた
剣をノド元に突きつけた。

「お…おい。よせ…」

 相手はバンザイになり、じりじりと後ずさっていく。
178 :名無飼育さん :2010/06/12(土) 12:24
 昼間、渡されてから分かったことだが、サーヤの剣は、男のオレでも
重いと感じた。

 それでも、精一杯、扱いなれてるふうを装う。

「鍵をよこせ」

 躊躇っているので、睨みつけながら、柄を握り直す。

 従わないと切りかかるぞ――。

 脅しをかける意味があった。

 相手は、それ見て軽く恐怖の声を漏らすが、なかなか動かない。

 オレは焦った。

 握り直したのは、腕が疲れているせいでもあったからだ。

 地下へ降りてからずっと、ローブの中で片手で持ち上げた状態の
ため、腕が痺れている。

 あと5秒、もつかどうか。

 4…
179 :名無飼育さん :2010/06/12(土) 12:24
 3…

 2…

 1…

「そこの壁にかかってる…」

「取ってこい」

 相手が部屋の奥へ遠ざかった。

 オレは、ようやく腕を下ろした。

 扉を開けさせて、アイリを連れてこさせる。

 引き渡しが完了すると、オレは再度、剣を向け、意識が朦朧としたま
まのアイリを連れて、後ずさっていく。

「アイリ、しっかりしろ」

「はい…助けに…きて…くれたんですね…」

 アイリは、オレの腰に手をまわしてきた。

「あぁ。でも、いまは走るんだ。上に向かって」
180 :名無飼育さん :2010/06/12(土) 12:24
 オレは階段をいくつか上ったところで、もういちど、ようやく意識がはっ
きりしてきたアイリに同じことを言いつけた。

 背中を押すと、アイリは弱々しく駆け出す。

「逃げられると思うなよ!」

 じりじりと迫ってきていた男の胸倉を、オレは蹴飛ばした。

 同時に、ふり返ってアイリを追い駆ける。

――魔女が逃げたぞーっ!

 男の叫びは、通路に大きく響いた。

 地上に届いていないことを願うばかりだった。

 アイリが地下牢の階をすり抜けると、脇から、おどろいた見張りが顔
を出した。

 オレはうなり声を上げながら、剣を突き出す。

 見張りの男が、あわてて横へと退くと、その隙に地上へと駆け上が
っていく。

 階下からオレたちを追う声がいくつも聞こえるが、思ったほど響いて
いなかった。
181 :名無飼育さん :2010/06/12(土) 12:24
「はやく!」

 オレは待っていたアイリの手をとると、城門の兵士へ向かっていった。

 いきなり剣を持って現れた人影に、兵士は驚いていたが、あたふたし
ている間に床へ突っ伏した。

 剣を抜く隙を与えず、オレが兜を叩き割ったからだ。

 やぶれかぶれの戦法だったが、相手の油断が、功を奏したのだ。

 それでも兵士は意識が残っているようで、うめき声を漏らしている。

 オレは腰から鍵を外すと、アイリに渡した。

「どっちですか?」

 鍵は二本あって、一本が大扉、もう一本が小扉のもの。

「小さい方だ」

 騒ぎを聞きつけた兵士が、どこからともなく現れる。

 オレは再度、剣を構えた。

「まだかっ!」
182 :名無飼育さん :2010/06/12(土) 12:25
「…ま、待ってくださいっ!」

 アイリが鍵を取り落とす。

「どっちか、わからない!」

 兵士が数人に増えていた。

――曲者ーっ!

 1人が切りかかってくる。

 オレはそれを精一杯に受け止めて、鼻先で火花が散るのを見た。

 お互いによろけていると、アイリが叫ぶ。

「開きました!」

 オレは足元に転がっていた、さきほど割れた兜の破片を拾い上げ
ると投げつけた。

 相手の頬の辺りに当たってひるむ隙に、外へ飛び出す。

 あとは一直線に走るだけだった。
183 :名無飼育さん :2010/06/12(土) 12:25
 月明かりの中、オレたちは自分の足が踏む土の音と、次第に遠のい
ていく兵士の怒声を聞きながら、シャイネリアの城下町を抜け出した。
184 :名無飼育さん :2010/06/12(土) 12:25
 
185 :名無飼育さん :2010/06/12(土) 12:26



 アイリの足は遅かった。

 オレたちは確保していた距離をぐんぐん詰められていたが、兵士たち
の多くが鎧を身にまとっていたこともあって、森へ逃げ込んだ。

 地形が入り組んでいるぶん、動きの軽さで勝負できると思ったのだ。

 すると案の定、追っ手の気配はすぐに消えた。

 暗かったことも幸いしていたのだと思う。

 見ると、アイリは過呼吸を起こしていた。

 大きな木の根元に腰をおろすと、背中を預けさせた。

 生まれてこの方、こんなに走ったことなどなかったのだろう。

 オレは最初あわてたが、背中をさすりながら口に手を持っていって
やると、次第に発作はおさまった。

「…私、死んじゃうかとおもいました」

 捕まっていたことと、発作のこと。

 2つのことを言っているのだろう。

「大丈夫。もう安心していい」
186 :名無飼育さん :2010/06/12(土) 12:26
 そういって、震えるアイリの手を握ってやった。

 しかし、早くもオレは不安になっていた。

 この先、どうすればいいか分からなかったからだ。

 城を出たあとのことは、ずっと考えていた。

 しかし地図の上だけでものを考えるのには限界があった。

 実際、頭の中に入っていたイメージは、一歩、町を抜け出した途端に、
吹き飛んでしまっていた。

 城前からずっと伸びている【ライカバラ街道】は、さらに延びて【ナーサ
ン峠】へとつながり、隣国の【ハンネルカ】への道となっているはずだっ
た。

 しかし、ここまで逃げてきただけで、いくつもの分かれ道が確認できた。

 情報収集の必要がある。

 オレはアイリを寝かしつけながら、明日、町へ戻って見ようと思って
いた。
187 :名無飼育さん :2010/06/12(土) 12:26
 
188 :名無飼育さん :2010/06/12(土) 12:26



 翌日の午後、オレは町にいた。

 アイリの顔は人相書きでバレてしまうと思ったから、不安で仕方なか
ったが、あそこへ置いてきた。

 街にいる兵士の数は、前に出歩いたときよりも増えている。

 オレはローブを着てこなかった。

 城を抜け出すとき、敵に顔を見られていたはずだったが、暗がりでの
出来事だったこと、その数が2人に過ぎなかったこと、そのうちの1人
が地下の非戦闘員だったからだ。

 また元老院のそれは威厳がありすぎて、かえって目立ってしまうと思
われたのだ。

 オレはまず地図をさがすことにする。

 支払いには、アイリが飯屋のあるじから受け取っていた金を使うつも
りだった。

 店を見つけ、もっとも詳しく描かれているものを買うと、食糧も手に入
れておかなくてはと思う。

 あれこれ用を足して歩いていると、にわかに辺りが騒がしくなった。
189 :名無飼育さん :2010/06/12(土) 12:27
 オレは顔がバレたのかと思って警戒するが、ちがったようだ。

 人々は、どこかへ集まっていく。

 ついていくと、王城前の広場へ出た。

 辺りの会話に聞き耳を立ててみると、王から何か発表があるのだと
いう。

――急なことだな。

――ああ。以前の演説で、王様がなにか途中まで話して、止めてしま
ったことがあったろ。あのときの続きをするんじゃないか。

 そういう声もあった。

 オレは確かにそんなことがあったのを思い出していた。

 肝心の「何を言いかけた」のかは距離が遠かったこと、風で遮られて
いたことから分からなかったのだ。

 しばらくしてテラスへ王様が現れると、辺りが静かになった。

――よく集まってくれた。今日はみなに話しておきたいことがある。

 塔の中から聞いていたときとはちがって、今度は、はっきりと聞き取
れた。

――私は先日、隣国のハンネルカに赴き、ある交渉を行ってきた。
190 :名無飼育さん :2010/06/12(土) 12:27
 高いところから話しているのに、まるで地面から響き上がってくるよう
な明朗な声だった。

――近頃、この国の経済状態がよくないことは、みなも知っていると思
う。そこで、私は娘のクォ・ハルを隣国へ嫁がせることにした。

 大きなどよめきが起こった。

――その見返りとして、豊かな水資源を持つハンネルカから、生活水
を提供してもらうよう契約を取り付けた。

 オレはおどろくより他なかった。

 コハルが嫁に行く?

 無邪気で、食べ物が大好きで、なによりも本を読むことが大嫌いな、
あのコハルが?

――まってください!

 顔を上げると、テラスにコハルが姿を現した。

 ドレスではなくて、部屋着を身につけていた。

――わたし、お嫁になんかいきたくありません!
191 :名無飼育さん :2010/06/12(土) 12:27
 そういって父王にすがり付く。

 父王は初め、わが子の肩を抱こうとしていたが、体を1つ震わせると、
振り払った。

 護衛のものたちが駆け寄って、コハルを連れて行こうとするが、コハ
ルはそれを振り切って、自らの足でテラスを走り去った。

 王はそのあと、取り繕うようにしてなにか言っていたが、威厳のかけ
らも感じさせなかった。

 オレの、そして人々の動揺も収まらない中、しばらくして正面の城門
から誰かが駆けてきた。

 見ると、コハルで、スカートの裾をまくりあげながら、裸足でこちらへ
向かってくる。

 オレは群集を抜け出して、路上へ出ると、併走しながら呼びかけた。

「――コハルっ!」

 立ち止まると、こちらを見て、コハルは目を輝かせた。

「いっしょに逃げて!」

 駆け寄ってくると、そういってオレの手を取る。
192 :名無飼育さん :2010/06/12(土) 12:28
 オレは同時に、城の中からの声を聞いた。

「いけーっ!」

 数名の兵士に追われながら、サーヤが駆けてくる。

 堀に架かる橋のところへ敵を集めて、剣で応戦しながら足止めをして
くれていた。

 顔を見合わせると、オレたちはいっそう速度を上げた。

 呆然とする市民の目に晒されながら庭園を抜け、路上に散った人々
のあいだをすり抜けると、一気に城下町を抜け出す。

 オレは昨日、いまと同じ道をかけたことを思った。

 二度ながら、シャイネリアに楯突いたのだ。

 群集の中で、今しがた、かなり顔を見られてもいた。

 ふり返ると、満面の笑みを浮かべるコハル。

 その手を強く握りながら、オレは、もう二度とシャイネリアの土は踏め
ないことを悟っていた。
193 :名無飼育さん :2010/06/12(土) 12:28



                       (第一章 シャイネリア脱出編 了)
194 :さるぶん :2010/06/12(土) 12:28
更新です
195 :名無飼育さん :2011/09/11(日) 21:33
続き待ってる。

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