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女神サマによろしくっ!

1 :Uターン :2007/08/14(火) 23:43
+ 1 +

 
 
また朝が来る。変わり映えのない朝。当たり前の夜が明けていく。

ああ、頭が重いっ…今日は、ええと、…な〜んだ、月曜日だから予備校は休みじゃん。
だったら、もう惰眠を貪ってやる〜〜〜っ!

うっすらと開けかけた瞼をもう一度ぴたっと閉じる。

ああ、至福の時…休みの日の二度寝ほど楽しいことはない。

僕は腹の上のタオルケットをたぐり寄せ、とろとろとまどろんだ。

 
68 :Uターン :2007/08/15(水) 23:05

「これが、石川透さん。そして、奥様の千夏さん…あああ、だから〜っ! 
触っちゃ駄目だって言ってるでしょうっ! 見るだけにして下さいっ、御利益がなくなりますっ!!」
「…御利益?」

また、訳の分からないことを言い出す奴だ。
…それにしても、コレが梨華ちゃんのご両親か〜、うわわ、本当にTVタレントになれるレベルだなあ。
梨華ちゃんはどちらかというとお母さん似になるんだろうか? 
この人たちはウチの親と同じくらいの年齢のはずなのに、どうしてこんなに若々しいんだろっ!?

「んもう〜、先輩は常識なさ過ぎっ! どうして、そんな風にボケボケしてるんですかっ!!」

小杉は演技じみた感じで額に手を当てる。このオーバーリアクションが何とも変だ。


69 :Uターン :2007/08/15(水) 23:06

「このカードはねっ! 今や老若男女を問わず、誰もがあがめ奉る究極のレアアイテムなんですよっ! 
あのねえ、素敵な彼女が欲しい男は千夏さんカード、格好いい彼氏の欲しい女性は透さんカード。
肌身離さず持っていれば、必ず願いが叶うと言われてます。
ついでに、お店で売っているオリジナルブレンドの紅茶を毎晩飲んで寝るといいとか〜、…ああああっ! 
何ですかっ、その不審の目はっ!! 本当に効力あるんですからねっ! 
馬鹿にすると罰が当たりますよっ!!」

この箔押しカードは本当に貴重品なんですからねっ!! …最後にそう言って、そそくさとしまう。


けどなあ、だいたい小杉なんかが肌身離さず持ち歩いている事からして、怪しい気がする。
とても「御利益」があったとは思えないぞっ! 
それに、男用と女用と両方持ってるって、どうよ!? お前、実は両刀遣い…っ!?



そして、予鈴が鳴る。貴重な休息の時間は何とも無駄に過ぎてしまった。



 

70 :Uターン :2007/08/15(水) 23:07
***   ***   ***



「あ〜、春海くんっ!」

僕が息を切らしながら公園の車止めを通り抜けると、彼女はもう先に来ていて、携帯でなにやら操作をしていた。
メールでも送っているんだろうか? 
僕の姿を確かめると、カバンにそれをしまった。
携帯もスケルトンの水色だ。

「ごめんっ…、待ったっ!?」

予備校のタイムテーブルの都合で、彼女の方が講習の終わる時間が30分ほど早い。
栄進光予備校はNOVAの様に駅の目の前。
地下鉄に乗って、僕が定時で上がってくるのに余裕で間に合うのだ。
昨日、あんな風に注目を浴びてしまってすくんだから、今日は直接公園に行って貰うことにした。

71 :Uターン :2007/08/15(水) 23:08

僕を待っていた彼女は、今日も制服姿だ。
夏休みなのに…と、昨日聞いたら、なにやら学校の規定で予備校とかに通う時には
通学と同じように制服を着用するように義務づけられているのだという。
良くは分からないが、浪人生に混じって服装とかが乱れるのを防止する為らしい。
誰でも制服の時は悪いことがやりにくい。ことに天下の山ノ上高校だったらなおさらだろう。

「ううん…でも、遅かったね?」

梨華ちゃんは時計を見ながら、でも責め立てる風でもなくあっさりと言った。

「あ、うんっ。…ちょっとね」

ふたり連れだって歩き始めるのは、昨日と同じ彼女の家への道のり。
涼しい風の吹き始める夕方の散歩はなかなか快感だ。
受験生には時間のロスとも思えることなのに、昨日はそのあと、ことのほか勉強がはかどった。
今までどうしても解けなかった応用問題が、すらすらと答えられる。あれには自分でも驚いた。

…でも。

72 :Uターン :2007/08/15(水) 23:09

隣りの彼女をちらっと盗み見ながら、若干の不安を抱えた自分を感じる。
どうして、彼女は僕なんかを選んだんだろう? 
やはり、この前の夜のことを気にしてるのか? 
そうでもなければ説明が付かない。

ただですら、信じられなくて狐につままれた気分。
しかも…さらに不安になるようなことを、さっき戻りがけに小杉に教えられたのだ。


「これは、僕たちの仲間内でもすごく謎とされているんですが…梨華ちゃんって、今まで特定の彼氏がいたことないんですよ? 
あれだけの上玉ですから、みんな落としたいとあの手この手で応酬したらしいんですが…み〜んな、まとめて玉砕。
箸にも棒にも掛からない状態だったらしいんですよ。
先輩っ…今に後ろから刺されますよ? くれぐれも、夜道には注意して下さいね」



 




つづく
73 :Uターン :2007/08/15(水) 23:16
>>46
ありがとうございます。
そう言ってもらえると嬉しいです。

>>47
ありがとうございます。
期待にそえるよう頑張ります。
74 :Uターン :2007/08/16(木) 14:03
+ 4 +



男と付き合った経験のない、清らかな崇高な少女。
ちょっと近寄りがたいほどの潔癖さを備えている。
声を掛けるのもためらわれるほどの、白百合のような気品。


 ……。


あ〜、我ながら陳腐な表現。
やはり、僕はゲーテにはなれないらしい(…最初から、無理だって?)。


小杉の話を聞いてしまったので、何だか妙にうなじの辺りがスースーするが、まあ、それはそれで…。
ともかく、僕はナイトなので、美しい姫君を無事にお城…もとい家まで送り届ける任務を遂行しようと心に誓った。




75 :Uターン :2007/08/16(木) 14:06
***   ***   ***



「へえ、梨華ちゃんは理系なんだ」

何しろ、一昨日会ったばかりで彼女のことを何も知らない。
あ、一昨日は一瞬だったけど(ついでにものすごいものまで拝んだが)。
質問攻めにする…というのも品がないが、まあ、長い長い道のりを黙って歩くわけにもいかず、当たり障りのない会話をすることにした。

まあ、受験生の話題と言えば受験のことだろう。
文系か理系か、志望学部、そして受験科目…そんな辺りから接点を見いだしていくしかない。
自分に関係がないような分野でも、友達や知り合いに近い人間がいれば、何となく知識があるし。

「…もしかして、医学部とか…?」

うわっ! 言ってしまってから、しまったと思う。
この一瞬で、ばばばっと想像してしまったぞっ! 
彼女が白衣姿で診察室の机の前に座っているのをっ!! 
あああああ、何てはまっているんだっ、最高だっ…でもって、
お医者さんごっことかしちゃったり…うわわわ、何考えてんだよ〜、僕はっ!

「え…?」

隣をすたすたと歩いていた彼女は、不思議そうに僕を見上げた。
何言っているの? この人…というお顔。

76 :Uターン :2007/08/16(木) 14:08

少しの沈黙が流れる。
その間、僕は白衣の裾からするりと見える組んだ足の映像を、自分の中から追い出すことに専念していた。
だってさ〜、すげー似合うぞっ! 梨華ちゃんが女医さんになってるの。
「じゃあ、…今度は私を診察してネ」とか言って…とか言って…
うわわわわわわ、鼻血っ! 鼻血がそこまでっ!! ひ〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!

「お医者さんはお医者さんだけど…、あの、獣医の方なんだけど」

盛り上がる僕に対し、どこまでも冷静な彼女の声。
そよそよと頬を撫でる夕暮れの風が僕を日常に引き戻す。

「は…、はぁ。そっか…」

しゅうううううん、ちょっとがっかり。
でもま、白衣は白衣に違いないだろう。
だがなあ、女医さんの方がやっぱ好みだよな〜…って。そんなこと、誰も聞いてませんって。

77 :Uターン :2007/08/16(木) 14:08

梨華ちゃんはそんな僕をまじまじと見つめてる。
本当に吸い込まれそうな瞳とはこんなものを指すんだろう。
びっちりと綺麗に生えそろったまつげに囲まれた目は艶々と濡れている。
「黒目がちの目」とはよく使われる表現だけど、本物はやっぱすごい。
今の僕にとっては心まで見透かされるブラックホールのように思えてしまう。

「じゅ、獣医学科に入るのって、すげ〜大変なんじゃなかったっけ?」

さすがに僕の周りには獣医を目指している奴なんていなかった。
と言うか、僕は文系だから、全然畑が違う。
哀しいかな、いくら同じ受験生でも志望する学部が違うとちんぷんかんぷん。
でも、僕は負けない。
小学校の頃に学校の図書室で見た「じゅういさんになるには?」と言う本の内容を頑張って思いだしていた。
人間、必死になれば何でも出来るのだ。

78 :Uターン :2007/08/16(木) 14:10

「確か、獣医学科ってすごく少ないんだよね、しかも国立がほとんどで。
全国で15だか16だかそのくらいだったよな〜、しかも医学部と同じで6年制なんだろっ、
もちろんそのあと国家試験もあるし…」

うんうん、「動物のお医者さん」でも言っていたぞ、獣医さんになるのはすごく大変だって。
実習も多いし、生体実験なんかになると研究室に泊まり込んだりするんだって。
生半可な気持ちで希望出来る道ではないだろう。まあ、彼女なら出来そうな気もするけど。

「うん…、まあ。そうね」

梨華ちゃんは何でもないようにさらりと答える。
歩くたびに髪の毛がさらさらと流れて、もう、ひとつの映像のように美しい。
こんなすごいものを間近で見てしまっていいのだろうか。
何だか人生の全ての運を使い果たしてしまいそうな気がする。
ちょいとオーバーかも知れないが、全く持って目の保養だ。

79 :Uターン :2007/08/16(木) 14:11

一応、ナイトだから…僕が車道側を歩く。
だから彼女の横顔の向こうには、ガードレールがあって、その向こうに広々とした風景が広がっている。
一番向こうは海。今、僕たちは線路を越えるように作られた高架の部分を歩いていた。
道路がだんだん上り坂になり、また下り坂になる。下を電車が通り過ぎていく。

「でも、どうして…。動物が好きなの?」

――まさか、チョビを観たから感化されて…とか、彼女に限ってそんなことはないだろう。
じゃあ、何だ…? 
あっさりして見えるけど、実はとても動物好きで家にはハムスターのゲージが10個もあるとか、
インコを100羽飼っているとか、庭には犬が5匹もいるとか…
何だかそんなことまで考えてしまう。さすがに呆れられたら大変だから、想像に留めておくけど。

「う〜んっ…そうだなあ」

あんまりこの手の質問もされないのだろうか。
彼女は初めて聞かれたみたいに、言葉を考えている。
小首を傾げたその姿がまた素敵だ。ちょっとアンニュイで。

80 :Uターン :2007/08/16(木) 14:13

「ウチね、お姉ちゃんが気管支が弱くて。
よくぜいぜいになったりしていたのよ。
だから、動物とか全然飼えなくて、お友達の家がとても羨ましかったの。
それなら獣医さんになれば、毎日たくさんの動物を触れるかなって思って…、そう言うのってすごく楽しそうでしょう?」

「…は、はあ…」

う〜ん、失礼だけど、ちょっと意外。こんな答えが返ってくるとは思わなかった。
彼女はもしかすると想像しているのとはちょっと違う女の子なのかも知れない。
あんまりに完成されていて隙がないように見えるけど、実は全然違う一面があるんじゃないだろうか?

「今も、バイトしてるの。早朝と夕方、犬の散歩の。どの子もみんな可愛いのよ、私が行くととても喜んでくれるの」

ふふっと、ちょっとだけ声を立てて笑う。
あ、…メッチャ可愛いかも。何だかドキドキする。
こうして彼女の意外な一面を知ることが出来るのは楽しい。
いいのかな、こんなことしていて。すげ〜、役得。

81 :Uターン :2007/08/16(木) 14:15

彼女は嬉しそうな色を瞳に残して、僕に聞いてきた。

「…春海くんは? 行きたいの、経済学部の経営学科なんでしょ?」
「え…?」

今度はこっちが驚く番だ。
んなこと、言ったっけ、僕。
確か話してなかった気がする。どうして知ってるんだろ…?

僕が、怪訝そうな顔をしているのが分かったんだろう。
彼女は、あれ? と言う表情になって、それからカバンを開けてごそごそと何かを取り出した。

「あ、ごめ〜ん。あのね、荷物の中にこんなの、紛れていて…ついつい、見ちゃいました。返すね?」

そう言って取り出す。
コンピューターが打ち出した紙切れ、A4版にびっちりと…、びっちりと…!?

「うぎゃああああああっ! …どどどどっ、どうしてっ!!」

82 :Uターン :2007/08/16(木) 14:16

思わずひったくっていた。
だってさ〜、これ、この前返ってきた模試の結果じゃん。
もうぼろぼろで…一浪の頃はもうちょっと判定も良かったはずなのに、今回はAとBがひとつもないっ! 
あるのは「志望校を再考することをおすすめします」ばかりだ。
プリントアウトされた冷静な明朝体にそう言われると、とても寒い気がする…。

「よく分からないんだけど、いつの間にか入ってたの…あの夜、かな」

どっき〜〜〜〜〜んっ! 

そのことを思い出すと、心臓が飛び出そうだ。
未だに回復する記憶のない夜。
彼女は覚えているのかっ、僕が…そのっ、何をどんな風にしたのかとか。
あああ、どんなに濃厚な夜だったのか、フラッシュバックでもいいから見えたらいいのに…そんな風に考えてしまう自分も惨めだ。

「あっ…、ああ、そう、…そうか…っ」

もう、あっちこっちがほころびだらけです。
冷や汗たらたらですっ…うわああああああ、どうしたらいいんだ、僕っ。
今、この置かれている状況はこの上なくすげ〜、ハッピーだと思うんだけど? 
でもさあ、…なあ…。

83 :Uターン :2007/08/16(木) 14:18

「あの…、春海くん?」

申し訳なさそうに、彼女が僕の顔をのぞき込む。
だから、そんなに見つめないでくれよっ…、いやらしい内側まで暴露しそうですごく怖い。

「ごめん、フェアじゃないよね? 
その模試、私も受けたんだけど…良かったら見せようか、結果。そうすればおあいこだよ?」

――いや、それは遠慮するっ…。これ以上、落ち込んでどうするんだ。
彼女の光り輝くような素晴らしい結果を想像しつつ、僕はぶんぶんと首を横に振った。



 
84 :Uターン :2007/08/16(木) 14:18
***   ***   ***



長い長い幹線道路をずーっと進むと、やがて駅に出る。

そこは、彼女の家から一番近い駅のひとつだ。
彼女が使うのは地下鉄だから、その駅はもう少し歩いたところにあるんだけど。
山を切り拓いて作った住宅地。緑を残したゆとりある設計で、ごみごみしてない。
何十年もここにあるみたいにしっくりと景観と溶け合っている。


駅の周りにはデパートや銀行の建物が並んでいて賑わっている。
そして、駅前には乗り降りの客をターゲットにした、ワゴンのショップがたくさん出ていた。

「今日は、売り切れてないかな?」

梨華ちゃんが時計を見ながら言う。

ここのソフトクリーム屋のチーズケーキソフトが目玉商品なんだそうだ。
一度食べたら忘れられない味で、わざわざここまで足を運んで買い求める客も後を絶たないとか。
ソフトクリームだけにお持ち帰りは出来ず、この場で食べるしかないのもレアなものになる一因だろう。

85 :Uターン :2007/08/16(木) 14:19

昨日もここまで来て、彼女が「食べようか?」と言った。
でもいざ、買いに行ってみると非情にも「あとひとつです」と言われる。
ここでもまた、僕の情けない人生の断片がかいま見れたのだ。
すげ〜落ち込んだ。
もちろん彼女はひとつしかないソフトクリームをひとりで食べるなんて酷いことはせず、また明日ねと言ったのだ。

ソフトクリームなんて、ものすごく食べたいものでもない。
でも…梨華ちゃんがこうして気を遣ってくれるなら、食べてもいいかなと思う。
そんな感じで、ショップの前に歩み寄ろうとした時。
駅からどばばっと人並みが押し寄せてきて、僕たちの前に長い長い河を作ってしまった。

「…あ…」

その流れが切れるまで、ふたりで呆然と立ちつくしていたが。
やがて、僕はとあるものを目にしてしまった。

86 :Uターン :2007/08/16(木) 14:21

西の杜学園の…制服。しかもカップルだ。
制服の着衣モデルのように並んで歩いている。

前にもちらっと言ったかも知れないが。僕は西の杜をわずか1年足らずでやめている。
まあ、やめると言っても、中学は義務教育だから、普通の公立中学に移っただけのことだが。
でも、せっかく受かっておきながら、通い続けられなかった情けなさは今でもあの制服を見るたびに思い出す。

…ああ、いやだなあ…。

そんな風に暗くなりながら、隣りの梨華ちゃんを見る。
…すると意外なことに。
彼女も僕と同じものをみて、凍り付いた表情をしていた。

87 :Uターン :2007/08/16(木) 14:21

それを見なかった振りをして。ふたり分のソフトクリームを買って、その辺のベンチに座る。
こうしてほっと一息つくと、ほんっとにこの辺は高校生カップルが多い。
ソフトクリームを舐めているのだって、ほとんどが高校生の男女ふたり組だ。
もしかして、カップル限定販売なのかと思ってしまうほど。

「ぼっ…僕さあ…」

心の中にあるもやもやしたものを吹っ切るように、努めて明るく言った。

「中学の頃っ、1年だけ『西の杜』に通ってたりするんだよな〜っ…なんか、あの制服っ、懐かしくてさ」

別に自慢している訳じゃない。
だって、梨華ちゃんは山ノ上高校の生徒だ。
しかも校内での成績もトップクラスらしい。
私立なら西の杜、公立なら山ノ上、と言うのが伝統的な進学校。
ちょっとひねた考え方かも知れないが、6年間も私立に通うなら、公立で同等の教育を受けた方が親孝行だ。

88 :Uターン :2007/08/16(木) 14:23

そりゃ、西の杜をやめたことは僕の20年の人生の汚点になるだろう。
しかも、それからも成績は振るわず、山ノ上なんて受ける気力、全然なかったし。
でもさ〜、いつまでもこだわっていても仕方ないと思う。
ほら、見てみろ。

あっちにいるカップルもこっちにいるカップルも…みんなみんな、僕と梨華ちゃんに注目している。
まあ、ほとんどの視線は梨華ちゃんに注がれていると言ってもいいが。
道を歩いている時だって、僕はずっと夢心地だった。想像すら出来なかったことだ。
こんなに可梨華い彼女とふたりで歩けるなんて。
ベンチに座って、ソフトクリームを舐められるなんて。

89 :Uターン :2007/08/16(木) 14:24

他力本願と言えばそこまでだが、すごく勇気が湧いてきた。
梨華ちゃんと一緒にいるだけで、何だか僕まで変わっていける気がする。
頭の中がすっきりして、勉強もはかどる。
たった2日では「睡眠学習枕」の効果も試せないんじゃないかと思うが、でもでも、ちょっと違ってきているんだ。

「ふうん…そっか」

梨華ちゃんにとって、僕の話は大したことのない内容なのだろうか。
でも、駄目ねえともすごいねえとも言われず、ただ淡々とされていた方が楽だった。

でも、次の瞬間。彼女の身体がぴくっと跳ねた。

「…あ、じゃあ、もしかして…?」

何に気付いたのだろう、彼女は小さく叫ぶ。

「春海くん、私より2学年上だから…もしかして中等部で、ウチのお姉ちゃんのひとつ後輩だったんじゃない? 
知らない? 何だか有名だったらしいけど」
「…へ…?」

いきなり「知らない?」と聞かれても…覚えがなかった。


90 :Uターン :2007/08/16(木) 14:26

西の杜に入学して。余裕があったのは1週間のガイダンスの期間だけだった。
授業が始まってみると、いきなり落ちこぼれてしまう。
夜中までかかっても終わらないほどの宿題が出る。
他のクラスメイトもさぞ大変な思いをしているのだろうと思ったら、そうでもないのだ。

帰宅部なんて、僕だけ。
他の奴らは部活で汗を流している。
体育の授業ですら、頑張りすぎると他の授業に響く気がするのに。
すごい奴なんかは、朝練をして、昼練をして、その上放課後もフルで活動してる。
良く、本当に勉強の出来る奴は何をやらせても出来る、と言うがその通りだった。

周囲に気を配る暇もなく、必死に勉強したが追いつかない。
そして、いつの間にか努力をすることまで面倒くさくなっていた。
だって、少しぐらい頑張ったところで、結果なんて出ないんだから。
僕が頑張っていい点数を取っても、他の奴らはもっと高得点なのだ。

91 :Uターン :2007/08/16(木) 14:27

…梨華ちゃんのお姉さんだったら、石川…う〜ん、駄目だ。全然覚えてない。

「ごめん、…分からないや」

僕が言うと、梨華ちゃんはきょとんとした顔でこちらを見た。

「知らないの? …本当に?」

ふうん、そっか〜とソフトクリームを舐める彼女が、何だか少し表情を変えた気がした。
僕の気のせいだったのかも知れないけど。
てろん、と指に溶けかけたクリームが流れてハッとする。
夕暮れとは言っても、まだまだ夏の盛り、やわらかいソフトクリームなんてすぐに溶けてしまう。
僕はどろどろになりかけた表面をひと舐めして、そして、ふと気付いた。

「え〜、梨華ちゃんのお姉さんは西の杜の生徒だったんだ?」

彼女が公立の中高なのだから、兄弟もそうだと思っていた。違うんだ。

92 :Uターン :2007/08/16(木) 14:28

「うん、…お姉ちゃんはもうとっくに卒業したけど。今、弟が高等部の2年にいるの」

…へ? 何だ、それは。ちょっと、おかしいぞ。

何でもないように彼女は言うが。お姉さんも弟くんも、西の杜!? 
で、どうして彼女だけ公立なんだ!? 
僕のように途中で転校したと言うこともないだろう。
山ノ上トップの成績だったら、西の杜だって余裕のはずなのに。…でも、まさか。

「あのぉ…、梨華ちゃん」

やっぱ、ちょっと言いにくいから、声が小さくなる。

「もしかして、受験に失敗したとか…?」

そう言う奴も確かにいた。中等部を受けたが落ちて、公立の中学に進んだ。
でもその悔しさがバネになる。
必死で勉強して、高等部に入学する奴もいたし、梨華ちゃんのように山ノ上に進学する奴もいた。

もしも…もしも。
こんなに完ぺきに見える彼女にもそんな過去があるのだとしたら。
僕たちは似たもの同士なのかも知れないっ! だからっ…だから、惹かれあうのかっ!?

93 :Uターン :2007/08/16(木) 14:29

しかし、僕のそんな淡い期待は、彼女の言葉に打ち消されてしまった。

「え…? 何言ってるの。西の杜になんて、最初から行く気もなかったもの…」

ぺろぺろぺろ。
ソフトクリームを全部食べ終えて。
彼女はほふっとため息を付いた。

「お姉ちゃんが西の杜に合格した時に、パパとママがものすごく難しそうな顔をして。
夜中までずっと話し合っている時期があったの。やっぱり、ひとり行けば、3人とも…って考えるよね? 
でもウチは自営業だし、そんなにゆとりもなかったんだと思う。
塾やお稽古ごとだって、結構な出費だもんね」

…梨華ちゃんとお姉さんは3歳違い。
と言うことは、お姉さんが西の杜に合格した時、梨華ちゃんはまだ小学校の3年生だったことになる。
そんなに小さな女の子が、両親の悩みを感じ取っていたなんてすごすぎる。

94 :Uターン :2007/08/16(木) 14:30

しかも彼女は。弟はきっと西の杜に入った方がいいと思ったという。
だったら、自分は公立に行こう。公立に行って、国立に行けば、親は少しは楽になる。
難しい顔をしなくてすむと。

「弟はね、バレーが好きで、部活やりたがっていたの。
西の杜のバレー部は全国レベルだもんね。私はそう言うのないし、だから、いいかなと思った」

特にすごいことをした、と言う感じでもない。
梨華ちゃんはなるようになったという風に、淡々と語った。

95 :Uターン :2007/08/16(木) 14:31

「ううう……っ」

ああ、対して。僕の情けなさと言ったら、何だろう。
さんざん金を使わせた挙げ句に、西の杜を首になって、そのあとも進学のための塾や予備校に通ったが、全然身にならなかった。
今では堂々の二浪。
あとがない状態なのに、この悲惨な模試の結果。
もう夏休みには受験の勝敗が見えてくる、とか言うのに…。

「春海くん?」

頭を抱えてうずくまってしまった僕の頭上から、天の声が降ってくる。
梨華ちゃんはソプラノの滑らかな声だ。天の神様が導いてくださるような高貴な。

「私、犬の散歩のバイトがあるから、帰るね。春海くんもお気を付けて。…じゃ、また明日」

のろのろと顔を上げる。目の前の彼女は夕日の後光をバックに、静かに微笑んでいた。



 

96 :Uターン :2007/08/16(木) 14:32
***   ***   ***



僕、少し本気を出した方がいいかも知れない。

マジにそんな気がして。ちょっと勉強に身が入るようになったと思う。
そんな単純に行くのかと、誰かに突っ込まれそうだけど。


そんなわけで、昼飯をかきこんだあと、午後の講義の部屋に行って参考書を広げていると。
ひげ面の大谷がきょろきょろしながら入ってきた。

「おおう、今井…っ!」

何だ何だ? すげ〜、神妙な顔をしていると思ったら、僕のことを探していたのか。
全く、そんなに慌てて、なんだって言うんだ…!?

97 :Uターン :2007/08/16(木) 14:34

「なんかさ、知らね〜男が玄関のとこでお前を待ってるんだよ。
連れて来いって言うからさ…なんだ、あいつ」
「ふに?」

いいところなんだけどな、一体なんだろ? 別に面会の予定もないんだけどなあ。
ぐるぐると首をひねってしまう。でも、何も浮かんでこない。

う〜んっ、…誰だあ???

まあ、昼休みもまだたっぷりあるし…行ってみるか。僕は席を立つって、正面玄関に向かった。





 



つづく

98 :Uターン :2007/08/17(金) 19:29
+ 5 +



玄関先で待っているという男はすぐに分かった。
本物かどうか怪しい大理石の大きな柱に、もたれ掛かっている奴がいる。

「今時、染めるのが当然のようだけどさ、あえて黒いままにしてあります」と言った髪。
でも真ん中で何気なく分けてあるように見えて、あれはかなり計算されている。
確かジャニーズのグループの誰かにこんな頭をした奴がいたぞ。

色とりどりの細い縞のシャツ、中から覗くクリーム色のTシャツもブランドモノだ。
多分、ジーンズもリーバイスの古着だろう。
いかにもインテリっぽいのに、それなりに身長があるのはどういうことだ!? 
うわ、無駄に高いぞ。モデル並みだ。ついでに足も長い。

ノンフレームの眼鏡、その奥の視線が辿るのは…英語だらけの新聞っ!? 
もしかして、コレが英字新聞という奴かっ!? と言うか本物の「ニューヨーク・タイムズ」??  
…は、新聞だったよな、雑誌じゃなかったっけ? 
そんなこともよく分からない。あああ、見出しまで英語(当たり前)。

99 :Uターン :2007/08/17(金) 19:31

「あの〜?」

イヤホンをして、新聞に夢中だから、僕の来た事なんて気付くはずもない。
だいたい呼び出しておいてなんたることだ。
普通、人待ち顔にきょろきょろしてないか? コイツ、馬鹿? 
…いや、難しい新聞を読んでいるんだから、頭はいいのかも。

声を掛けると、彼は初めて気付いたように顔を上げた。

「あ、これはこれは…今井さん、ですよね?」

カチン。
いきなり携帯を開いて何かを見ている。
画面と僕とを目を細めて見比べると、ふうっとため息を付いた。

「何だ、写真写りが悪いのかと思ったのに。素材からして、イマイチだったか」

 ――はあ!?

いきなりなんだよ、コイツはっ!! 
僕を見た瞬間から、ばちばちと電波が飛んできてる。
痛いぞ、刺すような視線というのは知ってるが、これはもうしびれるほどの視線だ。
傷害罪で訴えることが出来るくらい痛いぞ。

100 :Uターン :2007/08/17(金) 19:32

僕が思わず画面をのぞき込もうとすると、男の方がくるんとこちらに返して見せてくれた。

…何じゃコレ、僕の顔じゃん。隠し撮りなのか? 
それにしても間抜けな顔…もうちょっとまともな顔を取れないのかっ!! 
…と怒ったところでもともとの素材との関わりも多分にあるため、あまり大きな事は言えないと考え直す。
でも失礼だぞっ!! 
せめて「全然似てませんね、本物の方が数段マシです」とか、言えんのかっ!?

「――あ、いや。失礼」

彼はあからさまに鼻で笑いながら、携帯をマナーモードにするとポケットに収めた。
それから改めてこちらを見る。

101 :Uターン :2007/08/17(金) 19:33

「申し遅れまして…私はこのような者です」

すっと眼鏡を抑えてから、今度は胸のポケットから名刺入れを取り出す。
蓋を開けて、一枚差し出した。
水色のシンプルな紙片。
濃紺のインクで『私設・梨華さんを愛でる会・山ノ上OB支部長』と書いてある。
何じゃコレ? 
下の方にホームページのアドレスと、相川俊二とか言うこの男の名前らしき文字もある。
僕が受け取ろうとした瞬間、彼は故意にすっと引っ込めた。

「あなたなどには、この名刺を受け取る権利も資格もありませんよ? ふてぶてしい…」

なっ、何だとっ〜〜〜!! 一体コイツ、何者? 
あ、そうか『私設・梨華さんを愛でる会』の…って、何だよ、一体それはっ!! 
梨華さんって…梨華ちゃんのことだろうなあ。そうとしか考えられないけど、何だか変だ。

102 :Uターン :2007/08/17(金) 19:34

「私はこの春に山ノ上高校を卒業しましてね。…あ、もちろん主席ですからね、主席。
天武賞も貰いました。え? 天武賞をご存じない。あなたの高校にはそんなものはなかったんですね? 
文武に優れた生徒に贈られる特別な賞なんですよ。
ま、私は生徒会長を務めましたし、妥当な線だったのでしょうね…ふふ。
今はさる東京の有名な私立大学で、学んでおります。
あ、大丈夫、あなたに何て、キャンパスでお目に掛かるようなことはないような学校ですから、ご心配なく…」

とか言いつつ。
しっかり見えていたぞ、「橋」の文字。
現役で入るのはかなり難度が高いんじゃないだろうか? いや、僕は浪人してても無理だけど。

「……」

だから、何なんだよっ! うざいなっ! 
人の貴重な昼休みを無駄にさせないで欲しい。そっちは夏休みだろう? 
でも受験生にとっては天王山の夏だ。わざわざ呼び出しておいて、何が言いたいというんだ!?

103 :Uターン :2007/08/17(金) 19:35

「おお、私としたことが。失敬、失敬」

彼はまた、いやらしい目で僕を見て、忍び笑いを漏らす。
何がそんなにおかしいんだ、非常に失礼だと思うぞっ!!

「私は高校時代、梨華さんとは個人的に、大変親しくさせて頂いておりまして。
生徒会でご一緒させて頂いていたんですよ。
私が会長を2期務めた間、彼女は書記と副会長でサポートしてくださいました。
それはそれは、他の女子にはないほどの知的さと優美さで…生徒会室はいつも花園のようでしたね…
梨華さんという大輪の花が咲き誇るオアシスで…ふふ」

へ〜、梨華ちゃんは生徒会だったのか。すげ〜、山ノ上で生徒会なんて。
まあ彼女ならすごく似合いそうだ。いいなあ、ちょっと壇上の彼女を拝んでみたかったな。

僕が素直にその情報に感激していたので、男は満足げに微笑んだ。
しかし、それも一瞬のこと。
急に何かを思い出したように、ぴくぴくっと眉を震わせる。

104 :Uターン :2007/08/17(金) 19:36

「本当にっ! 非常に親密でした。
生徒会室にふたりきりになったことだって、何度もあります。
あの清らかで崇高な微笑みはいつも私だけのものでした。…そうですっ! 
私たちは誰が見ても赤い糸で結ばれた運命のふたりだったのですっ! 
それをそれを…どういうことなんですかっ。会員から情報が入ったんですよっ! 
あなたのせいでっ!この数日、サイトの掲示板は荒れ放題、もう書き込みがありすぎてレスなんて返せませんよっ!!!」

だ〜か〜ら〜…何なんだろうな、こいつ。うざいぞ。
一体何を考えているんだ。
それに、梨華ちゃんと親密って…彼女は男と付き合ったことがないって、小杉の情報で…。

105 :Uターン :2007/08/17(金) 19:37

「一体どんな男が、梨華さんを…と、わざわざこんなところまで来てしまったじゃないですかっ! 
あなた、梨華さんに一体何をしたんですかっ!
彼女は言いましたよ、私に。
『今は受験で男の人なんて考えていられないの、ごめんなさい』って…。
と言うことは、言うことはっ! 
晴れて彼女が大学に進学した暁には、私と…そういう約束だったんですっ!!
それをそれを…あなたときたら、何とも情けないっ!! 
大学には2年続けて滑り続け、しかも『栄進光』ならともかく『千率』なんてうだつの上がらない予備校に通っていらっしゃる。
どう見ても梨華さんと釣り合う男とは思えません。
うわわ、ほらっ! こんな空気の悪い場所に長くいたら、私はじんましんが…っ!!!」


 ずざざざざっっ!!


彼はすごいスピードで30メートルほど遠ざかった。
しかし、炎天下であっても、そのインテリ眼鏡の下で僕を睨み付けてる。

「ひっ…、ひと目見てっ! 分かりましたからねっ!!」

本気で身体がかゆいらしい。身体をよじってそれに耐えている。何とも情けない感じだ。

106 :Uターン :2007/08/17(金) 19:39

「あなたなどっ、梨華さんの相手にふさわしくありませんっ! 
あなたがどんな卑怯な手段を用いて梨華さんを脅したか、そんなの会員たちの情報からすぐに明らかになりますっ! 
会の運営委員会に訴えますからねっ! 私たちの梨華さんは永遠なのですっ! 
そして、相手としてふさわしいのは私を始め選ばれた会員だけですっ!!」

道の真ん中で大演説をするから、まばらではあるが通りを行く全ての人が注目している。
わめいている彼を見て、それから視線の先にいる僕を。
何だ何だと言う感じで。

騒ぎに巻き込まれたこっちはいい迷惑だ。
…それに、梨華ちゃんが僕にふさわしくないことぐらい、最初から分かってる。
場違い男に言われるまでもない。大騒ぎをされても、全然痛くもかゆくもない。

「私はっ! 認めないですからねっ!! 
ぜっっっっったいにっ、あなたの悪行を暴いてやるっ! 
ちくしょっ〜〜〜〜〜っ!!!」

よっぽどじんましんが酷かったのか、あっという間に彼は消えていた。
ぽつんと千率予備校の玄関に取り残された僕。
頭上から照りつける日差しで、足元にくっきりとした短い影が出来ていた。

107 :Uターン :2007/08/17(金) 19:45
***   ***   ***



「あ、…ああ。相川先輩ね」

夕方、公園で落ち合った梨華ちゃんにちょっと聞いてみた。
もちろん、彼が僕に会いに来て、訳の分からない暴言を吐いたことは言わない。
ただ、相川なんとか、と言う人間を梨華ちゃんが本当に知っているのかを確認したかったのだ。

「今年の春の卒業生よ? それが何か?」

きっぱりとそう言いきられてしまい、それ以上のことが聞けなくなった。
彼女があの男に告白されて、申し訳なさそうに断った、と言うのも本当なのだろうか? 
だいたい、あのファンクラブもどきのような会が本当に存在するのか? 
まあ、少なくとも僕の顔を映してあいつに送った奴がどっかにいるのだ。

小杉に聞いてみれば一発なんだろうけど、それはまた奴に情報を提供するようなものだ。
これ以上情けない立場には陥りたくなかった。
僕があの怪しげなファンクラブもどきに追われていることが分かれば、それこそ小杉は大喜びでネタ集めに奔走するだろうし。

108 :Uターン :2007/08/17(金) 19:45

 …なんか、面白くない。

こうして梨華ちゃんと歩いていれば、通りすがる全ての人間たちの視線を感じることになる。
徒歩の奴らはもちろん、時には車に乗っている奴まで徐行運転する。
時速60キロで走っていても光り輝くオーラは回避出来ないらしい。

みんな、まず梨華ちゃんをちらちらと眺める。
その目には色々なものが浮かんでいるが、誰もが彼女を特上の美人だと認めていることは間違いない。
そして、次の瞬間。
視線は、僕に移る。

 え…? 何? この男?

口に出して言わなくても、そんな声が聞こえてきそうだった。
確かに僕は梨華ちゃんの相手としてあまりにもふさわしくないと思う。
今日の昼、僕を呼び出したあの失礼インテリ男の方が、口惜しいけどずっとずっとお似合いだ。

僕にとっては失礼極まりない男であったが、まさか梨華ちゃんの前で同じような態度でいるわけではないだろう。
男は好きな女の前では、必死で取り繕うはずだ。彼だって、いっぱしの紳士になりうるはずだ。

109 :Uターン :2007/08/17(金) 19:50

「な、何でもないけど…ええと」

100%信じているわけではない。あの男が言ったことを。
でも少しは信じてしまっていた。

今日は、何だか会話を続けることが出来ない。
僕が梨華ちゃんに対して、すごく後ろめたい気持ちを抱いているからだ。


本当は聞いてみたいことがある。問いただしたいことがある。


梨華ちゃんは、どうして僕と付き合うと言い出したんだろう。
いい加減な成り行きではない、ビデオ録画のように鮮明に思い出すことも出来る。
あのとき、彼女は確かに言った。
きっぱりと「あなたの彼女になるわ」と。
そうなのだ、僕たちはただ単に並んで歩いてるだけじゃない。
彼女の中でも僕はきちんと「彼氏」の位置にいるのだ。
どうしてなのだ、全然説明が付かない。

110 :Uターン :2007/08/17(金) 19:51

どうして、僕を選んだのか、僕がいいと思ったのか…聞いてみたい気もする。
何となく、と言うのなら、あのインテリ男の方が最適だっただろう。
そのほうが周りの人たちだって納得する。
こんなにあからさまに驚いた視線を投げてこないだろう。

…でも、それは出来なかった。それだけはしたくなかった。

だって、もし。
彼女が「あらそうね」と言って、ふたりの関係を解消してしまったら、この夢心地の時間を二度と味わうことが出来なくなるのだ。
自分でもとんでもない幸運だとは思う。
でも一生に一度くらい、こんな時間を過ごしたっていいじゃないか。

「…春海くん?」

今までは会話をリードしてきた僕がいきなり黙りこくってしまったから。
梨華ちゃんは不思議に思っているのだろう? 僕の顔をのぞき込んでくる。
斜め下から見上げてくる瞳、やっぱり綺麗だ。
僕の思いこみか、何だか心配そうに、不安そうに見えるのもこの上なく可愛い。

111 :Uターン :2007/08/17(金) 19:52

大丈夫なんだよ、何でもないんだよ。
ちょっとした…うん、ちょっとだけ自信を喪失しただけで。でも、大丈夫だから。

 …あれ。

その時、僕たちの歩く歩道をあちら側からカップルが歩いて来るのに気付いた。
こちらが「にわかカップル」なのに比べて、あっちはとても親密だ。
言葉にするといちゃいちゃ、そしてべったべたと言った感じ。
身体をすり寄せたり、頬を近づけたり、この暑いのにすげーなーと思うくらい仲が良さそうだった。

ついつい、そっちを見てしまう。
向こうもだんだん距離が近づいて、僕たちの存在に気付いたらしい。

まずは彼女がこっちを見た。
梨華ちゃんの顔を一瞬見て、それから僕の方を見る。
そして、あからさまに驚いて、隣りの彼氏に耳打ちする。
すると、男の方もこちらを見た。やはり、見るのは梨華ちゃんだ。
ヒョエ〜と言う感じでなめ回すようにじろじろ見ている。

何だよ、いやらしい、いい加減にしろよ。
僕もむかついたが、隣にいる赤毛の彼女はもっとむかついたらしい。
ぎゅーぎゅーと彼氏を引っ張って、僕たちの隣をすり抜けていった。

112 :Uターン :2007/08/17(金) 19:52

「……」

あ〜あ、馬鹿な男。きっとこのあと一悶着あるだろうな。
あの女嫉妬深そうだし…でも、気持ちは分かる。
どんなに仲のいい彼女がいたって、こんなアイドル並みに可愛い子が目の前に現れたら、見つめてしまうのが男の本能だ。
こう言うのはよりよい子孫を残すために、神が与えてくれた感情なのだから仕方ない。

そんなことを僕が考えている間、梨華ちゃんは振り返って遠ざかっていくそのカップルを不思議そうに眺めていた。
そして、しばらくすると元の通りに前を向いて歩き出す。

「…あ、そうか」

何かに気付いたように、彼女は顔を上げた。

「なっ、何っ…!?」

思わず、どっきーんとしてしまう。何に気付いたと言うのだろう。何にっ!?

そ、そんな嬉しそうに笑わないでくれよっ!! すげー可愛いんだよ、その顔っ!! 
もしかしてどこかであいつらの隠しカメラが作動しているかも知れない。
今の僕はどこをどう見ても、鼻の下を伸ばしきった変な男だ。

113 :Uターン :2007/08/17(金) 19:53

「私、春海くんの彼女なのに、どっか違うなと思ってたの。何か、足りないなって…」
「えっ…ええええっ!? そっ、そうっ!?」

心臓がばくばくする。気付いたって、気付いたって、本当に何に気付いたんだっ! 
もしや、僕が彼氏としてふさわしくないと言うことに突然気付いたんだろうか?

出来るだけ顔色を変えないように努力するが、それでも背筋を冷たい汗が流れていく。
目の前には長く伸びたふたつの影。
梨華ちゃんのと、もうちょっと長い僕のと。
白い歩道。幾何学模様に組み合わされた上を歩く。
黙ったままその影を見つめていると、梨華ちゃんの影がふっと僕に寄ってきた。

 ……?

ちょこん、と。
滑らかなものが僕の指に触れた。
一度離れて、もう一度、今度は少し長い時間。

何だろうって思って、思わずそっちを見てしまった。
梨華ちゃんは前を見てる。その場所を見てない。
自分の指先が触れる僕の指先を。

114 :Uターン :2007/08/17(金) 19:53

「…あのっ…」

言いにくそうに、押し殺したような声で、梨華ちゃんが言う。かすれてる響き。

「なななななっ…何っ!?」

たかだか、指先が触れただけじゃないか。たったそれだけのことなのに。
僕はもう心臓が飛び出しそうになっていた。
この真夏の夕暮れ。ムッとした外気の中で泳ぐ手。
それなのに、梨華ちゃんの指はひんやりしている。
もしかして、美人は汗をかかないのか? 
脇の下とかも臭くなかったりするのかっ!? 
…いや、そんなことはないはず。人間なんだから。

「恋人同士って、あんな風に手を繋いだり、腕を組んだりするんだよね? どうしてなんだろう、ああやってもっと仲良くなるのかしら?」

 ――梨華ちゃん?

あのっ…もっともっと仲良くなれる方法がありますっ。
と言うか僕たちの間にはそういう関係があったわけで…いや、覚えてないんだけど、あの状況で絶対なかったわけではないんだし。

115 :Uターン :2007/08/17(金) 19:54

思い出す。彼女がすごい格好で僕の隣で目覚めて。
そのあとシャワー浴びて出て行って。そしたら、初めてハッと我に返った。
慌ててバスルームに駆け込んだら。そこには彼女の残り香と…洗濯機の上のポールに下げられた僕の服があった。
そうなのだ、前の晩に着てた服が一式。Tシャツとジーパンと、それから…あの、下着まで。靴下も。
全部きれいに洗って脱水して、シワを綺麗に伸ばして干してあった。

記憶もないが、もしも無意識の世界であったとしても、僕ではあんな風に洗濯物を綺麗に干すことが出来ない。
彼女がやってくれたのだと思う。
そんな…見ず知らずの男の部屋で一夜過ごしただけではなく、洗濯までしてくれたのかっ!! 
一体、何者なんだっ! …いや、普通の高校生のはずだが。でもっ…、でもっ!!
だからっ! …今になって、そんな、無邪気なことを言い出さないでくれよ。
でも嬉しいぞっ! 
閉ざされた部屋で人知れず親密になるのもそりゃ男としては最高に嬉しいが、
こんな綺麗な女の子が、自分にくっついてくれるところを他の男共に見せびらかすのは快感かも知れない。


あああああ、梨華ちゃんっ!

君はもしかして、僕の夢を全部叶えてくれるんじゃないだろうか? 
もしかしたら、彼女のお陰で、僕は生まれ変われるんじゃないだろうか? 
今までの冴えない男とはおさらばして、新しいドキドキわくわくの新しい人生がっ…!!

「…手、繋いでいい?」

うっわ〜〜〜〜〜。その恥ずかしそうにはにかむ仕草っ! メッチャ可愛いんだよぉ〜!! 
一瞬だけ、僕を見上げて、それですぐに視線を落とす。
制服のスカートが彼女の歩みにあわせてふわんふわんと揺れて。
細かくもなく、粗くもないプリーツが、彼女の周りで踊ってる。
すんなり伸びた長い足。本当にきめ細やかで・・・きれいで。
きっと触るとすべすべしているんだろうな…。

116 :Uターン :2007/08/17(金) 19:55

ぴとっ。

本当は音はしなかったけど、僕の胸にはそうやって響いてきた。
確かな意志を持って、彼女の指先が触れる。
どどど、どうしよう。手を繋ぎたいんだってっ! 
…で、でもさっ…汗くさいよ、すげ〜。
いいのか? …いいのかっ…こんなでっ!

思いっきりグーに結んでいた手を、少し開く。
パーじゃないけど…半開きという感じで。指と指の間に隙間を作る。
そしたら、そこに彼女の指が絡みついてきた。

117 :Uターン :2007/08/17(金) 19:56

うっ、おおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっ……っ!!!!!


全身の細胞が、ばちばちばちっと弾けた気がした。
梨華ちゃんの滑らかでひんやりした指が、軽く僕の指に絡みつく。
何だか、すごく…控えめで。
でも、すごい感動する。
もう、言葉も出ない。

「…ふふっ…」

小さく肩を揺らす。わずかにこぼれる笑い声。
梨華ちゃんの横顔がとても綺麗だった。
夕日のせいではなくピンク色に染まった頬は食べちゃいたいくらい可愛くて、
もうっ…もうっ…多分、僕の方が真っ赤になっていたと思う。


手を繋いでいるために少しふたりの距離が近くなる。
ふわっと風が通りすぎると、梨華ちゃんの髪が舞い上がって、僕の腕にさらさらと触れる。
微妙なふれあいが、たまらなかった。








つづく


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