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Project No.1444 featuring TEAM85

1 :メカ沢β :2005/05/21(土) 09:39
いしよしなのに男が出る、なのにやっぱりいしよし。
もう愛しちゃってください。
2 :メカ沢β :2005/05/21(土) 09:39
「それではどうぞ、こちらにお掛け下さい」

蛍光灯が頼りの地下室。
銀髪の男が二人の女をソファに案内する。
コンクリートの無表情な灰色に囲まれキョロキョロと部屋を見回しながら
石川と吉澤は黒革のソファに座った。

水を与えなくても滅多に枯れない大きな観葉植物が隅に一つ置かれている以外
生気を感じるものが置かれていない部屋。
部屋の中心には真上の電灯を映す黒のテーブルにそれを囲むようにして
置かれた二人掛けと一人掛けのソファーが二つずつ。
やたらと静かに回る換気扇。質素な流し。小さな冷蔵庫。

入り口の正面の壁にドアが一つ。
両サイドの壁にはドアが二つずつついていて、全てのドアは
圧縮木材とわからせる色と模様をしている。

インスタントコーヒーを入れた銀髪の男が戻ってきた。
部屋の雰囲気とは違い、優雅に二人の前にカップを差し出す。
3 :メカ沢β :2005/05/21(土) 09:39
銀髪の男は座ることなく、トレイを元の位置に戻すと固いドアを叩いてまわった。
石川と吉澤がその男を追うように見る。
ちょうど全てのドアを叩き終えた時、一番最初に叩いたドアが開いた。
過剰に反応して振り向く二人。
出てきたのはジーパンに無地で真っ白なTシャツを着た筋肉質の大柄な男だった。

「シロクは?」
「買い物に行った。飲み物も頼んだから少し遅くなるんじゃないか?」
「まったく、今の時間は外出するなって言っといた筈なんだが……」

石川と吉澤を無視するかのように交わされる会話。
大柄の男が、ったく仕方ねぇやつだな、と一笑いした後二人に気付き、
不自然に会釈すると黙ってソファに座ってしまった。
続いてほぼ同時に二つのドアが開いた。

「おっ! マジで来てんじゃん! スゲーなおい」
「騒ぐなナイン、座ってくれ」
「まーまーいいじゃねぇか」

灰色のスウェットを着た妙なテンションの男はソファに座る。
一方、もう一人の出てきた男はどう考えたって脈絡もない着流しを来ていて
腰には刀を差している。黙ってソファに座った。
4 :メカ沢β :2005/05/21(土) 09:40
「おわ〜本物だよ」

スウェットの男はなおテンションを維持し二人に話しかけてくる。
どんどん異様さを増していく空間に怯える石川と吉澤。
銀髪の男が再度スウェットの男に注意すると今度は舌打ちをして静かになった。

「これで全員じゃありませんが、一応集まったということで」

銀髪の男がそう言うと会話をしきる位置にある一人掛けのソファに座った。
不安そうに顔を見合わせる二人。

「それでは話を始めましょうか。と言ってもアヤカさんから大体のことは聞いてますが、
一応御本人からも確認を含めてお聞きしたいことがあるので」

知っている人物の名前を聞いて僅かに安堵する吉澤と石川。
そういえば、と銀髪の男が何かに気付く。
5 :メカ沢β :2005/05/21(土) 09:40
「自己紹介がまだでしたね。私は春夏秋冬(ひととせ)と申します。
シュンカシュウトウと書いてヒトトセです」

座りながらゆっくりと頭を下げる。

「ついでに俺等はシキって呼んでます。季節の四季から取ったあだ名なんですよ」

再三注意されていたスウェットの男が息を吹き返したかのように喋り始めた。
怯えるからほどほどにしろよ、という視線のシキ。

「オレは九(いちじく)っていいます。漢数字の9でイチジク、あだ名はナインだから」

以後よろしく、と軽く挨拶を済ませる。
ナインが筋肉質の男を小突くと声を出さずに、俺か?、と問い直す。

「えー、俺、鉄(くろがね)、です」

先程のシキとの会話と違い、明らかの緊張した言い方だった。

「金属のテツって書いてクロガネって読むんですよ。あだ名はBM(ビーエム)です。
女性と話すのが苦手なシャイなやつです」

シキがフォローをかぶせる。
最後、着流しを着た男に視線が集まるが気流しの男は口を開かない。
さもありなんとした表情でシキがまたフォローに入った。
6 :メカ沢β :2005/05/21(土) 09:40
「そっちの着流しを着た男は東西南北(よもひろ)っていいます。
トウザイナンボクでヨモヒロ。もともと無口なやつなんでその辺は気にしないで下さい。
あだ名はクロスです」

シキの説明の後にぺコッと頭を下げるクロス。
出入り口の上の何の変哲もない時計を見てシキが言う。

「あともう一人、百千万億(つもい)って奴がいるんですが……今出かけてまして。
そいつを含めた五人で一応我々は仕事してるんで――」

出入り口のドアが突拍子もなく開いた。
入ってきたのは所々汚れた白のつなぎを着、両手に買い物袋を持った小柄な男であった。

「あそこのコンビニ、飲み物の種類大して置いてねぇんだもんなぁ――」

小柄な男が視線を足元からテーブルにまで上げ、
石川と吉澤を確認すると言葉を止めた。

「……って、突然の依頼人?」
「突然じゃないだろ、朝言っといただろう」
「朝? 言ってたっけ?」
「言った。いいからそれしまってこいよ」
7 :メカ沢β :2005/05/21(土) 09:40
シキに言われ小柄な男は買い物袋の一つをBMに渡すとドアの一つに消えていった。

「あいつがさっき言った百千万億(つもい)です。シロクって呼んでやってください」

まもなくシロクが現れBMとナインの座るソファの背もたれに腰をかけた。
みんな知ってたの?、とシロクがシキ以外のメンバーに聞くと
当たり前だろ、と総突っ込み。
なおクロスは、あぁ、と容易に消え入ってしまうような声を出した。

「さて、お二人の依頼は先ほど述べたように、お二人もご存知のように
アヤカさんから聞いてます。お二人から今まで直接伺えなかった事情も
聞いています。それでなんですが、これをご覧ください」

シキは手元から数枚の紙を取り出した。
パソコンで打たれた文字が並んだ紙を二人の前に並べる。
ナインが覗くようにして見ようとしたがすぐに内容がわかると、あぁあれか、と呟き
浮かせた腰を下ろした。

「ここに書いてあるのはアヤカさんから聞いた依頼の内容です。
そこでお二人にお聞きしますが、今回の依頼というのは――」
8 :メカ沢β :2005/05/21(土) 09:41
今日はここまで
9 :メカ沢β :2005/05/30(月) 14:44
「外国に逃げたい、と」

シキがそういうと二人は顔を見合わせた。
言葉が足りませんでしたね、とシキ。

「同性結婚のできる国に行きたい、でよろしいでしょうか?」
「……はい」

石川と手をつないでいる吉澤が頷いた。
それがまるで合図のようにシキ達は座り直した。

「まぁ訊くまででもないとは思うんですが……お二人、吉澤さんと石川さんは付き合ってらっしゃる?」
「えぇ、はい。世間には内緒なんですけども……」
「あのぉ、ちょっといいか?」

シロクがおずおずと手を上げて言う。

「何か飲んでもいいか? ノド渇いちまってさぁ」
「……いや、いいけど。俺コーヒーな」
「コーヒー」
「お茶、冷てぇ方」
「……」

シキが承諾すると見るやBM、ナインが注文する。
シロクは慣れた様子で各注文を復唱しながら流しに向かった。
10 :メカ沢β :2005/05/30(月) 14:44
「で、世間には内緒と言ってましたが、それを打ち明けている人はいるのでしょうか?」

シキが雰囲気を戻す。

「打ち明けてる?」
「例えばアヤカさんだとか。お二人の関係を知っている人ということです」
「それは……メンバーはみんな知ってますし、事務所も知ってます」
「他には?」
「後は……それぞれが親しいハロプロメンバーは知ってます」

テーブルの上に広がる紙の一枚にナインが何かを書き込む。
黒のボールペンが滑らかに踊る。
踊り終わるのを見計らってシキが口を開く。

「依頼の目的は?」
「……結婚、です」
「ま、そりゃそうでしょうね。バカな質問してスイマセン」
「あっ、いえ……」

シキがソファに座りながら手を膝に当て謝ると吉澤が手を振ってそれに答える。
頭を上げ、中指で眼鏡を軽やかに上げるシキ。
11 :メカ沢β :2005/05/30(月) 14:45
シロクが飲み物を持って戻ってきた。
それぞれ要求した飲み物がテーブルに置かれる。
さきほど無言だったクロスの前には湯気の舞う煎茶。

「事務所はお二人のことを何とおっしゃっていられるのですか?」
「基本的に反対してます。世間の持つ偏見は明らかの不利だから、と。
アイドルはイメージが重要だからって」
「偏見持ってんのはどっちだってな」

ナインがそう威勢よく言って冷茶を飲む。
そうだそうだ、とシロク。

「それで、事務所がお二人を見張っていると伺ったのですが……」
「はい。プライベートに二人きりで会うなって言われてたんですがこっそりデートしてたんです。
それがバレて以来二人のオフが重ならないようなスケジュール組まれたり、
もしオフが重なっても見張りを立てられたり」
「見張り……ですか?」
「探偵を雇ってるらしいんです。それでアタシ達の行動を監視してるらしいんです」
12 :メカ沢β :2005/05/30(月) 14:45
「そのことはいつわかったんですか?」
「マイマイが……あっ、里田まいっていう同じハロプロの仲間がいるんですけど、
彼女がマネージャーの話をこそっと聞いてたらそんな話が……」
「そうですか」

シキの視線の先で踊る黒インク。
第二演舞、終了。

「今日はどうやってお二人でここに?」
「アタシは今撮影の休み時間で梨華ちゃんが今日オフだったので」
「見つかりませんでしたか?」
「多分、大丈夫だと思います。一人だけオフの時は探偵はいないって聞きましたから」
「わかりました」

シキはそう言うと前傾姿勢になり俯いた。
梳かれた長めの前髪が視線を隠している。
ナインがボールペンのキャップを閉めて、言う。

「質問はこれで終わりです。後はシキ待ちなんでリラックスしててください」

言っている意味が当然わからない二人は僅かにうろたえた。
BMはコーヒーカップを持って立ち上がると流しに向かった。
13 :メカ沢β :2005/05/30(月) 14:45
「依頼を受理するかどうかはシキが全て決めるんですよ。
今それを考えてる最中なんで、ちょっと待っててください」

すると今まで静かだった石川が声を上げた。

「お願いします! 私達真剣なんです!」

石川が頭を下げたのを見て遅れて頭を下げる吉澤。
シキは微動だにしない。
ナインは冷茶を飲む手を止めて二人に言う。

「それはシキもわかってると思います、心配ないですよ。
それに今話しかけても聞こえてませんからねこいつ」

それだけ真剣に考えてるってことで、といって冷茶とくちづけをする。
多分大丈夫ですから、とシロク。
顔を上げた二人の表情はそれでも晴れず、手を固く握り合うことしかできなかった。
14 :メカ沢β :2005/05/30(月) 14:46
BMが戻ってくると湯気も盛んな内に煎茶を飲み干したクロスが入れ替わるように
流しに向かい、茶飲み茶碗を置いて部屋を出て行った。
BMが座るのと同時にナインが口を開いた。

「しかしまぁどうやって俺等のことを知ったんですか?」
「知ったというか、アヤカに教えてもらったんです」
「アヤカさんっていうのはわりとこう……悪めの人なんですか?」

ぎこちない動作で顔を見合わせる石川と吉澤。

「いやぁ、悪いことはなにも……してないと思うんですけど……」

今度はBMとナインが顔を見合わせた。
さきの二人より疑問の色は薄い。

「俺等もついにここまできたって感じか?」
「さぁな」
「この前あんなことやったばっかりなのに……あっ、こっちの話なんで気にしないでください」

初対面でも敵じゃないと相手にわからせるような笑顔でナインが言った。
二人の前のコーヒーのような温度の笑顔だった。
15 :メカ沢β :2005/05/30(月) 14:46
クロスが戻ってきた。
そして、音も立てずに自室に入っていった。
それを見ていたシロクがグイッとコーヒーを飲み干し、言った。

「んじゃあ俺も部屋に戻ってっから、シキが起きたら呼んでくれよ」

コーヒーカップを流しに置き、シロクも部屋に戻っていった。
じゃあ俺も、とBMも自室へ。
シキとナイン、石川に吉澤が残った。

「なんか暇ですから、それではマジックでも一つ」

そういってナインがジーパンからトランプを取り出した。
何が起こるのかと若干の不安が見られる二人。
これまた人懐っこい笑みを浮かべナインが言う。

「リラックスしてください。緊張はマジックを不味くしますので」

それからいくつかのマジックを見せ、静かに熱く盛り上がるのだった。
16 :メカ沢β :2005/05/30(月) 14:46
「すご〜い!」
「は? どうなってんのこれ?」
「まぁまぁ、マジックですから」

どんなに混ぜても同じカードが一番上にくるマジックに感嘆する吉澤と石川。
絶妙に巧妙、精妙で神妙な指使い。

「もう一度やりますからよく見て――」

ナインの右斜め前から衣擦れの音がしたので言葉を止めた。
シキが長い瞑想から戻ってきたのだ。
眼鏡を上げる仕草がゆっくり見えたのは本当にゆっくり上げたからで。
扇に広げていたトランプを揃い整えナインが微笑む。

「決まったか?」
「あぁ。みんなを呼んでくれ」
「おぅ」

ナインは最初にシキがやったのと同じようにドアをノックしまわる。
吉澤と石川に心なしか申し訳なさそうな表情をしながら言った。

「スイマセン、お待たせしました」
17 :メカ沢β :2005/05/30(月) 14:46
部屋から三人が出てきてソファに座る。
みんなが位置に付いたことを確認してシキが口を開く。

「えー今回の依頼なのですが……受けさせて頂きます」

静かに瞑目するBM。
何故か感心しているナイン。
片眉を上げ口を真一文字に結ぶシロク。
変化のないクロス。
スコールの過ぎ去った後のようの表情の晴れる吉澤と石川。
よく見なければわからないほど僅かに微笑むシキ。

「本当ですか! ありがとうございます!」
「ありがとうございます!」
「いやそんな、まだできると決まったわけじゃないので……」
「えっ?」

不意に花瓶を落としてしまった時のように一気に曇る二人。
シキは表情を崩さない。

「まぁどんなことでも100%ってことはないですから。ただ自信はあります。
お二人の依頼は必ず成功させますよ」
18 :メカ沢β :2005/05/30(月) 14:47
胸を撫で下ろす二人。
すると突然クロスが立ち上がり二人に軽く礼をすると自室に戻ってしまった。
それを見たBMとシロクも同じように戻っていった。
少し戸惑う石川と吉澤にシキが話しかける。

「それぞれ仕事がありますから気にしないでください」
「はぁ」
「心配しないで、俺達に任せて置いてくださいよ。それじゃあ俺も。
マジックの続きはまた今度」

そういってナインも戻っていった。

「とりあえず今日はこの辺で。石川さんは撮影もあることですし」
「あっ、はい」
「詳しいことは追々伺います」
「「ありがとうございました」」

声が揃った二人は笑いあった。
19 :メカ沢β :2005/05/30(月) 14:47
今日はここまで
20 :名無飼育さん :2005/05/30(月) 21:37
面白い展開になってきました。
もう愛しちゃいますw
21 :名無し飼育 :2005/05/31(火) 13:27
石川さん撮影じゃなくて、吉澤さんですよね?

続き楽しみに待っておりますm(__)m
22 :名無飼育さん :2005/06/01(水) 13:38
おもしろい〜〜〜!!!
23 :メカ沢β :2005/07/02(土) 12:01
吉澤は辺りを見回し自分の存在が気付かれていないことを確認すると地下への階段を降りていった。
何の看板もなくただただ殺風景な階段。
二回踊り場を曲がり降りると、行き止まり。
正確には鉄製のドアが一つあるのだが普段は鍵が閉まっている。

季節は初夏の少し前。
ひんやりとしたドアノブをゆっくりひねる。
梅雨の近いこの次期雨が降っていなくてもジメジメしている外とは一転、
カラッとし過ぎずまた寒過ぎず、気の効いた空調設備に整えられた空気がドアの隙間を抜けていく。

またも階段。
以前に一度来ているとはいえ奇妙な設計である。
降りていくとキャッチボールするには程よい長さと幅の廊下。
その奥、右手に事務所のドアが構えられている。

吉澤は心地良い空気を深く吸うと一瞬止め、やわらかく吐いた。
そしてプッシュホンを押した。
少しの静寂。
カメラの起動するとても短い音の後、男の返事がした。
ドアのロックが解除され、入った。
24 :メカ沢β :2005/07/02(土) 12:01
「吉澤ひとみさんですね?」
「あ、はい」
「そちらのソファに好きにお掛け下さい」

ドア付近で待っていたシキが吉澤に応対し、奥でナインが急須にお湯を入れている。
前に座ったソファの同じ場所に座る。
お茶を入れる時マジックはしないんだな、と吉澤は思った。
シキもソファに座るとナインがお茶を配る。
わりぃな、とシキ。スイマセン、と吉澤。安いお茶だけどね、とナイン。

「今日は吉澤さんだけということですが、この後お仕事の方は?」
「四時集合で仕事があります」
「となると、あと三時間ほどですね」

唇を濡らす程度にお茶をくちづけするシキ。
豪快に飲もうとして唇を火傷したのはナイン。

「今日は色々と詳しく訊こうかと思ってるんですが……ときに吉澤さん、
昼食はお食べになりました?」
「えっ、あ、ハイ」
「いや〜非常に言い出しにくいんですが……」

シキを湯呑みを掴んだまま止まった。
ナインが慎重にお茶をすする音だけが響く。
吉澤だけが次の言葉を待っていた。
25 :メカ沢β :2005/07/02(土) 12:02
「僕、昼食まだなんですよ」
「ってそんなことかい!」

ふざけた調子でナインがツッコむ。
吉澤には訳がわからず、雰囲気は和まなかった。
流れで笑っていたナインの口角も下がる。

「ですから、こんな所じゃなくてどっか喫茶店でリラックスしてお話でもしましょうかということなんですが、
まぁ僕の昼食も兼ねてなんですけど、どうでしょうか?」
「あっ、え〜と……」

返答に戸惑う吉澤。
湯飲みを持ったもののお茶は飲まず、シキが言う。

「顔バレとかは大丈夫ですよ。僕等の知り合いの店に行くんでその辺はバッチリですから。
僕も変装して行きますし。銀髪って目立つんですよ」

そりゃあな、とナイン。

「幸い喫茶店はすぐそこですし、どうですか?」
「……それじゃあお願いします」
「ありがとうございます」
26 :メカ沢β :2005/07/02(土) 12:02
扉、廊下、階段、扉、階段、階段、歩道。
自然の気温は不快指数を上げる。
元気な日差しがその言い訳をしているようだ。

「こっちです」

黒髪のカツラをかぶったシキが一方の道を指す。しかし、変装はそれだけではない。
ジーパンにTシャツだったシキは下はスーツ、上は淡いブルーのYシャツに着替え
藍色のネクタイ、紺のスーツを肩にかけカバンを持っている。
明らかに一般社会人の格好だ。

「しかしまぁ暑くなってきましたね」
「はぁ」

吉澤は目立たず、しかしきっちりオシャレはおさえているといった格好。
もちろん帽子は目深にかぶっている。
シキが半歩先を歩き、その背中を見て歩く。
これから高くなっていくであろう空を切り取り羽織ったような背中。
小さな青空が突然止まった。

「ここです」
「えっ?」
「近いでしょう。よく来るんですよ、ここ」

カバンを持った左手で窮屈そうに眼鏡を上げて、シキは喫茶店に入っていった。
27 :メカ沢β :2005/07/02(土) 12:03
いたって普通の喫茶店。
マスターも口髭を生やした人の良さそうなおじさんだ。
二人の存在に気付き、またシキの存在を確認したマスターは
ウエイトレスになにやらこそこそと話しかけ、二人に向かわせた。

ウエイトレスの接客はなんら代り映えのしないものであったが、
喫煙の有無も訊かずに一番奥の席に案内したのだった。
すかさず水を持ってきて、注文。

「コーヒー」
「じゃあ、コーヒー」
「それとサンドイッチ」

注文を簡単に繰り返したウエイトレスはすぐに姿を消した。
店内に席は二十ほど。
どこぞのOLが四人と営業マンが二人。
ゆっくり回る換気扇に同調するかのようなジャズが空間を埋めている。

「ここのサンドイッチが意外と美味しいんですよ」
「……そうなんですか」
「さて、早速ですがお話をほうを……」

シキがカバンから紙を数枚取り出した。
28 :メカ沢β :2005/07/02(土) 12:03
「お話を聞こうと思ってるんですがその前に話しておきたいことがあります」

取り出した紙を吉澤には見せず、テーブルの上に裏のまま置いた。
緊張している吉澤、を尻目に水を一口飲むシキ。

「実は前回来られた時、どちらが吉澤さんでどちらが石川さんかわからなかったんですよ」
「……えっ?」
「あまりテレビとか見ないもんで……いえっ、モーニング娘という存在は知ってたんですけど」

表情は変えず、しかし照れくさそうにシキは言った。

「他のメンバーも誰もわからなくて……いや、クロスは知ってたんですけどね。
あの着流しの男。あいつは極端に無口だからああいう場では教えてくれようがなくて」
「はぁ」
「だから今日まで色んなもの見て勉強したんですよ。ライブDVDとか本とか写真集とか。
ハロモニでしたっけ? メンバー全員で見ました」

と、先ほどのウエイトレスがコーヒーを持ってやって来た。
その直前、シキは紙をつかんで裏返すわけでもないのに上下させる。
丁寧にカップを置いていくウエイトレスに顔を見られないよう俯き加減の吉澤と、
視線の方向を見逃さないとばかりにウエイトレスの目ばかりを見ているシキ。
仕事を終えてコーヒーだけが二人に残った。
29 :メカ沢β :2005/07/02(土) 12:03
「バレていませんでしたよ」

なかなか顔を上げない吉澤にシキが言う。
吉澤が顔を上げるとシキは砂糖を入れていた。

「ウエイトレスの視線、初めの一回以外吉澤さんには向きませんでしたから。
バレていないと思っていいと思います」
「大丈夫ですかね?」
「大丈夫です」

砂糖を二袋入れ、ミルクを入れながらかき混ぜるシキ。
ミルクだけ入れてかき混ぜる吉澤。

「ブラックじゃないんですね」
「え、あーまぁ」
「なんか意外だな〜って」

円舞を終えカップの上で三回振られた後ソーサーに寝そべるスプーン。
少しぼやけた銀の曲面にコーヒーを飲む吉澤が写っている。

「意外ですか」
「いえ、そんな大した事じゃないんですけど。ただ大人っぽいからブラックで飲むのかなぁって」
「大人っぽいってそんな……あそうそう、大人っぽいで思い出しました」

音を立てないようにコーヒーすするシキ。
30 :メカ沢β :2005/07/02(土) 12:04
「吉澤さんも石川さんも1985年生まれですよね?」
「ハイ」
「実は僕等もなんですよ」

一瞬にして見開かれた瞳に映るシキの顔。
飲もうと持ち上げていたカップを一旦置いて、吉澤が言った。

「じゃあ同い年ってことですか?」
「そうですね。今年で二十歳になります」

うわぁホントですか、と半信半疑の吉澤。
僕の戸籍が間違っていなければ、とシキ。
BGMは静炎のようだったジャズから一転、古いコメディ映画のようなジャズに変わる。

「だから僕等はTEAM85って名前付けてるんですよって、TEAM85のこと言ってなかったですよね」
「はぁ」
「吉澤さんが所属するグループがモーニング娘なら、僕の所属する集団はTEAM85ってことです。
ま、この話はこの辺で。それでは本題に入りましょう」

今度は紙を裏返し、文字が現れる。
31 :メカ沢β :2005/07/02(土) 12:04
「同性愛結婚ができる国はいくつかあるのですが、どこかご存知だったりしますか?」
「……オランダぐらいしか知らないんですけど」
「あっ、オランダができること知ってましたか」

話しながらカップに手を伸ばし会話の間を埋めるようにコーヒーを飲む。
シキの行動は自然に流れるようでいて計算し尽くされているように吉澤には見えた。

「他にもベルギーやスペインなんかもできるらしいんですけどね。あとハワイなんかも。
で、色々検討した結果オランダに決めさせていただきました。
どこの国も一長一短あるんですけど、あっ、どこか別の国で希望はありました?」
「いえ」
「ならよかった。オランダの良い所は宗教なんです」
「宗教、ですか?」
「ええ。無宗教は全体の40%近くで宗教の違いや人種の違いを互いに認め合ってるんです。
旅行程度ならそんなに気にしなくてもいい宗教なんですが結婚をするとなると
やはり宗教の問題ははずせないんですよ。だからオランダが一番いいものかと」

ただただ感心する吉澤。
一枚目の紙の上部にやや太め大きめで、オランダ、と印刷されている。
まぁ短所もあるにはあるのですけど、とシキ。

「短所はオランダは戦争責任の追及に厳しい国だということです。一見するとあまり関係ないように
思われますが年配のオランダ人は今でも日本を根強く批判をしているそうです」

吉澤には意味がわからなかった。
戦争の事と自身の関係など考えたこともなかったし、関係ないことだと思っていたからだ。
サンドイッチが来た。
32 :メカ沢β :2005/07/02(土) 12:04
「批判は日本に対してですから日本人個人に来ることはないでしょうけど、戦争に対して
きちんとした考え方がないともしかしたら……住みにくくなってしまうかもしれないですね」
「住みにくく……あー、はい」
「でも長所の方が多いですから心配しないでください」
「あの」

カップに口付けたまま上目遣いで吉澤を見る。
カップの中で、なんでしょう、という音が響く。

「オランダはオランダ語ですよね?」
「そうですよ」
「覚えなきゃいけないですよね?」
「ええまぁ……そのことについてもお話があります」

陽気なジャズが僅かな沈黙を埋める。
二人組の営業マンが席を立った。

「オランダ語はオランダに行ってから覚えてもいいと思ってます。生のオランダ語に触れて
自然と覚えていく方法でも支障はないでしょう。もちろん行く前から勉強されても構いませんが。
それでですね、オランダに行ってすぐ仕事に就くことはできないと思うんです。
やはりオランダ語は話せないというのは大きいでしょうから。ですからオランダに行って
一年間は日本から持っていく貯金で生活できたらいいなと思ってるんですよ」

互いに自分の食べた分の料金を払い営業マン達は店を出て行った。
車や人々の雑踏が少し聞こえた後、すぐに途絶えた。
33 :メカ沢β :2005/07/02(土) 12:04
「下世話な話をするつもりはないのでどれほど稼がれているかとか
どれほど貯金があるかということはあまり聞かないでおこうと思ってるんですが、
オランダで一年間生活するだけの貯金はありますよね?」
「オランダの一年間でどれくらいのお金がかかるのかわからないんですけど……」
「あ〜まぁ日本よりずっと安いですよ」
「なら大丈夫だと思います」

ここ一週間で入れ始めたのであろうクーラーの冷気が充満する店内。
入店直後のひんやり感はとうになくなってしまったが目の前のコーヒーの湯気はもう立っていない。
コーヒーの甘さを一番感じる温度になっている。
サンドイッチの鮮度を保つにはいいのかもしれないがすでにシキの腹の中にあるから関係がない。

「まだ詳しいことは言えませんが日本から荷物はあまり持っていけないので
向こうで買っていただくことになると思います。その辺のことはお任せください」
「あの、お任せくださいっていうのは……」
「新生活を始めるまでの資金はすべてこちらで調達いたします。
すべて終わってから今回の依頼料込みで請求しますから。
あっ、ボッタくったりとかしないんで心配しないでくださいね」
「はぁ」

シキがコーヒーを飲み干し、ソーサーに軽い音を鳴らしてカップを置いた。
話が俄然現実味を帯びてきたせいか吉澤の顔色が優れない。
34 :メカ沢β :2005/07/02(土) 12:05
「ときに吉澤さん」
「なんでしょうか?」
「ご両親に今回の話をしているんですか?」

吉澤の覇気が明らかに落ちた。
それだけで十分返事になっているのだが、シキは吉澤の言葉を待った。

「……までしてません」
「そうですか」

ちょうどジャズの演奏も終わり気まずい閑静がまとわりつく。

「もう成人になられていることですからご両親の承諾などは本当は要らないのですが、
事が事だけにおそらく何らかの迷惑がかかることになると思います。早めにお話していただけますか?」
「……ハイ」
「石川さんは?」
「多分話していないと思います」
「ではそのように言っておいてください。家族間の話し合いに僕達が割り込むような形は、
もちろんできないわけではありませんが、できるだけそういう話はご自身からされたほうがいいでしょうし」
「……ハイ」
「ただ説得できなかったら言ってください。僕達も誠心誠意頼み込みますから」

小さく、ありがとうございます、と頭を下げた吉澤にホンの少しだけ微笑むシキ。
微妙な表情筋の変化は皮膚まで動かすことはなかったが。
35 :メカ沢β :2005/07/02(土) 12:05
「今日はこの辺にしておきましょう」
「えっ、あ、ハイ」
「今後もし今回の件に関連するものを買う時は買う前に言ってくださいね。
例えばオランダ語の教科書とか。僕達が買っておきますから」
「いや、それぐらいは自分で買いますよ」
「いやいやいや、そういう所から足が付く可能j性があるんですよ。英語ならまだしも
オランダ語となるとオランダ行くって公言してるようなもんですから」

結局一枚しか見れなかった紙をカバンにしまい、再び何かを取り出す。
なかなかぶっきらぼうな携帯電話だった。

「これは僕達と吉澤さんの連絡用ケータイです。今後の行動いかんによっては
バレてしまう可能性もあります。その時に通信記録を調べられると困るのでこれを。
普段は所持しないで家に置いといてください」
「あっ、ハイ」
「石川さんには後日お渡ししますから」

席を立ち会計に向かうシキ。
外に出るとまたもやムッとした空気に飲み込まれた。
眼鏡を上げたあと空を見上げ、シキが言った。

「イイ天気ですね」
36 :メカ沢β :2005/07/02(土) 12:10
今日はここまで。

>>20名無飼育さん、ありがとうございます。
愛しちゃってください!
二人の愛を超えるほど…いや、無理かな? この二人の超えるのは…。

>>21名無飼育さん、ありがとうございます。
なんてこったーーー!!!
ご指摘ありがとうございます。

>>22名無飼育さん、ありがとうございます。
これからどんどん面白くなっていくと思います。
37 :20 :2005/07/03(日) 21:39
更新お疲れ様です。
動き始めましたね〜。
どんどん面白くなっていくという言葉に、期待しまくりです。
38 :メカ沢β :2005/07/17(日) 20:04
冬なら星座達がゆったりとしたファークダンスを見せるであろう時間帯。
熟れたオレンジ色の空は初夏の装い。
半袖で感じる風は爽やかな心地良さを持っている。

五つ並んだベンチの真ん中のベンチに座るナイン。
携帯電話をいじりながら周囲に視線を散らし、
また小さなディスプレイに戻してはL字型のテトリスを半回転させる。

携帯電話越しの視界に白い異物が見える。
所々草色に迷彩した軟球。
下手なかくれんぼよろしく、軟球がベンチの下に身を隠す。
座りながら拾い前方を見るとグローブをはめた左手をふる男が見えた。
立ち上がり投げるフォームはスリークォーター。
放たれたボールとグローブとの乾いた衝突音はナインの耳にも届いた。

座ったと同時に視界の端でピンクの異物を捕らえる。
所持者と共にオーラを放つピンクのハンドバッグ。
目深に被った帽子から顔は覗けないが調べたデータによれば
あの人は待ちわびていた人に違いないとナインは再び立ち上がり、手を振った。
その人はナインを見るや否や小走りで駆け寄ってきた。
39 :メカ沢β :2005/07/17(日) 20:04
「遅れてスイマセン」
「いやいや」

石川が頭を下げるとふんわりといい香りがした。

「まぁ座ってください、ってオレのベンチじゃないんだけどね」

二人はほぼ同時に座った。
キャッチボールの音がリズムよく響く。
ナインがポケットから何かを取り出す。

「喉が乾いてるなら紅茶でもどうぞ」

差し出されたのは紙。
ペットボトルの紅茶が印刷され輪郭通りに切り取られた紙。
四つ折りにされていたことを示す折り目が古い。

「……あ、あのぉ」
「あ〜スイマセン、これじゃ飲めないですね」

左手で印刷されたペットボトルの底を持ち紙をピンと張ると右手が隠すようにそれを撫でた。
再び姿を現した紅茶はやたらと立体感を持っていた。

「あっ!」
「どうぞ。意外と冷えてるんで」
「……ありがとうございます」

ナインの言う通り自動販売機で買ってきたばかりのように冷えていた。
40 :メカ沢β :2005/07/17(日) 20:04
「それにしてもよかったですよ。お二人の御両親ともオランダ行きに賛成してくれて」
「よっしーの両親はすぐにOK出してくれたらしいんですけど、私の両親は……」
「でも結果OKだったんでしょ?」

フランクに話しかけたせいか俯いてしまった石川に緑茶のペットボトルの蓋を開ける手が止まる。
なかなか地面から視線を上げないので話し方はもとより他に理由があるのだと察知した。

「OK、だったんですよね?」
「……OKはOKなんですけど、条件があって」

先日の電話ではそんなことは聞いておらず戸惑うナイン。
しかし表情には出さず、あくまで冷静にきいた。

「どんな条件?」
「……居場所を教えて、毎日電話すること……とか」
「とかって他には?」
「一年に最低二回は帰ってくる事、とかです……」

他にも、とか、があるらしいがナインは突き詰めようとしなかった。
他のとかよりも先に解決すべきことが先に発言されたからである。
ナインは石川から視線をはずし遠くの空へ放った。
41 :メカ沢β :2005/07/17(日) 20:05
「その条件は飲み込めません」
「えっ!?」

言葉のわりに振り向くのがゆっくりとしていた辺り、条件を全て飲み込んでくれると
最初から思っていなかったことが伺える。

「居場所を教えることは可能です。向こうに行った後事務所などから問われても
知らないの一点張りで何とかなりますから。もちろんその部分は協力してもらうことになりますが」

ナインの言葉を一言一句理解しようとしている石川。
真剣な眼差しを感じて遠くの空からキャッチボールをしている男達に視線を落とした。
ちょうど一方が暴投しもう一方が呆れを肩で表わしながらボールを追っているところだった。

「毎日電話するのも問題ないです。世界で使えるケータイっていうものがあるんで。
それはオレ達で用意します。問題は……その前にいいですか?」
「ハイ」
「オランダ行きは芸能界で飼い慣らされる前にしたいということで出来るだけ早い時期に
行うということでしたよね? ですからそれを考慮して、決行日を決めました」

揺るぎない眼差しにぽっかりと開いた口。
意識の上ではついてこようとしているが事の展開についてこれていない石川。
暴投されたほうの男が戻ってきてキャッチボールは再開された。

「吉澤さんのモーニング娘卒業コンサートの日、です」
42 :メカ沢β :2005/07/17(日) 20:05
沈黙、というより石川は言葉が単に出ないだけだろう。
意外にして急激な展開に言葉を理解するだけで精一杯なのだ。
言葉を繰り出すだけの余裕はないようである。

「一応けじめという意味も込めてその日にしました。他にも理由はあるのですがたいしたものではないので」
「……卒業……コンサート……の日、ですか?」
「えぇ」

復唱は理解への第一歩。
徐々に事態を飲み込んできた石川。
完全に飲み込むのを待つため短い返事を繰り返すナイン。
十二回返事してやっと理解できたようだ。
それでですね、とナイン。

「今のところの計画では、多少ゲリラ的になってしまうというか、こっそり抜け出す感じじゃないんです。
オランダに行った後警察はもちろん事務所が雇った探偵が石川さん吉澤さんの実家を張り込みで調査してくる
可能性があります。石川さんが日本に帰ってこようとご両親がオランダに行こうとバレてしまうんです」
「でもパパやママがオランダに来る分には旅行と思わせることだって……」
「自分の娘が突然疾走してすぐに旅行に出かける親なんていないでしょう。それに万が一オランダに
探偵やらが来て聞き込みなんかされたらそれこそアウトです」

一度は食い下がった石川の頭が下がる。
少し風が吹いて、外で話していたのだと改めて認識する。
43 :メカ沢β :2005/07/17(日) 20:06
「手紙や電話は大丈夫、ビデオレターなんかもOKでしょう。ただ、人間の往来だけはNGです。
それで何とか説得していただけませんか?」
「……」

うな垂れたまま動かない石川。
キャッチボールの男達はバッテリーを組んで投球練習に励んでいる。
ナインが優しみを込めた声で語りかける。

「まぁ吉澤さんの卒業コンサートまでに説得していただければいいですから、気長に行きましょう」

背もたれるナイン。
空を見上げるとオレンジはいつの間には程よい色付きのさくらんぼになっていた。

「……何とか、説得してみます」

石川が弱々しく呟くと、大丈夫ですよ、と声をかけるナイン。

「オレ達TEAM85に任せてください」

古いと知っていながらグーサインを作り、これでもかというくらい自信に満ちた笑顔で石川を見るナイン。
ありがとうございます、と言ってクスッと笑う石川。
44 :メカ沢β :2005/07/17(日) 20:06
「そういえばナインさん達って同い年なんですよね?」
「ええ、だからタメ口でも構いませんよ」
「いや、それはちょっと……」
「まぁ先は長いんで気長に行きましょうよ、ね」

場が和んで束の間、ナインが視界に異物を捕らえる。
茶髪に梳いた髪をおっ立て、小学生並みの股下にまでずり下げたジーパン、品のない顔が四つ。
チラチラこちらを見ながら近づいてくる。

「石川さん」
「はい?」
「ハンドバッグを抱えて深く俯いてて下さい」
「えっ?」
「変な奴らが来たんで。何があっても顔を上げないでください」

指示された通り急いでハンドバッグを抱え込むと顔を隠すように俯いた石川。
どんどん近づいてくる四人。
まだ互いのテリトリーを侵していない距離にいるためナインがじっとしたまま座っている。

「ちょっとそこのニーチャンよぉ」

四人はそう行ってテリトリーを侵した。
45 :メカ沢β :2005/07/17(日) 20:06
ナインは立ち上がり四人と石川のを結ぶ直線を割った。
ガンをつけてくる四人に対して視線の色を変えないナイン。

「金貸してくんねーか?」
「後で返してやっからよぉ」

だらしなく立ちすくみニヤニヤとした笑みを浮かべる四人。
ナインはズボンのポケットから財布を取り出した。

「これで勘弁してください」

差し出された財布はややこんもりを膨らみを帯びていてなんとなく重量感もあった。
先頭の男が財布をかっさらいその後ろの男が下品な声で、結構入ってるぜ、と嬉しそうに言う。
ナインの目には畏怖が浮かび声が震えている。

「オレが大統領にでもなったら返してやっからそれまで待ってな」

財布をかっさらった男がそう言って振り返り四人は高笑いをしながらナインの元を離れていく。
ナインはただ唇を噛み締め四人を見送る。
数メートル離れた辺りで財布の口が開き四人が中を覗く。
財布を持った男が中の紙束を掴み出し叫ぶ。

「なんだこりゃ!」

ナインの口角が不敵に吊り上がった。
46 :メカ沢β :2005/07/17(日) 20:06
「テメーコラ! ナメてんのか!」

四人はズカズカと戻ってくる。
数枚のトランプを握り締めて。

「中身全部トランプじゃねーか!」
「金が欲しいんだろ?」

先程とえらく違うナインの声質。
嘲笑じみた声と嘲笑じみた目。
様々な物事の立場が一転する。

「ダイヤのトランプは財貨の証。いっぱい入ってたろ」
「ざけんじゃねぇ!」

投げつけられた財布を軽く避けズボンのポケットに両手を突っ込むナイン。
さらに腹を立てた先頭の男が右手の拳を引き殴りかかってきた。

突っ立ったまま、何の予備動作もなくナインは男の左顎に蹴りを食らわせた。
あまりに鮮やかに決まった蹴りを流れのまま元の位置に戻すと同時に吹っ飛んだ男は倒れた。
残りの三人の顔に恐怖が滲み出る。

「トランプは乱暴に扱うもんじゃねぇ、女性を相手する時にように優しくなきゃなぁ」

ナインの言葉が合図かのように3人は振り返り逃げ出した。
47 :メカ沢β :2005/07/17(日) 20:07
振り返った途端真っ白い光景が広がる。
柔軟剤無しで洗濯されたTシャツ。
そこから伸びる太い腕が二人の男の後頭部を掴むと過激に強烈な接吻の斡旋。
おでこなどの硬い部分がぶつかる音と鼻などの多少柔らかい部分の潰れる音とが醜くハーモニーする。
鼻血をふいて倒れる茶髪と金髪の男。

「ひぃっ!」

ナインとTシャツに挟まれた茶髪の男は進路を横に変え走り出した。
その先にはジャージ上下の小柄な男が一人。
背中を掻くように右手を背後にやると、戻ってきた手には細長い物が握られていた。

「あ……ぁぁ……」

鈍い光を放つ日本刀がたじろぐ茶髪の頭に振り下ろされた。
脳が揺れ白目を剥いて倒れる茶髪の男。

血を流す四人の男。
無言で立っている三人の男。
俯いたまま指の隙間からそれを見ていた一人の女。

三人の男がヘラヘラ笑う。
気まぐれな夏の風は運動の荒熱を奪っていった。
48 :メカ沢β :2005/07/17(日) 20:07
「オレ一人で十分だったぞ、こんな奴等」
「ナイン一人だけだったら俺だって助けてねぇよ。石川さんがいたからな」
「アリガトな、BM、クロス」

気にすんな、と鼻を掻くBMと、あぁ、と返事をして刀をしまうクロス。
ポケットから手を出し石川を見るナイン。
指を隙間から覗ける瞳とバッチリ目が合った。

「どっか別の場所に行きましょう」

ナインが微笑んで手を差し延べる。
その動作にビクッと一瞬身を引いた石川だがすぐに手を取って立ち上がった。
すぐに手を離して腰に手を当てるナイン。

「どこ行きましょうかねぇ? ……お前等はどうすんだ?」
「俺等はもう帰る」
「そうか。じゃあNo.3にでも行きますか」

No.3とはシキと吉澤がコーヒーを飲んだ喫茶店の名前。
行きましょう、と石川に声をかけるないんだが、石川が着いてこない。
49 :メカ沢β :2005/07/17(日) 20:07
「どうしました?」
「……この人達」
「このまんまでいいでしょ」
「でもそういうわけには……」

ナイン等三人は顔を見合わせ、しょうがねぇな、という表情。
意識のない四人をそれぞれベンチに寝かせた。

「行きましょう」
50 :メカ沢β :2005/07/17(日) 20:07
No.3の前でBMとクロスとは別れ、ナインと石川は店に入っていった。
以前シキと吉澤が座ったテーブルに案内されアイスコーヒーを頼んだ。

「気分悪くされてたりしませんか?」

ナインが覗くようにして石川の顔色を伺う。

「大丈夫です」
「そりゃよかった。目の前であんな光景見たらもしかしたらショック受けるかなぁって思って」

お冷を一口。

「オレ達って結構危ない世界にいるもんですからああやって身を守れないと生きていけないんですよ」
「はぁ」
「まぁ中学卒業してからずっとこんな仕事ですからねぇ」
「えっ!?」

石川が驚嘆の表情と声を上がるのも無理はない。

「あれっ? シキから聞いてませんでした?」
「えぇ」
「オレ等五人は小学校からずっと一緒で、中二の時に今の仕事の子供版のようなことやってたんです。
それでシキが、中学卒業したらこれで食ってこう、って持ちかけてきて今に至る訳です」

ものすごく簡単に説明されたTEAM85の歴史に感嘆するだけの石川。
アイスコーヒーがきた。
51 :メカ沢β :2005/07/17(日) 20:08
「オランダ語の教材はどうですか?」

話を切り替える。
吉澤に携帯電話を渡した次の日に早速オランダ語を習得したいとの要望があり
厳選した教材を吉澤と石川の家のポストに入れておいたのだった。

「わかりやすいんですけど、やっぱり少し難しくて」
「中学校じゃあ習いませんもんね。まぁ気長に行きましょう」
「はい」

コーヒーとミルクを融合させていると入り口のベルが高い音を鳴らした。
真青のつなぎを来たシロクだった。
ナインと石川をすぐ耳付け近寄ってくる。

「お前顔ぐらい洗ってこいよ」
「えっ? なんか付いてる?」
「ここ」

ナインが自分の右頬を指差す。
シロクの頬にはインディアンのメイクの様な焦げ茶の線が引かれていた。
ナインがお絞りを投げると見事にキャッチし、頬を丹念に拭くシロク。
僅かのその跡を残し、コーヒーを頼み、どうもと石川に礼をして、座った。
52 :メカ沢β :2005/07/17(日) 20:08
「アレ作ってたのか?」
「ああ。やっぱりそう簡単なもんじゃないや」
「そりゃあな……あっ、こっちの話なんで気にしないでいいですよ」

石川に気を使い話題を打ち切るナイン。
コーヒーが運ばれてくるとシロクはポケットから何かを取り出した。

「なんだよそれ?」
「携帯型放熱機。名前はポンドル」

ファーストフード店の飲み物のストローを刺すための穴が開いた蓋のような形をした機械。

「名前はいいからどういう機械なんだよ」
「これをカップの上から被せてボタンを押すとカップの中の温度が急激に下がるっていう機械だよ」
「原理は?」
「気圧とか色々あるけど、難しいことはまた今度。これを今試しに来たんだ」

そう言って頼んだコーヒーのカップの上にポンドルを被せた。
ボタンを押すと静かな振動と音が聞こえてくる。
53 :メカ沢β :2005/07/17(日) 20:08
「こいつ物を発明するのが得意なんです」

ナインが説明すると、はぁ、といったりアクションしか取れない石川。
恥ずかしそうに頭を下げるシロクの目の前、ポンドルは急に静かになった。

「壊れたか?」
「終わったの」

ポンドルをはずすと確かにさっきまで湯気を立てていたコーヒーは静かにカップの中に眠っている。
石川は驚いているがナインはまだ疑っているようだ。

「ホントに冷たくなったのか?」
「じゃあ飲んでみる?」

シロクにすすめられてナインはコーヒーをすすった。
一瞬止まってカップから口を離すナイン。
その様子をまじまじと見つめ評価を待つシロク。

「どうだった?」
「……ものすごく絶妙に、ぬるい」

物凄く絶妙な間で、ぬるい、と発したナインについ笑ってしまった石川。
一緒に笑うナインの横でそのコーヒーを飲むシロク。
失敗だろ、とナイン。うん、と素直なシロク。ガンバ、と石川。
シロクは一思いにコーヒーを飲み干すと新しくアイスコーヒーを頼むのだった。
54 :メカ沢β :2005/07/17(日) 20:09
近くの地下鉄まで石川を送り、ナインとシロクは自分達の事務所に戻った。
ソファに座って談笑しているシキとBM、会話を聞いているだけのクロス。
全員が集まった。

「おかえり」
「おぉただいま」
「なんかあったか?」
「まぁな」

ナインはそう言ってジャケットを脱ぐと自室へ入った。
BMがシロクの持つ機械を指差し言った。

「それどうだったんだ?」
「失敗」
「何あれ?」
「いや、わかんねぇけど」

シキの問いにBMは真実を述べる。
シロクがポンドルの説明をしている最中にナインが戻ってきた。

ソファに五人が座った。
55 :メカ沢β :2005/07/17(日) 20:09
「で、ナイン。何か言ってたか?」
「二人の両親が今回の件を容認したって言ってただろ?」
「ああ」
「石川さんの親は条件付きでOKを出したらしいんだ」
「条件って?」

シロクがそう聞くとナインは頭をポリポリ掻きながら言った。

「一年に最低二回は日本に帰ってくることだってよ」
「それは無理だな」
「だからオレもそう言った。人間の行き来はできないって言ったらショック受けてたけどな」

しかたなねぇよ、とBMが背もたれに頑強は上半身を預けながら言った。
シキはひじをひざにつけて前傾姿勢をとる。

「結婚できるようになるまで五年かかるからそれまでにほとぼりも冷めるだろうし、
解禁にするなら彼女達の結婚式の時だな」
「五年か……長ぇな」
「日本で結婚できるようにするよりかははるかに早いけどな」

珍しくクロスが深く頷いた。
56 :メカ沢β :2005/07/17(日) 20:10
「他は?」
「他はなんにも」
「決行日は言ったか?」
「それは言った」

シキがクロスのほうを向く。
ナインはコインを取り出すと滑らかなコインウォークを始めた。

「何か動きは?」
「特に」

クロスの短い返答で全てを汲み取る。
四人にはもう慣れっこな作業だった。

「でもあの時の奴が動き始めたらしい」
「マジかよ。早ぇよ」

コインの移動を早めるナイン。

「特に人物は特定してないらしいけど」
「それでも危ないな、俺達と一緒にいる所を目撃されたらずっとひっついてくるに違いない」
57 :メカ沢β :2005/07/17(日) 20:10
「今のうちにやっとくか?」
「それはさすがに早過ぎる」

シキがメガネを上げて答える。
そうか、と呟いてBMは視線をテーブルの端に置いた。
クロスが言った。

「今回は事務所からの情報がない」
「確かにそうだろうな。……いや、わからないな」
「どういうことだよ?」

ナインがコインをしまいながら訊く。

「事務所が二人の動きを牽制する為に情報を流す可能性があるってこと」
「でもそんなことしたら損するのは事務所の方だろ? 前とはかってが違うんだぞ」
「違う違う。もう一つの小さい方にだよ」

小さい方?、とシロクがBMに訊くと、センスのねぇほうだ、とBMは答えた。
58 :メカ沢β :2005/07/17(日) 20:11
「そっちの方は過去に一回記事を書いてるけど世間への信憑性は低い。
いわばネタ扱いになるわけだけどむしろそれぐらいが牽制するには十分なんだよ」

シキはそういってメガネをゆっくり上げた。
たしかにな、と頷くナインとBMとシロク。

「そうなると探偵に見つかった時点でそこまで駒が進むと考えてもよさそうだな」
「ああ。そうなったら二つとも潰せばいいだけの話だ」
「前みたいに?」
「いや、小さい方は問答無用でいいだろ。あっちだって問答無用みたいなもんだから」

シロクの問いに大胆なことを言うシキ。
いままでのおしおきってとこだな、とBMが鼻で笑った。

「でかい方の潰し方は考えてはいるけど、まぁ今回もナインには形態変化をしてもらって――」
「普通にダイエットって言ってくれ。ってかまた痩せなきゃならんのか」
「なんてったってアイドルだからな」
「小川ならそんな必要もねぇのに」

ナインの一言に五人はケラケラと笑った。
59 :メカ沢β :2005/07/17(日) 20:13
今日はここまで。

>>37、20さん、ありがとうございます。
自分が言うのもなんですが期待してもらって損はないと思います。
60 :メカ沢β :2005/09/03(土) 21:25
復活しました。
こんなに早い復活になるとは医者もビックリ。
今まで代わりに書き込んでくれていた友人に感謝しています。
友人もタイピングが速くなったと言っており一石二鳥。鶏肉より豚肉が好きだけど。
とにかく、復活しました。


ttp://jbbs.livedoor.jp/music/14315/
自分のホームページ?(掲示板です)を作りました。
まだ何にもないですが遊びに来てください。
ただ、これから何かあるわけではありませんが……。
61 :名無し飼育さん :2005/09/04(日) 16:02
おかえりなさい!
もうお体の方は大丈夫なんですか?
退院できてホントに良かった!
62 :名無飼育さん :2005/09/06(火) 22:47
勝手に作者様の心配をしていました者です。
復活オメ!!
63 :メカ沢β :2005/09/25(日) 12:43
真夏の太陽が唯我独尊に天を凌駕し空はより高さを増す。
日本の首都特有の蒸し暑さは人々に不快感と服装の不自由を与えている。
都内を走る一台の黒いイプサム。
スウィングジャズが薄くかかる車内には五人の男と二人の女。

「凄いね! こんなに上手くいくもんなんだね!」
「んなもん当たり前だろって。誰がやってると思ってんだよ」
「えっ? 石川さんだろ?」

シロクの一言で断絶された空間に笑いが巻き起こる。
笑っていないのは石川と偽石川。
石川と偽石川は顔を見合わせ、本物が口を開いた。

「全然似てないよぉ」
「似てるって」
「よっすぃまでそういうこと言う? もぉ」

頬を膨らませる石川の太ももをごめんごめんと叩く吉澤。
運転席からシキが言う。

「さて、とりあえず海にでも行きますか」
「オー!」

午前が午後に切り替わった。
時間は少し前にさかのぼる。
64 :メカ沢β :2005/09/25(日) 12:43


65 :メカ沢β :2005/09/25(日) 12:44
「本当に大丈夫なわけ?」
「大丈夫です。以前に何回かやったことありますから」

とあるマンションの裏、イプサムの中で交わされる会話は吉澤とシキ。
助手席ではBMが腕を組んで瞑目しており、三列目ではクロスがノートパソコンのキーボードを叩いている。
シキの携帯電話が鳴る。

「……あぁそうか、わかった」

少しの間何かを聞いて携帯電話を切った。
吉澤が顔を前に出してシキの一言を待つ。

「石川さんが家を出たそうです。探偵の方もそれを確認したらしいです」
「えっ? そこは探偵にバレてもいいの?」
「むしろそうじゃないと成功しにくいんですよ」

シキがメガネを上げると同時に吉澤の眉間に皺がよる。
もう一度説明しましょうか?、とシキ。ん〜わかりやすくお願い、と吉澤。
66 :メカ沢β :2005/09/25(日) 12:44
マンション内のエレベーターに乗る石川。
乗る時は一人だったが乗っているのは二人だ。

「驚かさないでよ」
「立ってたらバレるからしゃがんでただけだって」
「そうじゃない〜。そのメイクは何? それが私?」
「そうじゃなかったらこんな所にいねぇっつーの」

石川と、石川と同じ服装をしているナイン。
服装だけではなく帽子の下に同じ髪型のカツラや自黒を基礎としたメイクまで完璧に済ませている。

「こんなんで騙せる訳?」
「任せとけって。下りたらどこ行けばいいかわかってんのか?」
「エレベーターの中で少し待ってから裏口でしょ」
「完璧」
67 :メカ沢β :2005/09/25(日) 12:44
地上が近づいてくるとともに石川の表情が固くなっていく。
それに引き換えナインは余裕の笑みを浮かべる。

「まぁ見てなさいって。これがTEAM85の力だってところをさ」
「女装するところ?」
「勝つためには女装だってする、そうじゃなきゃ生きてけないんだよオレ達は」

いつになくまじめなテンションで言い、階数表示を見上げるナイン。

「っつっても女装するのはオレだけだけどな」

表情の少し緩んだ石川を確認して自身も口角を少し引き上げると正面を向いた。
帽子を深く被り直すと同時に重力が元へ戻っていく。

「マジックには何が大切かわかるか?」

突然の質問に思考をめぐらせることができすオロオロする石川。
ナインはそれを軽く鼻で笑い、エレベーターのドアが開く直前、言った。

「大胆さだよ」
68 :メカ沢β :2005/09/25(日) 12:44
マンションを出る石川、の姿形をしているナイン。
顔を俯かせ携帯でメールを打つ仕草をしながら歩いて行く。
その姿を確認した探偵は携帯で何かを話した後それを切って、ナインの後を追う。
さらにその姿を確認したシロクが携帯電話を取り出した。

「成功成功。俺も一瞬見紛ったくらい完璧だったぜ」
『わかった、じゃあ戻ってきてくれ』
「おぅ」

シロクは携帯を切るとマンションから離れていった。

エレベーター内に取り残された石川の携帯が鳴った。
一瞬驚くと急いで携帯電話を開く。

『もう大丈夫ですよ』
「成功したの?」
『えぇ』

感嘆の嘆息を漏らす石川。
電話の向こうでは吉澤がなにやら叫んでいる。

『一応周りに気をつけて裏口へきてください』
「ハイ」

石川は携帯を切るとエレベーターのドアを開けた。
69 :メカ沢β :2005/09/25(日) 12:45
「スッゲ〜!」
「電話してる時に叫ぶなんて失礼ですよ、吉澤さん」
「だって成功したんでしょ」
「九割方です。石川さんがこの車に来て初めて成功です」

テンションの上がる吉澤に至って普通のシキ。
BMが目を開くとシートの体を預けたそのままの体勢で言った。

「この後どこ行くんだよ?」
「ん〜決めてないんだけど。吉澤さんと石川さんに決めてもらおうと思って」
「そんなこと急に言われても困るんですけど」
「直感的にどこか行きたい所はありませんか?」

人差し指を唇に当て考え出す吉澤。
あまり遠い所は無しですよ、とシキ。

「……うみ、海! 海がいい」
「海、ですか」
「どこでもいいけど海がいいな。お台場とかでもいいし」
「お台場はちょっと……クロス、なんかいい所探してくんないか?」
「今やってる」

素っ気無い返事が帰って来た。
乗ってない奴も帰って来た。
70 :メカ沢β :2005/09/25(日) 12:45
黒いキャップを被った小柄な男が走ってくる。
ドアを小刻みにノックすると急いでドアを開け乗り込むシロク。
額にはうっすらと汗を掻いている。

「いや〜暑いな」
「ごくろーさん」
「ご苦労様」

シキと吉澤の言葉に頭を掻くシロク。

「まだ石川さん来てないの?」
「もうすぐ来ると思うんだけどな」
「って言ってるそばから……」

シロクが窓の外に石川を見つけた。
吉澤が短く叫び、シロクがドアを開けて石川に手を振る。
すぐにそれを見つけ女の子らしい小走りで向かってくる石川。
シロクが三列目に入り、石川は二列目に乗り込んだ。

「梨華ちゃんやった〜!」
「うん!」
「凄いね! 本当にこんなことできるんだ!」
「だから言ったでしょう、大丈夫だって」

UFOキャッチャーで成功した時のように喜ぶ吉澤と石川。
クロスがキーボードを叩くとノートパソコンの画面にとある海の景色と地図が映し出された。
71 :メカ沢β :2005/09/25(日) 12:45
「ここは?」

ノートパソコンを手渡され画面を睨むシキ。
眼鏡に歪んだパソコン画面が映っている。

「よく見つけたなこんな場所」
「どれどれ」

覗こうとする吉澤の邪魔をするシキ。

「まぁまぁ、着いてからのお楽しみということで」
「チェッ」
「ナニナニ? どうしたの?」
「今説明しますよ」

そう言ってクロスにパソコンを返す。
その腕の下では石川に海に行くことを説明する吉澤。
クロスはすぐさま別の画面を起こして再びキーボードを叩き出した。

「それはそれとして、ナインを迎えに行かなくちゃな」
「このまま海行っちゃうか?」
「あいつ一日中女装のまんま街を彷徨うことになるぞ」
「そのまま歌舞伎町二丁目に住み着いたりしてな」

車内に笑いの華が咲いた。
72 :メカ沢β :2005/09/25(日) 12:45
少し車を走らせ、止まったのは石川のマンションから少し離れた路地裏。
まだナインの姿はない。

「何でこんなに上手くいくわけ?」
「それはまぁ、作戦が良かったんでしょう」
「でも私よりよっすぃの方が背も高いから変装しやすいんじゃなかったの?」

シートベルトをはずして後ろを向くシキ。

「たしかにそうなんですけど、吉澤さんはスカート穿きませんから」
「スカート?」
「女装する時はわかりやすく女性を表わす格好の方がいいんです。周りも錯覚しやすいですし。
それにスカートなら足の太さも隠せますし体格を隠す格好と組み合わせやすいですから」

石川さんの足が太いって言ってるわけではないですよ、とシキ。
わかってまぁすぅ、と石川。

「体格を隠すのに黒や青などの縮小色を使わないといけないんですがそれだと石川さんだと思わせる事が難しくなってしまう。
今回石川さんの格好は青を基調としてもらってるんですけど、石川さんといい所はピンク好きって所なんです。
ピンクのバッグを持っていれば石川さんだと思わせることができる」
「そんなもんで騙せるの?」
「女の子らしい格好、ピンクのバッグ、目深に被った帽子。それに玄関を出る所をマンションの下に張り込んでいた探偵とは別の探偵が
見張っていることはわかっていたんでね。それを利用すれば下に張り込んでいた探偵に石川さんだと思わせることは簡単です。
まぁ実際こうやって騙せているわけですし」

ナインはまだ来ない。
73 :メカ沢β :2005/09/25(日) 12:46
「後は隙を見てナインが逃げ出せばいいだけですから」
「そんなことまで考えてんだ」
「この程度ができなければお二人を海外に行かせることなんてできないですよ」

BMが窓の外に何かを見つけた。
物凄い速さで走ってくる女の子。
形相はアイドルとはかけ離れた、偽石川だった。

「おっ、帰ってきた」
「走ってるな」
「凄い顔してるぞ、石川さんが」

私じゃないぃ、と石川。どんな顔?、と吉澤。
みんな窓にへばりついて偽石川のスプリンターっぷりを見ている。
ナインが車に着いた時、爆笑が車から溢れていた。
ドアを開け急いで中に入る。

「ヨシッ! セーフ……ってお前らなぁ」

腹を抱えて笑う一同に呆れるナイン。
真似されている石川までもが笑っている。

「いいから車出せよ」
「わかってるっての」

クロスでさえ声を殺して笑っている中、口角を微妙に吊り上げるだけの微笑みを浮かべるシキ。
返事と同時にシートベルトを締め終える。
笑うな!、と恫喝しても治まらない車内そのままに車は走り始めた。
ナインが三列目に移り終えた頃には笑いも治まった。
74 :メカ沢β :2005/09/25(日) 12:46


75 :メカ沢β :2005/09/25(日) 12:46
「こういうことができるんなら毎回やってくれるとありがたいんだけど」
「よっすぃそれはわがまますぎるよぉ」
「たしかにちょっとわがまますぎるな」

二人の後ろでメイクを落とすのに躍起になっているナインが言うとBMが深く頷いた。
シロクがメイク落としのティッシュをナインに渡しながら言った。

「今回の成功で今後探偵側が強化するのは必死だからね。二人同時に尾行されたり尾行する人数増やされたりすると
今回の作戦はもう使えないし。それに今日の探偵は多分見習い程度の奴だろうしね」
「それにこれからは探偵とは別にメンドクサイ奴がついてくる可能性があるしな」

BMが付け加えるとシキは静かに不敵に笑った。

「誰それ?」
「それは言えない」
「なんでさぁ」
「色々あるんだよ」

チェッ、と拗ねる吉澤に、拗ねないの、と吉澤の髪を撫でる石川。
76 :メカ沢β :2005/09/25(日) 12:46
「話は変わりますが、作戦に必要な手続きは全て終わりました」

赤信号に素直に従いブレーキを踏みながらシキが言った。
顔を見合わせる石川と吉澤。

「私達手続きなんてしてないんだけど」
「なんか書類とか書かないといけないんじゃないの?」
「そりゃ書かないといけないですよ」

青信号ピッタリにアクセルを踏む。
のわぁ、とナインが悲鳴を上げる。
二列目の背もたれに顔を乗せ自信をにじませた顔でシロクが言う。

「だけどそこはまぁ、オレ達だから?」
「ちょっと悪い感じで、な」
「何それ? まさか勝手に書いたとか?」
「書いた……ん〜まぁ勝手に書いたって言ったら勝手に書いたことになるのかな」

要領の得ない返事をするのはナイン。
顔半分のメイクも落ちてようやくナインとわかる顔が現れ始めていた。

「でもそういうのって受け取ってもらえないんじゃ……」
「そりゃ他人が役所に書類出しに言ったら受理されないだろうけど、そういうことじゃないし」
「はぁ?」
「詳しくはクロスに聞いてくれ」

鼻の下を伸ばしてメイクを落とすナインの顔にクスッと笑う石川。
クロスは突如話題を振られ多少戸惑っている。
77 :メカ沢β :2005/09/25(日) 12:46
「ハッキングして、チョイチョイやって」
「えっ? 何?」
「……」

吉澤が聞き返すとクロスは黙ってしまった。
黒いキャップを微調整しながらシロクが助け舟を出す。

「パソコンを使って色んな所にハッキングして手続きしたように色々いじくっただけ」
「ハッキングって何?」
「他人のパソコンに無断で侵入すること」
「はぁ? それって犯罪じゃん」
「犯罪だよ」

簡単に言ってのけるシロクに呆れる二人。
後ろを向く二人の後ろから太い声が聞こえてくる。

「そうでもしなきゃ何にもできないだろう」
「そりゃそうだけど……」
「俺等に頼んできた時点で相当危ない話だってことにまだ気付いてないわけ?」
「それで大丈夫なの?」
「大丈夫だって。それはクロスを信じてやれよ」

石川が、ホントに大丈夫なの、と聞くとクロスは黙って頷いた。
どうしよう、と二人。
78 :メカ沢β :2005/09/25(日) 12:47
「あまり気にしないほうがいいですよ」

ウインカーを出して滑らかに曲がりながらシキが言った。

「そういうことができるのが僕達ですし、そういうことができなければ作戦も成功しません」
「そうそう。気にすんな」

運転席と助手席の二人がそう言うと石川と吉澤も何となく納得してしまった。
終わった、とナインがつぶやく。
すっかりメイクを落とした顔はハツラツとしている。

「そもそもオレ達の仕事ってそんなんばっかだぞ」
「悪いことばっかりしてるわけ?」
「いやまぁそういうわけじゃないけどさ、なかなか他のところじゃできないような仕事をやってるわけで」
「例えば?」

石川の問いにナインは首を傾げる。
一瞬考えようとしたらしいがそれをすぐに隣のシロクに渡し、ジャージに着替え始めた。
お題を渡されたシロクは少し考え、答えた。

「徒競争で一位を取らせるなんていう仕事もしたよ」
「何それ? 結構かわいい仕事じゃん」
「これがそうでもないんだなぁ」

な、と他の四人に同意を求めると四人はほぼ同時に頷いた。
79 :メカ沢β :2005/09/25(日) 12:47
「そもそも依頼人がヤクザだから」
「ヤクザ?」
「そう。ヤクザの孫に徒競争で一位を取らせる仕事」

左手の小指無かったんだぜ、とナインが言うと、本物じゃん、と吉澤。

「ヤクザの親分の孫が小学校最後の運動会だって言うんで何とかして一位にしてやりたい、なんてな」
「そうそう。子分が二百人ぐらいいるようなヤクザだよ」
「に、二百人!?」
「そうだよ、二百人。子分にやらせないのかって聞いたら、こいつらじゃ無理だと思って、だって」

快調に走る黒のイプサム。
法定速度を少し越えたスピードでアスファルトを滑らかに踏み進んでいく。
着替え終えたナインが話を進める。

「それでその孫が本当にトロくて困った困った」
「小太りっていうかぽっちゃりしてる子供でさ、いっつもポケ〜ってしてるんだよ」
「それでその子をどうしたの?」
「まぁとりあえずトレーニングさせて、な。BM」
「あぁ」

真っ直ぐ前を見据えたままBMが会話に参加する。

「運動会まで一ヶ月あったから毎日トレーニングさせた」
「相手は子供だよぉ」

石川が見たこともないヤクザの子供の心配をする。
ねぇ、と同意を求めるも、んまぁね、と吉澤。
80 :メカ沢β :2005/09/25(日) 12:47
「子供だとかじゃなくてヤクザの孫って方が怖かったっての」
「泣かせでもしたら殺されんじゃねぇかってな。大丈夫だったけど」
「大丈夫だったんだ」
「最初は怒られたけどその時にシキが説得して何とか事無きを得たわけ。これはお孫さんのためです、ってな」
「あの時説得できてなかったら今頃殺されてるよな?」

前の車との車間距離を確かめながらシキが言うと四人は口々に、あぁ、だの、死んでたな、だの言った。
口が開いて塞がらないのは石川と吉澤。
同年代なのに住んでる世界が違う、なのに今同じ車の中にいる。
それは偶然でも必然でも幸運でも不運でもなかった。

「それで何とか走れるようにしていざ本番になったら一位になっちゃったんだよ」
「凄いじゃんか!」
「俺等だって驚いたっての。俺等の仕掛け何にも使わなかったんだもん」
「仕掛け?」
「あっ、いやまぁな」

明らかについ口が滑ってしまったという表情のナインに横からシロクが口を出す。

「他のコースの子供を転ばせたり、運動能力を下げたりする装置作ったのに結局使わなかったんだ」
「なにそれ、卑怯じゃん」
「卑怯も何もこっちは命かかってるんだもんさぁ」

まぁこいつは作った機械が使えなかったってだけだけどな、とナイン。
それが腹立つんだよ、とシロク。
81 :メカ沢β :2005/09/25(日) 12:47
「他にも色々やってきたけどとても人様には言えねぇ仕事ばっかり」
「例えば?」
「聞いたら気分悪くなるぜ、やめときな」

えー、と不満そうな吉澤だが、やめとこうよ、と石川が止めるので渋々追求をやめたのだった。
車が高速道路に入った。気兼ねなくアクセルを踏むシキ。
時速が三桁に乗った瞬間にシキが口を開いた。

「前から聞きたかったことがあるんですが、石川さんと吉澤さん。よろしいですか?」
「何?」
「石川さんと吉澤さんがオランダに行くことを知っているお友達は何人いらっしゃるんですか?」
「この仕事の依頼をしてきたアヤカって人は知ってるんだろ? それ以外でいるのか?」

ナインが後ろから砕けた感じに質問を言い換えると吉澤と石川は顔を見合わせた。
二人でコソコソ密談を交わし、吉澤右手の指が順番に折り曲げられていく。
そのキャラからは似合わない形で手が止まる。

「二人合わせて四人かな」
「かな、じゃなくて四人なんだろ」
「うん、そう」

ナインと吉澤のやり取りとは別に車の前方ではBMとシキが何かを話している。
四人だってよ、とBM。予想以上だな、とシキ。
82 :メカ沢β :2005/09/25(日) 12:47
「四人の名前は?」
「まず梨華ちゃんの周りで知ってるのが柴ちゃんだけ。だよね?」
「うん。柴ちゃんっていうのはメロン記念日の柴田あゆみって人のことなんだけど、わかる?」
「知ってるよ。二人の身辺は調べさせてもらったからな」

ナインが得意げに言った。
イプサムはスイスイと他の車を避けて走る。
吉澤は右手を開き直し、柴ちゃんでしょ、と言いながら親指を折り曲げた。

「でぇ、アタシの周りで知ってるのがまずアヤカ。アヤカは知ってるでしょ?」
「あぁ」
「それに里田まい。で、藤本美貴」

人差し指、中指、薬指と順番に折り曲げられていく。
これで四人、と吉澤。

「里田は想定してたけど、藤本まで知ってるのか?」
「知ってるっていうかバレちゃった感じなんだけどね」

不意に緊張感が車内に走った。
沈黙は車の騒音と薄くかかったジャズの音色、クロスのタイピング音で埋まりはしたが、居心地の悪さを石川と吉澤は感じていた。
車の時速が2q上がる。
83 :メカ沢β :2005/09/25(日) 12:48
「バレたってどういうことだ?」
「結構前にフットサルの練習の時にさ、休憩中に二人でこのこと話してたらこっそり聞かれてて。
控え室でアタシが尋問されてつい言っちゃったんだよね」
「ついって……」

あからさまに諦観を見せ視線を落とすナインに疑問符の吉澤。
気付けばクロスの手が止まっている。

「ダメだった?」
「……ダメじゃねーけどな、一つ聞いていいか?」
「何?」
「藤本って奴は信用できるのか?」

意外な質問に眉間にしわを寄せる二人。
ただ意味を理解していないわけではないようで、落ち葉のような声で吉澤が答える。

「……信用できるに決まってんじゃん」
「それは本当だな?」
「本当」
「だったらいいけど」

ナインはそのまま窓に向いてしまった。
明らかに雰囲気の違う空間に先ほどの浮かれたムードは一切ない。
自然と手を握り合う石川と吉澤。
84 :メカ沢β :2005/09/25(日) 12:48
「知ってる人はできるだけ少ない方がよかったんですけどね」

フロントガラスの向こうをしっかり見据えシキが言った。
場を盛り上げ直そうという意図があってのことなのかシキの声は少しだけ可愛らしさを帯びていた。

「でも吉澤さんが信用できるっていうなら我々はそれを信じるしかありません」
「こっちも藤本だっけか? そいつ以外の三人は知ってるだろうって思ってたしな」

手を組んで前に突き出しストレッチをしながらBMが付け加える。
クロスはタイピングを再開した。

「あのさ〜」

シロクが会話の隙間を狙ってましたとばかりに絶妙はタイミングで会話に入ってくる。
どうした、とシキ。

「トイレ、行かない?」
「行かない? じゃなくて行きたいんだろ」
「うん」
「じゃあ次のサービスエリアな」

車は少し速度を上げた。
85 :メカ沢β :2005/09/25(日) 12:48
サービスエリアに止まる黒いイプサム。
一人の男と二人の女。

「スイマセンね、トイレに行かれるとバレるかもしれませんので」
「別に大丈夫だけど、これから先にはきちんとトイレに行ける場所あるんでしょうね?」
「ええまぁそれは」

運転席の窓を開けるシキ。
人肌に暖められた風は温もりというには少し蒸し暑い。

「地図とか見なくていいの?」
「見ましたよ」

心配そうに聞いた石川の質問に軽く答えるシキ。
吉澤が追問する。

「見ましたよってパソコン一回見ただけでしょって」
「だから一回見てるじゃないですか」
「そんな屁理屈言ってるけどちゃんと着くわけ?」
「屁理屈ってそんな。一回見れば記憶できますよ」

そう言って運転席のドアを開け外に出た。
86 :メカ沢β :2005/09/25(日) 12:48
車の外では背伸びするシキの背伸び特有の声が聞こえる。
日差しを受け眩しく光る銀髪がサイドミラーに映っている。
吉澤は自身の隣の窓を開けた。
透明度の低い黒色の窓から陽光栄える外の景色に変わる。

「ねぇ」
「なんでしょうか」

車から少し離れていたシキを呼び戻す。

「何でみんな一気に不機嫌になったの?」
「不機嫌?」
「ホラあの、四人に教えたって時。特にナイン君がそ〜と〜不機嫌になってたけど」

あー、と言ってメガネを上げる。
普段から無表情なシキはやはり変わらず無表情であったが、どこか尖った雰囲気を醸し出している。
アスファルトにひかれた無駄に眩しい白線を見ながらシキが言った。

「できるだけ知ってる人数は少ない方がいいのはわかりますよね?」
「それは、わかるけど……」
「四人がどうだとかってことではないんです。問題は吉澤さんが、つい、言ってしまったという所だと思います」

窓を閉めてください、と言って運転席に戻るシキ。
87 :メカ沢β :2005/09/25(日) 12:48
「今回の石川さん吉澤さんのプロジェクトは正直、僕達にとっては大きいんですよ。
今までやってきたことは全て裏世界のことで表の世界で知られることはない。でも今回は違う」

パワーウィンドウの音が止まる。

「ヤバさ、という面では大したことはありません。でも表の世界では関わる人の数が多過ぎるんです。
成功しようと失敗しようと迷惑のかかる人の数がね」

ひんやりとしたクーラーの風が石川の肌に当たったが、そこに感覚を置くことはできなかった。
そういう状況ではないことを肌で感じていたから。

「それだけ真剣に、意識を持ってやってるんです。それなのに吉澤さんは、つい、言ってしまった。
当事者である吉澤さんの意識の低さにみんな怒ったんじゃないかと思います」
「そんな……」
「ナインの場合は、あいつは特に敵地潜入やらなんやら一番危ない場所に行くことが多いんで
余計に神経質になってるんです。それこそ命がかかってますから」

シキのメガネが四人を捉える。
一足先にペットボトルのお茶を飲んでいるナインの頭を叩くシロク。
シキは楽しそうにしている四人の姿を見て尖っていた雰囲気を打ち消した。
泣き出しそうな表情の吉澤の手を強く握る石川。
振り向かずに、言った。

「何をしたらいいのか、吉澤さんが一番よくわかってるはずだと思いますが」
88 :メカ沢β :2005/09/25(日) 12:49
BMが助手席の、ナインが後部座席のドアに同時に触れる。
勢いよくドアを開けたナインが叫ぶ。

「緑茶に紅茶、ジュースにアンパンまで色んなもん買ってきたぞ」
「それにしてもホントに暑いねぇ」

ナインはドアの横に立ち、シロクは、車の中って涼しいね、と言いながら三列目に乗った。
普段通りの着流しで無言のまま三列目に乗るクロス。
BMはシキとトイレが意外に綺麗だったという話をしている。
ナインも車に乗りドアが閉まった。

「あの! みんな……」

瞬時に場を統治した吉澤の叫びだが、後が続かない。
シキ以外の四人が吉澤を見ている。
目頭を熱くして、下唇を噛み、顎を震わせ、言った。

「……ゴメンナサイ」

一瞬空気が止まる。
吉澤は泣き出し石川は抱えるようにして吉澤を抱きしめた。
その様子を見た四人は一斉に、叫んだ。

「「「「テメー吉澤さんに何言った!」」」」

普段はおとなしいクロスまでも参加してシキにペットボトルやらアンパンやらガムやらを投げまくった。
弁解の余地もなく食べ物に埋まっていくシキ。
その様子に石川が笑い出し、吉澤も笑い出し、涙もふっ飛んだ。
89 :メカ沢β :2005/09/25(日) 12:49
サービスエリアを出て早速三桁の速度を出すイプサム。
BMがシキの周りにあるパンやお菓子を一つずつ後ろに返している。

「レディを泣かせるったぁどういう了見してんだまったく。さぁこれで涙拭いて」

ナインは懐からボールペンを取り出すと一瞬にしてハンカチに変え、吉澤に渡した。
もう大丈夫だから、と吉澤が返すと、笑ってる方がステキですよ、とナインはハンカチを消した。

「いやまぁ、アタシが悪かっただけだからさ」
「いやいや、シキにとんでもないことを吹き込まれたに違いない」
「オレを何だと思ってんだよ」

シキの言葉が独り言風味で響く。
シキの膝に落ちていたガムを最後にBMは作業をやめ、ガムを頬張った。

「もうすぐ着くぞ」
「やった!」
「オレ等もどんな所か楽しみだな」
「楽しみは楽しみだけど、なんか暑くない?」

ナインの言葉にTシャツをパタパタさせ答えるシロク。
そういえば、とナイン。
暑さの種を一番早く見つけたのは、石川だった。

「あっ! クーラー切ってる!」
「なにぃ! オイ、シキ! さっきの仕返しかこのやろ!」

後ろでギャーギャー騒ぐさまをバックミラーで見て微笑むシキ。
隣のBMがすぐさまクーラーをONにしたことは言うまでもない。
90 :メカ沢β :2005/09/25(日) 12:49
高速を降りて一般道を走ることしばらく、辺りの風景は木々や畑が大半を占めてきた。
山に入ったおかげで暑さも軽減したのだが未だ海は見えない。

「ねぇねぇ、まさか道に迷ってるってことはないよね?」
「あ〜それは大丈夫だろ。シキは地図見たんだよな?」

ナインがクロスに聞くとしっかりと一回頷く。
なら大丈夫、と何故か自慢げに言うナイン。
緩やかな坂道を登るイプサムに光と影のまだら模様が流れていく。
味の無くなったガムを奥歯で噛みながらBMが言う。

「この辺はなんか美味いもんあるのか?」
「さぁね。あまり店も無いような所だと思うけど」

シキの素っ気無い返事に少し残念そうにするBMだが、クロスは既にパソコンで検索を始めていた。
坂道の頂きが近づいて来た時パソコン画面に色鮮やかな食材が映し出された。

「クロス、この辺でなんか美味い――」
「三色団子」

サンキュ、とBM。無言のクロス。
三色団子だってぇ、と吉澤。団子三兄弟だ、と石川。
団子三兄弟は一色だよ、とシロク。ここのは腹違いの兄弟なんだろ、とナイン。

「団子で盛り上がるのもいいけど、もうすぐ海が見えてくるぞ」

車は頂きを越え車体は前方に傾いた。
91 :メカ沢β :2005/09/25(日) 12:49
「うわ〜!」
「綺麗〜!」
「こりゃいいな!」
「青いなぁ!」
「スゲー!」
「……綺麗だ」

眼前には水平線の見える青い海。
緩やかなカーブが海岸線をなぞり、崖であることも相まって前にも下にも海が広がっている。
浅瀬で顔を出す岩に波しぶきが上がる。

「青が濃いなぁ、やたら」
「綺麗な海は何も沖縄やハワイで見るような海だけじゃないからね」

水面に輝く陽光はEEとしている海を宝石に変える。
車を端に止め七人が出てくる。

「うおぉー!」
「おっ、吉澤さん叫ぶねぇ」
「じゃあオレも、ぬおぉー!」

ガードレールに手をかけて叫ぶ吉澤とナイン。
石川は心配そうに吉澤の腰をおさえている。
92 :メカ沢β :2005/09/25(日) 12:50
潮風が七人の間を抜けていく。
おぉ、と短く叫んでキャップを押さえるシロク。
BMがジーパンのポケットからタバコを取り出した。
シキに一本渡し、クロスに一本渡し、シロクに一本渡す。
いぶし銀のジッポライターで火をつけるBM。
吉澤がガードレールによしかかりながら言った。

「タバコ吸うんだ」
「普段は吸いませんよ。こういう吸って気持ち良さそうな場所でだけ吸うんです」

シキはそう言うとジッポを手渡され無駄の無い動きでタバコに火を点け、シロクに手渡す。
石川が一人手寂しいナインに話しかける。

「あれ? ナイン君は吸わないの?」
「あぁ。タバコは匂いがつくから」
「匂いが嫌なの?」
「いやそうじゃなくて、匂いは変装にとって敵だからね」

あ〜そっか、と石川。匂い自体は好きですよ、とナイン。
クロスが最後タバコに火をつけるとジッポをBMに投げた。
胸元でキャッチしたBMは、ストラ〜イク、と呟いてポケットにしまった。
93 :メカ沢β :2005/09/25(日) 12:50
「あっ、しまっちゃった?」
「どうしたのよっすぃ?」
「タバコ、一本くんない?」

吉澤の発言に喫驚する石川、と他の面々。
不敵に微笑む吉澤の目をじっと見るBM。

「もしかして普段から吸ってるのか?」
「まさか」
「やめなよよっすぃ」

傍らで石川が止めているが吉澤は右手を差し出しタバコを催促している。

「吸えもしないもんは吸うもんじゃねぇよ」
「そりゃ普段から吸ってるわけじゃないけどさ、吸ったら気持ち良さそうな場所で吸ってみてもいいじゃん?」

語尾を上げ半疑問にすることで不敵な微笑の理由を表わす。
煙を吐き出しながら、ハハ、と短く笑うナイン。
BMはシキに視線で意見を求めるが、シキも視線で答えを送った。
どうする? お前に任せる
少し考えて、一服し、また少し考えたBMは車に向かう。

「あれっ? やっぱりダメ?」
「ダメに決まってるじゃんかぁ」

僅かに安堵する石川に残念そうな吉澤。
BMは助手席のグローブボックスを開けなにやらガサゴソ探し、何かを見つけ、車のドアを閉めた。
白い箱を持って戻ってくるBMに再び目を輝かせる吉澤。
94 :メカ沢β :2005/09/25(日) 12:50
「最初はこれな」

箱を、トン、と動かして箱から一本飛び出させ、吉澤に向ける。
石川はBMの指の隙間から、light、という文字だけを見ることができた。

「サンキュ」

吉澤が一本抜くとタバコと一緒に持っていた百円ライターを差し出す。
受け取るのを躊躇う吉澤。

「ジッポライターじゃないの?」
「はぁ? 調子に乗るな。初心者はこれで十分だ」

チェッ、と言いながらも百円ライターを受け取る。
タバコを咥えライターを摩るも潮風に吹き消される。
やめなよぉ、と言おうとした石川だか手で防風しながらライターを摩る吉澤を見て言葉を飲み込んだ。

「まさかカメラマンとかいないよねぇ」
「いねーだろ」

キョロキョロ辺りを見回すシロク。いたら潰すだけだ、とナイン。
シキはゆっくりとタバコを吸いながら吉澤の動向を見守っている。
まだ心配そうに見ている石川をよそに吉澤の加えたタバコの先に火が点った。
ゆっくり吸えよ、とBMが言うと頷きながら紫煙を体に取り込んでいった。
95 :メカ沢β :2005/09/25(日) 12:50
「……ゲホッ! ゴホッ!」

吉澤が二、三回咳き込むと僅かに積もった灰は風に飛ばされていった。
だから言ったじゃ〜ん、と吉澤の背に手を当てる石川。
そんな石川を涙目で見て、吉澤は笑った。
そしてもう一回タバコをゆっくり吸うと、今度は咳き込まずに煙を吐き出した。

「……不味い、けど美味い」
「なんだよそれ」

BMも、シキも、ナインも、クロスも、シロクも、笑った。
吉澤も、へへっ、と笑った。
一人取り残された石川に吉澤が言葉とタバコを差し出す。

「梨華ちゃんも吸ってみなよ」
「えっ、私はいいよ」
「いいからいいから」

ちょっとでいいからさ、と言って不意をつき石川の唇にタバコを差し込む。
ビクッと驚く石川を優しく押さえながら、ゆっくりね、と耳元で呟く吉澤。
口からタバコを離すと意外にも咳き込まずにほとんど透明な紫煙を吐き出した。

「……変な味」
「ダメ?」
「でも嫌いじゃない」

またBMも、シキも、ナインも、クロスも、シロクも、笑った。
吉澤も、へへっ、と笑った。
石川も、フフッ、と笑った。
96 :メカ沢β :2005/09/25(日) 12:51
「ハイハイお二人さん、もうタバコは終わり終わり」

ナインが二人に近づく。
最後にもう一回と吉澤はタバコを咥えると、急いで吸ったせいかまた咳き込んでしまった。

「ポイ捨ては禁止だよ」
「わかってるって」

シキやクロス達も短くなったタバコをBMの持っている携帯灰皿に入れている。
吉澤から渡されたタバコをクロスは上向きにして持った。

「証拠隠滅」

そう言ってゆるく握ったこぶしの中にタバコを入れていくナイン。
アッ!、二人が揃って叫んだ。
全て拳の中にタバコを入れた瞬間手を開くとブツは姿を消していた。

「おぉ〜!」
「スゴ〜イ!」

二人は歓声を上げ、四人も嘆息しながら拍手を送った。
パンパンと手を払うナイン。

「それじゃ三色団子でも食いに行きますか」
97 :メカ沢β :2005/09/25(日) 12:51
傾きかけてきた日差しを浴びて海岸線を走る黒いイプサム。
タバコを吸っても咳き込まなかった石川に喫煙疑惑が浮かび上がり、
必死で否定する石川を周りがからかい半分で追求している。

「梨華ちゃんアタシにはダメダメ言ってたのにさぁ」
「だから吸ってないぃ!」

信号も無く、対向車も数台の道路は緩い下り坂を伸ばしている。
二列目三列目が石川の話題で盛り上がってる中BMが疑問を口にした。

「そういや団子屋の位置わかってんのか?」
「いや」
「じゃあどこ向かってんだよ」
「団子屋」

後ろでは石川が普段はキセルをふかしてるんじゃないかという話に花が咲いている。

「この海岸線の道はしばらく一本で続いてくんだろうし、
土地条件からしてこの道が分岐する辺りに店があるだろうから、そこがきっと団子の店だろうという――」
「推測ってか?」
「そういうこと」

お前らしいな、と両手を後頭部に当て背凭れに体を預けるBM。

「ってことは石川五右衛門の代から石川さんまでキセルが受け継がれてるわけだ」
「ち〜が〜う〜」

話が安土桃山時代にまで発展していて、騒ぎ立てる振動を背中で感じる運転席と助手席。

シキの言う通り、下りが終わる分岐点にその店は建っていた。
98 :メカ沢β :2005/09/25(日) 12:51
シキとBMが団子を買いに行き、五人は車内に待機。
数分後、白い袋を下げた二人が戻ってきた。

「ホラ、三色団子」
「ありがと」

シキとBMも車に乗り、全員の手に団子が手渡された。
いかにも団子らしい三色団子で、上から緑、白、ピンクの球が見るからに柔らかさを誇示している。

「上がヨモギで、下が桜だってよ」
「桜?」
「あぁ。春の内に集めておいて保存しておくんだってさ」
「ほぉ〜」

七人が団子と対峙する。
誰よりも早くシロクが、いただきます、と言うとみんな追うように、いただきます、と言った。

「おいし〜」
「美味いなこれ」
「やーらけ〜」
「団子の良し悪しなんてわかんねぇけど、美味いな」

車内は団子によってもたらされた幸せに満たされていた。
99 :メカ沢β :2005/09/25(日) 12:51
みんなが二本目に手をつけている中、一本目を食べ終えすぐに車を発進させるシキ。
相変わらず海岸線を走っている。

「さっきクロスに何見せてもらってんだよ」

団子を買いにいく前にクロスに何か言い、帰ってきてからパソコンを見せてもらっていたシキに
緑色のモチを口に含みながらBMが聞いた。

「まぁちょっとな。いい場所を」
「そこは楽しいのか?」
「さぁね」

走ることしばらく、着いたのは堤防だった。

「何にもねーじゃんこんな所」
「何にもないからいいんじゃねーか」

七人が車を降りる。
二メートルほどの高さの堤防以外何もない。

「ここどこ? なんかあるの?」
「それは吉澤さんの眼で確かめてください」

カモメが高い空に鳴いている。
波の砕ける音はただただ海の存在を知らせている。
100 :メカ沢β :2005/09/25(日) 12:51
「ほっ!」

ナインが助走をつけ、七十度ほどの堤防を駆け上がる。
上の足場に手をかけ体を引き上げるといとも簡単に登ることができた。
横で梯子を上るクロスはそれを見て、梯子を降りた。

「おっ、いいねぇ」

吉澤も同じように助走をつけようとしたが、その前にシロクが小さな体を駆け上らせていた。
ナインに引っ張ってもらって登ったシロクが暮れようとしている陽光を受けシルエットで見える。
別の場所でBMは既に登っていて、クロスも着流しを乱すことなく軽々と登ってみせた。

「じゃあ次、吉澤行きま〜す」
「ホントにやるの?」
「これぐらい簡単簡単」

またもや心配する石川をよそに十分に助走距離をとった吉澤。
アスファルトを蹴り上げ堤防に向かって、駆け出した。

「うりゃ!」

壁を使った二段ジャンプの要領で挑戦するも手が足場に届かない。
地面にひきづられるようにして吉澤は堤防のこちら側に降りてきた。

「石川さんはやらないんですか?」
「やらないよ。あんなことできる靴じゃないもん」

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